風の復讐譚[更新停止] (kuraisu)
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アルビオン動乱編
仮面の憎悪


 

「逃がすな! 追え!」

 

追っ手の声が夜の闇に響き渡る。

 

自分たちがいったいなにをしたというのか!

 

理不尽な王の所業に対する怒りを彼は胸に秘めつつ、必死で馬に鞭をうつ。

 

夜の闇は深く、目の前すらよく見えない。

 

「うわっ!」

 

馬の前方に崖がある事に寸前で気づき、彼は手綱を引く。

 

そして一瞬乗馬が立ち往生したのを狙い、追っ手達が一斉に魔法を放った。

 

「ぐわぁッ!!」

 

その魔法のいくつかが体を貫き、皮膚をこそぎ落とす。

 

そして魔法の衝撃に押される形で崖に堕ちて行った。

 

「やったか!?」

「手ごたえはあったが、仕留めれたかどうか……!」

「どちらにせよ、大陸から落ちたら助かるまいよ」

「そうだな。宮廷に戻り、始末したと陛下に報告するとしよう」

 

追っ手達は彼を始末したと思い込み、この場から去った。

 

しかし……

 

「ぐ、うぅぅぅぅぅ……!」

 

崖に落ちた瞬間、ほぼ無意識で自分に”エア・ハンマー”を撃ち、崖にあった窪みに滑り込み、彼は生きていた。

 

「許さん……」

 

痛みに呻きながら彼は呟く。

 

「許さんぞおおおおおおおおおッッ!!!!!」

 

喉がつぶれる程の大声で彼は叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『大丈夫ですか殿下』

「大丈夫ですか閣下」

 

「ん?」

 

仮面を付けた20代前半の青年は、気だるそうに声の方を見た。

 

「どうかしたか、ディッガー」

 

「いえ、仮眠してるというより、魘されているように見えたので……」

 

ディッガーと呼ばれた騎士風の男は躊躇いがちに呟く。

 

「ああ、心配をかけたな。4年前の夢をみていたようだ」

 

4年前の夢。

 

ディッガーは自分の主がその夢を見た時、いつも不機嫌になるのを知っていた。

 

「……御気分が優れないようならば、総司令官閣下にもう少し後回しにして頂けるよう取り計らいますが」

 

「いや、今回はすこぶる気分がよい。

不当に貶められた父と我が一門の仇がようやく討てるのだ。

気が猛って仕方がない」

 

そう言われてディッガーは気づいた。

 

主の眼光がいつも以上に激しく冷たい憎悪の光を宿していることに。

 

「そういうことであれば、総司令官閣下が玉座の間でお待ちです」

 

主は頷くと、自分に与えれた個室から出て行った。

 

 

 

現在、アルビオンは内乱の最中にある。

 

2年前に一介の司教にすぎなかったオリヴァー・クロムウェルがどのような手段を用いてか、貴族連盟”レコン・キスタ”を立ちあげ、『無能な王家を倒し、有能な貴族達による共和制を成立させ、聖地を奪回する』という大義を掲げ、反旗を翻したのだ。

 

当初は容易く鎮圧されると思われたが、レキシントンで王軍に圧勝してから風向きが変わった。

 

元々、現アルビオン国王ジェームズ1世に不満を抱く者は多く、次々と”レコン・キスタ”に味方した。

 

特にジェームズ1世に何の説明もなく反逆罪で処刑されたモード大公を慕っていた貴族達は全員王家を裏切ったと言っても過言ではない。

 

既に”レコン・キスタ”の旗はアルビオン中に翻っており、他の旗が掲げられている場所は大陸の端にあるニューカッスル城に王党派の旗が翻るのみである。

 

有史以来はじめて王権を倒すという偉業を成し遂げつつある”レコン・キスタ”の指導者にして、貴族連盟議長兼貴族連盟軍総司令官オリヴァー・クロムウェルはハヴィランド宮殿の王座にホクホク顔で座っていた。

 

「おお、よく来てくれた我が同士エクトル卿!」

 

クロムウェルは大仰な仕草で、信頼を置く仮面の将軍を呼びかけた。

 

それに対し、エクトル卿は仮面の下で皮肉気に唇を歪めると、これまた大仰な仕草で礼をする。

 

「私をお呼びとのことですが、一体如何なる要件でしょうか?」

 

「うむ。実は王党派の最後の牙城。ニューカッスル攻略の総指揮をエクトル卿に任せようと思うのだ」

 

クロムウェルの言葉に、エクトル卿の胸を歓喜で染め上げた。

 

それは歓喜の笑みを浮かべているのが仮面ごしに分かる程に。

 

「ありがたき幸せ!」

 

「なに。元とはいえエクトル卿はニューカッスルの城主。城内部のことを知っている君に任せるのは当然のことだ。それに君の個人的な事情も鑑みて最適だと思ったまでだ」

 

クロムウェルは人の良さそうな笑みを浮かべながらそう言ったが、既にエクトル卿の関心は如何にしてニューカッスルに立て籠もる王党派を血祭りにあげるかに移っており、ちゃんと聞いていなかった。

 

「すぐ様、兵を率いてニューカッスル攻略に向かいます。閣下の御期待に沿えるよう微力を尽くしましょう!」

 

「うむ。頼んだぞ」

 

王座の間から出ると仮面の男が堪えきれずに哄笑しながら、宮殿の廊下を歩いて行った。

 



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2話

ニューカッスルを攻略すべく揃った貴族派の天幕にエクトル卿が入るとすぐさま高級将校を招集し、作戦会議を開いた。

 

「さて、集まってもらったのは如何にしてあのニューカッスルを落とすか方策を考えるためだ」

 

貴族議会により、ニューカッスル攻略の総指揮を任されたエクトル卿が宣言する。

 

それに対し、まず諸侯軍を率いている初老の貴族がまず発言を求めた。

 

「そうは言われても、このまま圧力をかけ、王党派を降伏させるより他ないのではありませんか?」

 

「なにを言う。そんな悠長な真似をしているからニューカッスルを包囲して早数か月もたつというのにいまだ攻略できんのだ。

頭の固い王党派の連中を黙らせるには殺すよりほかはない」

 

天幕内にどよめきが広がる。

 

「閣下!王族を根絶やしにするような真似をすればロマリアの介入を招きかねませんぞ!」

 

「――介入してきたら、どうだというのだ?」

 

初老の貴族は絶句した。

 

「よもやとは思うが、貴様は自覚していないのか?

我らはハルケギニアの秩序そのものに喧嘩を売っておるのだぞ。

ロマリアを含め、既に他の専制国家と我らは潜在的な仮想的だ。

そんな状況でたかが王族の血脈を断つことに何の躊躇いを覚える?」

 

絶対零度の視線で初老の貴族を睨みつける。

 

初老の貴族は心情的には王党派だった。

 

しかし周辺の領主全てが貴族派になり、領民の安寧のため仕方なく貴族派に属した。

 

そのため、王族を生きながらえさせるために貴族が幼子の時から聞かされるロマリアの権威を武器に決戦を遅らせてきたのだ。

 

少なくとも、今までは有効だった。

 

今まで貴族議会が送り込んできた貴族達には。

 

しかし、目の前の仮面の男にロマリアの権威など全く通用しない。

 

ロマリアの名を出しても鋭い眼光が少しもゆるくなっていないのだから。

 

それどころか更に鋭くなっていることに気づき、初老の貴族が青い顔をして座ると、エクトル卿は軽く舌打ちをした。

 

「それで具体的な作戦案についてだが、ディッガー資料を渡してくれ」

 

ディッガーが作戦内容が書かれた資料を配布する。

 

その作戦案は極めてオーソドックスなものだった。

 

空軍の砲撃により、城壁を破壊して陸軍を突っ込ませ、占領するというものだ。

 

「作戦発動は明朝だ。なにか質問のあるものはおるか?」

 

エクトル卿は手をあげた空軍提督に視線をやった。

 

「なんだ。ボーウッド提督」

 

「降伏勧告はしないのですか?」

 

「……話を聞いていなかったのかボーウッド提督。

頭の固い王党派の連中を黙らせるには殺すよりほかはないと言った筈だが?」

 

エクトル卿の目に冷たい光が走り、手を杖剣の柄にやる。

 

元々、ボーウッドに対して良い感情を持っていないため、戯けた事を抜かすようであれば、即座に斬り捨てるつもりだった。

 

ボーウッドは額に冷や汗を流しながら言い募る。

 

「念のため、『明日総攻撃を開始する』と前置きを置いた上で最後の降伏勧告を行うべきです」

 

「王党派の連中は決死の覚悟で城に立て籠もっておるのだ。

奴らは既に死兵。そんなことで降伏するなど到底思えんが」

 

「だとしてもです!

最後まで王族に対して寛大であろうとしたが、偏狭な王族は理解しなかった言い張ることができます」

 

気に入らなかったが、ボーウッドの言葉に一理あったので、エクトル卿は考え込んだ。

 

「好きにしろ」

 

最終的に、どの道ジェームズの首をとることができるのであれば別にどうでもよいと判断し、投げやりな答え方をした。

 

そしてふと正面決戦をすると見せかけるのであれば、少数で裏から突入してジェームズ一家の身柄を拘束も可能ではないかとエクトル卿は考えた。

 

「ブロワ侯爵」

 

この考えをボーウッドに聞かせる気にはならなかったのでエクトル卿が信を置く空軍の提督の名を読んだ。

 

「ハッ、なんでしょうか?」

 

「貴下の小艦隊を借りたい。ありえんこととは思うが、死兵というのは時としてとんでもない力を発揮するものだからな。いざという時のためにボーウッド提督と連絡をとるため、貴下の小艦隊を本陣においておきたい」

 

「私自身は構いませんが……」

 

ブロワ侯爵は横目でボーウッドを見る。

 

するとエクトル卿もボーウッドを見た。

 

「構わんよな、ボーウッド提督?」

 

「……はい」

 

小艦隊とはいえ、勝手に空軍の配置に口出ししてきたのにボーウッドは思う所がないわけではなかったが、おとなしく受け入れた。

 

「決戦は明朝。今夜はたっぷりと睡眠をとり、決戦に備えるがよい」

 

エクトル卿はそう宣言するとディッガーと共に自分に与えられた天幕へと消えた。



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3話

現在小型のフネは雲海の中にあり、視界がよくない。

 

「微速上昇」

 

「微速上昇、アイ・サー」

 

この小型フネの指揮を任されたブロワ侯爵は、フネの周囲を見渡して暫くは指示を出さずとも大丈夫であることを確認すると後ろに振り返った。

 

「本当によろしかったのですか?

ニューカッスル攻略の総司令部を抜け出し、このような場所に来てしまって」

 

問いかけられたエクトル卿は頷いた。

 

「五万という大軍を率いる上で一々細かい指示を出していては却って相手につけいる隙を与える。

既に我らは戦略的に勝利している。あとは型どおりの指示を出すだけで充分だ。

要するに台本さえあれば誰でもできるようなことを私自身がやらねばならん理由はあるまい」

 

エクトル卿の説明にブロワ侯爵は頷く。

 

昨日の作戦会議の後、ブロワ侯爵はエクトル卿に信頼する水兵を選んで小型のフネを運用できるようにしておくよう命じられた。

 

そして明朝の総攻撃が始める寸前に、エクトル卿はディッガーに総司令部を任せて自身は小型のフネに乗り込み、ブロワ侯爵に空図を手渡し、朱色のところまで行けと命じられ、現在に至る。

 

「左舷前方に艦あり!」

 

士官の報告を受けたブロワ侯爵は望遠鏡で、左舷前方に見える小さな艦影を見た。

 

「なっ!」

 

ブロワ侯爵は驚きの声をあげる。

 

見えたフネは2隻。

 

1隻は武装商船のようであり、これは別に何の問題もない。

 

しかしもう1隻は完全武装のアルビオン式巡洋艦だ。

 

「空賊か!?総員戦闘配置!」

 

「よい」

 

「……は?今何と仰いましたか?」

 

「よいと言ったのだブロワ侯爵」

 

「しかし敵艦を前にして……」

 

「王党派の逃亡者を討ち取って何の価値があるのだ?」

 

エクトル卿の言葉に、ブロワ侯爵は目を見開く。

 

「閣下はあれが王党派の逃亡船と仰せで?では、尚更逃がしてよいのでしょうか?」

 

「王党派の逃亡船と言っても、今さらジェームズが逃げ出すとは思えん。

もしかしたら、次代の芽を残す為にウェールズは乗っているかもしれんがな。

だが、我らの目的はジェームズだ。王の子倅(こせがれ)のことなど放っておけ」

 

「ですが、もしウェールズが逃げ出せば、将来閣下の敵となるやもしれませぬ」

 

「その時は容赦なく叩き潰し、奴の父が犯した罪の大きさを思い知らせるまで」

 

エクトル卿の断言に、ブロワ侯爵は一礼し、前に向き直り支持を飛ばす。

 

雲海の中を進むこと1時間近く。ジグザグした海岸線を進んでいると、大陸から大きく突き出した岬が正面に現れた。

 

「こ、これは!」

 

「……限られた者しか存在を知らぬ秘密の桟橋だ。

先の巡洋艦の武装商船はここから出ていたのであろうよ」

 

「……」

 

ブロワ侯爵はエクトル卿の説明を事前に聞いてこそいたが、信じられない思いが胸中を覆い尽くす。

 

確かにこの雲海の中では、練度の高い水兵によって運用されたフネでなくば、この桟橋に辿りつく前に岩礁にぶつかり撃沈するだろうが、ここまで追いつめられるような状況に追い込まれ、なおそれほどの練度を空軍が有していることを前提として造られている秘密の桟橋など、ふざけている。

 

いや、結果的に王党派は空軍の練度を下げずにすんだからよかったが、普通に考えれば負け続けで大陸の端まで追い込まれるような状況では、兵の士気も練度も下がっていると考えるべきだろう。

 

だから、わかりにくい場所に桟橋を造るのはともかく、こんなつかいにくい桟橋を造った奴の正気をブロワ侯爵は疑わざるを得なかった。

 

エクトル卿はというと、妙な感慨に囚われていた。

 

かつて自分が城主を務めた城に王党派が立て籠もり、滅びようとしているという運命の皮肉を感じずにはいられなかった。

 

ニューカッスルの桟橋に入港し、エクトル卿は命じた。

 

「ブロワ侯爵。フネを任せる。

鉄騎隊(アイアンサイド)は私についてこい。王党派にトドメをさす」

 

「「「ハッ」」」

 

4年前に全てを失い、ゼロから自分の手で築きあげた鉄騎隊(アイアンサイド)の隊員達を率いて、エクトル卿は城内に突入した。

 

 

 

 

 

ニューカッスルの城壁で王党派の最後の精鋭三百が必死の防戦を繰り広げていた。

 

相手が手柄を立てんとして我先にと無秩序に殺到してきているのとニューカッスルの城壁のおかげで、空軍の砲撃に注意していればかろうじて防衛ができている。

 

だが、その防衛は一時的なものでしかなく、やがて五万の物量の前に脆く崩れ去るのは火を見るより、明らかであった。

 

そろそろ防衛も限界、防衛するのをやめて華々しく散るため、総攻撃をかけるべきかとジェームズが言おうとしたその時だった。

 

「へ、陛下!」

 

隣にいたパリーがそう叫んでジェームズの背後に回った。

 

そのことに不思議に思う暇もなく、弓矢や銃弾。魔法の嵐がジェームズの周りに吹き荒れる。

 

「な、なんじゃ!?」

 

この攻撃は明らかにニューカッスル城壁内からのものだ。

 

どうやってか、反乱軍は城壁を超えることなく城内に侵入を果たしていたらしい。

 

「な、なんということじゃ」

 

攻撃の暴風が周囲を過ぎ去った後、ジェームズとパリーの前に仮面をつけた男が10人程の兵を引き連れて立っていた。

 

仮面の男は感情を無理やり抑えたような声で呟く。

 

「近くに防衛用にしては多すぎる火の秘薬が置いてあった。

反乱軍を道ずれに散華することで下らん誇りとやらに殉じる気か。貴様のやりそうなことよな」

 

あの仮面の男、強い。

 

パリーは戦場の勘でそう悟った。

 

ついであたりを見回す。

 

他の者は城壁に上がってくる兵を追い返すのに必死で気づいていない。

 

「陛下、ここはこの老骨が防ぎます。

陛下は前線の兵と合流し、皆に突撃の号令を……」

 

そう言って、杖を抜き敵の集団に突撃しようと向き直った。

 

直後、仮面の男の杖剣がパリーの杖を斬り飛ばした。

 

「敗残の老いぼれ風情が!邪魔をするな!」

 

掲げた杖剣を振り下ろし、パリーにトドメをさす。

 

そして血を払い、男はジェームズを睨みつける。

 

あの実力者のパリー相手に仮面の男が一切魔法を使わずに殺したことにジェームズは気づき、驚愕する。

 

「……お前は何者だ?」

 

もはや、自分の命運が潰えたことを悟り、ジェームズは呟く。

 

それは答えを欲しての問いではなかった。パリーを瞬殺してのけた男への恐怖ゆえに漏れただけの言葉だった。

 

だが、その問いは仮面の男には耐えがたいものであったようだ。

 

「貴様、これほどの憎しみを受けてなお、俺が誰かわからんというのか?」

 

仮面の男の感情を抑え、必死に努力して言葉にしたような声。

 

その声の根源に凄まじい憎悪があることにジェームズは気づいた。

 

「まぁいい。覚えておらんというならそれでいい」

 

ゆっくりと杖剣を地面に引きづりながらジェームズに近づく。

 

「待ち続けたぞ、父の仇を討てることの時を!」

 

仮面の男はパリーを仕留めた時のように杖剣を振り上げる。

 

直後、ジェームズの意識は暗い闇の底へと薄れていった。



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4話

ニューカッスルの戦いで貴族派”レコン・キスタ”は勝利をおさめ、この戦いの勝者である軍に所属していた傭兵団や諸侯軍の兵は必死で王党派の死体や城の残骸から金銀財宝を漁っている。

 

傭兵団にとって、ボーナスを貰うような感覚で、略奪に精を出している。

 

ハルケギニアではある意味常識と言ってよい光景だ。

 

そして諸侯軍の兵は、構成員のほとんどが領主の徴兵によって集められた農民達である。

 

このハルケギニアにおいて、徴兵は賦役(ふえき)と同じく税のひとつとして扱われており、余程の大手柄を立てない限り、領主から与えられる報酬は畑仕事などを放り出して命がけで働いた対価に釣り合わないことが多い。

 

なので、自分たちが命がけで働いた”貰って然るべき正当な報酬”を手に入れるべく一心不乱に略奪に励むのだ。

 

そんな中、エクトル卿は貴族派正規軍の司令官であるホーキンス将軍とともに、死体の後処理と城の残骸の撤去作業を行っていた。

 

「戦闘が行われていた時より、今の方が殺気立っておらぬか?」

 

彼らにとっては正当な権利を行使しているだけなのだろうが、現状の浅ましさを見てそんな思いが漏れる。

 

やはり、貴族の持つ諸侯軍など全体的に見れば害悪にしかならん。

 

軍事力は正規軍、それも常備軍だけで充分だ。

 

今後の改革案――少しばかり過激な――を頭で考えながらも、指揮を執る。

 

「閣下!」

 

暫くするとディッガーが早足で瓦礫の山を越え、こちらに向かってきた。

 

「なんだ?」

 

ディッガーが注意深く周りを警戒し、小声で告げた。

 

「……エリザベートが裏をとりました」

 

「……ほんとか?」

 

「……ユアンの使い魔がきたので確かかと」

 

「そうか」

 

エクトル卿は笑みを浮かべた。

 

今まで怪しさを感じつつも決して尻尾を掴ませなかった傑物。

 

そんな傑物の尻尾をようやく掴んだのだ。

 

王党派を完全に滅ぼしたこのタイミングで一切尻尾を掴めなかったら、計画に大幅な修正を強いられる必要があったので嬉しさを抑えられない。

 

だが、そんな気分に水を差すように歓声があがった。

 

「なんだ?」

 

指揮下の兵達に休むよう命令して撤去作業を一時中断し、歓声の中心へと向かった。

 

するとそこには、貴族派の盟主クロムウェルがいた。

 

そのことにエクトル卿は冷や汗を流す。

 

”レコン・キスタ”の裏事情を掴んだ直後に、クロムウェルが戦場跡を訪問してきたら嫌な予測を立ててしまうのは当然だ。

 

(落ち着け。動揺を悟られては終わりだ)

 

目を閉じて、心を落ち着かせる。

 

時間的に考えて、ユアン達が裏切りでもしない限り、その事に関する事ではなかろう。

 

となると、裏で進めている工作のことか、ニューカッスルでしてきたことに関することか等と、いくつか自分に疑いがかってもおかしくない案件とそれに対する言い逃れの方法をエクトル卿は脳裏に浮かべる。

 

そして群衆をかき分けてクロムウェルの前に出て跪く。

 

「閣下!閣下から今回の戦における大軍の指揮を任された身にもかかわらず、それを放棄して自らニューカッスルに乗り込んだことをお詫び申し上げます!どうか私に罰を!」

 

「よいのだ、エクトル卿。

確かに大軍の指揮権を放棄したのは問題だが、君がニューカッスルに忍び込んでジェームズを討たねば我が軍の被害はあと数千は増えていただろうと皆言っておる。その功労者を罰することなどできんよ」

 

「しかしジェームズの体は大量の火の秘薬と共に爆炎の中で跡形もなくなってしまいました。もし死体さえあれば、閣下の”虚無”によって生前の愚かさを悟り、閣下の友人となることができたでしょうに」

 

「確かにそれは残念であるな」

 

クロムウェルは悲しそうな表情を浮かべる。

 

傍から見てもそれが演技であることが、ありありと見える表情であったが。

 

「して、閣下はなぜここへ?閣下はロンディニウムで新しい国の成立宣言の準備に取り掛かっておいでと聞いておりましたが」

 

「うむ。その通りなのだが、トリステインの同志が非常に興味深い情報を知らせてくれたのでな。それを確かめにきたのだ」

 

ひとまず、自分に疑いがかかったから戦場跡に来たわけではないと知り、僅かに安堵する。

 

「差し支えなければトリステインの同志と興味深い情報を教えていただきませんか?」

 

「うむ。まずはトリステインの同志とはワルド子爵のことだ」

 

ワルド子爵。その名にエクトル卿は心当たりがあった。

 

「ワルド子爵というと、トリステインの近衛衛士隊隊長ではありませんか。

あの国は数年前から王位が空位で政情が不安定と聞いておりますが、よもや近衛が我らの味方となるとは、見下げた奴ですな。」

 

「エクトル卿、真なる信仰心故の行動を罵ることは誰にもできん。

それに始祖が与えた使命の遂行に比べれば王家への忠義など大したものではなかろう」

 

クロムウェルは自信満々に言う。

 

「失礼しました。では、彼が教えてくれた興味深い情報とは?」

 

「……最近、トリステインとゲルマニアが共同して我が革命運動に対抗しようとしているのは知ってるね?」

 

エクトル卿は頷く。

 

空中大陸アルビオンが共和主義者の楽園と化した今、大陸に割拠する専制国家同士が自己の生存と政治体制を堅持するために手を組むのは当然の行動と言えた。

 

「ワルド卿がトリステインの麗しき姫殿下から聞いたところによるとゲルマニアの皇帝とトリステイン王女が結婚することで強固な同盟を結ぼうと考えたようだな」

 

「……権威主義者の多いトリステインにしては奮発しましたね」

 

トリステインは始祖の末裔の一族が治める伝統ある国家だ。

 

ここでいう伝統ある国家とは旧態依然とした慣習に囚われて領土は縮小を続け、貴族の専横により国力は衰退の一途を続け、歴史しか誇れるものがなくなった国家という意味である。

 

要するにプライドだけ高い弱小国である。

 

対してゲルマニアはトリステインの十倍以上の国土を誇る大国。

 

元々は数十の都市国家の乱立地帯であり、数百年前に歴史ある国家と対抗するために連合を組み、次第に都市国家ゲルマニアの王を頂点とする帝政へと移行していった帝国だ。

 

そういう歴史的経緯からゲルマニアの皇帝は始祖の血を継いでいないため、他国の王と比べて下に見らることが多く、国内の精神的支柱となりうる権威も持っていない。

 

そのため、権威を欲する現皇帝アルブレヒト3世が、トリステイン王女アンリエッタと結婚する引き換えに国家として頼りないトリステインと同盟を結ぶということだ。

 

一部のトリステイン人の誇りが踏みにじられることを除けば、実に理想的な関係を築いていると言える。

 

「ところがだ。かの国の王女様曰く、ゲルマニアとの同盟が白紙になりかねない材料を王党派が握っているというのだ」

 

「そんな都合のいいものがあるのでしょうか?」

 

「ああ、そんな都合のいいものがあるのだ。アンリエッタ王女からウェールズ皇太子に宛てたラヴレターなるものがな」

 

「は?」

 

エクトル卿が呆けた声をだす。

 

仮面が無ければ、鳩鉄砲に撃たれたような表情が見れたことだろう。

 

それだけクロムウェルの言葉が予想外なものであり、理解しがたいものであったからだ。

 

「……ラヴレターごときでゲルマニアとの同盟を白紙にできると思えませんが」

 

再起動を果たしたエクトル卿がそれでも真面目に問う。

 

普通に考えて恋文の一通や二通出てきたところで「偽造」と言い張ればそれで問題ないのだ。

 

「最初にワルド子爵から話を聞いたときは余もそう思った。

しかし、しかし!アンリエッタ王女の恋の情熱は我らの想像の遥か上をいったのだ!

ワルド子爵が問い詰めたところ、トリステインの麗しき姫君はこともあろうにそのラヴレターに『始祖ブリミルの名に於いて、アンリエッタ・ド・トリステインは、ウェールズ・テューダーに永遠の愛を誓う』という誓いの言葉まで書いたそうだ!

――王女の印と署名入りというおまけつきでね」

 

「正気の沙汰とは思えん!」

 

エクトル卿は我慢できずに大声で叫ぶ。

 

手紙に書かれているという一文は始祖に永遠の愛を告げる言葉――具体的に言うと結婚式で嫁が夫に告げる言葉だ。

 

それだけならまだいい。よくはないが、それだけならまだ偽造と言い張れる。

 

だが、王女の印は偽造は不可能といっていいほどの代物である。

 

署名した上でそんなものを押したら立派な”公式文書”だ。

 

出すところに出せば、アンリエッタ王女はウェールズ皇太子と結婚していると見なされても文句は言えない。

 

というか、絶対にそう判断される。

 

そして重婚というのは、ハルケギニアでは大きな罪と認識されている。

 

そんな罪を被ってしまえば、たとえ始祖の血を得たとしてもアルブレヒト3世の面子は丸潰れだ。

 

婚約は無効化され、ゲルマニアとの同盟も白紙になるだろう。

 

いや、それどころか恥をかかされたゲルマニアがトリステインに宣戦布告することすらありうる。

 

「恋愛に熱中して、ロマンチシズムに酔いしれておるだから正気ではあるまいよ」

 

「……崇高な大義によるものではなく、王女の恋心のせいで国家存亡の瀬戸際に立たされるトリステインが哀れでなりませんな」

 

エクトル卿の本心からの呟きであった。

 

先程まで近衛隊長という顕職にありながら裏切ったワルド子爵にエクトル卿は侮蔑の感情を抱いていた。

 

しかし、王族がこんな暴挙をやらかすほど落ちぶれているのならばトリステインなど裏切って当然だ。

 

「だが、ワルド君はウェールズを討ち取ったものの、残念ながらラヴレターの奪取には失敗した。

しかし既に終わった話はもうよい。もとよりこれは我々が計画した作戦ではなく、降って湧いた話なのだ。失敗したら失敗したで一向に構わん。当初の方針に戻るまでだ。

まずはロンディニウムに戻り、共和国の成立をハルケギニア全土に向けて宣言せねばならん。

そして、我が共和国を導く優秀な貴族もあわせて紹介するのだ。

エクトル卿、君にも相応の地位が与えられるよ。信賞必罰は国家の拠って立つ処だからね」

 

クロムウェルはエクトル卿の両肩を掴んで熱弁すると、ステップでもするように親衛隊を引き連れてどこかへ行ってしまった。

 

エクトル卿は埃でもはたくように両肩を叩くと、撤去作業の指揮を続けるべく、瓦礫の山へと戻っていった。




政治的に見たアンリエッタの行動は好意的に書くのは不可能。
キャラとしては好きなんだけど、こんな女王様の国は嫌だ。


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5話

ハヴィランド宮殿の謁見の間。

 

貴族議会の決定によって、新たに”神聖皇帝”の称号を手に入れたクロムウェルの言葉によって新しい国の成立がこれから宣言される。

 

因みになぜ共和制を掲げる”レコン・キスタ”の盟主がゲルマニアやかつてのジュリオ・チェザーレの帝国等の君主が用いた”皇帝”という称号を用いるかというと、共和政国家の元首の称号が決まっていなかったからだ。

 

国家元首の称号を何にするかで議会が揉めた末に、聖地を取り戻すという”レコン・キスタ”の大義とゲルマニアの皇帝は有力貴族達の投票によって決まる共和制の要素がある事から、元首の称号は”神聖皇帝”ということに決まったのである。

 

また共和主義者達の主張によると、本来王に帰する権力を”議長”と”元首”に分けることにより、権力を制限しあい暴政を防ぐ役割を持たせる必要性があるため両職の兼任は不可能と国法に明記するべきだそうだが、全てのハルケギニア諸国が仮想敵である現在、共和国の立場が安定するまでは両職兼任による権力の集中も止む無しというのが貴族議会の見解である。

 

原理的な共和主義者達はこのことに不満を持ったが、ハルケギニアで初めて成立した共和政体の地盤が盤石ではないどころかとても脆いと理解しているために批判しつつも渋々納得している。

 

式典の準備が整うと、クロムウェルは玉座から立ち上がり、人懐っこい笑みを浮かべる。

 

「アルビオンを統べる神聖皇帝として、ここに神聖アルビオン共和国の成立を宣言する」

 

「「「神聖アルビオン共和国万歳!神聖皇帝クロムウェル万歳!」」」

 

式典に参加している有力者達が一斉に声をあげる。

 

それを見てクロムウェルは鷹揚に頷くと、手をあげて黙らせる。

 

「此度の革命が成ったのは余と余の同志達の団結による努力に神と始祖が報いた結果である。

であるからには、この神と始祖の祝福に応えるべく、我らの理想を現実のものとせねばならぬ。

理想とは即ち、ハルケギニアの統一と聖地奪還であり、神より与えられた神聖な義務である。

その神聖な義務を果たすべく、余とともに無能な王家に変わって共和国を導くべき有能なる同志達を告げる」

 

クロムウェルの言葉に、謁見の間全体に緊張が走る。

 

ここで名を告げられた者が、新アルビオンの有力者となるからだ。

 

「ハンフリー・オブ・ランカスターを内務卿に命じる。

革命戦争の際の占領統治の手腕を余は内政面でも活躍を期待する。

サー・レジナルド・ジョンストンを外務卿に命じる。

君は余の代弁者として今後とも活躍してもらいたい。

デナムンダ・ヨークを法務卿に命じる。

君は法に疎かった余に様々な助言をしてくれた。今後も余を助けてほしい。

ジョン・ホーキンスを軍務卿に命じる。

革命戦争での戦功は見事だった。全軍を指揮してもらいたい。

トーマス・グレシャムを財務卿に命じる。

君の財政管理能力は抜きんでたものであると余は確信しておる。

……………――――」

 

その後も次々と共和国の役職に就く人間の名前を発表していく。

 

そして各部署の官僚の発表も終わり、多くの者から緊張がぬけはじめたその時だった。

 

「最後にこの革命戦争で間違いなく戦功第一位であるエクトル卿、前へ」

 

どよめきの中、群衆からエクトル卿が進み出て、満面の笑みを浮かべているクロムウェルの前に跪く。

 

仮面の下でどんな表情を浮かべているのか、周りから伺えない。

 

そもそも”レコン・キスタ”に参加した貴族達にとってエクトル卿は謎の人物であった。

 

元々彼は傭兵団を率いる平民メイジに過ぎない存在だった。

 

反乱初期から彼と彼の傭兵団は”レコン・キスタ”に参加し、数々の戦功を立てている。

 

身分的に見れば平民であるため、途中参加の貴族は古参の平民仮面に良い感情を持たない者が多かったが、エクトル卿が盟主クロムウェルから絶大な信頼を受けていたため、嫌味を言うだけで妙な策動をする者は一部を除いていなかった。

 

その一部の貴族達はというと暗殺を企んだが暗殺者がエクトル卿に捕縛され、そのことを知って激怒したクロムウェルによって暗殺を命じた貴族達は処刑されている。

 

このことに鼻白んだ他の貴族達はエクトル卿に嫌味を言うこと自体を避けるようになった。

 

反乱の最中は将軍として扱われていたこの人物が共和国でどの役職に就くか、周りの注目が集まる。

 

「天と地と精霊の御名の下、神聖皇帝クロムウェルが命じる。神聖アルビオン共和国を守護する至高の地位である護国卿の地位に、鉄騎隊(アイアンサイド)総帥エクトル卿を迎え入れる」

 

どよめきが更に大きなった。

 

護国卿。それはアルビオンにおいては王権に匹敵する最高統治権を与えられた官職である。

 

要するにエクトル卿がクロムウェルに次ぐ地位と権力が与えられたことになる。

 

そしてクロムウェルに万が一のことがあれば彼が後継者となるということだ。

 

誰もが否定できないほどの戦功をあげたとはいえ、そんな地位を素性の知れぬ仮面の男に与えるなど……

 

「非才の身ではありますが、微力を尽くしましょう」

 

どよめきが収まらぬ中、エクトル卿は深々と頭を下げた。

 

 

 

神聖アルビオン共和国が成立した日の夜、アルビオン空軍のボーウッド将軍は友人と酒場で酒を飲んでいた。

 

「お前、王権(ロイヤル・ソヴリン)の艤装主任に命じられたんだってよかったな」

 

ボーウッドの友人ホレイショは酒をボーウッドの杯に注ぎながら言う。

 

「褒められても嬉しくないな」

 

「何を言う。お前はあのフネの艦長になるのが夢だったんだろ?」

 

「そうだ。だが、恥知らずの王権の簒奪者によってあのフネの名はレキシントンになった。

そしてそのフネの艦長として、簒奪者の手先となる。悪夢だよ」

 

ボーウッドはそう言うと酒を一気に呷った。

 

彼らは心情的には実のところ王党派であった。

 

しかし彼らは軍人は政治に関与すべからずとの意思を強く持つ生粋の武人であった。

 

上官であった艦隊司令が反乱軍側についたため、しかたなくレコン・キスタ側の艦長として革命戦争に参加したのである。

 

そのため、今の祖国の現状には不満しかないと言ってよいが、だからと言って武人としての誇りを捨てて自ら政治的理由で行動することができず、こうして酒を飲みながら互いに不満を言い合っているのだ。

 

「まったく、この国はいったい何処へいこうとしているのか……」

 

「さぁな。なにせ司教が皇帝に、仮面男が護国卿になるような国の未来予想なんか始祖に助言したという賢者でも不可能だろう。まぁ、なんとなく先が暗そうなのは察せるが」

 

ホレイショの言いようにボーウッドは大きく頷いた。

 

そしてボーウッドは呟くように言った。

 

「エクトル卿か……」

 

「国王陛下の首を取った大手柄に対する報酬として充分すぎる地位だな」

 

ホレイショが吐き捨てるように言う。

 

その態度ひとつとってエクトル卿にろくな感情を抱いていないのは明確だ。

 

「しかし、あの男はニューカッスルに秘密の桟橋があることを知っていたのなら、なぜ事前に総司令部で我らに言わなかったのだ?先立って伝えられていたらあそこまで強引な力攻めをする必要もなかった」

 

「武勲をあげたかったのだろうよ。可愛気はないが、気持ちは理解はできる」

 

「そうなのだろうが、それ以外にも功績を立てすぎてて少し不気味だな」

 

「不気味?」

 

「身分が低いからと侮る訳ではないが、奴の率いる鉄騎隊(アイアンサイド)はほんの数年前から大陸で名を轟かすようになった傭兵団に過ぎん。それがこの国で内乱がはじまるやいなや反乱側に与し、的確な判断で数々の武勲を立てて傭兵団は一国の正規軍に、傭兵団の団長は国のNo.2にまで成り上がったのだぞ。こんなこと今までなかったことだ。あの成り上がりどもの国であるゲルマニアでもここまでの成り上がりを果たした奴はいない」

 

ボーウッドの説明にホレイショは頷いた。

 

確かに仮面で素顔を隠しながらこれほどのことをしてのけるのは、不気味といえば不気味だ。

 

「……確かに。案外、貴族どもの噂話の中に真実があってもおかしくないですな」

 

エクトル卿が護国卿に任命されてから、貴族達は口々にエクトル卿の正体を噂しあった。

 

その結果、エクトル卿の正体に関する様々な噂が流れた。

 

曰く、クロムウェル閣下の御落胤である。仮面で素顔を隠しているのは顔がクロムウェルに似ており、クロムウェルが始祖に誓った生涯の貞潔を破ってしまったことを周りにばれたくないためである。

 

曰く、他国の有力貴族の子弟。仮面で素顔と声音を隠しているのは本家の人間に疑いが及ばないようにすため。そしてこの共和国がその国に攻め込んだ時に、仮面を外して本家とともに道案内するのだ。

 

曰く、人型亜人の族長。クロムウェルが亜人との交渉術に長ける人物であるからだ。仮面を被っているのは、人間の亜人への感情を考慮して亜人であることを隠しているのだろう。

 

そのほかにも様々な噂が飛び交ったが、結局どれも決定打に欠け、正体の謎さが深まっただけだ。

 

「エクトル卿も皇帝閣下と並んで底の知れぬ御方だ」

 

ボーウッドは皮肉気にそう呟くと再び酒の入った杯を呷った。

 




本作に置ける共和主義の主張。
・国家の頂点に立つ人物は、血統ではなく能力と信頼によって選ばれるべき。
・三権分立を行い、立法を司る貴族議会の議長、行政を司る行政府の元首、司法を司る高等法院院長がそれぞれの権利の頂点に立ち、互いに権力を制限し合う関係を構築する。
・議長・元首・法院長、この3つの職の兼任を禁じて暴政を防ぐ。
・議長と元首は貴族議会の投票で決定する。最高司法権の所持者を君主から法院長に変える。

だいたいこのようなことを主張している設定です。
要するに非民主型共和政体をつくろうという思想ですね。


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6話

神聖アルビオン共和国成立宣言が成された日、エクトル卿はクロムウェルに晩餐に誘われてハヴィランド宮殿の一室で夕食を共にしていた。

 

「此度の革命の成就は君の働きによるところが大きい。」

 

クロムウェルはニコニコしながら、フォークとナイフで高級なステーキを切り分けて口に運ぶ。

 

司教のままならこんな高級なものは一生口にすることはなかったであろう。

 

「私ごときに礼など不要です。

全ては神の加護を受け、”虚無”の担い手として選ばれた閣下の威光があったればこそ。

神の祝福を受け、閣下が正義を成さんと立たねば憎きテューダー朝を滅ぼすことはできなかったでしょう」

 

別にクロムウェルがいなくても復讐は成し遂げる気だったが。

 

まぁ、この男が踊ってくれたおかげで予定を数年前倒しできたことは感謝してもしたりないが。

 

そんな内心をエクトル卿は全く表に出さず、クロムウェルを煽てるようなことを言う。

 

「そうだな。これからも余とともに始祖の理想を叶える為、協力してほしい。

君に護国卿の地位を与えたのも、余の気持ちの表れであることを分かってほしい」

 

「願ってもいないお言葉です」

 

軽く頭をさげるエクトル卿にクロムウェルは満足気な顔を浮かべる。

 

そしてエクトル卿はグラスのワインを飲むと、躊躇いがちに問うた。

 

「失礼ながら閣下が我らの復讐の旗頭になるなど4年前には予想だにしませんでした。2年前に再会した際は、閣下のご助力を得られるに、またこれまでの2年間は閣下の信頼を得て、期待に応えようと必死で今まで質問する機会に恵まれませんでした。いったい閣下は如何にして神と始祖の恩寵を受けることとなったのでしょうか?」

 

「なに単純なことだ。神前において神にジェームズ王の罪を訴え続けたのだ。

2年に渡る訴えはついに天上の神と始祖に届き、余に力と使命を授けてくださった」

 

自己陶酔の色が見え隠れするうっとりとした表情でクロムウェルは語る。

 

「そして始祖は余に仰せになられた。

”我は我の末裔に過大な期待をしすぎていたようだ。怠惰で無能なばかりか、聖地奪還の悲願を忘れて、有能な身内すら処刑する有様だ。ゆえに王家は廃し、有能な貴族による共和制をもって聖地を奪還せよ。そのための力を我はおぬしに託そう”

こうして”虚無”を授かり、神の御力により王家を打倒した以上、聖地奪還は必ずなさねばならんのだ。

何せ我らは神と始祖の祝福を受けし聖なる軍隊を率いておるのだ。革命戦争の最中にどのような強敵とあいまみえようと必ず我らは勝利し、ハルケギニアを統一し、異教徒(エルフ)から始祖の降臨せし聖地を取り戻すのだ!」

 

よく見ればクロムウェルの頬は紅潮している。

 

完全に自分の言に酔っているのだろう。

 

「なるほど。ならば何に引き換えても達成せねばなりませぬな。それで閣下。

私直属の鉄騎隊(アイアンサイド)の指揮系統はいったいどうなるのでしょうか?

全軍を指揮してもらいたいとホーキンス将軍に言っておられましたが」

 

自分の演説に対してまったく高揚したところを見せずに実務的な話をふってきたエクトル卿にクロムウェルは一瞬眉を顰めたものの、すぐさま笑顔を浮かべて答える。

 

「あ、ああ。余の親衛隊と同じような扱いになる。

全軍をホーキンス将軍に任せたと言っても、役職が上の人物が隊長を務める隊の統率を任せたらかえって混乱しかねんからな」

 

この言葉にエクトル卿は内心安堵した。

 

自身が4年の歳月をかけて築き上げた信頼の置ける精鋭達の指揮権をろくに知らない男に譲るなど考えただけで腹立たしかったからだ。

 

「それでエクトル卿。今夜晩餐を共にしたいと思ったのは今後の戦略について君の意見を聞きたいからだ」

 

「……戦略構想を定めるのは貴族議会の役割では?」

 

「冗談が上手いな君は。護国卿というのは余の最も信頼を置く片腕であるということだ。

確かに貴族議会に議席を持っていないが、相談役(オブザーバー)の権利を持たせているつもりだ」

 

そんな中途半端な権利は欲しくない。

 

咄嗟にそんな思いが浮かんだが、努めて表情には出さずに頷く。

 

「なるほど相談役ですか。では、お聞きしましょうか」

 

「うむ。そうだな。まずは……と、ワインがきれておるな」

 

クロムウェルは自分の手に持ったボトルの中身が空になっていることに気付いた。

 

「誰かおらぬか?ワインボトルを持ってきてくれ」

 

すると奥の扉から一人の凛々しい青年がワインボトルを持ってやってきた。

 

その青年の姿にエクトル卿は思わず目を細める。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう。ウェールズ君」

 

そう言ってクロムウェルは亡国の皇太子にほほ笑み、ワインボトルを受け取った。

 

そしてグラスをワインで満たしたクロムウェルはようやく、エクトル卿がウェールズを見て固まっているのに気付いた。

 

「そう言えば、君には言ってなかったか。

ウェールズ君は余の”虚無”で己の過ちに気づき、余の友人として親衛隊に入ってくれた」

 

「失礼ながら閣下、こちらの人は?」

 

「ああ、余が信頼を置く護国卿のエクトル卿だ」

 

「そうですか。初めまして」

 

ウェールズが差し出してきた手を、エクトル卿は思わず払いのけた。

 

そして困惑した顔を浮かべるウェールズにクロムウェルは笑いかける。

 

「ウェールズ君。君は彼と初対面ではないだろう」

 

「……」

 

なおも困惑しているウェールズに対し、エクトル卿は仮面を外した。

 

するとウェールズの表情がぐしゃりと悲しみに歪んだ。

 

「なるほど、済まなかった。君達に対してテューダー家がしたことは決して許されないことだ。にもかかわらず君に対して先程のような言い口。無礼にも程がある。王族の一員である僕がこのていたらく。我がテューダー家から民心が離れるのも道理だ」

 

エクトル卿の抱える冷たい憎悪の炎は、元凶の一族が慰めや謝罪の言葉をかけた程度でおさまるようなものでは決してない。

 

いや、加害者側の謝罪や哀れみほど彼の憎悪を煽るものはないであろう。

 

しかし、この謝罪がクロムウェルに操られての茶番劇だと思うと、ウェールズへの哀れみの感情の方が勝った。

 

エクトル卿は仮面を付け直して、冷たい声で呟く。

 

「あれはお前の父ジェームズが主導したことだ。

あの男の息子だからと言って、そこまで憎もうとは思わん」

 

「……そう言ってくれると、ありがたい」

 

「だが、その面を見ているとどうにも不快になる。二度と俺の視界内に入るな」

 

「……」

 

ウェールズは真顔になっているクロムウェルを見た。

 

クロムウェルは手を払って、ウェールズに退室するよう促した。

 

「君があの程度で許すとは意外だね」

 

「殴りあうような展開をお望みだったのですか?」

 

「そういうわけではないが、……いざという時の為に水メイジを数名用意していた」

 

余計な心配であったなとクロムウェルは再び笑みを浮かべて呟いた。

 

「ところで閣下、ウェールズの生存を公表しないのですか?

ウェールズが神聖アルビオン共和国の正当性を主張すれば、風向きが変わると思いますが」

 

”レコン・キスタ”はアルビオン王家から国の支配者たる権利と権力を暴力によって不当に簒奪したとして、諸国から批難を受けている。

 

もしアルビオン王家のウェールズが”レコン・キスタ”支持を表明すれば、王家から諸々の権利を譲られたという形で正当性を主張することができるだろうになぜしないのか、とエクトル卿は言っているわけだ。

 

「ああ、さっきの戦略構想に失敗した時のために今は隠しておこうと思ってな」

 

クロムウェルがグラスの中のワインを飲み干す。

 

「話を戻すが、まずはガリア・トリステイン・ゲルマニア三カ国に対して不可侵条約を打診しようと思う」

 

「……無能な王家との共存を許せば”レコン・キスタ”の理念そのものを否定することに繋がりますぞ」

 

更に”共和制によるハルケギニア統一”も偽りであることを内外に知らしめることになりかねない。

 

「無論、裏があってのことだ。外交の基本はパンと杖だ。

ガリアはともかく、トリステイン・ゲルマニアは我らが侵略戦争を仕掛けてくることを恐れている。

故に杖を遠ざけ、温かいパンを彼らの前に放り投げるのだ。

仮に彼らが我らの策謀を警戒したとしても、彼らとしては食わざるを得ない。

そのパンが釣り針入りであることを知らずにな」

 

「一見平等そうな不可侵条約案を送り、その穴をつくのですか?」

 

釣り針入りのパンという表現で思いついた方法をエクトル卿は述べた。

 

しかしクロムウェルは首を横に振る。

 

「違う。彼らに条約を破らせる。そして”自衛”の大義名分を持ってトリステインに攻め込む」

 

そしてクロムウェルが無駄に大仰な口ぶりで、戦略構想を聞かせた。

 

その説明を聞いたエクトル卿は感銘を受けたような態度で賛成を表明する。

 

「反対の余地がない完璧な作戦です。貴族議会のお歴々の深慮遠謀には感服致します」

 

クロムウェルの語った案は神聖アルビオン共和国の国際的信用を築こうとするどころか、底をぶち抜けて崩壊させる暴挙であった。

 

しかしエクトル卿が抱える計画的に見れば、この作戦は失敗して良し、成功すればおまけがついてきてなお良し、と言ったところであり、貴族議会が自ら墓穴をわざわざ掘ってくれたのだから最高のタイミングで墓穴に落として、埋めてやろうと思った。

 

「ところで各国への使者には誰を検討しておられるのです?」

 

「その人事に関してはジョンストン君に任せようと思うが……」

 

「では、私をガリアへの使者としてお選びください」

 

エクトル卿の進言に、クロムウェルはやや驚いた顔をした。

 

「君が?余の最も信頼する護国卿が使者としてガリアに赴くと?

君は余に次ぐ重要人物ではないか。そう簡単に他国を訪問などできん」

 

「で、あればこそです。

それだけ我らアルビオンが偏狭なトリステインや野蛮なゲルマニアに比べてガリアを高く評価しているということを示すことになります。そうなればガリアも態度を軟化し、交渉をスムーズに進めることができましょう。

今の段階で、歴史と伝統ある強国ガリアと敵対したくはありませんからな」

 

エクトル卿の説明にクロムウェルは顔を伏せて、考え込んだ。

 

いや、考え込むというよりはなにか迷っているような気配を漂わせている。

 

暫くして、

 

「……なるほど。一考の余地があるようだ。

君の提案、貴族議会で審議にかけるとしよう」

 

何時になく言いづらそうな口調でクロムウェルは答えた。

 

「そうですか。では、夕食も食べ終わったので、この辺で……」

 

「あ、ああ!話に集中しすぎていて、夕食を食べ終わっているのに気づかなかった。

それで、これからこの宮殿で寝泊まりする気はないかねエクトル卿?

今や君は護国卿の職につく者だ。ならば、懐かしの宮殿暮らしも簡単にできるぞ!」

 

「非常に魅力的な提案ですが、本日はヨーク伯と約束しているのでこれで」

 

「ほう!法務卿にいったい何の用があるのかね?」

 

クロムウェルは興味津々といった顔で問いかける。

 

「ヨーク伯に現在アルビオンで施行されている法をお教え頂こうと思いまして。

4年前とは違い、君主制から共和制に移行したのですからなにかと勝手が違うでしょうし」

 

「ほう!勉強熱心で感心だ!君を護国卿に選んだ余の眼に間違いはなかったようだ!

是非ヨーク伯に教わった知識をもとに余の国政の補佐してほしい!

それとヨーク伯にダイエットする気はないかと余が言っていたと伝えておいてくれ!」

 

クロムウェルは絶対の信頼を感じさせる顔をしながら言った。

 

「わかりました。伯に言うだけ言っておきますが、望み薄ですよ」

 

苦笑しながらエクトル卿は、ヨーク伯の容姿を脳裏に浮かべてそう言った。




貴族議会:神聖アルビオン共和国最高意思決定機関。
     特に有能な貴族とクロムウェルが認めた者のみ議席がある。
     レコン・キスタ発足時からあまりメンバーが変わってない。


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秘密の会談

新キャラのバーゲンセール


今夜は雲が片方の月の光を遮り、明かりが無ければ周りがよく見えないほど暗い夜だ。

 

エクトル卿は杖剣の先を”ライト”の魔法で光らせ、ヨーク伯爵の屋敷の前に来ていた。

 

「おお、エクトル卿ですな。今ご主人様を呼んでまいります」

 

執事と思しき者がエクトル卿の姿を確認すると、屋敷の中へと戻っていく。

 

するとエクトル卿は屋敷に背を向け、どこかへなにかを投擲した。

 

そしてなにかを投擲した方向へ向かい、明かりで照らすとそこには飛刀が突き刺さったアルヴィーというガーゴイルの一種が転がっていた。

 

「随分と精のでることよ」

 

侮蔑するような声でエクトル卿は暗闇を睨みつけながら、吐き捨てた。

 

そしてアルヴィーを”レビテーション”で持ち上げ、屋敷の前で待つ。

 

「おお、閣下。よくぞお越しくださいました」

 

屋敷の扉が開くと二足歩行する豚が出てきた。

 

いや、正確には豚ではなく脂肪で太りまくっているだけだが。

 

どれくらい太っているかというと、動くたびに前身の脂肪が波打っていると言えば、多少理解できるだろうか。

 

彼こそ【白いオーク】と二つ名を持つステュワード・ヨーク伯爵である。

 

「貴様の屋敷の庭にガーゴイルが忍び込んでいた。警備が手ぬるいのではなないか?」

 

エクトル卿はアルヴィーをヨーク伯の鼻先に突き付けた。

 

「……そうですな。詰所で休んでいる兵も警備にまわしましょう。なにせこんな暗さですからな」

 

ヨーク伯はそう呟くと執事に警備を増やすことを命じてエクトル卿を屋敷に招き入れた。

 

そして、地下へと向かう階段を下がっていく。

 

「皆、集っておるだろうな?」

 

「勿論です殿下(・・)

 

階段を下がり切り、ヨーク伯が”アン・ロック”の魔法で鍵がかかっている扉の開錠をする。

 

ギギーっと音を鳴らしながら、扉を開けるとそこには開けた広間があり、中心に小さな円卓があった。

 

そして広間からも何本か通路が伸びており、他にも入口があることが容易に想像できる。

 

円卓を囲んでいた者達が一斉に立ち上がり、エクトル卿に向かって恭しく敬礼する。

 

エクトル卿は手をあげることでそれに答えると皆円卓の席に着いた。

 

「殿下、重大な事実が発覚したとのことですが」

 

エクトル卿の右隣に座っていたヨハネ・シュヴァリエ・ド・デヴルーが発言した。

 

ヨハネはエクトル卿の信頼篤い騎士であり、身分は低いが発言力が強い。

 

「ユアン」

 

「ハッ」

 

ユアンと呼ばれた10代半ば程の青い顔をしている少年だ。

 

なぜか痩せ細ってもおり、健康上に不安を感じさせることこの上ないが、とある事情があってのことだと全員知っているので誰もツッコまない。

 

因みに彼とヨハネはレコン・キスタに所属しておらず、情報収集や裏工作に励んでいる。

 

「レコン・キスタを支援しているのが誰なのか判明しました」

 

その言葉に円卓にどよめきが走る。

 

「それは誰なのだ?」

 

皆の思いを代表して、ヨーク伯爵が脂肪をふるわせながら問う。

 

「ガリア王ジョゼフ1世。彼に間違いありません」

 

ユアンの報告に円卓の全員が驚きの声をあげる。

 

「間違いないのか?」

 

ブロワ侯爵が再度問うが、ユアンは首を縦に振って肯定した。

 

「信じられん。『無能王』が黒幕とはな」

 

ガリア王はジョゼフは無能王と呼ばれる男である。

 

魔法の才能がないばかりか、政治に関心を持たず、宮廷で一人遊びに熱中していると噂の人物だ。

 

そのような人物が陰謀で一国を滅ぼしたというのはブロワ侯爵には少々信じられない。

 

「私としては納得が先にきましたがね」

 

ディッガーが苦笑しながら言う。

 

それに眉を顰めたブロワ侯爵は、

 

「どういう意味だ?」

 

「ジョゼフ王は3年前に王弟オルレアン公シャルルを謀殺しておいでです。

にも関わらず、ガリアはこの3年間、大規模な内乱はありませんでした。

それどころかジョゼフ王即位から3年で軍備の拡充と国力の増強にさえ成功しているのです」

 

「ディッガーの言うとおり。

ジョゼフ王を無能と誹るなら、弟の謀殺直後から国家を衰退させ続け、つい先日滅んだどこぞの王国に存在した度し難い低能な王をどういう蔑称で呼べばよいか分からなくなりますからな」

 

「違いない」

 

円卓の全員が笑いあう。

 

ヨーク伯が引きあいに出した”度し難い低能な王”がジェームズ1世のことだと皆理解したからだ。

 

ジョゼフ王は王弟を殺したが、反乱の旗頭になってもおかしくない王弟の妻と子は流石に自由の身にはしてはいないそうだが、生かしていると噂されている。

 

禍根が残ることを恐れモード大公の一派を一族郎党皆殺しにしたも関わらず、反乱が起きて国ごと身を滅ぼしたジェームズ王とどちらが名君か問われたら自明の理だ。

 

確実にジェームズなんぞより、ジョゼフの方が遥かに王として相応しい。

 

「なるほど。かの王はあのような二つ名が冠されていながらかなりに策謀家であられるようだ」

 

ブロワ侯爵は両腕を組みながら呟く。

 

「このアルビオンは随分な大物に目を付けられたようですな。

では、我らの存在を気づかれる前に、早急に貴族議会を打倒し、この国の実権を握るべきでは?

ニューカッスルで我らは殿下をこの国の王にさせることのできるだけの正当性を得た。

ジョゼフ王が余計な奸計を巡らせる前に国の実権を握り、ガリアと対抗すべきだ!」

 

「まて、ブロワ候。ニューカッスルで得た正当性とは何のことだ?」

 

顔も脂肪で分厚いので判断しにくいが、おそらくは怪訝な表情を浮かべながらヨーク伯はブロワ侯爵を睨む。

 

そう言われてブロワ侯爵はしまったという表情を浮かべると黙り込む。

 

「ヨーク伯。正当性に関することは極秘事項だ。おぬしらを信頼していない訳ではないが、直前まで知る者が少ない方がいい」

 

「私でも教えていただけませんか?」

 

「お前でもだ。ヨハネ」

 

「……了解しました」

 

ヨハネは渋々席に座る。

 

この中で自分は主から一番信頼されているとう自負がヨハネにはあったが、レコン・キスタに所属したいない以上、その信頼に応えるだけの活躍を中々できないのが不満だった。

 

(殿下が王として君臨した後のことも考えての事だとは承知しているが……)

 

そう思ったとしても、彼は無力感を感じずにはいられなかった。

 

「それとブロワ侯爵。正当性の件は我らの切り札。くれぐれも死なないよう気をつけて丁重に扱うように」

 

「はっ」

 

ブロワ侯爵はエクトル卿からの厳命に、頭を下げた。

 

「それと国の実権を奪う時は今ではない。しばらく様子を見る。

そしてガリアに対してだが、俺が直接ガリアへ赴こうと思う」

 

エクトル卿の言葉に再びどよめきが起きる。

 

「危険です!」

 

ヨハネが声を上げた。

 

クロムウェルを通じてレコン・キスタを操る黒幕の本拠地へ自分達の主君を送り込むなど気が気ではない。

 

「だが、既にクロムウェルに進言してしまった。

ジョゼフ王の胸先三寸で俺は外交特使としてガリアへ行くことになろう」

 

主君の独断専行にヨハネは思わず手で顔を覆った。

 

この主君は、時折こんな危険な真似を平然とするのだ。

 

「そこでだ、ヨハネ。お前には先行してガリアに向かっていてほしいのだ。

事と次第によってはリュティスで一戦やらかすことになるやも知れんからな」

 

「はっ」

 

とにかく主命である。命令されたからには一命に代えても成さねばならぬ。

 

個人的感情はさておき、ヨハネは頭を下げて命に服する。

 

「ディッガー、もしリュティスに赴くことが決まればお前が護衛部隊の隊長だ。

鉄騎隊(アイアンサイド)の中でも選りすぐりの人材を選んで護衛部隊を編制せよ」

 

「はっ」

 

「最後に留守を預かる者。もしも俺がガリアで一戦やらかすような事態になれば……

やむを得ん。俺のアルビオン帰還を待たずに貴族議会を排除し、早急に国の実権を握れ」

 

「「「承知しました」」」

 

「俺から言うべきことは以上だ。なにか他に聞きたいことはあるか?」

 

エクトル卿の問いにヨハネが口を開いた。

 

「そういえば、サウスゴータ侯爵の娘マチルダがレコン・キスタに参加したという噂を聞きましたが真ですか?」

 

その問いに、エクトル卿はディッガーは互いの顔を見た。

 

「いや、俺は聞いていないが」

 

エクトル卿の言葉にディッガー、ブロワ侯爵も頷く。

 

その様子に、ヨーク伯だけは少し驚いた声で言った。

 

「私はクロムウェルから聞いておりましたが、殿下は聞いておりませなんだが」

 

「クロムウェルから聞いたならば、事実なのだろうな。

しかし、生きておったのか。マチルダがどこの所属か聞いておらぬか?」

 

「えぇ、なんでもワルド子爵の配下になっているとか」

 

ヨーク伯の言葉にエクトル卿は首を傾げる。

 

「なぜだ?ワルド子爵は元トリステイン貴族。

マチルダとトリステイン近衛隊長との接点がわからぬが……」

 

「はぁ、それがかの”土くれのフーケ”の正体が彼女らしいのですよ」

 

円卓の全員が息をのんだ。

 

土くれのフーケとはトリステインを中心に暗躍していた貴族専門の盗賊だ。

 

土のスクウェアという噂で、何人もの貴族が手玉に取られて被害にあっている。

 

「あのマチルダが盗賊か……、ま、まぁ4年もあったのだし……

ということはなにか?ワルド子爵がフーケのスポンサーだったのか?」

 

エクトル卿がやや困惑した声で問う。

 

なんらかの理由でワルドがマチルダの盗賊行為を支援していたのかとエクトル卿は思ったのだ。

 

「いえ、それが、チェルノボーグの牢獄に収容されていたのをワルド子爵が実力のある優秀なメイジと見込んでスカウトし、脱獄の手引きをしたそうです。

そこからワルド子爵に同行する形でレコン・キスタに参加したそうで……」

 

「……脅される形で参加してしまった訳か」

 

エクトル卿は手で顔を覆いたくなるのを必死で堪えた。

 

ワルド子爵はクロムウェルの直属という扱いを受けており、向こうから接触してくるのならともかく、こちらから接触するのは少々危うい。

 

エクトル卿はマチルダと過去に面識があり、叶うなら旧交を温めたかったが、妙な警戒心をクロムウェル、ひいてはジョゼフに与えるのは面倒だ。

 

「マチルダの件は、ひとまず一定の距離を保つ。

他の者もマチルダと話すことがあっても俺のことは伏しておけ」

 

エクトル卿の言葉に円卓の者は皆頷いた。

 

 

 

 

ヨーク伯の屋敷に戻ったエクトル卿は、この屋敷へきた表向きの理由である共和国の法律を勉強していた。

 

共和国の法律は共和主義者の哲学者達が考えた法案を貴族議会に提出し、貴族議会がその法案を精査・修正して施行を決定している。

 

王国時代の法律もかなりの部分が転用されているが、まるっきり同じ法律というのは一切存在しないため、王国時代の法を知っているものでも、これらの法律を頭に叩き込むのはそれなりに骨が折れる作業だ。

 

一通りの法律をヨーク伯から説明された頃には既に朝日が屋敷を照らしていた。

 

エクトル卿は立ち上がって、背筋を伸ばす。

 

すると壁にかけられている2枚の肖像画が目に入った。

 

ひとつは凛々しい男の絵であり、もう一人は美しい少女の姿だった。

 

「おや、私と私の娘の肖像画に目が留まりましたか」

 

特に気負うことなく呟いたヨーク伯にエクトル卿はギョッとした目をする。

 

肖像画の凛々しい男の肖像画と眼前にいるヨーク伯の姿は似ても似つかない。

 

どれくらい似ていないかというと雪と墨くらいに違う。

 

「随分と似ておらぬが、本当におぬしの肖像画か?」

 

「まぁ、書かれた頃から随分と時間がたっておりますからな」

 

時間の流れとはかくも残酷なものなのかとエクトル卿は内心でため息を吐く。

 

……もっとも、ヨーク伯の言が偽りではないと仮定した上での話だが。

 

「閣下、もう一つの方に描かれているのが私の娘です。

歳は16。父親の私から見ましても 美しく、利発であるように思われます。

もし閣下に仕えさせていただけるなら我がヨーク家にとって、これに勝る名誉はありません」

 

ヨーク伯がさりげなく娘を売り込んでくる。

 

エクトル卿は内心で冷や汗を流した。

 

ヨーク伯の肖像画と実物との差がこれだけ激しいのだから、もしかしたら娘の方も……

 

「そういう話は目的を果たしてからにせよ」

 

「ハッ、申し訳ありませんでした」

 

あたりどころのない台詞で、エクトル卿は返答を先送りにした。

 




そろそろ主人公の身の上を察した方も多いのではないでしょうか?

おまけ
=====オリ主一党=====
+エクトル卿
本作の主人公。常に仮面を被っている。鉄騎隊(アイアンサイド)総帥。
公ではない場では、仲間から殿下と呼ばれる。

+ディッガー
鉄騎隊(アイアンサイド)副総帥。ジョゼフを強く警戒している。
エクトル卿の腹心であると周囲から認識されている。

+ヨハネ・シュヴァリエ・ド・デヴルー
4年以上前からオリ主に仕えている騎士。オリ主への忠誠心は非常に高い。
諸事情によりレコン・キスタに参加していない。

+ブロワ侯爵
武断的な空軍将校。オリ主とは4年以上前から付き合いがあった。
軍事一辺倒だったせいで、政治にはやや疎い。

+デナムンダ・ヨーク伯爵
とにかく太っている貴族。見た目暗愚で中身有能な政治家貴族。
共和国政府では、司法を司る法務卿の地位にいる。妻子持ち。

+ユアン
血色のよくない少年。健康が悪そうに見えるのは理由があるらしい。
レコン・キスタには参加していない。

+エリザベート
詳細不明。秘密の会談には参加していなことから主要幹部には入らない模様。
レコン・キスタには参加していない。

今の明らかなメンバーはこれだけ。他にもいるかも?
===============
もうちょい後で説明した方がよかったかな?
ただ、オリキャラ一気に出しすぎたので、混乱しないよう纏めておきたいし……


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8話

秘密の会談から数日後、エクトル卿とその部下達は貴族議会の決定により交渉役としてガリア王都リュティスへの空の旅路を満喫していた。

 

ディッガーは複雑な顔で眼下に広がるガリアの大地を眺めていた。

 

かつての祖国に複雑な想いを抱かずにはいられなかった。

 

「気になるか?」

 

声をかけられて振り向くとそこには今の自分の主の姿があった。

 

「ええ、気にならないと言えば嘘になりますな」

 

ディッガーは苦笑しながら返答する。

 

「……名とともにかつての全てを捨てたとはいえ、俺がジョゼフとの友好的な関係を築きたいと思っているのをお前は気に食わんか?」

 

そう問いかけられて、ディッガーは激しく動揺した。

 

それは自分の心理状態を的確についていたからだ。

 

名とともにかつての地位も名誉も怒りも憎しみを悲しみも全て捨てたつもりだった。

 

だからジョゼフと自分の主が交渉しようとしていても何も思わないはずだった。

 

だが、リュティスを目前にして、現在の自分の心の中は自分でも分かる程にできれば交渉が失敗に終わることを望んでいる自分がいる。

 

主の失敗を望むことなど、不忠極まりない事と思う。

 

そうは思っているのだが、なかなか感情が言うことを聞かないのだ。

 

「辛いのであれば、今からでも俺の下を去ることを許す。

お前を臣下に迎えたのは、俺がお前に価値があると判断したからだ。

臣下であることに耐えられぬというのであれば、それは俺の責だ。お前を責めはせん」

 

そう言われて、ディッガーは天を仰いだ。

 

憎たらしいほどに晴れ渡った空を見上げ続ける。

 

様々な想いが交錯しえ混ざり合い、やがてその感情の奔流は交渉を失敗を望んでいた自分を押し流した。

 

ディッガーは自らの主の前に跪く。

 

「かつてはどうあれ、現在の私の主君は貴方のみです。

で、あるのならば過去の私怨など取るに足りないものに過ぎません」

 

「そうか。……表をあげろ」

 

そう言われてディッガーは頭を上がる。

 

「今後とも忠義に励めよ」

 

「ハッ」

 

ディッガーは再び頭を下げる。

 

筋違いの思いを抱いていた己に、このような配慮を見せた主君に対する感謝の程を示すにはそれしかなかったからだ。

 

ディッガーの態度に仮面の主は苦笑でもって答えた。

 

「俺は表をあげろと言ったのだ。だというのに、いつまで跪いているつもりだ?」

 

「……申し訳ございません」

 

ディッガーは立ち上がって、すまなさそうに頭を下げた。

 

「……まぁ、よいわ」

 

やや困惑しような声で仮面の主は呟き、船首から船の前方へと目を向けた。

 

そして杖剣を抜いて”遠見”の魔法を使う。

 

すると遠くに広がるリュティスの街並みがエクトル卿にははっきりと見えた。

 

「あと数時間もせぬ内につくだろうな」

 

「ここからリュティスの街並みが見えるのですか?

いくら”遠見”の魔法を使っても限度というものがあるのでは……」

 

「普通ならそうだが、生憎と俺は”風”の達人でな。

ここからリュティスの光景を確認する程度の芸当なら”閃光”でも容易くできるだろうよ」

 

”閃光”とは、ワルド子爵の二つ名である。

 

ワルド子爵も風のスクウェアだとディッガーは聞いていた。

 

もしかしたらスクウェアには、”遠見”でここからリュティスの街並みを確認することなど容易いのかも知れぬ。

 

系統の違いがあるとはいえ、トライアングルであるディッガーにはここで”遠見”を使っても点みたいな街が見えるのが限度だ。

 

スクウェアの魔法の規格外さをディッガーは改めて認識した。

 

が、ディッガーのこの認識は大いに間違っている。

 

エクトル卿にせよ、ワルド子爵にせよ、彼らはスクウェアクラスという枠組みの中でも最上位を争えるレベルに位置する傑物どもである。

 

普通のスクウェアだと”遠見”では系統が風でも、精々おぼろげに街並みが見えるか否かといった具合である。

 

要するにスクウェアクラス全体が規格外なのではなく、一部が規格外なのだ。

 

が、そんなことは知らないディッガーはもっと鍛錬をしようと決意していた。

 

「もうすぐリュティスに到着するので準備をしておいてくださいね」

 

その声に2人は振り向いた。

 

声の主は皇帝秘書のシェフィールドという女であった。

 

黒くて艶やかな長い髪の毛、ハルケギニア人と比べて僅かに暗い色の肌、黒い目に黒い服装と不気味な印象を他者に与える人物だ。

 

東方(ロバ・アル・カリイエ)出身の女であるらしく、その東方の進んだ知識と聡明さからクロムウェルに気に入られたらしいが、本当かどうか疑わしいとエクトル卿やその仲間たちは思っている。

 

今回のガリアへの訪問に彼女を同行させることをクロムウェルから命じられたことを考えると、彼女がジョゼフの駒のひとつなのではないかとエクトル卿は推測していた。

 

「そうか、ではすぐに準備をしよう。ミス・シェフィールドも皇帝閣下の期待に応え、ジョゼフ王の思惑に嵌らぬよう気をつけるのだな」

 

「……」

 

シェフィールドはなにも言いかえさなかったが、エクトル卿は彼女の瞳に一瞬冷たい光が宿ったことを見逃さなかった。

 

(これは……、ヨハネを先にリュティスに潜伏させておいて正解だったか)

 

まぁ、できれば流血沙汰は避けたいが。

 

そんなことを思いながら、エクトル卿は荷物を纏めるべくフネの中へと入っていった。

 

 

 

ガリア王国の中心はリュティスの郊外にあるヴェルサルテイル宮殿という王城である。

 

この宮殿は先々代のガリア王ロベスピエール3世の命令によって建造されたものであり、王城の歴史自体はゲルマニアの宮殿よりも浅い。

 

しかしハルケギニア最大の大国が贅を凝らして築き上げた巨大な宮殿であり、世界中から招かれた建築家や造園師の手によって様々な増築物が建築されており、現在進行形でその規模を拡大させ続けているのである。

 

このヴェルサルテイル宮殿に勝る宮殿はこの世界のどこを探せども存在しないとガリアの王族達は豪語し、他国の王族貴族は内心はどうあれ認めせざるを得ないと言えばこの宮殿の凄さが理解できるだろうか。

 

そんな世界一の宮殿にガリアの外交使節団が着くと、儀仗兵に出迎えられ、楽士隊や道化師によって日が暮れるまで歓迎され、迎賓館に案内された。

 

「……ジョゼフ王どころか、ガリアの外交官と話すらできてませんぞ」

 

ディッガーが不満気にそう言った。

 

それに対し、エクトル卿はどこか愉快そうな声で返す。

 

「ジョゼフ王は部下から直接俺がどういう人間か聞きたいのではないか?」

 

「なにをです?」

 

「今なら皇帝秘書が本当の主の下へ行っても誰にも分からんだろうさ」

 

そう言って、エクトル卿は迎賓館に置いてあった高級ワインのボトルの蓋を開けた。

 

 

国王の居城グラン・トロワは、王都リュティスの郊外にあるヴェルサルテイル宮殿にそびえるその城は月光に照らされて薔薇色の大理石と青いレンガで出来たその体躯をその夜も誇らしげに誇示していた。

 

その宮殿の中でこのガリア1500万の人間の頂点に君臨するジョゼフ1世は己の使い魔の報告をワインを片手に聞いていた。

 

「余のミューズ(女神)よ。お前の言うとおり得体の知れぬ奴であるようだな」

 

自らの主にそう言われ、ミューズと呼ばれた女は頷く。

 

「ええ、だからジョゼフさまに危害が加えられる前に排除した方がよろしいかと……」

 

「かもしれんな。だが、少しは不確定要素がなくては遊興(ゲーム)は面白くない」

 

ジョゼフは愉快気に唇を歪めながら、箱庭の駒を見下ろす。

 

この箱庭はガリアでも特に優秀な技師を集めて造らせたハルケギニアの模型である。

 

もうすぐ新しい戦争(ゲーム)が始まる。それに参加する駒を鑑定するのも一興かもしれない。

 

その駒は境遇的には自分の姪と似通った部分があるだけにジョゼフは面白味を見出していた。

 

「ですが、ジョゼフさまの身になにかあれば……」

 

「暗殺など王太子の時分から慣れっこだ。何の問題もない」

 

何の気負いなくジョゼフはそう返す。

 

事実、子供の頃から魔法の使えない無能と称される彼の王国には、正義感や野心や打算等々の理由でジョゼフ暗殺を謀り実行する者たちが存在している。

 

しかしその度にジョゼフはその智謀で逆王手をかけて首謀者を黙らせるか、王国の闇の騎士団である北花壇騎士団に命じて首謀者を抹殺するかのどちらかを常に選んできた。

 

だからここに来た者達が自分をどうこうしようとしても無駄だと断じていた。

 

それにかのアルビオンの護国卿閣下はかなり計算高い人間であるとジョゼフは認識している。

 

この状況で護国卿が自分に喧嘩を売ってもメリットが見当たらず、デメリットばかりが目につくのでそんな無粋な真似はすまいとジョゼフは考えていた。

 

「とにかくあの護国卿閣下とは明日会うとしよう」

 

そう言ったジョゼフにミューズはなぜあの男の危険性を何度教えても、自分の主は理解してくれないのだろうかとやや拗ねた。

 

実際のところ、理解した上で大丈夫と判断しているので、どれだけ危ない人物であるとミューズが言い募っても意味はないに等しかったのであるが、そのことをミューズは知らない。




エクトル卿とジョゼフの面談は諸事情によりカットさせて貰う。


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9話

ジョゼフとの対面は既に終わってます。


アルビオンの護国卿との交渉は、それなりの退屈凌ぎにはなった。

 

ジョゼフはそう思いながら玉座に腰を据えていた。

 

「ジョゼフさま……本当によろしかったのでしょうか?」

 

ミューズが躊躇いがちに問うてくる。

 

交渉後の個人的な密談でエクトル卿に皇帝秘書が自分の手の者であると教えているため、彼女がエクトル卿に同行せずにここにいても既に何の問題もない。

 

「ああ、なかなか見どころのある奴だ。

あんな奴が治める国がどのようなものになるか多少興味がある」

 

エクトル卿はジェームズへの復讐が目的であり、今やっているのはその後始末であるとほざいたが、”ジェームズへの復讐”などというのは己の本心を偽るための大義名分にすぎないのではないか?

 

境遇からして面白そうだったからクロムウェルに命じて護国卿の地位をくれてやったが、想像以上に戦争(ゲーム)を面白くさせるとんだ拾いものだったやもしれぬ。

 

ジョゼフはそんな評価をエクトル卿していた。

 

オルレアン公の死以来、以前より一層魑魅魍魎の巣窟と化したガリアの宮廷の一番目立つところに居座り続けただけあって、ジョゼフはかなりにエクトル卿の本心もそれなりに見抜いていた。

 

「憎悪より恐怖が先にたっておるな。

いや、どちらかというと4年前の再来を恐れているか……」

 

「ジョゼフさまが見どころがあるというほどの人物になにもしないでよろしいのでしょうか?」

 

「う~む。そうだな……」

 

ジョゼフは腕を組んで考えた。

 

ミューズは考えが聞かされるのを黙って待つ。

 

「とりあえずあの男の部下の駒も充実させねばならぬ。それでなくては遊びは始まらん。

さしあたってはあの男の護衛……、ディッガーとかいうなんか見覚えある奴と数日前から城下に潜伏しているアルビオンの騎士隊長の駒を職人どもに作成させよ。

必要な駒が足りなくては楽しい遊興(ゲーム)はできんからな」

 

「かしこまりました。すぐに手配致します」

 

ミューズは一礼すると部屋の外へ消えた。

 

始まる前から意外な展開を見せる此度の遊興(ゲーム)にジョゼフは満足気に笑い声をあげた。

 

 

 

リュティスの場末の酒場。

 

そこの2階の連れ込み宿屋で3人の男が密会していた。

 

「それで交渉の結果はどうなりました?」

 

「表向きの方は失敗。だが、中立の立場をとることを宣言するそうだ。そして俺たちにとって本題の交渉は……」

 

そこまで言うとエクトル卿は杖を引き抜き、”サイレント”の魔法を唱える。

 

”サイレント”は周囲に音が聞こえなくさせるための魔法であり、密談の為に存在する魔法と言ってよい。

 

「事情が事情だけに即答はできぬとのことだ」

 

「どちらの面倒をみるべきか悩んでいるということですか?」

 

ヨハネの問いにエクトル卿は頷く。

 

「確かに”レコン・キスタ”か”我ら”かジョゼフにとっては悩みどころであろうよ。

レコン・キスタは完全にジョゼフの影響下にあるが、我らはそうではない。

だが、王権打倒を唱えるレコン・キスタでは、使い潰して戦時特需で儲けるしか使い道がない。

我らを支援した場合、互いに秘密を握りあう形となり、不安が絶えない。

だが、それでもアルビオンが交易面その他でガリアを優遇すると言ってところか」

 

その説明にディッガーは首を傾げる。

 

「では、最初から適当な王家の血を引く貴族家を反乱の神輿にすればよかったのでは?」

 

テューダー朝は開祖である『騎士王』アーサーから千年近く続いた王朝である。

 

王族と名乗れる程濃い血を有してはいなくても王家の血を受け継ぐ貴族家はそれなりの数が存在する。

 

しかしレコン・キスタはそうした貴族家を”無能な王家の一員”として纏めて処刑している。

 

「確かにな。しかしそんな薄い血で自ら王と称して内乱を起こしても、ついてくる貴族は少なかろう」

 

それに、紛いなりにも王家の血を継ぐ者は王家への忠誠心を持つように教育されているから面倒だ。

 

王家に忠誠を尽くしたのに裏切られたとかそういう特殊な事情が無ければ反感はあまり持つまい。

 

そうエクトル卿は答えた。

 

「しかしディッガーの言うとおり、ジョゼフ王は只者ではないな」

 

護国卿エクトルとしての交渉も、仮面を外して本当の名前を告げて望んだ秘密の交渉も、あの男は飄々としていてふざけている態度をとっていたように見えるが、それが決して真実ではないとエクトル卿は見破っていた。

 

話し合いを始めた当初こそ、あまりに自然に感じるので、本当はジョゼフは傀儡で裏に彼を操っている黒幕が存在するのではないかと疑った。

 

だが、それでもあの王は時折鋭い質問をしてきたり、決して言質を取らせない交渉術を見る限り、断じて無能ではない。

 

もっとも、演技をしている感じが全くしないのでおそろしくはあるのだが。

 

自分の提案に対して「前向きに検討する」と言って微笑んでいたジョゼフもどこまで信用できるものか……

 

「ジョゼフ王の底が見えんのがやや不安ではあるが……

あの男が我らの敵になった場合の事も想定して動くべきだな」

 

エクトル卿の言葉に2人の騎士は頷いた。




そろそろトリステイン侵攻ですかね。


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10話

現在ハヴィランド宮殿には”レコン・キスタ”を表す三色の旗が翻っている。

 

その宮殿の円卓の間で皇帝臨席の閣僚会議が始まろうとしていた。

 

円卓の間はテューダー朝の開祖アーサーが”我らに身分の上下はあれども、活発な議論を行うための発言権に差はない”と公言して造られたハヴィランド宮殿では上座や下座が存在しない円卓の机で会議が行われる。

 

親衛隊のワルド子爵とシェフィールドを両袖に控えさせてクロムウェルが円卓の席に座ると会議が始まった。

 

「さて、本日皆に集まってもらったのは他でもない。これから我らの理想を実現させるべく日々議論を交わしている貴族議会の決定を諸君らに伝え、その戦略を吟味・修正、そしてそれを実現させるための方策を決める為である」

 

クロムウェルの言葉に閣僚達は頷いた。

 

「まず貴族議会は、トリステインに攻め込むことを決定した」

 

円卓内はざわめいた。

 

エクトル卿は事前にそのことを聞いていた為、特に反応を示さずに座ったままだ。

 

「発言を」

 

「構わんよ、法務卿」

 

たぷんと音がするのではないかと疑いたくなるような体を起こし、ヨーク伯は発言する。

 

「記憶が確かであれば、我らがアルビオンとトリステイン・ゲルマニアの間には不可侵条約が結ばれたばかりであったと記憶しております。こちらから攻め込むとなると条約破りという国際法に背く行為を行うこととなりますが……」

 

躊躇いがちなヨーク伯の疑問にクロムウェルはほほ笑む。

 

「なに、条約を破るのはトリステインだ。そうだろう、信愛なる軍務卿?」

 

その言葉に閣僚達は全員ホーキンスの方を見た。

 

するとホーキンスは憮然顔で重々しく頷いた。

 

ホーキンスは”トリステインが故意にアルビオンの親善艦隊の艦を撃沈し、それに対する自衛行為”という大義名分でもって、トリステインに侵攻することを先にクロムウェルから最高機密と称して教えられていた。

 

”トリステインが撃沈した艦”というのがアルビオンの偽装であることも含めてである。

 

ハッキリ言って卑怯どころか恥知らず極まる策謀であり、ホーキンスは何度もクロムウェルに考え直しを求めたが聞き入れられず、渋々受け入れているが納得したわけでは決してない。

 

そのため、憮然顔をしているのである。

 

「なるほど。防衛戦争であれば国民の不満は抑えられる程度で済むでしょうな」

 

自分の髭を弄りながらランカスター内務卿は呟く。

 

ついで、その視線をとある閣僚へ投げる。

 

「グレシャム。財政は大丈夫なのか?」

 

「トリステインへの侵略行為はどれくらいの規模・期間を予定しておられるのです?」

 

鷹の目のように鋭い目をしたグレシャム財務卿の問いにエクトル卿が答える。

 

「空軍から三十余隻と輸送船二十余隻と陸軍から約二万。期間は長くても半年とみている。

それとトリステインを侵略して王室や貴族の財産を巻き上げれば戦争の戦費は賄えるだろう」

 

「了解しました。その程度なら民の反感を買わない程度の税率でなんとかなるでしょう」

 

グレシャムはそう言ってホーキンスを鋭い目で睨む。

 

「もっとも予定通りであることが前提ですが」

 

「……善処する」

 

ホーキンスはやや呻くようにそう返した。

 

軍隊とはやらた金がかかるのに国家の利益に寄与しないという国家の繁栄を護るという目的がなければ潰したいくらいの金食い虫である。

 

その為、基本的に財務と軍務の仲は悪いことが多い。

 

別にグレシャムはことさらホーキンスが嫌いなわけではないが、その例に漏れず仲はよろしくなかった。

 

「グレシャム君、いい加減にしたまえ」

 

呆れたようなクロムウェルの声に諌められ、ホーキンスを睨むのをやめ、グレシャムはクロムウェルに頭を下げた。

 

「いいかね、グレシャム君。

財務には財務の仕事があるように、軍人には軍人の、政治家には政治家の仕事がある。

それらを鉄の結束で結ばれていたからこそ、我らは無能な王家を打倒することができたのだ。それを思い起こしてほしい」

 

クロムウェルの言葉にグレシャムはバツの悪そうな顔をする。

 

それに対してホーキンスはというと、やや顔を歪めて、それなら軍事に口出ししないでほしいと心中でごちた。

 

「それで、いつ出兵するのですか?」

 

ヨーク伯ほどではないが、太っているジョンストン外務卿が恐る恐ると言った感じで質問した。

 

ジョンストンはクロムウェルに気に入られたというだけで官僚の長の一人に名を連ねることを許されたと揶揄される人物であり、この質問をするだけでも相当な勇気を払った結果であろう。

 

「トリステインの麗しき姫がゲルマニアの皇帝と結婚するという話を諸君は聞いているかな?」

 

その問いに閣僚達は互いに顔を見合わせ、各々に頷く。

 

その光景がエクトル卿には少し滑稽に思えた。

 

「トリステインの”協力者”から得た情報によると何と奴らは、我らがその結婚式に送る使節が無礼をはたらいたと言いがかりをつけ、親善艦隊を壊滅させ、その余波をかってこのアルビオンに攻め込まんと企んでおるようだ」

 

その説明に閣僚達は口々に怒りの言葉をあげた。

 

「なんという野蛮な!」

「歴史ある旧き国も野蛮な国と付き合うとこうも変貌するのですな」

「”水の国”の水とは汚水のことかッ!!」

 

閣僚達が怒りを燃やす様を見て、陰謀であることを知っているホーキンスは小さくため息を吐いた。

 

エクトル卿もあまりの滑稽さについ唇の端が歪んでしまっている。

 

しかしヨーク伯は呆れたように呟いただけであった。

 

「そんな真似をしたらヤバいことくらい王族や宰相が気づきそうなものですがな」

 

「その通だ、法務卿。どうもこれはトリステインの軍部の一存らしい」

 

あっさり受け流したクロムウェルに閣僚の注目が集まる。

 

「あの国は何年も王位が空白状態であるにも関わらず、王になろうとする者がおらんのだ。

王族全体が平和ボケしていると言ってもよい。故に手柄を立てて出世できる戦場を欲しがっている軍部の策謀に全く気づいておらんようだ」

 

クロムウェルの説明に閣僚達は皆ため息を吐いた。

 

歴史ある旧い国の酷い現状に呆れているとでも言うべきだろうか。

 

無論、この説明は嘘であるが、トリステインの王族全体が平和ボケしているということに関してのみはエクトル卿は全面的に同意だった。

 

トリステイン王国の王妃マリアンヌは、アルビオン王家からの入り婿であり自分の夫であり先代国王であるヘンリーが死んでからずっと喪に服している。

 

臣下から一時的に王位に就いてくれと頼まれても断るし、新しい婿を迎えてくれと頼まれても断っていると言う。

 

おかげで貴族達が忠誠の対象を失い、各々に保身と利権争いにふけっているという。

 

そしてその娘アンリエッタについてだが、もうこれは先日のラヴレターの一件からして能天気――いや、脳みそがお花畑状態であると考えてまず間違いないであろう。

 

これ程現王家が酷い状態だと王家の分家が簒奪を企んでもおかしくないのだが……

 

どうも王家の血を継ぐ者に王家への確固な忠誠心を植え付けることだけには成功しているようで、分家筋の者達は皆簒奪など恐れ多いだの、不敬であるだのとほざいているらしい。

 

トリステインに権威主義が蔓延っていると知ってはいても、これは酷いと言わざるを得ない。

 

なんというか、王位を巡って血みどろのパワーゲームを行っているガリアやゲルマニアの王族・皇族に謝れと言いたくなってくる。

 

「……トリステイン王室が酷い状態であると聞き及んではおりましたが、まさかそんなに酷かったのですか?」

 

「うむ。国家の脅威を前にして、なにもしないという点に置いてはある意味アルビオン王家の者達より無能かもしれん」

 

クロムウェルは大真面目な声でそう言う。

 

事実、クロムウェルはラヴレターの一件で、トリステイン王家はアルビオン王家以上に無能な連中であると、シェフィールドやジョゼフに言われるまでもなくそう思っていた。

 

「それで艦隊司令は誰にするのですか?親善艦隊という名目がある以上、艦隊司令は政治家にせざるを得ませんが」

 

ホーキンスの問いにクロムウェルは頷く。

 

「親善艦隊である以上、向こうに誠意を見せる為に信頼を置く外務卿にその任についてほしい」

 

「真ですか!?」

 

「本当だ。頼んだよジョンストン君」

 

「ハッ、微力を尽くして閣下の御期待に必ずや応えて見せます!」

 

緊張しているのか、一息で言いきったジョンストンにクロムウェルは生暖かい視線を向ける。

 

それ見て、ホーキンスはボーウッドに無茶させることになるなと身内の苦労を思って苦笑いした。

 

「親善艦隊には”レキシントン”を旗艦とした二十隻ほどの戦列艦で構成するつもりだ」

 

クロムウェルの言葉に、グレシャムは首を傾げる。

 

「戦列艦三十余隻と輸送船二十余隻と二万の兵力を動員するのではなかったのですか?」

 

その質問にクロムウェルは悪戯っぽい顔を浮かべた。

 

「まさか親善艦隊に堂々と降下兵力と物資の補給艦を同行させるわけにはいかんだろう。

親善艦隊とトリステイン艦隊が交戦がはじまってから、輸送艦とそれを護衛する艦隊をトリステイン領空内に向かわせるつもりだ」

 

「……なるほど。それでその護衛艦隊を指揮する者は誰でしょうか?」

 

「余は護国卿に頼みたいと思っておる」

 

クロムウェルの言葉に再びどよめきが起こる。

 

「頼まれてくれるかなエクトル卿」

 

「ハッ、最善を尽くしましょう」

 

エクトル卿は座ったままクロムウェルに向かって一礼する。

 

そしてジョンストンの方を見ると

 

「そういうわけだ。ジョンストン外務卿。

我らはトリステインに到着するまでにトリステイン艦隊を撃滅し、後続の我々が安全にトリステインに上陸できるようにしておくようにな」

 

「は、はい!」

 

ジョンストンが背筋を伸ばして敬礼する。

 

「具体的な戦術案は私と軍務卿と話しておきます」

 

「うむ。では、他になにか意見はあるかね?」

 

クロムウェルが円卓を見回すが、誰も手をあげなかった。

 

「それでは我が革命運動がトリステインを飲み込む前祝いとして酒を開け、ハルケギニア統一への輝しき一歩が成就せんことを諸君らとともに祈るとしよう」

 

クロムウェルがそう言うと、メイドたちがシャンパンが入ったグラスを運んできた。

 

この円卓の間にいる者達がグラスを受け取るとクロムウェルが部屋に備えられている始祖像の方に向いて、グラスを掲げた。

 

「神と始祖の御為に!」

 

「「「革命万歳!神聖皇帝クロムウェル万歳!」」」

 

かくして神聖アルビオン共和国によるトリステイン侵攻は決定された。




ようやくプロローグが終わった気がする。


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11話

気が付いたら、この作品のお気に入り数が60を超え、平均評価もついていた。
数年前から書いてるFF零式の二次創作物はまだ平均評価がつかぬというのに……
これが原作カテゴリに含まれているゼロ魔のパワーか。


十二隻の護衛艦隊は、降下地点であるタルブに向けて軍事物資や兵力を満載した輸送艦を率いて進路をとっていたのだが、先鋒の親善艦隊から鷹から受け取った伝令書を見て、エクトル卿は眉を顰めた。

 

護衛艦隊旗艦の艦長ブロワ侯爵が怪訝な顔をして覗き込んできたのでエクトル卿は伝令書を投げ渡した。

 

それを受け取ってブロワ侯爵も伝令書を確認すると血の気がさっと引いた。

 

「ブロワ侯爵、お前はどう思う?どうも我らが想定したのとは、違う局面になってきたように思えるのだが」

 

「……いくらなんでも信じられませんな。

”レキシントン”含む親善艦隊二十隻が悉く轟沈した?

既にトリステイン艦隊は最初の奇襲攻撃でその戦力の大半を喪失したはず」

 

ということは親善艦隊に対抗できるだけの兵力が整えられていたということか?

 

軍艦に対して有効な対空兵器や高位メイジの対空魔法を雨のように浴びせられれば、いかに軍艦といえども轟沈するのだからそう考えうのが自然……

 

いや、最初の奇襲攻撃が成功している以上、トリステインは我が軍の動向を察知したいなかったのだ。

 

となるとトリステインが軍を招集したのはそれからということになるが……

 

常識的に考えて奇襲を受けてから対応したのでは、先鋒の親善艦隊を全滅させるほどの戦力をトリステインが整えていたとは考えにくい。

 

「なんにせよ情報が少なすぎて判然とせぬな」

 

「では、閣下。一個竜騎士中隊を偵察として派遣させましょう」

 

「そうせよ。それと高速艦以外の艦はこの空域で留まるよう指示を出せ。

最軽装の高速艦の三隻のみで先鋒の親善艦隊に一刻も早く合流するのだ」

 

エクトル卿の命令にブロワ侯爵は首を傾げる。

 

「よろしいのですか?高速艦のみでは大した支援はできませんぞ」

 

「この伝令が事実であった場合に備えてだ。

その場合、可能な限り敗残の我が軍の将兵を艦に乗せて、トリステイン軍を背に帰国する」

 

「危険ですな」

 

「そうだ。だからこそ鈍足の重装艦等の足に合わせてられん」

 

「了解しました」

 

ブロワ侯爵はそう頷いて指示を飛ばし始める。

 

その様子を見て、エクトル卿は隣にいたディッガーに何事か耳打する。

 

するとギョッとした目をしたディッガーを引きずる形でエクトル卿は旗艦の奥へ消えた。

 

そして、ブロワ侯爵が高速艦三隻の司令を決めて彼らだけ先に先行させるよう命令しおわると、エクトル卿がなぜか大量の汗をかいて立っていた。

 

「どうしました?」

 

「……いや、少し……暑いと思ってな」

 

口ごもった口調にブロワ侯爵はやや怪しく思ったものの、本当にしんどそうだったのであまりツッコまないでおいた。

 

 

 

護衛艦隊旗艦の艦長から高速艦三隻の司令に命じられた大佐は震える声でフネの客人に告げた。

 

「既に艦隊とは視認できぬほど距離をとりました」

 

「そうか。迷惑をかけるな」

 

「いえ、しかし、よろしかったので?ブロワ中将閣下に無言で司令がこちらに来てしまって」

 

「かなり予想外な事態になっているからな。私自ら赴くべきだと判断した」

 

「では、なぜブロワ中将になにも言わずにこちらへ?」

 

「言うと反対するに決まっておろう」

 

大佐は天を仰ぐ。

 

どうしてこうなったと。

 

エクトル卿は親善艦隊に乗っている優秀な空軍士官を救出して彼らの心を掴もうという算段していた。

 

しかし、武断的で融通があまり聞かないブロワ侯爵に言っても「総大将が部下を置いて前線に行くな」と返されるのは容易に想像がついたので、策を講じることにした。

 

つまり、ディッガーと自分の服装を交換させ、自室においてある予備の仮面をディッガーにつけさせて自分の代わりを演じるように強要し、自分の使い魔の雷竜でこっそり高速艦に乗り込んだのである。

 

ディッガーは嫌がったが、「主命だぞ」と半ば脅す形で強引に変装させた。

 

「許せ。最悪、ラ・ロシェールの商船に密航してでもアルビオンに戻るからさ」

 

進行方向と逆方向に向かってそう呟くエクトル卿。

 

その後ろで大佐が「これ自分が罪に問われたりしないか?」とネガディブシンキング状態になっており、大佐の部下達が必死で励ましていた。

 

すると一騎の竜騎士が高速艦の甲板に降り立った。

 

「前衛艦隊が全て轟沈したのは確かなようです。

地上に降りた空兵達が応戦していますがいつまでもつか……」

 

「なるほど。それで他の者はどうした?」

 

「隊長が追い詰められている味方を見捨てるなど俺の主義に反すると言って、空兵の援護に部隊の全員を投入しました」

 

竜騎士の台詞にエクトル卿は深く頷く。

 

「竜騎士部隊だけでも先に先行するとしよう」

 

「お、お待ちください!我らの高速艦三隻に残っている竜騎士は全部合わせても十騎です。いくらなんでも無謀にすぎます!」

 

大佐の反論にエクトル卿も負けじと返す。

 

「だが、我らがタルブに到着した時、既に味方が全滅していては本末転倒だ」

 

「ですが!親善艦隊が全滅するほどの戦力をトリステインは揃えて来ているのです!

それに対して竜騎士十騎を援軍に送ったところで、我が軍の犠牲者が増えるだけです!」

 

だが、竜騎士が恐る恐ると言った様子で言い放った。

 

「トリステイン軍は対空兵器を用意しておらず、兵力も二千程しかないようですが」

 

その言葉に彼らは沈黙した。

 

大佐は抑揚のない声で問う。

 

「ということはなにか?我が空軍は高々二千の敵地上部隊に敗れたと?」

 

「恐れながら……」

 

「詭弁を弄すな!」

 

大佐は竜騎士を叱責した。

 

アルビオンはハルケギニア最強の空軍を有する国家。

 

革命戦争でやや練度が落ちたとはいえ、二千程度のトリステインの弱兵相手に敗北を喫するなど悪い冗談にもほどがある。

 

「まぁ、待て大佐。

では、なにゆえ親善艦隊が全滅したか、おぬしはわかるのか?」

 

エクトル卿の問いに竜騎士は顔を歪める。

 

「それが……一部の空兵に聞いたところ、トリステインは極秘に”風石”を消失させる魔法兵器を開発していたようで、その兵器の攻撃を受けた親善艦隊は浮力を失い、地上に落ちるに至たってしまったようです」

 

竜騎士の説明に大佐が青い顔をする。

 

フネを浮かばせる”風石”を消失させる兵器ってなんだ。反則もいいところではないか。

 

エクトル卿も腕を組む。

 

(よもやトリステインにそのような隠し玉が存在したとは)

 

その魔法兵器の開発を主導したのは誰だろう。

 

トリステインには”レコン・キスタ”に協力している者達が多数いる。

 

にも関わらず、開発を秘匿してのけるだけの権力も考慮すると候補に浮かぶのはトリステインの王族だが、年中喪中王妃とお花畑王女にそんな真似ができるとは到底思えない。

 

となると……事実上トリステインを切り盛りしているマザリーニ枢機卿か。

 

或いは王家に恩を売る為にアカデミーが極秘開発していた可能性もあるが……、まぁ今はそんなことを考えている場合ではない。

 

「それでその兵器はどのようなものなのだ」

 

「実物を確認した訳ではありませんが、竜のような空を飛ぶ兵器であったと。

そして親善艦隊を全て沈没させて去って行ったそうです」

 

「ということは、今その兵器は戦場にないのだな?」

 

その問いに竜騎士は頷く。

 

「そうか、では、私自ら竜騎士隊を率いて先行しよう」

 

「なっ!危険です!親善艦隊を全滅させた兵器を繰り出して来たらどうするのです!?」

 

「落ち着け大佐。冷静に考えても見よ。

”風石”を消失させるような兵器がそう何度も使えるような代物だと思うか?」

 

大佐は口ごもった。

 

(確かに”風石”を丸ごと消失させるような真似をするには控えめに考えても同程度の精霊石が必要とみて間違いあるまい)

 

「確かにその通りかもしれません」

 

「であるならば、我が軍を包囲している者どもを蹴散らし、味方を収容して戻るのだ。敵の援軍が来る前にな」

 

エクトル卿がそう言うも、大佐は頷かなかった。

 

するとエクトル卿は懐からなにかの書類を出して大佐に渡す。

 

その書類を大佐が見るとすぐさまエクトル卿の提案を了承した。

 

(やはり責任を負いたくなかっただけか)

 

渡した書類には『本作戦の全責任は護国卿エクトルにある』と書かれており、エクトル卿が戦死した場合に帰国した際にこの書類を見せれば共和国政府はこの大佐を護国卿を見殺しにした罪に問えないであろう。

 

もっとも、戦死する気は毛頭ないが。

 

「それでここからタルブまでどれほどだ?」

 

「だいたい30分ほどといったところです」

 

「そうか、ではそれまで戦線を維持させなばな」

 

そう言うとエクトル卿は雷竜に跨り、飛翔する。

 

それに追従する形で他の竜騎士達も竜に跨って飛翔し、一路タルブへ急いだ。




思ったより会話シーン長くなった。次話でようやく戦闘回か?
まぁ、サイトとルイズは既に戦場から離脱してるので、残っている面子と言えば……


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12話

なんか戦闘描写がイマイチだなー


漆黒の雷竜を操り、エクトル卿はタルブの戦場へと降下して電撃のブレスで味方の前に広がっていたトリステイン軍の兵の集団を黙らせた。

 

「な、なんだ!?あの黒い竜は!」

 

ヒポグリフに跨る衛士が悲鳴のように叫んだ次の瞬間に、雷竜はヒポグリフに噛みついて肉を引きちぎった。

 

絶命したヒポグリフから飛び降りようとした衛士はエクトル卿の”マジック・アロー”の餌食となった。

 

その様子を遠くから見ていたマンティコア隊の衛士達が驚く。

 

「一瞬、凄まじい強さですな」

「竜もそうだが、あの乗り手も只者ではない」

「しかし、あの竜はいったい……?」

 

やや混乱ぎみの部下達をマンティコア隊隊長のド・ゼッサールは一喝した。

 

「混乱している場合か!あの竜を討つぞ!」

 

「し、しかし隊長。あんな黒い竜を私は見たことがありません!」

 

半ば恐慌状態に陥っている部下の言葉に、ゼッサールは落ち着かせる必要があると判断した。

 

「聞いたことがある。アルビオンの高地地帯(ハイランド)に黒い風竜の亜種がいると」

 

「どのような竜であるか、教えてもらえますか?」

 

「風竜でありながら、その凶暴性は火竜山脈の火竜にも勝るそうだ。

噂では決して人に飼い馴らされることはないと言われていたのだが……

まあ、話半分にしても油断ならん相手であることに間違いない」

 

ゼッサールの言葉に、隊員達は警戒心を強めた。

 

そしてゼッサールの号令に従い、マンティコア隊の衛士が5名続いた。

 

そして6方向から同時に雷竜に火や風の魔法攻撃を仕掛けたが、エクトル卿は”エア・シールド”でそれを防ぎ、雷竜は正面にいた敵に向けてブレスを繰り出した。

 

攻撃をかけられた衛士は咄嗟に防御しようとしたものの、詠唱が間に合わずに乗っている幻獣ごと真っ黒になって地面に落ちた。

 

が、マンティコア隊はそれに動じることなく次の攻撃を繰り出す。

 

雷竜の羽を狙った攻撃で、僅かに飛翔力を失ったが、エクトル卿は振り向きざまに”エア・スピアー”で隊員の一人を攻撃した戦線離脱させたが、残っている4人は構うことなく追撃を続ける。

 

仲間を失っても一糸乱れぬ連携にエクトル卿は内心舌を巻いた。

 

(これではとても地上の支援ができぬ)

 

戦闘に指揮を見せない程度に戦場全体に意識を向ける。

 

現在タルブにいるアルビオンの竜騎士十五騎の内、実に十二騎がトリステイン国王直属の近衛衛士隊の相手に必死で満足な地上支援を行えていなかった。

 

だが、竜騎士は一騎で数百の兵に匹敵する火力を誇る戦力単位。

 

三騎が地上の支援を行っているお蔭で押される一方だった地上の戦いは拮抗しはじめていた。

 

これならばしばらくは戦闘のみに集中しても地上に落ちた空軍も暫くは持つとエクトル卿は判断し、襲い掛かってくるマンティコア隊を迎え撃った。

 

残っている4騎はかなりの手練れであるようで、なかなか隙を見せず、相互に連携しつつ徐々に徐々に雷竜の翼にダメージを与えることで雷竜を飛べなくさせようとしているようであった。

 

このままでは自分が負けると悟ったエクトル卿はマンティコア隊との距離を取ろうとする。

 

翼にダメージが蓄積しているとはいえ、風竜の亜種たる雷竜とマンティコアでは雷竜の方が飛行速度が速い。

 

しかしマンティコア隊もそれは承知しており、雷竜の進行方向に魔法を撃つことで牽制し、中々全速力を出せなかった。

 

それでも雷竜は機動力が売りの風竜の亜種。

 

それを巧みに操り、マンティコア隊の魔法の雨を避けて距離を離していく。

 

目についたグリフォンに跨った衛士に向かって突進させ、すれ違いざまに杖剣で衛士の首を飛ばす。

 

そしてグリフォンに飛び乗り、グリフォンを操る。

 

幻獣と言っても、余程年齢を重ねていない限り、知能は馬とさほど変わらないため、グリフォンは訓練で教え込まれた通りのエクトル卿の指示にそのまま従った。

 

雷竜とグリフォンではグリフォンの方が小回りが利き、マンティコア隊を相手取るにはこちらの方がよいとエクトル卿は判断したのだ。

 

事実、そこから怒涛の勢いでエクトル卿はマンティコア隊を圧倒し始めた。

 

常に敵部隊の死角に入り、1騎、また1騎と討ち取っていく。

 

「貰った!」

 

攻撃直後で無防備になっているエクトル卿の背後から”魔法の矢”で貫こうと詠唱を始める。

 

「馬鹿ッ!後ろだ!」

 

ゼッサールが叫んだ直後、攻撃しようとした衛士は雷竜の電撃に幻獣ごと貫かれて絶命する。

 

雷竜の主であるエクトル卿が使い魔の繋がりを通じて命じていたのだ。

 

周りがほぼ全滅したゼッサールは冷や汗を垂らす。

 

(単騎で我が隊をここまで翻弄する傑物はカリン隊長だけだと思っていたが)

 

先代のマンティコア隊隊長の姿をゼッサールは脳裏に浮かべた。

 

まぁ、先代と模擬戦をした場合、空中戦で負けたというよりは災害の中にマンティコア隊が突っ込んだと言うべき事態になったので、純粋に空中戦でマンティコア隊がここまで劣勢になったのはゼッサールが知る限り、今回が初めてだ。

 

そう思うと素直に敵への称賛の念が湧きあがってくる。

 

そして全速で敵に向かって突進させた。

 

エクトル卿は長期戦は不利と見て、短期決戦を仕掛けてきたと判断した。

 

「面白い」

 

エクトル卿もゼッサール目掛けてグリフォンを突進させる。

 

そして遠距離魔法の射程圏内に入った瞬間――

 

「ぬ?」

 

ゼッサールはマンティコアから飛び降りた。

 

予想外の行動にエクトル卿の動きが一瞬止まる。

 

その一瞬を見逃さず、ゼッサールは落下しながら”エア・スピアー”を唱え、エクトル卿の左肩を貫いた。

 

「ぐっ!」

 

魔法の衝撃でグリフォンの背から叩き落とされた。

 

すぐさま使い魔の雷竜を呼び寄せ、落下する自分を拾わせてゼッサールを殺そうとしたが、既にゼッサールは距離をとって味方の衛士達と合流を果たしていた。

 

ここで追撃しては今度はこちらが不利であると考え、戦場全体を見渡した。

 

既に高速艦三隻が戦場に到着しており、地上の兵の回収を行っており、竜騎士達が追撃をかけてくるトリステイン軍を蹴散らす形となっている。

 

それを見て、エクトル卿も潮時と考え、高速艦の護衛に回り、アルビオンへの帰途についた。

 

「……この戦いは始まりから終わりまで予想外の連続だ」

 

トリステイン軍を率いていた王女アンリエッタの指揮を補佐(温室育ちのアンリエッタに戦術能力はまったくないので、トリステイン軍を事実上の指揮官と言ってもよい)をしていた宰相マザリーニはホッとしたように呟いた。

 

ゲルマニアと同盟関係成立させ、アルビオンとの不可侵条約を結び、戦争回避に全力を尽くしてきたがそれを嘲笑うようにアルビオンは不可侵条約を破って侵攻してきた。

 

即座に王宮で王女臨席の御前会議を開いたが、有効な打開案がまったくでなかった。

 

慎重派はアルビオン側のトリステイン艦隊がアルビオンの親善艦隊を砲撃したという”誤解”を正し、軍を撤退させるべきと主張し、軍の者達は援軍に三週間もかかるとかいう戯言を述べるゲルマニアに再度援軍を要請し、援軍の到着と同時に反攻に出るべしと主張した。

 

マザリーニはアルビオンの言い分を馬鹿正直に信じるような愚か者ではなかったが、艦隊が全滅してる上にゲルマニアの援軍もなしに戦えばトリステインは成す術もなくアルビオンに敗北することくらい容易に想像がついた。

 

ゲルマニアの魂胆は見え透いている。他国領土を守るのに自国の兵を失うのが惜しいのであろう。

 

だからトリステインを一度アルビオンに制圧させ、ゲルマニアは”解放軍”としてトリステインにいるであろうアルビオンの占領軍を倒して、トリステインを併呑したいのだ。

 

ゲルマニア皇帝アルブレヒトは王女アンリエッタの婚約者である。トリステインを統治する正統性としては十分だ。

 

仮にトリステイン軍がアルビオン相手に3週間持たせたとしても、ゲルマニアはなにかと理由をつけて援軍を寄越さないだろう。

 

となれば、トリステインの半分をアルビオンに無抵抗で渡すことになろうとも、国の命運を保とうとマザリーニは外交でアルビオンと戦おうと考えた。

 

しかしそこでアンリエッタが「自国領土が他国が侵略してるのに、貴方たちは延々と会議を続けているだけ、それでも国の重鎮か!」と激怒し、自ら軍を率いると宣言してしまった。

 

殆ど期待していなかった王者としての振る舞いに、マザリーニは絶望的なまでに勝ち目がないと承知の上で、アンリエッタに従った。

 

ここで王女の命に従わないなど、臣下としてありえないからだ。

 

そしてタルブに向かいアルビオン軍と戦い始めたのだが、やはり勝ち目が見えぬ。

 

一方的にアルビオンに押されていたが、”不死鳥(フェニックス)”が戦場に現れ、精強を誇るアルビオン竜騎士団を全滅させ、”光の玉”を吐き出してアルビオン艦隊の全ての艦をあっさりと沈めたしまった。

 

不死鳥(フェニックス)”は艦隊が航行不能になるのを見届けると戦場を去ったが、あまりの意味不明な事態に混乱しているアルビオン軍はトリステイン軍に押され始めた。

 

これなら勝てると思ったその時だった。

 

アルビオンの竜騎士が十数騎援軍に来て、戦況は膠着状態に陥り、空軍士官を数百名救出して去って行ってしまった。

 

”空の覇者”と呼ばれる程の強さを誇るアルビオン空軍の士官の帰還を許したしまったのは、痛手であるがひとまずはトリステインは自国を守護したこととなる。

 

「この一件が終わったら早々にゲルマニアを批難して、もっと対等な同盟関係を結ばせねばな。

少なくともトリステインには単独でアルビオンの侵攻を跳ね返す程の実力があるのだとゲルマニアは誤解するだろから向こうから言ってくる可能性もあるな」

 

アルビオンを撃退した直後にもかかわらず、先の事を考えねばならぬマザリーニであった。



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13話

マチルダの言葉遣いこんなだよな?


ブロワ侯爵率いる護衛艦隊に合流したエクトル卿は、ブロワ侯爵から「勝手に前線行くな!」と極めて真っ当な説教を受けた。

 

ブロワ侯爵には子どもの頃から頭の上がらないエクトル卿である。叱られるがままであった。

 

そして説教が終わった後、エクトル卿は人を探していた。

 

なんということはない。重傷を負ったワルド子爵を抱えてマチルダも自分と共に護衛艦隊に戻ってきたという話を聞いたからだ。

 

フネの上であるならクロムウェル、ひいてはガリアの目を気にすることもなくマチルダと旧交を温められると考えたからだ。

 

旗艦の個室で座って待っていると、部下に連れられてマチルダが入ってきた。

 

マチルダの顔にはわかりやすく困惑の色が浮かんでいる。

 

いきなり護国卿閣下に呼ばれているといわれたらそうなるのも自明だが。

 

「久しぶりだな。マチルダ」

 

「……どこかでお会いことがありました?」

 

杖に手をやり、警戒するマチルダ。

 

ひょっとして”土くれ”のフーケとして暴れていた時に、護国卿やそのお仲間を獲物にでもしたのかと思ったからだ。

 

エクトル卿は苦笑しながら自分の仮面を外した。

 

エクトル卿の素顔を見て、マチルダは驚愕した。

 

「エドムンド殿下ッ!?」

 

予想外すぎる展開に”フェイス・チェンジ”かなにかでからかっているのではと疑う。

 

が、そんなことをして誰に何のメリットがあるのかと考え、本人だと判断した。

 

エクトル卿は仮面をつけ直した。

 

「生きておられたのですか」

 

「ああ、なんとかな。お前こそ生きているとは思わなかったぞ」

 

そう返されて苦笑するマチルダ。

 

「幸運に恵まれてね。ところで殿下はなぜ仮面など?」

 

首を傾げるマチルダ。

 

仮面など被らずとも別によいではないかと思ったからだ。

 

「レコン・キスタの大義のひとつに”無能な王家の打倒”というものがある。

そんな勢力の中に俺がいては、なにかと困るとクロムウェルに言われてな」

 

そう言われてマチルダは頷いたものの、内心疑問を抱いていた。

 

別にレコン・キスタに参加せずとも、エドムンドなら国を割る一大勢力を築くことなど容易いではないか。

 

「だからあまり俺の名前で俺を呼ぶな。誰かに聞かれたら口封じとかで面倒だ」

 

「クロムウェルはエクトル卿が貴方って知っているのかい?」

 

「……ああ、知っている。あれは父の領地にいた司教だからな。

よく会っていたから、黙っていてもなにかの拍子でバレる可能性があるからこちらから教えた」

 

ことも無げにエクトル卿は言ったが、かなり危ない橋を渡っている。

 

下手したら”無能な王家の一員”として彼は殺されかねないではないか。

 

「それにしても驚いたぞ。

あのサウスゴータ侯爵家の令嬢が、たった4年で貴族専門で有名な盗賊になっておろうとは」

 

「えぇ、私も4年前では、想像すらしてなかったさ」

 

「……しかし、なんで貴族専門の盗賊なんぞしていたのだ?

お前ほどの腕なら、欲しがる貴族や商人はごまんといるであろうに」

 

エクトル卿の問いにマチルダはどう答えるか戸惑った。

 

モード大公の派閥がジェームズに粛清された原因であり、マチルダにとっては妹のような存在が密接に関係しているからだ。

 

「貴族が憎たらしかったからね」

 

考えた結果、マチルダの中で小さくない理由のひとつをあげた。

 

「そうか。まぁ、わからんでもない。

しかしどうせならアルビオンで王党派貴族相手にやってくれなかったものか」

 

「それだと私の顔がバレちまうよ」

 

苦笑しながらマチルダは言った。

 

嘘ではない。

 

自分が生きていることが知れば、泥縄式で彼女も生存していることが王家の知るところとなりかねかったからだ。

 

そして王家があの子の生存を知れば、今度こそ確実に殺しに来る……。

 

「お前ほどの腕なら別に顔がバレても大丈夫だと思うがな。

いや、貴族専門の盗賊なんて義賊ぶるより人気がでたんじゃないか?

まぁそれは置いておくとしても、お前はなんで今更、”レコン・キスタ”に加わった?」

 

「聞いてないのかい?ワルド子爵にほぼ無理やりに参加させられたんだ」

 

「ほう。なら護国卿の権限でお前を俺の直属にしてやろうか。

お前も自分を脅した相手の部下をするなど嫌であろう?」

 

エクトル卿の提案にマチルダは沈黙した。

 

確かにワルド子爵にほぼ強制的にレコン・キスタに参加させられる羽目になったのであるが、チェルノボーグに彼が来なければトリステインの貴族達によって自分は処刑されていたであろう。

 

それにワルド子爵本人にそこまで悪感情を持っていないマチルダである。

 

やや呆れたくなるようなところがあるが、人格的ひどいところもないわけであるし。

 

上司としてそれなりに認めてもいるのである。

 

「悪いけど遠慮させてもらうよ」

 

総合すれば、別にいまのままでも問題ない。

 

それに……すこしワルドという人物に興味を持ってもいる。

 

だから自分から離れる必要はないとマチルダは判断した。

 

「そうか」

 

マチルダの答えにエクトル卿は特に反応を示さなかった。

 

もとより旧交を温めるついでの勧誘であり、無理やり仲間にしようと思っていたわけでない。

 

「しかし、随分と言葉使いが悪くなったな」

 

旧交を暖めるついでに気になったいたことを指摘する。

 

実際、エクトル卿の記憶の中のマチルダと目の前のマチルダは雰囲気も違いすぎる。

 

「4年もありましたからね。それでも演技をすればできないこともないですよ」

 

悪戯っぽい笑顔を浮かべて、貴族時代の言葉使いをするマチルダ。

 

それを見て苦笑するエクトル卿。

 

「まったく女というのは天性の役者だな。クラリッサを思い出す」

 

クラリッサの名を聞いて、マチルダはバツの悪そうな顔をする。

 

「あの、ひょっとしてクラリッサ様も……」

 

「いや、彼女はジェームズ王の一派に殺されたよ。この目で確認した。

多くの者達の首と一緒に彼女の首も広間に晒されていたのをよく覚えている」

 

仮面で素顔は隠れていて表情を伺えない。

 

声だけ聞けばなんともなさそうだが、実は怒りを必死で抑えているのかもしれず、マチルダはどうしたものかと悩んだ。

 

「悪い。辛気臭い話をしたな。昔のことを話せる奴などブロワ侯爵とヨハネだけなのでな」

 

「ヨハネ……、昔あなたと一緒にいつもいた専属騎士の名前だよね?」

 

レコン・キスタにいるなんて聞いたことないけどとマチルダは問う。

 

「ああ、あいつは俺の別命で動いてもらっている。

なにせ俺はクロムウェルを完全に信用してるわけではないのでな」

 

「確かに胡散臭い奴さね」

 

クロムウェルが”虚無”で人を蘇らせるところを目撃するまで、テンションが高いだけのおっさんと認識していたマチルダである。

 

そんな人物が紛いなりにも貴族議会、ひいては国家を纏めているのは意外といえば意外だ。

 

「胡散臭いが実力はある。故に利用するというわけだ」

 

そう言う彼に対し、マチルダはふと疑問を抱いた。

 

彼はクロムウェルに実力があるから利用するというが、何のために利用するというのか?

 

復讐は既に果たされている以上、かつての地位の回復や一族一門の名誉回復といったところだろうか。

 

それとも……

 

そこまで考えて、マチルダはため息をついた。

 

こんな駆け引きが嫌で、アルビオンが内乱状態でも知らん顔をして盗賊をしていたのに、今更国家や王族なんてごたいそうなものの行末を案じるなんて筋違いも甚だしい。

 

自分の周りとウエストウッドの孤児院のことだけ考えていればそれでよいのだ。

 

 

 

同時刻、既にロンディニウムの王宮にもタルブ敗戦の報が伝わっていた。

 

「まさか、まさか。トリステインの阿呆どもに我が軍が蹴散らされるとは……」

 

その報を聞いたクロムウェルの顔にはいつものふてぶてしいほどの余裕さはなく、自室で不安と怯えに彩られた表情をしていた。

 

自分の指に嵌っている指輪を見つめる。

 

これが”虚無”であり、この力を使えば無能な王家を蹴散らせる。そうあの女は言ったのではなかったか。

 

本来、クロムウェルには一国を導くだけの器量などない。

 

この男の取り柄と言えば、並外れたの演技力と記憶力のみである。

 

どちらも得難い才能ではあるが、それだけで一国の指導者になれるわけがない。

 

にもかかわらず、王権を排して彼がアルビオンの指導者となりおおせたのはガリア、というよりは秘書官を介したジョゼフ個人の強力な援助があってのことである。

 

「随分と青い顔をしてらっしゃるわね」

 

自らの指輪を眺めることで現実逃避を図っていたクロムウェルに、自分の秘書官――本当の意味でアルビオンを運営支配しているシェフィールドの声が聞こえた。

 

「ミス・シェフィールド!我が軍はたかが2千の軍に敗北を喫したそうじゃないかね!

トリステインがごとき弱国相手話にならんと言ったのは君だろう!?」

 

「落ち着いてください。皇帝閣下」

 

「落ち着け?どうやって落ち着けというのだね!!?」

 

「落ち着けと言っているでしょう。司教?」

 

シェフィールドの瞳に冷たいものを浮かべ、皇帝になる前の役職で呼ぶ。

 

それを見て、クロムウェルは震えあがり、黙り込んだ。

 

「トリステインの王女を少し舐めていたようだわ。ジョゼフさまの推測では、どうやら王家に伝わる始祖の秘宝を用いて”虚無”の秘密を暴いたらしいわ」

 

「始祖の秘宝?」

 

そういえばとクロムウェルは、レコン・キスタが数か月前にロンディニウムを制圧した時に手に入れたアルビオン王家に伝わる始祖の秘宝のことを思い出した。

 

見た感じ、ぼろくて壊れたオルゴールと言った感じであり、宗教的・権威的意味合い以上の価値を持たないものだと思った。

 

こんなものを寄越せというジョゼフ王の真意を理解できなかったが、どうやらそれが虚無に繋がる代物であるらしい。

 

「あなたのしている”アンドバリの指輪”と違って、始祖の秘宝は零番目の系統使いのメイジを目覚めさせる鍵のようなもの。トリステインは虚無のメイジを手に入れたと考えていいわ」

 

シェフィールドの説明にクロムウェルは震える。

 

ということはなんだ。自分は神話に語られる伝説の力の持ち主を敵にしてしまったという訳ではないか!!

 

どうしようもない絶望感がクロムウェルを襲った。

 

「だけどそんなに心配する必要はないわ」

 

「心配する必要がない!?始祖のみが扱えたという聖なる力を敵にして、心配するなと!?」

 

「私の後ろに誰がいるのか。あなたのおめでたい頭はもう忘れたの?」

 

シェフィールドの問いに、クロムウェルは沈黙した。

 

そうだ。たかが一介の司教である自分に”虚無のマジック・アイテム”を与え、その恐ろしい頭脳で――クロムウェルからすればあの御人は悪魔の親戚かなにかだとしか思えない――自分にアルビオンの王位をくれたジョゼフ王がついているのだ。

 

身近でその凄まじさを実感していただけあって、クロムウェルは伝説上の存在にすぎない”虚無の担い手”より、悪魔のようなジョゼフ王のほうがおそろしいし、敵にまわしたくなかった。

 

だいたい、今さらジョゼフ王と敵対しようものなら、自分は即座に殺されて死体を操られるだけだ。

 

「あなたはいつも通り、私たちの言うことを聞けばいいのよ」

 

シェフィールドは慈悲深い表情を浮かべ、優しい声でそう言った。

 

なのにクロムウェルはそれがとても恐ろしいものに見え、後ずさった。




クロムウェルってジョゼフの事知ってたよね?
ガリア艦隊きたときに明らかにジョゼフのこと言ってたし。

あとシェフィールドの名前が安定しない。


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14話

つい最近、『全裸の王様』なる作品群を拝見した。
うん。酷いww


ハヴィランド宮殿の会議室――

 

タルブの敗戦を受け、閣僚会議が開かれようとしていた。

 

「大失態でしたな皇帝閣下」

 

口火を切ったのは財務卿グレシャムである。

 

「トリステインの策謀を見破り、敵の艦隊を全滅せしめたまではよかったのですが、こちらの親善艦隊もまた全滅しました。これでは長期的な戦をするより他ありませんが、国庫に五万の大軍を維持できるほどのお金はありません。となれば増税するしかありませぬが、そうなれば平民から怨嗟の声があがりましょう。ただでさえ、2年渡る内乱の重税に民は苦しんでいたのですから」

 

グレシャムの指摘に閣僚達の半数が頷く。

 

「すぐにトリステインに使節を派遣し、事態の収拾をはかるべきかと考えますが」

 

「しかし、これは悪逆なる侵略者に対する正義の戦争だ。民を苦しませるからと言ってやめられるものか」

 

己の持論に反論してきた内務卿ランカスター公を睨みつける。

 

「ほほう。では内務卿は民に怨嗟の声があがろうと構わぬと仰せか」

 

「そうは言っておらん!我々どれだけ寛大な心を持って歩み寄ろうとも、トリステイン側の侵略の意思が明らかな以上、無意味だと言っておるのだ!」

 

「トリステインとて艦隊を失ったのだ。妥協の余地はあろう!」

 

財務卿と内務卿の言い争いが始まったが、クロムウェルが片手を上げて制すると両者は黙り込んだ。

 

「グレシャム君の言い分はもっともだが、艦隊の再編を急がねばならぬ今、ある程度の増税はやむをえまい」

 

クロムウェルの言葉にグレシャムは悔しそうな顔をして黙り込んだ。

 

それを見て、軍務卿ホーキンスが声をあげる。

 

「今回の侵攻作戦の失敗により、空軍全艦艇の実に4割を喪失しました。

これを再建するとなると、かなりのお金がかかります。また艦艇を揃えたとしても一線級の戦力にするには最低でも三年。二線級で妥協するにしても、一年は欲しいところです」

 

その予測に反論したのが、法務卿ヨーク伯だ。

 

「三年、二線級でも一年は必要だと?

トリステインはゲルマニアと同盟関係にある。

つまり空軍はゲルマニアが、陸軍はトリステインが、という形で遠征軍を編成し、明日にでも攻め込んでくるかも知れぬというのに悠長な!」

 

「悠長と言われるが、どれだけ有能な教官をつけてもそうなるでしょう」

 

「ほう。歴戦の勇将であられるホーキンス将軍がやる前から不可能などという戯言をほざくとはな。よる年波には勝てぬか?」

 

「精神論だけで現実に対処できると仰られるか?」

 

ホーキンスは辟易した様子でそう言った。

 

が、それは更にヨーク伯の怒りに油を注いだらしく、脂肪を激しく波打たせながら叫ぶ。

 

「そうは言っていない!トリステイン・ゲルマニアの脅威に対処するためにアルビオン軍の力が必要だと言ってるのだ!それともホーキンス将軍は空軍の再編すらせずにトリステイン対抗できるとでも言うのか!?できはしまい!故に早急に残った艦隊二十隻あまりでトリステイン・ゲルマニア連合軍に対処する戦略を練るのだ!!」

 

無茶を言うなとホーキンスは思った。

 

君主制から共和制に変わっても、相変わらず政治家という人種はいつも軍事の常識を無視して軍に無理難題を押し付けてくるようだ。

 

ホーキンスもテューダー朝の王政に思うところあって革命に加担することを決断した身の上であるが、先のクロムウェルの陰謀や今回の政治家の態度を見て、早くもその決断を後悔しはじめていた。

 

「落ち着きたまえ。ヨーク君」

 

「しかし、閣下。一年も訓練させる時間の余裕があるわけがありません」

 

「その余裕があると言ったら?」

 

予想外なクロムウェルの言葉に閣僚達の視線が集まる。

 

「エクトル卿。タルブにはゲルマニア軍は存在しなかった。そうだね?」

 

「仰る通り」

 

「ということは、トリステインとゲルマニアの同盟関係は強固なものではないということだ。

両国が連合して我が国に攻め込んでくるにしても、相互不信でそう簡単に話はまとまるまい。

最低でも半年程度は協議に時間を費やし、このアルビオンに攻め込んではくることはできぬ」

 

クロムウェルの推測に、閣僚達から感嘆のため息が漏れる。

 

「しかし、それでも半年。半年では練度を保障しかねますが……」

 

「今回の敗戦は情報収集を怠った指導部である貴族議会、ひいては余の責任だ。

で、あるからには時間稼ぎの策謀を巡らせるのは余の義務である」

 

その宣言に閣僚達は驚いた。

 

国家の指導者が敗戦の責任は自分ら指導部にあると宣言したのだ。

 

驚かぬはずがない。

 

「時間稼ぎと閣下は申されるが、いったいどのようにしてそうするおつもりで?」

 

「君も知っているだろうが、かの”聖女殿”がこの度めでたくトリステインの女王になったそうだ」

 

エクトル卿は頷く。

 

あのタルブ攻防戦でアンリエッタは自ら陣頭指揮を執り、優勢なアルビオン軍に対して”フェニックス”を召喚して、トリステインを勝利に導いたことから”聖女”と民に讃えられ、貴族や民の期待に応える形でトリステインの王位につく運びとなったということは既に周知の事実である。

 

というのも、トリステイン政府が派手に諸国に喧伝しているからだ。

 

アンリエッタが陣頭指揮をとったということは、ラヴレターの一件を知るクロムウェルやエクトル卿を驚かせた。

 

私情優先で政治感覚皆無というのが、アンリエッタに対する評価であったからだ。

 

が、どうやらそれもいくらか修正する必要があるとエクトル卿は感じていた。

 

クロムウェルは士気高揚のために周りの貴族に引っ張り出されたのだろうにと切って捨てていたが、自ら陣頭指揮をとったということは、アンリエッタはそれなりの軍事能力を有しているのかも知れない。

 

となれば、あの風石を消し飛ばした魔法兵器も、アンリエッタの指示で開発されたものかも知れず……

 

そう考えれば、問題はあれどまったくの無能というわけではないのだろうとエクトル卿は考えたのだ。

 

最悪、アンリエッタが恋人関係の事になると理性が焼き切れるだけの名君という可能性さえありうると。

 

そういうふうにアンリエッタの評価を改めたエクトル卿である。

 

「そう。その”聖女”にお祝い申し上げるため、この宮殿に行幸願おうと思うのだ」

 

「それは……トリステインの女王を誘拐するという意味でございますか?」

 

ヨーク伯の問いにクロムウェルはほほ笑む。

 

「最悪の場合はな。だが、できれば自主的に我が国に亡命してほしいものだ」

 

そう言って指を鳴らすクロムウェル。

 

すると奥の扉からウェールズ皇太子が入室してきた。

 

閣僚達はウェールズが悔い改めて、皇帝の親衛隊に所属したという噂は聞いていたが、本人を目の前にするのは初めてだ。

 

クロムウェルが座っている椅子の横まで歩いていき、彼に跪く姿を見ると亡国の王子というものは、こうも誇りを失い、己の身を守る為にかつて叛逆者と蔑んだ者に忠誠を誓えるのかとある者は嘲笑し、ある者は侮蔑する。

 

「彼にトリステイン女王を亡命させるよう説得させようと思うのだ」

 

その言葉に閣僚達は首を傾げた。

 

なぜウェールズにそんな役をやらせるのかと皆疑問に思ったからだ。

 

「閣下、なぜそんな仕事を彼にやらせるのです?そんなことより彼の生存を公表し、政治宣伝に使った方が効果的かと考えますが……」

 

皆の思いを代表して、ランカスター公が問いかけた。

 

するとクロムウェルは声をあげて、笑った。

 

「確かにそうかもしれぬ。

しかし、ウェールズ君はあの女王陛下と恋仲なのだよ。そうだねウェールズ君?」

 

クロムウェルの言葉にやや驚く閣僚一同。

 

「ええ。その通り。ですから彼女の事を私はよく知っている。

おそらく彼女はかつて私がそうであったように、皇帝閣下の理想を彼女は理解していないのだ。

真にレコン・キスタの理念を彼女が理解すれば、彼女は必ず協力してくる。

だから私に彼女の説得を任せて欲しい。始祖の御心に沿う道を歩むは王家の本道だ」

 

ウェールズの言葉に、閣僚達は冷ややかな視線を向ける。

 

自分の身を守る為に功を立てようと必死になっているようにしか見えなかったからだ。

 

「うむ。ウェールズ君に一任する。皆もそれでよいな?」

 

クロムウェルの確認に、閣僚達は頷いた。

 

こうして会議が終わり、エクトル卿も他の閣僚とともに退室しようとしたが、クロムウェルに呼び止められた。

 

「閣下。いったい何用ですか?」

 

「いや、君の鉄騎隊アイアンサイドにいる兵を借りたいと思ってね」

 

「なぜです?」

 

「私たちは商船に偽装してトリステインに潜入しようと考えているからだ」

 

その問いに答えたのはクロムウェルではなく、ウェールズだった。

 

「二度と俺の視界内に入るなと前に言ったはずだが?」

 

「僕個人としては破るつもりはなかった。だけど皇帝閣下の命とあらば仕方がない」

 

軽く舌打ちするエクトル卿。

 

エクトル卿としては、物理的に二度と喋れないようにしてやりたいのだが、クロムウェル皇帝閣下の虚無とやらで動いているであろうウェールズの死体の首を斬り飛ばしても無意味であると重々承知しているので自制する。

 

「皇帝閣下の助力があれば、商船ひとつ手配することなど容易であろう」

 

「ですが、アルビオン人ばかりの商船が何日もラ・ロシェールに停泊していては周りに不信がられるでしょう」

 

「……なるほど」

 

ハルケギニアはそれぞれの地域で多少の差があるとはいえ、殆ど同じ言語が使用されている。

 

そんなハルケギニアにおいて、異彩をはなっているのがアルビオン語である。

 

アルビオンは他の国と陸続きではなかったため、言語が奇妙な発展を遂げた。

 

その結果として、アルビオン語は他のハルケギニア諸国の言語と比べ、かなりイントネーションがかなり違う。

 

いわゆるアルビオンなまりというやつである。

 

これを矯正するのはかなりの難事業であり、一朝一夕でどうにかなるものではない。

 

「要するに他国人の部下を貸してほしいということか」

 

「その通りだ」

 

「わかった。ディッガーを貸そう」

 

「よいのかね?ディッガー君は君の右腕だろう」

 

エクトル卿は頷く。

 

「構いません。それにあいつはガリア人です。

双子の王国と呼ばれるトリステインに紛れ込んでも、バレはせん。

それにあいつは引き際を弁えており、万一の事態にも対応できるであろうからな」




言語の設定は適当です。


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15話

商船でラ・ロシェールへと辿りついたディッガーは早速積荷おろしていた。

 

「いや、助かったよありがとう」

 

フードを被ったウェールズがそう言う。

 

その後ろには元王党派の兵が数十付き従う。

 

彼らはクロムウェルの”虚無”によって蘇らされ、皇帝に忠誠を誓った者たちだ。

 

馬に跨った彼らは一路、トリスタニアの首都へと向かって行った。

 

それを見届けたディッガーはフネへと戻り、船底にいるお客さんを呼び掛けに行く。

 

風石が満載された船底に、3人の人影があった。

 

全員見目麗しい女であったが、その中心となる人物は別格であった。

 

歳の頃は、20歳手前といったところだろうか。

 

妖艶な美しさを持つ女を前に、ディッガーは背中に冷たいものを感じた。

 

「エリザベート。死体どもは去ったぞ」

 

「そう。しかし彼らも哀れよね。

水の精霊力で自分の意思を縛られて憎い憎い怨敵の操り人形になっているなんてね」

 

「お前のような存在がそのようなことを言うとは、意外だな」

 

「わたしは同族にそんな真似はしないわ」

 

優しげにほほ笑む彼女に、ディッガーは得も言えぬ不快感を抱いた。

 

「あまり調子に乗るなよ。お前たちなどその気になればいつでも潰せるのだからな」

 

「その気になれば潰せるのは、貴方の上にいる坊やであって、貴方ではないのではないかしら?」

 

坊やというのが自分の主君のことを指しているのだと知っているディッガーは益々不愉快になった。

 

「その通りだが、あまり大きい態度を取っていては、私や私の部下達がついうっかり外部に漏らしてしまうかもしれんぞ?」

 

「へぇ、あの坊やは自分の命令も守れないような人間にわたしたちを教えるほど無能な人間だったのね。

そういうふうには見えなかったのだけど、これはわたしの買いかぶりだったのかしらね」

 

「……我が主君に討伐されかかったくせに、よくもそんな態度を取れるものだ」

 

「その通り。だけど貴方の主君がそれを容認している以上、貴方が一々口を挟むこと?」

 

「……そうだな。その通りだ。すまなかった。御老母」

 

「分かってくれればいいのよ」

 

この女と話していると嫌悪感で一杯になる。

 

何故、自分の主君はこのような者を自分の幕下(ばくか)に加えているのか。

 

あの御方なら、このような闇の一族など使わずとも、その大望を果たすことはできるであろうに。

 

ディッガーはそう思ったが、すぐに彼女に下された命令を再確認する。

 

「それで、お前達はなにをすべきか。わかっているだろうな?」

 

「ええ、哀れな死体どもがトリステインの御姫様を攫う騒ぎに乗じて、アカデミーの研究員を襲ってタルブの”魔法兵器”の情報を集めればいいのでしょう?」

 

「ああ、その通りだ」

 

「それと確認しておくけど……、わたしたちは一度、シルヴァニアに戻るわ。

報告はユアンのカラスを通じてするけど、それでいいのよね?」

 

「殿下から聞いている。好きにしろ」

 

ディッガーはそう言って話を打ち切ると、3人の女達はブリミル教の修行僧の服装をして、フネから出て行った。

 

これで王党派の屍連中が夜に問題を起こすまで、暇となる。

 

そこでラウンジに連れてきた鉄騎隊(アイアンサイド)の面子を集め、小さな談笑会を開いた。

 

ここにいる面子に純粋なアルビオン人は一人としておらず、傭兵をやっている内にガリアで暴れていた傭兵団時代の鉄騎隊(アイアンサイド)に所属することなった者達だ。

 

アルビオンの内乱で貴族派についた時から、アルビオン人以外の人員補給が殆どなくなったので、残っている非アルビオン人は、ディッガーを含めて100人くらいしかいない。

 

そのため、どうでもいい昔話をしているだけでそれなりに新鮮な話題が飛び出し、談笑会はそれなりに盛り上がっていた。

 

「ところで、今回の聖女の亡命作戦ってうまくいくと思いますか?」

 

部下の1人がウェールズによるアンリエッタの説得&亡命作戦についての話題を振ってきて。

 

「誘拐ならともかく、仮にも一国の王が亡命なんてするとは思えん。

いかに愛する人物の説得でも、国を捨てる正当性が微塵もないだからな」

 

ディッガーはそう言った。

 

国民、もしくは貴族の大多数から嫌われているなら、或いはとは思うが。

 

そうでない以上、王が自国を捨てて逃げる理由など何一つとしてないだろう。

 

「でも、昔のトリステイン王で恋人と一緒に失踪したやつがいるからやってもおかしくないんじゃないんですかね?」

 

「は?」

 

違う部下の言葉に首を傾げる。

 

「な、なに?トリステインって失踪した国王がいるの?」

 

「え、ええ。昔、彼の自叙伝を愛読していたんで……」

 

「ちょいまて。ツッコミどころが満載だ。順を追って話せ」

 

その部下の説明によると以下の通りである。

 

彼はもともとトリスタニアの商人の家に生まれたが、16歳の時に父親が死んで傭兵稼業で身を立てるようになったという。

 

彼が商人時代に最も愛読していたのは”烈風”カリンを題材とした英雄譚群であったが、その次に愛読していたのが約350年前の国王クロタール4世の自叙伝である。

 

自叙伝は3部構成全38巻に及ぶ大作であり、やたらと娯楽性のある内容でありのめり込んだという。

 

第1部は8巻構成で王族として生まれ、侍女アンヌとの恋話や宮廷における善悪美醜の物語。

 

また同時期に行われた聖戦に従軍した時の様相や感想などが主な内容である。

 

第2部は9巻構成で伯父王の子どもが聖戦で全滅し、伯父王が新たに子どもをつくらずに死んだため、嫌だったが王位につき、聖戦により疲弊した祖国を立て直す7年間が描かれている。

 

政略結婚で押し付けられた王妃アデライドやアンヌとの関係や、不満が溜まりまくって分離独立しようとする諸侯との対立。

 

そして国家を立て直そうと改革に奔走するクロタール4世の心情が描かれている。

 

さらに第2部の最終巻にあたる17巻では、国家再建を果たし、王妃との間に男子が生まれて後継者を確保したことから、自分の役目は終わったと判断して、アンヌとともに王宮から脱出してしまう愛の逃避行の様相が鮮明に描かれている。

 

第3部は21巻構成であり、クロタール4世がクロスと偽名を名乗って周辺諸国を旅する冒険活劇調の内容であり、クロタール4世の自叙伝の中で一番人気のある話でもあり、トリスタニアの劇場でこの辺の話を題材にした演劇が今でも公演されることがあるほどだ。

 

凶暴な亜人や犯罪組織。悪徳貴族などを成敗したり、魔法で土木工事やけが人を直してあげたりしたり、カジノで大儲けしたり、どこぞの武闘会に飛び入り参加したりと王道的な冒険譚であると言える。

 

また、そんな無茶をするクロスに献身的に世話する恋人アンヌの姿も、この物語の人気が高くなる理由のひとつだ。

 

最終巻では王妃アデライドの葬式に平民の列で参列し、それがクロタール4世であると警備兵に気づかれ、当時の国王ーー要するにクロタール4世とアデライドとの間の子と実に30年ぶりの再会を果たしたシーンが印象的である。

 

因みにクロタール4世が国王である息子である人物と何を語り合ったかは”恥ずかしいので全省略する。”としか書かれていない。

 

そしてトリスタニアに滞在し、自叙伝を執筆して発表し、再びアンヌと一緒に冒険にでかけるところでクロタール4世の自叙伝は完結する。

 

「国王の自叙伝つーか、半分以上が自分の冒険の記録じゃねぇか」

 

呆れたように部下のひとりがつぶやく。

 

ディッガーも頭を抱えた。そんなとんでもない国王が歴史上に存在したとは。

 

国王から流浪の旅人に転身。しかも自らそれを望んでとか色々規格外すぎる。

 

「でも、ほら。その王の時は自分がいなくなってもどうとでもなるな状況だったんだろう?

いま女王がいなくなったらトリステインがやばいんじゃん。

そんな、現実の見えないロマンチストな真似を今の女王はいくらんでもしないだろう」

 

なんたって、タルブ戦を勝利に導いた聖女様だからな続ける部下。

 

それを聞いて、嫌な汗が流れるディッガー。

 

部下の言う現実の見えないロマンチストという評価は、数か月前、ウェールズへのラヴレターとそれを回収しようとワルド子爵を護衛につけて、滅亡間際のアルビオン王国に大使を送り込んだことを知った時に自分が抱いたアンリエッタへの評価そのものではなかったか?

 

ま、まさか。アンリエッタ自らが亡命を望んでこのフネに来るなどという事態が本当に起こりうるのだろうか。

 

「な、なあ。お前、トリスタニアに住んでたんだろ。アンリエッタ女王陛下のことについて知っていることはないか?」

 

「いや、おれがトリスタニアに住んでたのはもう7年も前ですよ?姿を見たのもパレードの時に一回見たくらいだし」

 

「それでいい。で、なんか噂話とか聞いてない?」

 

「噂話ですか……、たしか演劇が好きって噂があったような……」

 

女王が現実見えないロマンチスト+愛の逃避行を実行した国王の話が演劇で人気。

 

=マジで亡命してきても何の不思議もありはしない。

 

頭にそんな数式が浮かんだディッガーは、頭を抱えた。

 

ってことはなんだ。そんな幸せな思考回路を持つお姫様の面倒を見ねばならない可能性があるというのか。

 

今までディッガーは、ウェールズが失敗するか、アンリエッタが誘拐されてくる可能性を考慮はしても、アンリエッタが自ら亡命してくる可能性は微塵も考慮していなかった。

 

「いや、まさかな」

 

なんとなく嫌な予感をディッガーは感じたが、首を振る。

 

たぶん、考えすぎなだけだ。

 

そうディッガーは自分に言い聞かせた。

 

もし亡命してきたら、女王の世話とか誰がすればいいんだと思いながら。




クロタール4世:愛の逃避行を実行した王様。原作には影も形もない。


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16話

王立魔法研究所(アカデミー)の研究員である男爵位を持つ貴族は正午からぶっ通しで研究に勤しんでいた。

 

「これをこいつに突っ込めば、効率が7%アップする筈……」

 

試作品にオレンジ色に光る謎の物体を放り込んで、実験装置のレバーを引く。

 

だが、その経過を見ると男爵は一気に不機嫌になった。

 

「たった3%しかあがってない!」

 

「し、しかし。効率があがったのは間違いないのですし、そこまで不機嫌にならずとも……」

 

「研究者にとって自分の理論通りに事が進まないことほど、不愉快なことはない!」

 

男爵はそう断言した。

 

彼は研究一筋で生きてきた貴族であり、己の研究に絶対の自負を持っていた。

 

「ったく!なにがおかしかったんだ?メイガスの魔法理論か?

それとも重さの問題か?くそっ!また最初から理論構築のし直しだ!!」

 

そう激怒して、机に置いてある自分の理論式を見直そうとしたが、腹がなって思いとどまった。

 

思えば、今日は朝にパンをひとつ食っただけで、ろくに飯を食べていない。

 

それに外を見てみれば、もう真夜中だ。

 

「一休みするか。今日はこれで終わりにしよう」

 

男爵の助手はその言葉一つで泣きそうになった。

 

なにせ、研究中に何度も食事休憩しませんか?と男爵に聞いてもなしのつぶてだったのである。

 

男爵の助手はルンルン気分で、妻が用意してくれた愛妻弁当を食べるため、自室へ向かった。

 

余談だが、この助手はこの後、愛妻弁当を食べようとした時に、ばったり婚約破棄されて間もないエレオノール女史と出くわし、散々愚痴を言われて萎縮しながら愛妻弁当を食べることとなることとなり、神とブリミルを呪うこととなる。

 

男爵はここ最近、研究にのめり込んでちゃんとした食事をしていないと思い、どこか適当な料理店に足を運ぼうと考えた。

 

そしてアカデミーの建物から出ると、敷地内で子どもが2人遊んでいるのが見えた。

 

男爵は眉を顰めて、警備兵はなにをやっているのだと不満を言おうと思ったが、警備兵を1人も発見できなかった。

 

警備兵が見当たらないことに首を傾げる男爵だが、しばらく考えているとその理由に思い当たった。

 

「ああ、そういえば陛下が賊にかどわかされたから、警備兵も捜索にまわしてるんだっけ」

 

研究中にそんなことを言われた記憶がある。

 

だが、どうでもよいことだったので忘れていたのである。

 

王が誘拐されたと知らされた貴族にとってあるまじき態度ではある。

 

しかし男爵にとっては、研究に関わること以外、等しくどうでもいい瑣末事である。

 

もし女王がいなくなっても、アカデミーで研究できなくなるわけでもないのでどうでもいいのだ。

 

だが、警備兵がいない以上、敷地内で遊んでいる子どもを叱るのは自分の役目かと男爵は思った。

 

そして遊んでいる街娘に近づいたその時だった。

 

「がっ!」

 

突然、首筋に激痛を感じて振り返ろうとしたが、強烈な力で地面に押し倒され、身動きができなくなった。

 

激痛にもがき続ける男爵であるが、背中から加えられる圧力のせいでろくに抵抗もできない。

 

「があああああああああ!!!!」

 

渾身の力で、なにが起こっているのか確認しようと首を捻って、激痛の原因を知ろうとした。

 

だが、その原因である自分の首筋に牙を突き刺している妙齢の女性を視認した時、男爵は絶望した。

 

「そ、そんな……、どうしてこんなとこに吸血鬼が……」

 

吸血鬼。ハルケギニア最恐の妖魔。

 

そんな存在が、どうしてトリステインの王都。それも栄えある王立アカデミーの敷地に……!

 

そう思った直後、男爵の意識は途切れた。

 

「あんまり美味しくないわね」

 

男爵に牙を突き立てるのをやめたエリザベートは口元の血を拭ってそう呟いた。

 

そして倒れている貴族の男に目を向ける。

 

「立ちなさい」

 

するとその男爵は何事もなかったように立ち上がった。

 

「聞きたい事があるのだけど……、タルブの戦でトリステインが使った”フェニックス”や”光の玉”に間する情報を知らない?」

 

「知らないな。王室が秘匿している。アカデミーで詳細を知っている者がいるとしたら、評議会議長であるゴンドラン卿くらいだろう」

 

「ってことは、あれはアカデミーで開発されたものではないのね?」

 

「ああ。少なくとも俺は知らん。アカデミーで開発されたにしても、相当秘匿されて開発されたのだろう」

 

ここまで聞いて、エリザベートは眉を潜めた。

 

あんまり、大きな情報を入手できなくて苛立っているのである。

 

「……そうだな。それらのことが知りたいならここより軍の高官から聞き出した方がいいと思うぞ」

 

「あら。どうしてかしら?」

 

「例の魔法兵器は軍が運用することになったという噂を聞いた。

実際、ああいう物騒なものを使うのは軍のような暴力組織だけだろうさ」

 

男爵の説明を聞き、頷くエリザベート。

 

そしてまる夜の闇と同化したように存在感のないカラスに語りかけた。

 

「そういうことだから、これからどうすべきかよく考えてね。

わたしたちはシルヴァ二アに戻るから、用事があるならフクロウを飛ばしなさい」

 

そう言って柔らかい笑みを浮かべて、こっちを眺めている子ども達に振り返る。

 

「さあ、行きますよ」

 

そう言うと、遊んでいた2人は

 

「エリザベート様、中に入ってもっと調べなくていいの?」

 

「ナントカ卿とかいう人間なら、その魔法兵器のこと知ってるんじゃないの?」

 

その問いかけにエリザベートは両手を上げて

 

「そうかもしれないけど、アカデミーの建物内には探知用の魔法装置があるわ。

精霊の力を使えば誤魔化せるでしょうけど、契約している間に見つかったら嫌だし。

それにあの坊やからは”無茶はするな”と言われて事だし、そこまでする必要はないでしょう」

 

およそ子どもに理解できる内容ではないが、外見年齢10歳手前の子ども達はちゃんと内容を理解して頷いた。

 

個体差はあるが300~500歳程度まで生きることのできる吸血鬼。

 

子どもに見えても、内面の成長の速さは人間のそれと変わらない為、子ども達の反応もそんなに不思議な事ではない。

 

「ところでエリザベート様……」

 

「そっちの人間、食べていい?」

 

子どもたちが物欲しそうな視線を男爵に向ける。

 

エリザベートによって屍食鬼(グール)となっている男爵はその視線を浴びても全く動揺しない。

 

エリザベートはちらりと男爵に見ると、首を横に振った。

 

「駄目よ。こんなのでも貴族。それもアカデミーの研究員ですもの。

そんな人物の死体がアカデミーの庭先、それも吸血された後があれば騒ぎになるわ。

シルヴァ二アに戻れば、幾らでも食べられるから、それまで我慢しなさい」

 

窘めるようなエリザベートの言葉に、子ども達は渋々頷いた。

 

それを見て苦笑したエリザベートは、後始末をつけるべく横に突っ立ている男爵に向き直った。

 

「それで、貴方はアカデミーでどういう研究をしているのかしら?」

 

ガーゴイル(自動人形)の自律思考の高速化について研究しております」

 

その返答に、エリザベートは暫し顎に手を当てて考えた。

 

「その研究って、失敗すれば大爆発とか起こせたりする?

それも部屋ひとつが丸ごと吹っ飛ぶ規模の爆発を起こせたりするかしら」

 

「爆発ですか……。自律思考を制御する魔導具に高濃度の風石を組み込んで暴走させ、ガーゴイル自体を火の中に放り込めば、風石に圧縮される形で蓄えられた風の力が一気に解放され、瞬間的大膨張して暴風を伴う爆発なら起こせますが……」

 

「その爆発に巻き込まれたら、貴方の体は鑑定不能になるまで破壊される?」

 

「あまり距離が離れていなければ、そうなるでしょうな」

 

「じゃあ、明日――だと、妙な勘繰りを入れられる可能性があるわね……

……そうね。2週間後。2週間後に貴方はその事故を起こして死になさい。

 

「わかった。そうしよう」

 

エリザベートの非情な命令に、男爵は一切ためらうことなく了承する。

 

そう、一度吸血鬼に吸血され、屍食鬼(グール)となった存在にとって、自分の血を吸った吸血鬼は絶対の存在であり、それに刃向うことなど考える事すら不可能なことになってしまうのだ。

 

屍食鬼(グール)とは吸血鬼の奴隷であり、奴隷は主に反攻などせず命令に服すのみ。

 

「さあ、私たちのシルヴァ二アに帰りましょう。

留守はブラッドに任せてあるけど、あいつは暴れることが好きな性格しているから、街が破綻してないか不安だわ」

 

エリザベートがそう呟くと、3人の吸血鬼たちは夜の闇へと消え去っていった。

 

女王誘拐未遂事件から2週間後、アカデミーの一角で爆発事故が起こったという。

 

爆発事故を起こしたのは、ベテランの研究員であったが、凡ミスでこのような事故を起こしたのだと言う。

 

その研究員を知る者たちは誰もが意外だと思ったが、多くの目撃情報があったためベテランだったからこそが慣れで凡ミスをしてしまったのではないかと推察した。

 

その推察は、アカデミーの管理者であり責任者である評議会議長ゴンドラン卿も同意見であり、この一件は何の事件性もない平凡な事故として無難に処理された。




吸血鬼:原作において、どんな社会を形成しているか謎の種族。
    タバサの冒険に出てくるエルザは孤児で、一人で生きているし。
    騎士姫の姉妹は人間殺すの嫌とかいう、吸血鬼にあるまじき性格してるし。
    


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17話

女王誘拐事件は失敗に終わった。

 

それから2か月後、白亜のハヴィランド宮殿の一室でエクトル卿はディッガーとブロワ侯爵が会談していた。

 

「女王誘拐事件は失敗に終わったとはいえ、その過程で魔法衛士隊のひとつヒポグリフ隊を全滅させてきたわけか。ウェールズもけっこう働いてくれたものだ」

 

血のように赤いワインの香りを楽しみながら、エクトル卿はグラスを口へと運ぶ。

 

魔法衛士隊は優秀なメイジのみで編成された、エリート部隊である。

 

それを排除できたことはアルビオンにとって望ましい事と言える。

 

「トリステインの協力者からの情報によると、ワルド子爵が指揮していたグリフォン隊は唯一無事であったマンティコア隊に吸収される形でなくなったそうです。またトリステイン政府は5月のタルブの戦で失われた艦隊を再建を優先させ、ゲルマニアと協力して遠征軍を編制し、我らが白の国へと攻め込んでこようとしているそうです」

 

「艦隊の再建か。艦隊の運用は経験がものを言う。

空海軍のベテラン士官はタルブの戦でほぼ全滅したはずだが、トリステインはどのようにしてその穴を埋めるつもりだ」

 

ブロワ侯爵が腕を組んで唸りながら呟く。

 

「それがブロワ侯爵。トリステインは捕虜にしたアルビオン空軍の士官を教導士官として取り立てるつもりらしい」

 

「敵の捕虜を取り立てるトリステインもトリステインだが、我が空軍士官の忠誠心のなさにも呆れたものだ」

 

ブロワ侯爵の言いように、エクトル卿は思わず笑みを零した。

 

「アルビオン軍人の大半は政治に関わるべからずという信念で上官に従っていただけだからな。

共和制への忠誠心などあるはずもない。切っ掛けさえあれば裏切るのも仕方なかろうよ」

 

「なるほど……。

ですが、タルブで捕虜になった空軍士官は百名を少し超えるほどのはず。

その全てを起用してもトリステイン側の士官の数が足りないと思いますが」

 

「それがだな、どうも士官学校の生徒はもとより、魔法学院の生徒から志願を募るらしい」

 

「……正気か、トリステインは?

軍と言うのは士官の数が揃えれば動くというものではない。

ロクな訓練を受けていない士官など有能な敵より遥かに厄介だろう」

 

ブロワ侯爵は頭を傾げながら呟く。

 

「トリステインの軍人どもは阿呆ばかりというわけですか」

 

ディッガーも肩を竦める。

 

「それを言うなら今のアルビオン軍も大して変わるまい。

2年に渡る革命戦争で、有能な士官を多数失ったからな」

 

エクトル卿は嘲笑しながらそう言った。

 

今のアルビオン軍の全兵力は五万である。

 

が、まっとうな士官に指揮されているのが1割、軍の体裁をなんとか整えるだけの手腕しかない士官に指揮されているのが3割、戦術・戦略を全く理解しない馬鹿貴族によって指揮されているのが6割という中々酷い状態である。

 

「それで殿下、今後我らはどのように動くべきでしょうか」

 

「そうだな。戦端が開かれロンディニウムが空になったところでクロムウェルの首をあげて王政復古。

ガリアの動向やトリステインの戦略次第で臨機応変に対処する必要があるが、大まかなところはそんなところだな」

 

一番嫌な展開は、トリステイン・ゲルマニア連合軍にこの空中大陸が包囲され、このアルビオンを干上がらせることだ。

 

この場合、ロンディニウムから軍は動かず、ひたすら国庫から金が減っていくだけという悪夢だ。

 

そうなるとガリアからの支援がない限り、かなりの危険を覚悟してクロムウェルを排除せねばならなくなる。

 

が、トリステイン王政府が遠征軍を編制しようとしていることからそれはまずありえないだろう。

 

もし包囲作戦を展開するのであれば、空海軍のみ強化すればよく、遠征軍を編制する必要はない。

 

次に考えられるのは、やはり例の魔法兵器を前面に押しだしてのゴリ押しと言ったところか。

 

だが、あれほどの兵器をそう容易く量産できるものか。

 

仮に量産できたとしたら、国家のパワーバランスが根本から崩壊してしまう。

 

全ての国はトリステインの目を常に気にしながら外交を行わねばならなくなる。

 

だが、エリザベートからの情報によると、その存在すら厳重に秘匿されているようだ。

 

となると魔法兵器を多数量産しているとは考えにくい。

 

ということは、正攻法でこの空中大陸へ攻め込んでくるのだろうのだろうか。

 

おそらくは、『アルビオンの王権を回復する』とかいう大義名分でも掲げて。

 

そこまで考えるとエクトル卿は思わず失笑した。

 

アーサー王が大陸連合軍を撃退したことを筆頭に、この空中大陸は外敵に占領されたことはない。

 

そう、どれだけ無能な王を抱き、或いは内乱状態で組織だった反攻ができなかった時でさえ。

 

歴史上常にこの空中大陸はアルビオンの領土であり、他国の侵攻を退け続けた。

 

そもこの空中大陸そのものが天然の不落要塞なのである。

 

クロムウェルが余程拙い戦争指導でもしない限り、敗北はありえないのだ。

 

「空軍は現在どういう状況だ」

 

「動かせる戦列艦は四十隻前後。

現在、練度の向上を急がせております」

 

「あと半年……いや、協力者だったリッシュモンが粛清されたことを考えるともう少し早まるか……、そうだな、来年の降臨祭を迎えたあたりだと使えるレベルまで動かせるか」

 

「いささか厳しいですな。クロムウェルのひいきで士官にバカが増えすぎていますので」

 

ブロワ侯爵の説明に手を顎に当てて、考え込むエクトル卿。

 

しばらくして……

 

「そうだな。クロムウェルに焦土作戦を上申するとしよう」

 

「焦土作戦ですか……!?」

 

ディッガーが驚いた声を上げる。

 

我が主君は”レコン・キスタ”を利用しつくして、打倒した後にこのアルビオンに君臨するつもりではなかったか。

 

だというのに焦土作戦を上申するとは、もし実行したら後々この地を支配する際に色々と不便ではないか。

 

困惑するディッガーを見て、エクトル卿は笑みを浮かべた。

 

「中々効果的な作戦ではないか。補給ができねば兵糧が減る一方、そして兵糧が枯渇した軍は自壊するが道理。おまけに焦土作戦に巻き込まれた民は”レコン・キスタ”を憎むだろう。そこに我らが颯爽と登場して”レコン・キスタ”を打倒すれば、民は歓呼を持って我らを迎えるだろうよ。新しい王の即位と王国の再興を」

 

「そこまでお考えでしたか」

 

「だが、焦土作戦を展開するとしてそれがどれくらいの期間になるか。

再建するのは我々の役目。あまり痛めつけるのは考え物ですが」

 

「そう時間はかかるまい。おそらく2か月程度で敵軍は悲鳴をあげるぞ」

 

「ならよいのですが……」

 

「もっとも、この案をクロムウェル。というかジョゼフが受け入れてくれればの話だがな。

ジョゼフの狙いが読めない以上、こちらは常にリスクを背負って行動せねばならん。

やってられぬな。せめてもう少し権限があれば、ジョゼフと陰謀を競ってやるものを」

 

苛立たしげにエクトル卿はぼやく。

 

いまだに”レコン・キスタを操るジョゼフの狙いが判然としないのだ。

 

これほど大それたことをしているのだ。なにかしら狙いがあって当然。

 

だというのにその狙いが全く読めない。

 

エクトル卿はジョゼフに”無能王”とかいう二つ名をつけた奴を八つ裂きにしたい気持ちになってきた。

 

小道具と陰謀のみで王権を打倒し、アルビオンを傀儡国家に仕立てあげるのが無能というなら、自分は度し難い低能以下の何物でもなく、それ以下の奴らなど全員精神に異常をきたした馬鹿の群れではないか。

 

いわんやジョゼフを無能と名付けた奴など、次元が違う愚か者なのであろう。

 

いや、”無能王”の名の所以は魔法の才能が皆無だからである。

 

神より賜りし奇跡の力を行使できぬ無能。宗教的に厳しい目でみられるのは仕方ないか。

 

だが、それなら”絶魔王”とでも命名すればよかろうに。

 

思考がそれているとエクトル卿は首を振る。

 

ジョゼフが、あるいはガリア王国が欲しているのはなんだ。

 

アルビオンの領土か?いや、それならトリステインやゲルマニアを巻き込む必要は無い。

 

共和国が成立した直後、”兄弟国の仇を討つ”とかいう声明を出して制圧してまえばよい。

 

そして大軍を持って攻め入ると同時に、降伏すればガリアで重く用いると宣言して、クロムウェルに降伏させてしまえばよい。

 

レコン・キスタの大義である”聖地奪還”など貴族が団結するための旗印にすぎないのだから、貴族たちはこぞってガリアに臣従しよう。

 

となると、周辺諸国を疲弊させることが狙いか?

 

ガリアには未だ反ジョゼフ派、オルレアン公派という内乱の火種を抱えている。

 

オルレアン公派は3年前までガリアの最大派閥だった勢力だ。

 

ジョゼフ派の弾圧によりその規模を縮小し続けているとはいえ、切っ掛けさえあれば国家を揺るがすほどの大爆発がおこる危険性は高い。

 

そんな状況を打開するために内政に専念すべく、周辺諸国の介入させるだけの余力を削ごうとしているのか。

 

これもいまいち説得力に欠ける。

 

一国を滅せる智謀を持つジョゼフなら、2年もかけてアルビオンに共和政権を樹立させるまでもなく、アルビオンとゲルマニアを噛み合わせて疲弊させることはできるだろう。

 

「とりあえず、エリザベートにフクロウで手紙を送れ。”軍高官に近づき、例の魔法兵器の情報を得ろ”とな。

好色家の多いゲルマニアの高官でもいい。共同作戦をとる以上、ある程度のスペックは開示されるはずだからな」

 

とにかく今後の計画を狂わすであろう一番の要素は”フェニックス”と呼ばれる魔法兵器だ。

 

ガリアが動いた場合の対策はいくつも立ててはいるが、”フェニックス”の方は実態が掴めないせいでろくな対策を立てることができなかった。

 

せめてこの戦争中に実態をつかまねば、翻弄される一方だとエクトル卿は思った。

 

「さて、話は変わるがブロワ侯爵。客人は元気か?」

 

「ところが最近機嫌がよろしくないらしく、四六時中寝ておるそうです」

 

「そうか。ならしばらくはそっとしておいてやるがいい。思ったより早く表舞台に立ってもらわねばならんことになりそうだからな」

 

「はっ、客人の体調を十分に考慮して歓迎するとしましょう」

 

「それがよい」

 

エクトル卿とブロワ侯爵は揃って不気味に唇を歪めて笑った。

 

その光景を見て、ディッガーは背筋に悪寒が走ったような気がした。



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戦略会議

ハヴィランド宮殿の円卓の間。

 

今日はここでアルビオンとトリステイン・ゲルマニア連合との戦争に対する会議が開かれることになっていた。

 

軍事会議であるため出席者の多くが軍人であり、どこかものものしい雰囲気が漂っている。

 

彼らは皆、自分たちの、この国の主を待っていた。

 

2年前までこの場に列席している誰よりも身分が低かった人物を。

 

そして自分たちが革命の旗頭として祭り上げ、今ではこの国で最上位の身分になった人物を。

 

かつて王族専用であった扉を開き、その人物が円卓の間に姿を現した。

 

「神聖アルビオン共和国政府貴族議会議長、サー・オリヴァー……」

 

衛士が名の呼び上げは途中で遮られた。

 

というのも、とうの皇帝が手をかざして呼び上げを止めたからだ。

 

「サ、サー?」

 

「無駄な慣習は省こうではないか。ここに集まった諸君で、余の事を知らぬ者は居ないはずなのだから」

 

クロムウェルは慈愛に満ちた笑みを浮かべてそう言うとクロムウェルは席についた。

 

その後ろに皇帝秘書シェフィールド、親衛隊所属のワルド子爵やマチルダが控える。

 

クロムウェルが円卓を見回し、全員が出席していることを認めて会議の始まりを告げる。

 

最初に手を挙げたのは白髪・白髭の歴戦の将軍であるホーキンス軍務卿である。

 

「閣下にお尋ねしたい」

 

ホーキンスは鋭い目でクロムウェルを睨んだ。

 

しかしクロムウェルの笑顔はいささかも揺るがなかった。

 

「続けたまえ」

 

「は。我が軍はタルブの地で一敗地に塗れた後、艦隊再編の必要に迫られました。その時間稼ぎの為秘密裏に行われた、トリステイン女王の誘拐作戦も失敗に終わっております」

 

「そうだ」

 

「……閣下。それらが招いた結果を閣下のお耳に入れても?」

 

「もちろんだ。余はすべての出来事を耳に入れなくてはならぬ」

 

「では……。敵軍は、ああ、トリステインとゲルマニアの連合軍は突貫作業で艦隊を整備し終え、二国合わせて六十隻もの戦列艦を進空させました。これは我が軍が保有する戦列艦に匹敵する数です。しかも再編にもたつく我が軍と比べ敵は艦齢も新しく士気も上がっております」

 

「ハリボテの艦隊だ。奴らの練度は我々に劣る」

 

若い将軍がホーキンスの報告に忌々しげに指摘した。

 

だが、ホーキンスはその指摘をした将軍に振り向くことすらなく皇帝に報告を続ける。

 

「それは昔の話です。練度で言えば我らも褒められたものではございませぬ」

 

「何故だね? ホーキンス将軍」

 

「我々は革命時に優秀な将官士官を多数処刑した上、残ったベテランもタルブで殆ど失ったからです、閣下」

 

その時、初めてクロムウェルの表情が動いた。

 

やや深刻そうな表情になったが、顎で続きを促しているところを見ると別に不快を覚えたわけではないようだ。

 

「彼らは現在、船の徴収を盛んに行い諸侯の軍にも招集をかけ、尚も戦力を増強しております」

 

「ふむ……まるでハリネズミだ。これでは攻め手が見つからない」

 

「攻める?! これだけの情報がありながら、貴殿は敵の企図する所を読めぬというのか?!」

 

さすがに無視することができず、悠長な口調で発言した太った将軍を睨みつけた。

 

ホーキンスの眼光に、太った中年将軍は怯んで黙り込む。

 

太った中年将軍はかなり初期から”レコン・キスタ”に参加していたため、将軍に任じられているが本来なら連隊長どころか中隊長が精々な能力しかない軍人である。

 

軍人として優秀な能力を持つホーキンスの眼光に耐えられるはずもなかった。

 

「よろしいか?! 彼らはこのアルビオンに攻めて来るつもりですぞ?! ――閣下」

 

「続けよ」

 

「は。以上を前置いて閣下に質問致します。閣下の有効な防衛計画をお聞かせ下さい。本日我らを招集したのはその為だとか。小官が愚考するに、艦隊決戦で敗北したならば我らは丸裸となります。更に敵軍を上陸させれば泥沼の戦となりましょう。革命戦争で疲弊した我が軍が持ちこたえられるかわかりませぬ」

 

「それは敗北主義者の思想だ!」

 

ホーキンスの言葉に、若い将軍が反論する。

 

「貴様ッ!軍務卿が失敗した際のリスクを述べただけで敗北主義とは何事か!!」

 

それに対してブロワ侯爵が机に拳を振り下ろして、反論する。

 

若い将軍は怒りで顔を赤く染め上げた。

 

「リスクを恐れていては勝利など掴めはしない!」

 

「ほう。将官の地位を持つ者の言葉とは思えんな。戦場で常に自軍の勝利しかないと思っているのか?」

 

「そうは言っていない!だが、必勝の信念無き者に勝利などない!」

 

「悪いが貴様と軍人精神の口論をする気はない。我々はこの戦争計画についての議論をしているのだ。それを履き違えているようなら早々にこの場所から立ち去るがいい」

 

「……侮辱するかッ!?」

 

若い将軍は今にも杖を抜いてブロワ侯爵に襲いかかってしますのではという殺気を散らして、ブロワ侯爵を睨みつける。

 

将官としてはどうかと思える人物であるが、一兵士として考えると彼も歴戦の軍人である。

 

その殺気は凄まじいものであったが、ブロワ侯爵はその殺気に怯むことなく正面から見返していた。

 

「双方やめよ!」

 

睨みあいに入ったところで、エクトル卿は声を張り上げる。

 

「トライド少将、ブロワ中将。おぬしらの勇猛さは戦場で示すものであって、議場で示すものではなかろう」

 

護国卿の言葉で自分たちの行為の滑稽さを自覚したのか、2人ともバツの悪い表情で頭を下げた。

 

「話を戻すが軍務卿。私が思うに艦隊決戦などするから泥沼の戦になるのではないか?」

 

「では護国卿は、艦隊決戦をせずに敵軍を上陸させろと申されるか」

 

「その通り」

 

「それでは敵軍に国土を蹂躙されることとなりますぞ!」

 

ホーキンス将軍の追求に、エクトル卿はまったく動揺したところが見られない。

 

もっとも、仮面を被っているせいで緋色に輝く双眸と口元しか視認できないため、そこから推測しただけであるが。

 

「空軍は艦隊決戦を避け、敵軍の補給路を潰すことのみに専念させるのだ。

我がアルビオンは天然の要害ゆえに有史以来他国に領土を侵されたことがない。

ならば、その利点を最大限に活用することで敵軍を披露させることが一番有効的な方法だろう」

 

ホーキンスの瞳にも理解の色が灯った。

 

「なるほど。補給が途絶えて疲弊した敵軍を一気に圧し潰すわけですな」

 

「いかにも。加えて言うなら直接トリステインに空撃しに行ってもいいかもしれぬ」

 

「しかし……、そうなると最低でもロサイスかダーダネルス周辺の領土が無抵抗で敵軍に占領されることになりますな。民心がこの共和政権からさらに離れることになりはしないか心配ですな」

 

「それは仕方なかろう。民に苦難を強いることになるが、これも大義のためだ」

 

ホーキンスが苦悩に満ちた表情を浮かべていると、咳払いが響いた。

 

音の発生源の方に顔を向けると、クロムウェルが素晴らしい笑みを浮かべていた。

 

「……諸君らを招集したのは防衛案を発表するためであると通達しておいたはずだが?」

 

笑みを浮かべているのに、なぜか額に青筋が浮かべて怒っている姿を幻視できた。

 

「申し訳ありませんでした」

 

ホーキンスはそう言って頭を下げたが、エクトル卿は頭を下げただけだった。

 

「エクトル卿が言うように、敵国に領土を明け渡し補給路を断って疲弊させるのもひとつの策であろう。しかし一時的とはいえ、敵軍に領土や領民を蹂躙させることを余は望まぬ。で、あるならば戦うしかあるまい」

 

「しかしそれでは、先ほどホーキンス将軍が述べたように艦隊決戦に敗れれば泥沼の戦になる恐れがあります。それを覚悟の上で閣下は決戦を選ばれるというのであれば、私どもは微力ながら全力をつくしましょう」

 

「ありがとう、エクトル卿。それに加えて予防策も講じておいた」

 

「と、おっしゃいますと?」

 

「ふむ。そうだな。軍務卿」

 

「はっ」

 

「彼らがこのアルビオンを攻める為には全軍を動員する必要がある」

 

「おっしゃるとおりです。しかし、彼らには国に軍を残す必要はありませぬ」

 

「なぜかな?」

 

「彼らには我が国以外に敵はございませぬ故」

 

「将軍は彼らが背中を疎かにするつもりであると?」

 

「は。既にガリアは中立声明を発表しております。それを見越しての侵攻なのでしょう」

 

「その中立が偽りだとすればどうかな?」

 

クロムウェルのその言葉に、円卓の魔に戦慄が走った。

 

ハルケギニア最大・最強の大国ガリア参戦。

 

そんなことがありうるのだろうかと円卓の間に集った者たちは互いに耳打ちしあう。

 

「……まことですか? 閣下。ガリアが我が方の味方として参戦するなど……」

 

「そこまでは申しておらぬ。なに、ことは高度な外交機密であるのだ」

 

自信を持ってそう断言するクロムウェルにざわめきは一層増した。

 

ホーキンスはガリアが味方という前提で今後の戦略を考える。

 

確かにこれは予防策だ。たとえ艦隊決戦に敗れてしまっても、ガリアが軍をトリステインやゲルマニアに進軍させればトリステイン・ゲルマニアの遠征軍は撤退せざるを得ず、我が軍はそれを追いかける形で追撃すればよい。

 

それだけで遠征軍に壊滅的打撃を与え、場合によっては国土から敵軍を追い出した余勢をかってそのまま逆侵攻作戦を展開することも不可能ではないだろう。

 

……由緒正しき旧き王国ガリアが、本当に王政に対立する共和政を掲げるアルビオンの味方になってくれるのだと考えればであるが。

 

「流石は皇帝閣下。ガリアを参戦させるとは、素晴らしい交渉能力ですな」

 

クロムウェルの言葉を信じ切り、能天気にそんな発言をする太った中年将軍にホーキンスはやや呆れた。

 

「疑うわけではございませぬが、それがまこととするならばこの上ない朗報ですな」

 

だが、皇帝がそう断言する以上、それを前提に動くしかないのである。

 

ホーキンスは内心を押し隠して追従した。

 

 

 

ハヴィランド宮殿の一室。

 

「意外でしたな。”レコン・キスタ”とジョゼフ王の関わりを明らかにするとは」

 

「それにジョゼフ王がおおやけにこちらの味方をすれば、始祖が授けし王権への裏切りに等しい行為。そうなればガリアが割れる。ただでさえジョゼフ王は人気のない国王であるのだしな」

 

ブロワ侯爵とディッガーは思い思いの言葉を述べる。

 

「現時点ではクロムウェルが言っただけだ。ガリアが明確にアルビオンに与する行為をした訳ではない。我々とは別に戦線を開くだけかも知れん。アルビオンとの関係など知らぬ存ぜぬとな。

かのジュリオ・チェザーレもガリア遠征の際にトリステインをガリアへ侵攻させたというしな」

 

エクトル卿はそう呟いた。

 

大王ジュリオがロマリアを治めた時代、ロマリアとトリステインとの関係は良いどころかむしろ悪かった。

 

にも関わらず、トリステインがロマリアの思惑通りに動かしてのけたのだ。

 

ロマリアとガリア、どちらがより豊かな大地を領しているかと聞かれたらガリアである。

 

今ガリアに攻め込めば、あの肥沃な大地はお前たちのものになるのだぞとトリステイン貴族の欲を煽りまくったのである。

 

自分たちの欲を刺激された貴族達はこぞってガリア侵攻案を王に奏上し、貴族達に押される形でトリステインはガリアに侵攻することとなったのである。

 

別にロマリアとトリステインが手を組んだわけではない。

 

ただ”敵”であるより、”敵の敵”であってくれた方がロマリアにとって有益だっただけのことだ。

 

「それにだな。ガリアが参戦するからと言って、そんなに楽観できる事態でもない」

 

「と言いますと?」

 

「我が国がトリステイン・ゲルマニア遠征軍との艦隊決戦に敗れて、空軍が壊滅。

そして参戦してきたガリアがトリステイン・ゲルマニアに大打撃を与え、そのまま矛先を変えてこのアルビオンに侵攻してきたらどうする?敵に制空権を取られ続け、疲弊した陸軍のみで防衛戦など勝ち目がないぞ」

 

エクトル卿の語る最悪な推測に、ディッガーとブロワ侯爵は顔面蒼白になった。

 

「……もしやこれがジョゼフ王の狙いか?

軍の大半が遠征しているなら大した損害もなくトリステインやゲルマニアを懲らしめることができるし、残ったアルビオンも度重なる戦で疲弊している状態でガリアの大軍と戦うのは厳しい。そしてロマリアは軍事力に乏しいのだから暫くはガリアがやりたい放題の時代が到来することになる。

これこそ戦略的大勝利というやつだな。もし最初からこの絵を描けていたかと考えると恐ろしい」

 

その推測を聞いて、ごくりとディッガーは喉を鳴らした。

 

なるほど。かつての自分の主君は敗れるべくして敗れたのだ。

 

そんなとんでもない相手を敵にした以上、シャルル派は負ける運命だったのだ。

 

ましてやその主君に後ろめたい事があったというのだから……

 

「殿下。そのような事態を避けるにはどうすればようでしょうか?」

 

「そうだな。とりあえずは艦隊決戦における空軍の損害を抑えることだな。

どれだけ少なくても二十隻は欲しい。それだけあれば即位早々民に犠牲を強いるハメになるが、焦土作戦と補給路の寸断を併用すればなんとかアルビオン国家を守りきることはできるだろう」

 

不愉快のあまり奥歯に力を入れて歯軋りするエクトル卿。

 

己の支配下の者を切り捨てるという行為は、彼の中では忌むべき手段であり、最終手段であるがゆえだ。

 

「すまんなブロワ侯爵。俺の読みが浅いばかりに艦隊決戦で艦の半数を無事に帰還させろなどという困難な命令を出してしまってな」

 

「いえ、かまいませぬ殿下。

ただ、これ以上ガリアの思い通りにならないよう対抗策を講じておいて下され」

 

ブロワ侯爵の言葉にエクトル卿は頷いた。




Q.最近ヨーク伯が出てこないけどなにしてるの?
A.表向きはエクトル卿の派閥ではないので、堂々と会いに行けません。
なので基本的に宮廷でお仕事。暇があれば趣味の美食を楽しんでおります。


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19話

艦隊戦の描写はなんとなく。
というか、艦隊戦ってどう描写すればいいの?これでいいの?


空中大陸アルビオンの南端にある軍港ロサイスにアルビオン空軍所属の戦列艦四十余隻と徴収した民間船十数隻が集結していた。

 

「再度、作戦を確認しておく」

 

そう発言するのは現在アルビオン空軍を預かることになっているブロワ侯爵である。

 

侯爵の階級は中将であり、本来は大将が空軍を率いるべきであるのだが、タルブ戦でボーウッド将軍を筆頭とする有力将官が捕虜となった結果、残った者の中で一番階級が高かった侯爵が空軍を率いることになったのである。

 

「敵軍の合計で五百隻を超える規模だが、戦列艦は六十隻ほどである。基本戦略としてはこの軍港から南方十数リーグの地点で敵艦隊と接敵する。当然敵は輸送艦及び補給艦を守るべく戦列艦を我が艦隊に差し向けてくるであろうからして、こちらは敵戦列艦を可能な限り吸引して艦隊決戦に入る。戦闘早々戦列艦に向かって焼き討ち船を特攻させ、敵が混乱を拡大させていく。余力あればその後ろに控えている物資や兵員を満載したフネを攻撃する。ここまででなにか質問がある者はおるか?」

 

それを受けて年配の将校が発言した。

 

「敵が東端のダータルネスにくる可能性はないのですか」

 

「絶対にないとは言い切れんが、可能性は限りなく低いと貴族議会は見ている。敵はラ・ロシェールに軍を集中させていた。ラ・ロシェールからロサイスならともかく、ラ・ロシェールからダータルネスへでは風石の消費が大きすぎる。わずかにでも妨害を受ければ途中で風石を消費しつくして墜落という事態になりかねんし、上陸されても補給線が伸びすぎて寸断するのが容易かつ、敵軍を包囲して孤立させることも可能だ。そんな戦う前から賭けにでるような真似はせんだろう。だからその場合でもあまり問題はあるまい」

 

もっとも、そうなってくれたら対処が楽でいいがとブロワ侯爵が肩を竦めて呟くと居並んだ将校たちは笑みを浮かべた。

 

「トリステインは今回の戦いを”総力戦”と言っているそうだぞ。意外とありうるのでは?」

 

「ああ。それで10代の新米士官を多数登用したそうですな。あの国の基本戦略は専守防衛な上に、ここ十数年間国家間戦争というものを経験していない。それゆえどんな常識外な戦略をしてきても不思議ではない」

 

「なるほど。そうなったら楽でいいですな」

 

将校たちは互いに冗談を言い合って、場を明るくする。

 

ブロワ侯爵も表面上、笑みを浮かべながらも内心でため息を吐いた。

 

確かにトリステインみたいに10代の学生を士官に登用したりなどしていないが、新米士官が多いことはトリステインとなにも変わらないではないか。

 

政治家貴族に媚を売ることによって出世した士官。初期から革命軍にいただけであまり能力もないのに出世した士官。そんな士官の数なんと多い事か。

 

ハルケギニア最強と呼ばれた王立空軍時代と同程度の練度がある士官が乗船している艦艇の数は既に五隻程度しかない。

 

「閣下。それでは陸軍は既にロサイスへと向かっているのですか?」

 

「そうだ。ロンディニウムから一路ロサイスへと向かっている。数時間後にはロサイスに布陣できるだろう」

 

「なるほど。では、戦列艦を吸引するだけで、陸軍が敵上陸部隊を各個撃破できる体制が整うわけですな」

 

「その通りだ諸君。トリステインの怠け者やゲルマニアの野蛮人どもに、空の覇者たる我がアルビオンの力を見せつけてやろうぞ!」

 

「「「おお!」」」

 

こうして整然としたアルビオン空軍艦隊はロサイスから威勢堂々と出航した。

 

 

 

”レキシントン”なき今、ブロワ侯爵の座上艦である”ハボクック”がアルビオン艦隊の総旗艦となっている。

 

”ハボクック”は竜母艦と言わる艦種で、その名の通り二個竜騎士中隊を擁しており、火力より防御力を優先させ、指揮がしやすいように居住性を追求した結果、かなり広々とした構造となっている。

 

また航行速度もそれなりに速く、巡洋艦と大した差がないという優れものである。

 

「敵艦隊を発見致しました」

 

副官の報告を聞き、ブロワ侯爵は甲板へと躍り出た。

 

そして敵艦隊の配置を確認してひとう頷くと

 

「全館に通達。焼き討ち船を前面に押し出して弓形陣を敷け」

 

「はっ」

 

弓形陣とは艦隊を”へ”の字状に配置する陣形であり、攻撃型の陣形と言える。

 

それに対して敵艦隊は真ん中の艦隊を囲むように両翼を伸ばしてきた。

 

思い通りの行動をしてきた敵艦隊に、ブロワ侯爵は悪い笑みを浮かべる。

 

「焼き討ち船を突撃させろ。目標、敵両翼の艦」

 

「焼き討ち船突撃! 目標、敵両翼の艦! 急げ!」

 

その命令を受けて最前線に配置されていた油を藁を満載したフネに火をつけて突撃させる。

 

燃え盛って突撃してくる焼き討ちに船に冷静に対処できた艦は少なく、五隻が撃沈。二隻が甚大な損害を受けて後退していく。

 

いきなり無視できない被害を蒙った敵艦隊は混乱したが、それを見逃すブロワ侯爵ではない。

 

「敵左翼に向かって外側から突撃。接近戦に持ちこめ」

 

「敵左翼に外側から突撃ィ!」

 

ブロワ侯爵が右翼ではなく、左翼を狙ったのは右翼がゲルマニア艦隊で構成されていたからである。

 

ゲルマニアは野蛮人の国と三王国やロマリアから侮られることが多いが、ブロワ侯爵は戦争を繰り返して都市国家からあそこまでの大国に成り上がった戦争国家と認識しており、そんな国の艦隊相手に本気でやりあえる自信を持てていなかったからだ。

 

混乱しているトリステイン艦隊と接近戦に持ち込んだアルビオン艦隊は、竜騎士部隊も出撃させて地道に敵に損害を与えて行った。

 

敵左翼に突撃した決断自体は間違いではなかったと言えよう。

 

しかし……

 

「巡洋艦”グリアデ”、”ケルカピア”撃沈!」

 

「な、なにがあったのだ?!」

 

「あれをご覧ください」

 

副官が指し示した方向を見る。

 

すると後方にゲルマニア艦隊が砲口をアルビオン艦隊へと向けていた。

 

「早すぎる……」

 

ブロワ侯爵は小さく呻いた。

 

ゲルマニア艦隊は予想以上に速く混乱を収集して体勢を整え、アルビオン艦隊に一方的に砲撃を喰らわせることのできる位置へと動いていたのだ。

 

「多少犠牲が出ても構わん!さらに浮上して風下へまわれ!体勢を立て直す!」

 

「閣下!風上という利点を放棄するのですか!」

 

「そうだ!急げッ!」

 

その命令は速やかに実行されたが、ゲルマニア艦隊と混乱を収集したトリステイン艦隊の追撃を浴びて十隻もの艦が撃沈された。

 

「有効射程距離ならこちらの方が上だ。距離を保ちつつ砲撃せよ」

 

艦隊戦では”風上が有利”と言われることが多いがそれは必ずしも正しいとは言えない。

 

確かに風上だと操船の自由度の高さが強くて、有利ということは間違いない。

 

だが、風下は風下で利点があるのだ。

 

風を強く受けてフネが傾き、甲板が防御力の高いフネの側面で隠れるのだ。

 

無論、これはどちらかというと小細工の類であり、敵艦隊が陣形を整えて一斉に突っ込んで来ればあまり意味のないものとなってしまう。

 

しかし、ブロワ侯爵はそこまで組織的な行動をあの艦隊がとれるのかという疑問があった。

 

2か国の混成艦隊であるし、おまけにトリステインの練度は酷いものだし、ゲルマニアは実力主義故に功に逸る者が多いと聞く。

 

なら、こちらの若い士官を抑えて防衛に徹すれば、損害を抑えられるのではないかと考えたのだ。

 

このブロワ侯爵の考えは正しく、この状態が1時間近く続いてどちらもあまり損害はでなかった。

 

敵艦隊は戦闘中になると足並みが揃わなくて統一された艦隊運動ができず。アルビオン艦隊も一部の将兵が消極的な作戦に不満を抱いていたものの、各艦の館長らがその不満をよく抑えたからである。

 

「なんだと?! もう一度言ってみろ!」

 

ところが、”ハボクック”にやってきた伝令用竜騎士からの報告を受け、ブロワ侯爵は思わず激昂した。

 

「は、はい。”ダータルネスに敵艦隊現る。至急応援に現れたし”」

 

「敵艦隊は我が艦隊の目前にいる! この上、ダータルネスに艦隊が送る余力など敵にない!」

 

「わ、わたしは伝令を預かってきただけで、くく、詳しい事情はわかりかねます!!」

 

今にも泡を吹きそうな伝令竜騎士の悲鳴のような報告にブロワ侯爵は深呼吸して、気を落ち着かせた。

 

こいつはダータルネスに敵が現れたとしか聞かされただけなのだろう。

 

「陸軍にも報告したのか?」

 

「え、ええ」

 

「ちっ!」

 

おそらくロサイスへと向かっていた陸軍は今頃、ダータルネスへと進行方向を変えているだろう。

 

ロサイスで各個撃破する道は断たれた。

 

となると劣勢な艦隊戦を続ける理由がなくなってしまった。

 

「閣下、どうなさいます?」

 

「……」

 

「閣下!」

 

副官が自分を呼ぶ声を聞き、ブロワ侯爵は決意した。

 

「……撤退だ」

 

無念さが滲み出る声でそう呟いた。

 

「聞こえたか! 撤退だ! 艦隊を反転させ、ロサイスへ帰投――」

 

「愚か者!」

 

ブロワ侯爵は自分の副官を怒鳴りつけた。

 

敵の砲撃に晒されながら、横腹を晒すなど自殺行為に等しいことではないか。

 

普段はこんなとんでもないことをいう副官ではないのだが、事態の急転に対応できなかったようだ。

 

「単縦陣を敷き、敵右翼を砲撃。そして敵右翼が混乱しているところへ突撃をすると見せかけて素通りし、ダータルネスへと向かう!」

 

「……」

 

「復唱どうした!?」

 

「は、はっ。単縦陣を敷け!敵右翼へ集中砲撃!しかるのちに敵右翼を突破し、戦場から離脱!」

 

命令通り、横一列に並んだアルビオン艦隊は敵右翼に集中砲撃して敵右翼に損害を与え、息を吐かせる暇すら与えず敵右翼に向けて突進。

 

これを見て、右翼を叩くつもりであると受け取った敵艦隊は右翼を下がらせて左翼を伸ばし、アルビオン艦隊が接近したところに集中砲火を浴びせようといき込んだが、アルビオン艦隊がそのまま戦場から急速離脱すると彼らは地団駄を踏んで悔しがり、追撃をかけてきたが四隻ほど撃沈できただけで振り切られてしまい、アルビオン艦隊を壊滅させることはできなかった。

 

「損害を報告しろ」

 

アルビオン艦隊が完全に戦闘空域から離脱したことを確認すると、ブロワ侯爵は副官に損害報告を求めた。

 

「十六隻が撃沈。三隻が大破。十一隻中破。残りの十隻もいくらか傷を負いましたが、戦闘航行に何の問題もないとのことです」

 

「つまり残ったのは十隻だけということか?」

 

「すぐにということであれば。ただ中破した艦十一隻ならドッグに入れれば3か月ほどで修理することが可能かと思われます」

 

「そうか……」

(修理が必要なものも含めればなんとか殿下の言うニ十隻確保したと言えなくもないが……)

 

自分は殿下の御期待に応えることができたのであろうか。

 

いや、自分は軍人として最善を尽くした。

 

それで殿下の御不興を蒙るようであれば、唯々諾々と殿下の裁きを受けよう。

 

そう決意し、ブロワ侯爵率いるアルビオン艦隊は一路ダータルネスを目指した。




そういえば、トリステインの先王ヘンリーが亡くなったのって何年前?


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20話

敵軍がアルビオンに上陸してから数日後、エクトル卿は自分に用意された屋敷の地下室へと訪れていた。

 

「報告を聞こうか」

 

地下室には彼以外に誰もいない。だが、声ははっきりと響いた。

 

『総司令部付き参謀を屍喰鬼(グール)にすることに成功したわ』

 

「ほう。早いな。どうやって吸血した?」

 

『ロサイスの街でちょっと誘惑したら宿屋で2人きりにしてくれたから、そこで吸血してあげたわ』

 

敵軍の高級将校の危険察知能力の低さに半ば呆れるエクトル卿。

 

いや、この場合は彼女の擬態能力の高さを褒むべきかな。

 

「タルブで使用された魔法兵器についての詳細。それとダータルネスの幻影の正体だ」

 

『それが……、ちょっとにわかには信じにくいというか……』

 

困惑に彩られた声に、エクトル卿は訝しんだ。

 

エリザベートはたとえわからなくても飄々としている人物であると認識していたからだ。

 

「よい。言え」

 

『それが、”虚無”の魔法らしいわ』

 

「なに? クロムウェルがしているように精霊の力である可能性はないのか?」

 

『ありえないわ』

 

エリザベートは断言した。

 

それを聞いてエクトル卿は考え込む。

 

吸血鬼である彼女が断言する以上、精霊魔法ではないのだろう。

 

しかし、風石を消滅させたり艦隊の幻影を出現させるといった芸当が系統魔法ができるとは思えない。

 

となると失われた伝説の”虚無”ということになるが……、どうも眉唾な話だ。

 

「”虚無”を扱っているということは、その担い手がいるのだろう? 誰だ?」

 

『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールとか言うらしいわ』

 

なんて長い名前……とエリザベートはボソリと漏らす。

 

エリザベートの言わんとすることはエクトル卿にもわからないではなかったが、貴族、特に大貴族フルネームは長くなるものなのだ。

 

自分もそうであるように。

 

「ラ・ヴァリエール? あの家は今回の戦には参加していないのではなかったか?」

 

エクトル卿は首を傾げてそう問う。

 

ヴァリエール公爵は名将であるため、今回どう行動するのか貴族議会は関心を持っていた。

 

だが、ヴァリエール家は多額の軍役免除金を王政府に払い、知らぬ存ぜぬを決め込んだと聞いていたが……

 

『アンリエッタ陛下直属の女官って身分で、ヴァリエール公爵家とは別口で参加してるそうよ』

 

「女王直属か。では、”虚無”というのは全くの虚偽というわけではないわけか」

 

『ええ』

 

「では、そのルイズ嬢の詳しい情報を教えろ」

 

『女王の肝いりということもあってか、高級将校として扱われているみたいだわ。

それに一個竜騎士中隊を護衛として指揮下に置いているみたいよ』

 

「竜騎士中隊を護衛に? 本当か?」

 

『ええ。と言っても、竜だけ全滅しちゃった竜騎士中隊らしいけど』

 

「竜だけ全滅か。随分と奇妙な損害を被ったのだな」

 

エクトル卿は呟いた。

 

戦闘中に竜が死んだら、その竜に乗っていた竜騎士も死ぬとはいわないが無事ではすまないはずである。

 

少なくとも普通に考えたら。

 

「それでルイズ嬢の”虚無”にどんな魔法があるのか総司令部は認識しているのか?」

 

『していないみたいね』

 

「では、どうやって戦争に”虚無”を運用している?」

 

作戦の目的を聞かされたルイズがどのような魔法を使用するか総司令部に申告し、それを受けて参謀達が作戦を立案するという形で”虚無”を運用している。

 

総司令部の本音を言えば、その”虚無”の詳細を完全に把握した上で運用したいそうだが、女王直属の女官という地位に加えて女王が国家機密として扱えと言われているので、そうできないでいるらしい。

 

……スペックがまるで掴めない魔法を用いて戦争をしなければならないなど敵軍の首脳部は頭を抱えているに違いない。

 

「そうか。それで今判明している虚無の魔法はどういうものがあるのだ?」

 

『今判明しているのは”爆発(エクスプロージョン)”、”解除(ディスペル)”、”幻影(イリュージョン )”の3つね』

 

爆発(エクスプロージョン)”は文字通り爆発の魔法。

 

タルブの戦いで使用した魔法がこれらしいが、そうとうな精神力を必要とするらしく現在使えないとのこと。

 

まあ、ニ十隻ものフネの風石を消失させ、墜落させたことを考えると相当量の精神力が必要というのも頷けなくもない。

 

解除(ディスペル)”はどんな魔法の効果も打ち消す魔法。

 

系統魔法、先住魔法の差を問わず、魔法の力が働くものならばどんな魔法でも有効らしい。

 

事実、先日の女王誘拐したゾンビどもはこれはくらって成仏させることに成功したとのこと。

 

詳細は不明だが、あのゾンビどもはクロムウェルが持つ精霊力の指輪で動かしていたと知っているので、エクトル卿は警戒を強めた。

 

最後に”幻影(イリュージョン )”は幻影を生み出す魔法。

 

言うまでもなく、ダータルネスに大艦隊の幻影を出現させたのがこの魔法だ。

 

それら全ての魔法は詠唱に数分必要というデメリットがあるとのことだが、エクトル卿は彼女が本当に”虚無の担い手”であるかどうかはさておき、ルイズを脅威として認識した。

 

「エリザベート。引き続き連合軍の動向を探れ。またルイズ嬢が少数で出撃した時は早急に連絡を入れろ」

 

『わかったわ。ぼうや』

 

了解の言葉を告げられると、響いていた声は消え去った。

 

そしてエクトル卿は隣にあるブロワ侯爵の手紙に目を落とした。

 

内容は敵艦隊との交戦における詳細な記録と、二十隻と言われていたのに半分の十隻しか保全できなかったことの詫びである。

 

本当なら今すぐにでも自分の前に跪いて謝罪したいそうだが、首脳部からダータルネスにて待機せよと命じられて動けずにいるため、こうして手紙をした為とのこと。

 

が、エリザベートからの報告を聞くに、これは敵が”虚無”というふざけた代物を運用してきた結果であり、風下で消極的な艦隊戦を継続していればニ十隻を保全できたであろうことを考えると侯爵に非があるわけではあるまい。

 

それに中破した艦艇を修復すれば、二十一隻の戦列艦を確保できることを考えると十分に許容範囲と言える。

 

そう考えたエクトル卿はブロワ侯爵に非はないという手紙をフクロウに括り付けて飛ばし、そして屋敷を出てハヴィランド宮殿へと向かった。

 

ルイズという人物の情報を持っているであろう人物と話をするためである。

 

 

 

ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドは緊張していた。

 

彼はトリステインの魔法衛士隊のひとつであるグリフォン隊の隊長であったが、己の目的の為に”レコン・キスタ”に馳せ参じた人物である。

 

ウェールズを暗殺に成功したことからクロムウェルに気に入られ、親衛隊の一員として重用されている。

 

そんな彼にとって、エクトル卿は警戒すべき人物であった。

 

”レコン・キスタ”に馳せ参じる前のエクトル卿の経歴は元傭兵団の首領と言うこと以外は一切不明であるのだが、能力に関しては疑うところは一切ない。

 

革命戦争で彼が指揮した戦いの記録を見たことがあるが、非凡な戦術家であることは疑いない。

 

それに政治にも通じており、クロムウェルが片腕として重用するのも頷ける有能ぶりだ。

 

だが、エクトル卿が何度かクロムウェルを無視して行動したことがあると聞き、実は彼は皇帝に必ずしも忠実ではないのではないかと思ったのだ。

 

祖国を裏切ったワルドとしては、アルビオンにはなんとしても聖地奪還を成し遂げて貰わないと困るのだ。内部対立の要素などあっては困る。

 

そんなことを考えながら、ワルドはエクトル卿の待つ部屋の扉を開けた。

 

「おお。よく来てくれたなワルド子爵」

 

エクトル卿は部屋の奥の椅子に腰掛けており、その背後に彼の腹心であるディッガーの姿があった。

 

腰掛けている椅子は安物であったが、ワルドはなぜかそれが煌びやかな玉座であるかのように思えた。

 

「栄えある護国卿閣下のお呼びとあっては、参上して当然でございましょう」

 

ワルドの言いようにエクトル卿の唇が弧を描いた。

 

「して閣下。いったい私に何用でございましょう?」

 

「おぬしに聞きたいことがあってな」

 

「聞きたいことでございますか?」

 

「そうだ。ヴァリエール公爵家の情報を可能な限り教えて欲しい」

 

ワルドは自分の血の気が引いた気がしたが、それを全く表情に出さずに問う。

 

「なぜヴァリエール公爵家の情報などを欲するのでしょうか?

ヴァリエール家は軍役免除金を支払い、今回の戦には不参加であったと記憶しておりますが」

 

「その通りだが、ヴァリエール公爵家の三女が敵の陣地にいると私の手の者から報告があってな。

しかも16才という若さであるにも関わらず、敵総司令部にそれなりの影響力を持っているらしいのだ。

そのことを知り、彼女と深い関わりがあったというワルド子爵にその人柄や性格、能力を教授してほしいと思ったのだ」

 

ワルドは思わず顔を歪めた。

 

ルイズが”虚無”であることは、可能な限り秘密にしておきたかったのである。

 

別に彼女の身を慮ってのことではなく、トリステインを制圧した際に彼女を捕らえ、従わせることはできないかと考えたからである。

 

いかに誇り高い貴族としての矜持を持つ虚無の担い手と言えども、ルイズはまだ子ども。

 

完膚なきまでに敗北を味あわせれば、服従させることも不可能ではないのではないか。

 

仮にそれでも服従しなかった場合はルイズを殺し、その死体をクロムウェルに献上して”レコン・キスタ”の戦力増強させ、同時に皇帝に”虚無”を献上した自分の忠誠心の高さを周囲にアピールすることもできるだろうと考えたのだ。

 

「どうした。顔色が悪いな」

 

エクトル卿が探るような視線をワルドへと向ける。

 

「失礼いたしました。元とはいえ、彼女は私の婚約者。

そんな彼女がこの戦争に参加しているとは、予想だにしておりませんでしたので」

 

本当は予想していた。なにせ伝説の虚無の担い手だ。

 

だが、エクトル卿はあくまで敵の総司令部に影響力を持っていることに疑問を持っているのであって、ルイズが虚無であると気づいているわけではないのだろう。ならば誤魔化しようはあるはずだ。

 

しかしエクトル卿はルイズが虚無かどうか半信半疑であるが得体の知れない力の使い手と既に認識しており、ワルドがルイズの力を隠し通したいという思惑が叶うことはありえないのだが、ワルド本人はそんなことは知らない。

 

「アンリエッタ女王にとってルイズは信頼できる幼馴染。それ故重く用いているのかと」

 

「幼馴染というだけで何の能力もない奴を戦場に放り込む馬鹿がいてたまるものか」

 

エクトル卿は呆れたように呟く。

 

「閣下は先日のアンリエッタ女王、当時は王女でしたが……、ウェールズに送ったラヴレター回収のため、極秘に王党派へ大使を派遣した話をご存知ですか?」

 

「ああ。クロムウェル閣下から聞いた。それがどうした?」

 

「その時、私が大使の護衛を任されたのですが、大使がルイズであると知って驚きました」

 

「……は?」

 

エクトル卿はワルドが語った内容を飲み下すのに数分かかった。

 

そしてようやくワルドの語った内容を認識すると大声で叫ぶ。

 

「いや、まてまて! ルイズ嬢はトリステイン貴族の名門中の名門ヴァリエールの出だ!

そのルイズ嬢を戦争中の、しかも風前の灯である王党派への大使として派遣したというのか?!」

 

「ええ」

 

「信じられん……」

 

呻くエクトル卿。

 

「クロムウェル閣下からお聞きしてなかったのですか?」

 

「ああ。王党派に大使を派遣したという話は聞いていたが、ルイズ嬢が大使だったとは知らぬことだ」

 

現在でもヴァリエール家と王政府の関係それほどよろしくない。

 

そんな状況で王政府の命令で自分の娘が戦死したと聞かされたらヴァリエール公爵はどう動くか。

 

極秘に行われたことであるから王政府が”名誉の戦死”として扱わず、アルビオンに対して知らぬ存ぜぬという態度を貫くであろうことを考えると、少なくともヴァリエール公爵家が王政府にとってよからぬ方向へと動くことが容易に想像できる。

 

完全にヴァリエール家に喧嘩を売っているようにしかエクトル卿には思えない。

 

(いや、まて。ルイズ嬢とアンリエッタ女王は幼馴染か……)

 

ここでふとエクトル卿はある可能性が思い当った。

 

幼馴染であるならば、アンリエッタがルイズの”虚無”に気づいていたとしてもおかしくはない。

 

とすれば、伝説の虚無ならば戦場を走破できるかもしれないと考えても不思議ではない。

 

それに失敗したら失敗したで、トリステインの旧弊を一掃する絶好の好機。

 

そも、トリステインは数年前に先王ヘンリーが崩御してから王位がずっと空位だ。

 

王国宰相マザリーニはヘンリーの死後、その娘アンリエッタを王位につけようとしたが宮廷貴族達が10歳すぎの女王を抱くなど他国から舐められるので承服しかねると強固に反対した。

 

そこでマザリーニはアンリエッタを適当な人物と結婚させてその婿を王位につけようと画策したが、今度は二度続けて入り婿をトリステインの玉座に座らせるのはいかがなものかという意見がでたり、貴族達がそれぞれ婿候補を擁立して対立し始めたためにこれは一旦保留となった。

 

ならばと先々代国王フィリップ3世の娘であり、先王ヘンリーの妻であるマリアンヌを女王にしようとマザリーニは提案し、宮廷貴族達もこれには賛成したため、喪が明け次第、王妃マリアンヌに即位してもらう運びとなった。

 

が、とうのマリアンヌが王位に就くのを(かたく)なに拒否してずっと喪に服し続けたために、この話もお流れとなってしまった。

 

となれば、アンリエッタの婿を王につけざるを得なくなるのだが、貴族達が対立している間にアルビオンで革命が起こり、アルビオンの王権が打倒されるのが確定的という状況になって貴族達は対立している場合ではないとようやく気づき、妥協に妥協を重ねた産物として、同盟と引き換えにアンリエッタがゲルマニアの皇帝アルブレヒト3世に嫁入りするということを宮廷貴族達は渋々容認しなければならない事態となった。

 

しかしそれもタルブにおけるトリステイン軍の単独勝利により、ゲルマニアがアンリエッタを嫁によこせという要求を撤回し、対等な同盟を結ぶこととなり、アンリエッタは女王として即位することとなり、現在に至る。

 

だが、それでも婿争いで対立していた貴族同士の対立感情は癒えておらず、貴族達が王の下に団結しているとはとても言い難い。

 

今でさえそうなのだから、アンリエッタの王女時代。ゲルマニアの皇帝の妃になるという話が決まった頃はもっとひどかったであろう。

 

そんな時に王女アンリエッタの無体な命令により、ルイズが戦場に散ったとヴァリエール公爵が宣言すればどうなるか。

 

貴族達は今の王家が信用できないようになり、こぞってヴァリエール公爵の下で馳せ参じるのではないか。

 

あとはヴァリエール公爵が旧王家を廃し、ヴァリエール朝トリステインを成立させれば、全てを旧王家のせいにすることによって、貴族達を団結させ、清廉な国家運営を行い、トリステイン単独でアルビオンと渡り合うこともできるのではないか。

 

そう考えれば、アンリエッタの行動は王家のためではなくとも、王国のためを思っての行動とも解釈できる。

 

そして”虚無”の力により、ラヴレター奪取に成功した場合はルイズを最大限王家と王国のために利用する腹積もりなのであろう。

 

ただ、いくら若気の至りと考えても隣国の皇太子に王女の署名と印入りラヴレターを送るような迂闊な人物がそんな思考ができるなど少々考えにくいが。

 

しかし最近予想外なことが多発しているため、少しでも可能性があるなら考慮するほどエクトル卿は神経質になっていた。

 

もしアンリエッタがこの推測を聞かされたら、顔が真っ青になるだろう。

 

その時はルイズが戦場で死ぬという可能性を全く考慮していなかったからだ。

 

「大使として戦争中の国に送りだせるほど信頼されているということは、ルイズ嬢はよほど優秀なメイジなのだろうな。ワルド子爵。ルイズ嬢が何系統のメイジなのだ?」

 

何気ない風を装い、ワルド子爵へと尋ねる。

 

するとワルドは苦笑しながら、答えた。

 

「言いづらいのですが、ルイズは座学は優秀ですが、メイジとしては無能です。魔法が使えません」

 

「魔法が使えない? どういうことだ。ルイズ嬢が魔法を使えんなど血統的にありえんはずだ」

 

「原因は不明ですが、ルイズが魔法を行使すると全て爆発してしまい失敗するのです」

 

「……なんだそれは」

 

そう言いながら、エクトル卿はある程度予想がついていた。

 

ルイズが使える魔法に”爆発(エクスプロージョン)”というものがあると聞いている。

 

おそらくは自分の系統がばれないようにそれで失敗しているように擬態していたのだろう。

 

「残念ながらわかりません。

ヴァリエール公爵も原因を解明しようと色々と手を尽くしたそうですが、謎のままです」

 

申し訳なさそうに言うワルド。

 

「そうか。だが、そうなると解せんな。

座学が優秀とはいえ、なぜアンリエッタ女王はそんな無能なメイジを大使に選んだのだ?」

 

「先程も申し上げましたが、ルイズは女王の信頼できる人物です。

それに私が王宮でいた頃、女王は貴族達の忠誠心のなさを嘆いておられてもいました。

偉大なるフィリップ3世の治世には、貴族は皆私のように忠誠を示したに違いないと」

 

「言わんとすることはわからんではないが、裏切り者であるおぬしにそのようなことを言うとはトリステインの女王はよほど人を見る目がないと見える」

 

「仰るとおりで。これほど滑稽な喜劇はそうありませんからな」

 

ワルドはそう冷笑しながらそう言った。

 

確かにそんな王を小馬鹿にするような喜劇はこのロンディニウムの演劇場でも見ることはできないだろう。

 

しかしワルドの話を聞く限り、やはりアンリエッタは感情に身を任せる小娘としかエクトル卿には思えない。

 

いや、仮にそうだとした場合でもアンリエッタの思考をうまく誘導し、ヴァリエール家に天下を握らせようと企んだ者がいる可能性もあるか。

 

だが、まだ決めつけるのは禁物だと更にアンリエッタがどういう人物であるかをワルドに問うた。

 

エクトル卿の関心が、ルイズからアンリエッタに移ったことを悟り、ルイズが虚無であることを隠しおおせたとワルドは内心安堵する。

 

だが、ワルドの演技によってエクトル卿はワルドはルイズが虚無であることを知らないと捉えただけで、ルイズに対する警戒レベルは跳ね上がったことにはワルドは気づかなかった。




オリ主の推測が迷走中。どうしてこなった。


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サウスゴータの戦い

ようやく原作主人公登場。


シティ・オブ・サウスゴータ。

 

アルビオンの首都ロンディニウムと港町ロサイスのちょうど中間点にある最初に始祖がアルビオンに降り立った場所であると伝えられる古都であり、円形状の城壁に内面に作られた五芒星形の大通りが特徴的な都市である。

 

人口4万を数えるアルビオン有数の大都市であり、トリステイン・ゲルマニア連合軍はロンディニウムへの足掛かりとしてこの都市を攻略せんと積極的に偵察を繰り返していた。

 

対してアルビオン側はこの都市を見捨て、住民から食料を摘発して敵軍を足止めする腹積もりであった。

 

この判断はアルビオン将兵の不興を買った。

 

彼らはサウスゴータで敵軍との決戦を望んでいたのもあるが、守るべき民から食料を巻き上げて飢えさせるという行為を忌避したからでもある。

 

だが、クロムウェルは「降臨祭の終了と同時に……、余の”虚無”と交差した二本の杖が驕り高ぶる敵に鉄槌を下す!」と戦争の勝利を約束した上で命令したのだ。

 

交差した二本の杖とはガリア王家の紋章のことであり、すなわちガリアの参戦を暗に示した言葉である。

 

確かにガリアが参戦してから敵軍とまともに戦った方が勝率は高いし、またクロムウェルが直々に”虚無”の力を振るうと聞かされては、それ以上反論できなかったのである。

 

そのため、今のアルビオンにはオーク鬼、トロル鬼、オグル鬼と言った種族で構成された数百の亜人部隊と数百の共和国軍合わせて六百程度の兵力しかない。

 

元から捨てるつもりであるのだから当然の事ではあるのだが、この街を預かっているトライド将軍は今にも不安で押しつぶされそうになっていた。

 

司令官より優秀な兵士としての性格が強く、論理性より精神論に走りがちなトライドと言えど、さすがに100倍の敵兵相手に互角に戦えると思えるほど自惚れてはいない。

 

無論、彼とて上からこの街を敵に与えるという作戦は聞いているのだが、一兵でも多く連れて戻ってこいとホーキンス将軍から言われてもいた。

 

彼は如何に敵を効率よく殺すかという思考はよくしたが、如何に味方の損害を減らすかという思考は殆どしたことがなく、どのようにすれば損害を減らせるのかと延々と考えていた。

 

そんな精神状態であったトライドはロンディニウムから護国卿が来たという報告を受け、にわかに期待した。

 

護国卿がこの街においでになられたということは、ひょっとしたら作戦が変更されて援軍を送ってくれることになったのかもしれないと思ったからだ。

 

敵に対して正面から戦うことを好み、防衛戦や撤退戦を嫌うトライドである。そんなふうに考えてしまうのは当然の事であった。

 

「……陽動ですか」

 

しかし当然のことながらトライドの推測は外れて、彼は落胆した。

 

「そうだ。北から十人ほどこの街に親友して陽動をしかけ、南から敵本隊が押し上げてくると密偵から報告があった。故におぬしら第二軍は陽動に惑わされることなく北へ逃げることだな」

 

撤退することを命令されていたトライドにとってその情報はありがたかったが、疑問もあった。

 

「たった十人ほどこの都市に侵入したところで我が軍が大して混乱するとは思えませんが……」

 

「それがだな。この都市に侵入する者達はダータルネスで使用された魔法兵器を持っておるらしいのだ」

 

「な」

 

「そしてその魔法兵器を使うことにより、張りぼての6万の幻影を見せつける作戦のようだな」

 

「なるほど。それは確かに」

 

そんな事態になれば、自分は間違いなく亜人部隊を足止めのために北へ向かわせ、南から脱出しようとするだろう。

 

しかし、南には本物の敵軍六万が待ち構えており、その中に飛び込んでしまうことになる。

 

そう確信できるだけにトライドは寒気を感じた。

 

「それで私がわざわざここに来た理由であるが……、陽動の指揮をとるのがトリステインの名門貴族の子弟であると聞いている。ついてはそれを生かして捕え、敵の魔法兵器の情報を聞き出すためだ。それで僅かばかりおぬしの指揮下の兵を勝手に動かすことになるかもしれないが大目にみてほしい」

 

「ええ。別にかまいません」

 

一切の迷いなく、トライドはそう言い切った。

 

軍人の仕事は戦争をすることであり、故に敵の生き死になど時の運であると考えるトライドは敵の生け捕りなど向いていないと思ったので特に考えることなく了承した。

 

敵の魔法兵器の情報を聞き出すというのは、かなり大きい功績とした扱われるであろうこと疑いないというのにあっさりと自分がやると決まってしまったエクトル卿はやや肩透かしを食らった気分であった。

 

ひょっとするとこんな職分への忠実さが、トライドがクロムウェルに評価された理由であるのかもしれない。

 

 

 

こうして都市の北側でエクトル卿はルイズ率いる陽動部隊を捜索していた。

 

エクトル卿がサウスゴータに来た理由は、トライドに語ったものとそれほど差はない。

 

エリザベートからルイズ率いる陽動部隊が潜入するという情報を聞き、クロムウェルに敵軍が名門貴族の子に箔を付けるために前線に出そうとしており、その者を捕えることで敵軍となんらかの交渉を行うことができると提案し、それが受け入れられたからである。

 

だが、実際のところはルイズという少女が扱う魔法とそのからくりを暴くことが狙いであった。

 

仮にクロムウェルと違って本当に”虚無”であるというならば、彼女を吸血鬼どもに与えて屍喰鬼(グール)にしてしまい、その力を得る心づもりである。

 

それはルイズの操る魔法は戦略的価値を持つと見なしているからであり、同時にその力をトリステインに持たせ続けるのはどう考えても好ましくないからである。

 

いや、トリステインに限らず、自分以外の勢力がそんな規格外の力を行使され続けてはたまったものではない。

 

吸血鬼どもにそんな規格外の力を持たせるのも不安といえば不安であるが、エリザベートは損得勘定をちゃんとできる存在だ。

 

自分を排除した場合に生じるデメリットの多さに気づかぬはずがない。

 

それだけに安心できる。すくなくとも他国にそんな力を持たせておくよりは。

 

そう考えながら敵の捜索を続けていると北の門の近くから激しい物音が聞こえ始めた。

 

どうもトロール鬼が暴れているらしく、その騒音は激しく鳴り響いて市民たちを震え上がらせている。

 

それに”風”のスクウェアである彼の耳には微かに誰かを追いかけて叫んでいる声も聞こえた。

 

「敵の陽動の失敗か、陽動の陽動か、判断に迷うな」

 

しばし考えたが、陽動の陽動なら敵の幻影が見え始めたあたりで狙いを変えれば良いと”フライ”で現場に急行した。

 

 

 

一方、サウスゴーダに潜入していたルイズはと言うと――

 

「トクガワイエヤスって誰よ!?あれなら知らないって言った方がまだ言い訳できるわよ!!」

 

亜人とアルビオンの軍人合わせて数十の追っ手から逃げながら、激怒していた。

 

なぜこんなことになったのかというと、全ては馬鹿犬――もとい、ルイズの使い魔こと異世界人平賀(ヒラガ)才人(サイト)のせいである。

 

始祖が最初にアルビオンに足跡を記した聖なる地であることを理由に巡礼者としてサウスゴーダに潜入したところまでは順調だったのだが、身長5メイルほどのトロール鬼を見て「でけぇ!」と叫んでしまいアルビオン兵から怪しい奴であると不信感を持たれたのだ。

 

昔ならいざ知らず、数百の亜人が参加している”レコン・キスタ”がアルビオンの覇権を握ってから既に半年以上が経過しており、それなりの都市部では亜人が警備をしていても不思議でもなんでもない光景となっている。

 

そのためアルビオン人ならば亜人は見慣れた存在となってしまっており、その醜悪の姿に恐怖と嫌悪を覚えることはあってもサイトのように亜人の大きさの驚くようなアルビオン人など皆無である。

 

そこでそのアルビオン兵はサイトに、このサウスゴーダに守護している共和国軍第二軍を率いる将軍は誰かと問うたところ……

 

「徳川家康」

 

と、答えたのである。

 

全くハルケギニア風ではない名前にアルビオン兵は呆れると同時に、とりあえず怪しすぎるから牢にぶち込んで事情聴取しようとしたところを逃げたせいである。

 

「だって知ってる将軍の名前なんかそれしか知らなかったんだよ!!」

 

必死に逃げながら泣き言を言うサイト。

 

彼の言うとおり、彼の故郷である異世界の日本という国では徳川家康とは非常に有名な将軍である。

 

日本人なら天皇より征夷大将軍に任じられて江戸幕府を開き、2世紀半に渡る太平の世の礎を築いた徳川家康という名を知らない者など殆ど存在しないだろう。

 

もっとも、ハルケギニアの言語では名前の発音すら困難な人物を咄嗟に出したサイトの空気の読めなさは半端ではないので、サイトに酌量の余地はないのであるが。

 

さて、話は変わるがルイズは公爵家の令嬢であり、サイトは一般的な日本の高校生並の身体能力である。

 

ルイズの護衛としてついているルネ・フォンク率いる竜騎士隊は彼らよりマシであろうが、その本領は竜の騎乗であり、あまり足は速い方とは言えない。

 

にも関わらず追っ手から逃げられているのはトロール鬼がでかすぎて街道を塞ぎ、人間の兵士達の追跡を阻害しているからであり、トロール鬼自体も建物から突出していてつっかえ棒になって邪魔になる箇所を粉砕しながら追いかけているので本来の速力の半分ほどしか出せていなかった。

 

本隊の攻撃が始まるかアルビオン兵に先回りされるまで延々とこの状況が続くのではないかとルネが不安になりかけたその時、自分達を追いかけてきていたトロール鬼の体が両断された。

 

あまりのことにアルビオン兵がやや茫然となったことを意に介することなく、トロール鬼を両断した仮面の人物はその死体を踏みつけて、状況が把握できないながらも必死に逃げている不審人物たちに目をやった。

 

(報告ではルイズ嬢は目立つピンクブロンドの髪に150サントほどの身長、そして戦場にも関わらず魔法学校の制服を着用しているのであったな)

 

報告通りの容姿の人物を確認したエクトル卿は杖剣をルイズの方へ向け、”エア・スピアー”を飛ばした。

 

目標はルイズの足であり、走れないようにして捕えるつもりであった。

 

だが、それは予想外の方法で防がれた。

 

なんとサイトが背に背負った剣を抜き放ち、”エア・スピアー”を止めてしまったのである。

 

「かかっ。久しぶりに震えてるな相棒!」

 

サイトの持つ剣であるデルフリンガーが久々にルーンを使えている相棒に喜声をあげる。

 

サイトとエクトル卿の距離は十数メイルあったが、エクトル卿の優れた聴覚は何と言っているかまではわからなかったがサイトの持っている剣が柄をカチャカチャ鳴らしてなにかしら喋っているのはわかった。

 

(”インテリジェンスソード”! それも”風魔法無効”の効果持ちか?! 厄介な!!)

 

”インテリジェンスソード”とは、簡単に言うと意思が付与された剣である。

 

剣を喋らせることにいったいどのような利点があるのか理解に苦しむ珍品である。

 

だが、大抵の”インテリジェンスソード”にはなんらかの魔法が付与されており、ものによっては正面からメイジを相手取れる性能を誇る。

 

無視していい相手ではないと判断するには十分すぎる材料と言えよう。

 

エクトル卿は杖剣をサイトへ向けなおし、魔法を唱えた。

 

風・風・水のトライアングルスペル、ウィンディ・アイシクル(氷の矢)である。

 

形成された幾本の氷の矢は一斉にサイト目掛けて発射された。

 

しかしサイトは氷の矢を避けることなく、剣で防いでかき消した。

 

「馬鹿なッ!」

 

思わず声をあげるエクトル卿。

 

先ほどの魔法は水系統を足した複合魔法だ。

 

だというのにああも見事に魔法をかき消したということは”水魔法無効”の効果も付与されているとでもいうのか。

 

「先に行け! こいつらはオレがなんとかする!」

 

そう叫ぶとサイトは一気に十数メイルの距離をつめ、エクトル卿に斬りかかった。

 

あまりの速さに不意をつかれたが、エクトル卿は咄嗟にサイトの斬撃を杖剣で受け流した。

 

エクトル卿の技量と杖剣がサーベルとしての性能も備えていたがゆえに成せた技と言えよう。

 

そして”エア・ニードル”の魔法を唱え、杖剣に鋭く固めた風の渦を形成してサイトの体目掛けて突きを繰り出す。

 

「相棒! 危ねぇ!」

 

デルフリンガーの声に必死に身を引き、ズッコケた。

 

ズコッケたサイトに対して、エクトル卿は容赦なく”エア・ニードル”での突きを繰り返す。

 

「わ、ちょ! ちょっと待って!!」

 

サイトは必死に転がりまわりながら攻撃を避け続ける。

 

エクトル卿は高速で奇妙に転げまわるサイトに苛立ちながらも攻撃を続け……

 

「面倒だ!」

 

辺り一帯を纏めて”ウィンド・ブレイク”で吹っ飛ばした。

 

吹っ飛ばされたサイトは石造りの建物に激突し、体中に激痛が走った。

 

しかしそれを気にすることなく、サイトは剣を構えてエクトル卿に向き直る。

 

揺らぎないサイトの眼光を見て只者ではないとエクトル卿は判断し、先程から呆けているアルビオン兵に向けて命令を下した。

 

「お前らはあの連中を追え!」

 

「は。いやしかし護国卿閣下、我らはトライド将軍の……」

 

「トライドの許可は得ている! いいから追え! ただし他の者は殺してもかまわぬからピンクブロンドの髪の女だけは殺さずに捕えるのだ!」

 

その言葉にサイトは目の色を変えて斬りかかってきた。

 

エクトル卿も”ブレイド”の魔法で杖剣を強化して迎え撃つ。

 

そして残っていたアルビオン兵達はなぜピンクブロンドの女だけは生け捕りにせねばならないのかと疑問を覚えながらも、命令通りオーク鬼やオグル鬼を従えて追跡を再開した。

 

「待て!」

 

「他人の心配をしている余裕があるとは思えぬがな!!」

 

一瞬、サイトがアルビオン兵達に気を取られた瞬間に左頬を斬りつけられた。

 

左頬の皮膚が軽く捲り上がることになったが、軽く血を流しただけで戦闘続行に何の支障も齎さなかった。

 

両者の実力は互角と言ってよく、何十合と斬り結んでも決着はつかず、互いを苛立たせた。

 

(なんでだ!? ガンダールヴの力が使えてるのに倒せねぇなんて!)

 

サイトはルイズによって使い魔契約された際に、ガンダールヴのルーンが刻まれていた。

 

ガンダールヴとは、伝説に謳われる4つの始祖の使い魔のルーンのひとつだ。

 

”神の左手”と呼ばれるガンダールヴは幾千の軍勢を単独で撃破できるほどの武器の使い手である。

 

そのルーンが刻まれたサイトはどんな武器でも触れればその武器の使い方を理解し、身体能力も桁外れに強化される。

 

身体能力の強化具合はサイト自身の心の震えに比例する。

 

最近ルイズがジュリオに気のある行動をしているせいで調子が狂っていたが、目の前の仮面の男は明らかに自分の主であるルイズを、淡い思いを抱いている少女を狙って魔法を放った。

 

そのことでサイトは激しく怒り、その心はワルドの片腕を斬り飛ばした時ほどに震えているのだが、それでもその憎い敵を倒すことができずにいるため、追っ手に追われているルイズ達は無事だろうかと焦燥感を感じていた。

 

(なんなんだこいつは?! 傭兵にありがちな我流の喧嘩剣法でさえもっとましな剣術を使うぞ!!)

 

対してエクトル卿はというと相手の技量のなさに腹を立てていた。

 

斬りあいを始めた当初こそ、自分とまともに斬りあえる好敵だと思っていた。

 

なのにこいつはまともな剣術を使っていない。ただがむしゃらに剣を振り回しているだけだ。

 

エクトル卿には自負がある。

 

他者の追従を許さぬほどの武人としての才能を持って生まれたこととその才能に胡坐をかくことなく鍛え上げてきた自負が。

 

大公息として平和で幸せな生活を謳歌していた頃は、武人としての才能を磨くと父や兄らが褒めれくれたからであるが、4年前の事件で仮面を被ってエクトル卿と名乗りだしてから今までの間は自分の命を守るために必死で武術の、魔法の訓練に励んだ。

 

その結果として、正面から戦ってエクトル卿と互角に戦えるメイジなどハルケギニア中を探しても両手の指の数より少ないであろう。

 

それほどの技量を持ちながら、ろくな剣術すら使ってこない剣士を倒しきれない理由。

 

それは敵の身体能力と反射神経がエクトル卿のそれを遥かに凌駕しているからに他ならない。

 

だが、それだけに対処は容易だった。

 

なるほど。確かに全ての攻撃が一撃必殺という戦士が憧れるようなものであり、並の人間ができる芸当ではない。

 

だが、全く合理性のない剣筋に加えてその剣戟すべてが大振りなら受け流すのは容易だし、場合によっては反撃すらできる。

 

言ってみれば学習能力がない人間の形をした強力な獣を相手にしているような感覚だ。

 

そんな獣を相手して、仕留めきれないのだからエクトル卿が腹立つのも当然であろう。

 

戦い方を知らない相手と互角。それだけで自分の技量が嘲笑われているように感じてしまうのだ。

 

このエクトル卿の苛立ちを理不尽とは言えないだろう。

 

むしろ大した苦労をせずに達人顔負けの身体能力を手に入れたサイトこそ世界中の武人からすれば理不尽である。

 

まあ、サイトから言わせればこの世界に拉致同然に連れてこられたこと自体が理不尽なので、一番の原因はこの世界を創造したという神なのかもしれない。

 

永遠のような数分の斬りあいを2人が演じている内に、トリステイン・ゲルマニア連合軍のサウスゴーダ攻略作戦が開始された。

 

艦隊による砲撃と着弾の音がサウスゴーダの市中に響く。

 

その轟音にエクトル卿が一瞬気を取られた隙に、サイトの剣がエクトル卿の顔に迫った。

 

「くっ!」

 

即座に飛びのいたおかげで傷を負うことはなかったが、つけていた仮面は見事に割れた。

 

「え……」

 

そして仮面の下にあった素顔を見たサイトは思わず気が抜けた声をあげた。

 

瞳の色を除けば、サイトが知っている人物によく似た容姿をしていたからである。

 

いや、サイトの記憶の中にあるそれよりは多少大人びており、やつれているように見受けられた。

 

「チッ!」

 

左手で顔を隠し、周りの状況を確認したエクトル卿は即座に逃げることを決めた。

 

自分の素性をトリステインやゲルマニア、ジョゼフの影響下にあるアルビオンの者に知られては今後の計画に差し支えがでる。

 

可能であれば目の前の剣士も殺すべきなのだが、簡単に殺すことは不可能である以上、捨て置くしかない。

 

幸い、たかが平民の護衛風情が他国の王家に連なる人物の顔を知っているとは思えないから大丈夫だろう。

 

石で舗装された街道を強力な風魔法で粉砕し、砂煙りを舞い上がらさせた。

 

そして路地裏に入り、指笛を鳴らして都市の郊外に待機させていた雷竜を呼び寄せ、その背に跨った。

 

「くそっ!」

 

”虚無”を手に入れるどころか、その担い手の始末にすら失敗した。

 

その結果にエクトル卿は歯噛みしながら、ロンディニウムへと帰還した。




オリ主のコプセントその①
ガンダールヴと互角に戦えるメイジを出したかった。


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22話

「勇敢なるアルビオンの戦士たちよ!神と始祖への真なる信仰心を持つ信徒たちよ!

昨年は非常に好ましく、また、非常に遺憾なことが起こった年であった。好ましいことというのは説明するまでもないであろうが、無能な王家を打倒し、真に優秀な貴族たちによる共和政権が樹立され、ハルケギニア統一と聖地奪回の悲願達成のための挙国一致体制が確立されたことである。そして昨年5月末、我らの大義を理解しない愚かなるトリステインは自らの王権にとって脅威であるというだけですでに結ばれていた不可侵条約を平然と破り、我が軍の”ホバート号”を撃沈したのだ!なんという恥知らずなことか!何人もトリステインの暴虐を許すことはないであろう。無論、我が空軍も死力を尽くしてトリステイン艦隊を撃滅しえたがこちらも大いなる損害を被り、この空中大陸へと撤退せざるをえなかった。それだけでも許し難いことであるというに、トリステインは厚顔にも野蛮なゲルマニアと手を組み、神聖なるこのアルビオンの領土を侵している!これは神と始祖より”力”を授かった余への、ひいては神より選ばれたアルビオンの民に対する挑戦である!その無謀にして愚味なる挑戦は降臨祭の終わりに潰えることなろう!そしてトリステインとゲルマニアはその罪の大きさに相応しい神の鉄槌が下ることとなろう!降臨祭の終わりとともに!」

 

ハヴィランド宮殿のバルコニーからクロムウェルはアルビオン軍の兵士たちに演説している。

 

ハルケギニアでは始祖ブリミルが降臨なされた日から10日間は戦争すらやめて祝うのが慣例となっている。

 

その慣例に従い、アルビオンは連合軍に対して休戦協定を打診し、連合軍も慣例通りに受け入れた。

 

もっとも、始祖の末裔たる王家を滅ぼした”レコン・キスタ”にそのような慣例に従う必要はないと降臨祭でも攻め続けようという意見があったのだが、共和国軍がサウスゴータで展開した焦土作戦によって糧食の補給を必要としたため、どの道動けないなら休戦に応じようと言う連合軍総司令官ド・ポワチエの意見が最終的に受け入れられた。

 

それが狙いの焦土作戦であったため、クロムウェルの傀儡主であるジョゼフの思惑通りに戦況が進んだともいえる。

 

「だが、新年を迎え、降臨祭まっただ中の現在にそのような無粋な話をこれ以上するのは控えるとしよう。

同志諸君、今は降臨祭を楽しみたまえ。サウスゴータに駐屯している敵軍を警戒している部隊以外には宴に参加せよ。

始祖が降臨なされた神聖なるこの日に、あるいは我が軍に約束された勝利の未来に乾杯!」

 

「「「乾杯!」」」

 

兵士たちが一斉に杯を掲げ、降臨祭の宴が始まった。

 

ある者たちは歌い、ある者たちは踊り、ある者たちは美食を楽しみ、ある者たちは競うように酒を飲む。

 

「陽気なものだ。我が軍は劣勢にあるというに……」

 

その喧騒を他所に宮殿の隅でホーキンスは憂鬱な顔でぼやいた。

 

それも仕方がないと言える。

 

彼はクロムウェルの”虚無”をそんなに盲信していなかったし、ガリアが援軍にくるという情報も疑っているのだから当然といえよう。

 

「随分と不安そうだな。ホーキンス将軍」

 

振り向くと仮面の護国卿がこちら見ていた。

 

どうやら独り言を聞かれたようだ。

 

「別に不安というわけではありませんが、勝利のためにするべきことも理解せずに多くの兵たちが勝利を確信しているというのは小官としては釈然としませんなぁ」

 

「なにを言う。降臨祭明けの反攻作戦はすでに皇帝閣下から聞かされていたはずだが」

 

エクトル卿の言う通り、先日軍の主だった者たちクロムウェルから今後の戦争計画を聞かされてはいた。

 

しかしそれはあくまで常識人であるホーキンスにとってはいまいち信じられない作戦計画であった。

 

「私は何十年と軍で過ごしてきました。その経験のせいか皇帝閣下の”虚無”をどこまで信じていいのか判断に迷いましてな。皇帝閣下の言を疑うわけではありませんが、どうしても伝説の”虚無”を運用する戦争というのは現実味を持てないのですよ」

 

「……なるほど。わからぬではない」

 

苦笑するエクトル卿。

 

「わかっていただけますか」

 

苦笑し返すホーキンス。

 

「なるほどおぬしの言うとおりやも知れぬ。案外これは全て夢なのではあるまいか?”虚無”はもとより、”レコン・キスタ”も全部夢で、私は傭兵団とともにどこぞの戦場で束の間の休息をとっているだけであり、おぬしもあのジェームズめの臣下の一員として不満を零しながら寝言を言っているだけやもしれぬな」

 

「……確かに現実味がないなど今さら過ぎる言葉ですな。”レコン・キスタ”が革命を掲げだしてから常識というものが木っ端微塵に粉砕されているのですから」

 

傭兵出身の護国卿になられた貴方も含めてと続けるホーキンス。

 

それに対してエクトル卿は少しだけ面白くなさそうに持っているワインが注がれた杯を呷った。

 

なぜ面白くないかというとクロムウェルが自分を護国卿につけた理由を察せられないからであった。

 

当初”レコン・キスタ”に馳せ参じた時、エクトル卿には自分を雇わせるだけの勝算があった。

 

4年前にモード派貴族の多くが粛清されたと言っても、多くはなんとか生き延びていた。

 

モード大公はかなり顔の広い人物であるがゆえ、その派閥の規模も大規模であり、その派閥全体を粛清したりしたら国力が大幅に低下するためである。

 

だから王家としても彼らを閑職に左遷させられたり、領地の一部を召し上げられたり、当主の首を飛ばすことで責任をとらされたりはしたものの中級下級貴族達は自家の存続させることに成功させていた。

 

これに関してエクトル卿は腹立たしいものを感じるものの、仕方ないとも思ってはいる。

 

貴族にとって何より重要なのは自家の存続であり、そのために本心を押し殺して辛酸を舐めるのはよくあることだ。

 

モード派貴族が全てを知った時にはモード大公は処刑されたし、その息子達も死亡ないしは生死不明とあっては、たとえモード大公の仇討に成功したとしても周りの貴族によって自家が取り潰されるのが目に見えている。

 

だから保身に走ったのも仕方ないと言えば仕方ない。

 

なによりブロワ侯爵が表面上だけでもジェームズめに忠誠を誓っていなければ、自分は全身傷だらけのまま放置されて4年前に出血死している。

 

だから仕方ないのだ。

 

と、まあ、とにかく発足直後で兵員に乏しかった”レコン・キスタ”にとってテューダー王家に不満を持つ貴族達を糾合できる可能性を持つ”エドムンド”というカードを手に入れることは実に魅力的であっただろうと考えたのだ。

 

だが、同時にそれほど実権は与えられないと考えていたのだ。

 

なにせ非常に魅力的であると同時に、自分にあまり力を持たれては”レコン・キスタ”にとってとても困るカードでもあるのだ。

 

無論、そうなってもバレないよう裏で蠢動(しゅんどう)して秘密裏に力を蓄え、陰謀を張り巡らす自信があってのことであったが、いざ”レコン・キスタ”に参加してみると自分はとんとん拍子で出世していまや護国卿である。

 

どうも自分に都合のいい展開が続いたことに対してエクトル卿は大いに警戒してきたが、特に問題は発生することなく今に至る。

 

(都合が良いと言えばジョゼフから届いた密書……

密書だから王印も無いし、”公式文書”としての拘束力は微塵もない。

とても信じられる代物ではないが、かと言って無視しきることはできぬ)

 

エクトル卿は目を瞑ってため息を吐いた。

 

密書の通りにガリアが動くのか、動かないのか。

 

いずれにせよ。手ぶらで密書の指示通りに動くなど論外。

 

エクトル卿としては共和国崩壊という演劇の舞台も脚本も既にジョゼフによって用意しつくされており、大まかな物語の道筋を変えるのは不可能だが、せいぜいヤジに大量に飛ばすことによって役者にアドリブを強要させて結末の情景を多少は変えねばならなかった。

 

「過去の事象はさておき、常識的に考えると我らの状況は絶望的だな。

降臨祭が終わっても依然と敵軍はサウスゴータにおり、ガリアも参戦してこないとしたらおぬしはどうする?」

 

エクトル卿に問いの意図をホーキンスはやや訝しんだが、質問には答えた。

 

「私はジェームズ王の横暴に思うところがあって王を裏切り”レコン・キスタ”に与した身。

”レコン・キスタ”が追い詰められたからいって簡単に仰ぐ旗を変えることはできません」

 

ホーキンスは4年前のジェームズ王の所業に憤りを禁じ得なかった軍人の1人である。

 

当時のホーキンスはモード派ではなかったが、それでも温厚で表裏のない人柄だから民や貴族の多くから慕われていたモード大公とその一派を理由もなく処刑したジェームズに対して憤りを覚えたのだ。

 

アルビオン軍に所属する軍人として忠誠心を疑われるようなことであった。

 

しかしホーキンスが軍人として自分が忠誠を誓い、命を捧げてきたのはジェームズ王でもなければテューダー王朝でもなく、始祖の末裔に大使でもない。

 

アルビオンという国家そのものであり、この空中大陸に暮らす無辜の民を護るためである。

 

王家がその義務を放棄したとあっては、ホーキンスにとって最早王家に忠誠を尽くす義理など微塵もないのである。

 

だが、それでもその時は王家に対抗できる勢力が存在しなかったため、ホーキンスは不肖ながらも民の為に王家に従順であるかのようにあり続けた。

 

転機が訪れたのは2年前。

 

旧モード派貴族が治めていた領地の辺境で”レコン・キスタ”が成立し、レキシントンの戦いで数倍の王軍を粉砕したという情報を広まると多くの貴族が”レコン・キスタ”に与した。

 

その流れを見たホーキンスは真にアルビオンを支配すべき勢力が台頭してきたと思い、同調する部下を引き連れて”レコン・キスタ”に参加したのである。

 

もっとも、そうして参加した”レコン・キスタ”はホーキンスの期待を大きく下回るものであったのだが、それでもいきなり多くの貴族を粛清したテューダー王朝に比べればマシだと自信を持って言えた。

 

いや、今となっては言えていた言うべきか。

 

ホーキンスはシティ・オブ・サウスゴータの民を見捨てたクロムウェルに不信を抱いているのであった。

 

ガリアと共同して敵と当たった方が勝算が高いというのは理解できる。

 

だが、だからといって四万の民を飢餓地獄に陥れるのが国の指導者として正しい姿なのだろうか……?

 

「ふむ。なるほど。国に仕える軍人としては正しかろうな。

期待しているぞホーキンス将軍。結末がどうあれ、全力で事にあたろうではないか」

 

奇妙な激励にホーキンス内心首を傾げたものの、肯首した。

 

それを見てエクトル卿はエントランスホールへと足を進めた。

 

ホールの端に設置されている長椅子に座っている脂肪の固まりを見つけるとそちらへと赴く。

 

そしてその白豚の隣に座ると小声で話しかけた。

 

「降臨祭の明けると共和国軍の大半がこのロンディニウムから離れる。その時こそ我らは表舞台に立つ。

今宵、円卓に集まれ。そこで王国再興と共和主義者どもの駆逐するための作戦の全てを説明しよう」

 

「わかりました」

 

ヨーク伯は宴会で振舞われている料理を食べながら、同じく小声で答えた。

 

その様子を見てエクトル卿は仮面に隠れた眉を顰めた。

 

「しかしおぬし、少しは痩せる気はないのか?」

 

「痩せる気はあります。しかし痩せませぬ」

 

ほっぺの脂肪をたぷんたぷんさせながらそう言うヨーク伯。

 

「いや、もう少し食べる量を減らせばよいであろう」

 

「趣味の美食をやめろと? ありえませんな」

 

そう言って胸を……いや、脂肪を張るヨーク伯。

 

それを見てエクトル卿は小さくため息を吐いた。

 

彼の知る限り、ヨーク伯の趣味は美食とは思えない。

 

エクトル卿は視線をヨーク伯の横にうず高く積み上げられた皿の山へと移る。

 

その皿の山は全てヨーク伯が完食した料理がのせられていた皿である。

 

(どう考えても、ヨーク伯の趣味は美食ではなくて暴食であるとしか思えぬのだが……)

 

それはエクトル卿のみならず、ヨーク伯が語る趣味の美食とやらに費やされる料理の多さを知る者全員が抱く共通の思いである。

 

「ああ、そう言えばうちの娘が閣下に早くお会いしたいと申しておりました。

ついてはこの戦争が勝利に終わった際の祝賀会で娘と会っていただけませんか」

 

「……そういう話は目的を果たしてからにせよと言っておいたはずだが?」

 

エクトル卿は冷たい目でヨーク伯を睨む。

 

エクトル卿は”レコン・キスタ”に参じて以来、ほとんど戦争か占領統治にその辣腕を振り続けているため社交界には出席していないと言ってもよく、そのあたりのことは全てヨーク伯とブロワ侯爵に任せきりだ。

 

それは可能な限り自分の素性を隠蔽したいという思惑があってのことで、すくなくとも”エクトル卿”であるうちはあまり目立ちたくはないのだ。

 

「は。ですが、これは戦争の終わった後の話ではありませぬか」

 

ヨーク伯は平然とそう言ってのけた。

 

まあ、確かに目的を果たした後の話であるのだから少々強引な解釈をすれば筋は通らなくもないが……

 

「抜け目のない奴め」

 

「私は新参者。抜け目なくてはなりますまい」

 

「そうでなくてはこちらが困る。

その抜け目のなさを買っているのだからな」

 

「おお、では?」

 

「おぬしの娘と戦勝祝賀会で会うことを約束しよう」

 

エクトル卿はエントランスホールで踊る貴族の男女達の姿に目をやった。

 

さて、この国の貴族がどれだけの数が生き残れるやらというろくでもない思いを抱きながら。




+ヨーク伯が新参者
ハッキリ言って『秘密の会談』で登場した面子の中で一番の新参者。
それ以外の面子は”レコン・キスタ”参加前、鉄騎隊(アイアンサイド)がただの傭兵団だった時からいる。


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23話

降臨祭明けの最初の日の明朝。

 

ハヴィランド宮殿前の大広間で神聖アルビオン共和国四万の兵は勝利を確信した好戦的な笑みを浮かべていた。

 

昨晩、クロムウェルの”虚無”によりサウスゴータ地方にたむろしていた敵軍六万のうち三万が神と始祖への真なる信仰心に目覚め、その信仰心の命じるままにサウスゴータから敵軍を駆逐したと聞かされているからである。

 

サウスゴータで待つ新たなる同志三万を加えるとアルビオンの全兵力は八万。内、一万が王都の守りのために残ることになっているがそれでも七万の軍勢で既に敗走している敗軍三万を追撃することになるのである。

 

しかも国土を敵国に侵されて急速に民意を失いつつある貴族議会は侵略者どもを空中大陸から確実に叩きだすべく必勝を期して内乱時に莫大な武功を立てまくったエクトル卿を総司令官、歴戦の名将で将兵の人望が厚いジョン・ホーキンス将軍を副司令官に据えるという完璧すぎる人事を行った。

 

普通に考えて負ける可能性が皆無の戦いであり、兵士たちは約束された勝利とそれに伴う少なくない報奨金を手に入れて酒場で自分の武勇譚を語って聞かせている姿が既に瞼の裏に浮かんでいる有様であった。

 

「エクトル卿。吉報を待っているよ」

 

「はっ。我が軍の勝利に疑いありません。安心してお任せください」

 

そして神聖皇帝クロムウェルも勝利は疑いないという笑みを浮かべながら手を差し出す。

 

その手を握り返して握手するエクトル卿は、密書によって目の前の人物が既にジョゼフから見放されていることを知るがゆえに湧き上がってくる嘲笑の笑みを抑えることに努力せねばならなかった。

 

幸いなことに抑えきれずに笑みを浮かべてしまっても、状況的に自軍の勝利を確信しているが故と周りに思われるであろうことがエクトル卿にとって救いであった。

 

「ホーキンス将軍。よくエクトル卿を支えてあげたまえ」

 

「は。御期待に応えられるよう微力を尽くしましょう」

 

同じようにクロムウェルはホーキンスとも握手を求めた。

 

ホーキンスは真面目な顔でそれに応えたが、内心では戦う前から戦勝気分の軍隊を率いるという長い軍人人生の中で初めての経験に非常に困惑していた。

 

なんというかこれでよいのか。窮鼠猫を噛むというように敵軍がもはやこれまでと捨て身の攻勢をかけてきた時に冷静に対処できるのか。対処できずに食い破られ、大損害を受けた挙句敗北したりしないか。

 

生来の常識人たるホーキンスはそんな思いがまるで噴水が噴き出すように次々と湧き出てきてしかないのであった。

 

「始祖よ、彼らは神の忠実なる(しもべ)。彼らに祝福を。

神よ。この者らは天上の栄光を地上に齎さんとする忠実な神の兵。彼らに神の加護と勝利を」

 

クロムウェルが祈る仕草をしてそう唱える。

 

元司教であっただけあってその姿は様になっており、将兵を敬虔な気持ちにさせた。

 

「全軍出撃!」

 

クロムウェルの祈りが終わったと同時に、エクトル卿は馬に跨ってそう叫んだ。

 

因みに使い魔の雷竜はというと、サウスゴータで負傷したという名目でブロワ侯爵の領地で療養させている。

 

「いよいよですな」

 

副官ディッガーの言葉にエクトル卿は頷いた。

 

 

 

当日中に到着したシティ・オブ・サウスゴータは悲惨な状態になっていた。

 

道には兵士や民間人の死体が散乱し、いくつもの家屋が爆破されて瓦礫の山と化している。

 

これを見て浮かれ気分で進軍してきた者達も多少神妙な気持ちになり、死者を悼む。

 

そこに、これらの悲劇を引き起こした自分たちの指導者クロムウェルに対する非難は一切ない。

 

そもそも敵軍が不遜にもこの神聖なアルビオンに攻め込んで来なければこのような事態が起きなかったのだ。

 

よって、かかる事態の全責任は侵略してきたトリステインとゲルマニアにあり、その被害者たるアルビオンに非は一切ないのであった。

 

無論、これは貴族議会と軍の言い分であって、トリステインやゲルマニア、実際に被害を受けた民がどう考えるかはまた別の話である。

 

「これは……不気味な……」

 

「その通りですな……」

 

小さく呟いたエクトル卿の言葉にホーキンスも頷く。

 

彼らの前にはクロムウェルの”虚無”により新たなる同志となった三万の兵がいた。

 

彼らは一糸乱れることなく整列し、表情を引き締めている。

 

それは軍人として素晴らしきことであるのだろうが、裏切った直後の兵が一切動揺することなく完璧に統率されていることに不信を感じないエクトル卿とホーキンスではない。

 

(生者の意思を縛ることのどこが神聖な力なのやら。いや、神聖で間違ってはないか)

 

これほど自軍が有利になる奇跡的な力を神聖と讃えぬわけがないか。

 

そんな風なことを思うエクトル卿。

 

一方、ホーキンスはというと

 

(本当に彼らは私たちの仲間に加わったのか? 実は裏切ったふりをしているだけという敵の策略ではないのか?)

 

そんな懸念を抱いていた。

 

”虚無”という超常の力をいまいち信じきれないホーキンスにとってはそれが一番高い可能性であった。

 

「エクトル卿。お待ちしておりました」

 

そんな新たなる同志三万を纏めていた黒づくめの女が恭しく礼をするとそう言った。

 

その女の姿を認めたエクトル卿は首を傾げた。

 

「ミス・シェフィールド。おぬしはミスタ・ワルドやミス・サウスゴータとともに皇帝直々の極秘任務についていると聞いていたが?」

 

「ええ。その極秘任務というのが新たなる同志たちの指揮権を速やかに掌握し、命令系統を確立することだったのです」

 

シェフィールドの説明にエクトル卿は納得した。

 

確かにクロムウェルの”虚無”とやらで敵軍の半数近くが裏切ることがわかりきっていたのでそういう役目の者は必要だろう。

 

「そうか。それではその2人もここにおるのか?」

 

「いえ。彼らは他にも別命があったようで既にここにはおりません」

 

シェフィールドはそう言ったが、実際のところは違う。

 

シェフィールドはとある”虚無”の担い手によって東方(ロバ・アル・カリイエ)から運命に導かれてこの西方(ハルケギニア)へと召喚された使い魔であり、伝説の”ミョズニトニルン”のルーンを額に刻まれているのである。

 

”ミョズニトニルン”とは始祖ブリミルが従えていた4人の使い魔のひとつであり、あらゆるマジック・アイテムを理解し使いこなす”神の頭脳”と呼ばれる存在だ。

 

クロムウェルに与えていた”虚無”の力――正確にはジョゼフが平民坊主に与えた”アンドバリの指輪”――を回収したシェフィールドはこの辺の地域に詳しいマチルダを道案内役、元近衛隊隊長の凄腕メイジであるワルド子爵を護衛にシティ・オブ・サウスゴータの水源に赴き、その水の精霊力の結晶である”アンドバリの指輪”の力を自分に刻まれた”ミョズニトニルン”のルーンで増幅させて水源に溶け込ませた。

 

これによりサウスゴータの水を飲んだ者は降臨祭中に少しづつ洗脳されて敵軍の内三万もの兵が降臨祭の最終日に何の前触れもなく組織的な反乱を起こし、敵軍をサウスゴータ地方から叩き出したのである。

 

しかし、ワルド子爵が自分の正体を看破してきたのだ。

 

これはシェフィールドにとって予想外なことであった。

 

虚無の使い魔など、多くの者が興味を示さないような文献にしか載っていない伝説の存在である。

 

精々、始祖ブリミルが4人の使い魔を使役したことが知られているくらいで、その使い魔の能力や刻まれるルーンなど普通は知らない。

 

そしてワルドはシェフィールドの主人に会わせるよう杖を向けて脅してきた。

 

シェフィールドにとって自分が”ミョズニトニルン”であることは絶対に隠さねばならないことであった。

 

なぜなら彼女の愛する主人がそれを望んでいないからである。

 

よって口封じすべく、シェフィールドは小型化させていたガーゴイルたちを操ってワルドとマチルダを殺して口封じしようとした。

 

しかしワルドの方が一枚上手であったようで、ガーゴイルに囲まれ、シェフィールドが油断した瞬間にマチルダを抱きかかえて一番囲みが薄い場所を突破して自分の使い魔であるグリフォンに飛び乗り、空の彼方へと消えていったのである。

 

このことにシェフィールドはワルドに激怒し、ついで自分の失態を恥じて主人に謝ることとなってしまった。

 

そんな裏事情満載な出来事を懇切丁寧に説明する気がシェフィールドにはなかったので、そんな風にごまかしたのだ。

 

どうせ数日中に崩壊する国家である。どのような虚言を弄したとしても問題はあるまい。

 

「それで私は皇帝閣下から指揮権を委譲次第、ロンディニウムへと帰還せよと命じられております。ですので、この新しい三万の精鋭を預けたいのですが、どちらにお譲りすれば?」

 

シェフィールドの問いにエクトル卿は暫し顎に手を当てて考え込んだ。

 

やがて結論がでたのか、大きく頷いた。

 

「ホーキンス、鉄騎隊(アイアンサイド)を除く全軍の指揮権を預ける。私に代わって敵軍を追撃し、壊滅させよ」

 

「な!?」

 

とんでもない命令にホーキンスは思わず驚愕の声をあげた。

 

声をあげなかったシェフィールドも驚きと疑惑の目を向けている。

 

「何を言っておられるのです?! 皇帝閣下は貴方に敵軍の討伐を命じられたのだぞ!」

 

ホーキンスの追及にエクトル卿はため息することで応えた。

 

「あれを見てみるがよい」

 

総指揮官が指さす方をホーキンスは見た。

 

指さされた方向にある崩れた建物は物資の集積場であったらしく、大量の武具が瓦礫の隙間から顔を覗かせていた。

 

「敵軍はここまで運んだ物資の殆どを捨ててまで退却したようだ。

ということは敵軍は武装すら事欠く状態。完全武装している我らに敵う道理がない」

 

「なのでそんなつまらないことは私に任せると?」

 

憮然とした顔をするホーキンスにエクトル卿は苦笑する。

 

「それもないとは言わぬが、ここの瓦礫撤去や死体処理をせねばなるまい。

放っておいては民からの反感を買うし、下手すると疫病の原因になりかねん」

 

その言葉に納得したのかホーキンスは頷いた。

 

「にしても、我らが来るまでにそれをする暇はなかったのかミス・シェフィールド」

 

責めるような視線をシェフィールドに向けるエクトル卿。

 

それに対してシェフィールドは平然としたものだった。

 

「申し訳ありませんが、三万もの軍の命令系統を確立させるだけで精いっぱいでしたわ」

 

「そうか。まあ、おぬしは文官であって武官ではない。

しかも女とあっては軍人から舐められ命令系統構築に時間をかけたとしても致し方なかろうな」

 

エクトル卿の(けな)すのような発言にシェフィールドはぞっとする恐ろしい笑みを浮かべることで応えた。

 

互いに睨みあい、ともすれば一瞬で殺し合いがはじまりそうな緊張感が2人の間に漂う。

 

「……とにかくエクトル卿にここの後処理を任せます。ミス・シェフィールドも皇帝の密命を遂行なされるといい。敵軍は私がしっかりと撃破します故」

 

流石にこのままにしておいてはまずいと思ってホーキンスが口を挟んだ。

 

それで白けたのかエクトル卿は軽く鼻を鳴らすとシェフィールドを睨むのをやめた。

 

そしてホーキンスに了承の意を告げるとディッガーを伴って街の中心部へと消えて行った。

 

シェフィールドも体面を取り繕って笑みを浮かべたが、まったく目が笑ってなかった。

 

それを見たホーキンスはため息を吐かずにはいられなかった。

 

皇帝クロムウェルは国家より理想を重んじてその過程で血を流す民を顧みない。

 

その皇帝の秘書シェフィールドはこの国のナンバーツーであるエクトル卿を明らかに嫌っており、エクトル卿はそれを承知の上で煽っている節すらある。

 

そしてその手足となる”有能な貴族”とやらの大半が己の利権拡大に腐心する烏合の集。

 

そんな状態でこの国は大丈夫であろうかとホーキンスは思わざるを得なかった。

 




~どこかの空を飛ぶグリフォンの上~
ワルド「ん? どうしたマチルダ? 顔が赤いぞ」
マチルダ「誰のせいだ! 誰の!?」
ワルド「……ひどく錯乱しているな。
    あのシェフィールドに変なマジックアイテムでも使われたのか」
マチルダ「……鈍感なんだよ! この唐変木のマザコンがッ!」

ワルド(俺が何か間違えたのだろうか?)
マチルダ(騎士に横抱きされながら守られるなんてどんな絵物語だい!?)


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24話

たった1晩で三万の軍勢を自軍の指揮系統に加えることに成功したホーキンスは翌朝には七万の軍勢を率いてサウスゴータを発っていた。

 

一方、残ったエクトル卿はというと民を宣撫し、同時に死体処理と瓦礫撤去に取り掛かろうとした。

 

だが、あまりにもすんなりと民の宣撫に成功してしまったのはエクトル卿にとって少々意外であった。

 

というのも共和国はシティ・オブ・サスゴータから食料を摘発して焦土戦を展開した過去があるため、民衆の軍への不満は相当なものであろうと推測していたからだ。

 

しかし市民は不満を持ちながらも従順にこちらの指示に従ってくれたのである。

 

「ありがたいことに敵は相当派手に争ってくれたようだな……」

 

エクトル卿は住民が死んで無人化した小さな家の椅子に腰かけてそう呟いた。

 

アルビオンがこの都市を見捨てた時、市民は亜人の独断と言われても食い物を奪っていった共和政権を憎んだし、解放軍として現れて自分たちに食料を与えて自治を認めてくれたトリステイン・ゲルマニア連合軍を歓迎した。

 

そんな状況であれば、たとえアルビオンがサウスゴータを奪還しても民が従順に従ってくれるはずがなかろう。

 

しかし降臨祭の最終日の夜に起こった反乱によって市民の感情は大きく変化したのだ。

 

いきなり三万もの兵に裏切られた上に反乱軍の先制攻撃で首脳部の大半が戦死した連合軍は指揮系統が乱れに乱れて疲弊するばかりであった。

 

反乱軍の苛烈な攻勢とそれに必死で対処しようとする連合軍。その戦闘に多数の市民の巻き込まれてしまったのだ。

 

家が吹き飛ぶとか、敗北を悟った連合軍の兵の一部に財産を奪われるとかはまだかわいいもので、市民を敵と誤認して殺すとか、市民に紛れてやり過ごそうとした兵を撃ち殺さんとする反乱軍の攻撃に巻き込まれたりなどして、数百の市民の屍がこの都市に積みあげられることとなったのだ。

 

この一件でサスゴータの市民は共和政権より連合軍を憎むようになっていたのだった。

 

なるほど確かにアルビオンは市民から食料を巻き上げたが殺したりしなかったし、都市が陥落するまでシティ・オブ・サスゴータ防衛にあっていたトライド将軍も市民を傷つけるような者には厳罰をもってあたるような人物であったので、命だけでも守ってくれるアルビオンの方がマシだと市民たちは思ったのだ。

 

「おまけに物資も有り余るほどある。なんとも運の良いことだ」

 

敵は相当混乱しながらサウスゴータから撤退したようで、軍需物資の大半がそのまま捨て置かれており、糧食もその例外ではなかった。

 

降臨祭が明けてから数週間にわたって六万の軍を養うはずだった糧食はエクトル卿が鉄騎隊(アイアンサイド)を養う部分を除いて、殆どそのままサウスゴータの市民へと毎日分配された。

 

その時に申し訳なさそうにしながら分配しろというエクトル卿の命令に兵士の多くが従った結果、本当に自分たちが食料を取り上げたのは亜人達の独断だったのではと信じはじめる市民が出始める始末だ。

 

「そうですな。これが始祖の導きというものやもしれません」

 

「……ディッガー、クロムウェルにでも毒されたか?

宗教庁の言い分に従えば、悪魔の力たる先住によって今の状況が成立しておるのだぞ」

 

皮肉気な声でエクトル卿は嗤った。

 

そして目線を窓の外へと向ける。

 

「なぁ、エリザベート?」

 

「……バレないように周りの精霊と契約して気配を消していたのだけど……」

 

少し困った顔をしてエリザベートは家の中へと入ってきた。

 

エリザベートは連合軍の進軍に同行していたのだが、サウスゴータで起きた内乱騒ぎの中で抜け出していたのだ。

 

因みに屍喰鬼(グール)にしていた総司令部付き参謀もその時に戦死させてある。

 

「戦場で研ぎ澄まされた俺の勘を舐めるな。

しかし貴様もよく飽きぬことだ。未だに俺の命を狙っておるのか?」

 

「もうほとんど諦観の領域に突っ込んでるけど、やめる気はないわね」

 

エリザベートの言葉にディッガーははっきりと嫌悪の目を向ける。

 

自分の主の慈悲によって生かされている者がとっていい態度とは思えないからだ。

 

しかしそんなディッガーの想いを余所にエクトル卿は笑みを浮かべただけだった。

 

「まあよい。どちらも既に聞いておるだろうが、念のための確認をしておこう」

 

そう言ってエクトル卿は今後の計画を話しはじめた。

 

ここから北東数リーグにあるブロワ侯爵の領地へ赴き、そこで二千の兵を整えているヨハネと合流する。

 

そして王党派の旗を掲げてロンディニウムへと進軍し、王都を叛徒どもから”奪回”する。

 

大筋はそんなところであるが、懸念事項がある。

 

言うまでもなくクロムウェルのマジックアイテムだ。

 

あれは死者を従順な下僕にする道具であると思っていたが、サウスゴータにいた敵兵を寝返らしたことを考えると生者を操るだけの力もあるようだ。

 

故にクロムウェルには十分に注意して動かねばならない。

 

「そんなところだ。なにか質問はあるか?」

 

質問を求める声にディッガーが答えた。

 

「攻城戦となると敵軍の三倍の兵力を持って初めて互角と言います。

我が方はブロワ侯爵の兵を加えても五千。対する相手は一万が王都に籠っております。

これでは少々厳しいと言わざるを得ないと思うのですが、何か策がおありでしょうか」

 

「ああ。それに関してはヨーク伯の部隊が内側から門を開ける手はずとなっている」

 

「確かにロンディニウムは特殊な立地故、城門を開けばなんとでもなりましょうが……

ヨーク伯の兵は確か五百程ではありませんか。一万の敵の中で孤立しては失敗の可能性もありましょう」

 

「問題ない。なぁ、エリザベート?」

 

エクトル卿の視線に、エリザベートはにっこりとほほ笑んだ。

 

「部隊の指揮官の何名かをわたしの仲間が屍喰鬼(グール)にしているわ。だからすぐに組織的な行動はできないはずよ」

 

「そうだと良いのだがな……」

 

仲間の事を自慢げに言うエリザベートに疑わしげな視線を向けるディッガー。

 

それを見てエクトル卿は軽くため息をつくが、ディッガーはエリザベートへ警戒の目を向け続ける。

 

相手は狡猾な吸血鬼である。警戒しても警戒したりないことはない。

 

自分の主が主としての度量を示すため、吸血鬼どもを信頼しているように振る舞っているならば、そのかわりに吸血鬼に警戒の目を向けるは自分の役目であるとディッガーは思っていた。

 

そんなディッガーを見てエリザベートは軽く鼻を鳴らして睨み返した。

 

「お前ら……、仲良くせよとは言わぬが俺の前で対立するな。話を進めにくいだろうが」

 

エクトル卿の注意で、2人は睨みあうのをやめた。

 

「それでだ。

1週間我が軍を養う量を除き、敵から奪った糧食はこの都市の有力者に全て譲ってしまえ。

武装や火薬はそのまま持っていき、ブロワ侯爵の領地に置かせてもらうとしよう。

これだけの量があれば国の実権を握った時に軍隊の武装費が浮くし、余った分はトリステインやゲルマニアに返還する形で売り払って国庫を潤わせてやる」

 

「ですが、武装や火薬はかなりの量になります。

これだけの量をブロワ侯爵の領地に運ぶとなればブロワ侯爵の領地まで数日はかかりますぞ」

 

「かまわぬ。侯爵の領地で丸1日休養を取り、次の日に王都へ進軍して決戦だ」

 

「そうなると4日はかかりますな……、その間クロムウェルが気づかなければ良いのですが……」

 

「気づいてもどうしようもできぬさ。

降臨祭の間に色々と調べてみたが、ガリアが参戦するのは間違いないようだ。

そうなればロサイスにいる七万の兵を王都へ取って返すことはできまい」

 

「しかしなぜ密書通り我が方に立って参戦してくると言い切れるのです?

共和国側、或いはトリステイン・ゲルマニア側にたって参戦してくる可能性もあります」

 

ディッガーの疑問にエクトル卿は笑い声をあげた。

 

「トリステイン・ゲルマニア側に立って参戦はありえぬ。

いや、降臨祭が終わるまでは可能性はありえたが、今となってはな。

そちら側に立って参戦して勝利した場合、敗走した2か国が口挟んでくるのは確実だ。

ハッキリ言って何の役にも立ってないのに戦勝国としての権利だけ主張してな。

そしてジョゼフ王が自国を滅ぼしたいと思っていない限り、共和国側は論外だ。

いくら共和国がジョゼフの傀儡であるとはいえ、表向きの主張が専制国家と相容れぬ。

そんな国と手を組めば、ガリアで派手な内乱が発生することが目に見える。

となれば戦争に介入するために手を組める相手は最早俺しか残ってはおらん」

 

「そうかもしれませんが……」

 

「まあ、そうなれば俺に軍事援助の見返りとしてこの空中大陸の四分の一……

いや、空中大陸の半分くらいを寄越せと要求してきそうだが、この際仕方あるまい」

 

「……そうなると史上初めてこの空中大陸が白以外の色に染まるわけですか」

 

「そうなるな。まあ、俺が王となるための代償としては安いものだ」

 

肩を竦めるエクトル卿。

 

アルビオン史上初めて他国に領土を奪われる辛酸を舐めることを王になる代償として安いと事もなげに言ってのける。

 

「でも坊やは4年前に王族としての権利を剥奪されている上に、死んだ事にされているのでしょう?

そんな貴方が王党派の旗を掲げて王都を奪還したとして、この国の貴族や他国の首脳が認めるかしら」

 

「いらん心配だ」

 

疑問をすげなく切り捨てられてすこしムッとするエリザベート。

 

「そうかしら?アルビオン人にとってこの空中大陸は神聖不可侵であらねばならないもの。それを容易く他国に譲ってしまう死んだ筈の王族に周りが従うかしら」

 

エリザベートのいう事はもっともだった。

 

自衛の延長線上の理由でアルビオンに侵攻してきたトリステインはともかく、空中大陸に魅力を感じてその領土と利権を狙って侵攻してきているゲルマニアはこちらの正統性が疑わしいでっち上げに対して確実に難癖をつけ、アルビオンから富と領土を簒奪していこうと企むのは目に見えている。

 

もとよりゲルマニアとは、そういう手段を繰り返して勢力を増強させ、たった数百年で大国に成り上がった帝国だ。

 

その歴史故に野蛮人の国とか侮蔑の感情を持たれることがあるが、国民性自体がそれに寛容な状態となっており、多少の批難など鼻で笑うほどに自立心を持ってもいる。

 

しかもこちらがゲルマニアに比べて弱者である以上、ある程度は受け入れなばならない立場にある。

 

それを覆すため、ジョゼフからは密書でガリアの後ろ盾を得て共同で王都奪還とアルビオン再興を行い、ゲルマニアがリスクを恐れて黙り込むよう仕向けたいと打診されてもいた。

 

だが、それに対してエクトル卿は唇を大きく歪めた。

 

「お前の心配は土台から間違っておる。我らが王党派を率いるは俺ではない。

実権どころか自由意思を持つことすら認める気はせんが、旗頭は別におるのだ」

 

仮面で隠されていない口元だけで十分にわかるほど邪悪な笑みを浮かべるエクトル卿に、エリザベートは思わず後退った。

 

そして北東の空を睨んだ。

 

「そろそろブロワ侯爵の屋敷で歓迎されていた客人に活躍願うとしよう」




さて、そろそろ共和国も崩壊ですかな……


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地下牢の再会

ブロワ侯爵の領地の中心にある地方都市ベイドリック。

 

そのベイドリックの街の一角に犯罪者を収容する獄舎があり、その地下には極めつけに凶暴な犯罪者を捕えておくための堅牢な獄舎が更に存在した。

 

その地下の獄舎の住人となってから既に半年以上が経過した老人は近づいてくる足音を聞き、朦朧となっていた意識を覚醒させた。

 

その老人はこの地下牢に入る前と比べて明らかに衰弱していたが、眼にはまだ理知的な光を宿していた。

 

この人物こそ、地上では7カ月前のニューカッスルの戦いで戦死したとされているアルビオン王ジェームズ一世であった。

 

ニューカッスルでジェームズを捕えたエクトル卿は、適当な老人の死体を置いてあった火の秘薬の山で爆破してジェームズの死を偽装し、ブロワ侯爵に命じて秘密裏にこの地下牢へと移送した。

 

それからというもの、ここの拷問官達の熱烈歓迎を受け続けてきたジェームズの体は見るも無残な有様となっている。

 

普通なら死んでいるほど苦痛を負わされた続けたが、いまだジェームズは生きていた。

 

別にジェームズの精神力とか忍耐力とかが強靭であったというわけではなく、単に腕の立つ水メイジが付き添い、魔法で強引にジェームズの生命活動を維持させ続けられたためである。

 

地下に響いていた足音が止まり、自分の檻の前に4つの人影が浮かぶ。

 

1人は自分がこの牢屋に入れられることとなった原因の人物であり、両脇にいる2人は護衛の騎士であろう。

 

そして最後の1人は……、その辺の小さな村にでもいそうな容姿をした娘であった。

 

あまりにも場違いな村娘?の存在にやや困惑するジェームズ。

 

「ほう、思ったより元気そうだな」

 

嘲るような笑みを浮かべながらそう呟くエクトル卿。

 

それを見咎めたジェームズは強く睨んだが、エクトル卿はまったく痛痒を感じないようだった。

 

実際、この牢屋に充満しているむせ返るような血の臭いを楽しんでいるエクトル卿からすれば、そんなジェームズの態度など敗者のかわいい悪あがきとしか思えなかったのである。

 

「どうだ。半年以上も牢屋に入れられておれば多少頭は冷えただろう? 俺が誰なのか、少しは思い出せたか?」

 

その緋色の双眼に激しい炎を灯らせて、エクトル卿は問う。

 

それに対してジェームズは沈黙を保った。

 

答えられないこと自体が、ジェームズが未だに自分の事を思い出せていないことの証左であるようにエクトル卿は思えた。

 

「そうか。では、俺の素顔を見れば少しは思い出せるかな」

 

嘲笑しながらエクトル卿は自分の仮面を外した。

 

その素顔を見た瞬間、ジェームズの両目が驚愕で大きく見開いた。

 

自分の息子に似た凛々しい顔立ちで、赤い月を思わせるような輝く緋色の瞳を持つ青年。

 

それはジェームスがよく知っていた人物の容姿と一致したからである。

 

それを見て仮面を外した人物は胸がすっとした気分になった。

 

「その様子を見ると、どうやら思い出せたようだな。

俺はエドムンド。モード大公の第三子にして、貴様の甥だ」

 

仮面に声を加工する魔法でも付与されていたのであろうか、仮面を外したエドムンドの声は先ほどとは多少違う――ジェームズからすれば4年前の面影のある――声となっていた。

 

その声を聞いて初めてジェームズは自分の甥が生き延びていたことを知った。

 

もっとも、生き延びていたこと自体に対する衝撃からは未だ抜け出せなかったが。

 

「馬鹿な……、そなたは確かに4年前に死んだはず……」

 

「ああ、その通りだ。貴様に忠実な騎士団よって俺は致命傷を負わされた。

あの重傷のまま捨て置かれれば、確実に俺は死んでいただろ。

だが、ヨハネが重傷の俺を連れてブロワ侯爵に匿ってもらい、生きながらえた」

 

瞳に冷たい光を宿らせて語るエドムンド。

 

その後ろで護衛の騎士の1人――ヨハネが当時の事を思い出して悔しさを噛みしめていた。

 

本当であればそんな傷を負う前に自分が身を盾にしても守ってさしあげねばならなかったというのに。

 

そうした悔悟の念を抑えきれないのであった。

 

そして自分の主人をそこまで追いつめたジェームズを憎々しげに睨む。

 

ヨハネの憎悪の瞳を見て、ジェームズは得心がいった。

 

「復讐のつもりか」

 

「しかり」

 

全く抑揚のない声でエドムンドは頷いた。

 

「父の敵討ちなど愚かなことだ」

 

「貴様がどんな理由で自己弁護しようとしても無駄だぞ。

事実として貴様は我が一族とそれに仕える者らを皆殺しにしたのだ。

その事柄のみが重要であり、どのような経緯や原因がなんであろうが、俺の知ったところではない」

 

エドムンドの瞳にドロリとした危険なものが浮かぶ。

 

それを見てジェームズは説得のしようがないことを悟った。

 

「では、おぬしはこれからどうするつもりなのじゃ?」

 

ボロボロの体を不屈の精神で起こし、王者の覇気に溢れた目でエドムンドを睨みつける。

 

「ここに入れられてから散々痛めつけられたが、それでそなたは満足……ガハァ!」

 

それに対する返答は風の魔法であった。

 

壁に強く打ちつけられたジェームズは痛さに呻いた。

 

「敗残者が。偉そうな口をほざくな」

 

侮蔑と嘲りの混じった低い声でエドムンドが言う。

 

彼は4年前に味わった屈辱と苦しみ。そして今なお癒えぬ恐怖を与えた伯父への復讐を愉しんでいるのであった。

 

「第一、貴様にこれからのことなど関係ないだろう?」

 

冷笑するエドムンド。

 

「苦痛を与える為だけに生かしたというのか」

 

エドムンドの言いようから自分をここで殺すつもりなのだと解釈したジェームズは批難した。

 

ただ己の復讐心を満たすためだけに、己から臣下と共に名誉の戦死を遂げる機会を奪った自分の甥が憎かったからである。

 

だが、その眼光に怯えるエドムンドではない。

 

「確かに貴様の言うとおりよ。貴様を痛めつける必要性はそれほどなかった。

だが、だからといって皆無と言う訳でもない。俺がこのアルビオンを支配するために利用させて貰う」

 

「そなたがこの国を支配するじゃと?

戯けた事を抜かすな。国と民を護り導く為、己の肉親すら斬り捨てねばならぬのが王家の責務。

己の家族を殺されたからと復讐心に身を委ねるような若い小僧が座れるような地位でないのだ」

 

「身の程をわきまえろ!」

「貴様!」

「よい! やめろ!!」

 

主君に対する侮辱にヨハネとディッガーが激昂して杖を抜いたが、エドムンドが一喝すると2人は渋々杖を収めた。

 

「ジェームズ……、我が伯父よ。

信じてもおらぬような戯言をほざくな」

 

「……何を言う?」

 

訝しげな声で問うジェームズ。

 

エドムンドが至極当然なように言い放った言葉が理解できなかったのだ。

 

「国家とは王が身内を護る為にこそある道具ではないか。

現に貴様は民や国家より自分の誇りや身内の安全獲得に腐心していただろう」

 

「なんじゃと!」

 

心当たりのない罵倒を受け、激怒するジェームズ。

 

それに対してエドムンドは呆れたように失笑した。

 

「国と民を護り、導くが王家の責務?

ならばその忠実な臣下である貴族王家へ忠義を果たした者が数えるほどおらぬのはなぜだ?

なにより王家が打倒された時、アルビオンの民はなぜあっさりとその現実を受け入れたのだ?

王家が国と民を護る存在であったのならば、民は憤りを禁じえず、暴動を起こしたと思うがな」

 

「……」

 

ジェームズにとって受け入れがたいことであるが、真実であった。

 

領地を持つ封建貴族たちは内乱当初こそ、王家寄りの者が多かった。

 

しかし”レコン・キスタ”が王家と互角に戦えるだけの勢力であることを知ると彼らは王家と距離を置いて内乱の趨勢を静観し、王家が完全に押される状況になると己の保身のために”レコン・キスタ”へと参じて行った。

 

そのためニューカッスルの戦いの際に残っていた王党派貴族は王家の血を濃く受け継ぐ貴族を除いて、全員が領地を持たない法衣貴族だったのである。

 

そして民が王家が打倒された現実をすんなりと受け入れたのは……

 

「貴様は民衆に慕われていた父上を無法に処刑したわだかまりを、無能にもまったく解消できなかったのだろうが」

 

とどのつまり、そういうことであった。

 

「……もとはと言えば、非はおぬしの父にある」

 

ジェームズが苦し紛れに吐き出した言葉に、エドムンドは眉を顰めた。

 

もう一度、”エア・ハンマー”でモード大公を貶すようなことを言うであろうジェームズを打ち付けてやろうかと腰に下げてある杖剣に手が伸びたが、やり過ぎてジェームズがいま死んでしまったら少々面倒なことになると自制心が働き、杖剣を引き抜ことはなかった。

 

「おぬしの父が異教徒(エルフ)(めかけ)なんぞにしなかったらこのようなことにはならなんだ」

 

「……なに?」

 

予想外な言葉にエドムンドは目を丸めた。

 

両隣にいたディッガーやヨハネも大変驚き、村娘?は少しだけ面白そうな表情を浮かべる。

 

しばしの沈黙の後、エドムンドはようやく口を開いた。

 

「……信じられぬな。父は敬虔なブリミル教徒だった。

その父上が異教徒の女と床をともにするはずがあるまい」

 

「だが、紛れもない真実だ。

それを知った時、おぬしの父にエルフを追放するよう再三要請した。

しかしあいつはそれを拒否し続けた。

故にエルフを排除するために強硬手段を取らざるを得なかったのだ。

もし王弟がエルフと情を通わせていたなどと周知されては、王家は威信を失い、ただしき教えをアルビオンに広めるという大義名分でも掲げて、ロマリアがこの国に介入してくるであろうことは容易に想像できたからの」

 

ジェームズが嘘を言っている可能性はないか?

 

そう思った。父を貶めるための虚言ではないかと。

 

しかしエドムンドはすぐに嘘を言っているはずがないと判断する。

 

ここで嘘を言ったところで何の意味も持たないからだ。

 

(となるとなぜ父上は異教徒、エルフなどと……)

 

そう考えてはたりとエドムンドは気づいた。

 

(待て。エルフだから、亜人だからと言って異教徒であると決まっているわけではない)

 

その例証である者達をエドムンドは知っている。

 

多少、いや、かなり彼らに都合よく教義が解釈されていたがと横目で村娘?を見る。

 

そして父は異端とか気にせず、新教徒にも公正な人であったことを考えるとなんとなく想像はできた。

 

おそらくはそのエルフの女とやらは、なんらかの理由で悪魔崇拝を捨てたのだろう。

 

ハルケギニアでブリミル教を信仰しない者が迫害されるように、その女も同じエルフから悪魔崇拝を捨てたことで迫害を受けてこのアルビオンまで逃げてきたところで父上と出会い、そういう関係になったのだろうと。

 

あと考えられる可能性としては、エルフがなんらかの魔法で父上を操っていた可能性だが……

 

(やめよう。こんな何の益のない思考は。第一、そのエルフも4年前の一件で殺されいるだろうから確かめようがない……)

 

確かめようがない以上、父に対する尊敬と信頼を根拠に最初の可能性が真実であるとエドムンドは信じたかったし、それ以外の可能性など耐えられる気がしないので信じたくないし、考えたくもなかった。

 

それにたとえ父がエルフを妾にしていたから抹殺したと聞かされたても、エドムンドのジェームズに対する怒りは全く鎮火していない。

 

「……なるほど。仮に父にそんな妾がいたとしてだ。

結局のところ、貴様は国より自分たちの誇りとやらを優先したことは変わらんではないか」

 

「……なに?」

 

「貴様が本当に自分達より国と民を思っていたならば、もっと賢いやりようがあっただろう」

 

まるでしょうもないことを言うような口調でエドムンドはとんでもないことを言ってのけた。

 

モード大公がエルフを妾にしていた証拠を抹消するために反逆罪に着せた後の始末が悪い。

 

モード大公は財務監督官の役職についていたのだから、その職位を不正に利用して利益を得ていたとか適当な罪状をでっち上げるべきだった。

 

無論、モード大公の人柄を知るモード派貴族や大公を慕う民が納得するはずがないだろうが、これはこれで使いようがある。

 

その後も確実に冤罪な罪状で王家にとって不利益な貴族は次々と処断してジェームズの悪名を広める。

 

そして皇太子ウェールズに父王の非道を声高々に批難させ、機を見てジェームズを殺させて王座に登極させるのだ。

 

正義の王子様が暴政を行う愚王を討つ。如何にも民衆が歓迎しそうな話だ。

 

そして暴君と化した父王倒した新王ウェールズはモード派貴族に詫びを入れ、彼らを他の貴族同様に重く用いれば、貴族や民の王家への反抗心はかなり薄れただろう……

 

そうなれば”レコン・キスタ”が台頭する理由がそもそもなく、自分も国盗りを実行に移すまで少なくとも後10年はかかったはずだ……

 

「そ、そんな真似できるものか!!」

 

エドムンドの語る案にジェームズは思わず叫んだ。

 

そんな合法性の欠片もない方法をとることなどできるはずもない。

 

「なにを言う。父に反逆罪を着せた時のように、国家の危急とあってはたとえ無実の者でも殺した貴様ではないか」

 

「あれはあいつが、エルフを追放しなかったからじゃ! 反逆罪ではなかったが、あいつに罪はあった!」

 

「法に照らせば外患誘致ないしは背教の罪になるわけだが、それにしては随分と罰の配分が重いものだ。連座で問答無用で逮捕され、処刑されて言った者が多すぎると思うのだが。どれだけ重くても前例に照らして普通に考えれば一家纏めて貴族籍剥奪した上で当主を処刑。そして他の者を国外へ永久追放程度の重さの罰のはずなのだがな。

だから不当な罰を与えた罪で貴様が暴君として歴史に名を残すくらいなら誤差の範囲だろうが」

 

「……」

 

エドムンドの詰問にジェームズは口を開いて何か言い返そうとしたが、力なく黙り込んだ。

 

「それにだ。国と民を護り導く為、己の肉親すら斬り捨てねばならぬのが王家の責務なのだろう?

ならば、ウェールズが国と民のために父殺しをするのも王家の責務のうちのはず。

だというのに、貴様は息子にそんな業を背負わせたくなかったか?

それとも、老い先短いくせに己が死にたくなかったからさせなかったか?

あるいは、なんの証拠もなく反逆罪を弟を着せた身でありながらそんなに己の名誉が大事だったか?」

 

責めるようなエドムンドの問いにジェームズは答えられなかった。

 

心当たりがまったくないとは、とても言い切れなかったから。

 

心のうちに後ろめたさを感じてしまったから。

 

ジェームズの眼光がその肉体同様に弱まったように感じられたエドムンドは興味が失せたように顎でジェームズを指し示した。

 

それに応えて、村娘のような少女がジェームズが入れられている檻をあけて、中に入った。




ようやくオリ主の本名を書けるようになったぞ!
因みにオリ主の経歴を纏めるとこんな感じ。
=======
20年以上前、モード大公の第三子としてエドムンド誕生。
10年前、百匹近いオーク鬼の群れを撃破。
7年前、風竜を単騎で撃破。竜狩人(ペンドラゴン)の称号を授かる。
6年前、ステュアート領を下賜され、ニューカッスルの城主となる。
さる子爵家の令嬢クラリッサと婚約を結ぶ。
4年前、モード大公に反逆罪を着せられ、エドムンドも連座で罪人となる。
多くの家臣の犠牲とブロワ侯爵の助けによって一命を取り留め、ヨハネ含む残った家臣を連れてガリアへ密入国し、傭兵団鉄騎隊(アイアンサイド)結成。
同時にエドムンドは仮面を被ってエクトル卿と名乗るようになる。
3年前、ガリアの王位継承の際の混乱ついて国境紛争を起こしたゲルマニアとの戦に参加。
鉄騎隊(アイアンサイド)は3倍のゲルマニア軍を撃破して勇名を轟かせる。
また、この頃にディッガーが鉄騎隊(アイアンサイド)に参加。
2年前、鉄騎隊(アイアンサイド)がレコン・キスタに参加。
ヨハネと20名くらいの人員が秘密裏に動くため別行動を始める。

時期不詳(傭兵団時代)、エリザベート率いる吸血鬼の部族と関係を築く。
時期不詳(レコン・キスタ時代)、政治手腕を買ってヨーク伯を仲間に加える。
=======
あんまりちゃんと本文で説明できる自信がないので、あとがきに書いたというのは内緒の方向で。
因みにオリ主はマチルダより1才か2才年上という設定。
それとジェームズ一世の口調ってこんなのだよね?


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王都奪還

ハルケギニアの都市は大通りを除いて、幅の大きい街道があることはほとんどない。

 

というのも、いくつかの理由があってのことである。

 

まず第一に計画的に都市を拡大せず、その時々で余裕があれば、あるいは必要に迫られたら都市を拡大するという手法を取っていること。

 

計画に従って都市を拡大する。または区画整理をするということがあまり行われないからだ。

 

そしてもうひとつの理由が戦いの際に、地の利を知り尽くしてる防衛側が戦いを有利に進めるためだ。

 

狭い道幅は大軍展開を不可能とし、幾重にも入り組んだ路地裏は迷路のごとく敵軍の動きを阻害する。

 

これは非常に有用なことで、路地裏に敵軍が分散して突入して道に迷っいる内に敵軍が防衛側に各個撃破されるという戦例は枚挙に暇がない。

 

もっとも、入り組んだ路地裏が犯罪者の楽園(ワンダーランド)と化して大都市になればなるほど都市の治安維持の困難さが増すという弊害も発生しているのだが。

 

しかし、このアルビオンの首都ロンディニウムはその例に当てはまらず、東西南北に門がある城壁の囲まれた城郭都市で、内部にはまるで将棋の盤(チェスボード)ではないかと思えるほど整然とした石造りの街並みが広がっている。

 

そしてどの道も数リーグの幅があり、各門からハヴィランド宮殿へと続く大通りに至っては二十リーグの幅を確保し、多くの人の往来を容易にしている。

 

これは約百年前に発生したロンディニウム大火災によって当時の木材建築物の殆どが焼き尽くされ、時のアルビオン王ジョージ一世が首都で建物の建築に木材を使用するのを禁じたのと同時に計画的な首都再建に取り組んだ結果である。

 

無論、そうなれば首都の防衛はどうなるかという反対意見が存在したのだが、ジュージ一世は「首都まで敵に攻め込まれてるほどこの国の軍は脆弱で無能なのか。そうでないなら都市としての機能性を追求すべき」と反論して反対意見をねじ伏せた。

 

ジョージ一世が言ったとおり、アルビオンの国軍は脆弱ではなかった。

 

この百年の間でこのロンディニウムまで首都にいる勢力の敵に攻め込まれたことはたった2回しかない。

 

1回目は今から約1年前に”レコン・キスタ”軍勢に攻め込まれた時であり、2回目は――

 

「王家に変わってアルビオンを支配することになった我が共和国軍か」

 

そう首都を囲む城壁の上でジョン・ホーキンス将軍は自嘲した。

 

ホーキンスはエクトル卿から追撃軍の指揮権を委譲され、この空中大陸から撤退しようとする連合軍を追撃していたのだが、”たった1人の英雄”によって追撃に時間がかかりすぎ、連合軍のフネがロサイスから去っていくのを歯噛みしながら見守ることしかできなかった。

 

そこへ勝利の報告を聞く気で竜籠に乗ってロサイスへやってきた皇帝閣下にありのままを報告したところ、クロムウェルは激怒してホーキンスから指揮権を剥奪し、ロンディニウムへ更迭した。

 

こうしてホーキンスはロンディニウムの牢屋に入れられたのだが、その日のうちにロンディニウムへ王党派の旗を掲げた五千を超える数の敵軍が接近していると報告を聞いた貴族議会の面々は危機感を覚え、皇帝の命令により処罰が決まるまで牢屋にいなければならないはずのホーキンスを解き放ち、首都防衛の指揮を命じたのであった。

 

皇帝の決定を完全に無視する貴族議会の対応にホーキンスはやや呆れたが、それでも敵が来るまでの間に出来る限りのことをした。首都に残る一万の軍の指揮系統や兵糧を確認し、向かってくる敵軍の兵力も計算に入れて効率的な防衛作戦を立て、それにしたがって防衛体制を整えた。

 

それで東から敵影が迫っていると聞き、東門のある城壁の上に立って、眼前に広がる五千の敵兵を見下ろしているのである。

 

「しかし王党派の旗を掲げてはいるが、一体奴らを率いているのは何者なのだ?

ジェームズ陛下はニューカッスルで爆死。ウェールズ殿下もトリステインでの極秘任務で死んだはず……」

 

それ以外にも王党派の旗を掲げられるほどに濃い王家の血を継ぐ者は革命中に全員戦死したか、処刑されたはずであった。

 

唯一例外がいるとすれば先王ジェームズの弟ヘンリーの血を継ぐアンリエッタくらいだが、トリステインの女王であるアンリエッタがアルビオンの王党派を率いるというのはいくらなんでもありえないだろう。

 

となればいったい目の前の王党派の軍は誰が率いているのか、ホーキンスはそれを考えざるを得なかった。

 

 

 

一方、王党派の本陣では実に奇怪な光景が広がっていた。

 

本陣には長机が置かれており、一番上座に座るのは約8か月前に行われたニューカッスルの決戦で戦死した筈の国王ジェームズ一世が座り、その右後方に反逆罪で処刑されたモード大公の子エドムンドが控えていた。

 

既に経緯を説明されたとはいえ、下座にいる貴族達は訝し気な顔をせずにはいられなかった。

 

彼らはベイドリックからロンディニウムに至る直線上に領地を有する領主やその代官であり、ジェームズ一世の生存と王党派の後ろにガリアがいること。既にガリアがロサイスに上陸し、そこにいるアルビオン軍と交戦していることを教えられ、降臨祭中にヨハネらに教えられ、王党派への陣中に身を投じたのである。

 

さらに言えば彼らも皇帝クロムウェルからガリアが参戦するという噂を聞いていたが、とても信じられず、クロムウェルに協力するように見せかけ、実は裏でジェームズ一世と手を組み、王権の回復を狙っていたのだというヨハネの言葉をあっさり信じたため彼らが王党派に身を寄せる決断を下すのは早かった。

 

共和政権が風前の灯である以上、王党派に「共和政権に従ったのは本意ではない」とアピールし、保身を図ろうとしたのである。

 

既に自領の民を徴兵して共和国軍へと参加させてしまっていたのと時間があまりなかったため、そんなに兵を募ることができなかったので各封建貴族に仕える陪臣筋の無領地貴族や騎士が多少加わったのみであるが。

 

とはいえ、紛いなりにも王党派に参加していたという事実は戦後自分たちに下るであろう処罰を多少は軽くしてくれるであろうと彼らは信じていたし、もしここでなんらかの武勲を立てれば共和政権に膝を屈した失態の償いにもなるだろうという考えもあった。

 

そんな打算に満ち溢れた封建貴族十数名とエドムンド配下の鉄騎隊(アイアンサイド)の千人長達、そしてヨハネ率いるブロワ侯爵軍の大隊長達が囲む長机の上座に座る人物が威厳ある咳払いをした。

 

「まずは一度は叛徒どもに王位を追われた朕に従ってくれた者達に感謝を示さねばなるまい」

 

老人故の肉体能力の衰弱に加えて過度の拷問により、うまく動かないボロボロの体を左隣に控えていた平凡な容姿の女中に支えられ、足を震わせながら立った。

 

その様子を見て封建貴族達は思わず顔を逸らした。

 

何らかの理由で叛徒に幽閉され拷問されていたところをエドムンド殿下に救出されたという説明されており、そんな体で立ってまで自分たちに感謝の念を示そうとするジェームズ一世に対して、自分たちが保身のために王党派に属したことがとても恥ずかしく思えたからである。

 

「そしてエドムンド。おぬしの一族とは忘れがたい遺恨があるが、今だけはそれを忘れ、朕と共にあの首都に籠る叛徒を一掃するために力を貸してくれたこと、まことにありがたく思う。首都を奪還し、アルビオン再興を果たした暁にはおぬしら一族に対し、しかるべき責任をとることを約束しよう」

 

「……その御言葉のみで今は十分です」

 

「そうか。では、作戦の確認を頼む」

 

既に立っているのが限界だったのか、ジェームズは女中に支えられながらも崩れ落ちるように椅子に座った。

 

そして前に進み出たエドムンドが作戦の確認を始める。

 

「ロンディニウムはその都市の構造上、市街戦に向かぬ。

故に城門さえ突破してしまえばハヴィランド宮殿まで我が軍を遮るものはない。

よって内部にいるヨーク伯の軍が東門を開け次第、騎兵隊と歩兵隊を突撃させ市街地を制圧する」

 

ここまでで疑問がある者はおるかと問いかける。

 

そこで封建貴族の1人が手を挙げた。

 

「しかしロンディニウムには一万の敵兵が犇めいておるのでしょう?

我が方は五千を僅かに超える程度。敵が数に物を言わせた戦いをすれば危ういのでは」

 

「問題ない」

 

「なにゆえ?」

 

「ヨーク伯が味方を増やす努力を怠るような奴だとおぬしは思うか」

 

そう言われ、貴族達が口々に「あの白豚、いや、白いオークならそれくらいやりかねん」と言いあい、やがて納得した。

 

ヨーク伯以外にも旗色を変えている部隊がロンディニウムの内にいるのであれば、敵軍の指揮系統が崩壊してまともな戦術をとれないであろうことが想像できたからだ。

 

他に質問がないことを全員を見回して確認したエドムンドは「次に作戦行動についてだが……」

 

「殿下! 突撃の先鋒は是非我が隊が賜りたい!」

 

主君の言葉を遮り、勢いよく叫ぶヨハネ。

 

それに負けじと領主やその代官たちも自分達こそ先鋒にと叫ぶ。

 

領主や代官にとって、おそらく一番功績をあげることが可能であろう先鋒は是が非でも務めたかった。

 

無論、戦死する可能性も同じくらい大きいが、その場合”名誉の戦死”として遺族が自分の家の立場を守るために利用するので結果如何に関わらず、家の存続を重要視する貴族にとって先鋒とか一番槍という任務に就くのは魅力的であるのだった。

 

そしてその貴族の論理は、王族のエドムンドもよく理解していた。

 

「諸侯らの言や良し。

しかし諸侯らの兵を纏めては五百以下である。

その程度の兵力で先鋒を任せきるわけにはいかぬ」

 

エドムンドの言葉に幾人かの貴族は顔を俯かせたが、それ以外の貴族は喜びを露わにした。

 

「殿下。任せきるわけにはいかぬと申されましたが、ということはある程度は任せて下さるのでしょうか」

 

その質問にエドムンドは頷いた。

 

「そうだ。おぬしらにはブロワ侯爵軍の指揮下に入ることを命じる。

ヨーク伯が南門を開けると同時におぬしらも市内へ突撃せよ」

 

その命令には喜びを露わにしていた貴族も意気消沈させた。

 

てっきり彼らはいくらかの兵の指揮を任せてくれるのではないかと思い、期待していたからである。

 

結局のところ、それぞれ数十の兵しか連れてきていない領主や代官たちは自力では大した功績を立てれないと思っているのだ。

 

その貴族達の様子を見たエドムンドは軽く笑みを浮かべた。

 

「ヨハネ。貴族達は最前衛を務めさせよ」

 

「はっ!」

 

そのやりとりで再び数人の貴族の顔に喜色が宿った。

 

一番槍の栄誉を得られる可能性が格段に大きくなったからである。

 

戦意を高めだした貴族達を見て、エドムンドは内心面白いほど思い通りの反応をするなという思いを抱いていた。

 

 

 

突然、爆音が響いた。

 

「むっ!」

 

東門のある城壁から敵軍を見下ろしていたホーキンスは音が聞こえた方向へと視線を向けた。

 

すると南門にほど近い場所から黒い煙があがっているのが見えた。

 

「何事か!?」

 

「! 閣下! あれをご覧ください!」

 

今度は隣にいた副官が城壁の外を指さして叫んだ。

 

副官が指さす方向を見ると千程の騎兵が南側へと向かい始めていた。

 

いや、残り四千の本隊もゆっくりと南側へと進んでいる。

 

その光景を見てホーキンスは敵の狙いを悟った。

 

「敵の狙いは東門ではなく、南門か!」

 

おそらく敵はこちらの軍の一部を籠絡して味方につけていたのだ。

 

完全に見誤った。

 

敵軍が街の東側へ集結していることを聞いて、敵軍は東門を突破してくるであろうと考えていたからである。

 

無論、別働隊による他の門への奇襲を想定していなかったわけではないが、その場合別動隊の規模はそう多い数ではないと考え、各門へは千ほどの兵力しか配置していない。

 

だが、南門の守りに回していた部隊の何割かが裏切り、外から千の騎兵と内の裏切り部隊との挟撃にあえば南門などあっという間に落ちかねない。

 

「各部隊へ伝達! 東門守備隊を除いた全兵力を即座に南門に向かわせよ!」

 

そう叫んでホーキンスは馬に飛び乗り、南門の守備を固めようとしたがそう思うようにはいかなかった。

 

どうも東門を守っていた部隊で反乱が発生しているらしい。

 

それに加えてあそこの部隊が裏切っている、あっちの部隊も裏切っていると言った流言が共和国軍全体に流れ、裏切ってない部隊同士に同士討ちが発生したりしてどうしようもないほど指揮系統が混乱していると部下から報告を受けた時、ホーキンスは天を仰いだ。

 

「始祖よ。これが貴方の末裔に背いた者への罰なのですか……」

 

降臨祭終了直後からホーキンスが参加する戦争のめぐるましく変わる天変地異のごとき戦況の変化に、ホーキンスは頼むから”伝説の虚無”とか”単騎で戦況を覆す英雄”とか存在しない常識的な戦をさせてくれと神と始祖に願わざるを得なかった。

 

 

 

そしてヨーク伯軍は順調に南門を制圧しつつあった。

 

「市内の軍の動きに統一性はありません。なればあと数分でこの門も落ちるでしょう」

 

部下からその報告を聞いたヨーク伯は満足げに頷いた。

 

「殿下の戦略眼に狂いはないようだ。かように想定通りの状況を作り上げるなど」

 

敵軍がこうも混乱しているのはエドムンドの策略によるものだった。

 

エドムンドがとった策は極めて単純なものだ。

 

ある貴族が指揮する諸侯軍Aと違う貴族が指揮する諸侯軍Bが存在したとする。

 

この内、AとBに所属する兵士を屍食鬼(グール)化させ、ヨーク伯が旗幟を鮮明にする直前に緊急報告があるとAの兵をBの指揮官に、Bの兵をAの指揮官に近づかせ、暗殺を実行させる。

 

するとAとBの諸侯軍は互いに相手は裏切り者であると断じ、派手に同士討ちを始めるであろうというもの。

 

無論、これだけなら騙されないかもしれないし、対処のしようもあるだろう。

 

しかしヨーク伯の交渉によって本当に裏切ってる諸侯軍が数個あることや、ヨーク伯の手の者があちこちで事実無根の噂を大声で流しまくってるせいで諸侯軍は互いに疑心暗鬼になっているのであった。

 

最早、ロンディニウムにいるのは共和国軍という一体性のあるものではなくなっており、それぞれの指揮官が率いる私軍が複数存在しているだけといってよかった。

 

「門を開けるぞーー!!」

 

ヨーク伯軍が南門を制圧し、南門を開けた。

 

それから数分とたたずにヨハネ率いる騎兵隊が市街地へ流れ込む。

 

「進め進めぇー!」

「王家への忠誠を見せる時ぞ!」

「始祖に連なる王家に背いた叛徒どもを一掃しろ!!」

 

そんな取ってつけたようなセリフを叫んで市街地へと消えていくのは領主やその代官率いる少数部隊である。

 

つい最近まで共和政に肯定的であったはずの彼らの変わり身にヨーク伯は苦笑を禁じ得なかった。

 

「本隊が来るまでこの門を死守するぞ!」

 

そう叫ぶのは千の騎兵を率いるヨハネである。

 

この南門が奪還される可能性は低いであろうが、万が一にも自分が突撃して門を奪われたら一気に勝敗が危うくなるであろうと考えるヨハネは本隊が車で門の防衛に専念する。

 

同時に内心で後先考えずに突撃していた貴族どもへ呪詛の言葉を吐き続けた。

 

そしてヨーク伯の姿を確認したヨハネは馬を彼に近づかせた。

 

「ヨーク伯! 開門ご苦労であった!」

 

「なに、全ては、殿下の思し召しに、御座います」

 

ヨーク伯は脂汗でコーティングされてテカりまくってる顔を奇妙に微笑ませ、息も絶え絶えにそう返事した。

 

「そ、そうか」

 

その、なんともいえない様相にヨハネは思わず視線を逸らしながらそう言った。

 

どうやら典型的な肥満体型であるヨーク伯が軍を率いるのは相当な重労働であったらしい。

 

見ればいつもなら軍を指揮しているヨーク伯の臣下が申し訳なさそうに口を歪ませている。

 

どうやら彼の臣下にでも、今の彼の姿は直視するのは辛いものであるらしかった。

 

そんなしょうもないことをしている間にエドムンド率いる本隊も南門を越えてきた。

 

「殿下! 敵も体制を立て直しつつあります。ここは一気に私自ら敵本陣まで突撃しようかと」

 

その姿を見つけるなり、雷竜に跨ったエドムンドに進言するヨハネ。

 

いささか礼を失した行為であり、隣にいたディッガーが咎めようとしたがエドムンドに静止された。

 

「ディッガー。お前は30程率いてジェームズが乗っている天幕付き馬車を守れ。

そしてヨハネ、おぬしの言う通りだ。一気にハヴィランド宮殿まで駆け上がってトドメを刺せ」

 

「はっ!」

 

望み通りのエドムンドの命にヨハネは体を歓喜で震わせた。

 

軽く腰を折って礼をすると即座に自分の馬に飛び乗り、散らせていた部隊を纏めあげる。

 

「エドムンド殿下! クロムウェルの首、このヨハネが持ち帰ってみせますぞ!」

 

そして大声でそう叫び、千の騎兵を率いて街の中心部へと消えていった。

 

「よろしかったのですか?」

 

ディッガーが控えめな声で尋ねる。

 

ヨハネが戦場であるとはいえ、王族であるエドムンドにちゃんと礼儀を払わずに進言し、それを認めてよかったのかと言う意味である。

 

「大局的に見ればこれでよかろう。むしろ礼儀を理由にあいつに突撃の指揮をとらせなかった方が後が怖い」

 

エドムンドはヨハネの焦燥を完璧に見抜いていた。

 

見抜いていたがゆえ、認めなかったら後々面倒だと判断したのである。

 

ヨハネほど忠誠心でも武力でも信頼できる優秀な騎士は数がしれているのだから。

 

「あの、殿下」

 

「む? どうしたヨーク伯」

 

エドムンドは表面上ヨーク伯の汗臭さを感じる姿に動揺した様子は見られない。

 

しかし、ディッガーには自分の主君の顔がわずかに引きつっているのがわかった。

 

「ヨハネ殿はああ言われたが、クロムウェルは現在首都を留守にしております」

 

「なに? では奴は今どこにおるのだ」

 

「前線の報告を聞きたいとロサイスへ行かれたきりで」

 

エドムンドは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

密書通りにガリアが動いているなら、今頃ロサイスへ上陸し終えてる頃だろう。

 

だとすればクロムウェルの首級はガリア軍が上げている可能性が高い。

 

ガリア軍によるアルビオンの叛徒の首魁の撃破。

 

それはその功績に見合うような配慮を戦後交渉でガリアに対してせねばならぬことを意味し、その結果として自分が実質的に支配できる領土が減るであろうことが容易に想像できるため、エドムンドは憂鬱になるのであった。

 

「……とりあえず、ヨハネにクロムウェルはハヴィランド宮殿におらぬと伝令を出してやれ」

 

エドムンドは大きくため息をつき、クロムウェルがガリアの魔手から逃げきっていてほしいものだと思った。

 

そして残る四千の内、二千の兵を率いて城壁の完全攻略に乗り出した。

 

 

 

ハヴィランド宮殿へ続く城門を守る部隊は心の底から湧き上がってくる恐怖に囚われていた。

 

本音を言えば今すぐにでも逃げ出したいのだが、必死でそれを抑え込んでいるというべきか。

 

それは共和政への忠誠心の発露などという高尚なものでは決してなく、単に任務を放棄したら確実に殺されると理解していたからである。

 

恐怖に濁った瞳でこの部隊を率いる太った中年将軍は、血まみれで絶命している部下をみた。

 

彼は恐怖に負けて戦列から離れようとしたところ、城壁の上にいた弓箭兵に射殺されたのであった。

 

(おのれランカスターめ! 督戦隊を置くほど心配なら貴様自ら前線に立てばよかろう?!)

 

将軍は内心で督戦隊を配置してくださった内務卿に呪詛の言葉を吐きまくった。

 

そして一通り呪詛の言葉を吐き終えると、悪夢に等しい現実へと意識が向いた。

 

(なぜ……、なぜこのようなことになったのだ?)

 

楽観主義すぎてホーキンスから罵倒を受けた彼であっても、悲観に暮れるしか道がないほど現実は残酷であった。

 

なぜだ。我らは降臨祭の終了と同時に敵の連合軍を叩きだして反攻するのではなかったのか。

 

なのになにゆえ、我らは去年滅びした筈の王党派の軍に追い込められねばならぬのか。

 

全てが理不尽の極みであるかのように将軍は思えた。

 

(おのれクロムウェル!おのれエクトル!おのれホーキンス!

どいつもこいつも1年も国を維持できぬ無能のくせに我ら貴族を巻き込みおって!!)

 

あまりにも無茶苦茶な怒りであるといえよう。

 

早期から”レコン・キスタ”に参加し、その恩恵として将軍などというその能力からしたらありえなほど高位の軍職に就き、つい先日まで我が世の春を謳歌していた彼が巻き込まれた(・・・・・・)などというのは虫が良すぎる。

 

しかし彼自身にとっては至極当然な怒りのように思えた。

 

今となっては自分達を熱狂させた伝説のカリスマであるクロムウェルはただ演説だけが桁外れにうまかっただけのペテン師であったように思えるし、護国卿などという大層な地位に就いたエクトル卿は鉄騎隊(アイアンサイド)が敵の陣中にいることから恥知らずにも裏切ったのだろうし、アルビオンの名将であるはずのホーキンスは敵の連合軍を取り逃がしたばかりか、このロンディニウムの防衛を任されてから数刻とせぬうちに敗色濃厚の防衛戦を展開している有様ではないか。

 

話が違う。いったいなんなんだこれは?! 何とか言ってみろ疫病神どもが!

 

中年将軍は顔を赤黒く染め上げ、再び現実から思考が外れ出す。

 

或いは彼の本能が無意識のうちに現実逃避をしたがっているのかもしれなかった。

 

「か、閣下! 敵が突進してきます!!」

 

しかしそんな現実逃避は部下の悲鳴のような声によって中断された。

 

そしてこちらに向かって一直線に突撃してくる敵の騎馬隊をようやく意識できた。

 

そして将軍の顔色は鮮やかに赤黒から蒼白へと色を変え、現実逃避できぬならばといわんばかりに呆然自失し、部下達の混乱を殊更に煽ったようであった。

 

 

 

ヨハネの騎馬隊の突撃を遮るものはなにひとつとしてなかった。

 

いや、遮るものはあるにはあったのだが、前面に強い鋒矢の陣の突破力に容易く打ち壊されていった。

 

ならば弱点である側面から……と本来なら考えられたのだが、ハヴィランド宮殿へとと続く大通りの幅を埋め尽くすように騎兵が整列しており、側面は建物で守られているため、そのようなこともできなかったのである。

 

そして今やヨハネの騎馬隊はハヴィランド宮殿の城門付近まで進軍していた。

 

「まどろっこしいわ!!」

 

城壁の上から飛んでくる矢の嵐を、炎の渦で焼き尽くして灰へと変える。

 

そして閉じている城門へ向けて馬の速度を上げた。

 

ともすればそのまま激突して自滅するのではないかという速さだ。

 

「邪魔だ!!」

 

火・火・火・火のスクウェアスペル。

 

巨大な炎の槍とでもいうべき豪火の奔流は、城門を守っていた部隊ごと城門をぶち抜いた。

 

これはかなり危険な行為といえる。

 

というのも、馬とは本来は臆病な生き物であり、それを訓練することによって逃げることを忘れた軍馬となるのだ。

 

しかしいかに訓練されたとはいえ、臆病な生き物であることに変わりはない。

 

するとあまりの恐怖に直面すると軍馬は逃げずに立ち止まってしまうのだ。

 

つまり騎手が馬上から投げ出されるような危険が生じるのだ。

 

そんな軍馬の馬上からスクウェアクラスの火系統魔法を使うなど自殺行為もいいところである。

 

しかしながら、ヨハネにそんな危険は無縁の代物であった。

 

「スゲェな。隊長」

「なんせあの馬は使い魔だぜ? 曲芸じみた機動くらいお手の物なんだろ」

「……ちょっと迫力に欠ける気がするが羨ましい」

 

ヨハネの部下のいうとおり、ヨハネの乗る馬は彼の使い魔なのである。

 

一心同体の使い魔であればこそ、信頼関係は強固であり、はたから見れば無茶なことも平然とできるのだ。

 

「どこだクロムウェル! 出てこい! 貴様の首を殿下へ献上せねばなぬからな!!」

 

ハヴィランド宮殿前の広場で大声で叫ぶヨハネ。

 

そして行きがけの駄賃とばかりに広場にいる敵兵を焼き殺し、馬で踏み潰していく。

 

これは一種の挑発である。

 

というのも火系統のメイジである自分が屋内で本気で戦えば建物が無事ではすまない。

 

さすがにこれから自分の主君の居城となるハヴィランド宮殿を炎上させるわけにはいかず、できるならクロムウェル自らこの場に来て欲しいのだった。

 

しかし広場にいた敵兵をあらかた殺しまくっても出てこないので、仕方なく不利を承知で屋内戦を行おうかと考え始めたその時、大量の水が空中から降り注ぎ、広場をを舐め尽くしていた炎を鎮火した。

 

「”ウォーター・フォール”か」

 

そう呟くとヨハネは空中を睨みつける。

 

するとそこにはヒポグリフに跨った老齢のメイジがいた。

 

「我は神聖アルビオン共和国内務卿ハンフリー・オブ・ランカスター!

無能なる王党派の残党どもよ。我が前にひれ伏すがいい!!」

 

そこへヒポグリフが急降下し、ランカスターが”水の鞭”で地上の兵を数人吹っ飛ばし、ヒポグリフ自身もその鷲のようなくちばしで適当な兵士の首を引っこ抜き、再び上空へと飛翔した。

 

「ランカスター公か……。まあ、詐術頼りのクロムウェルよりやりがいがあるか」

 

そう呟くとヨハネは宮殿の壁へと向けて馬を走らせた。

 

「ハイッ!」

 

ヨハネは見事な手綱さばきと平衡感覚で宮殿のわずかな突起物に馬の足を引っ掛けさせながら、宮殿の屋上へと躍り出た。

 

そして斜面の屋根を転げ落ちるようなスピードで助走をつけ

 

「ハイアーッ!」

 

そのまま空中へと身を躍らせた。

 

そしてコモンスペルの”レビテーション”で馬の落下スピードを低下させ、まるで空中を駆けるかのごとくランカスターのヒポグリフに体当たりした。

 

あまりにも予想外な場所からの攻撃にランカスターは思わず動揺した。

 

その動揺がおさまらぬうちにヒポグリフの翼をヨハネの魔法で焼かれた。

 

「くっ!」

 

ヨハネと同じような手法で落下するヒポグリフを安定させつつ、ランカスターは隣でほぼ同じ速度で落下するヨハネと魔法を撃ち合いながら地上へと帰還する。

 

(これで五分……いや、まだ向こうの方が有利か?)

 

ヨハネの推測は概ね正しいといえる。

 

そもそもヒポグリフは馬の二倍ほどの速度を出せる幻獣であり、翼を失ったとはいえ馬のスッペクを圧倒的に上回るのだ。

 

(もっとも、あくまで一対一で考えればの話だが)

「やれい!!」

 

ヨハネの叫びとほぼ同時に弓馬兵や銃馬兵の狙撃がランカスター公の体を蜂の巣にした。

 

確実に絶命するほどの傷であるはずだが、ランカスターはまるで何事もなかったように杖をヨハネに向けて大きいボール状の水の弾を乱射した。

 

これに驚いてヨハネは回避行動をとったものの、逃げ切れず一発だけ左腕に当たってしまった。

 

いかに水の弾といえど、勢いよく叩きつけられれば重症を負う。

 

「ぐっ!」

 

左腕の骨にヒビでも入ったのか、激痛がヨハネを襲った。

 

激痛を堪え、敵を見ると平然としているランカスターに対して重症を負っているヒポグリフの姿が確認できた。

 

「ハッ。あの生臭坊主め、幹部すら自分のお人形にしてやがったか」

 

その事実に対してヨハネは得心したようだった。

 

4年以上前からテューダー家とは疎遠だったとはいえ、ランカスター家の家系図を紐解けば百代以上前にテューダー家から分裂した家であったはずだ。

 

遠縁だが王家の分家の出であるハンフリー・オブ・ランカスターが王権を否定する共和制に与しいたのは不自然といえば不自然だし、そう考えると彼が操り人形だというのも十分に頷ける話のように思えた。

 

「せめて安らかに逝け……」

 

わずかばかりの哀れみを込めた声で城門をぶち抜いたスクウェアスペルをヨハネは唱え、ランカスターの体を焼き尽くした。

 

クロムウェルの”虚無”による復活の魔法の秘密が強力な水の先住の力を持つなんらかのマジックアイテムで死体を思うがままに操ることであるということをエドムンドは突き止めており、その情報はヨハネにも教えられていた。

 

要するにやたら完成度の高い死霊魔術の一種であり、そういう相手には炎が有効的である例に漏れず水の先住で動く死体も火に弱いこともまた実験済みであった。

 

こうしてランカスターを倒したヨハネはハヴィランド宮殿に突入して貴族議会の面々と対峙し、一人を除いてすべて既に動く死体であったのでランカスター同様に炎で浄化し、唯一の生者であったストラフォード伯トーマスを牢獄へと叩き込み、ハヴィランド宮殿を制圧した。

 

それからそう時をおかずにロンディニウム全体を制圧した王党派はジェームズ一世の復位と、モード大公の息子にしてステュアート伯エドムンドの生存と王族の地位の回復、そして次期王位継承者に定めることを宣言した。

 

クロムウェルの前線視察と貴族議員の全滅により指導者を失った神聖アルビオン共和国であるが、ホーキンス将軍が隠し通路からハヴィランド宮殿に囚われていたストラフォード伯トーマスを救出してサウスゴータへ逃れ、共和政権が未だに健在であることを宣伝した。

 

そしてロサイスにいるクロムウェル率いる七万の兵と合流して巻き返しを図ろうとしたが、王党派の要請によって参戦してきたガリア軍によって既に七万の兵はすべて降伏しており、皇帝クロムウェルに至ってはガリア艦隊の最初の砲撃で戦死していることを知ると”神聖アルビオン共和国を僭称する叛乱軍”は王党派に降伏を申し出、王党派はそれを受け入れた。

 

かくして、約3年に渡るアルビオンの内乱はこうして終結した。




この話だけで文字数が一万超えてる件について。
とにかくこれで第一部完って感じになるのかな?

>ジェームズ一世
なんで生きてるのとかいうツッコミを受けそうな人。
ボカしていうと前話に出てきた村娘?と今話に出てきた女中は同一人物です。
……まあ、つまりそういうこと。

>ヨハネの焦燥
単純に今までエドムンドのそばで忠誠心に見合うだけの功績を献上できてないので焦ってました。
エドムンドが幼少の時からいる忠臣なので忠誠心が他の者より大きいせいです。

>ストラフォード伯トーマス
洗脳されてない+クロムウェルがただの平民ということも知らんのに貴族議員だった凄い奴。

>ホーキンス
今のところ本作随一の苦労人。
簡単にまとめると……

反ジェームズだから”レコン・キスタ”に参加

想像以上に貴族が理想より自分の権利拡大に興味深々だった件

でもなんとか王家を倒せたから王家よりマシなはず!

え? 内乱終結直後で国内荒れてるのにトリステインに侵攻するの?

侵攻作戦失敗して空軍がああああああああああ!!!!!

部下の将軍は血の気が多かったり、楽観主義な奴だったりして辛い

敵軍に上陸されたよ。こうなったらサウスゴータで決戦だ!

え? 皇帝の”虚無”でなんとかするからサウスゴータから食料巻き上げろ?

”虚無”で敵軍三万が味方についた? なんか怪しい

でも不安を押し切って敵軍を追撃ぃーーー!!

たった一人に七万の軍勢が足止めされるとか!

皇帝「敵が逃げるのを許した? 役に立たぬ奴め! ロンディニウムに更迭してやる!」
ホーキンス「そんなー」

首都で監禁されてたら王党派が攻め込んできて防衛の指揮をとれとか言われた件

首都にいる一万をまとめて防衛体制を整える

……なんで敵が攻め込んできた直後に反乱が多発するかなー?

案の定、ロンディニウム陥落


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外伝・トリステインの歴史

今回いろいろ暴走してしまいました。完全に趣味に走っている上に、みなくても何の問題もありません。
時系列的にはアンリエッタがマザリーニから戦没者のリストを見せられて色々反省したあたりと思ってください。


アルビオン戦争の戦没者の名前の数に想いを馳せ、君主としての自分の責任の重さを痛感したアンリエッタは書庫から歴史書を引っ張り出してきた。

 

歴代のトリステインの王達がどのようにして、君主としての責任を果たしてきたか知りたくなったからである。

 

そう思い、アンリエッタは歴史書のページを捲った。

 

この歴史書は今から約四百年前のフィリップ1世の治世から記されている。

 

”魅了王”アンリ3世の子として生まれたフィリップ1世は放蕩家であった父への反発から敬虔なブリミル教徒であった。

 

その治世の在り方は名君と呼ぶにふさわしいものであったが、時のロマリア教皇クルセイダーとガリア王の聖戦宣言に同調し、エルフに対する戦争に参加する。

 

しかし強力な魔法を行使するエルフ軍に息子達も失う惨敗を喫し、この結果に不満をもった諸侯の反乱が多発する。

 

フィリップ1世は必死で諸侯達を抑えたが、諸侯の王家から独立運動を全て止めることはできず、領土の東半分が領邦国家として独立してしまう。

 

その後、残った領土の安定化に全力を尽くしたが、途中で衰弱してしまう。

 

東半分の領土を失った混乱を収拾しきることができず、フィリップ1世はこの世を去った。

 

「神よ。私がなにをしたというのですか」

 

今際の際の言葉がそれであったと伝えられる。

 

次に王位についたのが、アンリ3世の妾腹の孫。フィリップ1世の甥にあたるクロタールである。

 

後に”失踪王”や”万能王”という異名を持つことになるクロタール4世は魔法・軍略・内政・外交その他諸々の技能において比類ない才能を持っていた稀代の傑物であり、国家の再建を急速な勢いで実現させていった。

 

さらに類稀なる才女であり、美女である公爵令嬢アデライドが王妃に迎えられると貴族の誰もがトリステインは安泰であると確信していた。

 

しかしこれにクロタール4世は不満を持っていた。

 

というのも、彼が王位に就く前から自分に仕えている侍女のアンヌと相思相愛であったからだ。

 

だが、国家のために必要であるとわかってはいたので、クロタール4世は王になってからアンヌとは侍女と主人という関係にとどめ、一国の王としての態度をとり続けた。

 

それが急変するのはアデライドが男子を出産した時である。

 

クロタール4世がそれを知ると狂喜乱舞し、即座に退位宣言書を作成して王宮の自室に置き、アンヌと一緒に王都から愛の逃避行を敢行してしまったのである。

 

事態を把握したアデライドは激怒した。

 

それはアデライドが国を混乱を収拾したし、後継者もできたから国王やめて私情優先してもいいよね?という夫の心の動きを的確に察したからである。

 

怒りに任せてアデライドは出産直後にも関わらず凄まじい指導力を発揮して箝口令を敷き、全力で夫であるクロタール4世の捜索に乗り出した。

 

しかしクロタール4世は稀代の傑物であり、逃げる最中にその才覚を思う存分に発揮して捜索隊を攪乱させる数々の工作を施し、尻尾すら掴ませずに逃げおおせてしまったのである。

 

クロタール4世を取り逃がしてしまったことを悟ったアデライドと家臣達は、途方に暮れて事の次第を国家機密とした。

 

なぜなら自国の王が国と王妃をほったらかしにして平民の娘を連れて愛の逃避行に及んだなどと発表できるわけがないからである。

 

よって王政府は、クロタール4世は男子が産まれた喜びによって感極まって死亡という苦しすぎる言い訳を公表することとなる。

 

このため、クロタール4世は20歳手前に王座に座りながら、在位期間がたった7年という短さである。

 

しかしその7年間の間に国家の再建を完璧に成し遂げたことを考えると、やはり非凡な人物と言わざるを得ない。

 

先王の失踪後、その子アルデイル・オットーが生後1ヶ月という若さでトリステインの国王として君臨することとなった。

 

勿論、物心さえついてないアルデイル・オットーに政務ができる筈がなく、母であるアデライドが宰相兼高等法院院長として国政を行った。

 

アルデイル・オットーが物心ついてくるとアデライドが国政を行う傍ら、彼に英才教育を施して名君と呼ぶにふさわしい人物に成長していった。

 

アルデイル・オットーが王として自立できているのを確認するとアデライドは官職から退(しりぞ)き、助言役に徹するようになる。

 

するとアデライドは激務から解放されて暇な時間が増えてきたせいか、急速に老け込んでいき、アルデイル・オットーが29歳の時に亡くなった。

 

翌年にアデライドの国葬を執り行った際に、アルデイル・オットーは人目を憚らずに泣き、臣下たちを驚かせた。

 

物心つく前から王として君臨していたせいか、アルデイル・オットーは(おごそ)かさはあるが無感動な人間であり、一私人としての彼の姿は臣下たちにとって永遠の謎であったからである。

 

これ以外でアルデイル・オットーが感情を露わにしたのは、国葬に参列した平民の弔問客(ちょうもんきゃく)の中にこっそり先王クロタール4世が紛れ込んでいることに警備員が気づき、それを知らされて驚愕した時だけである。

 

その後、この親子は実に30年ぶりに顔を合わせたわけであるが、どのような会話をしたのかは記録に残っていない。

 

しかしこの対談の後、クロタール4世は王宮に客人として招かれ、国家機密であるはずである先王が王妃のアデライドを捨てて、侍女のアンヌと駆け落ちしたことが公然の事実になった。

 

そして数年後、クロタール4世は自叙伝を執筆して発表すると、なぜか侍女アンヌとの愛の逃避行がトリステイン国民から美談として受け取られたと言う。

 

自叙伝を発表した後、再びクロタール4世は姿を消し、二度と公的な場所にでることはなかったという。

 

母アデライドの死と、父クロタール4世との予想外の再会を経て、アルデイル・オットーは長寿を保ち、長い平和の時代を築いた。

 

そしてアルデイル・オットーが98歳の時に、心筋梗塞でこの世から去った。

 

在位期間も98年。これはハルケギニア史上最長の在位期間であり、アルデイル・オットーは”生涯王”と周りから讃えられるゆえんである。

 

アルデイル・オットーの死後、孫のアンリが王位についた。

 

アンリ4世は現状維持のみに全力を費やした非常に保守的な国王であったと言える。

 

なにか改革を行うにしても、常に臣下の発案という形を崩すことはなかった。

 

これはアンリ4世の自信のなさの表れであったかもしれない。

 

というのも、本来であればアンリ4世の父であるユリウス大公が王位に就くはずであったのだ。

 

人望のある彼が王になれば、トリステインはさらなる発展を遂げたことだろう。

 

しかし、アルデイル・オットーが長寿すぎたせいでユリウス大公の方が先に寿命を迎えてしまい、なし崩し的に王太孫となった長男のアンリが国王となってしまったのである。

 

アンリ4世は自分が改革を主導して、偉大な父や祖父と比べられるのが恐ろしかったのだ。

 

だが、それでも臣下の改革案に合理性があれば受け入れはしたし、アンリ4世が信頼した弟のユリウス大公フランソワが改革派であり、ある種バランスがとれていたのでさほど問題にならずにすんだ。

 

こうしてアンリ4世は死ぬまで、改革を受け入れるバランス感覚を失うことなく、心優しい王妃に励まされながら無難な一生を過ごした。

 

しかしアンリ4世の死後、息子のクロタールが王位に就くと状況は一変した。

 

クロタール5世は病的なレベルの父親想い(ファザコン)であり、父が残したトリステインという国家の在り方を神聖不可侵なもののように考え、国家の在り方を変質させるあらゆる改革を忌み嫌い、改革を唱える貴族を纏めた閑職にまわしたり、無実の罪を着せて牢獄にぶち込むという父親以上に保守的な――ここまでくると反動主義者というべき存在であったのである。

 

当然のことながら父親と違って、臣下が改革案を提示してきても受け入れることなどなかったし、閑職にまわされてもしつこく改革案を提示してくる者には反逆罪を適用して処刑した。

 

このようなクロタール5世の横暴に激怒したのが、改革派であった父フランソワの影響をたぶんに受けていたユリウス大公ナヴァールである。

 

ナヴァールはクロタール5世の従弟にあたり、彼は王位簒奪を企み、現状に不満を持っている貴族達を糾合して国家を二分する内乱を起こした。

 

ところがクロタール5世の魔法と軍略の才能は同名の高祖父(こうそふ)譲りであったらしく、反乱を起こしたほぼ同戦力のナヴァール派をたった2ヶ月で鎮圧してしまう。

 

が、トリステインが混乱している状況を狙って、新興国の帝政ゲルマニアが大軍を率いてトリステインに侵攻してきてトリステインは領土の3割も奪われることとなった。

 

しかし内乱直後で軍が疲弊していおり、貴族間の対立も収まっていたわけではなかった状況を考慮に入れると、たった3割しか領土を失わずにすんだというべきであり、どちらかというとクロタール5世の非凡な軍才を称賛すべきであるのかもしれない。

 

ゲルマニアと講和を結んでから7か月後、クロタール5世は病にかかり、2年半に渡る闘病生活の末、この世を去った。

 

その後、王位についたのはクロタール5世の子、ラウールがラウール11世として王位についた。

 

ラウール11世は内政に専念し、国家の安定化に努めた。

 

その安定化の方法は父や祖父の保守的姿勢を多分に見習ったものであり、改革そのものに忌避感を覚えるようなものであったといえる。

 

ある意味、この親子3代に渡る連携プレーの結果が、トリステインに保守的な権威主義が蔓延することになった要因であり、トリステインを現在の苦境に追い込んだ原因のひとつであることは疑いない。

 

ラウール11世の死後、ラウール11世の娘に婿入りしていたアンリ4世の庶子を祖に持つ分家筋のフィリップが王位についた。

 

フィリップ2世は元々トリステイン軍の将軍であり、慎重な性格の人物であった。

 

彼の即位中にガリア・ゲルマニアが何度か侵攻してきたが、その全てを撃退している。

 

しかし、彼は自分側から敵国領土に攻め込む積極性に欠けており、”防衛戦常勝無敗”という評価は彼を讃える言葉であると同時に、彼の積極性のなさを皮肉る言葉である。

 

だが、フィリップ2世はそれを笑って受け入れたという。

 

このようにフィリップ2世は無用な戦を憎み、善政を敷き民衆から慕われた。

 

しかし彼は現状を大過なく治める才能はあったが、未来を見据える視点に欠けていた。

 

というのもフィリップ2世には3人の息子がいたのだ。

 

長男のロトルド、次男のカール、三男のフェルディナンドの3名である。

 

フィリップ2世はロトルドを立太子していたが、これにカールは不満を持っていた。

 

ロトルドは文官肌の人間であり、武人肌のカールはそんな兄を嫌っていたからである。

 

フィリップ2世はカールに元帥の称号を与えて軍事を任せることでカールを宥めようとしたが、今度はロトルドが

 

「あんな戦馬鹿に軍の全権を預けるなどとんでもない!」

 

と、フィリップ2世の案に強固に反対した。

 

カールの周りには好戦的な貴族たちが集まっており、もしカールが軍の全権を握れば王政府の関知せぬところで勝手に戦端を開きかねない。

 

そうロトルドは強固に主張し、フィリップ2世は渋々カールに軍の全権を与えることを取りやめた。

 

兄の反対で自分の元帥就任がお流れになったと自分の派閥に属する貴族から知らされたカールは激怒し、ロトルドを強く憎み、兄弟関係の修復は不可能な状態となってしまった。

 

そして兄弟間の権力闘争が延々と続くようになってしまったのである。

 

フィリップ2世の死後、ロトルドが王位につけば自分は粛清されるか閑職にとばされることを危惧したカールは侍女のひとりを買収して王太子ロトルドを暗殺した。

 

その侍女は子ども持ちであり、自分の命と引き換えにしてでも借金を完済し、子どもに何不自由なく生きて欲しかったのである。

 

買収された侍女は王太子暗殺の実行犯として高等法院に突き出された。

 

当初は自分が暗殺したことを認め、自らの死を持って罪を贖うつもりであると証言していたが、自分の子にも一緒に処刑される大罪であると知らされた直後に証言を翻し、自分はカールに買収されて共犯になったことを自白し、切実に自分の子に責を及ぼさないでほしいことを法院に要求した。

 

当時の高等法院長はロトルドの腹心であり、最初からロトルドが暗殺したのはカールの陰謀であると推測していたためなんとかして仇を討てないものかと考えていたことが侍女の希望を叶えることとなった。

 

当時の法院長は人情家であり、取り調べの中で聞かされた侍女が借金を背負う経緯に痛く同情したため、侍女本人の命はだめだが、子どもに関しては保証すると約束し、侍女にカールに買収されたことを(おおやけ)の場で証言するよう求めた。

 

こうして隠蔽工作拙く暗殺した事実が白日の下に晒され、カールが反逆罪で処刑されてしまったため、三男のフェルディナンドが王位についた。

 

元々、王位を狙って骨肉の争いを繰り広げていた兄らの権力闘争もどうでもよさそうに眺めていたフェルディナンド1世は王族としての能力と責任に欠ける人間だった。

 

政務は臣下に任せきりにして、自身は王子時代と同じように狩猟や劇場鑑賞に明け暮れたのである。

 

そんな国王であったので自然、フェルディナンド1世が最も仕事を押し付けた臣下であるレジーム伯の権限は際限なく増大していった。

 

やがてレジーム伯が宮内庁長官に任じられながら国務卿を兼任し、王政府内の官職をレジーム伯の派閥に属する貴族達が占有するようになると、誰の目にもフェルディナンド1世はレジーム伯の傀儡に過ぎないことが容易にわかった。

 

数年後、フェルディナンド1世とさる公国の公女カロリーナが結婚した。

 

それはレジーム伯も承知していた政略結婚だが、フェルディナンド1世がカロリーナに夢中になってしまったという誤算がレジーム伯の天下を大きく揺るがすこととなる。

 

カロリーナもフェルディナンド1世が自分に夢中になっていることに満更ではなく、愛犬のように可愛がった結果、ますます妻に夢中になったフェルディナンド1世はカロリーナが自分の才能を使える地位が欲しいという言葉を受け入れて、その日の夜の舞踏会の場で、彼女を王国宰相に任じると宣言してしまったのである。

 

寝耳に水な事態に、レジーム伯は他の貴族らと一緒に考え直すように嘆願したが、フェルディナンド1世は断固として拒否し、カロリーナを宰相にする決意が固い事を示した。

 

たまりかねたレジーム伯の子飼いの貴族達はカロリーナの暗殺を謀ったが、王宮でカロリーナ王妃の警護をしていたグランドプレ伯爵やグラモン伯爵の護衛部隊によって全員捕縛された。

 

以前からレジーム伯の専横を憎んでいた彼らは、これ幸いと暗殺の実行犯を尋問して、誰に命令されて王妃を害そうとしたのかを知る。

 

そしてそのことをそのままフェルディナンド1世に報告した。

 

暗殺を命令したのがレジーム伯の子飼い貴族であると知るとフェルディナンド1世は激怒し、宮廷にレジーム伯を呼びつけて叱咤した。

 

が、レジーム伯がのらりくらりと他の貴族が勝手にしたことと言う弁明に腹を立て、杖を抜いてレジーム伯を殺してしまったのである。

 

レジーム伯自身がカロリーナ暗殺に関与していた明確の証拠は何ひとつなかったが、フェルディナンド1世は自分を正当化すべく、周りから正当に評価されているその君主としての頭脳で対処方法を見出し、レジーム伯が反逆を企てていたので誅殺したと発表して、レジーム伯の派閥に属していた貴族達を纏めて処刑台に送り込むことによって見事に事態を収拾した。

 

こうして今まで自分に忠誠を誓ってきたレジーム伯の一派を粛清したフェルディナンド1世の人望は元々低かったのをさらに急降下させ、妻カロリーナがフェルディナンド1世を傀儡にして政治的実権を握り、事実上のトリステイン女王として君臨することとなった。

 

フェルディナンド1世の死後、その子ラディスラウスが王位に就いた。

 

ラディスラウスは王太子時代から母であり王国宰相であったカロリーナを憎んでいた。

 

というのも、カロリーナは自分で政治をしたいあまり、ラディスラウスにまともな教育を受けさせず、厄介払いとばかりに軍に放り込んでいたからである。

 

更にラディスラウスが王位に就いたその年に、度重なる権力闘争で疲弊したトリステインの領土を狙ってゲルマニアが侵攻してきたのだ。

 

カロリーナは王になってからもやたらと自分に反発する息子を疎み、彼を戦死させて芸術にしか興味がない先王の従甥を王位につけようと企み、ラディスラウスにたった数千の兵力だけで万単位ゲルマニア軍を迎え撃たせようとした。

 

これに激怒したのが、常にゲルマニアの最前線に領地を持つヴァリエール公爵である。

 

当初は自分の領地の危機だというのに、これだけの兵力しか援軍に寄越さない王室に対しての怒りであったが、ラディスラウスに事情を聞くうちにその矛先はカロリーナへと移った。

 

ゲルマニアとの戦争自体は多大な犠牲を出しつつも、ヴァリエール公爵の地の利を生かした戦法により、防衛自体に成功したが、そのせいで大いに傷ついた自領を見て、カロリーナに国政を任せておけぬとヴァリエール公爵はラディスラウスに助力することを決意した。

 

政治能力に長けたヴァリエール公爵はラディスラウスに

 

「諸侯に此度の顛末と奸臣カロリーナを討つため協力せよという檄文をお出しになりませ、さすればトリステイン貴族一同、陛下のお力になること、疑いありませぬ」

 

そう上奏されたラディスラウスであるが、手紙一つでどにかなるものかと思ったが、とりあえず憎き母を抹殺できるかもしれないと考え、上奏通りの事をした。

 

すると各地で反カロリーナを掲げて兵をあげる事態が続発した。

 

彼らは貴族の中の貴族と呼ばれるヴァリエール公爵の一族を見殺しにしようとしたカロリーナを許せなかったのである。

 

多くの諸侯の反発に対してカロリーナは陛下を誑かした奸臣ヴァリエール公爵を討てと命令したものの、宮廷内にいる貴族達はカロリーナと国王の確執を知っていたので、王都にいる部隊ですら王家への忠誠心や自身の保身目的で命令無視や反乱が相次ぎ、絶望したカロリーナは王宮から身投げして自殺した。

 

こうして名実ともにトリステイン王として君臨したラディスラウスであるが、帝王学をはじめとする政治的教育を一切受けていないので、今回の一件の褒賞として宰相の地位を与えられたヴァリエール公爵の補佐を受けながら、治世をはじめることになる。

 

一部の臣下達が、父フェルディナンド1世がレジーム伯やカロリーナ王妃の傀儡になったように、ラディスラウスがヴァリエール公爵の傀儡にならないかと噂しあった。

 

しかし、ヴァリエール公爵はラディスラウスに統治者としての心構えを説き、ラディスラウスが一人前の国王として成長したので、その心配は杞憂であったといえる。

 

ラディスラウスの死後、王位についたのはその子フランソワだ。

 

が、フランソワ6世は即位する前から不摂生が祟って病弱になっており、即位から数年もせぬ内に病死し、その子フランソワ・ジュニアが王位に就いた。

 

フランソワ7世は実に面白みがない国王であったといえる。

 

というのも無能ではないが有能でもなく、真面目で良心的な王であり、現状維持に長けた国王だった。

 

崩御するまで大した失政はなかったが、これといって偉大な改革を成し遂げたわけでもなく、後世の歴史家や劇作家にとってどう描写しても普遍的でちんぷな表現になってしまう鬼門となった。

 

次に王位についたのが先王の子、ディルクである。

 

ディルク1世はとても厳格な性格で、王政府内で汚職を行っていたものを一掃した。

 

また、各地の視察を幾度となく行い、領地で王国法に違反している貴族を粛清して民衆の人気を高めた。

 

が、視察途中に賊に襲われる形でディルク1世はこの世を去った。

 

その後、王位についたのはディルク1世の甥、ウラールである。

 

ウラール12世は父がゲルマニアとの戦で失っていたことから、幼き日にゲルマニア皇帝の首をとって父の仇を討つべく即位から僅か2年後に貴族達の支持を取り付けて大規模な侵攻軍を編成し、ゲルマニアとの戦いを繰り広げた。

 

ウラール12世は類まれなる軍才の持ち主であったと言ってよく、ゲルマニア相手に連戦連勝したが、ゲルマニア首都ウィンドボナ目前にして、味方の兵士に暗殺されてしまう。

 

暗殺犯である味方の兵士もその場で自決してしまったため、どういう意図を持ってウラール12世を暗したのかは闇の中であるが、遠征中に最高指揮官である国王を失ってしまった混乱をゲルマニアにつかれ、遠征軍は大損害を受けてトリステインへと戻った。

 

その後、ウラール12世に子がいなかったため、貴族たちは自分たちに最も有益な人物を王にしようと会議でもめたが、ガリアが軍を招集している動きがあると知ると貴族たちは己の利益に執着するのをやめて、国のためになる国王候補の選定を急いだ。

 

その結果としてフランソワ7世の妾腹の娘の曾孫にあたるジルベールが王位についた。

 

ジルベール1世は即位時16歳と非常に若かったが、ほかにも年配の王族はいるというのに貴族たちがジルベールを王位につけた理由は正にその年齢が決め手であった。

 

というのもガリア王国に18歳の王女がおり、彼女と政略結婚させることによって、ガリアとの戦争を回避しようと目論んだのである。

 

これにはガリアも乗り気であり、両者の結婚はトントン拍子で決まり、ガリアは侵攻の矛先をゲルマニアへと向け、トリステインはガリアの脅威から逃れることに成功したのである。

 

が、これは別にジルベール1世の手柄というわけではなく、少年は名君として名を残したいと様々なことを夢見た。

 

数年後、ガリアで内乱が発生するとジルベール1世の王位は不当であるとして、自分こそが王位にふさわしいとマルシヤック公ギスカールが主張した。

 

ギスカールはラディスラウスの妾腹の子の玄孫(曾孫の子)にあたる人物で、血の正統性でいうとジルベール1世と五十歩百歩であったが、ギスカールの野心に不平貴族や反ガリア派勢力が協力した結果、無視できない存在となっていた。

 

が、ジルベール1世は反乱勢の大半が自分の利益にならない国王である自分を害そうとしてるだけであることを看破すると、不平貴族の買収行為に取りかかった。

 

すると買収された貴族たちは華麗に身を翻してジルベール1世支持を表明し、ギスカールを支持する者達は意図的に流された噂に翻弄されて疑心暗鬼に陥った。

 

これを見て勝てないと悟ったギスカールは自分の一族には手を出さないこと、マルシヤック公爵家を存続させることを条件に自首し、事実上無血で内乱の危機を回避したのである。

 

これにより力を示したジルベール1世の王位は確固たるものとなり、思うがまま善政を敷いた。

 

ジルベール1世の死後、その子フランソワが王位についた。

 

フランソワ8世は父の方針を受け継いで善政を敷いたが、ある日階段を踏み外して転げ落ちて死ぬというなさけない死に方をした。

 

そこでジルベール1世の娘の婿であり、アンリ3世を祖に持つ分家筋出身のロトルド3世が王位についた。

 

ロトルド3世は非常に博識だが、自己主張にかける人物であり、ジルベール1世が王になる息子の補佐役にしようと娘と結婚させた逸材であったが、王としての器量があるかと問われれば首を傾げざるをえない。

 

事実、寡黙に粛々と事務的に王の政務をこなしていくロトルド3世に威厳を感じる貴族はほとんどいなかった。

 

さらに言えばロトルド3世は小心者であり、常におどおどしていて周りから頼りないように思われてもいたと言う。

 

だが、それでも必死の努力で様々な問題を起こしつつも、国家存亡レベルの問題を発生させずに王という重責を全うした。

 

ロトルド3世の死後、その娘クリスティ-ヌが王位についた。

 

クリスティーヌはトリステイン史上2例目の女王であり、十数世紀ぶりの女王でもあった。

 

女の身でありながら、なぜクリスティーヌが王位につくことになったかというと最近の王達と彼女自身に問題があった。

 

祖父ジルベール1世の子で成人まで成長したのはフランソワ8世しかいなかったし、伯父フランソワ8世は成人して数か月後に即位し、数年後に階段から転げ落ちて死ぬまでが早すぎるので子どもがひとりもいないし、父ロトルド3世は小心者だったので妾をつくる甲斐性などある訳がない上に妻との関係もクリスティーヌ誕生後は氷河期のごとく冷え込んでいったので、クリスティーヌ1人しか子どもがいなかったのである。

 

そしてジルベール1世以前の血縁を王につけるとなると4代前のウラール12世戦死後の貴族間対立の再来であり、なんとしても避けるべきであった。

 

となるとクリスティーヌを適当な男と結婚させ、その男を王とすれば良いのだが……

 

クリスティーヌが常識を鼻で笑うお転婆娘であり、女のくせに父の政治をよく補佐していたし、自ら軍を率いてゲルマニア軍を撃退するほど男勝りな性格であったため、クリスティーヌの婿になると公的な場でも妻の尻に敷かれないかと不安がったのである。

 

だが、彼女は為政者として非常に優秀であったし、決定を下す前に宮廷で会議を開いて他者の批判を受け入れる度量も持ち合わせていた。

 

無論、無制限に批判に寛大であったわけではなく、父が小心故に宮廷にのさぼらせていた批判の為の批判をする輩は容赦なく断罪したし、批判されていても一度自分が決断した事柄に対してなおも反対する者に対しては

 

「そんなに反対するなら領地に戻って(わらわ)への反乱を起こせばよろしいわ」

 

と言い切り、本当に反乱を起こした某子爵家は容赦なく取り潰した。

 

子どものアンリが17歳になるとクリスティーヌは王位を息子に譲って自身は元帥号を貰って死ぬまでトリステイン軍を統率したという。

 

アンリ5世は母の苛烈さを受け継いだような武断的な人間であり、ややこしい問題をすべて決闘で解決しようとしたことから”決闘王”と呼ばれる。

 

だがそれは、アンリ5世が政治が不得手であったわけでは決してなく、外交の場で卓越した才能を発揮したという。

 

また戦争という外交手段も対費用効率を考えるとあまり重要視しておらず、戦争という手段を下策中の下策と認識していたという記録が残っている。

 

アンリ5世の死後、その子フェルディナンド2世が王位についた。

 

フェルディナンド2世は迷信深いことを除けば、父の気性をよく受け継いだ人物であったが、王位についてからちょうど1年後に寝室で変死している姿で発見されたという。

 

かなり奇妙な殺され方をしており、なにやら”異端”の関わりも感じられたことから大規模な捜査が実施されたが、なにひとつ真相に繋がる証拠を得ることは叶わなかった。

 

次にフェルディナンド2世の弟、フィリップ3世が王位についた。

 

フィリップ3世は父親以上に武断的な人物であり、戦を好む典型的な武人であった。

 

しかし、まるで戦争の才能に能力を全振りでもしたかのように政治の才能に関しては皆無であり、戦争のしすぎで国家財政破綻寸前までいったほどに酷いものであった。

 

そこをエスターシュ大公によって救われるわけだが、エスターシュ大公は王位簒奪の野心を持った人物であり、己が王位につくためにあらゆる陰謀を重ねるわけであるが、そんな中で”烈風”カリンを筆頭にした英雄たちの活躍することになる。

 

これは今を生きるトリステインの者達なら誰でも知っているだろうから省略する。

 

その後、アンリエッタの父ヘンリーが王の時代があり、そこから数年の空白期間をおいて、今のアンリエッタ女王の時代に至るわけだが……

 

「みんな、かなり好き勝手に振舞っているではありませんか」

 

アンリエッタは肩すかしを食らった気分だった。




表現を面白おかしくするために曲色しています。
アンリエッタが読んだ歴史書にそのまま書かれているわけではありません。

+アンリ3世
”魅了王”で、異性だろうが同性だろうが、可愛ければお持ち帰りした国王。
あのオカマのスカロンの店に魅惑のビスチェを託した戦犯。

+フィリップ1世
聖戦さえなければ名君として名を残せた筈の国王。
だが、聖戦をしたせいでゲルマニアの元になる都市国家群の誕生を許すハメになった。

+クロタール4世
全系統スクウェアな上に、ジョゼフ並の頭脳。性格もほぼ問題ないという”万能王”
恋愛感情に正直だったらしく、色々放棄して平民の女と駆け落ちした”失踪王”

+アルデイル・オットー
父親ほどではないが、とても有能で国家の発展に全力を尽くした。
産まれた直後から死ぬまで国王だったため、”生涯王”と呼ばれる。

+アンリ4世
先駆者が偉大すぎると、後継者が苦労する典型例。
弟がいなかったら、暗君として名を残した可能性高し。

+クロタール5世
スーパーファザコンであり、反動主義者。恐怖で国を統率した暴君でもある。
その癖、武勇と軍略に優れていたため、改革派の謀反者を一掃した。

+ラウール11世
トリステインに権威主義が蔓延することを決定づけた国王。
本人にとってはトリステインを安定させるために必死でやったことである。

+フィリップ2世
”無敗王”の名が示す通り、戦争で一度も敗北したことがなかった国王。
しかし、外征を行ったことは一度もなかった。子どもの仲が悪くて困る。

+フェルディナンド1世
”愚王”であり、彼自身は遊んでるだけなのに周りで権力闘争が激しい。
レジーム伯の政治的実権を与え、それを奪って今度は妻に与えた。

+ラディスラウス
王になってから実権を母から奪い返すまでが早すぎる。
ヴァリエール公爵の補佐により王になってから王として成長していったので”成長王”と言われる。

+フランソワ6世
大したことをする前に病死した。

+フランソワ7世
凡君。名君でも暗君でも暴君でもない凡君。

+ディルク1世
汚職官僚と腐敗貴族の取り締まりに熱心だった。

+ウラール12世
"征服王”と呼ばれる国王。
実際、暗殺されなきゃゲルマニアの大半を併呑できていただろう。

+ジルベール1世
少年と言っていい年頃に王位についた。
謀略によりギスカールとの内乱を回避する。

+フランソワ8世
階段から転げ落ちて死んだ国王。
”転落王”とか言われることがある。

+ロトルド3世
フランソワ8世の補佐役だったはずなのに、なぜか国王になった。
あまりの小心ぶりから”小心王”と称される。

+クリスティーヌ
久方ぶりの女王。
彼女の台頭によって女性の社会地位の向上が実現した。

+アンリ5世
問題事はすべて決闘で解決しようとした”決闘王”
しかし、政治能力は歴代国王と比べてもある方であったという。

+フェルディナンド2世
変死した国王。迷信深いことからなんか変なことして死んだのではと噂される。
が、後々のことを考えるとグールヴィル伯爵の陰謀だったのではという説がある。

+フィリップ3世
常勝無敗の”英雄王”であり、戦争のしすぎで国家財政を破綻させかけた国王。
詳細を知りたいなら、絶筆して続きが出るのが絶望的な”烈風の騎士姫”を読むこと。

+ヘンリー
アルビオン王家からの入り婿で、アルビオン王ジェームズ1世の弟であり、モード大公の兄。
義父の政治能力が皆無だったため、王になる前から義父の尻拭いをする羽目になった。

+アンリエッタ
トリステイン史上3人目の女王。今上陛下。
原作読む限り内政面は優秀みたいだが、感情が暴走すると行動に歯止めが……

<独り言>
整理する為に家系図書いてみたら、ムッチャややこしい。
それにこの話だけで人名どんだけ出てるんだ……orz


【挿絵表示】

黄色枠=王家・王族
黒枠=配偶者
蒼枠=王家の分家
赤文字=国王


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ウエストウッド編
28話


ジョゼフのキャラって表現しにくい


ハヴィランド宮殿の迎賓館でエドムンドは賓客を待っていた。

 

重たい扉が開かれ、古代の剣闘士を思わせるほど鍛え上げられた体に青色の髪をした偉丈夫、ガリア王ジョゼフ一世が入室してきた。

 

「おお!親愛なるアルビオンの皇太甥殿下!

無能と名高い余を招いてくれたことに感謝するぞ!」

 

ジョゼフは大仰な仕草で握手を求め、エドムンドは一瞬戸惑ったものの握り返して笑みを浮かべる。

 

「いや、私こそ感謝すべきであろう。

おぬしの援助なくばレコン・キスタ――神聖アルビオン共和国などと大層な名前を僭称をした叛徒どもをこの空中大陸からこうも容易く駆逐することはできなかったであろう」

 

「なに、余は兄弟国として抱くべき当然の感情にゆえに出兵したのだ。弟を失って嘆き狂わぬ兄などこの世に存在せぬゆえな」

 

よく言うわ。とエドムンドは内心で感心した。

 

アルビオンを滅ぼしたレコン・キスタの黒幕がよくもまあ厚顔に言えるものだ。

 

まあレコン・キスタで仮面を被ってエクトル卿を名乗り、神聖アルビオン共和国においては護国卿という皇帝につぐ地位にいたにもかかわらず、共和政からの解放者を演じて王党派を率いている自分が言えたことではないが。

 

「しかしジェームズ一世陛下が生きておられたなど余はまったく知らなかったのだが……

なぜ殿下は余にそのことを教えてくれなかったのか、聞いてもよいかね?」

 

ジョゼフは首を傾げて問うてきた。

 

ガリアとしてはロサイスにて現状アルビオン王家の血を継ぐ唯一の人物エドムンドと合流し、そのままロンディニウムへと進軍してエドムンドに戴冠させる腹積もりであったのだ。

 

実際、ジョゼフからそのような密命を受けて出撃したガリア両用艦隊司令クラヴィルはロサイスを制圧したにもかかわらず、エドムンドと合流できなかったばかりかジェームズの復位を知って驚愕し、激しく困惑したものである。

 

「陛下が囚われ身にあったことは機密。それも叛徒の上層部の一部しか知らぬことであった。

もし陛下が生きていることがバレると叛徒どもは陛下を(しい)(たてまつ)る可能性もあったゆえな。

そのため不義理ではあることは承知の上で陛下の生存をおぬしに伝えるわけにはいかなかったのだ」

 

エドムンドは苦笑しながらそう言った。

 

嘘は言っていない。

 

ジェームズを幽閉していることはレコン・キスタの上層部の一部――エクトル卿(エドムンド)、ディッガー、ブロワ侯爵と言った現王党派の重鎮達――しか知らなかったし、ニューカッスルでしたジェームズの死の偽装がクロムウェルらにバレた時は、エドムンドは自分が失点を負わぬためにジェームズを髪の毛一本残さずこの世から消滅させるつもりであった。

 

因みにヨーク伯、ヨハネ、ユアンと言った者達は降臨祭の際に行われた秘密会議でジェームズの生存を知り、それを利用する計画をエドムンドから聞かされていたため、ジェームズの生存が公表されても特に混乱することもなくスムーズにジェームズの復位と王政復古が達成された。

 

「ふむ。そういう事情であれば仕方がない」

 

「……」

 

「む? どうしたのだ?」

 

「いや、伯父上の復位に言いたいことはないのか?」

 

「あえていうならモード大公に反逆の濡れ衣を着せたジェームズ殿の下につくのが意外と言えば意外だが、あなたが納得しておられるならいちいち口挟む必要を感じぬわ」

 

もっともらしいことを言ってのけるジョゼフにエドムンドは目を細める。

 

”援助と引き換えにアルビオン王国再興が成った暁にはエドムンドが相応の礼をジョゼフへ支払う”

 

大雑把にいえばそれが現在エドムンドとジョゼフの間で結ばれている密約である。

 

あくまで個人間の約束であることを強調したため、いかに皇太甥であるエドムンドといえど国王のジェームズから与えられた自由にできる財産は限られており、その全てをガリアへ贈与したとしてもさほど痛くない規模になるだろう……

 

そんな思惑が憎たらしいジェームズをエドムンドが生かしていた幾つかの理由のひとつであった。

 

無論、ガリアからすれば期待外れの報酬かもしれないが、密約は守っていると強弁できるだろうと考えていた。

 

しかしだからと言ってジョゼフが簡単にジェームズの復位を認めるはずがない。必ず難癖をつけてジェームズの復位を認めず、自分の即位を要求してくるだろうとエドムンドは身構えていた。

 

だというのに実際はこうだ。

 

なぜだ? 自分が王にならないならば報酬が減ることが目に見えておるのだぞ。それでなおジェームズの復位を全面肯定するというのか。

 

無論、ジェームズの復位をジョゼフが承認してくれるのはエドムンドにとって良い事である。良い事であるのだが、ジョゼフの狙いが読めないエドムンドは不安になるのだった。

 

「しかし私が王になれぬ以上、おぬしへの礼は少なくなるであろうが……大丈夫だろうか?」

 

その不安がより明確にジョゼフに問う形をとって現れた。

 

「かまわん。派遣したガリア両用艦隊の運用費とその報酬分さえもらえれば、それ以上要求はせぬ。

先ほども言った通り、我らは兄弟国を滅ぼされた義憤ゆえにそなたを支援したのだ。

その証拠にクラヴィル司令も無償であなたの要請に従っているだろう?」

 

どうでもいいようなふうにそう言ってのけるジョゼフ。

 

「……」

 

たしかにジョゼフの主張は表向き筋が通っている。

 

だが、レコン・キスタの黒幕がジョゼフであると知っている自分にそう言うとはしらじらしいにもほどがある。

 

そう憤る一方で、エドムンドの不安はさらに大きくなったようであった。

 

たしかにガリアのロサイスでクラヴィルと合流して王国再興を果たすという案を完全に無視したにも関わらず、クラヴィル司令は従順に自分の要請に従ってくれた。

 

ロサイスでガリア軍が捕虜にした七万の兵の身柄の引き渡しを求めたら無償で引き渡してくれたし、ガリア軍が占領した土地を返還してほしいといえば無償で返還してくれた。

 

怪しいくらいまでに誠実なガリアの対応。

 

本当にジョゼフはなにを狙っているというのか……

 

いや、これはどちらかというとこれはなにかを狙っての行動というより、まるで……

 

(まるで……そう……、狙っていたものはすでに手にいれたからこれ以上面倒なことをしたくないとでも言いたげな?!)

 

そう考えた時、無形の衝撃がエドムンドを襲った。

 

たしかにそれが一番この状況に説明がつけられそうな気がした。

 

「む? 黙り込んでどうしたのだ? 疲れておるのか?」

 

ジョゼフに問いかけられ、エドムンドは誤魔化すように首を振った。

 

バカバカしい。第一、ガリアがこの戦争で何を得たというのだ。

 

空の脅威がなくなったことと中立国ゆえに戦争特需の交易で儲けたくらいではないか。

 

その程度の利を得るためにここまでの謀略を行うなど非効率もいいところではないか……

 

「やっぱり疲れておるのか? なんなら我が国のアカデミーが開発した栄養魔法薬(ポーション)でも王族復帰祝いに贈ろうか? 我が祖父ロベスピエール三世や父アルフォンス五世が激務の際に愛用した一品だ。多少は疲労が楽になると思うぞ。効果が切れたあとの健康については保証せぬが」

 

「……遠慮しておこう。疲れいるとはいえ薬に頼る気にはなれぬ」

 

さらっと依存性が高い劇薬を勧めてくるジョゼフに辟易しながらも疲れていること自体は認めた。

 

実際、王国を再興してからというものかなりの激務なのだ。

 

復位させた満身創痍の国王ジェームズ一世など宮殿の寝室で寝転がせているだけのお飾りにすぎない。

 

なので皇太甥に冊立されたエドムンドが事実上の王として再興したばかりのアルビオン王国をまとめるために政務に励んでおり、休む暇さえないほど政務に忙殺されているのであった。

 

それどころか”ライト”の魔法が付与された魔道具を使って夜を徹して書類仕事も行っているため、睡眠時間もガリガリと削られている。

 

これもアルビオンを手にいれるため!そう決意して取り組んではいるのだが、しんどいものはしんどいし、疲労は溜まり続けているようであった。

 

「それでだ。我がガリアとしては完全なるアルビオン復活を望んでおる」

 

当然の言葉にエドムンドはやや面食らった。

 

「……というと?」

 

「簡単に言えば小生意気な小娘と田舎の野蛮人にあなたの国の権益を奪われることを望んでいないのだよ」

 

随分と酷い言い方だ。

 

小生意気な小娘はトリステインの女王アンリエッタのことで、欲深い田舎者はゲルマニアの皇帝アルブレヒト三世のことだろう。

 

「田舎の野蛮人はともかく、小生意気な小娘はないだろう。

ましてや兄弟国の情ゆえに私を支援してくれたかたの言葉と思えませぬな」

 

ガリア、アルビオン、トリステインの三国の創始者は始祖ブリミルの子ども達であり、兄弟である。

 

つまりジョゼフに表向きはアルビオンがアルビオンの兄弟国だからという理由でエドムンドを支援したのに、同じ兄弟国のトリステインの君主を生意気な小娘呼ばわりするのはいかがなものかとエドムンドは言っているのである。

 

「なに。誰かを陥れる相談を公式な場でするのは憚られよう?

だから誰に対して言っておるのかわからぬようにするのは当然の配慮だ」

 

誰に対して言ってるか一瞬でわかるわッ!!

 

少しでも国同士の政治に関わっているやつならば、誰にでもわかるだろうッ!

 

「あなたが叛徒の生き残りの代表を懐柔していることは知っている。

というか、むしろこれを見越してあなたがやつらを生き残らせたと我が国では考えている。

実にありがたいことだ。これで数日後の諸国会議で小生意気な連中と田舎者どもの君主を黙らせることが簡単になるだろう」

 

やはり、こいつは誰を指しているか隠す気は微塵もないようだ。

 

ある種の確信を抱いたエドムンドはジョゼフの配慮を全く感じられない配慮を受け入れて諸国会議における方針を相談していった。

 

 

 

迎賓館の一室の椅子に寝間着のジョゼフは腰をかけていた。

 

「陛下、なにをなさっておられるのです?」

 

同じ部屋で夜を共にしていたジョゼフの愛人モリエール夫人が声をかける。

 

「いや、今度箱庭で興じる遊びはどのようなものにしようかと悩んでいたのだ」

 

ジョゼフの答えにモリエール夫人はぞわりと恐怖に震えた。

 

箱庭でする遊びとはあれのことだろう。ハルケギニアをもした箱庭でやっていた戦争ごっこ。

 

しかしモリエール夫人は知っている。あれは断じて戦争”ごっこ”ではない。

 

でなくば、サイコロの目でアルビオンへの出兵を決定したりするものか。

 

「陛下はまた戦争をするおつもりでいらっしゃいますの……?」

 

恐怖に震えながらも勇気を出して問いかけた。

 

それに対してジョゼフは髪の毛を乱暴にかき回して唸った。

 

「いや、箱庭で遊ぶのはしばらくお預けだ。今やっても面白みがない」

 

明らかにホッとするモリエール夫人をジョゼフは気にも止めなかった。

 

ジョゼフにしてもジェームズが生存していたのは予想外であった。

 

というかあんな誇り高い耄碌ジジイがエドムンドの言いなりに甘んじるなど考えられなかった。

 

だが、よくよく考えればジェームズの意思など関係ない。禁呪の”ギアス”を筆頭に相手を言いなりにする方法などいくらでもある。

 

その可能性を無視した隙をエドムンドにつかれただけの話だ。

 

なかなかどうして面白いものが存在したものだ。

 

「余より強い相手などおらぬ。

だが、遊び相手としてならあれは十分に合格だ。

少なくとも掌で弄ぶより、敵として遊んだほうが楽しそうだ」

 

しばらくは自分の姪のクラスメートで遊ぼうと思うが、次の箱庭遊びの相手くらい今から考えておいてもいいだろう。

 

さて、次の敵はどちらにしようか。

 

ジョゼフは金髪赤目の青年の形をした駒と僧服を身に纏った青年の駒を弄りながらしばし悩み、やがて眠気が襲ってきたのでモリエール夫人を伴って寝床に転がった。



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何故か唐突に始まる宴会

ジョゼフさんノリノリで文字数が……


アルビオン王国の王宮、ハヴィランド宮殿の会議室(ホワイトホール)

 

ここで此度の内乱で発生した諸問題を一掃する……、アルビオンからそう言った名目で直接的にしろ間接的にしろ関わった五大主要国の代表たちが招待され、会議室(ホワイトホール)に集まっていた。

 

だが、叛徒から国を取り戻したアルビオン王家、そしてその支援を行ったガリア王国はともかく、連合軍という敗軍を率いた帝政ゲルマニアやトリステイン王国にとっては少々不本意なものであったかもしれない。

 

無論、戦前から連合軍にもロンディニウムで各国の代表を集めて諸国会議を開く予定はあった。だがそれは敵軍を粉砕し、”レコン・キスタ”に対する完全なる勝利を得た上での広大な空中大陸をどれだけ自国のものとするかという交渉の場であったはずであり、そこには連合軍の敗走やアルビオンの王権復活やガリア参戦などといった要素は存在しないはずであったのだ。

 

これでは横からジェームズとガリアに全部持っていかれたようなものではないかとゲルマニア皇帝アルブレヒト三世は報告を受けた時にそう言って激怒したものだった。

 

「さて、ことの経緯を教えて貰わねば気がすまんな」

 

そのアルブレヒト三世も既に怒りを鎮め、冷静な思考で会場を見渡した。

 

ロマリアの大使は無視してもよいだろう。連合軍に僅かな義勇兵を出したに過ぎない祈り屋どもはこの会議における発言力など皆無である。正直、欠席しても問題ないだろうにわざわざ出席してきたことが理解しかねた。面子の問題であろうか?

 

その隣にいるのは”叛徒どもの全権大使”という名目で出席している白い髭が立派なジョン・ホーキンス将軍だ。本当なら貴族議員という地位にいた者で唯一生存してるストラフォード伯が来るべきなのだろうが、なにかと理屈をつけてホーキンス将軍に全権をゆだねてサウスゴータに籠っているらしい。ホーキンス将軍もとんだ貧乏くじを引かされたものだ。

 

そしてその隣にいるのがトリステインのアンリエッタだ。上手くいけばこの美しい女とトリステインの大地、そして始祖の血統を手にはいる筈であったのに……。いや、それを差し引いても十分麗しい。ゲルマニアの女であれば、たとえ平民であろうとも間違いなく自分の側室にしている自信がある。そんな女が気丈に自分を睨みつけていたのに気付き、笑みを浮かべた。

 

「ごきげんよう。アンリエッタ姫殿下」

「恐れながら、今では女王でございますわ。閣下」

 

突き放すようなアンリエッタの口調に思わずアルブレヒト三世は鼻を鳴らした。確かにアンリエッタのいうことは正論であるが、自分の半分も生きていない小国の君主相手に”女王陛下”などという自分と同格以上の尊称で呼ばねばならぬのはアルブレヒト三世にとって耐えがたい屈辱であった。

 

その光景を見てロマリアの大使がうっすらと嘲笑の笑みを浮かべているのをアルブレヒト三世が認識すると屈辱で身が震えるようであった。

 

「アルビオン皇太甥殿下!」

 

アルブレヒト三世が屈辱で顔を僅かに赤くしていると、呼び出しの衛士が新たな入場者の名を告げた。

 

凛々しさと荒々しさ、その2つが複雑に絡み合った印象を相手に与える二十半ばの青年が入室してきた。

 

「お待たせしました。

私は次期王位継承者にしてモード大公が三子、ステュアート伯エドムンド・ペンドラゴンです。

伯父王ジェームズ一世は療養中であられるため、本交渉は私がお相手を務めさせていただきます」

 

そう言ってエドムンドはすでに座っている代表達に軽く頭を下げて見せた。

 

自分にも礼儀を払ってきたエドムンドに対し、アルブレヒト三世は好意的な感情を抱いた。

 

「ウェールズ皇太子殿下に似て立派な方だ。余の戴冠式の際にも礼儀正しくあられた」

 

一瞬だけアンリエッタに視線を向けて

 

「どこぞの小娘と違ってな」

 

あまりにも無礼な口ぶりに抗議しようとしたアンリエッタであったが、エドムンドの吐き捨てるような言葉に機先を制された。

 

「あのような恥知らずと同じにされてはたまらぬ。撤回してくれ」

 

意外な言葉にホーキンス将軍を除く他の代表達も驚いた。

 

そして思い人であるウェールズが侮辱されたのだと理解したアンリエッタは内心で激しい怒りを感じた。

 

「なぜです? ウェールズ殿下は王族の誇りに従ってニューカッスルで討ち死にされたのでしょう?」

 

その怒りを表情に出さないよう努力して、毅然とした態度で問いかけた。

 

「そうか。おぬしは知らぬのだな……」

 

対するエドムンドは哀れむような目でアンリエッタを見た。

 

アンリエッタとウェールズが相思相愛の関係であったことをエドムンドは知っていたので、アンリエッタの前でウェールズのことを貶めるようと決めた。

 

本音を言うとウェールズはワルドやクロムウェルの餌食になったので、ウェールズに対して4年前の復讐ができてないことが少々心残りだったのだ。

 

というわけで彼の恋人であったアンリエッタにその分を背負ってもらうとしよう。

 

「ウェールズめは己の命が惜しいばかりに叛徒の首魁であるクロムウェルにみっともなく慈悲を乞うて神聖皇帝閣下の親衛隊なる部隊の一員となったそうだ」

 

「そんなことはありえません!!」

 

アンリエッタは内心の怒りを表面に爆発させるように叫んだ。

 

それに対してエドムンドはわずかに唇の端を歪めた。

 

「ありえぬとは申されるが、これは事実だ。叛徒を降伏させた際にストラフォード伯めが自慢げに語ってくれたわ!王家の誇りを捨て、叛逆者と呼んだ我らに忠誠を誓って慈悲を乞う姿は実に見ものであったとな。ウェールズの恥知らずめが!!」

 

「恥知らずの裏切り者の言葉を殿下は信用しますの?」

 

「まさか。ストラフォード伯だけなら信用などせぬさ」

 

エドムンドの口ぶりにアンリエッタはことの深刻さを悟った。

 

「……ということは、ほかに証言している方もいらっしゃいますの?」

 

「ああ。叛徒の中で高い地位にいた者なら誰も同じ証言をする」

 

「……ホーキンス将軍。ウェールズ殿下が叛徒に与していたのはほんとうなのですか?」

 

すがるような目で問いかけるアンリエッタ。

 

その様子を見てホーキンスはいたたまれない気持ちになったが、はっきりと言った。

 

「ええ。ウェールズ殿下がクロムウェルに跪いている姿をはっきりと見ました」

 

水の国の女王の顔色が鮮やかに顔面蒼白になったのが見えたが、会議の場でクロムウェルがウェールズとアンリエッタが恋仲であると暴露していたことを言わないだけ有り難く思ってもらいたいとホーキンスは内心ごちた。

 

そんなふうにホーキンスから思われていたアンリエッタは事態の真相が理解できた。

 

なるほど確かにウェールズ様がクロムウェルに忠誠を誓っているように見えたことだろう。

 

でもそれは違う。水の精霊から”アンドバリの指輪”を奪ったクロムウェルの仕業なのだ。

 

ウェールズ様は”アンドバリの指輪”で操られてそんなことをさせられていただけなのだ。

 

だが、そのことを証明する手段がアンリエッタの手元にはない。

 

ここでトリステインの君主としてウェールズの潔白を訴えることはできるかもしれないが、ここまで状況証拠が固まっていては諸国の者たちがどちらの主張を受け入れるかは明白で、君主として国を背負う意味を自覚したアンリエッタとしては生きているならともかく、死んだ恋人の名誉のために国を傾けるような真似はできない。

 

アンリエッタはあまりにも予想外な事態に目の前が真っ暗になったように思えた。

 

「そうして無様に生き残ったウェールズだったがクロムウェルから密命を帯びて行動していたそうだが、その密命遂行中に死んだらしい。アルビオン王家の恥さらしにふさわしい死に方をしおったというわけだ」

 

意気消沈したアンリエッタを見て大いに溜飲を下したエドムンドは嘲笑するようにそう言った。

 

「いや、ウェールズ殿下がよもやそのような……

ウェールズ殿下に似ているなどと言って失礼した。仰る通り発言を撤回しよう」

 

思わぬ地雷を踏み抜いたことを自覚したアルブレヒト三世は恐縮したように謝罪した。

 

「別に構いませぬ。叛徒に与してからのウェールズの活動は裏方に徹していたようなのであまり広まっておりません。知らず、以前の聡明な皇太子像を前提に話を進めてしまっても致し方ないことと言えます」

 

エドムンドの気にしていないというアピールに、アルブレヒト三世は救われた気持ちになった。

 

「もっとも、交渉では容赦する気はありませぬので」

 

不敵な笑みを浮かべるエドムンドに、好感を持って同じような笑みを浮かべるアルブレヒト三世。

 

「では諸国会議をはじめ……と、まだ来ていない方がおられますな」

 

「ええ。奴が遅いですな」

 

今すぐにでも交渉で戦おうか!という闘志を燃やしていた二人は気勢が削がれたような気持ちになった。

 

「昨日の夜、舞踏会で我が国の令嬢相手に踊りまくっておりましたからな。疲れておるのかもしれませぬ」

 

「自分の体力管理すらできないのですか? 噂に勝る無能ですな」

 

冗談を本気で受け止めるアルブレヒト三世の反応に、エドムンドはゲルマニアの皇帝もジョゼフを無能だと思っているのかと少し驚いた。

 

それをどう受け取ったのか、アルブレヒト三世はジョゼフの悪評を語り始めた。

 

「ガリアもその国の格に似合わぬ王を戴いたものですな。ご存知ですかな? あやつは優秀な弟を殺して玉座を奪ったのです。恥知らず、とはあのような輩を指して言うのでしょうなあ」

 

お前が言えるのかとエドムンドは本気で思った。

 

アルブレヒト三世は血みどろの権力闘争の果てにゲルマニアの帝冠を被った野心家で、その過程で数えきれぬ親族を犠牲にしてきたはずであった。

 

「そんな恥知らずな真似をして玉座を奪ったにもかかわらず、国政は全て大臣に丸投げして一人遊び(ソリティア)に興じているとか。玉座を奪ってまでやることではないでしょう。そんなことをしたいなら玉座を奪わずにどこかで隠居しておればよいのです……」

 

噂に引かれたのか、議場の外がにわかに騒がしくなった。

 

そして扉をバーンと開けて美貌の色男が入室してきた。

 

年齢から言えばアルブレヒト三世とさして年齢は変わらぬはずであるが、どう高く見積もっても三十過ぎにしか見えぬほど若々しく見えた。

 

「ガリア国王陛下!」

 

呼び出しの衛士が慌てて声をあげた。

 

ジョゼフは会議場を見渡して両手を挙げて叫んだ。

 

「これはこれは! お揃いではないか! このようにハルケギニアの王たちが一堂に会するなど、絶えてないことではないか! めでたい日だ! めでたい日である!」

 

ジョゼフはアルブレヒト三世の視線に気づき、近づいてその肩を叩いた。

 

「親愛なる皇帝閣下! 戴冠式には出席できずに失礼した! ご親族共々健康かね? 君がその冠を抱くために、城を与えてやった連中だよ!」

 

アルブレヒト三世は蒼白になった。城を与えてやった、とは痛烈な皮肉である。ジョゼフは政敵を塔に幽閉したアルブレヒト三世をからかって遊んでいるのだ。

 

「彼らは立派な鎖のついた頑丈な扉で守られているらしいな! その上貴方は食事にも気を遣っている。パン一枚、水一杯、身体を温める暖炉の薪さえ週に二本という話じゃないか! 健康のためだね? 贅沢は身体に悪いからな。優しい皇帝だな! 私も見習いたいものだ」

 

アルブレヒト三世は、うむ、おかげさまで、と、気後れした様子で呟く。ジョゼフはすぐに顔を背け、今度はアンリエッタの手をとった。

 

「おお! アンリエッタ姫、大きくなられた! 覚えておいでかな? 最後に会ったのは、確かラグドリアンで催された園遊会であったな! あの時も美しかったが、今ではハルケギニア中の花という花が、頭を垂れるであろうよ! 今はなにやら悲しげな表情を浮かべておるが、このように美しい女王を抱いて、トリステインは安泰だ!」

 

ウェールズの名誉が地に落ちた事実でやや混乱していたアンリエッタは情報処理の速度が追いつかなくてなにも言うことができず、とにかく頷いた。それを確認したジョゼフは今度はエドムンドに近づいた。

 

「久しいな! エドムンド殿下! 一族の名誉回復と王国再興が叶って何より! これでもう名を偲んだり、顔を仮面で隠したり、こそこそしたりせずにすむというわけだ! まったくもってめでたい話だ! おかげでこれ以上、アルビオンがお家騒動で荒れたりしない訳だからな! 白の国の未来に幸あれ!」

 

エクトル卿を名乗ってた頃を揶揄するジョゼフにエドムンドは表面上無表情を保ち、そうだなと小さく呟いた。

 

するとジョゼフは満足したのか、ロマリアの大使やホーキンスには目もくれず、当然というように上座に座り、まるでここは自分の王宮だと言わんばかりに足を組んで指を鳴らした。

 

すると召使や給仕が料理の盛られた盆を持って会議室(ホワイトホール)になだれ込んできた。

 

エドムンドやアンリエッタやアルブレヒト三世の前に次々に大量の料理が並べられていく。皿一枚の料理の値段で、庶民が一年は暮らせるであろう。

 

あまりな展開にこれは何の策戦だとアルブレヒト三世は横目でエドムンドの表情を伺うと、彼も愕然して戸惑っている姿が目に入った。

 

どうやらこれはジョゼフの独断であるらしいと判断し、無能なお調子者めと内心で激しく罵倒した。

 

「ガリアから取り寄せた料理とワインだ! お国のご馳走とは比べるべくもない見窄らしい物で恐縮だが、精々楽しんでくれたまえ!」

 

この料理が見窄らしい物であってたまるかと困惑しながらも内心で突っ込むエドムンド。

 

給仕がジョゼフ王の掲げた杯にワインを注ぐと、諸国の代表達の前にも杯が置かれ、血のように赤いワインで満たされていく。

 

「ハルケギニアの指導者諸君! ささやかだが、まずは祝いの宴を開こうではないか! 戦争は終わったのだ! 平和と、我らの健康に乾杯!」

 

杯を掲げて乾杯の音頭をとるジョゼフに、どうしたものかと困惑する諸国の代表たち。

 

「さあ、皆さん乾杯しようじゃありませんか!」

 

真っ先に礼儀を弁えぬジョゼフのシナリオに乗ったのはロマリアの大使であった。

 

ロマリアの大使の表情はわかりやすいほど食欲に歪んでいる。

 

ロマリアにとってなんの意味があるのか疑わしい会議だが教皇聖下の御命令とあって渋々諸国会議に出席していた彼にとって、滅多に食べられないようなご馳走を頂けるという思わぬ役得を逃す手など彼の思考には存在しなかった。

 

だが、あまりにもあからさまだったため、アルブレヒト三世が小さく聖職者としての禁欲が大使にはないらしいと呟いているのをエドムンドは聞き取った。

 

「ええい! 乾杯っ!」

 

しかしアルブレヒト三世にとっても並べられたご馳走は魅力的だったようで、自分の前に置かれた杯を手にとって中身のワインを一気に飲み干し、ご馳走にかぶりつき始めた。

 

ロマリアの大使を貶しておいてそれかとエドムンドは思ったが、たしかに目の前のご馳走には王族でもそうそう口にできぬ高級料理も並べられているのだ。ここが交渉の場でさえなければエドムンドもすぐさま食べたいほどだ。

 

ちらりとアンリエッタの方を見ると、エドムンドはため息を吐いた。あの女、いろいろありすぎて現実を処理しきれてない。

 

「ああ、我らの栄光に乾杯」

 

どこか諦めたような声でエドムンドは杯を掲げ、豪勢な料理を食べ始めた。

 

 

 

各国の代表たちが料理を食べ始めるとジョゼフは再び指を鳴らした。

 

すると今度は吟遊詩人や楽師が突撃してきて、最早会議室(ホワイトホール)は宴会の様相を呈してきた。

 

流石にツッコまざるをえなくなったエドムンドはジョゼフにどっからこんな人員集めたのかと問うと、ジョゼフは平然と国から全員連れてきたと答えた。

 

どうも彼らは今までジョゼフ一行に貸し与えていた宮殿内の屋敷にすし詰め状態にされていたらしい。

 

聞けば振る舞わられている料理もガリアから連れてきた一流コックにここで作らせたものだとか。

 

あまりに予測不能な返事にエドムンドが呆れ顔をするとジョゼフは悪戯が成功した子どものような笑みを浮かべた。

 

数日前、エドムンドはジョゼフ一行に貸し与えた屋敷を吸血鬼達に監視させるか否かを悩んだが、できるかぎり吸血鬼を手駒にしている情報は隠したいと自国のメイドを世話役に送り込むだけにとどめた。

 

世話役のメイドたちがずっと屋敷に籠り切りでも、まさか殺しはせぬだろうと大目に見た。

 

その判断は現状を見るに正しかったのだろうとエドムンドは思った。そんな危険を犯して諸国会議でばか騒ぎする計画を練っているとかいう情報を掴んだ日には悔やんでも悔やみきれん。

 

(しかしこんなアホらしい真似をする意図はいったいどこにあるんだ……?)

 

必死に考えた結果、ガリアの豊かな国力の喧伝くらいしか思いつかないエドムンドであった。

 

そこそこ腹が膨れてこの国来た理由を思い出したアルブレヒト三世やなんとか心の整理がついて再起動を果たしたアンリエッタは交渉をはじめようとジョゼフに議題を振ったりしたが適当にはぐらかして、二言目には「乾杯!」と叫び、なぜかロマリアの大使がそれに追従するように「乾杯!」と言うのでどうしようもなかった。

 

今回の戦争においてもっとも貢献したのはアルビオン王党派とガリア王国であり、その結果として彼らの発言力が極めて大である以上、その王であるジョゼフを無視して交渉を進めたようもならあとでどんな口出しされるかわかったものではないため、2人はエドムンドにジョゼフを交渉させる気にするために協力を要請した。

 

しかしエドムンドとしては今後の交渉において、トリステインやゲルマニアに対するガリアの支援砲撃をジョゼフに確約されているので、下手にジョゼフの機嫌を損ねて約束が反故されてはたまったものではないと無視を決め込んだ。

 

その様子を見て元婚約者同士である2人の君主も諦めたのか、開き直ってジョゼフプロデュースの宴を愉しみ始めた。

 

そしてホーキンスはというと、壁にもたれて腕を組み、渋面を浮かべていた。

 

(最近は妙なことばかり起きる。まるで違う世界に入ってしまったかのようだ)

 

”レコン・キスタ”に参加して以来、彼の中の常識は悲鳴を上げ続ける運命を課せられたようだった。

 

謎の宴が始まってから三時間後、そんな混沌とした状況は唐突に終わりを告げた。

 

「眠い」

 

あくびを一発かまし、この騒ぎの元凶であるジョゼフはそう呟いた。

 

「いやはやあまり騒ぐものではないな。余は疲れた故、これで」

 

そう言って挨拶もそこそこにジョゼフは退室した。

 

それを見て吟遊詩人や楽師は雇い主が退席したのでこれでと退室する。

 

かくして静寂が会議室(ホワイトホール)を包んだ。

 

「我らを懐柔させて、本番は明日からということでしょうかな」

 

アルブレヒト三世は大きくなったお腹をさすりながら、退室した。

 

ロマリアの大使も思わぬ幸運を恵んでくれた神と始祖に感謝しながら退室する。

 

アンリエッタもそれに続こうとしたが、ホーキンスに呼び止められた。

 

「陛下……、陛下の軍は、たった一人の英雄によって救われたのです。ご存知ですか?」

 

「なんのことです?」

 

アンリエッタは不思議そうに首を傾げ、それを見てホーキンスは事情を悟った。

 

「なるほど。保身に走る将軍の気質はどこの国でも変わらぬようですな」

 

そう苦笑してホーキンスは七万の軍勢がたったひとりの平民の剣士に打ち破られたのだと語った。

 

「もし彼がいなければ、陛下と小官の立場は逆となっていたでしょう。英雄には名誉を持って報いてやっていただきたい」

 

そう言われてアンリエッタは内心で深い衝撃を受けた。

 

ホーキンスの語る平民の剣士に心当たりがあったのだ。

 

「ほう。しかしおぬしの軍は連合軍の殿軍一個中隊に翻弄されたのでは?」

 

会議室(ホワイトホール)でなぜか発生した宴会の後片付けの指示を出していたエドムンドが話の内容に興味を覚え、ホーキンスに問いかけた。

 

「いえ。確かに相手はひとりの剣士だけでした」

 

エドムンドは素直に驚いた。

 

なぜホーキンス率いる軍勢が連合軍を取り逃がしたのか知るため、ガリアの手から逃れた兵士たちを取り調べていた。

 

曰く、行軍中で油断しているところを敵軍の一個大隊の奇襲を受けた。

曰く、行軍中で油断しているところを敵軍の一個連隊の奇襲を受けた。

曰く、秘密裏に参戦していた皇帝直属近衛騎士隊に足止めされた。

曰く、秘密裏に参戦していた王室魔法衛士隊に足止めされた。

曰く、突如参戦してきたエルフに先遣部隊が蹂躙された。

 

こんな感じで兵士たちの証言はバラバラにもほどがあったので、敵の精鋭一個中隊による決死の奇襲を受けたあたりが一番現実的で妥当、そうエドムンドたちは推測していたのである。

 

せいぜい敵の殿軍の規模が多少大きくなる程度で大した情報などあるまいとエドムンドがホーキンスに確認を怠ったのもある意味仕方ないことと言えるだろう。

 

「剣士が単騎で七万の追撃を阻止するか。それが事実であればその剣士はまごうことなき英雄よ。それでどうなったのだ」

 

「はっ、小官の鼻先に剣を突きつけたところで力つきたようでして」

 

「そうか、惜しいことだな。それほどの腕ならば身分など気にせぬゲルマニアに仕官すればゆくゆくは騎士団長にでも抜擢され、相応の爵位と領地を賜る可能性もあっただろうに。いや、我が国に来ても私なら百人長、できれば千人長にゴリ押ししてでも取り立てる。一部の貴族らが文句を言うだろうが、それに勝る価値は十二分にあるであろうしな」

 

実際、そんな逸材がフリーなら即座に勧誘する。

 

「敵とはいえ、ちゃんと英雄にふさわしい弔いはしたのだろうな?」

 

「いえ、それが……」

 

ホーキンスが言葉を濁し、エドムンドとアンリエッタが怪訝な顔をする。

 

「サ……その人をどうしたのですか? ちゃんと答えてくださいまし」

 

「それがすごい速さで森の中へ消えて行きまして……」

 

「待て。おぬしの目の前で力尽きたとさっき言ったばかりであろう? なのに走れるほど体力が有り余っておったのか?」

 

「はい。小官のみるところ、彼は血を流しすぎて死にかけているように見えました。だというのに、彼は気を失ったまま立ち上がり、走り去ったのです。おそらくは彼の持っていた剣……”インテリジェンスソード”の効果によるものなのでしょうが、傷が治っていなかったとおもわれるので、あれでは生きているかどうか……」

 

「……さようか」

 

エドムンドはそう呟いて退室した。

 

そして廊下で待っていた警護のヨハネに話しかけた。

 

「口が堅く、それなりに腕が立ち、一般人に紛れ込める技能を持ったやつを2、3人見繕ってくれ。任せたい仕事がある」

 




エドムンド「おい待てジョゼフ。宴会をするとか聞いてない」
アンリエッタ「ウェールズ様の名誉が……」
アルブレヒト三世「交渉しに来たのは覚えているのだが、御馳走に目が……」
ジョゼフ「暇つぶしに諸国の王をからかってみた」
ホーキンス「常識とは崩壊していくものなのだと最近学びつつある」
ロマリアの大使「大使の任という貧乏籤引かされたと思ったけど、高級料理フルコースだった」


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諸国会議

今回、かなり暴走してしまいました。


(あの謎の宴を1日目と数えてよいなら)諸国会議2日目。

 

各国の代表は全員が約束の時間通りに集まっていた。

 

ロマリアの大使だけはなにか期待するような視線をジョゼフに向けていたが、昨日みたいにふざけた雰囲気があまり漂わないジョゼフの姿を見るにつけ、もう役得を味合えないのかと密かに悲しんだ。

 

一番勝利に貢献した国家の君主、ガリア王ジョゼフ一世の宣言により諸国会議の幕が上がった。

 

「我がアルビオンはトリステインとゲルマニアに謝罪と賠償を要求する」

 

開幕早々とんでもない要求をしたアルビオン王国皇太甥エドムンド。

 

「いったい何に対して謝罪せよと仰るのですか?」

 

毅然とした態度でトリステイン王国女王アンリエッタが問い返した。

 

それに対し、エドムンドは冷ややかに冷笑した。

 

「我が王国の名誉に泥を塗ったことに対してです」

 

曰く、トリステインとゲルマニアは”レコン・キスタ”なる叛徒どもが設立した神聖アルビオン共和国政府をアルビオンを支配する正統な政府と認め、対等な不可侵条約を結んだ。これは始祖の御代よりアルビオンは始祖の末裔たる王の下に存在する王政府こそが唯一無二の正統な政府であると自負する我らにとって、たかが平民の司教風情に率いられた共和政府と同等に並べられるなど甚だしい侮辱である。よって叛徒どもを正統な政府と認め、不可侵条約を結んだ両国に対して謝罪と賠償を求めるものである。

 

「そうは言われるが不可侵条約は”レコン・キスタ”なる勢力との間に結んだものであって、条約内容も互いの勢力圏を犯さないという内容に終始している。我がゲルマニアは共和政府がアルビオンの正統な支配者であると認めたことは一切ない。よって謝罪の必要性を認めない」

 

帝政ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世はそう言ってかわした。

 

アンリエッタも不可侵条約を結ぶ際に指揮をとったマザリー二に条約内容を確認し、ゲルマニアと同じことを言ってかわす。

 

「ふむ。だが、その条約が結ばれた時の共和政府がアルビオン全域を勢力圏に収めていたことは周知の事実であったはず。それに加え、アルビオン共和政府は内外に新たなるアルビオンの統治者たることを喧伝してもいたはずだ。そのような状況下において共和政府の勢力圏の支配を認めるがごとき条約を結ぶは、そのようにとらえるのが当然と思われるが?」

 

「確かに不適切な、誤解を招く表現であったことは認めるし、謝罪もしよう。しかしそれをもって共和政府がアルビオンの支配者と認めていたと認識されてはたまらん。そして貴国の誤解を招いたから我が国が賠償するというのは道理にあわん」

 

あまりにも図々しい言い訳にアンリエッタは驚いたが、ほかに適当な回避方法を思いつかなかったので「我が国も同じです」と言っただけだった。

 

「ふむ。では後ほど両国から謝罪文を書面でいただけると解釈してよろしいので?」

 

「わざわざ謝罪文を書くほどのことでもなかろう。そもそも条文の表現がややこしいからといって謝罪文を送った話など聞いたこともないわ」

 

謝罪文を送ることを拒否するアルブレヒト三世。面子やら対面やらを重視する封建社会にとって、国の君主による謝罪文というのは明確に国威を下げる行為だし、今後の弱みにもなってしまうので認めるわけにもいかなかった。

 

「それもそうだな」

 

一方、エドムンドとて取れたら儲け物くらいの感覚での要求であり、そこまで執着することでもないのであっさりと引き下がる。

 

「では次の件に移ろう。連合軍の大義についての確認だ」

 

ジョゼフが口を開いた。

 

「連合軍はなんの大義あってアルビオンの叛徒と争ったのか」

 

「侵略者を迎え撃ち、アルビオンを恥知らずの共和主義者を駆逐し、アルビオンの王権を復活させるためですわ」

 

「親愛なるゲルマニアの皇帝閣下も同意見と見ていいかね?」

 

ジョゼフの問いにアルブレヒト三世は重々しく頷いた。

 

「侵略者を迎え撃つ。共和主義者の駆逐。これはよい。問題は王権の復活だ。

いったい連合軍はアルビオンの王権を誰に委ねるつもりであったか、明言してほしい」

 

「それは確かトリステイン側の責任の下、行うことになっておりましたな」

 

そう言ってアルブレヒト三世はサジを投げた。

 

こと始祖の血縁問題となると主要五大国で始祖の血を継がぬゲルマニアの皇帝にどうこうできる問題ではないのだ。

 

「待ってください。戦前にちゃんと確認したはずですわ」

 

「ああ。そしてどのような事態になっても我が国は口出しせぬし、好きにするがいいと言ったはずだ。我が国もその責任を負うなど発言した記憶がないな。なんなら本国の書記官を呼んでその会談の記録を確認してみるがよろしい」

 

「それは詭弁ですわ!」

 

確かに彼は好きになさるがいいと言って、責任を共に持つとはいわなかった。

 

だが、戦前の会談の際にはアンリエッタの提案を素直に褒めていたというのに、今のアルブレヒト三世の責任転嫁をアンリエッタは腹立たしく思った。

 

だが、アンリエッタのアルブレヒト三世への怒りはおかしな話だ。

 

彼は血みどろの政争の果てに帝冠を抱くことになった生粋の野心家であり政治家であり陰謀家だ。

 

そんなアルブレヒト三世が手放しにおだてるという時点で怪しさを感じぬ方がおかしい。

 

「どうかな? 私はゲルマニアの言い分の方に理を感じるが」

 

「余もそう思うな」

 

エドムンドの意見にジョゼフも同意した。

 

指名されねば発言権などないに等しいロマリアの大使やホーキンスはゲルマニアに利する流れに面白くないのか憮然顔だ。

 

しかし主要五大国の内三国の君主相手では、アンリエッタも現状を認めざるをえなかった。

 

「それで誰をアルビオンの王にするつもりであったのだ?」

 

「私が兼任ないしは、しばらくは適当な貴族を代王にしてやがて私にできるであろう子どもを王位につけるつもりでした」

 

「待て。おぬしにアルビオンの王位継承権はないはずであろう」

 

エドムンドの指摘にアンリエッタは動じなかった。

 

「私の父にして先王ヘンリーはアルビオン王ジェームズの弟です。アルビオン王家の血も継ぐ私がアルビオン王となっても不思議ではないはずですが」

 

「三王家の内二家の当主を兼ねるなど、諸国の王が認めると思うのか?」

 

「認めるとは思いません。ですから次善の策として私の子を王位につけるつもりでした」

 

「……それ以前の問題だ。トリステイン王家に婿入りされ王となった際にヘンリー陛下はアルビオンの王位継承権を返上しておられる。当然、その子孫たるおぬしやおぬしの子孫にアルビオン王となる権利はない」

 

王家の人間が国外の王家なり貴族家に婿入りまたは嫁入りする際、後々に大きな問題にならないよう王族としての権利を返上していくのが常である。

 

これは遥か昔のアルビオンの王族がガリアの貴族に婿入りして某伯爵家当主となり、それから数世代後にアルビオンでお家騒動が勃発して当時の某伯爵家当主にアルビオンの王冠が転がってきた結果、主従関係が異常にややこしくなってしまい(伯爵としてはガリア王の臣下なのに、アルビオン王としてはガリア王と対等)、それによって発生した不和が両国の百年にわたる戦乱の遠因になったことを教訓にして、それ以来ずっと守られてきた不文律の慣習である。

 

だからアンリエッタにしてもその子孫にしてもアルビオン王位を継ぐ正当性はないのである。

 

エドムンドがジェームズを傀儡にして復位させたのは取り上げられた王位継承権を回復し、自身が至尊の冠を抱く正当性を回復する為であった。

 

無論、そのようなことをせずともエドムンドは力づくで王になれただろうが、その場合だと反逆者モード大公の子であるという風評は消しきれぬため、国内の不平貴族の反発やそれに伴う他国の工作を誘発するであろうことは容易に想像でき、正当性の回復はそれらの蠢動を封じ込める上で極めて有効だと歴史が証明していた。

 

「確かにそれはわかっておりますが、失礼ながらその時はジェームズ陛下やエドムンド殿下が生存しているとは存じ上げませんでした。そのため、アルビオン王家の血を継ぐ者は最早私だけになったしまったのだと考えざるをえませんでした。もし殿下が我がトリステインの力を頼ってくだされば、間違いなくあなたを王位につけようとしたと断言できます」

 

「己の無知を理由に己の行為を正当化する……そう解釈してよろしいか」

 

「そういうわけではありません。ただアルビオン王家が潰えるのが忍びなかっただけ。逆に聞きますが、あなたが私の立場でならどうなさったというのです?」

 

「そもそもアルビオンの王権復活などという御大層な大義は掲げぬ。自衛の為に杖を取る。それだけで十分に大義はあったはずではないか。なのに王権復活という大義までわざわざ掲げたということは、この空中大陸に貴国の傀儡国家を建国する意図があったのではないかと疑わざるを得ない。よってアンリエッタ陛下におかれてはその疑念を解消するために納得のいく説明をして頂きたい」

 

エドムンドの詰問にアンリエッタは口ごもった。

 

なんでわざわざアルビオンの王権復活なんて大義を掲げたかと言えば答えはでている。

 

『自衛の為に』という大義だけだと一部の諸侯たちが軍を出すのを嫌がったからだ。

 

自衛の為なら攻め込んでくる敵を迎え撃てばよく、こちらから空を渡って乾坤一擲の賭けみたいな遠征をする危険をおかす必要性はない。

 

そう言うのが表向きの主張であり、直訳して本音にすると危険に見合うだけの名誉と利益を提示しろというという要求であり、アンリエッタはそれを飲んだ形となる。

 

宰相のマザリーニからは危険ですと忠告されたが、恋人ウェールズの復讐に燃えるアンリエッタはそれを無視してしまったのだった。

 

「そう受け取られては心外ですわ。しかし王位継承権がない王家の血を継ぐ者が非常の事態にあって即位する例もあります。貴国のテューダー朝の開祖アーサー王とてそうだったのではありませんか?」

 

「なるほど。では他国の家に入った者は祖国の玉座につけぬ決まりについてはどうなる?」

 

「それは不文律のことであって、国際法のどこにもそのような条文は書かれておりませぬわ」

 

「不文律であれば慣習を破っても良いと?」

 

「それが国家の、ハルケギニアのためになるのであれば」

 

「なるほど、水の国のお若い女王陛下はおかれては百年戦争の再来を招いてもかまわぬと仰せか。国家間の軋轢を生むことに精力的であるというならば、確かに慣習など破っても問題ではありませんな」

 

「誤解を招く発言は遠慮してほしいですわ」

 

「ほう? どこに誤解を招く発言があったと?」

 

「それはあなたが……」 

 

「……ということであろう」

 

「……ちが……」

 

「なら……だと?」

 

「かゆ……」

 

「……うま」

 

………………………

…………

……

 

その後、暫くアンリエッタとエドムンドが激論を戦わせた。

 

やがてジョゼフやアルブレヒト三世の取り成しによってアンリエッタが妥協し、アルビオンの王権復活を大義に掲げたのは性急だったと述べ、わずかばかりの謝罪金をエドムンドは勝ち取った。

 

「ふむ。アルビオン王家の継承権問題については解決したとみてよいな?」

 

ジョゼフの気だるげな確認の声に2人は頷いた。

 

「では話をアルビオンの戦後処理に移すとしよう」

 

そう言って諸国の代表を軽く見渡し、

 

「最初に言っておくが、我が国はこんな狭すぎて息が詰まりそうな小島などいらぬと宣言しておこう。

我が国は兄弟国の誼によってエドムンド殿下を支援したのであって、そう言っておきながら被害者であるアルビオン王国の金や領土を欲するなど恥を知らぬ奴がすることだ」

 

平和を愛するハルケギニアの指導者諸君もそう思うだろうと豪快に笑うジョゼフに各国の面々は表情を激変させた。

 

ホーキンスとエドムンドは思わず眉を顰めた。

 

ホーキンスは愛する祖国を侮辱されたことに対する怒りゆえにであったが、エドムンドは違った。

 

王侯貴族の権利、家族、友人、婚約者を失い、ヨハネを筆頭に生き残った僅かな臣下達と共にゼロの状態からガリアで傭兵団を立ち上げて精強な軍隊へと育て上げ、”レコン・キスタ”に身と投じてからは謀略を巡らして民衆の”レコン・キスタ”への信頼感を薄れさせ、ガリアと手を結んで共和制からの解放者を演じてまで手に入れたアルビオンを”息が詰まりそうな小島”と言われてはエドムンドとしては面白くなかったのだ。

 

しかし他の面々は驚愕、ついで憤怒の表情を浮かべた。

 

最大の貢献国であるガリアに無欲な態度を取られてはトリステインやゲルマニアにとっては要求がしづらくなって困るのだ。それに被害者であるアルビオン王国の金や領土を欲するなど恥を知らぬ奴がすることだと思いっきり釘をさされてしまった。それなのに金や領土を欲してはガリアに喧嘩を売ることになりかねない。

 

「エドムンド殿。我がトリステインは貴国の反乱軍によって与えられた損害の賠償を求めます」

 

そこまで思考が及んだアンリエッタだが、だからといってアルビオンになにも要求しないなど到底不可能なことだ。

 

なぜならトリステインは今回の遠征にあたって相当な無茶をしてきており、それに見合う――最低でも埋め合わせできる――対価を獲得できなければ、タルブの戦勝の勢いで即位した女王の支持基盤が揺らぎかねなかった。

 

そうなればトリステインは今度こそ内乱への道をひた走るだろう。それがわかるだけにアンリエッタはガリアに喧嘩を売る真似をしても退くことはできなかった。

 

「貴国と我が国の反乱軍における損害賠償については反乱軍の全権大使たるホーキンスと話をしていただきたい」

 

エドムンドの返答にアンリエッタは満足しなかった。

 

アルビオン内の勢力図は叛徒が降服した状況で固定していると告げられているが、肝心の反乱軍”レコン・キスタ”が降服した時にはサスゴータ地方を除く全地域がアルビオン王党派とガリア軍に占領されてしまっている。

 

いかにサウスゴータがロサイスとロンディニウムの中間点に位置する街道が集まる交通の要衝であるといっても、四方が外国に囲まれた飛び地の統治など問題がありすぎるし、たとえうまく統治できたとはしてもアルビオンが些細な問題を大事にして軍事力でもって奪回される危険がつきまとい割りがあわなさすぎる。

 

「ええ。その件については後でホーキンス将軍とゆっくり交渉させてもらいます。しかしだからといって貴国が反乱をきちんと鎮圧していれば我が国やゲルマニアが巻き込まれることはなかったのです。その責任を取ってもらいたいのですが」

 

「ふむ。なるほど。確かにそれが道理よな。ならば我が国は貴国やゲルマニアの軍が叛徒どもを叩き出して占領した土地を領有することを無制限に、かつ全面的に認めよう。それでいかがか」

 

もしこれが降臨祭の時の条件ならばアンリエッタもアルブレヒト三世も認めただろう。

 

しかし連合軍は降臨祭終了から間も無く空中大陸から叩き出せれ、それまで占領していた土地を全て放棄して撤退してしまっていたので、そんなことを認められても1ドスエの得にもならないのだから認めるわけにはいかない。

 

「そのような承認はいらぬから領土をくれぬか」

 

アルブレヒト三世の要求にエドムンドはやや目を白黒させた。

 

「要求する土地次第では考慮しましょう」

 

「では、ダータルネスを」

 

「我が国有数の軍港を譲るわけにはいかぬ」

 

「ならばエディンバラはどうだ?」

 

「……」

 

エディンバラは高地地帯(ハイランド)にある地名だ。

 

同じ名前を冠する領都は凶暴な亜人や幻獣や竜の襲撃に度々悩まされる辺境の都市だが、風石の鉱脈がいくつか有し、ロサイスやダータルネスには及ばないが交易に使える港の設備もあるため、それなりに栄えているといえよう。問題があるとすれば資料上エディンバラ領として定めている領域の過半が未開発状態であることくらいだろうか。

 

(……まあ、ゲルマニアの飽くことない開拓者精神(フロンティア・スピリット)ならば開拓してしまいそうだが)

 

ゲルマニアはハルケギニア北東の未開の森林地帯を開拓することで新たなる領土を獲得してきた。

 

もっとも開拓といっても、それは先住民である翼人やコボルトといった亜人の部族との苛烈な争いを伴うものであり、風の噂によると開拓と書いて侵略戦争といっても過言ではない開拓状況だそうだが。

 

「エディンバラ領を差し上げれば、それで我が国の内乱に巻き込まれたことを責任をこれ以上問わないと言われるならば、許可しましょう」

 

「これ以上は問わん。約束しよう」

 

ゲルマニアにどういう意図があってエディンバラを欲したのか知らぬが、辺境領土を譲り渡すくらいで済むなら安いものだ。

 

そう判断したエドムンドはアルブレヒト三世の提案に乗り、ゲルマニアにエディンバラ領を譲り渡すと約束した。

 

「それでトリステインには何をお望みか」

 

アンリエッタはアルビオン内にある数十の都市名を挙げ、その徴税権を寄越すよう要求したが、多すぎるとかそんな大規模な都市の徴税権は絶対にやれぬとエドムンドは拒否した。

 

それを見てアルブレヒト三世は最初に相手が到底呑めない要求を提示し、困惑した相手の反応を見て”譲歩”したように見せて現実的な要求をするという手法だと判断した。

 

しかしエドムンドが拒否してもアンリエッタは譲らず、見かねたジョゼフに窘められても中々に折れず、少しでも多くを手にいれようと強硬に要求を繰り返すアンリエッタの態度を見るに、もしかして本気ではないかと思い始め「この女、余より強欲なのでは……」と誰にも聞こえないほど小さい呟きが口から漏れた。

 

「多くの意見がでたことだし、アルビオン・トリステイン双方すり合わせのための検討が必要だろう。今日はここまででよいのではないかな?」

 

眠いし、疲れたとあくびまじりのジョゼフの提案に2人は頷き、エドムンドからエディンバラ領に関する様々な資料をアルブレヒト三世へと渡して事務的な話をすませ、今日の諸国会議はお開きとなった。




次話で視点が新キャラに変わります。


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31話

原作の暴走シーンは偉大。再現できぬ。


諸国の代表たちが首都ロンディニウムで口論の火花を散らしている頃、その諸国会議の会場から百リーグ以上離れたシティオブサウスゴータで傭兵と思わしき身なりをした2人組が頭を抱えていた。

 

「殿下も無茶仰る」

 

年長であるレザレスが呟くと相方のデュライもそうだと首を縦に振った。

 

彼らは鉄騎隊(アイアンサイド)に所属する兵士であり、エドムンドから「七万の敵を食い止めた剣士の捜索」を命じられていた。

 

殿下直々の命令を受けることは2人とも名誉なことだと思ったのだが、内容に関しては不満を禁じ得なかった。

 

アルビオンは広大であり、容姿しかわからない剣士を探し出すのは容易な事ではない。

 

正攻法でいくならばサウスゴータ地方一帯を数百の人員を動員し、人海戦術で捜索するのが賢明。しかし既に終戦から数週間が経過していることを考えると徒労に終わる可能性が極めて高い。

 

なのに、たった2人で捜索してこいとエドムンド殿下は仰せである。

 

アルビオン王政府がいまのところあまり有名ではない剣士に注目していることを知られたくないと言うことと、確実に見つかるならまだしも見つからない可能性の方が高いのなら人員を割きたくないという2つの理由からである。

 

しかも前者の理由で2人はおおっぴらに命令の内容を明かしたりや、鉄騎隊(アイアンサイド)所属であることを明かすことさえ禁じられてしまっており、大々的に人員を募ることもできない。

 

いったいこれでどうやって探せというのか。2人がそう思ったのも無理はない事だろう。

 

先日、侍従武官長に就任したヨハネ・シュヴァリエ・ド・デヴルー曰く、

 

「殿下も見つけられたらいいなくらいのお考えだから、休暇みたいなものだと思ってくれ」

 

とのことなので別に探し出せなくても処罰は受けないだろうが、だからといって開き直ってサボれるほど彼らは不真面目ではなかった。

 

「俺はサウスゴータ地方にある都市を回って有力者に協力を願おうとおもう」

 

レザレスの方針にデュライは疑問を抱いた。

 

「命令内容は秘匿しなきゃだめなんだろ?」

 

「……ある事件の調査をしていて重要人物として浮かび上がった。だからそいつを必ず生かして捕らえてくれとでも言っておけばいい」

 

「理由をでっちあげて大丈夫ですか?」

 

「まるっきり嘘を言ってるわけでもないし、問題ない」

 

言い切るレザレスにデュライはなんとも言い難い感情を抱いた。

 

確かに七万の軍勢がが1人の剣士に足止めされたなど戦史上の大事件であろう。

 

「それでデュライ。お前には七万の軍勢が足止めされた周辺の村々を虱潰しにあたってくれ。運が良ければどこかで遭遇するだろう」

 

あまりに面倒な命令に苦虫を数匹噛み殺したような顔をするデュライ。

 

最低でも数十人単位でやることをひとりでしろと言われたら誰でもそんな顔をするだろう。

 

「……チェンジで」

 

「残念だがノーチェンジだ」

 

「そんなー」

 

うなだれるデュライ。

 

それを見てレザレスは彼の肩を数度叩くと歩き去って行った。

 

 

 

いつまでもうなだれているわけにはいかず、デュライは行動を開始した。

 

件の剣士が共和国軍の前に立ちはだかったのは、サスゴータ地方の南端付近であるらしくそこへと向かった。

 

「この辺りだな」

 

最近、血が流れた場所であるためかかすかな血の匂いを感じ、妙に気が張ってしまう。

 

そして小さな横道を発見し、そこへと足を進めた。

 

両脇に広がる生い茂った森が陽光を遮り、視界が悪い。

 

「この森のどこかで死体になって野ざらし状態なら探すのは無理だな」

 

そんなふうにぽつりと呟き、デュライは捜索している剣士のことを考えた。

 

エドムンド殿下によると特徴からしてサウスゴータで自分と互角に戦った剣士と同一人物の可能性もあるという。

 

彼が仕えるエドムンド殿下は凄腕のメイジであるだけに留まらず、凄腕の剣士でもあった。

 

どれくらい凄腕かというと剣一本だけで並のメイジ数人を同時に相手取って勝利できるほど。

 

そのエドムンド殿下の本気と互角であったのだから、その剣士も相当な達人であるのだろう。

 

あの人と並び立てる凄腕の剣士がいるというのは少々信じがたいが。

 

しかしだからこそ、七万の軍勢を食い止めたというのも信憑性が高まるというものだ。

 

だが……

 

「なんでそんなやつが今まで無名だったんだ?」

 

魔法が使えぬとはいえ、正面からメイジとやりあえるメイジ殺しはそれだけで希少な存在だ。

 

だからというべきか、そういった者達は酒場とかでよく聞く噂になるものだが黒髪黒目の剣士など聞いた覚えが全くない。

 

となると自分と同じような経緯を持ってる人なのか……

 

「っと。村に出たか」

 

視界が開け、小さな村が目の前に広がっていた。

 

とりあえず一番大きい家の扉をノックする。

 

こういった小さな社会でも一番の偉いさんが一番大きい場所に住んでいることが多いのだから、村長の家だろうと考えてのことである。

 

「はい。どちら様ですか?」

 

(……女神だ)

 

美の女神が降臨した。

 

肌白く、長い金髪に、整った貌、そして少女らしい細い体。その全てに不釣り合いなほど自己主張が激しい巨大な胸。

 

その大きさが実に絶妙だ。

 

もしこれ以上大きかったらバランスが崩れて逆に醜悪に見えるだろうと確信できるほどギリギリの線を攻めに行っている。

 

デュライはどこぞのつまらん聖職者に聞かされたヴァルハラ(死後の世界)で死者を祝福する美しい女神の話を思い出した。

 

目の前の少女こそがその女神に違いない。

 

ではなぜ自分は死後の世界であるヴァルハラにいるのか?

 

俺はいったいいつの間に死んでしまったのだ?

 

いや、そんなことはどうでもいい。

 

どうでもよくはないが、目の前の女神に比べれば瑣末な問題である。

 

「あ、あのっ! どうしたんですか?」

 

美の女神とデュライに認識されてしまっている少女は扉を開いた途端、自分を凝視して固まってしまっている少年の姿を見て、ある勘違いをして思わず被っている帽子を確かめたが、ちゃんと自分の耳が隠れていることを確かめると、状況が全く理解できずにやや混乱してながら問いかけた。

 

それを見てデュライは

 

(涙目になってる。かわいい)

 

いや、そんなこと気にしている場合ではないだろうとデュライは首をふる。

 

女神の表情を見るに彼女も困っているらしい。しかしなぜ困っているのか皆目見当がつかない。

 

だが人智を超越した領域におられる女神の困りごとなどを抱えているなど嫌な予感しかしない。

 

大抵の物語ではこの後、適当な人間にその困りごとを解決させようとするのだが、デュライはごめんこうむりたい。古来より神のような存在より授かる使命など過酷と相場が決まっているのだ。

 

だから気づかないふりを続け……

 

「テファ姉ちゃんを変な目で見るなっ!」

 

その声と同時に背後から衝撃が襲った。

 

「な、なんだ?!」

 

勢いのまま倒れかけたが、デュライは物心ついた頃より戦場で生きてきた歴戦の戦士である。

 

すぐに体勢を立て直し、突っ込んできたものを掴みあげる。

 

「この! 離せっ!」

 

「ジム、いきなりお客さんに体当たりするなんて駄目じゃない!」

 

「でもこいつ、お姉ちゃんのこと変な目で見てたじゃん!!」

 

その喧騒を聞いて、デュライは正気に戻った。

 

先ほどの衝撃の際、自分の痛覚が正常に機能したことを考えると自分はまだヴァルハラに旅だってがいないらしい。

 

では、目の前の女神は何者か?

 

こんなに綺麗な肌をしているから農民みたいな労働をしているような人ではないだろう。

 

そしてこの辺鄙な村で一番大きい建物に住んでることを考慮すると……

 

(村長の愛娘、といったとこか?)

 

そこまで思考を進めた時、デュライは今までの対応を思い返した。

 

……問いかけられてずっと無視とか無礼にも程がある。

 

現状を正しく認識したデュライは掴みあげていたジムと呼ばれた子どもから手を放すと胸がでかい少女に向き直った。

 

「あまりに綺麗な人が出てきたので少し自失していた。申し訳ない」

 

「き、きれいって……」

 

顔を赤らめる少女。

 

事実とはいえ、こんなありきたりな世辞で顔を赤らめるとは箱入り娘みたいだ。

 

「俺は国の者で、デュライという。

公用でこの村の村長と話がしたいのだが、村長はいるだろうか?」

 

すると目の前の少女は困った顔をして

 

「えっと、わたしが村長……ってことになるのかな?」

 

「……は?」

 

あまりにも予想外な言葉に、デュライは困惑した。

 

「ちょ! ちょっと待ってください!!

君、まだ10代だよね?しかも女性だよね?なのに村長!?

10代で女性の村長なんかいるわけがないっ! そうだろ??!」

 

「ひっ!」

 

「お姉ちゃんを脅かすな!」

 

 

 

 

ギャンギャン騒ぐジムを家から出し、奥で詳しい話を聞かされた。

 

村長の少女ティファニア曰く、この村は数年前に戦争で孤児になった子ども達を集めてつくられた孤児院とのこと。

 

モード大公の一族粛清以来、王家へ不信から一部貴族が暴発するような事態が頻発したり、”レコン・キスタ”が台頭してきてから昨年の春まで国を二分する内乱状態であったし、年の変わり目には対外戦争があったりとアルビオンは戦争続きであったのだから、その過程で発生した孤児の数は一個連隊や二個連隊は編成できる数になるだろう。

 

それを哀れんだ者がそんな孤児達を集めて開拓した村で孤児院を運営していても不思議でもなんでもないが……

 

「……それだと孤児院を運営するお金を出している人がいるだろう。その人はどうしたんだ?」

 

「その人はいつも出稼ぎに行っていて、ほとんど村には帰ってこないの。だから一番年長のわたしがみんなの面倒を見ているんだけど……」

 

寂しそうな表情をするティファニア。

 

デュライが見る限り、純粋そうな彼女が嘘を吐いているようには見えない。

 

もしこれが演技だというのなら、デュライは自分の人を見る目のなさに絶望した挙句、深刻な女性不信に陥るだろう。

 

「他に大人の人はいないのか?」

 

「うん」

 

「……」

 

デュライは呆れていた。そのお金を出している人の杜撰さに。

 

孤児だけの村をつくるなど危険極まる行為だ。

 

アルビオンは戦続き。要するに治安がものすごく悪いのだ。

 

そんなご時世に子どもだけの村などつくって、野盗の類に襲われたらどう責任をとるつもりなのだろう。

 

いや、仮に今が平和の時代でもオーク鬼を筆頭に野蛮な亜人の群れに襲われる可能性は常につきまとう。

 

その程度の危険も考えられないとは、よほどお気楽な頭をしているに違いない。

 

数年もこの村が襲われずにすんだというのは神がかってるほどに奇跡的なことであるのだろうから。

 

「そうか、じゃあ君が村長なんだな。じゃあ君に用件を話そう」

 

とはいえ、この村の行く末をいちいち考慮してやらねばならん必要をデュライは感じなかったので、任務を優先することにした。

 

「人を探している。黒い髪で青い変な服、170サントほどの身長、言葉をしゃべるヘンテコな剣を持った剣士なんだが、心当たりはないだろうか?」

 

そういうとティファニアは心当たりがあるかのか、思案げに目を伏せた。

 

……まさかと思うが見つけちゃった?




>10代で女性の村長なんかいるわけがない
( ^ω^ )つ最近アニメ化した某作の覇王炎莉

>数年もこの村が襲われずにすんだというのは神がかってるほどに奇跡的なことであるのだろう
ある意味、的中。

>……まさかと思うが見つけちゃった?
見つかると思ってなかったのに初っ端でこんな対応されたら困惑するよねw


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32話

デュライはティファニアに案内されてその剣士に会いに行った。

 

「……」

 

するとそこには約20歳前後の女性と黒髪の少年がいた。

 

互いの手には木剣が握られている。どうやら剣の稽古をしていたようだ。

 

「そっちのやつは誰だ?」

 

女性に問われ、ティファニアはデュライに視線を向ける。

 

「俺の名はデュライ、傭兵だ。そっちは? 見たところ同業者みたいだが」

 

「トリステイン王国銃士隊隊長アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランだ」

 

その名乗りにデュライは目を見開いた。

 

昨年のワルド子爵の”レコン・キスタ”参加、夏に行われたトリステイン女王誘拐事件によって、トリステイン王室直属の近衛隊である3つの魔法衛士隊の内、グリフォン隊は隊長の裏切りによって機能不全に陥り、ヒポグリフ隊はウェールズ率いる部隊によって全滅し、残っている近衛隊がマンティコア隊だけという有様になっていた。

 

そこで急遽新設されたのが剣と銃で武装した平民の女性で編成された銃士隊である。

 

いかにメイジではない平民の女性だけの部隊とはいえ、隊長には”シュヴァリエ”の爵位が授けられたと聞くし、近衛隊隊長は軍の階級の最上位、元帥に匹敵する”格”がある地位である。

 

「……失礼ですが、なぜそんなお偉い人物がこんな辺境に?」

 

それだけにこんな疑問が湧き上がるのは当然だろう。

 

「陛下からの勅命でな」

 

「……ほう。で、それでこんな辺鄙な村になんのようで?」

 

「傭兵風情にいちいち説明する必要があるとは思えん。それにそっちこそなんのようだ? 村を襲いに来たのでもなければ、傭兵がこんな場所に用があるとは思えんが」

 

つい最近傭兵くずれの盗賊に村を襲われたことを思い出したのかティファニアの体が震えた。

 

「残念ながらそうじゃない。ここにきたのは仕事だ。雇い主から人探しを頼まれてな」

 

そう言ってデュライは視線を黒髪の少年へと向けた。

 

「雇い主が探している人物は、黒髪黒目で肌がやや浅黒く、年の頃は10代後半と思しき少年剣士なのだが……」

 

そう言われると黒髪の少年は驚いた。

 

「俺ですか?!」

 

「少なくとも今言った条件に全て合致してはいるな。とりあえず連れて行くか」

 

両腕を組んでニヤニヤとしたデュライは笑みを浮かべる。

 

それを見てアニエスが慌てて口を挟む。

 

「待て! こいつは私の保護下にある。それを勝手に連れて行くとなればトリステインに刃向かうことになるぞ。それでもよいのか?」

 

「別にいいんじゃねぇかな?」

 

「なっ!」

 

「言っておくが、俺の雇い主はアルビオンのさる貴き御方だ。そしてある事件の関係者として黒髪の少年を探しているらしい。なので俺としては黙ってついてきてほしい」

 

デュライのある言葉にアニエスはひっかかりを覚えた。

 

「ある事件とはなんだ」

 

「俺が知っていたとして正直にいうと思ってんのか。上のややこしい事情なんか口止めされるに決まってんだろ」

 

嘘は言っていない。

 

エドムンドが黒髪の剣士に興味を持っていることを知られるのは避けるように命じられているのだ。

 

「そうか、では貴様の雇い主は誰だ?」

 

「それもいえん」

 

目的を隠したいのに他国の近衛に対してエドムンドの名を出すのは憚られた。

 

「でも俺、そんなややこしそうな事件に関わってませんよ」

 

黒髪の少年の言葉にデュライは頭を掻いた。

 

「そうは言ってもな。小僧」

 

「才人です。平賀才人」

 

「……サイト? 聞いたことがない家名だがお前貴族なのか?」

 

「あ、名前はサイトで苗字はヒラガです。東方じゃこういう名前が普通なんで。家名も持ってて当たり前だし」

 

本当は東方ではなく異世界なのだが、説明しても理解されないだろうし、とりあえず『東方の生まれである』ことで通しているサイトである。

 

「東方っていうと、あの高慢ちきなエルフが治める砂漠を越えてきたのか」

 

デュライの言葉にティファニアは悲しそうな顔をし、サイトとアニエスは複雑そうな顔をした。

 

それを見てデュライは不思議に思ったものの、表情には出さなかった。

 

「とにかくだ。その事件の現場で黒髪の剣士を見たという証人がいるんだ。それも凄いお偉い様がな。で、その話を聞いた更に凄いお偉い様である俺の雇用主が黒髪の剣士を探せと言ってるわけだ。ハルケギニア広しといえど黒髪黒めで浅黒い肌の容姿の奴なんかそうはいない。だからお前も容疑者のひとりだ。できれば素直に従ってほしいな。まがいなりにも貴き御方に仕える身としては手荒な真似は避けたいからな」

 

どこか皮肉気な口調で言うデュライに3人は毒気を抜かれたようであった。

 

「えーっとおれってどうしてもついていかなきゃダメなんですか?」

 

サイトが首を傾げながら問うとデュライは髪を乱暴に掻き回しながら

 

「そうだな。一通りの事情を聞かせてフクロウで雇い主のとこへ情報を送れば、別にいいって判断してくれるかもな」

 

それでも連れてこいって言われたら、無理やりにでも連れて行かねばならんのだが。

 

そう呟くデュライにサイトは頷いた。

 

デュライの言う事件に関わった覚えなど微塵もなかったためである。

 

「そうか。じゃあ聞くが名前がヒラガ・サイト、ハルケギニア風に言えばサイト・ヒラガでまちがいないな?」

 

頷くサイト。

 

「どこからこのアルビオンへ来た?」

 

「トリステインから」

 

「何のために」

 

「戦争で」

 

「傭兵なのかお前?」

 

「……いや、違う。……よな?」

 

サイトが目を泳がせながらアニエスを見る。

 

「私が知るか」

 

そう言われてしょげるサイトを見て、反応に困るデュライ。

 

「じゃあ徴兵でもされたのか?」

 

「たぶんそれが一番近いのかな?」

 

「疑問に疑問で返すな」

 

「だってけっこう複雑な理由で参戦したんだもん!!」

 

「だったらその複雑な理由をいちから説明しろ」

 

サイトは参戦するまでの経緯――自分が伝説の使い魔なこととか、ルイズに関する事柄を除いて――詳しく説明した。

 

説明を聞き終わるとデュライは馬鹿でもみるような視線をサイトに向けた。

 

「要するにお前は雇い主の貴族令嬢に一目惚れして、かっこいいとこを見せようと戦争に参加したと?」

 

サイトは恥ずかしそうに手で顔を抑えながら頷いた。

 

「お前は阿呆か? 戦場は夢と希望が詰まってるとでも思っていたのか?」

 

「いや、そんなことは……」

 

サイトはなにか言い返そうとしたがやめた。

 

これ以上、ルイズの特殊性を言わずに説明しても墓穴を掘るだけな気がしたからだ。

 

それからもいくつかの質問に答えるとデュライは頷いた。

 

「街に行って雇い主に手紙を出す。返事がくるまでこの村を離れるんじゃねぇぞ。もし離れたらお前はアルビオン中の人気者、賞金首になるって寸法だろうからな」

 

「えっ?!」

 

「冗談だ。せいぜいお尋ね者くらいだろうさ」

 

「安心できねぇ!」

 

妙なコントを繰り広げているサイトとデュライにアニエスが口を挟む。

 

「お前の雇い主に送る手紙にちゃんとこいつが私の保護下にあることも伝えておいてもらおう」

 

「……わかったよ」

 

そう言ってデュライは村を出ていった。

 

そして途中で森の陰に隠れ、左手に巻いてあるブレスレッドを摩る。

 

「こちら、鉄騎隊のデュライ。誰かいるか?」

 

『どうした』

 

どこか無機質な声がブレスレッドから聴こえてくる。

 

デュライは遠隔通信ができるマジックアイテムで親機である大宝玉と交信ができるのであった。

 

このマジックアイテムはモード大公が息子達への遊び道具にと王家の宝物庫から借りてきたものであり、それを大変気に入ったエドムンドが半ば私物化させ、ジェームズも苦笑しながらエドムンドが伯爵位を譲られた時に正式に下賜した国宝級の代物であった。

 

そんなマジックアイテムが傭兵団鉄騎隊(アイアンサイド)の躍進の大きな力となり、巡り巡ってテューダー王家にとって大きな災いとなったのはどこか運命の皮肉を感じさせる。

 

「チッ、ユアンか」

 

思わずそんな声がデュライから漏れた。

 

彼は自分の主君たるエドムンド、上官たるディッガーには深い敬意と忠誠心を持っていたが、それは青白い顔をしたガキには一切向けられておらず、それどころか嫌悪を抱いてすらいた。

 

「おい、エドムンド様から黒髪の少年剣士捜索の任務について聞かされてるか」

 

だからというべきか、どこか突き放すような口調であった。

 

『……ああ』

 

「そうか、なら話は早いんだがそれっぽいやつが見つかった」

 

『本当なのか』

 

「いやそれがな。少し判断に困ってな。エドムンド様の知恵を借りたかったんだが……、お前ではな」

 

『……とりあえず事情を聞こう。諸国会議が終わり次第、そのまま殿下にご報告する」

 

「おう。血の巡りは悪くてもやるべきことくらいはわかんのか」

 

デュライの言葉にユアンは無反応だった。

 

『……早く状況を説明しろ』

 

そして何事もなかったように説明を促してくるユアンに、デュライはまた舌打ちするのだった。



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33話

二週間にわたる諸国会議が終了した。

 

アルビオンはひたすら神聖アルビオン共和国が行った戦争に関する責任そのものはないと主張した。

 

傷を浅くし、可能な限り手に入れた権益を守らねばならないエドムンドとしては当然のことであった。

 

ガリアは出兵はあくまで義憤にかられての挙であることを強調して対価を求めず、諸国にも同じ対応を求めた。

 

ジョゼフにとってアルビオンの戦乱は軽いお遊びでしかないので対価を求める必要を感じ得ず、またエドムンドとの約束もあったためだ。

 

連合軍に少なくない国費を投じていたトリステインとゲルマニアはそれに見合う対価を要求した。

 

特にアンリエッタは盛んに発言と要求を繰り返してエドムンドと弁論を戦わせ、強欲な人柄で知られるアルブレヒト三世が「嫁に貰わんでよかったわい」と辟易してぼやくほどの粘り強さを発揮した。

 

だが、その粘りの結果として満足には程遠いがトリステインはアルビオンからなんとかこの戦争における採算が採れるだけの対価を得たアンリエッタの手腕は賞賛されてしかるべきだろう。

 

その功績をアルブレヒト三世がトリステインの同盟国である立場を利用して同等の対価を獲得したあたり、狡猾である。

 

当事国同士の今次戦争における賠償金問題が決着すると次の議題は”レコン・キスタ”の解体へと議題が移った。

 

”レコン・キスタ”の占領地域、サウスゴータ地方はアルビオン、ガリア、トリステイン、ゲルマニアの4カ国によって共同統治下に入ることがさほど揉めずに決定された。

 

どこの国もアルビオン南部の街道の終結点である大都市の利権を三国とも欲しがったことに加え、アルビオンみたいにややこしい立ち位置ではなく、れっきとした交戦相手であったため、どこの国も要求に遠慮がなかった。

 

この時代の論理でいえば、敗者の側に立たされたものは全てを失うが道理なのである。

 

貴族議会議員唯一の生存者であり、現在”レコン・キスタ”暫定指導者であるストラフォード伯トーマスは敬虔な信徒であり、領民からの人望が篤いこともあって、ロマリアの大使が全財産を喜捨した上で僧院に入れてはどうかと提案した。

 

この提案に諸国は猛反発したが、ストラフォード伯の所領に魅力を感じたアルブレヒト三世が、今回の騒乱における謝罪の意味を兼ねてガリア、トリステイン、ゲルマニアに彼の領地をはじめとした財産を分配した上でなら認めてもよいのではないかと提案を修正した上で受け入れる姿勢みせた。

 

アルブレヒト三世の案にアンリエッタ、ロマリアの大使は肯定的であったが、エドムンドとジョゼフが反対した。

 

すでにストラフォード伯の所領はガリア軍に制圧された上で、アルビオンの王党派へ返還されており、すでにストラフォード伯の財産ではないと主張。彼の所領は既にアルビオン王家に既属するものであると述べた。

 

その反論にアルブレヒト三世は内心舌打ちしつつも、ストラフォード伯がサウスゴータ地方まで持って逃げた財産もバカにならない額であったのでそのまま三国に均等に分配してトーマスは出家することとなった。

 

軍事の責任者であり、”レコン・キスタ”の軍事責任者であったホーキンス将軍をどうするかについてはかなり揉めた。本人は処刑台を望んだがエドムンドが擁護したことにより大逆罪が適用され、終身刑に処されることが決定された。

 

こうして”レコン・キスタ”関連の問題が一掃されると、今後のハルケギニアの国際秩序の在り方について議論が交わされた。

 

そのひとつにジョゼフが”王権同盟”の締結を諸国に打診した。

 

この同盟は今度のようなことが二度とないように始祖より連なる聖なる王権に弓引く不逞な共和主義者を封じ込めるためのものであると説明され、もし自国内で共和主義者による反乱が発生すれば同盟国の軍事介入を仰げるという特殊な同盟であった。

 

共和主義者だけでなく新教徒への反乱へも適用できるようにしてほしいというロマリアの大使の要請を受け入れ、主要五大国は王権同盟を締結した。

 

これにより共和主義者や新教徒が革命を起こそうとした場合、五カ国の王軍を相手どらねばならぬのである。

 

その会議が終了した日の夜、ハヴィランド宮殿のある部屋ではアルブレヒト三世は連れてきた文官に事後処理を任せて帰国の準備をはじめ、ある部屋ではアンリエッタは夜を徹して書類仕事に励み、ある部屋ではジョゼフはロマリアからの特命大使ジュリオと会談していた。

 

そしてジェームズが病床にある今、ハヴィランド宮殿の事実上の主といえるエドムンド・ペンドラゴン・オブ・ステュアートは信頼する臣下達を前に、今後の方針を打ち合わせていた。

 

「一段落つきましたな。あとはジェームズを衰弱死ということで処理すれば自動的にアルビオンの王座は殿下のものとなります」

 

アルビオン再興に合わせて侍従武官長に就任したヨハネは顔色は喜色で満ち溢れている。

 

「そうだな。だが、今はまだその時期ではない。今はそんなことより王家への、俺への臣民の信頼を得ることの方が先決だ。さしあたっては王領における税率を引き下げる」

 

「税率を下げるとなると今後の財政が厳しくなりますぞ」

 

同じく王国再興の際に、宰相の地位を与えられた白くて醜いオーク、ではなくヨーク伯が懸念を述べる。

 

彼と彼の部下達は表向きには王党派に属するスパイであったという名目で諸国会議での共和主義者断罪から逃れることに成功していた。

 

「その事に関して心配はない」

 

薄い青地にブリミル教の聖印と杖と銃をあしらった紋章が刻まれた軍装を着込むディッガーが発言する。

 

ディッガーは王都を制圧した直後からわずかな守備部隊を王都に残し、つい昨日帰還するまでアルビオン中の平定を行っていた。

 

その際にランカスター公爵家をはじめとする”レコン・キスタ”で主要な地位についていた彼らの元同僚、いや”王権への叛逆者”である貴族の家を取り潰してその財産を没収しているので財源は豊かなのである。

 

「ならば多少税率を下げてもグレシャム卿の手腕ならば財政をまわすことができよう」

 

「しかし大丈夫なのですか? この三年に渡る戦争で傷ついた街や村の復興事業、それに今度の戦争でかなりの損害を被った空軍の再建も必要でしょう。それを含めると支出がかなり凄まじい額になると思われるのですが」

 

そう懸念を述べるブロワ侯爵も表向きはヨーク伯と同じような理由で最初から王党派の一員であったということにされていた。

 

またその活躍に報いる形で、つい先日に中将から大将へと昇進して空軍艦隊司令長官代理から代理の文字がとれている。

 

「いらん心配だ」

 

エドムンドが苦笑する。

 

「取り潰した貴族家の財産の総額は軽く見積もっても国家予算十年分を超えるそうなのだ」

 

「……貴族家全てを取り潰したというのならまだしも、取り潰した貴族家は全部合わせて二十家前後でしょう。なんでそんな莫大な財産になるのですか」

 

「財務監督官であった父上が処刑され、貴族と王家が対立するようになったものだから王家の監視の目が疎かになったことをよいことにバカ貴族たちが国から財産を巻き上げて蓄財に励みまくっておったせいだろうな。”レコン・キスタ”成立後は俺達がバカ貴族たちを煽りまくったから更に自重しなくなったのだし」

 

「嘆かわしいですなぁ」

 

ブロワ侯爵が呆れたような声で呟いた。

 

「まあ、そんな状態で存続されるよりか早々に滅び去った方がアルビオン臣民のためであろうよ」

 

エドムンドの言葉にその腹心達も頷く。

 

追従とかではなく、本心からそう思ったからだ。

 

「とにかくそういうわけだから財源は十分に余裕がある。

だが人心を安定させるためにも復興事業を優先させたいから、艦の補修はともかく、新造艦の建設は認められん。それに今の状況では失われた空兵の補充のあてもない。しばらくは残っている空兵の練度向上に努めてほしい。ロサイス=ダータルネス間を航海演習するなり、”レコン・キスタ”が許可を与えていたせいで未だに暴れまわっている空賊討伐するなり、その辺の差配はお前に任す」

 

「はっ」

 

恭しくブロワ侯爵は命令に服した。

 

「殿下」

 

どこか暗さを感じさせる声が響いた。

 

この部屋の中で一番年齢が低い少年である。

 

「なんだユアン。なにかあるのか?」

 

他のエドムンドの腹心が高位の役職に迎えられてその忠誠に報いられたにも関わらず、ユアンだけは王政府付き従卒というなんとも微妙な役職に迎えられており、はたから見れば外見的にも役職的にもこのメンツの中で一人だけ浮いているように感じられるだろう。

 

「先日、例の少年剣士、名をサイトというそうですが、その捜索の任にあたっていたデュライから報告がありました。対象を発見したとのことです」

 

「……見つけたというのか」

 

「はい」

 

「どこにいるというのだ?」

 

「サウスゴータ地方南方の森にあるウエストウッドという村にいるとのことです」

 

ユアンの返答に上機嫌になるエドムンド。

 

七万の軍勢に匹敵する剣士を自勢力に迎えられる目がでてきたのだ。

 

嬉しくないはずがない。

 

早速、勧誘の文句を考えなければならないなとエドムンドが思い始めた。

 

その様子に嫌な予感を覚えたブロワ侯爵が口を開いた。

 

「殿下。まさかとは思いますが、殿下直々に勧誘しに行こうなどと思ってはいませんな?」

 

「……おお、そうだが?」

 

自分の思惑が見抜かれ、どこかきまり悪げなエドムンド。

 

「殿下は自分の立ち位置がわかっておいでですか?! 傭兵時代や成り上がりのエクトル卿時代ならまだしも、すでに殿下は正当な地位を回復したアルビオンの次期国王陛下なのですぞ?! そんな御方があっちへこっちへとふらふらとしていては、アルビオン王族の鼎の軽重は問われますぞ!!」

 

「……エクトル卿時代でも、侯爵は煩かったではないか」

 

「言葉の揚げ足を取るでない!!」

 

「……お、おう」

 

相変わらずブロワ侯爵には頭の上がらぬエドムンドである。

 

因みにそのブロワ侯爵の言い分に、ユアンを除く全員が内心で同意していた。

 

正直なところ、彼らは自分の主君の独断専行と行動力の高さに突っ込みたい気持ちがあったのだ。

 

だが、ヨーク伯やディッガーがその手の注意をしてもエドムンドはあまりちゃんと聞いてくれず、ヨハネに至っては話している間に昔のノリを思い出してエドムンドと一緒に暴走してしまうので、叱れるのはブロワ侯爵以外に存在しないのである。

 

「報告を続けてもいいだろうか?」

 

「お、おお! 続けよ」

 

ブロワ侯爵の怒気から逃れたい一心でエドムンドは報告の続きを促した。

 

「まだ続きがあるのか?」

 

そんな若い主君の心の動きを明確に察したブロワ侯爵が不機嫌そうに問う。

 

「トリステインの銃士隊隊長、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランが同じ村におります。彼女はサイト殿が自分の庇護下にあり、彼をどうこうするつもりなのであれば、トリステイン王室を敵に回すと思えと釘を刺してきております」

 

ユアンの言葉に場がざわめく。

 

エドムンドもすこし顎に手をやって考え込んだ。

 

サイトという少年は”虚無”の担い手であるルイズ嬢の護衛をしていた。

 

ルイズ嬢が本当に”虚無”か否かは判断がつかぬがとりあえずは本物と仮定しよう。

 

王家に伝わる言い伝えによれば”虚無”は始祖の直系の血族に目覚めるとされている。

 

そしてルイズ嬢が”虚無”に目覚めた以上、トリステインの正統は現王家ではなくヴァリエール公爵家にあるということとなり、ルイズ嬢の意思など無視して彼女を女王の座につけようと担ぎ出す勢力が現れるだろう。

 

そういう意味ではトリステインの現王家にとってルイズ嬢はいつ爆発しても不思議ではない危険極まりない要素といえる。

 

できれば暗殺でもして後顧の憂いを絶ちたいのであろうが、かといって”虚無”の力は魅力的にすぎる。

 

ワルド子爵によれば、トリステイン王室にとって幸いというべきかルイズ嬢は現女王アンリエッタと深い友情で結ばれている上に、トリステインの王家の分家の例に漏れずに王家へ絶対的で盲目的な忠誠を誓ってもいるという。

 

要約すると笑えるほどに扱いやすい存在であり、ならば”虚無”に関する情報を秘匿してうまい事利用して飼い馴らそうと現王家に忠誠を誓っている者達は考えるだろう。

 

ならば、彼女の身を守ってやる必要に駆られる。

 

しかし優秀なメイジを護衛に任命すれば周囲の妙な注目を集めかねない。

 

だからとても腕の立つ平民を護衛に選んだということだろう。

 

「……これは欲しいな」

 

七万に匹敵する武力という意味だけではなく、情報源的な意味でも喉から手が出るほど欲しい。

 

彼は一度殿軍としてトリステインから捨てられた身、相応の地位を持って遇すればあっさりと麾下に加わるかもしれん。

 

だがトリステインが、撤退の際に彼ほどの人材を殿軍として捨て駒にはなぜだろうか?

 

集めた情報によると降臨祭最終日に起きたサウスゴータの内乱で遠征軍総司令官ド・ポワチエが戦死し、参謀総長ウィンプフェンが代わりにトリステイン・ゲルマニア連合軍の撤退を指揮していたらしい。

 

思うにウィンプフェンが”虚無”関連の事情を知らぬゆえに腕の立つ平民を殿軍にしたのだろう。

 

貴族にとって平民は替えがきいてしまう物なのだから。

 

そこまで思考が及んだ時、エドムンドは直々に勧誘したいと強く思った。

 

それを宣言しようとしたところで、ついさっきブロワ侯爵に叱られたばかりなことを思い出した。

 

「ディッガー、兵を百ほど連れてウエストウッド村に急行せよ。

俺の名を出しても構わぬ。サイトという少年を勧誘してこい。

いや、勧誘そのものは無理でもこのハヴィランド宮殿まで連れてこい」

 

「はっ」

 

エドムンドは自分の推測の多くが誤解と勘違い、そして過大評価によるものであることに気付かないまま命令を下した。




エドムンド「アンリエッタが普通に講和条約の交渉で有能さを発揮してるのに、基本的に感情と勢いで動いてるとかどうやって予測しろというのだ。それにな!人間が使い魔とかありえぬだろう!メイジ舐めてるのか!!」


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34話

ゼロの使い魔来年の2月28日に発売されるそうですね。
……今まで妄想するしかなかったワルド子爵の活躍を拝めるかと思うと期待してしまいますね。

あと『烈風の騎士姫』はどうなるのだろうか?
設定集だけで発表されたりするんだろうか?
それとも無発表?


デュライは先日のうちにシティオブサウスゴータで諸都市を巡っていたレザレスと合流を果たしていた。

 

そして例のマジックアイテムでディッガー総帥自ら黒髪の剣士サイトの勧誘を行うという方針を聞かされ、レザレスはやってくる本隊の道案内役を務めることを命じられ、デュライは一足早くウエストウッド村に赴いてトリステインとの関係がどれほど悪化しても構わぬから黒髪の剣士を引き止めよと命じられた。

 

エドムンドが一国を敵に回しても構わぬほどサイトという剣士を評価しているという事実に2人はある種の驚きを禁じえなかった。

 

そういったことがあってデュライはつい数日前に訪れたウエストウッド村を再度訪問していた。

 

そして前と同じようにティファニアの家の扉を叩く。

 

「あ」

 

扉を開けたティファニアが目を丸くした直後、少し困った顔をした。かわいい。

 

しかしすぐに気をとりなおし、要件を伝える。

 

「サイトに話をしに来たんだが、あいつはどこだ?」

 

「あの人ならあそこ……、エマの家にいるの」

 

なぜかとても小さな声でそう言うとティファニアは村の一番端にある家を指差した。

 

ティファニアの態度に不信なものを感じつつもデュライは指差された家へと赴いた。

 

そしてその家の中にはアニエスと……なぜか涙目をしているサイトがいた。

 

そのことにデュライが怪訝に思ったが

 

「それで貴様の雇い主の返答はどうなのだ?」

 

というアニエスの問いに答えることを先決した。

 

「それが仔細を報告したら、どういう訳か”上”の高い地位にいる御方が直々にこの村に来られて事情聴取されるそうだ。もし我々が到着するより前にミス・ミランが黒髪の剣士――サイトに危害を加える、またはこの村から連れ出すつもりなのであれば、アルビオンはトリステインと戦火を交えることも辞さぬと仰せだ」

 

あまりにも強気な態度にアニエスは内心鼻白んだ。

 

「ほう。随分と貴様の雇い主は好戦的なようだな」

 

しかしその動揺を表情に出すことなく辛辣な言葉を言う。

 

が、デュライは嫌な笑みを浮かべるのみだった。

 

「俺からは言わせれば、この国のお偉方が国外戦争を辞さぬほど雇い主がミスタ・ヒラガに執心してること自体が謎なんだがな。いったいなにやらかしたんだこの少年は」

 

元々はレザレスやデュライが自分に都合よく適当にでっち上げた作り話であるのだが、そのことに一切触れることなくサイトに探るような目線を向けるあたり、中々によい性格をしている。

 

しかしまったく反応を示さずに暗い顔をしているサイトにデュライは首を傾げた。

 

「……おい、お前どうした?」

 

「いや、なんでもないです……」

 

明らかに前に来た時と態度が違う。こいつはなんというか馬鹿なレベルで明るい馬鹿だったはずだ。

 

そう思い視線をアニエスの方へ向けると彼女も奇妙に顔を歪めていた。

 

「なにがあった?」

 

「……前に来たときサイトの雇い主だった貴族令嬢の話をしたな?」

 

「ああ」

 

「その令嬢がサイトをここまで探しにきて、今ティファニア嬢の家にいる」

 

その説明を聞いてデュライは驚き、目を丸めた。

 

「ほう。その令嬢が心配してね。俺の経験上、身分の高い者は大概が恩知らずで先祖の栄光を穢すことに熱中している愚かな連中が多いが、こいつが一目惚れした令嬢は数少ない例外だったのか」

 

今まで得ているサイトの情報からして、彼の雇い主は王室の者かヴァリエール公爵家の誰かだろう。

 

そんな高い地位に生まれながらずっと者は下の者が無条件で自分に奉仕してくれるものだとデュライからしたら信じられないような勘違いをしている輩がこのハルケギニアの貴族には驚くほど多い。

 

いや、別にその類の傲慢さはまだ許容できなくもないが、せめて高貴な者の義務(ノブレス・オブリージュ)くらい果たせと言いたくてたまらない。

 

そんなデュライの経験上、サイトの雇い主が彼を探してここまできたというのは驚くべきことであった。

 

「だが、だとするならそれは喜ぶべきだろう? なんでこいつはここまで気落ちしてんだよ」

 

デュライがサイトを指差しながら疑問を述べる。

 

するとサイトが目を腫らしながら答えた。

 

「だって今の俺じゃルイズを守れないんですよ。”ガンダールヴ”じゃなくなった俺じゃ……」

 

「……待て。”ガンダールヴ”ってなんだ?」

 

デュライの詰問にアニエスはこの馬鹿とでもいうようにサイトを睨み、睨まれた少年は自分が失言したことに気づいてさらに落ち込んだ。

 

「おい小僧。話がわからんから最初から説明しろ」

 

その態度にデュライは少しイラつき、軽く殺気を飛ばした。

 

するとサイトは背筋が伸び、アニエスは腰のホルスターに下げられている銃の銃床に掌をおく。

 

殺気に咄嗟に反応するあたり、2人とも修羅場にはなれているようだ。

 

「申し訳ないがそれはトリステインの国家機密にかかわることだ」

 

「ほう国家機密ね。へぇ、そいつはそいつは……。トリステインは二十にもならん傭兵風情を国家機密にかかわらせねばならん仕事を頼むほど人手不足だったとは知らなかった。このアルビオンと違ってトリステインはこの前の戦で殆ど戦死者が出なかったと聞くから人手は有り余っていると思っていたんだがな」

 

「ッ……」

 

明らかに嘲笑の響きがあるデュライの揶揄にアニエスは思わず奥歯を噛みしめた。

 

それはデュライの揶揄があたらずも遠からずと言ったレベルで的を射ていたからである。

 

確かにトリステインに”人手”は十二分にあるが”有用な人材”が不足している。

 

いや、人材もトリステイン中を探せばいくらか見つかるだろう。ただ……有用でトリステイン女王であるアンリエッタが信頼できる人材となると限りなく少なくなってしまうのだ。

 

ハルケギニアにおける有用な人材――所謂、知識階級――はメイジが支配的である。

 

だが、アンリエッタがグリフォン隊隊長ワルド子爵の裏切りや傀儡にしたウェールズを利用した誘拐未遂事件等々を経験した結果として軽度のメイジ不信に陥ってしまったため、メイジの人材登用にあまり積極的ではないのだ。

 

無論、今のところ国家運営に支障がでないレベルですんでいるのだが、宰相マザリーニがいくらかアンリエッタにそのあたりのことに苦言を呈している。「陛下は私を【鳥の骨】から【ただの骨】にしたいのですか」と。

 

まあ、それはそれとして、その件がサイトが国家機密にかかわってしまっていることと直接の因果関係はないのだが、それでも他人に指摘されたら腹立たしい思いになるのもある意味当然といえた。

 

が、ふとあることを思い出してアニエスは口を開いた。

 

「そういえばお前の雇い主は誰なのだ? 前の時ははぐらかされたが今回は直々にお前の雇い主が来るのだろう。ならば、前もって教えてほしいのだが」

 

デュライの関心を”ガンダールヴ”から逸らす意図もあってそれを問う。

 

「いや、俺の雇い主が来るわけじゃない。来るのは俺の雇い主の部下だ」

 

「さっき直々に来ると言わなかったか」

 

「”上”の高い地位にいる御方としか言ってねぇだろうが」

 

挙げ足を取るようなデュライの言葉に、アニエスは米神をひくつかせる。

 

「そうか。で、結局お前の雇い主は誰なんだ?」

 

若干殺気が混じった問いにデュライは肩を竦める。

 

「エドムンド・ペンドラゴン・オブ・ステュアートだ」

 

予想外の返答にアニエスは暫し呆然とし、聞き間違いではないかと疑った。

 

「ステュアート伯爵がお前の雇い主だというのか?」

 

「ああ」

 

何の気負いなしに答えるデュライにアニエスは口つぐんだ。

 

「アニエスさん。エドムンドって誰ですか?」

 

サイトが首を傾げながら問う。

 

彼は七万の軍勢相手に特攻をかまして重傷負ってから今までずっとウエストウッド村から一歩もでていない。

 

なので村に来た旅商人から”王党派残党と手を組んだガリアの参戦によって”レコン・キスタ”は打倒されて王政復古が行われて生き延びていたジェームズ一世が王位を回復した”ということくらしか知らなかったのでエドムンドの名前も知らなかった。

 

「ジェームズ陛下の甥だ。陛下が”レコン・キスタ”の獄中で責め苦を受けて衰弱しているため、事実上王党派を取り仕切っていた男だ。既に余命幾ばくないであろうジェームズ陛下が次期王位継承者として指名もされている」

 

アルビオンの王族に目を付けられていたことを自覚し、サイトは驚いた。

 

自分にそんな価値があるとは微塵も思っていなかったようであった。

 

……冷静に考えて七万の軍勢を足止めしておきながら、そんな風に思っていたあたり彼はぬけている。

 

「で、でもそのエドムンドって人が俺になんのようがあるんですか?」

 

サイトの問いにデュライは嫌な不安に襲われた。

 

(こいつ、本当に探していた黒髪の剣士なんだろうか?)

 

デュライは剣もそこそこ使えるが、見ただけで相手の技量を見抜けるような達人ではない。

 

だからもしかしてよく似ているだけの別人ではないかと勘繰ったのだが。

 

(いやいやいや、黒髪黒目で肌が浅黒くいとかいうハルケギニアじゃ特徴的すぎる容姿の奴が一か所にそう何人もいてたまるか! もしそうだったとするなら(ヤハウェ)を呪ってやるッ!)

 

元々信仰心などないに等しいデュライは現状に対する怒りを神に向けるのに躊躇いはなかった。

 

実際のところ、デュライの不安はある意味的中していると言えなくもなかった。

 

サイトが七万の軍勢に対抗しえたのは一重に伝説の使い魔”ガンダールヴ”のルーンが刻まれていたからである。

 

それを一度仮死状態になってしまったことにより喪失し、文字通りただの地球人となったサイトではとても七万の軍勢に対抗するなど無謀とかいう次元ではないところだろう。

 

とにかく現状では”ガンダールヴ”時代の時に培われた筋力と戦闘経験、そしてアニエスから実践仕様の訓練で叩き込まれた剣術くらいのものでしかない。

 

……まあ、魔法を吸収するデルフリンガーを含めて一般的観点から見れば、並のドットは屠れるメイジ殺しと認識されるのだろうが。その程度の人材なら鉄騎隊(アイアンサイド)に百人単位でいる。

 

「……俺も詳しくは知らん。ここに来る奴から聞け」

 

既に上司のディッガー総帥がこの村に向かっている今、それを確かめる勇気をデュライは持ち合わせていなかった。




今さらながら『復讐譚』というのがタイトル詐欺ではないかと思えてきた。
だって、序盤でエドムンドが復讐達成しているし……


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暗い夜の森の戦い

なんかうまいことかけなかった。


その日の夜。

 

デュライは家主のエマに宛がわられた部屋でひとり特に考えることもなく転がっていた。

 

「……」

 

しかしデュライはまったく眠気を感じていなかった。

 

色々と考えることがあったためでもあるが、それ以上に自分の感情が奇妙に、あるいは複雑怪奇に、蠢いているような感覚を先ほどから感じているからであった。

 

経験上、こんな感情に支配される時は大抵ろくなことが起こらないのだ。

 

だからなにか大切なことを見落としていないかと記憶を回想してみるもそれらしい原因が思いつかない。

 

腹立たしげに起き上がり、聞こえてくる声に眉を潜める。

 

(あの2人、まだなんか喋ってるのか)

 

どうやらサイトの失恋?話とそれを慰める?アニエスという構図はいまだ続いているようだった。

 

なぜ断定しないかというと2人の会話の内容がいまいち理解できてないためであった。

 

サイトがうっかりガンダールヴがどうとかと言っていたが、デュライにとっては意味不明な言葉だ。

 

かろうじてなんかの固有名詞であるということくらいしかわからない。

 

まあ、詳しいことはディッガー総帥や主君たるエドムンドに丸投げするとして、どうにも落ち着かない心を落ち着けるべく、携帯しているポケットウイスキーに手を伸ばし、窓辺に寄って月見酒としゃれ込むことにした。

 

夜空に浮かぶ蒼月と紅月。

 

この双月が夜の闇を昼間の太陽ほどではないにしろ鮮明に照らし出すのが当然となってから、もう幾日であろうかとらしくない懐古的感情を覚える。

 

故郷の夜はこれほど明るくはなかったのに、と。

 

(うん?)

 

ふと視線を下げるとピンク髪の身なりのいい少女がメイドに引っ張られて森へ消えてくのが見えた。

 

ピンク髪の方は十中八九サイトを探しに来たというルイズで、メイドはその側付きだろうか。

 

そこまで状況を認識して激しい違和感を覚えた。

 

メイド風情が上流貴族の令嬢を森へ引っ張っていく?

 

ハルケギニアでは常識である貴族と平民、メイジと非メイジの力関係的にもおかしいのだが、それ以上にこんな夜中に薄気味悪い森の奥へ行くなどどういう意図があってのことか。

 

少し探ってみることにしよう。

 

そう決めたデュライは脱いでいた鎖帷子を着こみ、いつも持っている拳銃四丁をホルスターに差し込み、短剣を掴んでこっそりとエマの家を出て、ルイズが消えて行った方向へと足音を出さないよう気を付けながら追いかけた。

 

森の中は生い茂った木々が月光を遮り、真っ暗な状態であったが、夜目に長けたデュライにはさほど問題にはならなかった。

 

そして前方から突然、眩い光が走った。

 

「ッ!」

 

咄嗟に近くの木の陰に隠れ、様子を伺うといくつもの人影がルイズを囲んでいるのが確認できた。

 

(賊か……?)

 

そう考えたが、すぐに頭を振って否定する。

 

デュライは生物の気配というものに人一倍敏感な自信がある。

 

だというのに今までその気配を一切感じないなどありえるだろうか?

 

まして、この目で見てなお、いまいち存在感を感じられないほど卓越した気配遮断能力を賊風情が保持していると?

 

仮にそんな集団がいるとすれば、それは賊じゃなくて高位の先住魔法を行使できる謎の亜人の部族かなにかだろう。

 

そんなデュライの疑問は次の瞬間に氷解した。

 

ルイズがなんらかの魔法(先ほど目撃した眩い光の正体)を放ち、人影のひとつを跡形もなく消し去った。

 

いや、消し去ったように見えて、光の中から小さい物体が出ていくのが見えた。

 

(なるほど人に化ける類のガーゴイルか)

 

ガーゴイル。自律して動くゴーレムというべき存在。

 

どうやら妙に存在感を感じられない原因はそもそも生物じゃないからということらしい。

 

そしてふと思う。

 

(となると問題は傀儡師。どっかにガーゴイルどもを操っているガーゴイル使いがいるはずなんだが……)

 

デュライはガーゴイル使いと一度ならずやりあったことがある。

 

いかにガーゴイルが自律式といえども所詮は人形。単純な思考しかできないのでガーゴイル使い、司令塔さえ排除してしまえばガーゴイルは大した脅威にはならない。

 

しかしそのガーゴイル使いも夜の森の闇の中に身を潜めているのだろうから気配が掴めない。

 

目に見えるガーゴイルの数が百前後いることから逆算すれば最低でも十人以上はいると思うのだが、一人もその気配を掴めないとは敵はかなり手練れの集団なのかとデュライはより一層気配を希薄にすると同時に周囲への警戒を強める。

 

結論から言えば、デュライの予測は間違っている。

 

百近い数のガーゴイルを操っているのはたった一人であったし、その一人にしても特段気配を消す術に長けているというのではなく、ただ単に持ってきた魔導具で強引に周囲の空気と同化しているだけだったりする。

 

だが、それをデュライに予測せよというのは無茶な話だ。

 

第一、ガーゴイルを動かすには対価としてそれ相応の魔力を要求されるのだ。百近いガーゴイルに魔力を供給した上で他の魔導具を操るなんて真似をすればスクウェアクラスの達人メイジでも一瞬で魔力が枯渇しかねない。

 

ガーゴイルはメイジが魔力供給することによって動くと言う常識を前提にして考えてなお、百近いガーゴイルを操っている奴が一人と想定できる奴がいるとすれば、それは馬鹿か狂人だ。

 

しかし状況は既に座視できないところへと向かっていた。

 

(”伝説の虚無”といえども数の暴力には負けるのか)

 

ガーゴイルは何体もその機能を停止させたが、徐々にルイズとの距離をつめていた。

 

デュライが悩むのはルイズを助けるべきか、否かということである。

 

事前に例のブレスレッドでヴァリエール公爵家三女もウエストウッド村に訪れていることを報告してあるが、エドムンドからはあまり関わるなとしか言われていない。

 

彼が受けた命令はあくまでサイトの身柄をこの村に留まらせておくことであるので、ルイズが死のうが問題はないのだが……

 

今一度ブレスレッドでエドムンドと連絡をとりたいところではあるが、ここで声を発したらガーゴイルに察知されかねないし、そうなれば気が散っている時にガーゴイルに攻撃を受けたらそのまま死に直結する。

 

そんなリスクを犯せないデュライは、自分の判断でどうルイズを助けるか助けないかを選択せねばならない。

 

そう悩んでるうちに事態が進展していた。

 

ルイズがなにやら光る鏡のようなものを出したのだ。

 

デュライはその光る鏡に妙な懐かしさを覚え、ついでそこから黒髪の剣士が飛び出してきたのに驚いた。

 

(サ、サイトか?!)

 

デュライがこっそり抜け出した時に気取られた様子はなかったから、サイトはエマの家にいるはずだ。

 

なのになぜかここにきて、剣を振るっている。

 

(”虚無”には瞬間移動とかワープとかいう素敵魔法があるとでもいうのか?! それってどっちかっていうとファンタジーというよりSFの領分じゃねぇか!!)

 

内心で激しく愚痴るデュライ。

 

だが、そのワープ魔法によりサイトが登場したおかげで取るべき選択は決まった。

 

デュライの任務はディッガーが来るまでサイトを生かしたままこの村に押し留めておくこと。

 

(最近疑問におもいつつあるが)七万の軍勢と渡りあった英雄ならばこの程度の数のガーゴイル相手に負けるとは到底思えないが、万が一サイトが殺されようものならば任務不達成で自分が処罰されかねない。

 

降格程度で済めばよいが、七万の軍勢に匹敵する戦力と関係を持つという目的の大きさから考えれば組織的な意味でも物理的な意味でも首が飛びかねない。

 

デュライは短剣を携えて一番近いガーゴイル忍び寄り、一気に近づいて核の部分を短剣で一突きした。

 

新たな敵の存在を察知した周囲のガーゴイルがデュライを排除しようと武器を構えるが、デュライがホルスターから抜いた銃で居並ぶガーゴイル目掛けて連続発砲した。

 

バシュバシュッ! バシュ! バシュン!

 

銃声というよりかはなにかが叩きつけられたような音がする発砲音である。

 

それもそのはず。使用している銃は風銃と呼ばれる、火薬の代わりに風石を用いて弾を飛ばす銃である。

 

銃は四連発まで可能な四連装リボルバータイプで、単発式、しかも前装式が常識のハルケギニアでは反則級の代物である。

 

この銃はデュライがハルケギニアに訪れる時にエルフの国境警備隊と一戦交えた手に入れた戦利品であり、デュライがもっともよく使う銃だった。

 

とにかく発射された四発の弾は四体のガーゴイルの核を見事に貫き、機能を停止させた。

 

「デ、デュライさん?! どうしてここに?」

 

何体かのガーゴイルにトドメを刺したサイトがこちらを見て驚いたような声をあげる。

 

「夜の森に消えていく人影が気になって追いかけてきたんだが……、これはどういう状況だ?」

 

ぶちあけた方が信用されるだろうと判断したデュライはそう答えた。

 

無論、さっきまで木の陰に隠れていたとまではいわなかったが。

 

「えっと俺もよくわからないんです。ただこいつらはルイズを襲ってきました」

 

「なるほど」

 

撃ち尽くした四連装風銃をしまい、別の四連装風銃を取り出してデュライは応戦した。

 

ルイズは知らない青年の登場に驚いたものの”解除”の詠唱を中断するわけにはいかなかったため、疑問を押し殺して詠唱を続ける。

 

さらに追いかけてきたアニエスも参戦してルイズの詠唱時間を稼ぎ、解き放たれた”虚無”の魔法はガーゴイルたちを動かしていた魔力を根こそぎ奪い取り、沈黙させた。

 

(こりゃ確かにヤベェ力だ)

 

いまだ五十以上いたガーゴイルたちを文字通り一掃した奇跡の御業を見、デュライは内心戦慄した。




原作じゃエルフ製でも連発できる銃が出てないけど、あいつらなら作れるだろうと思って出しました。
ちなみにデュライが持ってる四連装風銃は二丁のみです。


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36話

真夜中に起きたエドムンドは若干苛立たしげな顔をしながら問うた。

 

「いったい何の騒ぎか」

 

エドムンドは今日の政務が終わってようやく眠りについていたのである。

 

そこを直属の女官に無理やり起こされたのだから眠気もあってエドムンドは不機嫌だった。

 

「父とユアン様が至急の用件と言って謁見願っております」

 

女官の報告にエドムンドはやや寝ぼけていた意識を覚醒させた。

 

「……なるほど。なら身なりを整えるゆえ謁見の間にてまつように――いや、至急の報告か。そのニ人ならば寝巻のまま対応してもさほど問題ないか。すぐにここへ連れてこい」

 

その意を受け、女官は2人の人物をエドムンドの寝室へ連れてきた。

 

エドムンドは女官に茶を入れてくるように命じて外に出した。

 

そして脂肪の塊で表情がわかりにくい人物へとエドムンドは視線を向けた。

 

「至急の用件と聞いたが何事か? わざわざ俺を叩き起こすほどだ。よほどのことなのだろうな?」

 

暗にくだらないことなら許さんという態度で応じるエドムンド。

 

それに対して王国宰相でデナムンダ・ヨークはわずかばかり体を竦ませる。

 

「は。例の黒髪の剣士、サイトに関する情報でございまする」

 

「その一件はひとまずディッガーに一任しておいたはずだが?」

 

その問いに今度はユアンが答えた。

 

「どうやらウエストウッド村にて動きがあったらしく……、現場のデュライから重大な報告が上がってきました。これはすぐに上に伝えるべき案件であると私は判断し、ヨーク伯と相談したところ伯も同じ意見とのことでこうして報告にきたということです」

 

「ほう、ではその重大な報告とやらを聞こう」

 

「ルイズ嬢がウエストウッドにいるそうです」

 

エドムンドは目を細めた。

 

「ヨーク伯。ルイズ嬢がこのアルビオンへ来ているという情報は掴んでいたのか?」

 

「いいえ」

 

「ふむ。となるとかなり少人数でこの国へということになるな」

 

上流貴族が他国へと赴く時は見栄を張って凄まじい人数を従えてくるのが常識だ。

 

公爵家の令嬢ともなれば、護衛や世話人などを含めた随行員は最低でも一個中隊規模になろう。

 

そんな大人数がこの国へやってきたら、エドムンドかヨーク伯の耳に届かぬはずがない。

 

「は。デュライからの報告によれば他にメイドが一人いるだけとか」

 

「なに、メイドが一人だけだと? 護衛は一人もおらぬのか」

 

「は」

 

「……無謀な」

 

戦乱続きであったアルビオンの治安は悪い。

 

戦乱終息時から鉄騎隊が数々で”レコン・キスタ”の残党や傭兵くずれ、盗賊などを討伐して八面六臂の大活躍をして治安の回復を図ってこそいるが、それでも他国に比べれば治安はまだまだ悪いと断言できる。

 

集めた情報をまとめると”虚無”は即応性に欠ける。なのに随行員がメイド一人とはどういうことか。

 

下手すれば剣を持っただけのど素人が五、六人と遭遇しただけで全滅しかねないだろうに。

 

メイドが凄腕の武術の達人でもない限り。

 

(……まあ、”虚無”についているメイドだ。本当にそんな可能性があることも否定できぬ)

 

”虚無”という伝説というかジョークのような絵空事が現実のものとなっている時代だ。

 

メイドが百戦錬磨の戦人という存在が実在してもおかしくはないだろう。

 

エドムンドは考えすぎだなと苦笑した。

 

「実際無謀だったのでしょう。襲撃にあったと聞かされております」

 

「賊か?」

 

「いえ、それが正体が不明ですが、凄腕のガーゴイル使いだったそうで」

 

「ガーゴイル使い、か。凄腕と言えるレベルならば賊ではあるまい」

 

軍用に耐えうるガーゴイルとは非常に高価な代物であり、基本的に食い詰めものの集まりである賊の類が運用するには対費用効率が悪すぎる。

 

「ええ、間違いないでしょう。なんでも人の能力を模倣できるガーゴイルを山ほど使っていたという話で、そんなガーゴイルを使っていたという時点でどこぞの勢力の刺客であることは疑いありませぬ」

 

「……人の能力を模倣?」

 

あまりに予想外な言葉にやや首を傾げるエドムンド。

 

しかし次の瞬間、父親から聞かされた御伽噺を思い出して驚愕とともに目を見開いた。

 

「よ、よもや”スキルニル”か?!」

 

「恐れながら、スキルニルとはなんのことでしょうか」

 

ヨーク伯が不思議そうに首を傾げる。

 

「古代の王たちが戦争ごっこに用いたという伝説のマジック・アイテムの人形だ。

人形に人の血を流しこめば、その血の持ち主の姿と能力を再現するというな。

そんなものをいくつも持っているなど、始祖の血を継ぐ家の者だとしか思いつかぬな」

 

あまりのことに驚くヨーク伯。

 

ユアンも驚きはしたが、思いついた疑問を口にした。

 

「なぜ始祖の血を継ぐ家と言い切れるのですか?」

 

「伝説によればスキルニルひとつ作り上げるのに莫大な資金と材料、そして新鮮な始祖の血が必要らしい」

 

「なるほど……」

 

「となるといったいどこの手の者かということだが……」

 

「我が国の可能性は皆無だ。例の革命騒ぎで分家含めて俺以外の王族は一人残らず死んだはずだ」

 

エドムンドが純然たる事実を述べる。

 

「トリステインも除外してよいでしょう。王位空白状態が数年続いても簒奪の意思を持たぬほど無欲で盲目で忠誠心に篤い分家が、女王陛下と仲の良い”虚無”を襲うなどという勇気を持っているとは思えませぬ」

 

ヨーク伯はトリステインの可能性は極めて低いと分析する。

 

「そしてロマリアだが……、正直言ってあの国の貴族の殆どが始祖の血を継いでるからわからん」

 

エドムンドがそう言って頭を抱えた。

 

ロマリアほど始祖の血族が溢れ返っているのだ。

 

なぜそんなことになっているのか。

 

そう問われたら、少しでもロマリアの歴史を学んだことがある奴ならすぐに答えられる。

 

何千年も昔、ロマリアに”大王”ジュリオ・チェザーレが君臨していた頃。

 

文化的にも軍事的にも他国を圧倒し、ガリアの南半分を手にいれ、我が世の春を謳歌していた黄金時代。

 

その輝しい黄金時代が滅びる最大の原因となったと評されるのは皮肉なことに偉大な大王の子である皇太子アグリッパである。

 

後世から”性豪帝”と称されるアグリッパは国家の統治者として能力や器をかけらも持ち合わせていないばかりか、音楽、狩猟、文芸、美食のいずれにも興味がなく、生涯を猟色のみに捧げた歴史的に見てもアレな変態野郎であった。

 

そのアグリッパが夜に臥所を共にした異性の数は測定不能であり、彼の子供の数で容易く一個大隊を編成可能と聞けばどれだけ常軌を逸していたのかがわかるだろう。

 

まあ、そんなわけで君主の跡を継げる人物が多すぎる故に皇子達が皇位継承を巡って熾烈な内乱が繰り広げられ、史上最大の国家を築き上げたジュリオ・チェザーレの帝国は成立から百年もせぬうちに複数の都市国家に分裂して崩壊してしまったのだ。

 

そんなわけでロマリアの貴族の大半が始祖というか、アグリッパの子孫にあたるので濃い薄いはあれど始祖の末裔だったりするわけなのである。

 

というわけなので候補者が多すぎて絞りきれん。

 

「まあ、一体や二体ならともかく山ほどとなるとかなりの数であろう。難民達の怨嗟の声で溢れまくっている光溢れる国にそんな金があるとは思えぬ。だからここはまあ除外してもよかろう」

 

エドムンドがそう言って肩をすくめる。

 

「と、なりますと残るは消去法でガリアとなりますな」

 

「……そうなるなユアン。となると裏で糸を引いておるのはジョゼフか」

 

「は、ですがトリステインと違ってガリアは全てがジョゼフの、現王家の下に統制されているわけではありません。豊富な財産を持つ有力な分家もいくつかあり、彼らの独断という可能性もあります」

 

ジョゼフの王としての手腕や力量は警戒に値するが、国内のまとめ方はトリステインのように王室が分家に本家への忠誠心を深く根付かせるというものではなく、ジョゼフは他の貴族達と同様に分家に対しても恐怖を持ってその反抗心を押さえつけているといったやり方だ。

 

だから勝手に分家が暴走している可能性もなきにしもあらず、とユアンは思っているのだ。

 

しかし一方でエドムンドは襲撃のジョゼフが糸を引いていると確信していた。

 

なにせ”レコン・キスタ”なるとんでもない代物を傀儡にしていた化け物である。

 

自分がルイズの特別な魔法を”虚無”と仮定して警戒しているのだから、ジョゼフもルイズの異常性には気づいているだろうと推測している。

 

その上で立場の違いを考えるとジョゼフがルイズの暗殺ないしは誘拐という行動にでてもおかしくないように思われた。

 

なにせガリアはハルケギニア最強の大国。

 

もし大事になったとしてもアルビオンとの戦で疲弊したトリステインなぞ、鎧袖一触で撃破できよう。

 

「その可能性も考慮するにこしたことはないが、ジョゼフの可能性が一番高いと俺は思うのだ」

 

だが、ユアンの進言は真っ当なものではあったので否定するようなことはせずに自分の考えを述べた。

 

「なるほど。となるとルイズ嬢に関わるサイト殿をこちらの陣営に加えるとなるとガリアと対立する可能性も考慮する必要がありますな。はっきり明言しておきますが私は今ガリアと対立するなど死んでも反対ですぞ」

 

ヨーク伯の懸念にエドムンドは頷いた。

 

これからアルビオンを支配していく者として今現在はなんとしても他国と戦争することはさけねばならなかった。

 

なにせ三年に渡った内乱(最後の一年に関しては対外戦争の性格が強いが公式には内乱であるというアルビオンの主張が先の諸国会議によって国際的に認められている)が終結し、アルビオンの民はようやく訪れた平和を噛みしめている。

 

自分がアルビオンの民や貴族から消極的にしか支持されていないことを自覚しているエドムンドは、この状況で戦争などしようものなら国民の不満が爆発してまともな抵抗をすることすらできず、ようやく手に入れた国家を、他者を支配する権力を喪失する羽目に陥る可能性が極めて高いと考えていた。

 

そんなことはもう絶対に嫌だった。

 

権力を振るうこと自体には価値を微塵も見出せないが、そうせねば政治という汚水の濁流に押し流され、自分や自分の臣下達がその汚水に溺れて溺死しかねないことを四年前のモード大公粛清の際に死ぬほど思い知らされたエドムンドは、少なくともこのアルビオンに強固な政治的基盤を築き上げるまではそんな冒険的な真似をする気はない。

 

「伯の言はもっともだが、ルイズ嬢本人ならともかくかの少年は凄腕の平民剣士にすぎん。ならば大丈夫だろう」

 

しかしエドムンドはルイズ自身に手をだすつもりは今の所なく、勧誘したいのはその元護衛の平民だ。

 

ならば”虚無”のルイズに熱い視線を注いでいると思わしきジョゼフもさほど気にせぬだろうとエドムンドは想定した。

 

そのことにヨーク伯は不安そうな顔を浮かべながらも反論してこないところを見るとエドムンドの意見に基本的には賛同しているのだろう。

 

話が一段落したところでドアからノックが響いた。

 

「入れ」

 

ドアを開け、エドムンド直属の女官が入ってきた。

 

その女官の姿を見て、ヨーク伯は表情はいっそ露骨といえるほど激変した。

 

「我が娘をよく使っていただけているようでありがたい限り、礼を言わせてもらいます」

 

ヨーク伯が深々と頭を下げる。

 

そう女官の名はヴァレリア・ヨークと言い、ヨーク伯の一人娘である。

 

戦勝祝賀祭の際に初めてヨーク伯爵家の領地からでてきたのだが、舞踏会の場で脂肪だらけで醜悪なヨーク伯と清楚で美しいヴァレリアの印象の差異があまりにも大きかったため、エドムンドは血縁関係が偽りではなのかと疑ったものである。

 

その舞踏会で幾度か会話を交えたところ、事前のヨーク伯のアピールどおり利発で美しい女であったので自分直属の女官としてエドムンドは政務の補助や小間使いをさせていた。

 

エドムンドはヴァレリアが持ってきた茶を飲んで喉を潤す。

 

「なにをいう。ヨーク伯の娘のヴァレリア嬢にはよく助けられておる。こちらが礼を言いたくらいだ」

 

「おお。このヨーク伯デナムンダ、感謝の極みにございます」

 

さらに平身低頭するヨーク伯。

 

「ヨーク伯。今は我らの目しかないのであるからよいとしても、王国宰相であるおぬしがそうも頭を簡単に下げているところを他人に見られては宰相の権威にかかわるぞ」

 

どこか呆れた調子でそう言うエドムンド。

 

「は。心得ております」

 

そう言って再び頭を下げようとしたが、ヨーク伯はすんでのところで頭を上げた。

 

その様子にユアンは侮蔑の視線を向け、エドムンドは呆れたとばかりに首をまわすとヴァレリアが困った顔をしていたので苦笑を浮かべた。




たぶん、今年最後の更新。


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37話

ルイズとサイトの描写がいまいちだけどこれ以上上手くかけん。
(仮)と比べて内容が増えてます。


目を覚ましたデュライは昨日のことを思い出していた。

 

既に昨日の襲撃の一件についてはその日のうちにブレスレッドで上に報告してある。ルイズがワープのような魔法でサイトを呼び寄せたことについては黙っておいた。単に言葉で説明しても理解を得られるとは思えなかったからである。

 

他にも襲撃犯の正体について心当たりがないかとルイズやサイトに尋ねた上でそのことも報告するつもりだったのだが、ルイズがとにかく眠いわとか言い、サイトがそれに同調し、アニエスがそれを援護するという連携プレーで質問をするチャンスを封殺され、詳しいことは翌日話すということにされてしまった。なので今日中に事情を聞いた上で再度報告をする必要があるだろう。

 

なので太陽が昇ってすぐにティファニアの家を訪ねたのだが2人はまだ寝ていると答えられてデュライは愕然としたものである。10歳にもならない村の子どもたちは既に起きて村の仕事をやっているというのに、なんという怠けた連中だろうか。

 

幼き頃から訓練というものを強制的に受けさせられ、成人する前から戦場を往来していたデュライにとって戦争に参加している時以外は可能な限り規則正しい生活をして健康管理を行うことが当たり前の習慣と化しており、それだけに2人が惰眠を貪ってること自体がなまけていると感じた。

 

だからイライラしているデュライであるが、2人が起きてこないのにはそれなりに理由がある。

 

ルイズは夜中寝ている時にメイドのシエスタ――の姿に変化したスキルニル――に叩き起されたことに加え、多数のガーゴイル目掛けて”虚無”の魔法を大規模に使用したので精神的に疲労もしているので寝たりないのである。

 

サイトに至っては昼ごろにルイズがウエストウッドに来てからエマの家で夜通しで泣きまくっており、真夜中に目のあの時間まで一睡すらしていないのだ。多少寝すぎてしまうのもしかたのないことだといえるだろう。

 

さらに言えばルイズは上流貴族の中でも最上流のお嬢様であったし、サイトもサイトで地球では上から数えた方が早いほどの経済力を誇る現代日本の高校生である。デュライとは育ちも常識も違いすぎた。

 

そこまで2人のことに関する情報を明確に理解していた訳ではなかったが、デュライは自分の苛立ちのまま行動することが大人気ないことであるとデュライの理性は判断していたので起きてくるまで待つことにした。

 

しかし時間をつぶすとしてもなにをしたものか。ほどほどの大きさの街であるならば酒場に行けば時間などいくらでもつぶせれるのだが、あいにくとここは平均的な小さい寒村よりさらに小さい孤児院村である。酒場などあるはずがなかった。

 

色々悩んだ末、村の隅の方で剣を振っているアニエスの姿が目に入り稽古でもするかと考え、短剣(ダガー)を手に取った。デュライの本質は銃使い(ガンナー)であったが、弾切れが起きた場合や接近戦用に短剣(ダガー)の技術もそれなりに習得していた。

 

とは言っても短剣(ダガー)を扱うようになったのはハルケギニアに来てからであり、銃の腕前と比べるとかなり劣るのだが。

 

そうこうしている内にサイトとルイズも起床し、ティファニアの家でデュライ、サイト、ルイズ、シエスタ、アニエス、そして家主のティファニアが卓を囲んでようやく話し合いの場を持つことができた。

 

「それで貴方だれなのよ?」

 

「元傭兵のアルビオン正規兵だよ。鉄騎隊(アイアンサイド)所属って言えばわかるかな?」

 

デュライの返答にルイズは眉を顰めた。戦争に参加すると決め、敵国アルビオンの情報を学ぶ中で鉄騎隊(アイアンサイド)という組織も軍高官から教えられていたが全く好印象が持てていなかったからである。

 

しかしすぐあることに思い至り、顔を赤くした。

 

鉄騎隊(アイアンサイド)って貴族派の部隊じゃないの! なんで負けた相手がサイトを探してるのよ!?」

 

「今の俺たちはれっきとした王党派、それもエドムンド殿下直参なんだが」

 

怒り狂うルイズにデュライは肩を竦めて答える。

 

「ル、ルイズ? そもそも鉄騎隊(アイアンサイド)ってなに?」

 

ほとんど流される形で戦争に参加していたサイトは敵の部隊のことなんか殆ど知らなかったのだ。

 

「俺たちけっこう有名な存在だったんだと思うんだが、お前なんで知らねぇんだ?」

 

自分の所属する部隊がかなり暴れまくって良い意味でも悪い意味でも名を(とどろ)かせていた自覚のあるデュライは、自分たちが参加する戦争に参戦していながら鉄騎隊(アイアンサイド)のことを知らないというサイトに呆れていた。

 

鉄騎隊(アイアンサイド)というのは元々はどこにでもあるような傭兵団だった」

 

アニエスは元傭兵であり現在はトリステインの要職につく身であったので、彼らの評判をよく知っていた。

 

先王アルフォンス五世崩御を端に発する政変で混乱したガリアを侵攻の好機と見たゲルマニアとの国境紛争で鉄騎隊(アイアンサイド)はガリア側の領主に雇われる形で参戦し、僅か二百前後の手勢で三千のゲルマニア軍を手に取るように翻弄して潰走に追い込んでみせた。

 

そしてガリア側の領主は彼らの総帥が凄腕メイジだったので自然と鉄騎隊(アイアンサイド)そのものを自分達が永続雇用しようと考えたが、隊の幹部全員に貴族籍をくれてやるという破格の条件でそのことを提案したが彼らに断固拒否されてしまったという2つの逸話から彼らは一気に有名なった。

 

その後はジョゼフ即位にに不満を持つ貴族がたびたび起こす反乱騒ぎに参戦して武勇を重ねつつも、明確にどこかの貴族に仕えるという道を彼らが選ぶことはなかったので、傭兵という生き方にこだわりがあるのではという見方を周りからされていた。

 

だがしかし、アルビオンでクロムウェルが内乱を起こすや否やすぐさま馳せ参じ、”レコン・キスタ”に参加したので傭兵業界の情報に詳しい者達はそろって仰天したという。

 

”レコン・キスタ”に参加した鉄騎隊(アイアンサイド)は幾度となく戦場で武功をあげ、規模を飛躍的に拡大させていき”レコン・キスタ”の中核を成す大部隊へと成長を遂げた。

 

”レコン・キスタ”がアルビオン王家を打倒すると鉄騎隊(アイアンサイド)総帥エクトル卿はクロムウェルから護国卿の地位を賜り、それに伴って鉄騎隊(アイアンサイド)もアルビオンの精鋭中の精鋭として扱われるようになった。

 

だが、戦争末期にエクトル卿が暗殺され、副総帥ディッガーが指揮をとるようになると突然王党派の支持を表明し、エドムンドを担ぎ上げて虜囚(りょしゅう)の身にあったジェームズを救い出して首都ロンディニウムを”レコン・キスタ”から奪回し、鉄騎隊(アイアンサイド)は”レコン・キスタ”に参加していた時と同じようにアルビオン王国軍の中核となっている。

 

そのような説明を聞いていたサイトは最初ら辺こそ「テンプレな成り上がり物語みたいだな」と思っていたのだが、総帥が暗殺された直後に王党派に鞍替えして王党派に重用されていると知ってものすごく嫌な感じがした。

 

というのもサイトはアルビオン王国滅亡前日にジェームズを直に見ている。ウェールズと違って2人で話すような機会はなかったが、ウェールズと同じよう誇り高い人でニューカッスルの戦いで貴族派相手に玉砕したのだと思っていた。貴族派に囚われて今まで生き残り、鉄騎隊(アイアンサイド)を重用したりするんだろうかと疑問に思えた。

 

ルイズも同じなのかサイトと同じように困惑した顔をしていた。ルイズは戦争終結からサイトが自分を守るために死んでしまったと思いつめていたため、戦争終結後のアルビオンがどうなったかなど知りもしなかった。道中で国民がエドムンドの評判を言っているのを聞いた機会はあったが、ルイズはそれを新しいアルビオン政府の貴族の誰か程度にしか思っていなかった。

 

「それでエドムンド殿下がサイトを探していてな。ある事件の参考人らしいが詳しいことは俺はしらんって言ったら、そこの女が文句を言ってきてな。そのことを上に報告したら殿下直筆の手紙がきてな。交渉人を送りつけるから文句があるならそいつと交渉してくれとの御達しだ」

 

デュライの説明にルイズはサイトを睨みつけた。

 

「サイト! あんたなにかしたの?!」

 

「なんもしてねぇよ!!」

 

「なにもしてないならアルビオンの王族に目をつけられるわけがないでしょ!! しかもトリステインの近衛が絡んでると知っても引かないなんてかなり深刻よ!!」

 

「ほんとに知らないんだってルイズ! 始祖に誓ってもいい!」

 

「ほんとにほんと?!」

 

「ほんとうだよ!!」

 

滑稽なコントを見せられている気分になった当事者以外は呆れた顔をした。そして隣にいた見兼ねたシエスタが軽くルイズにチョップをかまして収拾をつけた。

 

平民のメイドが公爵令嬢にするには無礼極まる行為であるにもかかわらず、ルイズがまったく怒らないのでデュライは驚いた。今までの会話でかなり気性が激しいと認識していたからである。軽く咳払いして感情を落ち着けると口を開いた。

 

「つまり今の俺の任務はサイトの監視兼護衛なわけだが……、それだけに昨夜の襲撃犯について心当たりがあれば教えて欲しい。今日もあのガーゴイル使いが襲ってこないとは言い切れんし、そうなればこの村が戦場になるかもしれん。そうなったらティファニアたちに迷惑だろう。となれば多少命令に背くことになるが場所を移動した方がよいかもしれん」

 

デュライの言葉にティファニアとサイトはハッとなる。その可能性をまったく考えていなかったからだった。

 

「でも昨日の戦いでかなりガーゴイルを壊したわ。そうすぐにまたやってくるとは思えないけど?」

 

「別にガーゴイルを使わねばならん理由があるわけでもない。この国はついこの前まで戦争状態だったんだ。1日かけてそこらに溢れている傭兵を見境なく雇えば五十程度の数は簡単に集められるだろう。そんな大人数に襲われれば俺たちだけならばともかく戦う術がないこの村の子どもたちを守りながらとなると簡単に潰されかねんぞ。それともお前らにはそうなってもどうにかする方法があるのか?」

 

「サイトが皆守ってくれるわよ!」

 

「……そうなのか小僧?」

 

「え。たぶん大丈夫だと思いますけど」

 

「つけ上がるな。なるほどお前は十代の少年にしてはそれなりに場数を踏んでいるのかもしれんが、剣士一人で何倍何十倍もの人間を守ることなどできはせん。お前がイーヴァルディの勇者でもない限りはな」

 

デュライの言葉は厳しいが長く傭兵をしてきたアニエスはそれは正しいと思った。

 

一方、サイトはまったく別のことに気にした。

 

「あの、イーヴァルディの勇者ってなんですか?」

 

あまりな質問にデュライは椅子から滑り落ちかけた。

 

「……始祖の恩寵で強靭な肉体を手に入れた剣士が、剣一本で悪徳領主やら竜やら魔王やらを討伐するおとぎ話だろうが。ここなら誰だって子どもの頃に一度くらいは聞くと聞いたが?」

 

「いや。前にも言ったけどおれハルケギニアじゃなくて東方生まれなんですよ」

 

いつものカバーストーリーを語るサイトだが、それに対するデュライの態度は今までの人たちとはやや反応が異なった。

 

「それでもお前、傭兵してたんだろ? だったら凄腕のメイジ殺しのことを讃える時に出てくる名前だろうが。ハルケギニア出身じゃない俺でさえ、イーヴァルディの勇者の物語のだいたいのお約束は知ってるってのに」

 

「え。ハルケギニア出身じゃないって、もしかしてデュライさんも東方生まれなんですか?」

 

「東方っていってもメイジの数が少ない事を除けば、このハルケギニアと大して変わらん文化圏の出だがな」

 

「ってことはあんたエルフの住む砂漠を越えてきたの?!」

 

「ああ。証拠もあるぞ。こいつがそうだ」

 

そう言ってデュライは風銃を取り出して机の上に置いた。それを見てルイズは首を傾げる。

 

「なにこのヘンテコな銃?」

 

「エルフの国境警備隊とやりあった時の戦利品さ。エルフの技術はこのハルケギニアと比べてかなり進んでいるみたいだな。火薬ではなく風石で弾を撃ちだすことによって攻撃力を高めて有効飛距離を伸ばすことに成功しているし、火薬じゃないから水中でも発砲可能だ。おまけに撃つたびに円形の弾倉が回転して連射できるようになってる。四連発まで可能だ」

 

「……それは凄まじいな」

 

デュライの説明を聞いてアニエスは冷や汗を垂らした。普段銃を使っているからこそ風銃のとんでもなさがよくわかった。

 

「ちょっと待って!? じゃああんたはエルフを倒してこのハルケギニアに来たっていうの!!?」

 

ルイズは叫んだ。ハルケギニアの民にとって先住魔法を扱うエルフは絶対的恐怖の対象だ。歴史上幾度エルフと戦い、その度に敗れ、彼らの強さを教えられてきたことか。そんなエルフをメイジですらない銃士が倒してきたとはルイズは思えなかった。

 

「いや、確認してないが何人か負傷させて相手が混乱してる時に逃げ出してきたから倒したってわけじゃねぇな」

 

デュライは頭を掻きながらそう言った。

 

「あの、どうしてエルフの警備隊と戦うことになったんですか?」

 

ティファニアは怖いものでも見るかのようにデュライを見ながらそう質問してきた。

 

その視線をやや怪訝に思ったが、もしかして自分から凶暴なエルフに戦いを挑むようなバトルジャンキーみたいに思われているのかと不安になったデュライは若干あわてながらも優しげに説明した。

 

「むこうがシャイターンだかシュターンだか訳分からんことを叫びながら問答無用で襲ってきたから自衛の為に戦っただけだ。じゃなきゃ自分からエルフと戦ったりせん」

 

そう言われるとティファニアはしゅんと落ち込んだように顔を伏せた。なにがいけなかったとデュライは頭脳をフル回転させるが全く原因がわからない。

 

「そ、そんなことより! 今は昨日の襲撃犯の話だろ! なぁルイズ!!」

 

気まずい雰囲気に耐えられなくなったのかサイトが叫んで場を和ませた。

 

「……それもそうだな。話がそれすぎた。で、襲撃者の事について詳しく教えてくれんか」

 

そう言ってルイズは襲撃者のことを話した。ただし相手が”ミョズニトニルン”であることは除いて、である。

 

「シェフィールド?」

 

「そんな名前を名乗ってたわ。偽名だって言ってたけど心当たりあるの?」

 

「どっかで聞いた名前だとは思うんだが、思い出せんな。渡された膨大な犯罪者リストにでも載ってたか? まあいい、上に報告しておこう。大量のガーゴイルを操るシェフィールドと名乗る女。そんな奴が何人もいるとは思えんしな。それにそいつがどっかの国に仕えてる存在でミス・ヴァリエールを狙った襲撃だったというなら一度失敗してなお、傭兵どもを集めて再度襲撃するような軽率な真似はせんだろう」

 

しばらくガシガシと頭を掻いたが、急に気配を変えてデュライは傲然とした。

 

「それでミス・ヴァリエール。お前何者だ?」

 

その質問にルイズは困惑し、ついで激怒した。

 

「何者って昨日名乗ってじゃない! ヴァリエール公爵家の三女で女王陛下直属の女官だって!!」

 

「そういうことを聞いてるんじゃない。お前、何系統のメイジだ?」

 

「え」

 

ルイズは目が点になった。

 

「昨日の夜、変な光を出してこの村にいたはずのサイトを呼び寄せたりしていたな? それに最後にガーゴイルどもを一掃した魔法もなんだ? 俺はこのハルケギニアに来て随分とたつが見覚えが全くない魔法だ。いや、見覚えがない魔法でも何系統の魔法かくらいは推測できるが、お前が使う魔法はまったくわからん。まさかとは思うが異端の魔法じゃねぇだろうな?」

 

デュライの追及に事情を知らないティファニアを除いて全員が顔を青くした。

 

「い、異端なんかじゃないわよ。平民が憶測でとんでもないこと言わないでッ!」

 

虚勢を張ってルイズは反論するが、デュライは冷笑するだけだった。

 

「確かに俺は魔法知識に関しては無教養な平民だからな。ならちゃんと判断できる異端審問官殿にお伺いをかけるとしよう。この一件が終わればご同行願えるかな? でなきゃ上にルイズ嬢が得体の知れない魔法を行使しているからそのことに関してトリステインの聖職者達にお教えするべきと進言するとしよう」

 

ルイズの顔が青ざめた。異端審問なんかされたらどっちにしてもおしまいだ。異端認定されればそのまま火刑に処されるだろうし、”虚無”と認定されてもロマリアに始祖の再来と祀り上げられて姫様に仕えることができなくなってしまう。

 

かといってデュライに付き合わずにトリステインに戻ったとしても、デュライが上司に連絡してその上司がトリステインの聖職者達にそのことを教られれば彼らは自分を異端審問にかけるだろう。そうなれば結果は同じだ。

 

そこまで思考が及んでしまったルイズは、自分の親友との約束を破って自分が”虚無”であることを目の前の人物に洗いざらい白状するしか道は残っていなかった。

 

「……”虚無”か。この目で見たとはいえ、とても信じがたいがあの魔法の神聖さが偽りとも思えんしな」

 

デュライは腕を組んで頷く。もとよりルイズが”虚無”であることはエリザベートら吸血鬼の諜報活動によりアルビオンの知るところであるがその情報源を明かすことができない以上、表立ってその情報を活用できかった。

 

しかし別の情報の入手経路を確保すれば表だってルイズが”虚無”であるというカードを操れるようになる。それはこれからのトリステインとの外交に置いて無視できぬ要素となるだろう。

 

先日そう判断したエドムンドからそう命令されていたのでデュライは追及に迷うことがなかった。

 

「デュライ殿。できればこの件は内密にして頂きたいのだが、よろしいだろうか?」

 

アニエスが駄目元で言う。

 

「……直接エドムンド殿下にお会いして報告する。その際、銃士隊隊長殿のお願いも一緒にお教えしておく。小難しい政治的判断はエドムンド殿下の仕事だ。しかしそれほど悲観する必要はないと思うがな」

 

「なぜだ?」

 

「”虚無”の再来などされてはロマリアが騒ぎ出す。今度こそ聖地を奪回しようなどと言いだしかねん。そうなると長きにわたる内乱の戦後復興に取り組まねばならねぇこの国から軍隊を出すよう要求されて悲惨極まることになる。俺ですらわかることをエドムンド殿下が分からんはずがない。大体的にミス・ヴァリエールが”虚無”と言いふらす可能性はほぼないだろうよ」

 

デュライの推測にアニエスは頷いた。全く持ってその通りだ。

 

「ところでさっきから気になってたんだがサイトの左手の甲のやつはいったいなんなんだ? 昨日の夜はそんなもんなかったはずだが」

 

デュライの疑惑の視線にサイトは背筋に嫌な不快感を感じた。

 

「え、えっとこれは、その……、そう! ルイズの使い魔の印です!」

 

「使い魔の印? ……ひょっとしてそれルーンなのか? 確かにそう言われればそう見えんこともないが……、人間の使い魔なんざ聞いたことがないぞ」

 

「ほんとだよ。な! ルイズ!?」

 

「え、ええ! そうよ!! サイトは確かにわたしの使い魔よ!」

 

なんか必死さを感じる肯定にデュライの疑惑は膨れ上がった。

 

「お前ら、なんか隠してねぇか?」

 

「ないない、そんなことないよー」

「ないにきまってるわ。 うん」

 

2人の棒読み口調に絶対になんか隠し事してると判断したものの、追及材料がないのでデュライは引き下がり、得た情報をブレスレッドで報告すべく挨拶もそこそこにティファニアの家から出た。

 

それでルイズとサイトはとりあえず、サイトが”ガンダールヴ”であることは隠せたと声を出して喜んだ。




報告を聞いたらエドムンドは確実に頭を抱えるでしょう。


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真実に指が届く

エドムンドは首都ロンディニウムにあるハヴィランド宮殿で最も大きい建物、王宮に訪れた他国の使節や国内貴族といった客人との謁見に応じていた。

 

しかし王座に座ることなく、王座の前に直立してであった。

 

というのもハルケギニアにおいて王権というのは神聖不可侵なものであり、アルビオンの事実上の王であるエドムンドといえども王権の代行者にすぎず、表面上の国王たるジェームズを差し置いて王座に座って客人を出迎えれば”王に対する不敬”と騒がれるかもしれないからだ。

 

エドムンド個人としては、ジェームズに対する敬意など失って久しく、別に王座に座って迎えても良いと本心では思っているのだが、風習や慣習や伝統といった類のものを踏みにじるというのは相応の準備と覚悟をしてからでなくてはしゃれにならない実害を蒙ることがあるので慎重を期して形式上の立場を踏み越えた真似はしなかった。

 

そして今、自分に謁見している相手はエドムンドにとってある意味不快な存在であったが、それ以上に困惑の感情を覚えずにはいられない存在であった。それはこの場に居並ぶ廷臣とも共有する感情であった。

 

「つまり、おぬしは私の臣下の列に加わることを望んでおると?」

 

「ハッ、その通りにございます。家の再興が叶うならば私は王家に永遠の忠誠を捧げる所存」

 

エドムンドの目の前にて跪いているのは金髪でどこか浮き離れした雰囲気を持つ十代の少年貴族である。

 

この少年の名はマルス・オブ・バーノンと言い、バーノン家はマルスの姉がテューダー家の分家筋に嫁いでいた縁から革命戦争において一貫して王党派に属し続けた貴族家であった。その結果として彼はニューカッスルまで追い詰められ、当主である父の命令によって最後の決戦に参加することを許されず、女子供と一緒に空中大陸から逃げ去ることになった。

 

その後は遠い血縁を頼ってガリアのある貴族家に身を寄せていたが、ジェームズが復位したことを知ると自身の王家への忠誠を示すためにアルビオンへの帰国を望み、面倒見ていたガリア貴族も貴族としての対面からマルスを匿っていたが、その実厄介者として持て余していたのでこれ幸いと幾ばくかの路銀を渡し、マルスを放逐した。

 

しかしマルスは放逐されたなどと思わず自分の旅路を支援してくれたと超好意的に誤解し、今まで面倒を見てもらった恩に報いるためにもジェームズ陛下との再会を果たし、誠心誠意仕えねばならぬと決意を新たに空中大陸への帰還を果たしたまではよかったが、彼と関係があったジェームズ派貴族は全て滅亡の憂き目にあっており、王家に伝手がなくなっていることを認識して焦燥感に駆られながらもロンディニウムで時間を浪費していた。

 

そして与えられた路銀が底をつく直前になって貴族としてのプライドを投げ捨てたマルスは兵士の詰所に突撃を敢行。状況が理解できず呆然としている兵士の一人の胸倉を掴み上げ「私はバーノン家の跡取り息子のマルスだ! 陛下と謁見願いたい!!」と血走った目で脅迫。兵士たちは狂乱した変人としか思えぬ存在を槍で乱打して縄で縛り、あえなく御用されるところだったが元バーノン家の領地出身の兵士が詰所にいた幸運に恵まれて彼の身元が判明し、ようやくマルスは念願叶って王家との謁見許可を手に入れたのだった。

 

もし今のマルスに不満があるとすればジェームズ国王陛下と直接お会いできないことであったが、衰弱状態にあると言われれば飲み込める程度の不満であり、王族に再度バーノン家が忠誠を誓える機会を得たという一事をとって彼はジェームズが衰弱しているなどという些細なことを忘れて至福に酔いしれることができた。

 

だが、エドムンドからすれば憎っくき伯父に最後まで仕えた忠臣の遺児がやってきたわけで、心穏やかでいられるはずがない。

 

しかしそれ以上に困惑の感情がエドムンドを支配していた。いや、エドムンドに限らずこの謁見の間に居並ぶ廷臣すべてがその困惑の感情を共有していただろう。なにせアルビオン王国を再興してからというもの、元々ジェームズ派だった貴族の多くは共和政時代と変わらず閑職に安住しており、少しでも国内事情を知る者ならばジェームズがお飾りにすぎぬことがわかるはずだった。

 

一部、半信半疑で帰国した者は表向きは丁重にねぎらわれながらも、何の実権もない名誉職を与えられるか、さもなくば閑職を与えられるか、それとも貴族籍だけ保証されて放置されるかの三択をエドムンドに用意され、その中から選ぶしか道がなかった。当然のことながらかつて所持していた爵位や領地や財産はなにひとつ保障されない。

 

そしてその三択の内のいずれも選ばずに理不尽を強いる王家を罵倒した者には無実の罪を着せて発言者を監獄へと送り込んだ。エドムンドたちはそれをさらに大げさにして噂が流したため、亡命したジェームズ派貴族の多くはアルビオン王国が再興したというのに、相も変わらず異国の地で雌伏の時を過ごすことを選択する者が大半だった。

 

だが、そんな噂が周知のものとなってからやってきたマルスは全てにおいて戻ってきた貴族の前例に当てはまらなかった。爵位も領地も保証せぬと告げてもなんの不満もみせないばかりか、

 

「私の父モード大公は陛下に反逆罪を着せられた身だ。おぬしはそのことについて思うことはないか?」

 

「過去に不幸な行き違いがあったとはいえご家族の関係が修復されたことは喜ばしいことです」

 

このように明らかに胡散臭いアルビオン政府の公式発表を鵜呑みにしてしまっており、マルスは「殿下に対しても絶対の忠誠を」などとほざいてくるのだ。あまりのお気楽に過ぎる認識を聞くうちにエドムンドは自分の毒気が徐々に抜かれていくのを感じた。現状認識すらままならぬ十代の少年に悪意を向ける自分というのが馬鹿馬鹿しく思えてきたためだ。

 

「了解した。おぬしに任せる仕事を考えておくゆえ、それまで客間にて滞在しておれ」

 

そう言ってエドムンドは会談を打ち切った。

 

マルスを謁見の間を、王座の後ろにいたヨハネが口を開く。

 

「なんとも現実味のない奴ですな」

 

「所詮は十代の子ども。まだ夢見がちなのであろうよ」

 

「十代の頃から活躍していた殿下の言葉ではイマイチ説得力に欠けますよ」

 

エドムンドは十四歳の時に初陣を経験してから急速に戦術・戦略の才能を磨いていき、十七歳の頃には単騎で野生の風竜を単騎で撃破して個人の戦闘能力も証明し、十代の少年でありながら「次代のアルビオン王国軍務卿はエドムンド殿下なるに違いない」と宮廷で噂されるほどの稀代の武人ぶりを発揮していた。

 

その頃からとても夢見がちだったと言えるような暮らしをしていないだろうというヨハネの切り返しにエドムンドは低い笑い声を零した。

 

「なにを言う。その頃の俺は十分に夢見がちであったわ。ジェームズやウェールズに忠誠を捧げることが当然と思い込み、疑問を持つことすらなかったのだからな」

 

「……軽率でした」

 

頭を下げようとするヨハネを手で制した。

 

「なに、ただの冗談だ」

 

冗談にしては話が重すぎだと廷臣らは思ったが口には出さなかった。奇妙な気まずさのせいで謁見の間は沈黙に支配された。

 

「ところであの子ども、いったいどんな仕事与えるつもりなのかしら?」

 

そんな中空気を読まず発言したメイドに向けてエドムンドとヨハネを除く全員が眉を潜めて非好意的な視線を向けた。そのメイドは非常に美しい容姿をしており、王族の側に侍るメイドとして文句ないレベルであったが、その種族が問題であった。

 

「吸血鬼が……」

 

ヨーク伯が小さく嫌悪の感情を込めて毒づいた。

 

「ヨーク伯。エリザベートは我らと対等の同盟相手だ。礼儀にもとるような発言は控えよ」

 

「はっ、失礼しました」

 

ヨーク伯はエドムンドに振り返り、頭を下げた。それに対してエドムンドは肩を竦めた。

 

「俺に対して頭を下げても意味なかろうが」

 

「あら? 私は別にいいわよ。脂だらけの血袋なんか大した興味ないし」

 

「……互いの発言に難ありとして不問にしよう」

 

負けじと言い返すエリザベートに、エドムンドは呆れたような顔をしてため息を吐いた。エドムンドの差配でエリザベートを含む十数人の吸血鬼はメイドとして正式なハヴィランド宮殿の住人になっていた。それは同盟者である吸血鬼達に対する自分が信頼しているというポーズであったが、一方で吸血鬼の高い隠密能力買って暗殺者に対する備えにしようという下心もあってのことだった。

 

ただどこか妖艶な雰囲気か、さもなくば庇護欲を沸かせる容姿をしている吸血鬼の女どもがメイドの恰好をすれば、それなりに清楚な姿に見えてしまうことは予想外だったが。

 

「それであいつにどんな仕事を割り振るつもりです?」

 

ヨハネが軽く苦笑しつつ、質問をした。

 

「そうだな。彼にはサウスゴータ地方の警邏隊でも任せようと思うのだが?」

 

「サウスゴータ地方の? それはいささか短慮ではありませぬか。サウスゴータ地方はいまや我が国のみならずトリステイン・ゲルマニア・ガリアの四か国の共同統治下にあるのです。それだけにサウスゴータ地方では警邏といえどもそれなりに有能なものでは任にたえられますまい。それに彼だけそのような日陰ではない職につければ他のジェームズ派貴族が不満を持つでしょうし、彼自身にしてもいつもでも盲目であるという保証はございません。いや、あの単純さでは他国の謀略の道具となりかねませんぞ」

 

「伯の言い分はもっともだ。だが、ジェームズ派貴族の反感はこの際気にせずとも良い。国内の不穏分子を一掃する準備が9割方完了しておると鉄騎隊(アイアンサイド)から報告があがっておる。ディッガーに最終確認させ次第、行動に移す。子どもをサウスゴータに派遣するのはそれからの話。それまではこの王都に張り付けておく。それにサウスゴータに派遣しても当然監視はする。――エリザベート」

 

「なにかしら?」

 

「アルニカにマルスの監視を任せたいのだが?」

 

「えぇ。陛下がお隠れになった後なら、あの子が介護してあげる必要もないでしょうしね」

 

エリザベートが口元を手で隠してクスクスと笑った。

 

そして謁見の間に青白い顔をしたユアンが走って入室してきた。

 

「エドムンド殿下。エリザベート様。デュライ百人長から報告がありました」

 

エリザベートとエドムンドが顔を見合わせ、エドムンドが続けよと言った。

 

「それが、かなりの重大な報告であるらしく、直接説明したいと?」

 

「なぬ? ……ミス・ヨーク、今日の予定はどうであったか」

 

「これから一刻は謁見客の相手。それから内務局と外務局の要人との会議に出席された後はブロワ大将をはじめとする空軍の幹部と面会して竜騎士団の再建の方策について討議することになっています。それから夕食までの間はまたたまってきている書類を決裁してもらいます。夕食は迎賓館にてガリアとロマリアの大使と会食を行うことになっております。それから寝るまでの間に各部署の報告に目を通していただくことになっておりますが」

 

相変わらずハードスケジュールだ。身体がなまらないかすごく心配だ。

 

そう自分の暇のなさをわずかに嘆きながら思考を巡らせ、すぐに決断した。

 

「謁見客の相手はヨーク伯がしておけ。どのように対処するかはお前が自由に判断してよい」

 

「はっ」

 

丸々と太った体で丁寧にお辞儀したヨーク伯に、かなり腹筋に力を入れているな、というどうでもいいようなことを思いながらエドムンドはユアン、ヨハネ、エリザベート、ヴァレリアを伴って謁見の間を出た。

 

「凛々しき殿下に謁見しにきたのに、迎えたのが”脂豚”では客人が卒倒しませんかね?」

 

「ミスタ・デヴルー。その”脂豚”の娘の前でそう言うのはやめてもらえませんか。恥ずかしいです」

 

「それはすまん」

 

ヴァレリアに冷たい目で睨まれたヨハネは恐縮して頭を下げた。エドムンドはというと否定の言葉を言わないということは内心父親が”脂豚”と言われても否定できないと思っているのだろうと推測した。そして”白いオーク”もそうだが、ヨーク伯はろくな二つ名がないなと同情するのだった。

 

デュライ達がつけているブレスレッドと対応するマジックアイテムの宝玉は、エクトル卿の屋敷の地下からこの王宮の最奥部、宝物庫の近くの部屋へと移されており、その部屋は知るものからは通信室と呼ばれている。通信室は大きな宝玉の他にに無秩序にいくつもおかれた椅子があり、そのひとつにエドムンドは無造作に座り、ユアン以外の者もそれぞれ椅子に座る。

 

「では、繋げます」

 

ユアンがそう呟き、宝玉を操作した。

 

「デュライ。聞こえるか?」

 

『ああ。よく聞こえてるぜクソガキ』

 

宝玉からウエストウッドにいるデュライの声が響く。

 

「言葉を慎め。殿下も聞いておられる」

 

『な! も、申し訳ございません!!』

 

「よい。なにやらただならぬことが判明したのであろう。早く報告せよ」

 

『はっ、例のサイトという剣士についてですが、ミス・ヴァリエールの使い魔らしいのです』

 

「なぬ?」

 

エドムンドは首を傾げて固まった。他の者たちも同じである。

 

「待て。人間が使い魔になるなど聞いたことがない。なにかの間違えか、向こうの策謀ではないのか?」

 

いち早く我を取り戻したヨハネの疑問に遠くにいるデュライはすかさず自分の感がを述べた。

 

『サイトの左手に使い魔のルーンが確かに刻まれていました。間違いという可能性はごく低い。そして策謀にしてもなんの意味があるのでしょう。本物の使い魔を隠すためならば、それならば他人の使い魔を自分のものであるかのように使えばいい。ヴァリエール公爵家の人間となれば忠誠の証として使い魔を差し出せと命じれば、応える陪臣たちは数多くいるでしょう。にもかかわらず人間を使い魔として扱うなど……』

 

「愚策にもほどがあるな。となるとルイズ嬢の使い魔が人間であることはほぼ確実か」

 

エドムンドは確信を持ってそう言った。デュライの報告を聞く限り、策謀の可能性は極めて低い。いや、いっそ皆無といってもよい。ならばサイトが使い魔であることは疑いないように思えた。

 

一方で疑問に思うのは、なぜそれが噂となって飛び交わぬのだろうかということである。エクトル卿時代にワルドから聞いた話ではルイズはトリステイン魔法学院に通っていうはず。ヴァリエール公爵家の令嬢が使い魔召喚で人間を召喚したなどというスキャンダルは生徒から親へ、親から社交界へと凄まじい速さで伝わっても不思議ではないのだが……

 

なのに広まってないということはやはり国家権力がルイズの正体を機密していると考えるのが一番しっくりくる。

 

「使い魔はメイジの系統の向き不向きを測る一種の指針になるのですけど、人間の場合ってどうなるのでしょうか? 判断に困るのもほどがあるでしょう?」

 

「あら? 案外”虚無”なら使い魔が人間で確定という可能性もあるでは?」

 

「……それはないと思いますが。始祖が人間を使い魔にしていたなど聞いたこともありません」

 

「最高峰の聖人が人間をしもべにしていたなんて外聞が悪いから、六千年の内に歪められたと考えれば不思議でもないと思うけど?」

 

「っ! 随分と野蛮な考えですね!」

 

エリザベートの物言いに怒りが篭った瞳で睨みつけるヴァレリア。始祖を侮辱されているように聞こえたからだ。

 

2人の言い合いを諌めるべきエドムンドは目の前のことを認識していなかった。彼女らの言い争いで遠い過去、かつて父や兄らと共に過ごし、自らの在り方こそが正しいと信じて疑わなかった、なにもかもが輝いていたあの頃。

 

聖堂で何種類も聞かされた聖歌のひとつにそんな唄がなかったか――!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。

         左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。

 

 

 

 神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。

                  あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは陸海空。

 

 

 

 神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。

                あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。

 

 

 

 そして最後にもう一人…、記すことさえはばかれる…。

 

 

 

 四人のしもべを従えて、我はこの地にやって来た……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

始祖ブリミルが異教により故郷を追われ、このハルケギニアへとやってきた時の記録が記された古い聖書。その冒頭に書かれていた詩。それを遠い過去から強引に引きずり出されるようにエドムンドはそれを次々に思い出した。

 

四人のしもべ。当時は聖職者から精霊、もしくは妖精の類であったと教えられた記憶がある。なるほど聖書が語る彼らの活躍は実に現実離れしており、およそ人の成せる業とは思えなかったことも。

 

だが、それが使い魔であり、彼らの英雄譚も始祖に刻まれた使い魔のルーンの加護によるものが大きいと考えるのであれば、彼らの正体が人間であったとしても十分に筋が通ってしまうのではないか!

 

その可能性に思い至った彼はもう一つ、重大な懸念を抱かずにはいられなかった。

 

「……デュライ。先のルイズ嬢襲撃犯についてなにか新たに判明したことはないか?」

 

自分たちの主君の声がかすれていることに気づいたヴァレリアはエリザベートと言い争うのをやめ、不安げな顔をする。

 

『その襲撃犯はシェフィールドと名乗っていたようです。心当たりはありませんか?』

 

「それは皇帝秘書の……。やはりガリアは”虚無”を狙っていたのだ!」

 

ヨハネが喚くが、エドムンドは自分の懸念が的中してしまったことを確信した。

 

「殿下、”虚無”をこのまま放置しておくのは危険です。万一、ガリアの国力と伝説の”虚無”が交われば、ハルケギニアはジョゼフの思うがままに蹂躙されかねません。やはりここは危険を承知で強引な手段を使ってもミス・ヴァリエールを手中におさめるべきです」

 

ヨハネの進言は、どっちにしろ危険なら動いて滅んだ方がマシという思考の表れだった。

 

しかしエドムンドはその進言を拒否した。

 

「なぜです?!」

 

ヨハネが顔を紅潮させ、問いかける。それに対してエドムンドは深いため息を吐いた後、穏やかな声で説明をはじめた。

 

「ヨハネ。”虚無”とガリアの国力が交われば脅威と言ったな」

 

「はっ。ですから……」

 

「おそらく既に交わっておるぞ」

 

「……え?」

 

あまりに予想外の言葉に呆然とするヨハネを気にせず、エドムンドは言葉を続ける。

 

「デュライ。先に聞いた話ではお前は大量のガーゴイルを投入されたにも関わらず、襲撃犯の姿をひとつも確認できなかったと言ったな」

 

『はっ』

 

「それを聞いた時、俺は相当な手練れの小隊かなにかだと思うておったが、どうやら違うようだ。シェフィールドの容姿を俺は見たことがあるが戦働きをする人間としてはど素人といってよい体をしておった。俺はお前の索敵能力を信頼しておる。そんなお前がど素人の気配を察知できぬ道理がない。となればあの女は他のマジックアイテムかなにかで姿を隠しておったに違いあるまい。聖書に曰く、ミョズニトニルンはあらゆる魔導具を使いこなす者にして始祖に助言を呈す知恵深き賢者なり。そこから大量のマジックアイテムを使っても問題にならないほどの神の加護をあの女は宿していると考えれば不思議はあるまい」

 

「で、殿下。ミョズニトニルンとは?」

 

ヴァレリアが内容を理解できずに困惑した顔で問いかける。ヨハネやエリザベートも同じ顔をしている。おそらくウエストウッドでデュライも同じような顔を浮かべていることであろう。

 

「始祖と共にハルケギニアへやってきた四人のしもべの一人。そしておそらくは”虚無”の使い魔に刻まれる”ルーン”の名だ」

 

「え? し、しかし! 始祖が使い魔を、人間を使役していたなんて聞いたことがありません!」

 

「それはエリザベートの推測通りではないか? 確かに外聞が悪かろう。聖書にも使い魔とも人間とも書かれておらんかったはずだ」

 

ヴァレリアは言葉を失った。

 

「待ってください。シェフィールドが”虚無”の使い魔ということは既にガリアは別の”虚無”の担い手を勢力に加えていると……?」

 

「加えているどころか、ガリア王本人がそうだろうな」

 

ヨハネの疑問に対するエドムンドの答えに全員が驚愕した。

 

「ジョゼフとルイズ嬢が”虚無”。確証はないが、俺は間違いないと言い切れる」

 

互いに始祖の血を継ぐ名家に生まれ、頭脳的肉体的にはともかく魔法的に無能という評判。そして明らかにそれに近い立場でありながら明らかに場違い感を感じさせる”ルーン”を刻まれた人間の存在。

 

状況証拠でしかないが彼らが”虚無”であることの証明であるかのようにエドムンドは思えた。シェフィールドにルーンがあるのを確認していないが、”レコン・キスタ”でクロムウェルの秘書をしていたあの女の素肌は春夏秋冬常に真っ黒なローブに覆われて隠されていた。当時はなんでそんな古代の呪術師のような姿をするのか疑問でならなかったが、ルーンを隠すためと考えれば別に不思議ではないように思える。

 

ジョゼフとルイズが”虚無”であり、サイトとシェフィールドが使い魔。それを前提にこれからの展開を見極め、打つべき手を考えなくてはならない。

 

願わくば彼ら同士が相争い、互いに消耗してくれることが理想的が、国力的にトリステインが不利すぎるので一方的に潰されないか心配だ。場合によっては支援することも検討しなくてはならないだろう。

 

エドムンドは肘掛に肘を置き、頬づえをつきながら思考の海へと溺れていった。




+マルス・オブ・バーノン
原作2巻で亡命した人たちのその後を書いてみたくて創作した一発キャラ。
……の筈が、久しぶりに読んだ銀河英雄伝説のランズベルグ伯を夢見がちな少年貴族ならこんな感じだろうとモデルにした結果、強烈前向きロマンチストというむちゃくちゃ濃いキャラに変貌をとげていた。
書いててなんか気に入ったので、また出せる機会があれば出したい。


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この村どうしようか

原作勢を上手く描写できているのか不安でたまらぬ。


サイトとルイズが再会してから数日後。

 

ディッカー率いる部隊はシティ・オブ・サウスゴータでレザレスと合流を果たし、レザレスの案内でウエストウッド村にてデュライとも合流して目的の人物であるサイトと対面した。

 

「初めましてヒラガ・サイト殿。私は鉄騎隊(アイアンサイド)を預かるディッガーと申します。この度は病床のジェームズ陛下に命じられて王権を代行しておられるモード大公の子、エドムンド殿下の使者として参りました」

 

サイトは貴族や騎士としての高慢さなど微塵も感じさせない態度をしているディッガーに衝撃を隠しきれなかった。今まで会った貴族や騎士は程度の差こそあれ、自分を所詮平民だと見下す気配を感じられた。このハルケギニアで最初でできた友達であるギーシュでさえ初対面の時はそうだった。

 

ルイズやアニエスも驚いていた。鉄騎隊(アイアンサイド)が元々は粗野な傭兵団であるという知識や、デュライの人を食ったような無礼な態度を知っていたから、当然そのまとめ役であるディッガーもそんな奴だと思っていたのである。だが、その予想に反して礼儀を弁えた銀髪騎士風の立派な紳士であったのだから。

 

ティファニアは2人とは別の意味で驚いていた。エドムンドという人がアルビオンの新しい王さまになったとは知っていたが、その出自まではこの小さな村まで流れてこなかったのである。モード大公の子であるということは自分の――

 

「殿下の御意向でデュライ百人長には君をある事件の重要参考人であるとしか教えていなかった。だから彼が君に何か無礼な発言をしていた報告を受けている。それはこちらの責任だ。この通り許してほしい」

 

申し訳なさそうな顔ををしながらためらいなくデュライは頭を下げる。するとサイトはやや驚きながらも別にいいですよと笑って許した。

 

「それで、貴方たちは何の事件の参考人としてサイトを探していたのだ?」

 

アニエスの疑問にディッガーは軽く頷くと

 

「ええ、サイト殿。先の戦争でトリステイン・ゲルマニア連合軍の殿としてこの近くで七万の軍勢を相手に奮戦されたのは君ですね?」

 

その答えにアニエスは警戒心を強め、サイトは気楽に答えようとしたが、

 

「え、いや」

 

アルビオンのお偉いさんに対してアルビオン軍相手に暴れたことを認めちゃってよいのだろうかと思い、口ごもる。

 

あれ? この状況ってやばくない?

 

そんな思いが急速に膨れ上がっていく。アニエスの話じゃ鉄騎隊(アイアンサイド)は元々貴族派で終戦間際に王党派に鞍替えしたって話も聞いた。ひょっとしてこれはアルビオン軍のお礼参り的な展開ですか?

 

後ろ向きな思考をし始めたらどこまでも後ろ向きなサイトは、不安に駆られて冷や汗を流しながら背中に下げたデルフの柄を掴んだ。

 

ガンダールヴのルーンの効果で身体能力が向上するのを実感すると余裕ができてきて、百人位ならなんとかなるなとサイトは思い始めた。

 

そんなサイトの思考を読んだ訳ではないが、武器に手を伸ばしているのを見て、どうも穏やかじゃない方向に勘違いされていると思ったディッガーはあわてて口を開いた。

 

「別にそのことで責めているわけではありません。いや、むしろエドムンド殿下は君に深く感謝の意を示しておいでです」

 

その言葉にサイトたちは困惑した。アルビオン軍を足止めしておきながら、アルビオンの王族に感謝されるとはどういうことだ。

 

「もし君が”レコン・キスタ”や”神聖アルビオン共和国”などと僭称していた共和主義勢力の軍を足止めしてくれなければ、撤退中であったトリステインとゲルマニアの連合軍はほぼ一方的に壊滅的な打撃を受け、再興したアルビオン王国と大陸諸国の間に修復しがたい亀裂が生じるところだったとエドムンド殿下は仰せでした。――レザレス!」

 

レザレスは上官の意を察し、馬にくくりつけていた革の布袋を取り外してそれをサイトへと手渡した。

 

布袋のズシッとした重さの感覚に覚えがあったサイトは、中身をなんとなく察しつつも布袋の紐を緩めて、中を覗き見た。

 

やはりというべきか、布袋の中身は沢山の金貨であった。半年くらい前にタルブでアルビオン軍を撃退した時も姫様から報酬でもらったな。そういやあの時の金、モンモンに惚れ薬の解毒剤の材料に大金がいると言われて全額貸したままだな。

 

そんなことを思い出しているサイトは確実にまた日本じゃ絶対もらえない大金を手にいれたという現実をうまく処理できずに逃避しているわけだが、ディッガーはそれをどう解釈したのか、

 

「本来であればその十倍から数十倍が正当な報酬だと思うのだが、その程度の金しか礼として渡せぬことを許してほしいともエドムンド殿下は仰せであった。なにぶんこの国は長きにわたる戦の傷跡を癒すためになにかと金が入用なのでな。勘弁してほしい」

 

「じゅ、充分ですよ!」

 

別にお金が欲しくて七万の的に特攻したわけじゃない!とサイトは叫びだしたくなったが、ディッガーがほんとうに申し訳なさそうな顔でそう言うので言いづらく、しかもすぐ隣に特攻した最大の理由であるルイズがいるので恥ずかしくて言えなかった。

 

「そうか。それで君はこれからもそのままでよいのか?」

 

ディッガーの問いにサイトは首を傾げた。

 

「どういう意味ですか?」

 

「そのまま傭兵を続けたいと言うのならよいのだが、もし君が望むならばエドムンド殿下は君を貴族として迎えると仰せだ。七万の敵を相手に奮戦した君ならばゆくゆくは千人長、いや、私の後を継いで鉄騎隊(アイアンサイド)を率いることも夢ではないだろう。私が保証してやる」

 

信じられない高評価にサイトは呆然とした。

 

我を失っているサイトに代わってルイズが反応した。

 

「サイトはメイジじゃないですし、平民です。貴族にはなれないと思うのですが」

 

「アルビオン貴族はこの内乱で大半が没落して人材不足だ。一刻も早く国を再建せねばならん時に身分が違うとかメイジじゃないとか気にしてられん。気にかけるのは優秀か否か、国に忠誠を誓えるか否かということだけだ。現に私は卑しい傭兵の出、しかもアルビオン人ですらないのに重用されている。サイト殿とていくらでも出世の機会は掴めよう」

 

そこまでいうと視線をルイズへと向ける。

 

「それに貴族がメイジであるべきという伝統も最近崩れつつあるだろう。でなくばトリステインでミス・ミランが栄えある近衛の長になるはずがないだろう?  ならばこのアルビオンとてトリステインの先例を真似して悪い道理があるまい」

 

自分の国のことを例に出されてルイズは口惜しそうに黙り込む。

 

なんで口惜しいのかというとこのお調子者のバカは偉い人から褒められるとあっさりと言うことをきいてしまうのではないかという不安があったからである。タルブの戦の後でも東に行って元の世界への手がかりを探すと言っていた癖に姫様から「これからも力になって下さいね」と言われたらあっさりと頷いていたし。

 

一方、サイトはそんなルイズの苛立たし気な雰囲気を見て、やっぱりまだ対等には見てくれてないんだな、と見事な勘違いが炸裂して内心落ち込んでいた。この主従の両方の内心を知っているならば百人中百人が呆れかえるレベルのすれ違いであろう。

 

「いきなりそんなこと言われても……。俺、貴族なんて柄じゃないですから、いいです」

 

とはいえ、ここまで迎えに来てくれたルイズを放ってアルビオンに仕える気はないので、サイトは断った。

 

するとディッガーは不満気な顔で

 

「本当に良いのか?」

 

「はい。俺、貴族のマナーとか無理そうだし」

 

「……そうか。残念だが、無理強いするなと言われているしな」

 

とても残念そうな顔をしたが、ディッガーはおとなしく引き下がり、腰からひとつの書類をサイトに手渡した。

 

「とはいえだ。もし気が向いたらその書類を持ってハヴィランド宮殿に来るといい。お前ほどの凄腕剣士ならばいつでも大歓迎だ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

これぐらいでよいだろう。そうディッガーは判断してサイトへの勧誘をひとまずやめた。

 

本人が望んで味方になってくれるというならまだしも、そうでないならガリアから狙われているであろう人物をいかに逸材とはいえ取り込むのは下策と彼の主君であるエドムンドは判断しており、故に可能な限り友好的に、好意的に接触しつつも、無理強いはしない。これが現在のサイトに対するアルビオンの方針であった。

 

「それでティファニアさん」

 

「な、なんでしょうか?」

 

急に呼びかけれたティファニアは驚きながらも返答する。

 

「デュライから聞いた話によりますと君がこの村の村長なのですね」

 

「え、ええ」

 

「この村は孤児達だけで暮らしているとか?」

 

「はい」

 

「子どもだけで村が運営できるとは思えません。誰からか援助してもらっているのですか?」

 

「ええ。マチルダ姉さんから仕送りを貰ってます」

 

ディッガーは天を仰ぎ、なんとも微妙な顔をした。

 

なんでそんな顔をするのか顔を傾げるティファニア。

 

「そのマチルダって人がどこにいるかわかりますか?」

 

「いえ。出稼ぎに行っていて、数か月に一度しかきてくれません」

 

数か月も村に子どもしかいない状態を良しとするとは、マチルダとかいう奴はなんと無責任な奴だ!

 

孤児達だけの村を建設するという愚行を犯すマチルダなる人物へ怒りを覚えつつ、ディッガーはアルビオン騎士として無防備なこの村を放置しておくわけにもいかないのでとって然るべき行動をとった。

 

「デュライ!」

 

「はい」

 

「十人隊をひとつ与える。この村を守ってやれ」

 

「ハッ!……って、え?」

 

デュライが咄嗟に命令に返事をしたものの、命令を思い返してあわてて反論した。

 

「いや、別にこの村そのものを守らなくてもいいでしょ! この孤児達を近場の街の孤児院へ託せばそれでいいではないですか!」

 

「ひとりふたりならともかく、孤児院に託そうにも一気に十数人となるとあらかじめ先方と話を通しておく必要があるだろう。それまでこの子らの面倒を誰が見ると言うのだ? お前が自分の隊舎でこの子らの面倒を見てくれるというなら話は別だが」

 

ディッガーの合理的な説明にデュライは言い返そうとしたが、適当な言葉が思いつかずに黙り込んだ。

 

「あの、この村で暮らしていくので大丈夫です。

勝手に村から出たらマチルダ姉さんにも迷惑をかけますし」

 

ようやく事態を飲み込めたティファニアが遠慮がちに口を開く。

 

だが、それはディッガーの騎士の誇りを強烈に刺激したようだった。

 

「子ども十数人しかいない村など飢えた盗賊共からすれば格好の獲物にしかみえんだろうよッ! 守る術はおろか逃げることすらおぼつかない者しかいない村の存在を知りつつ放置したとあっては鉄騎隊(アイアンサイド)の沽券にかかわる。マチルダとかいう女はなにを考えてこの村を放置しておるのだ!? この数年戦続きのせいで盗賊の類が増加しているというのに、よく今まで盗賊に襲われなかったものだ。この幸運を神と始祖に感謝すべきだな」

 

そう言われてティファニアはディッガーと自分達との現状認識の差に思い至った。

 

ディッガー達からすれば自分たちがとてもか弱い、凶悪な盗賊に襲われればあっさりと殺される子どもの集団としか見えないのだろう。だからディッガーの判断はとても正しいといえる。

 

しかしティファニアからすればそれはありがた迷惑でしかない。もしなにかの拍子でティファニアの出生がバレでもしたら大変なことになる。

 

ちらりとサイト達の方へ視線を向ける。サイトは困ったような顔をしているが、そこまで深刻そうな顔はしていない。ハルケギニアの人間ではない彼はティファニアの出生がバレたら問題であることは理解できても実感はあまりないのだ。

 

だが、生粋のハルケギニア育ちであるルイズとシエスタ2名の顔は事の深刻さに比例した不安な顔をしていた。アニエスは鉄面皮であったが、内心は2人と同じくらいの不安を感じているだろう。3人とも現状を正しく理解している。

 

ティファニアには知り得ぬことだが、特にアニエスはティファニアの正体がアルビオン側にバレたら主君であるアンリエッタの名誉を守る為にティファニアを見捨てる悲壮な覚悟すら固め始めている始末である。

 

「で、でも勝手に村から出るわけにもいけないし、この村に十人も泊められる家はないの」

 

ティファニアの苦し紛れの声に、ディッガーはため息をついた。

 

「ミス・ヴァリエールらが滞在できたのですから三人一隊の三交代制で村を守ればよいでしょう。……どうしても村を離れたくないと言うのなら三か月程度なら猶予を与えます。そしてマチルダさんが戻られた時に今後の事について話し合わせてもらいます。ただ、三か月たってもマチルダさんが戻られないというのなら申し訳ないがこちらの判断で村民を街の孤児院へ預けるか、この戦で住むところを失った者達を集めてこの村を本格的に開拓村にするかのどちらかの手段をとらせてもらいます」

 

ディッガーから向けられる視線は、どこか小さいころに「外に行ってみたい」と言って駄々をこねた時に父から向けられた同情はしているけど要求を拒絶をする視線と重なった。

 

だからティファニアはこれ以上言っても無理なのだと納得してしまい、それを了解した。

 

やるべきことを終えたディッガー達はロンディニウムへの帰途についた。

 

そしてウエストウッドの一件から一週間後、アルビオン王ジェームズ一世の崩御がアルビオン王政府から公表され、アルビオン貴族全員に召集令が下された。

 



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内政と外交編
キャラ紹介


★印のあるのは原作にも登場しているキャラです。


+++アルビオン

++エドムンド一党

+エドムンド・ペンドラゴン・オブ・ステュワート

モード大公の三男にして、ステュワート伯爵。年齢は二十代前半。

モード大公粛清の際にブロワ侯爵の助力を得て身分を偽り、ガリアへ亡命。

エクトルという偽名を使い傭兵団を立ち上げる。

2年前にアルビオン内乱が発生すると貴族派に立って参戦。

数々の武勲をたて、クロムウェルにつぐ有力者に成りあがり、アルビオン王国を滅ぼす。

そして今度はガリアと手を組んで正体を明かして王国を再建し、諸国にそれを認めさせる。

ちなみにペンドラゴンという名は単独で竜を撃破した戦士に送られるアルビオン特有の称号という設定。

 

+ヨハネ・シュヴァリエ・ド・デヴルー

エドムンドに昔から仕えている騎士。年齢はエドムンドと幼馴染なので同じく二十代前半。

忠誠心の高さは他の臣下を圧倒しており、エドムンドから信頼も並々ならぬものがある。

自身の火の魔法と使い魔の馬とのコンビネーションから”炎馬”などという二つ名がついた。

現在は侍従武官長の地位にあり、エドムンドの側に侍ていることが多い。

 

+ディッガー

エドムンドがエクトルと名乗っていた頃に仕えはじめた騎士。年齢は三十前後。

ガリアの下級貴族の出でかつてはある貴族家に仕えていたらしい。

主君を失い、半ば自棄になって放浪しているところをエドムンドに救われ、彼に仕える。

”レコン・キスタ”にいた頃は鉄騎隊副総帥としてエドムンドを補佐し、現在は総帥の地位にある。

 

+ブロワ侯爵

生粋の空軍軍人貴族家当主。すでに壮年。

モード派ではなかったために粛清から免れたが軍人気質のエドムンドとは関係があった。

そのため、ジェームズの振る舞いに憤りを禁じ得ずに反逆を決意した経緯を持つ。

本人は歴戦の空軍軍人であり、現在は王立空軍本国艦隊司令長官の地位にある。

 

+デナムンダ・ヨーク伯爵

”白いオーク”、”脂豚”、”醜悪の権化”など容姿に関する様々な二つ名を持つ政治家貴族。

その政治能力の高さをエドムンドに評価されてヘッドハンティングされた。

因みに肥満を超越してしまった理由は外国の料理にハマって美食に走りまくってるから。

 

+ヴァレリア・ヨーク

ヨーク伯爵の娘。エドムンド直属の女官。

 

+ユアン

薄気味悪い少年。どこか暗い感じを漂わせている。年齢は十代後半。

 

+レザレス

鉄騎隊で三人しかいない千人長の一人。

 

+デュライ

レザレス配下の百人長の一人。

実はハルケギニアの出身ではなく、砂漠でエルフと一戦交えてハルケギニアにやってきた異邦人。

いつも四丁の銃を携行しており、その内二丁は四連装風銃である。

 

+エリザベート

吸血鬼の部族の長。エドムンドらと表向き対等な同盟関係を結んでいる。

主に敵に対する工作や諜報を行っている。また少なくとも百年以上生きている。

 

+アルニカ

ジェームズを屍喰鬼(グール)にしていた吸血鬼。

マルスの監視役として候補に挙げられている。

 

+ブラッド

エリザベートと同じ吸血鬼の部族の一人。

シルヴァニアという場所にいるらしい。

 

++王族

+ジェームズ一世★

前アルビオン王。モード大公の粛清を行った。

その結果として甥のエドムンドに復讐されることとなる。

その後は屍喰鬼(グール)となり、諸外国を黙らせる材料としてエドムンドの傀儡にされた。

 

+ウェールズ・テューダー★

ジェームズの子。アルビオン王国皇太子。

クロムウェルに操られ、恥知らずの王族の名を轟かせた。

トリステイン女王アンリエッタとは恋仲だった。

 

+モード大公★

ジェームズとトリステインの先王ヘンリーの弟。エドムンドの父。

敬虔なブリミル教徒であり、領民や臣下からも慕われる存在だった。

四年前に反逆罪を着せられて処刑された。

 

++神聖アルビオン共和国関係者

+サー・オリバー・クロムウェル★

”レコン・キスタ”の指導者にして神聖アルビオン共和国皇帝。

実はジョゼフのおもちゃにすぎなかった。

 

+トーマス・ストラフォード伯爵

”レコン・キスタ”貴族議員唯一の生き残り。

敬虔なブリミル教徒でもあり、戦後はロマリアへ亡命した。

 

+ジョン・ホーキンス★

”レコン・キスタ”に所属していた常識的軍人。

本人は敗軍の将軍として処刑台を望んだが、王政府の判断で監獄に入れられる。

 

+トーマス・グレシャム

元は一財務官僚だったが”レコン・キスタ”の台頭により財務卿になりおおせた。

思想的に問題なかったのでエドムンド政権下でも財務卿を続投している。

 

++その他

+マルス・オブ・バーノン

十代の少年。最後まで王党派に属していた貴族の遺児。

自分の妄想こそが現実であると思い込む節があり、自分をアルビオンの忠臣と思っている。

戦後、帰国してジェームズ派との確執に全く気付かずにエドムンドへ忠誠を誓う。

 

+マチルダ・オブ・サウスゴータ★

元侯爵令嬢。モード大公一派粛清によって貴族の地位を失い、盗賊となる。

ワルドに脅される形で”レコン・キスタ”に参加。以後行動を共にする。

 

+ティファニア★

ウエストウッド村に住む娘。

まだ少女といっていい年頃なのに村を纏めている。

 

 

++ガリア王国

+ジョゼフ一世★

ガリア王国国王。”無能王”と称される。

有能だった弟シャルルを殺して、王座を奪い取ったというのがもっぱらの噂。

 

+シェフィールド★

国王直属の女官。”ミョズニトニルン”。

神聖アルビオン共和国皇帝の秘書官もしていた。

 

 

++トリステイン王国

+アンリエッタ・ド・トリステイン★

トリステイン王国の女王。

様々な偶然と勘違いによりエドムンドからよく過大評価される。

 

+マリアンヌ・ド・トリステイン★

トリステイン王国先王妃。

この人が年中喪中状態で国政がヤバイ。

 

+マザリーニ枢機卿★

トリステイン王国宰相。”鳥の骨”。

正直この人いなきゃトリステイン王国は絶対空中分解してた。

 

+アニエス・シュヴァエ・ド・ミラン★

新設された銃士隊の隊長。

アンリエッタの腹心。

 

+ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド★

元トリステイン王国グリフォン隊隊長。数奇な運命の巡りあわせにより祖国を裏切る。

アルビオンでシェフィールドに抹殺されかけところをマチルダと共に逃げ去った。

 

+リッシュモン★

トリステイン王国高等法院院長。”レコン・キスタ”に内通していた。

国家反逆罪の現行犯で捕まるところを抵抗してアニエスに殺された。

 

+ヴァリエール公爵★

トリステイン王国の最大の貴族。

彼がちゃんと国政に参加してくれればマザリーニはいますこし楽だったに違いない。

 

+ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール★

ヴァリエール公爵家三女。女王直属の女官。”虚無”の担い手。

街の賭博場で有り金をスルばかりか、自分が伝説とか虚無とか叫ぶ凄まじい奴。

……なぜ不特定多数の人間が出入りする場所でそんな機密情報を叫べるのだろうか。

しかも酒場では実際に”虚無”をぶっ放しすという実演までしてのける。

 

+サイト・ヒラガ★

またの名を地球人の平賀才人。”ガンダールヴ”。原作主人公。

正直、原作の彼の状況って客観的に見れば控えめに見ても拉致監禁状態だよね?



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41話

ジェームズ一世が拷問の傷が祟って崩御し、アルビオン王国全体が喪に服していた。

 

しかしそんなこと知らぬとばかりにジェームズが崩御したハヴィランド宮殿王宮内にある小さな一室で秘蔵のワインを開けて、ささやかな打ち上げを行うという不敬とかいう次元を超えた所業を行っている一団が存在した。

 

それも当然のことで彼らは心からジェームズの死を願っていた不逞極まる連中であり、特に彼らの首領であるエドムンドは自らの復讐を達成した達成感と陶酔感に身を委ねるがままであった。

 

ジェームズは内乱終結時には既にエリザベートの部下であるアルニカによって屍喰鬼(グール)にされており、既に人間として死んでいると言ってもよい状態だったのだが、顔を見るだけで怒りが湧き上がってくるエドムンドとしてはもうあの忌々しい面を拝まずに済む状態になって初めて復讐をやり遂げたという実感を得たのである。

 

眼下に集う者達を見下ろす。全員アルビオン支配の足掛かりをつかめた歓喜に溢れている。それは同盟者であるエリザベートとて例外ではない。エドムンドの臣下たちとは目的は違えど彼女は自分たちの部族の悲願の第一歩を踏み出した喜びをこの場にいる者に隠す理由などどこにも存在しなかった。

 

とは言っても、彼女の存在にエドムンドの臣下の幾人かは眉をひそめはした。

 

ハルケギニア最恐の妖魔として子どもの頃から教えられてきた吸血鬼に対して好意的でいられる者はそう多くはないし、人間の血を啜って生きている吸血鬼はその種族であるというだけで排除すべき脅威であるというのが常識だ。

 

その影響からはエドムンドたちも逃れられきることはできない。手を組んでいる吸血鬼に好意的な態度をとっているのはエドムンドの腹心の中ではヨハネ、ユアン程度しかおらず、他の者は主君であるエドムンドが寛大さを示しているから渋々というのが実情である。

 

自分の臣下が眉を潜めているのを見て、エドムンドは少し前のことを思い出した。

 

諸国会議が終わってしばらくした頃、二人きりの時にヨーク伯に食って掛かかられた時のことを。

 

「殿下はいつまで吸血鬼と手を組んでおられるつもりです」

 

「なんだ。ヨーク伯? お前はエリザベートらを信用できぬというのうか?」

 

「その通りです。吸血鬼は悪魔の如き狡猾さを持っております。たった一人の吸血鬼によって都市ひとつ滅びたことさえあるのです。そんな存在が数十といればこのアルビオンとてその都市のように滅びの道を歩むことになりかねません。今までは殿下が王族として返り咲くために吸血鬼と手を組むこともやむなしと黙ってきましたが、権力の頂点に殿下が昇られた以上、殿下の役目はアルビオンの国情の安定化と支配体制の強化であるはず。ならば吸血鬼と手を組んでいたことが表向きになれば政権を揺るがすほどのスキャンダルとなりましょう。そうなる前に秘密裏に吸血鬼どもを討伐し、証拠隠滅を図るべきではありませんか?」

 

それが忠誠心からの進言ではなく、吸血鬼に対する恐怖からの進言であることをエドムンドは見透かしていたが、それなりに筋が通っていたのでちゃんと答えを返した。

 

「さしあたり、エリザベートらと敵対するつもりはない。いまのところ奴らの悲願が俺たちが相容れぬものではないのだからな。それにお前の言うようなことがあったとしてだ。俺がたかが数十の吸血鬼程度に易々と国を奪わせると思うのか」

 

「王国とは一代で終わるものではありません。吸血鬼の一生は長い。殿下に勝てずとも、奴らが忍耐を選べば国家簒奪も叶うでしょう」

 

「つまり、俺にできる子か孫あたりを屍喰鬼(グール)にして国権を壟断するかもしれぬ、とでもお前は言うのか?」

 

「その通りです」

 

「よいではないか」

 

「は!?」

 

「俺の跡を継ぐ奴がそんな無能なら乗っ取られてしまえばよいのだ。その方が国家のため、民のためであろう。都合のいいことに吸血鬼が公然と表舞台に立てるわけがないのだから、我が王家の名誉に傷がつくわけでもないのであるし」

 

まるで当然のことであることを喋るかのような口調でそう言う主君の恐ろしい言葉を、ヨーク伯はとても信じられずに戦慄し、顔を青くして喚いた。

 

「吸血鬼に国が乗っ取られるのですぞッ!」

 

「だからそれがどうしたというのだ。このアルビオンが吸血鬼(ヴァンパイア)帝国(インペリウム)になるのがそれほど恐ろしいことか。奴らが巣食っていたシルヴァニアを見る限り、それほど恐怖する理由はないと思うが」

 

「吸血鬼は人を餌のようにしか思っていないのです! 殿下は民が家畜のように虐げられて構わぬと?!」

 

「批難する対象を吸血鬼から王侯に変えると、伯の言いようは過激な共和主義者の主張そのままだな」

 

この切り返しにヨーク伯はひどく狼狽した。

 

「い、いえ、決してそのような……」

 

「とにかくだ。俺の方からエリザベートらと手を切るつもりはない。少なくとも今のところは、な」

 

そう言って話を打ち切ったが、エドムンドからすればどうしてそれほど彼らが吸血鬼を厭うのか理解できない。

 

自分たち王侯貴族にせよ、吸血鬼にせよ、民からすればどちらも自分たちの血と汗を奪っていく存在で、それほど差がある存在ではないはずだ。せいぜい徴税をかけて間接的に奪っていくか、吸血という行為によって直接的に奪っていくかの差でしかないだろうにとエドムンドは思うのだが、他の者にはそうではないということは理屈としては理解はしていた。

 

だからエリザベートを始めとする吸血鬼に対して自分の臣下が嫌悪を露わにしても、主君としてある程度までなら許容するだけの寛大さを示すべきだと思っていたが、流石に忌々しいジェームズの顔を拝まずにすむようになった祝福すべき記念日に臣下達のそんな顔を見るのは気持ちの良いものではない。

 

この場だけでも注意しておくべきかと声をあげようとしたが、その前にディッガーが声をかけてきた。

 

「本当によろしかったのですか?」

 

「なにがだ?」

 

「殿下がアルビオンの王、絶対者なる為の準備は万端です。しかしこの方法ではジェームズの名誉がある程度は保たれてしまいます」

 

それはディッガーに計画を指示した際にも質問されたことであった。

 

「くどいな。その方法が一番国内の権力掌握が容易い方法だ。それに死んだ奴にいつまでも執着しておれん。死んだ奴が利用することで俺の臣下の犠牲を減らせるならばそれがどんなに気に入らない奴でも利用するとも。前に言ったはずよな?」

 

「確かに。しかし殿下は諸国会議において死んだウェールズを名誉を貶めていたではありませんか。死んだモード大公の為にも、叶うならばジェームズの名誉も踏みしだきたいと思っておられるのでは、と愚考したものでして。もし自身の復讐心を抑えておられるのであれば、我らに対してだけでもその真意をお聞かせ願いたく思います」

 

その問いにエドムンドは沈黙した。

 

あーあ、とヨハネが両手を挙げて肩を竦めて姿がディッガーの目に入った。彼はエドムンドが幼少の頃より側に仕えていた人物であり、今のエドムンドの家臣団において一番の古参といえる。だから自分の知らない主君の側面を彼は知っており、自分の懸念の滑稽さに呆れているのだろうかと推測し、それは正しかった。

 

「ディッガー。あまり俺を侮るなよ?」

 

主君の明確すぎる怒りの矛先を向けられて、ディッガーは背中に寒気が走った。

 

「死んだ父上のため? くだらぬ。よいか、復讐という行為自体は自己満足でしかないのだ。だというのにその復讐心の源泉を己の感情ではなく、死んだ者に求めるなど侮蔑すべきことだ。いや、これは復讐に限ったことではない。死んだ誰かのために。少なくとも俺の知る限りにおいて、本気でそう思い込むこと以上に虚しく愚かなことは存在せぬ。死んだ者ためになにかを成したとして、それで死者の心が動くことは決してない。どれほど喜んで欲しくても、あるいは叱って欲しくても死者はなにも言ってはくれぬ。そのズレに生きている人間は延々と苦しめられる。そんな愚かしいこと、俺は決してせぬ。俺が誰かの為に行動を起こすとすればそれは生きている者だけが対象だ。どれだけ大切な存在であれ、死んでしまったらそこで終わりなのだからな」

 

まるで次元がゆがんでいると誤認してしまうほどに濃い負の感情を纏わせたエドムンドの視線をもろに浴びたディッガーは恐怖から思わず数歩下がって杖に手を伸ばした。

 

「ディッガーッ!!」

 

ブロワ侯爵の怒号でディッガーは正気を取り戻し、姿勢を正して頭をさげる。

 

「申し訳ありませぬ! 殿下の御前で杖を抜こうとするなど、忠誠を誓った主君に対してなんという罪を……。殿下、たとえ死罪でも私は甘んじて受ける所存」

 

「いや、よい。俺も少々大人気なかった」

 

エドムンドは軽く笑いながらそう言った。いかにディッガーの懸念が気に入らなかったとはいえ、自分を慮ってのことであったのだ。それに対して悪意をぶつけてしまったことにそれなりに非を感じたので笑ってなかったことにしようとしたのだ

 

「いえ、それでは私の気がおさまりません。なにとぞ罰を下さいますよう」

 

「さようか。……では、ディッガー、なにかここで芸をせよ」

 

「は?」

 

「いやな。せっかくの宴であるが、宴の内容が内容なだけに外部の楽師を呼ぶわけにはいかなかったのだが、それでは少し物足りぬと思っておったのでな。だからお前が楽師の代わりをやれ。それをもって先の不敬に対する罰とする」

 

小さな宴会場が爆笑に包まれた。

 

「で、殿下も、お人が悪いですな。騎士に対してそのような、恥辱に満ちた罰を与えるとは、グフフフフ」

 

ヨーク伯が腹が痛いと言って、でかすぎる腹を抱えて抱腹絶倒した。

 

「殿下、これは騎士にとって自害に勝る罰ですぞ」

 

真顔になろうとして失敗して表情筋がひきつりまくって歪みまくった表情でヨハネが告げる。

 

「どんな芸を見せてくれるのかしら〜」

 

エリザベートが興味津々といった体でディッガーにキラキラした視線を向ける。

 

「これほど笑ったのは久しぶりですなっ!」

 

ブロワ侯爵が目尻に涙を浮かべ、大声で笑いながらそう叫んだ。

 

「ひどい騒ぎだ」

 

ユアンはいつも通りの風を装っていたが、唇がはっきりと弧を描いている。

 

ディッガーは大量の汗を流しながら、救いを求めて縋るような目で自らの主君を仰ぎ見た。

 

なにか労働などを課せられるならまだしも、まわりから笑い者にされることをせよと命じられるなど想定外にもほどがあった。

 

「ほら。早くやるがよい」

 

しかしエドムンドは人の悪い笑みを浮かべながら、無情にもそう命じた。

 

その後、この秘密の宴は大いに盛り上がりを見せたが、ディッガーはその記憶を恥じて死ぬまで封印することになる。




モチベが下がり続ける今日この頃。


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即位

ジェームズ一世崩御から数日後、

 

ハヴィランド宮殿王宮の謁見の間に招集をかけられたアルビオン貴族が集まっていた。

 

彼らはここでジェームズ一世の葬式の式次第と今後のアルビオンの方針について伝えられると考え、当然それに関心を持っていたのだが、一方で疑問を禁じ得ないでいた。

 

要約すると、なぜこのタイミングで本当の貴族たる封建貴族全員に招集をかけたのか?ということだった。

 

「葬式の際に弔問客として集めるというのならわかる。しかし……今集めるということは葬式の準備のために協力を求めるということか? しかし数が多すぎるだろう。協力を求むのであればその貴族だけでいいだろうに」

 

という疑問を覚える貴族の声に対して

 

「そんなの誰もやりたがらないからだろう。ジェームズ派は共和主義者の反乱で全滅しているし、次期国王になられるエドムンド殿下との因縁を考えると葬式で先王陛下を悼む仕草をしただけで新国王陛下の不興を蒙りかねん」

 

というのが多くの貴族が持つ認識だった。彼らはエドムンドがジェームズと和解したという戯言など露程も信じていない。

 

平民や他国の貴族ならいざ知らず、アルビオンの貴族であるならば他国に亡命していたジェームズ派貴族は閑職に回されるか、適当な罪を被せられてそのまま牢獄行きになった事実を知っている。

 

そこからわかることはエドムンドは決してジェームズを許していないということだ。

 

それがわかる有力な貴族たちはジェームズの葬式の段取りなどという見える地雷に突っ込みたくない。ただでさえ”レコン・キスタ”残党を捕縛し、国内の混乱を収拾するためという名目で鉄騎隊(アイアンサイド)が貴族領にも王家の威光を武器に領主に無断で侵入したりしながら国中を闊歩して共和主義者と思わしき者、もしくはその協力者と思わしき者を平民だろうが貴族だろうが片端から逮捕して回っているのである。

 

もしエドムンドの不興を被れば自分も鉄騎隊(アイアンサイド)に連行され、適当な罪を被せられて処刑されるかもしれない……

 

そんな不安を多くの貴族は抱いており、王政府に対する不満をさらけ出すことはできなかった。なぜかというと長きに渡った内乱によって厭戦感が拡大しており、戦をすると言っても王政府に対抗できるほどの兵力を揃えられるとは考えにくい。

 

それに加え、鉄騎隊(アイアンサイド)は共和主義者を摘発する傍ら、盗賊の討伐も行っていたため国内の治安は急速に回復していたのである。政情不安と内乱によって治安悪化の一途を辿っていた国内状況に辟易してアルビオンの臣民は何度も盗賊を撃破したとアピールする鉄騎隊(アイアンサイド)に好意的な感情を抱いており、一部では英雄視すらされていた。

 

そんな状況で鉄騎隊(アイアンサイド)がいる王政府相手に戦争をしかけたら、内部から離反者が続発しかねない。

 

というわけで彼ら封建貴族は王政府に言いたいことは山ほどあるが、言えずにいるのである。

 

「アルビオン王国次期王位継承者エドムンド・オブ・ステュワート殿下の御成りである!みな頭を下げよ!」

 

赤髪の侍従武官長の次期国王の入室を告げる声に、何十人もいる封建貴族が一斉にその場に片膝をつき、頭を垂れる。

 

扉が開かれる音が響き、次いで幾人もの足音が響いた。

 

「面をあげよ」

 

重々しい声に従い、貴族たちが頭をあげる。

 

玉座の前にエドムンドが立ち、その両端にその側近たちが固めていた。

 

(?)

 

だが、その中にロンディニウム大司祭が混じっていたことが貴族たちを不思議がらせた。

 

ジェームズの葬式を行うのであろうから聖職者を呼ぶのはわかるのだが、なぜ自分たちの側ではなく、側近たちと同じ扱いをしているのかが彼らにとっては謎だったのである。

 

「諸君らも既に知っておるだろうが、我が伯父ジェームズ一世が崩御された。不逞な連中の革命騒ぎで傷ついた祖国再建の最中に、である。志半ばで伯父上はさぞ無念であられたことであろう」

 

沈痛な顔をして語るが、それを本気で信じる者はこの場にいないだろう。

 

「司祭。陛下の遺言状を読み上げてくれ」

 

エドムンドにロンディニウム大司祭は恭しく礼をし、その命令に従って懐からジェームズ一世の紋章が刻まれた遺言を取り出し、読み上げようとする。

 

「ま、待っていただきたい! 殿下、王の遺言状は王の葬儀の最後に読み上げられるのが習わしのはず。今この場で読み上げるのはいかがなものかと」

 

慌てて招集された貴族の中の一人、グリムス伯爵が口を挟むが、遺言状を読み上げようとしていたロンディニウム大司祭が穏やかそうな声で伯爵をたしなめた。

 

「その通りですが、先王陛下から朕が死んだらすぐ国中の貴族に自分の遺言状を公表してくれと仰せつかっておりました。なので慣例からは外れますが亡き先王陛下のご遺志を尊重した結果、エドムンド殿下がこの場に貴族を招集なされたのです。伯がこの国に忠実なる臣下であると自負するなれば、ご理解頂きたい」

 

「……なるほど」

 

司祭の言葉に渋々引き下がるが、グリムス伯爵を中心とする一団はエドムンドに抗議する視線を向け、納得はしていないという意思を伝える。

 

そもそもからして先王の遺言というのは政治的な意味が含まれていることが非常に多いのだ。それに対する調整というか対策の為に王の葬儀は何日もかけてするという側面がある。

 

なのに崩御直後に招集され、葬儀より前に遺言状を公表されるのでは他の貴族と連携を組むことができないのだから伯爵をはじめ、集った貴族たちが良い顔をしないのは当然だ。

 

もっともエドムンドはそれを狙ってジェームズにそんな言葉を大司祭に言わせたのだから、彼らに配慮する気は毛頭ない。

 

「では司祭、遺言状の読み上げを」

 

「はっ」

 

ロンディニウム大司祭がジェームズの遺言状を読み上げていく。

 

ジェームズの遺言はエドムンドが用意した文面を、アルニカの指示で彼女の屍喰鬼(グール)であったジェームズが丸写ししたものであるので、当然のことながらエドムンドに有利なことばかり書かれており、自分たちのことを書いてくれてはいないかとひそかに期待していたジェームズ派貴族は見事に裏切られることとなる。

 

「朕の国葬は不要である。内々の弔いのみでよし。国葬を行う費用があるならば、国家再建に使うべし」

 

これもエドムンドがジェームズの葬儀なんかしたくないという心情が全面的にでている。

 

が、ジェームズの気性を知っている貴族達からしてもあの王ならばそう言い残してもおかしくはないと受け入れられたが。

 

「次王エドムンドと為す。臣下一同これを支え、朕の不徳ゆえに乱れた国家を立て直してほしい」

 

ロンディニウム大司祭は遺言状をしまい、以上ですとつぶやく。

 

それを聞いてエドムンドは軽くうなずき、口を開く。

 

「伯父上は内々の弔いのみで良しと言い残しておるが、おぬしらの中にも陛下を弔いたい者がおろう。これより一月ほどこの宮殿のゴドリックの間に陛下の遺体を安置する。陛下の死に顔を拝み、個人的に弔いたい者は赴くように」

 

感情を押し殺した声でエドムンドが告げる。怒りと悲しみ、どちらの感情を押し殺しているのかはそれぞれの貴族の解釈によって違ったが、それだけは一致していた。

 

「先王の国葬がなくなったとなると次は後継者に指名された私の戴冠式を行うことになるわけだが、こうも国情が不安定な今、華やかな戴冠式などを行えば臣民の怒りを買いかねぬと考える。そこで私は伯父上の身の処し方に習い、この場で略式で即位し、それをおぬしらに見届けてもらおうと思うのだが、どうか?」

 

再び貴族たちがざわめく。エドムンドの言葉が予想外のことであり、動揺して周りと耳打ちして相談している。

 

いち早く動揺から立ち直ったグリムス伯爵が反論した。

 

「殿下のお考えはごもっともながら、あまりにごぶたい。いささか性急にすぎます。それにこの国は共和主義者どもの横暴によって王が不在の時代、共和政などという空想上のものでしかなかった悪夢が現実のものとなっていたのです。よってそのような悪夢の時代が王の帰還によって終焉し、伝統ある秩序を回復したことを臣民に示すためにも殿下の戴冠式は歴代の王の戴冠式に勝るとも劣らぬ規模で行うべきであると私は愚考しますが」

 

他の貴族もグリムス伯爵に続く。

 

「グリムス伯爵のおっしゃる通りです。それに戴冠式を質素に済ませるようなことがあれば、他国から舐められるおそれがございます」

 

「さよう。殿下はまだお若いのです。我らの言うように体面と権威を重んじる姿勢をお持ちくださるよう……」

 

「わし個人として申し上げるならば、戴冠式を略式で済ますというのはありがたいですな」

 

最後の言葉にぎょっとなって集まっていた貴族たちはエドムンドの意見に賛成した初老の貴族を見た。

 

その初老の貴族は気だるげで穏やかそうな顔をしているが、体は青年のようにひきしまっている。

 

服装は貴族としての体面を最低限整えている程度で、王族に謁見する時に着るような服ではなかった。

 

エドムンドは面白げにその初老貴族を眺めやったが、グリムス伯爵は顔を赤黒くして怒鳴った。

 

「貴様! 臣下としてお若い殿下の過ちを諫めるべき場であるのに、なにをぬかすか!」

 

「そうはいわれますがわしはものすごく切実かつ現実的な理由で殿下の意見に賛同せざるをえないのです」

 

「なんだと?」

 

「我がリーズデイル男爵家は五年前の一件以来、国中に漂っていた不穏な状況に対処すべく動き続けておりましてな。そして三年前に内乱が発生してからは軍事費も嵩んでおる。そのせいで我が家の財政が破綻寸前なのだ。いや、ある意味既に破綻しておる。借金に借金を積み重ねるありさまじゃ。金貸し屋に愛しい孫娘まで担保として送り出しておるほどじゃ。おまけに今度の借金の担保は爵位だとまで言われてしまってな。このままでは今年の秋ごろにでもわしは爵位なしの下級貴族となりかねぬ。そうならぬためには早急に国内を再建させ、今年の利子分だけでも返せる収入がほしいのだ」

 

あまりにアレな経済事情を聞かされてグリムス伯爵がリーズデイルに同情と憐憫の眼差しを向ける。

 

だが、ジェームズ一世ともクロムウェルの共和政権からも厚遇されていなかったグリムス伯爵からすればエドムンドは中央権力を握るための足掛かりであり、エドムンドには是非とも手痛い失敗をして頂き、それを助ける形で自分を売り込みたいのである。

 

だから共和主義に被れた腐敗貴族から収奪して潤っているであろう国庫を、エドムンドの虚栄心を刺激して使わせてやりたいのだ。

 

だからリーズデイル男爵家を生贄しても自分の思惑を押し通そうとしたのだが、そうもいかなくなった。

 

リーズデイル男爵と同じような経済事情に陥っている者たちが何人もおり、それほどでなくても厳しい状況になっていた貴族たち二十数名が略式の戴冠式に賛成の意を表明した。

 

「グリムス伯爵、おぬしらの言うこともよく理解できるが、私としては自分の臣下であるアルビオン貴族が度重なる出費ゆえに何十家も潰えるなどという屈辱が、私の戴冠式が質素であるという屈辱に勝る。それでもなお、私の戴冠式を略式ですませることに反対するか?」

 

こうまで言われてはグリムス伯爵も折れざるをえない。

 

こうしてエドムンドの即位は史上まれにみる質素さ――王冠とかが本物であることを除けば子どもの遊びでやってるではないのかと思える規模で――で執り行われた。

 

 



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43話

即位早々、エドムンドは”王家の権威と主権を回復・強化させ、アルビオンの伝統ある秩序を回復するため”と称して勅令を下した。

 

勅令の内容を要約すると以下の通りである。

 

・各領主の自治権を制限し、各貴族領の徴税権及び司法権を国王が収攬する。

・領主が関税をかける権利を一時的に停止する。物資の流通を促し、景気を回復するためである。

・以上の権利を領主が独断で使用すれば、財産すべて没収の上、一族すべて国外追放とす。

・国外追放処分を受けたにも関わらず、国内に留まるものは一人残らず絞首刑に処す。

・国内に巣食う盗賊・逆賊の類を根絶やしにすべく鉄騎隊(アイアンサイド)の国内の横行を無制限に認める。

・どれだけ長くとも以上の条項は十年で無効となる。

 

露骨なまでの王権強化の姿勢に封建貴族たちはこぞって反対の意を示した。

 

特に借金だらけで破産寸前の貴族は強硬に反対した。

 

「我々は借金が積み重なって非常に厳しい経済状況であると申し上げたはず。にもかかわらず徴税権を取り上げられては我々は明日にも破産することになります。そうなればいたずらに国情を混乱させるだけです」

 

「リーズデイル男爵、おぬしの懸念はもっともだ。だが、この国内の混乱は絶対的な支配者による強力な指導によって収拾する他に道はない。それに誰がこの”白の国”の、空中大陸アルビオンの統治者であり支配者なのかをハッキリとこの国の民に示す必要があると私は思うのだ」

 

それに対して反論しようとする借金貴族を手を挙げて制し、発言を続ける。

 

「むろん、おぬしらの王家への忠誠を疑うわけではない。その証拠におぬしらの忠誠には十分に報いたいと考えている。具体的には爵位なしの貴族と同じように王家から毎月各々(おのおの)の爵位に応じた棒給をだすつもりだ。たとえ凶作になっても、必ず指定の額を支払うことを王家の名誉と始祖の御名において誓おう。だからどうか受け入れてもらえぬかな」

 

そう言われて提示された棒給の金額の巨大さにリーズデリル男爵ら借金貴族は本当にそんなに自分たちにそんな莫大な金額を寄越してくれるのかと疑いつつも、始祖と王家の名誉に誓ってと言われてなお疑うは不敬の誹りを免れ得ないし、なにより切実に借金を返済できるお金を欲していたので彼らは国王の要求を受け入れた。

 

だが、それでもグリムス伯爵はなお強硬に反対した。領主として当然の権利を奪うような真似をされてはたまらないのだ。

 

「いかに国王陛下といえど、始祖の御代以来の伝統ある我ら貴族の権利を取り消すのは非常に危険な行為であると私は考えます。若さゆえの焦りだとは思いますが、伝統ある秩序を回復するためにもどうかご自重を」

 

「おぬしの言うことも理解できるが、それでも私はこれが最善だと信じておる。それに貴族の権利を取り消すとは飛躍がすぎるな。あくまで一時的な措置であるとわざわざ明言している。どれだけ長くとも十年以内に、とな」

 

「一時的にせよ、認めるわけには……」

 

「グリムス伯爵ッ!」

 

なんと言われても翻意を促そうとするグリムス伯爵にエドムンドの怒りが爆発した。

 

歴戦の戦人であるエドムンドの怒りの視線にグリムス伯爵は背筋に寒気が走った。

 

「貴様は共和主義者か? それとも王家に対する反逆者か? どちらだ!?」

 

「へ、陛下、なにを根拠に?! 私は王家の忠実な臣下でありますッ!」

 

「ならばなぜ私の命令を聞けぬ? ……ヨーク伯ッ!」

 

急に呼びかけられて身を震わせ、その厚い脂肪を波だたせるヨーク伯。

 

厳しい視線をグリムス伯爵に向けたまま、エドムンドはヨーク伯に問いかける。

 

「私はこのアルビオン王国の王であろう? 違うかッ!?」

 

「その通りです。略式とはいえ、ここにいる諸侯の方々の前で即位なされました。彼ら自身、貴方が自分たちの王であると認め、陛下に忠誠を誓っておいでです」

 

「ならば彼らは王の命令をなにより優先して達成する義務がある! 違うか?」

 

「まさしく。この空中大陸において陛下の命令に背くは反逆であります」

 

「そうか、ならばッ!」

 

エドムンドが腰に下げていた杖剣を抜き放ち、グリムス伯爵の喉元に杖先を突きつける。

 

あまりの事態に周りの貴族たちがざわめく。

 

「おぬしには2つの道がある。俺の命令に服するか、それともこの場で首を叩き落されるか……、選べ」

 

エドムンドの側近の者たちも含めた周囲の者たちは緊張のあまり、ゴクリと生唾を飲み込みグリムス伯爵がなんと答えるかとそわそわしながら待つ。

 

だが、当のグリムス伯爵自身は恐怖のあまり体が固まっており、頭もパニックしていたので答えられる状態ではなかった。

 

そもそも彼がジェームズ王に重用されず”レコン・キスタ”から無視されたのは、領主として平均以上の能力があるくせにどんな勝負でも窮地に陥れば思考停止を起こして敵に殴られるままという醜態を演じる精神的脆弱さがあったためにどちらも重用しようなどと考えなかったのである。

 

そんなグリムス伯爵が自分の生命の危機に陥れば固まるのも道理であった。

 

「黙っていてはわからぬではないか。沈黙も否定と受け取ろう。俺の命令に服するなら五秒以内に答えろ」

 

そう言い終わるとエドムンドは杖剣をふるった。

 

首の皮を斬られて伯爵の首筋に血の筋が何本か走る。痛みも我慢できるほどであるはなのだがグリムス伯爵は過剰反応して叫びながら転げまわる。

 

その醜態を見てエドムンドは獲物を嬲るような残酷な喜びを感じつつ、カウントダウンを始める。

 

「五――四――三――」

 

「――ッ!!! は、はいッ! 陛下の命令に従いますッ!!」

 

ほとんど悲鳴のような声でグリムス伯爵は命令に従うと叫んだ。

 

首を刎ね飛ばすまでやってみたかったなとエドムンドは思いながらもそれを表情に出さずに重々しくうなずく。

 

「わかればよいのだ。わかればな。このアルビオンを立て直し、かつての強国としての威信を取り戻すためにはおぬしらの協力が不可欠なのだ。今は国王、貴族、そして平穏を望む臣民が一丸となって国家に奉仕すべき時なのだ。そしてその団結を乱し、混乱を長続きさせ、民を苦しめようと企んでおる輩は”レコン・キスタ”とさして変わらぬ反逆者だ。よってそんな輩は貴賤を問わず相応の罰を受けると心得よ。よいなッ!」

 

「「「ザ・ウィル(御意)ユア・マジェスティ(陛下)」」」

 

この場にいる全員の唱和が屋内に響いた。

 

 

 

王の命令に服した後、リーズデイル男爵以下借金貴族達は集まっていた。

 

中にはリーズデイルより爵位の高い貴族もいたが、彼は年の功と温容な人柄によって多くの貴族から信頼されていたので彼らの相談相手としての立場を築いていた。

 

彼らの不安は「エドムンド新王陛下は宣言通り、我らに金をくれるのだろうか」というものであった。

 

リーズデイル自身そうした不安を感じていたため、彼らの懸念は深く理解できたがかなり楽観的に認識していた。

 

「国中の諸侯が集う場で王家の名誉と始祖の御名において誓約されたのじゃ。破れば我ら諸侯の信頼と忠誠を失うことを陛下とて承知しておられよう。ならば臣下としては信じるしかなかろう」

 

「しかし! 不敬を承知で言えば、グリムス伯爵に対する仕打ちはいかがなものでしょう? あの気迫は冗談ではありません。あの場でグリムス伯爵の首が飛んでいた可能性もあったでしょう。畏れながら陛下はいざとなれば我らを躊躇なく叩き潰せるような暴君の素質の持ち主ではないかと思えてしまうのです」

 

「元々陛下は大公息時代に一族の反対を押し切って軍人の道を進んだ御方じゃ。それも高原地帯(ハイランド)に風竜を単騎で撃破し、ウェールズ皇太子が王座に就いた暁にはアルビオンの大将軍になることを確実視されるほどの武勇を持った生粋の武人じゃ。だからその治世が多少なりとも武断的なものとなるのは仕方なかろうの。それに少なくとも今の時点で陛下を暴君と謗る者は不忠と言わざるをえぬと私はおもうのじゃが」

 

やんわりと嗜めるように不安をぶつけてきた貴族にそう説明する。

 

「しかし念のため、領地の防衛を固めておいたほうが良いのではないでしょうか……」

 

それでもなお不安な若い貴族がそう発言する。

 

それに対してリーズデイルは肩を竦めた。

 

「そんな余裕が私たちにあるのかの? 領民に仕事を放棄させてまでして徴兵していては徴税に支障をきたす」

 

「ですが、徴税権は王家に一括されています。我が領からの徴税が滞ったとしても我が家の収入は変わらないでしょう」

 

そうなった場合、仕事ができずに自領の民が苦しむことになるのだが若い貴族はそれに気づいていないようだった。

 

それに対してリーズデイルはため息を吐きながら反論した。

 

「それでもし王家から何のために徴兵なんかしたのだと問い詰められればどうするのだ?」

 

「え?」

 

「王家の暴発が怖くて徴兵しましたなどとバカ正直に答えようものなら、王家から目をつけられる可能性がとても高いと思うのだが、それをごまかせるような方法があるのか?」

 

「……増加した賊を警戒して、とか」

 

「ふむ。だが鉄騎隊(アイアンサイド)が盗賊退治を標榜に国中を縦横無尽に闊歩しておるのじゃ。賊が増加しているなどという情報を流せばやつらがすっとんできて、もし嘘だとバレればロクでもないことになると思うのじゃが」

 

「……軽率でした」

 

若い貴族の暴発を阻止できたことを察して、リーズデイルは安堵のため息を吐いた。




かなり難産だった。


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44話

エドムンドは王座に腰かけ、自らの側近たちと今後の打ち合わせを行っていた。

 

「あれでよろしかったのですか?」

 

「なにがだ。ブロワ侯爵」

 

略式の即位によって正式に自分のものとなった玉座に座り心地を楽しみながら、エドムンドは問う。

 

「諸侯らに対する対応です。あれでは現状を理解する能力に乏しく、そのくせプライドだけは高い奴が謀反を企てるのではありませんか。そうなればかなり大変なことになりませんか」

 

ブロワ侯爵の脳裏に怒り心頭で王宮から出て行った数人の封建貴族が頭に浮かぶ。

 

特に杖を突きつけられたグリムス伯爵なぞは今すぐにでも暴発して反乱を起こしかねないほどの怒りで顔をどす黒くしていた。

 

「おや、ブロワ侯爵は諸侯の反乱を恐れておいでで? 本国艦隊司令長官の言葉とは思えませんな」

 

余分の脂の塊である”白いオーク”の揶揄するような猫撫で声にイラつきを感じるブロワ侯爵。

 

「空軍が疲弊したとはいえ、ディッガーの鉄騎隊(アイアンサイド)と協力すれば諸侯の反乱鎮圧程度楽勝だ。なにより私が懸念しているのは三年に渡る内乱で多くの者が辟易している状態で新たに内乱など起これば民衆の不満が高まれば取り返しのつかないことになりはしないかということだ。無論、私が申し上げるまでもなく宰相閣下ならお気づきとは思うが」

 

ブロワ侯爵の皮肉にエドムンドは天使のような笑い声をあげた。

 

「陛下?」

 

「いらぬ心配だ。奴らが反乱を起こそうとしても起こせるものか」

 

心底おかしいとばかりに笑う自らの主君にブロワ侯爵は首を傾げる。

 

確かに諸侯もこの内乱でかなり疲弊しているとはいえ、許しがたいほど自分の既得権益を収奪されれば暴発することもありえるのではないか?

 

「ユアン、説明してやれ」

 

そう促された血色の悪い少年は不気味微笑み、詳細を説明しだした。

 

説明が終わった後、全員の心情を代表するようにヴァレリアが呟いた。

 

「各所で出す指示で薄々察していましたが……、政治でも陛下は恐ろしい方です」

 

「ミス・ヨーク。この程度、謀略に通じてる王侯貴族なら誰にでもできるわ」

 

フンと鼻息を鳴らし、エドムンドは顔色を一切変えずに今後の打ち合わせをつづけた。

 

 

 

自領へと続く街道を走る場所の中でグリムス伯爵は憤っていた。

 

エドムンドに刻み付けられた恐怖から脱兎のごとくに王宮を辞したのだが、自領に戻っている途中に幾分恐怖が薄れ、王宮で多くの貴族の前で自分がどんな醜態を晒してしまったことをいまさら自覚したのである。

 

「なんなのだあの若造は! 何千年もの歴史を誇る我が伯爵家の権威と対面を踏み潰してくれおって! 四年も国を離れてガリアで遊び呆けていたような奴が、よくも、よくもこの私を……!」

 

特権意識が強い彼にとって国中の貴族の前で国王直々に叱責され、周りの見世物にされるというのは堪えがたい屈辱であった。

 

溶岩のように熱くドロドロとした感情が伯爵の心を蝕み、支離破滅的な思考を続ける。

 

このような屈辱を受けては貴族としての名誉に関わる。それでも平然としているわけにはいかない。

 

であるならば、貴族をコケにしたらどうなるかあの若すぎる王に人生の先駆者として教訓を垂れてやらねばなるまい。

 

「領地に戻るとすぐに兵を集めよ。同じ要請を派閥に属する貴族にも出すのだ。あの若い王に現実というものを教えてくれるッ!」

 

それゆえグリムスは非常に短絡的な結論を出した。

 

「お待ち下さい。先の内乱の際は”レコン・キスタ”とも王家とも距離を置いて中立を保ち、軍事行動を最小限に抑えた結果として伯爵家は今の中立派閥の盟主たる地位にいるのです」

 

家臣であるディケンズは主君の短慮を内心呆れながら諫めた。

 

確かにグリムス伯爵家は先の内乱によって中立派と言われる貴族たちを束ね、アルビオン国内におけるパワーバランス的には内乱前と比べてかなり重要度が上がったといえる。

 

とはいえ、中立派などと言われる派閥は半分以上が自分たちが貴族として華やかで豊かな生活を送れるならそれ以外のことがどうなろうと気にも止めないと連中であり、残りの連中は自分の領地のことしか気にしないような奴らだ。

 

早い話が国政に関しては事なかれ主義な連中の巣窟であり、盟主の名誉を守るために協力しろと要請を出しても保身に走って普通に無視しそうな輩ばかりだ。

 

「兵を集め、王家に対して威嚇行為を行おうものならその立場を失うことになりかねません。ここは閣下に信を寄せる諸侯を集め、連名で陛下に諫言申し上げればよろしいかと。そしてそれを陛下が無視して専横を働き続けてからでもよいではないですか」

 

「黙れッ! これほどの屈辱を受けて黙っていられるものか!」

 

だが、完全に怒りで我を失っているグリムス伯爵は臣下の忠言を一蹴する。

 

「……失礼しました」

 

ディケンズは完全に自分の主君に失望していた。

 

下級貴族のディケンズにとって主君とは自分の能力をふるう為の道具にすぎないのだが、それでもこの男の低能さは何度自分を失望させてくれるのだろう?

 

この男は現状認識能力に乏しすぎる。

 

モード大公の一件からこの国は動乱の極みにあり、能力と采配次第でいくらでも成り上がれる可能性はあったというのになぜ動乱が収束し、ジェームズによって王政復古が宣言され、エドムンドらによって共和主義勢力が一掃されてから動き出そうというのか。

 

おまけにこのタイミングで武力誇示は明らかに愚策である。王家があそこまで派手に地方領主を挑発したということは間違いなく対抗するための手段は整っていると考えるべきだろう。

 

つまりエドムンドの判断次第で容易くこちらの武力誇示を”反乱”と断定し、容易く”鎮圧”を決定しかねない。そうなればグリムス伯爵はもちろんの事、その筆頭家臣である自分もろとも破滅しかない。

 

なんとかしてこの機を見る目がないにもほどがある主君の考えを変えさせねばとディケンズは平静を装いつつ頭を回転させる。

 

しかしそれは徒労に終わった。ディケンズの思考がまとまる前にグリムス伯爵領から緊急の伝令が飛んできたからである。

 

「なに、それは本当なのか!?」

 

伝令の報告を聞いて固まったグリムス伯爵に代わってディケンズが念押しする。

 

「間違いありません」

 

鉄騎隊(アイアンサイド)の連中が貴族領における徴税権と司法権が凍結されたことを告げ、にもかかわらず過酷な徴税や労役を課す領主は国家と王家に対する反逆者であり、官僚はそのような命令を受けても命令に従わぬよう忠告し、民衆に対しては具体的な大減税を宣言をしていったらしい。

 

そのせいで領地の運営に支障が発生しており、グリムス伯爵の判断を仰ぎたいということであった。

 

いくらなんでも早すぎる展開にディケンズは前もってエドムンドが前もって鉄騎隊(アイアンサイド)に王宮で確実に決める事柄を告げたいたのであろうと悟った。

 

実に効果的だ。これでは王家の意向に背くような行動をすれば即座に罪人として色々な意味で首が飛ぶに違いない。

 

「閣下、ここまで先手を打たれてはやはり周辺領主との連携を深め、様子見に徹した方が上策かと思われますが……」

 

「黙れッ!」

 

反射的に反発したものの、内心の怒りと不快感をぶつけたおかげかグリムス伯爵はわずかだが気が静まった。

 

そして思考する。彼は三年間の内乱で周りの障害が一掃されたため、権力志向を表向きに晒すようになった。そしてそれは国内に戻ったばかりのエドムンドが迅速に動くのは難しいだろうという推測してのことでもあった。

 

実際にはエドムンドはエクトル卿として二年も前から国内に戻っており、ヨーク伯爵やブロワ侯爵といった優秀な政治家と軍人との間に強固な信頼関係を構築していたためその推測は見当違いもいいところなのだが、エクトル卿の正体を知らないグリムス伯爵にそんなことはわからない。

 

……わからないが、現状を見るに自分の推測が甘かったと判断せざるを得なかった。

 

「……確かにすぐに行動を起こすのは危険だ。業腹だが今は様子を見るしかないか」

 

ほとんど吐き出すようにそう言った自分の主君に、ディケンズは今後の身の振り方について考えるべきかと思い始めた。




原作勢を出したいがなかなか出せるとこまで話が進まないorz


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『英雄』

今回、ちょっと不快な表現があるかもしれません。


中央集権体制を確立せんとするエドムンドの計画は順調すぎるほど順調に進んでいた。

 

鉄騎隊(アイアンサイド)が各地に減税を告げて回る傍ら、「分裂と内乱の時代は終わりを告げ、統一と平和の時代がやってきたのだ。新王陛下は統一と平和の維持のため諸君らの助力を願っておられる」と宣伝させておいたことだ。

 

既に内乱終結時から各地の新聞社からエドムンドの英雄ぶりが過剰な装飾を凝らしたうえで誇張されまくっており、更にはエドムンドの経歴が典型的なまでの貴種流離譚であったために劇作家や吟遊詩人に題材として好まれ、大量の劇や(うた)が造られた結果、エドムンドはアルビオン王家の英雄としての人気を不動のものとしていた。

 

その英雄の力になれる! そんな大義名分が民間に浸透し、”レコン・キスタ”時代の貴族の横暴さに不満を抱いていた平民たちの復讐心も手伝って、貴族達が反乱を企んでいるとか不穏な噂を聞けば即座に密告したのだ。

 

それだけでなく密告者は貴族家当主に信頼されている家臣にも複数いたため、どんな主従関係だったんだとエドムンドをあきれさせた。モード大公が反逆の烙印を押され、自分も連座で罪人として扱われたとき、領民はともかく自分の家臣から離反者はいなかったものだが……

 

とにかく密告された貴族家を鉄騎隊(アイアンサイド)が襲撃し、反乱やらボイコットやらの証拠を発見して処罰を与えるという展開が頻発し、他の貴族は不満があれども口を閉ざすよりほかに道はなかったのだ。

 

しかし王家にも損害がないほど都合がよくはなかった。

 

「王家が借金相手を叩き潰したおかげで丸損だ。かわりに返済してくれ」

 

多少オブラートにくるんではいたが、貴族家をいくらか取り潰した後に大挙して謁見を求めてきた銀行屋や金貸しどもの要求はそんな感じであった。

 

ハッキリ言って難癖だろうとエドムンドは思うのだが、かといって全く無視するわけにもいかなかった。銀行や金貸しが連続破産なんてことになれば国家経済も破綻へ向かって一直線なんてことになりかねない。

 

なので財務卿のグレシャムに未返済の借金の半額を補償するつもりだから見積もりを出せと命じた。

 

そしてその財務卿の報告書に書かれていた金額の巨大さにエドムンドは眩暈を感じずにはいられなかった。

 

無論、取り潰した家の中で借金がなかったっから丸ごと国庫に納められた貴族財産もあるにはあったのだが、それでも銀行や金貸しに対する補償で国庫からの持ち出しの方が圧倒的に多いという救いのない酷さ。

 

これで半額だというのだから後先考えない馬鹿貴族どもはどこまで自重せずに借金を繰り返していたのだろうと剛胆なエドムンドをして背筋に戦慄を覚えた。

 

ともあれそんな些細な問題が発生しつつも全体的にはエドムンドの国王による国家の掌握は順調であった。

 

そんな時、エドムンドはある興味深い情報をヴァレリアから聞かされた。

 

七万の軍勢相手に殿を務めた英雄ヒラガ・サイトがトリステインで”シュヴァリエ”の爵位を授かり、復活した伝説の近衛隊、水精霊騎士隊(オンディーヌ)副隊長に任じられたというのだ。

 

「なぜアルビオンの仕官を断っておきながら、トリステインの貴族になるのだ」

 

もし仕官先がゲルマニアなら不満を感じつつも、ある程度の納得を持って受け入れられただろう。

 

ゲルマニアは実力主義の国であり、メイジじゃなくても金や功績次第で成り上がれるのだから。

 

しかしトリステインは伝統を重んじすぎるほど強固な権威主義が蔓延している国である。

 

内乱終結間もない自分の国も褒められたものではないが、それでも実力のある非メイジの仕官先としてトリステインよりは魅力的だろうにとエドムンドは思わざるを得ない。

 

「ルイズ嬢の存在のせいでは?」

 

「なぬ?」

 

「いえ、デュライ百人長がルイズ嬢とサイトは明らかに恋仲だと言っていたのでそのせいではないかと」

 

「恋……か」

 

恋。

 

エドムンドにとっていまいち実感が伴わない概念である。

 

婚約者のクラリッサがエドムンドにいたが、それは親同士が決めたもので最初から結婚を前提にお付き合いをはじめ、そして深く異性として愛するようになったものだからクラリッサに恋をしていたかと問われると首を傾げざるをえない。

 

それ以前については武人として色恋沙汰より、亜人とか盗賊の退治や戦友との宴会に熱中していたため、恋愛の知識というものには疎い。

 

だが、貴族に生まれればよほど相手が酷くない限り、結婚はそういう形で話が進んでいくものだし、貴族のする恋など相手が問題ない家柄の人でなければ成就する可能性は限りなく低いのだから多少疎くても知識として知っていれば問題ないだろうとエドムンドは思う。

 

……ただ別にそういった事情もないのに敬愛した父、モード大公が女エルフを妾にしていたらしいということを知ってからはそういう認識を改める必要があるのかもしれないと思いつつあるのだが。

 

「それにしてもあの少年剣士は我々と違って本当の英雄と呼ぶに値する人物なのでしょうな」

 

ヨハネはどこか自分たちを卑下するようにそう呟いた。

 

幼いころのエドムンドは遊び相手だったヨハネとともに英雄譚に夢中でそれを拗らせて文官の道を進ませようとする父や兄の反対を押し切って生粋の軍人になった。

 

その為、どこか英雄というものに憧憬があるので、謀略によって自分たちが英雄と呼ばれていることにヨハネは少し不満があるのだ。

 

「ヨハネ、遠い異国の話なのだが、なんとかチェスっていう国でヴェッセルとかいう英雄がいたそうなのだ」

 

「なんとか将棋(チェス)? 変な名前の国ですね」

 

急に話を変えた主君にやや戸惑いつつもヨハネは答える。

 

「ヴェッセルは愛国心からとある政治勢力に肩入れして敵対する政治勢力と戦う武装組織に所属していたのだが、ある日敵対勢力の尖兵に殺されてこの世を去った。そしてそのことを知った上官たちがヴェッセルの遺作で自分たちの力で誰もが自由とパンを享受できる日を作るのだという趣旨の詩を発見して感動し、ヴェッセルを英雄として讃え、彼の作った詩が国中で歌われたそうだ」

 

それを英雄というのかどうか少し怪しいが、一人の兵士の美談としてはなかなかだとヨハネは思った。

 

「ところがだ。ヴェッセルが所属していた勢力が敗北するとろくでもない真実が明らかになった」

 

「ろくでもない真実?」

 

「なんでもヴェッセルは連れ込み宿の常連客だったそうなのだ」

 

「は?」

 

あまりに予想外な言葉にヨハネは頭が真っ白になった。

 

「そしてある日ヴェッセルは金欠状態なのに女を連れて連れ込み宿を利用した。家主に金を払えといわれたがヴェッセルにそんな金はない。そこで女は金で自分が買ったモノだからという暴論で一人分の宿代で話をすませようとした」

 

「いや、無理でしょう」

 

無茶苦茶にもほどがあるだろう。

 

「当然だ。家主は激怒して知り合いの屈強な男性に協力を頼んだ。その男は快諾して馬鹿な宿泊客に常識を叩き込んでやろうと連れ込み宿に赴いたが、ヴェッセルが連れ込んでいた女が自分の元恋人だと気づいた瞬間、携帯していた銃でヴェッセルを撃ち殺したというのが真相なのだそうだ」

 

「……」

 

ひどすぎる真相にヨハネは頭を抱えた。

 

「それでは敵対勢力の尖兵に殺されたというのは嘘だったのですか?」

 

ヴァレリアの問いにエドムンドは

 

「いや、嘘じゃない。ヴェッセルを銃撃した男が敵対勢力の部隊に所属していた。それでヴェッセルの遺作の詩も含めてそのことを上官達が最大限利用したと感じだ」

 

あまりにもひどい三角関係とそれを利用する政治勢力の存在にヴァレリアはドン引きした。

 

エドムンドはひとつため息をつくと疲れたような声で

 

「真実は常に様々な推測や願望の解釈で覆い隠され、周知となるのは表層的な事実のみだ。いや、その事実とて場合によっては派手に歪めることを躊躇せぬ輩は数多いよう。それを考えれば我々が憧れた英雄譚もどこまでが本当なのやら。だからヨハネ、英雄の称賛に価せぬと思うのは自由はだが、だからといってそれを理由にあまり自分を卑下するな。我々はそういう印象を与えるという目的をもって動き、それを達成したのだから。ヴェッセルのように自分のあずかり知らぬところで英雄になったわけでもないのであるし」

 

「わかりました」

 

かなり婉曲的な主君のフォローをヨハネは受け入れた。

 

「さて、かなり話がそれたが現代のトリステインの英雄の話に戻すとしようか。再建された水精霊騎士隊(オンディーヌ)の副隊長になるそうだが、隊長は一体誰だ?」

 

「ギーシュ・ド・グラモンという貴族の子弟です」

 

「グラモン……トリステインの武門の家柄だな。だが、ギーシュという名に心当たりがないな」

 

「グラモン家の四男でまだ魔法学院の生徒らしいので当然かと」

 

エドムンドは目を見開いた。

 

「なぬ? ではド素人の学生を隊長に据えたと?」

 

「先の戦争でサウスゴータ攻略の際に一番槍の功績で勲章をもらっておりますので、まったくの素人というわけではないそうですが……」

 

「なるほどな。しかし隊員からすればたまったものではなかろう」

 

エドムンドは当然のように他の近衛隊と同じように水精霊騎士隊(オンディーヌ)も優秀な人材を登用しているのだろうと考えていたのでそんな言葉が漏れた。

 

「いえ、その心配はないでしょう。水精霊騎士隊(オンディーヌ)はすべてトリステイン魔法学院の学生で構成されたようです」

 

「……それでは魔法学院で学業に励んでいる奴らに宮仕えを命じたのか? 理解しかねるな」

 

「正式に宮仕えするのは卒業後だそうですが、私も理解しかねます」

 

それでも儀仗兵としての役目すら果たせるか怪しいではないか。

 

エドムンドは水精霊騎士隊(オンディーヌ)の人事についてなにか合理的な説明ができないかと顎に手を当てて思考する。

 

暫くして合点のいく推論がまとまり、ひとつ頷いた。

 

「白百合の女王も食えぬ奴よ。なにがなんでもサイトを自国に取り込む腹積もりか」

 

「どういうことでしょうか?」

 

ヨハネが問うとエドムンドは笑いながら

 

「考えてもみよ。サイトはルイズ嬢の使い魔なのだ。ということは水精霊騎士隊(オンディーヌ)の連中はほぼ全員サイトの知り合いや友人であろう。見ず知らずの兵士の上官をやらせるよりよっぽど強力な鎖となろう。隊長にグラモン家の四男を据えたことも中々上手い采配よ。前例や慣例をなにより重視する権威主義の貴族どもは由緒ある歴史を持つ水精霊騎士隊(オンディーヌ)の隊長に非メイジが就任するというのに強く反対するだろう。それに対する良い逃げ口上になる。それにサイトがなにかしら不祥事を起こしたらギーシュとかいう小僧に全責任を負わせて首を飛ばせばよい。”命より名を惜しめ”が家訓のグラモン家の当主が嫡男ならともかく四男の命をそれほど惜しむと思えんしな。八方丸くおさまるではないか」

 

結局、だれがどう思いそれを行ったのかという真実は周りにはわからず、表層的な事実のみで推測するしかない以上、勘違いという現象は避けられないのである。




+ヴェッセル
死因が昼ドラなのか政治闘争なのか、それが問題だ。
なんでエドムンドがこいつの逸話を知ってるんでしょうね(棒)

+白百合の女王
トリステイン王家の紋章は白百合。つまりアンリエッタのことです。
エドムンドはどんだけアンリエッタを評価すれば気がすむのでしょう。


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46話

前話のヴェッセルの話に感想欄でツッコミはいるかなと思っていたが、意外とスルーされた。
同じ話でエドムンドがアンリエッタの行動の推測をしたのがマズかったか。


南西の街道の収束点であるシティ・オブ・サウスゴータからこちらまで来る商隊もあるのでブロワ侯爵領の中心地である地方都市ベイドリックの市場は活気に満ちている。

 

先の内乱でも微妙な立地にあったおかげで一度も戦場にならなかったこともあってベイドリックはほかの都市と比べてかなり治安が良く、領民は領主のブロワ侯爵に感謝しているのだ。

 

そんなベイドリックの街道に青地に杖と銃とブリミル教の聖印があしらわれた旗を掲げて進む百人ほどの軍人の集団が進んでいく。

 

鉄騎隊(アイアンサイド)だ! 鉄騎隊(アイアンサイド)のお通りだ!」

 

その旗を見たひとりが叫び、街道を埋め尽くしていた民衆は両端に走って道を開ける。

 

鉄騎隊(アイアンサイド)万歳!」

 

民衆がそう叫ぶのを聞いて先頭にいたディッガーは軽く民衆に腕を振った。

 

すると民衆の熱狂は益々すごくなり「万歳!」と叫ぶ。

 

内乱終結直後は裏切り者の部隊としてあまり人気はなかったのだが、度重なる盗賊退治と治安業務で実績をあげ、平民たちから見てもいけ好かなかった貴族を次々と国王の名の下に捕まえて処刑台に送り込むので一躍憧れの存在と化していた。

 

なにより隊員に貴族どころかメイジですらない人間が多数所属しているので平民に対してそれほど尊大な態度をとらず、今までの王国騎士団より親しみを感じられると噂しあっている。

 

「いったい何事ですか」

 

騒ぎを聞きつけて焦って駆け付けてきた代官とその部下達。

 

「この街の工房に頼んであった武器が完成したと聞いてな。それを受取りに来た」

 

「……それでしたら先に一報くださればよいものを」

 

「なに? 侯爵には前もって告げておいたはずだが、聞いていないのか」

 

ディッガーの問いに代官は汗を流して、

 

「いえ、そのような話は聞いておりませんが」

 

「……空軍の再建にかかりきりになっていると聞いてはいたが、そこまで領主としての仕事を蔑ろにしているとは」

 

領民からの感謝を一身に浴びるブロワ侯爵であるが、当人はというとその感謝を浴びせられた時、非常に戸惑ったものだった。自領が戦場にならなかったのは運がよかったから以外のなにものでもないからと知っていたからである。

 

別段、自領が戦場にならないよう努力したわけでもないのにそのことを領民から感謝されたものだから、生粋の軍人であるブロワ侯爵は自領に戻るとなんだか恥ずかしい気分に襲われて、今まで以上に領地運営を代官に丸投げして空軍の仕事にかかりきりになっている。

 

そんな噂をディッガーは聞いてはいたのだが、本当とは思っていなかった。

 

後で主君に報告してブロワ侯爵を叱っていただかねばとディッガーは脳裏のメモにそう書き留めた。

 

ついてきた五十人の直属部隊の面倒を領主館の人員に任せるとディッガーは側近を数人だけ伴ってベイドリック郊外にあるあまり目立たないがそれなりに大きな規模の工房へと赴いた。

 

工房は冶金技術に優れるゲルマニアの施設と遜色ない設備が整っている。先の内乱で”レコン・キスタ”が優勢になった頃からエドムンドが何度も秘密裏に大量の投資を行って優れた職人を集め、設備を整えさせたのである。

 

この事実を知っているのは命令した主君と土地を貸したブロワ侯爵、そして連絡役兼検分役である自分とその側近しか知らない。

 

「これは総帥閣下、こんなむさくるしいところへようこそ」

 

髭もじゃの爺さんが出てきて軽く腰を折る。

 

この老人がこの工房の主であり、エドムンドが見込んで自陣営に取り込んだ凄腕の錬金術師である。

 

「おや、今日はデュライ百人長はおられないのですかな?」

 

もじゃもじゃの髭で顔面の八割近くが隠れて表情が確認しがたいが、たぶん不思議そうな顔をしてそう問う。

 

「デュライは別件で今日は来ていない」

 

「ほう、ぜひとも彼の意見を聞きたかったのじゃが」

 

老人は髭をいじりながら残念そうにつぶやく。

 

「……それで”例の銃”が完成したと聞いたのだが、本当か」

 

「ああ、こちらになります」

 

老人が指示した先にある代物を手に取るディッガー。

 

外観だけでは普通の銃との差がとても理解できず、連れてきた銃士に持たせた。

 

銃士は射的場へ出ると普段使用している銃とこの工房で作られた新式銃を交互に数度発砲してみせる。

 

普通の銃の場合との差にディッガーは目を見張り、戻ってきた銃士からの説明に深く考えさせられた。

 

実はディッカーは秘密裏に制作されている銃にあまり期待していなかった。エルフが使う風銃のような例外を除き、銃は数を揃えねば大した脅威にならないというのがハルケギニアの常識であったし、ディッガーにとっても当然のことであった。

 

しかしその常識は目の前で完全に粉砕されたようにディッカーは思えた。もし目の前の新式銃が一般的になれば少なくとも長期的な訓練を必要とする弓矢は確実に絶滅危惧種の武器になるだろう。

 

「……ご老人、この工房で月にこの銃は何丁作れる?」

 

やや声を震わせながらの問いに老人は自分の髭をさすりながら、

 

「そうですなぁ。かなり複雑な構造になっておりますので最初は八、慣れて十数丁というところでしょうかのう」

 

「……最低でも月に百ほどほしいのだがな」

 

ディッガーは不満そうな口ぶりでなんとかならないのかと視線で問うと、老人は立派すぎる髭を逆立たせて不快を示した。

 

「無理を言わんでください。この工房には儂を含めて十人しかおらん。百も作るとなると人手が足りなさすぎる」

 

老人の反論にディッカーは閉口せざるを得なかった。

 

しかしこれはどうしても欲しい。ロンディニウムに戻り次第陛下に新式銃の量産と鉄騎隊(アイアンサイド)の拡張を上奏すべきだろう。

 

内乱終結以来、国内の不穏分子に対して鉄騎隊(アイアンサイド)は八面六臂の大活躍を演じているが、実のところ仕事が多すぎて隊員がろくに休息をとれてない状態にあり、加えてディッカーは鉄騎隊(アイアンサイド)を敵と戦場で戦う部隊であり、自分はその指揮官であるという自負があったの治安活動に嫌気をさしており、隊内に治安専門部隊を設立することは悲願であったのだ。

 

しかし不穏分子のほとんどが貴族、つまりはメイジである以上治安部隊といえど一定以上の戦闘能力を持つことが要求され、素人をそんなレベルになるまで一から教育する時間をさけるほど暇ではなかったのでディッガーは渋々諦めていたが、新式銃が採用されれば兵の戦闘力を鍛えてやる手間暇は格段に少なくなるだろう。

 

質を問わなくていいなら人員を集めるのは容易い。現在のアルビオン国内に鉄騎隊(アイアンサイド)に憧れている連中はごまんをいる。主だった街々に兵員募集の立て札でも立てれば数千人の人員を集めることが可能だろう。いや、国内の熱狂ぶりを見ると一万の大台に乗るかもしれないとディッガーは期待に胸が躍った。

 

躍ったのだが、エドムンドから勅命を受けていたことを思い出してディッガーは気を沈めた。鉄騎隊(アイアンサイド)には”レコン・キスタ”の、クロムウェルを育てさせた腐敗の病巣を一網打尽にせよと命令を受けていたのだった。ユアンから渡されたリストの面々を拘束してロンディニウムに凱旋するのはどれだけ早くても一か月後になるだろう……

 

「わかった。なら今は一丁でも多く作れるように頑張ってくれ。人員増加の件は私から陛下に上申しておく」

 

内心のくやしさを悟られまいと必死で普通な声をイメージしてディッガーはそう告げて工房を後にした。

 

残された老人はやれやれと言わんばかりに肩をすくめて、ため息をついた。



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ロマリアの使者

中央集権化を推し進めてしばらくたった頃、ロマリアからの使者がこの白亜の王城へと訪れた。

 

ロマリアが口出しをしにやってくるようなことをしていると自覚しているエドムンドはやっぱり来たかとロマリアの使者を謁見の間を招き入れた。

 

侍従武官達に案内されて謁見の間に入ってきた女性と見紛う程美しい少年を見て、エドムンドは驚いた。

 

ロマリアの使者と聞いて聖職者としての威厳や厳格さを持った人物であろうと考えていただけにそんなものとは無縁そうな容姿だったからである。聖職者というより舞踏会に熱をあげている少年貴族という方がしっくりくる感じがする。

 

それに見間違えでなければ少年が腰に差しているのも杖ではなくサーベルのように見える。自分のようなサーベル型の杖剣という可能性もなくはないが、それならもう少し厚みがあるはずだ。

 

おまけに少年の目は両眼で色が違う”月目”だった。”月目”は不吉だという迷信が一部の人たちに信じられているハルケギニアでよく聖職者になれたものだ。

 

「よくぞ参られたロマリアの使者殿。私はアルビオン王国国王エドムンドだ。歓迎申し上げる」

 

「私は教皇聖下より助祭枢機卿の地位を賜っておりますジュリオ・チェザーレと申します。この度は聖下の命により使者としてこの国に参りました。国政でお忙しいにも関わらずこうして時間を作っていただき、エドムンド陛下の寛大さに感謝します」

 

助祭枢機卿などという高位の聖職についていることにエドムンドは警戒を覚えた。枢機卿などという教皇に次ぐ高位聖職者はたいていが老人であるというに、この若さでその一員であるというのは有能さの裏返しに他ならない。

 

だが、それとは別にエドムンドには気になることがあった。

 

「失礼だが、ジュリオ・チェザーレというのは本名なのか?」

 

ジュリオ・チェザーレはアウソーニャ半島を統一し、ガリアの南半分すらも手に入れてロマリアの全盛期を築いた偉大な”大王”の名である。そんな畏れ多い名を子につける親や神官が存在するだろうか。

 

エドムンドの疑問に少し顔を赤くしてジュリオは頬を掻きながら、

 

「お恥ずかしながら聖職に就く前は孤児院のガキ大将だったので周りから綽名でそう呼ばれていまして、それを知った孤児院の神官も悪ノリでもしたのかその綽名をそのまま私の名前にしてしまって……」

 

「……苦労されたのですな」

 

その話を聞いてエドムンドは目の前の少年に対する警戒心を最大限に強めた。

 

いったいどういう巡り合わせに恵まれれば薄汚い孤児風情が若くして枢機卿へ変身できるというのだろう?

 

(胡散臭いにもほどがあるわ)

 

それは側に控えているヨハネを筆頭とした侍従武官やヴァレリアを筆頭とした文官達も同じであった。

 

「それでどのような命を受けてこの”白の国”へ訪れたのか、理由を聞いても?」

 

「はっ、教皇聖下は非常に嘆いておられます」

 

「ほう、何に対してでしょうか」

 

「アルビオン王国の行く末に対してです」

 

ジュリオが真顔でそう言ったものだからエドムンドは噴き出すのを必死で堪えねばならなかった。

 

ロマリアの視点から見ればそうも言えるかもしれないが、俺が短気だったら激怒して面会を未来永劫中断されても文句言えぬ無礼な言葉だとエドムンドは思った。

 

しかし自分がそうしないと見抜いた上でこんな言葉を言ってきたとすると少し癪だ。

 

「なるほど、我が国の行く末に対してですか。……教皇聖下におかれては国内に様々な問題を抱えて心労が絶えぬ日々をお過ごしでしょうに遠く離れた雲の上の王国の行く末に対してまでご心配頂けるとは有り難い限りですな。教皇聖下にはこのエドムンド・オブ・ステュワート、その広い御心に深く感激したとお伝えしておいてくれるかな」

 

表面的には教皇への感謝を述べつつも毒を含む回答である。

 

教皇は王侯貴族と違って世襲ではなく枢機卿たちによって開かれる教皇選出会議によって選ばれた者がその地位に就くという形をとっている。

 

そして現在の教皇である聖エイジス三十二世ヴィットーリオは枢機卿達に支持されて教皇の冠を抱いたわけではなかった。

 

というのも現在の教皇は筋金入りの改革派であり、民衆からの人気は高かったが保守的な神官達には嫌われていたので教皇選出会議はかなり揉めたのだ。

 

改革派と保守派では保守派の方が圧倒的に多数であったが、多すぎるせいで内部で派閥が乱立していて神官全員が納得する教皇候補を派閥内から立てることができず、保守派から好意的な評価を得ていたトリステイン王国宰相マザリーニ枢機卿に帰国してもらって彼を教皇候補にしようとした。

 

しかしマザリーニ枢機卿は”始祖ブリミルの代弁者”たる教皇の仕事よりトリステイン王国への忠義の道に生きがいを見出していたため保守派からの帰国要請を断ってトリステインに留まり続けたので保守派は足並みが揃わず、消去法でヴィットーリオが教皇となり、”始祖の盾”と称された聖者エイジスの名を襲名したのだった。

 

そうした経緯から現教皇はロマリア国内に潜在的な敵が大量にいるはずであり、アルビオンの行く末より自国の行く末を心配したらどうだとエドムンドは嘲っているといわけである。

 

「どれだけ離れていようと全ブリミル教徒の頂点におられる方です。教徒達が教義に従って正しい方向へ進んでいるのかと気に病むのは当然の事でしょう」

 

エドムンドの皮肉に気づいているのかいないのか、ジュリオは軽く微笑んでそう返した。

 

「その言いようから察するに我が国が教義に背いているか聖下が疑っている……そう解釈してよいか」

 

「ええ」

 

「酷い言いがかりだ。私は常に神の御心にそうと信じる道を歩いている。いったいなぜそのような疑いをもたれているのか説明してもらいたいな」

 

疑いを持たれた理由をエドムンドは明確に察していたが、それでも不快なものは不快であり、不機嫌さを隠さなかった。

 

「それは陛下が国内の聖職者を弾圧しているという話を聞いたからです」

 

一週間ほど前に各地の反抗的領主を粛正されて他の領主も恐怖に凝り固まって動くの自粛しだしたのを見計らい、エドムンドはもっと王権を強化すべくさらなる一手を打った。

 

荘園を持っている聖職者、政治的に強い影響力を持っている聖職者を共和主義者の残党と見做して片端から投獄したのである。

 

当然ロンディニウムのロマリア大使は激怒して抗議の為に謁見を求めたが、エドムンドは黙殺したので仕方なく本国にありのままを報告し、こうしてジュリオが派遣されてきたのが今回の顛末である。

 

「聖職者を弾圧している? はて、なんのことやら」

 

「アルビオン在住の大使から報告を受けているのです。なのに言い逃れしようとするなら大使館で保護されている弾圧から逃れた人たちを招きましょうか。彼らを連れてくると話が拗れるだろうから呼ぶのは嫌なのですが」

 

「おぬしは弾圧をやめろと求めているのに被害者にやけに冷たいな」

 

エドムンドはそう言って冷笑し、

 

「確かに被害者の悲鳴を聞きながらの交渉など面倒だ。一部の聖職者を牢に入れたことを認めよう」

 

「では、すぐにその改善をしてほしいですね。そして宗教庁に謝罪して頂きたい」

 

「なぜかな? その必要性を私は感じぬが」

 

弾圧したことを認めても悪びれないエドムンドにジュリオは目を細めた。

 

「それをして罪の意識を感じないというのなら陛下は異端の誹りをまぬがれませんよ」

 

異端認定を武器に脅迫するが、エドムンドはそれを笑い飛ばす。

 

「お若い枢機卿猊下は勘違いをしておられる」

 

「勘違いとは?」

 

「牢にいる聖職者は聖職者という理由で投獄されておるわけではない。”レコン・キスタ”の残党である疑いが濃厚であるから牢におるのだ。確かロマリアも先の諸国会議で共和主義者の封殺する趣旨の”王権同盟”の内容に賛成していたと思うのだが……はて、私の記憶違いであったかな」

 

揶揄するような声でエドムンドは側に控えている文官の列を眺め観た。

 

「記憶違いではございませんわ。”王権同盟”の条約をロマリアはしっかりと締結もしております」

 

「だ、そうだが?」

 

エドムンドの冷たい視線を受け、ジュリオは憮然とした顔をした。

 

「証拠はあるのでしょうか、陛下」

 

「奴らは”聖地奪還を成し遂げようとする彼らは聖なる戦士である”などと説法して無垢な民草を共和主義などという過ちへと扇動しておったし、”レコン・キスタ”の皇帝クロムウェルや護国卿エクトルと関係を持っていたというのだ。どちらも大量の証言がある。それを提示しながら共和主義の聖職者を一掃しろという国内の声を無視するわけにもいくまい」

 

「その論法でいくと陛下の親衛隊である鉄騎隊(アイアンサイド)も含まれるのでは? 彼らは先の内乱でエクトル卿直属の部隊として”レコン・キスタ”の為に獅子奮迅の活躍をしたと記憶しているのですが、これも私の勘違いでしょうか?」

 

ジュリオの痛烈な皮肉に侍従武官は殺気立ったが、エドムンドはしばらくジュリオを黙って睨み付けた後、肘掛けにもたれかかって視線を外した。

 

「現在我が国の宮廷において奇妙な噂が広がっているのだ。それも無視しがたい噂が」

 

唐突な話題変更にジュリオはやや困惑した。

 

「それに関する噂というのが”レコン・キスタ”の異常なまでに素早い規模の拡大には貴国が大いに関わっているのではないか、というものだ」

 

「先の戦争において、我がロマリアが連合軍に義勇部隊を派遣したことを陛下はお忘れですか?」

 

「忘れてはおらぬし、感謝もしておる。しかし噂を信じておる連中は思わず感心したくなるほど穿った見方をしておるのだ」

 

「どのように?」

 

「”レコン・キスタ”は手段はともかくとして掲げていた目的はロマリアの悲願と同じであろう?」

 

「彼らが本当にそれを成し遂げるつもりがあったとは思わないですが、その通りですね」

 

ジュリオは頷いた。

 

始祖が降臨せし聖地は六千年前に異教徒に奪われた時よりその奪還はブリミル教徒の悲願である。

 

「それに先ほどおぬしも言ったが、どんな遠い場所にいるブリミル教徒でも正しい教義を守っているどうか気に病むのがロマリアという国。しかるに国法で新教を禁じているガリアとは違って新教を禁じておらず、それどころか新教の信仰すら大事にならぬ限り黙認している我らがアルビオンに対して、好ましからぬ感情を持っているのではないか。だから厳格な保守派であった教皇聖下が”レコン・キスタ”を支援して新教徒をこの白の国から抹殺しようと考えた。そして先代の死後、後の教皇の座を巡ってロマリアは混乱したせいで”レコン・キスタ”は暴走。今の教皇聖下が戴冠して現状を把握し、証拠隠滅のために義勇軍を派遣した。そして諸国会議の際にその証人であるストラフォード伯の身柄を要求したのだと。こんな内容の噂が流布しておるのだ」

 

「ただの噂です」

 

「そうだ。ただの噂だ。だが妙に現実味のある、よくできた話だとは思わぬか?」

 

美形の少年は目を細めてゾッとするほど良く整った顔で笑みを浮かべた。

 

美しい笑顔でも、いや、この場合むしろ美しすぎる笑顔だからこそというべきか、存外と雰囲気次第では美しいものでも相手に恐怖を煽るものに化けるものだとエドムンドは思った。

 

「陛下もその噂を信じているのですか?」

 

私個人としては(・・・・・・・)信じぬよ。言ったであろう? 先の内乱でロマリアを義勇部隊を派遣してくれたことを感謝しておるし、その誠意を疑っておらぬ。だが、”レコン・キスタ”を支持した聖職者に対する拘禁をロマリアの介入によって中断させられたと宮廷の雀どもが聞けばその噂を信じる者が増えるのではないかと懸念(・・)しておる。ゆえにロマリアには今回の聖職者に対する処置について是非理解(・・)して頂きたい。そうでなければ、今後のロマリアとの外交関係が好ましからざる(・・・・・・・)方向へと向かっても私は責任をとりかねる(・・・・・・・・・・)と教皇聖下にお伝え願えませんかな?」

 

ジュリオは頬を引き攣らせた。

 

今のエドムンドの言葉を彼なりの言葉で直訳すると「自分は噂を信じてないけどロマリアに介入されると噂を信じちゃう人が増えるかもなー、そうなると噂を信じている宮廷勢力を抑えられなくなってロマリアとの関係が悪化するかもしれないね! そうなっても俺のせいにはすんなよ!」である。

 

要するに脅しじゃねぇかとジュリオは内心で思った。

 

だがアルビオン側がどの程度覚悟して弾圧を行っているのかわからない以上、脅しに屈せず聖職者弾圧をやめろと言うのも考えものだ。

 

いや、即位直後から封建領主の粛正に積極的で王権強化に余念がないエドムンドならな、本気でロマリアとの開戦も視野にいれているのかもしれない。

 

それはだめだ。ガリアと水面下で対立している今、ジュリオたちの目的の為にもハルケギニア諸国の戦力が低下するのは避けるべきだ。

 

「陛下のご懸念は理解しました。しかし聖職者の中に共和主義者が紛れ込んでいるのはアルビオンのみならず宗教庁の問題です。その調査と摘発を我らの側に委ねて貰えませんか」

 

「……ミスタ・チェザーレ。それと中断にどれほどの差があるというのだね? そうなれば今度は身内を庇っているという噂がひろがるだけであろう」

 

「その対策として、こちらの調査にアルビオンの代表も交えて摘発された聖職者が共和主義者かどうか判断して対処を検討しましょう」

 

しばし無言の睨み合いが続いた後、エドムンドは妥協した。

 

「おぬしの言い分はわかった。しかしこの一件は世俗的な内政問題にすぎぬと我が国はとらえている。しかしロマリアとの友好関係に配慮を示し、貴国との協議の上で牢の聖職者に対する処罰の具体的内容を決めるというのが我が国の最大限の譲歩だ。それでかまわぬかな?」

 

「……いいでしょう」

 

その後、細々とした取り決めをしてジュリオは一礼すると謁見の間から退室した。

 

「よかったのですか。ロマリアの内政干渉を認めてしまって」

 

「牢の聖職者どもが無罪放免になろうがかまうものか。何の問題もない」

 

ヨハネの懸念をエドムンドは皮肉で笑い飛ばした。政治に腐心する聖職者の投獄は彼らを政治の舞台から一時的に追放する為の措置なのだ。彼らが牢にいる間に彼らの政治基盤を徹底的に叩き壊して自分の手の者に浸食させるための時間を創出する為の。

 

元より大した罪を犯してもない聖職者を、反逆してきた封建貴族の一族のように処刑するのはリスクが高すぎるので彼らの政治的影響力を激減させたら釈放してやるつもりだったのだ。

 

もしそのことでロマリアが文句を言ってこようものなら、本来人の精神面の指導者たる聖職者に世俗的な政治に煩わさせるのは忍びないと思ったので善意でしたとでも言ってやろう。実際、政治に腐心してた聖職者に神と始祖に祈ることを思い出させてやるのだから彼らが真にブリミル教徒であるなら感謝されてもおかしくはない。

 

「これでまたヨーク伯の仕事が増えるな。ミス、貴女の父上によいダイエットになるだろうと言ってこのことを伝えてきてくれ」




+聖職者をなんで投獄できたか
本作では聖職者単体ではそこまで権力を持っていないことになってます。(ロマリアは別)
なので基本的に各地の貴族と結託して政治に関わってたわけですが、封建貴族を粛清されて混乱している時に、何の前兆もなく唐突に鉄騎隊が殴りこんできたので一網打尽にされました。


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48話

その醜悪なまでの肥満体から”白いオーク”と綽名されるデナムンダ・ヨーク伯爵は内乱期にエドムンドに忠誠を誓った新参者ではあるが、アルビオン王政府における重要性は他の重鎮と比べて高い方である。

 

エドムンドは政治も並み以上の才能があったが、どうにも流血を伴う武断的な手法で問題を解決することを好み、敵対者を作らずに自身は国内の調整役に終始する統治はできないことはないがやり甲斐を感じられない人間であったから、そういう仕事の多くを元内務卿の宰相ヨーク伯に押し付ける形で国政が運営されている。

 

そんなわけで厚い脂の装甲を身に纏った宰相は、今日も今日とて若い国王に”つまらない”と判定された仕事を押し付けられ、執務室に積み上げられた書類の山を決済しつつ、直接陳情にやって来る有力者の話に耳を傾けなくてはならない。

 

おまけに最近はロマリアの介入のせいで政治に熱をあげている聖職者どもに対する処罰をどの程度にするか、という問題をロマリアの代表を交えて討議しなければならない。

 

エドムンドからは可能な限り長引かせろと命じられているが、宗教世界と世俗世界の境界線や聖職者の指導と政治家の統治の差というどうでもいいような議題で延々と討論するのは非常に疲れる。ヨーク伯は人並み程度の信仰心を持っているつもりだが、こんな無意味に思える議論をさせられてはその信仰心も投げ捨てたくなってくる。

 

そんな宰相としての仕事を延々と執務室でこなしていると、来客とその要件を告げる補佐官の声にヨーク伯はまたかとため息をつき、補佐官に通すよう命令する。

 

やってきたのは王命に背いた罪で当主が処刑され、家は取り潰しにされた貴族家と非常に綿密な関係を持っていた貴族で、彼は当主の首を差し出したのだから遺族を免罪してやることはできないかと言う。

 

エドムンドが実施する政策は過激なものが多いので、事情を知らない連中はヨーク伯のことをエドムンドと対立する穏健派だと思っているらしい。

 

しかし対立どころかガッツリと首根を掴まれていることをヨーク伯は自覚している。ある案件を解決する時に実家に利益誘導してほくそ笑んでいた時にエドムンドから

 

「宰相の仕事は激務だ。多少の役得がなければとてもやってはいられまい。だから寛大に許してやるとも。……目に余らぬ間はな」

 

と、ヨーク伯のグラスにワインを注ぎながら、慰労の言葉を装って思いっきり釘を刺されているような主従関係だ。もしエドムンドと本格的に対立なんかすれば、王は一切の迷いなく肥満宰相の首を飛ばして王宮内のわずかな汗臭さを改善することであろう。

 

家を取り潰され、処刑された知り合いの遺族を免罪してほしいとヒステリックに叫ぶ貴族を適当に宥めて落ち着かせた後、既にない貴族家の事でいつまでも声高に騒ぐようなら今度は貴方が処刑台の露と消えるぞと警告してやった。

 

顔を青くし、ついで怒りと屈辱で体を震わせながら貴族は立ちすくむ。激しい眼光でヨーク伯を睨み付けるが口は開かない。

 

早く観念して出て行ってくれないかなと書類を決裁しながらヨーク伯が思っていると、執務室にノックの音が響いた。

 

「はいれ」

 

すると自分の娘が入ってきてヨーク伯は目を丸くした。

 

「内々に相談したいことがあるので、早々に仕事を切り上げて遠雷の間へ来るよう陛下が仰せです」

 

ヨーク伯の目の色が変わった。先ほど機械的に淡々と書類を決裁して時はどこか何の熱も感じられない瞳であったのに、瞳から放たれる鋭い輝きに知性の色がなければ、色違いのオークと誤解されても文句言えないほど凄まじいものへと劇的な豹変を遂げたのだ。

 

あの陛下が内々に相談したい。つまり内乱時代に自分の屋敷の地下から繋がる円卓に集った者たちと議論したいとうことだろう。

 

加えて自分の宰相としての仕事を――自分のところまで回ってくるような仕事は面倒な上に失敗したら後々に影響がでるものが多い――切り上げてでも相談したいことがあるということは、かなりやばいことでも起きたのだろうか。

 

いったいなにがあったと不安になりつつも、それはヨーク伯にとって長期的にはともかく短期的には素晴らしい福音となった。目の前にいる時代遅れの間抜け貴族を追い返す口実を獲得したからである。

 

「申し訳ないが急用ができた。これ以上貴方の陳情を聞いている時間がない。どうかお引き取りを」

 

ヨーク伯の体の脂に着火させんほど熱い怒りの視線を注いでいた貴族も尋常ならざる事態であることは悟れたのか、踵を返す。

 

「老婆心ながらひとつ忠告しておくと、既になくなったものより今あるものに心を砕かれるべきでしょう。さもなくば失うものが増える一方ですよ」

 

その忠告が気に障ったのか、その貴族は荒々しく宰相の執務室を辞した。

 

その後、ヨーク伯は特に重要な書類だけ決裁して残りの仕事を部下に託し、娘のヴァレリアと共に白亜のハヴィランド宮殿の廊下を歩きながら会話を交わす。

 

「なぜ急に陛下が召集をかけたのか心当たりはないか?」

 

後の相談で少しでも優位に立とうといつも直属の女官として国王の側に侍る立場の娘に問う。

 

「ガリアの大使と謁見なされた後、ミスタ・デヴルーとなにか話し合った後に召集を命じられたのでおそらくそれが原因かと」

 

「ふむ。となるとガリアに不穏な動向がある、ということか……?」

 

現在のアルビオンとガリアとの関係は非常に複雑だ。表向きは友好関係にあるが、エドムンドはガリア王ジョゼフが”レコン・キスタ”の黒幕であったことを知っているし、ジョゼフもジョゼフでエドムンドがエクトル卿であったことを知っている。

 

互いにアルビオンの内乱における裏での活動を知っているのに友好を謳っているのだ。それを知らない部外者はガリアとアルビオンは強固な関係で結ばれていると思っているのかもしれないが、ヨーク伯はガリアとアルビオンの友好関係がいつ壊れてもおかしくないと思っているし、おそらく自分が仕える若い主君や”無能王”もそう思っているだろう。

 

ガリアの動向がどのようなものであるか察するのは非常に困難であり、ヨーク伯は頭を悩ませながら遠雷の間に入室した。

 

遠雷の間には巨大な円卓が置かれていた。既に来ていた者はかつて地下の円卓に集った時と同じ席順で座っている。ブロワ侯爵以外は既に到着しているようだ。

 

「よく来たヨーク伯。座れ」

 

エドムンドが手をかざして座るようすすめ、ヨーク伯は自分の席へと座る。

 

「ミス。下がっていてくれ。この会議には出席者以外参加する必要はない」

 

「陛下、我が娘は陛下直属の女官なれば傍聴していてもよいのでは?」

 

エドムンドは舌打ちするとヨーク伯を睨み付けた。

 

その迫力にヨーク伯は何を言っても無駄だと諦め、口出しをやめる。

 

「もう一度言う。下がりたまえ。ヴァレリア嬢」

 

なにか言いたそうな表情を一瞬したが、すぐに表情を取り繕って一礼するとヴァレリアは退室した。

 

「主君の命令に疑義を唱えるなんて、臣下としてどうなのかしら?」

 

エリザベートのなじる言葉にヨーク伯は怒りで赤面したが、それを声に出すより先にディッガーが反論した。

 

「臣下の提案を聞くことなく自分の判断を優先するような王は暴君というのだ。そして陛下が暴君ではない以上、我々が陛下の言葉に異論を唱えるのは、むしろ臣下としての義務だろう」

 

「そうなるとおかしいわね。坊やは即位以来すさまじい勢いで自分の方針に反発する貴族を粛正していたと思うのだけれども……」

 

「粛清は陛下が王権を強化するという決意を周囲に示したにもかかわらず、なお反抗しようとした連中を対象にしたものだ。その証拠にちゃんと命令を聞いた貴族達に我らは寛大に接しているだろう」

 

ディッガーの説明に激しく頷くヨーク伯爵。その様子にエリザベートはものは言いようねと思いながらも、軽く微笑んだだけで引き下がったが、その態度がディッガーとヨーク伯のイラつかせ、険悪な空気が円卓に漂った。

 

そこへ騒がしく部屋の扉を叩いて入り込んできた壮年の軍人が乗り込んできた。

 

その軍人は円卓をぐるりと見渡すと自分以外の席が埋まったいることに気づくとエドムンドに頭を下げて大声で叫んだ。

 

「遅くなってすまなかった!」

 

この中では人間ではないエリザベートを除けば最年長であるのに、それを微塵も感じさせない快活な王立空軍本国艦隊司令長官の登場に遠雷の間に漂っていた空気が霧散した。

 

「お前はダータルネスにいたはずであろう。それを考えればむしろ早いと思うのだが」

 

「竜騎士の伝令を聞いてすぐ竜籠できたもので」

 

「ちゃんと仕事の引継ぎしてきたんでしょうね……?」

 

不安そうな声でそう呟くディッガー。

 

「馬鹿者。儂がそこまでマヌケだと思うのか?」

 

ジロリと睨まれ、ディッガーは申し訳なさそうに謝罪した。

 

ブロワ侯爵はふんと鼻を鳴らすと、エドムンドに勧められた席へと座った。

 

「そういえば、ディッガーから聞いたが領主としての仕事を完全に代官に押し付けてまで空軍再建に取り組んでおるそうだな。そこまでして時間をとったからにはそれ相応の成果がでているのであろうな?」

 

疑うような視線を向けるエドムンドに、ブロワ侯爵はさも心外であるとばかりに首を振る。

 

「当然です。竜騎士どころか騎竜そのものの欠員が多い竜騎士団はともかくとして、艦隊行動に関してはあとひと月もすれば陛下に見せても恥ずかしくないほどにはなる」

 

「おぬしがそこまで言えるほど良くなっているとはな」

 

自信満々に言い切るブロワ侯爵の報告にエドムンドは驚いた。空の戦いに関することでブロワ侯爵が嘘をつけるような性格ではないことをエドムンドは長い付き合いで知っているのだ。

 

諸国会議が終わり、艦隊の再建をブロワ侯爵に命じてからまだ二か月ほどしかたっていないにも関わらず、自分の目に入れたも恥ずかしくないほどの練度をアルビオン艦隊は取り戻せているというのは自分の予想をはるかに上回っている。

 

空軍将校としてのブロワ侯爵の有能さは良く理解していたはずであったが、人生の大半を空軍で過ごした宿将の能力を若い王はまだまだ過小評価していたらしかったと自覚せざるをえなかった。

 

「いえ。良くなったとは言いましても所詮は二十隻と少しを超える程度の規模の敗残艦隊を立て直したに過ぎませんからな。それにかつて数百の竜騎士を擁したアルビオン竜騎士団も先の内乱で十分の一以下に縮小している問題もあります。竜騎士が少なければ接近戦に不安が残りますからな。他にも――」

 

それから次々と現在の空軍の懸念事項をブロワ侯爵は述べていき、円卓に座っている者たちの一部が頭の痛い問題に頭を抱えたくなる衝動を必死にこらえていた。

 

「結論を申し上げれば、空賊風情が相手ならまず間違いなく勝てるでしょうが、他国の空軍が相手では勝てる可能性が皆無に等しいということです」

 

そうしてブロワ侯爵は空軍の現状についてそう締めくくった。それに対してエドムンドは深くうなずき、

 

「そんな状況でよくやってくれた。改めて礼を言わせてもらおう」

 

「おお、陛下……」

 

主君の感謝の言葉に、ブロワ侯爵は感激に打ち震えた。この初老の軍人はその言葉ひとつで苦労が報われる気さえするのである。

 

「空軍の抱える問題についてはまた改めて場を設けるとして、本題に入るとしよう。いささか面倒なことになっていてな。おぬしらの意見を聞きたい」



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ガリアに燻る火種

「つい数時間前にガリアの大使との会食した時、フェオの月(4月)エオローの週にヴェルサルテイル宮殿で開かれる園遊会の話題になってな。国内の貴族はおろか、周辺諸国からも賓客を招いて大規模に行うそうだ。その園遊会に俺が出席することをジョゼフ王が強く希望しておるのだそうだ。なんでも両国の友好関係を諸国にアピールしたいのだとか」

 

ガリアからの園遊会の誘いをエドムンドは嫌そうな顔をして告げ、ガリア大使から渡された親書を円卓の中心に放り投げた。

 

そのふるまいを見るだけでガリアの提案を主君が歓迎していないことを、この場に集った臣下達は瞬時に察することができた。

 

「陛下はガリアとの友好を深めるつもりはないのですな」

 

「ない。ガリアとの友好が断絶するのもそれはそれで困るが、そこかしこに火種が燻ってる火薬庫みたいな国とはあまりお近づきになりたくはないな。ましてやその火薬庫に火が近づいておるのなら、なおさらの事よ」

 

「”火”が近づいているとは?」

 

信頼する空軍将校の問いにエドムンドはエリザベートに視線で説明するよう促した。

 

「私たちのシルヴァニアにロマリアの密使が来たのよ。有事の際、ロマリアに味方してくれたら相応の便宜をはかるからって。それと似たような話を他の有力貴族にもしていることも匂わせていたわ」

 

その言葉が示唆する事実に真っ先に反応したのはブロワ侯爵だった。

 

「では、ロマリアはガリアへの侵攻を企図しているというのか!」

 

「そうとしか考えられないですね」

 

怒鳴るように叫ぶ侯爵とは対照的に、ヨハネは肩をすくめて呟く。

 

「エリザベート、それは本当のことなんだろうな?」

 

あまりに信じられない情報に、疑念の目を向けるディッガー。

 

「本当よ。仮に嘘だとして、ここでそんな嘘を吐いて私に何の利益があるというの?」

 

そんなこともわからないのかとエリザベートは嘲笑する。

 

その態度が気に食わず、ディッガーは軽く舌打ちする。

 

「お前がロマリアに寝返ってでもいない限り、嘘を吐く理由はないだろうな」

 

そしてエリザベートたち吸血鬼の一族の悲願はロマリアとは決して相容れない。

 

だからシルヴァニアにロマリアの密使が訪れたことも、他の有力貴族にも接触していることも事実ではあるのだろう。しかし……

 

「レコン・キスタとの戦争を経て、五大国は共和主義者という諸国共通の敵を見出し、いくつかの国際条約を締結したことで内実はどうあれ五大国は体面的には一丸となっている。そんな中でロマリアがガリア相手に戦争を起こせば諸国の非難を浴びることになるだろう。ロマリアの首脳部にそれがわからぬとは思えんが」

 

青白い顔をしたユアンの言葉が、ここに集った者たちの心情を代弁していた。

 

諸国会議においては今後のハルケギニアにおける”あるべき平和と秩序”についても討議されたのである。その討議の結果は当然のごとく王権同盟と同時に結ばれたいくつかの国際条約にも反映されている。

 

そのあるべき平和と秩序を論じた五大国のロマリア自らそれを破るとなれば、残りの四大国がそれを非難するのは火を見るより明らかであろう。

 

「そうとも言い切れぬ。ガリアは思惑が入り乱れすぎて全体像がわからん。もしガリアにロマリアの侵攻を正当化しうるだけの”劇物”があったとしても、不思議ではあるまい」

 

エドムンドでもガリアの内情は推測しがたいほどに複雑である。ジョゼフ派、反ジョゼフ派、新教徒、旧教徒……大まかに分ければガリアはその四つの勢力に分断されているといえるだろうか。

 

ジョゼフ派は言うまでもなく現ガリア王ジョゼフ一世を中心とする派閥であり、本来ここが一番力をもっておらねば国家運営が難しくなるのだが、他派閥を圧倒するほどの力はない。にもかかわらずジョゼフ即位から数年の間に散発的な反乱はあれども、広い視点でみれば概ね安寧を保っているという事実が彼らの手腕の凄まじさを物語っている。

 

反ジョゼフ派は”無能王”ジョゼフが自分たちの国の王冠を抱いていることが気に入らない勢力の総称であり、一つにまとまった派閥というわけではなく、各々が勝手に動いているだけであり、分家王族の野心家や王政そのものの打倒を目指す共和主義勢力もあったりするなど統一性は全くない。その反ジョゼフ派の最大勢力と言えるのが、王位継承のごたごたで亡くなった王弟シャルルの仇討ちに燃えるオルレアン派だ。

 

新教徒は百年前に宗教庁の腐敗ぶりに嫌気がさしたロマリアの一司教が唱えた”実践教義”とやらを信仰する連中であり、保守的な方々にとっては腹立たしいことこの上ない連中である。そのためガリアでは国法でその信仰を禁じられており、数こそ少ないが国中でテロを繰り返している。現体制の反逆者という意味では反ジョゼフ派と親和性があるのかもしれないが、反ジョゼフ派は現政権や”無能王”が気に入らないのであって、ガリアの秩序を乱す新教徒と共同戦線を組むことは稀だ。

 

旧教徒は宗教庁に所属する聖職者の勢力だが、神と始祖の威光をもってしてもガリアの混沌ぶりから逃れられないらしい。というのもジョゼフに信仰心がまったくないため、とかく教会の意向を無視する問題児だからである。その問題児ぶりに対する反感から反ジョゼフ派に協力する聖職者が現れ、それがジョゼフ派に捕縛されて対立ができている。ジョゼフ派貴族のとりなしや諸国とは比べ物にならないほど苛烈なガリアの新教徒撲滅姿勢のおかげで対立関係が過激化せずに済んではいるが。

 

この大まかな分け方でも十分に複雑だが、どの派閥に属しているが見分けるのが至難であることがさらに事態を複雑化させている。ジョゼフが自分を批判する声に寛大というか無関心であったから、ジョゼフ派貴族の重鎮でもジョゼフを”無能王”呼ばわりする者がいるし、それに紛れ込むように反ジョゼフ派の者たちは弾圧を免れて対抗する力を手中にすべくジョゼフ派に潜り込んでいるし、新教徒も同じような理由で権力者の中に潜り込んで民衆の海に身を潜めている過激な実働部隊にテロを指示している。

 

そんな状況にあって、なぜかジョゼフは現状を受容している節があるのである。具体的に言うとジョゼフ派があまり敵対派閥を攻撃することに積極的ではない。ジョゼフ派が全体的に動くのは決まって危険なほど敵対勢力が大きくなった時である。政治というのは目的はともかくとして手段は常に攻撃的だと信ずるエドムンドにとっては理解しがたいことであった。

 

だが、国内になにかしら”劇物”があることをジョゼフ派が知っており、かつそれを隠すために必死だと仮定するなら、いささか胡散臭くはあるがある程度説明がつくようにエドムンドは思えた。

 

そこでエドムンドは自分で言った”劇物”という言葉にはっと思った。ロマリアはジョゼフが”虚無”かもしれないということに気づいているのだろうかと。万一、ジョゼフが”虚無”であり、そのことが周知のこととなった場合、ロマリアにとって不愉快極まることが起こるだろう。なにせ信仰心の欠片もない”無能王”を”始祖の再来”として崇めねばならなくなるのだ。

 

それを考えるとその証拠ごと物理的に消滅させ、始祖ブリミルの系統である”虚無”の神聖さを保とうとロマリアが企んだとも考えられなくは……

 

(いや、確かに中々面白そうな未来図ではあるが、そんな現実味の薄い可能性のために戦争を起こすほど馬鹿でもあるまい)

 

ジョゼフが”虚無の担い手”であることを周知のものジョゼフを”虚無”と認めない輩は星の数ほどいようし、クロムウェルが先住の力を”虚無”と喧伝したように、その逆のことを言いだす奴は必ずいるだろう。なにせジョゼフの人気は身分の貴賤を問わず、総じて低いのだから。

 

「”劇物”を抱え込んでいるかもしれないガリアと近づくのが下策なら、ガリアと距離を置いてロマリアに近づくか?」

 

「冗談はよせ。ロマリアと表面的友好以上の関係になってみろ。何度も多額の喜捨を求められるばかりか、聖職者の語る幻想を信じてロマリアに流れた難民どもの世話をする負担を負わされた挙句、”無垢な子羊達を始祖の教えをもって導く”とか言って内政干渉をしてくるに決まっておるのだ。あの国と仲良くするくらいなら巻き込まれる覚悟で内憂だらけのガリアとの関係を深めた方が明らかにマシだ」

 

ヨハネの疑問に、エドムンドは冗談じゃないとロマリアを罵る。

 

エドムンドはロマリアという国が嫌いだった。”光の国”などと呼ばれているが、その光は冒涜的なほど悍ましい色で発光しているに違いない。

 

「そうなりますとガリアとの距離を保つしか方法はないのでは? 園遊会の誘いについても正式な外交ルートを通して誘いをかけてきた上に、文面にこれといった問題もない以上、無下に断るわけにもいきませんし、園遊会で無難な対応に終始すればそれほど大事になるとは思いませんが」

 

円卓に置かれた親書を読み終えたブロワ侯爵は自分の意見を述べる。

 

「普通に考えればそうなのだが、そう単純にもいくまい」

 

力なく首を振りながらそう言う主君に、ブロワ侯爵は怪訝な顔をした。

 

「なぜです?」

 

「ガリアの大使がな。ガリアの美しき姫君も園遊会に参加するという話をしてくれた後に”両国の友好の象徴として、両王家の誼をより深く結ぶものとするきっかけになれば”とか言っていたのだ。その親書には書いておらんが、園遊会に参加することに同意したらそのことにも同意しているとガリアに誤解される――いや、誤解してるフリをして話を進めるのではないか。そう懸念しておるのだ」

 

そのことを向こうの体面を傷つけない形で拒否しようにも園遊会まで時間がなさすぎると続ける主君に対して臣下達は絶句した。

 

両王家の誼を深く結ぶ。平民ならいざ知らず、王侯貴族の価値観で家と家の誼を結ぶと言ったら、結婚のことを言っているも同然である。

 

「自分が言うのもなんですが、あの国の王女はあまり評判が良くないですよ」

 

渋面を浮かべてそう述べるディッガー。

 

「ハッ。”無能王”と名高い男の娘だからな。親の因果が子に報いているのだろう」

 

エドムンドもガリアの姫君に対するろくでもない噂や風評を知っていたが、そういったものをあまり信じる人間ではなかった。モード大公粛正後に自分たちの一族を貶める酷い虚言があたかも真実のごとくに流布したのか、身をもって知っている。

 

いや、それを差し引いたとしても、ガリア王族の風評を信じる気に到底なれなかったであろう。なにせガリア王の無能と言う風評が間違いでしかないのを知っているのだから。

 

「では、国内の混乱を落ち着かせるのに大変だということで私を変わりに派遣してはどうでしょうか? 宰相である私が陛下の名代として参加して詫びの言葉を述べれば、それほど問題にはならないと思いますが」

 

脂肪を揺らしながら述べる宰相の目にうっすらと期待の光が灯っていることをエドムンドは見抜いた。

 

「おぬし……、ガリアの宮廷料理を味わいたいから言っておるのではあるまいな?」

 

「いえ! 確かに私は美食家ですが、それを国論にまで持ち込む気は毛頭ありませんぞ」

 

すぐそう言い返したものの、ガリアの宮廷料理にちょっと、いや少し、……白状すると諸国会議の際にジョゼフが振る舞った料理の残りを食べて「出来立てのを食べたかった」と悔しがったヨーク伯である。そういう心情もない訳ではなかったので内心かなり動揺していた。

 

「冗談だ。もしお前がそんな奴ならばこの場にいられるわけがあるまい。お前は俺が王女を気に入ってしまわないか。それが心配なのだろう?」

 

「……」

 

図星をつかれてもヨーク伯は平静を装ったが、冷や汗が頬をつたうのを感じた。

 

「いっそのことその王女様娶ってガリア支持を明確にするのもひとつの手段だと思うぞ。あんまり長引かせると王国の存続にかかわりますし、それに過敏になってる奴らが多いしな」

 

やや不敵な言いように反感を持ったヨーク伯やディッガーがヨハネを睨み付ける。

 

しかし他の者はヨハネの言葉はある大きな問題が絡むので難しい顔で腕を組んだりしながら考え込んだ。ヨーク伯やディッガーも問題の深刻さは理解しているのでヨハネに反論するわけにもいかない。

 

彼らを纏めるエドムンドとてその問題に何度頭を痛めたことか。

 

「確かに、王族が王しかいないというのは問題でしょう」

 

冷静にそう告げるユアンの言葉がすべてだった。

 

共和革命の頃にレコン・キスタはアルビオン王族は片端から処刑した。テューダー家を滅ぼして王とならんとしていたエクトル卿と名乗っていたエドムンドとその部下達も全力でそれに加担した。なんとなれば自らがアルビオンの王となった時、対立候補となりかねないからだ。

 

だからエドムンド達は”共和革命の敵”という大義名分の下、王位継承権を持つ者、アルビオン王家の血を濃く受け継ぐ者を老若男女の区別なく処刑台に送り込み、エドムンドの対立候補を文字通り根絶やしにすることに成功した。だからこそエドムンドが実権を握り、玉座につくまでがスムーズに進んだのである。

 

だが、その副作用として唯一の王族であるエドムンドのところには洪水のように縁談話が舞い込んでくる。国内の大半の貴族から送られてくるばかりか、国外の王侯貴族からも話が舞い込んでくるほどだ。

 

エドムンドは国王である。アルビオンの最高権力者に舞い込んでくる縁談話には当然のごとく政略が絡んでおり、それがない縁談話など存在しないのだからそれぞれの話のメリットとデメリットを比べて検討しなければならないのだが、中央集権化とそれに伴う混乱を叩き潰すのに忙しいエドムンドに膨大な縁談話を見比べてる暇などない。

 

だから「国内の混乱がおさまるまで結婚の話をする気はない」と言えば、「この際、妾でもいいから」と女を押し付けようとしてくる輩がいる。ブリミル教的道徳規範に照らしせば妾はあまり良くないものであるはずだが、アルビオン王家の血統の存続はその道徳観念を超越するらしかった。

 

「確かにそうすれば縁談話の嵐は収まるか。かの国の第一王女となればハルケギニアで最も高貴な女性ということだからな。それに対抗しようとする者は殆どおるまいしな」

 

「陛下、本気ですか?」

 

まさか、という顔で問いかけてくるのは”脂豚”の宰相である。彼もまたエドムンドの伴侶に自分の娘を勧めている人物であり、ガリアの王女との縁談話に主君が前向きというのは、彼にとって由々しき事態の到来を意味するからである。

 

「俺自らリュティスの園遊会に乗り込むことに関しては本気だな。園遊会にはガリア貴族の過半が参加するそうであるから、あの国の情勢もある程度推察できるであろうし、それによって臨機応変に行くとしよう」

 

それでガリアと手を組むのが上策と判断したとしても、王女様がどうしても自分に合わない相手であるならば有耶無耶にしてやるがな。

 

そう言って獰猛な笑みを浮かべる主君に、ヨーク伯はそれ以上何も言えなかった。




注※ここまで前ふりしておいてなんですが、エドムンドとジョゼフの絡みは考えているのにイザベラとの絡みはロクに考えていません。

あと原作読み直して思ったことだが、軽く考えてここまでややこしいガリアの玉座に大半の連中から嫌われているのに平然と何年も座れているジョゼフはパネェ。


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親子の交流

作者「意外なヨーク伯の人気に戸惑っています」


ガリア王国はハルケギニアの最大の領土を誇る大国であり、北西でトリステイン王国と、北で帝政ゲルマニアと国境を接し、ガリアの中部から西部までを貫いている火竜山脈の東端の向こう側に存在するアウソーニャ半島にロマリア連合皇国が存在し、大海と空を挟んで北西の空中大陸にはアルビオン王国が存在し、ハルケギニア全体の中心に存在すると言って良い。

 

東部ではエルフが住まう砂漠とも国境を接しているため、ハルケギニアの中心に存在しながらもブリミル教圏の最前線に存在するとも言え、過去数千年の歴史の中で幾度か行われた聖戦では諸国の中でもガリアが特に大きな役割を果たしてきたと言える。その一方、わずかながらサハラにあるエルフの国やその向こう側にある東方(ロバ・アル・カリイエ)の諸国とも交流が存在し、その利益を享受している。

 

また広大で豊かな領土によって養われた王軍は強力で、特に空軍は先代アルフォンス五世の代から多額の予算を投下してジョゼフの代に完成を見たガリア両用艦隊が威容を誇っている。”空の覇者”と恐れられたアルビオン空軍が弱体化した今となってはハルケギニア最強の艦隊と評されており、ガリア王家が所有する軍事力のほどを内外にしらしめている。

 

広大な領土、ハルケギニアの中心部という立地、強固な軍事力、その他諸々の要素に恵まれたのか、一時的に地図上から消滅したアルビオンや権威主義に凝り固まりすぎて年々国力が低下しているトリステインとは無縁の繁栄を続けており、同じ始祖の子によって建国された兄弟国とは思えないほどに。

 

そんな王国の首都リュティスに存在する宮殿の中で青いレンガで造られた一番巨大な建物、”グラン・トロワ”の廊下を一人の女性が歩いていた。高価な絹の布の服を着て、頭に小さな冠を乗っけている美しい女性で、歳のころは十七、八といったところだろう。

 

この女性こそがガリア王国第一位王位継承権者であるイザベラ王女であり、”無能王”と名高きジョゼフ一世の、今のところ唯一の子どもであった。ジョゼフほど逸脱はしていないが、王族としての型に嵌らぬ女であり、それゆえ多くの者から好かれておらず、好意的な噂は殆どなかった。

 

イザベラの頭脳は噂されるように劣悪と言うわけではなかったので、幼少期から「無能のジョゼフの娘」「父親ほどではないが魔法が使えぬ無能」と陰口を叩かれながら育まれてきた精神には強烈なコンプレックスが見事に刻みつけられ、普段”プチ・トロワ”の主として君臨している時はヒステリー王女として侍女たちから恐れられる存在である。

 

「いったい父上は私に何の用なのかしら」

 

王が寝泊まりする住居であり、政務の場である”グラン・トロワ”に彼女が訪れているのはその主から呼び出されたからであるが、わざわざ呼び出されるようなことをしたような覚えがイザベラにはなかったので困惑しているのである。

 

ふとイザベラは自分の部下であった忌々しい従妹のことを思い出した。あの従妹は自分の頭越しに父王からある任務を与えられたが失敗し、罰として狂人となった母共々どこかの城に幽閉されたというのが公式発表だが、宮廷では実は間一髪で他国に亡命したと噂されている。もしかしてそれに関することだろうか。

 

従妹が他国に亡命したかもしれないという情報はそれほどイザベラの感情を刺激しなかった。勿論、他国の力を借りてガリアに攻め込んでくるかもしれないという政治的懸念は理解できたし、国の要人としてその対策の議論に参加しろと言われたら参加する気はある。

 

従妹……あのガーゴイルみたいに無表情な人形娘を見るたびに、腹立たしくて憎くてとにかくしかたがなかったのものだが……うまく説明できないがいざ目の前からいなくなってしまうと、途端に興味を失ったというか従妹に向けていた感情が霧散してしまったのである。

 

父王の居室の前につき、その扉をノックする。

 

「イザベラです」

 

「おお、入れ」

 

やけに陽気な父王の返答を聞いて部屋に入り、巨額を投じて王宮お抱えの細工師に作らせたハルケギニアを模した箱庭(世界)を見下ろして立派な美髭を手で摩っている父王と対峙した。イザベラはなんと話しかけるべきか少し迷ったが素直に問いかけることに決めた。

 

「父上、私に何か用があるとのことですが、いったい?」

 

「おお、明日の園遊会のことについてだがな」

 

視線を箱庭から全く動かさずにそう言う父に少し反感を持ったが、イザベラはすぐに思い直した。父がわけわからない一人遊び(ソリティア)という奇行に夢中なのは今に始まった話ではない。何を言ったところで無駄であろうと。

 

しかしイザベラとて人の子である。常日頃、表面だけ好意的で裏で激しく毒づいてるような連中とばかり接しているせいで孤独感を募らせており、王族としての虚勢を張って決して認めないが恐怖感にも苛まれている。暗殺者の類に襲われたことは一度や二度ではないのだ。

 

だから父親の愛情を欲しているところが少なからずある。しかしイザベラは昔から周りの配慮のせいで父と距離をとらされていたせいか、それ以上に父が自分を娘として愛してくれることなどないと諦観しているのだった。

 

「我が王家が総力をあげて主催するのだ。お前も必ず参加するように。アルビオンのエドムンド殿も来ると返事が来た。恥ずかしいところを見せるのではないぞ」

 

どうやら園遊会に参加するよう釘を刺すのが呼び出した目的だったらしい。園遊会とか舞踏会が好きではなかったのでよく無断でサボっていたから言われるのも当然か。でもさすがに今回みたいな国家の面子にかかわるような大規模園遊会をサボると思われているのだろうかとイザベラはすこし苛立った。

 

「わかりました」

 

「うむ。しっかりやるのだぞ。もしかするとお前の夫になるかもしれん奴だからな」

 

さらっと告げられた問題発言にイザベラはフリーズした。時間にして数分ほど固まっていたが、ジョゼフは我関せずと時折箱庭の中にある駒を動かしたりしながら相変わらず箱庭を見下ろしてなにか考えていた。

 

「ち、父上?」

 

「ん? どうしたイザベラ」

 

「私の夫になるかもしれないって、誰の事です?」

 

イザベラは顔を真っ青にしながら、震える声でそう問いかけた。どうか聞き間違いであってくれと心の底から祈りながら。

 

しかし現実は無情らしく、ジョゼフはイザベラの方にふりかえると満面の笑みを浮かべながら、

 

「だからアルビオン王のエドムンド・ペンドラゴン・オブ・ステュワート殿だ」

 

「き、聞ぃいてないよぉぉおおぉおぉおおぉおおおおッッ!!!!!??」

 

気が狂ったように叫ぶ己が娘の姿を見て、なかなか面白い反応を見せるなという感慨をジョゼフは抱いた。

 

「えっと、いつの間に、そんな話ができたのか、教えてくれます?」

 

頭を抱えて蹲ったり、突然当てもなく歩き出したり、壁に向かってぶつぶつと話しかけたり、夢じゃないかと思って二十回もほっぺを引っ張ったりしているうちになんとか現実を認識することには成功したらしく、イザベラはどんな経緯でそんな話ができたのか父に動揺を隠しきれぬ声で問いかかった。

 

「つい最近思い出したことなのだが、よく考えたらお前は結婚や婚約をしていてもおかしくない歳ではないか。だからエドムンド陛下を園遊会に誘うついでにイザベラを嫁にいらんかとも伝えておいたのだ。先方はなかなか好意的な反応みたいだからな。園遊会でお前と馬があうようなとんとん拍子に話はまとまると思うぞ」

 

「つい最近思い出した」「ついでに」。そんなノリで自分の縁談が進んでいたと知ったイザベラは眩暈を覚えたが、それ以上に言いたいことがあった。

 

「どうしてその人と会う前日まで当事者の私に一言もないんだい?」

 

イザベラは大国の王女として十分な教育は受けている。態度が悪いので教師たちから好かれはしなかったが、可もなく不可もなく程度には王族の義務と責任の重さを自覚している。そして女の王族の義務の中には政略結婚というものがあるということも承知していたからそういうこともあるだろうとは思っていた。

 

だがしかし、それでも心の準備っていうものがあるだろうに、なんだってアルビオンの国王陛下に会う前日にその人が夫になるかもしれないなどと唐突に知らされるようなことになったんだとイザベラは思わずにはいられなかった。

 

「親愛なるアルビオンの王を園遊会に招くことを思いついて誘いの手紙を出したのが一週間前だからな。返事がこない可能性もあるなと思っておったのだが、四日前に来ると返事が来たのでけっこう急な話だったのだ」

 

「でも、それなら四日前には教えられたはずでしょう!?」

 

正直、四日前でも派手に混乱しただろうと思うが、少なくとも今言われるよりかはマシだったはずだ。

 

「四日前に教えるより前日に教えたほうが劇的だと茶目っ気がさしたのだ。許せ」

 

対立するいくつもの勢力がごちゃまぜに混ぜ込まれや闇鍋のような政情のガリアを平然と治める悪魔的頭脳の持ち主でありながら、ジョゼフの精神構造はその辺の街にいる悪戯小僧みたいなところがあり、今回伝えるのをわざと遅らせたのもイザベラの面白い反応が見れるかもしれんという悪戯心が発揮されたものだった。

 

「ふざっけんな! このクソ親父ッ!!」

 

その悪戯心の哀れな犠牲者となったイザベラは理性と礼儀を、激しい怒りで吹き飛ばしてしまった。王女という身分も弁えずに父王に向かって殴りかかったのである。そこに一切の躊躇いも容赦もなかった。

 

ジョゼフが華麗な身のこなしで娘のパンチを避け始めると、イザベラは見境なくその辺のものを掴んでは投げて王の居室を荒らしまわった。イザベラの狂乱は、ジョゼフの遊びに付き合わされていた小姓が必死の覚悟で止め、騒ぎを聞きつけてやってきた近衛騎士達によって制圧されることによって終結した。

 

「ハハハ、我を失うほど嬉しかったかイザベラ。久しぶりに父として良いことをした気分だ」

 

初っ端にイザベラの右ストレートを一発食らったはずだが、平然としているジョゼフは満足げに笑いながら見当ちがいのことをほざいた。小姓や近衛騎士たちが冷たい非難の眼差しでジョゼフを見たが、当然彼は意に介しない。

 

「……もういい」

 

暴れまわってとりあえず感情を発散させたイザベラは、とにかく前向きに考えようとしだした。いつまでも父の奇行に突っ込んでいては腹立たしいだけだし、頭痛がしてくるからだ。近衛騎士を退室させてイザベラは自分の懸念事項を告げる。

 

「でも私の相手が他国の王族でいいのですか。婿入りならわかりますが……エドムンド陛下がお相手である以上、必然的に嫁入りでしょう。となると北花壇騎士団団長って経歴がけっこう問題になると思うんだけど」

 

自身が建造させたヴェルサルテイル宮殿を愛した先々代の国王ロベスピエール三世は、王家直属の警護騎士団もヴェルサルテイルにまつわる名前に変更した。場内にある花壇の風景をそのまま騎士団の名前にしたのである。

 

形式的には《花壇のある方位》《その花壇に植えてある花の名前》《花壇警護(略されることが多い)》騎士団という名称であり、例をあげると東薔薇花壇警護騎士団、南薔薇花壇警護騎士団、西百合花壇警護騎士団等があるが、北の方位を冠する騎士団は存在しない。北側には陽光が当たらないので花壇は設置されていないからだ。

 

しかしながら、北花壇警護騎士団が秘密裏に存在しているのだった。国内外から持ち込まれた厄介事を処理するための秘密機関であり、団員達の功績が日の目に当たることは決してない。名誉や栄光とは無縁の、国家の暗部に潜む闇の騎士団。

 

その騎士団の団長がイザベラなのであった。イザベラ自身が官職に就くことを望み、ジョゼフより与えられた地位であったのだが、もっと目立つ官職を欲していたイザベラは不満がいっぱいだった。しかし仕事は仕事として真面目にこなしていたため、歴代の北花壇騎士団団長に勝るとも劣らぬ働きをしている。

 

国家の暗部を統べる騎士団を統括していたため、イザベラはガリアの国家機密の大半に精通している。たとえばジョゼフが異教徒のエルフと手を組んでいたり、異端に片足以上軽く突っ込んでるヤバい研究を強力に支援していることとか。

 

そんなことを知っているからイザベラはジョゼフ派の重鎮貴族、もしくは和解の印として反ジョゼフ派に属する一勢力の主と結婚することになるのだろうと思い込んでおり、国際結婚する可能性など夢見だにしていなかったのである。

 

「気にするな。もし話が纏まるようなら、どうとでもできるわ」

 

イザベラとエドムンドとの間に婚約が成立しようがしまいがどちらでもいいのだ。成立しなければ何の問題もないし、もし成立するようならエドムンドに盛大なちょっかいを出す足掛かりができる。ジョゼフにとってはその程度の事でしかない。

 

第一、イザベラとの縁談話はエドムンドを園遊会に参加させるための理由づけのひとつとして仄めかしたに過ぎない。来ないようならアルビオン側の意向など無視してことを起こすつもりだったが、来てくれて何よりだ。きっと今度の遊興(ゲーム)は面白くなるに違いない。

 

ジョゼフの言葉に納得したわけではなかったが、ジョゼフがまったく問題視していないからにはなにか対策があるのだろうと思ったイザベラはいくつか事務的な話をして部屋を辞した。

 

久しぶりの娘との会話を終えたジョゼフは次の一手を考えようと箱庭に近づいたが、イザベラが暴れた時に箱庭の上の駒も散らかされたらしく、位置が無茶苦茶になっているし、いくつかの駒は投げ飛ばされて行方不明になっていた。

 

ジョゼフは小姓になくなった駒を探すよう命じると、驚異的な記憶能力を発揮して大量の駒を元の位置に戻し始めた。十分ほどすると駒は荒らされる前の位置に戻っており、小姓も投げ飛ばされた駒をみつけてジョゼフに手渡した。

 

「む?」

 

手渡された駒のひとつの顔に罅が入っているのがジョゼフの目に止まった。その駒は聖職者のなりをしており、首には穏やかな笑顔を浮かべた始祖像の聖具が下げられていた。この駒は現在どういう状況だったかと頭を巡らせて、ひとつの考えが固まった。

 

「急がせれば園遊会中の見世物として間に合うか。早急にこの駒を脱落させて余の世界を正常に戻すとしよう。しかし原因であるイザベラを責めようという気持ちが沸いてこんということは、意外と余は娘思いなのかもしれんな」

 

本人が聞けば再び我を失って激怒しそうなことを呟きながら机の上に置いてある紙にサラサラと書き込み、それが終わると小姓に命じてふたつのサイコロを振らせた。

 

「目は8か。となると……」

 

さっき書き込んだ紙の内容を確認して、箱庭からいくつかの駒を取り出すと罅の入った駒と一緒にゴミ箱に放り投げた。




ジョゼフとイザベラのキャラってこんな感じだよね?
それにしても微笑ましい親子のコミュニケーションですなぁ(白目)


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ヴェルサルテイルの園遊会

書いてて思った。自分、貴族の園遊会に関する知識とかほとんどねぇなと。


空路で入国したエドムンド一行は、ガリア空海軍の母港サン・マロンで一泊した後、両用艦隊司令クラヴィル卿の配慮で空海軍所属の巡洋艦に乗ってリュティスへと到着した。

 

「送ってくれて礼を言う。内乱に協力してくれてからもガリアの空海軍には色々と借りをつくりっぱなしであるな。貴官の上司のクラヴィル提督に伝えておいてくれ。いつか借りを返したいものだ、と」

 

退艦時に艦長に社交辞令の言葉を述べ、エドムンドは約一年ぶりにリュティスへと降り立った。人口三十万を超えるハルケギニア最大の都市は一年前と比べても盛況を保っているように思えた。

 

園遊会の会場であるヴェルサルテイル宮殿に赴く前に、アルビオン大使館へと足を運んだ。リュティスで仕事をしている大使の口から生の情勢を聞いておく価値があるだろうと考えたからであった。

 

「なるほど。間違いないのだな」

 

「ハッ。今回の園遊会はガリア王家が総力を挙げて催すだけあって、数週間前から数多くの有力者がこのリュティスに入っております。少なくない数の護衛を引き連れてです。公然としない複雑な対立構造を抱えている国です。既に上級貴族が宿泊している区画では穏やかではない空気が蔓延しております。王家も対策の為にい全花壇警護騎士団を動員して牽制しておりますが……私の見るところ、その騎士団同士でも対立が生じているようですなぁ」

 

アルビオンの大使であるゲオルグが畏まった表情でそう述べる。

 

「想像以上に混沌としてますね」

 

赤髪を掻きまわしながらヨハネはぼやいた。今回の訪問でエドムンドに護衛二百人の隊長に任じられた腹心の騎士であり、アルビオン王国の重鎮の中では唯一供回りの名誉を授かったのである。

 

余談だが、ガリア行きを熱烈に希望したヨーク伯はアルビオンでお留守番である。きわめて現実的な話、エドムンドがアルビオン離れてガリアに赴く以上、ヨーク伯以外の誰がアルビオンを統べるというのか。ブロワ侯爵とディッガーは政治家というより軍人だし、ユアンは身分的に、エリザベートは種族的に不可能だ。

 

平時ならブロワ侯爵なりディッガーなりに任せてもよいのかもしれないが、まだ自分の即位から一月程度しかたっていないこの時期に彼らに統治を任すのは非常に不安だ。だから調整力に長けているヨーク伯に王の代理人として全権を任せてしまうのが一番現実的というのがエドムンドの考えだった。

 

自分が派手に粛正しまくって諸侯に反感を募らせている今の時期に、どちらかといえば穏健思考のヨーク伯に国政を任せるのに若干の不安を覚えるが、諸侯に対しては隙を見せ次第攻撃しろと厳命しておいたし、残ったブロワ侯爵、ディッガー、ユアンもその辺は弁えてるから大丈夫だろうと判断しての事である。

 

「しかし王家直属の花壇騎士にも主君たるジョゼフに反感を持っている者がいるというのか?」

 

「その通りです陛下。オルレアン派粛清の際に、オルレアン公寄りだった者が保身のためにジョゼフ派に鞍替えした例は花壇騎士も例外ではありませんからな。忠義篤い者がジョゼフに対して内心穏やかならぬ感情を抱いていることでしょう。実際、そんな花壇騎士がジョゼフ暗殺を実行した例も過去にあったそうですからな。他に似たようなことを考えている輩がいても不思議ではありませんからな」

 

「なんたることだ。花壇騎士とはガリア王家を守護することを誉れとする者達のことを指すのではなかったか。にもかかわらず、その花壇騎士が主君に杖を向けることを躊躇わない奴が多数いることがありえてもおかしくはないとはな……」

 

しかもなぜかジョゼフは暗殺されかかったにもかかわらず、花壇騎士団の人事をどうこうしなかったという。大使が推測するところによるとそんなことをすればジョゼフ派中枢にも不穏分子が入り込んでいるため、空中分解を防ぐためにしようにもできなかったのではないかとのことだった。

 

そんなややこしい状況で大規模な内乱に突入しないのはエドムンドにとって不思議だったが、思えばレコン・キスタ台頭前のアルビオンもこんな窒息感を覚えそうな状況だったのかもしれない。

 

「そんな状況でも下々の者は平穏を享受しておるわけか。これではかえって不気味というものよ」

 

エドムンドは大使館の窓からリュティスの街並みを見下ろす。平民の子供たちの集団が2つに分かれて全力を出して争っている光景と大人の貴族達が互いに非友好的な視線で牽制しながら警戒を怠らずに歩いていく光景が見事な好対照を為していた。

 

そしてこの光景こそが、おそらくはガリアの縮図なのだろう。エドムンドはそう思わずにはいられなかった。

 

 

 

園遊会というとどういった光景を思い浮かべるだろうか。野外でお茶会? それともホールでの舞踏会?

 

確かにそういう一面がないわけではないが、今回招待された者は国内の有力者だけでなく、外国の賓客もいるのだ。こういった場で十四代前のトリステイン王フェルディナンド一世が根まわしをすっ飛ばして自分の妻を宰相にすることを電撃的に宣言したように、ジョゼフがなにか大体的な宣言をすれば、そのままそれはガリア王家の方針として諸国に知れ渡るだろう。

 

今回の園遊会の段取りはジョゼフ自ら行ったという噂を聞いており、招待された者たちはなにか大きな出来事が起こるのではないかという期待を抱く者がいる一方で、あの無軌道な無能王のことだから気まぐれを催しただけかもしれないという諦観を抱いている者も少なくはなかった。

 

そしてその両者以上に出席者同士で腹の探り合いに興じている者が圧倒的多数を占めていた。様々な思惑を抱えた国中の貴族が集まるのであるからある意味必然といえるが……

 

「だからと言って、他国の王が会場に入ったときも露骨に他者へ探りの目を向ける奴がそれなりにいるというのはどうなのだ」

 

エドムンドは呆れた声で護衛として伴わせているヨハネに語りかける。基本的にこういうパーティでは一般的に身分の高い者から順番に入場することになっており、この園遊会に参加している中でエドムンドは上から二番目の貴人である。

 

だから自分が入場すれば全員の注目は自分に集まるはずだったのだが、1割くらいの貴族は他国の王への無礼より同国貴族への疑心を優先したのだった。その事実にエドムンドは衝撃を禁じ得なかった。

 

「かなり疑心暗鬼に陥ってますね。これは」

 

一応、ヨハネも園遊会の出席者なので普段の騎士装束ではなく、中流から上流貴族が着ている貴族にとってはちょっと高価な絹の服を着ている。いつも腰にさげている軍杖もなく、見かけだけだと平凡な青年貴族に見えた。とはいえ、いざという時のために指揮棒状の杖を懐に忍ばせていたが。

 

「それが暗示するところ、ジョゼフは派閥対立に明確なスタンスを示しておらぬというわけか」

 

原則として王がどこの派閥を敵視するかを周囲に示せば他派閥は内心がどうであれ、王の下に団結するというのがエドムンドの認識だ。勿論、ジョゼフの場合人気が低いので国が派手に割れる可能性もあるが、ジョゼフの智謀をもってすれば国の半数以上が敵側に流れでもしない限り、問題なく敵対した連中に勝利を収めることができよう。

 

なのになぜこの派閥対立を放置しているのか。エドムンドは考え込んだが自分が納得できる推測を立てることができなかった。しばらく考えていたが近づいてづいてくる人影を見つけて思考を打ち切った。

 

「これはアルビオンの国王陛下。ごきげんよう」

 

そう語るのは僧服を着た初老の人物だった。

 

「ごきげんよう。名前を伺ってもよいかな?」

 

「ロマリアの大使を務めておりますバリベリニと申します。教皇聖下より助祭枢機卿の地位を賜っております」

 

ゲオルグから聞いたロマリア大使の情報を思い出しつつ、つい最近会った助祭枢機卿のことも同時に思い出してしまった。

 

「……やはりこれが普通よな」

 

どこか安心したように呟くエドムンドに、バリベリニは怪訝な顔をする。

 

「……どういう意味で?」

 

「いや、失礼した。少し前にジュリオ・チェザーレと名乗る不吉な”月目”の小僧と会ってな。驚いたことにどう見ても二十にも届かぬ世俗的な小僧がおぬしと同じ地位にいるというではないか。さらに聞けばどこの馬の骨ともわからぬ捨て子という身の上ときた。

そんな輩を枢機卿という重要な聖職に就かせるとはロマリアも堕ちるとこまで堕ちたと思っておったのだが、実際のところ、おぬしのような真っ当な枢機卿達にとってチェザーレ枢機卿はどのように見られておるのだ?」

 

ゲオルグの評価ではバリベリニ枢機卿は絵に描いたような腐っていない保守的な聖職者というものだった。ロマリアにおける派閥では保守派の腐敗ぶりに嫌気がさして改革派の教皇側に近いポジションにいるとの情報もあったのでジュリオ・チェザーレに関する質問する相手としてはベストだろう。

 

ロマリアを侮辱するような言葉にバリベリニは眉を潜めたものの、エドムンドの語る人物が脳裏に浮かんだ瞬間に納得の表情を浮かべた。

 

「ああ、あの教皇聖下が篤い信頼を寄せる側近の……」

 

「なに!? あの小僧は聖下の側近だと、本当なのか?」

 

思わず驚くヨハネ。話の腰を折られて不快な目線を向けるバリベリニ。

 

「失礼した。これは私が信頼する侍従武官長ヨハネ・シュヴァリエ・ド・デヴルー。今回のガリア訪問にあたっては護衛部隊の指揮を任せている。ヨハネ、確かにあの軽薄な少年が教皇聖下の信頼篤き側近というのに衝撃を受けるのは分かるが、話に割って入るのはマナー違反だぞ」

 

エドムンドが取り成すようにそう言うとヨハネは恥じるように頭を下げた。

 

「なるほど。あまり園遊会に慣れておらぬのですな」

 

「察してくれて助かる」

 

救われたようなヨハネの言葉にバリベリ二は慈悲深い笑みを浮かべる。

 

「話を戻すが、聖下の信頼が篤いという小僧とは何者なのだ」

 

「陛下、仮にも助祭枢機卿の地位にいる者に対して”小僧”は言い過ぎですぞ」

 

「それはそうなのだが、あのような少年を枢機卿と認識するのは困難でな。枢機卿というのはおぬしのように長く神の道を歩んだ者にこそ与えられるものであろうに」

 

「まあ、陛下の仰りようもわからなくはありませんね」

 

バリベリニは苦笑しながらエドムンドの言葉に同意した。

 

「わたしも保守派の強烈な反対を押し切ってまで彼を助祭枢機卿に任じた聖下の意思をはかりかねているのです。彼が有能であることに疑いの余地はありませんが、聖職者としての適性に疑念を禁じ得ない人ですからな」

 

「そこまで重用されているとは……、聖下とチェザーレ枢機卿の間にはいったいどのような関係があるのでしょうな」

 

「さあ、そこまではわたしのような末席の者には知らされぬものでして」

 

「助祭枢機卿猊下が末席というのは卑屈に過ぎよう」

 

助祭枢機卿を末席と言うのなら、司教や司祭はどうなるんだ。

 

「枢機卿団の末席という意味でして。しかし彼の詳しい情報を知っておられるのは本国で聖下と共にいる者たちだけではないかとすら思えるほど、彼のことは謎なのですよ」

 

「聖下はなにをお考えか。そんな謎の塊のような人物をこれ見よがしに優遇する必要はあるまいに。いや、なにかご深慮あってのこととは思うが、私には保守派といらぬ対立をつくるだけではないかと思ってしまうのだよ」

 

「ほう。陛下は我が国の内情についてずいぶんとお詳しいのですな」

 

目を細めてそう告げるバリベリニにエドムンドは

 

「なに。私も一国の主ゆえな。周辺諸国の情勢をある程度は掴んでおらねば政務を滞りなく処理できぬのでな」

 

「……政務の話で思い出しましたが、陛下は国内で聖職者の大弾圧を行っているとか」

 

とても穏やかではない言葉に周りの者たちが聞き耳を立てる。それを横目で確認したエドムンドは軽くため息をついた。

 

「聖職者ではない。共和主義者だ。共和主義などという危険極まる思想を信じておる者どもは根絶せねばならん。そのためには聖俗や貴賤など気にしておれん。共和主義者と疑われるような真似をしているという一点だけで拘束する十分な理由になろう」

 

「随分と過激ですな」

 

バリベリ二の控えめな非難にもエドムンドは全く意に介しなかった。それどころかニヤリとした笑みを浮かべて

 

「過激? 我々は二度とレコン・キスタのような恥知らずな連中が台頭する悪夢を再来させてはならないのだ。共和主義者などエルフに匹敵する罰当たりな背教者どもが国に君臨するなど二度させん。そのために王権を否定するがごとき思想に心酔する不逞の輩から自由や権利を剥奪することは当然の事として、事と次第によっては天上(ヴァルハラ)にあるであろう神の裁判の被告席につかせてやらねばなるまいて。そうだな、さしずめ”戦う王権主義”とでも名付けようか」

 

エクトル卿として自身もレコン・キスタに所属していたことをおくびにも出さず、エドムンドは宣った。そして相手をからかうような声でこう続けた。

 

「共和主義思想を根絶する。この一点に関して王権同盟を結んだロマリアとも心は同じと”確信”しておる。猊下とてそうであろう? それとも猊下は始祖の末裔が国家を統治する世界の(ことわり)を否定する異端者に慈悲の心を示されるおつもりか」

 

「とんでもない。始祖の教えに従わぬ背教者にはそれに相応しい行き場所がある」

 

バリベリニの示唆する背教者の行き場所が地獄であるということをエドムンドは明確に察し、バリベリニは自分の示唆が通じたことを察して互いに朗らかに笑いあって、あたりどころない会話を始めた。

 

会話が(貴族たちにとって)穏やかな方向へと進んだので聞き耳を立てていた貴族達もホッと息を吐いた。すぐにどうこうなるとは思えないが、ロマリアとアルビオンの仲が険悪ならば、間にあるガリアにも確実に余波がくると予想できたからである。

 

しかし演技でもあのように笑いあえるということはそれほど深刻な対立までには発展していないのだろう。尤も、今後の展開次第でそれもどうなるか謎なので注意は必要だが。

 

「エドムンド陛下。ごきげんよう」

 

二人の会話が一段落したところで新たな人物がエドムンドに声をかけてきた。

 

そちらを振り向くと幾人かの貴族の団体が近づいてきていた。

 

「これはシルヴァニア辺境伯。そちらの方々は?」

 

バリベリニが問うと団体の中で一番恰幅の良い紳士が答えた。

 

「おお、大使のバリベリニ猊下も一緒でしたか。挨拶が遅れたことをお詫び申し上げます。それとアルビオンの国王陛下、私はシルヴァニア辺境伯と申します。他の者は右からサン=ジュスト伯爵、オードラン男爵、ベルナール騎士領主、ド・モンドンヴィル伯爵、フォン・サルダーニャ侯爵です」

 

ロマリアとの国境に領地を持つ名門の当主サルダーニャ侯爵から成り上がりの騎士領主まで纏まりのない顔ぶれにバリベリニは驚いた。

 

「皆さまはどういった集まりで?」

 

バリベリニは当然の疑問をぶつけられる。

 

「この園遊会の前に私が個人的に開いたパーティで親しくなった者たちだ。ああ、ベルナールだけは別だな」

 

シルヴァニア辺境伯がベルナールの肩をを叩く。

 

「こいつは私のシルヴァニアと国境を接する地に領地を賜った時以来の仲だ」

 

気弱そうな中年のベルナールは恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

「ほう。シュヴァリエの身で領地を賜るとは、さぞ武勲を重ねられたのだな。私も武人として興味を覚えずにはおられんな。おぬしの武勇譚を聞かせて貰えぬか」

 

「いえ、僕は小さな功績を積み重ねた結果として領地を賜ったのです。十代の頃に単騎で竜を討った陛下に聞かせられるほどのものじゃないですよ」

 

「なに?! あんな昔のことがこのガリアまで響いておるのか?」

 

驚いたエドムンドにサルダーニャ侯爵は苦笑する。

 

「当時の新聞で大きく取り上げられていたので覚えていますよ」

 

「トリステインの”烈風”カリンが魔法衛士隊を引退して間もないころでしたからな。関連付けて”今度はアルビオンが”烈風”を得たのか?!”って大きく見出しが張られていましたな」

 

モンドンヴィル伯爵も当時を懐かしむような声で語る。

 

「”烈風”と比較するのはやめてくれないか。私でも火竜山脈の火竜の群れを単騎で撃破したり、出陣したという情報だけでゲルマニアの軍勢を撤退させるような所業ができる自信がないのでな」

 

ハルケギニア史上最強の風の担い手と謳われた英雄と重ねて見られていたとは完全に予想外だ。この分ではトリステインでも似たような感じで報道されていたのでは、とエドムンドは一抹の不安を覚えた。

 

「サロンでも話題になりましたな。シャルル殿下に強力なライバルが現れたぞと」

 

オードラン男爵の言葉に周りはギョッとした顔を浮かべた。それに気づいてオードラン男爵も「あっ」と言葉を漏らして気まずそうな顔をする。

 

「オードラン。あまり亡くなられた王弟殿下のことを話題に出さない方がいい。どういう意図があってのことかは知らないけど王弟殿下が王族の一員とされているとはいえ、ご家族から王族としての権利をはく奪され、臣下の主だった者たちは粛正されているんだ。下衆の勘繰りを受けかねないよ」

 

「す、すまない。サン=ジュスト」

 

「わかってくれればいいんだ。杞憂かもしれないけど君は一度前科持ちだろう? つい心配しすぎてしまうんだ」

 

優しげな顔を浮かべならのサン=ジュスト伯爵の言葉に、オードラン男爵は申し訳なそうな顔をするのだった。

 

「ミスタ・シルヴァニア。前科とはなんのことかね?」

 

エドムンドは声を殺してシルヴァニア辺境伯に問いかけた。

 

「あまり大きな声では言えませんが、オードラン男爵は元オルレアン派の中堅でね。オルレアン派粛正の際に爵位を下げられ、領地も僻地に転封された過去があるのだ。そんな男爵が王弟シャルル・オルレアンの話題をしていたら……」

 

「なるほど、変な曲解をしたがる連中がでてくるということか」

 

ひとつ頷いたエドムンドは

 

「オードラン男爵。おぬしは先ほどから何を言っておるのだ?」

 

「え?」

 

「私が”烈風”と比べないでくれと言った直後に妙な挙動をしおって、怪しいことこの上ないぞ」

 

エドムンドの言葉にオードラン男爵は頭にクエスチョンマークが乱舞する。サルダーニャ侯爵、モンドンヴィル伯爵、サン=ジュスト伯爵、バリベリニはエドムンドの意を察して押し黙った。

 

「陛下。オードラン男爵の王弟殿下の話題を出したことについて……」

 

しかし全く察せなかったベルナールが小声で疑問を口にする。

 

「王弟殿下の話題? なんのことだ。そのようなこと聞いておらぬぞ。のう、猊下?」

 

大声でそんな問いバリベリニにするエドムンド。

 

「ええ。私もなにも聞いておりませんな」

 

バリベリニはボケた仕草をしながらそう述べる。

 

「神と始祖に仕える枢機卿猊下がこう仰られておられるのだ。ミスタ・オードラン、おぬしがありもしない(・・・・・・)罪で裁かれることはあるまいよ!」

 

周囲に聞こえるほどの大声を出してエドムンドはオードラン男爵の両肩を叩く。そこでベルナールは悟った。エドムンドはオードラン男爵の失言を撤回するために”なにもなかった”ことにしたのだ。もしこの言葉を聞いてオードラン男爵のことを告発する奴がいれば、アルビオン王とブリミル教の枢機卿の不興を買うことになるのだ。

 

初めて会ったばかりのオードラン男爵の失言を庇うなんて、なんと若いのに立派な御方だろう。ベルナールは自分の半分くらいしか生きていない若い王に感心せずにはいられなかった。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「なに。この程度、気にするな」

 

エドムンドは鷹揚に笑いながら、オードラン男爵の感謝を受け入れた。




なにやら怪しい貴族や聖職者が盛りだくさん! 

因みにエドムンドがオードランを庇ったのは完全な善意からではありません。他国の貴族に借りを売っとけばなにかと便利だろうくらいの感覚で助けてます。


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蒼の暴走

庭園の一角から歓声があがった。どうやらようやくジョゼフの一行が園遊会に来たようだった。とにかく挨拶しに行こうとエドムンドは歓声があがっている方向へと向かった。

 

人の群れの間から挨拶に来る貴族達を適当に捌いているジョゼフの姿が見えたが、そのパートナーを務めている女性の姿が気になった。

 

「ミスタ・モンドンヴィル。あれは誰か」

 

「あれはモリエール夫人ですな」

 

「どこの貴族の奥方だ?」

 

「いえ、彼女がモリエール家の当主なのです」

 

「ああ、そうか。ガリアやトリステインでは女性の当主も認められているのだったな」

 

アルビオンの常識に従うならば、ハルケギニアの伝統的価値観に則って、貴族家の当主は須らく男性であるべきとされている。

 

ガリアやトリステインも昔はそうだったのだが、王族の数が減少した時に王家自らが緊急避難的措置として女王を戴いて以降、家の存続の為に貴族家が女性を当主に据えるのを積極的でないにしろ王家は黙認せざるを得なくなったのである。

 

モリエール夫人はそうした一例のひとつというわけだ。

 

「なるほど。それでジョゼフ陛下とはどういった関係なのだ?」

 

「それは……」

 

モンドンヴィル伯爵がなんとも表現しがたい表情をして言いよどみ、その反応を見てエドムンドは怪訝な顔でシルヴァニア辺境伯を見た。シルヴァニア辺境伯は声を殺して語る。

 

「ジョゼフ陛下に伺候(しこう)しておられるのですよ」

 

「……つまりジョゼフ陛下付きの女官か。しかしそんな貴婦人をパートナーとして連れていてはあらぬ噂が立つのではないか?」

 

「……わたしが聞いた話によると、実際にそういう関係に及んでいるそうですぞ」

 

サルダーニャ侯爵の言葉にエドムンドは目を見開いた。

 

「本当か。ではこんな規模で園遊会を開いたのはモリエール夫人を王妃に冊立して正式に結婚することでも宣言するためかもしれぬというわけか」

 

ジョゼフはまだ四十を少し超えた程度の若い王である。子が女のイザベラ一人しかいないという事情を鑑みれば後継者を増やすために後妻を迎えたとしても何の不思議もない。

 

「お待ちください。そのような婚礼の話など聞いておりませんぞ。ありえませぬ」

 

バリベリニ枢機卿が断固として拒否するが

 

「教会に一切話を通してなくても、ハルケギニア中の有力者の前で宣言すればガリア王家と国家の面子にかけてごり押しできると踏んでいるという可能性もなくはないと思いますよ」

 

サン=ジュスト伯爵の指摘にバリベリニは顔をくしゃっとゆがめた。

 

「ぐっ、あの無能王め。冠婚葬祭は聖職者の役目だというのに、どこまでコケにすれば気が済むのだ……」

 

粘着質の怒気を纏わせるバリベリニにモンドンヴィル伯爵は慌てた。

 

「枢機卿、落ち着いてください! まだそうと決まったわけではありません。早計は禁物です」

 

「…………………そうだな」

 

絞り出すような声でそう言ったのを聞いてモンドンヴィル伯爵はほっと息を吐き、サン=ジュスト伯爵は米神を指でほぐす。

 

「でももしそうだとしたら、また勢力図に激震が走るかと思うと気が気じゃないんだが」

 

「……オードランの言うこともわからなくはないけどね」

 

モリエール夫人は派閥政治などには無関心な貴婦人であるとはいえ、ジョゼフの無信心ぶりから対立関係が生じている敬虔な旧教徒の貴族や聖職者との親しい関係にある。王妃になったモリエール夫人がこれといった行動を起こさなくてもその事実を武器に敬虔な旧教徒貴族や聖職者たちの力が強まるだろう。

 

そうなればジョゼフが聖職者たちの増長を許容してジョゼフ派・旧教徒派連合がガリアを支配するか、逆に聖職者たちの増長を認めずに聖職者をガリアの敵として糾弾し、国内を団結させるという手法に訴えることも考えられる。そうなればガリアの派閥構造は激変することを余儀なくされるだろう。

 

「でも大丈夫だよ。そんなことは起こらないから」

 

「やけに自信ありげだな。なにか根拠でもあるのか?」

 

自信満々に言い切るサン=ジュスト伯爵にモンドンヴィル伯爵は疑念の目を向ける。

 

「だってそんなこと神と始祖が許すはずがないだろう」

 

「……サン=ジュスト。神と始祖に救いを求めるのは結構だが、陛下が奇行を犯すのを抑止するのは始祖すら匙を投げる難行と思うぞ」

 

「ミスタ・モンドンヴィル。少々聞き捨てなりませんな」

 

「少々であるならば、寛容の心で聞き流してやってはどうかな」

 

シルヴァニア辺境伯の言葉に、バリベリニが言い返そうとした瞬間、大きな声が響いた。

 

「おお! そこにいるのはアルビオンのエドムンド陛下ではないか!!」

 

ジョゼフが周りの人を押しのけながらドカドカと近づいてきた。突き飛ばされた貴族たちが不快な顔をするがジョゼフは微塵も気にしない。

 

「急な招待であったのによく来てくれたな! 歓迎するぞ!」

 

「ありがとう。ジョゼフ陛下」

 

役者かと思うほど大仰な仕草で歓迎の意を示すジョゼフにエドムンドは愛想笑いで答えた。

 

ジョゼフは周りを見渡すと不思議そうな顔で

 

「おや、ロマリアの大使殿も一緒か。ロマリアとの関係を余は重視しておる。今後とも両国が深い友好で結ばれていることを願うばかりだ」

 

「なんと勿体無いお言葉」

 

「む? 勿体無い言葉? ということはありがた迷惑だったかな? よし、発言を撤回しよう。なんなら国交を断絶してもよいぞ」

 

「なっ!」

 

あまりに無茶苦茶な言葉にバリベリ二は顔色を失って絶句する。

 

「……ジョゼフ殿、その辺でやめたらどうか。バリベリニ枢機卿猊下が哀れにすぎる」

 

「なぜだ? それなら最初から貴国との関係を重視していることを”勿体無い”などと言わねばよいではないか」

 

心底不思議そうに首を傾げるジョゼフにエドムンドはため息を吐いた。

 

「た、確かに軽率でした。申し訳ありません!!」

 

バリベリ二が勢い余って地面に激突するのではないかと思うような速さで頭を下げた。するとジョゼフはひとしきり笑った後、バリベリニの右肩をバンバンと叩いた。

 

「冗談に決まっておるではないか! ロマリアは有力な同盟国だからな! 当然だろう!」

 

「私の国も貴国の同盟国なのだが」

 

「おお! 余としたことがうっかりしておった! 当然アルビオンもだ! アルビオン王国再建にあたって余は惜しみない援助をしたからな! その国の行く末にとても興味を覚えておるぞ!」

 

「光栄なことだ」

 

「我ら同盟国の友誼が続く限り! ハルケギニアの平和は永遠だ! 王権同盟万歳!」

 

ジョゼフが一人で万歳をし始め、周りの連中も空気を読んで万歳を唱和した。

 

ヨハネはこっそりとトリステインとゲルマニア大使の姿を見たが彼らは口を大きく開けて唖然としていた。彼らの国も間違いなく王権同盟の一員であるはずなのだが、ジョゼフに完璧に無視されたのだ。驚愕やら屈辱やら色々とない交ぜになって茫然自失しているのである。

 

サン=ジュスト伯爵も彼らの様子に気づき、控えめな声でジョゼフに忠告した。

 

「陛下……、トリステインとゲルマニアも王権同盟に調印した同盟国です。その国の大使たちにも同じ言葉をかけてやってもらえませんか」

 

「向こうから挨拶してくるなら考えるが、こちらからあんな小国と野蛮国の大使に挨拶しに行く必要を感じぬわ。捨て置け」

 

取りつく島もない返答にサン=ジュスト伯爵は肩を竦めた。このような狂人にそんな配慮を求める方が間違いなのだと思っているサン=ジュスト伯爵は、忠告も駄目元で行ったので一考だにされなかっても別段気にすることはない。

 

「陛下、会話を楽しむのも良いけれですども、わたしのことも皆様に紹介してくださいまし」

 

モリエール夫人が甘えるような声でそう言うので、ジョゼフはすまなそうな顔を浮かべた。

 

「それもそうだな。良い機会でもあるからな。お集まりの紳士諸君に紹介しよう。彼女はモリエール夫人。何を隠そう我がガリアの誇る花壇騎士団の団長の一人なのだ!」

 

騒がしかった人たちがまるでピシッと音を立てたように凍りつき、園遊会の会場に沈黙が下りた。

 

「……は?」

 

エドムンドですらそんな間の抜けた声がでた。

 

「どうしたのだ? 親愛なるエドムンド殿」

 

「いや、冗談であろう? この貴婦人が花壇騎士団の長など……」

 

エドムンドの言葉はどこか自信がない。そんなことはありえないと常識が叫んでいるが、一方でジョゼフならやりかねないのではという感情がとても強かったからである。

 

しかしその答えは意外な方向から齎された。

 

「間違いないですよ。 モリエール夫人はぼくの上官ですし」

 

そう呟いたのはさっきから一緒にいる騎士階級のベルナールだった。

 

「……本当か」

 

「ええ」

 

「なんで教えてくれなかった?」

 

「あんまり話さないでほしいと夫人に命令されていたので」

 

「……なんということだ」

 

ベルナールと深い親交があったシルヴァニア辺境伯は頭を抱えてしまった。

 

一方、モリエール夫人も再起動を果たし、顔色を赤くしたり青くしたりしながら、愛する人に詰め寄った。

 

「へ、陛下! なぜそんな説明なのですか?!」

 

「嘘ではないだろうが」

 

「確かにそうですけど! もっと他にふさわしい紹介があるでしょう……?」

 

目を潤ませながらそういうモリエール夫人にジョゼフは「なぜ泣くのだ」とか朗らかに言いながら夫人の背中をさする。

 

モリエール夫人が花壇騎士団の団長に任じられた経緯は極めて単純である。

 

ジョゼフがはルケギニアを模した箱庭で理解しかねる戦争ごっこの一人遊び(ソリティア)(その時はそう思っていた)をしていた時に、ジョゼフの気を引けるかもと思って前カペー朝時代の魔法騎士人形を持参して「わたしも彼と一緒に陛下の軍勢に加えて下さい」と言ったところ、花壇騎士団長に任じてくれると言われたのだ。

 

冗談だと思ってモリエール夫人は無邪気に喜んだのだが、ジョゼフにとっては冗談ではなかったようで遊びが終わってすぐさま関係省庁に根回ししてモリエール夫人を本当に花壇騎士団長に任じてしまったのだった。生粋の貴婦人であるモリエール婦人に軍事関係の知識などあるわけがなく、団長としての職務を副団長に丸投げしているので実質ただのお飾りでしかない。

 

だからモリエール夫人は自分が花壇騎士団長の地位にいることは徹底的に秘匿し、早々に団長という職務すら忘れ去ろうと努めていたのだ。しかしなんらかの悲喜劇を期待してモリエール夫人を花壇騎士団長に据えたジョゼフからするといささか面白くない展開だったので、こんな場でその事実をぶち撒けたわけである。

 

「そうは言われてもな。あなたはガリアの長い歴史上最も美しい騎士団長ではないか。余も自慢したくなるというものだ」

 

だからこそ場を引っ掻き回すために困った顔をしながらこんなことを言ったりもする。しながら美しいと言われてモリエール夫人は内心喜んだが、その喜び以上にただのお飾りを自慢しないでほしいという感情の方が強く、恥ずかしさで身悶えそうになった。

 

「……そういえばおぬしの娘はどこだ? 今回の園遊会に出席していると聞いていたのだが?」

 

「ん? そうだ! すっかり忘れておった! 今日はそなたに娘を紹介すると約束しておったな」

 

親としてあまりにひどい一言に周囲が絶句してるのを例によって意に介さず、ジョゼフは自分がさきほどいたあたりに目を走らせるとなんか疲れ切った感じの自分の娘が目に入った。

 

「イザベラ、こっちにこい」

 

そう呼ばれてもイザベラはそこから動かない。あんな状況のなかに、あんな嵐の中心部に向かって進む勇気などイザベラにはなかった。

 

「……来たがりたくないのもわかりますよ。俺だってできるならこの問題発言だらけの王様から逃げたいです」

 

ヨハネに耳打ちされて、エドムンドはまたため息を吐いた。ヨハネの言い分がものすごく理解できたからだ。

 

「どうやらおぬしの娘は恥ずかしがっているようだな。こちらから挨拶に行くとしよう」

 

バリベリニの方を向いて声を出さずに口の形を「あとは任せた」と動かすとエドムンドはヨハネを伴ってイザベラのいるところへ向かった。背後から恨めしい視線を感じるが、そんなの無視だ無視。これは戦略的判断による転進でしかない。

 

「はじめましてイザベラ殿下」

 

「……こちらこそはじめまして」

 

儀礼上の挨拶を交わした後、エドムンドは表情を変えずにイザベラを注意深く観察した。微笑んではいるが、警戒しているのが感じられる。さて、どんな話から始めるべきか。

 

「あんな父親を持つと娘はやはり大変なのか」

 

考えた結果、素直に反応すれば確実に共感できるであろう話題を投げた。更に流布している噂やジョゼフのふるまい、そして王女と言う身分から考えるに、対等な話し相手が少ないのではあるまいかと推測して外向きの話し方ではなく素の話しかたで行くことにした。

 

それに、このガリアの情勢を肌で体感してうまみをあまり感じなくなってきたが、もしイザベラを娶るような展開になれば、いちいち妻になったイザベラに礼儀正しい喋り方をする気は皆無なので、もしこれに文句を言ってくるほど器が小さいなら即刻縁談話破棄してやるという打算的な考えもあった。

 

「わかってくれてありがたいわ」

 

イザベラはやや面食らったが、普段周りにおっべか使いしかいないためエドムンドの遠慮のない言葉はある意味新鮮であり、好印象を持った。

 

「正直、父上にはわたしもまいってるのよ。そりゃあたしだってまわりから見ればいろいろと駄目なところはたくさんあるし、自覚もあるけどさ。あれはもう駄目とかいう問題を通り越してるわよ」

 

「実の父に対してやけに辛辣だな」

 

「別に意識して辛辣に言ってるつもりはないわ。事実は陳列したらどうあがこうが辛辣になるだけよ。それに……あんなのが父親とは私は思ってないんだからね」

 

最後は縛りだすようにそう言うイザベラに、エドムンドは頬を掻いた。どうやら想像以上にガリア王家の親子の溝は深いようである。ジョゼフが娘を自分に宛がうのは案外厄介払いのつもりなのかもしれないとエドムンドは思った。

 

「俺の父は立派な人だったし、どちらかといえば俺の方が迷惑かける側だったからいまいちお前の感情が理解できんが、そこまで酷いと思っているのなら父王に面と向かって批判したらどうだ? そうなれば相対的にお前の評価もいくらか改まるだろうに」

 

「冗談はよしてくれよ。父王に面と向かって批判したらどうなるか、あなたがわからないというほど情報収集を怠っているとは思えないけど?」

 

ジョゼフは直接批判してくるような者以外、どんな批判者にも無関心だ。忠誠心富む凡人がジョゼフを誹謗する発言をしていたと聞いてもジョゼフは笑って流すほど批判者に対して寛容、もしくは無関心だ。

 

一方で面と向かってジョゼフを激しく誹謗する批判者に対しては冷酷かつ残酷だ。宮廷に少なからずいたジョゼフの批判者が何人”事故死”や”病死”したことか。証拠はなにひとつないが、宮廷で政争を繰り広げている大者達は皆ジョゼフが黒幕だと確信している。

 

イザベラもそれを確信しているひとりである。いや、確信というより知っているというべきか。父王を直接誹謗した者の適当に”処理”するのも北花壇騎士団の仕事の内だったからだ。

 

尤も、北花壇騎士団が処理した批判者の数は、公式に”事故死”や”病死”で片づけられた批判者の数に比べると半分にも届かない数であり、父王が北花壇騎士団とは別の”汚れ役”を持っている事実を示唆しているのだが……

 

「いや、すまなかった。噂など当てにならぬものだな」

 

「なんの話だい?」

 

「いや、巷ではお前は”無能王”に負けず劣らずの愚昧な狂人で、容姿以外なんの取柄もない。およそ大国ガリアの第一王女に相応しくない女などと噂されていたのでな。しかし十分に大国の王女として務まる器量はあると思うがな」

 

まあ、今会話して感じた限りにおいては話だが。

 

するとイザベラは自嘲ぎみな笑みを浮かべた。

 

「世辞は聞き飽きてるからよしておくれよ。癇癪持ちで至らないところだらけの私のどこに器量があるのさ。父上みたいに才能皆無ってわけじゃないけど、魔法だってろくに使えやしない。そんな王女なんていったい誰が認めるっていうんだい?」

 

魔法の才能とは即ち人望だ。正確には魔法の才能があっても人望のない奴はいるが、魔法の才能がなくて人望のある奴などいない。これがハルケギニア諸国の貴族の一般的な常識である。

 

イザベラとて小さいころは”良い子”だったのだ。勿論その頃から父親が”無能”と名高かったから陰口を叩かれることもしばしばあったが、そんな時には泣きつける母親がいたし、歳が近かったからよく一緒に遊んだ従妹とだって悩みを打ち明けて相談することもできた。

 

しかし魔法の特訓をするようになってからすべては変わった。自分はちっとも魔法が上手くならないのに、従妹は凄い勢いで上達していく。自分にも間違いなく目上に対する心からの敬意を持っていた連中が、次々に自分に対して上っ面だけの敬意しか示さなくなり、従妹にだけそれを向けるようになっていった。

 

泣きつけた母親は流行り病で死んでしまい、残ったのは無関心な父と上っ面の敬意と本音の軽蔑を向けてくる大軍団。イザベラは孤独や屈辱といった負の感情に悩まさることになった。仲が良かった従妹に対しても魔法がうまいというだけで嫉妬心が刺激されて邪険に扱い、それに伴ってイザベラの人望はさらに失墜した。

 

四年前のオルレアン公派粛正に伴い、イザベラはガリアで二番目に高貴な人物となったが、それを心の底から認めている奴がどこにいるというのだろう? 前となにひとつ変わらない。内心不満を抱えながら自分に形だけの敬意や忠誠を示してくる侍女や貴族しか自分の周りにはいない……

 

「魔法ねぇ。不得意なお前が聞けば不愉快かもしれんが、それほど重要かな魔法とは」

 

そんな境遇のイザベラだからこそエドムンドの諦めにも似た呟きを聞き逃すことはできなかった。




イザベラさん本音漏らすのハエェ!という思いがありますが、筆者の拙い筆力ではこれが限度です。


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白の国の王と大国の王女

「……あんたが魔法の事をそんな風に言えるのはあんたが魔法の達人だからよ。魔法がろくに使えないってことは例えるなら片腕が動かないみたいなものよ。当たり前にできることが当たり前にできない。それが貴族にとってどれだけ問題か、わからないわけじゃないでしょう? ましてわたしは王族なんだから」

 

やはりと言うべきか、不愉快さを隠さずにそう言い返すイザベラ。持たざる者がほしくて堪らないものを持っている者がそれをくだらないもののように言うことほど、持たざる者の怒りを誘う言葉はないのだから当然であった。

 

「確かにそうかもな。だが、それでもたかが(・・・)魔法だ。五年前に既にスクウェアだった俺が、尊敬した父や兄らは語るに及ばず、命に代えても守ると誓った婚約者の命が奪われ、首が晒され嗤いものにされることを阻止することすらできぬ程度の魔法だ。にもかかわらず、つまらん聖職者が経典通りに語るような”魔法は神聖で万能な力”と盲信できるなら救いがたい馬鹿だろうが。のう?」

 

冷たい目でこちらを見ながらそう自嘲気味に言いきる。エドムンドにイザベラは圧倒されて何も言い返すことができなかった。

 

なんの返事もなかったが、エドムンドは胸中に巣食う、なにか鬱屈した怪物のような感情が激しく暴走を開始した。そしてその怪物の命じるがままこの国を調べている時に嫌な気分にしかならなかった集団を罵り始めた。

 

「そういえば亡くなったお前の叔父のオルレアン公は為政者としての能力だけではなく魔法にもたいそう秀でていたそうだな。なんでも十二才という若さで全系統スクウェアを達成していたとか。なんと素晴らしい! だがそんな素晴らしい才能を持っていたにも関わらず、詳しいことは知らんが狩り場の誤射で”事故死”したことをはじめとして、家族の王族としての権利ははく奪され、オルレアン公派は大規模な粛正の憂き目にあったそうではないか。

要は魔法が絶対という価値観を過信したオルレアン公が、魔法が不得手だったお前の父に足をすくわれたというだけの話ではないか。そんなの歴史を見ればよくある出来事に過ぎぬ。それをさもこれ以上の悲劇はないというように語る愚か者たちが団結して派閥を形成し、王家への忠義を叫びながら国王を貶めることに執心しているとは、なんともバカバカしい」

 

何が気にいらないのか、心底腹立たしいと言わんばかりオルレアン派を批難し、エドムンドは空を睨む。彼も伯父によって一族が悲惨な末路を辿った経歴の持ち主である。似たようなオルレアン派に対して同情を持っていててもおかしくないとイザベラは推測していたのだが、同情どころか激しい嫌悪感を持っているらしいことが驚きだった。

 

イザベラは彼のオルレアン派に対する嫌悪感がどこから湧いてきているのかわからなかったが、それを問う勇気はなかった。それを聞いてしまえば、なにか取り返しのつかないことになるという北花壇騎士団長としての勘が、やかましいほど警鐘を鳴らしていたのであったあった。

 

「陛下」

 

引いているイザベラを見て、さすがに放置はまずいと思ったヨハネが小さい声で呼びかける。それでエドムンドも正気に戻ったのか、深く深呼吸して申し訳なさそうな顔を浮かべた。

 

「失礼。姫君には無縁な汚い政治の話などいささか退屈でしたかな」

 

「い、いえ。興味深い話でしたわ。わたしも官職についている身なので無縁な話題でもないしね」

 

先ほどの衝撃が強すぎたせいで、無難に流そうとしてイザベラは思わず口を滑らせた。

 

「……不勉強ですまぬが、お前が官職についているなど初耳なのだが……」

 

今回の訪問前にガリアの情報は可能な限り集めたのだがなと呟くエドムンド。

 

一方、イザベラは内心窮地に追い込まれた。北花壇警護騎士団は公式には存在しない闇の騎士団なのだ。噂程度ならばともかく、その組織の全貌に知っているのは国王をはじめとした政府や軍の要職についている者のみ。そんな騎士団の団長をしているなんて他国の王に言えるわけがなかった。

 

とはいえ、ここでどんな官職についているか答えないのも考えものであった。もしここではぐらかすようなことをすれば、目の前の白の国の王様は不審に思い、自分の周囲を探るくらいはするだろう。そして普段鬱憤ばらしに虐めている侍女達に金貨を数枚与えればあっさりと話しかねない。

 

もっとも、エドムンドはジョゼフが勧める縁談の相手なのだから言っても良かったのかもしれなかったが、イザベラはそのことに気づかなかったし、秘密組織である北花壇騎士団長である責任を感じている彼女に自ら組織の秘密性を損なうような真似もできなかった。

 

「……ヴァッソンピエール卿の補佐官をしているわ」

 

数秒の間に凄まじい勢いで頭脳を回転させた結果、北花壇騎士団の業務をしているときに偶然汚職の証拠を掴んだので、それを武器に脅して色々と便利に利用している大臣の名前をあげた。

 

「ヴァッソンピエールと言えばガリア貴族の名門ではないか。そんな人の補佐をしているなら、なおのことそこまで自分を卑下する必要があるのか。今代のヴァッソンピエールの当主が特別無能という評判は聞かんしな。もっと表に出て動けば、お前が宮廷で遊び呆けているわがまま王女などという噂もたつまいに」

 

「遊び呆けてる気はないけど、だいたいそれであってるよ」

 

不満げだが肯定するイザベラにエドムンドが苦笑いを浮かべる。

 

「自己評価が低いにもほどがあろうが。少なくとも今話してる限りにおいてだが、それほどわがままとは思わんぞ。仮に俺の推測が甘いとしても、隙あらば俺の命を狙って襲撃してくる我が忠実なる臣下ほどのものではあるまいし」

 

「……ちょいお待ち。隙あらば襲撃してくる臣下ってどんな臣下だい?」

 

「あれの名誉にかかわる話なのでそいつの名は言えぬが、なんでも俺が主君に相応しいかどうか常に試さずにいられんそうだ。要するに自分の襲撃を防げなくなった主君に仕える価値なし、とでも思っているのだろうさ」

 

「臣下に何度も命を狙われたら王としての威厳がなくなると思うけど?」

 

「その辺は向こうも弁えておる。襲撃してくるのはいつも俺一人の時か、事情を知っている側近しかおらん時だ」

 

一部脚色しているが、同盟を組んでいる吸血鬼の部族の長エリザベートとの間でよくあることである。そんなことを認めているのはそれだけ吸血鬼の能力をエドムンドが高く買っているからであったが、それと同じくらい彼女も彼女の悲願のため、妥協など絶対にしないことを承知しているからでもあった。

 

そんな事情は知らないイザベラは純粋にエドムンドの度量の大きさを思い知らされた。自分の命を狙ってきた相手を許し、いつでも襲って来いと言ったうえで、その襲撃犯の誠意を信じて臣従を認めるなんか並大抵の人間にできることではない。

 

少なくとも自分には無理だとイザベラは思った。

 

「あんたも随分変わってるね。そんなヘンテコな奴を臣下にしてたら、周りの奴らも翻意を抱きかねないよ」

 

「忠告痛み入る。確かにそんなのが何人もいたら流石に無理だ。そんなふざけた臣下ばかりいては身が持たぬわ。……いや、待て。ある意味国中に嫌われてるお前の父がそれと似たような状況なのではないか? よく反乱やら暗殺未遂が起きておるそうだし。まあ、俺やジョゼフ王ほどでないにしろ、お前にも十分主君としての度量はあるだろう」

 

「は? さっきまでの話聞いてなかったのかい?」

 

「そうは言うが、‥……そこにいる者たちを見てみよ。お前に人望がないのであれば、ああも輝いている目をお前に向けることはあるまいて」

 

そう言ってエドムンドが違う方向を向き、イザベラも不思議に思いながら追ってそちらを見た。

 

そこには園遊会の余興でダンスを踊る楽師をみる貴族たちのうちの幾人かが、チラチラと振り返りイザベラの姿を盗み見ていた。

 

その貴族が誰かわかって、イザベラは顔から血が引いて真っ青になった。

 

(あいつら、アルトーワ伯の誕生日記念園遊会にいた連中じゃないかい‥‥……!!)

 

約一年前、地方領主のアルトーワ伯が主催する園遊会に誘われて参加したことがあった。

 

その行幸の時に、イザベラは憎たらしい従妹に自分の影武者をさせた。

 

そして北花壇騎士団に所属する凄腕暗殺者”地下水”に命じてに従妹を襲わせ、普段微動だにしない従妹の鉄面皮を恐怖一色で染め上げてやろうという手の込んだ悪戯を実行するためであった。

 

しかし最初はうまくいっていたのだが、”地下水”が従妹に弱点を見破られ、それで脅す形で従妹は”地下水”の協力を得て報復してきたのだ。

 

その結果としてイザベラは、アルトーワ伯の誕生記念園遊会でガリアの歴史に残りかねない、園遊会で全裸でダンスを踊るという醜態を晒す羽目になったのである。

 

園遊会終了後、北花壇騎士団の総力をあげて園遊会に参加していた皆殺しにしてやる、と狂気だか現実逃避だかよくわからない激情に支配されたイザベラは、トンデモなく壮大な暗殺計画を作り始め、ガリアを容赦なく暗殺の嵐の中に叩き込むことを本気で考える始末だった。

 

だが幸か不幸か、完璧な暗殺計画を築き上げたあたりでイザベラは正気に戻った。流石にこれだけの数の貴族を表に出せる理由もなく暗殺しては、ガリアという国家の威信そのものに関わってくると。

 

そこでイザベラは方針転換した。噂の火消しさえできればそれでよしと判断したのである。アルトーワ伯には「あれはあなたの誕生を祝ってやったことだから二度としないし、誰か言ったら身の安全は保障しないよ?」と良い笑顔をしながら釘を刺し、自分のことを話題に出したという口の軽い貴族を数人闇に葬った。

 

それはその噂を拡散させたら消すというイザベラなりのメッセージだったのだが、それでも理解しないおバカさんが存在したので、そいつらには侮辱罪で逮捕し、高等法院で公開裁判を受けさせた。

 

被告は全員、真実を自白(・・)するまで徹底的かつ情け容赦ない取り調べを受け、裁判長・裁判官・検察官・弁護人すべて北花壇騎士団の諜報活動によって弱みを握られている者達で構成された公開裁判でも、被告人たちは取り調べで自白(・・)したのと同じ内容の自供をし、全員死刑の上晒し首に処された。

 

その裁判を見てどれだけ頭の出来が悪い馬鹿でも状況を理解したらしく、揃って口を閉じた。一部ここまで徹底してやるということは事実なのではと逆に疑う者がでたが、それはイザベラの普段の素行を知っている者達とどんな女性でもこんなうわさ流されたら怒るのは当然という貴族女性達の声の大きさにかき消された。

 

かくしてイザベラはアルトーワ伯誕生記念園遊会における死ぬほど恥ずかしい真実を根も葉もない噂に変化させることに成功したのだったが、実際に園遊会に参加していた青年貴族たちは、うまれたままの姿のイザベラの女体の美しさを目に焼き付けていたようだった。

 

因みに”地下水”と従妹に対しては不問に処した。”地下水”は非常に優秀な北花壇騎士であり、”地下水”が追い詰められたのは自分の策略の詰めの甘さもあったので、許すことにしたのである。帰参を許したら悪びれもせずに戻ってきたのは少々腹が立ったが。

 

従妹に関してはデリケートな政治問題に発展する可能性があったので自重した部分もあるが、それ以上に策略に対して負けたことを理由に従妹を処罰するのは、魔法の才能を除けば自分の方がすべてにおいて優秀だと信じるイザベラの矜持が許さなかったのである。

 

「……顔色が悪いが、大丈夫か」

 

そんな事情は知らないエドムンドだったが、イザベラの機嫌が急速に悪化したは理解できた。

 

「あ、ああ。気にしないでくれ。いつまでもわたしのことを変に誤解してる連中の顔があったから気を悪くしただけさ」

 

「つまりあやつらは変人の類か。とはいえお前の支持者であるならばいいように使いこなしてやるのが上に立つものの在り方というものではないか? そしてそうしようもないほど無能だったり我慢できないほど嫌な奴だったりすれば、使いつぶす方向へと持って行くか、飼い殺しにするか、いくらでも有効活用できよう。人材を有効活用することこそ、支持者に対する王侯の礼儀というものだからな」

 

「……使いつぶすって、あんた、わりととんでもないことを言い出すね」

 

「とんでもないこととは思わんぞ。むしろ支持者を使い潰したりできない王侯こそ、俺からすればとんでもないと思うがな。まあ、相手にどれだけの憎しみを抱かせることになるか理解せずに使い潰すのは更に論外だが」

 

自分なりの政治信条を語ってみせながら、エドムンドは内心首を傾げた。

 

なんかどうも口が軽くなっている気がする。会ったばかりの他国の要人相手に喋りすぎだ。

 

そもそも、エドムンドはこんなどす黒い政治の話題を淑女と楽しんだことなど一度もない。いや、ヴァレリアとはしたことはあった。だが、それは父親のヨーク伯が娘の政治的才能を高く評価していたし、直属の女官として取り立てたことも大きい。

 

しかし、イザベラが政治能力が高いという評価をエドムンドは聞いたことがない。それどころか巷に流布している噂ではイザベラは”無能王の娘”に相応しい評価をされていたはずだ。立場にしたところで他国の王女であり、ヴァレリアのそれとは全然違う。なのになぜこうも喋りぎてしまうのだろうか?

 

もしかしたらイザベラが纏うどこか”陰”の感じる雰囲気に、親しみを感じているせいだろうか。ともかく警戒心が薄れすぎだとエドムンドは自分を戒めた。

 

「……考えてみれば、淑女に対して随分と面白くない話をしてしまったな」

 

「いや、十分楽しめたよ?」

 

「それはありがたい。ガリアの姫君は政治に精通しておられるようだ。機会があれば政治討論を楽しみたいものだが、せっかくの園遊会なのに無粋な政治の話ばかりするのもいささか問題があろう。

なにか最近ガリアの宮廷で流行っている娯楽はないかな? アルビオンでは戦後復興に忙しくてこの手の話題をのんびりしている暇がないのだ。なにか面白かった演劇や小説の話があれば是非聞きたいのだが」

 

幼少期から演劇を鑑賞したり小説を読んだりするのが大好きで、その物語に登場する英雄に憧れ、父や兄の静止の声を振り切って軍人たる道を歩んだエドムンドである。演劇や小説の類にはいまだに興味を持っていた。

 

しかしそう問われたイザベラはやや困った。勿論、演劇鑑賞をすることはよくあるのだが、よくありすぎて飽きてきており、巷で高評価の演劇を鑑賞したり、小説本を読んだりしてもちゃんと見ていないので内容をおおまかにしか覚えていない。

 

かといってそのことを正直に告白するのは少々躊躇われた。大国ガリアの王女が流行りの文芸に興味がないというのは、ちょっと問題がある。王族というのは魔法が優秀なのは当然として、知的で優雅な存在でなければならないのだ。少なくとも表向きには。

 

魔法が優秀であるべきということに関してイザベラはもう九割方諦めているが、だからこそ知的で優雅な存在という幻想を守り抜く気はあった。不真面目だが、覚悟だけはあるのである。だからこそ、なにか話題性のある作品がなかったかとおぼろげな記憶の中を必死で探した。

 

「ああ、そういえば……最近平民の間で流行りの小説を読んでね……『バタフライ伯爵夫人の優雅な一日』とかいう……」

 

そこまで言ってしまってから、内容をはっきりと思い出して激しく後悔した。その小説はイザベラが八つ当たりで虐めた侍女が落とした小説で、暇つぶしに読んだ小説だったのだが、……いろいろと内容が衝撃的で、イザベラが目を回しそうになった小説のタイトルであった。

 

「『バタフライ伯爵夫人の優雅な一日』? 寡聞にして聞いたことがない小説だが、どのようなストーリーなのだ?」

 

興味津々な目をしているエドムンドに今更話を変えるとかとても言えない。とはいえ、こんな場でその小説の内容を話してしまうのは問題がありすぎる。アルトーワ伯の園遊会のことも揉み消したのが無駄になりかねない。

 

「ど、どうしてもわたしが教えなきゃだめかい?」

 

「いや、全部教えてくれなどというつもりはない。さわりだけでいい」

 

「……教えるからちょっと耳を貸してくれるかい?」

 

「む? う、うむ」

 

なぜそんな要求をされるのか理解できなかったが、イザベラの顔から必死さが伝わってきたのでわけもわからぬまま耳を貸す。もしイザベラが自分に害意を持っていた場合、非常に危険な体勢だが、すぐ後ろにヨハネがいるので大丈夫だろう。

 

イザベラがゴニョゴニョと『バタフライ伯爵夫人の優雅な一日』の大まかな物語を述べるのだが、話を聞いている内にエドムンドの顔がみるみる青ざめていった。

 

「どうしてそんな小説が人気なのだ。リュティスの平民の風紀は大丈夫なのか?」

 

「いや、あたしも気になって調べてみたんだけど、この小説はトリステインの方から流れてきた小説らしくてね。首都トリスタニアじゃ店頭に並ばない日はないってほど人気があるらしいよ。理解できないけど」

 

「……いつの間にトリステインの風紀はゲルマニアをより凶悪化させたような風俗に染まったのだ?」

 

『バタフライ伯爵夫人の優雅な一日』のイザベラの説明を聞く限り、生々しいまでの男女の肉体関係を綴った凄まじいまでのエロ小説である。しかも常に女性優位。こんなふざけた小説がなぜあの病的までに伝統保守なトリステインで、しかも首都のトリスタニアの販売されている上に、大人気になっているのか。

 

「高等法院仕事しろ」

 

国家にとって大切な文化を保護して育て、必要とあれば是正する仕事を任されているのが高等法院だろう。高等法院がちゃんと仕事をしていれば、こんな有害な小説が検閲をパスすることはなかっただろうに。

 

いや、待て。そういえば前高等法院院長のリッシュモンが”レコン・キスタ”に所属していた罪で処罰されてからしばらく高等法院は機能不全に陥っていたのだ。つまり拡大解釈すればこのとんでもない小説が出回ってるのは俺の責任でもあるのかとエドムンドは予想外すぎる影響に驚きを禁じ得なかった。

 

「作者が異端審問にかけられないことを祈るとしよう」

 

聖堂で始祖像に跪く時のように厳粛な仕草で、指を聖具の形に切り、ある種ぶっ飛んだ作者の命の無事を願った。

 

しばらくなんとも微妙な空気が流れ、沈黙が続いて息苦しさを感じ始めたところでジョゼフが「ダンスホールの方へ行こうではないか!」と叫んでいるのが聞こえてきてエドムンド、イザベラ、ヨハネの3人はたぶん初めてガリア無能王の常識破りの行動をしてくれることに心から感謝した。




一応、ヨハネさんずっとエドムンドの側居るんだけど、護衛の立場だから影が薄い……


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暗殺事件発生

ガリアの話が思ってたより長引いてる気がする。
そう思いつつも、こうも思うのだ。「逆に考えるんだ。もっと長引かせろ」と。


大国ガリアが誇るヴェルサルテイル宮殿のダンスホールは流石に巨大で壮麗であった。計算されつくした窓の配置から室内に太陽光が神秘的に降り注ぎ、なんとも幻想的な光景を演出する。

 

エドムンドは最初に一曲イザベラと一緒に踊っただけで、そこからガリアの有力貴族や他国の者たちとの談笑に精を出していた。幾人か令嬢の誘いを受けたが完璧なまでの礼儀正しさを示して断ってしまい、令嬢たちは不満を抱きながらもおとなしく退散することになった。

 

逆に踊り続けていたのがヨハネである。燃えるような赤髪に鋭い野性的な目つきが令嬢たちの心を鷲掴みにしたらしく、ひっきりなしに令嬢の誘いを受けた。エドムンドほど口が上手くないヨハネは令嬢の攻勢を凌ぎきれずに一曲ごとに違う令嬢とダンスすることになった。

 

ジョゼフも負けていない。愛人のモリエール夫人と何曲も連続で踊り続けている。エドムンドの見るところ、モリエール夫人の体力は限界を迎えようとしているが、ジョゼフは顔に朗らかな微笑みを浮かべており、疲れの色はまったく見えない。まだまだ踊り続けそうであった。

 

「結局、モリエール夫人とジョゼフ陛下の関係は実際のところどうなのだ?」

 

あまりにモリエール夫人に対する配慮の見えないジョゼフの振る舞いに思わず口に出たが、エドムンドの疑問に明確に答えられる者はいなかった。

 

「ミス・モリエールが陛下に惚れているのは間違いないでしょうが、陛下が彼女のことをどう思っているか……」

 

ゲオルグがそう控えめに言うと

 

「ん? モリエール夫人の片思いなのか?」

 

首を傾げるのは五十半ばの歳頃のベルゲン大公である。この園遊会でジョゼフ、エドムンド、イザベラに次いで高貴な人物であり、ベルゲン大公国の国主である。

 

ベルゲン大公国はロベスピエール三世の時代に当時のベルゲン家当主が大公領を賜ったのだが、その所領がエルフの国と国境を接する故に辺境伯領以上の広範な自治権を与えるべくガリア王政府が名目上独立させた経緯を持つ新興国である。

 

外交はガリア王国に依存しているが内政に関してはほぼ完璧な自治権を有しており、エルフに対抗するための強力な軍事力を擁しているばかりか、ヴェルサルテイル宮殿の警備は王家直属の花壇騎士団とベルゲン大公国の傭兵部隊が務めることがガリアの国法に明記されていたりするなど様々な特権を有しており、ガリアに与える影響力は大きいのであった。

 

「私が聞いた話ではそうだったのですが、違うのですかな?」

 

「陛下の本心を察するのは至難の技です。ぼくは陛下が仰られることがただの冗談だと思ったら本気で言っていたことだったり、本気で言っていると思ったらただの冗談だった。なんてことが何度もありましたからね」

 

モリエール夫人の部下であるベルナールが達観したように述べた。彼も先ほどまで沢山の令嬢相手にダンスを楽しんでいたのだが十ニ曲目あたりで疲れてきたので備え付けられたチェアに座り、談笑に参加している。

 

ベルナールの言葉にガリア貴族の多くは共感を覚えたらしく、深く頷いて同感の意を示した。

 

「でもモリエール夫人が陛下に惚れてるのは間違いないわよ。サロンでよく惚気話を聞かされるもの」

 

恋話を嗅ぎつけてきた令嬢がしたり顔でそう述べるとベルゲン大公は心底不思議そうな顔をした。

 

「愛情とは不思議な働きをするものだな」

 

モリエール夫人の情報はベルゲン大公も調べていたが、知的な女性で趣味嗜好も一般的な貴族女性と大して変わるところはないというのがモリエール夫人の評価だった。そんな女性があんな王様に心底惚れているらしいというのは理解しがたかった。

 

ジョゼフは顔が良いし、肉体も逞しいのだから、黙って静かにしているならば魔法が使えないという評価があっても、女に人気がでそうではあるが、度重なる奇行がその全てを台無しにして人望を失わせているの、でジョゼフに近寄る他の女は権力志向の気がある奴ばかりである。

 

実はモリエール夫人もそうで本心を隠し、演技で一般的な振る舞いをしているなら大した女狐であるが、彼女と親しい者からの情報も集めたところ、とてもそう思えない。

 

だからモリエール夫人がジョゼフに惚れているというのが信じられず、話の流れに乗って問うて見たのだが、どうやら真実らしい。男女間の愛情とは複雑怪奇である。

 

「愛情に限らず、人の感情など他人には理解不能だ。推察はできるだろうが絶対に理解などできぬさ」

 

「……他人の感情を理解不能と片付けるのはいささか短慮だと思いますが」

 

ベルゲン大公の見解をエドムンドは鼻で笑ったが、反論はしなかった。別に理解を求めているわけではない。

 

二十何曲めかの演奏が終わり、ようやくジョゼフがモリエール夫人が疲れていることに気づいたーーモリエール夫人は汗だくで目を回していたーーらしく、「夫人がお疲れだ。ここで一杯開けることにする」と宣い、給仕に命じて酒の用意をさせ、ダンスは一時中断した。

 

おかげでようやく令嬢からのお誘い攻撃から解放されたヨハネがエドムンドの元に戻ってきた。「ガリアの女性は男が疲れてくることを察してくれない」とボヤいていたが、エドムンドは軽くからかっただけで叱責はしなかった。

 

そうこうしているうちに、ワインが入ったグラスを何本ものせたお盆を持って給仕たちがダンスホールに入ってきた。エドムンドのところにもやってきた。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう」

 

短い銀髪の給仕が勧めてきたワイングラスを受け取り礼を言うと、

 

「ほら、おぬしのだ」

 

「へ、私ごときのために陛下自らお取りにならずとも……」

 

「なに。ほんの恩賞代わりだ。気にせずに受け取るがよい」

 

感極まった形でゲオルグがエドムンドからワイングラスを受け取った。ヨハネが軽い嫉妬の目でゲオルグを見た。

 

「お前は普段から俺の側に控えておるのだ。自分で取るがよい」

 

「……ハッ」

 

なにか釈然としない思いを抱きながら、ヨハネは顔の青い給仕の盆の上からワイングラスを取り、それに続いてエドムンドも取った。

 

給仕はなぜか呆然としていたが、お盆の上が空になったことに気づき、そそくさとダンスホールの端に消えていった。変な挙動をする給仕を訝しげには思ったが、すぐにエドムンドは与えられたワインの香りを嗅いで楽しむことに意識を奪われた。

 

「いい香りだ。シャトーの品か?」

 

「わたしはシャングリラかと思いますわ」

 

「あまり馴染みがないので外国産では? ロマリアのチッダディラあたりの物では?」

 

「トリステインのタルブだと思うが……自信がないな」

 

「この香りはそう簡単にでるものではありませんぞ。20年? 50年? かなり高級なヴィンテージ物ですな」

 

あちこちでワインの知識を披露したいのか、ワインの詳細を推測するのに熱中しだす貴族たち。

 

エドムンドはそんな彼らを見て無粋に感じた。ワインは高級物になったあたりからどれも大同小異というものだと思っているので品名当てに声を荒げるより優雅に香りを楽しみ、どんな味か期待する気になれないのかと不快に思うのだった。

 

だがここはガリアであり、感じた不快さを表に出すわけにはいかない。表面的に微笑みを浮かべなから、内心はやくこの余興が終わってくれと願った。

 

その願いを聞き届けたのか、ジョゼフはニンマリとした笑みを浮かべて誰も飲まないうちに答えを公表してしまった。

 

「残念ながら、全てハズレだ諸君! このワインは余が命じてオルレアンの地所でつくらせたワインだ。一年程度しか寝かせておらんから味の深さはヴィンテージ物には劣っておるだろうがな!」

 

信じられないという顔を浮かべて囁き合う貴族たち。

 

「まあ、ワインの試飲会とでも思ってくれたらよい。諸君らの感想を聞きたいのでな」

 

そう言って杯を掲げるジョゼフに他の者たちも続く。

 

「では、ハルケギニアの平和とガリアの永劫不変の繁栄を願って……乾杯ッ!」

 

「「「「「乾杯ッ!」」」」」

 

その唱和が終わると全員が一斉にグラスのワインを飲み干す。エドムンドは飲み干したワインの味わい深さに驚いた。自国のアルビオンの古いワインよりはるかに美味い。

 

一年しか寝かせていないというのが嘘ではないのかとエドムンドだけではなく、多くの者がジョゼフの言葉に疑いを抱いたが、隣でドサッと大きな音に全ての意識を奪われた。

 

「……ゲオルグ?」

 

何の受け身もとらずに倒れているゲオルグを見て、エドムンドは瞬時に全てを理解した。

 

「衛兵ッ! 暗殺だ! 誰もこのホールから出すな! それとさっきワインを配っていた給仕を一人残らず連れてこいッ!」

 

「は、は?」

 

急な事態に理解がついていかず困惑している衛兵にエドムンドは激しく舌打ちし、ホールに視線を走らせる。毒を盛った暗殺犯がよほどの馬鹿ではない限り、ワイングラスを渡した直後に現場を去っているだろうが、確認しておくにこしたことはない。

 

だが、どうもその暗殺犯はその馬鹿であったらしい。ホールの反対側にさっき自分たちにワインを配りにきた給仕の姿を認めた。

 

「そいつだ! そこの短い銀髪の給仕ッ! そいつが暗殺の実行犯だッ!!」

 

反対側を指差しながらエドムンドは叫んだ。反対側にいた者たちはエドムンドがどこを指差しているのかわからなかったが、短い銀髪の給仕はその近くに一人しかいなかったのですぐに発見することができた。

 

あまりに早く見つかった暗殺犯は驚いたが、すぐに服の裾から短剣を取り出し、駆け出した。

 

「こ、こいつ武器を持っているぞ!」

 

オードラン男爵の叫びに、血なまぐさいことに免疫がない宮廷貴族たちが悲鳴をあげながら逃げ出し、暗殺犯を捕らえようとする衛兵たちの進行を阻んだ。

 

暗殺犯の走る方向に迷いはない。本当なら毒でエドムンドが倒れて混乱している間に標的に近づいて殺す手はずだったのだが、毒入り酒はゲオルグに渡り、あっさり自分が見つかってしまった。こうなったら一命に変えても標的を屠ってみせると意気込み、それに向かって一直線。

 

その標的は他の宮廷貴族と一緒に逃げ回っているが、足が遅いことに加え、前は逃げる宮廷貴族の壁に阻まれて、自分の数メイル前にいる。暗殺の達成を確信して、暗殺犯は歓喜の笑みを浮かべて飛びかかり、その首に短剣突き刺そうとした。

 

「ぐっ!」

 

だが、突如横からの衝撃襲われて暗殺犯は飛ばされた。誰だと思って睨み付けるとそこにはモンドンヴィル伯爵が怒りを滾らせて暗殺犯の腹に蹴りを決め、暗殺犯は腹の内容物を床にぶちまけた。

 

こうなってはもうダメだと暗殺犯は逃走を考え始めてすぐに、背後から押し倒されて上に乗られ、ナイフを持っていた右手を強い力で握られて身動きがとれなくなった。

 

「サン=ジュスト! そいつを抑えていろッ! 衛兵! さっさとこんか!」

 

その怒声を聞いて、全てを悟った暗殺犯は諦観の笑みを浮かべて左腕の裾に仕込んでいた小型拳銃を取り出して掴んだ。

 

「ーーサン=ジュスト! 銃を取り上げろッ!」

 

それに気づいたモンドンヴィル伯爵は叫んだが、サン=ジュスト伯爵が拳銃を取り上げる間も無く暗殺犯は小型拳銃を口に加えた。

 

「遅いッ!」

 

そう叫んで暗殺犯は引き金を引いて自決した。飛び散った血がサン=ジュスト伯爵に降りかかり、効果の服をまだらに染める。

 

「すまないモンドンヴィル。止める間もなかった」

 

「……しかたないな。それより枢機卿、ご無事でしょうか?」

 

暗殺犯に狙われていた標的、バリベリニ枢機卿は恐怖に歪んだ顔を浮かべながら震えていた。

 

それを見て好機と感じたモンドンヴィル伯爵は優しい声で慰める。

 

「まことに申し訳ない。ガリア貴族として今回の警備の不手際を謝罪します。ですがこれはガリアを孤立させようとする輩の仕業と思われますので、どうかご慈悲を賜りたく思います」

 

「う、うむ。その通りだ。礼を言おう」

 

まだ混乱しているが、自分の命を助けてくれたことは理解できたのでバリベリニは礼を言った。

 

その言葉にモンドンヴィル伯爵は内心安堵のため息をついた。多くの人間の前で頷いてくれたのだからロマリアとの関係悪化は最低限ですむだろう。

 

一方、絶望の表情を浮かべながら己の主君にことの次第を報告しているものがいた。このダンスホールの警備責任者である南薔薇花壇騎士団団長であった。

 

「申し訳ありません。不手際を……」

 

「御託はいい。エドムンド殿が言ったようにだれもこのダンスホールから出さないよう警備を続けろ。その後は……言わずともわかっているだろうな」

 

「陛下、願わくば事件の捜査を命じていただきたく」

 

「それは副責任者に任せる。おまえは自分の仕事に集中しろ」

 

「……はっ」

 

捜査の責任者に命じてくれれば、完全にとはいえないがある程度の名誉回復の可能性もあった。だからできれば翻意を促したいが、これ以上言い返せば無能王の逆鱗に触れて首が物理的に飛びかねない。正直、捜査責任者に名乗り出ることすらかなりの勇気が必要だったのだ。

 

だから南薔薇花壇騎士団団長はより深い絶望の表情を浮かべて場を辞した。

 

ジョゼフは近くにいた小間使いに副責任者を連れてこいと命令すると、椅子に座って肘掛に肘をつきながら、欠伸をひとつした。

 

あまりに状況をわきまえない自国の王の振る舞いに、ガリア人の多くは失望を抱いたが、そんな空気が宇宙の彼方まで吹っ飛ぶような怒りを漲らせてジョゼフに近づく者がいた。

 

臣下のゲオルグを毒殺された、エドムンドである。

 

「ジョゼフ! 貴様、この責任をどうとるつもりだ!?」

 

「どの責任だ?」

 

「どの責任もなにも、俺の臣下が害されるような杜撰な警備体制の園遊会に招いてくれた責任以外のなにがある!」

 

「ああ、それか。今度埋め合わせをすることを約束しよう。だが、今はこの事件の全貌を暴き出すこととゲオルグ大使の安否の方を優先すべきではないか?」

 

「ゲオルグの方は構わん。聡明な貴様の娘が俺が毒殺と叫んだ瞬間にすべてを察して手配して医者を呼んでくれたのでな。だが、この警備の杜撰さには憤りを禁じえぬ。貴様には俺の臣下を巻き込んだ今回の事件については断固たる処理を願いたい。さもなくば……」

 

「さもなくば?」

 

「……明言は控えるとしよう」

 

エドムンドは押し殺した声でそう言うと、自分は落ち着いたと思い込んだ。思い込めば内心はどうあれ、そういう風に振る舞えるスキルは政治家にとって習得しておくべきものである。

 

「ところでこのホールの警備責任者はどこだ? いくらか追及したいことがあるのでな」

 

「ああ、そいつならあそこだ」

 

ジョゼフが指さした方向を見ると、南薔薇花壇騎士団団長がイザベラにヒステリックな声で責められているのが見えた。

 

イザベラの体から怒気とどす黒いオーラが発せられており、歴戦の騎士であるはずの南薔薇花壇騎士団団長を完全に威圧してイザベラの追及されるがままになっている。

 

「……薄々気づいておったがおぬしの娘。絶対ただ者ではなかろう」

 

「そうか? おれとさして変わらんと思うが」

 

「おぬしは自分の事をただ者だと思ってるのか? まあいい。少なくともイザベラには尋問官として非凡な才能があるらしいようだからな」

 

あそこまで圧倒されているなら、後ろめたいことがあってもあっさりと自白するだろう。

 

エドムンドがそんなことをぼんやり思っていると、その団長と似た装いをした男がやってきた。

 

歳のころは20をいくつか過ぎた程度で、手入れの整った髭が凛々しい、なかなかの美男子であった。

 

「警備副責任者を任せれております東薔薇警護騎士団団長バッソ・カステルモール、参上仕りました」

 

「おお、カステルモール。今回の事件は余の体面に唾を吐きかけられたようなものだ。国としての体面を保つためにも事件の全貌を明らかにし、暗殺に協力した者どもを一人残らず城門に吊るさねばならん。だからおまえに調査の全権を与えるから暗殺犯の背後関係を洗い出せ。今日中に調査が大した成果があがらなければ、おまえを暗殺の協力者として代わりに城門に吊るしてやる故、全力でことにあたることだな」

 

非情な命令を、さも当然のことを言うかのように言ってのけるジョゼフにカステルモールは青い顔をした。

 

すぐさま調査に戻ろうとしたところ、先に暗殺犯の死体を検分していた部下がやってきた。

 

部下は団長のカステルモールしか見えていないかったらしく、ジョゼフとエドムンドという二人の国王を前にしたことで激しく狼狽し、視線をジョゼフとエドムンドとカステルモールの間を行ったり来たりした。

 

「調査に進展があったか? かまわんから報告しろ」

 

ジョゼフが大仰に手を振り、さっさと報告するよう促す。

 

戸惑った部下はカステルモールに視線をやったが、彼が重々しく頷いたために意を決して報告をした。

 

「あの暗殺犯が着ていた服の装飾品にオードラン男爵家の紋章が刻まれてました。そして男爵を重要参考人として身柄を拘束しております」

 

その報告にカステルモールは目を見開いた。




さーて、今回の暗殺劇の黒幕は誰でしょうね?
「真実はいつもひとつ!」(現時点ではどうあがいても黒幕特定できません)


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暗殺事件調査編

感想欄に犯人の予想来てたけど、ジョゼフが本命として名前あがってて笑ったww
……黒幕って言い方が悪かったのかな。


捜査は周りを納得させることができる推論がでるところまでは進んだ。

 

暗殺犯にオードラン男爵家の紋章が刻まれていたことから、オードラン男爵に暗殺犯との関係を問うたが「そんな奴は知らない」の一点張り。

 

そこでオードラン男爵についてきた従者やメイドなどに聞き込みを開始したところ、オルレアン派に所属していたために所領や利権の一部を王家に取り上げられた際に、給金を払えなくなったのでオードラン家にリストラされた警備兵の一人でロダンという名前であることが分かった。

 

王宮に下働きとして雇われたのは二年前であり、給仕長が証言するところによれば「ロダンは寡黙だが、真面目で優しく、お願いを断れない力持ち」ということで周りから評価されており、便利な人物として下働きだけでなく、けっこうな数の宮廷貴族にも非常に重宝されていたとか。

 

それゆえ、ロダンは寡黙だから誰にも喋らないだろうと油断した宮廷貴族が雑用を押し付ける為にけっこう王宮の億部まで連れ込んでいたという噂もあり、これを事実とするならロダンは王宮の情報を探るスパイであり、経歴から考えてオードラン男爵家のスパイというのがもっとも筋が通る。

 

動機についてもオードラン男爵は常々現王政の不満を漏らしていたことが従者の証言で明らかになり、男爵が暗殺を企む理由は十二分にあるし、いまだに幾人かの元オルレアン派貴族とも連絡をとっていることから反乱を企んでいたのではないかと推測できる。

 

だとすると、今回の暗殺の目的はジョゼフ派が牛耳るガリア王国とアルビオン王国・ロマリア連合皇国との関係を引き裂き、その隙をついて復権しようとしたオードラン男爵、ひいてはオルレアン派残党の陰謀と説明することができる。

 

都合のいいことに暗殺犯を目撃したオードラン男爵の叫びが周りの混乱を呼んだという状況を考えれば、その説明は国内貴族達にとっては違和感なく受け入れられることになるだろう。

 

(そんなふざけた報告を無能王にできるかッ!)

 

そう内心で激しく叫んでいるのは捜査の責任者である、カステルモールである。

 

カステルモールにとってその結論は断じて認めてはならないものであったのだ。

 

彼にとって現王ジョゼフ一世とは”弟から冠を奪った簒奪者”であった。カステルモールは戴冠前にジョゼフは既に皇太子に冊立されてはいたが、それでも無能と国内外から嘲られていたジョゼフより、周囲からの人望に篤い優れた為政者であったオルレアン公こそがガリアの王座に座るべき人物だったのだと心から信じるオルレアン派の一員だったのである。

 

そしてなにより……

 

「お前は、まだ若いのに見どころがある」

 

大した生まれでもない、下級貴族出身の自分をオルレアン公がその一言でとりたててくれた恩をカステルモールは忘れていなかった。もしオルレアン公に出会わなければ、二十半ばにして騎士団長などという大任を任される身になることはなかったろう。それだけに彼の亡きオルレアン公に対する忠誠心は強かった。

 

無論、そんなことを公言してしまえば確実にジョゼフ派に粛正されるので普段は王家に忠実な騎士を演じながら、いつか暴君ジョゼフを討つ為に自分と同じ志を持っている者を自然な状況で部下に加え、逆にジョゼフに忠実な部下を全く関係性がなく説得力のある理由を見つけ出しては移動させたりした。

 

カステルモールの細心の注意を払った努力の結果、四年の月日を経て、約七十名で構成されている東薔薇花壇警護騎士団が、オルレアン公に対して表に出せぬ忠誠を誓う者のみで構成される騎士団へと秘密裏に変貌を遂げていた。

 

国王を守護する為の花壇騎士団のひとつがそんな劇的ビフォーアフターを遂げたというのに、盤上遊戯に耽ってる人物以外に気づかれていないあたり、カステルモールの隠蔽能力の高さを伺える。

 

とにかく、そんな彼らにとって元オルレアン派貴族が首謀者であると報告するのは自分の首を絞めるに等しいことであった。なぜならどの程度かはわからないがこの事件を理由に元オルレアン派貴族の冷遇がより酷くなることは容易に推測できるし、そうなればその大義名分を無能王に与えた東薔薇騎士団はオルレアン派の信頼を失うであろう。

 

そうなれば現在他国に亡命されている亡きオルレアン公の忘れ形見、シャルロット様が祖国に正義を齎すために戻ってくるときに東薔薇騎士団はシャルロット様に協力することが難しくなってしまうのだった。

 

そのため、オードラン男爵が首謀者と決めつけて事件を切り上げるというわけにはいかなかった。元々暗殺犯がオードラン男爵家の紋章付きボタンがついた服で暗殺を決行してる時点で、誘導めいたものを感じるのである。

 

そこでカステルモールは信頼する副団長アルヌルフにオードラン男爵を尋問させた。アルヌルフはカステルモールとは親子ほど歳の離れた人物で、オルレアン公がカステルモールを見出さねば年功序列に従って彼が団長となっていたかもしれない。

 

しかしそのことを全く気にせずにカステルモールの有能さを認め、その補佐ができるほどよくできた人間であり、温厚で思慮深いことから自分が罪人だと疑われて不機嫌な相手を宥めるのは彼の得意技のひとつであった。

 

アルヌルフの根気強く丁寧な尋問によってオードラン男爵はリュティスに入城してからの行動を細かく説明した。オードラン男爵は余裕をもって園遊会開始の二週間前にリュティスに到着しており、資金に余裕のある何人かの貴族が王家主催の園遊会の前祝と称して行なっていた小規模なパーティに参加したりして日数を潰していたという。

 

オードラン男爵は参加したパーティの主催が誰で、どんな内容のパーティだったかを詳細に覚えていた。その数多くのパーティで東薔薇騎士団の面々が注目したのは、園遊会の数日前にシルヴァニア辺境伯が主催したという仮面パーティである。

 

仮面パーティ自体は別に珍しくない。顔を隠して互いの身分も素性も気にせずに談合を楽しむというのはハルケギニアの貴族社会では広く浸透しているものだ。『仮面パーティで下級貴族が、そうとしらずに一国の王女や王子に恋をする悲恋物』とかは貴族向けの小説、劇作で使い古されたものと聞けば、ある程度理解できるだろうか。

 

だから仮面パーティだからと言って注目する理由にはならないのだが、その仮面パーティで話された内容が問題であった。

 

「現状への不満暴露大会が始まってね。皆盛り上がったものさ。

シルヴァニア辺境伯は今の王政府は辺境をもっと気にかけてくれないのか。ロベスピエール三世陛下の御代に整備された国道の舗装が崩壊ぎみで事故が起こりかねないと散々報告しているのだがいまだ返事すらこないと。今の王政府は仕事をしているのかと怒り狂っておられた。いつかとんでもない振り戻しに見舞われることになるぞと。

ベルナールは陛下の戯れでド素人の団長に仰がねばならない屈辱を長々と語っていたな。団長に怒りをぶつけようにも、その団長が望まぬ人事であると不満を抱いてるのが目に見えてわかるから発散できずに屈辱をため込む一方だと。だから陛下に直訴をしたら、受け流されてしまったとも言っていたか。……園遊会の時にその団長がモリエール夫人のことだと知ってとても驚いた。まさかその団長が女性だとは思っていなかったのだ。

サン=ジュストは今の陛下はこの国をどのようにお導きになるのか示してはくれないのか。派閥が乱立して混沌としている国情を理解してくだされば、皆がそれを待ち望んでいるのはわかるだろうに。皇太子時代から良い噂がなかったとはいえ、ここまでとは嘆かわしいものだと。

モンドンヴィル伯爵は空海軍の急激な拡充に不安を示しておられた。先日のアルビオンとの戦争前にも新教徒過激派によるテロの餌食にあって、参戦前に両用艦隊が機能不全に陥る無様を晒したのだから、今後はもっと水兵の採用基準を厳格化すべきではないかと。それを陛下に説明するのが艦隊司令長官の役目だろうにあの愚将めとか……

サルダーニャ侯爵は昨年領地の一部を王家に召し上げられたことがとても不満だと。ガリアという王国を強大にするために寄越せというのならまだ理解できるが、召し上げられた領地は王国の発展になんの必要性もない。ただ我が家に対する嫌がらせだ。いつか報いを受けさせてやると怒りを露わに叫んでいましたな。先祖に申し訳が立たない。絶対にいつか神罰をくらわしてやるとも言ってた気がします。

こんな普段ならしない話題をしたせいか、意気投合したので一緒に園遊会で行動していたんだ。

え? 自分が何を言ったかって? それはついた派閥が負けたからってここまで冷遇されなきゃならないのかとね。それといつか今政権握って自分を嘲笑っている奴にいつか逆襲したいとも。……言っておくが、それを理由にして暗殺を起こしたりするほど自分は短気ではないからな」

 

最後らへんになってどれだけやばいことを言っているのか自覚したのか、オードラン男爵は真っ青な顔をしてアルヌルフに釘を刺したが、時すでに遅しである。

 

オードラン男爵に問い詰めたところ、不満を漏らしたことは今までもあるが明確に逆襲したいと言い切ったのは記憶にある限り、あれが初めてということであったから、オードラン男爵の暴露を聞いた者の誰かが彼に濡れ衣を着せれると踏んで利用したという可能性が浮上した。

 

名前があがった者の中でベルナールは除外していいだろう。職務でカステルモールはベルナールと何度か顔を合わせたことがあるが、そんな度胸がある人間であるようには見えなかった。腕はいいのだが精神面が気弱に過ぎるのであった。

 

となると残るはシルヴァニア辺境伯、サン=ジュスト伯爵、モンドンヴィル伯爵、サルダーニャ侯爵の中の誰かだとカステルモールは確信した。無論、なんのひねりもなくオードラン男爵が黒幕という可能性もあったが、カステルモール以下、東薔薇花壇騎士団はその可能性を意図的に無視した。

 

すぐに東薔薇騎士団は名前のあがった四名を順番に参考人として拘束して尋問室に連れてきた。

 

「それで私に疑惑がかかっていると?」

 

トップバッターのシルヴァニア辺境伯が鋭い目つきでカステルモールを見る。

 

「オードラン男爵が自白したところによると辺境伯は園遊会の二日前に仮面パーティを開かれた。そしてそのパーティの席上で辺境伯は現在の王政府は不甲斐ない、いつかとんでもないことに襲われるぞと発言したとの証言がありますが、間違いないか?」

 

「一言一句その通りとは言わないが、大筋その通りだな」

 

「なぜ辺境伯ともあろう人がそんなことを仰ったのだ。不見識な発言とは思わないか。この一件抜きにしても、別件で不敬罪に処されても文句は言えぬぞ」

 

「国論を論じただけで不見識などと言われてはたまらんわ。第一、仮面パーティを行うことやその席上で現状の不満暴露大会を行うことは事前に陛下に謁見した際に許可をもらっている。その席上、どんな無礼な発言があったても罪には問わぬと確約までいただいている。それでも不敬罪に処されると?」

 

シルヴァニア辺境伯の言葉に東薔薇騎士団は動揺した。カステルモールはすぐ部下に命じてそんな話が事前にあったかどうかジョゼフに確認させに行かせた。

 

十数分後、ジョゼフより確かにそんな約束したという有り難い御言葉を戴いた部下が戻ってきて、カステルモールは頭を抱えた。不敬罪という武器で容疑者を脅して自供させるつもりだったのに、完全にご破算である。

 

「ひとつお聞きしますが、陛下より確約を戴いていたという話は仮面パーティで公言したのですか?」

 

「言っていないな。陛下の息がかかっていると知れば、本音を暴露してくれないと思ったのでな。全責任は私がとると言って不満暴露大会を始めたな」

 

「ご協力、感謝する」

 

カステルモールはそう言ってシルヴァニア辺境伯を解放した。こうなったら実体のない虚像でも不敬罪を武器にして他の容疑者を脅すしかない。ジョゼフから空手形を与えられていたと知らない彼らはその言葉が嘘でしかないことに気づかないだろうからなんとかなるだろう。

 

自分は演技には自信がある。なんとしてもやってみせよう。そう気合を入れた。

 

次のサン=ジュスト伯爵はそんなカステルモールの気迫に圧倒されたのか、不敬罪を武器に持ち出すまでもなく素直に自供を始めた。

 

「陛下に対して悪意を抱いている。それで今回の暗殺を企んだのではないのか?」

 

「ちがいます。確かにわたしは現王ジョゼフ陛下に対して不満を持っておりますし、言いたいこともたくさんあります。しかし、それを理由にして暗殺を企んだりはしません。わたしは誠実さだけで生きてきたのです。その誠実さのおかげで多くの貴族や領民からの信頼を勝ち取ってまいりました。それを裏切るような真似は神と始祖に誓ってありえません」

 

「なるほど。ではあなたは誰が犯人だと思う?」

 

「……仲間を売るようでいやですが、おそらくはオードランかと。園遊会でもうっかり問題発言をしてエドムンド陛下に庇われたりしてました。自ら手を汚さずにロダンに実行させうような悪辣な真似をできるとは思えませんが……、一番疑わしいのは誰かと聞かれますとやはり、そうなるかと」

 

「だが、仮にロダンがオードラン男爵の手の者とするとずいぶんとお粗末だとは思わないのか。ロダンが着ていた服にオードラン男爵家の紋章があったせいで一番に疑われることになっているのだぞ。仮に、不敬極まるが、陛下の弑逆するなら実行犯に自分の家の紋章など絶対に身につけさせないと思うのだが」

 

「確かにそうですが……わたしにはなんとも。先ほども言いましたが、オードランはこういうことに向いている性格とは思えませんのでかなりおおざっぱな指示しか出してなかったのでは? それでロダンがいつもの服装のまま暗殺を行ったと……あえて、もっともらしく筋道をつければ、の話ですが」

 

このように自分でも信じてないような推測を自信なさげに言って終わる、というような展開が数回繰り返されてサン=ジュスト伯爵に対する尋問は終わった。

 

次に呼ばれたモンドンヴィル伯爵は不機嫌さと反抗心を隠さなかったが、それでもカステルモールの別件で起訴してやろうかという脅しに抗いきれず、渋々取り調べを受ける気になった。

 

「あなたは空海軍の不手際やその拡充に不満を抱いているそうだな。なぜだ? 空海軍の増強されようとも王政府に所属しておらず、領主でしかないあなたには関係のないことだろう。なぜそんなことに不満を抱く?」

 

「空軍艦隊司令長官のクラヴィルとはリュティス魔法学校生だった頃の同期だ。良く知ってるやつの不手際となれば文句を言いたくなるのもわかるだろうが。まさか私はそれを理由に陛下の暗殺をはかる馬鹿者だとでも言いたいのか?」

 

「そういうわけではない。だが、殺人の動機というのは他人には理解しかねるものが多いのも確かだ。だから確かめておく方が賢明だろう」

 

「なるほど。仕事熱心だな」

 

「参考までに聞くが、あなたは誰が怪しいと思っている?」

 

その質問にモンドンヴィル伯爵に腕を組んで、しばらく考え込んだ。

 

「……今になって考えるとどいつも怪しく思えてくるな。

そもそもシルヴァニア辺境伯があんな不満暴露大会なるものを開いたのが濡れ衣を着せる相手を選別していたように思えるからな。普段から中枢にいないせいで内心どんなことを考えているのか想像もできん。まあ、それだけに当然、全く関係がない可能性もあるわけだが。

サン=ジュストも時領内で司教と対立して血で血を洗う戦乱を起こした奴だ。その司教とバリベリニ枢機卿が絡んでいたら報復としてバリベリニ枢機卿の抹殺を企んだとしても不思議じゃない。ただこの場合、ゲオルグ大使に毒を盛ったのは陽動ということになるが……、そうだとすると他国の人間に毒を盛る意味が分からんな。余計な外交問題をつくるだけだからな。

サルダーニャ侯爵は、不満暴露大会でも言ってたが、領地を召し上げられたのがかなり不満らしい。だからジョゼフ主催の園遊会が原因で外交関係を悪化させ、その責任をジョゼフに追及して勇退をさせることができる宮廷勢力と手を結んでいたら暗殺を企む可能性はなくもないだろう」

 

「オードラン男爵とベルナール騎士領主については?」

 

「あいつらはシロだろ。特にオードラン男爵は。でなきゃ暗殺犯に持家の紋章をつけさせるか。まあ、裏を掻いて捜査員は騙されてるんだと言いくるめるほど剛胆な性格ならまだわからんでもないが、オードラン男爵はとても小心者だ。あれは演技でできる小心ぶりじゃない。それにベルナールの方はご同輩であるおまえらの方が理解していそうだが、秩序を重んじる騎士だろう。明確に反乱を起こすならまだしもこんな暗殺に手を染めるとは思えん」

 

それはカステルモールの推測と同じであった。モンドンヴィル伯爵を退室させた後、カステルモールはそれぞれの領地の状況も考慮に値する材料となりうるかと思い、部下に命じて資料庫から容疑者の領地のデータを持ってくるよう命じた。

 

次に来たサルダーニャ侯爵は、対応に困った。尋問室に連れてこられるなりカステルモールを睨み付けて

 

「貴様! フォン・サルダーニャ侯爵を罪人扱いとはいい度胸だなッ! ガリア王国に名だたる名門の当主に対してなんたる非礼! なんたる侮辱! この屈辱は絶対に忘れんぞッ! この一件が終わったら貴様らに相応の報いを与えてやるからなッ! 覚悟しておけッ!!」

 

「侯爵閣下、わたしたちはあなたの無罪を証明したくてやっているのです。どうかご協力を……」

 

あまりの苛烈さに、思わずカステルモールは下手にでてしまった。

 

「ハッ! なに? 無罪を証明? 愚か者めが! フォン・サルダーニャの名を継ぐ者が、あのような真似を行うと本気で思っているのかッ!? 私は国境地帯の領地を治めるという崇高な責務があるのだ! 国内向けに暗殺の策謀を巡らす暇などあるものか! 疑わなくてもよい相手の判別すらつかなぬとは、栄えある花壇騎士団も堕ちたものよなッ!!」

 

「ッ! 流石に聞き捨てなりませんな。今回の捜査は陛下に徹底して行えと勅命を受けているのです。その捜査に非協力的な真似をするとなれば閣下の進退にも影響がでましょう。それでなくても二日前のシルヴァニア辺境伯主催の仮面パーティで不敬罪と受け取れる発言をしていたと報告を受けているのだ! この一件を抜きにしても別件でヴァルハラにぶち込んでもよいのだぞ!」

 

「黙れ黙れ黙れッ! 礼節のなんたるかも弁えぬのか! 私はガリア南部をクラディウス治世下のロマリアから奪回した時より、ガリア南部の守護を代々になってきたフォン・サルダーニャの血を継ぐ者ぞ! 反逆するならば堂々と兵をあげて反逆するのも理解できぬか! それにヴァルハラにぶち込むなどと脅しても無駄だ! 不敬罪や監獄ヴァルハラが怖くて国境守護が務まるかッ!!」

 

「いい加減にしろ! これでは捜査が進まんだろうがッ!」

 

「それがどうした!!」

 

怒りのメーターMAXなサルダーニャ侯爵から情報を絞り出そうとカステルモールはあの手この手を尽くしたが、成果はあがらず、人柄の良いアルヌルフに尋問を任せても成果は芳しくなかったのでサルダーニャ侯爵から情報を得るのを東薔薇騎士団は諦めた。

 

それとほぼ同時に資料室に行かせた部下が戻ってきた。その資料が大量にあったので分担してまとめた結果、現在の調査状況は以下のようになる。

 

 

 

 

+オードラン男爵

元オルレアン派。ロダンの元雇い主。

本人の言葉を信じるならロダンのことを覚えていない。

気弱な性格であり、暗殺計画に参加していた可能性は低い。

領地の状況はこれとっては特に問題はないが、あえて特筆するとすればド田舎である。

 

+ベルナール騎士領主

花壇騎士団所属。戦功により領地を賜る。

王家と王国に対する忠誠心は高く、暗殺計画に関わっていた可能性は低い。

領地運営に関しては完全に代官に委任しており、本人は収入源程度にしか把握してない。

 

+シルヴァニア辺境伯

ガリア東部に領土を持つ。ベルナール騎士領主の領地とは隣接している。

仮面パーティを開いた人物で、これのせいで様々な問題が発生している。

領地の状況はおおむね平穏だが、行方不明者が多く出ていることに苦慮している。

辺境伯側はゲルマニアの人攫いグループが関係しているとみているが、証拠はない。

 

+サン=ジュスト伯爵

ガリア南部に領土を持つ。

誠実で優しい性格で、仮面パーティに参加していた者達から概ね高評価。

二年ほど前に領内の司教と対立して教会派と領主派の間で戦乱が起きている。

開戦理由は異端審問と称して司教が無実の者を多く処刑したためと王政府に報告されている。

 

+モンドンヴィル伯爵

元陸軍士官。艦隊司令長官のクラヴィル卿とは魔法学校の同期。

武人然とした性格で、陸軍での評価は高かったようだが士官同士のトラブルで退役。

空海軍の急速な拡充には危機感を持っているようだが、今回の件にかかわりは見られない。

以後、領地運営に精を出しており、そのかいあってか領地は発展している。

 

+サルダーニャ侯爵

ガリアの南端に領地を持つ名門当主。

暗殺計画の関係者と疑われただけで激怒しており、強烈な特権意識を持っていることが伺える。

だが、それが自らの罪を隠す演技である可能性も否定できない。

本人は厳として認めないが、ジョゼフへの殺意と動機だけは十分にある。




「黒幕」改め、「ロダンに暗殺を命じた人間」はこの六人の中にいます!
なんで黒幕って言い方やめたかっていうと、黒幕が誰か作者がわからなくなったからですwww


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暗殺事件解決編

まだ結論は出ていなかったが、すでに日が暮れており、今日中に成果を示せと言われていたカステルモールは仕方なく捜査状況を報告すべく、ジョゼフに謁見を申し込んだ。

 

その申し込みはすぐ受け入れられ、国王の執務室の前に来た。なぜか執務室が騒がしいのでカステルモールは警備兵に困惑の視線を向けたが、警備兵は顎をしゃくって中に入るようしめしたので、扉をノックして入った。

 

執務室の椅子に座っている円形の机の奥にジョゼフが座っており、机の脇にアルビオン王のエドムンドが座っていたので驚いた。なにか二人で話していたようだ。

 

「お話中でしたか? お話が終わるまで外で待ちますが」

 

「かまわんから座れ」

 

めんどくさそうにそう言って、椅子を勧めるジョゼフにカステルモールは従い、勧められた椅子に座った。

 

座ったカステルモールをめんどくさそうに見やったエドムンドは、ひとつため息をついてジョゼフに話した。

 

「例の件についてはまた後日だ。むろん、大枠では同意するが、もっと細部を詰めねば同意するわけにはいかぬ」

 

「なるほど。帰る時に乗るサン・マロンへ行く時に乗る両用艦隊旗艦の中で詳細を討議するとしよう」

 

「サン・マロンに用事でもあるのか?」

 

「視察に来るようクラヴィルから言われていてな。まあ、今回の捜査が済むまでは延期せざるを得んがな」

 

二人が何の話をしているか理解できなかったが、質問しても答えられないであろうことは察していたため、カステルモールは黙っていた。

 

「それであのロダンとかいう給仕に暗殺を命じたのは誰か、わかったか?」

 

「いえ。ですがある程度は絞れましたので、もうしばらく時間をいただきたく」

 

「もうしばらく? なにをたわけたことを。あの園遊会に参加していた容疑者はそこの白の国の王様を筆頭に他国の有力者がいるのだぞ。そんな者たちを何日も拘束していられると本気で思っておるのか?」

 

他国の有力者を勝手に拘束してしまえば、その国との外交関係の悪化は避けられない。

 

それだけでなく国内の有力者のほとんども容疑者であり、彼らを長期間拘束してしまえばガリアの支配体制の空洞化を招くことになる。そうなればそこら中にいる不満分子が好機と見て一斉蜂起し、ガリアは多種多様な勢力が入り乱れる泥沼の内乱時代に突入する可能性もあった。

 

さすがに王国そのものが崩壊するリスクをおかしてまで、犯人追求を優先しては本末転倒である。

 

「さきほども申し上げましたが、容疑者はある程度絞れております。拘束を継続するのはこの者たちのみで十分です」

 

そう言ってカステルモールは脇に持っていた捜査の報告書を提出した。

 

ジョゼフは報告書を流し読みすると、エドムンドの前に投げた。

 

エドムンドは眉をしかめたが、ジョゼフの読んでみろというジェスチャーに従い、報告書をジョゼフとは正反対にしっかりと読み、ますます眉をしかめた。

 

「お気に召さないと見える」

 

「まあ、一日たらずの捜査であることを鑑みればよく調べて方だとは思うがな」

 

しかめっ面を浮かべながらカステルモールの捜査能力を評価しつつも、ジョゼフの言葉を否定はしなかった。

 

「……この園遊会で親しくなった者たちの名が載っているのだ。不機嫌にもなろう」

 

「それは感心できんぞ。この者たちは、その暴露、なんだったか」

 

ジョゼフはエドムンドから報告書をひったくった。あまりの無礼な態度にカステルモールは内心冷や汗を流したが、やられたエドムンドはもう諦観の表情を浮かべていた。

 

報告書にサラッと目を通して、内容を確認したジョゼフは

 

「辺境伯主催の不満暴露大会で余や余の王政府に対する批判を行っていた潜在的な政敵ともいえる連中だぞ? そんな連中にあなたが通じていたというなら余はこれからのアルビオンとの関係を考え直さねばなるまい」

 

「少しは王者にふさわしい度量を明確に示したらどうだ。むろん、貴族でありながら王の命令を軽んじ、無視するような輩は容赦なく処刑すべきだが、実害がでないなら許容してやるのが大国の主として正しい姿というべきであろう。まあ、国中に様々な勢力が混在しているのを許容できるほど巨大な器をお持ちのジョゼフ陛下にこんなことを言っても、始祖に説法しているようなものなのだろうがな」

 

エドムンドの皮肉にジョゼフは大声で笑った。

 

「随分と余を買い被っておられるようだなエドムンド殿。余は無能王と名高い王であるぞ。ふはははははは!!」

 

数分に渡り笑いまくった後、ジョゼフはふたたびつまらなそうな表情を浮かべてでカステルモールに向き直った。

 

「それでおまえはここに書かれている連中、六名の拘束を継続せよというのか?」

 

「はい」

 

「我が騎士ベルナールや気弱なオードランはまだしも、他の連中は大きな影響力を持っているのだ。そんな奴らを他国の使者を害した疑いで拘束していれば、無実が証明されたときに文句を言ってくるぞ。特に取り調べに非協力的なサルダーニャ侯爵は絶対になにかしら要求してこよう。まあ、それで真犯人が断定できるというのならともかく、その補償すらないというのではな。この中から適当なやつを犠牲にして王家の面子を守る。それでよいではないか?」

 

「そ、それでは陛下の誠実さが疑われましょう!」

 

カステルモールの非難を受けても、ジョゼフは軽くあくびをしただけだった。

 

「疑われる? くだらんことをぬかすな。逆に聞くがいったいどこの誰が余を信じているというのだ? 国民も、議会も、役人も、貴族も、余のことを内政をさせれば国を傾け、外交をさせれば国を誤る、と平気な顔で嘲るような奴しかこの国にはおらんだろう。ただ権力を求めるがゆえにおまえのように余に不満を抱いているくせに、おべっかを使いこなす恥知らずな野心家どもがこの宮殿に蔓延っておるから、それが表面化しないだけにすぎん」

 

心底どうでもいいような調子でそう述べるジョゼフの言葉に、カステルモールは体中の血が凍てつくような悪寒に襲われた。

 

おべっか使いと呼ばれて自分の内心を、オルレアン公に対する絶対の忠誠を、目の前の無能王は見抜いているのではないかと思ってしまったからである。

 

そんなカステルモールを興味深げにジョゼフはみつめてきた。

 

なにか言い返さなければやばいと思ったが、言葉を失って口が回らない。

 

「……お戯れを」

 

ようやく口に出た言葉はそんなありふれた代物であった。

 

しかしその言葉を聞いて数秒すると、ジョゼフは興味を失ったように頬杖をついて姿勢を崩した。

 

「少し話がそれたな。とにかく今日までだ。日が昇るまでに首謀者が見つからんようなら、こちらで首謀者役を選定する。ああ、お前が首謀者役をやりたいというなら考慮してやるぞ」

 

非情な言葉だが、カステルモールは内心その切り返しに安堵していた。

 

彼としては自分の正体を追及されるほうがよほど恐ろしいことであったからだ。

 

だからこそ、彼はさきほどのジョゼフに感じたのはただの錯覚だったのだと思い込んだ。

 

もし薄々であれ、自分の忠誠の在処に気づいているのならなんの行動もおこさないなどありえないからだ。

 

先ほどの妙に見識があることを言えたのは、単純に思いつきが口にでたというだけなのだろう。

 

そんな風に考えていると、執務室のドアがノックされた。

 

「イザベラです。入ります」

 

そう言ってドアを開けたイザベラは父王だけではなく、エドムンドとカステルモールがいることに怪訝な表情をしたが、すぐにそれを消した。

 

「なんのようだ?」

 

「城下の一部勢力に不穏な動きが見られたので探ってみましたところ、すこし気になる情報を入手したので。その報告に」

 

「どのような動きがあったのだ?」

 

イザベラは部外者、特にエドムンドという他国の人間がいる前で報告するのはどうかと視線で抗議するも、ジョゼフが意に介さずに「さっさと報告しろ」と言うので軽くため息をついて報告をはじめた。

 

イザベラの報告はたしかに重要な報告であった。カステルモールやエドムンドが顔色を変えるほどに。しかしジョゼフはとてもつまらない報告を聞いているように思えたらしく、とても退屈そうだった。

 

「それで? それのどこが気になるというのだ」

 

報告後のジョゼフのぞんざいな言葉にイザベラは屈辱で顔を歪ませる。

 

「いえ、陛下。これはかなり重要な報告です。おかげで一番疑わしき人物がわかりました」

 

「ほう。では、さっさとそやつを連れてこい」

 

「いえ。まだ証拠がでているわけではありませんので。自白させるために陛下にも一芝居付き合っていただきたいのですが」

 

カステルモールの提案を聞いたジョゼフの瞳が輝いたのを、エドムンドは確認した。その輝きがおそらくはろくでもないものであろうことを薄々感づいてもいた。

 

「余に演劇を演ぜよと申すか。一国の王が主演を――いや、この場合の主演は犯人か。まあいい。どちらにせよガリア最高位の貴人が演じる劇だ。余が総監督を行う。幾十年にわたる遊興の果てに身に着けた余の知識を総動員し、完璧な脚本を作り上げて見せよう!」

 

なんだかおかしな報告に向かっているのに気づき、流石にイザベラとカステルモールが諫言しようとしたが、

 

「エドムンド殿にも重役を排してやるゆえ、ぜひ参加してほしいものだ」

 

「……いきなりやる気になったな? 個人的にもゲオルグを診療院送りにしてくれた礼を犯人にしたいのでな。犯人を追い詰められる配役であるなら、喜んで引き受けよう」

 

「うむ。了解した。エドムンド殿の要望は全面採用だ。これより余は脚本執筆を行う。一刻もせぬうちに書き上げるから翌朝までに団員全員に脚本を叩き込ませておけよカステルモール。よいな? それとイザベラ。おまえの部下を数人借りるぞ」

 

あまりにも予想外な展開に、イザベラとカステルモールは皮肉も全く同じ困惑の表情を浮かべて、場の空気に流されるがままに頷いた。

 

 

 

翌朝、拘束されていた容疑者六名は陛下自ら尋問をおこなうという名目で手枷を嵌められ、謁見の間へと連行された。

 

謁見の間には抜刀している近衛騎士、東薔薇花壇騎士約百名がものものしい雰囲気を漂わせながら、容疑者を囲むように睨みつけており、玉座にジョゼフが尊大な態度で容疑者を見下ろし、そのかたわらにいるエドムンド以下アルビオンの客人達は敵意に溢れた目で容疑者を睨みつけている。

 

そして少し離れたところで今回の筋書を知りながら、傍聴人としてそれを拝聴できる幸福を噛みしめている北花壇騎士団長のイザベラがニヤニヤと嫌な笑みを浮かべ、その彼女の周りを侍女たちが固めていた。

 

まったくもって穏やかではない光景に、容疑者たちの脳裏に嫌な予感を感じた。

 

「陛下、これは一体なんのおつもりかっ!」

 

一番反抗的なサルダーニャ公爵が怒りもあらわに抗議の声をあげるが、

 

「黙っておれ侯爵。次に余の許可を得ずに発言を行えば、物理的に喋れなくしてやるぞ」

 

冷酷な王の言葉に従い、周りの騎士が殺気を出しながらサルダーニャ侯爵に杖を向ける。

 

想像以上にやばい状態に陥ってると知ったサルダーニャ侯爵は渋々だが黙った。

 

「さて、これより国王の最高司法権を行使し、特例の臨時裁判を開廷する。国王主催園遊会における他国施設暗殺未遂事件。被告人は目の前にいる六名の貴族」

 

まさしく裁判長という厳粛な声で、臨時裁判の開廷を宣言するジョゼフに容疑者改め、被告人たちは動揺した。

 

サルダーニャ侯爵が抗議しようと声をあげたが、言葉になる前にそばにいた騎士の”水の鞭”で強くうたれて黙らせられ、オードラン男爵が恐怖のあまり体を震わせながら青い顔をした。モンドンヴィル伯爵もオードラン男爵ほどではないが、険しい表情を浮かべる。

 

一方、シルヴァニア辺境伯とサン=ジュスト伯爵は一瞬眉を動かしたものの、平然としていた。

 

「尋問官及び裁判長、ガリア王ジョゼフ・ド・ブルボン。尋問官、アルビオン王エドムンド・ペンドラゴン・オブ・ステュワート、東薔薇花壇警護騎士団長バッソ・カステルモール。法廷書記、高等法院上級参事官クロード・ルベル・サンクレール」

 

法廷側の人間の名前を述べた後、

 

「念のため聞いておくが、自分が今回の事件の首謀者だと名乗り出る者はおらぬか? 今この時点で罪を認め全面自供すれば、その潔い精神に免じて終身刑で済ましてやることを考えてやってもよいが?」

 

その宣言に被告人たちは憮然とした表情を顔に浮かべ、犯人は内心の歓喜を表情に出さないよう努力せねばならなかった。

 

こんな言葉を言ってくるということは、いまだに自分とロダンをつなげる証拠がないと証明しているに等しい。

 

ならばこのままシラをきりつづければ無罪放免になる可能性がある。いや、やつあたりで自分が処刑されることはあっても、同胞に危害が及ぶことはあるまい。

 

「いないようだな。では尋問を開始するとしよう。シルヴァニア辺境伯。容疑を認めるか否か。否であるならば理由を述べよ」

 

その問いかけにシルヴァニア辺境伯は涼しい顔をしながら答える。

 

「もちろん否認します。私の王家への忠誠心をお疑いでしょうか?」

 

「忠誠心のある者が不満暴露大会などを主催するとは思えぬがな」

 

エドムンドの詰問にも、シルヴァニア辺境伯は微笑みさえ浮かべて反論する。

 

「あれは一種のガス抜きですよ。不満を吐き出さずにいれば、いつ限界を迎えて暴発するかわかりませんからな。こうして時たま開いているのです。それにその大会を開くときは常に王室の許可をいただいて行っております。もし翻意があるならば、最初から許可などもらいませんよ」

 

これに言い返した者は一人もおらず、ジョゼフが次に行こうかと提案すると尋問官は頷いた。

 

「花壇騎士ベルナール。おまえの弁明を聞こう」

 

そう言われたベルナールは悲壮な覚悟を決めて、何の感情も浮かんでいない顔をジョゼフに向けた。

 

「ぼくは入団のときにたてた陛下の騎士としての誓いに背いたことは一度もありません。それが疑われているのはとても屈辱です。どうしても嫌疑が晴れないのなら、なにも抵抗することなくその嫌疑を受け入れます。それをもって我が忠誠の潔白を示し、我が家の名誉を守っていただきたい」

 

その弁明を聞き、カステルモールはベルナールとはあまり仲が良くないのだが、その気高き態度に深く感心した。

 

「陛下。ベルナールの言はもっともかと思いますが」

 

「それは余が決めることだぞ」

 

不快な目でカステルモールを睨み付けて黙らせると、一転してジョゼフはにこやかな笑みを浮かべてベルナールに「まあ、考慮しよう」とつぶやいた。

 

「次、サルダーニャ侯爵は……まだ激痛に呻いておるか。サン=ジュスト伯爵。先にあなたの弁明を聞くとしよう」

 

「とうぜん私も無罪を主張します。なぜなら――ッ!」

 

突如飛んできた”風の槍”が大きな音をたてて伯爵の足先数サントの床を貫き、伯爵の自己弁護を強引に中断させた。

 

「傷ついた床の修理費は弁償してくれるのだろうな?」

 

「……すまぬジョゼフ。次からは気をつけるゆえ、大目に見てくれぬか?」

 

「おまえのとこの大使に迷惑をかけたことをチャラにしてくれるなら考えぬでもない」

 

「むぅ」

 

ジョゼフの切り返しに、エドムンドはこれ以上言っても無駄だなと結論した。

 

「……いったいなんのまねですか! エドムンド陛下ッ!」

 

激怒してそう叫ぶサン=ジュスト伯爵に、エドムンドは冷笑する。

 

「戯言を抜かすな。たわけめが」

 

「はっ?」

 

「裁判長。わたしはサン=ジュスト伯爵が今回の陰謀に関わっていた決定的な証拠を掴んでおります。いくつか確認してもよろしいでしょうか?」

 

「カステルモールの提案を認める」

 

「待てッ! なんの話だ!?」

 

動揺を隠さぬサン=ジュスト伯爵の叫びに、ジョゼフは手元の木槌で机をたたく。

 

「サン=ジュスト伯爵。尋問官の話が終わるまであなたに反論の権利はない。黙っておれ」

 

ジョゼフの視線に、もし黙らぬならどうなるか分かっておるなという言葉をサン=ジュスト伯爵は本能的に感じ、同じようにジョゼフの意を介した騎士たちの威圧感が増したのもあって、伯爵は黙らざるを得なかった。

 

「被告に問いますが、あなたは二年前、新教徒の粛清を行なっていた領内の司教に反発し、戦乱を起こした。間違いないですね」

 

「冤罪を連発して無辜の民草を虐殺する外道でしたのでね」

 

「余計な言い訳は無用。証人を呼べ!」

 

すると扉が開いて筋骨たくましい大男と愛嬌ある顔立ちをした美少年に引きずられて一人の身なりのいい男が入室してきた。

 

サン=ジュスト伯爵はその男の顔を見て、思わず驚愕の表情を浮かべた。

 

すぐにしまったと思い、ポーカーフェイスをしたものの、時既に遅し。

 

「おや、伯爵閣下はこの男を知っておるのかな?」

 

「……たしか、リュティスの銀行屋でしょう」

 

嗜虐心が透けて見える笑みを浮かべているジョゼフの問いに、サン=ジュスト伯爵は白々しく答えた。

 

「なるほど。ではサン=ジュスト伯爵はこの者の裏の顔をまったく知らぬと申されるのだな?」

 

カステルモールの問いにサン=ジュスト伯爵は平然と頷きながらも、内心絶望の叫びをあげざるを得なかった。

 

「この男は今から五週間前に暗殺犯のロダンと親しく会話をしていたという情報を掴んだ北花壇騎士団がやや強引ながらもそれを理由に身柄を確保。周辺を捜査した結果、この男が新教徒の地下組織のリーダーのひとりであることが判明した。まちがいないな?」

 

「はい」

 

その新教徒のリーダーは、諦観で固まった表情を浮かべ、聖書に手のひらを置きながら、無感情な声で返答した。

 

「おまえたちの地下組織から押収した記録の中で頻繁にサン=ジュスト伯爵の名前が登場しているが、これはなぜか?」

 

「それはサン=ジュスト伯爵がわたしと同格のリーダーだからです」

 

「でたらめだ!」

 

「サン=ジュスト伯爵。今、あなたに発言の権利はない。証人への質問が終わるまで静かにしているように。もしこれ以上口うるさく審議の邪魔を行うならば、法廷侮辱罪が適用されるぞ」

 

木槌を叩きながら威圧感MAXでそう発言するジョゼフに、サン=ジュスト伯爵は反射的になにか言い返そうとしたが、東薔薇花壇騎士に杖を突きつけられて黙り込んだ。

 

「わたしは銀行の金を横領して資金を確保し、仕事で小耳に挟む王政府の情報をもとに王都の行動部隊を指揮しておりました。その行動部隊の人員確保をサン=ジュスト伯爵が担っておりました。伯爵は領内で新教の布教を行いつつ、信仰心が強い勇気ある若者を探し出して行動部隊の隊員として育て上げ、王都に送り込んでくれたのです」

 

「なるほど。次の質問だがロダンもあなたたちの組織に所属していた記録があるが、事実か?」

 

「その通りです。ロダンは三年前にサン=ジュスト伯爵の下で新教に改宗し、二年前からわたしの指揮下で宮廷のスパイとして活動しておりました」

 

「今回、ロダンが騒動を起こしたのもあなたの指示によるものか?」

 

「はい。確かにわたしの命令によるものです」

 

「なぜそのような命令を?」

 

「きっかけは今から三日前にロダンがジョゼフ陛下と女官とのある計画の話をしているのを盗み聞きしたことに始まります。ロダンが言うには陛下はイザベラ殿下とアルビオン王を結婚させて強固な友好関係を構築し、そしてロマリアとは強固な同盟関係を構築し、三国一致体制で新教徒絶滅政策を実施して国内勢力を統合させるという計画のことです」

 

この証言にこの場にいるほとんどの者が、信じられないという表情を浮かべ、エドムンドの方を向いた。

 

しかしそのエドムンドも驚きに満ちた表情をして、ジョゼフの方に振り向いたので、しぜんと全員の視線がジョゼフに集まった。

 

「……ジョゼフ。イザベラとの婚約を暗に勧められた記憶ならあるが、ロマリアと友好関係を結ぶだの新教徒絶滅政策だのという話は聞いた記憶すらないのだが?」

 

「たわむれでそんな冗談を口にした記憶はあるな。本気でやるつもりはかけらもなかったが」

 

ほんとうかと疑わしい目でジョゼフを見るエドムンドだったが、すぐに確かめようのないことだと脳内のメモ書きするだけで切り上げ、カステルモールに尋問を続けるように催促した。

 

「では、なぜ暗殺対象にゲオルグ大使とバリベリニ枢機卿を選んだのだ?」

 

「それはサン=ジュスト伯爵と協議して選びました。わたし個人としてはジョゼフ陛下の弑逆を望んでいたのですが、いま陛下が死ねばガリアはいくつにも分裂して戦乱の状態に陥り、組織の今後の見通しができなくなるというサン=ジュスト伯爵の言葉を受け入れ、友好・同盟関係をひき裂ければそれで良しとエドムンド陛下とバリベリニ枢機卿を対象にすることにしました」

 

「エドムンド陛下? ゲオルグ大使ではなくて?」

 

「はい。毒の入ったワインを渡す手はずだったので、おそらくはなんらかの手違いによりエドムンド陛下に渡されるべき毒入りワインがゲオルグ大使に渡ったということでございましょう」

 

あまりにも衝撃的な証言によって室内が静まり返った。

 

「なるほど。よくわかった。サン=ジュスト伯爵。なにか弁明はあるかね?」

 

「わたしは、その人の事を知りません……」

 

顔面を蒼白させながらそう述べるサン=ジュスト伯爵の言葉を信じる者は誰もいなかった。

 

「結論は出たな」

 

目をつぶってジョゼフは木槌を叩いて判決を述べた。

 

「被告、サン=ジュスト。国家反逆罪及び背教の罪により爵位剥奪及び領地・財産召し上げの上、一族郎党を絞首刑に処す。没収する財産については全て国家に納められるものとし、領地はロマリアへの誠意の証として宗教庁に荘園として寄贈することとする。また旧サン=ジュスト伯爵領における異端の摘発にガリア王政府は協力を惜しまないことをここに宣言する。アルビオンの誠意については今後何らかの形で示すことになるが、よろしいか?」

 

「かまわぬ」

 

「よろしい。他の被告は証拠不十分により無罪放免とする。以上で閉廷する」

 

ジョゼフが木槌を叩く、直前にサン=ジュストが叫んだ。

 

「ま、待ってくれ! わたしや妻はともかく一族には! 我が子にはどうか慈悲を! まだ六歳なのです! どうかお目こぼしを!」

 

「そのうるさい反逆者を黙らせろ」

 

ジョゼフの命令に東薔薇花壇騎士は忠実に従い、サン=ジュストに様々な魔法で攻撃して喋ることができないようにした。彼らはジョゼフに反感を持っていたが、新教徒の汚さに対する怒りはそれ以上であったらしい。

 

「今度こそ、閉廷する」

 

その後、サン=ジュストの一族は女子供を問わずにそのほとんどが処刑された。

 

彼が属した地下組織も同様である。末端はともかくとして幹部クラスは一人残らず絞首刑処された。ただしリーダーだけは逮捕されてからは積極的に組織が行った行為を証言したとが評価され、終身刑で済んだ。

 

旧サン=ジュスト伯爵領は宗教庁の判断により、信仰心篤く病的なまでに潔癖性な司教に荘園として与えられた。司教は断固たる決意で異端殲滅に臨み、数千から数万単位の人間を異端審問にかけ、その内実に九割以上の人間が異端認定で処刑されるか審問中に限界を迎えるかして死亡した。

 

死んだ人間の内、何割が本当に新教徒であったのかは謎であるが、司教は、

 

「多少無実の人間がいても、死ぬべき人間はちゃんと死んだんだからいいじゃないか。

”神はおのれを知る者の魂を救いたもう”と聖書にある。つまり悪人は死ねばそのまま地獄行きだが、善人は死んでも神はちゃんと救って魂を安楽の地へと導いてくださるのだから問題はない。

それに異端どもと一緒に暮らしていてはいつ異端に誑かされるかわかったものではない。そうなってしまえばその者は地獄で永劫苦しまねばならんのだ。ならば現世で多少の痛みを与えることになっても天国へ導くのが神の僕たるわたしの義務であろう」

 

と慈悲の心にあふれた眼差しで弟子たちにそう説法したという。




カステルモール「なんで裁判ごっこになったの?」
ジョゼフ「なんか面白くない展開だったのでむしゃくしゃしてやった。ついでに油断しきってる犯人の意表をつくために他の容疑者も巻き込んだぞ!」

えー、なんというか作者が持つゼロ魔世界の暗黒面を描写したかっただけなのに、なぜこんな推理物やらなんやらが混合された代物になったのか、作者は非常に疑問ですw





ちなみ今回の事件の全貌は、

イザベラとの諍いでジョゼフの箱庭の中にあった新教徒の僧侶のコマ壊される

ジョゼフはついでだから新教徒のコマを全滅させようと考え出す。

そこで銀行屋の部下であるロダンに、女官とのでたらめ会話をわざと聞かせる。

ロダンの報告を聞いて、銀行屋はジョゼフ暗殺計画を立てる。

園遊会で自分を暗殺にしにくるの返り討ちするという展開を望んでジョゼフはWktk

なのに、サン=ジュストの横槍で暗殺対象がエドムンドとバリベリニに変更。

あまり面白くない展開にジョゼフはしらけて、捜査をカステルモールに任せる。

カステルモールは首謀者を特定できず、ジョゼフは八つ当たりに誰か殺してやろうかと考え出す。

そこにイザベラ、ロダンとサン=ジュストと銀行屋の関係を調べた報告書を提出。

ジョゼフ「よし、裁判ごっこしよ」

ジョゼフが煽った感じですが、黒幕は新教徒の地下組織。暗殺命令を出したのはサン=ジュストでした。


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実験農場とかいう研究施設

二日連続投稿だZE!


軍港都市サン・マロンから少し離れたところにある広大な農作地には、ジョゼフ王が即位して建設された”実験農場”が存在する。

 

それは塔で幾人もの農業研究者がより効率的な耕作方法について模索し、それを塔に隣接している約十アルパンの農地で実践し、結果を見て再び塔の研究者が理論を構築するというサイクルで動いている。

 

しかしそれは表向きの姿であり、塔の地下部で行われている本当の実験を隠蔽するためのカモフラージュでしかないのであった。

 

塔の地下部では論理的に問題がありすぎる実験、宗教的に問題がありすぎる実験、国際条約で禁止されている禁呪の実験等、表沙汰になれば大問題になることが確実な実験が数多く行われている研究施設があるのであった。

 

「いわばここはガリアの暗部ということかな?」

 

そう呟きながら緋色の目で鋭くまわりを観察しているのはアルビオン王のエドムンドであった。

 

彼とその一行は実験農場の地下部を視察するジョゼフに同行してこの実験場を見ているのであった。

 

本来であれば、他国の人間には決して見せてはいけないものであるはずであり、モリエール夫人や少なくない職員が他国の王の一行を訝しげに見ていたが、ジョゼフに先導されている以上、ツッコムわけにもいかず、疑問を押し殺して職務に励んでいた。

 

「暗部というのは言い過ぎだ。歴史上繰り返されつづけてきた国家の行為の一側面というだけだ」

 

そっけなくそう言ってジョゼフは、奥へ奥へと進んで行く。

 

それについていくうちに、エドムンドはふと違和感を覚えた。

 

「ヨハネ。さっきから徐々に暑くなっていっるような気がするが、気のせいか?」

 

「……間違いありません。この感じからすると近くに金属の加工場かなにかがあるのでしょう」

 

「加工場ね。いったいジョゼフは俺になにを見せるつもりかな」

 

やがて蒸し風呂並みの暑さの場所を超え、古代の闘技場を思わせる円形の大広間まで来ると、黒いフードを着た女と大きな帽子を被った男がジョゼフたちを迎えた。

 

「お待ちしておりましたわ。ジョゼフ様」

 

そのうち黒いフードを着た女性の方がジョゼフに抱きつき、モリエール夫人の顔をしかめさせる。

 

だが、ジョゼフは気にすることなくその女性を抱き上げた。

 

「おお、ミューズ。例のものが完成したと聞いてな」

 

「ビターシャル卿の協力あってこその成功です」

 

「ビターシャル、よくやってくれた」

 

ビダーシャルと呼ばれた大きな帽子をかぶった男は王の感謝の言葉になにひとつ表情を動かさなかった。

 

「我は、任務を達成できなかったからな」

 

「構わん。このヨルムンガルドの完成で、そのような些細な失態は帳消しだ」

 

上機嫌にそういうジョゼフにミューズは懸念を述べようとしたが、ジョゼフと一緒についてきた人物にようやく気付いて、あわてて口を閉ざした。

 

エドムンドもミューズの正体を察したらしく、皮肉げな笑みを浮かべる。

 

「これはこれは、麗しき皇帝秘書殿ではないか。お久しぶり」

 

「お久しぶりですか。では、護国卿閣下と呼ぶのが筋でしょうか?」

 

冷たい笑みを浮かべてそう返すミューズの姿に、モリエール夫人は嫌なものを感じた。

 

しばらくエドムンドを睨んでいたミューズだが、この場を思い出して膨れ上がる疑問を問うべくジョゼフに向き直った。

 

「ジョゼフ様、なぜこの者達をこの場所へ?」

 

暗にここのことが知られればまずいのではないかという勧告だった。

 

「かまわん。エドムンド殿はそれほど愚かではあるまい」

 

「ジョゼフ様がよいと仰るならばそれでよろしいのですが……、あの姪御がトリステインの手に渡った今、これ以上問題を増やすのは好ましくないのでは?」

 

「あの小娘に、余に歯向かう度胸などあるものか。問題として認識するに及ばぬわ」

 

凄まじく傲慢なことを言ってのけるジョゼフに、エドムンドはトリステインの女王を過小評価していまいかと内心苦笑した。

 

もっとも、エドムンドもエドムンドで過大評価しすぎであるので五十歩百歩である。

 

ひととおりの話が終わったのをモリエール夫人は疑問を投げかけた。

 

「陛下、一体その”ヨルムンガルド”とはなんですの?」

 

「見れば分かるよ」

 

それだけ言うとジョゼフは観覧席の方に移り、ジョゼフが一番中央にある席に座った。モリエール夫人はその隣に座り、反対側にエドムンドが座った。それに続いて他の者達もそれぞれ思い思いの席に座った。

 

「なにをするつもりだ?」

 

「動作テストをかねた、ただの余興よ」

 

エドムンドの問いにジョゼフは微笑みながらそう答えると、手を掲げて始めるよう告げた。

 

西側の柵が開き、高さ二十メイルはある土ゴーレムが三体入場してきた。

 

そのうち一体のゴーレムは闘技場の隅に置かれていた大砲を操作して、火薬をつめ、砲弾を込める。

 

「あのゴーレムは西百合花壇騎士団の精鋭たちが作り上げた、スクウェアクラスの土ゴーレムで御座います」

 

ミューズの解説に多くの者が感心の唸り声を漏らした。

 

いかなスクウェアメイジとはいえ、あの巨体のゴーレムをあそこまで細かく動かすのは熟練の技である。

 

「陛下、あれがヨルムンガンドなのですか?」

 

モリエール夫人は少し呆れたような声でジョゼフにそう問いかけた。

 

たしかに凄いものだとは思うが、生粋の貴婦人である彼女にはわざわざそんなものを見せるために自分を連れてきたのかと不満を感じたらしい。

 

しかしジョゼフは笑みを浮かべたまま、肯定も否定もしない。

 

すると東側の柵が開き、三体のゴーレムよりひとまわり大きい巨人が入場してきた。

 

全長二十五メイルはあろうかというその巨人は帆布で体を包んでいた。

 

巨人の動きはゴーレムのそれとは違い、人間のような滑らかな動きだった。

 

その巨人に向かって二体のゴーレムが殴りかかったが、狂人はなんなくその拳を掴んで止め、そのゴーレムを力任せに引っ張って互いにぶつからせて粉砕した。

 

残ったゴーレムは大砲を巨人に向けて発射したが、巨人は帆布の下に分厚い鎧を着込んでいたのでまったくの無傷であった。

 

巨人は残ったゴーレムに向かって突進して蹴り飛ばし、ゴーレムは壁に激突して粉砕された。

 

この対戦は巨人――ヨルムンガンドの完全勝利であった。

 

「”先住”と”伝説”。ふたつの奇跡が出会って完成した産物さ」

 

対戦中叫びまくっていたが、スクウェアメイジに対するあまりに一方的な戦いに言葉を失っていたモリエール夫人に対し、ジョゼフはそう優しく言った。

 

「こんなものが十体いたら、ハルケギニアが征服できますね」

 

声を震わせながら、モリエール夫人はそう返したが、

 

「十体? 余はこのヨルムンガンドで騎士団を編成するつもりなのだが」

 

この発言に、モリエール夫人の精神は限界に達したらしく、白目をむいて気絶した。

 

「そうだ、このヨルムンガンドたちを貴女の花壇騎士団に組み込んでも良いかもしれんな……、って、寝ておるわ。夫人は寝不足だったのかな? おい、誰か。夫人をふかふかのベッドに連れて行ってさしあげろ」

 

西百合花壇騎士団の騎士たちに運ばれてモリエール夫人が去った。

 

「お気に召したでしょうか?」

 

「無論だ。よい出来ではないか、この騎士人形は」

 

「実戦で使ってみませんと真価は測りかねます」

 

ミューズの言葉にジョゼフは同感だったらしく、髭をいじりながら思案にふける。

 

「のう、エドムンド殿。ものは相談なのだが……」

 

「私の国の軍隊をヨルムンガンドの実戦相手として提供しろというのならば、断じて認めぬぞ」

 

「つれないな。では、国外逃亡した反逆者の余の姪を相手にしようと思うのだが、ガードが固い。そこで姪が要塞からでてくる隙を狙おうと思うのだ。だが、その抜け出す先があなたの国であることは間違いないのだが、貴国の領内で戦いを起こすことを認めてもらえぬだろうか」

 

「……さっき聞いた話では、おぬしの姪はトリステインに匿われているのではなかったか。なぜその姪を始末するのにアルビオンが選ばれるのだ? ガリアから狙われる身であるならば、アルビオンに来るとは思えぬが」

 

エドムンドは不審に思ってそう問いかけた。

 

「いや、必ずアルビオンへ行く。あれはそういう女だ」

 

「なぜそう言い切れる?」

 

「あれはおとぎ話の勇者、いや、囚われのお姫様に憧れていたやつだ。国家の暗部で働き、冷たい目つきをした今になっても、その本質は変わっておらぬ。ならば勇者に重ねた存在がアルビオンへ行くならば、意地でも同行するに決まっておるわ」

 

ジョゼフの説明は説明になっておらず、エドムンドの疑問は膨れる一方だったが、ジョゼフがそう確信していることは十分に伝わってきたので、ちゃんと説明する気はないのだなと思った。

 

「まあいい。おぬしの姪が雲の上の王国にくるのが確定しているとしてだ。おぬしの国の暗躍を認める対価を示してくれないことには、受け入れることは到底できぬ」

 

「こいつを一体くれてやるがどうか?」

 

ジョゼフはヨルムンガンドを指差してそう言い、ヨハネや他のアルビオンの客を動揺させた。

 

こんな凄まじい新兵器を、ためらいもなく他国にやると言うとはとても信じられないからであった。

 

「ゲオルグ大使を守りきれなかった非の償いを兼ねて十体だ」

 

しかしエドムンドは傲然とした態度で要求を釣り上げた。

 

さすがにこれにはジョゼフも眉をしかめた。

 

「欲張りすぎではないか。ゲオルグ大使には余が開発させたラグドリアン産に新ワインを十本詫びとして贈呈したのだぞ」

 

「毒殺に使われたワインを詫びとしてプレゼントとはどういう嫌がらせだ?」

 

「プレゼントしただけではないぞ! ワインの銘柄が決まってなかったゆえ、ワインの名前も”オルレアン・ゲオルグ”にしたのだ!」

 

「なおさら悪いわ! そのふざけぶりの謝罪も込めて十体だ!」

 

「このヨルムンガンド一体の製作にどれだけの国費を投じていると思っておるのだ……。二体ならなんとかしよう」

 

「これの実戦が済んだ後の後処理は全てこちらが行うという前提で、五体だ」

 

「三体。これ以上は認めん」

 

「……まあ、そのへんが落としどころか。よかろう」

 

合意に至り、エドムンドとジョゼフは互いに手を差し出して握手した。

 

この悪魔のような兵器がガリアからアルビオンへと渡ることが確定したのである。

 

 

 

この研究施設でヨルムンガンドの制作を手伝っているビダーシャルは、軽くため息をつきながら効率的なヨルムンガンドの制作方法を考えていた。

 

ある程度はここの研究施設にいる人間に技術知識を教えてしまえばいいが、鎧に魔法を付与するのは自分にしかできないので必然的に自分の多忙は確定しているのであった。

 

不意にビダーシャルは誰かに見られている気配を感じ、身をひるがえらせた。

 

「何者だ。ジョゼフの手の者でないのならば、出てこい。そうでなければ侵入者として排除するよう命令されているのだ」

 

視界には誰の姿もなかったが、ビダーシャルはだれかいると確信して声をあげる。

 

だが、何の返答もなく、ビダーシャルが侵入者と判断して魔法を行使する直前、資格になっていた柱の陰からメイド姿をした一人の女性が現れた。

 

エドムンドと同盟を組んでいるエリザベートであった。

 

自分たちの本拠地にいる吸血鬼たちと自然に連絡をとるべく、今回のガリア訪問についてきていたのである。

 

「行使手? ということは、おまえは吸血鬼か。なぜこのような場所にいる」

 

「私こそ聞きたいわ。どうして人を野蛮と蔑むあなたたちがこんなところにいるのかしら?」

 

エリザベートの問いにビダーシャルはバレているなら隠しても仕方あるまいと被っていた大きな帽子を取った。

 

とても整った顔立ちに、とんがった長耳。

 

その長耳はブリミル教の聖地を奪った、人類の点滴であるエルフの証明であった。

 

「やっぱり、あなたエルフだったのね。でもどうしてエルフがハルケギニアに、それもガリアの国家施設にいるのかしら? ひょっとして噂に聞く民族反逆罪でも犯して故郷を追放されたの?」

 

「我とジョゼフとの契約の結果だ。おまえはなぜこんなところにいるのだ?」

 

「なぜって、名目上は上司のあの坊や、アルビオンの王様にくっついてきたからだけど?」

 

「なるほど。ならばアルビオンの王はおまえの傀儡なのか」

 

「いえ。彼は今もれっきとした人間よ。利害が一致しているから表向き忠誠を誓ってあげてるの」

 

エリザベートの返答にビダーシャルは目を丸くした。

 

蛮人を餌にする吸血鬼と、亜人排斥の教義を信奉する蛮人たち。

 

そんな両者の利害が一致したということすら驚きだというのに、形の上だけといえ吸血鬼が餌でしかない蛮人の王の臣下に甘んじながら協力関係にあるというのはビダーシャルの理解の範疇を超えていた。

 

「そんなに驚くことかしら? 私からすればエルフとガリアが手を組んでることの方が驚きなのだけど」

 

「ちがいない」

 

鋭い指摘にビダーシャルは思わず苦笑した。

 

ハルケギニア最恐の妖魔と呼ばれる吸血鬼も蛮人たちにとっては脅威だろうが、六千年に渡って対立を続けてきた自分たちエルフの方が蛮人たちにとって遥かに恐怖を感じさせる存在だろう。

 

ましてやジョゼフの要求により、契約が守られる限りにおいて自分はジョゼフの臣下なのだ。他人の主従関係についてどうこういえる立場ではない。

 

「だが、吸血鬼と蛮人の利害が一致したというのは興味を覚えるな」

 

「あなたたちエルフとガリアとの間でどのような契約を交わしたのか、教えてくれるなら私も教えてあげるけど?」

 

「ふむ。だが、それは契約上できぬな。ある程度までなら教えてやれるが、それでもかまわぬか?」

 

「別にいいわよ」

 

エリザベートの返答を受け、ビダーシャルは話し出した。

 

「簡単な話だ。我々の国ネフテスとしては、蛮人たちとの戦争を望んでいない。だからジョゼフに悪魔(シャイターン)を崇拝する狂信者どもの下に、蛮人たちが纏まらないようにしてくれと要求したのだ。その見返りとして今後百年のサハラにおける風石採掘権と各種技術提供を申し出たのだが……」

 

ビダーシャルは少しだけ顔をゆがめた。

 

「ジョゼフはそれでは足りない。エルフの部下が欲しいと言ったのだ。その要求を聞いて我は本国から適切な人材を呼ぶつもりだったのだが……、ジョゼフは面倒だから我でいいと言ってな。仕方なく我はその要求を受け入れ、ジョゼフの臣下になったわけだ」

 

「……噂には聞いてたけど、ガリアの王様もまともじゃないわね。嫌がってるエルフに臣下になることを要求するなんて」

 

あまりの無茶苦茶ぶりに、エリザベートはドン引きした表情を浮かべる。

 

「いや、それ以前に人間の国が連合したところであなたたちエルフにとって大した脅威になるとは思えないのだけど、なんでそこまでして人間の国同士の協力関係が結ばれるのを恐れているのかしら?」

 

「そのあたりが契約上話せぬ部分だ。ただ個人的な望みを語るならば蛮人とエルフが互いに争うことなく共存できるならそれに越したことはないと我は思っている」

 

「人間とエルフの共存ね。そのためならどれだけ人間同士が共存できなってもかまわないのね」

 

エリザベートの指摘に、ビダーシャルはわずかに眉をあげて不快感を示したが、すぐにそれを消した。

 

「いささか省略しているが、我とジョゼフの契約はそのようなものだ。今度はおまえとエドムンドとの関係を教えてくれると思っていいのだろうな?」

 

エリザベートは華やかだけどゾッとする笑みを浮かべた。

 

「とても簡単な話よ。あの坊やは同族意識なんてものかけらも持ち合わせていないのよ」

 

「どういう意味だ?」

 

「だから自分たちを襲ってくる人間より、自分たち以外の人間の血を啜る吸血鬼の方がはるかに親しみを感じるような精神構造をしているのよ。あの坊やは。私たちが坊やの敵である人間を何千人吸い殺しても、あの坊やの心は微動だにしない。あの坊やは自分の世界に存在していない人間がどうなってもかまわないのだもの」

 

クスクスと笑うエリザベート。

 

「……なるほど。そんな蛮人が相手だと利害が一致することもありえるな。だが、おまえは何を望んでアルビオンの王の下についている?」

 

「……」

 

エリザベートの顔から表情がごっそり抜け落ちた。

 

「望みは単純よ。生きたいのよ。生き抜きたいのよ」

 

「なに?」

 

あまりにも抽象的な返答に、ビダーシャルは首を傾げる。

 

「同じ精霊の力の行使手として、ひとつ忠告しておいてあげる。あの坊やを、エドムンド・オブ・ステュワートを甘く見ない方がいいわ。この国の王様も大概だけど、彼はそれ以上なのだから。すくなくとも私たちのような存在にとってはね。死にたくないのであれば、あの王様とだけは敵対しないことね。もし敵対したらあなたたちの国がどうなるかわかったものじゃないわよ」

 

不吉な忠告を言い残し、エリザベートは身を翻すと、柱の影の暗闇に溶けるように消えていった。

 

「エドムンド・オブ・ステュワート……」

 

ビダーシャルはその名を呟き、一抹の不安を覚えた。




>この国の王様も大概だけど、彼はそれ以上なのだから。
あくまでエリザベートの見解です。

あと筆者の力量不足により、ヨハネがガリアに同行してる主人公の側近の癖に影が薄くなってしまいました。(言い訳をするならば、ガリアのキャラがどいつもこいつも濃すぎて、活躍させる場がなかった)

これにてエドムンドのガリア訪問は終了ですw


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妖精編
矛盾の悪夢


暇つぶしに昔のネタ帳探ったら面白いものが発掘できました。
ハリーポッターの二次創作で、オリ主は元スリザリンの旅人で、アンブリッジの親友と書かれておりました。
……どうやって話展開するつもりだったし、数年前の俺。


宮殿の中庭からカンカンと木と木をぶつけ合わせる音が響き渡る。

 

「右が甘い! そんな攻撃の仕方では隙ができるぞ!」

 

「グッ!」

 

接近戦の稽古をつけてやっているのだが、目の前の少年は自分に圧倒されっぱなしだ。

 

こっちは片手で、しかも手加減してあげているというのに……

 

歳の差があるといっても十代前半の頃の自分ならば、これくらい簡単にやってのけたものだが。

 

一本取られたら終わろうかと思っていたのだが、いくら木製の剣を使っているとはいえ、流石に相手の肌の腫れが目立つようになってきたので弱弱しく振り下ろしてきた少年の剣を弾き飛ばして終わる。

 

「今日はここまでだ。よくやったウェールズ」

 

「……はい」

 

疲れ切った顔で少年ウェールズはその場に倒れこんだ。

 

端で控えていた高位の水メイジがウェールズの傷を癒す。

 

「僕はまだ子どもだよ? もっと手加減してくれてもいいじゃないか」

 

「お前の年頃くらいには高地地帯(ハイランド)で暴れていた風竜を一人で殺せるくらいの実力があった俺としては、むしろ手加減しすぎだと思っているのだが殿下」

 

「……十代半ばで竜狩人(ペンドラゴン)の称号を手に入れた従兄(にい)さんと一緒にしないでほしいな」

 

ウェールズが頬を膨らませながらつぶやく。

 

確かに竜狩人(ペンドラゴン)の称号を手に入れるのは歴戦の勇者と相場が決まっているのに、十代半ばで風竜を倒してしまった俺と比べるのも理不尽か。

 

「まあ、俺ほどすごくなれとは言わんが、ある程度は強くなってもらわねば困るのだがな。下につく者からすると、聡明だが自分より弱い主君に仕える分には耐えられるが、聡明で全く戦えない主君に仕えるのは勘弁願いたいものがおおかろうしな」

 

「それって大した差があるのかな」

 

「大ありだとも。戦で命を張る軍人にとって、戦の経験がない主君というのは自分たちを理解してくれない主君と思われるものだからな。王にとって戦争経験がないというのは致命的とまではいわぬが、軍人の信望を集めにくくなるというのは大きなハンデになりかねん。で、戦争から生きて帰ることは当然として、醜態を晒すことなく戻るためにどうしたって訓練を積むしかないのさ」

 

その説明にウェールズは納得いかぬまでも理解はした様子だった。

 

「でもそれなら接近戦より、魔法を鍛えた方がいいのでは?」

 

ウェールズの言い分にやや腹を立てたが、この城で暮らしているウェールズはまだ英雄譚や教本に書かれているような戦場しか知らず、まだ本当の戦場での人間の恐ろしさというのが理解できていないのだろうと思った。

 

しかしこれは言ってみて理解されるようなことでもないだろうと頭を悩ませると、ふとある名案を思い付いた。実践させればいいのだ。

 

「たしかにお前の言う通りかもしれんな」

 

「でしょ?」

 

満面の笑みを浮かべて得意げなウェールズを見て、嗜虐心が沸いてくるのを実感する。

 

ああ、その自信を木っ端微塵に粉砕したらどんな表情をするのか、非常に興味があるぞ。

 

「よし。なら前言を翻すことになるが、もう一度だけ模擬戦をするか。お前は杖を持って魔法を使ってもかまわん。俺から一本とるか、戦闘不能に追い込んでみろ。そうしたらこれからの稽古は魔法主体に切り替える」

 

その発言にウェールズだけでなく、ウェールズの治療をしていた水メイジ達も驚いた顔を浮かべる。

 

「いくら従兄(にい)さんでも、魔法封じられてメイジに勝てるわけないよ」

 

予想外の言葉に焦っているのか、ウェールズが口を震わせながら言ってくる。

 

「そんなことはない。それとも魔法を封じられてるメイジに負けるのが恥ずかしくてやりたくないのか?」

 

「……ッ! わかった。どうなっても知らないからなッ!」

 

安い挑発に簡単に乗った。敵の煽りに対する耐性も今後の課題かと脳裏にメモしておこう。

 

「そこの、はじめの合図を頼む」

 

治療をしていた水メイジの一人に声をかけ、自分とウェールズはさっき模擬戦を始めた位置に立ち、互いの木劍と杖が交差させた。

 

「言っておくが、こちらは魔法を封じられてるんだ。手加減抜きでいくぞ」

 

「え」

 

「はじめっ!」

 

その合図の直後、俺は木劍の連撃を繰り出し、ウェールズに詠唱する暇を与えなかった。

 

防戦一方のウェールズにできた隙を逃さず、腹を蹴り飛ばした。

 

ウェールズは口から胃の内容物を吐き出したが、すぐに”フライ”の魔法で浮かび上がった。

 

おそらくは距離をとって、遠距離から魔法で一方的に攻撃しようというのだろう。

 

予想通りだと思いながら、木劍を全力投擲する。狙いはウェールズの腕。

 

狙いは命中し、ウェールズは激痛に耐えきれず杖を落とし、重力に従って地面に自由落下した。

 

しばらく呆然としていたが、水メイジは状況を把握すると慌ててウェールズの治療に向かった。

 

あの高さから落ちたんじゃ気絶していてもおかしくないなと思いながら、エドムンドは声をかける。

 

「おい、意識はあるか」

 

「……なんとか」

 

「あの高さから落ちて意識があるなら上出来だ。だが、俺が杖をもっていないからと言って甘く見過ぎだ。冷静に対処していれば全て魔法でどうにかできたものを」

 

「……」

 

「早い話がだ。メイジに劣るとはいえ、魔法を使えない奴が相手でも間合いや先方次第では明確な脅威だ。そんな慢心をしていては平民に武器で殺されるという、王族にとって不名誉な死を迎えかねんぞ」

 

「……従兄(にい)さんも似たような経験あったの?」

 

わずかばかり表情を歪めた自覚がある。あれは自分の中でも黒歴史だ。

 

「ああ。ラカンの戦でな。油断していたところを地面に倒れて死んだふりをしていた剣士の奇襲を受けた。咄嗟に反撃が間に合ったからなんとかなったが、あと一瞬遅ければ俺の首はそいつに飛ばされていただろうよ。その剣士を殺した後もしばらく冷や汗が止まらなかったものだ」

 

ウェールズが驚いている。剣士に殺されかけた黒歴史は色々と体面がよろしくないという理由で公式記録からは抹消されている。俺がメイジ以外の相手をして命の危機におちったことがあるというのは少々信じ難いのかもしれない。

 

……その黒歴史含め、命の危機を感じたことは両手の指を少し超えるくらいの回数しかなかったような気がするので、そもそも命の危機を感じたことがあったということ自体に驚いているのかもしれないが。

 

「稽古は順調なようじゃの」

 

背後から自らの主君の声が聞こえ俺は振り返り、軽く頭を垂れた。

 

「父上!」

 

水メイジに治療されたウェールズが笑みを浮かべながら、ジェームズに抱きつく。

 

「おお我が息子よ。稽古に疲れただろう」

 

「はい! 従兄(にい)さんに何度もボコボコにされました」

 

「ふははは、そういうな。殿下の筋は悪くない。そのうち手加減状態では相手をしてられんようになるだろうさ」

 

「ほう。勇名高いステュワート伯にそう評されるとは、そなたの未来が楽しみじゃの」

 

ジェームズが息子の頭を撫でながら、喜びの笑顔を浮かべる。

 

「そうじゃ、さっきそこでクラリッサ嬢とあったぞ」

 

「クラリッサ嬢って確か従兄(にい)さんの婚約者ですよね」

 

ウェールズにそう言われると、気恥ずかしさで顔が赤くなった。

 

「ああ、そうだ」

 

「あー、顔が真っ赤になってる。ラブラブですね」

 

「やかましいこのクソガキ!」

 

「こら。主家に対してクソガキは無礼じゃろう」

 

からかうような声で窘められ、羞恥心を抑える。

 

「例にもとる言葉でした。お許しください殿下」

 

「うん。許す!」

 

ニコニコ笑うウェールズに、思わずため息をついた。

 

ジェームズもしばらく微笑ましいものを見る目をしていたが、急に真剣な顔になって俺を見てきた。

 

「聞いた話では、最近クラリッサ嬢とあっておらんそうじゃな」

 

「あー、そういえば最近は戦場に行ったり、部隊の訓練をしたり、殿下に稽古つけたりしてたせいでろくに会っていませんね……」

 

「来年の夏に結婚する予定だというのに、なんという甲斐性なしじゃ。モード大公がまた泣くぞ」

 

なんとも気まずい。

 

「えーと。それじゃあ、クラリッサに会ってきますね」

 

「それ以外の返答を聞いたら、軍務に就くことを禁止してやるべきか半ば本気で考えたぞ」

 

「御免!」

 

そう叫ぶと自分は逃げるように宮殿内に入った。そしてしばらく闇雲に走って落ち着いた後、クラリッサがどこにいるのか聞くのを忘れたのに気がついた。 

 

次女や文官にクラリッサがどこにいるか聞いて回り、教えてもらった方向へと進む。聞いて進む。聞いて進む。進む進む進む進む進む進む進む進む進む。

 

しかしハヴィランド宮殿はこんなに複雑な構造だっただろうか? かなり歩いたはずだが、なかなかクラリッサに会えない。

 

心なしか人の気配すらなくなった気がする。というかここはどこだ? 本当にハヴィランド宮殿なのか?

 

様々な疑問を抱きながらもとにかく進む。なぜか足を止める気にはなれなかった。

 

ふと廊下に絵画がかかっているのに気づき、それを眺めながらも走る。

 

絵の内容は様々だった。血に染まるニューカッスル、冷たいベイドリック、生首の林、仮面を被った騎士、凄惨な戦争、三色旗、地下牢の王、質素な戴冠式、すべて心当たりがないにもかかわらず、見覚えがあるような気がした。

 

絵画が途切れ、前を向くとそこに愛しい女性の姿があった。

 

「クラリッサ!」

 

いや、クラリッサだけではない。

 

父上がいる。兄達がいる。友らがいる。自分に忠誠を誓った臣下達もいる。

 

彼らは皆、微笑んでこちらを見ている。

 

合流しようと駆け出そうとするが、なにか押さえつけられたように前に進まない。

 

視線を自分の体に向けて、ギョッとした。体中に温かみが感じる光り輝く鎖が何重にも床から自分にまきついている。

 

自分にまきついている鎖をほどこうと悪戦苦闘していると、クラリッサ達が奥の方へと進んで行く。

 

「待って!」

 

そう叫ぶが、クラリッサも父上も兄達も友らも、誰一人反応を示さず奥へと進んで行く。

 

「待ってくれぇえええええええッ!!!」

 

ほどけろ! 邪魔だッ! この鎖ッ!!

 

コノク鎖サエ無ケレバ、彼女ラノトコロヘ行ケルトイウノニ……!

 

壊レロ! 自分ハムコウ側へ行クンダッ! 

 

全力で力任せに暴れ続け、その鎖のひとつにヒビが入り――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エドムンドの意識は現実に浮上した。

 

「ッ!」

 

豪華な高級ベットから飛び起き、反射的に周囲を見回して誰も見ていないかと警戒する。

 

さっきまで寝ていたとは思えないほど、エドムンドの目は狂おしい光を灯して見開いており、はげしい運動をし終わった直後のように、呼吸が乱れていた。

 

控えめに言っても、尋常な様子ではなかった。

 

エドムンドは何度も深呼吸して、体の激しい動悸を落ち着かせた。

 

呼吸が落ち着くと、今度は喉が渇きを訴えてきたので、私室の上に置いてあるガラス製の水差しの蓋をとって直接口に持っていて喉を潤す。

 

水差しの中の水が半分以上一気飲みしてようやく昂っていた精神が落ち着き、冷静な思考ができるようになってきた。

 

だが、それで自分が見た悪夢の内容を思い出すと今度は激しい怒りの感情が沸きあがってきた。

 

(俺はなんという夢を見たのだッ!)

 

その感情の矛先は、誰でもない自分であった。

 

誇りを守って名誉の戦死をする機会を奪い、地下牢で痛めつけることだけが目的の拷問で散々苦しませ、自分たちの立場をよくするために利用しつくして殺した伯父王ジェームズ。

 

傀儡となってクロムウェルに仕えていたことを知っているのに、都合の悪い部分だけ公表して名誉を貶めてやった従弟のウェールズ。

 

この二人とのなごやかな風景は、まだいい。たしかに腹立たしいことであるとはいえ、昔の記憶を見ただけだと言える。

 

だが、そのあとの光景は違う。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

エドムンドの主君としての矜持が、自分がそんなことを望んでいると、認めるわけにはいかなかった。

 

「くそっ!」

 

屈辱のあまり、エドムンドはほぼ無意識に持っていた水差しを壁に向かって投げた。

 

水差しはガラス製なので、壁にぶつかった衝撃で砕け散り、中に入っていた水が壁をつたって流れ落ちていく。

 

「さっきの音は何事ですか陛下ッ!」

 

ドアを蹴破るような勢いでヴァレリアが血相を変えて入室してきた。

 

ヨハネ以下、侍従武官達も続けて入室してくる。

 

どうやらガラスの割れる音で非常事態と思ってしまったらしい。

 

「まさかとは思いますが、エリザベートにでも襲われましたか?」

 

「いや。ちょっと手を滑らせて水差しを落としただけだ」

 

「お、おとしたのですか……?」

 

濡れた壁とエドムンドの顔の間で、視線が行ったり来たりするヴァレリア。

 

普通に考えて、手から落とした水差しが壁にぶつかって割れる筈がないのだから、不可解な顔をしている。

 

「落としたのだ。なにか疑問でも?」

 

殺気を含んだ視線で睨み付けると、ヴァレリアは疑問を押し殺して一礼した。

 

「片づけを頼む。その間、俺は少し夜風にあたってくる」

 

「陛下。雨が降っているのですが」

 

そう言われて、確かに雨音が響いているのをエドムンドの耳をとらえた。

 

「ヨハネの言う通り降ってるみたいだな」

 

エドムンドは腕を組んで少し考え込んだ後、

 

「では着替えを用意しておくように」

 

「へ、陛下?」

 

ヴァレリアは信じられないという顔をし、助けを求めて侍従武官長を見た。

 

侍従武官長はやれやれと首をふると、

 

「ミス。言う通りにするのだ」

 

「そんな! もし陛下が風邪でもお引きになったらどうするのです!? ミスタ・デヴルー、あなたの責任も問われますよ!」

 

認めていいわけがないと、ヴァレリアの不満に満ちた目が語っていた。

 

「なら命令する。俺が夜風に当たってる間、職務放棄でもしていろ」

 

「御意」

 

ヨハネが頭を下げ、ヴァレリアが頭を抱えてブツブツ言っているのを確認し、エドムンドはバルコニーへ向かった。

 

バルコニーに出ると雨に濡れて服が重くなったが、エドムンドは気にせず奥へ進み、端にある取っ手に両手を置いて、ある一点を見つめる。

 

その一点はロンディニウムの大広間。五年前、彼の父と深い関係にあった者たちの、命に代えても守ると誓った婚約者の首が晒されていた場所でもあった。

 

「天に坐す全能の神よ。御名を祟めさせ賜え。御国を来たら賜え。天に御心の成るが如くに、地にもまた成させたまえ。願わくば始祖ブリミルの御加護により 彼らの魂を至福の地へ導きたまえ……」

 

王の口から零れたのは、聖書にある死者への手向けの(うた)

 

それが終わると、次から次にブリミル教徒にとって聖なる(うた)を朗々と詠いあげる。

 

何分も何十分も広間から視線を動かさずに詠い続けるその姿は、どこか異様なものだった。

 

しかし、その声には修練に励む修行僧すら霞むような、真摯さが溢れていた。

 

「――遥か道の果て。我らが其の地にして再会せんことを」

 

いつの間にか厚い雲に隙間ができて、その穴から双月が世界を照らし出した。

 

そこでエドムンドが詠うのをやめ、自らの姿を省みて苦笑した。体がびしょ濡れになっていることに、その時ようやく気付いたのだった。

 

宮殿に戻ろうと踵を返し、ふと立ち止まる。

 

(しかし……)

 

首だけ振り返り、世界を照らす双月を眺める。

 

(なぜ今頃、あのような夢を見たのか。ジェームズめを殺してからは見なかったものを)

 

だが、ジェームズの面を拝まなくてすむようになってから、まだほんの数ヶ月しかたっていない。少し首を傾げながらもその夢を特別視することはなかった。

 

だが、もしかすると、その夢は今後の出会いを暗示する啓示であったのかもしれない。




ジョゼフと違って、エドムンドさんには信仰心があるようです。
……だからといって聖職者に対してまったく寛大ではありませんが。


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奇妙な旅行者

原作主人公勢、久しぶりの登場だあああ!!!



ロサイスの街並みは前に来た時と比べて、かなり復興していた。少なくともサイトにはそう思えた。

 

ほんの二か月前にここから去った時は、ガリア両用艦隊の一斉放射によって吹き飛ばされた建物の瓦礫の山があちこちに散乱していて、戦争で生死不明になった軍人や離散した家族友人の行方を尋ねる張り紙があちこちに貼られ、聞き込みを行う人間で溢れていた。

 

だが、瓦礫は撤去されて街の再建がすでに始まっていた。また聞いた話では人探し専用の役所が新設されたらしく、人探しをしていた人はその役所の方を利用するようになったそうで、街並みも落ち着きを取り戻していた。

 

「まだ混乱してるって聞いてたけど、思ってたよりよくなってるな」

 

そうルイズに言ってみるも、ルイズは相変わらずうわの空のままであり、サイトは頬を掻く。

 

実家から来た手紙を読んでから、ルイズはずっとこんな調子なのである。たぶん”虚無”が使えなくなってへこんでたところへ、あの厳しそうな父親か長女、もしくはあの恐怖の権化のような母親からのきつい言葉でも書かれていた手紙を読んだからではないかと推測しているが、そろそろいつもの調子に戻ってほしいと思う。

 

「ぼくはこれでも荒廃してると思うんだけどね」

 

同行しているギーシュが肩を竦めながら呟いた。彼はガリア両用艦隊がロサイスに押し寄せてくる前に、所属していたトリステイン・ゲルマニア連合軍と一緒に撤退したので、終戦直後のロサイスの荒廃ぶりを知らないから壊れた建物を再建している様子だけで十分荒廃しているように思えるのであった。

 

「終戦からもうすぐ半年なんだから、悲しみに暮れて続けるわけにはいかないんでしょうね」

 

「同感」

 

キュルケの言葉に、親友のタバサが頷きながら同意の言葉を述べる。

 

水精霊騎士隊(オンディーヌ)の隊長であるギーシュと副隊長であるサイト、女王直属の女官であるルイズと違い、外国人である彼女が今回の旅についてくる必要性はなかったのだが、タバサがサイトについていくと言って聞かず、それをみた親友のキュルケも面白そうだからという理由でついてきたのである。

 

彼らの目的地はサウスゴータ地方にあるウエストウッド村だが、ちょっと一息つこうという話になってどこかにカッフェはないかと探していたのだが、その途中ギーシュが不自然な姿勢で固まって停止した。

 

「ん? どうしたギーシュ?」

 

「ぼくの見間違いであってほしいが……、あれはなんだい?」

 

ギーシュが震える手で指差した広場の中心付近を見ると、

 

「え?」

 

サイトにとってそれは信じられないものだった。

 

もちろん、世界史の授業とかで地球でも遠い昔にそういうことをやっていた時代があるということは知っていた。

 

だが、ハルケギニアに召喚されてから今まで、そういうものを見たことがなかったので、ハルケギニアがそんなことが行われる世界だとは想像だにしていなかったのである。

 

それは吊るし首にされた貴族たちの死体だった。

 

「悪趣味」

 

普段あまり感情を見せないタバサが嫌悪感を含んだ声でそう呟く。

 

たしかに吊るされた死体は何度も鋭いもので貫かれた形跡があり、着ている服を血の色に染めている。死んでいる死体が全て貴族として恥ずかしくない服装をしているため、余計に痛々しさを感じさせた。

 

キュルケも不快気な表情を浮かべたが、そんな行動が警備の任についている者たちの不信を買った。

 

「お前たちは何者だ? まさかとは思うがやつらの仲間か?」

 

白銀の隊服を着た人間が六人近づいてきて、隊長格のメイジがギーシュに問いかけた。

 

「ち、ちがう。ぼくはトリステインの貴族だ! 君たちこそ何者だ!?」

 

「そうか、我々は現在ここの治安任務を請け負っている鉄騎隊(アイアンサイド)所属の兵隊だ。

君たちはトリステインからの旅行者なのかね? 念のため旅券(パスポート)を拝見させてもらえるか」

 

ギーシュは即座に懐から旅券を取り出して、見せた。

 

隊長は旅券の押し印がトリステイン外交部の印ではなく、王室の印だったことにやや驚いたが、いくつか質問しても疑わしいところはなかったので旅券をギーシュに返した。

 

「次、君」

 

「えー、めんどくさいわね」

 

「申し訳ないが、罪人が外国人のフリをして逃げるというのはよくあることでね。旅券が偽造かどうか確認しなくてはならんのだよ」

 

少し誘惑すような仕草をしてみたが、隊長はニコリともせずに旅券を出すように促したので、キュルケは素直に渡した。

 

旅券に書かれている個人情報を見て、隊長は眉をひそめた。

 

「家名がツェルプストー、出身国がゲルマニアとあるが、たしかか?」

 

「ええ、そうよ。情熱の国ゲルマニアの人間よ私は」

 

「トリステインとゲルマニアは犬猿の仲ではなかったのか? 国境争いでのツェルプストーとヴァリエールの逸話はこの白の国でも有名な話なのだがな」

 

「ええそうね! でも私はトリステイン魔法学院の生徒だから別にいてもおかしくないんじゃない?」

 

「たしかに……その通りだが……」

 

たしかに旅券に”トリステイン魔法学院在学中”とかかれているからおかしくはないのだが、なにか釈然としない思いを感じながらも、偽造された形跡が見られないので隊長は引き下がった。

 

次にタバサも旅券を示したが、名前のところに”タバサ”と書かれていたので隊長はおもわず頭を抱えた。

 

「失礼だが、タバサというのは本名か? 犬や猫につけるような名前だが」

 

「ちがう」

 

あっさり答えられ、隊長は信じがたい顔でタバサを睨みつけた。

 

「偽証罪で訴えられても文句は言えんぞ」

 

「トリステイン王室は承知してる」

 

またまたとんでもないことをあっさりと教えられ、隊長は空を仰いで深呼吸すると、もう彼女に聞くのを諦めた。なんというか自分の手に負えない爆弾の匂いがしてしかたがなかったのである。

 

次にサイトに旅券を出すよう求めたが、吊るし上げにされている死体を見た衝撃がまだ消えていないサイトは心ここにあらずといった様子で呆然としている。

 

「おい! 旅券を見せろッ! まさか、持っていないのかおまえは!」

 

苛立ちもあらわに隊長はサイトを怒鳴りつけた。それに応じ、他の隊員たちもにわかに武器を構えだし、危険な空気が漂い始める。

 

「……あの人たちはどうしてあんなことされてるんですか?」

 

ようやくサイトが弱々しい声で漏らしたのは、そんな疑問だった。

 

その疑問に隊長はあっけにとられ、吊るされている死体を指差した。

 

「あいつらがなんで絞首刑になったか、あいつらの体の前にある板を読めばわかるだろ?」

 

言われてみるとたしかに死体の首から紐で木の板がぶら下げられ、木の板になにか書かれているのがサイトの目に入った。

 

「彼、まだ字が読めない」

 

タバサのフォローに隊長ははっきりと怪訝な表情を浮かべる。

 

「字が読めない? 貴族なのにか」

 

サイトはシュヴァリエ叙勲されているので、貴族のマントを身に纏っている。だが、隊長には文字も読めない無学な奴をシュヴァリエに叙すような国が存在するとはとても思えなかったのだ。

 

「まあいい。とにかく旅券を見せろ」

 

度重なる旅券の催促にサイトはおとなしく旅券を渡した、隊長はその旅券に目を通して、自分の目が間違ってないかと何度も目をこすったりしながら、旅券に書かれている名前を確認し、自分の認識が正しいことを飲み込めた。

 

「申し訳ありませんでしたああああああ!!」

 

いきなり最敬礼して敬意を示した隊長に、サイトたちも彼らの部下も驚いた。

 

「た、隊長。いったいどうしたんですか!?」

 

「どうしたもこうしたもあるか! 彼はサイト殿。先の内乱におけるトリステインの英雄殿だぞッ!」

 

隊長の言葉をとてもすぐには飲み込めずに呆然とした部下達。

 

だが、すぐに飲み込んだ後、隊長に習って彼らも最敬礼をして敬意を示す。

 

その様子を見て、ギーシュが「一応、隊長はぼくなんだけどな」とぼやいたが、「つまらない意地はるんじゃないの」とキュルケに頭をデコピンされた。

 

「聞いておりますぞ! あなたの武勇譚を! 六万から七万の敵相手のあの大立ち回りといったらもう!」

 

先ほどとは打って変わって、英雄に会えた喜びを満面に浮かべる隊長にサイトはやや引いた。

 

「えーと。なんでそんなに人気あるわけ?」

 

「あなたは我々鉄騎隊(アイアンサイド)の総員、いや、ハルケギニア中の平民にとって憧れの的ですからな」

 

「でもおれアルビオンの軍相手にやったんだけど」

 

「あれは不逞な共和主義者どもの、王権に逆らう反逆者たちで構成されたならず者どもです。現アルビオンに、エドムンド陛下に仕えている我々のような人間と一緒にしないでいただきたい!」

 

「その時は鉄騎隊(アイアンサイド)も共和派にいたんじゃないのかしら?」

 

「「「「「「それはそれ! これはこれだ!!」」」」」」

 

キュルケのツッコミに対して、部隊の全員が見事に唱和してみせた。

 

「それで結局、あの人らはなんで……?」

 

話を戻そうと、サイトは吊り下げられている刑死体を指さす。

 

「ああ。あれですか。あいつらは共和主義者の残党ですよ。”レコン・キスタ”が崩壊した後でもしつこく危険思想を実践していたんで、諸国会議の決定に基づく法令違反で公開処刑されて屍が晒されてるわけです」

 

隊長の説明に、サイトはあんなふうに晒しものにされていることに納得できた。

 

もちろんやりすぎだと思うが、サイト自身”レコン・キスタ”に良い感情をもってはいなかったので、容認できた。

 

「ところでサイト殿はこのアルビオンに何の御用で? ディッガー総帥に勧誘されたと噂に聞いておりますが、もしや……」

 

「いや、ただの旅行」

 

「そうですか! 戦乱続きで減っていたとはいえ、アルビオンは観光名所として有名な地。ごゆるりとおくつろぎくださいますように!」

 

鉄騎隊の面々は再びサイトに向かって敬礼すると職務に戻った。

 

「ルイズの旅券確認していかなかったけどよかったのかしら?」

 

「サイトに会った衝撃で確認するの忘れてる」

 

タバサのどこか誇らしげにそう言うのを聞いて、キュルケは微笑みながら頷いた。

 

 

 

一方その頃、シティ・オブ・サウスゴータにある警邏隊の兵舎で三人の人間が向かい合っていた。

 

「間違いないのですか……?」

 

とても信じられないという表情を浮かべながら、震える声でそう問う少年はマルス・オブ・バーノンであった。

 

彼はエドムンドにお家再興が許され、ジェームズ王が崩御した後、サウスゴータの警邏隊の隊員に任命されていた。

 

そしてエドムンドの即位後に始まった反抗的貴族の粛正に熱狂的に協力した。具体的に粛正から逃れようとする者達がサウスゴータを統治している他国の代表と接触しようとするのを全力で阻止し、何十人もの元貴族を鉄騎隊(アイアンサイド)へと引き渡したのであった。

 

その引き渡した元貴族の中には、マルスの顔見知りのジェームズ派の人間も少なからずおり、彼らは必死で助命を懇願したた。

 

もちろんマルスにとっても顔見知りを処刑台へと送り出す手伝いをするのはつらいことではあったが、王家に反逆するという最大の犯罪を犯した彼らを処罰しなければならないという使命感の方が強かったのであった。

 

やがてその使命感の巨大さに顔見知りへの同情は押しつぶされてしまい、犯罪者の懇願にはまったく耳をかさずに、冷酷に犯罪者たちを死刑執行人へと引き渡していったのだった。

 

そうして現国王への忠誠心の高さを示したマルスはその実績も高く評価され、ニューカッスルまでジェームズ王を崇拝している一派と行動を共にしていたにも関わらず、警邏隊長に抜擢されたのだ。

 

「ああ、間違いない。こいつはエドムンド様直々の勅命だ。ここの警邏隊は俺の指揮下に入り、この秘密任務を遂行せよとな。反逆者や共和主義者の粛正の際にお前が見せた活躍を今回も期待させてもらうぜ」

 

隊舎にいたもう一人の人物、デュライ百人長は面白げな声音で肯定した。

 

マルスはその意味を慎重に咀嚼しながらも、胸中は歓喜に震えた。

 

国王陛下の勅命! 素晴らしい! しかも秘密任務!

 

秘密任務を任せてくださるということは、国王陛下は自分の忠誠心をそれだけ高く評価してくれているということ!

 

臣下として身に余る栄誉を賜った高揚感に支配されたマルスはなんとしても達成させねばならないと意気込んだ。

 

「でもいいんですか? 議会どころか各国の代表団の頭越しにあたしたちが行動してしまって」

 

マルスの高揚感に水を差したのは白いフード付きのコートを着た女性だった。

 

名をアルニカといい、まだ少女と言っていい年頃で、とても警邏隊には不似合いな存在に思えるが、槍の達人であったため特別に入隊が許可された。

 

世話焼きでなにかと面倒を見てくれたので、マルスはその恩に報いるべく彼女を副隊長にしていた。つまりこの警邏隊の指揮官は外見年齢が平均十代という恐るべき警邏隊となっているのである。

 

そんなアルニカの疑問はただしいといえた。諸国会議で結ばれた条約により、このサウスゴータ地方は四か国の代表の監督の下、議会によって統治されることになっているのだ。それを完全に無視してよいのかという疑問は当然だった。

 

それに対し、デュライは邪悪な笑みを浮かべた。

 

「なんのための秘密任務だと思っているんだ。表沙汰になれば面倒だからに決まっているだろうが。つまり対象を”夜と霧”の中へ! というわけさ。誰の目にも映らねぇようにな」

 

「夜と霧?」

 

作戦実行時は日中のはずだし、今は霧がでるような季節でもないのにと思いながら、アルニカは首を傾げた。

 

その様子を見てデュライは軽く舌打ちした。

 

「ああ、そういや、ここで故郷の言い回しなんざ通じるわけねぇわな」

 

そのことに気づいて恥ずかしさを誤魔化すためか、髪の毛を掻きまわすデュライ。

 

彼の故郷。あの国で父親達が抱いていた理想のために戦っていた頃の戦友たちならば、今の詩劇的言葉の暗喩に気づいて笑みをこぼしたというのにと理不尽な怒りも沸き上がる。

 

落ち着くために持っていた葉巻たばこを口にくわえて一服する。

 

「とにかく勅命だ。確実に任務を遂行しねぇとな」

 

今度の言葉はちゃんと伝わった。マルスは「そうだ。その通り!」と叫びながら激しいテンポで何度も頷き、アルニカも唇を釣り上げて攻撃的な笑みを浮かべる。

 

「我らの王家への忠義を示す好機ッ! 逃がす手はないぞ!」

 

理性が蒸発したのではないかと思えるほど熱狂してるマルスを、アルニカは冷ややかな目で見た。




(そういや、ギーシュ、キュルケ、タバサ登場初めてだったりするのか?)

さーて、エドムンドの妥協なき中央集権化の結果、なかなか凄まじい国家に変貌を遂げているアルビオン! 滅ぼした貴族の資産をばらまいてるので国民からの人気はあるぜ! 貴族の心は恐怖で固まってるけどなぁ!


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街道の戦い

ウエストウッド村のティファニアの家で、サイトたちは”土くれ”のフーケと奇妙な再会を果たしていた。

 

”土くれ”のフーケはサイトがハルケギニアに召喚されて一月ほどした頃に、トリステイン魔法学校の秘宝”破壊の杖”(と、オスマン学院長が名付けた対戦車用ロケットランチャー)を巡る騒動でサイトたちに倒され、チェルノボークの監獄に入れられた。

 

しかし”レコン・キスタ”に内通していたワルド子爵の手引きよって脱獄し、その後は”レコン・キスタ”の刺客としてサイトたちと何度か戦った、因縁ある相手である。

 

そんな因縁ある相手とどうして円卓の机で向かい合っているかというと、話に聞いていたティファニアを援助してくれている親戚というのが、フーケのことであったらしい。

 

サイトとしてはウェールズ皇子暗殺に関わっていたフーケに対して、内心穏やかではない感情を持っているのだが、自分の命を救ってくれた恩人であるティファニアが「マチルダ姉さん」と呼んでフーケを慕って前でそれを表面に出せるほど、サイトは子供ではなかった。

 

だが、敵意までは隠しきれないので、緊張感漂う互いの近況の話し合いが終わったあと、フーケがサイトたちがこの村に来た目的を聞いてきた。そしてサイトはティファニアたちをトリステインで迎えたいことを告げた。

 

ティファニアは喜んだが、すぐに気まずそうにフーケの方を見た。サイトは今までティファニアのことを守ってきたフーケが、トリステインに行くことを認めるとは思えず、口論になったら剣を抜く覚悟もあったのだが、フーケはあっさりと認めてしまった。

 

「仕事がなくなって、もう仕送りできないのさ。それにね。ちょっと勘違いしてこの村の警備兵を気絶させちゃったから、たぶんもうアルビオンでもお尋ね者になるのは避けられないだろうしねぇ」

 

フーケがウエストウッド村に帰省すると、村に鉄騎隊(アイアンサイド)の隊員が数名いたので、ティファニアの出生がバレたのかと焦り、思わずその隊員を叩きのめした。

 

叩きのめした後にティファニアに鉄騎隊(アイアンサイド)がこの村に居座るようになった経緯をティファニアから聞かされて、顔面蒼白になったものである。主にウエストウッド村を取り潰すという話が出ている中で、これからティファニアをどうやって匿うかという意味で。

 

自分と一緒についてこさせる選択肢は最初からなかった。相棒のワルドの聖地への執着心につきあわされているせいで聖地や始祖の伝説にまつわる知識が増えたフーケには、ティファニアが抱えている爆弾が出生以外にもあることに気づいていた。もしティファニアをついてこさせたらワルドとティファニアを巡って争うことになりかねない。

 

そういった現実的な理由もあるが、フーケ個人の感情として、ティファニアにはまっすぐなまま育って欲しいという思いがあったので、後ろぐらいことが大量にある裏の世界で生きる自分のような人間になってほしくはなかったのであった。

 

いろいろな案が浮かんではくるのだが、どれも問題を感じずにはいられないものばかりで途方に暮れ始めていたところへ、サイトたちの来訪であり、事情を知っているトリステイン王家が面倒みてくれるというのだから、任せることにしたのである。

 

フーケはティファニアと抱き合い、夜まで話し合ってティファニアが寝ると、夜中のうちにウエストウッド村を後にしようとした。しかしサイトに見咎められたのである。

 

「ティファニアに挨拶していかないのか?」

 

「しめっぽいのは苦手なんだよ」

 

フーケは苦笑しながら、そう言った。

 

「一応礼を言っておくよ。あんたらが来なかったら、いちかばちかでロンディニウムに乗り込んで王様の庇護を願おうと思ってたんだけどね」

 

サイトは疑問に思った。エルフがどれだけハルケギニアで恐れられているか、知っているつもりだ。なのにアルビオンの王様がエルフを助けたりしてくれるんだろうか。

 

そんな思いが顔に出ていたのか、フーケは呆れたようにため息をついた。

 

「今のアルビオンの王様はテファの異母兄なんだよ」

 

「ティファニアの兄ちゃんがいるなら、おれらよりそっちを頼った方がいいんじゃないか?」

 

フーケにとって敵だった自分に預けるより、ティファニアの親戚に預けた方がいいに決まっているだろうにとサイトが首を傾げる。

 

それにフーケはもっと深いため息を吐いた。目の前の英雄様はアルビオンの事情と言うものをまったく御存知ないらしいとようやく気付いたのだった。

 

「あのね。テファの父のモード大公がエルフの女性を妾にしていたから、あたしらみたいにモード派だった貴族派先代王のジェームズに貴族の称号を剥奪されて粛正されたんだよ? 当然大公の息子であるエドムンド陛下だって五年前はあたしと同じ、いや、それ以上に悲惨な目にあってるはずさ。そんな経験のあるエドムンド陛下に自分の父が粛正される原因になったハーフエルフの娘を匿ってくれるか怪しいもんだよ」

 

「で、でも、ティファニアはそんな悪い奴じゃない!」

 

「そりゃそうさ。あの子はなんにも悪くないさ。でも、ジェームズが粛正を決意したのは間違いなくテファとその母親が原因だからね。エドムンド陛下は信頼できるけど、自分達が粛正される理由になったテファを前にして冷静でいてくれるかとなると自信はないよ」

 

正直、事情を話した直後に杖剣を抜き放って、ティファニアを殺そうとする可能性がとても高いのだ。しかしフーケにとっては表の伝手で頼れる相手がエドムンドしかいなかったから、非常に苦悩することになったのである。

 

「とにかくあたしはもう行くよ。アンタもたまには、故郷に帰るんだね。親に顔を見せてやりな。私みたいに帰る場所がなくなってしまう前にね」

 

それだけ言い残すとフーケは夜の暗闇の中へ消えていった。

 

 

 

それからルイズとサイトの間で”使い魔のルーン”に関する言い争いが発生し、その結果としてサイトのルーンによる形成されていた偽りの記憶が”虚無”によって消し飛ばされた。

 

そして使い魔でなくなったサイトと、彼の面倒を見ようとしていたタバサの2人だけウエストウッド村に残して、ルイズたちはロサイスへと向かった。

 

しかしその道中でミョズニトニルンが操るヨルムンガンドの襲撃を受け、使い魔の契約抜きでもルイズに惚れぬいていたサイトは剣を抱えてタバサと一緒に助太刀に戻り、協力してヨルムンガントを撃破した。

 

そしてサイトたちが強敵を倒して気が緩み始めた頃、そこから数リーグしか離れていない地点には約百前後のアルビオンの混成部隊が待ち望んだ合図をようやく受け取った。

 

『頭脳より報告。毒蛇のテストは終わった。協定通りあとは任せる』

 

デュライは持っている人形型マジックアイテムから聞こえてくるミョズニトニルンの声に、獰猛な笑みを浮かべた。

 

「念押しするが、この後、あいつらがどうなってもガリアは口を挟まねぇんだろうな」

 

『ああ。そういう取り決めよ』

 

「それを聞いて安心したぜ。ガリアの元大公姫だがなんだか知らねぇが、自由に動ける相手に手加減できるほど俺は器用じゃねぇんでな」

 

口の端を吊り上げたデュライは、持っていた人形を落として踏みつぶした。

 

遠隔会話できるマジックアイテムは、ハルケギニアはではかなり貴重なものであったのだが、あの人形は1対1で使用できるタイプの物であったので景気づけに踏みつぶしたのである。

 

もったいないという意見もあるかもしれないが、費用はガリア持ちだ。躊躇う必要はない。

 

ブレスレッドに「デュライだ。今から任務を開始する」と告げると、ここまで乗ってきた馬にまた借り、号令を出した。

 

「さぁて諸君、仕事だ。この先にいる蒼髪の小娘を掻っ攫う。邪魔する奴には容赦するな」

 

その命令は単調であったが、どこか他を圧する威風があった。

 

しかし、その命令を出してすぐに一部の部隊がすぐに土煙をあげて進んでいくのを見て、デュライは疲れたような声で

 

「バーノンのガキめ、先走りすぎだ。まあ、アルニカがいるから大事にはならねぇとは思うが……」

 

と、誰にも聞こえないくらい小さく呟く。

 

そして隊列を整えつつ、マルスの警邏隊を追うようデュライは命令した。

 

 

 

ヨルムンガンドを倒して、ロサイスへと向かっていたサイトたちは、シティ・オブ・サウスゴーダ方面から五十前後の部隊が近づいてきていると気づくまでにそう長い時間はかからなかった。

 

後ろから激しい騎馬の群れの足音が響いてくるのだから、当然だった。

 

「こ、こんどはなんだ?」

 

さっきのヨルムンガンド戦でまったくいいところがなかったギーシュは、不安もあらわに呟く。

 

他のみんなもだいたい思っていることは同じようで、近づいてくる部隊を警戒する。

 

「われわれはアルビオン王国所属、サウスゴータ地方警邏隊である! そちらは何者か!?」

 

そう声を張り上げるのはサイトたちとさして変わらぬ年頃の少年であった。

 

しかし明確な所属を告げられたため、ギーシュは思わず安心した表情を浮かべた。

 

「ぼくらはトリステインからの旅行者さ。これからロサイスに行って帰るところだよ」

 

ギーシュの説明に、馬上の少年は深く頷いた。

 

「そうか、私はこの警邏隊の隊長を務めるマルス・オブ・バーノンだ。現在国王陛下の勅命を遂行すべく行動しているのだが、君たちの協力を要請したい」

 

「協力ってなにかしら?」

 

国王陛下の勅命。その単語に不吉な予感を覚えたキュルケが笑みを浮かべながら問いかける。

 

「なに。そこの蒼髪の少女を引き渡してもらいたい」

 

「なんですって?!」

 

ルイズが血相を変えて叫んだ。それにマルスはややひるんだが、すぐに体面を整えて言い返した。

 

「なぜトリステインの旅行者と一緒にいるのかはわからないが、そこの少女はガリアで罪を犯した犯罪者だ。ガリアの外交部から”アルビオンに潜入しているので発見した場合は貴国の政府の裁量で処分されたし”と通達を受け、陛下はその犯罪者を拘束するよう我々にお命じになった。だからその少女を引き渡してほしい」

 

タバサは奥歯を噛みしめた。自分が誘拐されてもなんのアクションも起こさなかったガリア王政府を無意識のうちに舐めていたかもしれない。

 

考えてみれば今のアルビオン王国はガリアの支援を受けて復興した国だ。ガリアで暴れた犯罪者が自国内にいるなどと聞かされたら、アルビオン王政府は信義にかけて自分を捕まえようとするはずだ。

 

そしてそれに自分たちは抵抗することはできない。もし抵抗してしまえばガリアだけでなく、アルビオンもトリステインと対立することになりかねない。

 

だからタバサはおとなしく従おうかと考え始めたのだが、その前にサイトが剣を構えて前に出た。

 

「おい。タバサは犯罪者じゃねぇよ」

 

「なに? では、お前は陛下が間違っているとでもいうのか?!」

 

怒りで顔を紅潮させてマルスは怒鳴った。

 

「間違ってることに間違ってるって言ってなにがいけねーんだよ」

 

「王家は常に正しい! ましてやその当主であらせられる国王陛下の見解を否定するは犯罪である! つまりおまえたちは全員犯罪者だ! 総員、犯罪者どもをとらえよ! 国王陛下に仇なす不届き者だ、容赦はするな!」

 

無茶苦茶なマルスのわめきっぷりに警邏隊はやや困惑したが、フードを深くかぶった副隊長がかすかに頷いたのを確認すると、隊長の命令に従って突撃してきた。

 

ヨルムンガンドとの戦いの後でサイトたちは疲弊していたが、サイトたちの一行は伝説の”虚無”一名、同じく伝説の”左手”一名、スクウェアメイジ一名、トライアングル一名、ドット一名、韻竜一匹となかなか強力なパーティであり、ほとんどが平民の警邏隊など本来であれば大した脅威ではなかった。

 

しかし今は戦い慣れていないティファニアや無力なウエストウッドの子どもたちを守らねばならず、必然的に防戦を強いられて苦戦した。

 

「ギーシュ、あんたが子どもたちを連れて先に行きなさい! このままじゃジリ貧だわ」

 

「そうだね!」

 

ギーシュは魔法で作り出した数体のワルキューレで子どもたちを守りつつ、戦場から離れるよう距離を取る。

 

今までの常識外れの力が飛び交う戦場では、自分のワルキューレはなんかやられ役になっているような感じがしてギーシュは不満を抱いていたのだが、敵の攻撃から弱き者を守るという立派な活躍ができて、ギーシュはワルキューレの操作に苦慮しながら内心喜びを感じていた。

 

「させない!」

 

それを相手が黙って見過ごしてくれるはずがなかった。特に警邏隊が拮抗している理由が相手に守るべき相手がいると明確に理解していた副隊長はそれの戦場離脱など許すものかと近場の味方と一緒にワルキューレに向かって突撃する。

 

しかしその突撃は横腹からの”氷の雨”で騎乗していた馬が殺され、副隊長たちは勢いのまま地面に投げ出された。その衝撃でかぶっていたフードがとれた副隊長アルニカの顔を見て、周りにテキパキと指示を出していた人物が、とても戦いに慣れていなさそうな妙齢の女性だったことにタバサはやや驚いたのだが、表情を変えることなく、倒れたアルニカに近づいて杖を向ける。

 

「なんの真似かしら?」

 

気丈にアルニカはタバサを睨みつけるとそう言った。

 

「停戦するよう命令して」

 

「……そんな権限、副隊長のあたしにはないよ」

 

「でも」

 

タバサは北花壇騎士時代の冷たさをにじませた。

 

「さっき警邏隊が突撃する前に、それとなくあなたの挙動に皆注目してた。それに隊長のバーノンがひたすら突撃しかしていないところを見ると、警邏隊の指揮は実質あなたがとっていると推測した。だからあなたが停戦を命令したら半分以上は従うはず」

 

アルニカは図星をつかれて悔しがっている演技をしながら、地面に転がっている槍を掴もうと手を伸ばした。

 

しかしそれを見抜かれてタバサが放った氷の槍が伸ばした手の爪先に刺さった。

 

「次は外さない」

 

絶対零度の声でタバサは言ったが、アルニカは睨み返してしばらく沈黙していたが、唐突に笑みを浮かべたのでタバサは困惑した。

 

「あたしにかかりきりでいいの? 友だちが大変なことになっているけど?」

 

そう言われてタバサは思わず振り返った。すると敵の数が増えていることに気づいてかすかに動揺した。

 

その動揺をついて、アルニカは女性のものとはとても思えない力で槍をふるってタバサの杖を叩き落し、槍先をタバサの首元に突きつけた。

 

「形成逆転……だね」

 

槍先を突きつけられたタバサは、想像だにしなかった相手の底力に驚きつつも、それを表面に出すことはせず平然としていた。

 

その平然ぶりにアルニカはまだなにか勝算を持っているのかと疑い、タバサに隙を与えまいと睨みつけた。

 

だが、それが悪い方向へ働いた。

 

「お姉ぇさまになにするのねー!」

 

主人の危険に気づいたシェフィールドのブレスが、アルニカの体を吹き飛ばした。

 

アルニカは街道の脇に生えている木に激突し、激痛に呻きながら森の暗がりに消えた。

 

「あれ? へんなのね」

 

シェフィールドが不思議そうに首を傾げる。韻竜の感覚が微妙な違和感を感じ取ったのだ。

 

「気のせいかもしれないけど、あの白いの。精霊を操っていたようにみえたのね」

 

それを聞いて、タバサはハッとした。

 

人間の姿、精霊の使い手、そして女性のものとは思えない力。

 

そんな特徴を持った相手とタバサはとある村で交戦したことがあった。

 

相手が白いフードを深くかぶっていたのは、女性でいることを隠すためのものかと思っていたが、もしかしたらまったく別の意味があったのかもしれない。

 

「どっちにしても、今は関係ない」

 

タバサは思考を打ち切った。今は戦闘中であり、仲間を助けることの方が先だと思ったのである。

 

しかしそう思った瞬間に、大声が響いた。

 

「抵抗をやめろッ! さもなくば今度はこの小僧の頭を吹っ飛ばしてやるぞ!」

 

その声が聞こえる方を見て、タバサは愕然とした。

 

サイトが血を流して地面に横たわり、やや白みがかった金髪の蒼銀の騎士がその頭に黒光りする拳銃を突きつけていたからであった。

 



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偏見

今回かなり残酷な描写があります。


マルスは焦っていた。相手がメイジとはいえたかが数人。警邏隊ならば十分制圧できると思っていたのであるが、相手が思いのほか強く、拮抗状態に陥っているという予想外の展開にどうすればいいのかわからなかったのである。

 

だが、その拮抗状態もギーシュがティファニアたちを離脱させることに成功したことによって崩れ、警邏隊は一気に押され始めた。

 

なんとか必死で連携をとって立て直そうとしているところへ、サイトがマルスの杖を剣で斬り落とした。

 

「なにっ!?」

 

杖を斬られたことが受け入れる暇もなく、今度は馬上から叩き落され、剣を突きつけられる。

 

だが、マルスはかまわずにサイトに殴りかかろうとしたので、羽交い絞めにして首元に剣を突きつける。

 

「もうやめろ。勝負はついてんだろ!」

 

サイトは叫ぶが、マルスはひるまない。

 

「笑止! 陛下に弓引く賊の言葉など聞く耳持たぬ!」

 

その意固持さにサイトはため息をついた。警邏隊長に敗北を認めさせた方が手っ取り早いだろうと考えて、気絶させずに捕らえたのに、これではどうしようもない。

 

峰打ちして気絶させるかと考えたところで、手元のデルフリンガーが叫んだ。

 

『相棒! 伏せろッ!』

 

そう言われてサイトは咄嗟に身を伏せた瞬間、何かが風船が破裂したような音が響く。

 

「がっ!」

 

そしてマルスが腹部から血を流して倒れた。

 

「な、なんなんだよ、いったい?」

 

震えながらつぶやくサイトに、デルフリンガーが鍔を動かしながらつぶやく。

 

『ありゃあ、前にエルフの娘っ子の村に来たアルビオンの騎士の風銃だな』

 

「ってことは、もしかして」

 

恐る恐るサウスゴータ地方へと続く街道を見る。するとそこには鉄騎隊(アイアンサイド)の紋章を掲げた一隊がこちらへ向かってきているのが見えた。

 

「やっぱり新手かよ!!」

 

サイトは街道脇に林の陰に隠れて立ち上がり、向かってくる部隊に向かって走り出そうとしたところで、腕を掴まれた。

 

「に、逃がさないぞ……」

 

腹部を血で赤く染めながらも、眼光鋭く睨み付けてくるのはマルスが震える手で気絶していた部下から拝借してきた短剣を振りかぶった。それを見たサイトは剣の柄でマルスを殴って気絶させようとした。

 

最初の一撃で短剣は落としたが、マルスは強固な意志で気を失わず、サイトの腕を強く握りしめて離さない。二十回近く殴って、マルスの顔の原型が崩れ始めてようやく気絶して倒れた。

 

サイトはマルスの執念深さに、やや戦慄したところでカチャリという音が響いた。

 

「誰かと思えば、サイトじゃねぇか。うちの警邏隊長殿になにしてやがる?」

 

聞きなれた声が聞こえて、サイトがはっとその方向を見ると、数騎の騎兵がマスケット銃を構えており、それを率いてるデュライもリボルバーのような形をした風銃を片手で弄びながら冷たい目でサイトを睨みつけていた。

 

サイトはムッとしたが、デュライにだったら話が通じるかもしれないと思った。

 

「こいつらが話を聞かずに襲いかかってきたんですよ。タバサが犯罪者じゃないって言ったら怒り狂って襲ってきたからしかたなく」

 

「……タバサってのが誰のことか知らねぇが、そいつの髪は蒼色の少女か? もしそうなら弁明はお縄についた後で好きなだけするんだな。俺たちは蒼髪の少女を捕縛するよう命じられただけで、犯罪者かどうかを決めるのは上の連中の仕事だ。俺に言っても時間の無駄にしかならんぞ」

 

たしかに事実であった。別にデュライ個人としてはタバサのことどうでもいいと思っているのだが、彼はアルビオン王家直属部隊の兵士であり、王室がタバサを捕まえるよう命令されたらそれに従わねばならない立場であるし、今回の命令に逆らうべき理由も見当たらないので心理的な抵抗も皆無であった。

 

サイトが剣を構えたのを見て、デュライも風銃の照準を合わせる。飄々とした態度をとってはいるが、七万の軍隊を相手にしてみせた”ガンダールヴ”を敵にして、余裕がなかったのである。

 

「撃てッ!」

 

デュライの号令の下、部下のマスケット銃が一斉発射されたが、”ガンダールヴ”の加護を受けたサイトが避ける方がはるかに速かった。

 

「ッ! 冗談じゃねぇぞ!」

 

いくらハルケギニアのマスケット銃のスピードが地球産のものより遅いとはいえ、せいぜい百メイル程度しか離れていない距離で避けれるような弾の速さではない。にもかかわらずこうもあっさりと避けられては文句のひとつも言いたくなるというものだ。

 

マスケット銃は次弾装填までに時間がかかるので、もう部下はあてにできない。近づいてくるサイトにデュライは風銃の残弾がなくなるまで撃ち尽くしたが、全て避けられて騎乗している馬に斬りかかってきた。

 

馬がやられた衝撃でデュライは持っていた風銃を落としたが、とっさに受け身を取って懐のホルスターからもう一丁の風銃を取り出してサイトの姿を探したが、その姿を見つける前に背後に回られて首元に剣をつきつけられてしまった。

 

「デュライ百人長!」

 

部下の一人が叫んでマスケット銃を構える。しかしどうしてもデュライを巻き添えにせずにサイトだけを銃撃する技量とその自信を持っていなかったので、悔しそうな唸り声をあげて銃を降ろした。

 

「持っている銃を捨てろ!」

 

サイトの叫びに、鉄騎隊(アイアンサイド)の隊員たちは互いに顔を見合わせた後、自らの隊長の顔を伺った。

 

デュライは小さく頷いて自らの風銃を捨てたのを見て、全員が銃を捨てる。それを見た他の兵士たちも次々に武器や杖を捨てた。

 

「さっすがサイトね!」

 

「相変わらず凄いわねぇ!」

 

ルイズとキュルケが喜んでいるのを見て、サイトが内心安堵していると、

 

「なぁサイト。お前、うかつにもほどがあんだろ」

 

急にそんなこと言い出したデュライをサイトが不思議に思った瞬間、乾いた音が周囲に響くと、サイトの左脚から激痛が走った。

 

激痛に耐えかねて地面に転がると、デュライは腰から新たな銃を取り出して、サイトに向けた。

 

「敵を無力化させるなら武器を捨てさせるだけじゃなく、両手をあげさせるべきだったな。次からは気をつけろよ小僧。もっとも、次があればの話だが」

 

その言葉で、突然の事態に理解がついていかず呆然としていたルイズとキュルケも、ようやく事態を飲み込めた。そしてルイズが怒りに任せて杖を向ける。

 

「よくもサイ……キャッ!」

 

連続して乾いた銃声が鳴り響き、ルイズが驚いて小さな悲鳴をあげた。音に驚いたわけではなく、耳の下あたりを小さななにかが勢いよく通り抜けていった不吉な風の感覚を感じたからだ。

 

恐る恐る自分の両耳を触ってみると、軽く血が出ているのに気づいた。デュライがルイズの両耳の耳たぶを掠めるよう狙って拳銃を二連射したのであった。

 

「抵抗をやめろッ! さもなくば今度はこの小僧の頭を吹っ飛ばしてやるぞ!」

 

地面でうずくまるサイトを足で踏みつけて固定し、銃口を頭に向けてそう叫ぶデュライに、ルイズは屈辱に体を震わせた。だがしかし故郷のことより自分のことを優先してくれた使い魔のためにルイズは杖を捨てた。

 

周りをみるとキュルケとタバサは自分よりはやく杖を捨てていたようだった。

 

「水メイジのやつは負傷兵を手当てしてやれ。それとこの小僧の傷もはやく治療してやらねば取り返しのつかねぇことになるな。まあ、どんだけあたりどころが悪かったとしても左脚を切断するだけで済むとは思うが……」

 

デュライの小さな声を運悪く聞き取ってしまったルイズは顔面蒼白にした倒れた。精神の負担が限界を超えたのであった。

 

 

 

しばらくしてルイズが気を取り戻した時、真っ先にサイトの姿が目に入った。

 

「サイト! 大丈夫なの!?」

 

ルイズの安否を尋ねる声に、サイトはかすかに微笑みながら頷いた。

 

「ああ。脚ならすぐ治療してくれたみたいだから、ほら」

 

軽く左脚を叩いて見せるのを見て、ルイズが半泣きしながらポカポカとサイトの胸を殴った。

 

「このバカッ! 本気で心配したんだから!!」

 

そう叫ぶルイズを見てキュルケはニマニマとした笑みを浮かべ、タバサは能面を浮かべる。

 

しかしその姿を見ていたのは彼女らだけではなかったので、その者達は目の前で繰り広げられる場違いなコントに怒りを覚え、ルイズに固く冷たいものを突きつけた。

 

「おい。貴様、多少のおしゃべりくらいなら許してやるが、密着するな。隠れて妙なことされてはかなわん」

 

苛立ちげにそう言う銃兵の存在に、ルイズは気づいた。いや、よく見ればルイズたち四人を監視する為だけに約二十人の銃兵がこちらに銃口を向けていた。

 

そしてようやく気絶する前の状況を思い出して、周囲を見回すと鉄の壁に囲まれていた。さっきから揺れているのを感じると、どうやら囚人護送用の鉄製馬車の中にいるらしい。

 

さらに両手首に手枷がはめられているのを見てルイズはようやく現状を明確に把握し、懐を探って杖が取り上げられていることにも気づくと苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「たった四人を監視するのに、アルビオンはここまでやるわけ?」

 

「なんとでも言え。だが、次に妙な動きをすれば容赦なく撃ち殺すぞ」

 

隊長格の人間がしかめっ面をしながらそう言うのを聞いて、ルイズは声を潜めた。

 

「捕まってるのはわたしたちだけ?」

 

「そう。……って言いたいところなんだけど、どうやら別動隊がいたみたいでね。ギーシュたちも捕まったみたいだわ。もちろんさっきの村の皆もよ」

 

「……タバサ、シルフィードは? ここにはいないみたいだけど」

 

するとタバサは黙って天井を指さした。それでルイズは少し元気が出た。

 

「上?」

 

「そう。弱っていたところを十数人のメイジの”魔法のロープ”で巻き付けられて上に乗せられてる」

 

沸いた元気が一気になくなった。上を指さしたのだから、ルイズはシルフィードが空を舞って自分たちを助ける機会を伺っているのではないかと思ってしまったのだ。

 

なのに現実は馬車の上に巻き付けられていて自分たちと同じ囚われの身とは、落ち込みたくもなった。

 

しばらく沈黙が場所の中を包んでいると、場所の揺れが止まった。

 

監視していた銃兵の一人が馬車の小窓を開け、外と何か会話していると、隊長格の人間に向かって頷いた。

 

「全員降りろ!」

 

そう促されて場所から降りると、そこは石造りの街だったが、人の気配は一切なく、いたるところにコケが生えたり建物の一部が風化していたりする廃墟だった。

 

数十年前、もしくは数百年前はそれなりに栄えた地方都市だったのかもしれないが、戦争か亜人の襲撃に見舞われたかして、捨てられて忘れ去られた都市なのだろう。

 

その都市の広場まで連行されると、そこにはマルスやアルニカといった指揮官クラスの人間が集まっており、中心にいるデュライがうれしそうな笑みを浮かべていた。

 

「ようこそ異国の人たち。なんでこの国へやってきたのか教えてもらってもいいかな?」

 

「あんたたちみたいな下っ端に教えたりなんかしないわよ!!」

 

気高くそう宣言するルイズに、デュライはまぶしいものを見たかのように目を細めた。

 

そしてそのままサイト、タバサ、キュルケと視線を移したが、皆意志の固そうな目をしているのを見て、デュライはため息をついた。

 

「フロイライン。その気高さが地獄への片道切符にならないことを祈るがいい」

 

得体のしれない、底冷えするような冷たい目をしながらそう言うデュライに、ルイズの体は寒気に貫かれたが、努めてそれを表にださないよう努力した。

 

だがそんな擬態は容易く見抜かれたらしく、デュライは意地の悪い笑みを浮かべて丁度いい高さの瓦礫に腰を下ろし、葉巻たばこを取り出して火をつける。

 

しばらくたばこから出る煙だけが時間の経過を示していた。

 

「わたしたちをこれからどうするつもりなのかしら?」

 

意を決したキュルケがそう問いかけるが、デュライは面白そうな表情を浮かべながら。

 

「どうもしねぇさ。俺たちの任務はお前らの戦闘能力を奪った上でロンディニウムに送り届けること。そのあとどうなるかは王室の意向次第さ」

 

キュルケたちは驚いた。アルビオンはガリアの要請で動いていると思っていたので、すぐに身柄をガリアへ引き渡されると予想していたのだ。

 

だが、少なくともひとまずは、アルビオンの王都へ移送するという。

 

「ねぇ。これってどういうことだと思う?」

 

「わからない。でもアルビオンはアルビオンの思惑で動いているということだと思う」

 

「ということはガリアとアルビオンは協力関係じゃねぇってことか?」

 

「そうとも言い切れない。ただ少なくともガリアの要請通りに従う気はないらしい」

 

わずかに希望の目がでてきたところで、マルスが告げた。

 

「どうやら別動隊も来たようです」

 

サイトたちの時と同様に数十の銃兵に囲まれながらギーシュと孤児たちが広場に向かって歩いてくる。

 

彼らの表情は囚われの身であることを考えても、真っ青すぎたのでマルスは首を傾げた。

 

「大丈夫か、ギーシュ?」

 

サイトの側からしてもそう見えたらしく、心配そうな声でそう問う。

 

するとギーシュは涙目になりながら

 

「ティファニアが、ティファニアがー!」

 

「お、落ち着けギーシュ! ティファニアがどうし……」

 

混乱しているギーシュを落ち着かせようとしたが、列から少し離れたところにメイジたちの”レビテーション”で運ばれてくる血だらけのティファニアの姿があるのを見て全てを悟り、サイトはデュライたちに怒りの視線を向けた。

 

だが、とうのデュライたちも予想外のことに唖然としており、ついで激しい怒りの色を表情に浮かべるとデュライはギーシュを捕まえた別働隊の隊長の顔を殴り飛ばした。

 

「これはどういうことだ?! 戦闘中に死んだならばともかくとして、捕虜が傷を負っているなら治療して連行してくるようちゃんと命令していただろうが。これは命令違反だ。銃殺も覚悟の上だろうなぁ!」

 

ほとんど激情に任せてデュライはホルスターから拳銃を抜き放ち、倒れ込んだ別働隊の隊長の頭に突きつけた。

 

「待ってください! あいつはエルフなのです!」

 

別働隊隊長の叫びに、周りの顔色が変わった。

 

「……エルフ?」

 

誰かが漏らしたつぶやきが妙に響くと、別働隊隊長が自己弁護のためにエルフの邪悪さを捲し立てたが、聞いていてデュライはわずらしくなってきたので喋り続ける別働隊隊長の脇を狙って発砲した。

 

別働隊隊長は驚いて体を震わせて縮こまり、エルフの邪悪さを語るのをやめた。自分の上司の苛立ちを買っていただけだとようやく気づいたのであった。

 

「お前の宗教観念なんざ興味がない。どういう経緯であのエルフのお嬢さんはあんな状態になったのか順をおって話せ」

 

そう言われて別働隊隊長はようやく成り行きを語り始めた。

 

別働隊は大した抵抗もなくギーシュとウエストウッドの孤児たちを捕まえることに成功した。ギーシュが孤児たちを孤児たちを守りながら五十近い完全武装の兵士の部隊を相手にするという愚を犯さず、さっさと降伏したからであった。

 

それに対して別働隊隊長は寛大に態度でこたえ、身体検査を受け入れてさえくれれば手荒な真似はしないと約束した。この時はそれを守るつもりだったのである。そして銃兵たちにギーシュや孤児たちの身体検査をさせたのだった。

 

だが、ティファニアの身体検査をしている時に問題が発生した。銃兵はなんの悪気もなくティファニアが被っていた大きな帽子を外して、その下に隠れていた長い耳を見てしまったのだ。長い耳とはすなわちエルフの証である。

 

ハルケギニアの民にとって絶対の恐怖の象徴が目の前にいることで恐怖心に駆られた銃兵はティファニアをマスケットで乱打した。周りの兵士は急に狂乱した同僚を止めたが、狂乱する同僚の言い分を聞いてティファニアのエルフの耳を確認するとその同僚と一緒になってティファニアに暴行を加えた。

 

その光景に気づいた別働隊隊長が暴行を強引にやめさせ、水メイジたちにティファニアを治療するよう命じたが、エルフに対する恐怖から全員が命令を拒否した。

 

逆の立場なら自分だって拒否するだろうと思う別働隊隊長は無理強いすることはなかった。エルフというのは杖なしでメイジを圧倒する強力な魔法が使える悪魔なのである。傷だらけで行動できない方が安心できるという意見を退ける理由が別動隊隊長にはなかったのだ。

 

しかしそうなるとティファニアを治療する方法がないので、仕方なくそのまま囚人護送用の馬車に放り込んでここまで運んできたのだという。

 

説明を聞いてサイトは胸糞悪い気分を味わっていたが、それは価値観が違うのだ。エルフとはハルケギニアでは絶対悪なのである。むしろこの程度ですませたことは別働隊隊長の寛大さを示しているとさえ言って良い。

 

「それでも、命令に背いた罰を受ける覚悟あるんだよな。無理強いでもして治療させればよかったんだから」

 

マルスが無表情で杖を別働隊隊長に向けたが、デュライが手で制した。

 

「いや、そういうことなら俺の命令が悪かったな。捕まえた相手にエルフがいた場合の指示を別にだしておくべきだった」

 

「百人長がそういうなら」

 

マルスが引き下がったのを見て、デュライは今一度、ティファニアの姿を見た。

 

数カ月前にウエストウッド村で元気だったティファニアを知っている分余計痛ましく思えた。

 

「ティファニアを、そこのエルフを治療してやれ」

 

「わかった」

 

駆けていくアルニカを見て、他の指揮官たちが「危険だ!」「先住の魔法を使われたらどうするつもりだ!」と喚いたが、デュライが平然とした顔で、

 

「あのエルフの監視が俺がする。それでも文句があるのか」

 

そう言われると全員が口を噤んだ。




正直、ハルケギニアの価値観じゃ無抵抗なエルフでもいるだけで殺される理由になると思うの。
そう考えたら、会ったのが彼らでむしろ良かったということに。ほんと中世の価値観の人間って奴は……(近代人でもやる時はやるとかいうツッコミはなしで)

>耳たぶを掠めるよう狙って拳銃を二連射したのであった。
つまりデュライの射撃の腕前はラピュタのムスカ大佐と同レベル。

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もしかして?

廃墟で一夜明かした騎馬と護送馬車の一団は、再びロンディニウムへ向かって進んでいた。

 

その中のひとつの囚人護送用の馬車には、傷を治したが未だに意識が回復しないティファニアが馬車の腰掛に寝転がせており、その面倒をみているアルニカと意識を取り戻したら彼女を監視するデュライが同乗している。

 

それ以外のアルビオン側の人間はいない。意識が回復するかもしれないエルフと同乗したがる者がほとんどおらず、乗ってもいいというのは指揮官クラスばかりだったので監視要員は彼だけだったのだが、デュライはエルフとはいえ小娘一人にあそこまで狼狽した大多数の味方に不甲斐なさを感じずにはいられなかった。

 

だが、ロンディニウムまではまだ時間がある。なのでさっきから睨みつけてくる二人の少年少女に向き直って暇つぶしに尋問してみることにした。

 

「数ヶ月ぶりだな。しっかし、どうしてお前らは俺の仕事の案件に絡んでくるんだ」

 

どこか呆れたようにそう言われて、サイトとルイズはキッと睨みつけた。彼らはティファニアが傷だらけにされているのを見て激しく怒り、しつこく同じ馬車に乗ると要求してきたので、辟易したデュライが認めたのである。

 

「別に絡みたくて絡んでるわけじゃねぇ」

 

「前回はともかく、今回は確信犯じゃねぇか。ガリアの犯罪者と行動を一緒にしてるなんて、どういう了見だ? それともあのタバサとかいう小娘はトリステイン王家の押印付き旅券を持ってたから実はトリステインの暗部の一員とかなんかで、合同任務中だったりするわけか?」

 

この問いにルイズは内心驚いた。てっきりデュライはタバサが、ジョゼフに暗殺されたオルレアン公の忘れ形見であるシャルロット姫であるということを知っていると思っていたのである。

 

その予想に反して、デュライはそんなことはまったく知らない。彼が受けた命令はガリアから逃亡してきた犯罪者が国内に潜伏しているので、ガリアの工作員が犯罪者の始末に失敗したら、その犯罪者及びその協力者と疑わしき者をまとめて逮捕してロンディニウムまで連行してこいというものでしかない。

 

ガリアと秘密裏に協定を結び、ガリアが排除しようとしている犯罪者をアルビオンは生かして捕らえようととしていることから、タバサにはそうするだけの価値があるのだろうということくらいは察していたが、そこまでで、タバサの素性までは察していなかった。

 

「あいつはそんなんじゃねぇよ」

 

「あいつの身のこなし方は暗部の人間のそれによく似ているからそうじゃねぇかとあたりをつけたが違うのか。 ただガリアから犯罪者認定されている奴を捕まえるのに、わざわざ俺たちを駆り出してまで内密に捕まえようと上の方々が思っていて、しかもそいつがトリステイン王室の押印付き旅券を持っているときた。どう考えてもただ者じゃねぇのは間違いないな」

 

「タバサは悪い奴じゃないぞ」

 

「悪い奴かどうかなんてどうでもいいんだよ。要点は俺たちにとって、敵かどうかなのだ。そしてどんな素晴らしい善人だろうが、俺たちの敵ならば撃ち殺すべき対象に過ぎん」

 

「ずいぶんな物言いね。善人でも敵なら撃ち殺すなんて、ゲルマニアより野蛮だわ」

 

ルイズの怒りの言葉を、デュライは小馬鹿して笑い飛ばした。

 

「ゲルマニアより野蛮ときたか。仮にそうだとして、このハルケギニアではエルフはそれ以上に野蛮で邪悪な種族とされているそうだから、そんなエルフと一緒に行動しているどこぞの水の国の一行よりかは、紳士的だと思うんだがな」

 

デュライの辛辣な皮肉にルイズは歯噛みした。たしかにハルケギニアの一般的な認識からすると、エルフは始祖が降臨せし聖地を不当に占領している野蛮な種族であったし、それを否定することはまっとうな信仰心があるブリミル教徒には到底不可能なことであった。

 

しかし現代日本人たるサイトにはそんなことに頓着しない。会ったことがある純正のエルフがアーハンブラで戦ったビダーシャルしかいないので、傲慢かもしれないけど野蛮ではないだろうと思っていたのである。

 

「ティファニアと一緒にいてなんで野蛮扱いされなきゃいけないんだ? おまえだってウエストウッドじゃティファニアと普通に接してたじゃねぇか」

 

「たしかに。だが、常識をわきまえない奴は異端視されるものだ。そしてエルフが野蛮というのはハルケギニアの常識だ」

 

「ってことはおまえはティファニアを悪い奴とは思っていないなんだな?」

 

「もしエルフってだけで危険と判断してるなら、あの場で治療するよう命令すると思うのか?」

 

肩をすくめるデュライにサイトは安堵のため息をついた。とりあえずデュライのところにいる間はティファニアは大丈夫ということだろう。

 

「ロンディニウムでもオレたちの監視はおまえがするのか?」

 

「さぁな? 俺の任務はガリアの犯罪者の連行だったからな。ロンディニウムで引き継ぎをしたら別の任務が与えられるのかもしれんし、そのままこの一件が終わるまでお前らの監視を続けることになるのかもしれん」

 

「もし引き継ぐならだれに?」

 

その問いにデュライは腕を交差して組んだ。

 

「そうだなぁ。かなり機密度の高い秘密任務だったからな。我らが総帥閣下や太っちょ宰相閣下がお前らの身柄を預かることになるか。いや、エルフなんてとんでもない要素まで絡んできたから陛下自ら処理なさるのかもしれん」

 

デュライはアルビオンの重鎮クラス以外がこの一件を処理できないものであることを察していた。ガリアの犯罪者を秘密裏に捕らえよという命令の時点できな臭い匂いがしていたのに、追加でトリステインの近衛隊長ギーシュと副隊長である英雄サイト、”虚無”の担い手であり女王直属の女官である名門ヴァリエール家の令嬢にガルマニアの武門ツェルプストー家の令嬢、トドメとばかりにエルフという爆弾まで捕らえてしまったのだ。

 

こんな他国の重要人物やらなんやらが大量に絡んだ問題の解決を部下に任せるほどアルビオンの上層部は腐敗していない。となれば、アルビオンの王であるエドムンド自らが出てきてもなんの不思議でもないと思うのもある意味当然といえた。

 

「この子、目を覚ましたみたいだよ」

 

ずっと会話に参加せず、ティファニアの様子を見ていたアルニカの報告を聞くや否や、デュライは懐から黒光りする馴染みの拳銃を取り出したので、サイトとルイズは慌てた。

 

「ちょっと! なんで気を取り戻したばかりの相手に銃を向けるのよ!!」

 

「ハルケギニアに来るとき、エルフにはひどい目にあわされたからな。警戒するに越したことはない」

 

ルイズの批難の声を、デュライはそう言って軽く流してティファニアを見やったが、まだうっすらとしか開眼しておらず、まだ寝ぼけているような表情をしていたので銃を向けはしなかった。

 

「ティファニア、大丈夫か?!」

 

サイトが心配そうなの叫びに、ティファニアはゆっくりと頷くことで答えた。まだ体中がだるくて喋ること自体が億劫だったので、そうやって返事することしかできなかったのだ。

 

だが、ルイズとサイトはそんなことに気づかずに声をかけ続けてくるので、ティファニアは無理をして声をだしたのだが、か細すぎてあまり聞こえず、申し訳なさで心の中がいっぱいだった。

 

流石に見かねたアルニカがその主従にそこのエルフは気を取り戻したばかりで会話する元気まで回復してないから、彼女の身を案じるならすこしは察しろと叱られてようやく黙った。

 

「でも、これでティファニアは元気になるんですか?」

 

サイトの疑い交じりの疑問に、アルニカは苦笑しながら答えた。

 

「あたしたちが疑わしいのはわかるけど、彼女ならもう大丈夫だよ。血を流しすぎたせいか脈が少し弱いのが心配だけど、それを除けばほとんど健康体よ。倦怠感がとれればすぐにでも喋れるようになるわ」

 

「なら、いいけど」

 

悪戯っ子を窘めるような口調で説明されたのでルイズは釈然としなかった。

 

だが、ティファニアの意識が回復したとことは二人にひとまずの安心を生み、現状を楽観的に見る余裕を持つことができた。

 

自分たちがいつまでも戻らなければ、姫様が心配して自分たちの行方を調査してくださるだろう。それでアルビオンに囚われていることを知れば、姫様がなんとかして助けてくださるかもしれないとルイズは思い始める始末だった。

 

だが、ルイズの楽観に基づく予測は残念ながら実現する可能性はゼロだった。というのも、その”姫様”は高度に政治的な理由によって自国を宰相のマザリーニ枢機卿に任せて、国を留守にしているからである。

 

そしてマザリーニならば、”虚無”のルイズと”英雄”のサイトを政治的・戦略的価値から取り戻そうとはするかもしれないが、その為とあればそれ以外を見捨てるくらいはやりかねない。

 

もっとも、この頃君主としての資質を急激に伸ばし始めたアンリエッタでもマザリーニと同じ決断を下す可能性もあるのだが……どちらにせよ無意味な仮定である。

 

そしてサイトはというと、デュライが持っている近視感を覚える銃に視線が釘付けになっていた。デュライもサイトの視線に気づいて訝し気な顔をして銃を向けた。

 

「珍しい銃とはいえ、そこまで熱心に見るようなもんじゃねぇだろう?」

 

「いや、その銃知ってるというか……」

 

世界中で人気がある日本の漫画の中でも、特に人気がある怪盗三世一行の漫画の主人公である大泥棒の三世が愛用している銃にそっくりであるようにサイトは思ったのだ。名前がワルサー……なんだっけ?

 

「ほう。じゃあこの銃の素晴らしい性能も当然知ってるんだろうな。言っておくがどんだけ金を積まれても絶対に譲らねぇぞ。こいつは親父の形見なんでな」

 

「……その親父さんってどこの国の人なんです?」

 

父親の形見という言葉に、サイトは若干バツの悪さを覚えたが、それでも尋ねずにはいられなかった。もしかしたら自分と同じ世界の出身者かもしれず、その情報は故郷に戻るための手がかりになるかもしれないからであった。

 

「グロースドイチェス」

 

「ぐろうすどいちぇす?」

 

「ああ。それが親父が騎士として仕えた国だ。八十で死んだ親父がまだ二十半ばくらいの頃に戦争で滅んだって聞いたから、だいたい六十年以上前の国だな。聞いたことあるか?」

 

()()()()()()()()()”とか聞いたこともない国名に、サイトは頭を抱えた。そんな名前の国聞いたことなかったのだ。サイトは歴史にあまり興味がなかったので、自分が産まれる前にあった国なんて、あのアメリカ合衆国と世界の覇権を争ってたとかいうソヴィエト連邦くらいしか知らない。なのでその国がはたして地球にあった国なのか、それともこの異世界の東方にあった国なのかすら判別がつかなかった。

 

そしてデュライが自分の父のことを騎士と認識しているので、東方にあった国の可能性の方が高いように思えた。地球で騎士がいつから過去の遺物になったのか知らないが、六十年より前であることは間違いない。サイトは期待が空振りしたことにため息をついた。

 

しかしルイズはサイトとは別の意味で衝撃を受けていた。デュライの容姿は三十代半ばくらいにしか見えないのだが、彼の父親の年齢から考えて五十代、下手したら六十代の可能性が高いと気づいたのである。自分の両親とさして変わらないかもしれないという現実をなかなか飲み込めなかった。

 

因みにデュライは父親が老いてから授かった子であるので、実際のところ四十代半ばである。

 

 

 

アルビオン王国、王都ロンディニウム、ハヴィランド宮殿、玉座の間。

 

エドムンドは玉座に座ってなんともいえない難しい顔をしながら、かれこれ数時間もの間手に取った杖剣を気分次第に操って、周囲に居並ぶ臣下たちの心胆を寒からしめていた。

 

玉座の周囲がピリピリしているように見えるのは、エドムンドが発する気難しい空気によって起きた錯覚によるものではなく、実際に小さな電撃が走る魔法をエドムンドが唱えているので、彼の周囲でパチパチっと音をたてて発光しているのである。

 

明らかに尋常ではない様子に居並ぶ臣下は例外なく冷や汗を流した。普段は表情が変わることがないユアンでさえ、どうしたこうなったという顔をしているほどである。彼と後ろで控えているエリザベートはこの状況を作り出した元凶みたいな存在なので、周りからの責めるような視線が痛くてたまらないのだ。

 

ヴァレリアは国王直属の女官であるのでエドムンドからの距離が近く、時たま聞こえる電撃の音に身を縮こまらせて父親に助けを求める視線を送っていたが、当のヨーク伯は止まることのない滝汗を流し、足元に汚い汗の湖を作らせるほど動揺しているので助けられる可能性は望み薄である。

 

ディッガーは主君を諫めるべきかどうか迷っていた。しかし今のエドムンドに話しかけること自体が、竜の尾をそうと知った上で踏むのと同レベルの覚悟が要求されているような重苦しい空気に押しつぶされ、戦場で見せる勇敢さを発揮できずにいた。

 

彼らの主君は武断的で荒々しい部分があるとはいえ、それでも冷静な思考を失わない主君であるはずだった。そんな主君が、こうもなにを考えているのかわからない顔をして奇妙な行動されると、その落差のぶん得体の知れない強烈な恐怖が臣下たちを襲うのであった。

 

「……………………………ヨハネぇ」

 

数時間の沈黙を破り、唐突にエドムンドが侍従武官長の名を呼んだ。それはどこか虚無的な響きがあって、臣下たちがどのような会話が繰り広げられるのかと、恐怖と興味半分の視線が王の隣に控え続けていたヨハネに集まる。

 

「……なんでしょうか」

 

昔もこんな状況に遭遇したことがあるヨハネとしては、その時みたいにまたろくでもないことを言い出さないかと不安だったが、呼びかけられた以上、無視するわけにはいかなかった。

 

「さっきの報告……お前も聞いてたよな?」

 

「はっ」

 

「ガリアの元公爵令嬢の身柄を抑えるように命じたデュライが、エルフの女を、それも十代の少女を見つけたんだってユアンがねぇ」

 

エドムンドはガリアの王弟シャルルの娘シャルロットの身柄を手にいれようとしていた。シャルロットというカードが手中にあれば、ジョゼフとの関係が悪化すればシャルロットを矢面に晒してガリアを混乱させるなり、イザベラが自分のとこに嫁いで来れば、イザベラのストレス発散用サンドバックとして与えるなり、いろいろ使い道があると考えてのことだった。

 

そしてデュライはその任務を見事に成功させたのだが、いろいろと面倒なオマケが大量についてきた。トリステインの手の者が一緒にいるかな程度にしか思っていなかったのにゲルマニアの辺境伯の娘が混ざってるし、トリステインの手の者にしても”虚無”のルイズと英雄サイト、ついでにその上官であるグラモン元帥の四男坊だ。

 

いったいトリステイン王室はなにを考えているのだろう。いったいどういう意図でそんな重要人物たちをこのアルビオンへ派遣したというのだろうか。”虚無”や”伝説の左手”という超戦力をこの国へ向ける価値があるとでもいうのだろうか?

 

そんなことを思いながらユアンの報告を聞いていたエドムンドだったが、十代半ばと思しきエルフの少女がいると聞いてそのような思考は吹っ飛んで、臣下達を怯えさせるような謎の行動を無意識にとりながら、複雑な感情の整理を先ほどまでやっていたのであった。

 

「なあ。俺の母上って死んだのいつだっけ?」

 

「……自分たちがまだ子供だった頃ですから、二十年くらい前ではありませんでしたか。大公妃が流行り病に倒れたのは」

 

脈絡のない問いにヨハネは困惑しながらも、自分たちが子供の頃に亡くなったエドムンドの母のことを思い出しながら答えた。

 

するとエドムンドは母譲りの緋色の瞳を暗くしながら、深いため息をついた。

 

「……計算があうな。あってしまうな」

 

エドムンドのつぶやきに、臣下達は怪訝な顔をする。

 

「……捕まえたというエルフの女。俺の腹違いの妹ではあるまいな?」

 

ぽつりとこぼれた小さな呟きは、玉座の間にいる者達を無形の大砲直撃したような気分にさせた。

 

しばしの沈黙があって、玉座の間に絶叫が響き渡る。どうしてそんな疑問が湧いて出てきたのか彼らには理解できなかったのだ。

 

「エドムンド様に仕えてもう二十年以上になりますが、あなたに妹がいるなど聞いたこともありませんぞ!」

 

「俺だって知らんよ。ただ父上が愛している女性を放って妾を作るような性格とは思えないからなぁ。母上が亡くなった後に妾を迎えたなら、年齢的にはおかしくないと思うのだ。まあ、エルフの寿命は人間なんかよりはるかに長いらしいから外見的年齢がどこまで参考になるかわからんし、そもそも人間とエルフの間に子どもなんかできるのかという疑問があるが、この国の辺境の村に潜んでたというのでは、状況的にそんな気がしてなぁ……」

 

ヨハネは思わず音を鳴らして生唾を飲み込んだ。考えすぎだと言われればその通りだが、確かにそんな可能性もありうると思ってしまったので、狼狽したのである。もしそうなら、エルフの妹と会った時にエドムンドがどのような行動をとるのかサッパリわからないのだ。

 

「ガリアのビダーシャルみたいに、エルフの国の間者って可能性はないのかしら?」

 

若干焦った声でエリザベートが問う。普段エリザベートに対して害意を示すヨーク伯やディッガーも特に異論をはさまずに、激しく頷いて同意を示す。

 

だが、どす黒い影を帯びた血のように紅い瞳を向けられると、エリザベートは恐怖から思わず後退したい気持ちに襲われた。

 

「それはなかろう。どこか大きな都市に潜んでいたというならまだしも辺境の村、それも王国の記録にすら載ってない辺鄙な村に潜んでいたやつだぞ。そんなところに何年も潜んで、エルフの連中にいったいどういう利益があるというのだ?」

 

エドムンドの問いに答えられるものは誰一人いなかった。

 

「ヨーク伯、すまんが数日国政を任す。この一件片付けぬことには政務に集中できそうにないのでな」

 

「わかりました。重要案件以外はすべて私の一存で処理しましょう」

 

「うむ。頼んだ」

 

エドムンドはそれだけ言うと玉座から立ち上がり、なにかに引きずられるような足取りで私室へと向かった。




>太っちょ宰相閣下
ヨーク伯爵のこと。
”白いオーク”、”脂豚”に続き三つ目の異名である。

>怪盗三世一行の漫画の主人公
無論、ルパン三世のこと。

>名前がワルサー……なんだっけ?
ワルサーP38。世界最高級クラスの自動拳銃。

>グロースドイチェス
正式国名はドイチェスライヒ。ドゥリテライヒとも言われることがある。
”虚無”の翻訳機能は固有名詞には聞かなかった模様。この国の騎士だったってことはつまりそういうことである。


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兄妹

か~~~なり難産。


デュライ率いる護送馬車の一団は、サイトたちの捕獲からちょうど一日後にロンディニウムは、ハヴィランド宮殿の城門前に到着した。ティファニアを乗せている護送馬車に監視要員として一緒に乗っているデュライにかわって、騎馬部隊の指揮をとっていたマルスが、門番に説明をつける。

 

しばらくして事情を理解した門番たちが、上官の指示を受けてデュライたちの一行を宮殿内の中庭――ちょうど建物が入り組んでいて外からは見えにくい死角にある――へ案内した。

 

そこで待っていた人物を見てマルスは慌てて馬から降り、多くの兵士を従えている赤髪の騎士に向かって敬礼した。

 

「デヴルー殿。私はサウスゴータ地方警邏隊長マルス・オブ・バーノンです! 勅命に従い、蒼髪の犯罪者とその同行者をひっ捕らえて参りました!」

 

「御苦労だった。陛下もバーノン卿の活躍を喜んでいるだろう」

 

「なんと有り難きお言葉!」

 

感極まって今にも泣きだしそうな顔をするマルスに、ヨハネはやや引いた。

 

「と、ところでこの任務の責任者の姿が見えんがデュライ百人長はどこだ?」

 

「百人長でしたら、エルフの娘の監視を自ら行っておりますので、あの馬車の中です」

 

マルスが指さした馬車を確認するとヨハネは杖剣を抜いた。それに追従する様に彼の後ろに整列していた兵士の内メイジは杖を抜き、メイジではない兵士の半分は銃を構え、もう半分は持っていた槍斧(ハルバード)を構える。

 

たった一人に対して過剰に警戒しすぎな気を感じないではなかったが、ヨハネには翼人などといった先住魔法を使う亜人と戦ってきた経験があった。だから先住魔法の使い手がどれだけ手強い存在かよく理解していた。

 

だからこそ、亜人の中でも一番先住魔法を使いこなすというエルフ相手に警戒をおこたる気にはなれんかった。通説によればエルフというのはメイジの戦士が十人分の力を持っていると聞くし、いくら警戒しても警戒しすぎということはないと判断していたのである。

 

しかし馬車を開けて出てきたエルフがデュライに拳銃を突きつけられ、涙目になりながら震えていたので、ヨハネはやや拍子抜けした。

 

ヨハネは杖剣を収めることはなく、囚人たちを宮殿内の牢屋に連行した。牢屋といっても、宮殿にもとからあった客間の入り口に鉄格子をつけただけのものなので、宮殿の一室を丸ごと与えられたようなものであり、サイトたちを困惑させた。

 

牢屋の中でティファニアの顔を食い入るように見つめた後、ヨハネは部下を連れて牢屋を出て行った。

 

「こんな待遇にするってことは、アルビオンはタバサの素性に気づいてるって、ことよね」

 

「さあ、どうかしら。あたしたちの身分を知ってそうしてるだけかもしれないわよ」

 

ルイズとキュルケの推測のどちらもありえそうだと、タバサは思った。しかしどちらかというと自分の出生を知っている可能性の方が高そうだ。そうでないとヨルムンガンドを倒した後を見計らったように出てくることはないだろう。

 

ガリア王家とアルビオン王家が手を組んでいるなら今後の展開はかんたんに想像できる。自分たちの身柄はガリアに引き渡され、自分は王家の形式的な裁判にかけられて処刑され、自分以外のみんなも裁判にかけられるか、そうでなければトリステインに対する交渉材料として扱われる。それを想像してタバサは身震いした。

 

「でも貴賓用の牢屋ってことは、それほど悪い扱いを受けないんじゃないかなあ」

 

などとギーシュは言うが、すこし楽観的に過ぎるとタバサは思う。アルビオンとガリアがなんらかの対立を抱えているにしても、アルビオンがおとなしく自分たちをトリステインに送り返してくれる義理がアルビオンにあるとは思わない。

 

「いざという時どうすんだよ。デルフは取り上げられちまったし、みんなも杖を取り上げられたんだろ?」

 

サイトの言う通り、彼らは全員捕まった時に杖を取り上げられてしまっていた。

 

「ご、ごめんなさい。わたしのせいで」

 

「あなたのせいじゃない。たぶんわたしのせい。もっと慎重に行動すべきだった」

 

ティファニアが涙目になって謝るのを、それ以上の非を感じていたタバサが止める。

 

いまさらな話だが、どうしたこんな迂闊な真似をしでかしてしまったのだろうか? いつもならアルビオンに行く危険性なんて自分なら理解できたはずではないか。なのにどうして今回は深く考えずに来てしまったのだろう。

 

タバサは落ち着いて自分を見直したい気持ちに駆られたが、自分の世界に籠るのによく利用する読書本は全て取り上げられているし、もし取り上げられていなかったとしても杖がないのでは親友のキュルケの声を遮れないので、この牢屋内でそうするのは不可能だろう。

 

しばしなんとも言えない空気が蔓延していたが、しばらくして外が騒がしくなってきた。

 

「陛下! 落ち着きください!」

「そのような剣幕では……」

「ご乱心! ご乱心!」

 

「黙っておれ!!」

 

なんか想像と異なる騒がしさに、全員の神経が外から聞こえる声に向かう。

 

「へ、陛下。 いったいどうしたので……」

 

「とらえた囚人どもを尋問するのだ。バーノンよ。道をあけるがよい」

 

「わかりました。すぐに解錠します」

 

「ええい! まだるっこしいわ!!!」

 

紫色の巨大な電撃が牢屋の壁を貫いた。続いて突風がヒビの入った壁を木っ端微塵に吹き飛ばす。そこからアルビオン王エドムンドが狂気を感じさせる笑みを浮かべてサイトたちがいる牢屋へと入ってきた。

 

あまりに衝撃的な登場の仕方に、敵味方を問わず、彼以外の全員が何も言えずに圧倒された。

 

エドムンドはギロリと囚人たちの姿を見回し、目当ての人物が視界に入ると狂気的な笑みをさらにふかく浮かべて近寄った。

 

「貴様の父親の名はなんという?」

 

「え?」

 

「貴様の父親はモード大公か! どうだ?!」

 

今にも斬りかかりかねない剣幕でそう問われて、ティファニアは殆ど無意識に頷いた。それを見てエドムンドはわなわなと肩を震わせ、表情をさらに歪めさせる。

 

危険を感じてサイトとギーシュが止めようと駆け出した瞬間、彼らの天地がひっくり返った。

 

「へ?」

 

そのままサイトとギーシュは壁に激突して激痛に苛まれた。

 

「許せ。今貴様らのような輩の身を案じる余裕がないのだ。次は手加減できる自信がないゆえ覚悟しておけ」

 

その言葉を聞いた慌てたのは意外なことにアルビオン側の人間たちだった。彼らはここの囚人たちは政略的価値が極めて高いことを理解していた。だからこそ慎重な扱いが必要だということも。

 

だというのに自分たちの主君がこの有様では、貴重な囚人を勢いで殺しかねない。そう判断したヴァレリアが周辺の兵たちに囚人を拘束するよう命じ、ヨハネが即座に従って囚人の体を拘束し、他もそれに倣った。

 

「さて……、どうやって今まで生きてきたのか覚えているところから語ってもらおうか。言っておくが、嘘偽りなく語り、俺の質問には嘘偽りなく答えろ。もし嘘を言えば、そうだな……、ここにいる孤児どもはこいつの村のやつだったか。よし、そのたびに孤児をひとりずつゆっくりと時間をかけて痛めつけて殺してくれよう……」

 

「へ、陛下。落ち着きください!」

 

ヴァレリアがたしなめに入る。平均的ブリミル教徒である彼女の価値観からしてエルフは問答無用で悪であったのでティファニアを殺すというなら別に止めはしなかっただろう。

 

しかしながら、戦意がない上に怯えきっている少女に対して杖を突きつけて脅しの言葉を吐きながら尋問しているのは忠誠を捧げる君主として相応しい姿ではないと断言はできた。

 

「落ち着け? 俺は十分に落ち着いておるわ。どこを見て落ち着いていないなどと判断する?」

 

心底不思議そうな表情を浮かべながら、苛立ってる声でそう言ってくるので、ヴァレリアは叫んだ。

 

「どこをどう見ても落ち着いておられません! 周りのみんなだって先ほどから諌めているのに、一考だにしていないではないですか! そんならしくないことをしておられて、なぜそう言い切れるのです!?」

 

ヴァレリアの言葉に、エドムンドは思わず周囲を見やる。マルスを除き、部下の全員が頷いたのを見て、エドムンドも現実を認識せざるを得なかった。

 

ヨハネが例の囚人どもを貴賓用の牢屋にぶち込んだという報告を聞いて、ほぼ反射的に牢屋へ直行してきたのだが、思い返せば移動中ピーチクパーチクとわずらわしい囀り(さえず)が絶えなかかった気もする。

 

己の混乱ぶりをはっきりと認識したエドムンドは小さく「すまぬな」とだけつぶやき、近場のソファに腰を下ろした。

 

「ではミスに任せるぞ」

 

そう言って丸投げしたが、エドムンドが見る者に強いプレッシャーを与える真剣な表情をしながらティファニアを睨むことをやめず、ヴァレリアはため息を吐いた。

 

自分が抱いていたエドムンド像が崩れていくのを自覚しつつ、念のために袖に忍ばしてある杖の感覚を確かめた。幼いころからエルフの凶暴さを聞かされて育った彼女のエルフへの恐怖は、ティファニアの怯えぶりのおかげでかなり警戒感が薄れたとはいえ、完全に払しょくできる類のものではなかった。

 

「初めまして。私はヴァレリア・オブ・ヨークと言います。あなたは?」

 

エドムンドに殺気のこもった目で睨み付けられた恐怖が抜けきっていないティファニアだったが、それでもなんとか答えを返すことができた。

 

「……ティファニアです」

 

「そう。じゃあティファニアさんって呼ぶわね。ティファニアさんの両親はどんな人だったか教えてもらえる?」

 

「……良い人でした」

 

「……ごめんなさい。質問の仕方が悪かったわ。あなたたちの両親は互いにどんなふうに接していたのか。あなたには普段どのように接して、どんな言葉をかけてくれていたのか。そういったことを教えてほしいの。そうね、じゃあ両親は周りからなんて呼ばれていたのか教えてくれる?」

 

ティファニアの恐怖をほぐそうと、できるだけ優しい声で申し訳ない顔でヴァレリアは問うた。

 

その成果かどうか不明だが、ティファニアはやや持ち直したらしい。

 

「父さんは大公様か、財務監督官様と呼ばれていて、母さんはエルフのお妾さんって呼ばれてました。父さんはシャジャルって名前で呼んでいました」

 

「シャジャルってエルフの女とどうしてそんな関係になっていたの? モード大公は敬虔なブリミル教徒だったわ。始祖を悪魔と呼ぶ異教の女を妾にするとは思えないのだけど」

 

「母がどうしてアルビオンに来たのかは聞かされていないから知らない。どうして父さんの妾になったのかも知りません。でも母は毎日始祖に祈りを捧げていましたし、ちゃんと愛しあっていたわ」

 

「エルフなのに? ってごめんなさいね。べつにあなたの母親を悪くいいたいわけじゃないの。ただ……その、ね?」

 

思わずヴァレリアは疑わしい顔をしたが、すぐにハッとして表情を取り繕った。

 

「気にしなくていいです、エルフがハルケギニアの人たちにどう見られているのかは知ってますから」

 

「ありがと。それであなたは物心ついた時からずっとウエストウッド村で生活していたの?」

 

「いえ、五年前までは父さんの別荘の屋敷で母と一緒に暮らしていました」

 

「どこの別荘?」

 

「……ごめんなさい。外にはでれなかったからどこにあった屋敷なのかわかりません」

 

「ってことはあなたはずっと屋敷の中で暮らしていたの?」

 

こくりと頷くティファニア。

 

「……寂しくはなかったの?」

 

「母さんがいつも一緒にいてくれたし、屋敷の人たちも優しくしてくれました。それにたまに父さんも来てくれるので寂しくはなかったです。外に出たいという気持ちはあったけど、父さんが外は危ないといって認めてくれなかったわ」

 

「ということは、屋敷で軟禁状態だったということね」

 

「はい。でも五年前の冬にそれが終わりました。屋敷にやってきた父さんが真っ青な顔をして兄さんにあたしたちのことがバレたと、話し合ってなんとか理解してもらうつもりだと言って王城に向かった数日後に王立騎士団が屋敷やってきました。母は私をクローゼットに隠すとやってきた騎士たちにエルフは争いを好まないと言ったけど……」

 

その当時のことを思い出してティファニアは震えた。その時、クローゼットの隙間から見た、なんの抵抗もしなかった母が騎士たちの魔法の雨を浴びて殺された光景を思い出したのだ。

 

その様子を見て、ヴァレリアもそのあと何があったのか十分に察せられた。

 

「それでシャジャルさんが死んだあと、あなたはどうやって助かったの?」

 

素直に答えようとする刹那、ティファニアは言いとどまった。自分の力のことを言いてしまっていいのだろうか。サイトの剣のデルフリンガーが自分の力の影響力の強さについて語っていたことを思いだしたのだ。

 

しかし急に質問に答えなくなったからヴァレリアを含め、周囲がいぶかしげな視線を向けてきたので黙り続けるわけにはいかず、その部分は飛ばして続けることにした。

 

「母を殺した騎士たちはそのまま屋敷の奥へ走って消えて行きました。ときどき悲鳴が聞こえたから、たぶん屋敷の人たちを殺して回っていたんだと思います」

 

当時の国王ジェームズは、弟がエルフの女と情を通じていたというスキャンダルを完全に抹消する決断をしていた。その意を受けていた騎士たちがその真実を知っている者が生きながらえるなど許すわけがなく、彼らはその屋敷で働いていた者はエルフの妾の存在を知っていたかどうかわからない庭師や小間使いも、知っているかもしれないという理由で一方的に虐殺してまわり、徹底的に口を封じたのであった。

 

当時のことを知識として知っているヴァレリアもこれには絶句した。そしてティファニアが言い淀んだのも自分たちのせい起きた惨劇を思い出した衝撃のせいなのだろうと好意的な誤解をしたことは、嘘をつくのが苦手なティファニアにとって幸運だった。

 

「一人の騎士がクローゼットを開けて、中にいたわたしを殺そうとしましたが、姉さんがその騎士を気絶させて助けてくれました」

 

「姉さんって、モード大公とシャジャルの子どもがあなた以外にいるの?」

 

「自分と仲が良かった人です」

 

「その人の名前はなんていうの?」

 

その問いに返すことにためらうティファニア。

 

これにもヴァレリアは目の前のハーフエルフが姉さんと呼ぶほど慕っている誰かが、エルフの自分を助けるべく動いていたと言ったら、姉さんに迷惑がかかると思っているのかしら、健気ね。とこれまた好意的な解釈をした。

 

悲惨な生い立ちを聞いたおかげか、エルフ全体はともかくとしてティファニアに対する認識は急激に良くなっているようである。

 

「んー。その姉さんってマチルダとかいう奴のことじゃねぇか?」

 

口を挟んできたデュライにヴァレリアは向き直る。

 

「前に総帥にあった時にティファニアが言っていたよ。マチルダ姉さんとかいうやつが村を運営するためのお金を仕送りしてくれているって。なあ?」

 

「は、はい」

 

「そのマチルダというのは何者なのですか」

 

「ええと、父さんに仕えていた貴族の娘さん、です」

 

ティファニアの発言に、ヨハネが気まずそうな表情を浮かべた。幼少時からエドムンドに仕えていた立場上、その”マチルダ”なる人物に心当たりがありすぎた。

 

こっそりと主君の顔を伺い、安堵のため息をついた。ティファニアのあまり幸福と言えない人生を聞いたからか、狂気染みた目の光は消え、いつもの理知的な光が戻ってきている。

 

エドムンドはゆっくりと腰をあげると、先ほどと比べるとかなりマシな目つきをしたが、ティファニアはほぼ反射的に身を縮こまらせた。

 

「そのマチルダとは、侯爵令嬢だったマチルダ・オブ・サウスゴータのことか」

 

「姉さんを知ってるの?」

 

「知っているとも。まあ、俺は武人の道を志向していたのでマチルダとはあまり親しくはなかったし、五年前の事件から一年ほど前に戦場で再会するまで生き残っていることすら知らなかったがな」

 

そう言って目を細めるエドムンドに、ティファニアはやや驚いたように声をかけてきた。

 

「姉さんが戦場にいたんですか?!」

 

「ああ。俺の臣下になる気はないかと勧誘してみたが、別の人ができてるみたいでフラれてしまったがな」

 

そう言ってニヒルに笑ってみせるエドムンド。

 

「で、でも姉さんはトレジャーハンターなのに、どうして戦場なんかにいたの?!」

 

予想外の言葉にエドムンド以下、数名が絶句し、サイトたちが少し青い顔をした。

 

マチルダの正体が、”土くれのフーケ”の異名で有名な盗賊であるなどとティファニアに教えるわけにはいかず、とっさにサイトが誤魔化したさいに出た言葉であった。

 

戦時中にアルビオン兵に詰問された際の答え含め、サイトは咄嗟のごまかしスキルが酷いのであった。

 

「……マチルダはトレジャーハンターだったのか? いや、ある意味間違っておらぬのかもしれぬが……」

 

そんなことを知らないエドムンドは財宝(トレジャー)手に入れて(ハント)いるのは間違いないのでトレジャーハンターで間違ってはいないのかもしれないなどと素朴に考える。

 

その獲物である財宝がトリステイン貴族の財産で、手に入れる手法が盗みであるとしても、本質的な意味でトレジャーハンターという言葉を使ってもあってはいるだろう。

 

しかしティファニアの純粋に不安そうな表情をみるに、なんかどうも夢想的な冒険家みたいななにかと思い込んでいるようである。ティファニアの生い立ちを聞く限り、このハーフエルフがある種の箱入り娘であるのは間違いないから、マチルダが刺激が強すぎるとオブラートに包んだのかも知れないと推測した。

 

「”レコン・キスタ”なる共和主義者どもが蜂起してから今年の初めまで、この国は内乱中だったからな。戦争の混乱の中、一時的に軍に身を置くことになったのだろう」

 

マチルダは優秀なメイジだからなと続けて呟くと、エドムンドはおもむろにティファニアに近づき、その頬に右手を添えた。

 

品定めするかのような視線にティファニアは怯えたが、エドムンドは目の前の少女をどのように扱うべきか少し迷っていた。もし今この少女に触れている手を喉にやって力を籠めれば、数秒とせぬうちに喉を潰して確実に殺すことができるだろう。

 

しかしそのような気持ちがあまり沸き上がってこないことにエドムンドはやや戸惑い、そして弱々しいながらもずと自分を見つめている彼女の碧眼を眺めた。

 

「……きみは俺と真逆で、瞳の部分だけ父上に似たのだな」

 

その青い瞳は、エドムンドにとってよく見た瞳であった。

 

英雄譚に夢中になった末に自らも英雄たらんと武人を志した少年時代のエドムンドは、温厚な性格であるモード大公とって文官の道に進んだ長男や次男と比較するまでもなく、やんちゃ坊主であり、よく過激なことを言い出す三男を幾度となく窘めたものである。

 

無論、エドムンドも幼いなりに自分の理屈を父に認めてもらおうと必死で弁舌をふるって反論するのだが、モード大公はエドムンドを説教するときは決して声を荒げたりなどせず、声も表情もやわらかないながら、口から出る言葉はまったく優しくない鋭さをもってエドムンドの理屈の問題点を抉り出した。

 

当時のエドムンドは相手も同じくらい過熱しているなら、多少自己の矛盾を押し通してでも自分の非を認めようとはしなかったのだが、モード大公は真摯さはあるが、穏やかさを失うことはなかったので、エドムンドは自分だけ激しい口調で言い返せば逆に自分の大人気なさを露呈するだけだと自覚し、戦場においては優秀な武人であっても、論戦では父になんども敗北を積み重ねたのである。

 

いや、父だけではなく兄たちにも戦争狂にならないか心配だとよくぼやかれたいたのだったかとエドムンドは懐かしい記憶を思い出し、クスリと口元を歪める。この五年、一度として思い返すことなかった懐かしい記憶に、暖かい感情が胸奥から溢れてきたのである。

 

そして目の前の少女を殺す気も完全に失せた。ティファニアが語った身の上話ですでにかなり揺らいではいたのだが、こんな気持ちになっている状態で目の前の少女の首を刎ねたところでジェームズに地獄を見せたときのようにスッキリすることはなく、むしろ後味の悪い最悪の気分になるだけであろうと思ったからである。

 

「身内なぞ、ジェームズのようなろくでなしを除いて、五年前に全員死んだものとばかり思っておったが、まだ生きていてくれた者もおったのだな……」

 

「……え?」

 

「そういえばいつの頃だったか忘れたが、父上に問われたことがあったな。妹が欲しいと思ったことはないか、と。やんちゃだった俺は深窓の令嬢よりは、ともに戦場を駆け回れる弟が欲しいと言ったら、父上は少し困った顔をしていたな。もしやすればあの時、弟ではなく、妹が欲しいと言っておれば父上はきみのことを教えてくださったのだろうか」

 

そう言ってなんとなしにティファニアの頭を撫で、そして人の頭を撫でるという行為をした記憶がいままでなかったことに気づき、力加減ってこれくらいでよいのだろうかと妙にズレた思考をした。

 

だが、ティファニアとしては純粋に嬉しかった。かなり迂遠な言い方であったが、それは自分を妹だと言ってくれたからであった。

 

「で、でもわたしはハーフだし……」

 

それでも自分の事をエルフと人間のどちらでもない半端者だと思っているティファニアは気まずそうに呟いた。

 

しかし、それにエドムンドはやや反感を抱いたようであった。軽くため息を吐くと、諭すように語りだした。

 

「お前の母は毎日始祖に祈りを捧げていたといったな。それはきみもか?」

 

「え、ええ」

 

「なら聖書を読んだことはあるか」

 

「ちゃ、ちゃんと読んだことはないけど母が読み聞かせてくれました」

 

「なら知っておるだろうが、この世界を、ハルケギニアに限らずあまねく場所、果ては天に燦然と輝く太陽や夜空に煌く星々に至るまで。この世の万物を創造した存在こそが我らブリミル教徒が信仰する神だ。当然その世界に暮らす生物もすべて神の被造物であり、その生を謳歌できるという慈悲を受けた身だ。つまりこの世のありとあらゆる生物は皆すべからく神の御子(おこ)なのだ。さて、念のために聞くがきみは生きているよな?」

 

エルフとて神の創造物のひとつに過ぎず、人間と大した差があるとは思えないという常識を根本から覆す宗教観をとくとくと語ってみせるエドムンド。聖職者どころか、宗教庁の語る教義を素朴に信じている一般人であれば、卒倒することまちがなしである。

 

なにが言いたいのかよくわからないまま、ティファニアは頷いた。

 

「ならきみも俺と同じく神の御子だ。なら出生などという自分を構成する一要素だけに囚われるな。加えて言うなら俺は父モード大公を尊敬している。お前の母親のことはなにも知らぬからなんとも言えぬが、モード大公の子であるならば胸を張って生きろ。でなくば、亡き父上の顔に泥を塗りたくっているように思えて不快極まりない」

 

辛辣な言葉だが、ティファニアが自分の事を卑下していることを敏感に感じ取ったエドムンドの配慮から出た言葉であった。

 

「ご、ごめんなさい」

 

ティファニアは羞恥で顔を赤くして謝った。そういうのをやめろと言っているのにとエドムンドは思ったが、それを口に出すことはなかった。こういうのは劇的な衝撃でも受けない限り、とにかく時間が必要であることを心得ていたからであった。

 

「謝るのはこちらの方だ。先の非礼を詫びさせてほしい。最初から脅すようなマネをしてしまって」

 

そう言ってエドムンドは深々と頭を下げた。どのような事情かちゃんと聞きだしてから処断を下すつもりであったのに、エルフが連行されたと聞いたとたんに憎悪がすべてを塗りつぶして感情的に行動してしまったことを今になって悔やんでいた。

 

……あるいは、自分自身が彼女を”悪”だと信じたかったのか。

 

復讐の味は甘美だが、彼女とてジェームズがおこなった粛正の被害者なのだから筋違いだし、殺した後に苦味を感じずにはいられないだろう。だからこそ無意識下でそうと知る前に殺してしまいたかったのかもしれないが……

 

「あなただってわたしたちのせいで苦しんだようなものじゃない。気にしないわ」

 

ティファニアの許しを得て、ろくでもない思考をエドムンドは振り払った。そんなことを考えるより、ティファニアと話し合いたい話題をすることの方が健全に思えたのだ。

 

「ありがとう。よかったら父上の、いや、きみの両親の話を聞かせてくれないか。私人としての父の姿を語りあえる者はずいぶんと減ってしまったからな……」

 

悲し気に微笑みながらそう言ってくるエドムンドに、ティファニアは望み通りの話を始めた。




サイトたちの影薄い……
ま、まあ、今回の主役はエドムンドとティファニア(ついでにヴァレリア)みたいなもんだし(言い訳)


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エドムンドの推測

腹違いの妹と思い出話を語り合った後、政務があると理由をつけてエドムンドは場を辞した。宮殿から出ることは認めないが客人としての扱いをすると言っておいたのでそれほど不満がでることはなかった。

 

とうぜんのことだが、先日から政務をヨーク伯に丸投げしているエドムンドである。政務云々は言い訳に過ぎず、考えを巡らせる時間が欲しかっただけの話ではあるのだが……

 

「説明して頂けると確信しているのですが」

 

「……」

 

「説明して頂けると確信しているのですが?」

 

充血させた目で言い募って来る重臣を前に、珍しく王座に座ったエドムンドが何も言い返せずにいるのであった。

 

「す、すまぬなグレシャム。あれは私もどうかしていた。いらぬ出費が必要になったことを詫びよう」

 

これまた珍しくエドムンドは全面的に自分の非を認め、そばに控えているヴァレリアがあきれたようにため息を吐いた。

 

私室で思考を巡らせていたエドムンドは、考え始めてすぐに財務卿トーマス・グレシャムが至急謁見を求めてきていると直属女官ヴァレリアから伝えられたのであった。

 

それにエドムンドは大規模な出費か収入があったかと考えた。即位直後の数週間に比べれば落ち着いてきているとはいえ、いまだに王権を強化するための国内貴族の粛正は継続中であり、それなりに規模の大きい貴族家なら討伐の為に莫大な出費や、粛正後に残った貴族財産という同じく莫大な収入が発生するのである。

 

だからそれ関連の話だろうなとあたりをつけて相対してみれば、グレシャムは怒り心頭の顔でどういうつもりだとと詰めよってきったのであった。

 

詳しく話を聞くと、「なぜ壁を壊した」ということであった。たしかにエドムンドは牢屋に行く時に精神によゆうがなかったせいか、ほぼ感情を爆発させるように牢屋化した宮殿の一室の壁を粉砕したのである。それも木っ端微塵に。

 

宮殿というのはただの壁でも豪奢な細工が施されているのが常であって、それらは職人の手によって作られたお金ではかれない価値をもっているし、牢屋として使っていたので脱獄防止用の魔法装置だって設置していた。

 

それらの被害総額と修理費用の合算は数百エキューはかかるだろう。もちろん国家運営全体から見ればささやかな金額ではあるが、こんなしょうもない理由の出費は、財務卿の職責にあるものとしてそう簡単に認めてたまるかというのがグレシャムの怒りの正体であった。

 

要するに、二度とこんなバカみたいなマネをするなと釘を刺されているわけである。

 

「なるほど。それでどうなされる」

 

「まさか放置しておくわけにもいかんだろう。自分で言うのもなんだが、王の癇癪によって宮殿の一角が粉砕された物証をいつまでも放置しておくわけにもいかぬしな」

 

「たしかにそうですな。ですが、そのための出費をどこから持ってくるのです?」

 

「……国庫から出すしかなかろう。貴族どもから搾り取った金がまだうなるほど会ったと思うのだが」

 

「今から数年税収がゼロであったとしても問題ないほどありますな」

 

「問題ないなら遠慮なく使おう。宮殿の一室の修繕など、そう金のかかることでもないからな」

 

「では、そこから出すとしましょう。しかし陛下。塵も積もれば山となるという言葉がありますように、このような事態が多発すれば”そう金のかかることでもない”と言えなくなる可能性もあります。財務卿の職責にある身としてはこのような問題が発生しないようにすると確約してほしいのですが」

 

「わかった。心に止めておこう」

 

「……確約、してほしいのですが」

 

”確約”という言葉を強調して繰り返すグレシャム。

 

「……ああ、わかった! 確約すればよいのだな!? なら王として確約してやる。二度とこんなあほらしい真似はせぬと!!」

 

羞恥心のあまり、ヤケクソ気味に確約したエドムンドの姿を見て、グレシャムは満足気味に一礼すると謁見の間から去った。

 

グレシャムが謁見の間から去ってしばらくすると、エドムンドは苛立ちのあまり叫んだ。

 

「あのような些末事でいちいち念押しされねばならんのか?! 王とは!!」

 

「王があのようなことを率先しておこなうようになれば、臣下が器物破損しても罪に問えなくなってしまいますわ。財務卿はそれを懸念して諫言したのではないでしょうか」

 

「んなことはわかっている! だが、たった一回だけでそんな愚王になりかねないと思われるほど、俺の評価は低いものであったのか……!!」

 

「……少し不敬かも発言かもしれないのですが、陛下はどこか子どもっぽいところがありますから、最初に強烈な釘を刺しておくのが効果的なのではないかと財務卿は考えたのではないでしょうか」

 

キッとヴァレリアを睨み付けたが、特に反論することはしなかった。どこか子どもっぽいという自覚がないわけではなかったからである。

 

しかし腹立たしいのでヴァレリアに向けて舌打ちしようとしたが、寸前でそれこそ子どもっぽいと思いなおしてやめた。

 

「まあいい。これ以上ややこしくせぬためにも壁破損の件は全面的に俺に非があったという宮内に知らしめておいた方がよいな。でなくばいまだに腹に一物抱えている貴族どもを筆頭にした連中がいらぬ探りをいれ、粛正すべき対象が増えすぎ、鉄騎隊の処理能力を超えるかもしれん」

 

「そのほうがよいと思いますわ」

 

探りを入れたら粛正と言う言葉に対し、ヴァレリアは特に反応を見せなかった。ガリアの王弟姫やトリステインの重要人物、なによりこの国の現王の腹違いの妹であるハーフエルフが虜囚としてこの宮殿に囚われているという情報がひろがることはなんとしても阻止しなくてはならないことであると認識していたからである。

 

「席を外した方がよろしいでしょうか」

 

「……うむ。いや、よい。そこに溜まっている雑務をこなしておいてくれ」

 

秘書の机にうすら高く積み上がった書類を指差しされたヴァレリアは少し顔を歪めるとそこに座って書類の整理をはじめた。

 

そしてエドムンドはグレシャムの訪問によって中断されていた思考を再開する。

 

(トリステインがどういう思惑で動いているのか考えねばな)

 

ウエストウッド村の村民を取り込もうとしたトリステインの謀略は、その工作員の人選からしてエドムンドにとっては謎だった。

 

とくに背景がないのであればトリステインが、子どもの悪戯であると苦しい言い逃れができるからと考られなくもないが、ギーシュ、サイト、ルイズの三名が参加している時点で無理だろう。いかに学生とはいえ、ギーシュとサイトは近衛隊の隊長と副隊長を務める身であるし、ルイズは女王直属の女官。言い逃れ不可能だ。

 

サイトとルイズはティファニアと面識があったらしいからリスク度外視で事の迅速な成就に重点を置いたとも考えられなくもないが、それならその2人以外の人員は余計である。ギリギリ納得できる範囲としてもギーシュが隊長としてのメンツにこだわって参加したと想像するのが限度だ。

 

ツェルプストー辺境伯の娘キュルケがいたのは、いざとなったら同盟国のゲルマニアを巻き込む算段でもあったのだろうか? しかし諸国会議でのアルブレヒト三世の印象から察するに、ゲルマニアにとって理も利もない他国の謀略に巻き込まれた一辺境伯の娘なんか笑いながら捨てると思うが……

 

なにより不可解なのはタバサとかいう偽名で参加しているシャルロットだろう。どう考えてもガリアの王弟姫を囲っている秘密はトリステインが総力をあげて秘匿べき事柄のはず。なぜにこんな工作に関与させているのか。ウエストウッド村がサウスゴータ地方の辺境にあるのだからガリア側の人間にでも見つかったらどうする気だったのか。

 

理解に苦しむ人選をいったん棚上げして、なぜそんな工作をおこなったのか、という点もかなり苦悩する。

 

ティファニアが自分の異母妹であることは七万の敵に突貫しほぼ死にかけのサイトをティファニアが救ったという経緯からトリステイン側は把握していたようだから、アルビオンに対する最強の外交カードたりうる存在を手中に収めるというのが一番納得のいく材料だ。

 

しかし……ならなぜ”今”なのか。帰還したサイトから報告を受けたトリステインは二月ほど前には知っていたはずである。なぜその時に動かなかったのか。二月前なら国内の貴族や聖職者の弾圧に忙しかった時だ。十人程度しかいない小さな村ひとつ消えたところでだれも気に留めたりなどしなかったであろう。

 

なのに、今さら。トリステイン内部で大きな政争があってそんな謀略を巡らせる暇がなかったと想定するにしても、それを匂わせるような情報がなにひとつないから現実味がない。

 

(なら目的はアルビオン王家の弱みを握ることより、エルフの力を欲したと考える方が自然か)

 

数ヵ月前にサイトの捜索をしていたデュライから報告を受けた時、十人前後の子どもしかいない村がどうして内乱期に盗賊の襲撃や軍隊の略奪の被害にあわずにすんだのか不思議でならなかったのだが、ティファニアという存在を前提に置くと納得がくる。

 

ティファニアは半分とはいえ、エルフの血を引いている。そしてエルフというのは総じて強力な先住魔法の使い手であり、実力がまちまちな盗賊団や私掠部隊のひとつやふたつ程度ならどうとでもできるだろう。ティファニアもそうだと考えればウエストウッド村が無事だったことに説明がつく。

 

そしてなぜ、トリステインがリスク承知でエルフの力を欲するようになったか。おそらくはガリアとの間でなにかしら暗闘があったのではないかと推測する。

 

ガリアの王弟姫を匿ってるところから察するに、トリステインはガリアの政治的混沌状態に手を突っ込む気があるようなので、公式の記録に残らない攻防戦をしているとしてもおかしくはない。

 

更に仮定を重ねることになるが、その過程でビダーシャルあたりの存在を知ったと考ればトリステインが対抗手段として手札に加えようとするのも理解できる。ただでさえガリアは強力な軍事力を有するというのに、エルフも部下にしているとか知ったら、旧習固持のトリステインも所詮水面下のことだ。こちらもエルフを飼いならして対抗しようとトリステインが開き直ってもおかしくはない。

 

というか、メイジではないが戦士として規格外なサイトを自国に縛り付けるべく、国内の反発を気にせずに近衛隊を新設してその副隊長に任じるという方法を使った我が従姉妹のアンリエッタ女王陛下ならば、ためらいもなく実行するだろう。水面下のことだから、上層部の少ない連中を説き伏せればそれですむわけなのだから。

 

それにガリアとの暗闘が済めば処分してしまえばよい。幸いというべきか、ほんの数十年前のトリステインの宰相が政争の際に使い捨て前提の亜人活用をしていた。その宰相は”烈風”の活躍により失脚したが、その宰相が残した亜人の秘密裏の運用や処分方法など様々な前例がトリステインには大量に記録として残っているはず。それを参考にすれば大きな問題を起こすこともあるまい。

 

(しかし……ハーフエルフなんて爆弾を自国だけで抱えこみたくない。むしろトリステインに完全に押し付けられたらありがたいのが……いくらんでも父上から連なる血統を変えることは不可能だし、ある程度は背負わざるを得ぬか)

 

自分の腹違いの妹と認め、親愛の情を持って接したにもかかわらず、ティファニア自体がどうなろうがかまわないとエドムンドは思っていた。

 

しかしそれは五年前の粛清のキッカケのひとつだから、という感情による忌避ではなかった。単純にエドムンドは自分に忠誠を誓う臣下や自分に税を納める素朴で従順な臣民の安全が保障されるならば、それ以外の人間が何千何万死のうがどうでもいいと割り切れる残忍な部分があるのだった。

 

(まあ、トリステインのことはサイトやルイズ嬢にガリアの王弟姫シャルロットの身柄、ウエストウッド村で行った非合法工作、これだけあればトリステインを黙らせるだけの外交攻勢もできるだろう)

 

ギーシュやキュルケのことはあまり交渉材料になるとは思っていない。キュルケはトリステイン魔法学院在学とはいえ、ゲルマニアの貴族である。下手に利用すればこの火種にゲルマニアが首を突っ込んでくるかもしれず、これ以上事態をややこしくされるような隙を見せたくなかった。

 

それにギーシュは水精霊騎士隊(オンディーヌ)の隊長とはいえ、しょせんサイトの風当たりを減らすためのお飾りであるという認識であり、交渉材料になるとは思っていない。むしろトリステインがギーシュにすべての責任を負わせ、トカゲの尻尾切りのごとくに切り捨ててお茶を濁してのらりくらりとこちらの追求をかわすのではないかとエドムンドは懸念していた。

 

(問題はガリアだ。ティファニアのことをどこまで知っているのか……)

 

今回の襲撃はウエストウッド村に訪れるシャルロットの身柄確保を狙ったものであり、その情報を伝えてきたのはジョゼフだ。なぜトリステインの工作活動にシャルロットが参加すると断定できたかは謎だが、場所を特定していた以上、トリステインの狙いがティファニアであることも当然知っていたと考えるべきだろう。

 

そしてガリアがティファニアの存在を調べなかったというのは楽観的に過ぎる。トリステインはあまり大きな国ではないとはいえ、はルケギニア全体に大きな影響力を持つ五大国のうちの一国。そんな国がアルビオンの辺境に住む村人一人を手にいれるべく暗躍しているとか怪しいにもほどがある。

 

その怪しさを前に調査をするように命じないような無能ならば、ジョゼフはとうの昔に国内に大量にいる不満分子によって失脚してなければおかしいので、自然、調査されたと考えるべきだろう。

 

その調査の結果、どこまでティファニアのことを知ったのか。エルフの血が流れているというのは外見的特徴から容易に察せられるからバレているとして、アルビオン王家の血が流れていることまで掴んでいるのか。あるいは自分の腹違いの妹であるという真実までか。

 

(こちらもエリザベートたち吸血鬼のおかげでジョゼフがエルフを臣下にしていることは知っているのだ。それを承知しているジョゼフがティファニアの存在を公にしてアルビオンを非難するようなことはせぬだろう。もしされたらこっちもビダーシャル卿を臣下にしているではないかと言い返してやる)

 

そして泥沼の戦争に一直線だ。エルフと関わりを持ってると公にされて混乱したガリアとアルビオンが戦争状態に突入するかどうかは少々考えを巡らす余地がある。なぜなら宗教的・政治的な混乱のあまりどっちも内乱の道へ突き進むという可能性もあるからである。

 

(そう考えると、ティファニアのことについて王家とあまり縁が深くない貴族霊場とか、てきとうな偽装身分でもでっちあげておいたほうがよいかもしれぬな。嘘ではあるが一見信憑性は高く思えるだろうし、そっちのほうがいざという時、傷が少なくてすむ)

 

多くの常識人にとって、アルビオンの王族がエルフと情を交わしていたというのは信じがたいことだろう。ゲルマニアを除く五大国の国王はロマリアに宗教庁ができ、そのトップである教皇の権威を認めるまでは各国のブリミル教の最高位の聖職者でもあったのである。

 

数百年前に教皇が宗教的に頂点にたった今でもその事実は決して軽くなく、そんな王という立場に次ぐ王族がエルフと情を交わしていたという”真実”より、中小貴族がエルフの色香に騙されて床をともにしていた”嘘”のほうが、民衆に”事実”として受け入れられるのではないか。

 

「ミス・ヨーク。今まで粛清した貴族の名簿を持ってきてくれ。それとトリステインの大使、いや、サスウゴータ地方共同統治者のマルシヤック公爵に面会を申し込んで欲しい。面会日はむこうの都合にあわせるが、できるだけ早くと念押ししておくのを忘れるな」

 

「はい。了解しました」

 

さっそくエドムンドは己の考えを具体化させるべく、行動を開始した。




おまけ・今のエドムンドの評価。

>ティファニア
自分の腹違いの妹で、ハーフエルフ。強力な先住魔法の使い手。

>アンリエッタ
油断できな女狐。機を見るに敏であり、伝統に拘らない改革主義者。

>ジョゼフ
アンリエッタ以上に油断ならない。”無能王”とか完全に詐欺。

>シェフィールド
気に入らない皇帝秘書殿。たぶんミョズニトニルン。

>イザベラ
なぜか気が合う有力な婚約者候補。恋愛感情はない。

>アルブレヒト三世
敵としてかなり好感が持てる相手。

>サイト
ガンダールヴ。自分でも七万相手に一騎駆けはなかなかきびしい。

>ギーシュ
人身御供。


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宮廷模様

鉄騎隊(アイアンサイド)総帥ディッガーが不穏な動きをしていた貴族を討伐し、その財産を収奪してロンディニウムに帰還したのは、サイトたちが到着してからちょうど四時間後、正午を迎えようかという時であった。

 

「ただ今、グリムス伯爵の討伐より帰還しました」

 

謁見の間で玉座の前に跪き帰還の報告をする。

 

「ちゃんと貴族どもの反論を抑え込める物証も掴んできたのであろうな」

 

「はい。ディケンズの申すとおりのところに証拠が隠してありました」

 

「よくやってくれた。グリムス伯爵が死んだということは、貴族どもは結束のための旗頭を失ったということだ。もはや他の貴族どもは内心どうあれ、貴族として死にたくなければ俺に従わざるを得ぬ」

 

グリムス伯爵の能力をエドムンドは高く評価していなかったが、中立派貴族たちに対する影響力については高く評価していた。いろいろな欠点があるとはいえ、内乱期に中立派貴族と関係を持つことに腐心して得たグリムス伯爵の影響力というのはけっこう馬鹿にできない。

 

そのグリムス伯爵を他の貴族が結束する前に完璧な理由をもって討伐できたのはまさに僥倖というべきで、これにより不満の吐きどころさえ失ってしまった貴族たちは、命が惜しければエドムンドに従う以外の道はなくなったのである。

 

「つきましては陛下。今回のことについて多大な貢献をしたディケンズに重く用いてやってほしいのですが……」

 

「ああ、うむ。そうだな。そのディケンズとやらはどこにいる?」

 

「もしよければ新しく忠誠を誓う陛下にお目通りしたいと外で待たせておりますが……」

 

「……先日までグリムス伯爵の重臣であった男なのにか。なかなかに面の皮が厚い男のようだな。よし、その男を中に招き入れろ」

 

そう言われてヴァレリアが謁見の間の外に出、ディケンズを連れて再び入ってきた。

 

「おぬしがディケンズか。ディッガーより今回のグリムス伯爵討伐に関して大きな貢献をしたと聞いておる」

 

「御意にございます」

 

ディケンズの働きは貴族的な感性からいえば恥知らず以外の言葉が見当たらないものであったが、功績は莫大であった。

 

グリムス伯爵が秘密裏に中立派貴族と連携を取り、エドムンドに対抗する反王派閥を形成して国政に発言力を得るという方針を家臣に明らかにした直後、筆頭家臣であるはずのディケンズは主君を裏切る決意を固めた。

 

即位直後から始まった行政改革とそれに伴う粛正の恐ろしいまでのスムーズさで実行されたことから、からエドムンドの並外れた政治・謀略手腕を見抜いていたディケンズは、グリムス伯爵程度で対抗などできるはずもない。そんな自滅につき合わされてたまるものかと思ったのである。

 

しかしグリムス伯爵はそんな筆頭家臣の思惑をまったく読めなかったので、自然の成り行きで反王派閥形成のための中立派切り崩しの指揮は信頼篤い筆頭家臣であるディケンズがとることになった。

 

ディケンズはすぐさま自分の部下の取り込みをはかり、全体の四割程度にグリムス伯爵に対する裏切りの覚悟を決めた集団を形成するとグリムス伯爵に適当な理由をつけて王室と連絡をとった。王室の代表者として相対したのがユアンとかいう顔色の悪いガキだったことはディケンズの自尊心を深く傷つけたが、既に後には引けない以上、必死の交渉を行い、対価と引き換えに重要な情報をすべて密告した。

 

さらに討伐当日のディケンズの活躍も目覚ましいものだった。中立派貴族と連携をとる準備段階であるにもかかわらず、屋敷を襲撃してくる鉄騎隊の軍勢に狼狽するグリムス伯爵を懸命に宥め、隠し通路を通って身の安全を守るべきと進言し、グリムス伯爵を護衛を裏切り者集団で固めた。

 

そして隠し通路に入ってつい油断してしまったグリムス伯爵を護衛団が叛意も露わに強襲。グリムス伯爵を拘束し、隠し通路を逆走。屋敷を占拠していたディッガーの前へ突き出したのである。

 

ようやく事態を悟ったグリムス伯爵がディケンズのことを不忠者だから殺せだなんだと喚き散らしたが、既に本当の忠臣は皆捕縛されるか殺害されるか、さもなくば無念も露わに逃亡者たる道を選んでいたので、誰もグリムス伯爵の命令を聞く者はいなかった。

 

そしてグリムス伯爵は反逆罪で即決裁判にかけられ、晒し首の刑に処された。残った恨めし気な表情をしたかつての主君の頭部を見てもディケンズには罪悪感はいっさい沸かなかった。むしろもう二度と頑迷な主君の御機嫌取りをせずに済むとせいせいした感じがしたほど彼は吹っ切れていた。

 

「おぬしの貢献に対して私はどのように報いればよいのかな?」

 

「陛下の御為に働くことを認めていただきたく」

 

「……それは私の臣下の末席に名を連ねたいという意味か?」

 

「できれば末席以外の席に座りたいのですが、陛下がそう望むのならば一から微力を尽くしましょう」

 

面の皮が厚いとは言ったがここまで厚顔とは、とエドムンドは苦笑した。

 

主君を売り飛ばした身でありながら新しい主君にできるだけ高官になりたいと要求してくるのである。裏切りからの転向も、ここまでくるといっそ清々しさを感じるほどであった。

 

「よくもまあ、裏切り者の分際でそこまでほざけるものだな」

 

傍に控えていたヨハネが不機嫌さをあらわにそう言ったが、ディケンズは涼しい顔のまま

 

「たしかに普通なら恥も外聞も知らぬ愚か者と評されてしかるべきことを成しました。しかし陛下はそのような観点で物事を見るようなお方ではないとわたしは見ているのですが……?」

 

かなり大きな賭けに出たつもりで、ディケンズはそう問いかけた。

 

エドムンドは興味深げな表情を浮かべたが、その問いに対して答えず沈黙を選んだ。表情を見る限り好感を持たれているだろうとは思ったが、あまりに長い沈黙はディケンズを不安にさせたが、視線を逸らさずに返答を待った。

 

「……たいした度胸の持ち主よ」

 

感心するような一言に、ディケンズは自分が賭けに勝ったことを悟った。

 

「その見上げたずうずうしさを高く評価しよう。役職については考慮しておいてやる」

 

そう言ってエドムンドは腰に下げた杖剣を抜き、ディケンズの方に刃の平を当てた。

 

「問おう。神と始祖と精霊の御名の下、汝ディケンズ。アルビオン王国とその王であるエドムンド・ペンドラゴン・オブ・ステュワートに忠誠を誓い、我が手となり杖となることを誓うか?」

 

「承りました。これより我が身は貴方の杖となりましょう」

 

ディケンズは恭しく跪きて、なんの恥ずかしげもなくそう述べる。その様子にヨハネとディッガーは肩をすくめてため息を吐いた。

 

「さてこれでおぬしも私の臣下だ。今後とも忠義に励むがよい」

 

「ははっ!」

 

「ところでディッガー、今回の仔細についてはあとで報告書に目を通しておくからよいとして、おぬしにいうておかねばならぬことがある」

 

「? なんでございましょうか」

 

急に話を変える主君に総帥は疑問を抱いた。瑣末事ならいざ知らず、今回の討伐はそれなりに重要な意味を持つものであったはずである。エドムンドの気性からして、書類ではなく、直接当事者から報告されることを望む方がらしいと思えたからである。

 

「いやな、かつておぬしの主君が使えた公爵の娘が今この宮殿内におるのだ」

 

「……シャルロット様が?! なぜ?!」

 

「うむ。あまりに急なことであったのでおぬしに伝える暇がなかったのだが、ガリアから要請があってな」

 

エドムンドとヨハネがジョゼフと交わした秘密協定の説明をした。ディッガーはそのことに目を白黒させて狼狽したが、話の衝撃のあまり倒れそうになったディケンズの狼狽ぶりに比べれば、はるかにマシであった。

 

「わ、私が聞いてよかったのでしょうか……」

 

新参者が聞いていい話では絶対にないという不安のあまり、つい口からこぼれたディケンズの呟きのような問いをヨハネは聞き逃さなかった。

 

「安心しろ。おまえの適正はどう考えても裏工作向きだ。だからユアンが管轄するどこかの部署に属することになるだろうよ」

 

「ユアンって、あのガキですか。はぁ」

 

上司に苦手な人物がつくことが間違いないという情報に、ディケンズは思わずため息を吐いた。

 

ディケンズの不安が一掃された後、ディッガーが懸念を述べる。

 

「無事なのですか?」

 

「一応、客人として遇しておるが、実質は虜囚の身だな。ガリアの王弟姫というカードをどのように扱うか決めかねておるが、ガリアに引き渡すようなことは考えておらぬ」

 

もしイザベラが嫁になったら彼女の小間使い兼ストレス発散用の相手に任命してやるのも面白いかもしれないと冗談半分に考えはしたが、という後半部分をエドムンドは口にしなかった。なにも自分から主従関係に不和の種を蒔く必要もあるまい。

 

エドムンドの気遣いが功を奏したのか、ディッガーは安心したようにため息をついた。

 

「無粋だが、ひとつ問おう。陪臣だったとはいえ、かつてお前はオルレアン公に仕える貴族であった。今なおその忠誠心が残っておるならば、シャルロット殿下の元へ走っても構わんぞ。俺に対し忠義を欠くことを不安に思っておるならば気にするな。ちゃんと筋を通し去っていく者の背に斬りかかろうとは思わぬ」

 

「……」

 

本当にこの人は臣下のことをちゃんと見てくださっているのだな、とディッガーは主君の寛大さに感謝した。オルレアン公の遺児が傍にいると聞いてそんな気持ちが湧いてこなかったわけではなかったのである。

 

しかしてディッガーの答えは決まっていた。

 

「私には返しきれない恩があります。主君を失いあてもなく放浪していたところを陛下に見出していただき、再び騎士としての道を説いてくださった恩が。その恩を忘れてかつて忠誠を誓った主君が仕えた公爵の遺児に忠誠を誓い直せるほど、もう私は揺らいではおりませぬ」

 

そう揺るがぬ視線で忠誠の言葉を述べ、

 

「もちろん、私個人としての感情がないわけではありませんが、それを理由に騎士として道を誤ったりはしません」

 

私人としては別の感情があることも素直に述べた。数年の経験でそういった姿勢こそが、主君が好むところであると知っていたからである。

 

だから当然なのかもしれないが、エドムンドは満足気に何度も頷いてみせた。ディッガーの言葉に嘘偽りがないことを確信し、かつそれをよしとしているからこそであった。

 

「どうでもよいことだが、一応おぬしにも伝えておくとしよう。シャルロット殿下は西の客間におられる。太陽が沈まぬうちは、脱走など企てぬであろうし、自然そちらへの俺の関心も薄れるだろう。まあ、脱走を企てていたところで宮殿から出ることなど叶わぬ話だがな」

 

からかうような笑みを浮かべならがらエドムンドは薄っぺらい言葉を述べる。その真意がはっきりと伝わったディッガーは言葉少なに礼を述べて謁見の間を去った。

 

「意外です」

 

ディケンズが目を丸くしてそう呟き、エドムンドはディケンズの方に顔を向けた。

 

「なにがだ?」

 

「いえ、陛下は臣下に絶対的な服従を要求する人であると思っておりましたので」

 

「私は私に忠誠を誓う臣下に対してはその功績に応じて寛大に報いるよう心がけておる。ディッガーは私がガリアにいた頃から多大な功績を立ててきたのだからこの程度の配慮を示すは当然といえよう。おぬしとて私に忠誠を誓ったからにはその()()相応に報いてやるぞ」

 

エドムンドの返しにディケンズは戦慄した。”功績”ではなく”功罪”相応に報いるということは、功績には報酬で、罪を犯せば容赦なく罰でもって報いるということであり、裏切り者である自分への痛烈な皮肉であるように受け取れたからであった。

 

 

 

その頃、サイトとギーシュは宮殿内を散策していた。

 

移送中と変わらず彼らの監視及び護衛を行っているはずのデュライとその部下の姿はない。だが、それは彼らの自由を約束しているわけではなかった。

 

彼らの行動パターンから、ルイズとタバサとティファニアが彼らの中でも重要な人物であると睨み、彼女らだけ警戒しておけば後の連中は「妙な真似をすれば彼女らの安全は保障しない」と脅すだけで十分に効果があると踏んだのである。

 

実際、デュライの目は正しく彼女たちを置きざりにして逃亡できるような性根の持ち主は誰一人として存在しなかった。反抗心が刺激されたキュルケは得意の色仕掛けでデュライの目を誤魔化そうとしたが、一度そういうことで痛い目にあったことのある彼は金でどうにかなる女遊びしかしない習慣がついていたので無意味だった。

 

そしてギーシュとサイトも反発心を刺激され、どっかに都合のいい脱走路的なものが存在しないかと宮殿内を探索しているわけである。特にサイトは相棒のデルフリンガーがどこにあるのか探していた。武器さえあれば、娘に手を出されて怒り心頭のヴァリエール公爵の追っ手から逃げた時みたいにどうにかできるだろうと楽観的に考えてもいたからである。

 

「どっかそれっぽいとこあったかい?」

 

「ないな。物語とかだったら銅像の下とかが定番なんだけどなぁ……」

 

普通に考えて、そう簡単に見つかるような場所に秘密の抜け道があるはずがないのだが、サイトは物語などでよくある場所を重点的に探す。

 

ふとギーシュが柱のレンガがむき出しになっているところをひとつひとつ押しているを見えた。

 

「さすがにそんなとこに隠し道あるわけないだろうが」

 

「なにを言ってるんだい? こういう普通の部分が実は魔導具のスイッチになっていて、それを押したら秘密の道が、っていうのは定番じゃないか」

 

「……こっちの秘密通路ってそんな感じなのか。さすがファンタジー」

 

ギーシュが昔見た、悪の大臣が王を幽閉して宮廷を乗っ取られたところへ王に忠誠を誓う騎士たちが秘密の抜け道を通って奇襲をかけ、大臣を倒して国王を救出するという内容の演劇を思い出しながらの反論され、サイトは思わず関心した。

 

次にじゃあ自分が見たアニメとかで知った秘密通路の知識って役立たずじゃないかと落ち込んだ。サイトが知っている知識はいわゆるピタゴラスイッチ的なギミックによるものがせいぜいでハルケギニア風の魔法を用いた秘密通路へのスイッチの場所などまったくない。

 

「あら? こんなところでなにをしているのかしら?」

 

唐突に声をかけられてドキッとし、二人はおそるおそる振り返り、そしてまったく違う意味で再びドキッとした。

 

なぜならメイド服を着た妙齢の美女が、微笑みながらこちらを見ていたからである。

 

「なんと美しい女性だ! ぼくの名はギーシュ・ド・グラモン、美しく咲き誇る一輪の薔薇です! よかったら美しいあなたの名前を聞かせてはもらえませんか?」

 

「あら、お上手ね」

 

ギーシュのくさい自己紹介にも、嫌がってることなく微笑みながら受け取った。

 

「わたしの名前はエリザベート。この城で働いているの。それでギーシュ様たちはこんなところで、その、妙な動きをしていたのかしら? 見慣れない顔だけど、もしかしたら侵入者かなにかだったりするわけ?」

 

かなり怪しい質問であったが、とろけるような笑みを浮かべて、聖歌隊の少女のような美しいソプラノ声での質問であったので、その魅惑さに魅了されてそのような疑問が浮かぶ余裕が二人にはなかった。

 

しかしまさかいざという時に宮殿を脱出できるように、秘密通路を探してましたとか言えるわけがなかった。

 

「いや、その、今日初めてここにきたから、道に迷ったんだ……よな? そ、それで、見覚えないかなーと柱を睨みつけてたわけ」

 

目があっちこっち泳いでる上に歯切れが悪すぎて、胡散臭さが爆発していた。

 

しかしサイトの姿を見たエリザベートはゆっくりと目を細めた。その仕草も怪しい美しさを感じさせるものになっていてサイトは気恥ずかしくて目を逸らした。

 

「黒い髪に、少し焼けた肌。それに……ギーシュ・ド・グラモン様と一緒……、もしかしてあなたは七万の軍勢を相手に、一人で果敢に戦ったというトリステインの英雄のサイト様ではありませんか?」

 

期待に震えるような問いに、サイトはつい調子に乗って、

 

「おれがそのサイトだったり、しちゃうのかな? かな?」

 

「すくなくとも七万の敵を相手にした英雄はここ数年だと、きみだけだと思うよ」

 

ギーシュの言葉に、ここ数年ってことはそれ以前なら似たようなことをやったやついるの?!と思わずツッコミそうになったが、直前にルイズの母ちゃん――烈風カリンのこと――を思い出して納得した。この前ヴァリエール領に行った時、魔法で馬車ごと吹っ飛ばされたのは記憶に新しい。

 

そして自分が手も足も出ず一方的にボコボコにされた恐怖も思い出した。あれで現役時代より多少衰えたとか言っていたけど、それなら全盛期はどんな化け物だったんだと思わずにはいられない。自分が百人いたところで勝てるビジョンがまるでうかばない。

 

その回想は目の前のエリザベートからあがった黄色い歓声によって中断させられた。

 

「そう! あなたがそうなの!? 平民なのに貴族様になって伝説の水精霊騎士隊(オンディーヌ)の隊長になった、わたしたちのような平民の希望! お会いできて嬉しいわ!」

 

「隊長はぼくなんだけど……」

 

ギーシュが不満げに述べると、エリザベートはしゅんと申し訳なさそうな顔をし、

 

「……そうだったのですか、では、わたしの聞いた情報が間違っていたのですね。グラモン家の御曹司は副隊長だって、聞いていたのですけど、申し訳ありません」

 

そう言って頭を下げられると、女性に優しいギーシュとしては逆に罪悪感が湧き上がった。

 

「別にかまわないよ。そんな些細な間違いたいしたことじゃないからね」

 

「その割には、ずいぶん不満そうに言ってなかったか?」

 

サイトの揶揄をギーシュは無視して、落ち込んでいるエリザベートを慰めた。

 

「あ! そうだわ!!」

 

なにか閃いたのか、エリザベートはそう言うと、瞳を輝かせた。

 

「ねぇ、時間に余裕はあるかしら? 無礼のお詫びをするから、わたしたちの休憩室でもてなしたいの。同僚のみんなも喜ぶと思うし、ギーシュ様やサイト様もきっと楽しい思いができますわ」

 

その誘いに、サイトとギーシュは大いに揺れた。エリザベートの同僚といえば、当然メイドだろう。エリザベートの容姿のレベルがキュルケを超えるほど高いので、他のメイドへの期待度もあがるというものだ。しかし一方、ルイズたちのために宮殿の内部、特に脱出ルートを探し置きたいという気持ちがあった。

 

「おい、なにをしている?」

 

しかしその迷いは氷点下の冷たさを持つ声で中断させられた。

 

「総帥殿はわたしになにかようかしら?」

 

「なにをしているのだと聞いている。そこにいるのは陛下が客人扱いにせよと言っていた者達ではないか」

 

「そうねぇ、だからわたしたちのやり方で()()()()()してあげようと思ったのだけど?」

 

「ッ! 失せろ老婆!!」

 

ディッガーの怒声に、エリザベートは「やーねー」と言いながら消えていった。

 

エリザベートが視界から消えると、ディッガーはため息をつき、サイトに近づいた。

 

「サイト殿。なにもされなかったでしょうか?」

 

「い、いえ」

 

「そうですか。ならよかった。あれは問題児なのです。今後深く関わらないよう気をつけてください」

 

ディッガーとはウエストウッド村で少し会っただけの関係だが、サイトは理由もなく嘘をつくような人じゃないと好感を持っていたので、エリザベートは問題児なのだと素直に飲み込んだ。さっきの男心を手玉にとってる感じからしてたぶんキュルケ的な感じをもっと悪辣にしたような感じで。

 

「問題児っていうほどなら、どうして雇ってるんでしょうか?」

 

ギーシュの素朴な疑問に、ディッガーは肺の中の空気を全て吐き出すように深呼吸した。

 

「……どういうわけか、陛下が彼女を気に入っておられるのです。陛下には何度か進言しているのですが……、受け入れてもらえず」

 

ギーシュは思わずディッガーに同情した。演劇などで明らかに怪しい人物を重用する王を諫言する騎士が主人公の話で、諫言を聞いてもらえずに歯噛みする騎士にいたく共感するタイプだったので、ディッガーはまさしくそういう物語の主人公であるように思えたのである。

 

だが、ディッガーはすぐに姿勢を正すと、二人に問いかけた。

 

 

 

 

「ところでシャル、いえ、タバサ嬢のいる客間のところまで案内していただきませんか?」




もしエリザベートの誘いに乗ってたら、サイトとギーシュは彼女たちの(文字通りの意味で)晩餐になったかも。


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元の名前

ギーシュはディッガーを案内することを嫌がったが、サイトは快諾した。

 

ウエストウッド村で面識があったサイトはディッガーがそんなに悪い人だとは考えていなかったし、なによりここはアルビオンの王宮でディッガーはアルビオン王直属部隊の隊長なのだから、自分たちが案内なんてしなくても部屋にたどりつけるはずであるからどっちにしても同じだと思ったからである。

 

その考えを隠すことなくサイトは告げたので、ギーシュはいくらなんでも無警戒すぎないかと思い、ディッガーは目を丸くした後、その素直さに苦笑した。

 

「やはり君をトリステインに取られてしまったのは惜しいな。ウエストウッドで会った時にもっと熱心に勧誘しておくべきだったかな」

 

などとディッガーが煽てるものだから、サイトは調子に乗ってタメ口でディッガーと歩きながら会話を楽しみ始めた。もしこの場に鉄騎隊の隊員がいれば、ディッガーが受け入れている以上なにも言わないだろうが、自分たちの上官に対する無礼な言葉に不快な表情を浮かべること間違いなしである。

 

「でもどうしてタバサに会いたいんですか?」

 

会話の中でかなり踏み込んだ質問までしたので、同行者であるギーシュを不安にさせた。

 

「……」

 

ディッガーはなにも答えなかったが、ゆっくりと首を横にふった。答える気がないという意思表示。

 

もうすぐみんながいる客間――牢屋扱いの客間はエドムンドが粉砕してしまったので、牢屋としての機能を持たない普通の客間に移動している――にもう少しというところでギーシュがあることに気づいた。

 

「供の人は連れていないんですか?」

 

貴族の常識でいうのだが、高位の役職に就く者ならば軽く見られないために供回りをつけているのが普通である。鉄騎隊総帥という役職は軍の階級でいうと元帥に匹敵する立場であるはずだから、宮廷で一人で行動しているいうのは少し奇妙なことであった。

 

「……外に出るならともかく宮廷でいつも群れてる必要はないだろうしね」

 

そう言って返したが、嘘である。普段であれば宮廷でも最低一人は供回りを連れている。

 

一人で行動しているのは、これが鉄騎隊総帥としてではなく、きわめて個人的な感情にもとづく行動であるからであり、そんな行動に部下を付き合わせるわけにもいかなかったからにすぎない。

 

「閣下! このようなところに何の用で?」

 

客間の前に立って警備をしていた2人の隊員の内、年長の方が驚いた声で質問し、もう一人の若い方がその驚いた声の内容に驚いて目を白黒させた。

 

「中の客人たちに少し用事があるのだ」

 

「……間違いではありませんか? 客人扱いを受けているとはいえ、この中にいるのは例のガリアの犯罪者とその同行者どもなのですが」

 

「間違いではない。その犯罪者とやらに二、三聞きたいことがあるのだ」

 

「尋問でしたら移送中にデュライ百人長が行い、帰還した際に報告書を本部の方へ渡しているのですが、お手元に届いてはいないのですか?」

 

「その報告書を読んで少し興味を覚えたのでな。直接尋問を行いたくなったのだ」

 

嘘である。グリムス伯爵討伐から帰還して事後処理を済ませた後、すぐさま国王に報告の為に謁見したので鉄騎隊本部に溜まっている報告書にはまだすべて目を通してはいなかった。

 

しかし警備についていた隊員は納得したようで軽くなずいた後、客間の扉をノックした。すると中から何の用かと声があがった。

 

「ディッガー総帥閣下がおいでになられました。例の犯罪者を尋問したいとのことです」

 

「閣下が? よしわかった。通せ!」

 

そう聞こえると二人の隊員は一斉に扉を開けた。中で直接監視を行っていたデュライと数名の隊員が、タバサ、ルイズ、そしてティファニアに小型拳銃を構えたまま、ディッガーに顔を向ける。

 

「勅命により警備と監視の任を帯びている手前、無作法をお許しください」

 

「かまわん。というかおまえはそんな殊勝な奴ではないだろうが」

 

ディッガーの辛辣な言葉に、デュライは苦笑いして姿勢をくずした。デュライが鉄騎隊に入隊した時期はエドムンドが仮面をかぶってエクトル卿と名乗り、傭兵団として活動し始めてから一年もたっていない頃であり、ディッガーが入隊した時期とそう変わらない。なので互いの気性は把握しており、砕けた話しかたができる程度には打ち解けた関係だった。

 

「んで? 俺の報告書じゃ不満だったのか」

 

「普通に尋問したにしては興味深い報告書だったよ。興味深すぎて、直接相手から話を聞きたくなったんだ」

 

「興味深すぎて、ね。俺の見るところそれだけじゃなさそうだがぁ?」

 

探る目線を向けるデュライ。上官に対して無礼な態度ではあったが、傭兵団であった頃の気風が生き残っている鉄騎隊では、上官の命令に従う優秀な将校ならば不遜な態度でも容認される傾向があった。そしてデュライはその優秀な将校の一人であった。

 

「いらん詮索だ。陛下から直接尋問する許可も貰っている。私の尋問が終わるまで外にでていろ」

 

「……尋問か。あとでその尋問結果についてあとで教えてもらえるもんだと思っていいのか」

 

「残念だが高度な機密事項でな。教えてやるわけにはいかん」

 

肩を竦めてそう言うディッガーに、デュライはため息をついた。

 

「まあ、そう言うことにしておいてやるか。他人様の家庭事情に首を突っ込むほど野暮じゃねぇしな」

 

そう言って挑発的な笑みを浮かべると拳銃を降ろして、室内の隊員とともに部屋をでた。あの口ぶりからしておそらくはおおよその事情を察したのだろうとディッガーは考えた。

 

もちろん、自分の捨てた名前のことは教えてないし、デュライはタバサ嬢の正体も当然知らないだろう。だが、自分がオルレアン公派粛正の頃に没落した下級貴族であることは知ってるし、タバサ嬢がガリアとアルビオンとトリステインの中枢から目を付けられている重要人物であることも知っている。

 

そこから自分とタバサ嬢との間になんらかの関係があったのではないかと推察されても不思議ではないだろう。もっとも、具体的にどんな関係であったのかまでは見抜かれていないとは思うから、これから起こる情報を外部に漏らしてはならない。

 

そう考えたディッガーは杖剣を抜くと客間の扉と窓に”アン・ロック”をかけ、さらに部屋全体を”ディテクト・マジック”で魔法的手段で聞き耳を立てている者がいないか確かめ、さらに”サイレント”で中の声が外に漏れないようにした。その様子に客間の中の全員が怪訝な顔をした。

 

だが、ディッガーがタバサの前に立って、軽く頭を下げて述べた言葉の衝撃に全てを持って行かれた。

 

「お久しぶりでございます、シャルロット姫殿下。本来であれば御前にて膝をつくべきなのでしょうが、今の私は別の主君を戴く身であれば、なにとぞご容赦願いたく存じます」

 

予想外の言葉に、いつも表情を変えないタバサの表情が少し驚愕に染まった。こういう挨拶をされたのは二回目だが、一回目はガリア国内でのことであったから先に納得の感情が来て動揺などしなかったが、まさか完全に敵地と思い込んでいたこの宮殿で似たような展開があるとは想像だにしなかった。

 

しかしその反応を別の意味で受け取ったのか、ディッガーは焦ったように言葉を続けた。

 

「失礼いたしました。先に名乗るべきでありました。今、私はディッガーと名乗っておりますが、かつてはル・テリエとしてラ・ファイエット侯爵の家臣でございました。亡きオルレアン公から見れば陪臣ということになります」

 

ル・テリエの名には思い当たるものがなかったが、ラ・ファイエットの名にタバサは心当たりがあった。たしか父がよく会っていた貴族ので、オレレアン派の重鎮の一人だったはずだ。ほんの数回だが、会話を交わしたような記憶もおぼろげだがある。

 

「あの、どうして名前を変えたんですか」

 

おずおずとティファニアは躊躇いがちに問いかけた。不安だったがティファニアにとっては気になることだった。彼女にとって名前とは両親から与えられた大切な宝物であった。だからそれを捨てて新しい名前を名乗るということがどうしても理解できなかった。

 

問いかけられたディッガーはどう対応したものかと困惑した。一般的なハルケギニア人の感性のさほど逸脱していないディッガーにとって崇拝すべき始祖の血と悪逆なるエルフの血の両方がその体に流れているティファニアに対してどのように接していいかわからなかいのだった。だというのに、さらにそこに自分の主君の腹違いの妹であるという要素が加わるのである。

 

本格的にどう接するのが正解なのかがわからない。王族に対する時のように接するべきなのか、それとも邪悪なエルフめと罵るべきなのか、はたまた初対面の隣人に接するべきなのか。ティファニアの出生を聞かされた際にも、主君に同じような質問をしたのだが、好きにしろと言われてしまっている。だが、本当にどのように接すればいいのか。

 

「無視、いけない」

 

そうオルレアン公の遺児に言われて、ディッガーは己の非を恥じた。無視はある意味、罵倒することより問題のある行動である。

 

「失礼した。どう説明したものか、戸惑ったのだ。私が名前を捨てたのは世を忍ぶためでした。当時、ガリアではオルレアン公派に属していたものはたとえ末端であろうとも捜索されて命を奪われる立場でした。自首すればある程度の配慮を示したそうですが、国王派の慈悲にすがる気にはなれず、自分の出自を隠す道を選びました。

それにオルレアン公の死を知って主君が自決を決意した時、我らに『忠道大義なり。これから新たな人生を始めよ』と仰せになられたので、最初は世を忍ぶために名乗った偽名を、新しい自分の名前としてこれからも名乗り続け、新しい人生を歩むという証としようと思ったのです」

 

その説明を聞いたなお、ティファニアは疑問は解消されなかった。自分だって父を失い、母は目の前で騎士たちに殺され、マチルダの采配で辺境の村で新しい人生を歩むことにはなったけど、それで自分の名前を捨てて生きようとは考えたことすらない。

 

だが、一方タバサはディッガーの心情が少し理解できた。彼女もまたシャルロットという名前を捨て、タバサとして動いている身である。父の仇を討ち、母の心を取り戻した暁にシャルロットと言う名前を取り戻すことができるだろうという点においてディッガーとは異なったが、新しい名前を名乗ることで新しい自分の証とする気持ちはよく理解できた。

 

「あなたの主君は自決したの? どうして?」

 

しかし別のところで疑問を覚えたタバサは少し驚いた声でそう問いかけた。四年前、父が暗殺された時、自分たちの屋敷に兵を率いたオルレアン公派の貴族たちが集まってきて騒いでいたのを覚えている。しかしディッガーの説明を信じるなら、父の死を知ってすぐ自決を決意したということはラ・ファイエットはその時には既に亡くなっていたのだろう。

 

だが、オルレアン派の重鎮だったなら他の貴族同様報復を考え、屋敷に来ていていた方が自然なように思えた。なのに父の死を知ってすぐに自決を決意したというのはどうにも理解できなかった。まさかとは思うが、後を追わずにはいられないほど父に心酔しきっていたのだろうか……

 

「侯爵様のお気持ちは察せませんが、オルレアン公がジョゼフ陛下と共に狩猟をしていた際に、事故で毒矢を浴びて亡くなられたと聞い途端、顔色を真っ青にして自決すると仰ったのです。もちろん、われわれ家臣も必死で止めました。ですが……」

 

自決を決めたラ・ファイエットは怯えたようにル・テリエや他の家臣たちの嘆願を拒んだ。そして拒む一方でわけのわからない要領を得ないことをうわ言のように呟いた。

 

それでもそのうわ言から家臣たちはジョゼフがなにかを知ったからオルレアン公を殺し、そして自分も殺すつもりである、と主君が考えていることは理解できた。だから家臣たちは状況を打開するためにジョゼフが知っただろう情報を教えてくれるよう懇願した。

 

だが、その懇願にラ・ファイエットが応えることはなかった。ただ「それは言えぬ。名誉にかかわることだからだ」と言うと黙り込んでしまったのである。

 

今度はまったく喋らなくなった主君に家臣たちがどうしたものかと頭をなやませていると、唐突にラ・ファイエットが口を開いた。広間にここにいる全員を集めよと家臣たちに命じたのである。

 

家臣たちは困惑しつつも命令を実行した。広間に屋敷で働く全員、侯爵に仕える貴族だけではなく、使用人や料理人といった下働きの者も含めた全員を集めた。集まった彼らに向けてラ・ファイエットは自分が自殺することやその意思が固いこと。そして今まで自分に仕えてくれた感謝を述べた。

 

そして集まった全員に一人ずつ握手して別れを告げると同時に、逃走のために役立つだろうと言って屋敷に飾られていた平民なら数年は生活に困らない価値を持つ貴金属を渡していった。その光景を見て当時まだル・テリエやその他の家臣たちは主君の自決を止めることはできないと悟った。

 

全員に別れの言葉を告げ終えると、ラ・ファイエットは自分の私室へと消えた。数分後、執事長が私室に入って自決した主君の遺体を運び出した。執事長は遺体の処理について主君から生前に言い含められていたらしく、庭に穴を掘ってそこに主君の遺体を埋め、聖書の別れの詩を朗読して家臣たちとともに弔った。

 

その簡易的な簡易的な葬式を終えると、家臣たちは散り散りになり、それぞれの方法で身の安全をはかった。ル・テリエという貴族の名を捨て、ディッガーという新たな名前を名乗って傭兵となった。

 

「……」

 

ディッガーの語るラ・ファイエット侯爵家の終焉に、タバサの心につらいものを感じさせた。侯爵の自殺やその後の家臣の苦難を思って、というわけではない。たしかにそれは悲しむべきことではあるが、北花壇騎士として数々の裏仕事に従事したタバサは似たような悲劇をガリア中の任地で耳にした。それらと比べるとマシな悲劇と言えるものであったからだ。

 

タバサがつらいものを感じた理由はラ・ファイエットがジョゼフにいったいなにを知られたと思って自決を決意したのか、ということだ。彼が知られたと思ったそれは、憎き伯父が父を暗殺してオルレアン家を取り潰し、オルレアン派を粛正する大義名分となりうると彼が確信できるものだった。だが、王政府によるオルレアン派の粛正は表向きには”オルレアン公の事故死を謀殺と見做した不敬な者どもへの懲罰”という名目で実行されている。

 

ならラ・ファイエットがそれは知られたというは思い過ごしだったと考えるべきなのだろうが、粛正の理由になりかねないことがオルレアン派にあったというのは信じられない。とすると追い詰められたラ・ファイエットが知り破滅なことを言っていたと考えるのが自然か。

 

いや、そんな人物が派閥の重鎮になれるはずがないし、父がそんな人物を重用していたとも思いたくない。しかしそうなるとどう判断したものだろうか……

 

「それであなたはわたしたちを助けにきてくれたのかしら」

 

そんなタバサの困惑を察したキュルケが少しちゃかすようにそう問いかけた。

 

「いいえ。そういうわけではありません。もちろん私個人としてはシャルロット殿下の安全を嘆願しますが、陛下が決断に従うものとお考えください」

 

「なによ。中途半端もいいとこじゃない」

 

「仰るとおりかもしれません。しかし亡き主君が仕えたお方の忘れ形見に挨拶しないのは少々不義理というものですし、陛下への恩を考えますとなにがなんでもシャルロット様を助けるというわけにもいきませんからね」

 

「ずいぶんとややこしい忠誠心ね」

 

キュルケは本心からそう思った。第一、今の主君に強い忠誠心をもっているなら、この場に来ること自体不義理ではないのか。

 

当然、それはディッガーも考えたことであった。実際、エドムンドが許可をださなくてはこの忠義に篤い白銀の騎士がここに足を運ぶことなどなかったであろう。

 

「それで、その忘れ形見がガリアに移送されるのをあなたは黙って見てるの?」

 

「それはない。陛下はガリアに対して思うところがおありだ。シャルロットさまをガリアの要請に従い手渡してやるようなまねはしない。それに非常に魅力的な女性を手元から逃すようでは男が廃るだろうとも仰せだ」

 

エドムンドはロリコンみたいな趣味はなかったから、十六歳にしては全体的に小さすぎるタバサの肉体に女性的な魅力を感じているわけではない。しかしシャルロットの王弟姫というステータスは政治の場で非常に魅力的だと思っていたから嘘ではなかった。

 

「シルフィード……わたしの使い魔は無事?」

 

キュルケの配慮が功を奏したのか、タバサは思考を一時中断して、宮殿について以来気になっていることを問いかけた。これは監視をしていたデュライにも聞いたことであったが「あー、知らねぇが無事なんじゃねぇの? たぶん」という非常に心配にさせてくれる答えしか返してくれなかったのである。

 

「あの韻竜ですか。肉体的には無事なはずですが……。その、なんといいますか、大人の竜が食する何倍もの大量の餌を要求してくるので対処に困り、高位の水メイジが定期的に眠りの魔法をかけて無理やりおとなしくさせているので無事といってよいかどうか……」

 

いかにもシルフィードらしいエピソードを教えられてタバサは内心胸を撫で下ろした。普段の言動のせいでよく忘れそうになるのだが、シルフィードは絶滅した韻竜、絶滅したといわれていた先住魔法を操る知性ある竜なのである。その珍しさからなんらかの実験材料として使われていないかと心配していたのだ。

 

「おれもちょっと聞きたいんだけどデルフ、おれの剣のことなんだけど、それはどうなってんだ?」

 

ついでだと思って、サイトも自分の相棒の存在について問いかけた。普段よく存在自体忘れることのあるデルフであるが、取り上げられて初めてデルフの存在の大きさを感じ取っていたサイトとしてはすこし寂しい思いをしていたのである。

 

「デルフ? どんな剣だ?」

 

「デルフリンガーって名前のい、いんて、何ソードだっけ? とにかく喋る変な剣」

 

もしデルフがこの場にいれば、口(鍔?)をガチャガチャ鳴らせてそのひどい説明に抗議しただろう。インテリジェンス・ソードであることを忘れたにしても、伝説の剣とか輝いた刀身の剣とかもっと、ねぇ。と、ひねくれた感じに。

 

「デルフリンガーという剣なのかどうかわからんが、とりあげたインテリジェンス・ソードはうるさすぎたから水瓶の中に水没させたと聞いている」

 

サイトは最初武器屋で店主にうるさくて商売の邪魔だとどやされていたデルフのことを思い出した。どうやらシルフィードと同じくデルフも通常運転のようである。




+ラ・ファイエットのうわ言(一部抜粋)
「知られたんだ。だからあいつが……」
「殺される殺される殺される」
「おまえたちにはわからないのか?」
「仲が良かったオルレアン公を殺したたんだ。間違いない」
「葬式の際、ジョゼフはずっと不機嫌だった理由がわかった」
「もう終わりだ。どうしようもない」
「無能だといわれるあいつが次期王に指名されるわけだよ」
「どこから……? なぜ?」

原作知ってる人なら侯爵がなにをジョゼフに知られたと思い込んだか、たぶんわかるとおもいます。


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夕食会のはじまり

一時間近くディッガーと客間で話し合っていると、扉がノックされた。誰かと思い、ディッガーが扉を開けるといつものように無表情なユアンが立っていた。

 

「どうした?」

 

「客人の方々へ伝えることができたので」

 

「それは情報部の判断か」

 

「いえ、陛下の御意思です」

 

それを確認すると、ディッガーは青白い顔の少年を部屋の中に入れた。ユアンは自分の顔色より遥かに鮮やかな青い髪を持つ少女を見受けると機械的に伝言を伝えた。

 

「エドムンド様が夕食会にお招きです。そこで今回の一件について話し合いたいとのこと」

 

「わたしだけ?」

 

平坦な口調でそう問い返すのは当然タバサである。

 

「いえ、ここにいる皆さますべてです。我々の目的はガリア王弟姫の身柄確保だったのですが、いろいろと予想外な人たちの身柄も確保してしまったので、いっそのこと全員の顔を見ながら対応を決めるとエドムンド様が言われましたので」

 

タバサがコクンと頷くと、ユアンは用が済んだとばかりに部屋から出て行こうと身を翻したが、背後から声がかかった。

 

「ねぇ、それっておれらも行って大丈夫なの?」

 

声の主はウエストウッド村の孤児たちの中では最年長であるジムであった。彼は他の子と違って自分たちが囚われの身というのを理解していたし、()()()というのがどういうことを意味するのかわかってないが、周りの言葉からなんとなく偉い人ということは理解していた。

 

そんなのと自分たちが一緒に会って夜ご飯なんか食べていいのかと遠慮したのである。

 

だが、ユアンはさっき全員と言ったから別のことだろうと思い、相手が何の許可を求めているのか少し考え込むことになった。やがてどうもさきほどの話をちゃんと聞いていなかったのだという可能性に思い至った。

 

「全員です。きみたちも当然含まれている」

 

当たり前のことを告げるように無感動に返されて、ジムはなんか恥ずかしくなって萎縮してしまった。

 

「なんか初めて会った頃のタバサと同じくらい感情がわからないわね」

 

キュルケが感心してるのか呆れてるのかよくわからない声でそう呟くと、ユアンは初めて少し眉の根を顰めた。

 

「あなたは……たしかミス・ツェルプストー、でしたか」

 

「あら、なにか用かしら」

 

「ツェルプストーは有名な武門の家柄。ゲルマニアの……」

 

その声には今までとは違い、どこか嫌悪感を感じる響きがあった。

 

「なによ。わたしに言いたいことでもあるの?」

 

わずかなものとはいえ、いきなりそんな感情を向けられてキュルケは不快に思った。しかしユアンは「いえ、別に」とだけ呟くと、何事もなかったように平然と部屋から出て行った。

 

その態度にキュルケは怒りに震えた。

 

「なによあいつ! タバサと似てるなんて言ったわたしが間違ってたわ。初めて会った頃のタバサは無口でわけわかんない本の虫のようにしか思えなかったけど、あいつみたいにいきなり相手を不快にさせるようなことしなかったし、悪いことしたと思ったらちゃんと謝れたわ。なのになんなのよあれ!?」

 

「……きつい」

 

引き合いに出されたタバサは親友の初対面時の印象を聞かされて少し傷ついた。気心しれた間なら別に気にも留めないことではあるが、ここはアルビオンでディッガーをはじめ、会ってそう時間が経ってないような人がいる場ではすこし恥ずかしさを感じずにはいられない。

 

「申し訳ありません。我が国の者が無礼を」

 

ディッガーは頭を下げた。ユアンの感情が理解できる彼としては誠心誠意謝意を示し、その事情を語るしかなかった。

 

「ですが、どうかご容赦を。あの子は、ユアンはゲルマニアの元奴隷なのです。ゲルマニア貴族であるあなたに対して穏やかではない感情があるのでしょう」

 

あまりに予想外な単語が飛び出して、全員理解できずにぽかんとした顔をし、理解すると顔色を真っ青にして絶句した。いち早く正気を取り戻したルイズは湧き出てきた怒りのあまり顔を赤くして叫んだ。

 

「奴隷ってなによ! キュルケ!! ゲルマニアにはそんな野蛮な制度がまだ残ってるっていうの?!」

 

「……表向きにはないわ。あたしの生まれ育ったツェルプストーでもね。でも、そんな話を聞いたことは何度かあるわ。お父様もなんとかしようとしてるそうだけど……」

 

つらい顔をして、悔しさを滲ませたキュルケの姿を見て、伝統を蔑ろにするゲルマニアの評判悪さのせいで発生した根拠のない噂に過ぎないと思っていたそれが、現実のことであるとルイズは悟った。

 

ゲルマニアは約四百年前の聖戦で疲弊した諸侯たちが、聖戦を主導した宗教庁や三王家に対する反感から辺境諸侯が王家からの独立を宣言して成立した領邦国家群をルーツとしている。

 

ゆえにハルケギニアの伝統に囚われることなく実力主義をモットーとし、メイジどころかブリミル教徒でなくとも爵位を買えば貴族になることが可能であり、そんな人物が高位の官職につくことも珍しくない。そんな進歩的で革新的(他の五大国が評する表現を借りれば野蛮的)な制度を筆頭に前例にとらわれない方法で急速に国力を伸ばし、ガリアに次ぐ軍事大国に変貌した栄光の歴史を持つ。

 

だが、その進歩の栄光の影で、悪しき歴史の逆行も同時に進行してしまった。。その結果としてゲルマニアでは奴隷制度がいまなお存在いているのである。ゲルマニアは対外的には国内で試行されている奴隷制度禁止法の存在をあげ、そのような商売は行われていないと主張する。ゲルマニアのどんな都市でも大通りで奴隷の売買なんかしていたら、すぐに衛兵に捕まえられるので嘘ではない。

 

問題はその奴隷制度禁止法とやらの内容が抜け穴だらけの上に罰則自体も非常に軽いなど、ほとんど効力がない法律なのである。なのでゲルマニアには奴隷の一大市場が各地のそうとは見えない場所に存在し、人がまるでもののように金で売買されているのである。

 

どうしてそんなことになってしまったのか。これは皮肉にもゲルマニアが実力主義を唱え、魔法に頼らぬ技術開発を推進させ、大国へと成長させた理由と根を同じくしている。すなわち、自らの語る教義こそ正統であり絶対的に正しいと唱えるロマリア宗教庁への反感である。

 

そもそも六千年の歴史を誇るハルケギニアで、奴隷制度が悪しき制度であるとみられるようになったのは千年程前から徐々に広まってきたことであり、それ以前はどこの国でも奴隷制度があって当たり前、普通なことだったのである。それが変わった最大の要因はロマリアの熱心な宗教活動によるところが大きいのだった。

 

ブリミル教の教義では”人は皆、平等である”と説く。なので平等であるはずの人が人を家畜のように飼いならすことなど許されるはずがない。それは始祖の教えに背く行為である。奴隷制度を存続させようとする者は神と始祖に背くに等しい行為だ。信仰厚き者よ、団結して奴隷たちを人として解放するのだ……と、千年前のある日を境にあちこちで聖職者たちが信者に向かってにそう説法しだしたのである。

 

聖職者たちが、そんな説法を一斉にしだしたのは時の教皇が奴隷解放を訴える檄文を各地の教会に送りつけたからであった。それは教皇自身の良心によるところがないわけではなかったが、それ以上に宗教庁が実際に哀れな奴隷たちを救ってみせる行動を見せつければ、民たちは感激し、これまで以上に熱心な信者を獲得できるだろうという打算があったのであった。

 

諸国の王やその重臣たちは神と始祖の御心に背いているのではいかという精神的不安と、奴隷解放を訴える民衆の暴動という物理的不安で心の安寧を脅かされながらも、なかなか奴隷解放の決断を下さなかった。奴隷なしでどうやって労働力を確保すればよいのかとか、解放した奴隷が世間への恨みから逆賊と化したりしないかなどという未来への不安があったからである。

 

中でも彼らを最大の不安が奴隷解放をした余波をかって、平民たちが貴族を蔑ろにして好き勝手振舞うようになり、亡国の道に向かって一直線という考えるだに恐ろしい事態を招来しないか、ということであった。その最大の不安のせいで王や貴族たちは恐慌状態に陥りながらも、奴隷制度廃止を求める声に反射的に反対した。

 

事態を見かねた教皇は、”人は皆、平等である”から奴隷制度は廃止されねばならないと同時に、”魔法は神より授かった神聖な力である”という聖書の一節を強調しながら教皇がメイジである王と貴族の権威と特権が揺らぐことはないと宣言した。要するにこれは王侯貴族に対する事実上の譲歩であり、諸国の王は恐慌状態から抜け出したい一心でその譲歩に縋りついた。

 

かくして奴隷制度廃止を謳う国際法に諸国が調印し、奴隷制度は表向きには廃止された。だが、廃止されたからといって奴隷を売買することで生きてきた者たちが簡単にそれを止めるはずがなく、あらゆる手を使って司法の手を逃れて商いを続ける者は少なくなかった……。

 

そうしてロマリアへ激しい憎悪を抱きながら六百年にわたって目立たない辺境などでこっそりと存続してきた奴隷商は、宗教庁に対して反発を抱いて独立した領邦国家群に強い共感を感じ、商売から宗教庁の目をごまかす点でも魅力的である領邦国家群を新たな拠点とすることを選んだ奴隷商は多く存在した。国家の創設期にそんな奴隷商が大量に流入したせいで領邦国家は奴隷売買が根付いてしまい、中には半ば公然と認めるような例すらあったという。

 

ゲルマニアによって領邦国家群が統一されて以来、歴代の皇帝は根付いてしまった奴隷商の根絶に力をあげているのだが、数百年根付いた奴隷商はさまざまな有力者と複雑きわまる利害関係を構築し、大量の有力者が彼らの代弁者となって奴隷商を守ろうとする。かつての教皇がしたようにブリミル教徒としての道徳心に訴えようにも、宗教庁に対する反発が建国の基礎部分になってるのでゲルマニア人の信仰心に期待できるはずがなかった。事実上手詰まりに陥ってるわけだ。

 

「なんだよそれ胸糞悪い」

 

サイトは異世界人であったから、生まれにこだわらず金で爵位が買えて貴族になれる実力主義の国というのがゲルマニアに対する評価であって、しばしば周りの人たちが野蛮だと言うのに首を傾げたものだが、初めて本心から野蛮な国だと思えた。

 

「ってことは、あの子がわたしにあんな態度をとったのは……」

 

「あなたがゲルマニアの貴族だからでしょう。もちろん、あなたに責任があるとは言いませんが、ユアンにとっては色々と複雑な感情を抱かずにはいられないでしょうし、そっけない態度をとってしまったのもそのせいなのかもしれません」

 

キュルケは情熱と進取のゲルマニア人であることに誇りを持っている。だが、一方でゲルマニアという国家そのものに忠誠心や愛国心を持てないのはこういった不快な要素も祖国の一部であるからであった。キュルケに限らず、ほとんどのゲルマニア人もまたそうであることだろう。

 

キュルケはユアンの過去を思って同情を禁じ得ず、悲しい表情をした。

 

「あのクソガキに同情なんてする必要なんかねぇぞ」

 

客間の前を警備しながら様子を伺っていたデュライが我慢できんとばかりに、忌々しそうな顔をしながら口を挟んだ。

 

「なによ! あんた奴隷だった相手に同情するのは間違いだとでも言いたいの!!」

 

「そうは言わねぇよ。だがな、俺らがまだ番号で呼ばれていた頃のあいつと出会ったあの時から、今までなにひとつ変わっちゃいない。いや、変わろうとすらしていない。今も自分を奴隷と思い込んでる真性のバカだ。命令を受けなきゃなにもしちゃいけないと信じてやがる。さっきのだってそうだ。自分を奴隷にしたゲルマニアの連中が気に入らないなら、それなりの態度をとってしかるべきなのに何事にも無関心であるかのように振る舞いやがる。結局のところ、自分に自信が持てねぇ臆病者さ」

 

心底腹立たしくそう言うデュライに、ルイズはなにも言い返せなかった。その怒りの矛先がユアンそのものに向いているわけではないと理解できたからであった。

 

すこし喋りすぎたと思ったのか、デュライは軽く舌打ちすると、

 

「とにかくだ。あんな貧血野郎に同情なんざする必要はねぇ。自分で自分を変えられないやつなんか、どうせ哀れな末路しか待ってない。同情なんてしたら無駄なだけだ」

 

「よせ。誰かに対し同情するなと命令することは人の身では不可能なことだぞ」

 

「……ああ、すまんな総帥」

 

デュライは憮然とした顔で警備の任務に戻った。だがその憮然な表情の裏に怒りの感情が揺蕩っていることは、誰もが理解できてしまうほど拙いものであったが……

 

 

 

その夜、デュライに案内されて夕食会に出席した。部屋はそんなに大きくなかったが、巨大な円形の机が存在感を放っており、その上にはいろんな料理が配置かれており、エドムンド側は本人と赤毛の騎士、そしてディッガーだけで残りは給仕が控えているだけであった。

 

客間に突撃してきた時の印象から怖い人だと思ったが、その後ティファニアと昔語りをしていた時の表情はとても優し気で、ウェールズ王子に似た容姿もあってあまり怖い人でもないのかなと評価を改めていたサイトだった。

 

だが、椅子に座りながら王者の威厳を放っている姿を見ると、その評価も再びどこかへ消し飛んでしまいそうになり、やっぱり怖い人なんじゃとサイトは思ってしまっていた。

 

「異国の客人たちよ。歓迎申し上げる。今更ながら自己紹介をしておこう。私はエドムンド・オブ・ステュワート。アルビオン王にしてモード大公が三子、そして大変腹立たしいことではだが前王ジェームズの甥でもある。できればそのあたりのことは触れないでくれたまえ。そしてもし前王の話題をしたいのであれば相応の覚悟をしておくことだな」

 

友好的な笑みを浮かべながら物騒な紹介をするエドムンド。

 

明らかにジェームズに対する敵意を感じさせる言葉に、テューダー朝最後の日に立ち会ったルイズとサイトは反感を覚えたが、なにも言わなかった。

 

それは日中ディッガーと話していた時に、サイトがエドムンドがウェールズと似た顔をしていると話題にだした時の経験の賜物であった。

 

「……おまえとウェールズにどのような関係があるかは聞きはせん。しかし今のアルビオンでウェールズやその父ジェームズの名前を出せば、ろくな目にあわないぞ」

 

その言葉にサイトは反発した。ジェームズやウェールズ、アルビオン王党派の人たちがどんなに立派な人たちだったか、サイトは自分の目で見て知っていたからだ。それは同じ場所にいたルイズもそうだった。

 

「いいか。アルビオンの民は王党派と貴族派の内乱で三年、いや、その予兆の対立による混乱も含めれば五年も苦しんだんだ。そしてその対立の原因はなんといってもジェームズがモード大公とその一派を理不尽に牢に入れ、なんの証拠も示さずに反逆罪で処したからだ。あれ以来、貴族たちは王への猜疑心を募らせ、その間隙をついてあの醜悪な共和主義者どもが台頭し、更に民は苦しんだ。そんな経験をした民がジェームズに好意的であるはずがないだろう。実際、ジェームズが崩御した時、本気で悲しんでるやつなんてほとんどいなかっただろうしな。

そしてなにより、今、王座にある御方がだれであるか少しは考えろ。エドムンド陛下はモード大公の子なのだぞ。いきなり心当たりがまるでない罪で自分達から王族としての権利を奪い、捕らえたものはほとんど例外なく反逆罪かその連座で処刑にされた。陛下の臣下や友だけではなく、敬愛した父や兄、そして婚約者までもがジェームズによって首を晒され、その死すら弔われることなく無慈悲に踏みにじられた。そんな奴の息子に似てると言われて陛下がどんな風に受け止めるか、そんな奴らの話題をして陛下に忠誠を誓う者達がどのように思うか、わからないとでも言うつもりか?」

 

エドムンドに降りかかった悲劇を聞いてサイトは言い返すことができなかった。タバサが経験した悲劇をキュルケから聞かされた時はジョゼフに対して激しい怒りを覚えたものだが、今回はその悲惨さにただただ圧倒されてしまった。

 

しかしルイズを襲った衝撃の方が大きかったかもしれない。彼女は先の戦争の時にサイトが死んだと聞いただけで絶望し、自殺すらしそうになったのである。それだけに実際に婚約者を奪われたエドムンドがジェームズを憎むのは当然だと思えた。ましてサイトとは違い、反逆罪の連座という名誉の欠片もない死なのである。

 

「それにな。私とて陛下に忠誠を誓う臣下の一人だ。他国人だからある程度抑えがきくが、主君に襲った惨劇の話をしていては気分が悪くなる。これ以上、ジェームズやウェールズの話題をするなら実力行使も考えるぞ」

 

瞳に殺気すら浮かべてそう言われ、ルイズとサイトはコクコクと必死で首を縦に振ったものである。こうしたやり取りがあって今のアルビオンでジェームズやウェールズの名前を出すのは地雷であるとようやく理解できたのであった。

 

「さっそく食事を始めるとしようか。神と始祖よ、今宵も我らに生きるための糧を与えてくださったことに感謝を。さて、まずはなにに乾杯するかだが……」

 

給仕たちが机の上に置かれたグラスに赤いワインを注いでいく(孤児たちの分はワインではなく野菜ジュースであったが)のを確認すると、エドムンドが視線をタバサに向けた。

 

「誓いに」

 

「……誓いか。まあ、それも良し。乾杯!」

 

エドムンドがそう言ってグラスを掲げる。ディッガーとヨハネはすぐさま追従し、サイトたちもそれに倣い、ティファニアと孤児たちは、慣れない行動に戸惑いながらも同じようにグラスを掲げた。

 

「ハルケギニア諸国からメシマズの国と蔑まれるアルビオン料理が口にあうとよいのだが、嫌ならば残しても不機嫌にはならんぞ」

 

その忠告を聞いて、サイトはやや警戒しながらステーキに手をつけたのだが、普通においしかったので首を傾げた。しかしキュルケやギーシュ、ルイズがやや顔を顰めているのが目に入った。

 

「そんなにマズいか? おれは別に気にならないんだけど」

 

「たしかに気にするほどじゃないんだけど……野菜の味が……」

 

そう小声でルイズに言われ、サイトは野菜のサラダを口に含んだ。薄い。野菜の味が薄すぎる。いや、薄いとかいうレベルじゃなく味覚をぜんぜん刺激してくれない。

 

そしてその味の薄さを誤魔化そうとしているのか、ドレッシングが異様に濃く、サラダを食べてるんだがドレッシングを食べてるんだがよくわからない感覚になる。

 

なんというか、普通に食べられるけどおいしくない。

 

「やはり素材の方は如何ともしがたいか。かなりマシになってきているはずなのだがな」

 

少し憂い気にエドムンドはため息を吐いた。

 

「これでマシなんですか?」

 

「ああ、マシだとも。少なくとも百年戦争の頃よりかは……と、いつまでも下らぬ雑談をしておるわけにはいかぬ。本題に入らせてもらうとしよう」

 

そしてエドムンドはタバサを油断なく睨み付けた。

 

「さて、シャルロット殿下。今後どうなされるおつもりで? お気持ち次第によってはおぬしに助力してもかまわぬのだが」

 

「どういう意味?」

 

「単純な話だ。もしおぬしが血に染まる覚悟があるというなら、復讐を手伝ってやってもかまわぬぞと言っておるのだ」

 

予想外な申し出に、タバサは目を大きく見開いたが、驚きのあまり思わず声をあげたのはキュルケだった。

 

「ちょっと待って! アルビオンはガリアの友好国でしょう? なのにどうして敵対しようとするのよ!?」

 

「友好をこれ以上深めるかどうかは別として、ガリアとは友好的関係を維持したいとは思っておる。だが、それがなにも無能王と友好的でありたいということを意味しない。それにガリアの宮廷の様子からおぬしならば十二分に勝ちの目はあるように思えるからな」

 

当然、この提案はエドムンドの本心ではない。ただオルレアン公の遺児を放り込めば、ガリアに政治的大混乱が発生することは容易に想像でき、ジョゼフがおそろしく長い陰謀の糸をハルケギニア中に張り巡らせる時間を削れるかと思えば多少は支援してやってもよいかと思っているのである。

 

そしてシャルロットを支援する一方でジョゼフとのつながりも切らず、互いに良い顔をして天秤にかけてやるという方法を最初考えた。そして少しでも価値あると思える方に助力する。これはこれで悪くない話に思える。だが、ジョゼフの陰謀能力の高さを鑑みるとかなり危ない橋であり、現実的ではないと没にしたのであった。

 

というわけでシャルロットの蜂起の前準備を手伝ってやるだけで、蜂起後は完全放置で勝手にさせる。もしシャルロットやそれに忠を誓う者達に神が微笑むならば生き残れる目もあろう。だが、ジョゼフの底のしれなさを鑑みるに、可能性は低いのではないかと思わざるを得ないし、仮にうまくいったとして、ジョゼフのぬるま湯統治法によって育まれた雑多な勢力を処理して十全に統治できるのか、と不安要素満載であるが。それでもジョゼフの相手を務めてくれるなら、それだけでこちらは助かる。

 

「断る」

 

「ふむ。なぜかな? やはり面識もない国の王の口約束なぞ信じられぬか?」

 

「違う。仇は自分の手で討ちたい。それに他人を巻き込みたくない」

 

断る理由が予想外だったので、エドムンドは目を白黒させた。数秒してその言葉を飲み込むと、エドムンドはまるで錆び付いた金属製の鎧でも着ているかのようにギギギ……とぎこちのない動きで隣にいる赤髪の騎士を見た。

 

「……ヨハネ。どういうことかな?」

 

「陛下。人それぞれです。見解に相違があってしかるべきでしょう」

 

無表情の顔面に、薄っぺらくて表情筋がひきつりまくってる満面の笑みの仮面を被った主君の問いに、ヨハネは内心恐怖で震え、頬に冷や汗をたらしながらもそう答えた。

 

「……では、あの時のおぬしの言葉に嘘偽りはないのだな」

 

「はっ」

 

「よかろう。ならば、よかろう」

 

そう言って二度頷くと、なにか危うい気配は消え去った。

 

「話の腰を折って悪かったな。ということは殿下はガリアの王位を望んでいないと認識してもよいかな」

 

こくりと頷くタバサ。

 

「しかし、そうなると……困ったな」

 

顎に手を当てながら、心底困ったという表情を浮かべるエドムンド。

 

「なにがそんなに困るんですか?」

 

サイトが怪訝な顔をして問うた。

 

「なに、単純なことよ。殿下はガリアの王冠を抱く気はないと仰せだが、復讐を諦める気はないのだろう? であればその復讐が成りし後、なんぴとがガリアの玉座に座るのか問題になってくるとは思わぬか」

 

「……言われてみれば」

 

そう指摘されるまで疑問に思わなかったサイトに、エドムンドはひょっとしてこいつ単純バカなのかとガンダールヴに対する評価を下げた。

 

「順当にいけばジョゼフの娘が王位に就くのだろう。私の見るところ、彼女に王たる資質は十分に備わっているとは思うのだが、支持者の少なすぎるという致命的な問題がある。彼女が父が暗殺されてすぐにその気にならねば厳しかろうな」

 

タバサは表情こそ変えなかったものの内心驚愕していた。自分の従姉妹であるイザベラの世間の評価は控えめに言ってもひどいものである。だからそんな評価を聞いたのは初めてだったからである。

 

北花壇騎士としてイザベラの部下だったタバサは決してイザベラのことを無能と思っているわけではない。だが、イザベラの有能さは陰謀能力や裏仕事の調整などであって、王としての資質があるようには到底思えなかった。

 

それにエドムンドの発言を裏返すと、ジョゼフの死んだ直後にイザベラがその気になれば、彼女が女王となってガリアを統治できる未来はありえない話ではないと見ているということである。一国の王がイザベラをそんなに評価しているなんて、とても信じがたい。

 

だが、妙に自信があるように評しているので、嘘偽りを述べているとも思えず、タバサは戸惑いを覚えずにはいられない。

 

「そしてイザベラが時間の壁にぶつかっている間に、分家王族どもが次期王候補に名乗りをあげはじめれば、どう転ぼうが大規模な内乱は避けられまい。そうなれば、ガリアからさまざまな物資を輸入しているこの国にも影響がでかねん。王として憂慮せざるをえない事柄ではないか」

 

「……それはたしかにそうですね。でもいい方法なんてそう簡単に思いつかなし」

 

エドムンドの懸念をサイトは真っ当なものと思って、頭を捻らせた。しかし考えてもろくに考えがまとまらず、唸り続けるだけだった。

 

そのサイトの様子を見て、エドムンドは目を細めた。

 

「それにしても貴様、王族同士の会話に当然のようにと入り込んできて、よく平然とした顔をしておれるな。それともおぬしの故郷、”チキュウ”やらいう異界では権力者に対し、そのような態度をとることはごく普通のことなのか?」




+ゲルマニアと奴隷商
原作でゲルマニアは野蛮、野蛮と言われますが、具体的にどう野蛮なのかがわからない。
ということでそれなりに説得力のある理屈付与してみた。
伝統に囚われないというのは美点扱いされることが多いですが、伝統に背いてる要素って良い要素ばかりなはずがないんですよね。伝統によって守られていた側面だって絶対あるはずだと考えました。
奴隷商以外も宗教庁から敵視されていた人間勢力が都市国家群に流入しました。

+ブリミル教と奴隷解放
ハルケギニア全体で信仰されてる宗教だから善の面があるはずだ。
そうでないならシュタージ並みの監視体制を敷いて信仰を強要していないかぎり、あんなに信仰されてるわけがない。ということで良い歴史的なものを想像してみました。
なんか二次創作だとロマリアって害悪の象徴みたいに描かれてることが多いのが少々気になったんでね。
だから仮にも一大宗教の総本山なんだから善の部分(あるいはかつて善であった部分)を描かなきゃいけないという謎の使命感を持ってしまった結果、こんな有様に。


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事後処理の方法

「いま、なんて……?」

 

言われたことを咄嗟に理解できず、思わず聞き返してしまった。

 

その様子を見て、エドムンドは肩を竦めてため息を吐くと、

 

「チキュウでは目上同士の会話に入り込むのは常識的なことなのか、と問うたのだ」

 

チキュウ。ちきゅう。地球。

 

脳内でなんどもそう呟き、聞き間違いでないと確信して衝撃を受けた。

 

それは故郷と言うにはかなりスケールがでかすぎるような気がするが、サイトの生まれ育った星、世界の名前であった。

 

そして地球という言葉を他者から切り出されたのは、すでにハルケギニアに召喚されてより一年以上たったサイトにとって初めてのことであり、どう反応していいかわからず脳細胞フリーズしてしまった。

 

「失礼ですが陛下。どうしてサイトの故郷がチキュウという場所であることを御存知なのでしょう? サイトは東方からやってきたきた剣士ということは知れ渡っていますが、東方のなんという国からきたかは広まっていないはずですが」

 

変わりに反応したのは彼の主人であるルイズであった。彼女はサイトが故郷に帰るための方法を探すのを手伝ってあげたいと思っていたが、いままで成果ゼロというありさまだったので、つい訪ねてしまった。ただ礼儀を失さないよう注意を払う程度のことは忘れずしていたのだけども。

 

その必死さをどう思ったのか、エドムンドは人の悪い笑みを浮かべた。

 

「我が国の情報網をあまくみるなよ? あらゆる伝手を駆使して調べあげたのだ。行軍中とはいえ、七万の軍勢の進撃を止めて見せた稀代の英雄だ。その英雄の経歴を調べぬほうがどうかしている」

 

たしかにそれはその通りだけどと、ルイズは悔し気に奥歯を噛みしめた。

 

エドムンドはチキュウのことを”異界”と言った。つまり異世界の存在を知っているということだろう。そのへんおことを聞き出したかったこそ、東方なんてすっ呆けた問いかけをしたのだ。

 

だが、容易くそれを見抜いたエドムンドは東方のこと一切無視し、サイトの故郷をなぜ調べたのかと言う話と受け取って有耶無耶にしてしまった。トリステインの王室が公式発表でサイトの故郷は東方だとしているのだ。トリステイン貴族であるルイズが直接それを聞けないと見越した上で、である。

 

「だが、私が国の情報網ではそれ以上調べ上げることができなんだ。だから好奇心から聞くのだが……おぬしの故郷はチキュウのどこなのだ?」

 

そこでようやくサイトはフリーズがなおったようで、目の色を変えた。

 

「日本って国なんだけど、なんで地球のことを? もしかしてエドムンドさまは地球への帰り方とかも、もしかしたら知ってたりするとか!?」

 

「だから礼儀がなっておらぬと……、いや、もういい。やはり、それが二ホンという国では常識なのだな? もうそう思うことにする。そう思えば多少の無礼は赦してやろうという気になれるものだ」

 

さっき咎めたというのに、全く態度が変わっているように見えないため、エドムンドは頭を抱えたい衝動を必死に堪えながらそう言い放った。

 

それは嘘ではなかったが、もしエクトル卿と名乗り、口汚い荒くれものの傭兵たちを統率して戦場を駆け回っていた経験がなければ、我慢できなかったかもしれないとエドムンドは内心思った。

 

そう考えると、そういう経験が絶対ないはずのアンリエッタが、このように無礼なサイトを騎士としてとりたてたのはある意味、凄まじいの一言に尽きる。いくら能力があるといっても、このような素行では伝統的腐敗貴族どもを黙らせるのは容易ではなかったはずだ。

 

しかしそれぐらい剛毅な質でなければ、あの伝統固執の小国で非常に改革的な政策を実行できるはずもなしか。おのように思い、アンリエッタに対する認識の誤解がさらに加速するエドムンドであった。

 

「それで帰り方だと? 妙なことを聞くな? 来た道の逆を辿れば帰れるに決まっておろう」

 

「いや、でも使い魔の召喚魔法って一方通行なんでしょ? それで帰れなくなって……」

 

日本に対する致命的な誤解を招いたような気がするが、礼儀を気にしなくてもいいと言われたことでもう完全に王族に対する言葉遣いをする気すらなくなったサイトである。もとよりそんな言葉遣い知らないので最初からアウトであったが。

 

「ああ、そういえばおぬしはミス・ヴァリエールに召喚されて使い魔になっていると、デュライから報告を受けていたな。それで帰り道がわからなくなったと。では召喚される前、どこにいたのだ?」

 

「地球の日本だ」

 

「そうか、チキュウの二ホンか……、って、はあ!?」

 

サイトの返答にエドムンドは一瞬納得しかけ、納得できるわけがないと叫び声をあげた。

 

「嘘つけ貴様! 使い魔を召喚する”サモン・サーヴァント”はハルケギニアのいずこからか使い魔に相応しき動物や幻獣を”(ゲート)”を通じて招く魔法だ。その(ゲート)がチキュウなんぞとつながる訳がなかろうッ!!」

 

「でも実際つながったわけだし!! そうじゃなきゃおれハルケギニアに来れてないよ!」

 

エドムンドは内心首を傾げた。どうにも話がつながらぬ。サイトの必死さに演技の気配は感じられぬし、会ってからそう時間がたってないが、演技の類が下手なのだろうと第六感が囁いている。ということはサイトの言葉は真実ということか?

 

いや、それは早計だ。なにか確かめる方法ないものか……。そこでふと思い至った。それを確かめる術がひとつあった。

 

「ひとつ問いたい。”シャイターン”と言う言葉に聞き覚えは?」

 

「ないな。……いや、ルイズに向かってビダーシャルがそんなこと言ってたっけ。なあ?」

 

「え? あの時、わたし魔法唱えるのに必死でそんなの覚えてないわ」

 

「いや、たしか、そんなふうなこときみに向かって言ってたよ」

 

サイトがアーハンブラでそうビダーシャルが叫んでいたことを思い出し、そのことをルイズはよく覚えておらず、代わりにギーシュがそんなことを言ってたと証言した。

 

だが、そんな一幕を見てエドムンドの脳内にはクエスチョンマークが乱舞した。ルイズがシャイターン? サイトがじゃなくてか? そうなるとルイズとあの異世界人との共通項はいったい?

 

性別、体形、年齢、性格、およそ共通項と思しきものはなし。あえていうなら肌の色がサイトと比べ、ルイズと同じハルケギニアの民よりであるが、その理屈で解釈するとハルケギニアの人間が全員シャイターンになってしまう。

 

色々思考を巡らせたが、シャイターンという言葉の意義を履き違えていたらしいというのが一番しっくりとくる結論だった。シャイターンとは異世界人を意味するエルフ語と思っていたのだが……

 

「で、それがいったいなんなんだ?」

 

「いや、すまぬ。どうやら私の勘違いであったようだ。忘れてくれ」

 

内心の困惑を表に出さず、エドムンドは朗らかに笑いながら誤魔化した。

 

「だが、おぬしの問いに答えることはできんな」

 

「知らないんですが」

 

「知らぬし、そして仮に知っていたとしても教えられぬわ」

 

それは遠回しに知っているという意味か、とサイトは思った。

 

「どうしてですか」

 

「おぬしはトリステインとその君主に忠誠を誓った騎士なのだろう? 貴重な情報源の存在とそこから得た情報をなぜ他国のやつに開示してやらねばならぬ? 相応の見返りを提示されたというならまだしも、ただで教えたとあっては、私を信じて情報を集めてくれた臣下に対して裏切りも同然ではないか」

 

トリステインにもアンリエッタにも忠誠を誓った記憶はなかったが、エドムンドの言はもっとも過ぎて言い返すことができなかった。それでもなんとしても情報を聞き出したいサイトはなにか方法はないかと必死で考える。

 

実際のことろ、エドムンドは地球に行く方法なんて知らなかった。いくつか推測をたててはいたが、それらすべて自分を納得させるだけの説得力を持てていなかったので、仮にサイトがなんらかの見返りを提示できたとしてもろくな答えを返せなかっただろう。

 

「まあ、おぬしの故郷関連の話はまた今度だ。そんなことより目の前に差し迫っている問題の方が、重要であると考えるが?」

 

「問題?」

 

サイトが首を掲げるのを見て、エドムンドは首をしゃくった。すると隣にいたヨハネがすらすらと夕食の場ですることとは思えないほど場違いなセリフを発した。

 

「ひとつ、アルビオン王族に連なるティファニアさまの誘拐未遂を実行した罪。

ひとつ、領主の許可を得ず、領民の不法移動の強制及び村の破壊を企てた罪。

ひとつ、鉄騎隊及び警邏隊に暴行を加え、公務執行妨害を行った罪。

以上、三つの罪状があなたがたを拘束する主な理由となっております」

 

「うち、ティファニアの件は目を瞑ってやってもよいと思っておる。なにせ我々とて知らぬ事実であったし、存在自体把握しておらなんだからな。だが、残りはアルビオンの王として断じて見逃すことはできぬ」

 

そう言われ、ルイズたちは衝撃を受け、顔を青くした。サイトだけが怒りも露わに反論した。

 

「おれたちは別に村を壊そうとなんてしてないし、デュライたちの一件なら襲ってきたのはそっちじゃねぇか」

 

「ウエストウッドの村民全員移動させようとしたのが村の破壊以外のなんだというのだ。領主の許可を得ずに領民が勝手に住居を移動することは不法行為だ。その手続きを取らず秘密裏にやろうとしたのだろう? しかもその時にウエストウッド村の警備当たっていた鉄騎隊の隊員三名を不意打ちで気絶させている。にもかかわらず先に手を出したのはこっちだと? ずうずうしいにもほどがあるぞ」

 

エドムンドの弾劾にサイトは反論した。

 

「領主の許可というのは知らなかったから悪いとは思うけど、ウエストウッド村の警備兵を気絶させたのはおれたちじゃないぞ」

 

「? ではだれが警備兵を襲ったというんだ?」

 

ディッガーが不思議そうに首を傾げる。その三名の隊員は不意をうたれたために自分を気絶させたのがだれなのかわからなかったが、報告を受けたディッガーは状況的にサイトたち一行の所業と断定していたのである。

 

その疑問に答えたのは、サイトではなかった。

 

「あの、それやったの、姉さんです。村に兵隊がいるのを見て、わたしの正体がバレたと早とちりして……」

 

ティファニアが気まずそうに、今にも泣きだしそうな表情で、とぎれとぎれに答えた。

 

ティファニアの姉さんというのは、マチルダのことだろう。ティファニアを守り通してきたマチルダの視点から見れば、そう勘違いするのも無理はないと思うが……

 

それにしても……

 

「侯爵令嬢だった、あの頃のお淑やかさはどこに消え失せたのだ?」

 

「たぶんいろいろあったんでしょう。いろいろ。だからこそ華麗な変身を遂げたんでしょう」

 

「華麗というには、少々雑味が強すぎやしないか」

 

貴族時代のマチルダの姿を知るエドムンドやヨハネからすると、そのように過激な行動をとった人物が記憶の中の令嬢が同一人物であるというのはなかなかに信じがたいことである。

 

当時のマチルダはエドムンドのようにやんちゃな性格ではなく、まさに万民が思い浮かべるような深窓の令嬢であったから、真実であったとしてもどうも違和感を感じてしまう二人であった。

 

「まあ、村の件は置くとしても、だ。おぬしらと交戦した警邏隊の証言によれば、街道で犯罪者の引き渡しを要求した際に、暴言を吐いたおうではないか。なんでも我が王家が間違っているとか」

 

「タバサは犯罪者じゃないって言っただけだぞ!」

 

「なら素直に捕まって身の潔白を証明すれば、それで済む話ではないか。にもかかわらず実力行使で抵抗したということは、後ろめたいことがあるなによりの証明なのではないか?」

 

責める視線をサイトに向ける。

 

「なぜだ? なぜそうしようと思わなかった? 我が国の誠意が信じられなかったなどとでもぬかすつもりか?」

 

「そう、信じられなかった」

 

タバサが当然のことであるかのようにそう言い放ち、エドムンドが憤怒の表情を浮かべた。

 

「ほう、なぜかなシャルロット殿下。返答次第によってはただでは済まさぬぞ」

 

「警邏隊が来る直前まで、わたしたちはガリアの手勢の襲撃を受けていた。それを退けた直後にやってくるなんてタイミングが良すぎる。あなたたちがジョゼフと手を組んでいたとしか思えない」

 

断定口調の反論に、エドムンドは憤怒を収めた。

 

「なるほど。先を見通す目はともかくとして、現状把握の方は問題ないようだな。たしかにわれわれはジョゼフとの交渉の結果、シェフィールドとかいう奴がおぬしらを襲うのを黙認した。そんな我らを信じられぬというのも無理からぬ話か」

 

あっさりとジョゼフと手を組んでいた事実を認めるエドムンド。

 

「だがな。王権という力は実に強力な力でな。その矛先にいる者の口を封じて反論を許さず、こちら側の主張だけ述べて罰を下すことが、いかに容易いか。オルレアン派粛正を経験された殿下におかれては、そのことを身をもって知っておられると思うが……」

 

「そんなことをすれば外交問題になります! それに陛下の名誉も傷つくとになりますわ!」

 

脅迫以外の何物でもない言葉にタバサは鼻白んだが、即座にルイズが悲鳴のようにそう叫んだ。いつものような激情の産物であるようにサイトやギーシュなどは思えたが、殊の外論理的かつ効果的な反論であった。

 

事実、エドムンドにとってタバサの扱い以外は事前にまったく想定していなかったから、現状は不本意の極みだった。

 

なぜなら、強硬的な手法で一方的に処理したら戦争が勃発しかねない事案だからである。国内において容赦ない中央集権化を推し進めているエドムンドであるが、あれはレコン・キスタ時代からの入念な準備の賜物であり、その為の準備をまったくしていない他国の貴族相手いそんな方法で処理できない。したら戦争まったなしである。

 

内乱の終結から数ヵ月が経過したが、その程度の期間で国土の大半が戦場になった傷を癒しきれてるわけがない。それなのに戦争が勃発したとあっては、長い内乱の結果として厭戦感情を抱いている民意を裏切ることになってしまう。

 

そうならないようにするためにエドムンドは、そんな状況になる前にこの問題を処理しなくてはならないのであった。

 

「ミス・ヴァリエールの言う通りよな。だが、犯してくれた罪の重大さを鑑みれば無罪放免というわけにもいかぬ。トリステイン政府との交渉によって下すべき処罰が決まる、ということになるだろうな」

 

ルイズたちはそろって安堵のため息をこぼした。トリステインとの交渉によって処罰を決めるのであれば、そこまで重い処罰にはならないだろうと思ったからである。

 

そのあからさまな態度に少々不快感を覚えたエドムンドは表情を一切変えず、骨付き肉を手に取り、齧りつき、肉を引きちぎった。口の中に広がる甘い肉汁の旨さは、かすかな不快感を容易く消し去った。

 

「ちょっと待ってくださる? あたしはゲルマニアの貴族なんだけど、その辺はどうなるのでしょう?」

 

「ツェルプストー辺境伯に使者を送った。お前、主犯でもなければ重要人物でもないらしいし、この件に関しゲルマニア政府は関わっておらぬようだから、アルブレヒト三世の以降を伺う必要もないと思ったのでな。処罰の方はお前の実家に丸投げだ」

 

報告からキュルケの経歴を知ったエドムンドは、彼女の愉快犯的思考をそれなりに把握しており、たかが一辺境伯の娘一人のためにあの手強そうなアルブレヒト三世の介入を招く方が、ゲルマニア政府を最初から無視する方がはるかにマシと判断してのことであった。

 

ついでに言えば、エドムンドは使者に持たせた親書にツェルプストー辺境伯家に対して相応の謝罪金を要求する旨を書いており、キュルケの処罰自体に固執せず、辺境伯家から金をせしめることに重点を移したようであった。

 

「この話はここまでとしよう。もうひとつ重要なことをわれわれは話し合わねばならないのだからな」

 

「なにを、ですか?」

 

安堵していたところへ、再び鋭い目を向けられて、ルイズは固い声でそう問い返した。

 

「ティファニアのことについて、だ」

 

さっきまではトリステインとの外交問題的な話だったので、ある意味蚊帳の外にいて純粋に豪勢な料理を楽しんでいたウエストウッドの孤児たちも含めて全員に緊張が走った。

 

「念のため……、おぬしらがティファニアをトリステインで匿おうとした理由を話してくれぬかな」

 

すでにデュライらの報告により、成り行きの大枠を理解しているエドムンドであったが、直接彼女らの言い分を聞いておきたいという気持ちがあった。部下の報告を信用していないわけではなかったが、ことがことであり、自分で確認したかったのである。

 

ルイズは言える範囲でありのままを語った。表沙汰にはならなかったがシャルロットを巡る一件でガリアと対立したことにより、トリステインの女王アンリエッタが、ガリアと友好関係にあるアルビオンで、しかもガリアも統治に参加している四カ国共同統治領サウスゴータ地方の辺境でひっそりと暮らしているティファニアの身の安全を憂いたのである。

 

なのでティファニアらウエストウッド村のみんなをトリステインの庇護下に置こうと考え、ルイズたちに対して自分の従姉妹であるティファニアをトリステインに連れてくるよう命じたのが、今回の成り行きであった。

 

「なぜ、私に一言いってくれなかったのか、疑問だね。血縁上私はティファニアの兄だというのに」

 

「……ティファニアはハーフエルフです。それに、モード大公派粛清の原因のひとつでもあります。だから彼女を前にして兄としての情より、復讐者としての情を優先させるのではないかと、考慮したのではないでしょうか」

 

「ふむ。正論だな。事実、私は最初ティファニアの存在を知った時、いささか冷静さを失っておった」

 

「いささかっていう次元を確実に超えてたような」

 

「なにか言ったか、忠勇なる近衛武官長」

 

「いいえなにも」

 

ヨハネのからかいをエドムンドは冷ややかに粉砕しながら、アンリエッタの采配に感心していた。目の前のピンクブロンドの髪の少女は嘘をついていないだろう。別に嘘を見抜ける目を持っているとは言わないが、己に自信を持ち、誇りと意志を宿した新年の輝きが宿る瞳をしながら、信じてもいない嘘偽りを語れるような奴は少ない。

 

だからアンリエッタは先住魔法の担い手を麾下に加えるために、このような方便で持って臣下のルイズをそう信じ込ませたのだろう。そうすれば、たとえ捕まったとしても相手に漏れる情報は少ない……。下手に吐き出させようとしたら自害しかねないからだ。

 

実際のところ、アンリエッタがティファニアをトリステインで庇護しようと考えた原因は、少し前に水の女王と急遽かつ秘密裏に会談したロマリアの教皇の言葉による巧妙な誘導の成果であり、決してアンリエッタが自主的に動いた結果ではないのだが、幸か不幸か浮遊大陸の王者はそんなこと知る由もなかった。

 

とにかくツッコめる部分なかったので、エドムンドはティファニアに向き直った。

 

「ティファニア」

 

「は、はい」

 

「君は……これからどうしたい?」

 

「え?」

 

「今まで通りどこかの村で暮らしたいというのなら、そういう環境を用意しよう。もしこの王宮で暮らしたいというなら、適当にごまかして住めるよう取り計らってやる。……どちらにしても君の両親のことを公にできないから、いろいろと不自由を強いることになるとはおもうが、君はどうしたい?」

 

「え、えっと、その……」

 

ティファニアは困った。なんと答えて良いか、わからなかったから。混乱する頭の中で必死に考えるも、考えがまとまるどころか逆に散らかっていくような思考をしてしまい、さらに考えがまとまらなくなった。

 

ふと、サイトの姿が視界の端に止まった。真剣な顔でこちらを見ている。自分を迎えに来てくれた人、憧れていた”外”に連れていってやると言ってくれた優しい人……

 

そのことを思い出し、ティファニアの決心は固まった。

 

「気持ちはうれしいけど、わたしは”外”の世界を自由に見てみたいの。だからサイトと一緒にトリステインに行きたいと思います」

 

「……トリステインでも不自由なことにかわりはないと思うが」

 

純粋な心配から、エドムンドは懸念を述べる。エルフの先住魔法がトリステインの目的と思い込んでいるから、絶対にそういう方向で利用されるだけではないかと危惧せざるを得なかった。

 

「サイトが約束してくれから、大丈夫です」

 

「おい、本当なのか?」

 

「ああ」

 

「神と始祖と、己が身命に誓えるか。ティファニアを不自由にはさせぬと」

 

「ああ。誓う」

 

サイトの断言に、エドムンドは目をつむった。

 

「ひとまず、お前を信じてやろう。だが、もしティファニアが不自由している俺の耳に入ろうものなら、……ただではすまさぬぞ」

 

ドスの効いた言葉に、サイトは一瞬だが内心でひるんだ。しかし身動きひとつしようとしなかった。いや、できなかった。そんな醜態を見せればエドムンドはすぐさま杖剣を抜き放ち、襲ってくるような幻想に囚われていたからである。

 

「そうか。なら餞別としてこれをやろう」

 

エドムンドは懐から異国情緒漂う紋章が刻まれたペンダントを取り出し、立ち上がった。そしてティファニアの座る席に近づき、跪いた。

 

その様子を見て、ヨハネとディッガーは慌てた。王が誰かに対し跪くなどあってはならないことであったからである。しかしすぐに兄妹なんだから別に礼儀なんて細かく気にしなくてもいいではないかと思い直した。

 

「目をつむって、普通の人間の耳を思い浮かべてくれないか?」

 

「普通の人の耳?」

 

「そう」

 

言われるがままに目をつむり、普通の人間の耳、尖ってない耳をイメージする。そしてエドムンドはなにも言わずにそのペンダントをティファニアにつけた。

 

すると孤児たちが一斉に驚きの声をあげた。




おまけ
エドムンドのルイズたち一行に対する夕食会での評価。
>ルイズ
知的で頭が回る”虚無”。さすがにあのアンリエッタ直属の女官をしているだけのことはある。
いや、あのマントの紋章が俺の見間違えでなければ、王族としても評価すべきか?

>サイト
異世界人ってどいつもこいつも礼儀を気にしないのが普通なわけ?
でも、臣下にしたらそれなりに頼もしそうではある。性格的には百人長くらいが適任かな。

>タバサ
状況把握能力は高いが、先を見る視座が低すぎないか。
長く暗部にいたそうだから、大局眼を磨く機会がなかったのかな?


>キュルケ
ガリアの王弟姫と深い関係にあるのか、思わず声をあげてた印象。愉快犯的思考の持ち主。
ことと次第によっては皇帝が首突っ込んできそうな地雷物件。適当に放置でいいか。

>ギーシュ
これぐらいの年の貴族ならこれが普通なんだよなぁ。
俺の場合、一人で野生の風竜狩りに挑み始めてたけど。

>ティファニア
ひどい環境で育ったのに、ずいぶんと素直に育ってるなぁ。マチルダ頑張ったんだな。
そのせいでマチルダの方は性格とか気性が劇的ビフォーアフターしちゃってるけど。


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兄の自覚

「テファ姉ちゃんの耳が普通になってる!」

 

孤児の一人であるエマにそう言われてティファニアは自分の耳を手で触って確認したが、普段と変わっているようには思えない。なにか確認する方法ないかとあたりを見回し、石壁で視線が釘付けになった。

 

流石王宮というべきか、部屋の石壁はピカピカに磨かれており、光沢を放っている。そのおかげではっきりとはわからないものの、周りの光景を鏡のように反射しており、石壁の中のティファニアの耳はたしかに人間のそれになっていた。

 

「君の生まれを軽蔑するわけではないのだが、世間のエルフに対する認識は最悪だからな。一目でそれとわかる特徴なぞ隠しておくに限る」

 

ティファニアは悲しい顔をしたが、それに対してエドムンドは自分の出自を隠すために仮面をかぶってた時代があるので、これくらいどうってことではないだろうにという気持ちを持った。

 

「ただこれ。あくまで見た目をごまかしてるだけにすぎんからな。実際に耳に触れられたら一発でバレるから注意しろよ」

 

「ひゃう!」

 

エドムンドがそう言いながら、人差し指でティファニアの見えていない敏感な耳の先端部をはじきまくり、ティファニアを戸惑わせた。はた目から見れば、エドムンドはなにもないところで指を動かしているだけだからシュールな光景である。

 

「マジック・アイテムだとメイジならすぐ見抜けるのでは……」

 

「無用の心配だ。このネックレスは先住の力が籠められたマジック・アイテムだからな。メイジの”ディテクト・マジック”で見破られる心配はない」

 

ルイズの懸念をエドムンドは一笑した。このネックレスはエリザベートが仕事をよりやりやすくするための小道具として製作した逸品である。かなり巧妙に先住の力を付与しているため、メイジどころか生半可な先住魔法の使い手でも直接顔に触れずに見破ることなど不可能な代物となっている。

 

まあ、そのネックレスの代価として吸血鬼たちの”食料”を増やすようエリザベートに要求されたが、貴族に対する粛正や秩序回復のための盗賊退治のおかげで、どこの牢獄にも大量の”吸血鬼の食料(人間)”がある。多少消費量が増えたところで何の問題もない。

 

「ああ、それとだ。さすがに大っぴらに出来ることでないのだが、腹違いとはいえ俺の妹が無位無冠の身というのは問題だろうという話になってな。てきとうな貴族位を与えようと考えているのだが」

 

「え!?」

 

ついでにといった感じで突拍子のない提案をされて驚くティファニア。

 

「本来であれば正式に父上の子として認め、王族の一人として相応に扱うべきなのであろうが……。それにはいろいろ根回しが大変でなあ。それに、なにより君が自由に外を旅したいと言う以上、この国の王宮に縛り付けるわけにもいかぬしな」

 

「え、あ、ありがとう。じゃなくて、えっと、わたし王族どころか貴族として振る舞える自信ないし、そういう地位がないことに不満なんて抱いてないわ」

 

若干テンパりながらも、自分の思うところを言ったのだが、エドムンドは深くため息をついた。

 

「とはいってもな。なにかあった時、君がアルビオンの貴族って立場があればこちらがいろいろ動きやすいのだ。それにここのトリステインの者たちはともかくとして、トリステインの上層部は信用できん。なにせ強欲の化身のような女が王位にいる国だ。無位無冠では適当に利用され、捨てられてしまうのではないかと思ってしまうのだよ」

 

ティファニアは少し嬉しい気持ちになった。エドムンドが貴族にしようとするのが自分の行く末を心配してのことだと直観的に感じられたからだ。

 

しかしそれとは別のところで反感を持ったのが、意外にもギーシュだった。

 

「おそれながらエドムンド陛下。いかにアルビオンの王といえど我らが女王を強欲なんて放言するのは水精霊騎士隊(オンディーヌ)の隊長として聞き捨てなりません」

 

「そう言われたくないなら、諸国会議で奪っていったアルビオンの徴税権とかを返せってハナシ」

 

呆れてるんのかバカにしてるのか判別に困るような表情をしながら、ヨハネがタメ口混じり語る。

 

「欲が強いことで有名なゲルマニアの皇帝は辺境のエディンバラ地方だけで満足したというのに、お前たちの国の女王様ときたら厚顔にも信じられないほど大量の要求をしてきた。徴税権を筆頭にトリステインに賠償とやらの名目で持って行かれた財源はかなりの量になる。こっちは数年にわたる内乱のせいで国土が荒れ果て、再建のための力が必要だというのにその力を生み出す財源を奪っていきやがった。本来であればアルビオン人の労働の成果は祖国再建のためにこそ使われるべきなのに、たいして戦災に見舞われていないトリステインに持って行かれるわけだ。強欲と呼ばれるのも当然ではないか」

 

それがアンリエッタに対するアルビオン首脳部の共通評価である。彼らの視点から見れば、諸国会議でジョゼフの協力で、多大な要求をするのは恥知らずであるという空気を醸成したのに、水の国の女王はそんなもの知るかとばかりに、その類い稀な手腕で祖国の利益を貪欲に追求し、結果をもぎ取っていったようにしか見えないので、強欲の化身と評されるのも必然であった。

 

おまけにエドムンドは”虚無(ルイズ)”や”ガンダールヴ(サイト)”の手綱を握っていると見做していて、それらを巧みに操り先の戦争を指導していたと見ており、今回の一件にしてもアルビオンへの脅迫材料とエルフの先住魔法を欲したゆえの所業と推測しているので、アンリエッタに対する警戒感はかなり高いのであった。

 

「まあ、王というのはどこの国でもそういうものだ。己と己の臣下のために他国にとって悪辣な存在にならざるを得ぬ。おぬしらが私の誠意を信じていなかったように、私もトリステイン女王の誠意なんぞ信じておらぬというだけのことよ」

 

もし他国の王を憎まずにいられるとしたら、その王が信じられない愚か者か傀儡である場合だけだろう。そう考えるエドムンドの皮肉は、ギーシュやルイズに悔しげな表情を浮かべながらも口を閉ざさせるだけの説得力があった。

 

「でも、それじゃいつまでたっても世界が平和にならないんじゃないですか?」

 

あまり歴史に詳しくないサイトだったが、国の指導者が他国を信じられないような状況では戦乱が絶えないと学校の歴史の先生に教えられた覚えがおぼろげにあった。

 

「世界平和ね。……では聞くが、お前のいう”平和”とはどういう意味だ?」

 

「え」

 

大真面目な顔をしてそう問われたものだから、サイトは返答に窮した。

 

「”世界平和”なんて言葉は幻想だ。極端な話、始祖の御代から現代に至るまで、この地上のどこかで争いが起きている。なぜなら闘争は生物の根源にあるものだ。だからきっと、遥かなる未来に至っても生物は争うことはやめようとしないだろう。

神の御力があればあるいは実現できるやもしれぬとは思うが、始祖がエルフに敗れ聖地を奪われた歴史を考えると、御力を授けてくれるだけではまず無理だろう。終末の時、神が地上に降臨なさる日まで世界全体が平和になることはないと言い切ってもいい。

だからこそ、神ならぬ人の身にすぎぬ者たちは自分の大切な場所の平和を実現するのに必死というわけだ」

 

どこか投げやりな感じでそんな説明をするエドムンドに胡散臭さを感じずにはいられなかった。うまく言葉で説明できないのだが、なにか釈然としないものが含まれているように思えたのだ。

 

しかし言葉にできない以上、サイトは黙り込まざるを得なかった。

 

「それで貴族なら家名を持つものなのだが、なにか良い案があるか? なければこちらで適当に決めるが」

 

そう言われてティファニアは戸惑った。エドムンドの配慮を理解しているが、突然そんなこと言われてもとっさに良い案なんて思いつくものではない。だが、だからといって相手に任せてしまうのもどうかと思った。

 

マチルダ姉さんだって、身元がバレるから外で名乗ることはないようだが、それでもウエストウッドではたまにサウスゴータの名を名乗る時があるように家名とは大切なものなのだろう。

 

だから一番の望みは父と同じ家名、ティファニア・モードと名のれれば一番なのだが、さっきモード大公の子と認めるのは大変で無理だと言われたなかりなので、それは叶わない望みである。

 

じゃあ、他になにかあるかなと考えていると、まったく脈絡なく唐突に閃いた。まるで始祖が天啓を与えてくれたのではないかと思ってしまうほど、モード以外に自分の家名を持つならこれしかないと確信できた。

 

「ウエストウッドがいいです」

 

「住んでいた村の名をとったか。うむ。ティファニア・ウエストウッドという響きも悪くない。なかなか趣のある良い家名ではないか」

 

数日中にその名で貴族名簿に捻じ込んでおこう。どのように名簿を改ざんすれば良いかと考えていると……

 

「あの!」

 

「ん?」

 

「えっと、あなたはテファ姉ちゃんのお兄ちゃんなんだよね?」

 

「半分だけだが、その通りだ」

 

ティファニアの近くにいた子供のひとりが遠慮がちに確認してくることを不思議に思い、エドムンドは首を傾げながらも肯定する。

 

「じゃあ、エド兄ちゃんって呼んでもいい?」

 

「兄ちゃん?!」

 

予想外の言葉につい大声で叫んでしまい、近くの子供たちは今にも泣き出しそうな表情をした。

 

「ちょっとさすがにそれは無理よ。エドムンドさんは王さまなんだから」

 

外のことをろくに知らないティファニアだが、王がとても偉い人であるという認識はある。そんな相手に対して兄というのはどうも気後れするのだった。

 

もっともサイトと同じくらい礼儀に関して無知なティファニアの言葉使いは、王侯貴族の目から見れば完全に礼儀知らずという評価になること間違い無しなのであるが。

 

「別に構わぬよ。ただ自分は末っ子だったから、いやティファニアがいたわけだからこの場合は末っ子と思い込んでいた、か? まあとにかくそういうわけで兄と呼ばれるのが初めてでな。つい驚いてしまったのだ」

 

そして妹からさん付けで呼ばれるのも他人行儀に過ぎるかと言い出したので、ティファニアはは少し躊躇ったものの「兄さん」と呼んだ。エドムンドは破顔した。

 

それからは穏やかな会話をしながら夕食会が進んでいたのだが、入ってきた妙齢の令嬢に何事か耳打ちされるとエドムンドは軽く謝辞を述べて場を辞した。

 

 

 

マルシヤック公爵はサウスゴータ地方の四カ国共同統治におけるトリステイン側の最高責任者である老貴族であり、調整能力と内政手腕に長けることから、先の戦争におけるトリステインの計画で、アルビオン統治の最高責任者として名をあげられていたほどの人物である。

 

ガリア参戦とジェームズ・エドムンドら王党派の活躍によってアルビオンで王政復古してしまったため、戦後に彼が統治すべき領域は大きく縮小したものの、サウスゴータの議会決定を重視するアルビオン、自国の利益を拡大すべく陰謀を巡らせるゲルマニア、ひたすら代表同士の対立を煽っているしか思えないガリアの代表団に対して互角の政争を繰り広げており、トリステイン王室の期待に十分応えているといえた。

 

そんな忙しい日々を送っている公爵だったが、昼頃に彼の政務室にアルビオン王国宰相デナムンダ・ヨークからの密書が届いた。宰相という大物からであることをやや怪訝に思ったものの、定期的にくるアルビオン王室からの嘆願のような内容だろうと思って密書を読み、驚きのあまり椅子から転げ落ちそうになった。

 

密書には指名手配中の犯罪者を匿った咎でトリステインの水精霊騎士隊(オンディーヌ)の隊長と副隊長以下数名を鉄騎隊が拘束した。尋問の結果彼らはトリステイン王室の意思で動いていたことを明らかにしており、アルビオンとしてはトリステインの責任を追及せざるをえないが、今回の一件でアルビオンはトリステインとの友好を決裂させるつもりはなく、両政府が秘密裏に話し合いによって解決することを望む。ついては今夜ハヴィランド宮殿にて公爵に仔細を話したいと書かれていた。

 

トリステイン王室の意向を受けたトリステインの者が指名手配中の犯罪者を、よりにもよってサウスゴータ地方で捕らえられたということを知って公爵は忠誠を尽くす王室を思わず罵倒したくなった。いったいどういう思惑が王室にあって実施された陰謀かは知らないが、自分を通さずにこのようなことをされてはどう対応していいかわからないではないか。

 

おまけにサウスゴータは四カ国共同統治領。そんな場所でなんらかの陰謀を進めていたと公になっては他の三カ国から激しく槍玉にあげられることは確実である。ハルケギニアの地図を思い浮かべ、自国と他の三国の位置を考えると暗澹たる気分になってしまう。幸いにして、今の所アルビオンはことを荒立てずにいてくれてるようであるが、こちらの対応次第でどう転ぶがわからない。

 

最悪、アルビオン・ゲルマニア・ガリアの三カ国を敵に回して戦争になるかもしれない。そう思った瞬間、公爵の背筋に寒気が走った。はルケギニアの地図を思い浮かべ、自国と他の三国の配置を考えるに開戦前から四方を包囲されているも同然である。そんなことになればトリステインは滅亡するだろう。

 

マルシヤック公爵は王政府に対して現在の状況の説明と、水精霊騎士隊の隊長と副隊長含む魔法学院の学生が関わっていた陰謀の詳細を求める手紙をしたため、フクロウにくくりつけて飛ばした。本来なら機密性を重視して使者に持って行かせるべきなのだろうが、アルビオンから今夜に宮殿に訪れるよう要請されている以上、そんな手間をかけている時間がない。

 

しかしそれほど速さを重視して手紙を飛ばしたにも関わらず、その手紙は夜になっても誰も読んでいなかった。アンリエッタ女王がお忍びでロマリアへと旅立ったばかりのため、王政府は平静を装うのに忙しくてそんな手紙読んでる暇がなかったのである。

 

そのため、マルシヤック公爵はほとんど事前情報がない状態で交渉に望むことになり、内心で自国の政府の怠慢さを呪いながら竜籠に乗り込んでハヴィランド宮殿へたどり着いた。アルビオンからの指示通り取次の役人に「今後のサウスゴータ統治に関する陳情を述べに来た」と告げると即座に控え室に通された。

 

そして対面した”白いオーク”の異名を取る宰相の醜悪な容姿を見せられ、なにか胸焼けして喉の奥に胃液が逆流しているような不快感に苦しみながらもなんとか情報を得ようと積極的に話しかけたが、のらりくらりとこちらに情報を渡さない。おのれ、知能もオーク並みであればいいのに。

 

そうして時間を浪費していると、謁見の間へと通された。玉座に腰かけるエドムンドの姿を見て公爵は思わず身を竦めた。即位後の大胆かつ力ずくな改革によって、その性格の苛烈さを物語る噂を聞いているため、潜在的に恐怖を感じずにはいられなかった。

 

玉座の隣にいる十代の女性の姿だけが公爵の心の清涼剤となったが、それもエドムンドが口を開いた瞬間に終わった。

 

「よく来てくれたなトリステインの公爵閣下。秘密裏に、そして早急に解決させねばらぬ案件ゆえ、さっそく本題に入らせてもらおう。我がアルビオンとしては犯罪者を匿った貴国の連中は極刑に処してやりたいのだが、トリステイン側の意見を聞こうではないか」

 

いきなり究極の選択を選ぼうとしている態度に、マルシヤック公爵は内心叫びだしそうになったが、努めて平静を装う。

 

「お待ちください。水精霊騎士隊は我が女王陛下の御下命によって新設されたばかりの部隊。その隊長と副隊長、それに陛下直属の女官まで極刑に処すのでは我が国の面子にかけて、黙っているわけにはいきません。それに彼らと行動を共にしていた者の中にはゲルマニアの留学生までいるというではありませんか。ゲルマニアも介入してくるかもしれませんぞ」

 

「しかし彼らの咎は明らかではないか。指名手配中の犯罪者を匿っており、身柄の引き渡しを要求した警邏隊に反抗しておるのだぞ。無罪放免などしたら私の顔が丸つぶれだ」

 

「たしかにそれはそうでしょうが……、警邏隊に反抗した程度にしては罪が重すぎではありませんか。いったい我が国の学生はどのような犯罪者を匿ったというのか、まずそこから説明して頂きたい」

 

「なぬ? おぬしは知らぬのか?」

 

怪訝な声で問われてマルシヤック侯爵は戸惑ったが首を縦に振った。それを見てどうも公爵はティファニアの存在自体御存知ではないらしいと推測し、建前を押し通すことにした。

 

「ガリアで政治的犯罪を犯した者だ。我がアルビオンはガリアの友好国である。そうである以上、見て見ぬふりなどできぬ」

 

毅然とそう言い切った後、さまざまな訪れる事態を憂慮する表情を張り付ける。

 

「しかし、だ。おぬしの言う通り極刑に処せばトリステインとの関係は急速に悪化してしまうだろう。それは私の望むところではない。トリステインとは今後も友好関係を継続したいのでな。だからこちらにはある程度譲歩してやる用意がある。

だが、そちらに建設的な交渉をする気がないと判断すれば、今回の一件を公表し、匿った者どもを極刑に処した上で、我がアルビオンの全軍をもってトリステインを地図上から消し去るつもりだ。そのことを努々忘れぬようにしてもらいたい」

 

譲歩をチラつかせる一方で、露骨な脅迫を行ってきた。どちらに転んでもかまわないんだぞ?と挑発的な笑みを浮かべて。

 

マルシヤック公爵は額に冷や汗を流しながら、なんとか挽回の目はないかと必死に思考を巡らし、いっそ開き直ることにした。

 

「陛下の言い分はごもっともながら、私には陛下直属の貴族子女の処断を決めるだけの権力がありません。つきましては我が国の外務大臣と協議して頂くのが一番かと思われますが……」

 

「しかし私は今回の一件を他国の介入を招かぬうちに内々に処理したいのだ。だから彼らをずっと宮殿内にとどめているわけにもいかぬのだよ」

 

なにせ人の出入りの激しい宮殿だ。誰かの口からポロリと零れたしまうことだってあるだろうし、他国のスパイが潜り込んでいることだってあるだろう。

 

「では、処罰などについてはまた後日政府同士でやり取りしあうとして、それが決まるまで彼らをどのように扱うか。仮処分の話し合いという形でいかがでしょうか」

 

「なるほど。……………そうだな。犯罪者を匿っていたのは全員学生だ。一時的な留学扱いアルビオン魔法学院に配属というのはどうかな? これだと表向きは優秀と見込んだ貴族の子の見識を広めるためとすれば、誰も怪しむまい」

 

「大多数はそれでよいかもしれませんが、いかに学生たちだけで構成されているとはいえさすがに近衛隊たる水精霊騎士隊の隊長と副隊長、そして陛下直属の女官であるミス・ヴァリエールが他国の魔法学院に留学となると、やはり疑われるのではありませんか」

 

「む……」

 

自国に留め置く正当性を確保し、時間をかけてゆっくりと取り込んでやろうかと考えていたのだが、やはりそう簡単にはうまくいかないらしい。そのことをエドムンドは痛感すると、マルシヤック公爵がどこまで自分の権限で認められる範囲であるのか牽制混じりに探りつつ、こちらが非常に有利な形で条件付けしなくてはならないと交渉にのめり込んだ。




自分で書いててあれだが、マルシヤック公爵が可哀想です。


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裏の外交

女王に国の留守を任されたマザリーニ枢機卿は昼頃になってようやく手元に届いたマルしヤック公爵の手紙と、昨夜の交渉結果を通知してきたアルビオンからの外交文書に目を通して、老化がさらに加速したような苦しみを味わっていた。

 

マザリーニは先王ヘンリー亡き後、国家崩壊に向かってひた走るトリステインをなんとか持たせたやり手の宰相だが、その精神的肉体的疲労のせいでまだ四十代なのに髪は真っ白になり、体は瘦せすぎて骨と皮しか見当たらないことから”鳥の骨”という二つ名で呼ばれていた。

 

同じように容姿から”白いオーク”だの”脂豚”だの”太っちょ”だの愉快な二つ名で呼ばれている隣国の白い国の肥満宰相と比べ、随分と悲惨な感じが漂う二つ名であった。

 

そんな”鳥の骨”が、なんで昨日の昼にマルシヤック公爵がフクロウで飛ばしたはずの手紙を今頃読んでいるかというと、検閲室のせいであった。検閲室とは王政府に届く膨大な手紙を重要度や種別によってふるい分けする部署のことである。

 

マルシヤック公爵からの手紙を担当した検閲官は上質な紙を使っていることやマルシヤック公爵家の紋章が刻まれた捺印で封がされていることに疑問を覚えたものの、フクロウで飛ばしてくるような手紙なら重要な手紙じゃないだろうと推測し、明日の政務のさいに纏めて提出する棚に突っ込んだのである。

 

そしてアルビオンからきた外交文書は、ついさっきアルビオン竜騎士団の生き残りであるベテランの風竜乗りによって届けられたものであり、そこにはマルシヤック公爵との協議の末に定められた条文が書かれていた。

 

 

一、ギーシュ・ド・グラモン、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの三名はトリステイン王室直属の騎士ないしは女官であり、友邦ガリアの国事犯シャルロット・エレーヌ・オルレアンの身を匿っていた咎でアルビオン政府は彼らの身を拘束した。

二、拘束した後に判明したことであるが、彼らは四カ国共同統治領内のウエストウッド村の村民を強制的に不法移住させようとしていたことが判明した。これは同地の法律違反であり、その罪のことも忘れてはならない。

三、また拘束の際に彼らは強硬に抵抗したため、我が方の警邏隊及び鉄騎隊に被害を出している。幸いにして死傷者はでなかったが、この行為は公務執行妨害としか受け取れない。

四、以上三つの罪を鑑み、拘束中の者達は本来であれば極刑に処すが相応しい裁きであるというのが我がアルビオンの見解である。

五、しかして四カ国共同統治領下での出来事であるため、大事にするのは両国にとって望ましくないことであり、双方の落としどころを探るための交渉の場を作る用意が我がアルビオンはある。

六、交渉が纏まるまでグラモン隊長、ヒラガ副隊長、ヴァリエール女官、そしてガリアの国事犯オルレアンに我が国の監視役をつける。監視役は対象一人につき十人までとし、対象が監視下から逃れようとした場合、現場の判断でこれを殺害する権利を持つ。

七、ニューイの月(6月)エオローの週(第三週)オセルの曜日(7日目)の日没までにトリステイン側が接触してこない場合は我が国の見解に同意したとみなし、エドムンド陛下の勅命に従って即座に極刑に処すであろう。

八、マルシヤック公爵の協議によって決められた本条項を承認するのであらば、六の条項通り拘束中の貴国の者達を即座に解放する。承知しないのであれば即座に極刑を下す。

九、ウエストウッド村の村民に関しては、この一件でトリステインとの友好関係を崩したくない我が国の誠意の証として、超法規的にトリステインへの移住を認める。

十、上記の者達と行動を共にしていたキュルケ・アンハルツ・フォン・ツェルプストーについては貴国の学生ではあるものの、ゲルマニアの貴族であるので彼女の生家と直接交渉を行う為、トリステインが考慮するに及ばず。

 

 

文面の最後にアルビオン王国国王と宰相、そして共同統治領トリステイン代表のサインと押印が押されていた。

 

纏めると一~三がトリステインの不法行為の羅列。四と六~八が無視したり反論したらどうなるかという脅し。五と九がかすかなトリステインへの配慮。十が補足事項といったところである。

 

とにかくこの十項目を認めろ。すべてはそれからだというのが文面からいやというほど感じてくる。特に八とか露骨すぎるほどアルビオンの意図が明白だった。

 

いくらこちらに非があるとはいえ、こんな無茶苦茶な条文は断固抗議すべきところなのであるが”マルシヤック公爵との協議によって定められた”と一応、トリステインの顔を立てようとしてるあたりが嫌らしい。しかも九でこちらの本来の目的を認めてくれるという慈悲まで施されている以上、こちらの反論に正当性を持たせるのは至難の業だ。

 

加えて言えばそんな抗議などして大事にしたら、自分たちが無視されてメンツが潰されたガリアとゲルマニアが黙っていないだろう。アルビオンに一矢報いる対価としてトリステインが周辺諸国から批難の集中砲火を浴びる羽目になることになる。そうなっては本末転倒である。

 

しかしこの条文を承認してしまえば、トリステインは”虚無”・”神の右手”・”ガリア王弟姫”・”近衛隊長”の動向がアルビオンによって逐一監視されていることを飲まねばならない。最後の一人はそれほど問題ではないが、他は文字通りトリステインにとって大きな政略的・戦略的価値を持つ存在である。それを秘密裏に行動させることができなくなるのはかなり認めがたい。

 

一応、六で両国の交渉が纏まるまでと書かれているが、マザリーニの経験上こういう表沙汰にできない問題はなかなか合意に至らないものである。というより、この場合だとトリステインがかなりの譲歩を示さない限り、アルビオンはトリステインの主要人物を公的に見張られる特権を守るべく、交渉をひたすら長引かせたるのではという疑念を感じずにはいられない。

 

なら脅しだからするわけないとタカをくくって無視する……というのも愚策である。マザリーニはエドムンドが国王に即位した後、アルビオンに吹き荒れている粛清の嵐を情報もある程度掴んでおり、諸国会議で会った時のかの王の印象もあって理知的でいながら苛烈な性格の人物と認識している。

 

そのような人物がここまで繰り返し極刑という文字を使用しているところを見ると、ただの脅しと割り切っていいとは思えない。無視すれば本当に首を飛ばしてしまいかねないし、そうなったらアルビオン戦役によって得たトリステインは”強国”というの周辺諸国の評価は地に堕ちるだろう。

 

「陛下と話しあうべきなのだろうが……」

 

悲しいかな。その女王アンリエッタは数日前からこの国にいない。というのも教皇から教皇即位三周年記念式典に先立って秘密裏に話し合いたいことがあると連絡がきて、お忍びでロマリアに旅立っている。相談などできるはずもない。

 

となると代わりに全権を任されている自分の権限でどうにかするしかないのだが……向こうは王と宰相の署名がある外交文書を送ってきているのに、こっちが宰相の署名しかないというのは馬鹿にしているように受け取られないだろうか。

 

それに加えて、このままの条件で飲めるはずがないからこちらからもある程度条件をつけなくてはならないのだ。喧嘩売っていると受け取られてしまうのではいかと不安を覚えずにはいられない。

 

このところ久しく感じていなかった胃痛がするのを感じた。アンリエッタ陛下が即位なされてからは補佐役兼諫言役に徹していたので、一人で国政を仕切ってた時に比べればかなりマシになっていたはずなのだが……、あの頃とさして変わらない感じがするので、どうやら再発したらしいとややズレたことを思ってしまう。

 

どうあがいても”鳥の骨”の二つ名を返上できるような健康的な姿には戻れないから諦めろ。そんな神託が自分に下っている光景が描かれた宗教画を想像をしてしまい、救いがなさすぎるだろうと渋面を浮かべた。

 

「仮にも聖職者がして良い想像ではないな」

 

なんかもうほとんどの人に忘れ去られているような気がするが、マザリーニは宗教庁に属する聖職者であり、地位も大幹部といって差し支えない枢機卿で、教皇の候補としてあがったこともあるほど優秀な高位聖職者である。

 

にもかかわらず、思い返せばここ数年、宰相としての仕事に忙殺されて聖職者らしいことをした記憶が一切ない。国内の有力な修道院の聖職者たちの相談相手になってやるくらいのことはあったが、それだけだ。

 

今度ゆっくりできる時間ができたら、自室の本棚にある聖書を数年ぶりに紐解いてみよう。ささやかな願いであるはずだが、なぜか叶う気がしないマザリーニであった。

 

 

 

マザリーニは関係省庁と素早く話を纏め、翌日朝には書類を完成させてアルビオン王政府に向けて密使を飛ばしていた。

 

まさかそんなに早く返事が来ると思っていなかったエドムンドは、想像以上に素早いトリステインの対応に感心しつつ、密使を謁見の間にて迎えた。

 

「よくぞ参られた使者殿。アルビオン王国国王として歓迎申し上げる。本来であれば盛大持て成すところなのだが、何分表沙汰にできぬことだからな。許されよ」

 

「いえ、滅相もございません」

 

密使はまだ少年と言ってよい年頃であり、他国の王からの寛大な対応に顔を紅潮させた。

 

「私はトリステイン王国首都警護竜騎士連隊第二中隊長ルネ・フォンクと申します。この度は我が国の宰相閣下の密書を届けるべく、参上しました」

 

その名乗りあげにエドムンドは片眉をあげた。

 

「フォンク。聞かぬ家名だ。にも関わらず、その歳で竜騎士中隊を任されているとは、おぬしはそうとうに優秀な軍人なのだな」

 

「いえ、私が中隊長になんてなっているのは自分の実力によるものではないので……」

 

褒めるようにエドムンドがそう言うと、ルネはバツが悪そうに目線を逸らし、恥ずかしそうに自分が中隊長になった経緯を語り始めた。

 

フォンク家は代々王家に仕える下級貴族家で、竜騎士を排出する武門の家柄であり、ルネも一族の例に漏れず幼少期から竜騎士としての訓練をしていたが、本来であれば今でもまだ見習いに過ぎないはずであった。

 

だが、一年前にレコン・キスタの奇襲でタルブの戦に参戦していたトリステインの竜騎士団が大損害を被り、欠員の補充に迫られた。その補充要員としてルネら見習い竜騎士に白羽の矢にたったのである。

 

突然正式な竜騎士に格上げされた彼らは、生き残ったベテランの竜騎士たちがなんとか実戦に耐えうるレベルにするべく徹底的にシゴかれ、その中で比較的優秀であったルネは先輩たちに見所ありと評価されて中隊長となったのであった。

 

その経緯を聞いてエドムンドは呆れた。周りに控えている副審たちの顔を横目で見たが、自分と同じように呆れていた。

 

よくもまあ、そんな急造竜騎士なんか使わねばならないほど困窮していてアルビオンへの侵攻など決意できたものだ。

 

かつてハルケギニア最強の名を背負っていたアルビオン竜騎士団も先の戦役で数を半数以下に減らし、最強の名をクルデンホルフの竜騎士団に譲って似たような状況になりつつあるが、それでもレコン・キスタの時代ではまだその何恥じない十分な陣容を誇っていたというのに。

 

魔法学院の生徒まで根こそぎ士官として登用していると聞いたときは呆れたものだったが、現実はそれ以上にひどかった。どうやら先の戦争はトリステインにとっては本当に”総力戦”だったようだ。

 

そこでふとあることにエドムンドは気づいた。

 

「ところで、おぬしは密書の内容について知っておるのかな?」

 

「いえ! 高度に政治的な話ということだけ伺っております」

 

予想通りの答えだったので表情を変えなかったが、エドムンドは内心頭を抱えた。密使とも楽しい交渉をするつもりだったのに、密使がこんな下っ端ではそんな権限持ってないと言って逃げられるに決まっている。

 

「では、携えてきた密書を渡してもらおうか」

 

そう催促するとルネは懐から蝋で封された密書を恭しく差し出した。エドムンドは封を切り密書に目を通した。

 

こちらの要求をほとんどそのまま受け入れる旨が書かれていたが、同時に常に対象を監視されていては周囲にいらぬ探りを入れられるかもしれず、それは両国の望むところではないであろうという確認と、その事態を避けるべく表向きは新設されたばかりの水精霊騎士隊(オンディーヌ)に対して軍事的

指導を行う教導官として、監視員たちを迎え入れたいという提案がされていた。

 

さらに表向きの名目とはいえ、実際に軍事教練をしてもらわなくては怪しまれるため、そちらの能力に長けた武官であることが監視員に対する前提条件とさせてもらいたいという補足事項も書かれており、最後にトリステイン王国宰相の署名と印がされていた。

 

女王であるアンリエッタの名がなく宰相マザリーニの署名しかないので、まさかあの五人を解放した後にマザリーニを解任して、”あの密約は宰相個人が勝手に進めたものだから無効”という論法で密約を踏み潰す腹づもりかと一瞬疑ったが、マザリーニは対外的にはともかく内省的には清廉な政治家であり、幼き頃からアンリエッタの世話役でもあったという情報から考えるに、可能性は低いだろう。

 

おそらくはアンリエッタがせめて自分の体面を守ろうとした結果だろう。とかくあの伝統墨守な小国は体面というものを重んじている。他国の要求をほとんど一方的に認めてしまうのは女王として大きなダメージを負うことは容易に想像できる。エドムンドはそのように判断した。

 

「紙とペンを」

 

すぐさまヴァレリアが紙とペンを王に差し出し、そこにスラスラと返事を書いている間に王印と蝋封の準備を整え、わずか一、二分で密書の返事ができあがった。

 

エドムンドはそれをルネに託し、ついでに密使の労を労うという名目で高級なハムを個人的に贈呈してやって帰国させ、その後の謁見の予定を全て終わらせると毎度のごとく腹心を集めて会議を開いた。ヨーク伯はエドムンドが数日政務をサボっていたせいでたまりまくっている書類を決済しており、ブロワ侯爵も空軍艦隊の演習中のために出席していない。

 

その場でエドムンドはトリステインの条件を飲み、監視隊兼軍事教導隊をトリステインの連中に貼り付けた上で解放する意向を示した。

 

「……非は向こうにあるのに、どうして私たちのノウハウを向こうに教えなければならないんですか」

 

不満げにディッガーがそう言う。メイジで統一されている部隊を別とすれば、ハルケギニア最強の部隊である自負する鉄騎隊(アイアンサイド)の総帥にとっていささか納得がいかない。

 

「そう悪いことばかりに目をつけるもんじゃない。言い換えればトリステインの近衛隊のひとつをアルビオンの色に染められる権利を得たともいえるわけだ。もっといえば女王の喉元に杖を突きつける好機ともな」

 

「そこまで都合よくいくとも思えないが。即位後の業績から見て、かの女王は我が陛下には及ばぬがそうとうに優秀だ。しばらく水精霊騎士隊と距離を置きつつ、ことを動かす程度はやってのけるだろう」

 

「なら教導隊に女王との不和を誘うよう誘導するまでのこと。水精霊騎士隊とかいう縁起のいい名前背負ってるんだし、面白いことになりそうじゃないか」

 

ヨハネの言い分に一理あると思えたディッガーはふむと黙り込んだ。

 

たしかに水精霊騎士隊は創設から実に千年以上の歴史を誇り、数々の活躍を残しているトリステインの伝説的な精鋭部隊の名称でもある。

 

だが百年ほど前の宮廷騒動で水精霊騎士隊の少ないくない隊員が敗北した側の身内であったがために宮廷に疎まれ、軍事改革の名目のもとに大規模な再編成が行われた際に消滅してしまったのである。

 

今の水精霊騎士隊はアンリエッタの計らいによって再建された部隊である。宮廷騒動で消滅したような部隊の名を使うなんて縁起が悪いだろうに、こちらにとってはその縁起を担いでやるのも悪くはない。

 

ちなみに彼らの知らないことではあるが、表向きはまったくの汚名がない部隊なので民衆受けがよいだろうという考えがあったマザリーニの勧めをアンリエッタが承諾したというのが、水精霊騎士隊の名前が再利用された経緯である。

 

「それで今監視させている連中を中心に教導隊を編成しようとおもうのだが、なにか意見はあるか?」

 

「水精霊騎士隊を離反させるつもりなら、私たちを利用した方がいいんじゃないの?」

 

エリザベートが無邪気に微笑み、ディッガーやヨーク伯に嫌悪感を募らせたが、エドムンドは表情を一切動かさず、

 

「いや、お前たちはガリアの情勢に力を注いでくれ。今まで提供してくれた情報から考えるに、近いうちにロマリアが動きそうな気がするのでな。ロマリアがなぜ今この状況で動こうとするのか理解できぬが、大規模なガリア侵攻がありえそうな情勢だ」

 

吸血鬼たちからガリアで王家に反発を抱いている諸侯とロマリアとの秘密裏の連絡が増加傾向にあり、密書の内容も具体例を増してきているという情報が提供されている。ロマリアとガリアの間で戦争が起きた場合、どちらにつくべきかまだ迷っているが、それでも傍観だけはありえないと考えているので可能な限り詳細な情報が欲しいのである。

 

「ああ。でもアルニカには行ってもらおうかな。……ついでにあのバーノンにも」

 

「よろしいのですか? あれが裏切る可能性もあると思われますが」

 

ユアンが懸念を述べたが、エドムンドは意に介しない。

 

「いらぬ心配だ。というか、ある意味お前以上にあれは個人として成立しておらぬ。だからそんな心配は無用だ」

 

ユアンの心に不愉快なさざ波が起きた。

 

自分以上に個人として成立していない? 自分に自信を持てないどころか自分という概念すら希薄な自分より、あの王家への忠誠を声高に語り、それに殉じることを崇高なことだと信じて疑わない輩の方が?

 

その感情は苛立ちのようなものだったが、その直後に抑えがたい恐怖に襲われた。

 

ユアンは奴隷になる前の記憶がない。物心つく前に人攫いに攫われたか、さもなくば両親も奴隷だったのだろう。そしてゲルマニアの国境に領地を抱える貴族に戦いの道具として育てられた。その時は名前もなく、ただ番号で呼ばれていた。

 

戦いの道具といっても戦場で役に立つという意味ではなく、汚れ役・裏工作といった類の仕事。そういった術に長けた人材を育成させるには幼少期から鍛える必要があるが、その供給源を領民に求めると子どもを奪われた反感から領民に敵側と通じる者がでてくるかもしれないという理由で国境の領主は奴隷を活用していたのである。

 

そのための術を磨くこと以外は一切禁じられた。もしそれ以外のことをしようとすれば自分たちを指揮していた大人たちからひどい折檻を受けたのである。しかもその大人たちは人間として劣悪であり、笑ったり泣いたりしただけでこの世の地獄を味わされ、一部の子供は永遠に目覚めることのない眠りにつくことさえあった。

 

そんな環境で育ったのでユアンは感情を殺して育った。自分の感情を周りに見せるということが恐怖でしかなく、その恐怖すら周りに感じさせたら折檻を食らう可能性があるので、それに囚われない術を身につけた。

 

ある時、その領主が国境紛争の際に当時エクトル卿を名乗っていたエドムンドに討たれ、自分たち”道具”は略奪品としてエドムンドの所有物になった。さほど子供達に価値を見出していなかった彼はその場で奴隷を全て解放した。ほとんどの奴隷はひどく喜んだが、ユアンのように物心がついた頃から奴隷だった者たちは戸惑うばかりで、そのまま鉄騎隊の厄介になった。

 

そのうち元から奴隷だったものたちも、どうしたらいいか道筋のようなものが見えてきたらしく自分の人生を歩み始めたが、ユアンは今も昔のままだ。現に今もさっきの感情も恐怖で塗りつぶされ、その恐怖をさらけ出すことが怖くてたまらない。感情をあらわにしたところでエドムンドは暴力を振るったりしないことはわかっているのだが、最初から道具として育て上げられた心がそれを拒絶するのである。

 

「わかりました。それなら大丈夫でしょう」

 

だからこのように自分の感情を感じさせない平坦な声で、理屈の上での返答を口にしてしまうのだ。

 

「そうか。他に懸念はあるか? ……ないようだな。それならディッガー。教導隊の隊長はデュライに任せるが、そのほかの人選はお前に一任する」

 

「了解しました」




ユアンさんが常に無表情な理由。心を殺すことに慣れすぎちゃったんです。


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釈放

難産な上に不完全燃焼感がパない。


その日、サイトたちはデュライたちに案内された部屋で悍ましいほど醜悪な肥満体と対面していた。その見かけの悪さにルイズは表情筋がピクピク動いているのが目に入り、ギーシュも申し訳なさげに目を背けている。

 

「うげ……」

 

キュルケに至っては思わず口からそんな言葉が漏れるほどだったし、サイトも失礼だと思いながらもそう声を漏らすのが良く理解できた。むしろそんな中でいつも通りの無表情を保っているタバサに驚かずにはいられない。平静を装えることがこれほどすごいと思ったことは生まれて初めてである。

 

一方、対面している肥満体は太ってるだけでそんな反応されなければならないのかと思った。確かに多発型円形脱毛症(大量の十円ハゲ)は拡大の一途をたどっていて髪型を整えられずに浮浪児のように髪の毛が散らかっているし、頭と首と胴体の付け根がわからなくなるほど脂肪がついて、腹部は出産間近の妊婦の1.5倍程度に膨らんでいる。そしてその重すぎる体を支えるために足腰だけ鍛えるのを怠らなかった結果、その部分だけモリモリ筋肉が付いているから、見た目が悪いだろうという自覚はある。

 

だが、大人ならまだしも、こんなに若い子どもたちにこんな反応されれば傷つくものである。最近会った子供達はこんな反応しなかったのに……と思わず泣きそうになるが、彼が最近会った少年少女というと、実子のヴァレリア、感情が死んでるユアン、熱狂的王家崇拝者のマルスくらいなものなので、参考にすること自体がまちがっているといえよう。

 

「”白いオーク”?」

 

「その二つ名、トリステインまで広まっているのですか」

 

タバサの無慈悲な問いかけに、ヨーク伯は小さくため息をついた。

 

「タバサ、この人が誰だか知っているの?」

 

「アルビオン王国宰相、デナムンダ・オブ・ヨーク伯爵。レコン・キスタ中枢の一人で共和国の法務卿だったけど、内乱末期に王党派に寝返ってロンディニウム攻略の時に内応して功績を立てた。その見返りとして王政復古後、エドムンド王によって宰相に任じられたと聞いている」

 

レコン・キスタの重鎮でありながら、罰を受けることもなく、王政に移行しても権力の座に居座っている。かつて法務卿という閣僚の一人に過ぎなかったことを念頭に置くと、宰相として以前より権勢を誇っているといってもいい。

 

そのことに対する非難の目、特にウェールズ皇太子と面識があったルイズとサイトは皇太子を暗殺したレコン・キスタに対する敵意は、他より強かったのでその視線は厳しかった。

 

だが、ヨーク伯は座っている椅子に体重を預け、椅子に大きな悲鳴をあげさせ、悲鳴がおさまるとうんざりしたように説明する。

 

「他の者には何度も言ったが、それは誤解だ。わたしは内乱のかなり最初から王党派の一員だ。レコン・キスタに潜入し、共和主義者どもの動向を逐一報告していたのだ。

もっとも、当時のエドムンド殿下とジェームズ陛下の対立は共和主義の脅威を前にしてもそう簡単に解消できる類のものではなかったから、エドムンド殿下に仕えているわたしが王党派として表立って動けたのが陛下と殿下の間で話がついた末期の頃だからそのように思われるのもしかたないことかもしれんが」

 

そうでなければエドムンド陛下ともあろうものが、裏切り者風情を宰相に据えたりするものか。お前たちは陛下がそれほど愚かに見えるというのか。そう言われては釈然としないものを感じつつもルイズとサイトも引き下がるを得ない。

 

釈然としないのはある意味当然、ヨーク伯の説明は全てが嘘というわけではないにしても自分に都合のいいように真実を歪曲したものであって、最初は名実ともにレコン・キスタの一員であった。だが、その能力を高く評価したエドムンドが秘密裏に接触して自分の陣営に取り込んだのが真相である。

 

ゆえにヨーク伯に対して裏切り者という評価は妥当ではあるのだが、臣下の大半が武人であるにも関わらずエドムンドの親政が問題なく機能しているのは、ヨーク伯がレコン・キスタ時代に周囲の気取られないように国家運営に必要な官僚を取り込み、王政復古後、共和政時代の官僚組織の多く流用できたことが大きい。だから宰相に任命されるだけの貢献をしているのは真実であった。

 

「それでだ。トリステインから書簡が届いた。きみたちの処分に関する話が一区切りついたので、こちらの用意が整い次第、きみたちには帰国してもらう予定になっている」

 

「……僕たちに対する処分はどのようなものになったんですか?」

 

ヨーク伯の言葉に一瞬喜んだが、処分がどうのようなものかとギーシュが不安そうな声で確認する。それに対し、ヨーク伯は顔についた脂肪のせいでよくわからないがおそらくは苦笑しながら答えた。

 

「一区切りだよ。まだ具体的な処分については決まっていない。ただきみたちを長い間宮内に拘束していては、他国からいらぬ探りを入れられぬとも限らない。だからひとまずきみたちの身柄をトリステインに移すことが決まったのだ。……そのほうが不自然さがないからね」

 

その説明にデュライは疑問を覚えた。なんで手に入れた”虚無”、”ガンダールヴ”、”ガリア大公姫”という大きな(カード)をみすみすトリステインに送り返すような真似をするのか。”虚無”と”ガンダールヴ”はともかくとして、”ガリア大公姫”は最初から狙っていた(カード)ではないか。

 

デュライの父親はある国の情報将校だったから、幼少期から情報や価値ある人間の活用法を口で聞かされて育った。

 

そのため、それらの(カード)の重要性をよく理解している彼から見て、処分に関する確約がないままにトリステインに送り返すのは愚策のように思えた。一度戻してしまえば、トリステインはしらを切り通すという手段がとれるんのだから。

 

それくらいなら、処分という口実を盾に自国内に留め続けた方が懸命だ。他勢力の目が気になるなら辺境部ないしは地下牢にでも移送してしまえばいいだろうに。今回の一件、表沙汰になったら一番困るのはトリステインなのだから、向こうはなにも言えないのだ。

 

だが、その程度のことは太っちょ宰相殿はもとより、エドムンド陛下もわかっておられるだろう。ということは当然、そうするだけの理と利があるのだろうが……

 

「おう。じゃあサヨナラだな。次があるなら仕事中以外のときに会いたいもんだ」

 

そんな考えはおくびにも出さず、別れの挨拶を述べる。

 

「なにを言ってるんだ百人長。きみも一緒にトリステインへ行くのだよ」

 

「は?」

 

脂肪という名の厚い装甲を身にまとった美食家宰相の面白がるような声に、思わず呆けた声がでた。いったいぜんたい、どういう意味なんだがわからない。デュライだけでなく、声こそ出さなかったがサイトたちも同じように不思議そうな態度である。

 

「今日中にディッガー総帥から命令書が渡されると思うが、今回の一件で水精霊騎士隊(オンディーヌ)に軍の常識を植え付けるべくアルビオンから教導隊を貸し出すことになってな。その教導隊の隊長がきみなのだ。トリステイン側の要望に従った形なのだから遠慮はいらん。ビシバシ教導してやりたまえ」

 

意味がわからない。

 

いや意味はわかるが、どうしてそんなことになった? トリステインはガリアと表立ってこそいないが、水面下できな臭い対立が発生している。そんな情勢下でガリアと情報交換してることが明白なアルビオンの部隊を自国内に招き入れる? それもトリステイン側からの要望で?

 

疑問は絶えないが、そのあたりの事情は命令書が渡されるときにディッガーが説明してくれることに期待するとして、それが事実ならアルビオンにとって素晴らしいことといえる。

 

どのような手段でもってトリステインに認めさせたが知らないが、女王の近衛隊を教導するということは、必然的に自分はトリステインの中枢を探れるということでもある。

 

元”死神のフィアンセ”としての経験を活用できる任務であり、自分の経歴を知っているエドムンドやディッガーがこの任務を自分に任されるのも納得できる。

 

「なあギーシュ。教導隊ってなんだ?」

 

サイトには聞きなれない言葉だったので小声で隣のギーシュに聞いた。

 

「陸軍に常設されてる将校達の部隊のことだよ」

 

ハルケギニア諸国では常に訓練が必要な空海軍を除き、平時の軍というのはそれほど規模が大きくない。というのも軍とは金食い虫であり、規模が大きければ大きいほど維持費が膨大なものとなるからである。

 

だから平時のトリステインだと陸上戦力は貴族の私兵を含めても一万にも届かないであろう。しかもうち半数以上を占める衛兵は地球でいうところの街の治安業務に努める警察官なので、暴力沙汰の事件への対処ならともかく、純粋な戦闘で立派に活躍できる人材は少ないだろう。

 

なので平時から厳しい訓練を積んでいる職業軍人たちからなる教導隊の存在が重要になってくる。教導隊隊員は徴兵されてやってきたど素人の連中を鍛え上げるのが仕事であり、実際に戦う状況になったら将校として教育した部隊を率いて戦うわけである。

 

つまり戦時にまともに軍を軍として機能させられるかどうかは教導隊の教育に全てがかかっている。かれらがちゃんと徴兵された者達を兵士として鍛え上げられなければ、軍は戦う前から崩壊してしまうわけだから。

 

「でも近衛隊に教導隊がつくなんて前例を聞いたことがないのですが……」

 

ギーシュが不思議そうな顔でそう問いかけた。王家直属の近衛隊が教導隊がついた例など皆無である。というのも近衛の一員となる前提条件として優秀な軍人であることと決められているのが大半だからだ。そんな精鋭の集まる部隊を教育なんかできる部隊なんて存在するはずがないのである。

 

「その通りだ。しかしきみたちは隊員が全員学生であることや副隊長がメイジでないことなどなど、いろいろ異例尽くめの近衛隊ではないか。なら外国の教導隊付き近衛隊という前例のない状況になってもさほど不自然には思われないだろうさ」

 

「……なにかしら。すごくむちゃくちゃな理屈な気がするわ」

 

「とにかくそういう合意が成立したんだ。そうである以上、きみたちはそれに従うべきだろう。

きみたちはまだ学生に過ぎぬ身であるとは申せ、栄光ある水精霊騎士隊(オンディーヌ)の名を背負う名誉ある騎士なのだろう? そうであるならば主君の決定に従うのが道理ではないかな」

 

きみの場合は騎士じゃなくて女官だけどね。そう言って不気味に顔をゆがめるヨーク伯。ルイズは何とも言えない嫌悪感を感じ、少し身を引いた。ギーシュはたしかに陛下の決めたことじゃしかたないと呟く。

 

ギーシュの言葉につられたわけではないが、とりあえずトリステインに戻れるのだからあまりうだうだいうべきではないだろう。そう考えた全員が頷いた。

 

「明日、陛下に別れの挨拶をする際に取り上げている杖や武器を返却する。ロサイスまではこちらが用意する竜籠にのってもらおう。そしてロサイスからラ・ローシェルまでのフネも手配済みだ。一両日中にはトリステインに戻れる計算だな。ラ・ローシェルから先はトリステインが足を用意してくれることだろう」

 

帰る手段を説明すると、ヨーク伯は思い出したようにタバサの方に向いた。

 

「それとタバサ殿。トリステインに帰還するメンバーの中に、あなたは当然含まれていますよ」

 

ヨーク伯はシャルロットという名を知っているはずなのにと疑問に思いながら、タバサは目線を合わせ、頷いた。

 

 

 

 

翌朝、目を覚まし朝食を済ましたサイトたちはまたもやデュライに案内されて、国王の執務室前にいた。今回はティファニアらウエスウッド村の孤児たちも一緒である。

 

デュライがノックして所属と要件を述べると、入れと威厳たっぷりの返事が聞こえ、デュライは執務室の扉を開いた。

 

アルビオン王の執務室は主人の好みを反映してか、かなりさっぱりとしていて、高級感があるものの実用性本位な執務机と椅子が国王用と秘書官用のふた揃い。壁にアルビオン王国の龍の紋章が描かれた旗と、戰の光景が描かれたタペストリーが下げられているだけだった。

 

エドムンドは書類仕事の手を止めると、椅子から立ち上がった。

 

「随分と不自由をさせたな。二度とこのようなことがないようにしてもらいたいものだ」

 

そう言うともうひとつの執務机に視線を移すと、意図を察したヴァレリアが進み出た。

 

「お預かりしていた杖です。どうぞ」

 

差し出した手にはタクト型の杖3本と薔薇の形をした杖一本が乗せられている。タクト型のものはルイズ、キュルケ、ティファニアのものであり、薔薇の形をした杖はグラモン家に代々伝わる伝統ある製法でつくられたギーシュのものであった。

 

4人とも杖を受け取る。それを確認し、エドムンドが奥に立てかけてあったワンド型の杖、タバサにとって父親の形見である……を手に取り、タバサに手渡した。

 

「この杖で数多くの修羅場を乗り越えた来たようだな。あまり実戦に相応しい杖ではないのに、大したものだ」

 

その時に何の気負いもなく呟いたエドムンドに、タバサはどういう意図があってそんなことを言い出したのだとエドムンドを見つめた。

 

「なに。そう不思議がることでもあるまい。杖の手入れを欠かしていないようだが、傷跡というのはどうしても残る。その傷跡を見ただけで一流の戦士ならば杖を見ただけでその杖の持ち主がどれほど立ちふさがる障害を粉砕し、道なき道を切り開いてきたか、多少はわかるというものだ」

 

タバサの視線をどのように解釈したのか、エドムンドが杖の傷跡から潜ってきた修羅場の多さを推測したと説明する。どうやらつい口から零れただけであったらしい。

 

エドムンドは本質的には武人であり、一廉の戦士には敵だろうが賞賛を浴びせることがあるのだ。

 

「おれのデルフは!?」

 

一人だけ武器の返還が行われていないサイトが嘆くように叫んだ。そのザマにルイズは侮蔑するような視線を向け、エドムンドはなかなか愉快なものだと面白そうに観察する。

 

サイトの醜態をひと通り楽しんだエドムンドは執務机のしたにあったものを、上に置いた。

 

「バケツだな」

「バケツね」

「バケツだね」

「バケツだよね?」

「バケツ以外のなにに見えるの?」

「……」

 

十代の少年少女が、エドムンドがいきなりそれなりに大きいバケツを取り出したので、まったく脈絡を掴めず全員が頭にクエスチョンマークを浮かべた。

 

だが、真っ先にサイトがディッガーに説明されたことを思い出した。そういえばこの宮殿に閉じ込められてそう日にちが経ってない頃に、デルフがどんな状況になっているかディッガーが説明してくれたはずだ。シェフィールドの話が終わった後に、たしか、煩すぎて……水瓶に……。水瓶?

 

そこまで思い出したサイトはすごい勢いで置かれたバケツを覗き込んだ。やはりというべきか、バケツには水が張ってあり、中に伝説の剣が沈んでいた。

 

サイトは慌ててデルフを水の中から出した。いままで意識してこなかったが、デルフが酸素がなくても生存可能な意思剣なのかわからんくて、ものすごく不安になったのである。バケツから取り出した後、必死でデルフと何度も叫んだ。

 

「その声は相棒だね? よかった……。また何百年も誰とも話せなくなって、終わりが見えずに孤独感を募らせる日々が始まるのかとガラにもなく不安になったよ……」

 

デルフが吐き出すように、心情を吐露する。どうやら水の中に沈められて声を出せず、周りの声も聞こえないという状況は、デルフのハートを心細くしてしまうほど堪えたようであった。

 

いつものお調子者風の声ではなく、心の底からの安堵の声に、デルフに悪いことをしたとサイトは少し涙目になってしまった。

 

「おぬしの使い魔の風韻竜は宮殿の中庭に繋いである。そこで返してもらうといい」

 

剣とその持ち主の感動の再会に全く関心を払うことなく、エドムンドはもうひとつ取り上げていたものの処遇をタバサに告げる。

 

「それとだ。おぬしのことはガリアに適当に誤魔化しておくが、これは貸しだ。いずれ相応のもので返してもらうつもりでおるから覚悟しておくがよい」

 

タバサはこくりと頷いた。目の前の青年が自分の身柄を無償で案じてくれるような人ではないとうことくらい、北花壇騎士としての嗅覚が理解していた。だからなにかしら要求をしてくるものと踏んでいたのである。

 

しかしいまやトリステインに匿われているだけの自分に対し、貸しを返すことを要求するというのはすこし理解に苦しむ。自分がガリアの王位を狙っているという前提ならその要求をするのはわかる。貴族の世界では貸し借りというのは意外とバカにできない存在であるからだ。

 

だが自分が王位に就く気が毛頭ないことはすでに告げているはずである。トリステインの客分にすぎない自分が貸しを返すためにアルビオンのために動いたとしても、それほど価値があるようにはタバサには思えなかった。

 

「ああ、そうだ。復讐を成し遂げた先達として、ひとつおぬしに忠告しておいてやろう」

 

いきなり自分の生きる目的、ジョゼフへの復讐に関わる話を振られて、貸し借りに関するタバサの思考は吹き飛び、冷たい目でエドムンドを睨む。

 

一体この男はなにを自分に忠告するつもりなのだろうか。復讐を成し遂げるための覚悟は四年前のあの日にすでに済ませている!

 

「なに?」

 

「――復讐の炎で己が身を焼く者は、視界に入るもの以外の末路など頓着しないものだ。そうでないなら、それは本懐ではない。己の心をはき違えているのだから。自分の心がなにを叫んでいるのか。今一度、顧みてみるがいい」

 

「どういう意味?」

 

あまりに抽象的というか、いいたいことがよくわからない文学的な言い回しだ。匂わせぶりだけど、答えそのものというわけではなく、解釈のしようが何通りがあるややこしく、遠回しな語りだ。

 

なのでタバサは率直に問い返したが、エドムンドは不快げな笑みを浮かべ、

 

「どういう意味かは自分で考えるが良い。たとえ今わからずとも、その道を進む以上、いつかはわかってしまうことであるからな」




Q「ヨーク伯の容姿の評価がひどいけど具体的にどれくらいひどいの?」
A「キングダムの竭氏くらい」

次回からエドムンドさんの出番が激減します。


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魔法学院編
竜の羽衣


すいません。今話からエドムンドさんがしばらく空気です。
では、魔法学院編(原作12巻あたり)開始。


デュライたちは王都トリスタニアの王宮で王太后マリアンヌ、宰相マザリーニと面会した。

 

マリアンヌは数年前に崩御した夫であるヘンリー王の喪に服したままらしく黒色で統一された服装をしているが、それでも見るものをハッとさせるほ美しい容姿の持ち主であった。すでに四十を超えているそうだが、それでももう少し華やかな服装にすれば陰気臭さが抜けて、多くの貴族令嬢を圧倒する美女としてい今でも十分通用するのではないかと思うほどの美女だ。

 

眼前の王太后に関する情報は先々代国王フィリップ三世の愛娘であり、先代国王ヘンリーの妃、現女王アンリエッタの母であること。かつて”烈風”に護衛されていた頃があること。頑なにヘンリーの妃であることにこだわって王座につくことを拒否し続けたこと程度のことしかデュライは知らない。

 

なぜその程度しかわかってないかというと、マリアンヌが公の場で活躍したことがほとんどないからである。かといってどこぞの姫君のように国家の暗部で辣腕を振るっているわけでもなく、ただの神輿でしかないうのが周知のものだからであり、軽く会話をしてその裏付けをしたような気分にしかなからなかった。

 

しかしもう一人の方、マザリーニはやはりというか、ただ者ではなかった。体は哀れなほど痩せ細り、顔に穏やかな笑みを浮かべている、その目の眼光が鷲のように鋭く光る類のものであることが想像でき、国家を背負う者がに相応しい顔つきをしている。誠実かつ友好的に振る舞いながらもこちらから情報をつかもうとあの手この手で探りを入れてくるあたり抜け目がない。

 

しかもその探り方がなかなか気づかないくらいに自然であった。さすがは教皇候補の一人に数えられた聖職者というべきか。相手の警戒心を解きほぐし、真実を探りだす話術に長けていた。油断ならない人物である。

 

会話を続けていたらボロを出してしまいそうだったので、必要事項を告げるだけで会話を続けさせない姿勢をとった。マザリーニもそれがわかったのか、面会を終わらせた。だが諦めてはいなかったらしく、王宮で一泊している間、導隊の隊員の中で一番口が軽そうなマルスから情報を聞き出そうとしていたらしい。

 

そのことを部下から聞かされた時、デュライは思わず人の悪い笑みを浮かべた。マザリーニが矛先に選んだ人物はある意味正解で大ハズレだったからだ。マルスはややぬけてる気性の持ち主だが、いろいろ斜め上すぎて情報を聞き出す対象としては不適当すぎる。

 

そんな一幕があって、正式に水精霊騎士隊(オンディーヌ)の教導隊であることをトリステイン王室から正式に認める書状を手に入れたデュライは、魔法学院長オスマンの差配で敷地内の施設の一角を与えられた。

 

「初めまして水精霊騎士隊の諸君。私はアルビオン王国鉄騎隊(アイアンサイド)百人長、デュライである。アルビオンとトリステインとの間で結ばれた協定によって、私のほか数十人の隊員が教導官として君たちの訓練を指揮することになった。以後よろしく頼む」

 

放課後の訓練時間になってデュライは水精霊騎士隊隊員の前に立つと、デュライは遠慮なく演説を続ける。

 

「君たちはいまだ学生の身である。だが、トリステインの栄光ある部隊の名を預かっている以上、それに所属するに値する実力が必要だ。そしてそのための訓練は非常に過酷なものになるだろう。しかし君たちが栄誉ある近衛隊の一員に名を連ねるには実力不足だという評価がついてしまえば、それは水精霊騎士隊、ひいては君たちの祖国の栄光を汚すことに他ならない。貴族は名誉を重んじる生物であると、私は知っている。そして君ら少年たちも、当然貴族の誇りを持っていよう。ならば過酷な訓練に耐えられるはずである。

念のために言って置くが、訓練に手心を加える気は一切ない。この国の者であるならば、女王陛下の肝いりで作られたこの部隊を指導することに躊躇い、きつく指導したりはしないのかもしれない。だが、私はトリステインの人間ではないよそ者である。そしておそらくはそれを望んだがゆえトリステイン王政府は外国の職業軍人である我らに教導官たるを要請したのだろう。だからこそ、エドムンド・アンリエッタ両陛下のご期待に沿うためにも、私は子ども相手でも容赦しない」

 

決定事項を告げるかのようにそう言い切るデュライに、ふざけるなと学生たちは反発した。鉄騎隊は盗賊まがいの傭兵団が正規軍に転じたものであり、ならず者どもの集まりであるというのが周辺諸国の一般的な評価であり、そんな部隊に所属しているやつらの教えを請いたいとは思わなかったのである。

 

それにデュライ個人に対しても水精霊騎士隊は思うところがあった。デュライはメイジではない平民だからである。彼らはサイトを自分たちの副隊長と認めていたが、それはサイト個人の人望と実績故のことであって、いくら他国の将校であるとはいってもポッと出の平民に大きな顔をされては貴族のおぼっちゃんたちは我慢ならなかったのである。

 

だが、それこそがデュライの狙ったものだった。手っ取り早く反発心ある部下をまとめ上げるには”力”を示すのが一番であると彼は経験から知っていた。特に反感を示す学生を五名選出すると模擬戦を行うと告げた。大戦相手は自分一人であり、魔法を使ってもいいと言われて五名の学生は舐めるなと烈しく憤った。

 

しかし勝負はあっさりとついた。開始の合図早々、デュライが風銃で四人の杖を持っている腕を撃ち抜いた。周りがいきなり倒れて痛みにうめき出したので、残りの一人が状況が理解できず混乱して呆然としているところを、歩いてゆっくりと近づき、顔面をストレートに殴り抜いて気絶させたのであった。

 

「銃がすごいだけじゃねぇか!!」

 

さっきの模擬戦でデュライの実力のほどを知った半数が黙り込んだが、もう半数はまだ納得いかないとばかりにそう喚き立てた。そこで再びデュライはその中から特に反発の強い五名を選出して、武器なし・杖なしの模擬戦を行ったが、当然のごとくデュライの圧勝だった。

 

いくら今の水精霊騎士隊の学生たちがアルビオンとの戦争を経験している者たちで構成されていると言っても、時間の都合で二ヶ月の短期訓練しか受けれなかった上に大部分は後方の補給部隊に配属されていただけの者たちである。幼少期から充実した訓練と豊富な実戦を経験しているデュライに勝てる道理などなかったのであった。

 

こうして訓練指導初日に十名の学生を医務室送りしたデュライだったが、それと引き換えに水精霊騎士隊の者たちに畏怖を持って教導官たることを認めさせ、表向きの仕事である教導隊としての役目を果たせる立場になった。

 

そして裏の仕事、すなわち、タバサ、ルイズ、サイト、ギーシュの監視であるが、これにあまりちゃんと取り組んでいなかった。というのもデュライが自分の監視網を抜け出せるような才覚の持ち主であるとはとても思えなかったからである。

 

仮に彼らが魔法学院からこそこそと逃げ出すような行動をとり始めればまず見抜けるだろうとデュライは思う。なので唯一、自分の目を欺けそうなタバサをアルニカに監視させているのみで、他にはおなざりな監視しか敷いていない。そして万一、他の誰かが逃げ出した場合、タバサを拘束し、戻ってこなければ処刑するとでも大声で主張して回れば、彼らの性格からして自分から出てくるであろう。

 

デュライの慢心を助長したのは魔法学院自体の警備体制の甘さにあった。衛兵が数十名いるだけという、なんともお粗末な警備体制しか敷かれていないのだ。学院の主張によると教師は優秀なメイジであるため、その護りは並の施設よりも強固だから衛兵なんかいらないというのだ。

 

だがデュライのみるところ、警戒に値する教師は三名しかいなかった。それ以外の教師はなるほど優秀なメイジなのだろうが、戦士として見た場合、体型からしてなってないものが多く、アマチュアならともかくプロフェッショナルを相手にできるとはとても思えない。

 

実際、この前の戦争の時に”白炎”のメンヌヴィル率いる傭兵小隊ひとつに占領の憂き目にあったにも関わらず、それを認めない頑迷さには失笑を禁じ得ない。こともあろうに男性教師が軍人として戦場に出ていてしまってたせいだから、平時なら何の問題もないなどとほざくのだ……

 

そんなこんなで仮に学院が総ぐるみで敵に回ったとしても、タバサの身柄確保は余裕であるという結論を出しており、とてもじゃないが任務の緊張感を継続するのは不可能であった。なので裏の仕事そっちのけで訓練がある放課後までの時間は学院のメイドや衛兵とかと雑談を楽しみつつ、情報収集を行うことにしたのだった。

 

「んで。まさかこんな大物を発見するとはな」

 

その情報収集の結果、ある衛兵から先の戦争で猛威を振るった”竜の羽衣”が、学院の敷地内の小屋に安置されているという情報を入手したのだった。デュライはまさかそんな重要な兵器を教育機関である魔法学院に置いてるわけがないだろうと思っていたのが、念のため確認しにきたところ、まさかの真実であり、疲れたようにため息をついた。

 

「小屋に人気はまったくなく、鍵すらかけてない。なんつう不用心さだ」

 

思わずそんな言葉が口にでてしまい、トリステインの連中の危機管理能力の酷さを自分が気にする必要はない。そう気を取り直したデュライはしげしげと”竜の羽衣”を観察する。アルビオン戦役中、デュライは”竜の羽衣”をこの目で見る機会がなかったので、それが戦闘機であることは想像できても、具体的にどんな機体であるかは推測できなかった。

 

しかしこうして目の前に止まった戦闘機を前にじっくりと観察していると、デュライは脳内に思い当たる機体がひとつあった。彼が生まれた時点ではその機体を使用していた軍も国も過去のものとなっていたが、故国の空軍軍人が見せてくれた資料があった。名前がたしか――

 

「”ゼロセン”だったか」

 

”竜の羽衣”の正体がまさかこんなクレイジーマシンだったとは。ゼロ戦に関して思いっきり偏った知識しか持たないデュライはそう決めつけた。メッサーシュミットとかフォッケウルフ、そうでなくてもTバードとかかもしれないと期待していただけに、けっこう落胆する。

 

だが、耳に足音を捉えたデュライは腰の拳銃に手を伸ばしてゼロ戦の陰に隠れた。こうも不用心な小屋に入り込んでいて誰か気を咎めるやつがいるのかどうか謎であったが、もしこれがなんらかの罠であった場合、軍事機密を盗み見たとか難癖をつけられることを警戒したのである。

 

入ってきたのは禿げ上がった頭に眼鏡をかけた冴えない外見の中年男と赤髪と健康的に日焼けした胸の大きい女子女性の二人組で、衛兵の類ではないことにデュライはひとまず安堵した。

 

「ねぇ、ジャン。この羽衣がすごいものだってのはわかってるけど、”固定化”がかかってるのになんども確認する必要があるの?」

 

「このヒコーキというのは、かなり繊細な作りだからね。定期的に点検していなくては常に良い状態で操縦できないだろう。それにまたいつ何事かあって、サイトくんがこれに乗って戦いに行ってしまうかもしれないと思うと、武装もリニューアルしておいた方がいいだろうし……」

 

そう真面目そうな顔をしてジャンと呼ばれた禿頭は嘯いてみせるが、目が好奇心旺盛な子どものように輝いているのでは色々と台無しである。

 

禿頭の中年男が工具を取り出して装甲板を取り外し、中身を弄り始める。

 

「……相変わらずなにがどうなってるのか。さっぱりわからないわ」

 

「その複雑な構造を理解するのが楽しいんじゃないか。この精密な配線がどのようにしてエンジンとやらの部分につながっているのか、どのような理屈で固定した翼で空を飛ぶことができるのか。それを考えるだけでもわくわくしてこないか?」

 

「……無理ね。頭が痛くなってくるわ」

 

「同じ火系統のミス・ツェルプストーもわかってくれないのか。他の先生たちもあまり理解してくれないし、今のところわかってくれるのはサイトくんだけだなぁ」

 

その様子を見ていてデュライはいろいろと驚いていた。戦闘機の点検をする? ろくな知識を持ってないハルケギニアの人間がか?! 禿頭の中年男、この魔法学院の教師であるジャン・コルベールへの評価をさらにあげた。

 

そして声音でもう一人の女性もこの前、自分が監視していたゲルマニアのキュルケだと察し、デュライは物陰に隠れるのをやめた。教師一人ならいざ知らず、他国の学生にこれを見せることを許すということはトリステインは大してこのゼロ戦を重視していないのだろう。

 

「あんたらは一体何をしているんだ?」

 

足音を殺して彼らの背後に回り、無知を装ってすっ呆けた調子でそう尋ねる。

 

突然の声に二人は驚いた。特にコルベールは内部を弄ってる最中だったためか、いろいろパニクって「しまった! わーわー!」と焦った声を出す。どうやら中の器機を破損してしまったようだ。

 

「あなたがどうしてこんなところに?」

 

「先の戦争でうちの竜騎士を大量に撃墜してくれた化け物……、”竜の羽衣”がここにあると雑談をしていた衛兵から聞いてな。一人の軍人として興味を持ったし、ガキどもが授業している間は暇なので、見物しに来たってわけだ」

 

その答えにキュルケは納得した。あの戦争の経験者が”竜の羽衣”を間近で見れると聞けばやってくるのはごく自然なことのように思えたのであった。

 

「こんな羽つきカヌーのようなものが飛ぶとほんとに思ってるの?」

 

それでも悪戯心から小馬鹿にするように問いかける。それをデュライは鼻で笑い飛ばした。

 

「飛ぶだろうよ。いささか信じがたいが、衛兵以外にもこれが飛んでいるのを目撃したやつがこの学院にはたくさんいるようだからな。この学院の平民貴族が口裏合わせてそんな突拍子もない嘘を本気で語ってると考える方が無理があらあ」

 

飄々としてそう言い返され、キュルケは頬を膨らませた。彼女はデュライが苦手なのである。純粋に相性が悪いのもあるが、ハヴィランド宮殿に囚われていた時、色仕掛けで突破口を見出せないかと期待半分でやってみたところ、全く動揺しない上に冷たすぎる目で睨み返されたのでちょっとした苦手意識を持ってしまったのであった。

 

そんな話をしている間にコルベールはゼロ戦の応急処置が終わったらしく、ひたいの汗を拭うとデュライを省みた。

 

「中をいじっている時に驚かさないでくれ。傷が入ったのがまだ替えがきく部分だったからよかったけど、そうじゃなかったら取り返しのつかないことになるとこだったよ」

 

「たしかに。すまなかった」

 

「それで、きみはサイトくんたちの水精霊騎士隊につくことになった教導隊の隊長だね?」

 

「そうだが」

 

「聞いたよ。訓練初日に十人も生徒を医務室送りにしたと。しかも四人は銃で撃たれたというじゃないか! 優秀な治療士がいたからよかったが、とんでもないことになっていたよ!」

 

「水系統の魔法に長けた治療士を抱えていると知っていたから銃を使ったんだ。もしそうと知らなければもう少し手段を選んださ」

 

「だとしても! もし少しでも狙いがズレたら彼らの命を奪っていたかもしれない! 次からはこのようなことがないように注意して訓練をしてほしい」

 

「……あなたがそんなことを気にするのか?」

 

心底不思議そうにそう言ってのけるデュライにコルベールはなにを言われたのか理解できなかった。教師である以上、生徒の身を案じるのは当然ではないか。なのになぜそんなに信じがたいというふうな反応をするのか。

 

コルベールの困惑の視線をどのように理解したのか。デュライは疑念を押し殺して朗らかな笑みを顔に浮かべて見せた。

 

「しかし俺はアルビオンとトリステインの両王室から手加減なしに鍛えろと言われている俺の立場もわかってほしいもんだ。生徒の生命は最大限考慮するつもりだが、生傷が絶えない程度は許容してもらいたいな」

 

「……授業に支障がでない程度におさえてほしい」

 

「ああわかった。もともと初日で徹底的に叩き潰したのも、ガキどものくだらんプライドをへし折るためだ。そうなんども繰り返すつもりはない。あんたのような貴族には理解できんかもしれんが、こちとら騎士とはいえ元は流浪の傭兵だ。こっちがどういう流儀が通用しているのか知らんが、舐められたら終わりというのが鉄騎隊の掟に従うまでだ」

 

まだ言いたいことはたくさんあるが、わかったという言質をとったことで引き下がるべきだろうか。少なくとも、前の銃士隊の時みたいに授業の時間まで潰すつもりがないようだし。コルベールはそう思い反論をしなかった。

 

「それで、これはあんたが整備してんのか?」

 

デュライがゼロ戦を指差す。

 

「ああ。こんな素晴らしいものを放っておくなど研究者として絶えられない」

 

「異界の兵器など詳しく知らんものがいじれば普通壊れるだけだと思うんだが……」

 

開けっ放しの配線部分をデュライは覗き込む。戦闘機の内部構造をそれほど知ってるわけではなかったが、パッと見た感じ明らかにおかしい思える場所は皆無だった。

 

「どうもそういうわけじゃないらしい。その道の師でもいたのか?」

 

「ちょっと待ってくれたまえ。どうしてきみがこれが異世界のものと知っているのだね?」

 

「サイトがアルビオンで七万に時間稼ぎをやってのけてからどれだけの時間がたっていると思っている? アルビオンはとうにサイトが東方ではなく異界出身の人物であることを把握している。そして彼が操る兵器もおそらくはそこ由来のものであることもな」

 

コルベールは衝撃を受けた。サイトが故郷に帰るための手段はオスマン学院長が探しているし、アンリエッタ陛下も表立ってではないが秘密裏に行っていると聞いている。それでも手がかりがなにひとつ掴めていないというのに、アルビオンはなにかしら掴んでいるというのだ。

 

キュルケが「エドムンド陛下もそんなこと言っていたわ」というのを聞いて、それがほぼ間違いない事実だと見せつけられるようでコルベールは悔しさを感じた。なぜトリステインはその情報を掴めないのか。欠片でも掴めているならそれを頼りに異世界に身一つで旅立ってやるものを。

 

「そういえばキュルケ。体の方はともかく、おまえ学生だろう。授業はどうした?」

 

デュライがふと気付いたように尋ねる。

 

「あたしトライアングルだから火系統基礎の授業免除されたのよ」

 

その答えにデュライは納得した。彼女のような年齢でトライアングルといったらハルケギニアでは十分エリートとして通用するのである。だって普通ならドット、優秀なものでラインというのが一般的だからだ。

 

ということは監視対象の一人であるタバサも授業を免除されていたりするのだろうか。アルニカにあとでそれとなく確認しておくべきだな。

 

「デュライくん。できればアルビオンが掴んでる情報について教えてもらえないだろうか……」

 

「おまえがアルビオンに亡命でもすれば、可能性はあるんじゃないか?」

 

なにせ優秀な技師でもあるようだし。そう内心で呟くデュライの前でコルベールは切なげなため息をついた。



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サイトの悩み事

放課後になって貴族のガキどもに対して訓練を開始。魔法なしの戦闘においてよわすぎることは初日の一件でじゅうぶんに理解していたので、デュライは接近戦の訓練に重点を置いた。もっとも生徒一人で一人前の軍人である教導隊の教官と互角のところにまで成長させようとは考えなかった。そもそも年齢や経験、力量の差からして無理があるからだ。

 

そこで生徒たちを五人ずつの班に分け、その班ひとつと教官一人と木剣で模擬戦を行うという形式をとった。意外と言うべきか生徒たちの連携はそれほど悪くなく、優秀な生徒がいる班は教官と互角の勝負を演じるほどであり、デュライを驚かせた。

 

ギーシュはどうやらお飾りという意味だけで隊長の座を射止めたわけではないらしい。出す指示は甘いところもあるが的確だったし、他の班員の特性をよく見てそれを活かす作戦を立てて、模擬戦相手の教官を翻弄した。ギーシュのいる班が現時点でサイト以外で唯一教官に勝利できたのは彼の能力によるところが大であり、もう少し経験を積めば戦術指揮官として十分な素質を身につけることができるだろう。

 

他にもギーシュほどではないが見所がある奴はいた。レイナールの作戦立案能力はギーシュを超えるほど現実性があるものだったが、ちょっとした計算違いするとテンパって一方的にやられる極端なところがある。繰り返しの訓練で現場に慣れればある程度は改善できるだろうが、それでも目に余るようならいっそ参謀にでもなった方がいいだろう。

 

そんなレイナールと好対象をなしているギムリなんて奴もいる。周りをまとめ上げる手腕は大したものだが、どうにも頭の方が足りていないようで、追い詰められると敵に向かって正面突撃一択という特攻ぶりを発揮する。先鋒の切り込み役に向いているのかもしれないが、水精霊騎士隊(オンディーヌ)は近衛隊であるのだから、一番最初に先陣を切るなんてことはまずないはずだ。仮にあったとして、その役目はサイト単騎で事足りる。

 

そういえばそのサイトなのだが、剣士として卓越しすぎててほとんど一人で教官を撃破してしまうので、他の班員が活躍する場面が一切ない。さすがにこれでは訓練にならないのでデュライが直々に稽古をつけた。が、信じられないほど強く、一対一で模擬戦を行ったところ五回中一回はサイトが勝利した。木剣だから”ガンダールヴ”のルーンは効果を発揮していないそうだが、それなのにこんな若造に負ける時があるというのはデュライのプライドを少し傷つけた。

 

しかしいくら二十以上年齢差があるといっても、七万の軍勢相手に突撃した経験はサイトのものだと訓練に参加できず悔しそうにしているデルフリンガーから教えられ、思い直した。いくら幼少期から実戦経験を積んできたとはいえ、自分なら七万を相手にすることなどできるはずもない。それならむしろ五回中四回も勝ててる自分を褒めるべきだなと。

 

とにかくこういった形式の模擬戦を時折休憩を挟みつつ、二時間ほど行う。そして今日は水精霊騎士隊と教導隊の団体戦形式の模擬戦を行うことにした。基本戦場というのは多対多で行うものであるから、それの経験を積むために行うのである。最初にやった時、背後から攻撃された生徒が卑怯だなんだとほざいていたが、そんな負け惜しみは本当の戦場における命のやり取りで何の役にも立たないということを教え込むためという目的であったのだが……

 

「アルニカ! 二、三人連れて向こうを頼む!」

 

「わかったわ」

 

「他は僕についてきて!! いくぞ!」

 

「あの、バーノン殿!? 隊長からあまり部隊を動かすなと言われていたはずでは?!」

 

「わかってる! でも今攻勢にでればニ十人くらいは撃破できる。現場判断って言えば大丈夫さ」

 

「いや、しかしですね……」

 

「こうなったマルスになにをいっても無駄よ。それにこれが実戦なら殴っても止めるところだけど、模擬戦なんだから大目に見てあげてもいいんじゃない?」

 

「そ、そんな……」

 

「いくぞみんなーーー!!!」

 

「「「「おおおお!!」」」」

 

のだが、模擬戦でマルスを筆頭に警邏隊出身者約十名がデュライの命令を無視しだす事例が頻発し、直属の一人を飛ばしてその部隊の様子を探らせたところ、ろくに制御がきいていない事実が明らかになった。

 

「バーノンのガキめがあ……。ってかアルニカ! お前あの小僧の抑え役だろうが! なに普通に従ってやがる?! あの妖魔め!!」

 

マルスの部隊の様子を報告してきた部下にデュライは思わずそう叫んだ。教導隊はマルスの警邏隊と鉄騎隊(アイアンサイド)に籍を置いている者の混成部隊で、マルスの能力をデュライはまったくといっていいほど評価していないが、その補佐を務めるアルニカはそうではなかったのでそれほど不安を抱いていなかった。

 

しかしアルニカのやつは模擬戦であることにかこつけて、積極的にマルスの指示に従っていくつもりらしい。デュライにとって計算違いもいいところだ。いくら相手の方が数が多いとはいえ、こちらはプロが四十人。普通に勝てるはずなのだ。だというのにろくな経験もないひよっこ百匹に互角の戦いを演じることになっている有様だ!

 

「もういい。あのガキの部隊は無視する。どんなに脱落者がでようが知ったことか。それ以外と連携をとって間断なく突撃を仕掛けて数を削り、包囲殲滅する!」

 

何度か正面から水精霊騎士隊とぶつかっとところ、敵は攻撃の時はともかくとして防御時の連携がまったくなっておらず、脆弱極まりないとデュライは看破していた。だから間断ない突撃で数を減らしてまえばよい。

 

マルスの部隊がこっちの命令に従わず、敵と乱戦に突入しているので同士討ちの危険性が高いが、自業自得だ。むしろ懲罰をかねて積極的に巻き込んでいくべきかもしれないとすらデュライは考えていた。

 

その考えは的を射ていたようで水精霊騎士隊全員を戦闘不能状態に追い込むまで十分とかからなかった。水精霊騎士隊・教導隊双方で怪我人が六十八名、意識を失った者が四十七人でた。怪我人はそう大した傷を追った者はいないので放置でいいが、意識を失った者は無事な者が数人がかりで訓練場のすぐそばに天幕をはってひかえている学院の治療士たちのとこまで運んで行った。

 

気を失った者の中で唯一マルスだけはアルニカに襟元を掴まれて引きずられるというあんまりな運ばれ方だったが、気を失ったもののほとんどがただ単に疲れ果てた者だけだったようで、たいした問題にはならなかった。

 

デュライとしては今日の訓練は十分だろうと水精霊騎士隊の隊長殿に提案したのだが……

 

「今日はまだ行進の訓練をしていないじゃないかね!!」

 

理解に苦しむことだが、ギーシュはこの状態でも騎士隊の行進訓練を行うことを望んだ。意識を失っていた者たちはともかくとして、それ以外はまだいけるはずだと主張し、多くの騎士隊員がそれに同意したのである。

 

それどころか、意識を失っていた者たちのほとんどが「ベッドで寝てる場合じゃねぇ!」とか叫んで復帰してきた。若いって素晴らしいなと四十男のデュライは思わずにはいられない光景であった。

 

「四列縦隊、整列!」

 

とにかくそう言われてはやる他ない。デュライの号令に従い、水精霊騎士隊は素早く四列に並んで整列する。先頭のギーシュが薔薇の杖を掲げるとそれを合図に一斉に行進を開始する。

 

ハルケギニアでは徒歩行進が一般的だが、ギーシュ以下水精霊騎士隊の者達が最初に行進訓練をしたときに「一番カッコイイのがいい」と言ったのでグースステップ、いわゆるガチョウ足行進方式をデュライは採用した。

 

分かりやすくいうとナチス・ドイツやソ連がやっていた膝を曲げずにまっすぐ伸ばした脚を高く上げる行進方法で、大人勢で揃えてやればやたら式典映えする上に、一糸乱れぬ行進は見た者を圧倒させることができるのだ。

 

いつもならこの行進訓練を一時間前後やるのだが、数人がいまだに医務室から抜け出せていなかったため、全員でやらなければ大きな意味はないとして二十分程度で訓練は終わった。

 

こうしてギーシュとともに訓練終了の宣言をして、デュライは訓練の後始末をし、それが終わると自室で休もうとした。だが、サイトから相談事を持ちかけられ、渋面で対応した。

 

「ティファニアのことなんだけどさ。同じクラスの子たちにイジメられてるらしいんだけど、どうしたいいと思う?」

 

「……まさかとは思うが、バレたわけじゃねぇよな?」

 

意味深に自分の耳を弄りながら声を押し殺してそう聞いてこられて、デュライが言わんとするところを察したサイトは首を横に振る。

 

「なら他愛もない学院生活の一ページじゃねぇか。ほっとけばいいさ」

 

「ツメテェ! ってか、ティファニアはお前が仕えてる王様の妹じゃねぇか。騎士として守るべきなんじゃねぇの? それにあの気弱なティファニア、イジメ殺されちゃわないか心配なんだ」

 

「イジメ殺されるっておめえ、過保護すぎるんじゃねぇか?」

 

「だってそんなレベル超えてるんだもん。なんかもう、ティファニアへの嫉妬丸出しというかなんというか……」

 

「あんなむしゃぶりつきたくなる体型してるからな。同性にとっちゃ腹立たしいだろうよ」

 

ティファニアは保護欲と加虐心という、相反する二つの男の感情を掻き立てる、じつに魅力的なボディの持ち主である。特に胸の絶妙な大きさは戦略級兵器と言ってもいい。自分の容姿をなにより誇る女の子なら、その自信を木っ端微塵に粉砕するティファニアに怒りを持つのは自然なことだ。

 

ふとデュライは初めてウエストウッドでティファニアと出会ったとき、あろうことか彼女を死後の世界の女神だと勘違いした黒歴史を思い出して、うっすらと顔が赤くなった。

 

「むしゃぶりつきたくなるって……なにが?」

 

答えはわかりきっていたが、サイトは問わずにはいられなかった。

 

デュライは意地の悪い笑みを顔に浮かべて、目を細める。

 

「答える必要あるか?」

 

「え?」

 

「答え、わかってんだろ? なのに答えを聞きたいってのか?」

 

声はむしろ穏やかと言っていいほどであり、こんな声で話しかけらたら、何も知らない人ならたぶん魅力的な渋い声だというだろう。

 

だがどこか有無を言わさぬ圧力があり、サイトは思わず黙り込んだ。

 

「子供同士の諍いなんだ。大目に見てやればいいさ。外に憧れて森の中からでてきた刺激に憧れる姫君なんだ。なのに、ひたすら安穏というのもつまらんだろう。話を聞く限り陰険なイジメでもないようだし、放っておけばティファニアにとってもいい経験になるだろうよ」

 

ティファニアの気性を誤解しているとサイトは思った。

 

「そりゃあ、俺だって、俺がギーシュとやるような喧嘩みたいな感じだったら、そんなに気にしないさ。でも、あいつらよってたかってティファニアをイジメてたし、リーダー的な奴は自分の家柄を傘にきてるイヤな女だったから……」

 

「……そのイヤな女ってのは誰だ?」

 

さっきまでティファニアのイジメの問題をたいしたことじゃないという風な態度で聞いていたのデュライが、いきなり真面目な顔をして反応してきたのでサイトは驚いた。いったいなにがスイッチだったのかさっぱりわからない。

 

しかし、ようやくちゃんと話を聞いてくれそうだという喜びが、その疑問を吹き飛ばした。

 

「えっと、たしかベアトリスって名前で、やたら偉ぶってた」

 

「悪いが、この学院の生徒全ての名前を知ってるわけじゃねぇんだ。家名の方を教えろ、家名の方を」

 

サイトは頭を抱えた。ベアトリスの取り巻きの一人が彼女のフルネームを言っていたのを聞いているが、長すぎて覚えていない。家名だから一番最後の部分なのだろうが、なんだったけ。イヴァンヌ? いや、それは中の部分だったはずだ。最後のは……

 

だめだどうしても思い出せない。っていうか貴族様の名前はいちいち長いんだよ。ルイズのフルネームだって覚えるの、かなり苦労したんだぞ? もうすこし名前を短くしろってんだ。まったく。

 

「えーっと思い出せねぇけど、たしかギーシュが大公家って言ってたな。ギーシュやモンモランシーの家がその大公家から金を借りてるって。それと娘が留学するからって自前の親衛隊を引き連れてきてた」

 

なんとも要領を得ない返答だったが、デュライはそれが誰なのかわかった。

 

「クルデンホルフの姫君か。たしかにそいつはちょっと問題だな……」

 

自前の親衛隊を引き連れてきた生徒。デュライは学院の情報収集をしている際にその親衛隊の噂を聞いていたし、その肝心の親衛隊、空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)に所属する幾人かとも接触して内情もある程度知っている。

 

空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)はクルデンホルフ大公国所属の竜騎士団であり、アルビオン竜騎士団なき今となっては”ハルケギニア最強”の空中戦力である。つまり、ティファニアをイジメている中心人物のベアトリスとかいうのは、現大公の娘と考えてまず間違いないだろう。

 

(ってか、主君の娘がティファニアと同じ”ソーン”のクラスに所属してるって空中装甲騎士団の奴が言ってたわ。うわ、メンドクセー)

 

トリステイン魔法学院は学年ごとに”イル”・”ソーン”・”シゲル”の三つクラスに分かれており、ティファニアが”ソーン”のクラスに所属している。そして苛めっ子の姫君ベアトリスも”ソーン”所属というわけだ。

 

別々のクラスならイジメも休み時間に行われるだろうから、学院生活の暗い一面として笑って見過ごしてもいいのだろうが、同じクラスなら授業中でも容赦なくイジメをするだろう。それはちょっと問題だ。

 

普通なら学院の教師が対処すべき事柄なのだろうが、残念ながら正面からベアトリスを叱ってやれる教師がこの学院にいるとはデュライには思えない。

 

クルデンホルフはトリステインを宗主国と仰ぐ小国であるとはいえれっきとした独立国であり、トリステインの国政に大きな影響を及ぼせる力も持っている。そんな国の姫君を相手にできる勇気がある教師がこの学院にはほとんどいないだろう。

 

可能性があるなら今年で数百歳という噂がたつほどの知恵の持ち主であり、宮廷にもある程度の影響力を持っており、デュライが警戒する三人のうちの一人でもあるオスマン学院長だが……。あの老獪は保身のために学院全体の問題になるまで放置してそうな気がしてならない。

 

となるとティファニアは心休まる時間もなくイジメの嵐に晒され続けることになる。それ自体は別にかまわないのだが、そのせいでティファニアが再起不能になったりでもして、それが自分の主君であるティファニアの兄に伝われば不快に思うのではないかと思うと、なにかしらの方法で対処をするべきではないかとデュライは思えた。

 

状況を整理し、問題の一番重要な部分を認識し、それを排除する具体的な手法を幾通りか考えだし、一番実現性の高いの手法を選ぶ。この一連の思考を数分で行った

 

「よし、わかった。とりあえずそのベアトリクスとかいう奴を抹殺しよう」

 

「はあ?!」

 

ちょっと用事を片付けてくるような口調でそう言われたので、サイトは驚愕してひっくり返った。

 

そんなサイトの狂態を気にも止めず、デュライはいそいそと銃を取り出して、整備を始めた。

 

「待て待て待て。抹殺ってどういう意味よ抹殺って。どう聞いても穏やかじゃないんだけど?」

 

油くさい臭いに嗅覚が刺激されて我に返ったサイトが、目の前の男はベアトリスを殺すつもりなのかと焦りながら、確認する。

 

するとデュライは理解しかねるという怪訝な表情を浮かべ、サイトを見返すと

 

「どういう意味もなにも、話を聞く限り大本の原因はベアトリスだろう? ならそれを排除しちまえばいい。そうなったら学院の他の連中は落ち着くだろうさ。それで万事解決じゃねぇか」

 

その話を聞いて、魔法学院から追い出すって意味かとサイトは胸の中でホッと安堵した。

 

「学院から排除って……そんなのできるのかよ?」

 

「できる」

 

「おおう、そこまで自信満々に断言されると怖えな。でもベアトリスを追い出してそれで終わり、って考えなし過ぎるような気がするんだけど……」

 

考えなし過ぎると言われて少し不快な気持ちになった。殺害現場の現場の偽装を行い、いくつかの政治的裏取引を駆使することによって、不幸な事故死とクルデンホルフ大公に誤解させて処理させる。そこまでの行程を考えた上でデュライはベアトリス抹殺を口にしたのである。

 

なのに考えなしとはどういうことか。仮に考えなしだとしても、具体的な解決策ひとつ示せないサイトに言われたくはない。

 

「じゃあ聞くが、原因の排除以外にどんな方法があると?」

 

「一番いいのはやっぱりベアトリスがイジメをやめて、ティファニアを謝ることだよな」

 

「……初っ端から無理難題じゃねぇか」

 

貴族というのは基本恩知らず。それが貴族に対するデュライの認識である。しかもベアトリスは”貴族の子弟らが平等に机を並べる学び舎”というトリステイン魔法学院の建前を無視して休みの日には空中装甲騎士団を連れ回して周りに自慢していると、他ならぬ同騎士団所属の騎士から聞いている。

 

しかも小間使いのように騎士達を使っていることも多々あるようで”生徒の自立性を促すべく専属の従者をつけてはならない”という校則にも若干抵触しているしているかもしれない。つまり彼女は規則を破ることをなんとも思ってない。そこから推測するに彼女はなんでも自分の思い通りにできるほどまわりに甘やかされて育ってきたのだろう。

 

そして大概の場合、そういう人物は自分のやったことがまちがっていると認めるのは非常に困難なことであるらしく、並大抵のことで自分がまちがっているなど認めない。よしんば認めたとしても、火竜山脈の数百倍は高いプライドが激しく傷つけられ、逆恨みに走る可能性大だ。もしそれも抑え込もうとすれば、彼女より強い立場の者がそれを禁じるしか方法はないだろう。

 

「つまり五大国の王族や大臣、それかベアトリスの父親だな。そのうちのだれかを引き込まないことにはベアトリスがおとなしくなることはないだろう。

エドムンド陛下は必要以上にティファニアに関わらない方針だし、なにより国のことで忙しいから他国の学院のことに関わってる暇はない。他の大臣たちもしかりだ。

トリステイン王室のアンリエッタ陛下もなにかとお忙しいようだし、年中喪中のマリアンヌ陛下はこんな世俗的なことに関わってくれるとも思えない。

そしてクルデンホルフ大公は自前の騎士団を護衛につけるほど娘に対して親バカだ。そんな奴に期待するなんて論外。

で、お前はだれにベアトリスの相手をさせるつもりなんだ?」

 

理路整然とした調子でそう言われると、サイトは反論できなかった。たしかにそれくらいしないとベアトリスが色々拗らせて表立ったイジメ方から陰険なイジメ方に変わるだけなのが想像できたからである。

 

そこでサイトはベアトリスを抑えられそうな知り合いを考えてみた。陸軍元帥を父に持つギーシュや旧い名家出身のモンモランシーも、ベアトリスを前では似合わない敬語を使っていた。それ以上偉い家出身の知り合いというと……タバサか?

 

いや、それはだめだろう。タバサがガリアの王族であると表立って明かせばガリアが介入してくる可能性が高まるだけだ。学院のイジメ問題を解決するのに、国際問題を発生させてはなにがなんやらだ。

 

というか、それが許されるならティファニアの父方の血筋を明かした方が何倍もマシじゃねぇか。エドムンドからばらしたら殺すと脅されているが、ティファニアの父親はアルビオン王の父親と同じなんだから、よくわからないけど王家の分家筋ってことになるんだろ? 爵位だってベアトリスの家と同じ大公だったらしいし、ベアトリスだっておとなしくなるんじゃないか。

 

そこまで考えてサイトはふと思い出した。王家の分家筋の人間がごく身近にいたことを。

 

「そうだ。ルイズに頼めばいいんじゃねぇか」

 

たしかルイズの実家は王家に次ぐレベルの名家だったはずだ。ルイズならベアトリスをおとなしくさせることができるんじゃないだろうか。

 

「たしかにヴァリエール家ならクルデンホルフ家と対抗できる家柄だが……、ちょっと微妙だな。悪いのは規則無視してるベアトリスなわけだから、大公に冷静な判断力があれば娘を諫めるだろうが、さてどっちに転ぶか」

 

もしクルデンホルフ大公が冷静な思考を放棄し、「家格が上でもないのに偉そうなこというな」という方向に流れれば国際問題、いくところまでいけば戦争ルートまっしぐらである。

 

デュライの知る限り、大公は統治者として決して無能ではない。それどころか軍事・外交面では宗主国トリステインに依存しているくせに、独自に強力な軍事力を整えてトリステインを牽制しながら、国として名目上に留まらない独立性を確保してることを念頭に置くとむしろ非常に有能というべきだろう。

 

だが有能な統治者が、身内に愛情を注ぎすぎて国家を傾けることは歴史を見ればけっこうよくあることだ。そして娘が宗主国に留学するというだけで護衛を派遣するあたり、大公にそういった側面は間違いなくある。同格の家から自分の娘を非難された時、大公がどっちの道をとるか推測しかねる。

 

それを考えれば、後腐れないように殺してしまうのが手っ取り早いとデュライは思うのだが、アルビオンに迷惑がかかることでもなさそうなので、そっちの路線をとっても別にかまわない。しかし、それとは別のとこでデュライには懸念があった。

 

「しかしおまえ、勇気あるなぁ」

 

「なんで?」

 

サイトが心底不思議そうに首を傾げたので、デュライは少し意外に感じた。まさか自分の見当違いだとでもいうのだろうか?

 

「最近のお前らの様子から察するに、喧嘩かなんかしてるんだろ? そんな状況でティファニアの話題なんかしたら、プライドの高いミス・ヴァリエールはへそを曲げるんじゃねぇの?」

 

おまけに言えば、監視対象の一人であるタバサは訓練の時間になると決まって訓練場に設定している学院の草原に現れる。そしてサイトが傷を負うと魔法で傷を癒すのである。なんでそんなことをするのか気になって水精霊騎士隊の面々に尋ねてみたのだが、マリコルヌの語るところによるとどうもサイトに命を救われた経験から恩義を感じ、騎士として彼に仕えているとかなんとか。

 

そのおかげでタバサの監視をしているアルニカも、訓練に参加しているわけだが、ルイズにとってはそんな軽いことではないだろう。

 

プライドの高い女が嫉妬に狂うには十分な要素である。すでにルイズの精神は不満という大量の火薬が詰め込まれ、タバサという油で部屋中をコーティングされた火薬庫状態といったところだろう。そしてあろうことかサイトはそこへ新たにティファニアという火種まで突っ込もうとしている。

 

そんな風に現状を見ていたデュライであったが、サイトは余裕たっぷりな態度で気持ち悪い笑みを浮かべると、

 

「いや。そんなことありませんヨ? むしろ後ひと押しってとこ」

 

「そうなのか……? 俺は状況を見る目を持っている自信があったんだがな」

 

サイトの女性関係における鈍感っぷりと勘違いによる妄想は本人以外には理解不能なものであったので、デュライは自分の推測が間違っていたのか、と素直にサイトの主張を受け入れた。




原作12巻序盤のサイトのズレっぷりは酷すぎる。


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馬鹿騒ぎと後始末

水精霊騎士隊の訓練はいつも放課後に行われているので、朝から昼間までタバサ監視の任についているアルニカを除いた教導隊隊員は自由時間となっており、個々の隊員が思い思いに時間を消費する。一例をあげるとユアンは暇つぶしと称して適当に授業に潜り込んだりしている。

 

デュライもいつもならば訓練時間まで学院内で情報収集に励むのだが、容易に得られる情報をあらかた知り尽くしたので、数名の部下を引き連れて王都トリスタニアにある『天使の方舟』亭に向かおうと考えたのである。

 

なぜそんなことを考えたかというと、学院の先生の一人から「”烈風”のカリンが現役時代、何度か利用していた」との噂を聞き出したからであった。真偽のほどは不明だが、トリステインの英雄”烈風”カリンの名はハルケギニア中で知られているにも関わらず、プライベートのことは謎に包まれているのだ。ダメ元で調べてみようかという気になったのであった。

 

もっとも”烈風”カリンの現役時代は今から三十年以上前のことであるから、その当時の夜の女たちはすでに現役を引退しているだろう。しかし管理職などに移って今も店で働いていたり、現役の女たちの相談役として存在感を残している可能性はある。もし本当に”烈風”が利用していたならそんな者たちから聞き出せばよいだろう。

 

仮に根も葉もない噂だった場合、女遊びしに行ったんだと開き直って楽しめばいい。どっちに転んでも充実した時間を過ごせるだろう。そのような計算の上での決定であった。

 

授業開始から十分ほどした頃、馬に乗っていざトリスタニアへと足を進めようとしたその時、

 

「ちょっと待って! デュライ!!」

 

ほとんど叫び声に近い呼び声で馬を蹴りかけた足を止め、振り返るとアルニカがひどくあわてた様子でこちらに走ってきた。

 

「どうした?」

 

「あの子、ティファニアがハーフエルフってことがバレたみたいで、異端審問がどうとか広場で騒ぎになってるのよ!」

 

「はぁ!!?」

 

驚愕したデュライはアルニカに詰問した。

 

「なんでバレたんだ?」

 

「なんでか知らないけどティファニアがエルフの民族衣装を着て授業に出たみたいでね。例のネックレスもつけてなかったみたいだし」

 

「なにを考えてやがる……」

 

昨日サイトからティファニアがクラスで苛められているという話を聞いていただけに、意味がわからなかった。なぜ自分からいじめられる要素を増やしていくのか。いや、そんなことが公にすれば”苛め”なんて可愛いものじゃなくなることぐらい簡単に想像できただろうに。

 

いや、クルデンホルフ大公家の令嬢に苛められてたんだから学生服を全部盗まれでもしてたんだろうか。ティファニアの扱いは一般の女生徒と変わらないものにするとオスマン学院長が言っていたから、同じ女生徒なら夜中に部屋に忍び込んで服を処分するくらい楽勝だろう。魔法も使えるんだし。

 

「俺らは現場に行って様子を見てくる。アルニカ、お前は学院長室に行って狸爺を色仕掛けでもして連れてこい」

 

「色仕掛けって……」

 

「おまえらはそれが得意なんだろう? それにあの学院長には間違いなく変態の気がある。聞けば一年ほど前にその悪癖のせいで自ら盗賊を学院内に招き入れたとか。そのせいで多少警戒心を持つようになってるかもしれんが、そっちの道のプロフェッショナルなら十分目はあるだろう」

 

「……全員が全員、エリザベート様みたいな人ばかりと思わないでよ。いい迷惑だわ」

 

アルニカが勘弁してほしいとため息を零す。

 

「色仕掛けがダメなら力ずくでもいい。とにかく任せたぞ! ハァ!」

 

馬首を翻し、広場へと馬を走らせる。側にいた部下たちもデュライに続く。

 

現場についてみると乱闘が発生していた。彼らの装束と野次馬どもの歓声から察するに、どうも水精霊騎士隊(オンディーヌ)空中装甲騎士団(パンツァーリッター)が激突しているらしい。

 

馬から飛び降りて集まっている生徒たちをかき分けて最前列に出て広場を見ると凄まじい戦闘が繰り広げられている。これは言葉で止められるものではないと判断したデュライは周囲を見渡し、状況を説明してくれそうな者を探す。

 

「おい! おまえ!!」

 

「はっ、はい!」

 

騒ぎを聞きつけてやってきていた幾人かの教導隊の隊員が集まっており、その一人に馬上から声をかける。隊員は驚いた顔を浮かべたがすぐに姿勢を正して敬礼する。

 

「これはどういう状況だ? ティファニアが異端審問にかけられていると聞いて様子を見に来たのだが、なんだってこんな大規模な乱闘が起こっているんだ」

 

「ハッ、それは――」

 

彼が騒ぎを聞きつけてやってきた時は、デュライがいうように空中装甲騎士団がハーフエルフを異端審問にかけると騒いでいる時だった。クルデンホルフ司教を名乗るベアトリスがこの学院から出ていくのなら許してやるとこれ見よがしに慈悲を示してみせたのだが、ティファニアはこれを拒否したのである。

 

そのティファニアの態度があまりにまっすぐなものだったから、それに感動した野次馬の生徒たちは家柄を傘に着て威張り散らしているベアトリスへの反感もあって、ティファニアに味方してベアトリスの短慮を糾弾しだしたのである。

 

メンツが潰されたベアトリスは異端審問を強行しようとしたが、サイトが出てきてティファニアを連れてきたのは自分の責任だからと言って頭を下げ、許しを乞うた。たださえ聞く耳がない傲慢なベアトリスは今周囲から糾弾されるという恥辱を味わっていたのだからろくにとりあいすらしなかった。傲然と断られたので実力行使に訴えようとサイトが剣に手を伸ばしたところで空中装甲騎士の一人に両手を貫かれた。

 

そして副隊長を傷つけられたのを見て、水精霊騎士隊の面々が殺気立った。そして隊長のギーシュが先陣を切って空中装甲騎士団に宣戦布告をしてしまい、水精霊騎士隊がそれに乗っかった結果、今のような状況になっている。

 

そして自分たちはどちら側に味方をすればよいのかさっぱりわからなかった。道理から言えば水精霊騎士隊に付くべきなのだろうが、ベアトリスは小国とはいえ一国の君主の娘。杖を交えたらクルデンホルフとアルビオンの外交問題に発展するのではないかと思うと手出しをできず、傍観に徹していた。

 

そのような説明をされたデュライはようするにサイトから聞いていた苛め問題がベアトリスの我儘によって肥大化し大問題になってしまったのだと理解した。本当に王侯というのはまわりへの迷惑を考えないというか。

 

「このまま放置してる方が問題だ。さっさと止めるぞ」

 

「了解しました」

 

「で、でもどうやって止めるんです。もう話が通じないほどどっちも話できるのか怪しいほど熱狂してますよ」

 

野次馬の一人として声援を送っていたマルスが最後の結論だけ聞いて、そのように問いかけた。この問題児にしては冷静で鋭い意見だとデュライは内心意外に思いながらも答えた。

 

将棋(チェス)をやったことはあるか」

 

「え? あ、はい」

 

全く想像していなかった問いかけに困惑気味に答えるマルス。

 

「ならわかってるだろうが歩兵(ポーン)だの騎士(ナイト)だのをいくら倒したところで試合は終わらん。だから(キング)を抑えてしまえばいい」

 

「……つまり、ギーシュと空中装甲騎士団の団長を抑えると? でもギーシュはともかく、空中装甲騎士団の団長がだれかなんてわかりませんよ」

 

チェスのたとえで推測した自分の答えを述べ、その実現性を疑問視するマルス。

 

「盤面的な意味で言えばそうなんだが、違うな。これは騎士同士の争いというより、意地の張り合いだ。なら意地を張る理由を奪っちまえばいいんだ」

 

「意地を張る理由ですか……?」

 

わけがわからないという口調でそう言うマルスに、デュライは深く頷いた。

 

「どっちもかけられた期待にこたえたくて戦ってるってわけだ。空中装甲騎士団は主君の、水精霊騎士隊は野次馬どものな。そして水精霊騎士隊の(キング)は多すぎるから、空中装甲騎士団側を狙う。理解したか?」

 

「ハッ! 了解しました!!」

 

満面の笑みを浮かべると、マルスは杖を引き抜き、広場へと降り立って叫んだ。

 

「教導隊隊員マルス・オブ・バーノン!! 義によって水精霊騎士隊に助太刀いたす!! 高慢ちきな奴に仕える高慢ちきな騎士ども!! いざああああ!!」

 

その言葉で戦闘中の幾人かが振り向き、マルスの背後に教導隊隊員が二十近く集まっていることに気づいた水精霊騎士隊は援軍だ! やったぞ! と口々に叫び、空中装甲騎士団はだれが高慢ちきだと! ぶっ殺してやるぞ! と怒りを露わに叫ぶ。

 

デュライとしてはバレないように広場を迂回してベアトリスの身柄を確保しようと考えていたのだが、マルスはチェスに例えられたせいか盤面(広場)の外を意識してなかったのであった。

 

まわりの隊員がどうしますと目線で問うてきて、デュライは腹立たし気に髪の毛をかき回す。ここまで目立ってしまっては隠れていることはできない。そんなことをすれば空中装甲騎士団が野次馬を巻き込んで攻撃を仕掛けてきかねない。

 

「もういい。中央突破するぞ。 総員! バーノンの馬鹿野郎に続けぇい!!」

 

やけくそ気味な表情になって叫んでデュライは銃を構えてて突撃を開始。他の隊員も肩を竦めながら隊長についていき、教導隊も乱闘の嵐の中に突入することになったのである。

 

 

 

結論から言って、中央突破は失敗した。理由はいろいろあるが、やっぱり何と言ってもフレンドリーファイアが多すぎたのが一番の原因である。水精霊騎士隊は敵の識別を大人かどうかでやっていた節があったので何人かが誤って教導隊を攻撃してしまったのだ。

 

自分の教え子たちからの攻撃を受けた教導隊隊員は頭に血が上り、明確な意思を持って反撃。援軍だと思っていた教導隊からの攻撃を受けた水精霊騎士隊もやりかえせと激昂。味方同士のはずなのに教導隊と水精霊騎士隊の争いが発生してしまったのである。

 

こうして三つ巴になってしまったら、一番数の少ない教導隊が戦場を突破できるはずもなし。デュライ一人だけならば銃で直線上の敵を排除してベアトリスに迫ることもできたのかもしれないが、全員がまだ本当に取り返しのつかない死につながるような攻撃を避けるだけの冷静さはギリギリ残っていたので、乱戦でいつ射線上に人が飛んでくるかもわからない状況で長距離発砲は躊躇われた。

 

そのため、接近して足を撃ち抜くという戦法をとったのだが、そんな戦い方をしているうちに乱戦の渦に巻き込まれ、ベアトリスの位置を見失ってしまった。なんだか当てどころのない苛立ちを隠せなくなってきたデュライは、水精霊騎士隊のギムリに素手で殴られた瞬間、もうどうでもいいやと八つ当たり気味にギムリをノックアウトさせ、咆哮をあげながらとりあえず動いてる連中に暴力を振るい始めた。

 

こうして広場はさらに混沌とした様相を見せ始め、果てのない消耗戦に突入していった。だれかが満身創痍になっても誰かが水魔法で治療して戦線復帰してくるので、完全に根気の勝負になってくるので戦いは何時間も続いた。あとからやってきたアルニカは広場の惨状を見て顔が引きつり、「この事態を収拾するには、大兵力が必要だと思うのじゃが……」と連れ出してきたオスマン学院長が疲れた顔で尻を触ってきたので、蹴飛ばして足蹴にしてどうしたものかと考えていた。

 

空中装甲騎士団約五十名・水精霊騎士隊約七十人・教導隊約二十人、乱闘開始当初では合計で百五十人近くで争っていたのも、昼頃になると精魂尽き果てた脱落者がそこ中に転がり、立っているのは二十人程度しかいなかった。その立っているものたちにしても誰もが返り血と流した血でまだらに染まっており、中には腕が折れているものもいる。

 

もう全員が疲弊しており、魔法は打ち止め。あと数分もせぬうちに決着がつくだろう。それが全員の共通認識であるということが、誰が口にするでもなく全員がわきまえており、最後の激突と洒落込むかと全員が覚悟を決めた瞬間、広場の真ん中に小さな光の球が出現した。

 

「は?」

 

その不可解な現象を見た者たちが首を傾げている間も無く、光の球は急速に膨れ上がり、爆発した。

 

「「「「ぎゃああああああああああああああああああ!!!!!!」」」」

 

まだ意志が残っていた者たちがものすごい爆風に吹き飛ばされて悲鳴をあげる。デュライの体中が悲鳴をあげており戦闘の疲労感も手伝って少し油断すると意識を失いそうだったが、それでも鋼の意思で起き上がり、何事だと周囲を見渡す。

 

すると広場の中心部に桃髪の少女が、まるで幽鬼のように立っていた。そして歴戦の強者であるデュライが思わず恐怖してしまうほどおっそろしいオーラを纏っていた。

 

「ル、ルイズ?」

 

そのせいで、記憶の中にあるルイズと同じ顔立ちであることがとっさに気づけなかった。それくらい纏っているオーラがどす黒くて現実離れしていたのである。

 

「……き、貴様はなんだ!」

 

怒鳴り声の方を向いてみると満身創痍の空中装甲騎士がルイズを指差している。どうやら先ほどの爆発の原因と睨んだのだろう。

 

だが、それに対するルイズの返答は爆発だった。感情的な意味ではなく現象的な意味で。

 

「ぷぎゃあ!」

 

哀れ。鼻先に小規模の爆発を食らったその空中装甲騎士は、そのまま意識を失って後頭部からぶっ倒れた。

 

「……るさいのよ」

 

ルイズの底冷えするような声を聞いて、デュライは即座に状況を把握した。今すぐこの場から離れなくてはならない。でなくば、また先ほどのような爆発を食らう羽目になる。

 

走って逃げようとしたが、デュライの体はすでに立っているだけで限界であったようだ。足が重すぎてちっとも前に進まない。サイトやギーシュがルイズとなにか言い合っているのが聞こえたが、あんなの大した時間稼ぎになるとは思えなかった。

 

次の瞬間、自分のすぐ横を人影がすごい速さで通り抜けた。目線でおってみると、その人影はアルニカである。脇に戦闘でボロボロになったマルスが抱えられている。

 

「眠れないじゃないのー!」

 

そんな脈略がまったくわからない叫び声が広場に響き渡った直後、二度目の大爆発が発生し、デュライは再び吹き飛ばされた。こんな馬鹿騒ぎに巻き込まれた原因が助かって巻き込まれた俺らがこうなるとか納得いかねぇ……、そんな思いを抱きながら、デュライの意識は黒に塗りつぶされた。

 

 

 

ルイズの奇襲によって最後までたっていた者達も総じて意識を失い、百五十名前後の気絶者は学生や教員たちの手によって医務室に運ばれた。魔法学院に五つある塔の内、水の塔の三階から六階までが医務室であり、三階が水精霊騎士隊、四階が教導隊と空中装甲騎士団が運び込まれ、治療を受けることになった。

 

「オスマン学院長の仲裁で一応の決着はつきました。ティファニア嬢が女王陛下からよしなに頼まれた客人であり、彼女に対し侮辱的な発言をする者は王政府を敵に回す覚悟で言えと宣言したので、内心はどうあれ今後も表立って彼女に害意を示そうとするものはいなくなるでしょう」

 

「……元鞘に収まったわけか」

 

医務室に運び込まれて一時間もせぬうちに意識を回復させたデュライは部下からの報告を受けていた。放課後の訓練まで教導隊隊員は自由行動が認められていたので、乱闘騒ぎの時すでに学院から離れていた者や昼過ぎまで惰眠を貪っていた者がいたため、乱闘騒ぎに加わったのは半分程度でしかない。なので彼らから乱闘後の顛末を聞くことができた。

 

「いえ、元鞘どころではないでしょう。もともとティファニア嬢はあの桁外れの美貌故に生徒の間での人気はたかったようですが、女王陛下ゆかりの者ということが新たに判明してさらに人気が高まったようです。またベアトリス嬢がティファニア嬢に嫌がらせを行なった場合、間違いなくベアトリス嬢が学院で孤立するのではないかと思えるほどに」

 

「おい待て。エルフの血が流れている事実は変わらんのだから、むしろ人気が下がってなきゃおかしいだろう」

 

「それが……、女王陛下ゆかりの者という虫眼鏡をかけて見ると、ティファニア嬢にエルフの血が流れていること自体が一種の美点なのではないかと大半の生徒が思ってしまったようです」

 

「……女王と繋がりがあるというだけで血統上の欠点を美点とみなせるとはおかしいではないか。ええ?」

 

ばかばかしいというようにデュライは手を振った。人種というのはそう簡単に拭える呪縛ではない。それはハルケギニアにおいても変わらないはずだった。だというのにそれがどうにかなってしまったというのだ。辛い現実を知る者にとって、ありえない話である。

 

そもそもいくら女王ゆかりの者といえど、ティファニアがエルフの血を継いでいることは変わらないのだ。おおやけになると大問題に発展するのは火を見るより明らかであろう。

 

王家に対して不敬だから口を噤む者もいるだろうが、不要な正義感や忠誠心を発揮して王家の誤りを正そうと糾弾してくる奴らが普通は出る。それを想定してエドムンドはティファニアの詳細を自分に忠実と見込んだ者にしか教えていないし、吸血鬼との同盟もしかりである。

 

なのになぜかトリステインの、少なくとも魔法学院の者たちはそれを受け入れてしまったというのだ。信じがたい話である。というかこんなあっさり受け入れられてしまったら、モード大公の親戚一同が浮かばれないし、生き残りであるエドムンドだって納得できないだろう。

 

報告している隊員も内心納得できていないのか釈然としない表情をしている。しかし「現実を見たら受け入れざるをえませんので」と真顔で言ってきたので、どうも冗談ではないらしいと言うことだけは飲み込めた。飲み込めたが、信じられない。

 

「下に行けばわかりますよ」

 

疲れたようにそう言われて、デュライはわずかに痛む体を起こした。ルイズの爆発、たぶん虚無系統の魔法の一種なのだろうが、凄まじい衝撃で多くの者の意識を奪っていったにもかかわらず、爆発による外傷は全員軽微だったそうだ。自分が意識を失った時、絶対体のどこかに後遺症が残ると思えるほどの衝撃だったのだが……まったくもって不思議である。

 

三階は人がごった返していた。大量の女生徒たちが水精霊騎士隊の見舞いにきていたのである。ハルケギニア最強の一角である空中装甲騎士団と互角に争って見せる勇敢さを発揮した水精霊騎士隊の人気が女生徒の間で爆発しているとは聞いていたが、ここまでとは。

 

水精霊騎士隊の子どもたちは女生徒たちからチヤホヤされてだらしないほど顔がニンマリしている。はっきり言って気持ち悪いほどなのだが、広場での勇敢さを直にみた女生徒たちにはわからないのか、彼らがちょっと気をきかせたセリフを言うときゃーきゃーと黄色い声をあげる。

 

まったく女ってやつは……少し冷静になれと内心で呟きつつ、ティファニアの姿を探す。すると彼女の姿を見つけた。長耳を隠すことなく、エルフの民族衣装を着たまま、何人かの女生徒たちと会話している。少し近付いて話し相手の女生徒の様子を伺ったが、特になにか暗い感情を堪えている気配はなし。ティファニアがハーフエルフだということが学院全体に受け入れられたというのは本当らしいと理解するしかなかった。

 

なかったが、これどうやってエドムンドに報告すればいいんだと内心頭を抱えた。どう説明しても理解してくれるとは思えない。だって現実で見てなお、嘘だろと思わずにはいられないんだ。それをまったく知らない者に説明なんてできる自信がなかった。

 

「あ、デュライさん」

 

ティファニアが気づいて話を中断し、近付いてきた。

 

「もう大丈夫なんですか?」

 

「ああ。まだすこし傷口が痛むが、どうってことはない」

 

不安げな顔でそう言ってきたので微笑んで答える。

 

「よかった。あ、それと広場でのことはありがとう」

 

「……なにか礼をされるようなことしたか」

 

「だってわたしの為に戦ってくれたんでしょ。お礼をいうのは当然じゃない」

 

「なら礼を言うべき相手を間違えている。サイトやギーシュたち水精霊騎士隊の連中にするべきことだ。俺らはただバーノンの愚かさのツケを取らされただけだ」

 

「ギーシュたちにもお礼を言ったわ。サイトはまだ意識が戻ってなくて言えてないけど……、それにあの騒ぎの原因はわたしだからやっぱりあなたたち教導隊のみんなにもお礼を言っておいた方がいいと思って」

 

「たしかに原因はそうかもしれんが、あんな大騒ぎに発展したのはベアトリス、いやミス・クルデンホルフが無駄に騒ぎ立てたせいだろうが」

 

こんなに話をややこしくしてくれやがってとデュライは思わずにはいられないのだった。

 

「彼女には気をつけておけよ。また因縁つけてくるとも限らんしな」

 

「大丈夫よ。彼女とはお友達になれたから」

 

「……なにか致命的にズレてる気がするから言っておくが、友達ってのは脅迫でつくるもんじゃねぇと思うぞ」

 

デュライの言葉に、ティファニアは不思議そうに首を傾げた。

 

自分が気絶した後、ベアトリスが自分が司教だと名乗っていたのが嘘と判明し、生徒たちから大ブーイングが発生したと部下から報告されている。トリステインでは、そうでない者が司教と騙る罪は火刑に処されるほどの重罪である。生徒たちはベアトリスをティファニアの前に引きずり出した。司教を騙ったことで一番の被害を被ったティファニアこそがベアトリスを裁く権利があると生徒たちは考えたのである。

 

無論、ティファニアの血の釈明も行われねならないことに違いはないだろうが……、司教を騙ってまで気に入らない相手を排除しようとしたベアトリスの卑劣さへの反感が、それを無視させたのある。

 

どんな無残な殺され方をされたところで文句を言えない立場に追い込まれて顔を青くしていたベアトリスに対し、あろうことかティファニアは友達になろうと提案したのであった。ベアトリスは大泣きした後、友達になると約束したのだ。

 

はっきり言ってベアトリスが内心どう思ってようが、現実的に考えて友達になると答える以外の道はない。もし断ったらティファニアはともかくとして、まわりの生徒たちが黙ってはいないだろうから……

 

もちろん、ティファニアがその在り方を示すことで学院に受け入れられたことを考慮すれば、ベアトリスとの間に友情が成立していないとは言い切れないが、はてどうなるものやら。正直そこまで面倒見きれないというのがデュライの感想であった。

 

「まあ、恩義に感じてるんなら丁度いい。少し話したいことがあるんだが、いいか?」




あれ? やってること原作とそんな変わってないような……


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世界に冠たる帝国

あまり人のいるところでは話しにくいことと言って、ティファニアとともに人気のない広場に移って、すでに夜の帳がおりているがハルケギニアの双月が大地を照らしているのでそれほど暗くはなく、見晴らしがよいことを確認するとデュライは口を開いた。

 

「今回の騒ぎが起きた授業の教壇に立っていたミス・シュヴルーズから聞いたんだが、どうしてエルフの民族衣装を着てでたそうだな。しかも自分からハーフエルフで、母親はエルフだと宣言までやったというじゃないか。どうしてそんなことをした?」

 

問題になるのはわかりきっていただろうにと言外に含ませた問いに、ティファニアは目を伏せて答えた。

 

そんなことをした原因は、やはりというべきかベアトリスにあった。ティファニアを敵視ていた彼女は攻撃材料を求めて質問ぜめを浴びせたのだが、ティファニアが自分の身の上のことを話せるわけがなく、内向きであまり社交的とは言えない性格もあってまともな答えを返せなかったのだ。

 

それに気が立ったベアトリスはまともな返事もできないのかと詰り、親の顔を見てみたいなどと散々言葉攻めにした。ティファニアの心は罪悪感にかられた。ごくありきたりな質問にさえ答えられないのはみんなに嘘をついているからだ。それがとても悪いことのように思えたのである。

 

だから自分からエルフの血が流れていることを明らかにしたのだった。

 

「短絡的にもほどがあんだろ。ってか、五年前の粛清でなにが引き金となったかお前は知りすぎるほど知っていたはずだろう」

 

「そうだけど……。サイトもルイズもギーシュもみんなわたしがハーフエルフでも気にしてないようだったから、トリステインの人たちもそうなんだろうと思ってしまって……。あんな大騒ぎになるなんて考えもしなかったの。うかつだったわ」

 

「なんとまあ」

 

あまりに楽観的な思い込みにもう怒りより呆れの感情が湧き起こるデュライであった。

 

でもティファニアは自分のうかつさを後悔しているのか、顔を赤くして恥じ入っているようであり、それはデュライにとっては少し身に覚えのある態度だった。

 

「結果論にすぎないが悪くない結末に落ち着いたんだ。いつまでも気に病む必要はねぇだろ。……もう二度とそんな無茶してほしくはないがな」

 

そう言い捨てると、デュライは天を仰いだ。空には見慣れていまった円形の朱月と蒼月が輝いている。この夜空を見るたびにここは故郷とは違う世界なのだと思い知らされる。彼の故郷において満月は狂気の象徴であり、特に紅月は不吉の前兆とする傾向があった。しかし毎夜毎夜2つの色の満月が浮かぶのがあたりまえなハルケギニアにとっては受け入れられない感覚なのであろう。

 

少し寂しさを感じた。別にハルケギニアにやってきたことを不幸などと思ってはいない。むしろ幸運だと思っている。なぜなら彼の故郷は息をすることすら苦しいところへと変貌してしまったからだ。だが記憶の中にある輝かしい場所への郷愁を消すことなどとうてい不可能なことであった。

 

「《たとえ全てが背くとも

我らの忠誠が揺るがぬかぎり

我らが隊旗はとこしえに翻れり……》」

 

「え?」

 

いきなり聞きなれない歌を口ずさみ始めたデュライに、ティファニアは目を丸くした。いや、歌と言ってもよいのだろうか。なにかを歌っているのはわかっても、その歌詞は全く理解できなかったからだ。

 

その奇妙なものをみるような視線に気づき、デュライはバツが悪そうに鼻を鳴らした。

 

「さっきのは俺が昔、傭兵団で、よく戦友たちとともに歌ってた歌なんだ」

 

「そうなの。でも、なんて言ってるのか全然わからなかったわ」

 

「そりゃそうさ。だってハルケギニアの言葉じゃねぇからな」

 

事もなげに言ってのけるデュライ。

 

「東の砂漠の向こう側にある世界はハルケギニアと違って国ごとに言葉が違うなんて普通だった。それどころか同じ国でも多数の言葉を使うとこもあったくらいだ。なのにこのハルケギニアじゃどこの国でもたいして変わらない言葉を使ってる。だから最初にここに来た時、国同士で使ってる言葉に差がないもんだから逆に違和感を覚えたくらいだ」

 

「そうなの? 東方だと言葉が通じないものなの?」

 

「ああ。ハルケギニアじゃ相手が亜人でもない限り言葉が通じるのが常識だから理解しにくいだろうがな」

 

「でもそれならハルケギニアの言葉覚えるのって、大変じゃなかったの?」

 

エルフもエルフで言語を持っていることを、ティファニアは知っている。興味心で母親にエルフの言葉を教えてとねだってみたことがあるのだが、単語くらいならともかく言葉として使いこなせる気がしなかった。

 

そんな経験があったからティファニアはさぞ苦労したのではないかと思ったのだ。

 

「そんなに大変なことじゃない」

 

だが、デュライは事もなげにそう言った。

 

「文字を書くとかなら別だが、喋るのを覚えるだけならそう難しいことじゃない。その言葉の国でしばらく暮らせばいい。そうすりゃ自然と違う言葉を喋れるようになる」

 

「そんな簡単に言葉を覚えられるなんて、信じられないわ」

 

「信じられないか。まあ言葉は理屈じゃなく感性の世界だ。感性によるものだからこそ個人差も大きい。俺は人並み以上にその感性が強いと思ってくれればそれでいい」

 

実際、デュライは半年も異言語の地で暮らせば問題なく日常会話できるようになるほどだった。それくらい彼の言語能力の感性は突き抜けていて元の世界ではそれを評価されていたし、言語の壁が殆どないハルケギニアにおいてもオークやコボルトといった亜人の言語を話せるということで、エドムンドに高く評価されている。

 

「そういやサイトやルイズには少し話したんだが、おまえは俺の親父に関する話を聞いたことがあるか?」

 

「いいえ」

 

脈略がない問いかけにティファニアは困惑しながらも、答えた。

 

「……俺は親父の名前を知らんのだ」

 

「え?」

 

「いやそれは少し違うな。親父の名前は知ってる。多くの名前を名乗っていた。どれが本名かわからんというのが正確だ。たぶん仲間内で呼ばれていたゲンハルトって名前が本名なんだろうと俺は思ってるが、親父は俺がその名で呼んでも決して返事はしなかったし、親父が死んだ今となっては確かめようがない」

 

「どうして」

 

どうしてそんなに名前を隠そうとしたのか、ティファニアの視線が雄弁に物語っていた。

 

「俺も小さい頃そう思ったさ。なんだって名前を隠す必要があるんだと。親父が犯罪者とかだったらわからんでもないが、それにしては特に身を隠すような暮らしはしてなかった。それどころか、傭兵として政府に何度も雇われて官僚たちとも悪くない関係を持ってたから、どうしてなのかとても理解できなかった。だが、ある日それがわかった」

 

デュライは目を細めた。

 

「あれは十二才の時だったか。親父の紹介で武器会社を経営してる老人と会ったんだ。聞けば昔親父と同じ帝国に仕えた軍人だという。その老人には妙な愛嬌があってな。話も面白ったんで仕事がすんだ後もたびたび顔を出して武器の相談にのってもらったり、老人の若い頃の経験を教えてもらったりしてもらった。

そして三か月たった頃、老人が自分はディレル・リッケルトだと言い出したんだ。今まで老人が自分で名乗ってた名前と全然違ったから俺は驚いて改名でもしたのかと聞いたら、今まの名前が偽名でこれが本名だとぬかしやがる。

加齢で呆けてしまったと思って気にせず流したんだが、それでも気持ち悪さのようなもんが残ってたんだろうな。帰りに寄った酒場で酔っ払ってそのことを言ってしまったらしいんだ。その翌日、もう一度老人に会いに行ったら、会社は派手に荒らされていた。……そして老人の死体がボロ雑巾のようになって室内に転がっていた」

 

ティファニアは口を手で覆った。いささかバカにした物言いだったが、デュライの口ぶりからそのリッケルトという老人に深い親愛を持っていることが伝わっていたからであり、そんな別れは辛いことがわかったからだ。

 

「親父も深く悲しんで、老人が襲われた理由に心当たりがないか聞いてきた。理由はわからなかったが最後にあった時様子がおかしかったこと、リッケルトだと言い出したことを教えた。すると親父は激怒したが、すぐに悲痛な顔をした。そしてバカがと軽く吐き捨てた。腹がたった俺はボケて自分の名前を間違えるようになったことのなにがおかしいんだと問い詰めたら、それが本当の名前で間違いないと大真面目に返された。

冗談かと疑ったが、親父はまわりに溶け込む道を選べばそうなるのは目に見えていたから一緒に戦おうと誘ったのにと涙を流しながらそう言っていたから、とても冗談には思えなかった。それで俺は思い切って聞いてみたんだ。なんで親父たちはみんな自分の名前を隠すのかと」

 

すっかり話にのめり込んでいたティファニアは、思わずゴクリと喉を鳴らした。それはこれから先が自分に伝えたい本題なのだろうとなんとなく察していたからかもしれない。

 

デュライは視線を外し、どこか遠い場所を見るような切なげな目をしながら語り始めた。

 

「その時の親父の言葉は今でも明瞭に思い出せる。

我らの祖国は偉大だった。マース川からメーメル川に至り、エチュ川からベルト海峡に至るまで我らが帝国の領土だったのだ。いやそれだけにとどまらぬ! さらなる領土を求めて東に向かって拡大を続けていた。歴史を見渡してもあれほど広大な領土を支配した国は数少ない。どうしてそんなに偉大な帝国であったかわかるか?

それはその偉大な帝国を導く、素晴らしい指導者がいたからだ。あのお方が然るべき地位に就いて国家を率いる前、荒くれどもが暇を持て余して乱闘騒ぎを繰り返し、国内はいくつにも分断され、他国にはいいようにいたぶられ譲歩し続ける。そんな腐りきった国だったというのに、それがどうだ? 荒くれどもはきっちりと管理され、国内はひとつに強く団結し、他国に対して断固とした姿勢を示す。そんな誇り高い帝国へと生まれ変わった!それがどれだけ凄まじいことがわかるか。

そんな偉大な指導者に忠誠を誓った我々も、その偉大さの一片を担う存在だった。そしてそれが祖国を物量で押しつぶした諸国には我慢ならんのだろう。かつて我々が象徴し、今もなお象徴している世界に冠たる帝国の偉大さを、この世から消し去りたくてたまらないのだろう。

だからこそ、やつらは我々をまるで悪魔かなにかのように言い立てる。犯罪組織だの、欲望の権化だの、狂人の群れだの、虐殺部隊だの……、とにかくまともな人間の集団ではなかったと民衆に思い込まようと必死なのだ。まったく酷い言いぐさだ。

このまま終わらせるわけにはいかない。やつらの思い上がりをいつか正してやらねばならぬ。我が指導者は仰せになった。一人でも命を吹き込むかぎり、我らは巌のごとくそびえ立つであろうと。その通りだ。今はまだ耐えねばならんが、我らの力が諸国に対抗できるほどまでに成長すれば、どちらが正しいか今度こそ明らかになる」

 

しばらく沈黙が続いた。ティファニアはデュライの言葉に、その父親が残したという言葉に圧倒される気分を味わっていた。デュライの父の祖国がどのような国だったのか知らないが、少なくとも彼には理想の国であり、その祖国に生まれ育ったことを生涯誇りとしたのだろう。

 

祖国。ティファニアにとってはよくわからない概念である。生まれた国のことをいうならアルビオンのことなのだろうが、アルビオンの民であるという認識を持ったことはない。エドムンドの計らいによってアルビオンの貴族になったが、やっぱりアルビオンを祖国とは思わなかった。

 

なら母の故郷である砂漠のエルフの国を祖国ではどうか。いつか行って見たいとは思っているが、一度も行ったことのない国を祖国とは思えない。それどころかアルビオンでもエルフの国でも、祖国と思う資格が自分にあるというのだろうか。こんな中途半端な自分に。

 

「親父が人間らしい人間だったことはだれよりもこの俺が知っている。親父の戦友たちにしてもそうだ。だが、あの帝国に仕えていた者たちは”悪”と教えられて育った人たちはそれを理解できねぇものらしい。エルフにしても同じことだ」

 

じろりとデュライは目だけを動かし、ティファニアを見る。

 

「自分たちの聖地を奪った連中が人とたいして変わらん存在であるなど、ブリミル教の権威を背負うやつらが認められるはずがない。だから”エルフは悪なのだ”と聖職者どもはさかんに宣伝する。そして素朴な民衆はそれを疑わない。だからハルケギニアの民はエルフを憎む。今回はどうにかなったがこれからもそうとは限らん。陛下がなにを考えてお前に貴重なネックレスを与えたのか。よく考えろ」

 

ティファニアは小さく頷いた。たしかに兄さんが何を思って自分に貴重なマジックアイテムをくれたのか、あまりにも無頓着だった。しかし――

 

「でも、ちょっと意外だわ」

 

「意外? なにが?」

 

怪訝な表情を浮かべるデュライ。

 

「あなたはもっとエルフを敵視してると思ってたわ」

 

ハルケギニアにやって来る途中にエルフと戦ってきたという過去や、ロンディニウムに連行されている時にずっと自分に銃をつきつけて警戒しつづけていたことから、てっきりそうなのだと思い込んでいたのだ。

 

デュライ本人もふりかえってみると、たしかにそういう風に認識されても仕方ないかと思ってしまい、人差し指で自分の頬を掻いた。

 

「そりゃおめえ。あの時は殆ど敵みたいなもんだったしな。敵に対して警戒を怠るような無能が、現役の戦士としてこんな歳まで生きられるわけねぇだろうが。まあ、いまは敵じゃねぇわけだし、あの時の無礼を謝っておこうか」

 

デュライはいささか大仰に頭を下げて見せる。ティファニアは気にしてないわと言って微笑むと、デュライは頭をあげてウィンクした。

 

「とにかく俺としては陛下の御厚意を無駄にしないでほしいってことだ。時間をとらせて悪かったな」

 

「そんなことないわ。デュライさんってほんとうはやさしいのね」

 

「ハッ。抜かせ」

 

戯言を鼻で笑うとデュライは歩き去った。ティファニアは鼻で笑い飛ばされたことが少し不満だったが、これ以上言っても無駄だろうと思ったので、サイトが目を覚ましているかも知れないと水の塔にある医務室へと戻った。

 

 

 

二人が消え去って少ししたとき、広場の隅に生えている木々のひとつが揺れ、そこからなにか人影が落ちた。その人影は学生服を着た蒼い髪の少女で、他の学生と比べても数年年下に思えるほど小さかった。

 

彼女の名はタバサといい、ガリア王家の血を継ぐ一人であり、トリステインとアルビオンの秘密協定によってアルビオンの監視を受ける四人の内の一人。デュライの方針で現状唯一まともに監視されているのだが、広場の異端審問騒ぎで隊長のデュライが意識を失い、代わってタバサの監視を担当していたアルニカが教導隊の代表として事態の処理をしていたために監視の目が今はザル同然だった。

 

「お姉さま。どうしたのね?」

 

タバサの髪色と同じ肌の色をした竜が喋る。この竜はタバサの使い魔で、遠い昔に絶滅したとされていた韻竜のメスであり、エルフに匹敵する先住魔法の適性を持つ古代の種族であった。彼女はイルククゥという韻竜としての名があったのだが、自己紹介をしなかったためにタバサに名前がないと勘違いされ、シルフィードと名付けられていた。

 

その時この韻竜が自分にはイルククゥという名前があると突っ込めばそんなややこしいことにならずにすんだのだろうが、自分のご主人様が名前を考えてくれたことにいたく感激したため、そのままシルフィードという新しい名前を受け入れてしまったのであった。

 

さてタバサが盗み聞きをすることになった経緯は単純である。彼女が忠誠を誓うサイトが空中装甲騎士団(パンツァーリッター)に魔法で両手を貫かれた時、助けに飛び出せなかったことを自室で恥じていたのだが、数時間もするとそれも落ち着き、怪我をしたサイトを様子を見に行こうとシルフィードの背にまたがった。

 

その時、下を見ると広場の中央部に近づくデュライとティファニアを発見したのである。怪しさを感じたタバサはシルフィードに隠れるよう命令し、北花壇騎士として任務を重ねるうちに身に付いた隠密能力で広場の端に隠れた。普通なら会話の内容が聞き取れるような距離ではなかったが、タバサはとても優秀な風メイジの感性で二人の会話を聞き取ることができた。

 

聞き取ることはできたのだが、デュライのことについて疑問が深まるかぎりだった。

 

(マース川、メーメル川、エチュ川、ベルト海峡……全部聞いたことがない)

 

タバサは数え切れないほどの本を読んで知識を蓄えてきた自負がある。むろんデュライはハルケギニア出身ではないと公言しているからそれらが東方の地名であるなら自分が知らないのも当然なのだが、そうではないような気がするのだった。

 

最初にデュライのことが気になったのは、彼が使っている銃である。風銃というものは噂に聞いたことがあるからおそらくはエルフの軍隊が使用している拳銃の一種なのだろうと想像できる。だが、街道で使っていたあの黒光りする拳銃はタバサの知識の中にはないものだった。あの時はもっと強力な風銃なのだろうと思ったが、広場の争いの際にシルフィードが精霊の力を感じないと言っていたのだ。

 

つまりあの拳銃は風銃とは異なる原理の拳銃なのだ。そしておそらくはハルケギニアの小型拳銃に近い側の。そしてどこまでも異質なもの。それにタバサは心当たりがあった。”竜の羽衣”についていたものとあれはなにか似ているような気がする……

 

とにかく、サイトにさっきの地名に心当たりがあるかどうか聞いてみよう。もしデュライの拳銃と”竜の羽衣”が出自を同じくしているかもしれないということは彼の故郷の手がかりになるかもしれない。そんなことを考えていると、ガシャーンと窓が割れる音が響いた。

 

「な、なんなのね!?」

 

音の発生源に目を向けると、水の塔の三階から窓をぶち破って誰かが飛び出したらしい。飛び出したのは黒髪で少し焼けた肌の少年……

 

「っ! シルフィード!」

 

名前を呼ばれただけでシルフィードは命令を察し、タバサが背に跨ると素晴らしいスピードで落下するサイトの近くに近づき、タバサが”レビテーション(浮遊)”の魔法で地面に軟着陸させた。

 

「あ、ありがとうタバサ! じゃ!!」

 

そういうとサイトはまだ広場の傷が癒えてない体でひょこひょこと歩き出した。しかし水の塔から、どどどどどどど!! と凄まじい音で何かが駆け下りてきくる擬音が響いてくるのを聞くと、サイトは顔を青くして必死に逃げようとする。いったいなにをそんなに必死になっているのかとタバサが首を傾げていると、ルイズが水の塔から現れた。

 

ルイズは目が怒りと憎悪で塗りつぶされており、数え切れない死地を潜り抜けてきたタバサが思わず恐怖を覚えてしまうほどのどす黒いオーラを発していた。ルイズが杖をふるい、爆発を起こす。爆風で吹っ飛ばされたサイトはなおもほふく前進でにげようとしていたが、ルイズに足を捕まれて至近距離から再び杖を振るって爆発を起こした。

 

完全に意識が飛んだサイトの足を掴んで、ルイズは彼を引きずっていく。自分の英雄が悲惨な目にあっているから助けるべきなのかもしれないが、ルイズの普段とは比べ物にならない怒りを見る限り、どうも尋常なことでないように思えたのでだれかに事情を伺えないかとあたりを見回した。

 

サイトが飛び出してきた窓からティファニアが心配そうな顔で状況を見守っていた。彼女なら事情を知っているかもしれないが個人的にちょっとわだかまりがあったので、尋ねづらかった。

 

ルイズの次に水の塔から出てきたシエスタというメイドに話を聞いてみた。彼女はルイズやサイトと仲が良かったから事情を知っているかもと思ったのだ。

 

「サイトさんがティファニアさんの胸を触ってたんです」

 

やれやれというふうな声でそう言われて、タバサは衝撃を受けた。まったく広場での一件といい、あの人はいろいろともやもやとしたものを感じさせてくれると思い、それをまたすぐ恥じるのであった。




デュライの父親の祖国。はっきり名指ししてないけどいつの時代のどこの国かもうわかりますよね?
イデオロギー対立の時代の人の信奉者ぶりって書くの辛いなと思わされました。
ちなみにデュライの生まれ故郷はヨーロッパではありません。父親がヨーロッパにいられなくなってからできた子なんで。

あとデュライさんはサイトみたいに翻訳機能きいてません。素でハルケギニアの言語マスターしました。
まあ、デュライがハルケギニアきてから二十年弱経過してますので、生きることができたなら凡人でも話せるようになってるかもしれませんが。


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教導隊宿舎

風邪引いたのかものすごく体調が悪い状態でした。頭痛いし、吐き気するし、鼻水が止まらないし、寒気がするしで散々だった。でも平熱だから休めない。ちくしょうめ。


魔法学院の治癒士たちはみんな優秀だった。一日もしない間に医務室送りになった百名の意識を取り戻させ、日常生活に支障がないレベルまで回復させたのである。

 

しかし念のために数日安静にしておいた方がいいと言われたので、デュライは二日ほど訓練をしないことに決めた。その間、水精霊騎士隊(オンディーヌ)の者たちは広場の騒ぎにおける勇者として女生徒たちの歓呼の嵐を浴びて、増長しまくっていた。

 

そして人気がでたのは教導隊も同じだった。マルスが気取ったセリフで先陣を切ったせいで英雄視されてしまい、マルスは水精霊騎士隊と一緒になって我が世の春を謳歌してるし、非メイジの隊員は骨があると学院の衛兵や使用人にちやほやされ、メイジの隊員も空中装甲騎士団(パンツァーリッター)の団員と一緒に昼間から互いの武勇を讃えて酒飲みに興じ、酔っ払ったら女教員や女生徒をナンパしたりしてるそうだ。

 

デュライはそのどれもせず、朝から夜までトリスタニアで過ごしていた。デュライの女性人気も高まっていたのだが、もう昔みたいに煙の様に消えることができる身の上ではないのだ。もし恋愛遊戯を楽しんいる最中に相手を本気になってしまった場合、何もかも放置して逃亡するという手段は使えない。だからすべてが金で解決することができる夜の女で遊ぶだけにしようと、デュライはエドムンドに忠誠を誓った時にそう決めたのであった。

 

なので彼はトリスタニアの『天使の方舟』亭に突撃して遊んだのである。しかしこれは広場の騒ぎのせいで中断した捜査のためである。たとえ最初に行った時点で大した実入りはないと判断していたにもかかわらず、長時間入り浸り、翌日も入り浸っていたとしても、である。念のため、念のためと脳内で唱えつつ、執拗なまでに捜査を繰り返し、綺麗所全員と夜を楽しんでようやくデュライの捜査は完了した。

 

広場の騒ぎから三日目の放課後、久しぶりに水精霊騎士隊への訓練を執り行うことになったのだが、集まった水精霊騎士隊をみてデュライは首を傾げた。

 

「おい。サイトはどうした?」

 

ギーシュに問いかけると、ギーシュは苦笑しながら、

 

「サイトならこの三日間ルイズの部屋から出てこないんだ」

 

「なんでだ?」

 

「ルイズが授業に出てこないから、心配になってルイズの部屋に出入りしてるシエスタに、あ、シエスタってのは学院のメイドの事です。尋ねてみたんだけどサイトさんと取り込み中ですって有無を言わさぬ笑顔で言われてね。邪魔するのも悪いかと思って放ってるんです」

 

ギーシュは水の塔の三階からサイトが飛び降り、激怒したルイズがサイトをボコボコにしたのを目撃しているが、ティファニアとサイトのやりとりを知らなかったことや、ルイズのいつもの態度がいつもなので、広場の騒ぎで目立っちゃったことに対する照れ隠しくらいにしか認識していなかった。だからサイトとルイズが部屋からでてこないのはそういうことと思い込んでいた。

 

「あー。つまりなんだ。この三日間ずっとあの二人は()()()()()だと?」

 

「そういうわけだよ」

 

「だが、それで訓練をすっぽかされるってのは良くないな。今回の訓練はルイズの部屋からサイトを引き摺り出すことにしようか」

 

「いやそれは勘弁してもらえないかな。ほら、ルイズとサイトは身分差とかいろいろあって今までうまく有事あってなかったんだよ。だからせめて今日だけは大目にみてあげてくれないか」

 

だからギーシュはどこまでも善意でそう提案した。サイト、君の友人としてやれることはやってあげるよ。そんな思いを抱きながら。

 

「うーむ……」

 

デュライは水精霊騎士隊の面々の顔見た。現在彼らは空前絶後のモテモテ状態であったから、彼らの副隊長の恋愛を邪魔せずに素直に応援してあげる余裕と優しさを身につけており、ギーシュの提案に賛成であることを学生騎士たちの瞳の光が物語っていた。

 

「隊長殿の頼みとあってはしかたねぇか。襲撃をかけるのは明日、サイトがこなかった場合にするか」

 

だからデュライは苦笑しながらギーシュの提案を受け入れた。

 

 

 

その日の夜。サイトは食堂でやさぐれていた。この三日間、こちらの言い分をまったく聞いてくれないルイズにひたすら暴力をふるわれ、ティファニアの胸を触った反省を強要されていたのであった。ギーシュが想像していたようなルイズとの甘い展開など一切なかったのである。

 

だからみんなの優しさは的外れもいいとこだったのだが、仮にデュライの提案にギーシュがのっかていた場合、事の経緯を知って羨ましさのあまり水精霊騎士隊が殺気立ってルイズとともにサイトを攻撃したであろうと予想できるから、ある意味助かったといえる。サイトには気づきようもないことだが。

 

ルイズの暴力・暴言と反省強要に耐えきれなくなったサイトはルイズの部屋から逃げ出しただが、時刻はすでに夜であり寝る場所を探す必要がある。だから寝る場所を探していたのだが……、最初はコルベール先生の研究室に泊めてもらおうとしたが、キュルケのアタックを受けてる最中だったし、次にギーシュの自室に泊めてもらおうとしたが、モンモンとイチャイチャしてて入り込めないし、ならいつもの溜まり場で寝てやろうとしたら、あのモテないマリコルヌがブリジッタという女生徒と密会していて、彼女に罵倒されて興奮していたのである。

 

マリコルヌだけなんかおかしいような気がするが、自分がルイズにひどい目にあわされたというのに、周りがイチャラブ展開が繰り広げられているという事実になんか不公平感を感じ、あてどころない苛立ちを感じていた。

 

たしかにテファの胸を触っているところをルイズが見たら怒るのは当然だ。でも、それはテファが自分の胸はおかしいんじゃないか確かめてくれとお願いしてきたのである。そんなこと言われたら触るだろう。触るに決まってる。もし触らなかった場合、他の奴が触るだろうと考えると、自分が触るべきだ。

 

なのにあの小憎らしいピンク髪は理解しない。だいたいそんなことやる勇気が自分にあるとでも思っているのか。テファのあの凄まじい胸革命(バストレボリューション)を触りたいという気持ちが出会った当初からあったことは男として否定しないが、だからって自分から触りにいく勇気なんかあるわけがないだろう。

 

百歩譲って仮に自分から触りいっていたとしても、ルイズに怒る資格なんかないはずだ。だって好きって何回も言った。何回もルイズを守るために命を張った。なのにルイズはその気持ちに対してイエスともノーとも言わない。なのに主人としての子どもじみた独占欲から、自分以外の相手に興味が向くのが許せないのだ。

 

そんな風にサイトはふてくされていたのである。無性に酒を飲みたい気分だったが、既に夜になってる今、頼んだらお酒を持ってきてくれる学院の使用人も寝ているし、一人酒とかいろいろ虚しすぎるので、今日はもう寝るかと床に寝転がった瞬間……

 

「なにしてるの?」

 

「うわあ!」

 

急に声をかけられて、驚いて飛び上がった。あまりに急だったので鳥肌がたっている。いったいだれだと視線をやると金髪ショートで冷たいダークブラウンの瞳が特徴的な見慣れない女性が訝しげにこちらを見ていた。

 

だれだと首を傾げ、白い服を着ていることに注目してようやく気づいた。

 

「もしかしてアルニカさん?」

 

「失礼ね。あなたと会ってからずいぶんと時間がたってると思うのだけれど、まだ覚えてないのかしら」

 

「いつもフード被ってるからよく顔がわからないんだ」

 

アルビオンで捕まった時からよく顔を合わせているが、いつも白いフードを深く被っているため、サイトはアルニカの顔をよく覚えていなかったのである。

 

改めてアルニカの顔を見てみると、女の人にこういうのが正しいのかよくわからないが、イケメンであった。フードをかぶっていた時のミステリアスな印象など微塵も感じないほど、さっぱりした顔つきである。こんないい顔なのに、フードをいつもかぶっているのかさっぱりわからない。

 

「まあいいわ。それでどうしてこんな時間に食堂にいるのよ。夜食でも欲しくなったの?」

 

「そんなわけないだろ」

 

ルイズと喧嘩して部屋を飛び出し、寝床を求めて食堂に辿りついた経緯を素直に説明した。

 

「へぇ、そうなの。でもそれで寝るのはやめた方がいいわ。夜は寒くなるから風邪をひくかもしれないもの」

 

ハルケギニアの暦で今はウルの月(5月)である。春の半ばに入っているが、夜はまだ気温が冷える時期である。サイトは持ってきたジャンバーを丸めて枕にし、シャツ一枚でアルヴィー(小さいガーゴイル)が乗っていた石造りの台をベットとして寝るつもりだったが、言われてみるとたしかに風邪をひいてしまいそうな気がする。

 

じゃあまだ今夜会っていない友達の部屋を片っ端から確認していくべきか。でもまったく根拠はないのだが、すべての友達の部屋でギーシュとモンモランシーみたいなイチャイチャが繰り広げられてるような気がするから訪ねて回りたくないのだ。しかし背は腹に代えられない。風邪を引くよりマシだ。いやでもなあ……

 

「泊めてもらう当てがないなら、わたしたちの泊まってるところに来る?」

 

苦悩の末、唸りだしたサイトを見かね、アルニカはため息をひとつつくとそう言った。

 

「いやでもアルニカさんは女の人でしょ。それはちょっとまずいんじゃないの?」

 

普段は女子寮で女生徒と同じ部屋で寝泊まりしてる人間の言い草とは思えない疑問が、サイトの口からこぼれた。

 

「なにを馬鹿なこと言ってるのよ。わたしたち教導隊が魔法学院から借りてる部屋がいくつか余ってるから、そのひとつで寝たらどうって意味よ」

 

そんな解釈をされるとは思っていなかったアルニカは不快気に顔をしかめた。サイトは慌てて謝った。

 

 

 

教導隊が魔法学院から与えられたのは、風の塔と水の塔の中間にいくつかある使用人宿舎のひとつで、今まで空いていた場所で寝泊まりしている。構成員の半数以上がアルビオン王家直属の鉄騎隊(アイアンサイド)出身者であるにもかかわらずである。これはトリステインが彼らを内心歓迎していないポーズだという王政府の意向によるものだ。

 

学院側にもそのとばっちりを自分たちが喰らうはめになるのではないかという不安があり、オスマン学院長は不満が出た場合は王政府の意向に背いてでも貴族用の部屋を宛がう覚悟があったのだが、当事者である教導隊がだれも気にしなかったため問題になっていなかった。

 

というのも鉄騎隊は王家直属といっても、けっこうな割合が元平民や没落貴族である。衣食住さえちゃんとしてるなら文句はないのだ。それどころかアルビオン国内にいた時は不平貴族の討伐やら盗賊退治やらで国中を駆けずり回ってたので野外の天幕で寝ることが多かったことを思えば、むしろ雨風が完璧に防げる場所で寝れるということだけでかなり恵まれているように感じていたからであった。

 

「貴族様の宿舎に比べればみすぼらしいけど、あなたも元平民だから気にしないでしょ?」

 

それに従軍経験もあるってデュライから聞いてるしねぇーっと軽い調子で呟きいて宿舎の扉を開くと、中からガシャンとなにかが割れる音が響いた。

 

なんだと思ってサイトが入り口から覗き込んでみると、マルスが突っ立っていた。足元に金属製のコップが頃合い、中に入っていた水が流れ出て床を濡らしていた。どうやらマルスは夜中にいきなり扉が開いたことに驚いてコップを落としてしまったみたいだ。

 

「お、おかえり……」

 

簡単にかき消えてしまいそうな震える声だった。

 

「……床、ちゃんと掃除しなさいよ」

 

「そ、その通りだね。う、うん!」

 

マルスは恐ろしい勢いで雑巾を探し出してくると、床の水を拭き取り始めた。困った上官だわとアルニカが小さな呟きが、サイトの耳にとどいた。

 

「それにしてもまだ起きてるなんてね。なにかあったの?」

 

「なにかあったってわけじゃないんだけど、レイナールっていう生徒から借りた本が面白くてね」

 

マルスが机の上にある本を指さす。興味を覚えたアルニカがその本を手に取ってタイトルを読み上げた。

 

「”竜の守護者”? これってガリアの英雄の話だよね」

 

「そ、そうだよ」

 

”竜の守護者”はガリアのシルヴァニアで生活していたアルニカにも聞き覚えがあるタイトルである。

 

たしか双子の王子が王座を巡って凄惨な内乱を繰り広げた時代に活躍したある竜騎士隊長の英雄伝であり、常に激戦地で活躍しているのに失った騎竜がゼロという出鱈目な記録を打ち立てたことから竜騎士隊長につけられた異名でもある。

 

……そして騎竜はすべて無事なのに、騎乗者が二名ほど死んでることに対する皮肉でもあったはずだ。

 

郷里の英雄の本を、こんなところで目にすると思わなかったアルニカは目を細めて微笑んだ。

 

「と、ところでサイトは、ど、どうしてこんな時間に、ここ、こんなとこに?」

 

マルスは何度も言葉を詰まらせながらそんな質問をしてきた。なんでこんなに言葉を噛んでるだとサイトが訝し気に思ってる間にアルニカが答えた。

 

「寮塔から追い出されたらしくてね。食堂で寝ようとしてのを私が見かねて連れてきたのよ」

 

「え? あ、ああ。そうなんだ!よかった……。ん? 寮塔から追い出されたって、いったいなにをしたんだい?」

 

状況を把握してマルスは喜び、もう一度状況を鑑みて困惑し、疑問を口にした。

 

「ちょっとルイズと喧嘩しちまってな」

 

「……なんでルイズのことが関係あるんだい? あ、もしかしてあまり派手にやりすぎて寮監に追い出されたのか?」

 

「ちげーよ。ルイズの部屋から追い出されたんだよ」

 

「え。ってことは今までルイズの部屋で一緒に寝ていたと?」

 

「あ、ああ」

 

驚愕した顔でこちらをみるマルスにサイトはやや引きながらも答えた。

 

マルスは衝撃を受けた。彼はサイトがいつも寮塔に帰っているのを見て、他の男子生徒と同じように一部屋与えられていると早合点していたのである。なのに実際は女子寮で美少女である女子生徒と同じ部屋で暮らしていたのだ。

 

さて、マルスは波乱の人生を歩んでいるが、まだ思春期まっさかりの少年である。サイトの言葉をどのように解釈したか、言うまでもないだろう。

 

「このうらやまけしからん奴め!」

 

「は?」

 

「女子寮で生活してるってだけでもアレなのに、ルイズと同じ部屋で寝ているとか! 爆発しろ! いやきみはよく魔法で爆発しているな……。部屋から今は追い出されてるわけだから、ザマアミロ!! これだな!!」

 

なにか変なスイッチが入ってしまったマルスのシャウトが室内に響いた。だが罵倒されているサイトではなく、アルニカの方が我慢できなかったようでマルスの頭を殴って黙らせた。

 

「痛ったい?!」

 

「あなた真夜中に宿舎で大声出すんじゃないわよ。他の人が起きたらどうするつもり?」

 

「……すいません」

 

冷静なアルニカの指摘され、マルスの変なスイッチは速攻でオフになって沈静化した。気恥ずかしいのか顔を赤らめている。

 

「うちの上官がバカでごめんね。空いてる部屋はこっちよ」

 

なにか言いたげなマルスを無視し、アルニカは廊下を奥へと進んで行く。やがてひとつの古ぼけた扉を開くと中を指し示した。

 

部屋の中はすこしほこりぽかったが、いつぞやサイトがトリスタニアで一泊したボロい宿舎のように怪しいきのこが生えているようなことはなかった。トリステインの名門学校だけあって使っていない使用人宿舎でも掃除を怠って腐らせることはないのだった。

 

ベットはすこし硬かったが、食堂の石台より暖かいし柔らかかった。それに布団もあるし、食堂で寝るよりはるかにマシだった。

 

「デュライ隊長にはわたしから話を通しておくから、安心して寝なさい」

 

「おう。ありがと」

 

「ふふっ。どういたしまして」

 

アルニカは魅力的に微笑むと扉を閉めて去っていった。サイトはベットに横になりながらアルニカのことを考えた。なんであんなかわいい笑顔ができるのにいつもフードで顔を隠しているのか謎だ。テファみたいになにかズレていて恥ずかしいと思っていたりするのだろうか。

 

そんなことを思っている間に睡魔が襲ってきて、サイトの意識は夢の世界へと旅たった。そしてルイズが機関銃を乱射しながら地の果てまで自分を追い回してくるという妙にリアリティのある悪夢にうなされるのであった。




最近寒さは増す一方ですし、みなさんも風邪には気をつけてくださいね。


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男にはやらねばならぬ時がある

「よくわかった。お前、馬鹿にもほどがあるだろ」

 

宿舎の一室でデュライがひきつった笑みを浮かべながらそう言った。

 

「ひでぇ!」

 

「馬鹿じゃなければ、よほどのマヌケだ。よくまあ殺されずにすんだもんだな」

 

抗議を一蹴し、デュライは蔑む目で涙目のサイトを見た。

 

朝起きるとアルニカからルイズと喧嘩別れしたらしいサイトを教導隊が借りている宿舎まで連れてきたと聞いたデュライは、とりあえず状況を把握しようと思い、早速サイトに貸してる部屋を訪れた。

 

そして怒り心頭のサイトからルイズと喧嘩した理由を聞きだしたのだが……、想像以上のサイトの馬鹿っぷりに呆れきっていた。

 

たしかに女性をその気にさせるためにあえて冷たく接してみるのは、女性に対するテクニックのひとつである。だが、サイトの話を聞く限りやりすぎである。挙動不審な態度で夜の散歩を宣言するとか、デュライにはどう考えてもすでにまいって誘っているとしか思えない。

 

いやまあ、ルイズはプライドの高い女だから、あえて気づかないふりして焦らし、恋愛ゲームの主導権をこっちに奪うのもひとつの手ではあるのかもしれないが、それをするにしても一日だけで十分だ。サイトみたいに一週間以上もやらかしたら、拗れすぎてめんどうになるだろう。

 

「でもデュライさんは信じてくれるじゃないですか」

 

「ハッキリ言って信じがたいことだが、いまいっぽうの当事者であるティファニアに異変がない以上、おまえの言うことがだいたい正しいんだろうと考えてのことだ」

 

ティファニアの性格を考慮すると、いきなり同年代の男から胸を触られたりしたら、しばらく怖くて学院を平然とうろつけなくなってるはず、というのがデュライの考えであった。

 

「じゃあ!」

 

「だがな。ルイズの小娘の側に立って考えてみろやテメェ」

 

「え?」

 

鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするサイト。

 

「前に聞いた話じゃあ、あとひと押しってとこまでルイズを押してたんだろ。そんな状況でお前が大怪我して医務室に送りになったんだからルイズはさぞ心配してただろうよ。そこで見舞いに行ったらお前はのんきにもティファニアの胸を揉んでたわけだ。どんな女でも怒るに決まってんだろーが」

 

ルイズを押していたという前提面でも思うところがあったが、なんかその辺を突っ込んでると冗談抜きで日が暮れそうな気がしたので、デュライはその辺へのツッコミはすっ飛ばすことにした。

 

「でもテファの胸をさわったのは不可抗力で……」

 

「不可抗力だとしてもだ! 第一、お願いされたからって意中の女をほったらかして別の女の胸をさわりにいった時点で論外だ!!」

 

「なんで!?」

 

「なんでって、おまえマジでわかんねぇのか?!」

 

想像力の欠如ってレベルじゃねぇ!と思いながら、デュライは自分の銀髪を手で乱暴にかき回す。

 

「あー、じゃあ、あれだ。自分とルイズの立場を逆転して考えてみろ」

 

「逆転して?」

 

サイトは腕を組んで考えてみた。

 

ルイズからなんか徹底的に無視されており、自分はやきもきしている。

 

そんな時にルイズが事故かなにかで大怪我をして病院に入れられたと聞いた。当然、自分は心配になって様子を見に行くだろう。それにもしかしたら無視もどうにかできるかもしれないし。

 

ところが病院でルイズは気持ちよさそうにティファニアの胸を揉んでいた! ……普通にこの世の天国だな。このままながめてるのもいいか、って気分になって、しばらく目が釘付けになるだろう。

 

ムフフな妄想を始めてしまいそうになるのを首を振ることで霧散させた。違うだろ。この場合、テファの役をだれかに変えなきゃおかしいことになる。

 

じゃあだれを? ギーシュ……、は、ないな。というかルイズがギーシュのことをボロクソに言ってたのを何回も聞いたことあるので想像したくても想像できん。

 

他の奴らもだいたいおんなじだよなぁ。ルイズが好意的だった男って記憶にない。……いやいたな。ルイズの婚約者だったワルド子爵とアルビオンで竜に相乗りしていい雰囲気醸し出してたジュリオの二人だ。

 

その二人に体をマッサージされながらルイズがベットで()()()()()()()()()()光景を思い浮かべ、吐き気がした。うん。キレる。そんなもん見せられたら、キレる。

 

具体的にはワルドの義手を斬り飛ばした上で無事な方の腕も切り飛ばし、ジュリオの顔面を二度と見れないレベルになるまで殴り続けるほどキレるだろう。

 

そこでサイトはようやくルイズの気持ちがわかって自己嫌悪した。もしそんな状況でルイズが「どうしてもって二人が頼み込んできたから」とか言われても怒りは収まらないに違いない。

 

うわ。おれ、なんでルイズはわからないんだと思ってたけど、わかってねぇのおれの方じゃねぇか。ルイズから馬鹿犬って言われるのも当然だよ。いや犬以下だな。

 

部屋の隅に引っ込んで壁に指でのの字を書き始めたサイトを見て、ようやくわかったのかとデュライはため息を吐いた。

 

「しかし……」

 

サイトから聞かされたルイズの暴虐というのは、なかなか凄まじい内容だった。サイトの鈍感さやらなんやらで怒りのパラメーターが限界突破していたことを考慮しても、なかなかである。

 

サイトがルイズの部屋に閉じ込められていた三日間。サイトをパンツ一丁で首から罪状とやらを書いた木の板をぶら下げさせるという格好をさせ、容赦なく乗馬鞭を振るい、罵倒を浴びせ、自己批判を強要したというのである。

 

人間の尊厳を踏みつぶす常套手段と言ってよい。彼女はアルビオン戦で従軍した時にそういう部隊にでも所属していたんだろうか? それとも突撃隊(SA)か紅衛兵的な活動でも行っていた経験でもあるのかと一瞬本気で考えてしまったほどである。

 

もしそんな経験がないのにそんな手法が行えるのだとしたら、激怒していたことを差っ引いても収容所の拷問官としての天性の素質を持っているとしか思えない所業である。かつて自分が所属した”死神のフィアンセ”の指導者なら、なんとしても自分の配下に置こうとしたのではあるまいか。

 

「おれはロクデナシだよ。ギーシュのツメの垢でも飲むべきだな。うん」

 

サイトがブツブツ呟き始めたを見て、デュライはため息をついた。なんていじけ方だ。付き合ってたらこっちまで気が滅入りそうである。

 

「おい。今日の訓練は夕方からだ。わかってるのか」

 

「俺なんかいなくてもね。訓練になるの。むしろ俺がいない方が――」

 

「……アニーメ・パラ・アリーバ(元気出せよ)

 

付き合いきれないとばかりに肩を竦めてデュライは思わず母国語でそう言った。そしてすぐ自分のうかつさに舌打ちすると部屋から出て行った。

 

しかし落ち込んでいるサイトはデュライの変な言葉にまったく気づかず、お調子者である反面おちる時はどこまでもおちるサイトの性格もあいまって、デュライが自分に舌打ちしていったと勘違いしてさらに落ち込んでいった。

 

 

 

訓練終了後、水精霊騎士隊(オンディーヌ)のみんなはいつものたまり場であるゼロ戦の格納庫で飲み会を行なっていた。彼らの表情は一様に明るい。それぞれが自分のお気に入りの女の子の話をしあっている。彼らは今、我が世の春を謳歌しているのであった。

 

「みんないいなあー」

 

マルスは片腕で頬杖をつきながら、ブスっとした調子でそうぼやいた。彼は水精霊騎士隊の隊員ではないが、年齢がほとんど変わらないこともあってすっかり彼らと意気投合し、一緒に騒ぐのが毎度のこととなっていた。

 

「なにがだい?」

 

そう問い返すのは水精霊騎士隊の頭脳面を担当している自負しているレイナールである。生真面目な性格で、水精霊騎士隊の結成初期からすべてに楽観的な隊長や遠方出身だから常識に欠ける副隊長に変わっって、そういった面を担当しなくてはならないと決心していたほどである。

 

だから自然と混ざり込んで来た異分子であるマルスに警戒を抱いたのだが、マルスが接近してきたことに特に裏がなかったため空回りだった。だが性格的に噛み合ったのか、水精霊騎士隊の中で一番マルスと仲良くなってしまっている。

 

「みんなモテて幸せそうだなって」

 

「いや、きみだってモテててるだろう? 昼間、あんなに楽しんでたじゃやないか」

 

「たしかにそれはそうなんだけど。なんというか、その……」

 

マルスは口ごもった。どうやって説明しよう。ギーシュとモンモランシーに例えれば大丈夫だろうか。いや言葉にするとなんか誤解を招くような気がしてしかたがない。

 

「なんか説明しにくいから、気にしないでくれ」

 

「そう言われると気になるんだけど……、わかったよ」

 

釈然としないものを感じながらもレイナールは頷いた。それから娯楽小説の話題をしていると突然、

 

「女子風呂を覗こうというのか!」

 

突然そんな不穏な叫び声が響いた。周囲のざわめきがぴたりとやみ、叫び声の中心地へと全員が視線を向ける。

 

そこでは顔を真っ赤にしたギーシュが憤懣遣る方無いといった感じで佇んでおり、相対するギムリが静かにしろと唇に人差し指を立てていた。

 

恋路を派手に踏み違えたせいで廃人のような精神状態になっている副隊長を、どうにか立ちなおせられないかとギーシュが頭を悩ませていたところ、ギムリが「女子風呂を劇場として機能させ、観賞しようぜ」と言い出ししたのであった。

 

「き、きき、貴族として恥ずかしいとは思わんのかね!」

 

「だがな、隊員の士気が下がっているのを、一員として見過ごすわけにはいかん」

 

ギーシュの怒り心頭な非難を、堂々とした態度でギムリは最初こそもっともらしいことを言ってこたえていたが、もうすぐある舞踏会でエスコートする女生徒を決めねばならず、そのためにはどの女子がダンスが得意か調べる必要があるとし、見極めるには女子の裸を確認するのが最適であり、女子風呂を覗くは貴族の義務という結論にいきつくあたり、むちゃくちゃであった。

 

むちゃくちゃであったが、この場にいるのは全員異性に興味津々な年頃の少年たちであり、彼らはギムリの論理的にむちゃくちゃだろうが結論に深い共感を感じていた。そしてそれは隊長であるギーシュも例外ではありえなかった。

 

「いかん! いかんよきみ! 女子風呂は、厳重に魔法で守られている!」

 

だが、ギーシュはそう叫んで女子風呂を覗くことに賛同しようとしなかった。心情としては完全にギムリの主張に傾いていたのだが、彼が知る厳しすぎる現実がそれに追従することを許さなかったのである。

 

ギーシュは語る。自分はこの学院に入学した際に真っ先に女子風呂の構造を調べたのだと。調べ上げた結果、女子風呂は半地下型の構造になっており、覗くためには陸路で接近するほかない。しかし女子風呂の周囲には自動探査型ゴーレムが五体もウロついていて、まずこの防備を突破しなくてはならない。仮に突破しえたとしても女子風呂の窓はいわゆるマジックミラーで外から中を覗くことは不可能であり、おまけに強力な”固定化”の魔法がかかってるので”錬金”でただの窓に変えることもできない。

 

これだけでも十分な障害であるというのに、女子風呂の壁には魔法探知装置が張り巡らされているので、壁に魔法を使うことはおろか、壁に”フライ”で接近するだけで魔法探知装置が反応。周囲に警報音が鳴り響くので、女子の裸どころか風呂の湯気すら拝めず、”変態”という不名誉な二つ名を背負って学生生活を送らなくてはならなくなるという、割りに合わないことこの上ないリスクを背負う覚悟が必要だ。

 

玉砕するとわかりきっているのに難攻不落な要塞に無謀な突撃させることを認めるに等しい真似、どんなに心情的に賛同したくとも武門の子たるギーシュが認められるはずがなかったのであった。

 

「お手上げだよ。メイジには、どうにもならないんだよ!」

 

そう言って泣き崩れるギーシュ。女子風呂を覗くことが技術的に不可能であるという認めがたい真実を、直視してしまった男の悲痛な叫びであった。周りも同感なのか「くそ!」「なんてことだ!」「余計なところに大金かけやがって!」という恨み言が口々にあがる。

 

「なんて理不尽な防備体制だ。レイナールもそう思うだろ?」

 

「……ぼくとしてはちゃんと体制を敷いていてくれて感謝したいよ」

 

同じように怒りを感じているらしいマルスに対し、レイナールは逆にホッとした様子だった。

 

「さて、そんな風呂がある本塔がある図面を、拝見できる栄誉に恵まれた貴族がいたとしたら?」

 

そのギムリの声は大きくなかったが、全員の耳にしっかりと届いた。あまりに衝撃的な内容であり、ギーシュは震える声で確認する。

 

「ま、まさかきみは……」

 

「その幸運な貴族だよ」

 

一同から鬨の声があがった。絶望的な状況の中に希望を見つけた歓喜の歓声であった。

 

ギムリが一枚の紙を懐から取り出した瞬間、その歓声は止まり、全員緊張感を露わにしてその紙を見つめる。ギムリは、にやっと不敵な笑みを浮かべるとそれをさしだした。ギーシュが震える手でそれを受け取り中身を確認すると、彼の全身が感動で震えだした。

 

「ぼくが将軍だったら……、きみに勲章を授与しているところだ」

 

やがて縛りだすようにその言葉を吐き出した。ギムリの持ってきた図面が本物であると認めたのである。その事実を共有した隊員たちは感動に打ち震えた。彼らは聖者の偉業を目撃した敬虔な信徒のごとき気持ちになっていたのである。

 

しかし、そんな男たちの感動の場面に納得できない者が一人いた。

 

「諸君! 紳士諸君! ぼくは情けないぞ!」

 

レイナールである。生真面目な彼はこんな破廉恥極まる所業を行おうとしている同僚たちが許せないようであった。

 

思わぬ反対者の出現に、水精霊騎士隊の面々は困ったように顔を見合わせる。男にとって神聖な使命感のようなものを共有していたが、それでも仲間を犠牲にしたくないと彼らの瞳が語っていた。

 

だがレイナールの様子からあることに気づいたマリコルヌが、同僚の暴挙を止めようと顔を真っ赤にして反対する彼の前に真顔で立った。

 

「ぼくたちは貴族だ。ましてや近衛隊だ。いつ何時、祖国と女王陛下のために命を捨てるとも限らない。死は我々の隣に、いつもある。死は友であり、ぼくたちの半分だ」

 

「そのとおりだ! そんな貴族のぼくたちが……、その、風呂を……」

 

ハッキリと女風呂を覗くと口に出すのが恥ずかしいのか、レイナールの言葉はだんだん小さくなって聞き取れなくなっていった。

 

「さてきみは、あのティファニア嬢のものがホンモノかどうかわからぬまま、死にきれるのか」

 

レイナールは蒼白になった。どんな性格でろうとも対象が男であるかぎり、ティファニアの裸は想像してしまうだけでその理性に対し、戦略級核兵器並の破壊力を発揮するのであった。

 

「ぼくには無理だ」

 

マリコルヌのその宣言が決め手になったのか、レイナールの理性は必死の抗戦を行ったものの、勢いが強すぎる男の本能によって容易く突破され、がくっと膝をついて敗北宣言した。

 

「た、確かめたいです……」

 

「見損なったぞレイナール!!」

 

消え入りそうなレイナールの魂の叫びに、異を唱えたのは驚いたことにマルスであった。

 

「いつもの生真面目なきみはどこに消え失せた! 騎士隊の良識家があさましい欲望に膝を屈していいのか!」

 

「でもきみ、さっきまでぼくらと一緒に感動していなかったか?」

 

「見間違いだろう」

 

ギムリのツッコミをそう受け流したが、たしかにマルスはさっきまで彼らと同じ男の神聖な使命感を共有していた同志であった。

 

なのになぜ裏切ったかというと……、マリコルヌがティファニアの名前を出してしまったのが原因であった。さっきまでとくに意識していなかったのだが、女子風呂にはティファニアが入っている可能性があることに気づいてしまったのであった。

 

普通ならその事実は、男の神聖な使命感をより強くする材料になったのであろうが、この少年の場合はそうはいかなかった。ティファニアがアルビオン王の腹違いの妹君であることを知っていたからである。

 

アルビオン王家を絶対視している彼にとって、国王や本人の許諾を得ることなく王家の血が流れているティファニアの裸を覗き見るなど不敬極まりない行為であり、断じて許せないことであった。たとえティファニアの裸に対して他の少年たちに匹敵するほどの興味があったとしてもである。

 

意外な伏兵の出現に水精霊騎士隊はどうしたものかと本気で悩んだ。ギーシュ以外にティファニアの素性を知る者はいなかったので、造反の理由を察することができなかったし、知っているギーシュにしてもまさか女子風呂を覗こうと計画しているのに、ティファニアが女子風呂に入ってる可能性に気づいていなかったとは思わなかったのである。

 

原因はわからなかったが、どうにかしてみようとマリコルヌの頭脳が、ふたたび悪魔的閃きをした。

 

「ミスタ・バーノン。どうしてきみが態度を変えたのかはわからない。でも想像してごらん。我らが向かわんとするヴァルハラにはティファニア嬢だけでなく、アルニカ嬢も一糸まとわぬ姿でそこにいるんだよ」

 

「な、なな、なぜここ、ここでアルニカののなな、名前が出てくるル?」

 

態度こそ平静そのものであったが、言葉を嚙みすぎて狼狽を隠せていなかった。

 

その狼狽っぷりは周りにも伝わり、「え?」「まさかそうなの?」「怖くない?」「でも姐御っぽさは良いよね」などという声があがる。マルスは羞恥のあまり震えだした。

 

「もしかしてマルスはアルニカに惚れているのかい?」

 

「違う!!」

 

強い口調で否定したが、顔が真っ赤にしていては説得力は皆無である。みんなの中でマルスがアルニカに惚れているというは確定事項と化した。

 

実際のところ、マルスがアルニカへの感情は自分ですら整理できておらず、持て余しているのが実情である。これが頼れる副官への感情なのか、それとも異性に対する感情なのか判断できずにいるのであった。

 

しかしアルニカの裸を思い浮かべた瞬間、マルスはなんともいえなくて堪えきれない感情に襲われた。なんというか、ぶっちゃけると見たくなっちゃったのである。

 

「恥ずかしがらなくてもいい。さっきギムリも言っていたことだが、ダンスに優れているかどうかを調べるには中身を確認するのが一番だ。もしアルニカ嬢がダンスに優れているようなら、今度のフリッグの舞踏会でお誘いしてみるといい。きっとうまくいくさ」

 

天使のような笑みを浮かべながら、とりあえず覗きに行こうぜという趣旨の発言を行う。マルスはアルビオン王家への崇敬と気になる女子への興味との板挟みに苦しみ、徐々に王家への崇敬が押され始めた。

 

このままではまずい。マルスは援軍の必要性を感じた。このまま孤軍奮闘を続けても勢いに流されてついていってしまいそうである。周囲を見回し、味方になってくれそうな可能性がありそうな者を必死で探す。

 

「ギィィィィイシュゥウ!!!」

 

「な、なんだい?!」

 

いきなり名前を叫ばれて、ギーシュは思わずあとずさった。

 

「きみはこれでいいのか! 女子風呂を覗きに行くということは、そこにきみの彼女、ミス・モンモランシもいるのだぞ! つまりだ! きみは他の男に彼女の素肌を見させても、かまわないというのか!!」

 

ギーシュは目に見えて狼狽した。女子風呂を覗くという行為は少年男子の永遠の夢であるが、同じ学院の彼女を持つものからすれば、自分の彼女の裸を他人に見せる行為であり、耐えがたいことではあった。

 

激しく葛藤するギーシュにマリコルヌが近づき、「胸革命(バストレボリューション)」という悪魔の一言を耳元で呟いた。わずかに揺れ始めていたギーシュの心の羅針盤の針はぶれることなく元通りの方針を指し示す。

 

そうだ。たしかにモンモランシーの裸を他人に見せたくなどない。しかしこの学院の女子風呂を覗きたいという想いは、入学直後から持ち続けていた想いではないか。しかも今ならあのティファニアの胸の真贋を確かめることもできる。ここで引いたら男ではない。男には馬鹿になってでもやらねばならない時があるのだ!

 

「かまわなくはない。しかし湯煙の花園(ヴァルハラ)を目前にして引き下がるなんてできない……!」

 

「ギーシュ……」

 

縋るような視線を向けてくるマルスに罪悪感を覚えたが、鉄の意思でそれを押し殺す。

 

「いいかい。男にはやらねば(覗かねば)ならない時があるんだ。それが今なんだ!!」

 

悲壮な表情でそう言い切るギーシュ。なにをどう考えてもおかしいのだが、それにツッコミを入れる人間はこの場にはいない。

 

「だからマルス。きみも協力してくれ。ぼくたちは戦友じゃないか。そうだろ?」

 

優しくギーシュに肩をつかまれて、マルスは泣き崩れて陥落した。ああ、陛下。お許しください。後日どのような処罰が与えられようとも、謹んで引き受けますゆえ……

 

やろうとしてることに比べ、ずいぶんと大げさな覚悟でだったが、マルスは本気である。

 

「じゃあ、行こうぜ。ぼくたちの戦場へ」

 

マリコルヌがそう言って拳を掲げると、他の隊員も無言で拳を掲げた。言葉を交わさずとも、みんなの心はひとつであった。




うーん。マルスが参加してるだけで原作とほぼほぼ一緒だなぁ。
でもマルスの性格描写する絶好の機会だし、欠かすわけにも、難しいなぁ。

あ、あとマルスが「女子風呂を覗く=ティファニアの裸を見る」に気づかなかったのは王家への崇敬のせいです。
絶対視する王家の血族がみんなと一緒に女子風呂入ってるって想像しにくかったんです。マルスは本当のこと知ってますけど、表向きテファはアルビオン田舎貴族出身ってことになってますから、その辺のギャップのせい。

個人的にはこのアホらしいノリこそがゼロ魔の魅力だと思う。


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風呂場のガールズトーク

あけましておめでとうございます。この話正月に投稿する予定だったんですが、色々想定外のことがあり、遅れてしまいました。


魔法学院本塔にある女子風呂の浴槽は、横二十五メイル、縦十五メイルほどの広さがあり、学院の女子生徒が一斉に入っても問題ないほどの大きさである。

 

高名な貴族の令嬢たちが利用するため、浴場はとても豪華であった。壁面には美しい彫刻が彫り込まれ、優しい色の彩色もされていて乙女の目を休めるのに一役買ったいた。浴槽に張られたお湯にはいい香りの香水が混ざっていて彼女たちにやすらぎを与えている。

 

女子生徒たちは湯船に浸かっている者以外はタオルで肌を隠し、今日一日の出来事を語り合ってとてもリラックスしている。

 

しかし浴槽に浸かっているアルニカにはどうにも落ち着かない空間だった。彼女たちの一族が支配しているシルヴァニアの屋敷にもここほどではないが豪華な風呂があり、一度ならず入浴したことがあったが、場違いに思って落ち着けたことはなかった。

 

たぶん気質の問題だろう。普段から使用人用の蒸し風呂の方をよく利用していたし、エドムンドらと一族が協力関係になっても、それは変わらなかった。一族を率いるエリザベート様はハヴィランド宮殿の浴場が気に入ったと言っていたが、あんな息が詰まるほど豪華な浴場でくつろげるなんてアルニカには信じがたいことであった。

 

そんな感性のアルニカだが、ここを利用するしかない。監視対象であるオルレアン家の娘から使用人の風呂を借りるためだけに長時間離れるのはあまり好ましいことではなかったからだ。

 

ちらりと彼女はその蒼髪の少女の姿を見た。浴場だというのに杖と本を持ち込んでおり、壁際に設けられたベンチに座って壁から噴き出す蒸気に身を委ねなから、本を読んでいる。顔は無表情だ。彼女はいつもこんな感じであり、この監視任務にかるい徒労感を感じる要因のひとつになっている。

 

ああ。早くこの任務終わらないかな。いや終わらなくてもいいから、だれか替わってほしい。自分以上に適任が、絶対に一族にはいるはずなのに、どうして自分がこんな慣れないことをしなくてはならないのだろう? 望み薄だが、デュライに辞任でもだしてみようかな……

 

なんか鬱な気分になってきて両足を抱え込んだ。小さい頃から、自分は中で頭を回転させるより外で体を動かす方が好きだった。太陽の光は忌々しいが、広い視界の場所にいるとそんなもの簡単に忘れ去ることができたのだ。

 

「おとなり、いいかしら」

 

首だけ回して声の主に視線を向けた。健康的な小麦色の肌に、豊かな胸の双丘。そして燃えるような赤髪が特徴的な女王然とした美少女――監視対象であるタバサの親友であるキュルケであった。

 

アルニカは少し戸惑った。服を着ている時ならともかく、風呂場で自分に話しかけてくるような生徒は今までいなかったからだ。

 

「……べつにかまいません」

 

許可をだすと「失礼」と楽しそうに呟き、すぐとなりにキュルケは腰をおろして湯につかった。なにか話しかけるべきかとアルニカは思ったが、口をあけただけで言葉がでない。そもそも風呂は一人でゆっくりくつろぎたい派の彼女は風呂場でどんな話題をすべきかまったくわからないのであった。

 

「ねぇ、あなたどうしていつもフードで顔隠してるの? 顔こんなに可愛いんだから、隠してたら損だとおもうんだけど」

 

「あたしは傭兵よ。戦場の男所帯の中で女一人だったらどうなるか。ミス・ツェルプストーならわかるのでは?」

 

まるっきり嘘ではない。一族は領主の兵士として戦うことは少なからずあったが、彼女はそれ以上の流血を欲したので満足できず、近隣の盗賊退治や戦に傭兵という立場で参加していたのだ。

 

だが戦場にいる時に他の兵士から好色な視線で見られるのは、とても気色悪い。しかしアルニカはボーイッシュでスレンダーな体形なので、唯一女っぽい顔をフードで隠しとけば男か女か他人にはわからなくなるのであった。

 

「それならこの国の銃士隊みたいな部隊に入ればよかったんじゃない?」

 

「そういう部隊って貴人の護衛とかそういうのが任務なんでしょ? あたしがしたいのはそういうのじゃないの。誰かを守ることより、敵と戦う方が好きなのよ。自分でも女らしくないとは思ってはいるけど、どうしようもなく戦場に惹かれてね」

 

アルニカは困ったように苦笑した。実際、なんで敵と戦うのが好きなのかと聞かれたら、うまく説明できない。

 

あえていうならば、戦場の高揚の中で自分の頬に飛び散った敵の返り血を舌で舐めとるのは格別のものがあるからか。エリザベートやブラッドが用意してくれるものも悪くはないのだが、それとはまた別種の喜びである。

 

なにより、戦闘がひと段落した時、返り血で赤く染まったコートを脱ぎ、絞り出して喉を潤わすのと素晴らしい。まだ生暖かいそれが戦闘で疲労した体の五臓六腑に染み渡っていく感覚はなにものにも代えがたい至福である。

 

唯一の問題点といえば、同族にさえ理解できないと奇異の目で見られてしまうことくらいだ。

 

「それに首筋のこれもあるしね」

 

首筋から胸のあたりにかけて深い傷跡があった。かなり深いところまで抉られたのか、問題なくなった今でもその部分だけ赤黒く、醜く爛れている。そこ以外のアルニカの肌は白磁のようにきれいなせいで余計醜悪に目立っていた。

 

女子生徒の多くはこれを直視するのが恐ろしいので、風呂場でアルニカに近づこうとはしないのであった。

 

「すごい傷跡ね。いったいなにでそんな傷を負ったのよ?」

 

「わからないわ。戦ってる時になにかの衝撃で意識を失って、気がついたらもうこのありさまだったから」

 

意識を取り戻した時には、既に後方の陣地に運ばれて治癒士たちに傷をふさがれていた。まわりからは生き残れるか怪しいと思われていたようで、まわりからよく生きてたなと驚かれたものだ。たぶん大砲かなにかで吹っ飛ばされたんだろうとアルニカは思っている。

 

「それで。本題はなに?」

 

「本題もなにも、目に入ったから話しかけただけよ」

 

チェシャ猫のように笑うキュルケ。

 

「そう。でも今まであたしたちを警戒しているでしょ。信じられないわ」

 

しらじらしいと言わんばかりの目で、キュルケを睨みつける。彼女は自分たち教導隊を警戒していた。ルイズみたいな露骨な反発でも、タバサみたいに無関心を装うなどのわかりやすい警戒ではない。表向きはそんな姿を見せず、内心で警戒を解かないという感じのわかりにくいもの。

 

それはなかなか巧妙だった。普通の人間ならその警戒に気づかなかったかもしれない。しかしその生き方が当然であり、それしか選べない一族出身のアルニカからすれば、キュルケの警戒は一目瞭然だった。

 

「そう思われるのも無理ないわ。でも今はあなたと雑談したいだけよ」

 

両腕で大きな2つの果実を抱え、本当よとニンマリ褐色の女王は笑う。十九の少女とは思えぬ色っぽさであった。

 

キュルケの意図をアルニカは探ろうとした。アルビオンで自分たちが連行した者達のことはある程度調べられているが、キュルケはゲルマニアの名家の出とはいえ、彼女個人に見るべき価値はほとんどないというのがアルビオン首脳部の判断で、他の者達と比べて比較的おなざりな調査ですまされていた。

 

とはいえ、ひととおりのことは調べがついている。数多くの武官を輩出したツェルプストー辺境伯家の令嬢であり、最初はウィンドボナ魔法学院に入学したが、在学二年目で退学している。本人の語るところによると彼女に惚れた男子生徒たちが、教師陣がとても目こぼしできない規模の流血沙汰を起こし、男子生徒同士の対抗心を煽っていた自分の責任が追及されたので退学したとのこと。

 

退学処分を食らったが、彼女は美貌だけでなくメイジとしての素質にも恵まれていたので、自分の将来をそれほど悲観してはいなかった。だが、実家からとある老公爵と結婚させられそうになって、「まだ一人前の貴族としての勉強が終わってない」と言い訳し、逃げるようにトリステイン魔法学院に留学。

 

トリステイン魔法学院で”ソーン”のクラスに所属し、タバサとクラスメイトとなる。寡黙なタバサと熱しやすく冷めやすい恋の女であるキュルケとはあまり仲がよくなかったようだが、他のクラスメイトからは優秀な異端児として反感を買っていたらしく、彼女らをハメようとしたイジメっ子たちに仕返しするのに協力してからは親友になった。

 

またルイズとの関係が深まったのは二年生になってかららしく、一年生の時は顔を合わせるたびに口喧嘩(ギーシュの証言によると、口喧嘩というよりはキュルケがからかってた)するような関係だった。しかし二年生になってから何の運命の悪戯かともに行動する機会が増えて、今みたいに多少マシになったらしい。

 

これらの情報をアルニカなりに総括すると、あっちこっちの男を誘惑する魔性の女でタバサとルイズの親友というのがキュルケに対する認識である。

 

だから、タバサかルイズに関する探りというのが一番濃厚。次の可能性が高いのが、タバサの監視役である自分になんらかの取引を持ちかけるといったとこだろう。とアルニカは推測したのだが。

 

「だってねぇ。あんなの見せられたら、ねぇ?」

 

「なんのことかしら」

 

「あれよ。広場での異端審問騒ぎの時、ルイズが二度目の大爆発起こす直前にマルスを助けてたじゃない。必死な顔して」

 

「必死な顔して」の部分を強く強調され、アルニカは困惑した。自分が面倒見てる形式上の上官を救出しにいった自分の行為に勘繰られるようなことでもあるのか。

 

「あなた。マルスのことが好きなの?」

 

「は?」

 

予想外な一言にアルニカはぽかんとした顔をした。しばし呆然としたあと、不快そうな表情をする。

 

「あたしが? あの子を? そんなことないけど」

 

「あら? そうなの。わたしが見る限り、マルスの方は間違いなくあなたに惚れてると思うんだけどね」

 

マルスはアルニカと話している時は心底嬉しそうな顔をしている。広場での一件以来決定的になったのか、チラチラとアルニカに視線を向けては、気づかれる前に気まずそうになって天を仰ぎ、せつなげなため息をついている。

 

多くの恋を経験してきたキュルケの目から見れば、気になっているけど恥ずかしくてどうするか迷っている少年の仕草そのものである。これはいい会話の切り口になりえると話題にしたのである。

 

「正直なところ、あなたはマルスのことをどう思ってるのかしら」

 

そう言われてアルニカはマルスのことを考えてみた。見た目はアルニカの感覚からすると、ギリギリ合格ラインに入るとこか。性格もあの熱烈な王家崇拝者である点に目を瞑れば、悪くはない。

 

幼いからしかたないことだろうけど、考えることより行動を起こしたがるのは問題とはいえ、自分や他の部下から手間のかかる奴だと思っても、嫌いというとこまでいかないのだからある意味人徳があるともいえなくはない。

 

普通に付き合う分には好ましい相手だろう。なんというか一人っ子だからこういう表現が正しいのかわからないが、世話がやける弟っていうのが一番しっくりくるような間柄だ。

 

「一人の人間としては好きかもしれないけど、異性としてはとくになんとも思ってないわ」

 

「恋人にしてみたいと思わないの?」

 

「思わないわ。だってマルスと朽ち果てる最後の時まで一緒にいたいなんて思わないから」

 

「……それって恋人に求めるには厳しすぎない?」

 

恋愛というのは、本命の相手を探すためにやることだと思っているキュルケにとって、いきなりそのレベルまで恋人に求めるのはいくらなんでもハードルが高すぎると思わずにはいられない。

 

「だって恋人って要するに一生を共に歩みたいって思える人のことでしょ? これで必要最低条件よ」

 

しかしアルニカは断固として譲らない。

 

「最初からそう思える相手なんて、いないと思うけど」

 

「べつに最初から恋人である必要なんてないわよ。母は知らない間に友達だった父親と恋仲になってたいったから、もしなるなら自然とそうなるものでしょ?」

 

「なんていうか、消極的ね。そんなんじゃ本命がみつからないでしょう」

 

「そういうあなたはみつかったの?」

 

「ええ!」

 

キュルケが自慢げに大きい胸を張る。別段コンプレックスなんて持ってないけど、ここまで強調されると少し腹立たしいなとアルニカは無意識に自分のそれに視線を落としていた。

 

「コルベール先生っていう運命の人を私は見つけたのよ」

 

「コルベール先生? それって火の授業をしているジャン・コルベール?」

 

「そうよ!」

 

あともう少しで落としてみせると両目の奥に恋の炎を激しく燃やすキュルケ。二十手前の美少女と中年禿の教師。外見的には似合わないことこの上ない組み合わせだ。

 

いやそんなことより、彼女の本命だかいうコルベールだ。デュライが警戒に値すると評価した教師陣の中でも特にコルベールを強くあげていた。ちょっと変わってる平凡な教師を装っているが、自分と同じ穴の(むじな)の臭いがするのだと。

 

それだけでアルニカが警戒するには十分だ。アルビオンの内乱で王党派から”グラスコの飢狼”と恐れられたあの男に同類認定されるような人間なんて、ろくでもない奴に決まっているではないか。

 

「――まあ、この話はまた今度でいいわ。ちょっとだけでもマルスと付き合ってみる気はないの? それとも身分の差でも気にしてるのかしら」

 

惚気話に熱をあげていたキュルケだが、アルニカが適当に相槌をうっているだけなのに気づき、それを中断して問いかける。

 

「だから単にあなたみたいに無節操じゃないの。それに――」

 

それに生まれがどうとか相性がどうとかいう以前に、自分がマルスと付き合うことなんてありえない。あの、理解できない存在を。

 

アルニカは内心、そう続けたが口に出すわけにもいかず、

 

「それに身分の差なんて、マルスとあたしの間にほとんどないでしょ。マルスは貴族といっても棒給暮らしの無爵位下級貴族。平民と恋愛するのに壁なんてほとんどないわ」

 

つまらなさそうにあたりどころのない別のことを述べる。

 

あまりに脈がない答えにキュルケは頬を膨らませた。マルスがアルニカに惚れているのを見抜いた彼女としては、恋の達人として彼らを援助してちょっとした恩を売るつもりだったのだ。別に彼女たちが恩義を感じてくれたところで監視が終わるとも思えないが、暇さえあればタバサの動向を探っているアルニカが恩義を感じてくれれば、多少は融通をきかせてくれるようになるかもという期待があった。

 

だが、アルニカの恋愛観は自分のそれと比べると違いすぎてどう動くのが正解なのかさっぱりわからない。”微熱”の二つ名を持つ者として、自分から行動を起こさねば気がすまない彼女にとって、アルニカの気長な姿勢は理解はできてもまったく共感できなかったのであった。

 

「念のため聞いておくけど、マルスのことを考えてるとどう思う?」

 

キュルケはほとんど諦めていたが、わずかな望みをかけて質問する。

 

「疲れるわ」

 

即答であった。サウスゴータで警邏隊の副隊長を務めていた時から、あのマルスの無思慮な仕事っぷりには苦労させられた。あのむやみやたらにアルビオンの王権を強調する姿勢は普通の地方であれば十分に通用するのかもしれないが、四カ国共同統治中のサウスゴータ地方では政治的問題に発展しかねず、その火消しをアルニカが担当していたのだからある意味当然であった。

 

無情すぎる答えを聞き、キュルケはすっぱりと諦めてアルニカの傍から離れようとしたその時、風呂場の一角から大きな叫び声が聞こえてきた。なんの騒ぎだとキュルケとアルニカはそっちの方向を見る。

 

どうやら何者かが女子風呂を覗いていたそうで、怒り心頭の女子生徒たちは、統一されていないが感情面では統一されているので意味はだいたい察することができる怒りの声をあげ、群をなして脱衣場へと駆け出していく。

 

なんだ素肌を見られた程度でくだらないとアルニカは湯船に浸かりなおそうとしたが、すぐ隣を一陣の風が吹き去った。早くて輪郭がよく見えなかったが蒼と肌色の物体が女子生徒たちを追い越して風呂場から飛び出ていく。

 

その二色に少し心当たりがあったアルニカは先ほどまでタバサが居た場所に視線を向ける。そこには彼女が使っていたタオルだけが「さっきまでここにいたよ」と強く主張するように落ちてあった。

 

無視して風呂に浸かっているわけにはいかなくなったと判断したアルニカは、すぐ隣にいたキュルケと意図せずして顔をあわせた。どうやらキュルケもタバサが素っ裸で風呂場を飛び出していったらしいと理解したらしく、顔を固くしていた。

 

「……覗かれて怒るのはわかるけど、それで素っ裸で外に出て行ったら本末転倒じゃない?」

 

「なにも言えないわ」

 

その言葉だけかわすと、二人とも脱衣場へと駆け出した。

 

 

 

一方、女子風呂を覗いていた水精霊騎士隊(オンディーヌ)はまさに狂乱のさなかにあった。隊長ギーシュの命令で全員バラバラになって逃亡しているが、全員が逃げ切ることよりもどこかに隠れてやりすごすことを考える者の方が多く、それが完全に裏目にでていた。

 

もし水精霊騎士隊が万全の状態であれば、物陰に隠れたりなどせず普通に逃げ切れたのかもしれないが、残念ながら彼らは万全の状態ではなかった。ギムリが齎した女子風呂の設計図の「地下部分は魔法探知装置の範囲外で壁に”固定化”はかかっておらず、警備ゴーレムの索敵外」という情報により、緻密な魔法操作で巨大な地下トンネルを構築していた彼らの体力と精神力は既に限界に達していたのだ。

 

その為、彼らは容易く女子生徒たちに捕まった。なんとか隠れ場所を見つけ出し、そこに身を潜めていても、疲れ切っていた彼らが見つけた安全な隠れ場所は”頭隠して尻隠さず”な場所が少なくなかったし、まともな隠れ場所は隊員同士で取り合っているところを見つかり、女子生徒たちの魔法の雨を浴びた。

 

「ここなら、ここなら大丈夫なはずだ……」

 

「本当に大丈夫なんだろうね?」

 

マルスが不安気に隣で自分に言い聞かせるように呟いているレイナールに問いかける。

 

殆どの隊員が捕まり広場の真ん中で裸を見られて怒り狂う女子生徒たちによって魔法のロープで縛られて半殺しにされている中、彼ら二人はいまだに捕まっていなかった。

 

彼らが選んだ隠れ場所が他に比べて優れていたというわけではない。なけなしの精神力を振り絞って”フライ”で飛び上がり、本塔のでっぱりの部分にへばりついて彫像のように固まっているだけである。

 

ハッキリ言ってすぐばれてもおかしくないところなのだが、夜中なので遠目には本塔の模様なんかのようにしか見えないだろうとレイナールが考え、その考えまでは知らなかったがレイナールだからなにか考えているだろうと思ったマルスがレイナールに追従した。

 

「わからないよ! でも今も捕まってないってことはたぶん大丈夫なはず!」

 

苛立ちまぎれに小声で叫ぶ。

 

「だから言ったんだ。女子風呂を覗くなんてやめようって! これも全部”風上”のデブのせいだ!」

 

元々女子風呂を覗くのには反対だったレイナールがこんな暴挙に加担してしまったのは、マリコルヌが「ティファニア嬢のあれ()を確かめたくはないのか」と誘惑されたせいである。しかも覗いてる時にティファニアの姿を確認できなかったため、余計にマリコルヌへの怒りが湧き出てきていた。

 

一方、マルスはそんな友の醜態をやや白けたようにみていた。アルビオン王家の血を継ぐティファニアの裸見たさに女子風呂に覗くことに賛成しだした癖にいまさら何を言っているのかという感情があったし、彼自身は湯船に浸かっていたとはいえ、お目当てのアルニカの裸を拝めたことで満足していたのであった。

 

だが、声を抑えているとはいえこのまま喋り続けられてはなにかの拍子で見つかるかもと危惧したので、マルスはなんとかレイナールの怒りをなだめた。それで息を潜めているとなにやら大きな羽音が聞こえてきた。

 

「な、なんだ……?」

 

二人そろって羽音の方を見ると、竜が三匹、こちらに向かって飛んできていた。

 

「「はぁあ!?」」

 

我慢できず二人そろって叫んだ直後、彼ら二人がいた周辺が風の魔法でふっ飛ばされた。

 

「うわあああああああ!」

「ぎにゃあああああ!!」

 

落下するマルスとレイナールをどこからか伸びてきた”マジック・ロープ”が捕らえ、そのまま塔の屋上にまで釣り上げられた。なにがどうなってるんだと混乱する二人は周囲を見渡すと、非常に良い笑顔を浮かべた重装備の騎士がこちらを向いていた。

 

その騎士装束には心当たりがあった。つい先日広場でやりあった空中装甲騎士団(パンツァーリッター)のものである。よく見ると周りを飛んでる竜の三匹の内、二匹の上にも同じ装束の騎士が乗っており、どうやら彼らに釣りあげられたようだと理解できた。

 

「いやはや、君たちの向こう見ずさはよく理解していたつもりだったが、若さとは恐ろしいな。想像の斜め上をいっていく」

 

隊長格であるらしい良い笑顔を浮かべた騎士がしゃべりだす。なんだか嫌な予感をこの時点でマルスとレイナールは感じ始めていた。

 

「な、なんのことでしょうか?」

 

「なにって決まっているだろう? 水精霊騎士隊が女子風呂を覗いたことだ」

 

目を細める隊長格の騎士の姿を見て、マルスとレイナールは顔を青くしてがたがたと震えだした。

 

「ああ、別に責めているわけではないぞ。男なら誰だって子供の頃は女子風呂を覗いてみたいと憧れる。だが、普通はできない。それをやってのけた君たちの勇気と知恵は()()()()を除けば賞賛に値すると心から思うぞ」

 

心からの賛辞を述べ、人を安心させる笑顔を浮かべる隊長格の騎士にマルスはホッとしたように息を吐いたが、レイナールは震える声で尋ねた。

 

「ある一点とは、なんですか……?」

 

「いやなに。その時に我らが姫君が入浴していたということだよ」

 

状況を理解したレイナールは全速力で走りだした。しかし竜の上から飛び降りてきた騎士たちによって逃亡経路を阻まれる。隊長格の騎士と違って、彼らの顔は憮然としていた。

 

「なにも逃げることはないだろう。私は君たちのような勇者に優雅な空の旅を楽しんでもらいたいだけなんだよ?」

 

レイナールがふりかえるとマルスが隊長格の騎士の小脇に抱えられ、もがいていた。

 

「もちろん勇者には勇者に相応しい特等席を用意させてもらった」

 

部下の騎士二人が頑丈な縄を二巻き取り出す。自分たちがどのような目にあわされるか把握したレイナールは涙目になったが騎士たちは知ったことかとばかりにレイナールを縄で縛りあげ、つぎに隊長の脇から解放されたマルスも縛りあげた。

 

そして縛りあげた反対側を自分たちの騎竜の足にしっかりと括り付けると、彼らは騎竜の背に飛び乗った。

 

「それでは勇者諸君を祝福する空の旅を楽しもうではないか。……よくもベアトリス様の裸体を覗き見しやがったなゴルァアアアアアアアア!!」

 

ついに取り繕えなくなった隊長の怒声と共に竜からぶら下げられる恐怖のフライトは始まった。レイナールとマルスはベアトリスが風呂場にいたなんて知らなかったし見ていないとフライト中必死で叫んだが、聞き入れられなかった。

 

恐怖のフライトは二人の意識が飛んでしばらくしたところで終了した。




あの時、ティファニアがいたってことはベアトリスも風呂場にいた可能性=空中装甲騎士団が黙ってない。


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不穏な兆候

空中大陸中央部に位置する都ロンディニウムの、さらにその中心部にある白亜の王城ハヴィランド宮殿。

 

「グハ、ガハハハハハハ!!! ヒャーハッハッハッハッ!」

 

アルビオン数百万の頂点に君臨し、類稀なる武才に恵まれ、先の内乱において彗星のごとく現れて内乱に終止符をうち、先王ジェームズの崩御にともなって即位した空の王者は、その一室にて腹を抱えて爆笑していた。

 

「へ、陛下、お気を確かに……」

 

ヴァレリアが諌めにかかったが、その声は動揺で乱れまくっていた。周りに助けを求めるが、ヨハネとディッガーは露骨に目を逸らし、ユアンは全く感情が読めない目で見返してきただけだったので、彼女は孤立無援であった。

 

『やはりこんな報告は不愉快だったでしょうか……』

 

「いやいやいや! そんなことはないぞ。むしろ青春を楽しんでいるようでなによりだ」

 

アルビオン王家に代々伝わる魔導具のひとつで、デュライからトリステイン魔法学院におけることの顛末、すでに空中装甲騎士団との一件については報告済みなので、水精霊騎士隊が女子風呂を覗いた一件に関する、報告を受けたエドムンドはあまりのばかばかしさに笑いを堪えられなかったのであった。

 

他の連中はいざ知らず、覗きの主犯格であるギーシュはデュライたちによる監視下、それも教導隊には彼らを殺害する権利があるという脅しまでかけているのだ。それなのにこんなことをやってられるとは、馬鹿というべきか肝がすわってるというべきか、判断に迷うところだ。

 

『水精霊騎士隊員らの自白によるとティファニアの、陛下の妹君の裸を覗き見ようという邪な考えを持っていたものが多数いたとのこと。学院側に厳罰を求めることもできますが、どうします?』

 

「無用だ! 前にも言ったが、テファと俺の関係が悟られるような行為は慎むべきだ」

 

その為だけにわざわざウエストウッド家などという存在しない貴族家を書類上に作り出し、ティファニアをその令嬢としたのだ。なのに自分からティファニアと王家の関係を主張するようなマネをするわけがなかった。

 

「それに被害者であるベアトリスが大事にせぬように気をつかっているのであろう? なのに俺がしゃしゃり出て事態を複雑にするような小物ぶりを発揮する必要はあるまい」

 

その答えに、魔道具で遠方から話をしているデュライはベアトリスがなんでそんな対応したのか、その過程も報告すべきだったかもしれないと少し顔をしかめた。

 

当初、入浴姿を覗き見られたベアトリスは大事にする気満々だったのだが、覗き犯の少なくない数の目当てだったティファニアが「そんなに怒らなくても……」と世間ズレを発揮し、その寛大さ?に貴族としてのプライドを刺激されたのか、あんまり騒ぎを大きくするのも大人気ないと態度を改めたのだった。

 

しかしすぐ、こんなつまらない話に仔細な報告をする必要もないだろうと思いなおす。

 

『では、彼らに協力したバーノンにもこちら側で特別処罰をくだす必要はないということで?』

 

「うむ」

 

一度そう言ったがすぐに首を横に振った。

 

「いや待て。そうだな……。一応、オスマン学院長に処罰を任せる旨を伝えておけ」

 

「よろしいのですか? マルスにのみ重い処罰を与え、それを材料にこちらの監視をやめるよう要求してくるかもしれません」

 

「それはそれでおもしろい。処罰は平等にしろと訴えればきっと愉快なことになる」

 

その答えにヴァレリアは恐怖で体を震わせた。処罰を平等にしろとはマルスの罰を軽くしろというわけではなく、マルスを受けた罰と同じ罰を他の犯人にも与えろということに違いないとわかったからである。

 

「それにだ。思春期の少年であればこれくらいの悪ふざけはするだろう。かくいう俺もやらかしたことあるし、いちいち目くじらをたてることでもあるまいて」

 

目を細めて遠い過去に思いをはせるエドムンド。その発言で部屋の空気が凍ったことにはまるで気づいていないようであった。

 

「……本当ですか?」

 

いち早く解凍したディッガーは念のため、主君の衝撃的告白を本当か確認する。

 

「本当だとも。いつだったか忘れたが盗賊退治の帰りに水浴びで有名なスポットがあるとかいう話になって覗きに行ったよな」

 

エドムンドがヨハネの方を向く。エドムンドの性格的に覗きに積極的だったとは思えないので、昔から側付きだったこいつが煽ったにちがいないと侮蔑の視線が集中した。

 

しかしそんな視線を向けられたヨハネはどこか懐かしげに、そして悲ししげに目を細めた。

 

「懐かしい。またあんな悪ふざけをしたいものです」

 

「……お互い、もう悪ふざけして許される歳でも立場でもあるまい」

 

「そうですね。あの時いた場所から俺たちはずいぶんと遠いところにきてしまった。いまさら、あの頃に戻れるわけでなし」

 

「だが、思い出に浸ることくらいは許されよう。浸りすぎて囚われぬ限りにおいては、違うか?」

 

ヨハネは少しためらった後、頷いた。そしてその覗きの時の話題をしはじめ、この場で唯一の女性であるヴァレリアはその話題の酷さに顔を真っ赤に染め上げ、ユアンはそういうことがあったのかと脳裏に書きとめる。

 

ディッガーはというと地位的には自分とさして変わらぬ立場であるのに、ヨハネと比べて主君との距離に大きな差があることを見せつけられている気分だった。自分が仕えだしたのは、ほんの数年前であるからしかたないのだが、それでも悔しいものは悔しいのであった。

 

「昔話はこれくらいにするとして、デュライよ。ひとつ言っておきたいことがある」

 

『なんです?』

 

「……今月末に水都市アクイレイアでひらかれる教皇即位三周年記念式典に出席してほしいとロマリア大使から誘いがあった。国内の立て直しに忙しいと断ったが、他の王も招く予定であることを匂わせて翻意を促してきおった」

 

『つまりアンリエッタも招かれるかもしれないと?』

 

「アンリエッタだけならよい。だが、監視対象であるルイズとサイトも十中八九招かれるだろう。三周年という中途半端な年数なのに他国の君主を招くなぞ不自然だ。ではなぜそうなったかと考えると……ルイズの”虚無”に目をつけたとしか考えられん」

 

十周年とかなら教皇の偉大さを内外に知らしめるために、即位記念式典を盛大に催す意味は対外的にもあるだろう。しかしそうではない以上無駄な浪費でしかなく、国内で祝祭でも開くだけでよいはずだ。

 

『それ以外の可能性は? 現教皇の即位式の際、噂によるとどの国の王族も足を運ばなかったとか。その埋め合わせのためでは?』

 

ヴィットーリオ・セレヴァレの教皇即位の時、運命の悪戯か五大国の王家は諸事情により出席しなかった。

 

アルビオンは内戦の真っ最中で王族が他国に足を運んでる余裕などなく、ガリアは無信心者のジョゼフがロマリアに行くことを面倒だとのたまて拒否し、イザベラも父王の不興を買うことをおそれて断った。トリステインは王位不在で混乱状態にあり、唯一出席できる可能性があったアンリエッタは都合の悪いことに風邪で寝込んでいた。

 

最後のゲルマニアは政情的に安定していたが、国家の成立過程の関係でゲルマニア王家における反宗教庁感情が半端ではないので名代の貴族を出席させるのにとどめるのが伝統と化している。なのでゲルマニアの皇族が教皇即位式に出席することなど最初からありえない。

 

つまり現教皇である聖エイジス三十二世ヴィットーリオは、ハルケギニアの歴史上稀に見るほど他国の王族と会っていない教皇であり、即位式のリベンジのために記念式典を催したとしてもさほどおかしくはないようにデュライには思えたのであった。

 

「たしかに。平時であるならば俺もそのように考えたかもしれぬ。だが……」

 

エドムンドがユアンに視線を向け、続きを促した。

 

「教皇とトリステインの女王との事前会談を確認しました。会談内容を手に入れることはできませんでしたが、時期的には我々がガリアから亡きオルレアン公の娘がアルビオンにくるという情報をもらう直前にあたります。トリステインのティファニア嬢の身柄確保と無関係とは思えません。おそらくはトリステインを仲介役とした協力関係を築こうとしたのではないかと私は考えています」

 

『ちょ、ちょっと待ってくれ。ティファニアはハーフとはいえロマリアにとっては仇敵のエルフだぞ。その身柄確保にロマリアが関与していてると? それも宗教裁判で裁くためでもなく協力関係を構築するために?』

 

「”敵を知り、おのれを知れば百戦して危うからず”。古代の兵法家の格言だ。それを前提に考えれば、ロマリアの若き教皇がどのような未来絵図を描いておるのか。想像できるのではないかな」

 

『!! ……なるほど。エルフの先住魔法の対策をたてるためですか』

 

魔導具の向こう側で、アルビオンの首脳部はロマリアが”聖地奪還運動”を――すなわち、聖戦を再び起こそうとしていると推測していることを察した。

 

この世界における聖戦は、中東世界で悪名高い十字軍が、さらにろくでもないものにしたものであるというのがデュライの評価である。何の通告もなしに大軍という数の暴力でもってエルフの街々を蹂躙・略奪し、ブチ切れたエルフの軍勢に圧倒的な技術力の差で遠征軍が壊滅的打撃を受けて終了する。

 

聖戦のたびにその繰り返しをしてきたというのだから、愚かしいにも程がある。最初の聖戦は約四千年前らしいが、その膨大な長い年月がありながらエルフとの技術力格差を埋められていないとは……。聖地への執着に比べて向上力に欠けるやつしかいないのだなというのが素直な感想であった。

 

だが権力者しか知らぬ歴史を知っている視点から見れば、また別の見方があるのだった。そも最初の聖戦が起きた四千年前、諸国の貴族階級が血縁的繋がりを深め、国家同士の対立も少なく平和な時代が続き、人口の膨張が留まる所を知らなかったという。

 

一見良いことではないかと思えるが、人口が増え続けるということは、それを養う食糧がいるし、暮らせる土地も必要だ。しかしながら人口が増えるスピードは、農地や村を開拓するスピードより遥かに速く、このままでは早晩飢えた民や住む場所がない民が不満を爆発させるのは必定であった。

 

そこで当時のハルケギニア諸王は、互いに知恵を出し合い、どのように問題を解決すべき話し合った。そして増え続ける民の数を減らすべきだという意見で一致した。だが、彼らの頭にはハルケギニアの平和を崩す気はかけらもない。なので悪法を敷いて民衆を虐殺したり、国同士の戦争などの手段は論外である。

 

悩みに悩んだ末、ある小国の王がろくでもないことをひらめいた。聖職者らに民の信仰心を煽らせ、聖地奪還を掲げて異教徒(エルフ)どもの国へと攻め込ませる。砂漠だらけのエルフの土地に侵略すべき価値などかけらもないし、エルフの技術力はハルケギニアの比ではないので普通なら割にあわない。なのでこの二千年間エルフの領域は放置されていたが、口減らし目的なら最適だというのだ。

 

だけどそのろくでもない案は当時の諸国の王族たちにとっては名案のように思えたようで、満場一致で賛成された。そうして編成された聖地奪還連合軍はエルフの領域で暴れまわり、女子供にいたるまで殺してまわった。そのことに激怒したエルフ軍本隊によって連合軍は大損害を受け、諸王は口減らしに成功したと祝杯をあげたという。

 

しかし、当時を生きてた連中はそれでよかったかもしれんが、”聖地奪還”などという幻想をよくも民と聖職者連中に植え付けてくれおったな、というのが現在の権力者であるエドムンドの偽らざる心情である。王がその国における最高位聖職者を兼ねていた四千年前だから問題ないと思ってたのだろうが、今はロマリア宗教庁に教権が統一されてしまった。そしてロマリア宗教庁は腐臭漂う腐敗聖職者と本気で聖地を奪還せんとする狂信者しかいない。つまり、口減らしの必要性がなくても、狂信者どもが宗教庁を掌握すれば、各地の聖職者どもは声高に聖戦を主張して民草を死に追いやるというわけだ。

 

「そしてトリステインの女王陛下は聖戦を支持しておられるようだ。教導隊をトリステイン王政府が迎えた際、女王陛下がご多忙とかで対応したのはマリアンヌ王太后陛下と宰相のマザリーニ枢機卿猊下だったと聞いて、少し疑問に思いディケンズに調べさせたところどうも秘密裏にロマリアへ赴いているようでな」

 

『となると我々教導隊はどう動くべきでしょう』

 

「もしルイズやテファをロマリアに来させようという動きがあれば、反感を示しつつ従え。そしてロマリアの首脳部がなにを企んでいるのか探るのだ。こちらはトリステインとの契約で女官のヴァリエール、近衛副隊長のサイト、シャルロット殿下、あとギーシュ隊長の四名の監視を常時行える権限。監視から逃れようとすれば対象を抹殺する権限が認められている。それで教皇を脅してでも同席を強要し、密談を許すな」

 

もちろんロマリアも警戒してくるだろうが、ギーシュを除く三名を蚊帳の外において話を進めることは不可能であろう。いったいどのような情報から教皇が聖戦を決意したか知らぬが、現代に蘇った伝説の”虚無”を無視することはできまい。もしロマリアの狂信者どもが本気で聖地奪還を目指しているならなおのこと。

 

エリザベートらからの情報でロマリアがガリアの領主たちに対して取り込みをはかっていることを念頭におくと、記念式典の際にジョゼフを亡き者にするというのが一番ありえそうだ。厳重な警備に不自然じゃない程度の穴を意図的につくり、外部の殺し屋でも雇って、第三者による暗殺に見せかけるという形で。ジョゼフはそこら中の人間から嫌われているから、その説明で納得する人間が多かろう。

 

そしてロマリアの息がかかってるガリアの貴族に「国内の混乱を収拾するのに協力しろ!」とでも要求させ、それを受け入れる形でロマリアが堂々とガリアに進軍。ガリアを完全に影響下におき、十年か二十年かけて軍備を増強し、ハルケギニアをまとめた上で聖戦宣言を行う……。もし俺が教皇で聖地奪還を本気で企むならそんな青写真を描くとエドムンドは想像する。

 

『了解。しかしロマリアですか……』

 

「うむ? どうかしたのか」

 

デュライの声の調子に疑問を覚えたエドムンドが問いかける。

 

『なんてことはありません。二十年ほど前に門を越えて以来、傭兵としたハルケギニア諸国を放浪してきたが、ロマリアには縁がなくて足を運んだことがなかったからどんなところかと思っただけ』

 

「一言で説明すると、腐った人間の本性というものが感じられる国だ」

 

『ずいぶんとおもしろそうなところのようですね』

 

期待するような声がかえってきたので、エドムンドは言葉選びを間違えたかと頭を振った。

 

「異界でお前がいたというアンダーグラウンドのような国という意味ではないぞ。ただ純粋にろくでもない国だ」

 

幼き日、モード大公家のみんなと一緒にロマリアへ家族旅行した時のことを脳裏に浮かべた。あの美しいロマリアの町並みや聖堂群に目を奪われたものだが、最終日に先導していた父と長兄が主要な街道を外れて路地裏に入った時、そこに広がっていた醜悪なスラム街の光景を見て、衝撃を受けたことを忘れていない。

 

その日の食い物にすら困り、慈悲を乞う痩せ細った者達の群れ。その中を身なりが整った健康体の聖堂騎士の一団が治安維持とか異端摘発とかの名目で横暴に扱われ、恐怖に震えていた避難民が「ここは”光の国”ではないのか」と諦観に満ちた絶望の声で呟いていたのが妙に印象に残っている。

 

人並みほどには信仰心を持っていたつもりだったので、あまりの風聞との落差に義憤にかられ、腰にさげた杖を抜きはなちかけたほどだ。父に優しく肩に手を置かれ、他国のことに干渉しては祖国に迷惑がかかると押しとどめた。その上でこれがブリミル教の総本山の現実であり、宗教庁も知っている。だけど宗教庁はここが光溢れた理想郷であると言って現実を認めようとしない。それがどれだけ悲惨な結果を産むか胸に刻んでおきなさいと諭された。

 

そういう経験から、エドムンドは大のロマリア嫌いである。しかし神と始祖への信仰心は変わることはなく、”実践教義”を胡散臭いと切って捨ているものの、教皇や枢機卿などの高位聖職者への敬意がほぼないという点において、新教徒に通じるものが彼にはあった。即位後に聖職者を弾圧したことといい、どこまでもロマリアにとって危険な男である。

 

『わかりました。ロマリア行きの話題があがれば、承諾した上でもう一度連絡をいれます』

 

「うむ。頼んだぞ」

 

ブツリと通信が切れる音が響く。それを確認してユアンが口を開いた。

 

「よろしいのですか」

 

「なにがだ?」

 

「宗教都市ロマリアは武器を持ち歩くことが許されないと聞きます。銃を持ち歩けなくてはいざという時、ミス・ヴァリエール達の命を脅しとして活用できるのでしょうか」

 

「たしかにそれは俺も考えた。だがデュライはそういう類の仕事の達人だ。教導隊も同行することを考えると問題あるまい」

 

「だとしても、私には不安が残ります」

 

珍しく随分と熱心な進言をしてくると、エドムンドは少し驚いた。

 

「では、どうせよというのだ?」

 

「ディケンズを別に派遣してはどうかと」

 

「ディケンズを? なぜそやつを推す」

 

また裏切るかもしれぬぞと言外に言い含める。

 

「あの者は自分の能力にみあった大きな仕事をしたがっております。今回の一件はまさに彼が望む仕事そのものかと。それで彼の能力と忠誠をはかるのです。もし……」

 

「忠誠が簡単に揺らぐようなものなら、始末する……か。よかろう。よきにはからえよ」

 

「はっ」

 

自分の案が採用されたにもかかわらず、ユアンは特に何の感慨もなく無表情だった。




聖戦がロクデモナイ理由ではじまったことになっちゃいました。すまんテンションあがって想像膨らませてたらそうなっちまったんだ。ハルケギニアの民とエルフの方々に申し訳ないwww


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ロマリア編
オストラント号にて


難産だった。


エドムンドの予想は見事的中した。サイト・ルイズ・タバサの三人が女王陛下からの御親書とやらを携えてデュライの部屋を教導隊の宿舎におとずれたのは、あの報告からのほんの三日後のことであった。

 

”ギーシュ・ド・グラモン殿及び、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ殿。女王陛下直属女官ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールと魔法学院生徒ティファニア・ウエストウッド嬢を貴下の隊で護衛し、連合皇国首都ロマリアまで、至急連れてこられたし。

教導隊隊長デュライ殿。もし希望するのであれば同行を認めるが、上記の部隊とともに護衛に努めることを条件とします。”

 

親書の一方的で、反論を認めない命令のような内容に、デュライの額に青筋が浮かぶ。彼はアルビオン王国国王エドムンド陛下の臣下であって、トリステイン王国女王アンリエッタの臣下ではない。よってアンリエッタから命令されるいわれなどないはずであった。

 

アンリエッタからすればなにかしら理由があってのことなのだろうが、もしここで二国間で結ばれだ密約に従い、対象が王室の命令を盾に逃亡しようとしたため処分するという方に判断する可能性を考慮しなかったのだろうかとデュライの脳裏に本当にやってやろうかという欲望が湧いてくる。だが、すでにエドムンドからもしこのようなことがあった場合、同行せよと勅命を賜っているため、それは絶対できないので余計に腹立たしかった。

 

ものを問わず、普段なら特に気にならないことでもそれが上位者の権限によって一方的に禁止された時、無性にそれをやりたくなってくる人種がいるが、今のデュライの精神はそれに近かった。もちろん彼はプロだから勅命を無視して独断を強行したりしない。

 

しないのだが、ほどほどに反発することを忘れるなという指示もあったのデュライはそれを大義名分に行動を開始。まず最初にオスマン学院長に猛抗議した。オスマンは言を左右にして言質を与えないという若い時の宮廷での狸ぶりを発揮したが、十数時間もぶっ続けで抗議を続行するデュライに辟易してしまい王政府に丸投げしてしまった。

 

王政府への抗議権をオスマンから勝ち取ったデュライはその日のうちにトリスタニアへ赴き、密約を知っている王政府上層部の方々相手に激論を戦わせ、二日後に愛想が尽きたという風を装い、マザリーニ枢機卿を睨み付けて王政府を後にした。マザリーニは老婆心から大急ぎで事の顛末といくつかの起こりうる事態に対する対策法を手紙にしたため、フクロウの足に括り付けてアンリエッタへと送り付けた。デュライの怒りっぷりは事情を知っているアルニカの目から見てももはや演技だったのか怪しいほどであった。

 

デュライがそんなことをしている間にサイトたちはロマリアへ向かうための足を確保した。といっても、フネを持っているコルベール先生に泣きついただけで、実際にいつでも船旅ができるよう手配したのはコルベールだったが。そして彼はデュライが不満はあれども同行することにしたと告げるとさっさと自分の探検船に案内し、客室に乗るよう告げた。

 

コルベールの探検船。船の名前を”オストラント(東方)号”というそうだが、そのフネの構造にデュライたち教導隊の面々はど肝を抜かれた。形が常識的にはありえないほど珍妙なのだ。翼がやたらと長いし、翼の上に航空する上で邪魔にしかならないだろう櫓のようななにかが乗ってるし、両翼と船尾に鋼鉄製の奇妙な花のオブジェクトがあり、全員がわけがわからないという顔をしていた。

 

いや、デュライだけはその構造の意味を理解していたが、その上でわけがわからないと思っていたので、周りに気づかれることはなかった。そして出港の際に、櫓から白い煙が出てくるのを見てマジで蒸気船なのかと驚愕した。

 

このフネの情報には重大な価値がある。そう判断したデュライの行動は早かった。世間話を装い、水精霊騎士隊や水夫からフネの情報を聞き出したのである。曰く、このフネはゲルマニアでコルベールとツェルプストー家が開発した新型船であり、通常のフネの三倍近い速度が出せる上に、風にスピードを左右されない革新的なフネなのだという。

 

なるほど道理でフネに掲げられた旗がトリステインの国旗と魔法学院の旗ではなく、ゲルマニアの国旗とフォン・ツェルプストー家の旗が掲げられているわけだ。この技術を独占し、軍艦として十隻も揃えれば、ハルケギニア最強の空軍艦隊として名を馳せることも可能だ。そんな素晴らしいノウハウをツェルプストー家が手放すはずがない。

 

数年後にはゲルマニアで政変でも起きてツェルプストー家の地位がとんでもないことになっているじゃないかと予想しつつ、昼間の情報を整理したデュライはコルベールに切り込む覚悟をきめた。この前魔法学院でゼロ戦を整備していたことといい、なんとも不自然な存在だ。自分と似たような臭いを纏っているから裏稼業の人間だとあたりをつけていたが、どうも違うらしいと考え直さざるをえないほどに。

 

そしてコルベールがいる船室の扉をノックした。するとキュルケが扉をあけた。薄手にネグリジェという水精霊騎士隊の皆が目のやり場に困りそうな姿をしていたが、女の裸なんぞ数え切れないほど見て触れてきたデュライはそんなことはなく、むしろ別の疑問を抱いた。

 

「ここってコルベール先生の部屋じゃねぇのか」

 

「あってるわよ」

 

なぜかキュルケは頬を膨らませて不満げである。奇妙に思って部屋の中を覗いてみるとコルベールが三十サント四方ほど銀色の板みたいなのを工具でバラしながら、興奮気味に鼻息を荒くしている。控えめにいってもまとまな精神状態の人間がやる行動であるとは思えなかった。

 

「なにをやってるんだ?」

 

「サイトの故郷の……ってあんたたちはサイトの故郷のこと知ってたわね。異世界の技術品とかで”のーとぱそこん”とかいうものらしいわ。ジャンったらさっきからそれに夢中でね」

 

「ノート? パソコン?」

 

あの金属製の板状のものが文房具にもパソコンにも見えなかったので、デュライは首を傾げた。

 

「なんだかよくわからないんだけど、サイトが言うには図書館みたいなものらしいわ」

 

「わけわかんねぇ」

 

図書館といったいなんの関係があるのかデュライにはわからなかった。近づいて確認したところ、画面とキーボードが一体となったものであることが確認できたが、パソコンに必須である本体が見当たらないから使えないだろう。ということはノート・パソコンとやらはワードプロセッサのことか? いやでもそれなら素直にワープロといえばいいではないか。

 

「でしょ。それでジャンったらなんとかこれを動かそうと必死なのよ。サイトが言うには”ライトニング”のあのバチバチって光ってる奴をためれば動くそうなんだけど」

 

「なるほど。バッテリーが切れてるのか」

 

「ばってりーとはなんだね?」

 

何気なく呟いた一言に、コルベールが鋭く反応した。ちょっと迂闊だったかとデュライは後悔したが、いまさら知らぬフリをするのも怪しいだろうと判断し、後ろめたいことは何もないという態度で語りだす。

 

「そうだな電気を魔法で操る微精霊に例えるなら、精霊石にあたるのがバッテリーだ」

 

「つまり、なくなってしまったバッテリーを手に入れればこれが動くということかね?」

 

「ちょっと違うな。精霊石と違ってバッテリーは電気を使い果たしてもバッテリーの形そのものが消えるわけじゃねぇ」

 

デュライはコルベールがノートパソコンを分解して机の上に散乱している部品を一瞥する。そしてバッテリーを見つけ出すとそれを手に取った。とても小さいそれを見て、こんなので動くのは子供向けの玩具かなにかだろうとデュライはノートパソコンを過小評価した。

 

「こいつがバッテリーだ。この中の電気がなくなってるから、ノートパソコン……だったよな? そいつが動かねぇわけだ。だからこのバッテリーに電気をためることができれば動くはずだ」

 

デュライの持つバッテリーを食い入るように見つめ、唸りだす。そして一分程度の思考の末、なにかひらめいたのか急に瞳が輝きだす。

 

「待て。それとよく似たものが”竜の羽衣”にあったぞ。そうだ比較すればなにかきっかけをつかめるかもしれない!」

 

「ちょっと待ってジャン。まさか今から魔法学院に戻るなんて言わないわよね?」

 

キュルケが不安そうな声音で聞く。コルベールは研究心が刺激されると斜め上の方向に走り出すので、王命とか忘却の彼方に追いやってしまっているのではないかと危惧したのであった。

 

「そんなバカなことはしないよ。こんこともあるかと思って、事前に”ひこうき”をバラして重要そうなパーツを積み込んでおいたからね。その中に”ひこうき”のバッテリーみたいなものもあったはずだ」

 

安心させるような笑みを浮かべてコルベールはそう言ったが、キュルケとデュライはドン引きだった。彼らの耳には既にバカなことをやらかしてると宣言しているようにしか聞こえなかったからである。

 

特にデュライは戦闘機内部の機械が必要な状況ってどんな状況だと突っ込みたくなるのを必死に堪えねばならなかった。

 

そんな空気を敏感に察し、流石に気まずく思ってコルベールは場を誤魔化すようにコホンと軽く咳をした。

 

「それにしても……。”竜の羽衣”といい、あんたはこういったもに詳しいようだな。聞けばこのオストラント号もあんたが設計したとか。いったいどこでそんな知識を知ったんだ?」

 

それに便乗するように心底疑問だという風にデュライは問いかける。そもそも彼がコルベールを尋ねた理由なのだが、そんなことはおくびにもださない。

 

だが、コルベールはその問いで少し熱が冷めたらしく、なんでそんなこと聞くんだという目を向けてきた。流石にそこまであまくはないかとデュライは気を引き締めた。

 

「質問を質問で返すようで悪いが、あなたこそどうしてバッテリーのことを知ってるのかね?」

 

至極当然な疑問であった。キュルケもそう思ったのか軽く頷いている。

 

「いつか言ったが陛下は異界とその知識に関心があるのさ。それでアルビオンが収集した情報の中のひとつにバッテリーに関する情報もあるというわけさ。だから俺が知っていても別に不思議でもないだろう?」

 

「うらやましい。先達の知恵に頼ろうにも私みたいな研究をしていた者はとても少ないから、ほとんど手探りだからな……」

 

羨望の眼差しを向けてくる禿げた中年。

 

「手探り? 手探りであの飛行機の構造を理解し、分解したり組み立てたりできるほどの知識をえたと?」

 

「そうだよ。だから君たちがうらやましい。バッテリー以外の知識もよかったら教えてもらえないだろうか」

 

「……悪いが異界の知識は全部国家機密だ。教えるわけにはいかん。実は言うとバッテリーのことを部外者に教えたってだけでも上から叱責を受けかねん」

 

「そうなのか……。それでも気になるじゃないか。魔法ではなく、技術が理を支配する世界を! このノートパソコンもそうだが、こういうものを生み出せる人たちがどういった価値観を持っているのかとても知りたい!」

 

コルベールの瞳に狂おしいほどの渇望の光が灯る。それは嘘偽りがまったく感じられない探求心を見る者に感じさせた。この人、本当に自分だけの力で飛行機の分解と組み立てできるだけの知識を得たらしいとデュライは信じてしまうほどに。

 

いったいどういう頭のつくりをしているのか。地球の歴史上著名な発明家のそれに匹敵するかもしれない最強のエンジニアぶりである。だが、それだけに疑問を抱かざるをえなかった。

 

「わからねぇな。そこまでの探求心がありながら、トリステインなどという国にとどまっている?」

 

「え?」

 

「今の女王が即位してからかなりマシになったそうだが、トリステインは伝統と魔法を重んじ、変革を嫌う国だ。あんたみたいな魔法至上主義に囚われない研究者にとって居心地が良い国じゃないだろうに。なぜトリステインにとどまっているんだ? 愛国心か?」

 

いかに名門とはいえ、魔法学院の一教師におさまる器ではない。先取の気鋭を重んじるゲルマニアにでも亡命して、おのれの探求心の赴くまま研究している方が、コルベールの才能に見合った生き方ではないか。

 

もしゲルマニアの野蛮さが気に入らないというのであれば、他の国でもいい。トリステインより伝統に囚われているような国といったらロマリアくらいなのだから亡命先なんていくらでも選ぶことができる。

 

「もし他国で自分の研究を続けられる環境が持てるのか自信が持てないっていうなら、俺がアルビオンの上層部に売り込んでやってもいい。あんたほどの才能ならすぐに異界関連の知識も知れる立場になれるだろうよ。どうだ?」

 

「ちょ、ちょっと。ジャンはツェルプストーのものなんだから! このオストラント号だって船籍はゲルマニアだし!!」

 

差し出されたデュライの手に、目が泳ぎまくってる恋人の姿をみて危機感を覚えたキュルケが我慢できずに声をあげた。しかしコルベールは慎重に自分の禿げあがった頭を撫でると迷いがなくなった瞳をした。

 

「嬉しい申し出だけど、その手はとれないよ」

 

「なぜだ?」

 

「私はまだ恩を返せていない恩人に、今しばらくこの国にとどまっていてほしいと頼まれた。不義理なことはできない」

 

その理屈はデュライにとっても理解できた。国家警察の一員として働いていた時も、死神のフィアンセで革命騒ぎをしていた時も、フリーランスのエージェントとして東西の諜報機関の思惑の網目をくぐっていた時も、こちらにきて流浪の傭兵をしていた時も、王に忠誠を誓う鉄騎隊の騎士となった今でも。

 

義理というものには幾度もなく苦しめられ、そして命を救われてきた。そんな経験を持つ彼からすれば、不義理だから自分の渇望を押し殺すというコルベールの態度は非常に共感できた。義理とはとっても重いのだ。

 

腹の底から息を吐きだし、スッキリとした笑みを浮かべる。

 

「そういうことじゃ無理強いはできねぇな。恩人への義理を果たしたら教えてくれ。その時にまた誘わせてもらおう」

 

「……いや、きみの手をとってアルビオンに行くことはないだろう」

 

「んあ?」

 

あまりに予想外な言葉に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするデュライ。

 

「私の研究はあくまで自分の趣味としてやっていることだ。その研究成果を国に捧げたりはしない。自分の研究成果を周りに見せるとしても、身内にしかしないさ」

 

「奇妙なことを言うな。このオストラント号はツェルプストーの協力によってつくられたと聞いた。ならもうすでにゲルマニアに研究成果を教えたも同然じゃねぇか。なのにいまさらそんなことにこだわるのか」

 

「それは辺境伯の人柄を信用したからだ。彼は私の研究を軍事利用しないと約束してくれた」

 

「……それ、本気で言っているのか」

 

デュライが呆れきった調子でそう返し、コルベールはむっとした。

 

「どんな技術でも運用次第で兵器や武器に化ける。ツェルプストー辺境伯があんたとの約束を守ったとしてもだ。平和的な利用くらいはするだろう。でなきゃこんなフネをつくるのに協力するはずがない。そして頭の回る奴はその技術の産物を見れば、すぐにでも軍事的な利用方法を思いつく。結局同じことではないか。せいぜいあんたの技術が軍事利用されるのが早いか遅いか程度の差でしかないだろう」

 

かつてある世界に”ダイナマイト王”という異名を持った研究者がいた。彼は自分が開発した高性能な爆弾は土木工事における事故を減らし、軍事的に利用されたとしても戦争の抑止力として、つまりは平和のために貢献する技術として使われるだろうと考えていたという。

 

しかし現実はどうだ? その爆弾で以前の比ではない屍の山を積み上げても戦争は絶えることなく繰り返された。そして民衆からは”可能な限りの最短時間でかつてないほど大勢の人間を殺害する方法を発見し、巨万の富を築いた死の商人”という彼の心情的にありがたくない高評価をもらったではないか。

 

つまり、とどのつまり、研究者とは本人がどれだけ世の為人の為を思っていようが、そういう性質を持たざるをえないのだ。第一、まったく軍事利用されなかった技術なんて皆無ではないにしても限りなく少ないではないか。そう考えるデュライからするとコルベールのこだわりはひどく滑稽に見えたのであった。

 

「まあ、個人的な信念にとやかく口を出すのも大人気ないか。もし気が変わったら声をかけてくれ」

 

肩をすくめてそう言うとデュライは手を振りながら部屋から出た。オストラント号はコルベールが東方ロバ・アル・カリイエの冒険を目的として設計した冒険船であり、船室がかなり多めにつくられており、デュライにも個室が与えられていたので、その部屋へと戻り、壁に拳を叩きつける。

 

手探りで近代兵器の構造を理解できるほどの天災でありながら、つけ入る隙が見当たらないとは! いっそ研究を追及できればなんでもいいマッドサイエンティストであってくれれば簡単に引き抜けたものを。コルベールの才能を認めるがゆえ、地球の兵器の凄さを知るがゆえにデュライは悔しくてたまらなかった。

 

もしアルビオンで地球の技術が再現されればどれほどのことが起きるかデュライは理解していた。それだけに諦めきれない。せめて研究成果だけでも盗み出せないものかと頭の中で作戦を考えてしまうほどに。

 

(いや待て。盗むにしてもタイミングってもんがあるし、陛下に話を通す必要もある。それに今は別の任務中。……堪えるべきだ)

 

今の自分の任務を思い出したデュライは別の思考をしようと葉巻たばこを口にくわえ、窓を開けて空を眺める。ふと、このフネの名前を思い出して苦笑する。

 

「しかし東方への冒険船がオストラントとは。神経過敏な連中が聞けばどんな反応するやら」

 

彼が知っていたオストラントとの奇妙な名前の一致に、運命の皮肉を感じずにはいられないデュライだった。

 




コルベールって自分の技術が軍事利用されるの嫌ってるのに、ゼロ戦整備したりオストラント号武装したりで基準がよくわからぬ。


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ロマリア連合皇国

なんかまた設定無双。原作読んでる時、ロマリアの教皇の権威が一番強いってのが納得できなかったので、強引に理屈つけてみたってだけの話。読まなくてもあんま支障はないので、半分くらいまで飛ばしてOK。


ロマリア連合皇国。この国は時代と共にその在り方は多様に変化させてきた国家である。

 

六千年前に始祖ブリミルの弟子フォルサテが始祖ブリミルの亡骸をアウソーニャ半島に埋葬して弔い、”墓守”として都市王国ロマリアを建国したのが始まりだ。

 

始祖の眠る地であり、聖フォルサテが築いた聖なる国という自負が後の指導者らの思想を領土拡大へと向かわせ、やがてアウソーニャ半島を統一し、大王ジュリオ・チェザーレの時代にはガリアの南半分を征服し、ハルケギニア最大の国の主たるに相応しい称号としてジュリオ・チェザーレは皇帝と元首号を改め、国号も帝国に改めた。

 

こうして成立したジュリオ・チェザーレの帝国だったが死ぬまで大王が頭を悩ませた問題が発生する。

 

後継者とされていた皇太子のアグリッパだったが、彼は政治や軍事に無関心で、その日の享楽に熱中する人物であり、お世辞にも王としての器があるとは呼べない人物であった。そこで覇気と才気に溢れた妾の子ティベリウスに帝国貴族の人望が集まり、「ティベリウスこそが偉大なる大王の後継に相応しい」と叫び、ティベリウス派が形成されて皇太子派に対立ができた。

 

この対立は後々帝国にとって大きな問題になると分かっていたが、領土奪還に情熱を燃やすガリアやこの隙に領土拡大を狙う北東のトリステインの動向にも悩まされおり、中々本腰を据えて後継者問題に取り組むことができずにいる内に偉大な大王は天寿を迎えてしまった。

 

一応、病床にて「アグリッパを皇帝に、ティベリウスを帝国宰相兼総軍司令官に」という遺言を言い残していたが、これではアグリッパが皇帝になっても自分たちが権力の座から追われることを恐れたアグリッパ派の者達が、アグリッパを煽ってティベリウスを排除するように仕向け、それを察知してティベリウスは自派閥の体制を整えて「先帝の遺訓に逆らう反逆者を排除する」という大義を掲げて内乱に突入する。

 

帝国における内乱状態を領土奪還に燃えるガリアが見逃す筈がなく、侵攻開始。帝国は三つ巴の状態に陥る。外敵の侵攻とあっては、内乱してる場合ではないと両派が歩み寄ろうとしたが、皇帝はただ一人と両派譲らず、議論は平行線を辿った。

 

内乱発生から数年後にアグリッパが閨で腹上死すると、アグリッパ派は全面的に譲歩するようになり、ようやくのことでティベリウスが正式に第二代皇帝として承認され、帝国の再統一が完了すると、ガリアの侵攻を食い止めることには成功したが、既にガリアが奪回した土地を奪い返すだけの力は既に帝国にはなく、大王が手に入れた領土の実に7割を喪失した様態でガリアと講和することになる。

 

戦後、ティベリウスは父と違って外征より内政に力を入れ、領土を縮小した帝国の再建に取り組んだ。「皇帝の勅命なら仕方がない」という理由で内乱の全責任をアグリッパに押し付け、かつて対立した旧アグリッパ派の者達を粛清することなく容赦し、自派の反発を抑えきって有能な者を重職につけ、両派の平和的な統合に成功した。

 

また父と同じ過ちを繰り返さぬように正妃以外の女性と関係を持つことはなかったが、子宝に恵まれずに何度も離婚と結婚を繰り返し、11人目の妃アグリッピナとの間でようやく子どもができたが、その子どもが先天的障害児で、しかも三歳で早逝してしまったことにティベリウスは絶望した。

 

自分の子を後継者とすることを諦めたティベリウスは、子を成すことには余念がなかった異母兄アグリッパの子の一人を養子に迎えて彼を後継者と定めた。

 

因みにティベリウスは死の直前、ほぼ皮と骨だけの体で「過労死だなこれは」と呟いており、彼の葬式でその哀れな呟きを侍従長から知らされた臣下や民達が同情のあまり、皆涙を流して葬式場を水浸しにしたという逸話が残っている。

 

そして養子のカリグラが第三代皇帝として帝位に就くと、自身の即位祝いに民衆にむかって金貨をばら撒いた。これはあまり宗教色が濃くなかった時代のロマリア王の伝統行事ではあったのだが、まさかこれがカリグラの治世に大きな影響を及ぼすことになろうとは、この時誰も思わなかった。

 

民衆が歓喜して口々に自分を讃えてくるのに気をよくしたのか、国庫に余裕があれば特に何の祝辞でもないのに、民衆に金貨をばら撒くという行為を何度も繰り返したのであった。

 

これにうんざりしたのが常に一定の給与しかもらえない官僚や軍人達である。彼らは民衆ではなく、帝国のために働いている自分達に報いてくれる皇帝を欲し、弑逆を企てた。幸か不幸か、現皇帝の父アグリッパが数多くの女と閨を共にしていたおかげでカリグラの異母兄弟姉妹の数は三桁単位で存在し、カリグラの代わりに不自由はなかった。

 

その結果としてカリグラは秘密裏に近衛隊に暗殺され、カリグラの異母弟クラディウスが有力貴族の支援を受ける形で第四代皇帝として即位した。しかしその経緯から有力貴族の傀儡として望まれた即位であったため、クラディウスに決定権は殆どないと言ってよかった。

 

クラディウスはその状況を快く思っておらず、名だけではなく実権を伴った皇帝として君臨することを夢見た。そしてその夢を実現させるべく、クラディウスは有力貴族の目を欺いてガリアと秘密裏に交渉を持つことに成功する。

 

クラディウスはかつての大王が手に入れたガリア領土を全て返還する引き換えに、有力貴族を排除する力を貸してくれる密約をガリアと結び、クラディウスはガリア軍を率いて自分を傀儡にしていた有力貴族を一掃し、念願叶って名実ともに皇帝として帝国に君臨した。

 

ところが、下級中級貴族から見ればクラディウスの行いは売国行為に他ならず、激怒した帝国中の貴族が「売国帝クラディウス討つべし」と大義名分を掲げて、クラディウスを抹殺した。

 

貴族達が一丸となってクラディウスを倒したまではよかったが、第五代皇帝を誰にするかで貴族達は揉めた。なにせ先帝クラディウスは子がおらず、先々帝カリグラも子を成す前に暗殺されている。

 

となると第五代皇帝候補はクラディウスとカリグラの異母兄弟姉妹達数百人である。貴族達は各々の思惑から別々の皇帝候補を選んで互いに対立しあうこととなった。

 

かくして帝国の秩序は完全に崩壊し、アウソーニャ半島で帝国から分裂した諸国は併合と分裂を繰り返す乱世に突入した。

 

数百年に渡る戦乱の末、アウソーニャ半島に割拠した諸国はロマリアを頂点とする連合制を敷くこととなる。

 

そして始祖の眠るロマリアこそが聖地に次ぐ聖なる土地であるとし、その聖なる地を治めるロマリア王こそが全ブリミル教徒の頂点に立つ人物であると主張し、いつからかロマリア王は教皇と呼ばれるようになり、始祖ブリミルの教えの代弁者などと称するようになった。

 

当初は殆どの諸国がロマリアの言い分を認めていなかったものの宗教的情熱から国境地帯によく侵攻されていた時のガリア王が国境の制定と引き換えにロマリア教皇がブリミル教徒の頂点であるという主張を認めると他国の君主もそれに倣った。

 

これはあくまで形式的にロマリア教皇は始祖の末裔たる三王家の主と同等の権威を持つというものでしかなかったが、このあたりから所謂神学の全盛期を迎え、教義というのが明確に体系化されるようになっていく。

 

たとえば神とはなにか?教徒の定義とは?

 

ブリミル教の崇める神とは唯一絶対。至高にして全なるもの。

 

ブリミル教が浸透しているハルケギニアはおろか、エルフの住まうサハラや全く異なる文化圏の東方(ロバ・アル・カリイエ)、果ては天空に燦然と輝く太陽や夜空に煌めく星々をも含むこの世界の全てを創造したもう存在である。

 

これが、聖典で語られる『神』という存在である。

 

そんな神が自らの子である人を穢し、世界を穢す悪魔の存在を容認するはずがない。故に『唯一絶対の神』を崇めぬ異教徒は皆滅ぼすべき悪魔の使徒であり、ブリミル教徒でありながら教義を疎かにする宗派は全て排除すべき異端である。

 

最初にそう主張したのが宗教庁の組織編制に最も貢献したと称されるロマリア教皇グレゴリウスとされており、――『始祖の盾』を謳われた聖者エイジスの名を教皇が襲名する伝統を打ち立てた聖エイジス二世イノケンティスの時代には人口の増加と凶作からくる食糧不足に悩まされていた多くの世俗の君主の賛同を得て『教義統一』の聖断が下され、宗教庁が決定した教義への変更を拒んだブリミル教徒は全て異端の烙印が押されて大規模な粛清の嵐が吹き荒れた。

 

ただ、この時の君主たちは”教義の統一”がどのような効果を齎すのか理解していなかった。ロマリアの掲げていた教義は教皇を最高位の聖職者であると定めており、それを信じきった民衆の宗教的情熱による暴力的主張によって今まで形式的でしかなかった教皇がブリミル教徒の頂点だということをハルケギニアの諸王は苦々しい思いを抱きつつも認めざるを得ない状況においこまれたのであった。

 

以後、名実ともにブリミル教の総本山となった宗教庁の権威は絶対的なものとなり、大国の王とてハルケギニア全てのブリミル教徒の精神的支柱となった教皇を前にしては下座につかざるを得なくなり、こうして『始祖の末裔』である三王家より『始祖の弟子の後継者』である教皇の方が権威が高いという傍から見たら奇怪な現在の上下関係が誕生したのである。

 

そして現在――聖エイジス二世イノケンティスの時代から約千年――保守的な聖職者達から”新教徒教皇”と揶揄される聖エイジス三十二世ヴィットーリオの時代である。

 

 

 

そんな歴史を持つロマリア連合皇国南部の港町チッタディラにオストラント号が到着したのは、トリステインを出発してからわずか三日後であった。世界の快速船で一週間程度かかる海まわりの航路を使っていながらそんな日数でついたので、教導隊の隊員は到着と知らされても冗談だと思い込み、外の景色を見て嘘じゃないと知ると信じられないと目を白黒とさせしばらく呆然とした。

 

さらにオストラント号はこの世界ではあまりにも先進的過ぎる造形をしていたので、フネが入港する桟橋には興味や好奇心で寄ってきた人だかりができており、サイトたちはどうしたものかと困ってしまった。水精霊騎士隊のロマリア訪問は公式のものではないので、注目を集めるのは避けたいことであったのだ。

 

潜在的に対立しているガリアに動向を知られぬために――ガリアと友好関係にあるアルビオンの兵が監視としてついてきているのでどれだけの意味があるのかサイトたちには疑問であったのだが、マザリーニから送られてきた報告書を読んだアンリエッタは両国の協力関係はかなり限定的であると分析し、意味があると判断した――表向きは『学生旅行』としていたのである。

 

なので当然というか、港に出入りするフネを管理している官史は必死で頭を回転させてこのフネはなんのフネなのかと考え、答えが出ないのでもしかしたら賊かなにかかと不安視し、念のため守衛隊に警戒をしておくよう命令して桟橋に立った。

 

そして杖を掲げて怒鳴り声をあげて人だかりを散らせると、下船してきている一団に向かって叫んだ。

 

「代表者は前に出て名前と入国目的を告げよ!」

 

「はい。私はジャン・コルベール。トリステイン魔法学院の教師であります。入国目的は学生旅行であります」

 

「学生旅行? ……手形を拝見」

 

さしだされた手形を確認する。トリステイン王政府の印が押されており、偽造である可能性は低いと判断。それに数日前になるが、トリステイン魔法学院の者達が旅行でやって来るという書類をみた記憶があったので本来であれば入国を認め良い。

 

だが、官史は通してよいとは思わなかった。理由はいうまでもなくオストラント号の存在である。ハルケギニアの常識人から見れば百人中百人がおかしいと判断するフネである。そんなものを学生旅行の移動手段に利用するなどわけがわからない。

 

どれだけ正式な書類がそろっているとはいえ、これを追求せずに放置するのでは自分の役職の存在意義が疑われる。生真面目な官史は胡散臭げにオストラント号を見つめた。

 

「由緒あるトリステイン魔法学院生徒が乗るにしてはとんでもないフネだな。なんだこれは?」

 

「はぁ、わたくしがゲルマニアで開発した新型船でして」

 

「貴様、ゲルマニアの技師なのか?」

 

宗教国家であり、ハルケギニアの全ブリミル教徒を導く宗教庁が支配するロマリアでは、宗教庁にとかく反発するゲルマニアを野蛮と見下す傾向が特に強く、官史も例外ではなかったので声に嫌悪の感情が入る。

 

「いいえ」

 

「ならなんでゲルマニアで開発を行った。トリステインにもアカデミー(魔法研究所)があったはずだが?」

 

「そうですがわたくしはアカデミーの研究員などではないただの教師でして、アカデミーに出入りできる身分ではないのです。そんなわたくしをゲルマニアのさる貴族が援助してくれて、このフネを開発したのです」

 

「田舎には随分と酔狂な貴族がいるのだな。まあいい。それで、翼の上についておる、あのいかにも怪しい(やぐら)と羽はなんだ?」

 

あれがこのフネの怪しさのだいたいの原因だと思いながら、官史は杖でそのあたりを指し示す。

 

「蒸気の力を利用して、推進力に変える装置です。わたくしは”水蒸気機関”と呼んでおります」

 

「神の御業たる魔法を用いずに、そんな怪しい装置で空を飛ぶとは……異端ではないのか?」

 

その言葉に、官史のすぐ隣にいた助手が過剰に反応し、首からぶら下げている聖具を握りしめて震え始めた。宗教庁が国家の統治機構として機能しているロマリアの役人は全員宗教庁に所属しており、宗教庁は基本的に神官でないと所属できないので、当然のごとく彼らも神官であった。

 

官史は自分の助手が純情すぎるなと内心頭を抱えた。港は国境にある関所と同じくらいに重要な国家の玄関口なのである。つまりはゲルマニアのような異端に片足を突っ込んでる連中を出迎えるという不快なこともあるわけだ。個人的な心情としては即刻聖堂騎士に引き渡したいが、国家間の交流というものがある以上それはできないので、適当に嫌味を言いつつ官僚的に対応するのが一番。それがこの官史が長くこの仕事を経験して得た知恵であった。

 

気を紛らわすようにトリステインの一行に視線を走らせると、金髪の胸の大きい美少女、ティファニアに挙動に官史は注意をひかれた。別にその肢体の美しさに目を奪われたわけではない。彼女が耳の部分を不安げにさわりながら小刻みに震えているのを見とがめたのであった。

 

他の学生たちも異端ではないのかという疑惑に怯えているが、長年のここの役人をして培った直感が彼女の怯えようは他の者達と比べて性質が異なると告げていた。少し奇妙に思って官史が調べようとした直後、

 

「さっさとしてくれ。書類の確認にいつまで手間取るんだ」

 

短く切りそろえた金髪と深海を思わせる青黒い瞳が印象的な男が、苛立ちも露わに声をあげた。――当然、デュライである。

 

「……悪いが今はきみたちの代表者と話しているんだがね?」

 

代表者じゃないなら黙ってろと官史は冷たく睨むが、デュライはふんと息を鳴らすと宣言した。

 

「たしかにこのハゲはガキどもの代表者だ。だが、それだけだ。アルビオン鉄騎隊(アイアンサイド)の代表者として話させてもらおうか」

 

「ハゲですと……!?」

 

烈火のごとき怒りを瞳にたたえて、コルベールはデュライを睨み付けるが、彼はどこ吹く風とばかりに受け流す。

 

しかし官史はそれどころではなかった。マント付きの軍装をしているのでデュライたち教導隊のことをコルベールと同じ魔法学院の教師か、生徒たちの護衛を任されたトリステインの軍人だと思い込んでいたのである。

 

それが有名なアルビオンの鉄騎隊所属の者達であるというのである。正直に言ってわけがわからなかった。

 

「失礼だが、なぜあなたがたが彼らと一緒に? もう長いことこの仕事をやってますが、学生旅行なんかに他国の近衛が随伴してきたことなんて一度もなかったのですがね」

 

それで水精霊騎士隊の者達は鼻白んだが、デュライは皮肉げな笑みを浮かべるのみで官史を苛立たせた。

 

「まあ、鉄騎隊のような近衛では、そんなくだらない任務を命ぜられるのかもしれませぬが」

 

嘲笑するようにそう囁く官史。

 

国内において民衆の憧れの的となっている鉄騎隊であるが、他国での評判はあまりよくなかった。もともとが盗賊まがいの傭兵団ということもあるが、レコン・キスタの大幹部エクトル卿が率いる精鋭部隊でありながら、エクトル卿の死後はエドムンド率いる王党派に鞍替えし、王室直属近衛という地位に我が物顔で居座っていることが、恥知らずであると感じる者が多いのである。

 

ロマリアでは特に評判が悪い。宗教色が強く、保守的な気風のロマリアではメイジでないものが始祖の末裔たる王家の側に侍ているということ自体が、不敬であり間違っていると感じるのである。

 

「くだらないか。なるほど……」

 

意味深げに笑みを深めるデュライに、官史はますます不快になった。見下されていると感じたのである。

 

「なるほど。たしかに表面上、くだらない任務だ。……しかし神官を前にして虚偽を並べたてるも不敬というもの」

 

「なに?」

 

小声でそう告げる金髪の男に、官史が責めるような視線を向けた。聞き捨てならないセリフに声も自然と鋭くなる。

 

「サイト! こっちに来い!」

 

しかし具体的に言葉にする前に、デュライが機先を制して声をあげる。いきなり名前を呼ばれて顔中に疑問符を貼りつけてるサイトがゆっくりと前にでてくると襟元をひっつかんで、引きずり寄せた。

 

「なにすんだよ!?」

 

「黙ってろ」

 

理不尽な展開に文句をいうサイトにそう告げると、デュライは顔から表情を消すと、真剣な調子で語りかけた。

 

「どうか説明の場をいただきたい。なにぶん機密が絡む話ですのであまりおおっぴらに話せないことですので、この三人だけで……」

 

「……よかろう。おまえたち、このものたちを見張っておけ。なにかあったら問答無用で捕えよ」

 

助手と守衛たちに向かってそう命じる官史。

 

「お待ちください! 引率の教師はわたくしで……!」

 

「ミスタ・コルベール!」

 

口を挟んできたコルベールに心の底から苛立ちを感じつつ、デュライは声を荒げて近寄った。自分と同じように日の当らない裏側を経験している者であると認識していたのだが、自分と違ってあんまり交渉の類は長けていないようだ。

 

「何の問題もなくすませるから、黙っていてくれ」

 

「……本当だろうね?」

 

コルベールは目の前の人物を最初に会った時から警戒心を抱いていた。彼個人がなにかやましいことをしたわけではない。ただ……昔の勘が警戒するべき相手であると告げるのだ。彼はその気になれば昔の自分のようになれる人間だと。

 

何の根拠もない警戒であり、ともすればデュライに対してひどい誤解をしている可能性もあったが、コルベールは自分の勘を無視できなかったのであった。

 

「本当だ。なんなら我が陛下にでも誓おうか?」

 

「……」

 

コルベールがなんの返事もよこさず沈黙するのでデュライは肩をすくめて踵をかえした。沈黙は黙認と受け取るのがデュライの流儀である。

 

しばらく歩き、大声を出さないかぎり周りに聞こえないほど距離をとったところで、デュライは口を開いた。

 

「まず最初に、我々の身分を明かしましょう。私は鉄騎隊で百人長の地位を預かるデュライです。百人長という称号に覚えがないと思いますので簡単に説明させてもらいますが、隊内で上から五、六番目くらいに偉い人と考えてもらえればけっこうです。こちらの少年はサイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ。最近、巷で噂になっているトリステインの英雄で、水精霊騎士隊の副隊長を務めております」

 

官史は目を見開いた。目の前に、アルビオンとトリステインの近衛のお偉いさんがいるのである。この港を管理する幹部役人の一人に過ぎない彼にとっては、せいぜい休暇の旅行で入出国の時に対応するくらいだろう。公的な訪問などではもっと上の役人が対応することになるだろうから。

 

そして官史はあることに気づき、顔面から血の気が失せた。水精霊騎士隊の隊員はほとんどが少年少女であるという噂を重大s他のである。恐る恐るといった調子で確認する。

 

「もしや、あそこの学生たちは……」

 

「八十人くらいが水精霊騎士隊の隊員ですな。ちなみに我が隊の者が四十人少々護衛という名目で随伴しております」

 

要するにほとんど全員じゃねぇか。官史の頭と胃が急に痛みを訴えてきた。汗の量も急増する。自分がどれだけやばいことをやっていたのか気づいたのである。そして尋常ならざる事態が発生しているだけに自分の職務を超えた責任を負わされているように感じた。

 

「それでここに来た理由なのですが……。これです」

 

デュライは懐から封筒をとりだした。その封筒は封蝋がされており、幾何学的な紋章が刻み込まれていた。官史はその紋章を確認して目を見張ると、差出人と宛て先が書かれている文字を読み取り、口を開いた。

 

「……これは、本物なのですか」

 

「ええ。知っているかと思いますが、エドムンド陛下は聖職者が戒律を無視して俗世のことに耽っていることにご不満をお持ちです。先の聖職者の本分を忘れ、俗世の物事に耽る輩に対する粛清も、宗教庁の介入によって中途半端に終わってしまいました。陛下はこれを全て宗教庁に巣食う、言うなれば隠れた新教徒どもによる腐敗のせいだとお考えなのです。

そしてトリステインのアンリエッタ陛下もおそらく同じ懸念をお持ちであったのでしょう。我々は手を取り合い、ともに宗教庁を健全化するために協力する意志があることを、示すために我々がここにきた。だが、宗教庁に潜む異端どもに気付かれるわけにはいかないので、このような奇妙なことになっている。そう解釈していただければ幸いです」

 

デュライはこの気難しそうな官史の言葉を分析し、保守的な性格の神官であると見抜いていた。だからこそこの手の文句を告げてやれば、あっさりと通るとにらんだのであった。

 

デュライが官史に手渡した封筒は、ロンディニウム教区のコーション司教の直筆の書類である。人格者で統治者の在り方に不満を漏らすことはあっても非難することがなく、俗世面における影響力も強くないために共和革命でもエドムンドの聖職者粛清でも無視されているというのが公の評価である。しかしながら、本当のところ、共和革命の頃に完全にエドムンドの傘下に降っていた。

 

そしてこの封筒はコーションの直筆で「この隊員の公正さは私が保証します。どうか抵抗せず従ってください。もしなにかあれば我が身命にかえてもあなたを助けます」といったことが書かれているのである。この書類は鉄騎隊の中でも優秀とエドムンドとディッガーに認められたもののみが保持を許される。

 

この書類は不毛な抵抗を続けるレコン・キスタや謀反貴族の残党を捕らえるのに大いに役立った。コーション司教が自分のところに助けを求めて駆け込んできた者は、共和主義者だろうがなんだろうが保護して王政府と対立していたので、この書類を示しただけで命が助かると思い込んで自ら投降してくるのだ。

 

無論、ちゃんとコーション司教のところには身柄を送られるのは、書類の信憑性を付与するために放置しても比較的無害と王政府から判断された者達だけで、三割前後はそのまま死刑台に直行である。

 

そんな素晴らしく役に立つ書類なのだが、エドムンドはロマリアでなにかの役に立つかもしれないと宛名が空白になっていたところに、ロマリアの枢機卿団の中でも強力な保守派として有名な枢機卿のフルネームをコーション司教の書体を真似て書き込んでおいた。そして現教皇が”新教徒教皇”と保守派から揶揄されるほど改革的な思考の持ち主であることを念頭に置くと、保守的な観念を持つ神官ならば、頭が鈍くない限り、デュライが匂わせたことに気づくはずだ。

 

即ち、宗教庁保守派がアルビオン王とトリステイン王と手を組み、現教皇ヴィットーリオを失脚させようと企んでいる。

 

「……なるほど。これは失礼しました。すぐに手続きをすませましょう。あの怪しげなフネもゲルマニアの新型船ということで何の問題もないことにしておきます」

 

数分の沈黙の間、官史の頭脳の中で壮大な規模で権力闘争が展開されている光景が浮かんだに違いない。そしてありうることだと判断したのか、あっさりとデュライの言い分を認めた。

 

鋭いやつもうちょい突っ込んだ疑問をしてくるんだけどなとデュライはうまくいったのに、若干の物足りなさを感じ、隣にいるサイトはなんであれでOKになったのかさっぱりわからず、あの封筒のおかげ?と首を傾げていた。




ロマリア帝国時代の歴代皇帝

【大王】【建国帝】ジュリオ・チェザーレ
一代でガリアの南半分を征服した偉人。
この人物が帝国と国名を改称した時の帝国領土の広さがハルケギニア史上最大。
後年は後継者問題に頭を悩まされた。

【性豪帝】アグリッパ・チェザーレ
自称第二代皇帝(ティベリウス派の承認を得てない為”自称”)大王の嫡子。
帝国崩壊のだいたいの原因。政治や軍事に興味がなく、女体にしか興味がなかった。
人生の9割を寝室で過ごしたと噂され、こいつの子供の数は実に数百人の数にもなる。

【不憫帝】ティベリウス・チェザーレ
第二代皇帝。大王の妾の子。
アホな異母兄とガリアの侵攻、戦後は国の再建に頭を悩まされた人物。
おまけに子どもにも恵まれなかった可哀そうな人。

【散財帝】カリグラ・チェザーレ
第三代皇帝。ティベリウスの養子。
とにかく金貨をばら撒くことが趣味だった皇帝で、臣下の不満が増加しすぎて暗殺された。
散財帝と呼ばれているが、ティベリウスの養子だけあって政治能力は無難だったらしい。

【売国帝】クラディウス・チェザーレ
第四代皇帝。カリグラの異母弟。
現状に不満を持って領土の割譲と引き換えにガリアの手を借りて有力貴族を一掃。
だが、そのことが貴族の怒りを買って抹殺される。当然だよね。


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打ち切りのお知らせ

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作者のkuraisuです。

誠に申し訳ありませんが、一存で「風の復讐譚」の打ち切りを決定しました。

理由としてはモチベーションの低下と他に書きたいものができたからです。

 

正直に言って、九割勢いでかいていただけに、いずれまたモチベーションが復活して更新を再開することもないだろうなと思い、ならハッキリとケジメをつけるべきだと考え、このように最新話として「打ち切りのお知らせ」を投稿しました。

 

この作品自体も、五月に入ると消そうと思っております。

 

読者の方々には、今まで応援してくださってありがとうございます。

そして続きを期待していた方々には申し訳ありません。

 

 

未完で終わらせてしまって、申し訳ありません……。

 

 

追記。

 

消さずに残しててという要望が意外に多いので、とりあえず残しておくことにします。

 

それだけ書いてもあれなんで、作品の構想ができていったのか書いておきたいと思います。

切っ掛けは「大隆起でも最初から浮いてる空中大陸に逃げれば安全じゃね?」という思ったことです。

 

原作序盤でアルビオンが滅んでなかったら、自国の生存というか、無謀すぎるエルフとの聖戦に「やだやだやだ!」とごね続けるんじゃね?

アルビオンはハルケギニア諸国相手に一国で立ち向かわなきゃいけなくなるんだけど、徹底的に防衛戦を貫徹すれば、自動的に勝利が転がり込んできますから(大陸は大隆起で滅ぶ)、充分に未来ある展望ですし。

 

そんな観点から、アルビオンを国として存続させるにはどうすればと悩んだ結果、エドムンドが誕生し、この作品はスタートしました。

だから最終章的なものが、アルビオンVS世界というものでした。いや、エドムンドさん亜人も利用すべき思想なので、エルフと手を組むことになったかもしれませんが。

 

そして当然、そんなことになったらティファニアが辛い立場に。

 

そんな展開を考えてたんですけど、自分の筆力やらゼロ魔の世界知識の欠如を自覚し、無理っぽいなと書いてるうちに思い始めたのも打ち切りを決めた理由のひとつです。

 

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