ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド (亀川ダイブ)
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アカツキ・エイト編
Episode.01 『アカツキ・エイト』


 静寂の宇宙に、一筋の流星が走る。青白い尾を引くその先端にいるのは――モスグリーンの装甲、ピンク色のモノアイ。人型兵器モビルスーツ、その代名詞の一つ、『MS‐06ザク』だ。

両肩がスパイクアーマーに換装され、火を噴くバーニアは通常の量産型機よりも一回り大型。さらにはサイドアーマーにミサイルポッドを装備している。その姿は、エースパイロットだけに許された、特別なカスタム機と見える。

 しかし、動きのほうはそうでもない。

 

「こんの、安定しないな……!」

 

 バーニアの軌跡が流星のように見えたのは、ほんの一瞬だけ。パイロットの苦言と共に、機体はふらふらと蛇行を繰り返す。見れば、パイロットはまだ少年だった。レンズの薄い眼鏡の奥で目をせわしなく左右に走らせるその顔つきは、ハイスクールの生徒と言っても違和感はない。いや事実、彼は――アカツキ・エイトは今年で16才になる、ハイスクールの生徒だった。

 

「こっちがバーニア、こっちがAMBAC(アンバック)、これが火器管制(FCS)。このモニターに……敵襲っ!?」

 

 鳴り響く警報音、正面モニターに敵機の表示。結構な密度で浮遊するスペースデブリの間を縫うように飛び回る、黄色い機影が全部で三つ。

 

「あの機影は……『デスアーミー』か、趣味的だな」

 

 エイトは一人叫び、ザクにマシンガンを構えさせる。同時、あちらもこちらを捉えたらしく、手に持った棍棒型のビームライフルが一斉に火を噴いた。とっさに身をかわしたザクの脇腹を、灼熱のビームが火花を散らして削っていく。しかし、ダメージは少ない。

 

「ロクに当たる距離でもなきゃ、腕でもない……!」

 

 バーニアを吹かし、加速。マシンガンのトリガーを引きっぱなしで突撃した。フルオートでばらまかれた90ミリの砲弾がデスアーミーの動きをけん制し、直撃を嫌ったデスアーミーたちはデブリの陰に身を隠した。

 

「よし、そこっ!」

 

 この距離でマシンガンはかすりもしなかったが、あの大きさの静止目標になら。エイトはFCSからミサイルポッドを選択、デブリに向けて発射した。1、2、3……5発、連続発射。命中したミサイルが巨大な爆炎をあげ、デブリを四散させた。画面上から、敵機の表示が二つ消える。

 

「巻き込み成功! フィールド上のオブジェクトも、有効活用しないとね」

 

 会心の笑みを浮かべるエイトの耳に、再びのアラートが響く。ほぼ同時、ザクの肩をかするビームの光。デブリの誘爆では耐久力を削り切れなかったデスアーミーの一機が、こちらへ突撃してきていた。エイトはバーニアを吹かして身をかわそうとするが、

 

「う、このっ」

 

 痛恨の操作ミスで、ザクはその場でぐるりと宙返りを決めてしまった。振り下ろされるデスアーミーの棍棒で、腰のミサイルポッドを強打される。ポッドはひしゃげ、ザクは複雑に回転しながら吹っ飛んだ。

 

「が、頑張れよ僕のザクっ!」

 

 ぐしゃぐしゃに視界をかきまぜられながら、エイトは何とか姿勢を建て直し、ザクをデブリの一つに着地させた。機体のコンディションチェック――機体のダメージは軽微。右ミサイルポッドは大破、使用不能。叩かれたのが後一発残っている左のポッドだったら、誘爆でアウトだった。

 正面モニターに視線を戻せば、デスアーミーもデブリに着地し、棍棒型ビームライフルを大上段に振り上げていた。どすどすと駆け出したデスアーミーを視界にとらえ、エイトはマシンガンを投げ捨て、ザクの手にヒートホークを構えさせた。スイッチの入った超高発熱体の刃が、赤熱しながら低く唸る。そして、

 

「くれて、やるよっ!」

 

 投げた! 思いっきり!

 すさまじい勢いで回転しながら飛んでいったヒートホークは、見事、デスアーミーの肩口を深く袈裟斬りに抉りとった。一瞬の間をおいて、デスアーミーは爆発。後にはデブリに突き刺さった形のヒートホークだけが残される。

 

「さて。これでひと段落……?」

 

 各種モニターに目を走らせながらヒートホークを引き抜き、マシンガンを回収する。と、その時、周囲のデブリに動きがあった。デスアーミーを倒したことで何らかのフラグが立ったのか、デブリたちが道を開けるように一斉に視界から消え、その先に隠されていたモノがエイトの視界にとびこんできた。

 

「はは……さすがは部長。趣味全開だなぁ」

 

 エイトはあきれ顔で、メガネの位置を軽く直す。

 そこにあったのは、宇宙空間に何の脈絡もなく浮かぶ、日本列島。

 いや正確には、日本列島の形を模したスペースコロニー。『ネオジャパンコロニー』だ。

 

「いくらGガン好きだからって、ここまでやりますか」

 

 つまりは、最後のバトルステージはあそこだということだろう。エイトは部長のこだわりに呆れ半分関心半分になりながらも、ザクのバーニアを吹かし、ネオジャパンコロニーへと降下していった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 さかのぼること三日前――エイトは、ガンプラバトル部の部室にいた。

 

「権利とは!」

 

 ドンッ! 長机の天板が砕け散るのではないかという勢いで叩き付けられたのは、部長の巨大な拳だった。

 

「己の力で勝ち取るものだ」

 

 しかし、その拳が柔らかく開かれると、そこにあったのは『ザク』だった。

 HGUCシリーズ、『ザクⅡF2型』。単純な素組み、スミ入れも合わせ目も消しもしていない。ゲート跡の処理はさすがにガンプラバトル部最強にして最大にして最高の大部長、ギンジョウ・ダイだけあって、ほぼ完璧な出来栄えだが。

 

「今度の地区予選。俺とサチとで出る。が、それでは我が部の勝利ではない。俺とサチの勝利だ。俺は、我が部に、我らが大鳥居高校ガンプラバトル部に、勝利をもたらしたいのだ。記念すべき第十回大会に、我らが大鳥居の名を刻みたいッ!」

 

 轟ッ! 部長の気迫が、圧力となって部員たちを圧倒する。

 第十回ガンプラバトル選手権、その地区予選――伝説の第七回大会、その決勝戦でのアリスタ暴走。一度は失われかけたプラフスキー粒子とガンプラバトルシステムだったが、それらはヤジマ商事の手によって復活し、ガンプラバトルは今も世界中で流行が衰える兆しすらない。いやむしろ、その流行は拡大の一途をたどっていた。

 競技人口の増大は、バトルの形式を一対一の個人戦から三対三のチーム戦へと変化させた。

次々と作り出されるオリジナルのガンプラたちは、ますますビルダーたちを魅了した。

 いまや世は、ガンプラ新世紀――いや、ガンダム的にいえばユニバーサル・ガンプラ・センチュリーといったところか。

 その流れは各種学校の部活動にも当然のごとく押し寄せ、全国各地の中学・高校にガンプラバトル部が乱立した。エイトが通う大鳥居高校ガンプラバトル部も、そんな新設ガンプラバトル部の一つ。部の歴史はまだまだわずか三年目。つまりは、このギンジョウ部長の代が立ち上げた部活ということになる。

 

「ガンプラバトルが三人制になって、すでに選手権は数度。一年目は、初戦敗退、辛酸をなめた。臥薪嘗胆で挑んだ二年目は、惜しくも決勝で敗れた。そして、今年だ。今年こそは、我が大鳥居高校ガンプラバトル部は、全国に行く――そこで、だ」

 

 バンッ! この大男は、なぜこうも大仰な効果音とポーズが似合いすぎるのか。超高校生級の筋骨隆々な体格も相まって、部長ギンジョウ・ダイの腕組みをして立つ姿は、それだけで威圧的だ。そして言葉はいつも演技がかっている。しかし部室に集まった総勢六〇名を超えるガンプラバトル部の面々は、その部長の演技がかった言葉の続きを待っていた。

 

「戦え。証明せよ。このザクで。俺か、サチかに刻み付けてみせろ、貴様らの力を。技を。思いを。その限りを。それが叶った暁には――」

 

 ザンッ! 前を開けた学生服の裾を翻し、部長は皆に背を向けた。開け放たれた部室のドアの向こうがなぜか眩しく輝いて、部長の姿を神々しいシルエットとして描き出す。

 

「ともに戦おう、戦友たちよ」

 

 ギィィ……バタン。

 

「はいはーい、んじゃまー、はーじめーるよー。さっちゃん先輩のー、サクサク行こうよ部長語翻訳コーナー。どんどんぱふぱふー」

 

 気の抜けるような、幼い声色。部室の空気が一気に緩み、何人かはその場にぐんにゃりと座り込んだ。そんな空気などお構いなしにキャスター付きのホワイトボードをからからと引っ張ってきたのが、ガンプラバトル部副部長、カンザキ・サチである。ニコニコと柔和な笑顔を浮かべる小柄なその姿は、外部からは部のマスコットキャラクター的な存在と思われているのだが、

 

「はいはい、ほらほら、ちょっとそこどきなー。どきなって……どけよ?」

 

 下手をすると中学生、いや小学生とすら間違えられかねないこの副部長に、逆らえる部員など存在しない。エイトを含む数名の部員はそそくさと場所を開け、副部長は愛用の踏み台に乗ってホワイトボードに何やら文字を書き始めた。

 

「んじゃまー、いつもどーりやっちゃうよー。ダイちゃんの言いたいことをー、てめーら愚鈍な凡人どもにもわかるように翻訳してやるとー、まぁだいたいこんな感じかなー」

 

 ゆるゆるとした口調と同じ丸っこいくせ字が、しかし猛烈なスピードでホワイトボードに書き連ねられていく。

 

・使用するガンプラはHGUC『ザクⅡF2型』。

・製作期間は、本日より三日間の部活中のみ。自宅での作業は不可。

・他キットのパーツ等の使用は自由。ただし、ザクの原形をとどめないような改造は不可。

・同じ条件で制作した部長、副部長とのガンプラバトルに勝てば地区予選レギュラー候補となる。

・バトルは一対多数。部長か副部長のどちらかと行う。

 

 ざわっ……その条件を読んだ部員たちは、皆一様に浮足立った。

 

「部長と副部長も、同じ条件で制作……!?」

「うんうんそーだよ、アカツキ一年生。あたしとダイちゃんもザクを作るのさ、今からねー」

 

 思わず口に出たエイトの言葉に、サチは満足げに頷いた

 

「あたしとダイちゃんが本気で組んだガンプラじゃあねー、あまりにも勝ち目がないじゃん、てめーら有象無象にはさ。だからまー、ちょっとしたハンデってやつよー。やっさしー!」

 

 口では毒を吐きながら、副部長はケタケタと無邪気に笑う。

 

「だからまー、死ぬ気でかかっておいでよねー? 殺すけど。あっひゃっひゃ♪」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――時は戻って、現在。エイトの操作するザクは、ネオジャパンコロニー上に建設された特設リングへと降り立っていた。

 

「……はは、こいつはひどい。まだ開始五分ってとこだろうに……」

 

 蛍光ピンクのビームロープに囲まれた白いマットの上には、様々にカスタマイズされたザクが――ザクの残骸が、転がっていた。

 その数、すでに十数機。今回の試合で部長に挑んだ半数以上が、撃破されている計算だ。

 

「つぎは貴様か、アカツキ一年生」

 

 轟ッ……! ガンプラ越しにでも伝わってくる部長の気迫に、エイトは気圧された。十数機分の残骸の中央に傲然と仁王立ちする、ただ一機のザク。同じザクのはずなのに、なぜこうも存在感が違うのか。両肩にシールドもスパイクも載せていないからか? 全身のカラーが、より深いグリーンに塗り替えられているからか? 格闘戦の邪魔になる、両脚の動力パイプが取り払われているからか?

 

「いや……違う。プロポーションが明らかに……変えられて……?」

「フ……いい目をしているな。貴様、いいビルダーになるぞ」

 

 筋肉の鎧をまとったような、武道家を思わせるシルエット。たった三日の製作期間で――実質、九時間程度しかない部活動で、ガンプラのプロポーションをいじるところまで手を出したのか。驚愕するエイトにはお構いなしに、部長のザクはカラテ・スタイルの構えをとった。

 

「だが今、試したいのはファイターとしての力だ。来い、アカツキ一年生」

「……胸を、借りますッ!」

 

 ブースト全開、マシンガンを乱射しながら突撃する。バラバラと降り注ぐ弾丸の雨を、部長はかわす素振りすら見せない。いや、その必要がない。すべての弾丸はザクの装甲表面でむなしく弾かれ、傷の一つも残せない――バトルシステム上でのガンプラの性能は、その完成度によって大きく左右されるのだ。

 

「だったらあっ!」

 

 エイトは、ラスト一発のミサイルを発射。だが、

 

「ぬるいッ」

 

 裏拳一発、爆発する前に弾き飛ばされる。しかし、

 

「これでもかぁっ!」

 

 次の瞬間には、ヒートホークを大上段に振りかぶり、エイトは部長に肉薄する。この距離なら、そしてヒート兵器の直撃なら……!

 

「あまいッ!」

 

 バギンッ! ヒートホークを振り下ろしたはずの右腕に、衝撃と違和感。目の前に、部長のザクの左掌底が突き上げられている。同時、アラート。武器破壊――いや、

 

(腕ごと……吹っ飛んで……っ)

 

 部位破壊!

 

「破ッ!」

 

 続いて、脇腹に衝撃。流れるような後ろ回し蹴りが叩き込まれ、左のミサイルポッドが砕け散った。吹き飛ばされ、がたがたと揺れるモニター上に、何重にも『ERROR』のウィンドウが表示される。絶え間ないアラートが鳴り響く中、エイトはとにかく態勢を立て直そうとするが、ザクの両脚は全く踏ん張りがきかず、崩れ落ちるように膝をついた。

 

「なっ、これ、腰までイって……⁉」

「ほう……我が蹴りを受けて、胴が千切れんか。いいガンプラだ、アカツキ一年生」

 

 部長のザクは、追い打ちをかけるような真似はせず、あくまでも悠然と歩いてこちらへ向かってくる。しかしその足は、武道家としての礼節か、すでに敗退したザクたちの残骸を踏みも蹴りもしない。

 

「はは、どうも……光栄ですよ、部長」

「光栄、か。光栄で満足か、アカツキ一年生。栄光が欲しくはないか。俺と肩を並べ、共に地区予選を戦い抜き、全国で勝利する栄光が」

「そりゃ、欲しいです。じゃなきゃ、小遣い前借りしてまで、ザクを組んでいません。でも、それよりなにより……」

 

 エイトは、崩れ落ちそうになる機体を無理やり引き起こし、片腕一本でマシンガンを構えた。

 

「僕は、あなたに勝ちたいです」

「フ……いいぞ、アカツキ一年生。その心構え、俺は好きだ」

 

 ドンッ! 部長のザクが大地を踏みしめ、震わせた。

 

「だからこそ! あえて、問おう! たかだか腰が砕けた程度で、腕の一・二本を失った程度で、そこで伏して負けを認めるか、それとも! 満身創痍のそのザクで……ッ!」

「もちろん、突撃します!」

 

 ボッ! 背中と両脚のバーニアが火を噴き、エイトのザクは一直線に加速した。右腕をなくし腰が砕け、全身のバランスはガタガタだった。何度も墜落しそうになりながら、左手一本でマシンガンを構え、ろくに狙いもつけずトリガーを引きっぱなしにする。迎え撃つ部長のザクは、やはり一歩たりとも避けはしない。真正面から銃弾の雨を受け止め、弾き返しながら、深く腰を落とした正拳突きの構えをとる。

 

「……来いッ!」

「うっ、らあァァァァァァァァァァァァッ!」

 

 ブースト、ブースト、ブースト! 加速は一切緩めない。トリガーは引きっぱなし、残弾は残り少ない。相対距離、あと二〇〇……一五〇……百、九〇、八〇……二〇、一〇、ゼロ!

 

「らああァッ!」

「破アァァッ!」

 

 部長のザクの正拳が、マシンガンを砕き、左腕を砕き、肩を砕き、胸を砕いて――

 

『BATTLE ENDED!!』

 

 快活な男声のシステム音声が、バトルの終了を高らかに告げた。熱く熱のこもったようなプラフスキー粒子が霧散し、周囲の景色が見慣れたガンプラバトル部の部室に戻る。周囲の喧騒が一気に耳へと飛び込んできて、エイトは夢から現実に引き戻されたような感覚に陥った

 

「……以上でッ!」

 

 ドンッ! 窓ガラスが震えるほどの大音声。喧騒が一瞬で止み、痛いほどの静寂が訪れる。

 

「地区予選代表選考戦、部員対俺戦を終了とする。気を付けーッ、礼ッ!」

「「「「「ありがとうッ、ございましたァーッ!」」」」」

「解散ッ!」

「「「「「はいッ!」」」」」

 

 ザッ……部長が自身のガンプラを手に取り、部室を後にする一瞬、エイトは部長と目が合った気がしたが――

 

「ダああああイちゃああああああん! うええええええええええええん!」

 

 部長とは違う意味での大音声。顔じゅうを涙と鼻水まみれにした副部長が、部長に全身でダイブしていった。

 

「どうしたサチ。珍しいな」

「負ぁぁぁぁげぇぇぇぇだぁぁぁぁ! 囲まれてぇぇ、なぶられてぇぇ、もてあそばれたぁぁぁぁ! えええええええええん! くぅーーやぁーーしぃーーいぃーーっ!」

 

 副部長が指さす先を見れば、苦笑いを浮かべる三人組の男子生徒。確かに、協力を禁じるルールではなかったし、副部長も部長に匹敵する猛者だ、一対一では勝ち目がなかったのだろう。

 

「強者とて、常に勝者ではない。サチもまだまだ修行が足りんな」

「うー! だってぇー……覚えてろよ三バカトリオー! 絶対三対一で勝ってやるからなーっ! いーっだ!」

 

 部長が悠々と、副部長が騒々しく部屋を出て、今度こそ、部室はお開きの流れとなった。

 

「よう、一年! やるじゃねぇか!」「かーっ、最後までバトってたの一年生かよ」「へー、なかなかやるじゃない。すごいわね!」「俺らもすぐ追い抜かれちまうかもなぁ」

 

 同じバトルシステムで戦っていたらしい二・三年生たちが、エイトのそばを通り過ぎざま、口々に思い思いのことを言って部室を後にする。

 どの部員もそれぞれ、腕やら脚やら武器パーツやらが外れたガンプラを持っている。ダメージレベルB設定でのガンプラバトルでは、ガンプラ自体は破壊されない。バトル中は、プラフスキー粒子の作用でダメージを受けたような機能制限は受けるが、現実には関節部のパーツが外れる程度だ。エイトも、両腕と腰関節が外れたザクを拾い上げ、かちりと関節をはめなおした。

 

「ご苦労さん、僕のザク」

 

 時間がない割には、よくできたと思っていたけど……部長のザクにはかなわなかったか。

 

「勝てないなぁ、なかなか……」

 

 いたわるようにザクを撫で、愛用のガンプラケースに仕舞い込む。エイトは軽くため息を一つ、部室を出ようとしたが、

 

「強く、なりたいかい?」

 

 凛と響く、しかしどこか悪戯っぽい声。振り返るとそこには、一人の女子生徒がいた。制服の上に、制作作業用のエプロンをつけている。腕章のラインは三本だから、三年生か。ガンプラバトル部の先輩の誰かだろうが、エイトはその先輩を初めて見るような気がした。

 

「ねえ、強くなりたいかい、って聞いているんだよ後輩君」

 

 バトルシステムのふちに軽く腰掛けたまま、その先輩はエイトのことを悪戯っぽい表情と仕草で見つめていた。エイトはどきっと胸が高鳴るのをごまかすように、慌てて口を開くが、

 

「あの、先輩」

「アカサカ・ナノカだ。わたしのことは、ナノさんと呼んでいい」

 

 先回りされてしまった。

 

「僕は」

「アカツキ・エイト君。キミの活躍は見せてもらったよ。いやはや、あの〝RMF(リアルモビルファイター)〟ギンジョウ・ダイ相手に近接格闘戦を挑むとは、なかなかの馬鹿だな、キミは」

 

 またも先回り、そして高笑い。むっとして言い返そうとするエイトに、彼女はふっと手を伸ばし、人差し指を突きつけた。

 

「だが、好きだよ」

「えっ」

「いいガンプラだ」

「あ、あぁ、はい。ありがとうござ」

「気に入ったよ、キミ。いっしょに来てくれ」

 

 そう言ってナノカは、エイトの手を引いて歩き出した。話が呑み込めず戸惑うエイトにはお構いなしに、ナノカはずんずんと歩いていく。

 

「えっ、先輩っ……?」

「わたしのことは、ナノさんと呼んでいいよ、相棒候補」

「あ、相棒? 候補?」

「これからなるだろうということさ、キミはわたしの相棒に」

「説明が、足りないと思うんですが……」

「わたしは気にしないよ」

「僕は気になります」

「大丈夫だ。キミならできるさ。『男と見込んだ』ってやつだよ」

「見込み違いは」

「ない。わたしにはね……ここだよ」

 

 数十メートル手を引かれ、部室から少し離れた階段を上がってすぐ。パソコン室の扉をがらりと開け、ナノカはエイトをその中へと引き入れた。されるがままにエイトは椅子に座らされ、ナノカの細い指が慣れた手つきでPCを起動する。ディスプレイの周りには、見慣れない球形のデバイスがいくつかと、見慣れた板状のデバイス――GPベースが置かれている。バトルシステムでもないのに、なぜ……?

 

「さあ始めよう、アカツキ・エイト君。キミにはここで強くなってもらう――」

 

そこに映し出されたのは、まずはヤジマ商事のロゴマーク。聞きなれたバトルシステムの起動音につづいて、デザインされたアルファベットが三文字――G・B・O?

 

「――ようこそ、GBO(ガンプラバトルオンライン)へ」

 

 気が付くと、ナノカの顔は吐息を感じるほど近くにあって、エイトは少し顔を赤くした。

 

 

 

 




第二話予告

《次回予告》
「ねーねー、ダイちゃん。そういえば今日の代表選考戦にナノちゃんいなかったねー」
「うむ。アカサカ同級生の言動はよくわからんところがある」
「せっかく強いのに出ねーとか、調子ノってんじゃあねーのかなー。シメる?」
「フ……口が悪いぞ、サチ」
「へへーん。冗談だよー、ジョーダン。まー、ダイちゃんと最後までやり合ってた後輩くんを誘ってー、何か企んでるみたいだしー。ちょーっと様子見ちゃう? あっひゃっひゃ♪」

 ガンダムビルドファイターズDR・第二話『ガンプラバトルオンライン』

「括目して見よッ」
「じゃなきゃヒドイよ? あっひゃっひゃ♪」



◆◆◆◇◆◆◆



初投稿・初作品です。
実際にガンプラを作りながら書きました。
感想等いただければ幸いです。よろしくお願いします。



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Episode.02 『ガンプラバトルオンライン』

「――ようこそ、GBO(ガンプラバトルオンライン)へ」

「ガンプラバトル……オンライン?」

 

 言われてよく見てみれば、キーボードの左右に並んだ球形のデバイスは、バトルシステムの仮想コントロールスフィアによく似ている。エイトは、ガンプラファイターの習い性で、何とはなしにコントローラらしいそのデバイスの上に手を置いた。

 

「ボタンの配置が、バトルシステムのと同じだ……」

「そのための専用デバイスさ」

 

 ナノカは言いながら、パソコンデスクの引き出しから、自分のものらしい真紅色のガンプラケースを取り出した。蓋を開ければそこには、目の覚めるようなレッドを基調にカラーリングされた、一体のガンプラが鎮座していた。

 

「ジム・スナイパーⅡ……ジム・ストライカーとのミキシングですね?」

「ふふ、正解だよ。ビルダーの性だね。そしていい目だ、アカツキ君」

『Please set your GUNPLA』

 

 まるでガンプラの存在を感知したかのように、システム音声が促してきた。

 ナノカはエイトの前に身を乗り出すようにして、そのガンプラをGPベースに接続された専用スタンドへとセットする。同時、GPベースとコントロールスフィア、そして画面上のGBOの表示に、プラフスキー粒子の輝きを模したらしいキラキラとした光が駆け巡る――が、エイトの意識はどうしても、ふわりと鼻をくすぐったシャンプーの香りに惹かれてしまった。長い黒髪が、エイトの目の前をするりと流れる――

 

『Beginning Plavsky particle dispersal』

 

 無遠慮に鳴り響いたシステムの声に、エイトの意識は引き戻される。そして、一体何をしているんだという自問自答。

 

「先輩、いったいこれは」

「私の愛機、ジム・イェーガーR7(レッドセヴン)だ」

 

 言いながらナノカは、慣れた手つきでキーボードを操作。システム音声が、何事かが進行していることを次々と知らせてくるが、ナノカの手は止まらない。

 

「使ってくれて構わないよ、アカツキ君。何事も、まずは試してみることだ」

「いや、そうじゃなく」

「キミは今、私のアカウントでログインしている。悪く言えばなりすましというやつにあたるが、良く言えば、ベテランがビギナーを優しく教授しているともいえる」

「えっ? な、なりすましって」

『GANPRA BATTLE.Combat Mode. Damage Level,Set to O.』

「心配ないよ、アカツキ君。わたしが強制的に貸し付けている以上、わたしがキミを糾弾することなんてできやしないさ。はっはっは」

「先輩、はっはっはじゃなくて」

「こちらからのボイスチャットは切っておくよ。わたしは普段から無口なほうだから、相手にとって違和感は少ないだろう。この機体を見れば、私だと気づく者はいるだろうけどね。まあ、それはともかく……」

『Field5,city.』

 

 ディスプレイ上にジム・イェーガーR7の姿が、精緻なコンピュータ・グラフィックとなって描き出された。その直後、まるでカメラがガンプラの中に吸い込まれていくかのように視点が移動し、見慣れたバトルシステムのコクピット画面がディスプレイ上に再現される。

 

「勝つんだぞ、相棒候補」

 

 まるで谷間に咲く、白百合の花のような笑顔――そして、そのイメージとはえらくギャップのある親指を立てる仕草(サムズアップ)

 突然のその表情に、エイトはもう、細かいこと気にするのをやめた。わからないことはたくさんあるが、ガンプラバトルなら大好きなんだ。何をためらうことがある。気になることは、バトルの後で気にすればいい。

 エイトは両手のスフィアをぎゅっと握り、R7の両脚を、カタパルトへとのせた。

 

『BATTLE START』

「アカツキ・エイト! ジム・イェーガーR7、出ます!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ゴオォォ――ォォンッ!

 カタパルトから弾き出され、降り立ったのは、荒廃した市街地だった。おそらく、一年戦争中の北米大陸の都市の一つ、という設定なのだろう。やや離れた場所に、ファーストガンダム劇中でホワイトベースが身を隠した、雨天野球場のドーム状の屋根が見える。

 エイトは素早くスフィアを操作し、R7を高層ビルの陰に隠れさせた。FCS画面を展開、武装を確認する。

 バックパックに、アームで保持されたABCシールドとビームサーベル。両太ももの位置には専用のホルスターにビームピストルが二丁、収まっている。サイドアーマーには小型のグレネード……これは、シールド裏にも数発仕込まれているようだった。全身の小型武装は、近接時に威力を発揮しそうだが、なにより目を引くのは、

 

「このライフル、大きいですね」

「〝Gアンバー〟と呼んでいる。見ての通りの狙撃銃だよ」

 

 見た目は、現実世界の対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)によく似ている。しかし、弾倉らしきものが特にないところを見ると、実弾火器ではなくビームライフルなのだろう。映像作品中でジム・スナイパーⅡが持っていた狙撃銃よりは二回りは大きいその銃を、R7は抱えていた。

 高火力での、遠距離からの一撃必殺。それがこのガンプラの本来想定された戦闘スタイルなのだろう。エイトは、内心の「苦手だな……」という思いを飲み込んで、何でもない風を装った。

 

「えっと、アカサカ先輩。このバトルは、一対一ですよね」

 

 現在、ガンプラバトルの主流は三対三のチームバトルだ。しかしどうやら、少なくともディスプレイに映る範囲には、ほかのガンプラの姿はない。

 

「オンラインというぐらいだから、フィールドに入ったら先輩のチームメイトが待っているものかと思って」

「わたしのことは、ナノさんと呼んでいい。そして、その予想では落第点だね」

「落第点って……?」

 

 ビィーッ! ビィーッ! アラートに反応し、エイトは即座にレーダー表示を確認する。ミノフスキー粒子が薄い設定なのか、表示はかなりクリアだ。そのレーダーに、敵機を表す赤いマーカーが、一つ、二つ、三つ……

 

「……な、なんだこれ? いったい何機このフィールドに!」

「GBO交戦規定#01〝トゥウェルヴ・ドッグス〟――一対一、かける十二。GBOでは最もポピュラーなバトルスタイルさ」

 

 総数十二のマーカーが、レーダー画面上を暴れまわっている。その識別反応の、全てが敵機(エネミー)

 

「共闘・裏切り・挟撃・不意打ち・決闘・殲滅、全て自由。最後に戦場に立っていたものが、このバトルの勝者となる。さあ始めようかアカツキ君。キミの力を信じているよ」

 

 ナノカのその言葉の最後のほうは、着弾したミサイルの爆音にかき消されていた。素早くジャンプして別のビルの陰に身を隠した直後、さっきのビルは完全に崩落していた。もうもうと舞い上がる土煙の向こう、太い幹線道路の向こう側三〇〇〇メートルほどのところに、ミサイルを撃ったガンプラが立ちはだかっていた。

 

「ヘビーアームズ……カスタムか」

 

 全身に重火器とミサイルを搭載、歩く火薬庫とも揶揄される重武装高火力のガンダムタイプ。赤やオレンジを基調としたテレビ放映時のカラーリングだが、よく見れば機体そのものはEW版のガンダムヘビーアームズ・カスタムのものだ。

 こちらは狙撃主体の機体。位置が割れている時点で、狙撃戦はかなり不利。相手も遠距離攻撃に長けている時点でほぼ不可能、というより無謀。エイトは戦術を思案するが、その間にも、ビームガトリングやマイクロミサイルが、雨あられと降り注いでくる。エイトはブーストとジャンプを繰り返し、隠れては破壊される遮蔽物の間を次々と飛び回った。

 

「……アカサカ先輩」

「やれやれ、ナノさんとは呼んでもらえないみたいだね」

「ダメージレベル〝O〟って、なんです?」

 

 四つ目のビルの陰を飛び出し、横倒しになったビルの陰に滑り込みながら、エイトは尋ねた。先ほどのGBO起動時、システム音声が確かにそういっていたのを聞いたのだ。各種大会の本戦レベル、本当にガンプラがダメージを受けるレベルA。せいぜいが関節が緩んだり外れたりする程度のレベルB。しかし、レベルOなんて聞いたことがない。ミサイルが直撃し吹き飛んだビルの瓦礫にまぎれて、少し前に進む。抜け落ちたアスファルトの下、地下鉄のホームだったらしい穴の中に身を隠す。

 

「オンラインの〝O〟さ。GBO専用の設定だよ。GBOは、直接ガンプラを動かしているわけじゃあないからね。プラフスキー粒子を使ってガンプラをデータ化し、コンピュータ上で再現しているだけ。つまりは、データ上のガンプラが壊れても、本物のガンプラにはかすり傷ひとつつかないというわけさ」

「そう……ですか。だったら!」

 

 聞いたエイトの口元に、普段の様子からは似つかわしくない、不敵な笑みがニヤリと浮かぶ。同時、あれだけ激しかったミサイルとビームガトリングの雨が途絶えた――弾切れか!

 

「今っ!」

 

 エイトはバーニアを全力全開、地を這うような低空で、R7が突撃する。加熱しきったビームガトリングの砲身を交換中だったヘビーアームズは、慌てて胸部のマシンキャノンで迎撃するが、

 

「先輩、すみません!」

「うん?」

 

 謝りながら、エイトはコントロールスフィアを思いっきり振りかぶった。それに合わせて、R7がGアンバーを振り上げる。そして、

 

「らああぁぁぁぁっ!」

 

 投げた! 長大なGアンバーのボディが盾代わりとなってマシンキャノンの直撃を受け、エネルギーパックが誘爆。独特なピンク色の爆発と共に四散した。その爆炎を突き破るようにして、R7はヘビーアームズに肉薄した。

 

「いただくっ!」

 

 その両手には、二丁のビームピストル――突撃の速度は一切緩めず、すれ違いざま、ほぼ密着するような至近距離で、二丁拳銃を乱射しながら駆け抜ける。最初の二、三発には耐えていたヘビーアームズだったが、一息に数十発も打ち込まれたビーム弾の威力には耐えきれず、倒れこむように膝をつき、一瞬の間をおいて爆発。その爆光を背に受けながら、R7は軽く地面をスライディングして停止した。

 

「よし、一機もらった! 先輩、どうです……」

「あわわ……わたし、の……Gアンバー……あわあわわ……ぐすん」

「せ……先輩……?」

「ぐすんぐすん……はっ!?」

 

 しゅばばばっと、残像が見えそうな速さで乱れた髪と表情を整え、どこか見透かしたような余裕のある微笑を取り戻すナノカ。

 

「ふふ……さすがだよ、アカツキ君。わたしには思いつかない戦法だ。しかしキミは、どうにも物を投げるのが好きなようだね。はっはっは」

「せ、先輩……って、意外と……」

「わたしのことは、ナノさんと呼んでいい」

 

 ずいっと真顔を近づけて、エイトの額に人差し指をぐいぐい押し付ける。

 

「それはそうと……敵は一人じゃないぞ、相棒候補」

 

 ビィーッ! ビィーッ! 再びの警報――目の前のビルを突き破るようにして、一機のモビルスーツがエイトの視界に飛び込んできた。

 そのモビルスーツは、一言でいうならザク頭のゼータガンダム……何とも趣味的な、ゼータザクのガンプラだった。しかし、エイトの視線はそのゼータザクの胸を貫いている、長く幅広い実体剣に注がれていた。

 

「GNソード……!」

 

 降り注ぐ瓦礫の中から、さらにもう一本のGNソードが突き出してきて、ゼータザクの胴体を両断した。ゼータザクは爆発四散、慌てて距離をとるエイトのR7を、爆風がなぶる。

 

『その機体、赤姫か……!』

 

 ゼータザクを両断したガンプラが、燃え盛る瓦礫の炎に照らされて、ゆらりと立ち上がる。つや消しのダークグレーとブラックに塗りつぶされた、ガンダムエクシアの改造機。両腕に装備した二振りのGNソードの刃さえ、禍々しい漆黒に塗られている。

 

『やはり運命が、僕ら二人を引き合わせる……約束された邂逅が今日この日だとは、薄々感じていたよ。我が好敵手(ライバル)にして約束の女性(ひと)……』

 

 やたらと良い声で、部長とは別の意味で演技がかった口調で、黒いエクシアのファイターは言った。エイトは複数の意味での戸惑いを感じながらも、一応、ビームピストルを構える。

 

『思えば、君と戦場で出会ったあの時から、不思議な感応があった。僕ら二人、赤と黒のガンプラファイターがまたこうして出会えたのも、この宇宙(そら)の導きと言える。こうして剣を交わすことでしか分かり合えない僕たちだが、その先にこそ、必ず永遠がある……嗚呼、刻が見える……!』

「先輩、この人は」

「ただのアホだ。やってしまいなさい」

『さあ愛し合おう赤姫! この僕の、〝黒光りする凶星〟龍道院煌真の堕天した魂を浄化する戦いを! いくぞ、我が愛機、ガンダムエクシア・ブラッドレイヴン改セカンドリバース~黒金ノ劔(ノワール・エクスカリバー)~の超・必殺技! エターナルブラッド』

「遅いッ!」

 

 ドゥンッ! 脚部バーニアスラスターを併用した、超高速の踏み込み。一瞬でほぼゼロ距離にまで詰め寄り、銃口を密着させビームピストルを撃つ。

 

『おっ、おのーーーーれーーーーッ!』

「くっ、威力が!」

 

 が、火力不足。腹部と胸部を射抜いたはずだが、とどめを刺すには足りなかった。謎の粒子の輝きを宿したGNソードが振り上げられ、無駄に派手なエフェクトと共に振り下ろされるが、

 

『よいっ、しょおおっと!』

 

 ガオォォンッ! 戦車でも突っ込んできたかと見間違うようなぶっとい足が、黒いエクシアをフィールドの端まで吹っ飛ばした。この特徴的な脚部は、ジオン系の重モビルスーツか!

 

『おうおうおう! 久しぶりだなァ、赤姫ェェ!』

 

 着地、振り返って長大なヒート剣を振り下ろす。かわしたエイトを追うように、ジャイアント・バズの高初速榴弾が二発、三発と爆発の花を咲かせる。

 

『こんな最前線でヤれるたァ珍しい! 引き籠ってケツ狙ってばっかだったお嬢サマも、ヤりたくてうずうずしてくるお年ごろってかァ!?』

「ドム……いや、ゲルググ……ミキシングビルドか」

BFN(ビルドファイターネーム)・ビス丸。通称〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟。その乗機、ドムゲルグ・ファットゴート。GBOジャパンランキング、上位ランカーだよ。わたしよりは、少し下だけどね」

 

 ホバー走行で瓦礫だらけの市街地を縦横無尽に駆け巡る、重量級の機体。おおざっぱにいえば、手足はドム、体はゲルググといった風体の重モビルスーツだ。

 

『なんだァ、だんまりかよォ。アゲていこうぜェェ、赤姫ェェ!』

 

 ドムゲルグのスカートに満載されたシュツルム・ファウストが、一斉に発射された。モビルスーツを粉々に吹き飛ばす威力を持った弾頭が、次々と爆発する。

 右、左、右……エイトはR7の運動性能を生かし、細かいステップで爆撃の雨をかわしていくが、

 

『パターンなんだよォ、てめェのダンスはァ!』

「なっ……!?」

 

 何発目かのバズーカをかわしたと思った瞬間、目の前にヒート剣の赤熱化した刃が待ち構えていた。とっさにABCシールドで受けるが、ドムゲルグのヒート剣はシールドを両断してしまった。シールド裏に仕込んであったグレネードが誘爆し、R7とドムゲルグはお互いに距離をとる形となった。

 

『てめェ……赤姫じゃあねェな?』

「……っ!?」

『下手すぎらァ。赤姫は狙撃主体のファイターだがよォ、オレサマは近接戦闘で二度、ヤられてる。赤姫なら、てめェみてェな馬鹿の一つ覚えなダンスなんざァ踊りゃあしねェ』

「ふん。伊達に、ストーカーじみてわたしに勝負を挑んでいたわけじゃあないみたいだね」

『さっきの煌真への突撃。ありゃァよかった……が、それだけだァ。てめェ、なにモンだァ? なぜ、赤姫の機体でヤってやがる? ド下手くそのクセによォォォォッ!』

 

 ドムゲルグはジャイアント・バズを投げ捨て、ヒート剣を両手持ちで脇に構えた。両足の核熱ジェットエンジンが唸りをあげ、いつでも高速ホバー走行状態に入れることを知らせている。

 

「くっ……すみません。先輩の名に、泥を塗って」

「わたしのことはナノさんと……まあ、いい。気にすることはないよ、アカツキ君」

 

 ナノカの手が、エイトの手の上からスフィアを優しく握り、ボタンを操作した。R7がビームサーベルを抜刀し、両手持ちで構える。

 

「キミは、わたしが見込んだファイターだよ。見せてくれ、あの部長にすら突撃していった、キミの速さを。強さを。激しさを」

「……はいッ!」

 

 深呼吸を一つ。エイトはスフィアを握り直し、まっすぐに画面の向こうのドムゲルグを見据えた。低く唸る核熱ホバー、点火の時を待つバーニアスラスター……その、二つの音のみ。廃墟と化した市街地が、さっきまでの爆音が嘘のように静まり返る。

 先ほどのゼータザクのザク頭が、倒れたビルから突き出した鉄骨にぶらぶらと引っかかっていた。ぶらり、ぐらりとゆれるそのザク頭が――ゆれて、ゆれて――ゆれて――落ちた!

 

「らあぁぁぁぁッ!」

『うおォォォォッ!』

 

 フルブースト! 数百メートルはあった両者の距離が一瞬で詰まり、すれ違う瞬間に、赤熱したヒート剣と、灼熱したビームサーベルとが閃いた。

一瞬の閃光、そして駆け抜ける二機――

 

『メインカメラを……ヤられたか』

 

 ガシャン……斬り飛ばされたドムゲルグの頭が、瓦礫の山に落ちた。

 

『……が、それだけだァ』

 

 R7が、崩れ落ちるように膝をついた。その腹部――本物のモビルスーツだったらコクピットがある部分には、ヒート剣が刃の根本あたりまで深々と、突き刺さっていた。

 

『脇に構えたからって横薙ぎがくるたァ……限らないんだぜェ、ニセモノ』

 

 あの、一瞬。ドムゲルグは、自分の頭部が破損することなどは承知で姿勢を低くし、ビームサーベルの下を潜り抜け、それと同時、コクピットへとヒート剣を突き立てたのだ。

 

「ちく……しょう……っ!」

『BATTLE ENDED!!』

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 いつの間にか、フィールド上の十二機すべてのバトルに決着がついていたらしく、R7が撃破されると同時に〝トゥウェルヴ・ドッグス〟は終了となった。ディスプレイ上に表示されるのは、今回の戦果報告画面。赤いドレスを着たアバターががっくりとうなだれたようなジェスチャーをする横で、『YOU LOSE』の文字が力なくくるくると回っている。十二人中の順位では、二位だった。

……なるほど、このキャラクターがアカサカ先輩のGBO上でのアバターなのか。赤姫と呼ばれるのも納得だ……などと、エイトはわざと、関係のないことを考えてみたりもした。

 

「アカツキ君」

「すみません、アカサカ先輩」

 

 ぽんと、肩に手を置いてきたナノカに、エイトは反射的に謝っていた。

 

「事情も理由も目的も、何もわからないですけど、期待してくれていたことは、わかっているつもりです。でも……負けて、しまいました。先輩のガンプラを使っんん!?」

「わたしのことは」

 

 軽く押し当てられた人差し指で口をふさがれ、エイトはどぎまぎしてしまう。ナノカは優しく微笑んで、その指でエイトのおでこをぴんと弾いた。

 

「ナノさんと、呼んでくれないか」

「な、ナノ……ナノカ、先輩」

「ふふん。まあ、今日のところは合格にしておこうか」

 

 ナノカは満足げにくすりと笑って、エイトの隣の席へと腰かけた。どうやらさっきのバトル中、ナノカはずっと自分のすぐそばに立ったままでいてくれたらしいと、エイトはそこではじめて気づいた。

 

「わたしはこの結果に納得はしているんだ、アカツキ君。満足は、していないけどね」

「でも……」

「GBOジャパンランキング、参加者約五〇〇〇名――GBOJランク第一〇三位〝痛覚遮断(ペインキラー)〟龍道院煌真。第九五位〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ビス丸。キミがさっき戦った相手さ」

「えっ……」

「わたしのアカウントで入ったからね。ほかの参加者も、みんな少なくともランク三〇〇位以内の、高位ランカーたちばかりだったはずさ」

 

 エイトは絶句し、GPベースに置かれたジム・イェーガーR7を見た。あのヘビーアームズも、ゼータザクも、みんな高位ランカー……? そんな戦場で、自分をある程度戦わせてくれたこのジムの、先輩のガンプラの完成度は、一体どれほど凄まじいんだ……!?

 

「キミ。今、ガンプラの性能のおかげだと思っただろう?」

「えっ、は、はい」

「そこなんだよなあ、わたしが満足していないのは。だから、キミは――」

 

 言いながら、ナノカはパソコンデスクの下から、さっきとは色違いのガンプラケースを取り出した。蓋を開けるとそこには、球形のコントローラとGPベースのPC接続用デバイス――つまりは、GBOをプレイするためのデバイスのセットがあった。

 

「これで、強くなりなさい」

「これは……」

「プレゼントさ。わたしから、相棒候補への、ね」

 

 半ば押し付けるようにして、ナノカはエイトにそれを持たせた。「そんな、悪いです」と返そうとするエイトの手を、ナノカはゆっくりと押し返す。

 

「わたしは今日の結果に納得はしているけれど、満足はしていない。キミも、わからないことだらけで満足していないだろう。今はまだ、事情も理由も目的も、何も話すことはできないけれど――」

 

 そしてその手を、やんわりと包み込むように握った。

 

「――キミが強くなったその時には、必ず話すと約束しよう」

 

 顔が、近い。吐息が、かかる。先輩の、笑顔が、すぐ、近くに――

 

「だから今は、ここまでしか話せないんだ」

 

 ぱっと、ナノカは立ち上がり、パソコン室の扉へと歩いて行った。エイトに背を向けたまま、明るい声でエイトに語る。

 

「わたしは、アカサカ・ナノカ。BFN・ナノ。通称〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟。GBOJランク、七七位――GBOで、また会おう」

 

 




第三話予告

《次回予告》
「うおォォォォ! 赤姫ェェ! 機体を貸すなんてなめたマネしやがってェェ!」
「荒ぶる地獄のケルベロスでさえ、君の雄叫びの前では縮み上がりそうだな。ビス丸ちゃん」
「あァん!? オレサマにちゃん付けしてんじゃあねェぞ、クソ煌真ァ!」
「乙女を乙女として扱うのが、この罪に塗れた僕にできる最後の贖罪なのさ。ビス丸子ちゃん」
「オレサマを女扱いするなァァッ! っつーか丸子じぇねェェッ! あークソッ、イライラしてきたァ……こいつはもうエイトのクソガキをぶっ潰すしかねェな! おい煌真、あのクソガキひぱってきやがれェッ!」

ガンダムビルドファイターズDR・第三話『レベルアップ・ミッションⅠ』

「あ。予告的なこと何もしてねェ」
「それが、この僕の悲しき運命(さだめ)か……」



◆◆◆◇◆◆◆



エイトとナノカの物語は、ここから動き始めます。
感想等いただければ幸いです。よろしくお願いします。


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Episode.03 『レベルアップ・ミッションⅠ』

「わたしは、アカサカ・ナノカ。BFN・ナノ。通称〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟。GBOJランク、七七位――GBOで、また会おう」

 

 そう言って、パソコン室で別れたのがもう先週の話。

 あのあとすぐに帰宅したエイトは、両親に頼み込んで居間のパソコンにGBOのためのデバイスを置かせてもらった。デバイスセットさえあれば、GBOは基本プレイが無料だというのは、あとからナノカに聞いた話だったが――ともかく。

 あれから一週間。パソコン室での話の通り、エイトとナノカはほぼ毎日のように、GBOで会っていた。

 

『Lounge 12. Arch Angel』

 

 快活な男声のシステム音声と共に目の前が明るく開け、エイトのアバターはGBOの世界にログインした。

 今日のナノカとの待ち合わせ場所は、アークエンジェル・ラウンジ。ガンダムSEEDシリーズ、主役級の母艦〝アークエンジェル〟。その甲板上という設定の、VR空間だ。おそらくは、オーブ連邦首長国近海に停泊しているということなのだろう、青い空と穏やかな海が、ラウンジの背景として広がっている。遠くに見えるジェットコースターの登り坂だけのような建築物は、オーブのマスドライバーだろう。ラウンジには、エイト以外にも数人のアバターがいたが、それぞれお互いに知り合い同士らしく、いくつかのグループに分かれてミッションの相談などをしていた。

 エイトは一人、劇中でもキラ・ヤマトが寄りかかっていた手すりに寄りかかり、ぼんやりと風景を眺めることにした。涼しい海風が、アバターの髪をさらさらと撫でる。

 

「まるで、実写みたいだな……」

「そうだね。さすがは天下のヤジマ商事だ」

 

 この一週間でずいぶんと聞き慣れた声に振り向くと、赤いドレスに身を包んだナノカのアバターが立っていた。こうしてアークエンジェルの上で見てみて気づいたことだったが、ナノカが着ている真っ赤なドレスは、SEED劇中でカガリ・ユラ・アスハが来ていたものの色違いのようだった。もっとも、長い黒髪とモデルのような体形――特に、主に、胸のふくらみのあたり――が少女時代のカガリ嬢とはあまりに違いすぎるせいで、全く違う服のように見えるのだが。

 

「どうしたんだい、そんなにじろじろと……さては、キミはえっちだね。エイト君」

「えっ? いや、そんな、ナノカ先輩!」

「わたしのことは、ナノさんと呼んでいい」

 

 ナノカのアバターが、びしっとエイトを指さすアクションをした。

 

「オンでリアルの名前を出すのは、ご法度だよ。BGOではBFN(ビルドファイターネーム)で呼び合おう」

「は、はい……〝ナノ〟さん」

「うんうん。それでいいのさ、〝エイト〟君」

 

 ナノカは満足げにうんうんと頷きながら、空中に一枚のディスプレイを呼び出した。連動して、エイトの眼前数十センチの距離にも、空中ディスプレイが開かれる。

 

「さて、今日の本題だよ……もうキミも、GBOに慣れただろう。ここでひとつ、レベルアップ・ミッションでもやっておこうか」

「レベルアップ・ミッション……」

 

 GBOの世界には、相対的なファイターの強さを表すランキングとは別に、個人ごとのレベルが設定されている。レベルは最大で8まで設定されており、GBOを始めたばかりのエイトは当然レベル1だが、ナノカはレベル7だ。

 レベルによってファイターやガンプラの実力にプラス補正などはないが、受けることのできるミッションが変わったり、各種大会の参加資格として扱われたりしている。高レベルのミッションや大会のほうが、当然、ゲーム内マネーを獲得できる額も大きくなる。レベルを上げていて損はない。

 その、レベルを上げる方法は主に三つ。バトルで勝ち続けるか、相応の大会で入賞するか、レベルアップ・ミッションをクリアするかだ。

 

「そうですね。僕もそろそろ、レベル2に」

「4だよ」

「え?」

 

 空中ディスプレイに、ナノカから送られてきたミッション情報が表示された。レベルアップ・ミッションCE(コズミック・イラ)「ローエングリンを撃て」――レベル、4。

 

「レベル4だ、エイト君。キミの速さなら、ここまでいけるよ」

「いや、そんな急に」

「受注資格が特になしのレベルアップ・ミッションが、最大で4だからね。そうでなければキミには、いきなりレベル7でも受けてほしかったところだよ。はっはっは」

「先輩、はっはっはじゃ」

「わたしのことは、ナノさんと呼びなさい」

 

 真顔で、人差し指をぐいぐいと額に押し付けてくる。

 この一週間ほどの付き合いでだいたいわかったが、この人は基本的に、「聞く耳」というものを持たない。しかし不思議とこの押しの強さが不快にならないのは、美人だからなのかなんなのか……。

 

「さあ、ミッションを受けてくれエイト君。わたしはもう受注しているよ」

「はあ、はい、ナノさん」

「さて、レベル4か……わたしのガンプラはマイナスがかかるからなあ」

 

 レベルアップにプラス補正はないが、自分のレベルより低いレベルのミッションを受けるときには、ガンプラの性能にマイナス補正はかかる。ゲームバランスの調整というやつだ。

 

「せめてもう一人、仲間がいたほうが安心だけれども……」

「ぅおォォい! 赤姫ェェッ!」

 

 大声と共に、黒いジオン系ノーマルスーツ姿のアバターが、エイトたちのほうへどすどすと大股に詰め寄ってきた。大柄だが、ぴっちりとしたノーマルスーツからわかる体形から、女性だと見える。

 

「てめェ、なんでこんなァ!」

 

 女性アバターは、エイトの目の前でヘルメットを投げ捨てた。乱雑にまとめた赤茶けた髪と、ギザギザの八重歯が目立つ口元が露わになる。そのアバターは、突然の出来事に目を丸くしているエイトの胸元を、乱暴につかみ上げた。

 

「こんなレベル1のモヤシ野郎に、赤タグなんてつけてやがる! あァんッ!?」

「落ち着かないか、ビス子。女の子だろう?」

「オレサマを女扱いするなァッ! あとビス子じゃねェ、ビス丸サマだァッ!」

「ビス丸、って……あのドムゲルグの……?」

「あァそうだよルーキー!」

 

 ビス丸は敵意むき出しで、エイトを睨みつける。

 

「〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ビス丸サマだァ! なんか文句あっかァ!」

「男性だと、思っていました」

 

 ズゴンッ。至近距離からのヘッドパット。アバターなので痛みはないが、エイトは思わず「痛っ」と叫んでしまった。

 

「感心しないなあ。オンライン上だからこそ、マナーというものが大切なんだよ、ビス子」

「うるせェ。こんなクソモヤシ知ったことか。あとビス子じゃねェ」

 

 ビス丸はエイトをぽいっと投げ捨て、少しだけ落ち着いた様子でナノカへと向き直った。

 

「なんで高位ランカー赤姫サマともあろうファイターがよォ、こんなクソメガネに赤タグつけてんのかって聞いてんだよ」

「赤……タグ……?」

「エイト君。わたしのネームプレートを見てくれるかい」

 

 言われて、エイトはナノカの頭上にぷかぷか浮かんでいるネームプレートに目を向けた。当然、「ナノ」というBFNが表示されているのだが、その右端に、小さな赤い付箋のようなものが張り付いていて、そこにはなぜか、「エイト(仮)」と表示されていた。

 

「それは、チーム・タグ。通称・赤タグ、戦友の証さ。まだ仮登録だけれどね。システム画面のフレンド設定、下のほうにチーム設定というのがあるから、わたしからの赤タグ申請を承認してくれるかい。それでお互いに赤タグが付く」

 

「あ、はい」

「あァんッ!? てめェ!」

 

 ビス丸は再びエイトに掴みかかろうとするが、ナノカにひょいっと足をひっかけられ、「きゃん!?」とその場にすっ転んでしまった。

 

「おお。今の悲鳴は、なかなか女の子らしかったんじゃないかな、ビス子」

「てんめェ、ふざけてんじゃあねェぞコラァァ! あとビス子じゃねェ!」

「ナノさん、承認しました」

「あァっ、このクソモヤシィィィィ!」

 

 ビス丸は怒りに全身をわなわなと震わせながらも、爆発させるタイミングを逃してしまい、目を三角にしてエイトとナノカを交互に睨みつけるばかりだった。

 

「何をそんなに興奮してるんだ。キミにも青タグはつけているだろう」

「フレンド・タグとチーム・タグじゃァ、全然意味が違うだろうがァ!」

「フレンド・タグ……?」

「ただの行きずりのオトモダチと、ガチの戦友の違いってこったよ……ってなんでオレサマがてめェに教えてやんなきゃなんねェんだよ、あァんッ!?」

「なんだい、ビス子。キミも赤タグが欲しいのかい?」

「……ッ!」

 

 ぼん、とまるで湯気でも出たように、ビス丸の顔が赤くなった。それを見たナノカはほんの一瞬だけ、この上なく悪戯っぽい、獲物を見つけた肉食獣の微笑みを浮かべた。――このGBO、実に優秀なアバターを備えているようだ。

 

「べ、別にっ。あああ、赤タグなんざ、オレサマは……」

「まあ、自走する爆心地(あのバトルスタイル)じゃあチームメイトなんてなかなかできないだろうね」

「うぐっ」

「そういえばキミは、お一人様(シングルバトル)の戦績だけで高位ランカーになったって有名らしいね」

「ぐぬぬ……」

「もしかして、キミ――友達、いないのかい?」

「ぐはあっ!」

 

 胸を押さえて倒れこんできたビス丸の体を、期せずしてエイトが抱きかかえる形となった。アバターなので感じることはできないが、エイトの手はかなりきわどくやわらかくふくらんだあたりをがっしりと掴むような形になってしまっている。

 

「大丈夫ですか?」

「お、おう。すまねェなルーキー……」

 

 エイトに支えられ、ビス丸はよろよろと立ち上がり――

 

「よし。キミに赤タグをあげよう」

「ほ、ホントかァ!?」

「へぶっ!?」

 

 どーんと突き飛ばされ、エイトは危うく、アークエンジェルからオーブの海へとダイブしてしまうところだった。

 

「ああ、嘘はつかないさ。ただし、ちょっと手伝ってもらうよ」

「は、はんッ。べべ、別に赤タグなんざァどうでもいいけどよォ。あの赤姫がこのオレサマを頼りてェってんなら聞いてやるぜェ、仕方なくなァ!」

 

 腕組みをして斜に構えたようなふりをするビス丸に、ナノカは満足そうにうんうんと頷きながら、空中ディスプレイを操作した。エイトの元に届いたのと同じ、「ローエングリンを撃て」のミッション情報がビス丸のもとに送られる。

 

「レベルアップ・ミッション……あァ、そーゆーことかよ。いいぜェ、ヤってやらァ。いくら天下の赤姫サマでも、一人でルーキーのお守りはキツイだろうよォ」

 

 さっきまでの赤面が嘘のように、ビス丸は獰猛な笑みを浮かべていた。ためらうことなくミッションを受注すると、くるりと向き直ってエイトに右手を差し出した。

 

「ってェわけで、だ。ルーキー。この一戦だけは停戦だァ。とりあえずは青タグ(フレンド)ってェことで、ヨロシク頼むぜェ?」

「はい、お願いします。……でも」

 

 エイトも右手を差し出し、ビス丸と握手を交わした。同時に、左手で空中ディスプレイを操作する。システム画面、フレンド設定、チーム設定――

 

「一緒に、戦うんですから」

 

 ぴこん。軽い電子音がして、今まで空白だったビス丸のネームプレートの右端に、赤色のタグが、ひとつ、ついた。

 

「戦友ってことで、お願いします」

「えっ……へっ、あァ……赤、タグ、ついた……のか?」

「あ、はい……迷惑、でしたか……?」

 

 もしかして、格下の相手からチーム・タグを送るのは、失礼だっただろうか。オンラインゲームには、そのゲームごとに独特の常識があるということが、よくある。エイトは、失礼なことをしてしまったのかもしれないと謝りかけたが、

 

「ルーキー! いや、エイトォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」

「う、うわあっ!?」

 

 抱きしめられた、全力で! リアルだったらきっと背骨がバキバキと音を立てているであろう抱擁に、エイトはあたふたとどうしていいかわからなくなってしまった。その時、出しっぱなしだった空中ディスプレイに、ナノカからのメッセージが届いた。

 

『ちょろいなあ(笑)』

「せ、先輩……腹黒……っ!」

 

 一瞬だけ黒い微笑を浮かべたナノカは、すぐにいつもの澄ました顔に戻り、いつもの口調で「ナノさんと呼びなさい」とだけ言って、ラウンジ端の出撃ゲートへとすたすた歩いて行ってしまった。エイトはビス丸にへし折られる勢いで抱きしめられながら、その後姿を見送ることしかできなかった。

 

「エイトォォォォ! おまえ、いいヤツだったんだなァ、エイトォォォォ!」

「ちょ、ちょっとビス丸さんっ。出撃、出撃ですよーーっ!」

 

 ――この日エイトは、少しだけ女性不信になりかけたという。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

『GANPRA BATTLE. Mission Mode. Damage Level, Set to O.』

 

 快活な男声のシステム音声が鳴り響き、見慣れたバトルシステムのコックピット表示が現れる。この景色はどうやら、アークエンジェルのカタパルトデッキらしい。単なる背景やオブジェクトなのだろうが、壁面や格納庫の奥に、ストライカーパックやスカイグラスパーなどの姿も見える。

プレイしていて思うことだが、このGBO、つくりの各所に製作者の愛情というか、こだわりが見て取れる。ガンダムファンのひとりとして、もちろんエイトも悪い気はしない。

 

「へェ……そいつがてめェの機体かァ?」

 

 何とも擬音化しがたいあの独特な音と共に、エイトのすぐ隣でモノアイが点灯した。ビス丸の機体、ドムゲルグ・ファットゴートだ。先に出撃するつもりらしく、エイトの脇を追い抜いて、カタパルトに足を乗せた。ナノカの機体はもう一方のカタパルトから出撃するらしく、見える範囲にはいなかった。

 

「ベースはF91だな。しかしまァ、わざわざヴェスバーを外すたァな。顔に似合わずトガったビルドをするじゃあねェか。気に入ったぜ、エイト」

「ありがとうございます、ビス丸さん」

 

 GBOに来る前から、エイトはこの機体を愛用していた。中学を卒業し、高校入学までの春休みのすべてを注ぎ込んだ、ガンプラバトル用の自信作。

 

「ガンダムF108――これが、僕のガンダムです」

 

 ベースはガンダムF91。MS小型化のはしり、十五メートル級のガンダムタイプだ。ガンプラにもそのサイズ変化は忠実に再現されており、今、目の前に立つドムゲルグと比べても、機体サイズはかなり小さく見える。

 F91の最大最強の武装は、背中に二門装備した強力な可変速ビーム砲・ヴェスバー……だがそれをエイトは、あえて取り外していた。そしてその位置には、自作した大推力のバーニアスラスターユニットを搭載している。遠距離攻撃は二丁持ちにしたビームライフルで補い、基本的には突撃主体、至近距離での乱打戦で決着をつける。それに特化した機体構成だ。

 ほかにも、本来は左腕だけに装備されているビームシールドを両腕に装備したり、排熱用のフィンやダクトを増設したりするなど、ベース機からの細かい変更点は多々ある。そして――

 

「へっ、しかしその色。まるで赤姫に合わせたみてェだな」

 

 ――そして、装甲は赤く塗られている。ガンダムタイプによくある白が多い配色だが、機体の各所に塗られた鮮やかな赤色が、この機体を「赤いガンダム」と印象付けていた。

 

「はは。偶然ですよ……きっと」

『Special Field, Desert & Valley.』

 

 エイトの言葉を遮るように、アークエンジェルのカタパルトハッチが開き、その先の景色が露わになる。険しく切り立ち、複雑に入り組んだ巨大渓谷。そして広がる大砂漠――原作の劇中ではアークエンジェルではなくミネルバが激戦を繰り広げた、ガルナハン渓谷の威容が目に飛び込んできた。雲一つない空、容赦のない太陽。画面越しにも灼熱が伝わってきそうだ。

 

『エイト君。約束を、覚えているかい』

 

 ディスプレイ上に小さなウィンドウが開き、パイロットスーツ姿のナノカの顔が映し出された。ナノカのアバターは、普段の服装はカガリのドレスだが、パイロットスーツはポケ戦のクリスのものを使っている。赤いからだろうか。

 

『キミが強くなったなら――私の事情や理由や目的を、キミに話すといったね』

「はい。覚えて、います」

『だから、このミッションを無事クリアしたら、話そうと思う』

「……はい」

『おや、そんなものかい? もっと反応があると思っていたのだけれど』

「いや、嬉しいです。でも、僕は、先輩」

 

 エイトは左右のコントロールスフィアを握りしめ、F108をカタパルトに乗せた。

 

「どっちにしろ、勝ちたいです」

 

 ウィンドウの向こうで、ナノカが驚いたような顔をしていたが、それも一瞬。満足げな、優しい微笑みに変わる。

 同時、快活な男声のシステム音声が、高らかにミッションの開始を宣言した。

 

『MISSION START!!』

「ビス丸サマの出撃だァッ! ドムゲルグ、出るぜェェ!」

『ジム・イェーガーR7。ナノ。始めようか』

「ガンダムF108、アカツキ・エイト。出ます!」

 

 




第四話予告

《次回予告》
「さーて、さてさて。はーじめーるよー。さっちゃん先輩のー、なんでも聞いてねGBO講座ー。どんどんぱふぱふー」
「ではではさっそく質問や、さっちゃん先輩。ビス子さんが欲しがってた〝タグ〟て、ついてると何かイイコトがあるのん?」
「んまー、ぶっちゃけ金だよねー。GBOではー、いっしょに出撃した青タグ一人につき1%、クリア報酬のゲーム内マネーが上乗せされちゃうんだよねー。そして赤タグならなんとー、5%も上乗せされちゃうんだよー。おっとくー!」
「ひゃあ、すごいやん! 赤タグつけまくりゃあ、ビスト財団もメじゃないで!」
「あっひゃっひゃ♪ そーはいかねーよ、金の亡者め。赤タグは三人までしかつけらんねーんだよー。ケツの穴ちっせー運営だよねー、滅べよな」

ガンダムビルドファイターズDR・第四話『レベルアップ・ミッションⅡ』

「ところでさー、この関西弁スパッツ幼女だれよー?」
「えへへー。ウチの登場は、もう少し先やでー♪」



◆◆◆◇◆◆◆



私の中で、ビス子が勝手に動き出しました。なんだこの現象。気持ち良い!
感想等いただければ幸いです。よろしくお願いします。


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Episode.04 『レベルアップ・ミッションⅡ』

『MISSION START!!』

「ビス丸サマの出撃だァッ! ドムゲルグ、出るぜェェ!」

『ジム・イェーガーR7。ナノ。始めようか』

「ガンダムF108、アカツキ・エイト! 出ます!」

 

 カタパルトから飛び出してすぐ、レーダーに反応があった。CEの世界らしく、ミノフスキー粒子による電波干渉はない。レーダー画面は極めてクリアだ。前方下方、砂の上を滑るようにホバー走行するのはビス丸のドムゲルグ。少し遅れて、ナノカのR7がブーストジャンプを繰り返しながら前進する。エイトのF108は、低高度を飛行しながら二人を追いかける形だ。そして、その前方約一五キロ――ガルナハン基地から飛び立った、複数の機影。

 

「ダガーL……エールストライカー装備、六機です」

「ここは、私に任せてもらおうか」

 

 ナノカは言うと同時にR7を砂丘の上に腹ばいに倒れこませた。大型対物ビームライフル〝Gアンバー〟の銃身を前に突き出し、ストックを肩にあてる。銃身下部のバイポッドが砂漠に突き立てられ、射撃姿勢を安定させる。伏せ撃ちの姿勢だ。

 

「エイト君とビス子は、そのまま突撃。キミたちが接敵する前に――」

 

 シャコン。R7のバイザーが下りた。狙撃用スコープのレンズが獲物を捉え、目を細める。

 

「最低でも、六機ぐらいは撃墜(おと)しておくさ」

 

 ドウッ――短く詰まった砲撃音。砂漠の砂をわずかに巻き上げて打ち出されたビームの弾丸は、まるで吸い込まれるようにダガーLの胸部を貫いた。エールストライカーまで貫通する大穴があき、爆発。ダガーLの隊列が大幅に乱れる。ドウッ、続いてもう一機。同じく胸部に大穴を開けて墜落、爆発。ドウッ、三発目――命中、撃墜。

 

「先輩、なんて狙撃だ……!」

「いくぜ、エイトォ! オレサマたちの取り分がなくなっちまうぞォ!」

「はい!」

 

 ドムゲルグが砂を蹴りあげて突撃し、一瞬遅れてF108もバーニアを吹かして加速した。エイトたちが一〇キロほど距離を詰める間に、四機目、五機目が撃墜される。残された六機目を狙い、ドムゲルグがジャイアント・バズを構えるが、

 

「さあ、これで一仕事だ」

 

 ドウッ――太いビームの光が、最後のダガーLを貫いていた。

 

「さっすがにウゼェ狙撃をしやがるなァ、赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)!」

 

 爆発せずに墜落してきたダガーLを、ビス丸はジャイアント・バズで乱暴に殴り飛ばし、舌打ちを一つ。ナノカは特に表情も変えずに受け流す。

 

「ほめ言葉だと思っておくよ。さて」

 

 R7は砂丘からバイポッドを引き抜き、Gアンバーを抱えてブーストジャンプ。先行するドムゲルグとF108を追いかける。

 

「わたしは、渓谷上に狙撃ポイントを確保する。キミたちは、谷底を上流へ」

「了解です」

「おうよッ!」

 

 エイトとビス丸はさらに二キロほどの距離を何の障害もなく駆け抜け、左右を数百メートル級の崖に挟まれた枯れた渓流へと飛び込んでいった。横幅は百メートルを軽く超え、F108とドムゲルグが横並びになって進行しても、かなりの余裕がある。ゆるく蛇行した渓谷はかなり先まで見通しがきき、四〇〇〇メートルほど先に防衛線が敷かれているのが見て取れた。

 モビルスーツの頭よりも高い分厚いゲートに、ハリネズミのような迎撃用火器の山。砲座代わりの岩棚には、ランチャーストライカーを装備したダガーLが数機、大型ビーム砲〝アグニ〟を腰だめに構えている。そして、こちらへ向かってくる、ソードストライカーを装備したダガーLが三機。

 

「ゲート周りは吹っ飛ばしてやらァ! 巻き添え喰うなよォ、エイトォォ!」

「了解。後ろにも、目をつけます」

「ハッハァ、いいぜェそういうの! んじゃまァ……ブチ撒くぜェェェェ!」

 

 ジャイアント・バズが、シュツルム・ファウストが、ミサイルランチャーが、打ち上げ花火のように四方八方へと飛び散った。それはさながら、実弾兵器によるハイマット・フルバースト。次々と迎撃火器やランチャーダガーLを爆撃していくそれらの間をすり抜けるようにして、エイトのF108はソードダガーLに突撃した。

 

「らあぁぁぁぁっ!」

 

 左右のビームライフルを乱射し、牽制。先頭を切っていたダガーLに数発が命中、足を止めさせる――その顔面に、突撃の勢いそのままに、ドロップキックを叩き込む。吹っ飛ぶダガーLに、追い打ちのビームライフル。三点射撃、左右計六発、全弾命中。

 

「一機撃破! 次っ!」

 

 撃破を見届ける間もなく、大型ビーム対艦刀〝シュベルトゲベール〟が大上段から振り下ろされる。F108の全長とほぼ同じ、十五メートル以上もある対艦刀を、エイトはバックステップで回避。続く大振りの横薙ぎを、むしろ間合いの中へ飛び込み、刃の下を潜り抜けて回避した。

 

「よし、できた……!」

 

 エイト、会心の笑み――大剣を振り切り、隙だらけになったダガーLの顔面と胸部にビームライフルの銃口を押し当て、ゼロ距離射撃。ダガーLは爆発せず、その場にがくりと崩れ落ちる。

 

「二機目! 次っ!」

 

 振り返った瞬間、エイトの目の前に、激しく回転するビーム刃が迫っていた。ビームブーメラン〝マイダスメッサー〟だ。右肘のビームシールドを展開、弾き返す。直後、三機目のダガーLがシュベルトゲベールを振り下ろしてくるが、エイトは身をひねって、難なくそれを回避。地面に深く食い込む形になったシュベルトゲベールを踏みつけて固定、反対の足でダガーLを思いっきり蹴り飛ばした。渓谷の斜面に叩き付けられ動きの止まったダガーLに、ビームライフルを撃ち込んだ。

 

「三機! ビス子さん、そっちは!」

「エイトォ! 一機、行ったァ!」

 

 振り返ると、ジャイアント・バズの爆風にあおられ、一機のランチャーダガーLが岩棚から転がり落ちたところだった。爆風によって左腕ごとアグニをもぎ取られているが、戦意は失っておらず、すぐに立ち上がってF108に右肩の対艦バルカンを照準する。

 

「そんなのはっ」

 

 エイトは即座に反応、ビームライフルを投げ捨て、足元のシュベルトゲベールを蹴りあげる。F108の体格とほぼ等しい大剣を槍投げの要領で構え、

 

「う、らあぁぁぁぁっ!」

 

 ズアァッ! 渾身の投擲。F108の全身のバネを総動員してぶん投げられたシュベルトゲベールが、ダガーLを貫いて崖の岩肌に縫い付ける。設定上コクピットのある位置をぶち抜かれたダガーLは、音もなく沈黙した。

 

「てめェはほんとにモノをぶん投げんのが好きだなァ、エイト。あとビス子じゃねェ」

 言いながらビス丸は、F108のビームライフルを拾い、手渡す。

「はは、すみません……これで、終わりですか?」

「ンなわけねェだろ。種デス見てねェのかエイト。ゲートを見な」

 

 低い地鳴りのとともに、巨大なゲートが左右にゆっくりと開かれていく。そして、

 

「来るぜェ、よけろォッ!」

「えっ。はい!」

 

 ドッ……オオオオォォォォ! 圧倒的な破壊力を持った陽電子ビームの激流が、ゲート正面にあったすべてのモノを破壊し尽くし、押し流していった。後に残るのは、灼け溶けて抉れた大地のみ。F108の最大加速でその一撃を回避したエイトは、その破壊の後を見下ろして唖然とする。

 

「陽電子破城砲……ローエングリン!」

 

 ゲートの奥は小高い丘になっており、その頂上にそれはあった。陽電子破城砲ローエングリン。アークエンジェルの左右艦首にも搭載されているそれが、異様な存在感を放って鎮座している。そして、小高い丘の斜面にも、異様な存在感を放つモビルスーツ――いや、一機のモビルアーマーがいた。

 

「ゲルズゲーか……!」

 

 異形揃いのモビルアーマーの中でも特に気味の悪い、蜘蛛の体にダガーLの上半身を乗せた大型機。両手の二丁と前足の二門、計四門のビームライフルが、エイトとビス丸を狙って火を噴いた。

 

「門番ってことですか!」

 

 ズドドドドドドドドドドドド――

 四門のビーム砲が途切れることなく連射され、まるでビームガトリングのように弾幕を張る。エイトとビス丸は、機体をゲートの影に引っ込めるしかなかった。様子を窺うエイトの眼前で、分厚いゲートに撃ち込まれたビームの粒子が次々と弾けていく。

 

「おうよ。あいつをブッ飛ばさなきゃァ、ローエングリンはヤれねェ。だからってェ、この弾幕が途切れんのをひたすら待ってると――」

 

 ビス丸の言葉と同時、弾幕が途切れた。エイトはこの一瞬にゲートから飛び出そうとするが、ドムゲルグの手がF108の肩を掴んで止めた。

 

「おい、死ぬ気かァ?」

「えっ」

 

 ドッ……オオオオォォォォ! 再びの衝撃、そして爆音――ローエングリンの第二射だ。目の前を通り過ぎていく熱線に、エイトは冷や汗を一筋流す。

 

「ありがとう、ございます……スキ……」

「へっ!? スキっ!? てててめェ突然なに言ってやが」

「……がありませんね。何とかしてスキを作れれば、チャンスはあるはずですけど」

「お、おぉぅ、うん、そうだな。うん……」

 

 ドムゲルグの両肩が、なぜかしょんぼりと下がったことに気づきもせず、エイトはゲートの影からゲルズゲーを観察した。ローエングリンの砲撃が収まったと思ったら、再びビーム砲の雨あられ――ローエングリンの砲撃中に、銃身の強制冷却やエネルギーの補充などを行っているのだろう。ただ待つだけではらちが明かない。

 

「どうやら、出番には間に合ったみたいだね」

「先輩!」

 

 思案するエイトの耳に、ナノカの声が届いた。レーダーに表示されたR7の位置は、作戦エリアの西の端、エイトの左手側およそ八〇〇といったところか。ゲート越しにそちらを見上げると、背の高い岩場の切れ目から、Gアンバーの銃身が僅かに覗いている。

 

「エイト君、突破口を示す。よく見ておきなさい……あと、ナノさん、だぞ?」

 

 ドウッ。短く詰まった砲撃音、Gアンバーが極太のビームを撃ち放つ。狙いは今もビームライフルを乱射するゲルズゲーだ。自分に迫る射撃を察知したゲルズゲーは乱射をやめてぱっと振り返り、虹色に輝く光の壁を展開した。ダガーLをストライカーパックごと貫くGアンバーの一撃が、まるで水鉄砲のように散らされる。

 

「陽電子リフレクター……!」

 

 コズミック・イラのモビルアーマーに搭載された、絶対防御の光の盾。それを展開するために、ゲルズゲーの乱射が一時、止まった。しかしエイトは、今度は慌てて飛び出すマネはしなかった。冷却とエネルギー充填の済んだローエングリンの、三発目の砲撃が襲い掛かってくる。

 ドッ……オオオオォォォォ――

 

「もう少し西に行ければ、直接ローエングリンを撃てるのだけれど……さすがに、そううまくはいかないね。今、私のいる位置がフィールドの端らしい」

 

 陽電子ビームが大地を熔かし抉る音にまぎれて、ナノカの声が届く。いくらリアルとはいっても、GBOもゲームであることには違いない。岩場や砲台の装甲板にローエングリン本体は守られており、攻略目標を狙撃の一発で片づけられないようにできている。

 

「この砲撃の終わり、もう一度ゲルズゲーを撃つ。あとは頼むよ、エイト君。ビス子も」

「了解です」

「へっ、しょうがねェな。あとビス子じゃねェ!」

 

 ――ォォォォン! ローエングリンが途切れ、再びビームの嵐が始まった。

 

「行くよ!」

「はいっ!」

「ブチ撒くぜェェ!」

 

 ドウッ! Gアンバーの砲撃、それを防ごうと陽電子リフレクターを展開するゲルズゲー。ローエングリンは冷却中――鉄壁のガルナハン、ローエングリンゲートがこじ開けられた!

 

「らあぁぁぁぁっ!」

 

 飛び出したF108は、バーニアスラスターを全力全開、一瞬のうちにゲルズゲーへと肉薄する。ゲルズゲーは頭部バルカン(イーゲルシュテルン)をばら撒きながらビームライフルをF108に照準するが、遅い。F108は曲芸じみた機動でバルカンの火線を潜り抜け、すれ違いざま、ほぼゼロ距離で両手のビームライフルを撃ち込んだ。右肩の発振装置を破壊され、維持できなくなった陽電子リフレクターがガラスのように砕け散る。直後、ジャイアント・バズの高初速榴弾が、ゲルズゲーの頭を吹き飛ばした。大ダメージを受け、狂ったように暴れまわるゲルズゲーの前足を、ドムゲルグががっぷり四つに組み合って、力任せに押さえつける。

 

「行けェッ、エイトォ! ……赤姫ェェ!」

「慌てるなよ、ビス子……!」

 

 短く詰まった砲撃音――Gアンバーが盾を失ったゲルズゲーを貫く。爆発音を背中に感じながら、エイトはF108を飛翔させた。バーニアスラスターを全開、ツバメのように丘を翔け上がる。ローエングリン砲台の近接防衛火器(CIWS)が起動し、機銃掃射が襲い掛かってくるが、

 

「邪魔なんだよ!」

 

 投げつけたビームライフルが防衛火器に直撃し、爆発する。空いた左手の甲に、エメラルドグリーンに輝くビーム刃を噴出させる。エイトがF108の両腕に仕込んだ近接格闘武器、粒子加速式のビームブレードだ。

 

「終わらせろ、ガンダム!」

 

 F108の両目(デュアルセンサー)がひときわ強く輝きを放ち、ビームブレードを鋭く突き出す。いまだに冷却の終わらないローエングリンの砲口に、エメラルドグリーンの刃が深々と突き刺さり、

 

「ぅらぁぁぁぁッ!」

 

 横一文字に一刀両断。振り抜いたその動きのまま、流れるようにF108は離脱。一瞬の間をおいて、ローエングリンは爆音と共に四散した。

 

「ハッハァ! やったなァ、エイト!」

「ビス子さん……」

 

 ふと下を見ればドムゲルグが、引き千切ったゲルズゲーの前足を、ぐるぐると振り回している。

 

「おめでとう、エイト君。キミに賛辞を贈るよ」

「先輩……!」

 

 岩場の上では、Gアンバーを抱えて片膝立ちのR7が、エイトに向かって手を振っている。エイトはF108を地面に下ろし、二人に向けて一礼した。

 

「ありがとう、ございます」

『MISSION CLEAR!!』

 

 中空にメッセージが表示され、システム音声が高らかに告げる。それと同時に、バトルシステムのコクピット表示は明度を落とし、画面は緩やかに暗転していった――

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「エイト君」

 

 茜色の夕日が、オーブの海に沈む。GBO内部の時間設定は、現実の時刻と連動している。アークエンジェルの甲板上にも、人影はまばらだ。皆、リアルで食事時なのだろうか。ビス丸はミッションが終わるなり、ぐしゃぐしゃと乱暴にエイトの頭を撫でたかと思うと、「弟どものメシ作らねェと」と言って、慌ただしくログアウトしていった。

 だから今、エイトのそばにはナノカしかいない。

 

「レベル4達成、おめでとう。これで出られる大会も、受けられるミッションも増えるよ」

「はい。こちらこそ、ありがとうございます。先輩と、ビス子さんのおかげです。僕一人では、到底クリアできるものでは」

「こら。遠慮のし過ぎは悪徳だぞ。それから、私のことはナノさんと呼びなさい」

「す、すみません……」

 

 軽く頭を下げるエイトに、「いいんだよ」と応じるナノカ。アバター越しの会話だが、呆れたように、それでいて満足げにほほ笑むナノカの顔が、エイトには見えるようだった。

 

「ところで、だ。エイト君」

 

 ナノカの声色が、少し、変わった。

 

「約束を覚えているかい。出撃前に言ったことを」

「覚えて、います」

「うん。では、話そうか」

 

 ナノカは手すりに身をもたせ掛け、遠く海の向こうに沈もうとする夕日に向かって目を細めるようにしながら言った。

 

「世界のガンプラ人口は、今や数千万人規模。日本国内に限定したってその数は、百万人は下らないだろう。それに対して、GBOジャパンランキング参加者数は、約五〇〇〇だ。この数、キミはどう受け止めるかな」

「あっ……それは……」

「父が、ね。開発者なのさ、GBOの」

「先輩の、お父さんが?」

「ああ、そうさ。それが理由の一つ(・・・・・)。父はヤジマ商事に勤めていてね。GBOの開発と運用の部署を任されているのだけれど――今期中に、GBOのプレイヤーを一万人以上に増やす。それが父の部署に課されたノルマだ。微力ながら、孝行娘だろう、わたしは。はっはっは」

 

 からからと笑うナノカの声色が、何か変だ。エイトはヘッドホン越しの音声にそう感じながらも、機械的に笑顔を作るアバターからは細かな機微は感じ取れない。

 

「あの、先輩」

「なんだい、エイト君。私のことはナノさんと」

「それが、一つなら。もう一つ、あるんですか」

「……そうだね。それも話そう、約束だ」

 

 ナノカは、少しうつむいた。長い前髪に隠れて、そのアバターがどんな表情をしているかはよくわからない。折しも、夕日は逆光だ。

 

「わたしを見下してくれないか、エイト君。馬鹿にしてほしい。話すと言っておきながら、避けて。逃げて。父の話なんて先にして、言われなければそのまま誤魔化そうと、流そうとしていた、情けないわたしを」

「言いにくい、ことなんですか」

「……うん、そうだ。正直、言いにくい。二つ目の理由も、家族の話でね。少なくとも、高校生活最後の大会を控えた三年生たちを巻き込まないようにする程度には、わたしも分別を働かせたくなる話さ。すでに巻き込んでいるキミには、申し訳ないと思う。だから――」

「じゃあ、いいですよ」

「えっ……?」

 

 驚いて顔をあげるナノカに、どこまで伝わるかはわからないが、エイトは自分のアバターに笑顔を表示させて答えた。

 

「僕は、この一週間。先輩とGBOができて、とても楽しかったです。それで先輩の力になれているのなら、それでいいんです」

「エイト君、キミ……」

「だから先輩。言いにくいことなら、今は」

 

 エイトはナノカと同じように、手すりに身を預けた。

沈みゆく夕日がきれいだ――こんな美しいグラフィックを持つGBOを、まだたったの五千人程度しか楽しんでいないのか。リアルガンプラバトルでは味わえない楽しみが、電脳世界(ネットワールド)だからこその遊び方が、ここにはある。だからもっと、知ってほしい、来てほしい。今はそれでもいいじゃないか。エイトは本気でそう思っていた。

 

「……ありがとう、エイト君」

「いえ……そうです、先輩。僕がもっと強くなったら。その時にでもまた、お願いします」

「ふふ。そうだね。その時こそは、約束するよ。すべてをキミに話そう」

 

 ナノカのアバターが、柔らかく笑う――ヘッドホン越しの声色が明るくなったからだろうか。その表情はさっきまでと同じはずなのに、きっとリアルでもナノカは笑っているのだろうと、エイトには思えた。

 

「……あと、わたしのことは、ナノさんと呼んでほしいな」

「……はい、ナノさん」

「ふふ。よろしい」

 

 ナノカの手が、まるで弟にでもそうするように、ぽんぽんとエイトの頭を撫でた。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「本当に、ありがとう。エイト君……」

 

 ナノカはGBOからログアウトし、ヘッドギアを外した。立体音響装置とヘッドマウントディスプレイが一体化したこのヘッドギアは、ヤジマ商事の試作品ということで父から受け取り、GBO用として愛用している。

 ナノカはぐーんと背伸びをしながら立ち上がり、部屋のカーテンと窓を開けた。夏のぬるい空気が流れ込んでくる。アークエンジェルの甲板上(ラウンジ)で見たのと同じ、茜色の夕日がもう沈もうとしていた。七月に入り、かなり日が長くなったとはいえ、もう夕方もかなり遅い時刻だ。部活動からの帰宅後すぐにログインし、エイトのレベルアップを手伝う。今日はなかなかに上々の成果だ。

 

「あと、二ヶ月か……」

 

 ナノカは夕日に目を細めながら、一人、つぶやく。

 あと二ヶ月の間に、エイトをレベル6まで引き上げる。無論、形だけではなく、実力を伴った状態で。それがナノカの「目的」であり「理由」であり「事情」のための、最低条件だ。

 ナノカはまとめてアップにしていた髪をほどき、薄手のシャツとスポーティなパンツ一枚という姿で、ころんとベッドに倒れこんだ。リモコンで部屋の明かりを落とし、まくら代わりのハロのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。

 

「エイト君……キミは、キミは大丈夫だよね。信じているよ……」

 

 見つめるナノカの視線の先には、一台の写真立てがあった。

 そこに映るのは、幸せそうな家族の姿。

 右側の少女は、今よりもだいぶ幼い、小学生の時分のナノカ。柔らかそうなほっぺたに絆創膏など貼って、ひまわりのような笑顔を全開にしている。長い黒髪と白い肌は今と同じだが、印象はかなり違っている。そして写真の中央には、口ひげを蓄えた、白衣の男性。慈愛に満ちた表情で、ナノカの肩を抱いている。ナノカの父親だろう。笑った目元がよく似ている。

 ――そして、もう一人。ナノカの父の左腕は、もう一人の子供の肩を抱いていた。肌の色は、色白というより蒼白。笑った目元も、長い黒髪もよく似ているが、どこか儚げ。幼いナノカが太陽の下のひまわりなら、こちらの子供はひっそりと咲く百合の花というべきか。

 

「今度こそ……今度こそ、だ。待っていてくれ……トウカ……」

 

 ハロを抱くナノカの腕に、ぎゅっと力がこもった。

 ひぐらしの鳴き声が、もの悲しげに聞こえてくる。夏の生ぬるい風が開け放たれた窓から流れ込んでくる。あと、二ヶ月だ。この夏の終わりには、結果を出す。だから、それまでは――思いながらナノカは、いつの間にか眠りに落ちてしまっていた。

 




第五話予告

《次回予告》
「よォ、赤姫ェ。ローエングリン戦では、えらく登場が遅かったじゃあねェか」
「渓谷の上にも敵機がいてね。狙撃ポイントの確保に、少し時間がかかってしまったのさ」
「あァん? てめェ、レベル7だろ。レベル4のミッションぐらい、とっくにクリアしてんだろうがよォ。そん時は、狙撃はしなかったのかァ?」
「ふふ……ひとりでクリアしたからね。正面から突っ込んでいったのさ、馬鹿みたいにね」
「あのビームの嵐の中に突っ込んで生き残ったてェのか。バケモンかよ、てめェは……」

ガンダムビルドファイターズDR・第五話『ノスフェラトゥ・ゲーム』

「ん? 一人ってこたァてめェ、そん時は友達いなかったのか?」
「うぐっ……ぐすんぐすん……」


ビス子がレギュラーになりました。
感想等いただければ幸いです。よろしくお願いします。


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Episode.05 『ノスフェラトゥ・ゲーム』

「……あと、わたしのことは、ナノさんと呼んでほしいな」

「……はい、ナノさん」

「ふふ。よろしい」

 

 あの日、ナノカに撫でられた頭が、妙な熱を持ったままのような気がする。エイトは気が付くと、視線でナノカを追ってしまっていた。

 ナノカは今日の部活でも、ガンプラの武器製作に黙々と勤しんでいる。セーラー服の上から、作業用のエプロンをつけるいつものスタイル。エアコンもないこの蒸し暑い部室で、汗の一筋もかかない姿は涼しげですらある。そのうえ、制作台に向かってヤスリ掛けをしているのに、不思議と姿勢が良い。今作っているのは、Gアンバーだろうか。長い銃身に見覚えがある。ジム・イェーガーR7を、さらに強化でもするつもりなのか――

 

「三年五組出席番号一番。アカサカ・ナノカ、一七歳。十二月七日生まれ。ガンプラバトル部に所属。図書委員。校内美少女ランキング、毎学期ベスト8以内。過去・現在、彼氏ナシ」

「……なんだよ、タカヤ」

「ついでに身長体重スリーサイズもいっとくか? なぁに、新聞部一年エースにしてガンプラバトル部イチの事情通! サナカ・タカヤ様の情報だ、信用してくれていいんだぜ」

「黙ってくれたら信用するよ」

 

 エイトはむっつりとした表情で、作業に戻った。タカヤはいかにも軽そうなノリで「つれないねー」とぼやき、エイトの隣に腰掛ける。ボタンを二つ目まで外したシャツの襟もとにパタパタと風を送りながら、タカヤはエイトに詰め寄った。

 

「ウワサだぜ? あの無口姫さまが、最近一年の根暗眼鏡と仲良しだって」

「へぇ、そう。誰だろうね、根暗眼鏡って」

「さー、ね。誰だろうが、あやかりたいもんだよなぁエイト。あんな美人なお姉さんにだったら、無言で見つめられるだけでもイイ! むしろ黙って見下されたい! うっひょー!」

「……けっこうおしゃべりだよ、ナノさんは」

「おっ? 今、なんつったエイト? それを待ってたんだよ。なにナノさん? なにそれ名前でアダ名で呼んじゃってんの? え? え?」

「あぁ、もう……」

 

 イライラっと、エイトの眉間に青筋が経ち始めたちょうどそのとき、ナノカがすっと席を立った。部長のそばで二つ、三つ言葉を交わし、鞄を持って歩き出した。

 

「お! こっちに来るぜ、エイト。こっち来る! 来る! キタァァァァ!」

「べ、別にだから何なんだよ、もう帰るんじゃないの」

 

 特にどぎまぎする必要などないはずだが、なぜかエイトは焦ってしまう。無駄に肩を組んでくるタカヤを引きはがそうとするエイトの頭に、ぽんと。ナノカの掌が軽く置かれた。

 

「わたしは帰るよ、エイト君。今日は、プトレマイオスのラウンジで」

「あ、は、はい……」

「ふふ……楽しそうだね、キミたちは。じゃあ、待っているよ」

 

 微笑み、軽く手を振って、ナノカは部室を後にした。エイトは自分の顔が少し熱くなるのを感じた。同時、獲物をロックオンしたタカヤのにやついた顔に気づき、エイトは取りつかれたようにガンプラ作りに集中した。

 

「うっひょー! いいねぇ見せつけるねぇ! 新聞部一年エース兼ガンプラバトル部イチの事情通サナカ・タカヤ! 目標を狙い撃つ! さあ吐けエイト、どーゆーことだコラおい!」

「やはり、F108にヴェスバーを戻すべきか……いや、推進力の低下は避けたいし……」

「チクショーこの野郎、頭ぽんぽんなんてされやがって羨ましい! オレだってきれいなおねーさんにぽんぴんぷんぺんされたいってーの! どーなってんだよ教えろよコノヤロー!」

「あっひゃっひゃ♪ そんじゃまー、あたしがぽんぽんしたげよーかー、一年生クン」

 

 突然の声に驚き、エイトが椅子ごと後ずさると、一体どこからどうやって侵入したのか、エイトの作業台の下から「よっこいしょー」とサチが出現した。

 

「副部長……どうして。どうやって。そんな所から」

「細けーことはいいんだよー、アカツキ一年生。そーれよーりもー……」

 

 サチはぽふんとエイトの膝の上に座り、ずずいと顔を近づけてきた。

 

「あたしも聞きたいなー、君とナノちゃんの関係ってやつー?」

「関係って、そんな……というかカンザキ先輩。近いです」

「へっへーん。ほれほれー、コーフンするだろー?」

「いえ、別に」

「おりゃっ!」

 

 ずどむっ。ほぼゼロ距離からの、みぞおちへの肘。悶絶するエイトの膝から飛び降りて、サチはタカヤに詰め寄る。

 

「てめーにも用があるんだよねー、サナカ一年生」

「お、俺もッスか先輩」

「おーおーおー! 忘れたとは言わせねーぞ、パパラッチやろー」

 

 幼い丸顔に似合わないあくどい表情で、サチはタカヤを睨み付ける。三〇センチ以上の身長差があるというのに、タカヤはサチに気圧されてしまう。

 

「代表選考戦でー、三年のアホどもとつるんでやってくれたよなー? こんなか弱い幼気な女の子を囲んでボコってさー。ヒトとしてどーよ。ねー?」

「い、いや、あれはその場の流れでっつーか……副部長はまったくか弱くないっつーか……むしろありゃあもう狂戦士(バーサーカー)ッスよ、せんぱ」

「てりゃっ!」

「ぐふっ!?」

 

 ちーん! ほぼゼロ距離からの、男子の絶対的急所への膝。ぴくぴくと痙攣しながらうずくまるタカヤの姿に、エイトの背筋にまでうすら寒いものが駆け上がってきた。

 

「あー、そういやー、こんなことしにきたんじゃーなかったわー。クソみてーな愚図どもを見ると、ついつい苛めたくなっちゃうんだよねー。反省反省、てへぺろー。あっひゃっひゃ♪」

「く、くそぅ……せめて巨乳美少女だったら、この痛みも悦びに……」

「あん? なんか言ったかサナカ一年生?」

「なななんでもないッス!」

 

 ゴゴゴゴゴ……と、地響きのような擬音を背負い、サチは真っ平らな胸を傲然とそらして腕を組む。タカヤを見下ろす満面の笑みが、また逆に迫力満点だ。

 

「んじゃまー、ギャグパートはこんぐらいにしてー。そろそろ本題、はーじめーるよー。さっちゃん先輩のー、本気で来いよガンプラバトルターイム。どんどんぱふぱふー」

 

 サチはけろりと表情を変え、いつものゆるゆるした口調でゆるい横ピースのキメポーズ。さっきまでのは前置きだったのかと抗議したくなるエイトだったが、股間を押さえてうずくまるタカヤの様子を見るに、その抗議は飲み込んだほうが身のためのようだ。

 

「バトル、ですか。定例の部内試合は、まだかと思いますが」

「ちがうちがーう、こないだのー、代表選考戦の続きだよー」

「代表選考戦……」

 

 エイトの脳裏に、二週間ほど前の、部長ギンジョウ・ダイとの、ガンプラバトルが蘇る。文句のつけようのない完敗――「三日で仕上げたザク」という同じ条件で戦っての結果だ。純粋に、ビルダーとして、そしてファイターとしての腕の差による完敗だった。

 

「僕は、完敗でしたけど……」

「うん、そーだねー。一年生程度がさー、あの〝RMF(リアルモビルファイター)〟のダイちゃんに勝てるわけないじゃーん。あっひゃっひゃ♪ ……でも、ねー?」

 

 サチはニヤリと口元をゆがめ、エイトに人差し指を突きつけた。

 

「ダイちゃんが、君に興味を持った」

「部長が、僕に……?」

「じつはー、ダイちゃんが挑戦者を全滅させちゃったせいでねー、代表選びがちょっと難しくなっちゃってねー。だからあたしの今日の使命はー、君の実力をもーいちど試すことなのさー」

「カンザキ先輩を倒した三人は……そこの、タカヤも含めてですが」

「うん、そりゃあもちろん潰すよー、そいつらもー。でもまー、まずはアカツキ一年生、君からやろーか」

 

 サチはエイトの返事も聞かずに踵を返し、部室の端においてあるバトルシステムへと向かった。トテトテとまるで小学生のように小走りに駆け出すサチだったが、エイトの目には一瞬だけ、その表情がひどく真剣になったのが見て取れた。

 

「ダイちゃんのとなりに立っていいのは、あたしだけだ……!」

 

 おそらく、誰にも聞かせるつもりのない独り言だったのだろう。エイトは黙ってF108を手に取り、バトルシステムへと向かった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

『Please set your GP-Base』

 

 六角形のバトルシステム越しにサチと向き合う形で、エイトはGPベースとF108をセットした。

 

「……カンザキ先輩。下校時間が迫っています」

「あっひゃっひゃ♪ 心配しなくてもー、瞬殺してあげるってー」

 

 対するサチがシステムにセットしたのは、きわめて趣味的なデザインのガンプラだった。

 大鳥居高校ガンプラバトル部副部長、カンザキ・サチの愛機――ノーベルガンダム・ドゥルガー。ベースはGガンダムに登場したノーベルガンダムだが、まるで大鳥居高校の女子制服のようなカラーリングが施されている。全体として、黒タイツを履いた女子高生といった印象だ。髪の毛部分にサチ本人と同じようなツインテールの髪飾りが追加されているのは、こだわりなのだろう。

 

「エイト! 見た目に騙されるなよ。その機体、けっこうえげつないぜ!」

「知ってるよ、タカヤ。聞いたことぐらいはある。副部長の――〝不死の悪戯(ノスフェラトゥ・ゲーム)〟カンザキ・サチのバトルスタイルは」

 

 後ろから観戦しているタカヤの声に、エイトは答えた。実際に戦うのは初めてだが、大鳥居高校ガンプラバトル部副部長カンザキ・サチの噂については、エイトもよく知っている。

 曰く、不死だと。曰く、狂っていると。曰く、まるでデタラメな強さだと――

 

『Beginning Plavsky particle dispersal』

 

 バトルシステムをプラフスキー粒子の輝きが包み込み、見慣れたコクピットが出現する。GBOのデバイスではないコントロールスフィアを久しぶりにつかみ、操作感を思い出す。

 

「ねーねー、アカツキ一年生。あたしはねー、君はこのバトル、断ると思ってたよー」

 わざわざ通信を開いて、言ってきたサチに、エイトは怪訝な顔で聞き返す。

「どうして、ですか」

「それはねー、ナノちゃんと関係してるかなー……ってねー」

「……」

「図星でしょー? 君はもしこの勝負に万が一、いや一京分の一の確率であたしに勝ったとしても、代表になることを断ろーとしてる。そーだよねー?」

「……はい。僕はまだ、一年生ですし。やっぱり、最後の大会になる三年生が出たほうが」

「ふざけろよてめー。なめてんのか?」

 

 サチは語気を強め、そして一瞬の静寂――その空気を無理やり動かすように、システム音声が機械的にバトルの準備を進めていく。

 

『GANPRA BATTLE.Combat Mode. Damage Level,Set to B.』

「最後の大会だ、三年生が出るべきだ、そんなのはあたりめーだろーよ。でも、それでも、ダイちゃんがてめーに目を付けたんだ。今まで全国に行きたくてたまらなくて、実際それだけの実力があって、でもチームメイトに恵まれなかったダイちゃんを……あたしは、どーしても全国に行かせてやりてーのさ」

「カンザキ先輩……あなたは……」

「だからあたしは、てめーが嫌いだ。ダイちゃんの興味を引いてるてめーが嫌いだ。三年生のことをちゃんと気遣うてめーが嫌いだ。なんか知らねーけどナノちゃんとこそこそ動いているてめーが嫌いだ。だから――」

『Field11,Coliseum.』

 

 真剣そのものの表情で、サチは言う。

 

「――だから、あたしが勝ってやる。てめーはすごすご引き下がって、ダイちゃんのとなりに立つんじゃねーぞ」

 

 その言葉を受けて、エイトも覚悟を決める。

 まだナノさんには、全てを聞いてはいないけれど。最初は、押し付けられただけだったけれど――それでも僕は、強くなりたい。だから負けない、どんな勝負でも。

 

「――了解。それでも僕は、勝って断ります」

 

 準備の完了したバトルシステムが、敵同士の通信を遮断した。目の前にカタパルトが現れ、両者の機体が出撃態勢に入る。

 

『BATTLE START!!』

「カンザキ・サチ、ノーベルガンダム・ドゥルガー……さー、踊ろーか!」 

「ガンダムF108、アカツキ・エイト、出ます!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 エイトとサチが降り立ったのは、古代の闘技場を模した円形のフィールドだった。ところどころに朽ちかけた円柱が立ち、灰色の壁面はコケやツタ、その他雑多な植物に侵食されている。不揃いに歪んだ石畳を踏みしめ、百メートルの距離を開けてF108とドゥルガーが向かい合っている。

 

「んじゃまー、やろーか。一年生!」

「はい。行きますっ!」

 

 エイトは迷わず、ブーストを全開。二丁のビームライフルを連射しながら、弧を描くようにドゥルガーのサイドへと回り込んだ。ドゥルガーはサーカスの軽業師のような身のこなしで、次々と撃ち込まれるビームをかわしていく。

 

「ほらほらー、その程度ならさー……」

 

 かわしながら、ドゥルガーが大きく足を振り上げて宙返りをしたその時、

 

「こっちから行くよー!」

 

 ヒュヒュンッ。空を切る鋭い音、その次の瞬間、F108の右のブレードアンテナとバルカンが火を噴いて壊れ、エイトの視界を一瞬、奪った。その一瞬の間にドゥルガーはF108に肉薄、高く鋭いヒールになった踵で直蹴りを叩き込んだ。

 

「くっ……!」

「へー、やるねー!」

 

 間一髪、ビームライフルを盾代わりにして直撃は防ぐが、衝撃は殺しきれず、F108は吹き飛ばされ、苔むした石壁に背中から叩き付けられてしまった。

 

「FCS……ライフルは、まだひとつ生きてるか……!」

 

 機体の状況を確認。盾代わりにした右のライフルは大きくひしゃげて爆発していないのが不思議なぐらいだが、左はまだ使える――警報音が鳴り響く。目の前に、真っ赤に灼熱し輝くドゥルガーの掌が迫っている!

 

「ゴーッド、フィンガーっ♪」

「ちぃっ!」

 

 とっさに両腕のビームシールドを展開して防ぐが、バチバチと火花を散らすゴッドフィンガーは、二枚重ねのビームシールドを今にも突き抜けてしまいそうだ。

 

「い、いきなり必殺技ですか、先輩……!」

「勝つためさー。だからー、こんな手だって使うよー!」

 

 ヒュヒュンッ――あの、風切音。同時、ビームシールドの内側にあるはずの二丁のビームライフルに、深い裂傷が刻まれた。一瞬の間をおいて、爆発――その爆炎に紛れてF108をゴッドフィンガーから脱出させる。エイトは上空からドゥルガーの姿を見下ろすが、ビームライフルを切り裂いた攻撃の正体はまったくつかめない。

 

「くっ、やっぱり見えない……!」

「あっひゃっひゃ♪ まだまだいくよーっ!」

 

 ヒュオォォン! 長く尾を引く風切音と共に、突如、F108の機体が地面へと引きずり降ろされた。地面に叩き付けられたF108に、ヒートクナイを逆手に構えたドゥルガーが襲い掛かる。エイトは何とか立ち上がり、両腕のビームブレードを起動。矢継ぎ早に繰り出されるヒートクナイの斬撃を、何とか受け流し、弾き返す。

 

「近接でわざわざ銃なんてさー! やっぱチャンバラだよねー、あっひゃっひゃ♪」

「強い……っ。なんて速さだよ……!」

 

 ドゥルガーは右手のヒートクナイのみなのに対し、F108は両腕のビームブレードをフル回転させて、何とかしのいでいる状態だった。さらに、

 

「ほれほれー、ゴッドフィンガーっ♪」

 

 灼熱の左掌が、F108の頬を掠める。これに捕まれば一撃で終了だ。ビームシールドでも、二枚重ねにしなければ完全には防ぎきれない。

さらには、時折、例の風切音がなって、見えない攻撃がエイトの防御や回避をかいくぐって斬りつけてくる。F108はすでに左の頭部バルカンも壊され、胸部マシンキャノンの砲口も潰されていた。使える武器はあと、両腕のビームブレードと、サイドアーマーに格納してあるビームサーベルのみだった。

 

「このままじゃ……ジリ貧だ……っ!」

「ジワジワはいやかーい? んじゃまー、一気に潰してやろーかーっ!」

 

 ヒートクナイを順手に持ち替え、鋭い踏み込みと共に強烈な刺突。エイトはビームブレードをクロスさせて受けるが、止め切れない。咄嗟の判断でバックステップ、距離をとる。追撃が来るかと身構えるが、来ない。ドゥルガーは脱力したようにだらりと立ち、全身のダクトやスリットからゆらゆらと熱気を吐き出していた。

 

「プラフスキー粒子全開……システム、解放!」

 

 ウウゥゥ――――ォォォォオオオオオオオオンッ!

 ドゥルガーの全身の放熱パネルが展開し、内部フレームが露出する。ガンダムタイプ特有のフェイスガードが弾け飛び、赤熱したもう一つの顔が露わになる。髪の毛は逆立ち、ゴッドフィンガーのように光り輝いて、凄まじい熱量を放出する。髪の毛から燃え上がるプラフスキー粒子が、まるで炎のようだ。

 

「ノーベルガンダム……そうか、バーサーカーモードか!」

「あたしの敵はみんな潰れろォォォォォォォォッ!」

 

 ウゥオオォォンッ! ドゥルガーが吼え、突撃する。その両手には、加熱しすぎて粒子の炎があふれ出すほどになったゴッドフィンガーが発動している。

 

「あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ♪」

「う、らあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 嵐のようなゴッドフィンガーの乱打を、F108は間一髪のところでよけ続ける。ビームブレードでは受けるどころかビーム刃を握りつぶされてしまうのがわかっているので、エイトは掌を避けて腕や肩を切りつける。だが、炎のように吹き上がるプラフスキー粒子の影響か、ドゥルガーの装甲には傷一つつかない。

 

「二つ名の〝不死〟ってこれのことか……インチキだろ、こんなのは……っ!」

「あーっひゃっひゃっひゃ♪ 負け犬の遠吠えってーのはさー、きっちり負けてからしてくんなきゃねー♪」

 

 ウゥオオォォンッ! ドゥルガーが吼え、同時、F108の足元の石畳が真っ二つに割れ砕けた。例の見えない攻撃――雄叫びで風切音を誤魔化したのか!? 足場を崩されたF108はその場にあおむけに倒れこんでしまう。チャンスと見たドゥルガーは、両手のゴッドフィンガーを振りかざし飛びかかってくる。

 

「潰れて壊れろーーッ!」

「そうは……行くかよーっ!」

 

 握りつぶされるのを承知で、エイトはビームシールドを展開。左右両肘のビームシールドは発生装置ごと潰されるが、ほんの一瞬の時間稼ぎはできた。その一瞬に、ドゥルガーの腹に右足を叩き込んだ。そしてそのまま、巴投げの要領で蹴り上げる。

 

「うらあぁっ!」

「あぅんっ!?」

 

 予想外の反撃にサチは受け身を取り損ね、ドゥルガーはコロシアムの観客席に叩き付けられる。これが最後の反撃とばかりに、エイトはF108をフルブーストで突撃させた。両腕のビームブレードを全力展開、そのまま左右の拳を握り合わせる。密着したビーム刃が共振作用により巨大化、高出力のビームの突撃槍を形成した。

 

「これが、F108の……最大火力です!」

「あっひゃっひゃ♪ いいよ、来いよアカツキ一年生!」

 

 早くも姿勢を立て直したドゥルガーが、両手のゴッドフィンガーを前に突き出した。F108の突撃を真正面から受け止める構えだ。

 

「らあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

「あーっひゃっひゃっひゃ♪」

 

 突撃するF108、叫ぶエイト。待ち構えるドゥルガー、笑うサチ。両者の距離が瞬く間に縮まり、あと八〇、七〇、六〇、五〇――衝突のその時まで、あと零コンマ秒――

 

「そこまでですわ!」

 

 ズオ――オオオオォォォォォォォォォォォォォンッ!

 二人の間に圧倒的な光芒が降り注ぎ、何もかもをまとめて吹き飛ばした。コロシアムの建物そのもののおよそ半分ほどが消えてなくなり、F108とドゥルガーのちょうど中間地点には直径が百メートルにはなろうかというクレーターが抉られている。

 

「カンザキさん――あなた、やりすぎていましてよ」

 

 そのクレーターの上空、まるですべてを見下すかのように空にいたのは――

 

「あなたのその行動、他の誰が見逃しても――このわたくしと、レディ・トールギスが見逃しませんわ。生徒会風紀委員長の名にかけて」

 




第六話予告

《次回予告》
「俺の名前は龍道院煌真。どこにでもいる普通の中学二年生だ。――いや、今はもう〝普通〟とは言えないか。自分の隠された過去と向き合ったあの日から――まったく、前世からの因縁ってやつは、どうにもやりきれないぜ。この左手に刻まれた逆十字の痣(ブラッドクロス)が、まさか堕天の刻印だったなんて、誰が信じられる? まあ確かに、昔から勘が鋭いところはあっったんだがな。今思えば、あれは俺の専用異能〝黒ノ魔眼(デモニックノワール)〟が目覚める前兆だったのかもしれないが……フッ。しかし、因果なもんだぜ。天地魔界の運命を左右する黄昏の大戦争(ラスト・ラグナロク)が、まさか機械魔神の形代(ガンプラ)によって代行されるとはな。そういえば、十年前の上級悪魔どもとの戦いで生き別れた姉さんも、ガンプラが好きだったな。今はどこで何をしているやら――って、あの敵幹部の仮面女め、また俺の邪魔をしに来やがったな。今度こそその仮面を引っぺがして、正体を拝んでやる。次回、漆黒凶星・ブラッドレイヴン煌真、第十三話『邂逅~仮面の下の真実~』――宇宙(そら)の声が、俺を導く」

ガンダムビルドファイターズDR・第六話『レギオンズ・ネストⅠ』

「……ふふふ、決まった……え? あ、うん大丈夫、宿題やってたんだって。違う違う、ゲームじゃないって。ごめん母さん、ちゃんとやるから、パソコンの電源は、あーっ!」



◆◆◆◇◆◆◆



さっちゃん先輩の口調が安定しません。
感想等いただければ幸いです。よろしくお願いします。


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Deta.01 ガンプラ紹介【GBO編】

 Episode.05までの時点で登場しているガンプラの紹介です。いやぁ、設定を考えるというのは楽しいものですね。
 本作の設定上の縛りとしては「俺が本当にそのガンプラを作れるか!?」というものがあります。一応、登場するガンプラは実際に製作が可能なものであるように考えているつもりです。
 現在、主人公機であるところのF108と、ビス子の愛機・ドムゲルグを実際に製作中です。いつか発表する機会があればと思うのですが……

11/08 加筆・修正しました~。
12/13 ガンプラ写真追加しました~。



Episode.01『アカツキ・エイト』

 

 

【ザクⅡ・改八型(エイトカスタム)

 

【挿絵表示】

 

・武装:MMP-80マシンガン×2 

    ヒートホーク×2 

    三連装ミサイルポッド×2

    ショック・スパイカー×2

 

 大鳥居高校ガンプラバトル部一年、アカツキ・エイト製作の部内試合用ガンプラ。ベースは『ザクⅡF2型』。

 時間が限られた中での製作だったため改造箇所は少ないが、エイトの製作技術により完成度は高い。市販の改造用パーツを使い、バックパックのバーニアを大型化。脚部にバーニアを追加している。それにともない、ミサイルポッドの装備箇所を腰のサイドアーマーに変更。ヒートホークをバックパック横に装備している。左右対称を好むエイトのこだわりで、肩アーマーは左右ともスパイクアーマーに換えられている。

 このスパイクアーマーは強力な放電機能を備えており、ショルダータックルだけでなく敵の回路を焼き切ることができる。

 劇中では活用されなかったが、ヒートホークはバックパック左右に二つ、MMP‐80マシンガンは腰リアアーマーに二丁、装備することができるようになっている。

 

 

 

【ダイザック】

・武装:なし(徒手空拳特化)

 

 大鳥居高校ガンプラバトル部部長、ギンジョウ・ダイ製作の部内試合用ガンプラ。ベースは『ザクⅡF2型』。

 一切の武器を持たず、徒手空拳による近接格闘にのみ特化している。その設定に説得力を持たせるため、全身のプロポーションを引き締まった筋肉の格闘家を思わせるものへと改造している。たった三日の製作期間でここまでの改造を行えるのは、ギンジョウ・ダイのビルダーとしてのずば抜けた能力があってこそのものである。

 ちなみに、ネーミングはカンザキ・サチによるものである。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

Episode.02『ガンプラバトル・オンライン』

 

【ジム・イェーガーR7】

・武装:ビームピストル×2

    ビームサーベル×1

    フレキシブルアームシールド×1

    小型グレネード×多数

    G-AMBR(ギガンティック・アンチマテリアル・ビームライフル)×1

・特殊:????

 大鳥居高校ガンプラバトル部三年生、GBOジャパンランキング77位、通称〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟アカサカ・ナノカ製作のガンプラ。『ジム・スナイパーⅡ』と『ジム・ストライカー』のミキシングビルド。

 「狩人」の名の通り、敵機の探索から撃破までを単独で行えるよう設計されている。優秀なセンサー群と専用の大型対物ビームライフル「G‐AMBR」による遠距離からの一撃必殺を得意とするが、敵機の接近を許してしまったり、包囲を突破したりするときのために、ビームサーベルやビームピストル、小型グレネード等を装備し、全距離領域での戦闘行動が可能となっている。

 特殊機能????については、現状では非公開。

 

 

 

【ドムゲルグ・ファットゴート】

・武装:ジャイアント・バズ×1

    シュツルムファウスト×4 

    六連装ミサイルランチャー×2 

    三連装ミサイルポッド×2 

    ヒート剣×1

    スパイクシールド×1

 

  GBOジャパンランキング95位、通称〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ビス丸製作のガンプラ。『ゲルググ・マリーネ』と『ドム・トローペン』のミキシングビルド。

 ゲルググ・マリーネをベースにドム・トローペンの手足を合わせることで、ホバー走行による高機動と重装甲化を両立している。両肩に装備したシールドブースターユニットにより、特に高い旋回性能を発揮する。

 高火力の実弾兵器を多く装備し、フィールドのすべてを爆破しながら進撃する姿から「自走する爆心地」との異名をとる。爆撃の派手さに隠れてあまり注目されていないが、実はヒート剣を用いた格闘戦にも秀でている。

 

 

 

【ガンダムエクシア・ブラッドレイヴン改セカンドリバース~黒金ノ劔(ノワール・エクスカリバー)~】

・武装:黒剣デススティンガー×1

    闇剣ヘルイレイザー×1

    幻想小太刀・艶隠×4

    限定流星・綺羅星×2

・特殊:無限魔道機関(GNドライブ)

    禁断の粒子覚醒(トランザム)

 

 GBOジャパンランキング103位、通称〝痛覚遮断(ペインキラー)〟龍道院煌真製作のガンプラ。ベースは『ガンダムエクシア』。

 漆黒の装甲。大剣二刀流。ピンチになると覚醒(トランザム)する。

 「漆黒の堕天使」「運命を破壊せし者」「中二病の極み」「あイタタタタ……(笑)」「俺も中学生のころあんなの考えたわwww」など数々の名で呼ばれ、いろんな意味で恐れられている。しかしその実、近接格闘戦における性能は非常に高く、二振りのGNブレイドを自在に使いこなす煌真のファイターとしての能力の高さをうかがわせる。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

Episode.03『レベルアップ・ミッションⅠ』

 

【ガンダムF108】

 

【挿絵表示】

 

・武装:SBBR(ショートバレルビームライフル)×2

    ビームサーベル×2

    腕部ビームブレード×2

    頭部60ミリバルカン×2

    胸部メガ・マシンキャノン×2

    ビームシールド×2

    ビームシールド予備ユニット×1

・特殊:粒子加速式突撃衝角(ビーム・ランス)

    ????

 

 大鳥居高校ガンプラバトル部一年生、アカツキ・エイト製作のガンプラ。ベースは『ガンダムF91』。

 F91の最大の特徴であるヴェスバーをあえて外し、大型のバーニアスラスターユニットを搭載することで、加速力と運動性能に特化した突撃戦闘仕様の機体に仕上げている。排熱の問題をクリアするためという設定で、装甲の各所に排熱フィンやダクトの増設が施されている。両腕にビームシールドとビームブレードを仕込み、ライフルも二丁持ちにするなど、左右対称を好むエイトのこだわりが随所に表れている。赤と白のツートーンを基本に、髄所に金色に近い黄色で塗装し、ヒロイックな印象に仕上がっている。

 両腕のビームブレードを同時に展開し、両拳を握り合わせる状態にすることで、ビーム刃を形成するプラフスキー粒子が干渉・共鳴、増幅され、巨大なビームランスを形作ることができる。このビームランスを用いての突撃が、F108最大の攻撃力を持つ。

 特殊機能????については、現状では非公開。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

Episode.05『ノスフェラトゥ・ゲーム』

 

【ノーベルガンダム・ドゥルガー】

・武装:ヒートクナイ×2

    ビームダガー×2

    ニードルガン×2

    ガンダムハンマー×1

    クリア・ビームリボン×4

    頭部バルカン×2

    隠しパイルストライカー×6

・特殊:ゴッドフィンガー

    バーサーカーシステム

 

 大鳥居高校ガンプラバトル部副部長、カンザキ・サチ製作のガンプラ。ベースは『ノーベルガンダム』と、『ノーベルガンダム・バーサーカーモード』。

 原作アニメでノーベルガンダムに内蔵された、『バーサーカーシステム』の発動を前提に製作された機体。極端なまでの近接格闘戦特化、それも超高速での連続攻撃に特化した改造が施されており、全身に放熱用のダクト等が増設されている。バーサーカーモード発動時には、吹き上げるプラスフスキー粒子の効果により、ビーム系の攻撃をほぼ無効化することができる。いくら攻撃してもノーダメージで突っ込んでくる姿から、〝不死の悪戯(ノスフェラトゥ・ゲーム)〟との異名をとる。

 両足の踵と膝、さらに両腕の肘に隠し武器として小型パイルバンカーを仕込んでいる他、放熱板を兼ねる髪の毛部分の裏側に、ヒートクナイやニードルガン、ガンダムハンマーなど、様々な暗器を仕込んでいる。髪の裏に仕込まれた暗器のひとつ「無色透明(クリアパーツ)のビームリボン」によって、見えない斬撃を繰り出すことができる。この攻撃は威力こそ低いものの相手のふいをつける上に、鞭のように相手をからめとる使い方もできる。

 



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Episode.06 『レギオンズ・ネストⅠ』

「そこまでですわ!」

 

 ズオ――オオオオォォォォォォォォォォォォォンッ!

 降り注ぐ圧倒的な光芒が、エイトの視界を真っ白に染め上げた。咄嗟にブレーキをかけて直撃は避けたが、両腕のビームランスがシールド代わりになっていなければ、撃墜か、その寸前のレベルでの大破は免れなかっただろう。

 

「カンザキさん――あなた、やりすぎていましてよ」

 

 じわじわと視界が戻ると、目の前には直径が百メートルにはなろうかという巨大なクレーターが抉られており――そしてその上空には、トールギスⅢをベースにしたらしい中世の騎士然としたガンプラが、F108とドゥルガーとを、見下ろしていた。

 

「あなたのその行動、他の誰が見逃しても――このわたくしと、レディ・トールギスが見逃しませんわ。生徒会風紀委員長の名にかけて」

 

 大鳥居高校三年一組、風紀委員長、ヤマダ・アンジェリカ。容姿端麗、成績優秀、武芸百般、文武両道、才色兼備。学校中に知らぬ者はいない、超高校級の帰国子女だ。

 特定の部活動には所属していないとタカヤが言っていたが、なぜここに、こんなタイミングで。エイトの疑問を代弁するかのように、サチが口を開いた。

 

「何のつもりだよー、ヤマダちゃんさー」

「親しみを込めて、アンジェとお呼びくださいな。カンザキさん」

 

 おそらくはあのビームを受け止めたのであろう、ゴッドフィンガーからぶすぶすと黒煙をあげるドゥルガーが、じろりと上空のレディ・トールギスを見上げた。サチの感情を表しているのか、ドゥルガーの髪の毛は今にも爆発しそうに燃えている。

 

「じゃあそれでいいからよー、アンジェちゃん。何の用なのさー」

「武力介入ですわ、カンザキさん。このバトルを止める理由が、わたくしにはありましてよ」

「あっひゃっひゃ……あたしのバトルに介入するなんてー、いい度胸だねー。ソレスタルなんたら気取りかよ風紀委員ごときがさーっ!」

 

 ウォォォンッ! あくまでも悠然と、余裕の様子で見下ろしてくるレディ・トールギスに、ドゥルガーが吼えた。同時、例の風切音――不可視の攻撃が撃ち放たれる、が、しかし、

 

「そこまでだ、サチ」

 

 金色のゴッドフィンガーが、それを掴んだ。

 

「ダイ……ちゃん……」

「そこまでにしておけ、サチ」

 

 見えない攻撃――無色透明のビームリボンを掴んだのは、ゴッドガンダムをベースにした、一体のガンプラだった。言い聞かせるようなダイの落ち着いた声色に、ドゥルガーの逆立った髪の毛がすっとおさまり、バーサーカーモードが解除されていく。

 それと同時にバトルが強制終了され、行き場を失ったプラフスキー粒子がはらはらと、光の粒となって散っていく。コクピット表示が消えてみれば、エイトのすぐ横にはアンジェリカが、サチのすぐ横にはダイが立っているという状態だった。

 サチはすっかり意気消沈した様子でうつむき、上目づかいにダイを見上げる。

 

「ダイちゃん……なんで、止めるのさー……?」

「すまなかった、サチ。お前の気持ちに気づかず」

「えっ……えっ、えぇっ?」

 

 予想外のダイの言葉に、ぱっと、サチの頬に赤みがさす。

 

「俺の隣に立つのは自分だと言っていたな。嬉しいぞ、サチ」

「あ、あれっ、そんなに大きな声で言ったっけ? あ、あひゃ、ひゃっひゃ……うぅぅ……」

「俺も、お前に隣にいてほしい」

「――――っ!?」

 

 サチの顔が耳まで真っ赤に茹で上がり、声にならない叫びがのど元まで出かかった。さっきまでの狂戦士っぷりが嘘のように、しおらしく指先をもじもじとさせている。

 

「そ、それってさー……つまりー、今までのー、幼なじみとかじゃなくてー、そのぅー……」

「サチ。聞いてくれ……」

 

 ダイの大きな掌が、サチの小さな肩をがっしりと掴む。サチは一瞬びくっと震えるが、期待のこもったうるんだ瞳で、ゆっくりとダイを見上げる。

そして、ダイの口から出た言葉は――

 

「地区予選、三人目はなしでエントリーするぞ」

「……………………へ?」

「うむ。考えたのだが、俺とサチだけで十分戦えるだろう。むしろ、今から新しくメンバーを加えても、十分に連携訓練ができるとも思えん。実はさっき、他の三年生からの了解は取りつけたところでな。ほかの三年生は、三年生だけでもう一つチームを組んでエントリーすると」

「……い、言いたいことってー……そ、それー……?」

「うむ、そうだ。俺とサチは最高の幼なじみ、連携に抜かりはない。二年前とはガンプラの出来も段違いだ。高校最後の大会、きっと勝てる。いや、勝つぞサチ! 力をかしてく」

「ダイちゃんのっ、バカああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 ばっちーん。サチは強烈な平手打ちを一つ、まるでマンガのように涙を流しながら部室から飛び出していった。頬に真っ赤な手形をつけたダイは、何が何だかまるでわかっていない様子で、慌ててサチを追いかけていった。

 

「おい、どうしたサチ! 大会に出たかったのではないのか!」

 

 そして後に残されるのはあっけにとられた表情のエイトとタカヤと、こめかみにぴくぴくと血管を浮かせ、苛立ちまくっているアンジェリカの三人だった。

 

「……わたくし、下校時間を過ぎていると、言いに来ただけなのですけれど」

「あ、はい……そういえば、他の人たち、いませんね」

「センパイ、風紀委員のお仕事、お疲れ様ッス!」

「いったい何なんですの、この茶番は……」

 

 アンジェリカは、はぁっと深いため息を一つ。ぐったりと肩を落としたのも一瞬、メガネの位置をちゃきっと直し、背筋を伸ばして風紀委員長としての威厳を一瞬で取り戻した。

 

「部室棟を施錠しますわ。先生方の巡回時間までに、校舎から出てくださるかしら」

「了解ッス!」

「はい」

 

 調子よく敬礼などするタカヤを尻目に、エイトはF108の外れたパーツを拾い集めた。バトルシステムの上あちこちに散らばっているパーツの数々が、ノーベルガンダム・ドゥルガーの攻撃の激しさを物語っている。ダメージレベルBでなければ、F108はちょっとやそっとの修理では効かない状態にされていただろう。

 

「あら、そのガンプラは……」

 

 エイトのF108を見て、アンジェリカが小さく声をあげた。

 

「赤いF91……そう、あなたが……」

「……先輩。僕のガンプラが、何か」

「うふふ。いいえ、なんでもありませんわ。アカツキさん――さあ、鍵を閉めますわよ」

 

聞き返すエイトに、アンジェリカは意味深な笑みを投げかけるだけだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「――ということが、あったんです」

「ほう、そうだったのか。大変だったね、エイト君」

 

 今日のGBOでの待ち合わせ場所は、プトレマイオスのブリーフィングルームだった。原作アニメではスメラギ・李・ノリエガが戦術予報をしていた大型ディスプレイの前で、連邦系ノーマルスーツ姿のエイトと、赤いドレスのナノカのアバターが会話をしていた。

 

「しかし、あの副部長――〝不死の悪戯(ノスフェラトゥ・ゲーム)〟カンザキ・サチ相手にそれだけ粘れたとはね。私は今の話で、それが一番うれしいよ」

「あ、ありがとう、ございます……」

 

 笑顔を表示するアバターの向こうにナノカの微笑みを想像して、エイトの声が少し上ずる。

 

「けッ。いいねェ、フツーの高校生ってやつはよォ。ヒマしてやがらァ」

 

 そしてなぜか、エイトとナノカの間に割り込むように、床に胡坐をかいて座り込んでいる黒いジオン系ノーマルスーツのアバター。

 

「その部長と副部長って野郎はよォ、どこのラブコメの主人公だってェ話だろ」

 

 口調にも表情にも、不機嫌さを全く隠そうとしないビス丸であった。長身でスタイルのいい美人のアバターのはずだが、胡坐をかいて頬杖をつく姿がとてもよく似合ってしまう。

 

「はは……確かに、ですね。しかしまあ、部長は良くも悪くもガンプラバカですから」

「はっはっは。エイト君、言うね。まさかキミが部長をバカ扱いとは」

「えっ、いや、その」

 

 ナノカは鷹揚に笑いながら、エイトの頭をぽんぽんと叩いた。リアルでもそうだが、このアバターでも、ナノカのほうが数センチばかり背が高い――と、

 

「んだァッ! と・に・か・く!」

 

 エイトをぽんぽんするナノカの手を振り払うように、ビス丸が勢いよく立ち上がり、ギザギザの犬歯をむき出しにして叫んだ。

 

「おい赤姫ェ! そろそろ、オレサマたちをわざわざ呼びつけた理由を聞かせろやァ! そ、それからクソエイト!」

「は、はい。何ですか?」

「で、デレデレしてんじゃねェぞ! 赤姫に!」

 

 びしっとエイトを指さして威圧してくるわりには、なぜか視線を合わせてくれない。エイトはビス丸に嫌われたのかと少し残念に思い、素直に「すみません」と頭を下げた。

 

「わ、わかりゃァいいんだよ。べ、別に、頭ぽんぽんするぐらいだったら、その……お、オレサマだって、なァ……」

「おやおや、どうしたんだいビス子。そんなにエイト君から視線をそらしてもじもじとキミらしくない。どこのラブコメの主人公だい? はっはっは」

「だっ、黙れ赤姫ェェェェ! いいからてめェはさっさと要件を説明しろやァァァァッ!」

「メールを送っているよ。ほら、エイト君はもう読んでいるだろう」

「んなっ!?」

 

 見れば、エイトはすでに空中に浮かんだ半透明のウィンドウに目を落とし、ナノカからのメールを読んでいた。集中している様子だ。となると、さっきの自分のセリフは聞かれていないのか――ビス丸は怒ったような残念なような複雑な表情を浮かべていたが、あきらめたようにフンと鼻を鳴らして、ウィンドウを開いた。

 

「――さて、見てくれたね。それが今度の目標だよ」

「GBO運営本部主催定期大会〝レギオンズ・ネスト〟……ですか」

「エイトのレベルアップを急いだのは、コイツのためかァ」

 

 ――レギオンズ・ネスト。GBOに数ある交戦規定の中でも、オンライン対戦の特長を最大限に生かしたバトルの一つだ。三機一組のチームが一つのフィールドに十重に二十重に入り乱れ、最後の一チームになるまで戦い続ける。しかも今大会では、そのフィールドが八つ同時に展開されるということで、かなり大規模なバトルロイヤル形式ということになる。メールに添付されているエントリーシートを見ると、参加資格は、レベル4以上。初心者(ルーキー)はお断りの大会だというのも頷ける内容だ。

 

「二週に一度の定期大会――エイト君もそろそろ、実績を作ってもいい頃合だよ」

「……はい!」

 

 エイトの返事に、思わず力がこもる。

 先のサチとの戦いで、アンジェリカによる武力介入がなければ負けていたのは自分だったとわかっている。だからこそ、強くなりたい。強くなれば、もっとGBOを楽しめる――ナノカといっしょに。それがエイトのモチベーションだった。そこに、ナノカの真の目的がどうとかいうような打算はなく、エイトの気持ちは実に純粋で、単純だった。

 

「ご一緒させてもらいます、ナノカ先輩」

「ふふ。期待しているよ、エイト君。あと、私のことはナノさんと呼ぶんだよ」

「は、はい、ナノさん。……あとビス子さんも、お願いしますね」

「ケッ。ついでかよオレサマは。まァいいさ、エントリーしてやらァ」

 

 悪態をつきながらも、どこか嬉しそうにビス丸が言い、そして右手をばっと差し出した。

 

「チーム戦だろ。円陣、イッとこうぜ?」

 

 にやりと笑い、視線で「手を重ねろ」と言ってくる。

 

「やれやれ、大会は明日だよ。……でもまあ、こういうのも悪くないね」

 

 ナノカは呆れたような顔をしながらも、やはり何か嬉しそうな顔をして、ビス丸の手に自分の手を重ねた。

 

「失礼、します」

 

 アバターとはいえ、女性の手に触れることになる。ナノさんの手に……中学は帰宅部だったエイトはあまり円陣などには慣れておらず、少し気後れしながら手を差し出した。

 

「んだァ、エイト。ビビってんのかァ? オレサマたちはチームだぜ!」

GBO(ここ)では、私たちは先輩後輩ではないよ、エイト君。ただの。単なる。仲間だ」

「……はい! お願いしますっ!」

 

 吹っ切るように叫び、重ね合ったナノカとビス丸の手を、がっしりと上から握る。三人はお互いそれぞれに、アイコンタクト。軽く頷き合って、重ねた掌に視線を集中した。不思議と気分が高揚する。エイトは自分の胸が高鳴るのを感じていた。

 

「さァて。いくぜェ、レギオンズ・ネスト! 全弾ブチ撒けてェ、有象無象をブッ飛ばすぜェ!」

「後ろは私に任せて、キミたちは存分に突撃してくれ。それぞれの得意分野を生かそう。やってくれるね、エイト君。あとビス子も」

「はい。僕のガンダムで斬り抜けてみせます。がんばりましょう、ナノさん。あとビス子さんも」

「てめェらわざとやってんのか! ビス子じゃねェ! ったく……」

 

 ビス丸は空いている手でばりばりと頭をかき、満足げにほほ笑んだ。

 

「んじゃァ、イくぜ! 明日のレギオンズ・ネスト、勝利のために!」

「……勝利のために」

「勝利の、ためにっ!」

 

 三人の重ねた掌を、ぐいっと押し下げる。そして――

 

「出し切るぜェ! チーム……」

 

 ――そして、停止。三人が三人とも、凍ったように停止した。

 

「チーム……あー……えっと……なァ?」

 

 気まずい視線、ビス丸からエイトへ。

 

「えっ。あ……あ、あはは……な、ナノさん?」

 

 気まずい視線、エイトからナノカへ。

 

「…………うん。決めようか。チーム名」

 

 空調完備のはずのプトレマイオスのラウンジに、肌寒い風がひょうと吹いた、気がした。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 エイトたちがチーム名を決める会議を始めたのよりも、少し遅い時間。GBOジャパンサーバ内、ラウンジナンバー十五番、バーカウンター。シャア・アズナブルがガルマ・ザビの死を揶揄し、「坊やだからさ」の名台詞を残したあのバーカウンターである。

 

「しっかし、あんなんでよかったんスか、センパイ」

 

 仮想空間内なのだから気にすることもないのに、律儀に未成年用のオレンジジュースを飲む、若い男性のアバター。ガンダムマイスターの服装をしたその頭上に浮かぶネームプレートには、「モナカ」の文字――サナカ・タカヤのアバターである。

 

「あのまま副部長サンをやっつけちまえば、いい記事になったんスけどね」

「別にわたくし、選手権に出るつもりはありませんもの」

 

 隣の席で、これもまたオレンジジュースを飲むアバターが、タカヤに答えた。その衣装は、真っ白なドレス。∀ガンダム劇中でロラン・セアックが女装するために使ったものの、色違いのようだ。ネームプレートには「アンジェ」とある。アンジェリカのアバターだ。

 

「あの場には、本当に風紀委員の仕事で行っただけ……でしたわ」

「……でした、ッスか?」

「ええ。でした、ですわ」

 

 アンジェリカはオレンジジュースのグラスを傾け、意味深にほほ笑む。空になったグラスに、アンジェリカが何を言うでもないのに、再びオレンジジュースが注がれた。バーカウンターの中にいた、まるで執事のような黒服に身を固めたアバターである。褐色の肌に、白銀色の頭髪。年齢は成人に見えるが、このアバターこそ、まるでロラン・セアックのような外見だった。

 

「気が利きますわね。ありがとう、ラミア」

「いえ。恐悦至極にございます、お嬢様」

 

 そう言って折り目正しく頭を下げる褐色肌のアバター、ラミア。顔つきは中性的だが、声は凛とした、女性らしい声だった。

 

「我ら〝多すぎる円卓(サーティーン・サーペント)〟は、お嬢様のお世話をすることこそが最大の幸福にございます」

「今度のレギオンズ・ネストも、期待しているわ」

「はっ。必ずや、ご期待に沿いましょう」

「うふふ、頼むわよ。――話の途中だったわね、〝傭兵(ストレイ・バレット)〟モナカさん?」

 

 アンジェリカはラミアにほほ笑みかけ、タカヤへと向き直る。〝傭兵(ストレイ・バレット)〟と呼ばれたタカヤは、顔の前でひらひらと手を振り、苦笑いを浮かべる。

 

「そんなたいそうなモンじゃあないッスよ。〝白姫(ホワイト・アウト)〟アンジェさん。だーれもチームタグつけてくれないまま、あっちゃこっちゃで寄生プレイしてただけッスから……っつーか、リアルで知り合いなんだし、くすぐったいッスよ」

「おい」

 

 どんっ。タカヤの目の前に、オレンジジュースのビンが乱暴に置かれた。剣呑な表情をあらわにしたラミアが、タカヤをじろりと睨み付ける。

 

「わきまえろ、野良犬が」

「なんスか、飼い犬さん?」

「リアルで知り合いだか知らんが、お嬢様に馴れ馴れしくするな。本来、次の定期大会も、我々さえいればお嬢様をお守りするには足りるのだぞ。報酬で動く野良犬ごときが……分をわきまえろ!」

「おー、怖いッスね、お姉さん。センパイ、保健所で猛犬注意の札もらってきたらどうッスか。この番犬、見境なく吠えすぎッスよ」

「きさま……っ!」

「いいかげんになさい」

 

 飄々とした態度のタカヤにラミアが掴みかかりそうになったその時、アンジェリカの叱責が鋭く飛んだ。ラミアは一瞬で直立不動の姿勢に戻り、アンジェリカに頭を下げる。

 

「ラミア、客人に無礼を働いてはいけませんわ」

「はっ……し、しかし……」

「ラミア?」

「は、はっ、申し訳ありません、お嬢様」

 

 アンジェリカの咎めるような視線に、ラミアはまるで叱られた子供のようにしょげかえる。アンジェリカは手振りでグラスを片付けるように指示し、ラミアはすごすごとそれに従ってカウンターの奥へと消えていった。その去り際に、タカヤに向けて負の感情を乗せに乗せた視線を投げつけて。

 ニュータイプならざるタカヤは、それに気づかないのか無視しているのか、グラスに残ったオレンジジュースをストローでちゅーっと吸い上げて、空にした。

 

「……んで、センパイ。続きってなんスか」

「面白そうなものを、見つけましたの。あなたのお友達……アカツキ・エイトさんと言いましたわね」

「ええ、ああ……エイトが、どうかしたんスか?」

「お友達の使っていたガンプラ――赤いF91。最近話題の、スーパールーキーですわ」

 

 言いながらアンジェリカは空中ウィンドウにGBO内のニュースアプリを起動させ、タカヤへとよこした。カウンターの上を滑ってきたウィンドウを拾い上げ、タカヤは記事に目を通す。

 

「へえ、レベル4到達最短記録更新。あの〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟の記録を更新ッスか。しばらく新聞部が忙しくてログインしてなかったけど、こんなことが――ってエイトのバカ野郎、本名でネットゲームするやつがあるかよ……」

 

 タカヤは呆れながらも、口元のニヤリとした笑みを隠しきれない。三年生のアカサカ・ナノカがGBOエースプレイヤー〝赤姫〟というのは知っていたが、まさかあいつまで――

 

「先ほど、レギオンズ・ネストの組分けが発表されましたわ」

「運営、仕事早いッスね。プレイヤー獲得にやっきになってるって噂はマジらしいや」

「同じフィールドですわよ。彼らと、わたくしたちと」

「……へえ、そうッスか」

 

 ウィンドウを操作し、タカヤはGBO運営公式ページを開いた。レギオンズ・ネストの対戦組分けが発表されている――その中に、あった。

 第二十九回定期大会〝レギオンズ・ネスト〟、グループG。自分たちと同じグループに、その名前がある。

 レベル7プレイヤー中最強、レベル8に最も近いと名高い狙撃猟兵(イェーガー)赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟ナノ。

 フィールド上の全てを吹き飛ばしながら進撃する壊し屋〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ビス丸。

 GBO初ログインからわずか二週間でレベル4に達した期待の新星(スーパールーキー)エイト。

 公式掲示板のほうを覗いてみれば、やはり話題はレギオンズ・ネストのことに集中していた。特に、エイトたちのチームについては、注目度が高いようだ。今までチームタグをつけたことがないと噂だった孤高のスナイパー・ナノの、初めてのチーム戦出場。しかもその相手が、フレンドリーファイアなど日常茶飯事の爆弾魔ビス丸だ。さらには、素性不明のルーキーまでチームメイトと来ている。話題にならないほうがおかしいぐらいだ。

 

「うふふ……悔しいですわね。わたくしたち――チーム・スノウホワイトだって、優勝候補ですのに」

「いいじゃあないッスか、センパイ。ちょうどライバルって感じッスよ。ほら、見てくださいよ、エイトたちのとこのチーム名――」

 

 第二十九回GBO定期大会、レギオンズ・ネスト。

 参加チーム総数、101チーム。出場ガンプラ数、約300機。

 試合開始まで、あと、12時間。

 




第七話予告


《次回予告》
「新聞部一年エースにしてガンプラバトル部イチの事情通! サナカ・タカヤプレゼンツ! 大鳥居高校美少女名鑑!」
「うむ。聞こう」
「まずは〝無口姫(ヤマトナデシコ)〟ことアカサカ・ナノカ先輩! 物静かな佇まい、艶やかな黒髪。そして巨乳。図書委員っつーのもたまんないッス! よっ、文学少女! 靴下は紺のハイソックス!」
「うむ。そうか」
「続いて〝帰国子女(フロイライン)〟ことヤマダ・アンジェリカ先輩! 巨乳、金髪、碧眼のメガネっ娘! さすがはハーフ! さらには風紀委員長。くーっ、指導されてぇ! 靴下は白のオーバーニー!」
「うむ。確かに、美しい女子たちが多いな」
「そーッスよね! ところでギンジョウ部長は、どなたが好みッスか?」

ガンダムビルドファイターズDR・第七話『レギオンズ・ネストⅡ』

「決まっている。サチだ」
「えっ。ろ、ロリッスか……?」



◆◆◆◇◆◆◆



次回、レギオンズ・ネスト開催です。
ビス子の明日はどっちだ!?
感想等いただければ幸いです。よろしくお願いします。


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Episode.07 『レギオンズ・ネストⅡ』

今回の投稿から、作品タイトルを変更しました。
その理由は、このep.07を読んでいただければ、と思います。
今後とも『ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド』をよろしくお願いします!




【第二十九回GBO定期大会 〝レギオンズ・ネスト〟 交戦規定】

○チーム規定、勝敗条件について

・三機一組のチーム戦。HGサイズのMSのみ参加可能。MAでの参加は認めない。

・複数のチームが一つのフィールドに入り乱れるバトルロイヤル形式。

・チーム間での同盟、共闘などは一切禁じない。ただし、作戦中にチームそのものの解散・再結成などはできない。

・耐久力や損傷・欠損・撃破判定などは、通常のGBO交戦規定に則る。

・フィールド上に最後まで生き残っていたチームの優勝となる。

・全滅、もしくは生き残っている全メンバーが降伏を選択した場合、ゲームオーバーとなる。

 

○作戦時間、フィールドについて

・フィールドは完全にランダム。

・水陸両用・地上専用等の特殊機体には一切配慮しない。エントリー時点で注意すること。

・作戦時間は一時間。作戦時間終了一〇分前から、次第にフィールドが縮小されていく。

・作戦時間終了時点で複数のチームが生き残っていれば、チーム代表一機による〝ワンショット・キル〟で勝敗を決する。

 

○HLVについて

・各チームは、HLVで地上フィールドに降下、もしくは宙域フィールドに突入。

・降下・突入地点はランダム。ただし、チーム間は一定の距離(非公開)が開けられている。

・作戦開始後HLVは拠点となり、応急修理とプラフスキー粒子、武器弾薬の補給が可能。使用制限はなし。

・HLVは破壊可能オブジェクトとして扱う。

 

○賞品等について

・各グループ優勝チームには、次の賞品が与えられる。

1、上位大会への出場権(詳細は後日発表)

2、GBOゲーム内マネー三〇〇万

3、レベルアップミッション5への挑戦権(レベル4以下のプレイヤー限定)

 

 

 ――そのような説明が、目の前に浮かんだ空中ディスプレイの上を流れていった。附則として、大会の様子は各種動画サイト等でリアルタイム配信されることやネット投票でいくつかの特別賞が決定されることなどが書かれていたが、そのあたりはエントリーした時に同意のボタンをクリックしている。

 エイトはざっと目を通しただけで説明画面を閉じた。すると、画面は細かく振動する荒れた通信画面へと切り替わった。左右で二つに割れた画面に映し出されたのは、

 

「……ルール確認は済んだかい、エイト君」

「はい。万全です」

「ケッ。要は、敵は全部ブチ撒けてやれってェ話だろうがァ」

「はは……乱暴ですよ、ビス子さん」

 

 パイロットスーツ姿の、ナノカとビス子。二人ともヘルメットのシールドを下していて表情は読みにくいが、声色はやや興奮しているように聞こえる。

 いよいよ、始まるのだ。レギオンズ・ネストが。

 今、エイトたちはフィールドに降下するHLVの中に、MSごとすし詰めにされているという設定だ。轟々と唸る摩擦音と振動から、このHLVは大気圏への突入をしていることがわかる。となると、フィールドは地上か――全天周モニターに映るナノカのジム・イェーガーR7(レッドセヴン)とビス子のドムゲルグを見比べながら、エイトは思った。

 

「それにしても、ビス子。よく間に合ったね、ガンプラの改造が。ちょっと見直してしまったよ」

「昨日の今日で、機体の印象が大分変わりましたね、ビス子さん」

「ヘッ、まァな。改造版ドムゲルグ、名付けて〝ドレッド(・・・)ノート〟――っても、細かいブラッシュアップと、塗装だけだがよ。あとビス子じゃねェ」

 

 ナノカの言う通り、ビス子のドムゲルグは昨日見た時点からいくらかの改造が施されていた。武装などに変更点はいくつかあるが、最も目を引くのはその機体色――ザクやゲルググのボディを思わせる濃いグリーンだった部分が、深みのあるレッドへと塗り直されていたのだ。

 

「まァ、チームだしよォ。赤姫とエイトが赤いMSで、オレサマだけジオングリーンってェのもなァ。それによ……」

 

 荒れた通信画面の向こうで、ビス子の口元が、にやりと吊り上げられた。

 

「オレサマたちのチーム名にゃァ、どう考えても〝赤〟が似合う。そうだろォ?」

「……はい、ビス子さん」

「ふ……そうだね。たまには良いことを言うじゃないか、ビス子も」

「だーかーらァ、ビス子じゃねェって、てめェら何度も……!」

 

 ビィーッ! ビィーッ! 遮るように鳴り響いたアラートが、そして急激に少なくなったHLVの振動が、エイトたちの意識を一気に実戦へと引き戻した。通信画面に割り込むように、作戦開始直前まで秘密にされていたフィールドの情報がなだれ込んでくる。

 

「……広い! 森、川……じゃない、水路。対空砲が多数、基地施設……!」

「……一年戦争時の連邦軍本部、ジャブロー。降下作戦には中々に粋な場所じゃあないか」

「一応言っとくかァ? 『お、降りられるのかよ!?』ってなァ!」

 

 原作ではHLVではなくガウ攻撃空母からの降下だったが――HLVの外部カメラの映像がウィンドウに表示され、対空火器でハリネズミのように武装されたジャブローの密林が広がった。ほぼ同じ高度には、複数のHLVが降下していっているのが見て取れる。エイトは素早く視線を走らせ、HLVの数を確認する。

 

「……敵は、十一チームか」

 

 エイトの視線が触れるたび、HLVにチーム名のタグが表示された。タグの横にある明るいピンク色のマークは、戦力サイン。そのチームの健在なMSの数だ。今は当然、どのチームも三つの戦力サインが点灯している。エイトは十一のチーム名をざっと確認した。

 

 チーム・ペイルライダーズ

 チーム・サーティーンサーペントF

 チーム・CEMSV

 チーム・ドッグテイマーズ

 チーム・GPIFビルダーズ

 チーム・全日本ガトリングラヴァーズ

 チーム・対艦巨砲ヤマト

 チーム・GNバッテリーズ

 チーム・サーティーンサーペントB

 チーム・武士道

 チーム・スノウホワイト

 

 遠くに降下するHLVもあれば、比較的近距離に降下するコースをとっているものもある。実際に交戦するのはこの中のいくつかのチームになるのだろうが――その時、エイトの体にさっきまでとは違う方向に加速度がかかった。HLVが最終段階の減速を始めたのだ。ギシギシとHLVの各部が軋みをあげ、一度は静まった振動が再び激しくなる。ジャブローの対空火器の射程圏内に入ったのか、HLVの装甲板の向こう側で爆音が響き始めた。まさか実戦ではあるまいし、作戦開始前に撃墜などはないだろうが、その迫力と緊迫感はかなりのものだ。

 

「ナノさん。ビス子さん。HLVが、着陸態勢に入ります!」

 

 エイトの声に、小さな画面の向こうでナノカとビス子が頷いた。

 

「うん、そうだね。降下後、作戦は打ち合わせ通りに。各機の健闘を期待させてもらうよ」

「はっはァ、やってやろうじゃあねェか。後ろは頼むぜ赤姫。いっしょに突っ込むぜエイト!」

「はい!」

 

 ほぼ同時、炸裂ボルトがはじけ飛び、HLV外部装甲板が排除(パージ)された。小さな画面越しだったジャブローの熱帯雨林が、次々と上がる対空砲火の花火が、全天周モニターに大きく映し出される。MSの拘束具が解かれ、背中から空に飛び込むように、三機のMSがHLVから離脱する。

 

「ドムゲルグ・ドレッドノート! ビス丸! ブチ撒けるぜェ!」

「ジム・イェーガーR7。ナノ。始めようか」

「ガンダムF108、アカツキ・エイト――」

 

 ぐっと息を溜め、通信画面のナノカとビス子に、アイコンタクトを送る。

 昨日の話し合いで、チーム名が決まった。その時同時に、チームリーダーを決めようという話になった。エイトは当然のように、「ビス子さんが手を挙げてくるか、そうでなければ順当にナノさんか……」と考えていたが、予想外に。その二人の一致した意見で、チームのリーダーはエイトに決まった。

 GBOのレベルも低い。ランキングも低い。ガンプラ制作の腕なら負けないつもりだが、ガンプラバトルでは二人には敵わないだろう。

 二人がどういうつもりで自分をリーダーにしたのか、エイトにはまだわかっていない。

 しかし、それでも。エイトはリーダーに指名された以上、その責務をしっかりと果たそうと心に決めていた。すなわち、今は――出撃に際し、チーム名を声高らかに叫ぶことを。

 黙って頷き返してくれた二人に背中を押されるように、エイトは叫んだ。

 

「――チーム・ドライヴレッド! 戦場を翔け抜ける!」

 

 HLVから飛び立った三機の赤いMS(レッド)が、ジャブローの空を翔け抜け(ドライヴ)ていった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 レギオンズ・ネスト開始から三分。

チーム・ドライヴレッドの識別コードを発信するHLVを発見したのは、チーム・全日本ガトリングラヴァーズだった。

 

「隊長。HLVを発見した。MSは見えない」

 

 半径百メートルほどのクレーター上に密林が抉られた真ん中に、HLVが無警戒に鎮座している。見える範囲に、そして熱源・音源などのセンサーの反応を見る限り、付近に敵機はいない。

 

「ドライヴレッド……赤姫と爆弾魔と、例のルーキーのチームか」

 

 HLV発見の報告を受けた隊長は、試合前にGBO掲示板で見た情報を思い返した。レベル7最強とも言われる赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)と、モビルアーマーなみの火力を持つ自走する爆心地(ブラストウォーカー)。最短記録更新のレベル4ルーキー。

 

「隊長、聞いたことがあるわ。何回か前の定期大会。赤姫は、単独で多数を相手取ったらしいわよ。……トラップを使って」

「ふむ……トラップか」

「どうする、隊長」

「隊長の決定に従うわ」

 

 左右の通信画面から急かされ、全日本ガトリングラヴァーズの隊長は数秒だけ黙り込んだ。そして、

 

「……我々には、迷ったときに取るべきセオリーがある。つまり!」

 

 全日本ガトリングラヴァーズの三人は、全く同時にバーニアを吹かし、密林からクレーターへと飛び出した。

 

「まずは撃って!」

「それから撃って!」

「撃って、撃って……」

 

 HLVの南側から飛び出したのは、ダブルゼータ・ヘビーガトリングス。ZZガンダムをベースに両手にダブルガトリングガンを持ち、胸にはコアファイターの分離合体機能を潰してまで搭載したガトリングガン。バックパックは冗談のように巨大な筒形弾倉になっており、頭部のハイメガキャノンまでガトリング砲と化している。

 南東から出てきたのは、ガトリングガンキャノン。両手で腰だめに抱え持つのは、それだけで小型のMSぐらいありそうな八銃身重ガトリング砲。ご丁寧に、ガンキャノンの特長である両肩のキャノン砲もガトリング砲に換装され、バックパックを丸ごと換装した円形弾倉から給弾ベルトが伸びている。頭部バルカンもよく見れば、小型のガトリングガンになっている。

 南西から現れたのは、もはやモビルスーツなのかも怪しいシルエットの、ガンダムティーガー・レオパルドン。一応はガンダムレオパルドがベースなのだろうが、両腕はインナーアームガトリングどころか、三銃身ガトリング砲を三つ束ねて肩口に直接くっつけているような有様だった。脚部はガンタンクのような無限軌道が装備され、なんとその股間の位置にも、四銃身ガトリングガンの黒々とした方針が屹立しているではないか。

 

「「「撃ちまくれェェェェ!!」」」

 

 ドガララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララ!

 三機のモビルスーツから計一九門のガトリング砲という、前代未聞の馬鹿げた火力が一斉に解き放たれた。雷のような轟音が途切れることなく鳴り続け、次々と吐き出される空薬莢が滝のように降り注ぐ。発砲と弾着の煙がもうもうと立ち込め、一瞬のうちにHLVを覆い隠した。

 

「ひゃあああああっはああああああああああああ! 気持ちいいいいいいいいいいいいいい!」

「あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは! ひーっひっひ、あっはっはっはっはー!」

「撃て撃て撃て撃てえええ! 潰せ壊せ貫けえええ! ガンホー! ガァァーンホォォーー!」

 

 あまりほめられたものではないような表情で撃ちに撃ちまくり、結局誰も止めることがないまま、全日本ガトリングラヴァーズは弾倉が空になるまで撃ち尽くした。

 熱帯雨林の湿った風に噴煙が晴れれば、そこには、ハチの巣とすらいえない鉄クズと化したHLVの残骸だけがある。

 

「あー……あ、ぁあ……ヤベぇ、この手のしびれる感覚が……ゾクゾクくるぜ……」

「うふ、うふふ……カ・イ・カ・ン……♪ あ、よだれが」

「おぉう……このためにガンプラバトルやってる……」

 

 我を忘れて恍惚の表情を浮かべる三人組。それぞれのモビルスーツも当然、呆けたようにただ立ち尽くすだけで――そこに、エメラルドグリーンのビーム刃が閃いた。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「……お。エイトのやつ、ヤりやがったなァ」

 

 地上での爆発を感じ、ビス子は画面上に戦況確認ウィンドウを呼び出した。

 ゲーム開始時に最も近くにいた「全日本ガトリングラヴァーズ」のチーム名表示が、暗く光を失っている。見ていないのでわからないが、きっと三機とも、エイトが一刀両断したのだろう。

 

「しかしよく思いついたなァ、エイトのやつ。作戦の基本は打ち合わせ通りとはいえ……ジャブローの地下空洞を利用するとはよォ」

 

 地上のHLVはおとりと割り切って、それを破壊しようとやってきた敵チームを奇襲する。ぎりぎりまで地下空洞を移動して敵の至近で地上に飛び出せば、エイトのF108の素早さにはそう簡単には対応できないだろう。HLV破壊のために火力を使い切っている相手ならば、なおさらだ。

 HLVをおとりにすることまでは過去のレギオンズ・ネストの経験からナノカとビス子で立てた作戦だったが、地下大空洞を移動に使うというのは、フィールドがジャブローとわかってから、エイトが提案したことだった。

 

「ふふ……ジャブロー地下の存在は、原作を見ていれば誰だって知っている。けれど、それを即座に作戦に組み込むとはね。さすがはエイト君、私が見込んだだけのことはある」

 

 静かにほほ笑みながらもナノカの指は、タッチパネル上をせわしなく動き続けていた。見れば、ジム・イェーガーR7は湿った泥と岩の混じった地下大空洞の地面に片膝をつき、狙撃用のバイザーを下している。超長距離狙撃を可能とする優秀なセンサーで、周囲の状況を探っているのだ。

 

「でも……」

 

 センサーに感あり。

 チーム・GPIF。数は三、接近してくる。

 この、三方から包囲するような動きは――敵も、こちらに気づいている。

 

「同じようなことを考えるチームは、いたみたいだね」

 

 ナノカはR7のバイザーを跳ね上げ、Gアンバーを構えた。巨大とはいえ地下の空間、閉所で狙撃用スコープは必要ない。撃ち合いの距離なら、通常照準で十分だ。

 

「エイト君が戻るまで、三対二になる。キミは(・・・)大丈夫かい、ビス子」

「はっはァ! 誰に言ってんだよ、赤姫ェ。エイトが戻ってくる頃にゃァ、敵はゼロになってるぜェ?」

 

 好戦的な笑みを浮かべ、ビス子はドムゲルグの核熱ホバーの出力を上げた。野性的な前傾姿勢、いつでも飛び出せる構えだ。

 

「オレサマが全部片づけてやるからよォ。てめェは奥で引っ込んでな。〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟」

「ふふ……ご自慢のバズーカで天井を崩落させないでくれよ、〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟」

「はっはァ、上等だァ! ドムゲルグ、行くぜェ! 敵をブチ撒ける!」

「援護をするよ」

 

 R7がシールド裏からスモークグレネードを放り投げるのと同時、ドムゲルグはホバー走行で滑るように突撃していった。

グレネードが炸裂すると暗銀色の煙がもわっと空間に立ち込め、突っ込むドムゲルグの姿を覆い隠す。当然、ビス子自身の視界もふさがれるが、ナノカから送られてきた敵機の進路予想を信じて加速する。

 

(予想進路……3、2、1ッ!)

 

 煙幕を突き破り、遮二無二、ドムゲルグは跳び蹴りを繰り出した!

 

「ここだァッ!」

『なにぃッ!?』

 

 ガオォンッ! 確かな手ごたえを感じ、ビス子の獰猛な笑みがより一層つり上がる。お互いに視界がきかないだろうとタカをくくっていた中からの奇襲。相手の動揺が面白いようにわかる。

 獲物は、GP-02の改造機――ガンダム系のゲームなどでよく見る、GP-02の背部にMLRSを装備したタイプだ。それとは別に、手持ちでビームバズーカも持っている。高火力型、チーム内では砲撃担当か。

 

「オレサマと似たような、かもだがなァ!」

 

 ビス子は着地から間をおかず、続けてショルダータックル。重量級の機体同士が激突する、重厚な金属音が鳴り響く。さらに追い打ち、体勢を立て直す間も与えずに、腰の入った直蹴りを叩き込む。GP-02は鍾乳石を砕きながら吹っ飛び、地底湖にざっぱーんと叩き落された。

 

「撃てなきゃァ、火力は持ち腐れよォッ!」

 

 ドムゲルグは背負ったミサイルランチャーのハッチを全開、計十二発の一斉発射――ミサイルは次々と地底湖に飛び込み、水中で爆発の花を咲かせる。一瞬遅れて爆音と共に巨大な水柱が次々と上がり、砕けたプラスチックの欠片が舞い上がる。

 画面端に表示した、チーム・GPIFの戦力サインが一つ消えた。

 

『畜生、この爆弾魔め!』

『バカスカ爆破しやがって!』

「あァん。なんか誉めたかァ?」

 

 チームメイトたちが口々にわめきながら、ドムゲルグへと向かってくる。

 一機は、GP-00ブロッサム。ガンダム開発計画、幻のゼロ番機。ガンダム作品にはよくある後付設定の機体のため映像作品に出番はなく、HG規格での商品化もされていない。そんな機体を作ってきていることから、ビルダーとしての力量は高いのだろう。

 もう一機は、GP-04ガーベラ。シーマ・ガラハウの乗機として有名なガーベラ・テトラが、もし当初の計画通りガンダムとして建造されていたら、というIFの機体だ。これもHG規格でわざわざ作ってくる工作技術の高さがうかがえる。

 だが、

 

「バトルのほうは、まだまだのようだね」

 

 ドゥッ、ドウドゥッ! 太いビームの三点射。モードを切り替え、速射重視に調整したGアンバーの射撃が、チーム・GPIFに次々と襲い掛かった。ブロッサムは下へ、ガーベラは加速して上へと回避する。しかし、ガーベラが回避したその先は、尖った鍾乳石の垂れ下がる洞窟の天井――せっかくの大型バーニアの加速力も、こんな狭い場所では。

 

『か、回避運動が、できな……』

「それが、キミたちの敗因さ」

 

 ドウッ……ナノカの声は届いたのか届かなかったのか、Gアンバーの一撃が、ガーベラのコクピットを貫いた。

 

「そのチーム構成でこの場所に来た時点で、キミたちは戦術的に負けているんだよ」

「ましてやァ! 相手はこのオレサマたちだぜェ!」

『くっ、さすがに上位ランカーは違う……!』

 

 ジャブロー基地施設のビル群の間を縫うように、ブロッサムはドムゲルグから逃げ回っていた。林立する基地施設のビルが遮蔽物となってジャイアント・バズの射線はうまく通らないが、それでもかまわずビス子は撃ち続けた。

 次々と弾ける高初速榴弾の爆発が、基地施設を吹き飛ばしていく。

 

「おらおらァ、踊れ踊れェ! ついでにミサイルもくれてやろうかァ!」

『おい、爆弾魔! ちょっとは節約ってのをしたらどうなんだ!』

「はっはァ! これからくたばるてめェが心配することじゃあねェよ!」

 

 ビス子は悪役面全開で高笑いをしながらFCSを操作、左腕のスパイクシールド裏に懸架したシュツルムファウストを連続発射。吹き荒れる爆風と巻き上がる瓦礫に押し出されるようにして、ブロッサムはバックステップを踏まされた。

 そして踏み出してしまった場所は、基地区画外。当然、遮蔽物などは何もなく――

 

「良い誘導だったよ、ビス子」

『な、しまっ……』

 

 ――ドウッ。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「……エイト君が、遅すぎる」

 

 さきほど撃破したチーム・GPIFのHLVからプラフスキー粒子を補給しながら、ナノカがつぶやいた。そのすぐ隣では、ビス子のドムゲルグが、補給作業を行っている。

 レギオンズ・ネストはGBO定期大会でよく採用される交戦規定の一つで、古参のGBOプレイヤーの間では、いくつかの裏技的なテクニックが確立されている。その一つが、これ――他チームのHLVで、補給を行うというものだ。ルールを確認すればわかる通り、HLVの補給機能については、〝使用制限はなし(フリー)〟とされている。

 で、あるならば。最初から自分たちのHLVはおとりとして使い捨てるなり、爆弾を仕掛けるなりすればいいというのがGBO上級プレイヤーの常識となっている。ちなみにナノカは、第二十四回の定期大会で爆弾の方の作戦を実行している。このGPIFのHLVにも爆弾がセットされていたが、先ほどナノカが解除したところだった――それはそれとして。

 

「合流予定時刻は過ぎているはずなのだけれど……」

「オレサマたちのHLVに喰いついたチームは、サインが消えてらァ。そいつらに負けたわけじゃあねェだろうがよォ」

「うん、エイト君のサインは健在だよ。けれど……」

 

 ナノカは戦況確認ウィンドウを閉じ、通信画面を呼び出した。しかし、ミノフスキー粒子の影響が濃いためか、画面は砂の嵐を映すばかりだ。

 

「だめか。キミの機体ではどうだい、ビス子」

「狙撃用で指揮官用のてめェの機体で通らねェもんが通るかよ。最低でも地上には出ねェと、通信は繋がりそうに……お?」

 

 何の偶然か、音声だけだが通信が繋がった。爆発、ビームの射撃音――戦闘の喧騒。ナノカとビス子に、一瞬のうちに緊張が走る。

 

「エイト、どうしたァ!?」

「エイト君、状況を!」

 

 何事かを叫んでいるようだが、聞き取れない。ナノカは補給を中断し、R7を立ち上がらせる。ビス子も乱暴にバズーカの予備弾倉をひっつかんで、ドムゲルグの核熱ホバーを起動した。

 

「エイト!」

「エイト君!」

 

 二人の叫びに応えるように、ほんの一瞬だけ、音声がクリアになった。

 

『――囲まれました! 援護を、お願いし――』

 

 二機のガンプラが、弾かれたように飛び出した。

 

「赤姫ェッ! 遅れんなよォッ!」

「キミこそ頼むよ、ビス子……!」

 

 全身のバーニアというバーニアから凄まじい勢いで炎を吹き出し、ドムゲルグとR7は全力全開で加速した。地下大空洞を一瞬で駆け抜け、地上へ通じる縦穴へ――

 

(……エイト君。無事でいてくれよ……!)

 

 降りる時は一瞬だった縦穴が、やけに長く感じる。ナノカはエイトのの無事を祈りながら、コントロールスフィアをぎゅっと強く握りしめた。

 

 

 




第八話予告

《次回予告》
「お姉ちゃーん、僕のパンツどこー?」
「あァんッ!? 八才にもなってオレサマに頼るなァ! 部屋の棚の一番下ァ!」
「ねーちゃん、こんどの授業参観がねー、パパがこられないってー」
「あーもう! わかったわかったァ、姉ちゃん行くから日付冷蔵庫に貼っとけ!」
「あねきー、オレ部活で遅くなるから晩メシ別でよろしくー!」
「ッたく! てめェ、作る方の苦労も考えろォ! 皿は自分で片づけとけよ!」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第八話『レギオンズ・ネストⅢ』

「なあ、ナツキ。お父さんのお弁当はどこだ?」
「大人なんだからしっかりしろやコラァ! はいこれ、いってらっしゃい!」



◆◆◆◇◆◆◆



 ドムゲルグ・ドレッドノートのガンプラが八割方組み上がりました。
 レギオンズ・ネスト編のあとにガンプラ紹介をする予定なので、そこで写真を載せたいと考え中です。
 本編について、またはガンプラについて、感想・批評お待ちしております。
 よろしくお願いします。




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Episode.08 『レギオンズ・ネストⅢ』

 約二週間ぶりの更新となりました。ガンプラ・執筆・リアル労働と三足のわらじはさすがに時間が足りませんね(泣)
 これからものんびりやっていこうかと思いますので、どうぞよろしくお願いします。


「……エイト君。無事でいてくれよ……!」

 

 そう祈りながら、ナノカとビス子がジャブロー地下の縦穴を翔け上がる――その時点から、数分ほどさかのぼる。

 ジャブローの密林に響き渡る、いつ途切れるとも知れないガトリング砲の轟音。全日本ガトリングラヴァーズの一斉射撃が自分たちのHLVを穴だらけにしていく様を、エイトは茶色く濁ったジャブローの水路の中から見守っていた。F108頭頂部のメインカメラと赤いブレードアンテナだけが水面から出ており、さながら潜水艦の潜望鏡のようだ。

 

「なんて偏ったガンプラだよ……ヘビーアームズよりひどいんじゃあないか」

 

 チーム三機が三機とも、全身にガトリング砲を満載しているガンプラたちをそう酷評しながらも、エイトは冷静にタイミングを計っていた。あれだけの掃射だ、数十秒もあれば弾は尽きるはず――エイトがぐっとコントロールスフィアを握り直したちょうどその時、ぱたりと轟音が鳴りやんだ。

 

「……よし、ここが好機!」

 

 掛け声と共にバーニアをフルブースト。水飛沫をまき散らしながら、F108が水路から地上へと躍り出た。警戒していた迎撃すらなく、なぜか呆然と棒立ちになっている全日本ガトリングラヴァーズのガンプラたちに突撃し、両腕のビームブレードを閃かせる。

 

「らあぁぁぁぁっ!」

 

 ダブルゼータの改造機を胴斬りにし、蹴り倒す。その反動で高く跳び上がり、ガンキャノンベースのガンプラに大上段からビームブレードを叩き付けた。縦に両断されたガンキャノンが爆発する前に、F108はさらに跳躍。バーニアの炎の尾を引きながら最後の一機に肉薄した。

 

『た、弾切れを狙ってくるとは!』

「考えなしに撃ちまくって、よく言う!」

 

 ようやく動き出した最後の一機が悪あがきに腕のガトリング砲で殴りかかってくるが、エイトはF108の小柄なボディを生かして攻撃をすり抜けた。同時、敵ガンプラの股間の位置から突き出していたガトリング砲を斬り落とす!

 

『お、オレの、オレの大事なあ……!』

「見栄を張るからぁーっ!」

 

 ザンッ! F108のビームブレードが、背中側からコクピットを貫いた。引き抜き、上空へ離脱――一瞬の間をおいて、爆発。

 

「よし、とりあえずの作戦は成功か……」

 

 鉄くずと化したHLVと、ガンプラ三機分の残骸を見下ろして、エイトはほっと一息つく――が、しかし。

 ビィーッ! ビィーッ!

 

「接近警報!? 上かっ!?」

『はァァッ!』

 

 反射的にF108を動かしたその直後、さっきまでF108がいた位置を、凄まじい速度の何かが駆け抜けていった。その何かはまるで矢のように一直線にジャブローの森へと突き刺さり、その着地の衝撃波で半径数十メートルにわたって密林の木々を薙ぎ倒した。

 

『……弾切れの相手を狙うなんて、ハードボイルドじゃあねえな』

 

 同心円状に木々が薙ぎ倒されたその中心に、ペイルライダーらしいガンプラが、やや演技がかったポージングで立っていた。

 その造形もカラーリングも、かなり独特。顔はガンダム系ともジオン系ともつかない、昆虫の複眼を思わせる巨大な眼が光っている。体はまるでど真ん中で二つのガンプラをくっつけたかのように、色が違う。左半身は黒、右半身は緑……そして、風にたなびく銀色のマフラーを巻いている。

 

「その顔、その色……ペイル……ライダー(・・・・)!? まさか!」

『ペイルライダーWだ……さあ、お前の罪を数えろ』

 

 ペイルライダーWを捉えたレーダー画面に、新たな情報が表示される。チーム・ペイルライダーズ。敵の仲間のあと二機も、すぐ近くに迫っている。

 

『オレの超・必殺技、パート2!』

「ってことは……っ!」

 

 振り下ろされた真っ赤なビームサーベルの一撃を、F108はビームシールドで受け止めた。しかし衝撃を殺し切れず、地面へと叩き落されてしまう。

 

『オレ、参上ッ! 最初っからクライマックスだぜ!』

「四人集合バージョンかよ……っ!」

 

 機体名は間違いなく「ペイルライダー電王」だろう。赤をベースにしつつ、青・黄色・紫を取り入れたカラフルなペイルライダーが、ややガラの悪い感じでポージングを決めていた。

 地面に落ちたF108に追い打ちをかけるように、真っ赤なボディをしたペイルライダーが猛スピードで突っ込んできた。脚部に高速疾走用のタイヤを装備しているらしいその機体は、柄の部分にハンドルのようなものがついた実体剣を構えている。

 

『ペイルライダードライブだ! ひとっ走り付き合えよ!』

「お誘いは光栄ですけど……っ!」

 

 駆け抜けながら繰り出される斬撃をビームブレードで弾きつつ、エイトは体勢を整える。

 

(三対一か……まずは回避を徹底する!)

 

 ビームライフルを乱射しながら、後退。エイトは一度、ペイルライダーズとの距離をとった。

 

『多対一で可哀想だが……攻め切らせてもらうぜ。マキシマムブレイク!』

『行くぜ行くぜ行くぜーっ! オレの! 超・必殺技!』

『フルスロットルだ! ファイア・オール・エンジン!』

 

 一方のペイルライダーズは攻撃を優先し、それぞれが技の構えに入った。

 その判断が、明暗を分けた。

 ド、ド、ドオォォォォォォォォォッ!

 ビュオォォォォォォォォォォォォッ!

 野太いビームの閃光が、視界を埋め尽くすほどの密度でペイルライダーズを飲み込だ。凄まじい光の濁流に押し流されて、ペイルライダーズの姿は一瞬にうちにかき消されてしまった。

 

「また新手……っ。ミノ粉が濃い、索敵がまともにできやしない……っ!」

 

 戦況確認ウィンドウ上でチーム・ペイルライダーズの文字が光を失い、代わりに接近警報の表示と共に二つのチーム名がピックアップされる――「サーティーン・サーペントB」そして「サーティーン・サーペントF」。

 次々と撃ちこまれる太いビームキャノンの砲撃をビームシールドと回避運動でしのぎながら、エイトは敵チームのガンプラを確認した。うっそうと生い茂る密林の木々の間から、太い脚と盛り上がった肩、巨大なビーム砲を構えた重モビルスーツが見え隠れしている。

 サーペント・カスタム――ガンダムWの外伝、EW(エンドレスワルツ)において、マリーメイア軍が使用した高性能量産型重モビルスーツだ。ミリタリーなグレーの配色だった原作とは異なり、ツヤのある白黒のツートーンで塗装されたその姿は、まるで黒服を着込んだ要人警護のSPのようだ。

 それが、全部で六機。2チーム分のガンプラが、両手に一門ずつ腰だめに構えたビームキャノンを絶え間なく撃ち続けながら、F108への包囲をだんだんと狭めてきている。もしここが密林ではなく市街地だったら、EW最終決戦のワンシーンのように見えたことだろう。

 

「機体が統一されている……チーム名から考えても、最初から仲間か……!」

 

 扇形に展開し、着実に獲物を囲い込む連携の仕方から見ても間違いない。このサーペント・カスタムの集団は最初から仲間同士だ。

 レギオンズ・ネストでは、チーム同士の同盟は一切禁じられていないのは確かだ。グループ分けはランダムだが、「B」や「F」というチーム名から考えて、相当な数でチームを組み、エントリーしているのだろう。運次第ではあるが、各グループに複数の「サーティーン・サーペント」がいる計算になっているに違いない。

 ドズル・ザビ曰く、「戦いは数だよ兄貴」だ。そういう戦略をとるチームがあってもおかしくない。大規模多人数同時参加型(MMO)ゲームであるGBOではなおさらだ。

 

「そんなに大きなチームなら、ナノさんやビス子さんなら何か知ってるだろう……なっ!」

 

 直撃コースのビームキャノンをビームシールドで弾き、エイトはF108を再び水路へと飛び込ませた。水中ではビーム兵器の効果は薄い。追ってくるにしろ、少しは――

 

『時間が稼げる、とでも思ったか?』

「――伏兵!」

 

 泡立つ水流を貫くように、鈍く鉄色に光るナイフの刃がエイトの目の前に突き出された。咄嗟に身をかわすが、剣先が肩をかする。ギャリリリリという耳障りな音と、小刻みな振動。すっぱりと切り裂かれた装甲――高周波振動刃(アーマーシュナイダー)の類か!?

 

『貴様にお嬢さまと戦う資格があるか、このサーペント・サーヴァントで見極めさせてもらう!』

 

 通信機から凛とした女声が響く。四角いカメラ・アイを鈍く光らせた黒白ツートーンのサーペント・サーヴァントが、次々とナイフを繰り出してくる。刺突を主とし、関節部や目、首を執拗に狙ってくる絶え間ない連続攻撃は、まるで軍隊式の格闘術のようだ。

 

「七機目の……っ!? 2チームじゃあなかったのかよ!」

 

 エイトはビームブレードの刃を短く絞って展開。流れるようなナイフの連撃を切り払いながら、敵機の情報を確認した。

 サーペント・サーヴァント――BFN:ラミア。チーム・スノウホワイト。

 明らかに違うチーム名のファイターが、なぜ共通した機体を……?

 エイトの意識がその疑問へと逸れた瞬間、ガードをかいくぐったナイフの一突きがF108左腰のサイドアーマーを斬りつけた。鳴り響く損傷報告(アラート)、中に格納していたビームサーベルに、深刻な損傷。爆発の危険アリ。

 

「ちぃっ、迂闊だったか」

 

 回避が遅ければ、股関節を貫かれていた。それよりはマシだ――エイトは被弾したサイドアーマーをパージ、一瞬の間をおいてサイドアーマーは爆発する。ビームサーベルを失ったのは痛いが、その爆発でサーペント・サーヴァントとの距離を開くことができた。

 この機を逃さず、エイトは川底を蹴って水路から飛び出し、上空へと離脱した。

 

「あのナイフ使い、手練れだった。こちらが本命で、追い込みをかけてきたのか……?」

 

 密着するような距離は危険だ。しかし、空へと逃れたF108に、的確に包囲網を狭めていた陸上のサーペント部隊の対空砲撃が襲い掛かる。

 

「くっ、この……単独じゃあ限界かよ!」

 

 バーニアユニットを全力稼働させて機体を左右に振り回し、何とか避けるがそれも長くは続かない。エイトは地上に降り姿勢を低く、密林の木々に機体を隠すようにして走り抜けた。目指すのは、ジャブローの地下空間に通じる縦穴。とにかく、仲間との合流を目指す。

 

「ナノさん、ビス子さん、聞こえますか。囲まれました! 援護をお願いします!」

『ふっ……賢しいぞ、ルーキー! 多少素早い程度ではな!』

 

 ブロロロロロロロロロ――ッ!

 W系統特有の射撃音。ツインビームガトリングの分厚い弾幕が、F108の周囲ごと面で制圧する勢いで迫ってくる。先ほどのナイフ使いのサーペント・サーヴァントが、幅広い水路の水面を水上スキーのようにホバー移動しながら追ってきていた。

 見れば、太もも部分の装甲が展開し、原作設定にはない大型のバーニアユニットが露出している。シールドを背負ったような大型のバックパックにもバーニアスラスターが搭載されているようだ。HG規格のサーペント・カスタムは千円もしない低価格キットだったはずだが、ビルダーの製作技術により完成度はかなり高められているらしい。いくらジャングルに邪魔されて走りにくいとはいえ、小型軽量の高機動型であるF108に追いついてくる機動性とは……!

 後ろから砲撃に追い立てられ、横から弾幕に抑え込まれ、エイトはビームシールドで身を守りながらF108を走らせるので精一杯だった。

 

「くっ……通信は、ダメか……せめて合流地点までは、自力でっ!」

 

 密林が途切れ、エイトの目の前に岩場と泥沼とが複雑に入り混じった湿地が広がった。前方数百メートルほどに、地下空洞とつながる縦穴がぽっかりと口を開けている。エイトはバーニアをより一層吹かして縦穴に駆け込もうとするが、

 

『させんよ!』

 

 ラミアのサーペントの肩部装甲が展開し、ホーミングミサイルを連続発射。エイトは急制動をかけてやり過ごそうとするが、ホーミングミサイルは近接信管を作動させ、エイトの目の前で次々と炸裂。爆圧の壁がF108を猛烈に叩く。

 

「こらえ、られないッ!?」

 

 小型軽量のボディが裏目に出て、F108はまるで木の葉のように吹き飛ばされてしまった。むちゃくちゃな姿勢で宙に浮くF108に、ビームキャノンの、そしてツインビームガトリングの砲口が向けられる。

 

『見込み違いだったか……』

 

 すべてがやけにスローに感じられる中、エイトの耳にその声だけがやけに鮮明に聞こえた。

 スラスター、アポジモーターを総動員、AMBACも使ってとにかく姿勢を――

 

『全機、攻撃を』

「させないよ」

 

 ドゥッ――短く、しかし力強い銃声。ラミアのツインビームガトリングが、サーペント・サーヴァントの左腕ごと貫かれ、爆発した。

 

「待たせたね、エイト君」

「ナノさんっ!」

 

 縦穴のふち、泥沼に膝立ちになってGアンバーを構えるジム・イェーガーR7が、そこにいた。隊長機が腕を吹き飛ばされ、動揺が走るサーペント部隊。その隙にエイトはF108を立て直して着地した。

 

「ありがとうございます、ナノさん!」

「なぁに、礼には及ばないさ。エイト君」

『貴様……ッ! お嬢様から頂戴したこのサーペントを……ッ!』

 

 通信機越しにでも伝わる殺気。画面に顔は表示されないが、ラミアが鬼のような形相をしていることが声だけからでも十二分に感じられる。

 

『サーペント全機! 赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)は私の獲物だ。手を出せば巻き添えにぶち殺すと思え!』

 

 ラミアは吠え、右手のナイフをぞろりと構える。その怒気に中てられ動揺も吹き飛んだのか、サーペント部隊は再びビームキャノンをしっかりと構え、エイトとナノカに照準した――だが、その砲口が細かく振動している。

 いや、違う。サーペント部隊が立つ地面そのものが、地震のように揺れているのだ。

 

「どっせえェェェェいッ!」

 

 ドゴッ、バアァァァァァァァァンッッッ!

 半径数十メートルほどの地面が爆音と共に崩落し、地下空洞に通じる新たな縦穴がぽっかりと口を開けた。サーペント・サーヴァントの一機が崩落に巻き込まれ落下し、必死で壁面にへばりつこうとする――が、その顔面を踏み台にして蹴り落とし、赤く太いシルエットが縦穴から飛び出してきた。

 

「大丈夫かァ、エイトォ!」

「ビス子さん!」

 

 ドムゲルグ・ドレッドノート!

 泥水を蹴散らしながらF108のすぐ隣に滑り込み、弾を撃ち尽くしたジャイアント・バズに新たな弾倉を叩き込む。どうやら、ジャイアント・バズの火力に任せて、地下空洞の天井を吹き飛ばしたようだ。いくらジャブローの地盤が穴だらけとはいえ、なんという力技。なんというゴリ押しだ。

 

「へッ。なんせチームだからなァ、オレサマたちはよ」

「……はいっ!」

 

 ドムゲルグの左拳が、F108の肩を軽く叩く。五機のサーペント部隊が、ビームキャノンを構え、それを取り囲む。少し距離を置いて、Gアンバーのストックを肩にあて膝立姿勢をとるR7。野性的に高周波ナイフの牙をむき、今にも飛び出さんばかりのラミアのサーペント・サーヴァント。

 崩落して新たに空いた縦穴を中心に、全九機のガンプラが睨み合う。

 

『この左腕の礼は、ただ撃破するだけでは物足りん……物足りないぞレッド・オブ・ザ・レッド……ッ!』

「やれやれ、えらく恨みを買ってしまったようだね。あの隊長機は私が抑えよう。増援も警戒しておく、君たちは遠慮なく乱戦に持ち込むといい。ビス子、エイト君を誤爆しちゃあお粗末だよ?」

「はっはァ! てめェこそまとめてブチ撒けてやろうかァ、赤姫ェ? 背中はオレサマに預けな、エイト。てめェが得意のタイマン張ってる間はァ、他の奴らによけいなチャチャは入れさせねェよ」

「お二人とも、頼りにしています……F108は、各個撃破に専念します!」

 

 F108は両手にビームライフルを構え、ドムゲルグのミサイルランチャーがハッチを開いた。R7は狙撃用バイザーを跳ね上げ、中・近距離での銃撃戦に備える。

 

「んじゃまァ、もう一発イっとくかァ! 赤姫ェ、エイトォ!」

「ふふ、いいね。――チーム・ドライブレッド!」

「――戦場を、翔け抜ける!」

 

 地を蹴ったF108の突撃を皮切りに、全てのガンプラが動き出した。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「へぇ……生き残ったかよ、エイトのやつ」

 

 エイトたちが乱戦を繰り広げるエリアから、はるか数十キロ。今回の戦闘エリアのほぼ最北端に位置する高台に、伏せ撃ちの姿勢で狙撃銃(スナイパーライフル)を構えるモビルスーツがあった。ジャングルの木々を機体に被せ、即席の森林迷彩装備(ギリースーツ)にしているため、その機影は非常に判別しづらい。

 ただ、何重にも重なった緑の葉の奥で、ブレードアンテナと一体化した一眼の大型カメラ・アイが、狙撃銃のスコープと連動してぐりぐりと動いている。

 

「2チーム全機プラス1で落とせないとは。エイトのやつが予想以上なのか、ご自慢の多すぎる円卓(サーティーン・サーペンツ)とやらがそれほどでもないのか……なぁんて言ったら、あの怖い怖いおねーさんからまーたどやされるんスかね、センパイ?」

「うふふ……わかっていて、おっしゃっているのでしょう。傭兵(ストレイ・バレット)さん?」

 

 わざわざ密林用偽装を被ったタカヤのことなどまるで意に介さぬように、輝く純白の装甲に上品な純金の装飾をほどこされたレディ・トールギスが、ピンと背筋を伸ばした美しい立ち姿を披露している。

 レディ・トールギスのコクピットには、〝ある特別なシステム〟を応用した通信機能により、高濃度のミノフスキー粒子影響下でも、サーペント・サーヴァントたちが補足したすべての情報が表示される。アンジェリカは画面を流れる戦闘の映像を眺めながら、満足げにほほ笑んでいた。

 

「チームメイトの援護が間に合わなければ、ルーキーさんは落ちていましたわ。恐るべきは、赤姫さんの正確無比な狙撃。そして爆弾魔さんの火力――ですけれど」

「……けれど、何ッスか?」

「おわかりでしょう? 装甲を削ってまで機動・運動性能に特化したラミアのサーペントですら、追いすがるのがやっとのスピード。六機ものモビルスーツに包囲され砲撃されても直撃を避けうる回避性能。あの動きにくいジャブローの密林の中で、ですわよ。とても気に入りましたわ……機体も、ファイターも」

「へぇ。じゃあついに、白姫様(ホワイト・アウト)のご出撃ッスか」

「あらあら、気が早いですわね。それとこれとは話は別――わたくしと戦っていいのは、円卓(サーティーン・サーペント)の囲いを突破したものだけですわ」

「へいへい、そーッスかお嬢サマ。じゃあそろそろ、俺もお仕事といきますか。チーム・スノウホワイトの、雇われ狙撃兵(スナイパー)として」

 

 ぼやくようなタカヤの声と共に、伏せていたモビルスーツが立ち上がる。機体に覆い被さっていた木々や葉が落ち、その姿が露わになる。

 目の覚めるような青と銀の、スレンダーなボディ。左右非対称型のGNフルシールド。複数のGNビーム兵器。GNスナイパーライフルを右手一本で保持し、左手はGNフルシールドの中に隠れている。

 

「頼みましたわよ〝傭兵(ストレイ・バレット)〟モナカ・リューナリィさん。私と戦うに値するファイター以外は、あなたの獲物で構いませんわ」

「番犬のおねーさんに怒られそうなことを、よくも押し付けてくれるッスねえ……しかしまあ」

 

 タカヤは唇の端をかるく引きつらせるように笑い、コントロールスフィアを軽く握り直した。太陽炉が唸りをあげてGN粒子を噴き出し、機体がふわりと宙に浮く。

 

「了解はしたッス。モナカ・リューナリィ、デュナメス・ブルー。目標を乱れ撃つ」

 

 まるで慣性を無視するように加速したデュナメス・ブルーは、GN粒子の輝きだけを残してジャブローの空に消えていった。

 そのあとに残る粒子の尾を眺め、アンジェリカはただほほ笑みながらその時を待った。円卓と傭兵の囲いを打ち破った強者が、自身の目の前に現れるのを。

 アンジェリカ・山田――BFN:アンジェ・ベルクデン。

 GBOジャパンランキング十一位、レベル8プレイヤー〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟が一角、〝白姫(ホワイト・アウト)〟にして〝強過ぎた白雪姫(オーバーキルド・プリンセス)〟。

 ジャブローの風に吹かれるレディ・トールギスは、その美しい立ち姿を微動だにさせなかった。

 

 




第九話予告

「ラミアだ。アンジェリカお嬢さまの親衛隊長を務めている。私の愛機、サーペント・サーヴァント(ラミア仕様)は、お嬢さまから頂いた大切なガンプラ。それを傷つけるとは、己の不明を恥じるばかりだ……
「しかしそれ以上に! あの赤姫め、絶対に許さん! この私直々に切り伏せてくれる! 傭兵気取りの野良犬には、ルーキーと爆弾魔の相手でもしていてもらおうか。多すぎる円卓(サーティーン・サーペント)を突破できない者には、お嬢さまの敵になる資格すらないのだからな。
「次回、ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第九話『円卓と傭兵』。ああ、お嬢さま……お嬢さまは、ラミアがお守りいたします!」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第九話『レギオンズ・ネストⅣ』

「……ん? お、お嬢さま! どうしたのですかこのようなところへ……え? じ、次回予告ってこんな感じなのでは……お、お嬢さま、どうしてお笑いになるのですかお嬢さま? お、お嬢さま~!?」



◆◆◆◇◆◆◆



 レギオンズ・ネスト編もいよいよクライマックスです。当初の予定ではⅢで終わりのはずだったのですが、のびちゃいました。
 ついに動き出したタカヤとアンジェ。嫉妬全開のラミアさん。ドライヴレッドの明日はどっちだ!?
 近況報告的なものですが、現在、劇中登場ガンプラを二機ほど製作中です。赤い小さい速いヤツと青い狙い撃つヤツです。近日中に公開したいと思っています。
 感想・批評等お待ちしております。よろしくお願いします。



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Episode.09 『レギオンズ・ネストⅣ』

 ボス、聞いてくれ。
 あんたが段ボールを被って敵拠点(オープンワールド)に潜入している間にも、現実世界(リアルワールド)では時間は進んでいる。任務(ゲーム)に熱心なのはいいが、限度ってものがある。
 何事もほどほどに、ってことだ。頼んだぞ、ボス。


……そういうことです。察してください。ごめんなさい。


「んじゃまァ、もう一発イっとくかァ! 赤姫ェ、エイトォ!」

「ふふ、いいね。――チーム・ドライヴレッド!」

「――戦場を、翔け抜ける!」

 

 泥沼をホバー走行するドムゲルグからミサイルが全方位にばら撒かれ、サーペント部隊の動きを牽制する。巻き上がる土砂、吹き荒れる爆風。サーペント部隊の連携が乱れ、砲撃が途切れる。

 その隙をつき、F108が低く翔けた。両腕のビームブレードで最前列にいたサーペントを斬りつけるが、サーペントはビームキャノンの砲身下部搭載型(アンダーバレル)対ビームサーベル防御機構――通称・ジュッテを使用。斬撃を防ぎ、鍔迫り合いに持ち込まれる。

 

「くっ。AC(アフターコロニー)の機体にUC(宇宙世紀)の技術を混ぜ込んでいる(ミキシングビルド)か……!」

 

 重装型のサーペントと小型軽量のF108とでは地力が違いすぎて、押し切れない。じりじりと鍔迫り合いをしている間に、鳴り響く被ロックオン警報――他の四機のサーペントたちが、ミサイル弾幕の隙をついてビームキャノンを撃ち込もうと構えているのが、見て取れた。

 押し返され押し潰される前に、エイトはビーム刃を弾いて離脱。ビス子の弾幕の援護を受けながら、次々とサーペントに斬りかかっては離脱を繰り返す。だが、ビームブレードをジュッテに防がれてしまっては、F108は決め手に欠ける。

 

「ビス子さん。僕は避けるので、撃つってどうです?」

「はっはァ、いいねェ! 小粋な作戦だァ!」

 

 ビス子の威勢のいい声が、通信機から響く。ドムゲルグは撃ち尽くした背部ミサイルランチャーをパージ、ジャイアント・バズを肩に担ぐと同時に、右脚のミサイルポッドから計三発の多弾頭ミサイルを一斉発射した。一発一発がそれぞれ八つに分裂し、合計二十四発ものマイクロミサイル弾幕が広範囲を覆う爆発の花を咲かせる。

 サーペント部隊は追加装備(オプション)のフレアディスペンサーや頭部バルカンを駆使してミサイルの被弾を避けるが、五機十門のビームキャノンの砲撃が止まる。

 

「その隙ができれば……っ!」

 

 F108はバーニアを吹かして一機のサーペントに肉薄、跳び上がって大上段から浴びせかけるようなビームブレードの一撃を放つ。サーペントは当然のようにジュッテを頭上に掲げてブレードを受けるが、

 

「頼みます!」

「応よォッ!」

 

 F108は鍔迫り合いには付き合わず、ジュッテに跳ね上げられるままに宙に舞った。競り合う相手を失ったサーペントがぐらりと姿勢を崩したその隙に、ビス子のジャイアント・バズが火を噴いた。連射された高初速榴弾がサーペントの左右の手元で炸裂し、二門のビームキャノンが吹き飛ぶ。爆風にあおられたサーペントはさらに姿勢を崩され、膝をつく。

 

「行けェッ、エイトォ!」

「らあぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 そして再び振り下ろされるビームブレードが、サーペントを頭から両断する!

 

「一機撃破、あと四つ! 次、左前行きます!」

「よォっし、この調子で行くぜェ!」

 

 真っ二つになって倒れるサーペントを尻目に、F108が疾駆する。連射されるジャイアント・バズが絶妙なタイミングでその道の先を露払いし、サーペント部隊に砲撃を許さない。

 

「らあぁぁっ!」

 

 エイトは叫び、二機目の獲物に飛びかかった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「ふふ、やるなあビス子もエイト君も。あんな連携を見せてくれるなんて、少し妬けてしまうよ」

『その余裕ぶってよそ見をするというのが、また私をイラつかせるッ!』

 

 噛みつくような語勢とともに、ラミアのサーペントがナイフを突き出す。ナノカは事も無げにR7にステップを踏ませ、サーペントの側面に回り込むように身をかわした。そのまま体を一回転、Gアンバーの銃床(ストック)部分で、遠心力を乗せた重い打撃を叩き込む。

 

「このR7は、格闘もこなすよ」

『ふんっ、甘いな!』

 

 ガキン、という硬質な音と反動。鳥のクチバシのようなパーツが、銃床打撃を防いでいた。

 この形は、サーペント・サーヴァントが背中に装備していたもの――

 

「バックパックと見ていたけれども……!」

『迂闊な判断だ!』

「……っ!?」

 

 突如、そのパーツが唸りをあげ、凄まじいパワーでGアンバーを跳ね上げた。危機を察知し飛びのくR7のつま先を掠め、クチバシのように尖った先端が地面に突き立てられる。

 ナノカはさらにバーニアを吹かして大きくバックステップ、サーペントとの距離をとる。

 

「アーム付きの打突用防盾(ストライクシールド)……いや、まるでナタクの……!」

『お嬢さまの製作技術を見ろっ。行け、サーペントハング!』

 

 ギャバッ! シールドと見えたその機構――サーペントハングの先端部分が左右に開き、その内側に並んだ何本もの高周波振動刃(アーマーシュナイダー)が一斉に起動した!

 

『噛み砕かれろ、レッド・オブ・ザ・レッドおおおお!』

 

 まるで失った左腕の代わりのように、ラミアはサーペントハングを突き出した。何重にも折り畳まれたフレキシブル・アームが一息に伸長、R7に襲い掛かる。

 

「まったく。見どころのあるガンプラだね」

 

 ナノカはさらにバックステップ、バーニアの併用で左右に大きく回避運動をしながらサーペントとの距離をとる――が、いったいどれだけ長いアームを備えているのか、サーペントハングの勢いは止まらない。大海蛇(サーペント)の名に恥じない凶暴さで荒れ狂い、密林(ジャブロー)の大樹を根こそぎ切り裂き、沼地の巨岩を噛み砕く。

 

『円卓筆頭の誇りにかけて、貴様だけはぁっ!』

「やれやれ。仕方がないね。シールドぐらいはくれてやろうかな」

 

 何度目かのバックステップの後、ナノカはR7を片膝立ちで座り込ませ、Gアンバーのストックを肩に当てて構えた。その銃口は、サーペントハングをぴたりと照準している。

 

『はははっ! このサーペントハングは貴様がシールドと見間違えた通り、高レベルのアンチビームコーティングが施されている!』

「だろうね」

『だ、だっ、だっからぁっ! その余裕面が気に入らないのだとぉぉぉぉッ!』

 

 ラミアは叫び、コントロールスフィアを振り下ろした。サーペントハングが牙を剥き、一直線にナノカに飛び掛かる!

 メギャギャギギィィィィンッ……高周波振動刃が装甲を食い破り、切り裂く音。ラミアは確かな手ごたえに、口の端をにやりと吊り上げる。

しかし、

 

「――ビームコートは、口の中までしているのかな?」

 

 サーペントハングが喰らい付いたのは、R7の左肩のシールドのみ。そしてそのひしゃげたシールドとサーペントハングとの間に空いた隙間に、Gアンバーの銃身がねじ込まれているではないか。

 

『あ、赤姫、貴様っ!?』

 

 Gアンバーを速射モードで三点射(トリプルバースト)。サーペントハングは内側から弾け飛び、長いアームだけが千切れたロープのように宙を舞った。

 ラミアが何事かを叫びながら突撃してきたが、突き出されたナイフをGアンバーのストックで叩き落とし、さらに顔面に銃床打撃を叩き込む。四角いカメラアイが割れ砕け、のけぞるサーペント・サーヴァントの胸に銃口を突きつけて、射撃モードを「高出力(ハイパワー)」に切り替える。

 

「いいガンプラだった。けれども、キミは真っ直ぐすぎたよ」

 

 ドッ、ウゥン――ゼロ距離で放たれたビームの銃弾が、サーペントの左胸に風穴を開けた。

 断末魔の恨み言は聞こえず、黒煙をあげながら倒れたサーペントの上に、〈戦闘不能(リタイア)〉の表示がポップアップした。

 それを確認するが早いか、ナノカはしゃがんだ姿勢のままR7の狙撃用バイザーをおろし、各種センサーの感度を最大まで引き上げた。周囲を索敵、各機の位置を確認する。

 お互いに一定の距離を開けてフォーメーションを組む四機のサーペント・サーヴァント。その間を小刻みに跳ね回るのはF108、沼地を滑るように移動するのはドムゲルグか。

 そして、もう一機。ミノフスキー粒子の影響で詳細はわからないが、索敵範囲ぎりぎりの長距離に、もう一機いる。

 

「これは……ッ!?」

 

 被ロックオン警報が鳴り響く。ナノカが反射的に沼地に身を伏せた瞬間、その頭上僅か数センチをビームの光が貫いた。細く絞り込まれたビームの軌跡、舞い散るGN粒子。高出力のGNビーム兵器による長距離からの狙撃だ。

 ナノカは倒れた勢いそのままに沼地の上を転がり、伏せ撃ちの姿勢でGアンバーを構えた。直感的に捉えたビームの発射元に銃口を向ける。光学照準スコープの倍率を上げ、レティクルの真ん中に映ったのは、片膝立ちでライフルを構える青いガンダムタイプ。

 

(わざわざ姿をさらすか。狙撃手としては下策だけれど、素人とも思えないね……!)

 

 考えるのも一瞬のみ、ナノカはトリガーを引いてカウンタースナイプを撃ち込む。Gアンバーから迸ったビームの閃光が一直線にガンダムタイプに突き刺さる――が、その直前。球状に展開した光の壁がビームを捻じ曲げ、かき消した。

 

「GNフィールド……!」

『迂闊に動くといただくッスよ、センパイ』

 

 青いガンダムのライフルが火を噴く。ナノカは匍匐状態でさらに横転、茶色く濁った水路に半分沈むようにして身を隠す。戦況確認ウィンドウを開き、敵機の情報を確認する。このレギオンズ・ネストでは、一度照準に捉えた(ロックオンした)相手なら、基本的な情報は開示されるルールになっている。

 チーム・スノウホワイト。GBOジャパンランキング二五五位、レベル6プレイヤー、BFN:モナカ・リューナリィ。機体名:デュナメス・ブルー。

 この名前には、見覚えがある。ナノカはオープン回線(チャンネル)で語りかけた。

 

「今日は白雪姫(ホワイト・アウト)のお守りかい、〝傭兵(ストレイ・バレット)〟君。機体が変わっていたから気づかなかったよ」

『お久しぶりッス、センパイ。いつぞやの決着もつけたいところッスけど……でもまあ報酬は貰ってるんで、頭を押さえるぐらいはさせてもらうッスよ』

「新聞部とガンプラバトル部を両立させながら三〇〇位以内(ハイランカー)になっていたとはね。脱帽するよ」

『兼部してなきゃあもっと上だった自信はあるッス。レベル7にだって負けないッスよ――この、デュナメス・ブルーは!』

 

 言葉と同時に、デュナメス・ブルー背部の大型兵装ユニットから、板状のパーツが射出された。一つ一つが大型のビームライフルに匹敵するサイズをもつそれが、計四つ。GN粒子の煌めきを吐き出しながら、一斉にR7に向けて射出された。

 

『行け、スマートガンビット! デュナメス・ブルー、目標を乱れ撃つ!』

「ふぅ……すまないね、エイト君。合流にはもう少しだけ時間をもらうよ」

 

 ナノカはGアンバーを抱え持ち、地面をこするような低姿勢で駆け出した。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「こちらは大丈夫です、ナノさん」

「オレサマたちに任せときなァ!」

 

 エイトとビス子の前に立ちふさがるサーペント部隊は、もはや残り二機。破れかぶれといった様子でビームキャノンを連射し弾幕を張っているが、六機がかりで連携をとっていたときほどの脅威はもはや感じられなかった。

 ビームキャノンの一発がドムゲルグを直撃しそうになるが、ビス子はABC(アンチビームコーティング)を施したスパイクシールドで事も無げにガードし、エイトに呼びかける。

 

「イケるな、エイトォ!」

「はい! 二機ならまとめて!」

「んじゃまァ、遠慮はいらねェかあッ!」

 

 その言葉通り、ビス子は一切遠慮ない爆撃を開始した。ジャイアント・バズを弾倉まるまる一つ分乱射し、脚部ミサイルポッド最後の一発を発射。高初速榴弾とマイクロミサイルの群れが沼地をかき回し土砂を巻き上げ、サーペント部隊の弾幕を途切れさせる。

 その隙をついて、エイトはF108の左右両手を握り合わせ、腕部ビームブレードを出力最大で展開。干渉し合ったビーム刃が巨大な円錐形のビームランスへと変貌する。

 

「アカツキ・エイト、吶喊します! らあぁぁぁぁッ!」

 

 F108が、フルブーストで飛び出す! 慌てて迎撃するサーペントの頭部バルカンも、巨大なビームランスがビームシールドの役割を果たし、F108には届かない。

 二機のサーペントはビームランスに次々と貫かれ、胴体に大穴を開けて爆散した。

 その爆発を背に受け、スライディングで勢いを殺しながらF108は着地する。

 

「やりましたよ、ビス子さん!」

「ハッハァ! 六対二でこのスコアなら、新人(ルーキー)とばかりも言ってらんねェなァ、エイト!」

 

 ビス子はジャイアント・バズの弾倉を入れ直しながら、笑顔で応じる。

 二人の周囲にはサーペントの残骸ばかりが転がっている。戦況確認ウィンドウに目をやれば、チーム・サーティーンサーペントBとFの表示は黒く光を失っていた。ほかのチームもあらかた片付いてしまっているようだ。残り競技時間二〇分弱現在、このフィールドで生き残っているのは――

 チーム・ドライヴレッド。三機健在。

 そして、チーム・スノウホワイト。二機健在。

 一機は今ナノカと戦っている機体だろう。戦っているうちにかなり距離が開いてしまったらしいが、遠くでブーストジャンプを繰り返すR7と、その周囲を飛び回る大型のファンネル――GN粒子をまき散らして飛んでいるところを見ると、GNビットの類だろう――が見える。遠距離攻撃型なのか、敵機本体は見えないが。

 ……では、もう一機はどこだ? 至近距離での乱戦に特化しているF108は、センサーの感度は良いが索敵半径はそれほどでもない。F108の索敵性能では、最後の敵機を感知できなかった。砲撃主体のドムゲルグの方が、その点では優れているはずだ。

 

「ビス子さん。ナノさんの相手か、最後の一機かを発見でき――」

「きたッ!?」

 

 それが、レギオンズ・ネストでのビス子の最後のセリフとなった。

 反射的に掲げたスパイクシールドごと、ドムゲルグの左半身が消失した。音と熱風が、一拍遅れてF108のすぐわきを吹き荒れる。残された右半身が崩れ落ち、〈戦闘不能(リタイア)〉の表示がポップアップする。

 

「ビス……子、さん……!?」

 

 なんだ? ビーム? あのドムゲルグの重装甲をシールドごと撃ち抜く、いや消滅させるほどの?

 混乱するエイトの頭に、接近警報が鳴り響く。索敵範囲ぎりぎりのところに敵機を表す輝点が出現した。メインカメラがその方向を捉えてズームアップ、敵機の姿を映し出す。

 しかし、捉えられたのは輝くバーニアの軌跡だけ。尋常ではない移動速度に、メインカメラが追いつけない。F108も突撃時の最大瞬間速度ならメインカメラが追いつけないほどの動きは可能だが、この敵機は巡航速度がそれに匹敵するということか。

 

「桁外れの相手なのか……!」

『久しぶりですわ。円卓が全滅させられたのは』

 

 身構えたエイトの耳に、相手からの通信が入る。その声に、聞き覚えがある。

 

「……風紀委員長だっていうんですか!?」

『オンラインでリアルの話題はご法度……今の私は、ただのGBOプレイヤーですわ』

 

 轟ッ、と嵐が巻き起こり、エイトの目の前に白き女騎士の威容が出現する。

純白の装甲に金色の装飾。背負うのは二門のメガキャノン。

 レディ・トールギス。

 あの〝不死の悪戯(ノスフェラトゥ・ゲーム)〟の暴走すらビームの一撃で押し止めた、風紀委員長アンジェリカ・山田の愛機。

 GBOレベル8プレイヤー〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟、〝白姫(ホワイト・アウト)〟にして〝強過ぎた白雪姫(オーバーキルド・プリンセス)〟。

 

さあ踊りましょう(シャル・ウィ・ダンス)期待の新星(スーパールーキー)。せめて三〇秒は――もたせてごらんなさいな』

 

 アンジェリカは湧き上がる愉悦を隠そうともせず、エイトに宣戦布告した。その声色からエイトは、学校での風紀委員長としての姿からは想像もつかない野性的で好戦的な笑みを、ありありと想像できてしまった。

 

「ビス子さんの敵討ちで……ナノさんの望むように、強くなれるなら!」

『ふふ――アンジェ・ベルクデン。レディ・トールギス、参りますわ』

「らあぁぁぁぁッ!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「エイト君っ。これが狙いか、猫被りめ……!」

 

 レディ・トールギスの登場に、ナノカはぎりと奥歯をかみしめた。

 エイトが勝てるわけがない。アンジェリカが負けるわけがない。レベル8とはそういう存在だ。

 しかしアンジェリカは、あのリアルでは優等生の帰国子女という猫の皮を五、六枚重ね着したミーハーの戦闘狂(バトルマニア)は、わずか二週間でレベル4になったという希少価値のあるエイトと、戦い(あそび)たくて仕方がなかったのだ。

 レギオンズ・ネストで同じグループになったのは純粋に強運の結果だろうが……ともかく。ナノカが救援に行かなければ、エイトは弄ばれておしまいだ。

 

「そんなわけだから、そろそろ決着といかないかな。〝傭兵(ストレイ・バレット)〟君」

『言ったはずッスよ、センパイ。頭を押さえるぐらいはさせてもらうって。俺もプロのつもりッスから、それ以上はしないッス』

「まったく、頭の下がることだね」

 

 言いながらナノカは、Gアンバーの速射モードでGNスマートガンビットの一機を狙い撃った。しかし、GN粒子の効果かそれともABC(アンチビームコーティング)でもしているのか、速射モードの出力ではガンビットを貫けない。かといって、高出力モードで構えて狙う隙を見せてくれる相手でもない。

 四方向から一斉に襲い掛かってきたガンビットのビームから身をかわし、ナノカはデュナメス・ブルー本体に速射のビームを撃ち込むが、しかしそれも先ほどと同じようにGNフィールドに威力を散らされるのみである。

 

「本気で撃ちに来てくれれば、その隙を逆に撃てるのだけれど……!」

『あの円卓筆頭、GBOジャパンランキング二九九位の〝姫騎士の番犬(ロイヤルハウンド)〟ラミアをほぼ無傷で打ち破ったセンパイ相手に、依頼以上のことを望んで戦うなんてしないッスよ』

「新聞部の時も、そのぐらいの慎みが欲しかったところだね」

『校内美少女ランキングの件ッスか? いやー、お褒め頂き光栄ッス!』

「いい神経の太さだよ、後輩君!」

 

 ナノカは半壊したシールドを放棄、Gアンバーでシールド裏のグレネードパックを撃ち抜いて、爆破。それを目隠しにGNビットの包囲網から逃れようとするが、今度はデュナメス・ブルーの狙撃に進路を塞がれてしまった。

 

(くっ……面倒なことだね)

 

 自律兵器(ビット)防御機構(フィールド)を持つ機体が遠距離から足止めのみを狙ってきた場合、単機でそれを突破するのは骨が折れる。

 

「エイト君……がんばっておくれよ……!」

 

 ナノカには、タカヤの隙を窺いながら、エイトの無事を祈ることしかできなかった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ギリギリで展開の間に合ったビームシールドの表面を、細く鋭いビームの切っ先が削る。

 

「くっ……ぅらあっ!」

 

 この距離なら外さない。エイトは目の前のレディ・トールギスに向けてビームブレードを振り下ろすが、

 

『遅いですわ』

 

 一瞬のうちに斬り返されたビームレイピアの細身なビーム刃が、ビームブレードを弾き返す。レディ・トールギスはそのまま舞うように一回転、強烈な後ろ回し蹴りがF108を吹き飛ばした。F108はジャブローの森に落下して突っ込み、大木の幹に抱きかかえられるようにしてようやく止まる。

 エイトは素早く状況を確認――画面中に複数の警告表示、ただの蹴りの一発で股関節部に深刻な損傷。腰のフンドシ部が割れ、右フロントアーマーが脱落。腰と右脚の動作に問題発生。

 

「パワーまで桁違いなのかよ……!?」

 

 なんとか立ち上がってビームブレードを構えるが、エイトはあまりの実力差に驚愕していた。

 これがレベル8か。GBO最高位ランカーの実力か。ファイターの腕も、ガンプラの完成度も、ここまで違うものなのか。

 レディ・トールギスはただ悠然と、右手に一振りのビームレイピアだけを構えて滞空しているが、どこから攻め込むべきかがまるでわからない。ビームブレードで斬り込んでも、ビームランスで突っ込んでも、後の先をとられて斬り返される光景しか浮かばない。

 

『アカツキさん。あなたは』

 

 攻めあぐねるエイトに、アンジェリカはわざわざ通信ウィンドウを開き、顔を見せての通信をつないできた。エイトは慎重にブレードとシールドを構えたまま、「はい」と短く返事をした。

 

『このままでは私には勝てません。それはおわかりですわね』

「……認めます。けど、まだっ!」

『その理由を、ファイターとしての自分自身と、ガンプラ。そのどちらに求めていまして?』

「それはっ……両方、です」

『そう……っ!』

 

 バンッ! 音がしたと思ったその時には、レディ・トールギスの足裏が、エイトの目の前に迫っていた。咄嗟に掲げたビームシールドが突然の蹴撃を間一髪で防ぐが、強烈な衝撃と共にビームシールド発生装置が吹き飛んだ。

 

「くっ、パワーの問題じゃあない……!?」

『ご名答ですわ』

 

 よろめき、膝をついたF108の首筋に、ビームレイピアの切っ先が音もなく突きつけられる。

 

『このレディ・トールギスの踵部(ヒール)には、対装甲散弾(ショットシェル)が仕込まれていますのよ。左右一発ずつの隠し武器ですけれど』

 

 確かにレディ・トールギスの足裏から、白く硝煙が立ち昇っている。ほぼゼロ距離で対装甲用の散弾などぶち込まれれば、小型軽量のF108の装甲程度なら難なく撃ち抜けるだろう。

 

「……つまりは、この損傷はガンプラの完成度の差からくるものじゃあないと……そう言いたいんですか」

『ふふ……またしてもご名答、ですわ』

 

 通信ウィンドウの中のアンジェリカの表情が、満足げに歪み、笑う。

 ビームレイピアが下げられ、代わりに再びの蹴りが襲い掛かる。エイトはブーストジャンプで後退してかわすが、F108の右足が悲鳴を上げる。着地の衝撃にこらえきれず、またもや膝をついてしまう。

 

「くっ……ダメージが……!」

『その赤いF91は、とても良いガンプラですわ!』

 

 青くカメラアイを光らせたレディ・トールギスが、ブーストの光の尾を引きながらF108に飛びかかる。息つく間もない、ビームレイピアの刺突の嵐。エイトは両腕のビームブレードをフル回転させて紙一重でしのぎ続けるが、一方のアンジェリカは生き生きとした表情でしゃべり続けている。

 

『さすがに赤姫さんが目を付けただけあって、アカツキさん! あなたのガンプラ制作技術は十分にGBOハイランカーたちとも渡り合えるものですわ。装甲の薄い小型MSベースのガンプラでありながら、この私のショットシェル・ヒールを受けて手足が千切れないのは、その良い証拠でしょう。専用のバーニアユニットの推進力も、突撃主体の機体としては申し分ないですわ。さらには、サーペント二機をまとめて片づけたビームランスでの突撃。加速度・突破力ともに十分。目を見張る威力でしたわ!』

「誉め言葉だと、受け取らせて、もらい、ますけど!」

『でも、あなたがダメですわ』

 

 ずおっ……突然、レディ・トールギスの顔面が、モニターいっぱいに広がった。ビームブレードの間合いのさらに内側、顔と顔がほぼ密着するような距離にまで肉薄してきたのだ。突然の出来事に、エイトの思考が一瞬固まる。

 

『ほら。この距離、バルカンでしょう?』

「な、あっ!?」

 

 次の瞬間、凄まじい衝撃と共にF108が高々と宙に打ち上げられる。腹部・胸部装甲に致命的な損傷、コンディションモニターが機能不全警告(エラーメッセージ)で真っ赤に染まる。腹部インテーク/ダクト全壊、胸部マシンキャノン使用不能。ムーバブルフレームは奇跡的に損傷軽微、なんとか機体は動くが、反応速度は格段に落ちてしまっている。

 

『そのガンプラにはマシンキャノンすらあったのに、あの状況で即座に撃てない!』

 

 F108を追って跳び上がってきたレディ・トールギスの右拳から、硝煙がたなびいている。踵だけでなく、拳にも仕込んでいたとは――ショットシェル・フィストといったところか。

 

『普段から腕のブレードに頼って、一撃離脱狙いの突撃ばかりで状況を切り拓いてきた弊害ですわ!』

 

 レディ・トールギスが、右拳を大きく振りかぶる。すでに右のショットシェルは撃っている、ただのパンチなら下手に避けるよりビームシールドで――エイトは生き残っている左腕のビームシールドを展開するが、

 

『だから、フェイントにも慣れていない!』

 

 突き刺さるのは左拳! ビームシールド発生装置は散弾に撃ち抜かれて爆散、その衝撃でF108は再び地面に叩き落される。バーニアを吹かして地面との衝突だけは防ぐが、立ち上がったF108の目の前には、すでにビームレイピアの切っ先が迫っていた。

 のけぞるように身を反らして直撃は避けるが、頭部バルカンの片方を潰される。再びブレードとレイピアのせめぎ合いが始まるが、苛烈さを増す一方の刺突の連撃に、まったく防御が追いつかない。

 

『近接戦闘型のガンプラを使いながら、剣戟の腕も未熟!』

 

 ぎりりと奥歯を噛んだエイトの脳裏に、初めてGBOをプレイした時の、ビス子との戦いが蘇る。砲撃主体の爆弾魔であるビス子に斬り合いで負けて、ヒート剣をコクピットに突き立てられた時のことが。

 

『挙句には!』

「うぐぅっ!?」

 

 ビームブレードを弾かれ、またもや蹴りを叩き込まれる。吹き飛ばされ、距離を開けられたF108に、今度はメガキャノンの砲撃が嵐のように降り注ぐ。連射力を重視し出力を絞った射撃のはずなのに、一発一発がジャブローの地盤を貫通し、地下大空洞まで繋がる大穴を開けていく。

 エイトはそのビームの嵐の中を、山のようなエラーを表示する機体を誤魔化しながら逃げ回ることしかできない。

 

『遠距離攻撃をしてくる相手には、味方の援護がなければ近寄ることすらできない!』

 

 アンジェリカの言葉に、反論できない。レベルアップミッションの時、ナノカとビス子の援護がなければローエングリンゲートを突破することはできなかった。ゲルズゲーのライフルに蜂の巣にされるか、ローエングリンに焼き払われるかが関の山。レベル4になんてなれなかった……!

 

『チームメイトを信じて頼るのと、最初から援護をアテにして突っ込むのはまったくの別物ですわ。援護がなくなったとたんに突撃が通用しなくなるのがその証拠――あなたが真に強者ならば、サーペント部隊に追われたあの時でも、隙を見て攻勢に転じたはずですわ』

「言葉もありません……けど、でもっ……!」

『赤姫さんのお気に入りというから、どんな逸材かと思えば……期待外れ、と言わせていただきますわ』

「そ、それでもっ……それでも、僕はああああっ!」

 

 砲撃の途絶えた一瞬に、エイトは叫び、ビームランスを形成。フルブーストで反転攻勢――したつもりが、

 

『あなたの突撃は、まったく極まっていませんわ』

 

 誘い込まれただけだと気づく。砲撃が途絶えたのは、弾切れでもオーバーヒートでもなく、ただ単純に高出力モードへの溜め時間(チャージ)のためだったのだ。

 圧倒的なエネルギー量を溜め込んだメガキャノンの砲口が、F108を迎え撃った。

 ドムゲルグをシールドごと消し去った一撃が、エイトに向けて撃ち放たれる。

 

『自分の力を磨きなさいな』

 

 圧倒的な光の渦にF108が呑み込まれそうになった、その時。

 

「エイト君っ!」

「ナノ、さん!?」

 

 全身ボロボロになり、Gアンバーすら失ったナノカのR7が、F108をかばうように抱きしめた。

 しかし、だからといってメガキャノンの破壊力が押し留められることもない。

 すべてを巻き込み消し去ろうとする熱量に、エイトとナノカは呑み込まれ――そして、全てが焼き尽くされた。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

『BATTLE ENDED!!』

 

 快活な男声がゲームの終了を告げ、リザルト画面がポップアップする。

 第二十九回GBO定期大会〝レギオンズ・ネスト〟Gグループ、優勝――チーム・スノウホワイト。

 その表示を見るともなしに眺めながら、アンジェリカは腹の底から湧き上がってくる感覚を、抑えることができなかった。

 

「ふふ……うふふふふ……はは、あははっ! あーっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」

 

 その笑いは、優等生の仮面を脱ぎ捨てたアンジェリカの哄笑は、一体何を意味するのか――動く者のいなくなった戦場に、レディ・トールギスだけが悠然と滞空する。

 穴だらけになったジャブローの大地を、赤い夕陽が照らしていた。

 

 

 




第十話予告

《次回予告》
「許さない……赤姫、許さない……絶対に許さない。赤姫、許さない、許さない、許さない許サなイ許サナい許サナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ」
「素晴らしい! 素晴らしく、どす黒い感覚がします……ずいぶんと荒れていますねえ、元〝姫騎士の番犬(ロイヤルハウンド)〟」
「……元、だと! 愚弄するかッ! 誰だ貴様ッ!」
「誰だ、なんて後でいいじゃあないですか。大事なのは、きっと私はあなたの力になれる……と、いうことですよ。あなたの、復讐の力にね」
「復……讐……ッ! その言葉、本当だなッ!?」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第十話『ウェスタン・シスターⅠ』

「ならば貸せ、貴様の力! 私は赤姫を許さない……ッ!」
「GOOD! 良い憎悪です。ならば力をお貸しましょう。この私……イブスキ・キョウヤがね」



◆◆◆◇◆◆◆



 長かったレギオンズ・ネスト編も、これにて終了。次回は後日談と今後への布石となるお話です。
 えらく長く間が空いてしまいまして、申し訳なく思います。少なからずも読者さんがいてくださる状態でほぼひと月も更新なしとは……すべてはリアル労働と、MGSVが、ビックボスが……!!
 ……すみません。デュナメス・ブルーのガンプラも完成したので、近日中に掲載したいと思います。
 感想・批評等お待ちしております。よろしくお願いします。


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Episode.10 『ウェスタン・シスターⅠ』

れいずゆあふらあああああああっぐ!
鉄血のオルフェンズがかなりいい感じですね。もういっそこのままビーム兵器なしで、鈍器で殴り合うガンダムを見てみたいものです。レベルを上げて物理で殴ればいい。(真理)

超絶珍しく、平日の休暇が取れたのでこんなタイミングで更新です。
平日が休みというだけでこんなに心が安らぐなんて……嗚呼、刻が見える……!


 ギアナ高地の独特な植物群が、轟音に震えていた。

 打撃音、破壊音、爆発音――テーブルのような台地に叩き付けられたプラスチックの欠片が辺り一面に散乱し、頑丈なはずの岩石質の台地すら粉砕した。

 

『うわああ! ぶ、部長、すみませ――』

『三号機ロスト、畜生め! 部長、何なんだよあのカラテ・マスターは!』

『去年の決勝進出者(ファイナリスト)だ! 準決勝まできて、あんなバケモノにあたるとはなあ!』

 

 爆発に追い立てられるように空中に飛び出してきたのは、トリコロールカラーに塗装されたデルタプラスとゼータプラスだった。両機とも飛行形態(ウェイブライダー)に変形し、爆心地から全速力で遠ざかるが、

 

『距離をとって射撃をぐあっ!?』

『部長!?』

 

 突如、まるで見えない糸(・・・・・)にでも引っ張られたかのように、デルタプラスが墜落した。一瞬にして密林の奥深くに引き擦り込まれ、その姿が見えなくなる。

 直後、「あっひゃっひゃ♪」という特徴的な高笑いがフィールド中に響き渡り、引き千切られたデルタプラスの手足や翼が撒き散らされる。オイルとプラフスキー粒子がまるで血のように飛び散り、木々の葉にべったりと赤黒い模様をつける。

 

『畜生、畜生、畜生ーーッ!』

 

 ゼータプラスは即座にMS形態に変形、デルタプラスの救援に向かう――が、その時。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 轟ッ! 熱気を竜巻のように巻き上げながら、二機のガンダムが舞い上がる。

 

「いくぞっ、サチっ!」

 

 一機は豪傑、筋骨隆々の武闘家のようなシルエット。燃え盛る太陽のような光輪を背負い、ツインアイと胸部の宝玉、そして両手を金色に輝かせている。ゴッドガンダムをベースに改造したそのガンプラの名は、ダイガンダム。大鳥居高校ガンプラバトル部部長、〝RMF(リアルモビルファイター)〟ギンジョウ・ダイの愛機だ。

 

「おうよダイちゃんっ♪」

 

 もう一方は流麗にして華奢、しかしながら細く絞り込まれたアスリートの肉体を思わせるシルエット。装甲のカラーリングはまるでセーラー服を着た女子高生――燃え盛る髪の毛状の放熱フィンを振り乱すそのガンプラは、ノーベルガンダム・ドゥルガー。大鳥居高校ガンプラバトル部副部長、〝不死の悪戯(ノスフェラトゥ・ゲーム)〟カンザキ・サチの愛機である。

 二機のガンダムはまるで物理法則を無視したような超機動でくるくると空中回転、両の拳をがっちりと握り合わせてキメポーズをとる。

 

「我らのこの手が! 真っ赤に燃えるッ!」

「勝利を掴めとぉー! 轟き、叫ぶぅー!」

 

 猛烈な熱量を孕んだプラフスキー粒子が煌めきながら渦を巻き、ゼータプラスを巻き込んでその動きを拘束した。さらには、ダイとサチとの握り合わせた拳の前に、キング・オブ・ハートの紋章を描き出す。収束した粒子が炎のように燃え上がり、巨大な火球となってダイとサチとを包み込んだ。

 

「ばぁぁぁぁくねぇぇつッ!」

「ゴッドフィンガぁー!」

「石破ァッ!」

「ラぁぁぁぁブラブぅ!」

「「天・驚・けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんッッ!!」」

 

 ゴッ……オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!

 圧倒的な光の奔流が、すべてを飲み込み破壊し尽くした。ギアナ高地は根こそぎ消滅し、後に残るのは半径数百メートルにも及ぶ灼熱したクレーターのみ――

 

『BATTLE ENDED!!』

 

 快活なシステム音声が響き、フィールドのプラフスキー粒子は一瞬のうちに霧散した。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

『準決勝第一試合、終了でーーすっ! 強い! 強いぞ大鳥居高校ガンプラバトル部、部長&副部長コンビ! 予選大会では猛威を振るった最速の可変機部隊、チーム・アルバトロスをほぼ無傷で瞬殺し、決勝進出をけってーーいっ! 最強のモビルファイターカップルは、去年の雪辱を果たせるかーーっ!?』

 

 ほとんど水着にしか見えない衣装をまとった大会MCのハイテンションなアナウンスが、だだっ広い市民体育館に響き渡る。エイトはそれを、聞くともなしに聞いていた。

 七月の第三週、多くの学校園で一学期終業式が行われた、その翌日。つまりは、夏休みの初日。第十回ガンプラバトル選手権、地区予選最終トーナメントの試合会場に、エイトは来ていた。

 本来の目的は当然、決勝トーナメントまで駒を進めたダイとサチの大鳥居高校最強コンビの応援だ。しかしエイトの表情は、最強コンビの圧倒的な強さに熱狂し歓声を上げる他の部員たちとは、違っていた。

 

「悩んでるじゃあねぇか、エイト」

「タカヤ……」

 

 左腕に「新聞部」の腕章をつけたタカヤが、ザクバズーカのようなバカでかいレンズをつけたカメラを手に、エイトの隣に座ってきた。

 

「今日はどっちの部活動だよ。先輩の応援? それとも取材?」

「どっちもだよ。バトル部の記事、評判良いんだぜ。このオレ様の超至近距離での独占取材のおかげでね。……ま、一つ言えるのは、今の俺は新聞部一年エース兼ガンプラバトル部イチの事情通サナカ・タカヤであって、〝傭兵(ストレイ・バレット)〟モナカ・リューナリィじゃあねぇってことぐらいかね」

 

 にやにやとおどけた様子でファインダーをのぞき、何枚も連続してシャッターを切りながら、タカヤは言う。

 

「だから相談ぐらいにゃあ乗るぜ? クラスメイトとしてさ」

「……気持ちを貰うぐらいにしておくよ。この悩みは、僕のものだ」

「へいへい、そーかい。んじゃまあオレはこの辺で。愛しのアカサカ先輩によろしく伝えといてくれよー」

 

 前だけを見つめるエイトの表情を見て、タカヤは何かに納得したように頷き、席を立った。

 

「――次は、負けないってな」

 

 ハイテンションな大会MCが準決勝第二試合の開始を告げる、その声にかき消されるかどうかという小声。気障にも聞こえるそんなセリフを、タカヤは真剣そのものといった表情で言って、どこか会場の奥へと消えていった。

 

「……そうか。タカヤも、負けたんだった……ん?」

 

 制服のズボンのポケットに、軽い振動。エイトのスマートフォンに、タカヤからの画像データが届いていた。メールを開いて確認すると――

 

「何だよコレ!?」

 

 大会MCの女性の、胸やら尻やらふとももやらのアップでの写真が多数。「あのカメラはこのためかよ!?」とエイトが内心でツッコむのと同時、後ろから聞き慣れた声がかけられる。

 

「エイト君」

「な、ナノさん!?」

「世の中には、覗き見防止フィルターという商品があるらしいのだけれど――」

「い、いや違うんです! これはタカヤが!」

 

 ナノカの抑揚のない冷たい声色に、エイトは慌てて画像を消し、あたふたと弁解する。そんな様子を見てナノカは、ふっと柔らかい微笑みを浮かべ、エイトにスポーツドリンクの缶を差し出した。

 

「ふふ、いいさ。男の子だものね。見てしまった私の不作法だ」

「いやだから違うんですって――」

「飲み物。受け取ってくれないかい? スポーツドリンクが苦手なら、こっちの〝激濃・乙女のおしるこ缶(あったか~い)〟でもいいのだけれど」

「い、いえ遠慮します。というかこの夏真っ盛りによくありましたねそんなもの」

「ふふ……いいものだよ、おしるこは。季節などは関係なく、私のお気に入りさ」

 

 言いながらナノカは、器用に片手でプルタブを開け、持っているだけで手汗の滲みそうなアツアツのおしるこを、ごきゅごきゅとのどを鳴らして飲み下していく。足を肩幅に開き腰に手を当て、まるでお風呂上りにビンの牛乳を飲むが如くだ。そんな姿すら絵になってしまうから、ナノカは美人だとエイトは思う。例えそれが、真夏におしるこ(あったか~い)だったとしても。

 

「んく、んく、んく……ぷはー。さ、エイト君。キミも」

「……まったく、ナノさんらしいですね」

 

 エイトは誤解を解くのを半ばあきらめ、苦笑しながらスポーツドリンク缶を受け取った。ドリンクはよく冷えていて、一気に流し込むとキーンとした冷たさがのどを下っていくのがよくわかる。

 外は真夏日を大きく通り越した猛暑日だが、体育館の中は空調が効いて涼しい。バトルシステムの発熱も計算してか、夏用の制服一枚きりでは少し肌寒いぐらいの温度設定だ。

 準決勝第二試合は、共に優勝候補とされていたチーム同士の対決となっていた。そのうち一方は、去年部長たちが決勝で戦い、敗北した強豪校のチームだ。ビームが奔り、ファンネルが舞い、サーベルが切り結ぶ。大鳥居高校の部員たちは、観覧席から、部長たちの決勝の相手がどちらのチームになるのかを真剣な眼差しで見守っている。部長と副部長は、バトルシステムのわきに設置された作業スペースで、ガンプラの最終調整をしているようだった。

 

「一気に、一万人を超えたそうだよ」

「え、何です?」

「登録者さ。GBOジャパンランキングの」

 

 唐突にしゃべりだしたナノカの視線は、少し遠くを眺めているようだった。

 あの「レギオンズ・ネスト」から数日。エイトは、ナノカとは部室で何度か顔を合わせ、オンラインでも会っていたが、ナノカはずっと、何事かを考えているような顔をしていることが多かった。

 

「各動画サイトでの、レギオンズ・ネストの生中継とダイジェスト版の配信。かなり好評……というより、想定以上の大反響らしくてね。特に、現実世界(オフライン)でも名の知れたファイターが参加していたグループの動画再生数は、ちょっとしたものらしいよ」

「よかったですね、ナノさんのお父さんは」

「ふふ、そうだね――父が主導して、ガンプラショップへの広報や、ネット上での広告をしていたらしいんだ、今回の大会は。おまけに、公式動画視聴者の中から五〇〇名に、GBO用のデバイスセットのプレゼント付きだ。ヤジマ商事も、本腰を入れてくれたらしい」

「そう、ですか」

「本社の協力を取り付けた父は、中々やり手だったようだよ。誇りに思うべきなんだろうね、娘としては――私がエイト君一人をGBOに誘っている間に、父は五〇〇〇人だ」

 

 どこか悲しそうに苦笑するナノカに、エイトはかけるべき言葉を迷ってしまう。

 二人ともがちょうど缶を一本飲み終わるほどの空白があいた、その後。ナノカから先に、ぽつりといった。

 

「〝一つ目の理由〟は、クリアできたということだよ。エイト君。」

「……はい。ナノさん」

 

 ナノカはエイトの隣に、ゆっくりと腰かけた。少しうつむき加減の顔を、さらりと流れた長い黒髪が隠して、表情はよく見えない。何を言われるか、わかるようなわからないような……エイトは不安に背中を押されるように、口を開いた。

 

「でも僕は、まだ戦いたいです。あの、その……ナノさんと、いっしょに。ビス子さんともです!」

 

 チーム・ドライヴレッドの初戦であるところのレギオンズ・ネストは、自分の力不足で負けたと、エイトは思っていた。アンジェリカに指弾された通り、ナノカやビス子といった実力者(ハイランカー)の援護を当たり前と思っていた自分自身のおごりが生んだ結果であると。

 

「……私がキミを誘ったもう一つの理由、聞いてくれるかい?」

「そ、それは……もっと強くなってからって、約束でした、よね……」

 

 だから、エイトは怖かった。もし、ナノカのいう〝もう一つの理由〟に応えられるだけの実力が備わっていないと言われたら。

 

「キミは強いよ、エイト君。相手があの〝白姫(ホワイト・アウト)〟でなければ、〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟でもなければ、ああも簡単にキミの突撃力を殺せはしないさ」

「ありがとう、ございます……」

「確かに、キミには弱点がある。けれどもそれは、誰にだってある。キミの長所や、これからの成長でだって補える。ガンプラを改造したって良い。――少なくとも、レベル8相手にあそこまで生き残ったレベル4を、私は知らないよ」

 

 缶の中にわずかに残ったおしるこを飲み下しながら、ナノカは言う。あの風紀委員長(バトルマニア)は、新入りに説教をするのが好きなのさ。将来はきっと教師にでもなるに違いない――と。

 

「そう……ですか」

「ああ、そうさ。だから、キミに聞いて欲しいんだ、エイト君。私の目的を。私たちが倒すべき、相手のことを」

 

 こちらを真っ直ぐに見つめるナノカに、エイトは少し緊張しながら頷き返した。

 ナノカは、座席の肘掛にあるカップホルダーに空き缶を置いて、言った。

 

「――GBOジャパンランキング、第一位。レベル8プレイヤー、〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟の〝最悪にして災厄(パンドラボックス)〟。〝変幻自在(ルナティック・ワンズ)〟〝眠らない悪夢(デイドリーミング)〟〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟……」

 

 ぞわり、と背筋に悪寒が奔る。ナノカが流れるように告げた言葉の羅列に、エイトは言い知れぬ寒気を感じた。数々の異名、そしてランキング一位。エイトのような新参でもわかる。ランキング表を確認すれば、常に、必ず、一番上に名前があるそのファイターは――

 

「――BFN:ネームレス・ワン。主な使用ガンプラは、デビルフィッシュ・セイバー……」

「正解だ、エイト君」

 

 ナノカはこくりと頷いて、白く細い指先で、すっとエイトの胸を突いた。

 

「エイト君。キミが、GBOのトップを倒すこと――それが私の目的だ」

「僕……が……?」

 

 もう一度、ナノカは無言で頷き……そして、ふっと悲しそうな微笑を浮かべて俯いた。

 

「私では、ダメなんだ。私がやつを倒しても、あの子は救われないんだ――私ではない誰か、ゼロからスタートした誰かでなければ――〝奇跡の逆転劇〟を見せなければ。だから、エイト君。私はキミを、GBOにスカウトした」

「ナノ、さん……」

 

 今、ナノカが口にした「あの子」という言葉。それが、最後の大会を控えた三年生を巻き込むのをためらった理由なのだろう。だが、「私ではダメ」というのは……疑問はあるが、それでもエイトは嬉しかった。細かいことはどうでもいい。自分の中の少年の(ハート)に、火が付くのを感じた。

 最高に熱いじゃあないか――〝一位〟を倒すなんて。

 

「強くなります、ナノさん。僕たち(・・・)の目的のために」

「エイト君……そうか、ありがとう」

 

 ナノカは顔を上げ、右手をエイトに差し出した。

 

「嬉しいよ。こんな説明不足の私だけれど――頼んだよ、相棒」

「はい!」

 

 エイトはその手を握り返し、力強く頷いた。

 ちょうどそのとき、第二試合の決着がついたらしく、客席がわっと盛り上がった。どうやら勝ったのは、前年度も部長たちと優勝を争った強豪校の方らしい。大会MCがまたハイテンションに煽るような文句をぶち上げ、大鳥居の部員たちは口々に部長と副部長への応援と激励とを叫ぶ。

 その熱い喧騒に紛れるように――いや、まったく紛れることができず違和感を振りまきながら、彼女はいた。

 

「んっふっふー。話はきいたでー、エイトちゃん」

 

 ぴょこぴょこと跳ねる、短いツインテール。まったく未発達な体躯は小さく、スポーティーな薄手のシャツにぴっちりとした濃紺のスパッツ、足元はアンクルソックスにランニングシューズという出で立ち。その小さな体に不似合いな、冗談のように巨大なバックパックを背負って、数段上の通路から、にやにやとエイトを見下ろしている。

 

「小学生……? 知り合いかい、エイト君?」

「え、あ、はい。そうです」

「えーっ。知り合いなんてモンとちゃうやろ、エイトちゃん! ヒドイわぁ!」

 

 小さい彼女は露骨に不満げな顔をしながら、階段を数段飛ばしで駆け下りてエイトの隣にぽふんと座った。バックパック側面のメッシュ状のポケットに入ったガンプラ用の工具類が、かちゃかちゃと音を立てる。

 

「えっと……キミはビルダーなのかな、お嬢ちゃん?」

「んっふっふー。お嬢ちゃん、ねぇ……」

 

 ナノカの質問に、少女は意味ありげに笑って答える。

 

「そうや、ウチは主にビルダーをやっとる。良い目をしとるね、美人なお嬢ちゃん(・・・・・)

「キミ、どういう……?」

「あ、あのっ、ナノさんっ」

 

 眉をひそめたナノカとにやにや笑う少女との間に割って入り、エイトは少女を紹介した。

 

「近々来るとは聞いていたんですけど、まさか今日この場所に来るなんて……神戸のイトコの、エリサ姉さんです。ガンプラ心形流のビルダーで、僕のガンプラの師匠なんですよ」

「んもー、エイトちゃーん。前みたいにエリねぇって呼んでやー?」

「ふぅん、そうか。エイト君のお姉さ……ん? え……?」

 

 ああ、そうなるよなぁ。毎回だよ……エイトは心の中で、従姉の紹介をするたびに思うことを、今回もまた思う。そんなことを知ってか知らずか、当のエリサはイスに座ったまま床まで届かない足をぷらぷらさせながら、満面の笑みでウィンクして横ピースなどを決めている。

 

「神戸心形流ビルダー、アカツキ・エリサ。今年で二十歳の女子大生や。よろしゅうなー♪」

「と、年上……だって……っ!?」

 

 どう見ても小学生にしか見えないエリサに、驚愕の表情のナノカ。

 しかし、続くエリサの言葉に、ナノカとエイトはすっと顔を引き締めることとなった。

 

「話は聞いた――エイトちゃんの強化、手伝うわ。急ぐんやろ?」

「姉さん、それは……」

「ごちゃごちゃ言わんの、エイトちゃん。お姉ちゃんにまかしときー♪」

 

 そして再び、ウィンクと横ピースを決めるのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――同時刻、GBO内。GW(ガンダムウィング)EW(エンドレスワルツ)ワールド、大統領総督府周辺フィールド――

 

「ブチ撒けろォォォォッ!!」

 

 ゴッ、シャアアアアン! けたたましい金属音が鳴り響き、一機のガンダムタイプがスクラップと化した。引き千切られたアクティブクローク、滅茶苦茶にひしゃげた肋骨のようなデザインの胸部。どうやらそのガンプラは、ガンダムデスサイズヘルだったらしい。

 

「よしっ、まずはこんなモンかァ!?」

 

 トドメとばかりに大型ヒートブレイドを突き立て、デスサイズヘルを完全に沈黙させる。ビス子は荒い息を押さえながら、周辺に敵影がないことを確認した。

 あたり一面に散らばるのは、バラバラになったガンプラの残骸とスクラップとなれの果てばかり。サンドロック、デスサイズ、シェンロン、アルトロン、ナタク――オペレーション・メテオのガンダムタイプのうち、主に近接戦闘に長けた機体たちが、機能停止して転がっている。

 続いてビス子は、ドムゲルグのコンディションをチェック。盾代わりにビームサイズを受け止めたジャイアント・バズがオシャカになったのは痛いが、それ以外は問題なし。バルカンや打撃を数発受けたが、ドムゲルグの装甲はその程度では揺らがない。五体満足の状態だ。スパイクシールドも健在、ミサイルもシュツルムファウストもまだ残弾は半分以上ある。

 

「ミッション進行度は50%……悪くねェな、このペースなら」

 

 ビス子はつぶやき、大型ヒートブレイドを引き抜いた。

 今、遂行中のミッションは〝終わらない舞踏曲(エンドレスワルツ)〟。GBO内の全VRミッション中最高クラスの難易度を誇る、通称〝全滅仕様(トミノエンド)〟のひとつだ。

 ミッション前半は、近接戦闘型のガンダムに取り囲まれた状態からスタートし、ビームサイズやヒートショーテル、ドラゴンハングに滅多斬りにされる、細切(ミンチ)地獄。ビス子はこれを火力と装甲で押し切って乗り越えたが――このミッションの本当の地獄は、ここからだった。

 

「来やがったなァ……!」

 

 接近警報――地下格納庫の扉が開き、三機のガンダムタイプがリフトアップしてくる。ヘビーアームズ、ヘビーアームズ改、ヘビーアームズ・カスタム(EW)。さらには上空から、超高速で接近する機影が多数。ウィング、ウィングゼロ、ウィングゼロカスタム。さらにはトールギスが、Ⅰ・Ⅱ・Ⅲと揃い踏みだ。

 ビームガトリングが、バスターライフルとツインバスターライフルが、そしてドーバーガンとメガキャノンが、凶暴なビームの光を充填(チャージ)して、一斉にドムゲルグを照準する。

 通称、弾幕(ゲロビ)地獄。一撃必殺の超出力ビームが途切れることなく襲い掛かり、並のプレイヤーでは数秒と持たずに任務失敗(ゲームオーバー)だ。

 過去にこのミッションを単独(ソロプレイ)でクリアできたのは、ほんの数人。そのすべてがレベル8プレイヤー〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟だという曰く付きだ。

 

「さァて、オレサマの特訓に付き合ってもらうぜェ……!」

 

 ビス子は手汗を服の裾でぬぐい、コントローラを握りなおした。そして油断なく、獣のような目つきで敵機を睨み付ける――特にトールギスⅢに、あの〝白姫(ホワイト・アウト)〟の姿を重ねて。

 

「これ以上エイトの前で……無様な姿ァ、見せらんねェんでなァッ!」

 

 熱く滾るビス子の胸の内に応えるかのように、ドムゲルグの核熱ホバーが唸りを上げ、大型ヒートブレイドが真っ赤に燃えた。ミサイルランチャーの全ハッチを解放し、ビス子は叫び突撃する!

 

「ドムゲルグ・ドレッドノート! 〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ビス丸! ブチ撒けるぜェ!」

 

 




第十一話予告

《次回予告》
「さーてさてさて、満を持してのウチの登場やー! って出番こんだけかーい!
「んもー、エイトちゃんもなんや冷たいしー。前みたいにエリねぇって呼んでくれへんしー。
「これはもー、なんとかしてもう一度、ウチの魅力をエイトちゃんにたたっこむしかないなー!
「ってーことで! 次回のガンダムビルドファイターズ ドライヴレッドはー!」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第十一話『ウェスタン・シスターⅡ』

「んっふっふー。エイトちゃーん、ウチに甘えるヨロコビを思い出させたるでー?
「ガンプラ心形流の本気、見したるわ! 心して待っときやー!」



◆◆◆◇◆◆◆



 新参者の主人公が、”一位”を倒すために頑張る。部活モノの少年マンガとかでよくある展開だとおもうのですが、どうでしょう?
 そしてこの流れは機体パワーアップの流れ……!やべぇ、どうしよ。なんも考えてねーわ(汗)。とりあえず新キャラのエリサ姉さんがビルダーなのはパワーアップのためです。なんか年上か合法ロリしかいねーな、このSS。
 以上、平日に休暇が取れてテンションMAXな亀川ダイブでした。
 次の更新はデュナメス・ブルーの紹介の予定です。
 感想・批評等お待ちしております。よろしくお願いします。


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Episode.11 『ウェスタン・シスターⅡ』

「よし、できた!」

「うんうん、ええ感じに仕上がったなぁ」

「ありがとう、エリサ姉さん。僕一人ではここまでのものは……」

「ええのええの、エイトちゃん。高校ではガンプラバトル部に入るんやろ?」

「うん。大事にするよ、このF108……僕と姉さんの作品だ」

「んっふっふー。そういってもらえると嬉しいなぁ……けどな、エイトちゃん。そいつの完成度はまだ八割ってとこや」

「えっ……?」

「ガンプラ心形流の教えでなぁ。〝ガンプラとビルダーは共に戦う中で成長する〟ってのがあるんや。手足を組み終わったら、塗装が乾いたら完成やない、ってことや」

「共に戦い、成長する……」

「そう。だからそのF108には、わざと改造の……成長の余地を、残してある」

「姉さん……」

「別にパーツを増やさんでもええ。設定を考え、GPベースに入力するだけでもガンプラは強くなる。ようは、愛着を持って大切にせえ、ってことやな」

「愛着……わかったよ、姉さん」

「んっふっふー。素直でよろしい! どれ、ちょっとしゃがんでやエイトちゃん。おねーちゃんがなでなでしたるわ♪」

「い、いいよそんなのは……僕はもう一五歳だよ!」

「んっふっふっふっふー♪」

「ね、姉さん……!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

『オキロ! アサダゾ! オキロ! アサダゾ!』

「ぅうん……」

 

 大声で跳ね回るハロの頭を、ポンとひと押し。目覚ましのセットは朝の八時にしていた。遅い目覚ましは夏休みの特権――七月も最終週となった今日、すでに夏の太陽は燦々と輝いている。カーテンの隙間から差し込んでくる遠慮ない朝日から顔を背けながら、エイトは半分眠ったままの意識でごそごそと眼鏡を探した。

 

「ん……あれ……?」

 

 おかしい。いつもなら、手を伸ばせばベッドサイドのテーブルに手が届いて……

 がさごそ。がさごそ――ぺたん。

 

「……ん?」

「ぃやん♪ エイトちゃんのえっちぃ♪」

 

 ぺたん。ぺたぺた。

 

「……なんだ、壁か」

「なんやとコラああああ!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「……どうしたんだい、エイト君。そのほっぺたは」

「い、いや……その……」

 

 頬についた真っ赤な手形をさすりながら、口ごもり、ちらちらとエリサの様子を窺うエイト。エリサが素晴らしいほどの満面の笑みを浮かべてこちらを睨みつけているのを見て、エイトは説明を諦め、「なんでもないです、ナノさん」と小さな声で言った。

 

「んっふっふー。ウチとエイトちゃんの間のコトや。お嬢ちゃんには関係あれへんよー♪」

「……お姉さん。私と彼とはチームメイトです。心配ぐらいはさせてもらいたい」

 

 珍しくむっとした表情のナノカと、からからと子供のように笑うエリサ。かたや身長170㎝の長身美女、かたや130㎝台の年上幼女。ニュータイプの感応波とはまた違った種類の稲妻がバチバチと散っている間に挟まれて、エイトは朝からどっと疲れた気がした。

 

「あの……姉さん、ナノさん。お店、入りませんか?」

 

 空気を変えようと、エイトは二人の間に割って入り、目の前のショップを手で示した。

 大鳥居高校から徒歩で約十分の商店街、そのほぼ真ん中で営業する模型店(ガンプラショップ)――大鳥居高校ガンプラバトル部御用達の店、『GP-DIVE』だ。このあたりでガンプラ関連の品揃えがよく、バトルシステムを常設している店と言えば、ここになる。なにより、店長自身が自他共に認めるガンダムマニアであり、ガンプラビルダーでもあるという点が、付近のビルダーたちから好評の店だ。

 エイトの力ない愛想笑いに、ナノカとエリサも多少は申し訳なく思ったのか、ふんと鼻を鳴らして目を背けるとスタスタと店内に入っていった。

 

「らっしゃーーい! おお、ナノカちゃん!」

「しばらくぶりだね、店長。お邪魔するよ」

「がっはっは! 美人はいつでも大歓迎だ!」

 

 威勢のいい大声。青いツナギ姿の大男が、大量のガンプラの箱を台車の上から降ろしていた。大柄な体躯に似合わない細い眼鏡、頭にはバンダナ……ではなく、ただのタオルをバンダナのように巻いている。若いようだが、年齢はわかりづらい。

彼がGP-DIVEの店長、通称「店長」だ。名前は誰も知らないが、特に不便もないので店長とばかり呼ばれている。

 

「エイトのボウズもか。こないだのザクはどうだい、ダイの野郎には勝てたのか?」

「はは……そりゃあもう、コテンパンに」

「がっはっは! そりゃあそうだ、アイツは俺でも二勝八敗だからなあ!」

 

 言いながら、店長はパーフェクトグレードのユニコーンガンダムの異常にバカでかい箱を、ひょいっと片手で商品棚の上の段に滑り込ませた。見た目通りの腕力だが、あれで制作するガンプラはなかなかに丁寧だから、器用なものだとエイトは思う。あの〝RMF(リアルモビルファイター)〟ギンジョウ・ダイに二勝もあげている時点で、バトルでもかなりの実力者ということになる。

 

「んで、今日は何だい? オルフェンズのHGシリーズを再入荷したが、こいつはなかなかいいぜ。HGのサイズでフレーム構造、しかも価格も割と安く……」

「いや、店長。今日はバトルシステムを借りに来たんだよ」

 

 店長の言葉を遮って、ナノカは手に持ったガンプラケースをぽんぽんと叩いた。エイトも通学用の鞄からガンプラケースを取り出す。

 

「今日、僕のイトコが来ているんです。ガンプラの強化を手伝ってくれるってことで、まずは実力を確かめたいって」

「へぇ、そうかい。ボウズのイトコってーのは……?」

「はい、姉です……って姉さん自由過ぎるよ!? 何してるんだよ!?」

「ほへ?」

 

 エイトの突っ込みに気の抜けた返事を返したエリサは、店の入り口にあったアッガイの巨大なぬいぐるみによじ登ってしがみついていた。まるで子供だ。いや、見た目は完全に子供なのだが。

 エイトは慌ててエリサを引きはがしにかかり、ナノカは何とも言い難い微妙な表情でため息をついていたが――店長の様子が、おかしい。

 

「……あ、ああああ……」

「ん、店長? どうしたんだい?」

「あああ、姐御(あねご)おおおお! アカツキの姐御じゃあねえですかああああ!」

 

 突然の大声に、ナノカはびくっとなって跳び上がる。エイトも驚いてこけそうになるが、エリサだけはそんな店長の様子ににやにやと満足げな笑みを浮かべ、巨大アッガイぬいぐるみからひょいっと飛び降りる。

 

「んっふっふー。久しぶりやねぇ、カメちゃん」

 

 そしてそばにあったパイプ椅子に、さながら悪の女幹部といった様子で足を組み、座る。

 

「ずいぶんご無沙汰やったからなー。そろそろウチの調教が恋しくなってきたんとちゃうかなーって思ってな? 店出したのは知っとったから、エイトちゃんイジメるついでにきちゃったんよ♪」

「え……知り合い……というか調教って、姉さん……店長……」

「店長。私はキミを見損なったよ」

「ち、ちがーーうっ! 店を開く前、心形流で先輩後輩だっただけだーっ! っていうかボウズのイトコだったのかよ! 畜生、アカツキって名で気づくべきだったぜ!」

「まあまあカメちゃん。年下の先輩にしごかれる毎日……好きやったやろ?」

「店長……キミは……」

「だだだ、だから違うんだってナノカちゃん! 姐御も勘弁してくださいよおっ!」

 

 いつもは豪放磊落を絵にかいたような男だった店長が、エリサにいいように遊ばれている。ナノカの店長を見る目がかなり本気で冷たいのはかわいそうだが……

 

「よし、決めたで。タッグバトルや」

 

 突然エリサは立ち上がり、そう宣言した。

 

「エイトちゃんはお嬢ちゃんと組みや。ウチはカメちゃんと組む」

「姐御、俺は店が……」

「なんか言うた?」

「い、いえ何も! バトルシステム、準備しますぜ!」

 

 店長。僕の中での店長の印象が、ごりごり変わっています……ともかく。

 

「姉さん。まずは僕と姉さんのバトルの予定じゃ……」

「ええのんよ、この方がエイトちゃんを追い込める。さーあて、イジメるでー♪」

 

 エリサは景気よく声をあげ、エイトの通学鞄からもうひとつのガンプラケースを取り出した。ケースを開き、ガンプラを取り出す――それは一言で表すなら、忍者。紫色の装甲、独特な形状の手足。腰には一振りの日本刀型実体剣(ニンジャ・ブレード)。そして二本の苦無型短刀(シュリケン・ダガー)

 

「徹底的に追い詰めたるわ、エイトちゃん。ウチのガンプラ――AGE-1シュライクでな♪」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

『Please set your GP₋Base』

 

 店の二階は、フロアのほぼまるごとがバトルシステム用のスペースとなっている。大鳥居高校の部室には六角形のユニットが二つあるが、これはかなり恵まれている方らしい。しかしガンプラ専門店であるGP-DIVEのバトルシステムは、バトル部のさらに倍。四つのユニットを連結したものとなっている。小規模な大会程度なら、この店だけでできてしまう設備だ。

 エイトたちは四つのユニットの一番外側の辺にそれぞれ立ち、GPベースをセットした。

 

「……GBOじゃないバトルって、副部長と戦ったとき以来の気がします」

「私はもっと久しぶりさ。なんだか変な気分だよ」

『Please set your GUNPLA』

 

 エイトとナノカは、ふっと顔を見合わせて苦笑い。それぞれのガンプラケースから愛機を――F108とジム・イェーガーR7を――取り出し、セットした。

 一方でエリサと店長も、GPベースとガンプラのセットを終えていた。

 エリサのガンプラは、AGE-1シュライク。AGE-1の装備バリエーション、高機動・近接格闘戦型のスパロー・ウェアをベースとしたガンプラだ。メインカラーを紫に変更、日本刀と苦無の装備。背部にバーニアユニットを、つま先に格闘用クローを追加。特にシルエットを大きく変えるような改造は見られない――が、さすがは心形流のビルダーというべきか、一つ一つの工作の精度が非常に高いことが、遠目に見てすらよくわかる。システム上で再現されるガンプラの性能は、かなり高いだろうと予想が立つ。

 

「今回は、エイトちゃんをイジメるのが目的や。ウチは好きにするから、合わせてや?」

「了解、姐御。道場にいた頃を思い出すぜ……」

 

 そして店長のガンプラも、工作精度という意味ではエリサのシュライクに並ぶものだった。

 忍者のような独特なシルエットのシュライクに対し、王道で典型的なガンダム的シルエットのガンプラ。ガンダムMk.Ⅱをベースにしているようだが、おそらくゼータ系の機体とのミキシングなのだろう、スタイリッシュな雰囲気もある。背中のビームキャノンやウィングバインダーからは、ややゴツいゼータ系……ガンダムMk.ⅡとMk.Ⅲの中間に位置する機体、というような印象を受ける。

 

『Beginning Plavsky particle dispersal』

「そういえば……ルールはどうするの、姉さん」

「んっふっふー。んなもん、エイトちゃんが泣くまでに決まっとるやろ?」

「ね、姉さん……!」

 

 面白くてたまらないという風にニヤつくエリサに、困った顔をするエイト。そのやり取りを見て明らかに不機嫌になったナノカが、乱暴な手つきでバトルシステムの設定を操作した。

 

『GANPRA BATTLE.Combat Mode. Damage Level,Set to A.』

「な、ナノさん!?」

「へぇ~。ええのん、それで?」

「ガンプラの限界性能を引き出すのなら、レベルBでは不足だよ」

 

 さらにナノカはガンプラケースからGアンバーをもう一丁取り出し、R7に装備させた。さらに左肩と同じデザインの小型シールドを右肩にも載せ、R7は簡易的な重装形態(フルアーマー)となる。フィールドの確定前であれば装備の変更を認める、という大会も多いが……しかし、マナー違反ギリギリのタイミングだ。いつも冷静なナノカらしからぬ行動に、エイトは戸惑ってしまう。

 

「エイト君。全力の高火力で一気に押し込むよ。キミのお姉さんには絶対に負けられない」

「は、はい! すみません、ナノさん。姉さんが失礼で……」

 

 頭を下げるエイトに、ナノカは「いいんだ」と顔を横に振り、そしてふっとエイトにほほ笑んだ。

 

「エイト君、キミを……相棒を揶揄されるのは、好きじゃなくてね」

「ナノさん……ありがとうございます」

『Field1, space.』

 

 エイトの言葉に被せるように、システム音声が響く。ブン、とコクピットの各モニターに火が入り、コントロールスフィアを握る手にも力が入る。

 

「姉さんを倒すつもりで……いや、倒しましょう、ナノさん!」

「ああ、もちろんだ。エイト君」

 

 ナノカとエイトは頷き合い、それぞれ愛機をカタパルトに乗せる。

 

「まあルールは、全滅したら負けってことでええやろ。んじゃまあいっちょー、始めるでー♪」

「ダメージレベルAか。こいつは気合が必要だな……!」

 

 エリサと店長も、コントロールスフィアを握り、ガンプラをカタパルトに乗せた。

 バトルシステム四つ分の広大なフィールドがプラフスキー粒子の輝きに包まれ、ひときわ強く輝きを放つ。

 

「アカツキ・エリサ、AGE-1シュライク! いっくでー♪」

「進路クリア、発進準備良し。ガンダム・セカンドプラス、出撃をする!」

「ジム・イェーガーR7簡易重装(イージー・フルアーマー)。アカサカ・ナノカ。始めようか」

「アカツキ・エイト、ガンダムF108。戦場を翔け抜ける!」

『BATTLE START!!』

 

 ゴォォ――! すさまじい加速度で放り出されたフィールドは、大小無数のスペースデブリが散らばる宇宙空間。エイトは手近なデブリに着地し、周囲の様子を探る。特にミノフスキー粒子が撒かれているわけでもないらしいが、デブリの数が多く、死角も多い。

 

「守りに易く、攻めに難い。といった感じだね」

 

 エイトと同じくデブリに着地したナノカが、狙撃用のバイザーを下して索敵しながらつぶやいた。R7の優秀なセンサー類でも、やはり死角の多い宙域らしい。エイトはデブリを蹴ってナノカの隣に飛び移り、ガンダム作品にお約束の「お肌の触れ合い回線」で通信を繋いだ。

 

「姉さんのガンプラはビームライフルすらもっていない、超近接型です。姉さんの性格から考えても、きっとすぐに突っ込んできます」

「ああ、どうやらそのようだね……もう来ているよ!」

 

 ビィーッ! ビィーッ! 敵機を補足、警告音(アラート)が鳴り響く。レーダー画面にはすさまじい勢いでデブリの海の中を近づいてくる輝点が二つ。稲妻のようなジグザグの軌跡を描き飛び回るその速度は――

 

「通常の三倍以上!? 姉さんだけじゃない、店長も!」

「デブリを蹴ってジグザグに加速……フル・フロンタルの戦法か!」

『ご名答や!』

 

 エリサの声と同時、ナノカが着地しているデブリが、横一文字に両断された。ビームやヒート兵器の熱による溶断ではない、純粋な切れ味による物理的な切断。

 エイトとナノカはそれぞれ左右に飛びのき、ライフルを構える。が、すでにエリサのシュライクはナノカの懐に飛び込んでいた。

 

『ウチの〝タイニーレイヴン〟の切れ味、とくと見ぃや!』

「くっ、ジュッテを!」

 

 シュライクの日本刀――〝タイニーレイヴン〟を、ナノカはGアンバー銃身下部に展開したジュッテ機構で受け止める。

 

『芸が細かいね、ええガンプラや!』

「狙撃型だからと言って、近接戦闘に対応しない私ではない!」

『んっふー♪ いちいち言い方がまわりくどい(トミノっぽい)わ!』

 

 二人はそのまま、日本刀(タイニーレイヴン)ジュッテ(Gアンバー)での打ち合いに突入する。小回りの利く日本刀の方がやや有利に見えるが――

 

「くっ……こうも乱戦じゃ、ライフルで援護は!」

 

 エイトはビームライフルを腰にマウント、ビームブレイドを展開した。ナノカの援護に行こうとブーストを吹かした、その時。

 ビュオォォォォッ! 飛び出すF108の頭を押さえるように、ビームキャノンの砲撃が飛んできた。

 

『よぉ、エイトのボウズ! 思えば、バトったことはなかったな!』

「店長!」

 

 店長のセカンドプラスが、ゼータ系の細身なライフルを連射しながらエイトの側面に回り込んできた。店長はエイトとは一定の距離を開けながら次々とデブリを蹴ってジグザグに方向転換、避けるエイトの軌道を先読みするかのように、的確にビームライフルを撃ち込んでくる。

 しかも気づけば、いつの間にかナノカとエリサが打ち合っている場所からかなり遠くまで誘導されてしまっていた。

 

「この人、上手い……!」

『がっはっは! さっきは突然の姐御登場で情けないところを見せちまったが……プラモ屋の店主が、客より弱いたあ思わねぇことだ!』

 

 豪放な笑い声と共に、セカンドプラスが左腕のシールドを前に構えた。シールドの中から太い砲身が展開し、プラフスキー粒子の輝きが渦を巻いて収束(チャージ)されていく。

 

「メガ粒子砲!?」

 

 エイトは咄嗟にライフルを構え撃とうとするが、セカンドプラスは両肩のビームキャノンを連射、エイトは回避運動で精一杯になってしまう。

 

『このシールドスマートガンのバトルシステム上での威力は、ハイメガキャノンに匹敵するぜ! 味わうかぁっ、エイトのボウズ!』

 

 店長は大声で叫びながらも、ビームキャノンとライフルの火線で、的確にエイトの退路を塞いでいる。回避は困難、シールドで耐えて交差突撃(カウンター)を狙う――これしかない。エイトは覚悟を決め、両腕のビームシールド展開し、二枚重ねでガードした。

 スマートガンの砲口に凶暴な光が宿り、圧倒的な破壊力を持った光の奔流が、今、吐き出される!

 

「エイト君っ!」

 

 ドゥッ、ゴオォォォォォォォォォォォォンッ!

 Gアンバーの弾丸がセカンドプラスの肩を掠め、店長が咄嗟に身を反らしたことでスマートガンの狙いが逸れた。エイトはその一瞬の隙を突き、ビームサーベルを抜刀してセカンドプラスに突撃した。

 

「ナノさん、感謝します!」

『がっはっは! そう来たかよ!』

 

 店長は迎撃にバルカンをばら撒いてくるが、エイトは右手のサーベルをぐるぐると回転させてガード、左腕のビームブレイドをセカンドプラスに叩き付ける。

 店長はそれをシールドで受け止め、押し合いになる。

 

『がっはっはっはっは! 妬けるなあエイト! あんな美人と相棒かよ!』

「恐縮です、店長」

『まあいいぜ、俺には姐御がいるさ。俺は俺の仕事を――させてもらおうかあっ!』

 

 セカンドプラスのビームライフルから長いビーム刃が噴出し、ビームセイバーを形成した。

 

『どぉぉりゃあっ!』

 

 叫び、シールドでF108を押しのけて、ビームセイバーを振り下ろす。セカンドプラスの長大なビーム刃の射程距離は、F108のビームブレイドの軽く倍以上はある。店長の剣技は大味だが、その圧倒的なリーチのために、エイトは迂闊に近づけない。長大なビームの刃が、嵐のように乱舞する。

 

『がっはっは! どうしたボウズ! その腕のブレードでも、右手のサーベルでも! かかって来いよ、歓迎するぜ!』

 

 店長がビームセイバーを振り回すたび、周囲のデブリが真っ二つに切り裂かれていく。

 興が乗ってきたのか、今日の店長はやたらと饒舌だ。自分で切り裂いて数を増やしたデブリを蹴ってジグザグに飛び回り、エイトを追いながらまた剣を振るう。さらには時折、ビームキャノンのおまけつきだ。エイトはF108のバーニアユニットをフル稼働、なんとかデブリと斬撃、さらには砲撃のわずかな隙間をかいくぐる。

 

『反撃はどうしたあ! いくらすばしっこくても、逃げてるだけじゃあ俺は倒せないぜ!』

「セリフのセンスがっ。完全にっ。悪役ですよ、店長っ!」

『がっはっは! 言うじゃあねぇか、ボウズ! でもなあ!』

 

 再びチャージしたシールドスマートガンが火を噴き、極太のビームの奔流が廃棄コロニーの欠片らしい巨大なデブリを、三つほどまとめて貫いた。

 今は余裕をもって回避できたが――さっきは、ナノカの援護がなくてもし直撃していたら。ダメージレベルAのバトルだ、F108は跡形もなくなっていたかもしれない。エイトはつーっと頬に流れた冷や汗を、手の甲でぬぐった。

 

『お前が俺を倒さなきゃなあ! もうそっちはジリ貧だぜ! ナノカちゃんもだいぶ頑張ったみたいだが――』

「……まさか、ナノさんが!?」

『ああ! いくら大鳥居高校ガンプラバトル部ナンバー3のナノカちゃんでも……ガンプラ心形流神戸道院のエースビルダー〝双璧(フルフラット)〟のアカツキ・エリサにゃあ、敵わねぇみたいだな!』

「そんな……ナノさんっ!」

 

 エイトは慌ててモニター上にナノカの姿を探すが、もはや有視界の距離から大きく離れてしまったらしい。レーダー画面の片隅に、深刻なダメージを表す真っ赤な輝点でR7の位置が示されているだけだった。

 

「くっ……僕は、自分のことばっかりで……!」

 

 先日のレギオンズ・ネストでの記憶が蘇る。アンジェリカに指摘された、己の欠点の数々――

 

『回避運動が鈍ったぞ、エイトのボウズ!』

「うっ、らああぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 F108は反転攻勢、振り下ろされたビームセイバーを、十字に構えたビームブレイドとサーベルが受け止め、激しい火花を散らして鍔迫り合いへと突入した。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

『つまらんなあ……』

 

 エリサはそのセリフに反して、実に楽しそうな表情でナノカを見下ろしていた。

 今、二人がいるのはかなり大きな廃棄コロニーの破片の一つ。突き立てられたタイニーレイヴンは仰向けに倒れたR7の右腕を貫き、地面に縫い留めている。Gアンバーを二丁とも失い、両肩のシールドもズタズタに切り裂かれたR7の頭を、シュライクがぐりぐりと踏みにじっているという有様だ。

 

「くっ……私のR7が、こんなっ……」

 

 ナノカは屈辱に歯噛みし、コントロールスフィアを忙しなく操作して打開策を探ろうとしていた。しかし、主武装を失い右腕も封じられたR7に、できることは少ない。まともに使えるのは、太もものビームピストルとグレネードが数発のみだ。

 

『なあ、お嬢ちゃん。なんで自分がこないな状況になっとるか、理解しとるか?』

「……私の、実力不足だ」

『ちゃうで』

 

 ぐりいっ。シュライクのつま先が、より強くR7の頭にねじ込まれた。R7のゴーグルアイが割れ砕け、その奥に作り込まれたツインアイがむき出しになる。

 R7のコクピットには無数の警告が鳴り響き、画面を真っ赤に染め上げる。ナノカは最後の抵抗とばかりに残された左手でビームピストルを抜き撃つが、電光石火の速度で引き抜かれたタイニーレイヴンが、ビームピストルを真っ二つに切り裂いた。

 

『全然ちゃう。お嬢ちゃんとウチの実力は、バトルのスタイルこそ違うけど、そんなに差があるわけやない。拮抗しとる。先にウチが距離を詰めたから、ウチがちょびっとだけ有利やったぐらいのモンや』

「……わかって、いますよ。お姉さん」

『さよか。でもな。それでも、お嬢ちゃんがこうして、ウチに足蹴にされとるんは――』

 

 すっと、音もなく。日本刀の切っ先が、R7の首元に突きつけられた。

 

『アンタがエイトちゃんを助けたからや』

 

 エリサの言う通りだった。

 ナノカは、エリサの凄まじい日本刀の連撃を、Gアンバーのジュッテでよくしのいでいた。素早く鋭い、回転数の高い日本刀の攻撃を、二丁あったとはいえ大型で取り回しづらいGアンバーでしのぐのだから、その技量はかなりのものだ。回転数に任せてエリサが斬撃を捻じ込むこともあったが、ナノカは両肩のシールドまで含めた四枚のガードでうまく対応していた。

 打ち合いが拮抗し、千日手の様相を呈してきた、その時。転機が訪れた。

 ビームキャノンに退路をふさがれ、大型ビーム砲の餌食になる直前のエイト。R7の優秀なセンサーが、仲間の危機を察知したのだ。ナノカは迷わず右手のGアンバーで援護射撃をし――その直後、エリサの日本刀がGアンバーを切り裂いた。

 防御の要の一つを失い、日本刀の速さに防御が追いつかなくなったあとは、もはや一瞬だった。もう片方のGアンバーも失い、両肩のシールドは切り裂かれ――そして、今に至る。

 

「ふふっ……反論しようもない。でも、エイト君は私の相棒です。見捨てるわけには」

『エイトちゃんてな』

 

 ナノカの言葉を遮るように、タイニーレイヴンがぐいっと押し込まれた。R7の首関節に、切っ先が食い込む。コクピットの警告表示が、また一つ増えた。

 エリサはじわじわと刀を捻じ込みながら、低く冷たい声でナノカに問う。

 

『助けなアカンほど、弱いん?』

「…………っ!?」

 

 ナノカの胸中に、衝撃と悪寒が走る。

 

『GBO……レギオンなんたらって言うたかな。見せてもらったで、この前の大会の動画中継。エイトちゃんが出るって、言うてたからな』

「それが……何を……」

『エイトちゃんが白黒のサーペント・カスタムに囲まれて、ピンチになったとき。お嬢ちゃんはビームガトリングを持った隊長機を狙撃したな。なんでや』

「エイト君を、守ろうと……」

『F108はビームシールドを持っとる。ガトリングぐらいは防げる。あの時は、ビームキャノンを持った奴らを先に撃つべきやった。タイミング的にも、それで二機は落とせた。お嬢ちゃんほどの狙撃屋なら、そんぐらい当然わかっとったハズや。でもアンタは、ぱっと見でエイトちゃんに近かったやつを撃った』

「相棒の窮地を、黙って見てはいられな……」

『さらに、青いデュナメスとの戦闘。アンタは早くエイトちゃんのもとに駆け付けることばっかり考えて、デュナメスの撃破を焦った。GNフィールドがあろうとガンビットがあろうと、お嬢ちゃんやったらいくらでも攻略法は思いついたはずや。でも撃破を焦って、結果機体をボロボロにして。エイトちゃんのもとに駆け付けたはいいが、トールギスの砲撃をモロに喰らった。チームの敗北や』

「……私はエイト君を、仲間を守ろうとしただけです!」

『まあ、あの勝負はお嬢ちゃんがどう足掻いとっても、トールギスの勝ちやったとは思うけどな』

「くっ……だからといって、あなたは!」

『さらにはさっきの戦闘。ウチの知ってるエイトちゃんやったら、ビームシールド構えながら曲芸飛行キメて、紙一重でカメちゃんに肉薄するぐらいの芸当はやってのけるはずや。無傷では済まんかったとしても、な』

 

 エリサは刃先をぐりっとひねり、R7の首筋から火花が散った。メインカメラとの接触が乱れ、モニターが荒れる。

 

『ウチは、そう信じてる。エイトちゃんと、F108を』

「……何が……言いたい……ん、ですか!」

 

 ナノカは自分を見下ろすエリサを睨み付けながら、R7の状態を確認していた。日本刀で貫かれた右腕は、損傷は激しいがまだ動く。ビームピストルを抜き撃つぐらいなら。先ほどの二の舞を避けるためには、なんとか隙を作るしかない。会話を続けながら、突破口を見つけなければ――ナノカは思考を巡らせていたが、しかし。

 

『なあ、お嬢ちゃん。アンタ、エイトちゃんのことを仲間だ相棒だって言うてるけど――』

 

 続くエリサの言葉に、ナノカの頭は真っ白に固まってしまった。

 

『アンタが一番、エイトちゃんのことを信じてないやろ?』

 

 

 




第十二話予告

《次回予告》
「いぇーい♪ 地区予選突破、おっめでとぉー♪ どんどんぱふぱふー♪」
「うむ……感無量だな。ついに地区大会優勝か……」
「三年越しの快挙だねー、ダイちゃん♪ もう笑いが止まんないよぉー♪ あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ♪」
「これも日ごろの鍛錬と……お前のおかげだ、サチ。感謝している」
「だ、ダイちゃん……んもう、なんだよぉー、急にあらたまってさー……」
「サチ……ありがとう。いっしょに全国に行こう」
「ダイちゃん……♪ あっ……」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第十二話『ドライヴレッド』

「あっれー、優勝記念インタビューしようと思ったのに、部長も副部長もどこに……」
「きょろきょろしてどうしましたの、サナカさん。もはやほぼ不審者ですわよ」
「ああ、センパイ。ギンジョウ部長たち探してるんスけど、いなくて」
「ギンジョウさんでしたら、カンザキさんと一緒に、さっき体育館裏に……」
「マジッスか!? こいつは見逃せねぇ! サナカ・タカヤ、スクープを狙い撃つぜぇぇぇぇ!」



◆◆◆◇◆◆◆


報告①:主人公のパワーアップが近い気がする。気のせいかもしれない。
報告②:部長とさっちゃん先輩は正式に付き合うことになりました。

 最近、執筆ペースが少しだけ上がっている気がします。ちょっと嬉しい。
 私としてはエリサのようなキャラは好きで書いているのですが、読者の方々からしたらどうなんだろう。
 話題は変わりますが、とりあえずAGE-1シュライクはほぼ完成しているので、次の更新はシュライクの紹介になりそうです。
 感想・批評等お待ちしております。よろしくお願いします。


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Episode.12 『ドライヴレッド』

事務連絡①:前話の次回予告時点から、サブタイトルを変えました。ご了承くださいませ。
事務連絡②:神戸は雨続きで、AGE-1シュライクがなかなか塗装できません。がっくり。


『なあ、お嬢ちゃん。アンタ、エイトちゃんのことを仲間だ相棒だって言うてるけど――』

 

 エリサはナノカを見下ろして、冷徹に告げた。

 

『アンタが一番、エイトちゃんのことを信じてないやろ?』

 

 違う、私は――言おうとした口が、動かない。ビームピストルを掴もうとしていた右腕が、痺れたように動かない。真っ白になったナノカの頭に、過ぎ去ったはずの過去が次々とあふれ出して渦を巻く。

 ――四か月前。笑顔のあの子。勝って、勝って、決勝。裏切り。終局。泣きじゃくるあの子。怒り狂う私。笑う、嗤う、嘲笑う。黒いガンプラ。長身の男。破られた約束。守れなかった約束――果たされなかった〝奇跡の逆転劇〟――

 

『ウチはエイトちゃんを信じとる。だから、カメちゃんと一騎打ちさせとる。あの子にはそのぐらいの力はある』

 

 そんなナノカの様子を感じ取りながらも、エリサは止まることなく追い打ちを続けた。

 

『動画を見る限り、エイトちゃんは十分強い――あのトールギスが別格に強過ぎるだけや。あんなバケモン、ウチでも勝てるかあやしいわ。やけど、それ以外の相手になら。多少苦戦したとしても最後には勝てた。それだけの実力が……いや、底力が、エイトちゃんにはある。……ただ、な?』

 

 日本刀の切っ先が、さらに強くR7の首筋に押し込まれた。モニターのノイズが激しくなり、エリサの声にも雑音が混じる。

 

『お嬢ちゃんの狙撃が、最高のタイミングで助けに入るから。エイトちゃんに有利な状況を、必ず作り出してくれるから。ピンチを救ってくれるから。エイトちゃんは、アンタとつるんでからこっち、絶体絶命のピンチを――それを、自分の力で斬り抜けるってことを、しとらんのとちゃうか?』

 

 ――私が、私の手出しが、彼の成長の機会を奪っていたのか。その結果が、あの〝白姫(ホワイト・アウト)〟へのボロボロの敗北だというのか。彼が突撃戦法しかできないのは、私がそうお膳立てばかりしていたからなのか。GBOでの表面上のレベルアップにばかりこだわって、中身を置き去りにしてしまっていたのか。これではまるで、あの時と、同じだ――

 

『可愛い子には旅をさせろ……特に男の子はな、アホみたいな冒険して強くなるもんやで』

 

 エリサの口調はいつの間にか、諭すように優しくなっている……だが今のナノカには、その半分も届かない。真っ白な頭に浮かんでは消える、現在と過去の入り混じった言葉の渦に、呑み込まれてしまっている。

 ――四か月前もそうだった。あれこれ手出しして口出しして、お膳立てして世話を焼いて。〝奇跡の逆転劇〟を見せてやるなんて、気安く約束して――だからあの子は、あの男に――すべて、私の――私には、やっぱり、何もできないのか――

 

「ナノさぁぁぁぁんッ!!」

 

 バッヂィィンッ!! 投げつけられたビームサーベルを、エリサの刀が弾き飛ばした。衝撃を受けたビーム刃が弾け飛び、エメラルド色の光の粒子が撒き散らされる。

 眼前で跳ね回る流れ星のような閃光に、ナノカははっと正気を取り戻した。痺れのとれた右腕でビームピストルを引き抜き、狙いもつけずにトリガーを引きっぱなしにする。五月雨式に連射されたビーム弾を、エリサはジャンプして距離を取りながら、タイニーレイヴンで切り払う。

 

『んもぅ、カメちゃんっ?』

『がっはっは! いいぜ姐御、あいつはすごくいい! エイトの野郎、予想以上だ!』

 

 手近なデブリに着地したエリサのもとに、セカンドプラスがやってくる。店長はギラギラと目を輝かせ、興奮しきった様子だ。

 

『見てくれよ姐御、このシールド! エイトの野郎、ビームコーティングを焼き切りやがった! がっはっはっはっは!』

『んっふっふー。ご苦労カメちゃん、ようやった。……もうちょっと、やな』

 

 ニヤリと口元をゆがめ、エリサはエイトとナノカを見る。

 各部装甲を損傷したF108が、仰向けに倒れたR7の前に立ちはだかる。ビームシールドを右手に構え、一歩も譲らぬその姿は、さながら姫を守る傷だらけの若武者だ。

 

「エイト君……すまない、私は……」

「話、聞こえていました。姉さんは、オープンチャンネルでしたから」

 

 F108の左手が、倒れたR7の肩に優しく触れ、接触回線を開いていた。先ほどまでのエリサの声とは違い、エイトの言葉はノイズ無く、ナノカの耳に届いた。

 

「姉さんの言うことは、間違っています」

「し、しかし私は……キミの成長を、邪魔していたんじゃあないかって……不安で……」

「ナノさんが」

 

 まるで、ナノカの迷いを断ち切ろうとしているかのように。エイトの言葉は、力強かった。

 

「ナノさんが、誘ってくれたから。僕はGBOを知りました。ビス子さんとも出会えました。タカヤや、ヤマダ先輩とも戦えました。それ以外にも、たくさんの人たちと戦えました。突っ込むことしかできない僕が、まだまだ未熟なこの僕が。こんなにも戦えたのは――」

 

 ザッ……モニターの機能が回復し、通信ウィンドウが開いた。ナノカの目の前に開いた小さな画面の中で、エイトは、ナノカのことを真っ直ぐに見つめていた。

 

「ナノさんが、いてくれたから」

「エイト……君……」

「ナノさんに会う前の僕は、ただやみくもに突っ込むしかできなくて……ただの蛮勇でした。だからあと一歩で、届かなかった。大声で叫んで、武器を投げつけて、怖いのを誤魔化しながら突っ込むことしか、できなかったんです」

 

 ナノカがエイトに興味を持った、部活の代表選考戦。戦力的にも勝てるわけのない部長に対して、一直線に突っ込んでいった、あの姿。ナノカの目には、今後の成長の可能性を感じさせる一幕(シーン)に見えていたが――エイト自身は、そんな風に思っていたとは。

 

「でも、ナノさんといっしょなら。僕がどんなに突っ込んでも、ナノさんが守ってくれている。そう思うともう一歩、バーニアを吹かせたんです。ナノさんの期待に応えられるように、もっともっと強くなりたいって思えるんです。ナノさんは、僕に勇気を――次の一歩を踏み込む、勇気をくれるんです」

「勇気……私が、キミに……?」

 

 ナノカの胸の中で吹き荒れていた感情と記憶の嵐が、すぅっと凪いでいった。そして、たった一つの言葉が、たった一つの約束が――心の水面の奥深くから、音もなく浮かび上がってくる。

 ――お姉ちゃん、ボクに勇気をちょうだい……最後の一歩を、踏み出す勇気を――

 

「だから、ナノさん。不安なんて、いらないんです」

 

 小さな通信ウィンドウの向こうにいるエイトの眼差しは、力強く、まっすぐだった。

 

「僕は、ナノさんを信じています」

 

 ――とくん。ナノカは自分の胸が高鳴り、熱い何かが込み上げてくるのを感じた。ナノカがその思いを伝える言葉を探す間に、コクピットが軽く揺れた。

 F108の左手が、R7から離れていた。

 

「……さっき姉さんは、一つだけ、正しいことを言いました」

 

 ブォン、とビーム発振機が唸り、ビームブレードが展開される。翡翠色(エメラルドグリーン)のその両目(デュアルアイ)が捉えるのは、はるか上方のAGE-1シュライクとガンダム・セカンドプラス。エイトはぐっと腰を落とし、背部バーニアユニットの奥に火が入った。

 

「冒険、してきます。僕、強くなりたい男子ですから」

「……少し待ってくれないか、エイト君」

 

 ナノカはぼろぼろになったR7を立ち上がらせ、ビームピストルを両手で包み込むように持ち、構える。幸い、バーニアと足回りは健在だ。空間戦闘にもまだ十分に対応できる。頭部のセンサー類との回線が半分以上も断ち切られているから精密射撃はできないだろうが、ビームピストルにそこまでの期待はしていない。

 

「自分の気持ちだけ一方的に伝えるなんて、ひどいじゃあないか。私の気持ちは聞いてくれないのかい?」

「えっ……あ、は、はいっ」

 

 さっきまでのまっすぐな男らしい顔つきはどこへやら、エイトはあたふたと慌てた様子だ。

 まったく、かわいいなぁ――ナノカは柔らかく微笑んで、自分の思いの限りを、言葉に乗せた。

 

「――ありがとう、エイト君。私もキミを信じているよ」

「……はいっ!」

 

 通信機越しに頷き合い、そしてまっすぐに宇宙を見上げる。

 エリサのシュライクは日本刀(タイニーレイヴン)を鞘に納めて苦無型短刀(シュリケン・ダガー)の二刀流に持ち替え、店長のセカンドプラスは傷ついたシールドを投げ捨てて両肩の速射ビーム機銃(ラピッドガン)を展開した。

 エイトとナノカは特に合図もなく自然に呼吸(タイミング)を合わせ、コントロールスフィアを握る掌にぐっと力を込めた。

 

「援護するよ、エイト君。いつものように――戦場を、翔け抜けよう!」

「はいっ! ナノさんっ!」

 

 二人のガンプラはバーニアを全開、一直線に上昇した。

 

『いちゃいちゃとぉ! 回りくどいんや、思春期ど真ん中あっ!』

『おじさんには眩しすぎるぜ! その青春ってやつはよぉっ!』

 

 セカンドプラスはラピッドガンとビームキャノンを連射。シュライクはその弾道の間を縫うように跳ね回りエイトに迫る。すれ違いざまにビームブレードとシュリケン・ダガーが交錯し、火花を散らす。二つ三つと打ち合って、お互いに相手を弾き飛ばして距離を取る。

 

『んっふっふー♪ アニメやったら、突撃と同時に主題歌BGMがかかってるところやなぁ!』

「だったら! 主人公は、僕とっ!」

「私だな!」

 

 ビームピストルのフルオート射撃がエリサに下から襲い掛かり、ビームの銃弾を追いかけるようにR7が飛び込んできた。エリサは姿勢制御用スラスターを巧みに使い、回避しながらダガーを振るうが、

 

「お土産だよ!」

『おりょ??』

 

 振るったダガーの切っ先に、グレネードが突き刺さっている――R7が翔け抜けるのと同時、爆発。ピンク色の爆炎の花が、大きく咲いた。

 

『姐御っ!?』

「店長おぉぉぉぉっ!」

 

 爆発を目くらましにして、F108はセカンドプラスに肉薄していた。迎え撃つラピッドガンをビームシールドでしのぎ、突撃の勢いを乗せたドロップキックをセカンドプラスの顔面に叩き込んだ。

 

『俺を足蹴にするかあっ!』

 

 店長は心底楽しそうに、そして野性的に牙を剥いて笑い、F108の蹴り足を掴んで力任せに放り投げた。背中からデブリに突っ込んだF108に、店長はビームセイバーの長大な刃を大上段から叩き付ける。

 

『姐御以外じゃあお前が初めてだ、ボウズっ!』

 

 ギャリギャリと岩石を両断しながら迫るビームセイバーを、エイトは十文字に掲げたビームブレードで受け止めた。

 

「ナノさん、ここです!」

「ああ!」

『あん? なっ!』

 

 鍔迫り合いになり動きが止まったビームセイバーに、ビームピストルのフルオート射撃が突き刺さった。弾倉(エネルギーパック)を貫かれ爆発するビームセイバーを投げ捨て、店長はビームキャノンで弾幕を張りながら後退する。

 

「ありがとうナノさんっ!」

 

 エイトはデブリを蹴って飛び出し、店長に向けてビームブレードを突き出すが、

 

「右だ、エイト君!」

『ほりゃーっ!』

 

 日本刀(タイニーレイヴン)の一閃が、エイトの進路を両断した。寸前で身をかわし、流れるように繰り出されたシュリケン・ダガーの追撃を、ビームブレードで切り払う。

 

『んっふっふー♪ お姉ちゃんは嬉しいでー、エイトちゃんっ! 世話ぁ焼いた甲斐があるってもんやなあっ!』

 

 R7のグレネードが至近距離で直撃したにも関わらず、シュライクの装甲は多少の焦げ跡が付いたのみ――軽装甲のAGE-1スパロー素体(ベース)の機体でこれほどとは。ガンプラ心形流の製作技術は、伊達ではない。

 さすがに直接グレネードが刺さっていたダガーは失ったようだが、タイニーレイヴンともう一本のダガーとの二刀流、さらにはつま先のクローによる蹴り技も織り込んだ息もつかせぬ連続攻撃が、エイトに襲い掛かる。

 

「姉さんの親切は! いつもわかりにくいんですよ!」

『そりゃあ、ウチはドSやからなあ!』

「エイト君、距離を取るんだ。グレネードをいく!」

『させねぇよ、ナノカちゃん!』

 

 エイトは大振りの一撃でタイニーレイヴンを弾き、バーニアを逆噴射してシュライクから離れた。同時、F108とシュライクとの間にR7が投げたハンドグレネードが飛び込んでくるが、セカンドプラスのラピッドガンがそれを撃ち抜き、爆発――しない!

 

「ふふ。読み通りだよ、店長」

 

 グレネードは風船のようにパンと破裂し、薄いモヤのようなものが戦闘宙域に広がった。

 

『こいつは……ビーム攪乱幕か!』

 

 店長は確かめるようにビームキャノンを一、二発撃つが、ビームの砲弾は数メートルも進まないうちに細かい粒子となって散ってしまう。

 ビーム攪乱幕――宇宙世紀のガンダム作品で使用される、対ビーム防御策の一つだ。この領域内でのビームによる射撃は、攪乱粒子のモヤが晴れるまでの一定時間、ほぼ無効化される。

 

「R7は、これで弾切れだけれど……!」

「ナノさん、これを!」

 

 通信機越しの目線(アイ・コンタクト)だけで通じ合い、エイトはナノカにビームサーベルを投げ渡した。ナノカはそれを逆手持ちに受け取り、セカンドプラスに突撃した。

 それを察知したエリサはR7に向けてシュリケン・ダガーを投擲するが、同じく手裏剣のように投擲されたF108の予備のビームシールドユニットに打ち落とされる。

 

「させませんよ、姉さん」

『んっふー、やるやんエイトちゃん。カメちゃん、いけるん?』

『がっはっは! こんなことなら、バズーカでも持ってくるんだったぜ!』

 

 店長は満足げに大笑いし、セカンドプラスの膝部装甲からビームサーベルを引き抜いた。

 

「砲撃は封じたよ!」

『だから何だあっ!』

 

 ナノカの明緑色(エメラルドグリーン)と店長の蛍光桃色(ピンク)のビーム刃が交錯し、激しい殺陣が始まった。二機は斬り合いもつれあいながら、エイトたちから離れていく。

 

「エイト君、店長は抑える。キミはお姉さんと……決着を!」

「はいっ!」

 

 エイトは両腕のビームブレードにプラフスキー粒子を注入、ビーム刃の長さと厚みが通常時の二割増しで噴出する。それに合わせてバーニアから噴き出す炎も勢いを増し、F108は弾丸のように飛び出した。

 

「らあぁぁぁぁっ!」

『結局、突撃なんやなあ!』

 

 飛び込むエイトのビームブレードを、エリサはタイニーレイヴンの一振りでいなす。斬撃を弾かれたエイトはしかし、すぐに姿勢を立て直してもう一度突っ込む。すれ違いざまの一撃を、またしてもかわされる。だが、もう一回、もう一回、もう一回……!

 袈裟切りを流され、横薙ぎを弾かれ、刺突を逸らされ、それでもエイトは突撃を続けた。

 

「ナノさんが作ってくれたチャンスを……っ!」

『……なあエイトちゃん? そんなにバーニア吹きまくって、機体はもつん?』

「未熟でも、不足でもっ! 得意なことで攻め切らないと……姉さんのようなレベルの人にはぁぁっ!」

『んっふー♪ それじゃあ、機体が爆発するまで続けりゃあええわぁっ!』

 

 弾かれても、弾かれても、弾かれても、エイトはがむしゃらに突っ込み続けた。メインバーニアだけではなく、姿勢制御スラスターも、アポジモーターも、F108の全推進力を突撃に集中。限界を超えた加速と方向転換に、機体の各部が悲鳴を上げる。異常に加熱したバーニア・スラスター類が赤熱し、F108の軌道に真っ赤な軌跡を残す。放出しきれなくなった熱量が機体に蓄積し、モニターは警告表示(エラーメッセージ)で埋め尽くされ、警告音(アラート)が響く。

 

「くっ……まだだ! まだ飛べるだろっ、ガンダム!」

 

 エイトは武装スロットを操作、「SP」を選択。F108のバーニアユニットから放熱フィンが展開し、顔面部排熱口が作動(フェイスオープン)した。F108の製作ベースである、F91に搭載されている機体冷却用のギミックだ。強制冷却により機体に籠った熱が排出されるが、それも焼け石に水。ついにF108は、バーニアだけでなく間接部から装甲に至るまで、機体の全てが赤熱化し始めてしまった。

 

『そろそろ限界やろ、エイトちゃん!』

 

 ガキィィンッ! 打ち合った刀とビーム刃が火花を散らし、鍔迫り合いにもつれ込む。エリサはシュライクの背部バーニアを展開し、凄まじい推進力でF108を押し込んでいく。エイトもそれに負けじと、すでに焼け付く寸前の背部バーニアを全開にし、対抗する。

 

『その機体はベースがF91やと言うても、そのものではない! いくら機体が過熱したって、質量のある分身(MEPE)は発動せぇへん! もう限界や、放熱フィンすら真っ赤になっとうやろ! ダメージレベルAなんや! ガンプラ、ガチで壊れるで!』

「わかってるよエリねぇ! それでも僕は……今ここで、引けないッ!」

『そんなにお嬢ちゃんが大切かあぁぁっ!』

「信じているんだ、ナノさんを! だからッ!」

 

 F108の熱量は、限界領域(レッドゾーン)に達していた。しかしそれでも、エイトは引かない。今この瞬間も、ナノカが戦い、店長を抑え込んでくれている。だったら自分も、止まってなんかいられない――もう一歩を、あともう一歩を――踏み出すんだ!

 

「燃え上がれぇぇぇぇッ! ガンダァァァァァァァァムッ!!」

 

 ゴオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!! 

 突如、炎が巻き起こった。赤熱化したF108のバーニアから、スラスターから、放熱フィンから、関節部から――紅蓮の炎が噴き出し、逆巻き、燃え盛る!

 

『プラフスキー粒子が、燃えたっ!?』

「いっ……けぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 猛烈な炎の勢いを乗せて、エイトはエリサを押し返した。バーニアユニットからは数百メートルにも及ぶ巨大な炎が噴き出し、常識外れの推進力がF108を突き動かす。鍔迫り合いをするシュライクごと、F108は一直線に飛び出した!

 

『よ、予想外やでこりゃあ!』

 

 エイトとエリサのガンプラが、燃える流星となって暗礁宙域を翔け抜ける。エリサは慌ててシュライクの背部バーニアを全力全開(フルブースト)、タイニーレイヴンの峰に片手を添えてF108を押し留めようとするが、まったく減速すらしない。

 それどころか、燃え盛る劫火の塊と化したビームブレードが、タイニーレイヴンの刀身を焼き切り、じわじわと灼熱の刃を食い込ませてくる。

 

『タイニーレイヴンの刃を!? 金属パーツやでコレ!?』

「知った……ことかああああああああああああああああッ!!」

 

 F108は両腕の灼熱化(ブレイズ)ビームブレードを力任せに振り抜いて、シュライクを思いっきり吹き飛ばす。シュライクは凄まじい勢いでデブリに衝突し、半ば瓦礫に埋もれてしまった。廃棄された資源衛星の鉱山基地……その施設の一つに、折れた刀の切っ先が突き刺さっている。

 

『はは……タイニーレイヴン、折れてもうたわ……化けよったな、エイトちゃん』

 

 エリサが見上げると、そこには――轟々と燃え盛る炎を身に纏う、真紅のガンダムがいた。

 白い装甲は赤熱化し、炎のような真紅に燃え。赤い装甲は白熱化して、灼けるような白光を放ち。放熱フィンや関節部は高熱を発し、太陽のような金色に輝いていた。

 

「エリねぇ……決着だっ!」

 

 エイトは炎を噴き出す左右の拳を、ぎゅっと固く握りしめた。左右の灼熱化(ブレイズ)ビームブレードが渦を巻いて干渉しあい、紅蓮に燃えるビームランスを形成する。それに呼応するように背部バーニアの噴射炎がより巨大化し、全身の光熱がより強くなる。両拳を前に構えたF108全体が、まるで一つの突撃槍(ランス)のようだ。

 

『ええで、受けたるわ』

 

 瓦礫から這い出たエリサは、資源衛星の地面にしっかりと足をつけ、刀身の折れたタイニーレイヴンを正眼に構え、迎え撃つ。

 

『こいやぁぁッ! アカツキ・エイトォォッ!』

「うらああああああああああああああああッ!!」

 

 エイトの咆哮に応えるように、F108の両目(デュアル・アイ)が輝いた。燃え盛るバーニアが絶大な推進力を生み出し、F108は凄まじい加速度で突撃した。灼熱化(ブレイズ)ビームランスを真正面に構え、渦巻く炎の尾を曳いて突き進むその様は、まさに翔け抜ける紅蓮(ドライヴレッド)――!

 

『やああああああああああッ!!』

「らああああああああああッ!!」

 

 熱風、閃光、爆炎、そして衝撃波――宙域全てを覆い尽くすほどの光と衝撃が晴れたとき、そこには――

 

『……これが、エイトちゃんの成長かあ』

 

 ――直径数キロメートルはある資源衛星の、ほぼ半分が円形に蒸発。高熱に焼き尽くされたその断面はガラス状に変質し、高熱を放つ。そのすぐそばに、左半身をごっそり失ったエリサのシュライクが、糸の切れた人形のように漂っていた――

 

「姉さん……ありがとう」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

『BATTLE ENDED!!』

 

 フィールドを構成していたプラフスキー粒子が散り、暗礁宙域が砂のように崩れ去った。

 同時、エイトは足腰から一気に力が抜け、壁に背中を預けるようにしてずるずるとへたり込んでしまった。全身汗だくで、気づけば心臓もドクドクと早鐘を打っている。

 

「勝っ……た……?」

「ああ、その通りだよ」

 

 思わずつぶやいた言葉に、返事と、そして手が差し伸べられる。細くて白い、繊細な指先――

 

「私たちの勝ちだよ、相棒」

「ナノ、さん……」

 

 その手を掴むと、エイトと同じように汗ばんでいた。ナノカはエイトの手が触れて初めてそれに気づいたのか、少し恥ずかしそうに頬を赤らめたが、そのままぐっと勢いをつけて引き起こされた。

 エイトが立ち上がり、バトルシステムの向こうを見ると、店長は腕組みをしてうんうんと頷き、エリサはにやにやと嬉しそうな顔をして、エイトに横ピースとウィンクを投げてきた。

 

「姉さん、店長……まさか、全部わかってて……」

「いーや、ちゃうよ」

 

 エリサはバトルシステムの縁にちょこんと腰かけ、悪戯っぽい笑みをエイトに返しながら言った。

 

「あんなアホみたいな機能、予想なんてできひんよ。ウチがエイトちゃんと春休みに作ったときには、間違いなくあんな機能はついてへんかった――ガンプラが、成長したんや。エイトちゃんといっしょにな」

「成長した……ガンプラと、僕が……」

「お嬢ちゃんをイジメたんは、単純にウチが好かんタイプやったからや。あと、エイトちゃんをイジメるのに邪魔になりそうやったからかな。結果、エイトちゃんとお嬢ちゃんがどうなろうと、ウチの知ったこっちゃないわ。な、カメちゃんっ♪」

「がっはっは! 久しぶりに青春ってやつを感じたぜ。血が滾るいい勝負だったぞ、エイトのボウズ――いや、エイト!」

「姉さん……店長……」

 

 エイトはからからと笑う二人の顔を交互に見て、それから隣に立つナノカの顔を見上げた。ナノカもエイトを見返し、そして無言で頷いた。

 二人は指先までぴんと伸ばした気を付けの姿勢、そこから腰を九十度に曲げて頭を下げた。

 

「「ありがとう、ございましたっ」」

 

 声を揃え、深々と礼をしたまま数秒――そして揃って顔を上げたとき、エイトとナノカは共に何かすっきりとした、晴れ晴れしい笑顔を浮かべていた。

 

「何や何やくすぐったい! やめてやエイトちゃんもお嬢ちゃんも~。背中が痒うなるわ。エイトちゃ~ん、お姉ちゃん脱ぐから背中かいて~♪」

「お姉さん、それは乙女として見過ごせないよ。エイト君の前で、変な色仕掛けはやめてもらおうか」

「ちょ、ちょっと姉さん、ナノさん!」

「がっはっは! ナノカちゃんって意外と熱血だな。ぜひまた勝負してくれよ、今度はタイマンでな! がっはっはっはっは!」

 

 戦いの終わったバトル部屋に、四人の声がこだまする。楽しげな声の響く中、激戦を潜り抜けた四体のガンプラが、バトルシステム上にたたずんでいた。

 頭部にビームサーベルの突き刺さった、ガンダム・セカンドプラス。腹部のコクピットをビームサーベルに貫かれた、ジム・イェーガーR7。左腕と左足を失い、折れた日本刀を手に持つ、AGE-1シュライク。

 そして――全身の塗装がすべて剥げ落ち、灰色の下地が露出しているF108。背部バーニアや放熱フィンは高熱により変形し、ビームブレード用のクリアパーツも焼け焦げたように朽ち果てている。

 エイトは脱ごうとするエリサと脱がせまいとするナノカの仲裁を諦め、一人で静かにF108へと手を伸ばした。

 

「ありがとう、F108――必ずまた、きれいにするよ」

 

 エイトの言葉に応えるように、F108の両目がきらりと光った――ような、気がした。

 

 

 




第十三話予告

《次回予告》

「よお、オレサマだァ! 〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ビス丸、ひっさびさの出番だぜェ!」
「あァん? なんかミッションやってるシーンが出た……?」
「馬鹿野郎、んなモン登場したうちにはいるかよォッ! このオレサマの大活躍と大暴れがあってこそのGBFドライヴレッドだろォ?」
「そ、それか、よォ……ま、エイトの野郎との日常的な、なんつーか、その……なんやかんやでも、オレサマはまあ、かまわねェんだけどさ……」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第十三話『サマー・キャンプⅠ』

「ななななんだァ、その目はァッ! あ、赤くなってなんかねェよ!」
「あーっ、畜生ッ。調子がでねェ……こうなりゃァ、エイトの野郎をブチ撒けてやるしかねェな!」
「おいエイトォ! 模擬戦の相手してくれ! おーい、エイトォ!」



◆◆◆◇◆◆◆

 さて今回は、主人公パワーアップの回でした。
 実はギリギリまでパワーアップの内容は悩んでいまして……結局、このような形に落ち着きました。あの燃え盛るプラフスキー粒子の理屈はまた近いうちに本編中で説明ということで。
 正直言って、GBFトライのビルドバーニングとビジュアル的には被る部分が多いのですが、あちらは徒手空拳、こちらはブレードやランスなど大型武器使用、ということで戦い方も差別化できたらなあと思っております。

 エイトの覚醒シーンは自分的には納得できる描き方ができたかと思っております。エリサに「アニメやったら、突撃と同時に主題歌BGMがかかってるところやなぁ!」と言わせていますが、まさにそのイメージで書きました。
 その直前の突撃のシーンあたりで、GBFトライ第1クールOPを「♪限界なーんてなーい♪」てな感じでイメージしていただけると嬉しいです。この歌詞、微妙にエイトとナノカの関係に当てはまる気がするんです。

 主題歌と言えば、ドライヴレッドもついに12話まで来ました。アニメだったら1クール終わって、主題歌が変わるころですね。
 UAが増えたり、お気に入りに入れてくださっているかたが増えたり、感想書いてくださる方がいたり、すっごく嬉しいし、そのおかげで頑張れます。
 感想・批評など、これからもじゃんじゃんいただきたいです。よろしくお願いします!







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Deta.02 ガンプラ紹介【レギオンズ・ネスト編】

 仕事に余裕ある!と思ったら天気が悪くて、天気が少しマシか!と思ったら仕事の都合で……AGE-1シュライクの塗装がなかなかできない~!!
 ……ということで、書き溜めていたガンプラ紹介でお茶を濁す作戦に出る私であった。

12/13 ガンプラ写真追加しました~。


Episode.07『レギオンズ・ネストⅡ』

 

〇チーム・全日本ガトリングラヴァーズ

【ガンダムティーガー・レオパルドン】

ガトリング砲をこよなく愛する、チームのリーダー。弾幕担当。

【ダブルゼータ・ヘビーガトリングス】

ガトリング砲を愛する熱い男。チームの切り込み隊長で、弾幕担当。

【ガトリングガンキャノン】

ガトリング砲を愛するチームの紅一点。クールビューティー。弾幕担当。

 

 とにかくわかりやすいヤラレ役。愛すべきガトリング野郎ども。弾幕担当しかいない!(笑)

 私の尊敬する小説家、時雨沢恵一先生によるSAOの外伝・ガンゲイルオンラインに登場した全日本マシンガンラヴァーズをリスペクトしております。

 

 

〇チーム・GPIFビルダーズ

【GP-00ブロッサム・HGリビルド】

 万能型の指揮官機。完成度は高いが、ファイターの実戦経験が少なかった。

【GP-04ガーベラ・HGリビルド】

 高機動・乱射戦型。ビームマシンガンはガーベラ・テトラから流用している。

【GP-02サイサリス改(MLRS装備)】

 MLRSだけではなく、アトミックバズーカを改造したビームバズーカを装備している。

 

 大学のガンプラサークルによる中堅クラスのチーム。全員がGBOレベル5、ジャパンランキングでは1500番台ぐらいを行ったり来たりしている。元々はビルダーの集まりで、アーティスティックガンプラコンテストへの出場をメインの活動としていたため、バトルの経験は少ない。

 ガンプラの出来は悪くなかったが、ランキング77位のナノカと95位のビス子の敵ではなかった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

Episode.08『レギオンズ・ネストⅢ』

 

〇チーム・ペイルライダーズ

【ペイルライダーW】

 二人で一人のペイルライダー。登場時はサイクロンジョーカー。

【ペイルライダー電王】

 時の列車に乗って時間を旅するペイルライダー。登場時はデンカメンフォーム。

【ペイルライダードライブ】

 スタートユアエンジィン!(超イケボ)なペイルライダー。登場時はタイプスピード。

 

 説明不要。名前だけの思い付きです。(笑)

 平成のシリーズは全部見てるぜ! 平成ライダーでは響鬼さんが好きです。あの、もはやライダーじゃなくてもいいんじゃね? って感じが。艦これでも響は、いや六駆は全員俺の嫁うわなにするやめ(ry

 

 

〇チーム・サーティーン・サーペント

【サーペント・サーヴァント】

・武装:高出力ビームキャノン ×2

    肩部八連装ミサイルランチャー ×2

    ビームサーベル ×1

    マルチディスペンサー ×1

・特殊:L2Zシステム・スレイヴユニット

 

 アンジェリカの親衛隊、〝多すぎる円卓(サーティーン・サーペント)〟が使用する量産型ガンプラ。

 大富豪のお嬢さまであるアンジェリカだが、サーペント・サーヴァントは実際にアンジェリカが手ほどきをしながら、親衛隊のメンバーと一緒に一体一体手作りしている。そのため、基本的には同じ作りのガンプラのはずだが、一体ごとに微妙な違いがあるらしい。

 EW最終決戦で使用したビームキャノンを二門装備し、キット素組みでは再現されない肩のミサイルランチャーを再現。火力面を強化している。また、太もも外側の装甲内に小型の武器ラックを作り、右にはビームサーベル、左には各種グレネードを発射可能なマルチディスペンサーを内蔵している。

 特殊システムについては、レディ・トールギスの項で説明。

 

 

【ラミア専用サーペント・サーヴァント】

・武装:ツインビームガトリング ×1

    サーペントハング ×1

    肩部八連装ミサイルランチャー ×2

    アーマーシュナイダー ×2

・特殊:L2Zシステム・スレイヴユニット

 

 アンジェリカ親衛隊隊長、GBOジャパンランキング二九九位〝姫騎士の番犬(ロイヤルハウンド)〟ラミアのために、特別にカスタムされたサーペント・サーヴァント。装甲を削り、ガンプラ内部にクリアパーツやメカディティールを詰め込むことで基本性能を飛躍的に向上させている。特に機動・運動性能の向上は顕著で、太もも部分に追加したバーニアスラスターにより、高速ホバー走行が可能となっている。

 専用武装であるサーペントハングは、ウィングゼロのシールドに開閉するクローを追加、さらにその内側にアーマーシュナイダーの刀身を並べることで凶悪な破壊力を発揮するものに仕上がっている。長いサブアームによってフレキシブルに可動し、シールドやAMBAC可動肢としての機能も果たす。太ももの武器ラックがなくなったため、アーマーシュナイダーは腕部に鞘ごと括りつけている。

 ラミアは元々友達がいなかったが、ガンプラを通じてアンジェリカと親しくなり、〝円卓〟などの仲間も増えた。そのことからアンジェリカの存在を絶対視しており、アンジェリカと一緒に作ったサーペント・サーヴァントをとても大切にしている。

 特殊システムについては、レディ・トールギスの項で説明。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

Episode.09『レギオンズ・ネストⅣ』

 

【デュナメス・ブルー(パンツァーケーファー装備)】

 

【挿絵表示】

 

・武装:GNスナイパーライフル改 ×1

    GNスマートガンビット ×4

    GNソード ×2

    隠しGNミサイル ×8

・特殊:非対称型GNフルシールド

    GNフィールド

    GNフィールドブラスター

 

 GBOジャパンランキング二五五位、レベル6プレイヤー、〝傭兵(ストレイ・バレット)〟サナカ・タカヤ(BFN:モナカ・リューナリィ)が使用するガンプラ。

 素体となるデュナメスに、特化武装ユニット「パンツァーケーファー」を装備した姿。武装はガンビットやスナイパーライフルなど遠距離戦に適したものが多く、狙撃戦や火力支援を得意とする。

 最大の特徴は左右非対称型のGNフルシールドで、強力なGNフィールドを発生させることができる他、劇中では未使用だがGNフィールドを回転させながら撃ち出す「GNフィールドブラスター」を使用可能。武装まで含めた機体全面にABC(アンチビームコーティング)を施していることと合わさって、細身なボディながら非常に高い防御力を誇っている。

 劇中では未使用だが、他の装備バリエーションや、装備運搬用のサポートメカも存在しており、バトルの内容によって戦場で装備を換装することも想定されている。

 

 

【レディ・トールギス】

・武装:ツイン・メガキャノン ×1(二門一組)

    高出力ビームレイピア ×1

    ヒートロッド内蔵シールド ×2

    ショットシェル・ヒール ×2

    ショットシェル・フィスト ×2

・特殊:L2Zシステム

 

 GBOジャパンランキング十一位、レベル8プレイヤー〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟が一角、〝白姫(ホワイト・アウト)〟にして〝強過ぎた白雪姫(オーバーキルド・プリンセス)〟アンジェリカ・山田(BFN:アンジェ・ベルクデン)の愛機。現状では最強のガンプラのひとつ。

 遠距離ではメガキャノンによる一撃必殺、中距離ではヒートロッドによるトリッキーな攻撃、近距離ではビームレイピアとショットシェル併用徒手格闘による連続攻撃と、全距離に対して隙のない万能型。ガンダニュウム合金に由来する高い防御力を有し、腰回りに配したウィングゼロのウィングバインダーとトールギス本来のスーパーバーニアの推進力により、破格の機動性を発揮する。

 本機専用の特殊機構「L2Zシステム」は、正式名称をロイヤル・リンク・ゼロシステムといい、レディ・トールギス本体が収集したデータのみならず、サーペント・サーヴァントが収集したデータまでも使用してゼロシステムによる未来予測が可能になるというものである。さらには、サーペント・サーヴァントのコントロールを奪い、モビルドール状態で運用することも可能。

 劇中ではL2Zシステムを発動しない状態でエイトのF108を一方的に圧倒していたため、全能力を全開にしたレディ・トールギスはさらに強力であると予想される。

 ……こんなやつ、どうやって倒しゃあいいんだよ(泣)

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

Episode.10『ウェスタン・シスターⅠ』

 

〇チーム・アルバトロス

【ガンダム・デルタプラス】

 ライフルとシールドを二丁持ち。WR形態では機首が前後についた形になる。

【ガンダム・ゼータプラス】

 長いスマートガンを持ったセンチネル仕様。ウィングにミサイルガン積み。

【ガンダム・リゼルプラス】

 出番すらなく、しめやかに爆発四散。ナムアミダブツ!

 

 地区大会準決勝でダイとサチの最強&最凶モビルファイターコンビにぶちあたってしまった運のないチーム。

 全員が可変機使いで、カラーはトリコロール、頭部をガンダムフェイスに換えるという共通したビルドをしているチーム。速攻即決をモットーにした連携のとれたバトルで地区予選を勝ち上がってきたが、大鳥居高校部長・副部長コンビの石破ラブラブ天驚拳には勝てなかった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

Episode.11『ウェスタン・シスターⅡ』

 

【ガンダムAGE-1シュライク】

 

【挿絵表示】

 

・武装:シグル・サムライブレード「タイニーレイヴン」 ×1

    粒子飛苦無シュリケン・ダガー ×2

    脚部格闘用クロー ×2

    ニードルガン ×2

・特殊:姿勢制御プログラム「Shrike」

 

 ガンプラ心形流神戸道院のエースビルダー、〝双璧(フルフラット)〟アカツキ・エリサが使用するガンプラ。

 極端なまでの近接戦闘特化型にビルドされており、ガンダムタイプでありながらビームライフルもバルカンも持たない。背部バーニアユニットや近接特化の武装など、エイトのF108と設計思想上の姉弟機と言える。

 主兵装である「タイニーレイヴン」は日本刀サイズにまで大型化したシグルブレイドであり、超重量と凄まじい切れ味を持って敵を両断する。エリサはこの特性を、金属パーツを使うことで再現しており、エリサ曰く「リアルに2㎜プラ棒ぐらいなら切れるで」らしい。なお、この刀は刺突攻撃に適した「小烏造り」の切っ先を持っており、「タイニーレイヴン」の銘はそこからとられている。

 腰に装備した二本の短刀「シュリケン・ダガー」は、形状的には苦無に近く、粒子飛苦無の名の通り、刃部分に蓄積させたプラフスキー粒子をビーム刃のように飛ばすことができる。

 小説版のAGE-1スパローの設定からアイデアを得て、姿勢制御システム「Shrike」を搭載していると設定。プラズマ反応炉と制御システムのリミッターを解除することで、さらに機動・運動性を向上させることができる。

 

 

【ガンダム・セカンドプラス】

・武装:専用ビームライフル/ビームセイバー ×1

    シールドスマートガン ×1

    頭部60ミリバルカン砲 ×2

    背部ビームキャノン ×2

    肩部速射ビーム機銃(ラピッドガン) ×2

    ビームサーベル ×2

・特殊:なし

 

 ガンプラ専門店GP-DIVE店長、通称・店長の使用ガンプラ。

 多数のビーム兵器を搭載した高火力型の機体。ガンダムMk.Ⅱをベースに、ゼータプラスなどのゼータ系のパーツを使用し、ゴツいシルエットながらもスタイリッシュな雰囲気を持たせている。ガンダムMk.ⅡとMk.Ⅲの間に計画されていたMk.2.5とでも言うべき試作機、という設定でビルドされている。

 専用ビームライフルはゼータ系の細身のシルエットで、非常に長いビーム刃を持つ高出力ビームセイバーとしての使用が可能。また、左腕に持つシールドスマートガンは、ハイメガキャノン並みの威力を持つ高出力兵器となっている。

 多数のビーム兵器を持つために粒子消費量が多いのが弱点だが、店長はガンダムUC内でのフル・フロンタルのように、デブリを蹴って加速・方向転換をすることで移動にかかる粒子消費を抑え、弱点をカバーしている。

 

 

【ジム・イェーガーR7簡易重装】

・武装:G‐AMBR ×2

    ビームピストル ×2

    フレキシブルシールド ×2

    小型グレネード ×多数

・特殊:????

 Gアンバーを二丁持ちにし、ビームサーベルを外してグレネード内蔵シールドを両肩に載せた、R7の簡易重装備形態。本来のナノカの計画では、バックパックにバーニアススラスターとプロペラントタンク、全身にチョバム・アーマーを装備し、フルアーマー形態とするはずだった。エリサの言動に怒ったナノカの突発的な行動によって生まれた半改装形態が、この簡易重装ということになる。

 あの状況でも解放しないR7の特殊機能????とは何なのか。私にもわかりません(ぇ

 

 

 




 設定厨とまでは言いませんが、設定を考えている時間が好きだったりします。
 実際に作れる範囲で妄想しているつもりですが、本当に作れるのはこの中のいくつになることやら……頑張ります!
 
 最近ハーメルン内のガンプラ系小説をいろいろと読ませてもらっていますが、そのたびに自分の小説には「読みやすさ」というか、「とっつきやすさ」というか、なんかそんな感じのが足りないなあと実感します。まあ、なかなか変えられないけどね!

 みなさんから感想・批評等いただければ嬉しいです。小説についてもガンプラについても、ぜひ!
 よろしくお願いします。


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Episode.13 『サマー・キャンプⅠ』

 抜けるような青い空。真っ白に輝く真夏の太陽が、じりじりと銃身を焼く。半壊した高層ビルを銃座代わりに構えたヘビー・ガトリングガンから、ゆらゆらと陽炎が立っている。生卵を割り落とせば、ものの数秒で目玉焼き(サニーサイドエッグ)が出来上がるだろう。

 旧市街地を侵食する巨大な樹木にはセミの大群が張り付いており、外部マイクが拾ってきたセミの大合唱が途切れることなくコクピットに響いている。

 

「ったく、よォ。リアルでもクソ暑いってェのに、なんで仮想現実(VR)でもクソ晴れてんだよォ」

『はは、もう八月ですからね。ビス子さんも夏休みですか?』

「おう、とっくになァ。大学生は夏休みがなげェのさ」

 

 ビス子はパタパタと団扇で胸元を仰ぎながら、インカム越しのエイトに答える。

 エアコンの無い和室に扇風機一つ、開け放った窓からはGBO内(オンライン)と同じくセミの大合唱。薄手のキャミソールにスポーツパンツという部屋着姿で、ビス子はパソコンの前に座っていた。2リットルのペットボトルから麦茶をごくごくとラッパ飲みし、レーダー画面に目を光らせる。まだ敵影はない。自分とエイトの二機のみだ。

 

「前期試験も無事終わり、バイトとガンプラ三昧だぜ。おかげサマでなァ」

『へぇ……それで、ドムゲルグも改造中なんですね』

「あァ、期待してくれ。だからしばらくは、このザクドラッツェでヤるぜ」

 

 GPベースに乗せられた、そしてGBOの画面でCG再現されているビス子のガンプラは、いつものドムゲルグではない。0083のデラーズ・フリートで使われた量産機・ドラッツェの上半身と、ザク2FⅡの下半身のミキシングビルド。両肩の巨大な球体状のバーニアスラスターポッドと背部の180㎜キャノン、そして右腕に保持した大型のガトリング砲が目を引く。色は、ドライヴレッドのチームカラーである赤系統に再塗装(リペイント)されている。

 ビス子の二番機、ザクドラッツェだ。

 エイトの言った通り、ドムゲルグは現在改造中――例の鬼畜ミッションを何十回とリトライし続けて得た教訓を元にした改造だ。今度こそ、エイトの前で無様はさらさねェ……!

 

「そう言うてめェも改造中だろ? 期待してるぜェ、エイト。新しいF108によォ」

『ありがとうございます、ビス子さん。F108の改造が終わるまでは、このV8(ブイエイト)ガンダムを使うつもりです』

 

 大通りを挟んだ向かい側、半分近く植物に呑み込まれたビルの陰に、エイトのガンプラが隠れている。V2ガンダムをベースにした、トリコロールカラーの機体。いかにもガンダムっぽいガンダムだ。背中にはV2特有のミノフスキードライブ、そしてクロスボーンガンダムから持ってきたザンバスターを左右両手に装備。遠近両用の高機動型に仕上がっている。

 

「しっかし、エイトは小型MS好きだよなァ……お?」

 

 レーダーに感アリ。いくつかの輝点が、廃ビルや巨大樹を遮蔽物にしながら迫ってくる。

 

作戦(オーダー)たった一つ(オンリーワン)接敵必殺(サーチ・アンド・デストロイ)だァ! ブチ撒けるぜェ、エイトォ!」

 

 敵機およびファイターのデータを確認、三〇〇位以内(ハイランカー)はいないが、レベルは3から最大で6までいる。チームらしい三機編隊が二組、バラで四機――

 

『はい、弾幕頼みま……って敵機、十機全部こっち来てます!』

 

交戦規定(レギュレーション)十二機同時自由交戦(トゥウェルブ・ドッグス)なんだから仕方ねェ、それがGBOだろォ! 大方、エイトの名前が売れてきたんだろうよ! 〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟とヤりあったレベル4ルーキーってなァ!」

『はは、光栄です。それじゃあ――』

 

 エイトはミノフスキードライブを展開して跳び上がり、両手のザンバスターを構えた。ビス子はヘビー・ガトリングの照準(レティクル)を敵機に重ね、六連装銃身がゆっくりと回転を始めた。

 

『アカツキ・エイト、V8ガンダム! 戦場を翔け抜ける!』

「〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ビス丸! ザクドラッツェ! ブチ撒けるぜェ!」

 

 バラララララララララララララララララララララララララララララ!!!

 セミの声をかき消す、断続的な射撃音。真鍮色の空薬莢が滝のように流れ落ち、数百発の弾丸が迫り来る敵機の眼前に分厚い弾幕を展開する。その弾幕だけで、単独で突っ込んできたレベル3ファイターのティエレン地上型がハチの巣になり墜落した。

 

「らあぁぁぁぁっ!」

 

 エイトはその弾幕の間を潜り抜けるようにして、ベースジャバーに乗ったジェスタ三機編隊のチームに突っ込んでいった。迎撃のビームマシンガンを回避機動(マニューバ)でかわし、ハンドグレネードをバルカンで撃ち落とす。そしてすれ違いざまに次々と、ベースジャバーにザンバスターを撃ち込んだ。エンジンやウィングに風穴の空いたベースジャバーはコントロールを失い、隊列が乱れたところにビス子のヘビー・ガトリングが暴風雨の如く叩き付けられる。装甲を穿ち、ゴーグルアイを砕き、手足を引き千切り――数秒間の斉射で、三機のジェスタとベースジャバーはボロ雑巾となり果てた。

 

「よォっし、四機撃墜! 良いペースだエイト、瞬殺だなァ!」

『ビス子さんのおかげです――弾幕、続きます?』

「銃身が灼けついた、キャノンに持ち替える! 援護は心配すんなァ!」

 

 ビス子はヘビー・ガトリングを足元に投げ置き、背中の180㎜キャノン二門を展開、左右両脇に構えた。徹甲榴弾を装填し、左右に一呼吸分の時間差をつけて次々と連射。複雑な軌道で空中を飛び回るV8の動きを先読みし、敵機の進路や退路を妨害する位置に射線を置いていく感覚で援護する。

 

「ところでエイト、赤姫はどうしたァ? 今日は一回も見かけて(ログインして)ねェぜ、っと!」

 

 月も出ていないのにサテライトキャノンを準備していた青いガンダムXに、ビス子はキャノンを撃ち込む。

 

『部活です。明日から三年生は合宿だって言っていました。準備をしているんじゃあないですか、ねっ!』

 

 X字型リフレクターが砕け散り墜落する青いガンダムXを、エイトはザンバスターで撃ち抜いた。その隙を突き、ソードシルエットを装備したジム・クゥエルが対艦刀(エクスカリバー)を振り下ろしてくる。左肘のビームシールドでガードするが、さすがに斬撃が重い。ビス子の援護射撃のタイミングに合わせて距離を取り、ザンバスターを撃つが回避され、反撃にビームブーメランを投げつけられる。

 

『一・二年生は今日から数日、部活なし、なんっ、ですっ!』

 

 左右から迫る二枚のビームブーメランを、ザンバスターを変形させたビームザンバーで切り払いながら突撃、すれ違いざまにジム・クゥエルを袈裟切りに斬り捨てる。

 

「そ、そうかよ。じゃ、じゃあ、何日かは……ふ、ふ、二人っきりっ! だなァっ!」

 

 ビス子は地上で大型ビーム砲(ケルベロス)を構えるブラストシルエット装備のジム・クゥエルにシュツルムファウストを撃ち込み、周囲の建物ごと爆破。エイトへの砲撃を阻止する。瓦礫の下敷きになるジム・クゥエルにキャノンを撃ち込み、瓦礫ごと粉々に吹き飛ばした。

 

『はい、そうですね!』

 

 同時、フォースシルエット装備のジム・クゥエルがビームライフルを連射しながらエイトに迫る。エイトは回避しながらザンバスターを撃ち返し、お互いに相手の周りをくるくると旋回しあう、高機動戦(ドッグファイト)に突入する。

 

『この部活休み中に、F108改造用のパーツも買いたいんですけど……ちょっと財布が厳しくて。短期のバイトでもないかって……ビス子さん、後ろっ!』

 

 エイトは叫び、ビームザンバーを投擲。ザクドラッツェを狙うドーベン・ウルフの有線式ハンドを、二つまとめて貫いた。

 

「ありがとよっ! ……バイトなァ。あ、そういやァ、じいちゃんが……」

 

 ビス子は即座に振り返り、二門のキャノンをトリガー引きっぱなしでバカスカと連射。脚部ミサイルポッドも全弾一斉に発射する。一方のドーベン・ウルフも全身のバルカンやグレネード、メガ粒子砲をドバドバと撃ちまくる。爆音と轟音、飛び散る粒子と発砲炎、巻き上がる土煙と硝煙が二機の姿を覆い隠す。

 

「な、なあ、エイト。バイト探してんならよォ」

 

 風が吹き、煙が晴れる。そこには、全身がほぼスクラップと化したドーベン・ウルフの残骸が残されていた。一方のザクドラッツェはスタビライザーやバーニアノズルに被弾しているが、いずれも小破のみで大地に立つ――その背後に迫る、無色透明の機影。景色が無音でヒト型にゆがみ、光学迷彩(ミラージュコロイド)が解除される。蝙蝠のような大型可変翼(アクティブクローク)を装備したブリッツガンダムが、実体刃の大鎌を振り上げていた。

 

「じいちゃん家で、バイト募集してンだ。明日から、オレも行くけど――来ねェか?」

『行きます!』

「ほ、ホントかァ!?」

 

 ゴッ、シャアアアアンッ! ドオォンッ!

 穴だらけになって墜落してきたジム・クゥエルが、羽付きブリッツを巻き込んではるか彼方まで吹っ飛んでいき、爆発した。それと同時に、V8はザクドラッツェのすぐそばに着地。爆炎の中からよろよろと這い出してきた羽付きブリッツに、とどめのザンバスターを撃ち込んだ。

 

『はい、ぜひお願いします。詳しく教えてもらえますか?』

「お、おう! メール送るぜ、見といてくれよ!」

『ビス子さんに会えるの、楽しみです』

「んなっ、なっ、う、うるせェ馬鹿野郎ッ!」

『BATTLE ENDED!!』

 

 羽付きブリッツの爆発と同時、システム音声がバトルの終了を告げた。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 リザルト画面では、〝ビス丸〟と〝エイト〟のアバターが、くるくると回りながら喜びのジェスチャーを繰り返している。チーム・ドライヴレッドの勝利。撃墜数はビス子が六、エイトが四、作戦時間も短時間で、被ダメージも少ない。戦績評価はA+、なかなかの結果だ。

 しかしそんなことは、今のビス子の頭には全く入ってこなかった。

「え、エイトが……来る……リアルでッ!」

 ヘアゴムで乱雑にまとめただけの、跳ねまくりの髪。汗だくのキャミとパンツ姿。エアコンの一つすらない真夏の和室で、パソコンの前に胡坐をかいて座る自分――まずい。これはまずい、まだ二〇歳前の乙女として。

 ビス子はすくっと立ち上がり、押入れを開け衣装ケースを開く。

 ジャージしかねェ!

 ずばーんと叩き付けるように襖を閉め、どたばたと和室を飛び出した。

「おい、オヤジィ! 母ちゃんの服ってどこだっけ! 二階かァ!?」

「んー、どうしたナツキ? 今日は墓参りの日じゃあないぞー?」

「うるせェ、いるんだよ! あー、あとじいちゃん家のバイトって男の子ほしいって言ってたよなァ!? まだいけるよなァ!?」

「あねきー、部活行ってくるわー。弁当はー?」

「あァン、うっせェ! 台所置いてる、持ってけ! いってらっしゃい!」

「おねーちゃーん、ガンプラ壊れたぁ~! 直してぇ~!」

「わかったわかった! あとでヤってやるから、じいちゃん家の作業部屋持ってっとけェ!」

「ねーちゃん、夏休みの自由研究が……」

「あー、もう! 今度はなんだァ、あとで見てやるよッ!」

 洗面所に駆け込み、慣れない手つきで髪を梳かす。鏡を見て、自分の頬が少し赤くなっていることに気が付き、ますます頬が染まってしまう。

 大学で無理やり合コンに誘われた時も、わざとジャージで行ったりしたのに。バイト先の社員がねちねちと口説いてきた時も、パンチ一発で解決したのに。なんで、今回は、こんな……ビス子は混乱気味の頭を持て余しながら、外跳ねしまくった髪を必死に梳かすのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 大鳥居高校ガンプラバトル部の夏合宿は、バスの旅だ。

 バトル部は毎年夏にバスを貸し切り、ガンプラ制作とバトルの練習、そして思い出作りのために二泊三日で合宿をしている。地区予選敗退だった去年までは、三年生の引退記念も兼ねて全員参加でやっていたのだが、今年は全国大会出場が決まり、三年生の引退はまだ少し先。バトル部がすっかり大所帯となってしまったこともあって、今年は三年生のみの参加となっている。ずっとお世話になっている旅館が家族経営の地元の旅館といった場所で、受け入れ人数は二十人程度が限界だということもある。

 街を出て一時間と少し、バスは海沿いの古い国道へと出た。青い空、白い雲。輝く砂浜に広い広い大海原――ナノカは物思いにふけりながら、窓の外を流れていく景色を見るともなしに眺めていた。

 

「嬉しいぞ、アカサカ同級生」

 

 ぼんやりと景色を眺めていたナノカの隣に、部長・ダイが座った。ダイは手に持ったスポーツドリンクを勧めてくるが、ナノカは手振りだけでそれを断る。

 

「何だい、ギンジョウ部長」

「今年は、よく来てくれた」

「あぁ、そんな話か……例の家族の件が、今年は都合がついてね」

 

 ナノカは、ダイだけには自分の事情を説明している。部の代表選手にならない、なれない、その理由を。だからダイは、ナノカの短い言葉だけである程度の事情を察することができた。

 

「うむ、そうか。では、今年はもう退院を?」

「いや……それはいいんだ、今は。部長、それよりも」

 

 海辺の防風林の向こう、旧国道が大きくカーブした先のところに、合宿先らしい旅館が見えてきた。大きな建物ではないが、高校生の部活の合宿に使うには少々立派過ぎるぐらいの旅館だ。

 

「なんで一般の旅館で合宿なんだい? 地区大会で優勝したんだ、ヤジマ商事の施設だって使えただろうに」

 

 そのぐらいの口利きは、父にしてもいい。ナノカは実際、合宿の話が部活で出たときに副部長のサチにそう申し出ていたが、断られていた。理由を聞いても、サチは「あっひゃっひゃ♪」と笑うばかりで答えてはくれなかった。

 ダイは珍しくふっと笑い、ナノカに答える。

 

「あの旅館には、バトルシステムが二台ある。広い作業部屋もだ」

「……へえ、それはまた酔狂だね」

「旅館のご主人と、その孫娘が大のガンプラ好きでな。入ってすぐにガンプラが山のように飾られているぞ。ご主人の旧キットとジオラマ、孫娘のHGやRG、MG、PGも多数。人呼んで――」

「ガンプラ旅館っ♪ ですわああああ♪」

 

 しゅばばばーーん! 目の中に星を入れて輝かせながら、テンションの上がり切ったアンジェリカがナノカの目の前に飛び出してきた。目の中というか、目からも口からも背景にまでキラキラしたオーラがあふれ出している。

 

「知る人ぞ知るガンプラマニアの秘境! アーティスティックガンプラコンテスト六〇才以上(ベテラン)部門で旧キットをベースに絶大なリアル感を発揮する旧ザクVS陸ジムの砂漠戦ジオラマを作り上げ見事グランプリに輝いたジオラマ職人・通称〝旧人類最強(グレート・オールド・ワン)〟ヒシマル・ゲンイチロウ氏の経営するあのガンプラ旅館に! 二泊もできるなんて! わたくし、感涙を禁じえませんわああああ♪」

「……風紀委員長。走行中のバスではシートベルトをしめるものだよ」

「あらあら、わたくしとしたことが♪ きゃはっ♪」

 

 きゃ、きゃはっ!? あの〝強過ぎた白雪姫(オーバーキルド・プリンセス)〟が、エイト君を笑いながらタコ殴りにした戦闘狂(バトルマニア)が、きゃはっ……!?

 ナノカは思わず口に出しそうになるがぐっとこらえ、ジト目で部長を見る。

 

「……部長、なぜ彼女がここに?」

「いいではないか、アカサカ同級生。ガンプラ好きに、理由など無粋ッ!」

「ウチは金食い虫だからねー、理事長命令で生徒会からの会計監査役だってさー。まー、あの様子じゃあ出し抜くのはワケねーけど。あっひゃっひゃ♪」

「んで、俺は新聞部からの取材ってコトで同行ッス! さっそく一枚どうッスか?」

 

 サチはポテチとコーラを抱えて大笑いしながらダイの膝の上にぽふんと座り、「新聞部」の腕章をつけたタカヤが、カメラを構え、前の座席の背もたれの上から顔をのぞかせる。

 

「私は、遠慮をするよ」

「だめだめー、一緒に写ろーぜ! ほらほらナノちゃんもアンジェちゃんもー、とっととピースしやがれド畜生がー♪ あっひゃっひゃ♪」

「おっ、いいッスよ副部長! 良いスマイル! アカサカ先輩も、もっとスマイル、よろしくどーぞッス! ヤマダ先輩も記念撮影、どーッスか?」

 

 目をキラキラさせて夢見心地のアンジェリカ、ダイの膝の上でご機嫌なサチ、無表情のふりをしながら頬を赤くしているダイ、調子の良いことを言いながらシャッターを切りまくるタカヤ。

 こんな雰囲気も、嫌いじゃあない。エイト君がいてくれれば、なお良いんだけれど――ナノカはサチが口に無理やり押し込んでくるポテチを丁重に奪い取りカウンターで押し込み返しながら、数日前のことを思い出していた。

 ――いいんじゃない、お姉ちゃん。行ってきなよ。ずっとボクの世話ばかりじゃあ、気も滅入るでしょう――

 ベッドから起き上がりもせず。パソコンから目も離さず。一度も目を合わせることもないまま、あの子はそう言った。父も勧めてくれたし、エイト君も私が当然合宿に行くと思っていた。

 思えば、ダイとサチが立ち上げたこの部活だが、初めてチーム戦に出場したときはダイ・サチ・ナノカの三人だった。今でこそ三年生のメンバーも二〇人近くいるが、最初の最初はこの三人だった。あの時はあの子も今よりは自由に外出できて、部室に遊びにもきていた。そういえば、アンジェリカもあの時からちょくちょくバトルを仕掛けに来ていたか。私がチーム戦に出られなくなったあとも、この部活の仲間は、変わらずに仲間として接してくれた。

 そんな高校生活最後の合宿に、あの子が気を使ってくれたのだから、私は――ええい、考え過ぎだ。

 

「ギンジョウ部長。カンザキ副部長」

「……む?」

ふぇ()? ふぁにふぁ(なにさ)にゃのふぁん(ナノちゃん)?」

 

 ナノカは二人に向き直り、言った。

 

「……この合宿、私は楽しもうと思う。よろしく頼むよ」

 

 ダイは無言で力強く頷き、サチはポテチをもぐもぐしながらグッと親指を立てた。タカヤは空気を読んだのか、いつの間にかおとなしく座席に戻っていた。

 

「……入口、見えましたわ!」

 

 海際の防風林を抜け、バスがブレーキをかけた。ガンプラ旅館、「ひしまる屋」に到着――その玄関口には、従業員らしい緑色(ジオングリーン)の作務衣姿の男女が、待ち構えていた。

 

 




第十四話予告

《次回予告》
「……姐御、いつごろ神戸に帰るんです?」
「んっふっふー。それを聞いてどうするんや、カメちゃん?」
「い、いえ、その……店、手伝ってくれんのはありがたいんですが……」
「んっふー、ええやろ可愛い看板娘♪ ウチのおかげで売り上げもアップやで♪」
「ま、まあそれはいいんですけどね……その……姐御の時給が……」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第十四話『バトルフラッグスⅠ』

「時給RG(リアルグレード)一箱って、ちょっときついですぜ……姐御……」
「そんなこと言ーなや、ウチとカメちゃんの仲やろー♪ あ、次はRGフリーダムな♪」
「勘弁してくださいよぉ、姐御~!」



◆◆◆◇◆◆◆



 報告:現在、ザクドラッツェを製作中。次回はガンプラ紹介かも。

 最近、リアル生活に少し余裕がありまして。
 やっぱり人間、心の余裕って大事ですね。ギスギスしてると名前を馬鹿にされたカミーユみたいになっちゃいます。全然関係ないですが、アナベル・ガトーもガトーって呼ばれてるから気にならないけどアナベルって超女性名ですよねぇ……

 小説にでもガンプラにでも、感想等いただけると嬉しいです。よろしくお願いします!



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Episode.14 『サマー・キャンプⅡ』

 諸事情によりガンプラ製作がストップしており、予告とは違い小説本編の更新が先となりました~。悪しからず、ご了承ください。ガンプラもまた頑張ります!


 八月初旬、間違いようのないほどの盛夏。まだ午前だというのに太陽はギラギラと照り付け、焼けたアスファルトがジリジリと熱気を放つ。海から吹き付けてくる潮風が、せめてもの救いというところか。

 自宅の最寄り駅から電車で三駅、市営バスを乗り継いで二十分ほど。エイトは三日分の着替えとガンプラケースが入ったリュックサックを背負い、海辺の旧国道をゆっくりと歩いていた。

 

「あれ、かな……?」

 

 緩いカーブを抜けると、その先に一軒の旅館が見えた。立ち止まって見上げる。二階建ての和風建築だが、敷地は広く建物の造りも立派だ。

 ビス子さんは「家族でやってる程度のモンだ」なんて言っていたけど……思っていたより大きいなあ。

 エイトはリュックサックを背負い直し、旅館への道をまた歩き始めた……と、その時。道の向こうから、女の人が歩いてきているのに気が付いた。

 丈の長い、光が透けるような純白のワンピース。足元はヒールの低い、涼しげなサンダル。つばの広い麦わら帽子をかぶっているので、顔はわからない。しかし、すらりと背の高い女性の姿と、海風にスカートの裾が翻る様は、まるで一枚の絵画のようにきれいだった。

 

(きれいな……ひとだなぁ……)

 

 エイトは見とれてしまうが、あまりじろじろ見るのも失礼だと思い、旅館への道を急いだ。女の人との距離が近づき、エイトは軽く会釈をして通り過ぎようとするが、

 

「よ、よォ、エイト」

「えっ?」

 

 突然、女の人から声をかけられ、立ち止まる。その声には、確かに聞き覚えが……

 

「は、早かったじゃあねェか。ま、まァ、バイト初日にしちゃあ上出来だなァ?」

「……ビス子さん、ですか?」

 

 エイトが目を丸くして聞き返すと、女の人はこくんと頷き、麦わら帽子のつばを少しだけあげた。

 

「な、なんで疑問形なんだよッ。オレがこんな格好してちゃあ、わ、わりィ……かよ……っ」

 

 GBOのアバターとそっくりなビス子の顔が、そこにはあった。すねたように唇を尖らせて頬を染め、ちらちらとエイトを見ては視線を逸らしているが、赤茶けた髪も高い身長も、アバターそのままのビス子だった。

 

「い、いえ、そんな。違いますよ」

「はんッ。わ、わかってんだよ別にッ。似合ってねェことぐらい! いいさ、笑えよ! これがあの〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟かってなァ!」

「いえっ、逆ですよ! すごく似合っていて、きれいで! ちょっと緊張しちゃって……!」

 

 ぼんっ! ビス子の顔から湯気が上がり、一瞬で耳まで真っ赤にゆであがった。ビス子は慌てて麦わら帽子で顔を隠して、何でもない風を装う。しかし、その様子を「怒らせてしまった」と勘違いしたエイトは、ビス子に謝ろうと頭を下げる。

 

「あ、す、すみません、ビス子さん。僕、迂闊なことを……」

「……ナツキだッ!」

 

 エイトの頭に麦わら帽子を叩き付けるように被らせ、乱暴に手を掴んで旅館への道を走り出した。突然の出来事に驚きながらも、エイトは遅れないように足を動かす。

 

「うわっ、び、ビス子さん!?」

「ヒシマル・ナツキだ。ここはGBOじゃねェ、名前で呼ばせてやるから感謝しろッ」

「あ、はいっ。三日間、バイトよろしくです。ナツキさん」

「~~~~っ! お、おうッ。よろしくなァ、エイト!」

 

 麦わら帽子の広いつばに邪魔されてエイトからは見えなかったが、エイトの手を引いて走るナツキの顔は、真夏の太陽にも負けないぐらい真っ赤で、そして輝いていた。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「ほォ~、こいつが例の男かァ。なんじゃいナツキ、おまえショタ好きな」

「黙れェいクソジジィ!」

 

 スッパァァーーン! 出迎えてくれた緑色(ジオングリーン)の作務衣姿の老人を、ナツキがスリッパで思いっきり叩いた。しかしそんなことは、エイトの目にも耳にも入っていなかった。

 

「す、すごい……この数、このクオリティは……!」

 

 玄関をぐるりと取り囲むように作りつけられた、年季の入った木製の展示棚(ディスプレイスペース)。そこに立ち並ぶ、ガンプラ、ガンプラ、そしてまたガンプラ!

 新旧様々なHGやMGはもちろん、PG、RGも多数。さらには最新作の鉄血のオルフェンズシリーズやHG-REVIVE、RE-1/100、果ては絶版モノの旧キットまでがずらりと揃い踏みだ。そしてそのすべてに入念な加工と丁寧な仕上げが施されている。

 

「ナツキさん! これ全部、ナツキさんが!? どれもすごい完成度ですよ!」

「ふ、ふんっ。誉めてもなんもでねェぞ。作品はじいちゃんと半分ずつってトコだなァ。旧キットやジオラマ系は全部じいちゃんのだぜ」

「お、お爺さんの!? 旧キットもジオラマも、半端じゃあないですよ!?」

「カッカッカ。その良さがわかるかァ。気に入ったぞ、小僧。それだけはっきりものを言うとはなァ」

 

 目を輝かせるエイトの肩をぽんと叩き、ナツキの祖父は好々爺然とした表情で長いあごひげを撫でる。筋張った老体だが、身長はエイトよりもやや高い。ナツキも長身なところを見ると、そういう血筋なのだろう。

 

「ヒシマル・ゲンイチロウじゃ。おまえさんの雇い主ということになるかのゥ」

「あ、アカツキ・エイトです。三日間、お世話になります」

「カッカッカ。よいよい。畏まるなよォ、小僧。ナツキの男なら、ワシの孫も同然」

 

 スッパァーン。ナツキ、無言のスリッパ炸裂。

 

「と、ともかく、じゃ。まずはァ、荷物置いて来い。泊まり用の仮眠室を開けてある。着替えてきたら、すぐに仕事じゃ。今日はさっそく団体さんがいらっしゃるンでなァ。仕事はナツキにくっついてりゃァ、覚えるじゃろう――ナツキ、あとは任せたぞォ」

 

 ゲンイチロウはカッカと笑い、エイトに部屋の鍵を手渡した。ナツキに案内をするように言いつけ、自分は厨房の方へと消えていく。後でナツキから聞いた話だが、客に出す料理はすべてゲンイチロウが作っているらしい。

 

「部屋はここだァ。オレの部屋はとなり――っても、仕事が始まったら部屋になんかほとんどこれねェけどよ」

 

 トイレ、非常口、リネン室に食堂、ガンプラバトルシステムを備えた大広間、掃除用具の場所など、ナツキの簡単なレクチャーと共に館内をぐるりと回り、エイト用の仮眠室に到着する。四畳半ほどの畳敷き、少し狭いが客室と大差ないしっかりとした部屋だった。

 

「ンで、こいつがウチの制服代わりだ」

 

 ぽんとナツキが投げてよこしたのは、ゲンイチロウが着ていたのと同じ、ザクの濃い方の緑色(ジオングリーン)の作務衣。

 

「着替えたら掃除、それから客の出迎えだァ。仕事はやりながら説明するぜ、エイト」

「は、はいっ」

 

 ナツキが部屋を出た後、エイトは着替えながら気合を入れなおした。

 よし、がんばろう――僕のガンダムを、もう一度、きれいに創りあげる(ビルドする)ために。

 作務衣のひもをきゅっと締める。ナツキが手配してくれた作務衣のサイズは、エイトにぴったりだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 旅館の外回り、そして玄関から大広間、食堂、トイレに風呂場と四人部屋六つの掃除。部屋のお菓子とお茶っぱの確認と補給。その他もろもろ、細かい仕事は両手の指では足りないぐらい。一通りの仕事が終わって昼ご飯を食べる(ゲンイチロウの作るまかない料理は、超が付くほどおいしかった)と、すぐに客の出迎えの時間となった。

 エイトとナツキは二人並んで玄関前に立ち、もうすぐ到着するはずの団体客を待ち構える。

 

「どうよォ、エイト。旅館の仕事は」

「はは……知らなかったことが多すぎて、驚きました」

 

 エイトの力ない愛想笑いに、ナツキは豪快に口を開けた笑い顔で返した。

 

「ハッハァ、まだ初日の客入り前だぜェ? ま、サポートしてやるからしっかり頼む……お、バスだ。例の団体客だなァ」

 

 ただでさえ長身でスタイルのいいナツキの背筋が、さらにすっと伸びる。表情も、にこやかながらも引き締まった、営業用の笑顔に変わる。エイトも慌てて姿勢を正すが、やはり緊張は隠せない。

 エイトのそんな様子に、ナツキは「仕方ねェなァ」と苦笑い。エイトのおしりをぱぁんと一発ひっぱたく。驚くエイトの顔を覗き込み、微笑みながらいたずらっぽくウィンクをした。

 

「物怖じすンなよ、ルーキー。GBO(オン)でのてめェは、もっと堂々としてるぜ?」

「は、はい。ナツキさん」

 

 バスが止まり、団体客が下りてくる。ナツキが深々と頭を下げたのに合わせて、エイトもあたふたと礼をする。そしてふたりで声を合わせて――主に、ナツキがエイトに合わせてくれたのだが――出迎えの言葉を口にする。

 

「「長旅、お疲れさまです。ひしまる屋へようこそ!」」

 

 ざわ、ざわ……客の反応がおかしい。何か粗相をやらかしてしまったのかと、不安になってエイトが顔を上げると――

 

「え……エイト君、かい……?」

「な……ナノ……さん……?」

 

 バスから降りてきた団体客は――目を真ん丸にして驚くナノカ。ダイにサチ、二〇人ほどの三年生、大鳥居高校ガンプラバトル部の面々。そしてなぜかいるタカヤとアンジェリカ。

 

「合宿先って、ここだったんですか?」

「バイト先というのは、ここだったのかい……?」

 

 お互いに予想外の出来事に驚きながらも、どこか嬉しそうな顔をしているエイトとナノカ。

 しかし、その一方で。

 

「ぐぬぬ……!」

 

 ナツキは何かを我慢するように、ぷるぷると身体を震わせているのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「エイトォ! 荷物運べェッ、とろとろすんなァ!」

「は、はいっ」

「エイトォ! ガンプラ作業部屋ァ、カギ開けとけェ! 換気扇も回せェ!」

「は、はいっ、今すぐ!」

「エェェイトォォ! だらだらすんなァッ! 食堂、お膳並べとけェッ!」

「す、すみませんっ。やりますっ!」

「エェェイトオオォォォォッ!」

「はぁいっ! ……あの、ナツキさん……なんか、機嫌悪くないですか?」

「あァんッ!? ブチ撒けるぞてめェ!? とっとと味噌汁持っていけェッ!」

「ご、ごめんなさぁい! すぐやりまぁすっ!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――かぽーん。お風呂場である。

 

「ふぅ……」

 

 ナノカは長い黒髪を緩くまとめ上げ、海辺に沈む夕焼けが風流な露天風呂へと、その身を沈めていた。ナノカはかなりの風呂好きで、長風呂を好む。今も、他の女子部員たちはとっくに湯から上がってしまっていた。

 かけ流しの天然温泉がちゃぽちゃぽと流れていく音を、一人、楽しむ。

 

「よォ、赤姫」

 

 ちゃぷん、と。新たな水音がして、ナノカの隣に人影が増えた。

 

「……キミが……いや、年上だそうだね。あなたが〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ですね」

「はンッ、白々しい。一応名乗っておくと、ヒシマル・ナツキだ。いつも通りでイイぜ、赤姫」

「……そうかい。じゃあ、そうさせてもらうよ、ビス子。私もアカサカ・ナノカだけれど、いつも通りに呼んでくれるかい」

 

 それからしばらく、二人の間に会話はなかった。いつもなら風呂は烏の行水なナツキは、すぐに肌が薄桃色に上気し始めたが、ナノカはまったくのぼせる様子もない。

 先に口を開いたのは、ナツキだった。

 

「な、なァ、赤姫よォ」

「なんだい、ビス子」

「てめェは――」

 

 ナツキは胸元でちゃぷちゃぷとお湯を弄び、あらぬ方向へ目を逸らしながら、聞いた。少し頬が染まっているのは、温泉の熱さのせいだろうか。

 

「――偶然、エイトがここにいて、その、よォ……嬉しかったか?」

「ああ、嬉しいさ。相棒だからね」

 

 よどみなく、澄ました顔で、ナノカは答える。が、その頬はやや赤い。やはりこの温泉は、少し温度が高いらしい。

 

「キミこそどうなんだい、ビス子。エイト君をわざわざ、実家のバイトに誘ったりして」

「おおお、オレサマは別にっ。じいちゃんが、人手が足りないって言うからよォ!」

「ふぅん……ビス子、キミは男友達とかはいないのかい? 恋人とか」

「あ、あァんッ!? ンなもんいねェよ! いたコトもねェよ! な、なんだよ突然てめェはっ!」

「へぇ、そうか……ふぅん……?」

「な、なんだよ! ワリぃかよ! も、もうオレは出るぜ!」

「ふっ……私も出ようかな」

「ンだよ! ついてくんじゃあねェよ!」

「ふふふ……別にそんなつもりはないさ。でもまあ、なんだかキミとは長い付き合いになる気がするよ、ビス子」

「あン? なァに言ってんだよてめェは! オレよりほんのちょっとエイトと付き合いが長いからって、調子のってんじゃねェぞ! ブチ撒けるぞコラァ!」

 

 お湯から上がったナノカは何か満足げに笑いながら脱衣所へ向かい、ビス子は怒鳴りながらそれを追いかける形となるのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――かぽーん。再び、お風呂場である。

 

「はぁー……」

 

 男子部員たちが上がった後の大浴場に、エイトは一人、身を沈めていた。風情ある石造り、天然温泉の露天風呂。ひしまる屋は普通の旅館としての設備もなかなかに上等だ。じんわりと身体が温まり、疲れが溶けて流れていく。

 手取り足取りといった様子で仕事を教えてくれた午前中に比べて、午後はやたらとナツキが厳しかった気がしたが、ともかく。エイトは広い露天風呂で、ぐぐっと伸びをした。

 

「うー……働いたぁー……」

「まだだ! まだ終わらんよ!」

 

 ざっぱあーん! 

 

「うわあっ!? た、タカヤ!?」

 

 全裸でタオルを腰に巻き、頭にはジュアッグかアッグガイかというような巨大なゴーグルを装備。そして右手には完全防水仕様のデジタル一眼カメラ。水陸両用強行偵察型変質者と化したサナカ・タカヤが出現した。そしてギレン総帥の演説もかくやという勢いで、わめきたてる。

 

「旅館! 温泉! 露天風呂! 夏の夜、開放的になる男女! はだける浴衣、香り立つうなじ! 何を恐れることがある、男湯と女湯を隔てるのは、たかが三メートル程度の木の壁一枚! その向こうにある酒池肉林を撮らずして、何のためのカメラか! 何が新聞部か! むしろ乗り越えるべきは、己の中の倫理やモラル、そう言ったくだらない常識ではないのか! 人類の革新は、女湯にこそあぁぁるッ! 嗚呼、見える、見えるぜ俺には! 俺には刻が見える!」

「僕にはオチが見えるよ」

「ヌルいこと言ってんなよエイトォォ! だぁからお前はアホなのだあっ! 流派・最中不敗は王者の風よ! 見よ、女湯は赤く燃えている!」

「タカヤ。僕は止めたからな?」

「ふーははは! ビビったかエイト。この俺、新聞部一年エースにしてガンプラバトル部イチの事情通サナカ・タカヤは、目も眩むようなシャッターチャンスを所望していぐぎゃあっ!?」

 

 すこーんっ! じゃっぱーん。

 投げつけられた手桶が、タカヤの脳天にクリーンヒット。タカヤはひっくり返り、派手にしぶきを上げて頭から湯船に突っ込む。

 

「そんなことだろうと思っていましたわ!」

 

 脱衣所で手桶の二投目を構えるのは、生徒会風紀委員長ヤマダ・アンジェリカ。おそらく特注品であろう、白と金のストリームライン、まるで自分の愛機(レディ・トールギス)のようなデザインの競泳水着を完全装備である。

 そしてその後ろからはわらわらと、浴衣姿の三年生女子たちが現れてくる。皆、黙ってはいるが、その三角形につり上がった目からはタカヤへの怒りのオーラがあふれ出している。

 

「あー、あー。だから止めたのに」

「いたたたた……突然何するんスかセンパイ! ゴーグルがなければ即死だったッスよ!」

「自分の胸と、そのデジカメに手を当てて、よぉぉぉぉっく考えてごらんなさいな!」

 

 アンジェリカの言葉に合わせて、浴衣の三年女子たちの怒りのオーラが、いっそう強く燃え盛る。タカヤの「ぎくっ」という文字がでかでかと書いてあるような顔を見る限り、カメラの中身はだいたい想像がつく。

 三年女子たちの怒りを代弁するかの如く、アンジェリカは優雅かつ大胆かつ珍妙なポーズを決めながらタカヤをビシィッ! と指さし、声高らかに宣言した。

 

「お覚悟はよろしくて、新聞部一年生サナカ・タカヤさん。風紀委員長ヤマダ・アンジェリカの名において――生徒会を執行いたしますわ!」

 

 堰を切ったように、三年女子たちがタカヤに襲い掛かった。タカヤもタカヤでデジカメを奪われまいと走り回り、アンジェリカの指揮する三年女子軍団とデッドヒートを繰り広げる。

 

「ちょ、ちょっとセンパイ勘弁ッスよ! お、ふとももが♪ このカメラには、大鳥居高校全男子生徒の夢と希望が詰まってるんスよ! おおっ、胸元が♪」

「逃げながら、またっ……許しませんわああああ! みなさん、鶴翼の陣で追い込みますわよ!」

「くっ、さすがはセンパイ。中々の智将っぷりッス! でも! それでも! 守りたい世界があるんッスよぉぉぉぉ!」

「タカヤ、ヤマダ先輩。僕はもう出ますからね」

 

 でかいゴーグルにタオル一枚、右手にはカメラという変質者そのものの格好で風呂場を飛び回るタカヤ。騎馬戦の大将よろしく、三年女子が組んだ騎馬の上で号令を飛ばす競泳水着姿のアンジェリカ。その横をすり抜けるようにして、エイトは脱衣所の扉を開けた。すると、そこには――

 

「おーっし、いいぞ一年! もっとだ、もっと走れ! 浴衣をはだけさせろ!」「ヤマダさんの競泳水着……じゅるり」「うっひょー! 揺れてる、揺れてるぞおい! 重力無視してるみてぇだ!」「負けるなサナカ! おまえのカメラに、俺たちの明日がかかっている!」「その写真たちは一枚五〇〇円で買うぞ! ものによっちゃあ千円までは出す!」「お前が新聞部と兼部してんのはこの日のためだろ! がんばれサナカああああ!」

 

 血走った眼で、タカヤに声援を送る三年男子たち。

 

「何してるんです、先輩たち……」

 

 熱気を上げる先輩たちに、冷め切ったジト目を送るエイト。しかし三年男子たちは風呂場で繰り広げられる光景に夢中で、エイトの冷たい視線に気づきもしない。エイトは諦めきったため息を一つ。緑の作務衣に着替えて脱衣所を出ようとした、その時。

 

「俺の調べでは、アカサカ先輩はお風呂好きで長風呂! まだ女湯にいるはずッス!」

 

 ぴたっ。エイトの足が止まった。

 

「アカサカ先輩の、あの! 制服の上から作業用エプロンをつけてすらその美しい形がはっきりとわかる美巨乳を! このカメラに収めるまではああ! 俺は諦めるわけにはいかないんスよおおおお!」

「「「うおおおおーーっ! がんばれサナカああああーーっ!」」」

「させませんわああああっ! みなさん、挟撃ですわ! 左右から挟み込みますわよ!」

 

 盛り上がる三年男子、ヒートアップする追いかけっこ。エイトは対応を決めかねるように脱衣所を右往左往。

 

「貴様ら……ッ」

 

 ズゥンッ……!

 そんなお祭り騒ぎを吹き飛ばすように、圧倒的な存在感が風呂場を震わせた。

 

「いい加減に……ッ」

 

 ゴゴゴゴゴ……ッ!

 怒り心頭、鬼の形相で腕組み。筋骨隆々、仁王像のごとく立ちはだかるは、最強部長ギンジョウ・ダイ。

 

「せんかアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!

 部長の怒り、大爆発。直前で耳を塞いだエイトはなんとか耐えたが、至近距離で怒鳴られた脱衣所の三年男子たちは総崩れ、何人かは失神。タカヤはひっくり返って温泉に落ちた。三年女子たちも涙目でへたり込み、潰れた騎馬の上でアンジェリカだけが「あら、やりすぎちゃいましたわ♪」と、ペロリと舌を出していた。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「申し訳ない、ご主人。騒がせてしまった」

「カーッカッカ。気にするなよォ、小僧。それが若さじゃてなァ」

 

 大広間へ続く廊下へ、全員で正座。頭を下げるダイの肩を、ゲンイチロウが笑い飛ばしながらポンポンと叩く。ナツキはあきれきった表情で、そのやり取りを見ていた。

 部員で正座を逃れているのは、今日は従業員側であるエイトと、女湯にいたナノカ。サチや数名の女子部員の姿が見えないが……ともかく。今回の火種となったタカヤのデジカメは、ダイの渾身の正拳突き一発で、見るも無残なスクラップと化していた。

 

「後輩の手本となるべき三年生が、女の写真などに心乱されるとは。修行が足りんのだ、修行が」

「そりゃ部長がおっぱいに興味ないからッスよ! さっちゃん先輩と付き合う時点でロリコ」

 

 ブオォォンッ! 暴風のような拳圧が、タカヤの眼前に吹き荒れる。寸止めの正拳。

 

「……なにか、言ったか。サナカ一年生」

「ナナナナンデモナイッス!」

「部長さん。お話が」

 

 すっ――と、アンジェリカが優雅に手を挙げる。背筋の伸びた完璧に美しい姿勢で正座、ただし競泳水着。かなり滑稽な姿だが、本人はそんなことは気にしていないらしい。アンジェリカの表情は、生徒会執行部としての仕事モードのそれだった。

 

「なんだ、ヤマダ風紀委員長」

「……サナカさんの写真。メモリーカードは、一枚きりではないのでは?」

 

 ざわっ……正座する部員たちに、ざわめきが走る。

 ダイがぐぐっとタカヤを睨むと、タカヤは白々しく口笛を吹きながら、視線を宙に泳がせた。男子部員たちの表情にぱっと希望の光が差し、同時、女子部員からは凄まじい勢いで軽蔑の視線が突き刺さる。

 

「まだあがくか、サナカ一年生。諦めの悪さは嫌いではないが……ッ!」

 

 ゴゴゴゴゴ……! 部長の拳がタカヤに迫る。タカヤはタオル一枚で正座という情けない恰好のまま、涙目になりながら抵抗する。

 

「あ、あれは渡せないッス! 俺らモテない男子たちの、最後の希望なんッス! 俺は死ぬときは、でっけぇおっぱいに埋もれて死ぬんだ! おっぱいはやわらけぇんだ! こんな固い廊下とは違うんッスよおおおお!」

「「「さ、サナカぁ……!」」」

 

 三年男子たちが、タカヤの言葉に涙ぐむ。と同時に、女子たちの視線が絶対零度の冷たさに。

 部長とタカヤが「出せ!」「出さないッス!」の言い合いになり、またもや収拾がつかなくなりかけた、その絶妙なタイミングで、アンジェリカが再び声を上げた。

 

「勝負しましょう!」

 

 全員の視線が、アンジェリカに向く。アンジェリカはまるで深窓の令嬢のような澄まし顔で、完璧に美しい正座姿で、物静かに告げた。

 

「サナカさんのメモリーカードの所有権を賭けて――男子対女子でのガンプラバトルを提案いたしますわ」

「ほゥ……面白いお嬢さんがいたモンじゃのゥ。気に入ったぞ、カッカッカ」

「お褒めにあずかり光栄ですわ。生ける伝説、〝旧人類最強(グレート・オールド・ワン)〟ヒシマル・ゲンイチロウ様」

 

 まるでまったく足がしびれていないかのように、アンジェリカはすくっと立ち上がり、気品あふれる所作で、ゲンイチロウに一礼した。

 

「ヤマダ風紀委員長。どういうことか」

「わたくしたちはファイター、そして今はガンプラバトル部の合宿中。これ以上、なにか言葉がいりまして?」

「うむ……その意気や良し、気に入った! では、部長として認めよう。貴様とサナカ一年生との一騎打ちを――」

「違いますわ」

 

 アンジェリカは床を指さし、すっと線引きをするように、その指先を左右に動かした。その線は、正座をする男子たちと女子たちの、ちょうど境目。

 

「男子対女子……と、申し上げましたわ」

 

 そしてその指先で、ダイを指さし、微笑んだ。

 ただしその微笑みは、先ほどまでと同じような気品の奥に、牙を剥く狩人の野性を隠しきれていない、好戦的な笑みだった。

 

「部長さん。あなたには男子側で出ていただきますわ。そしてわたくしと戦いなさい」

「フッ……結局、そういうことか……よかろうッ!」

 

 ばさっ! ダイが浴衣を脱ぎ捨てると、その下にはすでに空手の道着が着られていた。そしてどこから取り出したのか、その手には愛機・ダイガンダムが握られている。

 

「皆、聞けッ。大鳥居高校ガンプラバトル部は、サナカ一年生のメモリーカードを賭け、男子対女子による部内試合を開始するッ。各自ガンプラを持ち、大広間、バトルシステム前に集合ッ」

「「「は、はいッ!」」」

「四十秒で支度しろッ! 以上ッ、解散ッッ!!」

 

 長時間の正座で痺れていた足を引きずり転びながら、部員たちが一斉に散った。

ダイとアンジェリカは無言で不敵な笑みを交し、見えない火花を散らし合う。

 

「ご主人。急で申し訳ないが、バトルシステムをお借りする」

「カッカッカ。小僧、何を遠慮するか。大歓迎じゃァ。多数対多数にちょうどよい特別バトルがあるンでな、久々に使うかのゥ」

「あら、面白そうですわね。詳しくお聞かせくださいな、ゲンイチロウ様」

「フッ、滾るな……アカツキ一年生、サナカ一年生! 貴様らも来いッ!」

「りょ、了解ッス! いくぞエイト、ほらっ!」

「え、ぼ、僕はバイトの続きが……ちょ、タカヤ引っ張るなよっ、タカヤぁ~!」

 

 嵐のように皆が過ぎ去っていった後に残るのは、髪を上げた浴衣姿のナノカと、タオルを首にかけた作務衣姿のナツキの二人。

 ナツキはぽりぽりと頭をかきながら、ナノカに聞いた。

 

「……なァ、赤姫よォ」

「なんだい、ビス子」

「てめェんトコの部活、いつもこんなノリなのかァ?」

「……いや、今日は……ふふふ。みんな少しばかり、ヘンかもしれないね」

 

 ナツキは「そうかよ」と言ってあきれるばかりだったが、笑うナノカの顔はとても柔らかく――心の底から、今この時を楽しんでいるようだった。

 




第十五話予告

《次回予告》
「よく集まってくれたねー。感謝するよー、あっひゃっひゃ♪」
「さっちゃん先輩のお呼びとあらば、いつでもどこでもなのです!」
「……あたしたちの悲しみ、苦しみ、恨み、妬み、嫉み……すべて、ぶつける……」
「あっひゃっひゃ、いいねーいいねーいいんじゃなーい? んじゃまー、はじめよーか」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第十五話『サマー・キャンプⅢ』

「チーム・水平戦線(ホリゾンタル・オブ・ザ・ボディ)っ♪」
「……戦場に……武力、介入を……」
「開始するのです!」



◆◆◆◇◆◆◆



 今回は、温泉回! サービスマシマシでお送りしました。
 さて、タカヤのメモリーカードの運命は!? 暗躍する謎のチーム、水平戦線(ホリゾンタル・オブ・ザ・ボディ)とは!?
 そしてなんか作者ですら意識しないうちに成立してしまったエイトをめぐる三角関係の行方は!? 正直、私にもわからんよ!!(笑)


 ……それはそうと、12月2日に異常なほどのUA数アップがありました。感想もいただいて、お気に入り数も増えて、感謝の極みです!
 多くの方に作品を見ていただけるのは嬉しいのですが、突然どうしたんだ!?とちょっと怖い…… しかし、読んでいただいてるなら頑張るしかない!今後もよろしくお願いします。感想・批評もお待ちしております!


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Episode.15 『バトルフラッグスⅠ』

報告:またしても予告とサブタイトルが変わりました。悪しからず、ご了承ください。



【ガンプラバトルフラッグス 交戦規定(レギュレーション)

・五対五の変則チームバトル。

・フィールドはA1~D4の計16のエリアに区画されている。

・各エリアに一つ、フラッグを配置。フラッグ一つの破壊で1ポイント。

・どこか一つのエリアに、特別なフラッグを配置。破壊で5ポイント。

・通常フラッグ計15ポイント、特別フラッグ5ポイント、合計20ポイントの争奪戦。

・相手チームへの攻撃、撃墜は可。相手チームの全滅でも勝利となる。

 

 達筆な書道で書きつけられた交戦規定の紙がバンと壁に貼り付けられ、その前にゲンイチロウが腕組みをして立つ。

 

「以上が、ワシが用意した特別バトル――ガンプラバトルフラッグスのルールじゃ。ものどもォッ! 奮起するがよいッ!」

『Beginning Plavsky particle dispersal』

 

 旧式の、機械的なシステム音声に合わせて、バトルシステムが青白い粒子の輝きに包まれた。六角形のユニットを二つ繋いだ大型バトルシステムの周囲には、右に男子五人、左に女子五人、計十人の高校生ガンプラファイターがずらりと並んでいる。それぞれにGPベースと愛用のガンプラをシステムにセットし、対戦相手と向かい合う。

 浴衣姿の者も多い。ここが温泉旅館「ひしまる屋」であることもあって、両チームの間にあるのがバトルシステムでなく卓球台だったら、温泉卓球の団体戦にも見える光景だった。

 

『GANPRA BATTLE.Combat Mode. Damage Level,Set to B.』

 

 ダメージレベルB――それを聞いてエイトは、少し安心した。バトルシステムの外見(ハード)は旧型でも、内部(ソフト)はダメージレベル制に対応した最新型のようだ。レベルBなら、ガンプラが大きく破損する心配はない。こんな戦いに巻き込まれて、ガンプラ大破なんて目も当てられない――と、言うよりも。

 

「……タカヤ。なんで先輩たちを差し置いて、僕が男子代表に組み込まれているんだよ。僕は今、バイト中なんだけど」

「運悪く、先輩たちのガンプラは昼間の部活タイムで改造中のが多くてよ。サフ吹いたままだったり、プラセメント乾いてなかったり――ま、なにより、お前も写真欲しいだろ。主にアカサカ先輩のが、さ? 安くしとくぜ♪」

「あっ、なっ、何言って! タカヤああっ!」

 

 無駄にウィンク、さわやかに微笑むタカヤ。エイトは顔を真っ赤にしながらタカヤの口を塞ぎにかかるが、タカヤはのらりくらりと避け続ける。

 その横で、我関せずとばかりに空手の道着姿で座禅を組み、精神統一を図るダイ。そしてタカヤの写真コレクションに期待を膨らませる三年生男子二人。

 その一方で、女子チームは。

 

「――ったく、よォ。何だってンだよこりゃァ」

「ふふ……ぼやくなよ、ビス子。なかなかに楽しくなりそうじゃあないか」

「ウフフフフ……♪ 久しぶりですわ、部長さんと本気でやり合えるのは……♪」

 

 三者三様、といった様子で粒子フィールドの完成を待つ、ナツキ、ナノカ、そしてなぜか未だに競泳水着のアンジェリカ。ナツキが女子チームに組み込まれている理由は、エイトのそれとまったく同じだった。

 

「まァ、嫌いじゃあねェけどよ、このノリも。――ただ、約束は守ってもらうぜ、絶対になァ。〝強過ぎた白雪姫(オーバーキルド・プリンセス)〟」

「ええ、もちろんですわ。あなたのガンプラ、今度はせめて、メガキャノンの一発ぐらいには耐えられるように創り上げてきてくださいな?」

「あァンッ、てめェ! 今ここでヤってやろうかァッ!」

「やめなよ、ビス子。今はチームメイトだ。GBOでいくらでもやり合えばいい――始まるよ」

『Special Field,HISHIMARU-YA Inn.』

 

 プラフスキー粒子がフィールドに満ち、仮想の景色を描き出す――海、砂浜、道路、防風林、そして旅館の建物――この「ひしまる屋」周辺の地形を再現したフィールドのようだった。

 吠えるナツキをたしなめ、ナノカはコントロールスフィアに手を置いた。アンジェリカは生き生きとした野性的な笑みで、ダイに熱い視線を送る。あと二人の三年生女子も、写真を取り返そうと小さくガッツポーズをしあって、頷き合う。

 

『BATTLE START!!』

 

 バトルシステム右側に、五基のカタパルトゲートが形成された。それぞれのゲートから、男子チームの五機のガンプラが次々と飛び立つ。

 

「アカツキ・エイト、V8ガンダム! 戦場を翔け抜ける!」

「サナカ・タカヤ、デュナメス・ブルー! 目標を乱れ撃つ!」

「グレイズ改、イサリビ・アキヒサ。出るぞ」

「タガキ・ヤスキ、アッガイTBC(サンダーボルトカスタム)、出撃するぜ~」

「……ダイガンダム。参るッ!」

 

 同時、システム左側にもゲートが出現し、こちらからも計五機のガンプラが次々と射出された。

 

「ヒシマル・ナツキ、ザクドラッツェ! ぶち撒けるぜェッ!」

「アカサカ・ナノカ。ジム・ジャックラビット。始めようか」

「ムラサメ改〝ユウダチ〟は、ヒタチ・ユウで出るっぽい!」

「同じくムラサメ改〝シグレ〟、アメ・トキコ……ボクの出番だね」

「ヤマダ・アンジェリカ。レディ・トールギス。参りますわ!」

 

 広大な海辺の特設フィールドに、総計十機ものガンプラたちが一斉に解き放たれた。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 バトルスタートからほんの数秒。エイトのV8が砂浜に足をつけたかどうかというタイミングで、フィールドに轟音が響いた。

 

「ビームの砲撃音!?」

「あっちだ、エイト! 沖の方!」

 

 タカヤのデュナメス・ブルーが指さす方を見ると、海のはるか沖の方で、まるでファーストガンダムのラストシューティングのように、天に向けて巨大なビームの閃光が撃ち放たれていた。足場となっているらしい座礁した大型空母が、水平線ぎりぎりの位置に見える。

 

「あの色、出力――ヤマダ先輩(レディ・トールギス)のメガキャノン……?」

「フッ……呼んでいるようだな」

 

 ざんっ。白い砂浜を、ダイガンダムの頑強な足が踏みしめる。ダイはにやりと好戦的に笑い、砂浜の上でクラウチング・スタートの姿勢をとった。

 

「かの姫騎士は、我が拳で相手をする――あとは頼んだぞ、同志たちよッ!」

 

 ずだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだッッ!

 返事も聞かずに全力ダッシュ、砂浜を僅か数秒で駆け抜け、そしてそのまま海に飛び出し、白浪を蹴立てながら水面をダッシュ。「右足が沈む前に左足を踏み出す」の理論で、陸上と変わらないスピードで、ダイはあっという間に海の上を駆け抜け水平線へと消えていった。

 

「……なあ、タカヤ。ゴッドガンダムって水上ホバー機能あったっけ?」

「モビルファイターに常識を求めんなよ、エイト。ましてやあの〝RMF(リアルモビルファイター)〟ギンジョウ・ダイだぜ?」

「ふっ……相変わらずだな、部長は。俺たちは俺たちでやろう」

 

 あきれ顔のエイトとあきらめ顔のタカヤの通信に、三年生の声が割り込んできた。同時、モビルスーツにしては巨大な影が、V8の頭上に覆い被さる。

 三年生イサリビ・アキヒサのガンプラ、グレイズ改・クタン参型長距離輸送ブースター装備だ。

 スミ入れとつや消し程度の加工しかしていないようだが、最新のオルフェンズシリーズだけあってキットそのものの完成度が非常に高い。小柄なV2ガンダムベースのV8と比べると、ただでさえモビルアーマーじみた巨大さがさらに引き立てられる。下から見上げるエイトからは、まるでクィン・マンサかクシャトリヤのような巨大さに見えた。

 

「ポイント制のバトルだからな~。索敵とスピードが重要ってことで、オレには水中を任せてもらうぜ~」

 

 もう一人の三年生、タガキ・ヤスキのアッガイTHC(サンダーボルトカスタム)が、V8の横をちょこまかと走り抜け、じゃぶじゃぶと海へ身を沈めていく。通常のアッガイよりも頭一つ分小さく、関節部が特徴的な球体関節になっているこのアッガイは、サンダーボルト漫画版の設定に基づいてタガキがセミスクラッチしたものだ。

 

「フラッグ見つけたら壊しとくぜ~。女子チームとカチあったときはSOS出すから、支援ヨロシク~」

「ったく、お気楽だなタガキ。まぁいい、太陽炉搭載型(デュナメス)なら水中でも素早いだろう。その時には頼んだ、サナカ」

「了解ッス、アキヒサ先輩……レーダーに感、敵襲ッス!」

 

 ピピピピピ……! コクピットに警報音が鳴り響き、同時、グレイズ改のナノラミネートアーマーに衝撃と火花が散った。

 

「ちぃっ、女子チームか! 早いな!」

「いえ、違います先輩。この機影は……!」

 

 エイトはV8のザンバスターを機影に向け、光学照準の倍率を最大まで上げた。細身で、極端に足の長いシルエット。手に持ったリニアライフルを連射しながら、上空からこちらへと迫り来るのは――

 

「フラッグ……! あのカラーは、ユニオンの!」

「ははっ。フラッグを破壊って、そーゆーことかよ!」

 

 タカヤはGN粒子を噴き出しながらグレイズ改のさらに上に飛び出し、GNフルシールドを展開した。ユニオンフラッグはターゲットをタカヤに変えリニアライフルを連射するが、GNフルシールドとGNフィールドを同時展開したデュナメス・ブルーの前には、その威力は豆鉄砲も同然だった。

 

「旅館のご主人は洒落てるなあっ!」

 

 GNスナイパーライフルを一射。ビームの光はフラッグの胴体ど真ん中を貫いて、あっさりと撃墜。どうやらフラッグはデータ上のみ存在するNPCだったらしく、機体そのものがプラフスキー粒子の欠片となって消滅していった。

 フラッグが消滅するのと同時に安っぽい電子音がピロリンと鳴って、空中にでかでかと「男子チーム1ポイント獲得」のメッセージが躍り出た。男子チーム、一点先取。女子チームはまだフラッグを落とせていないらしく、ポイントはゼロのままだった。

 

「こういうバトルか……フラッグはエリアに一機ずつ……先輩。手早く稼ぐには分散するべきですが、どうでしょうか」

「わかるが……エイト。ルール上、女子チームからの攻撃もあり得るはずだ。向こうにはうちの実力ナンバー3のアカサカさんもいるし、旅館の孫娘さんもかなりの手練れだと聞いている」

「はい、ですから――」

 

 エイトはアキヒサとタカヤに、マップ画面を送信した。ゲンイチロウからの説明にあった通り、フィールドはA1~D4の16エリアに分かれている。現在位置は波打ち際の砂浜が続くC4エリア。フラッグを撃破したからだろう、エリア全体がやや暗く表示されている。ダイとアンジェリカが殴り合っているであろう座礁した大型空母はマップの端の端、D1エリアだった。タガキが潜っている海中はD4エリアだ。

 エイトはマップ上に指を走らせながら、手短に作戦を告げる。

 

「僕たちはA・B・Cの三手に分散、索敵・フラッグ破壊をしながら各エリアを4から1へと進攻します。途中で女子チーム、または〝特別なフラッグ〟に遭遇した場合には、隣接するエリアの人間が即座に援護に向かう。多少のリスクは伴いますが、ポイント奪取を優先した作戦です」

「いいけどよ、エイト。割り当てはどうする?」

 

 上空から降りてきたタカヤが、通信で問いかける。エイトはマップ上に各機の頭部を模したアイコンを表示させ、それぞれA・B・Cの各エリアへと割り振った。

 

「タカヤは、水中のタガキ先輩の援護に行けるようにCエリア。大型機のイサリビ先輩は、行動しやすい広い道路(ハイウェイ)が続くBエリア。小型機の僕は防風林の中を突っ切るAエリア……どうでしょうか」

 

 最後にアッガイTBCのアイコンをDエリアに配置し、エイトは二人の反応を待つ。

 タカヤとアキヒサはエイトの作戦を理解したらしく、すぐに大きく頷いて見せた。

 

「おう、いいぜ。さぁて、俺の珠玉の写真コレクションのためだ、がんばるかなっ!」

「了解した、エイト。……サナカ、俺は風呂場よりも浴衣姿の写真の方が欲しいんだが……」

「モチロンばっちりッスよ先輩! あぁエイト、おまえ用にアカサカ先輩のセクシーショットもちゃんとあるから安心し」

「さ、作戦開始いいーーっ!」

 

 エイトは叫び、V8のミノフスキードライブを全開。脱兎のごとく飛び出した。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――A2エリアのほぼ中央。防風林が途切れ、少し開けた土地。そこには、「ひしまる屋」の建物を模したらしい基地施設があり、すでに戦闘が始まっていた。

 

「おらァッ、ぶち撒けろォォ!」

 

 ハイゴッグの顔面をぶん殴り、そのまま左腕ザクマシンガン・シールドを零距離射撃。120㎜砲弾を十数発もブチ込み、穴だらけにして蹴り飛ばす。同時、ナツキの背後にアイアンクローを振り上げたズゴックが迫るが、

 

「甘いね、ツメがさ」

 

 シュバババババ! 鋭く短い射撃音。ビームマシンガンのフルオート射撃が、ズゴックに数十もの風穴を開けた。

 

「一応、礼は言っとくぜ。赤姫ェ!」

「一応、受け取っておくよ。ビス子」

 

 ナツキのザクドラッツェの横をすり抜け、低い姿勢で地を駆けるジム・クゥエル改造機――ナノカが駆るガンプラ、ジム・ジャックラビットだ。その両手には細長い消音器(サプレッサー)のようなパーツを装着した専用ビームマシンガンを構え、V字型ゴーグルの奥では、マルチロック対応の多眼式カメラアイがグリグリと回り敵機を複数同時照準(マルチロックオン)し続けている。

 

「私は前に出るよ。退路を確保してくれると嬉しいね」

「ったく、しゃあねェなァ!」

 

 ズゴックやハイゴッグの残骸を乗り越えるようにして、基地施設からモビルスーツの大群がわらわらと沸き出してくる。ジュアッグ、ラムズゴック、ズゴックE、ザク・マリナー、カプル、ゼー・ズール――宇宙世紀の水陸両用MSたちだ。

 ナノカはジャックラビットの全身に追加された小型バーニアをフル稼働させ、地面を低く跳ねるような独特の動きで敵機の大群へと突っ込んでいく。右から左から、アイアンクローが次々と振り下ろされるが、跳び回る野兎のような跳躍機動(ジャンピング・マニューバ)で身をかわし、すれ違いざまにビームマシンガンを連射する。消音器(サプレッサー)のような形の粒子加速装置(アクセラレータ)で貫通力を強化された加速ビーム弾は、水陸両用MSたちの装甲をたやすく貫き、つぎつぎと撃破していった。

 それでも撃ち漏らした数機がジャックラビットに詰め寄ろうとするが、

 

「させるかよォ! おらおらおらおらァァッ!」

 

 ナツキはハンドグレネードを掴めるだけ掴んで乱雑に放り投げ、180㎜キャノンの弾幕をぶち撒ける。大口径徹甲榴弾の嵐と連続的に爆発するグレネードの爆風で、水陸両用MSたちはさらに数機が大破、行動不能になる。

 ひしまる屋風の基地から次々と出撃してきていた敵機もさすがに打ち止めらしく、防衛線が綻んだ。ナノカはその隙を見逃さず、進路上に立ちはだかるゴッグにビームマシンガンをフルオート連射。ハチの巣にして蹴り倒し、さらに踏み台にしてブーストジャンプで跳び上がる。

 

「フラッグは――そこか!」

 

 上空から見下ろすと、攻撃目標(フラッグ)は基地施設の最奥部にいた。そのすぐそばに、移動砲台にしか見えない水陸両用機・ゾックが、最後の守りとばかりに張り付いている。

 ナノカは体操選手のように空中で身をひねり、基地からの対空迎撃を回避しながら着地。ゾックが放つメガ粒子砲の間隙を左右に飛び跳ねながら肉薄し、大振りのクローアームの一撃を、脇の下を潜り抜けるようにして回避した。

 

「ビス子、頼むよ!」

「これで貸し借りナシだぜェ!」

 

 直後、本来は対艦兵器であるザクドラッツェのシュツルムファウスト改が、ゾックに直撃し炸裂した。大爆発の後には跡形も残らず、最後の護衛機を失ったフラッグは慌ててナノカにリニアライフルを向ける。しかし、遅い。ジャックラビットは右腕のシールドをリニアライフルに突き立て、内蔵式パイルドライバーを作動した。

 

「遅いよ」

 

 ズガンッ! 轟音と衝撃、シールド先端部の高硬度パイルがリニアライフルを撃ち貫いた。

 フラッグは大破したリニアライフルを投げ捨てソニックブレイドを構えるが、それすらもナノカにとっては遅すぎる。両手の二丁、バックパックにサブアームで保持した二丁、計四丁のビームマシンガンの銃口が、一斉にフラッグを照準する。

 至近距離からの、四丁同時全力射撃(フルオート・カルテット)――

 

「私は、乱射も嫌いじゃあないのさ」

 

 シュバババババババババババババババババババババ!

 ほんの一秒程度のフルオート連射で、フラッグはボロ雑巾のような有様に成り果てた。

 ピロリン、という古臭い電子音と共に、空中にでかでかとスコアが表示される。

 女子チーム、4ポイント目を獲得。一方の男子チームも4ポイント。試合開始から十五分ほどが経った現在、情勢は互角のようだ。

 マップ上ではA1とA2、さらにB1・B2の四つのエリアが暗く表示されている。女子チームがフラッグを破壊したエリアだ。男子チームがどのエリアのフラッグを破壊したかはわからないが、未だに一度も姿を見ていないということは、まだ各エリアの4か3あたりにいるのだろう。

 

「よォーっし、一点ゲットだ。まあまあのペースじゃあねェか」

「そうだね……二人一組(バディ)での作戦行動は、正解だったらしい」

 

 女子チームは、開戦直後にワガママ全開で離脱したアンジェリカのことは早々に諦め、ナノカとナツキ、ユウとトキコでバディを組んでの散開・各自戦闘という作戦を選んでいた。

 マップ上で確認すれば、高速な可変機ペアであるユウ・トキコ組は、すでにB3エリアに突入していた。今頃は、男子チームと会敵しているかもしれない。

 

「このエリアのフラッグは獲った。次に向かおう」

「何だ赤姫、えらく積極的――楽しそうじゃあねェか」

「まあ、真剣にはなるさ。自分の肌をさらした写真が、不用意にエイト君の目に触れるかと思うとね……ちなみにビス子、気づいているかい。キミも何枚か、撮られていたようだよ」

「あァンッ!? マジでか!?」

「キミはスタイルがいいからね。女の私から見ても、羨ましいぐらいだよ――だからきっとこの勝負に負けたら、高値で売られてしまうよ。エイト君にもね」

「あ、な、な、え、エイトにっ……ゆ、許せんッ! あンのカメラ野郎、ギッタギタにしてやらァ!!」

 

 ザクドラッツェはバーニアを全力噴射、ポケ戦のケンプファーのような強襲姿勢で飛び出した。

 

「次ィ行くぞ赤姫ェッ! フラッグも獲って、男子チームも叩き潰してやろうぜッ!」

「ふふ、いいね――その方が、楽しそうだ!」

 

 ナノカは珍しく、にやりと口の端を上げた不敵な笑みを浮かべ、フットペダルを踏み込んだ。ジャックラビットはバーニアを併用した高速長距離跳躍(ハイマニューバ・ジャンプ)で、ザクドラッツェを追いかける。

 向かうのは、A3エリア――そろそろ男子チームとも接触することになるだろう。ナノカは油断なくレーダーや各種センサー画面に目を走らせながら、コントロールスフィアをぎゅっと握りしめた。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおッッ!」

「あーっはっはっはっはっはっは!」

 

 金色に燃えるゴッドフィンガーと、真紅に灼熱するヒートロッドとが、吹き荒れ竜巻となっていた。

 まっすぐに突き出されたゴッドフィンガーを、横薙ぎのヒートロッドが弾き飛ばす。縦一文字に振り下ろされたヒートロッドを、ゴッドフィンガーの手刀が切り払う。お互いに額が触れ合うほどに接近しては、頭突きと頭突きをぶつけあって弾け飛び、またゴッドフィンガーとヒートロッドの嵐のような乱打乱撃だ。

 ダイガンダムとレディ・トールギスの戦いは、始まってから激しさを増すばかり。撒き散らされる熱量と衝撃波で海は逆巻き荒れ狂い、足場となっている座礁した大型空母そのものが本当に沈没してしまいそうなほどだった。

 

「楽しい! 実に実に実にぃっ! 楽しいですわ、ギンジョウ・ダイっ! リアル・モビル・ファイタアアアアアアアアアアっ!」

 

 アンジェリカは両肩のヒートロッドをシールドごと強制排除(パージ)し、引っ掴んで投げつけた。ダイはその投擲の軌道を一瞬で見極め、ゴッドスラッシュの居合抜き一閃、シールドを二枚まとめて斬り捨てる。

 だがその直後、切り裂かれたシールドを突き抜けるようにして、レディ・トールギスの拳がダイガンダムの眼前に迫る!

 

「もらいましたわ!」

 

 ガオォンッ! ショットシェル・フィストが炸裂し、零距離で対装甲散弾を喰らった空母の甲板に大穴が穿たれる。しかしそこに、確かに顔面を撃ち抜いたはずのダイガンダムの姿はない、

 

残像(ゴッドシャドー)……っ!?」

「こちらだ、姫騎士ッ!」

 

 背後に気配――猛烈な熱量!

 

「ゴッドォッ! フィンガアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 大上段から、打ち下ろしのゴッドフィンガー! 凄まじい超高熱が飛行甲板を一瞬で蒸発させ、第二層、第三層の格納庫まで一気に崩落。いくつもの区画を誘爆しながら突き抜けて、二機のガンプラは船底近くの機関室まで落下していった。

 

「うふふ……ビームレイピアがなければ、即死でしたわ……♪」

 

 赤熱した瓦礫が降り注ぐ船底で、なおも純白の装甲に汚れのひとつもないレディ・トールギス。自らシールドとメガキャノンを捨てて身軽になった以外は、まったくの無傷。ビームレイピアを捧げ構えるその姿には、戦乙女(ヴァルキリー)とはこのことかと思わせる気品すら感じられる。

 

「我が爆熱を、細身の剣一本で防ぎきるとはな。さらにできるようになった……!」

 

 周囲の瓦礫をすべて熱気で吹き飛ばし、ダイガンダムは轟然と屹立する。まだ明鏡止水モードにすらなっていないというのに、その闘気の凄まじさは東方不敗の名を冠して恥じないほどだ。

 

「三年生になってから、あまり戦う機会はありませんでしたけれど――やはり、リアルガンプラバトルでわたくしを一番滾らせてくれるのは、あなたですわね」

「フッ……いい修行になるのでな。感謝しているぞ」

 

 ――なれば。あとは。拳と剣とで語るまで。

 言葉はなくとも通じ合い、ダイとアンジェリカは同時に飛び出した。

 

「うおおおおッ!」

「はああああっ!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 どぉんっ。がががががっ。ばぁん、ごぉん……

 海を震わせて伝わってくる轟音を、タガキは海底をのそのそと歩くアッガイTBCの中で聞いていた。

 

「部長も風紀委員長も、なんつ~バトルだよ……俺の出る幕じゃあね~な~」

 

 水陸両用MS特有のアクアジェットを全力運転して駆け付けたはいいが、バトルはまったく、自分などの出るような段階ではなくなっていた。このガンプラの完成度には多少の自信はあるが、あんなバケモノ同士の戦いに割って入れるほどではない。

 

「やっぱ、身の程を知るっつ~のが大切だよな~」

 

 D4エリアからD1へと海中移動する途中、タガキは一機のフラッグを破壊していた。

 D2エリアの海底を無警戒にうろついていたそいつの脳天に、アイアンクローで一撃。ひるんだところに、サンダーボルト版特有の腕部ビームサーベルで一突き。無傷での勝利だった。D4、D3のフラッグはおそらく、上空を哨戒でもしていたのだろう、遭遇すらしなかった。

 すでに自分は、チームに1ポイントを献上している。ここで無理に部長の援護に行くよりも、砂浜あたりにいるはずの一年生と合流したほうが賢いだろう。

 タガキの操作に合わせて、丸っこいアッガイTBCは海底をのんきにホップ、ステップ、ジャ~ンプ。アクアジェットを作動させ、D1エリアを離脱しようとした。

 

「……ん~?」

 

 ちょうどその時、進路上に一機のMSを発見した。

 女子チームの機体ではない。大鳥居のバトル部に、あんな細長いシルエットのガンプラを使う女子はいない。光量不足の水中でわかりづらいが、黒っぽい装甲に、特に脚部が細長い独特なデザイン。左肩の三角錐状のパーツは……太陽炉?

 

「カッカッカ……見つかってしもうたかァ……」

「この声……旅館のご主人? なんでバトルにいぐああっ!?」

 

 最後まで言い切らないうちに、アッガイTBCは頭から左右に真っ二つになっていた。

 鮮やかな紅色のGN粒子が水中に舞い残り、薄暗い深海の底で、ゲンイチロウの機体をほのかに照らす。

 真紅のGNビームサーベルを左手に構える、黒いフラッグ。正式名称、ユニオンフラッグカスタムⅡ――通称、GNフラッグである。

 

「ふむ。GN粒子とやらは便利じゃのゥ。特に水陸両用MSでなくとも、水中でこの機動性とはなァ」

 

 ゲンイチロウはその性能を確かめるように、GNフラッグを数度、水中で宙返りさせる。

 

「まだまだ、若い奴らにゃァ負けられんよのゥ……ヒシマル・ゲンイチロウ、GNフラッグ。老兵の戦いを見せてやろう」

 

 GNフラッグは赤い粒子の尾を曳きながら、ゆっくりと、海面へと浮上していった。




第十六話予告

《次回予告》
「た、たいへんなのです、さっちゃん先輩! ナルミたちの出番がまだなのです!」
「予告と……違う……あたしの出番、まだ……?」
「あっひゃっひゃ♪ こいつは許しちゃーおけねーなー♪ ちょーっとばっかしメタくなるけどさー、作者にゃー、きっちりケジメつけてもらおーかー♪」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第十六話『バトルフラッグスⅡ』

「あげく……サブタイトルまで……予告と、変わった……」
「うー! ナルミたちに出番をよこすのです!」
「あっひゃっひゃっひゃっひゃ♪ 躾の時間のはじまりだー♪」



◆◆◆◇◆◆◆



 久々に「書き溜め分」が作れたので、週の半ばですが投稿しました!
 次回予告にあるとおり、当初の予定とちょいとばかり違う展開になってしまいましたが……一応、次回でバトルフラッグスは決着する予定です。しかしまた延びるかもしれない。予定は未定。(苦笑)

 それよりなにより、今回の更新分についてですが、「ガンダムビルドファイターズ アテナ」を書いていらっしゃるカミツさんに感謝の極みです。実は今回、ムラサメ改”ユウダチ”と”シグレ”についてネタがモロ被りだったのですが、カミツさんの神対応により私は実に気持ちよく執筆をつづけることができました。この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。

 文章がだらだらと長くなるのは私の悪いくせですが……頑張りますので、今後もよろしくお願いします。感想・批評もお待ちしております!


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Episode.16 『バトルフラッグスⅡ』

 えらく間が空いてしまいました。すみません(謝)
 バトルフラッグスもいよいよ佳境、今度はⅢぐらいで終わりそう……
 どうぞ、ご覧ください。


 ガンプラバトルフラッグス、開始から二十分――

 

「これで……五つだっ!」

 

 ザシュゥゥッ! 二刀流のビームザンバーがフラッグをX字型に切り裂き、爆散させた。

 ピロリン、と例の電子音がして、空中にでかでかとメッセージが表示される。男子チーム6ポイント、女子チームも6ポイント。戦況は互角だ。

 

「べ、別に写真はどうでもいいけど……勝負には勝ちたいからね」

 

 現在、エイトは防風林のど真ん中のA3エリアで、単独行動中。誰に聞かせるでもないつもりの独り言だったので、返事とばかりに降って湧いた声とミサイルに、一瞬、反応が遅れてしまった。

 

『おらおらおらァッ!』

「ナツキさんかっ!?」

 

 バルカンで迎撃しながら回避機動、V8は上空へ退避する。その数秒後にミサイルが着弾、防風林は半径数十メートルにわたって樹木を吹き飛ばされ、表土が浅く掘り返された。

 

『はっはァ! その機体、エイトかァッ!』

『敵同士であいまみえるとは……奇妙な気分だよ』

 

 ミサイルの爆煙を突き破るようにして、ナノカのジャックラビットが突っ込んできた。

 乱射されるビームマシンガンをビームシールドで防ぎ、すれ違いざまのシールド打突を間一髪でかわす。避けた直後、シールド先端のパイルドライバーが作動。もし当たっていたら、顔面に風穴が空いているところだった――エイトの背筋に、寒いものが走る。わかってはいたが、アカサカ・ナノカは狙撃手というだけのガンプラファイターではない。

 

『思えば、キミと戦って実力を測ることはなかったね。エイト君』

「ナノさんは味方だって意識が強くて……」

『光栄だよ、相棒!』

 

 ジャックラビットは右腕のツインヒートナイフを展開、V8のビームザンバーと切り結ぶ。しかし、ミノフスキードライブ搭載のV8とは違い、ジャックラビットは長時間の単独飛行が可能な機体ではない。何度かビーム刃を打ち付け合った後、バーニアを吹かして距離を取り、落下していく。

 

『ビス子、頼んだよ』

『わかってらァ!』

 

 それと入れ替わるように、今度は地上からの砲撃が襲い掛かってくる。ザクドラッツェ、二門の180㎜キャノンによる打ち上げ砲撃だ。〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟の名に恥じない猛烈な弾幕に、エイトはたまらず地表に降下、防風林に身を隠す。

 

「ナツキさんだけでもすごい弾幕なのに、ナノさんにまでこうも撃ちまくられちゃ……!」

 

 バカスカと撃ち込まれる徹甲榴弾に加えて、四方八方からビームマシンガンが降り注ぐ。防風林の樹々を盾にし、ビームシールドで身を守り、さらに息つく間もなく回避機動を繰り返す。エイトはそれで精一杯で、反撃の隙を見つけられない。

 さすがはGBO高位ランカー、自分はとんでもない実力者とチームメイトだったのだと、エイトは改めて思い知らされる。

 

「姉さんにもヤマダ先輩にも、甘えてるって見られて当然だな……」

 

 エイトはひとり呟き、ビームザンバーにバスターガンを連結、ザンバスター状態(モード)で両手に構える。あの二人相手に無謀な突撃は蛮勇でしかない。キャノンかマシンガンの、せめて一門でも潰してからでなければ、突撃中に撃ち落とされて終わりだ。弾切れまで牽制射撃で粘るか、中距離から武器破壊を狙うか――回避機動を繰り返しながら思案するエイトに、通信が届いた。

 

『え、エイト! 聞こえるか!』

「イサリビ先輩?」

 

 Bエリアの索敵を担当している、グレイズ改の三年生イサリビ・アキヒサ。切羽詰まった声色に、エイトはただならぬものを感じた。

 

「どうしたんです、特別なフラッグとかっていうのが出たんですか」

『それどころじゃあねえ! 畜生、出やがった……出てきやがった! ぐわああっ!?』

「せ、先輩っ!?」

 

 爆発音と、金属の軋む音――男子チームのステータス画面上で、アキヒサのガンプラが【グレイズ改・クタン参型装備】から、単なる【グレイズ改】に変わった。耐久力も黄色表示。なにか強力な攻撃を受けて、クタン参型ブースターを強制排除(パージ)したのだろう。

 

『お、おかしいと思ったんだ……こんなお祭り騒ぎに、アイツの姿がないなんて! 合宿だ、温泉だ、ガンプラバトルだなんてなると、いつも真っ先に場を引っ掻き回して……ぐああっ!』

 

 グレイズ改の耐久力が赤表示(レッドゾーン)に突入する。なんとか援護に向かおうとするが、ナノカとナツキの弾幕はまったく途切れる気配がない。エイトは唇を噛み、通信機に叫ぶ。

 

「先輩っ、大丈夫ですか! アイツって誰なんです、このバトルフラッグスに、僕たちの知らない勢力が……!」

『ちぃっ、フレームごと持っていかれた……エイト、俺にはもうかまうな! お前じゃあコイツらは荷が重い、普通にフラッグを獲って勝ち抜けろ! 足止めぐらいは、俺が!』

「コイツら……複数ですか!? 誰なんです、先輩っ!」

『フッ、行くぜ……あとから出てきて勝ちだけ掻っ攫おうなんてなあ! 許せねぇんだよ、副部長っ! カンザキ・サチいいいいいいいいいいッ!』

 

 ドッ、オオオンッ――ブチッ、ザー……ザー……

 轟音と共に通信は途切れ、チームステータスの【グレイズ改】の文字が暗転(ダウン)した。

 

「副部長……カンザキ・サチ……!?」

 

 エイトはアキヒサの最後の言葉を、無意識に繰り返していた。確かにこのバトルフラッグスの女子チームに、副部長の姿はなかったはずだ。そもそも、この騒動の原因となったお風呂場にも、その後、部長の正座で説教の場面にも、副部長はいなかった。

 そういえばタカヤも、副部長の写真は一枚も撮っていないとか言っていたような――

 

『エイト君、聞こえているね』

 

 いつの間にか弾幕は途切れ、防風林に静けさが戻っていた。木の陰から少しだけ顔を出して除けば、ザクドラッツェもジャックラビットも、銃を下している。

 

『ヒタチ・ユウ、アメ・トキコ……女子チームの両三年生が、たった今、撃墜された。乱入者にね』

 

 淡々と告げるナノカの声に、エイトも男子チームの状況を、素直に告げる。

 

「……イサリビ先輩も、同じです」

『乱入者……第三勢力。副部長、カンザキ・サチの暗躍だ。これはこのゲームにおいて、著しく公平性を欠く行為――そうは思わないかい。エイト君』

「……はい」

『そうだね。サナカ一年生の写真については、私とて到底許しがたいけれど……だからといって、副部長の乱入はいただけない。そこで、提案が』

『だああっ! 赤姫ッ、てめェはまどろっこしいんだよ!』

 

 ナツキの通信ウィンドウが大きく開き、ナノカのウィンドウを画面端に追いやる。ナツキは画面から飛び出して噛みつくような勢いでまくし立てた。

 

『一時休戦だァ、エイト! 副部長とやらのツラぁ拝んで、一発ブチ撒けてからゲームに戻るぜ! 行くぞ、ついて来いッ!』

 

 言い終わるや否や、ザクドラッツェはバーニアを吹かしてB3エリアの方へと飛び立っていった。

 

『まったく、せっかちだなあ。エイト君、いいかい?』

「は、はいっ。ナツキさんの性格には、バイトで大分慣らされましたから」

『はっはっは、それは心強いね……じゃあ、いこうか』

 

 続いてジャックラビットとV8も、バーニアを吹かして飛び立った。

 期せずして揃ったチーム・ドライヴレッドの三人は、湾岸沿いの高速道路が伸びる、B3エリアと向かう――

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 時は少し巻き戻り――バトルフラッグス開始から十五分ほど。B3エリア。

 一直線に伸びる高速道路(ハイウェイ)は非常に広く、路肩に駐車されたMS輸送用の大型トレーラーを基準にしても、片側三車線分の道幅はある。北は防風林、南は砂浜と海――現実世界であれば、夜明けにバイクにでも乗って風を感じながら駆け抜けたい、そんな道だ。

 

「しかし、だからってよ……!」

 

 ブロロロロロロロロロロ――! 迫る轟音、踏みつぶされるトレーラー。割れ砕けめくれ上がるアスファルト。

 

「あんなモン持ち出すかよ普通っ!」

 

 ブオォォォォンッ! 何もかもを轢き潰す勢いで迫ってきた超巨大なタイヤを、グレイズ改はギリギリのところで回避する。クタン参型ブースターの推進力がなければ、そのままぺしゃんこになっているところだった。

 ハイウェイ上空に逃げれば、今度は対空砲火の雨霰だ。前後二本のタイヤで地面を疾走していても、戦艦は戦艦だということか。

 

「こんなモンがバトルシステムに実装されてたとはな……くそっ、どう攻めるか……」

 

 ハイウェイ上でドリフトターンを決めグレイズ改に艦首を向けるのは、陸上戦艦アドラステア。Vガンダムに登場した、どうみてもバイクにしか見えない巨大戦艦である。

 グレイズ改の頭部装甲を開き、情報収集機構を作動して解析(スキャン)してみるが、特に戦艦の中にフラッグがいるというわけでもない。こんなデカブツに構っていないで、はやくフラッグを獲りに行きたいのだが……アキヒサは分厚い弾幕とバイク戦艦の迫力に気圧されて、攻めあぐねたままアドラステアの上空を周回するばかりだった。

 

「こんなところに、おっきな獲物がいる!」

 

 場違いに明るい声が、グレイズ改のさらに上空から降ってきた。戦闘機のような機影が二機、青い空に飛行機雲を引きながら上空通過(フライ・パス)する。

 ムラサメ改〝ユウダチ〟、そして〝シグレ〟――ガンダムSEED DESTINYに登場した可変型MS、ムラサメの改造機だ。

 

「男子チームもいるみたいだけど……どうする、ユウ。ボクは戦っても構わないよ」

「もっちろん! ユウは目の前の獲物を、わざわざ見逃しはしないっぽい!」

 

 トキコが操縦する〝シグレ〟は、背部にガンキャノンから移植した240㎜キャノンを装備した火力支援型。一方のユウが駆る〝ユウダチ〟は、〝ソロモンの悪夢〟アナベル・ガトー専用リックドムの大型ビームバズーカを装備した強襲型だ。

 

「そう。わかったよ、ユウ。弾薬の雨を降らせようか」

「うんっ。さあ、素敵なパーティー始めましょう!」

 

 ギュオ――ッ! 二機の戦闘機は急激な弧を描いて進路を変え、アドラステアへと真正面から突撃した。キャノンとバズーカが次々と火を噴き、機銃や砲台を手当たり次第に潰していく。

 

「この流れ……乗るしかねえか!」

 

 アキヒサもグレイズ改を転進、クタン参型ブースターの上面に装備した二門の滑空砲を撃ちながら突撃した。

 

「おい、ヒタチにアメ! 一時休戦だ、あのデカブツをぶっとばす!」

「フラッグもからまないし……ボクはいいよ。ユウはどう?」

「パーティーは、みんなでやるほうが楽しいっぽい!」

 

 ユウダチとシグレは、機体下部から高速ミサイル・ハヤテをばら撒いて、そのままアドラステアの左右に離脱。ミサイルが対空機銃を引き付けている間に、機体をモビルスーツ形態に空中変形、ビームバズーカと240㎜キャノンをそれぞれ構えた。

 同時にアキヒサはアドラステアの艦首側から艦尾側まで、滑空砲を撃ちまくりながら翔け抜けた。前輪・後輪、両方に致命的な損傷を与えて機動力を奪い、クタン参型ブースターの推進力を使って無理やりに一八〇度回頭、滑空砲を艦橋に向ける。

 

「よっし、一斉射撃だ!」

「うん、いくよ……!」

「あはっ、ソロモンの悪夢を見せてあげる!」

 

 三機のガンプラが、同時にトリガーを引き――

 

『あっひゃっひゃっひゃっひゃ♪』

 

 ドッ、オオオオオオオオン――ッッ!

 独特な笑い声、それをかき消す轟音。燃え盛り崩れ落ちるアドラステア。頑丈なはずの陸上戦艦のど真ん中に大穴が開き、艦首側と艦尾側に真っ二つに引き千切られている。

 

「い、いったい何が……!?」

「ま、まだユウは、撃ってないっぽい……?」

 

 ビームバズーカも240㎜キャノンも、そして滑空砲も、まだトリガーは引かれていない。三機のガンプラたちは、見えない糸にでも縛られたかのように、身動きが取れなくなっていた。

 

「これは……無色透明部品(クリアパーツ)……の、糸……?」

『やっほーい、使い捨てのモブキャラ諸君。無理に動くとさー、手足が千切れるぜー? あっひゃっひゃ♪』

「この声、副部長っぽい!?」

 

 巨大な鉄クズと化したアドラステアの上に、二機のガンプラが降り立った。

 一機は、副部長カンザキ・サチの駆るノーベルガンダム・ドゥルガー。右手には、糸繰り人形の糸のように、クリアビームリボンを束ねて握っている。

 そして、もう一機は――

 

『なんだ……戦艦っていっても……大したこと、ないわね……』

『さすがはアマタ先輩、砲手のプロなのです♪』

 

 オルフェンズシリーズの高速偵察機・百里をベースにしたガンプラ。しかしそのシルエットは大きく変わっている。ジオン系重MSを思わせる太い脚、内部機構が露出した太い腕。大きく後ろに張り出した背部ユニットには大型のバーニアスラスターが追加されている。そしてなにより目を引くのは、背部ユニットから黒々とした砲身を屹立させる、超・超・超大型実体弾砲。

 

「その機体……百里雷電(ヒャクリライデン)!? ナルカミ・ナルミとアマタ・クロか! アマタはともなく、なんで二年生のナルカミがここに!」

『あっひゃっひゃ♪ こまけーことはいーじゃんよー、単純脳筋やろーのくせにー』

 

 ギリギリギリィッ! ドゥルガーが右手を握りしめると、クリアビームリボンがより一層締め付けを強め、グレイズ改の関節部が悲鳴を上げる。サチはその様子をドS極まりない邪悪な笑顔で見下ろしながら、冷徹に告げる。

 

『てめーら、仲間に通信しなー? このバトルフラッグスに、あたしたちが――チーム・水平戦線(ホリゾンタル・オブ・ザ・ボディ)が、武力介入を開始するってねー』

「ち、チーム・水平戦線(ホリゾンタル・オブ・ザ・ボディ)……だと……!?」

「……あ。ユウ、わかったっぽい」

「ああ、ボクもだよ。ナルカミさん、アマタさん、そして副部長……共通する特徴は……!」

 

 ギリィィッ! サチはビームリボンを締め上げ、シグレの全身をバラバラに捩じ切った。

 

「と、トキコっ!? ちょっと副部長、ひどいっぽい!」

『ぽいぽいうるせーよ犬っころがさー。あたしは気がみじけーんだ、さっさと仲間に通信しねーと……』

 

 ギリッ……ユウダチのビームバズーカが締め上げられ、センサーカメラにひびが入った。

 

『もーっと痛いこと、しちゃうぜー? あっひゃっひゃっひゃっひゃ♪』

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――そして時は戻り、現在。B3エリア。

 

「こいつはァ……あれだな。〝ミンチよりひでェ〟ってヤツだ」

 

 現場に一番乗りをしたナツキは、思わずそう呟いていた。

 道路一面に散らばる、大小さまざまのプラスチック片。緑色の装甲はおそらくグレイズ改の、航空機の翼らしきものはムラサメ改の残骸だろう。大型MAか陸上戦艦でもいたらしく、巨大な砲身や艦橋らしきモノもある。抉られたアスファルトや倒れた交通標識も相まって、まるで高速道路での重大事故のような有様だ。

 追って到着したエイトはその惨状に、息をのむ。

 

「これ全部、副部長が……なにも、ここまでバラバラにしなくったって……」

「いや、これは……副部長だけじゃあない。砲撃の跡だ。それも、かなり強力な大口径砲――」

 

 ピピピピ……ジャックラビットの優秀なセンサーが、被ロックオン警報を鳴らす。

 

「エイト君伏せてっ!」

 

 ドッ、オオオオオオオオン――ッッ!

 超音速の砲弾が、凄まじい衝撃波をまき散らしながらかっ飛んでいった。咄嗟に伏せて直撃しなかったにも拘らず、その爆音と風圧だけで、V8は瓦礫と共に道路の端まで吹き飛ばされてしまった。そして0.3秒後、海の方まで突き抜けていった砲弾は、C2エリアあたりに突き出していた岬に直撃。百メートル四方はあった岬が、ごっそりと、跡形もなく粉砕された。

 

「え、エイト君っ!」

「ちィッ、森の中からかよォ!」

 

 ナノカはエイトに駆け寄り、ナツキはエイトの前に立ちはだかってヘビー・ガトリングを構えた。

 

「ツラァ見せろよ、ハチの巣にしてやンぜェェッ!!」

 

 バガララララララララララ――ッ!

 砲撃の衝撃で木が倒されているあたりへ、大体の見当だけでガトリングの弾幕をばら撒く。毎分千二百発の連射力が樹々を薙ぎ払い、防風林が切り拓かれていく。

 すると――

 

『あわわわわっ。りょ、旅館のお姉さん、怖い人なのです!』

『でも……この、百里雷電には……そんな弾、徹らないわ……』

 

 めきめきと大木を踏み倒し、まるでヒグマの様な巨体――百里雷電が姿を現した。ヘビー・ガトリングを装甲表面で軽く弾き、まるで意にも介していない。その背に負った超大型砲は、ザクドラッツェの180㎜キャノンすら爪楊枝のように見えてしまうほどだ。

 

「けっ、あざといロリ声しやがってよォ! ガンプラはゴリゴリのゴリマッチョじゃあねェかァ!」

 

 ナツキは叫び、ラスト一発の対艦シュツルムファウストを発射。百里雷電は避けもせず、ガードもせず、ごく普通に直撃して――無傷。姿勢すら崩れない。

 ナノラミネート装甲というだけでない、ガンプラの完成度から来る異常なまでの高防御。ナルカミ・ナルミ、アマタ・クロ、二人のビルダーとしての実力が伺える。

 

「くそッ……硬ェなオイ……!」

 

 ナツキは牙を剥くようにして笑いながらも、冷や汗が一筋、頬に垂れる。

 

『あっれれぇ~? お姉さん、それでもう終わりなのですぅ~?』

『見たところ……その機体が、あなたたちの中で、最大の火力ね……もう、アカツキ君にも、アカサカさんにも……私たちを、傷つけられないわ……』

「くっ……ハラ立つお子ちゃまどもだぜ……ッ!」

 

 吐き捨てるが、次の手が打てない。対艦兵器を受けて無傷のモビルスーツに、いったいどんな手が打てるというのか。ナツキは全力で考えを巡らせる。

 ナノカは片手でエイトを助け起こしながら、もう片方ではビームマシンガンを百里雷電に向けた。

 

「相変わらずの鉄壁っぷりだね。敬服に値するよ。ナルカミさん、アマタさん」

『あっひゃっひゃ♪ おいおいナノカちゃーん、あたしもいるんだぜー。忘れてんじゃねーぞー?』

 

 攻めあぐねるエイトたちの前に、さらに一機のガンプラが降り立った。

 女子高生のようなセーラー服のガンダムタイプ、ノーベルガンダム・ドゥルガー。副部長、カンザキ・サチだ。

 

『ナルミちゃん、クロちゃん、そしてあたし……三人合わせてチーム・水平戦線(ホリゾンタル・オブ・ザ・ボディ)だぜー。よっろしくぅー♪』

『よろ……しく、ね……』

『なのです♪』

 

 キメポーズのつもりなのか、ノーベル・ドゥルガーが腰に手を当て、横ピースを決める。百里雷電も同じポーズをとるが、ナツキ曰くゴリマッチョなガンプラでそんなポーズをとっても、ボディビルのワンポーズにしか見えない。

 

「うっわ……なんスか、このひっちゃかめっちゃかな状況は……」

「タカヤ……!」

 

 GN粒子を散らしながら、デュナメス・ブルーがV8の近くに降り立った。その右手には、GNスナイパーライフルではなく、撃墜したのであろう、フラッグの頭部が握られている。

 

「よう、エイト。一応、フラッグ二機は落としたから来たけどよ。これ、何がどーなってんの?」

「いや、僕もよくは……でも、イサリビ先輩を落としたのは、副部長たちだよ」

「へぇ、そいつは穏やかじゃあねえなあ……!」

 

 さすがは新聞部、タカヤはその一言である程度の事情を察したらしい。フラッグの頭を投げ捨てて、右肩に懸架していたGNスナイパーライフルを手に持った。

 

「アカサカ先輩。旅館のおねーさん。取り敢えず、共闘ってことでいいッスか?」

「ったく、もとはテメェの写真からの騒ぎだろうが……虫のいいヤツだぜ。ま、いいけどよ」

「歓迎するよ、サナカ・タカヤ君」

 

 こちらは四機、相手は二機。バトルフラッグはもうポイント的に終盤、男女とも現在6ポイント。チームの全滅は敗北という条件だったはずだから、ここで自分たちが負けては、ポイントに関係なく副部長たち第三勢力の勝利となってしまう――戦況を考えながら、エイトは水平戦線(ホリゾンタル・オブ・ザ・ボディ)に相対する。

 

「ナツキさんの爆撃ですら無傷の百里雷電……それに〝不死の悪戯(ノスフェラトゥ・ゲーム)〟カンザキ・サチか……!」

「……心配かい、エイト君?」

「いえ、やる気が出ます」

 

 力強い、エイトの断言。通信ウィンドウ越しに見えるエイトの目は、近接格闘最強にして最凶にして最狂の〝不死の悪戯(ノスフェラトゥ・ゲーム)〟と、対艦兵器すら耐え戦艦を一撃で落とす百里雷電を前にして、全く力を無くしていない。むしろ、熱意に満ちている。

 ナノカは思わず、笑みをこぼす――エイト君。キミのその目が、私は好きだ。

 

「ナノさんとナツキさんで、百里雷電をお願いします。あの砲撃を撃てないように抑えてもらえれば、その間に……」

 

 ブォン! V8の二刀流ビームザンバーに、加速粒子のビーム刃が噴出した。

 

「その間に僕とタカヤで、副部長を……倒します!」

 

 エイトはV8のミノフスキードライブを全開、地を蹴って飛び出した。それに呼応するように、ガンプラたちが一斉に動き出した!

 

「付き合うぜエイト! さあ行けっ、GNガンビット!」

『一年ボーズ二人ともさー、泣いてワビるまでいじめて……いや、泣いてるのをさらにいびるのも楽しそうだよなー♪ あっひゃっひゃ♪』

 

 デュナメス・ブルーはGNスマートガンビットを射出しGNフィールドを展開して飛翔した。ノーベル・ドゥルガーは、最初からバーサーカーモードを発動、両手に燃え盛るゴッドフィンガーを展開する。

 

「やれるね、ビス子。頼んだよ!」

「ハッハァ! このオレサマが爆撃だけだと思ったら、大間違いだぜェ!」

 

 ジャックラビットはサブアームを展開、四丁ビームマシンガン状態で跳躍した。同時、ザクドラッツェはヘビー・ガトリングを投げ捨て、180㎜キャノンから取り外したヒート銃剣を両手に構えて突撃する。

 

『ナルミ……敵は、近接戦闘を……選んだみたいよ……』

『じゃあ、今度はナルミがメインでやるのです。百里雷電、敵機を押し潰すのです!』

 

 百里雷電は超大型砲の砲身を折りたたみ、両腕のクローアームをがしゃがしゃと開閉した。脚部核熱ホバーが作動し、超重量級のボディをふわりと浮かせる。

 〝新星(スーパールーキー)〟と〝傭兵(ストレイ・バレット)〟、エイト・タカヤ組VS〝不死の悪戯(ノスフェラトゥ・ゲーム)〟カンザキ・サチ。

 〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟と〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟、ナノカ・ナツキ組VS〝紫電(プラズマ)〟と〝黒雷(ブラックサンダー)〟ナルカミ・アマタ組。

 男子対女子だったバトルフラッグスは、男女連合対水平戦線(ホリゾンタル・オブ・ザ・ボディ)へと様変わりし、今ここに、再度火蓋が切られたのだった。

 

 




第十七話予告

《次回予告》

「あーっはっはっは! そおれっ、ショットシェル・フィストぉぉっ!」
「フンッ! 返すッ、ゴッドスラッシュ……タイフゥゥゥゥンッ!!」
「まだまだですわっ! てぇぇいっ!」
「うおおおおっ! 破ァァッ!」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第十七話『バトルフラッグスⅢ』

 どぉんっ! ばああんっ! がががががががっ! がぉぉん! があん! ずごごごっ! 
ぐっしゃあ! ばぎん、ごぎんっ! どどどどどっ、だだっ、だだだだだだっ! どぉんっ!
「ばぁああくねぇつ! ゴッドフィンガァァ……石破ッ! 天・驚・けぇぇぇぇんッ!」
「ツインメガキャノン、フルチャージ……フルバーストッ! 参りますわああああっ!」



◆◆◆◇◆◆◆



 全開のあとがきで書き溜めができたとか言っていながらこの更新の遅さ、まっこと人間の慢心とは恐ろしいものです。慢心、ダメ、ゼッタイ。
 さらには、やはりというかなんというかバトルフラッグスが今回で終わらないという展開に。次回こそ終わります。終わるように頑張ります!たぶん!(笑)

 しかし私も、ただ単に遅かったわけではないのですよ。ガンプラ、けっこう作りましたよー。とりあえずV8は完成。そしてジャックラビットが現在50%ってところです。
 そして、さらに、ハーメルンでGBF小説を書いているある方とのコラボ企画が進行中です……乞うご期待!

 感想・批評等いただければ嬉しいです。よろしくお願いします!



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Episode.17 『バトルフラッグスⅢ』

バトルフラッグスは次で終わりだと言ったな。あれは嘘だ。(ででーん!)

……すみません、まとめきれなかったので予定変更です。
バトルフラッグスはもうちょっとだけ続きますが、ちゃんと決着させますので、お付き合いいただければ幸いです。


『あっひゃっひゃ♪ ごーっど、ふぃんがぁー♪』

 

 幼い声色であくどい哄笑、そして轟音と爆熱。防風林を地面ごと吹っ飛ばし、半径百メートルはあるクレーターが穿たれる。高熱に揺らぐ大気の中心にいるのは、金色に燃える髪を振り乱す、細身の女性型モビルファイター。ノーベルガンダム・ドゥルガー、バーサーカーモードだ。

 〝不死の悪戯(ノスフェラトゥ・ゲーム)〟カンザキ・サチは、最初から全力全開だった。

 

「カメラ越しにはよく見てたけどよ……直面してみると、えげつねぇ破壊力だよなコレ……」

「助かるよタカヤ。このV8じゃあ、かすっただけでもアウトだろうから」

 

 そのクレーターの外縁部に、不自然に被害を免れている一角があった。

 GNフルシールドとGNフィールドを重ねて展開した、デュナメス・ブルー。フルシールドの影には、避難したV8の姿もある。

 

『おいおーい、一年どもー。逃げるものいいけどさー……おもしろくねーじゃんっ!』

 

 ヒュオォォンッ! 

 風切り音――エイトの脳裏に、以前の戦いが蘇る。

 

「タカヤっ!」

 

 反射的にデュナメス・ブルーを蹴り飛ばして距離を取る。直後、さっきまで二人がいた位置に、無色透明の斬撃が嵐のように吹き荒れた。

 

「げっ、俺のライフル!」

 

 デュナメス・ブルー本体は攻撃範囲から逃れたが、細長い銃身があだとなり、GNスナイパーライフルがクリアビームリボンに絡めとられていた。ドゥルガーがぎゅっと掌を握りしめると、GNスナイパーライフルの銃身がすっぱりと輪切りにされる。

 

「副部長ヒドいッス! ガンビット、遠慮なく行くッスよ!」

 

 ヒュンヒュンヒュン――ビィィッ、ビィィッ!

 

 タカヤはGNスマートガンビットを四基全て射出、縦横無尽に飛び回る自律機動砲台(ガンビット)が四方八方からノーベル・ドゥルガーに襲い掛かる。しかし、ドゥルガーの全身の排気口や関節部から噴き出すプラフスキー粒子が盾代わりとなり、ビームは弾かれるばかりだ。

 

『ヒドい……ヒドい、ねー。そりゃーこっちのセリフだぜー、サナカ一年生』

 

 ドゥルガーは次々とビームを受け、弾きながら、悠々と歩いてデュナメス・ブルーに迫る。放熱フィン(かみのけ)マニピュレータ(ゴッドフィンガー)を金色に燃やし、体中から凄まじい熱量を吐き出しながら、焼けたクレーターに深々と足跡を刻みつける……その姿は、まさに悪鬼羅刹。

 通信ウィンドウに現れたサチの幼い丸顔も、笑顔ながらも、鬼のように怒っていた。

 

『写真、さー。あれがよくなかったねー。あの写真が、あたしたちの……チーム・水平戦線(ホリゾンタル・オブ・ザ・ボディ)の……〝持たざる者たち〟の怒りを、呼び覚ましちゃったのさー……っ!』

「らああああっ!」

 

 ガキィィィィンッ!

 頭上から突撃してきたV8のビームザンバーを、サチはゴッドフィンガーで受け止めた。

 

「くっ、反応が早い……いや、読んでいた……!?」

『あめーんだよ、アカツキ一年生。一基だけ、一斉射撃に参加しないガンビットがあったからねー。影になんか隠してるぐらいの予想は立つだろーよー。あっひゃっひゃ♪』

 

 バリィンッ! まるでガラス細工のように、ビームザンバーの分厚いビーム刃が握り潰される。続く蹴り上げをなんとか回避し、エイトは頭部バルカンをばら撒きながら後退する。

 

「タカヤ、手を変えてもう一回! 副部長と取っ組み合いなんてゾッとしないよ!」

「おう、下がれ! ガンビット、エイトを援護だ!」

 

 エイトを守るように展開したガンビットが、一斉射撃を撃ち込む。ドゥルガー相手にビームは目くらまし程度にしかならないため、タカヤはフロントアーマーの隠しGNミサイルも一斉発射。爆発の壁を作ると同時に、クレーターの土砂を巻き上げる。

 

「上手いよタカヤ、五秒は稼げる! 次は浜辺へ!」

「OK、エイト。よし、アレを呼んどくか……」

 

 ミノフスキードライブで上空を翔け抜けるエイトに続いて、タカヤもデュナメス・ブルーを飛び立たせた。飛びながら武器スロットを操作、ある特殊武装をスタンバイする。

 その直後、背後で噴火の様な大爆発が起こり、噴煙の中から凄まじいスピードでノーベル・ドゥルガーが飛び出してきた。GNミサイルで巻き上げた大量の土砂も、副部長相手には大した足止めにならなかったらしい。

 

「副部長が、部長のこと以外であんなに怒るなんて……タカヤ、どんな失礼な写真撮ったんだよ。ナルカミ先輩やアマタ先輩も、タカヤに不満があるんじゃないの?」

 

 エイトは通信機越しに、タカヤに冷ややかなジト目を送る。

 

「いや、そんな……俺は副部長の写真なんて一枚も撮ってないし……アマタ先輩も、ナルカミ先輩も、副部長と同じで俺の被写体にはならねぇ人だしなあ……」

「え、一枚も……? 被写体に、ならない……って?」

「ああ、そうだろ。だってさ、その先輩たち三人とも――」

 

 続くタカヤの言葉に、エイトは「そりゃ怒るよ……」と、軽い頭痛と共に諦めのため息をつくのだった。

 

「――おっぱい、全然ないじゃん」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

『だから、許せないのです!』

 

 グワッシャアアアンッ!

 横薙ぎに振り抜かれた巨大なクローアームが、防風林の大木を数本まとめて吹き飛ばした。

 

『アカサカ先輩も、旅館のお姉さんも……巨乳、滅ぶべし! なのですっ!』

 

 ドッ――ヴアアアアアアアアアアアッ!!

 クロー基部に埋め込まれたメガ粒子砲が火を噴き、辺り一面を薙ぎ払う。狙いも何もない破壊力の大盤振る舞いだが、それゆえに防ぎ難い。ナノカもナツキもバーニアを吹かして回避するので精一杯だった。

 

「ケッ、しょーもねェ! オレだって好きでデカくなったんじゃあねェよ。肩ァ凝るし、運動の邪魔ンなるし、男どもの視線はウゼェし、そんなにいいモンでもねェぞ!」

『そ、そんなこと、そんな悩みっ! ナルミたちには、自慢にしか聞こえないのですーーっ!』

 

 ドヴアアアッ! ドヴアアアアアアアアアアッ!

 百里雷電は地団太を踏むように暴れ、クロー・メガ粒子砲を無茶苦茶に撃ちまくった。怒りに任せて暴れまわる砲撃は、ある意味では狙撃よりも回避しづらい。ナツキは避けきれず、左腕のザクマシンガン・シールドを吹き飛ばされてしまった。

 

「ちぃッ、迂闊だったかァ!?」

 

 ナツキは舌打ちを一つ、スモークグレネードを投げて煙幕に身を隠しながら、ステップを踏んで後退する。

 大木の陰に身を寄せると、そこにはナノカのジャックラビットがしゃがみこんでいた。接触回線で通信がつながり、ウィンドウに、呆れたような、困ったような、そんなナノカの顔が映る。

 

「今のはキミが悪いよ、ビス子」

「ぐぬぬ……と、ともかく、だァ! あのゴリマッチョ、早いとこブチ撒けてやろうぜ!」

「と、言っても。あの重装甲に有効打を、となると……ね」

 

 ナノカは、自分とナツキの武装を目でなぞりながら、思案する。ザクドラッツェの最大火力である対艦用のシュツルムファウスト改ですら、百里雷電の正面装甲は突破できなかった。となると、狙うべきは関節部やセンサー部、バーニア・スラスター類。しかし、比較的脆弱なはずのそれらの部分ですら、おそらくかなりの頑丈さだろうことは想像できる。ビームマシンガンではまだ足りないだろう――普通の、やり方では。

 

「ビス子、キミはもうほとんど弾切れだろうけど――やつの動きを止められるかい? 三秒でいい」

「はんッ、舐めンなよ赤姫。たしかに弾はほとんどねェけどよ……あんなデカブツはァ、足から潰すって相場が決まってンのさァ!」

 

 メガ粒子砲が途切れた一瞬に、ナツキは木の陰から飛び出した。その両手には、180㎜キャノンから取り外した大型銃剣――ヒート・ジャックナイフを二刀流に構えている。

 

「おらおらァ、ロリガキィ! オトナのおねーさんが教育してやるぜェッ!」

『むぅーっ、いちいち腹立たしいのです!』

『ナルミ……ここは、私が……!』

 

 ガシャコン、シュババババババババババババ!

 百里雷電背部の大型コンテナがハッチを開き、数十発のミサイルが雨あられと降り注いだ。まるでナツキのお株を奪うような爆撃の壁が、ザクドラッツェの行く手を阻む。

 しかし、

 

「ほらよォッ!」

 

 ナツキはハンドグレネードの最後の一発を、着弾直前のミサイル群の中へと投げ込んだ。

 爆発、衝撃、飛び散る子弾、金属片。ミサイル群は本来の目標よりも数秒分上空で誘爆させられる。そして隙だらけになった爆発の壁のど真ん中を、ザクドラッツェはほぼ無傷で突き抜けた。

 

『たった一発で……全弾迎撃……っ!?』

『な、なのですっ!?』

「爆撃でオレサマと張り合おうなんざァ……!」

 

 ナツキはヒート・ジャックナイフのスイッチを入れ、刀身を赤熱化。慌てて振り下ろされたクローアームも難なくかわし、百里雷電の懐に潜り込んだ。

 

「片腹痛いってヤツだなァッ!」

 

 二本のヒート・ジャックナイフを、百里雷電の右膝に突き立てる。ナノカの予想した通り頑丈だったが、関節パーツに裂傷が走り内部のポリキャップが僅かに露出した。大柄なボディと満載した武装の重みに耐えきれず、百里雷電はがっくりと地に膝をつく。

 

『はわっ、はわわっ!?』

 

 まさか自分のガンプラが膝をつくなど思ってもみなかったのか、ナルミは面白い程あたふたと慌てふためいていた。

 その隙を逃さず、ナツキは再度、ヒート・ジャックナイフを振りかざした。

 

「はっはァ! このままァーーッ!」

「……ッ!? ビス子、はなれてっ!」

『――遅いのです♪』

 

 ザシュゥンッ!

 

「なっ……にィ……ッ!?」

 

 ザクドラッツェの脇腹を、細身のビームサーベルが貫いていた。そのサーベルを握るのは、細く筋張ったミイラの様な腕――百里雷電の脇の下に出現した、もう一対のマニピュレータ。

 

「か、隠し腕かよッ……!」

『今更気づいても遅いのですよ、おねーさん?』

 

 皮肉をたっぷり込めて言い放ち、ナルミはビームサーベルをグリっとひねって引き抜いた。ザクドラッツェ腹部の動力パイプが引き千切られ、プラフスキー粒子がまるで血のように噴き出した。今度はナツキが膝をつく番だった。

 

「ちぃッ……元々の百里の腕を残してたかよォッ!」

『うふふー、後悔しても遅いのです!』

 

 力任せに振り回されたクローを何とか避けるが、大振りのクローの間を縫うように、隠し腕がビームサーベルを繰り出してくる。ナツキはザクドラッツェに小刻みなステップを踏ませるが、全ては避けきれず、装甲表面に細かい傷が蓄積していく。

 

「ビス子っ!」

『合流は……させないわ……!』

 

 援護しようとしたナノカに向けて、大型コンテナから次々とミサイルが放たれた。コンテナ側面の連装ビームカノンもナノカにぴったりと狙いを定め、次々とパルス状のビーム弾を撃ち込んでくる。

 

「正面では格闘戦をしながら、背後にこんなに正確に……!」

『この、百里雷電は……本体と、バックパックとで……操作系統が、独立しているの……』

 

 ナルミは好き勝手にクローを振り回しナツキを追い回しているが、背部コンテナのモノアイ・センサーユニットはナノカから一瞬も目を離さない。単独で二正面戦闘を可能とする、ナルカミ・ナルミとアマタ・クロのコンビネーションを前提とした二人乗りガンプラ。それこそが、百里雷電の最大の特長なのである。

 

(かと言って距離をとれば、あの超大型砲で一撃、か。中々に厄介な相手だね)

 

 ナノカは大木を盾にして、その間を跳ね回りながら牽制射撃を繰り返す。腰の左右に装備したホッピングブースターユニットの推進力が、ほとんど予備動作なしでの連続跳躍を可能にする――このジムの、野兎(ジャックラビット)の名は伊達ではない。

 

「攻める隙が……なかなか、ないね」

『……どうしたの……かしら。アカサカさん……ぴょんぴょん跳ねて……逃げる、ばかりね……ご自慢のおっぱいが……はしたなく、揺れているのかしら……?』

「ふふっ、下品な物言いだね。だが、私たちを……GBOハイランカーを、舐めないでもらおうか! ビス子、頼むよ!」

「ったく、しゃあねェなァッ!」

 

 掛け声に合わせ、ザクドラッツェはヒート・ジャックナイフを捨て、素手で百里雷電に掴みかかった。ナルミは隠し腕を突き出して迎え撃つが、ナツキはそれに構わず、むしろ掌にビーム刃を突き刺して受け止めた。そのまま力任せに腕を押し込み、ビームサーベルごと隠し腕を抑え込む。

 

『す、捨て身なのです!?』

 

 ナルミはクローアームでザクドラッツェを押し潰そうとするが、クロー・メガ粒子砲の砲口に、サブアームで展開した180㎜キャノンの砲身が乱暴に突っ込まれた。太いクローアームとの力比べに、ザクドラッツェのサブアームはぎりぎりと悲鳴を上げる。

 ――だが、足は止まった。

 

「赤姫ェ! 足ィ、止めたぜェッ!」

「感謝するよ、ビス子!」

 

 集中力を極限まで高めたナノカの額に、ニュータイプのような稲妻が奔る――まるで時がゆっくりと流れているかのような錯覚の中、盾代わりの大木から躍り出たジャックラビットは、両手とサブアーム計四丁のビームマシンガンを一斉に構える。狙うのは、百里雷電の右膝。ナツキの一撃でポリキャップが露出している、現実のサイズにして2ミリほどの傷。

 

狙撃銃(Gアンバー)でなら容易いけれど――マシンガンでやるのは、久しぶりだね――)

 

 加速され引き延ばされた時間感覚の中で、まずは右手の照準が合う。続いて左手の照準がそれに重なり、二重の照準円(レティクル)がロック・オン完了を告げる。

 

『させ――ない――わ――』

 

 サブアームの照準が細かくブレながら次第に定まっていく中、アマタ・クロの妙に間延びした声が響く。百里雷電は、前面のクローアームと隠し腕を抑えても、背面の武装コンテナが生きている。コンテナハッチが開き、ミサイルが射出される。尾部から噴炎を吐きながら、対MS用の中型弾頭が、一、二……五発。ゆるい弧を描きながら先端をナノカに向け、ゆっくりと迫り来る。

 同時、右サブアームの照準が合った。ロック・オンが三重になる。ミサイルが迫る。ナノカは左サブアームを手動操作(マニュアル)に切り替え、システムよりも早く、直感的に照準を合わせた――ビンゴ、ロック・オン。四重の照準円(レティクル)が、わずか2ミリの傷を捉える!

 

「――獲ったよ!」

 

 ヂヂヂヂュンッ!

 瞬間、時の流れが戻った。完全に同時に発射された四発のビーム弾は、寸分の狂いもなく百里雷電の右膝を射抜いた。わずか2ミリの隙間を縫ってポリキャップを直撃し、膝関節を破壊する。同時、高速で飛来するミサイルを、ナノカは瞬時にマルチロックオン。ビームマシンガンを速射、四発を即時迎撃。最後の一発は、被弾直前にホッピングブースターで無理やり体をひねり、蹴り飛ばして爆破させた。

 

「ビス子おっ!」

「うおおォォらああァァァァッ!」

『ふにゃあ~っ!?』

 

 膝から崩れ落ちる百里雷電に、勢いに乗ったザクドラッツェが好機とばかりに襲い掛かる。クロー・メガ粒子砲に突っ込んだ180㎜キャノンをさらに力づくで奥まで押し込み、メガ粒子砲を破壊。細い隠し腕を、これも力づくで捩じ切ってビームサーベルを奪い、あとはもうやりたい放題だった。

 

「おらァッ! おらおらおらおらおらおらおらおらァァーーッ!」

 

 ガンガンガツンゴンバギンゴンゴンドガンバギャンゴシャアンゴンガンバギンッ!

 奪ったビームサーベルで、壊れかけの拳で、分厚い装甲を叩いて叩いて叩いて叩く! 生半可な攻撃では壊れない頑丈さがあだとなり、ガツガツと続く攻撃に、ナルミとクロはコクピットの隅でガタガタと震えることとなってしまった。

 

『ひ、ひにゃあっ! ご、ごめんなさいっ。ごめんなさいなのですぅぅ!』

『ひぃぃ……お、鬼ぃ……悪魔ぁ……!』

「はっはァ、鬼で結構、悪魔で結構! ブチ撒けてやるぜェッ、おらおらおらアアァァッ!」

 

 ゴンガンドシャグシャバンバンガンゴンバキャンゴシャンドゴンガンガンゴンッ!

 

『ひ、ひぅ……うぅ……ううぇ~~ん! こ、怖いのですぅ~! ごめんなさい、もうやめてくださいぃ~~! ううぇ~~ん!』

「……ビス子、もうそのぐらいにしないかい。泣いてしまったじゃないか」

「ン……ま、まあ……そうだな」

 

 ジャックラビットがザクドラッツェの肩に軽く手を置き、制止する。通信機から聞こえてきたナルミの泣きじゃくる声に、さすがにナツキも気が咎め、百里雷電を殴りつける手を止めた――といっても、この時点ですでに百里雷電はボッコボコのベッキベキだったが。

 

「よし、てめェら。おとなしく降参して、バトルシステムから出な。あの変態カメラ野郎は、オレたちがきっちりシメとくからよォ」

『ぐすん……も、もう、殴らないです?』

 

 通信ウィンドウに出てきたナルミのうるんだ瞳に、ナツキは少々罪悪感に襲われる。泣き声だけでなく、本当に涙を流していたようだ。

 

「ああ、ちょっとやり過ぎたな。悪ィな、ロリガキ」

『悪いと、思うのなら……』

 

 にやぁり――さっきまでの泣き顔が嘘のように、ナルミの顔がぐにゃりと歪んだ。

 

『ナルミといっしょに散るのです♪』

『任務失敗……自爆するわ……』

 

 カァァ――ッ! 百里雷電のボディが真っ赤に輝き、関節部やパネルラインから、凶暴な光があふれだした。大破したはずのクローアームが、最後の力でナノカとナツキをがっしり掴む。

 

「なっ、てめェ! さっきの泣き顔は!」

『ウソ泣きなのです♪』

「ビス子、離れ――」

『……巨乳、滅ぶべし……ぽちっとな』

 

 ドッ――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「――ナノさんたちがやられた!?」

 

 ステータス画面上、ジャックラビットとザクドラッツェの表示が暗くなる。動揺したエイトは回避機動が甘くなり、クリアビームリボンに足を絡め捕られてしまった。

 

『あっひゃっひゃ♪ ごーっど、ふぃんがぁーっ♪』

「エイトぉっ!」

 

 襲い来るノーベル・ドゥルガーとの間にデュナメス・ブルーが割り込み、GNフィールドとGNフルシールドを二重に展開。ゴッドフィンガーとGN粒子が、バチバチと激しく火花を散らしてせめぎ合う。

 エイトはその隙に、クロスボーンガンダムから移植した足裏の隠しヒートダガーを起動。クリアビームリボンを焼き切りながら立ち上がった。

 

「あ、ありがとうタカヤ」

「百里雷電の反応も消えた! それにこの振動と粒子反応は、たぶん自爆だ。最低でも相打ちだろ、安心しろよ!」

『安心ねー。よく言うぜー、こんの変態カメラやろぉーっ!』

 

 ぐぐぐっ……押し込まれたゴッドフィンガーがGNフィールドをついに打ち破り、GNフルシールドの表面に掌型の焦げ跡をつける。フルシールドは高熱に歪み、見る間に塗装が剥げていく。

 

「おいおいマジかよ、GNコンデンサー六つ分のGNフィールドだぜ!?」

「ビーム・エストックなら……っ!」

 

 エイトは押し合うサチとタカヤの側面に回り込むように跳び、ザンバスターを突き出した。その銃口から、本来なら幅広く長大な大剣型の刃を構築するはずだったビームが、細長い刺突用長剣の形に威力を収束され、噴出する。

 

「貫けぇーっ!」

 

 しかし、

 

『ほいさーっ♪』

 

 突如、爆熱状態(ゴッドフィンガー)を解除したノーベル・ドゥルガーの両手が、GNフルシールドを掴み、ひねり、そして、

 

「うわっ!」

「たっ、タカヤっ!?」

 

 くるりと、ノーベル・ドゥルガーは曲芸師のように身を翻し、ビーム・エストックの切っ先はGNフルシールドを貫通していた。

 

『おーおー、すごい貫通力じゃーん、アカツキ一年生。一点突破って意味じゃあ、ノーベルのゴッドフィンガー以上かもだぜー。まー、当たりゃあねー? あっひゃっひゃ♪』

 

 転倒しもつれあうV8とデュナメス・ブルーを嘲笑うように、ノーベル・ドゥルガーは砂浜の上で華麗にバック転を繰り返し、距離を取った。そして再び両手にゴッドフィンガーを発動、いつでも飛び掛かれる姿勢で構えをとる。

 

「うぅ……タカヤ、ごめん……」

 

 絡まり合った手足をほどいて立ち上がり、V8は二丁のザンバスターを構え、デュナメス・ブルーはGNスマートガンビットを滞空させた。

 

「ダイジョブ、ダイジョブ。気にすんなよ。それより――」

 

 ちょうどその時、V8のセンサーが接近してくる機影を捉えた。識別は、味方(フレンド)。しかしもう味方で残っているのは、すぐ隣にいるタカヤと、遠くでアンジェリカと激戦中のダイだけのはず。それにこの反応は、MSではない……大きめの、航空機サイズ……か?

 戸惑うエイトに向けて、タカヤは通信ウィンドウ越しに気障なウィンクをして、器用にもデュナメス・ブルーに親指を立てさせた。

 

「――来たぜ、俺の切り札がさ」

 

 大気を切り裂く鋭い轟音と共に、それは砂浜に滑り込むように着地した。

 昆虫じみた四本脚と、GNソードを鎌のように構える二本のアーム。背部には青い巨大なバーニアスラスターポッドと二門の折畳式電磁投射砲(フォールディング・レールガン)を備える、十二メートル級のモビルアーマー……いや、これはサポートメカか。

 全体的にカマキリを思わせるシルエットをしたそのメカは、主の命を待つかのように、波打ち際に控えていた。

 

「さあエイト、こっから逆転と行こうぜ! 俺と、おまえと、全男子のお宝写真のためによ!」

「い、いや、僕は別に写真とかは……」

 

 頬を赤くしてぶんぶんと首を横に振るエイトにはお構いなしに、タカヤはテンション上がり気味に叫んだ。

 

「来いっ、マンティスホッパー! ……合体だっ!」

 




第十八話予告

《次回予告》

「カッカッカ。まーた話が延びよったかァ。ままならぬものよのゥ、創作というのは。
「まァ、よい。ワシももっと遊びたいしの。せいぜい、次回に期待するとしようかのォ。
「若いモンが楽しんどるところに無粋かも知れんが……ワシも、ビルダーであり、ファイターじゃからなァ。
「どうせやるなら、最強の若者とやりあってみるかのォ……カーッカッカッカ!」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第十八話『バトルフラッグスⅣ』

「〝旧人類最強(グレート・オールド・ワン)〟ヒシマル・ゲンイチロウ。GNフラッグ、推して参る。老兵の戦いを見るが好い」



◆◆◆◇◆◆◆



 ひたすらに長くなっていくバトルフラッグスですが、こんどこそ、次回こそ、決着できるかも!できるんですって!できるといいのね!きっとできるでち!

 感想等でいろいろとお褒めの言葉をいただき、頑張ってやってきたかいがあるなあと嬉しく思っています。UAも一万を目前にして、感慨もひとしおといった感じです。
 予告や予定通りにはいかないことばかりの拙作ではありますが、今後もお付き合いいただければ幸いです。よろしくお願いします!

 


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Episode.18 『バトルフラッグスⅣ』

「来いっ、マンティスホッパー!」

 

 タカヤの声に合わせて、カマキリ型のサポートメカ――マンティスホッパーは砂浜を蹴って跳びあがった。同時、フルシールドやガンビットなど、デュナメス・ブルーの全身の装備が分離(パージ)される。

 

「合体だっ!」

 

 GN粒子の輝きが周囲を包み込み、まるでガンダムとは思えない、戦隊モノか勇者ロボのような合体シークエンスが展開された。マンティスホッパーの前脚だったGNソードは、トンファーのようにデュナメス・ブルーの両手に。折畳式電磁投射砲(フォールディング・レールガン)は、腰に。大型バーニアポッドは、背中に合体する。出来上がったのは、いかにも高機動・近接戦闘型といったシルエットのデュナメス・ブルーだ。

 

「完成っ! デュナメス・ブルーが近接強化! リッパーホッパー装備(アームメント)だぜっ!」

 

 しゃっきーーんっ! トンファー型の実体剣・GNリッパーをきらりと輝かせ、デュナメス・ブルーがキメポーズをとる。ノリノリのタカヤの笑顔と共に、タイトルロゴとOP主題歌でも流れそうな勢いだ。

 

「さあ、逆転開始だぜエイト! 行くぞ、ヒルシュパンツァー!」

 

 一方、マンティスホッパーの胴体部分には、パージされたデュナメス・ブルーの装備が次々と装着されていた。GNフルシールドの甲殻を持つ、重装甲のクワガタを思わせる姿。ヒルシュパンツァーと名を変えたサポートメカは、GNブレイドの大顎を誇らしげに掲げ、嘶いた。

 

「……っていうか副部長、合体中は待っててくれるんですね」

『あったりまえじゃーん。変形・合体・変身中、必殺技とモノローグ中はこーげききんしー、だろーがよー? あっひゃっひゃ♪』

 

 律儀に合体完了を待っていた――いや、楽しんでいたサチは、高笑いと共にノーベル・ドゥルガーの髪の毛に両手を突っ込んだ。放熱に揺らぐその手の中に、きらりと透明のモノが光る。

 

『でもさー……待ちくたびれたぜーっ、一年ボーズどもーっ♪』

 

 ヒュオッ、ヒュヒュヒュォォォンッ!

 まとめて放たれた数条のクリアビームリボンが超音速で砂浜を切り刻み、前後左右の全方位から見えない斬撃となって迫り来る。エイトは反射的にビームシールドを展開しようとするが、その瞬間、ヒルシュパンツァーが飛び出していた。

 

「サポートメカが!?」

「ダイジョブだ、エイト! この後、チャンスだぜ!」

 

 バッヂィィィィン!

 GN粒子の壁が輝き、不可視の斬撃が阻まれる。ヒルシュパンツァーが展開したGNフィールドがV8とデュナメス・ブルーをすっぽりとドーム状に覆い、四方八方から迫る何本ものビームリボンをまとめて弾き返していた。

 

『へー、サポートメカ単体でこの出力ねー……!』

「もらうッスよセンパイっ! ホッパーバーニア!」

 

 タカヤは大型バーニアポッド・ホッパーバーニアを全開(フルブースト)、狙撃用装備の時とはまるで違う、戦闘機のような加速力で飛び出した。GNリッパーを交差するように振り下ろし、ノーベル・ドゥルガーの首を狙う。しかしサチも即座に反応、ゴッドフィンガーで受け止める。

 

『あっひゃっひゃ♪ 狙撃屋がさー、あたしに近接を挑むかよー!』

「そう余裕でも、ないんじゃあないッスか? GNリッパーなら刃は折れないみたいッスね、センパイ!」

 

 タカヤはホッパーバーニアの推進力も乗せて、GNリッパーをジリジリと押し込んでいく。ゴッドフィンガーに掴まれたその刃は真っ赤に加熱しているが、確かに壊れる気配はない。

 

『だからってさー……んっ?』

「らあぁぁぁぁっ!」

 

 背後に回り込んだエイトのV8が、ビーム・エストックを突き出した。〝不死の悪戯(ノスフェラトゥ・ゲーム)〟状態になったノーベル・ドゥルガーの装甲部に、ビーム兵器はほぼ無効――狙うのは、ポリキャップが剥き出しの、その細い首!

 

『させねーよー!』

 

 ばさあっ! ノーベル・ドゥルガーは頭をぐるんと回し、放熱フィン(かみのけ)をまるで歌舞伎のように振り乱した。すると放熱フィンの中からなにか黒い球体が飛び出し、ビーム・エストックの切っ先を受け止めてしまった。

 

「が、ガンダムハンマーっ!?」

「その髪の毛、四次元ポケットか何かッスか!?」

『あっひゃっひゃ♪ そりゃー、ほらー、乙女のヒミツ、ってヤツー?』

 

 ばさああっ! もう一回転、二回転、そして大回転で乱回転。サチは放熱フィン(かみのけ)を振り回し、猛烈な熱気と共にガンダムハンマーが振り回された。横殴りの重打撃を回避しきれず、エイトとタカヤは仲良く吹っ飛ばされ、砂浜の上にぐしゃりと折り重なるように落下した。

 

「や、やっぱり強い……タカヤ、代表選考戦では本当に副部長に勝てたの?」

「あんときゃ、ザク対ザクって制限付きだったしなあ……三対一だったし、不意打ちで挟み撃ちだったし……ま、思いつくだけの卑怯な手はつかったからなぁ」

「……なあタカヤ。今回の副部長の乱入、その分の恨みもあるよ、絶対……」

 

 砂浜に半分埋まってしまったデュナメス・ブルーを掘り起こそうと、ヒルシュパンツァーは不器用そうに頑張っていた。どうやら、生真面目な性格のAIでも積んでいるらしい。まるで健気な忠犬だ。

 しかし、そんな忠犬の気持ちなど踏みにじるかのように、高笑いと共にサチが突っ込んできた。

 

『あっひゃっひゃ♪ ごぉーっどっ、ふぃんがぁーっ♪』

 

 即座に展開されたドーム型のGNフィールドが、エイトとタカヤを包み込む。しかし、それも長くは持ちそうにない。サチは右手のゴッドフィンガーをGNフィールドに押し付けたまま、またもや放熱フィン(かみのけ)から取り出したヒートクナイを左手に持ち、ガツンガツンと突き始めた。

 ヒートクナイが突き刺さるたびに、GNフィールドが歪んで乱れる。ヒルシュパンツァーのGNコンデンサーは明らかにオーバーヒートを起こし、火花を散らして白煙を上げていた。

 

『ほらほらー、引き籠ってないでさーっ! 出て来いよ変態カメラやろーっ! あたしたちの撮影会、させてやるぜー! 小学校の時から愛用の、サイズの変わってない、ゼッケンに名前入りのスクール水着でさーっ! 一部マニアには大ウケだぜー? あっひゃっひゃっひゃっひゃ♪』

「お、お断りッスよセンパイ! 俺のフィルムには、巨乳以外写さないと心に決めてるんッス!」

『じゃあ死ねよやあああああああッッ!!』

 

 恨み辛みに嫉妬に怒り、その他もろもろの負の感情を叩き込んだヒートクナイの一撃が、ついにGNフィールドを突き破った。小爆発を起こし倒れるヒルシュパンツァー、ガラスのように砕け散るフィールド。そして、悪鬼羅刹の如き邪悪な笑顔で迫り来るサチ、ノーベル・ドゥルガー。

 

「なんでわざわざ挑発するんだよタカヤああっ!」

「俺の写真は俺の美学! 巨乳こそ至高! おっぱいこそ正義! あ、ロリ巨乳もOKだぜ?」

「あぁもうっ、好きにしろよっ!」

 

 エイトはザンバスターを投げ捨て、ヒートダガーを両手に構えた。先のGNリッパーの例から、実体刃の方がゴッドフィンガーに握り潰されないと読んだのだ。

 

『あっひゃっひゃっひゃっひゃっ♪』

「うおおおおおおおおおおおおっ!」

「らああああああああああああっ!」

 

 ガンガンガキィン、ギィン、ガァン!

 二刀流のヒートダガー、二振りのGNリッパー、そしてヒートクナイとゴッドフィンガー。熱気や粒子をまき散らしながら、刃と拳がぶつかり合い弾き合い、何度も何度も交錯する。手数は四対二なのに、サチは高笑いをしながら受け、弾き、攻め込んでくる。殺陣(チャンバラ)技量(レベル)が違いすぎる。

 ――そして、ついに、

 

『とりゃー♪』

「くッ!?」

「タカヤっ!」

 

 GNリッパーがゴッドフィンガーの手刀に弾かれ、その隙にヒートクナイを捻じ込まれる。グラビカルアンテナが折れ、胸部装甲に灼熱の刃が深く食い込む。デュナメス・ブルーの右腕が根元からだらりと垂れ、まるで使い物にならなくなった。

 

(まずい! 均衡が崩れた(ガードブレイク)!?)

 

 エイトの背筋に冷たいものが走り――そこからは、早かった。

 

『さあ、惨殺だー♪』

 

 まずは頭だった。デュナメス・ブルーの精悍なマスクがゴッドフィンガーに握り潰され、その隙を狙ったつもりのエイトのヒートダガーは、クリアビームリボンに絡め捕られた。エイトが砂浜に叩き付けられている間に、サチはデュナメス・ブルーの両手両足を解体していた。立ち上がろうとするエイトの足元を、またもやクリアビームリボンが掬い上げ、体が一回転するほどの勢いで転ばせる。サチは派手に砂を巻き上げて倒れたV8の上に馬乗りになり、ゴッドフィンガーを貫手の形で突きつける。

 

『貧乳万歳! 貧乳はステータスだ、希少価値だ! ……って言えばー、おまえだけは見逃してやるぜー。アカツキ一年生?』

「い、いや僕は別に……そんな目で女の人を、見たりなんか……」

「言うなエイト! 命惜しさに、誇りを失うな! おまえは巨乳好きのはずだーっ!」

 

 手足を失ったデュナメス・ブルーが、ホッパーバーニアの推進力だけで無理やりに突っ込んできた。バーニアにはヒートクナイが突き立てられており、バチバチと火花を散らして爆発寸前――いや、それを利用した特攻のつもりか。

 タカヤは魂を込めて叫ぶ。

 

「揺れよ巨乳! 弾めよ巨乳! 巨乳美少女に、栄光あれぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

『そうかよー……ッ!!』

 

 サチの顔から軽薄な笑みが消え、凄絶な笑みが浮かぶ。ゴッドフィンガーがひときわ激しく燃え盛る。そしてその手のひらに〝王者の紋章(キング・オブ・ハート)〟が輝いた!

 

「せ、石破天驚拳っ!? この距離で!?」

『みんな、みーんなー……巨乳も! 巨乳好きも! みんなまとめて砕け散れぇぇッ!!』

 

 タカヤの特攻を発動直前の石破天驚拳で受け止め、そしてそのまま力任せに、それをエイトに叩き付ける。

 

『ばぁくねぇぇつッ! 石破ぁッ! 天・驚・けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんッッ!!』

 

 ゴッ……オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!

 猛烈な熱量と目も眩む閃光、圧倒的な大爆発が、砂浜の砂を全て吹き飛ばすような勢いで膨れ上がった。

 ――そして、数秒。巨大なクレーターと化した砂浜に、ノーベル・ドゥルガーだけが、ゆらりと立ち上がった。

 

『……よーし。これであとはー、ダイちゃんと遊んでやがるあの巨乳委員長をぶっとばしてー、っと……ありゃ?』

 

 ジャンプしようとしたが、ノーベル・ドゥルガーの反応がない。サチは「あれ? ありゃ?」とコントロールスフィアを動かすが、何の反応も返ってこない。それどころか、バトルシステムのコクピット表示自体が、まるで撃墜されたときのように暗く光を失っていく。

 

『ありゃ? ありゃりゃ……あ!』

 

 そして、画面に表示されたメッセージに気づき、サチはがっくりと肩を落とした。

 

『……ガス欠かよー』

 

 プラフスキー粒子、残量ゼロ。

 粒子消費の激しい〝不死(ノスフェラトゥ)〟状態での長時間戦闘、ゴッドフィンガーの連発、とどめに石破天驚拳。いくらクリアパーツ仕込みで粒子貯蔵量を増やしたノーベル・ドゥルガーといえども、粒子を使い切ってしまったというわけだ。

 

『うぅー……ダイちゃん。ダイちゃんは、おっぱいなんかに惑わされないよね……』

 

 システムが戦闘不能を告げ、コクピットの照明が落ちていく――サチはしょんぼりと、自らの平らな胸に手を当てて、呟いたのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 座礁空母の甲板が、ついに真っ二つに切り裂かれてしまった。三段式甲板の最上段が前後に両断されてずれ落ち、凄まじいしぶきを上げて海に落ちる。しぶきに混じって飛び散る紅のGN粒子が、まるで鬼火のようにあたりを照らした。

 

「やるな、ご主人! その剣の冴え、達人とお見受けする!」

「カッカッカ。昔取った杵柄……とでも言っておくかのゥ」

「昔取った? この太刀筋で? 謙遜も過ぎると悪徳ですわよ!」

 

 バトルフラッグスD1エリア、座礁空母近海での戦いは、ダイ・アンジェリカ・ゲンイチロウの、三つ巴の乱戦となっていた。

 ビームレイピアの一突きを、真紅のGNビームサーベルが切り払う。

 GNフラッグの一閃を、ダイガンダムが白刃取りで抑え込み、反撃の直蹴りを叩き込む。

 ゴッドフィンガーが座礁空母の艦橋を吹き飛ばし、アンジェリカは降り注ぐ破片を巧みに回避する。

 すでにかなりの長期戦となっていたが、三人が三人とも、終わりが近いことを感じ取っていた。ダイとアンジェリカの一対一では、実力が逼迫(ひっぱく)し千日手に近い様相を呈していたが――同等の使い手〝旧人類最強(グレート・オールド・ワン)〟ヒシマル・ゲンイチロウの登場により、状況は一変した。

 三者が同等に最強が故に――どこかが一か所でも綻びれば。何か一手でも間違えれば。その隙は致命的なまでに、勝敗の行方を決するだろう。

 

「ホリャ、どうじゃっ!」

「フンッ!」

 

 稲妻のように鋭い逆胴一閃。真紅のGNビームサーベルを、ゴッドフィンガーで受け止める。そのまま膂力で押し返すが、息つく間もなくビームレイピアの五月雨突きが襲い掛かる。しかし、その切っ先が貫いたのは、ダイガンダムの残像(ゴッドシャドー)だった。

 

「また残像……っ!」

「お嬢ちゃん、後ろがガラ空きじゃぞォ!」

「ご冗談、ですわ!」

 

 背後から迫るGNフラッグに、後ろ回し蹴りでショットシェル・ヒールを炸裂。対装甲散弾が爆ぜるが、GNフラッグは脚部のディフェンスロッドを犠牲にしつつなおも突撃、真紅のサーベルを振り下ろした。身を捻るレディ・トールギス、その肩部装甲の表面を、ビーム刃がギャリギャリと削る。

 

「好機ッ!」

 

 その攻防に覆い被さるように、ダイは爆熱させた両手を振り下ろした。左右のゴッドフィンガーがそれぞれ、レディ・トールギスとGNフラッグの頭部を狙う。

 刹那、アンジェリカとゲンイチロウの間に感応波が奔る。お互いの思考を直感し、ほんの一瞬だけの共闘を演じる。真紅のGNビームサーベルがレディ・トールギスの、ビームレイピアがGNフラッグの、それぞれの頭をゴッドフィンガーから守っていた。

 

「……ぬんッ!」

「はあぁぁっ!」

 

 ゴッドフィンガーを切り払い、アンジェリカとゲンイチロウは再び刃をぶつけ合った。二人で組んでダイだけを先に倒そうなどという味も素気もない愚考は、二人には微塵もないのだ。数合打ち合い、勝負がつかずに距離を取る。

 傷だらけになった座礁空母の第二甲板上に、正三角形を描くように、三者が相対する。

 

「フ……実に良い闘いだったが……次で、幕だな」

「あら、よろしいんですの? 私はまだ、遊び足りませんわ」

「無茶言うなよォ、お嬢ちゃん。ワシはそろそろ息が切れそうだわい。カーッカッカッカ!」

「では……参るッ!」

 

 ダイは闘気を轟々と燃やし、腰の刀(ゴッドスラッシュ)を抜刀した。両手(ゴッドフィンガー)の熱量をビーム刃に伝播させ、燃える刀身を正中線に合わせて立てる。正眼の構えだ。

 

「では、私も。参りますわ」

 

 一方のアンジェリカは、ビームレイピアを目の高さに、体を半身にした。フェンシング競技を思わせる、突撃力重視の西洋風の構えを取る。

 

「カッカッカ……これだから、ガンプラバトルはやめられんのゥ」

 

 ゲンイチロウはすぅーっと細く息を吐き、無音でGNビームサーベルを腰に当てた。無駄な力みのない、自然体。鞘こそないが、抜刀術の構えだ。

 三者がそれぞれに構え睨み合う間に、海上に暗雲が立ち込める。風が起こり海が荒れ、雷雲が稲光を呼ぶ。

 そして訪れる、一瞬の空白――閃光、雷鳴、刃が(はし)る!

 

「「「破ァッ!!」」」

 

 気合一声、三重に響く!

 爆熱のゴッドスラッシュが、レディ・トールギスを袈裟斬りに裂いた。

 青白く冴えるビームレイピアが、GNフラッグの太陽炉を刺し貫いた。

 真紅のGNビームサーベルの抜刀一閃が、ダイガンダムの首を刎ねた。

 三者、相打ち。完全に同時――三人の猛者は、同時に膝をつき、その場に倒れた。

 

『BATTLE ENDED!!』

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――そして翌日、正午。

 青い空、白い雲、輝く太陽は晴天の頂点に。真っ白な砂浜の先には、紺碧の水平線がどこまでも広がっている。青と白との壮大な真夏のコントラストの中に、色とりどりの水着に身を包んだ少女たちが、眩しい笑顔を振りまきながら水と戯れている。

 大鳥居高校ガンプラバトル部の女子部員たちは、ある者は海でシュノーケリングを楽しみ、ある者は浜辺でビーチバレーに興じ、ある者はバーベキューの肉にかぶりつき、それぞれにこの夏と海とを満喫していた。

 

「んーーっ! いい天気、いい海ですわね! さあ、泳ぎますわよ〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟!」

「ガンプラじゃあ直接対決できなかったがなァ……泳ぎは負けねェぜ〝強過ぎた白雪姫(オーバーキルド・プリンセス)〟!」

 

 ナツキとアンジェリカは、ぐいぐいと身体の筋を伸ばし、準備運動をしながら見えない火花を散らす。二人とも、モデル顔負けの抜群のプロポーションを、オリンピックにでも出場できそうな本気(ガチ)の競泳用水着に包み、笑顔で睨み合いながら波打ち際まで歩いていく。

 

「二人とも、ほどほどにね。キミたちが本気で泳ぐと、太平洋を横断しかねないからなあ」

 

 そんな二人の様子を、ナノカはビーチパラソルの下から見送った。その片手にはジュースの缶……〝激濃・乙女のおしるこ缶(あったか~い)〟だ。こんな時でも、ナノカはブレない。

 

「あっひゃっひゃ♪ あたしの水鉄砲からは逃げらんねーぜー♪」

「怯えろ、竦めー! 巨乳の性能を活かせぬまま死んでいけー! なのです!」

「装填完了……仰角誤差修正……単装竹筒式水鉄砲……てーっ……」

 

 バトルでは第三勢力として戦場を引っ掻き回したチーム・水平戦線の三人ですら、女子部員たちに水鉄砲で強襲をかけて遊んでいる。逃げ回る女子部員たちも、きゃーきゃー騒いではいるが楽しそうだ。

 ――その、一方で。

 

「畜生! カメラ全部もデータも全部オシャカにされて! 挙句に肉焼き係かよおおおお!」

「なんで僕まで……ま、バイトの範疇だけどさ……」

 

 ただでさえギラギラと照り付ける太陽の下、猛烈な熱量を発する鉄板と炭火。だらだらと滝のように汗を流しながら、延々と肉を焼き続ける男子たち。

 

「なんでヤマダ先輩は俺のメモリーカードのロックまで外せるんだよ! 美人で巨乳で帰国子女で風紀委員長でガンプラバトル最強でリアル電子戦まで出来るとかどんなチート性能だよ! さすがだよチクショウ! ヤマダ先輩の脱衣シーン! アカサカ先輩の浴衣姿! 旅館のお姉さんのふともも! 一体何百人のモテない男たちの浪漫が失われたことか!」

「タカヤ、右の肉、焦げかけてるよ」

「ぅおっとアブねぇ! ほら、これでどうだ! とっても上手に焼けましたー!」

「はいはい……」

 

 太陽は暑いし鉄板は熱いし、汗だくの男たちは暑苦しいしで、エイトはげんなりしながら、串に刺した肉と野菜の大群を手際よく次々とひっくり返していった。隣ではタカヤが失われたカメラとお宝写真のことを悔やみながらひたすら肉を焼いており、そしてその向かいの鉄板では、部長が、軽く十人前はありそうな大量の焼きそばをかき混ぜている。その生き生きとした表情は、完全に縁日の屋台の兄ちゃんにしか見えない。

 

「おい、左の鉄板ッ! ソース薄いぞ、何やってんの! この俺にコテを握らせたからには、生半可な焼きそばは決して喰わせはせん! 喰わせはせんぞおおおおおおおおおおッ!!」

(部長……これ、一応、勝負に負けた罰ゲームなんですよ……)

 

 エイトはそんな言葉を呑み込みながら、焼肉串を皿にのせて別の男子部員に渡した。男子部員は浜辺の一画に用意されたビーチパラソルとテーブルのところまで皿を持っていき、女子部員たちに提供する。

 現状、男子部員たちは自ら肉を食べることも許されず、女子部員たちに肉や焼きそばを提供する給仕係をやらされているのだった。その理由はひとえに、ガンプラバトルフラッグス――その、ポイント制という独特のルールによるものだった。

 ダイ、アンジェリカ、ゲンイチロウの三者を残した時点で、男女各チームのポイントはそれぞれ6ポイント。まだフィールド上には通常の(・・・)フラッグが三機、そして――5ポイント相当の特別な(・・・)フラッグが、一機、残っていた。つまり、ゲンイチロウの駆るGNフラッグが。

 そして、GNフラッグの太陽炉を貫いたのは、レディ・トールギスだった。

 結果、男子チーム6ポイント、女子チーム11ポイント――女子チームの勝利。それが、タカヤの盗撮騒動から端を発したガンプラバトルフラッグスの結末なのであった。

 

「あ……ナノさん」

 

 焼肉串を受け取ったナノカが、エイトの視線に気づいたのか軽く微笑んで手を振り、おいしそうに焼肉串にかぶりついた。いつもの大人びた雰囲気からは外れた、無邪気な子供の様な食べっぷりだ。ナノカは唇についた肉汁をペロリと舌で舐め、満面の笑みでぐっと親指を立てる。

 

「はは、ナノさんは食いしん坊だなあ」

 

 大きなビーチパラソルの下でほほ笑むナノカ。その水着は、大人っぽいロングパレオのついた、緋色のビキニタイプ……豊かな胸元が、より目立つ。細い腰のくびれが、より際立つ。副部長とタカヤが巨乳だ貧乳だとバトル中に連呼していたせいで妙に意識してしまって、エイトは少し頬を染めて目を逸らす。

 

「……ナノさん、焼きモロコシ好きって言ってたよな」

 

 エイトはいそいそと、タカヤから隠すように、鉄板にトウモロコシを乗せる。紙皿を一枚確保、この焼きモロコシは自分で持っていこう。

 

「おいエイト、何ニヤニヤしてんだよ。あ、さてはお前、ま~たアカサカ先輩のおっぱいを」

「ごめん手が滑った」

「ぎゃあああああ! カルビが! アツアツのカルビがオレの顔面にいいいい!」

 

 結局、このビーチサイド焼き肉パーティーは夕方まで続き、もはや昼食なのか夕食なのかわからないほどに肉を食べ続けることとなった。最後の方は誰も彼もが罰ゲームのことなど忘れ、男女入り混じってのビーチバレー大会となっていたが――やがて、日が暮れた。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「……うん、たまには良いかな。こういうのも」

 

 夜を迎え、十人近くが一部屋に寝ている女子部屋で、ナノカは一人呟いた。

遊び疲れて食べ疲れて、電灯を消して五分もせずに周りからは安らかな寝息が聞こえてきた。まわりはもう全員、寝てしまっているようだ。女子高生のお泊り合宿などと言えば、深夜まで続く女子トークがお約束とも思えたが、今のナノカにとっては、この心地よい疲労感の中で眠ってしまうというのも、十分に魅力的だった。

 

「……おやすみ、エイト君。ついでにビス子も……」

 

 ナノカはふぅと息を吐き、ゆっくりと瞼を閉じた。合宿三日目は、午前中には宿を出てしまう。荷物はもうまとめてあるから、ゆっくりと朝寝坊をするのもいいかもしれない――じきに、ナノカの思考もゆったりとした夢の中に溶けていった。そして数分もしないうちに、部屋の中に静かな寝息が一つ増えた。

 合宿二日目の夜は、昨夜の熱狂的なバトルが嘘のように、静かに更けていったのだった。

 




第十九話予告

《次回予告》

「……イサリビ先輩、起きてるッスか?」
「……ああ。何だ」
「じつは……ほら、これ」
「ん……なっ!? こ、これはッ!?」
「ふっふっふ。みんなバカでかいカメラにばかり目がいって、ケータイまではチェックされなかったッス。これさえあれば……」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第十九話『インターミッション』

「……サナカ、浴衣は。アカサカさんの浴衣写真は?」
「先輩も好きッスねぇ、風呂場より浴衣ッスか。もちろんあるに決まって……」
「おらァッ! 没収だクソカメラァッ! ぜんぶブチ撒けちまえェェ!」
「まったく、油断も隙もありませんわね。風紀を乱す者は、このわたくしが粛清しますわ!」
「ああっ! お、俺の! 全校男子たちの! さ、最後の希望があぁぁぁぁ……!」



◆◆◆◇◆◆◆



ずいぶんと、更新が遅くなってしまいました。
いつも読んでいただいている方、おまたせしてすみません。
一応、理由はあるんです……言い訳させてください……

職場でインフエンザが流行る→自分がインフルエンザになる→リアル嫁がインフルエンザになる→なんとか復活←イマココ

まさに病気のジェットストリームアタックだぜ……
今年のインフルは熱があまり出ないこともあるそうですね。私もそうでした。
みなさんも、健康には十分お気を付けくださいな。

次回はコラボ編か、ガンプラ紹介か……こんどは間が開かないようにがんばります!
感想・批評等お待ちしております。お気軽に一言いただければ幸いです。よろしくお願いします!



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Episode.19 『インターミッション』

 

「「ありがとうございましたー!」」

 

 大鳥居高校ガンプラバトル部の面々を乗せた貸し切りバスが出発する。エイトはナツキともども、深々と頭を下げてバスを見送った。窓越しに手を振るタカヤやナノカに手を振り返したい気持ちをぐっとこらえて、気持ちは仕事(バイト)モードを崩さない。

 

「……んっ、まァこんなモンだろ」

 

 バスが防風林沿いの旧国道へと消えていったのを見計らい、ナツキはググッと伸びをしながら言った。エイトも肩の力を抜き、ふぅと息をつく。

 

「ありがとうございました、ナツキさん。バイト中、いろいろと教えてもらって」

「べ、別に気にすンなよ、そんぐらい。そ、それよりなァ、なァに仕事終わったみたいに言ってんだよ。オレたちは客が帰った後も忙しいんだよ! 片づけ、いくぜェ!」

 

 ナツキはぽんと軽くエイトの背中を叩き、ひしまる屋へと駆け込んでいった。

 

「は、はいっ」

 

 エイトも慌ててそれに続き、チェックアウト後の部屋の掃除へと取り掛かるのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「……ふぅーん、そりゃあ貴重な経験やったなぁ」

「うん。旅館で働くことなんてそうそうないしね……って姉さん、いつ神戸に帰るの? もう八月も二週目に入っちゃったよ」

「んっふっふー、エリサお姉ちゃんには、ヒミツの目的があるんよー。〝アイツをぶっ倒すまで、地元にゃあ帰れねぇぜ!〟ってやつー? あ、アイツって誰かなんてのはー、エイトちゃんにも言われへんでー♪」

「はぁ……姉さん、1500番のペーパーある?」

「ほいほーい」

 

 エイトは短く「ありがと」と言ってエリサの差し出した耐水ペーパーを受け取り、手元のパーツを丁寧に磨く。

 バトル部の夏合宿と、偶然にも重なったバイトから二日。エイトは連日、朝から晩まで、GP-DIVEの共有作業場(オープンスペース)でガンプラ製作に勤しんでいた。

 本来、この作業場は店で買ったガンプラをすぐに作りたい人や、家にエアブラシなどを置けない人のために店長がサービスの一環として用意したものだ。店で商品を買った人なら、誰でも使える――しかし、今のエイトのように朝から晩まで入り浸るのは、いくら常連だからと言ってもマナー違反だ。エイトは非常に心苦しく思いながらも、店長の厚意に甘えて作業場の一番端っこを、ほぼ占有させてもらっている。免罪符というわけではないが、バイトで入ったお金のほぼ九割はここでガンプラ関係のモノを買うのに使ったし、併設されているカフェスペースの店番を手伝ってもいる。

 

(きっと、姉さんが裏で店長にめいれ……いや、お願いしてくれたのもあるんだろうけど)

「エイトちゃん。このパーツの肉抜き穴、どうするん?」

 

 そんなエイトの内心を知ってか知らずか、エリサはやたらと機嫌よくガンプラ製作を手伝ってくれている。さすがは神戸心形流のエースだけあって、その作業は恐ろしく精度が高く、そして速い。春休みにF108を一緒に作っていた時よりも、さらに速いような気さえしてくる……GBOではエース級の腕前を誇るナノカをたやすく抑え込んだ、AGE-1シュライクの性能も頷けるというものだ。

 

「あとで埋めるよ。姉さん、こっちのサフ吹くの任せていい?」

「んっふっふー、合点承知の助ー♪ おねーちゃんにまかしときー♪」

 

 エリサは上機嫌でパーツを受け取り、エアブラシ専用ブースに入っていった。しばらくして、エアブラシの噴射音に、楽しそうな鼻歌が混じるようになった。

 

(本当は、全部自分でやるべきかもしれないけれど……あのイオリ・セイさんだって、第七回大会では主にビルダーで、メインのファイターは別にいたって話だし……)

 

 エイトは手元のパーツを上から下から角度を変えて眺め、ヤスリ掛けを続けた。

 今、手元にあるこのパーツは、新たなエイトのガンプラの主推進機関(メインバーニアユニット)となるモノだ。HGUCのV2ABからとってきた、本来はミノフスキードライブユニットの一部となるはずだったパーツ。これを新機体の機動力の要とする――作業台の上には、HGUCが三箱と、いくつかのビルダーズパーツが積み上げられていた。

 F91、クロスボーンX1、そしてV2AB。F108を作った時と同じ、宇宙世紀系列の小型MSたち。これらから、新たなガンプラを作り上げる――F108を継ぎ、そして超える新たな愛機を。

 

(あの、燃え盛るプラフスキー粒子……あれを自在に使いこなせれば……!)

 

 チーム・ドライヴレッドにおいて、切り込み隊長となるのは間違いなく自分だ。戦場に一秒でも早く突撃する速力(スピード)と、一撃必殺の破壊力(パワー)。双方を兼ね備えることが、チーム内での自分の役割だと、エイトは心得ていた。

 そのために必要なのは、シュライクの日本刀(タイニーレイヴン)さえ焼き切った、あの〝粒子灼熱化現象(ブレイズアップ)〟を使いこなすこと――それを実現する「設定」は、すでにGPベースに入力済みだ。あとは、その「設定」に説得力を与えるだけの完成度で、ガンプラを仕上げることができれば。

 

「僕は……僕たちは。ドライヴレッドは、もっと強くなれる……!」

 

 エイトは一人呟いて、再びパーツの成形に集中するのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 しんしんと雪の降る戦場、大統領総督府。GBO内VRミッションの中でも特に鬼畜な難易度を誇るミッション〝終わらない舞踏曲(エンドレスワルツ)〟、その最終局面である。

 

「ブチ撒けろォォォォッ!」

 

 降り積もった新雪を全て溶かしつくす閃光が、辺り一面を呑み込んだ。一瞬遅れて、激烈な爆風と高熱が吹き荒れる。後に残るのは、焼け焦げた市街地と消し炭と化したプラスチック、そして――

 

「オレの、勝ちだァッ!」

 

 ドムゲルグの太い核熱ホバー脚が、黒焦げになったトールギスⅢの残骸をぐしゃりと踏みつぶした。装甲は傷だらけで穴だらけ、左腕などは辛うじて肩部ジョイントからぶら下がっているだけといった、まさに満身創痍の状態。しかし間違いなく、生きている。生き残っている。

 

『MISSION CLEAR!!』

 

 システム音声が高らかに告げ、リザルト画面が表示される。

 戦果報告、トロフィーや称号、ゲーム内マネーの獲得――そして、歴代のハイスコアが表示される。上位二十人まで表示されるはずのその画面に、BFNはまだ十一しか並んでいない。それもそのはず、今までにこの鬼畜難易度(トミノエンド)ミッション〝終わらない舞踏曲(エンドレスワルツ)〟をクリアしたファイターは、GBO最強のレベル8プレイヤー〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟だけだったのだ。

 今そこに、新たに一つの名が加わる――レベル7プレイヤー〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ビス丸。GBO始まって以来の快挙である。

 しかし、当のナツキの感想はと言えば、

 

「っだァ! 疲れたァ!」

 

 その一言である。

 ナツキはVRヘッドセットを投げ捨て、畳の上にごろんと大の字に寝転んだ。かなりの長時間連続プレイで、眼も肩も腰もバッキバキに固まってしまっている。ナツキはそのまま体を捻ったり伸ばしたり、凝り固まった体をほぐし始めた。タンクトップとスポーツパンツから伸びるしなやかな手足が、右に左に振り回される。

 

「んっ……よっ、ほっ……すゥー……」

 

 細く長く息を吐きながら、筋を伸ばす。関節からパキパキと小気味よい音がする。そんなストレッチをしながらも、ナツキの目はGPベース上のドムゲルグへと向いていた。

 ボディはドレッドノートのままだが、武装が大幅に強化されている。ミサイルの搭載数は約二倍。シュツルムファウストは、ザクドラッツェにも装備している対艦大型弾頭(オリジナル)。そしてなにより、バズーカが違う。HG規格のガンプラには明らかに巨大すぎる、機体バランスを確実に崩壊させるレベルの大型バズーカを、ドムゲルグはそのパワーにモノを言わせて装備していた。

 

(……ってもさすがに、ホバー走行じゃあ右にもってかれてたなァ)

 

 両足をほぼ180度に開き、ぴったりと胸を畳に付ける運動をしながら、ナツキは考えていた。

 今のナツキはもはや一匹狼ではない。チーム・ドライヴレッドの一員だ。武装強化で機体バランスが保てないようでは、連携に問題が生じる――エイトの持ち味は、絶大な推進力を活かした超高速突撃機動。ナノカは狙撃屋ではあるが、決して動かない機体ではない。むしろ中近距離での銃撃戦では、かなりのスピードだ。足を引っ張るわけにはいかない。

 

「ィよっし! ボディも改造すっかァ!」

 

 意を決し、ハンドスプリングで跳ね起きる。勢いよく襖を開ければ、そこはヒシマル家の食卓だ。ナツキが用意した遅めの昼食を、ゲンイチロウと一番下の弟が仲良く食べているところだった。

 

「あ、おねーちゃん。おひるごはん、ありがとー!」

「おゥ、しっかり食えよ、ハル。アキとフユは?」

「アキラにぃちゃんはぶかつ、フユキにぃちゃんはプールだよ」

「なんじゃいナツキ。おまえが二人の弁当、用意したんじゃろゥが」

「あァ、そうだったそうだったァ。ルーティーン過ぎて逆に意識しねェわ」

 

 ナツキは台所に入り、2ℓペットボトルから麦茶をラッパ飲みした。そこら辺にあるもので適当な具入りおにぎりを三つほど作り、手早くアルミホイルで包む。

 

「ん……作業場かァ? またなんぞ、改造案でも思いついたかァ」

「まァな。旅館の作業場ァ、借りるぜ。晩飯までには帰るわ」

 

 言いながら、和室に脱ぎ散らかしていたジャージを着込み、ガンプラケースにドムゲルグを入れ、おにぎりはポケットに突っ込んだ。

 

「おねーちゃん、がんばってね!」

「今日は客もおらんし、存分に励んでこいよォ」

「おゥ! 行ってくらァ!」

 

 玄関を出た瞬間、真夏のぎらついた太陽から、遠慮のない熱と光が降り注ぐ。何種類も入り混じったセミの鳴き声は、スピーカーが壊れたような大合唱だ。体感温度はソーラ・レイでも直撃したかのようにうなぎ上りだが、今日は湿度が低く、からりとした熱気なのがせめてもの救いだろうか。

 

「良い晴れだな……走るかァ!」

 

 VR画面に慣れ過ぎた目には、少々眩しすぎる真夏の光景。しかしナツキはにやりと犬歯(キバ)を剥き出しにして笑い、走り出すのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 照り付ける太陽の光も、真夏の空気の暑さも、すべてを拒絶するように調節された室内。白一色に塗りこめられた病室には、完全に空調が効いている。季節を感じさせるものと言えば、無機質に「八月」とだけ書かれた月めくりのカレンダーと、お見舞い用に包装された小玉スイカぐらいのものだ。

 

「ナノカ、最近、楽しそうだね」

 

 出し抜けに、そう言われた。ナノカは、特に表情が緩んでいたわけでもないはずだがと思いながら、無言でトウカを見返した。

 

「いや、別に。だから何だってわけでも、ないのだけれど」

 

 カタカタと、キータッチの音だけが病室に残る。トウカはベッドから上半身を起こしてパソコンと向き合ったまま、ナノカの方には視線も向けない。もう慣れっことはいえ、やはり、心の隅っこがチクリと痛む――長年の入院生活で肌も白く身体の線も細く、小さいころはトウカと同じく艶やかな漆黒だった髪も、心なしか灰色にくすんで見える。身長も、もう20センチ以上離れているだろう。これで同い年、一八才同士の双子だとはなかなか見てはもらえないだろう。少し年の離れた姉と妹だと、部屋付きの看護師にも最初は思われたらしい。

 

「トウカのおかげさ」

 

 ナノカは読みかけの文庫本をぱたりと閉じ、相変わらずパソコンしか見ていないトウカへと向き直った。

 

「部活の夏合宿、楽しませてもらったよ。トウカが、行っていい、って言ってくれたおかげさ」

「ふぅん、そうなんだ」

 

 さして興味もなさそうに、トウカは言い捨てる。キータッチの手は止まらない。大量の文字情報が、雪崩のように画面を流れていく。USBポートにはGBO用の接続デバイスを介してGPベースが接続されており、ガンプラの設定を編集中であることを表すランプが光っていた。

 それからしばらく、沈黙が流れる。

 ナノカはじっとトウカの横顔を見つめていたが、寂しげに一つ、音のないため息をついて文庫本を開こうと――

 

「……そんなんで」

 

 ――手を止める。相も変わらず目は合わないが、ナノカは待った。

 そしてさらに間があってから、ぽつりと一言、トウカがこぼした。

 

「……ボクとの約束、守れるの」

「守るさ」

 

 ナノカは力強く、断言した。それ以上の言葉は要らない――そんな気持ちを込めて、トウカの横顔をじっと見つめた。視線が交わることはなかったが、きっと気持ちは通じていると、そう信じて。

 それに応えてか、はたまた別の理由か。ほんの一瞬だけ、キーを叩く音が途切れた。

 

「……そう。できたよ、ナノカ」

 

 何事もなかったかのように、トウカはエンターキーを押し、編集中のランプが消えたGPベースを、ナノカへと投げてよこした。ナノカは片手でそれを受け取り、軽く頷いて「ありがとう」と短く告げる。

 

「あまり期待しないで待っているよ、ナノカ。精々、悪あがきをするといいよ」

 

 言いながらすでに、トウカは次のプラグラムを走らせていた。キータッチがまた、絶え間なくカタカタと響く。

 

「新機体のデータ、編集は抜かりないよ。要求されたスペックは発揮できるはずさ……まあそれでも、〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟を相手にどこまでもつかは……」

「私は一人じゃあないんだよ、トウカ」

 

 ナノカはGPベースをポケットに入れ、愛用の真紅のガンプラケースを手に立ち上がる。

 

「あの時とは違う。今の私には、仲間がいる。エイト君が、ビス子が、チームメイトが私のバトルを、ファイターとしての私を支えてくれている。そしてトウカが私のガンプラ作りを、ビルダーとしての私を支えてくれている。だから――」

 

 ガンプラケースを握るナノカの手に、ぐっと力が入ったのを、トウカは横目でちらりと見た。

 

「今度こそ見せてあげるよ、トウカ。エイト君と、ビス子と、私が。チーム・ドライヴレッドが――〝奇跡の逆転劇〟ってやつをね」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「お嬢オオオオっ! 狭くてエエ、手が入らねえんだアアアアっ、いけるかアアアアっ!」

「そんな大声じゃなくてもおおおおッ! 聞こえていますわああああッ!」

 

 大声に大声で怒鳴り返し、アンジェリカはぐわんぐわんとうるさく駆動する重機の下にもぐりこんだ。油まみれのツナギ姿の男性と入れ替わり、入り組んだ機械類の奥に工具を突っ込み、力任せにバルブを開く。

 

「これでっ……どうかしらああ!」

 

 しゅっこおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!

 時代遅れの蒸気機関から白煙がもうもうと噴き出し、工場は一瞬で真っ白に染まった。そこかしこから作業員たちの歓声が上がり、工場は明るいムードに包まれる。

 

「よっしゃあ、これでイベントに間に合うぜええ!」「ヤマダ重工、ばんざあああい!」「百年モノの蒸気機関車が、ついに復活だーっ!」「徹夜も今日でお終いだーっ、寝るぞーっ!」

 

 好き勝手に大声を上げる作業員たちに苦笑しながら、アンジェリカは機関車の下からはい出してきた。自慢の金髪も、ツナギを袖まくりした白い腕も、機械油で汚れていたが、全く気にする様子はない。にこにこと満足げに微笑み、作業員たちの喜ぶ様子を眺めている。

 

「ありがとよ、お嬢。まだ若ぇのに、ほんっと頼りになるぜ」

「あら、チバさん。もう腰はよろしいんですの?」

「ああ、おかげさまでな。ほれ、きれいな顔が油まみれだ」

 

 灰色の髪と髭を短く刈り込んだ壮年の作業員が、清潔なタオルをアンジェリカへと投げた。アンジェリカはそれを受け取り、首にかけて顔を拭う。

 

「ありがとう、チバさん」

「ったく、お嬢は小学生のころから何も変わらねえなあ。何度危ねえって言っても工場に来てよ」

「ヤマダの家訓で、お爺様の遺言ですわ。ただ一言、〝現場主義〟。ヤマダ重工の発展を支えたのは、お爺様もお父様も貫いてきた、その心。わたくしもそれを継ごうと、努力しているだけのことですわ」

「がはっはっは! 社長令嬢の女子高生が、油まみれのツナギ着て言うことかよ」

「お褒め頂き光栄ですわ。わたくしもみなさんと身体を動かすのは好きですし――なにより!」

 

 眼鏡の奥の碧い眼が、いたずらっぽくキラリと輝く。

 次の瞬間には、アンジェリカはツナギからいつもの制服姿へと着替えていた。何をどうやったのか、あれだけ汚れていた金髪もきれいさっぱり、くるくるカールも見事に復活。校内でもないのに、なぜか左腕には〝生徒会風紀委員長〟の腕章が、誇らしげに装備されている。

 そしてその右手には、これもどうやって取り出したのか、白く輝くレディ・トールギスが握られていた。

 

「さあ皆さん、本日の就業時間は終了ですわ! 懸案だった蒸気機関車復活プロジェクトもひと段落! 今日は全員残業はなし! ここからは――ガンプラバトルの時間ですわよ!」

 

 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!!

 地響きのような歓声が上がり、作業員たちは皆、我先に更衣室へと走った。ツナギを脱いでロッカーに叩き込み、愛用のガンプラをひっつかんでタイムカードを通してゲートを抜ける。向かう先はたった一つ、工場の敷地の片隅に建てられた、決して広くはないプレハブ小屋。そこにはすでに準備状態(スタンバイ)に入ったガンプラバトルシステムが、ファイターたちを待ち構えている。

 

「うふふ……さぁて、今日は二十対一ぐらいかしら……♪」

「ったく、お嬢もいい趣味してるぜ。負けたら一週間〝多すぎる円卓(サーティーン・サーペント)〟として働く、勝ったら何でも言うことを聞いてあげる、か。若ぇやつらにゃあ毒だぜ……」

「お褒め頂き、光栄ですわ♪」

「やれやれ……またブレーキ役をせにゃあならんか」

 

 首を振りながらも、チバ自身もガンプラを用意していた。

 そのガンプラは、武骨な旧ザク。目立った改造はないが、随所に金属パーツを使用し、完成度は恐ろしく高い。

 

「先に行くぜ、お嬢。ダメージレベルはBにしておくぞ」

 

 チバもゆっくりと作業場を後にし、残されたのはアンジェリカだけ……と、思いきや。ふらふらとした足取りで、ほとんど使う者もいない女子更衣室へと向かう人影が一つ。

 

「ああ、ラミア! ラーミアー!」

 

 アンジェリカの声に、その褐色の肌の少女はびくりとして立ち止まり、そしてそそくさと女子更衣室へと駆け込んでいった。アンジェリカは「もう!」と追いかけるが、目の前で扉の鍵を閉められてしまう。

 

「ちょっとラミア、いっしょにガンプラバトルしましょう。あなた、ここ最近バトルに来てくれなくて寂しかったんですのよ!」

 

 扉の前で声を張るが、反応はなし。

 

「もう……どうしたのかしら……」

 

 褐色肌の少女・ラミアは、外見からも名前からもわかる通り、海外の血が流れている。複雑な経緯で両親とは離れ離れになり、これまた複雑な経緯でヤマダ重工で働くこととなった。親も故郷も失い、金もなく、日本ではまだ中学しか出ていない彼女はきっと、ヤマダ家に拾われなければ社会の闇に沈んでいたに違いなかった。

 しかしそんなこととは関係なく、アンジェリカはラミアとは気の置けない友人だと思っていた。男所帯のヤマダ重工で、同年代の女の子はラミアだけだ。無趣味で、無言で働くばかりだったラミアを、ガンプラバトルに誘った。いっしょに買い物にも行ったし、カフェでデートもした。

 その後もしばらく扉の前で粘っていたが、ラミアからの反応は何もない。最後に「先に行きますわね」とだけ言い残し、アンジェリカはその場を離れた。

 

「すみません、お嬢さま……」

 

 消え入るような小さな声で、ぽつりと呟く。ラミアは薄暗い女子更衣室の中で、鍵を閉めた扉に背中をつけて座り込んでいた。

 その胸にあるのは、後悔と懺悔。しかし、それ以上に――

 

「私は……私は……!」

 

 ぎりりと唇を噛む。と、その時、ラミア用のロッカーの中で、携帯電話の着信音が鳴り響いた。旧式の、折り畳み型の携帯電話。その画面に表示された名前に、ラミアは狂喜して通話ボタンを押した。

 

「できたのか!?」

『おやおや、随分と慌てておいでだ。何もそう噛みつくことはないでしょう』

「戯言はいい、できたのか!?」

『そうですねぇ。とりあえず、イエスとは答えておきましょうか』

「よし、すぐ行く!」

 

 通話相手はまだ何か言いたそうだったが、ラミアは無視して電話を切った。脱ぎ捨てるようにツナギを着替え、近くにアンジェリカがいないことを慎重に窺ってから、女子更衣室から飛び出した。

 

「お嬢さま……私は、あの女を……〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟を倒さなければ、前に進めそうにありません……!」

 

 お嬢さまから授けられた、特別仕様のサーペント・サーヴァント。私だけのガンプラ。アンジェリカ親衛隊〝多すぎる円卓(サーティーン・サーペント)〟筆頭の証。それを、よりにもよってお嬢さまの目の前で撃墜された。あの屈辱を雪がない限りは、私はもう、お嬢さまの隣には立てません――

 敷地を出るとき、何やら盛り上がった様子のプレハブ小屋の方がちらりと見えたが、ラミアは思いを振り切るようにして、ひたすらに走るのだった。

 

 




第二十話予告

《次回予告》

「おうチバ。久しぶりじゃのゥ。元気にしとるようじゃなァ」
「ゲンさん、お久しぶりです。そちらこそ、お迎えはまだまだ来そうにねぇですな」
「カーッカッカ。口の悪さは相変わらずよのゥ。新人の頃から可愛がってやったというのになァ」
「がっはっは。〝鬼のゲンイチロウ〟が随分と丸くなりましたな。昔なら、今頃ゲンコツだ」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第二十話『ジャイアントキリングⅠ』

「引退後、旅館なんてやってるそうじゃあねぇですか。今度、ウチの若ぇやつらと行きますよ」
「ガンプラ、忘れるなよォ? また一丁、もんでやるわいなァ。カーッカッカッカ!」



◆◆◆◇◆◆◆



みなさんこんにちは。祝日って素晴らしい。亀川ダイブです。
今回は、幕間的なお話でした。ガンプラバトルはほとんどありませんでしたが、けっこう伏線を散りばめたつもりです。レギオンズ・ネスト以来放置していた忠犬ラミ公関係とか。しかしアンジェリカ、「何でもいうこと聞く」ってそれ薄い本展開フラグを(ry

感想・批評など、お気軽にどうぞ!
今後もよろしくお願いします!


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Deta.03 ガンプラ紹介【夏合宿編】

唐突なガンプラ紹介を挟んでいくスタイルッッ!!


Episode.13『サマー・キャンプⅠ』

 

 

【ザクドラッツェ】

 

【挿絵表示】

 

・武装:背部180㎜キャノン ×2

    シュツルムファウスト改 ×2

    脚部三連装ミサイルポッド ×2

    ヘビー・ガトリング ×1

    ハンドグレネード ×4

    ヒート・ジャックナイフ ×2

    ザクマシンガン・シールド ×1

 ビス子の二番目の搭乗機。(製作時期は、ドムゲルグよりも前。)元々はジオングリーンが主体のカラーリングだったが、劇中ではドライヴレッドのチームカラーに塗り替えて使用している。

 実弾射撃兵器を多数搭載し、無数の弾薬をブチ撒けるスタイルはドムゲルグと同じだが、ドムゲルグに比して携行弾数の多い武装が多く、より長時間・広範囲の弾幕が張れるようになっている。また、両肩の大型バーニアスラスターポッドや背部・腰部のブースターユニットにより、機動性も高い。引き換えに防御力とパワーはドムゲルグに劣る……とは言っても、劇中で百里雷電とがっぷりよつに組み合うなど、通常レベルのガンプラよりははるかに頑丈に作られていることがわかる。

 

 

【V8ガンダム】

 

【挿絵表示】

 

・武装:頭部60㎜バルカン ×2

    ザンバスター(ビームザンバー+バスターガン) ×2

    ビームサーベル ×2

    ヒート・ダガー ×2

    ビームシールド ×2

・特殊:ミノフスキードライブ

    光の翼

 エイトの二番目の搭乗機。製作時期はF108より前で、エイトが中学生の頃の作品。エリサとは協力していない、エイトのみで制作したガンプラである。

 エイトのこだわりである左右対称のシルエットで、ザンバスターを二丁装備。ザンバスターは原作通りの射撃・斬撃モードに加え、一点突破の貫通力に特化した刺突剣「ビーム・エストック」状態にすることもできる。この状態での威力は、〝不死の悪戯(ノスフェラトゥ・ゲーム)〟カンザキ・サチをして「貫通力ならゴッドフィンガー以上」と言わしめたほど。

 大型刀剣を振りかざし、突撃するスタイルはF108と変わらず、V2から移植したミノフスキードライブにより良好な機動・運動性能を発揮し、高機動戦闘でその真価を発揮する。

 

 

【ティエレン地上型】

 ビス子のヘビー・ガトリング掃射で撃墜された、レベル3ファイターのガンプラ。特に改造はしていないが、スミ入れなどの加工は丁寧。

 

 

【ジェスタwithベースジャバー】

 トライスターを再現した、三機チームのガンプラ。ベースジャバーも含めて、原作再現度の高い仕上げとなっている。しかしなぜかジェスタ・キャノンはいないという謎。

 

 

【ガンダムX・ダークブルームーン】

 承太郎に「スタンド使いはたばこの煙を吸うと鼻に血管が浮き上がる」と言われ、見事に嘘に引っかかって正体がばれる。必殺技は超高速水中阿波踊り。

 

 

【シルエット・ジム・クゥエル(エール、ソード、ブラスト)】

 インパルスガンダムのシルエットシステムを搭載したジム・クゥエル。フェイズシフト装甲を持たない分、弱いかと思いきや、バッテリー式のSEEDと違いUCの機体なので、核動力でシルエットを動かす、事実上のほぼエネルギー無尽蔵機体となっている。

 

 

【ドーベン・ウルフ(シルヴァ・バレトカラー)】

 ドーベン・ウルフなのかシルヴァ・バレトなのか非常に紛らわしいガンプラ。ビス子と正面から撃ちあったが、〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟の弾幕には勝てなかった。

 

 

【ブリッツ・モーレ】

 ブリッツとデスサイズを組み合わせた非常に趣味的なガンプラ。きっと製作者は中二病を全開にしていたに違いありません。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

Episode.15『バトルフラッグスⅠ』

 

 

【グレイズ改・クタン参型ブースター装備】

 大鳥居高校ガンプラバトル部三年、イサリビ・アキヒサの使用ガンプラ。

 改造はなくキットそのままだが、丁寧な仕上げにより性能は良好。ナノカの浴衣姿写真を手に入れるため奮戦したが、チーム・水平戦線の猛攻の前に砕け散った。

 

 

【アッガイ・TBC】

 大鳥居高校ガンプラバトル部三年、タガキ・ヤスキの使用ガンプラ。

 サンダーボルト版の独特なデザインを再現するという非常に手間のかかることをやり遂げており、タガキのガンプラ制作能力の高さをうかがわせる。劇中ではゲンイチロウのGNフラッグに一撃でやられてしまったが、実はその直前にフラッグを一機、無傷で難なく撃墜していることを忘れてはいけない。

 

 

【ジム・ジャックラビット】

 

【挿絵表示】

 

・武装:頭部60㎜バルカン ×2

    粒子加速式ビームマシンガン ×4

    ツインヒートナイフ内蔵ガントレット ×1

    パイルドライバー内蔵シールド ×1

・特殊:拡張バックパック

    ホッピングブースターユニット

 ナノカの二番目の搭乗機。

 ナノカがかつて「黒い赤頭巾(ブラックレッド)」と呼ばれていたころの愛機で、このころのナノカは狙撃よりも敵陣に飛び込んでの乱射戦を好んでいた。そのため、計四門のビームマシンガンを備え、四丁機関銃という高火力で多数を相手に立ち回ることを想定した機体構成となっている。

 拡張用の3㎜穴が多数開いたバックパックを背負っており、状況に応じて装備を換装することができるなど、柔軟な運用も可能な機体となっている。この装備バリエーションの中に狙撃用装備も存在し、それが後のジム・イェーガーR7につながっていくこととなる。

 

 

【ムラサメ改〝シグレ〟】

・武装 240㎜キャノン ×2

    ビームサーベル ×2

    高速ミサイル・ハヤテ ×4

    イーゲルシュテルン ×2

 大鳥居高校ガンプラバトル部三年、アメ・トキコの使用ガンプラ。

 種デスの可変機・ムラサメをベースに、ガンキャノンから240㎜キャノンを移植した火力支援型。MS形態では、キャノンは背中に装備されるが、サブアームを介して両腕にトンファーのように構えることもできる。すでにお気づきのことと思うが、機体もファイターもイメージは艦これの駆逐艦・時雨改二である。

 

 

【ムラサメ改〝ユウダチ〟】

・武装 大型ビームバズーカ ×1

    ビームサーベル ×2

    高速ミサイル・ハヤテ ×4

    イーゲルシュテルン ×2

 大鳥居高校ガンプラバトル部三年、ヒタチ・ユウの使用ガンプラ。

 種デスの可変機・ムラサメをベースに、〝ソロモンの悪夢〟アナベル・ガトー専用リック・ドムから大型ビームバズーカを移植した強襲型。さあ、素敵なパーティー始めましょう! ……すでにお気づきのことと思うが、機体もファイターもイメージは艦これの駆逐艦・夕立改二である。

 

 

【GNフラッグ(ヒシマル・ゲンイチロウ仕様)】

・武装:GNビームサーベル

 ゲンイチロウがバトルフラッグスに武力介入するために持ち出してきたガンプラ。武装はGNビームサーベル一本のみと、原作準拠。独特なシルエットに起因する可動域の問題を、改造により人体並みにまで広げており、現実にも居合道の達人であるゲンイチロウの剣技を完全再現可能としている。

 〝旧人類最強(グレート・オールド・ワン)〟とまで呼ばれるビルダー、ファイターとしての腕前は凄まじく、劇中最強クラスの実力者であるアンジェリカとダイを相手に互角に戦えたのは、今のところゲンイチロウのみである。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

Episode.16『バトルフラッグスⅡ』

 

 

【百里雷電】

・武装 主砲・46センチ単装砲 ×1

    副砲・連装ビームカノン ×2

    大型ミサイルコンテナ ×2

    大型クローアーム ×2

    クロー・メガ粒子砲 ×2

    隠し腕(ビームサーベル) ×2

・特殊 二系統分割操縦システム

 チーム・水平戦線(ホリゾンタル・オブ・ザ・ボディ)、大鳥居高校三年アマタ・クロと、同じく二年ナルカミ・ナルミの使用ガンプラ。二人のファイターが機体本体と背面武装を別々に操作するという独特の操縦システムを持っている。隠し腕や自爆装置など、まるでファイターの腹黒さを表すような機能も搭載している。

 遠距離では背部の46センチ単装砲による砲撃で敵を圧倒、乱戦になれば豊富な武装とパワー、シュツルムファウストですら壊せない重装甲を駆使して暴れまわる。脚部にガンダム試作二号機のパーツを使用しており、ホバー走行により足回りも良好。総合性能としてはかなり高い。

 ファイターのイメージは艦これ……の、二次創作より、ぷらずまとブラックサンダーのつもりでした。ぷらずまはともかく、黒雷はちょっとキャラ掴めてなかったかも……。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

Episode.17『バトルフラッグスⅢ』

 

 

【デュナメス・ブルー(リッパーホッパー装備)】

・武装 GNリッパー ×2

    フォールディング・レールガン ×2

・特殊 GNフルシールド(分割一部のみ)

    ホッパーバーニア

    換装システム

 デュナメス・ブルーの換装形態。近接戦闘と機動性に特化している。

 主武装となる両腕のGNリッパーは、トンファー状に装着されたGNブレイドで、基部にはGNビームライフル・サーベルも装備されている。腰のレールガンを射ちながら大型バーニアポッド「ホッパーバーニア」の推進力で突撃、GNリッパーで攻撃という強襲戦法を想定した機体構成となっている。

 サポートメカ・マンティスホッパーによって換装パーツを運搬しており、換装後は狙撃戦装備をサポートメカに装着、サポートメカ・ヒルシュパンツァーとして行動が可能。

 

 




新年度が始まりましたね。
学生諸君、新年度のスタートを春休みのぬくぬくした気分でスタートできるのも、学生のうちだけだぞっ!!

……まあ、そんなことが言いたかったのではありません。
どうぞ、今年度も頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。

追伸……というか余談?
ガンブレ3、神アプデ来ましたね。
ドムゲルグが非常にいい感じでできました!
頭 :HGゲルググJ
体 :HG高機動型ゲルググ
腕 :HGドムトローペン
脚 :HGドムトローペン
背 :MGゲルググJ
近接:HG格闘用ハンド
射撃:MGラケーテン・バズ
BP:両肩にスラスター
   両脚に三連ミサイル
   バックパックに六連ミサイル×2と対艦ビームサーベル
 けっこうイメージに近いものができましたが、やっぱりビルダーズパーツの角度と位置がもうちょっと……!あと、シールドをビルダーズパーツ扱いで好きに装着できるようにならないもんですかね。背中に装着できるんだから、期待できるかも!
 ガンブレ4に期待ですね。



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Episode.20 『ジャイアントキリングⅠ』

読者の皆さま、お久しぶりです。
四月は忙しいぃぃ! 亀川ダイブです。
いつもよりちょっと短いですが、何とか更新……読んでただけたら嬉しいです!


「よォ、エイト! ついでに赤姫」

「やあ。今日も時間通りか。意外とマメだね、ビス子は」

「お久しぶりです、ナツキさん」

 

 偶然にチーム・ドライヴレッドが揃うこととなった、あの夏合宿から五日――エイトたちは再び、現実世界(オフライン)で三人が顔を合わせることとなった。

 GP-DIVEのカフェスペース、一番奥のボックス席。エイトたちの定位置だ。テーブルには、エイトとナツキ用に、よく冷えて汗をかいたジュースのグラスが二つ。ナノカ用には、この季節にも拘らず、あったか~いお汁粉が入った湯呑が置かれている。

 エイトはすっと自分の隣を開け、「どうぞ」とナツキに笑顔で勧めた。ナツキは一瞬戸惑い、少し頬を赤らめながらも、ぎりぎり体が触れ合わない微妙な距離を開けて、エイトの隣に座った。

 

「バイトの時以来ですね。あの時は、お世話になりました」

「ン、まァ、そんな気にすンなって。あんときゃァ、オレもまァ、楽しんだというか……その……あー……」

「ビス子はキミと一緒にいられて嬉しかったらしいよ、エイト君」

「あ、赤姫ェェェッ!!」

 

 だぁんっ! テーブルに手をついて立ち上がり、ナツキは噛みつくような目でナノカを睨む。しかしナノカはどこ吹く風、両手で湯呑をもってずずいとお汁粉をすする。ナツキの剣幕に驚いたエイトは、何をどう勘違いしたのか、申し訳なさそうに眉毛をハの字にしてうつむいた。

 

「え、あ、あの、ナツキさん……僕、迷惑かけてましたか……?」

「あッ……い、いや、そーゆーワケじゃあなくってなァ! あーもう、この話は終わりだァッ、終わりィッ!!」

 

 ナツキはテーブルのグラスを一つ引っ掴み、豪快に中身をのどに流し込んでどっかりとソファに腰を下ろし――

 

「あの、ナツキさん……それ、僕の飲みかけでしたけど……」

「ンにゃっ!?」

 

 ――ナツキは顔を真っ赤にして変な声で叫び、自分の変な声にまた恥ずかしくなってさらに頬を染め、最終的には訳が分からなくなって目をぐるぐるさせながらなぜかエイトを殴り飛ばしてしまうのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「まったく君たちは、見ていて飽きるということがないね。あっはっは」

「赤姫……てめェ、あとでブチ撒けてやるから覚えてろよォ……!」

「ナノさん、ナツキさん。システムの準備、できましたよ」

 

 場所は変わってGP-DIVE二階、バトルシステムのフロア。システムの設定を終えたエイトは、とても仲が良さげ(・・・・・)に話していたナノカたちのもとへ戻ってきた。

 

「ナノさんのお父さん、すごいですね。もうすでに通常のバトルシステムとGBOとのデータリンク対戦が準備されているなんて……お二人とも、どうしたんです?」

「ふふ……ちょっと、ね」

「て、てめェにゃ関係ねェよっ。さっさとログインするぞ!」

 

 ナツキは少しふてくされたように言い、バトルシステムに入った。GPベースをセットすると、いつもとは違うGBO仕様のコクピットが立体投影される。バトルシステム上に「GBO」のロゴマークが表示され、ナツキの体をプラフスキー粒子が包み込んでいく――

 

「あ、その格好……GBOのアバターが、再現されるんですね」

「ほう。これは私も知らなかったなあ」

 

 そして出来上がったのはGBOアバターそっくりの、黒いジオン系パイロットスーツに身を包んだ〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ビス丸だった。ナツキは自分の姿をくるりと見回し、満足げに頷いた。

 

「へェ、なりきりプレイってコトかァ。ちっと恥ずかしいが、悪ィ気はしねェな……お、おいエイト! じろじろ見てンじゃあねェぞ!」

「え、あっ、す、すみませんっ!」

「あっはっは。じゃあ、私達もログインしようか、エイト君」

「は、はいっ」

 

 エイトとナノカもGPベースをシステムにセットした。プラフスキー粒子が放出され、待つこと数秒――エイトはクロスボーン・ガンダム劇中でキンケドゥ・ナウが着用していた宇宙海賊のノーマルスーツ、ナノカはお馴染みの赤いドレスに身を包んでいた。

 GBOにログインしたエイトの目に映るのは、紺碧の海に白い甲板、はるか遠くには組み上げられた鉄骨が急激な上り坂を描くマスドライバー……GBOのVRラウンジ、オーブ近海に停泊するアークエンジェルの甲板だ。GP-DIVEのバトルシステム上に再現されたローカルエリアなので、エイトたち三人以外のプレイヤーの姿はない。

 その代わりに、というわけでもないのだろうが、宇宙戦艦の甲板上には不似合いすぎるアンティークなテーブルとイスとティーセットとが、ぽんと鎮座していた。ナノカの容姿と赤いドレスが相まって、そんな姿がとても絵になる。ただし、英国風のティーカップの、その中身はやっぱりあったか~いお汁粉なのだが。

 

「では、今日の任務(ミッション)だ。目を通してくれるかい」

 

 ナノカは手元に空中画面(ディスプレイ)を呼び出し、テーブルの上を滑らせるようにして、エイトとナツキに投げてよこした。

 

「これは……レベルアップ・ミッション、ですね……!」

 

 レベルアップ・ミッションUC0078(ファーストガンダム)「ジャイアントキリング0078」――レベル、5。

 ソロモン宙域に展開するジオン軍部隊を突破し、敵巨大MAを撃破せよ。

 任務内容を確認したナツキは「はンッ」と豪気に吐き捨て、勢いよく承認ボタンをタッチした。

 

「ソロモンでMAっていやァ、アレしかねェだろ……まァ、なにが来たってオレサマが全部ブチ撒けてやらァ!」

「ふっ……頼もしいね、ビス子は」

 

 ナノカはティーカップを傾け、音を立てずにお汁粉をすすった。そしてゆっくりと、エイトに試すような視線を送る。

 

「近々、レベル5以上を参加資格とした高レベルユーザー限定大会が、GBO内で開催される――その大会での上位入賞が、私たちの目的(・・・・・・)のためにはどうしても必要なんだよ。エイト君」

「わかりました……いえ、わかっています(・・・・・・・)、ナノさん!」

 

 エイトは力強く頷き、承認ボタンに掌を叩き付けた。らしくないその仕草と、にやりと口の端を釣り上げた珍しく好戦的な表情に、ナノカとナツキは一瞬目を見張り、そして納得したように頷き返した。

 

「新機体、えらく自信があるみてェだな、エイト。オレサマもだけどよォ!」

「期待させてもらうよ、エイト君。いつものようにね」

『GANPRA BATTLE. Mission Mode.』

 

 プラフスキー粒子の輝きが渦巻き、吹き荒れ、周囲を満たし、潮風の吹き抜けるアークエンジェルの甲板は、武骨な重機の立ち並ぶMSハンガーへとその姿を変えていった――

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――振動、轟音、通信機越しに飛び交う怒声。どのブロックが被弾した、機銃座が弾切れだ、左舷の弾幕が薄いだのと、その喧騒が鳴りやむことはない。

 ホワイトベース級強襲揚陸艦の一番艦、ホワイトベース。そのMSデッキに、エイトはいた。

 今、開け放たれたカタパルトハッチの向こうでは、暗黒のはずの宇宙空間が、まるでコンサート会場のサイリウムのように、飛び交うビームで照らされている。時々花開く大輪の花火は、MSの核融合炉が炸裂したものに違いない。あちらこちらで咲くオレンジ色の爆発の華が、戦後にはコンペイトウと名を変えたジオンの宇宙要塞「ソロモン」を、戦争の色に彩っている。

 その光景を引き裂くようにして、中破したガンキャノンが一機、墜落寸前の勢いで頭からカタパルトデッキへと滑り込んできた。バズーカでも直撃したのか、左腕と左肩のキャノンを根こそぎ持っていかれている。他にも、装甲表面には弾痕が多数。ほぼ全身の関節部から、バチバチと不穏な火花が散っている。甲板作業員たちがわらわらとアリのように群がり、応急処置を施していく――コクピットから引っ張り出されたノーマルスーツ姿は、生きてはいるようだが自分では動けないらしい。衛生兵(メディック)が引っ張ってきた担架に乗せられ、運ばれて行った。

 

「よォ、エイト。なんか、思い出すよなァ」

 

 出撃前の演出にすっかり見入っていたエイトの目の前に、通信ウィンドウがポンと開いた。今からソロモンに攻め込もうというのに、ナツキのジオン軍エース用ノーマルスーツ姿は少々滑稽だ。しかし、当のナツキはそんなことはまったく気にもしていないらしい。

 

「てめェがレベル4になるときのミッション。あンときも、並んで出撃したっけなァ」

「はい、そうですね。でもあの時とは、僕も、ナツキさんも……違います」

「機体が、かァ?」

「機体も、です」

「はッはァ、違ェねェ!」

 

 破顔一笑、ナツキは通信ウィンドウを閉じ、ガンプラをカタパルトに乗せた。

 その機体は、極限の重武装。一年戦争期前後の二〇メートル級MSをベースにした機体でありながら、UC八〇年代後半から九〇年代の恐竜的進化を遂げた大型MSにも負けないボリュームを誇る、ドムゲルグの進化形態。

 脚部ミサイルポッド、背部ミサイルランチャー、両肩のシールドブースター、手に持ったバズーカとスパイクシールド、そのすべてがカタパルトハッチから出撃できるぎりぎりのサイズまで大型化。ミサイルにグレネード、シュツルムファウストまで含めた全身の爆発物は、もはや数えることすらばかばかしいほどの数を搭載している。背部に大きく突き出したシュツルム・ブースター、防爆服を模した分厚い胸部装甲、そして全身のいたるところがチームカラー(ドライヴレッド)に塗装され、ゲルググの面影が強く残る頭部には、金色のモノアイが輝いていた。

 

「おい赤姫ェ! てめェの準備はいいのかよ!」

『気遣いに感謝するよ、ビス子。……けれど、いらぬ心配さ』

 

 ポケ戦のクリスと同じ、オーガスタ系のノーマルスーツに身を包んだナノカの姿が、通信ウィンドウに現れる。ナノカはWB級の特長である二つの前足の様なカタパルトデッキの、もう一方で出撃準備を整えていた。

 カタパルトデッキに屹立する、真紅の機体。その姿はナノカが愛用するジム・ジェガン系統の頭部を持っていながら、構成するパーツの端々から、ガンダム的な意匠が感じ取れた。

 

「それが、ナノさんの……!」

『そう。私の新しいガンプラさ』

 

 真紅の装甲に狙撃用バイザー付きの頭部、手に持った長大な狙撃銃「Gアンバー」、そして太腿には二丁のビームピストル。いかにもジム・イェーガーの正当進化といったシルエットの機体だが、以前にはなかったものが、いくつか装備されていた。

 ひとつは、両肩に乗せられた、用途不明のボックス状の機関。四角い噴射口が付いているが、バーニア・スラスター類には見えない。そしてもう一つは、バックパック左側から突き出したアームに懸架された、どう見てもあの装備(・・・・)にしか見えない、三基の板状の機関。

 

「意外です。ナノさんが、ヴェスバーを装備するなんて。それも、三基も」

『ふふ、そう見えるかい? ならば、私の思惑は成功だね』

 

 ナノカは意味深に笑い、機体をフットロックに乗せた。大型の狙撃用バイザーの奥で、ゴーグルアイにぶぉんと火が灯る。

 

『でも、それを言うなら……エイト君。キミのガンプラも、だよ』

「あァ、そうだな。F108から、随分と力強い感じに変えてきたじゃあねェか」

 

 ナツキのドムゲルグの前に立ち、すでにカタパルトと接続済みで待機しているエイトの機体。サイズは以前に引き続き十五メートル級の小型ガンダムタイプだが、そのシルエットは大きく印象を変えていた。

 盛り上がった真紅の肩部装甲、膝回りの追加装備によって一回り太くなった脚部。腰の左右には二振りの大剣のようにも見えるヴェスバーが装備され、バックパックからはより大型化したバーニアスラスターユニットが、翼のように突き出している。

 力強さ(マッシヴ)精悍さ(スタイリッシュ)をぎりぎりのラインで両立した、高機動かつパワフルな印象を与えるデザインだ。

 

『その腰のモノは、V2ABのヴェスバーだね。F108ではオミットしたヴェスバーを、キミがもう一度装備した理由――戦場で、確かめさせてもらうよ』

「期待してるぜ、エイトォ!」

「はい、全力で行きます……行きましょう!」

 

 俄かに、MSデッキが慌ただしくなった。NPCの作業員たちがカタパルトから離れ、管制室からの出撃の指示が出る。エイトは、ナノカは、ナツキは、それぞれにコントロールスフィアを握り直し、ビーム飛び交う戦場の宇宙(そら)を、その目で真っ直ぐに捉えた。

 

『三人とも、機体特性は以前のガンプラのモノを引き継いでいると見た。フォーメーションは変えずに、それぞれの仕事を頼むよ……で、いいかな?』

「はいっ! 全速全開で、斬り込みます!」

「おうよ、撃ち尽くしてやろうじゃねェか! ……いっくぜェェェェ!」

 

 ナツキの気合いに応えるように、ドムゲルグのモノアイが強く輝く。超重量の爆撃装備をものともせず、前傾姿勢で射出の衝撃に備える。

 

「ドムゲルグ・デバステーター! 〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ビス丸! ブチ撒けるぜェッ!」

 

 続いてナノカも機体のコンディションチェックを終え、狙撃用バイザーを跳ね上げる。

 

『かのメイジンも愛用した、パーフェクトガンダムの系譜……使いこなしてみせる!』

 

 そう、このガンプラは顔こそ量産機の系列(ジェガン)だが、ボディは至高の逸品(ガンダムタイプ)のそれ。それも、三代目メイジンもその改造機を愛用したという、パーフェクトガンダム三号機・レッドウォーリアのものなのだ。

 

『レッドイェーガー、〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟ナノ。始めようか』

 

 二人の出撃宣告を聞きながら、エイトはより一層の力を込めて、コントロールスフィアを握りしめた。

 この機体には、今までのガンプラバトルで得たすべての経験と知識と技術とを詰め込んでいる。今の自分にできる、間違いなく最高傑作が、このガンプラだ。

 自分にできる全てを尽くして、ナノカの、ナツキの、チーム・ドライヴレッドのために――エイトは、思いっきり息を吸い込み、力の限りに叫んだ。

 

「ガンダム・クロスエイト! チーム・ドライヴレッド、戦場を翔け抜ける!」

『MISSION START!!』

 

 




第二十一話予告

《次回予告》

「サチ、準備はできたか」
「ほいほーい、だいじょーぶだいじょーぶ。えっとぉー、おかしでしょー、まんがでしょー」
「まったく……お前は変わらんな。いよいよ、明日から全国大会だというのに」
「あっひゃっひゃ♪ もう、心配しないでよーダイちゃん♪ ちゃーんと、ガンプラの用意はできてるってー♪」
「ふっ……しばらく、泊まりになる。着替えも忘れるなよ」
「ほ、ほいほーい♪(お、お泊りっ……つ、ついにダイちゃんと二人っきりでお泊りっ……! ここここれは、ついに、ついに、あたしも……オ・ト・ナに……♪)」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第二十一話『ジャイアントキリングⅡ』

「ね、ねぇダイちゃん……ベッドは、ダブルベッド……なの、かな……?」
「いや、畳に布団だ。ちゃんと二部屋、予約しておいたぞ」
「……ダイちゃんの、バカあああああああああああああああ!」



◆◆◆◇◆◆◆



二話続けてのバトルなし、ですが次回はエイトたちの新ガンプラに無双してもらう予定です!どうぞご期待ください。
そして、いままで不遇だったナノカのガンプラ、新型機〝レッドイェーガー〟がもうすぐ完成です。ガンプラ紹介も更新したいです……
次こそは、間が空かないように頑張ります……受けるだけ受けて間が空いてるコラボ系の企画も申し訳ない……頑張ろう。
感想・批評等、いただければ嬉しいです。よろしくお願いします!



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Episode.21 『ジャイアントキリングⅡ』

「ドムゲルグ・デバステーター! 〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ビス丸! ブチ撒けるぜェッ!」

「レッドイェーガー、〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟ナノ。始めようか」

「ガンダム・クロスエイト! チーム・ドライヴレッド、戦場を翔け抜ける!」

 

 流星のように飛び出した三機のガンプラに、ジオンのモビルスーツたちが一斉に反応した。史実とは異なり、連邦軍はかなりの劣勢。そこかしこに散らばるジムやボールの残骸を蹴り飛ばしながら、ザクⅡ、リック・ドム、ゲルググと言った量産機やそのバリエーション機が、概数で百機、わらわらとエイトたちの方へと集まってきた。その後方にはムサイ級とチべ級が多数、ソロモン近海宙域に防衛線を引いている。その中からも数隻が、エイトたちの迎撃に出張ってきているようだった。

 

「エイト君。ビス子。スロットルは全開のままで構わないよ」

 

 ナノカは落ち着き払った声色で告げ、レッドイェーガーを大きめのデブリへと着地させた。膝立の姿勢でGアンバーのストックを肩に当て、左手で銃身を保持する。シャコン、と小気味の良い音がして、特別製の四ツ目(クァッド・センサー)式狙撃用バイザーがレッドイェーガーの顔を覆う――狙撃の姿勢だ。

 

「――この距離は、私の仕事だ」

 

 ドウゥンッ! 光速のメガ粒子が銃弾となり、最前列に突出していたリック・ドムを貫いた。ナノカの超絶技巧によりコクピットのみを正確に射抜かれたリック・ドムは、爆発すらせず宙に漂う。

 ジオン側のMS部隊も慌てて迎撃の弾幕を張るが、射程距離があまりにも違いすぎて、ナノカはおろか、それよりも接近してきているエイトとナツキにすらまだ届かない――ナノカはそれほどの超長距離での狙撃を、息をするように容易く命中させたのだ。

 

「キミたちがたどり着くまでには、防衛線の風通しを良くしておくよ」

「頼みます、ナノさん!」

「任せたぜェ、赤姫!」

 

 エイトとナツキは何のためらいもなくバーニアを全開、敵集団に突撃した。ようやく射程距離まで接近したゲルググ・キャノン部隊が砲撃を始め、ザクⅡ部隊の脚部ミサイルポッドが次々と航宙ミサイルを吐き出した。

 しかし、エイトもナツキも一切速度を緩めない。矢のように一直線に、突撃するのみ。

 

「私の友と相棒を、撃たせはしないよ」

 

 狙撃用バイザーの四ツ目(クァッド・センサー)がぐるりと回転し、ひときわ強く輝いた。同時、レッドイェーガーのバックパックから三枚の板状の物体が飛び立ち、その砲身を伸長・展開した。

 

「獲物は見えるね……さあ行くんだ、ヴェスバービット!」

 

 ビョウゥゥン! サイコミュが駆動する独特な電子音と共に、三基のヴェスバービットは猛烈な勢いで飛び立った。

 

「赤姫のヤツ、サイコミュ操作のヴェスバーかよッ!?」

 

 弾幕の合間を縦横無尽に飛び回る、真紅のヴェスバー。無人自律兵器(ファンネル)ゆえにその加速度は殺人的で、先行するエイトとナツキすら一瞬で追い抜き、ジオン側のミサイルや砲弾を次々と撃ち落としていった。多数のミサイルを拡散ビームでまとめて撃墜し、キャノン砲の高初速榴弾を収束ビームで撃ち抜き爆破する。様々なビームを撃ち分けるヴェスバーの特性を生かし、ただの一つも撃ち漏らさず、ジオンの弾幕を抑え込んだ。

 

「ビットまでもが狙撃並みの精度で……ナノさん、さすがです!」

 

 さらには、その間を縫ってGアンバーの狙撃が次々と火力支援部隊のMSを貫き、その弾幕を削ぎ取っていく。Gアンバーの独特な銃声が響くたび、ヴェスバービットのサイコミュが唸りを上げるたび、目に見えるような猛スピードでジオンの防衛線が崩壊していく。作戦開始から数十秒、MS百機を数えた分厚い防衛線はその三割を失っていた。

 

「へッ、やるじゃあねェか。まるで赤姫が四人いるみてェだぜ!」

「敵陣中央、指揮系統が混乱しています! 突っ込みましょう、ナツキさん!」

「おうよッ!」

 

 運悪く進路上に現れた鉄鉢頭(フリッツヘルム)のザクをスパイクシールドで殴り飛ばし、ナツキはシュツルム・ブースターを全開。先行していたクロスエイトに追いついて、二機同時に敵防衛線の懐へと飛び込んだ。

 

「新しいドムゲルグ、すごい推進力ですね。その重武装で、クロスエイトに遅れないなんて!」

「まァ、短時間で直線だけならな! しかしエイト、えらい自信家になったじゃあねェか!」

「す、すみません……でもっ!」

 

 ヒート剣を振り上げ、真正面からリック・ドムが突っ込んでくる。エイトは稲妻のような速度でZ字に回避機動(マニューバ)、すれ違いざまにビームサーベルを抜刀一閃。エメラルドグリーンの燐光を散らすビーム刃が、リック・ドムの胴体を真一文字に両断した。

 

「このクロスエイトは、自信作ですから」

 

 オレンジ色の爆発に、真紅の装甲が照らされ、映える――しかし、足を止めている暇はない。Gアンバーとヴェスバービットが三割以上を落としたとはいえ、未だに敵は何十機もいるのだ。

 エイトは降り注ぐミサイルを胸部マシンキャノンで迎撃し、それを撃っていたザクⅡにビームサーベルを投げつけた。顔面を貫かれうろたえるザクⅡに、バーニアの推進力を乗せに乗せた跳び蹴りを叩き込む。手首とビームサーベルを繋ぐワイヤーを巻き取り、ビームサーベルを回収。同時に足裏の隠しヒートダガーを起動、足を振り抜き、腹を掻っ捌く。引き裂かれた動力パイプから循環液をまき散らしながら、ザクⅡは吹き飛んでいった。

 途切れることのないビームにバズーカ、マシンガン、ミサイル、シュツルムファウスト――エイトは回避しながら、ソロモンへの突破口を探して全方位に視線を走らせた。後ろではヴェスバービットが飛び回り、退路を確保し、挟み撃ちに遭うのを防いでくれている。すぐ隣ではドムゲルグがゲルググの腹にスパイクシールドを叩き込み、そのままゼロ距離でシールド裏のシュツルムファウストを炸裂させていた。

 

「防衛線は乱れている、ここは強硬にでも……!」

「エイト、十時下方に回避だァッ!」

 

 ナツキの声に弾かれたように反応し、エイトはバーニアを吹かす。直後、クロスエイトを丸ごと呑み込めそうな極太のメガ粒子が、ザクⅡの残骸ごと空間を薙ぎ払った。

 

「ムサイが二、チべが一だッ! 艦隊と、ご丁寧に増援まで引き連れてきやがったなァ!」

「MS、約三〇を確認! 大隊規模の増援なんて、原作のジオンの台所事情じゃああり得なかったでしょうね」

「はっはァ、違ェねェ! だがよォ!」

 

 ナツキはドムゲルグを方向転換、シュツルム・ブースターを全開にした。突っ込む先は、艦砲射撃を繰り返しながら迫り来る敵艦隊。機銃の対空砲火程度は装甲表面で豆鉄砲のように弾きながら、ドムゲルグは突撃した。

 

「エイト、こいつらは任せなァ! ドムゲルグ、対艦隊戦闘に突入するぜェ!」

「対艦戦闘、お任せします!」

「おいおいエイト、ちゃんと聞いてたかァ? オレサマはよォ……!」

 

 ムサイ級のメガ粒子砲をバレルロールで回避、迎撃のザクマシンガンを真正面から受け止めながら、旧ザクにショルダータックルを叩き込み、吹き飛ばす。勢いに任せて突入したせいで、ドムゲルグの現在位置は増援部隊のほぼ中心、敵に囲まれた状態だ。

しかし、その窮地にあって、ナツキは口元からぎらりと犬歯を覗かせ、笑った。

 

対艦隊戦闘(・・・・・)をヤる、って言ったんだぜ?」

 

 ドムゲルグが背負う大型コンテナのハッチが、一斉に開いた。計十六基もの武装スロットから、収束ミサイルコンテナが次々と射出される。ミサイルコンテナは白煙の尾を曳きながら四方八方へと飛び、最終防護カバーをパージした。その側面に顔をのぞかせたのは、コンテナ一基あたりに十八発も詰め込まれた、高機動マイクロミサイル!

 

「ブチ撒けるぜェェッ!」

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド――ッ!!

 ナツキの叫びに尻を叩かれ、総計288発ものマイクロミサイルが、一斉に戦場へと解き放たれた。ムサイ級とチべ級の対空砲火が必死で弾幕を張るが、まさに焼け石に水。何発かは迎撃されるが、次から次に襲い来る無数のマイクロミサイルの大群が、銃座を、機関部を、艦橋を、爆破し蹂躙し尽くしていく。MS部隊も、常識外れとしか言いようがない大火力の前に手足を吹き飛ばされ、次々と宇宙の藻屑(スペースデブリ)と化していく。

 途切れることなく咲き乱れる花火の中を突っ切るように、ナツキはチべ級へと突撃した。

 

「おらァッ!」

 

 右手に構えた超大型バズーカ〝マスター・バズ〟のトリガーを引き、ジャイアント・バズの倍以上の炸薬を詰め込んだ高初速榴弾を、チべ級の横っ腹に叩き込む。目も眩むような爆炎がチべ級をほぼ丸ごと包み込み、頑強なはずの宇宙戦艦の舷側装甲が紙切れの様に吹き飛んだ。竜骨(キール)が無残に引き千切れ、チべ級は前後二つに破断されて轟沈する。

 

「う、宇宙戦艦を一撃……ナツキさん、核弾頭でも積んでるんですか!?」

 

「ンなもん使うかよ! MG(マスターグレード)のバズーカを何種類かミキシングして、無理やりドムゲルグに持たせてみたんだよ! まァ、HG(ハイグレード)にゃァあり得ねェ火力だわなァ!」

 

 言いながら、さらに一射。ムサイ級に直撃、エンジンブロックが丸ごと焼き尽くされ、吹き飛び、消滅する。最後の悪あがきに主砲をドムゲルグに向けるが、ナツキはすかさずそこにもマスター・バズを撃ち込み、ムサイ級はなす術もなく轟沈する。

 この攻撃で敵増援部隊はほぼ壊滅、のみならず、元からいた敵の防衛部隊の損耗率ももう五割に達しようかとしていた。敵陣はあちらこちらで連携が崩れ、防衛線はもはや体をなさない。ソロモン地表面からさらに増援部隊が出撃しようとしていたが、その到着よりも、ナツキが最後のムサイ級を沈める方が、確実に早い。

 

「次でラストだァッ! コイツを沈めたら、ソロモンに突撃するぜェッ!」

 

 叫び、マスター・バズを発射する。ムサイ級の主砲が立ち並ぶあたりに直撃し、爆発が艦体を蹂躙した。しかし、火の手を挙げて沈みゆくムサイ級の側面部搬出入ハッチから、一機のMSが飛び出してきた。ナツキは警戒し、脚部ミサイルポッドを起動・発射するが、そのMSはいとも簡単にそのすべてを回避してみせた。

 他の有象無象とは一線を画す俊敏な機動。巨大なビーム砲らしきものを担いだ、青いリック・ドム。

 

「ンだァ、あの機体ッ……!?」

「ソロモン……青いリック・ドム……大型のビーム砲……ナツキさん、その機体は!」

 

 青いリック・ドムは沈みゆくムサイを背にして転進、ビームバズーカを乱射しながらドムゲルグへと突っ込んできた。肉薄すると同時にヒート剣を抜刀、振り下ろす。ナツキは咄嗟に掲げたスパイクシールドでそれを防ぐが、激しく火花を散らす鍔迫り合いへともつれこんでしまう。

 

「エース級NPC! 〝ソロモンの悪夢〟アナベル・ガトーの専用機です!」

 

 エイトはナツキのもとへ向かおうとするが、先の爆撃を生き残ったらしいゲルググの小隊に行く手を阻まれた。大上段に構えたビームナギナタが振り下ろされるよりも早く、エイトはゲルググの懐に潜り込み、コックピットにビームサーベルを突き立てる。

 

「AI制御とはいえ、あのアナベル・ガトーの再現ですよ!」

「はンッ、そうかよォ!」

 

 ナツキは吐き捨て、ガトーのドムを蹴り飛ばす。お互いに距離を取り、宙域を旋回しながらの撃ち合いへと移行する。マスター・バズの砲身下部に装着した同軸ガトリング砲で弾幕を張るが、さすがはジオンのエース〝ソロモンの悪夢〟、デブリを盾にした回避機動で身をかわし、隙を衝いてビームバズーカを撃ち返してくる。

 

「エイトッ、こいつはオレに任せなァ! これ以上増援が来る前に、てめェはソロモンに突っ込んじまえッ!」

「……はいっ、了解です!」

 

 ビームサーベル二刀流で、ゲルググの小隊を薙ぎ払う。無理やりこじ開けた進路にフルブーストで突入して、エイトは一直線にソロモンを目指した。途中、何機かのMSが進路に立ちふさがってきたが、変幻自在(フレキシブル)に稼働する背部バーニアスラスターを駆使し、ある者は躱し、ある者は斬り捨て、稲妻の様な軌跡を描いてソロモンへと突撃する。

 

「ソロモン表面まであと五〇、宇宙港から内部へ……警報っ!?」

 

 ビュオォォォォンッ! 真横にすっ飛ぶようにして回避したクロスエイトの右肩を、メガ粒子の奔流が僅かに掠った。続いて、大きく湾曲した分厚い実体刃――どう見ても鎌にしか見えない巨大な腕が、身を躱したエイトの直ぐ脇の空間を薙ぎ払った。その鎌の主は猛烈なスピードで遠ざかりながら、後部ロケットの推進力で無理やり方向転換、宇宙世紀の世界観にはあまりにも異質過ぎる独特なデザインの顔面部を、エイトへと向けて再突入してきた。

 

「ザクレロっ……しかも、かなりアニメに忠実な……!」

 

 どうやら、この現代風リファインを一切拒絶した造形のザクレロが、ソロモンへの最後の門番ということらしい。しかしデザインは異様でもまぎれもないMA、その火力と装甲は侮れない。鎌の一振りでも直撃すれば、大破は免れないだろう。

 

「どんな敵だろうと……翔け抜けるだけだっ!」

 

 エイトは叫び、突撃した。ザクレロは乱杭歯の立ち並ぶ砲口からメガ粒子砲を放つが、エイトはその閃光の縁ぎりぎりをなぞるような軌道で回避、なおもザクレロに向けて飛翔する。彼我の距離が、みるみる縮まる。激突の瞬間まであと数秒、ザクレロは両腕の鎌を大きく左右に開いて構えた。エイトが左右どちらに逃げても、捕まえ切り裂く算段だ。

 一方のエイトはクロスエイトの両腕に、ビームシールド発生装置をナックルガードのように装着した。通常はシールドとして広く拡散して展開するビームの光が一転に収束し、拳の先に槍のような穂先を作る。クロスボーンガンダムのブランド・マーカーによく似た武器だが、ビーム刃に収束するエネルギー量が半端ではない。その色は赤く、まるで燃えるように(・・・・・・)輝いている――そして、激突!

 

「らあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 ザッ、シュウゥゥッ! 迫る鎌を真正面から打ち砕き、昆虫の様なザクレロの両眼に、両腕の刃を突き立てた。MA特有の分厚い装甲を融解し、灼熱の穂先が深く食い込む。そして、

 

「焼き尽くせッ!! ブラスト・マーカーッ!!」

 

 ゴッ……オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!

 解放された熱量がザクレロの内部で荒れ狂い、炎となって燃え上がる。関節という関節、装甲の隙間、全身のありとあらゆる部分から炎を噴き出し、ザクレロの巨体が燃え盛る。文字通り火達磨となったザクレロは、盲目の牛のように無茶苦茶な軌道で飛び回り、最後には防衛部隊のMSを何機か巻き添えにしながらソロモン表面へと墜落していった。

 どれほどの巨体を誇るMAでも、体内に直接高熱を流し込まれてはひとたまりもない。しかもその炎熱が、バトル中のガンプラならば絶対に体内に溜め込んでいるプラフスキー粒子を燃料としてさらに燃え広がるのであれば、なおさらだ。

 

「ふぅ。ついでに、機体の排熱も完了、っと。うまくいったな、この装備は」

 

 エイトは簡単に機体のコンディションをチェック、F91やクロスボーンガンダムを素体としているがための宿命、機体の熱量コントロールが十分に余裕のある数値を示していることを確認し、満足げに頷いた。

 

「よし、じゃあ改めて……ソロモンに突入する!」

 

 ナックルガードにしていたビームシールドを肘に戻し、エイトはソロモンへ向けて飛翔した。門番を失い、ぽっかりと口を開けている宇宙港へとクロスエイトを滑り込ませ、ソロモン内部へと突入する。レーダー画面にはミノフスキー粒子の影響が濃いが、作戦目標である巨大MAが、この宇宙港の先に潜んでいることは、何とか見て取れた。

 宇宙港の内部は、数百もの防衛部隊が展開していた防衛線宙域に比べると拍子抜けするほどに警備が薄い。しかし、それでも油断することなく、エイトは慎重かつ大胆に歩を進めた。

 

「このレベルアップミッション……絶対に、成功させてみせる……!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「敵方は損耗率が六割を超えたか。もう防衛線の維持は不可能だね」

 

 狙撃用バイザーの四ツ目(クァッド・センサー)、そしてヴェスバービットが捉えた情報が、リアルタイムでナノカの目の前に表示される。

 ドムゲルグの三〇〇発近いミサイルの大盤振る舞いが防衛線を滅茶苦茶に破壊して以降、宙域での戦闘はほぼ一方的な展開となっていた。エース級らしいNPC機――戦場と史実から推測するに、アナベル・ガトーだろう――とドムゲルグが一騎打ちに突入したことで一時的に防衛部隊は勢いを取り戻したが、それも一瞬。ナノカの超長距離狙撃によって防衛部隊はさらに一割の損失を出し、防衛線は完全に崩壊していた。ミッション開始当初はあれだけ劣勢だったNPCの連邦軍部隊が、原作(アニメ)のような物量押しを始めている。

 

「私がジオンの指揮官なら、負けを認めるところだけれど……そうも、いかないか」

 

 後方からの接近警報――ザンジバル級が一、中隊規模のMSを率いて宙域に突入してくる。

 

「この艦の識別信号……リリー・マルレーン? あのMS部隊も、ただのゲルググじゃあない、か」

 

 通常のゲルググよりもグラマラスな体形、プロペラントタンクの突き出た海兵隊仕様のバックパック。手にはゲルググ用のビームライフルと大型シールドではなく、MMP-80マシンガンとスパイクシールドを持つ。

 その機体の名は、ゲルググマリーネ。出典は0083(スターダストメモリー)だが、設定上は一年戦争末期には実戦投入されていたことになっている機体だ。それが計十機、ザンジバルを中心として、ナノカを取り囲むように陣形を取ろうとしていた。

 

「と、いうことは。当然いるんだろうね、あの女傑がさ……!」

 

 ナノカはGアンバーをリリー・マルレーンへと向け、散開しながら迫り来るゲルググマリーネたちに素早く視線を走らせる――と、そのうちの一機に、視線が止まる。カラーリングは鮮やかな紫色、胸部装甲とバックパック、脚部にも若干の形状違いがあり、シールドは専用の大型シールドを構えている。右手の武器も他の機体とは違い、大型のビームマシンガンとなっていた。

 ゲルググマリーネ・シーマカスタム。0083に登場した女指揮官にしてパイロット、ガンダム界屈指の女傑の一人、シーマ・ガラハウの乗機だ。

 シーマカスタムはビームマシンガンを軽く振って僚機に合図を出し、包囲陣形を着々と作り上げていく。GBOのAIが再現したNPCに過ぎないはずだが、シーマ艦隊の練度の高さをうかがわせるその動きに、ナノカは警戒度合いを一段階、引き上げざるを得なかった。

 

「さすがは、思わず〝様〟をつけてしまうガンダムキャラ殿堂入りのシーマ様だね……!」

 

 ナノカはバイザーを跳ね上げ、同時にヴェスバービットを機体のそばに引き戻して滞空させた。そしてGアンバーの持ち手を変形し、前腕に接続する。超重量の大型火器であるGアンバーをストックやフォアグリップに頼らず、片腕で操作・射撃するためのポジションだ。空いた左手は、レッドイェーガーの豊富な副兵装(サブウェポン)類がいつでも使用できるように構えられている。狙撃だけでない万能の銃撃屋(オールラウンド・ガンスリンガー)アカサカ・ナノカの、対多数の高機動戦を想定した戦闘態勢(スタイル)だ。

 

「――仲間の退路を堅守する。かかってきなよ、〝宇宙の蜻蛉〟!」

 

 レッドイェーガーのゴーグルアイがきらりと光り、迫り来るシーマ艦隊の精鋭たちを狩人の目で睨み付けた。




第二十二話予告

《次回予告》

「ねえ、あんちゃん」
「おう、どうした妹よ。兄に何でも聞いてくれぃ!」
「あのおんな、なに?」
「ああ、あのずっとブツブツ言って病んでる褐色女な。キョウヤさんの紹介でな、こんどの仕事はあの女と一緒に、だそうだ。いくらこの兄でも、キョウヤさんには逆らえねぇ。だろう?」
「……あいつ、へん」
「ああ、変だな妹よ。そこは兄も同意だが……だが、しかぁぁしっ!」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第二十二話『ジャイアントキリングⅢ』

「このゴーダ兄妹を止められるヤツなんざぁ、いやしねぇ! そうだろう、妹よ!」
「……うん、あんちゃん」
「ぐっはっはぁ! さあ、乱入するぞ妹よ! 〝スカベンジャーズ〟が兄、ゴーダ・バン!」
「おなじくいもうと、ゴーダ・レイ……エモノを、かっさらう……っ!」



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今度は更新が早くできたぜ! どうも皆さま、こんばんは。亀川ダイブです。
世間様はGWですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。次回予告で新キャラ登場の予感をさせまくっておりますが、そうです、次回登場します!頑張って書きますが、このGW最初の三発は、リアル嫁と共に親戚の結婚式に行ってきます!とっとと幸せになりやがれ!
感想・批評等お待ちしております。よろしくお願いします!


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Episode.22 『ジャイアントキリングⅢ』

「ひとつ……ふたつ……みっつ……!」

 

 ナノカの声に合わせてGアンバーから砲火が走り、吸い込まれるようにゲルググマリーネに命中していく。寸分の狂いもなくコックピットを貫かれたゲルググマリーネたちは、爆発もせず、宇宙漂流物(スペースデブリ)となって宙域を漂った。

 

「まだまだ、NPCの作り込みが甘いなあ。シーマ艦隊のMS乗りはジオンの特殊部隊出身……こんな程度の練度じゃあないと思うのだけれど」

 

 教科書(セオリー)通りの十字砲火を曲芸飛行で躱し、Gアンバーを一射。意図的にバックパックを貫いて撃墜、爆散させる。その爆発を目眩ましにしてヴェスバービットを回り込ませ、もう一機を背中から撃ち貫く。

 

「いちユーザーとして、父さんに意見しておこうかな」

 

 一分にも満たない戦闘で部隊の半数を失い、シーマ艦隊のMSたちに動揺が走る。シーマカスタムは腕部の速射砲から信号弾を発射、発光信号を見たゲルググマリーネたちは一斉に包囲陣形を解き、母艦「リリー・マルレーン」の後方へと身を隠した。

 宇宙戦艦(リリー・マルレーン)を先頭に、(やじり)の様な三角形を描く突撃陣形。本来守るべき母艦を最前線に押し出すという、シーマ艦隊らしい(・・・)と言えばらしい(・・・)選択だ。リリー・マルレーンは対空機銃の弾幕を張りながら、航宙魚雷発射管からビーム攪乱幕弾頭を発射。ビーム兵器の威力を減衰させる薄雲を展開しつつ迫ってくる。

 

「ふふ。そのやり方、嫌いじゃあないけれど……行くんだ、ヴェスバービット!」

 

 ビョウゥゥン! サイコミュ駆動音の尾を曳きながら、ヴェスバービットは対空機銃の弾幕を潜り抜け、敵艦へと突っ込む。ビーム攪乱幕も、薄雲の幕を抜けて敵に肉薄してしまえば何の意味もない。ヴェスバービットたちは針鼠のような対空機銃を次々と破壊していった。

 ゲルググマリーネたちもマシンガンで迎撃を試みるが、小さく速く複雑な軌道を描くビットを捉えるには、それこそニュータイプ的な先読みのカンが必要だ。AI制御の無人機程度にそうそうできるものではない。

 

「今だね……!」

 

 何基かの対空機銃が沈黙し、弾幕に穴が開いた。ナノカはすかさずその穴に飛び込み、ビーム攪乱幕を突破。リリー・マルレーンの艦橋に、まるで槍で突くようにGアンバーの銃口を向けた。

 同時にコントロールスフィアを素早く操作、武器スロットを選択、Gアンバー射撃モードを変更、エネルギーバイパス解放、サブジェネレータ直結――

 

「受けてもらうよ、Gアンバーの極大放射(フルブラスト)を!」

 

 ドッ……ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!

 高密度の、そして極大の、圧倒的な閃光がリリー・マルレーンを貫いた。艦橋から機関部までが一息に抉り取られ、涙滴型の艦体の上半分がほぼごっそりと消滅した形だ。

大破というのも生ぬるい損傷を受けたリリー・マルレーンは、機関部の残骸を大爆発させ、ソロモンの重力に引かれて落ちていく。ゲルググマリーネ部隊も、更に二機が巻き添えで大破したようだ。

 

「原作通りのシーマ様を再現するNPCなら、たとえ母艦を失くしても――だろうねっ!」

 

 艦の爆炎を突き破るようにして、ビームサーベルを振りかざしたシーマカスタムが突っ込んできた。ナノカはコントロールスフィアを捻って武装選択、レッドイェーガー左腕のマルチアームガントレットをサーベルモードで起動した。噴き出したビーム粒子が、一瞬で刃を形成する。

 

「せいっ、やあっ!」

 

 シーマカスタムの黄色と、レッドイェーガーの蛍光ピンクのビーム刃がぶつかり合い、激しいスパークを散らす。一の太刀、二の太刀と打ち合って、お互いにバックブーストで距離を取る。

 

「お土産だよ!」

 

 離れ際にナノカはガントレットをモードチェンジ、基部からくるりと180度回転させ、連装グレネードを発射した。シーマカスタムは大型シールドを咄嗟に掲げるが、二発のグレネード弾の威力はシールドを吹き飛ばすには十分だった。

 大きくのけぞり姿勢を崩したシーマカスタムをかばうように、生き残った二機のゲルググマリーネが立ちはだかった。マシンガンを構えた右の一機には速射モードのGアンバーで一撃、一発も撃たせずに撃墜する。ビームサーベルを抜刀し斬りかかってきた一機には、再びサーベルモードに切り替えたガントレットで一閃、胴切りに斬り捨てた。

 

「さあ、次でラストだね」

 

 最後に残ったシーマカスタムがビームマシンガンを構えるが、レッドイェーガーの左手が目にも止まらぬスピードでビームピストルを抜き打ち、三点射撃(トリプルバースト)でビームマシンガンを破壊した。不利を悟り、背を向けて離脱しようとするシーマカスタムの両足を、左右に回り込んでいたヴェスバービットが撃ち抜き、文字通り足を止める。

 推進力の要を失いまるで宇宙に溺れたようにもがくシーマカスタム――その姿をGアンバーの銃口の先に捉え、ナノカはレッドイェーガーのバーニア・スラスターを全開にした。

 

「あえて、言わせてもらおうかな。――アカサカ・ナノカ、吶喊するよ」

 

 全速全開、弾かれたように飛び出したレッドイェーガーは瞬く間にシーマカスタムに肉薄し、長大なGアンバーがまさしく槍の穂先の如く、シーマカスタムに突き刺さった。その銃口にメガ粒子のエネルギーが収束し、そして!

 

「長い砲身には、こういう使い方もあるのさ」

 

 ドッ、ゥウン――ッ! シーマカスタムは胸の真ん中に大穴を開けてしばらく宙を漂い、そして、爆発した。レッドイェーガーは冷却機構を作動させたGアンバーを手に、悠々と戦場を見回していた。その背中に、役目を終えたヴェスバービットたちが次々と帰ってくる。

 

「敵増援部隊を撃破――これが実戦なら、この戦場の大勢は決したかな」

 

 ナノカの言葉を裏付けるように、連邦軍側の増援部隊が続々とソロモン宙域に到着していた。おそらくは、シーマ艦隊の撃破がイベントの発生フラグになっていたのだろう。ソロモン近海宙域での戦闘は、原作アニメそのまま、連邦の物量にジオンが押される展開となっている。光学センサーの最大望遠で見てみると、ジムやボールを中心とした上陸部隊が、ついにソロモン表面に取りついたようだった。

 

「さて、あとは先行したエイト君と、ビス子だけれど――」

『ゥおらあァァァァッ!』

 

 通信機がぶっ壊れるのではないかというような大声、ほぼ同時に、何かボッコボコに叩き潰された物体がものすごい勢いでナノカの直ぐ脇をぶっ飛んでいった。目視では何かわからなかったが、レッドイェーガーの優秀なセンサー類はその物体が何かを――いや、何だったか(・・・・・)を判別していた。

 

「アナベル・ガトー専用リック・ドム。の、上半身。の、残骸。か――もうちょっとスマートな戦い方はできないのかい、ビス子」

『はッはァッ! 気にすンなよォ、赤姫。要は勝ちゃァいいのさ、勝ちゃァな!』

 

 苦笑いを浮かべるナノカに、ナツキは通信機越しに勝ち誇った笑みを返して見せた。ミノフスキー粒子が濃く通信画面は荒れがちだが、ナツキの得意げな様子はよく伝わってきた。

 レッドイェーガーのカメラをズームアップしてみれば、ソロモン宇宙要塞の直ぐ近くの宙域で、どうやら力づくで引き千切ったらしい青いリック・ドムの腕をお気楽にぶんぶん振り回しているドムゲルグが見えた。その近くには、戦闘の巻き添えというか、誤爆というか、とにかく爆撃されたらしい黒焦げのムサイ級やらMSやらの残骸がこれでもかというほどに散らばっている。

 やれやれ、さすがは〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟だね――その言葉を呑み込みながら、ナノカはレッドイェーガーの頭をソロモンに向け、バーニアを吹かした。

 宙域の防衛線は完全に崩壊しており、さしたる妨害もなくナツキと合流。レッドイェーガーの左手をドムゲルグの肩に置き、接触回線で改めて通信を開く。通信状況は、先ほどよりも数段クリアだ。

 

「ビス子。エイト君は、ソロモンの中だね」

「あァ、ちょっと前に門番代わりのザクレロをブッ潰して突入したぜ。今頃、最深部でボスキャラとヤり合って――」

 

 ガッ、ザピッ……

 

「――ンじゃあねェのか?」

「ん? ビス子、接触回線なのに、今、電波障害が……?」

 

 同時、画面にノイズが走る。それはほんの一瞬で、ちょっとしたシステムの不調だろうと言われればそれまでの、ほんの小さな異変だった。

 しかし――その、直後。

 

「……ビス子、下がれっ!」

「ッ!?」

 

 ナノカの叫びに即座に反応、ドムゲルグがその場を飛び退く。振り下ろされたヒートホークが、ドムゲルグの背部ミサイルコンテナをわずかに掠る。ナノカはバネを弾くような抜き打ちでビームピストルを射撃、奇襲をかけてきたザクⅡのモノアイを撃ち抜いた。

 ビクビクと薄気味悪い痙攣を繰り返して動作停止したザクⅡを、ナツキは驚きと困惑の目で見るしかなかった。

 

「こ、コイツ……上半身だけで……ッ!?」

 

 そう、そのザクⅡは、先の戦闘中にナツキが間違いなく撃墜した機体。ミサイルの直撃で下半身を吹き飛ばした機体だ。撃墜時に爆散こそしなかったものの、確実に撃墜判定をされていたはずだ。

 

「……これは、一体……!?」

「おいおいマジかよ、ゾンビ映画じゃあねェんだぞッ!!」

 

 周囲を見回し、ナノカとナツキは絶句する。

 コックピットを撃ち抜かれたゲルググが、機械油(オイル)の血を流しながらビームライフルを構える。

 首の千切れたリック・ドムが、肘が逆向きに折れた腕でヒート剣を振りかざす。

 手足の吹き飛んだ旧ザクが、芋虫のような動きで迫り来る。

 撃墜したはずの敵MSたちが、まさしくジオンの亡霊といった様相でじりじりと二人を取り囲んでいく。中には、黒焦げになったボールや、ヒートホークが胴体に食い込んだままのジムも混じっていた。

 

「ちッ、初めてだぜこんな演出はァ! Gガンならともかく、ここは宇宙世紀だぜェッ!」

 

 マスター・バズの同軸ガトリング砲で弾幕を張り、ゾンビMSの群れを薙ぎ払う。ゾンビMSたち、個々の耐久力は大したことはない。ガトリングの弾幕で十分に追い払える――が、数が半端ではない。ジオン・連邦両軍の、この戦場で大破したまま漂っていたMSたちが丸ごと敵となっているのだ。ハチの巣になって倒れるゾンビMSを盾にして、その後ろから次々とゾンビMSが溢れ出してくる。

 

「くそッ、FCSが敵を認識しねェ……すでに撃墜済み、ってことかよォ!」

 

 ミサイル一斉射撃で吹き飛ばしたいところだが、何度試しても、ミサイルがゾンビMSをロックオンしてくれない。手持ちの武器で、目視の照準で撃ちまくるしかなさそうだ。さすがはクソッたれの幽霊野郎だ、とナツキは心の中で悪態をつく。

 

「おい赤姫ェッ! 数が多くてきりがねェ、オレのバズーカとてめェの極大放射(フルブラスト)で一気に――っておい、聞いてんのかァッ!」

「あああ、あはははは、ききき、聞いているさ、ビス子」

 

 震えた声、引きつった笑み、無駄に勢いのある親指立て(サムズアップ)。レッドイェーガーはGアンバーを構えようとして、あたふたとお手玉をしていた。逆に器用過ぎる。

 

「ままま任せてくれよ、ここ、こんなオバケどもなんて、わわわたしのGアンバーで、あははは」

「……おい、赤姫。てめェ、まさか」

 

 襲い掛かってきたゾンビゲルググをスパイクシールドで殴り飛ばしながら、ナツキはジト目でナノカを睨む。ナノカは申し訳なさそうにしゅんとしょげかえり、うつむきながら言った。

 

「……ごめんオバケこわい」

「ッだよそりゃあアアァァァァァァァァァ!」

 

 ナツキは感情に任せて叫び、マスター・バズのトリガーを引きまくった。戦場ごと震わせるような轟爆が三重、四重に咲き乱れ、数十機のゾンビMSたちがまとめて吹き飛び、灰になる。さしものゾンビMSも、体そのものがなくなってしまえばどうしようもない。あれだけうじゃうじゃと戦場を埋め尽くしていた敵影は、その八割以上が掃除された。

 そして開けた視界の先に――いた。

 

「おい、しゃきッとしろよ赤姫。幽霊使い(ネクロマンサー)のご登場だぜ」

 

 明らかに、ジオンのMSではないシルエット。白黒(モノトーン)の配色がとてもよく似た、しかしタイプの違うガンダムが、二機。

 

『ぐっはっはぁ! 早々に見つかっちまったなぁ、妹よ』

 

 一機は、大笑いするパイロットの豪放さを体現するような、四角い装甲の大柄な機体。右肩にガトリングシールド、左肩には大型の実体剣を懸架し、全身に計四本の大型両刃ナイフを装備している。素体(ベース)はおそらくガンダムレオパルドなのだろうが、かなり大幅に改造されている。

 

『……あんちゃん。あいつら、よていのえものと、ちがう』

 

 もう一機は、巨大なショルダーバインダーユニットを装備した、ガンダムエアマスターを素体(ベース)とした機体。銃身がほぼ機体全長ほどもあるロングライフルを持ち、いかにも高機動型といった精悍なマスクをしている。機体の周囲を鋭い弧を描いて飛び回るモノたちは、ビットの類だろう。

 

『そうだな。そうだが、構いやしねぇ! 獲物を掻っ攫うぞ、妹よ!』

『あいあいさー、あんちゃん……っ!』

 

 大柄なガンダムは背部のウィングバインダーを展開し一直線に突撃した。一方の細身の高機動型はぐるりと身を捻って飛行機型(ファイターモード)に変形、ビットを引き連れながら加速した。生き残っていた数機のゾンビMSも、それに倣って突っ込んでくる。

 

「あのビットが怪しいね。あいつらが、ゾンビMSの発生源と見てよさそうだ」

「……回復速ェな、おい」

「ふふ。オバケなんてネタが割れてみれば、こんなものさ」

「三分前のてめェに言ってやれよ、ッたく」

 

 さっきまでの取り乱しようが嘘のような、いつもの調子。そんなナノカにナツキはため息をついて苦笑い――が、すぐに、いつもの好戦的な笑みを取り戻した。

 

「さァ、叩き潰してやろうぜ、乱入者どもをよォ!」

 

 ナツキはマスター・バズに新しい弾倉を叩き込み、弾切れになった同軸ガトリング砲を装備解除(パージ)した。

 

(おかしいな……レベルアップミッションに、乱入システムなんて実装されてはいないはずなのだけれど。しかも今ここは、GP-DIVE店内のローカルエリアのはず……)

 

 ナノカの胸中にふと疑問が浮かぶが、自分とて、GBOの全てを知っているというわけではない。偶然、父がヤジマ商事の担当部署にいるというだけだ。ナノカは武装スロットを操作、Gアンバーを速射モードに切り替えた。

 かくして、ソロモン近海宙域の第二ラウンド、戦場への乱入者――二機の黒いガンダムタイプとの戦いが、始まったのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「……おかしい」

 

 ソロモン内部を張り巡らされた通路を、エイトは奥へ奥へと進んでいた。しかしその道中、どうしても違和感が拭えない。

 敵に遭わない。戦闘が起きない。レベル5への試験(レベルアップミッション)でありながら、こんなにも簡単に敵要塞最深部まで進攻できるものだろうか。あまりにも、ソロモン内部の警備が薄すぎる――いや、正確には。

 

「僕より先に、誰かが……?」

 

 ゆっくりとした速度で通路を飛んでいくクロスエイトの足元に、ぐちゃぐちゃに壊されたMSの残骸が転がっている。その損傷は、銃撃や斬撃、爆発物によるものには見えない。例えるなら、まるで野獣の牙で引き裂かれ、喰い散らかされたたような……通路の壁面にも、爪で裂かれたような傷跡が、いくつも残っている。

 違和感を抱えたまま、エイトはソロモン最深部の大型格納庫前にたどり着いてしまった。ここに至るまで、ソロモン内部での戦闘はゼロ。戸惑うエイトになど構う様子もなく、宇宙戦艦でも楽に出入りできそうな巨大なハッチが地響きを上げて左右に開いていく。

 

「予想通りなら、ここにビグザムが……なっ!?」

 

 エイトは絶句した。

 そこにあったのは、無残に破壊されたビグザムの頭部。特徴的な脚部は左右共に引き千切られ、前衛芸術(オブジェ)のように壁に突き立てられていた。モノアイは抉られ、主砲は力づくで内部構造を引きずり出され、頭部をぐるりと取り囲むビーム砲はそのほとんどが大破している。そして――

 

『待たされた上に、ハズレを引くか。私もよくよく、運がないな』

 

 ビグザムの頭を踏みつけにして立つ、一機のガンダム。その右手には、ビグザムから抉りとった眼球部分(モノアイ)が握られていた。

 

『だがまあ、いいだろう。この私の――私とこのガンプラの、肩慣らしに喰わせてもらうぞ。赤姫の腰巾着(オマケ)

 

 毒々しい、紫色の装甲。禍々しい、鋏状の武器。背に負った、肉食獣の大顎を思わせる装備。ガンダムでありながらガンダムでない、毒蛇を思わせる悪役然とした面構え(マスク)

 

「初めて見る機体、だけど……この声、どこかで……!?」

『ふっ……どこかで、か。貴様にとってはその程度なのかもしれんがな……私には、あの戦いは屈辱でしかなかった! あの日から私は、赤いガンプラを見るだけで吐き気がするんだよぉぉッ!』

 

 グシャアッ! パイロットの叫びと共に、モノアイが握り潰される。鋏状の武器がジャキンッと独特な金属を立ててその刃を大きく開いた。エイトもビームサーベルを左右両手に抜刀し、戦闘態勢を取る。

 

「来るなら、迎え撃ちますよ! このクロスエイトで!」

『やってみろ、赤姫の腰巾着(オマケ)がぁぁッ! ガンダム・セルピエンテ、敵機を喰い千切るッ!』

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 まるで大企業のオフィスの様な、生活感のない部屋。清潔なフローリングの床、鏡のように磨き上げられた窓――黒塗りのデスクと高級そうなチェア、紙のように薄いディスプレイとタッチパネル式のキーボードを備えたPC、そして一人の男性。それが、その部屋にある全てだった。

 

『侵入は成功した。何の痕跡も残していない。これでいいな、〝這い寄る混沌(ビハインド・ザ・カーテン)〟』

「GOOD! ええ、満足です。非常に満足ですとも、〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟」

 

 PCのスピーカーから響く、機械的に加工された音声。男性は細身の縁なし眼鏡に手をかけながら、ゆっくりと頷いた。その眼鏡にはディスプレイの映像が映り込んでおり、男性の目元は知れない。しかし、その口元は――満足げに、歪んでいた。

 

「しかし、私としては驚きですよ。まさかキミが、よりにもよってキミ(・・・・・・・・・)が、あのチームに悪戯を仕掛けようなんて、ね」

『今回の主目的は〝番犬(ロイヤルハウンド)〟の利用価値を判断することだ。貴様が独断でガンプラを与えるからこうなったのだということを忘れるな』

「くはははは! いやあ、私、捨て犬を見るとついつい拾ってしまうタチでしてね。キミもわかるでしょう、ネームレス・ワン。なにせキミは(・・・)あのチームのガンプラの強化に手を貸して(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)――」

『そこまでだ。あまり調子に乗るなよ、イブスキ・キョウヤ』

 

 加工された音声に、怒気が混じる。男性は――イブスキ・キョウヤは軽薄な笑みを浮かべながら肩を竦め、黙ってみせた。

 

『……撤収は任せる。ヤジマの電脳警備(ネットセキュリティ)ごときに遅れは取るなよ』

 

 そう言って、返事も聞かずに通信は切られた。残されたキョウヤは溜息を一つ、軽やかなタッチでキーボードを叩き始めた。

 ディスプレイに映るのは、GBOのライブ中継――本来なら見ることはできない、GP-DIVEのバトルシステム内、ローカルエリアで行われているガンプラバトル。

 元〝姫騎士の番犬(ロイヤルハウンド)〟ラミア対、〝新星(スーパールーキー)〟エイト。〝暴食群狼(スカベンジャーズ)〟ゴーダ兄妹対、〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟ナノ、〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ビス丸。エイトを除けば全員がGBOJランキング300位以内(ハイランカー)という、高レベルな戦場だ。

 

「まったく……立派に一人前のつもりになって。自分も拾われた捨て犬だったと、忘れているのですかねえ」

 

 複数のウィンドウが同時に展開し、その周囲にはバトルに関わる様々な情報が雪崩のように表示されては消えていく。時折、ヤジマ商事のセキュリティプログラムが不正アクセスのチェックを仕掛けてくるが、そのすべてが魔法のように欺瞞され、何事もなかったかのようにスルーされていく。

 

「まあ私は、楽しければ何でもいいんですけどねえ」

 

 キョウヤは口の端を釣り上げてニタリと嗤い、薄暗い部屋の中で、キーボードを叩き続けた。

 

 




第二十三話予告

《次回予告》
「よぉーっし、きたぜー! 全国ぅー! がんばろーねー、ダイちゃんっ♪」
「うむ。三年越しの夢、ついに叶ったな……感無量だ」
「おいおいダイちゃーん、まだ会場に入っただけじゃーん♪ 本番はー、こっからこっからー♪」
「ふっ、そうだな。全国の猛者を相手に、我らが拳、どこまで通るか……死力を尽くすのみッ!」
「じゃ、じゃあさー、ダイちゃん……力が出るおまじない、したげよっかー……?」
「む、そんなものがあるのか。ぜひ頼む、サチ」
「……め、目ぇ、つぶって、くれるかなー……あ、あと、しゃがんでー。背、とどかないから……」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第二十三話『ジャイアントキリングⅣ』

『大会本部より連絡です。大鳥居高校ガンプラバトル部、今すぐ受付を済ませてください。繰り返します。大鳥居高校ガンプラバトル部……』
「むっ! これはまずい、走るぞサチッ!」
「えっ!? あっ!? も、もうっ! ダイちゃんのバカぁぁぁぁっ!」



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GWももう終わりですね。亀川ダイブです。
さてさて、このドライヴレッドももう22話、アニメだったら2クール目の終わりが見えてくるころですね。ということで、このジャイアントキリング編あたりから黒幕たちの動きが本格化していきます。〝覗き返す深淵〟の正体やいかに!……ってもうバレバレかもしれませんが。(笑)

伸ばし伸ばしになっていたナノカのガンプラ、レッドイェーガーがようやく完成しそうです。紹介記事を書いたら、更新しようと思います。がんばろう。

今後も拙作を読んでいただければ幸いです。感想・批評もお待ちしております!
どうぞよろしくお願いします!


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Episode.23 『ジャイアントキリングⅣ』

ノリノリで書いていたら、いつの間にか文字数が過去最高を更新していました。
いつもよりちょっと長めですが、お付き合いいただければ嬉しいです!


「来るなら、迎え撃ちますよ! このクロスエイトで!」

『やってみろ、赤姫の腰巾着(オマケ)がぁぁッ! ガンダム・セルピエンテ、敵機を喰い千切るッ!』

 

 ギャバアッ! セルピエンテが振り上げた巨大鋏が、大きく左右に開かれた。その刃には不規則にギザギザの切れ込みが走り、まるで爬虫類の牙のようだ。

 

『レプタイルシザーズの餌食だッ!!』

 

 ブースト全開、突撃してくる。ウィングゼロをベースとしているらしいセルピエンテの挙動は素早く、一瞬で距離を詰めてきた。振り下ろされる鋸刃付きの大鋏を、エイトは最小限の動きで回避した。大振りに、力任せに振り下ろされたレプタイルシザーズは、床面を噛み砕くかのように深くめり込む。床をぶち抜くその破壊力は大したものだが、その状態では斬り返しての二の太刀は振りようがない。隙と見たエイトはビームサーベルを抜刀、二刀同時に大上段から振り下ろす!

 

「力に任せるからっ!」

『はんッ、黙れよおぉぉッ!』

 

 バッギャアアアアンッ! ぶち抜いた床面ごと、レプタイルシザーズが振り上げられる。細身なシルエットのどこにそんなパワーがあるのか、セルピエンテは床面パネルを吹き飛ばし土砂を巻き上げ、地面そのものをひっくり返す。土砂と共にクロスエイトもブッ飛ばされ、壁に叩き付けられた。

 

「な、なんてパワーを……鍔迫り合いにならなくて、幸運だった……ッ!?」

 

 危険を直感したエイトは、反射的にビームサーベルを手首ごと激しく回転させた。即席のビームシールドと化したその表面に、細長いビーム弾が無数に突き刺さっては弾かれる。

 

『器用だな、赤姫の腰巾着(オマケ)ッ! そういえばあの時も、小賢しい動きが得意だったなあッ!』

「大型のビームマシンガンか……!」

『だが、これならどうだぁッ!』

 

 ビームマシンガンの連射が途切れる――瞬間、エイトの背筋に悪寒が走る。即席シールド程度では、どうにもならないモノが……来る!

 

『喰い千切れッ、セルピエンテハングッ!』

 

 ギシャアアアアァァァァッ!! 

 甲高い絶叫、金属を引き裂くような爆音と共に、セルピエンテのバックパックそのものが飛び出してきた。ウィングゼロのシールドを改造した、鳥の嘴にも蛇の頭にも見えるそれは、長大なサブアームを展開しながらまさに怒涛の勢いでクロスエイトへと迫った。そして直撃の寸前、爬虫類とも昆虫ともつかない不気味な牙が並んだ大口をがぱりと開き、飢獣の如く喰らい付く!

 

「この武装、あのガンプラの……!」

『えぇい逃げるかッ、賢しい羽虫があッ!』

 

 寸前で躱したエイトの背後で、セルピエンテハングは宇宙要塞の壁面を豆腐のように喰い千切っていた。大口にぞろりと立ち並ぶ、高周波ブレードの牙――ここに来るまでに見た、野獣に喰い散らかされたような壁の破損と破壊されたMSたちは、これの仕業か。冷や汗をかきながら納得すると同時に、エイトの脳裏に以前の戦いの一つが蘇る。

 GBO定期大会〝レギオンズ・ネスト〟。レベル4に上がったエイトが初めて参加し、そして〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟アンジェリカと戦い、敗北を知った一戦。その戦いの中でエイトは、このセルピエンテハングとよく似たサブアーム兵器を搭載したガンプラを、目撃していた。

 

「ヤマダ先輩の〝円卓(サーティーン・サーペント)〟……ラミアさんですね!」

『今の私をッ! 気安くッ! そう、呼ぶなあああああああああああああああああッ!』

 

 怒り心頭のラミアの絶叫、それに合わせるようにセルピエンテハングが荒れ狂う。逃げるエイトを追いながら、壁を喰い破り床を喰い千切り、ビグザムの残骸をさらにぐちゃぐちゃに喰い荒らす。しかし怒りに我を失くしても、大振りで隙の大きいセルピエンテハングの一撃の合間合間に機銃(ビームマシンガン)大鋏(レプタイルシザーズ)による牽制を挟んで、エイトを近接格闘の間合いに入れさせない。エイトは胸部のマシンキャノンをばら撒きながら回避機動(ブースト・マニューバ)を繰り返し、飛び込む隙を狙い続ける。

 

「こんな戦い方を、あの〝円卓〟のナイフ使いのお姉さんがするだなんて……!」

『はんッ! 復讐のためならどうにだってなれるさ!』

 

 ラミアは言い捨て、セルピエンテハングとレプタイルシザーズで、左右からエイトを挟み込もうとした。

 しかしエイトは背中の両翼(バーニアユニット)をフルブースト、むしろ敵の懐に飛び込むことで回避する。小型機の優位を生かした、近距離から至近距離へと飛び込む突撃戦法だ。そしてその両手にはすでに、回避機動(ブースト・マニューバ)で蓄積した機体熱量を伝播(チャージ)した、灼熱のブラスト・マーカーが構えられている!

 

「一度落ち着いてくださいよ!」

 

 ザシュゥゥゥンッ! 突き立てたブラスト・マーカーから灼熱が迸り、沸き上がるような爆炎が、エイトとラミアを引きはがした。

 

「ガンプラバトルは確かに真剣勝負ですけど、だからって復讐だなんて!」

 

 荒れ狂う爆炎から飛び出したクロスエイトの両腕で、ブラスト・マーカーが色を失って消えていく。機体に蓄積する熱量を逆手にとった武装であるがゆえに、再び熱が溜まるまでは、通常のビームシールドとしてしか使えないのだ。

 

『私には、お嬢さまの〝円卓〟であるという矜持があった!』

 

 同じく爆炎から飛び出したセルピエンテは、爆発しスクラップと化したビームマシンガンを投げ捨てた。密着するような至近距離から突き出したブラスト・マーカーに対し、ラミアは超絶的な反応速度でビームマシンガンを盾にしたのだ。セルピエンテの機体自体は、実質的には無傷だ。

 

『その邪魔をした赤姫に復讐しようというのは、人間的な感情だろう!』

 

 ラミアはレプタイルシザーズを左右に分離、不気味な鋸刃の長短二刀を、逆手二刀流に構えた。その背中ではセルピエンテハングが、第三の腕のようにゆらりと鎌首をもたげている。

 

『貴様、どこぞの主人公みたいに綺麗ごとを抜かして終わるつもりか? 憎しみの連鎖がどうだとかいうお題目を、私の前に持ち出すつもりか? 認めろよ、赤姫の腰巾着(オマケ)。男の子なら、一度負けた相手に勝ちたいとは自然に思うはずだ、そうだろうッ!?』

 

 噛みつくようなラミアの問いかけに、エイトはゆっくりと目を閉じて、数秒、噛み締めるように答えを返した。

 

「……その言い方なら、理解はできます」

『ほう? 意外にモノがわかるじゃあないか、少年』

「僕だって、負けた相手に勝ちたいって、強くなりたいってここまで来ました。でも、復讐というのとは違います、僕のモチベーションは……だからっ!」

 

 エイトはカッと両目を見開き、コントロールスフィアをぎゅっと握った。武器スロットを操作、主武装を変更する。指令を受けたクロスエイトが両腰のヴェスバーを――いや、V2ABのヴェスバーをベースに改造(カスタム)した、大型の実体刃・ビーム刃を兼ねる大型複合兵装(マルチウェポン)〝ヴェスザンバー〟を手に取った。その構えは順手二刀流、切っ先でぴたりと敵を指し示している。

 

「ナノさんのところへは行かせません。あなたは、このヴェスザンバーで斬り伏せます」

『はんッ、そうかよ……上等だああああッ!!』

 

 ギシャアァァッ!! 

 セルピエンテハングが獣じみた咆哮を上げた。がぱりと開いたその喉奥に、黒紫色の圧縮粒子が、凶暴な破壊の光となって渦を巻く。おそらくは、セルピエンテが持つ数々のギミックの中でも、最大火力の一撃――エイトは左右のヴェスザンバーを最大出力で展開、クロスエイトの身長にも匹敵する長大なビーム刃を展開した。正面衝突で斬り抜ける算段だ。

 そして刹那、肌がひりつくような間が開いて――

 

『ガルガンタ・カノンで吹き飛ぁぁばすッ!』

「うらあぁぁぁぁっ!」

 

 真紅の突撃と、黒紫の砲撃が、真正面からぶつかり合った。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 生産されたばかりの、大量の宇宙ゴミ(スペースデブリ)――大破したMSや航宙艦艇の残骸たちが、ソロモン宙域を埋め尽くしていた。そのごみごみした空間を薙ぎ払うように、巨大な爆発や高出力のビームが、幾度も幾度も飛び交っている。

 

「だああァァッ! 鬱陶しいンだよォ、羽虫使い(ファンネル)野郎がァッ!」

 

 ナツキは苛立ちを隠そうともせず吐き捨て、脚部ミサイルを全弾一気に発射した。可変型のガンダムが操るビットの群れを狙ったものだったが、大柄なガンダムが背負ったガトリングバインダーの弾幕が、ミサイルを全て撃ち落としてしまう。

 

『ぐっはっはぁ、妹はやらせんぞ! この俺、ゴーダ・バンと! このバンディッド・レオパルドがなあ!』

 

 バンの大笑いと共に、大柄なガンダム――(バンディッド)レオパルドは大振りのコンバットナイフを両手に構え、突っ込んできた。ゴツい見た目に反して、刺突中心の鋭いナイフ捌き。ナツキはスパイクシールドで切っ先を弾くが、二手、三手と打ち合ううちに、数度ボディに入れられてしまった。少しでも距離が開けば右肩のガトリングバインダーで牽制射撃され、無理やり詰めようとすれば左肩のブレードバインダーが割って入り、距離を保たれる。結局、ナツキはバンの得意なナイフの間合いで相手をさせられてしまう。

 

(コイツ……背中のデカいのは牽制に特化! 本業はナイフ屋かァッ!)

 

 ナツキは「チッ」と舌打ちを一つ、両肩のシールドブースターを全力で逆噴射(バックブースト)した。当然のようにガトリングを撃たれるが、ドムゲルグの装甲を信じ、あえて受けながら距離を取ってスパイクシールドを投げつける。そして、

 

「赤姫ェッ!」

「ああ!」

 

 ドウッ! 速射モードのGアンバーが火を噴き、スパイクシールドを――その裏に懸架したシュツルムファウストを撃ち抜いた。対艦ミサイル級の炸薬量を誇る特別製の弾頭が誘爆し、一瞬で膨れ上がったオレンジ色の火球が、レオパルドを呑み込む。

 直撃していればただでは済まない……はずだったが。

 

『もう、あんちゃん……せわ、やける……』

『おう、助かったぞ妹よ。さすがはレイのガンダム・エアレイダーだ、速い速い! ぐっはっは!』

 

 飛行形態(ファイターモード)のエアレイダーに引っ張られるようにして、Bレオパルドは一瞬のうちに爆破圏外へと逃れていた。

 ナノカは追撃にヴェスバービットを放つが、その進路上にエアレイダーに操られたゾンビMSたちが文字通り盾となって立ちふさがった。邪魔者を吹き飛ばそうとナツキはマスター・バズを撃ち込むが、今度はそれをBレオパルドのガトリングバインダーが迎撃する。

 爆破されたマスター・バズの火球を大きく回り込むようにして、二機のガンダムタイプは再びナノカたちへと迫ってきた。エアレイダー両翼の大型ビーム砲(ディフェンダーキャノン)とBレオパルドのガトリング、そしてゾンビMSたちのビーム・実弾入り混じった弾幕が、雨あられと降り注ぐ。

 

「クソッ、敵さん連携バッチリじゃあねェか。面倒くせェ!」

 

 ナツキはムサイ級の残骸に身を隠し、弾幕をやり過ごす。と、ドムゲルグの肩にレッドイェーガーの手が触れた。ナノカとの接触回線が開く。

 

「焦るなよ、ビス子。少なくともゾンビMSについては、ネタは割れている。対処できるさ」

「はンッ、相変わらず知恵の回るヤツだぜ。ンで、どうする。突っ込むのかァ?」

「考えはある――私が追い込む。トドメは頼むよ?」

「おうッ! ブチ撒け係はオレに任せろォッ!」

 

 ナノカは指定座標のデータを送り、ナツキはそれを見て頷く。そして二人は拳を軽くぶつけ合い、左右に分かれて飛び出した。

 

『おおっ、やっと出てきやがったなあ!』

『いけ……ぞんびども……!』

 

 飛び出したナノカとナツキに、〝暴食群狼(スカベンジャーズ)〟とゾンビMSが一斉に銃口を向ける。

 ナノカはレッドイェーガー胸部の三連マルチディスペンサーからスモークグレネードを射出、猛烈な勢いで噴き出した暗銀色の煙幕が一帯を覆いつくした。このスモークグレネードはナノカの特別製で、粒子変容技術の応用により、電波・赤外線・光・サイコミュや脳量子波、それに類するすべての通信・索敵手段に対して高レベルのジャミング効果を発揮する――レッドイェーガー以外の(・・・)、全てのガンプラに。

 

「さて、私の予想通りなら――」

 

 四ツ目式(クァッドアイ)バイザーが作動、四つのカメラアイがギラリと輝き、四方八方の獲物を捉える。Bレオパルドとエアレイダーはこちらを見失い、見当違いの方向に牽制射撃を繰り返していた。そして、ジャミング効果により〝暴食群狼(スカベンジャーズ)〟との接続(リンク)が切れたのだろう。ゾンビMSたちはおろおろと、まさに盲目のゾンビのように彷徨っていた。

 

「ふっ……やっぱり、タネも仕掛けもあったようだね」

 

 ナノカの口元に、微妙な笑みが生まれる。四ツ目式(クァッドアイ)バイザーの優秀な索敵能力は、ゾンビMSの体に突き刺さっている、円錐形のビットの存在を捉えていた。

 エアレイダーの周囲を飛び回っていた無数のビットたちは、ただヒュンヒュンと小うるさく飛び回るばかりで、一度も攻撃に参加してこなかった。通常のビットやファンネルとは違う特殊効果があるに違いない、というナノカの読みが当たった形だ。

 

「さあ、狩ろうか。レッドイェーガー」

 

 ナノカは静かに告げ、ヴェスバービットを射出した。

 この暗銀色の霧の中では、ナノカだけがサイコミュ兵器を使用できる。猛禽のように飛び回るヴェスバービットたちは、一方的にゾンビMSを狩り尽くした。あるものは重粒子ビームで爆散させ、あるものは収束ビームでゾンビ化ビットを撃ち抜き、次々と無力化していく。

 

『畜生、どこからだあっ!』

 

 バンはまともに機能しない各種センサー画面をバンバン叩きながら、ガトリングをばら撒いた。しかし、手ごたえはない。レイはエアレイダーをMS形態に戻し、操作不能(アンコントローラブル)になったビットたちの反応だけが次々と消えていく(ロスト)のを見ながら、周囲の様子を窺っていた。

 

『あんちゃん……きりが、はれるよ……!』

 

 それから十数秒。ようやく煙幕が晴れ、ゴーダ兄妹はやっとナノカを捉えることができた。しかし、時すでに遅し。ゾンビMSは全滅。そしてエアレイダーの背後には、大型ヒートブレイドを大上段に振り上げたドムゲルグが迫っていた。

 

「ゾンビ使い野郎がよォ、背後からが卑怯だなんざァ……」

『ひっ……!?』

「言わねぇよなァァッ!」

 

 ナツキは吠え、赤熱化した大剣を力の限りに振り下ろす!

 

『レイっ!』

 

 ズシャアァァンッ! とっさにBレオパルドが飛び込み、エアレイダーをかばった。ヒートブレイドが背中を直撃、ウィングバインダーが盾代わりとなり、真っ二つに切り裂かれる。

 

『あ、あんちゃ……』

『ぐっはぁ、こんな損傷は久しぶりだぜえ!』

 

 Bレオパルドはエアレイダーを抱きかかえたまま脚部スラスターを全開、ドムゲルグから距離を取りながらガトリングバインダーを構えた。

 

「させないよ!」

 

 しかし、間髪を入れないナノカの狙撃。Gアンバーの一撃が、ガトリングバインダーを貫いた。

 

『げげっ、やりやがる!』

「一気に畳みかけるよ、ビス子!」

「ったりめェだ、赤姫! ブチ撒けるぜェェッ!」

 

 ナツキはフットペダルを思いっきり踏み込み、シュツルムブースターを全開にした。莫大な推進力でロケットのようにぶっ飛びながら、ドムゲルグはマスター・バズを投げ捨てた。空いた手でもう一振りの大型ヒートブレイドを抜刀し、そして左右のブレイドを柄尻で連結。二倍のリーチと攻撃力を持つ、大型ヒートナギナタを装備した。

 

「どおりゃあァァァァッ!」

 

 気合一声、怒鳴りながらヒートナギナタを振り回す。バンはレイを突き飛ばして回避、両手に大型ナイフを構え、ドムゲルグと切り結んだ。Bレオパルドはバックパックの損傷で推進力が大幅にダウンしており、宇宙空間での「踏ん張り(・・・・)」が効かない。膂力(パワー)でも重量(ウェイト)でも勝るドムゲルグが圧倒的に有利だが、バンのナイフ捌きは絶妙で、ドムゲルグのナギナタと互角に渡り合っていた。

 

「見た目のワリに技巧派(テクニシャン)じゃあねェか、お兄ちゃんよォ!」

『お褒めにあずかり光栄だぜえっ、爆撃女あっ!』

 

 お互いに犬歯を剥き出しにして笑い合い、それぞれの得物を叩き付ける。パワー負けしたBレオパルドのナイフが一本、手から弾き飛ばされるが、バンは即座に右脚にマウントしたナイフを抜刀し、刺突を繰り出す。ナツキはナギナタが間に合わないと直感し、肩のシールドブースターでそれを受ける。シールドブースター表面をナイフが削り、オレンジ色の火花が激しく散る。

 

『あ、あんちゃん……う、うちがどんくさいせいで……!』

 

 レイは半べそをかき涙目になりながらも、ロングライフルを構えた。スコープ越しにドムゲルグを睨み付け、十字線の中心にその姿を捉える。しかし、

 

「遅いね!」

 

 ドウッ! Gアンバーの太いビームが、ロングライフルを撃ち抜いた。レイは「ひゃわっ!?」と悲鳴を上げてコントロールスフィアから手を放してしまい、姿勢を崩したエアレイダーはデブリに衝突してしまう。

 そのみっともない姿に、ナノカは一瞬、追い打ちの狙撃をためらった。

 

(あの機体、ゾンビ化ビットや可変機能を維持したままでの改造はハイレベルだけれど……ファイターは、素人よりはマシという程度じゃあないか……?)

 

 ナノカはエアレイダーにロックオンはしたまま、わざとレイから見えるように、レッドイェーガーの指をGアンバーのトリガーから外した。四ツ目式バイザーを跳ね上げ、レイに通信を送る。

 

「戦意を失くしたのなら、撃墜しようとまでは思わない。これは、ガンプラバトルだからね――バトルの後にでも、どうやって(・・・・・)乱入したのか教えてくれれば、それでいい」

『うぅ……あんちゃ……』

『てめえ妹に何をしやがんだあああああああああああああああああああッッ!!』

 

 突然の怒声。ヒートナギナタに右腕をごっそり切り落とされるのも構わず、Bレオパルドが突如、レッドイェーガーへと突撃した。真っ直ぐに突き出されたコンバットナイフの一撃を、間一髪、ナノカは左腕装備(マルチアームガントレット)のサーベルモードで受け止める。

 

「ンだァ突然ッ!? 赤姫ェ、大丈夫かァッ!?」

「ふ、ふふっ……何かのスイッチを、押してしまったかな……っ!」

『ぐおらぁっ!』

 

 Bレオパルドは力づくでレッドイェーガーとの鍔迫り合いを振り払い、エアレイダーの側へと寄り添った。自分の方がボロボロにもかかわらず、その背中に妹をかばう格好だ。

 

「妹のために、なんて……まったく。これじゃあどう見ても、私たちの方が悪役じゃあないか。ねえ、ビス子」

「な、なんでそこでオレに振るんだよッ。別にオレは悪役ヅラなんかじゃあねェぞ!」

「いや、眼つきがさ」

「あぁン!? だったらてめェも、クールぶってる悪の女幹部みてェなツラァしてンだろがァ! 時々けっこう腹黒いし!」

「はっはっは。それはともかく。仕切り直しだなあ、これは」

 

 機体の損傷度合、ファイターの力量、共に優勢。ドムゲルグの残弾と、Gアンバーの残存粒子量は少し不安だが――基本的には、状況はこちらが優位だ。

 

(あとは、エイト君の状況さえ掴めれば……)

 

 ナノカがちらりとソロモンへと目をやった、その時だった。

 

「お、おい、赤姫! あれはッ!?」

 

 ドッ……ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――――!!

 黒紫の光の激流が、宇宙要塞ソロモンを、直径数百メートルにわたって吹き飛ばした。後に連邦軍から「コンペイトウ」と命名される理由ともなった前後左右の岩石突起部分の一つが、その根元からごっそりえぐり取られ、爆発し、吹き飛び、消滅する。

 

「ビグザムの主砲……いや、そんなレベルじゃあない。それに黒いビーム(・・・・・)だなんて、どのガンダム作品にも……っ!?」

 

 ナノカとナツキは、驚愕に眼を見開くことしかできなかった。二人は直感的に、その黒いビームの威力を悟っていた。地表を吹き飛ばしクレーターを作る破壊力というのは、何度も経験がある。ダイやサチのゴッドフィンガーしかり、アンジェリカのツイン・メガキャノンしかり。ナツキはジャブローの地下空洞から地表までの地殻を、ジャイアント・バズの連射で吹き飛ばしたこともある――地表の土砂を吹き飛ばす程度の威力は、ガンプラバトルではそう珍しいものでもない。

 しかしこの黒いビームは、桁が違う。宇宙要塞ソロモンの、基地施設も装甲板も元々の資源衛星の岩石質も、すべてまとめて中から外へ(・・・・・)数千メートルにわたってぶち抜いているのだ。クレーターの直径は同じでも、吹き飛ばした質量は文字通りの意味で桁違いだ。

 

『これ……がるがんた・かのん……!』

『あの色黒のねーさん、やりやがったかあ!』

「おいシスコンとブラコンッ! こいつはてめェらの仲間の仕業かよッ!」

「……エイト君だっ!」

「あぁンッ!?」

 

 弾かれたように、ナノカが飛び出す。その先には、ぽっかりと口を開けたソロモンのクレーターと、黒紫色の放電の残滓が残り――そして、真紅の小柄なガンダムが一機、両腕からぶすぶすと煙を上げながら漂っていた。

 

「エイトォッ!? 大丈夫かァッ!?」

「……は、はい、僕は大丈夫です。ナノさん、ナツキさん」

 

 駆け寄ったナノカとナツキに、エイトは荒い息を落ちつけながら答えた。コンディションモニターにはERRORの文字が多数。最大出力でビーム刃を展開し、ビームシールド代わりとなってクロスエイトを守ってくれたヴェスザンバーが、深刻なダメージにより使用不能となっていた。

 

「ヴェスザンバーの出力でなければ、即死でしたけど……」

 

 塗装が剥げ刃はボロボロになり、煙を上げるヴェスザンバー。あの黒いビームの直撃を受けてこの程度で済むのならば、むしろ僥倖と言わざるを得ないが……エイトは唇を噛みながらヴェスザンバーを手放し、ビームサーベルへと持ち替えた。

 

「気を付けてください、ナノさん、ナツキさん。あのガンプラ――ヤマダ先輩の〝円卓〟だった人です」

『見つけたぞ赤姫えェエエええええエえェェヱッ!!』

 

 憎悪と狂喜の入り混じった、ドス黒い絶叫。ニュータイプでなくとも人の悪意が形になって見える様なプレッシャーが、ソロモンのクレーターから矢の如く飛び出してきた。

 毒々しい紫色のガンダム、セルピエンテ。クロスエイトもドムゲルグも、味方のはずの二機すらも目に入っていないといった様相で、レッドイェーガーに向けて全身のバーニアスラスターを全開にして突っ込んでくる。

 

『赤姫ェえッ! お前をおおおヲオッ、殺ォぉォオおすッ!』

 

 振りかざしたセルピエンテハングが獣のような咆哮を上げ、高周波ブレードの牙を剥き出しにする。エイトは腰を落としてビームサーベルを握り直し、ナノカもGアンバーを速射モードで構える。ナツキはやれやれといった様子で舌打ちを一つ、ヒートナギナタを脇に構えた。

 狂気を振りまきながら迫り来るラミア。妹を守るために戦意旺盛なバンと、兄に守られたレイの〝暴食群狼(スカベンジャーズ)〟ゴーダ兄妹。

 すでに戦闘はかなりの長時間に及んでいるが、状況はついに三対三に至り、戦いの第二幕が切って落とされようとしていた。

 

「これほどに恨まれているとは、自覚がなかったのだけれど……来るなら、撃つさ」

「けッ、やってやるさ! 千客万来、万々歳だぜ、まったくよォ!」

「ナノさん、ナツキさん……もう一戦、お願いしますっ!」

『そこまでッス』

 

 ――ドヒュゥン。いっそ涼しげにすら響く銃声。

 

『なっ、貴様』

 

 ラミアの声が、そこで途切れる。収束されたGN粒子の銃弾(・・・・・・・)が、セルピエンテの頭部を撃ち抜いたのだ。

 銃弾の軌跡を逆に辿れば――デュナメス・ブルー。GNスナイパーライフルを右手一本で構えた青と銀のガンダムが、そこにいた。

 

「た、タカヤ……なんで……!?」

『エイト。そっちも動かないでくれると助かる』

 

 脅しのつもりか、デュナメス・ブルーのGNガンビットがエイトたちをぐるりと取り囲んでいた。しかし動くなも何も、突然のタカヤの登場にエイトは混乱し、衝撃が大きすぎて動けなかった。戸惑うエイトに代わって、ナツキが大声で怒鳴る。

 

「おいクソカメラ、てめェ何のッ!」

『旅館のお姉さんも、動かない方が賢明ッスよ』

 

 ジャキン。ヒートナギナタをブン投げようとしたドムゲルグの首筋に、GNリッパーの刃が当たる。いつの間に接近していたのか、タカヤ特製のカマキリ型サポートメカ・マンティスホッパーが、ドムゲルグの背中に組み付いていた。

 

「いまいち、状況がわからないのだけれど」

 

 ナノカはGアンバーの残存粒子量に目を配り、ゆっくりと銃口を下げた。狙撃モードであと二発が限界。機体の方の残存粒子もそろそろ危険水域だろう。GNフルシールドにガンビットまで持ち、おそらくは粒子量も潤沢であろうデュナメス・ブルーを相手にするには、心もとない。

 

「キミの傭兵業の一環、と捉えればいいのかな。〝傭兵(ストレイバレット)〟モナカ・リューナリィ君」

『それで正解だと思ってもらっていいッスよ、アカサカ先輩。金が支払われている限りは、雇い主に忠を尽くすッス……そして今の俺の給料には、先輩たちとの戦闘は含まれてないッスよ』

 

 ナノカはタカヤに気づかれないように、ほっと息を吐く。今の状態で戦っては、少なくとも無傷では済まない。タカヤの事情は知らないが、ナノカはこのまま状況を静観することに決めた。

 

『……まあ、先輩たちが戦いたいというなら、乱れ撃たせてもらうッスけどね』

 

 タカヤは普段の様子からは想像できないほどに冷静に告げ、だらりと両手足の力を失ったセルピエンテを、デュナメス・ブルーの脇に抱えさせた。そしてわずかに一瞬、エイトの方に振り返り――何事もなかったかのように、背を向けた。

 

『〝暴食群狼(スカベンジャーズ)〟のお二人、ご苦労様ッス。未完成で不完全なガンプラで、あの〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟と〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟相手にここまでできれば十分ッスよ』

『だ、だがよお、傭兵。まだキョウヤさんが言ってた仕事は、終わっては……』

『そのイブスキさんからの伝言ッス。〝皆さん、今日はこのぐらいにしておきましょう〟だそうッス』

 

 ――イブスキ・キョウヤ。その名が聞こえたその瞬間、ナノカは弾かれたようにデュナメス・ブルーに飛びかかっていた。

 

「な、ナノさんっ!?」

「赤姫ェッ!?」

『……なんスか、先輩』

「サナカ・タカヤッ! 貴様、今ッ! イブスキ・キョウヤと言ったかッ!!」

 

 Gアンバーのジュッテ・ビームサーベルをGNフルシールドで受け止め、タカヤは冷めた表情で、ナノカを見返した。

 

『言ったッスけど……それがなんスか。先輩とのバトル、給料に入ってないんスよ』

「答えろサナカぁッ! 貴様、なぜ奴と繋がっている! いつから! どこでっ! 奴は今どこにいる! こんどは何を、どんなくだらない真似をしようとしているッ! 答えろぉッ、サナカぁぁぁぁッ!」

『雇い主の秘密は守るのが、傭兵稼業(こんなしごと)なりの筋ッスよ。それにイブスキさんは次の大会の準備で忙しいらしいッスから……先輩と遊んでる余裕は、ないんじゃあないッスかね』

「貴様ああぁぁぁぁッ!」

 

 ナノカは鬼の形相で激昂し、ヴェスバービットを展開した。しかし同時に、タカヤもGNスナイパーライフルの銃口をレッドイェーガーの顔面に突きつける。

 

『……そろそろ時間ッス。いくらイブスキさんでも、GBO回線への割り込みはヤジマの電脳警備が面倒臭いらしいッスから』

 

 そのタカヤの言葉に合わせるかのように、デュナメス・ブルーの映像(すがた)がザワリとぶれた。回線の状況が安定していないらしい。Bレオパルドとエアレイダー、セルピエンテも同様に、ガンプラの姿を描く立体映像が、その輪郭を古いテレビのように崩し始めた。

 

「タカヤ!」

 

 消えかけたデュナメス・ブルーに、思わず、エイトは叫んだ。だが、続く言葉が思いつかない。目の前の状況が、自分の理解を超え過ぎている。そんなエイトの内心を知ってか知らずか、タカヤはふと、カメラを構えている時の様な軽薄な笑みを浮かべ、言った。

 

『エイト……今は、敵だけどさ。学校じゃあ仲良くしてくれると……嬉しいぜ?』

 

 そして、不意に。まるで最初から、何も起こっていなかったかのように。タカヤたちの姿は、フィールド上から消え去った。

 そしてその後に残されるのは、呆然とするエイトたちだけ――動くモノのなくなったソロモン宙域に、快活なシステム音声が繰り返す『MISSION CLEAR!!』のアナウンスだけが、空虚に響き渡っていた。

 

 

 




第二十四話予告

《次回予告》

「なァ、赤姫」
「なんだい、ビス子」
「結局よォ、レッドイェーガーの両肩のボックス状の機関ってェやつ、出撃シーンでわざわざ触れてたわりには、今回は最後まで出番ナシだったじゃあねェか。何なんだ、アレ」
「うん、何かタイミングを逃してしまってね。はっはっは」
「笑ってんじゃねェよ、ったく。伏線回収し損ねました、って素直に言いやがれ!」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第二十四話『メモリーズⅠ』

「詳しくは、ガンプラ紹介のレッドイェーガーの項目を見てくれるといいよ」
「おい赤姫ェ、カメラ目線でキメ顔してんじゃねェぞ!」
「ボクはキメ顔でそう言った」
「ぅおおおいッ! パクリじゃねーかァッ!」



◆◆◆◇◆◆◆



ご覧いただき、ありがとうございました!
いつもより長い感じになっちゃいましたが、私としては、タカヤがただの盗撮野郎なだけじゃあないと描けて満足しております。黒幕たちの動きやナノカとの関係など、今後は今までよりも物語の中核に関わる展開が増えていく予定です。今後も読んでいただければ嬉しいです。
感想・批評もお待ちしております。どうぞよろしくお願いします!



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Episode.24 『メモリーズⅠ』

 随分と間が空きました……リアルが……仕事が……!
 趣味を続けるのにすら時間制限がかかる今日この頃。
 ちょっと短めですが、お読みいただければ幸いです。


 八月も、もう十日ほどが過ぎた。夏休みはまだまだ日があるが、なんとなく、もうかなりの日数が過ぎてしまったように感じる。エイトは部室の壁のカレンダーを見るともなしに眺めながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。

 大鳥居高校ガンプラバトル部の部室には、今日も数人の部員たちがガンプラ製作に訪れていた。エアコンがよく効き、個人ではちょっと揃えづらい用具を自由に使え、バトルシステムまで備えている部室に、夏休み中の部員たちが作業に来るのは毎年の恒例だ。特に今日は部の御用達であるガンプラショップ「GP-DIVE」が少し早めの盆休みとなっていることもあって、部員の数は多い。

 

(姉さん、「夏の北海道ってのも、またオツなモンや♪」なんて言ってたけど……お金はきっとまた、店長持ちなんだろうなあ……)

 

 百点満点の笑顔で「お土産、期待しときや♪」と飛び出していったエリサの顔と、旅行鞄を二つも抱えながら追いかける店長の姿が、エイトの脳裏に浮かぶ。

 

「……ツキ……ねえ……」

(本当に、あの二人ってどんな関係なんだ……恋人? 違うよなあ)

 

 神戸心形流の同門とだけは聞いているが、エリサはこの夏休み中、ほとんどGP-DIVEで寝泊まりしている。模範的高校生のエイトにはそんなにも連続で外泊を、しかも異性の家でするなんて考えられない。だがまあ店長は社会人で、エリサももう二十歳。意外とそんなものなのだろうか。二人の関係もだが、どんな出会いをしたのかも気になるところだ。

 

「アカ……ってば……アカツキ……っ!」

 

 出会い、そして人間関係。この夏はまだ半分しか過ぎていないけれど、本当に、いろいろな人間関係が増えたと、エイトは思う。

 ナノさんに誘われてGBOを初めて、ナツキさんと出会って、ほかにもいろんな人たちと出会って、バトルをして――そして、昨日のあのバトル。

 元〝多すぎる円卓(サーティーン・サーペント)〟筆頭にして、元〝姫騎士の番犬(ロイヤルハウンド)〟ラミア。兄妹タッグの〝暴食群狼(スカベンジャーズ)〟、兄のゴーダ・バンと、妹のレイ。さらには――〝傭兵(ストレイバレット)〟モナカ・リューナリィこと、エイトのクラスメイトで、部活仲間で、中学からの友達、タカヤ。

 

(あの時の、タカヤの言葉。僕たちを拒絶するような声色だったけれど……でも。あれはもしかして、僕たちに)

「ちょっとアカツキ、聞いているのですっ!?」

「うわあっ!?」

 

 突然の大声に、ヤスリ掛けをしていたパーツをお手玉して取り落としてしまう。

 

「いつまでごりごりヤスってるつもりなのです! パーツが消えてなくなるところだったのです!」

「す、すみませんナルカミ先輩……」

「ったく、使えねー一年生なのです! とっととはいつくばって拾うのです、犬のように! ナルミはご機嫌ナナメなのです!」

 

 小学生にしか見えないがこれでも一七歳、ガンプラバトル部女子部員では五指に入る実力者ナルカミ・ナルミは、ちっちゃなほっぺをぷーっと膨らませ、お怒りの様子だ。夏合宿ではヒグマのような巨漢ガンプラ・百里雷電で暴れ回ってナノカ・ナツキ組と相打ちにまで持ち込んだと、エイトは聞いていた。いくらサチやエリサ並みにちっちゃい女の子でも、暴れられてはたまらない。

 エイトはげしげしとお尻を蹴られながら机の下にもぐり込み、パーツを探す……と、拾ってみれば成程、塗膜剥げ対策(クリアランス)をとるだけだったはずの関節パーツがごっそり抉れてしまっていた。展示(ディスプレイ)用ならまだしも、これではガンプラバトルには耐えられないだろう。

 

「ナルカミ先輩、すみません。ちょっと削り過ぎちゃいました」

 

 別のことを考えながら作業していた自分が悪い。エイトは申し訳なさそうに眉を下げながら、机の下から這い出した。

 

「代わりのパーツを持ってふがごはあっ!?」

 

 ふにゃんバキィィッ!!

 柔らかいナニカと硬いナニカが連続的にエイトの顔面に直撃し、エイトは部室の床にノックアウト寸前で放り出された。視界のど真ん中で、大きな星がついたり消えたりしている……彗星かな、あれ。――などと考える間もなく、聞き慣れた声が耳に届く。

 

「やややや、やれやれ、すす、少しばかり性急すぎないかなエイト君。わ、わたしにもこここ心の準備というものが、だね」

「な、ナノさん……!?」

 

 白い頬を薄桃色に染め、潤んだ瞳をエイトから逸らし、必死に平静を装いながら、恥じらうように片手で胸元を隠す……が、その反対の手は実に堂に入った正拳突きの構えでエイトの方を向いていた。

 

「こ、こーゆーことは、少しずつ手順を段階を踏んでいってからだね、そうだまずは父さんにエイト君を紹介して子供は何人欲しいかな」

「おいポンコツ巨乳、ナルミの前で古くせえラブコメやってんじゃねーのです! 不愉快極まるのっ、ですっ!」

 

 偶然作業台にあったMGグシオンハンマーで、ぽこんと一撃。正気に戻ったナノカは何事もなかったかのように、優雅に足を組んで椅子に座り直した。

 

「ふぅ。感謝をするよナルカミ二年生。……ときにエイト君。ものの本によると、あんまりがっつく男子は、女の子からはあまり好まれないらしいよ? はっはっは」

「は、はい……すみません……」

 

 顔面に残る痛みと、柔らかく温かい感触……とりあえず謝ってしまうエイトであった。そんなエイトにナノカはふっと微笑みかけてから、椅子ごとぐるりとナルミへと向き直った。

 

「ときに、ナルカミ二年生。エイト君を借りていってもいいいかい。少し、話したいことがあってね」

「ふんっ、好きにするがいいのです」

「バトルシステムは空いているね。少し、使わせてもらうよ……行こう、エイト君」

「あっ、はい! ナルカミ先輩、お手伝いはまた後で!」

「けっ、また今度、こき使ってやるのです。今はいいから、とっとと行っちまえなのです」

 

 ナノカはナルミに軽く礼を言い、ガンプラケースを片手に颯爽と立ち上がった。エイトも慌ててガンプラケースを掴み、ナノカの後に続いてバトルシステム室へと入っていった。

 

「…………ふんっ」

 

 二人が部屋を出た後、ナルミはエイトが置いていった削り過ぎの関節パーツを手に取り、小さく鼻を鳴らした。そして、周りの部員たちに聞こえないよう、小さな声でつぶやいた。

 

「目を付けたのは、ナルミが先だったのです……」

 

 新入生の入学・入部早々の四月。すでに〝壊し屋〟として部内でバトルを敬遠されていたナルミに、馬鹿正直に真正面から突っ込んできた一年生。結局返り討ちにしてやったけど、ちまちました射撃や卑怯なトラップを使われない、ぶつかり合いの一本勝負は久しぶりだった。

 夏合宿の時、わざわざ〝水平戦線(ホリゾンタル・オブ・ザ・ボディ)〟に参加したのだって、本当は――

 

「……だから、巨乳なんて大っ嫌い……なのです」

 

 抉れた関節パーツを、ナルミはそっとポケットに入れた。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

『Beginning Plavsky particle dispersal』

 

 薄暗い部屋の中央で、六角形のバトルシステムが粒子の輝きに包まれる。システムにはすでに、二機のガンプラ――レッドイェーガーとガンダム・クロスエイト――がセットされている。

 

『GANPRA BATTLE.Training Mode. Damage Level,Set to C.』

「今日は、戦いながら話したい気分なんだ。付き合ってくれるかい、エイト君」

「はい、ナノさん。僕が聞きたいこともたぶん、この場所でのほうがいい気がするんです」

『Field5,city.』

 

 組み上げられたプラフスキー粒子が、市街戦のフィールドを作り上げる。MSが楽にすれ違えるほどの太い道路、その両脇に高層ビルが立ち並び、ところどころに大きく開けた自然公園や、遠くに連邦軍のものらしい軍事施設、停泊したペガサス級も見える。宇宙世紀の地球のどこか、連邦勢力下の一都市といった様子だ。

 

無人標的機(ハイモック)が次々と、最大で百機まで出現してくるよ。今の私たちになら容易いだろう」

「たとえ相手が一万機でも、構いはしませんよ」

 

 通信機ウィンドウ越しに、エイトとナノカは頷き合い、コントロールスフィアを握りしめた。

 

「話を聞いて欲しいんだ、エイト君。――アカサカ・ナノカ、レッドイェーガー。始めようか」

「はい、了解です。アカツキ・エイト、ガンダム・クロスエイト! 戦場を翔け抜ける!」

『TRAINING BATTLE START!!』

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 開始から数分。Gアンバーの銃声が再び響き、もう二〇数機めのハイモックを撃ち抜いた。ずんぐりむっくりの濃緑(モスグリーン)の巨人が火を噴きながら墜落し、高層ビルの一棟に直撃して爆散する。

 

「サナカ一年生のことだけれど」

 

 その爆音に紛れるようにして、ナノカは口を開いた。片膝立ちの姿勢でGアンバーを構えるレッドイェーガーの背後に、ヒートホークを振り上げたハイモックが迫る。しかし、ナノカは微動だにしない。クロスエイトが上空からビームサーベルを投擲したのが、見えていたからだ。

 

「あのあと、連絡はとれたのかい?」

 

 ザシュンッ! ビーム刃がハイモックの胸に突き刺さり、バックパックまで貫通する。ハイモックは一度だけびくりと痙攣して倒れ、ピンク色のモノアイから光が失われる。

 

「いえ……ここ数日、新聞部にも出ていなかったそうです」

 

 言いながら、エイトはワイヤーを巻き取ってビームサーベルを回収。そのまま流れるような動きで、手近にいた一機を胴切りに斬り捨てた。

 空中には、エールストライカーやフォースシルエットを装備したり、ドダイやゲタ、ベースジャバーに搭乗したりしたハイモックが十重に二十重に展開している。エイトは回避機動を優先しながらも、その機体群へと半ば強引に突撃し、ビームサーベルをねじ込んで、文字通り道を斬り拓いて(・・・・・)いく。

 

「ケータイも出ないし、GBOのメッセージにも反応なし……さすがに、家までは行ってないですけど。たぶん留守か、居留守を使われそうです」

「そう、か。彼に直接聞ければ、と思ったのだけれど」

 

 ナノカは冷静に、トリガーを引く。クロスエイトに対空砲火を打ち上げていたハイモックたちが、正確に一射で一機ずつ、その胸の真ん中を正確無比に貫かれていく。

 

「……イブスキ・キョウヤという人ですね?」

 

 ドゥッ! Gアンバーの狙撃が、わずかに逸れた。撃ち抜いたのは左肩。しかしその次の瞬間には、クロスエイトの急降下キックがハイモックの脳天に叩き込まれていた。足裏ヒートダガーが頭部装甲を貫通。そのまま頭から股下まで、急降下の勢いに間ませて蹴り抜け、斬り抜ける。

 

「ナノさんにとって、どんな意味があるんですか。その人って」

 

 少し、勇気のいる質問だった。しかし、言い切った。

 爆発するハイモックを踏み倒すようにして、次々と新たなハイモックが現れる。左右から迫るヒートホークの連続攻撃を切り払い、ビームライフルの弾幕を両肘のビームシールドで防御しながら、エイトはナノカにさらに問うた。

 

「ナノさんが、タカヤに食ってかかるなんて。その名前で、ナノさんの狙撃がぶれるなんて。理由を聞きたいっていうのは、僕のわがままでしょうか」

「イブスキ……キョウヤ……」

 

 遠距離から発射された数発のバズーカ弾を、ナノカは左腕複合兵装(マルチアームガントレット)のビームガンでまとめて撃墜した。

 爆発する砲弾の向こうに、バズーカを担いだハイモックが見える。ナノカは狙撃用(クァッドアイ)バイザーをおろし、Gアンバーのストックを肩に当てた。すうっと一つ、息を吸う。照準(レティクル)引き金(トリガー)に意識を集中し、機体と自分との時機(タイミング)が合う瞬間を、ぐっと息を詰めて待ち構える。それは時間にすれば1秒にも満たなかったが、その刹那にナノカの脳裏には、様々な〝記憶〟が駆け巡っていた。記憶はどろどろと渦を巻き、練りあわされて雑念となり、照準を狂わせた。粘度の高いタールのようなプレッシャーが、引き金を重くする――それでもナノカは、引き金を引いた。

 

「……っ!」

 

 ドゥッ! 放たれた銃弾は寸分の狂いもなく、ハイモックの胸を貫いた。胸部装甲のど真ん中を撃ち抜かれたハイモックは、火を噴いて倒れ、爆発する。

 ナノカはふっと息を吐き、バイザーを上げて額の汗をぬぐった。そして通信画面(ウィンドウ)越しのエイトの目を見て、こくりと一つ、頷いた。

 

「私が君に話したいのは、まさにそのことさ。聞いてくれるかい、エイト君」

「お願い、します」

 

 折しも、標的の撃墜数はちょうど五〇機。最大数の半分まで撃破したことを讃えるファンファーレが、場違いに鳴り響く。しかし、ナノカもエイトもそんなことなどまるで意に介さず、目の前の敵機と、お互いの言葉にのみ意識を集中させるのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

あれ(・・)は、ヤジマ商事内部では〝ベータ事件〟と呼ばれている――いや、呼ばれていた」

 

「ベータ事件……呼ばれて、いた……?」

 

「ああ。あれ(・・)はヤジマ社内でも、最大のタブーのひとつだからね。ラプラスの箱と同じだよ――迂闊に開けば火傷じゃあすまない、ヤジマ商事が内部からひっくり返る禁断の箱。故に、ベータ事件という名で呼ぶ者さえ、もう社内にはほとんどいない」

 

「ヤジマ商事にとっての、ラプラスの箱……」

 

「ガンプラバトル――プラフスキー粒子の発見からこっち、趣味・玩具の世界では圧倒的な市場(マーケット)として君臨しているガンプラも、電脳(ネット)世界ではまだまだシェアは低い。VR・AR技術なども発展してきたけれど、ガンプラをビデオゲームとして扱うと、どうしても現実のような自由度は再現できない。塗装や仮組みのシミュレーターとしては、優秀だとしてもね」

 

「その隙間を埋めるのが、ガンプラバトル・オンライン(GBO)だという話ですね」

 

「ふふっ……その利発さには好感が持てるよ、エイト君。製作段階からの再現ができないなら、完成品を読み込めばいい。ガンプラの楽しみのうち〝作る楽しさ〟を大胆にも現実世界に丸投げして、大規模・多人数での同時対戦の楽しさや、現実には再現が難しいシチュエーションの実現を追求した、電脳世界の新しいガンプラバトルのカタチ――それが、GBOの目指したものなのさ」

 

「トゥウェルヴ・ドッグスやレギオンズ・ネスト、ジャイアント・キリングもそうですね。世界大会レベルならともかく、通常のバトルシステム一台じゃあ、三対三が限度ですから」

 

「そうだね。ともあれ、GBOという新しいカタチは、今こうして世に出ているわけだけれど――新しいモノを作るときには、必ずテストというのが行われる。ヤジマほどの大企業が、金と時間と労力とをつぎ込んだものなら、特にね」

 

「テスト……オンラインゲーム……ベータ事件……あっ」

 

「そうさ、エイト君。今やヤジマのタブーと化しているベータ事件。それは、ベータ版GBOの限定稼働試験〝クローズド・ベータ〟中の出来事なんだよ。――イブスキ・キョウヤは、その参加者の一人だった」

 

「クローズド・ベータ……ナノさんは、それに関わりが?」

 

「確かに、私もそこにいた。開発室室長の娘で、それなりには名の知れたガンプラファイター。そして、イブスキ・キョウヤと同じ試験参加者(ベータテスター)の一人としてね……しかしキミは優しいね、エイト君。もう、薄々感づいているんだろう? 私は、ベータ事件に〝関わった〟どころじゃあない、ってことに」

 

「……まさか、ナノさん!」

 

「ああ、その、まさかさ」

 

 七〇機目の標的機(ハイモック)を、レッドイェーガーの銃弾が貫いた。その爆発に照り返され、ナノカの表情は、読めなかった。

 

「ベータ事件の首謀者は、二人。イブスキ・キョウヤと……私だよ」




第二十五話予告

《次回予告》
「やれやれ、やっと出番かと思ったのですが、上手くいかないものですね。私はもう少し、舞台袖でティータイムにでもしておくこととしましょうか。
「しかしまあ、こうも日陰に引っ込んでいると、体がなまって仕方がありません。そろそろどこかに、誰かに、少し悪戯でも仕掛けてみましょうか――私のヘルグレイズも、久々にプラスチックを砕く感触を味わいたいと、哭いているようです。
「クククッ……どうしてさしあげましょうか。次回の舞台は。こうして構想を練っている時が、人生で二番目の楽しみですね。
「さぁて、また踊らせてあげましょう。この私、イブスキ・キョウヤのシナリオでね」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第二十五話『メモリーズⅡ』

「……ねぇ、あんちゃん。あのひと、ぶきみ……」
「ああ全くだな妹よ。独り言でテンション上げれる奴にゃあ、ロクなのがいねえな」
「……(こくこく)」



◆◆◆◇◆◆◆



 もはや恒例となりつつある次回予告詐欺、そして更新の遅れ。すみません!
 社会人になったおかげでガンプラにかけられるお金は増えましたが、いかんせん趣味に裂く時間が足りない! 六月中にもう一回更新はできるかどうか怪しいです……頑張りますが! たぶん無理!
 こんな感じで続けてきたドライヴレッドも、来月末で一周年です。今後も読んでいただければ幸いです。感想・批評もお待ちしています!




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Episode.25 『メモリーズⅡ』

 いつの間にやら、本作も一周年でございます。さらには20000UAも達成しておりました。ありがとうございます!
 読んでくださる皆様に感謝の極みを捧げつつ、ドライヴレッド25話です!!


「ベータ事件の首謀者は、二人。イブスキ・キョウヤと……私だよ」

 

 Gアンバーに貫かれたハイモックが爆発し、その光がナノカの顔を照らした。逆光気味の光に呑まれたその表情は読みにくいが、エイトの目には一瞬だけ、ナノカが哀しそうに嗤っているように見えた。

 

「GBOの開発班には当初から、三つの勢力が入り乱れていた」

 

 しかし、それも一瞬だけ。ナノカは仕切り直すかのように一つ息を吐き、言葉を続けた。Gアンバーの銃口は、すでに、次の標的へと向けられている。

 エイトは気遣いを言いかけた口をぐっとつぐみ、振り下ろされたヒート剣の一撃をビームシールドで受け流した。よろめいたハイモックの側面から、脚部ヒートダガーによる後ろ回し蹴りをバックパックに叩き込む。

 

「ガンプラの製作からバトルまですべてをデータ化し、データ上のみ存在するガンプラすら認めようという〝革新派(イノベイター)〟。あくまでもガンプラ製作は現実に行い、ネット上でのバトル環境のみを整えようという〝保守派(オールドタイプ)〟。そして、その両者の中間に位置し、ネットと現実の融和を図る〝折衷派(コーディネイター)〟。私の父は開発室長として、どの派閥とも交渉を持ったが――社内での力関係や事後の利益、権益、その他諸々の大人の事情(・・・・・)ってヤツに、父は疲れ切っていたよ」

 

 語りながらも、ナノカの狙撃は淀みない。エイトにライフルを向ける機体を撃墜し、ビルの上に陣取っていたMLRS装備の機体を撃ち抜く。

 

「しかし、それでも。ガンプラに関わるものは皆、大人になっても少年の心を持ち続けているということなのだろうね――何度会議を重ねても相容れない三つの派閥の調停を、父は、ヤジマ商事は、ガンプラバトルに委ねることを決定した。GBO自身のテストを兼ねた形でね」

「……つまり、それが」

「そう。それが、クローズド・ベータの正体だよ。十二人のガンプラファイターによる、試作型GBOでのバトルロワイヤル。テストの名を借りた、派閥争いの代理戦争さ」

 

 撃ち抜かれたハイモックのMLRSが誘爆し、その直撃を受けたビルが轟音を立てて倒壊する。エイトはバーニアスラスターユニットを全力噴射(フルブースト)、濛々と立ち上がる土煙から離脱した。ほぼ同時、最終波であろうハイモックの増援部隊が、連邦の基地施設から大挙して押し寄せてくる。

 エイトは通信ウィンドウ越しのナノカに視線で続きを促しながら、両腰のヴェスザンバーを抜刀する。小柄なクロスエイトにはやや大振りと見える実刃大剣が、加熱したプラフスキー粒子の輝きを纏い、淡く紅に輝いた。

 

「ナノさんは、その代理戦争に?」

「ああ、そうだよ、エイト君。父に召集されて、クローズド・ベータに参加した。私は、ある思惑があって保守派(オールドタイプ)のファイターとして戦ったのだけれど――その思惑を語るには、アカサカ・トウカのことを、話さなければならないね」

「アカサカ……トウカ、さん……!?」

「ああ。私と同じ、十八才。私の双子さ、エイト君」

 

 エイトは思わず、ヴェスザンバーを取り落としてしまうところだった。

 しかしナノカは、迫り来るハイモックの大群に冷静に照準を合わせながら、続けた。

 

「トウカは生まれつきとても病弱でね。顔はそっくりだと言われるけれど、身長は二十センチ以上も差がついてしまったよ。並ぶと私がだいぶ年上の姉に見えるそうだ――まあ実際、生まれたのはほんの数分ほど、私が早かったようだけれどね。トウカは、小学校の途中から、学校に行っていない。小中学校を病院の院内学級で卒業して、高校にも通っていない。高卒資格は取る予定だけれどね……と、こんなことはそう重要でもなかったかな、この話には」

「いえ、そんな……でも、驚きました」

「ふっ……すまないね、エイト君。でも、この先こそが、君に話すと約束したことなんだ」

 

 ナノカの狙撃が、敵の一機を貫いた。それが合図になったかのように、ミサイルにビーム、マシンガンの弾幕が、雨あられと撃ち返されてくる。エイトは針山の様な弾幕の中を縦横無尽に駆け抜け、敵の懐へと飛び込んでいく。

 先陣を切って、バルバトスの鉄槌(メイス)を持ったハイモックが大質量の叩き付けを見舞ってきた。しかしエイトは回避せず、ヴェスザンバーを突き出して、真正面から突っ込んでいった。

 

「教えてください、ナノさん。何があったのかを」

 

 超高熱量を宿したヴェスザンバーの切っ先が、鉄槌(メイス)をすぱりと切り裂いた。その様は熱したナイフでバターを切るようで、何の抵抗も感じさせない切れ味だった。ヴェスザンバーはそのままハイモックの腕を、肩を、胴体を、紙のようにするすると裂き、真っ二つにして爆散させる。

 クロスエイトがヴェスザンバーを振るうたびに加熱粒子が真紅の燐光を散らし、面白いほど抵抗なく、ハイモックたちが斬り裂かれる。ビームライフルごと、バズーカの砲身ごと、果ては分厚いシールドごと。その断面に一切のささくれを起こさないほどの切れ味で、ヴェスザンバーは斬り捨てる。

 

「……うん、そうだね。エイト君。私も覚悟は決まったよ」

 

 ドゥッ! ヴェスザンバーで乱舞するエイトの足元を、一筋のビームが駆け抜けた。頭にハイメガキャノンをくっつけたハイモックが、充填したメガ粒子を撃つことなく爆散する。撃破数が八十機に達し、鳴りかけたファンファーレをエイトは手動で無理やり切った。通信ウィンドウのナノカの声に、真剣な表情で耳を傾ける。

 ややあって、ナノカの、ためらいを振り切るような――途切れることのないはっきりした声色が、告げた。

 

「私は裏切ったのさ、トウカを。イブスキ・キョウヤと一緒になってね」

 

 その瞬間の狙撃は、またブレていた。しかしナノカは続けて撃った第二射、第三射でハイモックを落とし、言葉を続ける。

 

「病室で、プラスチックの粉や塗料をまき散らすわけにはいかないからね。私たちのガンプラ作りはいつも、ふたりでアイデアを練って、トウカが設定を推敲してGPベースに入力、私はガンプラを作る。幼い頃からずっと、そういう流れだった。そうして私はガンプラバトル部でそれなりの力量を認められる程度のファイターにはなれたし――トウカは、その私が一度も勝てない……いや、私が毎回惨敗してしまうほどのファイターになった」

「ナノさんが、惨敗だなんて……」

「過言とは思わないでおくれよ、エイト君。事実、トウカの実力は世界大会レベルだと、私は感じている。掛け値なしにね」

「で、でも。その時のトウカさんは、ナノさん以外とのバトルの経験はないんですよね」

「それでも、なのさ。トウカの才能は、ガンプラバトルの神様に愛されているとしか、説明がつかないレベルだよ。うんと幼い頃には、近所の友達とバトルをしていたこともあったのだけれど……ああ、でも、その時も。トウカは近所の子供たちの間で、負け知らずだったなぁ」

 

 ヴェスザンバーが、ハイモックの分厚い胸を刺し貫く。引き抜き、蹴り落として、次の敵へ。

 コントロールスフィアを忙しなく操作しながらも、エイトの脳裏には幼い頃のナノカと、そして同じ顔をした〝トウカ〟が、満面の笑みでガンプラ作りを計画しているシーンがありありと思い浮かんでいた。その光景は幼き日の自分自身(エイト)従姉(エリサ)の姿にも通じるものがあって、じんわりと胸が温まるような懐かしさを覚えるものだった。

 

「だから私は、GBOの話を聞いたとき――正確には、父から〝革新派(イノベイター)〟の思想を聞いたときに、衝撃を感じたよ。電脳世界のガンプラなら、トウカが病室で作ることもできる、とね」

「トウカさんのためには、それがいい……?」

「……双子とは、不思議なものでね。サイコミュを通したようにわかったよ。トウカは〝革新派(イノベイター)〟の思想に感化された、と。父は、私たちがどの派閥でクローズド・ベータに参加しようとも、一切の後腐れはないように取り計らってくれていたそうだけれど……私には、わかってしまったんだよ、ニュータイプのように。父にすら隠し通した、トウカの本音が」

「…………」

 

 絞り出すような、ナノカの声色。エイトは黙って(ヴェスザンバー)を振るいながら、続きを待った。そして三機目のハイモックを斬り捨てたとき、ナノカは再び、静かに、口を開いた。

 

「あの子はね、エイト君――ガンプラが好きだから、病室でも楽しめるようにしたかったんじゃあない。病室から出たくないから(・・・・・・・・・・・)、ガンプラを病室でもできるようにしたかったのさ。……病気自体は、ほぼ完治に近いにも拘らず、ね」

「完治に近い、って……それじゃあ……!」

「病院の外への憧れは、あるのだと思う。私が学校の話をするのを、とても楽しみにしてくれていたから。でもトウカにとって自宅とは病院で、自室とは病室のこと。そんな生活を十年も続けて――トウカは、外の世界へ踏み出す勇気というのが、すっかり萎えてしまっていたのさ」

「勇気……外に、踏み出す……」

「ああ、ちなみにエイト君。キミはトウカを知らなかっただろうけれど、トウカにはキミのことも話して聞かせたよ。本当に、双子は不思議だね……トウカも私と同じように、キミのことをとても気に入っているようだよ」

「そっ、それはっ……嬉しい、ですけど!」

「……あっはっは。話がそれたね、すまない」

 

 通信機越しに、ナノカが軽く微笑んだのが見えた。しかし、その微笑みにはいつものような余裕はなく――自嘲か、悲しんでいるように見えた。

 

「私は、トウカの退院を望んでいる。幼い頃の、ほんの数年間の思い出のように、またトウカと賑やかに騒がしく、たまに父に怒られたりもしながら過ごす日々が、戻ってくること願っている。けれど、当のトウカは〝普通の生活〟への勇気を失って、病室の狭いベッドを自分の場所と定めてしまっている。私には、そう感じられたのさ。だから――」

 

 レッドイェーガーがバイザーを跳ね上げながら立ち上がり、立射の姿勢でGアンバーを撃ち放った。遠くのビルの屋上で、公国軍仕様(ジオニック)の対艦ライフルをクロスエイトに向けていたハイモックが爆散した。それがちょうど九十機目の撃破だったようだが、もはやファンファーレなどエイトの耳には入らない。ただ目の前の敵を斬り捨てながら、ナノカの言葉に耳を傾ける。

 

「だから私は、トウカと約束をした。〝奇跡の逆転劇〟を見せてやる、と」

「〝奇跡の逆転劇〟……?」

 

 ぽつりと繰り返したエイトに、ナノカはゆっくりと頷いて見せた。

 

「よくある話さ。有名な野球選手が、難病の少年にするのと同じタイプの。明日の試合でホームランを打つ、そうしたらキミは勇気を出して、手術を受けるんだぞ――というような、ね」

「トウカさんとのガンプラバトル、ナノさんの勝率って……」

「ここ数年では、ゼロだったさ。だからこそ価値があった。私が勝ったら、〝奇跡の逆転劇〟を現実のものにして見せたら。トウカは退院して、私と一緒に大学を目指す。まずは高卒認定を受けてからだけれど、そのためなら私は留年でも浪人でもするよ。そういう約束さ」

「……ナノさんにとってのクローズド・ベータは、単なる代理戦争ではなかったんですね」

革新派(イノベイター)が勝てば、トウカは病室に引きこもる理由を得てしまう。子ども二人がそれぞれに違う派閥から参戦していれば、開発室長である父へのいらぬ疑いも防げる。私が保守派(オールドタイプ)で参戦するのが、最善の選択と思えたのさ。その時は、ね」

 

 エイトがシールドごと腕を斬り落としたハイモックに、Gアンバーのビームが刺さる。間をおかず、ナノカが投げたグレネードが敵陣で炸裂、陣形を乱したところにクロスエイトがヴェスザンバーを突っ込んで、道を切り拓く。話をしながらの、合図も無しの連携攻撃によって、百連続で出撃してきたハイモックの残りは、僅か二機となっていた。

 

「だが……私とトウカの約束を、踏みにじる男が現れた」

 

 ちょうどナノカの言葉と同時、二機のハイモックの装甲が、フェイズシフト装甲のように変色した。ダークグレーと濃紺、黒……バトルシステムが、ハイモックに新たな装備を転送する。巨大なバックパックから四方八方に飛び出した、攻撃的な突起物。大型のドラグーン・システム。あの形は、プロヴィデンスとレジェンドのモノか。

 

「そいつが……その男が……!」

「ああ、そうさ。イブスキ・キョウヤという男だ」

 

 ヴォンッ! ドラグーンが一斉に解き放たれ、不規則なビームの檻を展開しながら飛びかかってきた。エイトはヴェスザンバーを収め、十分に熱量の溜まったブラスト・マーカーを両拳に展開してビームの檻へと突撃した。ナノカもGアンバーをサブアームに懸架、両手にビームピストルを構えてバーニアを吹かした。

 目まぐるしく変化していくビームの軌跡を空中機動(マニューバ)で躱しながら、エイトとナノカはハイモックに迫っていく。

 

「クローズド・ベータの最中も、いろいろなことがあったのだけれど……とにかく私は、トウカとの約束を守るために、一時的にあの男と協力体制を結んでいた。トウカとの直接対決の前に、他の試験参加者(ベータテスター)に撃墜されてはたまらなかったからね。一癖も二癖もある人物ばかりだった参加者のなかで、あの男は比較的まともに見えたのさ……今となっては、一生の不覚だよ」

 

 左右のビームピストルでドラグーンを的確に撃墜していきながらも、ナノカはぎりりと唇を噛み締めているようだった。エイトはそれに気づきながら、慎重にナノカに問うた。

 

「……何をしたんです、ナノさんたちに。その、イブスキっていう人は」

 

 数秒、間があった。その数秒の間にエイトはプロヴィデンス・ハイモックに肉薄し、分厚い胸部装甲にブラスト・マーカーを深々と突き立てた。ハイモックは全身から炎を噴き出して大破し、小爆発を繰り返しながら焼け落ちた。

 そのハイモックの断末魔をバックに、しかしはっきりとした口調で、ナノカは告げた。

 

「売ったのさ、エイト君。ヤツは、私の事情もすべて聞いたうえで。金で、勝利を、売ったんだよ――私とトウカの目の前で」

 

 その声色には、ナノカらしからぬ負の感情が籠っていた。憎しみと、怒りと――そして、それらに勝る深い後悔、自責の念。レッドイェーガーはビームピストルを投げ捨て、まるでナノカのその想いの重さを乗せたような握り拳で、レジェンド・ハイモックの顔面を殴りつけた。

 

「ヤツはクローズド・ベータの途中で、〝折衷派(コーディネイター)〟に鞍替えしたんだよ――それなりの報酬と引き換えにね。それを隠して、私の味方のフリを続けていたのさ、私とトウカの最終決戦の、その時まで」

 

 元々、格闘用には作られていないレッドイェーガーの拳は火花を散らして損傷するが、ナノカは構わず二度、三度と、その拳で殴り続けた。その間も、血を吐くような告白は続く。

 

「トウカと私の実力差は、絶望的なほどに大きかった。だから、〝奇跡の逆転劇〟の条件として、私はチームでトウカに挑んでよいということになっていた。対多数戦闘はトウカの得意とするところだったし、それでも負けない自信が、トウカにはあった」

 

 エイトがビームサーベルででも割って入れば、ハイモックは即座に落とせただろう。しかしエイトには、それができなかった。レッドイェーガーの背中を狙うドラグーンを切り払うのみにとどめ、ナノカの言葉に耳を傾ける。

 

「とにもかくにも、他の試験参加者(ベータテスター)たちを下してたどり着いたトウカとの決戦。死力を尽くし、刃は折れ弾を撃ち尽くし、粒子残量も底をつくほどの激戦だった。あの男も、本気で私をサポートしていたとしか思えなかったよ……あの時までは」

 

 グシャアッ! 殴られ続けたハイモックの頭が、ついに根元からひしゃげて砕けた。ドラグーンも、もはや無い。ハイモックは両手を振り上げて掴みかかり、ナノカもそれに応じてがっつり組み合っての力比べの形となった。鋼と鋼が擦れ合う、ギチギチという摩擦音が響き渡る。

 

「私のジム・ジャックラビットは、もうあとビームライフルの一発にも耐えられるかどうか、というところまで来ていた。私は覚悟を決めていた。次が、最後の一撃だと――けれど」

 

 ヴェスバービットが砲身を伸長、サブアームに搭載したまま、その砲口をハイモックへと叩き付けた。ヴェスバービットに粒子が収束し、最大出力でチャージされる。そして放たれるのは、三点同時零距離射撃(トリプル・ゼロ・バースト)――!!

 

「最後の銃弾は、あの男が撃ったのさ。白昼堂々、正々堂々、声高らかに裏切りを宣言しながら、ね」

 

 轟音と共に、ハイモックの上半身が根こそぎ吹き飛んだ。残された下半身だけがガクリと力なく倒れ伏し、撃破数カウンターが100を示した。

 

「虚を突かれたトウカも、私に続いて落とされた。その後、あの男があまりにも堂々と裏取引を暴露したものだから、クローズド・ベータにかこつけた派閥争いは、むしろ泥沼化が進行したよ。社内の権力争いは激化し、父の心労はひどくなり……かくして〝ベータ事件〟は、ヤジマ商事にとってのラプラスの箱となったわけさ。そして――」

 

 システム音声がトレーニングモードの終了を告げ、仮初の戦場が粒子の欠片となって剥がれ落ちていく。ナノカの声が、通信機越しのものから、肉声へと変わっていく。コクピット表示が剥がれ落ちてみれば、ナノカとエイトとの距離は、予想以上に近かった。手を伸ばせば触れる様な距離感で、静かに瞼を閉じたナノカを、エイトはただ見つめていた。

 

「今でも忘れられないよ、あの時のトウカの言葉が」

 

『ははっ、そうか。姉ちゃんは、ボクとの勝負なんてどうでもいいんだね』

 

 ――嘲り。それとも、哀しみ……?

 目の光を失くした、トウカの顔。

 

「トウカの目には、私が……自分が負けそうになれば、あの男に勝ってもらう策略を立てていたと、映っただろうね」

「でも、そんな誤解なんて!」

「弁明しても、人の心の問題はそうは片付かないさ――だからこそ」

 

 ナノカは振り返り、エイトの手を取りぎゅっと握った。エイトは一瞬鼓動が跳ね上がったが、ナノカの真剣な眼差しに、自分も目を離せなくなった。

 

「もう一度、なんだよ」

「ナノ、さん……」

「トウカとの約束を果たしたいんだ、今度こそ。私の信用する、信頼する、エイト君と共に」

 

 握った掌から、熱が伝わる。

 細くしなやかなナノカの掌だが、エイトは初めて、何ヵ所かに硬いタコができていることに気が付いた。ガンプラ用の、ニッパーやデザインナイフの当たる位置だ。それもそのはず、この人はずっと、二人分のガンプラを作り続けてきたのだ――自分と、トウカの二人分を。

 

「私と一緒に戦ってくれるかい、エイト君。トウカを――GBOジャパンランキング第一位、〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟ネームレス・ワンを、倒すために」

「勿論です」

 

 エイトは頷き、取られた掌を握り返した。その思わぬ力強さに、ナノカは少しだけドキリとしてしまう。自分より身長の低い、年下の、レンズの薄い眼鏡越しの、しかし熱くてまっすぐなエイトの視線。ナノカは自分の頬が少し赤くなるのを感じた。

 

「ご一緒します、ナノさん。僕と、僕のガンプラが。〝奇跡の逆転劇〟への道を、斬り拓いて、翔け抜けて見せます!」

 

 握った掌から、熱が伝わり返ってくる。

 ナノカは潤んだ瞳が熱くなるのを感じながら、もうしばらくの間、この掌の熱を感じていたいと思うのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「あぁ、言えた……やっと言えたよ、レッドイェーガー」

 

 ナノカはバトルシステム室の隅っこにぐったりと座り込み、右手のレッドイェーガーに語りかけるように呟いた。

最高位の十一人(ベストイレヴン)〟であるネームレス・ワンに挑むためには、まずは今週末のGBO大会〝ハイレベル・トーナメント〟に出る必要がある――ナノカがそう告げると、エイトはさっそくクロスエイトの調整をすると言って、部室の作業スペースへと駆け戻っていった。

 一人きりになった部屋の中で、ナノカは深く長く、息を吐く。すると、まるで返事をするように、レッドイェーガーの両目(ゴーグルアイ)がきらりと照明を反射した。

 

「笑うなよ。わかっているさ、遅すぎるって。でも……信じることが怖かったのかもしれないね、私は」

「……ッたく、ごちゃごちゃ考え過ぎなんだよォ、テメェは」

 

 言いながら、エイトが出ていったのとは逆方向の扉から、ナツキが現れた。ナツキはナノカのとなりにどかっと腰を下ろし、冷たい缶ジュースをナノカの胸に押し付ける。

 

「やあ、ビス子。いつからいたんだい」

「けッ、気づいてたくせによく言うぜ。テメェ、途中から外部スピーカー入れてただろ」

 

 ナツキは自分の分の缶ジュースのプルタブを勢いよく開け、ごくごくとのどを鳴らして飲み下す。ナノカもふふっと笑いながら、受け取った缶ジュースを開け、口をつけた。

 

「私服の大学生がこうも気軽に出入りできるなんて、我が母校のセキュリティには、疑問を呈するばかりだよ」

「あァ、言ってなかったっけ。オレもここの卒業生なんだよ……ンで、赤姫。件のランキング一位をブッ飛ばすってェのは、二人までって人数制限なのかよ?」

「いいや、そんなことはないよ。私とエイト君では、武装がビーム兵器に偏っているから――そうだな。もう一人、馬鹿みたいな火力とパワーを発揮できる、実弾兵器メインの重装型を使うチームメイトがいると、とても嬉しいね」

「へェ、そうかよ。それなら一人、心当たりがいるけどよォ……聞くかい?」

 

 にやりと犬歯を剥き出しにして笑い、ナツキは缶ジュースを持った手を、ナノカの方に突き出した。ナノカもそれに応え、まるで乾杯をするように、缶の縁をコツンと当てた。

 

「頼むよ、ビス子。今ではキミは、私の親友だ」

「わざわざ言うなよ。ハズいぜ、ッたく」

 

 二人は目と目で笑い合い、缶ジュースをぐいっと飲み干した。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 コン、コンコン……

 返事のないノックは、これでもう何度目だろう。ヤマダ重工の工場、その女子更衣室前で、アンジェリカは今日もまた立ち尽くすのだった。

 

「ねえ、ラミア。どうして……どうして私を避けるんですの……?」

 

 扉に手をあて、投げかける。ここ数日と同じく、返事はない。

 ここ数日のラミアは――正確には、レギオンズ・ネストで撃墜されたあの日から――徹底して、アンジェリカを避け続けていた。今もラミアは扉に背中を預け、扉一枚分、ほんの数センチの距離でアンジェリカの言葉を聞いている。しかしそれに応えることは、今のラミアにはできなかった。

 打ち砕かれた〝円卓(サーティーンサーペント)〟筆頭としての矜持が口を閉ざさせ、赤姫への怒りと憎しみが胸の奥をどろどろと澱ませる。アンジェリカへの申し訳なさで、ラミアは自分で自分を抱きかかえるようにしてうずくまるしかなかった。

 

「心配、してますのよ。私も、チバさんも、工場のみんなも……せめて何か、何でもいいから話してちょうだい……」

 

 アンジェリカの心遣いは、ラミアには痛いほどにわかっていた。拾ってくれた恩、遊んでくれた恩、共に過ごしてくれた恩。自分が今、アンジェリカの心痛の種となっていることは、ラミアにとっても凄まじいまでの心痛だった。しかし、それでも……今の私は、お嬢さまの隣には立てません……。

 

「ねえ、ラミア……!」

 

 ちょうど、その時だった。無音に設定した古い携帯電話に、メールの着信があった。発信者は――イブスキ・キョウヤ。

 

『セルピエンテの調整は、完了しましたよ』

 

「……っ!」

 

 俯き、曇っていたラミアの顔に、みるみる活気が戻ってきた。しかしその活気は、暗い負の感情によって呼び起こされる、不安定で危うい、蛇の毒の様な活気であった。

 

「……お嬢さま」

「ラミアっ!?」

 

 久しぶりのラミアの声に、アンジェリカの表情はぱっと明らみ、声色には喜色が溢れる。しかしラミアの耳にはもはや、アンジェリカの声色など届いてはいなかった。濁った蝋燭の火のような瞳で、虚空を見つめ、言葉を紡ぐ。

 

「……この週末の、GBO運営本部主催大会〝ハイレベル・トーナメント〟……」

「え……あ、あぁ! 私も出場しますわ。ラミアも一緒に、出場を」

「ご一緒はできません」

 

 扉の向こうで、ハッと息を飲むような気配があった。

 

「……私は、お嬢さまとは別にエントリーしております……そして、そこで……あの女を……赤姫を……ッ! 潰す……ッ!」

「ラミア、あなた……それをずっと、気にして……?」

「お嬢さま、ごめんっ!」

 

 ばんっ! ほとんど体当たりをするようにして、扉を押し開けた。よろめき倒れるアンジェリカの姿に後ろ髪を引かれながらも、ラミアは全力で走り抜けた。大声で自分を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいに違いないと、無理やり思い込む。そして走りながら、メールに返信をする――『すぐに行く』と。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 北海道名物、ジンギスカン。ビール工場と併設されたジンギスカン食べ放題の大ホール食堂で、エリサと店長はビールと羊肉を堪能していた。

 まずは大柄で人相が良くはない店長が小学生にしか見えないエリサを連れまわして(実際は連れまわされているのだが)いる時点で不審がられ職務質問され、さらにはエリサがあまりにも堂々とビールを注文して年齢確認されるという、この二人の旅行にはつきものの一連の流れをすでに終え、二人のテーブルには空になったジョッキと肉の皿が山のように積まれていた。

 

「んっふっふ~、やっぱり夏の北海道もエエもんやなあ♪ なあカメちゃん♪」

「ええ、そうですね姐御……旅行代金がオレの全オゴリじゃなきゃあ、もっと最高ですがね……」

「あ、エイトちゃんから電話や。カメちゃんちょっと黙っとってや。へいへいはろはろ~、エイトちゃ~ん♪ どしたん~?」

「へいへい、姐御。りょーかい、りょーかい」

 

 店長はげんなりした様子で引き下がり、ビールを喉に流し込む。そして、サマージャケットの内ポケットに……その内側に隠し持った、小さな箱に指を這わせる。

 

(あー……なかなか、タイミングが、なぁ……)

 

 その箱に収めたモノに思いを馳せ、店長はまた一つ、大きなため息をつく。

 牧場の牛乳しぼり体験の時は、なんか違うと思ってやめておいた。旅館のディナー後なら、と思ったがカニ食べ放題に北海道の地ビール飲み放題でそんな雰囲気にはならず。朝は朝で朝食バイキングをまさに海賊(バイキング)さながら食い荒らし。そして昼食はここ、ジンギスカンとビールの食べ飲み放題。エリサの健啖かつ酒豪は昔からだが――まったく、そういう(・・・・)ムードにならない。

 

(ちくしょー……ちょっと、先走り過ぎたかなあ……)

 

 白金(プラチナ)(リング)と小振りな金剛石(ダイヤ)で、合わせて数十万円。店は軌道に乗っているが、貯金に余裕があるわけではない。まだ社会人数年目の店長にとっては、一大決心のいる値段だった。

 勝算は、あった。あまり人には言っていないが、実は神戸の心形流道場にいたころから、エリサと店長はそういう(・・・・)関係だった。まだエリサが学生だというのは、障害と言えば障害だが……それでもきっと、そう無碍にはされない程度の自信は、店長にはあったのだ。

 

「なんやって!? もっかい言うてっっ!!」

「うわっ!? ど、どうしたんですか姐御!?」

 

 突然の大声に、店長は物思いから引き戻された。エリサは席から立ち上がり、真剣そのものといった様子でスマートホンを耳にあてている。手に力が入っているのか、引き千切られた紙エプロンがぐしゃりと握り潰されている。いつも飄々としているエリサらしからぬ様相だ。

 

「いや、大丈夫やで、エイトちゃん……うん、あのお嬢ちゃんの秘密を聞き出したいんやない。そこは、エイトちゃんが話してええと思った範囲だけでええ……ウチが聞きたいんは、たった一つや。その裏切り者の男の名前(・・・・・・・・・)、もう一回言うてみて」

 

 ――裏切り者の男。その言葉を聞き、店長の表情がすっと引き締まる。

 

「姐御……まさか、それって……!」

「うん、そうや……そうか、その名前、間違いないんやな。その男、間違いなく……」

 

 紙エプロンを握るエリサの手が、より一層の力を込めて握りしめられた。そして、確かめるように、吐き出すように、エリサはその名を口にする。

 

「イブスキ・キョウヤ、いうんやな……ッ!!」

 

 それから二言三言、会話して、エリサは電話を切った。半分ほど残っていた中ジョッキの中身を一息に飲み干し、ガンと乱暴に机に置く。店長は黙って、ジンギスカン鍋を乗せたガスコンロの火を、カチリと消した。

 

「ごめん、カメちゃん。旅行はしまいや」

「謝らないでくれ、姐御。あいつ(・・・)は、許しちゃおけねぇ野郎だからな……神戸心形流の、看板にかけて」

「……カメちゃん。GBOのハイレベル・トーナメントて、わかる?」

「ああ、知ってるぜ。姐御はアカウントないだろ? 今から出場しようと思ったら、エイトの野郎が持ってるレベルアップ最短記録を塗り替えなきゃなんねぇが……付き合うぜ、やろう」

 

 いくらエリサの実力でも、正直、かなりきついだろう。店長は苦笑いしながら、伝票を持って席を立った。会計へ向かおうとすると、エリサに服の裾をきゅっと掴まれた。

 

「か、カメちゃん。……い、いつも……その、あ、ありがと」

 

 目を逸らし、口をとがらせて、いつものエリサらしからぬ、もじもじとした態度。若干頬が赤いのは、酒のせいだろうか。

 時々見せるそんな顔が――まったく。反則ですぜ、姐御。

 

「……礼なんて珍しいじゃあねぇですか、姐御。酒が頭まで回ってらあ! がっはっは!」

「んなっ! や、やかましいわボケ! も、もうさっさと行くでっ、このドアホっ!」

 

 エリサは店長の尻に思いっきり蹴りを入れ、ぷんすか怒りながら席を立った。

 店長は、内ポケットの小さな箱にもう一度だけ指を這わせ、「この大会が終わったら、だな」と一人、呟いた。

 

「ちょっと待ってくださいよ、姐御ぉ! 帰りの飛行機、どうするんです!」

「ふん、ウチ知らんっ。カメちゃん何とかしぃやっ!」

「ったく、しょうがねぇなあ……!」

 

 店長は満足げに溜息をつきながら、エリサの後を追って駆け出した。

 

 

 ――その、翌日。BFN:エリィという新人ファイターが、エイトの持つレベル4達成記録を塗り替え、さらにはレベル5を達成。所要時間・二十四時間という、GBOサービス終了まで破られることのない大記録を打ち立てるのだった。

 




第二十六話予告

《次回予告》

「さぁて、いよいよ始まりましたGBO運営本部主催大会! レベル5以上のファイターのみが集う上級者向け一大イベント! その名も〝ハイレベル・トーナメント〟ぉぉぉぉっ!
「本戦トーナメントへの出場権を得るため、各チームがまず挑むのは、十二チームが一つのフィールドに入り乱れる、強化版トゥウェルヴ・ドッグス! 超・大規模同時オンラインバトル! 〝トゥウェルヴ・トライブス〟だぁぁぁぁっ! GBOでも上位の猛者たちが鎬を削り合うこの大会、予選からすでに目が離せないぞぉっ!
「本大会の実況・解説はこの私、ガンプラネットアイドル・ゆかりん☆こと、〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟が十位〝市街戦の女王(ウルトラヴァイオレット)〟ユカリこと、ワタシがお送りいたしまーすっ! さあ、みんなも一緒にーっ! せーのっ、ゆっかゆっかりーんっ☆」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第二十六話『トゥウェルヴ・トライブスⅠ』

「あっひゃっひゃ♪ ねぇねぇ、ダイちゃーん、なんかネットが面白そーなことになってるよー?」
「ふっ、余裕だなサチ。そろそろ三回戦が始まるぞ。相手は今大会の優勝候補の一角らしい……気を引き締めてかかろう」
「ふふん、だいじょーぶだいじょーぶ。あたしとダイちゃんのコンビなら、どんな相手だってイチコロだってー♪ んじゃまー、そろそろ行こーか。ダーイちゃんっ♪」



◆◆◆◇◆◆◆



 はい、そんなこんなで25話「メモリーズⅡ」でした。
 ナノカが戦う理由、最後の敵(?)も明らかになり、本作は後半戦に突入です。バトルものではほぼ必ずといっていいほど入るトーナメント編が始まります。ガンプラ作りの方も加速していく所存ですので、どうかお付き合いください。
 とにもかくにも、拙作が一年間も連載でき、UAで20000、PVで60000、お気に入り100件以上なんて嬉しいかぎりの状態までこれたのは読者の皆さんのおかげです。感謝の極みッ!!
 今のところの後悔は、まずはコラボ編がなかなか進まないことです……がんばろう。
 批評・感想お待ちしていますので、お気軽にどうぞよろしくお願いします!


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Deta.04 ガンプラ紹介【ジャイアントキリング編】

 読者のみなさまお久しぶりです、亀川です。

 今回はガンプラ紹介なのですが、今回の目玉というかなんというか、なんと、クロスエイトの写真を載せています! ……ってまあ、紹介記事が完成してないので、とりあえずこっちでという話なのですが。

 ともかく。どうぞ、ご覧ください。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

Episode.20『ジャイアントキリングⅠ』

【ガンダム・クロスエイト】

・武装:頭部60㎜バルカン ×2

    胸部メガ・マシンキャノン ×2

    ヴェスザンバー ×2

    ブラスト・マーカー ×2

    ビームサーベル ×2

    脚部ヒートダガー ×2

・特殊:????

 

 

【挿絵表示】

 

 

 戦場に切り込むスピードと、戦況を切り拓く攻撃力。その両立を目指してエイトが作り上げたF108の後継機。よりマッシブで力強いシルエットとしつつも、大型化した背部バーニアスラスターユニットによりF108以上の加速度を実現している。

 エリサのAGE-1シュライクとの戦闘で発現した粒子灼熱化現象(ブレイズアップ)を積極的に機体性能の強化に利用しており、本編現時点ではまだその性能の全てを発揮してはいない。宇宙世紀系列の小型MSの宿命として機体に熱が籠るという弱点を抱えているが、それすらも灼熱化現象を発揮するために利用しており、その機構を実現できるエイトの工作技術の高さがうかがえる。

 装備する刀剣類は合計八本であり、機体の裏コードとして「エイトブレイズ」(「八本の剣」、もしくは「エイトの炎」)という呼称も存在する。

 

 

【レッドイェーガー】

・武装:Gアンバー ×1

    ビームサーベル ×1

    ヴェスバービット ×3

    ビームピストル ×2

    マルチアームガントレット ×1

    三連装マルチディスペンサー ×4

・特殊:四ツ目式狙撃用バイザー

    ビームフィールドジェネレータ ×2

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ジム・イェーガーの基本コンセプトを引き継ぎつつ、各性能をより強化する形で作られたナノカの新型機。Gアンバーによる狙撃を基本としつつ、ビームピストルによる乱射、各種グレネードによる爆撃や攪乱など、多様な戦術でどんな場面にも対応が可能。

 新装備であるヴェスバービットは、ガンプラバトルにおけるビット・ファンネル系の常識である自動操縦を用いず、三基それぞれをナノカが手動で操作している。そのため、一発一発が狙撃並みの精度で攻撃することが可能となっているが、ナノカ以外には使えない装備となってしまった。

 

 

【ドムゲルグ・デバステーター】

・武装:頭部60㎜バルカン ×2

    三連装グレネードランチャー ×2

    脚部十連装ミサイルポッド ×2

    背部大型ウェポンコンテナ ×2

    大型ヒートブレイド ×2

    マスター・バズ+同軸ガトリング砲 ×1

    スパイクシールド+大型対艦シュツルムファウスト ×1

・特殊:耐爆装甲

    肩部シールドブースター ×2

    シュツルム・ブースター ×2

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ナツキの最新作。基本的な設計思想は変わらないが、武装が大幅に強化されている。ミサイルの搭載数は合計298発、グレネードとシュツルムファウストを合わせれば300発を超える。さらにMGのキットからとってきたバズーカを複数組み合わせ、HGではありえない火力を実現したマスター・バズ、同軸装備のガトリング砲、頭部バルカンと、弾幕を張り、爆撃しまくるために必要なすべての装備が揃っている。

 現実の耐爆服をイメージした特殊装甲と重装備を振り回すため間接強化に由来するパワー、圧倒的な爆薬量。まさにドムゲルグの進化形態といえるだろう。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

Episode.21『ジャイアントキリングⅡ』

【アナベル・ガトー専用リック・ドム】

【ゲルググマリーネ・シーマカスタム】

【ザクレロ(原作アニメ版)】

 ジャイアントキリングの中ボスたち。GBOのデータ内にしか存在しない、AI制御のNPCガンプラ。現実にガンプラが存在しないという意味では、クローズド・ベータで〝革新派(イノベイター)〟が目指したガンプラの形と言えなくもない。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

Episode.22『ジャイアントキリングⅢ』

【バンディッド・レオパルド】

・武装:バンディッドエッジ ×1

    ガトリングバインダー ×1

    バンディッドナイフ ×4

    ビームハンドガン ×1

    ヘッドバルカン ×4

・特殊:????

 

 

【挿絵表示】

 

 

 イブスキ・キョウヤがゴーダ・バンに与えたガンプラ。本編のこの時点では未完成で、特殊機能「????」は実装されておらず、ビームハンドガンも持っていない。

 アームに懸架された大型武器、バンディッドエッジとガトリングバインダーは実は主武装ではなく、牽制用。自分の得意とする間合いに敵を誘い込み、バンディッドナイフによる近接格闘でとどめを刺す、という運用を想定している。大柄でごつい装甲のシルエットからは意外とも言える技巧派向けの機体。

 

 

【ガンダム・エアレイダー】

・武装:ロング・バスターライフル ×1

アサルトシールド ×1

ディフェンダーキャノン ×2

12連装ノーズミサイルポッド ×1

対艦ミサイル ×4

フラッシュ・ビット ×20

ヘッドバルカン ×2

・特殊:緊急加速用ロケットブースター ×2

    ????

 

 

【挿絵表示】

 

 

 イブスキ・キョウヤがゴーダ・レイに与えた機体。本編のこの時点では未完成で、特殊機能「????」は実装されておらず、対艦ミサイルも搭載していない。ただし、脚部のロケットブースターは兄・バンがいざというときに妹を緊急離脱させるために追加したもので、この時点でも装備されている。

 キョウヤの試作兵器である「ゾンビ化ビット(仮称)」を搭載した実験機であり、重装備の砲撃・爆撃装備をされた機体ではあるが、操縦時においてはやや特殊な立ち回りを要求される。レイのガンプラバトルの実力はそれほどでもないのは、キョウヤによってこの機体を扱うためだけの訓練をされたためでもある。

 

 

【ガンダム・セルピエンテ】

・武装:セルピエンテハング ×1

    レプタイルシザーズ ×1

    ビームマシンガン ×1

    胸部マシンキャノン ×2

    インファイト・レイザー ×4

・特殊:ガルガンタ・キャノン

    ????

 イブスキ・キョウヤがラミアに与えたガンプラ。この時点では調整中であり、本来の性能は発揮できていない。ウィングゼロをベースにしたスマートな機体ながら、レプタイルシザーズを突き刺した岩盤を根こそぎ巻き上げるほどのパワーを持つ。

 最大の特徴は背部に搭載したセルピエンテハングで、これはラミア専用サーペント・サーヴァントに搭載されていたサーペントハングがイメージソースとなっている。しかし中身はもはや別物で、特殊機構「????」を利用して発射する超高出力の黒いビーム「ガルガンタ・カノン」など、凄まじい破壊力を秘めている。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

Episode.25『メモリーズⅡ』

【プロヴィデンス・ハイモック】

【レジェンド・ハイモック】

 大型ドラグーン・システムを装備した、ハイモックのバリエーション機。

 一応このドライヴレッドはGBFからGBFTの間の設定なのですが、ハイモックってそんな時期から実装されていたのかしら……?

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ……以上、ジャイアントキリング編の新出ガンプラ紹介でした~。

 この次から始まるハイレベル・トーナメント編では、多くのチームとガンプラが次ッ次と登場する予定です。登場するガンプラは可能な限り作りたいのですが……さて、私の制作能力とスピード、そしてリアル労働という難敵とどう戦うかですね。

 しかし、最大の敵はリアル嫁の「缶スプレー臭い」という一言なのです(笑)

 今後も頑張りますので、どうかお付き合いください。感想・批評など、お待ちしています!

 

 

 



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Episode.26 『トゥウェルヴ・トライブスⅠ』

 八月の第二週――学生にとっては夏休みのど真ん中、そして社会人にとっては貴重な盆休みの直前、そんな週末である。気温は連日三〇度越えを記録し、日によっては三五度すら超えることもある、そんな真夏の熱気の真っただ中。

 仮想現実(VR)であるはずのGBO特別ラウンジ・CGS基地(クリュセ・ガード・セキュリティ・ベース)もまた、現実世界に勝るとも劣らない熱気に包まれていた。

 

「いっやァ! まるで祭りだぜェ、こいつはァ!」

 

 威勢よく外ハネした赤髪、夏合宿の時に見た作務衣姿のナツキが、ウキウキワクワクといった様子で周囲を見渡す。その右手には、安い発泡スチロール製のカップに入った、メロン味のかき氷。しゃべるその舌が薄くメロン色に染まっている。

 

「ナツキさん、いつもよりテンション高いですね」

「応よ! 祭りではしゃがねェで、いつはしゃぐってんだよ! テメェも喰え喰え、どうせVR(ヴァーチャル・リアリティ)だ、太りゃあしねェよ! あっはっは!」

 

 大声で笑いながら、ナツキは購入(ダウンロード)したフランクフルトをエイトの口に突っ込んでくる。エイトはむせ返りそうになりながら、辺りの景色を見渡した。

 原作では殺風景なコンクリートの平面に過ぎなかったCGSの施設だが、今は出店や幟が立ち並び、色とりどりのハロやプチモビ、モビルワーカーが所狭しと並べられている。火星の赤い夕暮れ空に連なる万国旗は、公国軍(ジオン)やネオジオンにクロスボーンバンガード、地球連邦、ユニオン、人革連、AEU、オーブにプラント、果ては様々なエースパイロットたちのパーソナルマークといった、ガンダム仕様となっていた。駐機場のど真ん中には巨大な和太鼓を乗せた櫓が組まれ、テイワズの組員らしい入れ墨の兄さんたちが、汗だくになって叩きまくっていた。櫓の周りにはNPCらしい和楽器の楽隊が練り歩き、賑やかな祭囃子を奏でている。

 その、煌びやかに飾り立てられた会場内を、数え切れないほどのGBOファイターたちが行き来している。連邦のノーマルスーツ姿、オーガスタ研のパイロットスーツ、色違いのガンダムマイスターの制服、場所にふさわしく鉄華団のジャケット姿のチームもいる。この時期の特別仕様なのか、浴衣や法被姿のアバターも多い。だがその服装に関係なく、ファイターたちはみな一様にテンションの上がった様子で、出店の食べ物や祭りの雰囲気に興じている。

 

「やれやれ、予想はしていたけれど……ビス子は本当にお祭り娘だね」

「そういうテメェも浴衣に団扇に金魚の袋じゃねェか、赤姫ェ。いつの間に用意したんだよ、そんなアバターをよォ?」

「ふふっ……私を誰だと思っているんだい、ビス子。ランク七七位、〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟ナノだよ?」

 

 なぜか自慢げなナノカは、あえての白地に真っ赤なハイビスカスが幾重にも咲き誇る、色鮮やかな浴衣姿。手に持った団扇と金魚の入った水袋も合わさって、夏祭りに来た良家のお嬢さん、といった感じだ。

 そんな二人の格好(アバター)を見ながら、エイトは自分の格好(アバター)を少し後悔していた。∀劇中の、ロラン・セアックが農作業をしていたときの私服。パイロットスーツは堅苦しすぎると言われたのだが、それ以外にエイトが持っているアバターはこれだけだったのだ。

 

(ナノさんにとって大切な大会……なんだけど、GBOのバトル以外の楽しみ方……僕も、もうちょっとやってみてもいいのかも知れないなぁ……)

 

 そんなことを思いながらぼんやりと視線を上げれば、原作ではでかでかと鉄華団のマークをペイントされることになる基地施設の壁面に、横断幕が掲げられていた。

 

【GBO運営本部主催大会〝ハイレベル・トーナメント〟予選会】

 

 そう、今ここは、この夏に二度行われる大規模大会の一つ――ハイレベル・トーナメントの予選会、その控室となっているのだ。そこら中を転がり回っているハロの頭をポンとたたけば、空中ウィンドウに大会ロゴマークとともに、現在の予選会の状況が表示される。

 全部で一五〇近いチームがエントリーしたこの大会だが、トーナメント本戦に進めるのは予選を突破した十二チーム、それに本部推薦のシード枠の二チーム、合わせて十四チームだ。

 土日の二日間に分けて行われるこの大会、一日目の今日は予選会〝トゥウェルブ・ドッグス〟が開催されている。

 

「もぐもぐ……はぁ。ナノさん、ナツキさん。僕らの試合までまだ少しありますし、予選会の様子、ちょっと見ておきませんか」

『タイカイ、ミルカ? タイカイ、ミルカ?』

 

 エイトはフランクフルトを何とか飲み込み、近くに転がってきたハロを抱き上げた。空中ウィンドウが投影され、大会インフォメーションが表示される。

 

「あァ、いいぜ。本戦であたることになるヤツらも、いるだろうしなァ」

「敵を知り、己を知れば百戦危うからず、だね」

 

 ナノカもナツキも、予選を突破することを微塵も疑っていない――それは、エイトも同じだった。ナノカの信頼に応えるには、〝奇跡の逆転劇〟を実現するには、予選程度で立ち止まっているわけにはいかないのだ。

 三人は頷き合って、近くのテーブル席へと腰を掛けた。いかにも夏祭りの出店の、といった安いプラスチック製のテーブルのど真ん中にハロを置いて、エイトは空中ウィンドウをタッチする。

 

『ジョウホウ、ドーゾ! ジョウホウ、ドーゾ!』

 

 予選会〝トゥウェルブ・ドッグス〟は、一つのフィールドに十二チーム・三十六機のガンプラが入り乱れる大規模バトルロワイヤル。予選会は全部で十二フィールド、各フィールドの優勝者が、本戦に駒を進めるというシステムだ。そしてさらに、各フィールドは四つで一つ、第一から第三までのブロックを構成している。エイトたちチーム・ドライヴレッドは、予選Jフィールド――つまりは十二のフィールド中の十番目、第三ブロックに割り振られている。

 ハロの表示によるとたった今、第二ブロックが始まったばかりらしい。自分たちの出番までに、すでに決着した試合のダイジェストを確認する時間ぐらいはあるだろう。

 

「えっと……第一ブロックの試合映像、もうアップされてますね。各フィールド、決勝トーナメント出場チームを中心に、で良いですよね?」

「そうだね、そうしよう。操作は任せるよ、エイト君」

「はい、ナノさん。じゃあハロ、頼むよ。本戦出場チームの戦闘映像を――」

『サイセイ! サイセイ!』

 

 エイトがいくつかのボタンをタッチすると、ハロが左右の羽根をパタパタさせ、試合の映像を投影し始めた。ナツキはかき氷の残りを口にかき込み、ナノカは扇子をパシンと閉じ、エイトは身を乗り出すようにして映像に見入った。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――予選第一ブロック・Aフィールド――

 

 フィールドは孤島。時間は夜。南国の樹々が生い茂る絶海の孤島に、それを取り囲む、真っ黒な夜の海。現実のサイズにして百キロメートル四方といったところだろうか。本来は、月明かりのみが頼りの狭い島内で、挟撃・闇討ち何でもありの乱戦が繰り広げられるべきフィールドなのだろうが……上陸しているガンプラたちの動きが、おかしい。皆一様に海に向かって銃火器を構え、何かにおびえるように身を寄せ合っている。ルールはバトルロワイヤルだというのに、明らかに複数のチームが協力し合っているような形だ。

 

『畜生、畜生っ! あのカエルどもめ! 次はどっちだ、どこからくるんだっ!』

『おい、ビビッて味方を撃つなよ。まずは全員であのカエルども狩って、それからうわあああああっ!?』

 

 どんッ、ぐしゃあああん――通信は雑音と共に途切れ、浜辺でGNロングライフルを構えていたジンクスⅢが撃墜された。他の機体たちはいっせいにその方向へ銃を向けるが、そこにあるのは燃え盛るジンクスⅢの残骸と、何かが飛び込んだらしい、暗い海面の波紋のみ。

 

『くそっ……このままじゃなぶり殺しじゃあねーか、クソガエルどもめぇぇぇぇッ!』

 

 フライトパック装備のM1アストレイが、我慢しきれないといった様子でビームライフルを辺り一面に乱射し始めた。狙いもろくにつけず、効果が薄いのも考えず、次々と真っ黒な海にビームを撃ちこむ。

 

『お、おい! 乱戦になったらカエルどもに付け入るスキを与えて……』

『お、俺も我慢できねえ! 撃てぇっ、撃っちまえ!』

『わ、わああっ! よ、予選なんかで負けてたまるかよぉぉっ!』

 

 ライフルを、キャノンを、マシンガンを、浜辺に集合していた十機以上のガンプラたちが、一斉に海に向かって乱射し始めた。ビームと実弾の入り混じった弾幕は爆音を響かせながら闇色の海面に吸い込まれていき、無駄なエネルギーを湯水のごとく消費していく。

 最後まで冷静さを保っていた黄色いアンクシャ(アッシマーもどき)のパイロットも、狂乱ともいえるこの状態にもはやなす術はなかった。

 

『えぇい、しょうがない。こうなったら、破れかぶれだ……がっ、は……っ!?』

 

 両腕のビーム砲を構えようとした、その時だった。背後の密林から染みだしてきたような濃緑色の太い腕が、無音でアンクシャの首を折り、続けて背中に太いナイフを突き立てた。

 

『か、カエル野郎……きさま……っ!』

「黙れ」

 

 無音でナイフをねじり、同じく無音で引き抜く。アンクシャが砂浜に倒れる時に少しだけ音はしたが、この狂乱のなかでそんな僅かな異変に気づく者などいない。濃緑色の腕は再び密林の闇に沈み、そのパイロットは秘匿回線で仲間に通信を送る。

 

「〝ヤドク〟より〝トノサマ〟へ、対象の無力化を確認」

「〝トノサマ〟了解。次は左のアストレイだ。対象後方のドライセンがバズーカを持っている、そいつの誤射(フレンドリーファイア)を装え。あとは勝手に潰しあってくれる。〝ガマ〟、敵集団の目を逸らせ。〝ヤドク〟、擲弾筒(グレネード)射撃用意。カウントから5セコンドで実行だ」

「〝ガマ〟、了解」

「〝ヤドク〟、了解」

「カウント。3、2、1、今」

 

 密林の奥で、輝度を押さえた仄暗いモノアイがピンク色に光る。その数は、二つ。同時、暗い海面の底でも、薄暗いモノアイがひとつ、揺らめいた。

 それからきっかり五秒後、真っ黒だった海面が突如盛り上がり、凄まじい飛沫を散らしてはじけ飛んだ。弾幕を張っていた地上のファイターたちの間に、一瞬の安堵が広がる。水中で威力が減衰されるとはいえ、あれだけのビームを撃ちこんだのだ。どれか一発が、あの一ツ目(モノアイ)ガエルを撃ち抜いていてもおかしくない。この水柱は、その爆発に違いない。いや、ぜひともそうであってくれ――

 

『や、やったか……!?』

 

 ドォォォンッ! 祈るように呟いたM1アストレイの背中を、巨大な爆発が襲った。フライトパックは大破爆散、M1アストレイはよろめきながらも何とか踏みとどまり、背後を振り返る。するとそこには、ジャイアント・バズを担いだドライセンがいた。その砲口からは、硝煙が白くたなびいている。

 

『な、何しやがるてめぇッ! カエル野郎さえ片づけりゃあ、すぐに裏切ろうってか畜生め!』

『ち、違う! 私じゃない! や、やめぎゃあっ!』

『おいやめろ、やり過ぎだ! 一応は同盟を組んだ仲、ぐはっ!? おい卑怯だぞお前ッ!』

『や、やだっ! オレたちが本戦に進むんだ! おまえらは先に死ねぇぇっ!』

 

 そこから先は、泥沼だった。疑いが恐怖を呼び、疑心暗鬼が引き金を軽くする。銃声、砲声、爆発音。悲鳴と怒号、装甲を裂くビームサーベル。

 ものの三分とかからず、十機以上いたガンプラたちは同士討ちにより壊滅した。

 

『へっ、へへっ……い、生き残ったぞ畜生め! カエル野郎も落として、他の奴らも全滅だぁっ! オレのチームが本戦に、ぐがッ!?』

 

 瓦礫の山の中に立った一機、満身創痍で立っていたM1アストレイ。その首筋に、分厚く野太いアーミーナイフが突き立てられていた。それは人間であれば、確実に脊髄を断ち切る致命的な一撃。

 ナイフの柄を握るのは、ずんぐりとした巨体。森林迷彩を思わせる濃緑の装甲に、太い腕と足、半ば胴体にめり込んだような単眼(モノアイ)タイプの頭部。

 

『か、カエル野郎……てめぇ、謀った、な……ッ!』

「その通りだ。我が作戦指揮に狂いはない」

 

 一切の無駄なく、ナイフを引き抜く。オイルをまるで血のように噴き出しながら、M1アストレイはがっくりと砂浜に倒れ伏した。

 オイルの血を浴び、月明かりに照らされたそのガンプラは、さながら無言の殺人マシーン。ネオジオンのミサイル庫とも揶揄された重爆撃型MSを、大胆にも特殊部隊仕様に改造した機体。その名を、ズサ・ダイバーという。

 

「〝トノサマ〟よりフロッグメン各機へ。状況は終了した。帰投し、休息。本戦に備えよ」

「〝ガマ〟、了解」

「〝ヤドク〟、了解」

 

 ズサ・ダイバーは砂浜中に広がる瓦礫の山を一顧だにせず、無音でその場を立ち去るのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「――チーム・フロッグメン。特殊部隊仕様のズサか。造形と戦闘スタイルを見るに、水陸両用に改造しているね。ズサなのにミサイルをあまり使わないとは、そのスペースに何か別のモノを詰め込んでいるのか……?」

「けッ、ちまちま小細工しやがってよォ。本戦であたったら、出会い頭に一発ブチ撒けてやるぜ」

「公開情報によると、三人ともレベル6、つい最近GBOJランキング三〇〇位以内に入ったばかりらしいです……けど、映像を見る限り、ランキングでは強さを測りづらいチームみたいですね」

「要警戒、だね。さて、エイト君、次に行こうか」

「はい。ハロ、次を頼むよ」

『ハロハロ! ツギ、ツギ!』

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――予選第一ブロック・Bフィールド――

 

「わーっはっはっはっはっはっは!」

 

 いっそ清々しいほどの高笑いが、声高らかに響き渡る。

 フィールドは宇宙、軌道エレベータ近海宙域。青々とした弧を描く地球が背景の半分を埋め尽くす、かなりの低軌道だ。宇宙空間を垂直に貫く軌道エレベータと直角に交差するように、黄金の飛行物体が翔け抜ける。

 機首形状が独特で、カラーリングはド派手な金(ゴールドメッキ)だが――その機体はどうやらAGE-2ダークハウンド、そのストライダー形態のようだ。

 

「遅い! 遅い遅いおっそーーいっ! 遅すぎるわよ、どいつもこいつもーっ!」

 

 ぐんぐん速度を上げていく金色のダークハウンドに追いすがるように、十機数分のバーニアの光が加速を続ける。その中にはゼータ系のウェイブライダーやファトゥム01に乗った∞ジャスティスの姿もあったが、両者の距離は離れていく一方だ。あまりにも大きすぎる加速性能の差に、大半のガンプラは追いかけっこを諦め、足を止めての射撃へと切り替えだした。

 何丁ものビームライフルが一斉に火を噴くが、金色のダークハウンドは、Xラウンダー顔負けの曲芸飛行で掠ることもなく身を躱す。そして、

 

「よーっし、足を止めたわねっ。スケさん! カクさん! やっちゃいなさーいっ!」

「へいへーい」

「了解ダ!」

 

 突如、軌道エレベータの壁面が、大爆発して吹き飛んだ。凄まじい速度でぶっ飛んでくる瓦礫を何とか躱したヤクト・ドーガの顔面に、通常の倍以上はある巨大な掌打が叩き付けられた。

 

「どすこぉぉぉぉイッ!」

 

 直撃、粉砕、木端微塵。ヤクト・ドーガは顔だけでなく上半身すべてが粉々に吹き飛び、宇宙の彼方へとすっ飛んでいった。

 

「Iフィールド・ビーム・ハリテ……スモー・レスラー、アイル・ビー・ヨコヅナチャンプ」

 

 人間ならば、筋骨隆々の巨漢とでも表現すべき巨体。機体のベースはモビルスモーだが、細部の改造は大胆かつ緻密。金色塗装(ゴールドメッキ)されたその両腕は並のMSの脚部よりも太く、張り手の一撃でここまでの破壊力を発揮できたのも頷ける。

スモーのファイターであるドレッドヘアの大男は、南米系の色黒な顔に満足げな笑みを浮かべた。

 

「拙者のフジヤマ・スモー、今日も絶好調ダ」

「おいカークランド、そのデケェ図体どけな」

 

 ビュオッ、ビュオォォォォッ! 震える様な、独特なビーム放射音。激しく渦を巻くビーム弾(ドッズ・ライフル)が、次々とガンプラたちを撃ち抜いていく。その射線を逆に辿っていけば、破断した軌道エレベータのシャフトから顔をのぞかせる、長銃身のドッズライフルが目に入る。

 

「ま、どかなくても撃つけどな。オレの百錬式(ヒャクレンシキ)の、射界に入った時点でよ」

 

 その長銃を構えるのも、やはり金色塗装(ゴールドメッキ)のガンプラ。ベースは鉄血のオルフェンズよりテイワズ開発の万能型高性能機、百錬。それを百式カラーにリペイントしている。そして背部には、これも百式を思わせるウィングバインダーを背負っていた。

 

「フ、フ、面白イ。やってみるカ、サスケ?」

「おいおい熱くなるんじゃねーよ、軽い冗談だろ。気楽に行こうぜ(テイク・イット・イージー)力士の大将(ヨコヅナ・チャンプ)?」

 

 バトル中にも関わらず、味方同士で火花を散らすフジヤマ・スモーと百錬式のファイター。しかし、その二人の間に割り込むように、金色のダークハウンドが急激な弧を描いて戻ってきた。

 

「ちょっと二人とも、バトル中でしょーが! いい加減にしなさいっ!」

「へいへーい、おかしら」

「すまヌ、おかしら」

 

 言いながら、ビームハリテとドッズライフルで、さらに一機ずつを撃破。

先ほどの半分ほどとなった弾幕をすり抜けながら、金色のダークハウンドは敵集団に突撃した。

 

「もーっ! アタシのこと、おかしらって言わないのっ。アタシは――ッ!」

 

 突っ込みながら、ストライダー形態からMS形態へ。グラハムスペシャルを思わせる卓越した技量で、一切速度を落とさずに変形を完了。そこに現れるのは、X字型のスラスターを背負った、金色のAGE-2ダークハウンド。その右手には、湾曲した分厚いビーム刃を噴出するビームカトラスが握られている。

 

「AGE-2リベルタリアを駆る、黄金郷(エルドラド)の女海賊! キャプテン・ミッツさまよーっ!」

 

 高らかに叫びながらビームカトラスを振り下ろし、掲げられたシールドごと∞ジャスティスを両断する。機体を逆袈裟に斬り裂かれた∞ジャスティスは、一瞬の間をおいて爆発。リベルタリアの金色の装甲はその爆炎を反射して、より煌びやかに輝いた。

 

「わーっはっは! さーて敵さん、あと何機かしらっ?」

「何機でも、来イ。おかし……キャプテンは、オレが守ル」

「海賊稼業も楽じゃない、ってな……!」

 

 三機の金色のガンプラはそれぞれに、掌打を、長銃を、曲剣を構え、残り少なくなった敵集団へと突撃していった。リベルタリアのファイターは――コテコテの海賊コスプレをしたプラチナブロンドの小柄な少女は、声高らかに宣言した。

 

「チーム・エルドラド! この大会も、アタシたちがぶんどるわーっ!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「チーム三人とも金ピカかよ。すげェセンスしてんなオイ」

「そうですね! カッコいいですね!」

「確かに格好はいいけれど……エイト君。まさか今から私たちも金メッキしようなんて、言わないでおくれよ? 時間も資金も、ちょっとばかり厳しいなあ」

「い、いやまてテメェら! まずアレ、カッコいいのか? 全身金ピカだぞ? 実戦ならただのアホだぜ、ありゃァ!? あんなの正気でできるのはグラサンの大佐ぐらいだぜ!?」

「……まあ、冗談はともかく。あの塗装(ゴールドメッキ)にはABC(アンチビームコーティング)効果もあると見た。チーム内の役割分担も明確だね。意外と、私たちとタイプの似たチームかもしれないよ、ビス子」

「ま、マジでか。オレたちャあいつらのお仲間扱いかよッ!?」

『ツギ、イクゾ! ツギ、イクゾ!』

「ああ、ごめんよハロ。ナノさん、ナツキさん。次の映像、出しますね」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――予選第一ブロック・Cフィールド――

 

 漆黒の闇を照らす、砂漠の夜空の蒼い満月。冷たい月光を遮るように、光が激突した。

 片方は、計三発のサテライトキャノン。マイクロウェーブの恩恵を受けた光の激流が迸る。

 もう片方は、これも計三発分のツインバスターライフル。核シェルターすら破壊する黄金の光が、猛烈な熱量を伴って放出される。

 双方の光は粒子の欠片を散らしながら押し合い――そして、

 

『くっ、押し負けるのか……さ、サテライトキャノンだぞぉぉぉぉ!』

 

 均衡は崩れ、勝負は決まった。サテライトキャノンを押し切った圧倒的なエネルギー量がガンダムXを、そしてその左右に付き従っていたチームメイトのGビットを光の中に飲み込み、全てを押し流していった。

 

『フ……安らかに眠れ、我が好敵手よ。我が〝呪われし右眼(カースド・ライト)〟の糧となれ』

『ククク……俺達の相手を務めるには、世界の闇を知らなすぎるんだよ、お前ら』

『悲しいね、戦争なんて。許しておくれよ、僕たちが強過ぎることを』

 

 そして月夜に残るのは、悪魔的なシルエットを持った、三機のガンプラ。悪魔の翼(アクティブクローク)を装備した黒いウィングゼロカスタム、黒地に金の装飾(エングレーブ)が施されたエピオン、そして黒い堕天使の翼(ウィングスラスター)を装備したデスサイズヘルカスタム。なぜか三機とも大型の実体剣と、ツインバスターライフルを装備している。そして三機のファイターは三人とも体のどこかに包帯を巻いており、そのうち二人は片目に眼帯をつけていた。残りの一人は漆黒の仮面をつけている。

 

『前世からの因縁に従い、この戦場に馳せ参じたが……こうも歯応えがないとは。約束の地は、今ここではなかったということか』

 

 黒いゼロカスタムのファイター、GBOJランク第一〇三位〝痛覚遮断(ペインキラー)〟龍道院煌真は、「やれやれだぜ」とでも言いたげに首を振った。

 眼下を見下ろせば、すでに撃墜したガンプラたちがいくつも転がっている。このトゥウェルヴ・トライブスもすでに終盤、ウィンドウを開いて戦況を確認すれば、残るチームはすでにあと二つ。自分たちと、もう一つだけだ。

 撃墜スコアでは、自分たち――チーム・黒ノ聖騎士団(ノワール・レコンキスタ)が三チーム・九機を撃破。その間に相手チームは、七チーム・二十一機を撃破している計算になる。間違いなく、手練れだ。

 

『どんなチームかは知らねぇが、俺達の敵じゃねぇ。そうだろう〝凶星〟?』

『フッ……その名で呼ぶなよ、〝黒刃〟。今の俺は普通の中学生、龍道院煌真でしかないぜ』

 

 煌真はニヤリと、口の端を釣り上げるように笑った。少し陰のある感じを演出するのが重要だ。

 

『あ、せんぱ……じゃない、煌真さん。敵の反応ですよ』

 

 それが、デスサイズのファイターの、最後の言葉となった。

 

「落ちやがれ!」

 

 ドッ、ヴァアアアアアアアア!! ガンプラを丸ごと呑み込むほどの極太のビームが、まるでビームサーベルのように振り回された。

 デスサイズは機体の半分が一瞬で消滅し、あっという間に撃墜判定を下される。直前で身を躱したゼロカスタムは無傷だったが、エピオンは腰に下げた実体剣の刀身を半分ほど持っていかれてしまった。

 

『い、一撃……だと……!?』

『くそっ、来るぞ〝凶星〟! 下だ!』

 

 驚愕する煌真が慌てて地表に目を移すと、月明かりだけが照らす荒涼たる砂漠を、ホバー走行で駆け抜ける機影が確認できた。背中の太陽炉からGN粒子を吹き散らし、金属光沢の蒼(ブルーメタリック)の装甲に月光を照り返す、三機のガンダムタイプ。

 彼らは、チーム・ブルーアストレア。エクシアの試作型、アストレアの名を冠するチームだ。彼らのガンプラは当然、アストレアをベースとしている。その機体名は、チーム名と同じく――ブルーアストレア。

 

「ちっ、一機だけかよ。オレの攻撃を避けてんじゃねえよ」

 

 GNビームバズーカを振り回していた機体、ブルーアストレア一号機のファイターが、怒ったような三白眼を一層つり上げて、不満げに呟く。

 

「まぁまぁカリカリしなさんな、ってね。ユウ兄ぃにしちゃ、上々じゃん。きゃはは♪」

 

 両手に二丁のGNビームライフルを構えた二号機のファイター、口元から八重歯の覗くボーイッシュな少女が、けらけらと笑った。

 

「ユウ、ヤエ、無駄口はやめろ。油断大敵だ」

 

 両腕にGNソードとGNシールドを装着した三号機のファイター、理知的な銀縁眼鏡の男が、他の二人をたしなめた。

 

「一意専心、一気呵成だ。散開するぞ、あとはいつも通りだ」

「りょーかい、ヨウ兄ぃ。やっちゃるぜーっ♪」

「おいヤエ、落とすのはオレだからな。横取りすんなよ!」

「まったく、騒々しい弟妹だ……チーム・ブルーアストレア! 疾風怒濤、攻め立てる!」

 

 三機の蒼いアストレアは、長兄・ヨウの合図で一斉に散開した。砂漠の砂を巻き上げながら弧を描くようにホバー移動、上空の煌真たちに牽制射撃を繰り返しつつ、包囲する。

 

『ふ、フンッ! この程度の窮地、前世で何度も……ぐはっ!?』

 

 次々と射ち上げられるGNビームの弾幕が、ゼロカスタムとエピオンの装甲を削っていく。牽制の中に織り交ぜられる本命の一撃が、非常に的確――いや、三機のブルーアストレアたちのフォーメーションによって、その位置に追い込まれているのだ。

 GNビームバズーカがエピオンのウィングを掠り、塗装がジュワリと音を立てて溶け落ちた。エピオンのファイターの頬を、冷たい汗がつーっと伝う。

 

『く、くそっ。これじゃジリ貧だ……こいつは使いたくなかったが、仕方ねえ!』

『お、おい〝黒刃〟! まさかお前、あの禁断の力を……!』

『へっ、そうさ……こいつは、俺の命を吸って輝く、禁断の呪法……師匠、使うぜこいつを。言いつけを破ってすまねぇが、すぐに俺もそっちに行くから地獄で待っててくれよな……!』

『やめろ〝黒刃〟っ! それを使えば、機体もお前も、ただでは――』

『破邪ッ! 龍皇ッ! 神獄剣ッ! うおおぉぉぉぉッ!!』

『こ、〝黒刃〟――――ッッ!!』

 

 こんな時でも脳内設定に忠実な二人は感情たっぷりに叫び、エピオンは折れた実体剣からビーム刃を噴出させて地上へ急降下した。狙うのは、GNビームバズーカを持ったブルーアストレア一号機。重く大きく取り回しづらい重火器を持ったままでは近接格闘はやりづらいだろう、という読みがあっての突撃だった。しかし、

 

「おいアニキ!」

「使え、ユウ!」

 

 一号機は突然バズーカを投げ捨て――いや、三号機へと投げ渡した。同時、三号機は一号機へ向かって、右腕のGNソードを放り投げている。ユウは当たり前のようにGNソードを受け取り、右腕に装着、GN粒子コーティングされた刀身を展開。まるで最初から自分の武器だったかのように、自然な動作で構えを取った。

 

『な、なにィィっ!?』

「ほーら、よっとお!」

 

 一閃、胴切り一文字――真横に振り抜かれたGNソードは、エピオンを横一文字に切り裂いた。

 

『こ、〝黒刃〟が……こうもあっさりと……!』

 

 上半身と下半身に分かれて砂丘に倒れるエピオンの姿に、煌真はわなわなと手を震わせた。回避運動が鈍った瞬間、ブルーアストレア二号機のライフルがゼロカスタムのバックパックを直撃し、アクティブクロークが大破する。メインバーニアを失ったゼロカスタムは、衝撃と共に砂漠へと墜落してしまった。

 

「きゃはっ、落ちた落ちた♪」

「へっ、まだ撃墜じゃねえ! あいつもオレがいただくぜ!」

「あーっ、ユウ兄ぃずるい! ヨウ兄ぃ、バズーカ貸してバズーカ!」

「まったく。油断大敵だと……まぁいい。ほら、使え」

 

 GNソードを振り上げ、飛びかかってくる一号機。その後方では二号機と三号機が武器を投げ渡して交換し、GNビームバズーカの砲口がこちらに向けられた。

 

『ゼロ……俺に、未来を……』

 

 ――見せられるまでもない。GBOJランク第一〇三位〝痛覚遮断(ペインキラー)〟龍道院煌真の率いるチーム・黒ノ聖騎士団(ノワール・レコンキスタ)は、今大会において、予選敗退が決定したのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「会話から察するに、ガンプラ好きの三兄妹でのエントリー、ってところだね。……少しばかり、羨ましいかな」

「武器の共有と高練度のコンビネーション。チームの全体として全距離対応の万能型ってェ感じだなァ。一機ごとには武装が最低限、その分軽くて高機動、か。なかなか考えてるじゃあねェか」

太陽炉(GNドライブ)の出力も気になりますね。気軽にポンポン撃っていましたけど、あのGNバズーカ、ハイメガランチャー並みのビームでしたよ。細身の機体でしたけど、すごい粒子貯蔵量だ」

『ツギ、イクゾ! ツギ、イクゾ!』

「そうだねハロ、頼むよ。えっと、Dフィールドの本戦出場チームは……」

『サイセイ! サイセイ!』

 

 ハロが機械的に告げ、映像の再生を始める――そして、数秒。映し出された光景に、エイトたちはただ、絶句するしかなかった。

 

「なっ……ど、どうなってるんです、これっ……!?」

 

 




第二十七話予告

《次回予告》

「さーって、〝ハイレベル・トーナメント〟本戦出場をかけた予選大会〝トゥウェルブ・トライブス〟の第一ブロックが終了しましたぁぁ! 現時点で予選突破が決定しているのは、次の4チームですっ♪
「謎の特殊部隊、闇討ち集団、カエル野郎! 技巧派、チーム・フロッグメン!
「キンピカキラキラ、ゴールドメッキ! 元気いっぱいの海賊娘が率いる、チーム・エルドラド!
「トリニティを思わせる三兄妹のチームワーク、高出力太陽炉が粒子を散らす、チーム・ブルーアストレア!
「そして、予選では異常なほどに短い試合時間で敵機を全滅させた実力派、チーム・ゼブラトライブ!
「どのチームも個性的で、ワタシ、もうきゅんきゅんしちゃってまぁぁぁぁすっ☆」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第二十七話『トゥウェルヴ・トライブスⅡ』

「ガンプラネットアイドルにして〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟が十位、ワタシことゆかりんの名司会により、第二ブロック以降の予選も、順調に進行中でございまぁぁすっ♪ ……なんちゃって☆
「さてさてそれではぁぁっ♪ 本大会予選後半にむけてーっ! さあ、みんなも一緒にーっ! せーのっ、ゆっかゆっかりーんっ☆」



◆◆◆◇◆◆◆



今回は、投稿のペースアップを頑張ってみました。人間、やればできる!(笑)
まだエイトたちが戦ってもいないのにまるまる一話使ってしまいましたが、これ、まだ予選なんですよ。トーナメント始まってもないんですよ。長くなりそうな予感。そして自分で「やる」と言っておきながら、出場ガンプラ作りが果たしてどの程度できるのか……頑張ろうと思います!
感想・批評お待ちしています。どうぞよろしくお願いします!


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Episode.27 『トゥウェルヴ・トライブスⅡ』

 

――予選第一ブロック・Dフィールド――

 

 試合の舞台(フィールド)に選ばれたのは、ガンダムUCにおける始まりの地、インダストリアルセブンだった。時間帯は夜。円筒形コロニー特有の左右がせり上がった地平線、そこに張り付くように立ち並ぶ建造物たちの窓には煌々と明かりが灯っている。

 

『この戦場、静かすぎないか……?』

 

 コロニーの空を行くGP-00ブロッサムのファイターが、不安げに呟いた。

 

『……ああ、そうだな』

 

 そのやや上空、ビームマシンガンを構えて飛行するGP-04ガーベラのファイターも、言葉少なに同意する。その額には、本人にも理由の分からない脂汗をかいている。

 

『なあリーダー、ニュータイプ気取りじゃないけどさ……なんかヤベェぞ、このフィールド』

 

 二機の後衛を務めるように地上をホバー走行するGP-02(MLRS装備)のファイターは、少々神経質すぎるほどにレーダー画面を確認しながら、言った。

 彼らはチーム・GPIFビルダーズ。以前のレギオンズ・ネストでナノカとナツキのタッグになす術もなく敗退したチームだったが、その後研鑽を重ね、GBOJランキング一〇〇〇番以内まで一気に駆け上がる成長を遂げていた。

 このハイレベル・トーナメントへのエントリーは彼らなりの力試しだったのだが――しかし。何かが。いつもと違う。

 

『コロニー内なんて、そう広いフィールドじゃない。そこに十二チーム、三十六機も詰め込まれてんだぞ? それなのに……』

『……敵影が、ない』

 

 宇宙世紀作品がモデルのフィールドだが、ミノフスキー粒子は濃くない。このフィールドに割り当てられたチーム全員が全員、ミラージュコロイドやハイパージャマーを装備したガンプラばかりなどという偶然、あるわけがない。しかし現実、各種センサーに敵影はなく、真夜中の市街地はしんとした沈黙に包まれているのだ。

 

『システムの不調か? いや、運営本部主催の大会だぞ、そんな初歩的な……』

 

 ブロッサムを駆るチームリーダーは言葉では否定しつつも、あまりにも静かすぎる戦場に、そんな考えを持たずにはいられなかった。もしくは、自分たち側の回線の問題だろうか。GBOはネット対戦ゆえに、回線切れを起こしてしまえばフィールド上に自分たちだけ、などという事態もあり得るのかもしれない。もしそうなら、運営に連絡を取って予選についての救済措置を申し出るか……

 リーダーがそこまで考えたとき、フィールドに変化が起きた。

 コロニーの家々の明かりが、一斉に消えたのだ。何の前触れもなく突然に、まるで蝋燭の火を吹き消すように。

 

『敵襲かっ!? 各機、散開っ!』

 

 ブロッサムはバーニアの出力を上げ、鋭い機動でその場を離れた。地上スレスレまで降下し、ビルの群れを遮蔽物代わりにしながらビームライフルを右に左に差し向ける。

しかし、やはり、見える範囲には何もいない。灯りの消えたインダストリアルセブンの街並み、暗闇の中で静かに唸る地盤製造機構(メガラニカ)。コロニー中央軸の太陽灯すら消灯した暗闇の中に、ブロッサムただ一機だけが飛行している――ただ、一機だけが。

 

『……ん? おい、お前らどこにいるんだ?』

 

 先ほどまで仲間の顔を映していた通信ウィンドウが、真っ黒な空白となっている。リーダーは何度かコンソールを叩くが、通信機能は正常だ、というメッセージだけが返ってくる。正常に、真っ黒な空白を映している(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

『おいおい、マジかよ……ッ!』

 

 リーダーは、背筋に寒いものが走るのを感じた。

 右を見ても、左を見ても、レーダーを何度見直しても。

 このフィールドには、自分一人だけしかいない。

 

『お、おいどこ行った! 応答しろ、おい!』

 

 ブロッサムは地上に降り、操縦者の焦りと恐怖がそのまま表れたかのように、ぐるぐると周囲を見回した。ライフルの銃口を深い暗闇のあちこちに向け、機体のカメラやセンサーだけでなく、ライフルの照準器でも味方を捉えようとする――が、反応はなし。

 

『ど、どうなってるんだ! て、敵の攻撃? こ、攻撃なのかこれはっ!?』

「……おばかさぁん」

『敵ッ!?』

 

 反応、敵影!? リーダーは反射的にビームライフルをそちらへ向けるが、さらなる異常事態にリーダーの思考はさらに混乱した。

 ライフルが、消えた。

 ついさっきまで残弾数を表示していた武器スロットは突然〝残弾無し(ゼロ)〟になり、機体状況表示(コンディションモニター)はライフルの〝武器喪失(ロスト)〟を示した。

 

『な、に……ッ!?』

「それで、終わりぃ……?」

 

 通信機越しのはずなのに、まるで耳元で突然囁かれたかのような、湿り気のある独特の声色。

 リーダーは錯乱寸前になりながらもビームサーベルを抜刀――したが、ビーム刃が、出ない。悲鳴を上げそうになるのを我慢してバルカンのトリガーを引くが、弾が出ない。いや正確には、武器スロットの表示上は残弾数が減っているのだが、実際には弾が出ていないのだ。

 

『あ……なっ……!?』

「……なぁんだ。あなたも、その程度ぉ……?」

 

 しっとりと色っぽく、絡みつくような声。ブロッサム背後の闇から染みだすように、艶のない白亜のモビルスーツが現れた。額には、特徴的な一本角。一見すると無改造のユニコーンガンダムに見えるそのガンプラは、ゆっくりと無音でブロッサムに両腕を絡めた。

 

「もう、飽きちゃったからぁ……」

 

 ユニコーン全身の装甲が、いやらしいほどにゆっくり、ゆっくりと開かれていく。角が開き、顔が変わり、NT-Dの発動にしてはあまりにも静かすぎる変身。そして現れたサイコフレームの色は、ニュータイプ神話の破壊者たる〝赤〟でもなく。可能性の獣として、人の心の光を示した〝緑〟でもなく。二号機(バンシィ)の〝金〟や三号機(フェネクス)の〝青〟でもなく。

 

『な……何が、どう、なって……!?』

「……いただきまぁす♪」

 

 ――闇よりも深い、〝黒〟だった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「なっ……ど、どうなってるんです、これっ……!?」

 

 何とか絞り出したエイトの言葉に、ナノカもナツキも答えられない。いつもなら素早く考察を返してくれるナノカも、全てブッ飛ばせばいいと威勢よく言ってくれるナツキも、眉根にしわを寄せて考え込むばかりだ。

 試合時間、わずか二分十一秒。レベル5以上の猛者たちが集まったはずの十一チーム三十三機のガンプラたちは、そのすべてが黒いサイコフレームのユニコーンに撃墜されたのだ。他のフィールドが早くても十分近くはかかっていたことを考えても、異常としか言いようがない。

 メイジン・カワグチ曰く、「ガンプラは自由だ」――昨今のガンプラバトルはこの言葉を具現化するかのように、様々な特殊機能や奇想天外な造形が咲き乱れる黄金時代となっている。しかしそれにしても、この状況は異常すぎたのだ。

 チーム・ゼブラトライブ、黒いサイコフレーム。異常な技術の正体は……?

 

「粒子変容、やなー。えげつないマネするなぁ、ホンマに」

 

 重苦しい空気を打ち破るように、少女が現れた。エルピー・プルとほとんど変わらないような幼い体格の少女は、まるで遠慮というものを見せずにハロの上に飛び乗った。突然の狼藉に、ハロは『ハロ! ハロ!』と羽をパタパタさせながらもがくが、少女はニコニコとニヤニヤの中間ぐらいの笑みを浮かべてハロの上にだらりとのしかかるのだった。

 

「ね、姉さん……電脳世界(オンライン)でもフリーダムだね……」

 

 エイトは溜息をついた。少女のぴょこぴょこ跳ねる短いツインテールの上には、「BFN:エリィ(Lv.5)」のネームタグが浮かんでいる。神戸心形流のエースにしてエイトの従姉、アカツキ・エリサのアバターだ。

 エリサがエイトの最速記録を塗り替えてたった一日でレベル5まで上がり、今大会にエントリーしたことはGBO内でもすでに有名になっている。近くにいた他のファイターたちがエリサの方をちらちらと見ながらざわついているのが感じられる。

 

「あれが最速記録の……まだ小学生じゃねぇか」「かわいいなぁ。げへへへへ」「見たかよ、あのスパローの改造機。マジで忍者みたいだったぜ」「チームメイトの重装型もヤバい火力だよな」「もう一機の格闘型もすげぇ拳法使いだったぜ」「ようじょ! ようじょ!」「レベル5まで一日とか、チートに決まってるだろ……え? ガチなの?」「バブみがある。尊い。ペロらざるを得ない」

 

 ……いくつか、ファイターというか人としてヤバげな声もあるようだが。

 しかし当のエリサは、そんな視線や囁きなどどこ吹く風。じたばたするハロをバランスボールのように器用に乗りこなしながら、先ほどの試合映像を再生したり巻き戻したりしている。

 そんなエリサの様子に若干眉をひそめながら、ナツキがエイトにひそひそと耳打ちをしてきた。

 

「……なあエイト。このロリっ娘、やけに馴れ馴れしいけど何なんだァ?」

「あぁ、そうか。ナツキさんは初対面ですね。アカツキ・エリサ、僕の従姉です」

「へェ、エイトの妹分かよ。まァ、よく見りゃ目ェなんかそっくり……」

「いや、姉です。ナツキさんと同い年ですよ、エリサ姉さんは」

「はァ? おいエイト、ジョークのセンスが悪ィぜ。どー見ても小学生だろコイツは」

 

 エイトとナツキがエリサと初対面の人間が必ずやるくだりをしている間に、ナノカはエリサの隣に席を映し、一緒になって映像ウィンドウを覗き込んだ。

 

「どうです、お義姉さん。このガンプラの特殊機能(スキル)……私には皆目、見当もつかない」

「んー……ようわからんステルス機能だけならまだしも、舞台装置(フィールドオブジェクト)や相手の武器弾薬そのものにまで干渉するやゆうレベルは、ウチでも無理やなー。設定とか作り込みとか、どないしとんか……んっふっふー」

 

 いつものように笑ってはいるが、エリサの目付きは真剣そのものだ。心形流の極意を体得するエリサにすら謎と言わしめる、ユニコーンもどきの特殊機能。ナノカもまたビルダーとしていたく興味を引かれたが、それ以上に、ファイターとして危機感を覚えていた。武器やフィールドそのものに干渉するなど、ほとんど反則の様なもの(チート)だ。そんな攻撃、防ぎようがないではないか――

 

「あいや! エリエリ、見つけたヨー!」

 

 良く通る女声、そして駆け込んでくる女性。ロケット弾のように突っ込んでくるそれ(・・)を察知したエリサはアムロ・レイばりの反応速度でハロの上から飛び退き、エイトの背中に身を隠した。

 

「え? 姉さん、何を」

「エリエリぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ♪」

「げふぁっ!?」

 

 ぼごおぉぉっ! 細長いロケット弾がエイトの鳩尾を直撃した。アバターでなかったら即死だったよ……などとエイトが思う間もなく、頭から突っ込んできたロケット弾、もとい、長身痩躯の女性のアバターはエイトの背後に回り込み、これでもかというほどエリサに抱きつき頬ずりをした。

 

「んもぉー、エリエリぃ♪ 愛しのメイファを置いて行くなんて、いけずネー♪ そんなにつれないとぉー、カラリと揚げて甘酢を絡めて野菜と一緒に酢豚にぶち込むアルヨー?」

「や、やめぇやメイファ! わかった、わかったからぁ~~っ!」

「んもう、エリエリかーーわーーいーーいーーっ♪」

 

 摩擦熱で火がつくのではないかというほどの、猛烈な頬ずり。そのアバターはナノカやナツキにも負けず劣らずの長身を煌びやかなグリーンのチャイナドレスに包んでおり、スタイルに起伏こそ少ないものの、まさにスレンダーな中華美人といった容姿だった。

 

「チャイナ美女だ!?」「チャイナ服の生足スリットだ!?」「おねロリでガチレズだ!?」「若干ヤンデレだ!?」「バブみがある! 尊い! ペロらざるを得ないッ!!」

「散れェ変態どもォォッ! ブチ撒けるぞゴラァァァァッ!」

 

 血走った眼で集まってきた変態ファイターの群れにナツキが机やら椅子やらハロやらをブン投げ、散らす。ナノカは白目をむいてダウンしていたエイトを「やれやれ」と首を振りながら助け起こした。

 

「……まったく、シリアスなムードが台無しだね。あの女性は知り合いかい、エイト君」

「は、はい。姉さんの心形流の、同門というか、熱心なファンというか、あー、その……」

 

 頬を紅潮させ至福の表情でエリサの平らな胸に顔面をこすり付けるチャイナ服の美女・メイファ。さっきまでとは打って変わって、心底迷惑そうな表情でメイファの頭を押さえつけるエリサ。しかしメイファはすらりと細い手足のどこにそんなパワーがあるのか、けっしてエリサを離そうとしない。そんな光景を目の前にして、どこから説明したものかとエイトは悩む。

 

「今は、チームメイトだ」

 

 言いよどむエイトの肩に、大きな掌がポンと置かれた。見上げれば、デカい体に広い肩幅、四角く厳つい顔面に、似合わない細い眼鏡。アバター頭上のネームタグには〝テンチョー(Lv.7)〟と表示されている。

 

「姐御がこの大会にエントリーするって言うから、神戸の道場に強くて暇なヤツいるかって聞いたんだが……まあ、予想通りっちゃあ予想通りのヤツが手を挙げたってワケだ」

「あはは……メイファちゃん(・・・)、相変わらずですね……」

「神戸じゃ〝エリエリが足りない〟とかって拗ねてたそうだ。まったく、迷惑なお子ちゃま(・・・・・)だぜ……ってな感じだが、もっと説明がいるかい、ナノカちゃん」

「いや、店長。だいたい把握したよ。これ以上聞くのは、遠慮しておこうかな」

 

 きゃいきゃいと子猫のケンカのようにくんずほぐれつのエリサとメイファ、力任せに変態どもを蹴散らすナツキ。先のユニコーンの特殊機能はどうにも気になってはいたが、エイトは気持ちを切り替えることにした。ぐるぐると目を回していたハロの頭をポンと叩き、「ありがとう」と言って机から降ろす。

 

「店長たちも、予選は第三ブロックでしたよね」

「ああ、フィールドはエイトたちとは違うがな。ま、お互いにラッキーだったと言っておこうか?」

 

 店長は白い歯を見せてニカっと笑い、大きな掌でエイトの頭をぐしゃぐしゃと撫でまわす。エイトはぐわんぐわんと頭をゆすられながらも、好戦的な笑みで店長に応えた。

 

「もし一緒のフィールドでも、勝ちに行かせてもらってましたよ」

「ほう、言うじゃねぇか! でもまあ、その意気……」

「その意気だぜェ、エイト!」

 

 ぱぁんっ、と威勢のいい音を立て、ナツキの掌がエイトの背中に叩き付けられた。変態どもを蹴散らして帰ってきたナツキは、エイトの隣にどんと腰を下ろし、溶け始めていたかき氷を一気にかき込んだ。安っぽいストロースプーンを口の端に加えたまま、店長を睨んで啖呵を切る。

 

「オレたちにゃ、譲れないモンってのがあるんだよォ、店長サンよ! ……あだだ、頭キーン来たキーンっ!?」

「な、ナツキさん大丈夫!? かき氷イッキ食いなんてするから……!」

「まったく。肝心な所で締まらないなあ、ビス子は」

「威勢のいい宣戦布告だなあおい! がはははは!」

「ちょ、ちょっとカメちゃん手ぇ貸しぃや! う、ウチもう無理ぃ~!」

「あぁんエリエリの良い匂い久しぶりはすはすはすはすはすはすはすはすぅぅぅぅ♪」

「な、ど、どこ嗅いどんねんこのボケぇーーーーっ!!」

 

 急な頭痛に悶えるナツキ、背中をさするエイト、苦笑いするナノカ、爆笑する店長。少し離れて、まとわりついてくるメイファをしげしと足蹴にするエリサ。

 まさに夏祭りにふさわしいドタバタ具合。しかしそれも、一本のアナウンスにより終わりを迎える。

 

『予選第三ブロックを開始いたします。出場チームは、速やかに出撃エリアにご集合ください』

 

 事務的な合成音声のアナウンスだったが、それだけで、エイトたちの表情はすっと引き締まった。エイトはポケットからGPベースを取り出して立ち上がり、ナノカとナツキもそれに倣った。

 

「じゃあ、店長。決勝トーナメントで会いましょう」

「がはは、強気だな。だが悪くねぇ――こっちこそ、決勝トーナメントで待ってるぜ、エイト! ナノカちゃんと、ナツキちゃんもな!」

「へッ。当たったらブチ撒けてやるからよォ、覚悟しとけよ店長!」

「店長たちも、健闘を祈るよ。では、また後で」

 

 それぞれに言葉を交わし、エイトはGPベースのディスプレイをタッチした。まるでプラフスキー粒子が溢れ出したかのような演出と共に三人のアバターが半透明から透明になっていき、出撃エリアへと転送されていく――転送が終われば、エイトたちのアバターはパイロットスーツに着替えた状態で、仮想操縦席(VRコクピット)に着座しているという寸法だ。

 エイトたちの出撃を見送り、店長ははぁと深いため息をついた。

 

「お~い、姐御~。そろそろ行かねぇと、不戦敗になっちまいますよ~」

「ほ、ほらメイファ! カメちゃんもああ言うとるし! そろそろいい加減離れぇや!」

「あと五秒! いやあと十秒だけでいいヨ! はすはすはすぅぅーーっ♪」

「んにゃーーーーっ! か、カメちゃん助けてぇぇ~っ!」

「しゃあねぇなあ……」

 

 神戸にいる時からそうだったが、メイファのエリサへの行き過ぎた愛情表現には困ったものだ。店長はメイファの首根っこを掴んでエリサから引き剥がし、そのままGPベースの転送スイッチをタッチした。先ほどのエイトたちと同じ転送演出が始まり、三人は粒子の光に包まれる。

 

「あーっ、カナメ兄サンなにするネ! メイファ、まだエリエリが足りてないヨ!」

「へいへ~い、悪かったなクレイジーサイコレズ。いい加減にしとかねぇと元町中華街に送り返すぞ~。……ったく、体ばっかりズンズン成長して、頭ン中は子どものまんまじゃねーか」

「メイファ、まだ十二才なたばかりヨ! コドモなんだからコドモで当然ヨ!」

「その身長とスタイルで、ランドセル背負って小学校通ってるたぁな。世の中は本当に……不公平だよなぁ」

「なあカメちゃん、助けてくれてありがとうやけど何で今ウチをチラ見したん? 答えによっては半殺しで済ましたるで?」

「あぁいや別に深い意味なんて――」

 

 店長の言葉を遮るように、プラフスキー粒子が一層強く煌き、三人は出撃エリアへと転送されたのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 予選第二ブロック終了から、数分。エイトたちが出撃エリアに転送されたのと、ほぼ同時刻。

 

「……とりあえず、予選突破だな。お嬢」

 

 比較的若いプレイヤーが多いGBOには珍しく、灰色の髪と髭を短く刈り込んだ、壮年の男性アバターが呟いた。頭上のネームタグには「BFN:チバ(Lv:7)」と表示されている。年齢層もそうだが、服装も周囲からは浮いている。彼は、夏祭り真っ盛りと言った雰囲気の会場の中で、薄汚れた連邦軍整備班のツナギ姿だった。

 しかし、彼が浮いて見えるのは服装のせいだけではない。

 ネームタグの横にさらに浮かんでいる、金色のアイコン。トゥウェルヴ・トライブスを勝ち抜いたチームのメンバーにのみ表示される、予選突破者の印だ。予選敗退者は羨望の、大会不参加者は憧れの視線をアイコンに注ぎ――そして。彼の正面に座る金髪碧眼の美少女の存在に気づいて、さらに近寄りがたい雰囲気を感じてしまうのだ。

 チバはそんな有象無象の視線には気づきながらも気にも留めずに昔懐かしい瓶ラムネをラッパ飲みし、正面に座る美少女・アンジェリカに言葉を続けた。

 

「しかし、お嬢。間違いねぇのかい。ラミアのやつが、別のチームでエントリーしてるってのは」

「ええ、チバさん。ちょうど今、見つけましたわ。……ヤスさん、お願い」

「へい、お嬢さま」

 

 アンジェリカの合図で、丸眼鏡の痩せた男がハロに投影させたウィンドウをチバの方へと向けた。画面端のテロップによれば、その映像は予選第二ブロック・Gフィールドの試合の様子。同じ第二ブロックで試合中だったアンジェリカ達には、見ることができなかった試合だ。

 そこに、映し出されていたのは――

 

 

 ――残骸、破片、瓦礫の山。

 背を向けて逃げる傷だらけのガンプラを、背後から襲う大蛇の咢(セルピエンテハング)。肩口を噛み砕き、千切れた腕が宙を舞う。倒れてうずくまる敵に、鋏状の実刃剣(レプタイルシザーズ)を容赦なく突き立てる。そのまま捻り、刃を開き、内部機器をずたずたに裂いて引き抜く。

 ガンプラの残骸を足蹴にして立つ毒々しい紫の機体、ガンダム・セルピエンテ。圧倒的な攻撃力をばら撒き破壊の限りを尽くしながらも、まるで何かに急かされるかのように、足元のガンプラにレプタイルシザーズを何度も何度も突き立てている。

 

「まだだ、まだ足りない……私は、セルピエンテは、もっと強くならなければぁぁッ!!」

 

 鬼気迫るその姿に対戦相手たちはすでに逃げ腰で、遠巻きにライフルを構えてはいるものの、攻撃しようという素振りはない。もしこのトゥウェルヴ・トライブスに降参や棄権という選択肢が実装されていれば、大半のチームはそれを選んでいただろう。ラミアは、セルピエンテは、それほどの狂気を振りまいていた――

 

 

「……ラミア」

 

 アンジェリカはぎりりと唇を噛み、拳をきつく握りしめた。チバは無言でアンジェリカのそばに立ち、肩にポンと手を置いた。ヤスもまた無言でそっと映像を止め、ウィンドウを閉じる。

 

「……お嬢さま。あっしは、本戦の受付をしてきやす」

「ええ、お願いねヤスさん」

「へい。では」

 

 ヤスが席を立ち、アンジェリカとチバだけが残される。チバは何も言わずアンジェリカの隣に立ち、アンジェリカは掌で顔を隠すようにして項垂れていた。第三ブロックの試合が始まったらしく、観衆がわっと盛り上がる。祭囃子が、やけに遠く聞こえる――

 

「……チバさん」

「何だ、お嬢」

「ありがとう。私のわがままに、付き合ってくれて」

「くだらねぇことを言うんじゃねぇ。お嬢のやりたいようにやれば、それでいい」

 

 チバの大きく分厚い掌が、アンジェリカの頭をぽんぽんと叩く。

 アンジェリカの脳裏に、幼少時代の思い出が蘇る。父も祖父も仕事で世界中を飛び回っていたアンジェリカにとって、日本での父親代わりはチバだった。父も祖父も、尊敬しているし大好きだ。でもやっぱり、チバの分厚い掌には、言い表せないような安らぎを感じてしまう。

 

「ふふ……頼りにしてますわ、チバさん。お給料を弾まなくちゃいけませんわね」

「がっはっは。そんなもんはいらねぇよ。お嬢とラミアの野郎が前みたいに笑ってくれりゃあ、それが最高のボーナスだ」

 

 アンジェリカの細くしなやかな金髪を、チバの武骨な掌がくしゃくしゃとかき乱す。頭ごと振り回されるような勢いで撫でまわされ、アンジェリカは苦笑いを浮かべながらも決意を新たにした。

 

(ラミアは……私が、必ず……!)

 

 大型空中ウィンドウ前に集まっていた観衆たちが、一層沸き立った。どうやら予選第三ブロックでも、かなり激しいバトルが行われているようだ。チバは盛り上がる歓声に手を止め、ウィンドウに目を向けた。

 そういえば第三ブロックには、偶然にも知り合いの所属するチームが多く割り振られていた。どのチームも、本戦出場の可能性が大いにある強豪ばかりだ。アンジェリカは俯きがちだった顔をすっと上げ、ウィンドウに写るガンプラバトルを真剣な眼差しで注視するのだった。

 

 




第二十八話予告

《次回予告》

「さてさてみなさーん、ゆっかゆっかりーん☆ 本大会の名司会にして名物司会、ガンプラネットアイドルゆかりん☆でーすっ! 〝ハイレベル・トーナメント〟予選大会もついに第二ブロックまでが終了しちゃいましたぁぁっ♪
「第二ブロックといえば、〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟が一角、レディ・トールギスのアンジェ・ベルクデン選手や、現役プロレスラーにしてガンプラファイター、〝最強概念(ゴッドマドカ)〟コオリヤマ・マドカ選手など注目度の高い選手が多く参戦していましたねー♪
「そんな激戦区、第二ブロックを勝ち抜いたのはこの四チームでーすっ♪
「レベル8は伊達じゃない! 今大会優勝候補のド本命、〝強過ぎた白雪姫(オーバーキルド・プリンセス)〟率いる強豪、チーム・ホワイトアウトぉーーっ!
「可変機が好きで何が悪い! 変形合体は漢の浪漫っ! ゼータの系譜は俺たちが引き継ぐ! チーム・プロジェクト・ゼータぁーーっ!
「あまりに凄惨な試合内容、それは狂気か、勝利への執念か? 倒れたはずのガンプラが勝手に動き出したとの未確認情報もあり! チーム・スカベンジャーズぅーーっ!
「プロレスもガンプラバトルも、魅せて魅せるぜ漢道! 現役プロレスラーにして凄腕のガンプラファイター集団、ここに参戦ッ! チーム・セメントマッスルぅーーっ!」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第二十八話『トゥウェルヴ・トライブスⅢ』

「第三ブロックからも、これはもう目が離せませんよぉぉぉぉっ♪
「さてさてそれではぁぁっ♪ 毎回恒例、みんなでいっくよーっ! せーのっ、ゆっかゆっかりーんっ☆」



◆◆◆◇◆◆◆



いよいよ、ついに、やっと、ようやく、次回こそエイトたちが戦います。遅い!(笑
仕事が盆休みにはいりガンプラ制作時間もなんとかとれているので、クロスエイトの紹介とドムゲルグ、その他もろもろができそうな気がします。気のせいかも。
しかしそれにしても、GBFトライの新作映像が楽しみすぎますね。取り敢えずギャンスロットを買ってみたのですが、トライの面々がどう活躍するのか今から楽しみすぎます!
……と、ついでに言っても言わなくてもいい近況ですが、討鬼伝2面白いですね。取り敢えずストーリークリアして、いろんな武器を試しているところです。

話がそれましたが、今後も頑張りますのです。感想・批評いただけたら嬉しいです。よろしくお願いします!


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Episode.28 『トゥウェルヴ・トライブスⅢ』

ある公立図書館のパソコンの検索履歴に、

「駆逐艦 ハイエース ダンケダンケ」

……その本ぜってぇここにはねぇから!!

日本はとても平和だと思った。



 

 ――予選第三ブロック・Jフィールド――

 

 海に囲まれた人工島と、立ち並ぶ前世紀のビル群。高層部は薄汚れてひび割れたコンクリートがむき出しになり、低層部は這い上がってきた植物にかなりの割合で侵食されている。誰がどう見ても、完全な廃墟島。ビルのグレーと植物の緑に支配されたその島は、海と空の抜けるような青さによって、がらんどうの廃墟としての趣がより強調されていた。

 〝トゥウェルヴ・トライブス〟第三ブロック・Jフィールド。エイトたちが戦うフィールドは、廃墟島とその周辺海域となったのだ。

 

「廃墟島か……随分趣味的なフィールドですね。クロスエイトの小回りが活かせそうです」

 

 エイトたちドライヴレッドの初期配置(スタート)は、島から少し離れた海上だった。レッドイェーガーとドムゲルグはカタパルトから飛び出してすぐに着水、水上ホバー走行で白波を立てて海上を突っ切っている。単独長距離飛行が可能なクロスエイトは、上空からその二機を見下ろす位置で飛行中だ。

 

「軍艦島がモデルのようだけれど……モビルスーツが動き回れるよう、道幅などはかなり修正されているね。どうやらドムゲルグでも、肩をぶつけずに済みそうだよ、ビス子」

 

 ナノカはずっとおろしっぱなしだった四ツ目式(クァッドアイ)バイザーをシャコンと跳ね上げ、言った。この超長距離からでも詳細な地形データを測定したらしい。レッドイェーガーのセンサー類は、感度だけでなく有効半径も絶大なようだ。

 

「はンッ、ご心配どーも。道が狭けりゃ、島を更地にしてやるだけぜ! 行くぞ、エイトォ!」

 

 ナツキは威勢よく言い捨て、エイトの返事も聞かずにシュツルム・ブースターを点火した。ドムゲルグはまるで巨人に蹴っ飛ばされたかのように急加速、エイトとナノカを置き去りにして、廃墟島へと突っ込んでいった。ナツキの急発進はいつものことだが、シュツルム・ブースターを使われてしまうと、クロスエイトでも追いつくのは少々骨が折れる。エイトはフットペダルをぐっと踏み込み、メインバーニアの出力を上げた。

 

「あ、はいっ! ナノさん、後衛お願いします!」

「了解だ、エイト君――ビス子、下から来るよ」

「あん? 水中かァッ!」

 

 ザバァァッ! 海中から飛び出した黒いゴッグが、巨大な(クロー)を大きく開いて襲い掛かってくる。シュツルム・ブースターの直線加速がアダとなり、ドムゲルグは回避機動を取ることができない。クローの直撃コースだ。敵ファイターの勝ち誇った声が通信機から響く。

 

『ふはは、かかったなイノシシ女ぁ!』

「誰がイノシシだコラァァッ!」

 

 ゴッシャアアアンッ! ナツキは叫び、むしろ加速。ドムゲルグの全体重を乗せに乗せたショルダータックルをブチかます。原作アニメ(ファーストガンダム)劇中ではガンダムハンマーすら受け止めたゴッグのクローを叩き折り、分厚い装甲をへこませて、数百メートルも吹き飛ばした。

 

『ごばぁっ!? こ、このホエール・ゴッグが、体当たりなどで……!』

 

 石が水を切るように跳ね飛ばされたホエール・ゴッグは、全身各部から火花を散らしながらも、急速潜航で海中に逃げ込んだ。

 

「はっはァ、逃がすかよォ!」

『船長、ここは俺たちに!』

『任せてくれよ、船長!』

 

 ゴッグを追撃しようとしたナツキの前に、二機のガンプラが急浮上、海面を突き破って飛び出してきた。ベースはジ・オリジンのヴァッフだが、機体色は濃く深いマリンブルー、両腕には水陸両用機特有の巨大なクローが装備されている。双子のようにそっくりなヴァッフの改造機は、やはり双子のように鏡映しの姿勢で、水飛沫を散らしながら飛びかかってくる。

 

『このゼー・ヴァッフのクローなら!』

『どんな装甲でも、このクローなら!』

「邪魔だどけェーーーーッ!」

 

 ナツキは叫び、再びシュツルム・ブースターを全力全開(フルブースト)。弾丸のように加速したドムゲルグは、ゼー・ヴァッフを二機まとめて吹っ飛ばして突き抜けた。ご自慢のクローは粉々に割れ砕け、破片となって宙を舞う。

 

「さすがは〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ですね、ナツキさん!」

 

 制御を失い、無茶苦茶に回転しながら飛んできたゼー・ヴァッフを、エイトはビームサーベルの抜刀一閃で斬り捨てる。左右に両断されたゼー・ヴァッフの残骸は勢いよく水面に落下し、派手な水柱を上げて爆発した。

 

「そんなことばかりしているから、イノシシなんて言われるのさ。ビス子」

 

 苦笑しながらGアンバーを構えたナノカは、冗談のように回転しながらぶっ飛んでいくゼー・ヴァッフのバックパックを、正確に射抜いた。風穴の空いたエンジンブロックはその一撃で爆発炎上。バラバラになった機体の残骸が、方々に散らばりながら海に落ちる。

 

「う、うるせェぞ赤姫! 敵を倒しゃあ文句ねェだろッ!」

 

 少し頬を赤くしながら言い返し、ナツキはドムゲルグの脚部ホバーを切った。シュツルム・ブースターの勢いそのままにドムゲルグは海面下に突入し――そして、数秒。海中で爆発の閃光、ド派手な爆発音とともに海面が盛り上がり、ひときわ巨大な水柱が噴き上がった。弾け飛ぶ水飛沫に混じって、ホエール・ゴッグの手足や装甲が飛び散っている。

 

「どうだ! 文句あっかァ!!」

 

 浮上してきたドムゲルグが、ビシッと人差し指をレッドイェーガーに突きつける。ナツキのドヤ顔が目に浮かぶような仕草だったが、ナノカは「ふふっ」と笑うだけで済ませた。

 

「なっ!? おい赤姫、なんだよその笑いはァ! おいコラぁ!」

 

 吠えるナツキを華麗にスルーしつつ、ナノカは先ほどセンサーで収集した情報をエリアマップに重ね合わせ、チームの共有画面に表示させた。

 

「さて、周囲に敵影はないようだ。水陸両用MSでエントリーしたチームはそう多くないだろうし、やはり主戦場は廃墟島内部だね。反応を見るに、飛行型の機体も少数のようだけれど……不運にも、私たちは初期配置の時点で出遅れたと言えそうだね」

「そうですね……それなら僕は、上空から突入、活路を開きます。ナノさん、援護射撃頼みます。ナツキさん、シュツルム・ブースターの粒子量はどうです?」

「お、おう。まだまだ行けるぜ!」

「それじゃあナツキさんも、一緒に突入をお願いします――これで行きましょう!」

「ああ、エイト君。始めようか」

「応よ、エイトォ! ブチ撒けるぜェッ!」

 

 ファイターの意に応えるように、三機のガンプラはそれぞれのメインカメラで廃墟島をまっすぐに捉える。荒廃したビル群の間を縫うように、ビームや爆発がちらちらと光った。すでに島内でも、戦闘は始まっているようだ――エイトはコントロールスフィアを軽く握り直し、バーニアスラスターを全開にした。

 

「チーム・ドライヴレッド! 戦場を翔け抜ける!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 廃墟島内部は、モデルとなった軍艦島とは少し様子が違っていた。MSが楽に隊列を組めるほどの太い道が縦横にうねり、その道路の間の不規則な区画を、立ち並ぶ廃墟ビルが埋め尽くすといった構造になっている。MSによる市街戦にちょうどいいサイズにデザインされた、計画的廃墟と言ったところか。

 

「主戦場は……あそこか」

 

 島内を上空から見下ろしながら、エイトは呟いた。島のほぼ真ん中。廃棄された飛行場跡らしい、大きく開けた土地のあたりで、黒煙と爆炎が上がっている。そこで銃火を撃ち交わすMSは、少なくとも十数機。隠すつもりもないのか、むしろ誇るつもりなのか、ファイターたちのやり取りがオープンチャンネルで飛び交っていた。

 

『ふはははは! 即席の連携にしちゃあいい感じだな!』

『協力に感謝するわ。とりあえず、数が減るまでは共闘ね』

『ふんっ! 別にあたしたちは、協力なんかしなくても勝ち残れるんだからねっ!』

『わたくしとお姉さまの邪魔だけはしないでくださいましねっ!』

『りょーかいりょーかい、お嬢さん方よ。いいな、お前らぁ! 同じドム使い同士、ひとまず協力だぞぉ!』

『へい、ボス!』

『ガッテンだ!』

 

 罅割れた滑走路を、一列に並んで駆け抜ける重MSの一団。機体の重さを感じさせないホバー走行、次々と放たれるバズーカの砲撃――前半三機はドム・トルーパー、そして後半三機はドム・トローペンによる六機縦隊だった。

 前衛のドム・トルーパー三機が特殊光波防御機能(スクリーミングニンバス)で隊列を守りながらバズーカで砲撃、後半のドム・トローペン部隊はバズーカとマシンガンとヒート剣とで次々と敵を撃墜している。

 

『ふはは! ダブルストリームアタックだぁ! 三機と三機で九倍の破壊力だぜぇ!』

『ふんっ、何よそのアホっぽい計算!』

 

 計算はアホっぽくとも、ダブルストリームアタックの威力は本物だった。他のチームのガンプラたちも反撃をしているのだが、スクリーミングニンバス三機分の防御力はビームライフル程度では歯が立たず、逆に六機のドムから次々と撃たれるバズーカは並のシールド程度では防ぎきれない。一列に並んだ六機のドムたちは、灰色の砂煙を巻き上げながら、我が物顔で飛行場跡を駆け回っていた。

 エイトは飛行場跡に向けてクロスエイトを加速しながら、突くべき隙を考えた。通信の声から判断するに、あの六機は即席の同盟、臨時のチームに過ぎない。だったら――

 

「ああいうのは、先頭を崩せば……ナノさん、どうです?」

「そうだね、エイト君。もう狙っているよ」

 

 少し離れた高層ビル屋上のヘリポート、レッドイェーガーが片膝立ちでGアンバーを構えている。四ツ目式(クァッドアイ)バイザーをおろし、四つのセンサーアイがキュゥゥンと音を立てて起動する。

 エイトは飛行場跡の外縁をなぞるように飛び、ドムの隊列の前に回り込みながら、ナツキの姿を探した。

 

「ナツキさんは……」

 

 瞬間、視界の端で廃ビルが一棟、豪快に倒れるのが見えた。ナツキが上陸したはずの、港湾施設のあたりだ。ほぼ同時、通信ウィンドウが開き、舌打ちをするナツキの顔が映る。

 

「悪ィ、エイト! 変なのに捕まって、まだ港のあたりだ。オレに構うな、ヤッちまえ!」

「……わかりました。ナノさん、頼みます!」

「了解だ、エイト君」

 

 クロスエイトは急激に方向転換、えぐり込むようなターンで地表スレスレまで急降下、地を這うような低空飛行で真正面からドムの隊列(ダブルストリームアタック)に突っ込んでいく。

 

『お姉さま、正面から敵ですわ!』

『へえ、強気ね。このスクリーミングニンバスを抜ける自信でも……』

 

 ピシュゥゥン――ッ! ほとんど高周波に近い、鋭い銃声。ガラスを切るような高音が空を裂き、刃のように鋭いビーム弾がドム・トルーパーを斬り付けた。

 

「Gアンバーの新機能、高圧縮貫徹弾(ピアッシング)モードだ――貫通力は折り紙付きだよ」

『は、発生装置だけを……!?』

 

 まるでピンバイスで穿孔したような穴が、スクリーミングニンバス発生装置を貫通していた。均衡の崩れた特殊光波シールドが一気に歪み撓んで、防御力が大幅に低下する。その隙を逃すエイトではなかった。

 

「ぅらあぁぁぁぁッ!」

 

 突撃の勢いを全て乗せたヴェスザンバーが、スクリーミングニンバスを薄布のように引き裂いて、ドム・トルーパーの分厚い胸を深々と刺し貫いた。

 

「まずはひとつ!」

『不覚ね……残念……』

『お姉さまああああ!』

 

 二機目のドム・トルーパーがバズーカを構えるが、エイトは曲芸じみた機動で身を翻し、その砲身をすっぱりと輪切りにした。狼狽えるドム・トルーパーの頭を踏みつけにして、跳躍。三機目へと躍りかかる。

 

『わ、わたくしを踏み台にしたぁ!?』

『お姉ちゃんそれフラグぅぅ!』

「貫くっ!」

 

 三機目の左右の肩口に、逆手に持ったヴェスザンバーを突き立てる。その切っ先は、設定上コクピットがあるはずの位置を貫いた。引き抜き、蹴り飛ばしてその場を離脱。ドム・トルーパーは爆発せず、オイルを血のように噴き出しながらふらふらとホバー走行を続け、ぐしゃりと倒れて管制塔の建物に頭から突っ込んでいった。

 

『ボス! あのちっこい赤いの、やりますぜ!』

『あいつ、この間まで最短記録(レコードホルダー)だった……えっと、名前は知らんが、狙撃姫と爆弾女とつるんでるやつ!』

『ふはは! じゃああのちっこいのを落として名を上げる! 行くぞおまえらガハッ!?』

 

 ボスと呼ばれたファイターのドム・トローペンが、胸部と頭部を丸ごと蒸発させて四散した。

 

「ふぅ。まあ、バリアーがなければこんなものさ」

 

 Gアンバー、高出力モード。ビームマグナムに匹敵する高出力弾を、ナノカは超高精度で射ち放つ。二射目はジャイアント・バズを身代わりにうまく逃げられてしまったが……次で、落とす。ナノカはスコープを覗き込みながら、エイトに言った。

 

「エイト君、トローペンは任せてくれるかい。トルーパー、後ろから来るよ」

「はいっ!」

『ぅぉおねぇぇさまのかたきぃぃぃぃぃぃぃぃ!』

 

 目を真っ赤に血走らせているのが、伝わってくるような叫び声。細長い棒状のビームサーベルを振りかざして、ドム・トルーパーが斬りかかってくる。

 殺陣で負ける気はしないが、ドムの体格と重量差は脅威だ。エイトはサイドステップで振り下ろしを躱し、廃ビルの壁を蹴って三角跳びの要領で上空に跳びあがった。そして両手のヴェスザンバーを変形、長銃形態(ヴェスバーモード)にして構える。

 

「射撃は好みじゃあないけど……!」

『させませんわぁぁぁぁ!』

 

 振り返りさまに突き出されたドム・トルーパーの腕が、ジオングのように射出された。エイトは咄嗟にヴェスバーを撃つが、射出式ハンドの肘からビームシールドが展開、弾かれる。

 

『つかまえたぁ!』

「くっ、迂闊な!」

 

 がっしりと足首を掴まれ、地面に叩き付けられる。アスファルトが割れ砕け、細かな破片が舞い上がった。エイトはすぐさま起き上がろうとするが、今度は左右に振り回され、廃ビルの壁に叩き付けられる。どうやら有線操作用にしては太いケーブルが、ドム・トルーパーの腕そのものと同等のパワーを有しているようだ。力比べとなると、小柄なクロスエイトの不利は否めない。

 

『チーム一機でも生き残っていれば予選は突破! わたくしが生き残って、お姉さまと決勝トーナメントにぃぃぃぃ!』

 

 ギュルギュルルルル――ケーブルが勢いよく巻き取られ、クロスエイトは瓦礫だらけの地面をドム・トルーパーへと引き摺られていく。瓦礫やアスファルトが容赦なく表面塗膜(トップコート)を削る――GBO(オンラインゲーム)でなければ、塗装のやり直しになっていたところだ。

 ドム・トルーパーはビームサーベルを大上段に構え、エイトが手元に来るのを待ち構えている。エイトは瓦礫や地面を掴んで踏ん張ろうとしたが、やはり力比べは不利で、すぐに引き剥がされてしまう。さすがにレベル5以上を参加資格とする大会だけあって、相手のガンプラの完成度も高い。

 

「それっ……ならあぁぁ!」

 

 発想の逆転、エイトはバーニアスラスター全力噴射(フルブースト)で突撃した。相手が驚き狼狽えるその隙に、飛び蹴り(ドロップキック)を叩き込む。顔面を捉えた足裏から、そのまま脚部ヒートダガーを射出。赤熱した刃がモノアイをえぐる。

 

『きゃああっ!? 目が、目がああ!』

 

 ドム・トルーパーは怯み、射出式ハンドが緩んだ。エイトは拘束を振り払って飛び上がり、再び大剣形態(ザンバーモード)にしたヴェスザンバーを振りかぶる。

 

「ぅらあぁッ!」

 

 大上段、一閃脳天唐竹割り――!

 左右に両断されたドム・トルーパーは、ゆっくりと膝をつき、爆発した。

 

「ナノさん、そちらは!?」

 

 爆炎と黒煙を吹き飛ばして舞い上がり、エイトはナノカに呼びかけた。ナノカは通信ウィンドウ越しに無言でほほ笑み、レッドイェーガーに親指立て(サムズアップ)をさせてみせる。眼下を見下ろせば、飛行場跡にはドム・トローペンの残骸らしい壊れた手足が転がっていた。特殊な防御システムの一つでもなければ、ナノカの狙撃から生き延びることは不可能だということか。

 

「いつもですけど流石です、ナノさん」

「キミもよくやったよ、エイト君。少しヒヤっとはしたけれど、ね」

「う……め、面目ないです……」

「ふふ、そう縮こまらないで欲しいな。ちょっとしたイジワルだよ、これは」

「赤姫ェ! そこォ、離れろォォ!」

 

 通信に割り込む、ナツキの怒声。ほぼ同時、レッドイェーガーが足場にしていた廃高層ビルが、凄まじい衝撃と共に傾いた。数万トンはあるコンクリートの塊が、自重を支えきれず倒壊、無茶苦茶な量の瓦礫と土煙を巻き上げた。

 ナノカは崩れるビルから飛び退き、飛行場跡に着地した。ドム・トルーパーが頭から突っ込んでいる管制塔を遮蔽物代わりに、しゃがみ射ちの姿勢でGアンバーを構える。もうもうと立ち上がる灰色の土煙に銃口を向け、四ツ目式(クァッドアイ)バイザーで索敵する。

 

「な、ナツキさんっ!?」

「大丈夫だよエイト君、ビス子は健在だ……それよりも」

 

 土煙の中に飛び込もうとするエイトを制止し、ナノカは(センサー)を凝らした。ドムゲルグは健在、瓦礫の山に埋もれかけていたが、自力で脱出しつつある。機体状況表示(コンディション)を見る限り、ダメージはそれほどでもないようだ。

 問題は、その背後。廃墟とはいえ、数十階建ての巨大建造物を一瞬で瓦礫の山に変えた、その犯人の方だ。

 

「ビス子。また難儀な相手を、一人で抑えてくれていたんだね」

「悪ィな、倒しきれなくてよ。このデカブツ、えらく頑丈らしくてなァ……!」

 

 瓦礫を踏み割る、無限軌道(キャタピラ)の音。大きく人型を外れた、いかにも兵器然とした姿――いやむしろ、その機影はそのまま戦車の延長、発展形。HG規格では絶対にありえない、ドムゲルグですら子供に見える、巨大で分厚い装甲と砲身の集合体。

 

『フッフッフ……さあ、雪辱の時はきた! 覚悟してもらおうか、赤いののチーム!』

『レギオンズ・ネストでの屈辱、忘れないわ!』

『俺たちの生きざま、刻みやがれ!』

 

 それは、60分の1サイズ(パーフェクトグレード)、ジ・オリジン版、初期型ガンタンク――の、肩の主砲も腕の副砲も、全てが超巨大なガトリング砲に換装されたガンプラだった。

 

『全日本ガトリングラヴァーズ! G3(グレート・ジャイアント・ガトリング)ガンタンク! 撃ちまくるぜぇぇぇぇ!』

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――予選第三ブロック・Kフィールド――

 

 朝霧に白く霞む、まだ若く青い竹林。

 その中に円形に開かれた舞台の様な空間に、無残な残骸と化したガンプラが転がっている。不思議なのは、その残骸たちの全てがすべて、中から外(・・・・)に装甲が弾け飛ぶような壊れ方をしているという点だ。まるで、装甲とフレームの間に爆薬でも仕込まれたかのような――

 

「あややー。またく、手ごたえないヨー」

 

 声と同時、どこからともなく風が吹き、朝霧が晴れる。

 竹林の舞台に立つガンプラはただ一機、中華風の緑と赤とに彩色された、細身で優雅なストライクガンダム。ストライカーパックは、装備していない。双掌を大きく左右に開き、右膝を高く上げ、左足一本でバランスを取る。不安定に見えて、その実、攻守どちらにも即座に動ける中華拳法独特の構えだ。

 

「メイファ、まだまだ暴れ足りるないヨ……ドラゴンストライクの相手するに、ちょと、モロすぎるないカー?」

 

 チーム・アサルトダイブの中華美人・メイファは、形の良い眉を残念そうに下げて、首を横に振った。ファイターの思いに感応するように、ドラゴンストライクが優雅に舞う。武術と舞踊の中間の様な、中華拳法独特の動き。繊細かつ大胆な身体操作からは、関節周りの柔軟さと完成度が、並外れていることが窺える。

 メイファは舞を続けながら、すぅっと、周囲の竹林に視線を流した。

 

「五人がかりで一分も持たないなんてネー……オマケにッ!」

 

 (ドン)ッッ!!

 気力を込めた右脚が、地面を踏み砕く。ストライクの細身からは信じられないような激震が大地を揺らし、竹林全体が大きく震えた。

 拳法の秘技〝震脚〟である。

 

『う、うわぁぁ!』

 

 震脚の威力に怯んだのか、ブリッツガンダムが竹林の中から転がり出してきた。身を隠していた欺瞞粒子(ミラージュコロイド)がぽろぽろと剥がれ落ち、ファイターの動揺を表すかのようにしりもちをついて後ずさる。

 

「味方が戦うのときに、手伝うするなく隠れる……侠気(おとこぎ)、ないアルか?」

 

 切れ長な眼に侮蔑の色が浮かべ、剣の切っ先のように鋭く揃えた指先を、ブリッツに突きつける。

 

『へ、へへ……あんたみたいな美人がよ、あんなえげつない攻撃するんじゃ……ビビりもするってもんだろう?』

「えげつな……? ニホン語、よくわかるないが、誉められたと思とくネ。多謝ヨ、お兄サン♪」

『そうかい、それじゃあ……これでも喰ら』

 

 ブリッツが突き出した右腕複合兵装(トリケロス)に、ドラゴンストライクの指先がするりと触れた。殴るでも、突くでも、手刀でもない、ただの接触。破壊力などまるでない、本当にただ、触れただけ。

 しかし、その、瞬間――

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「……相変わらずやなぁ、メイファは」

 

 数分後、3チームほどを壊滅させて合流してきたエリサは、竹林に転がるガンプラたちの残骸を見て、ため息交じりに呟いた。

 竹林に佇む、エリサのAGE-1シュライク。その足元には、無残な姿となったブリッツが転がっている。トリケロスは粉々に砕け散り、HG規格にしてはよく作り込まれている内部フレームが、剥き出しになっている。全身の表面装甲は全てが外向きに(・・・・)抉れて弾け飛んでおり、まるで何十羽もの猛禽にでも啄まれたかのような有様だ。

 

「あいや~、エリエリぃ♪ そんな誉めると、メイファ、ケタが外れるアルよ」

「それを言うならタガや、タガ。自分いっつも外れとるやろ」

「んもう。エリエリてっば、ツッコミに愛が足りないヨ~♪」

 

 クネクネした動きで抱きつこうとするドラゴンストライクを、エリサはタイニーレイヴンの鞘の先でぐりぐりと突いて押し返す。

 

「と・に・か・く! あとの何チームかを、カメちゃんが火力で抑え込んどる。弾切れ起こす前に、ちゃちゃっとシメに行くで」

「それ終わるなら、遊んでくれるネ?」

「あーもう、ウチのそん時の気分次第や! アホなこと言っとらんと、早よ行くで!」

 

 エリサは怒鳴り、鞘でドラゴンストライクの尻を引っ叩いた。メイファは「ひゃんっ♪」と嬉しそうに跳ね上がり、むしろやる気が出たとでも言わんばかりの勢いで、コントロールスフィアを大きく前に突き出した。

 

「御意ね、エリエリ。では行くヨ、気合を入れて出撃宣告だヨ!」

「しゃあいなぁ、カメちゃんおらんけど……チーム・アサルトダイブ! 強襲す……」

「強襲するヨ!」

「あげくウチのセリフをぉぉ!」

 

 ウキウキとスキップをするように飛び出したドラゴンストライクを、エリサは怒鳴りつけながら追いかけるのだった。

 




第二十九話予告

《次回予告》
「みっなさーん、こーんばーんはー☆ 本大会の看板アイドルにしてGBOのトップアイドル、ゆかりん☆でーすっ! 現在ただいまGBOでは、〝ハイレベル・トーナメント〟予選大会、第三ブロックが行われていまぁぁすっ♪
「おやおやーっ、どうやらこのブロックも、注目度の高いチームが参戦しているようですよぉぉぉぉっ?
「レベル4到達最速記録を打ち立てたスーパールーキー、赤い小さい速いヤツ、アカツキ・エイト選手ぅぅぅぅ! 何でもぉ、ごくごく一部のウワサではぁ? ショタ好きなお姉さまガンプラファイターたちにぃ、やたらと人気が出始めてるとかぁぁ!? これはゆかりん☆も要チェックですぞぉぉ! じゅるり。
「そして、その最速記録を上回り、レベル5まで突き抜けちゃった驚異の新人、エリィさん! 幼い容姿に似合わず、心形流のエースとの情報もありますよー! ちっちゃなボディの方言っ娘ということで、おっきなお友達に大人気だとか! まったくぅ、このロリコンどもめ☆」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第二十九話『トゥウェルヴ・トライブスⅣ』

「ますますの盛り上がりを見せる〝トゥウェルヴ・トライブス〟もそろそろ終盤、決着の時を迎えようとしていまぁぁす♪ 果たして、決勝トーナメントに駒を進めるのは、どのチームなのかぁぁぁぁ!? 私にも、まったく想像がつきませんっ♪
「それでは! 今大会の、より一層の大盛況を祈念して――みんなでいっくよーっ! せーのっ、ゆっかゆっかりーんっ☆」



◆◆◆◇◆◆◆



もう夏が終わりますね。夏休みが。
まだまだ暑い日は続きそうですが、
もう夏が終わりますね。夏休みが。
大事なことなので二回(ry

今夏で一周年を迎え、嬉しくも25000UAを目前にしている拙作ですが、すべては読者の方々がいてくれるおかげです。感謝の極み!
さて、作中の時間軸が学生の夏休みだからでしょうか、この夏はけっこう筆が進みました。学生のころに比べるとかなり短いですが、何とか夏休みと言えそうなものを確保できた夏だったというのも、執筆スピードに影響していたのかも。
今後また更新が遅くなるでしょうけれど、お付き合いいただければ幸いです。感想・批評もお待ちしております! 部分的に読んだだけ、ガンプラだけ見ましたの感想でも嬉しいです。お待ちしています♪



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Episode.29 『トゥウェルヴ・トライブスⅣ』

『全日本ガトリングラヴァーズ! G3(グレート・ジャイアント・ガトリング)ガンタンク! 撃ちまくるぜぇぇぇぇ!』

 

 ドガララララララララララララララララララララララララララララララララララ!!

 一発一発が180㎜キャノンにも匹敵する、PGサイズの機銃弾が嵐のように吹き荒れる。ただでさえ廃墟だった飛行場跡地が、瞬く間にコンクリート製のハチの巣へと変えられていく。

 

「エイト君、生きているかい!?」

 

 盾代わりにした管制塔の建物が、凄まじい勢いで撃ち削られていく。耳を聾する轟音の中、ナノカはレッドイェーガーに可能な限り低い姿勢を取らせながら、通信機に向けて怒鳴った。

 

「はいっ、地下です!」

 

 エイトもまた、通信機に怒鳴り返す。クロスエイトは小柄なボディを廃墟の地下道へと潜り込ませ、G3ガンタンクの弾幕から逃れていた。廃墟島の地下数層にわたる堅牢な構造体は、かつての軍事施設の跡か、飛行場の地下格納庫か――しかし、PG(パーフェクトグレード)の機銃弾は貫通力もHG(ハイグレード)とは一線を画しており、十分な破壊力を維持したままの機銃弾が、時折、地盤を貫いてクロスエイトを掠めている。

 

「ナツキさんは無事ですか!?」

「あァ、なんとかなァ! 場所借りるぜ赤姫ェ!」

 

 煙幕手榴弾(スモークグレネード)で身を隠しながら走り抜けてきたドムゲルグが、レッドイェーガーの隣に滑り込む。シールドブースターに数発の被弾はあるものの、機体そのものは無事だ。ナツキは弾を撃ち尽くしたグレネードポッドと、ミサイルコンテナを排除(パージ)した。重武装がドシャリと重い音を立ててアスファルトにめり込み、ドムゲルグのシルエットは、幾分スリムになる。

 

「あの戦車野郎(デカブツ)MA(モビルアーマー)扱いになってやがる。装甲も火力も、ガンタンクっつーよりネオジオングとかデストロイみてェなもんだぜ」

「ふぅん……戦車型なら、履帯を切るのがセオリーなのだけれど」

「とっくにやってみたさ、そんなモン。でもよ、ほら」

 

 ナツキはドムゲルグの親指で、ぞんざいにG3ガンタンクの方を指さした。ナノカは慎重に、Gアンバーのスコープ部だけを遮蔽物の上から覗かせ、状況を確認する。

 

『も、もうもたないぞ! エネルギー充填まだかあ!』

『あと五秒だ……!』

 

 先のダブルストリームアタックを生き残ったらしい二機のガンプラが、暴風雨のような弾幕の中で踏ん張っていた。前衛のV2ガンダムが二枚持ちしたメガビームシールドを全力展開して立ちはだかり、その後ろではツインサテライトキャノンを構えたガンダムDXが、マイクロウェーブの照射を待ち構えていた。現状、廃墟島の設定時刻は昼間だが――白く薄い月影が、空の端に上っていた。

 

『マイクロウェーブ、来る!』

 

 降ってきたガイドビームを胸部クリアパーツで受け止め、展開したリフレクターがマイクロウェーブのエネルギーを急速充填する。解放された放熱フィンが余剰熱量を吐き出して、キャノンの砲口に青白い光が収束した。

 

『チャージ完了っ! ツインサテライトキャノン、撃つ!』

『あ、あとは、頼んだぞおおっ!』

 

 耐えきれなくなったメガビームシールドが砕け散り、V2は一瞬で穴だらけになって爆散する。それと入れ替わるように、ツインサテライトキャノンが圧倒的な光を吐き出した。

 

『これでやられろよぉぉっ!』

 

 ドッ……ブルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――!!

 青白いビームが機銃弾を蒸発させながら押し進み、G3ガンタンクの見上げる様な巨体を呑み込んでいく。弾幕の途切れた隙を衝いて、他にも生き残っていた数機のガンプラが遮蔽物の陰から顔を出し、ここぞとばかりに攻撃を始めた。バズーカが、ビームが、ミサイルが、次々とG3ガンタンクに襲い掛かり、轟音と爆炎が花火のように咲き乱れる。

 

「ナノさん、ナツキさん! 僕たちも、ここは一気に!」

「まァ待てよエイト。見てろって」

 

 地下道から飛び出そうとしたエイトを、通信機越しにナツキが宥める。その、次の瞬間だった。

 

『フッフッフ……フゥーハハハハハハハハハハハハッ!!』

 

 ドガララララララララララララララララララララララララララララララララララ!!

 爆煙が一気に吹き散らされ、再びガトリングの猛威が嵐のように吹き荒れた。攻撃のために頭を出していたガンプラたちは上半身ごと跡形もなく吹き飛ばされ、砲身の冷却中だったガンダムDXは一瞬でボロ雑巾のようになって大破した。

 

『このG3は、システムがガンプラと認識できるギリギリのギリまで! 金属パーツで装甲しているのだ! 並の砲撃などそよ風も同然よ! フゥーハハハハ!』

『ひゃああっはあ! 大人しくハチの巣にされろおおおお!』

『あーっはっは! ひーっひっひ、あっはっはっはっはー!』

 

 両手両肩計四門の超大型ガトリング砲を猛然と回転させ、堂々と聳え立つG3ガンタンク。その装甲には焦げたような跡こそあるものの、戦車型最大の弱点であるはずの履帯にすら目立った損傷はない。車体部分に搭載された三丁の中型機銃も、正常に弾をばら撒き続けている。

 ナノカはGアンバーを下げ、ふぅと軽くタメ息をついた。

 

「――金属風の塗装かと見ていたけれど、あの履帯も追加装甲も、本物の金属パーツとはね。ウェザリングもリアルタッチで完成度が高い。バトルシステムはかなりの高防御に評価しているね」

「ってなワケだ。マスター・バズでもブチ撒けられなかったんだ、半端な攻撃じゃあ返り討ちだぜ」

「ナツキさんの爆撃でも、ですか……!?」

 

 エイトの頬を、冷や汗が一筋すぅーっとつたう。ドムゲルグのマスター・バズは、単発の破壊力としては破格のモノだ。事実、以前の〝ジャイアントキリング〟では、戦艦を一撃で沈めてもいる。

 

『フゥーハハハハハハハハハハハハ! 高レベル限定大会とて、この程度かああああ!』

 

 テンションの上がり切った高笑いと共に、戦場にばら撒かれる銃弾。G3ガンタンクの巨体がキュラキュラと無限軌道(キャタピラ)を回しながら進撃し、穴だらけになって倒れ伏すガンプラの残骸を粉々に踏み砕いていく。背に負った巨大な円筒形弾倉(ドラムマガジン)は細かく振動しながら給弾を続け、弾薬の尽きる気配はない。ツインサテライトキャノンを塗装が焦げた程度で耐えるタフネスと、無尽蔵とも思える大火力。それがMA扱いのガンプラ(パーフェクトグレード)の性能だということか。

 しかしエイトは、ドライヴレッドは、予選程度で負けるわけにはいかないのだ。

 決勝トーナメント、進出のために。

 その先に待ち受ける、約束のために。

 今必要なのは、圧倒的な攻撃力。金属パーツすら破壊する(・・・・・・・・・・・)、一撃必殺の突破力――高火力(・・)

 

「……ナノさん、ナツキさん」

 

 エイトはぐっと表情を引き締めて、コントロールスフィアを握り直した。通信機越しにナノカとナツキを見据えるその視線に、揺らぎも迷いも欠片もない。

 

あれ(・・)を、使います」

 

 クロスエイトが立ち上がり、地下道から上半身を露出させる。幸い、G3ガンタンクは逃げ惑うガンプラたちを蹴散らすのに夢中で、エイトは視界に入っていないようだ。エイトは折り畳んでいた両翼(バーニアスラスターユニット)を展開し、エメラルドグリーンの両目(デュアル・アイ)で、好き勝手に弾をばら撒くG3ガンタンクを真っ直ぐに捉える。

 

「……いいのかい、エイト君。あれ(・・)は、決勝まで取っておくつもりだったのだろう?」

 

 画面の向こうで、ナノカの形のいい眉がわずかに歪んだ。口調からはエイトを心配する気持ちがにじみ出ていたが、エイトは軽い微笑みを、ナノカに返す。

 

「こんなところで負けてる場合じゃあ、ありませんから」

「ヘッ。良い顔するじゃあねェか、エイト」

 

 ナツキはニヤリと犬歯を剥き出しにして笑い、マスター・バズに新たな弾倉を叩き込んだ。

 

「何かよくわかんねェが、必殺技があるんだな? オレは乗るぜ、てめェもごちゃごちゃ言ってねェで……」

「皆まで言うなよ、ビス子。……やろう、エイト君」

「はいっ!」

 

 意気込み、叫んだエイトの声が響くと同時、ドライヴレッドの三機は一斉に戦場へと飛び出した。クロスエイトはバーニアから光の尾を曳いて、低空飛行で一直線に突撃する。ナノカとナツキは管制塔の左右から同時に飛び出し、Gアンバーとマスター・バズをG3ガンタンクに向けた。

 

「まずは足止めと武器破壊、行きます!」

「任せなァ、エイト!」

「了解だよ、エイト君」

『来たなぁ、赤いのと爆弾女と狙撃姫!』

『今度こそ、ハチの巣にしてやるんだから!』

『あとはお前らだけなんだよォォォォ!』

 

 叫び、回転する銃身を突き出すG3ガンタンク。ドライヴレッド以外の全てのチームのガンプラは彼らに撃滅され、戦場(フィールド)に残るは二チームのみ。

 全日本ガトリングラヴァーズVSドライヴレッド、予選Jフィールド突破を賭けたバトルの最終局面が、今、始まった――!

 

「ぅらあああああああああああああああああッ!」

 

 バーニアスラスター、全力全開。高熱の光が流星のように尾を曳いて、クロスエイトが加速する。ばら撒かれるガトリングの照準よりも早く、速く、地表を削るような低空飛行で翔け抜ける。聳え立つ巨体の懐に飛び込み、すれ違いざまに抜刀一閃。ビームサーベルがG3ガンタンクの脇腹を薙ぐ。しかし、

 

『フゥーハハ! 多少出力が高いサーベルだとて!』

 

 金属パーツ製の増加装甲は、表面が一瞬、熱されるだけ。G3ガンタンクは両腕を逆向きに九十度曲げ、翔け抜けたクロスエイトに腕部ガトリングを連射する。エイトは次々と迫る大型ガトリングの弾幕を、バーニアユニットの推進力に任せた急加速と急制動、鋭角的なターンを織り交ぜた三次元的な回避機動(マニューバ)で潜り抜けていく。

 

「オレとも踊れよォ、デカブツ!」

『右前方!』

『迎撃は任せて!』

 

 マスター・バズの大型榴弾が、弾倉一つ分計三発、つるべ撃ちにG3に襲い掛かる。エイトへの攻撃に両腕を使い、弾幕が薄くなっている側面からの攻撃。だが、車体部分の中型機銃がそのすべてを迎撃してしまう。三重に裂く爆発の華が猛烈な爆風を巻き起こすが、超重量のG3ガンタンクは小動もしない。

 

『当たらなければ、どうということもない! まあ当たってもどうもないがな! フゥーハハハハ!』

「……銃口の向きが揃ったね」

 

 ドゥッ、ドゥドゥ――ッ!

 爆炎を貫いて、光の銃弾が迸る。三本の光弾は寸分過たず、迎撃のために一方を向いていた中型機銃の銃口へと吸い込まれた。一瞬の間をおいて、内部から膨れ上がるように爆発。車体に搭載された三丁の機銃は、根こそぎ大破し、爆散した。

 

「これでいくらかは、弾幕が減るかな」

『くっ……痺れるねぇ、狙撃姫! けどよ!』

『主砲なら、銃身から機関部まですべて金属パーツよ!』

『主砲、俯角一杯! 撃ちまくれ!』

 

 G3ガンタンクの主砲、両肩の超大型ガトリング砲が、俯角を取ってレッドイェーガーを狙った。六連装の太い銃身が回転し、HG基準(ハイグレード)なら大型キャノン砲に匹敵する機銃弾が、毎分一二〇〇発の連射力で吐き出される!

 

「ナノさん!」

「エイト君!」

 

 猛烈な砲撃で瞬く間に抉られる地面、舞い上がる土塊と弾着の煙。しかしそこにレッドイェーガーの姿はない。横っ面から飛び込んできたクロスエイトがレッドイェーガーの手を取って掻っ攫い、そのまま上空に飛び抜けたのだ。

 

『小賢しい小鳥ちゃんだなぁ、赤いのぉぉ!』

『主砲仰角、狙うわ!』

「させるかッ、よォォ!」

 

 身をひねり、両腕と主砲を振り上げたG3ガンタンクに、ドムゲルグが飛びかかった。回転しようとする主砲に全身でしがみつき、力づくで回転を止める。回ろうとする砲身と抑え込むドムゲルグ、両者の間に猛烈な負荷がかかり、関節が軋み、火花が散る。

 両腕と右肩のガトリングはエイトとナノカに向けてガトリングをばら撒くが、左肩の主砲は完全に封じている形だ。

 

『こ、このっ、脳筋女ぁぁ!』

「うるせェ弾幕馬鹿(トリガーハッピー)! 赤姫、エイト、ここだァッ!」

「はい、ナツキさん!」

 

 クロスエイトはレッドイェーガーの手を握ったまま、ガトリング砲三門分の弾幕の中を曲芸飛行で翔け抜け、G3ガンタンクの真正面に躍り出た。

 

「行きますよ、ナノさん!」

「ああ、エイト君! ……今だ!」

 

 敵機正面から全速全開で突っ込みながら、エイトはレッドイェーガーの手を離した。その手でそのままヴェスザンバーを抜刀、一直線に機体正面へと突き出した。その切っ先が指し示すのは、後のガンタンクとは違い、ジムに近いゴーグルアイとなっている顔面部。

 

「センサー部に装甲は、できないはずですッ!」

 

 ナノカはレッドイェーガーの背部メインバーニアを出力全開、クロスエイトと共にG3ガンタンクへと突っ込みながら、Gアンバーを高出力モードに設定した。狙うのは、ドムゲルグに締め上げられ、関節部を露出している左主砲の基部。重量のある金属パーツを支えるため、予想通り、軸受は耐摩耗性の高いPCパーツ(ポリキャップ)になっている。

 

「撃ち抜かせてもらうよ!」

「ぅらあぁぁぁぁッ!」

 

 激突、そして弾ける閃光。

 砕けたゴーグルのクリアパーツが飛び散り、関節部を撃ち抜かれた左の主砲が基部から根こそぎ千切れ、宙を舞う。

 

『左主砲、大破ぁ!』

『メインカメラ、主照準システムもやられたわ!』

『た、たかがメインカメラをやられただけだ!』

「往生際が悪ィなァッ! さっさと潰れろォォ!」

 

 ナツキは吠えながら弾切れのマスター・バズを投げ捨て、左主砲の砲身をつかみ取った。金属パーツの重量と頑丈さを、そのまま武器にして振り回す――

 

『えぇい、奥の手を使うっ!』

 

 ガシィィンッ! 金属バットの如く叩き付けられた砲身を、より太い五本指の掌が受け止めていた。G3ガンタンクの背部に搭載された二本の円筒型弾倉(ドラムマガジン)、その一つだと見えていたものが左右に分離し、太く頑強なアームで連結された二本のサブアームへと変形していたのだ。

 

「なッ、何だそりゃァ!?」

「あれはネオジオングの!?」

「ナツキさん!」

 

 サブアームと呼ぶには強靭すぎるその腕が、ドムゲルグを掴み上げ万力の様に締め上げる。シュツルム・ブースターに亀裂が入り、装甲と関節が悲鳴を上げる。振り払おうともがくナツキの目の前で、五本の野太い指先に高出力のメガ粒子が収束した。ゼロ距離、回避の隙は無い。

 

『主義に反してまで装備した隠し武器だ、よく味わえよ爆弾娘!』

「ビス子ぉぉっ!」

 

 五連装メガ粒子砲が放たれる、その直前。ナノカは武器スロット〝SP〟を選択した。レッドイェーガー両肩のボックス状の機関――BF(ビームフィールド)ジェネレータが唸りを上げて起動し、一見するとスラスターにも見える噴射口が、ドムゲルグへと向けられる。そこから噴き出すのは、粒子変容により波長を調整された、ビームシールドと同等のエネルギー流。

 メガ粒子砲の発射よりもゼロコンマ秒だけ早くドムゲルグへと到達したエネルギー流は、ドムゲルグの装甲表面をヴェールのように覆い、淡く輝く高防御性ビームフィールドを形成した。

 その一瞬後、五本指から放射された強烈なメガ粒子砲がドムゲルグを炙るが、その悉くがビームフィールドに弾かれ、無効化されていく。

 

『なにぃっ!? な、仲間にビームシールドを貼り付けたのか!?』

「ナツキさんを離せぇぇぇぇッ!」

 

 エイトは叫び、フルブーストで突撃。加速度を乗せたヒートダガーキックをサブアームへと叩き込んだ。装甲を貫くには至らないものの、衝撃で拘束が緩み、ドムゲルグは指を振り払って脱出することができた。

 

「エイト、ありがとよォ!」

『このっ……やっぱり邪魔だなぁ、赤いのおお!』

「そんな遅い腕で、クロスエイトは掴めませんよ!」

 

 掴みかかるサブアームをヴェスザンバーで切り払い、両腕と右肩のガトリングから身を躱し、G3ガンタンクを翻弄する。小刻みな方向転換と圧倒的な高機動で飛び回るクロスエイトを、照準システムの破損したG3ガンタンクは捉えきれていなかった。出力全開のバーニアが光の尾を曳いて、高熱量の炎の軌跡を描き出す。

 

「悪ィな、赤姫。助かったぜ」

「いいさ、ビス子。ただコレは、恐ろしく粒子を喰うんだ。そう何度もは、厳しいよ」

 

 装甲の複数個所に亀裂が入ったドムゲルグが、レッドイェーガーの隣で膝をつく。シュツルム・ブースターは半ばでくの字に折れ、使い物にならないため、パージする。ドムゲルグに残された武装は、左腕のスパイクシールドと、その裏に懸架したシュツルムファウストのみだ。

 

「予選とはいえ、さすがに高レベルプレイヤー限定大会だな。中々、燃える展開になってきたじゃあねェか」

 

 穴が開き罅割れたシールドブースターもパージして、ドムゲルグは前傾姿勢でシールドを構える。バズーカが、ミサイルがなくともナツキの姿勢(スタイル)に変わりはない。力の限り殴り込み、ブチ撒けるだけだ。

 しかし、核熱ホバーを唸らせて飛び出そうとしたドムゲルグの肩に、レッドイェーガーの手が軽く置かれる。出鼻を挫かれ「あン?」と怪訝な顔をしたナツキに、ナノカは通信機越しに意味深な微笑みを返してみせた。

 

「ああ、まさに……燃える(・・・)展開だよ。ビス子、エイト君をよく見てくれるかい」

 

 辺り一面にガトリングとメガ粒子砲を撃ちまくるG3ガンタンク。照準システムを失った、狂乱ともいえる無秩序な弾幕の中を、クロスエイトは凄まじいほどの高機動で飛び回る。両翼のバーニア、脚部のスラスター、重力下でありながら全身のAMBACまで総動員して、パイロットを殺しかねないほどの加速度で機体を振り回す――その、噴出するバーニア光の軌跡が、次第に赤みを帯びつつある。

 

「エイトの奴、機体が熱暴走(オーバーヒート)寸前じゃあねェか!」

「ああ、そうさ。でもそれこそが、狙いだよ。気づいているかい、ビス子。エイト君はこの戦いでまだ一度も、熱量放出兵装(ブラスト・マーカー)を撃っていない……機体に熱を溜め続けていることに」

『えぇい鬱陶しい! 落ちろよカトンボぉぉぉぉ!』

 

 当たらない砲撃に業を煮やしたG3ガンタンクは、サブアームのメガ粒子砲を放射状に一斉射。エイトは滲む手汗を握り潰してコントロールスフィアを操り、太いビームの網の目の、わずかな隙間を翔け抜ける。紙一重の瀬戸際を潜り抜けたエイトの頬が、意識せずニヤリとつり上がった。

 

《Caution! Caution!》

 

 縦横無尽に飛び回りながら、クロスエイトのボディには確実に熱量が蓄積していた。F91からクロスボーンの流れを汲む、小型ガンダムタイプ故の宿命――熱暴走(オーバーヒート)。黄色い注意勧告(メッセージ)がコンディションモニターを埋め尽くし、顔面部排気口(フェイス・オープン)の使用を促すメッセージが点滅する。

 蓄積熱量は、限界値の90%に迫る――しかしエイトはフットペダルを踏み込み、さらにバーニアの出力を上げた。

 91、92、93――青白かったバーニアの光が、その色をじわじわと赤く変えていく。飛躍的に増大した熱量がクロスエイト自身をも炙り、警告表示(アラート)がモニターをオレンジ色に染め上げた。

 

《DANGER! DANGER!》

 

 音量の上がった警告が、エイトの耳朶を激しく撃つ。しかしエイトは限界までベタ踏みしたフットペダルを一切緩めようとはしない。ガトリングを避け、メガ粒子砲を躱し、弾幕の切れ目をついて、ほぼ垂直に天高く翔け上がる。ついにバーニアだけでなく、クロスエイトの全身が、炉で焼かれる鋼鉄のように、焼きを入れ鍛えられる刀剣のように、灼熱した。

 そして、98、99%――熱量限界、突破。

 

「燃え上がれぇぇぇぇッ! ガンダァァァァァァァァムッ!!」

《BLAZE UP!》

 

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!! 

 噴き出す炎が渦を巻き、紅蓮の火球を作り出す。

 赤熱化した装甲が、まばゆい真紅の輝きを放つ。

 灼熱に燃えるその姿、形容するなら――

 

『……た、太陽……だと!?』

「うらあああああああああああああああああッ!!」

 

 渦巻く紅蓮を身に纏い、クロスエイトは突撃した。飛び散る火の粉の一つ一つが高熱を振りまき、熱風が瓦礫を吹き飛ばす。

 

『げ、迎撃だ! 主砲副砲サブアーム砲、全門全弾撃ちまくれぇぇぇぇッ!』

 

 危機を悟ったG3ガンタンクは、全砲門を前面に向け全力で弾幕を展開した。弾倉を空にする勢いで撃ち放たれた無数の弾丸はしかし、荒れ狂う炎に触れた瞬間に燃え上がり、全てがプラフスキー粒子に還元されて炎の流れに呑み込まれる。弾丸を、メガ粒子砲を、撃てば撃つほど炎は燃え広がり、紅蓮の太陽が膨れ上がる。

 

「な、何だよあの火力!? 砲弾もビームも一瞬で……しかも粒子の炎に巻き込んじまうだとォ!?」

「あれが、エイト君の切り札だよ。お義姉さんとの戦いで掴んだ、過剰熱量による粒子燃焼効果。それを意図的に発動できるように、クロスエイトに組み込んだんだ。エイト君はこの特殊機能を――ブレイズ・アップと命名した」

「焼き尽くせぇぇッ、クロスエイトぉぉぉぉッ!」

 

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!!

 紅蓮の炎が燃え盛り、灼熱する太陽が翔け抜けた。

 轟音、烈風、爆熱と閃光。G3ガンタンクは、圧倒的な炎熱の中に呑み込まれ、そして――

 

『ふ、フレームまで……金属パーツで、フルスクラッチしたんだぞ……!?』

 

 ――ドロドロに溶けた、金属の残骸。プラスチックの部分は完全に蒸発し、黒焦げの金属フレームだけが僅かに残っている。飛行場跡地のアスファルトは焼け爛れ、焼結したガラス質のクレーターと化していた。

 滑走路の端まで翔け抜け、半ば地面に爪先をめり込ませるようにしてようやく止まったクロスエイトが、ブレイズ・アップを解除する。各部から高熱に揺らぐ陽炎を立ち昇らせながらも、機体そのものは五体満足。

 クロスエイトはゆっくりとその場に立ち上がり、顔面部排気口(フェイス・オープン)を作動、熱い白煙を吐き出した。粒子残量はほぼゼロだが、最後の力を振り絞る。硬く握った右の拳で天を衝き、エイトは、満面の笑みで雄叫びを上げた。

 

「――僕たちの、勝ちだああああっ!」

《BATTLE ENDED!!》

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 すべてが清潔に整えられた、真っ白な病室。その中心に据え付けられたベッドと医療機器に、乾いた灰色の髪と痩せた身体が繋がれている。灰色の髪の主はその視線をパソコンの画面に注ぎ、そのパソコンは有線LANで電脳世界と繋がっていた。

 

「ふふ……ははははは……そうかそうか、そう来るんだね、ナノカ」

 

 ベッドの上で楽し気に身を捩り、トウカは哄笑した。画面に映し出されるのは〝トゥウェルヴ・トライブス〟予選Jフィールドのライブ中継。映像が一瞬ホワイトアウトするほどの熱量で、クロスエイトがG3ガンタンクを焼却し尽くした場面(シーン)だった。

 

「いいさ、そうやってナノカが律儀に約束を守ろうなんて……今更、律義に善人ぶろうなんて、するんならさ」

 

 トウカは口元に歪んだ笑みを浮かべ、傍らの白いサイドボードを開いた。

 そこに並んでいるのは、無数のガンプラ。

 しかしそのすべてが、宵闇のような艶消しの黒と、水底のような黒紫に塗られている。

 

「遊んであげるよ、このボクが。だから無事、トーナメントを勝ち上がってくるんだよ……このボクの手で、潰されにさ」

 

 トウカは黒塗りのガンプラたちの中から、最前列に飾られていた一体を取り出した。

 その機体の名は、デビルフィッシュ・セイバー。GBOジャパンランキング不動の第一位〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟の愛機として名を馳せ畏怖される、禍々しき漆黒のガンダム。

 

「教えてやろうか、デビルフィッシュ・セイバー。あの幸せ者たちに。どんなに太陽が照らそうとも――決して晴れない深淵の闇が、あるってことをさぁ」

 

 

 




第三〇話予告

《次回予告》

「……聞いているか、〝這い寄る混沌(ビハインド・ザ・カーテン)〟。依頼だ」
「おやおや、珍しいことがあるものですね。まあしかし、あなたに頼られるというのは、別段悪い気もしませんし、今の私はとても機嫌がいいので、できうる限り聞いてさしあげましょう、〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟」
「相変わらず、御託の長いことだな……要点だけ話す。ハイレベル・トーナメントの試合組み合わせ抽選を操作しろ」
「フフ、これはまた……いいでしょう。で、どのように?」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第三〇話『セレモニー』

「途中経過は好きにしろ。ただ――決勝で、奴らと当たるように仕組め。以上だ」
「OK! 完全に了解しましたよ。任せていただきましょうかこの私にね、ただし!」
「……なんだ」
「後悔先に立たず、とだけは言わせていただきましょうか。〝混沌〟と〝深淵〟が手を組んで、不幸以外が訪れることなどないのですから。フフフ……」



◆◆◆◇◆◆◆



クロスエイト、登場から必殺技出すまでに一体何話消費してるんだ(汗)
本作で描きたかったエイトのイメージ「太陽」、トウカのイメージ「深淵」という対比もようやく出せたな、といった感じです。
毎度のことながら長くなってしまったトゥウェルヴ・トライブス編もようやく終わり、ようやく次回からハイレベル・トーナメントが始まります。次回からは、予選でちらっとだけ登場したイロモノキワモノのファイターたちが次々とバトる予定でございます。
私自身も忘れかけてましたけど、これ、まだ、大会の予選なんだぜ……?

長くなりすぎるという私の悪癖を改善できるよう、テンポの良い展開を心がけることができるような気がしないでもないかもしれない。
次回以降もお付き合いいただければ幸いです。感想、批評もお待ちしています。どうぞよろしくお願いします!


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Episode.30 『セレモニー』

 ――翌日、午前十時。

 

『全国のGBOユーザーのみなさん。長らくお待たせいたしました……』

 

 一筋のスポットライトのみが暗闇の舞台を円錐形に照らす、Gガンダム冒頭を思わせる空間。しかしてその中央でマイクを構えるのは、蝶ネクタイのヒゲ男ではない。

 ビビットなパープルを基調とした煌びやかな衣装に身を包む、うら若き女性。舞台映えするはっきりした化粧を施したその目元には、いたずらっぽい微笑みが浮かんでいる。今大会のイメージキャラクターにしてメイン司会、メディア露出こそまだ少ないものの一部では熱狂的なファンを持つガンプラネットアイドル・ゆかりん☆である。

 ゆかりん☆はゆっくりとマイクを口元に寄せ、存外に落ち着いた、大人の女性らしい声で語った。

 

『GBO運営本部主催、夏の終わりの二大イベントが第一弾〝ハイレベル・トーナメント〟……この暑い夏をガンプラバトルに、GBOに捧げたガンプラバカたちの戦いが、一つの区切りを迎えました……』

 

 口上に合わせ、暗闇の空間の中に、一つ、また一つと空中ウィンドウが表示されていく。そこに映し出されているのは、戦いの軌跡。

 装甲を裂くビームサーベル。火を噴くメガ粒子砲。舞い踊るミサイルに翻弄されるウェイブライダー。次々と換装するストライカーパック。飛び回るファンネル。煌めくGN粒子。覚醒するゼロシステム。ヒートエンドするゴッドフィンガー。全てを押し流す月光蝶の輝き。

 それらを愛おしそうに眺めまわし、ゆかりん☆は両手で優しく包み込むように、マイクをきゅっと握り直した。

 

『予選会〝トゥウェルヴ・トライブス〟。三ブロック十二フィールドの戦場で、総勢四百を超えるガンプラたちが、ファイターたちが、己の持てる全てをぶつけ合い、決勝トーナメント進出を目指し……そして!』

 

 突如、舞台が明転した。高輝度の照明機器が燦々と舞台を照らし、割れんばかりの拍手が会場に響き渡る。金銀様々な紙吹雪が舞い散り、色とりどりのハロたちが、パタパタと耳(?)を羽ばたかせながら宙を舞い踊る。宇宙世紀開闢の地、最初期の宇宙コロニー〝ラプラス〟をイメージした特設ラウンジに、インターネット回線を通じて、一万人を超えるユーザーが一堂に会しているのだ。

 宇宙世紀憲章――後の〝ラプラスの箱〟となる石碑の前で、ゆかりん☆はトレードマークの横ピースでウィンク。熱狂する群衆に向かって、マイクで叫んだ。

 

『見事ぉぉっ! 決勝トーナメントへの進出を決めたのはぁぁ……このチームたちだぁぁっ!』

 

 辺り一面に浮かぶ空中ウィンドウの映像が、一斉に切り替わる。ゆかりん☆は視界の端にAR表示されるプロデューサーからのGOサインを確認し、各チームの紹介を声高らかに歌い上げる。

 

 

『現役プロレスラーにしてガンプラファイター! 異色過ぎる総合格闘のプロフェッショナル集団! リングがあって、オレがいる。待ってくれてる客がいる。ならば魅せよう、魅せつけよう、これがガンプラ漢道ぃぃぃぃっ! チーム・セメントマッスルだぁぁぁぁッ!!』

 

 

『その残虐さはあくなき勝利への執念か、それとも危うい狂気の産物か!? 予選会ではあまりに凄惨なオーバーキルと、撃墜されたはずのガンプラがゾンビのように動き出すという謎の現象に心根を挫かれるファイターが続出! チーム・スカベンジャーズだぁぁぁぁッ!!』

 

 

『元気いっぱい海賊娘、黄金郷はここにありぃぃッ! 南米帰りの相撲レスラーと、クールでニヒルなスナイパーに守られた黄金郷の海賊姫が、GBOでも大暴れ! 勝利という名のお宝は、私たちが掻っ攫うッ! チーム・エルドラドだぁぁぁぁッ!!』

 

 

『あの孤高の狙撃姫と、友軍いらずの爆撃娘が手を組んだっ! そのきっかけは、元・最速記録保持者の赤い小さい速いヤツ! 新進気鋭の実力派チームは、今大会でも快進撃を続けることができるのかぁぁっ!? チーム・ドライヴレッドだぁぁぁぁッ!!』

 

 

『青く煌めく装甲に、GN粒子が照り返す! 三兄妹はいつでも仲良し、失敗知らずの神連携! ソレスタル・ビーイングに代わり、GBOに武力介入! GNドライヴを粒子で満たし、いざ出撃! 私が、私たちがガンダムだ! チーム・ブルーアストレアだぁぁぁぁッ!!』

 

 

『謎、不明、解析不能! 漆黒のヴェールがすべてを包み、一切の理解を拒絶する! なぜだ、どうして、いつの間に!? 戦場に響くは犠牲者たちの疑問符ばかり! 黒いサイコフレームが、可能性の獣を変えてしまったというのか!? チーム・ゼブラトライブだぁぁぁぁッ!!』

 

 

『今大会優勝候補、GBO最強クラスプレイヤー〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟アンジェ・ベルクデン! 純白の姫騎士を守護するは、武骨を極める旧ザクが二体! 最強の戦乙女と熟練の老兵は、GBOの頂点を極めるのかぁぁッ!? チーム・ホワイトアウトだぁぁぁぁッ!!』

 

 

『任務了解、遂行するッ! 軍事マニアがガンプラを作るとこうなるのだッ! ゲームしか知らぬ貴様らに、本当の戦争を教えてやろう! 闇討ち・挟撃何が悪い、俺達はヒーローじゃない、勝つためならば何でもする、カエル野郎で結構だ! チーム・フロッグメンだぁぁぁぁッ!』

 

 

『なんや、GBOってこんなモンかい。ウチにかかればちょちょいのちょいやな! 最速記録を塗り替えて、ちっちゃな凄腕ファイターがGBOに殴り込みだぁぁッ! 神戸心形流の同門チームが、道場破りに現れたぁぁッ! チーム・アサルトダイヴだぁぁぁぁッ!』

 

 

『失敗こそが成功の母、私達は何度だって立ち上がる! GBOサービス開始からすべての大会に皆勤賞、しかし予選突破は今回が初めて! 不運に見舞われた無冠の実力派、今大会こそ実力に見合った栄誉を手にできるかぁぁッ!? チーム・トライアンドエラーだぁぁぁぁッ!』

 

 

『空が我らの生きる道! 飛びたいだけなら何粒子でも使うがいい、でもそれだけじゃあロマンが足りない! 飛行形態への変形にこそ、我らの求めるロマンがある! 例え酔狂と言われようとも、我らは今日も変形する! チーム・プロジェクトゼータだぁぁぁぁッ!』

 

 

『ガンプラバトル大会西東京地区予選決勝の常連、成練高専がGBOでもバトルスタート! 明確な役割分担と高レベルなガンプラで、的確に相手を追い詰める! 高専生の明晰な頭脳が、GBOでも冴えわたるッ! チーム・セイレーンジェガンズだぁぁぁぁッ!』

 

 

 各チームの予選ハイライトが空中ウィンドウに流れ、歴代ガンダムシリーズの主題歌をアレンジしたGBMが会場の雰囲気を盛り上げる。存外に上手いゆかりん☆のハイテンションなチーム紹介もあって、観客たちの熱気もうなぎ上りだ。

 

「お、見ろよエイト! オレだ、ドムゲルグだ! はっはァ、あの化け物ガンタンクの主砲をブッ壊してやったシーンだぜェ!」

「撃ったのは私なのだけれど、ね。まあ、ビス子には感謝しているよ」

「ナノさんもナツキさんも、ありがとうございました。僕だけじゃあ、予選突破なんて……」

 

 そんな盛り上がりを見せる〝ラプラス〟の一画に、決勝トーナメント出場者専用の特別ラウンジがあった。一万人のGBOユーザーでごった返す広場とは違い、高級ホテルのロビーを思わせるゆったりとした空間に、上品な調度類とバーカウンターが置かれている。壁の一面をすべて使った大きな窓には、衛星軌道上から見下ろす地球。青く輝くその姿は、ラプラス事件を起こす直前のサイアム・ビストも、きっとこの光景に感動したのだろうという美しさだった。

 この、選ばれし……否、勝ち取りし者だけが入れる特別ラウンジに、三十ほどのアバターたちがいる。それぞれにチームごとで固まってソファやカウンター席などに座り、チーム間での会話などはほとんどない。

 エイトたちチーム・ドライヴレッドは、そんなロビーのほぼ中央、高級そうな三人掛けのソファに、ナツキ・エイト・ナノカの順で座っていた。エイトは遠慮して端っこに座ろうとしたのだが、そうするとなぜか真ん中の位置の取り合いがナノカとナツキの間で始まったので、結局エイトが真ん中に座ることになった。二人が取り合っていたのが〝真ん中〟ではなく〝隣〟だということに、エイトが気付く気配はない。エイトの興味関心は、今、大会だけに注がれていた。

 

「……あの、ナノさん。少し気になったんですけど」

「なんだい、エイト君」

「僕が大会規定をよく読んでいないだけなんですけど……十二チームでトーナメントを組むって、すごくやりづらい気がするんですが」

 

 予選会〝トゥウェルヴ・トライブス〟を突破したのは、十二チーム。この規模でトーナメントを組むのなら、八チームか一六チームで組むのが、わかりやすくて後腐れもないことは明白だ。

 

「ああ、そのことなら……ちょうど今から、説明があるようだね」

 

 ナノカは自分で説明しかけようとしたのを止め、ひらりと掌でウィンドウの中のゆかりん☆を示した。

 ちょうど、ゆかりん☆の背後に縦横数メートルはあろうかという巨大なトーナメント表が映し出され――ステージからせり上がってきた台座に乗せられた一体のガンプラを、彼女が手に取ったところだった。多数の追加装備を搭載した、濃い紫色のガンキャノン。若い女性、しかもアイドルが使う機体にしては軍事色(ミリタリーテイスト)が強い改造で、いわゆる〝ガチ勢〟のような渋い雰囲気があった。

 

『――から予告していた通り! この私、ガンプラネットアイドル・ゆかりん☆も、決勝トーナメントに参加しちゃいまぁーすっ♪』

『『『うおおおおおおおおおおおおおおっ! ゆかりいいいいいいいんっ!!』』』

「……え? そ、そんなのってアリなんですか!?」

 

 一万人のGBOユーザーたちが、拳を突き上げて、異常な盛り上がりを見せる。しかしエイトはそれにはついていけず、驚きと、運営本部への軽い失望を感じていた。

 レベル5以上のGBOユーザー限定の高レベル大会のはずなのに、ガンプラ好きとはいえアイドルを大会に、しかも予選無しのシード枠で決勝トーナメントに参加させるとは。ガンプラバトルにショービジネスの側面もあるのは事実で、特にGBOはまだ若いコンテンツであるため、話題づくりも重要なのは理解できるが――

 

「……そうか、エイトは知らねェんだな。ガンプラネットアイドル・ゆかりん☆の、GBOでの名前をよォ」

「え? な、ナツキさん、どういうことです?」

「慌てなくてもいいよ、エイト君。この後、彼女のエキシビションが予定されている。それを見れば、キミも納得するさ――それよりも」

 

 姿勢よくソファに座るナノカの、膝に置かれた掌がきゅっと拳を握った。心なしか、眼つきも厳しくなったようだ。

 

『そしてもう一チーム、本大会決勝トーナメントへ、シード枠で参戦するのはぁ……なぁんとぉぉぉぉ!』

 

 突然、画面が暗転した。実際の式典会場でもすべての照明が落とされたらしく、参加ユーザーたちのどよめきが聞こえたが、それも一瞬だけ。すぐに照明は回復し、ゆかりん☆の立つステージは再び煌びやかなスポットライトに照らされた。

 しかし、そこにはもう一人。黒づくめのアバターが、無音で、影のように、闇のように現れていた。

 黒地に黒紫のラインで装飾された、ZAFTの制服。男女の区別がつきにくい細い体格に、一度も陽にあたったことがないかのように白い肌。艶のない暗灰色の長髪。目も鼻も何もない漆黒の仮面が、顔の上半分を覆い隠している。

 

『GBOジャパンランキング、不動の一位! レベル8プレイヤー、〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟の〝最悪にして災厄(パンドラボックス)〟。〝変幻自在(ルナティック・ワンズ)〟〝眠らない悪夢(デイドリーミング)〟〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟……数々の異名を恣にする、仮面のファイター! ネームレス・ワンだぁぁぁぁッ!』

『『『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』』』

 不動の一位が、動く――!

 GBOサービス開始のその日からランキング一位に座し、全ての挑戦者を返り討ちにし続けてきた〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟が、ついに動く。ゆかりん☆の参戦表明の時とはまた違った歓声が会場中に響き渡り、ラプラスを震わせた。

 

『ではここで、決勝トーナメントについての説明でーすっ! 一回戦は、予選を勝ち抜いた十二チームによって行われる計六試合。一回戦を勝ち抜いた六チームに、私、ゆかりん☆とネームレス・ワン氏の二チームを加えて、八チームによる第二回戦・四試合を行いまーすっ! その後は通常のトーナメント形式で、準決勝、決勝と大会は進行していきまーすっ!』

 

 カラフルなハロたちがトーナメント表の上を動き回るアニメーションと共に、ゆかりん☆の説明が続く。だが、ナノカとエイトの目にも耳にもそんな説明はまったく入ってこない。二人はいつの間にかソファから立ち上がり、黒い仮面のアバターだけを凝視していた。

 

「トウカ……」

「あの人が、トウカさん……!」

 

 覗き穴(スリット)すらない無地の黒仮面からは、何の感情も感じられない。ネームレス・ワン――アカサカ・トウカは、身じろぎもせずステージに立ち、一万人の観衆を見下ろしていた。人形のようなその様子に、ナツキは不満げに腕を組み、吐き捨てるように言った。

 

「ケッ、なーんかスカした野郎だなァ。双子っていうけどよ、雰囲気っつーか、空気っつーか……とにかく全然、赤姫とは似てねェぜ?」

「……そっくりだって、よく言われていたのだけれど、ね……昔は……」

「ナノ……さん……」

 

 呟くナノカの左右の拳は固く握られ、小刻みに震えていた。その拳には、どんな思いが込められているのか。エイトはかける言葉を失くし、どうしていいかわからないまま――ナノカの拳を、そっと柔らかく、包むように握った。

 

「え、エイトく……ん……」

 

 ナノカは一瞬だけぴくりと身を震わせたが、自分を見上げる真っ直ぐな瞳に気づき、すっと拳から力が抜けるのを感じた。同時、エイトが握る手とは反対側の肩に、ポンと軽くナツキの手が置かれる。

 

「ブルってんなよォ、赤姫。シード枠はトーナメント表の両端、どっちにあの仮面ヤローが入っても、オレたちとヤるのは決勝か準決勝だ。気負いはわかるけどよォ……まずは一発、勝ちに行こうぜェ?」

「ビス子……」

 

 強張っていた表情が緩み、いつものような余裕のある微笑みが戻ってくる。ナノカは右手でナツキの手を取り、左手を握るエイトの手を、指を絡めて握り返した。三人は自然と、円陣を組むように向かい合う。

 視線を巡らせるナノカに対して、ナツキは八重歯(キバ)を剥いて好戦的に笑い、エイトは力強く頷く。

 

「すまない……いや、ありがとう。感謝をするよ、ビス子」

「はン、普通に礼も言えるんじゃあねェか。手間のかかるお嬢さんだぜ、まったくよォ」

「エイト君も、ありがとう。私は、キミが相棒になってくれて……幸せだよ」

「え、あ、いや、そんな……そ、それよりナノさん、こ、この手の握り方は……は、恥ずかしいですよ……」

「あッ、赤姫ェ! てめェ、なにちゃっかりエイトと指絡めてやがるッ!」

「おや、気づかなかったよ。いつの間にやら、恋人つなぎになってしまっていたね。あっはっは」

「こここ、恋人つな……ェェエイトオオオオ! 手ェ貸せ今すぐほら出せコラァァァァ!」

「う、うわっ!? な、ナツキさんっ、指ちぎれる! ちぎれちゃいますよ、そんなに引っ張ったらぁぁ!」

 

 ――少し頬を赤くして、悲鳴を上げるエイト。その両手は、左をナノカ、右をナツキに恋人つなぎにされ、長身な二人の間でぶんぶんと振り回されているが、決してその手を振り払おうとはしない。そして、口ではケンカをしながらも、ナノカとナツキもまた、繋いだその手を離そうとはしないのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

『……(プロデューサー)さん、準備OK? うん、大丈夫……じゃあ、いくねっ』

 

 インカム越しに確認したゆかりん☆は、まるでガンダムを呼び出すドモンのように、パチィンと指を弾いた。

 

『それではみなさん、お待ちかねっ! トーナメント開始に先立ちまして――不肖、この私が! エキシビションを行わせていただきまーーすっ☆』

『『『うおおおおおおおおおおおおおおっ! ゆっかりいいいいいいいんっ!!』』』

 

 ラプラスコロニー・宇宙世紀憲章前広場に、再度、野太い歓声が上がった。ネットアイドルとしてのゆかりん☆のファンたちは、気が早くもビビットパープルのサイリウムを取り出し、発光させ始めていた。

 しかし、それだけではない。どう見てもアイドルファンではなさそうな生粋のガンプラファイターたちまでもが、今やステージで手を振るゆかりん☆に注目していた。

 

「……予選敗退は悔しいが、彼女のガンプラを見られるのは拾い物だな」

 

 四人掛けのベンチに三人で座る、その右端の男が呟いた。整備兵のようなツナギ姿に、黒縁の眼鏡。落ち着いた雰囲気だが、まだ若い。

 

「そうね。ガンプラネットアイドル・ゆかりん☆……いや、〝市街戦の女王(ウルトラヴァイオレット)〟ムラサキ・ユカリ」

 

 その隣に座る、上半身をはだけたツナギ姿の女性。オレンジ色のタンクトップに、同じくオレンジ色のバンダナ。活発で男勝りな印象だ。

 

「GBOJランキング第十位、か。あの〝強過ぎた白雪姫(オーバーキルド・プリンセス)〟より上だっつー実力、今後の参考にさせてもらおうぜ」

 

 さらにその隣。同じくツナギを来た、咥えタバコに三連ピアスの、一番若い男が言った。

 彼のさらにとなり、四人掛けベンチの四人目のスペースには、巨大なガンプラが置かれている。金属パーツに装甲された、PGサイズの初期型ガンタンク――G3ガンタンク。

 彼らはトゥウェルヴ・トライブスでドライヴレッドに敗退した、全日本ガトリングラヴァーズだ。予選で敗退したとはいえ、いや、したからこそ、本戦の様子は気になるというものだ。このセレモニーを参観しているGBOプレイヤーの中には、彼らと同じく予選敗退者が多数含まれているようだ。

 

「でもリーダー、エキシビションって何をするのかしら。まさかコンクリの土管を殴り壊すわけでもないでしょうし」

「わざわざヤラレ役の対戦相手引っ張ってくるってのも、盛り上がらねえよなぁ」

 

 バンダナの女は意外と可愛らしい仕草で小首をかしげ、ピアスの男はばりばりと頭を掻いた。

 ステージ上では、横ピースでウィンクをキメるゆかりん☆の足元からプラフスキー粒子が噴き出し、ステージそのものが巨大なバトルシステムと変形しつつある。

 

「いや、どうやらGBOのVRミッションのようだぞ……っておい、あのミッションは……!」

 

 リーダーは目を見開き、眼鏡の位置をくいっと直した。

 バトルシステム上に構築される仮想フィールドは、しんしんと雪の降り積もる闇夜、欧州の都市部――ガンダムW世界(アフターコロニー)のブリュッセル、大統領総督府。それは、GBO最悪の鬼畜難易度を誇る単独プレイ専用ミッション〝終わらない舞踏曲(エンドレスワルツ)〟のフィールド。

 過去のハイスコアが二十人分まで記録されるはずのレコード画面に、いまだ十二人しか――〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟と、五十回に迫る試行錯誤の末クリアした〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ビス丸しか――表示されない、正真正銘の最難関ミッションである。

 

『ふっふ~ん。会場、良い感じにアガってる♪ うん、OK。わかってるって、(プロデューサー)さん!』

 

 ゆかりん☆はもう一度、会場に、ファンに向けて横ピースウィンクを飛ばし、ステージ衣装を脱ぎ捨てた。そして一瞬の早着替え(ダウンロード)、ダークパープルの連邦軍パイロットスーツへと姿を変える。愛用のガンキャノンをGPベースにセットして、バトルシステムに読み込ませる。出撃準備、オールグリーン。

 

《GANPRA BATTLE. Mission Mode. Damage Level, Set to O. Special Field, Brussel.》

 

 その瞬間、彼女の目付きがガラリと変わった。

 少女漫画のような、瞳の中に星が入ったキラキラの瞳から――感情を殺した、殺人マシーンのような目に。

 

『……さて、始めるか。殺しの時間だ』

 

 先ほどまでの可愛らしいアイドルボイスから一転、何十何百の戦場を生き抜いてきたような、低く冷酷な声。あまりの変貌ぶりにゆかりん☆ファンたちのテンションは、

 

『『『うおおッ! ユカリさまぁぁぁぁッ! 撃ッッち殺せェェェェェェェェッ!』』』

 

 下がるどころかさらに熱狂! ビビットとダーク、二色のパープルのサイリウムが、巨大なウェーブとなって会場を埋め尽くし、激しくうねる!

 

『〝市街戦の女王(ウルトラヴァイオレット)〟ムラサキ・ユカリ。ガンキャノン・紫電改……撃ち殺す』

《MISSION START!!》

 

 




第三十一話予告


《次回予告》

「さーて皆さん、大変長らくお待たせいたしましたー♪ セレモニーも終わったところで、私、ガンプラネットアイドル・ゆかりん☆から! 皆さんに! 決勝トーナメント第一回戦・対戦カードのご案内でーすっ!」

――ハイレベル・トーナメント一回戦――
・第一試合 セメントマッスル  VS スカベンジャーズ
・第二試合 エルドラド     VS ドライヴレッド
・第三試合 ブルーアストレア  VS ゼブラトライブ
・第四試合 ホワイトアウト   VS フロッグメン
・第五試合 アサルトダイヴ   VS トライアンドエラー
・第六試合 プロジェクトゼータ VS セイレーンジェガンズ

「ここに並んだどのチームも、強豪であるとともに一癖も二癖もあるチームばっかりですっ♪ どんな戦いが繰り広げられるのか、今から私の胸はどっきどきしちゃってますっ☆」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第三十一話『エキシビション』

「なお、第二回戦は! 第一試合の勝利チームと、私、ゆかりん☆率いる〝ウルトラヴァイオレット〟が! 第六試合の勝利チームと、ネームレス・ワン氏率いる〝ジ・アビス〟とが戦うこととなりまーすっ!
「いよいよ盛り上がってまいりましたハイレベル・トーナメント! はたして、優勝はどのチームの手にぃぃっ!? 私も本気で、狙いに行っちゃいますよーっ!?
「それではみなさん、お別れに! 毎度毎回恒例のぉー……みんなでいっくよーっ! せーのっ、ゆっかゆっかりーんっ☆」



◆◆◆◇◆◆◆



 ……出てしまいました。また。私の「長くなる病」が。
 でも今回は、やりたかったバキ風選手紹介ができたから良しとしよう(笑)
 次回はユカリ様によるエキシビション、そして次こそ、いや次の次こそ? 大会が、始まる……はず、です! きっと! たぶん! 始まるんじゃないかな!
 しかしここでリアル労働が忙しくなる予感。十月下旬までヤバそうな予感しかしません。また更新頻度が落ちるかも……どうかお待ちいただければ幸いです。
 感想・批評等お待ちしています。お気軽にどうぞ!


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Episode.31 『エキシビション』

始まりましたねオルフェンズ二期!!
オルフェンズは大人向けガンダムだと、私は定義しているのですが、さっそく期待を裏切らない展開の数々!!
そして最後のバルバトスルプス……惚れるぜミカぁぁぁぁっ!!
マッキーの暗躍なんかももう、これからどーなっちゃうのかと楽しみです!!
オルフェンズの、ガンダムの今後に期待しながら、ドライヴレッド31話です!!


 齢十九にして芸歴十二年。

 ムラサキ・ユカリの青春時代はすべて、芸能界で這い上がるために消費された。

 正直、小学生の頃の、子役時代の方が仕事はあった。中学卒業と同時に、子役の仕事で培った演技力を、幼い頃から自慢だった歌唱力を、血の滲むような努力をしたダンスを活かして、歌って踊れるダンスアイドルに転身。グループアイドル全盛の時代にたった一人で殴り込みをかけ、そこそこのヒットはした。大規模会場での単独ライブまではできなかったが、小さなライブハウスなら、チケットを完売するぐらいの人気は手に入れた。CDの売り上げも、音楽番組のランキング表の、一番下に一度だけ載ることができた。

 満足していた。夢を、見ることができた。高校卒業と同時に、引退するつもりだった。

 しかし――最後の仕事となるはずだった、ある地方でのガンプラバトル大会への出演。お楽しみ要素として、花を添える役としての、エキシビションマッチへの参加。可愛らしいビビットパープルのベアッガイⅢを使っての、賑やかし役という仕事。

 それが、全てを変えてしまった。

 年の離れた兄の影響で、ガンダムは好きだった。ガンプラバトルも、兄と遊ぶ程度にはやったことがあった。兄相手になら、何度か勝ったこともあった。でも、兄としか戦ったことはなかった。だから、ムラサキ・ユカリは、知らなかったのだ。

 兄が、ムラサキ・シロウが――エキシビションマッチの対戦相手である兄が、エキシビションとはいえ自分が倒してしまった兄が、地方大会三連覇中の猛者であることを。全国大会常連の強者であることを、知らなかったのだ。

 大破し膝をつく、兄のクシャトリヤ。それを見下ろす、満身創痍のベアッガイⅢ。一瞬の静寂の後に、割れんばかりの大歓声が上がった。事務所の社長からはこっぴどく叱られたが、プロデューサーは大笑いしながら誉めてくれたのを覚えている。

 ――ユカリは、引退の延期を決意した。大学に通いながらなので、今までのような活動は難しかった。ネット上を主な舞台とすることで、時間の問題を解決した。標榜した肩書は〝ガンプラネットアイドル〟。プロデューサーからの「目指すは、いや超えるはあのキララだ!」という熱い激励を受け、ユカリは、ゆかりん☆は、GBOに参戦したのだ。

 学業とネットアイドルの両立は、忙しいが満足している。唯一の悩みは――いざバトルが始まると、眼つきと口調が、冷酷になってしまうことぐらいだ。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

《MISSION START!!》

『〝市街戦の女王(ウルトラヴァイオレット)〟ムラサキ・ユカリ。ガンキャノン・紫電改……撃ち殺す』

 

 カタパルトから飛び出した紫電改をまず迎えたのは、サーペント・カスタム部隊による弾幕の嵐だった。三機編成が二チーム、前衛二機・後衛一機の隊形で、左右に一チームずつ。計六機のサーペントが、ダブルビームガトリングとビームキャノンで十字砲火を仕掛けてきている。

 

「セオリー通りか、つまらんな」

 

 六対一の戦力差、相手は陣地も構築済み――その状況下で、本当につまらなそうにそう言い捨て、ユカリは紫電改の指先からダミーバルーンを放出した。弾幕がそちらへ逸れる間に、何棟も連なる背の低いビルの陰に、紫電改を滑り込ませる。そして重装備をものともせず、まるで忍者のような低い姿勢で猛ダッシュ。左翼のサーペント部隊の側面へと、ほんの数秒で回り込んだ。

 恐るべきは、その隠密性。ある程度のステルス性を持たせた濃紫の塗装に加え、関節部と足裏の加工による、足音まで含めての限りない低騒音。ダミーバルーンに砲撃を続けるサーペント部隊が、静音の紫電改に気づくはずもなく――

 

「三つ、もらったぞ」

 

 無音で跳躍、側転するように宙を舞い、両手に構えた二丁のハンドビームランチャーを連射する。全弾命中、大破炎上。右翼の小隊が異変に気づき銃口を向けるが、その時にはすでに、紫電改はビルの谷間へと姿を消していた。

 サーペントたちは四角いカメラアイを左右に向けて紫電改を探すが、熱源探知(サーマルセンサー)にも電探(レーダー)にも、音響測定(パッシブソナー)にすら反応はない。ビルの陰に隠れて、何らかの欺瞞装置(ジャマー)を使ってじっとチャンスを窺っているのか――と、その時。右翼後衛、ビームキャノンを構えていたサーペントが、突然、爆発した。

 前衛の二機は慌ててそちらへビームガトリングを向けるが、燃えながら崩れ落ちる僚機以外に何も見当たらない。そして、

 

「第一波、撃破」

 

 二機のサーペントは、背後からコクピットを狙い撃ちされ、その場にガクリと崩れ落ちた。

 いつの間に接近していたのか、倒れたサーペントのすぐ後ろに、紫電改は立っていた。その姿が、先ほどまで若干と違う。腰の後ろに装備していた、MSの胴体ほどもある巨大なパーツ群が、ない。

 

「クロ、状況を……次は地下からか。前と変わらんな」

 

 単独プレイ専用ミッションのはずが、ユカリは何者か(・・・)と通信をする。そしてまたも、無音の疾走(ダッシュ)。次の敵NPCの出現ポイントへと向かった。

 大統領総督府前、巨大な広場に隣接した、巨大な十字路。その中央部に設置された、これもまた巨大な搬出入口が左右に開き、エレベータリフトに乗せられたガンダムたちが地下からせり上がってきていた。

 デスサイズ、デスサイズヘル、デスサイズヘルカスタム。シェンロン、アルトロン、ナタク。サンドロック、サンドロックカスタム。そしてエピオン。W系列の格闘型ガンダムのオンパレード。このミッションの鬼畜難易度は、ここから始まる。多くのGBOプレイヤーが、中近距離から次々と迫り来る斬撃を捌き切れなくなり、撃墜されてしまうのだ。

 しかしユカリは、そうならなかった。

 

「撃ち殺す」

 

 地上に出たばかりのエレベータリフトを、猛烈な砲撃が襲った。それも、前後から挟み撃ち(・・・・・・・・)に。

 先ほどまでの隠密行動とは一転、紫電改は太い幹線道路上に堂々と姿を現し、二丁のハンドランチャーと両肩の240㎜キャノン、そして頭部バルカンを次から次へと撃ち込みまくる。さらに総督府の建物の向こうからも、ミサイルやビームの閃光が雨霰と降り注ぐ。いかにガンダリュウム合金製のガンダムたちといえども、この砲撃には耐えられず、何もできないままに撃墜されていく。

 

「二機、残ったか」

 

 もうもうと上がる土煙を吹き払って、生き残ったガンダムが飛び出してきた。一機はデスサイズヘルカスタム、アクティブクロークを閉じていたために致命傷を防げていたようだ。もう一機はサンドロックカスタム、元より重装甲、加えてABCマントを装備していて生き残れたようだ。

 

「尺はあと三分か。やや押しているな。ああ、すまない、プロデューサー。急ごう」

 

 インカム越しにプロデューサーに言いながら、ユカリは武器スロットを操作した。〝SP〟のスロットを選択、さらに細かい操作をいくつか。ビームサイズとヒートショーテルが眼前に迫るが、焦る素振りは全くない。

 

「クロ、今だ」

 

 ガオォォンッ! ガガガガガガガッ!

 鉄が鉄を打つ……否、撃ち抜く、硬質な破壊音。デスサイズの胸のど真ん中から、太く鋭い鋼鉄の杭(パイルバンカー)が突き出していた。同時、ビームガトリングの細く鋭いビーム弾が、サンドロックをハチの巣に変えた。

 

「よくやった。戻れ」

 

 ピクリとも動かなくなったデスサイズから鉄杭を引き抜き、犬のような四本足の小型MAが、紫電改へとすり寄っていく。出撃時には紫電改の腰に付いていたパーツが変形した、サポートメカのようだ。シールドのような造形の頭部にはパイルバンカーの先端が覗き、さらにビームガトリングが二門搭載されている。背部にはミサイルハッチが並び、そして尻尾はバーニアスラスター……先の挟み撃ちの砲撃や、サーペントの後ろをとった奇襲も、この支援機〝ガンドッグ・クロ〟あってこそだ。

 

「次は射撃型か」

 

 言う間に、レーダーに複数の輝点(ブリット)が出現する。被ロックオン警報が鳴り、ユカリは紫電改を身構えさせる。ガンドッグも、頭を空へと向けた。

 宙を舞う飛行形態のウィングとウィングゼロ。天使のような翼を羽ばたかせ、降臨するウィングゼロカスタム。長く尾を曳くスーパーバーニアの光は、無印・Ⅱ・Ⅲのトールギス三機揃い踏みだ。赤いヘビーアームズと濃緑のヘビーアームズカスタムがパラシュート降下で現れたのは、ユカリがエレベータリフトを無茶苦茶に破壊してしまったための演出変更だろう。

 

「クロ、ヘビーアームズは二機とも任せる。私は他を……撃ち殺す」

 

 SPスロットを操作、主人の命を受けたガンドッグが嘶きながらヘビーアームズへと駆け出していく。それを見届けるが早いか、紫電改も大型バックパックから火を噴いて、上空へと飛び出していった。

 次々と撃ち込まれるバスターライフルとドーバーガン、メガキャノン。いくら紫電改といえども、当たれば無傷では済まない――しかし、当たらない。相も変わらず静音のまま複雑な機動を描いて上昇し、ウィングとトールギスに迫る。

 無印とⅡ、二機のトールギスがドーバーガンの十字砲火で挟み撃ちにしてくるが、ちょうど足元に突っ込んできたバード形態のウィングを蹴り飛ばし、避けると同時に身代わりにする。ドーバーガン二発分の火力が直撃し爆発するウィングを背に、ユカリは二機のトールギスにハンドランチャーを撃ち込んだ。

 紫電改が持つハンドビームランチャーは、市街地での取り回しを考慮した短銃身型のビームバズーカだ。射程距離を犠牲にした代わりに、高出力かつ速射性が高いという特性を持つ。その破壊力は、頑丈なはずのトールギスたちの胴体に易々と風穴を開けるほどだ。

 ハンドランチャーの直撃を受け随分と風通しの良くなった二機のトールギスは、糸の切れた人形のように墜落していった。

 

「ハンドランチャーはあと二発。少し撃ち過ぎたか」

 

 続いて、トールギスⅢ。シールド内蔵のヒートロッドを撃ち出してきたが、それをあえてハンドランチャーで受ける。巻きつかれた銃身があっという間に加熱するが、今この瞬間は、スーパーバーニアの機動力は死んでいる。もう一方のハンドランチャーで、頭と胸とを撃ち抜いた。

 これでハンドランチャーはちょうどエネルギー切れ、爆発する右の一丁は手放し、左のもう一丁を、飛び回るネオバード形態のウィングゼロへと投げつける。ウィングバルカンで迎撃されるが、その爆発を目眩ましに、ユカリはウィングゼロの背中に飛び乗った。ウィングスラスターにしがみつき、両肩のキャノンを突きつける。

 

「あと二分か」

 

 ゼロ距離からの二門二点射、四発の砲弾はウィングゼロを背中側から貫通し、上半身をバラバラに吹き飛ばした。下半身だけになったウィングゼロが、黒煙と共に地上に落ちていく――それごと紫電改を呑み込もうと、ゼロカスタムのツインバスターライフルが光を放つ。最大出力のビームの奔流が市街地の一区画を、丸ごと消し炭に変える。

 だが、その黒焦げの瓦礫の中に、紫電改の姿はない。

 

「間に合ったな」

 

 ゼロカスタムの胸部メインセンサーが割れ砕け、胴体の中かなり深くまで、紫電改の拳がめり込んでいた。確かに、ガンキャノンはパワーに定評がある機体ではある。原作(ファーストガンダム)劇中やOP映像で岩石を放り投げているシーンは、あまりに有名だろう。しかし、だからといって、モビルファイターでもないのに、素手でガンダムの胴体をぶち抜くとは――これが〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟のガンプラの性能ということか。

 

「幕だ。最後は花火で締めるとしよう」

 

 まだぎりぎりで撃墜判定に至っていないらしく、ゼロカスタムはマシンキャノンのカバーを開いた。しかしその銃口が火を噴くより早く、紫電改の240㎜キャノンが突きつけられる。

 

「派手に散れ」

 

 ドドギャンッ!

 意図したものか、それとも偶然か、ゼロカスタムは一際派手な爆発エフェクトを散らして大破爆散。ブリュッセルの闇空に、大輪の花火となって砕け散った。

 雪以外には飛び回るもののなくなった空から、紫電改がゆっくりと降りてくる。ツインバスターライフルによって焼け野原へと変えられた街並みに、ビームや鉄杭(パイルバンカー)の牙によってズタボロにされたヘビーアームズが転がっている。

 

「よし、きっちり殺したな」

 

 ユカリは、子犬のようにすり寄ってきたガンドッグをひと撫でしてから、紫電改の腰に装着する。

 敵に増援の気配はない。鬼畜難易度の単独プレイ専用ミッション〝終わらない舞踏曲(エンドレスワルツ)〟も、GBOJランキング第十位〝市街戦の女王(ウルトラヴァイオレット)〟ムラサキ・ユカリにかかれば、戦闘時間はわずかに三分十二秒。

 

《MISSION CLEAR!!》

 

 快活なシステム音声と共に、空中にリザルトが表示される。自己ベスト更新、十二個並んだBFNの8番目にあったユカリの名が、二つ順位を上げて6位の位置に表示される。

 それを見届けたユカリは、ふぅと小さく息を吐いて、ヘルメットを脱いだ。その瞬間、殺人すら何とも思わなそうなハイライトのないベタ塗りだった目が、きゃるきゃるした少女漫画のそれにかわり、瞳の中にビビットパープルの星マークが躍り出た。「うーんっ!」と両手を上げて背伸びする仕草までもが一気に少女じみて、声色も別人かと思うほどに甘くなる。

 そしてお決まりの、横ピースからのカメラ目線でウィンク、

 

「プロデューサーさんっ♪ ファンのみんなーっ♪ ミッションクリア、クリアですよーーっ☆ 自己ベストまで出しちゃいましたーーっ☆ えへっ♪」

『『『うおおおおおおおおおおおおおおっ! ゆかりいいいいいいいんっ!!』』』

「それじゃあ、みんなー! ゆかりん☆の自己ベストを祝ってぇーー……いっくよーーっ! せーのっ♪」

『『『ゆっかゆっかりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんっ!!』』』

「あっりがとぉーーーー☆」

 

 会場が凄まじい勢いで盛り上がるのと反比例するように、バトルシステムは照明を落とし、フィールドがはらはらと剥がれ落ちていくのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「……気に入らねェ」

 

 まるで駄々をこねる子供のようにぷぅーっと頬を膨らませ、ナツキは不機嫌そのものといった様子で腕を組んでいた。

 

「オレサマはあんだけ苦労してクリアしたってェのに……ぽんっと軽く自己ベストなんて出しやがってよォ! 畜生、ぜッッッッてェアイツに勝ってやる! この大会終わったら、すぐにでも記録更新してやるぜッ!」

「ふふ。猛っているね、ビス子……エイト君、わかってくれたかい。彼女が――〝市街戦の女王(ウルトラヴァイオレット)〟ムラサキ・ユカリが、単なる客寄せパンダじゃあないってことを」

 

 エイトは無言で頷いて、ぎゅっと強く拳を握った。手汗をかいている。

 

「ナノさん。彼女が、ランキング十位ということは……」

「ああ。一位は、〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟は……トウカは、彼女以上ということだよ」

 

 ここでへこたれる様な男なら、最初から、相棒になど選んでいない。その信頼感は持ちながらも――いや、信じているからこそ、ナノカは少し悪戯っぽい表情で、エイトにこう聞いてみた。

 

「……戦えるかい、エイト君?」

「はい。燃える展開です!」

 

 握った拳を控えめに、だがグッと力を込めて胸の前に構える。迷いなく答えるその表情は、まっすぐに前しか見ていない。その目に宿る熱い炎に、少年のような純粋さと、男らしい熱さが同居している。常に丁寧語の、眼鏡で小柄な、どこにでもいる普通の少年――しかし、静かに燃える熱血漢。

 キミが私と来てくれて、本当に良かった。

 

「……オイオイ赤姫ェ? 随分とまァ、ぽーっとした顔でエイトを眺めてンじゃあねェか。どーしたどーした? んー?」

 

 いつの間に回り込んだのか、ナツキがソファの後ろから、ナノカに軽いヘッドロックをかけてきた。得意げな表情で、うりうりと頭を撫でまわしている。

 

「こ、こらやめないかビス子! え、え、エイト君も、笑ってないで助けておくれよ!」

「あはは……ナノさんとナツキさん、いつも仲いいなぁって。まるで恋人同士みたいですよ」

(こ、この鈍感エイト! よりによってそんなこと言うかァ!?)

(はぁ……私もビス子も、ゴールはまだまだ遠そうだね)

 

 無邪気に笑うエイトに、内心で肩を落とすナノカとナツキなのであった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「……気に入らんッ!」

 

 そんな長閑な雰囲気の三人に――特に、その中の一人に、殺意のこもった視線を向ける者がいた。

 ラウンジの端、バーカウンターに座る、女性アバター。大きく着崩したOZの制服の合間から、褐色の肌が覗く。手入れをする心の余裕がないのか、それとも彼女の心情が表れたのか、白銀色の髪の毛はバラバラにほどけ、逆立っていた。

 

(……喰い千切るッ。赤姫……を、喰い千切って……私の強さを、証明する……ッ!)

 

 爪を立てるようにして握り締める酒のグラスが、今にも割れ砕けそうだ。手の震えを受けたグラスの氷がカラカラと、小刻みに音を立てている。

 

「おい、色黒のねーさん。酒は楽しく呑むもんだぜ」

 

 そう声をかけるのは、鉄華団のジャケット姿の大柄な男。〝暴食群狼(スカベンジャーズ)〟の兄、ゴーダ・バンである。自身も酒のグラスを傾けながら、もう一方の手で、ふるふると震えながらジャケットの裾を掴む妹・レイの頭を撫でている。兄の陰にほぼ隠れているレイは、オルフェンズ劇中の、火星の孤児院の制服姿だ。年齢と体格も相まって、その姿はクッキー・クラッカ姉妹にそっくりだ。

 

「ウチの妹が怯えちまってるじゃねーか」

 

 ラミアが目を向けると、レイは「ひっ」と短く悲鳴を上げて俯き、ふわふわの栗毛の奥に目線を隠してしまった。そんなレイを守るように、バンは、四角く厳つい顔をラミアとの間に割り込ませた。

 

「せめてそのドス黒いプレッシャー、おさめようぜ。試合前こそリラックスだぜ?」

「フン。仲間面をするなよ、ゴーダ兄。ゴーダ妹が怯えようと竦もうと、私の知ったことではない。イブスキの指示でチームを組んだだけのこと。気に入らんのなら……」

 

 ドンッ! バンのグラスが、乱暴にバーカウンターに叩き付けられる。

 

「妹が、よ。怯えてるんだ。やめちゃあくれねぇか、色黒のねーさん」

「あ、あんちゃん……う、うちは、だいじょーぶだから……」

「……ああ。びっくりさせて悪かったな、レイ」

 

 バンは表情を緩めて矛を収め、バーテンダーにレイのオレンジジュースのおかわりを注文した。それっきり、ラミアと目を合わせようとはしない。

 

(イブスキめ……どうせ、ゾンビ化ビットのテスト程度の意味で押し付けたのだろうが……組まされる私の身に、なってみる気はないようだな)

 

 グラスの中身を一息に煽り、ぐるりとラウンジを見回してみる。

 エキシビションが終わり、十分間の休憩時間。そういえば、第一試合は自分たちの出番だった――試合直前に、こうもチームワークの欠片もないチームなど、自分たちだけだろう。どのチームも、三人固まって談笑か作戦会議の最中だ。

 ふと、あるチームに……いや、個人に、目が留まる。

 

「……幽霊みたいな女だな」

 

 あっちにふらふら、こっちにふらふら……ほかのチームメイトはどこにいるのか、一人きりのようだ。真っ白なワンピースに身を包んだ蒼白な肌の少女が、よく言えばタンポポの綿毛、悪く言えばまさにそのまま幽霊のように、ラウンジを彷徨っていた。

 その手には、一体のガンプラが握られている。これも、少女と同じように白一色の、ユニコーンガンダム。予選会では、原理不明のジャミングと原因不明の武装無効化で相手を恐怖に陥れた、黒いサイコフレームのユニコーンだ。

 

「……フッ。私も、他人のことはいえんがな」

 

 ラミアは自嘲し、バーカウンターに置いた自分のガンプラを眺める。

 ガンダム・セルピエンテ。あの女を喰い千切る、怨讐の牙。復讐に狂った自分もまた、幽霊のようなものに違いない。いや、幽霊というよりも……鬼、か。

 

「そろそろ始まるぜ、色黒のねーさん。イブスキさんに言われた仕事は、きっちりさせてもらう」

「そう願いたいな、ゴーダ兄。妹のお守りだけでは給料泥棒というものだ」

「う、うちも……がんばるもん……っ!」

 

 バンとレイも、以前とは少しだけ装備の変わったバンディッドとエアレイダーを取り出した。ラウンジ内に、ゆかりん☆のアナウンスが響く。

 

『決勝トーナメント第一試合を、五分後に開始いたしまーすっ。セメントマッスル、スカベンジャーズ、両チーム選手の皆さんは、ご準備をお願いしまーす♪』

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「ウハハ! 美人なMCだな、気に入ったあ!」

「俺もです、社長!」

「ったく、変わんねぇなあ社長は」

 

 大声で騒ぐ彼らは、チーム・セメントマッスル。現役プロレスラーにして凄腕ガンプラファイターという、異色の経歴を持つ三人だ。

 三人が三人とも、ラウンジに集うファイターたちの中でも一際巨大な体躯。一年戦争期のモビルスーツで言えば、間違いなくドムだ。しかし、その体は無駄に大きいのではなく、叩き叩かれ、無数の試合で鍛えあげられた、超実戦的な筋肉の塊。

 プロレスなど、所詮は見世物――そんな寝言を言う輩を一瞬で黙らせるほどの、圧倒的な存在感を誇る筋肉たちが、三人分。それが車座になって集まり、それぞれのガンプラをGPベースに載せ、最終調整を行っていた。

 

「昔はガンプラといやあ、男の子のもんだったがなあ。時代は変わったなあ!」

 

 セメントマッスルのリーダー、コオリヤマ・マドカは苦笑しながら大声で呟いた。岩石から切り出してきたような厳つい顔面に、人好きのする豪快な笑顔を浮かべている。

 

「右を見ても、左を見ても女の子! 司会のアイドルも美人で、アナウンスもその娘さんが読み上げる! 一回戦の相手も、三分の二が女の子ときたもんだあ! ウハハハハ!」

「おいおい社長、女の子って。十代そこそこのガキばっかりじゃあねぇですか」

「まあまあ、トモエの兄貴。一回戦の相手、一人は小学生みたいなおこちゃまだけどさ、色黒のほうの娘さん、けっこうな美人ですぜ? ねえ、社長!」

「目の保養だ、目の保養! 男はなあ、トモエ! サクラ! 女の尻を追っかけてナンボってもんよお! ウハハハハハハハハ!」

 

 彼らは地声が大きく、周りのチームたち……特に、女性がいるチームからは若干眉を顰められていた。しかし、その大きな声を遮って、ラウンジに再び、ゆかりん☆のアナウンスが響く。

 

『あれれー? チーム・セメントマッスルのみなさーん! 試合三分前ですよーっ! もうそろそろー、待機エリアに入ってくださいねーっ♪』

「ありゃ、もうこんな時間っすか」

「初戦が遅刻で無効試合じゃあ締まんねぇな。行こうぜ、社長」

「おう、んじゃあ行くかあ! チーム・セメントマッスルの戦い……魅せてやらあ!」

 

 三人は節くれだった分厚い掌にそれぞれの愛機を握り、アバターを待機エリアへと送るのだった。

 




第三十二話予告


《次回予告》

「さぁぁぁぁって! ついに始まりますハイレベル・トーナメント! いっ! かいっ! せぇぇぇぇんっ! 注目の第一試合を戦うのはーっ、このチームだーっ♪
「驚異のパワーと魅せる大技、会場の空気すら味方につけて、勝利を掴むは本気(セメント)筋肉(マッスル)! チーム・セメントマッスルぅぅぅぅっ!!
「最凶の大量破壊と最狂の過剰殺戮! そして動き出すゾンビガンプラたち……チーム・スカベンジャーズぅぅぅぅっ!!
「イロモノ揃いの本大会でも特にキャラの濃い両チームが、一回戦で早速激突だーっ! この勝者と私が戦うことになるのですが……正直、どっちが勝ち上って来ても、私、全力で楽しめそうな気がしまぁぁぁぁすっ♪」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第三十二話『ハイレベル・トーナメントⅠ』

「それでは次回っ! ハイレベル・トーナメント一回戦・第一試合にぃぃぃぃ……せーのっ、ゆっかゆっかりーんっ☆」



◆◆◆◇◆◆◆



さて、オルフェンズ二期の感動に打たれ過ぎて、ゴーダ妹の衣装を火星孤児院の制服にしちゃいました。子どもたちの無邪気な言葉のナイフにぐっと耐えるクッキー&クラッカ、健気すぎる……ウチの娘にしたいぐらいだよ!!(!?)

それはそうと、いよいよリアル労働がヤバイです。
十月前半はもう更新できそうにないなあ……
次はまた、十月後半にお会いしましょう!!
感想・批評お待ちしております。どうぞよろしくお願いします!!


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deta.05 ガンプラ紹介【高位大会編①】

Episode.26『トゥウェルブ・トライブスⅠ』

 

【ジンクスⅢスナイパーカスタム】

【M1アストレイ・グレイフレーム(フライトパック装備)】

【アンクシャ・イエロージャケット】

【ヘビードライセン】

 フロッグメンに撃墜されたAフィールドの面々。それぞれが違うチームの機体だが、フロッグメンを倒すため同盟を組んでいた。レベル5以上限定大会だけあって機体のレベルは一定以上のモノばかりだったが、フロッグメンにより疑心暗鬼を植え付けられ、同士討ちで壊滅することに。ザ・雛見沢症候群。

 

【ゼータプラス・プラス】

【∞ジャスティス・ゴールドフレーム】

【ヤクト・ドーガ(袖付き使用)】

 Bフィールドでエルドラドと対決したガンプラ。ゼータプラス・プラスは基本的にウェイブライダー形態で運用する機体。∞ジャスティス・ゴールドフレームは、ストフリ用の金色のフレームで∞ジャスティスを構成。袖付きのヤクト・ドーガはUCMSVにある機体を立体化したもの。

 

【GビットXα】【GビットXβ】【GビットXγ】

【ウィングガンダムゼロカスタムデモニッシュブラックカースドオメガ】

【エピオン・ザ・ブラック】

【黒死の宣告者~デスサイズ・ヘル・カスタム~】

 Cフィールドで戦っていたサテライトキャノン持ちのチームと、中二病患者たちの機体。シンプルなXたちと中二病患者たちのネーミングセンスの差に慄然(りつぜん)としますな。

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

Episode.27『トゥウェルブ・トライブスⅡ』

【GP-00ブロッサム・カスタム】

【GP-04ガーベラ・カスタム】

【GP-02サイサリス(MLRS装備)】

 以前、レギオンズ・ネストで登場したGPIFビルダーズの機体。ナノカとナツキを相手にして、2対3の優位な状況からの敗北を経験し、以降地道に精進してGBOJランキング1000番以内まで駆け上がるという成長を成し遂げています。敗北が人を強くするのです。ちなみにブロッサムとガーベラは前回登場時から微妙に改造されているのですが、作中ではユニコーン・ゼブラに瞬殺されそれが活かされることはありませんでした。

 

 

【ユニコーン・ゼブラ】

・武装:ビームサーベル ×2

    ビームトンファー ×2

・特殊:フル・サイコ・アブソーブ・システム

    ブラックアウト・フィンガー

    カウンターバースト

 タマハミ・カスミが使用するガンプラ。黒いサイコフレームが特徴のヤバいヤツ。詳しくはガンプラ紹介をご覧ください。

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

Episode.28『トゥウェルブ・トライブスⅢ』

【ホエール・ゴッグ】

【ゼー・ヴァッフL】

【ゼー・ヴァッフR】

 トゥウェルブ・トライブスでエイトたちドライヴレッドに最初にやられたチーム。チーム名は不明だが、リーダーはホエール・ゴッグのファイター。

 チームを水陸両用MSで固めているところから考えて、恐らくは漁村出身。両親は漁師で、跡など継がずに勉強して大学へ行けとの教育方針に従い上京したが、都会の誘惑に負けガンプラバトルにかまけている。しかしナツキに一撃で沈められ自分の中途半端さを知った彼は、ホエール・ゴッグを双子の後輩に預け、漁師となるために地元に戻るのであった……。

 

【ドム・トローペン・トロール・初号機、弐号機、3号機】

 90年代社会現象化し現在も新劇場版が作られているが監督ゴジラ面白かったけどそれより頼むからシン早く公開してくださいって感じのあの人造人間っぽい配色のドム・トローペン。ファイターはややアホっぽく、ジェットストリームアタックを二重に仕掛けるダブルストリームアタックの攻撃力を、3×3で九倍と計算した。どう考えても6機編隊なのだから3機編隊の二倍である。

 GBOJランキングは1500~1600の間を行ったり来たりしており、ハイレベルトーナメント参加者の中では、バトルの実力としては平均レベル。

 

【ドム・トルーパー・プリマ:アン機、ドゥ機、トロワ機】

 お嬢さま学校出身の三人組によるピンク色のドム・トルーパー部隊。ファイターはリーダーを「お姉さま」などと呼んでいるが、別にそっちの趣味というわけではない。リーダーを含め、全員が学校先生を「シスター」と呼び、朝の挨拶は「ごきげんよう」、笑うときはお上品に「おほほ」という本物っぷり。バトル中は日頃のストレスを発散するため、ちょっと乱暴になっちゃってる。

 エイトと一対一になった機体のみ、腕部が有線ロケットアームになっている。他の二機もそれぞれひとつずつ隠し武器を持っていたらしいが、使う間もなく撃墜された。

 

【G3ガンタンク】

 作者の密かなお気に入り、全日本ガトリングラヴァーズの新型機。

 60分の1PG相当のスケールで組み上げた初期型ガンタンクに、追加武装(ガトリング砲)をこれでもかと積んでいる。背部には円筒形弾倉をふたつ積んでいるが、そのうちの一つはネオ・ジオングの腕を改造したもの。主義に反してまで搭載したビーム砲内蔵のサイコミュ兵器だが、けっこうノリノリで撃ちまくっていた。装甲には金属パーツを多用し、防御力だけだったら今までに登場した拙作のガンプラ中でも飛びぬけて高く、間違いなく第一位。二位はたぶんゼロ距離核爆発に腕一本だけで耐えたお嬢さまのトールギス。

 

【ドラゴンストライク】

・武装:イーゲルシュテルン ×2

・特殊:粒子発勁

 詳しくはガンプラ紹介をチェックするアルよ!

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

Episode.29『トゥウェルブ・トライブスⅣ』

【V2S2ガンダム】

 G3ガンタンクの弾幕を二枚のメガビームシールドで受け止め続けた頑張り屋さん。実は、サテライトキャノンを撃ったDXとはチームメイトでもなんでもない。美しきかな戦場の友情。

 

【GDX‐ハイエンド】

 外見上はダブルエックスそのままだが、鬼のようなスジ彫りとお助けパーツによるディティールアップによって完成度を高めている。拙作ではなぜかサテライトキャノン持ちは噛ませ犬というか、不遇に終わることが多いのですが、別にXが嫌いという訳ではないのです。ティファとか好きですし。みなさんも、あの初期の冷たい感じで罵られたいですよね。(!?)

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

Episode.30『セレモニー』

Episode.31『エキシビション』

 

【ガンキャノン紫電改】

・武装:頭部60㎜バルカン砲 ×2

    240㎜キャノン ×2

    ハンドビームランチャー ×2

・特殊:ガンドッグ・クロ

 詳細はガンプラ紹介をみてねっ♪ ゆっかっゆかりーん☆



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Episode.32 『ハイレベル・トーナメントⅠ』

大きな仕事がひとつ片付いたーー!!
更新お休み中にすごいUA数伸びてる日があるーー!!
感想や評価を下さった方、お気に入りに登録してくださった方、どうもありがとうございます!!
ということで、喜びと共に更新です。調子とノリにのって、いつもより少しばかり長めです。どうぞご覧ください!!


《一回戦第一試合 セメントマッスル VS スカベンジャーズ》

 

 巨大な空中ウィンドウにでかでかと表示された対戦チーム名が消え、画面はシステム内に構築された仮想バトルフィールドへと切り替わる。

 今回のフィールドは月面――遠くに見えるコロニーの形状から、宇宙世紀の月なのだろう。しかしフォン・ブラウンからもアナハイムからも遠いらしく、辺り一面が荒涼たる灰色の砂漠だ。盛り上がったクレーターの縁が円形に連なる山脈を形作り、華の無い岩と砂の大地に、幾許かの変化をつけている。

 

「スカベンジャーズ……ヤマダ先輩の親衛隊だった、あの人のいるチームですね」

「だなァ。おまけに、ゾンビ使いのブラコン・シスコン兄妹ときたモンだ。キャラの濃さが半端ねェぜ」

 

 ラウンジに中継される特別映像には、各ファイターの動きを個別に追う特別枠もある。六つの特別枠のうち三つ、スカベンジャーズ側の画面には、カタパルトに足を乗せる三機のガンプラが映し出されていた。

 禍々しい凶器の数々を装備した紫色のウィングゼロ、ガンダム・セルピエンテ。

 多角形の装甲に身を固めた黒と白のナイフ使い、バンディッド・レオパルド。

 重装備の可変型高機動機にして白と黒のゾンビ使い、ガンダム・エアレイダー。

 

「相手のプロレス集団がどの程度のモンか知らねェけどよ、生半可な実力じゃあ勝負にもならねェだろ」

 

 言い捨てるナツキの脳裏に、先日の〝ジャイアントキリング〟での戦いが蘇る。暴食群狼(スカベンジャーズ)・妹のゾンビ化ビット、兄のナイフ捌き、そしてあの狂犬の黒色粒子ビーム兵器(ガルガンタ・カノン)。かなりの強敵であることは、すでに肌で感じている。

 別に仕事を持っている社会人が道楽程度でやっているガンプラで、戦えるレベルではないだろう――

 

「そうとも言えないよ、ビス子」

 

 ナツキの思考を遮るように、ナノカが口を開いた。

 

「チーム・セメントマッスル。リアルでは人気プロレスラーの三人組。トレーニングと試合のスケジュールに押されてリアルガンプラバトルは引退したけれど、オンラインではいまだ現役……特にリーダーのコオリヤマ・マドカ選手は、GBOの古参にして手練れだよ」

「ンだァ、赤姫? バトったことあるみてェだな?」

「ご名答だよ、ビス子。コオリヤマ選手と私は、戦ったことがあるのさ……クローズド・ベータでね」

 

 クローズド・ベータ――ナノカの、そしてエイトの戦う理由の根本にかかわるGBO黎明期の一幕。その現場に、セメントマッスルのリーダーも、参加していた……?

 思わず、エイトの掌に汗がにじんだ。そんな様子に気づいたのか、ナノカはゆっくりと首を横に振り、「例の事件とは無関係だよ」と告げた。

 

「ファイターとしてフィールドで出会って、戦った。激戦だったよ。当時、私はジム・ジャックラビットに乗っていたのだけれど――ジャックラビットの四丁ビームマシンガンを全弾命中させても倒れなかったのは、後にも先にも彼だけだよ」

「ジャックラビットのマシンガンって、粒子加速器付きの、あれを……全弾……!?」

「ああ。彼は、千数百発の連続射撃を、一発も避けずに受けきった。IフィールドもABC(アンチビームコーティング)もなしに、ね」

「……なんつータフネスだよ。ドムゲルグでも、さすがにそりゃあ厳しいぜ」

 

 ナツキは驚いたような口ぶりながら、目は戦意を高揚させていた。大方、真正面から全力で撃ち合ったらどちらが生き残るか、というようなことを考えたのだろう。

 

「結局私は、別の方法で彼を倒したのだけれど……兎も角、だ」

 

 ナノカは中継画面の、セメントマッスル側の枠へと目を向けた。自然と、エイトとナツキもそちらへ注目する。

 

「この勝負……私には、甘い予想はできないと言っておこうかな」

 

 ジ・Oの下半身を装備した、黄色いパーフェクトジオング――ジオ・ジオング。

 真っ赤な装甲は敵の返り血か、全身スパイク装備の棘達磨――レッドグシオン。

 筋骨隆々の太い手足、タイタスウェアの装備というだけでは説明できないほどの頑強さが見て取れる、ピンク色の巨躯。GBOJランキング百十八位〝最強概念(ゴッドマドカ)〟コオリヤマ・マドカが愛機――マドカ・タイタス。

 三機が三機ともパワー重視の重量級、極めて特徴的でコンセプトの分かりやすいガンプラだった。

 セメントマッスルとスカベンジャーズ、両チーム計六機のガンプラが出揃い、MCと実況を同時に務めるゆかりん☆の声が、高らかに響く。

 

『さぁーてさてさてっ、お時間ですよーーっ♪ それではただいまよりぃーっ、ハイレベル・トーナメント一回戦、第一試合をーっ……』

 

 ぐぐっと力を籠めるようなポーズで間を溜めて、一拍。弾けるような笑顔と横ピースでウィンク、そして実際に思いっきりジャンプをしながら、ゆかりん☆は叫んだ。

 

『はっじめまぁぁぁぁすっ☆』

 

「ガンダム・セルピエンテ。喰い千切るッ!」

「ご、ゴーダ・レイ……え、えあれいだー……!」

「ゴーダ・バン。(バンディッド)レオパルド……エモノを掻っ攫う!」

「トモエ〝ザ・フィアレス〟マサミ、ジオ・ジオング!」

「マスクマン・サクラ! レッドグシオン!」

「コオリヤマ・マドカ。マドカ・タイタス……漢の戦い、魅せるッ!」

 

《BATTLE START!!》

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 カタパルトから飛び出した両チームのガンプラたちは、奇しくも、似たような陣形を取って突撃した。前衛二機に後衛一機、お互いに正面からぶつかり合うフォーメーションだ。

 

「あんちゃん、うちの〝びっと〟は……」

生きてる(・・・・)ヤツにゃあ(・・・・・)何発いるか(・・・・・)、だな。おい色黒のねーさん、連携する気は」

「あの赤い棘達磨、視界に入るのも苛立たしいッ! 喰い千切ってやるッ!」

「……へいへい、そうかよ。レイ、時間は稼ぐ。とりあえず後ろから撃ちまくれ!」

「らじゃ、だよ……!」

 

 エアレイダーの両肩に追加装備された対艦ミサイルが、一斉に発射された。続いて、ロング・バスターライフルの細長いビームが足の遅いミサイルを追い抜くように弾幕を張る。その間をすり抜けながら、セルピエンテとBレオパルドは進撃した。

 

「来るぜ、社長」

「トモエ! 弾ぁ、ばら撒け! サクラ、行くぞ!」

「了解ですぜ、社長! やっほおおおおいっ!」

 

 後衛のジオ・ジオングが両腕を飛ばし、左右の五連メガ粒子砲、計十本の指先から次々と太いビームを照射した。エアレイダーの対艦ミサイルは全て撃ち落とされ、広がる爆炎が月面の灰色の砂地を覆いつくす。並のファイターなら二の足を踏むような凄まじい炎と爆風が荒れ狂う中に、マドカ・タイタスとレッドグシオンは、むしろ楽し気に大笑いしながら突っ込もうとした。

 

「行くぞおおおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「だと思ったぜレスラーさんよぉ!」

 

 瞬間、爆炎の中から、Bレオパルドが飛び出してきた。

「おらあっ!」

「フンッ!」

 

 突き出された両刃ナイフの切っ先を、マドカ・タイタスは分厚い胸部装甲で受け止めた。ビームサーベルに匹敵する切れ味を持つBレオパルドのナイフが、一ミリも喰い込まず、弾かれる。バンはその頑丈さに驚愕しつつも、間をおかず、肩関節を狙った刺突を繰り出した。しかしマドカは刃物などまったく恐れずと言わんばかりに、硬く握った拳をナイフに叩き付けて防御する。武骨な拳甲(ナックルガード)に、やはりナイフは刃筋すら立たない。

 

「ちっ、硬ぇなこりゃあ」

「ウハハ、奇襲か! どうせやるならリング入り前に!」

 

 ナイフをいなした両手をそのまま高く振り上げ、頭上高くでがっちりと組み合わせた。大柄なはずのBレオパルドが作業用MS(プチモビ)に見えるほどの圧迫感、巨大な拳によるハンマーパンチ!

 

「して、おけぇぇぇぇいッッ!!」

 

 ボゴオオオオオオオオンッ! 

 月の砂が衝撃波に吹き散らされ、月面に、拳の形をしたクレーターが抉られた。砕けて飛び散った岩石が、直撃寸前で飛び退いたBレオパルドの装甲をカンカンと打つ。

 プロレス(リアル)GBO(ヴァーチャル)、その両方でコオリヤマ・マドカの代名詞ともなっている得意技〝タイタス・ハンマー〟である。小細工無しの力技だけに、単純な破壊力は下手なビーム兵器などよりも凄まじく、粒子充填(エネルギーチャージ)の手間もない。防御不能の一撃必殺。バンは咄嗟の判断で身を躱したが、それ以外に生き残るすべはなかった。

 

「ウハハハハ! まだ行くぞぉぉ!」

「邪魔だデカブツどもがああああッッ!!」

 

 Bレオパルドに組み付こうとしたタイタスの横っ面に、巨大な赤い塊が突っ込んできた。

 

「ぐはっ、スンマセン社長!」

「サクラか!?」

 

 折り重なって倒れるマドカ・タイタスとレッドグシオン、その二者を踏みつけにして立つのは、狂犬にして毒蛇、ラミアのガンダム・セルピエンテだ。

 

「私は赤いガンプラがぁッ! だいっっっっ嫌いなんだよォォォォッ!!」

 

 逆手に構えた鋸刃の大鋏、レプタイルシザーズを突き下ろす。怒り狂ったように叫びながらもその狙いは正確で、オルフェンズ劇中でバルバトスの太刀がグシオンの喉を抉った、ちょうどそれと同じ位置へと刃先を突き込む。

 

「ぐげっ!? と、頭部との接続が!」

「あぁん? アニメではパイロットを両断していたはずだが……角度が違ったか?」

 

 ラミアの顔に、嗜虐的な笑みが浮かぶ。セルピエンテの手首が角度を変え、レッドグシオンに突き刺したレプタイルシザーズがぐりぐりとその体内を抉る。

 

「こうか? こっちか? それともここか? どこを抉ればお前は死ぬんだ? あはははは!」

「ぐあっ、げはっ!? く、クソっ、舐めるな……ぎゃああ!」

 

 セルピエンテの大鋏が動くたびに、レッドグシオンの装甲の隙間から血のようにオイルが噴き出し、手足がビクビクと痙攣する。フレームやシリンダー、コード類をズタズタに引き裂く音がフィールドに響く。

 高笑いを響かせながら、大鋏で喉を抉る……セルピエンテとレッドグシオン、二機の下敷きにされたままでその光景を見せつけられたマドカは、真っ赤に血の昇った額にはち切れんばかりに血管を浮かべ、通信機が壊れるほどの怒声で吠えた。

 

「貴様ぁぁっ! サクラをなぶるようなマネをおおッ!」

 

 ガンプラ二機分の重量をパワーで跳ねのけ、マドカ・タイタスは立ち上がった。セルピエンテに掴みかかるが素早く逃げられ、手の届いたレプタイルシザーズだけを奪い取った。すぐに引き抜くが、その時にはすでにレッドグシオンには撃墜判定が下されていた。血のようなオイルにまみれ、ぐったりと倒れ伏す戦友を前に、マドカは肩を震わせ、叫んだ。

 

「絶対に……許さああああああああんッッ!!」

 

 怒りに任せ、レプタイルシザーズを真っ二つに叩き折る。同時、タイタス胸部のAGEシステムが燃えるように輝き、両肩・両膝のビームスパイクが異常なまでの高出力で噴出した。さらに両腕のビームラリアットまでもが、猛然と回転する高圧縮ビームとなって展開する。

 

「両手両足ッ、首と背骨と、その歪んだ根性も! ヘシ折ってやらああああッッ!!」

 

 ブースト全開、マドカ・タイタスは地を蹴って飛び出した。途中、岩石の塊が進路をふさいでいたが、避けることなく突っ込み、むしろ岩石の方を打ち砕いて前進。怒りの炎に真っ赤に染まったマドカ・タイタスのツインアイが、セルピエンテを真っ直ぐに睨み付ける。

 

「あはは! 何を怒っている、私は私の嫌いなものを潰しただけだぞ!?」

「やり過ぎなんだよ。チームメイトじゃなきゃあ、俺もアンタを撃ちてぇぐらいだ」

 

 口ではそう言いつつも、バンはガトリングバインダーを展開、新しく装備したビームハンドガンも同時に連射して、弾幕を張る。ラミアもケタケタと高笑いをしながら、ろくに狙いもつけずにビームマシンガンのトリガーを引きっぱなしにする。

 

「撃ちたければ撃っていいんだぞ、ゴーダ兄。まあそれで、大事な大事な妹ちゃんがイブスキのヤツにどんな目にあわされるか……私は知らんがなあ? あはははは!」

「……この仕事が終わったら、必ずテメェは撃つ。覚えときな、色黒のねーさんよ」

「どおおりゃああああああああああああッ!!」

 

 怒気を含んだバンの言葉に覆い被さるように、更なる怒りに満ちた叫び声がバンとラミアに迫った。弾幕などまるで意に介さず、ばりばりと地面を削りながら迫り来るマドカ・タイタス。その気迫は生半なものではない。

 バンはビームハンドガンを投げ捨て、左肩の大型ソード・バンディッドエッジを展開した。さらに両手にナイフを持ち、三刀流の構えを取る。ラミアもどうせ通用しないビームマシンガンは捨て、セルピエンテハングを起動させる。大きく開いた蛇の大顎の中で、振動刃(アーマーシュナイダー)の牙がギャリギャリと耳障りな唸りを上げた。

 

「はは! その時は歓迎するぞゴーダ兄。機体を赤く塗って来い、遠慮なく喰い千切る気になれる」

「……ヤツが来るぞ、色黒のねーさん」

 

 マドカ・タイタスの巨大な拳が月面を叩き、新たなクレーターがフィールドに刻まれた。バンとラミアはお互いを全く信用しないままに、チームプレイを続けるのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「ひゃう……!?」

 

 飛行形態(ファイターモード)で逃げ回るエアレイダーの翼を、五連メガ粒子砲の野太いビームが掠った。

 

「気が進まないが……ガンプラバトルだからな!」

 

 ジオ・ジオングのファイター、マサミは、一人呟きながら武器スロットを操作した。飛び回っていた両腕を戻し、バックパックに懸架していた巨大なガトリング砲を腰だめに構える。ジ・Oとパーフェクトジオングをベースにした大型重MSだからこそ装備できる、超重量の実弾火器だ。八連装の太い銃身が回転をはじめ、一発一発がキャノン砲にも匹敵する大型砲弾が轟音と共に吐き出される。

 

「は、はわ……わわ……!」

 

 頼りなくふらつきながらもエアレイダーはなんとか回避機動(マニューバ)を繰り返し、ギリギリのところでガトリングの弾幕から逃げている。

 両チームの前衛同士が射撃による援護が難しいほどの至近距離で殴り合いを始めたため、必然的に、後衛同士が中距離から火器を撃ち交わす展開となったが――エアレイダーの撃墜は時間の問題と見えた。ジオ・ジオングが背負った、通常の三倍はある円筒弾倉が空になるより先に、エアレイダーは回避が追いつかなくなるだろう。予選会〝トゥウェルヴ・トライブス〟を生き残ったファイターにしては、やけに操縦技術が拙い。

 

「アバターも小さい女の子だったし……前衛の二人が強力だったということか」

 

 マサミはふと、相手ファイターと同じぐらいの年ごろの、姪っ子のことを思い出した。それを重火器で追い回し、追い詰めている自分にげんなりして、トリガーを引く指から自然と力が抜けてしまう。まだ弾薬は十分にあったが、マサミは大型ガトリング砲を背中に戻した。

 

「……一気に決めるか」

 

 そして両手に大型ビームサーベルを抜刀。さらに、ジ・O下半身パーツの隠し腕を展開、四本の腕に四振りのビームサーベルを構えた。全身のバーニア・スラスターを総動員して月の低重力を振り切り、重い巨体を飛び上がらせる。決して身軽とは言えない跳躍だったが、

 

「はんげきの、ちゃんす……っ!」

 

 飛行形態(ファイターモード)で逃げ切ればいいものを、エアレイダーはわざわざMS形態に変形して、ロング・バスターライフルで迎え撃とうとしている。

 技量も低ければ、判断も未熟。鈍重なジオ・ジオングでも、十分に捉えられる相手だ。ABC(アンチビームコーティング)済みの分厚い装甲でビーム弾を難なく受け止めながら、マサミは上空のエアレイダーに迫った。サーベルの間合いまであと一息。せめて一太刀で終わらせてやろう。

 

「えい……えい……っ!」

「もういいよ、お嬢ちゃん。これで、終わ……」

 

 マサミはコントロールスフィアをぐいっと引き、四本のビームサーベルを上下左右に振りかぶった。そして――

 

「……えっ?」

 

 ――そしてそのまま、素通りした。

 サーベルの刃が消え、両腕と隠し腕がだらりと垂れさがる。モノアイの光が消え、ジオ・ジオングはただぼーっとバーニアを吹かし、夢遊病のように月面から遠ざかっていく。

 理解を超えた出来事に、一瞬、マサミの思考が止まった。しかしすぐに我を取り戻し、コントロールスフィアを操作する。しかし、ジオ・ジオングは全く操作に反応しない。

 

「ど、どうした!? 動け、ジオ・ジオング! なぜ動かん!?」

「……やっと、きいて(・・・)きた」

 

 通信機からレイの声が響くのと同時、ジオ・ジオングがすべてのバーニア・スラスターを一斉に切った。地球の六分の一とはいえ、間違いなく存在する月の重力があっという間にジオ・ジオングを捉え、岩だらけの月面へと叩き付ける。GBOを通した疑似的な感覚(ヴァーチャル・リアリティ)だが、墜落の衝撃がマサミの体を激しく揺さぶる。

 

「ぐぅっ! い、いったい何が!?」

 

 各種モニターを次々と呼び出し、機体コンディションをチェックする。しかし、そのどれもが何の異常も検知できない。何も異常なく、全く正常に、ジオ・ジオングが――自分以外の何者かに支配されている!

 

「ふぅん……いきてる(・・・・)やつをうばうには、12きも……いるのかあ……」

「おい! お嬢ちゃん何をした! 何を、しやがった!?」

「……あなたの、がんぷらを……ふらっしゅ・しすてむに、くみこんだ……」

 

 がしゃこん。ジオ・ジオングの隠し腕が、勝手にビームサーベルを取り出した。その手首がくるりと回り、ビームの噴出口がジオ・ジオング自身に向けられる。

 よく見ると、隠し腕の前腕部分に何か小さな円錐形の物体が突き刺さっていた。ベルティゴのビットに非常によく似た形をしているが、より小さく、視認しにくい。戦闘で激しく動いている時には、まず気づけないであろうサイズだ。

 自分自身に向けられたビームサーベルの噴出口に、粒子の光が灯る。このままビーム刃が噴き出せば、ジオ・ジオングは自分の手で自分の腹を掻っ捌くことになってしまう。

 

「いまのあなたは……うちの〝じーびっと〟みたいなもの……だよ」

「ま、まさか……予選でやったっていう、ゾンビ化現象……い、いや、ジオ・ジオングはまだ撃墜なんてされてないはずだ! 死んでもないのにゾンビ化などと!」

「うちは、もっとつよくならなきゃ……あんちゃんに、めいわくをかけないぐらい、つよく……だから……」

 

 エアレイダーがゆっくりと、ジオ・ジオングの隣に降り立った。キュベレイのように細長いマニピュレータの指先に、薄く赤みがかった感応波(サイコ・ウェーブ)の光がまとわりついている。

 

「いきたまま……しんじゃえ……!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「どおおりゃああああっ!」

 

 野太いビームスパイクがバンディッドエッジを側面から殴打し、ついに叩き割った。続いて、鉄塊のような太い脚が唸りを上げてソバットを繰り出し、Bレオパルドの横っ腹を叩いて数十メートルも吹き飛ばす。月面に突き出た岩山に背中をしたたかに打ち付け、衝撃で両目(デュアル・アイ)がチカチカと明滅する。バンはコンディションモニターに表示された警告表示を見て、苛立たし気に舌打ちをした。

 

「こいつぁ……なんてパワーだよ……!」

 

 蹴りの一発で、腰関節がガタガタだ。腹部装甲は大きく(ひび)割れ、サイドアーマーも砕けている。頑丈さには自信があるつもりだったが、さすがは本職の格闘家。このバトル中、もう激しい動きはできそうにない。

 

「あはは! ザマがないことだ、ゴーダのお兄ちゃんはぁぁ!」

 

 何とか立ち上がろうともがくバンと入れ替わるように、ラミアはセルピエンテを突撃させた。

 

「セぇぇルピエンテッ! ハングッ!」

「小賢しいわああッ!」

 

 迫り来るセルピエンテハングの大顎に、マドカ・タイタスは寧ろ自ら拳を突っ込んでいった。硬すぎる鉄拳と振動刃の牙がせめぎ合い、凄まじいまでの火花が散る。

 細身のわりに膂力(りょりょく)のあるセルピエンテだが、パワーとタフネスに特化したマドカ・タイタスと張り合って、勝てる機体(ガンプラ)などそうはない。各関節をギリギリと軋ませながら、じわじわと鉄拳に押されていく。牙を振動させるモーターが焼き付き、細く白煙を上げ始める。

 

「潰してやるぞ、蛇女ああ! てめぇの戦いにゃあ仁義ってモンが欠片もねええッ!」

「私が強いから嫉妬するんだな、そうだろうッ!!」

「話にならん! 所詮は女子供に、漢気ってやつは! 理解、できんかああああッ!」

 

 マドカは吼え、武器スロットを操作した。その瞬間、マドカ・タイタスの両腕が、一気に三倍にも膨れ上がった――否、両腕に展開したビームラリアットがその出力を急上昇させたのだ。丸太のようだった太い腕が、さらに極太のビームの塊となる。ビームの圧力に耐えきれなくなったセルピエンテは弾き飛ばされ、ラミアの頬に一筋の冷や汗が垂れた。マドカは両腕を大きく左右に広げ、ブースト全開で突撃する!

 

「ブッ潰れろおおおおッ!」

 

 ゴッシャアアアアアアアアンッ!

 轟音が鳴り響き、打ち砕かれたプラスチック片が飛び散る。リミッター解除、フルパワー状態のビームラリアットは、直撃すれば山をも砕く。飛び散った黄色い(・・・)プラスチック片は、敵を打ち砕いた証拠――黄色い(・・・)、だと!?

 

「社長……すいま、せん……!」

「ト、トモエええええっ!!」

 

 ビームラリアットが打ち砕いたのは、ジオ・ジオングの胴体だった。腹から胸、右肩に至るまでを粉々に打ち砕かれ、モノアイの光が消えたジオ・ジオングが、力なくマドカ・タイタスに倒れ掛かる。マドカは動揺しつつも、がっしりと受け止めた。

 

「な、何が起きている!? トモエっ、どうなっている!?」

「ダメだ、社長……ジオ・ジオングから、離れてくれ……!」

 

 トモエの言葉と同時、ジオ・ジオングの残った左腕と下半身の二本の隠し腕が、三方向からマドカ・タイタスを羽交い絞めにした。運悪く、リミッター解除状態も限界を迎えてしまった。全身のビームスパイクが消え、全身から白く蒸気を噴き上げて、マドカ・タイタスのパワーはがくりと低下する。

 マドカは奥歯をぎりりと噛み締めてコントロールスフィアを操作するが、さすがのマドカ・タイタスも、密着した状態で重量級の大型MSに組み付かれてはすぐには脱出できない。リミッター解除直後の強制冷却状態なら、なおさらだ。

 

「にが、さない……ん、だから……!」

 

 どこか苦し気なレイの声と共に、エアレイダーが、上空からゆっくりと降下してきた。禍々しい赤みを帯びた感応波(サイコ・ウェーブ)が、十二基のフラッシュ・ビットを通してジオ・ジオングのコントロールを奪っている。

 バンは何とかBレオパルドを立ち上がらせ、よろよろとした足取りでエアレイダーの側へと歩み寄った。

 

「レイ! フラッシュ・ビットでのコントロール権の強奪、成功したんだな」

「う、ぐぅ……っ」

「……レイ?」

 

 バンはBレオパルドの手を、エアレイダーの肩に触れさせた。接触回線が開いたはずなのに、通信ウィンドウにレイの顔が表示されない。レイの側で、表示を拒否しているようだ。バンは胸騒ぎを覚え、レイに問いただそうとするが、

 

「……おねーちゃんはやくとどめさして!」

「あはは! 任せろおおおおおおおお!」

 

 バンとレイの間を突き破るようにして、ラミアは哄笑しながら突撃した。ギシャアッ、と獣じみた咆哮を上げるセルピエンテハングの口腔には、すでに〝黒い粒子(ガルガンタ・カノン)〟が渦巻き、凶暴な破壊の気配を振りまいていた。

 

「いくら硬くとも、ガルガンタ・カノンなら吹き飛ばせようッ!!」

 

 ジオ・ジオングを背中から蹴り倒し、マドカ・タイタスを下敷きにして月面に押し付けさせる。その上に馬乗りになったセルピエンテは、零距離でガルガンタ・カノンを放射した。

 

「お嬢さんよお! こんな勝ち方が嬉しいか!」

「はは! 勝った奴が強いのさああっ!」

 

 ドッ……ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――――!!

 何もかもを塗りつぶすような黒紫の爆光が猛然と広がり、クレーターをさらに深く掘り下げる。GBO全ファイター、全ガンプラ中でも屈指の頑強さを誇るマドカ・タイタスも、宇宙要塞ソロモンを貫通せしめるほどのエネルギー放射の前にはひとたまりもない。黒い粒子の破壊力に押し潰され抉られていく月の大地とともに、フィールド上からその身を消滅させた。

 

「は……ははは……あははははは!」

 

 そしてそのあとに残るのは、スカベンジャーズの三機のガンプラ。セルピエンテはまるで人間のように肩を震わせて笑い、月面の黒い空に浮かぶ遠い地球へと、まるで祈るように、誇るように、両手を高く掲げた。月に祈る∀ガンダムにも似たポーズだったが、そこから滲む雰囲気は、禍々しい狂気に満ちていた。

 ラミアはそんなセルピエンテのコックピットで、ヘルメットを乱暴に脱ぎ捨て、狂喜に酔った恍惚の表情を浮かべ、声も高らかに叫ぶのだった。

 

「見てくださいましたか、お嬢さま! 私は強い! 私は強いんだ! 私はもう、弱くなんかないんだああああっ!」

 

《BATTLE ENDED!!》

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――システム音声がバトルの終了を告げても、観客たちから歓声は上がらなかった。派手で、激しく、見栄えのするバトルだった。しかし、それ以上に……人間の、生の感情のぶつかり合いをまざまざと見せつけられた戦いだった。その生々しさに、観客たちは気圧されていたのだ。

 

『…………き、決まったぁぁぁぁっ!』

 

 その重苦しい空気を明るい声色でぶち壊すように、ゆかりん☆はマイクに叫ぶ。

 

『個性派同士がぶつかり合ったハイレベル・トーナメント一回戦・第一試合っ! ガンダム・セルピエンテの容赦ない苛烈な攻めと、なんと対戦相手を生きたままゾンビ化する、驚異にして恐怖のビット攻撃によりっ! チーム・スカベンジャーズの勝利だぁぁぁぁっ!』

 

 ゆかりん☆が言い終わる頃になってようやく、観客たちの心の整理も追いついてきた。セルピエンテの残虐性に、ゾンビ化ビットの恐怖に、コオリヤマ・マドカの怒りの咆哮に、それぞれが思い思いの感想を語り合う。ハイレベル・トーナメントが持っていた、祭りとしての熱が、会場に戻ってくる。

 

「……お嬢」

「大丈夫ですわ、チバさん」

 

 再び騒ぎ始めた会場を見下ろす、特設ラウンジの片隅。

 そっと肩に手を置いてくれたチバに、アンジェリカは気丈に微笑んで返した。だがその両手は膝の上でぎゅっときつく握り締められ、肩は小刻みに震えていた。チバは見て見ぬふりをしてグラスを傾け、度数の強い酒を一息に飲み干した。

 

(……ラミア。お嬢にこんな思いをさせてまで……てめぇは何がしてぇんだよ、馬鹿野郎が)

 

 カウンターに強く叩き付けるように置いたグラスの中で、残された氷の塊が、カラリと音を立てて崩れた。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 戦いの終了と同時に、ゴーダ・バンはGBOからログアウトしていた。特設ラウンジに戻ったところで、あの狂犬かつ毒蛇の褐色女と、仲良くお話などする気にはなれなかったからだ。

 

「ふぅ……やり切れんぜ、まったく」

 

 GBO専用ヘッドギアを外せば、そこはいつもの自宅。妹と二人暮らしの安い六畳一間に、不釣り合いに豪華なデスクトップパソコンが二台、GBO用のデバイスとともに鎮座している。イブスキ・キョウヤから〝仕事〟を引き受けた際、親を亡くした二人っきりの兄妹には魅力的すぎる額の現金と共に先払いされたのが、このパソコンとGBOデバイスだった。

 

『報酬ですよ。あなたたちがこれからやることの、正当な、ね。あなたの、そして妹さんのガンプラバトルの腕前に、私なりの値段をつけさせていただきました……どうぞ、お受け取りください』

 

 仕事を引き受けた際の、イブスキの台詞だ。妹と自分の生活費のために高校を中退し、肉体労働に勤しんでいたバンの唯一の趣味、ガンプラバトル。それが、思わぬ形で身を助けたことになるが――

 

(イブスキさんにゃあ恩があるが……納得いかねえなあ)

 

 腕組みをして深いため息を一つ。納得がいかなくても、仕事は仕事だ。自分の稼ぎでは到底及ばないような生活費を、援助してもらってもいる。引き受けた以上はやり切るしかない。バンはぐいっと背伸びをして、隣に座っているレイの肩をポンと叩いた。

 

「レイ、休憩にしようぜ。あんまり長くVRに入ってっと、目ぇ悪くな……る……っ!?」

 

 反応のないレイの顔を覗き込んで、バンは絶句した。ヘッドギアに隠れたレイの顔色は蒼白で――鼻血が一筋、たらりと垂れていた。

 

「レイっ!?」

 

 バンは慌ててレイのヘッドギアをむしり取り、並べた座布団の上に寝かせた。名前を呼びながら肩をゆすり、ティッシュで鼻血を拭って頬を軽くたたく。

 

「レイ、レイっ! 返事をしろ、レイっ!」

「ん……あ……あん、ちゃん……?」

「レイ……っ!」

 

 目を開けて体を起こしたレイに、バンはコップ一杯の水道水を持ってきて、飲ませた。

 

「んく、んく……ありがと、あんちゃん」

 

 力なく笑ってコップを返してくるレイの姿に、バンは言い知れぬ不安を覚えた。GBOをやっていて、鼻血を出すなど自分には経験がない。仕事を引き受けたばかりの頃、GBOJランキングやレベルを上げるためにかなり無茶な長時間プレイをしたこともあるが、その時でも、そんなことにはならなかった。

 バンは不安を押し隠して、レイにぎこちなく笑いかけた。

 

「どうした、レイ。鼻血なんか出してよお。VR酔いして、パソコンに鼻をぶつけたかあ?」

「も、もう……うち、そんな、おまぬけさんじゃ、ないもん……!」

 

 レイはほっぺたぷぅーっと膨らませ、バンの厚い胸板をぺちぺちと叩いた。しかし、そんな無邪気な仕草も一瞬だけ。レイは少しうつむき加減になって、ぽつり、ぽつりと言った。

 

「……ぞんびをつくると……こうなるの」

「フラッシュ・ビットを使うと……ってことか?」

「うん……キョウヤさんが、いってた……あしむ? れーと? の、ふくさよー、だって……」

「アシム……レイト……? 聞いたことねえが……クソッ!」

 

 バンは憤り、畳を一発、殴りつけた。

 イブスキさんには恩がある。〝仕事〟は途中で投げ出せない。しかし、でも、レイの身に、何かが起きてからでは……!

 

「だ、だいじょーぶだよ、あんちゃん!」

 

 レイは慌てた様子でバンの拳に自分の手を重ね、言った。

 

「きょ、きょうは、うち……かぜぎみだったから、こんなんだったけど……いままでは、はなぢ、でないこともあったし……きょうのは、ぐーぜんだよ……きっと……」

「レイ、でもお前の身体に何か……!」

「うちは、だいじょーぶだよ……あんちゃん、おかね、いるんでしょ……?」

「……ッ!?」

 

 自分を真っ直ぐに見つめるレイの瞳を、バンは見返すことができなかった。まだ十歳の妹にそんな心配をさせてしまう自分が恥ずかしく、情けなく、拳を固く握りしめて、目を逸らすことしかできなかった。

 

「いつも、あんちゃん……どろだらけで、かえってきて……うち、おにもつで、ごめんって……」

「そんなことねえ!」

「だから、あんちゃん……うちが、イブスキさんにきょうりょくして……おかね、もらえるんなら……うち、もっともっと、がんばるよ……うち、もっともっと、つよくなるよ……!」

 

 バンは零れそうになる涙をこらえながら、黙ってレイを抱きしめた。抱きしめることしか、できなかった。バンは妹の細い体を抱きしめながら、固く、固く胸に誓いを立てるのだった。

 

(お前は俺が、必ず守る。イブスキの野郎が何を企んでるか知らねえが……レイは必ず、俺が……!)




第三十三話予告


《次回予告》

『……イブスキ。貴様、何を仕込んだ』
「おやおや、これはこれは。どうしました〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟。決勝戦以外は私の好きにしろと、おっしゃったのはあなたでしょうに」
『一回戦、エアレイダーとかいうガンプラ……あのシステム、貴様、開発は諦めたと』
「ええ、そうですよ。諦めましたとも。まあ、最終的には我が〝ヘルグレイズ〟にも同等の機能はもたせますが……そこに至るまでを、自分の身を削ってまで開発することは、ね」
『……悪人だな』
「Exactly!! 反論する気もありません。まあ、あの兄妹には役にたっていただきましょう、今後もね……!」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第三十三話『ハイレベル・トーナメントⅡ』

『吐き気を催す邪悪とは、貴様のことだな。〝這い寄る混沌(ビハインド・ザ・カーテン)〟』
「ククク……お褒めにあずかり光栄ですよ。〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟」



◆◆◆◇◆◆◆



どうもお久しぶりです、亀川ダイブです。
リアル労働がひと段落し、ようやく更新までこぎつけました~。
気付けば拙作も、3万UA目前です。前書きでも述べましたが、感想・評価・お気に入り、そして読んでくださる皆様方に感謝の極みです!!

さて、今回の話では、ちょっと私的にどうするか悩んでいたのですが思いついたしやっちゃえ、とやっちゃったことがあります。
ゴーダ兄妹のくだりです。
アシムレイトの解釈はたぶん原作とズレがあるだろうし、それでアシムるんならエイトはとっくになってるだろとかあるかもしれませんが、そこはまあ、演出ということで(笑)
あと、ゴーダ兄妹のややヘビィな身の上話。今後どうストーリーに絡めていくか、作者自身も考え中です。毎度のことながら!(笑)

ともかく。なんやかんやひっくるめて、感想・批評お待ちしております。どうぞよろしくお願いします!!






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Episode.33 『ハイレベル・トーナメントⅡ』

《一回戦第二試合 エルドラド VS ドライヴレッド》

 

 考え込むエイトの目の前で、モニターに表示された文字が空しく踊る。

試合時間が迫り、仮想の体(アバター)は待機エリアに送り込んだものの、心には灰色の靄がかかり、胸のざわつきは全く治まっていなかった。

 

(ヤマダ先輩の、親衛隊だった人……あんな戦い方をして……)

 

 最初に会った戦場では、彼女は誇りある〝多すぎる円卓(サーティーンサーペント)〟筆頭で、〝姫騎士の番犬(ロイヤルハウンド)〟だった。サーペント・サーヴァント部隊によるチームプレイでエイトのF108を追い詰めた。

 次に会った時にはもう、彼女は群れを離れた〝狂犬〟だった。大鋏を振り回し、敵を喰い千切り、黒色粒子砲(ガルガンタ・カノン)でフィールドオブジェクトすら破壊する〝狂犬にして毒蛇(ヴェノム・レイビーズ)〟となっていた。

 強さにこだわり。強さに狂い。古参GBOファイター〝最強概念(ゴッドマドカ)〟コオリヤマ・マドカを倒して、強さを証明した、今。彼女の胸を満たすのは、どんな思いか。それを眼前に突きつけられたアンジェリカの胸中は、いかほどのものか。コントロールスフィアを握る手に、自然と汗がにじむ。

 

(あの人が〝狂犬〟になったきっかけが、僕との戦いだというのなら――)

「エイト君。私は……」

 

 深刻そうなナノカの声が、通信ウィンドウから控えめに聞こえた。

 

「私は……私が、彼女をあんな怪物に、してしまったのだろうか」

 

 声と同じくナノカの表情も、いつものどこか見透かしたような余裕を失い、硬く強張っている。レギオンズ・ネストでの一幕。ナノカはラミアに圧勝し、結果、傷つけられた彼女の自尊心。ガンダム・セルピエンテを得た今、それは歪んだ形で満たされようとしている。

 

「ナノさん、僕は……」

 

 言いかけて、上手く言葉が繋がらない。迂闊な慰めなど、宙に浮くのがわかっている。何よりエイト自身も、心の整理がついていない。あんな戦いを見せつけられた後では、とても――

 

『わーっはっはっはっはっはっは!!』 

 

 沈み込んでいくエイトの思考を、底抜けに明るい高笑いがぶった切った。強制的に送り付けられた通信画面いっぱいに、金ピカの飾り紐で装飾された海賊帽子が映し出される。

 

『ちょっとカメラ! カメラどこ映してんのよ! アタシの顔はもっと下よ、しーたー! って誰がちっちゃいのよこらあーーっ! ちっちゃくないわーっ!』

 

 ガクンと画角が下がり、画面中央に少女の顔が飛び出してきた。切りそろえられたプラチナブロンドに、如何にも勝気そうなツリ目。イザーク・ジュールがもし女の子だったなら、という形容がそのまま当てはまる、整った顔立ちの美少女だった。

 

『この大海賊キャプテン・ミッツさまに喧嘩売るとはいい度胸ねっ! ちゃんと毎日牛乳飲んでるんだから、すぐに大きくなってやるわよ! べ、別に今だってちっちゃくないけどねっ!』

「えっ……いや、僕は、別にちっちゃいとか一言も……」

『ちっちゃい言うなあーーっ! アタシもう14才よ! 立派なレディーなんだからねっ!』

「あ、中学生なんだね。予選見たよ、きれいなガンプラだね」

『ふ、ふふん! 当然よ! このアタシが作ったんだからねっ! ってなんでタメ口なのよ! 不愉快だわっ! ちゃんと一人前のファイターとして扱いなさいよねっ!』

 

 自称〝大海賊〟ミッツは、目を三角にして「うがーっ!」と唸った。その様子にエイトは、良く吠える近所の仔犬を思い出した。生後三か月ほどだったか、ころころと可愛らしいが、とても元気でよく吠える。

 

(お、同じ犬でも……この子は、仔犬っぽい感じだなあ。小型犬の……)

『ちょっとアンタ! アカツキ・エイトっ! 何か今、失礼なコト考えてたでしょっ! このキャプテン・ミッツさまがわざわざバトル前に一言アイサツしてやろーっていうのに、なんてヤツ! フンだっ、アンタなんかアタシのリベルタリアがギッタンギッタンにしてやるんだからねっ! バトルが始まったら一騎打ちよ、フィールド中央まで一人で出てきなさいっ。いいわねっ!』

 

 何やら一人でしゃべって一人でぷんすかほっぺを膨らませ、通信機越しで届くわけもないのにご丁寧に左手の手袋を投げつけて、一方的に通信を切ってしまった。

 手袋を投げつけて決闘を申し込むなんて、なんとまあ古風なことか。エイトは何とも言い難い半笑いの苦笑いを浮かべる以外になかった。

 

「ハッハァ! いいじゃあねェかエイト。受けてやれよ、決闘」

 

 入れ替わるようにウィンドウが開き、豪快に口をあけて笑うナツキの姿が見えた。

 

「てめェまた、あの狂犬野郎とかのことで小難しく考え込んでたんだろォ?」

「それは……はい……」

「ッたく。それで悩むのもエイトの良い所だけどよォ……でも、な?」

 

 ナツキは軽く握った拳で画面をトンと叩き、自然で柔らかな笑みを浮かべた。

 

「真っ直ぐな突撃(ドライヴ)が、てめェの特技じゃあねェのかよ」

 

 胸の中の薄曇りが、すぅっと晴れ渡った――ような、気がした。

 試合の時間はもう目前だ。思うことはいろいろあっても、自分はガンプラファイターで、ここはGBOだ。気に病む暇があるのなら、戦って、勝って。勝ち進んで。直接相手とぶつかり合えば、それでいい。

 答えはすべて、ガンプラバトルの中にある。

 

「……ナツキさん」

 

 エイトは胸のつかえがとれた思いで、自然と、ナツキに微笑みかけていた。

 

「ありがとう、ございます!」

「は、ハンっ。べ、別にてめェのためなんかじゃないんだからなッ。か、勘違いしてんじゃねェぞ!」

 

 ナツキは顔中を真っ赤にしてそれだけ言うと、ぷいっとそっぽを向いてしまった。エイトはもう一度、ナツキに軽く頭を下げてから、ウィンドウをタッチしてナノカとの通信画面を拡大した。

 

「ナノさん!」

「ああ。聞いていたよ、エイト君」

 

 ナノカはゆっくりと顔を上げ、柔らかく微笑んだ。

 エイトを見返すその瞳に、迷いの色は微塵もない。ヘルメットのバイザーをおろし、各種モニター、ディスプレイを起動する。コントロールスフィアをしっかりと握り、ナノカは、レッドイェーガーをカタパルトへと乗せた。

 

「まったく、ビス子はたまにニュータイプじみているから驚くよ――ありがとう、ビス子」

「だ、だから別にオレサマはっ。そんなつもりじゃあ、ねェんだからなっ!」

「ふふ、そうだね。それじゃあ……」

 

 ナノカの表情に、にやりとした悪戯っぽさが僅かに混じる。

 

「ねえ、ビス子。私にも何か、エイト君にかけたような、元気が出る言葉をくれないかい?」

「だっ、だから別に、そんなんじゃねェって!」

「なんだい、ビス子。エイト君は励ますのに、私には優しくしてくれないっていうのかい?」

「う、うるせェ! 時間だ! 行くぞ赤姫ェッ! エイトォッ!」

「はいっ! 行きましょう!」

 

 前を向き、威勢よく言ったエイトの言葉と同時、第二試合の開始時刻が訪れる。カタパルトデッキに次々と灯が入り、各種モニターが唸りを上げて臨戦態勢に突入する。

 

『さてさてみなさーーんっ♪ 大変長らくお待たせいたしましたーっ♪ ハイレベル・トーナメント、一回戦第二試合っ! 開始のお時間がぁっ! やぁぁってまいりましたぁぁぁぁっ♪』

 

 会場を煽るゆかりん☆の声が高らかに響く中、カタパルトのハッチがゆっくりと開かれていく。

 ハッチの先に広がるのは、漆黒の宇宙空間――その中央に咲き誇る大輪の薔薇は、宇宙世紀の超巨大ドッグ艦・ラヴィアンローズだ。無数に伸び広がる係留アームの間に見えるのは、建造途中のGP-03デンドロビウム、正確にはその追加兵装構造体(アームドベース)・オーキスか。設定上の時代背景としては、UC0083、デラーズ紛争のあたりということになるのだろう。

 

『第二試合のフィールドは、宇宙世紀ガンダム作品より、ラヴィアンローズ周辺宙域っ♪ この宇宙に咲く大輪の薔薇は、物語の重要な局面で度々登場してきました! さて今回は、どんな名勝負が繰り広げられるのでしょうかああっ!』

 

 ファンシーな星のエフェクトを散らしながら、ゆかりん☆はステージの上で華麗にターン、おきまりの横ピースとウィンクをバッチリ決めて、元気いっぱいにジャンプした。

 

『ハイレベル・トーナメント、一回戦第二しあーい……はっじめまぁぁぁぁすっ☆』

 

「スケさん、カクさん、出港よっ!」

「ああ。サスケ・サトー。百錬式……出る!」

「御意。テンザン・カークランド。フジヤマ・スモー。出撃ダ!」

「キャプテン・ミッツ! AGE-2リベルタリアっ! チーム・エルドラド! この戦い、アタシたちがぶんどるわーっ!」

 

「レッドイェーガー。〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟ナノ。始めようか」

「ドムゲルグ・デバステーターっ! 〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ビス丸っ! ブチ撒けるぜェェッ!」

「ガンダム・クロスエイト! アカツキ・エイト! チーム・ドライヴレッド……戦場を翔け抜けるっ!」

 

《BATTLE START!!》

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 三つの真紅と三つの金色が、それぞれフィールドの両端から勢いよく飛び出した。

 その中から赤と金とがそれぞれ一つ、特に凄まじい加速度で突撃し、すれ違い、急激な弧を描いて再激突を繰り返す。

 

「ふふんっ! 恐れずに来たのは誉めてあげるわ! 元・最速記録者(レコードホルダー)ぁぁっ!」

 

 宇宙を切り裂くように飛ぶ、金色の飛行物体(ストライダーモード)。キャプテン・ミッツの愛機、AGE-2リベルタリアだ。変形によって一方向に集中させたバーニア・スラスターの莫大な推進力を存分に発揮し、金色の軌跡を残しながら矢のようにかっ飛んでいく。

 

「一騎打ちなら、僕の領分だ!」

 

 それを追うクロスエイトの動きも、負けてはいない。ヴェスザンバーを射撃(ヴェスバー)モードで両手に構え、連射しながら曲芸飛行(サーカス・マニューバ)を繰り返す。

 エイトが射撃でリベルタリアの頭を押さえてフルブーストで距離を詰めれば、ミッツは巧みな捻り込みでクロスエイトの後ろを取り、機首部分の多連装ビームガンを雨霰と撃ち込んでくる。足自慢同士の追いかけっこはチームメイトたちの目の前を一瞬のうちに通り過ぎ、絡み合う赤と金の流星となって、あっという間にラヴィアンローズの向こう側へと消えていった。

 

「ただのお転婆じゃあないらしいね。一騎打ちの状況を、もう整えた……!」

 

 ナノカはレッドイェーガーをラヴィアンローズの係留アームに伏せさせ、Gアンバーの銃口でリベルタリアの動きを追っていたが、断念した。あの海賊娘、キャンキャン騒がしい性急なお転婆かと思いきや、意外に計画的(クレバー)だ。

 

「エイト君、気づいているね。その子はキミを誘導している」

「任せてください、ナノさん! 一対一は得意分野です!」

「ふふ、だろうと思ったよ。……ビス子、狙撃だ、回避運動!」

「応よッ、とォ!」

 

 ビュオォォォォッ!

 やや遅れてラヴィアンローズに到着したドムゲルグの肩を、渦を巻く独特なビーム弾が掠めた。狙撃仕様のドッズ・ライフルによる一撃。ナノカと同じように係留アームに取りついた金色のガンプラが、長銃身ライフルを構えていた。

 

「ミッちゃん……じゃねぇ、キャプテンの邪魔はさせねぇよ」

 

 鉄血のオルフェンズ第一期より、テイワズ所属の高性能機・百錬をベースに、百式のバックパックとウィングバインダーを装着し、カラーリングも百式に準ずる金と紺。手に持つ主武装のロング・ライフルは、AGE系統のドッズ・ライフル。異なる世界観のMSの長所を組み合わせたキメラのようなガンプラ――エルドラドの狙撃手サスケ・サトーの百錬式が、ナノカとナツキを狙っていた。

 

「キサマラの相手は、オレたちダ!」

 

 レッドイェーガーが足場にしていた係留アームが、突如、根元からへし折れた。ナノカは即座に別のアームに飛び移り、ラヴィアンローズ表面部に視線を向けた。

 そこにいたのは、曲面を多用した∀系統の独特なデザインのガンプラ。力強く野太い腕と足に、金色の重装甲と両腕のIFバンカーが特徴的な重MS。テンザン・カークランドのフジヤマ・スモーだ。

 

「けッ、デカブツがァ! これでブチ撒けられてろォッ!」

 

 ナツキは背部ウェポンコンテナを左右共に展開。片側五発、計十発の高速巡航ミサイルを一斉発射した。今回装備してきたのは、持続時間の長い高熱火球を発生させる面制圧用の特殊弾頭ミサイルだ。当たり所によってはラヴィアンローズ自体を沈めかねない過剰攻撃だったが、しかし、

 

「どすこぉぉぉぉイッ!」

 

 気合と共にフジヤマ・スモーが張り手を繰り出す。その分厚く巨大な右掌からビーム性の衝撃波が放射状に迸り、全てのミサイルを一息に迎撃・爆破してしまった。

 予選会でも見せた、IFB(I・フィールド・ビーム)ハリテだ。IFバンカーの応用で、収束すればとてつもない破壊力を、拡散すれば絶大な攻撃範囲を発揮する攻性粒子フィールドを発生させる。

 

「おヌシのガンプラも、かなりのデカブツ、ダ!」

「ハッハァ、良いぜ気に入ったァ! 赤姫、こいつはオレがヤるぜェ!」

 

 ナツキは破顔一笑、シュツルム・ブースターを起動して、迎撃され爆散したミサイルの火球をものともせず、一直線にラヴィアンローズ表面部へと突っ込んでいった。

 

「ああ、任せるよビス子。私の相手は、こちらのようだ……!」

 

 一方ナノカは、全身のAMBAC(アンバック)とアポジモーターを駆使し、火球の間を縫うように飛び回っていた。時折、渦を巻くビーム弾(ドッズ・ライフル)がレッドイェーガーの進路を先読みするように飛び込んでくるが、それをさらに先読みして、ナノカは回避運動を取り続ける。

 

「一度、()りあってみたかったんだ。GBO随一の銃器使い、狙撃だけじゃねぇ狙撃姫、元・四丁機関銃の〝万能の銃撃屋(オールラウンド・ガンスリンガー)〟さんとはな」

「ほう……その名で呼ばれたのは久しぶりだよ。キミ、GBOは長いのかい?」

「ミッちゃんをこっち(オンライン)に誘ったのは俺さ。でもそんなことは、今はいい――踊ってくれるかい(シャル・ウィー・ダンス)赤姫さんよぉ(レッド・オブ・ザ・レッド)っ!」

「ふふ……踊るのはキミさ、色男(ロメオ)。さあ行け、ヴェスバービット!」

 

 レッドイェーガーはナノカの声に応えるように四ツ目式バイザーをおろし、ヴェスバービットを展開した。

 ビームが飛び交いミサイルが爆ぜ、刃と刃が火花を散らす。エルドラドとドライヴレッドの対決は、宇宙に咲く薔薇(ラヴィアンローズ)を中心に、三カ所同時の一騎打ちとなったのだ。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 正面から見ると巨大な花弁にしか見えないラヴィアンローズも、裏に回ると、規格外の巨体ではあるがドッグ船なのだと見て取れる。直径で数十メートルはありそうなバーニアの傘がずらりと立ち並び、いかにも宇宙用艦艇の後部といった様相を呈している。

 

「わーっはっは! ピーコック・スマッシャーっ!」

 

 九本のビームが放射状に迸り、ラヴィアンローズの裏面に九つの弾痕を穿った。エイトはバーニアの傘を盾にしてぐるりと回り込み、両手のヴェスザンバーを斬撃形態に持ち替えて、再度突撃する。

 

「らああああっ!」

「射撃じゃ埒が開かないわねっ。付き合ってあげるわ!」

 

 ミッツはニヤリと自信ありげな笑みを浮かべ、リベルタリアを変形させた。

 MS形態のリベルタリアは、金色に塗装したAGE-2ダークハウンドといった外見だが、右手には洋弓銃(ボウガン)型の九連装ビームライフル〝ピーコック・スマッシャー〟を持ち、腰にはX字型(クロスボーン)スラスターを装備している。〝海賊〟をテーマとした二機のガンダムのミキシングビルドということか。額と胸と左腕の小型シールド、三カ所に輝く銀色のドクロレリーフが、海賊趣味をさらに強調して見える。

 

「チャンバラも、嫌いじゃないんだからねっ!」

「僕もだっ!」

 

 リベルタリアは左腕の小型シールドからビームサーベルを抜刀、意外にも無駄なく華麗な太刀筋でクロスエイトと切り結んだ。ヴェスザンバーの左右の連撃を、左のサーベル一本と腰のX字型スラスターによる軽快な身のこなしで躱し、弾く。その様は海賊剣術というよりは、欧州貴族の青年剣士のようだ。

 数合打ち合った後に、エイトはヴェスザンバーの切っ先をねじ込むようにして突撃。しかしそれも身を躱され、距離が開く。するとすかさずそこへピーコック・スマッシャーの放射が撃ち込まれる。一発一発の攻撃力はさほどでもないが、九連装というのが厄介だった。放射状に放たれるビームは攻撃範囲が広く、クロスエイトの機動性を効率的に殺してくるのだ。

 その後もエイトは隙を見ては突撃を敢行するが、リベルタリアは剣戟に最後まで付き合わず、ある程度のところで弾き、もしくは自ら身を引いて、距離を取ってのスマッシャー放射を繰り返す。

 

「ほら、スマッシャー! はい、スマッシャー! わーっはっは! 噂の〝赤くて速いの〟クンも、このキャプテン・ミッツ様の前じゃあこの程度なのかしらーっ!」

「サーベル捌きを切り払い(パリィ)だけに割り切っている……重たいヴェスザンバーじゃあ、手数が足りないか……!」

 

 ヴェスザンバーは刀剣の分類に当てはめるなら大剣に属し、リベルタリア程度の細身なガンプラなら、当たりさえすれば一刀両断する威力を秘めている。それを二刀同時に振り回すクロスエイトの方が手数にも優れるように思えるが、最小限の動きで刃筋を逸らし身を躱すリベルタリアに、エイトはまだ一太刀も浴びせることができていなかった。

 

「だったら!」

 

 エイトはヴェスザンバーを腰に戻し、大きく後ろに跳び退いた。ミッツは攻め込むチャンスだったが迂闊に飛び込むことはせず、自分もバックステップを踏んで距離を取り、ピーコック・スマッシャーを構えた。九連装の銃口にビーム粒子が収束し、

 

「そこだぁっ!」

 

 クロスエイトの両腕が目にも止まらぬ速さで振り抜かれ、次の瞬間、ピーコック・スマッシャー本体左右の追加銃口に、二本の短刀型ビームサーベルが突き刺さっていた。

 

「こ、コイツぅっ、アタシのピーちゃんをーっ!」

 

 ミッツは悔しそうに唇を噛みながら、ピーコック・スマッシャーの追加銃口部分を切り離した。直後、切り離したパーツ群は爆発。リベルタリアの手元には、通常のビームライフルと変わらない形となったピーコック・スマッシャー基部だけが残る。範囲攻撃はもうできないだろう。

 エイトはこれを好機とバーニア全開で飛び出した。クロスエイト手首のワイヤーを巻き取り、ビームサーベルを回収。出力を上げてビーム刃を伸長し、リベルタリアへと躍りかかった。

 

「うららららぁぁッ!」

 

 クロスエイトは両腕を猛然と回転させ、息もつかせぬ怒涛の連続攻撃で攻め立てる。バーニアユニットから炎を噴射し、前へ前へと身体ごと捻じ込みながらの連撃の嵐。リベルタリアは左手一本の切り払いだけで耐えるが、だんだんと反応が追いつかなくなっていく。

 右斬、左斬、右斬、右突、左斬、右右左右左左左右右左――そして足!

 

「け、蹴りぃっ!?」

 

 ザシュゥゥンッ! ミッツにとっては全くの予想外、真下から垂直に蹴り上げる、クロスエイトの足裏ヒートダガーによる一撃。リベルタリアは寸前で身を躱すが、胸部装甲に裂傷を刻まれ、左のブレードアンテナを斬り飛ばされる。

 エイトは続けて右の前蹴りを突っ込むが、これは左腕のシールドで防がれ、バックステップで距離を取られた。

 

「まだだ! 逃がさないよ、このチャンスは!」

「えぇいっ、キャプテン・フラッシャー!」

 

 追い打ちをかけようとしたエイトの視界が、瞬間、真っ白な閃光に塗りつぶされた。モニターの光量調整が働いて目が眩むようなことはなかったが、画面は白く灼け付いた。センサー類も感度が大幅に下がっている。リベルタリア胸部中央のドクロレリーフが発光したように見えたが、閃光弾(フラッシュバン)ECM(ジャマー)の効果を併せ持つ特殊兵装のようだ。

 ほんの数秒で画面の灼け付きは回復するが、それまでの間に仕掛けてくるのは間違いない。エイトはいつでも飛び出せるように、腰を落として身構えた。まるで効かなかった各種センサーが一つ一つ回復していき、一秒ごとに、周囲が見えるようになっていく。

 

(どこだ……どこからくる……っ!?)

「こーれーでーもーっ!」

 

 右手上空に機影。声とほぼ同時、クロスエイトのモニターも回復し、武器を振り上げて飛びかかってくるリベルタリアの姿が見えた。その手にあるのは、ピーコック・スマッシャー。洋弓銃(ボウガン)のような九連装の追加銃口部分は、予備パーツでも持ち歩いていたのか、復活している――いや、違う。銃身上部にドクロレリーフが追加されている。あのレリーフはさっきまで、左腕のシールドについていたはずだ。それに、銃口の形が微妙に違う。あれは、ビームガンというよりは、

 

「くらえーっ! ピーコックぅ、ズバッシャーーーーっ!」

 

 ズバッシャアアアアアアアアッ!

 九連装の長大なビームブレードが、ラヴィアンローズに深々と爪を立て、長々と傷跡を刻み込んだ。近くにあったバーニアの傘が短冊切りにされ、崩れ落ちる。

 

「わーっはっはっは! このアタシに〝奥の手・その一〟を使わせるなんて、アンタ、なかなかやるじゃない! ちょびっとだけ、認めてやってもいいわよっ!」

「恐縮だよ、キャプテンさん!」

 

 エイトは崩れ落ちるバーニアの傘を目隠しにリベルタリアの側面に回り込み、ビームサーベルを投擲した。一直線にピーコック・スマッシャー目がけて飛んでいったビームサーベルはしかし、突き刺さることなく弾き返される。ドクロレリーフの目玉部分がギラリと光り、ビームシールドを展開したのだ。

 

「ふふんっ! 同じ手なんかでぇぇっ!」

 

 得意げに鼻を鳴らし、今度は横薙ぎの一閃。扇状に広がったビーム刃が広範囲に空間を薙ぎ払い、躱しきれなかったクロスエイトの肩を掠った。エイトの頬を、汗が一筋、伝った。

 

(なんて攻撃範囲だ。近接戦闘なのに、近寄れない!)

「わーっはっは! 文字通り、手も足も出ないってねっ! 噂のスーパールーキーを倒せば、アタシたちの名も上がるってモンよーっ! そこぉっ、いっただきぃーーっ!」

 

 巨大な団扇で仰ぐような、打ち下ろしの一撃。ラヴィアンローズの背面に、再び九本の爪跡がざっくりと抉られる。エイトはバルカンとマシンキャノンをばら撒きながら後退、状況を立て直すための距離を取った。しかし、

 

「ふふん、隙アリぃ!」

 

 ビームシールドを展開したズバッシャーを機首として、リベルタリアは飛行形態(ストライダーモード)に変形した。両肩両足、そしてX字型(クロスボーン)スラスターの推進力を後方に収束し、爆発的な加速力でクロスエイトに向けて突撃する!

 

「アタシの〝奥の手・その二〟ぃっ! リベルタリア必殺ぅ! ゴォォルディオン・スイカバーアタァァァァック!」

「……その、ネーミングセンスっ!」

 

 大きく広がった九連装ビームブレードとビームシールドの攻撃範囲に加え、クロスエイトと張り合える機動・運動性能。回避するのは容易ではない。そう判断したエイトは、ビームサーベルを投げ捨て、両肘のビームシールド発生装置を両拳に装備させた。コントロールスフィアを捻って、武器スロットを選択。機体熱量の蓄積量を確認――約50%。いける!

 

「カッコいいじゃあないか!」

 

 トリガーを引き、武装を起動。機体熱量をビームシールド発生装置に充填。ビーム刃展開、出力全開、武装限定灼熱強化(アームズ・ブレイズアップ)

 

「焼き尽くせ! ブラスト・マーカーッ!」

 

 粒子燃焼効果、灼熱化現象が発現。燃え盛る紅蓮の刃を両手に飛び出し、突っ込んでくるリベルタリアとぶつかり合う。ピーコック・ズバッシャーとブラスト・マーカーは一瞬の(せめ)ぎ合いの後、火花を散らして弾き合った。バトル序盤のような、突撃と交錯、鋭角的なターンからの再突撃が、再び繰り返される。

 

「ぅらああぁぁぁぁッ!」

「てぇやあぁぁぁぁっ!」

 

 二機のガンプラは真紅と黄金の流星と化し、ぶつかり合っては弾き合う。バーニアの出力は既に最大値を振り切り、反射神経の限界を超えた交錯が、五回十回と重ねられていく。ラヴィアンローズの周囲を縦横無尽に駆け回り、十数度目の激突、エイトは勝負を仕掛けた。

 左右の掌を握り合わせ、ブラスト・マーカー同士を密着、干渉、合成する。左右両手の灼熱の刃は渦を巻いて混じり合い、寄り合って、クロスエイトの全身を覆いつくすほどの、巨大な灼熱粒子突撃槍(ブレイズ・ビームランス)を形成した。

 

「これならっ……どうだああああああああッ!」

「ふふん、いいわよ! 受けて立ぁぁぁぁぁぁぁぁつ!」

 

 複雑な曲芸飛行合戦から一転、クロスエイトとリベルタリアは示し合わせたように距離を取り、一直線に加速した。

 紅蓮の炎が宇宙を貫き、金色の流星が空間を切り裂く。それぞれのバーニア・スラスターの出力すら乗せに乗せて、燃え盛るビームランスの穂先と、ずらりと並ぶピーコック・ズバッシャーの切っ先とが、真正面からぶつかり合った。

 お互いの持てる速度とエネルギーの全てを叩き込む激突は、一瞬で勝負がついた。

 

「きゃああああっ!?」

 

 打ち負けたのは、リベルタリアだった。

 機首部分、ピーコック・ズバッシャーとビームシールドを根こそぎ破壊され、MS形態時に左腕にあたるパーツもビームランスに引き千切られた。バランスを失ったリベルタリアは不規則に回転しながら墜落し、ラヴィアンローズへと叩き付けられる。衝突の直前になんとかMS形態に変形し、受け身を取ってダメージを減らしたが、コンディションモニターは山のようなエラー表示に埋め尽くされている。主武装・シールド喪失、左腕喪失、X字型スラスター大破、胸部装甲小破、背面装甲損傷甚大――撃墜判定が下されていないのが不思議なぐらいだ。

 

「く、くぅぅ……こ、このアタシが、リベルタリアが、高機動戦闘で……っ!」

「勝負アリだよ、キャプテンさん」

 

 ジリ……首筋に突きつけられたブラスト・マーカーの熱量が、リベルタリアの塗膜を灼いた。ミッツが悔しさに唇を噛みながら見返すと、クロスエイトの右肩装甲は大きく抉れていた。最後の突撃合戦、自分の完敗というわけでもなかったらしい。

 

「撃墜判定こそされていないけれど――その損傷のガンプラと戦って、負けるクロスエイトじゃあないよ。降参してくれるかな」

「……ねえ、知ってるかしらアカツキ・エイト」

 

 ミッツはニヤリと口の端をつり上げ、コントロールスフィアを操作した。

 

「海賊ってのはね……諦めが悪いのよっ!」

 

 リベルタリアの額に輝くドクロレリーフがバンと弾け飛び、その奥に隠されていた最後の一手が姿を見せる。発射直前のビーム兵器の砲口が、粒子を満たして光っている!

 

「ハイメガキャノン!?」

「喰らえっ、〝奥の手・その三〟! パイレーツ・ブラスターっ!」

 

 ドッ、ヴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!

 光の奔流が、クロスエイトを呑み込んだ。

 本家本元のハイメガキャノンには若干及ばない出力ながらも、不意打ちの一撃としては十分すぎる破壊力だった。その反動でリベルタリアの頭部は半壊し、今度こそ撃墜判定が下される寸前までダメージは溜まってしまったが、ミッツは「してやったり!」と満足げにガッツポーズを決めた。

 

「わーっはっは! このアタシに降参なんか勧めるからよっ! 舐めないでよねっ、アタシは一人前のファイターで、立派なレディーなんだからっ!」

「そうだね。失礼なことをした……謝るよ、キャプテン・ミッツ」

「なっ、えっ!?」

 

 パイレーツ・ブラスターの直撃を受け、真っ赤に赤熱して崩れ落ちるところだったクロスエイトのボディが――真っ赤に燃える火の粉となって、パッと舞い散った。

 

「粒子燃焼効果による、熱量的デコイ――質量のある残像(MEPE)ならぬ、〝熱量のある残像〟だ」

 

 ミッツが慌てて周囲を見回すと、いた。頭上遥か高く、二振りのヴェスザンバーを最大出力で左右に構える、クロスエイトが。

 

「名付けて、〝粒子陽炎(ブレイズ・ヘイズ)〟。僕も〝奥の手〟を使わせてもらったよ」

「な……なぁ……っ!」

「キャプテン・ミッツ。キミを……一人のファイターとして、敬意をもって! 全力で! 撃墜するッ!」

 

 クロスエイトは顔面部排気口(フェイス・オープン)を作動、余剰熱量を吐き出して、一直線にリベルタリアへと突撃した。振り上げられたヴェスザンバーが、エメラルドグリーンの粒子を散らしながら迫り来る。

 自身の敗北が迫るというその時、ミッツは頬を上気させた、どこかぽーっとした表情でクロスエイトを――否、その先にいるはずのエイトの姿を幻視していた。

 高機動戦闘で、アタシよりも速かった。奥の手を全て使い切っても、勝てなかった。ネーミングセンスを、カッコいいと言ってくれた。一人前と、認めてくれた。

 

「あ、アカツキ……エイト……くん……!」

 

 ――キャプテン・ミッツ、14才。恋に恋するお年頃である。

 

「ぅらぁぁぁぁッ!」

 

 十文字に振り抜かれたヴェスザンバーは、今度こそリベルタリアを撃墜した。

 そしてエイトは自覚なく、ミッツ自身をも撃墜したのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「あぁ、畜生め(シット)……ミッちゃんもやられちまったか」

 

 サスケはがっくりと肩を落とし、コントロールスフィアから手を離した。サスケを取り囲むように展開するコクピット表示には、右を見ても左を見ても、真っ赤に染まった警告表示ばかり。主武装のハイパー・ロング・ドッズライフルは武器破壊され、粒子残量も少なく、何より両脚がまともに動かない。膝関節を正確に狙った神業的な狙撃で、撃ち抜かれたのだ。

 

「おまけに、対物ライフル並みのデカブツで〝手を挙げろ(ホールドアップ)!〟かよ。こいつは負けを認めるしかねぇな、まったく。歯も立ちゃしねぇぜ」

「……謙遜はやめてくれるかい。まさか、ヴェスバービットを全て失うとは思わなかったよ」

 

 百錬式の後頭部にGアンバーを突きつけるレッドイェーガー。しかしそのバックパックには、ヴェスバービットは一基も戻っていなかった。自動操縦に頼らず、ナノカが直接操作することで極限の精密狙撃と回避行動を可能とするヴェスバービットだが、それが三基全て、サスケの狙撃に撃ち落とされたのだ。

 レッドイェーガー本体も、何発か狙撃を避けきれなかった。BF(ビームフィールド)ジェネレータによる防御がなければ、致命傷になっていただろう。

 

「キミの狙撃の腕には、正直、私も驚いたよ。私とこんなにも長時間、撃ち合うなんてね」

「フッ、それでもあんたにゃ勝てなかった。悔しいぜ……」

 

 百錬式はだらりと腕を下げ、レッドイェーガーへと向き直った。抵抗の意志は全くなく、ナノカもその行動を咎めなかった。Gアンバーの銃口に、サスケは自ら、コクピットハッチを押し当てた。

 

「さ、撃てよ」

「ああ。健闘を讃える」

 

 ドゥッ。短く太い銃声がして、百錬式の胸に風穴が空いた。

 

「……さて、あとはビス子だけれど」

 

 ぐるりと周囲を見回して、ナノカはドムゲルグを発見した。

 そして同時に、呆れて溜息をついてしまった。

 

「……まったく。何をやっているんだか、ビス子は」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「いっくぜェ、力士野郎ォォ!」

 

 ミサイルもバズーカも全弾撃ち尽くし、ヒートブレイドも刃が折れた。すべての武装をパージし、体一つとなったドムゲルグは腰を大きくひねって拳を後ろに引いた。ナツキは楽し気に犬歯を剥き出しにして笑い、血走った眼でフジヤマ・スモーを睨み付ける。

 

「どすこぉぉぉぉイッ!」

 

 一方のフジヤマ・スモーも、満身創痍だ。両腕のIFバンカーは割れ砕け、腰の後ろに差していた日本刀型の実刃剣も、折れた刀身が少し離れた場所に突き刺さっている。テンザンは額に浮かんだ玉のような汗をぬぐいもせず、フジヤマ・スモーに腰を落とした格闘姿勢を取らせた。

 二機のガンプラと二人のファイター、両者の間に一瞬の静寂が流れ――そして!

 

「叩いてェッ!」

「かぶっテッ!」

「じゃんッ!」

「けンッ!」

「「ポォォォォンッッ!!」」

 

 ドムゲルグ、グー。

 フジヤマ・スモー、チョキ。

 

「むっ、まずイ!」

「ぅおっしゃあオラアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 グワッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッッ!!

 突き出したグーをそのまま振り上げ、振り下ろす。フジヤマ・スモーはラヴィアンローズからはぎ取った装甲板で頭を守ろうとするが、間に合わず。巨大で頑丈なドムゲルグの拳が、フジヤマ・スモーの脳天に叩き付けられた。

 フジヤマ・スモーは頭部を胴体にめり込ませて、ダウン。ナツキは高々と拳を振り上げて、満面の笑みで勝利宣言を吼えた。

 

「ハッハァ、やったぜェェッ! オレサマのッ、大・勝・利だァァッ!」

「む、無念ダ……すまヌ、おかしら……」

 

《BATTLE ENDED!!》

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

『――一回戦・第二試合っ、しゅーーりょーーっ! 激戦に次ぐ激戦、次々飛び出す隠し玉、見ごたえのあるガンプラバトルの末っ! 真紅の新星が、金色の海賊娘を下したァーっ! ハイレベルな狙撃合戦! パワータイプ同士の、何でそうなった!? と言いたくなるよくわかんないジャンケン対決! 終わってみれば三勝ゼロ敗、チーム・ドライヴレッドの圧勝だーーっ!』

 

 先の一回戦とは違い、観客たちは最初から大盛り上がりだった。両チーム、三者三様の戦い方で魅せたガンプラバトルは、観客たちの心を大いに奮わせたらしい。

 ドムゲルグとフジヤマ・スモーの対決は笑いを呼び、レッドイェーガーと百錬式の戦いは射撃を得意とするファイターたちの興味を大いに惹いた。そして、クロスエイトとリベルタリアの高機動戦。両チームのリーダー同士ということもあって注目度の高い対決だったが――

 

「へぇ……面白そうな子が、いるじゃなぁい……」

 

 いつの間に専用ラウンジから抜け出したのか、本戦出場者の一人、チーム・ゼブラトライブのファイター、白いワンピースの少女が、一般用の観戦会場に紛れ込んでいた。あっちにふらふら、こっちにふらふら、長い黒髪を揺らしながら、頼りない足取りで当てもなく彷徨う。しかし、その間も、異様にギラギラした左右の瞳だけは、ずっと空中の大画面モニターに……いや、その中で戦場を翔け抜ける、クロスエイトに注がれていた。

 

「おいしそう……食べたぁい……ねぇ、ユニコーン? うふふ……うふふふふふふふふ……」

 

 少女は怪しく微笑みながら、手に持ったユニコーンガンダムを、指先で優しく、愛おしそうに撫でるのだった。




第三十四話予告


《次回予告》
「むきーーっ! くやしーーっ! まーけーたーっ! うがーーーーっ!」
「まあまあ、落ち着けって。しょうがねぇよミッちゃん。相手は元々格上だ、狙撃姫も、爆撃女もよ。俺としちゃあ、あの〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟と一騎打ち(タイマン)できただけで御の字だぜ?」
「拙者……ジャンケンの、修行をしなけれバ……!」
「うーっ! ぜぇぇったい、次は負けないんだからーっ。次は……つ、次は、アタシ一人でアカツキくんに勝負を挑むわっ。アンタたちは留守番してなさいっ」
「あん? 何でだよ。せっかくなら、俺も〝赤姫〟と再戦を……」
「いーいーかーらーっ! と、とにかくアンタたちは留守番っ! 船長命令なんだからーっ!」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第三十四話『ハイレベル・トーナメントⅢ』

「……なあ、カークランド。ミッちゃん、何かおかしくねぇか?」
「ム? 恋する乙女なド、そんなもんだろウ。それよリ、ジャンケンの必勝法ヲ……」
「ななな何だとぉぉっ!? ド畜生め(ホーリーシット)、アカツキ・エイト! 今すぐ脳天ブチ抜いてやるッ! 覚悟しやがれぇぇッ!」



◆◆◆◇◆◆◆



バトルを一話に収めると、ながーくなってしまう……最近の悩みです。
ハイレベル・トーナメント編が始まってから、やるべきことがはっきりしているからか執筆ペースが上がり気味です。しかし、それと引き換えに長くなるバトル。バランスがむずかしい!

さて今回は、新たなるエイトハーレムの犠牲者(!?)海賊娘ことキャプテン・ミッツさん14才が登場です。即落ちです。魔性の無自覚、エイト君(笑)
ナツキもそうでしたが、拙作はチョロインが多いような……

最近、作業部屋が寒すぎてガンプラ製作が滞っております。今のところ、ズサ・ダイバー、ドラゴンストライク、セルピエンテ、紫電改、ユニコーンゼブラがすべて完成度五割から八割ぐらいで放置中です。完成させねば。

つらつらと近況をかきましたが、本編はどうだったでしょうか。感想・批評とういただけると励みになります! どうぞよろしくお願いします!




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Episode.34 『ハイレベル・トーナメントⅢ』

トーナメントもようやく第三試合……年内に一回戦終わるのだろうか。不安です(笑)
時が経つのは早いですが、物語の進行は遅々としております。どうかお付き合いいただければ幸いです!


 トライ・ヤエにとってガンプラバトルとは、即ちチームバトルのことだった。

 いつも冷静沈着で、とても頼りになるヨウ兄ぃ。

 目付きと口は悪いけど、実は優しいユウ兄ぃ。

 大好きな二人の〝兄兄(にぃにぃ)ズ〟といっしょに、いつもガンプラバトルで遊んでいた。

 地元では少し名の知れたガンプラチームとなった三人兄妹は、ヤエの高校入学と同時にGBO内専用チーム・ブルーアストレアを結成。それから、約一年半。幼い頃から遊びの中で身に付けたチームワークを武器に、GBOJランキングを駆け上がってきた。

 兄妹三人、いつも一緒に。

 三人一緒なら、敵なんていない――はずだった。

 

「ウソ……ウソでしょ、ヨウ兄ぃ……ユウ兄ぃ……!?」

 

 ハイレベル・トーナメント本戦、一回戦第三試合。開始から約二分。

ブルーメタリックに塗装されたプラスチック片が、辺り一面に飛び散っていた。見るも無残な惨状の中、力なくへたり込むヤエの膝元に、ころころとガンプラの首が転がってくる。

 思わず胸に抱きあげたそれは、クリアパーツ製の専用センサーマスクが割れ砕けた、ブルーアストレアの頭部。長兄ヨウの三号機だ。次兄ユウの一号機は、跡形もない。唯一、さっきまで一号機が装備していたGNソードの刀身だけが、折れて地面に突き刺さっている。

 

「そ、そんな……私たちが……こんな、こんなっ……!」

 

 ヤエは三号機の首を抱え上げ、肩を震わせながら〝奴〟を睨み付けた。

 ただ一機、凍り付いたユニウスセブンの海に佇む〝白い悪魔(ガンダム)〟。しかしその白亜の装甲の合間には、光すら反射しない、底なしの黒が走っていた。それは、黒く変色したプラフスキー粒子を放電するように弾けさせる、漆黒のサイコフレーム。

 悪魔(ガンダム)の名を継ぐ可能性の獣(ユニコーン)、その改造機――ユニコーン・ゼブラである。

 

「ん、あぁ~……少し、スッキリしたわぁ……」 

「なっ……す、スッキリって……ッ!?」

 

 通信機から聞こえる、寝起きのような甘ったるい口調。ヤエは睨む目付きを一層険しくした。兄の機体を抱きしめる両腕に、力が籠る。ぎりりと奥歯を噛み締めて抑えようとするが堪え切れず、ヤエは牙を剥いて吼えた。

 

「お前はァァァァッ! こんなマネしといてスッキリだってッ!? 良い根性してるじゃないッ!」

「そぉ噛みつかれてもねぇ……私はぁ、この子のしたいようにぃ、させただけよぉ……」

 

 映像も音声も伝わっているはずなのに、相手の口調は相変わらず眠たげだ。

 こんな、こんな奴に敗れたのか。私は。私たちは。私たちのチームワークは、いつだって無敵で最強だったのに。

 ヤエは三号機の頭をそっと氷の海面に置き、よろよろと立ち上がった。まだ何とか機体は動くが、損傷は激しい。武装はすべて失っている。センサー類は半分死んでいる。太陽炉が罅割れて、GN粒子が漏れている。咄嗟にヨウ兄ぃがかばってくれていなかったら、今頃この二号機もプラスチックの欠片になっていただろう――でもまだ、手足は動く。動ける。ならば、逆転の目もあるはずだ。

 ヤエは勝ち目を探して思考を巡らせるが、

 

「……それにぃ」

 

 続く言葉が、ヤエを爆発させた。

 

「弱い人が負けるってぇ、当然じゃなぁい……?」

「うああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

 

 ヤエは叫びながら飛び出した。二号機が遺した折れたGNソードを、掌が切れるのも構わず鷲掴みに引き抜いて、振りかぶった。折れた刀身ではGN粒子は纏えないが、そんなことはもうどうでもよかった。

 今、目の前にいるこいつを、ただ一発ぶん殴ってやるッ!

 

「ああああああああああああああああああああああああああああッッ!」

「はぁ……つまんなぁい……」

 

 心底つまらなそうな、あくび交じりの呟き。

 ゆらりと掌をかざしたユニコーン。そこから迸る黒い粒子がすべてを覆いつくし、そして――

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――時は巻き戻り、第三試合開始前。

 

《一回戦第三試合 ブルーアストレア VS ゼブラトライブ》

 

 特設ラウンジのメインモニターに次の対戦カードが表示されるが、試合の当事者たるブルーアストレアの紅一点、末妹のヤエはまったく画面を見ていなかった。

 

「ね~え、アカツキくぅん? 試合見たわよ。良いバトルするじゃない。あーゆー戦い方、好きよ? 兄兄(にぃにぃ)ズの次に、だけどね♪」

「え、あ、いや、その……」

「んでー、次はさー、おねーさんと……シ・テ・み・な・い?」

 

 細く白い人差し指で顎の下をつーっと撫で上げられ、エイトはソファに座ったまましどろもどろになる。仮想現実の体(アバター)ではあるもののずずいと体を寄せられ、顔のほぼ真正面に小振りだが形の良い胸が迫っている。しかもその衣装は、ガンダムOO劇中のネーナ・トリニティに酷似した、ぴっちりとした水着のようなパイロットスーツ姿だ。

 ほとんど初対面の女性にこんな態度を取られる理由もわからず、またこんなシチュエーションへの対応の仕方も全くエイトの頭にはなく、目を白黒させてどこかに救いを探し続ける……が、しかし。

 

「あーっ! ちょ、ちょっとアンタ何よ何なのよっ! アカツキエイトに何してんのよっ!」

 

 甲高い怒鳴り声と共に現れたのは、金ピカ刺繍の海賊コスプレ。チーム・エルドラドの船長(キャプテン)にして中学生GBOファイター、キャプテン・ミッツだ。彼女はちっちゃな体をロケット弾のように加速させ、ヒップアタックでヤエをどーんと突き飛ばした。

 

「感謝しなさいっ、アカツキエイト! このアタシがわざわざ話しかけに来てやったわ! べ、別にヒマだったから仕方なくなんだからねっ! そこんとこ勘違いしないでよねっ!」

「え? あ、うん。さっきは、良い試合だったね」

「ふ、ふふん。当然よっ! で、でも負けたまんまじゃアタシの気が済まないから、大会が終わったら再戦よ! そ、それでそのっ……再戦、だからっ……れ、連絡先をっ……」

「きゃははっ♪」

 

 どーん。今度はヤエがヒップアタック。小柄なミッツは冗談のようにぽーんと飛んでいった。

 

「きゃあっ!?」

「邪魔しないでよ、負け犬海賊娘! アンタみたいなちんちくりんのチビッ子まな板娘よりも、おねーさんの方がいいわよねー? アカツキくぅん?」

「誰がチビッ子まな板よーっ!」

 

 どーん。

 

「ひゃんっ!?」

「アンタだって特におっきいわけじゃないでしょーがっ! あ、アタシだってねっ、高校生になればアンタなんて目じゃないぐらい成長するんだからねっ! 毎日牛乳飲んでるんだからっ!」

 

 目を三角にして噛みつくミッツの前に、ヤエは腰に手をあて胸を反らし、自らの美乳を誇るようなポーズで傲然と立ちはだかる。

 

「きゃははっ♪ あー心地いいわー負け犬の遠吠え心地いいわー♪」

「むきぃぃぃぃっ! 何よ何なのよアンタはぁぁっ! アカツキエイト、あんたもデレデレしてないで何か言いなさいよっ!」

「い、いや僕は別にデレデレなんて……むしろ、ちょっと困ってるんだけど……」

「きゃん、こわーい。海チワワが吠えてるわー。たーすーけーてー、アカツキくぅん♪」

「こらぁぁっ、アカツキエイトに抱きつくなぁぁぁぁ! ってか海チワワって何よ! 胸も背もちっちゃいって言ってんのかぁぁぁぁっ!」

「あら、せいかーい♪ のーみその方は、その貧相なおっぱいよりは大きかったみたいねー?」

「むっきぃぃぃぃぃぃぃぃっ! バトルよ! アンタ、アタシとガンプラバトルしなさいよぉぉっ! けっちょんけちょんにしてやるんだからぁぁぁぁっ!」

「あ、あの二人とも! 何かよくわからないけど、ケンカは……」

 

 エイトは、ヤエが押し付けてくる柔らかいものと今にも噛みつかんばかりのミッツの剣幕に挟まれ、辟易しながらもなんとかなだめようとする。

 その時であった。

 

「ブチ撒けんぞコラァァァァッ!」

 

 どっかーん。全速力で突っ込んできたドムゲルグ――ではなく怒りの形相のナツキが、ヒップアタック一発で、ヤエとミッツをまとめて吹き飛ばした。

 

「ッたく、中高生がキンキンうるせェんだよ! エイトはオレたちの(・・・・・)リーダーだ、勝手に誘惑してんじゃねェぞコラ!」

 

 ナツキはどっかりとエイトのすぐ左に腰を下ろし、ヘッドロックをかける様な形で抱き寄せた。エイトの頬に、先のヤエやミッツとは比べ物にならないふくらみ(・・・・)がむぎゅっと押し付けられる。エイト、赤面であたふた。視線が泳ぐ。

 

「まったく。ちょっと飲み物を取りに行っている間すら、気が休まらないよ。キミは罪作りだね、エイト君」

 

 両手にジュースを持ったナノカは、一部の隙も無い完璧な笑顔で、しかし黒いオーラを全開にしながらエイトの右に腰掛ける。エイトにジュースを手渡す間も、笑顔なのにまったく笑っていない目を、ヤエとミッツから片時も離さない。

 

「……それで。私たちの(・・・・)エイト君に、いったいどんな要件なのかな?」

「きゃは♪ 〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟に〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟……ふぅん、一匹狼同士がどうしたのかと思ってたけど……へぇ。そーゆーこと、ね♪」

 

 ナツキの威圧(プレッシャー)にもナノカの黒い微笑(ダークサイド)にもまったくひるまず、ヤエはニヤニヤと笑みを浮かべながら離れていった。ウサギのようにぴょんとステップを踏んでいった先には、ヨウとユウ二人の〝兄兄(にぃにぃ)ズ〟が、「やれやれ」といった表情で待っていた。ヤエはあきれ顔のユウのデコピンを受けてぺろりといたずらっぽく舌を出し、そして再びエイトたちに向き直る。

 

「この試合に勝って、次はあなたたちと試合よ。ちゃちゃっと片づけちゃうから待っててねっ、ア・カ・ツ・キ・くぅん♪」

『観客アーーンド選手のみなさぁぁんっ! 第三試合、開始三分前ですよぉっ♪ ゼブラトライブ、ブルーアストレア両チームの皆さんは、お早くお早く待機エリアに入っちゃってくださぁぁいっ!』

 

 相変わらずハイテンションなゆかりん☆の声と同時、ブルーアストレアの三人のアバターは、粒子の欠片となって待機エリアへと転送されていった。

 

「……何だありゃ、変なヤツだな。見た目(アバター)もだけどよォ、立ち振る舞いまでトリニティのネーナだぜ?」

「あれが素なのか、意識して振る舞っているのか……まあ、どっちにしても。エイト君に色目を使うのは許せないなあ」

 

 ナノカはたおやかな微笑みのまま言ったが、その時、手に持ったグラスにピシリとヒビが入ったのを、エイトは目撃してしまった。何をそんなに怒っているのかよくわからないが……ナノさんは、時々、怖い。エイトの口から乾いた笑いが漏れた。

 

「は、はは……た、助けてくれて、ありがとうございます。ナノさん、ナツキさん」

「ふふ、いいさ。キミのとなりに、私とビス子以外を立たせはしないよ」

「気にすんなよ、エイト。ところで、っと……」

 

 ナツキはすくっと立ち上がり、尻餅をついているミッツへと歩み寄った。

 

「てめェはどうすんだよ、チビッ子?」

「ち、ちっちゃい言うなぁーーっ!」

 

 ミッツはナツキに食って掛かるが、その身長差は約40センチ。「がるる!」と牙を剥いて睨み付けるちょうどその目の前に、圧倒的な二つのふくらみがたゆんと揺れている。

 

(ぐぬぬ……! う、ウェストはほとんど変わらなさそうなのに、何よこの、このっ……!)

 

 高身長で、すらりと長い手足。出るところは出て、締まるところは締まったスリムなモデル体型。無造作に外ハネした赤茶色のクセっ毛さえ、なんだかオシャレに見えてくる。

 唇を噛んでプルプルと震えるミッツを、ナツキは180センチの高みから、怪訝そうに見下ろす。

 

「おい、どうすんだァ、チビッ子? 一緒に観戦でも……」

「お、覚えてなさいっ! 次は負けないんだからぁぁぁぁっ!」

 

 ミッツは捨て台詞を叫びながら、全力ダッシュで特設ラウンジから飛び出して行った。慌てて追いかけようとしたエイトの肩を、ナノカは軽く押さえてタメ息をつく。

 

「……中学生、だね。初々しいじゃあないか」

 

 よく意味の分からなかったエイトはナノカに聞き返そうとするが、高らかに響く試合開始の放送が、その言葉を遮ってしまった。

 

『れっでぃーーす・えーーん・じぇえーーんとるめーーんっ♪ 両チームとも、準備が整ったようですよっ! 時間ピッタリ、良いカンジでぇすっ♪』

「この試合の勝者が、次の私たちの相手だよ。しっかりと研究しておこう、エイト君」

「あ、はい。そうですね」

「へッ。精々、手の内見せてもらおうじゃあねェか!」

 

 ソファに戻ってきたナツキとナノカに挟まれて、エイトは少し頬を赤くしながらも、試合の中継画面に目を向けた。すでにブルーアストレア、ゼブラトライブの両チームとも、ガンプラはカタパルトに足を乗せている。

 

『ではでは、いっくよーっ♪ さぁーん、にぃー、いぃーち……』

 

 ハイテンションなゆかりん☆のカウントダウンに合わせて、カタパルト脇の信号灯の色が変わっていく。そして、最後の一つが青表示になると同時、画面の中のゆかりん☆は、お決まりの横ピースウィンクをバッチリ決めた。

 

『ハイレベル・トーナメント、一回戦第三しあーい……はっじめまぁぁぁぁすっ☆』

 

《BATTLE START!!》

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 戦場は宇宙。しかし広大なフィールドのほぼ全面が、凍り付いた海に覆われている。

 ガンダムSEED劇中において、歴史の転換点となった悲劇の地・ユニウスセブン。核攻撃により崩壊したコロニーの残骸だ。急激な減圧により沸騰した形で凍結したコロニーの海面が、巨大な氷塊のデブリとなって漂っている。

 

「ヨウ兄ぃ、ユウ兄ぃ。予選の映像、どう思う?」

「気味悪ぃったらねぇな。あのユニコーン、まったく意味がわかりゃあしねぇ」

「ステルス性能だけなら、ミラージュコロイド等で説明もつくが。それだけではなかったな」

 

 白い氷海の上を、ブルーアストレアが翔けていく。両腕にGNソードを装備したユウの一号機を先頭に、右後方にGNバズーカを二丁持ちしたヤエの二号機、左後方にGNロングライフルを抱えたヨウの三号機というV字編隊。ごく一般的な雁行隊形だ。

 三機の磨き込まれた鏡のような青い金属塗装(ブルーメタリック)には、ユニウスセヴンの凍てついた景色が映り込んでいる。それは、高レベルのABC(アンチビームコーティング)の賜物。遮蔽物も何もない氷の海の上を堂々と飛行できるのは、自信の表れと言えた。

 

「あの黒いサイコフレーム、未知数過ぎる。接敵したら、距離を取って牽制すべきだな」

「おいおい兄貴ぃ、俺、両手GNソードだぜ?」

「ガンモードがある」

「うへぇ、マジかよ!」

「ユウ兄ぃ、バズーカ一丁使う?」

「けっ、遠慮しとくぜ。ヤエにソード持たせたら、敵より俺らが先に刺身になっちまうわ」

「あーっ、ユウ兄ぃってばひっどーい♪ きゃはは♪」

 

 ユウの一号機を狙うように、ヤエは笑いながらGNバズーカを揺らしてみせた。ユウもニヤリと笑いながら派手に宙返りなど決めて見せる――が、

 

「……反応アリ。二人とも、おふざけはそこまでだ」

 

 無駄な動きがピタリと止まり、一瞬で編隊が整う。

 長兄ヨウの三号機は、三機の中で唯一、アストレア・タイプFのキットに付属するクリアパーツ製センサーマスクを装着している。三機のブルーアストレアは基本的には同型機だが、ヨウの三号機だけは、特別に鋭敏なセンサー類を搭載しているのだ。

 

「前方、15,000。氷山の影。ユニコーンはいない、ジェスタが二機だ。ほぼ無改造……いや、これは……?」

 

 表示されたデータに、ヨウは動揺した。このハイレベル・トーナメントは、レベル5以上のGBOプレイヤーだけの大会のはずだ。相手チームも、予選会トゥウェルヴ・トライヴスを勝ち抜いた猛者であることは間違いない。しかし、このガンプラは――

 

「素組み……だと……!?」

 

 ――素組み、パチ組み、呼び方は何でもいいが、要は説明書通り組み立てただけのガンプラだ。熱意ある改造と丁寧な仕上げがガンプラの性能を大幅に押し上げるというのは、ガンプラバトルの常識だ。GBOとて例外ではない。

 GBO上級者が集うこの大会に、素組み機体で参戦するなど自殺行為に等しい。よほど卓越した操縦技能があるならまた別なのかも知れないが、まず無謀としか言いようがない行為だ。

 

「あぁん!? 素組みぃ!? GBO舐めてんだろそりゃあ!」

「ヨウ兄ぃのセンサーが、ダミーバルーンとかを見抜けないわけもないよね。うーん……どーゆーこと?」

感応波(サイコ・ウェーブ)も検出できない。ユニコーンはいないようだが」

 

 ヨウは各種センサーの反応を再検証するが、結果は変わらない。氷山の影にいるのは、無改造のジェスタが二機だ。例のユニコーンは影も形もないが、フィールド上に感応波(サイコ・ウェーブ)も出ていない。どこかに身を隠してはいるのだろうが、少なくとも、あの黒いサイコフレームはまだ発動していないはずだ。

 

「違和感はあるが……距離を取りつつ、先手必勝でいくぞ」

「オッケー、兄貴! ヤエやっちまえ、フルバーストだ!」

「りょーかいりょーかい、兄兄(にぃにぃ)ズ♪ このヤエちゃんにまっかせなさーい♪」

 

 ヨウは氷海をガリガリと削りながら着地、そのまま氷上に倒れ込み、伏せ撃ちの姿勢でGNロングライフルを構えた。同時、ユウは両腕のGNソードをライフルモードに変形、太陽炉からGN粒子を激しく噴き出し、一気に高度を取った。地表面と高高度、縦方向から挟み撃ちを仕掛けるフォーメーションだ。

 あとは、ヤエの二門のGNバズーカが氷山を丸ごと蒸発させ、飛び出してきたジェスタどもをハチの巣にするだけだ。

 

「きゃはっ♪ これで死んじゃってもいいからねっ? いっけー、GNバズーカ!」

 

 ズッ……ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 00(ダブルオー)原作の通り、巨大な粒子ビームの塊となったGNバズーカの光弾が、怒涛の如く氷山に突撃した。MSのサイズからでも見上げるほどだった氷山は、一瞬で融解・昇華。白い水蒸気となって爆発的に膨れ上がり、消滅した。

 

「ヘッ、出て来いよ腰巾着野郎(ジェスタ)! 水蒸気に紛れても、兄貴のセンサーは誤魔化せ……ねぇ……って、あぁん?」

 

 もうもうと広がる白煙に視界を塞がれつつも、ライフルモードのGNソードを威勢よく振り回し、ユウは叫んだ――の、だが。レーダー画面を見て、一気に拍子抜けしてしまった。

 ジェスタ二機、撃墜。間違いなく、そう表示されている。

 

「げ、撃墜だぁ~~っ!? どーなってやがんだよ、兄貴!」

「え、ウソ……私、やっつけちゃった……?」

 

 これには、バズーカを撃ったヤエ自身も驚き、というよりも戸惑いを隠せない。

 通常のGBOのバトルで、格下チームとマッチングしてしまったわけではない。この戦いは、レベル5以上のプレイヤー限定の、ハイレベル・トーナメント決勝リーグなのだ。

 

(あのジェスタ、避ける素振りすらなかった……トラップ? 欺瞞工作? いや、さすがに撃墜判定はバトルシステムの根幹に関わる部分だ、それを欺くなど……そのレベルで反則行為ができるなら、わざわざ素組みのガンプラなど出すまい。ハイレベルなガンプラを不正に読み込ませるなりすればいい。だとしたら……本当に素組みで、本当に撃墜した……?)

 

 様々な可能性を考えつつも、ヨウは次の行動に移った。三号機を立ち上がらせ、GNロングライフルを胸に抱えて大きく後方に跳躍した。ユウとヤエもそれに倣い、一定の距離を開けてヨウに従った。

 

「まだユニコーンがいる。散開して様子を窺……」

「……おいしそぉね、あなた」

 

 甘く、眠たげな声。すぐ耳元――ヨウの背筋が、ぞわりと粟立つ。瞬間、視界が闇に包まれた。否、先ほど広がった氷山の水蒸気が、一瞬にして漆黒に染まったのだ。まるで濃い墨汁の中に落とし込まれたかのように、視界の一切が塞がれる。電探(レーダー)熱源(サーマル)音響反射(ソナー)粒子探知(プラフスキー)、全ての機器がブラックアウト。最優先で確保している、一号機(ユウ)二号機(ヤエ)との通信回線までもが遮断されている。

 

「……いただきまぁす♪」

「正面っ!?」

 

 ガシィィ……ンッ!

 ただの勘だったが、当たったらしい。盾代わりにしたGNロングライフルを、黒いサイコフレームの右手が掴んでいた。

 しかしその手の握力が、尋常ではない。GNロングライフルのデザインは、スナイパーライフルというよりは長銃身のキャノン砲に近い。その太い銃身を、メキメキと音を立ててひしゃげさせていくのだ。

 

「あら、勘が良いわねぇ……好きよぉ、そういうの……」

「……光栄だ!」

 

 ヨウは頬を伝う冷や汗を感じながらも、GNロングライフルを手放し、腰の後ろ(リアアーマー)に懸架したGNビームサブマシンガンを手に取った。

 トリガーを引きっぱなしにしてフルオート射撃、GNビームの弾幕を張りながら、全力で後退、ひたすらにユニコーンと距離を取った。

 しかしユニコーンは、何十発ものビームの直撃を受けながら、まるでダメージなど受けていない様子で三号機へと迫ってくる。

 

(ビームが効かない。ユニコーンの改造機なら、Iフィールドか。いや、あの感じは……無効化や弾くというよりも……吸収している(・・・・・・)?)

 

 ヨウが見た通り、ビーム弾はユニコーンに当たる端から搔き消えているが、その時に飛び散った粒子の欠片が、黒いサイコフレームへと吸い込まれていくのだ。フィールドを覆う黒い霧に同化して見えづらいが、ユニコーンが身に纏う黒い粒子の輝きも、少しずつ、その輝度を増しているようにも見える。

 

「うふふ……この子が、喜んでるわぁ……自分にビームが届く敵は、久しぶりだ、って……あなた、お名前はぁ……?」

「トライ・ヨウ。チーム・ブルーアストレアのリーダーなどをしている。礼儀としては、君の名も聞いておくべきかな。ゼブラトライブのリーダー?」

「うふふ、律儀ねぇ……タマハミ・カスミ、よぉ……気づいているでしょうけれどぉ……ゼブラトライブは、私ひとりよぉ……!」

 

 ユニコーンはバーニアの出力も凄まじく、全力で後退する三号機にすぐさま追いつく。黒い粒子を纏わせた掌が無造作に掴みかかってくるが、ヨウはギリギリのところで迫る掌を回避。しかし指先が掠るだけで、装甲を持っていかれる。左右の掌を一度ずつ振るわれただけで、右肩と左膝の装甲を抉り取られてしまった。回避があと一瞬でも遅れていたら、手足を引き千切られていただろう。

 

「あのジェスタ、無人機……いや、形だけログインしている幽霊選手(ゴースト)か」

「ちゃあんと、三人分のアカウント……とってるわよぉ……? ルール違反だなんて、騒がないでねぇ……面白く、なくなっちゃうからぁ……」

「フ、良いだろう。ときに、その黒いサイコフレーム。粒子吸収能力に特化したものと見たが、どうだ?」

「ふふ、そぅよぉ……だからぁ、弱いガンプラが相手だとぉ……武器もエネルギーも、ぜぇんぶ吸い取り切っちゃってぇ……この子とちゃんと遊べる相手(ガンプラ)、久しぶりなのよぉ……♪」

 

 殊更に秘密を隠すでもなく、眠たげだが少しテンションの上がった声色が、通信機から聞こえてくる。仲間との通信まで阻害するというのに、自分の声は聞かせてくるとは。どうやらあのユニコーンの黒いサイコフレームと黒い粒子は、相当に不可思議な性質を持っているらしい。

 

「かの第七回大会では、イオリ・セイ氏が粒子を吸収するシールドを作ったと聞くが……!」

「このユニコーン・ゼブラは、全身がそれよぉ……さぁ、もっともぉーっと、遊びましょぉ……♪」

 

 カスミは心底嬉しそうににたりと笑った。それに呼応するように、ユニコーンの両手の黒色粒子が、一際大量に溢れ出した。無邪気ながらも重苦しい威圧感(プレッシャー)、それはまるで、両手同時にダークネスフィンガーを発動したかのようだ。ヨウはGNサブマシンガンの銃口を向けるが、撃つわけにはいかなかった。先の話が真実なら、撃てば撃つほど充電してやっているようなものだ。

 

「ユウのGNソードを使えれば……この黒い霧がやっかいだが……!」

「……ウ兄ぃ、当た……ない……よーーっ!」

 

 ズォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 特大のビーム光球が、猛烈な圧力で黒い霧を吹き散らし、ユニコーンを直撃した。黒いサイコフレームは粒子を吸収できても衝撃までは消せないらしく、ユニコーンは大きく後ろに吹き飛ばされた。

 黒い霧が散り、ユニウスセヴンの青白い氷海の景色が戻ってくる。その中を、ヤエとユウのブルーアストレアがヨウの元へと駆け寄ってきた。

 

「兄貴、大丈夫か! 急に消えるからビビったぜ!」

 

 ヨウが武装を失っているのを見て、ユウは自分のGNソードを片方外し、投げて寄越した。

 

「助かる。しかしヤエ、いきなりフルバーストとは驚かせる。俺に当たったらどうするつもりだ」

「きゃはは、ヨウ兄ぃはそんなおマヌケさんじゃないでしょ? それに、ちゃーんと〝当たらないでよー〟って言ったし。んじゃまあ、追い打ちにもう一発……!」

 

 ケラケラと笑いながらGNバズーカを構えるヤエを、ヨウは片手で制した。

 

「あの黒いサイコフレーム、特殊素材だ。ビームを吸収する。射撃戦は危険だ、奴にエサを与えることになる」

「へえ、そうかよ。んじゃまあ、俺と兄貴がソードで斬り込むか! ヤエはGNハンマーがあったよな?」

「ヤエ、装備変更だ。ここからは近接格闘で行く」

「ちぇっ。もっと撃ちまくりたかったな~」

 

 ヤエはぼやきながらもGNバズーカを足元に捨て、GNハンマーを手に持った。ヨウとユウもそれぞれのGNソードの刀身を展開、近接戦闘に備える。

 

「奴は一人だ、三人がかりで囲んで叩くぞ」

「了解兄貴、斬り込み隊長は任せなぁっ!」

 

 気合を入れて叫び、飛び出そうとしたユウの一号機。しかし、

 

「邪魔をぉ……」

 

 ゆったりとしたカスミの声に、急激な怒気が混じる。まるで瞬間移動、誰も視認できないスピードで、ユニコーンはユウの目前に迫っていた。黒色粒子が怒涛の如く溢れ出す掌で、一号機の顔面を掴み上げる。

 

「するなああああアアアアァァァァッ!」

 

 ――アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 それはまるで、獣の絶叫。絹を裂くような甲高い咆哮がフィールド中に響き渡った。凄まじい勢いで溢れ出した黒色粒子が津波のようにすべてを呑み込み、押し流し、分厚い氷塊を叩き割って隆起させる。ユニウスセヴンの何もかもを真っ黒に塗り潰し、徹底的に破壊し尽くしていく。ユニコーンの掌の中で、ユウの一号機が、粉微塵になって弾け飛ぶのが見えた。

 

「ユウ兄ぃっ!?」

「伏せろっ!」

 

 叫ぶヤエ、その上に覆い被さるヨウの三号機。ヤエの記憶は、そこで一度、プツリと途切れている。そして、次にヤエが目を覚ました時、そこには――

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「ん、あぁ~……少し、スッキリしたわぁ……」

 

 カスミはぐいっと背を伸ばして、大きなあくびを一つした。目の前に広がるのは、割れて隆起した氷の海と、粉々に打ち砕かれた青い金属塗装(ブルーメタリック)のプラスチック片。〝カウンター・バースト〟を使うと、いつも目の前にはこんな光景が広がる。

 今回の〝バースト〟は、GNサブマシンガンの数十発と、GNバズーカのフルバースト一発、破壊した氷山や水蒸気などのフィールドオブジェクトを粒子化して取り込んだ分、さらに元から機体に蓄積してある黒色粒子の一割ほどを解放したものだ。

 

(はぁ……この大会なら、もう少し……遊べるかと、思ってたけどぉ……)

 

 機体は無傷、粒子残量も80%以上。いつもと変わらないコンディションモニターを見て、カスミはがっくりと肩を落とした。予選では結局、戦うまでもなく粒子吸収で行動不能になるガンプラばかりだった。0083系統のガンダムを使っていたチームは少し期待できたが、それも、ちょっと強めに粒子吸収を仕掛けるだけでお終い。本戦ならばあるいはと思っていたのだが……期待外れの連続だ。

 

(残念……一度でいいからぁ、全力で……戦ってみたいわぁ……)

「お前はァァァァッ!」

 

 激しい怒声が耳朶を打つ。強制的に送り付けられてきた通信ウィンドウに、目を血走らせたヤエの形相が大写しにされる。

 

「こんなマネしといてスッキリだってッ!? 良い根性してるじゃないッ!」

「そぉ噛みつかれてもねぇ……私はぁ、この子のしたいようにぃ、させただけよぉ……」

 

 烈火の如きヤエの怒りも、カスミはまるでどこ吹く風――と、言うよりも。怒っている理由が、本当に理解できないようだ。ボロボロのガンプラも、砕け散ったプラスチックも、割れた大地も、壊れたオブジェクトも、何度も見てきた当たり前の光景。自分と、このユニコーン・ゼブラと戦った相手が、当たり前のように晒す姿。

 その無理解が、言葉となって口から出る。

 

「……それにぃ。弱い人が負けるってぇ、当然じゃなぁい……?」

 

 それは、カスミにとっては当然の感想。しかし敗北を目前にしたヤエにとっては、堪忍袋をぶった切る、挑発的な一言だった。

 

「うああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

 

 ヤエは叫びながら折れたGNソードをひっつかみ、怒りに任せて飛びかかった。しかし、太陽炉の半壊したアストレアなど、ユニコーンの敵ではない。

 カスミは深いため息を一つ、心底残念そうな顔をして、コントロールスフィアを捻った。武装スロットを選択。〝ブラックアウト・フィンガー〟を発動。ユニコーン・ゼブラの右掌から、黒色粒子が迸る。

 

「はぁ……つまんなぁい……」

 

 あくび交じりに腕を突き出し、ブルーアストレアの胸部を丸ごと抉り取った。頭部・両腕・下半身、ブルーアストレアの残骸は四つに分断されて、罅割れた氷海に転がった。

 

《BATTLE ENDED!!》

 

 寒々とした氷海に、場違いに快活なシステム音声だけが響き渡るのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「……Excellent.」

 

 生活感の欠片もない、殺風景な高級マンションの一室。デスクとパソコンしかないその部屋の中心で、イブスキ・キョウヤは感嘆していた。ヘッドセットを使わず、薄型のノートパソコンの画面でGBOを観戦している――と、旧型の折り畳み式ケータイが、電子音を鳴らした。

 

『イブスキ、どうなっている』

「おやおや珍しい、どうしました〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟。あなたの方から連絡をいただけるなんて。久しぶりにネームレス・ワンとして表舞台に出て興奮冷めやらぬ、とでもいった感じですかね。あはは、実に人間らしい感傷だ。あなたには似合いませんよ、そういったセンチメンタリズムは」

『見ているのだろう。どうなっている、と聞いている』

 

 イブスキの冗談は、ほぼいつもネームレス・ワンには――トウカには、不評だ。自分の言葉を無視して聞いてきたトウカに嫌な顔一つせず、むしろ薄笑いすら浮かべながら、イブスキは答えた。

 

「素晴らしい、の一言ですよ。実にExcellentだ……この私以外に、黒色粒子を実用化できるビルダーがいたとは、ね。競争意識を刺激されます……嗚呼、解体(バラ)したくなってきた。あのユニコーン、どうにかして手に入りませんかねぇ」

『……貴様も、ヤジマの老人たちも、関係ないということだな』

 

 トウカの声色からは疑念と苛立ちが伝わってくるが、イブスキは気にせずにしゃべり続ける。

 

「まあそもそもが、プラフスキー粒子というものがまだ未解明のシロモノ……ニールセン・ラボでも新粒子の研究などされているようですし。黒色粒子が、かの老人たちの独占技術というものでもないでしょう。何十万というビルダーがいるのです、偶然の発見ということもあるでしょう。まあ、やや悔しくもありますが」

『……ならば良い。あのユニコーンが次に当たるのは、奴らだからな。貴様のいらぬ邪魔が入ったのかと、疑ったまでだ』

「ククク……心配性は収めていただいて構いませんよ〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟。約束通り、彼らと私たちは、決勝で当たります……彼らが、負けさえしなければね」

『…………』

 

 返事はなく、通話は切られた。

 イブスキは大げさに肩を竦め、ケータイを置いて再び画面に見入った。一回戦第三試合は、チーム・ゼブラトライブの……と、いうよりは、ユニコーン・ゼブラの圧勝。今回のバトルで謎のヴェールは多少はがされ、観客たちはその攻略法や、機体のイメージに似合わぬ儚げな美少女だったファイターについて、激論を交わしている。

 大会の盛り上がりとしては、上々だ。かの老人たちへのお披露目の舞台としては、着実に整いつつある。

 

「ククク……精々はしゃぐといいでしょう。今のうちにね……」

 

 イブスキはニタリと蛇のような笑いを浮かべながら、その様を眺め続けるのだった。

 




第三十五話予告


《次回予告》

「だ、ダイちゃん……つ、つ、ついに来たねっ、決勝戦……!」
「そう固まるな、サチ。決勝だろうと何だろうと、持てる力の全てを……この拳に乗せるのみだ」
「う、うんっ、そーだねダイちゃん! もう、ここまで来たらやるっきゃねー! よねっ!」
「行こう、サチ。俺とガンプラを信じてくれ」
「……あっひゃっひゃ♪ おうよダイちゃん! ダイちゃんもー、あたしとガンプラを信じてよねーっ♪」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第三十五話『ハイレベル・トーナメントⅣ』

「ばぁぁくねつ! ゴッドフィンガー……!」
「せきはぁぁッ! らぁぁーぶらぶぅぅっ!」
「「天・驚・けぇぇぇぇぇぇぇぇんッッ!」」



◆◆◆◇◆◆◆


ついに部長&さっちゃん先輩チームは決勝に進出!
今年こそ、悲願の全国大会優勝は果たせるのか!?

……というのが表の世界で起きていることで、GBOはやっぱりネット上、何らかの理由で表の大会に出ていないファイターたちによる裏のバトルなんですね。
アイドルやプロレスラーが仕事と両立しながらだったり、いたいけな幼女に鼻血を流させるような実験を行っていたり。

話は変わりますが、ゆかりん☆の愛機、ガンキャノン・紫電改のガンプラが九割がた完成しました~。次回は恐らくガンプラ紹介になるかと思います。予告詐欺(常習)にならないよう頑張ります(笑)
感想・批評お待ちしています。よろしくお願いします!


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Episode.35 『ハイレベル・トーナメントⅣ』

『さぁーてさて皆さんお待ちかねぇーーっ! 一回戦第四試合のお時間ですっ♪』

 

 一回戦も試合数の半分を消化し、後半戦。本戦開始からすでに二時間が経過していた。

 現実世界(リアル)では正午に差し掛かり、昼食を摂るにはちょうどいい時間だ。しかしMCゆかりん☆のテンションも、会場の熱気も、一向に下がる様子はない。ラプラスにひしめく多くの観衆たちは、むしろ食事など後回しにして、次の試合を見ることを選んでいるようだった。

 それもそのはず、中央モニターに映し出された対戦カードは――

 

《一回戦第四試合 ホワイトアウト VS フロッグメン》

 

『〝姫騎士(リアル・アテナ)〟! 〝戦乙女(ロード・オブ・ヴァルキリー)〟! 〝強過ぎた白雪姫(オーバーキルド・プリンセス)〟! そのカリスマ、その人気っぷりには、アイドルの私も嫉妬を禁じえませんっ! 今大会優勝候補、三本柱の一本っ! GBOJランキング十一位、〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟アンジェ・ベルクデン率いる、チーム・ホワイトアウトの出陣だーーーっ!』

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」

 

 ゆかりん☆の参戦表明の時に勝るとも劣らない歓声が、会場に響き渡った。ただ、歓声の質は少しだけ違う。ゆかりん☆の時は九割方が男性ファンたちの野太い声だったが、今回はかなりの割合で、女性ファイターの黄色い歓声も混じっている。

 それもそのはず、中央モニターに映るアンジェリカは、ゼクス・マーキスも着用していた、OZのスペシャルズの制服姿。中世ヨーロッパの王子様のような制服に、豊かな金髪を後ろで一つまとめにした精悍な姿は、見る者を男女問わず魅了するだけの気品があった。

 

「ヤマダ先輩、なんだか表情が……硬い、ですね」

 

 しかしエイトには、その凛とした姿の中に感じるものがあった。

 高校では生徒会風紀委員長をつとめるアンジェリカは、その役柄上、全校生徒の前に立つことも多い。その時もきりりと引き締まった表情をしているのだが、生来の品格が為すものか、その立ち振る舞いにはどこか余裕があった。

 ガンプラバトルでも然りだ。〝円卓(サーティーン・サーペント)〟の囲いを突破するという試練を達成した相手には、強者としての品位と、戦士としての礼儀の双方を持って、全力で戦う。以前のレギオンズ・ネストでも、明らかに格下であるエイト相手に、隠し武器のはずのショットシェル・フィストを全弾使い切る戦いをして見せた。

 精神的な成熟と自信に裏打ちされた余裕から来る、礼儀と品格。圧倒的強者〝白姫(ホワイトアウト)〟アンジェリカが、強過ぎるゆえの嫉妬を抱かれず、こうも支持される理由――だが今は、〝余裕〟が感じられない。

 

「……そうだね。彼女らしくはないけれど、無理もないさ」

「あの狂犬野郎があんな試合をした後じゃあ、仕方ねェよなァ……」

「ヤマダ先輩……」

 

 エイトたちがいる特設ラウンジは、一般会場のような騒がしさはない。皆真剣な面持ちで、優勝候補の試合開始を待っている。エイトはその中にラミアの姿を探すが、見つけることはできなかった。

 

『対するは! 特殊部隊さながらの闇討ちと騒乱の扇動により、ほぼ無傷で予選を勝ち上がってきた策士にして影の実力派、チーム・フロッグメぇぇンっ! 正面衝突ではホワイトアウトに分があるように思えますが、その正面衝突をしない、させないのがフロッグメンの持ち味です! この試合、一体どうなっちゃうのか……私にも、予想がつきませんよぉぉぉぉっ♪』

 

 言いつつ、ゆかりん☆は中央モニターの画面端に、ネット投票による勝利チーム予想をリアルタイムで表示させた。「予想がつかない」というゆかりん☆の言葉に反して、ホワイトアウトの得票数は九対一の圧倒的多数だ。

 この結果を受け、しかしナノカは細い顎に人差し指を軽く当て、思案顔をする。

 

「下馬評は想定通り、といったところだね。でも、彼女の精神状況(メンタル)はかなり乱れているようだし、フロッグメンはそういった綻びを突くのが上手そうなチームだ。万が一、ということも……」

「おいおい赤姫ェ、縁起でもねェこと言うんじゃあねェよ。あの姫野郎には、負けてもらっちゃあ困るぜ! まだ借りを返せてねェんだ、ドレッドノートを半分吹き飛ばされた分も、夏合宿の水泳対決の分もよォ!」

「ああ、あの時の遠泳勝負、ビス子の負けだったんだね。エイト君の手作り焼きそばに夢中で気づかなかったよ」

「あァンっ!? エイトの手料理ィっ!? なんでそれ今まで黙ってたテメェっ!? え、エイトもひでェじゃねーか、オレにはナシかよォっ!」

「えっ? いや、あれは、僕は持っていっただけですよ。作ったのは部長……」

「おやおや、それはひどいなあエイト君。私は、キミが私のために作ってくれたものだとばかり……ぐすんぐすん」

「あ、ちょ、ちょっとナノさん何で泣いてるんですか!? え、あの、ご、ごめんなさいっ!」

「こんなモン、ウソ泣きに決まってンだろーが。いい加減コイツの腹黒さに慣れろよ、エイト」

「腹黒いとは心外だなあ。あ、そろそろ試合が始まるよ。見ようか、エイト君」

 

 ナノカの表情が、一瞬でさわやかな微笑みに作り替わる。そしてナノカはソファの上で数センチばかり身を滑らせて、エイトへと身を寄せた。エイトは「画面が見にくかったのかな」と気を遣って――遣ったつもりで、自分も少しズレようとするが、反対側からナツキもぐいっと身を寄せてきた。

 

「あ、あの……ナツキさん。狭いです……」

「う、うるせェ! 黙って試合見ろッ!」

 

 ナツキに一喝され、エイトは両肘に感じる柔らかい感触に頬を染めながら、ひたすらにモニターに目を向けるしかなくなってしまった。

 それゆえにエイトは、気づけなかった。自分に身を寄せるナノカとナツキも、同様に少し頬を染めていることに。そして――

 

「ぐぬぬ……い、いくらチームメイトだからって、あんなにくっついてぇ……っ!」

 ――まだログアウトしていなかったミッツが、少し離れたソファの影で、涙目で唇を噛んでいたことにも。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

『ハイレベル・トーナメント、一回戦第四しあーい……はっじめまぁぁぁぁすっ☆』

 

《BATTLE START!!》

 

 システム音声の号令と共に、アンジェリカはお決まりの発進申告もなしに、カタパルトから飛び出した。フィールドに出てすぐ、レディ・トールギスは、真珠色の装甲に水飛沫を散らしながら着地――否、着水した。

 今回のフィールドは、清らかな湖に建つ〝古城〟。(ウィング)劇中のサンクキングダムと見ることもできるが、浅い水域に囲まれた水上の城という趣からして、どちからというと現実の世界遺産〝モン・サン=ミッシェル〟がモデルと考えた方が適切だろう。

 続いて二機の旧ザクが、レディ・トールギスのやや後方に着水する。昨今のガンプラバトルの主流である我流の改造は控えめで、ひたすらにリアル感を高める方向で工作されたガンプラだった。砂漠色(デザートカラー)に塗装された機体と同じく、装備も武骨だ。

 一機は脚部三連ミサイルポッドにザクバズーカ二丁持ち、腰にヒートホークという質実剛健な火力支援型。長距離に対応するためかバックパックからはレドームユニットが突き出し、右肩のL字型シールドには、オリジン版のようにバズーカの予備弾倉が懸架されていた。

 もう一機はザクⅠ・スナイパータイプの頭部を装備し、右手にジ・オリジン版の対艦ライフル、左手にスパイクシールドという実直な狙撃型だ。腰にはヒートホーク、そして対艦ライフルの予備弾倉とクラッカー、ハンドグレネードなどが鈴なりに連なっている。

 そして両機とも左肩のスパイクアーマーだけが、レディ・トールギスと同じ――ただし、強めに汚し塗装(ウェザリング)された――真珠色に塗られている。

 

「どうした、お嬢。いつもの『参りますわ』がないぞ」

「…………」

 

 珍しく黙り込んだアンジェリカに、チバはふぅと短いため息を零した。通常回線でも問題はないが、対艦ライフルをヤスに押し付けて手を空け、レディ・トールギスの肩に触れて接触回線を開く。

 

「お嬢。いつもの〝円卓(サーティーン・サーペント)〟じゃなくて、俺とヤスを呼んだ時点で、お嬢の腹ン中はわかっているつもりだ。ラミアの野郎を、一発ぶん殴ってやらなきゃならん……けどな、一人で気負いすぎるな」

「チバ、さん……」

「まずはここを勝つ。ラミ公をぶん殴るのはそのあとだ」

 

 旧ザクの分厚い掌が、レディ・トールギスの頭をポンポンと叩いた。

 体と心から無駄な力が抜け、じわじわと、手にコントロールスフィアの感覚が戻ってくる。美しい湖上の城の景色が、より鮮明に見える気がする。

 

「ありがとう、チバさん……さあ、仕切り直しですわ!」

 

 アンジェリカは颯爽とビームレイピアを抜刀。まさに戦乙女そのものといった、華麗にして勇壮な立ち姿を披露した。飛び散った水飛沫が、まるで宝石のようにレディ・トールギスを飾り立てる。

 

「〝白姫(ホワイトアウト)〟アンジェ・ベルクデン! レディ・トールギス! 参りますわ!」

「お嬢さま、来やしたぜ!」

 

 ヤスの声と同時、浅いはずの湖の底から、数発の大型ミサイルが飛び出してきた。MSの反応はない。ステルス性の高い特殊ミサイルだけが、湖底を這うような軌道で放たれたようだ。予選の時と同じ、実に姑息な戦闘スタイルだ――アンジェリカの頬が、上品ながらも好戦的な笑みを作る。

 

「――ヒートロッド!」

 

 ビュオンッ! 一陣の旋風、吹き荒れたヒートロッドがミサイルを全て撃墜していた。どうやら特殊な燃焼材を満載したナパーム弾だったらしく、爆散したミサイルから飛び散った粘度の高い液体が、湖の水面で燃え続ける。

 その劫火の中からアンジェリカたちは飛び出した――チバとヤスの旧ザクは後方へ、レディ・トールギスは前方へ。通常のGBOバトルでは〝円卓(サーティーン・サーペント)〟の後ろに控えるアンジェリカだが、最初から上級者しかいない大会ともなれば話は別。〝強過ぎた白雪姫(オーバーキルド・プリンセス)〟たるアンジェリカ自身が、最大最強の攻撃手(アタッカー)として最前線へ突っ込むのだ。

 

「ヤスさん!」

「へい、お嬢さま。いくらステルスでも、水中を走れば魚雷と同じ……航跡、残響、手掛かりは……方位特定! こちらですぜ!」

 

 ヤスの旧ザクは、背中のレドームユニットを低く唸らせながら、湖の対岸に向けザクバズーカをバカスカと撃ちまくった。着弾地点が左右に広がった雑な連射に見えるが、面制圧により敵をあぶりだそうとしているのだ。

 果たして、絨毯爆撃のような砲撃に耐えられなくなったフロッグメンのズサ・ダイバーが、偽装用の森林迷彩柄ABCマントを脱ぎ捨てて、湖岸の森から逃げ出すのが見えた。

 

「ふふ、逃がしませんわよ!」

 

 アンジェリカは不敵に微笑み、スーパーバーニアを全開。隼のように飛翔した。背部サブアームを伸ばしてツイン・メガキャノンを展開、速射重視の四分の一出力(クォーター・ドライブ)で、次々とズサ・ダイバーを狙い撃つ。

 しかしズサ・ダイバーも流石にこの大会にエントリーするだけあって、回避運動は中々に優れていた。ハンドグレネードがポンと破裂したかと思うとビーム攪乱幕が展開され、ツイン・メガキャノンの威力は大きく削がれる。また、撃ち抜いたと思ったらダミーバルーンで、少し離れたところから、手品のように姿を現す。手を変え品を変え砲撃を躱すその様は、カエルというよりもカメレオンのようだ。

 

「チバさん、解析は!」

「……今、終わった。ミラージュコロイドだ、間違いない」

 

 狙撃仕様機(ザクⅠ・スナイパータイプ)由来のモノアイを鈍く光らせ、チバの旧ザクは対艦ライフルのスコープを覗いていた。チバが見ているスコープ越しの景色には、解析した敵ガンプラの情報が詳細に表示されている。

 ズサはUC(ユニバーサル・センチュリー)のMSだが、その太い両足に何ヵ所か開いた丸型モールドから、CE(コズミック・イラ)の技術であるコロイド粒子を噴出させ、身に纏っていたのだ。

 

「ズサのミサイルを取っ払って、生まれた余剰スペースにこれでもかと特殊装備を詰め込んでいる。ミラージュコロイド、ダミーバルーン、ワイヤーアンカー、迷彩柄のABCマント、特殊グレネードが数種類、浮遊機雷、爆導策まで……搦め手の見本市だな、こいつは」

「使い切る前に圧倒するのが、得策ですわね」

 

 鈍重そうなシルエットのわりには、ズサ・ダイバーは素早い。出ては消えの追いかけっこをしているうちに、アンジェリカは湖のほぼ中央に聳え立つ、古城のあたりまで誘導されてしまっていた。

 

「お城に突入しますわ。サポート、頼みますわね」

「了解だ、お嬢」

「お嬢さま、さっそくですが、一番高い尖塔の根本。突入する前に一発撃っておいてくだせえ」

「了解ですわ、ヤスさん!」

 

 ツイン・メガキャノンの砲身を一段階展開・伸長し、二分の一出力(ハーフ・ドライブ)。並のガンプラでは出力全開でも押し負ける破壊の閃光が、古城の尖塔を直撃した。爆発し、石造りの尖塔が崩れ落ちる――その光景の一部が、古いテレビ画面のように歪んだ。ミラージュコロイドが強制的に解除され、隠れていたズサ・ダイバーが城の奥へと逃げ込むのが見えた。先ほどのカメレオンのような機体とは異なり、右腕の特殊ミサイルがまだ残っていた。二機目、ということか。

 アンジェリカを城内に誘い込み、後衛部隊と分断するのが狙いのようだ。策士を自認し、搦め手を得意とするフロッグメンとしては、いささか単純すぎる作戦にも思えるが……アンジェリカは一秒だけ思案し、決断した。

 

「わかりやすい誘い込み……でも、追いますわ!」

「お嬢さまが出てくるまでには、もう一機も探し出しておきやすぜ」

「ついでに撃墜もしておく。なるべくな」

 

 後衛との分断が目的なら、後衛の二機を地上に押し留める役割の機体がいるはずだ。ヤスはレドームを全力稼働し、広域探査。チバはスコープを覗き込んで、周辺の怪しい場所を精査し始める。

 

「チバさん、ヤスさん。お任せいたしますわ」

 

 アンジェリカは通信機越しのチバとヤスに軽く笑いかけ、レディ・トールギスを古城の内部へと突入させるのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「ヤマダ先輩だけ、城内に入りましたね……これは……?」

「地下……墓地……? みてェだな、こいつは」

 

 観戦用モニターが左右に分断され、地上と地下の両フィールドを映し出すようになった。ミラージュコロイドで身を隠しているフロッグメンのガンプラたちは、カメラも追いきれないという設定らしい。画面に写っているのは専ら、湖畔で重火器を構える二機の旧ザクと、螺旋階段を下りきって、広大な地下墓地(カタコンベ)へと足を踏み入れたレディ・トールギスだけだ。

 

「しかしまァ、GBOのデザイナーってのはよっぽど職人気質か、じゃなきゃ暇人だぜ。見ろよエイト、あの墓石とか、そこの骸骨とか、完成度ヤベェぞ。奥の壁なんて、一面びっしりドクロの塊じゃあねェか。幽霊の一つや二つ、出てきそうな……」

「ぐえっ!?」

 

 突然エイトの喉がぎゅっと潰され、変な声が出た。ナツキが驚いて目を向けると、

 

「はははは、おおおおオバケなんてそんな非科学的なモノがこの文明の最先端たる電子の海のGBOに出るわけがががが」

「べべべ、別に怖くなんかないんだからねっ! ああああ、アカツキエイトが怖がってるから、仕方なく抱っこしてあげてるだけなんだからねっ!」

「……赤姫はともかく、なんでテメェがいるんだチビッ子」

 

 エイトの首には蒼白な顔であちこちに目を泳がせるナノカがしがみついており、腰には涙目でふるふると肩を震わせるミッツが抱きついていた。喉と腹とを同時に締め上げられたエイトは顔を赤や青に目まぐるしく変色させながらもがいているが、怖がり二人は一向にエイトを離そうとしない。仮想の体(アバター)でなければ死んでいるところだ。

 

「な、ナツキ、さ……たす……て……!」

「ッたく、めんどくせェなァ。いつもの分厚い面の皮はどうしたんだよ、赤姫」

 

 ナツキは気だるげに頭を掻きながら、ガタガタ震えるナノカとミッツを引きはがしにかかるのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 そういう設定がされているのか、はたまた、この地下墓地(カタコンベ)というフィールドがもたらす錯覚か。ズサ・ダイバーを追って階段を下り切ってからこちら、どうにもひんやりと、空気の温度が下がったように感じる。

 

(……予想とは、少し違いますわね)

 

 MSが十分に立ち回れるほどの、広大な空間。現実にはまずありえないサイズの巨大な空洞が、古城の地下には広がっていた。メラメラと燃える松明に照らされた足元には、リアルな質感で再現された人骨が散乱し、レディ・トールギスが一歩踏み出すたびにパキパキと骨の砕ける音が空間に反響する。

 しかしこの人骨、どう見ても生前の身長はモビルスーツ並みだ。この縮尺の狂い具合は、きっと意図的なものなのだろう。墓石のサイズもそれにならい、MSの体格でも身をかがめれば遮蔽物として利用できそうな大きさだった。

 

(このフィールド、相手に有利で私には不利……)

 

 薄暗く、遮蔽物が多く、足音が反響する――煌めく純白の鎧を身に纏ったレディ・トールギスなど、不意打ちを狙う側からしてみれば恰好の的だ。アンジェリカは状況を冷静に分析し、満足げな表情でぺろりと唇を舐めた。

 

「さて、どこから来るのかしら……!」

 

 レディ・トールギスの背後、朽ちかけた墓石がぐにゃりと歪んだ。音もなく光学迷彩(ミラージュコロイド)を解除し、ズサ・ダイバーは逆手に構えたアーミーナイフを振り下ろす!

 

「奇襲だからって、背後ばかりだと芸がないですわね」

 

 アーミーナイフの切っ先は、レディ・トールギスに触れることなく止められていた。瞬時に逆手に持ち替えられたビームレイピアが、ズサ・ダイバーの手首を貫いていた。アンジェリカはビームレイピアを引き抜きながら機体をぐるりと反転、同時に再び順手に持ち替えて、フェンシングよろしく鋭い刺突を繰り出した。

 

「お返ししますわ!」

 

 拍子抜けするほどあっさりと、ビームレイピアはズサ・ダイバーのモノアイを貫いた。しかし同時、ズサ・ダイバーの野太い腕が、がっちりとレディ・トールギスの腕を掴んでいた。

 

「……ヤドクよりトノサマへ。目標補足。自爆する」

 

 接触回線が開き、相手ファイターの平坦な声が聞こえた。ズサ・ダイバーの装甲の隙間から赤い光が漏れ始め、噴火直前の火山のように鳴動した。宇宙世紀系MSの動力機関は〝核〟だ。その意図的な暴走と自爆は、核弾頭に匹敵する威力を発揮する。

 

「へえ、思い切りのいい作戦ですわね」

「終わりだ〝白姫(ホワイトアウト)〟」

 

 ゴッ……ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ヤドク機の自爆は地下墓地全体を激しく揺さぶり、身を隠していたトノサマ機の頭上にパラパラと石の粉が降ってきた。高熱と爆風をやり過ごす中で、コロイド粒子は60%を消失。偽装効果もほとんど失ったので、光学迷彩(ミラージュコロイド)を解除して墓石の影からそっと頭を出した。

 

(……えぇい、〝白姫(ホワイトアウト)〟のガンプラは化け物か)

 

 燃え盛る炎、吹き飛ばされた墓石や遺骨――そのただ中に、悠然と屹立する白銀の姫騎士(レディ・トールギス)。さすがに右手はボロボロだったが、核動力を積んだMSの自爆を至近距離で受けてその程度の損傷というのが、常識外れにも程があるというものだ。

 宇宙世紀モノのガンダム作品なら、リアル感がないと脚本家が叩かれるところだろうが、これはガンプラバトル。〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟のガンプラは、それほどまでの完成度を誇るということなのだろう。

 

(核実験でも沈まぬ〝長門〟を見た米軍将兵も、こんな心境だったのか……)

 

 軍事マニアらしい感傷。ゾワリと、鳥肌が立つ――しかし、トノサマの策は何重にもある。ヤドク機の自爆でも仕留めきれない可能性はあった。その時のために、自身は大型特殊ミサイルを温存して地下墓地の片隅に潜んでいたのだ。地上の抑えをガマ機だけに任せるのは危険な賭けだったが、やはり、この〝強過ぎた白雪姫(オーバーキルド・プリンセス)〟は一筋縄ではいかない。

 

(作戦、第三段階へ移行……)

 

 いくら耐えたとはいえ、装甲は大幅に耐久力を削られているはずだ。また、機体は無事でも、核爆発に伴う高熱と電磁パルスによって、通常のセンサー類はしばらく不能になる。この機を狙わぬ手などない。トノサマは墓石を砲座代わりにして、右腕の大型特殊ミサイルをレディ・トールギスへと向けた。

 

(回避不能な千二百発のベアリング弾――クレイモア・ミサイル、その弱った装甲では受けきれまい)

 

 硬質なベアリング弾を広範囲に拡散する、実在の対人地雷にヒントを得た特殊弾頭。目と耳を塞がれ、装甲も弱った相手を葬るには十分すぎる火力だ。

 しかしトノサマは油断せず、慎重に狙いを定める。スコープを覗き、レディ・トールギスをその十字線の中心に捉え――メガキャノンがこちらを向いている!?

 

「ば、馬鹿なっ!?」

 

 ズオォォォォンッ!

 圧倒的な光の渦が、墓石ごとトノサマ機の右腕を呑み込み、焼き尽くした。虎の子のクレイモア・ミサイルも消滅し、トノサマは無様に尻餅をつく。

 

「当たるものですわね、カンというのも」

 

 次の瞬間には、直剣状に固定されたヒートロッドが、トノサマ機の脇腹を貫いていた。続いてショットシェル・ヒールが炸裂し右足を撃ち砕かれる。片手片脚を失い、コンディションモニターは真っ赤に染まって叫びをあげた。

 トノサマは一気に噴き出してきた額の汗を拭いながら、次の手を考える。策はまだある、常に数パターンの展開を予想し、対応策は多重に張り巡らせている。しかし、まさか、ここまでの実力差があるとは。敵の戦力評価を誤ったことは、認めねばならないだろう。

 

「ふ、ふふ……カン、だと? 神かニュータイプにでもなったつもりか、〝姫騎士(リアル・アテナ)〟」

 

 まずは、時間稼ぎだ。ガンダム好きに共通する特徴として、この手のバトル中の会話には付き合いたくなってしまう傾向がある。ひっかかってくれ、とトノサマは祈る。

 

「努力と鍛錬と、そして親から授かった才能。その賜物ですわ」

「ほう、ぜひあやかりたいものだ。策を巡らせるしかない、地を這うカエルとしてはな」

 

 不敵な笑みを作りながら、トノサマは内心で安堵した。これで二十秒は稼げる。コントロールスフィアを片方引っ込め、キーボードを展開。会話を続けながら、片手でキーを叩き続ける。

 

「しかし目も耳も塞いだ状態で撃たれて、カンだと言われては我らの沽券に関わる。何か秘密があるのだろう? 冥途の土産ぐらいは、貰いたいものだな」

「ふぅん、困りましたわね。私にも、カンとしか言いようがないのですけれど――特殊なシステムだとか、特別な異能だとか。そう言ったものは、私には何もありませんわ」

 

 事も無げに言い切るアンジェリカに、トノサマの口から乾いた笑いが漏れた。

 

「ふ、ふはは……まるで反則(チート)だな、貴様は。だから凡人の我らは、こんな手を使うしかない」

 

 音声、画像、大会中継映像から吸い出し。データ改変、合成完了。万が一に備えて下準備は試合前にしておいたが、まさか本当に使うことになるとは。すぐにばれるだろうが、一瞬でも動揺が誘えれば十分だ。トノサマはエンターキーを叩き、データをアンジェリカへと送り付けた。

 

『オ、お嬢さマ……申シ訳、アりマせん……』

「……ラミア!?」

 

 顔面に殴られたようなアザが浮かび、古びたパイプ椅子に半裸で縛り付けられたラミアの映像。

 

(かかった!)

 

 レディ・トールギスの拘束が緩んだ。トノサマは最後の力を振り絞り、身を捩って脇腹のヒートロッドを引き抜く。左腕に仕込んでいたビームサーベルを起動、呆然と立ち尽くすレディ・トールギスの心臓部目がけて、一直線に突き出した。

 

「所詮は小娘だ、これで終わ」

 

 ガオォォンッ!

 左腕が吹き飛んだ。レディ・トールギスの拳から、硝煙が細くたなびいている。神速のショットシェル・フィスト――トノサマには、いつ殴られ、いつ撃たれたのかすらわからなかった。

 

「ラミ、アを……ッ」

 

 ツイン・メガキャノンの砲身が、最高出力状態にまで展開された。向かい合う板状の銃身の間に、半ばプラズマ化したビーム粒子が渦を巻き、放電し、雷鳴のような轟音が響き渡る。放電の一部が掠っただけで、墓石がひとつ、消滅した。

 今まで青かったレディ・トールギスの目が、煮え滾る溶岩のように燃えていた。

 

「ラミアをぉぉ……ッ!!」

 

 トノサマの額の汗が、じっとりとした脂汗に変わる。

 これは、まずい。策を、誤った。多くの戦場を卑怯者と罵られながら渡り歩いてきたトノサマをして、初めて感じる悪寒が背筋を駆け上がった。

 

「き、気づいていると思うが、今の映像はフェイクだ。謝罪する。わ、我らは、このバトル、降参す……」

「嘘でも何でもッ!」

 

 みなまで言わせず、ツイン・メガキャノンがズサ・ダイバーの顔面に突き刺さった。槍でも剣でもない砲身を、アンジェリカは怒りに任せて力の限り捻じ込んでいく。そして、

 

「私の親友をッ……騙るなアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 目を細めてスコープを覗き込むチバの口元に、僅かな笑みが浮かんだ。

 

「手間ぁ、取らせてくれたな」

 

 ガォンッ! ガンプラと同じく武骨な銃声が轟き、125㎜対艦ライフル弾がズサ・ダイバーを撃ち抜いた。

 逃げて隠れてスモークを焚きダミーバルーンを飛ばし、時間稼ぎに終始していた三機目のズサ・ダイバーも、脳天に風穴を開けられてようやく静かになった。チバは片膝立ちの狙撃姿勢だった旧ザクを立ち上がらせ、ライフルのボルトを往復させた。本来、ジ・オリジン版の対艦ライフルはボルトアクションなど必要ないタイプの銃なのだが、わざわざ一手間増やした改造は、狙撃手としてのチバのこだわりだ。

 

「ヤス、機体の損傷は」

「へい、バズーカを一本。GBOでよかったっすわ。コイツは、お嬢さまと作ったお気に入りでやすからね」

 

 GBO特有のシステム〝ダメージレベル・O〟。たとえGBO上で大破し撃墜されても、現実のガンプラは無傷だ。チバやヤスなどの仕事を持つ社会人ビルダーには、戦うたびにガンプラが壊れていては修理する時間もない。その点で、ダメージレベルAと同等にガンプラの限界性能を引き出せて、なおかつ修理の手間もなく全力で戦えるGBOの存在は、非常にありがたいものだった。

 

「あとは、お嬢が地下のカエルどもを片付けて終わりだな」

「……チバさん、振動を検知しやした。地下から膨大なエネルギー、出やす!」

「お嬢だな。しかし地下でメガキャノンたぁな……カエルども、何か逆鱗に触れたな」

 

 チバが古城の方へ目をやると同時、古城は跡形もなく吹き飛んだ。凄まじいまでのエネルギーの奔流が天に向かって轟々と噴き出し、周囲の水は一瞬にして沸騰した。そして残されたクレーターに熱水と化した湖水がどうと流れ込み、もくもくと白く水蒸気を上げる滝つぼを形作った。

 沸騰した大瀑布の中心で、白銀の戦乙女が腕組みをして立っている。その目に光はなく、うつむき加減で、アンジェリカの心境を窺い知ることはできなかった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

《BATTLE ENDED!!》

 

 がらんとした広い空間に、快活なシステム音声が響いた。

 ヤマダ重工の女子寮、一階談話室。そもそも女子社員の少ないヤマダ重工において、女子寮はいつも閑散としている。ましてや、日曜日ともなればその数少ない女子社員たちも、実家に帰るなど寮にいない者が多い。人気のなさはいつも以上で――談話室にはただひとり、ここ以外に帰る家を持たない、ラミアだけがいた。

 

「ああ……あぁぁああ……!」

 

 ラミアは、泣いていた。両手で顔を覆い、人目がないのをいいことに、まるで幼児のように泣きじゃくっていた。パソコンの画面には、敬愛するアンジェリカと、工場での兄貴分のヤス、父親代わりのチバの姿が映っている。

 

「ああ、お嬢さま……私を、私を親友だなんて……!」

 

 自分の弱さを恥じ、避けるような態度を取って、勝手に別チームでエントリーして――心配と迷惑をかけ続けている自分を、〝親友〟と言ってくれた。ガンプラバトルも、そして心も、弱くて、弱くて、弱かった私を、お嬢さまの前から逃げ出した私を、それでも〝親友〟と言ってくれた。涙が止まらない、そして喜びが止まらない。ラミアはしゃくりあげながら、がばっと顔を上げた。

 

「嬉しい……ラミアは嬉しいです、お嬢さま……それも、これも、すべて――」

 

 そして、その口の端を、ニヤリと歪めた(・・・・・・・)

 

「――ラミアが、強くなったからですね!」

 

 心から晴れやかに、一点の曇りもなく。光のない目で天を仰いで、ラミアはそう言い切った。

 

「あの〝最強概念(ゴッドマドカ)〟を倒した! セルピエンテは手足のように使いこなせる! 今の私なら、赤姫だってあの小さいのだって、もう敵じゃあない! 爆撃女もまとめて喰い千切ってやれる! 私は強いんだ、強くなれたんだ! だからもうお嬢さまのとなりにいてもいいんだ! あはは! あーっはっはっはっは!」

 

 目の前のパソコンにつないだGPベースには、丁寧に磨き上げられた、セルピエンテが載せられていた。ラミアは声高らかに哄笑しながら、セルピエンテへと熱の籠った視線を送る。

 

「ああ、セルピエンテ! もっと戦おう、もっと壊そう! 勝てば勝つほどお嬢さまに近づける……お嬢さまに、私だけを見てもらえる! お嬢さま……あぁ、お嬢さまぁ……っ!」

 

 ラミアは忘我の表情で、自身の体を抱きしめるようにして身悶えた。狂喜とも、狂気ともいえる至福の表情を浮かべるラミアの前で、ただのプラスチックの塊に過ぎないセルピエンテは、不気味に佇むだけだった。

 そして、GPベースにも乗せられず、パソコンの横に無造作に転がされたラミア専用のサーペント・サーヴァントは――何も言わず、ただそこに転がっているだけだった。




《次回予告》

「ごく、ごく、ごく……ふぅー、生き返るー。差しいれアリガト、(プロデューサー)さんっ♪」
「実際にはパソコンの前でしゃべっているだけとはいえ、やっぱりテンションは上がっちゃうからね~。喉が渇いて仕方なかったわ~」
「一回戦もあと二つ、まだまだ先は長いわね~……でも、がんばんなきゃねっ♪」
「何せ私は、みんなのガンプラネットアイドル、ゆかりん☆なんだからっ♪」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第三十六話『ハイレベル・トーナメントⅤ』

「え? ナニナニ、Pさんっ? もう、うじうじしてないではっきり言ってよ~☆」
「親衛隊たちが『ユカリ様モードで見下して罵ってほしい』って言ってた……?」
「……変態どもが。撃ち殺してやろうか」
「あれ、どーしたの(プロデューサー)さんっ? なんで鼻血をだらだらと……?」



◆◆◆◇◆◆◆



ようやく一回戦も四試合目が終了!
アンジェリカお嬢さまはまだラミアを親友だと思っているようですが……狂犬ラミ公、壊れ過ぎです(笑)
そしてふくらみと平面に挟み込まれ窒息しかけるエイト君(笑)
ハイレベル・トーナメント編がなんだかラミ公編もしくはエイトハーレム拡大編みたいな感じになってきましたが、ちゃんとバトルはしていきますので、今後もよろしくお願いします!
感想・批評もお待ちしています!








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Episode.36 『ハイレベル・トーナメントⅤ』

鉄血のオルフェンズが面白い今日この頃、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
亀川はオルフェンズが好き過ぎて、今回、大会の途中にも関わらず、無理やりオルフェンズ要素を入れ込んでおります。通常のガンプラバトル大会ではありえない展開になっていますが、そこはまあ、GBO運営のチャレンジ精神ということでご了承いただければと思います。
とまあ、言い訳はこのぐらいで。どうぞご覧ください!


「んっふっふー。随分とおアツくなっとるなー、ヤマダのお嬢ちゃんは♪」

 

 特設ラウンジの一角、メインモニターがよく見えるバーカウンター。一回戦第四試合のハイライト――アンジェリカの怒りの咆哮と、天を衝くメガキャノンの光――を眺めながら、エリサはグラスを傾けていた。

 その中身は度数の強い酒だったが、しかしここは電脳空間(GBO)。見た目が小学四年生のエリサがぐびぐびと酒を煽っていたところで、誰が咎めるものでもない。もっとも、エリサの実年齢的には咎められる理由もないのだが。

 

(……まさか姐御が本当は二十歳だなんて気づける奴が、そういるわけもないがなぁ)

 

 その一方で、実年齢はまだ二十五なのに三十代後半に見える店長は、実に絵になる様でグラスの底に残っていた酒をぐいっと飲み干した。

 

「ここを勝てば次はアンジェリカちゃんたちと当たるんですぜ、姐御。余裕に構えるのもほどほどにしとかねぇと」

「よゆー? んっふっふー、そんなモン欠片もないなーい」

 

 台詞に反して、表情は実に緩い。にやにやしたいつもの笑顔で、酒を煽りながら言葉を続ける。

 

「前にエイトちゃんとやりあったときにも言うたけど……あんなバケモン、勝てる気がせぇへんわ。よーく作戦考えんとなぁ」

「ナニ言うかエリエリぃ! 誰の相手するも、メイファ、エリエリ守るヨ!」

 

 目をハートにして後ろから飛びかかってきたメイファを、エリサは回転椅子をクルクルさせて華麗に回避。メイファは「ぷぎゃ」と子猫のような悲鳴を上げて、店長の分厚い胸板に顔面から突っ込んでいった。

 

「むぐぐ、何するかテンチョー! オトコに用はないあるヨ!」

「ないあるってどっちだよ」

 

 どう見ても二十歳前後の中華美人だが実は残念美人な小学六年生・メイファを、店長は溜息をつきながら引き剥がす。

 

「んで。どうするんです姐御、アンジェリカちゃんの攻略法。核動力の自爆を耐える装甲に、地形を変えちまうレベルのメガキャノン。殺陣(チャンバラ)だって姐御とタイマン張れるレベルだ。まあ、メイファのドラゴンストライクなら――」

 

 切れ長のツリ目をさらに怒らせてぶーたれるメイファを、ちらりと見る。

 若干十二才にして、神戸心形流の粒子変容技術の免許皆伝を言い渡された逸材、メイファ・李・カナヤマ。エリサは心形流道場にいた頃、大阪のヤサカ・マオ以来の天才と言われていたが、年齢だけを考えればメイファはそれを凌いでいる。そのメイファが作り上げ、そして操るドラゴンストライクは、粒子変容技術と中華拳法の組み合わせにより、ある特別な攻撃方法を持つのだ。

 

「――ヒットさえすりゃあ、何とかなりそうな気はしますがね」

「安心無用ネ、エリエリぃ♪ メイファが根こそぎブッころあるヨー♪」

「それを言うなら心配無用だ。日本何年目だよお前さんは」

 

 またもエリサに抱きつこうとするメイファの首根っこをむんずと掴み、座席に押し戻す。

 エリサは店長に「にひひ」と笑って見せながら、バーテンダーに酒のおかわりを注文した。

 

「まあ、そやなあ。ウチとメイファが前衛、二人掛かりでお嬢ちゃんを抑え込む。その間カメちゃんには、渋い旧ザクたちを足止めしといてもらおか……地力が不足しとったけど、カエルちゃんたちの作戦も、そう悪くはなかったってことやな」

「あ、あのぅ……」

 

 バーテンダーから酒を受け取ろうとしたとき、控えめに、喉の奥から絞り出すような声がした。エリサが声のした方を見ると、見た目の年齢はエリサより幾つか上だが、実年齢はエリサより少し下らしい色白な少女が、そこにいた。

 

「んーっと……お嬢ちゃん、もじもじしてどしたん? おしっこ我慢しとるん?」

「ち、違いますぅ。ここ、これはクセみたいなもので……じゃなくて、ですね……」

 

 地味な黒髪に地味な黒縁眼鏡、地味なスカートに地味なセーター。せっかく仮想の体(アバター)なんだから着飾ればいいのに、地味であることに全力を尽くしているような少女だった。その地味娘は、ふるふると全身を震わせながら、勇気の限りを振り絞りました、といった声色で言葉を続けた。

 

「ま、まだ一回戦が終わってもないのに、次の試合の作戦を考えるなんて……そ、そのぅ……少し、気が早すぎるんじゃ、ないかと……あのぅ……わわ、私達だって、負けない……うぅ、そのぅ……」

 

 ただでさえ小さかった声が、最後の方はもはや蚊の鳴くようなかすれ声となり、少女の口の中で消えていく。そして、

 

「す、すみません出直してきますぅぅーー」

 

 その叫びすら、聞き取れるギリギリの小声。色白な彼女は泣き出す直前のような顔をして、だだーっとその場から走り去っていった。その途中で、アバターが粒子の輝きに包まれ、転送されていく。

 

「しし、試合会場で、お会いしま……」

 

 色白な地味娘は、登場と同じぐらい唐突にエリサたちの目の前から消えていった。

 

「転送された……ってコトは、あのお嬢ちゃんがウチらの次の対戦相手なんやんな?」

「チーム・トライアンドエラー……GBOでは古参だな。大会上位入賞はないが腕は確かで、〝無冠の実力派〟なんて二つ名があるぐらいだ。俺も戦ったことはないが、特に電磁加速砲(レールガン)使いの狙撃手が超エース級の技量だとか」

「無問題ヨ! メイファが全部ブッころあるヨ!」

 

 メイファが鼻息も荒く叫ぶのと同時、メインモニターのど真ん中に、元気いっぱいにゆかりん☆の横ピース姿が飛び出してきた。

 

『さぁーてさてさて、みなみなさぁぁん! 一回戦第五試合のお時間が、近づいて参りましたぁーっ! 〝最速記録更新(レコードホルダー)〟エリィ選手率いる新星(ニューカマー)、チーム・アサルトダイブとぉーっ! ついに予選突破を果たした古参(ベテラン)にして〝無冠の実力派(アンクラウンド)〟! チーム・トライアンドエラーの対決でーすっ!』

 

 画面越しに可憐なウィンクを投げるゆかりん☆に、ファンたちのテンションは急上昇。そんな一般会場を眼下にして、エリサはいつものように「んっふっふー」と笑みを浮かべた。

 

「MCのお嬢ちゃん、上手いこと煽るやないの。ウチらを悪役にしたいらしいで、カメちゃん」

「フフン。今のうちに吠えるおくヨロシ、メイファとエリエリがスクラップしてやるネ!」

「了解だ、姐御。いくぜ、メイファ。作戦はフィールドを見て決めるってことで」

 

 目の前にポップアップしてきたウィンドウに、待機エリアへの転送ボタンが表示されている。店長はエリサとメイファと三人で頷き合ってから、力強く掌でボタンを叩いた。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

《一回戦第五試合 アサルトダイヴ VS トライアンドエラー》

 

 VR表示された対戦カードを、乾いた風が撫でる。

 どこまでも広がる荒涼たる赤い大地に、モビルスーツの身長を優に超える深い渓谷が縦横無尽に走っている。それぞれがかなりの距離を置いて点在する建造物群は、あるものは旧式の農業プラント、あるものは古びた居住区だ。目の届くギリギリの位置には、レアメタル採掘場らしいすり鉢状の大穴も見えた。

 今回の舞台は、火星――鉄血のオルフェンズ劇中、クリュセ自治区近郊のようだ。

 

「カタパルトじゃなく、最初からフィールドに放り出されるってことは……」

 

 セカンドプラスの太い脚が、乾燥した赤土をがっしりと踏みしめる。その左右には、紫色の忍者風AGE-1、エリサのシュライクと、背部装備(ストライカーパック)ナシの緑色のストライク、メイファのドラゴンストライクがいた。通常のガンプラバトルでは、仮想(VR)カタパルトで出撃宣告をするのがパターンだ。それがなく、いきなりフィールドに立たされるというのは、GBにおいては何か特別なVRミッションをするときによくあることだ。

 

「んっふっふー。わかるで、カメちゃん。ウチはこのゲーム、初心者やけど……運営が何か仕掛けとる、ってことやんな?」

「あ! エリエリ、カナメ兄サン! アレ見るヨ!」

 

 ドラゴンストライクが、普段のメイファそのものの様子でぴょんぴょん飛び跳ねながら渓谷を指さした。ドラゴンストライクにはメイファの中華拳法を再現するためにモビルトレースシステムが積まれているのだが、その性能はこんなところでも如何なく発揮されているようだ。

 

「……ありゃあ!」

 

 メイファの指先が示すものを見て、店長は目を見開いた。

 火星の乾いた大地を踏み砕き、赤茶けた土煙を舞い上げながら迫り来る小型機の大群。昆虫のような前腕に、ドリル状になった尻尾。機体正面の真っ赤なモノアイが、無感情な殺人マシーンそのものといった無慈悲な輝きで獲物を探している。

 

「プルーマ……! 火星、クリュセ……そういうことかよ!」

『おぉぉっとぉぉ! これは第五試合にして初のパターン、第三勢力が介在する特別バトルだーーっ! 多種多様なバトルが楽しめるGBOの特徴は、大会中でも健在だーーっ!』

 

 店長の言葉に被せるように、ゆかりん☆のアナウンスが響いた。同時、プレイヤーたちの視界の中央に、今回の特別バトルのルールがポップアップしてきた。

 

 

【ハイレベル・トーナメント一回戦第五試合 特別ルール】

・三対三のチームバトル。ただし、第三勢力が介在する。

・各チームに戦闘力皆無の防衛対象を設定。第三勢力無人機(プルーマ)の防衛対象侵入により敗北となる。

・渓谷最深部で待ち受ける第三勢力指揮官機(ターゲット)に、より多くのダメージを与えたチームの勝利とする。(ターゲットを撃破したチームの勝利ではなく、累積与ダメージ値で判定)

・通常バトルと同様に、敵チームへの攻撃も可。敵チームを全滅させても勝利とする。

・試合時間は十五分間。なお、ターゲット撃破、もしくはプルーマの防衛対象侵入で試合終了とする。

 

 

『チーム・アサルトダイブの皆さんは、オルフェンズ劇中でクッキー&クラッカ姉妹の通う孤児院と学校が! チーム・トライアンドエラーの皆さんは、同じく劇中でプルーマたちの猛威にさらされた農業プラントが! 防衛対象として設定されまぁぁすっ♪』

 

 レーダー画面に、アイコンが追加された。店長たちの背後500メートルほどの地点に、クッキー&クラッカ姉妹の顔を模したらしい可愛らしいアイコンが表示されている。孤児院の位置が劇中の設定とは違うようだが、ゲーム上の演出と見るべきだろう。おそらく農業プラントも、劇中で描かれたのとは違う位置にあるはずだ。

 

「んっふっふっふっふー♪ バトル大会やのに、直接戦わんとも勝負がつきうるルール……(リアル)の大会ならクレーム必死やな」

「ま、GBOの運営は野心的だからな。姐御、台詞のわりには楽しそうな顔をしてますぜ?」

「ありゃ、バレた? んっふー♪」

 

 ぺろりと舌を出し、いたずらっぽくウィンク。エリサはやる気に満ちた表情で、コントロールスフィアをぎゅっと握りなおした。

 

「あの物量をたたっ斬るなんて、リアルのガンプラバトルじゃあそうそうないやろ? おまけにデカブツが控えとるなんて……いやあ、滾るわ~、滾ってきたわぁ~!」

 

 メイファのモビルトレースシステムではないが、エリサのシュライクも、心なしかウキウキしたように身を震わせていた。店長は「仕方ねぇなあ」と苦笑いをしながら溜息を洩らし、セカンドプラスに砲撃態勢を取らせた。

 

「双子ちゃんのお守りは俺に任せてくれ。姐御とメイファはプルーマに突撃、そのままデカブツんとこまで突っ切って、きっちりポイント稼ぎを頼みますぜ!」

「んっふっふー♪ ウチに任しときー♪」

「御意あるヨ、カナメ兄サン!」

 

 紫と緑、二機の軽量格闘型ガンプラが、弾かれたように駆け出した。

 シュライクは愛刀〝タイニーレイヴン〟の柄に手をかけ、高速疾走状態からの抜刀術を狙っている。同じく地を蹴って駆けるドラゴンストライクは、両の掌を平手の形で構え、その表面にプラフスキー粒子の輝きを収束させた。

 

「アカツキ・エリサ、AGE-1シュライク! いっくでー♪」

「メイファ・李・カナヤマ、ドラゴンストライク! 出るアルヨーっ♪」

『それではぁっ♪ ハイレベル・トーナメントぉ、一回戦第五しあーい……せーのっ、ゆっかゆっかりーーんっ☆』

 

《BATTLE START!!》

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「はわっ、はわわわわ……ご、ごめんなさい、ごめんなさぁぁい」

 

 半泣きの声色で、目尻に涙を浮かべながら、トライアンドエラーの前衛・BFN:ジャックはコントロールスフィアを振り回していた。

 現実(リアル)でも仮想体(アバター)でも、とにかく地味で目立たない外見。オシャレなんて自分のような不細工には似合わないと思い込み、いつだって俯いていて、人と会話すれば五秒に一回「ごめんなさい」と言う彼女だが、

 

「え、えぇい」

 

 グッシャアアアアッ!

 バトルスタイルは、えげつなかった。

 

「と、とりゃあぁぁ」

 

 ズシャアアアアンッ!

 斬るというよりは、叩き斬る。いやむしろ、一撃で真っ二つになったプルーマの断面は〝叩き潰す〟といった方が正確に見えた。

 トライアンドエラーの前衛パワータイプ、ジム・トライアル三号機〝ピーコックテール〟。その名のとおり孔雀の尾のように広がった高出力ブースターユニットによる突撃力と、ジム・キャノンⅡをベースにした太く頑強な手足から繰り出すパワーに溢れた一撃が特徴だ。

 その右手にあるのは、オルフェンズの世界観でも通用しそうな、重量級の実刃の大鉈(マチェット)。刃が赤熱しているところを見るに一応はヒート兵器のようだが、赤熱化していなかったとしてもその重量がもたらす破壊力は絶大であろう。ナノラミネートコーティングされているはずのプルーマたちを、ピーコックテールはばっさばっさと薙ぎ払っている。試合開始三分、すでに撃墜スコアは二十を数えた。

 

「いやあ、ははははは。いつものことながら、ジャックちゃんはえげつないなあ」

 

 背後からピーコックテールに飛びかかろうとしたプルーマが、穴だらけになって爆散した。

 

「鉄血系の機体相手じゃあ、ビームは威力半減だ。俺の出番はあんまりなさそうだな」

 

 飄々とした様子でそう言いながらも、完成度の高い二丁持ちビームマシンガンでナノラミネートアーマーを貫通してみせたのは、ジム・トライアル一号機〝レイヴンクロー〟とそのファイター、BFN:クロウだ。

 レイヴンクローは両手のビームマシンガンと両腕のガトリングガンを辺り一面にばら撒きながら、ピーコックテールに取りつこうとするプルーマたちを牽制し、流れをコントロールしている。ジム・カスタムをベースにブースターやチョバムアーマーを追加した中距離戦型という特性を活かした、的確な援護だ。

 

「そそ、そんなこと……クロウさんの援護のおかげで、わ、私、突っ込めるし……」

 

 言いながらジャックは、左腕のシールドをプルーマの顔面に叩き付けた。同時、隠されていたシールドシザーズが左右からプルーマを挟み込み、力任せに破断。撃墜数、プラス1。両肩のビームガトリングで弾幕を張り、抜けてきた数機をマチェットでまとめて斬り伏せる。撃墜数、プラス3。

 その様子を見て、クロウはひゅうと口笛を吹いた。

 

「ははは、やっぱりえげつない攻撃だ。ジャックちゃんの意外と着やせなおっぱいと同じぐらいえげつないぜ?」

「く、クロウさん、せせ、セクハラですよぉ」

 

 ギャォォンッ!

 クロウのセクハラ発言から僅か0.1秒、恐ろしく正確な狙撃が、レイヴンクローの頭部アンテナを掠めた。亜光速の銃弾、電磁加速砲(レールガン)による砲撃だ。

 

「…………クロウ」

 

 地の底から響くような、低く落ち着いた声色。たった一言だが、強い怒気が滲む。

 

「は、ははは。ほんの冗談ですよ、モーキンの旦那」

「おお、おじさま、そんなに怒らないであげて……」

「…………うむ」

 

 銃撃の主は、防衛対象である農業プラントの前で大型レールガンを構える一機のガンプラ。黒・白・赤の三色(チームカラー)に塗装されたジム・スナイパーⅡの改造機、ジム・トライアル二号機〝ホークアイ〟である。

 ホークアイのファイター、BFN:モーキンは、灰色の髭の奥で口を真一文字に引き締め、まさに鷹の目(ホークアイ)といった鋭い眼光を一層鋭く引き締めた。

 

「…………!!」

 

 ギャォォンッ! ギャォォンッ!

 二点射されたレールガンは、ピーコックテールに迫っていた二機のプルーマのモノアイを、寸分の狂いもなく射抜いていた。

 

「…………行け、ジャック」

「あ、ありがとうございます、おじさま」

 

 通信機越しに何度もぺこぺこと頭を下げ、プルーマの群れを斬り捨てながら、ジャックは渓谷のさらに奥へと突撃していった。

 

「そんじゃまあ、俺はジャックちゃんとデート、いや援護に……」

 

 プルーマのドリルをシールドで受け、ゼロ距離で腕部ガトリングを叩き込む。目の前が開けたクロウはへらへらと軽薄な笑みを浮かべながら、ジャックを追おうとした。

 しかし、

 

「…………クロウ」

「へ、へいへい何でしょうモーキンの旦那」

 

 わざわざ通信ウィンドウを開き、顔を見せての通信をモーキンが送り付けてきた。クロウは若干ひきつった薄笑いで応じたが、

 

「…………次は、右膝を撃つ」

「じょ、冗談にしちゃあえらく具体的ですね、旦那」

「…………」

 

 押し黙る、モーキンの目が笑っていない。

 

「き、肝に銘じときますよっ!」

 

 目の前にいたプルーマの頭を踏み台にしてブーストジャンプ。直後、そのプルーマはレールガンに撃ち抜かれた。クロウは頬を垂れる冷や汗を感じながら、レールガンの射線上から逃げ出すようにしてジャックを追いかけるのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「ホアチャーーッ! ハイィィィィッ! トァァァァッ!」

 

 怪鳥の如き甲高い奇声と共に、拳が、手刀が、足刀が、肘が、膝が、掌底が、次から次へと繰り出される。メイファが極める中華拳法そのままの動きを再現するドラゴンストライクの徒手空拳は、もはや演武の一部に見えた。

 

「エリエリぃ、見たアルか!? メイファ、もう二十機ぶっころヨ!」

 

 ドラゴンストライクの掌底が、プルーマのモノアイを真正面から叩いた。衝撃を受けた赤いモノアイは激しく明滅するが、割れ砕けるようなことはない。プルーマは尻尾のドリルをドラゴンストライクに突き立てようと身を捻る――そのときだった。

 

「そして、コレで――」

 

 メギャンッ!

 プルーマは、全身の関節から火を噴いて、粉々に爆散した。その残骸は全て内側(・・)からの圧力で外向き(・・・)にひしゃげている。

 

「二十一アル♪」

「んっふっふー、やるなあメイファ。ウチは、これでっ!」

 

 一閃、青白い刃が横一文字にプルーマを裂いた。頑強なナノラミネートアーマーでさえ、ビームサーベルにも勝る切れ味を誇るシグル・サムライソード〝タイニーレイヴン〟の前では、気休めにしかならないようだ。

 

「ちょうど二十や」

 

 チャキン。タイニーレイヴンを鞘に納めるのと同時、プルーマは断面から左右にズレて落下した。

 

「見た感じ、ここいらのゴキブリどもは片付いたみたいやな。孤児院はカメちゃんに任しとったら大丈夫やろうし」

 

 周囲をぐるりと見まわして、エリサはそう結論した。遥か後方では、撃ち漏らした数機のプルーマたちが孤児院へと向かっていたが、セカンドプラスの射程距離に入った瞬間に焼き払われている。原作では鉄壁の対ビーム性能を誇るナノラミネートアーマーだが、ガンプラバトルではやはり、ガンプラの完成度によって性能は大幅に上下するようだ。ビーム兵器が主力のセカンドプラスでも、十分に孤児院を守り切れるだろう。

 

「それにしても、広いフィールドやなあ……けっこう進んできたで。デカブツちゃんはまだかいな」

「ん、エリエリ敵あるヨ! エイハブウェーブ感知、ゴッキーどもじゃないヨ!」

 

 渓谷の上部から、焦げ茶色のレギンレイズが飛び降りてきた。右腰には大型のレールガン、頭に指揮官用のアンテナ。

 みんな大好きクジャン家当主、イオク・クジャン殿下の専用機である。

 

「邪魔」

 

 エリサは無造作にシュリケン・ダガーを投擲。不器用に回避機動を取ろうとしたイオク様だが、よりにもよってお尻のど真ん中にダガーが突き刺さり、爆発四散した。

 

「あぁんもう、エリエリクールぅ♪ 鬼ぃ、悪魔ぁ、冷血ドSぅ♪ 大好きあるヨー♪」

「えぇい、くっつくなやアホメイファ! ちゃっちゃと進むで!」

 

 抱きついてきたメイファを刀の鞘でゴチンと殴り、引き剥がす。嬉しそうにぶーたれるメイファを置き去りにする勢いで、エリサはシュライクを走らせるのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――天使の名を持つ殺戮兵器。

 鉄血のオルフェンズの世界観において、モビルアーマーはそのように扱われている。失われた技術体系であるビーム兵器を保有し、随伴するプルーマによる物量戦と自己再生を可能とする、自己完結した自律式殺人機械。

 天使の名にふさわしい白き両翼、そしてすらりと細い両脚に備える、凶悪な爪。そのモビルアーマーの名は〝ハシュマル〟。

 細長い渓谷を抜け、モビルスーツの数倍はあるその威容が目に入った時、エリサは素直に「美しい」と思ってしまった。

 

「――けど、ぶっ壊すしかないわなぁ! 行くでメイファ、ウチが露払い!」

「メイファがトドメ! 御意アル!」

 

 威勢よく叫び、忍者と武闘家、近接戦闘に特化した二機のガンプラは、疾風のように駆け出した。わらわらと這い出してきたプルーマの群れが行く手を阻み、掴みかかってくるが、前を行くエリサが近づく端から斬り捨てる。数十の敵を切り裂いて来てなお、タイニーレイヴンの切れ味は衰えることを知らない。

 

「ははは。先、越されちゃったねえジャックちゃん!」

「はわわ……ご、ごめんなさい、私がトロいせいで……」

 

 やや遅れて、別の渓谷の切れ目からレイヴンクローとピーコックテールも飛び出してきた。ハシュマルとの距離はエリサたちと同程度だが、プルーマがエリサたち側に集結し始めていたために、ジャックたちとハシュマルの間の防御は、明らかに薄い。エリサは自身の不利を悟り、唇を噛んだ。

 

(先手必勝が裏目に……下っ端を引き付けてもうたな……!)

「お、おりゃー」

 

 ジャックは控えめに叫びながら、目の前のプルーマをシールドシザーズで捻り潰しマチェットで叩き潰し、道を切り拓いていく。しかし、先ほどまでは軽快に飛び回っていたクロウは、なぜかジャックの陰に隠れて消極的な援護射撃に徹しているようだった。

 

「じゃ、ジャックさん、あとどのぐらい、ですか」

「んー、もう少し近づかないとね。ムリヤリ積んでるから、射程はあまり取れないんだよ」

「ご、ごめんなさい……がが、がんばりますぅ」

「ははは、頼んだよジャックちゃん。ファイトー!」

 

 キシャアァァァァ――――――――――――――――――――ッ!!

 クロウの薄っぺらい笑い声に被せるように、ハシュマルが吠えた。波が引くようにプルーマの群れが左右に割れ、ジャックとクロウだけが取り残された――ハシュマルの主砲、大型ビーム兵器の射線上に。

 

「あ、やべ……」

「くく、クロウさんっ!」

 

 ビュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!

 地面ごと抉るような圧倒的なビームが、ハシュマルから吐き出された。とっさにジャックがクロウをかばったようだが、二機ともまとめて光の濁流の中へと呑み込まれていく。

 

「んっふー♪ ちゃ~~んすっ♪」

 

 災い転じてなんとやら。先に近づいたあちらが、ビームの標的となってくれた。

 エリサは子猫のようにニヤリと微笑み、群がるプルーマを蹴り飛ばして上空高く跳躍した。光を吐き出し続けるハシュマルの直上、巨大なクローを備えた脚も、ビームの砲口も向けられない死角。

 

「ここから突っ込むフリをすれば……来たっ!」

 

 唸るような風切音、それだけでシュライクの身長ほどもある巨大なブレードが、横薙ぎに襲い掛かってきた。エリサは空中で身を捻り、タイニーレイヴンで切り払った。

 ハシュマルの尻尾のように見える、超硬ワイヤーブレードだ。劇中ではレギンレイズやグレイズを一撃で葬り去っていたが、タイニーレイヴンは耐え切った。

 

「さあ、来いやあっ!」

 

 二撃目、ワイヤーブレードが単体で意志を持つかのように、切っ先を真っ直ぐシュライクに向けて突っ込んできた。エリサは精神を研ぎ澄まし、引き延ばされたような時間感覚の中で激突の瞬間に備えた。タイニーレイヴンを正眼に構え、距離を測り、時機を待ち、そして!

 

「今ッ!」

 

 くるりと身を躱し、ブレードの側面をタイニーレイヴンで打った。運動エネルギーを逸らされたブレードは目標を失い迷走、その隙を逃さず、エリサはワイヤーをタイニーレイヴンで絡め捕る。間を置かず、バーニアユニットを全力噴射。流星のように地上に降下し、尻尾を地面に縫い付けた。姿勢を崩したハシュマルはがくりと膝を折り、ビーム放射が中断される。

 

「メイファ、今や!」

「御意ッ!」

 

 エリサの叫びに応え、メイファは目の前のプルーマを掌底で吹き飛ばすと、そのままの勢いで天高く飛び上がった。

 

「さぁさ受けるよろし、モビルアーマー! メイファの〝粒子発勁〟ッ!!」

 

 粒子発勁――ドラゴンストライクの掌に渦巻く、プラフスキー粒子の淡い輝き。叩き込んだ相手の粒子の流れを狂わせ、暴発を引き起こす、粒子変容の妙技。かつてニルス・ニールセンが研究の末にたどり着いたものと酷似した技術を、メイファは心形流の業と中華拳法の技との組み合わせで実現したのだ。

 

「破ァァァァ……ッ!」

 

 変容粒子の渦が、構えを取るドラゴンストライクの掌で膨れ上がっていく。MAクラスの巨体ですら、溜め込んだ粒子量によっては、一撃で弾けさせることが可能だ。あと二秒もあれば、それに足りる。

 ハシュマルは迎撃のためビーム発射口を大きく開いて顔を上げるが、エリサが絶妙なコントロールでワイヤーを引っ張り、再び姿勢を崩させる。

 

「早うしぃやメイファ! 何度もこかすんは厳しいで!」

「多謝ヨ、エリエリぃ! これで、決まり……」

「ははは、これで墜ちてちゃ男が廃るってね!」

 

 メイファの一撃が決まるかと思われたその時、右半身がグズグズに焼け爛れたレイヴンクローが、ビームの焼け跡から飛び出してきた。その左腕には、同じく焼けて変形したシールドの残骸が抱えられている。

 

「ジャックちゃんに庇ってもらって、敵も落とせないなんざあ! モーキンの旦那に半殺しにされっからなあッ!」

 

 満身創痍、全身から火花を散らし、ハシュマルに突撃するレイヴンクロー。その左腕に抱えられたシールドの残骸が剥がれ落ち、隠されていた最終兵器が露になった。

 

「スーパーナパーム!? なんちゅうマニアックな!」

 

 ファーストガンダム劇中で、たった一度だけ使われた高火力焼夷弾。バンシィのリボルビングランチャーのモデルになったことでわずかに知名度はあがったが、それにしてもマイナーな武器だ。

 ただし、その威力は本物だ。なにせ劇中では、当時連邦軍の最新鋭機だったV作戦の試作MSたちを、まとめて焼き払うほどの火力を発揮したのだから。

 

「ターゲットに大ダメージ与えたら勝ちだったよなあ、特別ルールはああああッ!!」

「勝ちゆずるないヨ、優男サンッ!」

 

 ハシュマルの脳天に打ち下ろす、ドラゴンストライクの粒子発勁。脚部に叩き付ける、手持ちのスーパーナパーム。同時に炸裂した超威力の打撃と爆撃は、凄まじい閃光と爆音をまき散らし、一帯を真っ白に染め上げたのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「…………終わりか」

 

 モーキンは短く呟き、妻に禁煙を言い渡されて以来GBOでの最大の楽しみとなっていた仮想煙草(VRタバコ)を、ペンダント型の携帯灰皿に投げ込んだ。片膝立ちの姿勢でレールガンを構えていたホークアイの頭部を少し上に向け、凄まじい爆発が起きている渓谷最深部の上空に目を向ける。そこには、フィールド上のどこからでも視認できるサイズのゴシック体で、両チームがハシュマルに与えたダメージ値が表示されていた。

 

《チーム・アサルトダイブ:17,500p》

《チーム・トライアンドエラー:16,100p》

 

 ポイントを見たモーキンは静かに目を閉じて、新たな仮想煙草(VRタバコ)を口に咥えた。胸ポケットからオイルライターを取り出し、器用に片手で火をつける。

 

「…………悔しいものだな。いくつになっても」

 

《BATTLE ENDED!!》

 

 快活なシステム音声が、高らかに告げる。モーキンはせっかく火をつけた煙草をろくに楽しむこともできぬまま、プラフスキー粒子の塊となって待機エリアへと転送されてしまうのだった。




第三十七話予告


《次回予告》

「ヒマなのです」
「……そう、ね……」
「ヒマヒマヒマヒマ! ヒーマーなーのーでーすー! 部活はないし! GP-DIVEも急にお休みだし! ガンプラバトルの相手もいないのです! こんな夏休みの真っただ中に、こんな可愛い女子高生を放っておくなんて、世の男どもは見る目がないのです! ナルミはご立腹なのです!」
「……そう、ね……」
「もう、アマタ先輩は何とも思わないのです!? ナルミたちは華の女子高生なのですよ!?」
「うぅん……わたし、彼氏、いるし……」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第三十六話『ハイレベル・トーナメントⅥ』

「なななかかかれれれ!?」
「うん、彼氏……このあと、デート……♪」
「あばばばば……なな、ナルミが根暗前髪先輩なんかに、ままま負けるだなんて……く、屈辱なのです~~っ!!」



◆◆◆◇◆◆◆



と、いうことで。GBFドライヴレッド、36話でした~。
作者の好みに走った展開でしたが、GBOでは大会中だろうとまあこんなこともありますよということで。多人数対戦や多彩なシチュエーションが売りだよ!ということでご了承いただければと思います。
次回は今回を上回るご都合主義展開をぶち込む予定ですので、広い心でお待ちいただければ、そしてお読みいただければ幸いです(笑)
感想・批評もお待ちしています!


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Episode.37 『ハイレベル・トーナメントⅥ』

 お久しぶりです。亀川です。
 随分とお待たせしてしまいまして申し訳ありません……ここ数ヶ月ほどでワールドトリガーにはまりまして、二次創作小説を書いていました。一月後半はほぼそちらにエネルギーを費やしていました……
 兎も角。ハイレベルトーナメント一回戦、ようやく今回でラストです。どうぞ、ご覧ください。


 生活感のない、薄暗い部屋。高級家具がいくつかと一台のパソコンしかない部屋に、人間もまた、一人しかいない。

 

『時計の、針……だと?』

「そう、進めましょう。少々展開が冗長かと思いましてね。私としては、早く第二回戦を――例の〝実験体〟の次の試合を、一刻も早く拝みたいのですよ。〝老人たち〟を動かせば、大会運営程度ならどうとでもなりますし……その理由などというものは、運命共同体のあなたには説明するまでもないでしょう、〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟?」

『……好きにしろ。だが契約は忘れるな』

「おやおや、随分と冷たい返事だ。ゴーダの妹君の体調が、そんなに心配ですか? ククク、どうやらその黒仮面の奥には、まだ人情というものが残っているようですねぇ。まあ確かに、ゴーダのお兄さんの献身っぷりは笑えます。ああ、もしかして、あなたもご家族のことを思い出しでも――」

『以上だ』

「おや、気分を害してしまいましたか。いきなり切るなんてやんちゃですねぇ」

『……あの言い方じゃあ、誰だって怒るッスよ』

「ああ、そういえば、君もいたんでしたね。聞いていたなら理解はしたでしょう。次の仕事は、この後すぐです。ガンプラの用意はできていますか? 今回の相手は君のお友達でもありませんし、遠慮なく攻撃もできるでしょう。お父上のお仕事のためにも、契約分は働いて見せる気概というものが大切ですよ――〝傭兵(ストレイ・バレット)〟君」

『了解はしてるッスよ、イブスキさん。給料分は、乱れ撃つッス』

 

 そして、通信は切れ――部屋の明かりも、落ちた。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「お疲れさま、姉さん。まさか急にミッション形式のバトルになるなんて、びっくりだね」

「んっふっふー♪ エリサお姉ちゃんにかかれば、あの程度ちょちょいのちょいやで♪」

 

 満面の笑みでピースサイン、ご機嫌な様子でエイトに応じるエリサ。

 一回戦第五試合が終わり、待機エリアから転送されてきたエリサたちと、顔を合わせる――それから、すぐのことだった。

 

『運営本部より、重要なお知らせです』

 

 特設ラウンジに響く、無機質で機械的な合成音声。一昔前のバトルシステムの音声のようだ。

 メインモニターに目を向ければ、会場を埋め尽くす群衆たちはざわつき、ステージの上ではゆかりん☆がきょろきょろと辺りを見回している。MCにさえ知らされていない、完全に不意打ちの放送のようだ。エイトはナノカと、続いてナツキと視線を交わすが、ふたりも何も知らないようだった。

 

『一回戦第六試合、チーム・プロジェクトゼータ対セイレーンジェガンズの試合について、連絡します』

「ンだァ? どっちかが棄権でもしやがったかァ?」

「んっふー……さすがにそりゃあないやろ」

 

 ナツキは面白くなさそうに言い捨て、エリサはにやにや笑いを浮かべている。

 まさか予選を勝ち抜いておいて棄権など、道義的にもないだろう。しかし、大会中に運営本部からMCも通さずに直接連絡がくるともなれば、そのぐらいの重大事項なのかも知れない。

 エイトは、会場の俯瞰(ふかん)映像からGBOのロゴマークに切り替わったメインモニターに目を向け、言葉の続きを待ち――そして、驚愕した。

 

『一回戦第六試合の内容を、運営本部の判断により変更いたします。一回戦第六試合は、チーム・プロジェクトゼータとセイレーンジェガンズの合同チーム対、チーム・ジ・アビスの非対称戦とします』

「……なっ!?」

「ンだとォッ!?」

 

 エイトとナツキは、思わずソファから立ち上がっていた。特設ラウンジの空気も、一気に変わった。特に、ログアウトせずに残っていた敗退チームたちの表情は険悪だ。

 

「何よそれっ!? 不公平じゃないっ!」

 

 バーカウンターでオレンジジュースを飲んでいたミッツの金切り声が、特設ラウンジに響く。サスケとテンザンが宥めようとしているが、その二人の目にも不満げな色が浮かんでいる。

 

「ん~。メイファ、よくわかるないアルが……何かヤバいっぽいか、カナメ兄サン?」

「ああ、ヤバいもヤバい、超ヤバいぜ。まさか運営自ら横紙破りかますたぁな。こりゃあ予選落ちチームとか、本来の第六試合のチームに喧嘩売ったようなもんだ。そりゃあ、ジ・アビスとやらには例の〝一位〟もいるし、シードはシードだけどよ。この試合の組み替えは、つまり――」

「――ジ・アビス側から申し入れがあったてコトやろな。どうせ自分らが勝つから、ちゃっちゃと終わらせたい、てな」

 

 エリサの口元がにやりとつり上がる。しかしその目の奥が、もはや欠片も笑っていない。

 画面上には突然の対戦カード変更の根拠となる大会細則などが言い訳がましく表示され、合成音声がそれを読み上げるが、特設ラウンジの誰一人として見ても聞いてもいなかった。おそらくラプラスの一般会場も同じようなものだろう。ある者は憤り、ある者は訝しみ、ある者は運営への不満を声高に叫び、またある者はそれを噛み殺して沈黙する。

 

『以上で連絡を終わります。ご理解とご協力をお願いいたします』

 

 打ち切るようにシステム音声が告げ、メインモニターの画像はステージ上のゆかりん☆のアップに変わった。神妙な顔つきで空中ウィンドウを操作し、運営とやりとりをしていたゆかりん☆だったが、カメラに気づいていつもの営業用笑顔(アイドルスマイル)、きゃるるんと星を散らしてウィンクした。

 

『な・な・な・なんということでしょうかーっ! 今大会、〝不動の一位〟が動きまくる! ネームレス・ワン氏から運営本部へ、大会運営の効率化(・・・)という名目で、申し入れがあったようです!』

「効率化、って……挑発的にもほどがありますよ!?」

「あンの黒のっぺらぼう、マジで戦争したいらしいなァ……ッ!!」

 

 ナツキはグラスのジュースを一息に煽り、氷をガリンと噛み砕いた。メイファは日本語の裏の挑発的なニュアンスが読み取れないらしく首をかしげていたが、店長が簡単な言葉で言い直したのを聞いて、ぷんすかと頬を膨らませた。

 

「あいや! エリエリの言う通りだたアルか!」

『大会参加者に、そして全GBOプレイヤーに喧嘩を売るがごときこの行為! トーナメント表を書き換えての非対称戦が実現してしまったーーっ! 受け入れる運営もどうかしてると、私、個人的には思いますが……』

 

 ゆかりん☆の眼つきが険しくなり、〝市街戦の女王(ウルトラヴァイオレット)〟ムラサキ・ユカリの顔になる。しかしそれも一瞬だけ。プロのアイドルとしての矜持か、ゆかりん☆は踊るようにくるりと回ってポーズを決め、言葉を続けた。

 

『兎にも角にも! 一回戦第六試合のカードは、このようになっちゃいましたよーーっ!』

 

《一回戦第六試合 プロジェクトゼータ&セイレーンジェガンズ VS ジ・アビス》

 

 改変され、再表示される対戦カード。特設ラウンジのボックス席にいた女性型アバターの三人組が荒々しく立ち上がり、待機エリアへの転送ボタンに掌を叩きつけた。

 

「真似たマネをしてくれる……っ!」

「脳天を撃ち抜いてやりますわ!」

「……抹殺だ」

 

 飛行服のようなパイロットスーツに、お揃いの「Ζ」のマーキング。彼女らがチーム・プロジェクトゼータなのだろう。美人ぞろいの女性チームだが、三人が三人とも怒りの形相のまま、待機エリアへと転送されていく。

 

「ハッ、やってくれるぜ。俺たちに中指突き立てやがるとはよ」

「舐められたもんだなぁ。一応、西東京ブロック本戦常連なんだがな、ウチの学校」

「おい、リアルバレするぞ。無駄口やめて、〝不動の一位〟サンをぶっ殺すことでも考えてろ」

 

 プロジェクトゼータとは、エイトたちのソファを挟んで反対側。壁に寄りかかっていた男三人組も、口調こそ余裕ぶっていたが、転送ボタンを押す手には怒りが籠っていた。

 二チームが転送され、特設ラウンジ内は重苦しい空気に包まれた。いくら実力に自信があるからと言って、〝不動の一位〟の地位があるからと言って、大会運営にまで口出しをするとは。ネームレス・ワンに対する――トウカに対するGBOプレイヤーたちの心証は、最悪になったと言っていい。そしてそれは、運営に対してもだ。まさか、こんな子供のわがままのような申し入れを受諾してしまうとは。今までは良心的な対応で好評だったGBO運営本部だけに、落胆も大きい。

 そんな鉛色の雰囲気の中、ナノカは顎に手をあてて眉をしかめ、低く呟いた。

 

「ヤツの差し金か……? トウカ、どういうつもりで……っ」

「ナノさん……」

 

 エイトは細かく震えるナノカの肩に手を置いたが、それ以上、言うべき言葉を見つけられなかった。

 

「胸糞悪ィが、運営が認めちまったンならそれはもうルールだ。始まるぜ、試合」

 

 ナツキは憤懣(ふんまん)やるかたなしといった表情で腕を組み、ドカッとソファに座り込んだ。メインモニターに参加全チームの待機エリア入りが表示され、第六試合の開始がカウントダウンされる。

 

『一回戦最終試合にして、波乱の幕開け! 会場の皆さんも言いたいことはおありでしょうが……始まっちゃったモンはしょうがなぁぁいっ! 全ファイターの健闘を、ゆかりん☆が全力で祈っちゃいますよぉぉぉぉっ♪ ハイレベル・トーナメント、一回戦第六試合! はっじめまぁぁぁぁすっ☆』

 

「Ζアルケイン! アイダ・スルガ! 出撃します!」

「Ζキマリス……テンカワ・ナデシコ……出る!」

「ガザΖ、ハマ・カンナ。プロジェクトゼータ、飛翔する!」

 

「SRG-1〝スカイウェイブ〟、スズキ、出すぜ!」

「SRG-2〝バリオス〟、カワサキ、発進する!」

「SRG-3〝インテグラ〟、ホンダ! セイレーンジェガンズ、突っ走るぜ!」

 

《BATTLE START!!》

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 アイダ・スルガ、十六歳。いわゆる「良家のお嬢さま」で、ガンプラはもちろんガンダムもその他のアニメ・マンガもほとんど知らずに、純粋培養のお嬢さま学校で義務教育を修了。その後、幼い反抗心か自我の目覚めか、両親の反対を押し切って一般の高校に進学。

 新学期最初の座席が近かったことから、ハマ・カンナ、テンカワ・ナデシコ両名と友達になる――そして、そこからは早かった。

 夏と年末の大規模同人誌即売会で、十代女子としては異例の売り上げを誇る超大手壁サークル〝ぷろじぇくと♡ぜーた〟。女性作家としては主流のBL系ではなく、ガチのガンダム系、戦記物、ガンプラ作例集で数多くのファンの心を鷲掴みにする二人と友達になった時点で、アイダの運命は決まっていた。

 

「あたし、はにゃーん様コスで売り子するから! スルガはポンコツ姫ね! スリーサイズ教えて! 衣装はあたしにまっかせなさーい!」

「え? え? ぽ、ポンコツ?」

「ボクは……今年は、ルリルリかな……」

「機動戦士違うじゃん、機動戦艦じゃん! ま、ナデシコはナデシコでいっか!」

「え、あの、お二人とも。わたくしは、どうすれば……」

「あーもう、これ見といて! Gレコ全話! あとファーストと∀ね! ついでにナデシコTV版と劇場版とゲキガンガーも! 宿題ね! んで、おっぱいとおなかとおしりのサイズを~……ぐへへへへ♪」

「ぐへへー」

「え、あ、あの、その……ひ、きゃあーーーーっ!?」

 

 朱に交われば赤くなる。騒がしいけど、楽しかった。

 教えてもらったガンプラバトルも、一緒に始めたGBOも、とても充実していた。全寮制のお嬢さま学校に押し込まれていたころには知らなかった世界が、そこにはあった。

 

「ねえねえ、週末にGBOで大会やるんだって。出てみない?」

「……カンナ氏、締め切りが……原稿が……印刷所ががががが……」

「だいじょーーぶ! デスマーチ二晩ぐらいでなんとかなるっしょ! 今年はポンコツ姫も手伝ってくれることだし! ね、スルガっ?」

「は、はい! わたくしも、ぺんたぶ? の使い方、覚えましたから。お力になれますよ」

 

 特訓が始まった。

 三人で作り上げたガンプラ、Ζアルケイン。高校入学から数か月、GBOで戦い抜いてきた愛機である。カンナのガザΖ、ナデシコのΖキマリスとの連携も、これ以上ないぐらいに突き詰めた。自身を持って、大会の日を迎えた。予選会〝トゥウェルヴ・トライブス〟を快勝し、抱き合って喜んだ。

 そして始まった、大会本戦トーナメント。突然の運営からの連絡には驚いたし、憤慨したけど――三人でなら、戦える。全力を出し切って、慢心している〝不動の一位〟とやらの目を覚まさせてやるんだ。

 

『……ごめんッス』

 

 コクピットを撃ち抜く、GNライフルの光。何が起きたかもわからぬまま、アイダ・スルガは撃墜された。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 六対三の非対称戦。連携して数で押し切れば、まだ希望はあっただろうに。レーダー上の敵機の動きを、サナカ・タカヤは感情のない灰色の瞳で眺めていた。

 

「可変機、飛行形態で三機が突出。うち一機はすでに撃墜したッス。地上をホバー走行していた三機は見失ったッス。ジャマー持ちがいるみたいッスね」

 

 フィールドは地上。戦争の傷跡も生々しい、半壊した市街地。いたるところに弾痕が残る建造物だけではどのガンダム作品の街がモデルなのかはわからないが、レーダーを見る限りミノフスキー粒子の散布はないようだ。比較的鮮明なレーダー画面には、かなり広い市街地の全景に重ねるようにして、二機の飛行型の航跡と、ホバー走行していた三機を見失った地点までの足取りが表示されている。

 フィールドの西端、鉄骨が剥き出しになったビルを砲座代わりにして、タカヤのガンプラはライフルを構えていた。

 ――ケルディム・ブルー。青と灰色のツートーン、全身に装備した多角形の大型シールドビット。GNアーチャーのものによく似た大型のバックパックが、原典機との大きな差異か。

 

「俺はプロジェクトゼータを押さえます。それで給料分は十分ッスよね」

 

 返事も待たずに狙撃用のガンコンを構え直し、原作劇中(ダブルオー)でロックオン・ストラトスがやっていたように目を細める。連動して、ケルディム・ブルーの眼前にもフォロスクリーンが展開された。フィールドのほぼ端と端を横断する距離での狙撃にも関わらず、ケルディム・ブルーの銃口は正確に獲物を付け狙う。

 

「モナカ・リューナリィ。ケルディム・ブルー。目標を乱れ撃つ……」

 

 タカヤは胸の重荷を吐き出すように、荒々しくトリガーを引くのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 セイレーンジェガンズの三機は、市街地の太い道路を突っ走っていた。三機ともスタークジェガンをベースにした、重装甲かつ高機動の高性能機だ。

 ツインビームスピア装備の近接型〝スカイウェイブ〟、両手両肩に銃火器を満載した砲撃型〝バリオス〟、狙撃用の対艦ライフルと大型レドームユニットを備えた支援型〝インテグラ〟。それぞれ武装や追加装備が異なるが、灰白色の爆発反応性追加装甲(チョバムアーマー)と、重量級の機体をホバー走行させる追加ブースターは共通している。

 どうしても高熱を吐き出してしまう核熱ホバー走行をしているにもかかわらず、その姿は敵に捕捉されることはない。

 

「ECMドローン、機能正常……おいスズキ、ドローンたちの外側に出るなよ」

「了解了解、わかってるって。んで、敵はどっちだ索敵バカ?」

「ちょっとはレーダー見ろ、突撃バカ。ちょうどお前のビームスピアが指してる方だよ」

 

 気が早いスズキは、既にツインビームスピアからビーム刃を発振させていた。噴き出すビーム刃の熱量が熱源探知に引っかかりそうなものだが、ホンダのインテグラが射出し、今も三機の周囲を取り囲むように滞空するECMドローンがそれを防いでいる。

 セイレーンジェガンズ謹製、ECMドローン。熱量やレーダー波の反射を物理的に誤魔化すのではなく、電子戦によってシステム上で「なかったこと」にしてしまうという特殊支援機だ。飛び回るドローンに囲まれた一定空間内において、セイレーンジェガンズはあらゆる索敵に捕捉されない。光学迷彩を伴わないため視認されてしまえば終わりという弱点はあるが、長距離からできるだけ察知されずに距離を詰める分には、非常に有効と言える。

 

「よーっし、敵が見えたら砲撃頼むぜ、火力バカ!」

「だーれが火力バカだ、突撃バカ。爆風に巻き込まれるなよ」

「そろそろだぞ、ツインビームバカとメガビームバカ。あのビル群の先、開けた区画だ。敵の反応が一つ。ビルの影に入って様子を見るぞ」

「だれがメガビームバカだよ!」

 

 カワサキは通信ウィンドウのホンダに怒鳴りながら、バリオスを半壊した高層ビルの影に滑り込ませた。インテグラとスカイウェイブも、それぞれ適切な距離を空けてビルの影に身を隠す。かつてビジネス街だったという設定なのか、弾痕だらけのビル群は、やや大柄なジェガンズが身を隠すにも十分な大きさがあった。

 

「さぁて、敵さん二ブロック先だ。ドローンの画像、送るぞ」

 

 レーダー上、敵の機影は二ブロック先の緑地公園跡地にある。ホンダはコントロールスフィアの片方をキーボードに切り替え、ドローンに指示を出した。ドローンを視認されてもこちらの位置を読まれないよう、わざと迂回させて敵の背後から接近させる。

 ビルの谷間を飛び抜けるドローン目線の画面に、スズキは興奮を隠せずツインビームスピアを手元で躍らせた。

 

「よーっしよしよし、ツラぁ拝むんでやるぜ! アルケインっぽいのを落とした狙撃野郎か、調子乗ってやがる〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟か……あ、そういやあジ・アビスってあと一人だれなんだ?」

『私ですよ』

 

 突如、背後に現れたプレッシャー。見上げる様な位置にある、黄色いモノアイ。右腕一本で振り上げられた、常識外れに巨大な重戦斧(バトルアックス)

 

『〝ヘルグレイズ〟。以後、お見知りおきを』

 

 ドシャアアアアッ!!

 とっさに掲げたツインビームスピアごと、スカイウェイブは真っ二つに両断された。

 

「悪ぃ、やられ……」

「スズキぃぃぃぃっ!!」

 

 通信が途切れ、スカイウェイブは爆発。広がる炎に照らされるのは、漆黒の巨躯。やや大型のジェガンズから見ても、見上げる様な巨体。グレイズアインがベースらしいが、それにしても大きすぎる。これではほとんどモビルアーマーだ。さらには、歪な左右非対称型に成形・塗装された装甲と左腕をほぼ覆いつくす武装の数々が、その異形をより強調している。

 

「てめぇよくもぉぉっ!!」

 

 バリオス全身の銃火器が、一斉にヘルグレイズに向けられた。ライフルバインダー二門、メガビームバズーカ、ハイパーバズーカ、ビームマシンガン、十六連装マイクロミサイルポッド二基、シールド内蔵ミサイル四発、頭部バルカン二門。出し惜しみなしの全力全開(フルオープン)全弾掃射(フルバースト)だ。

 一機のガンプラを撃つには過剰ともいえる絶大な火力が一斉に叩き付けられ、周囲のビル数棟までも薙ぎ倒して、凄まじい爆風と爆炎が吹き荒れる。しかし、

 

『期待外れですねぇ』

 

 バリオスの上半身だけが、ビルの壁面に叩き付けられていた。またも右腕一本で振り抜かれた重戦斧が、バリオスの胴体を横一文字に引き裂いていたのだ。いかなる手段で一斉射撃を潜り抜けたのか、ヘルグレイズの漆黒の装甲にはかすり傷のひとつすらない。

 

『予選突破者というからには、もう少し遊べるかと思ったのですが。まだヘルグレイズは〝左腕〟も使っていないというのに。本当に期待外れですよ。この程度ではWarm upにもなりません、ええまったく、運動にもなりませんよ。せめて時間の節約には丁度よかった、とでも思っておくべきでしょうかねぇ』

「くっ、このぉっ!」

 

 インテグラは対艦ライフルを構えるが、ほぼ同時、その銃口に巨大な円錐形の物体が叩き込まれた。対艦ライフルは銃身が裂け大破、インテグラの右手ごと爆発した。どうやら、重戦斧の石突き部分が、ワイヤーアンカーとなって射出されていたらしい。

 

(こいつ、まともにやれる相手じゃない!)

 

 ホンダは瞬時の判断でバーニアを吹かしてバックステップ、ヘルグレイズから距離を取った。直後、その足元のアスファルトを重戦斧が叩き割り、地盤ごと大きく捲り上げる。当たっていれば、終わっていた。

 

(ドローンでECMを集中、一秒でいい、動きを奪えれば……!)

 

 無駄を承知でバルカンをばら撒き牽制、距離を取りながらビルの影に逃げ込む。キーボードを叩いてドローンに指示を飛ばす――が、反応がない。

 

『後退したのは、良い判断でした』

(後ろっ!?)

 

 左腕のビームトンファーを起動、振り返りざまに斬り付けるが、宙を舞ったのはインテグラの左腕の方だった。ヘルグレイズの腰から伸びた尻尾の先に、ハシュマルのような硬質ブレードが鈍く光っている。硬質ブレードはひゅるりと身を翻してインテグラの肩を貫き、ビルの壁面に縫い付けた。

 

『――が、しかし。あなたの頼みの綱は、すでに私の手中です』

 

 ヘルグレイズは超重量の戦斧を右手一本で悠々と掲げ、その先端を中心に、インテグラのECMドローンたちがくるくると周回している。

ホンダは再度キーボードを叩くが、ドローンたちは反応しない。冷たい汗が一筋、頬を伝う。

 

『電子戦が得意なのが、自分だけだと思わないことです……まあもっとも、まともに戦っても、私は強いですが』

 

 ヘルグレイズが重戦斧を軽く振ると、ホンダの指示には無反応だったドローンたちが一斉に対面のビルへと突っ込んでいき、ひとつ残らず爆散した。

 すると同時、いままでそこにいたはずのヘルグレイズの姿までもが、データが壊れたかのように画像が歪んで掻き消えた。肩に刺さっていた硬質ブレードも消えてなくなり、両腕の死んだインテグラはずるりとその場にへたり込んでしまった。その直後、ヘルグレイズの黒い巨躯が、今度はまったく別のビルの向こうからゆっくりと歩いて現れた。

 

『あなたのドローンの支配権は、試合開始直後に掌握していましてね。電子戦を主軸に戦うには――ククク。いささか、プロテクトがお粗末でしたね』

(こ、これがカワサキの一斉射撃を無傷で抜けたカラクリ……!? いや、さっきまで刺さっていたブレードは本物だった。クソッ、どこまでが偽装で何が本物なんだ!?)

 

 焦り、戦慄するホンダの眼前に、ヘルグレイズの長い脚がゆっくりと振り上げられる。四本爪のクローになった脚底部が、猛然と回転を初めた。グレイズアイン固有の脚部兵装、スクリューキックだ。迫り来る最後を前にして、ホンダは口の端に強がった笑みを浮かべた。

 

「……教えてくれよ。あんた、誰だ?」

『ああ、これはこれはご無礼を。ガンプラばかりを誇って自身の名乗りを忘れるとは。いいでしょう、この試合をご覧の皆様にも、覚えていただく良い機会です。私は、今まであまり表舞台に出ることがありませんでしたからねぇ……何しろ、暗躍するのが性に合っているものでして』

 

 ヘルグレイズの頭部カバーが少しだけ開き、中の黄色いモノアイが、ブゥンと不気味に輝いた。

 

『GBOJランキング第四位、レベル8プレイヤー……〝這い寄る混沌(ビハインド・ザ・カーテン)〟キョウヤなどと名乗っています。我が愛機・ヘルグレイズともども、どうぞお見知りおきを』

「へっ、そうかよ……クソッたれ!」

 

 ホンダはモニター越しのヘルグレイズに中指を突き立てた――そしてそれが、インテグラがバラバラのプラスチック片となる前の、最後の行動となった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ビュオォォン――いっそ涼し気にさえ聞こえる銃声が、飛行形態のガザΖを貫いた。

 

『くっ……か、金で動く俗物なんかにぃーーっ!』

 

 ボディのど真ん中を射抜かれ、墜落は時間の問題。ならばと肉弾突撃を仕掛けるガザΖだったが、その最後の攻撃は、無駄に終わった。

 

「GNウォールビット。悪あがきは無駄ッスよ」

 

 突如、空中に出現した青い壁。大型のシールドビットが数機組み合わさって、瞬時に頑強な障壁を作り上げていた。即席の城壁(ウォールビット)にぶつかったガザΖは無残に爆散、プラスチックをまき散らしながら地表へと落下していく。

 

「ここまで距離を詰められた……俺も、スナイパーとしちゃあまだまだッスね」

『ナデシ……あと、よろ……く……!』

『……フィールド全開、突っ込む!』

 

 自嘲するタカヤの視界に、漆黒の飛翔体が飛び込んできた。プロジェクトゼータの最後の一機、Ζキマリスだ。黒く分厚い装甲に、キマリス特有のショルダーバインダー、改造点としては、尻尾のような有線クローと両手のハンドガンだろうか。さらには、重力場のような黒っぽい防御フィールドを展開している。その姿は、さながら黒い亡霊――

 

『カンナ氏の仇――喰らえ、ディストーション・アタ……』

「版権がややこしいことになるッスよ!」

 

 ケルディム・ブルーは左手をかざし、ウォールビットを飛ばした。Ζキマリスを上下左右から挟み込み、GNフィールドを展開、その内側に閉じ込める。GNフィールドと重力場フィールドが干渉しあい、火花を上げて弾け飛ぶ。衝撃で、Ζキマリスは大きく姿勢を崩した。

 その隙を逃さず、タカヤは右手のGNスナイパーライフル改二を三連バルカンモードに変形。さらにその三つ並んだ銃口から、勢いよくビーム刃を噴出させた。

 

「GNショートトライデント! これで、落ちろッス!」

 

 装甲の隙間、ガンダム・フレームの露出した部分を狙い、切っ先を捻じ込んだ。Ζキマリスは一度だけビクリと身体を跳ねあげ、そして、死んだように動かなくなった。

 タカヤはふぅと一息、重いため息をついて、ショートトライデントを引き抜いた。機能停止したΖキマリスはビルの一棟を巻き込んで墜落。瓦礫に埋もれてしまった。

 

「……イブスキさん」

 

 戦闘中とは打って変わって、タカヤの表情は暗い。展開したウォールビットも、動くもののいなくなった空に、所在なげに浮いたままだ。

 

「こっちは全機撃墜ッス。こんなもんでいいッスか」

『ええ、いいでしょう。私のヘルグレイズも、久しぶりに敵を壊せて喜んでいます――』

 

《BATTLE ENDED!!》

 

 イブスキの言葉を遮るように、システム音声が高らかに告げた。タカヤはまだしゃべり足りなそうなイブスキとの回線を即座に切り、コントロールスフィアから手を離した。

 

(俺を見て、エイトのやつ……どう思うかな……)

 

 仮想フィールドが解除され、プラフスキー粒子の欠片が雪のように降り注ぐ。緩やかに世界が終わっていくような景色の中、タカヤは待機エリアには戻らず、ただ黙り込むのだった。




第三十八話予告


《次回予告》

「あっちゃー。やーらーりーたー!」
「カンナさん、申し訳ありません。私が狙撃の一発なんかで落ちたから……」
「……スルガ、気にしないで……私たちの戦いは……まだまだ、これから……だぜ……」
「そうそう、気にしちゃダメダメ。そりゃあ、運営とか相手チームにはむかついたけど、ヘコんでる時間なんかないんだからねっ! 何せ、私たちにはこれから――」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第三十八話『ハイレベル・トーナメントⅦ』

「――徹夜で同人制作地獄(デスマーチ)が待っているのだからしてっ! ペンタブをもてぇぇい! 夜食の準備はいいかぁぁ! 印刷所は32時間後に受付を締め切るぞぉぉッ!」
「ガンプラは、落ちても……新刊は、落とせない……!」
「はいっ。私も、お手伝いいたします!」
「手伝い? なぁにを言ってるポンコツ姫! あんたもウチの主戦力だよ! ほら、背景のペン入れヨロシクぅっ!」
「は、はいぃぃっ!」



◆◆◆◇◆◆◆



 随分と間が開いてしまいましたが、GBFドライブレッド38話でした。
 ついに舞台に上がってきたイブスキ・キョウヤ、そしてそのガンプラ・ヘルグレイズ。反則級のスキルと黒い人脈を駆使し、大会のルールすら変えてしまうイブスキが全方面からのヘイトを集めまくっていますね。こいつホントに救えねえなあと、作者もあきれるばかりです。オルフェンズで言えば、ちょうど今日ミカに無慈悲にぶっ潰されたジャスレイのような感じですかね。
 兎も角。ラスボス的存在も出てきたことですし、拙作もラストに向けてお話が展開していくことかと思います。今後もお付き合いいただければ幸いです。感想・批評もお待ちしています!


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Episode.38 『ハイレベル・トーナメントⅦ』

 大変長らくお待たせいたしました。連載再開でございます。
 リアル労働に時間を奪われる中、細々と書き続けておりました……今回はバトルはありませんが、次回からはハイレベル・トーナメント二回戦に入ります。どうぞご期待ください!


 ハイレベル・トーナメント一回戦、全試合が終了――突然のルール変更も納得せざるを得ないほどの、一方的な試合展開。ネームレス・ワンに、そして運営本部に対するGBOプレイヤーたちの悪感情は高まっていたが、三対一の状況を容易くねじ伏せるチーム・ジ・アビスの実力を目の前にしては、文句を言うのも憚られた。

 リアルでの時間が昼食時を迎えたこともあり、大会は休憩時間に入っていた。多くのプレイヤーたちは一時的にログアウトし、食事をとっているようだ。一万人のアバターがひしめき合っていたラプラスコロニーは閑散とし、ただ、メインステージ上の巨大モニターだけが、今後の試合予定を表示していた。

 

 ――ハイレベル・トーナメント二回戦――

 ・第一試合 スカベンジャーズ  VS ウルトラヴァイオレット

 ・第二試合 ゼブラトライブ   VS ドライヴレッド

 ・第三試合 ホワイトアウト   VS アサルトダイヴ

 ・第四試合 中止

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――GP-DIVEのカフェスペース。大会参加のために臨時休業した店内には、エイトたちドライヴレッドと、店長たちアサルトダイヴの計六人の人間しかいない。個人経営のガンプラショップとしては破格の床面積を誇る店内だが、今は実に閑散としたものだ。そのうえ、六人中の四人までもが、

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 ――と、うつむいて黙りこくっているものだから、辛気臭いことこの上ない。ナツキはこんな空気がどうにも苦手だったし、メイファはそんな空気を読めるほど大人ではなかった。

 

「……っだァァ! 湿度高ぇんだよキノコでも栽培してぇのかてめェらはァァ! 顔上げろ! メシ喰え! 冷めちまうだろうがァ!」

「そうヨ、なっつんネーサンの炒飯、バリウマいアル! 疾く疾く食すない、失礼ネ。おかわり!」

「てめェはちょっと空気読め! ほれ、大盛りだ!」

「わーい♪ メイファ、なっつんネーサン大好きヨー♪」

 

 ガツガツとナツキ特製炒飯をかき込むメイファとは対照的に、ふさぎ込む四人の炒飯はまだ半分も減っていない。

 

(……まあ、無理もねェか。あんなモンを見せつけられちゃあなァ)

 

 チーム・ジ・アビス。

 GBOJランキング第一位〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟ネームレス・ワン――アカサカ・トウカ。同じく四位〝這い寄る混沌(ビハインド・ザ・カーテン)〟イブスキ・キョウヤ。そしていつの間にか百十二位までランキングを上げていた、〝傭兵(ストレイバレット)〟サナカ・タカヤ。

 腕組みをして炒飯を睨みつける店長と、レンゲの先でお皿をコツコツつついているエリサにとっては、イブスキ・キョウヤは倒すべき敵。ナツキは詳しい事情などは知らないが、特にエリサはイブスキ・キョウヤを追って関東まで出てきたらしい。

 そして、奴を倒すべき敵と見ているのは、ナノカとエイトも同じだ。もちろん、ナノカが背負うモノを聞いて知っているナツキも、それは同様だが。さらにエイトにとっては、ガンプラ仲間だったはずのタカヤが敵側に立っているということもある。

 

(最悪、友達同士で撃ち合うことになる、か。まあ、ガンプラバトルでは日常茶飯事だがなァ。イブスキって野郎が絡んでるってなりゃァ、後味悪ィことになるかも……)

「ナツキさん」

 

 エイトは静かにレンゲを置き、顔を上げてナツキを見据えた。その表情が予想外に男らしく、ナツキは少々胸を高鳴らせてしまった。赤らんだ頬を誤魔化すように、乱雑にエプロンを外し、どかっと座席に腰を掛ける。

 

「お、おう。どうしたァ?」

「ナノさん」

「……なんだい、エイト君」

 

 ナノカもレンゲを置き、エイトを見返した。店長とエリサも、視線をエイトに向ける。メイファすら何か気迫のようなものを感じ取ったらしく、場の空気がしんと静まり返った。

 

「勝ちましょう」

 

 落ち着いた、だが、力と熱を込めた言葉。

 

「トウカさんが。イブスキ・キョウヤという人が。それに、タカヤが。一体何を考えて、何のために、あんなことをしたのか。しているのか。戦って、ぶつかり合って、勝ったり負けたりして……そうしたら、わかる気がするんです。だって、僕たちは――」

 

 エイトの視線がぐるりと巡り、各々と一瞬ずつ目を合わせる。ニュータイプなどという訳でもないが、エイトが言わんとしていることを、その場の全員が〝共感〟しあった気がした。

 

「――ガンプラファイターなんですから」

 

 エイトの言葉をかみしめるように、全員が目を閉じて、沈黙した。そして、

 

「……ヘッ、言うまでもねェよ。やってやらァ!」

「ふふっ……エイト君らしいね。そうだね、やろう!」

「んっふっふ~。エイトちゃんも成長しててんな~♪」

「がっはっは! いいぜエイト、少年の……いや、漢の言葉だ!」

「なんか知らんアルが、よかったヨ! なっつんネーサン、おかわり!」

 

 エイトを中心にして笑い合い、肩を叩き合う。一気に空気が和み、それぞれがナツキ特製炒飯を勢いよく食べ始めた。腹が減ってはなんとやら。ハイレベル・トーナメント二回戦のスタートは、約一時間後だ。

 ナノカはそんな仲間たちの様子を眺めながら、今はもう遠い思い出となってしまった、トウカと父と共に囲んだ食卓を思い出していた。

 あれはたしか、父の誕生日。トウカの病院の中庭に、アウトドア用のテーブルセットを出して、お祝いの品と料理を並べた。ずらりと並んだタッパーには、私が作ったおかずの山が。同じく山のように積まれたおにぎりは、トウカが病室の小さな机の上で、一生懸命に握ったものだ。父は自分の誕生日ケーキを自分で買ってきて、でも結局、私とトウカで全部食べてしまって――

 

「まぁ、エイトちゃんらが戦う前に、イブスキのアホはウチらでしばいたるけどな!」

「さらにその前にアンジェリカちゃんの相手ってのがキツいですぜ、姐御。ま、勝つけどな!」

「姉さんと店長にも、もちろん勝ってほしいです。そのときは、トウカさんたちに直接試合を申し込みますよ。ね、ナノさん!」

 

 物思いにふけっていたナノカを覗き込む、屈託のないエイトの笑顔。

 彼となら、大丈夫。エイト君となら――きっと、できる。

 ナノカはふっと一つ、柔らかく息を吐いてほほ笑んだ。

 

「ああ、そうだね。信じているよ、エイト君」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 長丁場であるハイレベル・トーナメントも昼休憩に入り、チバとヤスは工場の給湯室でラーメンを立ち食いしていた。

 

「おやっさん、お嬢さまは?」

「……製作室だ」

「へぇ、そうすか。でも、GBOだったら機体は別に壊れないのに……なにしてるんすか?」

 

 ヤスは分厚い丸眼鏡を湯気に曇らせてラーメンをすすりながら、チバに聞いた。社長令嬢であるにも拘らず、アンジェリカはよくここで従業員とラーメンを立ち食いしている。食器棚の二段目には、『あんじぇ』と記名された七味唐辛子の小瓶が置いてあるほどだ。それが今日は、休憩時間に入るなりどこかへすっと消えてしまった。珍しいこともあるものだ……と、ヤスはその程度の気持ちで聞いたのだが、チバの返事は予想外に重いモノだった。

 

「〝フランベルジュ〟を完成させる、とさ」

「んなっげほっ!?」

 

 ヤスはむせ返り、思わずラーメンの汁を吹いてしまう。チバは黙ってヤスの顔面にタオルを投げつけた。

 

「落ち着け、ヤス。みっともねぇ」

「だだ、だっておやっさん! あのガンプラは、アーティスティックガンプラコンテスト用にって……」

「お嬢のことだ、考えがあるんだろ。俺らは俺らの仕事をするだけだ、いいな?」

「へ、へい……おやっさんがそう言うなら……」

 

 ヤスはズレた眼鏡をくいっと直し、再びラーメンをすすり始めた。その様子を見るともなしに見ながら、チバはどんぶりにのこったラーメンの汁を、ぐいっと一気に飲み干した。

 

(――レディ・トールギス改〝フランベルジュ〟。お嬢がコンテスト用のガンプラをバトルに引っ張り出すとはな)

 

 どんぶりを流し台に置いて、洗剤を泡立てたスポンジで軽く洗う。ヤスが慌てて「おやっさん、自分が」とスポンジを奪い取る。チバは生返事をしてヤスにスポンジを渡し、腕組みをして壁に寄りかかった。

 

(……ラミ公。お嬢にそこまで想われてるってぇことをよ、そろそろ気づきやがれってんだ)

 

 食器棚のガラス扉には、数枚の写真が張り付けてある。工場の皆と撮った集合写真。仕事の写真もあるが、ガンプラを手に笑いあっている写真もある。そして、その中には――隣り合って立つ、レディ・トールギスとサーペント・サーヴァント。満面の笑みでラミアに抱きつくアンジェリカと、頬を染めてはにかむラミアの写真。

 ――今はもう遠いその光景を、チバは黙って見つめ続けるのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「かかかか、感動であります! 小生は、今、猛烈に感動しているのであります!」

「よかった……ぼくちん、ゆかりんファンクラブ、プラチナ会員でよかったんだな……!」

 

 ガンプラネットアイドル・ゆかりん☆が、シード枠でハイレベル・トーナメントに参戦するというのは、ファンの間では割と早い段階から噂されていたことだった。公式SNSでゆかりん☆本人が遠まわしに触れていたし、所属事務所もその噂を否定しなかった。

 GBO最強クラスプレイヤー〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟である、〝市街戦の女王(ウルトラヴァイオレット)〟ムラサキ・ユカリの――チームバトル(・・・・・・)大会への参戦。

 俄然、チームメイト選びに注目が集まった。

 

「バイト代をやりくりし……! CDを買い、イベントに参戦し……! アイドル界では珍しいほど良心的な値段設定のファンクラブ年会費を支払い……! GBOJランキング300位以内という条件を必死の思いでクリアし……!」

「ああ、あの憧れのゆかりん☆と! ちちちち、チームを組めるなんて! しょ、小生、もう明日死んでもいいのでありますぅーーっ!」

「ぼくちんも同意なんだなぁーーっ!!」

 

 ゆかりん☆専用VRラウンジに、野太い歓声と黄色い嬌声が響き渡った。

 野太い声の主は、100キロ超級の巨漢。分厚いメガネによれよれのネルシャツ、くたびれたジーパンにデカいリュックサック。外見など自由にいじれるはずの仮想空間(ヴァーチャル・リアリティー)なのに、典型的すぎて逆に今時見かけないようなヲタクファッションの青年だ。そして黄色い嬌声の主は、旧帝国海軍の二種軍装を模したらしい軍服に身を包んだ、小柄な少女。黒髪ロングにぱっつん姫カット、見ようによっては美少女かもしれないが、いかんせん、口調と服装のキャラが濃過ぎた。

 そんな二人を前にして、ゆかりん☆はアイドルの顔で微笑んで見せる。

 

「うふふっ、そんなに喜んでくれるなんて私もうれしいわ♪ 〝特上カルビ@ドンちゃん〟さん、〝彗星〟さん。 ドンちゃん、スイちゃんって呼んでいいかしらっ☆」

「うほおおおお! ゆゆゆ、ゆかりん☆の口から、ぼくちんの名前があああああ! よよよ、よんで、よんでくだしああああ!」

「嗚呼……小生、もう昇天寸前でありますぅ……スイちゃんだなんて、こっぱずかしい呼び名で……おふぅ……♪」

 

 ビクビクと気持ち悪い動きで痙攣し、椅子から立ち上がる巨漢。よだれを垂らしてトリップしている軍服少女。ある意味地獄絵図とさえ言えるカオスな状況だったが、ゆかりん☆はすっと目元を引き締め、一瞬にして眼光鋭いムラサキ・ユカリの顔に変わった。瞬間、ラウンジの空気がぴりりと引き締まる。

 

「さて、作戦を通達しよう」

「ハッ!」

「りょ、了解なんだな」

 

 弾かれたように直立不動の姿勢を取る軍服少女。あたふたと姿勢を正す巨漢。ユカリは二体のガンプラを取り出し、それぞれ二人の手に押し付けた。

 

「二人とも、Gレコは視聴済みだな?」

「ハッ!」

「も、もちろんだな!」

「そのガンプラは、ジャハナムをベースに私の支援機として必要な改造を施してある……諸君らの戦闘スタイルも加味してな。使い勝手は良いはずだ」

 

 ムラサキ・ユカリ自ら手を加えた、チームメイト用の改造ガンプラ。

 巨漢には、全身に重火器と分厚いシールドを懸架した重装型〝ジャハナム・呑龍〟。軍服少女には、大型ブースターを背負い両手にライフルを構えた高機動型〝ジャハナム・彗星〟。その命名に自分のファンネームが含まれていることに気づいた二人は、滝のような涙を流して跪いた。

 

「ゆゆゆユカリしゃまあああああ! 小生、必ずや! 必ずや敵軍を撃滅してご覧に入れますぅぅぅぅ!」

「なんなだぁぁぁぁ! じじじ、ジーク・ゆかりんっ! ジーク・ゆかりぃぃんっ!」

「フッ……そう急くな。二回戦第一試合、各員の奮戦を期待する」

 

 ユカリはまるでネオジオンを扇動するハマーン・カーンのように鷹揚に手を振り、新たチームメイトの士気を鼓舞した。そしてラウンジの端、チームメイトたちの後ろに控えていたプロデューサーに向けて、一瞬だけゆかりん☆の顔に戻って悪戯っぽいウィンクを投げるのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ゴーダ・レイには、「おふくろの味」というものはわからない。それはきっと家庭料理のことを指すのだろうが、母親が存命だったころにはレイはまだ物心もついていなかったし、正直に言って父の顔も母の顔もあまり鮮明には思い出せない。だからレイにとって家庭料理とは兄が作ってくれるものだったし、「おふくろの味」というならば、兄の料理がそれだった。

 しかし、

 

「あんちゃん……うち、あんまりしょくよくない……」

「なんだぁ、珍しいな? いつもはおかわりおかわりうるさいのによ」

「んー……ごめん、あんちゃん……うち、ちょっとおひるねするね……」

「……ああ。二回戦まで、ゆっくりしとけ」

 

 心配そうな兄の声に見送られ、レイは畳に敷いた薄っぺらい布団へと潜り込んだ。六畳一間に小さな台所だけの安いアパート。ふすまを閉めても、バンが料理をする音もにおいも部屋に届く。いつもだったら布団を片付けて食卓を引っ張り出すのはレイの仕事だったが、今日はなんとなく、食欲がない――否。なんとなく、ではない。原因は、レイにはわかっていた。

 

(……ふらっしゅ・びっとを……つかったから……)

 

 頭痛と倦怠感。吐き気。悪寒。食欲不振。風邪にも似た症状だが、そう重いものでもない。普段からいろいろなコトを我慢するのに慣れているレイにとっては、耐えられないほどのものでもない。しかし、大好きなガンプラバトルがきっかけで、という点が――このままでは、バトルで兄の足を引っ張ってしまうのではないかという不安が、レイの表情を曇らせていた。

 

(……つよく、ならなきゃ……もっと、つよく……もっと……!)

 

 フラッシュ・ビットを、自由に操れるぐらい。あんちゃんに、余計な心配をかけないぐらい――もっと、もっと、もっと強く。

 

「……ん?」

 

 ふと目を向けると、スリープ状態にしていたはずのGBO用パソコンに灯が入っている。レイはもぞもぞと布団をかぶったままみのむしのように移動し、小さな人差し指でディスプレイにタッチした。GBO内のコミュニティ機能による、個人メッセージだった。バン宛てではなく、レイ宛ての――差出人は、イブスキ・キョウヤとなっていた。

 イブスキとの連絡は、いつもバンの役目だった。レイは最初にエアレイダーの使い方のレクチャーを受けた以外、イブスキとの接点はほとんどなかった。しかし、このメッセージは自分宛て。しかも件名には『お兄さんには内緒ですよ』とある。

 

「なんだろう……あんちゃんに、ないしょのはなし……?」

 

 レイはちょっとだけふすまを開け、兄がこちらに背を向けて料理中なのを確認した。少しだけ後ろめたい思いはあったが、まだ幼いレイは、『お兄さんには内緒』のまま、メッセージを開いた。

 その文面には、こうあった。

 

『もっと強くなりたいでしょう? 力を貸してさしあげましょう』

 

『添付ファイルを開いて、エアレイダーの機体データを更新してください』

 

『エアレイダーの〝真の力〟を、解放することができますが』

 

『レイさんにはもう少しだけ、がんばってもらう(・・・・・・・・)ことになります』

 

『使うかどうかはお任せしますよ。ただし――』

 

『――お兄さんには内緒ですよ』




第三十九話予告

《次回予告》
「全国のGBOプレイヤーの皆様ぁぁっ♪ たいへん! たぁぁいへん長らくお待たせいたしましたぁぁっ!
「ハイレベル・トーナメント二回戦っ、いよいよ開幕でごっざいまぁぁす♪
「第一試合は私、ムラサキ・ユカリ率いるチーム・ウルトラヴァイオレット! この日のためにファンクラブの皆様の中から選ばれた、腕利きのガンプラファイターにチームに入っていただきましたぁぁぁぁっ♪ アイドルだからって、舐めてかからないでくださいねっ♪
「そしてぇっ! 対戦相手は! 狂気の残虐ファイト、絶対防御の巨人マドカ・タイタスすら喰い千切った狂犬! そして驚異と驚愕のゾンビ化ビットの死霊使い! チーム・スカベンジャーズだぁぁぁぁっ!」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第三十九話『オーバードーズ』

「私、全力を出しちゃいますっ♪ それではっ! ガンプラファイト……レディー、ゴォォォォッ!」



◆◆◆◇◆◆◆



 本当に、リアル労働の時間泥棒っぷりですよ。執筆時間もありゃしません。(泣)
 とまあ、愚痴ってもしょうがないのでなんとかまだ頑張ろうと思います。随分間をあけてしまいましたので、少々分が乱れているかもしれませんがご容赦を。
 次回からハイレベル・トーナメント二回戦スタートです。なんとか、連載三年目に突入する前に一区切りつけたいのですが……
 今後もお付き合いいただければ幸いです。感想・批評もお待ちしています!
 




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Episode.39 『オーバードーズ』

みなさんこんばんは、亀川です。
毎度恒例の次回予告詐欺につき、サブタイトル変更でございます。
悪しからずご了承ください~!


《GBO特別上級者限定大会 ハイレベル・トーナメント 第二回戦》

 

 予選会から一回戦までのお祭り騒ぎから一変、ラプラスコロニー宇宙憲章前広場は、照明を落とされていた。薄暗いメインステージ上で大スクリーンだけが煌々と光を放ち、力強く達筆な行書体が表示されている。

 

「あの、ナツキさん。題字・ヒシマル・ゲンイチロウ氏、ってなっていますけど……」

「あンのジジイ、こんなところで小遣い稼ぎを……」

「ふふ……多才だね、お祖父さんは。さすがは生ける伝説、〝旧人類最強(グレート・オールド・ワン)〟と呼ばれる方だ」

 

 二回戦からは、出場各チームに個別の待機用ラウンジが与えられる。ドライヴレッドに割り当てられたのは、鉄血のオルフェンズより、イサリビの食堂を再現したラウンジだ。エイトたちは、劇中で鉄華団の年少組が文字を教わっていたテーブルに三人並んで座っている。

 

「ッたく、オレに隠れてなにかしてやがるたァ思ってたけどよォ」

「いいじゃないか、ビス子。壮健そうでなによりだよ」

 

 あきれ顔でため息をつくナツキと微笑むナノカに両側から挟まれて、エイトは少々窮屈な思いをしていた。両肘に、柔らかいものがあたっている。気になる。仮想現実だけど。アバターだけど。非常に気になる。

 頬を染めているのがバレないよう、エイトは画面の操作に集中するふりをした。

 

「に、二回戦からは、ユカリさんのMCはないんですね」

「そりゃァ、そうだろ。二回戦からはゆかりん☆も選手なんだからよォ……お、始まるぜ?」

(な、ナツキさん、ゆかりん☆とかって言うんだ……)

 

 一瞬、ナツキらしからぬ発言に気を取られたが、エイトはすぐに空中ウィンドウに向き直り、画面を注視した。ナツキはぐいっと身を乗り出すようにして画面に見入り、ナノカも姿勢よく座席に腰掛けてはいるが、視線は真剣そのものだ。

 それもそのはず、なにせ第二回戦の対戦カードは――

 

《二回戦第一試合 スカベンジャーズ  VS ウルトラヴァイオレット》

 

 ――〝狂犬にして毒蛇〟ガンダム・セルピエンテ。〝死霊使い〟ガンダム・エアレイダー。イロモノ揃いの今大会の中でも特に狂気に満ちた二機を擁する、そしてイブスキ・キョウヤとも関係の深いチーム・スカベンジャーズ。

 あの男がジ・アビスとしてトウカと行動を共にしていることが判明した今、ナノカの心中は察するに余りある。一般の観客もセルピエンテの無秩序な破壊力とエアレイダーのゾンビ化ビットに注目しているだろうが、エイトたちにとっては、スカベンジャーズの存在はそれ以上の意味がある。

 そして、その対戦相手は〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟が第十位〝市街戦の女王(ウルトラヴァイオレット)〟ムラサキ・ユカリだ。直接対決したことはないらしいが、GBOJランキングでは、第十一位の〝強過ぎた白雪姫(オーバーキルド・プリンセス)〟アンジェリカよりも、彼女の方が上。アイドル業の合間を縫ってのGBO参戦なので、その戦いをリアルタイムで目撃できたプレイヤーは少ないが、その順位に恥じぬ実力者であることは、先のエキシビションでも証明されている。

 優勝候補の一角でもあるベストイレヴン級の実力者を相手に、狂犬がどう喰らい付くのか。もしや、下剋上が。番狂わせが――宇宙憲章前広場から一万人のアバターは消えたが、画面の向こうから熱い視線が注がれていることは、想像に難くない。

 

「……ヤマダ先輩も、見ているんでしょうね」

「ああ、そうだね。ラミアという子のことを、気にかけていたからね」

 

 ふと呟いたエイトの肩に、ナノカが軽く手を置いた。そしてナツキがそのさらに上から、バンバンと掌を叩きつける。

 

「辛気臭ェぞ、エイトォ! 赤姫ェ! なんにせよ、この試合の勝者がオレらの準決勝の相手だ。バッチリ拝ませてもらおうじゃあねェか。決勝まで、立ち止まってる場合じゃねェんだからよ」

「ナツキさん……はい、そうですね!」

 

 言い放ち、豪快に破顔するナツキの顔を見返し、エイトもニカッと笑顔を返した。空中ウィンドウを操作し、画面を最大サイズまで拡大した。

 対戦各チームのアバターとガンプラが紹介され、システム音声が試合開始を告げる。仮想カタパルトから各機次々と射出され――二回戦第一試合が、始まった。

 

《BATTLE START!!》

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――嫌な予感がする。

 バトル開始前から、ゴーダ・バンは心中穏やかではなかった。まさか自分がニュータイプに目覚めたなどとは思わないが、ただの思い過ごしとは思えないプレッシャーが、どうしても消えない。

 

(レイが昼飯を食わなかったからか……? 俺がベストイレヴン相手にビビってるのか……? いや、違う。何だってんだ、このまとわりつくような不安感は……ッ!)

 

 バンは額にじっとりと汗をかくのを感じながら、大破した一年戦争以前の旧式艦を避けた。Bレオパルドの挙動は良好、自分の操作に的確にこたえてくれる。ガンプラの整備不良はない。しかし――

 

「あんちゃん……どうしたん……?」

「レイ……いや、大丈夫だ。気にするな」

 

 通信ウィンドウに現れた、妹の心配そうな顔。バンは努めて何でもないような顔で応えた。

 今回の戦場は、密度高く宇宙ゴミが漂う暗礁宙域。遠くでは、帯電したコロニーの残骸が放つ落雷が、不定期に光を放っている。そう、ここはサンダーボルト宙域――殺し合う宿命の二人のパイロットが死闘を演じ、そしてザクがガンダムを撃墜した、魔の宙域だ。

 Bレオパルドから見て十一時やや上方、MS形態のエアレイダーがゆっくりと飛行している。ミノフスキー粒子に加えて磁気嵐も激しいサンダーボルト宙域だが、この程度の距離ならなんとか交信できるようだ。

 

「それよりレイ、ここは雷が鳴りまくるぞ。おまえ、雷が怖いって」

「も、もう! あんちゃん、それはようちえんのとき! うち、カミナリぐらいだいじょうぶだもん!」

「がはは、そうだったな。ちゃんと前を見て飛べよ。デブリにぶつかっちまうぞ」

「ふ、ふんっ。あんちゃんのいじわるっ」

 

 エアレイダーはくるりと身を捻って飛行形態(ファイターモード)へ変形、デブリの薄い宙域外周部に飛んでいった。障害物の多いこの宙域では、射撃主体の機体はどう射線を取るかが重要だ。外から中を見渡すというのは間違いではない。

 

(レイも、随分ガンプラバトルに慣れてきたな……)

「怖気づいたのなら、下がって妹のお守りでもしているか?」

 

 蛇のような薄ら笑いを含んだ声が、バンの耳に突き刺さった。

 

「敵なら私ひとりで喰い千切れるぞ。ゴーダのお兄ちゃんの援護など、アテにしようとは思わんのでな」

「大きなお世話だ。墜ちる時は一人で墜ちな、狂犬女。俺は、イブスキ……さん、との契約を果たすだけだ」

 

 いがみ合う二人の言葉を、警報音が遮った。M粒子の影響下で感度の悪いレーダーに、敵機を感知。すでに、かなり近い。

 

「はっはぁッ、もう来たか! さすがは〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟、足が速い!」

 

 紫色の機影たちが、デブリの間を自由自在に跳ね回っている。バーニア推進とデブリを蹴っての加速を併用した、かのシャアザクかシナンジュのような高速機動だ。〝市街戦の女王(ウルトラヴァイオレット)〟直々に選んだというチームメイトも、かなりの手練れだと見て取れる。

 

「くははっ……喰い千切ってやる! 気に入らないんだよッ、機体の色が被ってさァァッ!」

 

 ラミアは笑いながら突然激怒し、セルピエンテハングを展開して突っ込んでいった。バンもBレオパルドの両手に、バンディッドナイフを構える。

 

「レイは援護に徹しろ。通常射撃でだ、いいな!」

『……も、あんちゃ……シュ・ビット、つかって……あやつる……らくに……』

 

 距離が離れ、通信が切れ切れだ。このまま戦闘機動に入れば、今以上に声も届かなくなるだろう。バンは語気を強め、叩き付けるように言った。

 

「ダメだ、言うことを聞け! ライフルで援護射撃! 頼んだぞ!」

『……うん……わかっ……きをつけ……ちゃん……』

(そうだ、あのビットは使わせない……使わせずに俺が敵を墜とせば、それで……ッ!)

 

 イブスキ・キョウヤとの契約は、受け取ったガンプラを使い、ラミアとチームを組んでハイレベル・トーナメントを可能な限り勝ち上がること。決勝まで勝ち上がれば、報酬は満額受け取れる約束だ。そうすれば、この一年ぐらいは生活できるだけの金が手に入る。

 だから――この大会が終わったら、レイと一緒に、GBOは引退しよう。多少仕事はきついが、レイとふたり、兄妹で助け合って過ごす生活に戻ろう。

 バンはコントロールスフィアを握り締め、跳び回る紫の機影に狙いを定めて突撃した。

 

「ゴーダ・バン。(バンディッド)レオパルド……エモノを掻っ攫う!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 付け入る隙が、いくらでもある。

 それが、ムラサキ・ユカリが受けたチーム・スカベンジャーズの第一印象だった。

 

「くはははははは! 嬉しいぞ〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟ッ! 貴様を殺せば私の強さはァァッ! より証明されるゥゥッ!」

「口数の多いことだ」

 

 ユカリは冷徹に言い捨て、ガンキャノン・紫電改に軽く身を躱させる。ただそれだけで、セルピエンテが力任せに振り下ろしたレプタイルシザーズは空を切った。斬り返しのもう一撃を、ユカリは近くにあったデブリを盾代わりにして防御。デブリは断面も荒く切り裂かれるが、その時すでに紫電改はラミアの見える範囲にはいなかった。

 

「くそっ、どこに!」

「呑龍、撃て」

「了解なんだなーっ!」

 

 代わりに視界を埋め尽くすのは、数十発ものロケット弾の嵐。近接信管で起爆した高熱火球が何重にも咲き乱れ、辺りのデブリをまとめて吹き飛ばす。

 

「でゅふふふ。このジャハナム・呑龍の火力ならぶわぁ!」

「小賢しいマネがお得意かァーッ!」

 

 ガンダニュウム由来の頑丈さで爆発を耐えきったセルピエンテは、反撃にビームマシンガンを辺り一面にばら撒いた。そのうちの数発がロケットランチャーを構えていたジャハナム・呑龍に直撃するが、ダメージはほとんどない。二枚の分厚いシールドから発生したフォトン・シールドに、機体が守られているためだ。

 

「ちぃっ、小心者は身を守るばかりでッ。ハングで引き剥がしてやるッ!」

「させぬ、であります!」

 

 飛び出しかけたセルピエンテの頭を押さえるように、ビームライフルの連続射撃が降り注ぐ。背部の大型ブースターにビームライフル二丁持ち、ジャハナム・彗星だ。彗星はセルピエンテの周囲を高速旋回しながら、銃撃を繰り返す。

 

「この彗星の機動性に、ついてこれるでありますかーっ!」

「カトンボがァッ!」

 

 人型でありながら、航空機が如く飛び回る彗星。ラミアは苛立ちを隠そうともせず、ビームマシンガンやマシンキャノンを連射する――その背中は、がら空きだ。

 

(……ただの狂犬だったか。期待外れだな)

 

 忍者のような隠密性を発揮し、ユカリの紫電改がセルピエンテの背後に迫る。二門のハンドランチャーを至近距離から叩き込めば、いくらガンダニュウム製の装甲とて貫通するはずだ。

 

「これで、終わ……」

「うおりゃあっ!」

 

 不意打ちに、大型ナイフが投げつけられる。ハンドランチャーの砲身で打ち払い、ダメージはなかったが、攻撃のチャンスを逃してしまった。

 

「ナイフ使いか」

「がっはっは! お相手を頼むぜ〝最高人位の十一(ベストイレヴン)〟!」

 

 黒い大柄なガンプラ――Bレオパルドが、背中のガトリング砲から弾をばら撒きながら突っ込んでくる。ユカリは両肩の240㎜キャノンで応射し一発が命中、ガトリング砲を破壊するが、バンは爆発するガトリング砲をすぐに武装排除(パージ)、身軽になって紫電改に肉薄した。

 Bレオパルドのナイフと紫電改の拳がぶつかり合い、何度も何度も火花を散らす。流れるような連続攻撃でナイフを繰り出すバンの技量も相当なものだが、そのナイフに斜めから拳や裏拳を叩きつけ刃筋を逸らし続けるユカリの技量は、それ以上だった。

 攻めているのはバンだが、押しているのはユカリ。バンの頬を、冷や汗が伝う。

 

「さすがはランク十位だぜ。妹がよ、アイドルとしてのアンタのファンなんだが――サインは貰えるかい?」

「バトルの後でな」

「がっはっは、そいつは感謝するっ……ぜッ!」

 

 紫電改の胸を蹴り、強引に距離を空ける。同時、超長距離からのビーム射撃が紫電改に降り注いだ。宙域外周部のエアレイダーからの援護射撃だ。ロングライフルの出力は、この距離の狙撃でも十分な威力を発揮する――はず、だが。いまひとつ、射撃の精度が低い。絶好のチャンスだったが、紫電改へのダメージは掠り傷程度のものだった。

 

『あんちゃ……ごめ……うち、へた……』

「気にすんな、またチャンスは作る! もう一度……」

「させんよ」

 

 ドッ、ゴオォッ!

 凄まじい衝撃がバンの全身を揺さぶり、その一秒後にBレオパルドはデブリに叩き付けられた。どうやら紫電改に思いっきりぶん殴られ、吹き飛ばされたようだ。

 コンディションモニターに、真っ赤な警告表示が多数出現している。顔面部大破、頭部バルカン使用不能。やけに視界が狭いと思ったら、メインカメラも半分死んでいるようだ。ブレードアンテナもひしゃげ、通信機能が低下。距離が遠いレイとの通信は、完全に途絶してしまった。加えて、墜落の衝撃でバックパックのバーニア類も不調のようだ。

 

「呑龍。あとは任せる」

「りょりょりょ、了解なんだなユカリしゃまああああ!」

 

 紫電改はバンに背を向け、セルピエンテハングを振り回すラミアの方へと飛んでいった。入れ替わりにジャハナム・呑龍が現れ、全身の重火器をバンに照準する。

 

「か、かわいそうだけど……ユカリしゃまの命令なんだなああっ!」

 

 ロケット弾が、ミサイルが、ビームキャノンが、嵐のように降り注ぐ。バンは必死で回避機動を取り続け、デブリの影に逃げ込み、反撃の気を窺う。だが呑龍の圧倒的な投射量の前に、盾代わりにしたデブリは一瞬で爆発し、回避機動を取ろうにも安全な進路が見当たらない。視界が狭まりバーニアもまともに使えないBレオパルドでは、反撃どころか逃げることもままならない。 

 

「なんだな! なんだなっ! なんだなぁっ!」

 

 ミサイルの直撃で、片腕を失い。ロケットの至近弾に、装甲を焼かれ。爆散したデブリの欠片に、散弾のように全身を打たれる。

 そしてついに、ビームキャノンが脚部に直撃。Bレオパルドの右足が、高出力ビームの熱量に焼き尽くされ、消滅する。機動性の要を失ったBレオパルドは、デブリの一つに墜落した。

 バンはコントロールスフィアを何度も振り上げ振り下ろし、何とか機体を動かそうとするが、もやはBレオパルドはピクリとも動かなかった。撃墜判定が下りていないだけで、すでに機体は死んでいるも同然――もはや、打つ手はないかと思われた。

 

「くそっ、このっ……こんなっ、ところでぇぇぇぇっ!」

 

 ――ごめん、あんちゃん。

 

「……レイ!?」

 

 撃墜寸前のBレオパルドのコクピットに、一基のビットが突き刺さった。

 禍々しく蠢き、輝く――黒い粒子(・・・・)に覆われた、一基のビットが。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「あんちゃん! あんちゃん! どうしたの、おへんじして! ……あんちゃん!」

 

 Bレオパルドが、紫電改に顔面を殴られ吹き飛ばされた。チームステータス画面に撃墜表示が出ていないため、兄の機体はまだ健在だということは、レイにもわかっていた。

 しかし。今まで辛うじてつながっていた通信が、途絶。機体に深刻な機能障害が出るほどの損傷があることは、間違いない。

 

「えんご……えんご、しゃげきを……っ!」

 

 レイは何度も練習した通りにスコープを覗き込み、ロングライフルを連射した。ただの女子小学生に比べれば随分上手な射撃ではあるが、その程度の腕前で〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟ムラサキ・ユカリとそのチームメイトに、通用するはずもない。紫電改を狙った一撃はこちらを振り返りもせずに回避され、呑龍への射撃はすべてフォトン・シールドに無効化されてしまった。

 それならば、と兄を狙うミサイル群に狙撃を繰り返すが、ジャハナム・呑龍はまるで弾薬庫でもぶら下げているかのように次々とミサイルを吐き出し、弾幕の途切れるようすもない。ミサイルの四、五発を撃ち落としたところで、それ以上の数が兄に襲い掛かるだけだった。

 

「あぅ……うぅ……ど、どうしたら……あんちゃん……うち、うち……」

 

 無駄と理解しながらもトリガーを引き続け、一発、また一発とミサイルを撃墜する――しかし、自分の無力さに、レイの目には涙が溜まり始めていた。

 

「だ、だめ……ないちゃ、だめ……しょうじゅんが、ブレる……がんばらなきゃ、うち、がんばらなきゃ……つよく、ならなきゃ……!」

 

 ――そのときだった。

 

《Overdose-system Standby.》

「えっ……?」

 

 レイが操作をしたわけでもないのに武器スロットが回転し、今まで存在しなかったSPスロットが選択され、点滅していた。レイが戸惑っているうちに、無感情なシステム音声が再び言葉を繰り返す。

 

《Overdose-system Standby.》

「お、おーばーどーず……しすてむ……?」

 

 ――お兄さんには、内緒ですよ。

 

 レイの脳裏に、イブスキ・キョウヤからのメールが蘇る。

 少しおかしいとは思ったが、レイは、兄の役に立ちたい一心で、エアレイダーのデータアップデートを実行していたのだ。

 迷うレイの視界の真ん中で、システムの実行ボタンが、ゆっくり、ゆっくりと点滅している。

 

《Overdose-system Standby.》

「これを、つかえば……あんちゃんの、やくにたてる……!」

 

 まだ十歳の少女に過ぎないレイにも、これがフラッシュ・ビットに関係するものであろうことは、想像がついていた。そして、これを使えば、また兄に心配をかけることになるであろうことも……でも。ここで負ければ、お金がもらえなくなる。お金が無くなれば、また兄は、自分のために働きに行ってしまう。また家でひとりっきり、兄の帰りを待つ日々が始まってしまう。

 だから、レイは、望んでいた。兄のお荷物ではなくなることを。兄の役に立てることを――強くなることを、望んでいた。

 

「――ごめん、あんちゃん」

 

 レイは、通信が切れていることを承知でそう呟き、一秒間だけ、ぎゅっと目を閉じた。

 そして、SPスロットを選択。実行する。

 

「おねがい、エアレイダー! うちに、ちからを……っ!」

 

《Overdose-system――BLACK OUT!!》

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「クソッ、どうなってやがんだっ!」

 

 Bレオパルドのコントロールを失ったバンは、VRヘッドセットを投げ捨て、GBOから強制的にログアウトしていた。PCのディスプレイには回線切断を示すエラー表示が真っ赤に光っており、その背景は塗りつぶされたように真っ黒だ。

 だが、今は、それよりも。

 

「レイっ、大丈夫……ッ!?」

 

 レイの姿が、ない。

 自分のすぐ隣で、座布団にちょこんと腰かけていたはずのレイが。一緒にGBOをプレイしていたはずのレイが、どこにもいない。座布団に手をあてると、まだ温かさが残っていた。しかし、部屋にも、トイレにも、台所にも、レイの姿が見当たらない。

 

「レイ!? どこに行った、レイっ!」

『ご心配には及びませんよ』

 

 投げ捨てたVRヘッドセットから、人を小馬鹿にしたような声が響く。バンは握り潰さんばかりの勢いでVRヘッドセットを掴み上げ、怒鳴りつけた。

 

「イブスキ、てめぇ何をしやがったァッ!!」

『おやおや、随分とお怒りのようだ。感心しませんねぇ、短慮は損ですよ――あなただけでなく、妹さんにとっても、ね』

「なっ……!?」

『繰り返しますが、ご心配は無用です。神隠しや誘拐の類などではありません。私が……いえ、我々が。妹さんの身柄は、保護する手はずを整えています。何しろ――ククク。貴重な被験体を、失うわけにはいきませんからねぇ』

「我々……? 被験体……!? てめぇ、何を言ってやがる! レイはどこだぁッ!!」

『まあ落ち着いてください、ゴーダ・バン。そう声を荒らげずに。妹さんは今も……GBOで、戦っているのですから』

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ハヤブサのように飛び回っていたジャハナム・彗星に、ついにセルピエンテハングが喰らい付いた。

 

「あはは! 捕まえてしまえばーっ!」

「くっ、迂闊でありました……!」

 

 右脚にがっちりと喰らい付いた高周波振動刃(アーマーシュナイダー)の牙が装甲を喰い破り、内部フレームを引き裂いていく。しかし、軍服少女は躊躇いもなくライフルを投げ捨ててヒート剣を抜刀、自分の右脚を切り落とした。さらに、置き土産だとばかりにライフル下部からグレネード弾を射出、爆発と共に離脱した。

 

「ユカリ様から頂いたガンプラを……小生、一生の不覚であります……!」

「足一本で済むつもりかぁぁッ!」

 

 グレネードの爆炎を突き破り、セルピエンテハングが再び迫る。軍服少女はヒート剣を軍刀のように構え、迎え撃とうとするが――セルピエンテハングの長く伸長したアームが、大きく蛇行していることに気が付いた。アームは弧を描いて彗星の後ろ側へと続いており――

 

「後ろっ! で、ありますか!」

 

 正面のセルピエンテハングにはビームライフルを身代わりに噛ませ、彗星は反転しながらヒート剣を横薙ぎに振り抜いた。しかし、

 

「勘は良いがなぁッ!」

 

 ガキィンッ!

 硬質な手ごたえと共に、折れたヒート剣が宙を舞った。

 

「あははっ! レプタイルシザーズだぁぁッ!!」

 

 ヒート剣を挟み切ったレプタイルシザーズが、鋏を閉じた状態で勢いよく彗星の胴体を貫いた。そして突き刺したままの状態で、今度は無理やり刃を抉じ開ける。

 

「ぐはっ!? こ、このっ……」

「大人しく引き千切られろよ! この私より、弱いんだからさぁぁッ!」

 

 グギ……グギギギギ……ギャシャアアンッ!!

 腕力に任せて開かれた鋏刃が内側から傷口を押し広げ、彗星の胴体は破断された。赤黒いオイルを断面から撒き散らし、彗星の身体が宙を舞う……が、その上半身が急に動き出し、セルピエンテにがっしりと組み付いた。

 

「なっ!? ゴーダの妹か!?」

「ゆ、ユカリ様……今で、あります……っ!」

「チィッ、悪あがきがぁっ!」

 

 ラミアはセルピエンテハングで彗星を引き剥がして投げ捨てるが、その時にはすでに、ユカリの紫電改は音もなくセルピエンテの背後に立っていた。

 

「いつの間に……ッ!?」

「撃ち殺す」

 

 ドドギャンッ! ゼロ距離、回避不能のハンドランチャーが二丁同時に火を噴いて、セルピエンテを吹き飛ばした。セルピエンテはコロニーの残骸らしい巨大デブリに墜落しかけるが、バーニアを吹かして何とか着地、即座にレプタイルシザーズを構えて、機体状況をチェックする。

 

「……セルピエンテハングが!?」

 

 ボディに大きな損傷はないが、バックパックのハングアーム接続部が大破。ハング本体は、千切れたアームごと紫電改のそばに漂っていた。コントロールスフィアを握るラミアの両手がブルブルと震え、鬼のように眦を釣り上がらせた両目が、真っ赤に血走っていく。

 

「キサマ……キサマぁぁっ! 私のガンプラを壊すなんてェェェェッ!!」

「クロ、今だ」

 

 絶叫と共に飛び出そうとしたセルピエンテの顔面部から、突如、太い鉄杭が生えた――否。ステルス状態で忍び寄っていた紫電改のガンドッグ・クロが、後頭部からパイルバンカーで撃ち抜いたのだ。

 

「がっ!? な、き、キサマ……キサマ、はぁッ……!」

「眼前の敵に熱中するから、そうなる。クロ、やれ」

 

 ガンドッグ・クロはパイルバンカーを引き抜き、身軽な猟犬のように宙返りをして着地。同時にビームガトリングガンを展開、レプタイルシザーズに集中砲火を浴びせて破壊した。

 

「う、嘘だ……私は強い、私は強いんだッ……セルピエンテを手に入れた、私は……ッ!」

 

 武器を失い、頭部には風穴。先ほどまで真っ赤に血の気が上がっていたラミアの顔面は一気に蒼白になっていき、がちゃがちゃと落ち着きなくコントロールスフィアや武器スロットルを操作する。しかし、状況を打破する手など、なにもない……何も、見つからない。この時初めてラミアは、ゴーダ兄妹のどちらとも通信が繋がらないことに気づいたが、その二人が今、どんな状況なのかすらわからない。

 

「まだだ、まだ! この機体なら、私は負けない……強いんだ、私は強いんだッ!」

「それが遺言か?」

 

 もはや死に体となったセルピエンテに、ユカリは二丁と二門、ハンドランチャーと240㎜キャノンの砲口を向けた。

 

「作戦とはいえ、ファンの仇だ。この手で直接……撃ち殺す」

「くそっ、くそっ、くそぉぉッ!! 私は、こんなぁぁぁぁッ!」

 

 ドドギャンッ! ドドォンッ!

 二発の実弾と二発のビーム弾、全弾直撃。セルピエンテの四肢は吹き飛び、撃墜判定を下された。ラミアの恨みが籠った断末魔も途中で途切れ、サンダーボルト宙域は俄かに静寂に包まれる。

 ユカリは銃をおろし、ふぅと軽く息をついた。

 

「終わりが見えたか。彗星、すまなかったな。呑龍、状況を……」

『マァダ……ダヨ……』

「――ッ!?」

 

 冷たい声が、突然。通信機越しではなく、耳元で。

 ユカリは反射的にバーニアを全開、弾かれたようにその場を離れた。直後、紫電改がいた場所に、何か黒い塊が、凄まじい速度で落ちてきた。

 

「なっ……んだ、これは……!?」

 

 ユカリは紫電改を別のデブリに着地させ、黒い塊を見上げる。

 白と黒とのツートーンに、Ζ系を思わせる精悍なマスク。両肩の大型バインダー……ガンダム・エアレイダー。しかしその全身を、生物的に脈動する黒い粒子雲がヴェールのように覆っている。

 

『アンチャン……ウチ、ガンバル……ナイショ、オニイサン……ウチ、オニイチャン……ツヨク……ナル……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 黒い粒子雲に包まれたエアレイダーは、雄叫びを上げるように身を震わせ、赤黒くバーニアの航跡を引きながら突撃してきた。

 

「チッ、面妖な」

 

 ユカリは舌打ちを一つ、紫電改にバックステップを踏ませ、引き撃ち気味にハンドランチャーを連射した。しかし、

 

「吸収した……!?」

 

 連邦軍系の蛍光ピンクのビーム弾は、黒色粒子雲に触れた瞬間に分解・粒子化され、黒く染め上げられながら、粒子雲に呑み込まれてしまった。

 

(……あのユニコーンの、黒いサイコフレームのようなものか)

 

 ユカリの脳裏に、一回戦で見たユニコーン・ゼブラの姿がちらつく。しかし、あのエアレイダーの特殊機能が、ゾンビ化ビットだけでなかったとは。ファイターはまだ幼い少女で、そんなシステムを組めるとは思えなかったが。

 疑問を感じつつも、ユカリはガンドック・クロを分離。パイルバンカーを起動させる。射撃が粒子化されるとしても、実体剣や徒手空拳の類なら通じるはずだ。

 

「いくぞ、クロ」

 

 ユカリはクロに指令を送り、バーニアを吹かして飛翔した。吸収されるのを承知でハンドランチャーを連射、クロのビームガトリングとの十字砲火で、エアレイダーを追い込んでいく……が、黒色粒子雲の射撃無効化に絶対の自信があるのか、次々と直撃するビームの砲弾・銃弾をものともせず、エアレイダーは一直線に紫電改へと突っ込んできた。

 

(特攻か。仕方ない、腕の一本ぐらいはくれてや……ッ!?)

 

 ガォォンッ! 

 突然の衝撃が、紫電改を襲った。

 

「……クロッ!?」

 

 クロのパイルバンカーが、紫電改の右膝を貫いている。

 

「ちぃっ、ゾンビ化ビットか……!」

 

 紫電改に喰らいつくクロの背中に、黒色粒子を纏った小型ビットが突き刺さっている。一回戦でジオ・ジオングのコントロールを奪ったときには、複数のビットを突き刺す必要があったはずだが――この差は、黒い粒子の効果なのか。

 

「ゆ、ユカリしゃまぁ! 逃げるんだなぁぁ!」

「呑龍!?」

 

 クロを振り払おうとする紫電改の両腕を、呑龍が後ろから羽交い絞めにしてきた。

重火器を扱うためパワー重視に調整している呑龍ではあるが、紫電改とて素手で敵機を破壊できるパワーを持つガンプラだ。振りほどけないはずがないのだが、今の呑龍は異常な膂力を発揮して、完全に紫電改を抑え込んでいる。

 

「どど呑龍のコントロールが効かないんだな! それなのに、エネルギーゲインは五倍以上なんだな! どうなってるんだな、ユカリしゃまああ!」

(ただのゾンビ化ではないのか……っ!?)

『タタカウ……ウチ、ツヨク……ナル……』

 

 もがく紫電改の目の前に、黒いヴェールを纏ったエアレイダーが迫る。

その左腕に装備した小型シールドの先端から、まるでどす黒い血流が噴き出したかのように、赤黒いビーム刃が噴出した。

 そして、その右手には――

 

『アンチャン……イッショ……ウチ、ナカナイ……イッショ、ニ……イル……』

 

 ――荒々しく渦を巻く黒色粒子雲とは、不釣り合いなほどに優しく。慈しむように。Bレオパルドの左手が、重ねられていた。

 しかし、そのBレオパルドの全身はボロボロに傷つき、顔面はひしゃげて潰れていた。そして根元から千切れてなくなっていた右腕の位置には、無理やり捻じ込まれるようにして、セルピエンテハングが接続されていた。

 

『コワス……コロス……アンチャン……ダイスキ……!』

 

 壊れたラジオのように呟く、レイの声。その言葉に導かれるようにして、禍々しい黒色ビームサーベルが、頭上高くに掲げられ――そして、振り下ろされた。

 

《BATTLE ENDED!!》

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――同時刻。ゴーダ兄妹の安アパートからほど近い、人気のない路地裏。レイは、そこにいた。

 家にいたままのパジャマ姿で、頭にはGBO用のVRヘッドセットを装着したままだ。そんな恰好をした幼い少女が足元もおぼつかない様子で出歩いていれば、まともな大人なら心配して声をかけるだろう。しかし、不幸にも――もしくは、幸運にも。家からこの路地裏までの間に、彼女は誰とも出会わなかったようだ。

 

『アンチャン……ウチ、カッタヨ……タタカイ、カッタヨ……』

「……待っていましたよ、ゴーダ・レイ」

 

 ふらふらとさまようレイの前に、一台のリムジンが停車した。まるで誘うように後部座席のドアが開き、その中には、スーツ姿のイブスキ・キョウヤが座っていた。

 イブスキは蛇のような微笑みを浮かべながら、まるで舞踏会にでも誘うがごとく、真っ白な手袋をはめた手を、レイへと差し伸べた。

 

「……まったく、あの戦乙女の飼い犬には失望させられましたが……あなたは、あの捨て犬よりも役に立ちそうです。粒子適性は上々。オーバードーズシステムも、あなたを選んだようですしねぇ。歓迎しますよ、ゴーダ・レイ。私と、来てください」

『アンチャン……ニハ、ナイショ……ウチ、ワルイ、コ……?』

「いいえ! そんなことはありません。とぉぉっても良い子。役に立つ子ですよ……私と、このヘルグレイズにとってはね。さあ、こちらへ」

 

 レイはイブスキに言われるままに、ふらりと倒れ込むようにしてリムジンに乗り込んだ。艶やかな黒塗りのドアが滑らかに閉まり、リムジンは音もなく、滑るように走り出す。

 その行先も、そして、そこで何が行われるのかも……幼いレイには、知る由もなかった。




第四十話予告

《次回予告》

「なあ、赤姫よォ」
「なんだい、ビス子」
「オレとお前が、メインヒロイン……だよなァ?」
「ああ、そうだね……そのはずだね……」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第四十話『ヒートエンド』

「……最近、ゴーダの妹に……ヒロイン属性、奪われてねェか?」
「だ、大丈夫さ……たぶん。エイト君はロリから好かれるけど、ロリを好きではないよ……たぶん……きっと」



◆◆◆◇◆◆◆



NEW!!▶【イブスキさんがレイたんをハイエースしました。】


 ……はい、イブスキのクソ野郎がまたもや暗躍しております。最終話に向けた伏線をバリバリ張りまくりつつある昨今の拙作ですが、今回のこれはけっこう大きなヤツだったりします。ゴーダのお兄ちゃんは妹を救えるのか!? ……主人公はどこに消えた(笑)
 
 兎も角。次回予告詐欺でサブタイ変えまくっている私が言っても信頼度が低いかもしれませんが、本作は全50話を予定しておりますので、次回で5分の4まで来たことになりますね。
 私も予想していなかったほどに多くの方に読んでいただいて、感想を貰って、やっとここまで来た拙作です。このままきっちり完結させたいと思います。がんばります!
 今後もどうぞお付き合いください。よろしくお願いします!


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Episode.40 『ヒートエンド』

《二回戦第二試合 ゼブラトライブ VS ドライヴレッド》

 

 MCによるアナウンスも何もない二回戦は、厳粛な雰囲気の中、大型スクリーンに対戦カードだけが表示され、淡々と進む。

 しかし観客たちは、画面の向こう側で大いに熱狂し、騒ぎ立て、GBO関連のSNSや各種ウェブサイトに記事やコミュニティを乱立させていた。常ならば、話題の上位を占めるのは勝敗予想や各チームやファイターのファンによる応援、もしくはアンチによる品のない誹謗中傷などであろうが――今大会は、やや毛色が異なっていた。

 

『なりきりプレイ? マジのやつ? 幼女ヤバくなかった?』

『〝黒い粒子〟原作なに?』

『【親衛隊】ユカリ様がああああ!【発狂】』

『チーム・スカベンジャーズ、ガチ強化人間説』

『悲報:狂犬さん、負け犬に格下げ』

『プラフスキー粒子の暗黒面~VR玩具の危険性について~』

『【お巡りさん】レイたそにゾンビ化されたい奴の数→(1154)【こっちです】』

『俺氏、身の安全のためにGBO引退を決意』

『有害VRゲームから子どもを守る会・会報第141号(緊急特集:人気VRゲーム〝GBO〟の事例より)』

 

「――正常な反応ッスね」

 

 サナカ・タカヤは溜息を一つ吐き、濁流のように流れていくニュースたちを、クリック一つですべて閉じた。薄暗い自室にいるのは、休日なのに制服姿のままの自分と、GPベースの上でGBOに接続されたケルディム・ブルーのみ。PCの画面上には二回戦第二試合の対戦カードが物寂し気に表示され、冷却ファンの音だけが低く唸っている。

 

「オーバードーズシステム……まさかこの段階で表に出すとは思ってなかったけど」

 

 ハイレベル・トーナメント二日目、本戦が始まってからすでに五時間。特に、先ほど終わったばかりの二回戦第一試合終了後から、GBOに関するネガティブな反応が目に見えて増え始めた。

 理由は、はっきりしている。どう考えても、スカベンジャーズの……特にゴーダ・レイの、あの変貌ぶりがきっかけだ。このネット上の反応(リアクション)は、幼気な少女のあのような姿に対して、極めて正常なものだ。

 

「これも計画の内ってことッスか……イブスキさん」

 

 今のタカヤは、イブスキ・キョウヤに雇われた身である。例の〝計画〟についても、その核心は知らされていないが、ある程度の予測がつく程度の情報は与えられている。

 親友のエイトを裏切ってまで、イブスキと契約を交わしたタカヤ。腕を組んで天井を見上げるその心中にはどんな思いが渦巻くのか――と、その時。PCの脇に置かれたスマートフォンが、静かに鳴動した。

 画面上にただ一文字、〝A〟とだけ表示されている。

 

「……はい、俺ッス。はい、はい…………ネット上の反応は、計画の範囲内ってトコじゃないッスかね……はい……了解してるッスよ。心配無用ッス……」

 

 電話をしながら、タカヤの目はPCの画面に向いていた。第二試合の対戦カードが燃え上がるような演出と共に消え去り、ゼブラトライブとドライヴレッド、両チームのガンプラハンガーの映像へと切り替わったのだ。第二試合が、いよいよ始まるらしい。

 白黒の魔獣、ユニコーン・ゼブラ。ゼブラトライブは事実上の単機だ。

 ドライヴレッド――爆撃とパワーのドムゲルグ、精密狙撃にファンネルまで備えるレッドイェーガー、高レベルの機動近接戦闘能力に加え絶対の必殺技を持つクロスエイト。この三機を相手に、たった一人でどう戦うのか。

 いや、あのユニコーンもまた〝黒色粒子〟の使い手。もしかしたら、ドライヴレッドは……エイトは……タカヤは通話の相手に次の試合が始まったことを告げ、会話を切り上げた。

 

「んじゃ、失礼するッス。連絡はまた、近いうちに……アカサカ室長」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 先の第一試合、ゴーダ・レイの様子は明らかに異常だった。ジャイアント・キリングでの一件。そして今大会でのゾンビ化ビットや黒い粒子の存在、大会運営への干渉。イブスキ・キョウヤが暗躍していることは、火を見るよりも明らかだった。

 画面の向こうのことと放置するには後味が悪く感じたエイトは、ナノカから父親に連絡を入れてもらい、ヤジマ商事を通じて安全確認を取ってもらうよう依頼をした。ナノカの父はGBOの責任者として大会の様子をチェックしており、すでにヤジマ商事の上層部には報告済みだとのことだった。そして、

 

『ゲームがプレイヤーを傷つけるなど、あってはならない』

 

 ナノカの父はそう言って、安全確認を請け負ってくれた。

 だから――

 

(だから、今、僕にできることは……勝ち上がって、決勝の場で、直接! イブスキ・キョウヤを問い質すこと!)

 

 ――今この勝負を、勝ち抜ける!

 

《BATTLE START!!》

 

 エイトは力と熱意をコントロールスフィアに込め、クロスエイトを加速させた。いつも以上の初速で仮想(VR)カタパルトから飛び出したクロスエイトを出迎えたのは、広大な夜空にぽつんと浮かぶ青い地球、そして荒涼たる灰色の大地に穿たれた積層都市。

 

「月面都市か! 地球が見えるってことはァ……えっと、グラナダかァ?」

「それは月の裏側だよ、ビス子。建造物にAE社(アナハイム・エレクトロニクス)の社章を確認。フォン・ブラウン市のようだね」

 

 ドムゲルグは煙のように細かい月の砂を派手に巻き上げて着地、ホバー走行でフォン・ブラウンに向けて突っ走っていく。レッドイェーガーは月の低重力下であれば飛行が可能なようで、クロスエイトのすぐ隣を横並びに飛行している。狙撃用バイザーがすでに作動しており、特徴的な四ツ目がぐりぐりと回っていた。

 

「フォン・ブラウン市内に敵反応を確認。近い距離で三機が集まっている。どれがあのユニコーンかは、まだ分からないのだけれど……」

 

 ナノカからの索敵データが、エイトとナツキのレーダー画面にリンクする。ほぼ円形を描く月面都市の地表構造部のど真ん中に、輝点が三つ、密集している。

 

「あの白黒の粒子吸収、ビームも実弾も粒子化して呑み込んじまうンだろ。だったらブッ込んでブン殴るしかねェ。だよなァ、エイト?」

「はい、僕もそう思います。前衛・後衛はいつも通りでいきましょう。ただナツキさんには、ヒートブレイドを振り回しての近接戦闘をお願いします」

「エイト君。敵僚機のジェスタ、張り子だとはわかっているけれど警戒はしておこう。自爆なんかで不意を突かれてはたまらないよ」

「そうですね。それじゃあ……一斉射撃で都市構造物ごと爆撃、ジェスタ二機を排除したうえで僕とナツキさんは突撃。ナノさんの援護射撃の下、全火力をユニコーンに集中しましょう!」

「ああ。了解したよ、エイト君」

「おうッ、了解だァ! んじゃまァ、おっぱじめるかァッ!!」

 

 ナツキは威勢よく叫び、シュツルム・ブースターを作動させた。爆発的な推進力を得たドムゲルグはより一層土煙を激しく蹴立てて加速、一直線にフォン・ブラウンへと突撃する。ナノカもレッドイェーガーのバイザーを跳ね上げ、機体を加速。Gアンバーの銃身下部に追加されたアンダーバレルショットガンのポンプを往復させた。

 

「ドムゲルグ・デバステーターっ! 〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ビス丸っ! ブチ撒けるぜェェッ!」

「レッドイェーガー。〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟ナノ。始めようか」

 

 エイトはクロスエイトにヴェスザンバーを抜刀させ、バーニアユニットの出力を全開にした。先行する二人の機体を一瞬で追い抜き、さらに速度を上げながら、フォン・ブラウンの中央部へと飛び込んでいく。

 

「ガンダム・クロスエイト! アカツキ・エイト! チーム・ドライヴレッド……戦場を翔け抜けるっ!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――タマハミ・カスミの周囲には、いつも静寂が満ちていた。

 絵画コンクールに応募すれば、審査員が黙り込んだ。ピアノの発表会でも、ヴァイオリンの演奏会でも、拍手は起こらなかった。華道教室でも、書道教室でもそうだった。天才過ぎる彼女の作品はあまりにも完璧過ぎて、完全過ぎて、完成され過ぎていて、評価はされても称賛はされなかったのだ。

 さらに、苛烈に過ぎる彼女の才覚は、無自覚に人を遠ざけた。従姉が画家の夢を諦めた。友人が楽器を捨てた。習い事の先生が、引退を決めた。彼女が才能を発露すればするほど。輝かしい業績を、積み上げれば積み上げるほど。だれにも誉めてもらえない、空虚な金色のトロフィーだけが部屋の戸棚を埋め尽くしていく。

 そんな彼女が流れに流れてたどり着いたのが、ガンプラバトルだった。

 どんなに綺麗に組んだガンプラも、ファイターの腕次第で動きは変わる。自分がどんなに完璧なタイミングで攻撃や回避をしても、ガンプラの完成度による性能差が、大きく勝敗を左右する。双方を高め、極め、その先にやっと真の強さを手に入れる。

 今までやってきた数多くの習い事よりも、少しは長く楽しめそうだった――だった、はずなのに。

 黒色粒子の発見と、実装。それを操る、ニュータイプじみた操縦センス。ガンプラバトルを始めてから、僅か半年。万能の天才であるカスミは、最強のガンプラを組み上げ、最強のファイターへと成長してしまったのだ。

 ――そしてまた、退屈な日々が始まった。

 

「さぁ、来なさぁい……あなたとならぁ、きっと……本気で……」

 

 AE(アナハイム・エレクトロニクス)本社地下大規模工場施設内部、中央稼働試験場。MSの稼働試験を行うのに十分な広さを持った、ドーム状の地下空間。

 腕組みをしてエイトを待つ、ユニコーン・ゼブラ。すでにデストロイモードを発動している全身には黒いサイコフレームが露出し、その端々から黒く輝く粒子の欠片が舞い散っている。左右に控える二機のジェスタも同じように腕組みをしているが、その両目(ゴーグルアイ)に光はない。

 

「私の、退屈を……打ち破って、みせなさぁい……っ」

 

 カスミの言葉に応えるように、ユニコーンは両腕を大きく開き、天を仰いだ。

その、数秒後だった。

 

「……来たぁ!」

 

 ドゴゴゴゴォォォォンッッ!!

 数え切れないほどのミサイルが試験場の天井を吹き飛ばし、山のような瓦礫が雪崩れ落ちてきた。構造物(フィールドオブジェクト)の残骸である瓦礫はユニコーンに触れる端から分解・粒子化されて黒いサイコフレームに呑み込まれていくが、二機のジェスタはあっという間に叩き潰されて瓦礫の下に消えていった。しかしカスミは、そんな仲間のことなど一顧だにしない。

 

「おいで……おいでぇ、アカツキ・エイトくぅん……っ!」

 

 切望するような、懇願するような声色。打ち破られた天井の穴を埋め尽くす、灰色の噴煙が――突き破られた!

 

「うらああああああああッ!」

「うふふ……いただきまぁす……っ♪」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 舞い散る火花が赤く煌めき、粒子の欠片が黒く弾ける。落下の勢いも乗せたヴェスザンバーの一突きは、黒色粒子を纏ったユニコーン・ゼブラの掌に止められていた。しかしその状況に、エイトの口の端には好戦的な笑みが浮かぶ。

 

「よしっ。実体剣なら粒子化はされない……っ!」

「うふふ……私に触れても、機能停止しないなんてぇ……うれしいわぁ!」

 

 ユニコーン・ゼブラは力任せにヴェスザンバーを押し返し、クロスエイトは宙に投げ出された。しかしエイトは即座に姿勢制御、壁を蹴って再び突撃した。崩落した瓦礫に埋め尽くされているものの、地下試験場はクロスエイトが飛び回るのに十分な広さがあった。両手のヴェスザンバーを振り抜き、弾かれ、再突撃を繰り返し、ユニコーン・ゼブラとぶつかり合う。

 

「少し、ずつでも! 削り、倒してぇぇっ!」

「あはっ♪ ブラックアウトフィンガーっ!」

 

 喜色に満ちたカスミの絶叫に応え、ユニコーン・ゼブラの両掌が真っ黒に輝いた。膨れ上がった黒色粒子によって倍以上に巨大化した右手が、ヴェスザンバーを無造作に掴み取った。急に速度を殺され、猛烈な慣性がエイトを襲う。間髪を入れず、漆黒の左掌がクロスエイトの右腕を掴み、並外れたパワーで捻り上げた。関節が悲鳴を上げ、オレンジ色火花が散る。

 

「ぐっ、このぉっ!」

 

 エイトは瞬時の判断で脚部ヒートダガーを起動、まだ機体の蓄積熱量は10%にも満たなかったが、その熱量を全て刀身に充填。小規模ながら粒子燃焼効果(ブレイズアップ)を発動し、身を捩ってユニコーン・ゼブラの顔面に蹴り込んだ。火の粉を散らす真紅の刃が(カメラ・アイ)を抉る。しかしカスミは、寧ろそのダメージを歓喜を持って迎え入れた。

 

「うふふひゃはあ! 良いわ良いわよ良過ぎるわぁ! さあ、もっと! もっと私を傷つけなさぁいっ!」

「こ、このヒトっ……ナツキさん、今です!」

「どおおりゃアアァァッ!」

 

 天井の穴から突入したドムゲルグが、全体重を乗せたヒートブレイドを叩き付ける。衝撃で試験場の床が罅割れ、周囲の瓦礫は吹き飛ばされる――が、その一撃をまともに受けたはずのユニコーン・ゼブラは、バックパックの表面装甲にヒートブレイドが食い込んだだけで、膝をついてすらいなかった。僅かに見える装甲の断面からは黒いサイコフレームが露出し、細く煙のように黒色粒子が漏れ出している。

 

「おいおい、マジかよ……!」

「あなたも……私に触れても、止まらないのねぇ……っ♪」

 

 カスミはとろけるような眼つきで頬を朱色に上気させ、うっとりと唇に指を這わせた。右目に突き刺さったヒートダガーを力づくで引き抜き、クロスエイトを片手で乱雑に放り投げ、ブラックアウトフィンガーを振りかざしてドムゲルグに襲い掛かる。

 

「うひゃははひはは! 今日は良い日ねぇ、ユニコぉぉぉぉンっ! こんなに遊び相手がいるなんてぇぇ♪」

 

 ザンッ、ガンッ、ガシュンッ! ドガッ! ドンッ、ズシャアアンッ!

 まるで無邪気な子供のように、ブラックアウトフィンガーを振り回す。どんな格闘技にもないような無秩序な掌打の連続を、ナツキは二刀流(ダブルサーベル・モード)にしたヒートブレイドで切り払い続ける。

 

「畜生っ、ヤベェぞこいつ! 狂犬野郎といい勝負なんじゃあねェのかこりゃァ!!」

「ビス子、下がるんだ!」

 

 ナノカの声に反応し、ナツキはヒートブレイドを交差させてブラックアウトフィンガーを防御。衝撃で突き飛ばされたふりをして、ユニコーン・ゼブラと距離を取った。その瞬間、ユニコーン・ゼブラの足元の瓦礫を、上空からのGアンバーの一撃が射抜いた。瓦礫は部分的に崩落、ユニコーンの片脚が即席の落とし穴に深々とはまり込む。

 

「エイト君っ!」

「うらああああっ!」

 

 その隙を逃さず、エイトは飛び出した。左右のヴェスザンバーを前面に突き出して重ね合わせ、機体そのものを一本の突撃槍と化す。メインおよび脚部バーニア出力全開、短距離で最大速度まで一気に加速。足を取られて無防備となったユニコーン・ゼブラのバックパック――先ほどの一撃でドムゲルグがつけた傷を狙い、突撃する!

 

「ひゃはっ♪」

「なっ!?」

 

 しかし、その切っ先はユニコーン・ゼブラには届かなかった。

 足は瓦礫に埋もれたままで。体は正面を向いたままで。首が180度回転し、肘関節が逆向きに90度曲がり。ブラックアウトフィンガーによる白刃取りで、ヴェスザンバーは止められていた。

 

「そ、そりゃあガンプラは、人体とは違いますけど……!」

「うふふ、素直に言っていいのよぉ? むしろ言いなさいよぉ、気持ち悪いってぇっ♪」

「エイトに触るなァッ、ド変態がァァァァッ!!」

「あらぁ、嫉妬ぉ?」

「んにゃッ!?」

 

 カスミは唇の端からこぼれ落ちそうになった涎をぺろりと舌で舐めとり、クロスエイトをハンマーのように振り回してドムゲルグへと投げつけた。真正面からそれを受けたドムゲルグは、再び吹き飛ばされ、壁に激突。さらに崩落してきた瓦礫に、半分埋もれてしまう。

 カスミはニタリと満足げな笑みを浮かべながらユニコーン・ゼブラの足を引き抜き、ゴキリと音を立てて首と腕とを元に戻すと、ブラックアウトフィンガーの出力を上げた。両手を大きく左右に広げ、通常の何倍ものサイズに拡大された黒色粒子の掌が、漆黒の蝶の羽根のように羽搏いた。

 

「うふふ……そんなにその子が好きならぁ……」

「べべべ別に好きとかじゃねェし! た、ただ、チームメイトとしてだなァッ!」

「二人仲良く、ぐっちゃぐちゃにぃ……捻り潰してあげるわぁっ♪」

「ビス子! エイト君っ!」

 

 迫るユニコーン・ゼブラの前に、赤い機影が立ちはだかった。急降下してきたレッドイェーガーはGアンバーを腰だめに構え、アンダーバレルショットガンを連射した。野太い轟音が響き渡り、一発が数十発にも拡散する、散弾の嵐が吹き荒れる。

 

「ふふっ、散弾では……あらぁ?」

 

 緩み切っていたカスミの目元が、僅かに細められた。いつも通りブラックアウトフィンガーで粒子化しようとした散弾が豪雨のように装甲を叩き、ユニコーン・ゼブラの姿勢を崩した。装甲を撃ち抜くには足りないが、次々と射ち放たれる散弾の衝撃に、カスミは足を止めざるを得ない。

 

「手芸用ビーズを金属(メタリック)塗装した特別製だ。一時間の休憩中では、この程度しか用意できなくてね」

 

 0.5㎜径の極小ビーズを金属色に塗装して詰め込んだ、特製の鳥打散弾(バードショット)。子弾の一発一発にガンプラの装甲を抜く威力はないが、一度に数十発をまともに受ければ、姿勢を崩す程度の衝撃力はある。しかし、

 

「……うふ、弾切れぇ?」

 

 急場しのぎの追加武装、装弾数は少ない。チューブ型弾倉内の五発を打ち切り、アンダーバレルショットガンの装填ポンプは下がり切った位置で停止した。カスミは両手のブラックアウトフィンガーを嬉々として振りかざし、哄笑する。

 

「ひはは、稼げたのは五秒ってところねぇ♪」

「その数秒が命取りさ」

 

 ナノカは微笑み、粒子充填(チャージ)の完了した特殊武装スロットを選択した。レッドイェーガー両肩の特殊機関――BF(ビームフィールド)ジェネレータが起動。激流の如く迸った黄金色のビームの奔流が、ユニコーン・ゼブラの全身を包み込んだ。ビームシールドと同等のエネルギーによる被膜が、拘束具のようにユニコーン・ゼブラを縛り上げる。凄まじい勢いで噴き出すブラックアウトフィンガーだけは完全には抑え込めなかったが、ユニコーン・ゼブラはもはやそれを振り回すことはできない状態だ。

 

IFBD(Iフィールド・ビーム・ドライブ)の逆だよ。君の機体は今、私のビームフィールドに縛られている」

「ふひひ、こんなもの……全部吸い取っちゃえぇ、ユニコォォォォン!」

 

 黒いサイコフレームが一際強く発光し、ユニコーン・ゼブラを縛るビームフィールドが、瞬く間にその輝きを弱めていく。ユニコーン・ゼブラの粒子吸収能力はまさに、全てを奪い尽す漆黒の闇。レッドイェーガーの粒子量は決して少なくないのだが、内蔵粒子を全て強奪し尽くされるのは時間の問題と見えた。

 

「うふふひゃは! 楽しい、楽しいわぁ! こぉんなに吸い取っても、まだ生きているなんてぇ♪ あと何秒? あと何秒ぐらい楽しめるのかしらぁっ♪」

「さぁて、ね。ただ、もう一度だけ言わせてもらおうか……その数秒が、命取りさ」

 

 ナノカは額の汗を軽くぬぐい、不敵な笑みを浮かべた。

 その時、瓦礫の山を吹き飛ばして、クロスエイトとドムゲルグが躍り出た。それぞれ手に持った大剣を振り上げ、ビームフィールドごとぶった切る勢いで振り下ろす。

 

「いくぜェ、エイトォォッ!」

「はいっ、ナツキさん!」

 

 ガィィィィンッ!

 硬質な反響、頑丈な装甲に刃が弾き返されそうになるが、何とか斬り抜ける。見れば、ユニコーン・ゼブラの白亜の装甲には、確かに傷が刻まれている。拘束用ビームフィールドの防御力はほぼゼロなので、ダメージは通常通り入っているようだ。

 ならばここからは、純粋に時間との勝負――ビームフィールドの粒子を吸収している以上、次にユニコーン・ゼブラが動き出した時のエネルギー量は凄まじいものとなるだろう。レッドイェーガーの粒子がすべて奪いつくされ、拘束が解かれる前に、どれだけの攻撃を叩き込めるか。それが、勝負を決める。

 

「どおりゃああッ!」

「うららららあっ!」

 

 剛腕から繰り出される二刀流ヒートブレイド、そして両翼(バーニアスラスターユニット)の推進力も乗せた左右のヴェスザンバー。計四本の実体剣が縦横無尽に乱れ斬る。袈裟切りが、切り上げが、逆胴が、突きが、唐竹割りが、横薙ぎが、次々とユニコーン・ゼブラに傷を刻んでいく――しかしその傷は、装甲は何とか切り裂いても、黒いサイコフレームを断つほどの有効打にまでは、ならない。

 

「ひぎっ、ぐう……うふ、うふははひひ! 良いわぁ、良いわよぉ! 縛って囲んでよってたかってぇ! こんなに攻撃されるなんて、すっごい久しぶりだわぁぁひは!」

「うぅ……え、エイトぉ。こいつヤベェよ……」

「気圧されないでください、ナツキさん! 攻め切りましょう!」

 

 とろけるような声色で哄笑するカスミの異様さに、ナツキの攻め手が僅かに鈍る。その瞬間、粒子吸収により拘束の緩んだ右手のブラックアウトフィンガーが、ヒートブレイドを力任せに掴み取った。それをエイトのヴェスザンバーに叩き付け、双方の刀身は音を立てて砕け散る。

 

「んなっ!? 馬鹿みてェなパワーしやがってッ!」

「ヴェスザンバーが折られるなんて……っ!」

 

 さらに、ビームフィールドを照射し続けていたレッドイェーガーが床に膝をついた。粒子残量が底を突き始めたらしく、まるで人間が呼吸を荒らげるように肩が上下している。

 

「二人とも! もうビームフィールドがもたないよ! 粒子が……尽きそうだ……っ!」

「ナノさんっ……クロスエイト! 蓄積熱量をヴェスザンバーに充填! 武装灼熱化(アームズ・ブレイズアップ)っ!」

 

 ナノカの言葉に応え、エイトは武装スロットを操作。蓄積熱量、約50%。機体に溜まったその熱を、掌からヴェスザンバーに叩き込んだ。銀色の刃が真っ赤に灼熱し、攻撃力を増大させる――しかし、

 

「……あはっ♪」

 

 ユニコーン・ゼブラが僅かに身を捩り、ビームフィールドが弾け飛んだ。

 内蔵粒子を全て奪われ、レッドイェーガーは糸が切れたように倒れ伏した。撃墜判定を表すアイコンがポップアップし、ナノカとの通信画面がゆっくりと消えていく。

 

「すまない、エイト君。ビス子……粒子……尽き……ここまで……」

「ナノさんっ!」

「人の心配、してる場合ぃ?」

 

 同時、自由になった左右のブラックアウトフィンガーが素早く閃き、ヒートブレイドとヴェスザンバーを掴み取った。拘束される前よりもさらに膨れ上がったブラックアウトフィンガーが、大量の黒色粒子を撒き散らしている。

 カスミは眉をハの字にゆがめて、クロスエイトを見下ろした。その目の色にはとろけきった陶酔と共に、一抹の寂しさと僅かな期待も含まれていた。

 

「ねぇ、アカツキ・エイトくぅん。できるだけぇ、死なないでねぇ? カウンタァァ……バァァァァストォォオオオオッ!!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 凄まじい勢いで膨張する漆黒の光球が月面都市を呑み込み、そして根こそぎ吹き飛ばしていく。フォン・ブラウン市のほぼ全域を呑み込んだ真っ黒な宵闇色の光はそのまま数秒間輝き続け、そして緩やかに収束していった。

 

「……ふん。この程度かよ、ナノカ」

 

 黒一色に塗りつぶされる画面とは対照的な、真っ白な病室。清潔なシーツに包まれたベッドの上で、トウカは一人、呟いた。

 新種のプラフスキー粒子〝黒色粒子〟は、ガンプラに絶大な力をもたらす。その性質にはまだ未解明の部分が多く、現実(リアル)のバトルシステムでは、短時間の使用でも機器が深刻な不調を起こす。そのため、電脳空間(GBO)の中で〝実験〟が繰り返されているのだが――いくら黒色粒子が強力だからといって、三対一でこの有様とは。

 

「こんな程度のチームで……ボクとの、約束なんて……」

『随分ともの悲しそうなご表情をしていますねぇ、〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟。何か……ククク。悲しいことでもおありですか』

「……何の用だ〝這い寄る混沌(ビハインド・ザ・カーテン)〟。音声通信(サウンドオンリー)で顔色も何もないだろうが」

 

 慇懃無礼という言葉がこれほど当てはまる者もないだろうというような、イブスキ・キョウヤの声色。ディスプレイの端に表示された「赤い三つ目の蛇(ヘルグレイズ)」のパーソナルアイコンを、トウカは冷たく睨みつけた。

 しかし音声通信しかつながっていないイブスキ相手に、その視線の温度など伝わるはずもなく。いつもと変わらぬ絡みつく蛇のような口調で、イブスキは言葉を続けるのだった。

 

『いやいや、なになに。私以外に黒色粒子を実装したガンプラに興味を魅かれた、というだけのことでしてね。あなたもきっとそうだろうと思ったまでのことですよ。しかし私とは黒色粒子の使い方が、思想の段階から異なっているようですねぇ。絶大な出力を利用するのは当然としても、粒子の同化・吸収能力を、敵の粒子を奪うだけに使っているようでは、宝の持ち腐れと』

「ドライヴレッドが負けた。貴様に横槍を入れさせた甲斐もなくな――」

 

 不愉快な独演会を打ち切るように、言った直後。黒い光球が収縮し、破壊し尽くされたフォン・ブラウン市跡地に――トウカは、それを見た。

 

「――っては、いないようだな」

 

 何もかもが同心円状に吹き飛ばされた、都市の残骸。その中央付近に、不自然に破壊から免れている地点があった。黒色粒子を濛々と噴き上げるユニコーン・ゼブラの、左手側。

 太陽のように燃え盛る炎の塊が、そこにはいた。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 黒い粒子が爆発的に膨れ上がり、濁流の如く辺り一帯を呑み込んだ。

 既に撃墜判定を下されていたレッドイェーガーは、瓦礫に巻き込まれながらバラバラに砕け散った。絶大な防御力を誇るはずのドムゲルグでさえも、爆圧に装甲を捲り上げられ、内部フレームを露出しながら吹き飛ばされた。

 しかし、クロスエイトは。

 

「……生き、てる……!?」

 

 何もかもが吹き飛ばされた爆心地に凛として屹立する、ガンダム・クロスエイト。その右手のヴェスザンバーは真紅に灼熱し、燃え盛り、火炎が渦巻き、太陽の如く輝いている。

 

「な……なによぅ……これぇ……!?」

 

 一方のユニコーン・ゼブラは、ヴェスザンバーを鷲掴みにしていたはずの左腕を失い、膝をついている。全身の黒いサイコフレームからは黒色粒子の煙が濛々と立ち昇っているが――その黒煙は、クロスエイトの炎に触れた瞬間に燃え上がり、渦巻く炎の一部に巻き込まれている。

 

「これは……粒子燃焼効果(ブレイズアップ)が、黒い粒子を巻き込んでいる……!?」

 クロスエイトの特殊機能〝ブレイズアップ〟。それは、機体に蓄積した熱量によってプラフスキー粒子そのものを燃焼させ、武装や機体性能の強化に利用するというものだ。

 粒子そのもの(・・・・・・)を燃焼するというその特性は、通常のプラフスキー粒子のみならず、黒い粒子をも紅蓮の劫火に巻き込んだのだ。

 

(……ナツキさんでも斬れない黒いサイコフレームを、ヒートダガーで突けたのは……黒い粒子を焼き切っていたのか!?)

「ふふ……ふひひ……まさかぁ、こんな方法でぇ! ふひははははははは!」

 

 楽しくて嬉しくて、感情の処理が追いつかないといった、カスミの哄笑。それに呼応するようにユニコーン・ゼブラは天を仰いで体を震わせ、右掌を高く突き上げた。

 

「まだ遊べるわよねぇ、アカツキくぅん! ブラックアウトぉぉ! フィンガぁぁぁぁぁぁ!」

「うらああッ!」

 

 打ち下ろしのブラックアウトフィンガーを、エイトは両手持ちにしたヴェスザンバーで打ち上げた。ユニコーン・ゼブラの掌を覆っていた黒色粒子が一瞬にして焼き払われ、炎の渦となってヴェスザンバーの火勢を増す。

 続いてカスミはユニコーン・ゼブラの右足から黒色粒子を噴出、黒い竜巻のような勢いで、後ろ回し蹴りを繰り出した。普段のエイトなら身を躱すところだが、むしろ一歩前に踏み込み、灼熱化ヴェスザンバーを前面に掲げて受け止めた。その刀身にユニコーン・ゼブラの足が触れた瞬間、黒い粒子は紅蓮の炎に巻き込まれ、蹴りの勢い自体も大幅に減衰された。

 

「まだだ! まだ終わりませんよッ!」

「ひはははは! すっごぉぉぉぉい! たぁのしいぃぃぃぃっ!」

 

 打たれては斬り返し、斬られては打ち返し、黒い掌打と紅蓮の剣戟とが、何度も何度も繰り返される。明らかに体格で劣るクロスエイトだが、遥かに大柄なユニコーン・ゼブラと真正面から打ち合い、一歩も引かずに応戦している。

 その一撃ごとに、黒色粒子は粒子燃焼に巻き込まれ、クロスエイトが身に纏う炎の渦は膨れ上がっていく。

相手の粒子を奪い去り、行動不能に追い込んでいたユニコーン・ゼブラと、酷似しつつもまるで真逆――相手の粒子を受け止め、燃え上がらせ、炎として身に纏い。そして、自らの力として燃え盛らせる。凄まじい劫火を身に纏うクロスエイトの攻撃は、ヴェスザンバーの一振りごとに炎の龍のように尾を引いた。

 

(ヴェスザンバーの灼熱化で消費した蓄積熱量が、もうこんなに……これなら!)

 

 ブラックアウトフィンガーを切り払いながら、視界の隅でコンディションモニターを確認する。武装灼熱化(アームズ・ブレイズアップ)の使用で低下していた蓄積熱量の警告表示が、ちょうど《Caution!》から《DANGER!》に切り替わったところだった。

 

「あはっ♪ ユニコーンの粒子残量がどんどん減っていくわぁ! こんなの初めてぇ……わたし初めてよぉアカツキくぅんっ!」

 

 口調は陶酔しきっていても、カスミの機体操作は的確だった。掌底打ちの要領で、鋭く直線的なブラックアウトフィンガーが突き出される。エイトはあえて回避せず、ヴェスザンバーを盾にしてガード。その掌の黒色粒子を燃焼させ、そしてついに、熱量表示が100%に到達した!

 

「クロスエイト、全力全開っ! ブレイズアップ!!」

《BLAZE UP!》

 

 瞬間、月面に小型の太陽が顕現した。

 先の漆黒の光球(カウンターバースト)すら上回る凄絶な閃光が猛烈な勢いで膨れ上がり、フォン・ブラウン市のみならず、月面の約三分の一を呑み込んだ。

 その鮮烈な光の中で、ユニコーン・ゼブラの装甲が指先から順に引き剥がされていき、黒いサイコフレームが剥き出しになっていく。そこから墨が流れるように漏出した黒色粒子は、ブレイズアップの圧倒的な熱量に触れ、一瞬にして焼き尽くされる。そして、黒色粒子を失ったサイコフレームは、素体のユニコーンそのままの、美しいエメラルドグリーンのクリアパーツへと戻っていく。

 

(……負けた。やっと、負けた……これで、私も……)

 

 カスミの胸に、これまでの記憶が去来する。

 負けて、勝って、また負けて。ガンプラバトルを始めたばかりの頃は、本当に楽しかった。でもいつの間にか、勝つことしかできなくなっていた。タマハミ・カスミと同じレベルで遊んでくれるファイターは、身の回りにはいなくなっていた。遊び相手を求めて飛び込んだ電子の海でも、名のあるファイターとは――例えば、〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟のような――個人戦はなかなかマッチングできなかった。対等な友達のいないカスミにとって、チームバトルはハードルが高すぎたのだ。だからこそ、アカウントを複数獲得してまで参加したハイレベル・トーナメントに望みをかけていたのだが……その希望は、叶った。

 

「うらあああああああああああああああああああああッ!」

 

 身の丈を遥かに超える、紅蓮の火柱。もはや大剣と呼ぶのも似つかわしくないほどの神威の劫火と化したヴェスザンバーを振りかざし、周囲の粒子炎も全て巻き込みながら、クロスエイトが迫ってくる。黒色粒子を焼き尽くし浄化していくその姿は、カスミの目にはまるで戦火の天使にも見えた。

 

「ねぇ、アカツキくぅん。もし、よかったら……また、いっしょに……遊ん……」

 

 視界の全てが火炎に染まり――黒色粒子をすべて焼き尽くされたユニコーン・ゼブラは、その機能を停止した。

 

《BATTLE ENDED!!》

 

 軽快なシステム音声が告げると同時、真っ赤に燃え盛っていた粒子炎はすっと掻き消えた。そしてそのあとに残るのは、月――だったもの。月は、全体の三分の一ほどを粒子炎に燃やされ、その形を三日月型に変えていた。

 確かに、月とてプラフスキー粒子製のフィールドオブジェクトの一つに過ぎない。クロスエイトの粒子燃焼効果(ブレイズアップ)をもってすれば、燃やすことはできる。しかし、だからといって、天体の三分の一を焼き尽くすとは……エイトは自身のガンプラの性能に身震いしながらも、硬く握った拳を突き出して、宣言した。

 

「……僕たちの、勝ちです!」

 




第四十一話予告

《次回予告》

「ウチは負けられへん。あのイブスキのダボにワビ入れさすまで、絶対に。神戸心形流を裏切ったあいつを、許すわけにはいかんのや。本気でシバキ回して、師匠の前で頭下げさす……ッ!」
「私は負けられない。ラミアの心を取り戻すまで、絶対に。あの子に何を言ったのか、何をしたのか、させたのか……イブスキという男に直に問い質さなければ、気が済みませんわ……っ!」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第四十一話『フランベルジュ』

「いくで、カメちゃん。メイファ。チーム・アサルトダイブ、強襲するで!」
「頼みますわね、チバさん。ヤスさん。チーム・ホワイトアウト――参りますわ」



◆◆◆◇◆◆◆



 どうもお読みいただきありがとうございます。亀川です。
 今回はサブタイトル詐欺にもならず、また話の内容に合ったサブタイトルにできたかな、と思います。
 歪んだ可能性の獣(主に性癖が)ことタマハミ・カスミさんとの戦い、どうだったでしょうか。ドMかつメンヘラ気味の万能の天才。濃すぎる。
 ユニコーン・ゼブラの性質上、どうしてもナノさんに活躍の場が作れず……拘束用ビームフィールドは、私の大好きなマンガ「武装錬金」より、キャプテンブラボーの拘束用シルバースキンからの発想です。
 そしてエイト君、主人公の面目躍如といいますか、クロスエイトが黒色粒子に対する切り札となる可能性を示しました。
 次回は、お嬢さまの新型ガンプラが登場です。すでに製作済みなので、ガンプラ紹介も同時ぐらいで更新出来たらな、と考えています。
 どうか今後もお付き合いください。よろしくお願いします!


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Episode.41 『フランベルジュ』

 みなさんこんばんは。亀川です!
 最近更新ペースが落ちていて、読んでくださってる方々に非常に申し訳なく……リアル労働にである問題が発生しまして、一週間ほどの時間が黒歴史に取り込まれて……(泣)
 ともかく。今回はちょっとがんばって、本編とガンプラ紹介を同時更新しました。
 本編第41話「フランベルジュ」そしてガンプラ「レディ・トールギス改フランベルジュ」、どうぞお楽しみください。



「んっふっふー。ついに来てもうたな、この時が」

 

 鼻息も荒く、腕組みをして頷くエリサ。一面のトウモロコシ畑を吹き抜ける火星の風が、短いツインテールをさわさわと揺らす。

 

「イブスキの野郎をぶん殴るには、ここで勝つしかないからな……しかしまあ、ここでアンジェリカちゃんとあたるってのは運がねぇなあ、俺達も」

「ナニ弱気言うヨ、テンチョー。なっつんネーサンたち、ゲキヤバユニコーンにちゃんと勝たアル! 次がメイファたちは番ヨ!」

 

 胡坐をかいて苦笑いする店長と、ぴょんぴょんと跳ねるような動きで気合を入れるメイファ。

 ここは、チーム・アサルトダイヴの二回戦用待機ラウンジ、〝サクラちゃんのトウモロコシ畑〟だ。鉄血のオルフェンズ一期で、三日月とビスケットがチョコの人とガリガリ君に遭遇した農道の草むらに、エリサたちはぺたりと腰を下ろしていた。まだ孤児院が建設される前の時間設定らしく、どこまでも続く背の高いトウモロコシが乾いた風に葉を揺らす、牧歌的な風景だ。

 

「メイファ、今度は最初からクライマックスね! レイロンストライカー装備するで出るヨ! パツキンのネーサン、ケチョンケチョンやるネ!」

 

 すらりと長い手足を複雑に振り回し、メイファは中華風にポーズを決めた。それとちょうど同じポーズをとったドラゴンストライクが、農道のど真ん中に鎮座する作業台の上に置かれていた。そのボディには、予選や一回戦では装備していなかった追加武装(ストライカーパック)が装着されている。背部の大型ブースターと、腰から伸びる長い尻尾。そして両腕の大型トンファー。ただでさえ粒子発勁による高い格闘能力を持つドラゴンストライクだが、さらに近接戦闘に特化した装備のようだ。

 

「まったく、心強いぜメイファ。あのアンジェリカちゃんをけちょんけちょんなんてよ……まあ、俺も本気でいくがな。なあ、姐御」

 

 一方、店長のセカンドプラスは、ただでさえ強大な火力をさらに強化すべく、全身に火器を追加していた。バックパックのビームキャノンの砲身下に、大型の対艦ミサイルが二発。ウィングに三連装大型ミサイルポッドが二基。背にはガトリングシールドを懸架し、腰のウェポンラックにハイパーバズーカを乗せ、頭部にバルカンポッドを装着。フルアーマー・セカンドプラスとでも言うべき重装状態へと変身していた。

 

「んっふー、頼りにしてるでカメちゃん。ついでにメイファも。イブスキのダボをブッ飛ばすためにも、まずは〝強過ぎた白雪姫(オーバーキルド・プリンセス)〟に勝って――準決勝まで進もか!」

 

 その二機の間、作業台の中央に陣取っているのは、エリサのAGE-1シュライクだ。他の二機ほどの改造は見受けられないが――ただ、一点だけ。腰の刀が、二本になっていた。

 二刀一対のシグル・サムライブレード〝ボーンイーター〟と〝シルールステール〟。一回戦まで使っていた〝タイニーレイヴン〟に比べると幾分細身で、装飾も単調に見える二振りの日本刀を、シュライクは腰に帯びていた。

 

(姐御が二刀を使うか……アンジェリカちゃんはそれに値する相手だ、ってことだな)

(エリエリの二刀一対、久しぶりネ。また〝双璧(フルフラット)〟の剣技を見るできるアルな……♪)

 

 エリサの神戸心形流時代を知る二人にとっては、懐かしい光景。エリサのガンプラが、一切の射撃武器を持たない理由――双刀の絶技〝双璧(フルフラット)〟。

 その剣を今、エリサは振るおうとしているのだった。

 

「エリエリ、メイファ、二人前衛アルな? エリエリの剣、バッチリ見るヨ!」

「んっふっふ。乞うご期待や♪」

 

 二回戦第三試合、開始時刻。軽いブザー音とともに、チームリーダーであるエリサの目の前に空中ウィンドウが出現(ポップアップ)した。

 

《二回戦第三試合  ホワイトアウト VS アサルトダイヴ》

 

 画面中央に表示された対戦カード。その下の『出撃』ボタンが、エリサを急かすように点滅している。

 GBO最強クラスプレイヤー〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟アンジェ・ベルクデン。直接手合わせしたことがなくとも、レギオンズ・ネストの配信や今大会の予選・一回戦を見ていれば、いやというほどによくわかる。近接格闘戦だけならなんとか渡り合えるかも知れないが、それに加え、中距離でも遠距離でも最強というのが、かの〝姫騎士(リアル・アテナ)〟にして〝戦乙女(ロード・オブ・ヴァルキリー)〟の厄介な所だ。さらに付け加えるならば、至近距離での核爆発にも耐えうる防御力と、ニュータイプとしか思えない先読みのセンスと、熟練の狙撃手・砲撃手である僚機の旧ザクとのコンビネーション、それから……と、この辺でエリサは考えるのをやめた。

 

(んっふっふー。こんだけ強い相手やと、もうガチンコでぶつかってくしかないなー……エイトちゃんみたいに!)

 

 エリサはニヤリと微笑んで意を決し、出撃ボタンを勢い良く叩いた。

 

「さあ行こか、カメちゃん! メイファ! チーム・アサルトダイヴ! 強襲するで!」

 

《BATTLE START!!》

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 仮想カタパルトから撃ち出された先は、果てしない蒼穹。眼下には綿のような雲海が広がり、頭上には大気圏と宇宙との境界面が、濃紺の薄布となって覆い被さる。

 今回の戦場は地球――ただし、超高高度の成層圏。空と宇宙(そら)との境目だ。

 

「あいや、足場ないアルか!? レイロン装備ないなら、メイファ墜落だたヨ!」

「んっふっふー。一回戦もそうやったけど、GBOの運営て時々ナゾに強気やなー。地上専用機のチームにゃ配慮無しやなぁ」

「姐御、メイファ、いくらなんでもそんなこたぁねえよ。足場なら、すぐに来る(・・・・・)ぜ――ほら!」

 

 バーニアを吹かして姿勢制御するエリサたちの眼下の雲中に、MSのさらに十倍もありそうな機影がせり上がってきた。大型の猛禽類のような機影はさらにその翼長を増しながら上昇し――雲を突き抜け、その全身を雲海の上に現した。

 

「――ガルダ級か。おもろいやん」

 

 それは、常識外れの巨鳥。一個の基地がそのまま空を飛んでいるような、地球連邦軍最大の固定翼輸送機だ。その巨躯を支える翼面積は、ガンダムUC劇中ではバンシィとユニコーンが取っ組み合いを演じることができたほどだ。

 しかも、それが、

 

「あわわ……メイファ、さすがにこれは驚きヨ!」

 

 ずずず……と、鯨の群れが海面をかき分けるように。雲海を割って、次々と。公式設定では存在しないガルダ級の大編隊が、その巨大に過ぎる体躯を出現させたのだ。雲海の上に飛び石状に背中を見せるガルダ級の間隔は、飛行能力のない機体でもブーストジャンプで何とか渡り歩けるギリギリの距離だ。加えて雲海の上下にも、三次元的に数隻のガルダ級が飛行している。

 

「こいつらが、このフィールドでは足場代わりってわけだ。ガンプラの空戦能力が高いに越したことはないが、地上用の機体でも即時リタイアってことはないぜ。まあ、今の俺らの編成なら心配いらねえことだが――」

「カメちゃん、右下!」

 

 ドッ、ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!

 店長の言葉を遮るように、圧倒的な光の奔流が雲海を貫き、宇宙に迸った。

 

「メガキャノンか! 早速おいでなすったかよ!」

 

 三人はそれぞれバラバラに散開、回避行動をとる。メガキャノンは長大な光の大剣を振り回すように雲海を裂き、射線上にあったガルダ級二隻をいとも容易く両断した。

その雲海の裂け目から、鮮烈な閃光の尾を曳いて、白い姫騎士が飛び出した。ビーム刃の切っ先を鏃として、矢のように一直線にエリサに迫る――その、姿が。装甲が。エリサの記憶にあるレディ・トールギスとは、違っている。

 

「……紅色の肩当て!?」

「アンジェ・ベルクデン、レディ・トールギス改――〝フランベルジュ〟。参りますわ!」

「んっふー、おもろくなりそうやなあお嬢ちゃんっ!」

 

 ガキィィンッ!

 エリサは不敵な笑みで即応、抜刀したボーンイーターで切り払うが、切っ先を逸らす程度が限界だった。押し負けたシュライクは大きく弾き飛ばされ、高い位置にいたガルダ級の横っ腹に叩き付けられた。

 

「エリエリっ!」

「姐御っ!」

 

 メイファはレイロンストライカーのバーニアユニットを全力噴射(フルブースト)、一瞬にして夜空の星ほどの距離まで上昇していったアンジェリカを追い、飛び出した。

続いて店長もセカンドプラスを簡易変形、バックパックとボディを一体化させて疑似的なWR(ウェイブライダー)形態をとる。バーニアを吹かして飛び出そうとしたが、その鼻先を超音速の徹甲弾が掠め、押し留めた。

 

「ちぃっ、狙撃か!」

 

 狙撃手の射界内で、直線的な機動しかとれないWR形態などまさに鴨打だ。店長は舌打ちを一つ、変形を解いて回避機動を取った。しかし今度はセカンドプラスの退路を塞ぐように、爆破範囲の広い榴弾の弾幕が、次々と撃ち込まれてくる。

 

「お嬢の邪魔はさせんぞ、若造」

「アンタを押さえる役割を、仰せつかってやしてね」

 

 眼下、そしてほぼ同高度の正面、二隻のガルダ級の翼の上で、武骨な旧ザクの改造機がそれぞれの武器を構えていた。眼下の対艦ライフル装備の狙撃型と、正面のザクバズーカ二丁持ちの火力支援型。姫騎士を守る親衛隊、それも熟練の精鋭というところか。

 

「俺一人に二人掛かりたあ光栄だ! けどいいのかよ、逆にアンタらの姫さんにはウチの姐御と拳法娘、二人掛かりになっちまうぜ!」

「問題はない。すぐに三対二になる」

「あっしらが、アンタを撃ち落としやすからねえ!」

「がっはっは! いいぜ! 相手してやらあベテランさんよぉっ!」

 

 豪放に叫び、店長は対艦ミサイルを眼下のガルダ級に撃ち込んだ。迎撃する気もなかったのか対艦ミサイルはガルダ級に命中、火球を膨れ上がらせて巨鳥の片翼をもぎ取った。チバの旧ザクは傾き墜ちるガルダから意外なほど身軽にブーストジャンプ、次の足場(ガルダ)へと飛び移る。その跳躍中を狙って店長はビームライフルを構えるが、ヤスの弾幕に邪魔をされ、回避行動を余儀なくされる。チバは着地と同時に即座に対艦ライフルを構え、射撃。速射に近いタイミングだったにも関わらず、その銃弾はセカンドプラスのバルカンポッドを射抜いた。

 

(直前でズラさなきゃあ、目をやられていた……!? 老兵の技量ってやつかよ!)

 

 店長はギリリと奥歯を噛み締め――そして、にやりと口の端をつり上げた。その表情はまるで年齢に見合わない、少年のような笑顔だった。

 

「がっはっはっはっは! 面白くなってきやがったああああッ!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 〝姫騎士〟――そう形容するにふさわしい純白の重装鎧に身を包んだのがレディ・トールギスであるならば、このガンプラもまた、紛れもなくレディ・トールギスであった。二門のメガキャノンを背負い、両肩にヒートロッド・シールドを装備し、両手両足に対装甲散弾(ショットシェル)を隠し持ち、そして右手には細身のビームサーベルを構える。その機影からは間違いなく、〝強過ぎた白雪姫(オーバーキルド・プリンセス)〟と名高いレディ・トールギスの意匠を感じる。

 しかし、ただのレディ・トールギスではない。

 あえて装甲を捨て去り、一部が露出した内部フレーム構造。格闘や剣戟に対応するため、延長された手足。真珠のような純白のみならず、その内に秘めた熱量を示すがごとく紅色に輝く一部の装甲――そして、その胸の内で唸りを上げるエイハブ・リアクターの鼓動。

 レディ・トールギス改〝フランベルジュ〟。

 ヤマダ・アンジェリカがアーティスティックガンプラコンテスト出品用に製作したガンプラ。ガンプラバトルにおける修理や整備の手間を度外視し完成度のみを追求した一品。そのガンプラを、完成度こそが性能を左右するバトルシステムに読み込ませれば――結果は、火を見るよりも明らかである。

 

「おぉぉりゃりゃりゃりゃあーっ!」

「はぁぁぁぁッ!」

 

 青白い軌跡を空間に残し、二刀一対のシグル・サムライブレードが乱舞する。やや長い〝ボーンイーター〟が目にも止まらぬ連撃を繰り出し、少し刀身の短い〝シルールステール〟がその間隙を縫っての刺突や死角からの斬撃を繰り出す。しかしアンジェリカは、レディ・トールギスの持つ細身のサーベル〝ビーム・フランベルジュ〟一本きりで、凄まじいまでの連撃を見事に捌き切っていた。

 

「ん……んっふっふ、こっちゃ手数二倍やのに攻め切れん! やりおるなあ、お嬢ちゃん!」

「お褒めにあずかり光栄ですわ、〝双璧(フルフラット)〟さん。研鑽を積んだ甲斐があるというものっ、ですわっ!」

 

 優雅な剣術から一転、強引な踏み込み。サーベルによる鋭い刺突を、エリサは身を捻ってかわし、その回転の勢いをそのまま横薙ぎの斬撃に繋げた。しかし、

 

「なっ、手首を!?」

 

 レディ・トールギスの左手が、シュライクの右手首をがっちりと掴み取っていた。手首の動きを押さえられれば、刀剣類は一切の攻撃力を失う。エリサは即座に左の〝シルールステール〟を逆手に持ち替え、フレームが剥き出しになったレディ・トールギスの脇腹に突き立てようとするが、

 

「拙速ですわね!」

 

 猛烈な加速度が、エリサを襲う。続いて衝撃。一秒程遅れて、エリサの意識が現実に追いついた。レディ・トールギスは、全身のスーパーバーニアを全開にして猛加速。自身の体重と加速度の全てを乗せに乗せて、シュライクをガルダ級の翼に叩き付けたのだ。シュライクはガルダの翼に深くめりこみ、身動きが取れない。

 

「あなたほどの相手となら、あるいは戦いを楽しむこともできたのでしょうけれど」

「ん……っふっふ。そいつは光栄やな、お嬢ちゃん」

「でも、私はここで止まれませんの」

 

 レディ・トールギスの前腕部に搭載された火砲が、シュライクに突きつけられる。短い砲身に比して、やけに太い砲口。手足に仕込んでいるのと同じ対装甲散弾(ショットシェル)を連射可能な追加装備、ショットシェル・ガンナーだ。

 

(ちぃっ……ま、まさかここまでの実力差があるやなんて……!)

「エリエリィィッ!!」

 

 エリサがぎゅっと手汗を握り潰すのと同時、ガルダの翼が内側から(・・・・)弾け飛んだ。

 

「爆撃……いや、あのストライクのっ!?」

「メイファ! 粒子発勁か!」

 

 飛び散る装甲板や内部機器に紛れて、シュライクもその場を離脱。左翼部分が骨組み(フレーム)だけになって墜ちていくガルダの背中を駆け上がるようにして、レイロンストライクがレディ・トールギスへと突撃する。

 

「ホォアリャーーーーッ!」

 

 迎撃に打ち放たれるショットシェル・ガンナーを曲芸のような身のこなしで躱し、あっという間にレディ・トールギスに肉薄する。剣の間合いよりもさらに近い、ほぼ密着するような距離、徒手空拳の間合いだ。

 

「ハイィッ! セイッ、アチャーーッ!」

 

 粒子発勁の光を宿した掌打が、予測不可能な位置から繰り出される蹴りが、鋭く差し込まれる肘が、膝が、レイロントンファーのブレードが、メイファが得意とする中華拳法の動きそのままにレディ・トールギスへと襲い掛かる。

 しかし、当たらない。

 粒子発勁はシュライクの刀を止めたときのように手首を押さえられ、蹴りは出だしの膝や爪先を押し止められる。トンファーの斬撃には、ビーム・フランベルジュで合わせる。あまりにも完璧に打ち合う攻撃と攻撃は、まるで手順の決まった型稽古のようにすら見えた。

 

「えぇい、ちょい卑怯やけど! メイファ、二人掛かりでいくで! 合わせや!」

「ハイな!」

 

 メイファはトンファーをわざと大振りに振り抜き、弾かれた反動を利用してそのままバックステップ、レディ・トールギスと距離を取る。入れ替わりにエリサのシュライクが突撃、二刀一対の〝ボーンイーター〟と〝シルールステール〟を連続して横薙ぎに斬り抜ける。当然のようにビーム・フランベルジュで切り払われるが、エリサとメイファで前後からアンジェリカを挟み込む形が出来上がった。

 

「メッタ斬りにして隙を作る! 粒子発勁打ち込んだれ!」

「御意ネ、エリエリ! ホァチャーーッ!」

 

 シュライクの二刀一対、そしてレイロンストライクのトンファーブレード。振りかざされた計四振りの刀身がギラリと光る。しかしアンジェリカは、突撃する二人を突き放すように急上昇、天高く舞い上がり、左右のメガキャノンを展開した。

 

「相手の土俵で二対一をやりきれるなどとは、己惚れていませんわ」

 

 そして降り注ぐ、冗談のような高出力、かつ凄まじい連射力のビームの集中豪雨。墜落しかけていたガルダが一瞬でハチの巣になり爆散する。

 

「えぇいっ! 今度は間合いに入れさせんってことかい! やりおるなあ、ホンマにぃッ!」

 

 一発一発が落雷のような砲撃の嵐の中を、エリサとメイファは右に左に飛び回って回避する。真っ白だった雲海はメガキャノンに吹き散らされて穴だらけになり、壮観だったガルダ級の大編隊ももう三割近くが大破炎上、隊列は乱れに乱れている。

 

「逃げ回ってもジリ貧や……左右から突っ込むで、メイファ! タイミング、一、二の三やで!」

「御意ヨ! (イー)(アル)……」

「三やっ!」

 

 シュライクとレイロンストライクは、鋭角的に反転上昇、レディ・トールギスとの距離を一気に詰める。連射しているように見えて正確なメガキャノンの閃光が装甲を掠め、ジリリと塗装を焼く。しかし二人とも速度は緩めず、回避機動は最低限、ほぼ一直線に近い軌道でレディ・トールギスに突撃する。

 その突撃に決死の覚悟を見て取り、アンジェリカは微かに微笑んだ。武器スロットを操作し、メガキャノンの砲撃を停止。代わりに両肩のシールドから最大出力でヒートロッドを射出し二機を迎え撃つ。

 

「行きなさい、ヒートロッド!」

「しゃらくさいわあっ!」

 

 鋭角的な鱗の並ぶ龍の尾のようなヒートロッドが、直線的な軌道で迫り来る。エリサは両手の二刀でヒートロッドを切り払い、その軌道の内側に入り込んでさらにレディ・トールギスへと迫っていく。メイファもレイロントンファーで切り払おうとするが、ブレード部分に絡みつかれて左のトンファーを破壊されてしまった。しかし、パージしたトンファーの爆発を目くらましにする形で、シュライクとほぼ同じ距離までレディ・トールギスに詰め寄ることに成功した。

 

「いくでっ! 今度こそメッタ斬りやぁぁっ!!」

「ホァーータタタタタタタタタタタァァァッ!!」

 

 二刀一対のボーンイーターとシルールステールが、粒子発勁とレイロントンファーが、無呼吸連打の勢いで炸裂する。アンジェリカは短く直剣状に固定したヒートロッドとビーム・フランベルジュの三手で剣と拳の乱打を迎え撃つ。

 しかし、近接格闘に特化した二機揃っての連続攻撃を、流石のアンジェリカも完璧には捌き切れない。当たれば一撃必殺の粒子発勁だけは打ち払い続けているが、そこに意識を裂いているためか、数発に一発程度攻撃を受けてしまっている。ボーンイーターがシールド表面を削り、シルールステールが装甲を刻む。レイロントンファーがビーム・フランベルジュを弾く。

 

「いよっし、このまま攻め切るでメイファ! 気張りやぁっ!」

「ハイハイなーっ! アタァァッ!」

 

 気合一声、ついに粒子発勁が炸裂した。レディ・トールギス左腕のショットシェル・ガンナーにレイロンストライクの掌打が直撃、爆散する。アンジェリカは咄嗟に装備排除(パージ)して粒子発勁の機体本体への浸透を防いだが、大きく姿勢を崩される。

 

「逃がさん! もう一丁ぉぉっ!」

 

 斬り上げるボーンイーターと斬り下すシルールステール、現実の剣術にはありえない奇抜な太刀筋が閃いて、レディ・トールギスの右腕を肩口から斬り飛ばした。ビーム・フランベルジュを持ったままの右腕がくるくると宙を舞い、肩の傷口から、赤黒い循環液が血のように噴出した。

 ビーム・フランベルジュ、左右のショットシェル・ガンナーと右のヒートロッド。防衛手段を一気に失ったアンジェリカだが、しかし――その口元から、柔らかい微笑みは消えなかった。

 

「よっしゃ攻めきれぇぇいッ!!」

「ホアチャァーーッ!!」

「――チャージ、完了」

 

 ガツン。勝機を見出し、剣と拳とを振りかざして躍りかかる二人の胸先に、メガキャノンが突きつけられた。レール状の砲身の間には青白い放電が走り、最大限まで圧縮された粒子エネルギーが炸裂寸前にまで膨れ上がっている。

 

「なっ、しまっ……」

「ツイン・メガキャノン、最大出力(フルドライブ)! 吹き飛びなさいな!」

 

 ズオ――オオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「おやっさん、すんません!」

 

 セカンドプラスのシールドスマートガンが胴体を貫通し、ヤスの旧ザクは足場になっていたガルダ級ごと爆発した。しかし、撃ったセカンドプラス自身もすでに満身創痍、シールドスマートガンの反動に耐えきれず、左腕の関節は火花を散らしてヘタってしまった。

 

「畜生、GBOでよかったぜ。ダメージレベルBでも関節交換するレベルだなコイツは」

「あとの心配とは余裕だな、若造!」

「おわっ!?」

 

 腕から外したシールドガンのど真ん中を徹甲榴弾が射抜き、爆発。爆風に押されるようにして、セカンドプラスは上空へと舞い上がった。

 

「若造若造ってなぁ! 俺もう二十代半ばなんですがね、ベテランさんよぉ!」

「その反応が若造だと言うんだ」

 

 さらに二発、狙撃がセカンドプラスの装甲を掠める。店長はギリギリのところで銃弾を回避しつつも、内心では焦っていた。戦闘序盤、二対一という数の不利を覆すために、持てる火力の限りを惜しみなく放出して、相手を抑え込んだ。その甲斐あってなんとか一機は撃墜できたが――残弾が、もうほとんどない。さらには、致命傷こそまだないが、敵の弾を受け過ぎて耐久力もかなり低下している。シールドガンの射撃に自分の腕が耐えきれなかったのが、良い証拠だ。

 

「FCS、残弾チェック……ラピッドガンが少しと、ガトリングシールドが半分か……!」

 

 少し画面に目をやった瞬間、狙撃の一発がセカンドプラスの右肩を射抜いた。フレームは無事だが、ラピッドガンが使用不能に。残り少ない射撃武器を、さらに削られてしまった。

 

「くぅ、コイツは……撃ち合いはもう無理だな。突っ込むか!」

 

 店長はぐしゃぐしゃと頭を掻いてから、意を決したように武器スロットを操作、すでに何発も被弾しボロボロになっているBWS(バックウェポンシステム)を機体から分離させた。単独飛行形態に変形するBWSからガトリングシールドを受け取り、ヘタって動かない左腕の代わりに、右腕に装備した。

 

「さあ行くぜ、これが最後の攻撃だ!」

 

 BWSにバルカン砲をばら撒かせながら先行させ、自分もガトリングシールドで弾幕を張りつつ、後を追って突撃する。

 ガルダ級の背中で片膝立ちの狙撃指定を取るチバの旧ザクから、迎撃の対艦ライフルが一発、また一発と射ち放たれる。しかし店長はその射線上にBWSを配置、盾代わりにして突っ込んでいく。

 三発、四発、五発――六発目の銃弾を受け、BWSはついに大破。火を噴きながら墜落した。

 

「だがよ、ここまで来ればッ!」

 

 七発、八発目の狙撃をガトリングシールドで受け、機能停止したシールドは投げ捨てる。その手に膝部装甲から引き抜いたビームサーベルを展開し、大上段に構えて、もはや銃の間合いには近すぎる旧ザクへと躍りかかる。対艦ライフルの長大な銃身は、この間合いではもはや無用の長物。ビームサーベルの一撃の方が、確実に速い――!

 

「もらったぜ、ベテランさんよ!」

「フ……青いな」

 

 ガゴオォンッ!

 

「な……に……っ!?」

「奥の手ってぇのは、最後まで隠しておくものなんだよ」

 

 セカンドプラスの腹部、設定上コクピットがある部分には巨大な風穴が空いていた。そこに突きつけられているのは、旧ザクの対艦ライフル――ただし、邪魔な銃身を基部からごっそり外し、ほとんど機関部のみといったような、異様な形状の短銃と化した対艦ライフルだった。

 

「くっ……悪ぃ、姐御。墜ちちまった……!」

 

 唇を噛む店長の言葉を最後に、セカンドプラスは爆散――成層圏の強風に炎と煙は吹き散らされ、ガルダの背には旧ザクだけが残される。

 チバは黄色いモノアイをぐるりと巡らせ、周囲を警戒。敵の反応がないことを確認し、一発限りの奇襲技を使い、再使用不能となった対艦ライフルを足元に投げ置いた。

 

「……敵影は無し。お嬢の方も、終わったみたいだな」

「ありがとう、チバさん」

 

 言葉と同時、旧ザクのとなりに白騎士が降り立つ。

 しかしその姿は、満身創痍。右腕は切り落とされ、肩口には袈裟切りの形で小振りな日本刀が深々と喰い込んでいる。また左腕は、指先から二の腕までの装甲が内側からめくれ上がったように弾け飛び、内部フレームが露出している。さらに、ゼロ距離で全力射撃をした影響か、二門のメガキャノンは砲身が灼け落ちてしまっていた。圧倒的完成度を誇るレディ・トールギスでなければ、撃墜判定を下されているほどの損傷だ。

 

「ボロボロじゃねえか、お嬢。強敵だったか」

「ええ。必殺のタイミングで、ゼロ距離を取ったのですけれど……そこから最後の反撃を受けて、この体たらくですわ。私もまだまだ、精進が必要ですわね」

 

 額に浮かんだ汗を手の甲で拭い、アンジェリカは真剣な顔で首を横に振った。

 しかし今、ここに立つのはレディ・トールギスと旧ザクの二機。

 ハイレベルトーナメント二回戦第三試合、ホワイトアウト対アサルトダイヴ――奪われた親友と、汚された看板。ともに負けられぬ理由を背負った者同士の対決は、アンジェリカ・ヤマダ率いる、チーム・ホワイトアウトに軍配が上がったのだった。

 

《BATTLE ENDED!!》

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――ヤマダ重工の女子寮から、徒歩で15分ほどのネットカフェ。その個室スペースの一つに、ラミアは引き籠っていた。

 

「私は強い……私は強い……私は……弱く、ない……っ!」

 

 決して広くはない個室の隅に膝を抱えてうずくまり、まるで悪寒にでも曝されているかのように、小刻みに肩を震わせている。何かを恐れてでもいるかのようなラミアの目は、大型ディスプレイに表示されたGBOのリアルタイム配信――二回戦突破を決めたレディ・トールギスの勇姿に、くぎ付けになっている。

 

「勝ったんだ……はは、お嬢さま、また勝ったんですね……さすがはお嬢さまです……」

 

 ――それに引き換え、私は。

 ラミアはばりばりと頭を掻き、流麗な銀髪がぐしゃぐしゃにかき乱される。

二回戦第一試合での大破撃墜。〝市街戦の女王(ウルトラヴァイオレット)〟への敗北。その後の、ゴーダ妹の覚醒。チームとしては勝利をしたが……わたしは(・・・・)まけたのだ(・・・・・)

 ヤマダの女子寮は、いつの間にか飛び出していた。ふと気づくとラミアは、この数日ろくに着替えてもいないジャージ姿のまま、街中を彷徨っていた。褐色の肌に銀色の髪、ただでさえ目立つ外見をしているラミアに周囲の人々は好奇の視線を向けてひそひそと噂しあい、または露骨に白い目で睨み足早に立ち去っていく。その無遠慮な人の波に、ラミアは「私を見るなァッ!」と、思わず怒鳴りつけていた。

 アンジェリカと出会う以前だったら、ひたすらに耐え忍んでいた。アンジェリカと出会ってからは、気にしなくなっていた。でも、今は。周囲の視線の一つ一つが、肌を刺す不快感となって押し寄せる。まるで強化人間に調整されたかのように、感覚が鋭敏になっている。他人(ヒト)悪意(プレッシャー)が、自分を押し潰そうと嘲笑いながら迫ってくるかのようだ。

 洪水のような視線から逃げ出すように、ラミアはネットカフェに飛び込んでいた。偶然入った店が、料金後払い制だったのは幸運だった。着の身着のままのラミアは財布など持っていなかったが、ジャージのポケット入れっぱなしだったヤマダ重工の社員証を身分証明にして、個室スペースに潜り込んだ。この状況だ、料金は踏み倒すしかあるまい。

 

(ふふ……あはは……笑えるなあ、私は。こんな状況だって言うのに……)

 

 泣き笑いのようなラミアの目が、ディスプレイの横のわずかなスペースに向けられる。

 そこには、一体のガンプラがあった。

 白黒の二色、太い脚に細い腰。右腕のビームガトリングガン、背部の長いアーム付きハング――サーペントハング。〝多すぎる円卓(サーティーン・サーペント)〟筆頭の証、ラミア専用のサーペント・サーヴァント。

 

(なんで、この機体を……持ってきたんだろうなあ……)

 

 現在の愛機、セルピエンテではなく。

 赤姫に負けた、全てが狂いだしたあの敗北の時に使っていた、サーペント・サーヴァント。

 財布すら持たずに寮を飛び出したというのに、なぜ、私は――ぐちゃぐちゃに、どろどろに渦を巻くラミアの心の奥底に、何か一筋の光が見えた。それは、思い出。私とお嬢さまが、出会ったばかりの頃の。何もなかった私に、ガンプラバトルを教えてくれたお嬢さまとの日々。特別なサーペントを、一緒に作ろうと言ってくれた、あの時の――濁り、淀んでいたラミアの瞳に、僅かに光が戻っていた。

 

「――あぁ、そうか。私にとって、お嬢さまは――」

『おやおや、随分と辛気臭いご表情ですねえ』

 

 墨汁をぶちまけるような声色が、狭い個室に響いた。ラミアはびくりと身を震わせ、濁った瞳でパソコンを睨みつける。

 

「貴様、なぜここがわかった」

 

 イブスキ・キョウヤ。彼のパーソナルマークである〝赤い三つ目の蛇〟の紋章が、ディスプレイの端に表示されている。GBO内のVC機能が、強制的に作動させられているらしい。

 

『いやなに、大したことではありませんよラミアさん。GBOのネットワークには……まあ、詳しくは貴女に言ってもわからないでしょう。ちょっとした仕掛けがある、とだけお答えしておきましょうかね。ククク……』

 

 相変わらず、蛇のように嗤う男だ。ラミアはその声色を聞いて、今まで自分がこの男に嫌悪感を抱いていなかったことに驚いた。意識して硬く冷たい口調を作り、画面越しに言葉を返す。

 

「何の用だ。別に逃げ出したわけではない。あの寮では、いつお嬢さまがドアを破ってこないとも限らないと考えたまでのことだ。ガンプラはどうせまた、データオンリー機とやらで用立ててくれるのだろう?」

『ええ、もちろんですとも。〝貴女に力を〟というのが、私とあなたとの契約ですからねぇ。少しばかり特殊な事情で、ゴーダのご兄妹には準決勝にご参加いただけなくなりましたから……次はあなた一人でも、例の〝赤いガンプラたち〟を殲滅できるガンプラをご用意いたしましたよ。期待していただいて構いません――』

 

 まとわりつくような独特のリズムで持って語るイブスキの言葉は、聞きようによっては神経を逆なでされているようにも感じられる。しかしその言葉を聞くたびに、ラミアの目の色は濁り、淀み、一度は消えかけた狂気が戻ってくる。そして――

 

『オーバードーズシステムを、貴女の機体にも実装しましたしねぇ』

 

 ――その一言で、ラミアは画面に喰いつくように身を乗り出したのだった。

 

「……あのシステムを!? 強いのだな、そのガンプラは!」

『ええ、ご期待に沿えることでしょう。これからも存分にご活用ください――この私と、黒色粒子の力を、ね』

 

 そして転送されてくる、大量のガンプラデータ。そこに書き連ねられたカタログスペックを見て、ラミアは両目を大きく見開いた。

 両腕を廃し装備された、二基のセルピエンテハング。大量の誘導弾。

 そして、スーパーバーニア(・・・・・・・・)ドーバーガン(・・・・・・)

 もはや面影を残さないほどの改造を施されていたが、その機体のベースとなったガンプラは、つまり――

 

「はは……! これなら私は、お嬢さまの隣に立っても……恥じない、強さを……!」

 

 ――乾いた声で言うその口元には禍々しい笑みが浮かび。そして目の色は、完全に濁り切っていた。

 




第四十二話予告

《次回予告》

「むきぃーっ! 許せないのです許せないのです絶対に許せないのですーっ!」
「このナルミを差し置いて、根暗前髪先輩が彼氏持ちだなんて……腹が立つ! なのです!」
「デート現場まで尾行してやるのです。どうぜ根暗前髪先輩にお似合いな、クソピザのキモヲタ野郎がやってくるに決まってるのです!」
「……と、言ってる間に待ち合わせの公園なのです。賢いナルミは茂みの影からウォッチングなのです。さてさて、彼氏とやらのお顔を拝んでやるかなのです!」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第四十二話『アンフィスバエナ』

「……んむぅ。い、意外とまともな……というか、ぶっちゃけイケメンなのです……つまらんなのです……」
「……って、え? ひゃ、ひゃわわ!? こここ、ここは公園なのですよ!? えっ、あっ、根暗前髪先輩そんな大胆な……ななな、なんということなのです!? ひゃわ、すご……えっ、そんな場所でそんなコト……きゃわわわわ!?」
「みみ、見てられないなのです! な、ナルミは退散するのですぅーーーーっ!!」



◆◆◆◇◆◆◆



 と、いうわけで。第41話でしたー。
 神戸心形流を裏切ったイブスキへの制裁のために大会に参加したエリサたちでしたが、あえなくここで敗退。別ルートでのイブスキとの対決をさせてあげる予定ですが、今大会ではここまでです。
 そして、アンジェリカお嬢さまは、どんどん墜ちていくラミ公を救うことができるのか!?
 自分で書いておきながら、ちゃんと伏線回収できるか心配になってきました(笑)
 今回はガンプラ紹介も同時に更新しておりますので、どうぞそちらもご覧ください。感想・批評もお待ちしております!
 


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Episode.42 『アンフィスバエナ』

「……ついに、準決勝ですね」

 

 イサリビの食堂を模した、特設ラウンジ。食堂テーブルの天板を緊張した面持ちで見詰めながら、エイトは呟いた。強張ったその肩に、ポンと軽く掌が置かれる。スタイルの良い長身、黒いジオン系ノーマルスーツ――掌の主は、ナツキだった。

 

「ビビんなよ、エイト。オレサマがついてんだからよォ」

「ナツキさん。ありがとうございます」

「妬けてしまうなあ、エイト君」

 

 言いながらエイトの隣に腰掛けるのは、赤いオーガスタ系パイロットスーツ姿のナノカだ。ナノカは微笑みながら三人分の飲み物を手元に転送(ダウンロード)し、それぞれ手渡した。

 

「私も、キミの背中を守るから。存分に突撃してほしい」

「はい、ナノさん!」

「ハッハァ、良いカンジじゃあねェか赤姫。ついでにオレの背中も頼むぜェ?」

「ふふ……いいよ、ビス子。エイト君のついでくらいには、考えておこうかな」

 

 エイト、ナツキ、ナノカはそれぞれ目を合わせて頷き合う。

 

「さァ、準決勝だ。あの狂犬野郎どもをぶっとばしてやろうぜェ!」

「ああ。あの男にたどり着くためにも……トウカのためにも……勝とう、エイト君。ビス子」

「はい、ナノさん。ナツキさん。チーム・ドライヴレッド……勝利に向かって、戦場を翔け抜けましょう!」

 

 カツン……! 

 ミルク、コーラ、お汁粉を満たした三つのカップが、小気味よい音を立てて突き合わされた。

 と、そこへ、

 

「わ、私も仕方なく応援してあげるわねっ、アカツキエイト! し、仕方なくなんだからねっ!」

 

 髑髏マークの彫刻された金ピカのカップが突き合わされ、

 

「うふふ……この大会がおわったらぁ……わたしといぃっぱい、壊しあいましょうねぇ……♪」

 

 白と黒の縞々模様のグラスもさらに追加され、

 

「アカツキくぅん、ヤエとも遊んでくれるのよねぇっ♪ ちゃっちゃと片づけちゃってね♪」

 

 ブルーメタリックに輝く金属製タンブラーも加わり、

 

「んっふっふー♪ エイトちゃんの出陣にぃー、かんぱーいっ♪」

「よくわからんアルが、カンパーイ! イェイイェーイ!」

「ったく、こんな美少女たちに囲まれて、羨ましい限りだぜエイトのボウズ!」

 

 GP-DIVEのロゴが印刷された湯呑が三つ、突き出された。

 

「――ってなんでテメェら当たり前のように居座ってんだよォッ! 今は試合直前のォ、チームの時間をだなァ!」

 

 唾を飛ばして怒鳴り、テーブルをばんばん叩くナツキ。しかしそんな怒声もどこ吹く風、カスミはうっとりとした顔でエイトにすり寄り、爪を立ててエイトの首筋をカリカリと引っ掻く。

 

「あらあら、なによぅ……いいじゃなぁい。準決勝からはぁ、一般プレイヤーの会場入りと観戦がぁ、解禁なのよぉ……?」

「そりゃラプラスのメインステージの話だろうがァ! なんでテメェらがチーム専用ラウンジにまで入り込んでンだよッ!」

(んっふっふー……ウチがエイトちゃんに頼んで招待メール出しまくってもろたんやけど……オモロそうやから黙っとこー♪)

「細かいことはぁ、いいじゃなぁい……それよりなによりぃ、私とアカツキくんはぁ、壊しあって愛しあう運命……うふふふふふふふふ」

「あ、あはは……ぶ、物騒な運命ですね……」

 

 焦点のあっていない目で怪しく笑うカスミに、エイトは引きつった笑みを返すことしかできない。そんなエイトとカスミの間に、ミッツが小さな体を無理やり捻じ込んだ。

 

「ちょ、ちょっとアカツキエイトにナニすんのよ! いやがってるでしょ!」

「そーよそーよ、アタシのオモチャに勝手に触んないでよ! っていうか、アンタが兄兄(にぃにぃ)ズにしたこと、まだ許して無いんだからねっ!」

 

 ヤエもその上から覆い被さるようにしてエイトに抱きつき、そして気づいていないふりをして、胸のふくらみをぐりぐりとエイトの顔面に押し当てた。

 

「ね~ぇ、エイトくぅん? いっしょに遊ぶならぁ、あんなお子ちゃまやメンヘラ娘よりもぉ、おねーちゃんの方がいいわよね~?」

「い、いや、あの、その……」

「むっきーーーーっ! アカツキエイトから離れなさいよっ! この年中発情猫がぁぁぁぁ!」

「アカツキくん……おっぱい、あるほうが……いいのかしらぁ……」

「だ・か・らァ! テメェらはさっさとウチのラウンジから出ていきやがれェェェェッ!!」

 

 ニタニタと底意地の悪そうな笑みを浮かべるヤエ、キーキーがなりたてるミッツ、自分の起伏の無い身体を寂しげに見下ろすカスミ、怒り狂うナツキ。

 そして――

 

「ずいぶんと、楽しそう(・・・・)じゃあないか」

 

 ゴゴゴゴゴ……地鳴りのようなプレッシャーを背負い、微笑むナノカ。ミッツが突っ込んできた衝撃でコップの中身が頭からぶちまけられ、ナノカの髪はジュースに濡れていたのだ。ぽたぽたとしずくを垂らす前髪の奥で優し気に細められた目には、煉獄の劫火が渦巻いている。

 

「あらぁ……たぁいへん……」

「にゃはは……」

 

 危険を察知したカスミとヤエは潮が引くように退散。必然、最後までナツキと睨み合っていたミッツの肩に、赤黒いオーラを纏ったナノカの掌が置かれることになる。

 

「ちょっと、何を……ひっ!?」

 

 ミッツの顔からさぁーっと血の気が引く。暗黒面(ダークサイド・ナノカ)の気配を感じ取ったエイトは慌ててとりなそうとするのだが、

 

「あ、あの、ナノさん。ミッツちゃんもわざとじゃあないでしょうし、ここは穏便に……」

「ふふふ優しいなあエイト君はわかったよ穏便に済ませようかできるだけ(・・・・・)それはそうとミッツちゃん君自身から言うべき言葉を聞いていないのだけれど」

「あの、その、ご、ごめ……」

「続きはエイト君に見えない部屋で聞こうかさあこっちに来るんだほら早く」

「ひ、いぁ、ごご、ごめんなさぁぁぁぁいっ!」

 

 ずるずるずる……満面の笑みのナノカに引き摺られて消えていくミッツ。エリサはその様を指さしてケタケタと笑い、店長は渋い顔で敬礼をして見送るのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――それが、三十分前のこと。あのあと戻ってきたミッツが「ナノカお姉サマには決して逆らいません」と涙目赤面で何度も何度も繰り返していたのは少し気になったが、それはそれ。

 今、集中すべきことは……

 

《準決勝第一試合  スカベンジャーズ VS ドライヴレッド》

 

 メインモニターのど真ん中に堂々と表示された対戦カード。試合開始までのカウントダウンは、残り百二十秒を切っている。エイトは機体各部の最終チェックを終え、仮想カタパルトにクロスエイトの両足を乗せた。

 

「……エイト君」

 

 メインモニターの右手に、ナノカからの通信画面が開かれた。今回の仮想カタパルトはかなり大掛かりな設備で、横に三基が並んだ構造になっている。通信画面のさらに奥には、クロスエイトと同じくフットロックに足を乗せたレッドイェーガーの姿も見える。

 

「次の試合。例の彼女は、私を執拗に狙ってくることが予想される」

「そう、ですね……」

 

 例の彼女――狂犬にして毒蛇。元・アンジェリカ親衛隊の、墜ちた番犬。エイトも幾度か剣を交わしたが、その度に。そして、この大会で試合を重ねる、その度に。彼女の狂気は闇を深くしている。

 

「アイツの赤姫へのこだわりは異常だからなァ……あの女にとっちゃァ、ここが決勝戦みてェなモンか」

 

 左手に開いた通信画面では、ナツキが顎に手をあてて、眉根にしわを寄せている。既に出撃準備の完了しているドムゲルグのモノアイが、ナツキの言葉に合わせてグポンと光った。

 

「ゾンビ化ビットも気になるがなァ……赤姫が蛇女の囮になってる間に、オレとエイトでゴーダ兄妹を撃つ、ってのはどうだァ?」

「ふふ、わかっているじゃあないかビス子。私もそう言おうと思っていたところだよ。いいかい、エイト君。作戦はそれで」

「はい、了解です。ただ、ナノさん一人ではつらい場面もあるかもしれません。ナツキさん、今回は後衛で、僕とナノさんのどちらにも火力支援ができる位置取りをお願いします」

「よォっし、了解だエイト! オレサマの爆撃が遠距離でもアテになるッての、見せてやらァ!」

「私達の目的のためにも……ここで彼女に、復讐を遂げさせるわけにはいかないね……!」

 

 三人で画面越しに頷き合い、コントロールスフィアを握る手にぐっと力を籠める。ほぼ同時に、カウントダウンが残り十秒を切った。

 

「行きましょう、ナノさん! ナツキさん!」

「ああ、エイト君。〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟ナノ。レッドイェーガー。始めようか」

「〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ビス丸! ドムゲルグ・デバステーター! ぶち撒けるぜェッ!」

「ガンダム・クロスエイト! アカツキ・エイト! チーム・ドライヴレッド――戦場を翔け抜けるっ!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――チーム・スカベンジャーズ側の仮想カタパルト。そこにあるガンプラは、二機だけだった。

 

「……イブスキッ、約束は守れよ! 嘘だったら、絶対に……ッ!」

『おやおや、随分と必死なご様子だ。そう力むと、勝てる試合も勝てなくなりますよ……いいのですか、すぐに(・・・)負けても?』

「テメェ……ッ!」

 

 現実であれば血が滲むほどに、バンは唇を噛んだ。

 部屋から消えたレイを探して、走り回ること十数分。仕事以外で鳴ることもない古い携帯電話に届いたメールには、「イブスキ・キョウヤ」という差出人の名と、一枚の写真データだけが表示されていた。

 着古された、女児用のパジャマ。見間違えるはずもない、レイのお気に入りのパジャマだ。いなくなる直前までレイが着ていたそのパジャマだけが、無機質なコンクリート床の上に広げられていたのだ。

 瞬間、視界が真っ赤に染まるほどの激情に駆られ、バンはイブスキの携帯番号を叩き、怒鳴り散らしていた。しかしそのバンに対し、イブスキはあくまでも冷静に――冷徹に、むしろ余裕さえ覗かせながら、交換条件を突きつけたのだった。

 

『――妹さんの安全は、私の名にかけて保証しますよ。今のところは(・・・・・・)、ね

『何せ貴重な被験体ですからねぇ。ここまで短期間で、こんなにも! 黒色粒子に適応したファイターは初めてですよ。たった一戦で、非常に有用なデータが取れました

『ですから、妹さんはとてもとてもImportantなのですよ。私に――いえ、我々にとっても

『まあ、バンさん。あれだけ追い詰められてもバンディッド・レオパルドのオーバードーズシステムを発動させられなかったあなたには、もう利用価値はないのですが――

『――妹さんを、助けたいのでしょう? でしたら、良いお話がありますよ

『ああ、あなたが警察を頼れないことは既に調査済みです。高校中退の身で、年齢を偽って就職など……するものでは、ありませんでしたねぇ? ククク……

『さぁ、愛しい大切なたった一人の妹さんのためです。よぉく聞いてくださいね。次の試合で、あなたは――』

 

 ――もしも、時間を遡れるのなら。イブスキ・キョウヤとガンプラバトルの契約を結んだ自分を、助走をつけてぶん殴りたい。しかしそれも、叶わぬ願い。今の自分にできることは、あの最低な男の策略に乗せられて、このバンディッド・レオパルドで戦うことだけだ。

 

「……どうした、ゴーダの兄。戦いの時間だぞ?」

 

 通信画面が開き、特異な仮面を付けた女の顔が映し出される。

 毒々しい紫色の面体に豪華絢爛な金糸で刺繍を施した、中世の仮面舞踏会のような仮面。目元も口元も大きく開けており顔を隠す効果もなさそうだが、どこか異形めいた仮面だ。

 

「何でもねぇよ。考え事だ……それより、なんだその仮面は」

「はは、よく気づいたな! これこそ私の強さの証明! このトールギス・アンフィスバエナと共に、私が手にしたんだよ!」

 

 演技がかった調子で、まるで強化人間の末期症状のように声の調子を荒らげるラミア。その急な熱狂に応えるかのように、ラミアのガンプラが――トールギス・アンフィスバエナが、獣じみた唸りを上げた。

 MG(マスターグレード)規格の大柄なボディには、素体であるトールギス系の面影が残っている。頭部はトールギスⅡ特有の角の無いガンダムフェイスだ。

 しかしその腕は、完全なる異形。肩口からそのまま生えた、二本のセルピエンテハング。そして、大口径化した二門のドーバーガンと、裏面にレプタイルシザーズを装備した円形シールドが二枚、それらを保持する計四本のサブアーム。計六本もの長大なハングアームが、うねうねと生物的に蠢いている。

 

「このアンフィスバエナをもってすれば、赤姫とて簡単に喰い千切ってやれるというもの! 貴様の妹が不参加なのも、私さえいれば勝てるというイブスキの判断なのだろう? ははは! ただし赤姫は私の獲物だ、わかっているよなぁゴーダのお兄ちゃん!」

 

 仮面の奥で両目を見開いて哄笑するラミアに、バンは返す言葉がなかった。だからただ、コントロールスフィアをきつく握りしめて、イブスキとの約束を――否、イブスキから突きつけられた交換条件を、頭の中で思い描く。

 

(レイを助ける……取り戻す……そのためなら、俺は……!)

 

 バンディッド・レオパルドを乗せた仮想カタパルトが軽く振動して動き始めた。フットロックが射出位置に固定され、バンは機体に腰を落とした姿勢を取らせる。その隣では、ラミアのアンフィスバエナが異形の六本腕をくねらせながら、MA用の大型カタパルトへと機体を運び込んでいた。

 

「では行くぞゴーダの! トールギス・アンフィスバエナ! 喰い千切るッ!」

「ゴーダ・バン。(バンディッド)レオパルド……エモノを掻っ攫う!」

 

《BATTLE START!!》

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「ここは……ラプラスコロニーですね」

「それも、テロで崩壊する前のようだね」

 

 仮想カタパルトから飛び出したエイトたちの眼前に、旧式のドーナツ型スペースコロニーが圧倒的なスケール感で迫ってきた。真っ白な外装、壁面に記された〝LAPLACE〟の文字――宇宙世紀の始まり、UC.0000を刻んだ宇宙世紀憲章締結の地だ。原作ではテロ行為によって破壊されたラプラスコロニーが、今、エイトたちの目の前で、完全な形でゆったりと回転している。

 

「まァ、実際に人が住んでいるわけでもねェんだ、遮蔽物を使うならコロニー内で戦うってェ手も……っておい!? なんだこりゃァ!?」

 

 コロニーの天窓スレスレを飛行しつつ、中を覗き込んでいたナツキが素っ頓狂な声を上げた。

 

「どうしたんです、ナツキさん……って、え!?」

「……随分と凝った演出だね。GBOの開発班には頭が下がるよ」

 

 つられてコロニーを覗き込んだエイトもまた驚き、ナノカはやれやれと肩を竦めた。

 

『アカツキエイトぉ! がんばんなさいねーっ!』

『ヤエと兄兄(にぃにぃ)ズの分もー、がんばってねーっ♪』

『うふふ……負けちゃ、ダメよぉ……?』

 

 距離が近づいたからか、内部からの歓声を通信機が拾っている。窓の中では、一万人規模の観客の中に混じって、一生懸命に手を振ろうとしているが人波に呑まれてほとんど見えないミッツや、ウィンクをしてキスを投げるヤエ、木の影に半分隠れて親指を立てるカスミの姿があった。近くのベンチには、エリサ、店長、メイファも座ってソフトクリームなど舐めている。

 今大会の一般観戦客のアバターが集うメイン会場は、確かにラプラスコロニーの宇宙憲章前広場だった。しかし、フィールドがラプラスコロニーだからといって、本当にその中に観戦客のアバターを入れてしまうとは。ナノカの言う通り、凝った演出だ。

 

「こ、これって……もしコロニーに被弾したら、どういう演出になるんでしょうか……」

「まあ、あくまでもアバターだからね。実害はないのだろうけれど……いい気はしないね」

「でもよォ。あの狂犬女なんて、まったく気にせずにブッ壊しまくるんじゃあ……」

 

 ピピピピピ……! 

 被ロックオン警報が、ナツキの言葉を遮った。エイトたちは即座に散開、回避機動。その直後、コロニー壁面から突き出していた作業用クレーンに太いビーム弾が直撃し、大破した。コロニーの構造全体からすれば微々たる被害だが、もしあのビームが天窓部分を直撃していれば……

 

「ケッ、予想通りじゃあねェか! あンの狂犬女ァ!」

 

 お返しとばかりに、ナツキはドムゲルグのミサイルコンテナを開いた。目標は視認するにはまだ遠く、命中は望めない。しかし、収束式マイクロミサイルと巡航ミサイルを時間差で発射、弾道と爆炎を複雑に織り込んだ弾幕を、一瞬のうちに展開する。

 

「赤姫ェッ!」

「ああ、もうやっているよ」

 

 ナツキに急かされるまでもなく、レッドイェーガーの四ツ目式バイザーは戦場の全てを詳細に分析していた。ドムゲルグが放ったミサイルの全てを認識した上で、ミサイル以外の動体を検出。熱紋や挙動からデブリ、フィールドオブジェクトを判別し、それでも残ったのが敵機の反応ということになる。

 

「これは……100分の1サイズ(マスターグレード)!? 敵はMG(マスターグレード)HG(ハイグレード)が一機ずつ! ゾンビ化ビット使いは見当たらない!」

 

 ――GBOの通常交戦規定(レギュレーション)によれば、チームの編成にはガンプラのサイズや分類よって一定の制限がかかる。HG(144分の1)三機編成というのが最も一般的な形だが、MG(100分の1)なら二機編成、PG(60分の1)なら一機編成。MA(モビルアーマー)はサイズに関わらず一機編成だ。チーム・全日本ガトリングラヴァーズのようにPG単独編成のチームもないではないが、HG三機編成以外での大会参加は非常に珍しいと言える。

 しかも、MGを使っていながらMG二機ではなく、MGとHGの混成二機編隊とは……ナノカは相手の真意を測りかねたが、ゾンビ化ビット使いがいないのは僥倖といえる。

 

「エイト君、キミの直上にいるのはMG機だ。耐久力とパワーに注意だよ」

「了解しました、突撃します!」

 

 爆炎に紛れラプラスコロニーの円筒部分を大きく回り込んでいたエイトは、両手に射撃形態(ヴェスバーモード)のヴェスザンバーを構え、急転上昇。異形の巨影を真正面に捉え、バーニアスラスターを全開にした。

 

「うらああっ!」

「ははッ、このアンフィスバエナにそんなビームでぇぇッ!」

 

 五月雨撃ちに放たれる細く鋭いヴェスザンバーのビームを、長いサブアームに繋がれた円形シールドが弾く。同時、同じくサブアームで展開したドーバーガンから次々と砲撃が降り注ぎ、エイトはコース変更を余儀なくされた。剣の間合いに入れないままに六本腕の巨影を通り過ぎ、鋭い弧を描いて旋回機動に入る。

 

「その機体、ラミアさんですね! たぶん僕が言うことではないです、でもきっとあなたは! ヤマダ先輩と一度話をするべきです!」

「くはは! 命乞いが下手だなあ、少年はァ! そんなことせずとも、赤姫を討てばお嬢さまに私の思いは伝わる!」

「ラミアさん、あなたはっ……!」

「賢しいんだよ赤姫のオマケがぁ! おい、ゴーダぁッ!」

「……行くさ! 怒鳴るな!」

 

 クロスエイトの背後から、Bレオパルドが飛びかかってきた。振り下ろされる大型ナイフを、エイトは脚部ヒートダガーで蹴り上げて弾く。

 

(太刀筋が……迷っている……!?)

「悪いがな、赤いの! 付き合ってもらうぜぇぇ!」

 

 エイトが感じたものをかき消すように、バンの叫びが通信機を震わせる。力づくで捻じ込むような、乱雑だが勢いのある刺突。エイトはヴェスザンバーを斬撃形態(ザンバーモード)に変形、二刀流で応戦した。

 

「いいぞゴーダの、そのまま打ち合え! その隙をドーバーガンでまとめてぇ!」

「さァァせるかァッ!」

 

 ゴッシャアアンッ!!

 サブアームを伸ばしドーバーガンを構えかけたアンフィスバエナに、赤い鉄塊が衝突した。MG由来のタフネスにより損傷はないものの、アンフィスバエナは一瞬、バランスを失う。見れば、シュツルムブースター全開で突撃してきたドムゲルグが、腰に組み付いている。

 

「なっ、このずんぐりむっくりがぁぁっ! 毎度毎度、邪魔をぉぉ!」

 

 ラミアは忌々し気に吠え、円形シールドを振りかざす。その裏に装備されたレプタイルシザーズがガパリを牙を剥き、ドムゲルグに襲い掛かる。ナツキはその攻撃にニヤリと不敵に笑い、作動したままのシュツルムブースターを無理やり外した。そして火を噴くブースターを、レプタイルシザーズの中へと力任せに捻じ込んだ。

 

「こいつをくれてやらァ! 赤姫ェッ!」

「やれやれ、私は起爆係かい?」

 

 ドムゲルグは両肩のシールドスラスターを全開にして緊急離脱。同時、Gアンバーの速射ビーム弾がシュツルムブースターを射抜いた。燃料タンクに満載された推進剤が起爆、目も眩むような閃光とともに高熱の火球が膨れ上がる。

 

「ハッハァ、どうだ毒蛇野郎! 焼き蛇にして漢方薬だァ!」

「言葉のセンスが古いし悪役だよ、ビス子」

 

 ラプラスコロニーのドーナツ状の主構造物から突き出した宇宙港部分に着地し、ドムゲルグはガッツポーズを決めた。少し離れた所にナノカもレッドイェーガーを降ろし、膝立の姿勢で油断なくGアンバーを構える。

 

「そもそも作戦では私が機動力で前衛、ビス子が火力で後衛じゃあなかったかな」

「気にすンなよ、細けェことは。それに……まだ、終わりじゃあねェらしいからよ」

「……ああ、そうだね」

 

 火球を内側から喰い破るようにして、二本のセルピエンテハングが飛び出してきた。続いて、アンフィスバエナの本体も。トールギスⅡによく似たツインアイは、操縦者(ファイター)の感情を表すかのように、真っ赤に染め上げられている。

 

「あああァァァァかひめええええェェェェッ! お前を、殺ォォすッッ!!」

 

 突っ込んでくるアンフィスバエナは、装甲に多少のダメージはあるようだが、致命傷には至っていない。MGの耐久力は伊達ではないようだ。しかし、さすがに爆発が直撃した円形シールドは大破し、先端部分を失ったサブアームだけが蛇の尻尾のようにのたうっている。

 

「んじゃまァ、ここからは作戦通り行くかァ。オレはここから赤姫とエイトの援護だな」

「頼んだよ、ビス子」

 

 マスター・バズを構えるドムゲルグを宇宙港に残し、ナノカは宙に躍り出た。舞うように体を捻り、一回転。その動きの中で流れるようにヴェスバービットを展開し、Gアンバーをバックパックに懸架した。そして開いた両手に、太腿からビームピストルを抜いて構える。

 

「……レッドイェーガー、吶喊する。私の近接戦闘を、見せてあげるよ」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ゴーダ・バンのナイフ捌きには、逃げ腰な印象が強かった。

 

(……そんなスタイルの人じゃないように……見えたけれど)

 

 二、三回ほど打ち合っては、自ら引いて距離を取り、背部のガトリング砲で弾幕を張る。エイトがクロスエイトの機動力に任せて弾幕を突っ切ると、仕方なくまたナイフで応戦してくるが、それもまた数度打ち合っては後退を繰り返す。

 

(あちらのチームは二機編成だし、このまま斬り込んでも狙撃や砲撃が待ち受けていることもないはず……時間稼ぎ? いや、僕とナノさんたちを引き離そうと……?)

 

 バンの真意を測るため、エイトは攻勢に出ることにした。弾幕の外を大きく迂回するように翔け抜けながら、左右のヴェスザンバーを腰に戻し、右手だけにビームサーベルを抜刀する。

 

「……うらあぁっ!」

 

 反転突撃、Bレオパルドの弾幕を、ビームシールドと機動力で強引に突破。ビームサーベルを大上段に振りかぶり、わざと隙を大きく見せた工夫も何もない唐竹割りを仕掛ける。一応の備えとして、不意打ちの脚部ヒートダガーを用意しておいたのだが――やはりバンは、ナイフでビームサーベルの側面を叩いて逸らし、反撃せずに後退した。

 

「させませんよ!」

 

 その一瞬を狙い、エイトは左手でビームサーベルを抜刀、投擲。Bレオパルドは身を捻ってビームサーベルを躱すが、サーベルの柄から伸びたワイヤーが、ガトリング砲に絡みついた。回る銃身がそのままワイヤーも巻き取ってしまい、雁字搦めになってガトリング砲は使用不能になる。

 

「チッ、迂闊だったか!」

 

 ワイヤーを切ろうとしたバンは、引っ張られるような横向きの加速度にたたらを踏んだ。次の瞬間、バンの目の前にクロスエイトの顔面(ガンダムフェイス)がドンと現れる。

 

「繋がれたってことか!?」

 

 クロスエイトの左手首に、ビームサーベルのワイヤーが繋がっている――やられた!

 

「この距離なら!」

 

 とっさに顔をかばったBレオパルドの腕部装甲を、クロスエイトの頭部バルカンとマシンキャノンが容赦なく叩く。火花と衝撃、ガクガクと揺さぶられるコクピット。バンは悪態をつきながらフットペダルを踏み込んだ。その操作に応え、Bレオパルドは力任せにクロスエイトの腹を蹴り飛ばした。一瞬、両者の距離は開くが、エイトは手首のワイヤーを巻き取り、すぐにバンに肉薄する。

 

「畜生、手癖の悪ィことだな!」

「逃がしません、まともに打ち合ってもらいます!」

 

 実刃の対装甲ナイフとエメラルドグリーンのビームサーベルが鍔迫り合いを繰り広げ、激しい火花と粒子の欠片が弾け飛ぶ。

 

「時間稼ぎか、引き剥がしか、わかりませんけど……あなたを倒して、その思惑を挫きます! アームズ・ブレイズアップ!」

 

 エイトの掛け声とともに、ビームサーベルの出力が急上昇。まるでガスバーナーのように、猛烈な熱エネルギーを噴出した。その勢いに耐えきれず、Bレオパルドの右手からナイフが弾き飛ばされた。バンは即座に背中の大型ブレード・バンディッドエッジを抜刀、灼熱化ビームサーベルに叩き付ける。噴き上げる熱エネルギーの勢いは凄まじいが、大型実体剣の重量でなんとか抑え込む。

 

「思惑を挫く……か。それじゃあ困るんだよ……」

 

 ジリジリと灼けついていくバンディッドエッジを見詰めながら、バンは呟いた。その脳裏には、イブスキからの交換条件が、レイを救うための条件が、何度も何度もぐるぐると渦巻いている。

 この赤いのは、アカツキ・エイトは強い。自分よりも強い。だが、それでも――

 

「困るんだよ、それじゃあなぁぁぁぁッ!!」

 

 ――次の試合中、クロスエイトをアンフィスバエナに近づかせないこと。それが条件です。条件を達成できれば、試合の勝敗には関係なく……妹さんは、あなたに返して差し上げますよ。

 

「まだ付き合えよ、アカツキ・エイトォッ! 今の俺には、殺しても死なねぇ覚悟がある!」

 

 




第四十三話予告

《次回予告》


「……ごめんね、あんちゃん。うち、よわくて……いつも、めいわくばっかり……
「……でもね、うち……つよく、なれるんだって。イブスキさんから、おしえてもらったんだよ……うちがすっごく、すっごく……つよくなれる、ほうほうを……
「だから、あんちゃん……うち、もうめいわくかけないよ……つよくなった、うちが……あんちゃんを、たすけてあげる……うちが、ぜんぶ……ぜんぶ、おわらせてあげる……!」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第四十三話『フィールド・クラッシュ』

《Overdose-system Standby.》
「……ゴーダ・レイ……ヘルグレイズ・サクリファイス。いきます……!」
《Overdose-system――BLACK OUT!!》



◆◆◆◇◆◆◆



 突然の更新。そして主人公はもうゴーダのお兄ちゃんじゃないのかというストーリー展開。お久しぶりです、亀川です。
 執筆が遅い今日この頃ですが、読んでくださり、感想をくださる皆様には感謝の極みです。次回の更新はまたもや未定ですが、三年目に入る前に50話で完結させるのを目標に……ムリかなあ……頑張ります!
 今後ともどうぞよろしくお願いします! 感想・批評もお待ちしております!

 ……と、真面目な感じであとがきをしてみましたが、なぜかというとリアル職場の人間にハーメルンで書いてることがバレまして、「特定してやる!」と息巻いているヤツがいるのです。ほとぼりが冷めるまでは真面目なふりをしておこうと思います。(笑)


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Episode.43 『ワールド・エンドⅠ』

「……さて。仕掛けは済みました。そろそろ、果実が熟す頃です……甘く。熱く。黒く! 美味を極める食べ頃にね。貴女が。私が。そしてかの〝老人たち〟が。望んだ未来は、もうすぐそこまで来ているのですよ〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟。お覚悟は……ククク。当然、完了しておいでですね?」

「……今更、問われるまでもない」

「Excellent!! 怖気もなければ興奮もない。それでこそあなたです、黒き仮面の甲斐もあるというものだ。ところで〝傭兵(ストレイバレット)〟君、貴方も契約は続行でよろしいですね?」

「異論はないッス。もう、前金貰っちゃってるッスから。給料分は働くッスよ」

「ククク、実に私好みの返事です。ご安心ください、私は契約には背かない男だと自負していますのでね」

「……イブスキ、さん。うち、ほんとに……これで、あんちゃんの、やくに……たてるんだよね……? あんちゃん……よろこんで、くれるんだよね……?」

「ええそうですよ、お姫さま(・・・・)。貴女の協力なくして、ヘルグレイズの完成はありませんでした――約束しますよ、ゴーダ・レイさん。この戦いが終わったら、貴女とお兄さんが一生困らないだけの資金をご用意いたしましょう。この私の名誉にかけて」

「……わかった。うち、がんばる……がんばるから……!」

「ククク……では参りましょうか。この世界(GBO)を壊して変える、ここがその分水嶺です……!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「ビス子。私は銃撃で攪乱しつつ、武器破壊を狙う。迎撃手段を潰して、最後は!」

「大火力でブチ撒ける! 任せとけよォ、赤姫ェ!」

 

 ナツキは気合も十分に吠え、両肩の三連グレネードを全弾発射。高熱火球の花火が六連発で咲き乱れ、アンフィスバエナを火球の檻に閉じ込めた。しかし、

 

「あっはハハはァ! その程度の火力ではなぁ!」

 

 火球を喰い破るように飛び出した双頭のセルピエンテハングに、ダメージはない。長いアームが暴風のようにのたうち、火球はかき消されてしまった。

 

「弱火も良い所だぞ、そんなものか赤姫のチームメイトとやらは!」

 

 ラミアは口の端をつり上げて哄笑し、ドーバーガンを滅茶苦茶に乱射した。狙いも何もない射撃はラプラスコロニーの宇宙港や居住区に次々と突き刺さり、白い構造材が漆黒の宇宙に飛び散っていく。ドムゲルグはシールドで身を守りながら後退、特殊粒子ミサイルを発射してビーム攪乱幕を展開する。

 

「おいコラ狂犬野郎ッ! いくら仮想現実(ゲーム)だからって、コロニー居住区を無差別に撃つかァッ!」

「ゲームでも、私にはすべてだ! ゲームでの雪辱はゲームで果たす、このアンフィスバエナでなぁ! 私が喰い千切りたい赤姫はァッ、どこに消えたァァ!」

「……増長しているね、キミは」

 

 アンフィスバエナの真下、振り回されるセルピエンテハングの死角から、レッドイェーガーが突撃する。両手のビームピストルを全連射(フルオート)、足裏や腰のバーニアノズルを正確に射抜く。いかに頑丈なMG機体(マスターグレード)でも推進器や関節部は弱点であり、ビームピストルの出力でも連続で叩き込めば撃ち抜ける。アンフィスバエナのバーニアが数か所ほど小爆発を起こし、機体の姿勢がぐらりと崩れた。

 

(……弱点とはいえ、やけにもろい……?)

「相も変わらず小賢しくゥゥゥゥッ!」

 

 ナノカの脳裏によぎった疑問は、ヒステリックな叫びに掻き消された。ラミアは六本腕の全武装をレッドイェーガーに集中させた。セルピエンテハング、ドーバーガン、レプタイルシザーズ・シールド、シールドを失くしたアームまでも鞭のように振り回す。さらに腰のミサイルランチャーからも、最終カバーを吹き飛ばして次々とミサイルが飛び出した。

 しかしナノカはそのすべてをミリ単位の姿勢制御で回避し、追いすがるミサイルをビームピストルで撃ち落とし、無傷のままに舞い踊る。

 

「サーペントに乗っていたキミの方が、数段も強敵だったよ。ラミアさん」

「その私は、貴様に負けた弱い私だ! 今の、この、アンフィスバエナの方があぁァッ!」

「その怨讐が、キミの目を曇らせているんだと……行けっ、ヴェスバービット!」

 

 ナノカに銃口を向けていたドーバーガンが、三方向からの野太いビーム弾に串刺しにされた。レッドイェーガーにラミアの目が集中している間に、ナノカはヴェスバービットを回り込ませていたのだ。爆散するドーバーガンを切り離し(パージ)ながら、ラミアはギリリと奥歯を噛み締めた。レプタイルシザーズでヴェスバービットを追い回すが、喰いつけたのは一基のみ。残りの二基は鋭い弧を描いてレッドイェーガーの下に戻り、ビームピストルの先端に連結された。

 

「私を撃墜することを、アンジェリカ・ヤマダが望むのかい? 自分の胸には聞くことはしたのか、キミは!」

 

 ナノカは武装スロットを回転、素早く指を滑らせ、ヴェスバービットとビームピストルのエネルギーを直結した。高出力・高収束の射撃兵器〝ピストルヴェスバー〟を使用制限解除(アンロック)、トリガーを引きっぱなしにして連射した。

 

「恨み妬みで歪んだキミに、気高い番犬の強さはもうない!」

 

 ドドドドドドドドッ!

 拳銃サイズのビーム兵器ではありえないほどの、重粒子ビーム弾の高速連射。ラミアはシザーズ・シールドを掲げて身を守るが、そもそもヴェスバーはUC0100年代のビームシールドすら貫通しうるビーム兵器である。シザーズ・シールドのABC(アンチビームコーティング)は瞬く間に引き剥がされていき、数秒と保たずに穴だらけのプラスチック片へと変わり果てた。

 

「そ、そんなぁ……っ! そんなことを言うなああああああああっ!」

 

 突然ラミアは絶叫、数発の直撃も無視して、セルピエンテハングがレッドイェーガーへと躍りかかった。両腕に喰らい付き、捻り上げ、レッドイェーガーを拘束する。そして四ツ目式バイザーを降ろした顔面に、残り一門のドーバーガンを突きつける。

 

「そんなこと言われちゃアァっ! その生意気な顔面を、吹き飛ばすしかないだろぉおオッ!」

「……ビット!」

 

 ビームピストルの先端からヴェスバービットが分離、射出され、ドーバーガンを左右から撃ち抜いた。爆発の衝撃で拘束が緩み、ナノカは身を捻ってセルピエンテハングから脱出。唇を噛むラミアの視界のど真ん中に、数え切れないほどのミサイルの大群が飛び込んできた。

 

「なっ!?」

「ブチ撒けるぜェッ!」

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドォンッ!

 次々と着弾するマイクロミサイルの集中豪雨が、アンフィスバエナの装甲を、六本腕を、足を、頭を、次々と打ち砕き、引き剥がし、破壊し尽くしていく。かなりのダメージを貰ってしまっているが、MG由来の頑丈さが、なかなかアンフィスバエナに撃墜判定を下さない――永遠に続くような、爆撃と激震。その一発ごとにコクピットには激震が走り、ラミアはコンソールに強かに額を打ち付けた。

 

「がはっ、痛ッ!?」

 

 ぽた、ぽたりと。青白い仮想現実のコンソール上に、血が垂れた。額を打ち切ったか、と内心舌打ちをし、ぐいっと手の甲で額を拭った。しかし、その手に血の跡はない。ならばどこからの出血かと、顔を撫でると――鼻血だった。

 

「なんだ、鼻血か……え? 痛い……血……え!?」

 

 ――痛い、痛いのだ。実際に、現実に、ラミアは痛みを感じていた。GBOのアバターが、ダメージの演出として鼻血を流しているわけではない。GBOのゲーム画面をVR表示するヘッドセットのその奥で、現実のラミアの肉体が鼻血を流しているのだ。

 ラミアがその事実に気付くのと同時、青白かったコンソールに真っ黒な染みが広がった。

 

「え、な!? 何が、起きて……ッ!?」

 

 瞬く間にコンソールを染め切った真っ黒な染みは、まるで空間を侵食するように、コクピットを黒く満たしていった。液体とも気体ともつかない黒いモノは、一切の光を通さない漆黒のはずなのに、自分自身は真っ黒に発光している。ずるりとまとわりつくような暗黒物質に、ラミアのアバターは呑み込まれつつあった。

 

「これは、黒色粒子……!? ガンプラのエネルギー源ごときが、一体何をッ!?」

『……ご苦労様でした、ラミアさん』

 

 真っ黒に染め上げられたメインモニターの片隅に、〝赤い三つ目の蛇〟の紋様が浮かび上がる。イブスキ・キョウヤのパーソナルマークである。

 

「イブスキぃぃっ!! 貴様、この状況をわかっているなァッ! 私はもう二度と、赤姫に負けられないのだと! やっとここまで来たのだと!」

 

 タールのように粘つく黒色粒子の浸食は、もうラミアの胸元まで迫って来ていた。粒子に呑み込まれた部分の、アバターの間隔がない――ラミアは必死でコントロールスフィアを掴もうともがくが、そもそも自分の手のひらが存在しているかも怪しい状態だ。鎖骨のあたりまで迫ってきた黒色粒子の上に、鼻血がぼたぼたと流れ落ちている。

 

「私を勝たせろ、イブスキ! そのためのアンフィスバエナだろうがぁッ!」

『ええ、勿論です……そのつもりでしたし、貴女にとって最上の結末は勝つことだったでしょう。ですがまあ、この結果は予想通り――そして、予定通り。貴女はもう負ける直前で、機体の最終プログラムが作動している状態です』

「最終プログラム……!? 何が起きている、イブスキぃぃぃぃッ!!」

『万が一、貴女がアンフィスバエナのオーバードーズシステムを自力で発動させられるようでしたら、まだ使い道はあったのですがねぇ。どうやら貴女の利用価値は、この程度で終わりのようです。最後にせめて、役に立ってくださいね。私の――いえ、我々の。この、偽りだらけの電脳世界を、再構成する聖戦の礎として』

「イブスキ貴様ッ、何を言ぐっ……!?」

 

 焦燥と怨嗟に満ちたラミアの言葉は、最後まで言えなかった。ついに、黒色粒子はラミアの頭までも呑み込んだのだ。銀色の髪の頭頂部までもが、漆黒の闇の中に沈んでしまった。

 次々に着弾するミサイルの衝撃、そして爆音だけが鳴り響く中、メインモニターから〝赤い三つ目の蛇〟が消え、そして――

 

《Overdose-system――BLACK OUT!!》

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

『ビス子。私は銃撃で攪乱しつつ、武器破壊を狙う。迎撃手段を潰して、最後は!』

『大火力でブチ撒ける! 任せろよォ、赤姫ェ!』

 

 通信機越しに聞こえる、ナノカとナツキの声。普段からとても仲の良い二人の連携なら、何の心配もない――が、ラミアの狂気は、脅威だ。エイトは早く援護に駆け付けるためにも、まずは目の前の相手に意識を集中させた。

 

「そこですっ!」

「やっ……るじゃねえか! 赤いのッ!」

 

 灼熱化(ブレイズ)ビームサーベルが、バンディッドエッジとぶつかり合い、火花を散らす。

 エイトはバーニアユニットを全開にし、体格差を推進力でカバー。そのまま刃を押し込もうとするが、バンの巧みな剣捌きで力の向きを逸らされ、受け流された。勢いのまま翔け抜けていくクロスエイトの背中に向けて、Bレオパルドのヘッドバルカンが火を噴く。四門のヘッドバルカンは猛烈な勢いで弾を吐き出し続けるが、飛燕の如く飛び回るクロスエイトには当たらず、バーニア光が残す青白い軌跡を射抜くばかりだ。

 

『エイトォ! そっちの援護も同時進行でいくぜェッ!』

「頼みます! 敵機との間に弾幕を!」

『お安い御用、ってなァ!』

 

 二秒後、ラプラスコロニーの方向から、ナツキが放ったマイクロミサイルの大群が押し寄せてきた。Bレオパルドはヘッドバルカンをミサイルの迎撃に向けざるをえず、射線がクロスエイトから外れる。エイトはその隙を逃さず鋭角的なターン、身を翻して突撃した。

 

「うらああっ!」

 

 両手持ちにした灼熱化(ブレイズ)ビームサーベルで、渾身の浴びせ斬り。Bレオパルドはバンディッドエッジで受け止めるが、突撃の勢いを殺し切れずに二機はもつれあいながら宇宙空間を翔け抜けた。バンは絡まり合いながらも左手のナイフを突き出し、隙の空いたクロスエイトの脇腹を狙う。しかしエイトはその動きも読んでいたのか、ヴェスザンバーを腰に装着したまま射撃形態(ヴェスバーモード)で起動、矢のように細いビームがBレオパルドの手のひらを貫いた。

 

「ちぃっ、左手を!」

「その手数なら!」

 

 振り下ろされる、灼熱化ビームサーベル。飛び散った粒子の欠片が装甲を焼く音が、そしてエイトの威勢の良い声が、バンの耳を打つ。バンは熱い汗が頬を流れるのを感じた。ダメージコントロールを確認するが、左手はもう使えない。大型ナイフとバンディッドエッジの連続攻撃で何とか切り結んでいたが、その均衡が崩れたのならば――

 

「二刀流で押し切ります!」

 

 エイトはもう一本のビームサーベルを抜刀、同時に武装限定灼熱化(アームズ・ブレイズアップ)。二刀流となった燃え盛る炎の剣で、縦横無尽の連撃を繰り出した。

 

「うらうらうらうらららららぁっ!!」

「くっ、おおおおおおおおおおおお!」

 

 右、左、左、切り上げ、右、突き、突き、左――目にも止まらぬ連続攻撃を、バンは右手のバンディッドエッジ一本で切り払う。その刀身は何ヵ所も焼き切られて刃が歪み、切れ味はもはやないに等しい。受け太刀にはまだ使えるが、決定打を与える武器にはなりえない。

 

(くっ……負ける、のか……っ!? いや、まだだ! まだ、時間を……俺は、レイを……っ!!)

 

 バンの焦燥は増すばかりだが、起死回生の一手などない。Bレオパルドは特殊なシステムを発動させる素振りもなく、バン自身が急に特殊能力に覚醒することもない。切れ味を失いただのプラ板と化したバンディッドエッジが、灼熱のビーム刃を受けるたびに焼き削られていくだけだ。

 

「まだだ、まだ墜ちるわけにはっ! 俺は、レイを――」

 

 ――瞬間。黒い波動がフィールドを駆け抜けた。しかしそれは、バンが発したものではなく、ラプラスコロニーの向こう側から怒涛の如く押し寄せたもの。宇宙の全てを呑み込む勢いで迸った漆黒の大波は、Bレオパルドもクロスエイトも、戦場の全てを宇宙よりも濃い闇の中へと呑み込んでいった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「……おかしいわぁ」

 

 ラプラスコロニー内部、宇宙憲章広場前。ハイレベルトーナメント一般観客席。約一万人の観客たちが集うメインステージの上には大型モニターが設置され、試合の模様を映し出してもいるのだが……タマハミ・カスミは、コロニーの天窓から覗く、遠く豆粒のようなガンプラたちの姿をじっと見詰めていた。特に天候など設定されていないはずなのに、不穏な風がカスミのワンピースを揺らす。

 

「何がおかしいのよ。アカツキエイトはちゃあんと、ゴツいレオパルドを抑え込んでるじゃない」

「あのキモい六本腕の狂犬ちゃんも、もう撃墜は時間の問題でしょ? ま、このヤエちゃん様と兄兄ズだったら、もっと早く落とせたけどねっ♪」

 

 ミッツは言葉とは裏腹に、金刺繍の海賊コートの裾をぎゅっと掴み、ハラハラドキドキといった様子でクロスエイトの活躍に見入っている。一方ヤエは、ほとんど水着のような服装に合わせてか、トロピカルドリンクを片手にしての観戦だ。

 

「あ、そーだ♪ この大会が終わったら私、アカツキくぅんに連絡先聞いちゃおうかなーっ♪ リアルでも会ってみたいしにゃー♪」

「ちょ、ちょっと何言ってんのよ! アンタみたいな化け猫娘なんかに、アカツキエイトの連絡先は渡さないんだからねっ!」

 

 ミッツは小さな八重歯を剥き出しにしてがなり、金ピカ塗装のマニピュレータ(・・・・・・・・・・・・・)の人差し指をビシッとヤエに突きつけた。しかし、そんなミッツの剣幕にも、ヤエはケラケラと嗤うばかりで、右手のGNソード(・・・・・・・・)に刺したストローを――

 

「って、ええええええええ!?」

「んにゃっ!? にゃによこれぇぇぇぇ!?」

 

 驚きの叫びが、同時に上がった。ミッツのアバターは、腕が丸ごと〝AGE-2リベルタリア〟の、金メッキされた右腕に。ヤエの持っていたトロピカルドリンクは〝ブルーアストレア〟が装備するGNソードに。いつの間にか変わっていたのだ。

 同様の異変は、ラプラスコロニーのいたるところで起きていた。

 ハイゴッグの両腕を引きずる男性。∀ヒゲの生えた少女。背負ったオーライザーの重みに押し潰されてもがく少年。デンドロビウムの真ん中に埋め込まれて身動きの取れない女性。そして、

 

「うおおおおお! オレの両手がガトリングに! ガトリング人間にぃぃ!」

「わ、わ、私も! 私もおっぱいから、おっぱいから、ガトリング砲が!」

「お、俺もガトリング砲が……逞しく反り返った超大型ガトリングが股間からぁぁぁぁ!?」

 

 全身のいたるところからガトリング砲がにょきにょきと生えてきて、なぜかちょっと嬉しそうな全日本ガトリングラヴァーズの面々。

 

「……戦場の、粒子が……騒いでいる……」

 

 騒然とする会場の中で、一人、天窓の向こうを見据えるカスミ。その真っ白な肌とワンピースには、〝ユニコーン・ゼブラ〟の黒いサイコフレームに酷似した真っ黒なラインが、深々と刻み込まれていた。

 

「何コレ何コレ何コレぇぇぇぇっ!? アア、アタシがリベルタリアになってるぅぅ!?」

「えっ、ちょっと何なのマジキモいんですけど!? ユウ兄ぃヨウ兄ぃ助けてぇーっ!?」

 

 腕が、足が、頭が。まるで質の悪い合成映像のように、アバターとガンプラとを行ったり来たり入れ替わっている。自分の身に起きた変化に戸惑い、混乱するプレイヤーたちを無視して、カスミは宇宙から迫り来るものを凝視し続けた。

 

「……来る……ッ!」

 

 黒い衝撃が、全てを吹き飛ばした。

 コロニーの大地はめくれ上がり、吹き飛び、荒れ狂い、何もかもが引っ掻き回されて、宇宙へと投げ出された。一万人のプレイヤーたちはノーマルスーツも着ないアバターのまま宇宙空間へと放り出され、砕け散ったコロニーの残骸と共に、四方八方へと飛び散っていった――




第四十四話予告

《次回予告》

「……よぉっし! 何か知らんがガードが緩んだ! つかみやしたぜ、お嬢さま! チバさん!」
「よくやったヤス! で、どこだ!?」
「このアドレスは……近所のネカフェですね、こいつは。車、回してきやす!」
「いそげよヤス! 俺らがたどり着いたってこたぁ、当然警察やヤジマの電脳警備部も掴んでるぞ。先に行かなきゃあ、ラミ公の奴が……!」
「チバさん! 原付借りますわねっ!」
「お、おいお嬢っ、無茶すんなっ!」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第四十四話『ワールド・エンドⅡ』

「ラミア……ラミア、ラミアっ! 今、行きますわね……すぐに行くからっ……!」



◆◆◆◇◆◆◆



 ……はい、という訳で43話でしたー。
 ここ最近ずっと続いていたハイレベルトーナメント編も、いよいよクライマックスです。そして、このトーナメント編が終わったら、物語そのものもラストに向けて一直線。三年目に入る前に、という野望はどうやら潰えてしまいそうですが、なんとかこの夏の間に50話で完結を目指したいと思います!
  あと、なんだかんだと書くタイミングを逃してしまっていたのですが、拙作が4万UA越えを達成いたしましたー!! これもひとえに読者の皆様のおかげです。今後も精進しますので、どうぞ最後までお付き合いください。よろしくお願いします。


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Episode.44 『ワールド・エンドⅡ』

 どうもお久しぶりです。亀川は生きてます。
 突然更新が途絶えて申し訳ないです……亀川は生きていまるのですが、我が家のパソコンがお亡くなりになっておりました。
 そんなこんなで間隔があいてしまいましたが、新しいパソコンで執筆したドライヴレッド第44話、どうかお付き合いください!


 ヤジマ商事本社ビル地下、GBOメインサーバールーム。

 超大規模VRゲームであるGBOを、最小の人員で管理運営しうる最先端の電子の要塞。その内装は、ガンプラに関わるものとして趣味なのか、まるで宇宙戦艦の艦橋のようだ。

 普段はその人員の少なさから静寂に包まれているのだが――今、この瞬間。室内は、真っ赤な警告表示(アラート)と飛び交う怒号に満たされていた。

 

「――状況を!」

 

 つかの間の休憩から駆け戻ってきたアカサカは、愛用の白衣に袖を通しながら叫んだ。室内各所に埋め込まれた数十機の大型モニターのほぼすべてが映し出すのは、禍々しく波打つ漆黒ばかりだ。その真っ黒な画面の中に娘の――ナノカの姿(アバター)とガンプラとを探すが、見つからない。

 

「アカサカ室長!」

 

 メガネをかけた女性職員が、電子機器が悉く不調なのか、事の時系列を紙に印刷したものを手にあたふたと駆け寄ってきた。アカサカは黙って頷き、受け取って目を通す。

 

「ハイレベルトーナメント準決勝で、例の〝黒色粒子〟の爆発的な増大を確認。同時にメインサーバーに大規模な、同時多発的な攻撃が始まりました。電脳警備部が頑張ってくれていますが、押され気味だと……すでにシステムの15%が乗っ取られています!」

「……ヤツめ、予定を繰り上げたな」

 

 アカサカは悔しげに口の端をゆがめ、ぐしゃりと紙を握り潰した。

 

「〝傭兵(ストレイ・バレット)〟との連絡は!」

「呼び出していますが、出ません! GBO内の通信は黒色粒子に阻害されています!」

「当然といえば当然か……ならば、仕方あるまい」

 

 アカサカは胸に下げた職員証の裏から、一枚のカードキーを取り出した。艦長席のような室長専用デスクに向かい、デスクと一体になったコンソールのキーを素早く叩く。二十四桁におよぶパスワードを一息に入力すると、デスクの天板が左右に分割してスライド、その奥から物々しいカードリーダーが姿を現した。

 

「し、室長……それは……!」

「……さあ、覚悟を決めようか。今から最低でも七十二時間は家に帰れないぞ。終わったら、有給休暇の申請には、いくらでも応じよう」

「――使うんですね。第666独立閉鎖防壁(ソロモン・プロテクト)を」

 

 メガネの女性職員の声に反応したのか、室内の職員がアカサカに注目した。さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返り、モニターのアラートだけが場違いに鳴り響く。数十もの視線が集まる中、大きくはないがよく通る声で、アカサカは宣言した。

 

「私の権限において、現状を特別緊急事態と認定。GBOメインサーバーに第666独立閉鎖防壁(ソロモン・プロテクト)を展開する。電脳警備部及び法務部に通達! 各員は防壁展開に備えよ!」

 

 同時、アカサカはカードをリーダーに滑らせる――

 

「室長より第666独立閉鎖防壁(ソロモン・プロテクト)の展開承認、プログラム解凍開始!」

「GBOメインサーバー、本社マザーとの切り離し及びネットワーク物理遮断、用意よし!」

「電脳警備部に通達――了承得ました! 十秒後、物理遮断と同時に電脳警備部は撤退します!」

「法部部長の承認を確認。ただし、状況が整理でき次第、アカサカ室長の出頭を求む、とのことです!」

「防壁展開準備完了。室長、いけます!」

 

 俄かに活気づいた職員たちから次々と報告が上がり、アカサカが握りしめた拳を置いているカードリーダーに、緑色のランプが点灯する。同時、カードリーダーが上下にスライド展開し、『666』の文字が刻まれたスイッチがせりあがってきた。

 

「展開から七十二時間、すべてのアクセスを拒絶する絶対防壁――いくら奴でも手出しはできまい。それはこちらも同じだが……」

 

 アカサカは祈るようにつぶやき、そして、拳を叩きつけるようにしてスイッチを押し込んだ。その瞬間、真っ黒に染められていたモニター群に、一斉に《第666閉鎖防壁》の文字が点灯した。その下には「666」の数字がデジタル表示され、カウントダウンが始まる。

 665、664、663――

 

《GBOシステムサービスより、全プレイヤーの皆様に緊急連絡です。当サービスは、緊急メンテナンスを実行いたします。今から660秒以内に、全プレイヤーは当サービスからログアウトしてください。繰り返します。今から654秒以内に――》

「……十一分だ。あと十一分、耐えてくれ。頼んだぞ、ナノカ……アカツキ・エイト君」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

《――テムサービス――全プレイ――612秒以内に――グアウト――》

 

 ズキズキと痛む頭に、警報音がガンガンと響く。やけに冷静なアナウンスは、途切れ途切れにしか認識できない。さらに喧しいのは、ビームの射撃音、ミサイルの爆発、その他さまざまな爆音轟音。ここはどうやら戦場らしい。

 

「う、ぐっ……」

 

 薄ぼんやりと戻ってきた視界には、真っ赤な警告表示ばかりが見える。

 

「僕、は……」

「よォ。目ェ覚めたみてェだな、エイト」

 

 耳をつんざく戦場の轟音の中に混じる、聞きなれた声。モニターを埋め尽くす警告表示の隙間に、金色のモノアイが、切れかけた電球のように明滅した。

 

「な、つき……さん……ドム、ゲルグ……はっ!? そ、そうだバトルは! 試合はどうなったんですっ!?」

 

 一気に意識が引き戻され、エイトは反射的にコントロールスフィアを握りなおした。クロスエイトを起き上がらせようとするが、返ってくるのはエラーばかり。慌ててコンディションモニターを確認すると――起き上がれないのも当然だった。クロスエイトは右腕を喪失、背部バーニアユニット損壊、バルカンとマシンキャノンは使用不能。各部装甲の耐久力は軒並み30%を下回っている。大破、としかいいようがない状況だ。

 

「慌てんなよ、エイト。もう一歩も動けねェ状況だろうが……てめェも、オレもよ」

 

 満身創痍でコロニーの残骸に倒れるクロスエイトに覆いかぶさるように、ドムゲルグは四つん這いになっていた。手足は揃っているようだが、関節部からは火花が散り、小爆発が断続的に起きている。装甲の損傷もひどく、ドムゲルグ自慢の重武装の数々は全てが全て壊れるか消失しており、一つも残っていない。

 

「そうだ、あの黒い津波が宇宙を覆って……それから、どうなったんです!? 今、何が!?」

「んなモン、オレにもわかんねェよ。ただ――見ろよエイト。オレの頭じゃあどうにも追いつかねェ事態が、起きてやがるみてェだぜ」

 

 ナツキはドムゲルグの体を少しずらし、クロスエイトの両目(メインカメラ)に、今、この宙域で繰り広げられている光景が見えるようにした。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「ぎゃああァはははハハ! このアンフィスバエナすっゴいよォ!! 流石はセルピエンテのお兄さンンンンッ!!」

 

 キシャアッ、ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!

 理性のタガが外れたように荒れ狂うセルピエンテハングの口腔から、真っ黒な極大ビームが迸った。崩壊したコロニーの破片を二つ、三つとまとめて貫き、戦場を暴力的に切り裂いていく。

 

「ひは、ヒハハ、あひひゃはハ! ドコだよぉ赤姫えええ! 寂しいじゃないかア、せっっかくアンフィスバエナも私もお! くだらない枷から解き放たレタんだぞおおお!?」

 

 黒色粒子砲(ガルガンタ・カノン)をあたりかまわず撃ちまくるアンフィスバエナ。その脚部は、自身が放った粒子圧に耐え切れなかったのか、付け根から無残に引き千切れている。その断面からバーニアのように黒色粒子を噴き出し、左右のセルピエンテハングを振り回しながら飛び回る姿は、まるでア・バオア・クー宙域でのジオングのようだ。

 

「まったく、凶暴で凶悪だね……!」

 

 ナノカはコロニーの残骸に身を隠し、最後の一基となったヴェスバービットのカメラアイでアンフィスバエナを捉えていた。

 現状、レッドイェーガーの機体状況は、最悪の一歩手前。あの黒色粒子の大津波に襲われた際、とっさにビームフィールドを展開したのと、ナツキがドムゲルグを盾にしてくれたおかげで致命傷は避けることができた。しかし、BFジェネレータは限界を超えて大破、機体各部にも無視はしづらいダメージが積み重なっている。ビームピストルもマルチアームガントレットも壊れてしまったが、ビットが一基残り、Gアンバーに損傷が少なかったのは、不幸中の幸いといったところか。

 

「しかしあの黒い粒子……依存症や妄想を誘発している……? あんなもの、ほとんど電子ドラッグじゃあないか……!」

 

 そう考えると、二回戦第一試合での〝暴食群狼(スカベンジャーズ)〟ゴーダ・レイの神憑り的な状態も納得がいく。あの時も、黒い粒子が関わっていた。

 

《――全プレイヤーは当サービスからログアウトしてください。繰り返します。今から578秒以内に――》

 

 真空の宇宙空間に響く、システムからのアナウンス。やはりこの事態はイレギュラーなのだと、ナノカは確信する。もはや大会の帰結などは問題ではなく、GBO運営本部としての対策なのだろう。

 しかし、それでも。いや、だからこそ。

 

「あの、ラミアさんの状況は……一秒でも早く、GBOから現実に戻さ(ログアウトさせ)ないと……!」

 

 そのうえで運営本部に、父に通報して、彼女たち(ラミアとレイ)の保護と黒い粒子の解析をしてもらわなければ。実際にあれほどの劇症を引き起こしているのだ。もはや、所詮子供の玩具(ガンプラバトル)だから、ではすまないだろう。

 ナノカはふぅと息を吐き、手の甲で額の汗をぬぐった。

 

「もっておくれよ、レッドイェーガー!」

 

 損傷し不調を訴えるバーニアスラスターを無理やり噴射し、ナノカはレッドイェーガーを突撃させた。ヴェスバービットを先行させ、拡散ビームの弾幕で目隠しをする。

 

「先ほどの黒色粒子カラは生き残ったようダがなああァ、赤姫ええ! これで心置きなく殺しあえルというものだああァあ!」

 

 ラミアは壊れた声色で歓喜の叫びをあげる。それに同調するように、アンフィスバエナの割れたバイザーの奥から、赤いカメラアイがぎょろりと覗く。二門のガルガンタ・カノンが黒いビームを怒涛の如く吐き出し、ヴェスバービットと拡散ビームの弾幕を、薄雲のように吹き散らした。しかしそこに、レッドイェーガーの姿はない。

 

「おやあ、どコニ消えたあ? 墜とシちゃッタカなァ? とでモ言うかよオオ赤姫えええェ!!」

「ぐうっ!? 遅れたかっ!?」

 

 ナノカは弾幕を目隠しに側面に回り込んでいたが、壊れかけのバーニアスラスターでは加速力が足りなかった。アンフィスバエナのサブアームが、鞭のようにレッドイェーガーを強打。Gアンバーが手元から弾き飛ばされてしまう。これでもう、レッドイェーガーに残された武器は背中のビームサーベル一本きりだ。

 

「ちぃっ! でもまだだ、まだ終わらない!」

「うカハは! やっト終ワリだよおお赤姫えええ!」

 

 大蛇のようにのたうつ四本のサブアームが、上下左右から取り囲むようにレッドイェーガーに迫る。ナノカはビームサーベルを抜刀するが、手数がすでに四対一。一本は切り払えても、今のレッドイェーガーではあとの三本に耐え切れない――!

 

「ピーコックぅぅ! ズバッシャぁぁぁぁっ!!」

 

 ズバッシャアアアアアアアアッ!

 金色の流星が駆け抜け、九連装の高出力ビームサーベルが、サブアームを切り裂く。

 

「き、君は……!」

「ふふん、感謝してよねナノカお姉さま! 助けに来てあげたわよ!」

 

 満身創痍のレッドイェーガーを背にかばい立つ、まばゆいばかりの金色塗装(ゴールドメッキ)。胸に輝く髑髏のレリーフ。〝黄金郷の海賊娘(トムボーイ・オブ・エルドラド)〟キャプテン・ミッツの愛機、AGE-2リベルタリアである。

 

「べべ別に、ナノカお姉さまなら大丈夫だって思ってたけどねっ! あああ、アカツキエイトの前でかっこいいところ見せようなんて、全然っ、考えてなんかないんだからねっ!」

「なんだキサマはああッ! 私と赤姫の殺し合イを邪魔すルンじゃあないッ!!」

「……あなた……気に入らないわ……」

 

 激昂し、リベルタリアに襲い掛かろうとしたラミアの眼前に、真っ白なモビルスーツが飛び込んできた。大口を開けて喰らい付かんとするセルピエンテハングの鼻先を左右それぞれの手でがっしりと抑え込み、そのモビルスーツは変形――否、変身(・・)する。

 

「……やっちゃえ、ユニコーン……ブラックアウトフィンガー!」

 

 白亜の装甲が展開・伸長、漆黒のフル・サイコフレームが露出する。アンフィスバエナに勝るとも劣らない黒色粒子の奔流が溢れ出し、セルピエンテハングを抑え込む。

 

「えェイ、ユニコーン・ゼブラ! タマハミ・カスミかああ! 敗退者ごときガ邪魔をするなアあああ!」

「……私も、黒い粒子を使うけど……あなたは、使われている(・・・・・・)……いくよ、ユニコォォォォン!」

 

 出力を増したブラックアウトフィンガーが、セルピエンテハングを押し返し始めた。ラミアもまた罵詈雑言の限りを吐きながらコントロールスフィアを押し出すが、じりじりと押し負けていく。

 

「何だ、何ナんだ、何だっテイうンだキサマたちはああアアア! 私に赤姫を殺させてくれエエえ! お願いだよオオォぉぉ!」

「おっことわりだにゃーん♪」

 

 血を吐くようなラミアの叫びに、場違いなほど明るい声がかぶせられる。同時、アンフィスバエナの背に、大量のGNミサイルが着弾した。

 

「なっ、なにィィッ!?」

 

 煌くGN粒子をまき散らしながら、第二波、第三波のミサイル群が次々とアンフィスバエナに直撃する。GNミサイルを撃つのは、普段は兄二人(にいにいズ)と分散して装備している武装をまとめて装備し、重装形態(フルアーマー)となったブルーアストレアだ。

 

「ヤエちゃん特製のGNバズーカ・バーストモード! もってけーっ!」

「ブラックアウトフィンガー……出力、最大……っ!」

「ぶっとびなさいっ! ピーコック・スマッシャー!」

 

 金色(ゴールド)漆黒(ブラック)金属青色(ブルーメタリック)、三色の高出力ビームが一斉に炸裂し、アンフィスバエナを直撃。周辺の残骸たちも巻き込んで、大爆発とともに吹き飛ばした。

 ナノカはその光景に一瞬見入ってしまうが、ハッと気を取り直し、目の前の三人へと通信をつないだ。

 

「ありがとう、助かったよ。でも、試合中だというのに、なぜ君たちが……!?」

「う~ん……正直、ヤエたちにも何が何だかにゃんだよね~。真っ黒な大津波がコロニーを吹き飛ばして、宇宙に放り出されて」

「気が付いたら、アバターがガンプラに変わってたの。なんか変なアナウンスは流れ始めるし、エイトく……ナノカお姉さまは大ピンチみたいだし」

「……これは、もう……試合どころじゃ……ないわ。だから……助けに、きたのよ……」

「確かに、何もかもがおかしいね……試合だ大会だという状況ではないようだけれど……」

 

 全プレイヤーへのログアウトを呼びかけるアナウンスが流れ始めてから、視界には強制的にカウントダウンが表示され続けている。666秒から始まったその数字は、今はもう400台後半にまで減っている。

 GBOそのものに、何らかの異変が起きていることは間違いない。しかし、GBOの運営母体は天下のヤジマ商事、生半可なハッキングなどでセキュリティを敗れるとは思えない――いや、今の黒色粒子の暴走が、もし関係しているのなら。外部からの攻撃ではなく、すでにGBOにアクセスしている大会参加者ならば。あの男(・・・)なら、あるいは……!?

 

「……マダ…だ……まダ、わタシハ……ァァあ!」

 

 思案するナノカの耳に、幽鬼のごときうめき声が届く。

 

「強いんダ、ワタしはツヨイ……赤姫ヲ殺サナイと……お嬢サまに、合わせル顔ガ……!」

 

 爆発の煙が晴れたその真ん中に、焼け爛れたアンフィスバエナがいた。装甲は焼け落ち、焦げたフレームがむき出しになり、カメラアイは光を失っている。それでもラミアは呻きながら、僅かに残った姿勢制御用のバーニアスラスターを途切れ途切れに吹かして、痙攣するような動きでにじり寄ってくる。

 

「ひっ!? な、ナノカお姉さま! あの人、まだ……!?」

「……直撃の、瞬間……黒色粒子で、ダメージを吸収した……みたい……」

「しっつこいな~。もう一発ぐらいぶちこんで……」

 

 GNバズーカを構えかけたブルーアストレアを、レッドイェーガーが手で制した。

 

「……終わらせてあげよう、私の手で」

 

 ナノカは一瞬だけうつむいて唇を噛んだ。しかし、振り切るように顔を上げ、レッドイェーガーのバーニアを吹かし、先ほど手から弾かれたGアンバーを回収した。四ツ目式(クァッドアイ)バイザーを下ろしてスコープをのぞき込み、アンフィスバエナを十字線(レティクル)の中心に捉える。そしてゆっくりと、トリガーに指をかける。

 

「オ嬢サマ、見てイて……クダサい……いま、ラミアが……ヤツヲ、殺シテ、ミせ……まスかラ……!」

「……彼女は一度、離れるべきなんだ。GBOから。この世界(ヴァーチャル・リアリティ)から。そうしたら、気付けるはずなんだよ、きっと……!」

 

 Gアンバー、通常モードでエネルギーを充填。銃口の奥に収束されたメガ粒子の輝きが満ち、そして――

 

「奇遇だね、ナノカ」

 

 ――ォォォォオオオオオオオオオオオオオンッ!

 それは、大剣だった。モビルスーツの伸長を優に超える、無骨な金属塊。宇宙の彼方から飛来した漆黒の大剣(ソード・デュランダル)が、アンフィスバエナの脳天に突き刺さり、そのまま腰までぐしゃぐしゃに引き裂き、叩き潰していた。

 

「珍しく意見が合うじゃないか」

 

 その大剣に片足をかけ、もう片方の足でアンフィスバエナを――断末魔すら許されず、残骸となり果てた彼女を無慈悲に踏みにじる、漆黒のガンプラ。

最悪にして災厄(パンドラボックス)

変幻自在(ルナティック・ワンズ)

眠らない悪夢(デイドリーミング)

覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)

 数々の異名をほしいままにする、黒き異形のガンダム。セイバーとインパルスをベースにミキシングした、本来ならヒロイックにまとまるはずのシルエットを異形たらしめるのは、その背に負った八本足の大型兵装(デビルフィッシュ・バインダー)。今もその八本足は、ガンダム本体とはまるで別の意思を持つかの如く、悍ましく蠢き続けている。

 この異形こそが。この禍々しさこそが。GBOJランキング不動の一位、〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟の最高峰、ネームレス・ワン――その愛機、デビルフィッシュ・セイバーである。

 

「こいつはもう、この世界には必要ない」

 

 黒き大剣(ソード・デュランダル)を引き抜くと、撃墜判定を下されたアンフィスバエナが、粒子の欠片となって砕け散る。それを見下ろす漆黒の仮面の口元が、酷薄な笑みを浮かべた。

 

「落ちぶれた番犬……使えない駄犬だったけど、最後の最後で役に立ったね」

「トウカぁぁぁぁッ!」

 

 ナノカは叫び、トウカへと銃口を向けた。Gアンバーが銃声を響かせ、野太いビームがデビルフィッシュへとまっしぐらに飛び出す。しかし、

 

「ごめんッス、先輩」

 

 ビームの粒子は、虚しく弾け飛ぶ。突如、デビルフィッシュの前に出現した大型のビット――GNウォールビットによって、防がれたのだ。

 

「サナカ・タカヤ……くん、か……!」

「ははっ、先輩……いま、本名で呼ばれるのは……キツいッスよ……」

 

 低い声色で言い捨てながらも、ケルディム・ブルーはGNスナイパーライフルの銃口をナノカに向けた。

 

「金、もらってるんで。許してほしいッス」

「ククク……良い心がけですよ、〝傭兵(ストレイ・バレット)〟。実にExcellentです」

 

 その声が耳に入った瞬間、ナノカはぞわりと総毛立った。凶暴な感情の波が一瞬にして胸の内に燃え上がり、夢中でトリガーを引く。ナノカらしからぬ乱雑な射撃、ビームは次々と声の主へと襲い掛かり、そしてそのすべてがGNウォールビットに阻まれる。

 

「おやおや、随分と熱情的な歓迎だ。久しぶりの再会の再会だというのに、挨拶の時間すらいただけないとは……何をそんなに猛っているのですか、〝万能の射撃手(オールラウンド・ガンスリンガー)〟――いや、今は〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟でしたか。ククククク……」

「……イブスキ・キョウヤ……ッ!!」

 

 宇宙の暗闇から染み出してきたような、禍々しい闇色の巨影。装甲と武装の塊のような左腕。長大な戦斧(バトルアックス)を構える右腕。両足の鉤爪、黄色い一ツ目、獣じみた尾。翼こそないが、どう見ても悪魔的なシルエットを持つ大型モビルスーツ、ヘルグレイズ。

 怨敵を目の前にして高ぶる気持ちを必死に抑え、ナノカは(Gアンバー)を構え直した。

 

「お前は、何を企んでいるんだ。この滅茶苦茶な状況も、お前が謀ったものなのだろう。クローズド・ベータに続いて、今度は……今度も! お前はこのGBOをどうするつもりなんだ、イブスキ・キョウヤぁぁっ!」

「さあ、どうするつもりでしょうねぇ?」

「貴様ぁぁぁぁっ!」

 

 堪え切れずに撃ったナノカの一発が、戦いの火蓋を切って落とした。GNウォールビットがビームを弾き、ケルディム・ブルーがライフルを撃ち返す。ヘルグレイズはバトルアックスを振りかざしてナノカに襲い掛かるが、振り下ろされる超重量の斧刃を、カスミのブラックアウトフィンガーが受け止めた。

 

「タマハミさん……っ!」

「この、武器は……黒色粒子を、まとっている……私じゃないと、受け止められない……!」

「ほう、このヘルグレイズの特性を見抜くとは。さすがは万事に万能の天才、タマハミ・カスミさんです。どうです、その才能を私のもとで活かしてみませんか? 高く買いますよ、独学で黒色粒子を見出したあなたの能力は」

「……私、あなた、気に入らないッ!」

 

 最大出力で噴出したブラックアウトフィンガーが、凄まじい握力を発揮してバトルアックスの刃にヒビを入れた。

 

「ヤエも何か、アンタ嫌いっ!」

「あたしもよ! こンの、黒いデカいヤツめーーっ!」

 

 ヤエとミッツが次々とビームを乱れ撃つが、的確に飛来し立ちふさがるGNウォールビットが、その全てを防御する。さらには、そのビットの影を縫うように飛び回るケルディム・ブルーから、弾幕の隙間を通す精密な狙撃が撃ち返される。直撃コースの一撃を、ミッツは間一髪でビームシールドを展開し防御。ほっと胸を撫で下ろすのも束の間、攻勢に転じたGNウォールビットが次々と襲い掛かってきた。

 

「うわわっ、ちょ、ちょっと! 速いじゃないのよ、生意気にぃっ!」

「ミッツちゃん! 援護するわ、巻き込んじゃったらごめんにゃー♪」

「……イブスキさん。こっちの二機は俺が抑えるッス」

「上々ですよ、〝傭兵(ストレイ・バレット)〟。そちらのお二人はあなた一人で十分お相手できるでしょう。私はもう少し、この強情なお嬢さんをスカウトしてみるとしましょう。このユニコーンだけは、我々とまともに戦えそうですしねぇ……!」

「……あなたの、仲間になんか……ならない……っ!」

 

 ケルディム・ブルーがリベルタリアとブルーアストレアの抑えに回り、ヘルグレイズの注意がユニコーン・ゼブラに向いた。その一瞬の隙をついて、ナノカは悲鳴を上げるレッドイェーガーのバーニアを全開にし、デビルフィッシュ――トウカのもとへと飛び出した。

 

「トウカぁぁぁぁっ!」

 

 Gアンバーのジュッテ・デバイスを起動、銃身下部にビーム刃を展開し、躍りかかる。しかしデビルフィッシュ自身は俯いて腕組みをした姿勢から微動だにせず、八本足(デビルフィッシュ・バインダー)の一本がいともたやすくナノカの突撃を受け止めた。バインダーの先端からマニピュレータが飛び出し、レッドイェーガーの腕を捻り上げる。

 

「どういうつもりなんだ、トウカ! 私は決勝で、ちゃんと、トウカと……戦って、勝って、今度こそ、私は……約束をぉぉっ!」

「それはそっちの都合だろ、ナノカ。ボクにはボクの……ボクたちの、都合と計画があるのさ」

「そうだと、してもっ!」

 

 ナノカは左手でビームサーベルを抜刀、抜き打ち気味に振り下ろすが、それもバインダーの一本に受け止められる。両腕を封じられたレッドイェーガーに、腕組みをしたままのデビルフィッシュが、ゆっくりと目線(カメラ・アイ)を向ける。

 

「……しても、何だい?」

「彼女を……ラミアさんを、あんなにも狂わせる必要はあったのかい!? 弱みに、負い目に付け込んで、イブスキは彼女を実験台にした、トウカはそれをわかっていたんだろう!? そのうえ、戦いに割り込んで踏みにじるなんて……いくらトウカでも許せないよ、私は!」

 

 ナノカは身を捻り、デビルフィッシュの顔面に膝蹴りを叩きこもうとするが、それもまたバインダーに防がれる。両足もマニピュレータに掴まれ、拘束されてしまった。

 

「……そうやって」

 

 低く、つぶやくようなトウカの声。残り四本のデビルフィッシュ・バインダーが、悍ましく蠢きながらぞわぞわと腕を伸ばし、広げていく。両手両足を封じられ、ナノカは文字通り手も足も出ない。しかしそれでも言葉は届くと信じて、ナノカはトウカに叫び続けた。

 

「イブスキが何を言ってトウカを引き込んだのかは想像がつくさ。でも、あの男の言葉は毒だ。蛇のような毒だ! 私とトウカとの約束も、あの男に歪められてここまで来てしまった! だけど、それでも! 私は、トウカとの約束を守るために、エイト君や、ビス子と一緒に、ここまで……!」

「そうやってさあ! お姉さんぶってるからああああっ!!」

 

 手足を掴むマニピュレータの握力が、急激に増した。爪の先が装甲に食い込み、引き伸ばされた関節部が火花を散らす。そして四つの掌から、青白い光が漏れ始めた。デビルフィッシュ・バインダーの掌に装備された掌部ビーム砲(パルマフィオキーナ)が起動したのだ。

 

「暑苦しいんだよ、ナノカのそういうところがさああああああああッ!」

 

 パルマフィオキーナの独特な発射音が、四連続で鳴り響く。猛烈な振動に揺さぶられるコクピットの中で、ナノカは何とか倒れずに踏ん張った。しかし、もはやレッドイェーガーは手も足もすべて吹き飛び、胴体だけになって宇宙を漂うしかない状態だ。

 

「トウカ……私は、トウカを……」

「さようならだ、ナノカ。約束はまた、守られなかった……」

 

 トウカは起伏のない声で言いながら、ソード・デュランダルを振り上げた。アンフィスバエナを両断した分厚い刀身の表面には、黒色粒子が色濃く渦巻いている。

 

《――GBOシステムサービスより、全プレイヤーの皆様に緊急連絡です。当サービスは、緊急メンテナンスを実行いたします――》

 

 機械的に繰り返されるシステム音声が、遠く聞こえる――カウントダウンが示す残り時間は、ちょうど300秒になったところだった――振り下ろされる大剣の刃が、やけに遅く見える――迫る、迫る、黒い剣――為す術もないレッドイェーガー――その間に割って入る、紅蓮に燃える炎の流星!!

 

「うらああああああああッ!!」

 

 




第四十五話予告

《次回予告》

「やっほほーい♪ ひっさしぶりだぜ我が愛しの部活動のみんなー♪ 全国大会を終えたさっちゃん先輩とダイちゃん部長のおっかえりだー♪ よろこべよろこべー、あっひゃひゃ♪」
「……サチ。何やら様子がおかしいぞ」
「ん……んー、そーだねダイちゃん。おいおーい、そこの腹黒ロリ、なんかあったのかよー?」
「たたた、大変なのです……部長、副部長……鈍感馬鹿のアカツキと、ポンコツ巨乳先輩が……なんか、とんでもないことに巻き込まれてるっぽいのです……!」
「なになにー、えっとぉ……?」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第四十五話『ワールド・エンドⅢ』

「あ、あっひゃっひゃ……ダイちゃん、これ……」
「……これが、貴様の戦いの決着でいいのか……アカサカ同級生」



◆◆◆◇◆◆◆



……はい、ということで44話でしたー。
しばらく間が空いて申し訳なく。いつも読んでくださっている方、お持たせしてすみません。
感想・批評等いただければ幸いです。お待ちしております!




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Episode.45 『ワールド・エンドⅢ』

「ナノさん……っ!」

 

 黒色粒子の暴走、システムからのアナウンス、ジ・アビスの乱入。

 理解を超える出来事ばかりが連続しているが、確かなこともある。それは、ナノカが危機に陥っているということだ。ミッツ、カスミ、ヤエの三人が助けに来てくれた(でも、どうやって? GBOに乱入システムなんてないのに……)のは幸運だったが、かの〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟――アカサカ・トウカその人との戦いは、ナノカを危機に追いやっていた。

 

「動け、動いてくれクロスエイト!」

 

 エイトはクロスエイトを飛び立たせようともがくが、バーニア・スラスター類は軒並みダウンしている。無理やりバーニアを吹かしても、熱量が機体に溜まるばかりだ。

 

《――今から354秒以内に、全プレイヤーは当サービスからログアウトしてください。繰り返します。今から348秒以内に――》

 

 おそらく、このカウントがゼロを迎えればフィールドは閉じ、自分たちは強制ログアウトさせられるのだろう。しかしエイトには、このまま時間切れを待つつもりなど毛頭なかった。

 

「今、行かなきゃ……今行かないで、僕は! ナノさんに相棒なんて呼ばれる資格は、ないだろっ!!」

「……ッたく、しゃあねェなァ!!」

 

 通信ウィンドウの向こうで、ナツキが苦笑いを浮かべながら頭をかいていた。突然、エイトの体に軽い浮遊感。クロスエイトのボディがドムゲルグに掴み上げられたのだ。

 

「クロスエイトはボロボロ、ドムゲルグももう飛べねェ。赤姫を助けに行くなら、オレがてめェをぶん投げるしかねェ。一発勝負だ、バシっと決めろよエイトォ?」

「ナツキさん……はいっ!」

 

 エイトはぐっと奥歯を噛み締め、壊れかけのバーニア・スラスターを全開にした。推進力は得られないが、機体の蓄積熱量は一足飛びに上がっていく――とはいえ、大破寸前の機体にこの負担はあまりにも大きい。制御しきれない熱量が、ひび割れた装甲や関節から漏れ出た粒子を燃焼し始める。数秒の噴射(チャージ)で、蓄積熱量は25%まで上昇。漏出粒子が燃焼しているせいで出力は安定しないが、ブラスト・マーカーの一発ぐらいは撃てるはずだ。

 

「……行けます、ナツキさん!」

「全力でブチ撒けてェ、赤姫助けてこォいッ! 頼んだぜエイトォォォォオオオオ!!」

 

 ドムゲルグは最後の力を振り絞り、剛腕をうならせてクロスエイトを投擲。反動でドムゲルグの腕は折れ、踏み込んだ足は膝から崩れ落ちるが、エイトはぎゅっと唇を噛み、前だけを見据えた。

 武装スロット選択、左腕部ビームシールド。ビーム刃収束、攻撃形態で展開。ブラスト・マーカースタンバイ、機体熱量をビーム刃に充填――武装限定灼熱化(アームズ・ブレイズアップ)

 

「うらあああああああッ!!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

《――全プレイヤーの皆様に緊急連絡です。当サービスは、緊急メンテナンスを実行いたします。今から312秒以内に、全プレイヤーは――》

 

 四肢を失い、力なく宙域を漂うレッドイェーガー。それを見下ろし、漆黒の粒子をまとう大剣を掲げる、デビルフィッシュ・セイバー。それはそのまま、GBOJランキング一位〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟と七十七位〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟との実力差を――トウカとナノカの間に厳然として横たわる、深くて暗い断絶を、表すかのようだった。

 

「さようならだ、ナノカ。約束はまた、守られなかった……」

「トウ……カ……」

 

 トウカの表情は仮面に隠されてうかがえず、その声色に起伏はない。大量の警告表示に埋め尽くされたモニターの向こうへと、ナノカは必至で手を伸ばす。しかし無情にも、漆黒の大剣(ソード・デュランダル)は振り下ろされ――

 

「うらああああああああッ!!」

「エイト君っ!?」

 

 視界に飛び込んできた、真っ赤な流星。粒子燃焼効果(ブレイズアップ)を発揮したクロスエイトの左腕が、ソード・デュランダルに渾身の一撃を叩きこんでいた。

 ソード・デュランダルを覆う黒色粒子が吹き散らされ、金属色のソード本体が露出する。飛び散った黒色粒子がクロスエイトの熱量に燃え上がり、火の粉となって舞い踊る。

 

「ハハッ! キミが、ナノカの!」

 

 しかし、それも一瞬。トウカは即座に距離をとって体勢を立て直し、ソード・デュランダルに再び黒色粒子を纏わせる――纏った粒子が渦を巻き、ソード・デュランダルの刀身と一体化した大口径砲へと収束していく。

 

「ようやくのお出ましかい、小さな勇者クンはさああああ!」

 

 ドッ……ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――――!!

 黒紫の雷光とともに吐き出される暗黒色の極大ビーム、黒色粒子砲(ガルガンタ・カノン)

 エイトはその絶望的な破壊力を前にして、回避行動をとらなかった。

 

「焼き尽くせっ、ブラスト・マーカー!」

 

 ゴッ……ォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオッ! 

 まっすぐに突き出した左の拳から、紅蓮の豪華が渦を巻き、火柱となって迸る。

 黒紫と真紅の奔流が真正面からぶつかり合い、粒子の欠片を弾けさせながら鬩ぎ合う。

 

「通常のビームなら、干渉すらせずに飲み込めるのだけれど……やはり面白いね、その燃える粒子の効果というのは! 黒色粒子を焼くなんて、そうそうやれることじゃあない!」

「そのために作り上げた機能ではないです、けどっ! このクロスエイトが! ブレイズアップが! あなた方に対する切り札になるのなら……僕はぁぁぁぁっ!」

 

 エイトの叫びに応えるように、ブラスト・マーカーの輝きが増した。崩壊したコロニーの欠片がプラフスキー粒子へと還元され、粒子燃焼効果に巻き込まれて燃え上がる。周囲のあらゆるものを燃料として燃え上がるクロスエイトの炎は、猛烈な勢いで火勢を増し、膨れ上がっていく。万全のデビルフィッシュに対して、満身創痍のクロスエイトという不利を、粒子燃焼効果が補っている形だ。

 

「ハハッ! なんだ、同じじゃあないか君のしていることも! 周囲のすべてを巻き込んで、自分の力にして破壊力を増す! 黒色粒子で強制的に取り込んでいるか、炎を延焼させているかの違いだけだよ、ボクと君とは! アハハッ!」

「同じなんかじゃあ、ありませんよ……っ」

 

 楽し気に口元を歪め、哄笑するトウカに、エイトは鋭く言葉を刺した。

 

「僕は、ナノさんを、裏切りませんっ!」

「……ッ!!」

 

 その瞬間、デビルフィッシュ・セイバーのバインダーアームが八本すべて展開した。 四つの掌にはパルマフィオキーナの光が、そして残る四つには――四門の黒色粒子砲(ガルガンタ・カノン)が、その真っ黒な砲口が、口を開けた。

 

「もういい。死ねよ、おまえ」

 

 温度のない、絶対零度の冷えた声色。

 宇宙の闇すら塗り込めるような絶対的な暗黒が、紅蓮の火柱を飲み込み、覆い尽くし、深淵の闇に消し去った――

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「くっ……これでぇっ! パイレーツ・ブラスターっ!」

「それは、一回戦で見たッス」

 

 リベルタリアの額、銀色の髑髏レリーフが弾け飛び、その奥に隠されていたハイメガキャノンが現れる。しかし、そこから必殺の一撃が飛び出すよりも早く、まるで予期していたかのような狙撃が、その砲口に突き刺さった。

 

「きゃんっ、ウソっ!?」

 

 リベルタリアの頭部は大破、メインカメラを失い、ミッツの視界が奪われる。システムが自動でサブカメラ映像に切り替えるが、映像が暗転から戻ったとき、ミッツの視界はGNミサイルの大群に埋め尽くされていた。

 

「う、わ、きゃああああああああっ!」

 

 次々と叩きつけられる爆圧に、自慢の金色(ゴールドメッキ)装甲はひしゃげ、弾け、破壊され、内部フレームが露出する。制御を失ったリベルタリアは、くるくると回転しながらコロニーの残骸へと墜落する。

 

「ちょ、ちょっと海賊娘! 大丈夫!?」

「うぅ……っ。こ、このあたしが、〝奥の手・その三〟まで使ったっていうのにぃ……!」

 

 悔しがるミッツに駆け寄るヤエ。しかし、リベルタリアに肩を貸すブルーアストレアも、かなりの損傷を受けている。武装の大半は破壊されてそこら中に散乱し、機体自体にも狙撃やGNウォールビットの直撃を何発か受けている。金属青色(ブルーメタリック)の装甲も、汚し加工(ウォッシング)したかのようにボロボロだ。

 

「ランキングはヤエのほうが上なのに……ヤドカリ野郎の〝傭兵(ストレイ・バレット)〟って、一人でもこんなに強かったの……っ!?」

「給料分、働いてるだけッスよ」

「に、兄兄(にぃにぃ)ズと一緒だったら、こんなことには、なってないんだからっ!」

 

 ヤエは歯を剥いて叫び、最後の武器であるGNショートビームライフルを構えるが、撃つよりも早く突っ込んできたGNウォールビットがライフルの機関部を直撃、破壊されてしまう。

 

「お嬢ちゃんとお姉さんのお相手は、ここまでッス。俺にはちょっと、別の仕事(・・・・)があるッスから……」

 

 ケルディム・ブルーが指揮者のように手を振ると、五基のGNウォールビットが大きく弧を描いてミッツとヤエを取り囲む。ゆっくりと回転しながら円の径を狭めていく様は、群れで狩りをする肉食獣のようだ。

 

「……ここいらで、退場(ログアウト)してもらうッスよ」

 

 タカヤの言葉と同時、GNウォールビットが一斉に突撃した。先端部にGNフィールドを展開し、超高速で飛び回る鈍器と化したビットの群れが、身を寄せ合うリベルタリアとブルーアストレアを叩き、打ち抜いた。原型を失ったリベルタリアとブルーアストレアは、爆発四散。青と金に煌くプラスチック片が、あたり一面に散らばった。

 

(気の毒ッスけど……閉鎖領域にデータが取り残されるよりは……)

 

 内心で呟きながら、タカヤはGNビットをすべて手元に戻した。ライフルも畳んで右肩のラックに懸架しながらレーダーを確認し、戦況を把握する。

 少し遠く、巨大なエネルギー反応は、デビルフィッシュ・セイバー……それとぶつかり合うもう一つのエネルギー反応は、おそらくクロスエイトだろう。自分たちが乱入した時点でクロスエイトはすでに中破状態だったが、あの〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟に対抗しうるガンプラなどそう多くない。

 そしてもう一つ、やや近い位置にある反応は――二つとも、黒色粒子によるもの。イブスキ・キョウヤのヘルグレイズと、タマハミ・カスミのユニコーン・ゼブラだ。

 

(イブスキさんが遊んでいるとはいえ……よくやるッスねあのユニコーン)

 

 そう、この戦いに勝つ必要はない。乱入する直前に、ヤジマ商事側が第666独立閉鎖部壁(ソロモン・プロテクト)を展開したことにより、イブスキの当初の目標は達成できなくなっているのだ。計画に従うならば、現状は、プランBに移行すべき状況にある。

 

『いやはや、大企業ゆえのフットワークの悪さを期待していたのですが……さすがはアカサカ室長だ、実に決断が速い。たったの15%しか、システムを掌握できませんでしたよ。かの老人たちは、さぞかしご立腹でしょうねえ。かくなる上は――嫌がらせを兼ねて、遊びに行きましょうか』

 

 だから、この戦いは余興。いい機会だから、戦っておこうと――遊んでおこうというだけの、余興。しかしイブスキは、遊びの趣味は悪くとも、遊びに手を抜く男ではない。それでヘルグレイズとここまで張り合っているのだから、あのユニコーンの実力は本物である。

 

「……ん?」

 

 タカヤは怪訝そうに、眉根にしわを寄せた。

 黒色粒子を使う者同士の戦場に、小さな反応が一つ、現れたのだ。今にも消えそうな、儚いエネルギー反応。自分たちとエイトたち、そして偶然ラプラスコロニー崩壊時に居合わせた、ハイレベルトーナメント出場者。それ以外にこの戦場に、誰がいるのか。

 データベースと照合、この反応は――

 

「……へぇ。ちょっとしたイレギュラー、ってやつッスね」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 宇宙空間の闇よりもさらに濃い漆黒が、紫電を散らしてぶつかり合う。

 

「ハァ……ハァ……ブラックアウト、フィンガーっ!」

「ククク……!」

 

 ユニコーン・ゼブラの掌打とヘルグレイズの大戦斧(バトルアックス)が激突し、黒色粒子の欠片があたり一面に飛び散った。ぶち撒かれた黒色の欠片が粒子の同化吸収特性を発揮し、周囲に漂うラプラスの残骸を解体・粒子化、黒色粒子の塊へと変貌させていく。

 

(このまま……攻め切れば……!)

 

 額に汗を浮かべながら、カスミはバトルアックスに視線を注いだ。数十回に及ぶ打ち合いの成果は、バトルアックスを刃毀れさせるという形で表れていた。それに気づいているのかいないのか、イブスキは重武装の塊といった意匠の左腕を一切使わず、右腕だけでユニコーンと渡り合っている。

 

「いやはやこれは予想以上ですよあなたは。私以外に黒色粒子を実用化したビルダーがいたことにも驚きましたが、加えて! この私と、ヘルグレイズともう90秒以上も打ち合っている。賞賛に値します……します、が!」

「……やあぁっ!」

 

 イブスキの軽薄な賛辞を打ち切るように、カスミはヘルグレイズの顔面に膝蹴りを叩きこんだ。黒いサイコフレームの突き出したユニコーンの膝が、黄色いモノアイを捉え――て、いない。

 

「少々、お疲れのようですねえ。タマハミ・カスミさん?」

 

 ヘルグレイズに見えていたものが、黒色粒子の欠片となって砕け散った。直後、ユニコーンの背後で宇宙空間が裂けるように広がり、黒色粒子が噴出。粒子とともに飛び出してきたヘルグレイズがバトルアックスを振り下ろした。

 

「うぐぅぅっ!?」

 

 バトルアックスが刃毀れしていたこともあり、ユニコーンの頑強な装甲は表面の小破だけで耐えてみせた。しかし超重武器による打撃力が、ユニコーンを衝撃とともに吹き飛ばし、コロニーの残骸に叩きつける。

 

「……粒子による偽装(ダミー)隠密(ステルス)……一回戦で、ジェガンズを欺いたのは……これ……!?」

「ククク……黒色粒子の同化吸収特性は、こうして使うのですよ。あなたのように、自分より弱いガンプラからプラフスキー粒子を奪い取って悦に入るだけでは宝の持ち腐れというものです。ああ、ただ、弱者から徹底的に搾り取ろうという発想には同意しますよ、実に私好みの考え方です。私たちは似た者同士かもしれませんねえ……?」

「……カウンターバーストォッ!」

 

 ユニコーンの全身から、黒色粒子が攻撃的な波動となって噴出する。しかしヘルグレイズは巨体に似合わぬ瞬発力でカウンターバーストの範囲外へと飛び退いた。カスミは奥歯を噛み締め、追い打ちのブラックアウトフィンガーを繰り出すが、イブスキは楽し気に口元を歪め、余裕すら感じさせる口調で流れるようにしゃべり続ける。

 

「あなたが私と戦うことを選んだのは、よい判断でした。黒色粒子を纏うこのヘルグレイズに有効打を撃とうとするならば、同じ黒色粒子を使うあなたか……あとはまあ、アカツキ・エイト君の粒子燃焼効果(ブレイズアップ)ぐらいしかありませんからねぇ」

 

「あなたと……おしゃべり、する気は、ない……っ!」

「おやおや、つれないお嬢さんだ!」

 

 ユニコーンの掌打を躱し、ヘルグレイズはバトルアックスを投擲した。激しく回転する刃の円盤を、カスミはブラックアウトフィンガーで打ち払う――しかし、それは粒子偽装(ダミー)。バトルアックスの虚像は黒い欠片となって砕け散り、真逆の方向から出現したバトルアックスが、ユニコーンの脇腹に深々と刃を喰い込ませた。

 

「んぎゃ……あ、くっ……!」

「フッ……黒色粒子によるダミーは、GBOのデータ上では〝本物〟として処理されます。防がねば刺さるし、防げばかき消えて〝別の本物〟が出現するのですよ。まあ私は、そんな搦手が得意なものですから……行きなさい、シールド・ファミリア」

 

 イブスキは突然、明後日の方向に掌をかざした。すると、ヘルグレイズの腰から二枚の木の葉型シールドが分離、鋭く尖った先端を切っ先に、凄まじい勢いで突撃した。ファンネルミサイルかGNファングのような高機動でコロニーの残骸を打ち砕き、進攻するシールド・ファミリア。

 いくつかめの残骸を打ち抜こうとしたとき、その残骸の影から一機のガンプラが飛び出してきた。

 満身創痍ながら何とか原型をとどめている、重厚な多角形の装甲、やや大柄な機体――バンディット・レオパルド。

 

「こそこそ隠れている相手をあぶり出すのも、得意なのですよ」

「イブスキぃぃっ! てめぇ、レイをどこにやったァァァァッ!!」

 

 バンは血を吐くように叫び、右手に持った大剣を振り下ろした。イブスキはヘルグレイズの〝左腕〟を掲げ、受け止める……が、しかし。

 

「……おや、その剣は」

「うおおらあああああッ!」

 

 Bレオパルドは全体重を乗せ、大剣を――燃える粒子を宿したヴェスザンバーを、振りぬく。ヘルグレイズの左腕に裂傷が刻まれ、イブスキは即座にBレオパルドから距離をとった。

 

「オーバードーズシステムも発動できない、平凡なファイターのあなたがなぜ生き残っているかと思えば……そういうことですか」

「……あの瞬間、アカツキ・エイトがこいつを押し付けてきた。シロー・アマダ並みの甘ちゃんだぜ、あいつはよ」

 

 バンは苦笑しながら、右手の大剣を掲げた。

 粒子燃焼効果(ブレイズアップ)を発動した、ヴェスザンバー。

 アンフィスバエナが暴走し、黒色粒子の大津波に機体が飲み込まれそうになった、あの時。エイトは灼熱化(ブレイズ)ビームサーベルを回転させて盾代わり(ビームシールド)にするのと同時に、灼熱化したヴェスザンバーを射出、盾としてバンに押し付けていたのだ。ユニコーン・ゼブラとの戦いで、粒子燃焼効果(ブレイズアップ)が黒色粒子を焼き尽くすことはわかっていた。それでも攻撃を無効化しきれず、機体は深刻な損傷を受けているが……エイトもバンも、生き残ることは、できた。

 

「……だが、そのおかげで! てめぇに一太刀浴びせることができる!」

「それで私が、妹さんのことをしゃべるとでも?」

「おしゃべり野郎のてめぇなら、戦い続けりゃポロっと言っちまうだろうがぁぁッ!」

 

 ヴェスザンバーの熱量はもはや炎を巻き起こすほどは残っておらず、刀身を赤く染める程度だ。しかし、それでも、あと数十秒は戦える。バンは悲鳴を上げる機体状況表示(コンディションモニター)を無視して、Bレオパルドのバーニア・スラスターを全開にした。

 

「よく、わからないけど……増援、ね‥…!」

 

 カスミはユニコーンの脇腹からバトルアックスを引き抜き、そのまま自分の武器として構えた。腰椎回転基盤に深刻な損傷、格闘戦にはつらい状況だが、やるしかない。ブラックアウトフィンガーのエネルギーをバトルアックスに伝播、ヘルグレイズの黒色粒子フィールドを突破する攻撃力を付加する。

 

「いくよ、ユニコーン……!」

 

 Bレオパルドのヴェスザンバーが、ユニコーン・ゼブラのバトルアックスが、次々とヘルグレイズに襲い掛かる。イブスキは内心、所詮は死にぞこないの悪あがき、と侮っていたが――すぐに、認識を改めた。

 ユニコーン・ゼブラは今まで、徒手空拳(ブラックアウトフィンガー)とエネルギー量に任せた爆発技(カウンターバースト)しか使ってこなかったが、武器が扱えないわけではない。むしろ、全方向に万能の天才であるタマハミ・カスミが、武器を扱えないわけがなかったのだ。超重量の長物であるバトルアックスを、腰にダメージを受けているはずのユニコーンが軽々と振り回している。

 一方でBレオパルドも、ユニコーン以上にダメージの蓄積した機体で、ヴェスザンバーを巧みに操っている。重量のある大剣を振り回さず、まるでナイフのように刺突に特化した立ち回りに専念。触れれば焼き切れる灼熱化(ブレイズ・ヴェスザンバー)の特性と機体状況を考えた、無駄のない動きだ。そもそもイブスキがバンをスカウトしたのは、黒色粒子適性の高いレイの護衛として、近接戦闘でのナイフ捌きの腕前を買ってのことだった。

 

(……少々、面倒になってきましたね。アカサカ室長には出し抜かれるし、〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟は存外に感情的になるし……ほんの余興で手を出してみましたが、手間のわりに収穫は少なくなってしまいましたねぇ)

 

 ヴェスザンバーを受け止めたシールド・ファミリアが両断され、爆散する。横薙ぎのバトルアックスをスクリューキックで迎撃し、打ち砕く。武器を失ったユニコーンがブラックアウトフィンガーで掴みかかってくるが、後退して躱す。

 

(仕方がありません。せめて、〝彼女〟の試運転(テスト)だけでもしていきますか。かの老人たちへの布石、宣伝にもなりますしね……まあ、ゴーダ・バンには、少々……ククク。つらいことになりますがねぇ)

 

 ヘルグレイズのテールブレードがコロニーの残骸をいくつかまとめて貫き、大きく振りかぶって放り投げた。バンとカスミは一瞬、視界をふさがれ、そのすきにイブスキは二人から大きく距離をとった。

 

「お二人とも。ここまでよく戦いました……が、ここまでです」

 

 ヘルグレイズは月を背負うような角度でBレオパルドとユニコーン・ゼブラを見下ろし、両腕を大きく左右に広げた。

 

「……楽しませていただいた返礼に、黒色粒子の深奥をお見せしましょう。我が愛機ヘルグレイズ・サクリファイスの、真の姿と共にね……!」

 

 瞬間、黒い波動が迸る。追撃しようとしたBレオパルドのバーニアが火を噴いて壊れ、ユニコーン・ゼブラのサイコフレームが異常な放電現象を起こした。

 

「くっ、動かねぇ‥‥…!? まだだ、まだ止まるなよレオパルド!」

「……こんな広域の動作干渉……!? この宙域の黒色粒子量が……プラフスキー粒子を、超えた……!?」

 

 動けない二機を見下ろしながら、ヘルグレイズの――否、ヘルグレイズ・サクリファイスの姿が、変わっていく。

 両肩の装甲が展開し、ダクト状の機関が露出。濃度が上昇しすぎて液状化した黒色粒子が、滝のように溢れ出す。左腕の武装群が展開、ブレード、シザーズ、パイル、様々な凶器が顔をのぞかせた。ただでさえ左右非対称だった左半身がさらに肥大化し、異形感を強める。

 イブスキは満足げに頬を歪め、武装スロットを回した。特殊装備(SPスロット)を選択、そして――発動。

 

「それでは、処刑を始めましょう。――システム、解放」

《了解。しすてむヲ解放シマス》

 

 イブスキの言葉に続く、システム音声。しかしその声色は、聞きなれたバトルシステムの男声でも、GBOシステムのハスキーな女声でもない。

 感情は消え、抑揚もなく。まるで機械そのものの、冷たい声色ではあったが――幼い女の子(・・・・・)の声。

 

「……レイ!?」

《おーばーどーず・しすてむ――ぶらっく・あうと》

「てめえレイに何をしたあああああああああああああああああああああッ!!」

 

 バンの絶叫が宙域に響く。しかしその叫びもイブスキには何の影響も与えず、ヘルグレイズは瞬間移動とも見える速度でユニコーンに肉薄、左腕の一振りで白と黒のプラスチック片へと変えた。イブスキはもう堪え切れないといった様子で耳障りな高笑いを上げ、引き千切ったユニコーンの頭を握り潰す。

 

「ほう、知りたいのですかゴーダ・バン。あなたがGBO(ゲーム)で遊んでいる間に、大事な大事な妹さんが何をされたのか。どんな目にあっていたのか。なんなら、動画を配信してもいいのですよ、全世界に。どうぞご覧になってください、あなたはきっと怒り狂うでしょうが、まあ物好きというのは世界中にいますからねぇ。金を払ってでも見たいという輩もいることでしょうし、これで一儲けできますねぇ……ククク、クハハハハハハハ!!」

《敵機〝ゆにこーん・ぜぶら〟撃墜。続イテ〝Bレオパルド〟ヲろっくおん。粒子残量ハ潤沢デス。高火力デノ圧倒ヲ提案シマス》

 

 イブスキがオープン回線で通信をつないでいるのは、わざわざこの声をバンに聞かせるためなのか。果たして狙い通り、バンは視界が真っ赤に染まるほどに激昂し、機体の損傷も顧みずヘルグレイズへと突撃した。

 

「……ぅがあああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

「クク、何と美しい兄妹愛でしょう。ですがね、ゴーダ・バン。あなたは弱すぎた!」

 

 突き出したヴェスザンバーが、スクリューキックに蹴り砕かれた。続いてテールブレードがBレオパルドの胴体を串刺しにし、コロニーの残骸に叩きつけ、縫い付ける。振り上げた異形の左腕が大鋏を開き、そして――

 

「……おやおや」

《……あ、あンちゃ……にげ、テ……》

「レイ!? レイ、意識が……!」

 

 ヘルグレイズの左腕が、ピクピクと生物のように痙攣している。イブスキは肩を竦めてため息をつき、「やれやれ」と首を振った。

「私は、こういったお涙頂戴というのが苦手なんですよねぇ……ぶち壊したくなるんですよ、そんな陳腐な物語はァァァァッ!!」

《ひ、ぎぃ……いやああああああああああアアアアアァァアアアアァァァ!!》

 

 イブスキは苛立ちに任せてコンソールを叩き、黒色粒子の出力を全開にした。レイの悲鳴は割れた電子音声と化し、そしてプツンと途切れる。同時、ヘルグレイズの左腕は振り下ろされ、Bレオパルドは両断された――

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――瓦礫と残骸ばかりが散らばるラプラスコロニー跡地を、目を逸らすように顔を伏せながら飛ぶ。

 それでも否応なく、タカヤの視界にはいろいろなものが飛び込んできた。コロニーの破片に混じる、ガンプラの残骸。金色のプラスチック片。割れた太陽炉。黒いサイコフレーム。黒い多角形の装甲片……そして、

 

(悪ぃな、エイト……アカサカ先輩と、旅館のお姉さんも……)

 

 見慣れた「赤」の、残骸たち。空っぽの大型ミサイルコンテナに、銃身の折れたGアンバー、熱を失ったヴェスザンバー。

 友人を、先輩を、そのチームメイトを、現実世界でのつながりをすべて裏切って踏み台にして、自分は今ここにいる。その事実を受け止めるには、〝傭兵(ストレイ・バレット)〟としてGBOを流れてきたタカヤにも、少しばかりの時間が必要だった。

 しかし、現実は――いや、この電子の世界の仮想現実は、そのわずかな時間すら、タカヤに与えてはくれない。

 

「お疲れさまでした、〝傭兵(ストレイ・バレット)〟」

 

 聳える黒い巨躯、ヘルグレイズ・サクリファイス。今はもう黒色粒子を開放していないらしく、肩部装甲も左腕武装群も、閉じた状態だった。〝制御装置(ゴーダ・レイ)〟の声も、聞こえない。

 

「……給料分、働いただけッスよ」

「イレギュラーが頻発し、プランAは放棄せざるを得ませんでしたが……プランBの実行には十分な準備が整ったといえるでしょう。いやはや、ヤジマ商事の、というより、アカサカ室長の決断力には恐れ入るばかりです。まさか第666独立閉鎖防壁(ソロモン・プロテクト)を、こうも躊躇なく使うとは思ってもいませんでしたよ。おかげでシステムの掌握率はたったの15%止まりです」

 

 タカヤの言葉には何の興味もないのか、イブスキは独演を続ける。

 

「ここまで大会を引っ掻き回し、今から72時間だけとはいえ、GBOメインサーバーを事実上の停止に追い込んだ。注目度(ニュースバリュー)。としては十分です。プランBの実行にはね……ククク。もとよりプランBの方が私好みなのですよ。ゴーダの妹君の存在も、プランBのほうがより生きる(・・・)のですからねぇ……クク、クハハハハ!」

 

 イブスキの高笑いに、愉悦の色が混じっている。当初の予定では、この戦いですべてを終わらせるはずだったのだが……システムの掌握に失敗し、プランBに移行せざるを得なくなったこの状況を、むしろイブスキは望んでいたかのような口ぶりだ。

 何も語らず、腕組みをして立つだけのデビルフィッシュ・セイバーからは、ネームレス・ワンが……アカサカ・トウカが何を考えているのかは推し量れない。双子の姉を、姉が認めた相棒を、チームメイトを全滅させたその胸中には、いかなる思いが渦巻いているのか。

 

《――当サービスは、緊急メンテナンスを実行いたします。今から54秒以内に、全プレイヤーは当サービスからログアウトしてください。繰り返します。今から48秒以内に――》

 

 タカヤにもトウカにも一切構わず独演会を続けていたイブスキが、我に返ったように演説を止めた。そして一息、ため息を挟んで、クツクツと低く笑う。

 

「おやおや、もうこんな時間でしたか。早くお暇(ログアウト)しないと、我々のデータまで閉じ込められてしまいますね。では、お二人とも。次もよろしくお願いいたしますね。次の戦いは72時間後。GBOを破壊する最後の聖戦――」

 

 冷静さを装う薄ら笑いの奥に、異様な興奮が透けて見える。イブスキのそんな内心を現したかのように、ヘルグレイズは大仰な仕草で両腕を開き、天を仰いだ。

 

「――メモリアル・ウォーゲームです!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

《――全プレイヤーのログアウトを確認。現時刻をもって、GBO全サービスを一時停止。緊急メンテナンスを開始します》

 

 




第四十六話予告

《次回予告》

 ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第四十六話『ウォーゲーム・イヴ』

 姉さん。ボクはずっと、待っているよ……どうせ、無駄だろうけどさ。



◆◆◆◇◆◆◆



 どんもこんばんは。亀川ダイブです。
 またもや少し間が空いてしまいましたが、なんとかハイレベルトーナメント編の最終話までこぎつけました。次に始まる、メモリアル・ウォーゲーム編が、ドライブレッドの最終章となります。できるだけ早く更新したいとは思うのですが、リアル労働との兼ね合いもありますので予定は未定でございます。(汗)
 ちなみにイブスキたちの「プランA」は、大会を引っ掻き回して混乱をあおり、クレーム対応などに運営がテンパってる間にGBOメインサーバーを掌握してしまおうというものでした。イブスキにしては毒味が足りないカンジ。プランBはもっとえげつないものになる予定です。
 今後もどうかお付き合いください。感想・批評もよろしくお願いします!










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Episode.46 『ウォーゲーム・イヴ』

どうもこんばんは。亀川です。
今回はバトルなし&シリアス&長いという三重苦なお話です。
いろいろとストーリーに関わる話を詰め込みましたので、お付き合いいただければ幸いです!


 くらい、くらい、くらい……まっくろなそら。

 どこまでもくろくてどこまでもくらい、わたししかいないそら。

 ひとりっきりのそら。

 ここにはわたししかいない。

 わたしをうんですてたははおやも、

 さいしょからいなかったちちおやも、

 わたしをそのたおおぜいとともにそだてたしせつのしょくいんも、

 かわいそうなわたしにどうじょうしていたどうきゅうせいも、

 だれもいない。

 わたししかいない。

 すこしずつかたちをなくしていくわたしをつつむのは、くろいりゅうしのかけら。

 ちからのはいらないわたしのてから、なにかがすべりおちて、くろいそらにのみこまれる。

 

 ――ガンプラだ。

 

 トールギス・アンフィスバエナ。

 ガンダム・セルピエンテ。

 手に力が入らない。いや、入れる気にならない。

 なんでわたしは、こんなオモチャにしがみついていたのだろう。

 ガンプラなんて、しょせんはこどものオモチャ。

 わたしはなんで、こんなプラスチックのカタマリに執着していたのだろう。

 アンフィスバエナが、黒い粒子に飲み込まれた。

 セルピエンテが、黒い粒子に飲み込まれた。

 さようなら、さようなら、さようなら。

 わたしにはもう、何もない。何もいらない。

 お嬢様の隣に立てないわたしなんて。もう、何も、いらないんだ。

 

 ――おじょう、さま……?

 

 何だろう。すごく、懐かしい。

 でも、何がそんなに懐かしいのか、解らない。

 わからない、わからない、わからない。

 わたしはなんで……おじょうさま……ガンプラ、なんて……

 黒い粒子が、僅かに波立つ。

 どうやら、私の手が、何かを掴んだようだった。

 どうしたんだろう。私の手は、もう何も掴めないはずなのに。

 

 ――サーペント・サーヴァント……?

 

 白と黒に塗装した装甲、大腿部に内蔵した追加バーニア。ツインビームガトリング、そして大型アーミーナイフ。

 ラミア専用サーペント・サーヴァント。

 お嬢さまが私にくれた、最初のプレゼント。

 一緒に作った、初めてのガンプラ。

 お嬢さまの親衛隊、〝多すぎる円卓(サーティーン・サーペント)〟筆頭の証。

 

 ――これが、私のガンプラだったのに……私は、私はああああ!!

 

「ばかラミアぁぁっ! 目を覚ましなさぁぁいッ!!」

 

 黒い粒子が吹き飛び、暗い宇宙が砕け散った。

 すべてをぶち壊して突っ込んできた右拳が、私の顔面を容赦なく殴り飛ばした。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「お嬢さま、こっちですぜ! D列の一番奥、個室!」

「ありがとう、ヤスさん」

「お、お客様、困ります! いったい何を!?」

 

 事態を把握できず混乱する店員を押しのけて、アンジェリカは店の奥へと走った。

 ヤマダ重工女子寮から徒歩で十分程度のネットカフェ。普段はそう繁盛しているわけでもないごく普通の店舗。ヤスが得意とするあまり公言できない類の技術により逆探知した、アンフィスバエナを操作するパソコンはこの店にあった。

 それはつまり、ラミアはここにいるということだ。

 アンジェリカは逸る気持ちを抑えきれず、大股に歩を進める――D列一番奥の個室、ここだ。

 密閉性の高くない、安物の簡易扉の向こうから、ディスプレイの光が漏れている。力が入りこわばったアンジェリカの肩に、チバが分厚い掌を軽く乗せる。

 

「お嬢、気持ちはわかるが焦るなよ。ラミ公は今、まともじゃあねぇかもしれんぞ」

「ありがとう、チバさん。でも、それでも、私は……私は、この扉を開けますわ」

 

 目を閉じ、呼吸を止めて、一泊の間を置く。次に瞼を開くのと同時、アンジェリカは個室の扉を勢い良く引き開けた。

 

「……ッ!!」

 

 覚悟を決めていたはずのアンジェリカだが、現実のラミアを目の前にして絶句する。

 そこにいたのは、間違いなくラミアだった。アンジェリカの親友にして戦友、親衛隊筆頭の、ラミアだった。白銀色のショートカットは灰色にくすみ、肌に血の気はなく、たった数日の間に見る影もなく痩せ細ってはいたが――そして、黒く光のない空虚な瞳が、宙を彷徨ってはいたが。まぎれもなく、ラミアだった。

 

「おじょ……さ……?」

 

 ピクリ、とラミアの肩が痙攣し、虚ろな視線がアンジェリカを捉えた。力なく垂れ下がっていた右手が壊れた人形のように持ち上がり、その掌に握りしめていたものを、アンジェリカへと差し出そうとする。

 

「……ごめ……さい、わ……もう、しかく……ない……おじょ、さま……となり、に……これ、おかえ、し……ま……」

 

 ラミア専用サーペント・サーヴァント。

 焦点の合わない両目から、次から次へと涙が零れ落ちている。そして鼻からは一筋、真っ赤な血が流れだした。

 今まで黙って成り行きを見守っていたチバだったが、ラミアの鼻血に表情を険しくした。ヤスに一言耳打ちをし、走らせる。その背を見送りながら、チバはアンジェリカの肩に手をかけた。

 

「お嬢、こいつはもう医者の領分だ。本社(ウチ)の系列病院に運び込……」

「……ばかラミア」

 

 静かに、だが噴火直前の火山のように。重く、深く、地響きのような呟き。アンジェリカのただその一言に、チバは気圧されてしまった。

 アンジェリカの右拳が、固く握り締められる。狭いネットカフェの通路にもかかわらず、両足を開き腰を落として拳を引き、実に堂に入った正拳突きの構え。そして――

 

「ばかラミアぁぁっ! 目を覚ましなさぁぁいッ!!」

 

 ――ガオォォンッ!!

 およそ人が人を殴ったとは思えないような轟音。ショットシェル・フィストもかくやというような衝撃が、ラミアの顔面に突き刺さる。先の鼻血など比較にならない勢いでドバドバと鼻血が流れ出し、チバが慌てて飛び出し、止血する。

 

「お嬢ッ、やりすぎだ!」

「いいえ、チバさん。私は今までやらなすぎた(・・・・・・)

 

 右手に激痛。ヒビか、下手をすれば折れたか。教養として武道を嗜んではいるが、演舞中心で殴り合いなどしたことのないアンジェリカの拳が、正拳突きの衝撃に耐えられるはずもない。アンジェリカはズキズキと熱を持つ右手を隠しながら、微笑んで見せた。

 

「ラミアが目を合わせてくれなくなったとき。女子寮に引きこもったとき。扉を叩き壊してでも向き合うことが、私にはできたはずだった。でも、しなかった。できなかった。私の知らないラミアが、そこにいるかもしれないことが怖くて……私は、逃げていた」

 

 ゆっくりと歩み寄り、チバに抱きかかえられたラミアの頬を、アンジェリカは痛む右手で優しく撫でた。そしてそのまま、抱きしめる。

 その様子にチバは表情を緩めてラミアから離れ、アンジェリカにすべてをゆだねる。

 

「だから、あなたの親友でいる資格が……覚悟がなかったのは、私のほう。でも、これが私の本気。道を間違ったあなたを殴ってでも止めるのが、私の本気。私の友情。私の……愛情」

 

 自慢の金髪が、しわ一つない制服が、血で汚れるのも構わず。アンジェリカはラミアをきつくきつく、抱きしめる。

 

「だから、帰ってきて、ラミア。私の……大切な、私のラミア」

 

 ――そして、無限にも思える数秒が過ぎて。アンジェリカの背中を、痩せ細った両腕が、弱々しく抱きしめた。

 

「……お嬢、さま……」

 

 はっきりとした、声色。涙にかすむ視界の真ん中に、アンジェリカは見た。ラミアの両目に、光が戻っているのを。弱々しくも、確かに微笑んでいるのを。

 

「……申しわけ、ありませんでした……ラミア、ただいま……帰りました。アンジェリカお嬢さま」

「ラミア……っ!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――独白にも聞こえる話を終えて、アンジェリカは冷めかけたコーヒーに口をつけた。左手で、ぎこちなく。右手が痛々しく腫れ上がっているのが、巻かれた包帯の上からでも見て取れる。

 

「……今は、ヤマダ重工の系列病院に入院中。ずっと、眠り続けていますわ」

 

 GP-DIVE一階、カフェスペース。臨時休業中の店内に客の姿はなく、そこにいるのはハイレベルトーナメント参加者だった者たち――イブスキ・キョウヤが仕掛けたあの戦いに、大なり小なりの関わりを持つプレイヤーたちだけだった。

 

「よかった、とは言い切れないですけど……最悪の結末は避けられましたね、ヤマダ先輩」

「彼女が心を狂わせる一端となった身としては、責任を感じるよ。私に償えることがあれば言ってほしい、風紀委員長」

 

 エイトは柔らかく微笑みかけ、ナノカは真剣な目でアンジェリカを見つめる。しかしアンジェリカはふっと口元を緩め、首を横に振った。

 

「ガンプラバトルには……いえ、すべての勝負事には、勝ちも負けもつきものですわ。あの時ラミアを支えるべきだったのは、やはり私でした。それに気づかず、あの男に付け入る隙を与えたのも私。アカサカさんが責められるものではありませんわ」

「でも、委員長……」

「ラミアのことは、私が……私が責任を持ちたいんですの、アカサカさん。どうか私に、ラミアの親友でいさせてくださいな」

 

 一点の曇りも、迷いもない笑顔。アンジェリカの顔を見て、ナノカは「敵わないな」と微笑んで、引き下がった。

 それと引き換えに、ナツキがテーブルを叩いて身を乗り出した。

 

「あの狂犬野郎の毒が抜けて、飼い主ンとこに戻ったのはめでてェことだ。そこで次の問題だ、あのクソ黒幕野郎をどうすんだって話だろ?」

「あの時、ログアウトしていなければ……ウチも、あの男に一発かましてやれたのに……ッ」

「……落ち着けよ、姐御」

 

 苛々と爪を噛むエリサにいつものような爛漫さはなく、店長がなだめるようにその肩をぽんぽんと叩いている。ちょうどそこへエプロン姿のメイファが替えのコーヒーやジュースを持ってきたが、さすがに空気の重さを感じているのか、表情もテンションも落ち着いている。

 

「エリエリぃ……いっぱいのイライラ、よいないアルよ」

「わかっとる! わかっとるよ、わかっとるけど……けどな……!」

 

 ギリリと、音がしそうなほどに奥歯を噛み締め、小さな拳にも、爪が食い込むほど力が入っている。エリサは細い肩を震わせながら、言葉を吐いた。

 

「あの男、師匠の技を……神戸心形流の粒子変容技術の秘伝を、黒い粒子やなんや知らんけど、あないな使い方を……絶対に許さへん……ッ!」

 

 そもそも、エリサが神戸から出てきた理由。イブスキ・キョウヤを追う理由。エイトも詳しくは聞いていなかったが、今の言葉から推測はできた。エリサは心形流の師匠を心から敬愛していたし、エイトもたまに道場に行った時には、心形流の人たちによくしてもらっていた。その技術を、秘伝を、持ち逃げされた上にあんな使い方をされては――心形流を愛するエリサにしても、店長やメイファにしても、心穏やかではいられないだろう。

 

『アタシたちだって、あの男は許せないんだからね! あんな形で大会を台無しにされて! GBOも無茶苦茶になって!』

『私と兄兄(にぃにぃ)ズも納得してないもん。まあ、大会はもう負けちゃってたけど……でも、ね!』

 

 テーブルの端に置かれたノートパソコンから、ミッツとヤエの声が騒がしく響く。現在GBOはサービス停止状態なので、別のネットゲームのVC(ボイスチャット)機能が画面上に展開されていた。そこには、金色(ゴールド)海賊旗(ジョリーロジャー)青い金属製(ブルーメタリック)の猫、そして一本角の生えた縞馬(ユニコーン・ゼブラ)のアイコンがふよふよと浮かんでいる。

 

『……あの男の黒い粒子……私のとは、違ったわぁ……主に、粒子制御系。偽装(ダミー)隠密(ステルス)、ビットの粒子推進……精密さが、段違い。それが心形流の技術、かもねぇ……』

 

 バンッ。

 カスミが言い終わらないうちに、エリサの拳がテーブルを叩いた。プルプルと震える小さな握り拳を、店長の大きな掌が上から包み込む。

 

「……エリサ。俺も気持ちは同じだ」

「……ごめん、カメちゃん。……ありがと」

 

 エリサは肩の力を抜いて、店長の太い指先をきゅっと軽く握り返した。

 

「――まァ、各々それぞれ、あの黒幕気取りのクソ野郎には腹ァ立ててるってェことだな。オレの場合は、エイトの敵はオレの敵、赤姫の敵はオレの敵ってェだけだがよ」

 

 テーブルを囲むメンバーをぐるりと見まわし、ナツキは再び腰を下ろした。

 

「んで、赤姫。お前の親父さんはなんて言ってンだ?」

 

 ナツキの声に促されて、視線がナノカに集中する。ナノカは姿勢よく椅子に腰かけたまま、全員に対して頷き返す。

 

「……状況はよくない。現在GBOがサービス停止状態なのは、イブスキ・キョウヤによるメインサーバーへの攻撃を防ぐために、特殊なプログラムを実行したためだということなのだけれど……」

『そこから先は、私が説明を引き継ごう』

 

 ナノカの声に、落ち着いた男性の声が割り込んだ。見れば、カスミたちのアイコンが浮かぶノートパソコンの画面に、ヤジマ商事のロゴマークが現れている。

 

『娘のご友人の皆さん、音声のみで失礼をする。私はアカサカ・ロクロウ。GBOの管理運営を任されている者、と理解してもらって構わない』

「父さん。どうして、ここが……?」

『事態を収束するため、なりふり構っていられなくなったのだよ、トウカ。情けない父に力を貸してほしい。ご友人諸氏にも、伏してお願い申し上げる』

 

 テーブルに沈黙が下りる。アカサカはやや間をおいて、『了承をいただき、感謝する』と前置きをして、語り始めた。

 

『GBO完全閉鎖から、約三時間。率直に言って、事態は悪化している。GBOの存続……いや。ガンプラバトルそのものの存続に関わるレベルにまで』

 

 

 ハイレベルトーナメント準決勝、ドライヴレッド対スカベンジャーズの試合中に発生したイレギュラー。かねてより警戒していた変異プラフスキー粒子――正式名称はまだないが、〝黒色粒子〟と通称されるその粒子が、突如として暴走。フィールドの変質、プレイヤーのアバターとガンプラデータが混濁するなどの大規模機能障害が発生した。

 同時に、GBOメインサーバーへの同時多発的な不正アクセスが発生。開発者しか知りえないはずのバックドアを利用した予想外の攻撃に、初期対応で後れを取ってしまう。

 GBO運営本部は、ゲーム内の異常とサーバーへの攻撃に同時に対処せざるを得なくなり、結果、イブスキ・キョウヤのメインサーバーへの侵入を許してしまう。そして瞬く間にメインサーバーの10%に相当する領域を支配され、ヤジマ電脳警備部も防衛線を展開するが、じわじわと侵食領域を広げられてしまう。

 そこでアカサカは、室長権限を以て第666独立閉鎖防壁(ソロモン・プロテクト)の展開を決断。特殊な論理防壁、汚染領域の隔離、そしてメインサーバーとネットとの物理的切断を含む防衛措置により、侵食は15%で食い止められた。

 しかし食い止めたとはいっても、逆に言えばその15%の領域内は、完全にイブスキの支配下。第666独立閉鎖防壁は、すべてのアクセスを完全に遮断する。展開中はあちらもメインサーバーに新たに手出しはできないが、こちらも一切干渉できない。汚染された領域内では、イブスキが潜り込ませたプログラムが今も自動的に暗躍し、着々と〝計画〟を進めているのだ。

 

 

 ここまでを一息に語って、アカサカは一度言葉を切った。いまこの場にいるそれぞれがハイレベルトーナメントで経験した出来事をつなぎ合わせ、運営本部という立場から眺めたならば、おおよそアカサカが語ったようなストーリーが出来上がるのだろう。

 しかし、アカサカがわざと内容をぼかした部分もある。ナノカはそれを、父に問うた。

 

「……父さん。イブスキの〝計画〟とは?」

『その質問の答えは、この映像になる。この三時間、正体不明の広告主によって、異常な速度で拡散しているコマーシャル映像だ。当然、ヤジマ商事公式のものではない』

 

 ノートパソコンの画面が切り替わり、バナー広告サイズの映像が全画面に表示される。

 まずはGBOの公式ロゴマークが表示され、続いて暗転――いや、薄暗い中に、白い何かが見える。少しずつ画面が明るくなるにつれ、その正体が露わになっていき――

 

『……あんちゃん。ウチ、がんばるから……』

 

 ――白い、少女の、肢体。顔面はサイコミュ式らしい巨大なヘッドギアに覆われ、ほとんど裸同然の体にはパイプやコード、計測機器の類が蛇のように絡みついている。一見するとCGのように見えなくもないが、それを判断するには映像はあまりに薄暗い。

 

《非道なサイコミュ兵器の人体実験から、囚われの少女を救い出せ!》

 

 突如として鳴り響く、GBOのメインテーマ。そして、少女の体を隠すようにフェードインしてくる太いゴシック体の書き文字。

 

《決戦の舞台は、ア・バオア・クー!》

《プレイヤーを迎え撃つのは、各ガンダム作品のラスボスたち! GBOオリジナルガンプラも多数出現!?》

《大規模多人数同時参加型ガンプラバトルシミュレーション〝ガンプラバトルオンライン〟史上、最大最高の一大決戦!》

 

 宇宙要塞ア・バオア・クーが、ネオジオングが、ラフレシアが、デビルガンダムが、ヴェイガンギアが、アルヴァトーレが、斬り合い撃ち合うガンプラの大軍勢が、次々と切り替わっていく。

 

《雲霞のごとき大軍を――打ち倒せ、ガンプラ!》

 

 初代(ファーストガンダム)のビームライフル、独特な射撃音。画面を打ち抜くビーム。再び、少女の姿が映し出される。その背後に、シルエットで表示されるのは――間違いない。ヘルグレイズ・サクリファイスだ。

 

『あ、んちゃ……あ、アア……アハ、アヒャハ、アはハはははハハはははははハ!!』

《〝メモリアル・ウォーゲーム〟! 20××年8月15日15:00 開幕!》

《――君は、生き延びることができるか》

 

 そして、画面は暗転。場の空気は冷たく静まり返り、誰もかれもが無言だった。そのまま数秒の時が過ぎ、アカサカが重々しく口を開く。

 

『……我々は、あの少女も、そして〝非道なサイコミュ兵器の人体実験〟も、実在のものであると認識している』

 

 ここにいる誰もが、言われるまでもなく理解していた。

 〝暴食群狼(スカベンジャーズ)〟ゴーダ兄妹の妹、ゴーダ・レイ。

 準決勝最終局面、ユニコーン・ゼブラを腕の一振りで木端微塵にした、ヘルグレイズのオーバードーズシステム――その、生体制御装置として組み込まれた、兄思いの幼い少女。

 

『運営本部としては、そのような大会の開催事実はないとアナウンスしているが……ハイレベルトーナメントでの騒動。緊急メンテナンスの実施。それらすべてすら、この大会へ向けての話題作りだったと、ネット上での情報操作が行われている。もはやネット上では公式発表も意味をなさず、イブスキが作り上げた多数決の世論が支配的だよ。たったの三時間で』

 

 画面上に、様々なサイトや掲示板、SNSの書き込みが流れては消えていく。運営の話題作りの仕方に対する批判はあっても、どの記事も〝メモリアル・ウォーゲーム〟の開催自体については、すでに決定事項のように扱っている。

 そんな情報の洪水の中で、ナノカはある掲示板の書き込みに気が付いた。

 気が付いて、しまった

 

「……父さん、この記事は」

 

 画面に触れ、拡大。その内容を読んで、全員の表情が変わった。

 

「なッ……おい親父さんッ! こいつはッ……!」

『……この世界には、奴以外にも外道がいる……ということだ』

 

 

《GBOの次の大会さ、プレイヤー側が負けたらあの幼女ガチ人体実験されるらしいぜ》

《mjd!? あの幼女あれだろ、試合でヤバかった子だろ?》

《レイたそぺろぺろ》

《変態氏ね。まあさすがにガセでしょ。てか、まず幼女CGじゃね?》

《あの広告ポチるとさ、一〇回に一回ぐらい謎サイトに飛ばされるのよ。んで、登録すると》

《詐欺業者さん乙っす。とっととケツまくっておかえりください》

《幼女の人体実験シーン配信してくれるってさ》

《レイたそおおおお! 性的な実験含む!?》

《変態氏ね。ガンプラ板だぞここ》

《含む》

《レイたそおおおおおおおおおおおおおおお!》

《通報するわ》

《突然横からすまんが、登録できちゃったわ。なんかやばいんじゃね、この大会》

《は?》

《なんかお試し映像北、B地区無修正。CGの可能性も微レ存?》

《俺も見た。五秒ぐらいの映像。マジモンかも。危なくね?》

《危ないって結局おまえ見てんじゃねーか! 通報じゃなくて警察だわ》

《レイたそおおおおおおおおおおおおおおお!》

 

 

『……メモリアル・ウォーゲーム開催の噂とほぼ同時。この映像配信の情報も、急激にネット上で広がった。我々も、電脳警備部、法務部、そして警察とも協力しているのだが……まだ、何もつかめていない。その映像(・・・・)が実在する、ということ以外は』

「クソがッ! こんなに最低な気分は人生初だぜ、畜生ッ!!」

 

 激昂したナツキが、感情のままに椅子を蹴り飛ばした。軽い木製の椅子は壁にぶつかり、乾いた音を立てて床に転がる。これ以上、重くなることはないだろうと思えた空気が、さらに重く深く冷たく、真っ黒に沈んでいく。再びVC画面に戻ったオートパソコンから、ミッツのすすり泣く声が聞こえた。

 

『あっ……あの……アタシ、何が何だか……こ、怖くて……何なのよ、これ……こんなこと、怖いよ……』

「え、エリエリぃ……メイファ、よくわかるない……でも、怖いし、ムカムカするよ……!」

「メイファはこんなこと、知らんでええ。ただ、その怒りはウチも同じや。あの男は、クソにも劣るド外道や……ッ!!」

 

 すがりつくメイファを、優しく撫でるエリサ。そのエリサの肩を柔らかく抱きながら、店長は低い声色でアカサカに問うた。

 

「……もはや、ゲームの世界で済む話じゃあない。ヤジマ商事は解決に全力を尽くすべきだ、アカサカさん。それも、迅速に」

『……認識している。事態収束の暁には、責任者として腹を切る覚悟もある』

「父さん!」

『ナノカ、聞きなさい。今は解決策の話が先だ』

 

 大きな声ではなかったが、有無を言わせぬ父の言葉。思わず立ち上がったナノカは、再び腰を下ろすしかなかった。

 

『――現在の状況、そしてGBOの音声ログから拾った発言から、イブスキ・キョウヤの計画は推測できる』

 

 ノートパソコンに、イブスキ一派を模したらしい黒い蛇と、GBOメインサーバーのアイコンが表示される。その周囲に大量に浮かんだガンダムヘッドやザクヘッドのアイコンは、一人一人のプレイヤーを表すのだろう。

 

『メモリアル・ウォーゲームで数多くのプレイヤーの耳目を集めたうえで、GBOメインサーバーからの公式配信という形で、ゴーダ・レイの映像を流す――最低最悪の意味で、社会現象となるだろう。GBOのサービス停止は確実、ヤジマ商事も致命的なダメージを負うことは間違いない。加熱した世論は、ガンプラバトルそのものをも攻撃対象とするかもしれない』

 

 画面上を飛び交うすべてのアイコンが、ボロボロと砂のように崩れ落ちる――GBOの、否、ガンプラバトルの終了だ。

 

『〝GBOを終わらせる最後の聖戦〟――あの男が、第666独立閉鎖防壁発動の直前、ログアウトするときに言い残した言葉だ』

「アカサカさん、無粋を承知で言わせてもらう。だったらイブスキは、防壁が解けた瞬間にGBOメインサーバーから映像を配信すればいい。なぜウォーゲームを開催する?」

『鋭い指摘だ、店長殿。そこにこそ、我々の勝機がある』

 

 ノートパソコンの画面が、再び切り替わる。ウォーゲームを表す、戦場図のようだ。

 

『ただ映像を流したのでは、各種の規制やフィルタリングに引っかかるだろう。だが、ゲーム中なら。それも、最も盛り上がる試合終盤の場面なら。ハイレベルトーナメントの準決勝でもそうだったように、盛り上がった群衆は途中でゲームを降りたりしない。例え、明らかな異変が起きていたとしても』

 

 アカサカの言葉に、ミッツやヤエはハッとさせられた。アバターの手足がガンプラになるという明らかな異常事態を目の前にして、自分たちはゲームからログアウトしなかった。宇宙空間に放り出されて全身がガンプラ化しても、退くどころかエイトを助けるため、試合に乱入さえした。

 ならば。もし幼気な少女が、非道な行いに悲鳴を上げていたとしても。場の盛り上がりによっては――演出の一部だと、自分自身を納得させてしまえば――これはゲームだから(・・・・・・・・・)と、見てしまえるのではないか?

 

『奴の行動分析・心理的傾向から、狡猾だが自己顕示欲の強い、劇場型の性向であることは明白だ。メモリアル・ウォーゲームは、確実に開催される。それも、正しくゲームとして成り立つ難易度(ゲームバランス)で。正当な手順でクリアすることが可能な形で。そうでなければ、クライマックスを迎えられない。もっとも効果的に、映像を流すことができない……15%程度の掌握率では、ゲームシステムの根本までは変えられないからね』

「ヤツは最低のクソ野郎だが、ヤツの用意するゲームはちゃんとゲームになってる……ってェことか」

「……そうか、わかったよ父さん。メモリアル・ウォーゲームが、クリア可能なゲームだというのなら……!」

『そうだ。奴の〝計画〟をくじく、最も有効な策は――』

「――正面突破、ですね」

 

 今まで黙っていたエイトが、静かに、しかし熱の籠った声色で言った。自然、全員の視線がエイトに集まる。

 

「……真っ向から攻め込み。正々堂々と勝負して。正当に勝利する」

 

 エイトはおもむろに立ち上がり、ゆっくりと顔を巡らせて、この場の一人一人と目を合わせた。

 

「姉さん。店長。メイファちゃん」

 

 神戸心形流を裏切り、その秘伝を悪用せんとするイブスキ・キョウヤの凶行を止める。心形流を愛する姉さんたちの決意の固さは、目の奥に燃える炎の熱さに表れているようだ。

 

「ヤマダ先輩」

 

 親友を誑かされた怒りが。親友を救えなかった後悔が。ヤマダ先輩の胸中に、消せない炎を燃やし続けている。冷静に僕を見つめ返す視線にすら、その熱は宿り、伝わっている。

 

「ミッツちゃん。ヤエさん。カスミさん」

 

 画面の向こうで、彼女たちはどんな顔をしているのだろうか。直接顔を合わせたこともない、GBOでのつながりしかない彼女たちだけれど――それでも、通じ合っているものはある。僕たちの大好きなGBOを、汚されたという憤り。ただのアイコンを表示しているだけの画面の向こうから、僕には彼女たちの熱意が感じられる。

 

「ナノさん。ナツキさん」

 

 すべての始まりは、僕がナノさんに誘われたことだった。初めてのGBOで、ジム・イェーガーを貸してもらったことは、今でも覚えている。そこで戦ったドムゲルグの強さも、ナツキさんを最初は男性だと勘違いしていたことも。

 それから、いくつもの戦いを翔け抜けてきた。トゥウェルヴ・ドッグスを。レベルアップ・ミッションを。レギオンズ・ネストを。姉さんとの戦いを。バトルフラッグスを。ジャイアントキリングを。トゥウェルヴ・トライブスを。ハイレベルトーナメントを。

 戦いながら、絆を深めてきたと思う。

 いつも豪放で気風のいいナツキさんが、意外と恥ずかしがり屋で繊細なことを知った。僕が迷ったり悩んだりしたときには、いつも力強く励まして、前を向かせてくれた。

 不思議な魅力があって底知れない雰囲気のあるナノさんが、戦いながら悩み、葛藤し、一生懸命になっていることを知った。いろいろな場面で支えてもらったし、支えたいと思った。

 最初は、ナノさんの真の願いも知らなかったけど。ナツキさんが急に仲間になってくれた理由は、今でもよくわからないけど。でも、僕たち三人は、ナノさんの願いを中心にして、しっかりとつながりあっている。

 この胸を焼く熱い思いが、僕たちの――ドライヴレッドの、絆だ。

 

「僕たちは、それぞれに理由を持って戦います。ここにいる全員が、負けられない思いを背負っています。勝利を望む熱量が、胸を焦がしている人たちばかりです。ですから――」

 

 イブスキ・キョウヤを倒し、GBOを取り返す。

 そして、アカサカ・トウカに勝利する――〝奇跡の逆転劇〟を、見せつけてやる!

 

「――ともに、戦場を翔け抜けましょう!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――その、深夜。静まり返ったGP-DIVEの作業ブースに、エイトの姿はあった。

 

「……根を詰めるね、エイト君」

「あ、ナノさん」

 

 ナノカは手に持ったホットミルクのカップを、作業台の端に置いた。

 

「もう夜更けだから、ホットにしたのだけれど……冷たいほうが好みだったかい?」

「いえ、ありがとうございます。ちょうど欲しかったんです」

 

 エイトは軽く笑ってホットミルクを一口飲み、再び作業に戻った。台の上には、手足を分解されて補強作業中のクロスエイトと、HGUC・V2ABガンダムの箱が置かれている。設計図のようなものはないが、エイトの手はよどみなく動き続けている。おそらく、頭の中ですべて組みあがっているのだろう。

 

「クロスエイトの強化改造案……以前、話だけは聞いていたけれど。間に合いそうかい?」

「メモリアル・ウォーゲームまであと63時間です。パテの硬化時間なんかも考えると、ギリギリですけど……大丈夫です。完成させます、絶対に」

 

 粒子燃焼効果(ブレイズアップ)による攻撃は、対黒色粒子の切り札となる。メモリアル・ウォーゲームでは、クロスエイトの存在が戦局を左右することになるだろう。夕方、カフェスペースにいた全員がそのことを理解していたし、エイトも自分にかかる期待を自覚していた。

 

「このフルブレイズ・ユニットがあれば……熱量のコントロールは、より自在に……」

 

 言いながらエイトは、再び作業に没頭していく。ナノカがそばにいるのも、意識の外になっているようだ。真剣な目でパーツを磨くエイトの横顔を見下ろしながら、ナノカはふっと口元に笑みを浮かべた。

 

(キミはいつだってまっすぐだね。キミに声をかけたことが、私にとって一番の幸運だったのかもしれないよ……ありがとう、エイト君)

 

 きっとこのまま、ホットミルクが冷めてしまっても気づかずに、エイトは作業に集中するのだろう。ナノカは半分以上残っているカップを手に取って、静かに作業ブースを後にした。

 

「……と、いうわけだから。しばらくは、そっとしておいてあげようじゃないか、ビス子」

 

 カフェスペースに戻る途中、ナノカは唐突に、物陰に向けて言った。ビクリ、と身を震わせる気配がして、寝間着姿のナツキが現れる。

 

「……チッ。抜け駆けしやがってよォ」

「はっはっは。兵は神速を貴ぶのさ。ところでビス子、そのバカでかいおにぎりはエイト君用の夜食かい?」

「わ、悪ィかよ。弟たちの夜食はいつもこんな感じなんだよ。ホットミルクなんて、そんな女の子らしい差し入れとか思いつかねェんだよ、オレには!」

「弟たちに夜食を作ってあげるお姉ちゃん、というのはポイントが高いんじゃあないのかい、男性的には」

「んなっ、し、知るかよそんなもん! べべ、別にオレサマを褒めたってなにも出ねェぞ、赤姫!」

 

 エイトの集中を乱さないよう、小声で言い合いながら、二人はカフェスペースに腰を下ろした。ナノカはカップをテーブルに置き、自分の分を飲みながら、もう一つをナツキに勧める。

 

「はんッ、ご機嫌取りかよ? 仕方なくもらってやるよ」

「ああ、それエイト君の飲みかけだから」

「ぶほっ!?」

 

 わざわざナツキが口をつけたのを確認してから、ナノカは言う。口元の半笑いを隠そうともしない。

 

「ててて、てめ、おま、それ、はや、いう……ッ! ちょ、ちょっと飲んじまったじゃねェか!」

「ははは、ビス子は本当にチョロい……いや、かわいいなあ。私が男性だったら惚れているかもしれないよ?」

「こ、こンの性悪腹黒姫がぁ……っ!」

 

 顔を真っ赤にしながら、ナノカの肩を掴んで揺さぶるナツキ。されるがままに揺さぶられながら、声を押し殺して笑うナノカ。

 結局、その様子に気付いたエイトもカフェスペースに出てきて、エイトの休憩もかねての談笑となった。

 そうして、夜は更けていく。

 エイトとナノカとナツキは、三人で語り合った。今までのこと、そしてこれからのことを。

 そうして語り合ううちに、間もなくナツキは眠りに落ち、ナノカはナツキを仮眠室まで運んで行った。エイトは作業ブースに戻り、何とか切削できる程度に硬化したパテに、ナイフをあてる。

 頭の中にある設計図を目の前のパーツに投影しながら、一つ一つ、削り出す。

 

(……倒す。イブスキ・キョウヤを。そして、勝つんだ。トウカさんに)

 

 一心不乱、ナイフを動かすエイトの瞳に、静かに燃える炎が宿っていた。

 

 

 

 

 ――メモリアル・ウォーゲーム開幕まで、残り約60時間。

 




第四十七話予告

《次回予告》


ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第四十七話『メモリアル・ウォーゲームⅠ』

 ナノさん、ナツキさん、行きましょう。これが最後の戦いです――アカツキ・エイト! クロスエイト・フルブレイズ!! 戦場を翔け抜ける!!



◆◆◆◇◆◆◆



……と、いうわけで。GBFドライヴレッド第46話でしたー。
いろいろ詰め込みすぎだったかもしれませんが、最終決戦前に描いておくべきことはけっこう描けたのではないかと思っています。

レイたんには徹底的にひどい目にあってもらっていますが、一応、ガチで年齢制限がかかるような事態にはまだなっていないという設定で書いています。ご安心ください。(笑)

次回からはメモリアル・ウォーゲーム編、最終決戦です。
二年目までに終わらせるという野望が達成できず三年目に突入した拙作ですが、なんとか今年中には完結したいと思っています。
どうぞ今後もよろしくお願いします。感想・批評もお待ちしています。





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Episode.47 『メモリアル・ウォーゲームⅠ』

どうもこんばんは、亀川です。
今回のテーマは「MS大運動会Ver.GBFドライヴレッド」です。
過去最長の文章量となってしまいましたが、最後までお付き合いいただければ幸いです!


 ――西暦20××年 8月15日 12:00。

   メモリアル・ウォーゲーム開幕まで、あと三時間――

 

《ガンプラ大好きっ! ゆかりん☆放送局ぅ♪ すったーとぉう♪》

 

「……ネットアイドルとしての私を好いてくれている諸兄には、失礼をする。今の私は、GBOJランキング第十位〝市街戦の女王(ウルトラヴァイオレット)〟ムラサキ・ユカリ。一人のガンプラファイターとして、ビルダーとして、そしてGBOプレイヤーとして、この配信を行っている。

 GBOを取り巻く異常事態については、聡明な諸兄のこと、すでに知りおいていると思う。ヘイレベルトーナメントでの、チーム・ジ・アビスによる大会運営への介入。それに続くフィールド崩壊、アバターのガンプラ化。緊急メンテナンスという名の、事実上のサーバーダウン。

 そして、現在……ネット上を賑わせる、メモリアル・ウォーゲームなる特別バトル。ある幼い少女に関する、唾棄すべき動画についての噂……。

 この非常時において、私たち、一人一人のプレイヤーにできることは少ない。

 犯罪的な事象に関しては、ヤジマ商事や警察、法的機関に頼るしかない。せめて、悪意ある流言飛語の類に惑わされないようにすることが、ガンプラバトルを愛する我々としての、最低限の義務というものだろう。

 ――だが、それでいいのか。それだけで(・・・・・)いいのか、同好の諸兄よ。

 ヤジマ商事・GBO運営本部より、情報の提供を受けた。メモリアル・ウォーゲームは開催される。運営本部の意思とは、無関係に。そして、我々プレイヤー側がこのゲームに敗北した時……件の少女が苦しみ、呻く姿は……全世界に、リアルタイムで配信される。

 GBOは、終わる。社会に、世界に、人道に対する、罪を犯したとして。

 ガンプラバトルは、終わる。そのような外道を生み出す温床と、非難されて。

 少女は、今はまだ、無事だという話だ。ヤジマ商事も警察も、すでに動き始めている。

 ――あえてここで、もう一度聞こう。それでいいのか。それだけで(・・・・・)いいのか。

 運営本部からの情報によれば、より多くプレイヤーがこの戦いに加わることで、首謀者の電子戦における動きを遅らせることができるらしい。それは、件の少女を救うことにもつながる……もし我々が負けた時には、件の動画がより多くの人間の目に触れるというリスクとの、諸刃の剣ではあるが。

 私は、ガンプラを愛している。ガンプラバトルを愛している。GBOを愛している。

 だから私は、私の愛するこの子供じみた趣味を守るため、この戦いに参戦しようと思う。

 ……一人でも多くの同志諸兄が、戦友となることを願っている」

 

《ガンプラ大好きっ! ゆかりん☆放送局っ、おっしまぁーい♪ じゃかじゃん♪》

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ムラサキ・ユカリによるこのネット配信は、メモリアル・ウォーゲームの開幕までの僅か三時間程度で、数万回もの再生回数を記録した。

 ネット上ではGBOやメモリアル・ウォーゲームといった関連用語の検索回数が急激に増え、三日前のGBO緊急メンテナンス突入時を超える勢いで盛り上がりを見せた。必然、今まではGBO関係者や一部の下劣な趣味を持つネットユーザーの間だけでの噂話に過ぎなかった〝幼女人体実験動画〟の存在までもが明るみに出始め、電脳世界(ネット)のそこかしこで様々な化学反応が起こっていた。

 しかしそれらの盛り上がりは、不自然なほどに、ネット上だけのものだった。まるで、何者かが暗躍(・・)し、裏で糸を引いている(・・・・・・・・・)かのように。現実世界(リアル)の様々なメディアは、GBOのことも、動画のことも、一切触れようとしなかった。

 

 ――兎も角。GBOをめぐる、ありとあらゆる思惑を、都合を、憶測を、期待を、悲願を、希望を、絶望を、それらすべてを巻き込み・混ぜ合わせ・飲み込んで。

 戦場(メインサーバー)封印(プロテクト)は解かれ――最終決戦(メモリアル・ウォーゲーム)は、開戦(スタート)した。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

【メモリアル・ウォーゲーム 交戦規定(レギュレーション)

・多数対多数の、大規模多人数同時参加型バトル。プレイヤー対NPCの非対称戦。

・参加資格は「GBOアカウントを所有していること」のみ。

・プレイヤー勝利条件:ア・バオア・クー最深部に待ち構えるボスの撃破。

・プレイヤー敗北条件:プレイヤーの全滅、もしくは規定作戦時間の経過。

・特殊条件1:ゲームへの途中参加を認める。ただし、撃破された場合の再出撃(リスポーン)は不可。一つのアカウントにつき一回のみの参戦とする。(観戦のみの参加は無制限)

・特殊条件2:プレイヤー側が敗北(・・)した場合、観戦者を含む全参加者に〝特別映像特典〟を開放する。

・耐久力や損傷・欠損・撃破判定などは、通常のGBO交戦規定に則る。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

《BATTLE START!!》

 

 ――無機質なシステム音声が、無限に広がる大宇宙に拡散していく。あまりにも圧倒的なそのスケールを前にしてみれば、たかだか設定身長18メートル程度のモビルスーツの存在など、矮小な一個体に過ぎないのかもしれない。

 しかし、ドズル・ザビ曰く「戦いは数だよ兄貴」――メモリアル・ウォーゲームの舞台、ア・バオア・クー宙域にずらりとモノアイを並べた公国軍MS部隊の威圧感は、相当なものだった。

 新旧様々なザク、ザク、ザク。ドム、ゲルググ、ビグロにザクレロ、ブラウ・ブロ、そしてビグザム。現在前線を張っているのは一年戦争(ファースト)世代のジオン系MS・MAとそのMSV(バリエーション)ばかりだが、防衛線の中衛や後衛に控える艦艇は多種多様。おそらくは腹の中に増援を満載しているであろう大艦隊は数百隻に及び、ほぼすべてのガンダム作品を網羅しているようだ。

 総数一万を超えるそれらMSにも、MAにも、全ての艦艇にも、あるマーキングが施されていた。それは公国軍(ジオン)の紋章ではなく、ましてや、連邦軍のものでもなく――それは、〝赤い三つ目の黒蛇〟。チーム・ジ・アビスの……イブスキ・キョウヤのパーソナルマーク。深淵(アビス)の軍勢ということか。

 

「きゃはは、こりゃまた大勢でお出迎えしてくれたにゃー♪ ぶっ壊したくなるマーキングなんてしちゃって♪」

 

 そんな威圧感をまるで意に介さぬかのように、明るい声色が通信機から響く。それに応える男の声も、どことなく高揚したような声色だ。

 

「はしゃぐなよ、ヤエ。ま、クソ野郎どものガンプラを食い放題なのは嬉しいがよ。なあ兄貴?」

「ふっ……落ち着け、二人とも。ブルーアストレアよりエルドラド、敵軍を補足している。突撃準備はどうか」

「ふふん、もちろんバッチリにきまってるでしょっ。このアタシを誰だと思ってるのかしら! 黄金郷の宇宙海賊、キャプテン・ミ……」

「おかしら、戦闘宙域に突入したゾ。宇宙迷彩柄(ステルスカラー)ABC(アンチビームコーティング)マント、解除ダ」

「格納庫の馬鹿どもも、さっさと出せって騒いでるぜ。いくぞ、ミッちゃん!」

「んもう、おかしらでもミッちゃんないんだからぁっ! アタシのことはキャプテンって呼び名さいよねっ!」

 

 中世、大海賊時代の帆船を模したかのような、趣味的な内装の艦橋。中央の艦長席にはミッツが座し、舵輪にはテンザンが、羅針盤にはサスケが張り付いている。

 不機嫌そうに頬を膨らませながら、ミッツは小さな拳を叩きつけるようにしてSPスロットを解除。何もないかと見えた宇宙空間が、薄布をはがすようにめくれ上がった。そして、ザクたちのモノアイに映ったのは――全面金色塗装(フル・ゴールドメッキ)海賊船(マザー・バンガード)

 

「さあ、〝太陽心(ブレイズハート)〟作戦のスタートよ! ゴルディオン・バンガード、先行する! 突撃衝角(ビーム・ラム)展開! とっつげきぃぃぃぃぃぃっ!!」

 

 黄金の一角鯨がビーム製の大角を突き上げ、一息に十機ものザクを轢断し、ドムを撥ね飛ばし、ゲルググを挽き潰し、瞬く間に防衛線を削り取っていく。迎撃のマシンガンもバズーカも、ビーム・ラムと戦艦の装甲の前では豆鉄砲も同然。ゴルディオン・バンガードは、怒涛の勢いで突撃する。

 

「キャプテン! 前方にチベ級ダ! 進路と交差するゾ!」

「構わないから全速前進っ! どてっぱらにぃっ、ぶちかましちゃええぇぇっ!」

 

 横手から進路に突っ込んできた戦艦級の大型艦を目の前にして、ゴルディオン・バンガードはむしろ加速。メガ粒子砲の砲口がこちらに向くよりも早く、ビーム・ラムの頑強な穂先が、チベの横腹を一直線にブチ抜いた!

 凄まじい衝撃に揺れる艦橋、ミッツは艦長席にしがみつきながら、古式ゆかしい伝声管風の通信機に向かって叫んだ。

 

「だ、第一甲板解放、特別砲台をリフトアップ! さあ仕事よ、トリガーハッピーども!」

 

 ビーム・ラムに貫かれ大破炎上するチベ級だが、まだ主砲が生きていた。ギリギリと火花を散らしながら砲口をこちらに向けようとする。だがその射線を遮るように、ゴルディオン・バンガードの第一甲板が吹き飛び、巨大な影が出現した。

 

「砲台扱いなんざぁ、むしろ光栄! 撃って撃って撃ちまくるのが、オレらのスタイル!」

「弾倉が空になるまで、もう私たちは止められないわよ!」

 

 重厚な装甲版を積み重ねたようなその巨体はヒト型からは程遠く、まるで戦車ようだった――ただし、全身ガトリング砲だらけの(・・・・・・・・・・・・)

 

「全日本ガトリングラヴァーズ! G3ガンタンク! 撃ちまくるぜええええええええッ!」

 

 ドガララララララララララララララララララララララララララララララララララララ!!

 毎分数千、否、数万発。大小合計七門のガトリング砲が一斉に火を噴き、チベ級を一瞬にしてハチの巣状の鉄屑へと変えた。のみならず、鋼鉄の暴風雨は射程範囲内を無秩序に暴力的に吹き荒れ、ジ・アビスの防衛線をズタズタに引き裂いていく。一発一発がキャノン級の威力を持つ60分の1スケール(パーフェクトグレード)の機銃弾は一撃でザクを消し飛ばし、ビグロやザクレロですらものの数発で木端微塵に吹き飛ばす。

 防衛線の奥深くまで切り込まれてしまったジ・アビス軍は、左右から後方までを包み込むように、数に任せてゴルディオン・バンガードを包囲する。左右と前方に加え、後方からも火線が襲い掛かる。

 

「ミッちゃ……キャプテン! 挟み撃ちだ、退路を断たれる!」

「気にしない! 後ろは任せたわよ、化け猫娘!」

「きゃはは、化け猫って♪ あとでお仕置きだからねっ、チビっ子ちゃん♪」

 

 悪態を突きつつ、ヤエはしっかりとコントロールスフィアを握りなおした。素早いキータッチで別の相手に通信を繋ぎなおし、ウィンクを投げる。

 

「カエルさんたち、高校生くんたち! よろしくにゃん♪」

(か、カエルさん、だと……わ、我らは硬派な、軍事の……!)

(こ、高校生じゃねし、高専生だし! べ、別に男ばかりでかわいい女子に慣れていないとか、そ、そんなんじゃねえし……!)

「……こちら〝トノサマ〟、了解した。ミラージュコロイドを解除する」

「こ、こちらジェガンズ! ECMドローンを回収する!」

 

 通信機越しに何やら思いが交錯したようだが、各員の動きは速かった。ゴルディオン・バンガードが深々と抉り取った防衛線の切れ目、敵軍の展開によって塞がれそうになっていたその傷口付近に、ミラージュコロイドとECMドローンの重ね掛けで身を隠していた部隊が出現した。

 それは、多種多様なガンプラによる混成部隊。深緑色のずんぐりしたボディに特殊装備を満載した、フロッグメンのズサ・ダイバー。灰白色の追加装甲に機能を特化させた武装を載せた、セイレーンジェガンズのSRGシリーズ。他にも数百ものガンプラが一斉に姿を現したが、その中でもひときわ目を引く、巨大な機影があった。

 

「我ら、チーム・GPIFビルダーズの! こいつは、こだわりの逸品だ!」

「部屋が狭くなるだけで正直後悔していたけど、作ってよかったぜ!」

「フルスクラッチMG(マスターグレード)、GP-03デンドロビウム! 出撃する!」

 

 設定全長100メートルを超える、超大型移動式弾薬庫(アームドベース・オーキス)の巨躯。百分の一(マスターグレード)ということは、現実世界のサイズでもメートルに達する超大型ガンプラになる。GPIFビルダーズの努力と熱意の結晶たる規格外の大型機が、ハッチを開いた武装コンテナから冗談のような数のミサイルを一斉に発射した。

 爆発の花が咲き乱れ、一度は閉じかけた防衛線が、再び真っ二つに分断される。その断面にくさびを打ち込むように、混成ガンプラ部隊は進撃を始めた。ジェガンズはチーム三機の性能差を生かしたフォーメーションを組んでいる。電子戦機・インテグラが撹乱し、重装備のバリオスが撃ちまくり、近接型のスカイウェイブが突っ込んでツインビームスピアを叩きこむ。フロッグメンは、他のチームがとり逃した手負いの機体にとどめを刺したり、交戦中の敵機に後ろから忍び寄り背中を刺したりしている。

 乱戦に次ぐ乱戦。混戦に次ぐ混戦。砲火銃雨の飛び交う戦場に、そこだけ別の次元かのように静かにたたずむ黒い影があった。

 

「フッ、約束の時は来た……世界滅亡の危機に際し、オレの右目に封印された呪われし堕天使の力が解放される……! くらえ、エターナルフォースブリ」

「あっ、ごめーん」

 

 何やら大仰なポーズを決めて魔法陣のようなビームエフェクトを発生させていた黒い翼のウィングゼロカスタムを、全速力で飛行していたヤエのブルーアストレアが蹴っ飛ばしてしまった。

 

「にゃはは! このGMアームズ(プラス)、すんごい加速力だね! さっすがヨウ兄ぃの自信作!」

 ブルーアストレア専用・GNアームズ(プラス)。両腕の大型火器からケルディム用のTYPE-Dがベースと推測できるが、今のヤエ機は右腕部の長大なビームキャノンから長く太いビーム刃を発生させ、敵の防衛線を切り刻んでいる。

 

「この戦いのためにカスタムしてくれたんだろ? たった三日でスゲーよ、兄貴!」

 

 ユウは左腕部GNミサイルランチャーを展開、煌く粒子の航跡を曳いて、大量のGNミサイルが次々と敵機を撃墜していく。ブラウ・ブロの有線サイコミュ砲台がユウとヤエをぐるりと取り囲むが、ヨウのGNビームキャノンが火を噴いて、砲台とブラウ・ブロ本体をまとめて吹き飛ばした。

 

「さっすがヨウ兄ぃ! ナイスフォロー♪」

「ふっ……弟妹を守るのは、長兄の専売特許だ。円陣防御! 同時に攻撃!」

 

 三人は背中合わせに円陣を組み、ゆっくりと旋回しながら全周囲にキャノンとミサイルを撃ち放った。突き刺さるGNミサイルが艦船を火達磨にし、振り回されるビームの光が次々と敵機を打ち抜く。爆発の火球が帯状に連なり、宙域を赤く照らした。

 

「はっはー! 〝太陽心(ブレイズハート)〟作戦たぁよく言ったもんだぜ! 撃ちまくりのぶっ放しまくり、すっげえ火力の使い放題だ!」

「作戦通り、ゴルディオン・バンガードへの追撃を断つ。GNアームズ(プラス)の全火力を使いたいところだが……試作機だからな、太陽炉が安定していない。ユウ、ヤエ、トランザムは使うなよ(・・・・・・・・・・)

 

 言いながらヨウは、にやりと口の端を釣り上げた。

 ヤエとユウはその顔を見て、自分たちも悪戯っぽく笑う……いつもマジメなヨウ兄ぃが、そーゆー顔をするときは!

 

「「了解した! トランザムっ!」」

 

 二人は声を合わせて叫び、太陽炉内のGN粒子を開放する。ヨウも無言で頷き、それに続いた。三機のブルーアストレアは機体を圧縮粒子の赤色に染め上げ、慣性を無視したような超加速で防衛線へと切り込んでいった。縦横無尽かつ疾風怒濤、トランザムの出力に任せた超絶機動が嵐のように吹き荒れた。その進路上のモビルスーツは両断され爆散し、ジ・アビス軍の圧倒的な数の優位が瞬く間に覆されていく。

 

「きゃははははは! ヤエたち三兄妹を、この程度で落とそうなんてさぁーーっ!」

「ふひひ! ふひははははは!」

 

 トランザム状態で飛び回るブルーアストレアに、速度で追いつくモビルスーツがいた。テンションの怪しい笑い声とともに曲芸飛行を繰り返す、飛行形態の三機変態、いや編隊。

 

「ふひははは! 夏イベ前で入稿締め切り近いってぇのに、こんなことされてちゃあさぁ! 参加するしかないじゃないの、このお祭りにぃぃぃぃ!」

「ペンタブ握って、ひたすら徹夜……三日目の、テンション……なめんじゃないよぉぉぉぉ!」

「うふ、うふふふふ。新刊落としたらどうしてくれるんですのよーーっ!」

 

 Ζアルケイン、Ζキマリス、ガザΖ、可変機ばかりの女性チーム、プロジェクトゼータである。時折、居眠り運転でもしているのかというような不規則な機動(マニューバ)を挟みながらも、ビームやミサイルを連射して、次々と敵機を撃墜していく。

 

「後方からの追撃、後詰部隊が抑えている! チャンスだぜ、キャプテン!」

「おっけー、スケさん! カクさんっ、両舷全速ぅーっ!」

「両舷全速、ヨウソローッ!」

 

 後方からの追撃がなくなったゴルディオン・バンガードは、再び敵機の大群をかき分けて前進。しかし当然、ア・バオア・クーに近づくほどに、敵の抵抗は激しくなる。先ほどまで後方からの支援砲撃に終始していた艦艇――原作とは色違いのアークエンジェル級が二隻、CE(コズミック・イラ)の量産型MSを引き連れて、ゴルディオン・バンガードの左右に突っ込んできた。〝足付き〟と揶揄される特徴的な艦首の上には、すでに高出力収束火線砲(ゴッドフリート)が顔を出している。

 

「左右両舷、メガ粒子砲用意! ガトリングラヴァーズの皆さん、モビルスーツは任せるわねっ!」

「了解した、海賊のお嬢ちゃん! タイミングをくれ!」

「遅れちゃダメなんだからね! カウント三秒! 3、2、1……撃ェーーっ!」

 

 防衛線を切り裂く鏃の先端、ゴルディオン・バンガードの左右から、メガ粒子の奔流が何十本も噴出した。海賊船(クロスボーン・バンガード)特有の、舷側にずらりと並べられた主砲群が一斉に火を噴いたのだ。アークエンジェルのラミネート装甲は熱量の拡散処理限界を超えて融解、轟沈する。

 同時、G3ガンタンクはネオジオングから移植した超大型サブアームを展開。その指先から計十門のメガ粒子砲が一斉に放射され、飛び回るMS群を薙ぎ払った。

 

「よし、すっきりしたわね! 進路前方、宇宙要塞ア・バオア・クー!」

 

 ミッツはばっと右手を振り上げ、正面モニターに大きく迫ったア・バオア・クーを指さした。

 

「絶対に、送り届ける(・・・・・)んだから……この艦を、墜とさせはしないっ! ゴルディオン・バンガード! あらためて、両舷全速よっ!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ビーム飛び交う戦場を、遥か遠く、フィールドの端からから見つめる(カメラ・アイ)があった。何の変哲もない、金属の箱といったつくりの小型宇宙船だ。

 その小型船の周囲には、銀色の大平原が広がっていた。漆黒の宇宙空間に、突如として広がる超巨大な銀板の群れ。一辺一辺がモビルスーツの身長をはるかに超えるサイズを誇る、数万単位で敷き詰められた鏡の隊列。

 ――ソーラ・システムである。

 原作では宇宙要塞ソロモン攻略の切り札として連邦軍が使用し、ア・バオア・クー決戦前にジオンのソーラ・レイによって焼き払われた、太陽熱による大規模破壊兵器。それが、原作のくびきを外れ、この宙域に展開している。

 一分間の照射でコロニーすら蒸発させるというこの兵器は今、その照準をア・バオア・クーに――否。防衛線に深々と切り込んだ、金色の海賊船(ゴルディオン・バンガード)へと向けている。

 

「……そんなことだと、思っていた」

 

 冷たく、冷静な口調。狙いすました240mmキャノンの一撃が、小型宇宙船を打ち抜いた。爆発の衝撃が波紋のように広がり、コントロール艦を失った鏡の大群がまるで生物のように身震いした。角度のずれた何枚かの鏡に、迫りくるガンプラたちの姿が映る。左肩に紫色のマーキングを統一した、百機を超えるガンプラの大部隊が!

 

「〝太陽心(ブレイズハート)〟の本隊はやらせない……〝市街戦の女王(ウルトラヴァイオレット)〟ムラサキ・ユカリ。ガンキャノン紫電改!」

「と、ゆかりん☆ファンクラブ全員集合ッ! なんだなぁぁっ!」

「ユカリお姉さまを崇拝する会も、参戦させていただくであります!」

「行くぞ、同志諸君。チーム〝超・ゆかりん☆ファンクラブ同盟軍(スーパーウルトラヴァイオレット)〟! 突撃ぃっ!」

 

 左右に展開するガンプラ部隊の戦闘は、それぞれジャハナム呑龍とジャハナム彗星。紫色のマーキングを施されたMSたちが広く帯状に部隊を展開。手にしたライフルで、キャノンで、マシンガンで、当たるを幸い、次々と鏡を撃ち壊していく。

 

「ネットアイドルは知りませんけれど、あの放送には心を打たれましたわ!」

「加勢するぜ、ムラサキ・ユカリさんよぉ! この〝黒い六連星〟の力でなぁ!」

 

 同盟軍の中に、六機縦隊で進撃するドムの一団があった。前半三機はドム・トルーパー、特殊光波防御機能(スクリーミングニンバス)で後続を守りながら、バズーカを連射している。後半三機はドム・トローペン、両手にジャイアント・バズとMMP-80マシンガンを構え、意外にも正確な射撃で、ミラーとミラー間に顔をのぞかせていた迎撃兵器を破壊していく。

 

「ふはははは! 三機と三機で九倍の破壊力、ダブルストリームアタックだぜー!」

大会予選(トゥウェルヴ・トライブス)でも言ったけど、そのアホっぽいネーミングやめてよね! 私とお姉さまの品位まで疑われちゃうわ!」

 

 同盟軍は破竹の勢いでソーラ・システムを破壊。それを受けて、防衛部隊のMSが迎撃に飛び出してきた。デスアーミー、ビルゴ、ドーントレス、ゲイツ、ジンクス、レギンレイズ……その他、アナザー系の量産機を中心とした混成部隊だ。自動制御のNPC機だが、AIの戦闘レベルを最大限にまで引き上げられており、MD(モビルドール)じみた殺人的な機動性で飛び回っている。

 ユカリはガンドック・クロを分離、同盟軍の機体を守りながら、両手両肩のランチャーとキャノンを連射。ソーラ・システムを片っ端から削り落としていく。

 

「データ上の量産機……無限沸きする敵機か……彗星、後ろだ!」

「は、はいであります!」

 

 弾かれたように反転しつつヒート剣を抜刀、ジャハナム彗星はアックスを振り上げていたレギンレイズを居合抜きに斬り捨てた。しかし、

 

「う、迂闊でありましたかっ!?」

 

 その影に隠れていた第二、第三のレギンレイズが、すでにアックスを振りかざしていた。回避は不能、どちらかはヒート剣で受けるとしても、もう一方が……!

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさぁぁぁぁい」

 

 通信機に飛び込んできた「ごめんなさい」の連呼、同時に、レギンレイズは紙切れのように引きちぎられ、宇宙の彼方へと吹き飛ばされていった。

 呆気にとられる彗星を置き去りにして、赤黒白の三色に塗装された筋骨隆々(マッシヴ)なジムが、孔雀の尾のように広がったブースターユニットを全開にしてすっ飛んでいく。

 その機体は、GBO最古参チーム・トライアンドエラーの切り込み隊長、ジム・トライアル三号機〝ピーコックテール〟。右手の大型マチェットと左腕のシールドシザーズで進路上のガンプラを力任せに引き裂き吹き飛ばし、押し込まれつつあった同盟軍の戦線を、あっという間に立て直していく――なぜかずっと、謝りながら。

 

「ああ、あの、すみません、ち、ち、チーム・トライアンドエラーですぅ。ら、乱入して、すす、すみませんっ」

「なあ、ユカリさんよ。アンタの放送シビれたぜ。GBOの一大事だ、最古参チームの一つとしちゃあ、援護の一つにも行かなきゃあ男が廃るってモンぜ。なあ、モーキンの旦那?」

「……クロウ、射線を開けろ」

 

 飄々とした調子のクロウに、言葉少なに返すモーキン。一号機〝レイヴンクロー〟のビームマシンガンと腕部ガトリングが弾幕を張り、二号機〝ホークアイ〟の正確無比なレールガンが敵を射抜く。しかしその銃弾の雨は、先行するジャックの妨げにならず、むしろ突撃を援護している。古参チームのチームワークは、AI制御の無人機(NPC)程度に抑えられるものではなかった。

 

「古参は参加? だったら!」

「俺たちも参加しねぇとなあ、社長!」

 

 宙域に新たなカタパルトゲートが開き、追加参戦のガンプラがフィールドに飛び込んでくる。

 真っ赤な棘達磨、レッドグシオンが敵陣に突っ込み、激しく回転しながら縦横無尽に走り回る。黄色い重装甲のジオ・ジオングが、両腕の有線サイコミュアームを飛ばし、指先の五連メガ粒子砲を乱れ撃つ。そして、

 

「言うまでもねぇ! 漢一匹、コオリヤマ・マドカ! いざ、必殺のォォ……ッ!」

 

 登場と同時にリミッター解除、肩と膝から凄まじい出力でビームスパイクを噴出しながら、ピンク色の巨躯が、ソーラ・システムにその頑強な拳を叩きつける!

 

「タイタスゥゥゥゥッ! ハンッ! マァァァァァァァァッ!」

 

 ドッ、ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!

 ビームを伴う衝撃波が、半径数千メートルにわたって吹き荒れた。ソーラ・システムは一瞬にして一万枚にもおよぶミラーを喪失。衝撃波に巻き込まれたNPC機は大破撃墜、敵防衛線が一気に揺らぐ。

 

「……好機!」

 

 ユカリは組み付いてきたゲイツを蹴り落とし、ガンドック・クロのパイルバンカーを叩きこむ。通信をオープン回線につなぎ、この宙域の全プレイヤーに向けて叫んだ。

 

「全軍、切り込めっ! 本隊を撃たせるな! ソーラ・システムを、徹底的に破壊しろ!」

 

 遥か彼方に見える、重なった傘のようなア・バオア・クーの姿。それを取り囲む無数の黒い粒と、その只中に突っ込んでいく、米粒のような金色の光。

 あの光を、撃たせてはならない。敵陣を切り裂くあの金色の切っ先の中に、この戦いを終わらせる、希望の光――いや、希望の炎(・・・・)が、あるのだから。

「GBOを終わらせようという野望、稚い少女を辱めようという邪道! そんなものは、私たちGBOプレイヤーの全力で! この〝太陽心(ブレイズハート)〟作戦で! ……撃ち殺すッ!!」

 

 ユカリは心の限りに咆哮し、トリガーを引き続けた。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 その部屋にはおよそ生活感と呼べるものが一切なく、すべては白と黒とのツートーンで構成されていた。部屋の中央に置かれた細身のパソコンデスクには、煌々と明かりをともすディスプレイだけが五枚も並んでいる。そして、部屋にいるたった一人の人間――細い縁なし眼鏡をかけた痩身の男だけが、歪にゆがんだ薄笑いを浮かべて、そのディスプレイと相対している。

 

「ククク……精鋭部隊による一点突破、といったところですかねぇ。クラシカルな手です。しかし、有効だ。考えましたねぇ、アカサカ室長。いや、ナノカさんの方ですかねぇ……?」

 

 イブスキ・キョウヤ。

 今も圧倒的な情報を洪水のように流し続けるディスプレイに、目にも留まらぬタイピングで指示を送り続けているが、その口元の酷薄な笑みは消えない。

 

「ムラサキ・ユカリの呼び掛けでプレイヤー数は増加、マシンパワーはフィールドを維持するので精一杯。たったの15%しかサーバーを掌握できなかった、こちらの不利は確実……ククク。この上、私まで戦場に出ることになれば、支配領域を奪い返されるかもしれませんねぇ……?」

 

 口ではそう言うものの、イブスキの表情から余裕は消えない。ヤジマ商事の電脳警備部は今も必死でGBOメインサーバーを取り返そうと攻撃を仕掛けているのだろうが――メモリアル・ウォーゲームは止まらない。イブスキの超人的な電子戦技は、このゲームを維持するために必要な、15%の支配領域を確実に守り切っていた。

 

「しかし、ヤジマの電脳警備部も質が落ちましたねぇ。私一人の論理防壁も抜けないとは。まったく、情けないモビルスーツとは戦えないと言ったシャア・アズナブルの心境ですよ」

「……ボクには、貴様の心境などは意味がない」

 

 五枚のディスプレイの一つに、目も鼻もない黒い仮面が映し出される。表示されるBFNはネームレス・ワン――アカサカ・トウカである。

 

「おやおや、〝ボク〟ときましたか。もはや、ネームレス・ワンでいる必要はないと?」

「契約に相違はないだろうな、イブスキ・キョウヤ」

 

 イブスキのおどけた口調を無視して、トウカは無感情に言った。

 

「貴様はただ、契約を果たしてボクの戦いを演出すればいい。〝かの老人たち〟もそれを期待している」

「ククク……了解していますよ、アカサカ・トウカ。あなたはただ、勇者様御一行を待つ大魔王のように、ダンジョンの奥深くで座していればよろしいのです。その道中に必要な試練の数々は、私めが間違いなくご用意いたしましょう。ええ、それはもう間違いようのないぐらいに」

 

 蛇のような笑みを一層深め、イブスキはあるプログラムを実行した。メモリアル・ウォーゲームの戦域図を表示するディスプレイに、新たに四十四個のアイコンが出現した。それは――

 

「ククククク……絶望なさい、自称・勇者の皆々様。困難を乗り越え、希望を掴み……それをまた叩き落とすのも、一興というものです」

『……おーばーどーず・しすてむ、起動シマス』

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ビグザムを貫いたビーム・ラムが、ついにへし折れた。機能停止したビグザムは、小爆発を繰り返しながらア・バオア・クーの重力に引かれて落下。いくつかの迎撃兵器を圧し潰して落着する。

 

「くっ……ビームシールドが展開できないと、無理には突っ込めないわね……!」

 

 ミッツは汗のにじむ手で、艦長席のアームレストを握りしめた。

 艦の状況を知らせるモニター画面は、かなり、赤い。艦首突撃衝角(ビーム・ラム)を喪失。左舷のメガ粒子砲はGNZシリーズによるトランザム自爆攻撃により半壊。メインマストは折れ、レーダーに不調が発生している。ミサイルの残弾は少なく、近接防衛システムはいくつかやられている。甲板上のG3ガンタンクも、艦に取り付いてきたデストロイの撃破と引き換えに、サブアームを一本失っている。

 しかし、それでも。

 

「これで第二防衛線を突破だ。次でラストだぜ!」

 

 ついに宇宙要塞ア・バオア・クーの威容が、ゴルディオン・バンガードの眼前へと迫っていた。要塞直掩の部隊はF91以降の宇宙世紀敵勢力機が中心らしく、曲線的なシルエットを持つ独特なガンプラの大軍が海賊船(ゴルディオン・バンガード)を迎え撃つ姿は、木星帝国との対決のようだ。

 

「弱気は損気だゾ、おかしら」

「俺たちもこの艦も、まだまだいけるぜ。ミッちゃん」

「う、うん! そうね! っておかしらとかミッちゃんて言うなーーっ!」

 

 ミッツは鼻息も荒く、腕組みをして艦長席から立ちあがり、伝声管に威勢よく怒鳴った。

 

「砲座、ガンタンク! もうちょっとよ、ふんばってよね! 弾幕頼んだわよ!」

『弾薬さえあれば、ジオン全軍とだって撃ち合ってやる……なんだ、あの黒い光はっ!?』

「ミッちゃん! 高エネルギー反応っ、来る!」

「取り舵いっぱぁぁぁいっ!」

 

 ドッ……ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――――!!

 宇宙の黒すら塗り込めるような、漆黒の奔流。紫電を纏って突き抜けた怒涛の黒波を、ゴルディオン・バンガードは辛うじて回避した。

 

「黒い粒子……ガルガンタ・カノン……!」

 

 味方すら巻き込んで撃ち放たれた破壊力の発信源。ミッツは光学カメラを最大望遠、ア・バオア・クーの表面に立つその機体を、メインカメラに捉えた。

 ウィングゼロをベースに改造された、毒蛇を思わせる凶悪な面構え。黒色粒子砲(ガルガンタ・カノン)を撃った、毒蛇の鎌首そのもののハングアーム。カラーリングこそ試作機のような灰色(トライアルグレー)をメインに塗り替えられていたが……そのガンプラは、間違いなく、

 

「ガンダム・セルピエンテ……!」

 

 ミッツが唾をのむのと同時、ア・バオア・クーの表面に、いくつもの四角形が穿たれた。それは、要塞内部からMSをリフトアップするためのエレベータ。一気に数十基ものエレベータが口を開き、そこから次々と、巣穴から首を出す毒蛇のように、大量のセルピエンテが姿を現した。

 毒々しい紫色のツイン・アイに、鬼火のような灯が入る。耳障りな金属音を立てて牙を鳴らし鎌首をもたげる、四十四本のセルピエンテ・ハング――量産型ガンダム・セルピエンテ。

 

「りょ、量産型……ですって……ッ!?」

「許せない……!」

 

 たじろぐミッツの耳に、静かに、だが怒りの籠った声が届く。その声は、ゴルディオン・バンガードの格納庫からの通信だった。

 

「ラミアを苦しめたあの機体を、量産するだなんて……私、絶対に許せませんわ……っ!」

「んっふっふー……なあ、海賊のお嬢ちゃん。ウチもそろそろ、穴倉で我慢するのは限界や。あのクソ野郎のガンプラ、ぶっとばさな気が済まんわ」

「……そぉねぇ……この子も、暴れたがってるわぁ……ねぇ、ユニコーン……?」

「で、でもまだ、最終防衛線を突破していないわ。あなたたちを無傷でア・バオア・クーまで送り届けるのが、作戦の……ゴルディオン・バンガードは、まだ戦えるんだからっ!」

 

 テンザンの操舵で、回避運動から艦を立て直す。ミッツは素早く両手を振って武装スロットを展開、今にも飛び出そうとしているセルピエンテに、照準を合わせる。

 

「おいおい焦んなよォ、ちびっ子。テメェらにゃあ後続を断つってェ仕事もあンだぜ。ここで沈まれちゃあ困るんだよ」

「それに、黒色粒子を使うガンプラを相手取るというのなら……私たちの方が、適役だと言わせてもらうよ」

「で、でも……っ。あの凶悪なガンプラに、お姉さまたちだけで!」

 

 なおも食い下がるミッツの目の前に、ポンと通信ウィンドウがポップアップした。そこに映るのは、パイロットスーツ姿の、黒髪の少年。柔らかく微笑むアカツキ・エイト。瞬間、ミッツはびくりと肩を震わせ、頬が少しだけ朱に染まる。

 

「僕を……僕たちを、信じてほしい」

「あ、アカツキエイト……くん……」

「僕たちが、作戦の要だってことはわかっている。僕が、クロスエイトが、対黒色粒子戦の切り札だってこともわかっている。だから君は、僕たちをここまで送り届けてくれた――だから今度は、僕に君を。僕たちに君たちを、守らせてほしいんだ」

 

 ミッツを見返すエイトの視線はどこまでもまっすぐで、静かな熱意に満ちていた。

 

「だから……ハッチを開けて、ミッツちゃん。いや、艦長! キャプテン・ミッツ!!」

「……メインカタパルト開けぇっ! MS出すわよ、各砲座気張りなさぁいっ!」

 

 ミッツは右手を振りかぶって号令。それに応えるように、ゴルディオン・バンガードの艦首女神像が左右に展開、原作とは違い艦首に増設されたカタパルトデッキが解放される。ゴルディオン・バンガードに残された対空砲が一際弾幕を厚くし、G3ガンタンクもガトリング砲を一層激しく回転させた。

 

「と、特別に言うことを聞いてあげるわ、アカツキエイト。負けたら承知しないんだからねっ!」

「ありがとう。必ず勝つよ――ナノさん。ナツキさん。みなさん。行きましょう、これが最後の戦いです!」

 

 カタパルト奥の暗がりから、ガンプラたちが歩み出る。カタパルトのフットロックに足を載せ、腰を落として射出に備える。

 ア・バオア・クーに突入する、総勢十機の精鋭部隊。黒色粒子を使う相手と――イブスキ・キョウヤと、アカサカ・トウカと。戦いうる実力を持ち、戦うべき理由を胸に秘める、現状望みうる最高の布陣。

 

「チバさん、ヤスさん、行きますわよ。レディ・トールギス改フランベルジュ!〝白姫(ホワイトアウト)〟アンジェリカ・ヤマダ! チーム・ホワイトアウト――参りますわ!」

「んっふっふー。カメちゃん、メイファ、準備はええな? AGE-1シュライク・フルセイバー、〝双璧(フルフラット)〟アカツキ・エリサ。チーム・アサルトダイブ、強襲するで!」

「……チーム名、はないけれど……行くわよぉ、ユニコーン。……タマハミ・カスミ、FA(フルアーマー)ユニコーン・ゼブラ……遊びじゃないわぁ。真剣に……いただきまぁす……っ!」

 

 次々と、カタパルトから飛び立つガンプラたち。

 対艦ライフルを構えるチバ専用ザクⅠ。バズーカ二門に、巨大なレドームを備えるヤス専用ザクⅠ。純白と深紅の鎧騎士にして戦乙女、レディ・トールギス改フランベルジュ。

 二刀流にさらに一本、三振りの日本刀を腰に帯びるAGE-1シュライク・フルセイバー。ただでさえ重装備の上に、さらに全身爆装状態のガンダム・セカンドプラスFA(フルアーマー)。レイロンストライカーを装備したドラゴンストライク。

 原作での最終決戦よろしく、重火器とシールドを満載したFA(フルアーマー)ユニコーン・ゼブラ。

 そして――

 

「ドムゲルグ・デバステーターっ! 〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ヒシマル・ナツキっ! ブチ撒けるぜェェッ!」

 

 あまりの重量にカタパルトに悲鳴を上げさせつつも、戦場に飛び出す真紅の巨人。

 

自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ドムゲルグ・デバステーター。

 

 ただでさえ過積載気味だった全身の爆発物に加え、マスター・バズを二門、スパイクシールドを二枚装備。どこから機体を眺めても必ず爆発物か銃口がこちらを向いている、正真正銘の動く弾薬庫と化した重爆撃機。

 

「レッドイェーガー・フルアームド。〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟アカサカ・ナノカ。始めようか」

 

 女性的な細身の手足に、不釣り合いな大型狙撃銃(Gアンバー)を軽やかに構え、戦場を舞う真紅の猟兵。

 

 〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟レッドイェーガー・フルアームド。

 

 背部のヴェスバービットを四基に増やし、マルチアームガントレットも両腕に装備。そしてなにより、最大の特徴にして愛銃〝Gアンバー〟を、二丁装備している。長期戦に備えた重装備。レッドイェーガーの最終決戦仕様だ。

 

「クロスエイト・フルブレイズ! 〝太陽心(ブレイズハート)〟アカツキ・エイト!」

 

 先行した二機を追い抜いて、圧倒的な速度を発揮する真紅の飛鳥。金色の追加鎧装(フルブレイズ・ユニット)に手足を包み、背にはもう一対の(ウィングスラスター)を得た、クロスエイトの新たな姿。

 

 〝太陽心(ブレイズハート)〟ガンダムクロスエイト・フルブレイズ。

 

 対黒色粒子の切り札であり、作戦の要。粒子燃焼能力を最大限に高め、現時点でのアカツキ・エイトの全てを詰め込んだガンプラ。

 総数一万のGBOプレイヤーと、ガンプラバトルを愛する全ビルダー、ファイターたち――そして囚われの幼き少女の、運命を背負う機体。

 クロスエイト・フルブレイズは、漆黒の宇宙に真っ赤な軌跡を曳きながら、決戦の地(ア・バオア・クー)へと突撃した。

 

「チーム・ドライヴレッド――戦場を、翔け抜けるっ!」

 

 




第四十八話予告

《次回予告》

「これが、私の罪。私の罰。今の私にできる……これが、私の贖罪だ!」

「今だから言うけどよ。アンタのナイフ捌き、悪くなかったぜ」


ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第四十八話『メモリアル・ウォーゲームⅡ』


「ようこそいらっしゃい、裏切り者の皆々様! ……って、とこッスかね」



◆◆◆◇◆◆◆


 ……以上、第47話でしたー!
 長い。やりたいことをやりまくっていたらひたすらに長くなってしまいました。長くなる病を抑えるという公約はいったいどこにいってしまったのか(笑)
 しかし、作者的には満足しています。「使い捨てキャラ」というのをなるべくなくしたいというのが私のひそかな願いでして、書いていて少しでも気に入ったキャラはできるだけ再登場させたいのです。そのためには大運動会形式が非常に便利。
 読んでいただくには少々つらい文字数だったかもしれませんが、どうか所詮は趣味の二次創作だからと笑ってやってください。
 最終話が50話というのは動かさずに書こうと思います。どうぞ今後もよろしくお願いします!





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Episode.48 『メモリアル・ウォーゲームⅡ』

 GBOプレイヤー連合軍による〝太陽心作戦(オペレーション・ブレイズハート)〟が発動して、数分――重なった傘のようなア・バオア・クーの下方、円錐形の最下端。

 そこにある宇宙港を守るのは、三隻のムサイ級巡洋艦と百機足らずのガンプラのみ。原作基準で言えば十分すぎるほどの戦力なのだが、ア・バオア・クー上部に展開する総数一万の大部隊と比較すれば、防衛線の穴として形容しても構わないだろう。

 しかし、それでも。たった一機のモビルスーツだけで突破するには、その防衛線はあまりにも強固だった。

 

「くっ、この! っまだヤられるかよッ!」

 

 回避した機体の肩先を、ビームが掠める。ゴーダ・バンは流れる汗を拭おうともせず、重い機体を振り回して次々とビームを避け続けた。

 今、バンが操縦するのは、Bレオパルドではない。

 イブスキ・キョウヤと結託する以前の愛機、ガンダム・ヘビーナイヴズ。旧キットのEW版ヘビーアームズカスタムをベースに、バンの戦法(スタイル)に合わせてミサイルを外し、装甲と格闘性能を高めた機体。四角い装甲に白黒ツートーンのカラーリングは同じだが、このガンプラは間違いなく、バン自身が自分の手で作り上げたもの。

 妹を救うこの戦いに、イブスキが用意したガンプラで挑むことなど、バンには許せなかったのだ。

 

「レイを取り返すまでは! 負けらんねぇよ、兄貴としちゃなあっ!」

 

 バンは叫びながら照準を合わせ、コントロールスフィアを捻った。武装スロット選択、胸部マシンキャノンを起動。分厚い胸部装甲が左右に開き、MSの内蔵火器としてはかなり大口径の機関砲が唸りをあげて斉射された。

 大げさなバックパックを背負ったゲルググが、無数の機銃弾を叩きつけられ大破、爆発。その火球の外側を回り込むようにして、両手とサブアームにマシンガンやらシュツルムファウストやらを満載したザクの小隊が突っ込んでくる。この戦線のNPC機は皆、サンダーボルト版のガンプラで統一されているらしい。

 

「だったらその、シーリングされた関節にぃッ!」

 

 バンは再び武装スロットを回し、両手にアーミーナイフを装備した。フィンガーガードに引っ掛けた人差し指を中心に、ナイフが曲芸のようにクルクルと回る。一見無駄に見えるその手遊び(トリック)はしかし、NPC機の固い思考ルーチンには事前予測のできない複雑な太刀筋と誤認され、回避機動が鈍る。その隙を逃さず、バンはナイフをザクの腰と喉元に深々と抉り込ませる。

 

「次だオラぁっ!」

 

 オイルの血飛沫を浴びながらナイフを引き抜き、そのまま流れるように投擲。ナイフは吸い込まれるように隊長機(ツノつき)のモノアイを貫き、バランスを崩した隊長機は迷走してもう一機のザクと接触してしまう。バンは体当たりの要領で隊長機に突撃、勢いを載せたナイフを胴体に突き立て、刃を捻った。そこは、設定上コクピットのある位置。AI制御のNPC機だが、ゲームの設定上、それは致命的な一撃(クリティカルヒット)といえた。

 最後のザクは隊長機ごとバンを蹴り飛ばして距離をとるが、バンはすでにヘビーナイヴズ背部のツインビームガトリングを起動していた。

 

「小隊一掃だな、こいつでよ!」

 

 ブロロロロロロロロ――ッ!!

 W系特有の連射銃撃音、二門のガトリングが一斉に火を噴いて、ザクの全身に無数の大穴を穿った。これでザク一個小隊とゲルググ一機を撃破、ただのゲームであればまずまずの戦果だ――いつもの、ただの、ゲームなら。

 

「くそっ、まだまだいやがるかよ……っ!」

 

 先のザクが爆発した光も消えやらぬうちに、新たな敵機が迫りくる。サンダーボルト版のザクやリック・ドムが多数。大型ジェネレータを背負ったゲルググは、ムサイ級と一緒になってビームを撃ちまくり、派手な弾幕を張ってくる。バンを近接戦闘型と分析してか、ザクやドムの攻撃も中距離以上からの射撃がほとんどになってきた。

 

(レイを……レイを取り返すためには! イブスキの野郎を問い詰めるためには! こんなところで……っ!)

 

 バンは弾幕の隙間を飛び回りながらツインビームガトリングを撃つが、形勢はほぼ百対一。数の論理で行くならば、勝機など万に一つもない状況。そもそも回避より防御を重視しているヘビーナイヴズが、いつまでも百機分の弾幕から逃げ続けられるはずもない。一発、また一発と銃弾が手足を掠り、ビームが装甲を焼く。身を躱した先にミサイルの大群が飛び込んできて、至近距離での迎撃を余儀なくされる。バルカンで全て撃ち落とすが、爆圧が装甲を叩き、コクピットが激しく揺さぶられる。

 

「ぐっ、はぁぁっ!? ちぃっ、近すぎたか!」

 

 吐き捨てたバンの眼前に、真っ赤に焼き付いた斧刃が迫る。ヒートホークだ。

 

「追い込み漁かよ! 人工知能が!」

 

 間一髪、ナイフで防ぐが、同時に多方向から鋭い衝撃が断続的に襲い掛かる。ザクマシンガンの集中砲火にさらされたのだ。分厚い装甲のおかげでは致命傷ではないものの、たまらず目の前のザクを蹴り飛ばし、反動でその場を離脱。逃げの一手を打つバンに、中隊規模のリック・ドムが追撃をかける。さすがに、ジャイアント・バズは当たれば無傷では済まない。

 

(ちくしょうッ……一人じゃ、これが限界かよ……ッ!)

 

 フットペダルを踏みこみながら、ギリリと奥歯を噛み締める。遥か頭上のア・バオア・クーの傘の上では、数千人のプレイヤー連合が、一万機のNPC部隊と戦っている。それに引き換え、自分は一人。たかが百機の防衛線でも、たった一人で戦うのは――しかし、自分の罪を。イブスキ・キョウヤに協力していたという、自分の罪を考えれば。

 

「……今更、あいつらの仲間になんてなれねぇ。けど俺が! この俺が! レイを諦めるわけにはいかねぇんだ!」

 

 バンは機体を反転、逃げるのをやめた。白煙の尾を引いて群がるジャイアント・バズの砲弾を、頭部バルカンで迎撃。自分を追う大部隊を真正面から睨み返す。

 ザク、ドム、ゲルググの大群、三隻のムサイ級。GBOJランキングトップランカーたちならあるいは、この状況も切り抜けるのかもしれない。今もジ・アビスの野望を打ち砕こうとしているあのファイターたちなら、できるのかもしれない。だがバンは、300位(ハイランカー)入りもしていない、ただの一人のファイターだ。ナイフの扱いこそ一流だが、この状況を覆せる技ではない。

 バンは奥歯を噛み締めたままにやりと笑い、ナイフをくるりと逆手に構え直した。

 

「さあ来いよ木偶人形(モビルドール)ども! たとえ俺一人でも戦い抜いてやる! レイは! 俺の獲物は! この俺が掻っ攫ってやるぜッ!」

「――良い口上だ」

 

 ギシャアァァァァッ!!

 金属的な咆哮。バンに銃口を向けていたザクが、何者かに食い千切られた(・・・・・・・)

 それは、のたうつハングアームに繋がれた、超振動刃(アーマーシュナイダー)の牙を持つ蛇の頭(・・・)

 振り向いたバンの両目が、驚きに大きく見開かれる。

 

「……てめぇは!」

 

 頭部こそ、灰色の仮面に隠していたが。ABCマントに、その身を隠してはいたが。

隠しようもなく特徴的な、盛り上がった両肩。太く直線的な脚部。何よりも、背部から伸びる長いアームと、蛇のような大型のクロー兵器、サーペントハングの存在。

強すぎた白雪姫(オーバーキルド・プリンセス)〟の番犬、〝多すぎる円卓(サーティーン・サーペント)〟筆頭の愛機(ガンプラ)……サーペント・サーヴァント!

 

「助太刀をさせてもらう」

 

 通信機に映るのは、首から上をすっぽりと覆う灰色の仮面。聞こえるのは、加工された無機質で中性的な音声。まるでIBO(鉄血のオルフェンズ)二期のヴィダールのような出で立ちだが、その姿は、バンの目には正体を隠すためというよりは、己を罰するためのものに見えた。

 それがラミアだとわかっていても、バンはあえてその名を言わずに、問い返す。

 

「……アンタ、身体はいいのか」

「この身に気遣いは無用だ、ゴーダ・バン……来るぞ!」

 

 サーペントは両手に大ぶりのナイフを構え、突っ込んでくる防衛部隊を迎え撃った。

 降り注ぐザクマシンガンをサーペントハングで受け、それを目隠しにして背後に回り込み、ザクのバックパックにナイフを突き立てる。そこへゲルググ部隊のビームライフル一斉射が撃ち込まれる。直撃したかに見えたが、その場に残るのは焼け焦げたABCマントのみ。標的を見失い混乱するゲルググたちの側面からサーペントハングが襲い掛かり、次々とビームライフルを食い千切っていく。

 突然現れて次々と部隊を撃墜していく強敵(サーペント・サーヴァント)に、防衛部隊の注意が向けられる。結果、薄くなった弾幕の間隙を突く形で、バンもまた防衛部隊へと肉薄していた。ツインビームガトリングでジャイアント・バズを攻撃、弾倉の榴弾を誘爆させる。手元での爆発に姿勢を崩したリック・ドムのコクピットに、ナイフを捻じ込んだ。

 

「おい! 今だから言うけどよ。アンタのナイフ捌き、悪くないぜ。今のアンタとなら、良い連携が組めそうだ!」

 

 呼びかける間にも、サーペントはビームライフルを失ったゲルググ部隊をほぼ壊滅させていた。振り下ろされるビームナギナタを軽くいなし、身体ごと一回転、裏拳を叩きこむような動きでナイフを振るい、脇腹を引き裂く。距離をとって、肩部ミサイルを一発だけ発射。背部の追加ジェネレータを直撃し、ゲルググは爆発四散した。ゲルググ部隊、全滅である。

 

「左翼の弾幕を削った。左のムサイを墜とすぞ、ゴーダ・バン」

「がはは、そうかよ! 今の方が強ぇんじゃないか、アンタは!」

「……そうかも、しれん。だが……!」

 

 コントロールスフィアを握る手に、汗がにじむ。

 

「ここで勝とうが負けようが……少しでも長く、戦えば。少しでも多く、敵を引き付ければ。もし防衛線を突破して、要塞内部の敵を一機でも墜とせれば。それが遠回しにでも、お嬢さまたちを援護することにつながる。だから――」

 

 この汗は、私の後悔だ。お嬢さまに顔向けできないことをした。〝強さ〟という幻想にとりつかれ、本当に大事なものを見失っていた。本当の強さを見失っていた。利用されていただけ、などという言い訳はするつもりもない。むしろ、私が奴を利用していたのだ。自分の弱さを、醜さを、誤魔化し忘れる手段として。

 

「――だからこれは、私の罪。私の罰……今の私にできるのは、ただ罪を償うことだけ……これは、私の贖罪だ!」

 

 心の限りに叫び、ラミアはサーペント・サーヴァントを突撃させた。対空砲火をかいくぐり、サーペントハングを振りかざす。

 しかし、

 

「させないッスよ」

 

 ――ドヒュゥゥン!

 細く絞り込まれた、高出力GN粒子の銃弾。サーペント・サーヴァントの頭を正確に狙った狙撃を、ラミアはサーペントハングで弾いた。

 

「……同じ手を喰らうと思ったか?」

「あぁ、そうか。これが二度目ッスね、おねーさんを狙い撃つのは」

 

 ムサイ級も防衛部隊も一切の攻撃をやめ、あれだけ騒々しかった弾幕が静まり返った。その空白の真ん中を滑るように降りてくる、青いガンダムタイプ。背部の太陽炉、ツインドライブシステム。五枚のGNウォールビット。右手には、長銃身の狙撃銃(GNスナイパーライフル改二)

 

「ようこそいらっしゃいました、裏切り者の皆々様! ……って、とこッスかね」

 

 〝傭兵(ストレイ・バレット)〟モナカ・リューナリィ――サナカ・タカヤ、ケルディム・ブルー。

 おどけたようなタカヤのセリフと同時、機体から飛び出したGNウォールビットがラミアとバンを取り囲み、ゆっくりと旋回し始めた。バンはGNビットを警戒しつつも、タカヤに噛みつくように吠える。

 

「正気かよ、飼い犬野郎! ガンプラバトルが終わるかもしれねぇって時に、まだテメェは金で動くのか。イブスキのクソ野郎に手ぇ貸すってのか! レイのことを、何にも感じねえのかよッ!!」

「そーッスよ。俺は〝傭兵(ストレイ・バレット)〟、金で使える便利な飼い犬。より金払いの良い飼い主さま(・・・・・・・・・・・・・)を探して、あっちにフラフラこっちにフラフラ……それが俺のスタイルなんスよ。ゴーダのお兄さん」

「……私が言えた義理ではないが」

 

 低く抑えた、ラミアの声。ギチギチと牙を噛み鳴らして、サーペントハングが鎌首をもたげる。

 

「イブスキ・キョウヤに与するのなら……〝傭兵(ストレイ・バレット)〟。貴様を、ここで討つ」

 

 ヘビーナイヴズとサーペント・サーヴァントが、両手のナイフを握り直す。四本の白刃が、ぎらりと剣呑な光を放つ。二人はもう完全にタカヤを敵と認識し、臨戦態勢に入っている。

 

「はぁ、まったく……損な役回り(・・・・・)ッスねぇ……」

 

 タカヤは軽く肩を竦めながらも、ケルディム・ブルーにライフルを構えさせた。連動して、GNウォールビットの動きが加速する。

 

「〝傭兵(ストレイ・バレット)〟サナカ・タカヤ。ケルディム・ブルー。目標を乱れ撃つ」

 

 ウォールビットの銃口にGN粒子が収束し、高出力のビーム弾が撃ち放たれた。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「チーム・ドライヴレッド――戦場を、翔け抜けるっ!」

 

 カタパルトデッキから飛び出したエイトの前に広がった光景は、まさに最終決戦。雲霞のごとき、敵・敵・敵! 新旧様々なガンダム作品のモビルスーツが入り乱れ、モビルアーマーが飛び回り、各種艦艇が火砲を撃ち放つ。

 

「わかっているね、ビス子。私たちの役割は!」

「皆まで言うなよォ、赤姫ェ! 敵本拠地への突撃、エイトの直掩! だなァ!」

 

 作戦に参加する全プレイヤー、そしてゴルディオン・バンガードの活躍によって、敵防衛線の奥深くまで進攻することはできた。しかしまだ、ア・バオア・クーに取り付くには最終防衛線が残っている。突撃を敢行しようにも、分厚い弾幕が行く手を阻む。

 

「無闇に突っ込んではいけないよ、エイト君。キミは、私たちの切り札なんだ」

「はい、ナノさん。人頼みをしてしまうのは、心苦しいですけど……」

「なぁーにを水臭ェ! 勝利のための一致団結だ! 胸張って頼ろうぜ、エイトォ!」

 

 対黒色粒子の切り札であるエイトを、限りなく無傷に近い状態で敵要塞最深部まで送り届ける――それが、太陽心作戦(オペレーション・ブレイズハート)の要。そのためにはまず、この防衛線を突破しなければならない。

 

「はい、ナツキさん! ……みなさん、よろしくお願いします!」

 

 正面の量産型セルピエンテ部隊、そして左右から圧力をかけてくる防衛部隊。視界からあふれるほどの大部隊に初撃を見舞ったのは、アンジェリカ(レディ・トールギス)店長(セカンドプラス)による高出力ビームの全力放射だった。

 

「ツインメガキャノン、フルドライブ! 参りますわ!」

「シールドスマートガン、全力全開! ぶっとべぇぇぇぇッ!」

 

 ドヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!

 レディ・トールギスは右翼を、セカンドプラスは左翼を、それぞれの主砲が放つ超高熱エネルギーの奔流を全長数十キロメートルの大剣と化し、MS部隊を削り落とす。爆発の華が咲き乱れ、約三割ものMSを失った左右両翼の防衛線は、一気に崩壊した。

 

「ヤス、測距データを送れ」

「へい、おやっさん! 測定完了、弱点部位を視界にAR表示! いけやすぜ!」

 

 チバは対艦ライフルのスコープを覗き込み、瞬時に照準、躊躇いなく引き金を引く。極超音速の徹甲弾が銃声すら置き去りにして、敵MSを撃ち抜く。よどみないボルトアクション、また瞬時に照準、敵を撃ち抜く。ヤスの旧ザクが高々と掲げたレドームユニットは戦場の敵ガンプラの挙動をミリ単位で補足し、そのデータをもとにチバは狙撃を繰り返す。チバのリロードの隙は、ヤスがばら撒くバズーカの弾幕でカバー。防衛線の敵ガンプラは、反撃する機会すら与えられずに次々と撃墜されていく。

 しかし、この戦場は電脳世界の仮想戦域。原作ではありえない規模の増援がデータ上で再生産され、後方に控える宇宙戦艦や輸送船のカタパルトから、次々と吐き出されようとしている。

 

「んっふっふー♪ やるでメイファ、ウチらの出番や!」

「御意アル、エリエリぃ♪ ホアタァーーッ!」

 

 派手な砲撃の影を縫うように、戦線後方の敵艦隊に肉薄するガンプラが二機。右翼側は、エリサのAGE-1シュライク。左翼側は、メイファのレイロンストライクである。

 

「いくで、シュライク! 〝双璧(フルフラット)〟の剣、見舞ったらぁぁっ!」

 

 針鼠のような対空砲火を掻い潜り、エリサは敵艦クラップ級に突撃する。今まさにカタパルトから打ち出されようとしていたリゼルに、シュリケン・ダガーを投擲、さらに顔面に飛び蹴りを叩きこむ。そのままの勢いでカタパルトデッキから格納庫に躍り込み、混乱するAI制御のガンプラたちに、エリサは三振りの日本刀(シグル・サムライブレード)を抜き打った。

 右手に〝シルールステール〟、抜刀一閃。左手に〝ボーンイーター〟、居合抜きの逆胴。そして右足、脚部クローで〝タイニーレイヴン〟を掴み、回し蹴りの要領で薙ぎ払う。

 周囲のリゼルやスタークジェガンをメンテナンスベッドごと両断し――しかし、それだけでは止まらない!

 

「艦隊まとめて、真っ平(フルフラット)にしてやりゃああああっ!」

 

 唸りをあげてウィングスラスターを全力噴射、シュライクは猛然と回転を始めた。伸ばした手足と刀とを三枚の羽根として、シュライクそのものが刃の風車と化す。吹き荒れるシグル・サムライブレードの暴風雨が格納庫を滅茶苦茶に切り刻み、出撃前のMS部隊は細切れのプラスチック片となる。のみならず、刃の竜巻となったシュライクはドリルのようにクラップ級の艦内を削り倒して掘り進み、ついに貫通。そのまま次の艦へ突撃、貫通。また突撃、貫通、突撃、貫通、突撃、貫通、突貫、突貫、突貫、突貫突貫突貫!

 ものの十数秒で艦隊の大半は轟沈、しかしまだシュライクの勢いは止まらない。エリサの宣言通り艦隊が真っ平に均されるのも、時間の問題と見えた。

 

「さっすがエリエリっ♪ メイファ負けるられないアル!」

 

 一方左翼側、レイロンストライクは無数のファンネルに取り囲まれていた。上下左右前後、三次元的に迫りくる細いビームの檻の中を、メイファはファンネル以上に縦横無尽に飛び回る。40基ものファンネルを操るのは、四枚羽根の巨躯、クシャトリヤ。設定上一機しか存在しないはずの機体だが、その奥に陣取る十隻ほどの偽装貨物船ガランシェール艦隊からは、追加のクシャトリヤ部隊が発艦しようとしていた。ガンプラバトルではよくある話とはいえ、十数機のクシャトリヤに400基以上のファンネルを相手にするなどというのは、冗談にしても質が悪い。

 

(相手、ファンネル使うなら……お師匠サマの教え、思い出すアル……)

 

 メイファは激しく交錯するファンネルとビームを前にして、静かに瞼を閉じた。

 神戸心形流、粒子感得の心得。粒子発勁にも通じる、粒子操作の極意。目で見ず、心で見ること。ガンプラと己を一体と化し、プラフスキー粒子の流れを肌で感じること。深く、深く――もっと深く。

 蜘蛛の巣のように広がる、クシャトリヤとファンネル群の粒子的なつながり。人間のファイターが使うファンネルよりも、もっと無機質で、無味乾燥な、効率を最優先にしたような粒子ネットワーク。AI制御故に当然といえば当然だが、人間のような迷いも揺らぎも何もない。だが、それ故に――たった一か所を断ち切れば。

 

「見えたヨ、そこアル!」

 

 何もない空間を、レイロントンファーが薙ぐ。その刃にまとった粒子発勁が、目に見えぬ粒子の〝流れ〟を断ち切った。すべてのファンネルは死んだように力をなくし、宙を漂う。制御用AIの理解を超えた事態にクシャトリヤは動きを止め、その次の刹那には、レイロントンファーがクシャトリヤの胸を貫いていた。

 

「……破ァァァァッ!」

 

 両腕の刃を突き立てたまま、レイロンストライカーの全バーニアを全力噴射、クシャトリヤごとガランシェールへ突撃。艦の側面に叩きつける。そして、

 

「発ッ!」

 

 気合一斉、粒子発勁を発動。大柄なクシャトリヤの全身が内側からの圧力に弾け飛び、ジオングリーンの装甲板が辺り一面に飛び散る。砕け散るクシャトリヤを通じて、粒子発勁はガランシェールにまで浸透。さらには、発艦直前だったもう一機のクシャトリヤにも浸透し、全部まとめて爆裂させた。

 砕けたプラスチック片が砲弾のような勢いで飛び交うスペースデブリとなり、他のクシャトリヤの発艦を妨害する。その隙にメイファは、八艘跳びの要領で次々とガランシェールの間を跳ね回り、粒子発勁を叩きこんでいった。

 

「ハイッ! ハイィッ! ゥアチャァァァァァァァァッ!」

 

 爆発も炎上もせず、次々と破裂し、砕け散るガランシェールとクシャトリヤ。

 増援を断たれた左右両翼の防衛部隊は戦線の立て直しで手一杯となり、中央への圧力が弱まった。その好機を逃さず、セカンドプラスが防衛線のど真ん中に向けてシールドスマートガンを放射、戦線に大穴を穿った。最終防衛線からア・バオア・クーの表面まで、一直線のルートが開く。敵の動きは鈍い。突撃のチャンスだ。

 

「ど真ん中ぶち抜いたぞ、エイトの坊主!」

「感謝します、店長。ア・バオア・クーに取り付きます!」

 

『サセナイ』『サセナイ』『サセナイ』『サセナイ』『サセナイ』

『サセナイ』『サセナイ』『サセナイ』『サセナイ』『サセナイ』

 

 感情のない、少女の声。ア・バオア・クー表面の量産型セルピエンテ部隊が、一斉にガルガンタ・カノンを放射した。出力を絞ったらしい、速射・連射重視の黒色粒子砲が次々と打ち上げられる――巻き込まれた防衛部隊のガンプラは、黒い光が掠っただけで爆発した。ビーム・マグナム級の破壊力だ。

 

『破壊スル』『破壊スル』『破壊スル』『破壊スル』『破壊スル』

『破壊スル』『破壊スル』『破壊スル』『破壊スル』『破壊スル』

 

「ナノさん、この声、ゴーダ・レイさんの……っ!」

「ああ、そうだね。制御システムに繋がれている……ゾンビ化ビットの応用技術か……!?」

「ちぃッ、めんどくせェ! 不本意だが、ここはオレがブチ撒けてやるかァッ!」

「いぃえぇ、ここはぁ……ユニコーンにまかせなさぁい……!」

 

 ミサイルコンテナを開きかけたナツキを制し、カスミのユニコーンが飛び出した。FAユニコーン特有の三枚のファンネルシールドを展開、ガンダムUC最終話でコロニーレーザーを止めた時のように、三連ディフェンス形態をとらせる。

 

「黒色粒子関係の攻撃はぁ、私が受けてあげるわぁ……サイコフィールドおおおお!」

 

 黒いサイコフレームが輝いて、ユニコーン・ゼブラのNT-Dが発動。せっかく追加したバズーカやグレネードは全て吹き飛んでしまったが、その武装群をも粒子化しエネルギーとして取り込んで、絶大な出力のサイコフィールドが形成される。

 量産型セルピエンテたちからのガルガンタ・カノンが、次々とサイコフィールドに、ユニコーン・ゼブラに突き刺さる。ダメージの大半は黒色粒子により同化・吸収しているが、四十四機からの一斉砲撃、さすがに無傷ではすまない。

 しかしカスミは、機体の損傷などまるで気にすることなく――否、むしろ嬉々として、ア・バオア・クーへと突っ込んでいく。

 

「ふふ……ふひ、ひひ……ひアはハはは! 痛い、痛いわぁユニコーン! 私、ダメージを受けてる! 私とユニコーンに、こんなに刻んでくれるなんてぇぇっ! アカツキくん以来よぉ、うひはははハははハハ!!」

 

 カスミのテンションに呼応するように、サイコフィールドが大きく硬く膨れ上がっていく。そしてついにア・バオア・クーの地表面まで目と鼻の先に近づいた。

 

『変態』『下劣』『被虐趣味』『理解不能』『危険人物』

『気持チ悪イ』『近寄ルナ』『度シ難イ』『異常性癖』『通報確定』

 

「あらあらぁ、そんなに褒められるとぉ……もう我慢できなぁい、出ちゃうぅっ♪ カウンタァァバァァァァストォォオオオオッ!!」

 

 ガルガンタ・カノン数十発分のエネルギーをため込んだサイコフィールドが、その圧倒的な圧力を開放した。ア・バオア・クーの表面が凄まじい勢いで掘り返され、量産型セルピエンテたちが大量の土砂とともに宇宙へと巻き上げられる。

 大半の量産型セルピエンテはカウンターバーストの衝撃でボディをバラバラにされていたが、生き残った数機はなおもガルガンタ・カノンを撃とうとハングを構える。しかし、

 

「悪趣味ですわね、本当に!」

 

 その砲口に、揺らめく炎のようなビーム刃――ビーム・フランベルジュが突き込まれる。のみならず、スーパーバーニアの超出力に加速されたレディ・トールギスの一刺しは、一切減速せずにセルピエンテハングを突き破り、セルピエンテ本体をも突き抜ける。

 

「ラミアの苦しみを象徴するガンプラ……すべて墜としますわ! ですから……」

 

 レディ・トールギスは凛とした立ち姿でエイトたちを振り返り、表面の土砂がめくれ上がったア・バオア・クーを指差した。

 

「お行きなさいな、ドライヴレッド! 活路は開かれましたわよ!」

 

 カウンターバーストによって掘り返された岩盤の奥に、宇宙港の一部らしい構造物が露出していた。

 鉄壁の宇宙要塞に、大きく口を開けた突入口。電気系統の損傷からか、その大穴の奥は暗くかすみ、中の様子は窺えない。最終決戦の舞台、魔王の玉座に続く一本道。それはまさに、深淵に続く縦穴(ジ・アビス)だ。

 だが。ならば。いや、だからこそ。そこに飛び込むことこそが、勇者の――〝太陽心(ブレイズハート)〟の切り札、その役割だ。

 

「了解です。みなさん、後方は頼みます……行きましょう、ナノさん! ナツキさん!」

「応よッ! ようやくオレサマたちのブチ撒けタイムだなあァッ!」

「ああ、行こう。この先に、あの子がいるんだ……!」

 

 クロスエイト、ドムゲルグ、レッドイェーガー。ドライヴレッドの三機は、その真紅のボディを加速させ、暗がりの縦穴へと飛び込んでいった。薄暗い穴の奥に進むバーニア光の軌跡は、瞬く間に小さくなり――そして、消える。

 

(エイトちゃん……信じとるで。必ず、勝って、帰って来ぃや……)

 

 目を細めてその背中を見送るエリサに、生き残りの量産型セルピエンテが、二機がかりで仕掛けてくる。エリサの表情がすっと引き締まり、三刀流が閃く。振り下ろされるレプタイルシザーズを両手の二刀流(シルールステール&ボーンイーター)で受け、右足の三刀目(タイニーレイヴン)で斬り返す――〝双璧(フルフラット)〟の剣技、返しの三手斬。二機まとめて胴斬りにされた量産型セルピエンテの断面から、墨汁を水に流すように、黒色粒子が細くたなびいた。

 

「なんやこの量産型、黒い粒子は攻撃だけで防御はザルや! ユニコーンのお嬢ちゃんみたいな粒子吸収もない、カメちゃんの砲撃でも十分装甲ヌけるで!」

「ホアチャアーーッ!」

 

 粒子発勁が発動、量産型セルピエンテが爆竹のように弾け飛び、フレーム剥き出しになって墜落する。

 

「メイファの発勁も徹るヨ! 黒いでも粒子は粒子アルな!」

 

 メイファは満足げに笑い、器用にもレイロンストライクにピースサインなどさせている。

 

「あーもう、メイファ! 戦闘中やで、油断を――メイファ、後ろや!」

「セェェイッ!」

 

 振り抜いたレイロントンファーが、黒い大戦斧(バトルアックス)に止められる。

黒色粒子を禍々しく纏う、超大型の処刑斧。武装と装甲で膨れ上がった異形の左腕。黒色の巨躯。金色の単眼。魔法陣のような独特なカタパルトゲートからずるりとその身を引き摺り出すようにして出現した、悪魔的な造形物(ガンプラ)――

 

「……ククク。私の自慢の黒色粒子が、ずいぶんと低く見られたものですねぇ」

 

 ――ヘルグレイズ・サクリファイス。GBOJランキング第四位〝這い寄る混沌(ビハインド・ザ・カーテン)〟イブスキ・キョウヤ。

 

「不愉快だ、と言っておきましょうかぁッ!」

 

 異形の左腕が武装群を展開。昆虫の捕食器のような大鋏(シザーズ)が、レイロンストライクに襲い掛かる。メイファは咄嗟に距離をとるが、右手のレイロントンファーを持っていかれてしまう。

 

「メイファ!」

「だいじょぶアルよ、エリエリ。まだやる、できるネ!」

 

 エリサは片手でメイファの肩を支えつつ、もう一方の手で(ボーンイーター)をイブスキへと差し向ける。その切っ先はエリサ自身の視線とともに、真っ直ぐにヘルグレイズの単眼(モノアイ)を射抜いている。画面越し、ゲーム越しでも伝わるような気迫が刀と機体(ガンプラ)から迸っているが、ヘルグレイズは悠々と、その場に佇むのみであった。

 エリサは犬歯を剥き出しにし、奥歯をギリリと噛み締めた。

 

「……ようやっと会えたな、黒幕気取り。ここでボロ負けして、お師匠さんの前で百万回土下座する心の準備はええか?」

 

 神戸心形流、粒子変容の極意。無限に変化するプラフスキー粒子を、自在に操る技術体系。

 凄まじい高出力に加え、同化・吸収特性、不可解な隠密・偽装能力など、黒色粒子には謎が多い。それを使いこなすイブスキ・キョウヤの技術力の根底には、神戸心形流の技がある。それを、このような事に――ガンプラを愛する全ての人に唾を吐くような真似に。そのために、幼い少女に外道を働くなどという所業に――使うなど、到底許せるはずもない!

 

「エイトちゃんやアカサカのお嬢ちゃんには悪いけど……イブスキ・キョウヤ。アンタはここで、ウチらがブチのめす。覚悟しぃや」

「テメェは心形流として許せねえ……ついでに、プラモ屋として言うがよ」

 

 しつこくまとわりつく量産型セルピエンテを撃ち落とし、店長のセカンドプラスがエリサの隣に合流した。ロング・ビームライフルの銃口が、ぴたりとヘルグレイズを照準する。

 

「ガンプラは、楽しむもんだ。世界大会とかに人生賭けてるヤツだっているさ。真剣勝負の勝ち負けで、泣きも笑いもするさ。そりゃあガンプラは商品で商売なんだからよ、お金もからむし大人の事情だってあるさ、でもな。それを利用して不幸を振り撒こうってんなら……テメェにガンプラをやる資格はない」

「店長さんのおっしゃる通りですわ」

 

 ヘルグレイズの背中側に、白銀の姫騎士(レディ・トールギス)が舞い降りる。アンジェリカは落ち着いた口調で、しかしその裏には燃え滾る熱量を込めて、イブスキを糾弾する。

 

「あなたには、他者への敬意がありません。他のファイターへも、その作品たるガンプラへも、舞台たるこのGBOにも。ガンプラバトルの全てに対して敬意もなく、自らの目的のためなら犯罪すら厭わない。ガンプラの未来を左右するこの戦い、あなたのような人間に勝たせるわけには参りません。それに――」

 

 アンジェリカは一度言葉を切り、ひとつ、深く息を吐いた。そして再びビーム・フランベルジュを抜刀し、その切っ先でヘルグレイイズを真っ直ぐに指す。

 

「――ラミアのこと、許しませんわよ」

 

 シュライクから。セカンドプラスから。レイロンストライクから。そして、レディ・トールギスから。燃え盛る闘志が炎となって、ガンプラから立ち昇っているかのようだった。

 しかし、そんなプレッシャーを感じているのかいないのか、ヘルグレイズには、イブスキ・キョウヤには何の動きもない。ア・バオア・クー直上宙域、左翼側ではチバとヤスが押し寄せる防衛部隊を押し留め、右翼側ではカスミが敵部隊を次々と削り落としている。やや遠い爆発の光が瞬く中、静寂の数秒が過ぎ――そして。

 

「……ん、ああ、おしゃべりはお終いですか? すみませんねぇ、少しばかり居眠りを。なにせ、おそろしく退屈だったもので」

 

 ――神経を逆なでする、人を馬鹿にしたような愛想笑い。

 エリサは、店長は、メイファは、アンジェリカは、それぞれに怒りの限り叫びながら、弾かれたように突撃した。嵐のような三刀流が閃き、ビームと実弾とが撃ち放たれ、粒子を纏う徒手空拳が迫り、陽炎揺らめくビーム刃が舞う。しかしそれでも、イブスキは張り付いたような余裕の笑みを崩さない。

 

「さぁて。頼みましたよ、ゴーダ・レイ」

『了解。おーばーどーず・しすてむ、ぶらっく・あうと』

 

 感情を失くした幼い声。ヘルグレイズ両肩の装甲が展開し、液状化した高濃度黒色粒子が滝のように噴出した。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 岩盤の裂け目からア・バオア・クー内部に突入して、数十秒。エイトたちは、ひたすらに同じテクスチャを張り付け続けたような四角い通路を真っ直ぐに飛んでいた。

 

「……ン? エイト、赤姫。外の連中が……」

「ああ、通信は聞いているよ。奴が、出てきたんだね」

 

 応じるナノカの声色は、存外に落ち着いていた。しかし、通信ウィンドウの端にわずかに映り込んだコントロールスフィアを握る手は、力が入り細かく震えている。

 

「ナノさん。イブスキ・キョウヤとの戦いは、ナノさんの……」

「いいんだ、エイト君」

 

 自分でも手の震えに気付いたのか、ナノカはヘルメットのバイザーを上げ、額の汗を手の甲で軽く拭った。

 

「イブスキが表に出たのなら、ア・バオア・クーの最深部にいるというこのゲームの最終攻略目標は、トウカだ。……私が〝約束〟をしたのは、トウカだ。だから、いいんだ。エイト君」

 

 そう言って、ナノカはエイトに微笑みかける。口元の微笑みとは違い、ナノカの目には、その瞳には、強い意志の炎が燃えている――エイトは「はい」と短く答え、力強く頷き返した。その様子に、ナツキも軽く苦笑して応える。

 

「まァ、赤姫がそう言うンなら、クソ野郎をブッとばすのは後だな。まずは、引き籠りの弟クンをブン殴ってひっぱりだしてやるかァ!」

 

 ドムゲルグはシュツルムブースターの出力を上げて加速、三機の先頭に躍り出た。その前方に立ち塞がるのは、開いていれば戦艦でも楽に通り抜けられそうな、巨大気密扉(エアロック)。飛行距離から考えても、この先がア・バオア・クーの中心部に間違いない。

 

「ナツキさん、お願いします」

「応よ、エイト! このためのドムゲルグだぜェ!」

 

 並のガンプラでは持ち上げるのも難しいであろうマスター・バズを、ドムゲルグは左右に一丁ずつ、軽々と振り上げた。丸く空いた砲口が、気密扉(エアロック)のど真ん中を狙う。

 

「さァ、引き籠り魔王サマにお目覚めのバズーカだ! ブチ撒けるぜェェッ!」




第四十九話予告

《次回予告》


ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第四十九話『メモリアル・ウォーゲームⅢ』

 ――あとは頼んだぜェ、ナノカ。



◆◆◆◇◆◆◆



 以上、第48話でしたー!
 ついに登場、そして即、周りの人間をブチ切れさせるイブスキ・キョウヤ。うまく書けたと思っています。(笑)
 複数の戦闘が同時に進んでいるメモリアルウォーゲームですが、最終的には全部まとめて決着をつけるプロットが、何とか書けました。あとは文章化するだけです。どうにか、何度か宣言してきた通り50話+エピローグで収まりそうです。
 どうか今後もお付き合いください。感想・批評もお待ちしております!


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Episode.49 『メモリアル・ウォーゲームⅢ』

 大変長らくお待たせいたしまして、申し訳ありません。
 亀川はまだ生きています。そして、ビルドダイバーズと拙作があまりにもネタ被りすぎてショックを受けています。
 ……兎も角。亀川ダイブ、復帰します。
 第49話、どうぞご覧ください。



「はぁ、まったく……損な役回り(・・・・・)ッスねぇ……」

 

 タカヤは軽く肩を竦めながらも、ケルディム・ブルーにライフルを構えさせた。その銃口の先にあるのは、バンのヘビーナイヴス、そしてラミアのサーペント・サーヴァントだ。

 たったの二機で百機以上のMSとムサイ級三隻という防衛線に殴り込んでくるなど、正気の沙汰ではない。しかし、それをやるだけの理由が、この二人にはある。黒色粒子への適応が低いためにイブスキからは捨て駒にされた二人だが、今ここで戦う姿を見る限りにおいては、十分に有能な戦士といえるだろう――タカヤはにやりと口の端を釣り上げ、ライフルのトリガーに指をかけた。連動して、バンとラミアを取り囲むGNウォールビットの動きが加速する。周囲に展開するザクやドムたちも、それぞれの銃口を二機へと向けた。

 

「〝傭兵(ストレイ・バレット)〟サナカ・タカヤ。ケルディム・ブルー……目標を乱れ撃つ」

 

 ドヒュゥゥン!

GN粒子の銃弾が、光の速度で目標を射抜く――マシンガンを構える、ザクの頭(・・・・)を!

 

「な、なんとおぉっ!?」

「〝傭兵(ストレイ・バレット)〟!?」

「説明はあとッス! いけっ、ウォールビット!」

 

 突然の出来事に目を見張るバンとラミア、そしてそれ以上に混乱する防衛部隊のMSたち。AI制御の無人機には想定しえない出来事に硬直してしまう。巨大な的と化したザクとドムの大群を、タカヤのウォールビットが次々と射抜いていく。タカヤによる一方的な攻撃が数秒にわたって続き、ようやく敵味方識別を切り替えた無人機たちが銃を構えた頃には、防衛部隊はほぼ半分にまでその数を減らしていた。必然、防衛線には穴が開く――タカヤはその穴を逃さず、後方のムサイ級艦隊を射線上に捉えていた。

 

「GNフィールドブラスター……フルチャージ!」

 

 ツインドライブシステム、GNフィールドジェネレータに直結。圧縮GN粒子充填完了。内蔵疑似ライフリング回転開始。デュナメス・ブルーが背負ったサイドコンテナがその先端部を展開、コーンスラスターによく似た砲口が姿を現した。円錐形の表面に超高圧縮GNフィールドが渦を巻き、そして!

 

「目標を、ぶっとばすッス!」

 

 ズアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

 超々高圧縮粒子(トランザム)の赤い光が、荒れ狂う竜巻となって迸った。激しく回転する高圧縮GNフィールドが全てを薙ぎ払い、吹き飛ばしていく。その圧力の前には全長数百メートルを誇るムサイ級さえ木の葉のように舞い踊り、捩じ切られ、バラバラのプラスチック片となって宇宙の藻屑と消えていく。

 これを好機と、バンとラミアは反転攻勢。それぞれの得物を振り上げて、混乱した敵部隊に切り込む。バンのナイフがザクの動力パイプを掻き切り、姿勢制御を失ったザクの頭に、サーペントハングが喰らい付く。

 

「オイオイオイオォォイ!〝傭兵(ストレイ・バレット)〟さんよぉ! ワケが分かんねぇのは俺の頭が悪いからかぁッ!?」

「ご心配なくッス、ゴーダのおにーさん。俺自身もわけわかんねぇ仕事してるとは、思ってるッスから」

「……味方、と考えていいのだな。〝傭兵(ストレイ・バレット)〟」

「おねーさんたちにそのつもりがあるのなら、俺は大歓迎ッスよ。何せ、今から――」

 

 横薙ぎに振ったGNフィールドブラスターが、ア・バオア・クー最下端の宇宙港を直撃。閉鎖ゲートが吹き飛ばされ、内部への突入口が開いた。

 

「――魔王の城(メインフレーム)裏口(バックドア)から突っ込んで、囚われのお姫様(・・・・・・・)を助けに行くんスからね」

 

 タカヤは素早くタッチパネルを操作、秘匿回線に通信を繋ぐ。その、接続先は――ヤジマ商事GBO企画運営室、アカサカ・ロクロウ!

 

「アカサカ室長! こじ開けたッスよ!」

『こちらでも確認をした。働きに感謝する、〝請負人(ワーカーホリック)〟サナカ・タカヤ君』

 

 アカサカの声とほぼ同時、戦場のど真ん中に超大型のカタパルトゲートが出現した。通常とは異なり、黄色と黒のストライプで彩られた巨大環状構造物。運営本部が直接戦場に介入するときにだけ使われる、緊急事態用のゲートだ。

 

『オペレーターの諸君、もう一仕事頼むぞ! ワクチンプログラム強制揚陸艦〝RE:WB(リホワイト・ベース)〟! 敵要塞に強行突入する!』

 

 ゲートが開き、レーザー誘導灯の上を滑るように出港したのは、現代風にリファインされたホワイトベース。左右両舷のメガ粒子砲で周囲のMS部隊を牽制しつつ、タカヤが穿った大穴へと突っ込んでいく。

 

『サナカ君、同行を頼む。艦の直掩をお願いしたい……あとのお二人についても、協力を願えるだろうか』

 

 リホワイトベースの艦長席に背筋を伸ばして座りながら、アカサカはバンとラミアへの通信を開いた。

 

『事情は把握しているつもりだ。特にゴーダ氏には、妹君のこと、なんとお詫びすればよいかもわからない。協力を願うなど恥知らずもいいところだと、理解している。だが、今は、どうか……』

「お姫様ったぁ、レイのことだな!? あの中に、レイがいるんだなッ!!」

 

 言うが早いか、バンは目の前のドムを蹴り飛ばしてバーニア全開、一直線に飛び出した。進路上に立ち塞がったザクを目にも止まらぬナイフ捌きで解体し、瞬く間にア・バオア・クー内部へと突入した。

 

『……ゴーダ・バン。感謝する。リホワイトベースは両舷全速、ア・バオア・クーに突入せよ!』

 

 リホワイトベースがメインバーニアを吹かし、MSやムサイの残骸をかき分けてア・バオア・クーへと歩を進めた。デュナメス・ブルーもそれに続き、やや遅れてラミアもバーニアを吹かす。

 

「……はは、油断ないッスねぇ。今も俺を撃てる位置でついてきている」

「他人に言えた身分ではないが、あのヤジマの艦が偽装で、貴様がまだイブスキの手の内だという可能性はある」

「ま、当然っちゃあ当然ッスね。その疑いは簡単に晴れないからこそ、おねーさんだって仮面を被っている。そうッスよね?」

「……言えた身分でない自覚は、あると言った」

「へいへい、自罰的なことで。んじゃあ改めて、自己紹介でもするッスかね~……」

 

 残存していた敵部隊もGNウォールビットに一掃され、リホワイトベースはほぼ無傷で宇宙港に到着した。先行するバンを追い、ラミアとタカヤも宇宙港の内部に突入する。タカヤはラミアが自身に向けた銃口を感じながら、すっと表情を引き締めた。

 

「〝傭兵(ストレイ・バレット)〟モナカ・リューナリィ……と、同時に。〝請負人(ワーカーホリック)〟サナカ・タカヤ。所属はなぜかヤジマ商事電脳警備部で、まだ未成年なんで肩書は外部特別協力員。今の俺の本当の飼い主(クライアント)は、ヤジマ商事GBO企画運営室室長、アカサカ・ロクロウ――要するに、企業の犬(スパイ)ってやつッスよ」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――手ごたえが、ない。それが、ヘルグレイズ・サクリファイスと切り結んだ、エリサの率直な感想だった。

 確かに、強い。

 機体の完成度も、ファイターとしての腕前も、超一流といえるだろう。加えて、今も機体から溢れ出す超濃度黒色粒子(オーバードーズ・システム)による圧倒的なパワー、偽装工作(ダミー&ステルス)による正面切っての奇襲(・・・・・・・・)。一撃必殺のバトルアックスに、変幻自在のビット兵器やテールブレード、異形の左腕には一体いくつの機能や兵装が隠されているのか見当もつかない。

 強い。確かに、強いのだが……

 

「――なんやけどっ!」

 

 バトルアックスの一振りを潜り抜け、シュライクをヘルグレイズの懐に滑り込ませる。鋏のように交差させた二振りの日本刀(シルールステール&ボーンイーター)で、ヘルグレイズの異形の左腕をがっちりと抑え込んだ。蠍の尾のようなテールブレードが即座に襲い掛かってくるが、エリサは右足の三刀目(タイニーレイヴン)で切り払う。

 

「メイファ!」

「ハイな! ホアチャーッ!」

 

 阿吽の呼吸、レイロンストライクの右掌が、ヘルグレイズの左肩に押し付けられる。殴ったとも言えない程度の接触、しかしその掌から攻性粒子が流れ込み、浸透し、そして炸裂する!

 

「ははッ。良いコンビネーションだ、と言って差し上げましょう。かのアーリージーニアスも使ったという粒子発勁は、黒色粒子とてプラフスキー粒子である以上、逃れ得ませんからねぇ。自身を牽制と割り切った〝双璧(フルフラット)〟の判断力は、いやはや、脱帽ものですよ」

 

 大量の武装群がプラスチック片と化して飛び散り、ヘルグレイズの左腕はひび割れたフレームが剥き出しになる。しかし、イブスキの声色に変化はない。余裕の薄ら笑いを浮かべているさまが、ありありと目に浮かぶようだ。エリサは奥歯をぎりりと噛み締めながら、二刀流を順手に構え直した。

 

「メイファ、お嬢ちゃん! 近接で押し切んで!」

「御意アル!」

「参りますわ!」

 

 大振りで叩きつけたメイファのレイロントンファーが、バトルアックスを弾き飛ばした。大きく隙を作った脇腹に、アンジェリカがビーム・フランベルジュを突き立てる。クロスエイトの灼熱化(ブレイズアップ)にも迫る高出力ビーム刃がナノラミネートコーティングを焼き切り、エイハブ・リアクターにまでその切っ先を喰い込ませた。間髪を入れず、ショットシェル・ガンナーを顔面に叩きつけ、ゼロ距離で対装甲散弾を連射・連射・連射。ヘルグレイズの頭部装甲が弾け飛び、黄色い一ツ目(モノアイ)がガラス玉のように割れ砕ける。

 

「おやおや、これはひどい損傷だ。どうしますかねぇ、ククク……」

「腹立つ余裕ネ! これも偽物アルか!?」

「だとしても! 撃ち抜くのみですわ!」

 

 アンジェリカはヘルグレイズの脇腹を掻っ捌くようにビーム・フランベルジュを振り抜き、その装甲の裂け目にさらにショットシェル・ガンナーを叩きこむ。エイハブ・リアクターは火を噴いて爆発、ヘルグレイズの胸部は大破し、千切れた首が宙を舞った。

通常ならば致命傷、間違いなく撃墜判定が下るダメージ……だがしかし、相手はヘルグレイズ。イブスキ・キョウヤの機体(ガンプラ)である。エリサはすでに追撃の姿勢に入っていた。

 

「コイツはこの程度で墜ちゃせんわ! 全身バラバラにしてやりゃああああああああ!」

「クハハ! 良いセリフですがこれでは、どちらが悪役なのやらですねぇ!」

 

 ヘルグレイズの腰から二枚の木の葉型のシールドが分離、近接型の自律兵器(ビット)と化して突っ込んでくる。エリサは狙い澄ました一閃で二枚のシールドビットをまとめて両断、続けて右足のタイニーレイヴンを振り抜きヘルグレイズを胴斬りにする。

上下に分断されたヘルグレイズは、生物的にビクリと痙攣、その機体を包んでいた黒色粒子が霧散した――その黒い靄をかき分けるように、全く無傷の(・・・・・)ヘルグレイズがバトルアックスを振り下ろす!

 

「せやろなぁッ!」

 

 悪い意味で予想通り、エリサは胸の内で悪態を突きながら、バトルアックスを切り払った。身を捻って距離を取り、入れ替わりに(スイッチして)突っ込んだユニコーン・ゼブラが、全開にしたブラックアウトフィンガーでバトルアックスを受け止め、握り潰す。

 

「卑怯者、きえちゃえぇぇえっ! やって、ユニコォォォォンっ!」

 

 振り上げたブラックアウトフィンガーを、力任せに叩きつける。空間ごと削り取るような振り下ろしの掌打が、ヘルグレイズの頭から胸部をごっそりと抉り取った。体幹部を失った手足だけがあてもなく虚空を漂う――それも、一瞬。黒色粒子の霧となって手足は消え、ユニコーン・ゼブラの背後に黄色い単眼(モノアイ)が不気味に光る。

 しかしその時にはすでに、ヘルグレイズのエイハブ・リアクターへと、レディ・トールギスが鋭い刺突を繰り出していた。

 

「ほう? さすがは〝強すぎた白雪姫(オーバーキルド・プリンセス)〟、戦闘センスが一つ上だ」

「あなたが正々堂々と戦わないことは、私たちも織り込み済みですわ」

「同じ手品を何度も見せては、はやり観客は刺激に慣れてしまいますかねぇ‥‥‥いやはや、随分と信用されたものです、私も。まったく光栄の至りですよ」

「信用? 私が? あなたを? ……ふざけるなアアアアアアアアッッ!!」

 

 アンジェリカは獣のように咆哮し、嵐のような連続刺突を繰り出す。ビーム・フランベルジュの描く陽炎の軌跡が、ほぼ壁のように見えるほどの密度で、ヘルグレイズの手を足を胸を頭を、穿ち貫く。ヘルグレイズは瞬く間にヒト型の輪郭を失い、プラスチック片へと変えられていく。

 

「クククッ、これはBadですねぇ。このままでは、削り殺されてしまいます。それでは……」

「させるかよ!」

 

 レディ・トールギスの背後に出現した新たなヘルグレイズを、シールドスマートガンの閃光が焼き尽くす。

 しかしヘルグレイズが爆発した瞬間にはすでに、ア・バオア・クーの表面に次のヘルグレイズが立っている。その腰部から二枚の木の葉型のシールドが、そして左腕の武装群から昆虫の捕食器のようなシザーズを備えたシールドが分離、肉食獣の如くセカンドプラスを強襲する。

 

「クハハ! 私はこちらなのですがねぇ?」

「っだらああああッ!」

 

 店長は雄叫びをあげ、ロングライフルの銃口からビームセイバーを噴出。喰らい付いてくるシザーズシールドを切り払う。同時、木の葉型シールドが鋭い弧を描いてセカンドプラスの背後に回り込むが、

 

「カメちゃんっ!」

 

 エリサは瞬時の判断で左右二刀(シルールステール&ボーンイーター)を投擲。シグル・サムライブレードの重く鋭い切っ先がシールドを貫き、昆虫標本のようにア・バオア・クーの表面に刺し留める。しかし、シールドたちは即座に粒子の欠片となって霧散。その瞬間にはすでに、ヘルグレイズの腰と左腕には、何事もなかったかのようにシールドが存在している。

 店長はその様に舌打ちを一つ、コントロールパネルを展開し、武装スロットを片っ端から叩きまくった。セカンドプラスに満載されたミサイル類の保護カバーが、次々と外れていく。

 

「畜生め、チートかよ! いっそ清々しいほどのクソ野郎だなオイ!」

「おやおや、心外ですねぇ。チーターなどという汚名には心当たりがありませんよ。このヘルグレイズの挙動の全ては、黒色粒子の性能によるものです。システム上できちんと認識された、ね」

「そうかよ、だがこの物量ならああああっ!」

 

 分身の類か、無限回復か、その正体はわからない。しかし、この戦いでヘルグレイズは粒子吸収や攻撃の粒子化・無効化を使ってきていない。ならば、圧倒的な火力と物量で押し込めば――店長の意図を察したアンジェリカも、ミサイルの一斉射に合わせて、速射のツイン・メガキャノンを雨霰と叩きこむ。

 大小さまざまな火球がア・バオア・クー表面に咲き乱れ、MS一機を破壊するにはあまりにも過剰な火力が炸裂する。しかし大型MAすら粉々にするであろう攻撃を叩きこんでなお、この場にいる誰一人として油断はしていなかった。エリサは回収した二振りの刀を隙なく構え、メイファとカスミも全周囲に気を張り巡らせる――と、メイファの鋭敏な粒子感覚が、ぞわりとおぞましい寒気を感じた。

 

「……エリエリ、なんかヤバいヨ。ぞわぞわ、吐き気、背中さむいネ……」

「ユニコーンも、なにか感じてるわぁ……黒色粒子が、ざわついている……!」

 

 カスミの声に、僅かに恐れの色が混じる。ユニコーン・ゼブラの黒いサイコフレームが、不規則に明滅した。

 

「ククク、やはり期待以上ですよあなた方は……戦場を、戦争を! 十分に盛り上げて、この戦いを注目に値するものにしてくれる! 感謝しますよォ、あなたがたには!」

 

 イブスキ・キョウヤにしては珍しく、高揚して裏返りかけた声。

 

「ではお見せしましょう、お出ししましょう、全世界に! ビルダーがファイターがプレイヤーが、コツコツとシコシコと馬鹿みたいに積み上げてきた努力やら熱意やらその他もろもろの全てが、無駄になる瞬間というものを! オォォバァァァァドォォォォズ! システムゥゥゥゥッ!!」

『了解。おーばーどーずしすてむ、ふるどらいぶ』

 

 冷たく温度のない、ゴーダ・レイの機械的な音声。同時、濛々と立ち昇る弾着の煙の、その奥に、ヘルグレイズの黄色い単眼がぶぉんと灯る――灯る――灯る、灯る、灯る、灯る、灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る灯る――

 

「……な……なんや、これ……!?」

 

 絶句するエリサの目の前で、煌々と輝く何十何百の黄色い単眼。弾着の煙を押し流し、洪水ように溢れ出す、液体化した高濃度黒色粒子。

 

「……これは……悪夢、ですわ……!」

 

 ア・バオア・クーの傘の端から、粘性の高いタールのような黒色粒子がボタボタと流れ落ちる。そのしずくの一つ一つから、さらに黄色い単眼が出現する。異形の左腕が、長大なバトルアックスが、黒色粒子の中からまた生まれ、さらに暗黒の粒子を吐き出す。

 悪夢から再生産される悪夢。這いよる混沌から、さらに這い出すより深き闇。その闇は、周辺宙域で戦闘中だった防衛部隊や、プレイヤー連合軍のガンプラさえも巻き込んで、飲み込んで、呑み下して、瞬く間にエリサ達を取り囲んだ。

 ア・バオア・クー宙域を、宇宙よりも黒く染める闇の群体――一万体のヘルグレイズ。

 

「わざわざ有機溶剤臭い作業スペースで、バカみたいにプラ板を削って! ガンプラなんて作る必要などないのですよ――黒色粒子があれば、オーバードーズシステムがあれば! あとはまあ、黒色粒子適性の高い生体制御ユニットがあれば、この程度のことは造作もないのですよ! クハハハハハハハハハハ!!」

 

 イブスキの哄笑に応えるかのように、ヘルグレイズたちが身震いをする。漆黒の群体が、まるで一つの生き物かのように、ぞわりと波打つ。

 

「ん、んっふ……んっふっふー……え、ええやん。ラストバトルらしくなってきたわ!」

 

 エリサは強がってみながらも、うまく笑えない自分に気づいていた。ガンプラバトルの常識を無視した、得体のしれない大群に取り囲まれているという根源的な恐怖に、コントロールスフィアを握る手が震える。汗がにじむ。

 しかしその手を、突然、大きな掌が包み込んだ。VRではない、リアルな掌の感覚。自分と同じく汗がにじんではいるが、大きく、温かく、安心する掌。

 

「……エリサ。お前は、俺が守る」

「カメちゃん……」

 

 そう、この世界では別々のガンプラに乗り込んで戦っているが……現実には、すぐ隣にいる。プレイ中のホログラムの中に手を突っ込むなんて、手を握るなんて、GBOプレイヤーとしては重大なマナー違反。だが、今は、それでも――この掌が、この温度が。闇を振り払う、勇気をくれる。

 エリサはぶんぶんと頭を振って玉のような汗をまき散らし、にやりと口の端を釣り上げて叫んだ。

 

「いっくでぇ、野郎ども! イブスキのダボが何しようとも、黒い粒子の最後の一粒までぶった斬るだけや!」

 

 二刀流を逆手に構え、AGE―1シュライクは漆黒の大群へと突っ込んでいった!

 

「AGE-1シュライク・フルセイバー! 〝双璧(フルフラット)〟アカツキ・エリサ! 強襲するで!」

「みんな、エリサに続くぞっ! 撃ちまくって斬りまくって全機まとめてブチのめせええッ!!」

「ええ、参りますわ!」

「やってやるアル! ゥアタアアアアアアアア!!」

「いくわよぉ、ユニコォォォォォォォォン!!」

 

 バーニアの光をきらめかせ、それぞれのガンプラが飛び出していく。迸るビームの閃光が闇を振り払い、流星が夜空を裂くように、漆黒の大群を切り裂いていく。

 店長は超重装備のセカンドプラスに関節がきしむような曲芸飛行を繰り返させながら、トリガーを引き続けた。シールドスマートガンが数機のヘルグレイズをまとめて吹き飛ばし、爆発に吹き散らされた黒色粒子の隙間から、ア・バオア・クーの表面がわずかに露出する。

 

(これだけの大群、ア・バオア・クーの中にも相当数がいるはずだが……大将首は任せたぜ、爆撃のねーちゃん、ナノカちゃん、エイトの坊主……ドライヴレッド!)

 

 その岩塊の奥深くで、今まさに敵の首魁に肉薄しようとしているはずのエイトたちの勝利を信じ、店長はシールドスマートガンの次弾をチャージし始めるのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 宇宙要塞ア・バオア・クー、最深部――中央格納庫、超巨大エアロック。来るものすべてを拒むかのように立ち塞がる重厚な円形扉を前にして、ナツキの爆撃に迷いはなかった。

 

「さァ、引き籠り魔王サマにお目覚めのバズーカだ! ブチ撒けるぜェェッ!」

 

 二門のマスター・バズが同時に火を噴き、超大型徹甲榴弾がエアロックを直撃。頑強極まる分厚い装甲板を、木端微塵にブチ撒けた。凄まじい爆熱と爆風が噴煙を巻き上げ、一瞬、視界が塞がれる。

 

「さすがです、ナツキさん! これで、この奥に……!」

「……トウカが、いる……!」

 

 低くつぶやくナノカの声色に、焦りを押し殺したような響きが混じる。立ち昇る噴煙の真ん中へ、レッドイェーガーがGアンバーの銃口を向けた。ナツキはモニター越しにナノカへと軽く頷き、マスター・バズの弾倉を入れ替える。

 

「終わらせましょう、この戦いを。僕たちで!」

 

 エイトは静かに、力強く言い切った。クロスエイト・フルブレイズはその言葉に応えるように、ヴェスザンバーを抜刀した――直後!

 

「もう終わりなんてツレないなあ!」

 

 噴煙を突き破る、黒紫の爪牙! 

 

「待たせてくれたね、アカツキ・エイトぉぉ!」

 

 それはまるで大蛸の触腕。鋭利な鉤爪を備えた八本のクロ―アームが全方位からクロスエイトを囲い込み、襲い掛かり、喰らい付く!

 

「くあっ!?」

 

 咄嗟にヴェスザンバーを割り込ませ、鋭い爪から身を守る。しかしがっちりと咥え込まれたクロ―を引きはがすには及ばず、クロスエイトは一瞬のうちに薄暗い噴煙の奥へと引き摺り込まれてしまった。

 

「エイト君っ!!」

「エイトォッ!!」

 

 弾かれたように飛び出した二人の前に、漆黒の大津波が溢れ出してきた。その顔面に黄色いモノアイを輝かせる、黒い異形のモビルスーツたち――ヘルグレイズの大群!

 

「邪魔すんじゃねェェッ!」

 

 イブスキのガンプラが何体も現れたことに面食らうが、ナツキは即座に気合を入れなおしマスター・バズを連射。要塞の隔壁すら吹き飛ばす爆発力が、ヘルグレイズの巨体をバラバラに吹き飛ばす。その爆破火球の僅かな隙間を縫うように翔け抜け、レッドイェーガーがア・バオア・クー最深部へと突入した。

 

「何のつもりだ、トウカ! 決着をつけると言って、不意打ちをするのか!」

「不意打ちとは失礼だね、ナノカ」

 

 要塞最深部、中央格納庫――宇宙世紀本来の姿ならば無数のジオン系MSで埋め尽くされていたであろうその場所は、壁一面にびっしりと並べられたヘルグレイズによって、真っ黒に染め上げられていた。その黒い群体の中央、剥き出しの鋼材が乱雑に組み上げられただけの玉座の上に、トウカは――GBOJランキング第一位〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟デビルフィッシュ・セイバーは、不敵に足を組み、座していた。

 

「キミたちが突入してきたのと同じさ、斬首戦法だよ。敵の首魁を真っ先に殺す――キミたちの場合は、アカツキ・エイトがそれだ。あの燃え盛るガンプラの力だけが、黒色粒子に対抗しうるんだろう?」

「トウカぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 ナノカは叫び、出力に任せてGアンバーを乱射乱撃。狙いも何もないように見えて、そのビームの軌跡は吸いこまれるようにデビルフィッシュ・セイバーへと降り注ぐ。しかし、次から次へと飛び出してくるヘルグレイズの群れが壁となって全てのビームを受け止め、通さない。

 

「加勢するぜ赤姫ェ! エイトをどこへやったこの引き籠り野郎ォォッ!」

 

 入り口をふさぐヘルグレイズの残骸を蹴り飛ばし、ナツキも格納庫へと飛び込んだ。突入と同時、両足の十連装ミサイルポッドを全弾斉射。さらに数体のヘルグレイズが爆散するが、トウカに攻撃は届かない。

 

「ふふっ……焦らないでよ。心配しなくても、アカツキ・エイトを殺すのはこれからさ」

 

 酷薄な笑みを浮かべるトウカに応え、デビルフィッシュ・セイバーが人間じみた仕草で指を鳴らした。同時、トウカの玉座を中心とした半径数十メートルの範囲に、大量の黒色粒子が渦を巻いて溢れ出し、竜巻となって巻き上がる。広いドーム状の天井に向けて荒れ狂う黒色粒子の竜巻の目に乗って、デビルフィッシュ・セイバーはふわりと浮き上がった。

 

「おいコラァ! ラスボスぶってフィールドギミックに頼ってんじゃねェぞ、降りてきて殴りあえやァッ!」

「……いや、待つんだビス子!」

 

 マスター・バズを振り上げたナツキを、ナノカは声で制した。

 

「ンだよ、赤姫!」

「エイト君だ!」

 

 黒い竜巻の中にいるのは、腕組みをしたまま上昇していくデビルフィッシュ・セイバーだけではない。その背後には、黒紫の八本腕の中に獲物を――拘束を振りほどこうともがくクロスエイトを拘束する、デビルフィッシュ・バインダーが付き従っている。

 ヴェスザンバーをクローとの間に捻じ込んだおかげで、手足を捩じ切られるような損傷はないようだ。しかし、強力無比な八本もの触腕に捕らわれてしまっては、パワーに劣るクロスエイトに振りほどくのは難しい。ブレイズ・アップが使えるのならまだしも、この戦いが始まってからまだ一戦も交えていなかったクロスエイトに、そこまでの熱量は蓄積されていない……ナノカは眉間にしわを寄せ、ギリリと奥歯を噛み締めた。

 その様子を酷薄な笑みで睥睨しつつ、トウカはゆっくりと、ドームの天井へと上昇していく。

 

「……彼はもらっていくよ、ナノカ。と、あとついでのもう一人」

「誰がついでだコラァ! ぶち撒けるぞテメェッ!」

 

 ドッ、ゥゥン! ナツキの怒鳴り声と同時に、Gアンバーの銃声が響く。デビルフィッシュ・バインダーの関節部を狙いすました一撃はしかし、黒い粒子竜巻の風圧に弾かれ、掻き消されてしまう。

 

「……ッ! だったら、極大放射(フルブラスト)モードで!」

「それは無粋だよナノカ。……ヘルグレイズ!」

 

 トウカの声を受けて、無数のヘルグレイズ達が猛獣じみた挙動で飛び掛かってきた。連携も何もない数に任せた四方八方からの攻撃に、ナノカとナツキは回避機動を余儀なくされてしまう。

 

「黒色粒子に対抗しうるキミたちの最後にして唯一の希望は、このボク自らが打ち砕いてやるのさ。だからナノカ、キミはそこのお友達と一緒に、イブスキの劣化版どもと遊んでいればいいんだよ」

 

 竜巻の根本にばら撒かれた鋼材の山の中から、突如として、漆黒の大剣が飛び出してきた。デビルフィッシュ・セイバーの専用武装、ソード・デュランダルである。竜巻の中心を貫くように駆け上がったソード・デュランダルは、そのままの勢いでドームの頂点を撃ち抜き、天井にはMSが楽に通り抜けられるほどの大穴が穿たれる。

 

「さあさあ、アカツキ・エイト君。決戦の舞台にご案内だ――見て、そして知るといいよ、ナノカ。希望が打ち砕かれる瞬間の気持ちを――約束が、破られる瞬間の気持ちをさ」

 

 撃っても撃っても、次々と視界を塗りつぶすように飛び掛かってくるヘルグレイズの群れを振り払いながら、ナノカは呼んだ。エイトの名を、トウカの名を、喉も裂けんばかりに大声を張り上げた。しかし、デビルフィッシュ・セイバーも、囚われのクロスエイトも、黒い竜巻とともに大穴の奥へと飲まれ――そして、消えた。

 

「――ッああああああああああああああああ!!!!」

 

 肺に残ったすべての空気を叩きつけるように、ナノカは叫んだ。Gアンバーの銃身で目の前のヘルグレイズを横殴りに吹き飛ばし、ヴェスバービットを狙いもつけずに無茶苦茶に撃ち放ち、そしてヘルメットを引き千切るように脱ぎ捨て、コクピットの床に叩きつけた。

 

「まただ! また、私は……私はああああああああ!」

 

 血を吐くように絶叫するナノカの脳裏に、クローズド・ベータでの苦い記憶がよみがえる。

 必ず守ると言った、トウカとの約束。イブスキ・キョウヤの奸計に巻き込まれ、利用され、汚されてしまったトウカとの約束。トウカの心に影を落とし、仇敵であるはずのイブスキと協力するまでに歪ませてしまった、あの約束。

 ぐちゃぐちゃにかき乱されたナノカの内面をそのまま反映したかのように、ヴェスバービットが暴力的に飛び回り、無秩序に重粒子ビームをまき散らす。粒子残量も配分も無視したような破壊力の奔流が荒れ狂い、ヘルグレイズの群れを薙ぎ払っていく。

 

「お、おい赤姫ェ! オレまで巻き込む気かよ、オイッ!」

 

 飛び掛かってきたヘルグレイズの顔面にGアンバーの銃口を叩き込み、そのままトリガーを引く。撃つ。撃つ、撃つ、撃つ撃つ撃つ撃つ。左腕のシザーズを振りかざして突っ込んできたヘルグレイズに、拘束用ビームフィールドを照射、身体の自由を奪い、Gアンバーを槍のように突き刺し、そして撃つ、撃つ、撃つ。胴体を撃ち抜いても、さらに撃つ。敵がボロ雑巾のようになっても、まだ撃つ。動かなくなったヘルグレイズをぶら下げたまま銃身を振り回し、辺りかまわず撃つ。手当たり次第に撃つ。撃つ、撃つ、撃つ、撃つ、撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ。

 

 ――ただ、ガンプラが好きなだけだった。トウカが考えて、私が作る。プラスチックの粉なんて飛び散らせるわけにはいかない病室でも大好きなガンプラができるように、二人で支え合っていた。

だからGBOの話を、「病院でもできるガンプラバトル」の話を父から聞いた時には、一も二もなく協力を申し出た。トウカと一緒に戦った。トウカと相対して戦った。トウカの社会復帰のきっかけになればと……最初は、画面越しでの関わりでもいいから、病院以外の世界に触れてくれればと……クローズド・ベータに参加した。

そして、全てを失った。

 

「ボケてんなよ赤姫ッ、危ねェぞッ!」

 

 レッドイェーガーの背後、今まさにバトルアックスを振り下ろそうとしたヘルグレイズに、ドムゲルグが全体重を乗せたショルダータックルをぶちかました。追い打ちにマスター・バズをぶち込み、数機まとめて吹き飛ばす。しかしレッドイェーガーは、そんなドムゲルグの援護に気付いているのかいないのか、ただひたすらにGアンバーを手近な敵に撃ち込み続けていた。

 

 ――脳裏に浮かぶのは、守れなかった約束。汚された約束。裏切られた約束。

でも、それでも、諦められなかった。だから、探した。可能性という名の、人だけが持つ希望を信じて。GBOのフリーバトルで。GP-DIVEのバトルスペースで。放課後の部室で……そして、見つけた。

 彼となら、やれると思った。

 絶望的な実力差のある相手にも、真っ直ぐにぶつかっていく彼となら。

 粗削りなダイヤの原石にも似た輝きを、彼に感じたから。

 彼となら、エイト君となら、やり遂げられると思った。

 トウカとの約束を繋ぎなおせる。

 トウカを包む分厚い闇を、焼き払えるはずだと。

 二人なら。エイト君と、二人なら、と。

 でも、ダメだった。

 私とエイト君の二人でも、トウカを救えな――

 

「目ェ覚ませバッッカ野郎がアアアアアアアアッッ!!」

 

 バチィィィィィィィィンッ!!

 鮮烈な破裂音が、ナノカのすぐ耳元で響いた。何が起きたのかもわからず、目の前に星が飛ぶ。一瞬遅れて、痛みが来た。仮想現実(ヴァーチャル)などではない、生身の痛み。右の頬がじんじんと、痛いを通り越して熱い。

 

「え、あ……!?」

「ンだァ、まだしゃっきりしねェのか!? もう一発イっとくか、このバカ姫がァァッ!」

 

 グイっと、胸ぐらをつかみ上げられる感覚。ヘッドセットをむしり取られ、目の前にドアップで表れたのは、頬を赤く上気させたナツキの顔だった。

 

「……び、ビス……子……!?」

「ようやくお目覚めかよォ、このバカ姫ェ!」

 

 投げ捨てられたヘッドセットから、被弾を知らせるアラートが鳴る。しかしそれは、自機ではなく、仲間の被弾――ドムゲルグがレッドイェーガーに覆いかぶさり、盾となってくれている。

 

「説教がいるかァ? それとも長いモノローグにでも突入するかァ!? お望みならもう一発でも二発でも、テメェのその細っこい顔面にグーパンぶち撒けてやってもいいンだぜ。さ、どうするよォ、アカサカ・ナノカ!」

 

 ほぼゼロ距離で顔と顔とを突き合わせたまま、ナツキはにやりと口の端を吊り上げて、野性的な笑みを浮かべて見せた。

 ナノカは、自分を恥じた。「二人なら」などと、悲劇の姫君を気取っていた、自分を。

 私は、私たちは、一人でも二人でもない。

 私は姫君(ヒロイン)なんかじゃない。私は猟兵(イェーガー)だ。針の穴のような可能性すら射抜いて見せる、戦場の猟兵だ。そして、エイト君は騎士だ。希望という名の紅蓮を纏い、その翼で戦場を翔け抜ける、太陽の騎士だ。そして――そして、彼女は。

 

「……ムードメーカーの重装歩兵、ってところかな」

「あン? 急に何言ってやがる。やっぱりもう一発、イっとくかァ?」

「ふふっ、それには及ばないよ――ありがとう、ナツキ!」

 

 ナノカは床に落ちたヘッドセットを拾い上げ、ぐっと力を込めて装着した。瞬間、視界に広がるのは、自分をかばって盾になるドムゲルグの大きな背中。そして耳障りな大音響とともに次々とバトルアックスを振り下ろす、ヘルグレイズの大群。

 

「ごめんよ、待たせたねレッドイェーガー……さぁ、始めようか!」

 

 ナノカの気勢に応え、レッドイェーガーの四ツ目式カメラアイに、燦然と光が灯る。糸が切れたように漂っていたヴェスバービットが一瞬にして鋭敏な機動を取り戻し、高々とバトルアックスを振り上げた十数機ものヘルグレイズの、その柄を掴む手だけを正確無比に撃ち抜いた!

 

「ナツキ、頼むよ!」

「任せなァ、ナノカァァッ!」

 

 文字通り、攻撃の手を失ったヘルグレイズの群れに、ドムゲルグは追い打ちのシュツルムファウストを発射。スパイクシールドの裏に懸架した全四発を一斉射し、巨大な火球が四連奏で花開く。ヴェスバービットはその火球の外側から弧を描いて回り込み、速射重視の鋭いビームの雨を降らせる。同時、くるりと軽やかに跳躍したレッドイェーガーが、まるで二丁拳銃のような気軽さで構えた二門のGアンバーを、ヘルグレイズの群れに向ける。その銃口に収束する粒子の輝きは、明らかに通常の射撃モードのそれではなかった。Gアンバー最大の火力を発揮する、極大放射(フルブラスト)モード。それが二門同時に!

 

両極大射撃(ツイン・フルブラスト)は私自身も初めてなんだ……一瞬で終わるのだけれど、恨み言はなしでお願いするよ!」

 

 ドッ、ドッウゥゥゥゥヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!

 解き放たれた光の洪水が、空間を満たす黒色粒子を押し流していく。一瞬にして数百機ものヘルグレイズが光の藻屑と消え、ドーム内の黒色粒子濃度までもが激減した。それにより、ドームの床から天井までを柱のように貫いていた黒色粒子の竜巻までもが、その勢いを大幅に弱め、ほぼ消えかけるまでになった。

 ソード・デュランダルで撃ち抜かれたドーム頂点の大穴が、はっきりと目視できる。しかし瘡蓋が傷をふさぐように、ヘルグレイズの群れが昆虫じみた四足歩行で天井に張り付き、自身の体で大穴を塞いでいく。

 

「ハッハァ! この木偶人形ども、わざわざあそこが突破口だって教えてくれてるぜェ! イケるなァッ、ナノカ!」

 

 ナツキはマスター・バズの同軸ガトリング砲で弾幕を張り、天井に張り付くヘルグレイズ達を次々と削り落としていく。真っ逆さまに落下し、鉄屑同然になりながら掴みかかってきたヘルグレイズを蹴り飛ばし、踏み潰し、それを踏み台にして跳躍し、肩部シールドスラスター裏のグレネードランチャーを撃ち放つ。爆発と弾幕のゴリ押しで薄くなった大穴の瘡蓋に、ヴェスバービットが猛禽の如く喰らい付く。

 

「ああ、やれるさ。私たちなら!」

 

 ナノカはGアンバーをバックパックに懸架、両手に二丁のビームピストルへと装備を変え、舞い踊るような近接銃撃戦闘を展開した。バトルアックスを潜り抜けて脇腹に接射、テイルブレードを飛び越えて背面射撃、突き出されるシザーズを華麗に身を捻って回避、ほぼ同時に裏拳打ちを顔面に叩きこむような動きで零距離射撃。周囲を取り囲んで一斉に飛び掛かってくるヘルグレイズ達の頭上に、一瞬にして集結したヴェスバービットから重粒子ビームを降り注ぐ。

 次々と連鎖する爆発、吹き荒れる爆風と爆炎。そのどす黒い噴煙を突き破るようにして、レッドイェーガーの目前にヘルグレイズが飛び出してくる。だがその横っ面にドムゲルグの巨大な足裏がぶち込まれ、ヘルグレイズはガラス細工のように砕け散りながら吹き飛んでいった。

 ナノカとナツキは通信ウィンドウ越しに視線を交差させ、互いにニヤリとした笑みを交わし合った。そして、レッドイェーガーはクルクルとビームピストルを手先で回転させ、ドムゲルグはマスター・バズを力強く振り上げた!

 

「〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟アカサカ・ナノカ! レッドイェーガー・フルアームド!!」

「〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ヒシマル・ナツキ! ドムゲルグ・デバステーター!」

 

「「戦場を、翔け抜けるッ!!」」

 

 




第五十話予告

《次回予告》


 燃え上がれ。燃え上がれ。燃え上がれ、ガンダム!



 ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第五十話『奇跡の逆転劇』



 ――その時、少年は太陽となった。



◆◆◆◇◆◆◆



 本当に長いお休みとなってしまいまして、申し訳ありませんでした。
 なんとか再開です。そして次回は第50話。50+エピローグでこの物語は終了の予定です。最後までお付き合いいただければ幸いです。

 それはそうと、始まりましたねビルドダイバーズ。こんなにも拙作とネタ被りをしているとは……新作発表前までは「ガンプラバトルオンライン」と検索すれば拙作が十ぷに出ていたのですが、それもいまや昔。さっき検索してみたら、ガンダムバトルオンラインか、ビルドダイバーズが検索上位に。万が一の可能性として、まさか拙作が元ネタ……!? 監督かスタッフが拙作を読んでいた……!? ……さすがにそれはないか。もしそうだったら狂喜乱舞していたのですが。スタッフの方、もし読んでいるのならご一報ください!!(笑)
 ガンプラ+オンゲという発想だと、だぶん同じような結果になるのだろうな、と自分で自分の心を落ち着かせております。わ、私は三年前から書いてたんだからねっ!!
 あんまり色々と書くのも気持ちよくないので、この話題はこのぐらいで。

 兎も角、大変お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。第50話も頑張って書きます。今後ともよろしくお願いします。



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Episode.50 『奇跡の逆転劇』

 大変長らくお待たせいたしました。GBFドライヴレッド、第50話です。
 いつもの倍近い文章量となっていますが、GBOと黒色粒子を巡る戦いに、決着をつけます。
 どうか最後までお付き合いください。


 宇宙要塞ア・バオア・クーの最下端。宇宙港の最奥部、超大型のエアロック。分厚く頑強な装甲版の集積体であるのその扉が、メガ粒子砲の熱量にさらされてまばゆいばかりに赤熱化し、白熱化し、今にも弾け飛ぶかというほどに膨張した――そして!

 

「総員、対ショック姿勢! RE:WB(リホワイト・ベース)、全艦全速! 突っ込めええっ!!」

 

 ドッボオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!

 軟化し溶けかけた鉄板を勢いと質量に任せてぶち抜いて、RE:WBの巨体が宇宙港最奥部へと突っ込んだ。赤く灼け溶けた金属が滝のように飛び散り、港内設備を滅茶苦茶に壊していく。

 

「最終エアロック、突破しました!」

「艦体の損傷甚大、これ以上の航行は不可能です!」

 

 しかし、ここまでの防衛部隊との戦闘で大きなダメージを受けていた上に、ほとんど座礁同然に宇宙港へと突っ込んだことで、RE:WBはもはや大破着底と大差ない状態となっている。突入の衝撃で艦長席から放り出されていたアカサカは、オペレーターたちの悲鳴のような損害報告を聞きながらも、にやりと少年じみた笑みを浮かべて立ち上がった。

 

「だが、ついにここまで来た」

 

 艦橋のメインモニターに映るのは、宇宙港の壁面に埋め込まれるようにして設置された、巨大な円盤と箱。外付けHDDの外装を透明プラで作ったらこうなるであろうというような、一見して大規模な情報集積体であると推測できる構造物。

 

(イブスキに奪われたGBOメインサーバーの15%……これを奪還できれば、ゴーダ・レイの居場所を特定できる! このバカげたゲームも、これで終わりを……!)

 

 その構造物は、GBOの開発責任者であるアカサカの他には、ヤジマ社内でもごく限られた人間しか知らないはずの、GBOメインフレームに直接干渉しうる裏道(バックドア)。今回の騒動でイブスキがごく一部とはいえGBOを掌握できたのは、このバックドアの存在を知られていたからに相違ない。なぜ、どこから、情報が漏れていたのか……それはもはや、ヤジマ法務部の仕事だ。とにかく、今は、ゴーダ・レイの安全確保が先決。

 アカサカはすばやく艦長席のコンソールを操作し、管理者権限を発動。RE:WBの格納庫内に、バックドアへのアクセスキーを実体化。白い銃弾の形をしたそれを、格納庫内で待ち構えていたガンプラの手が、がっしりと掴み取った。

 

「……頼んだぞ!」

「了解ッス!」

「これでレイを救えるのならッ!」

「この身を賭して、罪を償うのみだ!」

 

 傾き座礁したRE:WBの格納庫が開き、三機のガンプラが飛び出した。

 太陽炉は焼け付き、左のバックパックを失っているケルディム・ブルー。満身創痍で、最後の一本となった大型ナイフを振りかざすヘビーナイヴス。ズタボロのABCマントを翻し、アームの千切れたサーペントハングを直に手に持って構えるサーペント・サーヴァント。

 バックドアへの脅威を検知したシステム側が防衛機構を作動するが、すでに黒色粒子に侵されていた防衛システムは変貌。壁や天井の隙間という隙間から溢れ出してきた大量の黒色粒子がまるで粘土細工のように混ぜ合わされる。そして数秒、黒色粒子はバックドアそのものを取り込んで、全身を黒く塗りつぶされたデビルガンダムを顕現させた。同時、宇宙港内の千切れたケーブルや設備の残骸を黒色粒子が取り込み、無数の触手(ガンダムヘッド)へと変化する。

 

『サセナイ……カエレ……クルナ、カエレエエエエエエエエエエ!!』

 

 真空の宇宙空間にも関わらず、身体ごとびりびりと震わせるようなデビルガンダムの咆哮。その叫びは低くドス黒い声質に変えられてはいるが、バンには痛いほどにわかった。その声が、元はレイのものであることが。

 レイの、「助けて」という叫びが。

 

「レイを! 俺の妹を! 返しやがれぇッ、このクソ野郎がああああッ!!」

 

 バンはフットペダルを限界まで踏み込み、ヘビーナイヴスを最大加速。蛇のようにのたうつ無数の触手(ガンダムヘッド)を切り裂き切り払い蹴り飛ばしながら、一直線にデビルガンダムへと突っ込んだ。

 

「私も行くぞ、ゴーダ・バンっ! はああああっ!」

 

 ラミアは右手に構えたサーペントハングを振りかざし、バンに続いた。ずらりと並んだハングの牙(アーマーシュナイダー)はまだ生きており、喰らい付いた触手を片っ端から噛み砕き、食い千切っていく。

 

「ぐうオオオオオオオオオッ!!」

「はああああああああああッ!!」

 

 喰らい付いてきたガンダムヘッドから紙一重で身を躱し、脳天にナイフを突き立てる。その横っ面にサーペントハングで喰らい付き、引き千切って前へ。真正面から突っ込んできたガンダムヘッド眼窩にナイフを突き立て、魚を掻っ捌くように刃を押し切って両断。黒い粒子を血のように噴き出すガンダムヘッドを蹴り落とし、加速して前へ。大口を開いて食いついてきたその口内にサーペントハングを突っ込み、内側から食い破って前へ。切り裂いて前へ! 突き立てて前へ! 噛み千切って前へ! 前へ、前へ、前へ!

 

「ハハッ、良いコンビネーションじゃねぇか、俺たちはよ! なあ、ラミア!」

「……私が道を間違えなければ、そんな未来もあったのかもな……せいッ、はああッ!」

『イヤァッ、ヤメテエエエエエエエエエエエエエエッ!!』

 

 そして目前に迫ったデビルガンダム、その両腕がダークネスフィンガーの如き紫電を纏って、バンとラミアを左右から挟み込み、叩き潰す!

 

「走りすぎッスよ!」

 

 ガキィィンッ! ドヒュ、ドヒュゥゥンッ!

 GNウォールビットが二人の左右に強固な(フィールド)を形成、同時にほぼ速射のような狙撃が、デビルガンダムの肘関節を左右同時に射抜いた。ダークネスフィンガーの圧力が、一瞬、弱まる。

 

「助かるぜ!」

「流石だ、〝傭兵(ストレイバレット)〟!」

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 悲痛に響く、デビルガンダムの絶叫。ダークネスフィンガーの出力が爆発的に増大し、耐え切れなくなったGNウォールビットが火花を散らして弾け飛んだ。しかしその出力にデビルガンダム自身も耐え切れなかったのか、その両腕は射抜かれた肘から先が砂のように崩壊する。

 

「お二人さん、無事ッスか!?」

「応よッ、ここで墜とされてたまるか!」

「まだ、私は戦わなくてはならんのでな!」

 

 血のように噴出する黒色粒子をかき分けて、バンとラミアはデビルガンダムのボディに取り付いていた。密着しての刺突を繰り返し、デビルガンダムの全身を這い回るケーブルを次々と切断、黒色粒子の大量出血による機能停止を狙っているようだ。

 

(バックドアが露出すれば……アクセスキーを直に撃ち込んで……っ!)

 

 瓦礫とプラスチック片と黒い粒子とが雨霰と吹き荒れる中、タカヤは宇宙港の天井に膝射姿勢で着地しGNスナイパーライフルを構えた。そして本来は必要ないボルトアクションで、アカサカから託された〝白い銃弾(アクセスキー・バレット)〟を装填する。

 

(どこだ……どこだ、どこだどこだ……!)

 

 ケルディム・ブルーの眼前にフォロスクリーンが展開し、タカヤの前にも狙撃用デバイスが出現した。タカヤはガンダム00劇中のロックオン・ストラトスさながらの鋭い視線で、照準越しの目標を睨みつける。

 

(あのデビルガンダムはバックドア自体を取り込んでいる……だとすれば、狙い撃つべきポイントは、デビルガンダムそのものの核と同じ……つまりは!)

 

 タカヤの銃口がデビルガンダムの胸部中央、レンズ状のクリアパーツを捕らえたのと同時、バンとラミアもその部分へと大型ナイフとサーペントハングを振り下ろしていた。

 

「うおおおおおおっ!」

「はああああああっ!」

 

 分厚い刃がメキメキと装甲を裂き、ハングの振動刃が火花を散らして傷口を裂き広げていく。

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 劈くようなデビルガンダムの悲鳴、その奥に感じられる妹の声色に胸を掻き毟られるように思いながらも、バンは両手に込めた力を緩めなかった。狂ったように噴き出す黒色粒子の返り血を浴びながら、傷口をこじ開け、デビルガンダムの奥深くに隠された核を引き摺り出そうと、より一層ナイフの切っ先を捻じ込んでいく。

 

『イダイイィィツ! ヤメデェェエエエエエ! イダイヨオオオ! イヤアアアアアア!』

「すまん、レイ! 耐えてくれ、もうすぐ、もうすぐだから……ッ!!」

「……見えたッ、コアだ!」

「こいつか……こいつが、レイを縛ってんのかぁぁッ!」

 

 ナイフとハングで抉じ開けた装甲の裂け目の奥、どくどくと流れ出る黒い粒子の奥に、先ほどの透明なケースに入ったHDDのようなものが、露出していた。バンは片側だけ生き残っていた頭部バルカンを全弾連射、透明なケースを粉々に撃ち割った。

 

『ヒギイアアアアアアアア!!!! イダイヨォオ、イダイイイイイイイ!』

 

 断末魔のような絶叫、最後のあがきとばかりにデビルガンダムが身をよじり、暴れまわる。DG細胞による異常な速度の自己再生も始まり、コアを露出させた傷口が、凄まじい速度で塞がろうとし始めた。バンとラミアは悲鳴を上げる機体に鞭打ってデビルガンダムにしがみつき、もはや武器も投げ捨てて塞がろうとする傷口を両手で力ずくに押し広げた。

 

「ぐっ、おおっ! た、頼むサナカ・タカヤ! 終わらせてくれっ、レイを解放してやってくれぇぇぇぇっ!!」

「撃てええええっ! サナカ・タカヤあああああああっ!」

「了解ッス!」

 

 バンとラミアの熱い叫びを受けて、タカヤの精神は極限まで澄み渡った。スコープに映る粒子の一飛沫、のたうち暴れまわるデビルガンダムの動き、その全てがスローモーションに感じられる。イブスキ・キョウヤは許せない。ゴーダ・レイへの仕打ちも、GBOを壊そうとしていることも。そして、仕事のためとはいえ、奴の悪事を暴くためとはいえ、少なからずそれに手を貸さざるを得なかった、自分自身も許せない。

 タカヤの胸中に渦巻く様々な思いは熱い怒りとなって全身を巡り――しかしそれは、冷徹極まりない正確無比な狙撃となった。

 

「――目標を、狙い撃つ!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 渦巻く黒色粒子のトンネルを抜けると、そこは漆黒の夜だった。

 宇宙要塞ア・バオア・クーの上部、傘のような形の岩塊の上。本来ならばそこから望む景色は、濃紺の宇宙空間に浮かぶ無数の星々といったものだったのだろう。

 だが、今は、違う。

 デビルフィッシュ・バインダーの拘束から放り出されたクロスエイトを見下ろすのは、無数の濁った黄色の単眼(モノアイ)。全天周を埋め尽くすのは濃紺の宇宙ではなく、漆黒の闇――否、べったりと塗り込めたような黒色粒子。それらは、一万体のヘルグレイズのなりそこない(・・・・・・)。単眼とボディの一部だけが実体化し、他の部分はまだ濃い液状の黒色粒子のまま。それはさながら、宇宙空間を漂う、無名にして無謀の混沌。まだらに輝く濁った黄色の星々に彩られた、宵闇の深宇宙。

 

「ボクたちの決戦に相応しい舞台だ……とは、思わないかい。アカツキ・エイト君」

 

 その混沌を愛でるかのような、場違いに落ち着いた声色。クロスエイトに数秒遅れて、デビルフィッシュ・セイバーはトンネルから悠々と上がってきた。その背中にはすでにデビルフィッシュ・バインダーが装着され、八本のアームがゆらゆらと蠢いている。

 

「アカサカ・トウカ……さん……」

「このなりそこない(・・・・・・)どもの壁の向こうでは、いまだにキミのお仲間たちが必死の抵抗を続けている。この足の下でも、ナノカと猪女が戦い続けている……でも、ここには二人だけだ」

 

 ゆったりと、余裕の態度で腕組みをしていたデビルフィッシュ・セイバーが腕を解き、人差し指で自分とクロスエイトとを指し示す。

 

「そう、二人だけ……ボクと、キミだけだ」

「…………」

「そう睨まないでよ、アカツキ・エイト君。心配しなくても、この戦いにだけはイブスキの奴も干渉させない。絶対にさせない、それはボクも許さない。そういう契約なんだよ、ボクとあいつとの間では」

「…………」

「つまりボクは、こう言いたいのさ――何の邪魔も入らない、一対一だよ、ってね」

 

 トウカの言葉と同時、上空から長大で無骨な金属塊が落ちてきて、計ったようにデビルフィッシュ・セイバーの右手に収まった。それは、デビルフィッシュ・セイバーの主武装、強靭にして鋭利な実刃大剣と強力無比な黒色粒子砲(ガルガンタ・カノン)を備えた複合兵装〝ソード・デュランダル〟。MSの全長を大きく上回る大型武器の超重量もまるで意に介さず、トウカはそれを軽々と脇に構えた。

 

「僕は、ナノさんとあなたとの約束のために、ここまで来ました……」

 

 エイトはコントロールスフィアを静かに捻り、武装スロットを選択。クロスエイトはゆっくりと背中に手を回し、バックパック下部からビームサーベルの柄を引き抜いた。しかしビーム刃は展開せず、フルブレイズ・ユニットとして追加した大型ウィングユニットへと、ビームサーベルを接続した。ビーム刃発振部がウィングユニットとがっちりと接合、大きく展開していた翼が一つにまとまり、一振りの巨大な剣となった。

 

「……でも、それだけじゃない」

 

 粒子燃焼効果転用灼熱斬機剣(ブレイズアップ・ツヴァイハンダー)モルゲンロート(真紅の暁)〟。

 F91の系譜を引き継ぐ小型機であるクロスエイトが構えるには余りにも不釣り合いな超大剣を、しかし力強く、威風堂々、エイトは迷いなく正眼に構えた。その切っ先は真っ直ぐにデビルフィッシュ・セイバーを指向して、小動もしない。

 

「ふふ、頼もしいじゃあないか。約束、ねぇ……ま、ナノカたちが下を突破できるなら、そうさ、助けてもらえばいい。けれどボクは、できればキミと……邪魔者抜きで、やりあいたいなあ……?」

「僕はいつだって、全力を尽くすだけです。あなたに勝って、このゲームを決着させます」

 

 赤と黒、太陽と深淵。クロスエイト・フルブレイズとデビルフィッシュ・セイバー。エイトとトウカ。対照的な二機のガンプラとファイターが決戦に選んだ武器は、奇しくも双方共に大剣。一撃必殺の破壊力を秘めた二振りの刃を向け合いつつ、両者はじりじりと間合いを動かし始めた。

 

「ナノさんが、ナツキさんが……GBOを愛するすべての仲間たちが、僕をこの場に立たせるために戦ってくれた……戦って、くれているんです。だから、僕は!」

「ひゅー、随分と熱いねぇ。それがキミの強さかい、アカツキ・エイト君。その熱量はボクにはないものだ……なくされた(・・・・・)、ものだ。そんなにも無邪気に仲間なんて言える少年時代っていうのは、羨ましくて、妬ましいじゃあないか」

「そうやって冷やかすのなら、なぜあなたは〝不動の一位〟なんですか。なぜ今も、ガンプラバトルを続けているんですか。なぜ、僕との対決なんて用意したんですか。この世界(GBO)を壊そうなんていう企みに、あなたが協力することなんて……!」

「ふふ……ははは! 言い様がまるっきりナノカだねぇ、アカツキ・エイト君。相棒なんて、信じてるなんて、持ち上げられちゃって感化されちゃったのかい、男の子だなぁ!」

 

 足裏でにじり寄る様な、間合いの読み合い。エイトが半歩踏み出せばトウカは半歩下がり、その逆もまた然り。切っ先を届かせるにはまだ遠い距離で、二人は、二機は、その舌戦と同じように平行線を描き続ける。

 

「じゃあ試してみるかい? まあ大まかに十年ばっかし、人生の95%ぐらいを病院のベッドの上でさ。そんな状態でこの世界(GBO)のトップに立ってみなよ、キミにも少しはわかってもらえるんじゃないかなあ……この欺瞞だらけの世界を、壊したくなる気分ってやつが!」

「わかりませんよ、そんなの」

「はは、キミもボクもニュータイプじゃあないけどさ。拒否するなよ、対話を。ボクが諸悪の根源だとして、それでもわかりあうのがガンダムってもんじゃあないのかい?」

「そうやって話をはぐらかして、そのくせわかってもらえないっていじける人の本心なんて、わからないって言っているんですよ」

「……へえ、言うね?」

 

 トウカの声色が、一段低くなる。

 デビルフィッシュ・セイバーは今まで二人が描いていた平行線の内側に大きく一歩踏み込み、場の均衡を崩した。応じて、クロスエイトの足運びも一段速まる。

 

「こんなゲームなんかに何を期待してるんだい、キミは」

「GBOをそんな程度にしか思わない人には、絶対にわからないことですよ」

 

 そこからはもう、連鎖反応だった。両者ともに間合いを読み合い、詰め合い、並足から速足、そして岩盤を蹴り立てるような全力疾走へ。

 

「それに、〝何か〟を期待しているのは、あなたもでしょう、アカサカ・トウカさん!」

「だからさぁ、キミに何がわかるっていうのさ! 大病も患わず、元気に健全に学生をやってる少年が! このボクの、くだらない〝不動の一位〟なんて称号の、吐き気のする〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟なんて通り名の、いったい何が!」

「だからっ、わからないって言ってるんですよ! 本当は大好きなはずのこの世界(GBO)を、わざわざぶち壊そうなんてひねくれ者の頭の中なんて、僕にわかるわけがないでしょう!」

「ハハッ、誰が何を好きだって! 残念だなあ、キミの頭もお花畑なのかい? イブスキ・キョウヤに与するこのボクが、何を好きだって!? 残念極まるよ、アカツキ・エイト君!」

「そうやってナノさんも、GBOも、自分自身も裏切るんですか!」

「だからさぁ……ッ!」

 

 トウカは奥歯をぎりりと噛み締め、血を吐くように叫んだ。

 

「うっとおしいんだよその性善説がぁぁぁぁッ!」

「ナノさんの想いも知らないでぇぇぇぇッ!!」

 

 応じて、エイトも力の限りに吼えた。クロスエイトが地を蹴って跳躍するのと同時、デビルフィッシュ・セイバーも地面を擦る様な超低空で跳んだ。

 

「うらああああああああッ!!」

「せやああああああああッ!!」

 

 ガッ、バヂイイイイイイイイイイインッ!!

 跳躍の勢いとウィングスラスターの推進力を載せに乗せ、上空から振り下ろし叩きつけるモルゲンロート。黒色粒子の出力と、デビルフィッシュ・バインダーの腕までも総動員した常軌を逸した膂力で打ち上げるソード・デュランダル。衝突の余波だけで地表の岩盤は裂け、割れ砕けた礫が辺り一面に飛散する。

 クロスエイトの突進力とデビルフィッシュ・セイバーの膂力とが拮抗し、一瞬の静止状態が生まれる――が、それも刹那。

 

「ふっ……はははははははははははは!!」

 

 ソード・デュランダルを支えるのは、左右の腕とバインダーの四本腕。デビルフィッシュ・バインダーに残された四本の脚が、どす黒く輝く砲口をクロスエイトに向けた。

 

(……黒色粒子砲(ガルガンタ・カノン)っ!?)

 

 ドドドドッ、ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――――!!

 一発でも戦略兵器級の破壊力を持つ黒いビームが、四本同時に迸る。天周を覆うなりそこない(ヘルグレイズ)の群れに四つの大穴が穿たれ、外の宇宙が垣間見えるが、一瞬にしてまた埋め尽くされる。

 曲芸じみた宙返りでガルガンタ・カノンを躱し、ぐるりと回転する景色の中で、しかしエイトが目標(トウカ)を見失うことはない。武装スロットを選択、決定、クロスエイトはビームサーベルの柄を繋ぎ直し、モルゲンロートを左右に分割。二刀にしても一振りがなおヴェスザンバーの数倍もある大型重装二刀流、〝双大剣(デュアル)モルゲンロート〟に持ち直して、デビルフィッシュ・セイバーへと突撃した。

 

「うらららららららあッ!」

「そうだよエイト君、そうこなくっちゃなぁ!」

 

 打ち込み、切り抜け、反転してまた打ち込む。強化型ウィングスラスターの齎す莫大な推進力がクロスエイトを加速し、振り抜く二振りのモルゲンロートをも加速する。重さと速さと鋭さとを兼ね備えた二刀一対の連続攻撃を、デビルフィッシュ・セイバーはソード・デュランダルで受け、弾き、そしてバインダーの四本腕に仕込まれた黒色粒子仕様掌部ビーム砲(ブラックアウト・パルマフィオキーナ)で打ち返す。

 

「僕をそう呼んでいいのは、ナノさんだけです!」

 

 叫び、突撃。弾かれて、また突撃。振り回すモルゲンロートの質量すらAMBACとして利用して、クロスエイトは飛燕の如く舞い、強烈な斬撃を叩きこむ。

そして何合、何十合と切り結ぶが、トウカは左右のモルゲンロートの太刀筋が重なる刹那を捕らえ、ソード・デュランダルを膂力の限りにカチ上げた。クロスエイトの加速力、突撃力すら上回る圧倒的なパワーに、弾き上げられるモルゲンロート――しかし、その側面部が展開、内部に仕込まれた姿勢制御用スラスターが火を噴いて、クロスエイトの腕力だけでは不可能な速度で剣を斬り返す。まるで質量を無視したような斬り返しの一撃だったが、それも盾のように掲げられたソード・デュランダルの分厚い刀身に阻まれ、弾かれる。

 

「ギミックは面白いのだけれどぉッ!!」

 

 トウカは盾にしたソード・デュランダルを地面に突き立て、そこを支点に軽やかに跳躍、軽業師のような身のこなしでクロスエイトの背後に回り込んだ。エイトは先読みして脚部ヒートダガーを起動、後ろ回し蹴りを振り上げるが、トウカはそれをさらに先読み、深く膝を折ってしゃがみこみ、クロスエイトの軸足を足払い。宙に浮いたクロスエイトの顔面に、力任せに左拳を叩きこんだ。

 

「突撃と一撃必殺だけじゃあ、ボクは狩れないんだぜ! アカツキ・エイト君!」

 

 ブレードアンテナは片方が折れ、メインカメラにも損傷。吹き飛ぶクロスエイトに向けて、トウカは笑いながら再度の四連黒色粒子砲(ガルガンタ・カノン)を放つ。四条の黒光が地面を抉り、岩盤が吹き飛ばされ捲れ上がる。跳び上がって回避したクロスエイトは即座に反転攻勢、機体の全バーニア・スラスターはもちろん、二振りのモルゲンロートの仕込みスラスターも全開にして、大上段から叩きつける!

 

「くっ……うらああッ!」

「ハハッ、はぁーずれっ!」

 

 振り抜いたモルゲンロートはア・バオア・クーの岩盤を深々と断ち切ったが、そこにデビルフィッシュ・セイバーの姿はない。ゾクリと、エイトの背筋に悪寒――

 

「せやああッ!」

 

 バヂュオオオオンッ!!

 漆黒の光爆が四連続で炸裂し、モルゲンロートが断ち切った岩盤を、さらに粉々に打ち砕いた。四発同時の黒いパルマフィオキーナ。何とか身を躱したクロスエイトの胸先に、ソード・デュランダルの太い砲身がゼロ距離で突き付けられる。

 

「……ッ!」

「ガルガンタ・カノンは、ここにもあるのさあ!」

 

 ドッ、ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――――!!

 ウィングスラスターの出力が強化されていなければ、その一撃で終わりだった。エイトは姿勢制御をかなぐり捨てて全バーニア・スラスターを全力噴射、上空高くへと逃れた。AMBAC代わりにモルゲンロートを振って機体の安定を回復、した時にはすでに黒い粒子を吐き出しながら迫りくるミサイル群が、もう目前に!

 

「ふっ、はははは! どうしたんだい、エイト君。まさかミサイルなんかで墜ちはしないだろうけれどさぁ!」

 

 近接信管で炸裂した黒い粒子属性の火球から、ぎりぎりで直撃を避けたクロスエイトが飛び出してくる。トウカは哄笑しながらデビルフィッシュ・セイバーを飛び立たせた。デビルフィッシュ・セイバー本体の各部バーニア、そしてバインダーの高出力粒子推進バーニアが猛烈な勢いで黒色粒子を噴き出し、真っ赤な軌跡を曳いて飛ぶクロスエイトを追い立てる。

 

「はーっはっはっはっは! ボクに背を向けるのかい、エイト君! キミは勇者で、ナノカの相棒で、最後の希望なんだろう! まあ、勝率がどのぐらいあるかなんてのは、絶望的だろうけどさあ!」

 

 バインダー後部に突き出た黒色粒子ミサイルランチャーのハッチが開き、ランチャーのサイズには明らかに入りきらないであろう大量のミサイルが次から次へと発射される。それは、黒色粒子の過剰なまでの高エネルギー量のなせる業。ヘルグレイズがやってみせた攻撃の粒子化・無効化の真逆。黒色粒子の武器弾薬化(・・・・・・・・・・)。まるでビームライフルのE-PACを充填(チャージ)するように、ミサイルそのものを再装填(チャージ)しているのだ。

 

「確率がどうだって、僕は諦めません! クロスエイトはッ、こんな程度で!」

 

 途切れることのないミサイルの弾幕を、エイトは板野サーカスそのものといった猛烈な空中機動の連続で潜り抜ける。まるでファンネルのように進路上に回り込んできたミサイルをバルカンとマシンキャノンで撃ち落とし、その爆炎を突き抜けて、追いすがるミサイルを置き去りにし、さらに加速。バーニアから噴き出す炎は紅く燃え上がり、黒く塗りつぶされた宇宙に鮮烈な真紅の軌跡を描き出した。

 

「墜ちはしないッ!」

 

 クロスエイトの両翼から、一際激しく真っ赤な炎が噴き出した。エイトはその勢いでぐるりと身を捻り、超々高熱量を発するバーニアの炎で辺り一面を薙ぎ払った。燃え盛る炎の翼で触れる端から、黒色粒子ミサイルは次々と誘爆。爆発と同時にまき散らされる黒色粒子の欠片も、超高熱による粒子燃焼効果(・・・・・・)で火の粉となって燃え墜ちる。

 

「ハハッ! それだよ、それぇぇッ!」

 

 焼き払われる黒色粒子を目の当たりにして、トウカの顔に狂喜の笑みが浮かんだ。

 

「もう充分に熱いみたいだなあエイト君!」

 

 トウカは狂ったように笑いながら一気に距離を詰め、ソード・デュランダルを力任せに振り下ろした。エイトはぐるりと身を捻りながらその刀身の側面を蹴り飛ばし、回避と同時にトウカの姿勢を崩す。身を捻った勢いをバーニア噴射でさらに加速、遠心力を載せたカウンターの一撃を振り下ろす――が、四つのブラックアウト・パルマフィオキーナをビームシールド代わりにして、がっちりとモルゲンロートを受け止めた。

 通常の殺陣であれば、間違いなく背中から一刀両断できていた一撃だった。しかし、デビルフィッシュ・セイバーの異形が、バインダーの八本の手足が、それを使いこなすトウカの操縦技術が、それをさせない。

 

「だったらぁっ! その防御ごと断ち斬ります!」

 

 エイトは叫び、武装スロットを選択――決定。クロスエイトの顔面部放熱口(フェイス・オープン)が解放され、高熱を帯びた粒子の吐息が噴き出した。同時に両肩、両膝の熱量制御機構からも、バーニア炎と見紛うような猛烈な熱気が噴出。その熱気に触れたパルマフィオキーナの黒色粒子が、赤く燃え上がる――

 

「燃え上がれっ、ガンダァァム!」

《BLAZE UP!》

 

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!! 

 今までの高機動戦闘で蓄積された過剰熱量(オーバーヒート)が、クロスエイトの全身から放出された。荒れ狂う超高熱量は瞬時に周辺のプラフスキー粒子を燃焼。燃え盛る炎が渦を巻き、デビルフィッシュ・セイバーを薄布(ヴェール)のように覆っていた黒色粒子にまで延焼し、一瞬にして焼き払う。

 

「ははは! そいつが、噂のぉっ!?」

「燃えろっ、モルゲンロートッ!」

 

 エイトの気勢に応えるように、渦を巻く劫火がクロスエイトの両肩、熱量制御機構(フルブレイズ・ユニット)に収束。そして一気にクロスエイトの両腕を、掌を通じて、全ての熱量がモルゲンロートへと叩きこまれた。その瞬間、モルゲンロートの刀身は眩いばかりに白熱化、バーナーのように熱エネルギーを噴出し、パルマフィオキーナごとバインダーの四本腕を叩き斬った。溶断された腕は粒子化、そして燃焼。粒子炎に飲み込まれる。

 

「あーっはっは! いいよ、すごくいいじゃあないか!」

 

 トウカは甲高く笑いながらア・バオア・クーの地表面へと飛び退いて、ブレイズ・アップの熱圏から逃れた。四本腕を失ったデビルフィッシュ・バインダーの残された四本脚、ガルガンタ・カノンの砲口をクロスエイトに向け、さらにソード・デュランダルの砲口も高く掲げる。

 

「わざわざ飛び回らせてあげてよかったよ! なあ、アカツキ・エイトおおおおっ!」

「待っていた、とでも言うんですか。ブレイズ・アップを!」

「じゃなきゃ殺し甲斐がないだろうさああああああああッ!!」

 

 ドッ、ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――――!!

 超出力の黒いビームが、五本まとめて撃ち放たれる。しかしエイトはモルゲンロートを再び大剣形態に合体、燃え盛る刀身を盾代わりに掲げ、ガルガンタ・カノンを受け止めた。怒涛の如く攻め寄る黒色粒子ビームは、超高熱の刃に触れる端から燃焼させられ、クロスエイトを取り巻く炎の渦に吸収されていく。

 

「黒い粒子を使った攻撃は、今の僕とクロスエイトには効きませんよ!」

「だろうねえ! だがこれならぁっ!」

 

 派手なビームは目隠し、トウカはソード・デュランダルを大上段に振りかぶり、エイトの目前に迫っていた。黒色粒子を纏った分厚い大剣が、力の限りに振り下ろされる。

 

「せやああっ!」

「うらああっ!」

 

 ソード・デュランダルの打ち下ろしを、モルゲンロートを横薙ぎに振り上げて迎撃――ソード・デュランダル表面の黒色粒子がブレイズ・アップの炎に焼き払われ、ソード本体が剥き出しになる。灼熱化したモルゲンロートと、剥き出しのソード・デュランダルがぶつかり合い、火花を散らす。

 しかし、灼熱化(ブレイズ・アップ)したクロスエイトの武装は、金属パーツすら両断する超高熱量の塊。黒色粒子の力を焼き払われた武器では、鍔迫り合いにすらならず、溶断され――

 

「……この剣はっ!?」

 

 ――焼き切れない!?

 

「あーっはっはっはっは! せェやぁぁぁぁッ!」

 

 凄まじいパワーに押し切られ、ソード・デュランダルを振り抜かれてしまう。クロスエイトは吹き飛ばされ、叩き落とされる。地面に衝突、岩盤に大きなクレーターを穿って墜落。衝撃で各部バランサーに損傷、コンディションモニターに黄色い警告表示が点滅する。

 

「はははっ、まだまだぁっ!」

 

 追撃! ソード・デュランダルの切っ先が、クロスエイト目掛けて直滑降してくる。エイトは即座に両膝のフルブレイズ・ユニットに粒子炎を充填、そして脚部ブースターから熱量を解放、瞬間的に超加速してクレーターから脱出した。だが、デビルフィッシュ・セイバーもまた慣性を無視したような急転回でクロスエイトに肉薄する。

 

「せやああああっ!」

「くっ! 間に合わ、な……ッ!」

 

 そして再びぶつかり合う、ソード・デュランダルとモルゲンロート。パワーに劣るクロスエイトに鍔迫り合いは分が悪く、じりじりと押し負けていく。その間にも、無尽蔵にも思える勢いで溢れ出す黒色粒子をブレイズ・アップの炎が触れる端から焼き尽くしていくが、ソード・デュランダル本体に損傷はない。

 

「はーっはっはっは! こんなもんかああああっ!」

「……うらああああっ!」

 

 トウカが圧力を強めた瞬間に合わせてモルゲンロートを斜めに逸らし、姿勢を崩す。よろけたデビルフィッシュ・セイバーの側面に回り込み、右膝のフルブレイズ・ユニットを作動、脚部ヒートダガーを灼熱化(ブレイズ・アップ)。脚部ブースターの勢いも載せた回し蹴りを叩きこんだ。しかし、デビルフィッシュ・セイバーの目を狙ったその蹴りを、トウカはバインダーの脚を一本犠牲にして防御。斬り飛ばされたバインダーの脚の爆発を合図にしたかのように、エイトとトウカはお互いに距離をとった。

 

「その、ソード・デュランダルは……ナノさんの……!」

「ははっ、そうさ。どうせ聞いているんだろう? ボクたち双子のガンプラづくりについてはさぁ!」

 

 そして、再度激突。飛び掛かるクロスエイト、迎え撃つデビルフィッシュ・セイバー。弾かれても弾かれても、急旋回と急加速で突撃するクロスエイトを、デビルフィッシュ・セイバーは弾いて弾いて弾き返す。

 

「背中のバインダーは、黒色粒子に対応するためにイブスキが取り付けたものさ。だけど、このソード・デュランダルは! セイバー本体は! ボクが設計して、ナノカが製作した、ボクとナノカの作品なんだよ! このソードで、ボクはGBOJランキングを、第一位まで登り詰めたんだ! 完成度が違うのさ、そこいらの俗物とはさあ!」

「それだけの思い入れを持てる人が! なんでこの世界(GBO)を大切にできないんです! どうしてナノさんを悲しませるようなことをするんです! こんな状況になってもまだ、ナノさんはあなたとの約束を!」

「ナノさん、ナノさんって……それがボクを苛立たせるんだよぉっ! ナノカはボクの姉さんだぞっ! 気安いんだよ、アカツキ・エイトぉぉぉぉっ!」

 

 トウカは絶叫、攻勢に出る。デビルフィッシュ・バインダーを切り離し、ガルガンタ・カノンを連射しながら、クロスエイトへと突っ込ませる。エイトは両腰のヴェスザンバーを、腰に懸架したまま射撃形態(ヴェスバーモード)で起動。両膝のフルブレイズ・ユニットから粒子炎を充填、熱量を叩き込み、灼熱化(ブレイズ・アップ)ヴェスバーを発射した。灼熱の劫火が一直線に迸り、デビルフィッシュ・バインダーを直撃。バインダーは残された三本の脚を焼失し、バーニアと基部だけとなって墜落した。

 

「黒色粒子なんてなくたってぇぇっ! このソード・デュランダルがあればぁぁっ!」

 

 土砂を巻き上げて墜落するバインダーを飛び越え、デビルフィッシュ・セイバーは凄まじい勢いでソード・デュランダルの切っ先を突き出した。鋭く重く、伸びのある直突きが、クロスエイトの胴体を捕らえた。間一髪で身を躱すが、左のヴェスザンバーを持っていかれてしまう。エイトはカウンター気味にモルゲンロートを振り下ろすが、トウカはクロスエイトとの間に脚を無理やり捻じ込み、蹴り飛ばして距離をとった。

 

「ははは! 燃える粒子の力が対黒色粒子の切り札ならば、黒色粒子を無効化した後は単純にファイターの技量とガンプラの完成度とのぶつかり合い! だったらボクがお前なんかに負けるわけがないだろうさ!」

「……ナノさんもGアンバーを大切にしていました、あなたと同じように! その心があるのなら、トウカさん!」

「何度言わせる黙れよぉっ! その心だの想いだのぉっ! ボクはぁぁぁぁっ!」

「うらああああああああッ!!」

 

 もう何度目になるかわからない、全力全開の激突。黒色粒子すら振り払った、剥き身のソード・デュランダル。全身全霊の熱量を叩きこまれ、刀身を灼熱させるモルゲンロート。ぶつかり合うエネルギーと熱量が衝撃波となって吹き荒れ、辺り一面に嵐のように撒き散らされる。両者の鍔迫り合いは、目もくらむような閃光を散らしながら一進一退の様相を呈した。

 大地を踏みしめ、踏み割り、それでもなお満身の力を込めて、トウカはソード・デュランダルを押し付ける。小柄なクロスエイトを飲み込み圧し潰さんばかりの圧力をかけ続ける。だが、一方のクロスエイトも、ブレイズ・アップで得た粒子炎を、全身のバーニア・スラスター、そしてモルゲンロート自体からも猛烈な勢いで噴射。足りないパワーを推進力で補い、ソード・デュランダルを押し返している――しかし、

 

「あは……あはは! そろそろ限界かい、エイト君?」

「……っ!」

 

 度重なる突撃、膂力と剛性で上回るデビルフィッシュ・セイバーとの激突。そして、本来は短期決戦・一撃必殺用の機能であるはずのブレイズ・アップの連続発動。いくら熱量制御機構(フルブレイズ・ユニット)があろうとも、隠しようのない機体への負荷。クロスエイトの全身には、特に関節部を中心に亀裂が入り、真っ赤な粒子炎がチロチロと漏れ出していた。

 

「あは、そうかあ……ナノカが相棒だ相棒だって、今更になってあの約束がどうとかって、はしゃぐからさあ。どんなもんだろうって思っていたのだけれど……あはは! そうか、ここで終わりなのかあ!」

「まだ……! まだ、です……!」

「しつこいなあ」

 

 急に冷めた声色で、トウカはソード・デュランダルをぐいと押し込む。クロスエイトの膝関節がひび割れて小爆発を起こし、クロスエイトは片膝をついてしまう。

 

「もういいよ、アカツキ・エイト君。バインダーを失うほどの勝負は久しぶりだったけど、それもここまでだ。ああ、残念だなあ。結局このGBOは、イブスキに壊してもらうしかないかあ……あはは」

「そんなこと、誰も……望んで、いない……っ!」

「しつこいなあ。粒子切れまで粘るつもりかい? もう逆転なんて、でき……」

「あなたも、本当は望んでいない!」

 

 クロスエイトが、立ち上がった。

 

「あなたは卑怯だ、トウカさん……っ!」

 

 コクピットに響く、数えきれないほどの警告音(アラート)。視界を埋め尽くさんばかりの警告表示(エラー)。それらすべてを掻き分けるようにして、エイトは立ち上がった。クロスエイトの全身から溢れ出す粒子炎が、僅かに勢いを盛り返す。

 

「自分に勇気がないからって、他人の手で終わらせようとしている。居心地のいいGBOから抜け出せないから、イブスキ・キョウヤに壊してもらおう。でも、大好きな場所をなくすのも嫌だから、ナノさんや、僕や、他の多くのGBOプレイヤーに、GBOを救ってもらおう。どっちに転んでも、人任せだ……誰かのせいだから、自分は悪くないって、言えてしまうんだ……!」

「は……はは、ははははは! なぁにを言っているんだい、エイト君。今更ボクのメンタルを揺さぶったってさぁ、ここから逆転なんて……」

「何を、言っているか、ですか」

 

 滝のように流れる汗が、頬を伝って、床に落ちる。エイトはクロスエイトの限界を感じながらも、力の限りにコントロールスフィアを握りしめていた。そのスフィアをぎりりと捻り、武装スロットを操作。SPスロット――すでに発動している、すでに機体の限界を超えて発動し続けているブレイズ・アップのスロットを、殴るように叩いた。

 

「半端者だって言っているんですよ! あんたって人はぁぁッ!!」

《2nd-BLAZE UP!》

 

 瞬間、クロスエイトの右膝が――否、そこに装備されていたフルブレイズ・ユニットが爆発した。紅蓮の炎が燃え盛り、クロスエイトの右足を、真っ赤に染め上げ、包み込む。一気に膨れ上がった熱量が地面すら焼き焦がし、デビルフィッシュ・セイバーをも炙る。

 

「か、重ね掛けっ!?」

「……いろんな人に、出会いました。戦って、きました」

 

 うろたえるトウカの声も、もはやエイトの耳には入らない。感じるのは、クロスエイト自身すら焼き尽くす、粒子炎の燃焼。そして、胸の内に巡り巡る、GBOでの思い出たち。

 

「戦って、戦って、戦って……どの人も、チームも、真剣だった。主義主張や趣味嗜好の違いはあっても、誰もがガンプラが、GBOが大好きだった――一生懸命だった。だからこそ僕は、僕も! このGBOを好きになれた。大好きな人たちとも、出会えたんです!」

《3rd-BLAZE UP!》

 

 続いて、左膝。フルブレイズ・ユニットが内側から弾け飛び、燃え盛る粒子炎が凄まじい勢いで噴き出した。クロスエイトの両足は粒子炎に覆われ、その炎はクロスエイト自身すら燃料にしてさらに燃え上がる。

 

「ナツキさんは、僕やナノさんが立ち止まると、励ましてくれた。いつだって、背中を叩いて押し出してくれる。そして、僕の真っ直ぐな突撃を褒めてくれた。そのナツキさんが今も戦っているのに、諦めるなんて恥ずかしい真似、絶対にできるもんかッ!」

《4th-BLAZE UP!》

 

 右肩。膨れ上がった灼熱の劫火が、渦を巻いて右腕を伝い、モルゲンロートにまで絡みつく。灼熱化した刃はその色をさらに赤く朱く紅く染め上げて、物理的な圧力すら感じるほどの、猛烈な熱波を発する。

 

「ナノさんと出会わなければ、僕はここにいなかった。ナノさんが僕に期待してくれて、それに応えたくてここまで来た。僕が強くなりたいのは、僕自身の気持ちだけじゃない。ナノさんが、トウカさんとの約束を果たす、その力になりたいって、ここまで来たんだ……ッ!」

《5th-BLAZE UP!》

 

 左肩――四つのフルブレイズ・ユニットから溢れ出した粒子炎は、互いに互いを燃料とし合い、混じり合いながらその熱量を高め、もはや炎と呼ぶことすらできない、燃焼するプラフスキー粒子そのものへと姿を変えた。

 真紅のプロミネンスを放ち、紅蓮のコロナを巻き上げる、ヒトのカタチをしたヒカリ。純粋な熱エネルギー燃焼体。もはやモビルスーツとしての、ガンプラとしてのカタチすら失ったクロスエイトのその姿は――

 

「……太、陽……ッ!?」

「ここであなたに勝つことが……この世界(GBO)を愛する、全ての人の希望になるのならッ!!」

 

 モルゲンロートの熱量がソード・デュランダルへと伝播し、黒い刀身がじわじわと赤熱し始めた。その熱は、刀身からデビルフィッシュ・セイバーの手へ、腕へ、肩へ、胸へと広がっていき、漆黒の装甲を赤く紅く、灼熱に染め上げていく。

 それはまさに、昇りゆく太陽が、深淵の闇を振り払うが如く。

 

「こ、これが、ナノカの選んだ……可能性の……ッ!?」

「やってやる! 〝奇跡の逆転劇〟ってやつをッ!」

《FINAL BLAZE UP!》

 

 荒れ狂う灼熱の陽光がモルゲンロートに収束し、光の剣となった。灼熱の劫火を纏う、黄金の光剣。炎を超え、光となったその剣を――エイトは、振るった。

 

「――うぅらあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 吹き荒れる、光の暴風。熱波の嵐。灼熱の閃光が辺り一面を薙ぎ払い、宙域を覆ったすべての黒色粒子をも焼き払った。宇宙要塞ア・バオア・クーには通常通りの濃紺の星空が戻り、その最上部には、たった一機のガンプラだけが残された。

 満身創痍。すべてのフルブレイズ・ユニットは砕け散り、全身の装甲がひび割れ、塗装は熱に熔けている。顔面部放熱口(フェイス・オープン)は開きっぱなしで、地面に突き立てたモルゲンロートに身を預けて、何とか立っている状態。

 しかし、それでも。

 それでも、クロスエイトは立っている。

 エイトは荒い息を吐きながら、静かに目を閉じ、つぶやいた。

 

「……僕の、勝ちです……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですねぇ。お疲れ様でした」

「ぅらあッ!」

 

 ガキィィンッ!

 背後、振り上げたモルゲンロートが、黒いバトルアックスを弾き飛ばした。クロスエイトの頭上に影を落とす、黒い巨躯――ヘルグレイズ。エイトは振り上げた勢いのままモルゲンロートを投げ捨て、脚部ヒートダガーを居合抜きに蹴り上げた。胸部を深く逆袈裟に斬り上げ、エイハブ・リアクターを両断。ヘルグレイズは糸が切れたように倒れ伏し、爆散した。

 

「おやおや、予想外の反応速度ですねぇ。諸悪の根源を撃破して、満身創痍の勇者様は勝利の余韻を噛み締めて油断しているタイミングだと思ったのですが」

 

 すべてが焼き払われ、真っ平になったア・バオア・クーの天蓋。そこに、たった一つだけ残された異物。戦いの最中でトウカが分離し、エイトがヴェスザンバーで撃ち落とした、デビルフィッシュ・バインダーの残骸。その上に、イブスキ・キョウヤは腰かけていた。目には何の表情もないくせに、口元には蛇のような厭らしい微笑を張り付けて、優雅に足を組んでいる。ノーマルスーツすら着ない、スマートな黒のスーツ姿……否、ネクタイも胸ポケットのハンカチも黒一色なところからして、あれは喪服か。

 

「ともあれ。お見事ですよ、アカツキ・エイト君――いや、あえてこう呼ばせていただきましょうか、〝太陽心(ブレイズ・ハート)〟君。まさかあなたが〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟を下すとは、不肖この私、予想だにしていませんでしたよ。さらには、決着直後の私の奇襲まで防がれてしまうとは……いやはや、まだまだ私も修業がたりませんねぇ」

「……姉さんたちと戦っていたヘルグレイズは、すべて量産型。オーバードーズ・システムの制御は、ゴーダ・レイさんに任せっきり。あなた本人は、声はすれども戦場にいなかった……だとすれば、このタイミングで来る。クローズド・ベータでナノさんを裏切ったときのように。この、最低最悪のタイミングで。そう思っていただけです」

「Excellent!! 実に理に適った思考です。尊敬に値しますよ、本当に! ククク……」

 

 イブスキは噛み殺したように笑いしながら、パチンと指を鳴らした。すると、ガラクタ同然だったデビルフィッシュ・バインダーがむくりと起き上がり、イブスキをその体内に取り込んだ。続いて、斬り落とされたはずの四本腕が、撃ち壊されたはずの四本脚が、その断面から溢れ出す黒色粒子によって再生していく。そして立ち上がるのは、毒々しい紫色のモビルスーツ――ヘルグレイズと同じ濁った黄色の単眼を持つ、小柄な一機のガンプラだった。

 

「さあ、諦念と終焉の時間ですよ。アカツキ・エイト君」

 

 イブスキの言葉に合わせ、デビルフィッシュの両掌に、そしてバックパックから突き出したサブアームの両掌にも、高濃度の黒色粒子が渦巻いた。

 

「君はもう満身創痍で疲労困憊。一方の私はたった今、このデビルフィッシュを起動したばかり。あなたを壊して、このゲームを――GBOを、ガンプラバトルを、終わらせる。私の一大事業も、ようやく一段落といったところですかねぇ」

「……まだ、です」

 

 エイトは、軋む機体に鞭打って、投げ捨てたモルゲンロートのもとへと歩いた。悲鳴を上げるクロスエイトの両腕をなんとか誤魔化し、地面に突き立っているモルゲンロートをゆっくりと引き抜く。両足でしっかりと地面を踏みしめ、前傾姿勢。重心を低く、切っ先を真っ直ぐ前に掲げる。一直線に加速して突き抜ける、突撃の構えだ。

 イブスキはその姿を見て、肩を竦めてため息を吐いた。

 

「はぁ、まったく……諦めが悪いですねぇ。そんなにボロボロになって、たった一人で、どうしようというんですか?」

「……一人じゃない」

 

 踏みしめた地面から、振動が伝わる。ふわふわと宙に浮き、余裕の所作で黒いパルマフィオキーナを展開しているデビルフィッシュには、感じられない振動。

 

「あなたは本当に……少年漫画の主人公ですか。諦めないのは勝手ですがねぇ。それとも、何ですか。一人じゃないというのは〝みんなの力がガンダムに〟的な、オカルトパワーでも期待しているのですか。ここはGBO、ネットゲームの中ですよ。ゲーム如きにオカルトを持ち込むとは、いよいよ夢見がちな少年ですねぇ」

「僕は、一人じゃない」

 

 地面を震わせる振動が、少しずつ、少しずつ強くなっている。そして、近づいている。ア・バオア・クーの地下を、爆発を繰り返しながら、エイトのもとへと近づいてくる。

 

「聞き分けなさい、アカツキ・エイト君。貴方はここで負けて、ゴーダ・レイは私の指示一つで凌辱され、その動画はGBOメインサーバーから全世界に生中継される。GBOはもう終わりです。あなた一人にできることなど、もう何も……」

「僕は、ナツキさんや、ナノさんや……多くの人たちに支えられて、ここまで来たんです。そして今も、みんな戦っているんです。だから、僕は! 絶対に諦めないッ!!」

「ククク……クハハハハハ! 結局最後は精神論ですか。そうですねぇ、確かに今も量産型ヘルグレイズが、有象無象どもの相手はしているようですが……ん?」

 

 地面が、大きく揺れた。そして遠く分厚い壁の向こうで響くような、爆発音。さすがにイブスキも、異常に気が付いた。ア・バオア・クーの地下で、何度も連続して、爆発が起きている――いや、それだけではない。少しずつだが、確実に、近づいている。

 ――爆心地が(・・・・)近づいている(・・・・・・)!?

 

「……まさかっ!?」

「ナツキさん、今ですっ!」

「ブチ撒けるぜェェェェェェェェェェェェッッ!!!」

 

 ドゴッ、バアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァンッッッ!

 半径数百メートル分の岩盤が膨れ上がり弾け飛び、土砂と岩塊が一面に吹き散らされる。デビルフィッシュを巻き込んで吹き荒れる石礫の大嵐の中心から、真紅の巨体が飛び出してきた。

 

「ぶ、〝自走する爆心地(ブラスト・ウォーカー)〟ですかッ!?」

「やっと会えたなァ、クソ陰険黒幕野郎がァァァァッ!!」

 

 剛腕、鉄拳、一撃粉砕。固く握り締めたドムゲルグの右拳が、ガードに突き出されたデビルフィッシュのサブアームを、左右まとめてブチ砕いた。

 直後、凄まじい勢いでぶっ飛ばされるデビルフィッシュの単眼(モノアイ)を、正確無比な狙撃が撃ち抜いた。メインモニター全壊、サブカメラに切り替わったイブスキの目に映ったのは、ドムゲルグがぶち抜いた大穴の縁でGアンバーを構える、レッドイェーガーの姿。

 

「ナノさんっ!」

「待たせたね、エイト君。ありがとう――だけど、今は!」

 

 ナノカはスコープ越しのデビルフィッシュに射るような視線を注ぎつつ、武装スロットを捻った。レッドイェーガーの背中から、四基のヴェスバービットが猛禽の如く飛び立ち、逃げるデビルフィッシュを追い立てる。

 

「〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟……っ!」

「イブスキ・キョウヤ。お前にかける言葉はない。今、ここで、終わらせるっ!」

 

 追い打ちのヴェスバービットと狙撃を黒いパルマフィオキーナで弾きつつ、デビルフィッシュは内蔵した黒色粒子を放出して頭部とサブアームを再生。土煙を蹴立てて勢いを殺しつつ着地し、掌を地面に押し当てた。

 

「クハハ! 一万体ものヘルグレイズを突破したことは褒めて差し上げましょう。ですが!」

 

 オーバードーズ・システムにアクセス、高圧縮黒色粒子を解放、量産型ヘルグレイズの召喚プロセスを再起動――

 

「何百何千何万機を壊したところで! また呼び出すだけの話なのですよ! クハハハハ!」

 

 ――アクセスが拒否されました。操作権限がありません――

 

「何ぃッ!?」

「無駄ッスよ、イブスキさん」

 

 ドヒュゥゥン!

 細く絞り込まれたGNビームの銃弾が、デビルフィッシュの掌を撃ち抜いた。

 真っ平になったア・バオア・クーの天蓋の端で、膝立姿勢でGNスナイパーライフル改二を構える、青いガンプラ――ケルディム・ブルー。

 

「……タカヤ!」

「お待たせっ、エイト! 勇者サマの悪友ポジションのキャラってのは、こーゆータイミングで援護に来るモンだろ?」

「〝傭兵(ストレイ・バレット)〟っ! 貴様っ、外のガンプラどもの相手をしている契約だろうがぁぁ!」

「……GBOメインサーバーのコントロールは99%奪還済み、アンタの権限はほとんど奪わせてもらったッス。ゴーダ・レイの居場所も特定。今頃、警察と、アカサカ室長たちヤジマの職員の皆さんが、踏み込んで保護しているはずッスよ」

「寝返ったかぁっ、金で動く犬がァァッ! アカサカにいくら積まれたァァァァッ!!」

「金だけじゃない、大義も正義も信頼も、アンタよりアカサカ室長にあるッス。ああ、前金は謹んでお返しするッスよ。金さえ払ってりゃあ裏切らないと思っていたッスか? 騙し討ちが専売特許のアンタが? そいつは虫が良すぎるんじゃあないッスかね」

 

 イブスキは普段の慇懃無礼さからはかけ離れた表情で奥歯を噛み締め、なおも何かをがなり立てようとしたが、それは下からの突き上げるような衝撃によって阻まれた。

 

「イブスキぃッ! レイを苦しめたケジメはァッ! つけて、もらうぜェェェェッ!」

「罪に塗れた私でも、せめて今だけは! 貴様を、倒すためにぃぃぃぃッ!」

 

 岩盤を突き破って飛び出してきたヘビーナイヴスがデビルフィッシュを背中から羽交い絞めにし、同じく飛び出してきたサーペント・サーヴァントが、逆手に持ったナイフをデビルフィッシュの胸部に振り下ろし、突き立てる。その刃先はメインジェネレータ―にまで達し、猛烈な火花とともに大量の黒色粒子が、ドス黒い血のように噴出した。

 

「ぐがあああっ!? き、貴様らァッ! 拾ってやった恩も忘れてェェッ!」

「そうだな、貴様に付け込まれた心の弱さは私のせいだ! 騙されたなどとは言うまい、私の弱さに負けてしまった、私自身の罪だ! だが!」

「レイは関係ねぇ! レイはテメェに利用されただけだ! 俺はバカでダメな兄貴だったけどよ、レイは俺のために……だから俺は自分を許せねぇし、そしてテメェを許さねぇッ!!」

「ぐだぐだと! わらわらと! このクソ虫どもがああああああああッッ!!」

 

 デビルフィッシュの全身から黒色粒子が噴き出し、ヘビーナイヴスとサーペントを吹き飛ばした。ただでさえ大破寸前だった二機は制御を失って地面を転がり――そして、ア・バオア・クーの端から転げ落ちる寸前で、何か巨大な壁のようなものにぶつかり、止まった。

 それは、巨大な金属パーツの塊。ここまでたどり着くので精一杯だったのだろう、どこもかしこも弾痕だらけで、全身のガトリング砲は折れ、曲がり、あるものは千切れていた。その巨体は、G3ガンタンク。ア・バオア・クー外周宙域で戦っていた、プレイヤー連合軍の機体。

 その目にはすでに光はなく、沈黙しているが――大量の警告音が鳴り響くコクピットでG3ガンタンクを見上げていたラミアを、全身から火花を散らして蹲るサーペントを、優しく抱き上げる者がいた。

 

「……よく、がんばりましたわね。ラミア」

「……お嬢……さま……っ!?」

 

 純白の姫騎士、レディ・トールギス・フランベルジュ。傷つき、倒れたサーペントを、労わる様に肩を貸し、助け起こした。

 

「あなたの想い、受け取りましたわ……だから、私も。ラミアの心も、この剣に乗せて――」

 

 嗚咽が溢れ、喉が詰まって言葉にならない。涙に歪む視界に、レディ・トールギスが堂々と立つ。見れば、メガキャノンは失い、装甲はひび割れ、トールギス独特のマスク部分も砕けて、その下のガンダム顔が露出している。しかし、それでも。ラミアの目には、ビーム・フランベルジュを掲げるその姿は、何よりも誇らしく、輝いて見えた。

 

「――悪を、討ちますっ!」

 

 飛び立つレディ・トールギスに続いて、G3ガンタンクの影から飛び出す機影が、四つ。

 

「良い口上だ、気に入ったぜ妹想いのお兄ちゃんよ。こいつが終わったらウチの店で働かねぇか? がっはっは!」

「あとはウチらに任しときぃ。やるでっ、カメちゃん!」

「応よッ、エリサぁぁっ!」

 

 ガンダム・セカンドプラス、店長。AGE-1シュライク、アカツキ・エリサ。

 

「助けに来てあげたわよっ、アカツキエイト! 感謝しなさいよねっ!」

「人を狂わせる黒い粒子……これで、終わりにするわぁ! いくわよぉ、ユニコーン!」

 

 AGE-2リベルタリア、キャプテン・ミッツ。ユニコーン・ゼブラ、タマハミ・カスミ。

 全機が全機、今、動いているのが奇跡的なほどの損傷ばかり。だが、突っ込んでいく面々に、躊躇も迷いも欠片もない。

 轟々と吹き荒れる黒色粒子を身にまとうデビルフィッシュへと、一直線に突撃する!

 

「く、はは……クハハハハハ! 雑魚が数匹増えたところで! オーバードーズ・システムが使えないから何だと言うのです! 今、計算してみましたが、このデビルフィッシュに内蔵した黒色粒子を暴走させフィールド全てを黒色粒子化させれば! GBOメインサーバーの処理能力を超える! ここまでよく粘りましたが、貴様らの頑張りすぎですッ!」

 

 噴き出した黒色粒子が渦を巻き、デビルフィッシュを中心とした巨大な竜巻を発生させた。漆黒の竜巻はア・バオア・クーの岩盤をも掘削しながら猛烈な勢いで巻き上がり、瞬く間に天を突くような巨大さに成長する。

 

「まずは貴様らを壊滅して掃滅して撃滅して! 邪魔者が消えてから、処理限界を超えたメインサーバーにハッキング! 個人情報を流出! 企業秘密の強奪、漏洩、売却! こんなゲームを終わらせる手段など、この私にかかれば、まだ無限にぃぃッ!」

 

 そして竜巻を突き破って飛び出したのは、まるでサイコガンダムのようなサイズに巨大化したデビルフィッシュ。瞬時にMA級の超大型重ガンプラと化したデビルフィッシュは、両掌とサブアーム、そして腰から突き出したサブレッグにまで黒いパルマフィオキーナを展開し、暴風の如く暴れまわる。

 

「黒い粒子はぁ、私も使う……けどぉ、こんなのはぁ! ガンプラバトルじゃないわぁ!」

 

 岩盤を削る横殴りの黒いパルマフィオキーナを跳び越え、カスミはデビフィッシュの股の間に飛び込んだ。そして、NT-Dを覚醒、全身の黒いサイコフレームを最大限に展開し、デビルフィッシュの右脚にしがみ付いた。

 

「使うのは、これが最後……全部奪ってぇ! ユニコォォォォンッ!!」

 

 ――ゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 ユニコーン・ゼブラが雄叫びを上げ、黒いサイコフレームがさらにもう一段階伸長・展開。猛烈な勢いで黒色粒子を吸い上げる。デビルフィッシュから噴出していた黒色粒子の勢いは一気に弱まり、黒いパルマフィオキーナは霧散した。

 ほぼ同時、狙いすましたタイミングで、金色の流星がデビルフィッシュの左膝に突き刺さった。流星の先端部、輝く九連装ビームサーベルが膝関節を深々と抉り、破壊。踏ん張りの利かなくなったデビルフィッシュは突撃の勢いにまけ、その巨体をぐらりと傾けた。

 

「アンタみたいな悪者なんか、私と、アカツキエイトと、あと他のみんなで! やっつけちゃうんだからーっ!!」

 

 ピーコック・ズバッシャーを膝に突き立てたまま、ミッツはリベルタリアを巡行形態からMS形態へ。砕けた膝を捩じ切らんばかりの勢いでしがみつき、バーニアを全開にしてデビルフィッシュを押し倒しにかかる。

 

「雑魚が! 雑魚どもがぁぁッ! 私の邪魔をォォッ!」

 

 イブスキは喚き散らしながらも、サブレッグを地面に突き立て、倒れる身体を支えようとする。

 が、しかし、

 

「ウチ左やるわ、カメちゃん右!」

「了解ッ!」

 

 まさに肉弾。弾薬の尽きたセカンドプラスと、刀の折れたシュライクには、もはや身体ごとぶつかっていくことしかできなかった。しかし、超重量の武装を満載した機体を加速させるセカンドプラス、そして瞬間移動とも見紛う高機動戦闘を可能とするシュライクの、ブースターの推進力はまだ生きていた。

 

「えぇい、死にぞこないのガンプラごときがァッ!」

「壊れかけでも、弾が尽きても! 神戸心形流のガンプラには地力ってのがあるんだよッ!」

「ウチらの心形流魂、舐めんなやあああああッ!」

 

 左右のサブレッグにそれぞれ突っ込んだ店長とエリサは、そのままフットペダルベタ踏みでブースターを全力全開、ついにデビルフィッシュは轟音と土煙を巻き上げて引き倒される。

 

「行きますわよ、ラミア!」

「はいっ、お嬢さま!」

 

 その瞬間を逃さず、二人は完ぺきなコンビネーションで飛び掛かり、デビルフィッシュの両掌に、刃を突き立てる。右手を貫き、地面へと縫い留めるアンジェリカのビーム・フランベルジュ。左手に喰らい付き、抑え込むラミアのサーペントハング。イブスキは二人を振り払おうとコントロールスフィアを振り回し、唾を飛ばして怒鳴り散らす。

 

「貴様らァァッ! 自分が何をしているか、解っているのかァァッ! 私が、この計画のために! どれほどの金と時間をォォッ!!」

「何を言おうと、しようと、無駄ですわ。この切っ先は断罪の刃。今までの貴方の所業に対する、天誅の剣! 悔い改めなさい、イブスキ・キョウヤ!」

「この牙は、猛犬の牙。我が罪を贖いきるまで、絶対に放さない……諦めないッ! もう二度と、お嬢さまの前で恥ずかしい真似などできるものかッ!」

「不快不快不快不快不快不快ッ! 不愉快極まりますねぇえッ、貴女たちはぁぁあッ!!」

 

 イブスキは、残った二本のサブアームに黒色粒子を集中。再度、黒いパルマフィオキーナを展開し、自分の腕も巻き込む勢いで振り下ろそうとするが、

 

「させるかぁぁッ!」

「ゴーダ・バン! 貴様、しつこくもぉぉッ!」

 

 黒いパルマフィオキーナを打ち砕き、掌を貫く大型ナイフ。力の限り振り下ろしたその切っ先はサブアームを貫通し地面に突き立つ。バンはその上から機体ごと覆いかぶさるようにして押さえ込んだ。ほぼ同時、もう一方のサブアームにも、肘関節を抉るようにして細身のナイフが捻じ込まれていた。

 

「GNテールブレード。意外と隠し技(ギミック)多いんスよね、俺の機体って」

「ス、〝傭兵(ストレイ・バレット)〟ォォォォ……ッ!!」

 

 両腕、両脚、サブアームとサブレッグ。八本の手足を全て封じられ、仰向けに拘束されたデビルフィッシュ。ボロボロで、壊れかけで、いつ撃墜判定が下されてもおかしくないガンプラばかりのはずなのに、イブスキがどれだけ暴れようとも誰一人として手を放さない。

 苛立ち、煮えくり返る頭で、イブスキは必死に考える。

 そうか、あのユニコーンだ。私と同じく黒色粒子を使うあのユニコーンが、デビルフィッシュの黒色粒子を吸い取っているから、パワーが出ないだけだ。オーバードーズ・システムを奪われたのも痛かった。まさか〝傭兵(ストレイ・バレット)〟が裏切るとは。報酬が足りなかったか? アカサカは、情報収集が少々上手いだけの高校生程度にいったいどれほどの金を払ったというのだ。畜生、かの老人どもめ。あいつらが予算を惜しむからこんなことに。そうだ、私の計画は完璧だった。私の責任ではない。予想外のファクターが連鎖反応を起こして、こんな――

 ア・バオア・クーの天蓋に磔にされ、天を仰いだイブスキの視界に眩い光が差し、イブスキは思わず目を細めた。

 宇宙を模した電脳空間である、この戦場の天辺。黒色粒子も、なりそこないのヘルグレイズも吹き飛ばされて、再び覗いた濃紺の星空。その中心に、一際輝く星が見える。

あれは、あの星は。大きく、熱く、炎を巻き上げ燃える星。あれは――

 

「……太陽……ッ!? ま、まさか! 〝太陽心(ブレイズハート)〟ォォォォッ!!」

《FINAL BLAZE UP!》

 

 炎を超え、光となった燃焼粒子エネルギーが、クロスエイトを蝕んでいく。

 発動しただけで熱量制御機構(フルブレイズ・ユニット)を大破炎上させるファイナルブレイズアップを、ユニットすらない状態で使えばどうなるか。それは、クロスエイトの制作者であるエイト自身が、一番よくわかっていた。

 燃え盛る粒子炎がクロスエイトそのものをプラフスキー粒子に還元し、炎と化し、光となる。刻一刻と膨れ上がっていく熱量の全てを、モルゲンロートへと注ぎ込んでいく。真空の宇宙空間のはずなのに、その刀身から陽炎が立つ。限界を超えた熱量を注ぎ込まれたモルゲンロートまでもが、粒子炎化し始めているのだ。

 

「ごめんよ、クロスエイト。もう少し、頑張ってくれ。今、ここで、あの男を討たなきゃならないんだ……!」

 

 滝のように流れる汗が、真っ赤に染まったコンソールパネルへと滴り落ちる。そこに映し出された機体状況は、絶望的。粒子炎化していく装甲のことを差し引いても、クロスエイトには無事な場所がない。特に両腕の負荷は限界を超えており、腕が胴体にくっついていること自体が奇跡的な状態。モルゲンロートの質量を支えきれず、その切っ先はガタガタと震え続けていた。

 最後の一撃。絶対に外せない。それなのに、あと一歩なのに――!

 

「……ッたく、しゃあねェなァ!」

 

 ――震えが、止まった。

 

「支えてやるよ、エイト。オレの腕を使え」

 

 太く、大きく、力強い掌。ドムゲルグ・デバステーター。粒子炎に巻き込まれ、自身も燃やされていくのも構わずに、クロスエイトの腕に手を添えて、モルゲンロートを一緒に握る。

 

「ふふっ……ナツキだけじゃあ不安だなあ」

 

 しなやかで、繊細で、正確無比。レッドイェーガーの掌がクロスエイトの腕に添えられえる。クロスエイトにぴたりと寄り添うレッドイェーガーにも粒子炎は延焼するが、その指先に狂いはない。

 

「私が狙おう、エイト君――少し、右だよ」

「ナノさん……ナツキさん……!」

 

 エイトは溢れ出しそうになった感謝を飲み込み、真っ直ぐに眼下の敵を睨みつけた。真っ平になったア・バオア・クーの天蓋に磔にされた、黒い巨躯。黒色粒子の権化、騒動の黒幕、デビルフィッシュ――イブスキ・キョウヤ。

 蛸のようなその八本の手足を、仲間たちが身を挺して押さえ込んでいる。

 これが最初で、最後のチャンス。

 

「行きましょう……行きますッ!」

 

 三人の心が一つになり、そして、クロスエイト、レッドイェーガー、ドムゲルグ、三機を燃やす粒子炎も混じり合い、一つとなる。炎を超え、光を超えた灼熱の粒子の奔流は、渦巻き収束し、再び一つの形となった。

 燃え盛る光の翼。灼熱する光の剣。その姿は、紅蓮に燃える光のガンダム。

 

「そ、そんな……ゲームだぞ、たかがゲームだぞッ!? 電子情報のやり取りに過ぎない! 0と1の集合体、ただのプログラム! 所詮は高価な玩具というだけの! それが、こんな、オカルトが! 私は認めない、認められるものかァァァァッ!」

「……でも、それが。だから、これが。これこそが、ガンダムです!」

 

 狼狽し喚き散らすイブスキに、手足を押さえつけるガンプラたちを振りほどこうと無様に身を捩るデビルフィッシュに、エイトは熱く、静かに告げた。そして、ナツキに支えられ、ナノカに手を添えられた太陽化(ファイナル・ブレイズ)モルゲンロートを、両手で強く握り締める!

 

「ブチ撒けようぜェ、エイトォッ! ――〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ヒシマル・ナツキ!」

「さぁ、始めよう。そして、終わらせよう! ――〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟アカサカ・ナノカ!」

「はいっ! 〝太陽心(ブレイズハート)〟アカツキ・エイト! チーム……いや! ガンダム・ドライヴレッド! 戦場を翔け抜けるッ!」

 

 羽搏く光の翼、宙域に迸る膨大なる熱量の余波。燃え盛る太陽は、音も衝撃も残像すら置き去りにして亜光速まで加速、真紅の流星と化して一直線にデビルフィッシュへと突っ込んだ。イブスキは断末魔の咆哮を上げながら、デビルフィッシュの胸部装甲を展開、機体に残る最後の黒色粒子を掻き集めたガルガンタ・カノンを撃ち放つ。しかし、太陽化したモルゲンロートにとって、燃え盛るプラフスキー粒子そのものと化したガンダム・ドライヴレッドにとって、もはや黒色粒子は燃料以外の何物でもない。黒い光を掻き分け、蹴散らし、焼き払い、なおも光と熱とを増しながら、エイトは、ナノカは、ナツキは、ガンダム・ドライヴレッドは、ただ真っ直ぐに突き進む!

 

「「「うらあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」」」

 

 突き立つ切っ先。伝播する熱量。沸騰するデビルフィッシュ。焼却、蒸発、形象崩壊。粒子還元、昇華滅却。黒色粒子の最後の一辺までも、影も残さず焼き払う。溢れ出す莫大な熱量は小型の太陽となってア・バオア・クーを飲み込み、そして宙域全体を光で包み込んだ。戦場の全てが光となり、全てが焼き尽くされていく。

 光の中でエイトは、粒子化した全てのものと繋がっていた。透き通ってしなやかで、芯の強い真紅の光。これはナノさん。よく似た真紅でも、大きく熱く輝きを放つ、これはナツキさん。姉さんは少し意地の悪い、でも真っ直ぐな赤紫の光。それに寄り添う青みの強い紫色は、店長さんか。一点の曇りもない真珠のような純白は、ヤマダ先輩。その周囲を付かず離れず周る、ラミアさんの銀色の光。自由な軌道を描く青はタカヤ。磨かれたナイフのような鋼色は、バンさん。遠慮なく煌く金色は、ミッツちゃん。サイコフレームのような緑色は、カスミさんだ。

 そして、もう一つ――燃え上がり粒子化したデビルフィッシュもまた、ガンダム・ドライヴレッドの一部となった。それは、本当に僅かな時間。刹那にも満たない、須臾の刻。エイトは、イブスキとも繋がった。

 そこには、小さな闇だけがあった。その闇は、繋がったからといって何を伝えるでもなく、ただひたすらに闇であり続けた。対話を拒み、何も伝えず、何も受け入れず。そしてその闇は、何もわかり合うことのないまま、太陽の光に呑まれて、消えた――

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――真っ白に染まった視界が、再び色を取り戻していく。限界を超えて無音になっていた耳に、少しずつ音が戻ってくる。

 エイトは今、いくつかの感覚が麻痺しているのを自分で感じていた。わかるのは、流れる汗が頬を伝い、あごの先から落ちていく感覚。ずっしりと、手足を襲う疲労感。どこかぼんやりと、重力を失ったような浮遊感。

 先に戻ったのは、視覚だった。

 見慣れた景色。GP-DIVEの二階、バトルシステムのある大部屋。二部屋のうちの一つ。こっちの部屋は、僕とナノさんとナツキさんで使っていて、もう一部屋は姉さんと店長とメイファちゃんが……

 次に、聴覚が戻ってきた。音が聞こえる。声が、聞こえる。何を言っているかわからない……いや、わかる。一瞬、脳の処理が追い付かなかっただけだ。何度も聞いた声。聞いた言葉。GBOでも、現実(リアル)でも、何度も、何度も、僕の名を呼んでくれた、あの声。

 

「……エイト」

「……エイト君」

 

 その次に感覚が戻ったのは、手。どうやら自分は今、左右の手をそれぞれ握られているらしいことが、わかった。そしてどうやら、自分はちゃんと喋れそうだということにも気づく。

 

「……ナツキ、さん」

 

 そしてエイトは、右手側を見た。ナツキが、笑っていた。エイト以上に、滝のように汗を流して、それを拭おうともせずに、笑っていた。熱く熱を持った掌が、エイトの右手を力強くつかんでいる。

 

「……ナノ、さん」

 

 振り返って、左手側。ナノカが、泣いていた。玉のような涙を次から次に目尻から流し、肩を震わせて、微笑みながら泣いていた。優しく温かい指先をエイトの指に絡め、熱を伝え合うように握っている。

 二人の溢れ出す感情を受け止めながら、エイトはバトルシステムに目を向けた。現実のガンプラにはダメージがないはずの、GBO。しかしそのシステムを超えて戦ったクロスエイトは、全ての塗装が焼け落ち、灰色にくすんでいた。そして、クロスエイトと一つになった、レッドイェーガーとドムゲルグも、また同じく。

 

(ありがとう、クロスエイト……みんな、ありがとう……)

 

 ――真っ白に燃え尽きたエイトの胸に、すべてが戻ってきた。

 エイトは左右の掌にぐっと力を籠め、二人の掌を握り返した。そしてそのまま、高く掲げる。誇るように、讃えるように。そして、今ここにはいない――けれど、確かにつながった、すべてのGBOプレイヤーたちに、言葉にしきれないほどの感謝を、捧げるように。

 

「――僕たちの、勝ちです!」

 

 溢れる涙、歪む視界。また、何も見えなくなる。だがしかし、エイトの耳にははっきりと聞こえていた。バトルの終わりに、何度も聞いたあの言葉が。GBO特有の、ハスキーな女性のシステム音声が告げる、あの言葉が。

 

《――BATTLE ENDED!!》

 

 

 

 メモリアル・ウォーゲーム 戦闘報告(リザルト)

 総参加者数:5,414名(最終生存者数:11名)

 総撃破数 :85,321機

 総作戦時間:1時間24分27秒

 作戦結果 :勝利

 

 

 

 ――西暦20××年、八月十五日。この戦いののち、GBOサーバー群には、全面的・長期的かつ大規模のメンテナンスが実施された――

 

 




エピローグ予告

《次回予告》

 ――後に〝黒色粒子事変(ブラックアウト・インシデント)〟と呼ばれる騒乱から、半年。
 セキュリティの強化、社会的影響への対応、黒色粒子の完全排除。
 様々な事後処理と安全措置を終え、GBOは新生・再始動の時を迎えようとしていた。

 ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド エピローグ『アフター・ザット』

 Hello world. 
 Hello new world.
 Hello Gunpla Battle Online ver2.0〝THE WORLD〟.



◆◆◆◇◆◆◆



 と、いうことで。GBOドライヴレッド第50話でした。
 数々の戦いを経て、ついに引きこもり魔王・トウカと、クソ陰険黒幕野郎・イブスキをフルボッコにできました。とりあえずこの50話ではバトルに関しての最終話ということで、残された因縁や伏線、トウカとイブスキのこの後やその他もろもろついてはエピローグでまた触れます。
 ……兎も角。三年にわたって連載(そのうち半年以上が休止状態ということは謝罪あるのみ)してきた拙作本編も、残すはエピローグのみです。ここまで来れたのも、読んでくださり、感想を書いてくださったり評価やお気に入りを入れてくださったりした皆様のおかげです。どうか最後までお付き合いください。
 感想・批評もお待ちしております!!


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Epilogue 『アフター・ザット』

これにて、本編完結です。
どうぞ、ご覧ください。


 ――季節は巡り、春。卒業式を終え、しかし春休みにはまだ入っていないこの時期、大鳥居高校の敷地内に植えられた早咲きの桜は、満開に咲き誇る。グラウンド脇の日当たりのいい高台に位置する部室棟周りの桜は特に早咲きで、吹く春風に薄桃色の花吹雪を乗せていた。

 

「あーっはっはっは! 新ぶちょーの、爆☆誕! な の で す !!」

 

 そんな平穏かつ風流な情景をぶち壊す、これでもかというほどの高笑い。

 

「ナルミが新部長に就任したからには、スパルタ&スパルタ&スパルタン! なのです! ビシバシいくから覚悟しろなのですーっ!!」

 

 大鳥居高校ガンプラバトル部の新部長、来年から三年生となるのだがどう見ても中一ぐらいにしか見えない小さな暴君ナルカミ・ナルミは、どうやら炭酸ジュースで酔っ払える質らしい。一杯目に呑んだコーラよくなかったようで、ついさっきまでは卒業式以来数日ぶりにあったアマタ・クロに泣きついていたくせに、今ではコップを片手に、今後の部活についてなどを声高らかにぶち上げていた。アマタは困ったように笑いながら、ナルミのコップにオレンジジュースを注ぎ足す。さすがに、もう炭酸を飲ませるつもりはないようだ。

 

「あっひゃっひゃ♪ こりゃあウチの部は、今後も退屈しなさそうだなー。ねっ、ダイちゃん♪」

「……うむ。これなら、安心して旅立てるというものだ」

 

 新部長の扱いにあたふたしている下級生たちを見てゲラゲラ笑いながら、カンザキ・サチはバリボリとお菓子を口に放り込む。前部長であるギンジョウ・ダイは、腕組みをして頷いていた。

 大鳥居高校ガンプラバトル部の新旧部長の引継ぎは、遅れに遅れてこの時期となった。その理由は、たった一つ――部室の壁に新しく作られた、金属製の棚。そこに飾られた、誇らしげに輝くトロフィーたち。

 全日本ガンプラバトル選手権、チームバトルの部、優勝。金色に輝くRX-78ガンダムの胸像。

 世界ガンプラバトル選手権、チームバトルの部、ベスト8。同じくガンダムの、ブロンズ立像。

 そして、三人一組(スリーマンセル)のバトルに二人(タッグ)で挑戦し勝ち進んだ栄誉を称える、審査員特別賞。シャアザクの横顔を象った、赤銅のレリーフ付き表彰盾。

 これらの功績から、ダイとサチの二人はかの私立ガンプラ学園、その大学部への推薦入学が決まっていた。

 

「……あっ、そうだ! アカツキは? アカツキはどこに行ったのです! 今からあいつを、特別にナルミの専属パシリに任命してパワハラ祭りなのです! アーカーツーキー!」

 

 すっかり暴君と化したナルミは、エイトを呼びながら部室内を走り回る。巻き添えを避けようと慌てて壁際に飛び退く部員たち。あきれてため息を吐きながらも抑えにかかるアマタ。ダイはどう見ても日本酒が入っているようにしか見えないお猪口からミネラルウォーターを飲みつつ、サチに目配せをした。

 

「……おい、サチ。教えてやらなくていいのか」

「んー? ああ、お目当ての彼はなんか用事とかって、ナノカちゃんとご一緒に早引けしたって? ん~、ど~しよっかな~。教えよっかな~、やめとこっかな~……あっひゃっひゃ♪」

 

 楽しそうに――心底、楽しそうに。サチは笑いながら、ジンジャーエールをペットボトルからラッパ飲みした。ダイはあきらめたように首を振り、フッと微笑んだ。

 今この時は、進学しこの地を離れることが決まっている二人にとって、大鳥居高校で過ごす最後の時間。自分たちで立ち上げ、ガンプラ制作やバトルの練習や、それ以外にも多くの時間を過ごしたこの部室とも、これでさよならだ。ならば何もこんな時に、事を荒立てる必要もないだろう――以前は幼馴染としてしか見ていなかったサチと恋人として付き合うようになってから、ダイにもそれなりに「察し」というものがつくようになっていた。

 

「おい、ナルカミ二年生……いや、ナルカミ新部長。俺からの最後の引継ぎだ。貴様にガンプラバトルを申し込むっ!」

「ほほう、突然ですがいい度胸なのです、()部長。今のナルミは調子に――違う、ノリにノっているのです。例え世界選手権ベスト8の()部長といえど、今のナルミは止められないのです!」

 

 酔った勢い(炭酸に)で気の大きくなっているナルミは、気分の移り変わりも早い。大口を叩きながら百里雷電を引っ掴み、GPベースにセットした。ある意味お祭り騒ぎでもあるこの新旧引継ぎ会では、いつでもガンプラバトルができるように、システムの電源は入れっぱなしだ。システムはすぐにプラフスキー粒子を放出し始め、バトルフィールドが形成される。ダイも愛機ダイガンダムを、GPベースに乗せる。

 

《GANPRA BATTLE.Combat Mode. Damage Level,Set to B.》

「……オレも甘くなったものだ。上手くやれよ、アカツキ一年生。アカサカ同級生」

「なぁにをブツブツ言っているのです、()部長! ガチバトルなのです! 油断するななのです、()部長!」

 

 ナルミはわざと「旧」を強調して、ダイを挑発する――だが、その眼は、真剣そのもの。武人であるダイには、炭酸に酔った勢いだけで勝負を受けたのではないことが、その眼差しから感じられた。そんなナルミを微笑ましく思いつつ、軽く挑発し返してみる。

 

「いいのか、ナルカミ二年生。その機体は複座式のはずだ。アマタ同級生なしの貴様が、このオレと戦えるつもりか」

「ふふん、心配はご無用なのです。根暗前髪先輩はもうご卒業なのです。先輩なしでもナルミは戦える――戦うのです! 戦ってみせるのです! なにせナルミは、新部長なのですから!」

 

 ――その意気や良し。ならばこの部活は、きっと大丈夫だ。ダイは自分の部長選びに改めて納得し、ちらりとサチを――元副部長を見返した。視線に気づいたサチは、いつものように「あっひゃっひゃ」と笑いながらも、力強く頷き返す。

 その間にもバトルフィールドの形成は終わり、出撃準備は整った。ダイは大きく息を吸い、目の前のバトルに集中する。

 

「ダイガンダム。ギンジョウ・ダイ。……参るッ!」

「百里雷電・改式! ナルカミ・ナルミ! 暴れるのです!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ヤマダ重工大鳥居支社・工場裏の社員寮、その女子寮と男子寮の間に造園された中庭。寮の中庭というには余りにも美しく手入れされた欧州風の庭園に、桜の花びらが舞い込む。工場のすぐわきには桜並木が東西に走っているので、おそらくそこから春風に乗り、流されてきたのだろう。

 

「――では、裁判は長引きそうなのですね。アカサカ室長」

 

 短く刈り込まれた新緑の芝生、その中央に置かれた欧州風のティーテーブル。その上には一部の隙も無く磨き込まれたティーセットと、ヤマダ重工の社章が刻印されたノートパソコンが置いてある。

 

『ヤジマ法務部から報告を受けた。かなり腕利きの弁護団が、奴のバックについたそうだ』

 

 今から約半年前。〝黒色粒子事変(ブラックアウト・インシデント)〟の後、ヤジマ電脳警備部は総力を上げてイブスキのアクセス元を解析。これまでの用意周到、神出鬼没、深謀遠慮が嘘のようにあっさりと居場所は判明し、通報を受けた地元県警により、イブスキ・キョウヤは逮捕された。

 ネット社会に与えた衝撃の大きさから、この件は大きな話題になるかと思われたが、マスメディアは悉くこの事件を無視し、黙殺し、報道しなかった。ヤジマ商事ガンプラバトル事業部の公式会見にも、取材に来たのはネット上を中心に展開する一部のメディアのみ。それはまるで、メモリアル・ウォーゲームの直前、ネット上で大きな騒ぎとなっていたゴーダ・レイの動画のことを、マスメディアが一切取り上げなかったときのようで――裏で、何かが。何かの力が。働いているとしか、思えなかった。

 

『私も公判の傍聴には参加しているが……警察の取り調べでは完全黙秘を貫いた奴が、裁判官が止めろと言うまで立て板に水の雄弁ぶりだ。ヤジマの情報管理の甘さ、VRゲームが心身に与える影響、プラフスキー粒子の危険性。そして今回の、弁護団の手配。奴の裏には、単純な資金源というだけではない何か(・・)がいると、我々は考えている』

「気になりますわね。イブスキ・キョウヤを、支援する存在……黒幕の、さらに裏を暗躍する何者か……」

『……〝這いよる混沌(ビハインド・ザ・カーテン)〟……奴もまた、闇の一部にしか過ぎなかったということだ』

 

 苦々しさを感じさせるアカサカの声に、アンジェリカは形の良い眉の間にしわを寄せつつも、気品に満ちた所作で薄いティーカップに満たされた琥珀色の紅茶を飲みほした。そして、音もたてずにカップを置くと、そばに控えていたラミアが、とくとくと静やかに紅茶を注ぐ。男物の執事服を一部の隙も無く着こなすラミアの姿は、私服の真珠色のドレス姿のアンジェリカとも相まって、まるで最初からそう描かれていた絵画のような美しさだった。

 ……しかし、そんな雰囲気をぶち壊しにする男が二人。

 

「ぅあっちぃッ!?」

「あー、もう、だめだめッスねぇ、バンさん。こーゆー紅茶は、もっと優雅にあっちいッ!?」

 

 やけどした舌を突き出して、ひぃひぃ騒ぐバンとタカヤ。

 

「もう、あんちゃん、タカヤにぃちゃん。ふたりとも、ガサツなんだから……あっ!」

 

 そんな二人に、レイはほっぺを膨らませてぷりぷり怒りながらも、コップに水を注ぎ、手渡……そうとして何もないところで躓き、二人に頭から水をぶっかける。

 瞬間、ラミアは目にも止まらぬスピードでティーセットを片付けノートパソコンを持ち上げテーブルクロスを盾にしてアンジェリカへの水しぶきをガード、さらにどこからともなく替えのテーブルクロスを取り出してしわ一つなくテーブルにセット、ティーセットとノートパソコンをまた完璧に配置、そしてひっくり返るバンとタカヤは放置してレイだけイスに座らせて、子供用にガムシロップを多めにしたアイスティーと簡単なお茶菓子を用意した。この間、実に二秒足らず。

 

『……ん? どうしたヤマダ女史。一瞬、映像が乱れたが』

「いいえ。お気になさらずに、アカサカ室長。この半年でラミアがまた人間離れしてきただけですわ」

「お褒めにあずかり光栄です、お嬢さま」

 

 深々と腰を折るラミア。澄ました表情の中に、自慢げな色が隠しきれていない。

 

『そ、そうか……ならば、よいのだが。では、次の要件に入らせてもらおう』

「ええ、お願いいたしますわ」

 

 そう、そもそもが今日このタイミングで、アンジェリカ達がここに集まっているのはアカサカに呼ばれたからなのだ。ここにいる五人は、全員がアカサカに指名されたメンバー……先のイブスキの裁判に関する話は、因縁が深くはあるが、本題ではない。アンジェリカはノートパソコンのスピーカー音量を上げ、他にも見やすいように画面の角度を変えた。

 レイはちょっと背伸びをするようにしてアンジェリカの横から画面を覗き込み、バンとタカヤも、ラミアから雑に投げつけられたタオルで頭を拭きながら画面の前に集まる。

 

『君たちも承知の通り、〝黒色粒子事変(ブラックアウト・インシデント)〟以降、ネットゲームを取り巻く環境は大幅に変化した――実名登録、本人確認は当たり前。その他にもありとあらゆる安全確保のための方策が、文字通り万策尽き果てるほどに張り巡らされた。中でも我がヤジマ商事は、GBO運営本部は、最大限かつ最大級、そして最高峰のセキュリティ対策を実装した。事変の当事者として、当然のこととして』

 

「そして、完成したのがGBOVer2.0……あの事変から半年となる今日、満を持して配信される、新たなるGBOの姿……ですわね」

『その通りだ、ヤマダ女史。GBOVer2.0〝THE WORLD〟……我々が考えうる最高のセキュリティに守られた、世界で最も安全なネットゲーム。そして、ガンプラバトルの魅力を、世界に広める箱舟だ』

 

 ノートパソコンの画面上に、GBOのタイトルロゴが大きく映し出される。GBOの三文字の下に、《Gunpla Battle Online ver2.0 THE WORLD》の表記。そして、もう残り数分となったカウントダウン。刻一刻と減りゆくその数字がたどり着く時刻は、三月十五日十六時二十四分二十七秒――黒色粒子を、デビルフィッシュとイブスキ・キョウヤを、〝黒色粒子事変(ブラックアウト・インシデント)〟を、燃え盛る太陽が焼き尽くし終わらせたあの瞬間から、ぴったり半年後。

 GBOの新生を祝すには、実に相応しい時刻といえるだろう。

 

「うち、とってもたのしみだよ。あたらしいGBOで、あんちゃんたちとあそべるの! タカヤにぃちゃんや、アンジェおねぇちゃんや、ラミアおねぇちゃんともなかよくなれたし!」

『……ゴーダ・レイさん。貴女がそう言ってくれることが、我々にとってどれほど救いになることか……ありがとう』

 

 声だけで姿は見えないが、無邪気に言い切るレイに対して、アカサカが画面の向こうで深々と頭を下げているであろうことが、聞いている誰の目にも浮かぶようだった。バンはそれもわかったうえで、アカサカに問うた。

 

「その件は、あの男が裁判で裁かれりゃあいいことだ。あんたたちからの謝罪も補償も、もうこれ以上いらねぇ。大事なことは、俺たちもあんたたちも同じ間違いを繰り返さねぇってことだ。俺は、レイを守る……あんたはGBOと、その全プレイヤーを守る。そうだろ、アカサカさん」

『そうだな、ゴーダ・バン君。そしてそのためにできることを、私なりに考えた結果があるのだが……それが、君たちに集まってもらった、本題ということになる』

 

 画面に浮かぶGBOのロゴとカウントダウンが、画面下へと最小化された。そして入れ替わりに、ヤジマ商事との秘匿回線が開かれた。おそらくアカサカがヤジマ商事側で様々な操作をしているのだろう、数々の認証やその他の素人目には何をしているのかもわからない無数の情報のやり取りが行われた。

 そして浮かび上がった無味乾燥な五文字のアルファベット。ひょこりと画面の前に顔を出したレイが、それを無邪気に読み上げる。

 

「じー、えいち、おー、えす、てぃー……?」

『ガンプラ・ハイパー・オンライン・セキュリティ・チーム……通称、〝GHOST(ゴースト)〟。外側から管理・監督する運営本部と対となり、GBOの内側からGBOを見守る、影なる目――それがこの〝GHOST(ゴースト)〟だ』

《Gunpla Hyper Online Security Team》

 

 アカサカの言葉を追いかけるように、文字列が表示される。その様はまるで、初めて起動したストライクのコクピットで、GUNDAMの頭文字からOSの正式名称が現れた時のようだった。いまいち状況の呑み込めていないらしいレイの頭をぽんぽんと撫でつつ、タカヤはドヤ顔でアカサカの後を引き継いだ。

 

「俺がやっていた外部特別協力員ってのは、実はコイツを結成するためのテストケースだったんスよ。アカサカさんは以前からこの種の部隊の必要性を訴えていたッスけど……GBOのセキュリティ強化を最優先課題なんて言っておきながら、ヤジマ上層部からのOKが出たのはつい数時間前。ま、大人の世界はメンドクサイってことッスね」

『説明を感謝する、サナカ君。彼の言葉を補足するなら、この〝GHOST(ゴースト)〟は当面の間、GBO運営本部室長付き特別運用試験部隊――つまりは、私直属の存在しない部隊(・・・・・・・)ということになる』

「――概ね、理解いたしましたわ。アカサカさん」

 

 アカサカの言葉の切れ目を捕らえて、アンジェリカは飲み終えたティーカップを優雅にソーサーに置き、ラミアに軽く目配せをした。それだけで意図を察したラミアは、一瞬にしてティーテーブルの上に人数分のノートパソコンとGBO用デバイスを揃えた。軽く頷いてラミアの働きをねぎらうアンジェリカの左右の席に、いまだに状況を掴めていないバンとレイが、とりあえずといった様子で腰を掛ける。

 

「あー、悪い。ヤマダのお嬢さん。俺は学がなくてよ、状況を教えちゃあくれねーか?」

「う、うちも……えっと、むずかしい、おはなしかな……?」

「うふふ、そうですわね……つまり、アカサカさんは秘密の部隊を結成したいのですが、その許可が出たのはつい数時間前。大事な仕事ですから、きちんとしたメンバーを集めたい。でも、なにせ秘密の部隊ですから、オープンにはできない。そのうえ、GBOの再稼働はもう目前。だから……と、いうことですわね?」

 

 生徒会風紀委員長のヤマダ・アンジェリカとしては絶対に見せないような、気品の中から悪戯っぽさを覗かせる視線。すでに委細承知のタカヤは肩を竦めて、アカサカに続きを任せた。

 

『ヤマダ女史。ラミア君。バン君。レイさん。そして、タカヤ君。君たちを、特務部隊〝GHOST〟に迎えたい』

「お、俺たちを……!?」

「とくむ、ぶたい……に……?」

 

 驚き、目を見開くバン。レイは相変わらず話の半分も理解していない様子だったが、ラミアがレイの隣にしゃがみ込み、かみ砕いた言い方で耳打ちをすると、「なるほど!」と手を打った。レイの反応を待って、アカサカは言葉を続ける。

 

『私はGBOの責任者として、いくら謝罪してもしきれない……あの事件で、あの事変で。真正面からぶつかり合い、戦い抜いたアカツキ君や私の娘以上に……君たちの戦場は、厳しいものであった』

 

 それぞれの胸に去来する、それぞれの記憶と思い。悪友を、親友を、家族を。欺いた、救えなかった、守れなかった。任務のために。嫉妬のために、生活のために。それぞれに理由と形は違っても、ここにいる五人はそれぞれに、それぞれの傷を負い――それでも、戦い抜いたのだ。

 

『それを生き抜いた君たちにこそ、GBOの護り手になっていただきたい』

 

 ――沈黙。五人の集う中庭を、桜まじりの春風が吹き抜ける。ディスプレイの中ではGHOSTの文字が明滅し、その隣のウィンドウでは、残り数十秒となったGBO再開までのカウントダウンが、やけにゆっくりとその数字を減じていく。

 そんな、停滞したような時の流れ打ち破ったのは、アンジェリカだった。

 

「……ラミア?」

「はい、お嬢さま」

 

 声色だけで意図をくみ取ったラミアは、答えた次の瞬間にはすでに仕事を終えていた。ノートパソコンとGPベース、セッティングされた二機のガンプラ。〝強すぎた白雪姫(オーバーキルド・プリンセス)〟レディ・トールギス・フランベルジュ。〝姫騎士の忠犬(ロイヤルハウンド)〟サーペント・サーヴァント。

 アンジェリカはラミアに全幅の信頼を置き、ラミアもまた、主人への盲目的な依存ではなく、確固たる自分の意志でアンジェリカを信じ、付き従っている。一点の曇りもなく、寄り添い輝く白銀の主従。それこそが、アカサカに対するアンジェリカとラミアの返答だった。

 

「――俺は引き続き、ってことでお願いするッスよ。室長!」

 

 口元はへらへらと笑いつつも、その視線は真剣そのもの。タカヤもGPベースにケルディム・ブルーを乗せた。その腰に装着された青いGNウォールビットには、すでに〝GHOST〟の文字がペイントされている。しかもそれは、フレンド登録したプレイヤーにのみ見える特別仕様という気の早さだ。

 

「こんな俺でも、あんな事件を起こさせない力になれるのなら! ……レイ、無理はしなくていいんだぞ」

「ううん、あんちゃん。うちも、おてつだいしたい……もうだれにも、ガンプラでかなしんでほしくない……!」

「そうか……じゃあ、一緒に頑張るか! 俺たちもやるぞ、レイ!」

「うん、あんちゃん!」

 

 バンの太く力強い手が、GPベースにガンダム・ヘビーナイヴスをセットした。レイはガンプラを持たないが、バンの大きな掌を、小さな両手で包み込むようにきゅっと握った。

 

『……感謝、する……! 情けない大人たちに、どうか力を貸してくれ……!』

 

 その言葉が途切れ途切れに聞こえるのは、通信障害ではないはずだ。アカサカの声色には、GBO運営責任者としての罪悪感と後悔と、そして感謝の念が入り交じっている。アカサカのそんな様子を察しながら、特務部隊〝GHOST〟となった五人は、GBO用ヘッドギアを装着する。

 ちょうどその時、GBOの再始動を秒読むカウントダウンの全ての桁が、ゼロを表示した。勇壮なファンファーレとともに、半年ぶりに表示されるGBOメインタイトル。セキュリティポリシーやその他さまざまな表示が画面上を流れ、GPベースにも火が入る。湧き出すプラフスキー粒子がガンプラをスキャンし、ヘッドギアからの網膜認証との組み合わせで、事前登録された本人確認情報と照合される。

 

《GANPRA BATTLE.Combat Mode. Damage Level,Set to O.》

 

 耳になじんだハスキーな女性のシステム音声。GBOが――GBOVer2.0〝THE WORLD〟が、始まる。

 

『……では初任務だ、〝GHOST(ゴースト)〟の諸君。半年ぶりのリスタートとあって、このタイミングでのGBOへの同時接続数は十数万が予想されている。正直なところ、運営本部は集中アクセスの弊害や初期トラブルへの対応で手いっぱいだ』

 

 語るアカサカの声の背景に、運営本部で飛び交う報告がかすかに入ってくる。十万以上の同時アクセスを捌く戦いが、始まっているようだ。

 

『そこで諸君には、運営権限の一部を用いて各バトルフィールドに潜入、一般プレイヤーと同様にバトルに参加しつつ、悪質プレイヤーの発見・報告をしてもらいたい。運営で審査・検討ののち、対応を通達する。違反行為の内容や状況によっては、〝B弾(バン・バレット)〟の使用許可を出す可能性もある』

 

 アカサカの言葉と同時、アンジェリカ達のウェポンスロットに、新たなSP兵器が登録された。現在は《使用禁止》と表示されているが、多少ネットゲームに詳しければ、名前だけでもその性能の見当はつく。

 

「……おい、アカサカさんよ。このバン・バレットってのは、俺の名前とは当然関係なくて……運営だけができるアレを、まさか俺たちができるってことかよ……?」

『明察だ、ゴーダ・バン君。この弾で撃たれたガンプラとその使用者のアカウントはGBOから半永久的に排除(BAN)される。だからこそ〝GHOST〟は、信頼できる者にしか任せられない』

「……そりゃあ、設置許可がなかなか下りないわけだぜ……意外とやるじゃあねぇか、アカサカさんよ」

『――GBOを、誰もが安心して遊べる、ガンプラバトルの一大プラットフォームにする。それが、私の使命だ』

「その覚悟、確かに受け取りましたわ。私たちにお任せくださいな……その力に見合う責務、果たして見せますわ!」

 

 アンジェリカが言うと同時に、画面がぱあっと大きく開けた。

 広大な世界。連なる山脈に、広がる大海原。立ち並ぶ摩天楼と、コロニーの墜ちた廃墟。流れる大河と滝を抱く密林、砂塵舞い踊る荒野、寒風吹きすさぶ雪原。天井のない蒼穹は、そのまま大気圏外、衛星軌道から宇宙空間にまで繋がっている。

 この世界観こそが、再始動したGBOの最大の特徴。〝THE WORLD〟の名づけの元ともなった、シームレスに広がるオープンワールド。

 

『次世代のガンプラバトルを生み出す、電脳遊戯空間(ディメンジョン)構築計画〝GBN(ガンプラバトル・ネクサス)プロジェクト〟。この〝THE WORLD〟には、そのひな型という側面もある』

「すごい、ですわ……」

 

 勢い勇んで飛び出したアンジェリカですら、暫し見惚れるほどの遠大な光景。ラミアとバンは言葉すら失い、ヤジマ内部での稼働テストに参加していたタカヤも、景色に見入っている。

 

「……ここを、まもるんだね」

 

 ぽつりと呟いたレイの言葉が、全員の耳に、静かに響いた。

 ここにいる誰もが、GBOで傷ついた。でも、だからこそ。もう誰にも、傷ついてほしくない――この世界(GBO)を、守りたい。

 コントロールスフィアを握る手に、自然と熱い力が宿る。

 

「ヤマダ・アンジェリカ! レディ・トールギス・フランベルジュ! 参りますわ!」

「ラミア・ヤマダ! サーペント・サーヴァント! 参ります!」

「サナカ・タカヤ! ケルディム・ブルー! 目標を、狙い撃つッス!」

「ゴーダ・バン! ガンダム・ヘビーナイヴス! 獲物を掻っ攫う!」

「ご、ゴーダ・レイ! うちも、がんばるよっ!」

 

 新生したGBOの空に、バーニアの軌跡を長く曳いて。この世界(GBO)を守るため、〝GHOST〟たちは飛び立った。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――マズい。ミスった。

 ヒシマル・ナツキは後悔していた。今になって思えば、GBOが再始動するという記念すべきこの日に、そんな、期待していたような展開があるわけがないのだ。弟が隠し持っていた男子一人女子多数のハーレムマンガぐらいでしか色恋沙汰を知らなかった自分自身の想像力の限界を、もっと切実に捉えておくべきだったのだ。

 

『ナツキさんに、大事な話があるんです。GP-DIVEに来てもらえませんか――』

 

 嗚呼、約束の日付と時間で気づけよ、私。どう考えてもGBOVer2.0のスタートを、デカいモニターのあるGP-DIVEで一緒に、ってェぐらいの意味だろうが。

 

「んっふっふー。それで、そんなべっぴんさんにキメてきたん? おもろすぎるやろー!」

「やめてやれよ、エリサ。ナツキちゃん、顔真っ赤じゃあねぇか」

「ふぉ、フォローすんじゃねーよ店長! よ、よけいハズいだろうが……ッ!」

 

 半年前の夏、ヒシマル屋でエイトがアルバイトをした時に、出迎えたワンピース姿。もちろん夏服そのままでは少々肌寒いので、春物のカーディガンなどを羽織っている。化粧は道具も経験もまともにないので諦めたが、いつもは自由気ままに外ハネしまくっている赤髪を、今日はできるだけ抑えてきている。

 初めておしゃれに挑戦した中学生のようなコーディネートの、しかしモデル顔負けの長身とスタイルの美女。GBOでの〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟などという悪名とは似ても似つかない姿のナツキが、顔を真っ赤に染めてGP-DIVEのカフェスペースで机に突っ伏していた。

 

「まあまあ、べっぴんさん。顔を上げぇや、べっぴんさん。ほら、あともうちょっとでGBO再開やで、べっぴんさん」

「ッだァァァァ!! おちょくってんじゃあねェぞ、エリサぁぁぁぁ!」

「きゃーこーわーいー! カメちゃーん、たーすーけーてー! んっふっふー♪」

 

 牙をむいて怒鳴り、エリサを追いかけまわすナツキ。実は同い年だったということもあり、この半年の間にエリサとナツキは、気の置けない仲となっていた。小学生とその親ほども身長差のある二人の追いかけっこにタメ息を吐きつつ、店長は店内の大型ディスプレイに目をやった。

 カフェスペースの壁ほぼ一面を占領するその画面には、大きくカウントダウンが表示されている。〝黒色粒子事変(ブラックアウト・インシデント)〟から半年、新生GBOの指導まで、残り十分を切ったようだ。

 

「エイトの坊主、遅れてるな……間に合うのか……」

「――すみません、遅くなりました」

 

 まるで店長の呟きを見計らったかのように、声が響く。いつの間に店内に入ってきていたのか、カジュアルな私服姿のエイトが、カフェスペースの入り口に立っていた。

 

「お、おゥッ!? えええ、エイトォォ!?」

 

 動揺するナツキ、瞬間、意地の悪いニヤリとした笑みを浮かべてエリサはナツキの陰に隠れ、ドンとナツキの背中を押した。必然、たたらを踏むようにしてナツキはエイトの目の前に押し出される。

 

(エリサてめェっ、ちょっ、準備! 心の、心のォォ!)

「あの、ナツキさん……」

「あ、いや、これはエリサが! じゃねェ、服はあの、ちょっと間違ってよォ!」

「……姉さんと、店長にも。お話が、あります」

 

 静かに告げるエイトの声色に、真っ赤に沸騰しかけたナツキの顔は一気に引き締まった。

 すっと道を開けたエイトの後ろから、二人の人物が現れる。ひとりは、アカサカ・ナノカ。いつものように穏やかな表情で、車いすを押している。

 そして、その車いすに乗っているのは――

 

「……現実世界(リアル)では、初めまして、ですね……」

 

 長年の入院生活でやせこけてはいるが、顔立ちはナノカと瓜二つ。身長は明らかに低く、髪の毛も灰色にくすんではいるが、間違いなく双子の――ナノカの、弟。

 元・GBOJランキング〝不動の一位〟にして〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟。イブスキ・キョウヤと共謀し、GBOの転覆をはかった、〝黒色粒子事変(ブラックアウト・インシデント)〟の中心人物の一人。

 

「……アカサカ・トウカ……です」

 

 ナツキも、エリサも、店長も。真一文字に口元を引き締めて、トウカを見つめた。空気は冷たく張り詰め、固く凍り付いている。およそ十年ぶりに家族や病院関係者以外と現実に顔を合わせるトウカにとって、その圧迫感は想像を絶するものであった。

 青い入院着に包まれた痩せた身体が、ガタガタと震える。胸が苦しい。息が切れる。頭が痛い。しかし、車いすを押すナノカは、ただ穏やかな視線をトウカに注ぎ、軽く頷くのみ。病院からここまでの道すがら、少しは会話もできたエイトも、何も言わずに車いすの脇に立っている。

 

 ――自分で、やるんだ。トウカ。

 

 病院に迎えに来たナノカと、父さんと、そしてアカツキ・エイトと、話をした。父さんはついてきたがったが、断った。父さんには、新しく始まるGBOを守る、大事な仕事があるから。姉さんが間に入ると言ったのも、断った。これは、自分の責任だから。アカツキ・エイトは、最初から何も言わなかった。あいつがただの甘ちゃんじゃあないことは、バトルを通じてわかり合えていた……気が、するから。

 

 ――誰かのせいになんて、しない。自分で、やるんだ。

 

 トウカは目を閉じて深く息を吸い込み、そしてゆっくりと吐いた。それでもまだ震える掌に、細く筋肉の足りない両掌にぐっと力を込めて、車いすのアームレストを押し下げるようにして立ち上がった。長らく自分の足で立つということをしてこなかった両足に、痩せこけているはずの自分の体重が重くのしかかる。

 

 ――自分の足で立つって、こんなに苦しかったんだな。

 

 その事実に比喩めいたものを感じて、トウカは自嘲。ただ立ち上がるだけで、その額には玉のような汗が浮かんでいた。

 アームレストから手を放すと、トウカの体は大きくぐらついた。ナノカは思わず手助けしそうになったが、車いすの押し手を力いっぱい握り締めることで耐える。一方エイトは、ただ真っ直ぐな黒い瞳で、トウカの一挙一動を見守っていた。

 そんな二人の様子を感じながら、トウカは何とか真っ直ぐに立ち、気を付けの姿勢をとった。そして顔を上げて前を向くと、ナツキの、エリサと店長の、今まで逃げて避けてきた、他人の生の視線が、自分に突き刺さっている。

 電脳世界では感じることのない、感情の乗った目。言葉に、バトルに、感情が乗ることはあっても、こうも圧力を感じる目というのは、GBOのアバターには実装されていない。

 トウカは自分の中で、気持ちが萎えかけるのを感じた。

 

 ――しかし、それでも。

 

「ほん、とうに……」

 

 痩せこけた全身の筋力を総動員して、腰を曲げる。頭を下げる。それだけで呼吸困難に陥りかけるが、それでも肺から空気を絞り出し、掠れそうになる言葉を何とかつなげる。

 

「ぼ、ボクの、わがまま、で……甘え、で……申し訳、ありま……せん、でした……っ!」

 

 ――わかっている。こんなもので、済む話じゃない。GBOに与えた被害。ヤジマ商事に与えた損害。世間を騒がせた罪。そして、未遂に終わったとはいえ、一歩間違えば一人の少女(ゴーダ・レイ)の心と体に、一生消えない傷を残していたかもしれないという事実。

 罪深い。底なしに、罪が深い。そして自分の思慮の浅さに、今になって身震いする。歯噛みする。〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟という二つ名も、的外れではなかった。ボク自身が黒い黒い罪の底に沈んでいるということを、よく表しているじゃあないか。深すぎて、暗すぎて、黒すぎて、太陽に照らされるまで自分の醜さにすら気づけなかったボクには、まったく丁度いい名前だった――

 

「――ッたく、しゃあねェなァ!」

 

 ぽんっ、と軽く。肩を突かれて、トウカは車いすに座らされた。目を白黒させるトウカの髪を、ナツキの掌ががしがしと乱雑にかき乱す。かき乱しながらグイっと顔を近づけて、吐息のかかる様な距離で睨みつける。

 

「ガンプラ、持ってきてっかァ?」

「え、あ、が、ガンプラ?」

 

 言葉の意味を飲み込めずにいるトウカの目に、大画面に映し出されたカウントダウンが飛び込んできた。そこに示された残り時間は、あと2秒、1秒――そして、

 

《GANPRA BATTLE.Combat Mode. Damage Level,Set to O.》

 

 勇壮なファンファーレとともに、GBOが、再び始まる。

 再開を心待ちにしていた数万、数十万のGBOプレイヤーが、好敵手が、仇敵が、戦友が、怒涛の勢いでメインサーバーに繋がっていく。画面に満ちていく情報の奔流、溢れ出すプラフスキー粒子、文字で、音声で、繋がり合う通信の数々。

 

『――久しぶりねっ、アカツキエイト! この私がGBO再開一番に、わざわざ声をかけてあげてるんだからっ! 早く来なさいよねっ!』

『ふふ……また、私と、ユニコーンとぉ……遊びましょぉ……♪』

『きゃっほー♪ ひっさしぶりのGBO! 兄兄ズといっしょに、あっばれちゃうにゃーん♪』

『待っていたぜGBO! 俺たちのガトリングが火を噴きまくるぜぇぇぇぇッ!!』

『ゆかりん☆放送局、今日はここまでっ♪ ……ここからは、私も本気で遊ばせてもらおう!』

『待っていたよ!』『ありがとう運営! ありがとうGBO!』『楽しむぜ!』『やったーー!』『GBO、いきまーす!』『はじまるぜー!』『戦闘開始っ!』『俺が、ガンダムだ!』『ひゃっほおおお!』『また会えたな!』『コテンパンにしてやるぜ!』『不死身のGBOサワー様のお通りだ!』『再開、嬉しいです!』『みんな、ありがとう!』

 

 つながる、つながる、そして広がっていく。色とりどりのメッセージやサインが、〝THE WORLD〟を映し出す画面いっぱいに広がっていく。ただの電気信号のやり取り、たかがゲームに過ぎないGBOの中で、喜びが、感謝が、人の心の光が、絡み合いながら広がっていく。

 その光景を目の当たりにして、トウカの目からは大粒の涙がこぼれだした。

 

 ――そうか、ボクは……ボクが、目を背けていたのは……これ(・・)、だったんだ。

 

「てめェをブン殴るのは、ガンプラバトルでにしといてやらァ。行くぜ、ナノカの弟!」

 

 ナツキはにやりと犬歯を見せて笑いながら、トウカの涙など全く気にも留めないかのように、ヘッドセットとGPベースを投げ渡す。

 

「おいおいナツキちゃん、店の備品を投げるなよ。えーっと、トウカの坊主の分、PC一台追加だな……二階にあったかな」

「んっふっふー。悪いけどカメちゃん、ウチはもうこれ以上ガマンできひんわ! エイトちゃんナノカちゃんナツキちゃんトウカちゃん、グズグズしてたら置いてくで!」

 

 店長は頭を掻きながらトウカの分のPCを探しに行き、エリサは遠足の前の夜の小学生のような表情でGPベースにAGE-1シュライクをセットした。プラフスキー粒子の走査線がシュライクの表面をなぞり、電脳世界にその写し身を生成する。

 

「僕たちも、行きましょう! ナノさん――」

「ああ、エイト君」

 

 エイトは目を輝かせながら、ナノカに右手を差し出した。ナノカは躊躇いなくその手を取り、そしてもう一方の手を、トウカへと差し出す。エイトもまた、ナノカとつないだ掌はそのままに、もう一方をトウカへと差し向ける。

 トウカの目の前に差し出された、二つの掌。自分に向けて開かれたその掌はあまりにも眩しく、向けられた真っ直ぐな視線はあまりにも輝いている。自分には、罪に塗れ、償いも終えていない自分には、その太陽のような煌きは強すぎて――その手を取るのを、躊躇ってしまう。

 

「トウカさん!」

「トウカ、行こう!」

 

 ――でも、ここで。一歩、踏み出せば、もしかしたら。ボクも。ボクにだって……!

 

 差し出された手を取り、信頼して、身を任せる。

 だけど、立ち上がるのは、踏み出すのは、歩みだすのは、自分自身の足で。

 どんなに迷っても、間違っても、立ち止まっても。

 太陽を目指して、歩き続ければ――きっと――!

 

「〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟、ヒシマル・ナツキ! ドムゲルグ・デバステーター! ブチ撒けるぜェェェェッ!!」

「〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟、アカサカ・ナノカ。レッドイェーガー。さあ、始めようか!」

「〝太陽心(ブレイズハート)〟、アカツキ・エイト! ガンダム・クロスエイト! 戦場を、翔け抜ける!」

 

 ――起こせるはずだ。奇跡の、逆転劇を!

 

「……アカサカ・トウカ。デュランダル・セイバー! 全身全霊、走り抜けるっ!」

 

《――BATTLE START!!》




――と、いうことで。
以上を持ちまして、『ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド』本編完結でございます。
私の実力不足から執筆の停滞を挟みつつも、なんとかここまでこぎつけました。
ここまでお付き合いくださった読者の皆様、感想や指摘をくださった皆様に、無上の感謝を! 本当にありがとうございます。

以下、製作の裏話的なものを。

そもそもGBFで二次小説を書き始めたのは、数年ぶりにやってみたガンプラ作りがすっごく面白かったからです。
私事ですが、実は三年ほど前に結婚式をあげました。その時、ウェルカムボード代わりにMGのガンダムとシャアザクを新郎新婦に見立てて飾ろう、と思い付きまして。幸い、妻の理解も得て実現しました。
その時の、ガンダムをタキシード姿っぽくしたり、シャアザクにウェディングドレスを着せる改造がとても楽しくて楽しくて、ビルドファイターズが面白かったのもあって、小説を書き始めた、というのが始まりでした。

実は私、作品を完結させたことは人生で二回しかありません。
一回目は、某小説大賞に応募した作品。一次予選すら通りませんでした。
そして二回目が、このドライヴレッドです。
作品を書いていく中で、キャラが勝手に動き出す、しかもそのまま突っ走って完結までいってしまうという、大変貴重な経験ができました。
ドライヴレッドで勝手に動き出したキャラ――ここまでお付き合いいただいた皆様はお気づきのことでしょうが、もちろん彼女、“自走する爆心地(ブラストウォーカー)”ことヒシマル・ナツキです。
もともとはエイトとナノカのバディもののつもりだったのですが、かなり早い段階でナツキが勝手に走り出し、重要なポジションを掻っ攫っていっちゃいました。そこからはもう、いろんなキャラが勝手に動くわ動くわ。特にガトリングラヴァーズとか、二回目の登場はもちろん作者の想定外だし、まさか最終決戦まで参戦するなんて、欠片も思っていませんでした。
いろんな作家さんのインタビューなどで「キャラが勝手に動き出す」という話はよく目にしますが、私も作家気分を味わうことができて本当によかったです。

ビルドダイバーズとのネタもろ被りというまさかの展開にビビりつつも何とかここまで来た拙作ですが、私なりの解釈でファイターズとダイバーズをつなげることができないか、と考えた結果、GBOVer2.0“THE WORLD”と特務部隊〝GHOST”が誕生しました。この世界観では、ダイバーズでのGPDの位置にプラフスキー粒子制のガンプラバトルやGBOが入り、“THE WORLD”からのGBNという時系列になっていくはずです。
反省したトウカも、きっとエイトたちと一緒に“THE WORLD”の中で遊ぶことができるでしょう。

つらつらと書き連ねましたが、書き続けていく中で、なにより「読者がいる」ということが最大の喜びでした。
いままでも小説は書き続けてきましたが、なかなか完結まで書けなかったのは、単なる自己満足、読者に読んでもらうために書いたものではなかったからなのかもしれません。読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。

それではまたいつか、作者と読者、もしくは作者仲間として、お会いできる日を楽しみにしています。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!




















《特報》

「なんだぁ、転校生! このバトルはなぁ、うちの部ではずっとやってる入部テストなんだよ!」
「…………」
「だんまりかよおいッ、転校生! 女の子の前でヒーロー気取りですかぁ、コラぁッ!」
「も、もういいですから……わ、わたしは、大丈夫ですから……このままじゃ、あなたまで、ひどい目に……」
「――ここで退いたら、俺の正義が廃る」
「……えっ? で、でも……そんな……」
「大丈夫ですよ。うちの熱血バカマスターさんは、こうなったらもう止められません――誰にも、ね」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド2 (仮題)

「ヒムロ・ライ。ガンダム・クァッドウィング――悪を、討つ!」


 鋭 意 執 筆 中 !



「……ん? なにかしら、このメール……?」
『添付ファ るヲ開い 、えあレイだーノ   Dataを更 し クダさイ』
『〝シンの力〟ヲ、解ホウ る トガできma が』
『  サんにハ、も スコしdaけ、ガンバって iマ 』
『たダし―― おに サん は、なイしょ すヨ?』

『おーばー ズ すテム suたんバ ……』





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クロスダイブ・プロジェクト編
Extra.01-A 『VS.勝利の女神 前編』


 まずは、一万UAありがとうございます! その喜びも乗せに乗せて、コラボ企画スタートです。
 現在、GBF小説の作者さんお二方とコラボ企画の話があるのですが、今回はそのうちのお一人とのコラボです。ナノカとナツキが、あるガンプラファイターと戦うことになります。あるファイターとは……勝利の女神(アテナ)の名を冠する純白のガンダムを駆る、眼鏡の少女。そして、初心者ながら天才的操縦センスを持つ、ある大財閥のご令嬢です。
 どうぞ、ご覧ください!


交流戦構想(クロスダイブ・プロジェクト)だァ……?」

 

 初冬、街路樹の紅葉も色を失い、落葉へと変わりゆく季節。ガンプラショップGP-DIVE一階のカフェスペースにも暖房が入り、気の早いクリスマス商戦を告げるポスターやポップの類が店内のあちらこちらに顔をのぞかせていた。

 

「ああ。父に協力を頼まれたのさ」

 

 ナノカは大きめの湯飲みを両手で抱え持ち、温かいお汁粉をずずいと啜った。冬用の、ブレザータイプの制服姿。赤いマフラーと学校指定の飾り気のないコートは、椅子の背もたれにかけている。

 

「なんでも、全国各地のガンプラショップと、ヤジマ商事との提携事業(コラボ)らしくてね」

「へェ~、コラボねェ。んで、具体的には何すンだよ、その……クロス……?」

「クロスダイブ・プロジェクト」

「そうそう、そのプロジェクトとやらはよォ」

 

 一方、足を組んで椅子に座るナツキは、私服姿だった。上は手首が隠れるやや袖の長いセーター、長い脚はすっきりとしたシルエットのデニムと、男物のブーツに包まれている。ライダース風のジャケットは、ナノカと同じように椅子の背もたれにかけていた。

 ナノカはナツキの質問には答えず、おもむろに、ナツキの服装を上から下まで眺めまわした。

 

「ときに、ビス子……少し安心したよ。今日のファッションは、まあ、まともだね」

「んなッ!? ま、まあ感謝はしてやってるんだぜ、赤姫。だけどよ、もうちょっと言い方ってヤツがよォ……」

 

 ナツキは少し頬を染めて明後日の方向を向きながら、ミルクと角砂糖を通常の三倍ほど投入した甘々のホットコーヒーを口元へ運んだ。

 

「ふふ。こうして休日におしゃべりをするのも、もう何度目かだけれど……いまだに忘れられないね。上下ジャージにランニングシューズで駅前に現れたキミの姿は」

「う、うるせェ! んで、何なんだよクロスなんたらってのは!」

「ガンプラバトルをするつもりが、キミと服屋巡りをする羽目になるなんて、思ってもみなかったよ。あげくキミときたら、試着室に入るのも人生初だなんて真っ赤になって――」

「あーっ、わーっ! あ、あーかーひーめーェェ……ッ!」

「はは、悪い悪い。冗談さ。ちょっとした、ね」

 

 顔を赤くして詰め寄るナツキに、ナノカは笑って応じる。

 ちょうどその時、いつものエプロン姿の店長が、二人のGPベースを手に持ってやってきた。

 

「ナノカちゃん、CDS(クロスダイブ・システム)への対応調整、完了だぜ。ナツキちゃんの分もOKだ。ちょうど対戦組み合わせ(マッチング)もできた、さっそくやろうぜ!」

「よし、行こうかビス子」

「おい、まだ説明聞いてねェぞ。今から何すンだよ」

 

 ナノカは立ち上がり、店長からGPベースを受け取って歩き出した。ナツキもそれに続く。向かう先は、二階フロア。バトルシステムだ。

 

「――交流戦構想(クロスダイブ・プロジェクト)。GBOとリアルガンプラバトルの融合を目指し、より多くのファイターやビルダーの交流の場を作ろうという企画さ」

「GBOとリアルの融合……何だよそりゃァ?」

「簡単にいえば、GBOのネットワークを使って全国のガンプラショップのバトルシステムを繋ぎ、バトルが組めるってことさ。レギオンズ・ネストの動画中継で知名度が上がったとはいえ、まだまだGBOの利用者はガンプラというマーケットに対しては少ないからね。ヤジマの技術部の実験も兼ねた、広報戦略(コマーシャル)の一環……ってところかな」

「ふぅん。回りくどくねェか、それ?」

「そうでもないさ。見ず知らずのファイターとでも、いつでも気軽に対戦できる――ネットワーク対戦の楽しさを知ってもらえれば、そこからGBOに入ってくる人もいるはずさ」

「そうだぜ、ナツキちゃん。実際、今マッチングしている相手もGBOはやっていないファイターみたいだぜ」

 

 店長はフロアの鍵を開け、ナノカとナツキを招き入れた。

 

「システムは起動済み、〝ZEDAN〟って模型店と繋がってる(オンライン)。相手さんはもうシステムに入ってるな――あの立体映像が、相手さんだぜ」

 

 バトルシステムはすでに起動しており、フィールドは構築されていないが、バトルシステムの中央部にはでかでかと『CROSS-DIVE system.』のロゴが立体表示されていた。さらにシステムの向こう側には、プラフスキー粒子によるホログラムで相手ファイターの姿が再現されていた。

 相手は二人で、二人とも女性――いや。学校の制服姿の、少女だった。

 一人は背が低く、特徴的な白縁の眼鏡をかけた少女。セミショートの黒髪に、翡翠色の瞳。やや幼い顔つきと体つきだが、恐らくは高校生だろう。表面上は落ち着いた雰囲気だが、CDS(クロスダイブ・システム)に興味津々らしく、眼鏡の奥の大きめの瞳をくりくりと動かし、好奇心に満ちた視線をあちこちに向けていた。

 もう一人は、金色に近いオレンジ色の髪をポニーテールに纏めた、どこか気品のあるお嬢様然とした少女。色白な顔にあどけなさは残るが、ナノカやナツキに勝るとも劣らない整ったスタイルをしている。まっすぐに前を見据え、腕を組んで仁王立ちする姿は、年齢以上に大人びた落ち着きを感じさせた。

 

「あのお嬢ちゃんたち、見た目は可愛らしいけどかなりデキるらしいぜ。ナノカちゃんたちと同じだな」

「要は戦って勝ちゃァいいんだろォ。あいつら何か、大会で成績とかあンのかよ、店長」

「ああ、なかなかのモンだぜ。まずはあの白縁眼鏡のお嬢ちゃん。ちょっと前まで、ネットゲームの世界では少々名の知れたプレイヤーだったらしい。本人に自覚があったかはわからんが、そのバトルスタイルからついた二つ名が〝血濡れた白雪姫(ブラッディ・スノーホワイト)〟――さらに、だ。驚けよ? あのお嬢ちゃん、全国レディースガンプラバトルコンテスト・タッグバトルの部、優勝者の一人だ」

「へェ……全国優勝……ッ!」

 

 ナツキの表情が変わった。にやりと犬歯(キバ)をむき出しにして笑い、瞳に好戦的な炎が宿る。どうやら、「全国優勝」の一言に、やる気を刺激されたらしい。

 

「そしてもう一人、ナイスバディのお嬢ちゃんだが……大会成績は特にないが、全国優勝のお嬢ちゃんがタッグを組んでいるんだ、初心者にしてもきっと天才的な何かが――」

「――夜天嬢雅財閥のご令嬢だね。父に連れられたパーティーで、見たことがある」

 

 ナノカの目が、すっと細められる――ナノカは、このバトルが単なる遊びのつもりでは終われないと、感じ取ったようだった。

 

「夜天嬢雅の人間なら、どんな才能があっても驚かないよ。私の主観だけれど――天才を生む家系、というのは実在する。夜天嬢雅がそれだよ」

「……がっはっは! 二人とも、やる気は十分ってぇ感じだな! よし、じゃあおっぱじめるか! システムに入りな!」

 

 ナノカとナツキはそれぞれに愛機(ガンプラ)を手に取り、GPベースをバトルシステムにセットした。プラフスキー粒子の光が二人の体もスキャンし、データ化していく……そして、数秒。いつものバトルシステムとは違う、ハスキーな女声の機械音声が響く。

 

『CROSS-DIVE system. Combat Mode. Damage Level,Set to O.』

『あ。相手の人、出てきたね』

『うむ、相手も女性二人じゃな。レディース大会を思い出すのう……ん?』

 

 相手側にも、ナノカたちのホログラムが表示されたらしい。ぺこりと軽く会釈をする眼鏡の少女の横で、夜天嬢雅財閥の令嬢がナノカに上品に笑いかけた。

 

『確か、ヤジマ商事の……アカサカ室長の娘さん、じゃな。奇遇じゃのう、こんなところで』

「パーティーで何度か挨拶しただけの相手を、こうもすぐ思い出せるなんてね。称賛に値するよ、夜天嬢雅さん」

『何じゃ、堅苦しいのう。今の儂は、ただの一人のガンプラファイター、夜天嬢雅八々じゃ。気軽にヤヤと呼ぶが好いよ。儂もナノカと呼ばせてもらおう』

「ふふ……じゃあ、それで頼むよ。ヤヤ」

『……ヤヤちゃん、相手の人と知り合いなの?』

『うむ、何度か本家のパーティーでの。その時は、儂もガンプラのことは知らなんだから――』

「おいおい、女子高生ども! 自己紹介はいいけどよォ――レディース大会全国優勝の実力、錆びついてねェんだろうなァ!」

 

 ざんっ。会話に割り込んだナツキは、システムにガンプラをセットした。今回の機体は、ドムゲルグ・ドレッドノート。以前大破したものを修復し、新造時と同じレベルにまで仕上げている。

 

「オレはヒシマル・ナツキ、GBO(オンライン)では〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟で通っているぜ――おい白眼鏡ッ、てめェの名はッ!?」

『は、はい。七種真幸(サエグサ・マサキ)、です……レディース大会優勝っていうのは、一応、私のことです』

「はっはァ、上等! ンじゃあ、自己紹介タイムは終わりだな。早速ヤろうぜ、全国優勝ちゃんよォ!」

 

 気が早く、ナツキはもうコントロールスフィアに手をかけていた。ナノカは「やれやれ」と首を竦めながらも、ジム・イェーガーR7をシステムにセットする。Gアンバーは右手に一丁、バックパックはサブアーム付きシールドとビームサーベルの、通常装備だ。

 

「すまないね。ヤヤ、マサキさん。この爆撃娘は、性急でいけない」

『いえ、お気になさらず。私も早く戦いたいと……勝ちたいと、思っていたところです』

『ほう、大きく出たのうマサキ。勝ちたい、とはな。ま、儂はおぬしのそんなところを買っておるのじゃがな』

『えへへ……さあ、始めよう!』

 

 マサキはヤヤに小恥ずかしそうに笑い、ガンプラをシステムにセットした。

 それはどこまでも純白の、鎧騎士(ナイト)にして戦乙女(ヴァルキリー)勝利の女神(ゴッデス・オブ・ヴィクトリー)、ガンダムアテナ。

 専用シールド「エイジス」と、それと同等の防御力を有する全身の追加鎧装。そして右手に構えた大型突撃槍「GNインパルスランサー」が目を引く機体だ。

 

『儂も全力を尽くそう。ツクモに代わって、マサキの相棒を務めさせてもらうぞ』

 

 ヤヤも意気を高めて、システムにガンプラをセットする。

 山吹色をメインカラーとした、ヤヤ専用のウィングガンダム。

 武装は右手にバスターライフル、左腕に専用シールド。色合い以外には、外見が大きく変わるような改造はない。しかしガンプラ初心者というヤヤの機体としては、非常に丁寧に仕上げられている。

 

『Field12, maneuvering ground.』

 

 粒子の輝きが形となって、画一的なコンクリート造りの疑似市街地やダミーの基地施設、大きく開けた射撃場など再現した、大規模演習場の光景を作り出す。その広さは、もし現実であればかなりの規模の総合火力演習が行えるほどのスケールだ。

 その演習場の空に、仮想のカタパルトデッキが築かれ、射出口が開かれた。ハスキーな女性の機械音声が、システムの準備完了を告げる。

 

『All systems are go.』

「〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ナツキ、ドムゲルグ・ドレッドノート! ブチ撒けるぜェッ!」

「ジム・イェーガーR7。アカサカ・ナノカ。始めようか」

『ガンダムアテナ、七種 真幸! 勝利を切り拓く!』

『夜天嬢雅 八々! ウィングガンダム! 推して参る!』

『BATTLE START!!』

 

 四体のガンプラが、宙に踊り出し――交流戦(クロスダイブ)が、始まった。

 

 

 




 と、いうことで。交流戦構想(クロスダイブ・プロジェクト)第一弾、「ガンダムビルドファイターズ アテナ」のカミツさんとのコラボです。後編ではバトルが始まります。結果はどーなるのでしょうか。私にもわかりません。(笑)
 ただ、ヤヤ様にはご活躍していただく!(断言)
 いやしかし、他の作者さんのキャラを登場させるってドキドキしますね。口調とか大丈夫かなあ……何か修正点があればどうかご指摘お願いします。>カミツさん
 次の土日には後編を上げたいと思います。頑張ります!

 さらに、繰り返しになりますが一万UAありがとうございます。読者がいるということが、作者にとって最大の喜びです。感謝の極み!!
 感想・批評お待ちしておりますので、今後もよろしくお願いします。


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Extra.01-B 『VS.勝利の女神 後編』

やりたいことを詰め込みまくっていたら、分量が前編の三倍近くになってしまった。
反省はしている、後悔はしていない。

ともあれ、コラボ後編です。
私のナノカ・ナツキ組と、カミツさんのマサキ・ヤヤ組の勝負の行方は!?

どうぞご覧ください。


「早速だけどよォ! ブチ撒けるぜェッ!」

 演習場北東、画一的なコンクリート造りの疑似市街地区画。カタパルトから飛び立ち、地に足が付くや否や、ナツキはドムゲルグの全身のミサイルを一斉射撃した。ロクに狙いもつけずにばら撒いたミサイルが、乱立するダミービルの間を縫い、あるいは直撃し、あちらこちらで好き勝手に爆発する。

「ふふっ、乱暴だなあ――でも」

 ナノカはその後方二百メートルほど、一際巨大な高層ダミービルの屋上で、伏せ撃ちの姿勢をとっていた。

 Gアンバーと直結した火器管制(FCS)が、純白の機影を捉える――勝利の女神、ガンダムアテナ。純白の重装鎧をものともしない高速移動で、次々と咲く爆発の華の中を翔け抜ける。太陽炉の出力のおかげか、その速度は並みのガンプラを遥かに超えている。だが、超音速ミサイルすら容易く撃墜するナノカの狙撃で、狙えない相手ではない。

「捉えたよ」

 ドッ、ウゥン! 野太い銃声と共に、Gアンバーの高出力ビーム弾が放たれる、しかし!

「させぬよ!」

 ズンッ……ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!

 圧倒的なビームの奔流が、Gアンバーのビーム弾を呑み込み押し流し、無効化してしまった。

 バスターライフル最大出力――山吹色のウィングガンダムが、上空からナノカを見下ろしていた。

「実弾ならともかく、ビームをビームで撃ち落とすなんてね。さすがだよ、ヤヤ」

「うむ、まあ、何となくできそうな気がしてのう。勘じゃ、勘」

「ヤヤちゃん、ありがとう! てやああっ!」

「はっはァ! 来たな、全国優勝ォォッ!」

 眼下の疑似市街地では、アテナのGNインパルスランサーと、ドムゲルグの大型ヒートブレイドが火花を散らして激しくぶつかり合っていた。

 アテナの一突きをヒートブレイドでいなし、ドムゲルグはカウンター気味のショルダータックルをブチかます。アテナは専用シールド(エイジス)で受け、無理に踏ん張らず後ろに飛んだ。そのまま流れるような動きでエイジス内蔵のGNバズーカを放射しながら薙ぎ払い、突っ込んでくるドムゲルグの足を止める。

「マサキの方も盛り上がっておるようじゃが……今の儂の仕事は、狙撃手(おぬし)にマサキを撃たせぬことじゃな!」

「来るかい? ならば、撃ち落とすまでだよ」

「正々堂々、一騎打ちじゃーっ!」

 ヤヤは嬉しそうに叫び、バスターライフルを構えた。再び、最大出力の構えだ。

(開始数十秒で、三分の二を撃ち切る!? 初心者ゆえの拙速か、それとも――!)

 ガンプラ初心者でありガンダム初心者でもあるヤヤのことだ、ウィングのバスターライフルに弾数制限があることを知らない可能性も――いや、夜天嬢雅の天才娘が、そんな失策をするはずがない。ナノカは瞬時に判断し、Gアンバーを抱えてダミービルから飛び降りた。

「とりゃあーっ!」

 ズンッ……ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!

 圧倒的な破壊力が通り過ぎた後には、焼け落ちた瓦礫が残るのみ。MSのサイズから見ても見上げるほどだった高層ダミービルは、その半分以上が消滅していた。

「まだまだじゃーっ!」

「なっ、連射をっ!?」

 息つく間もなく、バスターライフルが再度ナノカを狙う。最大出力では三発しか撃てない必殺兵器をこの一瞬で撃ち尽くそうという暴挙に、ナノカは目を見張った。

 しかし撃たれてしまえば、あの威力はシールド程度で防げるはずもない。

「避けるしか……!」

 ナノカはバーニアを吹かし、瓦礫だらけの疑似市街地から飛び出した。

「ふふん、かかったのう!」

 バラララララッ! 次の瞬間、断続的な振動がナノカに襲い掛かった。マシンキャノンの掃射、大口径機銃弾がR7の装甲を叩く。機銃弾の数発で大破するR7ではないが、姿勢を崩して瓦礫の山に落下してしまう。

「そぉぉこじゃぁぁーっ!」

 その隙を逃さず、ヤヤはシールドを突き出して突撃した。直撃寸前で身をかわしたナノカの直ぐ横で、猛禽類のクチバシを思わせるシールドの先端が瓦礫をえぐった。

「初心者だなんてとんでもないじゃあないか、ヤヤ!」

「お褒めにあずかり、光栄じゃ!」

 反撃に繰り出したGアンバーの銃床打撃を、ヤヤはシールドで防ぐ。ナノカは構わず力づくで押し込み、ヤヤを瓦礫に叩き付けた。ビームピストルを左手で抜き、銃口をウィングの顔面に押し付ける。しかしトリガーを引く前にウィングの頭部バルカンが火を噴き、ビームピストルは穴だらけになって爆発した。

 その爆発に押し出されるように、R7とウィングはお互いに距離を取って銃を構えた。Gアンバーがヤヤを狙い、バスターライフルがナノカを狙う――

「くっ……!」

 ナノカは即座にブーストジャンプ、その場を跳び退かざるを得なかった。

 お互いにビーム兵器で相手を狙うというこの状況、条件は同じように見える。しかし、Gアンバーは狙撃銃。ナノカには一撃で相手を仕留める自信はあるが、万が一の確率で、シールドに弾かれたり急所をずらされたりといったことがあり得る。一方のバスターライフルには、精密な狙いなど必要ない。相手より早くトリガーを引けば、それだけで圧倒的な破壊力がすべてを消し去ってくれる。

 たった一発分、エネルギーが残っているという事実。バスターライフル級の破壊力を持つ兵器は、その事実それだけで、実際には撃たずとも相手の行動を制限できるのだ。

(まるで抑止力の理論だね――かといって避けなければ、本当にトリガーを引けばいい、か。自覚しているかはわからないけれど、これは操縦に長けているというよりも……)

 ナノカは距離を取りながら、スモークグレネードを投げた。ヤヤは無警戒にバルカンで迎撃、突然広がった濃い暗銀色の煙幕に『な、何じゃコレは!?』と驚きの声を上げる。やはり、軍事やガンダム関連の知識は、初心者レベルらしい。

「少ない手札(カード)で、人を操るのに長けている……と言うべきか。さすがは夜天嬢雅、生まれながらに人の上に立つ才覚があるね」

「むぅー、あまり誉められとる気はせんが……まあよい!」

 ヤヤはウィングの両翼(ウィングスラスター)を全力で吹かし、スモークを吹き散らしながら一気に上空に飛び上がった。スモークに隠れて距離を取ったナノカのR7が、半壊したダミービルの陰に隠れているのがよく見える。ヤヤは両手持ちでバスターライフルの銃口を向け、わざとナノカにロックオン警報を聞かせた。

「さあ、どうするナノカ!」

「賭けになるけれど……これならっ」

 ナノカは避けざるを得ない。避けながら、反撃にシールド裏から小型グレネード二発を射出するが、二つともヤヤのバルカンに撃ち落とされ、またスモークが広がる。今度は距離が遠いためヤヤの視界を塞ぐには至らない。

 しかしナノカは何を思ったのか、R7に膝立の姿勢でGアンバーを構えさせた。ヤヤとしては当然、その隙は逃せない。バスターライフルをR7に向け、トリガーに指をかけた。

「ちと怪しいが……撃つまでじゃ!」

 ズンッ……ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!

 最大出力で放たれたバスターライフルの光が、瓦礫だらけの疑似市街地を覆いつくした。莫大なエネルギーが範囲内の全てを焼き尽くし、吹き飛ばす――はずだったが。

「……むぅ? 少し、爆発が小さい……いや。薄いというか、散っているいうか……?」

「――ビーム攪乱幕だよ」

 薄く散らされていくバスターライフルの光の中から、ナノカの声がした。シールドは溶け落ち半壊、全身の装甲はひどく焼け焦げていたが、R7は五体満足でそこにいた。シールドに守られていたGアンバーが、銃口にプラフスキー粒子を収束してヤヤを狙っている。その周囲には薄く霞の様に、キラキラとした粒子が舞っていた。

 先ほど、ヤヤのバルカンに撃ち落とされたグレネード弾。そのうちの一発はスモーク弾ではなく、ビーム兵器の威力を減衰させる特殊粒子拡散弾――宇宙世紀ガンダム作品の代表的な対ビーム防御策、ビーム攪乱幕だったのだ。

「ガンダム関連の知識は、私が上だったようだね」

 ドッ、ウゥン――ッ!

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「おらァァッ!」

 ナツキの掛け声と共に、尋常ではない大爆発が起きる。その爆炎はオレンジ色の火球となり、MS用サイズの射撃演習場いっぱいに高熱と衝撃をまき散らした。

「爆弾魔にしたって、限度を超えてるわ……!」

 白煙の尾を曳き、爆炎の中からアテナが飛び出してきた。その左半身は重装鎧がごっそり吹き飛ばされ、アテナの本体が大きく露出している。左腕のエイジスも腕部外装甲ごと破損、もはやシールドとしては使えない状態だ。

 アテナの鎧「強化外装甲」は、一つ一つのパーツが専用シールド「エイジス」と同等の防御力を持ち、通常弾頭のバズーカやミサイル程度なら、頑強な積層装甲が難なく耐えてくれる。仲間(ユー君)が手作りで、プラ版を何層にも重ねて作り上げてくれた最高級の一品物(ワン・オフ)だ。

 しかしあのドムゲルグは、強化外装甲の防御力を見抜くや、ジャイアント・バズで殴りかかってきたのだ。それも、まだ三発ほど砲弾の入っている弾倉部分を、アテナに叩き付けるようにして。さらにはそこに、シュツルムファウストを撃ち込んで起爆させるという多重爆撃。都合、大型榴弾四発分に相当する爆発力を一気に受けた強化外装甲は、さすがに吹き飛ばされてしまったというわけだ。幸い、フレームにまで及ぶ損傷はなかったが――機体状況をチェックするマサキの眼前に、黒い鉄クズが投げつけられる。

「まだまだだぜェ、全国優勝ちゃんよォッ!」

「も、もう追撃っ!? ダメージがないっていうの!?」

 とっさにGNカタールを投擲、鉄クズ――高熱に焼かれ、ひしゃげて潰れたドムゲルグのスパイクシールド――を撃ち落とした。続けて振り下ろされた棒状の鉄クズの一撃を、GNインパルスランサーで受け止める。見ればそれは、黒焦げになったジャイアント・バズの成れの果てだった。

「なんてタフネスのガンプラなのよ!」

「ドムゲルグの装甲はなァ、耐爆服(ボム・ブラストスーツ)を参考にデザインしてンだよ!」

 マサキはジャイアント・バズの残骸を力づくで振り払い、左手でもう一振りのGNカタールを抜刀しながら切り付けた。しかしそれも、即座にヒートブレイドに持ち替えたドムゲルグに防がれる。お互いに押し込み合う刃と刃から、GN粒子と灼熱の金属片が火花となって激しく飛び散る。

「ほとんど自爆みたいな攻撃をしてっ! ノーダメージじゃないでしょう!」

「はっはァ、それがどうしたァ! オレサマは〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟だぜェッ!」

 ナツキはドムゲルグの巨体を生かし、自重をかけてヒートブレイドを押し込んでいく。アテナの左腕一本で、支え切れる圧力ではない。徐々にGNカタールは押され、刃の自分側が自分自身の装甲に食い込み傷をつけていく。

 だが切り札はまだ、この右手にある。マサキは武器スロットからGNインパルスランサーの特殊機構を選択、起動。ランサーの穂先にGN粒子の輝きが収束し、その貫通力を極限まで高める……そして!

「零距離っ……吹っ飛べえーーっ!」

 ガシュッ――ォォォォオオンッ!

 猛烈な勢いで打ち出されたランサーの穂先が、ドムゲルグを貫いた。大穴が開く右肩、根元から引き千切られた右腕がヒートブレイドごと宙を舞い、射撃演習場の赤土に深々と突き刺さる。咄嗟に身を反らしてコクピットへの直撃を避けたドムゲルグのモノアイが、アテナを睨み、ギラリと光る。

「ンなこったろうとォ……思ったぜェッ!」

 ゴッズンッッ! 頭突きが、アテナの顔面に突き刺さる! 

 ガアァンッッ! 左の鉄拳が、GNカタールを叩き落す!

 アテナのブレードアンテナが折れ、メインモニターの画像が大きく荒れた。刃こぼれして地に落ちたGNカタールを踏みつけて、ドムゲルグがさらにもう一発、アテナの顔面に頭突きを叩き込んでくる。ドムゲルグの額当ては砕け散るが、アテナのガンダムフェイスにも大きくヒビが入り、左眼が割れた。あまりの衝撃に、マサキは自分が直に頭突きを受けたかのように、軽いめまいを感じてしまう。

「い、痛たたた……でも、これでっ!」

 だが、右腕を吹き飛ばしたのは大きい。マサキはワイヤーを巻き取ってランサーの穂先を戻しながら、ドムゲルグに前蹴りを叩き込んだ。体重差の関係でアテナの方が後ろに飛ぶような形になるが、これで距離はとれた。改めてGNインパルスランサーを両手で構え、ドムゲルグに相対する。

「降参とかは、絶対しないですよね。このバトルであなたのこと、少しわかった気がします」

「あったりめェだろ。オレを誰だと思ってやがる!」

 顔が見えなくても、犬歯をむき出しにして好戦的に笑っているのが手に取るようにわかる声色だった。ドムゲルグは右腕と武装のほとんどを失いながらも、まだ戦闘態勢を解かない。最後のシュツルムファウストを左手に持ち、脚部核熱ホバーを轟々とアイドリングさせて、突っ込むタイミングを窺っている。

 二人の間に、さっきまでの攻防とは一転、一触即発の膠着状態が続く。

 ニュータイプでなくても、お互いに直感する。次に動く時が、この相手との決着の時だと――その時であった。

「すまぬ、マサキ。やられたのじゃ……」

「敵機撃墜。すぐに向かうよ、ビス子」

 二人に同時に入った通信――遠くから聞こえた、MSの墜落音が合図となった。

「おらァァァァッ!」

 ドムゲルグは土煙を蹴立てて突撃し、

「……トランザムっ!」

 アテナは白い装甲を深紅に染めて飛び出した。

 通常の三倍の粒子量がもたらす圧倒的な加速度で突撃、ドムゲルグに何もする間を与えず、その胴体にGNインパルスランサーを突き立てた。度重なる自爆まがいの爆撃で、さすがのドムゲルグの装甲も限界だったらしい。鋭い穂先はドムゲルグの脇腹を深々と抉り、バックパック側までほぼ一直線に貫き通す。並みのガンプラであれば、この時点で撃墜と判定されているところだが――マサキは油断なく、射出機構のスイッチに指をかけた。

「今度こそ、吹っ飛……」

「あと頼むぜ赤姫ッ!」

 ナツキは叫び、シュツルムファウストをランサーに叩き付ける。当たり所によっては巡洋艦(クラス)の艦船さえ沈めうる爆発力が、猛烈な閃光と爆風を巻き起こした。

 至近距離で爆発を受けたアテナは、トランザムを強制解除させられ、射撃演習場の端まで吹き飛ばされた。その右手には、穂先を爆発に抉られたGNインパルスランサーの、持ち手部分だけが残されている。ランサーの手甲(ヴァンプレイト)がなければ、右手ごと持っていかれていただろう。

「す、捨て身で武器破壊なんて……あの人、ちょっと怖い……」

 爆心地には、腹部に大穴を開けたドムゲルグの機体だけが取り残されていた。蓄積したダメージによって、ようやく撃墜判定が下されたらしい。モノアイに光はなく、ピクリとも動かない。その姿はマサキの脳裏に、日本史の授業で聞いた〝弁慶の立ち往生〟の逸話を思い出させた。

 しかし、呆けている暇はない。被ロックオン警報がマサキの耳を打つ。超長距離からの火線が、アテナをぴたりと照準していた。

「狙撃が来る……っ!」

「もらうよ、マサキさん」

 ビームの閃光が迸り、一瞬遅れて野太い銃声が響き渡る。速射モードで次々と放たれるGアンバーの連続狙撃を、アテナは全身のスラスターを総動員した鋭い跳躍でかわし続ける。アテナが跳ねた直後、その場所をビームが貫き、射撃場の赤土が抉れて爆ぜる。マサキは紙一重の回避を繰り返しながら、視界の隅に小さく見える伏せ撃ち姿勢のR7と、自機のコンディション画面を見比べた。

「左だけ軽い……重量バランス、スラスター推力比も、もう無茶苦茶っ……右膝が限界、粒子残量もあとわずか……っ!」

 外装甲と追加スラスターが右半身ばかり生き残っている現状で、超高速移動(トランザム)まで使ってしまったのが響いている。捻じれたり歪んだり、機体はもうガタガタだった。特に脚部の負荷は限界に達している。もはや、いつ関節がヘタっても……いやそれどころか、空中分解してもおかしくない状況だ。

「おまけに、武器はもうGNブレードが二つだけ――」

 ドウッ!

 ついにかわしきれず、右腰のGNブレードがビームに貫かれた。

「――ひとつだけ、になっちゃった……か」

 マサキの頬に、汗が一筋つーっと垂れる……が、その口元は笑っていた。考えるより早く、決断。マサキの指は再び、武器スロットの〝SP〟を選んでいた。

「だったら最後まで、燃やし尽くすだけよ! トランザムっ!」

 ――――ァァァアアアッ!

 まるでマサキの叫びに応えるように、アテナの両目(ディアル・アイ)が輝いた。唸りを上げる太陽炉が、残り僅かなGN粒子を全開放。全身をトランザムレッドに染め上げながら、重力を無視したような急加速で飛び出した。

「突っ込めアテナぁぁぁぁっ!」

 まだ強化外装甲の残る右半身を前面に押し出し、最後の一振りとなったGNブレードを左手に構え、突撃する。ありったけのGN粒子を込められたブレードは真っ赤に燃え、本来の刀身の倍は長い粒子ビーム刃を発生させていた。

「ふふっ……その気合い、本物と見たよ!」

 その突撃に必殺の気迫を感じ取ったナノカは、R7を立ち上がらせ、Gアンバーのストックを肩にあてた。機能選択(モードセレクター)極大放射(フルブラスト)モード。狙撃用バイザーをおろし、GアンバーとR7本体とのデータリンクをより精密にする。立射での精密狙撃――いや、精密()()態勢である。

「受けて立つよ。私の全身全霊で!」

 ドッ……ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!

 凄まじい熱量が、物理的な圧力さえ伴うような閃光が、高密度に絞り込まれたビームの放流となって一直線に放射された。灼熱の高圧縮粒子が光の速さでアテナに激突し、強化外装甲を穿つ。

 第一層、第二層、第三層……何重にも重ねられた装甲板が、刻一刻と熔け落ちる。しかしマサキはまったくスロットルを緩めようともせず、太陽炉内のGN粒子すべてを吐き出す勢いで加速し続けた。アテナはまるで濁流をかき分けるようにビームのど真ん中を突っ切り、R7へと迫る。

 両者の距離は、あと五〇――四〇――三〇――ナノカはトリガーを引き続けながら、冷や汗と共に、自分でもよくわからない笑いが込み上げてくるのが止められなかった。

 このGアンバーの、極大放射(フルブラスト)ビームのど真ん中を突っ切ってくるなんて。あんな華奢な少女が、重装甲に任せた突撃戦法を取るなんて。ガンプラのタイプも、ファイターの印象も、全く違うものだけれど――ナノカの脳裏に、いつだって全力全開で戦場を翔け抜ける、小柄な赤い勇姿が浮かんだ。

「なんだか似ているなぁ……エイト君と……!」

 相対距離、残り二〇――Gアンバーのエネルギーが尽きるのと同時、アテナの強化外装甲の最後の一枚が撃ち砕かれた。

 だが、真っ赤に燃える(トランザム)アテナの勢いは止まらない。

 粒子ビームを噴き出すGNブレードが、勝利への道を切り拓く!

「てやああーーーーーーっ!!」

 ザン……ッ!!

 真っ直ぐに突き出されたGNブレードが、R7の胸を貫いた。一瞬だけ、背中側まで粒子ビームの切っ先が噴出するが、それもすぐ消える――のみならず、アテナの全ての光が消えた。ドムゲルグとの激戦、武装と強化外装甲をほぼ全て失うほどの損傷、そして二度のトランザム。太陽炉が生成しうるGN粒子の量を、はるかに超えた戦いだった。

 鎧を脱ぎ捨て、本来の細身な姿に戻ったアテナが、がっくりと地に膝をついた。その顔は項垂れるように俯いて、辛うじて右眼にだけ、微かな光が残っている。

「はは……太陽炉が空っぽだ……もう、ぴくりとも……動けない……」

「そうかい。でも。それでも――」

 ぐらり、と。R7の体が、傾いた。その胸にGNカタールを突き刺したまま、仰向けに倒れ動かなくなった。狙撃用バイザーの中心で輝くカメラアイが、まるで瞼を閉じるように光を失くす。

 ナノカはふっと静かな微笑みを浮かべながら、コントロールスフィアから手を放した。

「――勝者はキミだよ、マサキさん」

『BATTLE ENDED!!』

 機械音声が終了を告げ、フィールドが崩れ始める。剥がれ落ちるプラフスキー粒子が、まるで輝く雪のように、アテナとR7に降り注いだ。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

『ありがとうございました。すっごく、いい経験になりました!』

「そう畏まらないでほしいな。私たちにも、有意義な時間だったよ」

 CDS(クロスダイブ・システム)のロゴマークだけが表示されたバトルシステムを挟んで、マサキとナノカはお互いに健闘を讃え合った。目が合うと、どちらからともなく笑みがこぼれる。

「あー、畜生ッ! ヴァーチェやセラヴィーならともかく、エクシアベースの機体に殴り合いで負けるとはなァ。オレもまだまだ修行が足りねェぜ……」

『あはは……アテナのベースはエクシアじゃ……いや、ともかく。ナツキさんもすっごく強かったですよ。私、一対一であそこまで外装甲や武装をぶっ壊されちゃったこと、たぶんないかもです』

「お世辞はいらねェよ、全国優勝ちゃん。次会うときはボッコボコにしてやんぜ!」

『儂も精進が必要じゃな……ナノカ、ナツキ。次こそは儂が薙ぎ払ってやるから、覚悟しておくのじゃぞ! はっはっはっ!』

 犬歯をむき出しにして笑うナツキ、腕組みをして盛大に破顔するヤヤ。

 激戦を終えた四人のファイターは、共に戦ったもの特有の感覚でつながり合っていた。

「おい、ナノカちゃん。ナツキちゃん。……接続、切れるぜ」

 店長の声と同時、マサキとヤヤの立体映像(ホログラム)にノイズが混じり始めた。バトルを終えたCDSが、閉じようとしている。

 ナノカはにっこりとほほ笑んで、軽く手を振った。

「また会おう、マサキ。ヤヤ。……いや。会うことになる気がするよ」

『ふふ、ニュータイプみたいなことを言うんですね。……でも、私も同感です』

 マサキは笑顔で頷いた。

 ナツキもそれに倣って笑いながら、二人をびしっと指さした。

「勝ち逃げは許さねェぜ、全国優勝! あと、ナントカ家のお嬢、次はてめェとも戦うぞ!」

『うむ、望むところじゃ。じゃがまず儂は、原作アニメ(ガンダム)を見る必要があるな……ユーのやつが、DVD全巻とか持っとらんかのう……』

 ヤヤは満面の笑みで返した後、あごに手を当てて思案顔をする。

 それぞれが、それぞれの気持ちを胸に――そして、

『Line Disconnection.』

 システム音声と共に、二人の姿は消え去った。

 薄暗がりの広い部屋に、バトルシステムの発した熱だけが残る。店長は「熱いバトルだったぜ!」と興奮気味に言い、バトルシステムをいじり始めた。いまだ、CDSは実証試験段階。おそらくこの後すぐにでも、今のバトルのデータをヤジマ本社に送るのだろう。

 ナノカとナツキはどちらからともなく部屋を後にして、階下のカフェスペースへと降りて行った。バトルが始まってから、まだ三十分が経ったかどうかという程度の時間のはずだが……二人は何も言わずにソファ席を選んで、二人横並びでぐったりと座り込んだ。

「……強かったね」

「あァ、強かった……さすがは全国優勝だぜ。もしもよォ、全国優勝ちゃんのパートナーがあのお嬢じゃあなくて、もっと強いヤツだったら……正直、あっさりヤられてたかもなァ?」

「ふふ……あっさりかどうかは、やってみなきゃ、だね。でも……」

 ナノカはそこで言葉を呑み込んだ。

(ヤヤの操縦は、ガンダムを、ガンプラを知って日が浅い人間のやるレベルじゃあなかった……もし、ヤヤが0078(ファーストガンダム)だけでもアニメを全話見ていたら。あと一ヶ月でも早く、ガンプラを始めていたら……夜天嬢雅、恐るべしだね。成長速度が異常すぎるよ)

 ナツキは怪訝な顔をして「なんだよ?」と先を促すが、ナノカは軽く首を振って答えなかった。

「いや。何でもないよ。次こそは勝とう。そのときは頼むよ、ビス子」

「はんッ、言うまでもねェ。てめェとの付き合いもそろそろ長ェからなァ……」

 ナツキはにやりと口を端を釣り上げて笑い、拳を軽く突き出した。ナノカも軽く微笑み、自分の拳を突き合わせた。

「次も頼むぜ、相棒」

「ああ、わかってるさ……相棒」

 触れ合った拳と拳から、こつんと軽い音がした。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「んっふっふ~。えらい仲がよろしいな~、おふたりさんっ♪」

「お、お姉さんっ!? いつからそこに!?」

 楽しくてたまらないといったエリサの声に、ナノカは跳び起きた。慌てて周囲を確認、ここはGP-DIVEのカフェスペース、腕時計の時間は最後の記憶から十五分ほど進んでいる。いつの間にか、寝てしまっていたらしい。ナツキはまだむにゃむにゃと寝ぼけた様子で、よだれを垂らしながらナノカの膝枕に頭を乗せていた。

「――って膝枕ぁっ!?」

「おぉ~、珍しいやん。ナノカちゃんが大声でツッコミやなんて」

「うぅん~……ンだよ赤姫ェ……いつも寝言がうるせェんだよてめェは……」

「こ、こらビス子おおっ! なんだよその寝言は、あらぬ誤解がっ、誤解がああっ!」

「んっふっふ~。なんやナノカちゃん、そない慌てんでもええのに~♪」

「お、お姉さんっ! これは違います、違いますから! 徹夜でガンプラだったり、二人でカラオケ行ったり、その時にっ……と、とにかく違うんですっ! お、おいビス子、起・き・る・ん・だっ!」

「ん~……あと五時間……」

「ビス子おおおおっ!」

「久しぶりに店番しとったら、ええもん見れたわ~。エイトちゃんに報告やな~♪」

「ちょ、お姉さんそれはっ……それは勘弁していただきたいっ!」

「え~っとぉ、エイトちゃんのケータイ番号は~、っと」

「お、お姉さんっ! 後生だから、後生だからそれはああああっ!」

「……っ、うるせェぞ赤姫ェェ! 寝れねえだろうがァァッ!」

「主にキミのせいだろうがあああああああっ!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「あー。しつちょー。ドウジマしつちょー。データ。とどきましたよー」

 抑揚を欠いた幼い声が、薄暗い部屋に響く。狭い室内には電子機器の類が雑然と積み上げられており、足の踏み場もろくにない。

 天下の大企業ヤジマ商事の、ネット社会たる現代の花形・電子事業部第一課……その別室。旧PPSE社から接収した研究施設の一部屋しか与えられていないことからも、社内での力の弱さが見て取れる。

「あっそう、ご苦労さん、ハガネザキちゃん。まずは解析、んで、僕んトコに送っといて」

「はーい。はいはーい」

 ぶかぶかの白衣姿が、ぴょこんと跳ねた紫色のツインテールをしっぽのように揺らしながら、機材の海をごそごそ泳ぐ。その直後、マシンガンのようなキーを叩く(タイピング)音が響き、周囲の電子機器たちが凄まじい勢いで膨大な計算を始めた。山のように積み上げられた電子機器群の一つ――旧式の、あまりにも旧式すぎる分厚いブラウン管モニターがブゥンと唸って起動し、その画面にロゴマークが映し出される。

 ロゴマークは、大きくアルファベットが三文字と小さな英語表記、それが二列ずつ。

その一列目は、CDS(クロスダイブ・システム)。そして二列目は――GOD(ゴールド・オゥ・ダイダロス)と、読めた。

「さぁて……レディース大会全国優勝の少女と夜天嬢雅の娘、そしてGBO(ガンプラバトルオンライン)百位以内(エースランカー)が二人、か。初戦は上々、良い滑り出し、ってトコロかね」

 モニターの光に照らされた男の顔は中々の美丈夫だったが、もう三日は剃っていないであろう無精髭と、いつ洗濯したかわからない薄汚れた白衣が、その印象を台無しにしていた。

 男は小さな丸眼鏡の位置をくいっと直し、猛烈な速さでキーを叩き始めた。

「たっぷり喰えよ、GOD。次のエサも、すぐに用意してやるからな……」

 まるで、愛しい我が子でも愛でる様な……男の声色は、そんな狂気に彩られていた。

 




……と、いうことで。交流戦構想(クロスダイブ・プロジェクト)第一弾、「ガンダムビルドファイターズ アテナ」カミツさんとのコラボでしたー!

いやー、やっぱりアテナに勝てる図が浮かびませんでした。
重くて硬くて速い。エイトのF108とはまた違った突撃力を持ったガンプラですね。こんなの相手にどーやったら勝てるんですか。教えてください!(笑)>カミツさん

それはそうと、また大風呂敷を広げつつあります。
新キャラのドウジマ室長とハガネザキちゃんは、ドライヴレッド本編に登場の予定は、いまのところありません。コラボ企画専用のキャラです。今後もコラボは続けたいと思いますが、なにせコラボは相手がいないとできません。
と、いうことで。コラボしていただけるかたを募集したいと思います。
……えっと、活動報告とかでやらないとアウトなんでしたっけ……?
ということで、近日中に活動報告の方に要綱を出そうと思いますので、ご協力いただける方はどうかよろしくお願いします。

感想・批評・コラボ応募、お待ちしております。
今後もどうぞよろしくお願いします。


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Extra.02   『VS.桃華鉄球姫(自称)』

コラボ小説第二弾ッ!!

さて、第二弾は「ガンダムビルドファイターズ 勝利の栄光をヅダに!」のMR.ブシドーさんとのコラボです。タイトルだけでは、いったい誰が登場するのかわからないかもしれませんが……MR.ブシドーさんのところのあるキャラを、私が大笑いして気に入ってしまったことからスタートしたコラボです。勢い余ってガンプラまでつくっちゃいましたよ、ええ。(笑)

どうぞ、ご覧ください!


『ウーッホッホッ!』

 

 高笑いと共に、ピンク色の鉄球がフリーダムガンダムを叩き潰す。頭のてっぺんから胸部・胴体・腰までがぐしゃりと潰れ、フリーダムの身長は半分程度にまで押し潰された。一瞬の間をおいて、爆発。

 

『ウーッホッホッホッホッ!』

 

 高笑いと共に、ピンク色の剛腕がラリアットを叩き込み、ゼータプラスを吹き飛ばした。精悍なマスクは見る影もなくひしゃげて潰れ、一瞬の間をおいて爆発する。

 

『ウーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!』

 

 高笑いと共に、太いピンク色の腕が、太いピンク色の脚が、巨大なピンク色の鉄球が、次々とガンプラを叩き潰していく。反撃のビームやミサイルなど意にも介さず、ピンク色の巨体が猛威を振るう。一見するとただ力任せに暴れているだけにも見えるが、その実、殴る拳や蹴り出す脚、振り回す鉄球は吸い込まれるように相手に直撃している。

 

『よおおおっく、覚えておきなさい……このワタクシと、ガンプラを!』

 

 明らかに気おされて逃げ腰になっているジム・コマンドを追い詰めるように、ピンク色の鉄球をぐるぐると振り回し、巨体が迫る。

 

『ワタクシの名は、仮面の超絶美少女・桃華鉄球姫(ローズピンク・アイアンメイデン)! そして! この、ビューーーーティフルなガンプラはっ! ピンクボルトガンダムちゃんよーーーーっ!』

 

 ぐわっしゃああああんっ!!

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 そこで、映像は途切れていた。

 

「……ンで、オレにどうしろってンだァ?」

 

 ナツキは苛立ちを隠そうともせず、スマートフォン越しのナノカに噛みついていた。

 土曜日の午後、GP-DIVEのカフェスペース。ガンプラを買いに来た小学生たちが、わいわいと騒ぎながらすぐそばを駆けていく。

 

『いやあ、すまないねビス子。店長からの依頼を引き受けたはいいのだけれど……明日が模試だってことを忘れていてね。テスト前はガンプラを自重するのが、父との約束なんだよ』

「へーへー、ほーほー。模試の日程を忘れるなんて余裕じゃあねェか。そういやあてめェ、推薦で大学決まりそうとか言ってなかったかァ?」

『それとこれとは話は別さ――映像は、見てくれたね?』

「あァ、一応な。何だよこの仮面ゴリラは」

 

 ナツキは通話をハンズフリーモードにし、同時にスマートフォン上に先ほどナノカから送られてきた映像を呼び出した。

 次々とガンプラを叩き潰していく、全身ピンク色のボルトガンダム。そして、どう見ても仮面よりも顔のサイズの方が大きい、筋骨隆々のゴリラ女。制服姿ということは、中高生ぐらいなのだろうか。いや、年齢なんて何の意味も持たないほど、外見のインパクトが強烈だ。この見た目で「美少女」だの「ローズピンク」だのと名乗っているのだから、かなりの重症患者だろう。

 しかし――一方的にガンプラを破壊するパワー、意外にも正確で命中率の高い攻撃、相手の反撃をものともしないタフネス。時折ボディビルのようなポーズを挟みながら戦うのはまったく意味不明だが、ただの変態ではないようだ。

 

『いわゆる〝新人潰し〟だ――このローズピンク何某も、新人だけれどね。まあ、それを言ったらCDS(クロスダイブ・システム)自体が、ガンプラ界では新しいコンテンツなのだけれど』

「ふぅん。いい気はしねェな」

『ああ、そうだね。CDS(クロスダイブ・システム)はオープンで稼働しているとはいえ、実はまだまだ実証試験段階だ。新人潰しなんていうものが幅を利かせているようじゃあ、あまり格好がつかなくてね。そこで……』

「OK、まかせなァ。引き受けるぜ。〝新人潰し潰し〟……だろ?」

『話が早くて助かるよ、ビス子。エイト君には向かない仕事だからね』

「ハッハァ、そりゃあ違いねェ! エイトじゃあ、バトルを楽しんじまうからなァ」

 

 ナツキは笑いながらスマートフォンをポケットにしまい、カップに残っていたホットミルク(砂糖スプーン四杯投入)を一気に飲み干した。

 

「……ってェわけだからよ、店長! 準備頼むぜ!」

「上がってくれ。四番の台、用意しとくぜ」

 

 店長は親指を立てて頷き、先に二階フロアへと上がっていった。ナツキもガンプラケースを手に取って立ち上がり、二階へと向かう。

 

「ったく、赤姫のヤツ。人を便利に使いやがってよォ……今度ケーキでもいただくとするか」

 

 ナツキは少し表情を緩ませ、ケーキ屋の候補をいくつか思い浮かべながら、階段を上った。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

『お待ちしていましたわ』

「お、おう……」

 

 立体映像とはいえ、対面して見ると、その衝撃はさらに強烈だった。

 ナツキもけっこうな長身だが、それを上回る長身……というより、巨体。上腕二頭筋の膨れ上がった腕なんて、ナツキのウェストよりも太いのではないだろうか。それがどこかの学校の女子制服に身を包み、歌劇(オペラ)仮面舞踏会(マスカレイド)にでも出てきそうな仮面をつけて、ガンプラバトルシステムに立っているのだから異様過ぎて笑えない。滑稽を通り越してもはや不気味ですらある。

 

『今のワタクシは、ただひたすらに強さを求める獣……麗しき素顔すら仮面の奥に押し込めて、戦いに明け暮れる一匹の獣……』

「そ、そうか」

 

 まァ、獣ってェのには賛成だな。主に類人猿的な意味で。

 のど元まで出かかったその言葉を呑み込み、ナツキは引きつった愛想笑いを浮かべる。

 

『我が愛しのあの人の、隣に並び立つ強さを手に入れるその日まで。あの雄々しく逞しく宇宙を翔けるヅダとあのお方に、ふさわしいガンプラファイターとなるその日まで……ワタクシは正体を隠し、仮面の超絶美少女・桃華鉄球姫(ローズピンク・アイアンメイデン)として武者修行に勤しむと決めたのよ……』

 

 どこかうっとりとしたような口調と仕草。仮面の奥の瞳は、いったい何を見ているのか、微妙に焦点が合っていない。完全な自己陶酔状態と見える。

 コイツはやべェ。ガチな方のヤツだ。赤姫が心配するのも無理はねェ、こんなンがランキング上位に居座っちゃあ、CDSの評判はガタ落ちだよなァ。

 ナツキの名状しがたい複雑な引きつり笑いなど意にも留めず、桃華鉄球姫(ローズピンク・アイアンメイデン)(自称)は自分の世界に全力で没入中だった。

 

『だから……ッ!』

 

 どんっ! 突如、システムにガンプラが叩き付けられた。全身ピンク色のボルトガンダム――映像で見た、あのガンプラだ。HG規格ですらない1/144の旧キットがベースだが、かなり手を加えてある。プロポーションはレスラーを思わせるマッシブさで、手足を延長し格闘戦に適したリーチを獲得している。両肩は、おそらくザク系のパーツだろう、スパイクアーマーに換えられていた。鎖鉄球(グラビトンハンマー)は、ビームで柄と鉄球がつながれたデザインではなく、実体の鎖によって連結されたピンク色のトゲ付き鉄球となっていた。

 

『御託は無用。ガンプラバトルよ』

「けッ、御託並べてたのはどっちだよ……まァ、いいさ。ヤってやらァ!」

 

 ナツキは吐き捨てながらも好戦的に牙を剥いて笑い、バトルシステムにドムゲルグをセットした。

 

『CROSS-DIVE system. Combat Mode. Damage Level,Set to O.』

 

 ハスキーな女声のシステム音声が高らかに告げ、散布されたプラフスキー粒子がフィールドを形作る。豊かな緑、奇妙で独特な形の植物たち――聳え立つ楯状岩石台地(テーブルマウンテン)、霧状に砕け散りながら轟々と落ちる大瀑布(エンジェルフォール)

 

『Field20, guiana highlands.』

「ギアナ高地か……!」

『ウホッ。ピンクボルトちゃんのダンスステージとしては、申し分ないわね』

(〝ウホッ〟って言ったァ!? 今この仮面ゴリラ〝ウホッ〟って言ったのかァッ!?)

 

 素なのかキャラづくりなのか。桃華鉄球姫(ローズピンク・アイアンメイデン)(自称)の言葉に衝撃を受けるナツキなど構わず、システムは着々とバトルの準備を進める。フィールドが組み上がり、お互いのガンプラが仮想カタパルトにセットされる。

 

『All systems are go.』

「ちッ……気は進まねェが、赤姫との約束だァ。徹底的にブチ撒けてやるぜ」

 

 ふぉん、と手元に出現したコントロールスフィアをぎゅっと握り、ナツキはドムゲルグを起動した。モノアイに光が入り、核熱ホバーが唸りを上げる。

 

「〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ナツキ、ドムゲルグ・ドレッドノート! ブチ撒けるぜェッ!」

 

 同時、ゴリラ女もにやりと笑い、コントロールスフィアを握る。

 

「ピンクボルトガンダム! 桃華鉄球姫(ローズピンク・アイアンメイデン)! いざ出撃よ、愛のために!」

 

 火花を散らしてカタパルトが作動、ピンクボルトガンダムを猛烈な勢いでギアナの空に蹴り出した。

 

『BATTLE START!!』

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「ブチ撒けるぜェッ!」

 

 細かいことは気にしないとばかりに、ドムゲルグの全ミサイルが一斉に放たれた。十二発の大型ホーミングミサイルが白煙を引いて岩石の台地に突き刺さり、そして吹き飛ばす。左右の脚部三連ミサイルポッドから飛び出した収束ミサイルは、それぞれがさらに八発のマイクロミサイルに分離、計四十八発もの弾幕となってギアナの密林を絨毯爆撃した。さらに、スカート部とシールド裏の四発のシュツルムファウストも同時発射、ひときわ大きな爆発の華が、四連続で咲き乱れる。

 

「こいつもくれてやらァッ!」

 

 さらにダメ押しに、ジャイアント・バズの連続砲撃。ミサイルの爆発もまだ冷めやらぬ爆心地に向けて、弾倉丸々一つ分の高初速榴弾を撃ち込んだ。爆煙を吹き飛ばしながらさらに爆炎が炸裂し、ギアナの大地が衝撃に揺れる。

 

「あの手の自己陶酔ヤローに付き合うと、ロクなことになんねェからなァ。これで、落ちてろよォ……」

 

 ジャイアント・バズに新たな弾倉を叩き込みながら、ナツキは呟いていた。

高火力による即決即断。ドムゲルグの全火力を一息に叩き込まれたギアナ高地は一瞬で土の抉れた荒野と化した。おそらくピンクボルトがいたであろう辺りは、その周辺ごと特にひどい焼け野原になっていた。もうもうと上がる黒煙に隠れているが、煙が晴れればそこにあるのは、残骸と化したプラスチックの塊――

 

「ウーッホッホッホッホッ!」

「――ちッ、だよなァ!」

 

 土煙を突き破るようにして、ドぎついピンク色の棘付鉄球が飛び出してきた。ナツキは即座にスパイクシールドでガード、しかしシールドが、たった一撃でひしゃげて吹っ飛ぶ。

 

「やるじゃあねェか!」

「行くわよーっ!!」

 

 鉄球の後に続くように、ピンク色の巨大な足裏がドムゲルグの眼前に迫る。ピンクボルトの全体重を乗せた跳躍飛行(ブーストダッシュ)ドロップキック!

 

「ウッホオオーーッ!!」

 

 ドッ、ゴオオオオンッ!

 ナツキは核熱ホバーを起動し直前で回避、ピンクボルトのドロップキックはドムゲルグの背後にあった岩石台地を粉々に打ち砕き、吹き飛ばした。

 

「けッ! ただのイロモノじゃあねェらしいな、仮面ゴリラァ!」

 

 円を描くようなホバー走行を続けながら、ナツキはジャイアント・バズを連射した。しかし、ピンクボルトが猛烈な勢いで振り回すグラビトンハンマーによって、ことごとく防がれてしまう。棘鉄球部分だけでなく、鎖部分までかなりの強度があるようだ。

 

「ウーッホッホ! そんな程度の火力では、このビューティフルなピンクボルトガンダムちゃんには傷一つ付けられないわよ!」

「そうかよッ、言ってろォッ!」

「そう、このワタクシを貫けるのは……あの日、ワタクシを一番深いトコロまで抉って、女の子の大切なモノを奪っていった、太くて熱くて逞しい、あのお方のパイルバンカーだけ……!」

「太くて熱くて逞しい……って、ばばばバトル中になんてコト言ってんだよてめェはァ!?」

「隙アリよっ!」

 

 ナツキは顔を真っ赤にして叫び、一瞬、足を止めてしまう。その隙を衝き、桃華鉄球姫(ローズピンクアイアンメイデン)(自称)は鉄球を振り回しながらフルブーストで突っ込んできた。ナツキは慌ててジャイアント・バズを構え直すが、すでに弾倉は空だった。入れなおしている暇はない。些細なことで取り乱した自分を心の中で殴りつけながら、ジャイアント・バズを投げ捨て、ヒートブレイドを抜刀する。

 

「ウホーっ!」

「おらァッ!」

 

 ガィィン、ギィンッ! ガァンッ!

 投げつけられた鉄球を弾き返し、横薙ぎのブン回しを叩き落す。ピンクの鉄塊と赤熱の刃が何度も何度もぶつかり合い、弾き合う。そのうちに両者の距離は詰まっていき、最後にはほとんど額がぶつかり合うような距離で、ピンクボルトが直接手に握って振り下ろす鉄球と、ほとんど押し当てて斬るようなヒートブレイドとの応酬となった。

 

「クソがァッ! 無駄に硬ェんだよこの変態ゴリラァッ! いい加減、ブッた斬られろォッ!」

 

 ガギィン、ゴンッ、ガスンッ、ギィィンッ!

 

「な、なんて頑丈なガンプラかしらっ! ビューティフルさではワタクシとピンクボルトちゃんには、遠く及ばないけれど! タフさだけは認めて差し上げるわ!」

 

 ドスッ、ゴンッ、ギャリギャリギャリィッ!

 

「はンッ、ありがと……よォッ!」

 

 ガギッ……ザンッ、ガシャァァァァンッ!!

 満身の力を込めて斬り上げたヒートブレイドが、ついにグラビトンハンマーの鎖を断ち切った。張りつめていた力を一気に解放された鉄鎖が派手な音を立てて暴れ、断ち切られた破片がドムゲルグとピンクボルトの装甲を叩く。

 

「わ、ワタクシの……ハンマーが……っ!?」

 

 壊された愛用武器に呆然とする桃華鉄球姫(ローズピンクアイアンメイデン)(自称)、ピンクボルトが硬直する。ナツキはその一瞬の隙に、ヒートブレイドをピンクボルトの右腕へと捻じ込んだ。手首のポリキャップが潰れ、マニピュレータから力が抜ける。グラビトンハンマーがポロリと零れ落ち、ズドンと重く地に落ちた。

 

「これでェ……ッ!」

 

 続けて、ショルダータックルをブチかます。直撃(インパクト)の瞬間に両肩のシールドブースターを噴射し衝撃力を倍加、ドムゲルグとほぼ同等の重量級ガンプラであるピンクボルトを、大きく後ろへ吹き飛ばした。

 

「終わりだァッ!!」

 

 刀身がボロボロに劣化したヒートブレイドを投げ捨て、ナツキはドムゲルグの右腕を大きく横へ突き出し、深く腰を落とした前傾姿勢で核熱ホバーを全力稼働させた。ギアナの植物群を高熱で焼き尽くしながら、ドムゲルグがその巨躯を加速させていく!

 

「ゥおォらァァァァッ!」

 

 核熱ホバーラリアットッッ!!

 ドムゲルグの剛腕がピンクボルトの顔面にめり込み、凄まじい勢いで振り抜かれた。ピンクボルトの首から上は、粉々に爆散。残されたボディだけがギアナの大地にドサリと倒れた。

 

「――おい、変態ゴリラ。これに懲りたら、新人潰しなんてセコいまねは、もうするンじゃあねェぞ」

「わ、ワタクシは……あの方にふさわしい、女に……か、勝ち星を、たくさん獲って……」

「けッ、格下狙いで獲った星に価値があるかよォ。いつでもオレが相手になってやるから――根性とガンプラ、磨きなおしてかかってこい」

「む、無念……っ!」

 

 ピンクボルト胸部のセンサーカメラからゆっくりと光が失われ、それっきり、まったく動かなくなった。ガンプラの行動不能を確認したバトルシステムが、ハスキーな女の機械音声でバトルの終了を告げる――

 

『BATTLE ENDED!!』

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「――ってェ、ワケでよ。ミッションクリアだぜ、赤姫」

『ありがとう。いやあ、やっぱりビス子は頼りになるなあ。はっはっは』

 

 再び、GP-DIVEのカフェスペース。先ほどの小学生の一団が、手に手にガンプラの箱を抱えて笑顔で店を飛び出していく。車に気をつけろよー、と店長が大声でそれを見送っていた。

 ナツキはスマートフォンの中のナノカに向かって、ニヤリと笑って問いかける。

 

「ンじゃまあ、報酬の話でもしようじゃあねェか。まずは……」

『おいおいビス子、私とキミとの仲だろう? 善意で引き受けてくれたものだとばかり思っていたのだけれど』

「はンッ、冗談! ケーキの二つ三つでもオゴらせてやるから感謝しやがれ! まずはだな、駅前の〝アトラ〟の生クリーム乗せパンケーキだろ。それから、てめェらの高校のすぐ近くに〝クッキー&クラッカ〟ってあったよなァ。あそこのショートケーキと……」

『まったく、それだけ食べてそのスタイルを維持しているなんて……女子として嫉妬を禁じ得ないね』

「うるせェ、その分動いてンだよ! あ、あとアレだ。〝バーンスタイン〟のシュークリーム! アレはもう、三つぐらいはペロリと」

「ナツキさんって、けっこう甘いモノ好きなんですね」

「えええエイトォォ!?」

 

 がたんっ! 突然、後ろからかけられた声に、ナツキは危うく椅子から転がり落ちるところだった。見れば、学生服の上からGP-DIVEのロゴマーク入りエプロンをつけたエイトが、先ほどナノカが注文したホットチョコレート(ミルクを少量プラス)を持って立っていた。

 

「な、何でてめェがここにいンだよ!」

「姉さんが気まぐれで、店番サボるんで……まあ、身内の不始末は、僕が肩代わりというか。店長から、バイト代は貰っているんですけどね。はい、ホットチョコレートです」

『ああ、言うのを忘れていたよ。今日はエイト君がGP-DIVEでバイトをしているらしいよ。はっはっは』

(あ、赤姫ェ、てめェ~~~~ッ!)

 

 画面の向こうでにやにやと腹黒い微笑みを浮かべるナノカに、ナツキはぎりぎりと歯ぎしりしながら怒りの感応波を叩き付ける。が、悲しいかな。お互いにニュータイプでない二人の間には、精神の共鳴や共感などは起こらないようだった。

 

『……で、何の話だったかな、ビス子。キミが私の頼みごとを、美しい女の友情で、無償で引き受けてくれたという話だったかな』

「へぇ、そうなんですかナツキさん。いつも思うんですけど、二人とも仲が良いんですね」

「ぐぬぬ……!」

 

 状況を楽しむようにニヤつく、しかし腹立たしいことにそれでも上品さを失わないナノカの笑顔。一方、二人の仲の良さを信じ切って、何一つ疑ってなどいないエイトのさわやかな微笑み。この状況で、ケーキをおごらせること、などできはしないに決まっている。

 ナツキはプルプルと拳を震わせながら唇を噛むばかりだった。

 

「――じゃあ、ナツキさん。僕はカウンターにいるので。ゆっくりしていってくださいね」

 

 そう言ってエイトが離れた瞬間に、ナツキはスマートフォンに噛みつくようにしてナノカに食って掛かった。

 

「あァ~~かァ~~ひィ~~めェ~~ッ!!」

『……ぷっ、ははははは。いやいや、すまないビス子。ごめんよ。ちょっと遊んでみただけさ』

「てめェ今すぐGBOに来い(ログインしやがれ)! ボッコボコにブチ撒けてやんぞコラァ!」

『ふふ、悪かったよ。〝バーンスタイン〟のシュークリームで良いかい?』

「いくつだ!」

『そうだなぁ……二つ?』

「あァんッ!?」

『はいはい、いつも通り三つだね。わかっているよ』

「よし、善は急げだァ! てめェも勉強の息抜き、必要だろォ。今すぐ行こうぜ!」

 

 返事も待たず、ナツキはスマートフォンをひっつかんで立ち上がった。そしてホットチョコレートを一気に飲み干そうとして、

 

「ぅあっちィ!?」

「だ、大丈夫ですかナツキさんっ!?」

 

 慌てて駆け寄ってきたエイトに、涙目でお冷を要求するのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「しつちょー。ドウジマしつちょー。次のデータ。あがりましたー」

 

 整理整頓など不可能なほどに積み上げられた、電子機器の山。冷却ファンが低く唸る電子事業部第一課・別室は、今日もコンピュータの排熱が籠っている。

 

「んー、ご苦労ハガネザキちゃん。そろそろ休憩にしたらどうだい?」

「あー。休憩ですかー。休憩ってー。何したらいいかー。わかんないんですよー」

「そう。じゃ、働いて」

「らじゃー」

 

 パソコンの海をかき分けるように、紫色のツインテールがぴょこぴょこと跳ね、そして猛烈なタイピング音が室内に響き渡る。

 

「……高い攻撃力と高いタフネス……パワータイプ同士のぶつかり合い……今回も、いいデータが取れたな」

 

 ドウジマは画面を一通り眺め、満足したように頷きながら呟いた。

 

「でもまあ今回は、格闘に偏り過ぎだな……そろそろ、高出力兵器なんかのデータも欲しいところだが……なあ? お前も、そう思うよな」

 

 言葉尻こそ呼びかけの形だったが、その言葉はすぐ後ろでキーを叩くハガネザキに向けたものではない。ドウジマの目に映るものは、たった一つ。ディスプレイ上に映し出された、三文字のアルファベット――GOD(ゴールド・オゥ・ダイダロス)のロゴマーク。ただそれだけだった。

 




まさかあのゴリラ女とのコラボなんて、だれも予想だにしていなかったに違いないと確信しております。(ドヤ顔)
ピンクボルト製作のきっかけは、いきつけのショップで旧キットのボルトガンダムがたったの400円で売っていたことです。色だけ変えて簡単に作っちゃおうかと思ったのですが、やっているうちにいろいろと手を加えていき……結果、こんな感じに。(笑)
以下、ガンプラ写真です。


【挿絵表示】



……と、いうことで。クロスダイブ・プロジェクト第二弾、MR.ブシドーさん「ガンダムビルドファイターズ 勝利の栄光をヅダに!」とのコラボでしたー!
感想・批評、お待ちしております!



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Extra.03-A 『VS.黒き極限進化 前編』

唐突なコラボ回ッッ!!
ずっとずっと以前からお話をいただいていて、しかもお相手の方にはすでにウチの子たちとのコラボを書いていただいていたというのにっ!ようやく投稿と相成りました~。遅くなってすみません。平謝りです。
さて、タイトルでどの作者さんとのコラボかおわかりでしょうか?

では行ってみましょう。極限ッ!! 進化ァァッ!!


「アーケード型コントローラー……ですか?」

 

 もはや恒例となった、GP‐DIVE併設カフェでのアルバイト……と言う名の、身内(エリサ)気まぐれ(サボり)の尻拭い。エイトは今日もいつもと同じく、学生服の上から店のロゴ入りエプロン姿。ナノカが注文したあったか~いお汁粉を、コトリとテーブルの上に置く。

 

「ああ、そうだよエイト君。〝交流戦構想(クロスダイブ・プロジェクト)〟の一環で、システムに実装するらしいんだ」

 

 対するナノカは、冬用の学生服に、足元を厚手の黒タイツで防寒対策という如何にもそれらしい冬の女子高生ファッションだ。今は椅子の背にかけているマフラーが鮮やかな赤なのは、彼女なりのこだわりだろう――ナノカは冷えた指先で包み込むようにお椀を抱え持ち、熱々のお汁粉をずずいと啜った。

 

「アーケードゲームによくある、スティックとボタンによる操作でガンプラバトルを行うものらしい。略称はアケコン、すでに一部のバトルシステムでは先行実装されているそうだよ。GBOの間口を広げるための方策らしいのだけれど」

「ナノさんが、そのテスターを頼まれたんですか? 急に操作方法を変えるのって、難しそうですよ」

「いいや、私は通常のコントロールスフィア操作で、相手がアケコンで試合をする段取りだよ。……エイト君は、ゲームセンターにはよく行くのかい?」

「いえ、あまり……あ、そういえばこの前、ナツキさんに誘われて一緒に行き」

 

 ガタンッ!

 

「ど、どうしたんですナノさん? 突然立ち上がって……?」

「詳しく」

「え?」

「詳しく、言ってくれるカい? ゲームセんターでナにヲシタのカ?」

 

 ナノカの背後に、バンシィに乗る黒リディを彷彿とさせるドス黒いプレッシャーが渦を巻く。しかしバトル中ならともかく、日常生活でのエイトはそのあたり非常に鈍感だった。エイトはニコニコとした表情で、ナツキと一緒にしたことを読み上げていく。

 

「詳しくって、普通に遊びに行った感じですよ。太鼓を叩くやつとか、ゾンビを撃つやつとか、写真のシール撮るやつとか。ナツキさんってクレーンゲームとかけっこう下手で、僕が代わりにプチッガイのぬいぐるみ取って、プレゼントしたんですよ。そしたらすっごく喜んでくれて……あとでクレープをおごってもらっちゃいました。楽しかったですよ、ナノさんも一緒に来てほしかったなあ」

「……ヌケガケハユルサヌ」

「ナノさん、何か言いました? なんか様子がおかしいですよ?」

「い、いや何でもないよエイト君。たった今、ビス子にちょっとした用事(・・・・・・・・)ができてしまってね。はっはっは」

 

 ナノカは目を細めて作り物のような笑顔を浮かべながら、鬼のような速度でスマホを叩き、ナツキにメールを送った。エイトはその表情の意味にも気づかず、「ナノさんとナツキさん、相変わらず仲がいいなあ」とのんきに微笑むばかりだった。

 

「……と、言うわけでエイト君。私はちょっと死刑執行……いや、ビス子と少しばかりお話(・・)をしてくるよ」

「え、あ、はい。突然ですね。お汁粉、どうします?」

「勿論、いただくさ」

 

 ナノカはできたてアツアツのお汁粉を、まるでスポーツドリンクでも飲むようにごきゅごきゅと喉を鳴らして呑み干した。お椀一杯、丸ごとを一気だ。呑み終えたナノカはお椀の横に、五百円玉をぱちりと置いた。

 

「おつりは要らないよ。代わりと言っては何だけれど、アケコンのテスト対戦、代理を頼まれてくれるかい。すでにクロスダイブ・システムでマッチングはしてしまったらしいんだ」

「え、ナノさん、急に……」

「試合は三分後だ。ありがとう、エイト君!」

 

 アカサカ・ナノカの真骨頂、この人の話を聞かない感じ、久しぶりだなあ。エイトがそんなことを考えている間に、ナノカはクールに手を振りながら店を出てしまった。言っていることは強引だが、大鳥居高校の古風なセーラー服にすらりと背の高い黒髪美人、後ろ姿も実に絵になる。なってしまう。

 

「しょうがないなあ、ナノさんは」

 

 エイトは少し嬉しそうに苦笑いをして、キッチンカウンターの奥の店長に声をかけた。

 

「店長、少し休憩もらってもいいですか」

「……姐御がこのシーン見てたら、喜んで引っ掻き回したんだろうなぁ」

「え? 店長、姉さんがどうかしたんですか?」

「いいさエイト、気にすんなよ。ほれカギだ。二階、行ってきな」

 

 店長は力の抜けたような笑顔で、エイトにカギを投げてよこした。エイトは礼を言ってエプロンを外し、二階のバトルシステムへと小走りに向かった。

 

(それにしても……ナノさんも店長も、何か変な感じだったなあ……)

 

 ――この後、ナノカとナツキはガンプラではないバトルを繰り広げることになるのだが、それはまた別の、根本原因たるエイトのあずかり知らぬ話であった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

『……少し、待たされた形になるな』

「す、すみません。ちょっと事情が……」

 

 バトルシステムに入ると、すでに相手ファイターの姿は立体投影されていた。

 精悍な顔立ちの、やや小柄な男子高校生。その目付きというか、全身から発するオーラというか、戦い慣れした戦士の様な風格がある。ヤジマ商事がアケコンのテスターに指名するぐらいなのだから、きっと何かのアーケードゲームでは名をはせたプレイヤーなのだろう。

 エイトは同年代に見えるこの青年に少し気圧されつつも、しかしそこは男子の意地、何でもない風を装って笑いかけた。

 

「相手を務めさせてもらう、アカツキ・エイトです。一応、GBOでは百位以内(ハイランカー)ってことになっています。よろしくお願いします」

如月劫夜(キサラギ・キョウヤ)だ、よろしく。早速だが――』

 

 名乗ったキョウヤは間をおかず、GPベースにガンプラをセットした。そのガンプラを見てエイトは、彼がアケコンのテスターに選ばれた理由を察した。

 エクストリームガンダム、ゼノンフェース。ガンダム系アーケードゲームの最高峰と言って過言ではない、あのゲームのオリジナルガンダムだ。ただしその装甲は黒く、各部には丁寧なカスタマイズが施されている。

 

『このエクストリーム:Rf(リフェイズ)は、ゼノンフェースを装備している。アカツキ君(・・・・・)、近接戦闘は得意か。一瞬で片が付いてしまって、テストにならないと困るんだ』

 

 嫌味でなく、真に自信があるからこその物言い。初対面なのに名前に「君」付けということは、年下に見られているのだろうか。身長だってあんまり変わらないのに――いや、僕の方が何センチか高いはずだ。たぶん。

 そんなこんなをひっくるめて、エイトの心にも火がついた。

 

「心配ないですよ、キサラギ君(・・・・・)。近距離で、一撃必殺の高速戦闘なら――」

 

 エイトは自分でも珍しいと思いながらも、好戦的にニヤリと笑った。ガンプラケースから取り出した愛機を、GPベースと共にシステムにセットする。

 

「――クロスエイトの独壇場だ」

『CROSS-DIVE system. Combat Mode. Damage Level,Set to O.』

 

 両者のガンプラを認識したバトルシステムが、ハスキーな女声で高らかに告げた。湧き水のように溢れ出したプラフスキー粒子が、仮想空間を作り上げる。

 

『Field11,Coliseum.』

 

 構築されたフィールドは、歴史を感じさせる石造りの円形闘技場。すべてがMSサイズになってはいるが、世界遺産のあの建物にとてもよく似たフィールドだった。一対一の対決に使うフィールドとしては、これ以上ないほどに適切だろう。

 

『All systems are go.』

 

 ハスキーボイスに合わせて、二人のガンプラがカタパルトデッキに乗せられる。エイトは手元に出現したコントロールスフィアにいつものように手を乗せて、握り具合を確かめた。

 ふと、相手のキサラギ・キョウヤは今この瞬間、アケコンのスティックに手を添えているのだろうと思い至る。自分はスフィアでの操作に慣れているし、それ以外なんて考えたこともなかったけれど――だがバトルが始まれば、そんなことは関係ない。全力を尽くすのみだ。

 

「アカツキ・エイト、ガンダム・クロスエイト! 戦場を翔け抜ける!」

 

 エイトの声に答えるように、クロスエイトの両目(デュアルアイ)が強く輝く。バーニアスラスターから光の尾を曳いて、クロスエイトはカタパルトから空へと飛び立つ。

 

「キサラギ・キョウヤ。エクストリーム:Rf!! GO!!」

 

 一方のキョウヤも、よく手になじむアーケード型のスティックに手を添え、叫んだ。黒いエクストリームは全身のクリアパーツから粒子の煌めきを散らしながら。カタパルトから飛び出した。

 赤と黒のガンダムが、それぞれに光の軌跡を曳きながら、コロシアムの空で激突する――

 

『――BATTLE START!!』

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「ふぅーん、いやいや、なかなかどうして」

 

 とても最新式とは言えない古ぼけたディスプレイに、バトルの模様が映し出されている。そこにかじりつくようにして観戦し、満足げに頷くのは、薄汚れた白衣の痩せた男。せっかくの美丈夫も、洗濯していないシャツと無精髭のせいで台無しだった。

 

「どうだいどうだいハガネザキちゃん。また格闘型かよと思ったけれど、なかなかどうしてじゃあないかこの二機は」

「うーん。そうですねー。けっこう。エネルギー。出てますねー」

 

 もじゃもじゃの長髪の横で、薄紫のツインテールがぴょこぴょこと跳ねる。画面に映し出された二機のガンプラ――クロスエイトとエクストリーム:Rfは、それぞれに大型のビーム刃を噴出する格闘兵装を振り回し、何度も何度も突撃と斬撃、鍔迫り合いを繰り返している。ファイターの気合いの入った大声から考えるに、それぞれ「ヴェスザンバー最大出力(マキシマムドライヴ)」と「デュアル・タキオンスライサー」というモノらしい。

 ツインテールの少女――ハガネザキ・タガネは、ある意味幻想的とも見える光の刃の交錯を冷めきった目で眺めながら、指はキーボードの上を忙しなく走り回っていた。

 

「無茶苦茶な出力ですよー。二機ともー。ゼータのハイパー化並みのサーベルをー。ずっと出し続けてますよアレー」

「常識外れの高出力ビーム……お仕事ご苦労、ハガネザキちゃん。期せずして、GOD(ゴールド・オゥ・ダイダロス)にはちょうどいいデータになりそうだ」

「ドウジマしつちょー。にやにや笑い。マジキモいですよー」

 

 ドウジマは嬉しそうにハガネザキの頭をぐしゃぐしゃと撫で、咥えっぱなしだった湿気たタバコをそこら辺に投げ捨てた。そして自分も、彼女と同じようにキーボードを叩き始める。

 

「さあ、たっぷり学べよGOD。高出力ビーム兵器ってのは、こういうもんだぞ……!」

 

 電子機器で埋め尽くされた狭い部屋が、キータッチの音で満たされる。ドウジマの目には、バトルを続ける二機のガンプラを見ているようで、見ていない。その目に映るのは、もっと別の何か――しかしそれが何かを知る者は、まだこの世界のどこにも、存在してはいないのだった。

 

 

 




と、いうことで。交流戦構想(クロスダイブ・プロジェクト)第三弾、「ガンダムビルドファイターズ EXTREME VS ~アーケードしかやったことのない俺が、ガンプラバトルに挑む~」の孤高のスナイパーさんとのコラボです。
コラボのお話をいただいたのが前過ぎて、忘れられてたらどうしよう……ガクガクブルブル
後編ではバトルが始まりますが、主人公同士のバトル、どう決着をつけようかいつものように未定でございます。筆の流れるままに進めてみようと思います。乞うご期待!!
感想・批評、お待ちしております。お気軽にどうぞ~。


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Extra.03-B 『VS.黒き極限進化 後編』

交流戦構想(クロスダイブ・プロジェクト)第三弾、「ガンダムビルドファイターズ EXTREME VS ~アーケードしかやったことのない俺が、ガンプラバトルに挑む~」の孤高のスナイパーさんとのコラボ、後編です。
真紅の太陽と黒き極限進化、勝利はどちらの手に!? 書いてる私もまったくの未定、書きながら考えました!!(笑)
どうぞご覧ください。



 交錯する光の刃が、粒子の欠片を散らしあう。

 黒と赤の二機のガンダム、エクストリーム:Rfとクロスエイトの戦いは、開幕と同時に凄まじいまでの剣戟となっていた。ぶつかり合い、弾き合い、そしてまたぶつかり合う。朽ちかけた古代の円形闘技場(コロシアム)に、ビーム刃を打ちつけ合う硬質な電子音が響き渡った。

 エクストリーム:Rfはどっしりと地に足をつけ、自身の体格にも等しい大型の双刃型ビームブレード〝デュアル・タキオンスライサー〟を力強く振り下ろした。巻き起こった衝撃波が、罅割れた石畳をまくり上げながら驀進し、クロスエイトに襲い掛かる。だが、

 

「見えますっ!」

 

 エイトはそれをぎりぎりまで引き付けて回避、衝撃波の進んできたルートを逆進し一直線に突撃した。そして、ヴェスザンバーを横薙ぎに一閃。

 

「ぅらぁぁぁぁッ!」

「ちょこまかと!」

 

 キョウヤは斬り返したタキオンスライサーを振り上げ、ヴェスザンバーを弾いた。小型軽量のクロスエイトは弾きあげられた勢いそのままに上空に打ち上げられるが、それすら加速に利用したかのように、急激なターンを描いて再突撃。ヴェスザンバーとタキオンスライサーのぶつかり合いが、三度、四度と繰り返される。

 その一撃一撃の予想外の重さに、キョウヤの口の端にニヤリとした笑みが浮かぶ。

 

「小型機ゆえのパワー不足を、推進力という長所で補っている、か。やるな、アカツキ君!」

「光栄だと言っておくよ、キサラギ君!」

「……だがっ!」

 

 十数度目の突撃――その直前。エクストリーム:Rfはタキオンスライサーを投げ捨て、クロスエイトの視界を塞いだ。同時、その両腕の追加装甲が、獅子の咢の如くガパリと開いた。内部パーツが金色に輝き、暴力的な熱量がその手に宿る。

 

(不意打ち、目隠し、至近距離――これで、価値を測らせてもらう!)

 

 エイトは投げつけられたタキオンスライサーを切り払い視界を確保するが、その時にはすでに目の前に、高エネルギーを凝縮した破壊の光球が迫っている!

 

「獅子咆哮ォォッ!」

 

 ズアアアアアアアアアアアアッ!

 猛然と撃ち出されたビーム属性の爆熱火球が、クロスエイトを呑み込む――呑み込めない!

 

熱量蓄積(チャージ)が間に合った……!」

 

 クロスエイトの右拳に燃える、紅蓮の刃。熱量収束式攻性ビームシールド――ブラスト・マーカー。クロスエイトのボディに蓄積した熱量を注ぎ込んだ灼熱のビーム刃が、獅子咆哮をギリギリのところで抑え込んでいた。

 

「だが、足は止まったな!」

「なっ!?」

 

 エイトの背筋に悪寒が走る。獅子咆哮の光球すら目隠しにして、キョウヤはクロスエイトの背後を取っていた。大きく腰をひねったポーズで滞空するエクストリーム:Rfの、脚部装甲が一部展開。獅子咆哮と同質のエネルギー流が渦を巻いて噴出し、黒き機体を金色に照らす。

 

「獅子ッ! 旋・風・撃ッ!!」

 

 高エネルギーを纏った強烈な回し蹴りが、クロスエイトの細い腰を強打した。バキャリという硬質な破壊音、クロスエイトはほぼ真横に吹っ飛び、コロシアムの観客席へと叩き付けられる。簡素な石段の観客席はがらがらと崩れ去り、その下にクロスエイトは埋め込まれてしまう。

 そして、土煙が収まるまでの数秒。埋まったクロスエイトに動きはない。キョウヤは眉根にしわを寄せ、訝りながらもゆっくりと歩いて距離を詰めた。

 

「こんな程度で終わるか、アカツキ君」

 

 プラスチックを蹴り砕いた感触が、確かにあった。実は当たっていなかったとか、質量のある残像だとかは、断じてない。で、あれば。小型軽量級の装甲で、獅子旋風撃に耐えるなど――ガリ、と足元で音がする。エクストリーム:Rfのつま先が踏んでいたのは、プラスチックの欠片。幅広く分厚い大剣の、折れた刀身。

 

「……剣を盾代わりにっ!?」

 

 気づき、構えると同時に、足元の石畳が弾け飛んだ。地中から爆発するように土砂が噴き上げ、舞い散る土と石畳をかき分けるようにして、真紅のボディが飛び出してきた。

 

「らああああああああっ!」

 

 ヴェスザンバー最大出力(マキシマムドライヴ)! 対艦刀クラスの長大なビームの大剣と化したヴェスザンバーが、真下からエクストリーム:Rfを突き上げた。キョウヤは間一髪で身を躱すが、右肩の装甲を削られてしまう。体勢を崩したエクストリーム:Rfに、クロスエイトは追い打ちの一撃、全体重を乗せるようにしてヴェスザンバーを振り下ろした。高出力の浴びせ斬りを、キョウヤは左腕の追加装甲部分で受け止めるが、ガードした装甲にビーム刃がめりめりと食い込んでくる。

 

「じ、地面を掘り進んだのか、こんな一瞬で!」

「以前にジャブローの地下を、バズーカでやった人がいてねっ! ヴェスザンバーで応用をしたぁっ!」

「くっ……!」

 

 クロスエイトのバーニアスラスターが噴き出す炎を強め、ヴェスザンバーがより深く、エクストリーム:Rfに食い込む。キョウヤは歯を食いしばり、左腕に右手を添えて耐える。

膂力(パワー)ではこちらが上だが……このブースト性能は厄介な……っ!)

「このままぁっ! 押して、斬り、抜けるッ!」

 

 ただでさえ圧倒的なクロスエイトのバーニアが、さらに一段階、出力を上げた。猛烈な勢いで噴き出す噴射炎はもはや、光の翼ならぬ〝炎の翼〟と言った様相を呈している。その勢いに押され、ヴェスザンバーがじりじりと追加装甲に食い込んでいく。腕そのものはまだ無事だが、左腕の武装はもはや使い物にならない。

 

「フッ……だったら!」

 

 キョウヤは額から流れた汗を手の甲でぬぐい、その手の指をそのままアケコンのボタンに叩き付けた。ボタン三つを、同時に押し込む!

 

「覚醒抜けだッ!」

 

 轟音と閃光、吹き荒れる烈風。エクストリーム:Rf全身のクリアパーツが鮮やかな青に発光し、各部追加パーツが展開、青く煌めく内部機構を露出した。損傷の深い左腕の追加パーツは極限進化の出力に耐えきれず大破するが、それにより、食い込んでいたヴェスザンバーの刃が外れた。

 同時に迸ったプラフスキー粒子の衝撃波により、クロスエイトは推進力を相殺されわずかな距離だが、押し返される。

 

「で、デストロイモードっ!?」

「違うな、これが俺の極限進化! そして!」

 

 解放された脚部パーツから、青白いビームカッターが噴出した。さらに脚部推力機構からバーニア光が迸り、エクストリーム:Rfの機体がふわりと浮き上がった。

 エイトはこの日二度目の激しい悪寒を感じ、フットペダルを踏み込んだ――しかし、クロスエイトの動きが、硬直している。アーケードゲームの経験がないエイトには知りえないことだが、()()()()()()()の覚醒時の衝撃波には、敵を硬直させる(スタン)効果が付与されているのだ。

 

「派生無視、いきなりぶっこみ、打ち上げサマーソルトのぉッ!」

「くっ! 間に合えぇっ!」

「極限進化版ッ! 獅子ッ! 旋・風・撃ィィィィッ!」

 

 ズバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!

 縦断一閃、三日月型を描くように振り抜かれた右足が、凄まじい出力で展開された青白いビームカッターが、円形闘技場(コロシアム)を縦一文字に両断した。

 支柱を切り崩された観客席が、円形を描く外壁が、音を立てて崩れ落ちる。

 煌めく覚醒粒子を散らし、空手道のような残心を取るエクストリーム:Rfだけを残し、フィールドの全ては崩壊した石材の山と化した。

 

「終わった……か」

 

 キョウヤの呟きを証明するかのように、真っ二つに折れたヴェスザンバーと、肩口から切断されたクロスエイトの右腕が、エクストリーム:Rfの足元へと落ちてきた。またしてもヴェスザンバーを盾にしたようだが、極限進化版・獅子旋風撃は、キョウヤが一度は覚醒技――覚醒状態専用の、超威力の必殺技に設定しようとしていたほどの奥義である。足元に転がる右腕の残骸からもわかるように、そう簡単に防ぎきれるものでは――

 

「まだだぁぁぁぁッ!」

 

 土煙を突き破り、満身創痍のクロスエイトが現れた。武器(ヴェスザンバー)も右腕も失い、右足も脹脛から下を斜めに削ぎ落とされるように失っている。ただしその左の拳には、灼熱の刃が噴出していた。

 機体の熱を伝播させた、一撃必殺の熱量兵装、ブラスト・マーカー。文字通り〝最後の一手〟となった紅蓮の炎剣を切っ先として、全身を一つの突撃槍(ランス)としたクロスエイトが、一直線に突撃する!

 

「ぅらあぁぁぁぁッ!」

「そうこなくちゃなああッ!」

 

 キョウヤは呼応するように叫び、その右腕に機体に残る全エネルギーを集中した。獅子咆哮に似た圧縮粒子の輝きが、掌を黄金に輝かせる。石畳を割るほどの踏み込み、正拳突きの要領で、右の拳を突き出した!

 

「極・限・全・力ッ! ラァァイジングッ! バンカァァァァァァァァッ!」

「焼き尽くせッ! ブラスト・マァァカァァァァァァァッ!」

 

 ――ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!

 黄金の掌打と紅蓮の穂先がぶつかり合い、猛烈な衝撃波が辺り一面を更地に変えた。石材の山はすべてまとめて吹き飛ばされ、剥き出しの地面に何本もの地割れが走る。あまりにも凄まじい超威力同士の衝突に、フィールドそのものが崩壊を始めた。割れ砕け、めくれ上がった地面の下にバトルシステムの粒子放出面が、ちらほらと露出する。

 

「うおおおおおおおおッ!」

「らああああああああッ!」

 

 エイトとキョウヤはお互いに叫び、それぞれのコントローラを限界まで前に押し出し続ける。赤と黒のガンダムは、お互いの主人に応えようと、突き出したその手を力の限りにさらに押し込む。装甲は罅割れ、フレームは軋み、関節部から火花が散る。コクピットのありとあらゆるモニターは警告を発し、注意喚起(エラーメッセージ)で埋め尽くされている。

 

《Caution! Caution!》

 

 システムからの警告音(アラート)が、エイトの耳を激しく打つ。全身各部の負担が限界、バーニアもオーバーヒート寸前の過熱状態。さらには、ブラスト・マーカーの灼熱の刃が、ライジング・バンカーの黄金の衝撃波に、じわじわと押し返されつつあった。

 絶大な推進力による高機動と超出力の熱量兵器を有するクロスエイトだが、機体強度(タフネス)を若干犠牲にしている部分がある。一方、エクストリーム:Rfのゼノンフェースは、素手での殴り合いをも想定した頑強な四肢を持つ。真正面からぶつかり合えば、力負けは否めない。

 

《DANGER! DANGER!》

 

 警告音が、ひときわ大きく騒ぎ立てる。クロスエイトの内部熱量は限界値の99%に達し、過剰熱量がバーニアから、ダクトから、関節部から、炎となって溢れ出す。迸る炎上粒子は、ライジング・バンカーのエネルギーすら巻き込みながら成長し、エクストリーム:Rfの装甲を炙った。装甲表面の塗料が高熱で溶け、エクストリーム:Rfのコクピットにも、熱量ダメージの警告音が鳴り始めた。

 

「このままじゃあ機体をぶっ壊しそうだが……手加減はしないッ! 恨みっこ無しだぜ、アカツキ君!」

 

 この期に及んで、キョウヤはさらにライジング・バンカーの出力を上げた。覚醒状態は時限強化の一種、もう効果時間は十秒も残っていない。粒子残量も僅かだ。この勝負、ここで――

 

「――ここで、決めてやるッ!」

「望むところさ、キサラギ君! ここで決めるッ!」

 

 熱量限界、100%。その瞬間にエイトは武器スロットを操作、クロスエイトの特殊機能を発動した。顔面部排気口(フェイス・オープン)作動、噴き出す熱気が炎と化して、クロスエイトを包み込む。真紅に燃える火炎粒子が渦を巻き、ブラスト・マーカーの熱量が、通常の三倍以上にも跳ね上がった。

 極限全力ライジング・バンカーと、灼熱化ブラスト・マーカー。

 超絶の高出力をぶつけ合う二機のガンダムを中心に、火の粉混じりの烈風が割れ砕けた地盤を一気にまくり上げ、地面の下のバトルシステムが完全に露わになった。

 炎と光をまき散らし、死力を尽くして鬩ぎ合うクロスエイトとエクストリーム:Rf。地上も宇宙もなくなったバトルフィールド内で、エイトは力の限り絶叫した!

 

「燃え上がれ、ガンダァァムッ! ブレイズ・ア……」

《Field break!! Emergency shutdown!!》

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――カシャン。

 軽い音がして、緊急停止(シャットダウン)したバトルシステムの上に、無傷のクロスエイトが転がった。ほぼ同時、AR表示されていたエクストリーム:Rfも、古いテレビのように画像が乱れて、消滅する。

 

《End in a draw!!》

 

 引き分けを告げる、ハスキーな女声のシステム音声。コクピット表示もはらはらと剥がれ落ちるように消えていった。

 後に残ったのは、コントロールスフィアを握る姿勢のまま汗だくで固まっているエイトと、同じく汗だくで、アーケードコントローラーを持つ形で固まるキョウヤの立体映像だけだった。

 二人は同じように目をぱちくりと瞬かせ、数秒間のお見合い状態の後、息もぴったりにこう叫んだ。

 

「「何だよそりゃああああああああッッ!!」」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 クロスエイト対エクストリーム:Rfの熱戦が、システムの限界による引き分けに終わった、その翌日。エイトは、今日は客として、GP-DIVEのカフェスペースに来ていた。

 

「――と、言うわけなんですよ! ナノさん!」

 

 珍しく熱の入った口調で、エイトはバンと机に手を突いた。ぐぐいと身を乗り出して、今日もいつものお汁粉を啜るナノカに詰め寄っている。

 

「え、エイト君、こんな昼間から、こんな場所で……そそそ、そんなに顔を近づけられると、だね……」

 

 よく見ると、ナノカの頬は薄紅色に染まり、お汁粉の入った湯呑みを持つ手は小刻みに震えている。だが、当のエイトはそんなナノカの様子になどまったく気づく素振りもなく、どっかりと椅子に腰を下ろした。

 

「再戦です! 僕は、彼との再戦を要求します!」

 

 エイトはムスッとした顔で、オレンジジュースを一気に飲み干した。

 

「連絡先なんかも聞けてないし、GBOユーザーでもないみたいだし……すっきりしないですよ、システム側の理由で引き分けなんて」

「父に相談はしてみるけれど……個人情報だからなあ」

 

 個人情報の取り扱いは、現代の企業にとっては生命線ともなりうるモノだ。いくらナノカの父がGBOや交流戦構想(クロスダイブ・プロジェクト)の責任者でも、教えてもらえるはずがない。

 それよりも、超出力の必殺技同士のぶつかり合いにクロスダイブ・システムが耐え切れなかったことの方が、ナノカは気になっていた。今までに何度かクロスダイブ・システムで戦ってきたが、現在のガンプラバトルの主流である三対三のチームバトルは一度もない。一対一の決闘形式か、タッグマッチのどちらかだった。その理由がまさか、処理能力の限界にあったとは。

 

(リアルでも、GBOでも、ブレイズ・アップ並みの高出力を誇るガンプラは、そう多くはないだろうけれど……根本的に、処理能力が足りてない。まだまだ未完成と言わざるを得ないね)

 

 父は当然気づいているのだろうけれど、ユーザーからの意見ということで報告しておくか。ナノカは形の良い眉を微妙に歪ませながら、湯呑みに残ったお汁粉をずずいと啜った。

 

「ナノさん、クロスダイブ・システムの方では、大会とかないんですか。あれほどの腕前の人なら、きっと出場すると思うんです」

「大会かあ。今のシステムじゃあ、すぐにパンクするのだろうけれど……バージョンアップが進めば、当然、あり得る話だろうね」

「そうですか……じゃあ、その日に備えて特訓しましょう、ナノさん! ハイモックじゃあ相手になりませんから、仮想敵、お願いしますね!」

 

 言うが早いか、エイトは席を立ち、ガンプラケースを抱えて店の二階へと駆け上がっていった。まるで少年のような――実際、エイトは少年なのだが、とにかく、やりたいことに真っ直ぐで一生懸命なその姿に、ナノカは少し、表情が緩んでしまうのを感じた。

 

「ふふ……やる気だね、エイト君」

 

 ナノカは微笑みながら席を立ち、レッドイェーガーを入れたガンプラケースを手に、エイトを追って店の二階へと上がっていくのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――同時刻、とあるイベント会場で――

 

「ち、チクショウ……赤姫のヤロウ、覚えてろよォ……!」

 

 ナツキは吹き抜ける寒風にガタガタと震えながら、顔だけは必死に作り笑顔を維持して、来場者たちに向けていた。

 年の瀬も迫るこの真冬に、ほとんど水着と変わらないようなぴっちりとしたコンパニオンの衣装。ジオン公国軍の将校用軍装をオマージュした意匠なのは、ナツキに合わせたものかそれともただの偶然か。腕は肩まで、足は太腿のかなりきわどいラインまで、背中も大きく開いて、前はへそまで露出するこの衣装に、防寒能力などほとんどない。

 

「えーっと、おいコラお客様ァ、撮影は禁止となってんだよォ。スケベな真似してっとぶち撒けますよクソがァ♪」

 

 超ローアングルを狙おうとした男性客の眼前ギリギリに、笑顔でヒートホーク型のステッキを振り下ろし、蹴散らす。

 本来はヤジマ商事の新商品発表会のはずだが、客の半分はコンパニオン狙い……の、様な気がする。少なくとも、ナツキのお立ち台の周囲には、結構な数の男性客が集まっているようだった。ナツキ自身に自覚はないが、彼女の長身とスタイルの良さは、その場限りの学生バイトのコンパニオンたちの中では、頭一つ抜きんでていたのだ。

 

「確かに、抜け駆けはしたけどよぉォ……へっくしょん! あぁ~、寒ィ! 赤姫のヤツ、こんなバイト肩代わりさせやがってェ~!」

 

 さすがに、バイト代はちゃんとナツキが受け取ることにはなっているが……十二月の寒空の下、こんな衣装で何時間もというのは、エイトとの抜け駆けデートの代償としては大きすぎやしないか。自分なんかよりも、いかにも美人なお嬢さまのナノカの方が、こんな仕事は向いているだろうに。

 

(え、エイトは……オレがこんな衣装着てるなんて知ったら、どう思うかなァ……)

 

 考えると、少し、頬が熱を持つ――その時だった。

 

「おねーさん、こっち向いてやー♪」

 

 パシャリ。カメラ付きケータイのシャッターを切る電子音。

 

「おいコラお客様ァ、撮影は禁止だって入り口で――」

「んっふっふー、いやぁええモン見れたわー♪ さっそくぅ、エイトちゃんにぃ、そーしんそーしんっと♪」

「ってコラ何でてめェが何でいやがる何してやがるコラァァァァッ!!」

「きゃー、警備員さーん、コンパニオンがウチに襲いかかってくるー、たーすーけーてー。ほい送信、っと♪」

「ぎゃあああああああ! やめろゴラアアアア!」

 

 ――この日。ヤジマの新商品発表会で走り回るほぼ水着の長身美女コンパニオンと、それを手玉に取る女子小学生のニュースが、ごく一部のアングラなニュースサイトで話題となったのだった。

 

 




……はい、ということで。コラボ企画第三弾でした~!
孤高のスナイパーさん、えらく時間かかってしまって申し訳ございません(謝)
私がガンダムVSシリーズを連ザⅡプラスまでしかやっていないために、特にエクストリーム:Rfの挙動については理解不足のところが大いにあろうかと思います。重ねて、申し訳ありません(謝2)
さらに、孤高のスナイパーさんのところの世界線では、すでにウチの子たちと一戦交えているのですが、コラボ企画はまあ、とてもよく似た別の世界線だということで、ここはひとつご容赦を。(謝3)

……それはそうと、最近私はどうにかしてストーリー中でビス子を赤面させられないかということばかり考えてしまうのですが、これは病気でせうか。(笑)

ともかく。
今後も、すでにいただいているコラボのお話をできるだけ早めに作りながら、本編も勧めていこうと思います。引き続き、コラボのご提案をお受けしておりますので、えらく古い奴ですが私の活動報告か、直接メッセージでお願いします。

感想・批評もお待ちしています。今後も拙作をよろしくお願いします!


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ガンプラ編
Gunpla.01~05


 ガンプラ紹介部分がだいぶ増えてきたので、紹介記事を一つにまとめてみました。小説以外の話数が多くなりすぎるのもなんだかなあ、と思ったので。

 ガンプラ写真や記事は以前のままですので、単純に整理しただけということでご了承ください。

 

2017/2/19

さらに記事内容を整理。古いガンプラについては、写真は二~三枚程度、解説はほぼカットしています。悪しからず、ご了承ください。

 

紹介記事

【ドムゲルグ・ドレッドノート】

【ザクⅡ改八型】

【ガンダムF108】

【デュナメス・ブルー】

【AGE-1シュライク】

 

 

 

Gunpla.01 【ドムゲルグ・ドレッドノート】

・武装:ジャイアント・バズ×1

    シュツルム・ファウスト×4 

    六連装ミサイルランチャー×2 

    三連装ミサイルポッド×2 

    大型ヒートブレイド×1

・特殊:シールドブースターユニット

    スカートアーマーブースター

 

①正面

 

【挿絵表示】

 

 

②背面

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

Gunpla.02 【ザクⅡ・改八型(エイトカスタム)

・武装:MMP-80マシンガン×2 

    ヒートホーク×2 

    三連装ミサイルポッド×2

    ショック・スパイカー×2

・特殊:大型バーニアスラスター

    脚部追加バーニアユニット

 

①正面

 

【挿絵表示】

 

 

②背面

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

Gunpla.03 【ガンダムF108】

・武装:SBBR(ショートバレルビームライフル)×2

    ビームサーベル×2

    腕部ビームブレード×2

    頭部60ミリバルカン×2

    胸部メガ・マシンキャノン×2

    ビームシールド×2

    ビームシールド予備ユニット×1

・特殊:加速粒子合成突撃衝角(ビーム・ランス)

    ????

 

①正面

 

【挿絵表示】

 

 

②背面

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

Gunpla.04 【デュナメス・ブルー】

・武装:GNスナイパーライフル改×1

    GNスマートガンビット×4

    GNソード×2

    隠しGNミサイル×8

・特殊:非対称型GNフルシールド

    GNフィールド

    GNフィールドブラスター

 

①正面

 

【挿絵表示】

 

 

②背面

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

Gunpla.05 【AGE‐1シュライク】

・武装:シグル・サムライブレード「タイニーレイヴン」 ×1

    粒子飛苦無シュリケン・ダガー ×2

    脚部格闘用クロー ×2

    ニードルガン ×2

・特殊:姿勢制御プログラム「Shrike」

 

①ドーモ、読者=サン。AGE-1シュライクです。

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 以上、ガンプラ紹介記事五つ分まとまバージョンでした~。

 っと言いつつ、誤字脱字の修正すらしていないモノなのですが。しかし、当時の記事を読んでみると、この一年間で私のガンプラも少しは上達したようですね。今のテクニックでザクⅡ改八型とか、九時間あればもっといろいろできそうだし、ドムゲルグももっと完成度上げられそうな気がします。

 曲がりなりにも私にも、「人に歴史あり」といったところでしょうか。

 あと、文章のテンションが日によって違いすぎるのは気のせいだろうか……(苦笑

 



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Gunpla.06~10

 ガンプラ紹介記事、整理整頓その2です。

 私の黒……くはないですが歴史を感じますなあ(笑)

 

2017/2/19

さらに記事内容を整理。古いガンプラについては、写真は二~三枚程度、解説はほぼカットしています。悪しからず、ご了承ください。

 

 

紹介記事

【ザクドラッツェ】

【V8ガンダム】

【ジム・ジャックラビット】

【ガンダム・セカンドプラス】

【レッドイェーガー】

 

 

Gunpla.06 【ザクドラッツェ】

・武装:背部180㎜キャノン ×2

 シュツルムファウスト改 ×2

    脚部三連装ミサイルポッド ×2

    ヘビー・ガトリング ×1

    ハンドグレネード ×4

    ヒート・ジャックナイフ ×2

    ザクマシンガン・シールド ×1

 

①正面・背面

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

Gunpla.07 【V8ガンダム】

・武装:頭部60㎜バルカン ×2

    ザンバスター(ビームザンバー+バスターガン) ×2

    ビームサーベル ×2

    ヒート・ダガー ×2

    ビームシールド ×2

・特殊:ミノフスキードライブ

    光の翼

 

①正面・背面

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

Gunpla.08 【ジム・ジャックラビット】

・武装:頭部60㎜バルカン ×2

    粒子加速式ビームマシンガン ×4

    ツインヒートナイフ内蔵ガントレット ×1

    パイルドライバー内蔵シールド ×1

・特殊:拡張バックパック

    ホッピングブースターユニット

 

①正面・背面

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

Gunpla.09 【ガンダム・セカンドプラス】

・武装:ビームライフル/セイバー ×1

    シールドスマートガン ×1

    胸部マシンキャノン ×2

    速射ビーム機銃(ラピッドガン) ×2

    ビームキャノン ×2

    八連装ミサイルランチャー ×2

    ビームサーベル ×4

    ノーズ・メガ・キャノン ×1

・特殊:D-BWS(DIVE式バックウェポンシステム)

 

①正面

 

【挿絵表示】

 

 

【ガンダム・セカンドプラス・フルアームド】

・武装:ビームライフル/セイバー ×1

    シールドスマートガン ×1

    胸部マシンキャノン ×2

    速射ビーム機銃 ×2

    ビームキャノン ×2

    八連装ミサイルランチャー ×2

    ビームサーベル ×4

    バルカンポッド ×1

    ハイパーバズーカ ×1

    対艦ミサイル ×2

    三連装大型ミサイルポッド ×2

    ビームガトリングシールド ×1

    ノーズ・メガ・キャノン ×1

・特殊:D-BWS(DIVE式バックウェポンシステム)

 

②フルアームド形態

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

Gunpla.10 【レッドイェーガー】

・武装:Gアンバー ×1

    ビームサーベル ×1

    ヴェスバービット ×3

    ビームピストル ×2

    マルチアームガントレット ×1

    三連装マルチディスペンサー ×4

・特殊:四ツ目式狙撃用バイザー

    ビームフィールドジェネレータ ×2

 

①正面

 

【挿絵表示】

 

 

②背面

 

【挿絵表示】

 

 

③重装形態

【レッドイェーガー・重装形態】

・武装:Gアンバー ×2

    ヴェスバービット ×4

    ビームピストル ×2

マルチアームガントレット ×2

    三連装マルチディスペンサー ×4

・特殊:四ツ目式狙撃用バイザー

    ビームフィールドジェネレータ ×2

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

 

以上、紹介記事まとめ第二弾でした~。

 今後も、ガンプラ紹介が五つ進むたびにまとめていこうと思います!

 

 




 


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Gunpla.11~15

 ガンプラ紹介記事、整理整頓その3です。

 ここら辺からは、けっこう自分の思い通りに作れるようになってきたかなあ、という時期です。もちろん、まだまだ技術力不足な面はありますが……頭の中でイメージしていたガンプラが、ある程度とはいえ、形になるのはうれしいものです。

 ……なんて言いつつ、正面、背面の写真以外はほぼカットしちゃいました。悪しからず、ご了承ください。

 

【バンディッド・レオパルド】

・武装:バンディッドエッジ ×1

    ガトリングバインダー ×1

    バンディッドナイフ ×4

    ビームハンドガン ×1

    ヘッドバルカン ×4

・特殊:????

 

【ガンダム・エアレイダー】

・武装:ロング・バスターライフル ×1

    アサルトシールド ×1

    ディフェンダーキャノン ×2

    12連装ノーズミサイルポッド ×1

    対艦ミサイル ×4

    フラッシュ・ビット ×20

    ヘッドバルカン ×2

・特殊:緊急加速用ロケットブースター ×2

    ????

 

 

①正面

 

【挿絵表示】

 

 

②バンディッド・レオパルドその1

 

【挿絵表示】

 

 

③ガンダム・エアレイダーその1

 

【挿絵表示】

 

 

④ガンダム・エアレイダーその2

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

【ガンダム・クロスエイト】

・武装:ヴェスザンバー ×2

    ブラスト・マーカー ×2

    ビームサーベル ×2

    脚部ヒートダガー ×2

    頭部60㎜バルカン砲 ×2

    胸部メガ・マシンキャノン ×2

・特殊:ブレイズアップ・システム

    粒子燃焼効果転用推進システム

 

 

①正面

 

【挿絵表示】

 

 

②背面

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

【ドムゲルグ・デバステーター】

・武装:頭部60㎜バルカン ×2

    三連装グレネードランチャー ×2

    脚部十連装ミサイルポッド ×2

    背部大型ウェポンコンテナ ×2

    大型ヒートブレイド ×2

    マスター・バズ+同軸ガトリング砲 ×1

    スパイクシールド+大型対艦シュツルムファウスト ×1

・特殊:耐爆装甲

    肩部シールドブースター

    シュツルム・ブースター

 

①正面

 

【挿絵表示】

 

 

②背面

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

【ガンダム・セルピエンテ】

・武装:胸部マシンキャノン ×2

    セルピエンテハング ×1

    大型ビームマシンガン ×1

    レプタイルシザーズ ×1

    隠しビームサーベル ×2

・特殊:ガルガンタ・カノン

 

①正面

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

【ガンキャノン紫電改】

・武装:頭部60㎜バルカン砲 ×2

    240㎜キャノン ×2

    ハンドビームランチャー ×2

・特殊:ガンドッグ・クロ

 

 

①正面

 

【挿絵表示】

 

 

②背面

 

【挿絵表示】

 

 



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Gunpla.16~20

 ガンプラ紹介記事、整理整頓その4です。

 続編「ブルーブレイヴ」のガンプラ紹介用に挿絵の容量を開ける必要がありまして……ここでは消してしまったガンプラの画像も、どこかで紹介できたらとは思うのですが……

 

 

【レイロンストライク】

・武装:イーゲルシュテルン ×2

    レイロントンファー ×2

    ビームサーベル ×2

    テールワイヤーアンカー ×1

・特殊:粒子発勁

②レイロンストライク正面

 

【挿絵表示】

 

 

③レイロンストライク背面

 

【挿絵表示】

 

 

④ポージングその2

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

【AGE-2リベルタリア】

・武装:ピーコックスマッシャー・カスタム ×1

    ジョリーロジャー・シールド ×1

    クロー・シューター ×2

・特殊:ゴールドメッキABC

    ピーコック・ズバッシャー

    パイレーツ・ブラスター

    キャプテン・フラッシャー

    ゴルディオン・スイカバーアタック

 

①正面

 

【挿絵表示】

 

 

②変形!

 

【挿絵表示】

 

 

③フルズバッシャーモード

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

○チーム・フロッグメン

【ズサ・ダイバー】

・武装:30㎜バルカン ×2

    胸部三連装マルチディスペンサー ×2

    ビームサーベル ×1(左腕部)

    三連ハンドグレネードラック ×1(右腕部)

    アーミーナイフ ×2

    コンボウェポンユニット

    (リニア式ニードルガン二門、大型対艦ミサイル二発) ×1(右腕に装備)

・特殊:全領域ブースターパック(ジェット・ロケット・ハイドロ切替式)

    ミシャグジ・スレイブ(ミラージュコロイド中継子機)

    脚部マルチコンテナ(さまざまな特殊装備を満載)

①正面

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

○チーム・セイレーンジェガンズ

【SRG-1〝スカイウェイブ〟】

・武装:ツイン・ビームスピア ×1

    ビームマシンガン ×1

    ビームガン兼用ビームトンファー ×2

・特殊:チョバム・アーマー

    フレキシブル・バーニアポッド ×2

    フレキシブル・テールバインダー ×1

①正面

 

【挿絵表示】

 

 

【SRG-2〝バリオス〟】

・武装:頭部60㎜バルカン砲 ×2

    ライフルバインダー ×2

    ビームバズーカ ×1

    ハイパーバズーカ ×1

    ビームマシンガン ×1

    マイクロミサイルポッド ×2

    ミサイル内蔵式シールド ×1

・特殊:チョバム・アーマー

①正面

 

【挿絵表示】

 

 

【SRG-3〝インテグラ〟】

・武装:バルカンポッド ×1

    対艦ライフル ×1

    ミサイル内蔵シールド ×1

    ビームガン兼用ビームトンファー ×1

・特殊:チョバム・アーマー

    ECMドローン ×6

    大型複合レドームユニット

①正面

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

○チーム・ゼブラトライブ

【ユニコーン・ゼブラ】

・武装:ビームサーベル ×2

    ビームトンファー ×2

・特殊:フル・サイコ・アブソーブ・システム

    ブラックアウト・フィンガー

    カウンターバースト

①正面

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

【レディ・トールギス改フランベルジュ】

・武装:ビーム・フランベルジュ ×1

    ショットシェル・ガンナー ×2

    ツイン・メガキャノン ×1(二門一対)

    ヒートロッド・シールド ×2

    ショットシェル・フィスト ×2

ショットシェル・ヒール×2

・特殊:ナノラミネート装甲

    エイハブ・リアクター

    スーパーバーニア

 

①正面

 

【挿絵表示】

 

 

②ショットシェル・ガンナー&ヒートロッド

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

【ケルディム・ブルー】

武装:GNスナイパーライフル改二 ×1

   GNウォールビット ×5

   GNギガランチャー ×2

   八連装GNミサイルランチャー ×2

   踵部(しょうぶ)隠しGNダガー ×2

   有線式テールブレード ×2

特殊:GNフィールド

   GNフィールドブラスター

   ツインドライブシステム

 

①正面

 

【挿絵表示】

 

 

②背面

 

【挿絵表示】

 

 

 



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Gunpla.21 【クロスエイト・フルブレイズ】

 ガンプラ紹介第二十一弾は……お待たせしました!

 ガンダム作品に付き物の主人公機の最終決戦バージョン、【クロスエイト・フルブレイズ】です!

 この機体は、エイトが三日間でクロスエイトに改造を施して完成させたという設定通り、以前作成したクロスエイトにパーツ追加と交換をして完成させたものです。通常バージョンのクロスエイトに戻すことも可能なセルフコンパチキット(笑)となっております。

 参考までに、通常バージョンのクロスエイトはこちらです。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 実はこのクロスエイトも、ウィング部分などに若干の改造を施しているのですが……今気づいたのですが、クロスエイトがガンプラ紹介12番、フルブレイズが21番となっています。なんだか運命めいたものを感じる。(笑)

 兎も角。鬼畜黒幕・イブスキや引籠り魔王・トウカとの決戦に臨むエイトの最終ガンプラです。どうぞ、ご覧ください。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

【クロスエイト・フルブレイズ】

武装:粒子燃焼効果転用灼熱斬機剣〝モルゲンロート〟 ×1

   ヴェスザンバー ×2

   ブラスト・マーカー ×2

   ビームサーベル ×2

   脚部ヒートダガー ×2

   頭部60㎜バルカン砲 ×2 

   胸部メガ・マシンキャノン ×2

特殊:フルブレイズ・ユニット

   ブレイズアップ・システム

   ????

   

①正面

 

【挿絵表示】

 

 F108の正当進化であるクロスエイトを、さらに発展するとしたらどうなるか。というよりも、クロスエイトを作った時点でさらなるパワーアップは計画していたので、ようやく完成形にたどり着いたような感覚です。

 各部装甲に金色パーツを追加、仮面ライダーの最終フォーム的なわかりやすくヒロイックな強化の方向性を目指しました。クロスエイトも騎士っぽい感じを狙っていたのですが、フルブレイズではさらにゴツい重装騎士といった感じですね。高機動なイメージを損なわないギリギリのラインまで重装化したつもりです。

 クロスエイトは主にV2ABとクロスボーンX1、クロスボーン魔王を使って制作した機体でした。その流れを汲んで、というよりクロスエイトではわざと使わなかったアサルトバスターのパーツを装着。両肩と両膝の追加パーツですね。

 これらはフルブレイズ・ユニットの中核である「熱量制御機構」という設定です。クロスエイトでは機体そのものに蓄積していたブレイズアップ用の熱量をこの機構に溜めることにより、より安定して、より長時間、より高熱量のブレイズアップが可能となっています。

 さらに胸部はまるごと交換。ウィングガンダムゼロ炎のものを使っています。キラリと光る胸のクリアパーツはヒーローの証です(笑)。胸部は交換してしまっているので、仮にフルブレイズ・ユニットをパージしても、胸部はこのままです。その状態は、いうなれば強化型クロスエイトということになりますね。

 胸部交換の理由付けとしては、熱量制御機構により効率的に熱を溜め、ブレイズアップ状態をより早く実現し、より長く継続するためにメインジェネレータを大幅に強化したため、としています。この改造により、クロスエイト・フルブレイズは小型MSの常識を外れた超高出力を発揮できます。その代償として今まで以上に機体に熱が溜まりやすくなっているのですが、それはむしろクロスエイトにとっては一石二鳥。なんという好都合、否、ご都合主義(笑)。

 さらに、見えにくいかもしれませんが、マニピュレータも交換しています。次元ビルドナックルズ(角)を使っています。後述する大型武器を使用するためのパワー強化のため、という設定です。

 

 

②背面

 

【挿絵表示】

 

 後ろ姿も、クロスエイトから大きく変わっています。作中で「もう一対の翼」というような表現をした、追加ウィングパーツが目を引きますね。実はこのウィング、最初は予定していなかったのですが……「HGBFガンダムシュバルツリッター」を買いまして、「このウィングが剣になるヤツ、俺の中の中二病がこれを使えと叫んでいる!!」となりまして。採用(笑)。

 このウィングは、熱量制御機構の追加により増大した重量をカバーするための大型バーニア兼AMBAC可動肢であると同時に、クロスエイト・フルブレイズ最大の攻撃力を発揮する大型剣〝モルゲンロート〟にもなります。

 

 

③飛行ポーズ

 

【挿絵表示】

 

 武器の説明に行く前に、ポーズをひとつ。

 正面からの写真では、胸部の金色のパーツと、肩口のマシンキャノンのカバーがよく見えなかったので。両肩口のシルバーの部分がマシンキャノンのカバーで、ウィングゼロのようにカバーが跳ね上がって砲身が覗く方式になっています。F108やクロスエイトのものよりやや大口径化しており、至近距離で撃ちまくればそれなりのダメージが期待できるものとなっています。

 正面写真のほうが見やすいですが、クロスエイトではスネ部の外側だけについていた補助バーニアユニットを内側にも装備。推進力を向上させています。

 

 

④ブレイズアップ&双剣・モルゲンロート

 

【挿絵表示】

 

 ブレイズ・アァァップ!!

 本来は全身が赤熱・白熱化している設定ですが、さすがにそこまで再現できないのでセカイ君のバーニングからとってきた炎エフェクトで勘弁してください(笑)。一応、エフェクトの配置などを少しいじってバーニングのままにはならないようにしているつもりです。

 フルブレイズ最大の攻撃力を誇る武器、モルゲンロートを手に持たせています。ウィングだったパーツを変形させて大型の双剣として装備。剣自体にスラスターが備わっているので、パワーに劣るクロスエイトの斬撃の威力を増大させたり、推進器として使用したりと使い勝手は抜群。双剣状態でのスラスターとしての使用は、高速飛行や直線加速には不向きですが、複雑な機動を描く高機動戦闘では非常に有用です。状況によって、先の飛行ポーズと双剣状態で使い分ける感じですね。

 なお、金色の刃部分はブレイズアップの熱量によって灼熱化しており、ビームザンバー以上の切断力を発揮します。

 

 

⑤大剣・モルゲンロート

 

【挿絵表示】

 

 双剣を合体させると、大剣・モルゲンロートとなります。両手持ち用の長い柄は、バックパック基部に収まっているという設定。この状態では取り回しがし辛い代わりに一撃の破壊力がとんでもないことになっており、さらにブレイズアップの熱量を最大限まで注ぎ込むことができる、という設定です。

今までのクロスエイトは、対G3ガンタンク戦でも対ユニコーン・ゼブラ戦でも、ブレイズアップの熱量は半ば暴走気味に放出されフィールドごと焼き尽くしていましたが、この武器を使うことで、最大出力でブレイズアップしつつ、狙った相手に攻撃力を集中させることができるようになります。つまりは、こいつを最大出力で灼熱化させつつの突撃が、クロスエイト・フルブレイズの必殺技ということになります。

 金属パーツをリアルに溶かし、月を(物理的に)三日月にするような熱量を、たった一機のガンプラを攻撃するためだけに集中したらどうなるのか。たぶん、消し炭すら残らないのではないでしょうか。ついにエイトが俺TUEEEEする時が来たのか……!?

 今後、作中での活躍にご期待ください。

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 以上、【クロスエイト・フルブレイズ】でした~。

 クロスエイトを作った時から計画していたパワーアップではありますが、新しいガンプラが発売され、手に入るたびに新たなアイデアが浮かんできて……結局、このような形に落ち着きました。主人公機ですので、とにかく正統派に、かっこよく、ヒロイックに強化したいと思った結果です。自分としては満足しています……自分の塗装技術を除いては。

 本当に、近くで見ると塗装に問題点が多すぎる……精進あるのみですね。

 小説本編も終わりが見えてきました。お待たせしてしまって申し訳ありませんが、現在49話を執筆中です。また読んでいただければ幸いです!

 ……ともかく。GBFドライヴレッドは、今後も「実際にオレ(作者)が作れるガンプラ」をテーマの一つにして書いていきます。感想・批評等いただけたら嬉しいです。どうぞよろしくお願いします!

 

 

 



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Gunpla.22 【デビルフィッシュ・セイバー】

 ガンプラ紹介第二十二弾は、最終話を前にしてようやくバトルを始めそうな雰囲気の引きこもり魔王、アカサカ・トウカのガンプラ【デビルフィッシュ・セイバー】です!

 トウカが制作した超高性能ガンプラ【デュランダル・セイバー】に、イブスキがオーバードーズ・システムを組み込んだ【デビルフィッシュ・バインダー】を装着した状態がこの【デビルフィッシュ・セイバー】です。

 ラスボスにふさわしいボリューム感と禍々しさを目指して作成しました。

 ではではどうぞ、ご覧ください!!

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

【デビルフィッシュ・セイバー】

武装:ソード・デュランダル ×1

   ビームサーベル ×4

   イーゲルシュテルン ×2

   黒色粒子応用型パルマフィオキーナ ×4

   ガルガンタ・カノン ×4

   黒色粒子応用型メガスキュラ砲 ×1

   粒子推進式ミサイル ×12

   高周波振動刃クロー ×8

特殊:オーバードーズ・システム

   デビルフィッシュ・バインダー

 

①正面

 

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 身の丈を超える大剣に、背中から突き出した禍々しいサブアームとクロー。クロスエイトが正統派主人公を目指したものなら、このデビルフィッシュ・セイバーは王道の大魔王系を目指したものとでも言っておきましょうか。ソード・デュランダルが大きすぎて引き気味の写真になってしまいましたので、画像拡大などして見ていただけるとありがたいかもです。

 セイバーと名はついていますが、実はセイバーガンダムのパーツは頭部と脚部ぐらいで、ボディのほとんどはインパルスです。おかげで、関節可動域も広く、現代的でスタイリッシュなシルエットに仕上がりました。バカでかいソード・デュランダルを手に持ってちゃんと自立するなんて、すごいなあ……やっぱりガンプラは時代とともに進化し続けているんだなあ、と実感しました。大ボリュームのバインダー部については後程述べます。

 カラーリングは、これもクロスエイトの真逆を狙いました。白赤金のクロスエイトに対して、黒と紫、シルバーの三色を基本としていますが、ラスボスとはいえガンダムですので、白い部分も残しています。

 ……ここで一言。紫色の部分が、写真ではほぼ青のように写ってしまっています。ガンキャノン紫電改のときなどにも思ったのですが、ちゃんと色が出ないですねえ……どうしたものか……

 

②背面

 

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 後ろから見ると、ほぼすべてデビルフィッシュ・バインダーに覆い尽くされてしまいますね。バインダーは、イージスガンダムのパーツをほぼほぼ二機分使っています。手足が二セットずつで計八本。大型バーニアユニットはイージスの背中部分を二個分使用しています。本体よりもバインダーの方が圧倒的に重量がある形になりますね。

 バインダーのクロ―アームは、上の四本はイージスの腕だったパーツ。掌部だけバルバトス用の表情付き掌にしています。IBOの武器セットについていたやつですが、手の表情って大事なんだな、と思わされます。この掌は黒色粒子仕様のパルマフィオキーナを撃てるようになっている、という設定です。第44話でナノカのレッドイェーガーの四肢を引き千切ったのはこの武装ですね。

 少し見にくいですが、下の四本はイージスの足だったパーツで、ガルガンタ・カノンを装備している設定です。つまりデビルフィッシュ・セイバーは、バインダーに四門、ソード・デュランダルに一門、計五門ものガルガンタ・カノンを搭載していることになります。

 さらに、もともとがイージスガンダムだったということはボディ中央には大型ビーム砲・スキュラが隠されているわけですが、デビルフィッシュ・バインダーのスキュラは黒色粒子を使用することによりより一層の破壊力を得て、「メガスキュラ砲」となっています。

 大型のバーニアコーンが付いているスラスターユニットは、下に伸びたテール部分が黒色粒子の貯蔵タンクの役割も果たしています。スラスターコーン上部の三角形のパーツには、GNミサイルのような黒色粒子推進式のミサイルが片側六発、計十二発内蔵されています。粒子ビーム兵器中心のこの機体の、ほぼ唯一といっていい遠距離実弾兵器です。

 そして実はこのバインダー、秘密がありまして……

 

③ネタばれ必死? バインダー第二形態

 

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 ……このように、デイルフィッシュ・バインダー単体でMS形態に変形することができます。ちなみに、余剰パーツもパーツ交換も一切なく、完全変形仕様でございます。といっても、ほぼイージスの変形機構の流用なのですが。

この状態でも十分に強力なMSとして運用が可能で、第49話でエイトを連れ去っていったのはこの機能を使った奇襲だったのですね。そして、「イブスキが作ったバインダーが、トウカから離れて単独行動可能」という事実……今後のネタバレになりかねないので、このあたりにしておきましょう。(笑)

 

 

【挿絵表示】

 

 バインダーを外したついでに、デュランダル・セイバー状態の写真です。

 トウカがこの機体を制作した当初は、このぐらいすっきりしたシルエットのガンプラでした。クローズド・ベータ時代のトウカは、このデュランダル・セイバーに別のバックパックを装備して使用していました。例の事件の後、イブスキと接触してGBOJランキング不動の一位と呼ばれ始めた頃に、デビルフィッシュ・バインダーを使い始めています。

 クローズド・ベータですっかり根性ねじ曲がっちゃったのがよくわかります。そしてそこに付け込むイブスキのゲスさたるや。ひっどいなー、誰だよそんなゲスいシナリオ設定した作者は(笑)

 

④最終決戦イメージ

 

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 最後に、最終決戦のイメージでクロスエイト・フルブレイズVSデビルフィッシュ・セイバー。カラーリングやデザインなど、主人公VSラスボスのイメージを狙って作っていることが伝われば嬉しいです。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 半年以上の休止を経てようやく再開した拙作ですが、第五十話、最終決戦をただいま執筆中でございます。どうか最後までお付き合いください。

 ガンプラ製作の方も継続中です。次はヘルグレイズをお見せできるかな……ここにきて怒涛の敵側ガンプララッシュです(笑)

……ともかく。GBFドライヴレッドは、今後も「実際にオレ(作者)が作れるガンプラ」をテーマの一つにして書いていきます。感想・批評等いただけたら嬉しいです。どうぞよろしくお願いします!

 

 

 



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