オーバーロード・あんぐまーると一緒 ~超ギリ遅刻でナザリック入り~ (コノエス)
しおりを挟む



この作品は、丸山くがね様著、オーバーロードの二次創作です
web版と書籍版の設定・展開をツギハギにしております


灰色の曇天は空を覆ってからしばらくの間、獅子がうなるような鳴動を続けていたが、やがて大きな雨粒をぽつり、ぽつりと地面へと投じ、それは数秒もしないうちに平地を泥濘と変える激しい豪雨となった。

舗装もされていない土の道を泥を跳ね上げて疾駆する、闇のように真っ黒な、それでいてその瞳は燃え盛る炎、鼻息は荒く馬というよりは人食い虎のような猛々しいその騎馬に鞍をかけてまたがり、漆黒のマントをたなびかせて馬の足をさらに速めようとその腹を蹴るのは禍々しき鎧姿の騎士。

鉄の鎖帷子に黒檀色のプレートを打ち付けた金属甲冑がジャラジャラと耳障りな音を立て、腰には上古の時代に鍛えられたような古びた大小の剣を二本差しにして帯び、そして全身からは黒い霧のようなオーラを立ち上らせていた。

その顔は灰色のフードの奥に隠されて、見えない。

馬の体重が乗った蹄鉄が深い水溜りをものともせずに掻き、時に飛び越えて猛然と乗り手を運ぶ。

たとえ嵐が吹きつけようとも、まるで騎士と馬とが一つの嵐そのものとなったかのように人馬は人も通らぬ辺境の街道をひたすらにまっすぐ走り続けていた。

と、その時手綱を握る騎士へと<伝言>の魔法が届く。

繋がった先に居る者の声は、己が剣を捧げるギルドの長、盟主と仰ぐ不死者の大魔法使い。

 

「……はい。 あと1分で目標地点Aへと到達します。 接敵後は威力偵察を行ないつつ、誘導。 ええ、我が任務はあくまでも囮。 無理は致しません。 必ずや目標地点Bまで敵を引き付けます。 ……アインズ・ウール・ゴウン、ならびに我らが盟主に栄光あれ」

 

<伝言>による通信が終了する。 目標地点まであとわずかだ。 騎士は馬上で腰の剣を抜き、そのところどころ刃こぼれした……しかし見るものに寒々しい異様な気分を覚えさせる冷気を帯びた刀身を水平に構えた。

この絶好の雨は視界を悪くし、敵から己の姿を視認させにくくする。

ただでさえ探知阻害や各種抵抗、威圧、混乱、恐怖、遅延の効果を発生させる各種装備で固めたこの身の突撃をさらに効果的にすることが出来るだろう。

街道の先、森にかかるところに固まっている徒歩の集団を発見する。 場所、タイミング、人数。 すべてに間違いがなく予定通り。

アレが敵だ。 格下のギルド、初心者すら抱える烏合の衆とはいえ、たった一人で蹴散らすには容易くはない相手だ。

だが、この任務を失敗するような不安など微塵もない。

騎士は乗馬にさらに拍車をたてて、その集団へと猛然と稲妻のように踊りかかった。

 

 

 

 

 

西暦2138年某月某日 日本国I県K市

 

帰宅した私を待っていたのは、ちょうど家に到着する時間に合わせて電源オンになるようタイマーをセットしていた部屋と家電の明かりである。

同居者は居ない。 独身。 アラサー。

親元から独立して一人暮らしを始めたのは20を超えてすぐ。 といっても実家まで50mの距離。

仕事はキツくもなく楽しくもなく。 完全に生活の糧を得る手段だけの業務。

兄弟親戚とはお盆や正月には必ず顔を合わせるけど、自分より先に結婚した弟たちのリア充っぷりが眩しい最近である。

甥や姪も元気に育っている。 最近は両腕に捕まらせてのダブルラリアットをするのがきつくなってきた。

幼少期から絶えず実家で飼い続けている犬(四代目)と猫(三代目)ももうそろそろ歳だ。

実家に幾たび彼らもおっくうそうに挨拶してくる。

歳を取ったのだ。 そして私も。 あらゆることが昔のように…若かった頃のようには行かない。

疲れているのは年寄りになったからだ。 そう自分に言い訳をしながらソファーに倒れこんで目を瞑った。

 

今日は特に疲れた。 まず、朝からケータイを家に置き忘れたのに気づいた。

おかげで休み時間にネット小説をスコップする楽しみができなかった。

今の時代に文字媒体の創作投稿ジャンルは、動画製作・編集のジャンルに比べて衰退している。

年々良作も減っているし、スコップは折れるばかりだ。

紙媒体の書籍すら電子書籍に押されて減っているのだ、アマチュアのそれなど何をいわんや。

一時期は自分も執筆して投稿する側でもあったが、それもいつの間にかエターなって何年も止まっている。

それでも私のささやかな楽しみの一つであり、お気に入りの作家が更新してないか毎日チェックし、感想欄やメッセージに続きはまだですかと催促する、その日課が今日は全く出来なかったというだけで腹立たしい。

私が嫌いなのは物事が予定通りに行かない事だ。

……そして、次に疲れたのはまさにその予定通りに行かない事で、予定では今日発注した品物が仕事場に届くはずだったのに午前中に届かず、お昼を挟んで午後になっても来ず、結局就業時間間際になって品が今何処に運ばれているのか確認しようと問い合わせたところ、発注先から送られておらずしかもその原因がこちら側……新人の一人が納入日時の指定を一日間違えて入力したため発送されて無かったと判明した事だ。

ふざけんじゃねえこのやろう。 今日あれが届かなかったら明日以降の予定も全部一日ずれて、それをあちこちに頭下げなきゃならないんだぞ。

課長や部長には愛想ふりまいて媚び媚びでそのくせ仕事は覚えないしミスばっかりするしほんとマジむかつくあの女。

てめえの取り得は若さだけか。 どうせそのうち相手見つけて結婚して退職することしか考えてないんでしょう。

誰だあんなやつ採用したの。 教育係をぶん投げされてる私の身にもなってみろ死ね人事部長のハゲ。

最後に疲れたのは私よりも古参の古株であるお局さんたちに飲み会に付き合わされたことだ。

職場での人間関係は可もなく不可もなく、波風も立てず上手くやっていけてる。

お局さんたちからも私が新人だったころから目をかけてもらっている。

とはいえ、アラフォーやアラフィフ迎えているおばあちゃん達の相手をしてあげるのもそれなりに気を使う事柄なのだ。

老婦人たちのたっぷりの愚痴と悪口と昔話に3時間も付き合わされて(その代わりワインを奢って貰ったが)心身ともにへとへとになって家に辿り着き、私は思う。

いったい何が楽しくて今の生活を続けてるんだろう。

 

恋人は居ない。 友達はあまり多くない、というか気軽に会える距離には居なくて疎遠。

趣味もあんまり充実していない。 休みの日はだいたい眠っているかネットのニュースサイト巡っているだけ。

生きがい、生きる目的、私自身の存在意義、そういうものが明確によくわからない状態をもう何年も続けているような感覚がある。

気がつくと一週間が終わっていて、日曜日の終わりにまた明日から仕事に行かなくちゃというのを漠然と考える。

代わり映えのしない毎日に今日が何曜日だったのかを時々忘れる。

前はこうじゃなかった筈だ。 前はもっと楽しかったもの。 前は何をしていたんだっけ。

私はテーブルの上に忘れ置かれていたケータイに手を伸ばす。 起動して、マイフォルダに保存していた書きかけの小説のテキストデータを開く。

そこには、瀑布のような雨を切り裂いて、闇を鋳とかした甲冑に身を包む異貌の騎士が哀れな敵の小隊の応急の防御陣形を突き破り、うろたえ逃げ惑う若い戦士の首を手にした剣で一撃の下に刎ねてその仲間たちに挑発し、そして包囲を脱出する場面の書きかけの文章があった。

ああ、懐かしい。 昔……まだ20代前半だったころに夢中になっていた国民的流行を誇るDMMO-RPG、ユグドラシル。

その頃に所属していたギルドと自分のキャラクターを元に、そのときのギルド抗争の思い出を下敷きに書き始めた物語だった。

私はその中で、一番最後に……ギルドがこれ以上の参入者を締め切ると決めたその直前に参入したもっとも若い新人メンバーだったのだ。

あのころは楽しかった。 尊敬すべきみんなのリーダー、頼れる先輩たち、愉快な友達、そして……我が剣を捧げその肉体も魂も御身のために使うと誓った「盟主」。

盟主がおられたからこそ、盟主こそが私があのギルドに身を置く機会をくだされたのだ。

私がもっとも充実していた日々……そうだ、給料で何を買うかと言ったら、化粧品やブランドの服や生活用品なんかよりもゲームのために課金に、自分の作りたいキャラクターを作り上げるために使うほうがよほど有意義だと本気で心の底から思えていた、あの頃の思い出だ。

それがまざまざと私の中に蘇っていた。

 

それと同時に、私は急に寂しくなった。 ホームシックに似た感情に包まれ、とても心細くなった。

実家には今すぐでも歩いて帰れる距離にあったが、それとは違った。

私はあの頃に帰りたいと思ったのだ。 仲間が、友達が、人生の輝く時期があったあの場所に。

ナザリックに。

……今更帰れるはずも無い。 私は裏切ったのだ。 誓いを立てておきながら、自分でそれを破った。

その頃の私はだんだんとユグドラシルにログインする頻度が下がってきていた。

一言で言えば、飽きた……おっくうになって来ていたのだ。

確かにユグドラシルはサービスを開始してもう10年を超え、システム的にも内容的にも陳腐、旧式となりつつあったし、ギルドのメンバーにもだんだんと来ることの少ない人が増えていた。

会いたいと思ってログインしても顔を合わせられない日が続き、皆でどこかに狩りに行っても居ない人の穴があくぶん精彩を欠く。

そして何より、私はゲーム内でやりたい事の大半をやり遂げ、一定の目標が達成されて「安定した」状態になっていた。

作りたかった自キャラクターも育成が終わって完成がほぼ見えてしまい、惰性で続けている……そんな感じがあったのは否めない。

そんなこんなで、私はプレイを続けるモチベーションを失い……言い訳だ、単に面倒くさくなる時が多くなってそのまま「滅多に来ない人」の列に加わったのだ。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい、我が盟主……この背信の不忠者をお許しください……!」

 

気がつけば私はボロボロと涙をこぼしながら、ユグドラシルでの自キャラに設定したロールプレイの口調そのままで膝を抱えて懺悔していた。

もっとも輝いていた日々を自ら手放したのは私自身なのだ。 仲間たちを置き去りにして。

作り育てたキャラクターを演じ、ギルメンと触れあうもう遠い日々、ロールプレイの中で誓ったあの言葉の数々を自分で薄っぺらい偽者に変えてしまった。

かけがえの無い宝物であるはずのものを、価値の無いガラクタに。

そうしてぐすぐすと鼻をすすりながら、ふと握り締めていたケータイの表示にメールの着信があるのに気がつく。

日付は、昨日だった。

送信者欄には、忘れもしない懐かしい名が記載されていた。

 

「モモンガ……さん!」

 

私は手の甲で涙をぬぐってすぐさまメールを開封する。

その内容は、ユグドラシルが今日サービスを終了するので、ギルドのメンバー全員でもう一度集まって話さないかという招待状だった。

驚いた。 私の方から何も言わず連絡を断ち、幽霊メンバーとなってしばらく経つというのに仲間は私のことを覚えていてくれたのだ。

だがそれ以上に驚いたのは、ユグドラシルがサービス終了を迎えるという事の方で、そして、私は壁の時計の針を見て絶望しそうになった。

ユグドラシルがサービスを終了するのは今夜の0:00。

現在時刻は23:57。

 

「あと……あと3分しかない! うわああああナンデ!? どうして昨日のうちに気づかなかったのナンデ!? どうしようどうしよう今から入っても全然話せないし来て速攻落ちるだけだしでも行きたい行かなくちゃでもこれだけ放置しておいて今更もう来ないと思われてるメールブッチしたって絶対思われてるよおおおおお!!でも会いたい最後だから会いたい1分でも1秒でもいいから会わなきゃ……うん、帰ろう、皆のところに」

 

私は大急ぎでネット端末を起動し、ユグドラシルへのログインを開始する。

IDとパスは何だったっけ、と一瞬焦ったが、奇跡的にキャッシュにそのまま残されていたので記憶を掘り返しメモを探す必要は無かった。

ログイン開始。 懐かしい起動画面とBGMが流れてくる。

 

「たっち・みー様、

 死獣天朱雀様、

 餡ころもちもっち様、

 ヘロヘロ様、ペペロンチーノ様、ぶくぶく茶釜様、タブラ様、武御雷様、たりすまん様、源次郎様……

 

 そして我が盟主、モモンガ様。 アインズ・ウール・ゴウン末席 あんぐまーる、今よりナザリックへと帰参致します」

 

 

こうして、私は懐かしい仲間たちの拠点へと数年ぶりの帰還を果たすことになった。

そして、ギリギリログインに間に合った私が見たものは……誰も居ない、空っぽの円卓の間だった。

 

 

 

 

 

 

 




キャラクター紹介

あんぐまーる  異形種

ロールプレイに没頭する悪の騎士

役職 至高の41人 末席

住居 ナザリック地下大墳墓 第九階層にある自室

属性 悪 カルマ値:-150~-200

種族レベル レイス:15レベル
      スペクター:15レベル
      ワイト:10レベル
      ほか

職業レベル ファイター:10レベル
      ヘビーキャバリアー:10レベル
      マジックファイター:5レベル
      ドラゴンライダー:10レベル
      ほか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



この作品は、丸山くがね様著、オーバーロードの二次創作です
web版と書籍版の設定・展開をツギハギにしております


「……それで、あんぐまーるさんはこのままソロで続けるつもりなのですか?」

 

紫色の不気味な輝きを放つ、死神の鎌のごとき三日月が濃紺の空に浮かぶ死都の広場に面した一角で、不死者の魔法使いは死霊の騎士に問いかけた。

既に二人の周囲に生きているものの気配はなく、またその二人も生者では無かった。

聖騎士、神官戦士、大司教、巫女、尼僧、精霊使い、拳僧兵……善と正義を標榜し邪悪なる存在の活動を許さぬ一団の諸々の構成員はみな屍となって倒れ伏し、廃墟となり朽ちて崩れ落ちかけた美しき都は再び静寂を取り戻している。

死。 それのみがこの場を支配し、絶対の秩序として君臨する。

命あるものがこれを汚すことこそ無粋であり、冒涜であった。

 

「それが貴公に何の関わりがある……」

 

死霊の騎士はモモンガに背を向け、尼僧の骸から稲妻の走る刀身を引き抜きながら応えた。

顔を合わせようともしない。

その表情すら暗い闇の帳に隠された顔がどこを見ているのかは皆目検討も付かないが、あんぐまーるはまるでモモンガと言葉を交わすことすら拒絶するかのように冷徹な態度と声を続けている。

所詮は、一時の共闘関係。 それ以上のものではなく、そして敵を排除したからにはもう互いの用は済んだと言わんばかりである。

だが、モモンガはその白い骸骨を剥き出しにした恐ろしげな外見に似合わぬ穏やかな声で言葉を続けた。

 

「また今回のようなことが身に降りかからないとは限りません。 ……いいえ、こんな事は昔から何度もありました。 一時期はゲームそのものに嫌気が刺して辞めようかと思ったほどです。 でも、私には手を差し伸べてくれる仲間が居ました」

 

あんぐまーるはわずかに首を動かし、背後のモモンガを見た。

モモンガのさらに背後には紫色の月があり、それは急速に満ち欠けを進ませて満月へと移り変わろうとしている。

モモンガはさらに言葉を続けた。

 

「あんぐまーるさんも、一人で居る限りはまたこんな嫌な目に逢うかもしれません。 何度も、何度も。 それはとても辛いことです。 心が折れそうになるくらいに……。 でも、仲間が居れば嫌なことばかりでは無いでしょうし、戦うのも苦しくなくなるはずです」

 

「貴公は何が言いたい。 手短に言え」

 

あんぐまーるは再びモモンガに背を向け、剣を振って血糊を払い落とす動作をすると、ゆっくりとした動作でその刀身を鞘へと収めた。

カチン、という唾鳴りの音がする。 

 

「……私たちのギルド、アインズ・ウール・ゴウンにあんぐまーるさんも入りませんか?」

 

唐突に浴びせられたその言葉にあんぐまーるはちょっと驚いたような仕草でモモンガに振り返った。

不死者の王は月の紫色の照り返しを受け、その骸骨の頭部の何もない眼窩の奥の赤い光を妖しくも優しく灯らせた。

 

「もちろん、ギルドには幾つか入会の条件があり、それをあんぐまーるさんが満たしている必要はありますが……。

 私は、あんぐまーるさんの今の状態があまり他人事には思えないもので。 その……昔の自分を見ているような」

 

「……我には必要が無い。 またこいつらが来ればその時斬り伏せればいいだけだ」

 

モモンガの言葉を途中でさえぎり、アングマールは今度こそ本当に背を向けて歩き始めた。

瓦礫と死体を踏みつけ、市街の路地の奥の方へと歩みを進める。

その背中に、モモンガはやや残念そうに声をかけた。

 

「……そうですか。 差し出がましいことを言って申し訳ありません。 でも、もし気が向いたら私たちの拠点の、ナザリック地下大墳墓に来てください! 待っていますから!」

 

あんぐまーるは背に受けたその言葉には返事をせず、そのまま死都の暗がりの向こうへと消えていった。

後に残されたモモンガの背後に、完全な満月となった紫色の月が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

ユグドラシルへのログインを完了し、プレイヤー・キャラクターであるあんぐまーるとなった私の姿は最後にログインした時の装備を身につけた、異形種の死霊騎士へと変貌していた。

鋭角的な漆黒の甲冑には削骨をイメージした装飾が施され、その上に裾の綻びた灰色の外套を羽織っている。

フードを被ったその奥の顔はうかがい知れず…そこに本当に顔があるのかすら怪しい。

手足を動かすたびに擦れあう甲冑の関節部の金属音とともに、黒い煙のようなエフェクトが発生する。

この煙には一定範囲へのバステ効果とデバフ効果を与えるようにデータが組み込まれている。

そして、腰に帯びる長剣は鞘も無く鎖で釣られ、刀身の毒蛇を想起させる文様からは瘴気のエフェクトが立ち上っていた。

そこに存在するだけで生命あるもの全てを蝕む邪悪なる闇の霊、死霊、怨霊の具現化した形。

そうとでも形容するような禍々しい騎士がそこに立っていた。

 

「遅くなりまし…… た……」

 

リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力によりログインとともに自動的に転送されることになるナザリック地下大墳墓第九層の円卓の間には、黒曜石の輝きを放つあの巨大な円卓と41人分の席が静かに鎮座するのみで、誰の姿もなかった。

ギルドメンバー全員が一堂に会したときは騒がしく密度の濃い空間になるこの広大な部屋が、初めて見るようながらんどうとした光景になっている。

円卓を一周したり、座席の下に誰か居ないか確認してみたが、やはり誰も居なかった。

なんだか鼻の奥がつーんとして、目も熱いものがじわじわこみ上げてくる。

 

「ふぇ……なんで? なんで誰も居ないの? みんなもう帰っちゃったの?」

 

メールを受け取るのが、気づくのが遅すぎたから。 物凄いギリギリでログインしたけどもう遅かったから。

いろんな思いがぐるぐると頭を駆け巡り、本当に私は泣きそうになってくる。

なんでだよ。 なんで。 今日一日いいこと何も無かったのに、最後までこの仕打ちなのですか。

最後の最後までこうなんですか。

コンソールを開いて時刻を確認すると、23:58:34を指している。

 

「あと1分半くらい……1分半もあるのに……なんで帰っちゃうんだよぉ……」

 

ぐしぐしと両手の甲で目の辺りを拭いながら、私は円卓の間の外に出た。

もしかしたら他の場所にみんなが集まって、まだ居る可能性を求めたからだ。

時間が残り少ないため、駆け足で第九階層の廊下を進む。

どうジャンプしても届かない、<飛行>の魔法を使わないとならない高さに吊り下げられている華美なシャンデリアを見上げながら、ああもっと早くログインしてればこれもゆっくり見納められたのに、と残念に思う。

途中、廊下で何人かのNPCメイドとすれ違う。

 

「ホワイトブリム様のメイドさん……最後にじっくり見たかった……」

 

あとで連載作品の単行本読んで自分を慰めよう、と言い聞かせる。

そういえば先月買った最新刊まだ読んでなくて積みっぱなしだった。

…進めど進めど、すれ違うのはNPCばかりでギルドメンバーとは出会わない。

私はどこになら人が居そうなのか、残り少ない時間制限の中で必死に考えた。

居住区の誰かの部屋に集まってたとしたら、一つ一つ確認するのは凄い骨折りだ、というか時間が足りない。

考えろ考えろ、最後の時間にみんな集まってそうな、なんかシメをやりそうな場所……そうだ! 玉座!

ようやっと可能性に思いついた私は全力で床を蹴り、疾走を開始した。

戦闘時の最大速度に近いなりふり構わぬ高速移動で第十階層までの最短ルートを走る。

途中、角を曲がりきれずに柱や壁に衝突しそうになる。

だが、スペクターの種族特殊能力である<霊体化>を使用してすり抜けて回避した。

 

「急げ、急げ、急げ急げ急げ急げ急げ!!」

 

時間は差し迫っていた。

時刻表示は23:59:46を指している。

47、48、第十階層への階段が見えてくる、見事な踏み切りで一気にジャンプして一番下まで降りる。

49、50、51、長大な広間を走り抜ける。

52、53、大広間の天井の四色のあのクリスタルが見えてくる、そして67体の悪魔像を一瞬で通り過ぎる。

 

「急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ!!」

 

54、55、玉座に通じる巨大な扉が見える。 ブレーキをかけている暇は無い。

私はそのまま階段を飛び降りたときと同様に絶妙なタイミングでジャンプを敢行した。

57、空中で片足を伸ばし、ライダーキックの姿勢を取る。

 

「うらあああああああ~~~~~~!!!!!」

 

57、扉へと激突、大砲が炸裂したかのような轟音とともに扉は勢いよく観音開きに開き、そして玉座に座っていた誰かが驚愕して立ち上がった。

58、空中でバランスをとり、着地、そのまま床との摩擦で滑りながら勢いを殺し、玉座のちょうど10歩前で停止する。

 

59。

 

「セーフ!?」

 

「……ギリセーフ? でしょうか、あんぐまーるさん」

 

00。

 

ああ、そこに居たのは……。

真っ白に漂白された骸骨の姿。 その眼窩の奥に灯る妖しくも優しげな赤い光。

両手の全ての指にはまった指輪から、小手やブーツ、体の隅々にいたるまで神器級の装備で整え、豪奢なガウンをまとった神々しくも堂々とした威風……。

そしてその手に握られている、我らのギルドの象徴。

世界に2つと同じものはなく、唯一無二の宝器。

七匹の蛇の絡み合う、七色の宝石の飾られた輝くスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。

我らが盟主。 ギルド、アインンズ・ウール・ゴウンの長。 我が剣を捧げるべき唯一の御方。

そして……私がここに居る理由。 我が友。 我が指揮官。 我が主君。

モモンガ様。

 

最後に、貴方に一目会えただけでも……。

十分です。

そうして、サーバーの停止を迎え……。

 

「うん?」

 

「うん?」

 

私とモモンガ様がほぼ同時に疑問の声を発し、顔を見合わせた。

おかしい。 ブラックアウトしない。 強制ログアウトが起こらない。

見慣れた自分の部屋に戻っているという事が起こらず、私たちはユグドラシルの内部、ナザリックの玉座の間に居た。

時刻は0:00:00……1、2、3とカウントを続けている。

 

「どういうことでしょう?」

 

「サーバーダウンが中止になったとか?」

 

あるいは、何か手違いがあってまだサーバーが生きているのだろうか。

とりあえず、色々なものの確認のためにコンソールを起動しようとして、さらなる異常事態に私とモモンガ様は気づいた。

 

「コンソールが機能致しません」

 

「こっちもです……どういうことなんだ!」

 

普段なら何の不具合も無く正常に動作するはずの機能がまったく反応が無い。

コンソール以外の機能も一通り試して、それら全てが反応が無く正常な動作が起こらない……そもそも、まるで最初からそんな機能なんか存在しなかったごとく手ごたえが帰ってこなかった。

再び、私とモモンガ様が顔を見合わせる。 心なしか、モモンガ様の顔に困惑の表情が色濃く浮かんでいるような感じがした。

 

「どうかなさいましたか、モモンガ様? あんぐまーる様?」

 

突然、横合いから声をかけられてはっとして腰の剣に手を伸ばす。

誰だ!? 明らかにはじめて聞く、ギルドのメンバーの誰でもない声。

この場に居ないはずの存在。

だが、その声の発せられた方向を見て、驚きのあまり二度凝視し、そしていよいよ持って私は困惑した。

モモンガ様さえも、唖然として声が出せないで居る。

そこにいたのは、まごうことなきNPCであるはずの……それも、言葉を発するようには設定してないと記憶していた、アルベドだったからだ。

 

 




冒頭のPK集団の7割くらいはモモンガさんが倒しました
残りの3割はモモンガさんの攻撃でHPが半分くらいに削れたところをあんぐまーるが後ろからぶっ刺して行ってトドメを刺しました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



この作品は、丸山くがね様著、オーバーロードの二次創作です
web版と書籍版の設定・展開をツギハギにしております



「……というわけで、この地軸の傾きによって北半球と南半球では見える星座が違うというわけですよ」

 

ナザリック大地下墳墓第六階層、円形闘技場の観客席最上段に腰をかけ、あんぐまーるとモモンガはブルー・プラネットの語る天文関係の薀蓄に聞き入っていた。

空にはトラックに積んだ大小様々の金剛石を広い黒の敷物の上にぶち撒けたような、現実ではもはやプラネタリウムでしか見られなくなった美しき神秘の星空が輝いている。

<永続光>の魔法を一時的にカットした今は、全天に広がる無数の星星は見上げるとまるで自分が銀河に向かって落下しそうな不思議な錯覚さえ覚えるほどに煌き瞬いていた。

 

「ここに再現した星空とはまた違う光景が、東南アジアやオーストラリアあたりの国々では見えているんですね……」

 

「我が故国の辺境の地ですら大気は澱み、星の光は塵の幕に覆い隠され……まして遠き異国の夜空など、それはかの二つの木の時代が如き光景なのでしょう」

(訳:私は田舎に住んでいますがそこでも大気汚染で星が見えなくなっています。 外国の夜空なんて想像もつかないですが、もし見れたら凄く幻想的なんでしょうね)

 

この空間の星空や昼夜の移り変わりには相当なデータを放り込んで作成している。

だがそれも再現できる限りの星座を配置したもので、相当な労力と拘りをもって費やしたものの、なお完璧に本物の夜空と同じとは言いがたい。

それでも本当の星の美しさなど知らない今の世代にとっては十分すぎるくらいに素晴らしい光景だった。

 

「南極や北極ではさらにオーロラなんかも見れたと言います。 私たちは画像や動画でしか見たことがありませんけどね」

 

そのブルー・プラネットの言葉に、あんぐまーるが食いつく。

 

「両極地の光景は星空のみならず、太陽の沈まぬ夜や永久の大氷原など思うだけで心が躍る。 その地に生きる雪の猛獣、泳ぐ鳥などの獣らなどもまた興味は尽きぬ、古くより一度は訪れてみたき土地と思っております」

(訳:南極と北極は星だけじゃなく白夜とか永久凍土とかもワクワクします。 あとシロクマとかペンギンさんメッチャ可愛い。 子供の頃から行ってみたいと思ってた場所です)

 

「そうですか! あんぐまーるさんも興味がありますか! ……でも温暖化で凍土も後退しているそうですからねえ。 シベリア辺りの地域の人にとっては冬が厳しくなくなってありがたいんでしょうけど、そこに生きる生物には環境の激変は好ましいことじゃないですから」

 

ブルー・プラネットは残念さと複雑な感情が入り混じった声でそう締めくくった。

人間が文明を発展させ豊かな社会と豊かな生活を享受できるようにする度に、現実世界の自然環境は失われ、多くの動植物が死滅した。

そのような今は失われた光景を求めて仮想現実の世界のゲームに入ってくる人も少なくはない。

三人はその複雑な部分を考え、しばし沈黙した。

 

「少し、湿っぽくなっちゃいましたね、すいません」

 

「いえ、そんな事は! ……そうだ、氷原といえば第五階層にも氷河がありますね。 本物の北極や南極とはまた違いますが」

 

「第五階層はまだ訪れたことが無かった。 平時より殆どの時を第九・十階層に詰めているが故。 一目見たく思います」

(訳:そこはまだ見たことありません。 普段はインしたらそのままみなさんとだべって居ますから。 行って見たいです)

 

モモンガが持ち出した第五階層の話題にあんぐまーるが興味を示したので、モモンガとブルー・プラネットは互いに頷いて立ち上がった。

 

「じゃあ、いい機会ですから、案内しましょうか」

 

「そのまま、ナザリック観光一回りでもいいですね。 でも、今日はどこか狩りとか行かなくて良いんでしょうかね?」

 

「仔細なし。 盟主とブルー・プラネット様に随伴致します」

(訳:別にいいですよ、モモンガさんと一緒に居るの凄く楽しいですし嬉しいですしブルー・プラネットさんのお話は超面白いし私も興味ある分野なのでもっと聞きたいですから今日はこのままずっとお二人と過ごします。 狩り?明日でいいです)

 

あんぐまーるが実に嬉しそうな感情を声に乗せてゆっくり立ち上がる。

そうして三人は順番にリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使用して第五階層へと転移した。

 

 

 

 

「何か問題がございましたか、モモンガ様、あんぐまーる様」

 

アルベドが、再び言葉を発する。 どういう事だ。

こんな……ナザリックのNPCに自発的に喋る機能を搭載したなんて話は聞いていなかった。

もしかしたら私が居なかった間に残ったギルメンが機能追加を施したのかも知れなかったけど、盟主の同じく驚いて口を開きっぱなしの表情を見る限り、それはない。

これは盟主さえも知らない異常な状況であることは明らかだ。

いや……口? 表情? 待って。 ほんと待って。 何かおかしい。 何か違和感がある。

うまく言えないんだけど、何かが普段と徹底的に違う。

思考がまとまらなくてぐるぐる回って反応ができないでいるうちに、今度はアルベドが自分から動き始めた。

 

「失礼いたします……何かございましたか?」

 

立ち上がり、盟主の元へと歩み寄って、すぐ間近に立って盟主の骸骨の顔を覗き込み始めた。

私ははっとして、声を出した。

 

「待て、アルベド。 貴様は本当にアルベドか」

 

私が最初に考えたのは、そこに居るのはアルベドではなく別の何か……プレイヤーか、ギルメンの誰かの変装・変身による悪戯か。

もしこれが前者で、ギルドに敵対的な他プレイヤーによる行動……この異常事態も含めて……だったら、大変なことになる。

私はそれを確認するためにも問いただした。

するとアルベドが私の方に振り返り、居住まいを正して軽く会釈しつつ答え始める。

 

「はい、あんぐまーる様。 私は守護者統括、アルベド。 至高の方々にお仕えするしもべの一人、紛う事なき私本人でございます」

 

その答えに、私は腰に帯びる剣の鍔をわずかに鳴らしながら油断無くいつでも抜ける構えを取りながら、盟主とアルベド、そして私自身のお互いの距離を測る。

 

「……ならば、下がれ。 盟主を前に不敬であるぞ。 誰が勝手に動いていいと命じたか」

 

「……申し訳ございません、あんぐまーる様。 モモンガ様、大変失礼を致しました、まことに申し訳ございません。 お許しください」

 

アルベドはあまりにも素直にこちらに頭を下げ、そして盟主へと再び振り返って深々と頭を下げて謝罪した後、しょんぼりとした様子で元の位置へと戻った。

そして私はアルベドと入れ替わるように盟主の側へとゆっくり慎重に歩いてゆき、その前に、アルベドやセバス、戦闘メイドたち傅くNPCたちの間に入って背後の盟主を守るような位置に付いた。

セバス他のNPCたちは動かないが、しかしこちらの様子を伺っているような気配はある。

私の背後で盟主が口を開いた。

 

「なんでもない……なんでもないのだ、アルベド。 ただ……GMコールが効かないようなのだ」

 

それに対し、アルベドは再び返答を返した。

 

「……お許しを。 無知な私ではモモンガ様に問われました、GMコールなるものに関してお答えすることが出来ません。 ご期待にお応えできない私に、この失態を払拭する機会を……」

 

私は振り返って盟主と視線を合わせた。 盟主も、頷く。

確実だ。 アルベドは完全に私たちと会話をしている。 間違えようが無い事実だ。

こんなAIはユグドラシルに実装されていないし、実装できるようなシステムは存在しない。

 

「……あんぐまーるさん、もう一つ試して確認したいことが」

 

盟主が小声で私に囁く。 私も小声で返す。

 

「なんなりと。 我は万難を廃し盟主の楯となります故」

(訳:何かあったらカバーします)

 

盟主は頷き、そしてセバスと戦闘メイドたちに指示を下した。

そして予想通り、セバスたちは返事を返し盟主の命令したとおりに玉座の下まで近づいてひれ伏す。

これで、動いて喋るのがアルベドだけではないことが明らかになった。

サービス終了時刻を過ぎてもサーバーが停止しない。 コンソールや他の機能が正常動作しない。

そして、NPCが喋って自分から動く。 普通ではありえないことの連続に、私は頭がパンクしそうになる。

もしや、こいつらだけじゃなくて他のNPCも……と考えを巡らせ始めたとき、盟主が声を上げた。

 

「あっ……! あんぐまーるさん、口です、口が……」

 

そう言って、盟主がアルベドの方を指差す。

その盟主の顔を見て、私も今までの違和感の正体にすぐに気づいた。

 

「盟主……盟主の口も、動いておられます」

 

私に指摘されて、盟主が自分の口に手を当てて「ありえない……」と呟いた。

私も自分の顔に手を当てるが、元々私は種族的に口というか顔が見えないのであるのかどうかわからなかった。

その代わりに盟主の顔を凝視する。 もう一つわかった。

盟主の顔は表情筋のない全くの骸骨そのものであるにもかかわらず、驚愕の表情をしている。

表情がわかる。 口が動いている以外、形状は全くわかっていないのに私には「驚いている、困惑している」という盟主の感情の機微が読み取れた。

どういう事だろう。 元々盟主は普段の会話からもわかりやすい性格をしていたけれど、それが何か関わりがあるのだろうか?

それともお互いアンデッド種族同士だから……待て待て待て待て、それってもしかして盟主の方も私のあるのか無いのかわからない顔の表情が読み取れているのだろうか。

それってヤバくない!?

このキャラクターでロールプレイしている意味の半分くらい無駄になっちゃうんですけど!

どうする、おちつけ、私。 普段の言動がロールプレイだということは盟主も承知の上だ。

初対面の時に印象すっごい最悪だったけどね! すっげえ親切にしてくれたのに、私はあんな応対で後でメッチャ凹んだけどね!

フレンドになってからはちゃんと意図を理解してくれてどれだけ私が救われたか。

くふー! 盟主メチャ性格イケメン。 聖人かなにかに違いない。

うん、いつもどおり、問題ない。 問題ない。

 

思考を戻す。

玉座に座ったままの盟主は頭を抱えて何事か悩み考えていたが、ふと私を見上げるとその考えを口にした。

 

「あんぐまーるさん……何が起こっているかわかりませんが、事態の把握が必要です。 手分けを……いや、NPCを使ってナザリック内外の情報を収集させたいと思いますが、どうでしょう」

 

それを聞き、私も一瞬考えてから返事をする。

ヤベえ盟主めっちゃ考えてる。 私は状況がよくわかってないのでまだ混乱してるのに。

というか普段頭脳労働は苦手で作戦とか他のギルドメンバーのみんなに任せてたし、私は盟主からその連絡と指示受けるだけの前衛脳筋だったからほんと頭回らないや。

でもこんな時に盟主だけに任せるの無責任だし、意見求められてるから短い時間で一生懸命自分の考えを纏めてみた。

 

「我は盟主の意見に賛同します。 されど……NPCだけではその行動に未だ懸念が残っています。 本来はここで盟主の楯となるべきなれど、我も情報収集とNPCらの動向の確認に出たほうが良いと考えます」

(訳:わかりました、モモンガさん。 でも、こいつらが何で自分で動いてるのかわからないしメッチャ怪しいんで、監視のために私が一緒に見てきたほうがいいと思います。 モモンガさん一人にするのは不安ですけど)

 

「え……それは……。 いや、わかりました。 こっちはこっちで何とかします。 あんぐまーるさんも、気をつけてください」

 

盟主は一瞬悩んだようだがすぐに決断を下し、そして威厳の篭った声でセバスに命じはじめた。

思うんだけど、盟主って声もメッチャイケメンじゃね? アニメの主人公とかそのライバルとか戦国武将とか似合ってそうじゃね?

 

「セバス。 あんぐまーるさんと共に大墳墓を出て、周辺地理を確認せよ。 基本的な方針はあんぐまーるさんに従え。 あんぐまーるさん、なるべくあまり遠くには行き過ぎないようにお願いします。 戦闘行為も極力避ける方が望ましいと思います」

 

「承知した。 これより盟主の命に従い、周辺調査へと赴く。 アインズ・ウールゴウンそして盟主に栄光あれ」

 

「了解いたしました、モモンガ様、あんぐまーる様。 直ちに行動を開始いたします」

 

私とセバスがそれぞれ盟主へと恭しく頭を下げ、そしてセバスが立ち上がってこちらを見た。

この後は私に続いて玉座の間を退出し、外へと向かうつもりだろう。

だが、私はすっかり大事な事を忘れていたことに気づき、盟主に向き直る。

そう、これをやっておかなければ私はここに帰ってきた意味が無い。

 

「……命令を遂行する前に、盟主へと挨拶を致さなければなりません」

 

「え、何ですかあんぐまーるさん」

 

私は盟主の前に跪き、頭を深く垂れた。

 

「永らくここナザリックを離れ、盟主並びに他の方々にはお詫びのしようもございません。 忘恩の徒と罵られようと言い訳すら叶いませぬが、アインズ・ウール・ゴウンが末席、あんぐまーる。 ようやく帰参の義、叶いました」

 

……我らが盟主、モモンガ様。 我が剣を捧ぐ御方。 孤高の身であった我に手を差し伸べお救い下された大恩ある人。

我が唯一無二の主君。

私は、やっと帰ってこれたのだ。 私が生き甲斐を見出した人の所に。

 

 

「……ええ、あんぐまーるさん。 おかえりなさい。 ずっと待っていましたよ」 

 

盟主のその声はとても優しく、そして顔を上げた私の目に映る盟主のその表情は、とても嬉しそうな顔をしていた。

 

 

 

 




あんぐまーるはネナベ
ギルメンには中の人の性別は言ってないが、一部ギルメン(特に女性陣)にはバレていた模様
オフ会は田舎住まいなことを理由に不参加

第五階層では例のアレに遭遇しロール忘れて素の反応で叫び、剣でぶっ叩いた模様
逆に虫(恐怖公)は平気 ミミズとかも手づかみできる系女子


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



この作品は、丸山くがね様著、オーバーロードの二次創作です
web版と書籍版の設定・展開をツギハギにしております


ナザリック地下大墳墓第10階層の広間にて、モモンガとブルー・プラネットはたっち・みーの前で正座させられていた。

たっち・みーは二人の前で腕を組み、「おこ」の感情エモーションを表示させている。

「激おこ」でない分そこまで深刻に怒っているわけではないのだろう。

しかし、彼に叱られるというのは二人には結構堪える事であった。

 

「……で、どうしてあんぐまーるさんに何の事前説明もせず、ニグレドを見せたのですか?」

 

「いえ、その……一応説明はしました。 物凄いビックリするから入らないでおきましょう、とは……」

 

「お化け屋敷の方がまだ怖くない、と言ったのですが、あんぐまーるさんは自分は平気なので問題ありません、と言われましたし……」

 

「あくまで自己責任の範疇というわけですか? だからと言って、やっていい事と悪いことがあります。 タブラさんに最初にあれをお披露目された時の自分たちがどうだったか置き換えて考えることは出来ないのですか?

 そもそも、あんぐまーるさんはじょ……」

 

「ストップ、たっち・みーさん。 そっから先はアウト。 あんぐちゃんはあくまでああいうキャラクターでやってるから、自分から言わない限り水を差すのダメ」

 

横で聞いていたぶくぶく茶釜がたっち・みーの発言に割って入り、制する。

たっち・みーはばつが悪そうに頭を掻きながら、謝罪した。

 

「うむ……私としたことが、うっかりしていました。 申し訳ありません、今のは取り消します」

 

それをモモンガとブルー・プラネットは「?」のエモーションを出しながら見上げる。

そして当のあんぐまーるは、それを離れたところで見ながら、ぶくぶくさんの声ってリアルの方でもどっかで聞いたような気がするんだけど、思い出せないんだよなあ……と思っていた。

 

アインズ・ウール・ゴウンの新参者、悪の騎士を標榜するあんぐまーるが時折女子特有の反応をする事や、逆に男子なら必ず反応する事柄に一切関心を示さないか酷く鈍いことを見て見ぬフリをする情がギルドメンバーの一部にも存在した。

 

 

 

 

 

ナザリック大地下墳墓 地表部 中央霊廟

 

私はセバスを伴ってナザリック周辺の情報を把握するために外へと出た。

薄暗さから、外も異変が起こる直前の時刻表示と同様深夜であるのが最初に得た情報だ。

これで昼夜が逆転してたらほんと面倒くさいことになってる所だったと思う。

時差ボケ半端ないから。

それにしても……。

私の背後をついてくるセバスに私は未だ不信感を持っていた。

彼はいったい何だ? 彼に限らないけど、NPCたちが突然自分の意思で動き始めた理由は?

これは…後ろに居るのは、本当に私の知っているNPCなのか?

セバスの設定はよく知っている。

セバスとアルベドはナザリックのNPCたちの中でも五指に入る、私の好きなキャラクターだ。

初めて見た時はそのまま自分の小説に使いたいと思ったくらい造形にほれ込んだし、実際アインズ・ウール・ゴウンでの思い出を基にした作品では私との絡みを捏造した場面を幾つか書いた。

アルベドの製作者がアレと同じタブラ・スマラグディナ様だと知ったときは少し複雑だったけれど。

だから、よく覚えている。

……覚えている限り、知っている限りの二人の設定に、それに大きく反する言動をセバスとアルベドはしなかった。 今もそうだ。

これが、誰かのたちの悪い悪戯だったら、本当に最悪だ。

セバスではない何者か……電脳ハッカーか何かが、セバスの外見を乗っ取って、セバスの完璧な演技をしている。

それは侮辱だ。 悪意に満ち満ちた最高の侮辱だ。 私たちへの、セバスを作ったたっち・みー様への。

もし本当にそうだったら、ログアウトした後リアルでそいつの居場所を突き止めてあらゆる手段を使って社会的に抹殺してやる。

その一方で、この異常な状況からの半ば現実逃避的な、都合のいい思いもある。

もし、後ろに居るセバスは、本当にセバス自身で……

 

霊廟の外に出たとき、私は星明りの下で驚嘆と感嘆のうめき声を上げた。

頭上にあるのは、闘技場にあるものよりもさらに眩しく美しい満天の輝き。

果ての見えぬ真っ暗な深淵の広大な無限と思える空間を埋め尽くす光の洪水。

その一つ一つが、地上よりはるか遠く、天の果てから気の遠くなるような年月を経て辿り着いた恒星の光だった。

 

「美しい……」

 

そう、本物の夜空だ。 私は不思議とそれを確信した。

これはゲームの中で作られたグラフィックデータじゃない。

どんなに人工物を精巧に作っても辿り着くことのできない、自然のままに最初からそこにある……そこに確かに「存在」する圧倒的なソレを前に私は高揚した。

 

「凄いぞセバス! こんなに綺麗な星空は見たことがない! 本当に…本当に空を埋め尽くしている! こういうのを「天の川」って言うんだ! ブルー・プラネットさんが言っていたとおり……」

 

そこまで言って、ふと私の感情は冷静さを取り戻し、ロールプレイする事とセバスに抱いていた不信感をつい忘れていたことを思い出した。

はしゃぎ過ぎた。 なんだか気恥ずかしく感じる。

 

「ええ、本当に素晴らしい星空です。 あんぐまーる様」

 

セバスがにこやかに笑って同意してきた。 感動のあまり我を忘れてしまった先ほどまでの失態に、その笑みが直視できない。

どうしよう。 どう取り繕う。 い、今までどおりあんぐまーるのロールを行なえば問題ないはずだ。

何か言うんだ、騎士らしい口調で。 何言ったらいいかわからないけれど。

 

「あんぐまーる様、モモンガ様より命ぜられた任務の遂行中ではありますが、一言申し上げたきことがございます。 よろしいでしょうか」

 

セバスが私に発言の許可を求めてきた。

な、なんだろう。 やっぱさっきの、素が出たことに関してだろうか。

どうしよう、叱られるのかな。 セバスに叱られるとなると何だかたっち・みーさんに叱られているような気がしそうだ。

 

「……許可する。 存分に申せ」

 

「では。 あんぐまーる様のご帰還がかないまして、真に嬉しく思います。 ナザリックの一同に代わりあんぐまーる様が戻られました事を感謝申し上げます」

 

セバスはそう言って私に恭しく最大の礼を示した。

私は、強いショックを受けて身動きが出来なかった。

 

「……至高の41人の方々のその多くがお隠れになり、モモンガ様のみが最後まで残られました。

 私どもは他の方々は既に私どもをお見限りになり、いずこかに立ち去られてもはや戻ってこられる望みは無いものと思っていました。

 ただ一人、モモンガ様だけが私どもをお見捨てにならず、ナザリックの支配者として忠誠を捧げる御方と……。

 しかし、この度あんぐまーる様はお戻りになられました。

 玉座の間でモモンガ様が申されたのと同様、ナザリックの全ての存在が、あんぐまーる様がお戻りになられる日を一日千秋の思いで待ち続けて参りました。

 またお仕え出来てこれに勝る喜びはございません。

 改めて申し上げます、おかえりなさいませ、あんぐまーる様」

 

「……っ!」

 

そこに居たのは、紛れもなくセバスだと私は確信した。

その言葉に篭る感情には、はっきりとした意思、そこに確かに存在する者の思いが込められていたからだ。

テキストデータ上で設定されたプロフィールを持つ創作上のキャラクターですら、人格と魂を持ち、文章の上で躍動し始めるのだ。

ゲームのNPCが自己の意思を持ったっておかしくは無い。

物言わぬ時だって、彼らは心に思うものを抱いて来たに違いないんだ。

セバスの言葉には、置き忘れられ、放置されたものの悲しみと、そして慕う相手が戻ってきた事への大きな喜びが圧縮されて、そして私の上にずっしりと圧し掛かっていた。

私が、更新されない書き手の作品を毎日毎日見に行って続きを催促したように。

私が、自分の書きかけの小説を投げ出して放置し続けたように。

彼らも自分たちの創造主やその仲間たちを……私たちアインズ・ウール・ゴウンのメンバーを、その帰還をずっとずっと待ち続けてきたんだ。

 

いつ帰りますか。 またあえる日はまだですか。

 

私は、泣きそうになるのを堪えてセバスに対して思いっきりこう応えた。

モモンガさんだけではない。 私が裏切り続けてきた彼らのために、もう一度誓わなくてはいけないから。

 

「……セバス、我はもう何処へも行かぬ。 この魂が擦り切れて消え去るまで、盟主と貴様たちの側に居よう。 この剣に誓う」

 

「はっ。 お言葉をいただき光栄でございます。 あんぐまーる様」

 

 

 

 

 

「<上位騎獣召喚>」

 

複雑で緻密な幾何学模様を組み合わせた魔方陣から、背に鞍を備えた巨大な翼持つ影が飛び出してくる。

それは無鱗飛竜(アルケオエイビス)と名づけた私の夢の固まり、ロマンである。

専用の課金アイテムとさらに別途課金による外装とデータのエディットにより、プレイヤー個人専用の騎乗用生物を作成することの出来るこの要素が実装されたとき、これは私のロールプレイには絶対必須のものだと運命を感じた。

事実、これが無くてはあんぐまーるというキャラクターは始まらない、絶対必須のマストアイテム。

外見の大まかなモデルになったのはあんぐまーるの元ネタと同じ2001~2003年版旧映画三部作での「恐るべき獣」のデザインで、これを選んだのはリメイク版や新訳版での鳥類に近い解釈のデザインよりも「不気味で恐ろしげ」、だから……あと、プテラノドンよりワイバーンの方が格好いいから。

名前の通りにその体に一枚も鱗を持たない不気味な姿をした異形の飛竜は灰色の翼膜を広げて甲高い耳障りな声で咆哮する。

この声にも一定範囲内へのバステ効果を付与している。 これを使って敵を空から襲撃する、そのために総計で給料3か月分くらいのお金を投入した。

結婚指輪か。 ふふふ。

無鱗飛竜は私を見下ろすと、その長い首を垂らして私の体に頭を擦りつけて来る。

いい子だ。 私をちゃんと覚えているんだな。 ごめんね、お前のこともずっと放置していて。

今夜は久しぶりにお前に乗ろう。

 

「ではセバス、広い範囲を偵察するには空からが効果的であろう。 貴様も後ろに同乗せよ。 目は多い方が良い」

 

「あんぐまーる様の乗騎に相乗りさせていただく機会を賜り、身に余る喜びでございます。 しからば」

 

私とセバスを背に乗せ、無鱗飛竜が夜空へと飛び立つ。

ナザリック外周部の防壁を飛び越えると、そこは明らかに以前とは違う光景が広がっていた。

 

「草原……か。 以前はナザリックの周囲は毒霧立ち込める沼地であったように記憶しているが」

 

「その通りでございます。 見える限り、あたりの地形・環境はすっかり様変わりしているようですな」

 

手綱を握り、ナザリック上空を周回する。 上から見るナザリックそのものに何ら変わったところ、目に見える異常は無い。

周りが広大な草原地帯になっている以外は、普段のナザリック大地下墳墓、中央霊廟と無数の立ち並ぶ墓標、そしてそれを囲む外壁。

空を見上げても先ほどと同様の星空があるばかりだ。 果てまで続く星空しか無い。

 

「高度を上げる。 雲に届くまでの高みに上がれば、地平の向こうまで見渡せよう。 何か見つかるやもしれぬ。 振り落とされないよう捕まっておれ」

 

「承知いたしました」

 

セバスに注意を呼びかけてから、手綱を鞭のようにピシャリと打つと無鱗飛竜は両の翼を全力で羽ばたかせて急上昇を開始した。

適当な高度で水平飛行に映る。 相当な高度まで上がったせいか、風は冷たく空気も薄く感じるが、私のこの身には何ら問題は無い、と思った。

……寒さをわずかながら感じている。 高高度の凍える空気の匂いすら嗅ぎ取れるようだった。

こんなもの、ユグドラシルには実装されていなかった機能だ。

やはり……星空を確かに、本当に存在感があると思えたように、セバスやアルベドが自分たちの意思を持ち動き始めたように、この異常事態はゲームが「本物になった」と考えるべきなのだろうか?

そんなの、大昔の古典的軽度娯楽小説みたいなことが現実に起こるなんて信じがたい。

モモンガ様はどう思っているだろう。

そう思いをめぐらせていたとき、地平を凝視していたセバスが何かを見つけ、報告してきた。

 

「明かりのようなものが見えます。 あの方角にございます」

 

「ああ……何かを燃やしているかの様な灯りだな。 近づいて確認してみるとしよう」

 

 

 

 

燃えているのは、村だった。

煌々とした炎の照り返しを受けた無鱗飛竜がしなやかに音も立てず着地をすると、私とセバスは素早く地上に飛び降りた。

剣を抜き、村の中を慎重に歩く。 村一つ丸ごとが燃え、今は火の勢いは弱まっているものの焚き火をするには随分派手にやりすぎたものだと私は思った。

炭になっていく木材の焦げ臭い匂いと共に混じっているのは、肉の……生き物の焼ける臭い。

不愉快な臭いのはずだったけど、それほどは気にならなかった。

どういうシステムなのかわからないけれど、仮想現実ゲームが本物の現実になったにしては随分と配慮がなされている。

もう殆ど鎮火して灰色の煙をもうもうと上げるだけになった一軒の家屋に近づいたとき、特にそう思った。

焼け焦げた遺体を崩れ落ちた天井の梁と柱の間に見つけたからだ。

正直、グロい映像は苦手だ。 ホラー映画の次くらいに。

でも今はそれほど不快感を覚えない。 本当に便利だ。 誰だろう、神様か何かかな?こういう配慮してくれるの。

死体とかゴア表現だけ実感湧かないようにしてくれているご都合主義に私は感謝する。

 

「あんぐまーる様、こちらへ」

 

セバスが何かを発見したようなので、そちらへ向かう。

私はさっきまでの考えを訂正した。 そこにはすごく不愉快で、気分が悪く、そして腹立たしい光景が広がっていた。

折り重なった人々の死骸。 どれもこれもがどう見ても刀傷な、無残に切り裂かれた肉体。

幼子を抱いたまま諸共に刺し貫かれたと思われる母らしき女性。

凄まじい形相を斜めに切り裂かれた顔の中年男性。

恐怖と絶望の表情を張り付かせたまま、胴体と切り離されて転がっている少年と少女の頭部。

わざと手足を切り落とし、出血死するまで放置されたらしき青年。

喉を一突きにされている老婆は最後に苦しさから自ら掻き毟ったのだろう、指を自ら傷口に差し込んでいた。

一軒の家の戸板には磔にされた、他の人々よりは多少身なりのいい白髪の老人が、「何故?」といいたげな表情で息絶えていた。

 

私は剣を握る指に思い切り力を込めて呟いた。

 

 

「……わかった事が、二つある。 一つ、この村は敵対する何者かの勢力に攻撃された。 二つ、襲撃者は喜んでこの殺戮を行った。

 でなければ……武器を持たぬものをここまでして無残に殺す理由はどこにも無い」

 

「……私も全く同じ考えにございます、あんぐまーる様。 なんという惨い行い。 真っ当な人間のできることではございますまい」

 

セバスの声にも、怒りが滲み出ているのがわかった。

そして、殺されたものたちへの哀れみも。

なのに私は不思議なことを思っていた。 殺されたものたちへの哀れみは、さほど無い。

同情程度のものはある。

ただそれは……この村の住民を追い立て、家々に火をつけ、そして藁束でもなぎ倒すように、そしておそらくは笑い楽しみ遊びながら殺した、殺戮者への怒りが、似ているからだ。

あの時、我らが盟主モモンガ様に助けていただいた時の……あのプレイヤーたちの、我を追いたて取り囲み嬲ろうとするプレイヤーたちの嘲りの言葉、それへの怒りが。

 

「……この殺戮を行った者たちを我はけして許さぬ。 奴らにはもはや眠れる夜は無い。 いずこにいようとも探し出し、追い立て、追い詰め、なぶり殺しにしてくれよう。

 奴らがこの人々に行ったようにだ」

 

私は剣を顔の前へとまっすぐに掲げ、誓った。 一人の騎士としてこいつらは許せない。

それが徳や礼儀、正々堂々の理念には反する戦いをする悪の騎士であるこの身であってもだ。

 

「私も、この殺戮者たちは許せませぬ。 殺された人々のことを思うと心が痛みます」

 

ああ、セバスも拳を握り締めて怒りに打ち震えている。

それが如何なる相手であれ、私の剣から逃れられることは無い。 殺すと私が決めたからだ。

どこに居ようと居場所を突き止めて、猟犬のように昼も夜も奴らの背後から襲いくり、ひと時も休ませずその命尽きるまで……。

 

『あんぐまーるさん』

 

突然、モモンガ様からの<伝言>が通じ、私は思索から現実に引き戻された。

慌てて私は返事を返す。

 

『はい、盟主。 なんでしょうか』

 

『ああ、あんぐまーるさんへの<伝言>は働いているのか……。 ところでどうです、周辺の様子は?』

 

『はい。 周辺は広い範囲が草原であり、幾つかの発見がございました。 ですが、現時点で生命あるものにはまだ遭遇しておりません』

 

『草原……沼地ではなく?』

 

<伝言>の向こうで盟主がやや驚きと困惑の感情を声に乗せているのがわかる。

さらに、空にはGMのメッセージのようなものが表示されているようなことはなく、本物の夜空が広がっている事を伝えると、盟主の動揺はいよいよもって強くなったようだった。

 

『とりあえずは、詳細な報告は帰還してからが望ましいかと思われます。 我も盟主に意見具申したきことあります故』

 

『……わかりました。 すぐに、できれば20分くらいで戻ってきてください。 ちょうど闘技場に守護者全員を集めていますので。 そこで報告と、そして今後の相談をしましょう』

 

『承知。 これよりナザリックへ帰還致します。 アインズ・ウール・ゴウン並びに我らが盟主に栄光あれ』

 

お決まりの台詞で締めくくり、私は<伝言>を終了した。

急がないと。 無鱗飛竜は早いけれど、結構遠くまで来てしまっていたから。

……セバスと村の燃えていたあの灯りを見つけた瞬間、正体を確かめるのに夢中で盟主にあまり遠くに行かないようにって言われていたのをすっかり忘れてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 




あんぐまーるとセバスが玉座の間を出て行った後、モモンガさんはしっかりアルベドのおっぱいを堪能しました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



この作品は、丸山くがね様著、オーバーロードの二次創作です
web版と書籍版の設定・展開をツギハギにしております




それは何の変哲も無い、何時もの様にあんぐまーるがユグドラシルにログインし普段どおりにアインズ・ウール・ゴウンの面々ととりとめの無い雑談や次に何を狩りにいくかの相談を交わしたりしていたある日のことだった。

第9階層の廊下を歩いていたあんぐまーるは、ギルドメンバーのウルベルトに呼び止められた。

 

「あ、あんぐまーるさん。 ちょうどいい所に。 ちょっとペロロンチーノさんを呼んできてくれませんか?」

 

「承知した」

 

あんぐまーるは快く快諾し、たしかさっき休憩所に居るのを見たはずだと思い歩みを進める。

果たして、ペロロンチーノはそこに居て複数のメンバーと談笑しているところだった。

あんぐまーるはペロロンチーノに声をかけた。

 

「ペペロンチーノ様、ウルベルト様が御用にて探しておられる」

 

「……いや俺、ペロロンチーノなんですけど」

 

「……」

 

「……」

 

一瞬の気まずい沈黙。

あんぐまーるはミスから復帰すべく素直に謝ろうとした。 が。

 

「失礼致した。 ぺ、ペロロロッチーノ様」

 

焦りから再び名前を間違え、頭を抱えてその場にしゃがみこむあんぐまーる。

 

「ペ、ペロンチ、ペペロロ、おちつけ、しっかりしろ我。 ペ、ロ、ロ、ン、チ、ー、ノ、ペロロンチーノ。 ……こほん、まことに失礼を致した。 ペペロンチーノ様、ウル……」

 

少しの間ぶつぶつと小声で練習したのち、再度立ち上がって最初からやり直そうとしたあんぐまーるは再び頭を抱えてしゃがみこんだ。

流石にペロロンチーノも、その場に居た他のメンバーもいたたまれなくなって微妙な空気が場を支配する。

 

「あの……ペペロンチーノでいいですから……」

 

見るに見かねたペロロンチーノのこの一言で、あんぐまーるのみペロロンチーノをペペロンチーノと呼ぶ習慣がナザリック内に定着した。

 

 

 

 

 

ナザリックに戻り、第六階層へと移動した私とセバスはそのまま闘技場へと向かった。

闘技場の内部では盟主と、そして見覚えのある懐かしい幾つもの姿が既に集まっている。

私たちはそちらの方へとゆっくり歩いて近づいていく。

盟主が気づいて、小さく手を振った。

 

「おかえりなさい、あんぐまーるさん」

 

「我らが盟主、このあんぐまーる只今偵察活動より戻りました。 早速ご報告を……」

 

「あんぐまーる様」

 

私の言葉をさえぎり、アルベドが言葉を発した。

 

「その前に、我ら階層守護者一同、あんぐまーる様のご帰還を祝い、またモモンガ様、あんぐまーる様への忠誠の義を行いたいと存じます」

 

忠誠の義。 ……何だろう。

私は盟主の方に顔を向ける。 どうしますか、との問いを込めて。

盟主は鷹揚に頷くと、アルベドに許可を出した。

 

「うむ、よきにはからえ」

 

……盟主、ちょっとの間にNPCに対する上司、主人としての振る舞いが板についているなあ。

これからはこのキャラで行くのかな。

そう思っているとNPCたちがアルベドの指示で整列し始める。

 

「では皆、至高の御方々に忠誠の義を」

 

アルベドが前に、その一歩後ろに下がった辺りに各NPCが並ぶ。

……これ、私も受ける側だから盟主の隣に居ないとダメだよな。

急いで盟主の左後方半歩下がった位置に立って姿勢を正した。 足を肩幅に開き、剣をその真ん中になるよう地面に突き立てて、両手を柄頭に置く。

決まった。 騎士っぽい格好いい待機姿勢だ。

……ちらっとセバスを見ると私と盟主、アルベドたちのそれぞれの間かつちょっと下がった位置にさりげなく控えている。

執事らしいびしっとした、それでいて主張しない綺麗な姿勢で。

パーフェクトだ。 セバス。 アイコンタクトで賞賛する。

守護者NPCたちも畏まった姿勢と表情で儀式らしい雰囲気が漂っていた。

 

「第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン、御身の前に」

 

「第五階層守護者、コキュートス、御身の前に」

 

「第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ、御身の前に」

 

「お、同じく、第六階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレ、御身の前に」

 

「第七階層守護者、デミウルゴス、御身の前に」

 

「守護者統括、アルベド、御身の前に。 第四階層守護者ガルガンチュア及び第八階層守護者ヴィクティムを除き、各階層守護者、御方々に平伏し奉る。

 ご命令を、至高なる御方々……我らの忠義全てを捧げます」

 

……格好いい! 何これ格好いい! 私が盟主に捧げる誓いの義よりずっとセンスあるんじゃないの!?

今まで盟主に忠誠を捧げる側だったけど、忠誠を受ける側もいいなあ!

うわー凄くいい。 後で地味に真似しよう。

勤めて表情や態度には出さないように自制していたけど、私の内心はかなり興奮していた。

……急速に冷める思考。 盟主を見ると、なんだか緊張した面持ちだ。

そうだはしゃいでいる場合じゃなかった。 盟主、彼らに何かお言葉を。

いえ、アイコンタクトで何か訴えられても困ります。

末席に過ぎない私よりも盟主が先に彼らに声をかけるのが順当かと思われますので。

やがて盟主は絶望のオーラを放った後、彼らに威厳ある声音で物凄く格好良く言葉を放った。

 

「面を上げよ」

 

おお、なんか凄く演出的にも格好いい。 まさに悪のラスボスという感じだと思う

私もそれに追従してというか真似して錯乱のオーラを放出する。

一気に禍々しい気配をまとった魔王とその片腕って感じがする。 盟主、流石です。

そして盟主の言葉に従って守護者たち全員が頭をあげたところなんかは、アニメか映画になったら絶対映えるよ。

 

「まずは……よく私の求めに応じ参集してくれた、礼を言おう」

 

「礼などもったいなく存じます。 我ら、至高の方々に忠義のみならずこの身の全てを捧げたものたち。 至極当然の事にございます」

 

アルベドを言葉を交わす盟主。 うん、今のところ上手くやれておられますよ。

その調子です。 大丈夫です、何かあっても上手くカバーしますから。

この盟主に捧げた剣(カバー(物理))で。

 

 あんぐまーるは たよりにならない!

 

 モモンガは つぎのことばに まよっている!

 

盟主が言い淀んでいるのを察したアルベドが、再び口を開く。

 

「モモンガ様はお迷いのご様子。 当然でございます、モモンガ様やあんぐまーる様からすれば私たちの力など取るに足らないもの。 しかしながら、ご両名からご下命いただきさえすれば、私たち各階層守護者は如何なる難行であろうと全身全霊をもって遂行いたします。 造物主たる至高の41人の方々……アインズ・ウール・ゴウンの方々に、恥じない働きを誓います」

 

アルベドの言葉に合わせ、守護者全員が「誓います!」の唱和をする。

盟主の横顔をちらと見ると、感動と衝撃に打ち震えているかのようだった。

私は盟主にそっとさりげなく耳を寄せ、小声で囁いた。

 

「盟主、この者達は紛れもなくこのナザリックのNPC、その忠誠は本物であると我も確証を得ております。 信用してよろしいでしょう」

 

盟主が半分こちらに顔を傾け、そして頷く。

その顔は既に喜びと自身に満ち溢れ、そして先ほどまでの迷いや不安、緊張は掻き消えている。

そして盟主は今度こそ、自然な堂々とした威厳で守護者たちに声を発した。

 

 

 

 

守護者たちの報告ではやはりナザリック内部に異常は見当たらなかった。

彼らが自分の意思で行動できるようになった原因も不明、という点を除いては、だけど。

私も守護者に質問をし、他の領域守護者たちの動向もさりげなく聞いてみたけれど、それも彼らの口ぶりからするとそちらも彼ら同様、自分の意思で動いていることと、そしてまるで「前からそうであった」ように……この事態によって突然意思を持ち始めたと認識しているわけではなく、これが普段の状態だと認識していることが窺えた。

……という事は、数年前に私がまだ頻繁にログインしていた頃も、NPCたちの中では盟主や私たちギルドメンバーと会話を交わしていた認識になっているということか。

なんでもっと前からそうなっていなかったんだろう。 彼らと会話しているのを脳内エミュして小説書いてたというのに。

 

「では……あんぐまーるさん、地表の様子はどうだったかを話してください」

 

思索にふけっていると盟主から声がかかった。

はい、と返事をして一歩前に進み出て、わずかに体を盟主の方に向ける。

 

「まず周辺ですが、見渡す限り広大な草の海が広がっておりました。 <生命探知>による反応があったのは兎か野鼠のような卑小な動物のみ。

 なれど上空より見渡したところ、地平の辺りに明かりが灯っているのが見えたため、確認に赴いたところそこは村と思しき場所であり、既に何者かの襲撃を受け壊滅した後でした。

 ……住民の種族は人間。 いずれも、無残な姿で殺されているか、家屋と共に焼かれえておりました」

 

<生命探知>を使ったのは帰りしな、まだその辺に生存者か襲撃者が居ないかというのを確認ついでだったけど、これは黙っておく。

 

「村があったのですか……生存者の姿は無く?」

 

「はい、みな一様に恐怖と絶望と苦悶の表情を浮かべた死に様にて」

 

私が答えても、アルベドたちは真面目に聞き入ってはいるがあまり悲しみや同情といった雰囲気は感じられない。

セバスと違ってこいつらは情が薄いのかな、と思う。 私もそれほどは悲しくはない。 所詮は他人事だし。

ただし、この殺戮を行った者達への怒りは別だ。

 

「……なるほど。 生きていれば話を聞くなどして都合が良かったのですが。 他には……草原は特に何の変哲もないもので? 歩くたびに鋭い草が突き刺さるダメージトラップになっている、という様子でもないのでしょう?」

 

「御意にて。 そこに生きる小さき獣らと同様に、特に障害となるものもない草原でした」

 

「天空城などの姿もありませんか?」

 

「全く影も形も。 空には瞬く星があるばかりで。 盟主も一度御覧になったほうがよろしきほどの美しき星々が輝くほか、何も。 盟主、やはりこれは……」

 

「そうでしたね、星空でしたか……お疲れ様でした、あんぐまーるさん。 あとで、私の部屋で話したいことがありますので、残りは後ほど」

 

盟主は残念そうに私に労をねぎらった。

元の位置に戻りながら、確かに残念だったと思う。 あの村に生きているものが見つからなかったのはとにかく惜しい。

一人でも生存者がいれば、それは襲撃者を突き止める大きな手がかりになったはず。

私はナザリックがユグドラシルのゲーム内世界から別の場所に映ったと考えはじめていたけど、どうやら盟主もそのようだ。

でも今は、NPCたちの前ではあまり聞かせたくないのかな。

……あ、そうか。 GMコールと同様NPCたちにはよくわからない話が絡むから後で私たちだけでってことか。

盟主は守護者たちにナザリック内部の警備レベルを上げることや、ナザリックそのものを隠蔽する支持をしたり案を話し合っていたが、私は半歩後ろでちょー格好いい忠節を尽くす騎士の待機姿勢をとりながら、やっぱりシャルティアってロリ可愛いなあとかマーレって実際に喋り始めるとこんな感じだったんだ、まったく美少年は最高だな!とかの思索にふけっていた。

正直難しい話よくわからないし。

 

「さて、今日はこれで解散……」

 

話が終わったようだ。 危ない、聞き逃すところだった。

私は忘れないよう勤めていた例のことを意見具申すべく、発言した。

 

「盟主、その前に申し上げたき事があり」

 

「えっ。 なんでしょう、あんぐまーるさん」

 

盟主がこちらを振り返る。 守護者たちも私に一斉に注目した。

そんなに皆に一度に見つめられるとちょっと緊張する。 

 

「先の報告の中で申し上げた、村を襲撃したものたち……これについての調査、そして追討を進言します」

 

「それは……あんぐまーるさん、少し慎重になった方がよろしいのでは? 確かにこの周辺で何が起こっているのかは気になりますが」

 

盟主は何かを心配、もしくは警戒しているような表情を浮かべている。

が、私は気にせずそのまま言葉を続けた。

 

「かの村での惨状、あれは人の行いとは思えず、人面獣心の類なり。 明らかにわざとか弱きものらをなぶり殺しにした形跡が見て取れ、その所業はまさに鬼畜。

 かの者らが何者であろうと、我はそれを見つけ出し死を持って所業に報いねばなりません。

 ……我はそやつらに、我自身が盟主にお助けいただいた忘れもせぬ日の、あの正義騙る愚か者どもと同じ臭いを嗅ぎ取りました」

 

「……!」

 

盟主の顔が真顔に変わった。 やはり、盟主は我が心をご理解いただけたようだ。

そう、我と盟主はあのようなかかる横暴者どもを許してはおけぬ。

それは明確な我らの敵。 我らアインズ・ウール・ゴウンの「悪」が討滅せねばならぬ不倶戴天の存在なのだ。

 

「その正体も未だ掴めませぬが、しかし、奴らがこのアインズ・ウール・ゴウンと友誼を結ぶには値せぬものどもであることだけは明白です」

 

「わかりました、あんぐまーるさん。 どのみち、付近にいるだろうそいつらの詳細は調べないといけませんしね……。

 アルベド、デミウルゴス、両名は協力してあんぐまーるさんとセバスが発見した村を襲撃した者たちの調査を行うことを追加する。

 では、これで今度こそ解散だ。 各員は一旦休息に入り、その後行動を開始せよ。

 どの程度でひと段落つくか不明であるため、けして無理はするな」

 

盟主の指示に守護者たちが頭を下げる。 了解の意思表示だ。

私が普段「承知」とか行ってる場面だな。

 

「最後に……各階層守護者たちに問いたいことがある。 シャルティアから順番に申せ。 お前たちにとっての私とあんぐまーるさんは、それぞれどのような存在だ」

 

え、何それ盟主。 何言っちゃってんのというか、何でそんな事訊ねてるの!?

自分に忠誠を誓ってる相手にそういうことわざわざ聞く!?

それって恋人に「私のこと愛してる?」って聞くのと同じくらい気恥ずかしいことじゃないんですか。 まあ、聞きたいですけど……聞く相手がいれば……。

 

「モモンガ様は美の結晶、まさにこの世界でもっとも美しい御方であります。 その白き体と比べれば、宝石すらも見劣りしてしまいます。

 あんぐまーる様はモモンガ様に続く美しき魂をお持ちの御方。 その黒きお顔の色の深さは黒曜石よりもなお魅入られます」

 

「モモンガ様ハ守護者全員ヨリモ強者デアリ、ソシテあんぐまーる様はソノモモンガ様ノ懐刀。 御二方トモニマサニナザリック地下大墳墓ノ支配者ニ相応シキ方々カト」

 

「モモンガ様は慈悲深く、配慮に優れたお方です。 あんぐまーる様は鋭い見識を持ったお方です」

 

「モモンガ様は、す、すごく優しい方だと思います。 あんぐまーる様は、かっこいいです」

 

盟主を褒め称える美辞麗句が続く。

……これ最後に私も盟主をどう思ってるか言わなきゃならない流れかな。

やっぱり言った方がいいのかな。

 

「モモンガ様は賢明な判断力と瞬時に実行される行動力も有された片。 あんぐまーる様はモモンガ様をさらに補佐し、並ぶ知恵をお持ちのお方。 お二人がおられればこのナザリックは磐石と言っても過言ではないでしょう」

 

「モモンガ様は至高の方々の総括に就任され、そして最後まで私たちを見放さず残り続けていただけた慈悲深き片、そしてあんぐまーる様は再び私たちの元にお戻りくださった、お優しきお方です」

 

「モモンガ様は至高の方々の最高責任者であり、私どもの最高の主人であり、そして私の愛しいお方です。

 あんぐまーる様は同じく私どものお仕えすべき素晴らしき主人です」

 

最後のアルベドがモモンガさんに向けた笑みと、私に向けた笑みが微妙に違うような気がした。

……なんか、引っかかるなアレ。

というか、どうもアルベドだけ態度が微妙に変というか、私の知っているアルベドと違和感がある気がするんだよね。

なんだろう、職場で課長(渋いハンサムなロマンスグレー)と会話してるときのB子の視線みたいな……

NPCたちは本当に私の知ってる限りのNPC当人だと思ってたけど、実は違うのかな?

 

「……なるほど、各員の考えは十分に理解した。 それでは私達の仲間達が担当していた執務の一部も、お前達を信頼し委ねる。 今度とも忠勤に励め」

 

守護者たちが頭を下げて拝謁の姿勢を取ると、盟主が振り返って私に言った。

 

「それでは、一旦戻りましょうかあんぐまーるさん。 まずはレメゲトンへ」

 

「承知」

 

私達は順番に転移で移動した。

 

 

 

 

 

「疲れました……」

 

盟主は転移するなり壁にもたれかかって大きく息を吐いていた。

本当にお疲れ様です。 盟主はギルメンたちの前よりずっと頑張ってたよね今回。

私は何時もどおりだったけど。 末席であまり発言権が無くて遠慮しているというキャラクターだし。

 

「……あいつら、何なんでしょうねあの高評価。 全くの別人のこと喋ってるかと思いましたよ」

 

盟主はあははは、と乾いた笑い声をあげる。

 

「……そうでしょうか。 明らかに盟主のことでありましょう。 いずれも正確な評価かと」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

……何ですかこの間。 私そんなに変なことは言ってませんよ?

冗談を言う雰囲気でも空気でも無いはずですし。

 

「そうでした……あんぐまーるさんもそういうキャラでしたね……評価高すぎだろ俺……。 俺なんかよりたっち・みーさんの方が素晴らしい評価されるべきでしょ……。 何てことだ……ここにももう一人伏兵が居たなんて……!」

 

盟主はなんだか一人でぶつぶつ悩ましそうに呟いているのだが、私は取り急ぎ盟主に問い合わせたいことがあった。

そう、あの違和感の正体だ。

 

「ところで盟主。 NPCの中でアルベドの様子だけがおかしくあると感じましたが、盟主の側では何かお気づきになったことはございませんか」

 

「うっ!」

 

……盟主、その反応はなんですか? 何か隠してませんか?

盟主? 盟主~? なぜ視線を逸らすのでしょうかね?

ちゃんとこっちを向いて話してください。

 

 

 

 

 




あんぐまーるは他にも名前が長い(6文字以上)人は頻繁に呼び間違えます。
例外的ですが寝落ち寸前の眠いときにはモモンガ様をムササビ様と言い間違え、以降「盟主」と呼ぶようになりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



この作品は、丸山くがね様著、オーバーロードの二次創作です
web版と書籍版の設定・展開をツギハギにしております


避け切れなかった。

右肩に神聖属性のエンチャントを受けた鋭い矢を受け、あんぐまーるは崩れ落ちそうになって片膝をついた。

剣を杖代わりにして立ち上がろうとするが、アンデッドにとって最大の弱点と言える属性攻撃を受けた体は一時的な硬直が発生し容易には言う事を聞いてくれない。

HPのゲージが大幅に減少している。 次の一撃を耐えることは難しいだろう。

背後は壁。 目の前には迫る、白銀の剣と華美な装飾を施した楯をそれぞれ構えた聖騎士のプレイヤー。

 

「邪悪なモンスターめ、私がいま止めを刺してやる! 滅びるがいい!」

 

勝手なことを言うものだ。

彼らが「悪の存在を討伐する聖なる正義の戦士たち」をロールプレイしたいなら、その辺でモンスターを狩っていればいい。

それに対して異形種を選択しただけのプレイヤーをPKしてまで無理やり付き合わせていい道理は無い。

あんぐまーるもロールプレイとして異形種を選び、神聖でなはい職種を習得しているが、それは自分の好きなキャラクターを作りたい、演じたいというだけであるし、それに他のプレイヤーを一方的に巻き込むような迷惑行為はしたことがない。

ごっこ遊びをしたいなら、せめて同意のもとでやれ。

あんぐまーるはそう言ってやりたかった。

だが、こういう手合いはそんな事に耳を貸すようなタイプの人間ではないし、言って理解するようなら最初からこんな悪ふざけの過ぎた遊びなどしない。

幼稚な子供だ。 自分が向かい合っている相手が自分と全く同じ心を持つ人間であると理解できる情緒をもたない未熟な幼児。

聖騎士が剣を振り上げる。 その背中越しに、聖騎士の仲間たちが実に楽しそうに笑っているのが見える。

不愉快だ。 実に不愉快だ。 あんぐまーるのはらわたは煮えくり返る怒りで満ちていた。

 

「死ね!」

 

だがとどめの一撃が振り下ろされる瞬間、<短距離転移>の魔法が発動する。

あんぐまーるの体はエフェクトとともに消えうせ、聖騎士の剣は壁にがつりという音を立ててぶつかった。

 

「くそっ! 消えた!」

 

「<霊体化>のクールタイム中だから逃げられないって言ったの誰だよ!」

 

「お前がさっさとトドメ刺さないからだろ! 人のせいにすんなよ!?」

 

「そんな遠くには移動できない、探すんだ!」

 

通りを挟んだ反対側の廃墟の中で、あんぐまーるは一息をついた。

外からは奴らの怒りに満ちた声が聞こえてくる。 せっかく仕留めるはずだった獲物を逃し、さぞや不満なことだろう。

一時しのぎだが、とりあえず虎口は脱した。 だが、今のMP消費で逃走用に残しておいた<騎獣召喚>は使えなくなった。

乗騎を呼び出してこの場を強引に突破するという手段はもう使えない。

建物を利用して見つからないように隠れ、<霊体化>を活用してどうにか逃げ切るか、それとも隙を見て逆襲を試みるか。

後者は難しいだろう。 こちらの<生命力吸収>スキルによって与ダメージ/一定割合分のHPを回復できているから死を何度も免れているだけで、相手側の攻撃……こちらへの被ダメージが高いため、普通に戦っているだけでジワジワとHPを削られ劣勢に持ち込まれる上、弱点属性を突いた攻撃は一発でも避け損なえばもう詰みだ。

加えて、彼らは多数。 一対一ならもう少し戦いようがあるが、同時に多方向から攻撃されれば全てを回避する事は出来ないし、そしてこちらが削ったHPはお互いカバーして回復される。

どだい、最初から勝ち目が無い。

もとから種族特性で防御を補うスタイルな上、各種属性エンチャント武器を揃えるのを優先して防御面での耐性や継戦性は後回しにしてきたツケが来た。

手持ちのカードは少ない。 負けて死ぬこと=デスペナも覚悟しなければならないが、しかしただやられるのも癪だった。

 

「居たぞ!」

 

外で声が上がる。

一瞬、居場所が発見されたと思い驚いて立ち上がるが、しかし様子がおかしい。

そっと外の様子を伺うと、奴らはあんぐまーるが潜む場所とは別の方向を見て、そして動揺していた。

見つけたと奴らが思ったものは、全く別の、そして意外なものだったらしい。

 

崩れた瓦礫を乗り越えてゆっくり歩いて来たのは、豪奢なローブを身にまとい、超級のアイテムで完全武装した禍々しき骸骨の姿。

そのアンデッドは聖騎士とその神聖なる仲間たちをギロリと睨みつけると、言い放った。

 

「どうした、邪悪なモンスターが現れてやったぞ。 滅ぼさないのか?」

 

その声に威圧された彼らがうめく。 彼らはどうみても、新たに現れたこの闖入者の実力、自分たちとのレベルの差、脅威の度合いを前から理解していた。

誰かが、「アインズ・ウール・ゴウンのモモンガ……!」と畏れと憎しみを込めた震える声で呟いた。

モモンガと呼ばれたアンデッドのプレイヤーがゆっくりと手を伸ばす。

<心臓掌握>が発動し、仲間内のやや後方にいた精霊使いが、抵抗に成功し即死こそ免れたものの膝を突いて崩れ落ちる。

仲間をフォローすべくすぐ右隣にいた大司教が駆けよろうとして、直前で立ち止まってああっ!と叫んだ。

精霊使いはいつの間にか背後に忍び寄ったあんぐまーるの剣に刺し貫かれていた。

<生命力吸収>スキルが発動してあんぐまーるのHPゲージが戻るのと入れ替わりに、精霊使いのHPは0になる。

それを見たほかの仲間達が悔しげに呻いた。

 

「さて……そこの方。 ここは共闘と行きたいのですが、よろしいかな?」

 

モモンガがあんぐまーるに向かって声をかける。

二人の視線が交錯し、そしてあんぐまーるはゆっくりと頷いた。

 

「承知した。 貴公の提案を容れ、喜んで手を組もう」

 

最強のアンデッドの魔法使いと、生命を屠るアンデッドの騎士。

二人に前後を挟まれた聖騎士たちを死都の闇夜に浮かぶ紫色の月が美しくも無慈悲な女王のごとく睥睨していた。

 

 

 

 

 

……はっ!?

いけない、現実逃避のために一瞬盟主と初めて出会ったあの日の思い出を回想する行為に浸ってしまっていた。

私は盟主が口にしたその言葉の衝撃の強さは相当な……あまりにも意外・想像の埒外・発想の斜め上過ぎて、上手く受け止めきることができず脳が理解を拒否したようだった。

もう一度、盟主に尋ねる。 聞き間違いでないか確認のために。

 

「……盟主、今なんとおっしゃられました」

 

「その……アルベドの設定の一番最後を書き換えて、『モモンガを愛している』と書き込みました……ごめんなさい、本当に申し訳ありません」

 

何してくれちゃってんのこの人。

普通そういう事しますか? いやもうほんとに何してんのこの人。

なんでアルベドの設定を勝手に変えるの。 タブラさんに無断で。

あれですか、どうせもうユグドラシルのサービス終了してサーバーも停止してデータも何もかも消えちゃうし皆帰っちゃったから、内緒で勝手に自分の好きなようにNPCの設定変えちゃおうって思ったんですか?

いくらギルド長だからってやっていい事と悪いことがあるでしょう……。

無断ですよ? 無断で。 無 断 で 。

しかもよりによって「自分を愛している」なんて書き込みますか。

引くわ。

私だってNPCの設定にそんな事書かないわ。 引くわ。

 

「盟主、それは我ではなくタブラ様にこそ頭を下げられるべきかと」

 

「そうですよね……ほんとなんと言ってタブラさんにお詫び申し上げたらいいのか……俺なにやってんだろうマジで……いや自分でもわかってましたけどね……これでもう最後だっていうのと、深夜テンションで頭おかしくなっていたんです……」

 

盟主が今まで見たことのないくらいに物凄く落ち込んでいる。

反省と自己嫌悪で切腹でもしそうな勢いだ。 骸骨の姿でどこを切るんだろうという問題はあるけれども。

あーもー! だからアルベドの挙動が何か変だったんだ……。

あれ絶対私の知ってるアルベドじゃないもの。 アルベドはそんな事言わない!状態。

 

「でもですね、あんぐまーるさん。 アルベドの設定の最後の行は本来『ちなみにビッチである』だったんですよ。 タブラさんがギャップ萌えなのは承知してますけど、なんかあんまりだなって。 いくらなんでも酷くはないかなって思ったんです」

 

なんか盟主が顔を上げ、言い訳じみた事を訴えてくる。

知ってるよ! アルベドを『アインズ・ウール・ゴウン栄光戦記 ~冥府覇道の章~』で書くために設定を読み込んだんだから!

アルベドは複雑で不憫な過去があったり可愛らしい部分があったりその一方で全部演技っぽかったり笑顔が怪しい裏がありそうだったりちょっと病んでる部分もありそうだったり危ういバランスで保ってそうな所があったりその上で「ギャップ」がトドメ刺してるからあんなに愛らしいのであって、そこを外しちゃったらダメでしょ!

異なる要素が複雑に、それこそ時に相反するもの同士が絶妙なバランスで同居するからこそ美しい魅力的なキャラクターが完成というのに、盟主はギャップ萌えのなんたるかがわかってない!

これリアルだったら確実に正座一時間お説教再教育コースです。

 

……でもようやく理解した。 アルベドのあれは、嫉妬か。

愛する御方の心配をして気遣おうと近づいたのを止めた私はそりゃ気分と印象がよくないだろう。

加えて、好きな人の隣にさも当然という感じで寄り添っているわけだし。

うん……? なんかおかしいな。 私はアルベドの設定を知っているけど、アルベドは私の中の人の事は知らない、知りようがないはずだ。

反感は抱いても嫉妬を向ける必要はないはず。

嫉妬というのは勘違いかな? それとも……気づかれている? そんな馬鹿な。

盟主をはじめギルドメンバーだって私のリアル性別に言及したことはないし、男だと認識して相手していてくれている。

そもそもこの体も異形種で死霊だから性別とかは無い……はず。

よし、気のせいだ。 アルベドは男でも無性でも盟主の側に居る奴は嫉妬しちゃうんだ。 可愛い子。 アルベドマジ天使。 ナザリック一可愛いよ。

納得したところで私はそろそろ次の話にすすめよう、と盟主へ促すことにした。

 

「盟主、過ぎたことはもうどうしようもありません。 それに、話し合わねばならぬ事項は他にも多くあります」

 

「そうですね……。 まず、お互いの状況認識から始めましょう。 とりあえずは私の自室に」

 

 

 

 

盟主と私は盟主のプライベートルームに移動し、卓を挟んでそれぞれ椅子に腰掛けた。

話すべきことは色々あった。

 

「……まず、ナザリックがユグドラシルから別のどこか異なる世界に移動したのは確実で、それにともない守護者たちNPCも『現実の存在になった』と見ていいですよね」

 

「加えるならば、我らのアバターとしての外装もそれを反映した実際の肉体になった、という所でありましょうか」

 

さらにはNPCたちの設定も忠実に反映されており、フレンドリー設定、敵味方の所属判別もそのまま適用されている。

これにより、裏切りや反乱はもうないだろう、というのが私の見解だった。

だが、盟主は少し違ったようだ。

 

「……彼らのあの評価の高さを見ると、それはそれで不安なんですよね。 もしあの評価を崩したら、失望されるんじゃないかって。

 仮に絶対裏切らないにしても、ああまで好意と期待を向けられると、それに応えたくなっちゃうじゃないですか。

 でもそれがハードル高いんですよね……」

 

盟主がまた何か意気消沈している。 盟主、盟主は十分ご立派にやられていますよ?

もっと自信を持ってください。 あんなに威厳に満ちた態度で守護者たちに命令ができるのですから、この先も大丈夫です。

私は盟主を適当に励まし、次の議題に進めた。

 

「魔法は、問題なくユグドラシルの通りに使えますね。 効果範囲やリキャスト時間もほぼ同じままで。 耐性に関する仕様もそのまま。

 特殊能力も保持。 ただ、フレンドリィファイアの解禁など一部の仕様は変更されているようです。

 検証した限りではこんなところです」

 

盟主がきっちり仕事をしてくれている。 すげえ。

私、魔法や種族の特殊能力がそのまま使えるかどうかよく考えないで<上位騎獣召喚>とか使ったよ。

もしちゃんと使えてなかったらあれ私がそのまま無鱗飛竜に食われてた可能性あるのか。

……黙っておこう。

盟主マジ有能。 その頭脳に凝集された叡智はもはや我ごときでは到底及びもつきませぬ。

 

「こちらも、<上位騎獣召喚>によってモンスターが呼び出せることと、完全に制御下におくこと、そして騎乗スキルが問題なく機能することを確認しております」

 

「あとは、<伝言>がやはりGMには繋がらないことと……あんぐまーるさん以外のギルドメンバーには繋がらない事が確認できました」

 

盟主の言葉の最後の方は、明らかに気落ちしていた。

私も少なからずショックだった。 ある程度は予測……いや、考えないようにしていた。

玉座の間に居たのが盟主だけだったから。

やはり、この事態に遭遇したギルメンは私と盟主だけだったのだ。

いや……盟主だけでも居てくれたのは幸いだった。

もし、玉座の間に誰も居なくて……その時ナザリックに居たのが私だけで。

そしてこの異常事態に直面することになったら。

きっと、私は困惑するばかりで、冷静に対処することが出来なくて、どうしたらいいのかわからないから、泣いてしまっていただろう。

でも、盟主が居た。 盟主がサーバー停止の最後の瞬間まで残っていてくれなかったら。

盟主があの時に居合わせてくれなかったら。

……逆も同じだ。 もしも私がギリギリでメールに気づくことなく、そのまま盟主を一人きりであの時あの状態にさせていたら。

いったい盟主はどうなっていただろう。

私は、盟主をじっと見つめて口を開いた。

 

「盟主……このようなかかる事態において妙な話になりますが、盟主が最後まで我をお待ちくださったことに感謝いたします」

 

俯いていた盟主も、私を見て言った。

 

「そんな……あんぐまーるさんこそ、こんな状況の中であんぐまーるさんが居てくれなかったら、私一人ではどうにもできなかった。 ありがとうございます。 帰ってきてくれて」

 

盟主、我らが盟主、我が主君。 そのお言葉をいただき、私は胸がいっぱいになった。

この体じゃなければ見栄も外聞も無く大泣きしていたに違いない。

もうこれだけで私は人生に一片の悔いなし!というくらい幸せで、充分過ぎるくらいだったけど、他に心残りがあるとすれば……

 

「ただ、他の方々にはお会いできなかったのが残念です」

 

「本当に、そうですね……今日来てくれた人たちも、本当にわずかで……ヘロヘロさんなんか、かなりギリギリまで居たんですよ。 あんぐまーるさんが来る少し前まで。 ニアミスでしたね、あははは」

 

ガターン!!という大きな音を立てて勢いよく椅子を後ろに弾き飛ばし、私は立ちあがった。

とても大きなショックに全身を打ちのめされている。

なぜ。 もっと早く。 どうして今朝ケータイを家に、そもそも昨日の時点で気づいてなかった。

皆と会えなかったのは自分だけ、という思いが頭の中をぐるぐる駆け回る。

全身から力が抜け、そのまま私は卓に勢いよく倒れ伏して顔面を強打した。

盟主が驚愕の表情で口を大きく開けている。

私は両手で頭を抱え、しばらくしてから起き上がって盟主に告げた。

既に受けたショックは通り過ぎて急速に心は冷めて行ったが、しかし気力がこれ以上何か考えることを拒否していた。

 

「盟主……もう大分時間も経ちましたし、我は一旦自室にて休憩したく思います。 お許しを」

 

「あ……はい、あんぐまーるさん……お疲れ様でした……ごゆっくりお休みなさい……どうか気を落とさずに……」

 

盟主の言葉を受け、私は挨拶もそこそこにふらふらとした足取りで盟主の私室を退出した。

ちょうど、セバスがやってきて入れ替わりになったが、セバスの挨拶にも上の空だった。

そしてなんとか自分の私室に辿り着くと、そのままベッドに倒れこんで朝までふて寝した。

 

 

 

 

 

 




一方その頃、守護者たちは原作通りにモモンガ様とあんぐまーる様凄いねとか股間から体液を漏らしたシャルティアとアルベドが喧嘩をはじめたりとか
どちらが正妃だとかあんぐまーる様の方にもお妃は必要だとかもしかしたら他の至高の方々もこれから先戻ってくることもあるかもしれないと期待したりとか
コキュートスがモモンガとあんぐまーるのそれぞれの子息に両手引っ張られて「じいはぼくのだ!」とお互い主張しあい喧嘩する最高に幸せな想像をしたりとか
あんぐまーるの発言に一部の該当しそうな守護者たちがあえてそれを話題に出すのを回避したりとか
楽しくやってました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.5

この作品は、丸山くがね様著、オーバーロードの二次創作です
web版と書籍版の設定・展開をツギハギにしております


あんぐまーるがユグドラシルに何時もより早い時間にログインしたその日は、常に誰かしら座席について雑談を行っていることの多い玉座の間にギルドメンバーの姿は見えず、来ているのは自分だけのようだった。

敬愛する盟主モモンガの姿も無く、一人で特にすることもないあんぐまーるは、仕方が無いのでナザリックの内部を巡察することにした。

これは、こういう時にあんぐまーるが度々行っている趣味の一つである。

適当に各階層を歩き回り、途中で巡回ルーチンを組まれているNPCに出会えば声をかけて労をねぎらう。 時にはそのまま連れ歩くこともあった。

前回はデミウルゴスの元へ行き、彼を引き連れて第七階層を見て回った後、私室にまで連れ込んで卓にカップと酒を置き談笑するというような事もした。

 

この日選んだのは第三階層のシャルティアであった。

 

「シャルティア、久しいな。 実に一週間振りか。 息災であったか? たまには貴様の顔も見ておかねばな。 第一から第三階層は侵入者を最初に食い止める前線にして、葬り去るための攻勢陣地。 貴様こそがこのナザリックの外縁部防壁そのものと言っても過言ではないため、我もけして貴様の存在を軽く見てはおらぬ。 むしろ期待を寄せている。 ……これはこの間も言ったな。 何度でも言うとしよう。 貴様の役割の大きさと責の重さに対し、我は言葉以外に報いるものを持たぬ。 なまなかな褒美では貴様に対する正当な評価にならぬのだ。 加えて、貴様の美しきその姿、鮮血の如き妖しく魅入られしその瞳の色、薔薇のつぼみのような唇……貴様の創造主ぺぺ、おほん、ペ、ロ、ロ、ン、チ、ー、ノ様の心血を注いで作り上げた一種の芸術たる貴様の存在そのものも、我は気に入っているのだ。 我には到底作ることのできぬ、模倣ですら追いつかぬ造形の技術故にな。 我が私室に貴様の肖像画を飾って置きたいほどだが、それはペロ、ペ、ロ、ロ、ン、チ、ー、ノ様に僭越である故自重しておこう。 ……少し長居をしすぎたな。 これ以上貴様の仕事の邪魔をしては悪い。 我も巡察に戻るとしよう。 では、またなシャルティア」

(訳:シャルティアーーーーーー!!! 会いたかったよやっぱりシャルティアは可愛いな! アルベドも素敵だしリアルではあんな感じの美人が憧れの姿だけど、でもシャルティアも妹みたいな感じで可愛がりたいタイプ。 歌戦闘機三角関係アニメでいうならアルベドが銀河妖精でシャルティアが時空シンデレラだね! しばらく会ってなかったからシャルティア分補給prpr。 シャルティア作ったペロロンチーノ様は神。 まさに神。 ああ私にもこの才能の半分くらいあればなあ……何故に他人の作ったキャラほど萌えるものは無いんだろう。 可愛い子なんて私には絶対に作れない。 ああいいなあお持ち帰りぃしたいなあ。 無理だよなあ。 よし、シャルティア分補給完了。 また一週間頑張れる。 じゃあねシャルティア、名残惜しいけど……」

 

素材集めの狩りとアイテムの買出しから戻り、途中で偶然第三階層に立ち寄ったためにNPCの前で独り言を長々と呟いているあんぐまーるを目撃したペロロンチーノ、ぷにっと萌え、ヘロヘロらと、シャルティアとの会話(一人で喋っていただけだが)を終えて振り返ったあんぐまーるの視線が交錯した。

 

気まずい空気が全員の間を流れ、全員がしばらく沈黙していたが、あんぐまーるはおもむろに腰から剣を抜くと切腹した。

 

 

注意:ギルメンがログインしたらチャットで声をかけましょう。 自分がログインしたら誰かログインしてないかちゃんと確認しましょう。

 

 

 

 

 

モモンガとあんぐまーるが去った後、しばしの時間が経過してようやく守護者たちは張り詰めていた空気から解放され、息をついた。

アルベドを最初に一人一人立ち上がって、そして互いに顔を見合わせて先ほどまでの自分たちの主人二人に抱いた思いを口にし始める。

モモンガの発した絶望のオーラが自分たち守護者さえ身動きするのが叶わぬほどの重圧を与えたことに関してだ。

そして次に。

 

「シカシ、あんぐまーる様ハ流石モモンガ様ト同格、至高ノ御方ノ一人。 モモンガ様ノ側ニ控エタママ平然トシテオラレタ」

 

「あれに耐えられるのが至高の方々の水準なのね……」

 

「き、毅然としてて凄く格好いいって思った」

 

「でも、モモンガ様ほどの重圧は感じなかったけど、どうしてだろ?」

 

「おそらく、あんぐまーる様もモモンガ様と互角の力はお持ちなのでしょう。 しかし、お二人がその力を解放すれば、我々への負担が大きいとお考えになり、手心を加えてくださったのかもしれません。 いや、確実にそうでしょう。 以前からも我々に何かとお気遣いしていただく御方でした」

 

デミウルゴスが好意的に解釈する。 その言葉に全員が納得し、おお、と声を上げる。

実際にはモモンガの絶望のオーラはスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンによる増幅効果で守護者たちに効果が及んだのであるが。

 

「そういえば、よくあたしたちの階層に来て話しかけてくれたわ。 モモンガ様も、あたしたちと一緒に居たときは全然オーラを発してなかつたしね。 お二人とも凄く優しい方なんだ。 モモンガ様なんか、喉が渇いたかって飲みものまで出してくれて」

 

アウラの発言で、守護者たちから針の突き刺さるような嫉妬の気配が立ちこめる。 特にアルベドは顔に笑顔を浮かべたまま握り締めた手がプルプルと震えている。

 

「あ、あれがナザリック地下大墳墓の支配者としての態度になったモモンガ様と、あんぐまーる様なんだよね! 凄いね!」

 

マーレが上手く話を逸らし、空気と意識が戻る。

 

「全くその通り、私たちの気持ちにこたえて絶対者たる振る舞いを取っていただけるとは……流石は私たちの造物主、至高なる41人の方々の頂点と、その片腕。 最後までこの地に残りし慈悲深き君と……そして再びお戻り下された御方」

 

「まさに。 私たちが地位を名乗るまではお二人とも決してお持ちだった力を行使しておられませんでした。 我々が守護者としての姿を見せて初めて、その偉大な力の一端を開放されたのです」

 

「ツマリハ、我々ノ忠義心ニ答エ、支配者トシテノオ顔ヲ見セラレタトイウコトカ」

 

守護者はそれぞれ自分たちが絶対的忠誠を尽くすべき存在の真なる態度を目にすることが出来た喜びに包まれる。

その愉悦の空気を払拭し守護者たちの意識をセバスの言葉が引き戻した。

 

「では私は先に戻ります。 モモンガ様とあんぐまーる様は自室に戻られたようですし、お側に仕えるべきでしょうから」

 

「分かりました、セバス。 モモンガ様、あんぐまーる様に失礼が無いように仕えなさい。 それと何かあった場合は私にすぐ報告を。 特にモモンガ様が私を及びという場合は即座に駆けつけます。 ……そして、あんぐまーる様とモモンガ様の間に何か変わったことがあった場合も」

 

聞いていたデミウルゴスが最後の部分に僅かにピクりと眉を動かす。

 

「ただ、モモンガ様が寝室にお呼びという場合はそれとなくモモンガ様に時間が必要だと(省略)」

 

「了解しました。 話が長引いて時間を消耗した場合、お二人に仕える時間が減ってしまいます。 それは大変に失礼かと思いますので、申し訳ありませんがこれで失礼したします。 では守護者の皆様も」

 

セバスが上手く切り上げて別れを挨拶を済ませ、去ると守護者たちはアルベドに呆れた顔を向けた。

デミウルゴスのみが、その表情にわずかに疑念の色を滲ませていたが、デミウルゴス自身わずかに抱いたその疑念の正体も確証もつかめない本当にわずかなささくれのようなものだったので、それはひとまず捨て置いた。

疑念が気のせいに終わればそれに越したことは無い。

僅かな間の思索にふけっていたつもりだったが、気づくとアルベドとシャルティアがモモンガの寵愛を巡って大喧嘩を始めていた。

デミウルゴスはとりあえず火の粉がこちらに降りかかるのを回避するために、アウラに仲裁を押し付けることにした。

 

「あー、アウラ。 女性は女性に任せるよ。 もし何かあったら止めに入るから、その時は教えてくれるかい?」

 

「ちょっ! デミウルゴス! あたしに押し付ける気なの?」

 

 

デミウルゴスは手をピラピラと振りながら少し離れた所に歩き始めた。 後にコキュートスとマーレが続く。

巻き込まれたくないのはみな共通のようだ。

 

「全ク、喧嘩スルホドノ事ナノカ?」

 

「個人的には結果がどうなるかは非常に興味深いところですね」

 

背後のコキュートスの呟きにデミウルゴスは背を向けたまま答えた。

 

「ナニガダ、デミウルゴス?」

 

コキュートスが乗ってきたので、足を止めてデミウルゴスは振り返った。

 

「戦力の増強という意味でも、ナザリック地下代墳墓の将来という意味でも……偉大なる支配者の後継は必要だろう? モモンガ様は残られ、そしてあんぐまーる様が今また戻られた。

 しかし、もしかすると我々にまた興味を失い、お二人とも他の方々と同じ場所に行かれるかもしれない。

 もちろん、あんぐまーる様が戻ってこられたように他の方々もこれから先お戻りくださる事もあるかもしれない……あんぐまーる様のご帰還という先例で、その可能性も大きくなったわけだがね。

 だが、万が一の場合、我々が忠義を尽くすべき御方を残していただければとね」

 

「えっと、それはシャルティアとアルベドのどちらかがモモンガ様の、もしくはあんぐまーる様の御世継ぎを?」

 

「ソレハ不敬ナ考エヤモシレンゾ? ソウナラナイヨウオ二人ニ忠義ヲ尽クシ、ココニ残ッテイタダケルヨウ努力スルノガ守護者デアリ創ラレタ者ノ責務ダ。

 ソレニ、我ハ武人武御雷様ガマタ戻ラレル可能性ノ方ヲ信ジル。 あんぐまーる様ガ戻ラレタノダ。 キット他ノ方々モコレカラ少シズツ戻ッテ来ラレルニ違イナイ」

 

コキュートスは自分の創造主が戻ってくる希望を、あんぐまーるの帰還により強く抱いているようだった。

 

「無論、理解しているとも、コキュートス。 私もウルベルト・アレイン・オードル様が戻って来られる可能性に賭けたい。

 だが、モモンガ様もしくはあんぐまーる様……もしかすれば、御二方両方の子息にも忠義を尽くしたくはないかね?」

 

コキュートスの体に電流が走った。

その脳内にモモンガの子供と、あんぐまーるの子供がそれぞれ肩車をせがむ光景を思い浮かべる。

二人に剣技を教え、そして二人が互いに競い合う所。 二人に左右から手を引っ張られ、「じいはボクのだ!」「僕のだもん!」と取り合いをされる所。

迫り来る敵に対し、二人を守るために剣を抜き払うところ。 そして「じい、やってしまえ!」と声援を受けるところ。

そして大きくなった子供たちに……二人の父親それぞれのように成長した、王とそれを補佐する側近の前に跪き、命令を受けるところまでも。

 

「……イヤ、素晴ラシイナ。 素晴ラシスギル。 コノ上ナク素晴ラシイ光景ダ。 爺ハ……。 爺ハ……。 オオ、ソンナニ引っ張ラレテハ。 爺ノ腕ハ四本デスガ、体ハ一ツシカアリマセヌゾ」

 

コキュートスの脳内ではモモンガの子供は優しすぎてやや臆病ながらも勇気と王者の威風、そして決断力を備えたまさしく生まれながらの王であり、あんぐまーるの子供は強気でやや無謀な所はあるものの、他者への気遣いによく気がつきモモンガの子供を時に背中を押し、時に腕を引っ張って導き、長じては有能な補佐官となる賢き少年で二人ともに仲良くまさに兄弟のように育つ、という事になっていた。

 

「……コキュートス。 いい加減戻ってきたまえ」

 

なかなか妄想から戻ってこないため、デミウルゴスが声をかける。 実は呼びかけたのは2回目であった。

 

「良イ光景ダッタ……アレハマサニ望ム光景ダ」

 

「そうかね。 それは良かったよ。 ……アルベドとシャルティアはまだ喧嘩をしているのかな?」

 

まだ半分夢見心地のコキュートスに心底呆れた表情で返し、次に睨みあっている二人に声をかける。

二人に代わってアウラが返事をした。 酷く疲れたような表情をしている。

 

「喧嘩は終わったよ……。 今やってるのは……」

 

「単純に第一妃はどちらかといわす問題ね」

 

「結論は、ナザリック大地下墳墓の絶対支配者であられるお方が、一人しか妃を持てないという理屈はないという話。 ただ、どちから正妃となるかというと……」

 

「ふむ、だがあんぐまーる様の方にも妃はご必要だろう。 どちらか片方はあんぐまーる様の妃に、という可能性もあるのだよ?」

 

デミウルゴスは、言ってしまってから少し、しまった、という後悔に囚われた。

下手をするとまた話が長くなってしまう。

 

「……至高の方々が私を妃にご指定なさるのなら断ることなどできませんが、しかしできればモモンガ様の第一妃こそが私は望ましいですわね」

 

「わ、わたしは……わたしもモモンガ様をお慕いしてありんすが、あんぐまーる様には以前度々ご訪問された折、悪からず思ってくださるとお褒め頂いたことがありんす……一番の望みは愛しの君モモンガ様に揺るぎはありんせんしが……あんぐまーる様のこともお嫌いでは……」

 

「はん、やはりビッチね」

 

案の定その一言で再び両者の戦いに火が突き、デミウルゴスは手で顔を押さえて薮蛇を突いてしまった事にため息をついた。

アウラは、さらに疲れた表情で肩を落とし、デミウルゴスを恨めしそうに見つめている。

コキュートスとマーレは顔を見合わせて複雑な表情をした。

アルベドとシャルティアが冷静になり、命令が行われるまでもうしばし時間が必要だった。

 

 

 

 

 




実は一応5の下書き段階で書いてたのですが、原作の台詞や描写をあまり引用し過ぎたくないために原作とほぼ同じになる場面はあんぐまーるを登場させず、あんぐまーる視点のみ(あんぐまーる視点が存在しない部分は書かない)縛りをしており、守護者たちの会話は一旦削除し没になってました。
しかし、感想で読みたいという意見およびそれへの賛同が多いので検討のうえ改めて書き直し、5.5として投稿することにしました。
なお、あんぐまーるがモモンガ様の表情が読めるというのも上記の縛りによりモモンガ様の内面描写が難しくなるため、便宜的に勝手に作った設定です。
なので、モモンガ様の表情描写から
「何言い出すんですかあんぐまーるさん!?」
「あんぐまーるさーん!? それは無茶振りですって!!」
「あ、あんぐまーるさん、相手の実力がどのくらいなのか判らないんですからここは慎重に……あんぐまーるさんーーー!? あああやっちゃったよこの人ーーー!!」
見たいなものを読み取ってくれると嬉しいです
ちなみにモモンガ様側からあんぐまーるの表情が読めるかどうかは不明です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戮・1

この作品は、丸山くがね様著、オーバーロードの二次創作です
web版と書籍版の設定・展開をツギハギにしております


朝。 私は落ち込んだ気分で肩を落としたまま、盟主の部屋に向かった。

絶望しそうになるたびスゥーっと心が落ち着き、どうにか立ち上がって何か活動できるだけの気力が湧いてくるのは、たぶん盟主の存在が大きいだろう。

盟主は離れていても私にバフ支援効果を授けてくれているに違いない。 盟主マジ偉大。 あなたが神か。

 

「あ、おはようございます、あんぐまーるさん。 ゆっくり休めましたか?」

 

部屋に入ると盟主が大きな鏡を前に、手を振ってなにかやっている。 その隣にはセバスも控えていた。

私は盟主に朝の挨拶するをするとともに、昨夜発見した重大な疑念に対し質問と相談をすることにした。

これはもしかすれば……今後の私たち二人にとって、大きな問題になりかねない懸念事項だからだ。

 

「おはようございます、盟主。 時に、お聞きしたき事項が。 ……アンデッドというのは眠ることが出来ないのですか」

 

「え……。 え? ……あんぐまーるさん、アンデッドというのは睡眠耐性を持っていますよね」

 

「……」

 

「……」

 

私は膝から崩れ落ち、卓に突っ伏した。

睡眠耐性って眠りの呪文が効かないってことじゃなく、マジで寝ないってことなのね。

道理で寝ようと思っても眠れなかったわけだ。 最初の2時間くらいは疲れすぎたか興奮して目がさえてるだけかなって思ってたよ。

くそう…… くそう…… そんな便利な機能になってるならなんでユグドラシルの時にそうなってないんだ……。

そしたら寝落ちとか気にしなくていいし、夜が明けるまで一晩中だって遊んでいられるのに!

そう、本当に昼も夜も眠ることなく、眠りを与えることも無いのに。

……もう終わった話はよそう。

私は気を取り直すと起き上がって盟主に尋ねた。

 

「ところで盟主、それはいったい何をなさっておいでで」

 

「遠隔視の鏡、なのですが……しばらく使っていなかったのと、ナザリックがこちらに来てから効果が少し変わってしまったようで、操作方法を確認するついでに色々と見ているのですが、どうも俯瞰高度の調整がわからなくてですね」

 

「ふむ……確か、以前は城や町の様子を見て込み具合から買い物にちょうどいい時期を見計らうのに使っておりましたか」

 

「え……? まあ、そういう使い方もありましたが、指定した場所の風景を見れますからね。 これを使ってナザリック地下大墳墓の周辺の様子を見られれば、人が居る場所なんかの……おっ!」

 

盟主が説明しながら手を動かしていると、どうやらお探しの俯瞰高度調節の操作方法に行き当たったようだ。

 

「おめでとうございます、モモンガ様。 このセバス、何の手がかりもない所から操作方法を見事探し当てたその手腕に流石としか申し上げ様がありません!」

 

「おめでとうございます盟主。 割りと適当に弄っていても何とかなる物ですね」

 

セバスと私が盟主の成功を褒め称える。

……が、セバスがなんだかこっちを微妙な表情で見る。

あれ、盟主もなんで複雑な表情しているんです?

そこまで賞賛することじゃないのに褒めすぎのセバスも照れ恥ずかしいけど、あんぐまーるさんのようにはっきり言われるとそれはそれで身もフタもないなあ……みたいな盟主の心の声が聞こえたような気がしたけど多分気のせいだ。 盟主はそんな事言わない。

 

「ありがとう、セバス。 長くつき合わせて悪かったな」

 

「何をおっしゃられますか。 至高の方々のお側に控え、命令に従うこと。 それこそが執事として生み出された私の存在意義です。 悪いだなんてとんでもありません」

 

盟主とセバスが何事も無かったように会話を再開した。

それを聞きながら思う……盟主はこの作業どのくらい試行錯誤していたんだろう。

疲労のバステも文字通り疲れないのか、少なくとも肉体的にだろうな。 だって昨日からこっち、精神的なストレスはチクチク溜まってるような気がするもの。

一定以上溜まるとどっか消えちゃうけど。

さて、盟主はさらに何度か同じ動きを繰り返し、完全に俯瞰高度の調節法をマスターしたらしい。 ニヤリ、と笑ってたし、あれは心の中でガッツポーズしているな。

今はさらに操作をして、見る場所を変えて何か面白いものが見えないか探しているようだ。

私も盟主の後ろに回って覗き込む。 やがて、人の村らしき場所が映った。

付近に森。 回りには麦畑。 典型的な中世中期~近世初期くらいの田舎の村って感じ。

盟主が視点高度を変えて拡大すると、ちょっと妙な様子なのに私は気がついた。

人間らしいものが大勢、みんな村の中を走り回ったり、家の中に入ったと思えば別の人間とともに出てきたり、あるいは家の中から出てきた別の人間を外に居た複数の人間が追いかけ始めたり。

 

「……祭りか?」

 

「……鬼ごっこ?」

 

「いえ、これはどちらでも無いようです」

 

盟主と私の推測をセバスが否定し、鋭い視線を鏡の中に走らせる。

何かに気づいたらしい盟主がさらに俯瞰図を拡大し視点角度調整の調査をすると、最悪の、しかし私が昨夜から探していたものの光景がそこにあった。

着古した単純な染め方の粗末な衣服を着た村人たち。 それを甲冑を着込み、武装した騎士たちが手にした白刃をきらめかせて殺戮して回っていた。

背後から切りつけられ、倒れこむ青年。 複数の騎士に両側から押さえつけられ、胸を刺し貫かれる婦人。

武器らしき武器もなく、中には農具で抵抗するものも居たが……一方的に村人たちは騎士たちに殺されていった。

こいつらだ。 間違いが無い。 あの村を襲い、そして今また鏡に映るこの村を襲っているものたち。 こいつらこそが私が地の果てまでも追い続けると誓ったあの惨劇の下手人だ。

私の、死霊ゆえに流れる血もなく冷たい体は何故かまるで生身の生き物の全身の血が沸騰したかのように内側から熱く何かの衝動を訴えた。

そう、これは怒り。 爆発するような怒りではない。

殺されていく人間を哀れだと思って怒っているのではない。

私は大量の炭を燃やした炉に長時間突っ込んで真っ赤になった焼き鏝のような怒りを、この殺戮を続ける者達の表情に、行為に、その悪意こそに抱いていた。

この赤熱化した金属の鏝(怒れる心)を奴らに押し当て、悲鳴を上げさせなくては我の気持ちは静まらぬ。

こやつらに自らの所業を、因果を応報せねばならぬ。

 

「ちっ!」

 

盟主も、忌々しげに舌打ちをする。

盟主が見つめる鏡の中で、何度も剣を突き立てられ殺されていく村人が、まるでこちらを見て何かを訴えかけているような様子が映っており、それを盟主は悩ましげにじっと、鏡の中の村人と視線を交錯させていた。

そう、盟主もこの凄惨な光景に、唾棄すべき外道の行いに怒りを覚えておられる。

ならば、我らアインズ・ウール・ゴウンが行うべきは一つ。

 

「どう致しますか?」

 

セバスが盟主に問うた。

私は盟主が何か言う前に既に口を開いてしまっていた。

 

「見捨……」

 

「盟主。 もはや猶予はございません。 このあんぐまーるにかの下郎どもを討滅せしめんと指示を命じください」

 

盟主が少し驚いたかのような顔で振り返る。

いったいどうしたのだろう。 そんなに意外なことだっただろうか。

 

「この村を襲いし者どもこそ、かの村を焼き払いし住民を皆殺しにした者達に違いありません。

 昨夜進言したとおり、こやつらと我らが相容れることはなく、アインズ・ウール・ゴウンの明確な敵対者にしかなりませぬ。

 奴らに我らが贈れるものは『死』それ以外にありませぬ。 御裁可を」

 

……盟主はまだ何か思案している様子だった。

何を迷い、また懸念する要素があるのか私には全く分からなかったけれど、どのみち結論は決まっているのだ。

だからあとは盟主のご決断次第。 アインズ・ウール・ゴウンは、盟主(ギルド長)の意思あって初めて動く。

そして私は盟主の手足でしかない。 手足が主人の命令無く勝手に動くことは無いから。

盟主は、セバスの方に視線をさまよわせた後、はっと何かに気づいたような様子で、そして小さく忍び笑いを漏らした。

 

「誰かが困っていたら助けるのは当たり前。 忘れるところでしたよ、たっち・みーさん」

 

盟主はそう呟き、鏡を操作した。 次々切り替わる光景には血溜まりに倒れ既に息絶えた死骸ばかりであり、まだ生きている村人はないか、と盟主は探している。

村の外れの方を拡大したとき、一人の少女が気丈にも騎士を殴り飛ばす光景が映った。

そしてより幼い少女の手を引いて逃げようとする。

盟主は立ち上がってセバスに命じた。

 

「セバス、ナザリックの警備レベルを最大にまで引き上げろ。 私とあんぐまーるさんが先に行くから、アルベドに完全武装で後を追うよう伝えろ。 ただし『真なる無』の所持は許可しない。

 後詰として、私たちが撤退できなくなった場合に備えこの村に隠密能力もしくは透明化の能力を持つものを送り込め」

 

「畏まりました。 ただ、モモンガ様とあんぐまーる様の警護には私が」

 

「ナザリックの最大戦力2名がここに居るのだ。 アルベドの到着まで私たちで充分だ、それにお前が来ては誰が命令を伝達する。 ナザリックの近郊まで同様の騎士の部隊が来ている可能性もある。 その時のためにお前は残れ」

 

盟主が冷静かつ的確な判断を毅然とした態度でセバスに指示する。

鏡の中では少女たちが騎士に追いつかれ、背中を切りつけられた。 それほど深くは無いが、危険な状況だ。

 

「盟主」

 

「ええ。 <転移門>」

 

盟主はアイテムボックスからスタッフ・オブ・アインズウールゴウンを取り出し、転移魔法を唱えた。

視界が一瞬揺らいで変わる。 <転移門>を潜り抜け、私たちは先ほどの鏡の中の光景に出現した。

目の前に居るのは、負傷しながらも自分より幼い少女をなお守ろうとする健気な少女。

そして、向こうからすれば突如出現した形になる私たちに動揺する騎士の姿。

手に持った剣を構えることすら忘れ、私と盟主に交互に視線を泳がせる。

盟主が片手を挙げ、手を騎士に向けた。

 

「承知」

 

盟主の無言の支持を受け、<霊体化>発動。

不可視かつあらゆる探知、物理・魔法攻撃を受け付けず、建造物の壁すらすり抜けて移動できる代わりに、一切のこちらからの攻撃もスキルを解除するか効果時間が切れるまでできなくなることを対価として支払うスペクターの種族特性スキル。

これにより騎士の視界から一瞬で姿を消した私は地面を蹴り数歩で騎士の背後へと回りこみ、そして<霊体化>解除と同時に背中から真っ黒な刀身を持つ古びた剣で刺し貫いた。

騎士が口から血を吐き、そして<生命力吸収>スキル発動。

与えたダメージから一定割合分のHPを自分の回復に使える、攻撃と回復を同時に行えるスキル。

これはレイスがモンスターの中で有数の「厄介な相手」としてプレイヤーに認識される理由の一つだった。

ユグドラシルのゲーム内では単にそれだけの能力でしかなかったはずだが、ここでは少々効果が違ったようだ。 背中から串刺しにされた騎士の体がみるみるうちに干からびていき、ミイラのようになっていく。

うわあ、グロい。 なんかこんな映画あったね。 クリーチャーに血を吸われるとカラッカラの死骸になっちゃうやつ。

どうやら、こちらの世界では文字通りに生命力というべきエネルギーを吸い取って奪う能力になっているようだ。

 

「ひ、ひいいいいいいっ!?」

 

近くで見ていたのだろうか、後ろの方の民家の側に現れたもう一人の騎士が怯えきった悲鳴を上げる。

私は既に死んでカサカサの凄く不健康そうな肌になった騎士から剣を抜き、ちょっと押して地面に転がした。

さあ、次はお前の番だ。

……あれ? なんか盟主が微妙な顔で私を見ている。 小さくため息をつかれている。

なんだろう。 私何かやった?

もしかして、盟主は自分でこいつを倒したかったのだろうか。

ちょっと悪いことをしたかもしれない。

盟主は仕切りなおすように、ゆっくり歩いて怯え抱き合う二人の少女の横を通り過ぎる。

まるで少女たちを守り、騎士から立ちはだかるかのよう。 格好いい。 流石です盟主。

盟主の迫力に押されて後ずさる騎士を睨みつけ、口を開いた。

 

「女子供は追い回せるのに、毛色が変わった相手は無理か?」

 

硬直し、動けないで居る……膝が見るからにガクガクと震えている騎士に盟主は指先を向ける。

 

「<龍雷>」

 

その手に蛇か龍のごとくのたうちながらスパークする青白い電荷が走り、次の瞬間には空気を切り裂く破裂音とともに一瞬で放電された稲妻が騎士の全身を打った。

激しく痙攣し、全身から焼け焦げた臭いと白い湯気を立ち上らせながら騎士は膝をつき、倒れる。

雷撃を受けた瞬間にはもう内臓を焼かれ、心臓は停止して死んでいた。

 

「弱い……あんぐまーるさんの攻撃でもそうだったとはいえ、第五階位魔法ですらこんな簡単に死ぬとは……」

 

盟主は騎士が一撃で死んだことにあっけに取られている。

先ほどまで騎士を威圧していた、張り詰めていた空気も今は帯びていない。

そんなに不思議な事だろうか。 盟主の攻撃ならば「今のはメラではない… メラガイアーだ!!!」になっても不思議ではないと思われますが。

あれ? 何かおかしいな。 間違ったかな。

……というか。

私が殺すと決めた相手ならそれがどんな相手であれ、どんな手段を用いようと殺すまでやめません。

相手が強いか、弱いかなんてものは関係がないのです。

今日殺せないなら明日殺せばいいのです。 明日殺せないなら明後日殺せばいいのです。

どこに居ようと居場所を突き止めて。 昼も夜もなく彼らの背後を襲いくり、ひと時も休ませずもはや眠れる夜は無く……。

 

「あんぐまーるさん」

 

はっと意識を引き戻され、顔を上げる。 盟主が私を見ていた。

 

「……この二人が特別弱いという可能性はありますが、まだ油断はできません。 私も言うのをすっかり忘れていましたが、ここはユグドラシルではない。

 この世界にいる存在の平均的なレベル、強さがわからない以上、慎重に慎重を重ねるべきです。

 もしかしたら、HPが低い代わりに攻撃力に特化しているのかもしれないのですから」

 

……盟主からの叱責を受けた。

その通りだ。 私は全く考えが足らなかった。

この騎士たちが強力な物理無効を備えていたら、返り討ちに逢っていたのは私たちの方かもしれない。

 

「……はい。 申し訳ございません、盟主。 軽率に過ぎました」

 

「ええ。 ですから、様子見すらも本気の攻撃で行うという判断自体は間違いではないですよ。

 あんぐまーるさんは、『何時も通り』の行動を行ってください。 私はあの少女たちを助けてから、向かいます。

 代わりのフォロー役は……実験を兼ねて、今作ります」

 

「<中位アンデッド作成 死の騎士>」

 

盟主の力により騎士の死体が黒い霧に覆いかぶさられ、死体はひとりでに立ち上がると見る間にその姿を変え、体も大きく膨らんでいく。

着ている甲冑の形状、持つ武器すらも代わっていき、その体を包んでいた霧が晴れると人とも獣とも付かぬ異様に背の高い死の騎士が出現していた。

後ろの方で、少女たちが悲鳴を上げる。

 

「……死体から作られるのか」

 

盟主にも意外なことだったのか、出来上がった死の騎士を見上げて興味深そうに呟く。

そして、創造した下僕に命令を下した。

 

「この村を襲っている騎士を、あんぐまーるさんを援護しつつ、殺せ」

 

「オオオアアアアアアアアァーーーーーーーッ!!」

 

鼓膜をビリビリと震わせる咆哮を発し、死の騎士が地面を踏み鳴らして走り出す。 村の方に。

その動きはまさに疾風あるいは暴風。 瞬く間に小さくなっていく死の騎士の背中を私と盟主は見つめた。

何あれ凄い。 ユグドラシルの死の騎士ってあんなんだったっけか。

もしかして他の召喚・作成したモンスターもNPCと同様に自律行動できるように変わっているのか。

盟主を振り返ると、指先で頭をコリコリと書いていた。

 

「援護しろって命令したのに、対象を置いて行ってどうするよ……。 いや、命令したのは俺だけどさ……」

 

「盟主、あれは本来盟主の周りまたは指定した対象や地点の付近で接近する敵の迎撃を行うものだったはず」

 

「そうなんですよねえ……」

 

「……追いかけますか」

 

私は<騎獣召喚>を用いて乗騎を呼び出す。 地面に複雑な模様の絡みあった魔法陣が描かれ、その中から漆黒の毛並みと燃える炎の目を持つ『影の雌馬(シャドウメア)』が飛び出してくる。

私は颯爽とその背にかけられた鞍に跨った。

その時、開きっぱなしだった<転送門>から全身を重甲冑で包んだ人影が現れ、そして接続時間のちょうど切れた<転送門>が薄れて消え、完全に閉じられた。

現れたのはアルベドだ。

 

「準備に時間がかかり、申し訳ありませんでした」

 

「いや、そうでもない。 実に良いタイミングだ」

 

そう言ってから盟主は私に頷く。 あとは盟主の方はアルベドに任せて問題ないだろう。

アルベド強いし。 結構信頼しているし。

私は影の雌馬の片手に手綱を握り、もう片方に剣を携えた。

 

「では盟主、お先に行って参ります。 アルベド、盟主を頼んだぞ」

 

「は、私の命に代えましてもモモンガ様は私が警護致します。」

 

……あれ? なんかアルベドの視線が突き刺さるよ? 別に私は盟主と何にも無かったよ? 二人きりでお出かけしてたけど。

アルベドが心配するようなことは何もないよ?

だって、盟主は私の主君だし。 プラトニックな関係だし。 そもそも同性だって盟主は認識してるし。

え、なんかちょっとマジで目が怖いんですけど。

アルベドの視線から逃れるように、私は愛馬を村の中心の方へと走らせた。

背中にはまだアルベドの殺気とも嫉妬ともつかないグサグサ来る視線が刺さりまくっていた。

 

 

 




アルベドは原作の2倍くらい物凄い大急ぎで着替えて来ましたが、実際のところそんな所要時間は変わってませんでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戮・2

この作品は、丸山くがね様著、オーバーロードの二次創作です
web版と書籍版の設定・展開をツギハギにしております


「お名前はなんとおっしゃるんですか」

 

助けた少女に名を問われ、モモンガは一瞬思考した。

ここで、名乗るべきか。 名乗るとしても……本当の名を名乗るべきか。

この世界にいったいどんな存在が居るかわからないし、この世界に来たのが自分たちだけとは限らない。

ユグドラシルにおいて、アインズ・ウール・ゴウンの名は知らないものが居なかった。

もしこの世界に自分たちと同じように、やってきた存在がいるならば……かつてアインズ・ウール・ゴウンと敵対し、また良くない印象を抱いているものも居るかもしれない。

可能なら自分たち同様のユグドラシル・プレイヤーとの敵対は避け、場合によっては同盟を組むことも考えたいが、向こうにその気がないならば、アインズ・ウール・ゴウンというギルド名やモモンガ、あんぐまーると言った名前で自分たちの存在を喧伝するのはリスクを伴う。

だが……もしかしたら、自分たち以外にもアインズ・ウール・ゴウンのメンバーがこちらに来ているのならば。

あんぐまーるさんがギリギリで来てくれたように、ヘロヘロさんのように直前まで居たメンバーや、あるいは別アカウントを取得してログインしていたかもしれないメンバーも……。

その可能性は、充分あった。

ならば、その可能性に賭けたい。 モモンガの思考は、結論に達した。

 

「我が名を知るがいい。 我らはアインズ・ウール・ゴウン。 その統率者、我こそが……モモンガである」

 

少女に名を告げ、遠隔視の鏡で見た村の全体図を思い出しならがモモンガは村に向かって歩き出す。 

歩を進めるうち、ふとモモンガは思った。 最初、自分はこの村の住人を助けようとは思わなかった。

見捨てるつもりで居たのだ。 だが、あんぐまーるはこちらが何か言い出す前に即座に助けに行こうと……いや、あれは本当に「村人を救出しよう」という意味で言ったのだったのか?

あの時内心、自分は村人を見捨てると考えた自分の精神が「人間として異様」であることに驚いていた。

睡眠や疲労が存在しなくなったのと同様、精神構造も人間を人間と見なさなくなっている……いや、人間を仲間だと思い、同情や哀れみを覚えるようにならなくなって、アンデッドのものになって来ているのでは、と発想に至るのに不自然なところは無かった。

だが、あんぐまーるは自分とは違う選択をした。

それが人間の精神をあんぐまーるさんはまだ有していることによるものなのか、それとも……。

ふと、嫌な予感がした。 何か一、つ小さくない失敗をしたような嫌な感じが。

 

「アルベド、急いであんぐまーるさんを追う」

 

「わかりました、モモンガ様」

 

……と、その前に。 モモンガはアイテムボックスから嫉妬マスクと通称呼ばれている異様なデザインのマスクを取り出し、顔に装着した。

 

「あんぐまーるさんにも顔を隠すよう……いや、大丈夫かあれは。 フードを目深に被ってて顔が見えないと思われるかもしれないし」

 

 

 

 

 

声が爆発となって空気を震わせ、肌を直接打ち付ける感触というものをはじめて騎士たちは体験しただろう。

死の騎士に最初に吹き飛ばされた騎士の一人が、地面に衝突して手足が変な方向に折れ曲がった奇妙な姿勢のまま動かなくなっている。

他の騎士たちは反射的にそう行動してしまったんだろう、よく訓練された行動は体に染み付いて離れない……突如出現した死の騎士に対する半包囲陣形を取っているが、しかし死の騎士の威容に圧されて動けないで居る。

そこに、咆哮だ。 あれは迫力があるだろうな。

案の定、囲んでいた騎士の一人が情けない悲鳴をあげて逃げ出した。 そして、即座に追った死の騎士の持つ巨大な波打つ刀身の剣に両断される。

そこへ、さらに側面に騎馬で回りこんだ私が横合いから<チャージ>を行った。

 

「う、うわああああああっ!?」

 

直前で気づいた騎士は、しかし人馬一体の突風となった私に対応する余裕さえ与えられない。

草を薙ぐように私はその騎士の首を刎ねた。 空中で回転しながら切り口から血を撒き散らす頭部。

それが、仲間の騎士の足元に落ちて転がり、刈り取られた首と生者の目が合った。

そのまま駆け抜ける私により陣形が乱れ、そして死の騎士の暴風のような斬逆がさらなる犠牲者を血祭りに上げる。

それでもまだ恐慌状態になって壊走し、散り散りに逃げたりしないんだからこいつらはよく訓練された連中だ。

それどころか、誰も支持しなくても自然と防御陣形をとり、死の騎士への反撃を試みつつ、私が引き返してきて再度突撃するのを警戒する。

これだけ低レベルでも連携した動きができるのは中々居ない。 うん、そこは素直に褒めてやろう。

こいつら相当に集団PT戦を繰り返してきた一団だな。

でも、無意味なことだ。

私は馬を・・そいつらに向かって突入させた。

 

「来るぞ! またさっきの騎兵だ!」

 

「まともに当るな! ……いや、違う! 騎手が乗っていない! がはっ!?」

 

そう、乗り手の居ない影の雌馬は囮。 

私は一旦馬から下りて<霊体化>して接近しており、馬が通り過ぎるのを避けた騎士の背後から<霊体化>の解除と同時に奇襲した。

別の騎士が切りかかってくるが、その剣を2~3度適当にいなしてから、相手の構えが崩れたのを見て無造作に左手を突き出す。

そいつの兜ごと頭部を掴み、<略奪の接触(ドレインタッチ)>を発動した。 禍々しいエフェクトとともに何かが騎士の体から吸い出され、私の体に入ってくる感覚。

そして騎士の体はまるで砂で作った像であったかのように……崩れ、灰化して着ていた甲冑とともに地面に散らばる。

少し離れた所に集められている村人たちからも悲鳴があがった。

何これ。

ユグドラシルでは単に経験値ドレインするだけの効果だったんだけど、そのおかげであらゆるプレイヤーからはメッチャ嫌がられて居たスキル。

モンスターが使うだけならともかくプレイヤーが使うなよ!という声も度々上がったくらいだ。

……あれか。 こいつら低レベルだから、経験値を奪いすぎてレベルが0かマイナスに突入したからキャラロストしちゃったのか。

ユグドラシルではこの機能無くて本当によかった。

<霊体化>のクールタイムが終了したので、再び発動。 不可視・不干渉の状態になって離脱する。

 

「ひいいいいいっ!?」

 

「神よ! 神よぉぉぉぉ……」

 

正面からは死の騎士。 背後や側面からは神出鬼没に出現する私。

恐怖に耐えられなくなったのか騎士たちが悲痛な声と嗚咽交じりの祈りの声を上げる。

勝手な奴らだ。 救いを求めるなら、なぜ殺しなんかする?

お前たちが殺した人々も、同じように救いを求め、命乞いをしたはずだ。

自分が殺されるときは殺されたくないなんて、そんな都合のいいことを要求するお前たちは……「悪事」を行うものではあっても「悪」なんかじゃない。

ただの卑劣漢というんだ。

 

「クゥウウウ……」

 

喜悦の声。

わざと騎士たちを巨大な楯で小突き、逃げようと試みたものからその剣で貫き、叩き潰していく死の騎士が明らかにこの嬲り殺しを楽しんでいるのだと私にもわかった。

お前、後で覚えてろよ?

姿を現した私にとっさに防御しようとした騎士の両手を小手ごと切り落とし、その首を掻き切ってさらに胸を刺し貫いてから<霊体化>で離脱する直前、私は死の騎士を睨みつけた。

後ずさる死の騎士。

 

「き、貴様ら! あの、あの化け物を抑えよ!!」

 

引きつった奇妙に滑稽な声を上げた騎士が居た。

その声に他の騎士たちも動揺するのが見て取れる。

 

「俺は、こんな所で死んでいい人間じゃない! お前ら時間を稼ぐんだ! 俺の楯になれ! 金を、金をやるぞ! 金貨、200! いや500だ!」

 

……何を言っているんだこいつは。

私は一瞬あっけに取られた。 お金を提供するから仲間に自分を逃がす捨石になれって?

そんなもの、死んでからじゃ金銭なんか何の意味もないだろうに。

私ははあ、とため息を付いて<霊体化>状態のままそいつに向かって歩いた。

死の騎士お前は手を出すんじゃないぞ? 一応視線を向けるが、この状態であいつにも見えているのか、意思が通じるのかは不明だ。

騎士はさらに声を張り上げて喚きたてているが、呆然と見つめる仲間はいても何か反応しようとする奴は居ない。

私は<霊体化>を解除し、正面から騎士の頭部をつかんだ。

 

「ひぎゃああああああああああっ!!」

 

そのまま、騎士を宙に吊り上げる。

 

「金銭か。 貴様の提示できるものは」

 

そいつの兜の隙間から見える、怯えきった醜い目を睨みつけながら、私は口を開く。

全身を溶けた鉄のような静かな怒りが満ちているのがわかった。

 

「はい、はい゛! たじゅ、たじゅけで! おねがいじまず、いくらでもおがねだじまず!!」

 

「金などでは我らの興味を引くことはできぬ。 ……我は死を運ぶもの。 我らが盟主の手足となりて、貴様ら下郎に死をもたらす尖兵なり。 我らが盟主は貴様らの生命をご所望である」

 

「ひっ……!!」

 

逃れられぬ死を悟ったそいつの目が絶望の濁りに満ちる。

私はそいつの腹に剣を容赦なく突き立てた。 二度。 三度。 何度でも、繰り返し刀身を内部で捻り、内臓をかき回し、抉って切り裂いた。

切っ先を突き入れるたびに体は痙攣し、手足は苦痛から逃れようとバタバタともがき、そして屠殺される豚のような哀れな惨めったらしい悲鳴をあげる。

 

「ぎゃああああああああああ!! あぎゃああああああああああ!! おがね、おがねあげまじゅ! だずげて! だれが! おがね! おがねおごおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ……」

 

悲鳴はやがて血をこみ上げるゴボゴボという音が入り混じり、兜の隙間と腹部の穴から赤黒い液体が零れ落ちて甲冑を伝い、地面に血溜まりを作ると聞こえなくなった。

私は死骸の頭部から手を離した。 重たい音とともに血溜まりに死骸が落ち、少し血が跳ねて飛んだ。

さあ、次は誰だ。 私はゆっくりとまだ残っている騎士たちを、獲物を見回す。

見るからにガタガタと震えている奴もいた。

誰かの消え入りそうな「かみさま」という呟きの声も聞こえる。

だが、誰一人として逃げようとしない。 逃げようと動けば、死の騎士の巨剣が待っている。

しかしそんな中にはまだ勇敢さを保つ者は居たようで、仲間に指示を飛ばす騎士が居た。

 

「……落ち着け! 撤退だ、合図を出して馬と弓騎兵を呼べ! 残りの人間は笛を吹くまでの時間を稼ぐ! あんな死に方ごめんだ! 行動開……」

 

流石は訓練を受けた者たち、的確な指示さえあれば体が付いて行く。

だが、それが逆に仇になった。 数歩下がった騎士が剣の代わりに背負い袋から角笛を取り出そうとするが、私はその動作を見逃さない。

<霊体化>から真っ直ぐその騎士へと駆け寄り、解除と同時に騎士の左肩に剣を振り下ろす。

その騎士の着ていた甲冑ごと切り裂いた刀身は右胸を通過、腰の辺りまで一気に食い込んでいる。

鮮血を吹き上げて絶命する騎士が取り落とした角笛を、私は踏み潰して割り砕いた。

あっけに取られる騎士たち。 指示を出した騎士は悔しげに「糞!」と吐き捨てている。

そして死の騎士も立ちはだかろうと前に出ていた騎士数名を一人一人、剣の剛打で吹き飛ばした。

さらに、騎士たちの中から悲鳴があがった。 

死の騎士に殺された死骸が蘇り、アンデッドになって立ち上がり始めたのだ。

まだアンデッド化していない仲間の首を刎ねるために、指示を受けて騎士が2人仲間の死骸に駆け寄る。

それを私は後ろから刺し貫く。 そして、気づいたもう一人が切りかかってくるのを適当に相手して、<霊体化>で離脱。

注意を他の事に向けた奴から私の餌食だ。

正直、こいつらを瞬殺するのは簡単だ。 でも、あまりに簡単に終わらせたらこいつらは苦しまない。

自分たちが殺した人のように、今度は自分たちの番なのだから、じっくり恐怖と絶望と苦痛を味わえ。

なんら抵抗できないまま、どのような抵抗も無駄と徒労に終わることをしっかり自覚して嬲り殺されていけ。

それがお前たちの末路だ。 慈悲は無い。

さあ、さらにお前たちに絶望を植え付けるために、あえて使うほどじゃないと思ってオフにしていたバッドステータス効果のスキルも開放してあげようじゃないか。

効果範囲に村人たちが入っていないのを確認し、使用する。

 

<錯乱のオーラ>

 

「がああああああっ!」

 

「いひぃいいいいいいいいっ!?」

 

「あば、あばばばばばばば」

 

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

 

……あれ?

今まで生き残っていた騎士たちの全てが口から泡を吹き、白目を向いて膝から崩れ落ち、ある者は笑い続け、ある者は頭を抱えて地面を転げまわり、またある者は剣で自分の喉を突いて自害している。

<錯乱のオーラ>の効果って、恐怖・混乱・命中率低下・一部行動およびスキル使用不能、等の直接攻撃ダメージは無いものだったんだけど……?

もしかして、精神に作用するからこいつらのレベルだとショックが強すぎてSAN値直葬しちゃった?

……ヤバい、ミスったかも。

死の騎士も、何か言いたげにこっちを見ている。

いや、これ私のせいじゃないでしょ。 想定以上にこいつらが低レベルなのが悪いんだよきっと。

もしくはユグドラシルとこっちで効果が微妙に違うからいけないんだよ。

想定外です。

だからこっち見んなってば。

死の騎士の視線から逃れるためにふと上に頭を向けると、盟主とアルベドが<飛行>でこっちにやって来るのが見えた。

……うん、命令及び目的は果たしたし、別にいいよね。

 

ところで村人たちが私の方を物凄い化け物でもみるかような怯えた視線で見ているんだけど、これは死の騎士がさらに私の後ろにいるからに違いない。

だってほら、レイスやスペクターってユグドラシルだと嫌われ者だけど、ここユグドラシルじゃないし。

残虐非道で卑劣な悪い襲撃者たちをやっつけた、正体不明の謎の騎士だもの、私。

ですよね、盟主。 その仮面格好いいですね。

なんで手で顔を押さえて「やっちゃったよこの人……」って感じの雰囲気になってるんですか盟主?

 

 

 

 




あんぐまーるの好きな戦術は開幕ピンポンダッシュ連打
ユグドラシルだと攻撃力は他のプレイヤーやギルドメンバーほどじゃないので
バステ効果やHP吸収攻撃したあと一撃離脱を延々繰り返し、あんぐまーるに構っているとメイン火力勢に押され、メイン火力勢に対処してるとあんぐまーるがチクチク攻撃してくる
さらにそこに専門の暗殺者や忍者や盗賊が加わると…という感じです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



この作品は、丸山くがね様著、オーバーロードの二次創作です
web版と書籍版の設定・展開をツギハギにしております


 

「……我々はこの村が襲われていたのが見えていたので助けに来た者だ。 けして怪しくは無い。 彼は私の仲間であり、彼こそが最初にこの村を助けようと言い出した……まあ、少々やりすぎて村の方々まで驚かせてしまったが、本人もこの通り反省しているので……」

 

怯え半分の表情で村人たちはざわめき、互いに顔を見合わせる。 誰もが不安な表情を隠しもしない。

盟主は村人たちをなんとか安心させようと懸命に弁明と説得を続けていた。

私は、盟主の横で正座させられていた。 解せぬ。

騎士たちの生き残りは一箇所に集められて武装解除され、焦点の定まらない目でまだうわ言をブツブツ呟いている。

死の騎士は殺した騎士の死骸から発生した従者の動死体たちと、そして私が殺した分の死骸を片付ける作業を行っている。

アルベドは右隣やや後方から私を見張っている。

……解せぬ。

 

「……とはいえ、ただと言う訳ではない。 村人の生き残った人数にかけただけの金を貰いたいのだが?」

 

「お、お金なら充分にお支払い致します! だから命だけは! ただ、今は村がこんな状態ですので少しばかりの猶予を!」

 

村長らしき人物が地に頭をこすり付けんばかりに全身を投げ出してひれ伏し、哀願する。

……盟主が何か物凄く言いたげに私を見る。 私はその視線から逃れるように顔を背けた。

ごめんなさい。 反省してます。

 

 

 

 

 

……村長の家に場を移して行われた話し合いの結果として、村は助けられた対価として現地の情報を提供することが一旦決まり、そして得た情報がかなり有益だったのでその分のお釣りという建前および村の受けた被害の大きさに同情したこちらからの厚意として、村には幾許かの復興援助が行われることが追加決定した。

村長は多少は安堵し、しかし未だこちらを警戒しオドオドとした態度ながら、私たちが村に危害を加える意図は無いというのを理解してくれたようだ。

なんとか現在は「村人の命を救った恩人」にまで格上げされている。

あれだな、例えるなら村をモヒカンスタイルの略奪者が襲ってきたとしよう。

そこへ、ライオンがやって来て略奪者を全員鋭い爪で叩き殺し、村人にこう言った。

 

「ああ、疲れた。 なんだかお腹が減ったなあ」

 

……絶対「生贄に村人食わせろ」って言ってるようなもんだよね。

でも、逆にライオンが

 

「何もいりません。 お礼が欲しくてやったことでは無いですから」

 

なんて紳士的に申し出ても、それはそれでメッチャ妖しい。 猛獣が人間助けるなんて普通、ないもの。

だから盟主はかなーり上手く村人を納得させる態度と選択肢を取ったことになる。

さらに、「お前たちの歓迎の態度に満足したので、もう少しオマケしてやる」って形で度量を示し、ただ危険な猛獣というだけじゃなく益をもたらす存在だ、という方向に印象を和らげることにも成功しただろう。

流石盟主。 まさに比類なき叡智のなせる業でございます。

そしてホントごめんなさい。

 

「……いえ、あんぐまーるさんに『いつも通りに』と指示したのは私ですから。 これは私の失敗でもあるんです。

 それに、私の方ももう一つ失敗をしています。 村の外にも騎士たちが居たので、そちらを始末しましたが……村長から得た情報からすると、この村を襲ったのはバハルス帝国という国の兵に見せかけた、スレイン法国の欺瞞ではないか、という可能性が浮かび上がって来ました。

 やはり、少しぐらいは騎士を尋問できる状態で捕らえておくよう最初から方針を定めておくべきでしたね……」

 

「生き残った者があの有様では、魔法を用いて情報を引き出すのが困難……やはりこれは我の失態が大きいかと。 責任の大部分は我にあり、盟主は気に病まれませぬよう」

 

村はずれ、共同墓地で少し離れたところから死んだ村人たちの葬儀が始まるのを見ながら会話していた私と盟主は振り返って村の広場の方に目を向ける。

今はそこに一応の見張り付きで転がされている騎士たちが居る。 

あれらをどうするべきだろう。 村人が仇討ちの対象とするのに任せるのか。

それともこの村が所属しているリ・エスティーゼ王国の軍や官憲に引き渡すのか。

奴隷制度のようなものがこの世界にあるとして、奴隷商人に売り渡すのか。

……あの状態の人間がどういう用途の奴隷になるのか想像できないけれど。

 

「……まあ、本当に無理かどうか試す意味合いも兼ねて、何人か引き取りたいですが」

 

そう言いながら盟主は再び葬儀の様子に目を向ける。 

私も視線を戻し、盟主と私が最初に助けた二人の少女……エンリとネムという姉妹が両親の墓の前で泣き崩れている様子を見つめる。

……昔、道路で轢かれている親猫と、泣いている子猫を見つけたことがあった。

私は兄弟たちとその母猫の死骸を埋葬し、子猫を家に連れて帰った。

その子が、実家で飼う最初の猫になった。 既に犬を飼ってたけど、うまく喧嘩にならなくて良かった。

あの様子を見ていると、何故だかそれを思い出す。 

ちらっと盟主を見ると、ローブの袖の下で何かを弄んでいた。 蘇生の短杖か。

それがあれば、あの姉妹の両親や死んだ村人たちを助けることができるだろう。 盟主もそれを考えているに違いない。

私も何個か持っているアイテムだ。 でもそれを()()()()()()()()に使うつもりは無い。

親を亡くした可哀想な子猫を二匹、ナザリックに連れて帰って世話してやるくらいはしてあげてもいいけど、両親を生き返らせて幸せな家族の光景を取り戻してやるほどまでの感情移入は無い。

 

葬儀が終わったようで、何人かの村人がこちらにやってきて私に頭を下げた。

 

「どうも、墓掘りを手伝ってもらいまして、おかげで葬儀の準備もすぐに整って、死んだやつら全員一度に埋葬してやることができました。 ありがとうございます」

 

……盟主が村長の家で話を聞いている間に、手隙だった私が少しばかり手伝った(決して盟主に罰ゲームでやらされたわけじゃないよ、本当だよ)事か。

別に大したことじゃないのに、少しばかりの作業で穴を全部掘り終え、墓石になる石を全部運んだけの簡単な仕事に村人たちは驚嘆していた。

最初はあんなに遠慮していたというのに。 遠慮しながらすっごい震えてたな。

 

「我らがもう少し早く来ていれば、村民の犠牲者も少なくて済んだ。 ゆえにこれは助けられなかった者らへのせめてもの罪滅ぼし。 礼を言われる資格を我は持たぬ」

 

私はそれだけ言ってあとは沈黙を貫く。 そう、別に死んだ猫の埋葬を埋めてやったのと同じなだけだ。

葬儀が終わった村人たちは、まだ死んだ家族の墓の前で嘆いている者たちをのこし三々五々に分かれて共同墓地を後にし始めた。

その際に、私と盟主に感謝の言葉とともに頭を下げながら通り過ぎていく。

 

「今は、村を助けたことで満足してもらおう」

 

そう呟きながら盟主は蘇生の短杖を仕舞い込んだ。

そして背後に立っていた死の騎士をしげしげと眺めながら何か考えている様子。

……こいつ、何時まで出現しているんだろう。 召喚モンスターには時間制限があったよね?

私の影の雌馬だって放置してたら時間制限が来たから消滅したし。

さて、それも気になるのだけど……

 

「ところで盟主、この者はいつ頃からここに?」

 

盟主が、ご自分の横にいつの間にか立っていた影に気づく。

八肢刀の暗殺蟲だ。 村人にも気づかれず、不可視状態で気配も断ち全く気づかれることが無いのは流石。

 

「八肢刀の暗殺蟲? アルベド、これは……」

 

「モモンガ様とあんぐまーる様にお目通りしたいとの事で…」

 

盟主がアルベドや八肢刀の暗殺蟲と話し始めた。 また難しい話かな。

村を包囲とか襲撃とか聞こえるし。 ……なんで襲撃という話になっているんだろう。

そう考えながら周囲を見回すと、真っ赤に目を晴らしたあの姉妹が手を繋いで歩いてくるのが目に入る。

二人はこっちに気づくと、駆け寄ってくるそぶりを見せた。

盟主たちはなんだか物騒な話をしているし、聞かれると不味いのでこちらから少女たちに歩を進めて近寄っていく。 二人は立ち止まり、私を見上げた。

 

「……何か用か」

 

「あ、あの……」

 

私の方から声をかけると、エンリが姉の方だったかな?姉が口ごもりながらも、礼を言い始める。

 

「助けれくれて、ありがとうございました」

 

「……礼は盟主に申せ。 我は盟主の命に従ったまでだ」

 

「は、はい。 ……でも、貴方も助けてくださいました。 それで、モモンガ様のお名前は教えていただいたのですが、貴方のお名前を……」

 

そうか。 私はまだ名乗ってなかった。

盟主が既に私のことは村人に紹介していたかもしれないけど、でもちゃんと名乗るのは大事だ。

 

「……我はあんぐまーる。 アインズ・ウール・ゴウンの末席にして、モモンガ様の騎士、あんぐまーるだ」

 

「あんぐまーる様、本当にありがとうございました」

 

「ありがとうございました!」

 

姉妹は揃って頭を下げて、村の方に戻っていく。

……その背中を見送りながら、やっぱり拾って帰ってナザリックで飼おうかなって思った。

ちゃんと世話するから。 ご飯の面倒も見るし毎日散歩連れて行くから。 ねえいいでしょ盟主。

『だめです、元いた所に返してきなさい』

……なぜか盟主ではなくたっち・みーさんの幻聴に怒られた。

 

 

太陽は西の空に傾き始めており、あと一時間ほどで綺麗な夕日が見られるだろう。

そういえばこの世界は一年は365日なんだろうか? 時刻表示を参考にする限り、一日はほぼ24時間で合っているようだけど。

盟主は村長から随分と有用な情報を得たようだけど、それでもまだ不明な点が沢山あるようで、情報が集まっていない状態で行動するのは非常に危険だ、と言った。

だが、あえてアインズ・ウール・ゴウンの名を出し自分たちが名を明かすのには、現地勢力だけではなく、私たちと同じようにユグドラシルから来たプレイヤーの耳に届くようにしたいからだと。

その中にはもしかしたら、アインズ・ウール・ゴウンの仲間たちも居るかもしれない。 その可能性には私も大いに期待したい。

そして、これ以上の具体的は話はナザリックに戻ってからで、という事で私たちは村を後にすることにした。

 

「ここですべき事は終わった。 アルベド、撤収するぞ」

 

「承知いたしました」

 

返事をするアルベドはなんだか苛立っているように見える。

でもそれは私に向けたものではないようだった。 どちらかと言えば……この村の人間たちに対して不愉快さを覚えているような、そんな空気。

同じことを思ったのか、盟主がアルベドに問いかける。

 

「……人間が嫌いか?」

 

その問いに、アルベドは好きではない、脆弱な生き物で下等生物で、虫のように踏み潰したらどれだけ綺麗になるか、例外の一人を除き……と答える。

ふうん。 アルベドは人間が嫌いなのか。

私はアルベドの事を嫌いにはなりたくはないけれどね……。

 

「そうか……お前の気持ちは分かった。 だが、ここでは冷静に優しく振舞え。 演技というのは重要だ」

 

盟主の言葉に頭を下げるアルベド。 盟主はこういう時にも優しく諭すようにいう。

だから守護者たちから優しい人って言われるんだと思う。 実際盟主はお優しい。

盟主マジ仁徳の王。 慈悲深き支配者。

そんな盟主を褒め称える言葉に私が心の中で浸っていると、盟主が今度は私に話を振ってきた。

 

「あんぐまーるさんは、この世界の人間をどう思っています?」

 

どうって、それは……

 

「犬猫と同じくらいには嫌いではありません。 分別弁えず吠え立て噛み付こうとする狂犬ならばその限りではありませんが。 その首を刎ねるのに何の感慨も……」

 

なんだろう。 自分で言ってて何か違和感がある。 なにかおかしい気がする。

エンリとその妹に覚えた愛着。 結果的に助けた村人たち。 殺した騎士たちに抱いた憎悪。

これらの違いは何だ。 彼らの差は何だ。 人間と犬や猫などの動物の違いは何だ。

自分自身の発した言葉に困惑する私に、盟主は少し考えて、そしてさらに次の言葉を投げかけた。

 

「あんぐまーるさん……私たちが『人間だった』事を覚えていますか?」

 

その一言を耳にしたとき、私は愕然となって、その衝撃の大きさに平衡感覚を失って地面に片膝をついた。

両手で頭を抱える。 そうだ、人間だった。 つい昨日まで……私はユグドラシルというゲームのプレイヤーで、人間で、そしてこの村の人間や、殺した騎士たちと同じ、人間だったんだ。

 

「あんぐまーるさん!?」

 

「あんぐまーる様、如何なされました!」

 

盟主とアルベドが私を心配して左右から顔を覗き込む。

受けた大きな衝撃による動揺はすぐさま収まり、私は普段の冷静さを取り戻している。

何度も体験した、心が挫けそうになるたび復帰するこの不思議な感覚。 

それに支えられて私は立ち直り、ゆっくりと立ち上がった。

そして、自分でも何かわからないものを求めて盟主に問おうとする。 だが、冷静さは取り戻しているはずなのに言葉が上手く出ない。

 

「盟主……盟主は……」

 

盟主は私としっかり目を合わせて言ってくれた。

 

「あんぐまーるさん、おそらくわた……俺も、貴方と同じです」

 

そうか。 そういう事だったんだ。

だから、私はあの時……盟主に進言した時。 同族(にんげん)を殺された怒りや、彼らに対する哀れみや悲しみからじゃなく。

殺戮を行った者たちの「行為」そのものに対して憎悪を抱き。

そして、「村を助けよう」じゃなく、「こいつらを殺そう」って盟主に言ったんだ。

私は今はっきりと自覚していた。 私にとってはもう、人間は私の仲間(どうしゅのせいぶつ)じゃない。

 

気づくと、広場の前まで来ていた。 その片隅で数人の村人となにやら相談していた村長が、こちらに気づいて緊迫感を顔に浮かべたまま駆け寄ってきた。

また何か問題でも起こったのだろうか。

盟主が、先に村長に話しかけた。

 

「……どうかされましたか、村長殿」

 

「ああ! モモンガ様。 実はまた大変なことになりそうで。 実はこの村の方に馬に乗った戦士風の者たちが近づいて来ると、今見張り台に立っている者から報告が……」

 

 

今日はまだもう一波乱起こりそうだった。

……はやく帰りたい。 不貞寝したい。

 

 

 

 

 




あんぐまーるの中では犬か猫というのは実はかなり上位に入っている存在です。
あと描写少ないですがモモンガ様今回すっごく頑張りました。 もうデミウルゴス要らないんじゃないかなってくらい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



この作品は、丸山くがね様著、オーバーロードの二次創作です
web版と書籍版の設定・展開をツギハギにしております


緊急を告げる鐘が打ち鳴らされ、村人たちの顔に困惑と恐怖が再び影を落とす。

村長の家へ集まるように誘導された彼らの後を追うように死の騎士が巨体を揺らして歩き、そして警護に付いた。

盟主は広場にて村長と並んで立つ。 アルベドは盟主の後ろに。

私は……少し迷った。

本当なら盟主の半歩下がった右か左隣が定位置なのだけど、下手に前に近い所にいると、また何か失敗をしそうだ。

そう思ってちょっと後ろの方の家屋の壁の側にたたずんでいると、盟主に呼ばれた。

 

「あんぐまーるさん? 私の隣に居てください」

 

「……承知」

 

……アルベドの横を通り、盟主から半歩下がった右隣でいつものポーズ。

アルベド、今チッって舌打ちしなかった? 空耳だよね? 私へのアルベドの態度がよそよそしかったり冷たかったりして悲しい。

盟主に対しては鎧の下で時々くふー!って小さい声で嬉しそうに漏らしてるだけに余計悲しい。

誰だよアルベドの設定弄って「モモンガを愛している」なんて書いた奴。 盟主ですね。

そこは「モモンガを愛し、そしてあんぐまーるの事は一番の親友だと思っている」とか書いて欲しかった。 ……文字数足りないな。

いいもん後でセバスかデミウルゴスか恐怖公に慰めてもらうから。

 

広場へと騎兵隊が入ってくる。 一、二、三、……十八、十九、二十か。

心の中で彼らの数を数える。 さっきと大体同じ程度。 さっきより2~3倍くらい強いと見積もっても、大した数じゃないな。

私と盟主が組めば、同程度のプレイヤー1PTくらいはなんとかなる。 ……なるよ? 盟主が殆ど倒すからなるよ多分。 できる、盟主ならできるって!

加えてアルベドも居るし。 死の騎士……はまあ、足止めくらいにはなるかな。

そう、不安要素は何もない。 ……っていう考え方じゃダメなんだよなあ。

盟主ぐらい慎重に、相手の持ってる耐性とかどんな戦法を取って来るのかとか冷静に状況を分析して、そして集めた情報から対抗手段を構築する……そのぐらい頭を使わないといけない。

……私は将棋とか囲碁とか苦手だった。

でも、これからはそうも行かないんだろうな。

今までの私は敵の中に特攻して暴れまわって、バステやステ低下、デバフ、各種属性を総当りで使って、どれが効いたか確かめる。 そんで頃合で離脱して。

そこに盟主とはじめとしたギルメンが火力で押して、そしたらまた私が後ろからチクチク攻撃して、離脱して。

みんなの影に隠れてばかりだった。 自分で考えなくても、誰かが指示をくれた。 その通りにして居ればよかった。

今は、盟主と二人きりだ。 他の仲間は居ない。

たっち・みー様もウルベルト様もぶくぶく茶釜様もぷにっと萌え様も居ない。

盟主と私で……場合によっては私一人の時も……作戦を考えて、戦っていかないといけないんだ。

 

騎兵隊が私たちの前で整列する。 その武装は一人一人でマチマチなのに、行動は見事なまでに統一されていた。

こいつらもさっきの騎士たちと同様に、充分な訓練を受けている。

その隊長格らしき屈強そうな体格と厳しい顔立ちの男が、盟主や私を視線で射抜く。

……まあ、怪しむよね。

そいつはリ・エスティーゼ王国の戦士長、ガゼフ・ストロノーフだと名乗った。

低いけどよく通る声。 イケメンボイスだ。

後ろの方からも村人たちのざわめく声が聞こえるところを見るに、相当な有名人のようですよ、盟主。

村長も驚いている様子で、盟主がどのような人物か尋ねると、王国の午前試合で優勝を果たした人物で、王直属の精鋭を統率するというなんか最強物語小説の主人公みたいな人だという答えが返ってきた。

……よしわかった。 こいつ盟主と同格以上のプレイヤーだ。 ワールドアイテム持ちだ。 たっち・みー様と互角の戦いができるワールドチャンピオン級に違いない。

 

「盟主、ここは我が楯となり食い止めます。 その隙に超位魔法にて我ごとお吹き飛ばしください。 それ以外に勝利を拾うことはできません」

 

小声で後ろから進言すると、盟主がギョッとして私を振り返る。

 

「……いや、あんぐまーるさん、まだ敵対すると決まったわけではありませんからね?」

 

……あれ? また何か失敗したかな私。

 

「この村の村長だな」

 

戦士長が口を開く。 もう私は黙っておこう。

 

「横に居る者たちは一体誰なのか教えてもらいたい」

 

あ、何気に盟主の後ろに居るアルベドがハブられた。 横に居るものたちだから盟主と私のことだよね。

私のお気に入りナザリックNPC第二位のアルベドを無視するとは、戦士長め!

盟主は村長が口を開きかけたところで先に口を開く。

 

「それには及びません。 はじめまして、王国戦士長殿。 私はモモンガ、こちらは私の仲間であんぐまーる。 偶然立ち寄ったこの村が騎士の一団に襲われておりましたので、行きがかり上助けた者です」

 

盟主が一礼するので、私もそれに倣う。

戦士長も馬から下りて頭を下げた。 重そうな甲冑着ている割に動作は身軽。

よっぽど慣れていると見える。 あと結構礼儀正しいな。

 

「この村を救っていただき、感謝の言葉も無い」

 

その一言だけで村人や騎兵たちが少しばかりざわめく。

偉い人が頭を下げるのはよほどの行為なんだろうな、この国。

でもそうだね、馬に乗ったまま居丈高に振舞われるよりは印象悪くならないし。

それに、盟主の行ったことを即座に信じるとか、かなり人が良いのかな、戦士長さんは。

……私がいうのもなんだけど、どう考えてもアンデッドを使役している仮面の魔法使いと怪しい武装した2名は、悪役っぽいと思う。

村長さんがすぐ隣に立っているし、不自然な様子も無ければまあ脅されてるとかそういうのは考えなくてもいいと思うけれど。

なんだか直情で真面目を絵に描いたような人。 嫌いではない。

でも、なんか簡単なことであっさり死んじゃいそうだな。 こういうキャラの時点で変なフラグ立ててるようなものだし。

 

死んじゃいそうだからどうだっていうの? どうせ、人間なんかもうどうでもいいと思ってるのに。

 

……なんだ今の。 幻聴かな。

気づくと盟主と戦士長さんの会話が進んでいた。 また考え事していて幾つか聞き逃しちゃった。

難しい話苦手だからって別のこと考える癖も、直さなきゃいけない。

仮面を取ってくれという戦士長さんの要求に、盟主は死の騎士の制御に必要だから、でうまくかわした。

流石です盟主。

 

「なるほど、取らないでくれていた方が良いようだな。 では、そちらのあんぐまーる殿は、フードを取ってはいただけませんかな?」

 

盟主を心の中で褒め称えようと思ったらこっちに話が振られた。

さて、どうやって上手く拒否しよう。

 

「……騎士の誓いにより、我が主君モモンガ様以外の者に素顔を明かすことができない。 申し訳ないが」

 

この答えで良かったかな。 本当はそんな誓いや戒律無いけど。

今作った。 今作って誓いました。 はいオッケー。

というかホントこのフード取ったら私の頭部どうなってるんだろう。 実体の無い死霊は盟主のスケルトンより不思議な体してるよね。

戦士長は誓いであるというのは納得したようだったけれど、でも主君という部分は気になったようだ。 さらに問うてきた。

 

「主君……? お二人は主従の関係であるのか? 先ほどは仲間と伺ったが……」

 

「本来は同格の友人ですが、あんぐまーるさんからは剣と忠誠を捧げられてもいましてね。 奇妙に思われるかもしれませんが、まあこういう関係なのですよ」

 

「ふむ……そういう事か。 誓いであるならば無理強いはできないな」

 

戦士長は一応、納得してくれたようだ。

そうだよー。 盟主と私は友人だよー。 というか盟主とはオフ会とかリアルで会おうとか考えもしなかった、考えようとしなかった。

そういうの、キャラと中の人を混同して考えるのはマナー違反だもの。

そりゃあね、例えばオフ会とかに参加して、それでリアルの盟主の前で、騎士の誓いをリアルでやったら、お遊びの範疇やネタとしてならいいけど、本気でやったらドン引かれるじゃん。

現実とロールプレイの区別付いてない変な人だよ。

だから、私が盟主を尊敬し、主君と仰ぎ側でお仕えしたいっていうこの気持ちは、あくまであんぐまーる(ロールプレイ)の方であって私じゃない。

そうでなきゃいけないんだ。 多分盟主も同じでしょ?

だから、アルベド。 そんな睨まないで。 ホントに盟主と私は何もないから。 ね?マジでお願いします。

 

ほら、戦士長も盟主が武装を置いたらっていうのに対して剣は王様から頂いたものだからって断っている。

主君に対する礼と忠義ってこういうものだよ。

それに、盟主は素顔晒せない理由があるのを知らずに顔見せてって要求した戦士長に対して、剣を外せない理由があるのを知らずに取ってと要求したことでお互い貸し借り無しにしている。

さすが盟主、社交の機知に富むお方。 ほら、盟主凄いでしょ憧れるでしょ。 ね? だから盟主の方だけ見ててください。

あ、もしかして盟主が戦士長に私を紹介したけどアルベドは紹介しなかった事を根に持っていらっしゃる? 違うよそれ私のせいじゃないよ盟主のせいだよ。

盟主! 戦士長! アルベドをハブにしないであげて! お願い!

私が後ろのアルベドから怨念めいた視線や気配をぶつけられて居る間にも話は進んでいた。

なんだか村を襲った騎士に関して詳しい事情聴取が始まるらしい。 しかも泊まりになるらしい。

ええー……帰りたい。 ショックな事あったし帰ってメイドさんprprしたい。 今日はエントマちゃんにしたい。

そこの広場の隅に転がしている騎士の生き残りに聞いて下さい。 ……話聞けそうにないか。

あれ正気に戻るのかな。

そう思っていると、騎兵が一人広場に駆け込んできた。 ……見張りを村外に立てていたのか。

その表情の切迫ぶりからすると、相当な緊急の用件のようだと思う。

 

「戦士長! 周囲に複数の人影が! 村を囲むような形で接近しつつあります!」

 

ほんとマジ帰ってもいいですか、盟主。 ダメ?

 

 

 

 

「なるほど……確かにいるな」

 

私が村の反対側の偵察から戻ってきたとき、戦士長と盟主も家屋の影から接近してくる者たちの様子を窺っていた。

こっちの方から見える数は三人。 いずれも軽装で、格好からはマジックキャスターの可能性が高い。

そして、その側に浮遊する、見覚えのある翼持つ姿。

 

「盟主、裏側からもやはり等間隔で同数、装備、装束は同様。 ……<霊体化>で間近で確認しましたが、やはり引き連れているのは炎の上位天使で間違いないかと」

 

盟主の側に控え、報告の後半は小声で告げる。

奇妙なことに連中が連れているのはユグドラシルに存在したモンスターだ。

じゃあ、あいつらは何者だろう? プレイヤー? だとすればそんなに強くはない奴らだ。 炎の上位天使は別にそんな強い敵じゃない。

……作ったばかりのキャラでこの世界にやってきた人たちだろうか?

盟主は報告を受け取ると頷いて、そして戦士長と相談を始めた。

 

「一体、彼らは何者で、狙いはどこにあるのでしょう? この村にそんな価値があるとは思えないのですが」

 

「モモンガ殿らに心当たりが無い……狙いではないということなら、答えは一つだな」

 

ああ、なるほど。 戦士長を狙って……戦士長はこの辺りを襲っているバハルス帝国の騎士たちのためにここに来た。 なんだか繋がってきたね。

……そのためにあの村と、そしてこの村の人たちは殺されたのか。

私の心に一旦鎮火して収まっていた炎がまた灯り始める。

 

「憎まれているのですね、戦士長殿は」

 

「戦士長という地位に就いている以上は仕方ないことだが……本当に困ったものだ」

 

盟主と戦士長の視線が交錯しあい、そして戦士長が肩をすくめた。

国の重要な地位に居れば、敵国からはそれは疎まれるものだろう。

私も末席とはいえアインズ・ウール・ゴウンに参入してからは、盟主たちを敵視するほかのギルドやプレイヤーから目を付けられる立場になった。

……そんなの関係ないか。 元々異形種だからってだけでPKの対象にしに来るのはそっちからだ。

さて、戦士長さんの話では相手はスレイン法国の部隊らしいことがわかった。

特殊交錯任務に従事するその部隊名は六色聖典。

 

「……ブフッ!」

 

「……?」

 

「……どうかしたか、あんぐまーる殿」

 

いえ、なんでもございません。 そう言いたいのだけれど、手で口元を押さえて声が出ないようにするのに必死で答えられない。

六色聖典。 ……六色聖典ってお前。 どんなネーミングセンスだ。 無いわ。 中二過ぎて無いわ。

格好良すぎて逆に格好つけ過ぎで、ヤバい、ツボに入った。 誰だこんな名前を、しかも国の特殊工作部隊に……もうこの時点で中二過ぎるでしょう。

そもそも部隊名に「聖典」って名づけるってどうよ。 六色は多分色ごとに6種類の部隊があるってことなんだろうけど、普通は聖典を崇めるもしくは信仰の象徴にすべきで、宗教組織の抱える部隊を「聖典」と言っちゃうものじゃないでしょう。

使い方間違えてる。 絶対。

うん、あいつらやっぱりプレイヤーだ。 そんで自分で部隊名名乗ってるんだ。

法国は プレイヤーの国に違いない。 こんな中二センス、現地人じゃあり得ないもの。 あんぐまーる覚えた。

……手加減は無用って事だよね。

 

なんとか復帰した私は盟主と戦士長さんに何でもありません、と冷静を装って何事も無かったかのように答えた。

盟主と戦士長さんは顔を見合わせた後、やっぱり何事も無かったかのように流してくれた。

 

「……モモンガ殿。 良ければ雇われないか?」

 

戦士長さんは盟主に唐突に提案を持ちかけた。 戦士長さんたちの部隊だけでは戦力が足りない、という事だろうか。

こっちの戦力もよくわかっていないだろうに、そこそこの評価をしてもらっているという事なのかな。

……盟主はどうするつもりだろう。 受けるのだろうか。

答えが無いのは、思案しているに違いない。

 

「報酬は望まれる額を約束しよう」

 

「……お断りさせていただきましょう」

 

断るんだ。 ……まあそうか。 この人間に手をかす理由があまり無い。

当然、私にも無い。

 

「かの召喚された騎士を貸していただけるだけでも構わないのだが? もしくは、あんぐまーる殿が雇われてくれる気はないか」

 

「……それもお断りさせていただきます」

 

「我が主君が望まれない以上、我も拒否せねばなりません」

 

戦士長は私にも話しを振るけど、でも私は盟主の決定に従うまで。

盟主が力を貸さないと決めたら、私も貸さない。 私は戦士長を助けたいとは特に思わないし。

 

では、以前の我は彼らを助けなかったと言うのか。

 

……なんだろう。 また幻聴かな。

戦士長はまだしつこく食い下がり、王国の法で強制する権利を振りかざすことを仄めかす。

盟主はそれも毅然と拒否した。 盟主と戦士長の視線がぶつかり、一瞬の緊張が走る。

側に控える私とアルベドにも緊張が伝わった。 いつでも剣を鞘走れるよう待機する。

わかっているよね、アルベド? 私が戦士長の剣を受け、貴様が盟主を確保し後ろに下がってお守りしろ。

……が、すぐに緊張の糸は緩んだ。 杞憂に終わったようだ。

 

「……怖いな。 貴殿らを相手にしてはスレイン法国の者らとやりあう前に全滅する」

 

「全滅など……ご謙遜を。 ですが、ご理解いただけたようで嬉しく思います」

 

盟主が頭を下げて一礼する。 謙遜してるのは盟主の方かと。

戦士長は明らかに私たちの方を「戦ったら脅威」と言いたげな視線を向けている。

ほら、盟主の顔をじっと見ているし。 ……今度は私の方をじっと見始めた。

あんま見られたくは無いのだけど、顔を背けるのは失礼なのでフードをちょっと弄ってさらに目深に被り、隠すようにする。

戦士長のほうから視線を逸らしてくれた。 いえいえ、そんな気に障ってませんよ。 でもこのフードの中に顔が無いっての気づかれるとお互い面倒ですから。

 

「……いつまでもこうしている訳にもいかない。 ではモモンガ殿、お元気で。 この村を救ってくれたこと、感謝する」

 

戦士長と盟主が握手を交わす。

そして、戦士長は私たちに村の人々を託し、もう一度守って欲しいと要請した。

……それって、戦士長たちが打って出るということかな。

包囲してくる敵。 それも、戦士長を討つことを目的に準備を整えて実行した計画。

戦士長が包囲を破るために突撃してくることは予想済みだろう。 何をどうやっても戦士長を倒せる算段を立てているに違いない。

やっぱり、戦士長さんは死亡フラグが立っていたんだ。

戦士長は王都に来ることがあれば望みの報酬を約束するって言ってるけど、それは戦士長が生きて帰れれば、の話だよね。

……できない約束はするものではないよ、ガゼフ・ストロノーフ。

でも、盟主は村人は必ず守る、と約束した。 その名前にかけて。

村人は助ける理由がある。 一度助けたのだし、援助の約束もした。

 

「感謝する、モモンガ殿。 ならばもはや後顧の憂いなし。 私は前のみを見て進ませていただこう」

 

そして、行く先は死地か。 まるで物語に出てくる正々堂々とした騎士だ。

 

「……その前にこちらをお持ちください」

 

そう言って盟主が差し出したのは……アレか。 盟主、まだ持ってたんだ。 私はもうとっくに使い切っちゃったよ、便利だったし。

余ってるようだったら後でひとつくらい譲ってくれないかな。

そうして、戦士長は太陽が完全に沈む前に騎兵隊を率いて出発して行った。

敵に暗視系の魔法があるなら夜闇はこっちの不利にしかならない……賢明な判断だ。

でも、できれば闇に紛れたほうが私にとっては活動しやすい。

そうすれば、助勢も……なんで私が助勢するんだろう。

私と盟主は小さくなっていく戦士長たちの背中を見送っていた。

やがて、盟主がポツリと独り言のように小さく漏らした。

 

「……はぁ。 初対面の人間には虫に向ける程度の親しみしかないが……どうも話してみると、小動物に向ける程度の愛着が湧くな」

 

「小動物、ですか」

 

私がそれに答えると、盟主は聞かれているとは思わなかったのかちょっと驚いてこっちを見ると罰が悪そうに頭を掻いた。

 

「ええ……どうも、人間の精神性や価値観ではなくなって来ているのを自覚しますよ。 あんぐまーるさんは……その、大丈夫ですか、もう?」

 

「……正直なところ、わかりません。 人間を同胞として見れない、特に共感や同情が湧かない、足元を歩く蟻や羽虫と同じ程度でしかないのならば、我は何を同胞と見なせるのか。

 喜びを分かち合い、傷つけられれば怒り、側に居たいと思える、真に同胞と言えるのは盟主(モモンガ様)盟友(ギルメン)らである事は決まりきっております。

 なれど……」

 

私は上手く答えが出せなかった。 自分でも、何が言いたいのか、この気持ちをどう表現していいのかわからない。

人間と動物や、虫との違いは何だ。 私が仲間と思える人たちとの違いは何だ。

仲間じゃなきゃ、人間なんかどうでもいいと思ってるなら、じゃあ何故、私はあの時怒った。 溶けた鉄のような真っ赤な憎悪を燃やした。

私は「悪の騎士」だ。 正々堂々とか仁徳とか慈悲とかそんなものは大事じゃない。

ただ、この心に誓いと忠義とルールがあるだけ。

そして、我が主君モモンガ様の……恩義に報いる……そう、私を助けてくれた……弱かった私に力を貸してくれた……。

 

答えを、見つけた。

 

「なれど、我に譲れぬ信念あり。 我は死の影の谷を歩くもの、我こそが悪なれど、悪とは無法と無秩序とただ蛮性を開放し我欲を満たし、卑劣卑怯の振る舞いを行うことをよしとするものにあらず。

 まして、虫けらを踏み潰して喜ぶなど下賤の行い。 それはただ醜悪であって悪にあらず、外道なり。 外道を行うものに、人間、亜人、異形、それらの区別一切無し。

 我らアインズ・ウール・ゴウン、そのようなものらと与する理由は一切ありません」

 

盟主が頷く。 そして、私の肩に手を置いた。

 

「人間には共感を覚えない……からと言って、人間を助けなくていい事にはなりませんしね。

 正直、私たち以外にも居るかもしれないプレイヤーと敵対したくはないですし、ただ悪事を行う悪のギルドだという印象を持たれたくはない。

 「悪」でも、時には正義に力を貸してもいいでしょう。

 ……敵の力は未知数です。 あんぐまーるさん、威力偵察をお願いします。 最低限、あのガゼフ・ストロノーフは生存させてください。 王国と関係を結ぶのに利用できますから」

 

「承知!」

 

盟主の御意思、決定に従い私は<騎獣召喚>で影の雌馬を呼び出し、その鞍に跨った。

 

 

 

 

 

一陣の疾風となって駆け出すあんぐまーるの背中を見送り、モモンガは心の中で呟いた。

あんぐまーる、ガゼフ・ストロノーフ。

二人に共通した、自分とは違う強い意志を持つ者への憧れを。

 

 

 

 




なお、あんぐまーる的には一位がセバスで三位がシャルティア、四位がデミウルゴス、五位が恐怖公
メイドは優劣付けがたいので別腹枠


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



この作品は、丸山くがね様著、オーバーロードの二次創作です
web版と書籍版の設定・展開をツギハギにしております


日の入りとともに平野は赤く昏く美しくも妖しい色に染まり行き、それはガゼフとその部下たちの運命を暗示しているかのようでもあった。

敵の数はたかだかこちらの2倍強、徒歩の兵のみであったがその統制された動きは相当に高度な訓練を受けた者達のそれであり、いかなる手段によってか騎馬であるガゼフたちを常に包囲しその輪を縮めながら移動している。

ガゼフの騎兵隊は完全に檻の中に入っていた。 だが、ガゼフとてむざむざ敵の手にかかるような男でもない。

まずは村から少しでも遠ざかり、戦いの余波が及ぶのを回避する。

しかるのち、強行突破。 この包囲を脱したとしてもさらに二重三重の包囲が敷かれているのは容易に想像できたが、しかし今はそれに賭けるしかない。

もとより、取れる選択肢は少ない。

ついてきた部下たちの何人かは確実に命を落とすだろうが、彼ら個々の技量と運に期待するだけである。

村も中で戦ったほうがまだ有利であったかもしれない。 モモンガ様の力も借りれよう。 だがそれは確実に村人を巻き込む。

ゆえに、ガゼフはあえてその方法を採らなかった。

 

「敵に一撃を加え、村の包囲網をこちらに引き寄せる! しかる後、強行突破して撤退だ! 遅れるなよ!」

 

部下達が口々に応!と叫ぶ。 誰一人、死を恐れて二の足を踏むものは居ない。

恐れれば鈍り、余計に死を招く。 覚悟を決めて危地に飛び込む準備の出来た者たちばかりだった。

 

「行くぞぉおお!! 奴らの腸を食いちぎれ!!」

 

雄たけびのようなガゼフの号令ともに、騎兵隊は一塊となって突撃を開始した。

ガゼフを含む何人かの弓矢を持つ者は、馬を走らせながら包囲する兵たちに矢を射掛ける。

しかしその矢は敵兵に当っても容易に弾き返され、効果が無い。 軽装に見える敵の装備は、何らかの魔法による防護が施されているのは明白だった。

そして、敵が手を先頭のガゼフに向ける。 ガゼフが魔法による攻撃を予想し身構えたとき、自らの乗騎が突然けたたましく嘶いて前足を高く蹴り上げた。

疾走中にこのような動作を行った馬は急ブレーキをかけられた状態になり、バランスを崩して倒れる。

背から振り落とされたガゼフはなんとか馬の下敷きになる事だけは回避した。

精神操作系の魔法を馬にかけたのだという事はすぐに理解できた。

それも、ガゼフだけを狙って。 敵の狙いが最初からガゼフ一人であることは明白。

 

「戦士長!」

 

後ろから来たガゼフの部下が馬上から手を伸ばすが、しかし同時に空中から降下してくる天使が襲い掛かる。

ガゼフはとっさの判断で剣を抜き、天使を切り払った。

鋭く力強い剛剣の一閃が天使の胴体を薙ぐが、両断には至らない。

深手を負ってはいるが、そのまま一旦上昇した天使はまだ戦闘能力を失っていないようで、空中からガゼフを狙う隙を窺っていた。

通り過ぎた部下の背中が遠ざかっていく。

 

「なるほどな」

 

ガゼフは深く切り込んだはずの自分の剣が思ったほど天使にダメージを与えていない理由に思い当たったようだ。

なんらかの技を発動させ、剣に力を込める。 刀身が僅かな光をともした。

再び急降下してくる天使に、ガゼフはカウンターで切り上げる。

こんどこそ両断された天使は体を微細な光の粒子へと分解して消滅して行った。

馬を失い、取り残されて孤立したガゼフに包囲の輪が縮まる。 

上空を数多くの天使たちが舞っていた。 完全な多勢に無勢。 このまま孤軍奮闘しても全く勝ち目は無いだろう。

救援が必要かと思われたその時、遠ざかっていたはずの馬蹄の轟きと雄たけびが戻ってくる。

部下達が反転して戻ってきたのだ。

 

「突破したら撤退だと言っただろうが」

 

苦笑するガゼフの表情は、どこか嬉しそうに見えた。

確かにガゼフは良い部下たちを持った。 その行動がどんなに愚かでも、しかし指揮官を見捨てて逃走する兵よりはずっといい。

彼の部下達は一旦脱出した包囲を後ろから逆撃する。 そして、そのまま乱戦に持ち込もうとする。 いい手だ。

しかし、それには戦力が足らない。 魔法攻撃によって落馬し、天使に討ち取られていく。

ガゼフは、天使と戦いながら敵の指揮官を探した。 もうそれ以外に勝利できる可能性は無いだろう。

一度に30体近くの天使が同時にガゼフに襲い掛かった。

 

「邪魔だぁあああああ!!」

 

ガゼフの裂帛の気合とともに振るわれた剣撃が一瞬6つに見える。

それと同時に、周囲を取り囲み剣を繰り出さんとしていた天使が6体、両断されて光の粒になって消滅した。

驚くべき剣技。 いや、何かのスキル。 おそらくはガゼフの切り札、奥義と言っていい技だろう。

周囲の敵味方からも歓声と驚愕のどよめきが上がる。 そしてガゼフの部下達の士気が目に見えて向上した。

しかし、敵の攻囲が緩むことも無く、さらに複数体の天使がガゼフを襲う。

天使の一体がガゼフに切りかかるが、しかしガゼフは超速の反応で、先に切りかかった天使の斬撃を紙一重で避け、同時に天使が剣を振り下ろすよりも先に、後からのガゼフの剣が天使を斬っていた。

そのまま、流麗な美しい動作で切り返してもう接近していた一体の天使を仕留める。

次々と天使を倒していくガゼフの光景に部下達も勢いを増し、一瞬だが不利な状況を押し返すかに見えた。

しかし、いかにガゼフ一人が奮戦しようとも数と質、そして支援の有無の差は埋めようが無い。

やがて再びガゼフ達が敵に押され始めた。 何よりも、天使は倒しても次々と召喚され、そして召喚する敵兵を倒したくとも天使に阻まれる。

一人、また一人と部下は倒れてゆき、やがてガゼフ一人となるのは明白だった。

だが、ガゼフはようやく敵の指揮官を見つけ出したようだ。

ガゼフの活躍を見ても圧倒されること無く、冷静に指示を出し続けていた男。

周囲を飛び交う天使よりも一回り大きい別の天使……監視の権天使を控えさせている、顔に傷を持つ男だ。

彼はガゼフの徴発にも、檻に閉じ込められた獣が吠えているだけ、と一蹴していた。

ガゼフは指揮官に向かって手傷を負った体を鞭打ち、突進するがしかしそれは叶わない。

既に回りに立っている部下の姿は無く、全ての攻撃は彼一人に集中していた。

魔法の雨に打たれ、襲い掛かる天使を切り捨て、全身に傷を増やしながらもなおガゼフは歩みを止めない。

もはや気合だけで立っているのだろう。 そして最後まで、戦う意思は放棄しないようだ。

天使に何度も切りつけられ、殴打を受けてついにガゼフは倒れ伏した。

立ち上がろうとするが、もはや体に力が入らないのだろう。

 

「止めだ。 ただし一体ではやらせるな。 数体で確実に止めをさせ」

 

最後まで油断しない慎重さの窺える敵指揮官の指示が飛ぶ。

ここまでか。 そう思われたその時、突如としてガゼフは跳ね上がり、叫び声とともに剣をふるって近づいてきた天使の攻撃を防いでいた。

驚いた。 まだ起き上がるだけの力が残っていたとは。

だが、ガゼフの呼吸は乱れ、苦しそうに息を吐いている。 限界を迎えていることは確実だ。

だが、意志の力だけでガゼフは立っているのだ。

彼の、この国を愛し守護する者という叫び声が、その強く何者にも屈しない強靭な精神だけが、ガゼフ・ストロノーフの両足を支えているのだろう。

 

「そんな夢物語を語るからこそ、お前はここで死ぬのだ、ガゼフ・ストロノーフ」

 

敵指揮官の冷ややかな、僅かな嘲笑を含んだ声が届く。

 

「こんな辺境の村人など切り捨てればこのような結果にならなかっただろう。 村人数千人よりもお前の存在こそが王国にとって価値がある。 それがわからんはずは無かろう? 本当に国を愛しているならば、村人の命など切り捨てるべきだった」

 

……敵指揮官は、そのガゼフの選択こそが愚かしいと言わんばかりに告げる。

それを利用して彼を引きずり出し、殺そうとした……村人の命を犠牲に巻き込もうとした者の言い草か。

 

「お前とは……平行線だな。 ……行くぞ?」

 

ガゼフはもう言葉を話すだけで辛いだろうに、あえて口をきく。

だがその言葉とは裏腹に、震えるガゼフの足は動けそうに無い。 立っているだけでやっとなのだから。

 

「そんな体で何が出来る? 無駄な足掻きをやめ、そこで大人しく横になれ。 せめてもの情けに苦痛なく殺してやる」

 

「何も出来ない……と思うなら、お前がここまで来て俺の首を、取ったらどうだ?」

 

ガゼフはあくまでも敵に言い返し、徴発する。 敵がここまで来れば、逆にその首を取るくらいの力は残しているのだろうか。

剣を構えるガゼフの両腕もまた震え、必死に保持しているので精一杯だろうに。

 

「……無駄な努力を。 あまりにも愚か。 私達はお前達を殺した後で、生き残っている村人も殺す。 お前のした事は少しの時間を稼ぎ、恐怖を感じる時間を長引かせただけに過ぎない」

 

「そうか、村人を殺すのならば我は貴様らをこそ生かしておく訳には行かんな」

 

指揮官のその言葉についに私は口を開いた。

唐突に聞こえてきたその声にガゼフと指揮官の表情が驚愕の形に固定される。

<霊体化>解除。 同時に、影の雌馬の背から飛び上がり、剣を抜き放つと同時に上空と飛び交う天使の一体を下から上へと一閃。 粒子化して消滅する天使の隣に居た天使に、今度は降下しながら上から下へと切り下ろす。

両断され、天使は左右に体を分離しながらやはり粒子となって消えた。

草の上に着地し、ガゼフを守るようにその前に立つ。

 

「あんぐまーる……殿!?」

 

「何だ、何者だ!? どこから現れた!!」

 

左手で短剣を抜き、そして右手の剣と同時に投擲。 2体の天使が顔面を貫かれ、消滅する。

アイテムボックスから2本目の剣を……禍々しきオーラのエフェクトを放つ灰色の刀身を持つ刃こぼれした剣を取り出し、右手に握る。

後ろから接近していた天使に、振り向きもせず無造作に突き出すと、その切っ先から立ち上るオーラに触れた天使は剣に触れても居ないのに破裂して雲散霧消した。

正属性に対して比例ダメージを与える負のオーラ効果。

 

「盟主、敵の脅威度は『低・☆1~2級』、ガゼフ・ストロノーフ殿を確保。 転移妨害、周辺に伏兵等無し」

 

『了解した。 ではそろそろ交代だな』

 

その声をガゼフが耳にした瞬間、彼の姿は掻き消えて……そして盟主とアルベドが入れ替わりにそこに立っていた。

周囲に倒れ伏しているガゼフの部下達の体も一緒に転移されている。

便利だよね。 だからガチャのハズレアイテムとはいえ、あれは好き。

敵指揮官はさっきまでの冷静さはどこへやら、目に見えて狼狽している。 仕留める寸前だった対象が消えて、妖しげな連中に入れ替わったのだから、そりゃあビックリするよ。

取り囲む兵士達にもその困惑の空気が伝わっている。

上空に居た天使たちは一旦下がり、防御に回された。 明らかにこちらを警戒している。

さて、どう出るつもりかな? と思っていると盟主が前に出た。

 

「はじめまして、スレイン法国の皆さん。 我々はアインズ・ウール・ゴウン。 私はモモンガ。 こちらはあんぐまーる。 そして後ろに居るのが我々の部下でアルベド」

 

あ、盟主今度はアルベドハブらないでくれた。

自己紹介したというのに、敵指揮官は名乗らないどころか挨拶すらしない。 無礼な奴め。

彼らが黙っているので、盟主が言葉を続ける。

 

「まずは皆さんと取引をしたい事があるので、少しばかりお時間をもらえないでしょうか?」

 

もちろん、受けようと受けまいとお前達に待っている結果は既に決まっているのだけど。

 

 

 

 




…SSでもガゼコプターしたら怒られるかな?と思ったのでやらないでおいた


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



この作品は、丸山くがね様著、オーバーロードの二次創作です
web版と書籍版の設定・展開をツギハギにしております


 

「まずは皆さんと取引をしたい事があるので、少しばかりお時間をもらえないでしょうか?」

 

 

陽は地平の向こうに沈み始め、倒れたものの流した血と夕日によって赤く染まっていた草原には暗い夜の帳が静かに下りて来ようとしていた。

私の隣には盟主が立ち、そして後ろにはアルベドが控える。 そして私たちは警戒態勢でこちらの様子を窺っている法国の兵士達と対峙していた。

彼らの頭上には天使たちが飛び回り、いつでもこちらに襲いかかれる。

でも、今は突然ガゼフと入れ替わって出現した私達の正体と実力が掴めないからか、すぐには刃を交えるつもりはないようだ。

私が倒した天使たちも召喚しなおされて数は元に戻っている。

炎の上位天使は私達には問題にならないレベルの雑魚天使とはいえ、やっぱり召喚者を先に片付けないとキリがないな。

睨め付けるように兵士達を見回すと、視線に圧力でも感じたのか彼らが小さく呻きながら後ずさったのがわかった。

指揮官と思われる男は舌打ちをする。

 

「……取引、か。 既にそちらには我々の任務の邪魔をされた上に攻撃を受けている。 既に敵対は明白なようだが、今更なんの取引だというつもりかね? 命乞いでも?」

 

指揮官が明らかにこちらを挑発するような口調と嘲りのニュアンスを乗せて来たけど、部下を鼓舞するためのあからさま虚勢なのはバレバレだよ。

弱い奴、自信のない奴ほど声を大きくし、一段高いところから人を見下ろしたがる。

リーダーとしては強気に出ないといけない場面だっていうのは理解するけど、でもお前達の実力では……私や盟主とお前達との実力差ではそれは悪手だよ。

 

「相手を見て吠え掛かることだな、野良犬」

 

私が下腹に力を込めて発した低い声、その一言で指揮官を始め、兵士達が突風でも受けたかのように体が揺れ、どよめきが起こる。

ほら、威圧って言うのはこういう風にするんだよ。 チャラ男のバイト君のふざけた勤務態度を〆る時の要領だ。

ポイントは「あんま舐めた口きくとその顔面ボッコボコにぶん殴って素っ裸にして橋の上から突き落とすぞ!」って脅すような気持ちをセリフに込める。

顔はにこやかな超絶スマイルを忘れずに。 さあきみもやってみよう!

 

盟主が手振りで私を制した。 一礼し、半歩下がる。

 

「まず、最初にはっきり言っておかなくてはならない事が一つ。 皆さんでは私たちには勝てません」

 

私とはうってかわって穏やかな口調で盟主は宣言する。

確固とした自信に裏打ちされたその言葉に、私の脅し文句の時ほどではないにせよ有無を言わせないものを感じ取った指揮官はゴクリとつばを飲み込んだ。

きっと、こう考えているだろうな。

気配も察知させず突然最初からそこに居たかのように現れて、そして数体の天使をものの数秒で倒した、ガゼフ・ストロノーフと同等かそれ以上の実力者と、そして同じくガゼフとその部下達と自分らを入れ替えるように転移させて現れたマジックキャスターと重装甲冑の戦士。

相当な強者に違いないし、戦えば自分達にも大きな被害が出るだろう。 何より予定や計画になかった闖入者で、こちらはガゼフたちと戦った後で多少の消耗をしているし、戦っている途中に現れた……最初から参戦してこなかったという事は、自分達の戦いを観察していたということ。

ある程度の勝算や対策を考えたから出てきたわけで、実力の上限が不透明なのもあって不用意に攻撃を仕掛けるのは危険だ。

こちらも情報の分析と対処を検討する時間稼ぎが必要だ、だから相手の会話に乗りつつ、しかし情報は引き出しやすくするために主導権はこちらが握るように進めたい……。

わざと強気な態度に出るのもそのためだね。

こういう時って言い負けたり相手のペースに嵌ってる空気になると味方の士気に関わるから、多少は無理しないといけない。

でもそれは、互いの実力が拮抗してて、私達の方も戦いをできれば回避したいって考えがある時なら、だ。

そう分析考察していると、やっぱりその通りだったようで指揮官と盟主がそんな感じの会話をしていた。

 

「……その私がここにきたという事は、充分に勝てうるという確信を得たから。 もし皆さんに勝てないと判断すれば、あの男は見捨てたと思われませんか?」

 

さすがは盟主。 瑕一つない正論です。

だってさ、こいつら使ってる魔法や召喚している天使からしても、またガゼフ殿を仕留める為に使った作戦を見ても、どう考えてもレベル低いものね。

もしこいつらがもっと上位の実力の持ち主だったら、こんなまだるっこしい手は取らない。 もっと簡単に単純にやってのける。

そう、だから……魔法で離れたところから全部吹っ飛ばせる盟主があえて敵の正面に出てきて問題ないほどに、こいつらは大したことがないんだ。

言葉を返せないでいる指揮官に、盟主はさらに質問を投げかける。

彼らが引き連れている炎の上位天使についてだ。

私はそれほど疑問に思ってなかったし、ガゼフを攻撃していたときの他のやたら低位な魔法もそうだったけど、こいつらは普通にユグドラシルの魔法を使っている。

でも、なんかどうも私達と同様のプレイヤーじゃないっぽいんだよね。

<霊体化>解除して出現するところは見せたのに、反応が明らかに鈍い。 こっちを警戒した防御陣形は一応取っているけど、<霊体化>対策になってない。

こいつらは「スペクター」を……「スペクター使いのプレイヤー」を知らない。

 

「この世界には宗教としてのキリスト教は無いにも関わらず、上位天使と呼ばれる天子の存在は非常に不自然。 それが意味するところは……」

 

盟主、なんだか神話の薀蓄になりかけてます。 長い話で指揮官さんもなんかイライラしてるし。

あとアークエンジェルっていうよりアルヒアンゲロスってルビ振ったほうが格好いいと思うので前々から運営には一言物申したかった。

 

「要領を得ん。 何が言いたいのだ。 独り言はそれぐらいにして、こちらの質問に答えてもらおう。 ストロノーフをどこにやった?」

 

「村の中に転移させました」

 

「……何?」

 

何で不思議そうな顔をしているのでしょう、指揮官さん。

逆にこっちが訊きたい。 どこか知らない遠くの地にでも連れ去ったと思っているんだろうか? 神様じゃあるまいし。

それとも、姿を透明化させてまだここに居ると思ってたんだろうか? 手当てもさせないで? それじゃ助ける意味が無いというか死ぬでしょう。

ナザリックに運び込むわけにも行かないんだから、選択肢なんて限られてるよ。

多分、指揮官さんはあんまり頭が働いてないんだろうな。 正体不明の怪しくて強そうな三名と舌戦してるんだから心の余裕が無くて当たり前か。

 

「偽りを言ったところで、村を捜索すれば分かることだぞ?」

 

「偽りなど滅相も無い。 お聞きになったから答えたまででしたが……率直に答えたのにはもう一つだけ理由があります」

 

「何だ、取引というのはそれか? これ以上無駄な時間をかけさせないというのであれば、考えよう」

 

あ、指揮官さん話の糸口が見えて来たなって思ったね?

得体の知れない連中が相手だものね。 交戦は避けたいし、場合によっては撤退、でもできればガゼフの首だけは確保して帰りたいよね。

……でも、そういうわけには行かないからね。

 

「……それほど手間や難しい話というものではありませんとも。 実は……お前と戦士長の会話を聞いていたのだが……本当によい度胸をしている」

 

それまで丁寧口調で答えていた盟主の口調と雰囲気が途中から威圧的なものに変わった。

 

「お前たちは我々アインズ・ウール・ゴウンが、このモモンガとあんぐまーる両名が手間をかけてまで救った村人を殺すと広言していたな。 ……これほど不快な事があるものか」

 

盟主の言葉に静かな怒りが乗り、その怒りの気迫は物理的な風を伴って盟主の身にまとうローブや私のマントをはためかせ、法国の兵士達を襲った。

そこに込められていた意思は、殺意。 明確に、こいつらを殺すと決定した私達の……アインズ・ウール・ゴウンの意志にして宣告。

 

「ふ、不快とは大きく出たな、魔法詠唱者……。 で、だからどうした?」

 

指揮官はなおも虚勢を張ろうとするが、声が僅かにどもり、震えたのは隠せないぞ。

私からも言わせて貰おう。

剣を持ち上げ、切っ先を指揮官に向ける。 指揮官は引きつりかけた顔で私を見た。

 

「……貴様らはあの村を殺戮しようとしただけに留まらず、昨夜は別の村を襲っていたな? 貴様らに相違あるまい。

 それも、ガゼフ・ストロノーフ戦士長殿を罠にかける囮として、無辜の民を犠牲にした」

 

「……だ、だから何だ」

 

「貴様達の様な人間どもが互いに殺し殺される(PK)のに我は興味などない。 だが、それを無用な殺戮を楽しむための隠れ蓑に利用するのは我慢ならん。

 元より、我は義勇とも仁徳とも無縁、正義に背を向け悪を成すものなれど、貴様ら外道にして鬼畜の徒とともに天は頂かず。

 賊徒討つ(PKK)べし。 慈悲は無い」

 

賊徒と言われ、傷ついたのか指揮官の表情が僅かに歪む。 冷静さを失わないよう勤めているが、丸分かりだ。

不愉快だろうな。 王国戦士長一人を殺すためだけに大掛かりな罠を仕掛けるような奴らだ、自分の行いを正しい行為、村人の犠牲を必要な犠牲とでも心の中で摩り替えて正当化でもしているんだろう。

お前にとっては人を殺す行為は……人は殺していい奴と殺すべきじゃない奴の二つに両極端にわける奴は、殺していい方はいかように無残に残虐に殺しても構わないし罪にならない、殺したところでどうという事は無い、みたいに考えているんだろう。

人はそうやって正当化する。 自分のやったことは正しいことで、正しいから何をしても許される。 そう思いたがる。

正当化し正義を掲げる。 自分の殺したものを悪と決め付け、あるいは目的のための崇高な殉教者だと自分を納得させる。

それに無理やりつき合わされ踏みにじられる人たちの事はお構いなし。

それがお前達の正義だ。 なら、私はそんな正義には背を向ける。 正しさには従わぬ悪逆の騎士となる。

それが私の「悪」のあり方であり……盟主と盟友達が示してくれたアインズ・ウール・ゴウン(悪のロールプレイ)のあり方だ。

 

「先ほど取引と言ったが……正しくは取引にもなっていないな。 こちらの要求は抵抗することなく命を差し出せ、そうすれば痛みは無い、だ。 そしてそれを拒絶するなら愚劣さの代価として、絶望と苦痛、それらの中で死に絶えていけ」

 

盟主が一歩足を前に進める。

その一歩だけで法国の兵士たちが見えない手に体を押されたかのようによろめいて後ろに下がった。

怯えを含んだ小さなうめき声がいくつも挙がる。

彼らは盟主のまとう威圧感に打ちのめされ、目の前に立ちはだかった見える形の「死」に恐怖していた。

 

「これが偽りではなく真実を答えた理由。 ここで死に行く者たちならば語っても構わない」

 

さらに、盟主が一歩。 両手を横に広げながら、まるで幼子を脅すときに恐ろしげな怪物の真似をするごとく。

私もその隣でゆっくりと歩を進める。 切っ先を敵に向け、殺意を込めながら。

一歩ずつ近づいてゆく死の恐怖に耐えられなくなった指揮官が、掠れた声で叫んだ。

 

「天使たちを突撃させろ! 近寄らせるな!」

 

二体の天使が猛然と私と盟主に襲い掛かり、手にしていた剣を突きこもうとした。

が、そのうち片方は突如として後ろから私に頭部を掴まれ……別に<霊体化>を使っては居ない、単純に速度で天使をはるかに上回る私が横を回りこんで背後から逆に襲っただけだ、そして右手の剣で胴体を横薙ぎに両断される。

その上半身を投げ捨てると、盟主に向かっていた方の天使の右肩を掴んで引き寄せ、強引に振り向かせると左わき腹から斜め上に切っ先を突き入れた。

刀身から立ち上る負属性ダメージのオーラエフェクトが内部から天使の体を侵食し、消滅させた。

 

「……下級の天使ごときでは我には止まっている蝿を叩き落すよりも容易い」

 

兵士達の方を振り向きながら言い放つと、一瞬の沈黙のあとに時間差で驚愕と恐怖の悲鳴が上がった。

なるほど、私の動きが早すぎて、何が起こったのか理解が追いつかなかったのかな。

ちょっと本気を出して動くと、速度や敏捷さのステータス差があり過ぎて殆ど瞬間移動したように見えるんだろう。

私の主観からはそんな動きが変わったように認識してないから、というかこいつら全般的に動きがゆっくりだし無防備過ぎる。

殆ど黙って突っ立っている所を切り殺している気分だ。

 

「な、何をしている!? 数で圧せ! 囲むのだ!!」

 

焦り気味の指揮官の指令でさらに、複数の天使が前・左・右から襲い掛かってくる。

兵士たちはまだ威圧と衝撃から立ち直っていないのか、その行動は波状というより散発的で統制が取れていない。

このままでも問題は無いけれど、でもやっぱり召喚者を先になんとかしないと面倒だ。

私は<霊体化>を使用。 次元の狭間に身を置く状態となり、あらゆる干渉を受け付けない状態になって天使たちの隙間をすり抜けた。

背後では盟主に天使たちが殺到する。 一瞬歓声が上がりかけるが、それはすぐに困惑のどよめきと驚愕の叫びに変わった。

 

「言っただろう? 君達では私達には勝てないと。 人の忠告は素直に受け入れるべきだぞ?」

 

複数の天使の攻撃を受けても平然と立つ盟主。 信じられないようなものを見る目で硬直する兵士達。

 

「嘘だろ……」

 

「ありえん……!」

 

「剣が体を刺し貫いているのに!」

 

「トリックだ、何かのトリックに決まっている!」

 

盟主は上位物理無効化を持っている。 私も盟主ほどのじゃないけれど、物理無効をちょっとは持っている。

まあ、最初から防ぐ必要性あんまり無かったんだよね。 

盟主が両手で天使を叩き潰す姿に兵士たちが混乱をきたしているのに乗じ、接近して彼らの背後に回った私は手近な一人に手を伸ばし、<霊体化>を解除してその頭を掴んだ。

 

「ぎゃああああああああああああ!?」

 

悲鳴を上げる兵士に<略奪の接触>を発動。 今度は灰化しなかった程度にはレベルが上の兵士だったようだ。

なので剣で背中から串刺しにして殺す。 これで召喚される天使が減った。

イマイチキャラロストするのとしないののレベル差がわからない……。 あ、経験値ご馳走様でした。

そして、やっぱり<霊体化>対策の陣形を取ってない辺り、こいつらはプレイヤーじゃないのがほぼ確定した。

<霊体化>はあらゆる物理攻撃も魔法攻撃も受け付けない。 壁なんかもすり抜けて移動することが出来る便利なスキルだ。

その代わりとして<霊体化>中はこちらも何も干渉できないことと、少し長めのクールタイムが設定されている。

クールタイムは慣れれば別に問題ない、というかスペクターを極めたプレイヤーには再度<霊体化>するまでの間に倒されないだけの頑丈さやダメージを食らわないだけのプレイヤースキルは持ち合わせている。

むしろこれを使いこなせないと<霊体化>は「奇襲仕掛けたはいいけど敵にボコられて速攻で死ぬ」という間抜けなだけにしかならない。

そして、もう一つの代償というか制限として、<霊体化>が解除される時に他のプレイヤーやモンスター、建物の壁や柱なんかの構造物と重なっていると、解除ができないあるいはペナルティを受ける……下手すると※いしのなかにいる※状態になるということだ。

なので、<霊体化>による奇襲攻撃を防ぐ対策法は二つ。 常に壁を背にしていること。

壁が無い場合、仲間同士で背中をカバーしあうこと。

これで背後に出現したスペクターにぶっ刺されるという事は無くなる。

<霊体化>中はあらゆる感知・看破も通用しないという無敵すぎるスキルに見えるけれど、こういう簡単な方法での一応の対策も可能……という辺り、バランス配慮はされている。

でもこいつらはその対策方法すらしてなかった。 プレイヤーの対死霊系モンスター基本常識を知らない、つまりプレイヤーじゃないって事だ。

そういう事を考えながら、私はさらに二人ほどを<生命力吸収>で屠る。

 

「ひいいいいいっ!?」

 

「死霊、こいつ死霊だ! 対アンデッド……ぎゃあああああっ!!」

 

ようやく気づいたか。

そりゃあレイスやスペクターの種族取得しておいて、前衛系の戦士や騎士の職業取る奴あんまり居ないし、かなり珍しい構成だと我ながら思うけどさ。

種族特性的には暗殺系か魔法職の方が合っている。 ロールプレイ重視のロマン構成だもの、死霊が本来必要も無い鎧着て地面を歩いて剣振ってるとか誰も思うまいさ。

ともかくも、盟主への天使の攻撃が通じず、そして私が接近して直接攻撃により撹乱したために兵士たちの指揮系統と陣形は崩壊し、統制は乱れている。

そこへ、盟主の<負の爆裂>が天使たちを一掃して彼らを一気に絶望の淵へと叩き込んだ。

 

「あり、ありえない……」

 

40体近くの天使が一瞬にして消滅し、指揮官を含む兵士たちは一瞬呆然とし、そして次の瞬間には恐慌と混乱に駆られて魔法による、それぞれ個々のメチャクチャな攻撃に走った。

 

「うわあああああああ!?」

 

「化け物が!!」

 

ある者は言葉にならない悲鳴、ある者は罵り交じりの叫びを口にしながら、ユグドラシルの中で見慣れた低位や中位の魔法を乱れ討つ。

盟主にはもちろんその程度の攻撃は効かないし、私も射線を避けながら立ち回るのは得意だし、<霊体化>を交えつつ回避し、そして再出現して引っ掻き回すのを継続する。

 

「やはり知っている魔法ばかりだ。 ……誰がその魔法を教えた? スレイン法国の人間か? それとも……聞きたい事がどんどん増えていくな」

 

盟主は呟きながら私の方にアイコンタクトを送る。

承知。 少なくとも、情報をたくさん持ってそうな比較的立場が上の人間……指揮官だけは生かして捕らえて尋問することにしよう。

殺すのはその後だ。

何を血迷ったのかスリングを取り出そうとしてもたついている兵士の首を切り落としながら私は盟主にアイコンタクトを返した。

 

「監視の権天使! か、かかれ!」

 

指揮官を確保しようと接近を試みた私に、もはや悲鳴に近い声で恐怖に顔を歪ませた指揮官が、今の今まで側に留まらせていた一回り大きな天使に命令した。

天使がその巨体に似合わぬ俊敏さで手に持つメイスを振りかぶり、私に叩き付けようとする。

それを、後方に跳躍して回避、空中で一回転して着地。

他の天使よりは素早いようだけれど、やはり動きは鈍く感じる。 予備動作の大きさで次になんの行動が来るか丸見えだ。

さらなる追撃が来るが、私は特に避けようとも防御しようともせず、着地したときの膝を屈めた姿勢のまま。

そこへ、天使の胴体に小さな黒い炎が灯った。

次の瞬間には天使の全身を巨大な黒い炎が覆い、莫大な熱量が周囲の気温を上昇させ、巻き起こった熱風が私のマントをたなびかせた。

瞬く間に燃え尽きた天使は粒子すら灰になったかのように跡形も無く消える。

残ったのは暗い夜空だけ。

ナイス連携です盟主。 兵士達には見えないように後ろ手で盟主に親指立ててGJ。

盟主もさりげなく親指立ててGJ。

突き刺さるアルベドの視線。

 

「ば、ばかな……」

 

「一撃だと……!?」

 

「ひいっ……」

 

「あ、あり、ありえるかああああああ!?」

 

混乱に次ぐ混乱、悲鳴、恐怖、そして怒鳴り声。

さあ、どんな気分だ? お前達が私達より弱いってことは、ガゼフと戦っているのを見てよく理解できた。

召喚する天使は下位。 使う攻撃魔法も下位。

それどころか、一撃一撃はガゼフを殺しきれるほどの威力じゃなく、数で押してボコボコにして、弱らせて止めを刺す程度の戦法をあえて取る……村を囲んだ時点で遠距離から範囲攻撃可能な魔法で村ごと焼き払うとかして来なかった事からも、「そういう魔法は使えない、選択肢に入っていない」というのは明白だったものね?

そういうのが使えるなら最初から使っていたはず。

ゲーマーの傾向として、MPを殆ど使って大ダメージを与える魔法よりも、中程度の消費でもっともダメージ効率のコストパフォーマンスを叩き出せる魔法を主力に選ぶ傾向がある。

その方が最終的な相手に与える総ダメージ量と、戦闘を継続できる時間は延びるから。

MP使い果たして戦闘に参加できなくなった魔法職とか無駄だもの。

つまり、逆に言えばそいつがどんな魔法を主力に使ってるかで、最大MPの上限と、習得している魔法階位および職業のレベル帯がおおよそ検討がつくというわけ。

だから、こいつらは私達の脅威たりえるレベルの存在じゃない。

奥の手を用意している可能性はあるけど、でもどのみち「出し惜しみ」して使わず取っておく程度の奥の手なんて、あんまり大したものじゃない傾向にあるのよね……。

得てして最後まで使わずに取っておくか、使う機会を失してせっかく発動したのに不発に終わっちゃったり。

指揮官さんは「そんなはずはない! ありえない!」って喚いているけど、現実を受け入れよう。

自分より強い相手に一方的に踏みにじられる立場になった気分はどうだ?

 

「……貴様らは一体何者だ! 上位天使を滅ぼす奴が無名のはずはない! 貴様らの正体は、本当の名前は何だ!?」

 

私はゆっくりと立ち上がり、振り返って盟主と顔を見合わせた。 そして肩をすくめる。

盟主もどこか呆れ、苦笑気味に指揮官さんに答えた。

 

「何故そんなはずが無いと思った? お前が無知なだけか? それともそういう世界なのか? 一つ答えだけ置こう。 我々はアインズ・ウール・ゴウン。 かつて世界に名を轟かせ、知らぬものの無かった存在だ。 そして私達の名前も決して偽名などではない」

 

兵士達が沈黙した。 

恐怖に彩られた兵士達の泣きそうな表情、夥しい汗の臭い、乱れる耳障りな動悸と喘ぐような小さな悲鳴。 そういうものまで伝わってきそうな重苦しい空気があたりに充満している。

指揮官の複雑な感情に歪んだ表情、あれは生き延びる方策を必死で考えを巡らせている顔だ。

手が懐をまさぐっている。 そこに何かを掴んで居るのを私は見逃さなかった。

 

「防げ! 生き残りたいものは時間を稼げ! 最高位天使を召喚する!」

 

懐からクリスタルらしきものを取り出し、なけなしの勇気を振り絞った声で兵士に命令する。

やっぱり奥の手を隠し持っていたか。 

でも、兵士達を奮い立たせるために大声で叫んで、いかにもな動作で取り出したのは失策だ。

ついでに言うなら、もっと早く……遅くとも権天使が消滅させられた直後に使うべきだった。 そう、機会はとっくに失している。

私は指揮官が叫ぶと同時に影の雌馬を呼び、その背に跨って<チャージ>のスキルを発動、そのまま指揮官に向けて嵐のような突撃を敢行していた。

背後では、盟主がアルベドに防御を命令している。

 

「見よ! 最高位天使の尊き……ひいっ!?」

 

果敢にも前に立ちはだかった兵士を<チャージ>によって跳ね飛ばし、指揮官の眼前に迫った私はそのままの勢いで剣を下から上へと切り払った。

空中へと指揮官が持っていたクリスタルと、指揮官の腕が肩口から斬り飛ばされて放り投げられ、血の飛沫が弧となって描かれる。

 

「ぐあああああああああああーーーっ!!」

 

指揮官は絶叫して片腕で切り落とされた右腕の切り口を押さえ、膝を付いて悶絶した。

その目の前に、クリスタルと自分の腕が落ちる。

激痛を堪え、指揮官はなおもそのクリスタルに手を伸ばそうとした。

その腕を、私は影の雌馬の馬蹄で容赦なく踏み砕かせた。

 

「あぎゃああああああああああああ!?」

 

骨が砕ける嫌な音が指揮官にも周囲の兵士達の耳にも届いたことだろう。

私は泣き叫ぶ指揮官や、固まったまま動けないでいる兵士たちを尻目にゆっくりと愛馬を下り、地面に転がっていたクリスタルを拾い上げた。

絶望の表情で指揮官がそれを見上げる。 クリスタルをしげしげと眺めながら私は呟いた。

 

「……こんなものが貴様の切り札か」

 

魔法封じの水晶。 ユグドラシルのアイテムだ。

魔法だけじゃなくアイテムもこの世界にある……中身が何かは知らないが、本当に最高位天使が封じられて居るとちょっとヤバかったかも。

苦戦するという意味で……私や盟主の種族相性的にはね。

まあ、発動する前に阻止されたから何が入ってようと意味は無かったのだけれど、一応調べて置こう。

<道具鑑定><付与魔法探知>

……その結果に私は衝撃を受ける。 これが? これが最高位天使!? 思わず指揮官さんの顔を見る。 二度見する。

 

「……盟主。 これを御覧ください」

 

私はそれを盟主へと投げ渡した。

放物線を描いてクリスタルは盟主の手に収まる。 そして、盟主もそれを調べて思わず顔を手で抑えた。

 

「これが……この天使が私達に対する最高の切り札? なんということだ……。

 くだらん。 本当にくだらん」

 

盟主、せっかくアルベドにスキル使わせてまで警戒態勢取ったのにね。

私も速攻でスキル使って阻止したのにね。 ちょっと本気になったのに。

これの中身が威光の主天使って……最高位じゃないじゃん! 上から四番目だよ!

私は一気に脱力して、そして生暖かい視線で影の雌馬に腕を踏まれたままの指揮官さんを見下ろした。

指揮官さんは、よく判っていないようだった。

うん、いいよ、もうあなたはそれで。

 

 

 

 




モモンガ様とあんぐまーるはニグンさんに酷いことしたよね(´・ω・`)

あんぐまーるはアルベドに酷いことした(出番を奪った的な意味で)よね(´・ω・`)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十一

この作品は、丸山くがね様著、オーバーロードの二次創作です
web版と書籍版の設定・展開をツギハギにしております


 

法国の兵士達はもはや泣き声に近い絶望の悲鳴や呻き声をあげ、何人かは地面に膝を付く。

天使の攻撃が通用せず、自分達の魔法すら通らない。 そんな相手に最後の切り札すら使う前に奪われる。

最後の希望が潰え、もはやこいつらに戦意らしい戦意は無くなってしまったのだろう。

指揮官さんを除いては。 指揮官は私の愛馬、影の雌馬の蹄に残った片腕を未だに踏まれながら悔しげにこっちを見上げている。

 

「おのれ……! 最高位天使さえ呼べれば……! お前達など!!」

 

これだけ圧倒的な力の差を見せ付けてもまだ諦めないのは、よほど根性が据わっているんだな。

少しは見直そう。

でも、「攻撃を当てることができれば」とか「○○が使えれば」なんて言い訳に縋ってるからお前たちは弱いんだよ。

まずは攻撃を当ててから。 まずは攻撃を避けてから。

それができて……できるまでレベルを上げて、やっと始めてスタートライン。

 

「……負け犬の遠吠えに過ぎぬな。 いかなる武器を持とうと、使う貴様ら自身が弱ければ何の意味もない。 もっとも、貴様らのいう最高位天使とやらを呼び出したところで」

 

私は指揮官を見下ろしながら<上位騎獣召喚>を使用した。

地面に描かれた複雑な幾何学模様の絡み合う魔法陣から光が吹き上がり、無鱗飛竜が飛び出して空へと舞い上がる。

 

「我らからすれば児戯に過ぎぬ。 呼ぶならば最低限このくらいのものを呼び出してから言え」

 

夜空に甲高い耳障りな、恐怖を音で表したような咆哮を響かせて、おぞましき邪悪を具現化した無鱗飛竜は私達の頭上で羽ばたき、旋回を始めた。

その声に兵士達は両手で耳を塞ぎながら苦しみ、叫び、地面を転げまわる。

指揮官は両腕ともに使えないから特に苦しそうだ。

各種バステ特に行動阻害効果を乗せたこの声を作るために、目的のデータクリスタルを手に入れるまでレアドロップ確率上昇の課金をかなり注ぎこんだ。

さらに、いくつかの耐性貫通、無鱗飛竜自体のレベルも含めると最終的に神器級装備2~3つくらいの手間はかかったかな……?

 

『あんぐさん、防具にも神器級を揃える手間をかけましょうよ』

 

弐式炎雷や武人建御雷さんの忠告が思い出される。 いや、私は回避重視のスタイルですし。

武器や騎獣で手一杯ですし。 防具まで神器級揃える余裕なんてとてもとても。

それに、影の雌馬にしろ無鱗飛竜にしろ、全力モードでの私の場合、敵は先に乗ってるこいつらの足を止めるか撃ち落せないとどのみち話にならないんだよな。

 

「この程度の幼稚なお遊びに警戒していたとはな……すまないな、アルベド。 わざわざスキルを使ってもらったのに」

 

「とんでもありません、モモンガ様。 想定以上の何者かが召喚される可能性を考えれば、御身を傷つけようとする可能性は出来る限り低くすべきです」

 

クリスタルを手で弄びながら、盟主とアルベドがゆっくり歩いて近づいてくる。

 

「そうか? いや、その通りだな。 あんぐまーるさんも、咄嗟にいい判断で昔を思い出しましたよ」

 

「我は盟主の剣となり楯となる身。 元より危地に飛び込み尖兵となるのが我が役割なれば。 数年ほどの歳月では我が剣は鈍りませぬ」

 

指示や打ち合わせが無くてもお互いの役割は心得ている。

ギルドの中でも盟主と私は特に一緒に狩りに出かけたり敵対ギルドと戦った回数が多いのだ。

それこそ、私がアインズ・ウール・ゴウンに名を連ねてからはずっと、お互いがログインしている時で一緒に居なかった時間の方が珍しいというくらいに。

 

『モモンガさんのオプション』

『モモンガさんのスタンド』

『モモンガ専用ドローン』

『もうお前ら結婚しろ』

『何で俺にじゃないんだ……爆発しろ!』

『言うな、モモンガさんがナンパしてくるという事の方が予想外すぎる』

 

皆からも色々言われたっけなあ……あれ? 後半なんかおかしいぞ?

まあいいや。

盟主の側に立つ騎士を名乗るには、それはできて当たり前じゃないといけない。

そのくらいの事は当たり前にこなさないと、盟主の側に居る資格は無い。

だから、沢山沢山練習したんだ。 たっち・みー様や弐式炎頼様や武建御雷やぶくぶく茶釜様たちギルドメンバーに手伝ってもらって。

 

「馬鹿な……最高位天使以上のモンスターを召喚できるというのか? 何なのだ、お前たちは……。 魔神……魔神だというのか?」

 

指揮官さんがまだ何か言っている。

あんなんと私の無鱗飛竜を一緒にされても困る……同格以上のプレイヤーと戦うときに乗る事考えて作ってるんだから、と言いたかったけど彼の顔が異常に青白いし、こりゃ先に出血何とかしないと死ぬな。

私はアイテムボックスから刀身が真っ赤に焼け、熱されて歪んだ空気のエフェクトが立ち上る剣を取り出す……もちろんこれも神器級アイテムだ。

炎属性のダメージ効果を乗せている。

私はそれを左手に握り、少し屈むと指揮官さんの右肩の傷口に押し当てた。

 

「っいぎゃあああああああああああ!?」

 

肉の焼ける臭い。 ブスブスという音とともに小さな黒い煙が立ち上る。

ああ、これだよ。 ずっとコレがやりたかった。

お前をこうしてやるって決めてたんだ。 溶けた鉄を背中にゆっくり流してやるのでもいいけど。

これが私の怒りを表現するのに最も相応しきもの。 我が怒りの具現化。 次は口の中に焼けた石をひとつずつ頬張らせてやろう。

よし、止血は完了した。 消毒も出来ただろう。

まあ火傷そのままにしておけば結局感染症になって死ぬからあとで要治療の呪文かポーションだね。

指揮官さんは出血で体力を失い、気力も削がれてるだろうに傷口を焼き潰される激痛にも耐え、大きく息を吐いて喘ぎながらも気絶していない。

本当に大したものだよ。 部下の兵士たちは次は自分達が同じ目に逢うのか?って言いたげなくらい怯えきり、意識を手放している人すらいるのに。

 

「お前、お前たちは…」

 

まだ何か言おうとしている。

あ、そうか。 何でもいいから喋り続ける事で精神を保っているのかな。

 

「お前たちは、何者なんだ……アインズ・ウール・ゴウンという集団も、モモンガ、あんぐまーるという名前も聞いた事はない…。 いや……最高位天使を超える怪物すら従える、魔神すらも超える存在なんて、いちゃいけないんだ……。 お前たちは、一体……」

 

指揮官さんの声はもう泣き言に近かった。 哀れで惨めったらしいその有様に、私はなんら同情しない。

その背中を容赦なく踏みつける。

 

「その魔神とやらよりも我らの格が上だと理解できるならば、不敬であろう。

我らが盟主モモンガ様の御前であるぞ。 地べたを這いずる弱者には相応しい態度があろう」

 

肺の中の空気を一気に押し出され、声も出せずに指揮官さんは呻いた。

盟主がやれやれ、という態度で指揮官さんの前まで歩いてきて、仮面をゆっくりと取る。

 

「我々はアインズ・ウール・ゴウンだよ。 何度も言わせないで欲しいものだね。

さて、おしゃべりはこれぐらいにしようじゃないか。 これ以上はお互いにとって時間の無駄だ。

さらなる無駄を避けるためにこれも言っておくが、周辺には転移魔法阻害効果を発生させている。

それに周辺には部下を伏せてあるので、逃亡は不可能だと知ってもらおう」

 

盟主の顔を見上げた指揮官や兵士たちの「ひっ」という声がまばらに上がる。

その白い骸骨の顔の双眸に灯る赤い光は彼らをこれまでで一番の、本当の絶望に叩き落した。

目の前に居るのは、死そのものを体現した絶対者(オーバーロード)

人ではない存在、畏怖と敬意を持ってひれ伏し命を乞うべき相手を敵に回していたと知った彼らは自分らの愚かさを悔いても遅い。

指揮官は何かを喋り、訴えようと必死にもがいていたが、私の靴底と地面に挟まれてに背中と胸を圧迫されているので何も声を出すことが出来ない。

何をしようと何を言いたかろうともう遅い。

お前達の運命はとっくに決まっている。 私が、お前達が住民を殺し尽くしたあの村を見つけたあの夜に、既に裁定は下されていた。

命乞いなど今更聞きたくもない。 あらん限りの苦痛と絶望と恐怖を味わって死んで行け。

あの日お前達があの村の人たちを地獄に突き落としたように、今日はお前達が地獄に叩き落される番だ。

 

「確か……こうだったな。 無駄な足掻きをやめ、そこで大人しく横になれ。 せめてもの情けに苦痛なく殺してやる」

 

盟主が厳かに宣言した。

やっべ。 盟主めっちゃかっけ。

 

 

「少しばかり、やり過ぎましたかね……」

 

「そうでしょうか。 あの者らの如き下郎、卑劣漢には相応しき末路かと」

 

「いえ、そうではなく……ちょっと格好つけて悪乗りが過ぎてしまったかと。 アルベドの目がありますし」

 

 

盟主と私が並んで小声で話しながら、村への道を歩く。

戦意を完全になくした指揮官と兵士をナザリックに護送するのをアウラたちに命じ、仕事は全て済んだ。

夜空には月と星が昇り、光源は殆どないのに不思議と歩くのに苦労はない薄明かりだった。

私は「ああ……」と答えてから少し後ろをついてくるアルベドの方をちらっと振り向く。

 

「やっべ。 モモンガ様かっけ。 くふふふふふ」

 

アルベドはそんな事を呟きながら歩いている。

兜の下でどんな顔をしているかもなんとなく想像できる。

うん、盟主最高に格好良かったもんで。 今日はかなり神がかっていた。

 

「全く問題はないかと思われます。 統率者たるに相応しい演じ方でありました。

……以降、平素よりこの態度で問題無いのでは? アルベドの反応も悪くは無く、違和感は毛ほども無いかと存じます」

 

私がそう答えると、盟主は「そうですかね……」と照れくさそうに頭を掻いた。

その後、アルベドからガゼフをなぜ助けたのかと後ろから質問を投げかけ、将来の布石とかアルベドが自分に命じて掃討してくればとか奴らを直接手にかけるのは私が上奏したことだからとか、

まずはガゼフに戦わせて現地の人間の強さを測ったのだとか恩を売るためでもあるとか、何人かは殺さずに捕虜にして情報を得るためだとか、

いくら物理無効があるからといってアルベドには愛するお方が敵の攻撃を受けるのは耐え難いとか、私もそれに同意できる部分があるしアルベドをしっかり壁役として使ってあげた方がいい、アルベドほど最適な護衛は居ないのだからとか、

その進言に対してアルベドの私への態度が若干和らいだような気がするとか

そんな事を話したり考えたりしながら歩くうちに、私たちは村へと到着した。

留守番役を果たした死の騎士を先頭に、私たちは村人の出迎えを受ける。

そこにはもちろんガゼフも居た。

 

「おお、戦士長殿。 ご無事で何より。 もっと早くにお救いできれば良かったのですが、お渡ししたあのアイテムは何分発動とその準備に時間のかかるものだったためにギリギリになってしまい申し訳ない。 代わりにあんぐまーるさんを援護に向かわせたのですが、間に合ったようで何よりです」

 

「いや、モモンガ殿、あんぐまーる殿には感謝する。 私や部下達が助かったのはあなた方のお陰だ。 ……ところで、彼らは?」

 

ガゼフの態度というかこちらに対する雰囲気がちょっと変わった……かな?

友好度がちょっと上がった感じ。

体中痛々しい傷だらけなのに元気だね。 良かった。

盟主がガゼフの問いに追い返しました、流石に全滅させるのは無理だったと返す。

もちろん嘘だけど、ガゼフも何か感じ取ったようで……鋭いね。

フォローすべく私が口を出す。 納得させられるかな。

 

「あの指揮官をはじめ、何人かは殺した。 案外引き際を心得る者たちであったな。 勝ち目が無いと見るや撤退に切り替え、仲間の死体も回収する手際ぶり。

さぞや高度な訓練を受けた精兵と見受ける。 伏兵を警戒したために追撃は断念せざるを得なかった。

……だが、仇はとった」

 

ガゼフは細い目でこちらを見る。 ……失敗したかな?

が、緊張しかけていた空気が穏やかなものに変わった。 一応はガゼフはこれで納得してくれた、というより追及しないことにしたようだ。

うん、今はそれでいいよ、お互いにいらない詮索や衝突はしたくないしね。

ガゼフの事結構嫌いじゃないよ、私。 方向性違うけど、お互いなんか似たような部分あるし。

だから喧嘩はしたくない。 できればね。

今気が付いたけど、ガゼフの左手の薬指に光る金属のリング。 既婚者かぁー。 ……既婚者だよねぇーこんないい男ならさぁー。

はあぁぁ……。 別に恋愛的な意味でガゼフの事好きってわけじゃないけどさぁー。

冷静に戻る。

うん、いいやもうとっくに諦めてるし何時ものことさ羨ましくない。

 

「お見事、幾たびもこちらを救ってくださったお二人に、この気持ちをどのように表せばいいのか。 王都に来られた際には必ずや私の館に寄って欲しい。 歓迎させていただこう」

 

「そうですが……では、機会があればその時はよろしくお願いします」

 

盟主とガゼフはその後少しやり取りをし、私たちは帰る事になった。

ガゼフは部下とともに村に止まっていくようだ。 大怪我した部下もいるしね。

私達が夜道を行くことを心配されかけたが、私達ぐらい強ければ心配は無用だったと謝られた。

それにしても、今日は色んなことがあった。 あり過ぎた。

でも、結構なんとかなった。 盟主が側に居てくれたからだ。

盟主はいつだって私を助けてくれる。 私を支えてくれる。 私を導いてくれる。

だから、私も盟主の側にいる。 この剣を捧げるために。

 

「帰りますか、我が家に」

 

盟主が小さな声で私に囁き、私もそれに頷いた。

帰ろう。 ナザリックが私達の家だから。

 

 

 

 

 

 

 

「……然るに、やはり盟主はそれらしき態度を守護者たちだけにあらず、我にも取ったほうが良いかと思われます。 少なくとも、彼らの面前では」

 

「やっぱりそうですかねえ……。 仲間同士だから敬語を使っているのは当たり前としても、敬語と尊大な演技を交互にすると違和感があるし、統一したほうがいいかなとは思ってましたが……」

 

「ギルド長という明確な地位の違い、また我はギルド内でも最も新参という立場からも、上下関係をはっきりさせても不自然はないと思われます」

 

「わかりました。 では今後はそうさせて貰います。 で、これの宣言も草稿に加えるという事で……」

 

ユグドラシル内で揃えたりギルメンが製作したりした立派な調度品や家具の並ぶ盟主の自室。 

私と盟主はここで今後の方針をナザリック内のNPCに伝えるための演説の草稿を練っていた。

プライベートな話も絡むということで、NPCはメイドたちはおろかアルベドも外してもらっている。

居るのは部屋の隅で不動の姿勢を保つ死の騎士のみだ。

二人で意見を出し合い、何度も修正し手を加え様々な事を書き連ねて、だいたい一息ついたところで私はセバスが淹れてポットに入れてくれておいたお茶に手を伸ばす。

花の模様のプリントされた綺麗なティーカップに自分に注いで、ゆっくりと香りを味わう。

うーん。 いい香り。

今の私はご飯は食べれそうに無い体だしお腹も一切減らないけど、嗅覚は存在していて良かった。

お茶の香りを楽しむだけでも結構悪くないものだね、アロマだと思えば。

……レモンやオレンジの香りのアロマセット、また開封してなかったなあ。

ホワイドブリムさんの作品の続きも読んでないし、結構もとの世界に未練を残していると言えばいる。

でも現状どうやったら帰れるのか、帰る方法があるかすらわからないし、別にいいよね。

帰れたところで、どうするんだろう。 盟主は特に何も言わない。

でも、なんだか帰らなくてもよさそうな、帰りたくなさそうな感じでいるような気がする。

じゃあ、私も帰らなくていいや。 盟主のお側におりますから。

セバスたちとも約束したし。

私がそんな風に考えているのを盟主もなんとなく気づいているのだろうか?

だから盟主の方からも何も尋ねてこないのかも。 帰りたいと思いませんかって。

……前からだけど、盟主は私にかなり気を使っているような感じがする。 何か失敗してもあんまり言ってこないし、フォローに回ってくれるし。

本当にありがたく思います。 だから私は盟主に忠誠を誓うのです。

 

ノックの音がし、アルベドが入室の許可を求めてきた。 盟主が厳かにも静かな声で許可を出し、アルベドは恭しい作法にかなった態度で入室し、一礼した。

 

「ご報告させていただきます。 あの村近郊で捕獲したスレイン法国の陽光聖典なる部隊の指揮官および部隊員数名は、氷結牢獄に収監しております。 これからの尋問は特別情報収集官が行う手はずにございます」

 

「ニューロニストであれば問題ないだろう……」

 

ニューロニスト……ああ、あのぷよぷよちゃん。 ちょっとキモ可愛いよね。

今度仕事ぶりを拝見がてら、遊びに行こうっと。

盟主とアルベドが幾つか伝達事項のやり取りをする。

そのアルベドの左手薬指には光るもの…リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。

上機嫌そうにそれをさするアルベドは、なんだかこっちにこれ見よがしだ。

いや、それ見せ付けられても困るんですけど。

盟主もアルベドのそんな様子を見て何か言いたげだ。

 

「……盟主。 この際だからはっきりとアルベドに寵愛を注ぐと宣言なさっては?」

 

さらっと言ってのける私。

口を大きく開けてこっちをガン見する盟主。

驚愕に目を見開くアルベド。

 

「ななななななな何を言っているんですかあんぐまーるさーん!?」

 

「そ、そんな私がモモンガ様の寵愛を頂けるなど……勿体のうございますが私はいつでもこの体をモモンガ様に捧げる覚悟でございます!!」

 

あ、なんかアルベド超ハイテンションになっちゃったよ。

そして盟主、何故にそんな困惑するのですか。 そもそももとを辿れば……。

 

「ああああああアルベドよ、お前の私に対する愛情は私が歪めたものでけしてお前の本心ではなくてですね、だから……」

 

「……モモンガ様が変えられる前の私はどのような私だったのでしょうか!? モモンガ様が変えられる前と今とでこの忠誠に大きな違いでもありましたでしょうか! でしたらこのままでも良いかと! 全然構いません!」

 

「いや、しかし……」

 

「ご迷惑でしょうか!?」

 

「え、いやそんなことはありま…そんな事はないぞ」

 

アルベドの勢いにロールプレイが崩れかける盟主。

そうだよねー嫌だったりアルベドのこと好きじゃなかったりしたら「自分を愛している」なんて書かないもんねー。

有無を言わせず畳み掛けるアルベド

 

「ならよろしいのではないでしょうか!?」

 

「た、タブラさんが作った設定を歪めたのだぞ? 取り戻したくは無いのか、かつての自分を」

 

「タブラ・スマグラディナ様であれば、娘が嫁に行く気分でお許しくださると思います! そうに決まってます!!」

 

なんとか抵抗を試みる盟主に一切譲るところの無いアルベド。

いいぞーそのまま押し切っちゃえーとか思いながら私は両頬杖をついて二人の様子を眺める。

 

「ああ、このまま結婚式でも構いません!! 玉座の前に一同も集めてありますからそこで高らかに宣言を! もしくは今すぐ寝室で初夜を迎えても私は全然構いませんので!! ……そうしましょう! 先に既成事実を作って置けばもう外堀を埋めて完全勝利!!」

 

「え、ちょ、待って、待てアルベド! 待てって! あんぐまーるさん!? 見てないで助け……なんで手を振ってるんですか!? あああああ引きずられる!」

 

アルベドは暴走したテンションと勢いのままに盟主を掴んで寝室のに引っ込んで行く。

ちらっとこっちを見てなんか凄く感謝しているみたいな表情を見せたのは、私との関係が改善された証だと思いたい。

アルベドの事は友達だと思っているもの、私。 喧嘩したくないしね。

後には遠くなっていく盟主の叫びの残滓が残された。

 

「……自分で招いた厄介ごとなんだから、自分で解決してくださいよ盟主」

 

私はそう呟いて、椅子の背もたれに寄りかかりながら天井を見上げ、そして自分のリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを取り出した。

ギルドに入ったその日、盟主が御自ら手にとって私にくれたものだ。

戯れに、それを自分の左手薬指に嵌めてみる。 天井の照明の光を受けて綺麗に輝いていた。

 

「……馬鹿か私は。 私のは忠誠心と恩義で恋愛感情じゃないっての。 盟主のばーか。 ばーかばーか」

 

床に何かが転がった金属音が部屋に響く。

目を向けると、盟主が召喚して剣を持たせておいた死の騎士の姿が何処にも無かった。

こいつはあいつと違って時間経過で消えるのか。 ユグドラシル通りだね。

あとで盟主に教えておこう。

それから少ししてやってきたセバスに、アルベドから助けてあげるように命じて私はテーブルに突っ伏して少しの間不貞寝した。

 

 

 

 

 

 




書籍1巻分描写は残りはラストシーン玉座の間ですが、次回の11.5に回し、守護者らNPC視点+各国視点にします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.5

この作品は、丸山くがね様著、オーバーロードの二次創作です
web版と書籍版の設定・展開をツギハギにしております


アインズ・ウール・ゴウンの旗とそのメンバー41人の掲げられし玉座の間。

玉座にはその主人であるナザリック地下大墳墓の支配者たるモモンガが座し、横にはその忠実なる騎士であるあんぐまーるが立っていた。

そして二人の前に集結し、整列して跪いている階層守護者・領域守護者・他各NPC・高位モンスターたちは彫像めいて微動だにせず、そのお言葉を待っている。

重要な伝達のために開かれた謁見に急遽集められた彼らは自らの仕える至高の御方の許しなく口を開くことは無いが、しかしそれぞれ内心に秘めた思いには興奮と期待の色があった。

既に守護者らにより伝えられ、把握していた者も少なくなかったが、自分達が忠誠と敬服する偉大なる主人モモンガの片腕たるあんぐまーるの帰還をこの目で確認したことに、礼を失さないため態度には勤めて表さない様にしながらも歓喜に打ち震えていたからだ。

その姿の美しきものも醜きものも、体躯の大きなものも小さきものも、生者も死者も種族も超えて至高の恩方に創造され、仕えるナザリックのNPCたち。

ヴィクティム、ガルガンチュアなど幾人かは持ち場を動かすことが出来ないためにその姿が見えないが……現在、謁見に少しでも多くのNPCを召集したいとのモモンガ、あんぐまーるの計らいによりほぼ全てのNPCが玉座の間に集結している。

その代わりとして、第1~第3階層の守備に普段よりもモンスターを増員して警備の穴を埋めている。

他に来ていないものと言えば、よほど格が低いためにふさわしくない者か、ナザリックの管理維持業務のために手が離せなかったり、代替要員が居ない者たちぐらいである。

そして彼らの期待に応えるように、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを携えるモモンガは厳かに口を開いた。

 

「……まずは、私とあんぐまーるさんが独断で勝手に行動した事を詫びよう」

 

詫びる、など本来筋違いな話である。 至高の御方の決定に異論をさしはさむ余地はなく、その臣である彼らはその決定や指示に粛々と従うのが使命であるのだから。

だが、自分達の主人にこのような配慮とお言葉をかけていただいたことは、彼らにとってこの上ない名誉であり、喜びでもあった。

主人が自らを慮り、顧みてくれる。 これほど嬉しいことは無い。

 

「何があったかはアルベドから聞くように。 そして、既に知っている者も少なくないかと思うが、私の信頼する大事な友人であり、剣を捧げてくれる騎士であるあんぐまーるさんが帰還したことを、正式に全ナザリックに伝達する」

 

おお……という声が歓喜のため息とともに漏れる。 だがその声をあえて咎めるものは居ない。

 

「そして……現在、このナザリックは現在未曾有の異常事態に陥っている。 周辺に起きた変化は未だに全容を把握するに至らないが、状態が落ち着くまでの間はナザリックの内部及び地上部の警戒を厳にするとともに、新たに非常体制を敷くことを通達する。

 その一環として……私はあんぐまーるさんを対等の友人であり仲間として遇して来たが、本質的にそれは変わらない。 しかし、この事態に対応するにあたってのナザリック内の指揮系統を明確にするためにも、アインズ・ウール・ゴウンの統率者とメンバーという地位の上下関係をこの際はっきりさせて置く事にする。

 あんぐまーるさん……いや、あんぐまーるはこれより私に仕える騎士として、私の次に序列を置くことを皆に宣言する」

 

これは暫定的ながら、しかし名実ともにあんぐまーるが現在のナザリックのナンバー2としての地位を明確にされたこととなる。

再びNPCたちの間からため息が上がる。

それはあんぐまーるの権力第2位としての就任を賞賛する感情が込められていた。

横に立っていたあんぐまーるが静かにモモンガの前に移動し、跪く。

そして自らの剣を抜いてモモンガに差し出した。

 

「我らアインズ・ウール・ゴウンの盟主、我が主君モモンガ様。 改めて、この身と、この剣、この忠誠を捧げ、モモンガ様の騎士としてこの魂が擦り切れ滅びるまでお仕え致します」

 

モモンガは頷いて剣を受け取ると、その剣の平であんぐまーるの肩をそっと打つ。

 

「改めて忠誠を受けよう、あんぐまーる。 私の騎士よ」

 

絵物語の中の偉大な王とその騎士のごとき姿に、NPCたちの何人かには感極まって涙を流す者たちが居た。

 

「モモンガ様万歳! あんぐまーる様、万歳! いと尊き方々へ、ナザリック地下大墳墓全てのものより絶対の忠誠を!」

 

アルベドの声ととともに、守護者達が次々と声を上げる。

 

「モモンガ様万歳! あんぐまーる様万歳! 至高の方々のまとめ役、そしてその補佐をなさるお方、お二人に私どもの全てを奉ります!」

 

「モモンガ様万歳! あんぐまーる様万歳! 恐るべき力の王とその剣たる騎士、すべての者が御身の偉大さを知るでしょう!」

 

NPCたちが、シモベたちが唱和し、万歳の連呼が玉座の前に広がった。

頃合を見て、モモンガが手をふって一同を静かにさせる。

剣を受け取ったあんぐまーるも作法にかなった礼をして立ち上がり、再び玉座の横に立った。

 

「さて……これよりお前達の指標となる方針を厳命する」

 

先ほどまでの熱狂は覚めやり、厳粛な気配が玉座の間を支配する。

モモンガは手にするスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを持ち上げ、そして床を叩いた。

スタッフに嵌められたそれぞれのクリスタルから輝きがもたらされる。

 

「アインズ・ウール・ゴウンを、私達41人を不変の伝説とせよ。 このナザリックにアインズ・ウール・ゴウンありと世界に知らしめよ。

 あんぐまーるが帰還を果たしたように、他の私の仲間達もいずれ帰還するやもしれぬ。

 その時のために、私達の名声をこの世界で知らぬものが無いように地の果てまで広めるのだ。

 あるいは、彼らは既にこの世界のいずこかに居るやもしれぬ。 ならば、私達が、このナザリックがここに在ることが仲間達の耳に届くようにすれば、彼らも帰ってくるやもしれぬ。

ゆえに! 既に英雄が居るならば全てを塗りつぶし、生きとし生ける全ての者に知らしめてやれ!

 今はまだその前の準備段階に過ぎないが、将来来るべき時のために働け。 このモモンガが、あんぐまーるが、私達アインズ・ウール・ゴウンの41人こそが最も偉大なものであることを知らしめるためにだ!」

 

このとき全てのNPCたちがモモンガの意図を完全に理解した。

我々の主人は仲間達の帰還を願っている。

今はその名が知られなくなったために至高の方々は戻ってくることが出来なくなっただけで、あんぐまーるのようにいつか必ず戻って来る。

そのためには、全ての者が至高の方々、アインズ・ウール・ゴウンの名を知り、その名声を地上の隅々まで広める必要があるのだと。

そして、NPCたちは崇高なものに祈るように頭を下げ、拝命した。

 

 

 

モモンガとあんぐまーるが玉座の間を去り、主人の居なくなった玉座が寂しげに佇む。

その一方で、残った守護者らNPCたちの熱気は冷め遣らず、彼らは一様に支配者からの命令を受けていざ行動を開始せんとする意欲に燃えていた。

 

「皆、面を上げなさい」

 

アルベドの静かな声で全員が頭を上げ、守護者統括に注目する。

 

「各員はモモンガ様の勅命には謹んで従うように。 そしてこれから重大な話をします。 まずはセバス、あんぐまーる様とお話をした際のお言葉を皆に」

 

「はい、畏まりました」

 

最初に命令されてセバスが口を開く。

 

「あんぐまーる様とナザリック周辺の情報収集に赴かれた際、殺戮された村を発見いたしました。

 そして、あんぐまーる様は『この殺戮を行った者たちを我はけして許さぬ』と申されました。 そして、『奴らにはもはや眠れる夜は無い。 いずこにいようとも探し出し、追い立て、追い詰め、なぶり殺しにしてくれよう』と。 この非道を行った者たちへのあんぐまーる様の強い義憤と怒りを感じました」

 

「宜しい。 では次に、デミウルゴス。 あんぐまーる様とセバスが情報収集から戻られた後に、あんぐまーる様がモモンガ様と話されたことを皆に」

 

「畏まりました。 あんぐまーる様はモモンガ様にこう進言なさいました。 『かの村での惨状、あれは人の行いとは思えず、人面獣心の類なり。 明らかにわざとか弱きものらをなぶり殺しにした形跡が見て取れ、その所業はまさに鬼畜』と。

 そしてこう続けられました。 『我はそやつらに、我自身が盟主にお助けいただいた忘れもせぬ日の、あの正義騙る愚か者どもと同じ臭いを嗅ぎ取りました』……我々の何人かはかつてあんぐまーる様に親しくお声をかけていただいた覚えのあるものが居るかと思いますが、その者たちはあんぐまーる様がモモンガ様直々によって至高の41人の一人に迎えられた経緯を聞かされた事があるでしょう」

 

何人かが静かに頷く。 あんぐまーるの語るモモンガとの過去の逸話はモモンガの偉大さと慈悲深さ、義侠心と仁徳に満ち溢れた人柄を賞賛し、そしてそれはNPCらのモモンガへの尊敬と忠誠を一層補強する材料になっていた。

そして二人がどれだけの強い絆で結ばれた主従であるかという事も。

 

「最後にあんぐまーる様はこう申されました……『奴らがこのアインズ・ウール・ゴウンと友誼を結ぶには値せぬものどもであることだけは明白です』、と。

 これはつまり、あんぐまーる様の仇敵であり、そしてモモンガ様があんぐまーる様を助けるためにその者たちと敵対する事を選択された、このナザリックの怨敵がこの世界にも同様に存在する事を示します。

 正義を騙る者……その者たちこそが私達の敵。 モモンガ様とあんぐまーる様が共に憎まれる、絶対に滅ぼさねばならない敵です。

 それゆえに、お二人は敵を発見したとき何を差し置いても即座に行動に移った。

 つまり、モモンガ様のお言葉の真意もそこにあります」

 

デミウルゴスはその顔に冷たい笑みを浮かべた。

それは主人の敵を滅ぼす喜びと、敵に対する憎悪と悪意とを混ぜ合わせて煮込んだような心底背筋の寒くなるような笑みだ。

同様に全ての者たちの瞳にも鋭い光が宿る。 知らされた明確な目的を遂行する決意の光が。 

そして、最後にアルベドが自分の見聞きしたことを語った。

 

「モモンガ様も私の前でこうおっしゃいました。 『「悪」でも、時には正義に力を貸してもいいでしょう』と。 モモンガ様の真意を受け止め、準備を行うことこそ忠義の証であり、優秀な臣下の印。 各員、ナザリック地下大墳墓の最終的な目的は偽なる正義を討ち滅ぼし、真の悪を持って至高の方々こそが正義だと示すと知れ」

 

 

 

 

 

これより先は、モモンガとあんぐまーるの謁見に数日前後して。

 

 

 

 

リ・エスティーゼ王国の王都。

そのヴァランシア宮殿の一室では宮廷会議が行われていた。

カルネ村より帰還したガゼフは会議において自らの体験した詳細を報告し、特に偶然通りすがったにも関わらず村を救うために自ら危険へと飛び込んでいった男達…モモンガとあんぐまーるの事を賞賛を交えつつ滔々と語った。

しかし、それに対する反応は……ガゼフが忠誠を誓う国王は別として、貴族達はむしろその二人に疑惑の目を向けるものだった。

アインズ・ウール・ゴウンという名前も聞いたことの無い集団あるいは組織を名乗る。

素顔を見せず、身分も明らかではなく胡散臭い。

耳慣れない変わった……というよりおかしな名前の魔法詠唱者と剣士。

大貴族派閥に所属する彼らは、王が感嘆の言葉を放ったのに対抗するかのようにモモンガとあんぐまーるの二人を怪しむ意見を連ねた。

果ては、この二人こそが自分達を売り込むために襲撃をお膳立てしたのでは?という嘲笑交じりの邪推まで飛び出る始末だ。

恩人への謂われない侮辱を、ガゼフは賢明に堪える。

これに反論する力を今の立場でのガゼフは持っていない。

もちろん、スレイン王国の部隊が現れたことに関する、大貴族派閥が裏で手を引いたのではと思しき疑惑も腹に飲み込んだまま。

ただ、王国を裏切っているとすれば彼ではないか?と思う一人に視線を向ける。

モモンガとあんぐまーるへの侮辱にこそ加わっていないものの、国王派と大貴族派の両方を上手く立ち回る蝙蝠と目されている、レエブン候。

だがレエブン候はガゼフと視線が合うと挑発的に唇を笑みの形に歪ませた。

 

「戦士長からの報告はひとまずこれくらいにしよう」

 

王の言葉でこの話は一旦収まり、議題は帝国との例年の戦争へと移った。

レエブン候が席から立ち上がり、報告と説明を行う。 それに対する貴族達の意見もまた楽観と己の力の過信に満ちていた。

帝国との戦争が半ば例年行事となり、実際には刃を交えることなくにらみ合いで終わることも少なくない。

貴族たちはそうした「撃退」の戦果をもって、帝国が本気の戦争は避けていることと、その理由がこちらを恐れているからだと勝手な希望的観測で解釈するようになっている。

だが、少し知恵あるものならば帝国の狙いは多大な戦力を召集せねばならない王国の疲弊を狙っているのだと気づく。

ただでさえ徴兵と兵糧の徴発で資源を浪費するのに加え、帝国が戦争を仕掛けるのは王国の農民の繁忙期や収穫期。

領地経営を真面目にやっている貴族ならば、税収と冬を乗り越えた後の人口が減っているのに気付く筈である。

だがそれにも気付くことのない貴族の多さに、ガゼフは唇をかみ締めるしかない。

おそらく国力が落ちきった時に、帝国は本気で攻めて来る。

その時に貴族は今の地位のままで居られると思っているのだろうか? あるいは……既に帝国と内通している? そんな疑惑さえガゼフの胸中に浮かんだ。

そんなガゼフの思いは露知らず、貴族たちは再びモモンガたちに言及した。

彼らが帝国のスパイであるという邪推だ。 帝国には魔法詠唱者の学院がある、騎士もいる。 そこから送り込まれた可能性は充分にある、と。

ガゼフは帝国の回し者はお前達の方ではないか?と怒鳴りつけたくなるのを必死に堪えた。

だがそれにもお構いなく、ついにはそんな怪しい存在が国内に居るのは不安、二人を捕まえて調べるべきではとの意見が出され、二人を連行するのには自分の騎士が、いやいや自分の騎士こそ、と言い争うに至ってガゼフはついに口を挟んだ。

 

「お待ちを、かの二人は王国に対し好意的に思われました。 実際に村は彼らによって救われ、そのような人物らをただ一方的に怪しいと決め付けて捕縛するなどいかがなものかと……」

 

しかし、ガゼフの意見は火に油を注ぐ結果に終わる。

このままの勢いではガゼフ当人にも非難のの矛先が向きかねない空気になったところで、王からの制止の言葉が穏やかに、疲れの入り混じった声で響き渡る。

そうして一応は熱は収まった。

だが、ガゼフの心中にはモモンガとあんぐまーるへの申し訳なさと貴族達への深い失望が刻み込まれた。

特に、あんぐまーるには騎士としてモモンガに仕えるという高潔な態度が己の王への尊敬と忠誠に通じるところがあり、共感めいた思いがあっただけに、貴族達の二人への認識は恩を仇で返す結果をもたらしかねないと考え、ガゼフの胸は酷く痛んだ。

そして、二人を敵に回した場合の不安が色濃く頭に残った。

 

 

 

 

 

バハルス帝国の帝都、皇帝ジルクニフの居室。

部屋そのものを絢爛豪華という言葉で満たし飾りつける豪奢な調度品の数々と、そしてその調度品に負けず劣らじに美しい青年が長椅子に腰掛けて師であり最も信頼を置く家臣である主席宮廷魔術師、賢者フールーダの報告を受けていた。

自身も、王国からの内通者よりもたらされた情報の書かれた報告書に目を通していたばかりである。

フールーダの報告は、モモンガとあんぐまーるなる人物の探知に失敗したこと、そしてそれはおそらく自分と同等かそれ以上の力を持つ魔法詠唱者である可能性を示しているというものだった。

そして、それをフールーダは喜ばしく思っている事も。

魔法のさらなる高みを目指すフールーダの思いはジルクニフは承知している。

ゆえに、ジルクニフもこの二人とは友好的な関係を結びたいと考えていた。

フールーダと同格の魔法詠唱者ならば、敵対するより帝国に迎え入れたほうが得策であり……もしそれが成功すれば帝国はさらに強化される。

もちろん、御することが可能な人間であればの話だが。

 

「さて……そのモモンガという魔法詠唱者の実力はわかった。 もう一人のあんぐまーるの方はどうなのだ? 報告書を読む限りでは剣士のようだが」

 

「計りかねますな。 この二人にさらに従者と思しき者を一人加えて、三名で法国の特殊部隊、おそらくは陽光聖典の数十人を倒したというからには、剣士の方も相当な強さを持っている可能性は高いかと。

 剣に関しては私の出る幕ではございませぬな。 もしかすれば魔法も同じくらい使える可能性もありますが」

 

フールーダはそう評するが、それはほぼ確実であると思われた。

ならば、二人とも帝国に引き込む事ができれば魔法に加えて剣技でも相当な実力者を手に入れることになるだろう。

もしかすれば、帝国四騎士でもかなわぬ王国戦士長ガゼフ・ストロノーフを倒すことも夢ではないかもしれない。

ジルクニフはそう考え、薄く笑った。 まだ取らぬ皮算用だ、と。

 

「そうだ、エ・ランテルに現れたというアダマンタイト級冒険者に関しても情報を集めたい。 協力してくれるか?」

 

「もちろんですとも、陛下」

 

確か、その冒険者というのも魔法使いと剣士の二人組だったな……報告書にはまだ名が記載されて居なかったが、確か「漆黒」「純白」の異名があったとジルクニフは思い起こしていた。

 

 

 

 

 

スレイン法国の何処かの場所、何処かの室内。

神官衣を身に纏う複数の人間が卓に広げられた大きな羊皮紙と、そこに描かれた絵を囲み、話し合っていた。

死の神、スルシャーナ。

誰にも逃れられぬ死を司るがゆえに六大神の中でも最も力の強いとされるその神の似姿を描かれた羊皮紙。 それに全員が注目していた。

 

「そして、まさにこの御姿そのものだったというわけか」

「しかしながら、それが見えたのは一瞬だったのであろう。 本当に確かであるのか」

「一瞬であるにしろ無いにしろ、この御方であるという事が問題なのだ」

 

神官衣を着たものたちは頭を悩ましながら互いに意見を交わす。

議論は白熱しかけたが、特に意見が割れることも無くまるで決まった事項の再確認であるかのようにすんなりと話は進み、一応の結論に達した。

 

「……慌てる必要は無いだろう。 我らを混乱させるためにあえて神の似姿を用いたという可能性もある」

「そうだとすれば、極めて不快な輩どもだ。 許しておくことはできんな」

「従属神の似姿まで用意して入念なことだ」

「ひとまずは情報収集を継続しよう」

 

全員が同意して頷き、さらに詳細な打ち合わせに進む。

その間にも時折視線が向けられる羊皮紙には、死を象徴する骸骨に闇で繕ったかのような巨大な漆黒のローブを纏う姿、そして光り輝く杖という構図で描かれたスルシャーナ。

そして、その周りにひれ伏す数体の従属神……その中に、ローブを纏い、ガントレットを嵌める手には長剣を持つ姿が一つあった。

 

 

 

 

 

 

 




私室にて

「……ぶっつけ本番でも案外なんとかなるものですね、盟主。 アドリブも冴えておられました」
「予定表に無いことするのやめましょうね? あんぐまーるさん。 メッチャドキドキしましたよ!」
「お嫌でしたでしょうか」
「いえ……悪い気はしませんけど……その……守護者たちの前でないときは対等な立場ですからね?」
「承知(でも盟主がロールプレイに付き合ってくれるのは楽しいなあ…また機会があればやろうっと)」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外・1 Dark chest of wonders 

この作品は、丸山くがね様著、オーバーロードの二次創作です
web版と書籍版の設定・展開をツギハギにしております





毛玉野郎様作「オーバーロード ~魔法系スケルトンが居るのなら、物理系スケルトンが居たっていいじゃない!~」
よりサリエル様
ナトリウム様作「オーバーロード モモンガ様は独りではなくなったようです」
よりケイおっす様
雄愚衛門様作「エントマは俺の嫁 ~異論は認めぬ~」
よりアバ・ドン様
をゲストとしてご登場させる許可をいただいております


 

 

 

「やっちゃった……」

 

ログアウト直後、私は机に突っ伏して軽く頭をゴンゴンと打ちつけながら悶えていた。

今日は最悪だ。 いつもの様にいつもの狩場でレベル上げに勤しんでいたら忌々しい厨プレイヤーどものPKに逢った。

それだけでもかなり気分が滅入る出来事だというのに、さらに私自身の行動で自己嫌悪にさいなまれる墓穴を掘った。

PKそのものは他プレイヤーの乱入で乗り切ったのだけれど、せっかく親切にも助けて貰ったと言うのにそのプレイヤーさん……モモンガさんとか言ったか。

その人に対してメッチャ失礼な態度を取ってしまった。

私のプレイスタイルはロールプレイ重視、自分で脳内想像したキャラクターの設定通りになりきりをすることだ。

だが、私のプレイしているこいつ……「あんぐまーる」は、ソロを前提とした孤高の悪の騎士というロールプレイなので、対人コミュニケーションを向いた性格をしていない。

例えて言うなら、わが国伝統の…150周年をめでたく突破したスーパー戦隊の、悪の組織の一員でありながら真っ黒なスーツで一匹狼でクールな幹部キャラ居るでしょ?

あんな感じなので、PK連中を8割がた倒してもらったというのに素直にお礼も言わなかったしあまつさえソロでは寂しくありませんかってギルドに誘ってもらったのにすげなく断ったし。

 

「なんでこう難儀なキャラクター作ったんだよお……しょうがないじゃんゲーム内で友達作るとかそういうの全く考えてなかったし、ひゃっほう指輪の幽鬼が作れる!ってもうそれしか頭になかったんだから……」

 

ごめんなさい。 ほんと申し訳ない。

なんかメッチャ高レベルの上級者っぽい人だったのに。 人格できてそうだし。

こっちは絶対痛々しい厨なネトゲプレイヤーだとしか思われてないだろうなあ……。

なんなんだよあの態度。 まるで「余計なことしやがって」とか言ってるように受け取られかねないじゃないか。

本当は全然一人でなんとかできる状況じゃなかったくせに。

というかソロって結構きついというのに。 友達にならないかって誘われたんだから素直に受けて置けよあんぐまーるの馬鹿! ……あんぐまーるは私自身だ。

欝だ。 死にたい。

 

「友達かあ……リアルの友達は何人か居るんだから、ネット上で友達作る必要性感じなかったんだよね。 というかネット上の友達とかしょせん直接顔合わせない上辺だけの付き合いじゃん?」

 

そう思ってたのが今までの私だ。

どこの誰とかわからないし、お互いの自己紹介や喋ってることがどこまで本当か確認も取れない。

そういう「本物ではない」付き合いがネット上の関係という認識だけど、概ね間違っていないでしょ。

とはいえ、リアルの高校・大学時代の友達や幼稚園時代からの幼馴染の付き合いともなんとなく物足りなさを憶えてるのも事実。

 

『ゆっこはファンタジー好きだね。 それ凄い大昔の映画でしょ?』

『ゆっちん家行くといつもこれのフィギュア置いてるよな。 正直、これ不気味で苦手』

『卒論もJ・R・R・トールキンにするの? あんたの人生そのものがもうそれだよね……』

『なんでサム×フロとかレゴ×ギムじゃなくてナズグルなの!? おかしいよ!!』

 

……友達はいる。 でも、趣味を同じくする友達はあんまり居ない。

居てもなんか私の方がその趣味の中では異端であるかのように扱われる。

少なくとも登場人物を掛け算にする方が異端だろうっていうか貴腐人はいい加減にしろ。

わざわざ毎年東京まで出かけて行って私にそういう本を買ってこなくてもいいから。 布教はノーサンキューですから。

 

……ユグドラシルでも、なりきりロールプレイしているプレイヤーは結構見る。

でも、私と同じものを題材にしているプレイヤーに遭遇したことはない。

何万人もプレイヤーが居るんだったら、一人か二人はそういうのが居てもいいだろうに。

あるいは、まだ私が遭遇してないだけかもしれない。

居たとしても、「旅の仲間」のような方での集まりの可能性が高いんだろうな。

私がその輪に入ってるのは不自然だ。 でも風見が丘の襲撃ごっこはさせてもらえるかな?

厳密には私のあんぐまーるは、「アングマールの魔王」とは全然別のものなんだけど。

友達。 仲間。 ギルド。

もういっそ自分でギルド作って、モルドールとかアングバンドとか名づけてメンバー募集してしまおうか。

ソロを諦めることになるけど。

 

「アインズ・ウール・ゴウンか……拠点持ちってことは結構ランキング上位のギルドなのかな」

 

ふと気になった私は、ネット端末を起動して検索ワードをうちこんだ。

……なんかいきなり悪口と中傷と晒しスレが大量に引っかかってくるんですけど先生。

 

 

 

 

『それでね、そのアインズなんとか言う人たちが凄い悪い人たちなんだけどね、今その人たちを何とかしようって集まりがあって話し合ってて、なんだか凄く面白いことになってるから!』

 

「……そうなんだ。 でもさ、今私仕事中なの。 今からゲームとかはできないの」

 

『でもねでもね、色んな人に拡散希望でね、ゆっちーもね、休み時間とかでいいからね、来て欲しいの! 待ってるからね!』

 

そう言って電話は一方的に切れた。 私はため息をつきながら通話終了のアイコンを押す。

幼馴染で幼稚園以来小中高と長い付き合いの依ちゃんは昨年離婚して実家に戻ってからネトゲにはまり、引き篭もり状態で平日昼間からゲームができるのだけど、入社したてでやる事も憶える事も多い私は違うんだから一緒にしないで欲しいものだ。

逆に私のログインしている時間帯はよりちゃんは処方されたお薬を飲んで眠っているので、ゲーム内で絡まれたり強制的につき合わされないだけマシなんだろうけど。

こんな事なら先月顔を合わせたときにたまたま同じゲーム、ユグドラシルをしているとか話さなければ良かった。

久しぶりに会ったよりちゃんはかつての可愛らしかったふっくらした丸い顔がすっかり痩せこけており、肌も荒れているし一日の殆どをゲームのための時間に費やし不健康そうな生活を送っているのは目に見える。

ああいうのを、廃人とか中毒者っていうんだろうか。 でも三年前の……結婚式で見た幸せそうなよりちゃんはあんなんじゃなかった。

よりちゃんは、悪い子じゃない。 これからも幼馴染で友達だ。

でも前のようなよりちゃんに戻ってくることは、無いんだろうな。 

寂しい気持ちになりつつ給湯室から仕事場に戻るため廊下を歩きつつも、私はよりちゃんの言ってた……アインズ・ウール・ゴウンの反抗同盟だかなんだかが少し気になった。

実際、私が調べた限りではモモンガさんのギルドに関する噂や評判は良くない。

ランキングの上位ギルドに対する誹謗や妬みは付きまとうものだけど、アンチスレや晒しスレの尋常じゃない多さやメンバー個別のスレ、注意や対処をまとめたサイトまであるってのはどうなんだろう?

アバ・ドンスレってのがなんか1000に届きそうな勢いだし……メンバーの一人らしいけどこの人一体何やったの。

 

「集会所の入場パスコードは、貰ったけど……どうしようかな」

 

これだけ評判の悪いギルドなのに、でも、あの時助けれくれたモモンガさんは、良い人だった。

気にはなる。 悪評と、モモンガさんの人間性と、どちらが本当なのか。

アインズ・ウール・ゴウンを嫌っている人たちが、どういう人間の集まりなのか。

私は、帰宅したらすぐにでもユグドラシルにログインしようと決めていた。

 

 

 

 

集会場は町の中にある大きめの建物の内部ホールを借り受けて行われていた。

入り口には天井付近から「反アインズ・ウール・ゴウン&被害者同盟レジスタンス決起集会」とか書かれた垂れ幕が下がっている。

これってわざわざ作成したんだろうか? このために?

あと、依ちゃんから聞いていた集会の名称と微妙に違うんですけど。

まあいいか。 もう一度、現在の私の装備外観をチェックする。 輝く白銀のチェインメイルを身にまとい、雪のように白い篭手は指先から肘までを覆い、そして真珠のように白い足防具は膝までを防護し、さらに染み一つ無い純白の外套を羽織る。

腰には冬狼の革ベルトを締め、鞘に六花の意匠を施した純銀の長剣を掃く。

頭は外套のフードを目深に被り、そして顔には真っ黒な仮面を付ける。

のっぺらぼう仮面は左半分にだけ縦に三つ連なる黄金で縁取りされた目の意匠が書き込まれていた。

町なんかで買い物をするときに必要なので時々使う、異形種であることを隠すための装備だ。

異形種が町をウロウロしてると、異形種PKプレイヤーに目をつけられてフィールドに出た途端PKされるかもしれないから、用心のためこういう格好も用意している。

まあ看破系や探知系の魔法使われると一発でバレバレなんだけど、こんな「格好いい正義っぽい」装備してる奴が異形種プレイヤーだなんてあんまり思わないだろう。

9割の人は人を外見で中身もそうだと決め付けるのが人間心理。

その証拠に、集会場に入っていこうとする人たちも私を見ても特に何も言わない。

人間、エルフ、ドワーフ、ノーム、ハーフリング、エラドリン、サテュロス…人間や亜人種でなおかつ雑多な装備や職業のプレイヤーたちの列に混じってても特に浮いていない。

 

「おっと、ごめんなさい」

 

「……失礼をした」

 

入り口に向かう人の数がちょっと多かったので、隣のプレイヤーと肩がぶつかった。

その外装を見て目を見張った。 金銀の入り混じった長い艶やかな髪。 その髪を分けて突き出した数本の角。

背中からは左右非対称の翼が生えており、そして……全体の服装は、エプロンドレスの可愛らしいメイドさんだ。

いいなあ……綺麗だ。 愛らしい。 ああいうキャラも好き。 凄く好き。

でも残念ながら自分にはああいう方面の美的造形センスがないので、自分のキャラで作ることが出来ない。

ロールプレイも難しい。 萌えってどうやればいいの。 見てる分にはわかるけど自分でやるのは全くわからない。

はあ、いいなあ……何の種族だろう。

そんな事を思いながらホールへと足を進めると、そこには既に大勢のプレイヤーが集まり、壇上で誰かが演説をしていた。

 

「……ただ自分達がゲームないで悪行行為を行いたい、現実でできないアンモラル行為をする欲求を満たしたいがためだけに! 自分達より低いレベルのプレイヤーを狙い撃ちにし、嘲笑や挑発などの追い討ちをかける行為によって、ゲームを引退に追い込まれた人たちすら存在するのです! このような行いは、人間種、亜人種のプレイヤーへの被害のみならず、異形種プレイヤーへの偏見も助長させ……」

 

奇声を上げて集まった人たちに熱弁を振るっているその人物を見て、私はげんなりした。

おい、お前この間私をPKしようとした連中に居た一人じゃないか。

自分達より低いレベルのプレイヤーを狙い撃ち? どの口でそれを言うのか。

そして壇の左右に並んでいるプレイヤーたちも何人か見覚えがあるのが居る。

完全にあの時私とモモンガさんに返り討ちにあってPKKされた人たちがこの集会の中心メンバーになっているということなのかな?

うわあ、言ってることとやってる事の不一致さに一気に集会のお題目が胡散臭くなってきたんですけど……。

ねえ、もう帰っていい?

 

「それ故に、私たちはここに総ての種族を超えたプレイヤーによる反アインズ・ウール・ゴウンの旗を掲げ、彼らへの横暴な振るまいへの抵抗と、所業を知らしめ糾弾する組織を立ち上げたいと思うのです! この集いに参加する資格のあるのは、アインズ・ウール・ゴウンに恨みのある人、そしてその行いを許せない、批判すべき、なんらかの制裁を与えてしかるべきだと思う人であれば、いっさいの制限はありません!」

 

壇上の彼は演説を続ける。 もはや人間種プレイヤーだけの問題ではないのだと。

……よく見れば、ホールに居る群集の中にはそこかしこに異形種らしき姿の人たちも居る。

成る程ね、モモンガさんたちを悪質なPK集団だと触れ回ることで、種族関係なく中立の立場でも義憤を覚えた人たちを参加させて、それで数の力でやっつけちゃおうって所だろうか。

これなら私は変装してくる必要なかったかな。

どうしようか。 今からでも普段の装備に着替えて「我を憶えているか? この間はよくもPKしてくれたな」とか言っちゃおうかな。

……よしとこう。 彼らの仲間がどれくらい居るのか、彼らの話を今この場に居るどれだけの人たちが信じているのかわからないから、私一人の証言なんて無視されるか嘘だと多数に押しつぶされて終わりだ。

顔を知られて目を付けられて、PKの的になりやすくなるだけ。 リスクが大き過ぎる。

でも、このまま壇上の聖騎士が「嘘を付いていること」をそのままにしていくのも癪だ。

私は大きく息を吸い込んだ。

 

「私達と共に立ち上がってくれるという方々はどうか……」

 

「質問を、よろしいか?」

 

手を挙げ、ホール中に声が通るようにはっきりとした活舌とともに私は手を挙げた。

周りに居る人たちの注目が一気に集まり、私は無数の視線の矢に晒された。

壇上の彼は演説を遮って発言しようとする空気読まない私に一瞬固まったけど、笑顔のエモーションを出しながら返事を返した。

 

「……どうぞ。 お聞きになりたいことなら何でも」

 

「先ほどから拝聴させていただいている、アインズ・ウール・ゴウンによる行い……一方的なPKについてだが。 言葉だけではなく、何か皆に判りやすく証明できる動画などの証拠は存在するのか」

 

あの時の場面を、動画に記録しながらプレイしているなら、あるかもしれないけどな。

私へのPK部分はうまく編集するのかもしれないが、どう誤魔化すだろうか。

 

「ええ、あります。 私を始め、ここに来ている何人かもその時一緒にいて被害に合いましたから。 証人になってくれます」

 

「それはつまり、動画は後ほど見せていただくという事だろうか?」

 

「……今日は準備してきていなかったので、後日ということになります。 今日のところは説明会と決起集会ということなので」

 

……ちょっと手落ちじゃないかな。

どうせならその動画をどこかにアップロードした上でこういう集会をやった方が人の集まりもいいし、説得力があるだろうに。

証拠はあるけどそれを公開する準備はしてません、ってのはちょっと褒められないよ。

私は「これで質問は終わり」と言われる前に言葉を続けることにした。

 

「では、別の質問になるが、人間種のプレイヤーが異形種をPKし、引退に追い込まれている人も存在することへは、この集まりはどういう見解を持っている?」

 

「……それについては、この集会と直接関係が無い様な気がするのですが。 確かにそのようなノーマナーなプレイヤーも居ることは問題になっています。 ですから、逆に異形種による人間種へのそうした行いも、問題視しなくてはいけません。 アインズ・ウール・ゴウンは悪のギルドを標榜し、そうした反モラル行為を行っている、許すべからざる……」

 

「もしアインズ・ウール・ゴウンの行いが、異形種狩り(PK)への自衛行為や報復行為(PKK)として行われているものだったらどうなのだ?」

 

私は聖騎士の長ったらしい返答を遮ってやや大きな声で言った。

どの口でほざく。 お前が。

お前は人のPK行為を糾弾や非難できる立場に居るのか。

……大丈夫。 私はまだキレてないよ。 私をキレさせたら大したもんだよ。

私の発言に、集会場に少しばかりざわつきが起こり、雰囲気が変化する。

聖騎士は声を張り上げた。

 

「……そ、それが何の正当性になるんだ! アインズ・ウールゴウンは悪だ! あいつら自身が悪を名乗ってPKをしているんです! こんな横暴を許しちゃいけない! 普通の人ならそう思うはずだ!」

 

「貴公らは自分が正義でアインズ・ウール・ゴウンが完全な悪だというのだな? 自分達が加害者の側に回ったことは無く、逆恨みの類もしたことはいっさい無い、完全な潔白であるとここで全員に誓えるのか!」

 

私は勤めて冷静を保っているつもりだったけど、最後の方で語調が荒くなった。

そしてそれに呼応するように聖騎士も感情を露にして叫んだ。

 

「俺が、俺達が正義だ! 正義の名のもとに、アインズ・ウール・ゴウンは潰してやる!」

 

お互い完全にヒートアップしている。 空気がおかしくなりかけたその時、聖騎士の仲間が壇に上がって来て彼を制止した。

そして、さらに別の仲間が代わりに壇上に上がって聖騎士は下ろされた。

 

「えー……時間が押しておりますので、質問はここで打ち切らせていただきます。 このレジスタンス同盟に参加を表明していただける方は、別室で面接と参加にあたっての必要事項を説明いたしますので、そちらへ移動してください。 入室には事前に知らされたパスコードの入力をお願いします。 あと念のため、アインズ・ウール・ゴウンのスパイが入っているかもしれないので、簡単な検査をそちらで実施させてもらいます」

 

ホール内のどよめきに負けないよう大きな声でそのプレイヤーは説明を述べた。

検査か。 魔法で外見を偽装している場合を警戒してるんだろうな。

私はアインズ・ウール・ゴウンのメンバーではないし、この集まりは一応異形種でもメンバーに入れるということだけど、でも聖騎士たちが本当に私の顔を覚えていると色々面倒なことになる。

さっき口喧嘩したばっかしだしね。

やっぱりリスクが大きいから、潜入調査はここまでにしておこう。

ホールの入り口の方へ向かおうとすると、結構少なくない数の人たちも別室ではなく入り口の方に向かっていく。

やっぱりさっきの言い合いが効いたかな。 あんな空気で入りたいって思わなくなる人もまあ、いるだろう。

本当にモモンガさんたちがPKKのギルドであり自衛のためにやってるという確証を掴んだわけじゃない。

そういう話も私が情報を集めた限りでは少しは混じっていたけど、真偽の判定ができるほどのものじゃない。

だけど、少なくともあいつらはモモンガさんへの正当な報復と抵抗を掲げる連中ではないし、正義なんかではない。

私の敵だ。 このあんぐまーるの、悪の騎士の敵だ。

 

「別室に行かないんですか?」

 

ふいに、横から声をかけられた。

見ると、入るときに肩がぶつかったあの可愛らしい種族のメイドさんのプレイヤーが横を歩いている。

私は思わず立ち止まった。

 

「ああ」

 

「あんなに彼らに興味がありそうだったのに? 彼らがどういう目的でこの集会を呼びかけて、アインズ・ウール・ゴウンを倒そうとしているのか知りたくて来たんじゃないですか?」

 

「そのつもりだったがな……もはやそのような空気にはあらず。 奴らの心象を悪くした故、参入しようとしても拒まれるであろう」

 

彼女がやけに突っ込んで訊いてくるので、つい返答をしてしまう。

やめてーあんぐまーるは孤高のコミュ障キャラなんで対人会話とか苦手なんです!

またさっきみたいに喧嘩腰になっちゃうから! せっかくの可愛い子を曇らせたくないからもうこいつに触らないであげてください!

お願いします!

 

「ふーん……じゃあ、今は逆にアインズ・ウール・ゴウンに興味があるのかな? まあ、皆待ってるから何時でも来てくれていいですよ。 それじゃあ、ボクはどうせだから別室の方に行って見ますので」

 

そう言って、彼女は離れていった。

……なんだろう。 なんか違和感が残った。

そもそも彼女は一体何をしに私に話しかけて来たんだろう。 あれか、あんだけ悪目立ちすれば「お前は邪魔しにきたのか」とか文句の一つも言われてもしょうがないか。

いや違うな。 どっちかというとあの聖騎士やその仲間が、不審な私に目をつけて、ここを出たあと追跡して正体を確かめようと接触してくる……でも彼女は別室の方行ったよな。

なんだろう。 謎な人だ。

 

『皆待ってるから何時でも来てくれていい』

 

……待っている? どこで?

違和感の正体に気付いたような気がして私が振り返ったとき、彼女の背中はもう既に別室へ向かおうとする人の群れに飲まれて見えなくなっていた。

 

 

 

 

「うん、ありがとう依ちゃん。 そうだねー時間の都合はついたし私も作戦に参加しできるよ。 うん、じゃあユグドラシルの中でね。 がんばろうね」

 

ケータイの電源を切り、私は眼鏡をはずしてケースにしまい、服を脱ぎながらバスルームに向かった。

レジスタンス同盟がアインズ・ウール・ゴウンへの囮作戦による釣り出しで襲撃をかけるまであと2時間。

この作戦は、少しでも多くのアインズ・ウール・ゴウンのメンバーをキルすることによってデスペナによるレベルダウンを発生させ、戦力を低下させるのが目的だ。

直接彼らの本拠地に乗り込んでも準備万端整ってる相手を倒すのは容易じゃない。

ただでさえ、ナザリックは今までにも何度か襲撃をかけたギルドによって攻略が難しい……最初の階層で撃沈しているものが多いと知られているから、まずは削げるものを削ぎ落としてから、ということになったようだ。

最終的にレジスタンス同盟側は250人くらいの規模には集まった模様だけど、参加しているのはレベル80台後半が過半数、90台に届いてるのが1割ってところで、思ったほどのものに届かなかったらしい。

なので、最初のうちはアインズ・ウール・ゴウンをPKしてレベルダウンを繰り返し、彼らが拠点に引き篭もったら追い詰めるというのが大まかな計画だ。

それを、結局彼らに潜入できなかった私は、依ちゃんを通じて……依ちゃんには嘘をついたけど、入手している。

ごめんね依ちゃん。 依ちゃんがスパイ容疑で追放されたり晒されたら多分私の責任。

……で、だ。

私はこの情報をアインズ・ウール・ゴウンに……モモンガさんにリークするかというとそうでもない。

実際のところ、この期に及んで私はまだアウンズ・ウール・ゴウンが言われている悪評通りのギルドでノーマナーなプレイヤーであるのか、そうでないのか判断がつかなかった。

もう直接確かめに行ってしまえばいいのかもしれないけれど、「潜入」はまだともかくあんぐまーるのキャラ的に「仲間に入ろうとする」のはちょっと難しい、というか二の足を踏む。

そもそもどうやって話しかければいいのだ、彼らに。

この間そちらのモモンガさんに勧誘を受けましたあんぐまーるです。 って?

キャラと一致しないよ。 確実に。

ロールプレイを徹底するのは大事なんです。 途中でやめたら台無しなんです。

このキャラで行くと決めたんですから。 投げ出したらそれこそ格好悪い。

ただ確実なのは……私は蛇口を捻ってシャワーを止めるとタオルで体を拭きながらバスルームを出た。 1時間15分ジャスト。 ムダ毛の処理も完璧。

確実なのは、私はモモンガさんに恩義がある。 あの時助けてもらった恩義が。

だからそれは返す。

私は悪の騎士、あんぐまーる。

レジスタンス同盟には与しない。 アインズ・ウール・ゴウンを正しいと判断したわけでもない。

敵の敵だから、借りを返すために助勢する。 どちらでもない第三者として。

髪を乾かし、三つ編みに編む。 眼鏡をかける。 Eカップのブラを……スポブラにしよ。 楽だし。

パンツを履く。

軽く化粧をする。 戦支度は整った。 レジスタンス同盟の作戦が開始されるまであと20分。

端末の前の椅子に腰掛け、私はユグドラシルへのログインを開始した。

 

 

 

影の雌馬(シャドウメア)に跨り、私は丘の上から広がる砂と瓦礫の平野を俯瞰していた。

滅んだ古代の都市をイメージしたこのフィールドは、隠れ場所が多いので待ち伏せをするにはうってつけの場所だろう。

作戦では、このもう少し先にアインズ・ウール・ゴウンのメンバーが最近素材狩りに来ているので、囮部隊が軽く襲撃して戦いながら「釣って」来て、この都市遺跡の中に引きずり込んだ上で包囲して数で叩き伏せる。

アインズ・ウール・ゴウンがよく使う手段を逆に食らわせてやるということだが……そんな簡単に釣れるものなのだろうか?

自分たちがよく使う手段なら、勘が良ければ仕掛けられた段階で「自分達の得意技だ」と察知するかもしれない。

だが、「そのくらいはアインズ・ウール・ゴウンも予想はしている」とこちらも思うからこそ、案外「自分達に使っては来ない」と油断しているのかもしれない。

ちょっとした心理戦か。

レジスタンス同盟もそこそこには頭を使う奴は居るんだろう。

開始時刻5分前。 遺跡から、20名くらいの集団が目的地に向け出発した。

既にアインズ・ウール・ゴウンの居場所は確認しているのだろう。 彼らが上手く作戦通りに釣ってこれるのを祈る。

…きっかり5分後、戦端が開いた。 魔法のエフェクトが遠くの方で飛び交いながら、少しずつこっちに近づいてきている。

アインズ・ウール・ゴウン側と見られるのは6名。 案外少ないな。

じゃあ、私もそろそろ突撃準備と行こう。 彼らが遺跡に入り、包囲が始まったら作戦開始だ。

 

 

 

「ぐわっ!?」

 

「くそっ! こいつ火力がやばい!」

 

「当たり前だ、サリエルだぞ!? 間合いに入ったらダメージ受けるのは織り込み済みだ、数だ、数で押すんだ!」

 

湾曲した長大な刃を持つ大鎌が小枝のように振るわれ、空間を薙ぐたびに、その半径内にいるレジスタンス同盟プレイヤーのHPが大きく削られる。

それはまるで暴風。 無人の荒野を行くがごとく、周囲にいる敵の存在など路傍の石に過ぎないかのごとく、死神はまた大鎌を一薙ぎすると、ゆっくりと歩を進めた。

 

「どうした……恐れでもなしたか? たかが死神一匹に。 最初に群がったときのような威勢がないな?」

 

その言葉に気圧され、じりじりと後退するレジスタンス同盟。

包囲した少人数の敵をさらに分断し、一人一人孤立させて各個に撃破するという彼らの手並みは思ったよりも良いものだったが、いかんせんレベル差がありすぎるようだ。

アインズ・ウール・ゴウンのメンバーの一人であるそのスケルトン……いや、死神種の上位種族か、彼一人に30人からの人数で取り囲んでいるのに全く手も足も……一撃当てるのすら困難な有様だった。

それでも、絶え間なく攻め続ければいつかはミスも起こるもの。 綻びが生じればあとは時間の問題だろう。

レジスタンス同盟もそれがわかっているから数を頼みに襲い掛かる。

そこを、横合いから思いっきりぶん殴るのは、私。

 

<霊体化>解除からの<チャージ>を仕掛け、ゼロ距離で最初の一人を背中から轢く。

その次のエルフの弓師のやはり背中を右手の剣で貫き、<生命力吸収>。

さらに、気付いて振り向きかけたオークの戦士の首を左手の短剣で掻き切り、ついでに篭手から立ち上るオーラに仕込んだバッドステータス効果を浴びせる。

三人を轢いてもまだ<チャージ>の効果は終わってない。 そのまま包囲している彼らの中を突き進み、切りかかり、スキルを発動させ、バステをばら撒く。

大混乱だ。 突然乱入されたら普通はこうだよね。 獲物を罠にかけたと思った時が一番油断しているものだ。

獲物が案外強くて梃子摺ってるときはなおさらそっちに集中している。

面白いように奇襲は成功した。 やっべえ。 これメッチャ楽しい。

でも、何人かには避けられた。 やっぱり自分と同レベル帯の相手は簡単には行かないか。

 

「おい、なんだこいつ!」

 

「知らねえよ! 対策wikiに書いてるAOGメンバーには居ない!」

 

「え、今の何、誤爆?」

 

「ちょっとお前なにやってんだよ! 空気読めよ!」

 

「何こっち攻撃してるわけ? 俺の堪忍袋が温まってきたんだが」

 

<チャージ>の通った後には悲鳴と罵倒の嵐。 突然の乱入者に困惑、怒り、反応は様々だ。

全く空気を読まない私はここで高らかに宣言した。

 

「我が名はあんぐまーる。 正義に背をそむけし悪の騎士なり。 故あってアインズ・ウール・ゴウンに助勢する。 貴公、モモンガ様にお伝えせよ。 借りを返すと」

 

セリフの後半は包囲の真ん中で大鎌を肩に担ぐアインズ・ウール・ゴウンのメンバーに向かって言う。

これでとりあえず、彼の敵で無い事は伝わったかな。

そして、レジスタンス同盟にも私が敵だってことは認識されただろう。

 

「……私の友モモンガにしかと伝えよう。 助力感謝する、あんぐまーる殿」

 

そう言って、死神は大鎌を振りかぶった。

<飛翔大車輪>

スキルが発動し、投げられた鎌は回転しながら包囲するプレイヤーたちに襲い掛かる。

5人くらいがそれに巻き込まれ、2名が即死した。 何あれ凄い。

そしてそれで完全に包囲は崩れた。 その機を逃さず、撤退行動に入る私。

 

「さらばだ!」

 

影の雌馬を走らせ、その場を離れる。 後方では死神がさらに猛威を振るい、3人のプレイヤーを屠っていた。

そこでUターン。 もう一度<チャージ>発動。

 

「うわあああああああ!」

 

「また来た!」

 

「来るんじゃねー! やめろお前!」

 

「おいちょっとマジで止めて」

 

「誰かこいつ何とかしろ」

 

私は数名をまとめて轢き殺しながら言った。

 

「さらばだと言ったな。 あれは嘘だ」

 

嘘を付くのは平気だ。 だって私は騎士道に反する悪の騎士あんぐまーる。

背中から襲うのは常套手段です。 正面? 正々堂々? 何それなんか得するの私?

ようやく、誰かが足止めスキルを発動し、地面から湧き出た茨が影の雌馬の足を絡めとろうとする。

が、それをすり抜ける影の雌馬。 残念、この子は拘束無効のデータクリスタルを仕込んでいるのです。

比較的高レベルのプレイヤーが壁役として死神さんにかかりきりなので、折角だから私は同等以下のプレイヤーを狩らせて貰う。

騎兵の突撃を徒歩で止められるものなら止めてみろ。

 

 

 

 

 

「……サリエルさんからの<伝言>は以上。 なんだか面白い子が参戦してきたみたいだよ?」

 

「どこから情報を掴んだのかはわかりませんが、なかなか良いタイミングで彼らの邪魔をしに闖入してきてくれますね、彼」

 

「乱入は驚いたが、こっちの作戦に特に支障は無いな。 悪の騎士ってのは気に入った! いい奴を勧誘してくるじゃないかモモンガさん」

 

「では、あんぐまーるさんへの攻撃はしないように皆さんお願いします」

 

「了解、じゃあ打ち合わせどおりに行きましょう」

 

 

そのやり取りの直後、周辺の空気が変わった。

巨大な魔法のエフェクトと轟音、スキルの発動が連続し、廃墟のあちこちから悲鳴が上がる。

その聞こえてくる方向は多すぎて特定が……いや、これは「総ての方位から」聞こえていた。

レジスタンス同盟が自分達が逆に罠にかけられ、包囲されていたと気付いたときにはもう遅かった。

 

「アバ・ドンだ! あいつにスキルを発動させるな!」

 

「やめろ! よせ……うわあああああああ!?」

 

「トラウマなんだよこれえええええええ!!」

 

無数の虫が密度の濃い、嵐と言うよりもはや巨大な壁のようになって何十人ものプレイヤーを飲み込んでいく。

大小の昆虫が荒れ狂い、プレイヤーのHPを見る間に削っていくそれはまさに地獄と呼ぶに相応しい。

その中心で、アバ・ドンと呼ばれた異形の虫人間は哄笑を上げていた。

 

「あっはははははははは! 素晴らしい! ほら見て御覧なさい! 人がゴミのようだ!」

 

その虫の暴威から逃れようとすれば、ウルベルトの魔法の絨毯爆撃が反対側から追い込む。

どちらに飛び込んでも、死。 逃れるすべは無い。

何人かの上位レベルプレイヤーはどうにかして魔法攻撃を突き抜け、ウルベルトに迫るがそれをぶくぶく茶釜が阻んだ。

有能なタンクと組み合わさった魔法職は難攻不落。 レベルの足りないプレイヤーではどうすることもできない。

そして、ウルベルトの各種魔法の前に沈んでいく。

魔法で蒸発するか、虫に囲まれて何もできない状態で死ぬか。

どこにも逃げ場は無く、そして両者の間はだんだんと迫ってきていた。

 

「くそっ…! くそっ! 何でだ! 完全にこっちの作戦通りだったのに! 勝てるはずだったのに!」

 

拳僧士が悔しげに叫ぶ。 ゆっくりと歩みながらアバ・ドンがそれに答えた。

 

「最初からこちらの手の平の上だったということですよ。 ぷにっと萌えさんに知恵比べで勝とうとは、貴方達は浅はか過ぎる」

 

そして、アバ・ドンが指差すと、彼も虫の大渦に飲み込まれ叫ぶ間もなく死んだ。

 

 

「ダメだ! たっち・みーだ! 俺じゃ勝てない!」

 

「ペロロンチーノが狙撃してる! 誰かなんとかしてくれ!」

 

「弐式炎雷が出た! 助けてくれ、もう持たない!」

 

「誰かこっちに援軍を回してくれよ!」

 

「回復役がやられた……もう終わりだ」

 

「話が違うじゃないか! 俺はもう抜ける……うわっやめて降参するからデスペナだけは嫌だあああああ!」

 

既にレジスタンス同盟は瓦解状態になっており、<伝言>で入ってくる各班からの報告も混乱し全体の状況すらわからなくなっていた。

もう誰が現場の指揮を取っているのかもわからない。 だが、負けた、というのだけは馬鹿でもわかる。

その結果が納得いかない、事実が受け入れがたいだけだ。

その代表格である聖騎士は拳を壁に叩き付け、腹のそこから搾り出すような呪詛を呟いた。

 

「どうしてだ……なぜ負ける! 正義が負けるなんてことあっちゃいけないんだ……正義は何時だって勝つ……こんなの間違ってる! 不正だ! なにか不正なことをしたんだ! そうでなきゃ俺達が負けるはずがない! そうだ、なにか卑劣な手を使ったに違いないんだ! 運営に通報してやる……! 正しいのは俺たちなんだから、悪いのはあいつらに決まってるんだ!」

 

「そうやって他人のせいにする事だけは一人前だな」

 

掛けられた声に、聖騎士ははっと顔を上げる。 視線の先には憎き怨敵アインズ・ウール・ゴウンの首魁、悪の根源モモンガがいつの間にか立っていた。

そしてその周囲には、数名のアインズ・ウール・ゴウンのメンバーが控えている。

その中に非対称の翼と複数の角を生やしたメイド服の少女が居た。 彼女は聖騎士と目が合うと「笑い」のエモーションを出しながら手を振った。

 

「まあスパイ送り込んだのは卑怯って言えば卑怯かもだけどさ。 うちのギルドで唯一顔が割れてないのがボクだったし、その前にそっちの情報収集がwiki頼みで、あんまり表に出てないメンバーは情報不足だとか、ずさん過ぎるよ。

堂々と集会に混じって作戦聞かせて貰って、あとはこの通り。 作戦自体も相当見通しが甘いものだったんだけど、ぷにっとさんがどうせなら利用してカウンター食らわせてしまいましょうって、あえて引っかかった振りして逆包囲しちゃおうかってなったんだ。

ボク的にはなかなか面白いイベントになってくれて、楽しかったよ」

 

ケイおっすのネタばらしを聞き、呆然となった聖騎士は一拍の間を置いて怨嗟の篭った声で絶叫した。

 

「お前……そうか……集会に来ていたのを憶えているぞ……お前がああああああ!! あいつもだな! あの時いたあいつも! あいつの所為で、余計な口出しをした所為でもっともっと沢山の人が俺達に味方するはずだったのに! あれもお前達の妨害だなあああああ!!」

 

それは完全に勘違いであり、あんぐまーるはアインズ・ウール・ゴウンのメンバーになっては居ないのだが、しかしモモンガもケイおっすも、他のメンバーも特に否定はしなかった。

否定したところで頭に血が上った彼が信じるわけはないし、訂正して真実を述べたところでどうでもいい瑣末なことだからだ。

モモンガが聖騎士を指差して最後通告を言う。

 

「後は残っているのはお前だけだ。 我々が勝利し、お前達が敗北する。 これは歴然とした実力差によるもので、不正の入り込む余地は無い。

まあ、単純にお前達が雑魚だったということだ。 我々を相手にする上ではな」

 

「貴……様あああああああああああ!!」

 

引導を渡されて激昂した聖騎士が剣を抜き、モモンガに挑みかかる。

しかし、その眼前にケイおっすが立ちはだかって彼の突き出した剣の切っ先をその身で受けた。

そしてカウンターで両手が変形・分裂。 鋭い槍の群れとなって聖騎士の頭部や胴体や手足を串刺しにする。

その攻撃で聖騎士のHPは0になり、死んだ。

 

 

 

 

 

全部が終わり、三々五々に集まってくるアインズ・ウール・ゴウンのメンバーの中にモモンガさんが居るのを見て私はちょっと嬉しくなった。

なんて話しかけよう。 ……本当になんて話しかけよう。

こういう時「あんぐまーるのキャラ」らしいセリフはなんだろう。

やっぱりクール&ニヒルを気取って黙って去るのが良かっただろうか。

でもそれはあんまりにも失礼だし、何より隣に居るサリエル、という人がじーっとこっち見ているので何となく、何も言わずにこのまま帰る空気じゃないというか、離れるタイミング逃してしまってここに居る。

どうしよう。 部外者が一人いるのってなんか気まずい。 異形種ばかり集合してるのでちょっと百鬼夜行だし。

 

「あんぐまーるさん!」

 

……モモンガさんに見つかってしまった。 やばい。 本格的にどうしよう。

 

「今日は援軍に来ていただき、ありがとうございました。 おかげで助かりましたよ」

 

わかってる、謙遜だ。 社交辞令だ。 実際、私はあんまり何もしていないっていうか、それほど助けになってない。

サリエルさんの周りでちょっと場を引っ掻き回した程度だし、なんかこの結果見る限り

私は居てもいなくてもあんまり影響なかったんじゃないかな。

 

「借りを返しただけだ。 貴公には助けられた。 そしてその時の輩が貴公らに逆恨みした。 元はといえば我の問題、貴公らアインズ・ウール・ゴウンに火の粉が回ったに過ぎない。 ……ゆえに、捨て置けぬから助勢したまで。 他意はない」

 

……なんとか言葉をひねり出して口にする。

ちょっと喋りすぎたかな。 なんだかこれだと言い訳してるみたいだ。 ツンデレか。

え、何なんですか皆さんそのエモーションの反応。 やめて、なんか滑ったみたいだからよしてお願い。

 

「それで、考えてくれましたか? ギルドに入ることを。 ああ、この間は具体的に説明してませんでしたが、うちは社会人ギルドで、見ての通り異形種縛りのあるギルドです。 あんぐまーるさんが社会人であるなら、後はほぼ問題なく入れるのですが……」

 

モモンガさんが私が一番避けたかった話題を持ち出す。

どうしよう、ほんと。 本音を言えば、誘ってくれたのはとても嬉しかった。

助けてくれたことも。 あの時のモモンガさんはとても格好良かった。

最高にいい人だと思った。 そんな人が居るギルドが、悪い人の集まりなわけはないだろう。

でも。

「あんぐまーる」が、そこに居ていいのだろうか。 こんな、何か色々拗らかした私の趣味とエゴの塊のような面倒くさい、何考えて作ったんだかわかんないキャラを。

ロールプレイに沿った受け答えしかできない問題抱えたやつを。

答えられないで居ると、モモンガさんが「ショボーン」のエモーションを出しながら言った。

 

「すいません……どうも一人で先走ってしまって。 もう自分の中ではあんぐまーるさんが入ってくれるものと思ってしまって。 勝手に押し付けがましいことをして申し訳ありません。 そうですね、あんぐまーるさんの方にも都合とか、ポリシーとかはありますよね……だめだな、俺って……」

 

あああモモンガさん別にモモンガさんが悪いんじゃないんですこっちのキャラと中の人の問題なんです落ち込まないでどうしよう何か言わないと微妙な空気になってしまうもう素を露出して本当は凄く嬉しいんです入りたいです社会人でデザイン系の会社に勤めてますって言ったほうがいいんだろうかでもさっきまで思いっきり重篤なロールしてたのにいきなり素を出したら違和感ありすぎて変な子に思われるかもどうしようマジでどうしよう。

焦っててんぱりまくってたら、他のギルドメンバーの人たちが口を開き始めた。

 

「入らないのか? 勿体無いなあ、「悪」をロールプレイしてる感じだから、気が合うかと思ったのに。 あの口上なかなか良かったですよ!」

 

「ウルベルトさんとは似た部分を私もずっと見ていて思った。 もし彼が仲間になるならまた楽しいことになるだろうな」

 

「サリエルさんガン見してたのそれだったんだ。 たっちさんはどう思います?」

 

「悪の騎士、とは言いますが、モモンガさんへの借りを返しに参戦するとは騎士道らしさもある。 もしギルドに入会するなら私は賛成票に入れますよ」

 

「同盟の連中の集会にも潜入しにきてたしね。 そういうアクティブなところとかもボクは好きだな。 ボクも文句なしに一票」

 

「あんぐまーるさんだっけ? モモンガさんが最初、あんたのことメッチャ推しててさ。 昔の自分を見ているみたいで放っておけないって。 入ってくれたらモモンガさん凄い喜ぶと思うんだけどな……」

 

「ツンデレ騎士とか結構萌える」

 

「ま、信用は置けそうな人物でしょう。 私は反対する理由は見当たりませんね。 モモンガさんの人を見る目は確かですし」

 

「うちのギルド結構こういう気さくな感じなんでさ、肩肘張らずに入ってみるのも手だよ?」

 

「そうそう、割と面白い奴一杯居るしな。 るし★ふぁーさんは困り者だけど」

 

……なんだかこれ、「入りません」とか言えない雰囲気になっている気がする。

ハッ!? 外堀埋められた?

 

「あんぐまーるさん……無理にとは言いませんよ?」

 

モモンガさんがじっと私を、あんぐまーるを見る。

……覚悟を決める時だ。 もともと答えなんか決まっている。

ただ、勇気がなかっただけ。 踏み出す勇気が。

 

「仔細なし。 喜んで貴公らの列に序させてもらう。 我はあんぐまーる。 悪の騎士にしてリアル世界においては商会や集団組織の紋章や広告などを製作する生業に職を得るもの。 そして」

 

私はその場に跪き剣を抜いてモモンガさんに差し出した。

 

「受けし恩義に報いるため、我はこれよりモモンガ様に剣と忠義を捧げる騎士とならん。 どうかお受けください、我が主君よ」

 

ええっ!?と驚いて叫ぶモモンガ様。 おおーっ!?と歓声の上がるギルドメンバーたち。

幾つかの冷やかしの声を受けつつ、戸惑いながらモモンガさんは剣を受け取った。

そして、二人のギルドメンバーから助言を受けて(後から名前知ったけど、たっち・みーさんと死獣天朱雀さんと言うらしい)私の肩を受け取った剣の平で軽く叩く。

 

「忠誠を受けよう、私の騎士、あんぐまーるよ」

 

「御意。 今日この日より、この魂が擦り切れて滅びるまでお仕えいたします」

 

わあっと歓声があがり、拍手が打たれた。

こうして、私はアインズ・ウール・ゴウンの一員となり、末席に名を連ねることになった。

それからの日々は夢のようであり……やがて去り行き、遠のいて行った。

私は誓いを忘れ、反故にし、我らが盟主はただ一人ナザリックに残された。

私のただ一人の主君は、玉座で寂しく孤独に最後の時間を迎えようとしていたんだ。

 

 

私がもう一度、夢の詰まった黒い箱を開けようと帰還するまで。

 

 

 

 

外・1 終わり

 

 

 

 




この一件後、レジスタンス同盟は内部にスパイが居る疑惑が出たことと
ぷにっと萌えさんの一計により異形種狩りPK行為をしていたプレイヤーたちが中核に居たことが発覚する流れとなり主張の正当性を巡って紛糾、晒しスレでのお祭りから炎上し自然崩壊しました。
しかし元所属メンバーの中にはその後もアインズ・ウール・ゴウンへの恨みを捨てられずナザリックに1500人規模で挑んだ一件に参加したものもいたようです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十二

この作品は、丸山くがね様著、オーバーロードの二次創作です
web版と書籍版の設定・展開をツギハギにしております


 

ここはナザリック地下大墳墓、第九階層にあるあんぐまーるの私室。

 

豪華とも言わず質素とも言わず、華美でもなく貧相でもなく……いずれかと言えば「荘厳な」とでも言うべきか、中世欧州のゴシック様式の内装に、それよりはやや退廃的な華やかさをほんの少し添えたちょっと現代っぽさつまりゴシック調の雰囲気の調度品で飾られた部屋の壁に掛けられた三つの肖像画を前に、私は考えあぐねていた。

部屋の雰囲気とは少しだけ違和感のあるタッチで描かれているのは三人の美女。

女神のごとく美しき上のエルフ(ハイエルフ)の奥方。

偉大な人間の王と結ばれた可憐なエルフの姫。

人間の男には倒せぬと予言されし魔王(Witch-king)を倒した、勇ましき人間の姫。

とある事情から私は別アバター的な外装を用意することになったんだけど、そのモデルをどうするかで悩んでいた。

まさか自分のリアルでの素顔使うわけにも行かないし。

かと言って下手に顔をエディットしてもバランスを欠いた変な顔になりそうで怖い。

じゃあ、最初から造形されている顔をそのままこのあんぐまーるの頭部に貼り付けてしまえば楽だよね?

どうせ<幻術>系の魔法で作るもんだから、あまり凝ってる必要はない。

出来合いのもので充分だ。 ……とはいえ、すぐ近くにあって目に留まったのもあるけど、やはり悩む。

この三人のうちから選ぶなんて。

ちなみにこの肖像画、ユグドラシル時代に何かトールキン関係のもの製作して売っているプレイヤー居ないかなーって考えながら町を散策していたら偶然発見したものだ。

流石に版権問題とかあるので、「誰々である」とは銘打ってないんだけど、でも原作わかる人にはわかるような題材で描かれている。

ああ、これあの場面だよね。 確実に。

そんな感じの絵を沢山描いていたプレイヤーさん。 フレンドになっておけば良かったかな……。

ちなみに、やはり剣とかアイテムとかにもそういうのを作る人は居たようで、外装をStingとかGlamdringとかNarsilとか……もちろん名前は捩ったり匂わせたりする別のにされてるけど、完成度たけーなおいって感じで再現したものがあったので購入してコレクションに加えている。

これで何で馳夫や灰色の放浪者のなりきり系とか遭遇できなかったのかなあ……。

本来の問題に戻ろう。

奥方は綺麗だしいいなーって思う。 でもこれから演じるキャラクターの雰囲気とはマッチしないかな。

夕星姫・宵の明星とも呼ばれる彼女は確かに大好きだ。 リヴ・タイラーが演じてた版は中々勇敢な一面でも描かれてたし。

でも……あんぐまーるの元になった存在との縁の大きさ、そしてキャラにも似合いそうなのは馬の国の楯持つ乙女。 君だ。

消去法になったけど、でもこれが一番いい。

そうしよう。

 

 

 

豪華でありながらも品位を損なうことなく、まさに貴人が職務を果たすための部屋という雰囲気に満ち溢れた、盟主の執務室。

私の私室とはまた随分と違った空気がある。

メイドの案内を受けて入室すると、アルベドとシャルティアが凄いギスギスした空気を漂わせて睨みあっていた。

 

「……食品ディスプレイ? 殺すぞてめぇ」

 

「……誰が賞味期限切れだコラ」

 

 

何この二人怖い。

 

「両者とも児戯は止めよ。 あんぐまーるが来……え、誰!? あんぐまーるさん!?」

 

盟主が驚きの声を上げる。

盟主の制止を受けて喧嘩の雰囲気を収め、笑顔を作っていた両名も唖然としてこっちを凝視する。

……まあそりゃびっくりするよね。 今の私、女性の外装だもの。

輝く白銀のチェインメイルを身にまとい、雪のように白い篭手は指先から肘までを覆う。

真珠のように白い足防具は膝までを防護し、さらに染み一つ無い純白の外套を羽織る。

腰には冬狼の革ベルトを締め、鞘に六花の意匠を施した純銀の長剣を掃く。

そして頭は外套のフードを被り……私がそのフードを取ると、太陽のごとく金色の長い髪が零れた。

『早春の朝のような冷ややかな美しさ』と形容された、美しくも勇ましい少女の顔がそこにあった。

私は盟主にうやうやしくお辞儀する。

 

「盟主、我の出立の準備は整いましてございます。 後は盟主がよろしければ何時でも……っと、冒険者として直接潜入視察に行くんだから、口調と性格も変えた方がいいよな。 あと偽名も名乗るんだっけか。 盟主、この姿の俺の名前はアドゥナ・フェルでよろしく」

 

顔を上げながらニッコリ笑う。 幻術で作った顔だけど表情はちゃんと出る。 便利だね。

 

「あ、ああ……ご苦労あんぐまーる。 私の方の準備もほぼ整っている。 着替えて顔を偽装すれば何時でもでられるぞ。 ……で、例のものだが」

 

「はい、ここに。 特に大した効果は込めてない変装用の装備ですが、申し訳程度に探知系阻害と欺瞞が入ってます。 カルネ村で戦った連中がこの世界の平均程度なら、平均以下の奴らは騙せるってくらいで気休めだけどな」

 

そう言いながら私は盟主に言われていたものを差し出す。

左半面にのみ金で縁取られた三つの目が縦に並んだ真っ黒の仮面。

盟主はそれを受け取ると鷹揚に頷いた。

 

「うむ……では、私も早速奥で着替えてこよう」

 

「モモンガ様、私がお着替えのお手伝いを……」

 

「不要だアルベド。 すぐに済むからここで待っていろ」

 

そう言ってアルベドの申し出を断り、盟主は一旦奥の部屋に引っ込んだ。

仮面を渡すことになったのは昨晩、盟主の変装用装備を私やプレアデスたちと一緒に見繕っている時に、「どうせならこの格好に仮面もつけたら凄く格好良くないですか?」と発言したのがきっかけだ。

例の嫉妬仮面をはじめ、盟主が持っているマスク系装備を色々試したのだけど、どうも体の方の装備と似合うものが無く、合うかと思えば装備のランクが高すぎてちぐはぐな違和感があったりと四苦八苦した上に、私がいつも変装に使ってたアレが合うんじゃないですか?となって、盟主に貸すことにしたという経緯だ。

そもそもの発端は、盟主がエ・ランテルへ調査と情報収集の人員を派遣するにあたって、自分で直接行って見たいと言い出した事による。

既に冒険者としてエ・ランテルに派遣するのはナーベラル・ガンマが選出されているし、彼女は既に冒険者ナーベとして昨日の内に先遣されている。

が、それでも盟主はナーベラルを送るだけではなく自分も行きたいって言い出した。

当然、アルベド始め守護者やメイドたちから苦言や諌言の雨が飛んできた。

至高の御方自ら出向く必要は無いのでは、と。

しかし、盟主は

 

「私が直接この目で見ることに意味がある。 お前達のことを信用していないわけではないが、しかし情報というものは見たものの主観にどうしても偏るし、人によって着目点が異なる。 そういう気付き難い部分を補うためにも、私は自分の主観とお前達の客観両方を合わせた情報を必要としているのだ。 ……後は、私の我侭だ。 どうかそれを許して欲しい」

 

とおっしゃり、頑として自ら現地を直接視察することを譲らなかった。

盟主マジ慧眼。 流石は盟主、そこまでお考えでしたとは。

でも、本音はアレでしょ? 町とか行って見たかったんでしょ? 私もこの世界の町とかお店屋さんとか何が売ってるかとか見てみたいもの。 買い物もしてみたい。 特に剣とかの武器。

ま、そんなこんなで結局はアルベド達も折れ、至高の御方のご意志を何よりも優先する、と従った。

そうなると、当然常に盟主のお側に居る私も付いていく事になるから、私も動向が決定した。

それでも、アルベドは最後まで「お供は自分こそが」と食い下がったのだけれど、一緒に行動するのならば私の方が適任だから、そしてアルベドが留守を守ってくれるからこそ自分やあんぐまーるが安心して外に出られるのだ、と説得したので承諾した。

うん、私もアルベドが私達が居ない間の全てを任せられるのに異論はないし、もとより信頼している。

アルベドだけじゃなくデミウルゴス達もいるしね。

守護者達にはそれぞれ別方面の探索と調査の任務に就いているけど、いざとなればすぐに戻ってこれる。 どうせそんな遠くまで離れていない。

ナザリックの警備は増員されており、地上部も監視の目が張り巡らされている。

あ、そうだ。 シャルティアもこれから出発だったかな。

王都に向かわせている途上のセバスたちと合流するための出発前のご挨拶に来るとは感心感心。 ほんとシャルティアはいい子だね。

prprしたい。

そう思ってシャルティアに目を向けると、なんだかうっとりした目で熱っぽい視線を私に向けている……え? どしたの? なにか具合悪い!?

 

「あんぐまーる様……いえ、アドゥナ様……そのお姿も素敵でありんす……」

 

……うん、シャルティアって確か女の子もイケる設定だったね。

シャルティアから好意を寄せてもらうのは嬉しいんだけどね。

でもなんだか凄い複雑な気分。 この外装は自分のじゃないしね。

助けを求めるようにアルベドに視線を向けると、うわ! 怖い! 笑顔なのにメッチャ怖い! 何かオーラが見える!

 

「ふふ……後押ししてくださるような事を言って私を油断させて……この機にさらにお二人の関係を深めようと言うのですね……ナザリックの外ならば邪魔が入らない完全に二人きり……モモンガ様もそのために……いいえ、モモンガ様を唆してこのような決定を……」

 

何か小さな声でブツブツ呟いているのがさらに怖い!

喋ってることは聞き取れなくて判らないけど、思ってることは判る。

この泥棒猫! 中に誰も居ませんよしてやるわ! だ。

違うよ盟主と私はそんな関係じゃ無いんだよあんぐまーるのお腹切り裂いても死霊だから本当に何も入ってないから!

その時、本当にちょうどいい絶好のタイミングで天の助けというべき盟主がお着替えを追えて戻ってきた。

 

宵闇で編んだような漆黒のローブ。 黒い甲殻獣の背中の甲皮で作った篭手。

黒檀色のブーツ。 胸に輝くのは各種のバフや耐性効果…低位のものだが、を込めた銀色のアミュレット。

そして漆黒の仮面をつけた怪しげなそれでいて精悍でどこか耽美な佇まいを纏う魔法詠唱者の青年がそこに居た。

 

「ああ、やっぱりいいね、盟主に合うよその仮面」

 

「真にお似合いで御座います。 身分をお隠しになってなお溢れる支配者の空気。 モモンガ様に相応しきお召しかと」

 

「流石は至高の御方は何をお纏になりんしても、決まっているでありんす…」

 

三人にそれぞれによる賞賛を受けて、盟主はどこか嬉しくも気恥ずかしそうである。

 

「ありがとう。 あんぐまーる、アルベド、シャルティア。 さて、私もこの姿での名前を名乗らなくてはな……そうだな、モモンというのはどうかな?」

 

……盟主、それは流石にネーミングが安易に過ぎるかと。

ていうかモモンとモモンガ、どちらも仮面の魔法詠唱者って片方を知ってる人間ならもう片方を連想し正体に行き当たり易いのではないでしょうか。

そんなことを私とアルベドで口々に忠告すると、盟主もやはり自分でも半分くらいそう思っては居たようで、考え直しになった。

 

「ううむ……しかし、どのような名前が良いのか……。 正直俺はセンスに自信が無いんだよな……」

 

盟主のその言葉の後半はボソっとした声で、本音が漏れたんだろう。

アルベド、シャルティアも首を捻る。

 

「やはり偽名とはいえ至高の御方に相応しき名前を。 モルス()レックス()などはいかがでしょう?」

 

「あまり大仰かつ、モモンガ様を直接思い起こさせる名前では偽名の意味がありんせん。 ここは逆にラ・サン(聖なる)という名前はどうでありんしか」

 

「いや、本名モモンガなんだから別名はムササビでいいんじゃないのか? 同種の生物だし」

 

……え? 何? なんで私の発言の直後にいっせいに皆私を凝視するの。

いいじゃん、ムササビ。 可愛いし。 私特に変なことは言ってないよね?

あ、そういえば昔物凄く眠くて寝オチ寸前の時に盟主を間違ってムササビ様って呼んだ事あったっけ。

 

「ムササビ……いや、アリか……?」

 

「!」

 

「!?」

 

ほら、盟主もそう思い始めている。 流石盟主、私の意見を取り入れてくれる器量の大きさよ。

アルベドとシャルティアはまだなんか釈然としてない顔をしているけど、何はともあれひとまず名前の問題は解決した。

 

「さて、では諸々の準備も整った事だし……シャルティアが王都に向かったら私たちも時間を置いてエ・ランテルに出発としましょうか、あんぐ…いや、アドゥナ」

 

「ああ、ムササビ」

 

冒険者ムササビとアドゥナ・フェル。

主君と騎士の関係もいいけど、世を忍ぶ仮の姿で二人旅ってのも楽しいね。

 

「それでは、これより君命に従いまして、セバスと合流しんす。 今後少ぅしばかりナザリックに帰還しがたくあると思われんしが、至高の御方々もどうかお勤めをつつがなく」

 

シャルティアが優美かつ可憐に一礼する。

 

「了解した。 シャルティアよ、油断せずに勤めを果たし、無事に戻って来い」

 

「……我は貴様に常より信を置いているゆえ、万が一のことすら起こらなかろうが、それでも何よりもその身を大事にせよ」

 

「はっ」

 

凛とした声の響きを残し、シャルティアが退出した。

シャルティアはじめてのおつかい。

信用はしているしシャルティアなら大抵のことは大丈夫だし、何よりその辺の人間とか生物とかにはシャルティアに毛ほどの傷を付けることも出来無いだろうけど、でもやっぱり心配だなあ……付いて行きたい。 見守りたい。

ちっちゃい子って庇護欲そそられるよね。 ペペロー……ペロロンチーノさんがロリに拘ったのわかる気がする。

 

「では、アルベド。 私たちもじきに出発するが、留守中の間のことはよろしく頼むぞ」

 

「はい、全てお任せください。 ご意志とご期待に添えるよう完璧に務め致します。 行ってらっしゃいませ、モモンガ様、あんぐまーる様」

 

盟主の言葉にアルベドが恭しく頭を下げる。

笑顔で送り出してくれるアルベド……でもなんだか盟主と私それぞれに向ける笑顔の質が違うよ!

盟主、早く行こう! 早く! ……なんで顔を逸らしてるの?

全部わかっててやってるの!? 絶対アルベドの私へのジェラシーに気付いてるよね? ねえ!

あっわかったこないだの仕返しでしょ!? でも悪いのも原因作ったのも元々盟主なんだから、ナイスボートされる責任担当は盟主の方だよ!

 

「一日もお早いご帰還を願っておりますわ……うふふ……」

 

ぎゃああああああ!? ほんと私達の間には何もない! 何も起こらないですから!

盟主も何か言ってアルベドの勘違いを直してあげて!

 

 

 

 

無事にアルベドの視線の矢から逃れ、エ・ランテルに到着した私と盟主は中央広場の石畳の上を歩いていた。

既に冒険者登録は済ませ、首から冒険者としての身分と地位を示す銅のプレートをぶら下げている。

いいね、最低ランクからとはいえ。 こういうものを身につけると「いかにも」って感じがする。

中世から近世にかけてのヨーロッパにもどこか似た、城壁に囲まれ区画整理され複数階立ての高い建物が密集する典型的な城塞都市。

大昔のヨーロッパの田舎町でも見られたような……今は記録映像のライブラリの中にしか残ってない、雑多な商品を並べた露天が立つ市場。

焼いた肉を切り取って売るお店から漂ういい臭い。

壷やカップなどの生活小物を何百個も並べた商人が客を呼び込む声。

どれだけ種類があるの? って穀物やそれを挽いた粉の袋を売る人。

いいな、町は。 活気があって。

 

「で、教えてもらった冒険者の宿ってこっちの方角であってたっけか?」

 

「ああ、そのはずです。 絵のついた看板を見つけるだけですから迷ったりはしないはずですが」

 

そう盟主……ムササビと言葉を交わし、歩みを進める先は石畳が途切れ、舗装されていない土の道だ。

都市でも整備されてない区画はこんなものなのかな。

泥を跳ねない様に気を使いながら歩く。 ……この装備、真っ白だから汚れると目立つだろうな。 ちょっと失敗したな。

 

「予定通り、冒険者の仕事をしつつ情報収集……一番欲しいのはこの国や周辺での有名人や実力者ですね。 どの程度の強さを持っているのか、またユグドラシルのプレイヤーが私達の他に存在するのかの確認を何よりも最優先したい」

 

再確認するように、ムササビが呟く。 私もそれに答える。

 

「生活水準や産業の水準……技術なんかも早いうちに知りたいな。 特に魔法や武器。 セバスに任せてる分野でもあるけど、あっちは一般流通だし、冒険者の界隈で知られてるものとか、誰かが強力なものを所有してるとか、そんなのは餅は餅屋だ。

冒険者の世界で直接訊くのが手っ取り早いよ。 どうせだったら、俺達とナーベラルに加えてさらに2~3人は情報収集に人員を割きたいところだったな……」

 

「人間の社会に送り込めそうなNPCがナザリックに少ないのがどうしても痛いですから。 名声を高めて、現地の有力者とコネを得ればそちらから情報を集めやすい、という手段も取れます。 有力者は国家が所有している戦力を知るにもツテがありそうですから……」

 

この会話はナーベラルを送り込む時にも、彼女を交えて行った。

現在プレアデスが一人ナーベラル・ガンマは冒険者ナーベと名前を変えて私達に先んじてエ・ランテルに到着し、冒険者家業の傍ら情報収集を開始しているはずだ。

しかしながら、ナーベと私達ムササビ&アドゥナ組が合流するわけではない。

両者はあくまで関係のない、別々にエ・ランテルにやってきた流れ者という設定だ。

もちろん密かに接触して情報交換を行ったり指示を行うことは想定してはいる。

しかし表向きは赤の他人である。

私達はナーベを見かけても干渉しないし、ナーベも私達を見てもそ知らぬ顔をするよう厳命している。

これから先の行動でもしどちらかが下手を打って怪しまれる事態になったときのための保険だ。

芋づる式にあいつも関係者だから怪しいって思われたら困るものね。

なおこの提案はデミウルゴスによるもの。

デミウルゴスはエ・ランテルで情報収集をすると盟主に言われたとき「なるほど……そこまでお考えでしたとは……」とか一人で何か納得していたけど、流石はナザリックの知恵者、頭の回転が早い。

盟主はたまにはNPCたちと離れて気楽な諸国漫遊がお望みであるぞ。 言わなくても盟主の本心を即座に見抜くとは、流石だデミウルゴス。

私も盟主と二人でどこかに遊びに行くのは久しぶりだから楽し……いや、ちゃんと情報収集もしますってば。

そうこうしているうちに、盟主が目的の看板を見つけた。

靴の泥を階段に軽く打ちつけて落とし、ドアを押す。

冒険者という荒くれ者たちの集う酒場はさぞや喧騒に……

 

「うせなさい、下等生物(ミドリムシ)

 

「なんだねえちゃん、その態度はよお?」

 

ナーベと冒険者数名が一触即発の喧嘩の雰囲気になっているのに遭遇した。

……何やってるんですかナーベラル・ガンマさん。

 

 

 




永らくお待たせしましたが、今回より書籍第2巻分に突入いたしました。
モモン・ザ・ダークウォリアーはこの世界線に置いて存在しない…
ムササビ・ザ・ダークウィザードとなるのだ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十三

この作品は、丸山くがね様著、オーバーロードの二次創作です
web版と書籍版の設定・展開をツギハギにしております


動きやすい軽装にマントを羽織り、腰から長剣を下げた冒険者姿のナーベラル・ガンマが同じく軽装ながら武装をした、いかにも冒険者らしい格好をした男とにらみ合っている。

店内の真ん中で起きている騒動を、周りのテーブルに付く同様の客……冒険者たちはある者は興味なさげに、またある者はうろんな目、さらにある者はどんな事になるのか楽しみだ、という感じの期待の目を向けている。

店の主人もだけれど、特にこれを止めようという者は居ない。

つまりはこれがこの酒場での、揉め事に対するスタンスというか決まりごとみたいなものなんだろうな。

ゲロか何かを見つめるような冷ややかな視線のナーベラルとガン付けあっている男の首から下がってるのは鉄のプレート。

一つ上のランクの冒険者か。

そして、そのすぐ側のテーブルを囲んでニヤニヤとそれを眺めてるのはこの男の仲間だろうか?

男と似たようなというか同類っぽい雰囲気や装備、そして首から下がるのはやはり鉄のプレートだし。

私は隣に立つ盟主……ムササビと顔を見合わせる。 ムササビは黙って肩をすくめた。

どっちが原因で喧嘩になってるのか知らないけど、「冒険者としての」私達には関わりの無い話しだし、そして「どっちに肩入れするか」って言ったら、決まってる。

私はわざとらしく大きなため息を一つついて、そのまま真っ直ぐ歩き始める。

 

「邪魔だよ、おっさん」

 

「うおっ!?」

 

男の肩を強く押し退け、横を通過してカウンターに向かおうとする。

横からの力にバランスを崩し転びそうになった男が慌てて踏鞴を踏み、転倒を免れるとすぐにこちらに食って掛かってきた。

 

「何しやがるてめえ!」

 

「通行の邪魔だよ、店の真ん中で突っ立ってんじゃねえ、外でやれ外で。 大の男が何を女となんか喧嘩してんだ、みっともない」

 

行き過ぎようとした足を止めて男の方を振り返り軽く睨みつける。 男は私の方を睨み返した後、首から下がる胴のプレートを見て鼻で笑った。

 

「装備は立派だが、駆け出しかよ兄ちゃ……いや、嬢ちゃんかお前。 先輩への敬意は払わないといけねえぜ? そこの女も新顔の割りに生意気だから、ちょっと説教くれてやろうと思ってたんだ。 ちょうどいいや、俺達のテーブルでまとめて親睦を深めようぜ? 色々とこの業界のことを、教えてやるよ」

 

男の言葉に、何が面白かったのか彼の仲間達が小さく笑う。

ああ、よくいるよねこういうタイプ。 私の学生時代から度々見た。

なんでこういつの時代でもどこの世界でもこういうのってだいたい同じようなタイプやパターンに落ち着くんだろう。

いわゆるテンプレートってやつ。

そこで男の後ろからさらに声がかかった。

 

「その必要は無い。 あいにくこちらは仲間は間に合っていてね……相棒が失礼をしたのは謝らせてもらうが、私達とは関係ない話だ。 大人しくどくか、隅の方でやってくれないか? 邪魔なんでね」

 

男が視線を向けた先には黒い仮面に象眼された、縦に三つ並ぶ金色の目。 上から下まで黒で統一された装束を身に纏う、只者ではないという雰囲気を漂わせた魔法詠唱者が居た。

そのいかにも怪しげな仮面から発する迫力に男はゴクリと唾を飲み込むが、しかし首から下がっているのが私と同じ銅のプレートだとわかるとわずかに安堵の表情を滲ませる。

ボソリと、「なんでえ、ハッタリかましやがって」と呟いた。

それから務めて余裕を取り繕ってからムササビに向かって言う。

 

「まあそうつれない事言うなよ、ちょっとの間お前の彼女を貸してくれりゃあいいんだ。 良ければ俺達が色々仕込んで……がっ!?」

 

その口がセリフを全部言い終える前に、私は男の背後から首を掴み、そのまま持ち上げた。

男の足の裏が床と離れ、空中に浮き上がる。 かわりに天井との距離がちょっと縮まった。

酒場がざわめきだす。 そんなに重い防具を身につけてないとはいえ、成人男性の体重を女が片手で持ち上げて吊り上げているのだ。

びっくりするよね、当然。

 

「しつこいんだよお前。 話は全く変わるけどよ、お前空を飛ぶ気分って味わったことはあるか? 一回実際に飛んで試してみろよ」

 

そう言って、私は男の首を掴んだまま振りかぶる。 男の両足が近くのテーブルにいた客数名の頭上をスイングし、彼らが驚いて首を縮こまらせた。 小さな悲鳴も聞こえる。

そして、私は男を店の端の方……壁際に向かって放り投げた。

空中で男は一瞬の無重力……浮遊感を覚え、そして壁に叩き付けられる。

壁が案外頑丈だったのか、軽く跳ね返ってから男はそのまま近くのテーブルの上へと落下した。

何か鈍いボクリ、という木の棒が折れるのに近い音。 ビンの割れる音。 客の甲高い悲鳴。

その直後のうってかわった異様な静寂が酒場の中を支配する。

客の殆どは唖然としていて、目の前で起こった光景を信じられないような目で見ていた。

 

「……どうせだから、お前たちも一緒に飛んで見るか? おい」

 

私は椅子に腰掛けたまま呆然とこちらを見上げている、男の仲間たちにも手を伸ばし、両手にそれぞれ一人ずつその首根っこを捕まえて持ち上げる。

今度は二人の人間が空中に吊り上げられた。 店内のあちこちからも悲鳴や椅子から慌てて立ち上がる音が幾つか起きた。

 

「ひいいいいいっ!?」

 

「や、やめてくれ!」

 

「そこまでにするんだ、アドゥナ」

 

静かだが、強い口調でムササビの制止が入る。 有無を言わせぬという感じに。

私はしぶしぶという素振りで二人の哀れな男達からそれぞれ手を離して下ろしてやり、一歩後ろに下がって大仰に肩をすくめて見せた。

解放され床に尻餅をつく彼ら。

ムササビは壁際のテーブルの上で呻き声すら上げずピクリとも動かなくなっている男に顔を向けてから、仲間達を見下ろして言葉をかけた。

 

「私の相棒が二度も迷惑をかけたな。 許してくれるとありがたいのだが?」

 

「……あ? あ、あぁ! こちらこそ仲間があまりにも失礼な事をした! 謝らせてくれ!」

 

「お互い様ということで水に流してくれるのだな? それはありがたい。 ではついでに壁とテーブルの修理費を主人に払ってくれるとさらにありがたいのだが」

 

「勿論です! 払わせてください!」

 

ムササビは見事な交渉術で話を穏便に済ませてくれた。 流石ですムササビ様。

そしてムササビが私を見る。 ……あれ、何だかこれ凄く似たような状況と展開をカルネ村で見たような覚えがある!

 

私とムササビは店の奥、カウンターに向かった。

そこに居たのはやはり、荒くれ者の集う店にはお似合いの……というかこのくらいの迫力がないと店主なんてやって行けないんだろうなって感じの強面のおっさんが居た。

袖をまくった腕や顔のそこかしこに古い傷跡。 引退した元冒険者って所かな?

頭部は禿げ上がっているし、そこそこ歳も行っているようだけど、しかし他には店員は……というか、こんな酒場には似つかわしくないような感じの明るくて笑顔の素敵で愛想のいい、それでいて意外と腕っ節も強いような感じの娘さんとかは見当たらなかった。

この分だとメニューに揚げじゃがとかも期待できなさそう。

 

「一泊でお願いしたい」

 

私の隣に立つムササビが、元から愛想が無いからなのかそれともさっきひと騒動起こしたのが原因なのか顔に渋面を作る店主に向かって言う。

顔つきどおりの渋い声が店主の口から発せられた。

 

「……あんたらその腕で銅のプレートか。 相部屋で一日銅貨5枚、飯はオートミールと野菜だ。 肉が欲しいなら追加で銅貨1枚だ」

 

「二人部屋は空いていないのか?」

 

ムササビがそう尋ねると、店主は鼻で笑った。

 

「あんたらの実力なら必要ねえのかもしれないが、ここに泊まる冒険者は大体が銅か鉄のプレートだ。 駆け出しは似たような仕事が多いから、顔見知りはチームとして冒険に出る傾向にある。 そうやってチームを組むのに相応しい奴や、手が足りなくて前衛や後衛のバランスが悪いって時にメンバーを追加するのには俺の店がもってこいだ。

個室で寝泊りしても構わないが、もし仲間を増やしたいってのなら普通は大部屋なんかで顔を売って置くのが……まあ、あんたらはここの連中には充分顔が売れただろうし、釈迦に説法かもしれないがよ……」

 

言い方はぶっきらぼうな部分多いけど、結構親切にアドバイスしてくれるねおっさん。

意外といい人かも。 顔は怖いけど実は親身に世話を焼いてくれる親父さんとして冒険者たちに尊敬を得ているタイプ?

流石元冒険者でベテランの貫禄! 「ここでは新入りは大部屋がルールだ!!」とか怒鳴ったりしないぐう聖。

 

「ご忠告痛み入る。 だが、二人部屋で問題ない。 食事は外で済ませるので必要ない」

 

「そうかい……なら、一日銅貨7枚だ」

 

店主がごつい手を差し出す。 ムササビが懐から皮袋を取り出して、銀貨を一枚取り出し、店主に渡す。 店主はお釣りの銅貨を返してきた。

そして、カウンターの上に小さな鍵を置く。

 

「階段上がって、すぐ右の部屋だ」

 

ムササビと店主はその後も少し宿内の注意事項とか、冒険に必要な道具の調達とかを話した。

私は特にすることが無いので店内に目を向ける。

放り投げた男は仲間達に介抱されていて、よかった……どうやら死んでいない。

変な音したから首の骨折ったかと思った。 またやりすぎでムササビ……盟主に正座で叱られてしまう。

他の客たちはまだこっちの方を恐ろしげな目で様子を窺っている人も居れば、我関せずという空気をアピールするかのように談笑と杯を傾けこっちを見ないようにしている人も居る。

そんな態度が両極端に分かれる中、一人の女性がこっちを見て、泣きそうな顔で何か言いたげにしていたけど、私と目が合うと縮こまって席についてしまった。

なんだったんだろ。

その人のテーブルの上には何かが砕けた破片と零れた液体が染みを作っている。

 

「了解した。 アドゥナ、行くぞ」

 

ムササビの方の話は終わったらしい。 私は歩みを進める彼に続いてやたらギシギシと音を立てる階段を上がった。

この階段、全身甲冑付けて乗ったら壊れないかな?

 

 

 

部屋に入ってすぐに、予想していた通りコンコン、と小さなノックの音がする。

ゆっくりドアを開けると、そこに立っていたのはナーベラルだった。

 

「ああ、さっきの人。 何か用か?」

 

「先ほどは助けていただきありがとう御座いました。 お礼を述べさせていただきたく……」

 

「そう。 こんな所で立ち話もなんだし、入りなよ」

 

「はい、では失礼させていただきます」

 

廊下によく聞こえるように言葉を交わし、ナーベラルを部屋の中に入れる。 しっかりとドアを閉じて、ムササビの方を見た。

 

「盗み聞きの対策は施した。 今は普段どおりで話す事を許す、あんぐまーる、ナーベラル・ガンマ」

 

「はっ、承知しました盟主」

 

「はい、モモンガ様。 それにしても、このような場所にモモンガ様とあんぐまーる様が滞在せねばならないなんて」

 

ナーベラルが遺憾を態度と口調に表して宿への批評を行う。

たしかにまあ、床は汚れてるし、店内の明かりは少ないし、この部屋もかなり粗末だしね。

ナザリックとは偉い違いだ。

 

「そう言うな、ナーベラル・ガンマよ。 私達の目的はこの都市での情報収集と、その手段として冒険者としての地位と名声を得ること。 名が知られるまでは分にあった生活というのも悪くは無い」

 

「我も小人らが故郷の村を離れ、初めての大きな町へと訪れる古の物語のくだりを思い出し、これでなかなかに一興かと」

 

まあ現地がどんな風になっているかの事前情報はカルネ村や、先行してたナーベラルの定時報告である程度予備知識があったわけだけど……。

聞くと見るとでは良くも悪くも大違いだしね。

だから盟主は自分で直接見たかった部分が大きいんだろうな。

実際、そういう事はユグドラシルでもしばしばあった。

先行偵察を請け負うのは私や探索系の構成をとったギルドメンバーが行うことが多いけれど、でも私達が見て伝える情報が盟主や作戦立案担当メンバーに100%正確に伝わるとは限らないし、見落としてる部分とかも起こるから完全じゃない。

それは指示を出す側がどんなに細かく「調べるべきこと」をリストアップし、現場がどれだけ正確に情報を伝達しようとしても、しょせん人間のやることだから完璧にはいかないのだ。

そこは、リアル生活での会社の仕事でも同じ。

そこらへんの反省と経験が今に生きているからこその盟主のご慧眼なんだろう。

 

「しかし……冒険者とは、予想以上に夢の無い仕事だ」

 

盟主が小さくため息をつく。 まあ、そこはゲームのようには行かないでしょうね。

冒険者って物凄くリアルに考えたら馳夫さんたち野伏りのような根無し草だろうし、ギルドとか組織化されてたり、冒険者御用達の宿とかが設立されてたりする方がむしろ、これでも相当に高度化され社会に認知されている職業な方だと思う。

その意味ではここの冒険者組合ってのは凄い存在だよ。 これを組織化し立ち上げるには相当な数の人物が凄まじい苦労をしてようやく結実させたに違いないと私は思う。

 

「しかし、あの不快な男どもはどういたしましょう?」

 

不快な男? ああ、ナーベラルに絡んでいたあいつらの事か。

私はもうあれだけ脅かしたんだから、別にいいと思うんだけどな。 しばらくトラウマで女性を見るだけで怖いに違いない。

全く懲りる事無くどこかで別の女性に絡んでいくような、大馬鹿なくらい神経図太いなら別だけど。

 

「ああ、あのような者ども、別段相手にすることはない。 イチイチあの程度の者らに構っていては仕方ないだろう?」

 

ほら、盟主もそういうお考えだ。 私からも特に何かいう事は無い。

とは言え……ちょっと気になる部分はあるのでナーベラルに質問しておこう。

 

「なれど、ナーベラルよ、一体如何なる原因であの男と諍いになっていた。 経緯を説明せよ」

 

「はい、あんぐまーる様。 昨日エ・ランテルに到着して直後から、あのような男ども複数にこの宿や冒険者組合で度々絡まれまして。 最初は、確かにモモンガ様のおっしゃる通り、構っている必要が見出せませんでしたので、適当に無視しておりました。

しかし、彼らは四六時中私に付きまとい、邪魔をするので命じられた情報収集はおろか、組合で仕事を探すのにも支障をきたす始末。 流石に私もこれ以上感情を抑えることが出来ず、つい、拒絶の意を示す際に下等生物(ウジムシ)と罵ってしまったのですが、しかしあの下等生物(ダニ)は怒り始め……」

 

その説明に、盟主は仮面の上から顔を抑えてヨロヨロとベッドに腰掛け、私はがくーっと肩を落とした。

うん、それは仕方ない。 それどころかよく我慢したよナーベラル。

昨日からずっとなんでしょ? そりゃいくら何時もクールで冷静なナーベラル・ガンマでもキレるよ。

それが当然だ。 ナーベラルは何にも悪くない。

悪いのはしつこい冒険者の男どもだ。

 

「……そうかー。 そりゃそうだよなあ。 綺麗な女の子がたった一人で冒険者になろうって言うんだから、こういう展開になるのは予想するべきだった。 許せ、ナーベラル・ガンマよ。 これは私の失態だ。 お前を一人で向かわせたからこのような問題になったのだ」

 

「そんな! 全ては私の責任です! モモンガ様より潜入諜報活動としての命を受けておきながら、それを果たせず……それどころかモモンガ様とあんぐまーる様のお手を煩わせてしまうなどと、とても許されるものでは!」

 

自分の指示・選択ミスだと落ち込む盟主と、あくまでも我慢しきれずキレた自分に責任があると言い張るナーベラル。

まあ、どちらに責任の割合があるかといえば殆ど決定・指示した私達の方にある。

確かに、こういうのは事前に予測できてしかるべきだったよね。

誰かもう一人……できれば男性か、男性の姿になれるNPCを同行させれば回避できたトラブルだった。

私はナーベラルの肩にポン、と優しく手を置く。

 

「貴様の責任は一切無い。 むしろ、よくやった。 貴様は任務を果たすことを優先し雑音には取り合わなかったのだし、そしてあの愚か者どもは超えてはならない一線を越えたがゆえに貴様を激怒させた。

奴らは我が制裁し、他の者どもも思い知ったであろう。 己の行いには必ず報いが訪れるとな。 貴様が気に病む必要はないのだ、ナーベラルよ。

ただ……貴様に幾つか教えておくべき事がある」

 

「はい、あんぐまーる様」

 

「本当に相手の男がしつこく、見苦しいまでに食い下がってくるならばやむを得ぬ、身の程をわからせてやるがよい。

世の男とは得てして愚物なるもの。 女が反撃してくることなど無いとたかを括っておる。

そして女は力ずくで言う事を聞かせられるとな」

 

まあ、そうじゃない男性もいるだろうけど。 盟主とか。 たっちさんとか。 あとウルベルトさんもそういう事はしなさそうだし、ペロロンチーニョ…ペロロンチーノさんも「紳士」の類だから多分。

こうして見るとうちのギルメンの男性人だいたい女の子に手を上げない系だよね。

 

「ゆえに、女に反撃を受けるとその精神に多大な衝撃を受け、それだけで気力を喪失する脆き部分も持ち合わせている。

ゆえに、遠慮は要らぬ。 股座を蹴り上げてやるがよい。

反撃が来るとわかれば他の男はその女に手を出さず、むしろ恐れるようになる。 男は女より強くありたがる癖に、自分に抗する程の女は恐怖するのだ。

必要充分に威圧せしことはそれだけで今後言い寄る男どもから身を守る一手となる。

そしてもう一つ。 威圧するだけではなく、味方を作れ」

 

「味方……とは? 自分達ナザリックの者たち以外に味方など必要なのでしょうか?」

 

ナーベラルが怪訝そうな顔をする。

まあ、世の中の有象無象とナザリックのNPCたちではレベルに差があるから、味方って言っても何の役に立つのかわからないだろうし、それらを味方にってのは意味がわからないよね。

 

「味方とは、即ち世間の風評なり。 例えるなら先ほど我は結果的に貴様を助けたであろう?

これは我、冒険者アドゥナは男が手出しできぬ女というだけにあらず、男に絡まれ困っていた冒険者ナーベに手を差し伸べた者であるという解釈も成り立つ。

つまり男の冒険者からは敬遠されども同性、女の冒険者からは頼もしい存在として映る場合がある。

同様に男という愚者の被害に逢っていようからな」

 

「……となれば、女冒険者はあんぐまーる様を自分たちの味方として認識し、あんぐまーる様を正義と見なす。 そういう事だったのですね。

流石は至高の御方。 そこまでお考えの上で助けてくださったとは」

 

ナーベラルの顔が明るく輝く。 うん、しょぼくれた顔よりはその方がいいよ。

うん、ナーベは可愛い。 プレアデスの可愛さは優劣付けがたいけどナーベは他のみんなに負けてないくらい可愛いよ。

 

「故に、貴様もそうせよ。 別段殺す必要はない。 痛めつければ獣でも力の差を理解する。 そして同時に誰かに手を差し伸べよ。 さすれば相手を半殺しにしても、貴様が助けた者たちが貴様の正当性を証言してくれよう」

 

世間は自分に火の粉がかかるのを好まない。 だから積極的に人を助けようとする人は少なく、二の足を踏む。

でも自分を火の粉から守ってくれる存在には好感を持つ。

腰掛けてずっと聞いていた盟主も立ち上がる。

 

「結果的に見れば、ナーベラル・ガンマがあの冒険者とトラブルを起こしたのは悪いことではない。 むしろ功績だ。 私達の名声を高める格好の材料を用意したのだからな。 礼を言うぞ、ナーベラル」

 

「そんな! お礼など! 私ごときに勿体無く存知ます!」

 

盟主からのお褒めの言葉を賜り、ちょっと慌てるナーベラルも可愛い。

 

「さて……冒険者ムササビとアドゥナに助けられた冒険者ナーベが礼を言いにきたのはいいが、それだけの要件であまり長居すると変に思われるかもしれないな。 ナーベは自分の部屋に戻ったほうがいいだろう。 私たちも、仕事を探すのは明日からとして、町の地理を確かめておきたい。 外出するとしよう。 ただ、私達の留守中に部屋に何者かが忍び込んで怪しい動きをしないかの用心は頼む。 それと、定時連絡もな」

 

「はい、承りました。 任務上は別行動ですが、陰ながら全力で支援したいと思っております」

 

「頼むぞ」

 

ナーベが部屋を出て行った後、盟主と私は再びムササビとアドゥナに戻って階下へと向かった。

酒場では私達の姿を見た冒険者達がギョッとした顔をして、わざわざ椅子から立ち上がって広く道を空ける。

……そこまでしなくてもいいのに。 ちょっと威圧しすぎたかな、これ。

ナーベラルに言ったことはまあ、間違いじゃない。

でも、こんな思考だから私は喪女のアラサーなんだろうなあ……と少し内心でガックリ来た。

おい誰だ今私のことを東高のア○ソックマンとか昔のあだ名で言った奴。

レスリング部なんか入ったことないし図書委員の大人しい眼鏡っ子だったから!

本当だから! 風評でそんな事になっただけで事実じゃないから!

信じて!

 

 

 




このお話のナーベさんはwebと書籍が2:8くらいの割合で構成されているので割と我慢強く、よほど相手が不快か無礼じゃなければ罵倒しないだけのスルー能力も有しています
ほんとメッチャ頑張って我慢してたので褒めてあげてください

次回は13・5でナーベ視点とブリタさんの短い話になると思います




11月8日:過激な表現を修正いたしました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.5

この作品は、丸山くがね様著、オーバーロードの二次創作です
web版と書籍版の設定・展開をツギハギにしております


ナーベラル・ガンマは自室に戻ると肩を落とし、大きく息を吐いた。

普段気を張っている体の至る所から力が抜ける。 先ほどまでは偉大なる自分達の支配者である至高の方々と共にいたのだ、短く言葉を交わすだけで緊張も一入だ。

しかし、何時までも気の抜けたままではいられない。 休む間もなくナーベラルは気を引き締めなおして命令を遂行することにした。

<兎の耳>(ラビッツ・イヤー)により部屋外、廊下の動向を探る。

今のところモモンガとあんぐまーるが遠ざかる足音の他には特に気配は無い。

それを確認し、<伝言>(メッセージ)を使用してアルベドへの定時報告を開始した。

 

『ナーベラル・ガンマ。 どうしたのかしら?』

 

「はい、定時報告です」

 

報告の内容は概ね命じられた任務に沿った内容だが、モモンガとあんぐまーるがエ・ランテルに予定通り到着し、接触したことを確認するとアルベドの声の様子が少し変化する。

 

『それで? モモンガ様のご様子は? 私のことについでなど、何かおっしゃらなかった?』

 

「いえ……特に問題のあるご様子は無く。 ただ、冒険者という存在の実際の状態にややご不満げではありましたが」

 

「そう……では以前言ったとおり、さりげなく私をモモンガ様にアピールするのよ! ナザリック守護者統括として改めて命じます!」

 

命令するほどのことなのだろうか、とナーベラルは疑問に思う。 至高の存在の横に侍る女性を決める戦い、女同士の権力闘争だというのはわかる。

しかし、至高の存在はもう一人いる。 モモンガ様の正室になれなくとも、あんぐまーる様という選択肢もある。

シャルティアとそこまでして張り合う必要があるのだろうか?

ナーベラルがそう思う間にも、アルベドは興奮した様子でシャルティアが課せられた使命でナザリックを離れている隙にモモンガの心を射止めようとするアルベドの野望と希望的観測に彩られた未来予想図をまくし立てていた。

そのアルベドが、急に冷静さを取り戻した声を発する。

 

「あなたも、私に付くことの覚悟を決めなさい。 ユリ・アルファは完全に私に味方をすると表明したわ。 賢明なあなたならばどう選択したほうが将来的に得策であるか理解できるでしょう?」

 

「……はい」

 

ナーベラルは素直に返事をする。 それを肯定と受けとったアルベドの声の調子の機嫌が良くなる。

 

「他の娘たちもいずれ私の味方になるでしょう。 ルプレスギナ・ベータは私寄りという話だけど、ソリュシャンはシャルティア寄りだったかしら? エントマとシズはどちらになりそうなの?」

 

「ソリュシャンはシャルティア様に似た趣味を持っていますので。 エントマとシズは不明です。 今のところはどちらにも付かないと思われます」

 

あの二人は思考がわかり易いようでわかりにくい部分がある。

ただ、エントマは今誰に近しいかというと、数日前にモモンガとあんぐまーるが人間の村に赴き、戻ってきた直後にあんぐまーるがエントマを呼び出した事があった。

その折にあんぐまーるはエントマに特に用事を命じるでもなく小一時間ばかりエントマの姿を眺めたあと「貴様の立ち居振る舞いは我が精神の安息(はぁ…エントマちゃんかわゆ…)である」と言ったという。

至高の御方の一人からそのような言葉をいただき、エントマは相当に喜んでいた。

ただ、あんぐまーるは「もっともそれは貴様だけではなく貴様の姉妹たち全員に言えることであるが。 我が魂を癒す時には貴様達を呼ぼう」とも言ったので、ナーベラル含めプレアデスの残り5人もいずれあんぐまーるが疲れたときに呼び出されその役に立つのを心待ちにしている。

戦闘メイドたちにとってモモンガやあんぐまーる達至高の方々に仕えるのは心からの喜びだからだ。

 

『ああ、なるほど……仕方ないわね、ではエントマとシズの方を私の陣営に引き込むように行動しましょう』

 

アルベドはエントマ・シズの両名を引き込むために二人の性質や好みをナーベラルに質問し、ナーベラルは聞かれたとおりに答えた。

特に断ったり嘘を言う理由もないからだ。

 

「それで話は変わるんだけど……モモンガ様とあんぐまーる様、お二人の間のご様子は、どんなだったかしら?」

 

アルベドの声がやや鋭いものに変わる。

その変化に、ナーベラルは背筋に冷たいものが走るような感覚を抱いた。

 

「はい、特にご普段とお変わりは無く……私どもの前で振舞われるお二人と同じようにお言葉を交わされておりました」

 

「そう。 普段どおりなのね。 そう……特に何か違う部分は無かったというの? あんぐまーる様が私について何かおっしゃられてたとかは?」

 

その質問は、モモンガがアルベドに付いて何か言っていたかと尋ねた時とは全く雰囲気が違っていた。 まるで敵を警戒するような緊張感すらナーベラルは覚える。

 

「いいえ、特にそういったことは。 何も」

 

「何も? 本当に何も無いのね? ……そう。 じゃあいいわ。 あんぐまーる様がモモンガ様に対して何かいつもと違う様子をお見せになったときは、すぐに私に報告なさい」

 

アルベドの警戒と敵意はまるでナーベラルにすら向けられ、その発言を疑っているようにすら感じられ、ナーベラルは再び疑問に思った。

何故、あんぐまーる様がモモンガ様に対しどのようなご様子で居るか、という部分をそこまで重大視しなければならないだろうか?と。

 

「それで、他には? お二人の事で特に言うべきことはないかしら?」

 

声の雰囲気が元に戻ったアルベドだが、まだ二人のことで情報はないかと催促してくる。

ナーベラルは少し考え、言うべきか迷ってからしかし素直に答えた。

 

「……お二人は同じ部屋に泊まっておられます」

 

次の瞬間、アルベドの興奮は最高潮に達し、困惑と焦りと怒りの入り混じったような形容しがたい宇宙的で奇怪な叫び声をあげたために、耳元ではなく脳に直接それを受けたような鈍痛を憶えてナーベラルは思わず頭を押さえた。

 

その後しばらくかかってようやく定時報告が終わったナーベラルは肩を落として大きくため息をつき、ベッドに突っ伏しかけてから腕を突っ張って動作を中止すると、もう一度気を引き締めなおして<伝言>を使用する。

もう一つ、任務が残っているのだ。

 

『ナーベラル・ガンマ。 どうしましたか?』

 

「先ほどアルベド様への定時報告を終わりました、デミウルゴス様」

 

 

 

 

 

「……見掛け倒しじゃない、どころの話じゃないな。 化け物だ」

 

「そうだな、あんな筋力をあんな顔の小娘が……どんな鍛錬すればあんな事ができる? 人間業と思えねえ」

 

「剣一本しか武装をしてないが、防具の方に秘密があるのかもな。 腕力を倍増させる効果とか」

 

「それにしたって、そんな代物を手に入れられる時点で信じられねえ実力者だぜ。 また一気に俺達の頭を飛び越えていきそうな奴の登場かよ」

 

「男の方も、あの女を一言で従わせてたぜ。 あれもただモンじゃねえ。 むしろあっちが手綱握ってるリーダーだ」

 

「あの怪力娘が素直なもんだからな。 あの仮面の下の正体が実はどこかの有名人でもおかしくねえぜ」

 

ナーベラルが階段を下りて1階に戻ってくると、そこでは謎の新入り冒険者二人組の話題が飛び交っていた。

感嘆、瞠目、驚愕、そして畏怖。

二人の装備を見るに、只者ではないことは誰もが理解していたが、しかしそれが即実力に直結するとは限らない。

先祖から受け継いだものや、拾ったものである可能性もあるからだ。

それを確かめるために、新入りにちょっかいをかけることは珍しくない。 ここに居る全員がその洗礼を受けてきた。

どのようにそれを通り抜けてきたにせよ、彼らから見ても先ほどあんぐまーる…アドゥナが見せた尋常でないレベルの力は大きなショックを与えるに充分過ぎた。

素の実力にせよ、アイテムの特別な効果にせよ、それは生半可なものではありえず……それだけの鍛錬とアイテムを得られる背景があるからには、相当な地位や財力があって、そして「本物の」力を身につけた人間に他ならない。

味方としてもライバルとしても折り紙つきの強さを持つのは誰の目から見ても明らかだった。

だが、彼らを仲間としてチームに迎えるのは難しいという声も聞こえた。

あれだけの事をやって見せたのだから、当然敬遠や尻込みもされる。

自分達との実力差があり過ぎる、というチームも居れば、仲間になってももし万が一機嫌を損なったらあの馬鹿力で全身を砕かれるかもしれない恐ろしさを語り合うチームも居た。

 

「美人のガガーランだ」

 

そんな呟きがどこかのテーブルから漏れ、近くのテーブルで酒を噴出し、むせて咳き込むのも聞こえた。

 

ナーベはそんなテーブルの間を縫うようにして歩き、カウンターの方へ向かう。

今度は誰もナーベに絡みに行こうとする男は居ない。 投げ飛ばされて負傷した男とその仲間達は視線を合わせるのさえ避けていた。

触らぬ神になんとやら。

 

カウンターでは一人の女冒険者が宿の主人に泣き付いて愚痴をこぼしていた。

 

「金貨1枚と銀貨10枚なのよ!? 私が食事を抜き、節約に節約を重ねて必死な思いで溜めた金で今日、今日! 買ったばかりのポーション……」

 

「危険な冒険もポーション一つあるか無いかで運命が分かれることもあらあな。 同情はするがよ。 だがブリタお前、あの綺麗な顔の割りに喧嘩っぱやい狂犬みたいな女に弁償しろなんて言えるか? もう諦めろ。 災難だったんだ。 もしくは、あそこで縮こまってる連中の方に請求するかだな」

 

「あいつらがそんな大金持ってるわけないじゃない……いつも飲んだくれてるような連中……ああ……私のポーション……」

 

女、ブリタはこの世の終わりが来たかのような絶望の表情を浮かべ、カウンターに突っ伏した。

話の内容を聞くに、さっき投げ飛ばされた男が落ちたテーブルに居て、それでポーションの入った瓶を壊されるという不幸にあった女性のようだ。

確かに災難ではあった。 よもや離れた位置に居て見ていただけなのにとばっちりを食うとは思うまい。

ナーベはそれを見て、何を下等生物(ミイデラゴミムシ)はたかがポーションごときで泣いているのだろう、と思う。

下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)などそんなに入手の難しいものではないはずだ。

ナーベもナザリックから出立する際に幾つか「冒険者らしさを演出する自然な装備」として与えられ、持ってきている。

もちろん、ナザリックの財は下級のものであろうともみだりに使うべきものではない。

ナザリックにあるもの全ては至高の方々の財産であり、ナザリックのために使われるものだからだ。

その意味では一つたりともおろそかにしていいものではない。 紛失したり破損するなど持っての外だ。

しかし。

ナーベラル・ガンマは、ついさっきあんぐまーるに言われたことを思い出していた。

 

『……そして同時に誰かに手を差し伸べよ。 さすれば相手を半殺しにしても、貴様が助けた者たちが貴様の正当性を証言してくれよう』

 

あんぐまーるはナーベラルにも「そうせよ」と命じられた。

相手に好印象を抱かせ、味方を作ることは利益に繋がるのだということを。

それはナーベラルが冒険者ナーベとして任務を続ける上でもきっと助けになるに違いない。

そしてひいては、それがナザリックの利益に、そしてモモンガ様とあんぐまーる様たち至高の方々の名声を高める事にも繋がっていくかもしれない。

そう、下等生物(ヒメマルカツオブシムシ)どもの偽物の正義ではなくアインズ・ウール・ゴウンこそが正義であることを世界に知らしめる、そのために。

ならば、そうする事は「必要な使い方」であるとナーベラルは結論に達した。

 

「どうぞ、これを」

 

ナーベが赤いポーションをブリタの前に置くと、ブリタは顔を上げてまじまじとその血のような鮮やかな色合いの液体の入った小瓶を見つめると、驚きの声を上げた。

 

「え……これ……?」

 

「私の手持ちのポーションです。 お困りのようでしたので、差し上げます」

 

「そんな! あんたにこんな事して貰う理由は無いよ! なんでこんな……」

 

ブリタは困惑し、ナーベの顔を見つめる。

ナーベは柔らかな笑みを勤めて顔に浮かべる努力をしながら優しく言った。

 

「元はと言えば、私がトラブルに巻き込んで迷惑をかけてしまったようなものですから。 本当は先ほど助けてくださったお二人に差し上げようと部屋をお尋ねしたのですが、断られてしまいました。 むしろ、自分が投げる方向を誤ったために要らない被害を出してしまったと気に病まれておりまして、お二人が、このポーションは貴女に弁済としてあげてくれ、と」

 

作り話をでっちあげて上手くムササビとアドゥナの株を上げることも忘れない。

ブリタは感激し、何度も礼を言って遠慮なくそれを受け取る。

ナーベは至高の方々に言われたことを早速実践することが出来て満足そうに笑みを浮かべた。

下等生物(コクゾウムシ)に施しを与えてやることも悪くは無い、と。

 

 

 

ナーベが離れた後、ブリタと宿の主人は今まで見たことの無い赤いポーションを見て首を捻った。

ブリタはそれをエ・ランテルでも有名な薬師、リィジー・バレアレの元に持ち込んで鑑定を依頼する事になるのは、ナーベはおろかムササビとアドゥナにも知る由はなかった。

 

 

 

 

 

 

 




一方その頃のムササビとアドゥナ

「あっ美味しそうな臭いする! バームクーヘンみたいなの焼いてる! あれ買いたい! あっちはミニカステラみたいなのがある! あっあの食べ物なんか焼き鳥っぽい!」
「アドゥナ……縁日に来たのでは無いのだぞ……」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十四

この作品は、丸山くがね様著、オーバーロードの二次創作です
web版と書籍版の設定・展開をツギハギにしております


 

「うちにある物であんたの剣より良い物ってのは流石に無えなあ……相当な業物だぜそりゃ。 さぞかし名のある刀匠が鍛えた代物に違いねえ。 刀身だけじゃない、一流の研ぎ師、一流の装飾職人、おおよそ刀剣造りに携わる職人が技術を結集して作り上げたもんだ、そうだろう?」

 

立ち寄った武器屋さんは鍛冶工房と併設されており、そちらの方から漂う熱気に負けない勢いで店主は私の剣に視線を注いでいた。

……いつも使っている神器級の装備からは二段劣る聖遺物級なんだけど、それでもこっちの世界の規準だと相当規格外の一品になってしまうらしい。

まあ、外装は立派なのを選んだけど、データクリスタルは命中率上昇とクリティカル率上昇がちょっと入ってるだけの、しょせん変装用サブ装備ですよ?

あれかな、初心者のレベル上げに付き合うために、雑魚敵を殺さないようHP削ってあげるため装備を選んだつもりがそれでもオーバーキルだった、くらいのミスかな。

道理で、私も盟主……ムササビも道行く人にすっげえ目で見られると思った。

まあここのお店に置いてある冒険者向け刀剣類も、外装はそこそこ悪くないの多いんですけどね。 デザインだけなら好みなの幾つかあるよ。

 

「では……こちらを買い取って貰いたい」

 

ムササビが数本の剣を店主に渡す。 スレイン法国の連中から巻き上げた装備だ。

当面の問題として、お金が無い。 宝物庫には金銀財宝や山のように積み重なっているのに、現地通貨を持っていないというのはあまりにも不便だ。

銀貨や銅貨の類も法国の奴らが持っているものがあったけど、ナーベと私達とで活動費用として配分すると全く足りなくなってしまった。

というわけで、不足分はあんまり価値がありそうではなく売っても問題なさそうな戦利品を売却して補うことになったわけ。

 

「この剣だったら、このくらいの金額で買い取ることになるな」

 

「……それで構わない。 持ち歩くのも邪魔なのでな、早めに処分したかった所だ」

 

相場がよくわからないから適正な買取価格なのか不明だけど、まあそれは大したことじゃないか。

仮に足元見られてても、凄い価値のものをもう持ってるから、他のものは二束三文でいいって感じに見せられればそんなに不自然じゃないはず。

只者じゃないぞって大物感を演出するのは流石盟主、得意技だね。

実際盟主は普段から凄い人だけどね。 私が初めて出会ったときもだし。

 

武器屋さんを出て、銀貨の詰まった小袋を掌で弄びながら私とムササビは歩く。

市場といいさっきの店といい、これだけで既にかなりの情報が集まった。

 

「やはり、この世界の平均的な装備の質は相当に低いもののようだな……それを使う人間のレベルの水準も、それに合わせたものとなる」

 

「あの店で一番高いものでも遺産級に届かなさそうなものばっかしだからなあ。 王都の方だったらもっと腕のいい職人が居たり、外国製のいい武器が売ってるって言ってたけど、この分じゃ期待薄だな」

 

「しかし、一般流通しているものが程度が低いだけで、上級の装備はある所にはある可能性がまだ残っている。 ユグドラシル産のアイテムも。 油断はできないな」

 

そんな会話をしながら歩く。

ふと、私はさっきの武器屋の鍛冶工房をちょっと覗いた時に気がついたことを口にした。

 

「そういや、やっぱこの世界って剣を一本一本職人が真っ赤な鉄叩いて作る鍛造なんだな……町並みは結構発展してるし案外綺麗なのに、そういうところは中世後半~近世に届いてないというか、地球の史実の方だったら板金から型抜き加工して大量生産が行われててもおかしくない時代水準だと思ったんだけどなあ……」

 

「え、なんですかそれ」

 

「ほら、鍛造だと一本作るのに一日中とか、長いと数日掛けてカンカン叩き続けて、熱して冷やしてを繰り返すだろ?

でも、製鉄技術が上がると一枚の板金でそこそこ頑丈なのが作れるようになるから、それを刃物の形に型抜きして、削って、刃を焼きいれしたもので量産が容易に行われるようになるわけ。

騎士とか貴族の持つ武器はともかく、兵士の武装はこんな程度で充分だからそういう製法で作られるようになったんだよ」

 

「へ、へえー……あんぐ……アドゥナは、物知りなんだな」

 

……盟主に褒めてもらった。 嬉しい。

あれ? でも盟主もこのくらいの事は普通に知ってる範囲内じゃないんですか?

普段あんなに頭のいいお知恵の冴え渡るアインズ・ウール・ゴウンの統率者が知識の引き出しの中に入ってないはずが無い。

きっと知ってるけど知らない振りをして私に花を持たせてくれたんだ。

さすが盟主。 聞き上手のイケメンナンパ師か。

 

「でもその割りに市場に焼き菓子や肉の串焼きの屋台が並んでたり……菓子を作るのにあたって砂糖が充分流通している点、家畜を育てるのにコストのかかる肉が普通に食べられる点、技術はともかく産業はかなり発展してるよなこのせか……国。

家屋とか舗装された道路とか見るに建築や土木の技術も進んでる。 均等に進歩してるわけじゃなく微妙にチグハグ……そういう文明も歴史上無かったわけじゃないからおかしくはないのか?

20世紀後半~21世紀前半もそうだし」

 

「ア、アドゥナは歴史が得意なのか? 初めて知ったよ」

 

どうしたんです、盟主。 声が上ずってません?

 

「まあ大学ではそっち系、というか新古典幻想文学が専攻だったんで。 ほら、ファンタジーって古代~中世の時代を舞台にしたもの多いから、自然と歴史の方も齧ることになるんだわ。 トールキン関係の講義以外あんま興味無かったけど、そればっかでも単位取れないし」

 

「だ、大卒……相当な勝ち組じゃんそれ……俺とは会社の環境随分違うらしいのは知ってたけど……いや別に今更そんなの気にする間柄じゃないけど、もっと早く言って欲しかった……」

 

あれ? 盟主、今なにか呟きました?

そういや盟主は大学は何を専攻したんだろう。 文系かと思ってたんだけど。

もしかして理系なのかな。 盟主めっちゃ頭いいし理系かもしれない。

私は思いっきり趣味に走った分野にしちゃった割りにそれで食っていくの難しい商売になり難い学問だから、就職が大変だった……結局一般的な企業に勤めることになっちゃったし。

盟主はそういう苦労とは無縁のエリート街道なんだろうなあ。

 

「気を取り直そう……次はどこを見に行くか」

 

「市場で聞いた話だと、この町って有名な薬師のバレアレってお婆さんが居るらしいな。 どうせだからこっちのポーションがどんなもんか見てみたいな」

 

「ポーション? 下級治癒薬ぐらいならこの世界にも普通にあるのではないか?」

 

「武器のレベルが低いからって、アイテムまでそうとは限らない、だろ? 警戒は充分にすべきだと言ったのはお前だぜ、ムササビ」

 

「そうだったな……では、調査活動に向かおうか」

 

 

薬師の集まるという区画に入ってしばらくも歩かないうちに、その看板は見つかった。

ポーションの材料だろうか、不思議な臭いの漂う町並とその雰囲気は独特のもので、その中でもちょっと一風変わった、複数の工房が合体したような目立つ家屋のドアに吊り下げられたのは、聞いていた通りの木のプレートだ。

私とムササビはそれを見直し、確かに目的の場所であることを確認する。

ここが薬師リイジー・バレアレの工房であることは確かなようだ。 ついさっきすれ違った女冒険者にも尋ねているし、間違いない。

そういえばあの女冒険者、こっちを見て随分と驚き、恐縮していたな。

見覚えがあるような気がするんだけど……宿屋で見たっけか?

ま、いいや。 とりあえず入ろう。

ムササビがドアを押すと、上に取り付けられていた鐘が大きな音を立てた。

 

「やれやれ、今日は客が多いね」

 

そこに居たのは鋭い眼光をした老婆。 顔や手の皺が相当な年齢であることを窺わせているけど、背も曲がってないしこっちに向かってくる足取りはしっかりしている。

さっきまで薬の製作をしていたばかりだったのか、染みだらけの作業着姿。

間違いなくこの人がバレアレさんだね。 ……間違ってたらどうしよう。

 

「リイジー・バレアレさんで間違いないかな? あなたの作った治癒のポーションが欲しくて来たんだが」

 

ムササビがそういうと、バレアレ嫗は奥に声をかける。 出てきた少年にポーションを出すようにいい、私とムササビの二人に長椅子に腰掛けるように薦めた。

テーブルを挟んでバレアレ嫗も反対側の長椅子に座る。 少年が青い液体の入った小瓶をテーブルの上に並べた。

 

「うちで作ってるポーションは三種類……薬草のみ、薬草と魔法、魔法のみ、の作り方で効能の程度が変わる。 一番高価だが即効性がって、魔法と同じくらいの効き目があるのが三番目だよ」

 

「それはどのくらいの効果が?」

 

バレアレ嫗の説明にムササビが質問を返した。

 

「錬金術溶液に魔法を注ぎ込むからね。 こいつの場合は第二位階の治癒魔法を込めているから、それと同等の効果がある」

 

「ふうん……つまり下位治癒薬か。 あれ? でも下位治癒薬って赤じゃなかったっけ」

 

ふと私が意識せず零した呟きに、バレアレ嫗が鋭い視線を走らせ、そしてムササビが気配の変化を察しで仮面の下でバレアレ嫗に警戒する雰囲気を纏わせた。

そして私はやや遅れてその空気に築き、やっちゃった……というしかめっ面を浮かべる。

もしかしなくても、何かミスった?

 

「……真なる癒しのポーションは神の血を示す、確かにそういう言い伝えは昔からあるね。 だが治癒薬は製作過程でどうしても青くなっちまう。 それが世間一般の薬師の常識さ。 だが、あんたらの口ぶりからは、どうもそうでないみたいだね?」

 

「いやそれは……アドゥナ、お前の勘違いだろう。 変なことを言って申し訳ない、バレアレさん」

 

ムササビは何とか誤魔化しに入る。 盟主、マジごめんなさい。 うっかりしてました。

こっちのポーションはユグドラシルのポーションと違うかもしれないって自分でも言ってたのに。

そうですよねポーション作りの専門家のいう事には間違い無いです治癒のポーションは青です素人がアホな事いって申し訳ありませんでした……って、バレアレさんは誤魔化されてくれなさそうな目をしている。

 

「どういう偶然か、今日は赤い治癒薬を持ち込んできた客が居たんだよ。 そいつは通常の製造方法ではありえない、単体で劣化することの無い完成されたポーションだった。 そこへ、同じく今日やってきたあんた達も赤いポーションの話をした。 偶然や勘違いとは思えない符合だねえ?」

 

「……我々もその話が詳しく聞きたくなってきたな」

 

こちらを警戒しつつも興味深そうに窺うバレアレさんに対し、盟主も疑いつつも興味のありそうな様子を見せている。

……赤い治癒のポーションを持ち込んだ客。 青い治癒薬しかない世界で、おそらくはユグドラシルの下位治癒薬を持っていた、何者か。

これは、初日から当りを引いたのかな?

私達三人の醸し出す微妙な緊張感を含んだ部屋内の空気に圧され、側に立っている少年もゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。

 

「あんた達も赤いポーションを持っているのかい?」

 

バレアレ嫗が値踏みするように問いかける。 持っていて、それを見せてくれるなら話す気になる、と言いたげに。

私とムササビが顔を見合わせ、頷きを交わす。 見せるしかないだろう。

どちらにしろ、見せて証言を取らないと「この工房に持ち込まれた赤いポーション」が本当に私達の下位治癒薬と同じものか確認が取れない。

ムササビが袖口からポーションを取り出して机の上に置いた。

赤い液体の入った小瓶、下位治癒薬。

 

「おお……容器は確かにあれと同じ。 中身を調べさせてもらってもいいかね?」

 

ムササビが頷いて促すと、バレアレ嫗は魔法を発動させた。

<道具鑑定>と<付与魔法探知>、やっぱりここでもユグドラシルと同じ魔法を使っている。

調べ終わったバレアレ嫗が顔を上げた。

 

「確かに、私が見せてもらったものと同一のもののようだよ。 あんた達は、いったいこれをどこで手に入れたんだい?」

 

「その前に、そちらにこの治癒薬を持ち込んだのが誰かに付いてを教えてもらおう」

 

ムササビが静かな、しかし有無を言わせぬという強い圧力を込めた声で言った。

嫗と仮面の視線が激しく交錯する。

が、バレアレ嫗は表情をやや和らげると素直に口を開いた。

 

「冒険者の一人だよ。 名前は聞かなかったがね。 その冒険者はさらに別の冒険者から貰ったと言っていた。 そこから先の足取りは私も追えて無いね」

 

ムササビは少しの間バレアレ嫗にじっと視線を向けていたが、やがて漂わせていた緊張を解いた。

まだ完全に信じたわけではないにせよ、彼女の言っている事に嘘はないととりあえず判断したようだ。

どのみち、強引に口を割らせるのも得策じゃないしね。 強硬手段に出るのはまだだ。

 

「……こちらはこのポーションの入手先について答える事は出来ない。 遠く離れた地で手に入れたとだけ言わせて貰おう。 この土地では、迂闊にそれを口にする事はできないと理解したのでな」

 

……そう、迂闊だった。 ほんとマジ迂闊だった。

ごめんなさい。 本当にごめんなさい我の失態にございまする。 あとで切腹します。

今度はバレアレ嫗がムササビをしばらく見つめ、やがて目を閉じてそれ以上の詮索を中止した。

 

「言う気がないんじゃ仕方が無い。 代わりに私にこのポーションを売ってはくれないかね。 金貨三十二枚は出すよ」

 

金貨三十二枚! ナーベラルに半分渡しても、私達の当面の活動資金が充分過ぎるほど確保される。

でも、お金の問題じゃないというか、お金に換算することの出来ない問題が今発生してるんだよね。

どうするの? 盟主……って思ったら、盟主が立ち上がってこう言った。

 

「代価は必要ない。 そちらに譲渡しよう。 その代わり今日のことは、我々の事を含めて他言無用に頼む。 行くぞ、アドゥナ。 これ以上の長居は無用だ」

 

「……承知。 そんじゃ婆さん、また来るかもしれないからその時はよろしく」

 

私も立ち上がり、バレアレさんと少年に手を振って店を出ようとドアに歩き出す盟主の後に続く。

ムササビとアドゥナの背中にバレアレ嫗の警告が投げかけられた。

 

「今度来るときはもっと詳しく話を聞かせてもらいたいもんだね。 わかっているだろうが、あんたらも気をつけた方がいい。 このポーションはあんた達を殺してでも手に入れたいと思う人も居るだろうってほどの価値があるのだからね」

 

ありがたい警告だ。 よくこの頭に言い聞かせておこう。

バレアレ嫗と少年の視線を背中に受けながら、謎の来客二人はその場を後にした。

 

 

 

 

「……結果的には、「ユグドラシルの下位治癒薬をこの世界に流した何者か」の存在を察知することが出来たと言えますけど」

 

「重ね重ね申し訳ございませぬ。 深く陳謝してお詫び申し上げます」

 

宿屋に戻った私と盟主はさっそく反省会に入っていた。 当然私は自主的に床に正座。

まかり間違ってたらカバーするの難しい大ポカになってたかもしれませんでした、はい。

盟主は仮面と顔の偽装を取り、普段どおりの骸骨の頭部を晒して腕組みしながら今後の対応策を検討している。

そう、下位治癒薬とはいえユグドラシル由来のアイテムがこの世界にあるって事は、元々それを持っていたのは私達と同じような存在、プレイヤーである公算はかなり高い。

それも、意図的にバレアレさんの所に持ち込んだ可能性が。

バレアレさんはああ言っていたけど、流石に盟主はそれをそのまま鵜呑みにしていない。

偶然人づてに渡ってエ・ランテル一の薬師のところに持っていかれたと考えるより、プレイヤー自身があれをバレアレさんに見せに行った……その可能性が高いと私と盟主は見ていた。

だって、その辺の店や工房じゃなくて、直でバレアレさんの所だもの。 普通どっか経由ぐらいするでしょ。

「赤い伝説のポーション!? 最高の薬師であるバレアレさんの所で確認してもらえ!」とかって。 でも、そういう噂やニュースが町で騒ぎになっては居なかった。

つまりそいういうことだ、あれは最初からバレアレさんの所に来た。

 

「あの場で強引に暴力や脅迫で口を割らせるのは、バレアレ氏が有名人である以上難しい……ナザリックに連れ去ったりしたら、行方不明とされて騒動になるはず。

私達がバレアレ氏の元を訪れたのを誰か目撃したかもしれない可能性も考えられますから、私達に疑いがかかったり悪評が広まるのは今後の活動に支障をきたしますからね」

 

「とならば、それとなく察知されないよう監視の目を工房とバレアレ嫗に張り付かせるのが得策。 確か、ナーベラルの支援用に影の悪魔(シャドウデーモン)を数体送り込んでおりましたから、取り合えずはそれを遣わしましょう。

プレイヤーがバレアレ嫗の元を訪れるかも知れませぬ。 おそらくアレは、「釣り餌」にございましょうから」

 

そう、私達がプレイヤーの存在に対して過敏に反応し、警戒するようにプレイヤーの側も私達……自分と同じようなプレイヤーに対して警戒し存在の有無を探ろうとするだろうことは想像に難くない。

というか向こうだってこっちと同じことをまず考えるはずだ。 敵になるにしろ味方になるにしろ、最終的に確定するまでは相手がどんな存在か慎重に見極めようとする。

そのために有効な手の一つは、「プレイヤーだったら独自の反応をするようなもの」を見せることだ。

でもそれは当然、自分の存在を相手にも疑わせる危険な一手でもある。

ただし、そのようなリスクを抱えてもそれをあえて行いたい時……あるいは、それがそこまでリスクになっていない時はやるに値する。

そして、リスクになっていない状況というのは……。

 

「自分が相手と敵対したとしてもそう簡単には負けないような下準備を全て揃えたと確信した時……存在を明かしてもなんら問題にならなくなった時、ですね」

 

「仮に我々よりも先にこの世界に到着し、情報を収集し終え、拠点の防備を固めて本格的な行動に移り始めたのなら。

下位治癒薬をバレアレ嫗という、薬師業の有力者の元に持ち込んで「そのようなアイテムがある」という情報を故意に流そうとしたであろうことも、その可能性を補強する一材料となります。

これは相当に知恵が回り、警戒すべき相手である可能性が高くなりました」

 

「場合によっては影の悪魔だけではなく八肢刀の暗殺蟲を増援として呼び寄せ、エ・ランテル市内のプレイヤー探索と警戒に当たらなけらばいけないでしょうね……いや、いっそのこと大部隊を近郊に待機させ……」

 

盟主はそこで大きく息を吐いて、考えを区切った。

 

「まあ、こっちも下位治癒薬をバレアレ氏のところに置いてきたので、もしプレイヤーがそれを察知すれば……この世界に自分が流したものとは別に下位治癒薬がもう一つある、とわかれば、こっちの目論見に上手く引っかかってくれるかもしれませんが」

 

「と申されると?」

 

盟主は私のその疑問に詳しく丁寧でわかりやすく解説を始めた。

 

「ユグドラシルのアイテムがもう一つ、それも自分が持ち込んだ所に持ち込まれる。 偶然には出来すぎているでしょう? 当然、こっちのポーションもわざとそこに持ち込んだ、存在を察知した上で残したと受け取る可能性がまず一つ。

そこから、自分の意図を察した相手が、それに応える形で同じことをしたのではと考える可能性がまた一つ。

そして、どのような意図を込めて応えようとしたのか……敵対もしくは友好の意思があるから存在をアピールしたいと考えた可能性が一つと、そして、自分と同じように、存在をアピールしても問題ない状態だから行ったと推察される可能性が一つ。

これだけ可能性を突きつけられた相手は、それを一つ一つ確認するためにより一層慎重になると思うんですよ。

そしてその分、時間が稼げる。 私たちも相手の状況を探りを入れて調査する時間と、敵対したときの準備を整える時間が。

相手の頭の良さが、かえって慎重さを増し手足に重りを付けるという……まあ、ぷにっとさんの受け売りなんですけどね」

 

「流石です盟主。 そこまであの一瞬でお考えの上でご決断なさるとは。 まさに我らアインズ・ウール・ゴウンの盟主の盟主たる所以、古の中つ国の賢人らにも匹敵する明晰なる知恵のなせる業。 このあんぐまーる、感服してございます」

 

「いや、あんぐまーるさん大げさですからそれは……」

 

照れ笑いながら謙遜する盟主だけど、ほんとマジで盟主は凄いと思う。

得体の知れないおそらくは相当な知恵者であるだろうプレイヤーの一手に対してさらに先を読んで積極的な一手を打つ事で対抗し、こちらの対応する時間を作り出す。

伊達に私達のギルド長を長い間やってない。 私達が居ない間もずっとナザリックを守ってきた手腕は本物だ。

だから、私は盟主に尊敬を捧げ忠誠を誓うのです。 それはきっとNPCたちも同じ。

私はこの人にお仕えしたい。 私の受けた恩義とともに。

 

ちなみに、バレアレさんが下位治癒薬の情報を同業者に流す心配は私達はしていない。

あれだけ情報的に価値のあるものだから、おいそれと明かすことはできないだろう、秘密にしたいというか情報を独占したいはずだという一定の信用というか打算ができるからだ。

それ自体はバレアレさん自身があのポーションの価値の大きさを言ってたしね。 殺してでも奪い取りたい、ということは今それを持ってるバレアレさんもその対象になりうるということだから。

あれは口止め料であり、バレアレさん自身への枷でもある。

そういう訳でほぼ私と盟主の今後の対応の打ち合わせは決まった。

 

「……では、早速ナーベラル・ガンマに配下の影の悪魔を監視に向かわせるように伝えて参ります」

 

「はい、わかりました。 こっちはアルベドに<伝言>で増援を向かわせるように支持します」

 

そう言って私は立ち上がり、盟主に一礼して部屋の扉を開けて廊下へと出た。

 

 

 

 

扉の静かに閉まる音がし、一人残された部屋でモモンガは深くため息を付いた。

 

「……これで、プレイヤーが皆の中の誰かだっていうような都合のいいことは、起こらないよな」

 

その声には深い諦観と哀愁が漂っていた。

と、キイと木材の軋む音がして部屋の扉が開いた。 慌ててモモンガは横に置いていた仮面を手に取ろうとするが、それはアドゥナの姿のあんぐまーるだった。

 

「盟主、ナーベラルの部屋ってどこでしたっけ?」

 

「……」

 

 

 

 

 




ブリタさんがリイジーお婆ちゃんの所に持ち込んだ下位治癒薬の元の持ち主……いったい何ベラル・ガンマなんだ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十五

この作品は、丸山くがね様著、オーバーロードの二次創作です
web版と書籍版の設定・展開をツギハギにしております


翌朝、(アドゥナ)盟主(ムササビ)は宿の部屋を出て階段を降りる途中でいかにも「今朝食を終えて部屋に戻るところだった」という風の冒険者ナーベ(ナーベラル・ガンマ)とごく自然にすれ違った。

さりげなく頭を下げたナーベは小声で、私達にしか聞こえない音量でそっと呟いた。

 

「ご命令通り、影の悪魔(シャドウデーモン)2体と八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)を1組とし三交代制で常時リィジー・バレアレの工房に張り付かせております。 何か動きがあれば即座にご報告が上がるでしょう」

 

私は特に反応を返さず、仮面を付けているので唇の動きを読まれないで済む盟主(ムササビ)が「ご苦労」とだけ短く、ナーベにだけ聞こえるようやはり小さな声で労う。

酒場に屯しているほかの冒険者にはけして私達の関係を悟られることはない。

せいぜいが、ちょっと縁があった顔見知りの冒険者同士。 それだけだ。

そのまま酒場を真っ直ぐ突っ切って出入り口の扉に向かうと、幾つかのテーブル客がガタガタ、という音を立てて腰を軽く浮かせて座っていた椅子をを引き寄せ、私達の通行を邪魔しないように通路を作る。

いやあ、この冒険者の宿の客たちも随分とマナーが良くなった。

……良い事だよ、うん。

 

特に何事もなく朝のすがすがしい空気を楽しみながら冒険者組合へ向かう。

組合の扉を押し開けると、そこには既に私達よりも早く出向いて仕事の依頼を求めにきた何人かの冒険者の姿が見えた。

装備も職も様々な彼らは組合の窓口カウンターで受付嬢たちと何か話している。

私たちが用があるのは、その左手の方にある大きなボードだ。

 

「バレアレや、『ポーションを持ち込んだ者』の動向も気になるが、冒険者としてエ・ランテル(この町)に来ている以上はそれらしく振舞わないともいけない。 情報収集という本来の目的もあるしな」

 

「どうせ一日二日ですぐ動きがあるわけでも無いし、向こうから出張って接触する事もあるだろうな。 ま、適当に依頼をこなして地位を挙げつつ、気楽に待とうや」

 

そう呟くような声で言葉を交わしながら、私たちはボードの前に立つ。

昨日は無かった羊皮紙の依頼の張り紙が何枚か増えているそれを、(アドゥナ)盟主(ムササビ)はしばらく無言で吟味するように眺めていたが、やがて盟主(ムササビ)が私の耳元に顔を寄せてそっと囁いた。

 

「……あんぐまーるさん、文字、読めます?」

 

「……否。 確か盟主は異言語解読のアイテムをご所持なされていたと存じますが」

 

「セバスに渡して送り出してしまったんですよね、それ」

 

「それでは如何なされるので……我はろーるぷれい上この身に合致せぬアイテムは所持しておりませぬぞ」

 

「どうしましょうかね……」

 

どうしましょう。 マジで。

地味に失態だ。 盟主もいつになく焦って困り気味の声音をしておられます。

私もかなり素でこの世界の文字が読めないのを忘れていた。

ほら、なんというか、つい、流れとか雰囲気でボードの前に立っちゃってさ。

そういう事あるじゃん。

どうここから挽回しよう。 いつまでもボードの前に立っていると変な目で見られるかもしれないし。

というか、何か視線を感じる。 こっちを値踏みするような、他の冒険者達の視線が。

もしかして、彼らも依頼を取りたいのに私たちが邪魔で迷惑してるのだろうか。

ごめんなさい、すぐどきますんで! この状況の解決策が思いついたらすぐどきますんで!

あ、そうだ。 素直に受付のお姉さんに字が読めませんって言えばどうかな?

……メッチャ恥ずかしいだろうな。 流石に字が読めないというのはいくらなんでも「無い」だろう。

チラ、と振り返って受付の方を見ると、盟主(ムササビ)もそっちを見た。

そして、ポツリと

 

「……ちょっとそれは」

 

と呟く。 同じ事考えてたみたいだ。

ですよねー。

あ、ナーベだ。 ナーベが受付に歩いてくる。 そういえばナーベも今日は依頼を受けに組合に来るはずだったんだ。

ちょうどいい、ナーベに助けてもらおう!

ナーベ、ちょっとこっち来て! ボードの方に!

……あれ? 受付のお姉さんと話してる。 そんで、受付のお姉さんは、近くに居た四人組の冒険者に声をかけて呼んで居る。

そしたら四人組がナーベに話しかけて、お互い挨拶が始まった。

んで、一緒に扉の方に歩いていく……え、ちょっと、そっち行くと外に行っちゃうよ?

依頼を受けに来たんじゃないの?

ああっ!? もしかしてナーベは昨日のうちに依頼を受けるのを済ませてた!?

そんであの四人組の冒険者は一緒に仕事するように組合に斡旋されたか誘われたかした人たち?

だめだ、これじゃナーベラル・ガンマにも頼ることはできない。 ……完全に誤算だ。

手詰まりです。

助けて、ぷにっと萌えさん! ギルド1の策士として何かいいお知恵を!

 

(うん、流石にこの状況から打開するのは自分でも無理。 諦めたら?)

 

……試合終了です。

ぷにっと萌えさんの幻影に冷たく突き放されてあんぐまーるは深い悲しみに包まれた。

はあ、と隣で盟主が大きく息を吐くのが聞こえる。

 

「しょうがない、開き直りましょう」

 

そう言うと、盟主(ムササビ)は軽く息を吸ってから意を決したように手を伸ばし、ボードに張られている中から一番大きくて、字の書体が整ってて、立派そうな印や縁取りも入っている羊皮紙を剥がすと、くるりと受付の方に体を翻して大股で歩いた。

 

「あ、おいムササビ……!」

 

それを、(アドゥナ)も追うが、盟主(ムササビ)は既にカウンターに羊皮紙を叩き付けて受付上に言い放っていた。

 

「これを受けたい」

 

受付嬢は、困惑の視線で羊皮紙と真っ黒な出で立ちの仮面の魔法詠唱者(マジックキャスター)を見比べた。

 

 

 

……結果的に言うと盟主の思い切った策は功を奏し、盟主(ムササビ)が突きつけたミスリル級冒険者への依頼は受けられなかった代わり、銅級の冒険者の中では一番難易度と報酬が高いものを見繕ってくれる事になった。

流石です、盟主。 あの状況から奇跡の逆転の一手を打つとは。

まさしく我らアインズ・ウール・ゴウンの統率者たるに相応しい知恵と決断力、そして交渉術の持ち主。

さらに、盟主が受付のお姉さんとの押し問答の流れの中で盟主(ムササビ)が第三階位という、この世界の魔法の使い手の中では結構高い位置になる魔法が使えることと(アドゥナ)もそれに釣り合うくらいの剣の達人であることが喧伝されたため、周囲の視線が随分といい感じになっています。

一手で二つも三つも効果を生み出すとは……このあんぐまーる、より一層の盟主への崇敬の念を新たにしてございますぞ!

というわけで、今は受付のお姉さんがボードに出ているもの以外のも含めて一番いいのを探してくれているので、待ち時間中だ。

私たちは適当な椅子に腰掛けて大人しく呼ばれるのを待っている。

 

「……ああいうクレーマー染みた事は避けたかったですけどね。 はあ、自己嫌悪ですよ。 嫌な顧客とかかなり見てきたのに」

 

盟主が小声で呟く。

ああ、わかります。 なんか知らないけど割と横暴な要求してくる顧客っていますもんね。

うちは大企業なんだぞとか俺はそこの部長でエリートなんだぞとかやたら権威振りかざすタイプとか特に。

それ実家に帰ったとき愚痴ったら、翌日から顧客側の担当者が別の人に変わってて全然クレーム行為入れなくなったという不思議なことも一回あったけど。

 

「なれど盟主は相手に悪印象を抱かせぬ際のところでご素直に引き下がっておられる。

無理を通すため道理を捻じ曲げるのと、互いの妥協点を見極めるためにあえて圧をかけるのは異なりましょう。

あれも交渉の範疇であるとわかる者には盟主の真意は正しく伝わったかと」

 

私はそう盟主をフォローする。 あとちゃんとしっかり謝ったしね。

結果的にはベストが得られたんだから、あんまり気にしてくていいと思う。

 

「だといいんですけどね……」

 

そんな事を話しながら時間を潰していると、受付のお姉さんがこっちに歩いてきたので立ち上がる。

いい依頼が見つかったかな?

 

「ご指名の依頼が入っております」

 

受付のお姉さんの口から飛び出た言葉に周囲が少しざわついて、空気が変わる。

私もちょっと驚く。 つい昨日登録したばかりの冒険者に、ご指名? そういうものあるの?

あれかな、さっき私と盟主がメッチャ強いってことアピールした効果かな。

それにしたってすぐ飛びつくようなもんなの? これ?

 

「我々にわざわざ指名とは……一体、どなたが?」

 

盟主(ムササビ)が尋ねるその受付のお姉さんの後ろから金髪の少年が歩いてきているのが見える。

あの子、どっかで見たな。 そう、昨日あたり。

 

「はい、ンフィーレア・バレアレさんです」

 

ビンゴ。 やっぱりね。 ほら、今度は向こうの方から接触してきた。

まあここからは大体予想が付くよね。 バレアレ嫗の関係者だし、十中八九あのポーションがらみだろうな。

 

「初めまして。 僕が依頼をさせていただきました」

 

そう言って前髪の長い少年はニコっと愛想笑いを向けてきた。

 

 

 

別室に通されると、ンフィーレア少年とテーブルを挟んで私と盟主が席につく。

まず先に口を開いて挨拶をしはじめたのは少年の方だった。

 

「先ほど受け付けの方に紹介されましたが、僕の口からも名乗らせてください。 僕はンフィーレア・バレアレ。 この町で薬師をしています」

 

「私はムササビ。 今はしがない冒険者だ」

 

「俺はアドゥナ・フェル。 この真っ黒づくめなのの相棒だ」

 

互いに自己紹介をしあうけど、少年が笑顔を絶やさず浮かべて愛想良くしているというのに既に室内の空気が剣呑だ。

お互い何が目的で来たかなんてわかり切ってるゆえに、腹の探りあいな雰囲気を醸し出している。

昨日の第2ラウンド開始。 バレアレ嫗は居ないけど。

 

「えっと、依頼の内容は、僕はこれから近場の森まで……」

 

「余計な御託はいいよ。 あんたらが知りたいのは赤いポーションの出所とか製造方法とかそんなもんなんだろ?」

 

「そのために依頼という形で接点を持ちに来た。 予測どおりだが、早速次の日にというのは意外だったな」

 

少年の口上を遮って、私と盟主は単刀直入に本題に入る。

嫗と少年の思い切りの良さと行動力は嫌いじゃない。

嫌いじゃないから、こちらも話を進めやすくしてあげよう。

少年は、ちょっと虚をつかれたような表情をしてから、また笑顔を作った。

 

「……教えてもらうわけには、行きませんか?」

 

素直な聞き方をするね。

私は両手を頭の後ろに組んで、椅子の背もたれに寄っかかってバランスを後ろに傾ける行儀の悪い仕草をする。

心理的余裕があると見せつつ、同時に相手に対して敬意や好意をあまり持ってないことを示すジェスチャーである。

そして「アドゥナはこういうキャラですよ」、とアピールすることで、私の本心(あんぐまーる)を隠す心理的な衝立(ロールプレイ)でもある。

一方の盟主は、仮面で顔を隠してることが相手への心理的威圧として効果を発揮している。

 

「こちらもそちらに訊きたい事はある。 交換条件でも良いが、我々の間にはまだそれをする信頼関係がなされていない。

おいそれと明かすことの出来ない情報であることは昨日話したばかりだ」

 

盟主(ムササビ)の返事に、少年は難しい顔をする。

まあね、交換条件って言っても、お互いどのくらいの情報を持ってるのかわからないしね。

対価として釣り合うものじゃないと割に合わない。

こちらとしてはバレアレ嫗の所に下位治癒薬(マイナーヒーリングポーション)を持ち込んだのがプレイヤーかそうでないのか、もしくはせめて遡って足取りを追う事でプレイヤーにまでたどり着けるのか……

理想的なのはそのくらいの有力情報だけど、まあ少し難しいかなってのが私と盟主の話し合いの結果でもある。

簡単に足が付くような流し方はしないだろうしね。

なので当然、ここで無効が欲しいだろう情報を渡すことはできない。

 

「とはいえ」

 

盟主(ムササビ)が再び口を開き、私と少年の視線が仮面に向く。

 

「まずはそのための信頼関係の構築と、少しでも情報を得るための試みとして、こうしたコネクションを築きに来たのは評価できる。

今は、そちらが欲しいものを開示することはできない。 だがそれは「今は」という事だ。

これからそのような関係にならないとは限らない。

……今は冒険者とその依頼者で充分だろう。 それで、依頼の内容は何だったかな。

その話の続きに戻ろうか」

 

少年の表情に笑顔が戻り、(アドゥナ)も笑みを浮かべて姿勢を戻す。

だいたい予定通りに事が進んだ。

もともとバレアレ嫗とある程度の接点を持つのは私達にも好都合。

「エ・ランテルでも高名な薬師バレアレ嫗と懇意にしており、依頼を受ける関係の冒険者」ってのは、「バレアレ嫗が何かの理由で執着している冒険者」とか噂が立って注目を集めているよりはずっといい。

こちらも堂々とバレアレ嫗やその工房を監視することができるし、デメリットが無い。

結論は先延ばしにしつつ、相手にも交渉の余地がまだありと期待を持たせるのはなかなかにベストな結果ではなかろうか。

他にもここで依頼もお断りしてたら、組合や冒険者達に変に思われるとかもあるし、話し合いが物別れに終わるって選択肢は最初から無かったしね。

前向きに見れば大きな進展こそ無いものの一歩前進というところか。

まあ、お互いに妥協できる状態ってことで、明るさを取り戻したンフィーレア少年の依頼内容の説明が進み、私たちはそれに耳を傾けた。

 

 

 

エ・ランテルからカルネ村に向かう東寄りの道を、馬車の左右に立って警護しながら(アドゥナ)盟主(ムササビ)は進んでいた。

馬車の御者隻にはンフィーレア少年。

荷台には薬草を入れるための瓶や樽が積まれ、私達との接点作りのためだけの依頼というわけでもなく、本当に薬草を採取する必要あっての依頼でもあるようだ。

森沿いに進む道はいつゴブリンなんかのモンスターが出て来てもおかしくない。

まあ、森の外に姿を現すことは少ないという話だったけど、注意は向けておく。

枝を大きく多く広げた木々が幾重にも連なる森の奥は薄暗く、日の光を嫌っているかのように見通せない。

だけど、私はその鬱蒼とした光景をどこか幻想的で美しいと感じていた。

この森の深部のどこかで、大樹の姿をした老いた古巨人が歩き回っているのを想像する。

 

「大丈夫ですよ、実はこのあたりからカルネ村の近辺まで、『森の賢王』と呼ばれる強大な力を持つ魔獣がテリトリーにしているんです。 ですから森に入らない限り、滅多なことでモンスターは姿を見せないんですよ」

 

私があんまり森を凝視しながら歩いているので、ンフィーレア少年がそんな事を言ってきた。

 

「森の賢王か」

 

盟主と一緒にカルネ村の住人から聞いた話を思い出す。

そいつが私達の脅威になるのかどうかはわからないけれど、そこそこ気に入っているあの姉妹(エンリたち)の生活が脅かされないのなら、そいつが意味も無く娯楽のために弱者を虐げるような外道で無いなら、私の方から喧嘩を売る理由は無いかな。

盟主の方をちらっと見ると、何か思案しているような雰囲気だ。

また何かこれから先に起こりそうな展望に関して二手も三手も先のことを色々考えているに違いない。

気付けば随分と太陽が高い位置に昇り、やや強めの日差しで私達を照り付けていた。

エ・ランテルを出発してもう随分時間が経過したんだな。

別にアンデッドだからって太陽光線でどうこうなる体ではないのだけど、森の方をもう一度見てその暗さを見るとあっちの方が涼しげだなって思う。

別に疲れては居ないけどそろそろ小休止でも入れたいかな、なんてぼんやり考えていたとき、ふと前方から掛け声や叫び声のようなもの混じって武器を打ち合わせるような音が聞こえてくる。

前に出て目を凝らすと、やや遠くの方で複数の人影が入り乱れているのが見えた。 幾つかの影は明らかに飛びぬけて大きな体格をしている。

 

「誰か、襲われています!」

 

少年が叫ぶのと同時に、私は反射的に駆け出していた。

後方から、盟主(ムササビ)が少年に馬車を道から外れたところに避難させるよう指示しているのが聞こえ、どんどん遠ざかる。

全力でダッシュすると、次第に襲われている方が5人くらいの人間で、それを取り囲むようにしている小柄な人影、ゴブリンだな?が15、そして異様に大柄な……オーガか、あれは。 それが6体居るのが判別できるようになってきた。

オーガのうち1体が、人間のうち一人の掌から発せられた一条の電撃で撃ち抜かれて倒れる。

魔法……<雷撃(ライトニング)>か!

その使い手の容姿には確かに見覚えがあった。 冒険者ナーベ(ナーベラル・ガンマ)

ナーベは多勢に無勢の中、他の4人を援護するように上手く立ち回りながら襲い掛かるゴブリンを剣で殴りつけている。

 

「なんでここに居るんだろうなっ!」

 

私はちょっと面白くなって思わず叫んだ。

 

 

 




更新随分と遅くなりました。 申し訳ありません。
このツケはいずれ後ほどクレマンティーヌちゃんに支払ってもらいます。(八つ当たり)


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。