麦わらの副船長 (深山 雅)
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プロローグ

  「と、いうわけで、転生してね♡」

 

   「どういうわけだ」

 

  ツッコミました。ええ、思いっきり。

 

 これはアレか、よくある転生ってやつか。コイツ自身言ってたし。

 見渡せば、辺りは一面の白世界。

 俺、ただの高校生だったのに……短い人生だったな……。

 

 「つーか、キモい。皺くちゃなジジイが語尾に♡付けんなよな」

 

 「ガーン!! 神ちゃんショック~!」

 

 いや、だからちゃん付けとか、もうね・・・。

 てか、神か。やっぱコイツは神なのか。この、イジイジと地面にのの字を書いてるジジイが。

 

 「………………」

 

 「………………」

 

 「………………って、ツッコまんかい!」

 

 お前がツッコむのかよ! ちょっと無視しただけでそれか!?

 メンタル弱いな、この神ジジイ。

 でも、メンタルは弱くても立ち直りは早かったらしい。

 神(?)らしきジジイは2・3回頭を振ると俺に向き直った。

 

 「お主は、わし等の手違いで寿命前に死んでしもうた。よって、別の世界に転生させてやろう」

 

 「ふっ、だが断る!」

 

 「即決!?」

 

 いや、この名言使ってみたくてさ。

 けど、面白いなこのジジイの反応。今も『ガーン』状態だし。

 よし、からかってやろう(黒笑)。

 

 「つーかさ、マジ無いって。何だよ、寿命前に死んだから転生って。ありがちな設定過ぎて引くわー。マジで引くわー。どーせなら生き返らせろよ、神ならさ。何、無能なの? どうせアレだろ。転生先はもう決まってて、それは死亡フラグ満載な世界。んで、チートか否かはともかく何かの能力もあげるってパターン。違う? そうだろ? もうちょっと設定凝れよな」

 

 「………………。」

 

 ジジイの落ち込みが増した。図星かよ、オイ。

 

 

 

 

 あれから、ちょっと苛めすぎたかと思ってジジイを宥めること数分。

 メンタルは弱いが立ち直りは早い神ジジイは見事に顔を上げた……めんどくさいヤツ。

 

 「早速じゃが……転生先は『ONE PIECE』の世界じゃ」

 

 「うん来たね、死亡フラグ!」

 

 軽く10回死ねる自信がある。……まぁ、何て情けない自信だこと。

 …………ん? 待てよ?

 

 「よって、幾つか能力を与えてやろう」

 

 「いや、いらない」

 

 「何!? お主死ぬ気か!?」

 

 おい、何でそこまで驚く。どんだけ恐ろしい世界だよ。

 

 「能力なんていらないからさ。それより、俺を平和な国の平凡な一般家庭に生まれさせてくれない? 出来れば海から離れた内陸の土地で」

 

 そうだよ、何も危険に飛び込むことは無いじゃないか。

 海に出れば危険だし、海岸沿いの町や村なら海賊が襲撃してくる可能性もある。ドラム王国のように碌でもない王サマの国に生まれても悲惨だけど、アラバスタ王国やリュウグウ王国のような良い王サマの国だってある。

 『ONE PIECE』の物語やキャラクターは好きだけど、俺は極々平凡な一般人だ。無理に首を突っ込んでもどうにもならん。あんな時代のうねり、俺のようなちっぽけな存在は弾き出されるって。

 

 「うぬぬ……若いクセにここまでやる気の無いヤツは初めてじゃ……」

 

 放っといてくれ。

 今なら他人事で済むんだよ。もしも登場人物に関わってしまって、それが他人事で無くなってしまったら、後々キツイじゃないか。

 新聞読んで『わー、エニエス・ロビーが落ちたー。』とか、手配書見て『あー、麦わら一味のトータルバウンティがえらいことにー。』とか言ってる一般人でいるのが1番楽なんだよ。

 

 「こうなったら……どうしても強くならざるを得ない環境に放り込んで……」

 

 「……って、待て! 何言ってんだお前!」

 

 俺が食って掛かっても、ジジイは楽しそうに笑うだけだ。

 

 「よし、そうしよう……お主は望まなくとも鍛えざるを得ない星の下に生まれさせてやろう!」

 

 「待てっつってんだろ!?」

 

 「そうじゃな……戦闘の素質は充分。鍛えればどんどん強くなれるぞ。悪魔の実も食べられるよう計らおう。そうじゃな、容姿も上等な部類で……」

 

 「いや、だから待てって……」

 

 言いかけて、俺の言葉は止まった。気付いてしまったからだ。

 このジジイ、心底楽しそうにしてやがる!!

 これはアレか? さっき苛めた仕返しか!?くそっ!!

 

 「じゃ、そういうわけで……バイビー!!」

 

 「古いわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 ツッコんでも、もう無駄だった。

 俺は地面に突如として現れた穴に吸い込まれていったのだった。

 



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幼少期編
第1話 第2の人生


 ちくしょう、あの神ジジイめ……。

 つーかここドコよ。真っ暗で、温かな水(?)の中……いや、これが胎内ってヤツか!?

 うわー、貴重な体験……って、痛い痛い!! ってか苦しい!!

 何、俺今まさに第2の人生誕生の瞬間!? ちょっと待って、心の準備が……!

 

 

 

 

 オギャー、オギャー!!

 

 うわー、俺自分の産声聞いちゃったよ。

 冷静な頭の中でそう考えるけど、口から出る泣き声は止まらない。

 いや、もう苦しいんだよ。喉がビリビリする。胸が苦しい。泣かずにはいられない。

 とかそうこうしてたら、生ぬるいお湯で身体を洗われて……これが産湯ってヤツか……。

 あー、気持ちいい……産声も止まってきたよ。

 でもここで1つ疑問。生まれたばっかの赤ん坊って、目ぇ開いてないよね?俺、周囲の確認が出来るんだけど……。やめよう、深く考えるのは。

 

 

 

 

 そして、真っ白な布……産着か? ……に包まれた俺を手渡され、優しく抱き上げた女性。

 多分……いや、間違いなくこの人が、俺の今生での母さん。

 

 「……なぁに?」

 

 すごくダルそうな声音だった。当然か、出産直後だもんな。

 けど、それにしても……あまりにも顔色が悪すぎる。

 母さんは、まだ若かった。20歳そこそこなんじゃないのかな。

 長い黒髪と緑の瞳の、まだあどけなさを残した顔立ち。やっぱり顔色は悪いけど……でも、とても嬉しそうで……あぁ、愛されてるんだなぁって、解かった。

 よかった、望まれずに生まれた命じゃ無さそうで……流石にソレはキツイ。

 

 「あいつに、そっくり」

 

 くすり、と笑って俺の頬を撫でる。

 あいつ、って……誰だ?

 そもそも、生まれたての赤ん坊なんてみんなサルみたいで、見分けなんて付かないのに……母親には解かるんだろうか、そういうのも。

 ふと、母さんの瞳が翳った。

 

 「……ゴメンね」

 

 搾り出すような声だった。けれど、何を謝っているのかなんて、到底理解できなくて。

 

 「ゴメンね……ゴメンなさい……」

 

 ただ、意味の解からない謝罪を聞き続けるしかなかった。

 どうしていいのか解からず内心でオロオロしていると、ドカドカとすごい足音が聞こえてきた。

 

 (何だ?)

 

 疑問に思ったのは一瞬だった。次の瞬間には、蝶番が吹っ飛びそうな勢いで扉を開け放ち入ってくる人影があった。

 

 「生まれたか!!」

 

 男の声だったから、今生での親父か? と思ったけど……多分違うだろうな。オッサンを通り越してジジイな年齢っぽいし。いや、有り得なくはないんだけど……このじいさんと母さんが夫婦って、何か想像付かない。

 にしてもこのじいさん……どっかで見たことがあるよーな……。

 

 「何勝手に入ってきてんのよ!!」

 

 内心で首を捻ってる間に、母さんが投げた枕がじいさんの顔面に直撃した。

 

 ……あれ、母さん? さっきまでの何処か儚げな空気や、聖母の如き慈愛の表情はドコへ?

 ってか、俺を抱いた状態でよくそんなん投げれたね!? しかも効果音が可笑しかったよ!? ドゴッて何なのさ、ドゴッて。枕の素材は綿と布だろ!? 

 あ、武装色の覇気でも使ってたのか? え、母さん何者?

 じいさんはじいさんで変わらず笑ってるし。何この2人。

 

 「父ちゃんが娘の部屋に入って何が悪い!」

 

 「ウザイ!」

 

 うん、キッパリだね母さん。じいさんはめっちゃショックを受けたらしく『ガーン』状態だ。

 てか、父娘かこの2人。ってことは、このじいさんは俺の祖父ちゃん?

 心に大きな傷を負いながらも、祖父ちゃんは俺を覗き込んできた……ら、何か眉根がやに下がった。何このニヤけた顔。

 

 「おうおう、元気か~? 祖父ちゃんじゃぞ~?」

 

 と、言って俺を抱き上げようとしたが……母さんに阻止された。

 

 「あたしの子どもに触んないでよ、クソ親父!!」

 

 と、思いっきり祖父ちゃんから俺を遠ざけ、庇うようにギュッと抱きしめた。

 え~と、母さん? 母さん、素はそういうキャラですか、そうですか? じゃじゃ馬なんですね、解かりました。

 

 「ルミナ! お前、自分が親になって親の気持ちが解かったんじゃなかったのか! クソ親父とは何じゃ、クソ親父とは!!」

 

 うん、正論だね祖父ちゃん。

 そして新事実。母さんの名前はルミナさんらしい。

 しかし母さんは思いっきり顔を顰めた。

 

 「だからこそよ! 父さん、絶対碌なことしないんだから! この子を殺す気!?」

 

 え、何その不穏なセリフ。

 あれ、ひょっとして母さん、本気で俺を守ろうとしてる?

 祖父ちゃん、見た目は普通の孫を溺愛する祖父ちゃんにしか見えないんだけど……何か裏でもあるの?

 そういえば、さっき一瞬……俺の顔を見た後、難しい表情をしたな……すぐにニヤけたから、気のせいかと思ったんだけど。

 って、あれ? 母さん、また顔色が悪くなったような……息遣いも苦しげだし……。

 

 「ルミナ! 安静にしておれ! 出血が止まらんのじゃと医者が言うとったぞ!!」

 

 何ですと!? それでか、母さんのこの顔色の悪さ!!

 母さんは、キッと祖父ちゃんを睨み付けた。

 

 「誰のせいよ! 父さんがあたしを刺激してんじゃない!! 死んだら一生恨んでやるからね!!」

 

 いや母さん? 死んだらそれで一生は終わりですからね?

 それでまた『ガーン』ってショック受けてる祖父ちゃんや、確かに母さんは祖父ちゃんが来るまでは穏やかな空気でしたよ。

 え、何、仲悪いのこの2人。いや、今更だけど。

 でも母さんの具合が悪いのは本当みたいだ。話してる間にもどんどん顔色は悪く、息は荒くなっていってる。

 バタバタと人が駆け寄ってきて……多分、格好からして医者や看護士なんだろう。俺は母さんの腕の中から看護士さんの1人の腕の中に移された。

 ……その際、自分が受け取ろうと進み出た祖父ちゃんを母さんが必死で牽制していたことは、スルーしよう。しかも、流石に可笑しいと思った俺自身が看護士さんに手を伸ばしたときには、祖父ちゃんはこの世の終わりかのような傷ついた表情をしていたことも、スルーしよう。

 とにかく俺は、看護士さんに連れられ別室へ。その後この部屋で何があったのか、俺は知らない。

 

 

 

 

 俺は甘く見ていたんだ。

 母さんは出血が止まらないって言われてても、確かに温かくて、元気に受け答えをしていたから。だから……きっと大丈夫だって。

 まさか……この数時間後、母さんが産褥によって亡くなってしまうなんて、想像もしていなかったんだ。

 もっとちゃんと顔を見ておけば、声を聞いておけばって思っても……そんなのはもう、全部、手遅れになってしまったんだ。



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第2話 D





 

 母さんが死んだ、とわざわざ俺に教えてくれる人はいない。

 なにせ赤ん坊なんだ、普通は言っても解かりっこない。

 ただ、俺は産まれて数日の間誰なのかよく解らない人たち……多分、看護士さんたちだったんだろうけど、その人たちに世話されてた。

 そしてある日、俺の元に祖父ちゃんがやって来た。

 祖父ちゃんは俺を抱き上げると家の外に連れ出した。そして向かった先は……墓。

 目の前の墓石に刻まれた名前を見て、俺は初めて母さんの死を知ったんだ。

 勿論、祖父ちゃんはそんなつもりじゃなかったんだろう。むしろ、母さんに俺の顔を見せてやりたかったんだと思う。けど俺は転生者だから……理解してしまった。

 

 

 

 

 正直、実感は湧かなかった。そもそも転生という現象自体が非日常的で、俺はどこか宙に浮いているような感覚に捕らわれていたから。

 それよりも、墓碑銘で知った母さんのフルネームの方が、今の俺には衝撃だった。

 母さんの名前は、『モンキー・D・ルミナ』……まさかのDだよ! しかもモンキーだよ!!

 しかもそうだよ! よく見たらこの祖父ちゃん、ガープさんじゃん!!

 え、何、俺ガープさんの孫として産まれちゃったの!? てかガープさん、娘いたの!? ウソ!

マジで!? イレギュラーってヤツ?

 ヤバイ……これはヤバイ……マズイ……。

 母さんが祖父ちゃんの娘なら、例え祖父ちゃんの孫でも『俺=ルフィ』ってことは無いだろう。ルフィはドラゴンの息子だからそれは安心したよ、転生の上に成り代わりって冗談じゃないからね!

 でも、ガープさんの孫ってことはアレだろ? 『将来は強い海兵になるんじゃ~』っとか言って、風船で空を飛ばされたり無人島に放り込まれたりするフラグだろ!? ヤバイ、死ぬ!

 あの神ジジイめ……本当に鍛えざるを得ない環境に放り込みやがって……!! しかも、戦いの素質がある……? あるだろうよ! ガープさんの孫で、つまり多分、ドラゴンは伯父又は叔父でルフィは従兄弟か何かってことだろ!? 無駄に豪華な血筋だよ!!

 しかも鍛えたら鍛えたで……うっかりしてたら本当に海兵にされかねない。嫌だよ、俺。あんな正義正義煩いトコ行くの。

 あぁ、母さん……母さんは正しかった……本当に、この祖父ちゃん碌なことしそうにない……しかも、その一見虐待のような仕打ちが真実愛情ゆえというのがまた厄介だ。

 今この瞬間も、祖父ちゃんは俺の顔を覗きこみながらデレデレしている。子煩悩、いや孫煩悩な祖父ちゃんであることは疑いようもない。

 

 「ユアンや・・・お前は強い海兵になるんじゃぞ」

 

 ハイ、言われました!! 言われたね、『強い海兵になれ』!! ってか今の俺の名前はユアンなんだね、初めて知った!!

 あぁ、俺、女に生まれれば良かった……いや、この祖父ちゃんなら孫娘にも溺愛に比例したしごきを与えそうだ。ってかむしろ母さんの様子からして、既に娘にもそんなことをしてたのかもしれない。結局、どっちでも同じか……。

 誰か助けてくんないかな……くんないよね。母さん死んじゃったし……他にこの祖父ちゃんを止められそうな人いないだろう。いや待て、俺の父さんはどこだ? そういえば一度もそれらしき人を見てない。

 思い出すのは母さんの言葉。

 

 『あいつに、そっくり』

 『ゴメンね……ゴメンなさい』

 

 あいつって誰で、母さんは誰に何を謝ってたんだろう。

 ……何だか、色々ありそうだなぁ。

 

 

 

 

 何はともあれ、俺、モンキー・D・ユアン。

 『ONE PIECE』の世界を何とかかんとか生きていかなきゃならないみたいです。

 




 祖父ちゃんはガープさんでした。主人公の推察通り、ルフィとは従兄弟関係です。
 主人公の母・ルミナさんはオリキャラです。重要なオリキャラはこの人だけになります。設定は作ってあるんです、この人に関しても。
 次話までが主人公乳児期になります。


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第3話 コルボ山へ

 「この子を育てるんじゃ!」

 

 「またかい! 今度は誰の子だよ!?」

 

 「ワシの孫じゃ!」

 

 「ハァッ!?」

 

 どーん、という効果音が付きそうな勢いで俺を抱えるガープさん、基、祖父ちゃん。

 ここはドーン島フーシャ村近くのコルポ山。

 うん、ぼかす必要は無いな。

 今俺の目の前には、山賊ダダンがいます。

 ………………何で?

 

 

 

 

 まぁぶっちゃけ、アレだ。祖父ちゃんは俺をダダンに預けることにしたらしい。原作におけるエースと同じだな。

 確かに、祖父ちゃんは海兵として忙しいから赤ん坊の面倒なんて見られないだろう。母さんは死んじゃったし、父さんは見当たらない。それなら、誰かに預けること自体はやむを得ないとは思う。

 でも、何でその相手が山賊なんだよ。ルフィみたいにフーシャ村の人に預けりゃいいじゃん!

 あ、そうそう。俺が産まれたのはそのフーシャ村だったらしい。ちなみに、ルフィにも会ったよ。

 でもルフィは……何かちっちゃかった。いや、俺よりは大きかったんだけどね。聞くところによると、今1歳らしい。

 ちなみにクソガキだった。思いっきり髪の毛引っ張られたし。それで泣き出した俺を、ヤツはきゃらきゃらと笑いながら見ていた。殺意が湧いてしまった俺はきっと悪くないと信じてる。 

 んで、俺はこれからこの村で育つのかなー、まぁマキノさんもいるみたいだしいっかー的なことを考えてたんだけど、生後2~3ヶ月ぐらいでここに連れてこられてしまった。

 うん、この祖父さんホントに方向性間違えてるね!?

 

 

 

 

 俺が軽く現実逃避をしてる間に、祖父ちゃんはダダンに俺を押し付けることに成功していた(色々脅迫してた)。

 ……仕方が無い、強く生きていくしかない。もうぐだぐだ言ってられない、強くならないと本当に死ぬ! あの祖父ちゃんがいる限り! 断言できる!!

 考えてみりゃダダン一家も、そこまで悪い人たちでもないと思う……山賊だけど。原作でも何だかんだ言いつつエースとルフィの面倒見てたし。頂上戦争後にはエースの死に号泣してたっけ。

 祖父ちゃんは去り、ものすごく渋々な様子で俺を抱くダダン……何かすいません、あんな祖父で。どうもご迷惑掛けます。

 

 「エース!エースはいるかい!?」

 

 え、エース? 嘘、早速?

 

 「………………。」

 

 無言でこっちに来たのは、小さな男の子。そばかすが特徴的で……うん、すっごい目付き悪いね!? 既にコンプレックスはしっかり植えつけられてるんですねエース君!?

 っていうか、実際のところロジャーの悪評ってどれほどのレベルなんだろ。ルフィが1歳だったから、多分エースは現在4歳。そんな幼児がこんな顔するなんて……。

 

 「何だよ、ソレ」

 

 ソレ!? ソレって、物扱い!? せめてソイツって言ってくれよ!

 ダダンはフンと鼻で笑った。

 

 「お前と同じさ! ガープに押し付けられたんだよ! 全く……何だってこうも厄介者が増えるんだか!」

 

 ……本人に言いなよ、そういうことは。

 まぁ、気持ちはわからんでもない。赤ん坊を押し付けられるってのはかなりの面倒事に違いないし。

 

 「コイツはガープの孫さ。名前はユアン。しかも、あの『治癒姫』ルミナのガキだとよ!」

 

 ? ルミナってのは母さんの名前だけど、『治癒姫』って何だ? 話が見えてこない。エースもきょとん顔だよ。でも、『あの』って言うぐらいなんだから有名なんだろうか。

 ダダンはまだベラベラと話しを続けた。

 

 「海賊『治癒姫』ルミナ……かつてお前の親父の最後の航海の時、船に乗っていた女さ。まさか、ガープの娘だったとはねぇ……!」

 

 な・ん・で・す・と!?

 

 え、母さん海賊だったの!? てか、『お前の親父』って、海賊王ゴールド・ロジャー!? あ、いやゴール・D・ロジャー!? あぁもうそんなのどっちでもいい!! 何やってたのさ母さん!! 海賊!! しかも、まさかのロジャー海賊団!! 例え海賊に憧れてたとしても、何だってわざわざ父親の宿敵の元に!? うわもう何からツッコんだらいいのか解かんねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!

 ん? でも待てよ? エースが4歳なら海賊王処刑は凡そ6年前。解散はその1年前で最後の航海は4年だったはずだから、11年前から7年前の間に母さんはロジャーの船に乗ってたのか? 母さん、20歳そこそこに見えたんだけどな……。

 

 「……ジジイの娘でアイツのクルー……?」

 

 あ、やめてエース君? そんなビミョ~な顔やめて? ソレは俺が一番したい顔だから! 表情筋が上手く動かない生後数ヶ月な赤ん坊じゃなきゃとっくにしてるって!

 でもある意味納得だよ。そりゃダダンに預けるよねフーシャ村には置いとけないよね隠すべきだよね! 海賊王本人の子であるエースとは比べ物にならないだろうけど、伝説のクルーの子だって『有害因子』って言われかねない。いくら祖父ちゃんが英雄でも。実際、革命家ドラゴンの子であるルフィも頂上戦争時にそんなこと言われてたし。あの小物くさいバギーも、伝説のクルーだって経歴隠してたし。余程のことなんだろうなぁ。

 

 「てなわけで」

 

 ダダンは俺をエースに押し付けた。おっかなびっくりって感じで俺を受け取るエース。

 

 「お前、コイツの面倒を看な」

 

 な・ん・で・す・と!? (PART2)

 この人、いくら何でも4歳児に赤ん坊を丸投げする気か!?

 そんなのエースだって迷惑なはず……アレ?

 見上げた先には、めっちゃ同情的なエースの顔。え、何で?

 

 「お前も……アイツのせいで……!」

 

 ……アレ? 俺お仲間認定された? 同族意識みたいなモン?

 

 

 

 

 結局、エースは特に文句も無くすんなりと俺の面倒を看てくれるようになった。

 そして、俺の波乱万丈な第2の人生はスタートラインを切ったのだった。

 

 




 主人公、ダダンに預けられるの巻。
 流石に主人公はまだ赤ん坊なので、エースの態度も当初のルフィに対してほど刺々しくはないです。なのであっさり受け入れてもらえました。エースはお兄ちゃん気質だと思ってます、何となく。

 主人公乳児期は今回で終了です。次回からはもうちょっと成長してもらいます。
 そして起こるイベント……悪魔の実を食べてもらいます。


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第4話 3つの事件

 お久し振りです、『ONE PIECE』の世界に転生した俺、モンキー・D・ユアン。現在3歳です。

 あの、生後数ヶ月でダダン一家に預けられた日から早3年。これといった事件も無かったので話をぶっ飛ばしました。

 前回ダダンに俺を丸投げされたエースだけど、実に甲斐甲斐しく面倒を看てくれた……本当、いい兄ちゃんだよね! 俺ってば涙が出そうだよ!

 まぁダダンたちも、何だかんだ言って完全に放っといたわけじゃない。エースが出かけてる間はちゃんと誰かが看ててくれた。

 そうそう、エースといえば。サボってヤツと仲良くなって海賊貯金をやってるんだって話してくれた。俺がもう少し大きくなったら一緒に連れて行ってやるってさ。

 サボ……原作ではアレ、結局どうなったんだろ……俺が知ってるのは魚人島編が終わってパンクハザードに着いたトコまでだしな。多分生きてるんだろうって思ってるけど……。

 

 

 

 

 さてさて、ついさっき俺はこう言った。『これといった事件も無かったので話をぶっ飛ばしました』。

 逆に言えば、今こうして話をしているのは事件が起こったからだ。

 

 

 

 

 今日は俺の3歳の誕生日。ソレを見計らうように祖父ちゃんがやって来た。

 祖父ちゃんが来たことそのものは事件であって事件じゃない。矛盾した発言だけどそう言うしかない。

 祖父ちゃんが来るととにかくしごかれるんだ、コレが。その暴走振りはある意味事件だよ。

 でも、悪い人じゃないんだよな……他はとにかく、俺の知る限り毎年エースと俺の誕生日にはプレゼント持ってやって来るんだよ。……あの暴走っぷりが無ければ、なんと素晴らしい尊敬すべき祖父ちゃんなんだろうと思えるのに……なんて残念な人なんだろう。色んな意味で。

 話が逸れた。

 とにかく、祖父ちゃんが俺の誕生日に来ること自体は可笑しくないんだ。俺にとっての問題は祖父ちゃんが持ってきた今年のプレゼントにあった。

 

 

 

 

 俺を鍛えよう(苛めよう)とする祖父ちゃんにエースが突っかかって逆にエースが祖父ちゃんに扱かれる羽目になってしまい罪悪感に苛まれていたが、何だかんだ言って仲良さそうだから取りあえず放っておこうと思って止めるのは諦め、俺は1人ダダンの家でプレゼントと言って渡された風呂敷包みを開けていた。

 ちなみに、ダダン一家は祖父ちゃんが来たと聞いてさっさと避難している。祖父ちゃんはアレか? 天災か何かと同じ扱いか?

 中身は、本が数冊に箱が1つ、後は細々とした雑貨。

 箱は飾り気の無い無地なモノだし、本は3歳児が読めるような簡単なモンじゃない。雑貨だってどことなく年季が入ってる。

 けれどそれも当然、これは母さんの遺品なのだから。祖父ちゃん曰く、遺品整理してたら出てきたから俺にあげようと思った、とのこと。

 そしてこの遺品たち……それこそが俺的に色んな事件を巻き起こす品々だった。

 

 

 

 

 まず最初に手にしたのは、雑貨だった。

 櫛とか鏡とか、やっぱり女の人なんだな~と感じる品々だった。それでも、どことなく質素で地味だったのは、海賊だったからだろうか……本人の性格って可能性もあるけど、あんまり可愛らしいものは無かった。

 第1の事件は、俺がふと手に取った鏡にあった。いや、鏡に映ったモノに。

 ……俺は、ものの見事にフリーズしたよ、自分の顔に。

 俺は今まで、自分の顔というものを見たことが無かった。この家には鏡が無かったし、見なくても不自由は無かったから。流石に女であるダダンの部屋には鏡もあるのかもしれないけど、そこは立ち入り禁止だし。ガラスや水に映るだろと思うかもしれないが、それも無かった。これまでは特に気にしてたわけじゃなかったから、言うなれば無意識にスルーしてたってことかな?

 だから俺は、3歳になって初めて今生の自分の顔を見たわけだけど……現実逃避しかけたよ、ホント。

 ブサイクだったわけじゃない。むしろ、転生直前に神ジジイが言ってたように、上等な部類だった。いや本当、自分で言うのもなんだけど将来有望そうなイケメン予備軍だよ。

 ただ……ただね……何となーく、嫌な予感がするんだよ……だってさ……この顔…………ある意味、すっごい見覚えがあるよーな……。

 思い出すのは母さんの経歴と、俺が産まれたときの言葉……まさか、俺って…………。

 止めろ俺!! それ以上考えるな!! 怖いこと考えるんじゃない!!

 ただでさえもう一杯一杯なんだ! ガープの孫でエースの弟分でルフィの従兄弟って、設定詰め込みすぎなぐらい詰み込まれてるんだ! これ以上余計な設定を増やすな! 忘れるんだ俺! 今浮かんだ考えは綺麗サッパリ忘却の彼方に追いやるんだ!!

 とにかく、コレに関しては現時点では保留することにした。

 

 

 

 

 次に手にしたのが本。事実3歳だったら読めないような本なんだろうけど、俺はどんな本かぐらい解る。

 小説2冊、航海術と医術の本が1冊ずつ。あと簡単な地図帳。ここまではまぁ良かった。

 けれど第2の事件は……最後の分厚い1冊にあった。

 最後の1冊は母さんの日記だったんだ。それも、ただの日記じゃない。

 母さんが海賊として活動していたらしい数年間分の日記だったんだ。

 それのどこが事件だと思うかもしれないが、思い出してほしい。母さんは伝説のクルーだったのである。パラパラと捲ってみただけでも、ロジャーだのレイリーだのクロッカスだの、当時の仲間のことから航海の様子、立ち寄った島に出会った人々……そういったモノが記されていた。

 1日のことを詳細に記しているわけじゃない。中には『今日は何事もない平和な1日だった』なんて、たった一言で終わってる日もある。『お昼ご飯に出てきたカレーが絶品だった』なんてどうでもいいこと書いてる日もあれば、何も書かれていない日もある。けれど逆に、ハッと驚くようなことも書いてあるのだ。

 例えば偶々見つけたのは、『船長に空島について聞いた』という一文だ。気になってちゃんと読んでみると、空島について色々書かれていた。ダイアルって面白そうなものがあるらしいとか、空島には船長……つまりはロジャーの友人のガン・フォールって神がいるとか……どうやら母さんはロジャーの船に乗っているとき、かつて彼らが行った空島の話を聞き、それが心に残って記録に残していたらしい。

 特に驚いたのは、空島の大鐘楼、そしてポーネグリフについても書かれていたことだ。そのポーネグリフに記されていたのが古代兵器ポセイドンについてだってことまで。しかも……ソレが海王類を操れる存在だってことも、魚人島にあるってことも……。

 ……うん、この日記ヤバくね!? この調子じゃリオ・ポーネグリフだのラフテルだののことまで書いてありそうじゃね!? 祖父ちゃん、この日記確認しなかったのかよ!! ……してないんだろうな。アレでも一応海軍の上層部なんだし、確認してたら没収だの処分だのしてるだろうなぁ……少なくとも孫に渡したりしないだろ。

 とにかくコレは、今は置いとこう。また今度じっくり読んでから今後について考えようか。

 

 

 

 

 最後に手にした箱……コレが最後の、そして最大の事件を引き起こした。

 何の変哲も無い箱だった。そう、箱はただの箱だったんだ。問題はその中身。

 

 「…………」

 

 俺の目の前には、ぐるぐる渦巻き模様の紫色のリンゴ……。

 うん、悪魔の実以外の何物でもないね!?

 そりゃ冷静に考えれば、母さんが悪魔の実を持ってても可笑しくは無い。いくら希少とはいえ、仮にもグランドラインにいた海賊なら手に入れる機会はあっただろう。それを自分で食べずに保管していたのかもしれない。

 しかしこれは……神ジジイめ……俺に食えって言ってんのか? これはアイツの企みか?

 …………よし決めた。

 

 「売ろう」

 

 誰が食ってなどやるもんか。あいつの思い通りになんてさせん。家族や容姿は自分で選べなくても、これは俺の意思でどうとでもなる。

 この悪魔の実は、保管しておいて後々売ろう。売れば1億ベリーだ。ベリーは多分円と同じくらいだし……大金だ。

 もう1度言おう。

 こんなモン、断じて食ってたまるか!!

 俺はその思いを胸に刻み込んだのだった。

 

 

 

 

 しかし……世の中、そう上手くはいかないものだと、俺はこの後まざまざと実感する羽目になるのだった。




ユアン、3歳になりました。悪魔の実に関しては次回で。

 ユアンの容姿については、いずれまた。……本人は軽く現実逃避気味ですが、数年後にはその考えないようにしていた現実を突き付けてくる存在と出会うことになりますので、その時に明言します。

 ロジャーが空島に行った時期については不明なので(ガン・フォールも『20年ほど前』としか言ってませんでしたし)、ルミナは行ったことはないけど話に聞いたことはある、という風にしました。


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第5話 悪魔の実

 「ったく、あのクソジジイめ……。」

 

 体中あちこちに青痣や擦り傷を作ったエースがブツブツと愚痴っている。

 結果的に身代わりにしてしまった俺としては、その有様が非常に心苦しい。

 なので、黙って濡れタオルで患部を冷やしてあげている。

 ちなみに諸悪の根源はというと、既に帰還しているので今ここにはいない。

 

 「だいじょうぶか、エース?」

 

 声、というか口調が多少舌足らずなのはご愛嬌だ。内心ではこんな風でも、一応俺は現在3歳だからね。どうしても発音が甘くなる。

 エースはというと、二カッと笑いながらグーサインを出してきた。

 

 「おう! おれは強いからな!」

 

 ……差し出している右腕がすごく腫れていてしかも痛そうにプルプル震えているのは、きっとツッコんじゃいけないんだろう。兄貴分の沽券のために。

 うん、エース本当にありがとう。今日の君の尊い犠牲は忘れない。

 

 「おいオミーら、大丈夫か?」

 

 そんな団欒中の一室にひょっこりと顔を出したのはドグラだった。

 

 「うん、だいじょうぶ。ね、エース?」

 

 エースは軽くシカトしてるけど、俺はにっこり微笑んでおいた。愛想って大事だよね! だから。

 

 「ホラ、ユアン。お頭からプレゼントだとよ」

 

 この言葉に咄嗟に反応出来なかったのは、決して無視したからじゃない。心底驚いたからだ。まだ3回目だけど、ダダンからの誕生日プレゼントなんて初めてだったからさ。

 

 「いらニーのか?」

 

 「え、あ、いや、ありがとう……?」

 

 最後が疑問形になってしまったが、まぁ仕方が無い。ヤバイ、ちょっと感動。

 差し出されたのは、皿に盛られたカットフルーツだった。

 ドグラは、俺が受け取るとそのまま引っ込んでいった。

 

 「エースもたべる?」

 

 この頃から既に並外れた食欲を発揮しているエースに聞いてみたが、珍しく首を横に振った。

 

 「いや、いい。人の誕生日プレゼントまで取ろうとは思えねェ」

 

 うぅ、なんて優しい笑顔……癒される……。

 

 「ふぅん。じゃあ、いただきます」

 

 ご丁寧に爪楊枝まで刺してあったので、そのまま頂けそうだ。

 それにしても、これ何だろうな……固さはリンゴみたいだけど、果肉は赤いし。

 けど、そう。ここで食べるのを止めておけばよかったんだよ……。

 俺はパクリと一口食べて……。

 

 「うっ……おえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 吐いた。あまりの不味さに。

 

 「ユ、ユアン!?」

 

 ぎょっとした様子で俺の背中を擦ってくれるエース。そして恐る恐る皿に残ったフルーツを舐めて……。

 

 「ぐえっ!!」

 

 悶絶した。

 ちょっと待て。

 

 ①変な見た目の果物。少しリンゴっぽい。

 

 ②味は激マズ。

 

 ③今日俺は祖父ちゃんに何を貰ったっけ?

 

 これらから導き出される答えは………………。

 

 「ダダンーーーーーーーーー!!!!」

 

 エースが怒り心頭な様子でダダンたちのいる部屋に殴り込みに行った。その手には鉄パイプが。マズイ、エースがブチ切れてる!?

 流石のエースも現在は7歳、曲がりなりにも山賊一家であるダダンたちに本気で手を出したらどうなるかわからない。

 俺はエースを追って、よろけながらも隣の部屋に向かった。エースは丁度、ダダンに鉄パイプを構えながら威嚇していたところだった。

 

 「テメェら!! ユアンに何食わせやがった!!」

 

 あぁ、何て鬼気迫った表情。コレもう覇王色の覇気出したりしてない!?

 でも、本当にその通りだよ。もし身体が自由に動くなら俺は迷わずエースの加勢に行く。……未だに、あまりの不味さに舌が痺れて頭がガンガンして足元がよろけてたりしてなければ! 俺だって怒ってるしな!

 

 「何だい、その言い草は!人が折角やったってのに!」

 

 「うんダダン、それでききたいんだけど」

 

 俺は出来るだけ自分を落ち着かせながら、ニッコリとダダンに声をかげた。

 うん、人間って本気で怒ったときは顔に笑みが浮かぶモンなんだな✩

 やだなぁダダン、どうしてエースの威嚇より俺の笑顔に引いてんの?

 

 「あのくだもの、どこにあったなに?」

 

 訊ねると。

 

 「そ、そこに置いてあった箱に入ってたモンさ。リンゴっぽい形をしてたね」

 

 うん、予想通りの答えが返ってきた!

 

 「あのね、ダダン……おれ、いろいろ言いたいんだけど」

 

 「な、何だい?」

 

 「あのはこはね、きょうじいちゃんにもらったものなの。つまりはもともとおれのもので、それをおれにわたしてもプレゼントにはならないとおもうんだよね。まさかのつかいまわし? なにおんきせがましくプレゼントとかいっちゃってんの? おれのささやかなかんどうをかえしてよね。3まんベリーでいいよ。え? はらえないって? そのていども? なにこのかいしょうなし。あぁ、でもそれにかんしてはまぁいいよ。ゆるしてあげても。かんがえてみれば、ほうりだしてたおれもふちゅういだったから、このさいそれはいいや。でもさ、なんであんないかにもあやしげなくだものをほいほいひとにたべさせようとするわけ? なに、ころしたいの? おれをころしたいの? しんでほしいの? だったらあんなまわりくどいことせずにいまこのばでやれば? ほら、これで。なに、できないの? だったらなんであんなことしたのさ、なにバカなの? それともアレはみためほどあやしいものじゃないってかくしょうでもあったの? じゃあためしにたべてみてよ、まだたくさんのこってるから。あじみだよあじみ。それともなに、ダダンはおれにあじみを、いやどくみをさせたの? プレゼントだなんていって? それってすっごくセコイよね。うわ、なっさけない」

 

 何故かポカンとしているエースの手から鉄パイプを引ったくりダダンの前に差し出したが、ダダンは受け取ろうとしない。

 

 「ユアン、落ち着け……既にダダンの心は痛手を負っている」

 

 アレ? 何で俺は、さっきまであんなにブチ切れてたエースに宥められてるんだろう。

 後で聞いたところによると。

 

 『顔はすっげぇ穏やかな笑顔で淡々と途切れることなく毒を吐かれるのは、なまじ怒鳴り散らされるよりよっぽど堪える。いっそ相手が哀れになってくる』

 

 らしい。

 

 

 

 

 これが俺の3歳の誕生日最大の事件。

 結局俺は、悪魔の実を食べるという運命から逃れられなかったのだ。




 ユアンはわりと腹黒いキャラです。笑顔でぐさぐさと心に突き刺さる毒を吐くタイプですね。
 こんなマシンガントークをする3歳児が現実にいたら、怖いを通り越して気味が悪いと思う。ユアンのセリフが平仮名とカタカナだけなので読みにくいと思いますが、ご容赦下さい。
食べてしまったのがどんな実なのかについては次回で。


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第6話 神、再臨

 えー、こんばんは。うっかり悪魔の実を食べてしまったユアンです。

 で、だ。

 

 「何でテメェがここにいるんだ~~~~~!!」

 

 「痛っ! ちょ、やめ……!!」

 

 

 

 

 **暫くお待ち下さい**

 

 

 

 

 「全く……3年振りの神ちゃんを足蹴にするとは……」

 

 「もう1度蹴ってやろうか」

 

 「ゴメンナサイ」

 

 そう、俺の前にはあの神ジジイがいます。つーか未だにちゃん付けしてんのかよ。

 

 「で? 俺は健やかな眠りに就いたはずなんだけど?」

 

 何でまたこの白い世界にいるんだ俺は。まさかまた転生しろとか言わねェだろうな?

 

 「その通り、お主は寝ておる。ここはお主の夢の中じゃ。精神体じゃから、ホラ、滑らかに喋れておるじゃろ?」

 

 確かに。じゃあ、何で今更……?

 俺の疑問が顔に出てたのか、神ジジイは居住まいを正した。

 

 「実はのう、お主が食べた悪魔の実について説明しておこうかと思っての。周りに教えてくれそうな者もおらんし。アフターケアというヤツじゃ」

 

 うん、確かに……まぁ祖父ちゃんなら解かるかもだけど、あの人にはそもそも悪魔の実を食べたってことを報告したくない。煩そうだし。

 

 「で、俺が食べたのって、何?」

 

 どうせなら自然系がいいんだけど、それは贅沢かな。それに、飛行型の動物系も面白そうだよね。

 

 「え~~~~~~~っと……」

 

 神ジジイはパラパラとメモ帳を捲った。……覚えてこいよ、それくらい。

 

 「おぉ、あったあった。お主が食べたのは『超人系 ミニミニの実』じゃ」

 

 ……ハイ?

 超人系はまぁいいとして……ミニミニ? 何ソレ?

 

 「早い話、縮小人間じゃな。能力は……手で触れたものを小さくすることができる、最小で1/100サイズ、と。この『手に触れたものを小さくする』というのがミソじゃぞ? 逆に言えば、『手で触れられないものは小さく出来ない』んじゃ。例えば、空気やダメージなどな。あくまでも物質にしか作用せん。原理としては、ノロノロビームでノロノロ粒子を出しているのと似たようなものじゃな。言うなれば、ミニミニ粒子か。ただ、ビーム状ではなく触れることで付着させる、という点で異なるがの」

 

 え……微妙…………。

 

 「そんな顔をするでない。使い方によっては応用の幅が広そうじゃし。ゴムゴムの実とて、本来そうすごい能力でもあるまい」

 

 うん、それはわかってるんだけどね……どんな能力だって使い方次第だってことは。

 でも……折角転生したならさ、もっとこう……チートみたいな能力を、ね……?

 

 「じゃから、転生前に強請ればよかったんじゃろうが」

 

 そのいかにも自業自得と言わんばかりの神ジジイの溜息に腹が立つ。

 

 「俺はちゃんと願っただろうが! 平凡な一般家庭に生まれ落ちたいって!! 全ムシしやがったくせに何言ってんだ!!」

 

 今までもこれからも、平凡の真逆を全力疾走しなきゃいけないような環境だぞ、アレは!

 

 どうすんだよ……エースはもう大恩人じゃないか……いっそ育ての親じゃないか……頂上戦争が起こるって知ってるのにさぁ……俺に何が出来るんだって話だよ。

 

 「まぁガンバレ、なるようになる!!」

 

 キラッと眩しい笑みを浮かべやがってこのジジイ(←最早神を付ける気も失せた)。

 

 「あ、ついでに何か聞きたいことあるかの? こんなチャンスはもう無いと思いなさい」

 

 聞きたいこと………………山ほどある!!

 

 「え~っと、まず……母さんは何でロジャー海賊団にいたんだ?」

 

 うん、よりにもよってなんでそこかな?

 ジジイはまたメモ帳をパラパラと捲った。

 

 「どうやら……海兵にさせるべく拷問のごとき扱きを与えてくる父親に愛想が尽き、思想が1回転半捻りして海賊に憧れるようになり、父親の軍艦にこっそりと忍び込んだ挙句遭遇したロジャー海賊団との交戦中にまたしてもこっそり小船でオーロ・ジャクソン号に潜り込み、そのまま海賊の道を歩むことになったらしいの」

 

 母さん……薄々想像してたけど……お転婆っぷりがマジでパネェ!! どんだけアクティブなんだ!?

 

 それにしても……『何で父親の宿敵の元に居たんだ』って思ってたけど……『父親の宿敵の元だからこそ居た』のか。交戦中にって……まさかの入り方だよ。海賊団の皆さんも驚いたに違いないよなぁ。

 そして祖父ちゃん。やっぱり娘にもそんなことしてたのか! 元はといえばアンタのせいじゃん!! つーか、娘で失敗したなら孫に同じ仕打ちしようとするなよ!! 本当に子育て下手だな! 息子は革命家だしな!!

 ……アレ?

 

 「父親に愛想が尽きてって……じゃあ俺、何でフーシャ村で生まれたんだ?」

 

 しかも祖父ちゃん、普通に同じ家に居たよね?

 え? ただの家出ならまだしも、海賊になってまで飛び出したのに出産時には戻ったの?

 

 「あぁ、それは手配書のせいらしいの」

 

 ジジイはあっさりのたまった。

 

 「お主の母親は一端の海賊として懸賞金も掛けられておったし、伝説のクルーとして知名度も高かった。まぁ、本人の能力にも原因の一端はあったようじゃがな。故に普通の町や村に紛れ込むことは出来なんだし、身重の身体では己の身を守るのにも限界がある。だからこそ、涙を呑んで父親を頼ったらしい。父親としても思うところはあったじゃろうが、産まれてくる孫のために娘の頼みを聞いたという所かの」

 

 ……つまりは、俺のためってことか。

 そうだよなぁ。母さんは本当に俺を愛してくれてたみたいだし、祖父ちゃんは獄中のロジャーの願いを聞いてエースを保護(なんだよな、アレ。多分。一応。)するような人だし。

 でも『涙を呑んで』って、祖父ちゃんはどれだけ娘に嫌われてたんだ? なんかもう、色んな意味で哀れになってきた。

 うん……俺はちょっとは祖父ちゃん孝行しようかな……海軍に入るのは絶対嫌だけど。

 俺がちょっとしんみりしていると、ジジイが小首を傾げた。(←全くもって可愛くねェ!)

 

 「何じゃい。続けて自分の父親のことも聞くかと思」

 

 「聞きたくない!!」

 

 「いや、でもやはり気にな」

 

 「気にならない!!」

 

 「・・・・お主のその顔立」

 

 「聞かん!!」

 

 ヤメロ、いらん情報入れようとするな!! 俺は関係ない、何も関係ない!! もう一杯一杯なんだよ!!

 俺は……俺はただのガープの孫だ!

 ……既に『ただの』なんてレベルの話じゃないと気付き挫けそうになったが、これ以上は聞かん。

 現実逃避と言いたきゃ言え! とにかく俺は知らん、何も知らん!!

 

 「………………」 

 

 「………………」

 

 しばらく無言の睨み合いが続いたが、折れたのはジジイの方だった。

 

 「……で、他に聞きたいことはあるかの?」

 

 よし、勝った!!

 

 「あるさ、そりゃあ。でもいいや。なんか疲れるだけな気がするし。追々自分で調べる」

 

 「そうか……では、ワシは帰るぞ」

 

 「おぉ、帰れ。そして2度と来るな」

 

 「冷たすぎんか!?」

 

 「気のせいだ」

 

 気のせいじゃないけどね。このジジイ、存在自体が疲れるんだよ。

 何はともあれ、俺とジジイの邂逅は終了したのだった。

 ……つーか、マジでもう出て来んな。




まさかの神再登場。しかしその出番もこれで最後。

 ユアンの能力はこのようにしました。決して強力ではない(だって直接的な攻撃力は皆無ですし)けれど、中々便利な能力になります。

 ルミナについてもちょっろっと書きました。本人は既に故人ですが、結構重要というか、カギを握る人なんです。


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第7話 目的

 ジジイに夢で悪魔の実の話を聞いてから俺は、その能力制御が出来るように、と特訓を始めた。

 1年の間に、手で触れたものを1/10にまで小さく出来るようになっていた(副産物として、通分にも強くなりそうだ)。

 頑張れ、俺! 目標は最小の1/100だ! 芸は身を助けるって言うしな! (←何かが違う)

 

 

 

 この1年で俺がしてたことがもう1つある。それは、あの母さんの日記を読むこと。

 ……いやもうね、本当にとんでもない日記だったよ。

 ちなみに、俺が気になったラフテルやリオ・ポーネグリフについては、書いてなかった。

 いや、正確には失われていたんだ。

 ロジャー海賊団の最後の航海、ラフテルに到達したと思しき日々の記録が、ごっそりと破り取られていたんだ。それを誰がやったのかは解からない。母さん本人が流石にマズイと思ってやったのかもしれないし、他の人がコッソリ抜いたのかもしれない。

 でもそれ以外は、かなり詳しく書かれていた。かなり母さんの主観が入っていたけど、それは仕方が無い。これは航海日誌ではなくあくまで日記なのだから。

 そうそう、母さんの年齢だけど、やっぱり俺を産んだときは20歳だったみたいだ。ロジャー海賊団ではまだ見習いって立場だったらしい……見習い……見習い、ねぇ…………いや止めろ俺、それ以上考えるんじゃない。

 ついでに言うと、母さんはロジャー海賊団解散後も海賊をやってたらしい。その頃の記述もあった……そう、海賊を……しかもその頃所属してた海賊団は……いや止めろ俺、それ以上思い出すんじゃない。

 日記は俺の産まれる数日前、即ち母さんの命日のほんの数日前まで続いていた。母さんは決して文章は上手くなかったけど、筆まめではあったらしい。

 グランドラインのデタラメさ、覇気や六式、七武海、天竜人、魚人と人間の歴史、古代兵器、ポーネグリフ等など……俺は原作を読んだから知ってることもあるけど、知らなきゃ作り話だと思ってるだろうな。

 でも逆に言えば、俺が原作知識を一部披露しても怪しまれないってわけだ。

 流石に末来に関して明言はできないけれど、『昔これこれこういうことがあったんだ』って過去を語るのは可能だし、『かつてこういうことがあったから、現在起こっていることと合わせて考えればこういう予想が出来る』と忠告も出来る。

 この日記はかなり分厚いから1日2日で読み込むことなんて出来ないし、母の形見だから他人には見せたくないと言えば大抵の人は触れずにいてくれるだろう。それならば、ここに書いていないことも『日記に書いてあった』と言えば多少は通る。

 これはひょっとして、お得なアイテムかもしれない。

 

 

 

 

 俺がどうしてこんなことを考えるのか?

 正直言えば、俺は厄介事なんてゴメンだ。地味に静かに暮らしたい。けどそれは恐らく祖父ちゃんのせいで叶わないだろうし、だったらいっそのこと、目一杯鍛えて海に出ようと思う。海賊だとか賞金稼ぎだとかって明確なことは決めてないけどね。

 今の俺の目的は、頂上戦争だ。もっと言うなら、エースを助けること。

 既にエースは俺にとって兄ちゃんであり、育ての親に等しく、とても大事な人だ。それが殺されるなんて、冗談じゃない。

 恐らく、傍観していれば世界は俺の知ってる原作どおりに進むだろう。現に日記を読む限り、これまでがそうだった。

 全く……こんな風に思ってしまうのが嫌だったから、無関係なところに転生させて欲しかったのにさ。今更言ってもどうしようもないけど。

 俺のようなたった1人の人間が、あんな大きな戦争を止められるとは思えない。だからこそ、俺の目的はとにかくエースを死なせないこと。それに尽きる。

 まぁ冷静に考えれば、エースを助けることだけが目的なら海軍に行ってもいいのかもしれないんだけど。いざって時に内部から裏切れば、よっぽど効果的だろう。でもそれはヤダ。主に俺の精神衛生的に。軍人なんてきっと耐えられない、性格的に合わない。正義ってガラじゃないし。それを押し付けられるのも嫌。

 

 

 

 

 とにかく、なんにせよ原作知識は大きなアドバンテージになる。それも、俺だけの。

 それでも1人の行動なんて所詮限界がある。周囲を上手く誘導すること、それが肝心だ。

 そのためには、原作知識を披露しなきゃならない機会もあるかもしれない。その時、<予言>と<推察>では意味が全く違ってくる。

 <予言>ならば、1度でも外れれば信用は地に落ちてしまう。けれど、<推察>ならばちょっとぐらいズレても大丈夫。

 日記+原作知識。これを使えばかなり正確な<推察>が行える。

 

 

 

 

 まぁ、小難しいことは後々考えればいいか。

 今考えなきゃいけないことは、強くなることだ。この大海賊時代、強くなきゃ海に出てもすぐに死んじまう。

 俺ももう4歳。そろそろ身体を鍛え始めても大丈夫だろう。

 エースにも、『不確かな物の終着駅』に連れてってやろうかって誘われてるし。まずはこのコルボ山の猛獣程度は倒せるように、を目標に頑張ってみよっかな。




 ユアン、腹を括るの巻。彼には頑張って強くなってもらいます。


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第8話 サボとの出会い

 舗装なんてまるでされていない山の中を、エースに手を引かれながらトコトコ歩くこと数時間。

 俺はようやく『不確かな物の終着駅』に辿り着いた。

 

 「ユアンは初めてだからな。今日は楽な道通ってきたんだけど……」

 

 そうか……アレは楽な道だったのか……。

 ゼェハァと肩で息をしながらへたり込みそうになってる俺をチラッと見遣って溜息を吐くエース。

 俺……情けないな……。何が『コルボ山の猛獣程度は倒せるように』、だ。

 そもそもまるで体力がない。いや、頭では解ってる。俺はまだ4歳の幼児で、大切なのはこれからだって。それでも……焦りが生まれるのは、未来を知るからか。

 

 

 

 

 『不確かな物の終着駅』に来たからには、当然顔を合わせることになる人物がいる。

 そう、今まさに目の前にいるこの人、サボだ。

 

 「コイツがお前の言ってたユアンか?」

 

 上から下までじっくり観察される俺。正直言って居心地はよくないけど、その視線には悪感情は無いみたいでホッとした。

 

 「ああ、おれの弟分だ!」

 

 エースは何の衒いもなく笑顔でそう言い切った。

 けど弟分かぁ。まぁ事実だし、嬉しいんだけど。何か……照れるね、うん。前世では兄弟いなかったんだよ。

 サボもニカッと笑った。あ、この頃から歯は欠けてたんだ。

 

 「おれはサボだ、よろしくな。エースに聞いてるよ。お前、怒ると怖いんだって?」

 

 「……ユアンです、こんにちわ。俺もサボの話は聞いてます……でも、怒るとって……?」

 

 どう? 俺この1年でかなり発音良くなっただろ?

 いやいやそんなのはどうでもいい。それより怒るとって何さ。

 ジト、とエースを見ると苦笑いされた。

 

 「去年のアレはすごかったからな。ひょっとして自覚してなかったのか?」

 

 去年の怒った時って、アレか。悪魔の実を食べてしまった時か。

 ……そんなに怖かったのだろうか。自分じゃ解らないモンなんだな。

 

 

 

 

 サボは結構気さくで、敬語なんて使わなくていいって言ってくれた。

 初対面の(見た目)年上が相手だからちょっと丁寧な対応をしてたけど、俺自身本来そう礼儀正しい性格でもないからちょっとホッとした。

 で、だ。

 今俺は能力をお披露目してます。

 

 「1/10!」

 

 今俺が出来る最小サイズ、1/10にまで小さくしました。

 何をって? エースとサボをだよ。

 

 「どうだ、サボ! スゲーだろ!?」

 

 我がことのように自慢するエース。

 エースがこんなに興奮してるのは、自分が小さくなったことに対してじゃない。

 

 「ホントにスゲーな! こんなでっかい肉初めて見た!」

 

 そう、今小さくなった2人の目の前には、弁当にと思って持ってきていた骨付き肉がある。

 

 

 

 

 俺は対象を小さくさせることは出来ても、大きくすることは出来ない。食いしん坊のエースにはそれが不満だったらしい。大きくすることが出来れば、腹一杯食えるのに、って残念がってた。

 でも、それ、俺の能力なんだけどね!? 何でそれでエースが落ち込むのさ、落ち込みたいのは俺の方だよ。

 どう応用すれば戦いで役に立つのさ……と思ってたけど、ある日ふと気付いた。

 戦い云々はともかく、食べ物ではなく食べる人間の方を小さくさせればよくね? って。

 現状で例えてみよう。

 身長140cm程度の8歳を1/10まで小さくしたら、全長は凡そ14cm。

 そして俺たちが持ってきたのはせいぜい30cm程度の骨付き肉。

 通常ならなんてことのないサイズだけど、14cmの小人から見れば自分よりも大きな肉の塊。さぞかし食べ甲斐もあることだろう。

 実際、それは当たった。食いしん坊エースも大満足である。

 俺はそこまで食い意地が張ってるわけじゃないつもりけど、ダダン一家から分けてもらえる程度の食料じゃ流石にひもじかったし、これは結構重宝してる。

 それに……考えてもみて欲しい。

 自分の身体よりも大きな骨付き肉だよ! ロマンの塊じゃないか! 見てよ、エースとサボも(本人たちにとっては)巨大骨付き肉に喰らい付いてるよ!

 あ、ちなみに俺は普通に食べてる。いや、腹減ってないわけじゃないんだけどね。ここまで来るのに疲れちゃってさ……あんまり食欲湧かなかった。

 ……コホン、話が逸れた。

 まぁとにかく、何が言いたいのかっていえば、俺の能力は戦闘よりもむしろ日常生活で応用できそうなんだよってことだ。

 

 

 

 

 能力はともかく、と俺は肉を食いながらぼんやりと考えていた。

 とにかく、体力を付けなきゃいけない。年の差4歳の上に毎日ここに通ってるエースと比べるのが間違ってるんだろうけど、一方は何てことのない平気そうな顔をしているのにもう一方は限界だなんて、情けなさ過ぎる。こんなことじゃいけない。

 目的はもうハッキリしたんだ。これからはもう、『祖父ちゃんのシゴキに耐えられるように強く生きよう』なんて受動的な姿勢じゃダメなんだ。『目的を叶えるために強くなろう』って、自分から努力しないといけないんだ。そうじゃなきゃ、末来なんて変えられるわけがない。例え努力したとしても変えられる保障は無いんだから、常に最善を尽くさなければならない。

 とにかく、俺は…………強くなる!!絶対に!




 サボと出会いました。ユアンとサボは、長年エースから互いの話を聞いていたのでわりとすんなり馴染みます。
 次回からユアンは己を鍛えに入ります。そして、ルフィと出会う前にワンエピソード入ります。


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第9話 逃亡中の出来事

 サボと出会ってから、更に2年近くが過ぎた。俺はもうすぐ6歳である。

 能力制御の方は結構順調だと思う。今は1/50ぐらいにまで小さく出来るようになった。

 

 

 

 

 前回から課題とした体力面だけど……まぁ、地道に鍛えた。

 ランニング、腹筋、腕立て、スクワット……毎日少しずつノルマを増やしながら地道にこなしたよ。

 んでもって、努力は俺を裏切らなかった。継続は力なり!

 にしてもその伸びが異常にいいんだけど……やっぱり『ONE PIECE』世界の補正でも掛かってるのかな? ジジイも鍛えれば鍛えるだけ強くなれるって言ってたし。

 

 毎日コルボ山と『不確かな物の終着駅』の間を往復するのにも、もう慣れたものだ。去年ぐらいからは、エースたちの海賊貯金の手伝いもしてたりする。

 それでもやっぱり俺はまだまだ2人には敵わない。試合しても即行負ける。

 ……いいよ、俺はまだ体力付けてるだけだし。本格的に戦う力を付けるのはこれからだし……ゴメンナサイ、強がりました。本当はちょっと悔しかったりします、はい。

 目標は六式! 特に月歩が使えるようになりたい。いいよね、スカイウォーク! 日記に書いてあったから俺が知ってても可笑しくないし、理論も何となくだけど解るから再現可能なはずだ。

 覇気は……習得方法までは解らないからなぁ。俺の知る限り原作にも書いてなかったし、日記にも無かったんだよ。でも何とかしたい…他に自然(ロギア)系を何とかする方法が思い付かない。クロコダイルに水、エネルにゴムっていう風に弱点を突ければいいんだろうけど、一々それを見極めるのも大変だし。要努力だな。

 

 

 

 

 猛獣とも戦ってみた。戦いっていうか、狩りだな。こうして捕まえたのが食事に出てくるわけだし。

 でもその成果は、あんまり芳しくなかった。俺が出来たのなんか、エースの補助ぐらい。道は険しいね。

 能力で相手を小さくすればよくね? とも思うかもしれないけど、実は能力使用から実際に小さくなるまでに僅かなタイムラグがあるんだよ。食事時のエースのようにそうなることを受け入れてくれてるヤツだとか、無生物だとかが相手なら何の問題も無いんだけど、生きた敵が相手だとそうもいかない。小さくしようとすればするほどそのタイムラグも長くなるし……もとのサイズに戻すのは一瞬で済むのにさ。これじゃあそのスキを突かれて終わりだ。

 ……実際、猪相手にそうしようとして逆に吹っ飛ばされた時なんか、『あ、コレ俺死んだかも?』とか思っちゃったよ。うん……あの時は、本当にヤバかった。偶々打ち所が良かったから助かったようなモンだったよ、アレは。

 もっと制御に磨きをかければこのタイムラグも減らせるんじゃないか、と現在模索中である。

 

 

 

 

 さて、最近俺たちはちょっといいご飯が食べられる機会が増えた。ゴア王国の町のレストランに通うようになったから。ダダンのところじゃ焼くか煮るかの簡単なものばかりだったからかなり嬉しい。

 ……勿論、食い逃げなんだけどね! 最近食い逃げに全く抵抗が無くなってきている自分が怖いよ!

 数日に1度、町に入って食い逃げして……これはそんなある日のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「食い逃げだー!!」

 

 憤怒の形相で叫ぶレストランの従業員。必死で逃げる俺たち。

 ゴメンね、いつか宝払いで払うから! ……って、追いかけて来とる!?

 クソッ、いつもならこれだけ距離を取れば諦めてくれるのに!

 

 「オイ、二手に別れるぞ!!」

 

 走りながらエースが提案してきた。

 

 「サボ、おれが囮になるからユアン連れて先に行け!!」

 

 「分かった!」

 

 俺が一方的に庇われているのは正直情けないけど、仕方が無い。何しろ、俺の足が1番遅い。いや、言わせてもらうなら、年齢を考えればかなり早いとは思うよ。でも、比べる相手がこの2人だし、この追われてる状況は辛い。

 

 「来い、ユアン!」

 

 サボに腕を引っ張られながら俺たちは脇道に逸れ、そのまま全力疾走でその場を離れたのだった。

 

 

 

 

 走って走って、もういいか、と思ったのはそれから10分ぐらい経ったころだ。

 

 「エースは大丈夫かな?」

 

 俺が聞くと、サボは肩を竦めた。

 

 「エースだからなぁ。多分、心配するだけムダってモンだろ」

 

 うん、俺も内心そう思う。むしろ、あの従業員をフルボッコにしてないかの方が心配だ。何だかんだ言っても、悪いのはこっちの方なんだし。

 

 「どうする? 探す? それとも、先にグレイターミナルに戻ってる?」

 

 あんまりうろうろしてても、また見つかったりしたら面倒だしなぁ。

 

 「戻ろうぜ。エースだって、先に行けって言ってたし」

 

 サボのその判断に納得して、俺たち2人は先に町を出たんだけど……それは正しかったのか間違ってたのか、よく解らない。

 

 

 

 

 エースがグレイターミナルに戻ってきたのは、俺たちよりも大分遅れてのことだった。

 驚いたのは、エースが何かボロボロになってたことだ。いや、もう、マジで驚いたよ。そこまでひどい怪我は無さそうだったけど、全体的に小さな傷をたくさん作ってた。

 

 「どうしたんだよ、エース!?」

 

 サボも目を丸くしていた……が、当のエースはえらく不機嫌だった。

 

 「……何でもねぇよ」

 

 いや、それ明らかに嘘だよね!? そんなボロボロで不機嫌で、何も無かったなんて誰も信じないからね!?

 

 「あのオッサンに捕まっちゃったのか? それでシメられたのか?」

 

 に、してはおかしい。もしそうならこうして戻ってこられるとは思えない。それにこの不機嫌さも、『捕まってしまった苛立ち』というより『何かすごく腹立たしいことがあった』かのようだ。

 エースは笑った……明らかに無理矢理と解る笑みを浮かべた。

 

 「だから、何でもねぇって言ってんだろ? ……ユアン、帰るぞ。サボ、またな!」

 

 「え、ちょ、おいエース!?」

 

 その急な様子にサボが慌てたけれど、エースは構わず俺の腕を掴んでずんずん歩いていった。

 

 「……またな、サボ!」

 

 俺は少し迷ったけれど、もう何も聞かないことにした。

 

 

 

 

 聞いても、エースは答えてくれないだろう。それは、エースにとっての俺が守るべき庇護対象だからだ。だからエースは、多分意地でも俺に弱音なんか吐かないし傷ついた様子も見せないだろう。それなら……ここは、別の人に任せてみようと思うんだ。

 運がいいのか悪いのか、もうすぐその時期になるしね。



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第10話 祖父ちゃんへの強請り方

 「と、いうわけなんだよ。お願い、祖父ちゃん」

 

 あの食い逃げの日から……あ、いや、食い逃げはしょっちゅうしてたんだけどね。あれ以来行ってなかったけど。とにかく、あの日から数日。今日はおれの6歳の誕生日である。

 予想通り、今日祖父ちゃんが来た。んで、俺は先日のことを話して、エースから何があったのか聞きだしてくれるように頼んでみました。

 あ、ちゃんと食い逃げのくだりは伏せといたので心配ない。

 ……いやね、何だかんだ言っても、現段階で祖父ちゃん以上に適役の人っていないんだよね。無茶苦茶ではあるけれど一応大事に思ってくれてるらしいってのは解るし。

 祖父ちゃんは難しい顔をしてたけど、ポンポンと俺の頭を叩いた。

 

 「解った、任せておけ」

 

 「本当!? 祖父ちゃんありがとう! 大好き!」

 

 ニッコリと、満面の無邪気な笑顔で抱きついてみました。すると。

 

 「!! だ、大好きか!? そうかそうか!!」

 

 祖父ちゃんは、途端にデレッデレに笑み崩れた。うん、こんな状態になるだろうなって予想してたよ?

 祖父ちゃん……本当に『孫に愛されたい』んだね……。

 あ、いや、好きってのは嘘じゃないよ? ただ、こうやって口にして言うのには腹の内にちょっと打算があるからなんだけどね。一種の懐柔策です。でなきゃ恥ずかしくて言えないって! 俺ってば転生者だから中身はそれなりの年なのに!

 そうだ、ついでに釘も刺しておこう。

 

 「ちゃんと聞いてね? いつもみたいに無茶しないでね? もしエースに変なことしたら、嫌いになるからね!」

 

 できるだけしかめっ面を作って頬を膨らませてみた。幼い子供の間だけ使える手だよね、こういうの。

 

 「き、嫌いに!? 待てユアン、祖父ちゃんは別に変なことなんて……」

 

 「殴ったり、ぶん回したり、投げ飛ばしたりしないでって言ってるだけだよ?」

 

 「………………わしはただ、お前たちに強くなってもらいたいと」

 

 「しないでね?」

 

 ニッコリ笑顔で『お願い』したら、祖父ちゃんは快く(?)頷いてくれました。

 

 

 

 

 

 さてさて。

 エースと祖父ちゃんが2人で話してるのを、俺はその近くの木の陰に隠れて聞いていた。

 祖父ちゃんはちゃんと真面目に聞き出してくれてたし、エースもポツポツとだけれどわりと素直に話してたんだけど……。

 この間何があったのかってのについては、簡単な話だった。

 簡単だったけど……根深い話だ。

 あの日俺とサボを先に逃がしたエースは、追いかけてきたレストラン店員を引き付けながら逃げて頃合いを見計らって撒き、俺たちと合流すべくグレイターミナルを目指していたときに偶々通りかかった裏道のパブで、ある話を聞いたらしい。

 ある話……かの海賊王・ゴールド・ロジャーの話を、だ。

 しかも不運だったのは、何の拍子でそんな話になったのか『もしロジャーに子どもがいたら』なんて話題が出て来たらしい。

 決して品が良いとは言えない店で、酔ったオッサンたちが話していたのだ。それはかなり悪し様な言い草だったという。

 多分もう予測はつくだろうけれど、そうアレだ。原作でもあったあの言葉たち。

 

 

 『ゴールド・ロジャーにもし子供がいたらァ?』

 

 『そりゃあ“打ち首”だ!』

 

 『世界中の人間のロジャーへの恨みの数だけ、針を刺すってのはどうだ?』

 

 『火炙りにしてよ! 死ぬ寸前のその姿を、世界中の笑い者にするんだ!』

 

 『みんなが言うぞ!? 【ザマアみろ】って、ぎゃはははは!』

 

 『遺言はこう言い残して欲しいねェ、【生まれてきてすいませんゴミなのに】』

 

 

 そんで、頭に血が上ってソイツらをボコった、と。でも、相手も人数が多かったからエースも多少怪我を負う羽目になってしまったらしい。

 胸糞悪い。

 多分エースは、今までにも似たようなことを言われ続けてきてるはずだ。間接的に、ではあるんだろうけど。でなきゃあんなにまでコンプレックスを抱くはずがない。

 酔った席での戯言だ。言った当人達は、そのロジャーの子供が実在するとすら思ってないに違いない。けれど、だから気にするな、だなんてのは所詮他人事だから言えることで、当事者にしてみれば心の傷を抉る言葉だ。黙って流せるほどに大人でもない。

 エースが傷つくのも怒るのも、当然だと思う。

 けれど俺は……エースにも腹が立っている。

 原作で読んだときに気になったんだよね。エースが言った一言が。本人には一大事なんだろうし、『そう』思うのも無理ない状態なんだろうけどさ……。

 

 「ジジイ……」

 

 俺が変わらず木の陰で立ち聞きしていると、初めて聞くんじゃないかってぐらい神妙なエースの声がした。

 あ、来るぞ、コレは。あの一言が。

 

 「おれは……産まれてきてもよかったのかな……」

 

 おぉ、来た来た、超ネガティブ発言!

 今のエースにはネガティブホロウ効かないんじゃないか? ペローナよ、君の天敵はネガッ鼻だけじゃないかもしれないぞー?

 ……うん、ちょっと茶化して気持ちを落ち着けようと思ったけど、やっぱり無理っぽいネ✩

 ものすっごく腹が立つよエース! 今まで6年一緒に生きてきたけど、これほどまでにエースに怒りを覚えたのは初めてだ。

 よし、決めた。ここはじっくり語り合ってやる!

 俺は出来る限り力を込めて拳を握り締めると、思いっきり振りかぶりながら今出せる最高速度で木陰から駆け出し。

 

 「アホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ドカァッ、と渾身の力でエースの顔をぶん殴ったのだった。



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第11話 初喧嘩

 エースは強い。そんなことは解っている。

 少なくとも、完全なる不意打ちでもなければこんな風に思いっきりぶん殴ることは出来なかったはずだ。  

 けど今回は決まった。ものの見事に顔面クリーンヒットだ。

 

 「んなっ!?」

 

 おぉ、飛んだ! 飛距離はイマイチだけど!

 いや~、俺の体力づくりも無駄じゃなかったな!

 

 「うぉいっ!? 何だその『やりきった!』って感じの顔は!」

 

 あ、エースもう復活した。っていうか、あんまり堪えてないみたいだ……思いっきりやったのに。ちょっと悔しい。

 

 「ユアン! お前どっから湧いて出て来た!?」

 

 何だ、随分取り乱してるなぁ。……そりゃそうか。あんなイジケた姿、見られたくないだろう。

 でも気を遣ってなんかあげない。俺怒ってるし。

 

 「木の陰からだぞ? 最初からいたし」

 

 「ハァ!?」

 

 「そもそも、祖父ちゃんに話を聞いてもらうように頼んだの、俺だし」

 

 ギンッと思いっきり祖父ちゃんを睨むエース。祖父ちゃんはバツが悪そうだ。

 

 「あ、祖父ちゃんありがとね。でも、俺エースにちょ~~~~っと話があるからさ、悪いけどまた後でね?」

 

 俺は出来るだけニッコリ笑顔を作ってエースの腕を掴んだ。

 アレ、やだなぁエース、何でちょっと青くなってんの?

 多少の抵抗を覚悟していたけれど、掴んだ腕を引っ張ると結構あっさり付いて来てくれたのだった。

 

 

 

 

 「エース」

 

 祖父ちゃんから少し離れて2人きりの森の中、向かい合って名前を呼ぶとエースはピクリと震えた。

 

 「な、何だよ?」

 

 ……いや、だから何でそんなに動揺してんの?

 

 「さっき何て言った? え? 産まれてきてもよかったのか、だって? 何ソレ? 何言っちゃってんの? それってつまり、産まれてこなければ良かったとか欠片でも思ってんの? そういうことだよね? ってかそうだと見做すよ? 本気? エースって馬鹿? どうしてそういう結論に至るかな。そんなブチ切れして暴れといて、結局そんなヤツらの言うこと間に受けてるわけ? いや、それはそれで仕方がないのかもしれないんだろうけどね。言われた当人にしか本当の意味でその苦しみを理解することなんて出来ないんだし。俺がとやかく言うことじゃないかもしれないよ? でもそれでも腹立つんだよ。つまりエースは、エースの母さんのこと馬鹿にしてるってこと?」

 

 何となく顔色が悪いまま俺の言葉を聞いていたエースの表情が変わった。

 あ、コレは怒ってる顔だねぇ。

 

 「お前、何が言いたいんだよ! 馬鹿だと!? そういや、さっき殴ってきたときはアホって言ってたよな! それに……おれがお袋を馬鹿にしてるだと!?」

 

 「してるじゃん」

 

 「ふざけんな!!」

 

 うわ、襟首掴まれた。

 

 「おれは……お袋には大恩を感じてんだ! それを……!」

 

 大恩、ねぇ。

 

 「大恩って、何? 命がけでエースを産んだこと? 20ヶ月もお腹に子供を宿し続けて? うん、確かにすごいよね。俺も本当に尊敬するよ。でも、エース、自分が産まれてこなきゃ良かった的なこと考えてるんでしょ? それってつまり、エースの母さんは産まれる価値の無い命を世に送り出すために自分の命を削った愚か者ってことだろ?」

 

 「おれは! そんなこと言ってねぇだろ!?」

 

 「言って無くても。考えてすらいなかったとしても。エースにそのつもりが無くたって、そう言ってるのと変わらない」

 

 言うと、掴まれたままだった首元からそのまま後ろの木に叩き付けられた。

 息が詰る……うん、やっぱ効くね……エースはやっぱ強いや。

 でも、エースにこれだけ加減無くやられたのは初めてかもしれない。それだけ怒ったってことなんだろうけど。

 

 「お前に! 何が解る!」

 

 エース……何だか泣きそうだ。

 

 「お前は、違うだろ!? 鬼の子じゃねぇだろ!? お前に解るのかよ、ただアイツの血を引いてるってだけで世界中から否定されるってのがどういうことか!」

 

 まぁ、確かに俺は海賊王の血なんて引いてない。母さんは伝説のクルーだけど、海賊王本人なんかじゃない。

 父さんがロジャーってことも無いだろうしね。流石に俺の年齢的に無理がある。それに、母さんとそんな関係だったりしたら、ロジャーはロリコンなのかよって話になる。

 

 「確かに解んないや。だって言われたこと無いもん。でも、そんなのどうだか解んないよ? だって俺、父さんのこと何にも知らないし。まぁロジャーではないだろうけど、だからって善人とも限らないよ? もしかしたら、俺も世界に否定されたりするかもよ? 何だかんだ言っても、母さんも海賊だったんだし」

 

 父さんのことは、母さんの日記でも明言はしてなかったしねー。え、鏡? んなもん、あの3歳の誕生日からこっち、1度も見てません。だって何か怖いもん! 別の意味で! 俺は知らん! 俺は何も知らないんだ、何かあり得そうな妙な設定は!

 現実逃避です、ハイ・・・俺も身勝手なもんだよ。

 

 あ、でも多分もうじきルフィ来るよね……ま、何とかなるか。だってルフィだし。

 ……コホン、話が逸れた。

 まぁだから、俺がエースに偉そうなこと言える立場じゃないかもだけど……。

 それに、さ。

 

 「そもそも、鬼って何?」

 

 そう、それが気になる。

 ってか、原作じゃドラゴンを『世界最悪の犯罪者』って言ってなかったっけ? 最悪ってことは、ロジャーよりもってことじゃね?

 

 「世界中がロジャーのせいで迷惑してる? 確かに、ロジャーの最期の一言がこの大海賊時代の幕開けになったかもしれないよ? でも、誰がどんな言葉を残したって、『そう』なるのを決めるのは本人だ。同じ時に同じ言葉を聞いていても、この時代に産まれても、海賊になるという選択をした人もいれば海兵になるという選択をした人もいる。ロジャーなんて、切っ掛けに過ぎない。大体、数は今ほどではなくたって、それ以前から海賊はたくさんいたんだ。その全ての原因がロジャー1人にあるわけがない」

 

 例えば、白ひげ海賊団傘下の大渦蜘蛛スクアード。あいつの恨みはまだ解らなくもない。親への恨みを子供にまで投影しようとしたって意味ではナンセンスだけど、少なくともアレはまだヤツ自身がロジャー本人へ動機のハッキリした恨みを持っていたゆえのことだ。

 けれど……ロジャーの遺した財宝? それが何だ、別にそれで海賊になれって強制されたわけでもない。そうなろうと決めたのは当人たちだ。

 それに、俺には他にも理由がある。

 

 「ロジャーとは因縁の関係だったっていう祖父ちゃんは、ロジャーを憎みきれなかったって言ってた。世間からの評判は最悪でも、仲間からの信頼は絶大だったって。

 俺の母さんは、ロジャーの船に乗ってた。日記に書いてあったよ、ロジャーは仲間思いのいい船長だったって。母さんも船長……ロジャーのおかげで命を拾ったことがあるって。別に、だからってロジャーを受け入れろなんて言う気はないよ? でも1つ確実なのは、ロジャーがいなかったら母さんが死んでたかもしれないってこと、つまり俺も産まれてなかったかもしれないってこと。

 エースにまで意見を押し付ける気は無いよ。それでも、少なくとも俺はロジャーを鬼とは思えない。名前も知らない赤の他人が何人そう評価しようと、俺にとってはこの2人の評価の方がずっと大きい」

 

 世界がロジャーを憎み、それをエースに押し付ける。それは確かに重いだろう。だから、エースがロジャーを憎む、恨むことを責める気は毛頭無い。けれど……そんな理不尽なことを、本人が受け入れる必要がどこにある。

 

 「ロジャーを海賊王として見るからどつぼに嵌るんだ。ロジャーのこと、俺の母さんの恩人で俺にとってもある意味恩人だって、そう思ってみなよ。お前の母さんが愛した1人の男だと思ってみなよ」

 

 言うのは簡単だけど、そんなに単純な話じゃないだろう。想像は出来る。でもそれなら。

 

 「それでもどうしても嫌なら、自分をロジャーの子だと思わなければいい。父親1人で子供は産まれないんだから。母さんには大恩があるって、エース、自分で言ってたじゃんか。エースは、その強い、優しい女性の血を引く子。そう思えば、自分に流れる血も誇れるんじゃない?」

 

 「お袋は……おれを産んで死んだんだ。おれがいなきゃ……きっと今も生きてた」

 

 まーたそういうこと言うか。でも、そう来るなら俺にも言い分があるぞ?

 

 「なら逆に聞くけど……エースは、俺が産まれてこなければ良かったって思うか?」

 

 「は?」

 

 何だよ、そんなに目を見開いて。だって、そうだろう?

 

 「忘れてるなら思い出させてあげるよ。俺の母さんも、俺を産んで死んだ。俺は海賊王の子じゃないけれど、母さんの命と引き換えに産まれたって意味じゃエースと同じだ。……エースは、俺が産まれてこなければ良かったって、そう思うか?」

 

 エースは、何も言わない。ただ、襟首を掴んでいた手はやっと離してくれた。

 俺この言い分は、ある意味屁理屈で極論だ。でもインパクトはあるだろう。

 

 「俺の母さんもエースの母さんも、自分の命より子供の命を選んだ。それは、愛してくれてたからだろ? 生きて欲しかったからだろ? それなのに、『産まれてきてもよかったのか』なんて……母さんたちが懸けた覚悟と命は、そんなに安いものなのか? そんな疑問を持つこと自体、彼女たちへの侮辱だ。どうせこの世に、誰もに好かれ望まれる存在なんてあり得ないんだ。だったら、例えたった1人でもその生を喜んでくれる人がいるのなら、答えなんて、解りきってるじゃんか。……少なくとも、俺はそう思う」

 

 出産で女性が味わう苦しみは、並の男ならショック死してしまうだろうほどの物だと、前(前世)にどこかで聞いた。

 通常分娩でさえそうなのだ、20ヶ月も子供を胎内に宿せばどうなるかなんて、ルージュさんだって解ってたはずだ。

 母さんもそう。日記によれば、母さんは俺を妊娠中、あまり状態が良くなかったらしい。堕ろした方がいいんじゃないかって医者にも言われるほどだったんだと。まだ若いんだから今回は諦めて次に期待した方がいいって。

 それでも2人とも、諦めなかった。それは自分の命よりも大事だったから、それ以外に何がある?

 

 俺は男だし、子供だっていない。でもそれくらいは解る。

 

 「エース、お前が俺を、産まれてきてはいけない存在だと思わないのだとしたら、それはお前も同じだ。俺はエースがいてくれて嬉しい。すごく感謝してるんだ。俺だけじゃない、サボだって、祖父ちゃんだってきっとそうだ。ダダンたちは……うん、まぁ、表には出さないけど、憎からず思ってると思うぞ?……これからだってそう。きっとお前を大事に思ってくれる人たちがたくさん出来る」

 

 時期的に、ルフィももうすぐ来る。いずれは白ひげたちにも出会うことになるだろう。

 苦しいだろうし、辛いだろう。もしも事実が公になったら、という恐怖だってあるだろう。それほどにロジャーの、海賊王の名は重い。この世界に転生して6年、俺もそれぐらい解ってはいる。気にするな、だなんて無責任にもほどがあるセリフだ。それでもあえて言おう。

 

 「エース。産まれてきてくれてありがとう」

 

 それは、嘘偽りない本心だから。

 面倒看ててくれてありがとう。いつも一緒にいてくれてありがとう。

 もうじきルフィが来る。そしたらきっと、俺と同じことを思うだろう。

 だってエースは、本当にいい兄ちゃんだから。

 



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第12話 ルフィとの出会い

 先日のアレは、俺とエースの初喧嘩と言ってもいいと思う。

 6年一緒に暮らしてきたけど、これまでは多少揉めることはあっても喧嘩にまでは発展してなかった。

 だから、この状態にも初めて陥ったわけで……どうすりゃいいのかね?

 

 「………………」

 

 「………………」

 

 うん、お互い無言で山の中を歩いて帰るのってすっごい気まずいね!

 

 

 

 

 あの時は、俺も殴っちゃったし結構酷いことも言った。

 だから、少し落ち着いてから一応謝ったんだ。エースも許してくれたんだけどさ……何となーく、ぎこちない。

 嫌われた、って感じじゃない。実はまだ怒ってるっていうのとも違う気がする。話しかければ最低限答えてくれるし、傍にいても嫌がらない。……むしろ、そっとしといた方がいいかと思って距離をとって歩いてたら、追いつくまで止まって待ってたし……。

 ただ、微妙に不機嫌で口数が少ない。俺だけじゃなくて、サボに対しても、だ。俺の前でだけかとも思ったけど、サボと2人きりになっても同じらしい。ものすっごく不審がってた。

 ……原因が俺だってのは確実なんだけどねぇ……いかんせん、どういう心理が働いてこういう風になってるのか解らない。この前はあんな偉そうなこと言ったけど、俺だってそんなに人生経験豊富なわけでもないしねぇ……。

 うん、解らん!無責任に断言する!

 

 

 

 

 ダダンの家がもうすぐって地点で、俺は今日狩って小さくしていた野牛を元のサイズに戻した。

 持ち運びに便利だから移動時には小さくしてるけど、能力のことをダダン一家に知られたくないから、途中で元のサイズに戻している。

 まぁ、本当に知られたくないのはダダン一家よりむしろ祖父ちゃんなんだけどね。祖父ちゃんに知られたりしたら……一波乱ありそうな予感がひしひしと……ね?

 出来れば、海に出るまでは知られたくない。

 んでもって、元のサイズに戻したらかなり大きいから、そこからはエースに持ってってもらってるんだけど……今日はいつもと違った。

 

 「? 騒がしいな……」

 

 エースが訝しげな声を出した。

 何事か知らないけど、なんだかダダンの家の方が騒がしい。

 

 

 

 

 俺はこの時、何で気付かなかったのか……ヒントはたくさんあったのに。

 現在、俺は6歳。つまりエースは10歳。

 今日の狩りの獲物は、野牛。

 騒がしいダダンたち。

 もうお解りだろう。

 とうとう連れてこられたんだ。原作主人公・ルフィが………………え~と……エース? 何でそんなに凶悪な目つきなの?

 数日ぶりの祖父ちゃんと一緒にいる麦わら帽子がトレードマークなよく伸びる子を滅茶苦茶睨みつけている。……本当に伸びてるんだよ、祖父ちゃんに口ンとこ引っ張られて。

 うん、解ってた。エースが実はすっごい警戒心の高いタイプの人だってことは。俺のことをあっさり受け入れてくれたのも、当時の俺が赤ん坊だったからってのが大きいんだろう。流石に赤ん坊に警戒心なんて抱きようが無い。おまけに、祖父ちゃんによって山賊に押し付けられた海賊の子っていう共通点もあったし。

 そうでなく、俺もこうやってルフィのようにある程度大きくなってから連れてこられてたら、簡単に兄弟分になんてなれなかったに違いない。

 でも、ねぇ……やっぱそれはやりすぎじゃない?

 

 「うわっ! ツバ! きったねぇ!!」

 

 うん、まだ顔も合わせる前からツバ吐きかけるって、随分なご挨拶だね!? やりすぎだと思うよ!?

 

 「おぉ、エース、ユアン! そこにおったか!」

 

 ……祖父ちゃん。俺は今無性にあなたのその無自覚なKYっぷりが羨ましいよ。

 こんなすっさまじく睨み合ってて空気最悪な状態でよくそんなに明るい声と笑顔が出せるね!? 俺は内心天を仰いでいるのに。

 

 「ルフィ、お前より3つ年上のエースと1つ年下のユアンじゃ。今日からこいつらと暮らすんじゃ、仲良くせい」

 

 「決定ですか!?」

 

 思わずツッコむダダン。

 

 「ダダン……諦めなよ。どうせ祖父ちゃんが1度決めたことを諦めるなんてないんだから」

 

 俺はエースとルフィの睨み合いの真っ只中に立ちたくなかったこともあって、さりげなくダダン傍まで移動してポンポンと足を叩いた。

 

 「ユアン! お前はお前でなんだい、ガキのくせにその悟りきったような面は!? 人を哀れむような目で見るんじゃない!」

 

 いや、実際哀れんでるし。

 

 「ダダン……諦めてあの子を引き取りなよ。脅されて引き取るのと諦めて引き取るの、どっちの方が気が楽だと思う? 祖父ちゃんと関わりを持ったのが運の尽きだと思ってさ」

 

 ブタ箱で一生を終えるか、とか既に言われてるんだろ?

 

 「ユアン……お前は祖父ちゃんをどんな人だと思っとるんじゃ?」

 

 祖父ちゃんが何だか微妙な顔で俺を見てた。

 何って……そうだね、一言で言えば……。

 俺はニッコリと一見無邪気な笑顔を浮かべた。

 

 「ものすごい『てんさい』だと思ってるよ?」

 

 『てんさい』を『天才』と捉えたのか、嬉しそうに笑う祖父ちゃん。

 うん、そう取ってもらえるような言い方したからね。本当は『天災』って意味だけど!

 いや、ある意味『天才』なのかな? 人を巻き込む天才。

 ダダンを見ると……うん、何か諦念が漂ってる。どことなく哀愁も漂ってる気がする。どうやらこっちは俺の言ってる意味を正確に汲み取ったみたい。多分ダダンもそんな風に思ってるからだろう。

 

 

 

 

 改めてルフィを観察してみる。まだエースと睨み合ってるから、俺の視線には気付いてないらしい。ぶしつけな視線はあまり気分のいいものじゃないから、じっくり観察するにはこの状況はうってつけだった。

 まず気付いたこと……ルフィ、俺よりちょっと大きい! あー、くそ、1歳差ぐらいならひょっとしたら俺の方が大きいかも、とか期待してたのに……俺が1番チビのままかよ。

 しかし……どうにも、丸っこいな。特に鍛えてたりしてない子供らしい体型だ。筋肉とかもあんまり付いてない。まぁ、普通の村の普通の子供だったんだから、当然か。

 今なら俺の方がが強いかもな。……ルフィより強い……何か嬉しい俺はミーハーです。相手が今はただの7歳児とか、この際気にしません!

 

 

 

 

 さて、ルフィとエースの初対面は原作通り最悪なわけだけど……俺はどういう対応をしようかねぇ。



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第13話 警戒

 ダダンにルフィのことを念押しして祖父ちゃんが帰っても続いていたエースとルフィの睨み合いは、エースが野牛を運ぶために家の中に入っていったことで中断された。

 エースがいなくなればルフィの関心が俺に向くのは当然の成り行きだろう。それは解る、解るけど…………何だってそんなにジロジロとガン見してくるのかなルフィ君?

 

 「なぁ、お前どっかで会ったことねぇか?」

 

 ……まずは自己紹介するべきじゃないかい?

 

 「あるかもね。俺も一応産まれはフーシャ村らしいから」

 

 そういう風に言っといた方が俺にとっては都合がいい。

 実際、会ったことはある。ダダン一家に預けられる前に何度か顔を合わせたことはある。

 でも……当時ルフィは1歳、俺に至っては生後数ヶ月。普通は覚えているわけがないだろう。実質的にはこれが初対面と言って差し支えないはずだ。

 てかさ、何言う気だこの子。

 ルフィは難しい顔で首を捻ってる。

 

 「ん~? そんな前じゃないと思うぞ? なんか最近……?」

 

 自分の感じてる違和感の正体が解らないのか、ルフィの歯切れは悪い。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 ルフィ、コイツ……ルフィのくせに……! ワレ頭の変装やウソップ=そげキングも見抜けなかった天然ニブっ子のくせに……! 何でこんな時だけ勘がいいんだ!?

 ヤバイ、コイツこのままだと気付くかもしれない! そしたらルフィのことだ、俺が3年間も考えないようにしてたことをドきっぱり口にしかねない! くそっ、話を逸らすか。

 

 「それより、いい加減名前でも教えてくれない? 祖父ちゃんが言ってたけど、自己紹介は本人がするべきことだぞ?」

 

 ちょっと無理矢理な感じだけど、ルフィはそうだな、と納得してくれた。よかった、単じゅ……いやいや、素直な子で。

 

 「おれはルフィ! 海賊王になる男だ!」

 

 どーん、と胸を張るルフィ。

 てか、もう既にこの頃から口癖なのか? 海賊王になるって。

 でもそうかぁ……うん、それなら俺は……。

 

 「俺はユアン。歴史を変える男になりたいと思ってる」

 

 ちょっと張り合って大きなこと言ってみました。でも嘘じゃないよ?

 比喩じゃなく、本当にね。主に頂上戦争とか。

 

 「ところで、お前、さっきやたら口が伸びてたよな?」

 

 知ってるけど聞いておく。情報を仕入れたっていう事実は必要だ。

 

 「ああ、おれはゴム人間だからな!」

 

 言ってうにょーんと口を左右に引っ張るルフィ……ヤバイ、思いっきり引っ張ってみたい。ぐりぐりねじりたい。

 

 「おいオミーら、さっさと入れ。お頭がルフィに言っときチーことあるってよ」

 

 ドグラが呼びに来たので、俺たちはひとまず家の中に入った。

 ……来てくれてなかったら俺は好奇心に負けてルフィを弄り倒してたかもしれないので、ちょっとホッとした。

 

 

 

 

 

 

 エースの警戒心の強さは、抱える秘密の大きさと比例している。エースが最も気にしてることは、自分の出生が公になることだ。腹立たしいことだけど、現在の世界情勢ではとてもじゃないけど口に出来ない。それもまた現実。

 ダダンたちが事実を知ってる以上、共に暮らすのならルフィにもそれが伝わる可能性が高い。実際、特に自分から聞いたりもしていない俺だって知ってる……いや、俺が知ってるのは原作読んだからだけど、そうでなくても気付いていただろうし、俺が知ってるって話してもエースは驚かなかった。それに、どういう経緯だったのかは知らないけど、原作でのルフィはそのことを知っていた。

 とはいえダダンたちだって、海軍とかに知られれば火の粉が飛んでくる可能性もあるから、何も進んで教えたいわけじゃない。なら、ルフィがエースへの興味を失えば、事実に気付かない可能性も上がる。

 まぁとにかく、エースは恐れているんだ。事実を知ったルフィがそれを口外するんじゃないか、この間のヤツらのようなことを言ってくるんじゃないかって。だから気を許さない、極力関わりたくない。多分そんなところだろう。

 まぁ、俺も解らなくは無い。正直、さっきの会話で俺もルフィへの理不尽な警戒心を持ってしまった。……俺の場合は、ただの現実逃避なんだけどね。秘密とか、そんな大それたもんじゃないし。

 

 

 

 

 

 原作でも肉・肉言いまくってるだけあって、ルフィは野牛の肉を食いたがった。

 でもダダンは完全否定。エースも完全無視だし、俺も聞こえないフリ。

 ゴメンねルフィ、俺も育ち盛りなんだ食べ盛りなんだ人に分けたくないんだ。

 それに、いつもなら俺たちは部屋に持ってってそこで小さくなって食べてるんだけど、今日はルフィが来たことで騒ぎになってて部屋に戻れそうになくて……そのせいなんだろう、食いしん坊エースの機嫌がまた悪くなってるし……ハァ。

 そんな肉を食いながら、ダダンはルフィに雑用や山賊稼業を手伝え的なことを言った。けどこれは、ハッタリだろう。

 なにせ、雑用はともかく山賊稼業の手伝いなんて、俺もエースもしたことない。むしろ足手纏いだ邪魔だって言われる。

 ダダンのこれはまず間違いなく、ルフィに怒鳴って脅してビビらせて祖父ちゃんへの溜飲を下げようって腹なんだと思う。

 ……なんとも情けない考えだけど、責めはしない。だって俺からすれば、ダダンへの同情を禁じえない。でも……ムダだと思うよ?

 

 「わかった」

 

 あっさりきっぱり即答するルフィ。

 本当に、良くも悪くも素直だよ……ダダンは泣いてるけど。

 

 「これだからガープの孫はイヤなんだ! 逞しすぎる!」

 

 ……あれ、ガープの孫って……俺も入ってます? いや、俺逞しさなんてないと思うんだけど……どうでもいいか、誰も気にしてないし……ん?

 

 「………………」

 

 あれ、エース? 何で無言で俺の腕引っ張ってんの?

 見るとエースはとっくに食い終わってた。俺ももうすぐ無くなりそうだし……クイ、と外を顎で指された。

 あ、行くぞってこと? そういや午後からサボと待ち合わせてたけど……口で言おうよ、それくらい。警戒っぷりが徹底されてて逆に感心する。

 けどまぁ、待たせても悪いし、今日のところはさっさと行こうか。

 

 「あ、お前らどこ行くんだ」

 

 ルフィが聞いてきた。……何かちょっと焦ってるっぽい。山賊の中で1人になりたくないんだろうか。

 

 「待ち合わ」

 

 グレイターミナルと言っても解らないだろうと思って待ち合わせって言おうとしたけど、エースに更に強い力で引っ張られて遮られた。余計なことは言うなってか。やれやれ。

 

 

 

 

 「お~い、待てよ~!」

 

 予想通りと言うか何と言うか……ルフィが付いて来ちゃってます。必死です。汗だくです。

 そういえば、俺も初めてグレイターミナルへ行ったときはダウンしかけたっけ…………足取りも軽く山道を行きながら、俺は在りし日に思いを馳せた。うん、俺頑張った。

 そういうことでも考えてないとやってらんない。だってエースの眉間の皺がどんどん増えてくんだもん。醸し出す空気がピリピリしてんだもん。腕つかまれたままだから距離置けないし……ハァ。

 俺、今日、溜息ばっかだよ……。

 後ろでルフィが、ツバのことは怒ってないとか、友達になろうとか言ってる……いい子だよねぇ。しみじみ。

 でも、そのある意味能天気な態度がエースの癪に障ったらしい。

 ルフィも間が悪いよなぁ。先日の喧嘩を引き摺ってる+得体の知れないヤツ(=ルフィ)を警戒中+食事に満足できなかった、って色々重なってエースの不機嫌はピークだし。

 徐にドカッと転がってた木を取ってきたかと思うと、下にいたルフィに向かって転がした。

 

 「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ルフィの悲鳴が響くけど……助ける気は無い。ある意味面白いから。大丈夫、どうせアイツゴムだし! ラブーンに潰されても平気だったんだ、木の1本や2本、どうってことないだろ。

 むしろ、ルフィがゴムだって知らないのにこんな暴挙に出るエースに感心する。

 ……てか、本当に殺す気でやってたりする? え、何それコワイ。

 エースは結果も見ずにまた歩き出す。俺はちょっと見たよ。平べったくなったゴム製の子。……うん、ちょっと面白い。やられてる本人は堪ったもんじゃないだろうけど。

 それでも復活するまでは見ずにまた歩き出す……ってか、見させてくんなかったんだよね、腕掴まれたままだから。

 でもまたしばらくすると後ろからルフィの声がしだして……エースが舌打ちした。

 

 「チッ……走るぞ」

 

 走るぞ、と言いながら、俺が頷いたりするより前に走り出した。当然、俺も引き摺られる……でもそれ嫌だから、俺もすぐに走り出した。

 俺は走りながら原作でこの後起こることを思い返し……ああ、そういえばこの先には橋があったっけ、と納得した。

 納得したけど……流石にそれは、ねぇ?

 橋を渡り、エースは立ち止まった。ルフィを待ち構えてるんだろう。

 

 「エース……橋から落とそうとか考えてる?」

 

 エースは答えない。でも、無言は肯定と見做すよ?

 

 「ルフィを谷に落とすのはやりすぎだと思うよ?」

 

 別に、谷はいいんだよ? 谷に落とすだけなら別にいい……いや、本当は良くないんだけど。

 

 「……さっきは黙って見てたくせに」

 

 ボソッとエースは呟いた。俺はそれに肩を竦める。

 

 「だって、アイツ、ゴムなんだって。潰されるぐらい効かないよ、きっと」

 

 「ゴム?」

 

 エースはやっと俺の方を向いた。実は今まで視線合わせてくれてなかったんだよ。

 

 「うん。ゴム人間だって。多分悪魔の実の能力者なんだよ……俺と同じ」

 

 エースの表情がちょっと歪んだ。

 

 「……いつの間に聞いたんだ、そんなの」

 

 あれ、また不機嫌になった……これは何でだ?

 

 「さっき、自己紹介したとき。……ってか、祖父ちゃんに引っ張られて伸びてたじゃんか」

 

 答えると、ますます不機嫌になる……何で?

 

 「じゃあ、落としたって別にいいだろ」

 

 だから、なんでそんな拗ね顔なの?

 まぁ、さっきも思ったけど、確かに落とすだけならいい。むしろ面白い……アレ? さっきから俺何気に酷くね? ……ま、いっか。事実だし。

 とにかく問題なのは。

 

 「この下、確か凶暴な狼が出るってエースも知ってるよね?」

 

 うん、落下のダメージは無くても獣の牙や爪はどうしようもない。

 エースってばまた舌打ちを……本当にやる気、いや殺る気だったのか? 非道な…………でもそうなると、状況をちょっと楽しんでる俺は外道ってトコか?

 うん、非道と外道を必死に追いかけてる無邪気なルフィに涙が出そうだよ!

 

 「とりあえず、橋さえ落としとけばいいじゃん。そしたらルフィは道を知らないんだからもう追ってこられないよ」

 

 ってか、それで納得して欲しい。確か原作では、1週間行方不明になるんだよな? 流石にそれは可哀想だし。

 エースも渋々ではあったけど、ルフィが来る前に橋を落としてくれた。

 

 「橋がねぇ!」

 

 あ、ルフィ、ナイスタイミング。

 

 「この下、狼が出るから通らない方がいいぞ! ダダンたちのトコにでも戻れ!」

 

 一応忠告もしておく。……でないと無理に渡ろうとしそうだ。だってルフィだし。

 

 「おれ! 山賊嫌いなんだよ!!」

 

 対岸で必死に叫ぶルフィ。うん、それは知ってる。知ってるけど。

 

 「山賊も色々だ! まぁ頑張れ!」

 

 ルフィの憧れる海賊にだって色んなタイプがいるしねぇ。

 ルフィはまだ何か言ってたけど、こっちもいい加減エースの不機嫌が募ってるから、聞かないでおいた。

 とにかく今は、サボも待ってることだしね。とりあえずグレイターミナルに向かおうか。




 エースのルフィへの非道っぷりはスゴイ。そして、ユアンは外道。



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第14話 画策

 「なぁ、ユアン……エースのヤツ、何であんなにピリピリしてるんだ?」

 

 サボの疑問も当然だろう。

 結局、ルフィを撒いてもエースの機嫌は回復しなかった。

 ただでさえ最近不機嫌なのに、さらにめんどくさそうな状態になってる。

 

 「今日祖父ちゃんが孫を連れてきたんだよ」

 

 うん、端的に言えばそれだけのことなんだけどねぇ。

 

 「孫? お前もそうだろ? 兄弟か?」

 

 「ううん、違う。俺に兄弟はいない……多分。だから従兄弟だと思うよ。俺より1コ上」

 

 日記を読む限り、母さんは俺以外産んでないし……ってか、原作知ってるからね! ルフィの父さん知ってるからね!

 

 「ったく……エース! 大人気ないぞ!」

 

 いいぞ、サボ。もっと言ってやって!

 

 「るせぇ! アイツの……アイツのせいで! メシを腹一杯食えなかったんだ!」

 

 え、1番気になってるトコそこ!? サボも呆れ顔だよ!

 んで、またむっつりとそっぽ向くエース。

 

 「嫌なヤツだったのか? 口が軽そうとか」

 

 サボもエースの警戒心は知っている。その秘密もだ。サボに関しては、エースが自分から明かしたらしい。

 俺は苦笑いした。

 

 「嫌なヤツじゃないよ。口も……軽いわけじゃなさそうなんだけど……何て言うのかな? 素直そうな子だよ、良くも悪くも」

 

 なるほど、とサボは俺の言葉の裏を察してくれた。

 

 「ウソが吐けないタイプってことか」

 

 そうなんだよね。ルフィって、口が軽いわけじゃないと思うんだ。約束だって守るだろう。でも賭けてもいい、誘導尋問にはあっさり引っ掛かる。しかも、引っ掛かったことにも気付かないだろう。

 

 「まぁ、そうだね……でも、根性ありそうだから、このままいけばその内ここまで来るだろうね」

 

 山賊が嫌いな以上、ダダンの所に1人でいるなんて嫌だろう。今日は橋を落としたから追って来られなくなったけど、落とした以上俺たちも今後あの橋は使えないから別のルートを辿ることになる。そうなればまた追って来るだろう。原作どおりにいけば……。

 

 「3ヶ月もあれば、追いついてくるようになるんじゃないかな?」

 

 俺の言葉にエースが苦い顔をしたのが解った。

 

 「また、そんな怖い顔して……ご飯のことはともかく、それ以外のことは何とかならない? そもそも、何をイライラしてたの? ……俺がこの間言ったこと、まだ怒ってるなら謝るよ。それでも許せないってんなら、せめてサボとぐらいまともに話してあげてよ」

 

 そう、そこだ。ルフィのコトが起こった以上、せめてそこの所は解決しておかないと。悠長になんてしていられない。まともに接してくれないんじゃ話にもならない。

 ……アレ? エース何でそんなに真っ赤になってんの?

 

 「それは! お前が! ……お前が……あんな……!」

 

 この赤みは……怒ってる感じじゃないけど……待てよ?これってひょっとして……。

 

 「あ、あんなこと……言いやがるから……!」

 

 エース、お前………………………………照れてたのか!?

 え、何俺が『いてくれて嬉しい』とか『すごく感謝してる』とか『産まれてきてくれてありがとう』とか言ったから!? それで、サボもきっとそうとか言ったから!?

 え、でもそれで見た目不機嫌になるって! 何それどんなツンデレ!?

 アレ? でもそうすると……。

 俺がルフィを庇ったり自己紹介したって言ったときに不機嫌になったのは………………ヤキモチか!? 妬いてたのか!? え、何ソレ!?

 

 「へー、ほー、ふーん」

 

 「な、何だよ! そのニヤニヤした顔は!!」

 

 「別に~?」

 

 うわぁ、可愛い。兄ちゃんなのに可愛いとか思っちゃったよ!

 

 「おいエース……何があったんだ?」

 

 「うるせぇ!!」

 

 サボに怒鳴るエース……けど、こうやって吐き出したなら多分こっちはもう大丈夫だろう。

 となると問題は……やっぱルフィか。

 3ヶ月この状態ってのは嫌なんだよな……ずっとピリピリしてるエースと一緒にいるのもしんどいし。

 それに……このまま流れ通りにルフィが海賊に拷問されるのも流石に可哀相だ。

 個人的に、仲の悪いエースとルフィってのにも違和感あるしね。

 けど1番の問題は、多少説得したぐらいで無くなるほどエースの警戒心が少なくないってことだよ。

 ……というより、庇っただけで不機嫌になられるんじゃあ、説得なんて火に油を注ぐだけってことになるかもしんない。

 原作でのアレは、拷問されても秘密を明かさなかった+欲しい言葉をくれたってのが重なったからだよな……となると、ルフィの誠意がエースに解れば突破口は開けるか。

 取っ掛かりさえ掴めればルフィは無邪気だし、エースも面倒見いいし、何とかなるだろう。

 ならば…………俺、卑怯者になってみようかな。

 浮かんだ案はかなり酷いものだし、良心も痛むけど……やってみようか。

 

 

 

 

 本当に、時々自分で自分が怖くなるよ。



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第15話 仕込み

 予想通りというか、思いっきり吐き出したエースは普段通りになった……俺たちの前では。

 うん、帰ったときに出迎えてくれたルフィに出くわした途端、また不機嫌になっちゃったんだよ。

 無視だよ、無視。完璧にシカト。俺? 俺はただいまぐらいは言った。

 

 

 

 

 さて。俺の計画を実行するなら、まずルフィにちょっと仕込んでおかないといけない。そして、それはエースがいないときでないといけない。

 なので、俺はエースに提案した。

 

 『俺がルフィを見張っておくから、夕飯は家の裏ででも小さくなって食べなよ』

 

 ってね。

 勿論、既に昼ご飯の時点で不満が溜まってたエースは、すぐに了承した。

 お陰で今、俺はルフィと部屋で2人きりです。

 今日はどこに行ってたのか、明日はどうするつもりなのかとか聞いてきたけど、必要最低限だけ答えてあとははぐらかすという会話を続ける。

 ルフィが俺やエースと友達になりたがってるというのは間違いない。だからこそ俺は現在、ただの同居人という距離以上には踏み込ませていない。まぁつまり……胸を張って友達と言えるほど親しくしてないってことだ。

 ルフィも何となく近付ききれないことに気付いてるのか、ひっきりなしに話しかけてくる。その必死さがよく解る……だって、話題が尽きてきたらしくてさっきから何度か同じ話が出てきてるからね。でも、1度聞いた質問には答えないようにしてる。うぅ、良心が痛い……。

 そうしていくらかルフィを焦らした所で、俺は少し席を立った。トイレか、とか聞かれたけど、それにもまともに答えずはぐらかす。

 1人になるのが嫌なルフィだ、エースはいなくて俺も出て行って戻ってこないとなれば、当然探しに来るだろうと踏んで。

 読みは当たった。俺は近くの誰も使ってない部屋にいてコッソリ様子を見てたんだけど、暫くするとルフィが出てきたんだ。

 ……よし、やるか。演技スタートだ。

 

 「1/50!」

 

 俺は能力制御訓練の声を出した。ちなみに、小さくしたのはリンゴだ……リンゴ……ああくそ、こんな時に嫌な思い出が……いや、今考えることじゃない。

 俺の声に気付いたらしく、ルフィがこっちに来る足音が聞こえた……来てくれなきゃ困る。そのためにわざわざ聞かせたんだから。

 キィ、と僅かに扉が開く音が聞こえたとき、俺はまた能力を使った。

 

 「解除!」

 

 瞬間、1/50サイズにまでなってたリンゴは、すぐに元にサイズに戻った。

 

 「リンゴが出てきた!?」

 

 多分、小さくなってたリンゴは手に隠れて見えてなかったんだろう。そんなルフィにしてみれば、何も無い所からリンゴが出てきたように見えたんだろうね。

 

 「見たのか!?」

 

 俺は、たった今気付いたかのような驚いた表情を作ってルフィを見た。ルフィの目はキラキラしてる。

 

 「なぁ、それ何だ!? すげぇな、お前がやったのか!?」

 

 うん、本当に好奇心の強い子だね。

 よし、食い付きは上々……。

 

 「……ミニミニの実の能力だ」

 

 俺は出来るだけそっけなく、苦虫を噛み潰したような表情で教えた。ルフィは俺の答えに驚いてる。

 

 「お前も悪魔の実を食ったのか!?」

 

 「うん、まぁ……」

 

 歯切れの悪い答えを返す。

 

 「俺はミニミニの実を食べて、縮小人間になった」

 

 「しゅくしょう?」

 

 「ものを小さく出来るってこと……1/2。」

 

 すぐに小さくなるリンゴ……あ、今は1/2ぐらいまでなら殆どタイムラグが無くなってるんだよね。

 

 「ちゃんとコントロールができるように、時々訓練してるんだ。解除」

 

 また元に戻ったリンゴに、ルフィはすげーすげーとはしゃいでいる。

 

 「……ルフィ」

 

 「? 何だ?」

 

 俺の真剣な声音に気付いたのか、ルフィはリンゴから目を離してこっちを見た。

 

 「このことは誰にも言わないで欲しいんだ」

 

 懇願するように、ってのはこういう風でいいのかな? 俺は泣きそうな表情を作った。

 

 「どうしてだ?」

 

 ルフィは首を捻る。それはそうだろう、あっさりゴム人間であることを明かしたルフィにしてみれば、悪魔の実のことは隠すようなことじゃないはずだ。

 

 「もし祖父ちゃんに知られたら、面倒なことになりそうだから」

 

 「あ! おれ、悪魔の実食ったって言ったら祖父ちゃんにここ連れて来られたんだ!!」

 

 だろうね。原作でも祖父ちゃんはルフィがゴム人間になったことにいい感情を持ってなかった。っていうか、それを覚えてたから俺は隠してるんだし。

 まぁここに連れて来られたのは、海賊になりたいって言い出したからってのが大きいんだろうけど……祖父ちゃん……本当にルフィを海兵にする気あんの? 俺やエースはまだ世間から隠すって意味もあったろうけど、何でルフィを山賊に預けたんだ? あ、ひょっとしてドラゴンが台頭してきたとか? にしたって、何でこれでルフィが海兵を目指すと考えたんだろう?

 ……うん、これは今度聞いてみよう……『わしの孫じゃし』の一言で終わりそうな気もするけど。今はそれよりルフィだ。

 

 「うん……だから俺は、ダダンたちにも言ってない。知ってるのはエースとあともう1人の友だちだけだ。ルフィ、俺の能力のことは誰にも言わないで欲しいんだ! 頼む!」

 

 まるで縋るような調子で頼み込む俺……本当、よくやるよ。

 

 「あぁ、言わねぇ!」

 

 迷うことなく承諾してくれるルフィ。

 ツキリと内心……良心が痛んだけど、今更止める気はない。

 

 「本当に? 誰にも? 絶対に?」

 

 出来る限り念押しをしておく。

 

 「言わねぇよ!」

 

 一切の迷い無しだ。信じらんねぇのか、と言わんばかりにちょっとムッとしてる。

 ……もう一押し、しとこうか。

 

 「本当に、本当に頼むよ。もし喋ったりしたら……絶対に許さないからな!」

 

 『許さない』、それは1番嫌なことだろう。だってルフィは、1人になりたくないんだから。エースが気を許してないことも、俺が必要最低限しか関わってないことも何となく解ってるはずだ。その上許さない……つまり、それこそ完全に信用を失ってしまえば、もう友達になる機会なんて無くなるわけで……。

 

 「ああ、約束だ! 誰にも言わねぇ!」

 

 案の定、ルフィは即答した。約束した以上、並大抵のことでルフィがそれを破ることは無いだろう。

 俺が欲しかったのはこの言質だ。『絶対に俺の能力を誰にも言わない』という約束。これで仕込みは完了。

 意志の強そうな目を向けてくるルフィが内心眩しい。俺は今、自分が腹の内で考えていることが怖いっていうのに。



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第16話 嗾ける

 翌日。

 俺とエースは、やっぱり付いて来ようとしたルフィを撒きつつグレイターミナルに来た。

 んでもって俺は……昨夜のことを2人に話した。勿論、俺の内心は言ってないけど、ルフィと交わした会話や約束なんかはそっくりそのまま、だ。

 

 「んなっ……!」

 

 あんぐりと口を開けて固まるエース。一方でサボは目を丸くして驚いてる。

 

 「ユアンがそんなポカするなんて……」

 

 うん、だって本当はわざとだからね。

 

 「大丈夫だよ、誰にも言わないって約束したし」

 

 俺がそう言うと、ハニワ状態で固まってたエースが復活した。

 

 「そんなの解るもんか! アイツ、その内絶対喋るぞ!」

 

 「でも、言わないと思うけど……」

 

 結局のところ、これって水掛け論だよね。俺がルフィは言わないって思うのは原作知識からだけど、それは言えないから傍から見れば根拠の無い勘でしかない。一方でエースが喋るはずだって言うのも、本人の警戒心・猜疑心からくる感情論でしかない。お互いが譲らない以上、言い合ったって決着はつかない。

 むしろ、俺がルフィを庇う発言をすればするほどエースはムキになるだろう。何せ……昨日のあのツンデレっぷり……ぷぷ。

 けどまぁ、俺の狙いはそこだ。エースって、カッとなると後先考えないタイプっていうか、1つのことに狙いを定めたら一直線っていうか。

 今言ってもしょうがないけど、エースのそれは何とかならないかなぁ? そしたら、白ひげに止められたのにチェリーパイ野郎……失礼、ティーチを追いかけたりだとか、赤犬に挑発されて向かっていくとかそういうのも無くなるよね? そんだけで死亡フラグが何本も折れてくような…………でも、それでこそエースっていうか……性格まで改変しようとしたらそれはもう別人になっちゃうしね。

 とはいえ、今回は俺自身それを利用しようとしてるんだからとやかく言うことは出来ないな。

 

 「いざとなったら言うに決まってる!」

 

 ホラ、やっぱり。俺もムキになっておく。

 

 「いざってどんな時!? 海賊や山賊に拷問されるとか!? 脅されるとか、そういうの!?」

 

 まぁそうは言っても、ダダンたちがルフィに何かすることは無いだろうね。そんなことしようもんなら、後で祖父ちゃんという嵐がやってくるだろうから……。

 

 「そんな状況、そうそうあるもんか! 少なくとも自分から話す理由なんて無いはずだもん! 誰かが故意に聞き出そうとしたっていうんなら別だろうけど、わざわざ聞き出そうとするヤツもいないし! 大丈夫だって!」

 

 そう、ルフィは嘘が吐けないタイプだろうから、相手が搦め手を使って聞きだそうとすれば、本人にそのつもりは無くても漏れる心配はある。けど、聞きだそうとするということはつまり、なんらかの事前情報が必要になる。現状俺の能力を知ってるのはエースとサボだけで、他は誰も何も知らない。つまり、ダダンたちにしろ祖父ちゃんにしろ、聞き出そうと考えることはあり得ないんだ。

 そう、何も無ければ、ルフィが俺の秘密をわざわざ他人に話そうとすることは恐らく無い。それぐらいはエースだって解ってるはずだ。『何も無ければ』……。

 そして今俺の目の前にいるのは……カッとなってるエースだ。

 

 「じゃあ、ソイツがもし喋ったら、お前どうする気だよ!」

 

 「その時は……」

 

 こういうセリフが出てくるってことは……俺の考え通りに動きそうだな。

 俺はまるで拗ねたような、不貞腐れたような顔でエースを睨んだ。

 

 「その時は、俺もルフィを撒くのに全力で協力するよ。信用できないヤツと一緒になんていられないし。……人食い狼の谷に落とそうがどうしようが、ご自由にどうぞ。何なら俺がやってもいい」

 

 「ああ! その言葉忘れるなよ!!」

 

 エースがますますムキになったのが解った。

 とはいえ、おそらくルフィは言わないだろう。

 原作では拷問されても海賊貯金のことを言わなかった。あれ以上に悪いことなんてそうそう起こるわけない。

 万一言ったとしたら、それはそれで……仕方が無い。嘘が吐けないのは性格上仕方が無いにしても、約束を守れないんだったらエースの出生を知られるわけにはいかないんだし。死なせる気は無いけど、距離を置かざるを得ない。

 

 「おい、ユアン……エースのヤツ、何か碌でもないこと考えてるっぽいぞ?」

 

 今まで俺たちのやり取りを黙って見てたサボが、妙なやる気に燃えているエースに若干不安そうにしている。

 

 「放っといたら、それこそそのルフィってヤツを襲撃しかねないぞ? いいのか?」

 

 ……だろうね。そうするように仕向けたんだから。

 

 

 

 

 俺はルフィに、エースともう1人サボは能力のことを知っている、と言った。誰にも言わないと約束したとはいえ、相手もそのことを知ってる人間ならば聞かれれば話す可能性は高い。普通なら。恐らくはエースもそう考えてると思う。

 しかしルフィは、素直な子だ。そして素直というのは、裏を返せば融通が利かないとも言える。つまり、言葉を額面通りに捉えるってことだ。『誰にも』と言ったなら、本当に『誰にも』話さない。

 ムキになってるエースは間違いなくルフィから俺の能力のことを聞き出しに行くだろうが、ルフィは話さないだろう。

 ルフィが話さなくても、多分エースはすぐには信じない。その内苛立ってくれば、強硬手段に出る可能性もある。

 しかしそれでも喋らなかったら……信用を得られるだろう。

 

 

 

 

 俺も嫌なことを考える。

 フゥ、と自嘲気味の笑みがこぼれた。サボはそれに気付いたらしくて訝しんでいたけど、俺ははぐらかしておいた。

 言えるわけがない。

 エースを唆してルフィを襲わせようとしてるからだ、なんて。

 

 

 

 

 エースが多少無茶しても、海賊の拷問よりはずっとマシなはずだ。

 俺は自分にそう言い訳していた。

 けど、それでも一応、いざって時のために見張っておこうかな……。

 

 

 

 

 このとき俺の脳裏には、策士策に溺れるという言葉が何となく過ぎっていたのだった。



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第17話 計画の穴

 エースによるルフィ襲撃は、そのさらに翌日だった。流石エース、行動が早い。

 

 例によって、グレイターミナルへと向かう俺たちをルフィが追い、1度撒いてからエースは1人、ルフィを待ち構えた……うん、襲う気満々だね?

 俺? 俺は先に行ってろって言われたけど、やっぱり不安だったからこっそり木の上から2人を観察してます。ちなみに、万一の時のために武器を持ってる。1/50サイズに小さくした石をいくつか。元のサイズに戻せば1mぐらいあるだろう。実は昨日、エースが1人闘志を燃やしてる間にこれらを準備しときました。

 現在はせいぜい2cm程度の小石だから、簡単に投げられるし狙いを定めるのも簡単だ。でも、投げた後で元のサイズに戻したりしたらどうなるか。

 考えてみて欲しい。1mを超える石が頭上から降り注いでくるんだ、それも正確に対象を狙って……恐怖しかないね! ゴム人間には平気だろうけどな!

 万が一の場合……例えば、エースが予想以上にやりすぎたりした場合なんかは、これを投げて牽制しようと思ってる。これなら流石にビビるだろうし。

 ちなみに今、ここにいるのは俺だけじゃなくて……。

 

 「やっぱりやる気だな、エースは」

 

 うん、何でサボここにいるの?

 いつもならゴミ山にいるサボが、今日は俺たちを待ち構えていたんだよね。理由は……見学。

 動機は簡単、『なんか面白そうだから』。……ハァ。

 確かに、これが自然発生した衝突なら、俺も内心ではちょっと楽しんでたかもしれない。でもこれは、俺が故意に仕組んだことであって……。

 ルフィにうっかりと見せかけて実はワザと能力を教えたのも、秘密にするって約束を交わさせたのも、エースがルフィを問い質す(?)ように言葉を選んだのも、全部俺の策略で……うぁ、良心が痛い。

 ルフィ、襲わせてゴメン。エース、こっそり唆してゴメン。

 

 

 

 

 「エース、どうした?」

 

 ルフィ、嬉しそうだな……うん、エースが自分からルフィに接触しようとするの、初めてだもんな。

 

 「お前、ユアンに何聞いた?」

 

 エース、直球ド真ん中!

 やっぱりね。エースなら真正面から聞きに行くと思ったよ。

 ルフィには、誘導尋問が有効だろう。けど、元々直情的な上にカッとなってるエースならそんなこと考えないだろうって。でも、そんな風に言われたらさ……。

 

 「し、知らねぇ! 何も聞いてねぇぞ!」

 

 目は泳ぎ、口元は引き攣らせながら答えるルフィ。うん。

 

 「「ウソ下手っ!」」

 

 思わずハモって、顔を見合わせる俺とサボ。

 もう本当にウソ下手だな、ルフィ! それでその言葉を信じるヤツがいたらお目に掛かってみたいよ。ここまでウソが下手だと思ってなかったんだろう、エースもすっごいビミョーな表情だ。

 

 「…………ウソ吐くな!」

 

 「ウソじゃねぇ!」

 

 いや明らかにウソだろ。顔に全部出てるって。

 その後、ウソ吐くな、ウソじゃないの問答が続くこと約10分……って長いわ!

 うん、エースにしては辛抱したよ、10分も同じこと言い合うって……。

 いい加減飽きてきた俺たちは木の上であっち向いてホイをしてた。新たな動きがあったのは、俺が3勝2敗したころだった。

 

 「いい加減にしろよ!」

 

 ゼェゼェと息の上がってきてるエース。おまけに、さらに頭に血が上って……ヒートアップしてるって感じ。

 

 「聞いてないもんは! 聞いてねぇ!」

 

 息が上がってるのはルフィも同じだ。それでも言わないルフィにいい加減エースは焦れてきたらしい。

 

 「……そうかよ」

 

 そう言い放ったエースにルフィはホッとした表情をしていた。納得してくれたと思ったんだろうけど……うん、エースの不穏な空気に気付こうよ!

 これはいよいよ目を離したらいけないか、と思い俺は2人に意識を戻した。

 

 「じゃあ吐かせてやる!」

 

 ルフィに掴みかかって押し倒し、馬乗りになるエース。あー、あれは頭打ったかな。

 

 「言えよ、じゃねぇと殺すぞ!」

 

 おいおい、そういうこと言っちゃう? ……そういえば、原作でも初めルフィが海賊貯金を見た時そんなこと言ってたっけ?まぁハッタリだろうけど。

 

 「いた……くねぇ! おれゴムだから!」

 

 あ、本当に頭打ってたんだ。

 ルフィに打撃は効かない。ゴムの能力が上手く使えてなくても、それは変わらない。そしてエースは刃物を待ってないはずだ。つまり、そこまで不安になるようなことは起きないはずなのに……何でだろう、胸騒ぎがするのは。

 ……多分、計画が上手く行き過ぎているからだろう。ここまで、俺の想像通りに物事が進んでいる。だから不安になるんだ、世の中に完璧な計画なんて無いはずだから。

 けど、結構なことじゃないか。上手くいけばそれに越したことはないし、これ以上妙なことを考えずにすむ。

 俺は頭を振って目の前の光景に集中した。

 

 「おれ! 本当になんにも聞いてねぇ!」

 

 ルフィの目には涙が溜まってる。

 当然だろう、ルフィにはエースの言葉がハッタリだということは解らない。俺は実年齢6歳でも前世の享年15から人生始まってるようなモンだからエースの睨みも可愛いものだけど、真実7歳のルフィには10歳のエースは怖く見えるだろう。大人になれば何てことのない3歳の年の差は、子どもにとってはとても大きい。

 それでも言わない。『約束』したから。

 

 「おま……!」

 

 ふと止まったエースのセリフが気になり、俺はその視線の先を辿り……そして、思い至った。俺が何を失念していたのか。

 それは、ここが山の中だということだ。

 聞く内容が内容なのだから、エースがダダンの家付近で行動を起こすはずない。かといって、信用してないのだからグレイターミナルにまで引き付けることもまずない。ならば必然的に、現場はこのコルボ山内になる。

 そんなのは予測できたことだし、実際そうなった。

 なのに俺は……こういった可能性に気付かなかった。

 山の中とは即ち、いつどんな獣が出ても可笑しくない場所ということだ。

 そして、エースはともかく、ルフィにはまだそれを退けるだけの力がない。そりゃそうだ、今のルフィはおそらく、俺より弱いのだから。

 

 「こんな時に……」

 

 内心で打った舌打ちは、この状況に対するものなのか、それとも詰めの甘い俺自身へ向けたものだったのか。

 エースの視線の先にいる狼……普段は谷の下にいる人食い狼は、明らかに捕食者の目でルフィたちを見ていた。



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第18話 狼

 いつもなら谷の下にいるくせに、何でこんな時に限ってここまで出てくるんだ。

 頭では解ってる。山の獣が山のどこに出たって何も可笑しくなんかない。それでも、思ってもどうしようもないけれど、そう思わずにはいられなかった。

 

 狼は普段、群れで行動する。しかも、縄張り意識が強い生き物だ。多分アイツは迷い込んできてしまったんだろう。やけに血走った目をしているのは、腹が減っているからかもしれない。

 とはいえ1匹だ。それほど大きな個体でもないようだし、何とかなるだろう……エース1人だったら。いや、例え俺が一緒でも大丈夫だったろう。少なくとも、足手纏いにはならない自信はある。

 けどルフィは違う。ほんの数日前……一昨日の朝まではただの平凡な村の普通の子どもだったんだ。原作では1週間掛けたもののちゃんとダダンの家に戻ってたけど……あれって奇跡だと思う。

 悪魔の実の能力者だといっても、制御できなきゃ意味がない。いや、自然(ロギア)系なら何とかなってたかもしれないけど……ゴム人間じゃあねぇ……。

 

 

 

 

 当然というか何というか、狼は2人に襲い掛かった。

 

 「チッ!」

 

 「うわぁっ!」

 

 後ろへと飛びずさって躱わすエースと、ゴロゴロと転がってその場を離れるルフィ。

 エースはすぐに体勢を立て直し持っていた鉄パイプを構えた。……そう、持ってたんだよ、鉄パイプ。常時装備してるんだよ。今まで使わなかったのは、ルフィに打撃が無効だって知ってるからだろう。

 一方でルフィは、何とか這って逃げようとしている。多分、腰が抜けてしまってるんだろう。……情けないとは思わない。本当に、真実、欠片も考えていない。

 あの狼が大きくないとか何とかなるとか、そんなのはエースにしろ俺にしろ、赤ん坊のころからこの山で暮らしてきたから言えることだ。普通なら、成人男性でも素手じゃやられる可能性が高い。迷うことなく立ち向かうという選択肢を選ぶエース(それに、サボや俺)の方が変わってるんだ。

 狼はといえば、始めは大きく動いたエースに注意を向けた。だが、2つのエサの内片方は抗戦の構え(しかも強い)。片方は逃げようとしながらもうまく動けないとなれば……最終的にどっちを狙うか、なんて解りきった答えだろう。ヤツは戦いたいわけじゃない、食欲を満たしたいのだから。

 

 「ヒッ!」

 

 狼の目が自分に向いたことが解り、ルフィが震えた。

 

 「ガルゥ!!」

 

 狼が跳躍し襲い掛かる。

 ルフィは何とか爪や牙は避けたみたいだけど、その身体に潰される形になる。

 

 「た、助けっ!!」

 

 腕で狼の横っ面を押さえて何とか噛まれないように頑張っているけど、力やスタミナからいってそれは時間稼ぎにしかなってないだろう。助けを求めるのも当然だ。

 

 「……言えよ!」

 

 流石に助けようと思って投擲体勢をとったけど、エースが叫ぶようにして言った言葉に動きが止まった。

 

 「言えよ、何を聞いたか! そしたら助けてやる!」

 

 …………まだそんなこと言ってんの!? え、この状況で!? あぁ、くそ、昨日煽りすぎたか!?

 俺は天を仰ぎたい気分だった。だって……。

 

 「し、知らねぇ!! なんも聞いてねぇ!!」

 

 そりゃそうだよね、そう答えるよね、ルフィだもんね!? うん、予想してた! だって拷問されても秘密を守る子だもんね!?

 滅茶苦茶表情歪んでるけど! もう、泣きそうを通り越して号泣してるけど!

 

 「おい、ユアン! やるなら早くやれ!」

 

 サボが、腕を振りかぶったままちょっと固まってた俺を促した。

 あぁ、そうだ。今は(心の中で)ツッコんでる場合じゃない!

 俺は持っていた石を投げ、元のサイズに戻した。

 

 「解除!」

 

 その言葉と共に投げた石は岩へと戻り、まっすぐ狼……と、圧し掛かられてるルフィへと向かっていった。重力による加速も加わった岩を避けるには余りに急なことで、かといって受け止められるわけもなく、1人と1匹はそのまま押しつぶされた。

 ……ルフィがゴムじゃなかったら出来ないよ、こんなこと。

 

 「ユアン!? サボも! な、何でこんなとこにいるんだよ!!」

 

 咄嗟に動こうとしてたのだろう、エースが妙な体勢でこっちを見上げていた。

 

 「…………監視?」

 

 「ハァッ!?」

 

 いや、だってそうとしか言えないし。

 

 「ごめんね、活躍の場を奪っちゃって」

 

 言うと、エースの頬に赤みが差した。……うん、これは照れてるんだね。

 ルフィがいよいよ危ないってなったとき、咄嗟に飛び出そうとしてたのが横目で見えた。俺の声を聞いて止まったけど。そう、俺の方がちょっと早かったんだよ。

 俺が……俺たちが最初っから見てたのなんて、もう気付いてるだろう。当然、ルフィを脅したことも秘密を言えば助けるって言ったってことも知られてるって。なのに、結局助けようとした。身体が勝手に動いたってとこかな。でも、それが何となくバツが悪いんだろう。……俺としては、いいことだと思うんだけどね。っていうか、あの状況で本当に動かなかったらその方が人間性疑う。

 

 「さ、ルフィを助けようか」

 

 俺はトンと木の枝から飛び降りた。着地成功! うん、体力は鰻上りに上がってきてるって実感!

 

 「助けるって……もう狼は潰れてるだろ」

 

 エースが不貞腐れたようにそっぽを向いたから、俺は苦笑した。

 

 「狼はね。でも、岩の下敷きになったんだ。ゴムだからそれ自体はさしてダメージ受けてないだろうけど、放っといたら窒息しかねない」

 

 もう見事に挟まってるからね。その隙間から出てるのは手足だけだよ。あれじゃあ息が出来てるか怪しいもんだ。

 

 「1/4!」

 

 何も、さっきみたいに現在可能な最小サイズの1/50にまで小さくする必要はない、どかすだけなら1/4……およそ25cm程度にすれば充分だ。

 

 「うぇ……」

 

 岩の下から出てきたのは……うん、惨状というかなんというか……スプラッタ?

 ルフィは勿論無事だ。気絶はしてるけど、目立った怪我もない。地面にめり込んでるけど。でも狼が……うん、まぁ何だ……アレだよ、ミンチ? いや、挽肉とは違うんだろうけど、他に何と言えばいいのか。ぐしゃっと潰れて原型無いっていうか……うん、細かい描写は避けよう。お食事中の方もいらっしゃるかもしれないし。

 

 「こりゃヒドイな」

 

 降りてきていたサボが俺の後ろからこの惨状を見て眉を顰めている。

 

 「……川に行こう」

 

 俺は小さくした石をどかすとルフィを引っ張り出した。少し離れた場所で見ていたエースもルフィの現状に表情を歪める。

 

 「何でいきなり川なんだ」

 

 いや、そりゃあ……ねぇ?見れば解るでしょ?

 

 「ルフィが汚れまくってるからだよ」

 

 そう、狼はルフィに圧し掛かっていた。つまり、狼がミンチになったのはルフィの身体の上。今ルフィは顔も身体も服も、狼の血と肉でグシャグシャになってる……これだと、むしろ気絶しててくれててホッとするよ。

 

 「幸い、そう遠くないし。小さくすれば運ぶのも簡単だし。1/10!」

 

 ルフィを小さくし、俺はそのまま川へと向かった。すぐにサボが、少し遅れて渋々とだがエースも付いて来てくれたのだった。 



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第19話 失敗よりも劣る策

 「うっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 悲鳴と共にルフィが目を覚ましたのは、あらかたの血肉を洗い落とした頃だった。

 

 「い、岩っ!? 岩が、降って……!!」

 

 え、そっち? 狼じゃなくて? ひょっとしてルフィの心に致命傷を与えたのって俺だったりする?

 

 「あー、まぁ……落ち着け、ルフィ」

 

 他にどんな言葉を掛けるべきか解らなくて、俺はとりあえず宥めることにした。

 

 「へ? あ、ユアン! ……ここどこだ?」

 

 キョロキョロと周りを見渡して不思議そうな顔をするルフィ。

 

 「ここは川。お前があまりにも汚れてたんで洗ってるところだ。狼は死んだ」

 

 「狼……」

 

 ルフィは少しキョトンとしてたけど、段々意識を失う前のことを思い出してきたらしく、くしゃりと顔を歪めた。岩が降ってくるという衝撃で一時的に頭から吹っ飛んでいたらしい狼の恐怖が蘇ってきたんだろう。

 

 「ユ、ユアン~!」

 

 思い出してしまうとよほど怖かったんだろう。ルフィは俺にしがみ付いて泣き出してしまった。

 あ、ちなみに、川に着いた時点でルフィはもう元のサイズに戻してある。

 

 「こ、怖かった! 死ぬかと……また、く、食われるかと……!!」

 

 また、と言う言葉に俺はふと原作でのことを思い出した。

 そういえば時期的に考えて、ルフィはごく最近近海の主に食われそうになった経験があるはずだ。ついでに言うなら、山賊・ヒグマが美味しくパックリ頂かれちゃったのも目の当たりにしたはずだ。

 普通なら、それだけでもうトラウマになってても可笑しくないのに、今回は狼に食われかけて……その恐怖はひとしおだろう。

 

 「……うるせぇっ!」

 

 それまで黙ってこっちを見ていたエースが、苛立たしげな声を上げた。

 

 「そんなに怖かったなら、言えばよかっただろうが! そしたら助けてやるって言っただろ!? あんなヤツぐらい、おれならさっさと追っ払えたんだ!」

 

 ……確かに、エースの言葉も正しいといえば正しい。生き延びることを最優先に考えるなら、むしろそうすべきだろう。けど……。

 

 「ウッ……ヒグッ……な、何も聞いてねぇったら聞いてねぇ!」

 

 ボロボロ涙を溢しながらまだ言い張るルフィに、俺は今度こそ天を仰いだ。

 

 「お前! まだ言うのか!?」

 

 エースはまたカッとなってこっちを睨んできた。

 もう認めないわけにはいかない……俺はやりすぎた。そして……甘かった。

 

 「ルフィ、もういい。別にエースやサボ……あっちにいるヤツには、言ってもいいんだ」 

 

 俺がそう告げるとルフィは一瞬またキョトンとした顔を浮かべたけど、すぐにより泣き出してしまった。多分、気負っていたものが一気に緩んだんだろう。

 

 「ウェッ……ヒック……ウゥ!」

 

 原作では声高に大泣きしてたけど、今俺の目の前にいるルフィは必死に嗚咽を押さえてる。多分、俺という『年下』がいるからなんだろう。その前で大泣きするのはみっともない、とでも思ってるのかもしれない。

 それでも、沸点の低くなってるエースをさらに苛立たせるには充分だったらしい。

 

 「鬱陶しい! おれは弱虫も泣き虫も嫌いなんだよ!」

 

 言われ、ただでさえ堪えているのにもっと我慢するルフィ……うわ、健気。

 

 「大体、お前だって聞いてただろ!? おれはユアンの能力のこと知ってるって! なのに何で言わねぇんだよ!」

 

 「だ、だって……『誰にも』言わねぇって、約束した……! 約束破ったら、ユアンは許してくれねぇ……エースだって、約束守れないヤツなんて信用してくんねぇ……! もう、友達になれなくなる!」

 

 流石ルフィ。多分ただの直感だろうけど、ちゃんとその辺は見抜いていたか。

 

 「それでも、死ぬよりいいだろ!? 何だってそんなに友達になりたがるんだよ!!」

 

 あ、コレは……セリフが原作と重なってきたな……ってことは……。

 

 「だって他に! 頼りがいねぇ!!」

 

 村にも戻れない、山賊は嫌い……それはルフィの偽らざる本心だろう。

 

 「お前らを追いかけなかったら、おれは1人になる……!」

 

 1人になるのは痛いより辛いというルフィ。

 ……だろうね。俺もエースがいなかったらかなり歪んだ人間になってた自信がある……今もそこそこ歪んではいるけどさ。

 

 「つまりお前は……おれたちがいれば寂しくないのか? おれたちがいないと困るのか? お前はおれに……生きてて欲しいのか?」

 

 「当たり前だ……!」

 

 エースの問いかけに何の躊躇もなく答えるルフィ……うん、これも原作通り。

 エースは、何かを堪えるような表情をしている。一緒に育ってきた俺でもなく、何年もつるんできたサボでもなく、ほんの数日前に会ったばかりのルフィに言われたからこそ実感できたんだろう。必要とされるというのがどういうことか。はっきり言って、俺たちじゃエースに近すぎるんだ。近すぎて、当たり前になってしまっているから。

 おそらく、もうエースはルフィを受け入れ始めている。少なくとも、あの状況でも秘密を喋らなかったということで、警戒心はあらかた解いているだろう。

 けれど、俺は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、思う。

 今回俺が行動を起こした意味があったのだろうか、と。

 確かに、エースとルフィの歩み寄りは約3ヶ月前倒しされた。だが、それだけだったとも言える。

 エースの無茶は海賊の拷問よりずっとマシなはずだと思った。それはその通りだったけど、結局は狼の出現でルフィは命の危機を感じた。そういう意味では大差ない。

 さっき2人の間で行われた問答も、原作とほぼ変わらない内容だった。

 結果は同じ、過程も大差ないなら……俺のやったことに意味は有ったのか?

 この結果が単なる偶然ならいい。けれどもし……原作という運命に世界が沿おうとしているのだとしたら?

 この程度のことでそんなことを考えるのは大袈裟だと思う。これは世界を巻き込んだ頂上戦争とは違うんだ。ただの、世界の片隅にいる数人の子どもの出会いに過ぎない。それでも……まるで、展開を変えることの難しさを突きつけられているような気分だ。

 だって、逆に言えば……こんな些細なことでも変えられないなら、あんな大戦争の結果を変えようなんて、途方もない無謀だってことになる。

 

 

 

 

 しかも、今回の策……途中まで上手くいっていたことが余計に腹立たしい。

 半ばまで成功した作戦は、始めから失敗していた作戦にも劣る。防げたかもしれない失敗なら尚更だ。

 今回俺があの石を持ってたのは、本来ならエースへの牽制のためだった。

 結果的に何とかなったとはいえ、そんなことに意味はない。エースが助けてたはずだ、なんてのは無責任にも程がある。

 元より、卑怯な作戦だったんだ。それならせめて、安全には最大限気を配るべきだった。

 それなのに、俺は全く考えていなかった……そこまで考えて考えて、考え得る全ての可能性への案を出しておいて初めて、策を弄することが許されるはずだ。

 コルボ山の猛獣なんて、本当なら真っ先に考えておかなきゃいけない可能性だったのに。そしてその対応策まで練っておいてかなきゃならなかったんだ。

 それなのに、エースとルフィの関係性にばかり気を取られてその周りを見ていなかった。

 俺は……甘かった……何よりも自分に。

 

 

 

 

 策士策に溺れる。あの時浮かんだこの言葉は正しかったことを、俺は実感していた。

 

 



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第20話 突き付けられた現実

 俺が自己嫌悪に陥ってる間に、ルフィは泣き止んでいた。

 それはいい、いいんだけどねルフィ君……何でそんなガン見してくるんだい?

 

 「そっか……思い出したぞ!」

 

 え、何を? 何でそんなキラキラした眼差しを向けてくるのかな?

 

 「食われかけて! 水に浸かって! 思い出した!」

 

 何やら興奮状態のルフィ。

 ……水に浸かってって、この状況か?

 今俺は、ルフィの下半身を川に浸けた状態で支えている。その方が洗いやすいからだ。本当なら川の浅瀬に入りたかったんだけど、俺もルフィもカナヅチだからね。そんな怖いことできません。

 そのおかげで、本当なら俺よりちょっと大きいルフィが俺を見上げる形になってるんだけど……うん、何でガシィッと両手で俺の顔を掴んで覗き込んでるのかな?

 ………………って、ちょっと待て!

 食われかけ+水の中+超至近距離! なんか似た状況を知ってるような……ヤバイ!

 

 「ル、ルフィ? 疲れただろ? 今日はもう帰ってだな」

 

 俺はそれとなく……いや、あからさまに話を逸らそうとした。が。

 

 「おれ、ユアンと前にどっかで会ったことがあるような気がしてたんだ! でも違ったんだ!」

 

 ルフィ話聞いてねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 何この子!

 いやうん、知ってた! ルフィは人の話聞かないことが多い子だってのは知ってた! 知ってたけど!

 あぁ、そんな嬉しそうな顔をして……小憎たらしい!

 

 「ユアン、お前!」

 

 俺は次にルフィが発するであろう言葉が想像できてしまって、冷や汗が流れた。

 

 「お前、シャンクスに似てんだ! 髪赤いし! ちびシャンクスだ!」

 

 O✩WA✩TA!!

 コイツ、俺の3年間をあっさり無に帰しやがったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

 「………………」

 

 俺は無言でルフィから離れた。

 

 「ユアン? どうしたんだ?」

 

 ルフィは不思議そうな顔をしてるけど、エースとサボはちょっと引いてる。

 そりゃそうだよね。解りやすくorz状態になってるヤツになんて近付きたくないよね、めんどくさそうだもんな!!

  

 

 

 

 そうだよ、俺の髪赤いよ! それは鏡見る前から気付いてたよ! 前世は平凡な黒髪だったからちょっと嬉しかったよ! わーカッコいい、とか思っちゃってたよ、3歳以前の俺は!!

 それに、公式のイケメン顔だよ! 幼いけど! 不精ひげも3本傷も無いけど!!

 ついでに言うなら、日記によると母さんの生前の経歴はロジャー海賊団→赤髪海賊団だよ!!

 ベン・ベックマンとかヤソップとかラッキー・ルゥとかの名前も出てきてたよ!!

 でもそれが何か!? 世の中自分に似た人が3人はいるって言うぞ!? 日記でも細かいこと書いてなかったし!!

 えぇ、開き直りですけど何か!?

 ………………って!

 

 「麦わら帽子を被せようとすんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 いつの間にか隣に来ていたルフィが俺に麦わらを被せようとしていた。

 急に怒鳴られてビクッと固まるルフィ。でも、おずおずと食い下がってきた。

 

 「で、でも! 似合うと思うぞ!?」

 

 「思うなっ!!」

 

 止めろ、マジでヤメロ!!

 

 「何でそんなに嫌がるんだよ!おれの宝物だぞ!」

 

 流石にムッとしてきたらしく、ルフィも怒りながら言葉を返してきた。

 

 「宝物なら大事にしてろ! 人に渡すな!」

 

 原作では、仲間以外が触ったら怒ってたくせに!

 あ、何か俺泣きそう。心の中では既に滝の涙流してるけどね!

 だって何だかどんどん外堀埋められてくんだよ!

 

 「……ユアンがこんなに取り乱すとこなんて、初めて見た」

 

 「おれもだ」

 

 だろうね、サボ、エース!

 俺の記憶にだって無いよ、こんなの!

 

 

 

 

 ……もういいや、もうやめよう。何か疲れちゃったし、虚しいだけだから無駄なあがきはやめよう。

 母さんの経歴や日記の記述、俺の見た目からして。

 多分俺の父親って、かの『赤髪』のシャンクスだと思います、はい。

 

 

 

 

 そもそも母さん……どうせなら日記に何か一言残しといて欲しかった……それらしいことはいくつか書いてあったのに、はっきりとしたことは書いてなかったから……俺も、考えないようにしてたんだ。

 だってこれ以上設定増やして欲しくない!

 相手は四皇だよ!? いや、今の時点でどうだかは知んないけどさ。何、この右も左も前も後ろも赤信号のような状況! 一体どんな罰ゲーム!?

 いや、増やしてるわけじゃないのか? 産まれる前からある設定なわけだから……ダメだ、頭の中のキャパシティ超えてきた。わけ解らんくなってきてるよ。

 

 

 

 

 仕方がない、こうなったら考え方を変えてみよう。

 赤っ鼻顔よりマシだと思おう!

 別にイケメンである必要はないけどさ……流石にあの鼻は……うん、嫌すぎる!

 うん、そうだそうだ。同じ赤なら鼻より髪の方がマシだ! 

 ……しかも恐ろしいことに、それって決して有り得ない話じゃなかったのかもしれないし。

 日記にあった。

 

 (ロジャー海賊団のころ)

 『今日は赤鼻が敵船で見付けたっていう宝石をくれた。宝物大好きのくせに珍しい』

 

 とか。

 

 (同じく)

 『いらなくなった本を赤鼻にあげた。でも、妙にニヤけてたのは何でだろう?しかも鼻以外も赤くなってた』

 

 とか。

 え、日常的に赤鼻って呼んでたの? とか思ったけど、今はそのツッコミはどうでもいいから置いといて……母さん、それって多分、赤っ鼻ってば母さんのこと好きだったんじゃね? 的な箇所が随所に見られた。

 うん、本人全く気付いてなかったみたいだけどね! 母さん、すっごいニブかったんだね!?

 しかも、ロジャーが処刑された日に会ったとき、一緒に海賊やらないかって誘われたらしい。

 即行断ったみたいだけどな! 母さんグッジョブ!

 よかったー、クマみたいな頭しながらライオンに乗るヤツや、一輪車に乗りながら刀振り回すようなヤツとお仲間になってなくて!

 …でも、同じ日に『赤髪』に誘われて仲間になったらしいけど。え、それはそれでどうなの? ねぇどうなの? と思ったよ、うん。

 とにかく、万が一ってのも充分あり得たわけで……赤っ鼻よりはマシだな!

 いや、バギーが嫌いなわけじゃないんだよ? 味のあるキャラだよね。ただ、自分が赤っ鼻になってたらと思うと……断固拒否する!

 そうだ、そう考えればいいんだ!

 

 

 

 

 そこまで考えて俺は一気に浮上した。

 

 「よし、もう大丈夫!!」

 

 グッと握った拳を天に突き出し宣言した俺に、3つの視線が突き刺さった。

 

 「いきなり沈んだり浮かんだり、忙しいヤツだな」

 

 「ユアンって面白いんだな!」

 

 「……今はそっとしといてやろうぜ」

 

 上からエース・ルフィ・サボのセリフだ。

 ちなみに、ルフィとサボは俺があれこれ考えてる間に自己紹介しあったらしい。視界の端でチラッと見てました。原作とは違って、最初からそれなりに友好的だった……まぁ状況が状況だし、サボは元々エースほど警戒心の強いタイプじゃないしね。

 にしても……生暖かい視線が地味に堪える。まるでイタイ子を見るよーな目で……。

 

 

 

 

 まぁとにかく、落ち込んでた気分も一緒に上がってきたからヨシとしておこうかな。 



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第21話 『治癒姫』

 あの、『エースがルフィを襲撃したら狼が現れちゃった事件』から、早3ヶ月。

 え? 展開速いって? だって、これといった問題の無い3ヶ月だったんだよ。

 予想通り、エースとルフィの関係は急速に親密になった。何しろ、元々波長の近い2人だし。わだかまりさえ無くなれば後は早かった。 

 エースがルフィに対して襲ったことを謝った時も、ルフィはあっさり許した。

 本当なら俺も謝るべきなのかもだけど、言わなかった。これ以上事態をややこしくしたくなかったからね。

 

 

 

 

 グレイターミナルにまで行くのに、ルフィは体力不足だった。だから、毎日俺と一緒に基礎トレーニングしてる。ランニングとか腕立てとか、その他諸々。

 頑張ってるよ、ルフィ。どうやら、俺にも敵わなかったのが相当悔しかったらしい。

 でもさ……いくら俺の方が1歳年下とはいえ、2年早く修行を始めてるんだから……これで負けてたら、俺、自分に自信が無くなっちゃうって。

 それはそれとして、俺とルフィの関係は……何か懐かれた。ってか、めっちゃフレンドリー?

 やっぱ、憧れの人に似てると思うと親近感が湧くらしい。でも、似てるってことについては『気のせいだ』って言っておいた。ルフィは『気のせいか』って納得してくれた……よかった、素直な子で!

 自分で現実を直視したからって、何もそれを人にまで言う必要は無いしね?

 

 

 

 

 で、そんなこんなで3ヶ月経った現在。

 サボが俺たちの家に来てます。俺たちっていうか、ダダンの家ね。

 理由は簡単、原作通りのことが起こったからだ。

 エースがブルージャム一味から金を盗み、それがバレた。

 原作と違うのは、ルフィが捕まったりしなかったってことだね。当然、一緒に連れて隠れました。うん……既に狼に食われかけるって経験してるのに今度は海賊の拷問なんて受けたら、どんだけツイてない子なんだって話だよ。

 話を戻して……とにかく、俺たちはそこそこ有名だ。エースとサボとユアン……悪童3人組ってね。この中にルフィは入ってない。まだ周りに認知されてないからだけど……多分、そう掛からずに加わるだろう。

 何にせよ、お陰でサボはゴミ山で寝起き出来ない身の上になったわけで。

 ダダンの家が託児施設に見えてきた今日この頃だよ。

 サボとダダンの間でショートコントは起こったけど……うん、問題ナシ!

 

 

 

 

 では何が起こってこんな話をしてるのかっていうと……コトはあるありふれた平凡な朝にやってきた。

 エースとルフィが肉の取り合いをしてる傍ら、俺はダダンたちにもらった新聞を読んでた。これは最近の毎朝の習慣だ。情報は大事だよね!

 サボも俺と一緒に読んでたりする。

 で、だ。

 

 「………………コレ何?」

 

 俺の目の前にあるのは、新聞の間から落ちた1枚の紙切れ。

 

 「何って、手配書だろうが。お前の母親の」

 

 うん、ダダン、それは見れば解る。解るけど……。

 

 「母さん、死んでるじゃん……6年も前に。それで、何で今日の新聞に手配書が入ってるわけ?」

 

 そう、問題はそこだ。

 死んでる人間が悪事なんて働けるわけがない。つまり、手配される理由が無い。元々賞金首だったとするなら、再び手配書が発行されるのは賞金額が上がった時だろうけど……それもあり得ないだろう?

 それに、と俺はもう1度手配書を見た。

 添付された写真は、俺の記憶にある母さんの姿よりも若い……というか、幼い。12~13歳ぐらいかな。多分まだロジャー海賊団だったころの写真なんだと思う。

 そして、そこに書かれた賞金額は……。

 

 

 『治癒姫』 ルミナ   懸賞金6億8000万ベリー

 

 

 高すぎだろ!?

 原作ではエース5億5000万、ルフィ4億(魚人島編まで)。それより高いって。

 それに、ルミナって、名前だけか? 『モンキー・D』は付けないのか? 海軍の英雄と言われている祖父ちゃんを慮ってるとか? ……けど、それなら原作でルフィがフルネームで手配されてたことの説明がつかなくなる。

 いや、写真や名前や手配額はこの際無視できる。1番可笑しいのは……。

 

 「『ALIVE』……生け捕りに限る?」

 

 通常手配書に書かれるのは『DEAD OR ALIVE』、『生死を問わず』のはずだ。

 なのに母さんの手配書に書かれているのは『ALIVE』の文字。

 え、どういうこと?

 

 「驚いたか?」

 

 ダダンが溜息と共に聞いてきたから、俺はコクコクと頷いた。

 

 「お前だけじゃないさ。初めてこの手配書が世に出回った時は、世界中が驚いたもんだ。何せ、『ALIVE』だなんて、それまで見たことがなかったからね」

 

 あ、やっぱり? 俺だってこんな手配書、見たことも聞いたことも無かった。

 

 「理由は知らないけど、海軍は何が何でもコイツを生け捕りたいみたいだね。6年ほど前にぷっつりと消息が途絶えた後も、こうして度々手配書が発行される。賞金額を釣り上げながらだ」

 

 6年前……俺が産まれた頃だ。時期的には重なる。でも、度々って……。

 

 「祖父ちゃんは、母さんが死んだことも知ってるはずなのに……報告してないのかな?」

 

 さあね、とダダンは肩を竦めた。

 

 「ガープの考えてることなんて、アタシに解るわけないだろ」

 

 そりゃそうだ。

 しかし何故、こんなにも生け捕りに拘るのか……。

 ふと、以前……悪魔の実を食べた後にジジイが言っていたことを思い出した。

 

 『お主の母親は一端の海賊として懸賞金も掛けられておったし、伝説のクルーとして知名度も高かった。まぁ、本人の能力にも原因の一端はあったようじゃがな』

 

 母さんの能力。日記で読む限りでは、母さんが持っていた特殊といえる能力は2つ。

 

 1つは悪魔の実の能力。母さんは『超人系 チユチユの実』の回復人間だったらしい。それを知った時は『治癒姫』っていう二つ名にも納得した。

 ただ、母さんが治せるのは怪我だけだったらしい。病気も治せてたら船長……ロジャーの病気も何とかできたんじゃ、って悔しがってた。

 

 もう1つは、見聞色の覇気。空島のアイサのように、生まれつき使えたらしい。

 ……だからこそ、日記には覇気習得の方法が書いてなかったのかも、とも思う。初めから使えたのなら修行する必要ないもんね。武装色はどうしてたのか解んないけど。

 うん……やっぱり、そんな躍起になって生け捕りたいと思うような能力とも思えないよなぁ。いや、治癒能力は垂涎ものとは言えるんだろうけどさ、ここまでとは……。

 祖父ちゃんに聞けば解るかな? いや、知ってても教えてくれない可能性が高いか。

 くそ、何でこんなにワケ解んないことばっかなんだよ、俺の周りは。

 

 「あれ? おれこの人知ってるぞ?」

 

 手配書を見て考え込んでいたら、いつの間にかエースが俺の後ろに立っていた。そのさらに後ろでは、ルフィが涙目になってる。

 あ、肉争奪戦はやっぱりエースが勝ったんだ……って、何?

 

 「知ってるって!?」

 

 この人、って明らかにこの手配書の人、つまり俺の母さんだよね!?

 

 「あ、ああ」

 

 エースは俺の驚いた様子に面食らったようだった。

 

 「もう、随分前のことになるけどな。ここまで来たんだよ。この人がお前の母親だったのか……そういや、腹がでかかったな。」

 

 俺はエースからダダンに視線を移した。ダダンもエースの言葉に頷いている。

 

 「6年前になるか。お前が産まれる前のことだろうね。エースの様子を見に来たって言ってたよ。なにしろ海賊王の元クルーだ、どこで聞いたかは知らないが可笑しな話じゃないと思った。……その数ヵ月後にガープがお前をここに連れてきて、初めてあの女がガープの娘だったと知ったのさ。」

 

 え、てことは……。

 

 「アレって、エースのことだったんだ」

 

 「アレ?」

 

 「日記に書かれてた子のことだよ」

 

 日記の存在はエースは勿論、今はサボやルフィだって知ってる。ダダンたちにしろ、コレに関しては知られたって構わない。本来、ただの日記がそこまで危険なアイテムになんてなりようがないから、多分スルーしてくれるだろう。

 

 「最後の方のページにあったんだ。『今日とっても可愛い子に会った』って」

 

 「んなっ……かっ、可愛くなんてねーし!!」

 

 顔を真っ赤にさせながらムキになるエース……うん、可愛い。

 でも、そうか……エースと母さんに面識があったとは。

 

 「けど、そのときエースは4歳だったんだろ? よく覚えてたな」

 

 ふと疑問に思って訊ねてみたら、視線を逸らされた。

 

 「………………初めてだったから……」

 

 暫く待つと、ポツリとした呟きが返ってきた。

 

 「初めて……優しくしてくれた人だったから……」

 

 あぁ……なるほど。

 ダダンたちは、解りやすい優しさなんてくれない。それは俺自身ここで育ったんだからよく知ってる。

 祖父ちゃんは……うん、あれ、本人は可愛がってるつもりなんだろうけどねぇ。やられてる方からしたら……虐待? 拷問? って感じなんだよね。

 まぁ、とにかく。

 俺はまた手配書を見た。

 明らかにこの手配書は異常だ。何もしていないのに上がる賞金額、『ALIVE』の文。それでも、必要最低限の情報しか教えてくれない手配書1枚では、謎は解けない。

 

 

 

 

 俺には直接の関わりはないのかもしれないけど……それでもやっぱり気になるものは気になるんだ。

 いつか、この謎が解ける日はやってくるんだろうか。



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第22話 勧誘

 修行と称して、俺たちは4人で1日150戦してる。

 原作じゃ1日100戦じゃなかったかって? 俺がいる分が増えてるんだよ。

 結果から言おう。

 エースとサボが戦うと、いい勝負になる。でも少しエースが競り勝つってトコだね。うん、いいライバル関係だ。

 俺は今のところ、エースにもサボにも1勝もできてない。かなり悔しいけど……ルフィよりはマシだろう。

 ルフィはエースにもサボにも俺にも1回も勝ったことが無い。そう、俺ってばルフィに勝っちゃったんだよ! 相手が7歳の子どもだって事実は取りあえず考えない! だって嬉しかった! 本人はものすっごく悔しがってるけどさ……ルフィって、モノにできてないゴムゴムの技を使おうとして自爆してるんだよね。

 まぁとにかく、それなりに充実した日常を送ってたんだけど……。

 

 

 

 

 天竜人によるゴア王国訪問。

 そのニュースを新聞で知り、俺はこれから起こるであろうことに思いを馳せた。

 これがいつ出てくるかと内心待ち構えながら新聞を読んでいた。

 けれど、だからといって流石に何かが出来るような問題でもなく、日常は一見穏やかに過ぎていた。

 そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「食い逃げだー!!」

 

 今日も今日とて食い逃げに精を出す俺たち4人。

 あれからまた月日が経ち、俺たちはすっかり悪童4人組と認識されていた。ルフィもしっかり染まっちゃってるよ!

 食い逃げなんて日常茶飯事。むしろ前より頻度が増えている。

 そんないつも通りのある日のこと……ついに来るべき時がやってきた。

 

 「サボ!? サボじゃないか、待ちなさい! お前生きてたのか!」

 

 逃走中の俺たち……いや、サボに声を掛けた1人の男。でっぷりとした中年親父だ。

 ギクッと表情を引き攣らせるサボを見て、あぁ、あれがあの憎たらしい貴族親父か、と納得した。

 けれどとにかく、その場は他人のフリで逃げ切った。

 

 

 

 

 で、当然こういう状況になるわけだ。

 おれたちの間で隠し事があっていいのか、とサボに詰め寄るエースとルフィ。

 ゴメンナサイ、俺も皆に色々隠してます、末来を知ってるとかさ……なんてことは心の中に仕舞っておく。

 サボは言いにくそうにしてる……当然か、ウソを吐いてました、なんて告白するのには勇気がいるだろう。だから。

 

 「……サボって、貴族の子なんじゃない?」

 

 俺の方から話を切り出してみました。それまで黙ってた俺が口を開いたことで、注目がこっちに集まる。

 

 「どうして……?」

 

 サボの顔がちょっと青くなってる。

 原作知識です……とは、当然言えない。なので、それっぽい理由を口にした。

 

 「元々、サボがゴミ山出身の孤児だとは思ってなかった。だって、それにしては教養があったから」

 

 と、苦笑と共にハッタリをかましました。

 でも決してウソではない。

 現代日本における識字率は100%といわれる。けれどその感覚は、この世界では通用しない。決して低いわけじゃないけど、100%じゃないんだよ。

 特にゴミ山……グレイターミナルは、スラムよりも酷い生活環境の場だ。そこに成長してから流れ着いた大人ならともかく、子ども、それも孤児が字を読めるなんて不自然な話だ。そんな中サボは、エースやルフィよりずっとしっかりとした読み書きができていた。

 俺? 俺は転生者だからね、知識はあります。この世界の書き言葉はアルファベットが多かったけど、前世で高校生だった俺にはそれも慣れたものだったから。

 他にも、航海術とか医術とか、広く浅くだけど色んなことを知ってた。

 つまりサボには、冷静に考えれば不審な点がいくつかあったってことだ。

 

 「だから、言ってた経歴は事実と違うんだろうなって思ってた……で、さっきの男は多分、いや間違いなく貴族。アイツの口振りからして、アレはサボの父親……違う?」

 

 「違わ……ない」

 

 サボは力なく項垂れた。

 

 「気付いてたなら、何で言わなかったんだ?」

 

 何で、と言われてもねぇ。

 最初から知ってたから特に気にしてなかったし、何より。

 

 「貴族のおぼっちゃんだろうとゴミ山の孤児だろうと、サボはサボだしねぇ」

 

 うん、そうとしか言い様がない。

 それにさっきも思ったけど、俺自身隠し事をしてる身だからね。深く詮索出来ない。

 

 「……ゴメン、ウソ吐いてた」

 

 俯いて唇を噛み締めながら謝るサボ。

 それを聞いた俺たちの反応は大きく違ったけれど。

 俺は当然、それほど気にしてないから変化ナシ。ルフィも、謝ったならいいとあっさり許した。

 反対にわだかまりを残したのはエースだった。

 

 「貴族の家に生まれて、何でゴミ山なんかに……」

 

 多分、本当にショックなのはそれじゃないだろう。

 警戒心の強い人間ほど、1度信じた人間にはとことん気を許す。だからこそ、その相手に隠し事をされたのが悲しいんだと思う。

 もしサボがウソを吐いたのがくだらない理由だったりしたら、しばらく凹み続けるだろう。

 でもサボがゴミ山に来たのは、貴族としての人生に耐えられなくなったからだ。

 サボが語る高町での生活。

 地位や財産にしか興味のない両親、王族の女と結婚できなければクズ扱い。

 ……他人の俺が言うのもアレだけどさ。嫌な親だよな。

 

 「お前らには悪いけど、おれは両親がいてもずっと1人だった」

 

 そうだよなぁ……傍に孤独ってのは何も、周りに誰もいないって意味じゃないもんなぁ……難しいよ……。

 見た目のきらびやかさと裕福さで貴族に憧れるなんて、馬鹿だと思う。本来王族・貴族というのは重い責任を持つ者たちだし、その責任を放棄した馬鹿王や馬鹿貴族の末路は知れたものだろう。たとえそれが何年、何十年、何百年後の話であったとしても。

 まぁ、サボの告白でエースが納得したから、ぎこちなさが消えたのはよかったけどね。

 結局のところ、サボが求めてるのは自由なんだ。だから海賊に憧れている。自由に世界を見て周りそれを伝える本を書く……それがサボの夢。

 その発言に押されたのか、エースとルフィも自身の夢を語った。

 エースは、名声を手に入れて世界に自分を認めさせる……うん、その気持ちは解る、解るんだけど…………どうしても、頂上戦争を思い出してしまう。

 本当に欲しいのは名声なんかじゃなかったって……そんなの、死ぬ直前に解ったってどうしようもないじゃないか。

 けど……そんなメラメラと燃えるような目で言われたら、水を差せない。それに、やっぱり自分で気付いてくれないと意味が無い。

 俺は密かに溜息を吐いた。さすがは後のメラメラの実の能力者、熱いねぇ……って、関係ないか。

 ルフィの夢は解るだろう。海賊王だ。本当にブレないな。

 ……ん? あれ、俺見られてる? 俺の夢も言わなきゃいけない?

 

 「俺は、歴史を変えることかな」

 

 「あ! それ、初めて会ったときも言ってたな! どういうことなんだ?」

 

 ルフィが聞いてきた。うん、そういえば言ったね。

 

 「そのまんまだよ。歴史……っていうか、未来かな?新たな未来を作りたいんだよ…………後は、世界を見て回れたらいいかな。色々と面白いものがあちこちにありそうだし。でも別に、海賊団を結成したいとかは思わないかな。海賊は楽しそうかもとは思うけど、船長とかには興味ないし」

 

 夢、というか目標だけど未来……頂上戦争の結末を変えたいと思ってるからね。ウソじゃない。っていうかさ。

 

 「俺はともかく……3人とも船長になりたいってこと? マズくないか?」

 

 原作でも言ってたよね。俺が言うと3人は顔を見合わせた。

 

 「それは確かに……」

 

 「サボ……お前はおれの船の航海士かと」

 

 「え~、みんなおれの船に乗ろうぜー?」

 

 あぁ、難しい顔しちゃって…………って。

 

 「何で俺の方見るんだよ」

 

 そう、3人揃ってガン見してきてます。ちょ、見られすぎて怖いよ?

 

 「ユアン! お前は誰の船に乗る!?」

 

 「おれの船だよな!?」 

 

 「おれだろ!?」

 

 ………………え? これどんな状況?

 



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第23話 兄弟

 状況を整理してみよう。

 全員で夢を語り合った→俺、海賊船に勧誘された。

 うん、どうしてこうなった!

 

 「え~っと……落ち着いてよ」

 

 俺は、それはそれは真剣な眼差しを向けてくる3人を見上げた。……自分よりデカイヤツ3人に見下ろされながら凄まれる気分を想像してみて欲しい。

 マジでやめてくれって思うだろ?

 

 「そもそも、何で俺がお前らのうち誰かの船に乗ることになるんだ?」

 

 そんなこと一言も言ってないよね?

 でも3人は、口々に言い募ってきた。

 曰く、海賊は面白そうだけど船長になる気はない、なら誰かの船に乗るんだろう、それは俺たちの誰かじゃないのか……とのこと。

 ……確かに、海賊も面白そうとは言った。でも、海賊になりたいとは言ってない。賞金稼ぎって手もあるじゃんか。

 

 

 

 

 この様子を見るに、多分3人の思いとしては『自分が選ばれたい』という競争本能なんだろう。海賊がどうとかそういう細かいことは考えてないと思う。

 弟分に選ばれるってのはイコール、頼れる兄貴だと思われてるってことにもなる。

 つまりは……プライドを掛けた勝負? 何だその番外戦は。

 ……とはいえ俺は別に心理学者じゃないし、こんな分析しても正確なところは解らないんだけど。

 

 「別にそんなの考えてなかった」

 

 俺の返答にあからさまにショックを受ける3人……そこまでのことか!? 別に俺は何も悪くないのに罪悪感が湧いてくるじゃないか!

 

 

 

 

 でも冷静に考えてみると……スゴイ、俺未来の火拳と麦わら(とサボ)に勧誘されてるよ! っていうか取り合われてるよ! ヤバイ、ミーハー魂が擽られる!

 ……コホン、そんなことはどうでもいいんだよ、うん。

 よくよく考えれば、ソレも悪くない。

 だって、17歳での船出を待ってたら、頂上戦争終わってる。それなら、自分だけ予定を前倒しするよりも誰かと一緒のほうが自然な形での出航だ。

 多分、サボと一緒に出航することは出来ないだろう。天竜人の攻撃はともかく、船出自体は止める気無いからね、どっちみち無理。

 エースかルフィ。どちらにしても頂上戦争に行ける可能性は高い。エースは言わずもがなだし、ルフィもシャボンディ諸島でバーソロミュー・くまに飛ばされる時にコバンザメみたいにくっついて行けられれば何とかなる。俺の能力ならそれは決して不可能なことじゃない。

 うん、考えてみればそれ自体はいい考えかもしれない。

 ただ……どちらにせよ、一長一短がある。

 エースと一緒に行くなら、頂上戦争にはまず間違いなく行ける。確か、エースが作ったスペード海賊団は白ひげ海賊団に吸収されたはずだから。でもそれだと、出航時の俺は13歳。実力的に不安がある。修行は万全とは言えないだろう。

 え? 頑張ってエースと一緒に行って黒ひげティーチを何とか出来れば頂上戦争自体が止められるんじゃないかって? …………自然(ロギア)系の能力まで手に入れたエースを降したほどのヤツ相手に、俺にどうしろと? 間違って俺が殺されたりすれば、エースは絶対にヤツを追う。ヤだよ、俺。サッチポジションになるのは。ただでさえ確実性の無い目標なんだ、リスクの高すぎる賭けはしたくない。

 ルフィと行くなら、3年の猶予が出来る。反面、頂上戦争に行ける確率が下がる。くまにバラバラに飛ばされてしまう可能性だって充分あるからね。

 エースとルフィっていう個人を見ると……うんダメだ、どっちも好きだ。

 本当、どうしよう…………ん?

 

 「3人とも、何やってんの?」

 

 俺が考え込んでる間に3人は熱い勝負を繰り広げていた……じゃんけんで。

 

 「勝ったヤツがユアンを1人目の仲間に出来るんだ!」

 

 キラッキラと無邪気な笑顔でルフィが宣言した…………って、オイ!

 

 「俺は景品か!? ってか、当事者無視して話を進めるな!」

 

 え、俺の運命、じゃんけんで決まっちゃうの!?

 

 「ちなみに、誰が勝ったんだ?」

 

 「おれだ!」

 

 ……あぁ、それでそんなにキラキラした顔してんだねルフィ?

 俺は内心溜息を吐いた。

 困った、これは今しか決めることが出来なさそうだ。

 既に俺も誰かと一緒に海に出る方向で考えている。けど、それがエースかルフィか……今決めないと、このままルフィで決定する。1度そう決めてしまえばルフィのことだ、後からの異議なんて認めないだろう。エースだって納得しない、その辺のケジメは付けてるから。 

 修行期間を取るか、戦争行きへの確実性を取るか………………よし、決めた。

 

 「ルフィ」

 

 「? どうした?」

 

 俺の真剣な声音に、ルフィは小首を傾げた。

 

 「ルフィ、悪いんだけど」

 

 エースと行こう。修行なら航海しながらでも出来る。最終的にマリンフォードに辿り着けられればいいんだから。

 俺の言葉の先が気になるのか、ルフィの表情は強張っている。反対に近くで見てるエースとサボの表情には期待の色が浮かんでいる。

 

 「俺は………………」

 

 エースの仲間になりたい……と言おうとして、何かが引っ掛かった。何でだ?

 エースと船出……航海……航海………………っ!?

 

 「ユアン?」

 

 急に黙り込んだ上に口元を引き攣らせてしまった俺を心配したのか、ルフィが覗き込んできた。俺はそんなルフィの手をガシッと握り締める。

 

 「是非一緒に行かせてくれないかな!?」

 

 俺の口から出たのは、ほんの数秒前まで考えてたのとは真逆の言葉だった。

 

 「おぅ、いいぞ!」

 

 ホッとしたように元気よく頷くルフィ。

 

 「「えぇ~~~~~~~~!?」」

 

 エースとサボは目を丸くしてる。

 

 「仕方ないよな!? 勝負で勝ったんだもんな!? 頑張ったなルフィ!」

 

 俺は必死だ。ルフィを選んだ決め手を聞かれたりしたら困る。

 ここはルフィの健闘を讃える方向で話を進めよう。

 

 

 

 

 だって、思い出しちゃったんだよ……原作で出てきたエースの航海を……。

 スペード海賊団時代のエースには、アレがあったんだ!

 アレ……そう、『ルフィの命の恩人のシャンクスに挨拶に行こう』イベントが!!

 ヤダ、俺会いたくない! 『赤髪』のシャンクスに会いたくない! だって色々怖い!!

 実は、母さんが俺を産むとき何故祖父ちゃんを頼ったか……その理由が日記にあった。

 母さんは、俺が産まれる半年ぐらい前に赤髪海賊団を辞めてしまったらしい。理由はお頭と喧嘩になってしまったからだってさ……お頭ってシャンクスだよね!?

 詳しい理由は知らない。船長と船員としての喧嘩だったのか、それとも……露骨な話、男と女の喧嘩だったのか。

 前者ならまだしも、後者だった場合、俺何て言ったらいいのか……見当もつかない。

 そしてその頃の母さんの記述にこうあった。『大事なことが話せなかった』って。

 …………ダイジナコトッテナンデスカ?

 察しはついちゃうけどさ……。

 いやだからね、どうせそういう思わせぶりなこと書くなら、いっそはっきり明記しといてよ母さん。 

 だから俺も逃避しまくってさぁ……って、今言ってもどうにもなんないか。そもそも日記なんて、人に見せるために書くモンじゃないんだし。

 とにかく、それを信じるなら、俺ってばそもそも存在知られてないってことになるよね? 俺『モンキー・D』な上にこの顔なんだよ!? もし本当にそうなら……というか、心当たりがあるなら普通は気付く!

 そんな状態で顔合わせたりしたら気まずさMAXじゃんか!! 向こうが今どう思ってるかも解んないんだし!!

 そんな覚悟出来ません。少なくとも今は!

 ……ルフィを選ぶ理由がコレって、何とも情けないけどさぁ。でも偽らざる本心なんだよ。

 よし、気持ちを切り替えて頑張ろう。絶対に戦争に行けるように!

 

 

 

 

 まぁ、そんな紆余曲折もあったけど。

 来ましたよ、あの場面。

 エースがダダンからちょろまかしてきたという酒を出して……。

 

 「知ってるか? 盃を交わすと兄弟になれるんだ」

 

 そう、兄弟の盃だよ! 俺の分もあるよ!

 いやー、こんな日が来るとは……あの『転生してね♡』とか言われた時には思ってなかったよ。まさか盃兄弟入りすることになるなんて。

 

 「今日からおれ達は兄弟だ!!」

 

 チン、と盃がぶつかる音が響いた。

 

 

 

 

 あれ? でも、ということは俺、末弟? 末っ子?

 ……まぁ、嬉しいからいっか。




こうしてユアンはルフィの船に乗ることを決めました。


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第24話 腐れ貴族

 俺にとっては、盃を交わしてから1番態度が変わったのはルフィだった。

 それまでも俺に対して年上の威厳を見せようとしてたんだけど、それがあからさまなったんだ。何て言うか……兄貴風?

 うん、解る解る。兄ちゃんって弟に偉ぶりたくなるんだよね、特にこれぐらいの年だと……微笑ましいなぁとしみじみしながら見ています。

 とはいえ、少なくとも現時点では俺の方が強いし、精神年齢も高いから(そう信じてる)空回り気味な感じが拭えないんだけどね。

 尤もこれは俺の主観であって、客観的に見た場合1番態度が変わったのはエースだろう。

 エースはルフィを俺と同じように扱うようになった。つまり『年下の友だち』から『弟』に認識が変わったんだ。こちらも見てて微笑ましい。

 なんだか、俺がやたらと上から目線みたいだけど……でも可愛いんだもん、そう思うのはどうしようもない。

 

 

 

 

 しばらくの間、特に問題の無い日々が続いた。

 途中祖父ちゃんの襲来なんかもあったけど……うん、俺も投げ飛ばされた。でも大丈夫、命には関わらない程度の怪我で済んだ。

 ちなみに、聞いてみました。こんな生活環境に放り込んで、俺たちが海兵を目指すって本気で考えてるのかって。答え? 予想通りだったよ! 『ワシの孫じゃし』の一言で終わらせられちゃったよ! 実力さえあったのなら本気でシバきたいと思った俺はきっと間違ってない!

 他に言うなら……そうそう、マキノさんが来てくれた!服くれたんだよ!

 ……俺を見てちょっと固まってたけどね!? 何だよ、そこまでかよ皆して! それでもすぐに柔らかな微笑を浮かべたマキノさんは優しいな!

 独立国家も作ったよ。実際は子どもらしい秘密基地みたいなもんだけど、ああいうのって楽しいよね。

 まぁ、そんなこんなで平和な生活を謳歌してたんだけど……俺は忘れてはいなかった。この次に起こる出来事を。

 

 

 

 

 天竜人のゴア王国訪問。その予定日がいよいよもうじきという頃合いになって、俺はちょっと行動を起こした。行動っていう程のことでもないけどね。

 簡単に言えば、体調が悪いフリをしたんだ。寝込むほどじゃないけどあんまり動けない、程度に。

 だから、毎日の基礎トレーニングも中断してるし食事も少し残している。ルフィあたりは残り物にがぶりついて喜んでるけど、エースとサボは心配している。

 ゴメンナサイ、演技なんです……と、ついつい告白したくなることもあったけど、あえて黙る。

 俺ってばまたもや妙な策略考えてます。でも、前回のようなことにはならない……と思う。

 今回の俺の目的は大きく分けて2つ。

 それは……。

 

 

 

 

 「サボを返せよ、ブルージャム!!」

 

 取り押さえられたエースとルフィの悲痛な声が響いた。

 そう、サボの父親が海賊を使ってサボを連れ戻しに来たのだ。

 そろそろだと思っていた……俺は内心溜息を吐いた。

 天竜人がもうじき訪れるのなら、この日も近いと。

 

 「返せだと? 妙なことを言う……サボは元々うちの子だ。子どもが産んでもらった親のために生きるのは当然だろう!」

 

 ……前半はともかく、後半は反吐が出そうな理屈だ。

 考え方は人それぞれではある、あるけれど……何のために生きるか、なんてそれこそ当人が決めることだろうに。

 正直殴ってやりたかった。こんなでっぷりした中年親父なら俺にだってやれる。

 でも……やらない。俺はグッと拳を握って我慢した。

 ブルージャムという海賊一味がいるから無理、という現実的な問題もあるけれど、それ以上に……俺が『ここ』にいる、ということを知られるわけにはいかないからだ。

 サボを取り戻そうとするエースとルフィがブルージャムたちに邪魔されている。

 

 「そういえば、もう1人のガキはどうした?」

 

 確かユアンといったな、とブルージャムは哂った。3人ともにピクリ、と反応したのが解った。エースとルフィの視線がサボに……いや、サボの服のポケットの中にいる、小さくなった俺へと向けられた。 だが、俺が顔を見せてない以上、俺たち以外にはサボを見ているようにしか見えないだろう。一同は首を傾げていた。

 

 俺はここ数日、グレイターミナルへと向かうと『疲れた』と言って休んでいる。もっと言うなら、小さくなってサボのポケットの中にいる。休むためだって言ってね。グレイターミナルは治安が悪いから1人になるのは不安だって言って、こうして行動自体はともに出来るように。

 体調不良を装ってたこともあってそれ自体はあっさり受け入れられたよ。まぁでも……何でサボなんだよ、俺たちじゃダメなのか、と拗ねる兄が若干2名いたけど。だって2人とも、熱くなると俺がいること忘れるだろって言ったら黙っちゃった。思い当たるフシはあるんだね。

 まぁ、実際はこの時のためなんだけど。

 今日だけこんな行動を取ってたらあまりのタイミングのよさに怪しがられる可能性もあったから、数日前から続けてこうしてた。

 

 

 

 

 サボは、言うことを聞くからエースとルフィを傷つけないでくれ、と懇願した。

 

 「お願いします……大切な……兄弟なんだ!」

 

 ……我が子がこんなに涙を流しながら痛々しい様子でいるのに、言質を取ったとばかりに笑うこの中年貴族親父は、狂ってるんじゃないかとすら思う。

 反対にエースとルフィは必死だ。ここでこのまま別れたら、色んなことが終わってしまうというのを本能的に察知してるんだろう。

 

 「おれ達なら大丈夫だ! 一緒に自由になるんだろ!? ここで終わる気か!?」

 

 エースの呼びかけにサボは振り返らなかった。それでも、涙を流し続けているのが俺の位置からはよく見える。

 

 

 

 

 こうしてサボと……周りを固められてるためにポケットから出る機会が無かった俺は、高町へと向かうことになったのだった。

 

 

 

 

 

 俺がこの行動を取ったのは、出来るだけ自然な形でサボと行動を共にするためだ。こういった流れなら、俺が今回の事件においてこちら側にいても全く可笑しくない。不可抗力だからね。

 さっきも言ったけど、俺には今回2つの目的がある。そのためにはサボと一緒じゃないといけないんだ。

 前回策略を考えた時にはその策に溺れたけど……今回は、そこまで不測の事態を招くようなことをしたいわけじゃない。

 

 

 

 

 1つ目の目的は、天竜人の攻撃を阻止すること。これは難しいことじゃない。要は、その船に近付かなければいいだけなんだから。

 原作では革命軍に助けられたような描写があったけど……実際のところは解らない。だったら、あんな理不尽な攻撃は避けて欲しいと思う。

 

 

 

 

 そしてもう1つの目的は、サボが今回出会うはずの人物にある。

 それは……我が伯父に当たる革命家ドラゴン、そしてエンポリオ・イワンコフとの面識を得ることにある。

 どちらが大物か、といえばドラゴンだろうけれど、俺が会っておきたいのはむしろイワンコフの方だ。ルフィと行くと決めた以上、少しでも役に立つ可能性がありそうならば出来る限りの根回しをしておきたい。

 サボはドラゴンと会い、その最中でイワンコフはドラゴンを呼びに来ていた。つまりドラゴンとイワンコフ、同時に会える可能性が高い。母さんの日記には兄・ドラゴンのことも書いてあったから、俺がドラゴンのことを知ってても可笑しくない。その上でドラゴンとの伯父・甥の関係を示唆すれば、イワンコフの記憶にも残るだろう。

 そうなったら、インペルダウンでの助力を願い出やすくなる。

 あの時最終的にルフィはLEVEL6まで到達することはできたんだから、もう少し早ければあそこでエースを助けられたかもしれないんだ。最終目的は頂上戦争ではあるけれど、それならそれで構わない。出来る限りのあらゆる可能性と手段を考えておいて損は無いだろう。

 出来ることなら、今回この国に来ているはずのバーソロミュー・くまにも会っておきたいけど……流石にそれは贅沢な望みだろうな……。

 

 ハァ、と溜息を漏らす。

 サボが泣いていて、エースとルフィが必死になっていて……それなのに俺はこんなこと考えてるなんて……。

 なけなしの良心と罪悪感が、ズキズキと痛んでいた。

 



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第25話 高町

 当然ながら、俺も高町に入るのは初めてだ。

 入り口の検問をサボの父親は金でゴリ押しした。

 これまでのサボの悪童ぶりは俺たちに脅されて巻き込まれたものだ、と証言させようとして失敗したからだ。

 しかも、その脅しにエースとルフィの命を盾に取ろうとするという悪辣さ。

 ……なんかもう、あまりにも解りやすい腐れ貴族だな。

 

 

 

 

 そうしてやってきました、サボの生家。

 流石は貴族というべきか、山賊に育てられている現在は勿論、一般高校生として生を終えた前世でも見たことが無いような豪邸ではある。

 住んでる人間が真っ当だったら、素直に感心できたよ、うん。

 連れ帰った父親は消毒してから入れって言うし……あ、俺は何とか見つからずにすんだよ。こんなオッサン1人の目を誤魔化すのは難しくなかった。んで、出迎えたサボの母親はうっかり臭いとか言ってるし。

 でも何よりムカつくのはステリーだよ! ステリー解る? サボの両親の養子……つまりはサボの義弟だよ! 義弟って意味じゃあルフィや俺と同じのはずなのにね! 丁寧な挨拶の裏に見下しきった感情が透けて見えた!

 

 

 

 

 ようやく俺がポケットから出られたのは、サボが部屋に戻ってからだった。

 

 「ごめんな、ユアン……連れて来ちまって……」

 

 申し訳なさそうなサボだけど……実はワザと付いて来た俺としては非常に心苦しかったりする。なので、早速話を逸らそうと思う。

 

 「大丈夫……でもさー、俺驚いた。サボ、俺ら以外にも弟いたんだねぇ。まぁ、ルフィの方がずっと可愛いけど」

 

 名付けて、あえて茶化して和ませよう作戦。

 

 「……お前、自分は入れないのかよ」

 

 まぁ確かに、俺も弟ではある。けど。

 

 「だって俺、可愛げないし」

 

 俺ってば、口ばっか達者だもんな。

 でも、ようやくサボが少し笑ってくれた。……別に、ボケたつもりは無かったんだけど。

 まぁいいか。それより、真面目な話を切り出そう。

 

 「それより、気にならない?」

 

 「? 何がだ?」

 

 原作で見てても不思議だったんだよね。

 

 「サボがあのオッサンに見付かったのって、もう結構前だよ? しかもサボも含めて俺たちはここらじゃ有名だ。何で今になってこんな強引に連れ戻そうとするわけ? 金で動くゴロツキなんてブルージャム以外にもいくらだっているんだ、連れ戻すならもっと早く連れ戻してても可笑しくなかったはずなのに」

 

 まぁ、多分ゴミ山を燃やすことになってるからだろうけど……それが親心ならともかく、自分たちのために生かさせるためってんだから救いようがない。

 原作知識を持ってはいないとはいえ、俺が言ってることはある意味正しいことはサボも解ってるんだろう、難しい顔で考え込んだ。

 クソムカつくステリーがサボの元を訪れたのは、正にその時だった。

 

 「お兄さま、いるかよ」

 

 さっきまでの、両親がいるときとは明らかに違う口調だった。慇懃無礼がただの無礼になってる。

 俺はというと。

 

 「ぐぇっ!」

 

 ハッとしたサボに咄嗟に握られて、潰されそうになっていた。カエルが踏み潰されたときのような声出しちゃったよ!

 サボが隠してくれようとしたことはよく解るし、勝手にくっついて来た俺がとやかく言える立場じゃないんだけどさ……出来れば、もうちょっと優しく扱って欲しかった。

 

 「今、誰かと話してなかったか?」

 

 キョロキョロと不思議そうに部屋を見渡すステリー。

 誰かって、明らかに俺のことだよな?

 

 「…………気のせいだろ」

 

 サボはぶっきらぼうに答えた。バツは悪そうだけど、ルフィのように『ウソ下手っ!』ってほどじゃない。

 今はどうでもいいことなんだけど、俺の見たところではウソの上手さはルフィ<<<<<エース<<サボだと思う。俺は……どうなんだろ。

 閑話休題。

 ステリーは訝しんでいたけれど、実際今この部屋にサボ以外の人間は見当たらない。まさか、全長数cmの小人がサボの拳の中に隠されているなんて、想像も出来まい。すぐに気を取り直したらしい。

 取り直したらしいけど……はっきり、胸糞悪くなる言葉の羅列だった。コイツは何をしに来たんだ、単にサボを馬鹿にしにきただけなのか、と思うのに充分なぐらい。

 正直思い出したくないので、あえて明文化はしないでおこう。

 大事なのは、コイツが言ったただ一言だ。

 

 「グレイターミナルが火事に!?」

 

 聞き捨てならない不穏な言葉に、サボはステリーの胸倉を掴んだ。

 ちなみに俺は、ステリーがベラベラ喋ってる間にサボのポケットに戻ってる。

 ステリーは少し苦しそうだけど、コイツの苦しみなんて知ったこっちゃ無いからどうでもいい。

 

 「そうだよ……もう何ヶ月も前から決まってる」

 

 この国の汚点は全て燃やすんだ、というステリー。ゴミもそこに住む人々も、全て纏めて。

 俺は、じゃあまずお前らが燃えちまえ、と不覚にも思ってしまった。

 今それを知ったところで、高町から何かができるわけがない。それでも、いてもたってもいられなかったんだろう。

 サボは、部屋の窓から町へと飛び出して行った……ポケットの中の俺も一緒に。

 

 

==========

 

 

 ルフィとエースは2人、独立国家へと戻っていた。これまで4人で暮らしてきたためやけに広く感じるが、2人にはそれを気にするだけの余裕はなかった。

 

 

 

 

 ブルージャムに、忘れてやることがサボのためだ、と言われ何が本当にサボのためになるのか解らなくなってしまったため今は様子を見ることにしたものの、心配や不安は拭いきれない。

 本当に珍しいことだが、そのせいで2人とも夕食があまり喉を通らなかった。

 勿論、サボ本人の葛藤など2人……特にエースはよく解っている。それを思えば止められなかったことが酷く悔しいし、その心中を察して胸が張り裂けそうでもある。

 とはいえ、今のサボにはユアンも付いているのだ。

 本来ならユアンにサボが付いている、と考えるべきなのかもしれない。

 だが、あの末弟が彼ら兄弟の内最も大人びていることは、口には絶対出さないけれど何となく気付いている。肉体的には自分達が守っているはずなのに、精神的に守られているような感覚に捕らわれることもあった。

 多分、サボの気を紛らわせたりはしてくれているだろう。

 

 

 

 

 また、ブルージャムが言っていた『仕事』のことも引っ掛かっていた。詳しいことは解らないけど、あの時のヤツらの顔を思いだせば絶対碌なことじゃないだろう。

 

 

 

 

 エースは、この間ユアンに渡された小さなナイフを取り出した。

 偶々まだあまり錆びついていない綺麗なヤツを見つけた、エースが持ってた方が役に立つだろう、けれど絶対に人には向けないで欲しい……そう言って渡されて以来、常に持ち歩いている。

 これまで、ユアンとのその約束は守ってきた。だから今回も、使わなかった……もし取り出していたらブルージャムのヤツらはどんな対応をしてくるか解らなかったからだ。

 自分だけならいい。そこにいることがバレてなかったユアンもいい。けれど、もしルフィに万一のことがあったら……そう思うと、どうしても踏ん切りがつかなかった。そうでなかったなら、例えブルージャムの反撃を受けようと、後でユアンに怒られようと、出来る限りの死力を尽くしてサボを行かせなかったのに。

 けどもし、明日ブルージャムがルフィに何か妙なことをしようとしたら……その時は、それこそ自分が盾になってでもルフィを守ろうと、そう決意したのだった。

 

 

 

 

 大事な友達を、弟を失うかもしれない。それはエースにとって、何よりも恐ろしいことだった。



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第26話 『世界最悪の犯罪者』

 ゴア王国。ゴミ1つ落ちていない、東の海で最も美しい国。それがこの国の認識。

 …………ゴミ1つ落ちていないだなんて、そんなことはあり得ないっていうのに。

 この国が今まさにやろうとしていること。それこそが、この国がいつか辿る末路なんじゃないだろうか。

 因果応報、という言葉が脳裏にちらつく。

 尤も俺としては、むしろそうなって欲しいとすら思ってしまうのだけれど。

 

 

 

 

 無邪気な子ども。良識ありそうな大人。人の好さそうな爺さん。

 一見すれば平和そのものの町にしか見えない。

 けれど、そこに住む人々はグレイターミナルが燃やされるのを『可燃ゴミの日』と言って気にも留めていない。そこにいる人々のこともゴミとして認識している。

 ただその事実を知っているというだけで、何の変哲も無いはずの光景が酷く歪に見える。

 

 「狂っている……」

 

 正直言って、吐き気がした。

 原作で読んだ。知っていた。それでも、実際にソレを目の当たりにすれば衝撃を受ける。

 俺でさえそうなんだ。この町で生まれたサボにはより以上だろう。真っ青になって震えている。

 とはいえ、あんな飛び出し方をしたんだ。家出少年として捜索されるのもむべなるかな。落ち着いて考えを纏めたくても状況がそれを許してくれない。

 

 「いたぞ、あの子だ!」

 

 町を彷徨っていれば発見もされてしまう。

 

 「サボ、ちょっと人通りの無さそうな道に入って」

 

 「? 人込みに紛れた方がいいんじゃないか?」

 

 「普通ならね。でも、俺の能力を使えば隠れるのは簡単だ」

 

 小さくなれば、普通なら到底隠れられない物蔭にだって隠れられる。そもそも、そんな大きさの人間なんているはずがないっていう思い込み、先入観こそが人の目を曇らせるんだ。

 サボも納得したらしく、すぐにわき道に逸れてくれた。

 流石は名高い悪童なだけあって、サボの身体能力は高い。完全にとはいかなくても少しの間撒くぐらいならなんとでもなる。

 まぁ、本気で逃げれば今のところは逃げられるだろうけど、周囲を気にせず行動するには小さくなるのが効果的だ。見つかる心配が格段に下がる。

 ……なんか最近、俺の能力って戦闘力の欠如を補って余りある利便性があるような気がしてきてる。

 

 

 

 

 小さくなった俺たち(俺は元々ミニサイズだったけど)はその後見つかることもなかった。

 とはいえ、小さくなったら別の意味で移動に苦労する。例えば、たった50mの距離も1/50サイズにまで小さくなれば単純計算で50倍、2.5kmに感じられてしまう。

 けれど、高町を出て中心街まで行ってしまえば元のサイズに戻っても特に問題はない。中心街と高町の間の壁は高く厚いし、検問は厳しい。

 まさか、門がちょっと開いたスキにちみっちゃいのがコッソリ移動してるだなんて、知ってなきゃ解りっこない。

 結果、捜索は高町内に留まり中心街では普通に行動できたんだ。

 それでも端町の壁に辿り着けたのは夜になってから……そう、既に火の手が上がってからだった。

 

 

 

 

 消火活動は我々にお任せを、とか言ってる兵士がいたけど……お前ら絶対やる気無いだろ! ってツッこみたい。

 それがその現場を見た俺の正直な感想だった。

 だって、彼らがしてるのはせいぜい端町の人々の避難誘導ぐらいで、肝心の火事現場には視線も向けてない。扉も開かずにどうやって消火活動する気なんだか。

 

 「開けてくれよ!」

 

 グレイターミナルへと行くための門を開けてくれ、と必死で食い下がるサボ。

 その一方で、この火事はブルージャム一味の仕業らしい、と避難していく人たちが口々に噂していく。

 確かにそれは間違っていない。実行犯はあいつ等だし、それで嵌められようが結果として焼き殺されようが、自業自得だ。少なくとも、あいつ等に関しては。

 そもそも、馬鹿じゃないの? って思う。

 この国の王族・貴族はグレイターミナルに住む人々を生ゴミと呼んで憚らないんだ。そんな連中にとってみれば、海賊だって生ゴミっていう認識だろうと、解りそうなモンなのに。そして、生ゴミとの約束なんて、約束とすら思ってないに違いないって。

 けど、それはそれとして……あまりにも話が伝わるのが早すぎる。

 門はずっと閉じられているんだ。いくら人の口に戸は建てられないとはいえ、こうも確信を持って話が伝わるっていうのは……うん、多分情報操作でもされてるんだろうな。

 この火事はあくまでも海賊による不慮の事態だ、と。真実は闇の中へ……ってか。

 

 「邪魔だ、あっちに行ってろ!!」

 

 そんなことを考えてる間に、ドン、とサボが突き飛ばされた。

 

 「サボ」

 

 倒れこんだサボに駆け寄ろうとした時、それより前にサボに近付いた人影があった。

 顔にイレズミが目立つ男……あのイレズミの模様からして、間違いない。

 

 「大丈夫か?」

 

 サボに掛ける声音は優しい。

 何が、『世界最悪の犯罪者』だ。あの兵士どもや、今高町で高みの見物を決め込んでいるヤツらより、よっぽどマシじゃんか。

 俺はサボの背中を擦った。サボは泣いていたから……他にどうしたらいいか解らなかった、というのもある。

 

 「おっさん、この火事の黒幕は、本当はこの国の貴族たちなんだ……!」

 

 この人に言ったからって、何がどうなるわけでもない。それでも……誰かに聞いて欲しかったんだろう。サボの叫びも涙も止まらなかった。

 

 「おれは貴族の生まれなんだ。でも、この町はゴミ山よりもっと酷い、腐った人間の匂いがする……おれは……貴族に生まれて恥ずかしい!」

 

 ……恥ずかしい、とそう思えることこそが、サボがまともである証拠だと思う。この国の貴族がみんなサボのようだったらいいのに。そう思えてならない。

 

 「解るとも……おれもこの国で生まれた……」

 

 男……革命家、モンキー・D・ドラゴンは静かに語った。今の自分ではまだ力が足りない、ということも。

 力……世界政府を倒そうとするほどの力。それはどれほど途方も無い話なんだろう。

 

 

 

 

 そうこうしてる間に、新たな人物が現れた。

 

 「ドラゴン! 準備が出来ティブルわよ!」

 

 この口調は、と思い俺は声のした方を見て…………固まった。

 

 「顔デカッ!?」

 

 思わず口走ってしまい、視線が俺に集中した。……シリアスな空気をぶち壊してゴメンナサイ。でも、それぐらいにインパクトに溢れた人がそこにいた。

 そう、オカマ王、エンポリオ・イワンコフが。

 うん、確かにこれなら、1度でも会ったことがあれば忘れないね! 頂上戦争でくまにキレても無理ないね!?

 うわ、本当に3頭身の人間なんて初めて見た!!

 ……って、そんなこと言ってる場合じゃないって! 目的を果たさなきゃ、ここにいる意味がなくなる!

 

 「今、ドラゴンって言った?」

 

 俺の問いかけにドラゴンは答えない……当然か、手配書や賞金額が一種のステータスになってる海賊とは違うんだ。まだ力が足りない、というならば情報は出来るだけ伏せておきたいだろう。

 でも、俺には俺だけが持つ原作知識と母さんの日記というカードがある。

 

 「ドラゴンって、母さんの兄さんのドラゴンさん?」

 

 その言葉には三者三様の反応があった……共通してるのは、それが驚きという感情だということ。

 サボは、母さんの兄さんという言葉に、まさかルフィの父さんなのか、と。

 イワンコフは、ドラゴンに家族……妹がいたのか、という驚きだろう。そりゃそうだ、原作でも息子がいたことすら知らなかったんだ。

 ドラゴンのは多分……俺が母さんの子なのか、って驚き。それは、ドラゴンの次のセリフに表れていた。

 

 「まさか……ルミナの?」

 

 よし、向き合ってくれた。

 俺は小さく頷くと、ドラゴンは目を細めた。

 

 「母さんの日記で読んだんだ。お兄さんが革命の道を進んでるって」

 

 それは事実である。家出以降の日記なだけあってあまり名前は出てこなかったけど、けれど1日だけ。はっきりとその名が記されていた日があった。

 

 「海賊王……ゴール・D・ロジャーの処刑が行われた日、ローグタウンで再会した……思えば、あれがあの子に最後に会った日だ」

 

 懐かしむような、どこか遠くを見ているような目をしていた。

 そう、母さんがドラゴンという名を書いていた唯一の日。

 ロジャー処刑の日がそれだ。

 

 「あの子は……どうしている?」

 

 ……こう聞くということは、知らないんだろうか。母さんが死んだことを。原作では、祖父ちゃんと連絡を取っているらしい描写があったと思ったんだけど……。

 でも、知らないんだろう。だから……消息が途絶えたことで、心配してたんだろうか。

 

 「死んじゃった。俺を産んですぐ」

 

 言って、ドラゴンの表情に過ぎったのは、おそらく失望だろう。

 海賊が消息を絶ち、しかも海軍が探しても居場所が知れない。そうなったら真っ先に死を疑うだろうけど、俺の年齢を見て取って僅かに希望を抱いたのかもしれない。

 即ち……母となって、どこかで静かに生きているんじゃないか、と。

 けれどその考えはあっさり裏切られたわけだ。

 

 「そうか……」

 

 だが、それでもそれを今この場で表に出さないドラゴンは……大人だな、と思う。

 ドラゴンはポンと俺の頭を1回だけ撫でた。

 まぁ何てレアな体験……って、それよりもだ。

 

 「準備って、言ってたよね? ひょっとして伯父さん、この火事何とかできるの?」

 

 あえて伯父、と呼んでみる。拒否はされなかったからホッとした。

 予想外の展開に呆然としていたらしいサボとイワンコフも、その言葉で現実に戻ってきた。

 特にサボは、グレイターミナルの人が助けられるのか、と焦り顔だ。

 ドラゴンから返ってきたのは小さな苦笑だった。

 

 「この火事はどうにもならん……火の手が強すぎる」

 

 だろうね。それは解る。壁の内側からでも、外は火の海だって解るような勢いなんだから。けれど、火事『は』ってことは……。

 

 「だが、人命は出来る限り救うつもりだ」

 

 力強い宣言に、サボは明らかに安堵したような様子だった。

 俺は……もう1つ、言っておこう。

 

 「あそこに、エースとルフィが……俺たちの兄弟がいるかもしれないんだ」

 

 かも、じゃなくて多分間違いなくいるだろう。上手く逃げてくれているといいけど……。

 ドラゴンはルフィの名に少し反応したけれど、それはごく小さなものだったから、おそらく俺以外の2人は気付いてないだろう。

 もう1回俺の頭を撫でると、ドラゴンはイワンコフと共にどこかへと向かっていった。イワンコフは少し俺の方を気にしていたみたいだけど、すぐに気持ちを切り替えたらしい。あるいは、今は火事の方を優先するべきと割り切ったのかもしれない。

 でも、こちらとしてはそれでいい。もうイワンコフの記憶にはしっかり残っただろうから、後は人助けに専念してもらいたい。

 

 「ユアン……」

 

 サボが少し言いにくそうに話しかけてきた。

 さっきの話に驚いたせいか、涙はもう止まっていた。

 

 「さっきの人……本当にお前の伯父さんなのか……?」

 

 「らしいね」

 

 「…………ってことは…………ルフィの…………?」

 

 「だろうね」

 

 ものすごく微妙な表情を浮かべてるサボの思いは、俺と同じだろう。

 そう、つまり。

 

 「「全っ然似てない!!」」

 

 この間の『『ウソ下手っ!?』』と同様にハモってしまったことに、俺たちは顔を見合わせ、小さく吹き出してしまった。

 

 

 

 

 ようやく、火事のせいで張り詰めていた気が、少し緩んでくれたような気がした。 



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第27話 サボの船出

 結局火事は消火活動などされず、自然鎮火が待たれることになった。

 そして、サボも捕まってしまい……家に連れ戻されてしまった。

 この期に及んでまだサボの父親はサボに、自分達のために生きろ、それがお前の幸せでもあるのだから、とのたまう。

 って、そりゃお前らが幸せなだけだろうが!

 プチ、と血管が切れる音がした。俺からも……サボからも。

 

 「サボ」

 

 何故か高笑いしているオッサンを尻目に、俺はこっそりとサボに話しかけた。

 

 「……何だ?」

 

 サボ?何で俺を見て若干口元引き攣ってるの?

 やだなぁ、俺こんなに満面の笑顔じゃんか✩

 って、そんなことより。

 

 「今俺がお前の父さんを再起不能にしたら、怒る?」

 

 にっこり笑顔で聞いてみました。

 サボは少し考えたけれど……やがて、諦めたように笑った。

 

 「……怒れないな」

 

 怒らない、ではなく、怒れない……か。その寂しそうな顔は、何故なのか。

 親子なのに価値観が相容れないせいか、はたまた、親が暴行を加えられようとしているのに止める気が起こらないせいか。

 俺は1つ頷くと、サボのポケットから出た。

 勿論、本当に再起不能になんかする気はない。けれど……黙って引き下がる気にもなれない。

 

 「解除」

 

 俺はオッサンの背後まで来て能力解除し、元のサイズに戻った。

 

 「ん?」

 

 聞きなれない声にオッサンが振り向こうとしたその瞬間。

 

 「うっぐ!」

 

 鳩尾に一発拳を叩き込みました。

 常識で考えれば、俺は子どもで向こうは大人。そう期待できる一撃じゃない。

 でも、油断してる時に急所への不意打ちは、かなり効く。しかも、俺は日々鍛えているのに向こうはでっぷりだ。

 意識を奪う、とまではいかなくとも、しばらく動きを止めるには充分だろう。

 

 「な、だ、誰だ……!」

 

 答える義務はございません。

 

 「1/50」

 

 俺はオッサンに向けて能力を発動させた。

 

 

 

 

 結果のみ簡潔に述べよう。

 俺は、サボの父親を今出来る極限まで小さくした。未だに解除はしてないから小さいままだろう。いつか、腹の虫が収まったら元のサイズの戻してあげようかとは思ってる。

 サボはそのまま再び家を飛び出し(勿論、俺も一緒だ)……決意したらしい。

 少し早いけど、出航することを。

 それ自体には、俺も賛成だ。

 子ども1人が海に出て生きていくのはそりゃ大変だろうけど、このままこの国にいてもサボは自由になんてなれない。サボの両親が諦めでもしない限り、この国にサボの居場所はなくなる。腐っても貴族だからね、始末に悪いことに権力は持ってる。どこにいたって、連れ戻されてしまう可能性が高い。

 当面の問題は1つ。そう、天竜人のことだ。

 

 

 

 

 はるかに広がる大海原。その先には、新たな世界と冒険がある。

 

 「行くんだね」

 

 Sに×がついた旗を掲げ、サボは小船の上にいる。

 

 「ああ。いい船出日和だ」

 

 確かに、風は穏やかで波は静か。空は快晴……図ったかのように恵まれた天候だ。

 

 「黙って行くこと、エースやルフィに謝っといてくれ。あと……これエースに渡してくれよ」

 

 手渡されたのは、手紙だった。多分、原作でも出てきたあの手紙だろう。

 俺は頷くと、受け取ったソレをポケットにしまう。

 

 「サボ、俺は止めないけど……1つだけ、聞いといてくれる?」

 

 「何だ?」

 

 「ある意味、あの火事の原因にもなった存在……世界政府の視察船のこと」

 

 さぁ、これが今回の俺のもう1つの目的。

 

 「今日、このゴア王国に来る。新聞で読んだんだ、そこに乗ってる人のこと。天竜人がいるんだ」

 

 「天竜人?」

 

 サボが不思議そうにした。

 

 「って、世界貴族のか?」

 

 流石に貴族出身なだけあって、サボは天竜人という存在のことは知っていたらしい。でも、嫌な感情は持って無さそうだ。多分、知らないんだろう。その実態がどういうものか。

 

 「そう、その天竜人。どこかで聞いたような気がすると思ったけどさ、母さんの日記で出てきてたんだ」

 

 これは本当のことである。ついでに、クソミソに貶していた……気持ちはよく解る。

 

 「グランドラインを半分過ぎたところでぶつかるレッドライン。その近くにあるシャボンディ諸島ってトコで見かけたんだって。んでもって……」

 

 俺は、俺の知る限りの天竜人の所業を話した。

 奴隷の所持・使用、民間人を射殺、気に入った女を問答無用で連れ去る…………聞いていく内にサボの顔色がどんどん悪くなっていく。

 サボが『恥ずかしい』と言ったこの国の貴族。それすらも上回る権力と横暴。

 

 「だから、できるだけその視察船には近付かないで欲しいんだ。もしかしたら、妙な因縁をつけられるかもしれない」

 

 俺の願い……忠告に、サボはしっかりと頷いた。

 ホッと胸を撫で下ろす。思っていたよりも俺は緊張していたみたいだ。

 

 「じゃあ、行ってくる……いつか読めよ! おれが書いた本!」

 

 ニッ笑うその顔には、明らかに未来への希望があった。俺もつられて笑う。

 

 「楽しみに待ってるよ。いってらっしゃい」

 

 いつか、この海で会える日を楽しみに待っている。そう告げると、サボは遂に出航していった。

 小船が、微かに見えてきた世界政府の視察船とは明らかに違う方向へと進んでいくのが見えて、俺は再び安堵の溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 「そうか……」

 

 コトの経緯を聞いたエースの第一声はソレだった。

 あの後俺は小船が見えなくなるとすぐにダダンの家に向かった。まぁ、直後に秘密基地に戻ったけど。

 その時ちょっと驚いたのは、ダダンが怪我をしてなかったことだ。

 あれ、原作と違くない? って思ったけど……理由は簡単だった。

 エースとルフィは、原作よりも随分と早く縛られていた縄から脱出できたらしい。ナイフありがとうって言われた。

 よかった、役に立って……というより、エースが妙な事しなくて! 渡したはいいけど、ちょっと不安だったんだよね。無茶しやしないかって。

 でも、ちゃんと自重してくれてたらしい。

 んで、原作よりも早く逃げられた2人はブルージャムと鉢合わせることもなく、ダダンたちが心配して様子を見に来たころに合流できた、と。

 …………アレ?でもそうなると、エースの初☆覇王色の覇気使用イベントがお流れに?

 まぁいいか。あるもんはあるんだし。今出さなくても海に出ればいつかは出てくるだろう。

 

 「サボ行っちまったのか~」

 

 残念そうに、けれど羨ましそうにルフィが呟いた。

 エースは、サボからの手紙を読んでいる。

 

 「まぁ、男の船出だしね。止める理由はないよ」

 

 ちょっとドラゴンの真似してみました。

 そうだな、と笑うルフィと話しながら、俺はこっそりエースの様子を窺っていた。

 今の流れでは、サボは天竜人に攻撃されていない。つまり、死亡フラグが立っていない。

 だから、その手紙を読んでも原作のように号泣はしてないけど……。

 

 

 

 

 誰よりも自由に、『くい』のないように生きる。

 多分その思いは、胸に深く刻み込まれているのだろう。 



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第28話 見聞色の覇気

 光陰矢のごとし、とはよく言ったものだ。

 サボが旅立って早数年。俺は9歳になっていた。ちなみに、エース13歳、ルフィ10歳である。

 そんなある日、由々しき事態が発生した。

 

 

 

 

 

 「そんな……バカな……!」

 

 俺は地に倒れ伏しながら呆然と呟いた。

 

 「しっかりしろ、ユアン! 傷は浅いぞ!」

 

 エース……ありがとう……励ましてくれて…………でも……。

 

 「ゴメン……俺、もうダメだ……」

 

 あまりの衝撃に、俺は立ち上がることも出来ないでいる。俺の弱弱しい言葉に、エースはガバッと俺を抱き起こした。

 

 「何言ってんだ! 今までずっと頑張ってきたじゃねぇか!! こんな……こんなところで諦める気か!?」

 

 そうだ、頑張ってきた……去年からは、六式の修行も始めた。

 未だに1つも完成してないけどね!

 いや、今はそれよりも大変なことになってるんだ。

 俺は自嘲した。

 

 「それでも……ダメなんだ。俺は……油断していた……。」

 

 戦闘において油断をした者は負ける。解ってたはずなのに。

 

 「あんなの、マグレじゃねぇか! 実戦で役立ちゃしねぇ! 気をしっかり持て!!」

 

 マグレ。そう、確かにマグレだった。だからこそ堪えている……精神的に。

 

 「エース……エースは油断しないでくれよ……。じゃないと、こんな風になっちゃうよ?」

 

 「ユアン……!」

 

 涙を湛えながら懇願する俺に、エースは言葉を詰らせた。

 そして、そんな俺らを睨みつけながら。

 

 「お前ら、しっけいだぞ!!」

 

 と、怒りも露にルフィが怒鳴ったのだった。

 

 

 

 

 いや、何かすっごい大事件でも起こったかのような状況だけどね。実際には、まぁ、うん。

 コトの原因は俺たちの日課にある。あの1日100戦に(サボがいなくなって150戦から減った)。

 今日の戦績を発表しよう。

 

 ①エース対ルフィ……50対0

 

 ②エース対俺……50対0

 

 ここまではいつも通りだ。いつもと違ったのは……。

 

 ③ルフィ対俺……1対49

 

 ……そうだよ、俺ルフィに負けちゃったんだよ、遂に!!

 しかも、その敗因が悲しい。

 ルフィはいつも通り、制御できてないゴムゴムの技を使った。けれどさっき……俺は『ゴムゴムの(ピストル)』を食らってしまったんだ。

 制御出来るようになったわけじゃないよ。下手な鉄砲も数打ちゃ当たるってヤツだ。んで、油断してた俺は、モロにクリーンヒットして……。

 うん、1番の敗因が自分の油断だってのが悲しすぎる!!

 

 

 

 

 それにしても、まだゴムの制御こそ出来てないけどルフィは強くなった。俺も2年のアドバンテージに胡坐を掻くわけにはいかない!

 俺は1つの決心をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。俺はある願いを口にした。

 

 「エース、ルフィ、頼みがあるんだ!」

 

 俺がいつになく真剣な顔をした俺に、2人も神妙な様子になる。俺は2人を見上げながら言葉を続ける。

 

 「俺を……殴ってくれ!」

 

 「………………………………え?」

 

 エースが固まった。何故だ?

 反対にルフィの反応は素直だった。

 

 「いいのか?」

 

 きょとんとした顔で拳を振り上げるルフィ。俺は慌てて止めた。

 

 「待った待った! まだだよ、ちゃんと俺がコレ付けてから!」

 

 俺は手に持っていた目隠しをルフィに突きつけた。

 

 「ユアン!」

 

 エースが焦ったような顔で俺の肩を掴んだ。

 

 「早まるな! お前、何だってそんな……!」

 

 ……なんでそんなに慌ててるんだ?

 エースの慌てっぷりに疑問を覚えた俺は、ちょっと考えてみた。考えてみて……ハタと気付いた。

 今の俺の行動を客観的に見ると……!

 目隠し片手に上目遣いで『殴ってくれ』……!

 ………………うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

 「違う! 違うんだエース! 俺はただ修行がしたくて……!」

 

 気付くと恥ずかしい、恥ずかしすぎる!! もうちょっと別の頼み方があっただろ俺!? せめてその理由ぐらい話すべきだった!

 

 「? 2人ともどうしたんだ?」

 

 意味が解ってないらしいルフィ…………純粋!

 ルフィと同じく意味が解らない方は、どうかそのままでいて下さい、マジで。

 

 

 

 

 俺がこんなことを言い出したのは、勿論、妙な道に目覚めたからではない。

 覇気の修行がしたかったんだ。

 昨日の敗北は、俺にかなりの精神的ダメージを与えた。

 で、決心した。

 もっと強くなりたい、と。

 とはいえ六式の修行は既に始めてるし、基礎トレーニングも欠かしてない。

 そうすると後は……と考え、思い浮かんだのが覇気だった。

 そして武装色・見聞色・覇王色の3つの内、何とかなるかもしれないと思ったのが見聞色だった。

 何か、アニメであった気がするんだよね。レイリーが後ろから殴ろうとするのをルフィがヒョイヒョイと避けてるシーン。うろ覚えなんだけど。

 見聞色の覇気ってつまり、『気配』を読むことだろ? だったら、見えないところから攻撃されるのをかわせるようになれればいいかと……。

 我流なんだけど、やらないよりはいいかと思ってさ。

 後2つは……ねぇ?

 

 

 

 

 武装色の覇気は『気合』……どないせいっちゅーねん!

 いつも気合入れて修行してるよ! 引き出し方が全然解らん!!

 でも万一、仮に、奇跡的に引き出せたとしたら……確認は簡単だよね。

 ルフィを殴ればいい。ゴムに打撃が効けば、それは覇気が使えてるってことだろう。実際、『愛ある拳を防ぐ術なし』とか言ってる祖父ちゃんも、多分ソレ使ってるんだろうし。

 

 

 

 

 覇王色の覇気はもっと解らん。『威圧』っていうけど……そもそも、持ってるかどうかってのが分かれ道だからねぇ。

 武装色と見聞色は、多分誰でも持ってる。操れるかどうかって話であって。

 でも覇王色は、数百万人に1人しか持ってない覇気だ。俺にあるのか、そんな大層なモンが。

 原作でソレを持ってた人を思い浮かべてみる。ルフィ、エース、レイリー、シャンクス。持ってると言われてたのがハンコック、白ひげ……うん、無理! そんな超豪華なメンバーに混じれません!

 俺のような凡人には荷が重い! 俺なんて、せいぜい裏でこそこそ画策する似非策略家だもん! 絶対無い!!

 よって、覇王色は最初から考えてないと言っても過言じゃない。

 

 

 

 

 俺が覇気の話をしても、2人は信じてくれなかった。

 

 「本当にやる気かよ、そんなの」

 

 事情を聞いて、信じてはいないけど納得はしてくれたエースは呆れ顔だ。

 

 「そんなことできるのか?」

 

 普段は素直の代名詞のようなルフィですら半信半疑だ。

 無理ないか。俺だって、知らなきゃ与太話だと思ってたはずだ。

 だが……。

 

 「覇気の修行において最も大事なのは、疑わないこと」

 

 レイリーのセリフ、パクってみました。

 俺は2人に背を向けて座り、目隠しをした。2人の戸惑った空気が伝わってくる。

 

 「信じる者は救われる……さぁ、来い!!」

 

 出来るだけ前向きな気持ちで臨んだ……が。

 

 「じゃあ……いくぞ」

 

 エースの言葉と共に飛んできた拳が頭に直撃し、俺は悶絶した。

 

 「~~~~~~~~~~!!」

 

 と、戸惑ってるくせに本気で殴ってきた……!

 いや、いいんだけど! 本気でないと意味無いんだけど!

 頑張れ、俺! きっとこの先には光がある! 努力は人を裏切らないんだ!

 

 「ゴムゴムの~~~~~銃!」

 

 え、ルフィはこんな状況でもそれ?

 ……結果、拳は地面に落下したらしく、俺に届かなかった……ドンマイ。

 と、思ってたらエースの拳が再び頭に落ちてきた。

 

 「うっく!!」

 

 痛い痛い、マジで痛い!

 

 「ユアン……諦めろよ……」

 

 エースが真実俺を気遣って忠告してくれてるのは解るけど、俺は首を横に振る。エースの溜息が聞こえた。

 うぅ……ちょっと心が折れそうだ。

 

 「ゴムゴムの~~~~~バズーカ!!」

 

 一方でルフィの腕は、またしても地面に落ちたらしい。

 いや……別に、技とか使わなくていいからさ……。

 

 

 

 

 結局この日、ルフィは俺に一発も入れてくれなかった。

 

 

 

 

 

 俺は……諦めない! いつの日か必ず、覇気をモノにしてみせる!!

 

 

 

 

 「そらっ!」

 

 「いだぁっ!!」

 

 それまでに何百発殴られることになるかは、解んないけどね。




 ユアン、見聞色の覇気を狙ってます。
 
 今回のユアンの覇気に対する考えの中には1つ、矛盾点があります。先入観とでも言えばいいのか、本人は自覚してませんけれど。それに関しても、いずれある人に指摘してもらいます。


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第29話 生けるネガティブホロウ

 今回は、最初から最後まエースよりでの三人称文です。



 エースは後悔した。その日、ルフィとユアンの2人を置いて、1人で町に行ったことを激しく後悔した。

 

 

 

 

 事の起こりは、ルフィが怪我をしたことにある。意地を張って単身で猛獣に向かって行った挙句、返り討ちにあったのだ。

 命に別状は無かったものの、しばらくは動かさない方がいいだろうということで周囲(エース・ユアン・ダダン一家)の意見が一致したため、ルフィは独立国家で安静を余儀なくされている。

 看病係にユアンを残し、エースはゴア王国の町まで薬の買出しに行ったのだが……ほんの半日で、一体何があったというのか。

 

 「生まれ変わったら……ナマコになりたい……」

 

 一体何があったらこんなことになるのか……。

 いつでも元気、超ポジティブ思考のルフィが、暗黒を背負いながら布団に突っ伏して泣いているのを目の当たりにし、エースの口元が引き攣った。

 『おれは海賊王になる!』と毎日のようにキラキラとした笑顔で夢を語っていた弟が……ナマコになりたい、だなんて……ムゴイ……ムゴすぎる……。

 エースは既に、この状況を作り出したであろう人物が誰なのか予想がついていた……というより、1人しかいない。

 そろそろと、ルフィを見ないように慎重に動きながら、エースはユアンを探した。

 

 「エースぅ……」

 

 涙に濡れた瞳で自分を見上げるルフィに、エースの肩が揺れた。

 正直、今のルフィには関わりたくなかったのだ。

 

 「おれ……生きててゴメン…………」

 

 勘弁して欲しかった。一体何があったらここまでネガティブになれるのか。

 

 しかし。だがしかし。

 エースには長兄としての責任感があった。無駄にあった。弟が落ち込んでいる時には助けてやらねば、と思うぐらいには。

 そう思ってしまうからこそ、極力関わりたくなかったのだが。

 

 内心で涙を流しながらも、エースはルフィに向き合った。

 いつもなら『泣き虫は嫌いだ』と喝を入れるのだが、流石にここまで重苦しい暗黒を背負われては言えない。止めを刺すことになりかねない。

 

 「どうした? ユアンと何があった?」

 

 何『か』ではなく何『が』と聞く辺り、エースは既にルフィをこの状態にした犯人を特定している。

 できるだけ優しく聞いたのだが、ルフィはユアンの名にあからさまに怯えた。

 

 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ゴメンナサイ!!」

 

 泣き叫び、布団に潜り込むルフィ。

 だめだこりゃ、とエースは早々に匙を投げた。ユアンは一体どんな攻撃、いや口撃をしたのか。

 1つ溜息を吐くと、エースは再びユアンを探し出した。

 

 

 

 

 「………………………………ユアン」

 

 正直、回れ右をしてその場から立ち去りたかった。刺激したくなかった。

 

 しかし。だがしかし。

 エースには長兄としての矜持があった。無駄にあった。弟の怒気に気圧されて逃げるなんてできない、と思うぐらいには。

 

 「何? エース?」

 

 答える声は明るく朗らかだ。その顔にはとても穏やかな笑みが刻まれている。

 しかし、感じるのだ。この末弟の底知れない怒りが。何だか笑顔の後ろに般若が見えるのだ……尤も、それはエース自身の心が生み出した幻だろうが。

 

 何故ならエースは知っている。

 ユアンが目に見えて怒っている時は、実はそれほど怒っちゃいない。彼が本当にブチ切れている時は、それはそれは穏やかな、しかし見ている者の背筋を凍らせるような笑顔を浮かべるのだ……今この時のように。

 そしてこの状態になったときのユアンの口撃は、凄惨を極める。淡々と途切れることなく毒を吐き続け、相手の精神を地獄に叩き落とすのだ……今のルフィのように。

 3歳の誕生日にダダンに向けていたのが、エースが初めて見るユアンのマジ切れだった。以来、滅多に見られることではなかったが、年々その笑顔は凄みを増し、口撃は鋭くなっていっている。

 今現在、ユアンの怒りはエースには向けられていない。しかしもし下手に刺激したら……今度は自分がルフィのような状態になってしまうだろう。そう思うとエースは逃げたかった。だが。

 

 (1度向き合ったら……おれは逃げない!)

 

 心底憎んでいるはずの父親から受け継いでしまったその気質が、エースから逃げを奪っていた。

 

 「ルフィと何があったんだ?」

 

 瞬間、室温が何℃か下がった気がした。実際に下がったわけじゃないだろうが、ユアンの醸し出す空気が冷たくなったのだ。

 それでも、その怒りとエースは無関係であり、それをエースにぶつけるのは悪い、と考えるだけの理性は残っていたらしい。

 

 「………………実は」

 

 静かにユアンは語ったのだった。

 

 

 

 

 話を纏めるとこうだ。

 エースが出かけてすぐ、ルフィは安静に飽きた。元々じっとしてるのが苦手な子であるから、それは仕方が無い。

 当然のごとく、ルフィは傍にいたユアンに退屈しのぎを求め……結果、ユアンがいつも読んでいる日記に行き着いた。あんなに熱心に読むぐらいだから、何か面白いことでも書いてあるんじゃないか、と。

 もう何年も一緒に暮らしてきて、今更とも言える発言だ。だが、活字に滅多に興味を示さないルフィだ。それも仕方が無い。

 ユアンはあの日記を大事にしてはいるが、流石に『兄弟』に対してそこまで出し惜しみはしていない。現に、エースも過去に何度か興味を覚えて読ませてもらったことがある。あまりに量が多いので到底読みきれなかったが。

 ……読みきれなかったが、とにかく、ガープへの悪口がかなり多かったのは解った。というより、ざっと見た感じ、他にそうそう個人に対するあからさまな罵詈雑言は……あぁ、そういえば1人いたかとエースはふと思い出した。とはいえ、名前も書いてなかったから、誰なのかは解らなかったのだが……ガープに対するある種の身内の気安さとはまた別の容赦のなさが印象的だった。

 

 (何なんだよ、『白ひげのトコのでっぷりとして脂ぎった変な笑い方する最低最悪なヒゲ野郎』って)

 

 その時の記述は筆跡も荒れていて、書き手が相当に立腹していたらしいことが見て取れたが……今考えることじゃないか、とエースは気を取り直した。

 とにかく、だからルフィに強請られたときも大事に扱うことを条件に貸し出したらしい。

 ルフィは読み始め……しかしすぐに飽きた。元々読書を好むタイプじゃないし、人の日記から得るべき情報のみを抜粋して噛み砕くという技術も無い。

 飽きたのならそれはそれですぐに返却すればよかったのが……あまりに退屈だったので、つい悪戯を考えてしまったらしい。

 

 弁解するなら、ルフィに悪気は無かった。ただ、運が悪かったのだ。

 

 ルフィは、ユアンの宝である日記を人質(物質?)に、自身の外出を要求した。

 ルフィとて麦わら帽子という宝物があるからこそ、本当に日記をどうこうするつもりは無かった。ソレに何かが起きてしまえばとても悲しいということが解っていたからだ。ユアンだってそんなルフィの内心は理解できていた。

 安静にした方がいいとはいっても、動かしてはいけないというほどでもないのだ。苦笑いでほんのちょっと外出を許可し、少しエースに叱られる。それで済む話のはずだった。

 ルフィが『うっかり』手を滑らせて、日記を落とさなければ。そして、その日記が落ちた先に、水の入ったコップが無ければ。

 しかも更に運の悪いことに、そのコップに入っていた水は量が多かった。日記は水に濡れ……すぐに取り出して拭いたものの、濡れたという事実は変わらない。

 結局、水に字が滲み、数ページは完全にオシャカになってしまったらしい。他にも、危なくなってるページがあるとか。不幸中の幸いだったのは、濡れたのがごく一部だったということだろう。

 不幸な事故だ。それは解っている。けれど、解ってるからといってルフィに怒りを覚えないわけもない。そもそも、大事に扱って欲しいと最初に忠告したはずなのだ。

 瞬間的に頭に血が上ってしまい……後は、エースの想像通りだ。ユアンはルフィにすさまじい口撃を仕掛けた。『宝物』を傷物にしてしまったことで自分でも悪いと思っていたルフィは、いつもの楽天さからは想像もつかないほどに落ち込んでしまった。

 その結果がアレである。

 

 

 

 

 エースに言わせれば、どっちもどっちだ。

 ルフィは余計なことをしたが、悪気は無かった。

 ユアンは宝物を傷つけられたが、それが事故だということを理解している。しかも、ルフィにした仕返しはあきらかなオーバーキルでもある。

 そもそも、ユアンの基本的なモットーは『喧嘩両成敗』。ついこの間、ゴムの技の有用性を巡ってエースとルフィが対立した時もそう言って2人を殴っていた。

 とにかく、どちらが一方的に悪いという話ではないのだ。

 多分、しばらくすればユアンの頭も冷える。そうしたらこの割と合理的な末弟は、ルフィに謝るだろう。ルフィはいまや完全にユアンに怯えているから、謝られれば飛びつくはずだ。

 つまりは、放っておくのが1番だろう、という結論にエースは達したのだった。

 

 

 

 

 それにしても、とエースはふとルフィに憐憫の情を覚えた。

 これまで、何の因果かユアンがマジ切れした現場にルフィが居合わせたことはなかった。初めて目にしたソレが、自分に向けられたものだなんて……と、ルフィのその時の心境を思い、エースは内心で涙した。

 

 (ルフィが立ち直ったら、肉を分けてやろう……)

 

 珍しく、本当に珍しく、エースはそう決意したのだった。

 

 

 

 

 ルフィとユアンが『今後ルフィは日記に触らない』という条件の元仲直りしたのは、この2日後のことであった。

 なお、仲直り後ルフィは一気にケロッと元の楽天家に戻ったが、これまでよりもユアンの機嫌に気を遣うようになったことを、ここに追記しておこう。




 ルフィとユアンの初喧嘩です。……喧嘩、と言えるのか? むしろ一方的にトラウマを植え付けただけのような。

 ユアンがどんな口撃をしたのかは、あえて明記しません。とにかく、ルフィにトラウマを残すぐらいに凄まじく胸を抉る言葉たちであったことは確実です。
 というか……ユアンはマジ切れするとネガティブホロウ化するみたいですね(笑)。相手をネガティブに追い込む。
 そしてこの1件で、兄弟間の裏のヒエラルキーが確立されました。普段は兄ちゃんたちを立てる弟が、実は最も怒らせてはいけない存在。航海に出た後、フリーダムすぎるルフィの手綱を握るのに役立つことでしょう。

 途中出てきた『日記に書いてあったヤツ』に関しては、おそらく想像がつくと思います。


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第30話 エースの船出

 エースは17歳になった。そう、旅立ちの時だ。

 

 

 

 

 出発の前夜、俺はルフィが眠ってからエースにちょっと話をした。

 

 「これ、何だ?」

 

 エースは俺が渡した包みを不思議そうに見る。

 

 「餞別だよ。俺からの」

 

 テンガロンハットはルフィからだからね。俺は俺で別に用意してみた。

 ちなみに中身は……。

 

 「ジャケットか?」

 

 そう、黒のジャケットである。大きめのサイズで選んだから、後々も使えるはずだ。だから。

 

 「出来れば、『いつも』身に付けて欲しいんだ」

 

 「……何で『いつも』を強調するんだ?」

 

 訝しげなエース。だって……ねぇ……。

 

 「ほんの数年見ない間に尊敬する兄ちゃんが変態化するのは忍びないからね」

 

 言うと、エースは目に見えて不機嫌になった。

 

 「何だよ、それ。おれのことか? どういう意味だよ」

 

 言った通りの意味です。

 だって……日常的に半裸って、変態以外の何者でもないと思うんだ。前世で初めてエースを見た(読んだ)ときは、どこの露出狂だ! とか思っちゃったよ。

 

 男の上半身なんてさほど気にすることないだろ、と思うかもしれないけど……考えてみて欲しい。半裸の男が町を普通に歩く姿を……うん、前世の俺なら絶対不審者として警察に通報する!!

 シャツの前ボタン開襟程度ならまだともかく……流石に、半裸は…………。『変態』を褒め言葉として受け取るフランキーですら、上にはシャツ下には海パンって一応は上下共身に付けてるってのに、エース…………半裸って。どんだけ自分の身体に自信を持ってたらあんなことが出来るんだろう……半裸って……。

 いや、別に変態的嗜好で半裸になってたわけじゃないのは解ってる。背中の『誇り』を見せてただけだってのは。

 でも、それならそれで……何で『誇り』を入れる部位に背中をチョイスしたんだ? 腕でも何でも、他にいくらでもあっただろ? そんなに白ひげと同じにしたかったのか? でも白ひげ、普段は上着てたよね……何でエースは常に半裸……。

 ダメだ、頭痛くなってきた。そもそも、なんだってこんなに半裸半裸って連呼しなきゃいけなくなったんだ!?

 米神を押さえてブンブンと頭を振った俺にエースが嘆息した。

 そうだ、それよりも頼みたいことがあったんだ。

 

 「それはそれとしてさ、ちょっとこれも持ってってくれない?」

 

 次いで俺が渡したのは、小さな封筒が2つ。中身はそれぞれ……。

 

 「何だこりゃ? 爪か?」

 

 そう、俺とルフィの爪である。

 

 「エースは、ビブルカードって知ってる?」

 

 聞くと、エースはキョトンとした顔になった。やっぱりまだ知らないか。

 ビブルカード。原作ではエースがルフィに渡し、後に重要なアイテムになったアレである。

 しかし、今のエースはまだ出航前。知らなくて当然だ。

 でも俺は、原作知識として知っている。もし知らなかったとしても、日記に書いてあった。流石母さん、元・グランドラインの海賊。

 

 「グランドラインの後半、新世界と呼ばれる海にある技術なんだって。別名『命の紙』。爪を混ぜ込んで作る紙で、その爪の持ち主の現在地や生命力を教えてくれるんだって」

 

 かなりおおざっぱな説明だけど、間違ってはいないはずだ。

 

 「もしエースがそれを作る人に出会えたら、俺たちの分も作っといて欲しいんだ」

 

 「別にいいけど……作ったところで渡せねぇぞ?」

 

 うん、普通ならそう考えるだろう。

 何しろ3年のスパンが開くんだ。渡す機会が無いなら頼む意味がない。

 でもまぁ、原作を知ってる俺としては……アラバスタで会えるって解ってるからね……口には出せないけど。でも、言い訳は用意してあるよ?

 

 「いいよ、別に。会えたら渡してくれればいいし、会えなかったら会えなかったでエースが持っててくれれば。その時は俺たちが自分で作りに行くから、エースのソレは俺たちの生存確認にでも使ってよ」

 

 正直、ビブルカードを手に入れたからって、それで何かを企んでるわけでもない。俺としては、あれば便利、ぐらいの認識だったりする。

 せいぜい、どこぞの迷子剣士に渡しておこうと思うぐらいだ……尤も、目の前を走ってる人間を追いかけることもままならないようなヤツにそんなの渡しても、意味は無いかもしれないけど。

 エースは納得はしてくれたらしく、封筒を荷物の中に仕舞った。

 

 「にしてもお前、自分のはともかく、ルフィの爪なんていつ手に入れたんだ?」

 

 ふと疑問に思ったらしく、エースは俺に訊ねてきた。俺は肩を竦めて答える。

 

 「さっき。寝ているルフィからこれで削り取ってきた」

 

 言って俺が見せたのは、小さなナイフである。

 チラ、とエースはぐーすか寝こけてるルフィに視線をやり……その指先に絆創膏が巻かれてるのを見つけたらしく、口元を引き攣らせた……うん。

 

 「ちょっと手元が滑っちゃってね。大丈夫、手当てはしといた」

 

 まぁ、大した傷じゃなかったし。

 

 「……この場合、何の躊躇もなく寝ている兄貴の爪を削げるお前と、指を切られたってのにそれでも起きねぇルフィ、どっちが大物なんだろうな」

 

 どことな~く遠い目をするエース……大げさな。いいじゃん、別に爪を剥ぎ取ったわけじゃないんだから。ちょっと削っただけだし。ってかさ。

 

 「どっちが大物って、ルフィに決まってんじゃん。ルフィは海賊王になる男だよ!」

 

 これは俺の本心だ。まぁ、紆余曲折はあるだろうけど。

 って、エース? 何でそんなに微妙な顔なの?

 

 「の割にはお前、ルフィの扱いが適当だよな……」

 

 うん、自覚はしてる。でもね。

 

 「親しみを持ってる証だ!」

 

 俺がグッと親指を突き出してイイ笑顔でそう宣言すると、エースは疲れたような諦めたような長い溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 翌日。ルフィ、俺、ダダン一家、マキノさん、フーシャ村村長(名前忘れた)という面々に見送られ、エースは旅立って行った。

 ちなみに、見送りにはダダン一家は来ててもダダン本人は来てなかった。本人は家で不貞腐れてたからね。

 

 「チッ。ガープにどやされるのはアタシなんだよ!」

 

 そんな憎まれ口叩いても、目に涙を溜めた状態では本気で捉えることはできない。これは……あと一押ししたら、ダムが決壊しそうだね。

 

 「大丈夫だよ、エースをここに押し付けたのがまさにその祖父ちゃんなんだから。結局は祖父ちゃんの自業自得だよ」

 

 ダダンの自棄酒に付き合いながら、俺はそう言った。

 ちなみに俺も飲んでます。酒。

 警告します。未成年の飲酒はいけません。

 俺まだ13歳なんだけどね!? 説得力ないね!? いや~、あの盃交わした日に初めて口にしたんだけど、結構好みで……前世は高校生で終わったから飲酒なんてしたことなくてさ、初めて知ったよ。自分が酒好きだってこと。

 だから、時々分けてもらって飲むようになったんだ。ちなみに、エースも一緒に飲んでた。ルフィはジュースの方がいいみたいだけど。

 エースよりも俺のほうが酒に強いということに気付いてちょっと嬉しかったのはここだけの話だ。…………尤も、翌日の二日酔いも俺の方が酷いんだけどね……うん、明日も俺は頭痛くなるだろうなぁ。

 

 「お頭、エースからの伝言だ」

 

 何となく目の据わってきたダダンに声を掛けたヤツがいた。

 

 「なんだい、アイツは最後まで人をバカにする気かい?」

 

 んなワケないじゃん。ほら、メッセンジャーも苦笑してるよ?

 

 「『世話になった、ありがとな』、だそうですぜ」

 

 来ました、一押し。それを聞いて、ダダンのダムは決壊した。

 

 「うっぜーよ、あんのクソガキャーーー!!」

 

 ブワッと溢れ出す涙。ダダンのその様子にルフィが腹を抱えて笑い出した。

 結局その後はそのまま宴会になった。エースのお別れ会みたいなモンだ。本人がもう行っちゃったのに、それも可笑しな話なんだけどね。結局は、寂しいのは俺たちの方ってことか。

 

 

 

 

 

 後の『火拳』のエースの冒険が、今日始まったのだ。 



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第31話 修行の成果

 「ゴムゴムの~銃!」

 

 まっすぐにルフィの腕が俺に伸びてくる。しかし、正面からの直線的な攻撃を避けるのは簡単だ。

 

 「剃!」

 

 俺は余裕を持って避けたけど、それはルフィの予想の範囲だろう。

 何しろ、2人きりで3年、エースやサボもいた頃から数えると10年もの間共に競い合ってきたんだ。互いの手の内は解っている。

 ルフィは銃で伸ばした腕でそのまま先にある木の枝を掴み、ビョンと飛んだ。そして、その腕を支点として回転しながら足を伸ばす。

 

 「ゴムゴムの鞭!」

 

 ……まぁ有体に言えば、ものすごくリーチの長い回し蹴りだね。

 剃で高速移動中の俺の位置を、ルフィは正確には掴んでいない。だからこういう広範囲攻撃できる技を選んだんだろう。だが。

 

 「月歩!」

 

 その技の難点は、一直線上にあるモノにしかヒットしないということだ。なので、月歩で上空に逃げれば平気……けれどルフィのことだ。むしろそれを狙ってるんだろう。

 

 「ゴムゴムの槍ィ!」

 

 (ソル)を使うのを止めたことで俺の姿を正確に捉えることが出来たルフィは、これで決めるつもりなのだろう。まっすぐ俺に両足を伸ばして突こうとしてきた。

 けど……甘い。

 

 「剃刀!」

 

 「いっ!?」

 

 空中を駆けて一瞬で間合いを詰め、俺はルフィの前に現れる。(ヤリ)を使ったため逆立ちの状態だったルフィは咄嗟に反応出来ない。後は、腹に一発蹴りを入れて終わった。

 ゴム人間のルフィにただの蹴りは効かないけれど、その反動で身体が吹き飛ぶ。

 

 「同じ手が2度も通用するかっての。一本だ。俺の勝ち」

 

 そう、実は昨日もルフィは同じ戦法を使った。俺はまんまと嵌って昨日は負けちゃったんだけどね……ちゃんと対策は立てるって。

 

 「くっそ~~~~~~! 負け越した~!!」

 

 やっぱり殆どダメージはないらしいルフィ。でもとても悔しそうだ。それも当然だろう。

 何しろ、これでルフィ対俺は324対325なんだから。

 

 

 

 

 昔から恒例だった1日50戦(エースが行ってしまったことでまた減った)は、現在では1日1戦になっている。

 というもの、ルフィも俺もそれぞれの修行の成果が出て来たからだ。

 

 ルフィはゴムの制御が出来るようになったし、俺は六式を使えるようになった。それなら、1日に何戦もして時間を取られるよりも各々の修行に集中して自身の技に磨きを掛け、1日に1回手合わせをして互いの成果を見た方がいいんじゃないか、ということになったんだ……というより、俺が提案した。何しろ、1戦決着つけるのにも結構時間が掛かるようになっちゃったからね。

 

 かつては2年のアドバンテージで体力差が大きかったためか俺の連戦連勝だったけど、このスタイルになったころからは一進一退だ。

 あのルフィに引けを取っていないと嬉しく思う気持ちもあれば、以前は常勝してた相手に負けるようになって悔しいという思いもあるから、内心は複雑なんだけどね。

 

 

 

 

 とはいえ、俺は六式を使えるようになったって言ったけど、正直言って防御・回避の技……鉄塊と紙絵にはちょっと不安がある。というのも、俺が試しに受けられる最大の技が、ルフィの『ゴムゴムのバズーカ』だからだ。鉄塊でそれを受けた時はギリギリ耐えられたけど、この時期のルフィのバズーカより威力のある技を持ってるヤツなんていくらでもいるだろう。紙絵もだ。これもルフィの銃で試したんだけどさ……避けられはした、したんだけど……どうも紙絵というより剃で避けちゃったような気がするんだよ。

 けど俺は苦手なそれらを訓練するよりも、得意な剃や月歩を鍛えることにした。もっと言うなら、速度を極めようとしている。スピード重視の戦法ってことだね。

 ちなみに、指銃と嵐脚だと、後者の方が得意だ……頑張ったからね! だってルフィに指銃効かないんだもん!

 

 

 

 

 そうだ、悪魔の実の能力と見聞色の覇気の成果も報告しておこう。

 

 能力の制御の方は順調だ。既に限界の1/100サイズにまで小さく出来るようになった。今はどこまでタイムラグを無くせるかどうかってのが課題。

 

 見聞色の覇気は……うん、本当に、信じる者は救われるね!

 エースとルフィに殴られ続けること凡そ7年(ここ3年はルフィだけだけど)。何発何十発何百発何千発と拳を受け続けた甲斐があった! 最近ようやく気配が読めるようになったんだよ!

 相手が既に放った攻撃なら大体わかるし、調子が良ければたまに一手先が読めたりもする。範囲は広くないけど、目で見なくても周囲に誰かいるのか解ったりもする。とはいえ、心の声が聞こえるほどじゃないし、行動の先読みもそれほどはできない。あくまで、気配が大体解る、ぐらいだ。多分やり方が悪かったんだろうけど……まぁ、独学なんだから仕方が無いと今は納得するしかない。

 俺が少し見聞色を使えるようになったことで、ようやくルフィは覇気の存在を信じてくれた。でも、自分もと取り組み始めたけど……多分無理だろう。

 何しろ、このやり方ではルフィには決定的に足りないものがある。危機感だ。打撃が効かないもんだから、いくら殴られても痛くない。よって、必死で避けようという気力が湧かないのだ。とはいえ、斬撃を浴びせかけるわけにもいかない。嵐脚を使えば可能だろうけど、打撃と違って直撃したらかなり危ないことになるからね。

 

 そして、結局武装色は身に付けられなかった。

 

 

 

 

 ついでに言うなら、俺は少し前にふと気付いた。俺は……というか、兄弟全員だけど……自給自足が基本の野生児だ。

 つまり、自然と一体になってたわけで……ひょっとしたら、生命帰還使えるようになれたんじゃね? と。

 もっと早くに気付いてれば頑張ったんだけど、出航まで1年切ってたからその時は諦めた。時間が無い。でもいつかは体得したいと思ったね。

 

 

 

 

 「お前、そんなのいつの間に使えるようになったんだ?」

 

 ルフィが少し膨れながら聞いてきた。

 

 「元々使えた。剃刀は剃と月歩の複合技だから。今までは使ってなかっただけ」

 

 昨日使わなかったのは、単にタイミングが合わなかったからだ。

 

 「おれも出来るかな、それ」

 

 「人の話聞いてた? 剃と月歩だって言ったでしょ? 月歩使えないルフィには出来ないよ。」

 

 無邪気な質問に呆れながら返すと、ルフィは唇を尖らせた。

 この会話でももう気付いてもらえると思う。

 そう、ルフィは既に剃は使えるんだよ! ルフィが強化された!

 まぁ、原作でもCP9が使ってたのを見様見真似で覚えたヤツだ。出来ても不思議じゃない……というか、俺に対抗意識を燃やしてるのか、やたらと積極的だった。

 俺としても、自分の現時点での最終目標を考えれば、ルフィが強くなるのを歓迎こそすれ、邪魔をする理由など全く無い。

 とはいえ、俺だってみすみすルフィに抜かれるのは悔しい。なので頑張ってスピードを強化した。少なくとも、ルフィがギア(セカンド)を覚えるまでは速度で負けたくはないと思ってる。

 

 

 

 

 

 俺たちももうすぐ海に出る。

 3年前に出発したエースだけど、もう白ひげ海賊団2番隊隊長になってる。手配書で見たよ…………半裸になってた。

 エース……俺、泣いていい?

 それ以前には、七武海に勧誘されたけど断ったってのも新聞で見た。

 

 ふと思ったんだけど……もしエースがその話を受けてたらどうなってたんだろ?

 だってもう、七武海って全部席埋まってるよね? 誰かが蹴落とされたりとかするのかな?

 その場合は誰なんだろう……元の懸賞金が1番低いのはハンコックだけど(ミホークの懸賞金は解んないけど)、原作で頂上戦争後に消されたのはゲッコー・モリアだし。

 そういえば、そもそもハンコックは初頭手配で8000万ベリーを懸けられて七武海に勧誘されたんだったっけ……ってことは、ハンコックの実際の実力はそれ以上の可能性が高いか。攻撃対象にはなってなかったとはいえ、パシフィスタを何体も行動不能に追いやってたし。

 8100万ベリーだったクロコダイルも、バロックワークスのこととかがバレてれば懸賞金は倍以上になってたはずだってどっかで見たし。

 まぁ、どっちにしろエースは断ったんだから、今更考えてもどうしようもないか。

 閑話休題。

 

 とにかく、俺は色々準備してる。水とか食料とか、小さくすれば結構持ってけるから。ルフィ? 全っ然考えてなかったみたい。なのでちょっと説教しました。そしたら率先して手伝ってくれるようになったよ! ……にしても、何でちょっとビクついてたんだろう?

 あぁ、海に出てそうかからずに大渦にのまれる運命だろうから、ちゃんとビニール袋に入れてるよ。ルフィと共にタルで漂流する運命か……ハァ……でも、そうでないとコビーたちと出会えないしねぇ。

 それに必要なのは、地図にコンパス、望遠鏡。必需品ではないけど、本も用意した。日記も忘れない。後は細々とした日用品やその他諸々。

 さて、後は時が来るのを待つばかりだ。




 修行の成果はこのようにしました。原作開始時のユアンの力は悪魔の実(ミニミニの実)の能力、六式(紙絵と鉄塊に不安あり)、不完全な見聞色の覇気です。
 
 ユアンが六式の特訓をしてたのを見てたため、ルフィも刺激を受けました。でも、まだ修行中な上にギアも思いついてないので、剃を身に付けるのにもかなり苦労したと思います。また、ユアンはあえてギアの理論をルフィに伝えてません。身体に掛かる負担を思ってのことです。

 次回、ルフィと共に旅立ちます。そして、幼少期編も終わりです。


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第32話 ROMANCE DAWN

 そして、やってきました船出の時!

 

 「ダダン、今までお世話になりました?」

 

 挨拶は大事だと思って俺はきっちり頭を下げた。

 

 「何で疑問系なんだい?」

 

 苦虫を噛み潰したかのような表情のダダン。だって……ねぇ?

 

 「実際にお世話してくれたのって、エースだし」

 

 ありがとう、エース。我が育ての親!

 ダダンは面白く無さそうだけど……俺知ってるからね!? そもそも、あんたがエースに俺を丸投げした張本人だって、知ってるからね!? まぁ……ダダンも、祖父ちゃんに俺を押し付けられた被害者なのは同じだけど。

 勿論、その祖父ちゃんには黙っての船出だ。当然ながら。

 ……W7、ヤだなぁ。祖父ちゃん襲来のときは、きっちり逃げよう、そうしよう。いざとなったらルフィを囮……いやいや、エサ……じゃない、生贄……じゃなくて、尊き犠牲としてでも!

 

 「ダダン! おれ、山賊嫌いだけどよ!」

 

 俺の隣ではルフィが満面の笑みである。あー、お前またダダンのダムを決壊させる気か?

 

 「お前らは好きだ!」

 

 ブワッと涙が溢れ出すダダン……よし、追撃しよう。

 

 「俺も好きだよ?」

 

 ダダンは完全にあらぬ方を向いて号泣しだした。

 

 「テメェらさっさと行っちまえ! チキショー!!」

 

 うん、いってきます。

 

 

 

 

 コルボ山付近から出航したエースと違い、俺たちはフーシャ村の港からの出航だ!

 ……でも、ルフィが『いってらっしゃ~い』と村人たちの激励を受けてる裏で、俺は『誰だアイツ?』的な目で見られてた。

 うん、寂しい!

 あぁそうだよ、どうせ俺がフーシャ村に居たのなんか生後数ヶ月だよ! 以来ずっとコルボ山だよ! どうせ忘れられてるよね! 予想してた!

 

 「ユアン、身体に気を付けてね?」

 

 マキノさん……!なんてお優しい……!!

 不覚にも涙が出そうだった。

 

 「サボが1番、エースが2番。おれたちは3番目だけど、負けねぇぞ!」

 

 おれ『たち』って言ってくれるルフィも優しいねぇ、しみじみ。

 ってカッコいいこと言ってるけど、船を出すのは俺なんだねルフィ? だってお前航海術ちっとも覚えてくれなかったもんね?

 フーシャ村の人々の声をBGMに、俺たちは港から出航した。

 

 

 

 

 

 「ユアンはさー、副船長にしてやるよ!」

 

 出航してすぐ、ルフィは無邪気な笑顔で上から目線にそう言った。

 ……本当に、目線が上からなんだよ。俺ってば、結局ルフィよりチビのままなんだよね……ってか、むしろ差は開いていくし。今の俺、せいぜい160cmぐらいだよ。そう、多分ナミより低いよ! って、人獣型のチョッパーを除けば一味で1番チビってことか!?

 何故だ!? 飲酒か!? 酒が成長を阻害したのか!?それとも何か遺伝的要因でもあるのか!? 或いはミニミニの能力の影響か!? 2mや3mのヤツがうじゃうじゃいる世界でこの身長は……うぅ、悲しい!

 いや、俺はまだ16歳。きっとこれから成長期なんだ! うん、希望を持て! 大丈夫だ、毎日牛乳飲んでるし!

 よし、ちょっと浮上した。ルフィにも受け答えできそうだ。

 

 「俺は1クルーでいいんだけど? 何で役職持ち? しかも副船長。」

 

 むしろゾロの方が向いてると思う。シメるときはきっちりシメるし。

 

 「お前が後ろにいると思うと、何か安心するんだ!」

 

 それってつまり……俺にお前のフォローをしろってことか?

 しょうがないか、どうせルフィは1度言い出したら聞かないんだ。でも、ちょっと苦笑してしまう。

 

 「2人しかいない海賊団に船長と副船長だけいてもどうしようもないんじゃないか?」

 

 うん、想像してみたけどすっごく空しい海賊団だね。

 俺は苦笑してそう返した。でもルフィはまた笑う。

 

 「いいんだよ、仲間はこれから集めるんだ! そうだなー、まずは音楽家だ!」 

 

 あ、やっぱソレなのね? うわ、コイツ1人に出来ない! 絶対遭難する! 

 

 「音楽家は後にしようよ、ルフィ。まずは航海士とコックと船医を探すべきだ」

 

 俺の意見は、至極まっとうで常識的だと思う。……ってか、本来ならむしろ船を早く手に入れるべきだよな。メリー号との出会いまで小船での旅か……ハァ。

 でも、俺の気持ちはルフィには届いていないらしい。

 

 「バカ言え、海賊は歌うんだぞ!」

 

 どーん、という効果音がつきそうな勢いで胸を張るルフィ。

 ……バカはお前だ。でも、ルフィがこういうヤツだってのは解ってた。

 そして、常識的な人間では海賊の頂点になんて駆け上がれないだろうってことも。だからルフィは、それでいいんだ。何と言うか……愛すべきおバカのままでいて欲しい。

 

 「前にゴミ山で拾ったハーモニカを練習しといたから、暫くはそれで我慢してよ」

 

 そう、俺頑張った。修行の合間を縫って練習した。『ビンクスの酒』は一応吹けるようになったよ! 何でハーモニカなのかって? 楽器なんて他に見つからなかったんだよ!

 ルフィは渋々引き下がってくれた。ってか、これでまだ駄々をこねたりしたら怒る。

 

 「まぁ、何にせよまずは仲間集めだ。10人は欲しいな」

 

 気持ちを切り替えたらしい。

 でも……ゾロ、ナミ、ウソップ、サンジ、チョッパー、ロビン、フランキー、ブルック。俺というイレギュラーとビビ&カルーを除けば、判明してるだけで9人。ジンベエは一旦断った……ってか、保留だし。10人目の仲間って出るのかな?

 

 「ユアン! 折角なんだから吹いてくれよ、ハーモニア!」

 

 「ハーモニカだ、ルフィ。」

 

 俺は苦笑した。でもまぁ悪くない、折角の船出だ。とはいえ、俺のレパートリーは『ビンクスの酒』だけなんだけど。

 

 「ヨホホホ~♪ ヨホホホ~♪」

 

 俺は吹いてて歌えないから、歌ってるのはルフィだけだ。

 いいねぇ、ルフィがいるといつでもどこでも賑やかだ。

 

 「帆に旗に蹴立てるはドクロ~♪」

 

 ……この船、まだドクロ無いけどね? ジョリー・ロジャー掲げてないけどね? でもそれって海賊船としてどうよ? あ、でもすぐにこの船は沈むんだし、どーでもいっか。

 とか考えてたら、突如海中に魚影が見えた。随分と巨大だ。あぁ、あれが。

 すぐに、1匹の海獣が現れた……ちょっと疑問に思ったんだけど、これって海王類なのかな? どっち?

 

 「出たな、近海の主!」

 

 嬉しそうだね、ルフィ……そんな好戦的な笑みを浮かべちゃって。

 

 「手伝おうか?」

 

 一応聞いておく。まぁ、答えは解りきってるけど。

 

 「いらねぇよ。……相手が悪かったな。10年鍛えた俺の技を見ろ!」

 

 ニヤリ、と挑発的な笑みを浮かべるルフィ。それを察したわけじゃないだろけど近海の主は興奮しながら向かってくる。でもまぁ、確かに相手が悪い。ルフィの技の威力は、多分俺が1番よく知ってる。

 そう、この対決そのものは心配してないんだけど……。

 俺にはちょっと頭に引っ掛かることがあった。

 

 「行くぞ! ゴムゴムの~~~~!」

 

 ブンブンと腕を振り回すルフィ。

 

 「銃!!」

 

 見事にクリーンヒットした拳は、一撃で近海の主と呼ばれる存在を沈めた。ザパァン、と大きな水しぶきが立った。

 この船がメリー号やサニー号なら、アレを回収して食料にするのにな。

 

 「思い知ったか、魚め!」

 

 あ、アイツって魚の括りなんだ?

 でも。

 

 「まだまだ……だなぁ」

 

 俺は極々小さな声でポツリと呟いた。

 ヤツをあっさり撃退した、それだけ見れば充分強いだろう。けれど、海賊王を目指すなら……全然足りない。

 ヤツが『向かってきた』、その時点でまだまだと言える。何しろ、どっかの誰かは一睨みで追っ払ってたもんね……ってか、アレも覇王色の覇気だったのか?

 けど、何も水をさす必要は無い。旅は……伝説は始まったばかりなんだ。これからまた上に登ればいいだけのこと。

 

 「よっしゃ、行くぞ! 海賊王に! おれはなる!!」

 

 で、俺はそのサポート役か。サポートというと聞こえはいいけど、相手がルフィだからね。むしろ、お守り役? まさか副船長に任命されるとは……いや、前向きに考えよう。レイリーポジだと思えば……うん、嬉しい! いいよね、レイリー! 渋いし強いし、ナイスミドルだよ!

目指せレイリー!

 

 

 

 

 最終目標は頂上戦争だけど、序盤はそこまで関わること無いからなぁ……そうだな、とりあえず活動資金を集めようか。

 だって俺、別にそれほど宝に興味は無いけどさ。でも流石にヤだよ、貧乏航海は。必要最低限の先立つ物は欲しい。

 でも民間からの略奪は論外だし……宝の地図とかも無いし。となると残るは……何だ、カモはいっぱいいるじゃんか。

 ニヤリ、と意地の悪い笑みが浮かんだのが自分でも解った。

 

 「ユアン? どうした?」

 

 「ん~? 何でもない」

 

 ルフィにもちょっと気付かれたみたいだけど、まぁいい。別に悪行を企んでるわけじゃないし……いや、企んでるのか?

 ただちょ~~~~~~っと、出くわす海賊の皆さんから搾り取ってやろうと思ってるだけなんだけどねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、ルフィと俺の冒険は始まったわけで……うん、実際にこうなってみると、なんとも言えない高揚感があるね。そうだな、ルフィの旅立ちなんだ。始まりの言葉はコレがいいだろうか。

 

 

 

 

 ROMANCE DAWN!! ……なんて、ね?




 やっと終わりました、幼少期編が。
 さて、次回からようやく本当の『麦わらの副船長』として冒険が始まるわけですね。つまりは、言ってみればこの幼少期編は序章というわけで……なんて長い序章なんでしょう。

 途中、ハーモニカが出てきましたが、ユアンが頑張ったのはそれだけじゃありません。色々不安だったので、航海術と医術も基本は身に付けました。ルフィの暢気さが、傍から見てるユアンに逆に危機感を与えたようです。ちなみに、放っておくと肉しか食べないルフィ(+エース)の栄養管理のために、簡単な料理も作れるようになってます……器用貧乏な子です。でも、修行の合い間に時間を捻出して涙ぐましい努力をしたんですよ。



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東の海編
第33話 2人の海賊少年


 遭難しました。そして大渦に呑まれようとしてます。

 ……うん、普通に考えたらこれって詰んでるよね!?

 そもそもルフィも俺も能力者でさぁ、カナヅチなのに。そんなコンビで海に出るのがそもそも無謀なんだよ。

 って、こんな盛大な渦に呑まれようとしてるんじゃ、泳げても意味無いから同じかー……とか、そんなこと考えながら俺はタルに荷物を詰めてます。

 うん、ちゃんと防水のためにビニール袋も持って来といた!

 で、最後に俺も小さくなってタルに入って……最後?

 

 「って、何1人で暢気に寝てんだコラァ!!」

 

 何で手伝ってくれないんだと思ってたら、ルフィのヤツぐーすか居眠りこいてやがった! ……アレ? 原作ではちゃんと起きてたよね?

 殴ってもどうせ効かないから、軽く嵐脚を放つ。俺は今小さくなってるから技の威力も落ちているし、大した傷にはならないだろう。

 

 「いでぇっ! ……あ、ユアン! 準備できたか?」

 

 俺の嵐脚で少し切れて血が滲む頬を押さえながら、ルフィは至極無邪気にのたまった……そして、俺は理解した。

 コイツ、俺に任せっきりにして自分は休んでやがったな!!

 俺の勘は正しかったかもしれない。俺の最優先業務は、ルフィのお守りだ。

 まぁいい。今はそんなことより避難だ、避難。

 

 「このタルに入れ。小さくするぞ……1/10!」

 

 原作ではタルにはルフィが入ってただけだからその後暫く着の身着のままだったみたいだけど、今回はちゃんと必需品や日用品もタルに詰めてある。まぁ、その分狭くなってるんだけど……人間も小さくなれば、問題はない。

 1/10サイズ(体長はおよそ16~17cmぐらい)にまで小さくなった俺とルフィは、そのままタルに乗り込んだのだった。

 船が渦に呑まれタルで漂流することになるまで、後わずか。

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 とある島に一隻の船が停泊していた。帆に描かれた♡やアヒル型の船首だけを見れば、遊覧船にも見えただろう。

 けれどそれが遊覧船などではないことは、船に取り付けられた大砲と掲げられている旗が示している。旗に描かれているのは、横を向いたドクロとそのドクロの上の♡マーク。

 海賊の証、ジョリー・ロジャーだ。

 この島は、懸賞金500万ベリーの女海賊・金棒のアルビダが統べる一味の休息地なのである。

 

 アルビダは♡マークを好む女海賊……が、その実態はなんとも厳ついオバサンだった。

 その自慢の腕力を以って振るう金棒で、今日も1人の手下を殴り倒すのを、雑用少年・コビーは震えながら見ていた。

 彼が殴られたのは、掃除で手を抜いた(らしい)から。

 確かに掃除を徹底するのはいいことだ、いいことなんだが……度を越えている。

 間違って乗ってしまった海賊船で、海の知識があるからと生かされているコビー。しかしそれは航海士などではなく、雑用としてだ。毎日毎日朝から晩まで扱き使われながら、恐怖で震えながら海賊の中で過ごす日々……。

 いや、たとえ雑用扱いでなくとも、今いるのが海賊船という時点でコビーにとっては悔しいことだ。

 何故なら、彼には『夢』があるのだから……海軍に入り、悪人を退治する、という夢が!!

 

 「コビー!この海で最も美しいのは誰だい?」

 

 「も、ももももももももももちろん、レディー・アルビダ様です!!」

 

 ……今のままでは到底無理だろうが。

 コビーはその後、言われるがままに靴磨きに勤しんだが……下手だから、と今度は便所掃除を申し付けられてしまった。

 アルビダを刺激しないように、反抗の意思など欠片も見せず、おどおどとした笑顔でコビーは引き受けた……尤も、反抗の意思など初めから無いのだが。そんなもの、折られるよりも前に自ら放棄してしまっていた。

 

 

 

 

 便所掃除をしながら、コビーは屈辱と己の情けなさに密かに涙していた。あまり人がやりたがらない掃除場所だ、この場にはコビーしかおらず、気兼ねすることもなかった。

 思えば、ほんのちょっとのボタンの掛け違いで、思い描く未来からは随分と離れてしまった。海軍に入りたい自分が、海賊船の雑用をしているだなんて。もし今乗っている船が海賊船ではなく海軍船だったのなら、例え扱いは同じ雑用だったとしても、どんなにか誇らしく嬉しかったことだろう。

 けれど、現実は無情で変わることなくそこに横たわっている。だが……。

 

 (あの舟で……逃げ出せたら……)

 

 ふと、2年がかりでコツコツ作った舟が脳裏に浮かぶ。

 まるで棺おけのようでボロボロだが、短期間ならば航海出来ないこともない。この辺りの地理も既に掴んでいるし、上手くいけば逃げられるかもしれない……ただし、捕まれば今度こそ殺される。逃亡者を許すほど、アルビダは寛容じゃない。

 その『もしも』を考えると、コビーは動けなかった。それでまた自分の不甲斐なさを突きつけられる。

 力で勝てないのは仕方がない。だから、プライドよりも命を優先するならば、一時的に降り従うのも仕方がない。悔しくはあるが、それを情けないとは思わない。

 けれど、逃げ出せる可能性が目の前にあるのにそれを実行出来ない自分には、情けなさが込み上げてくる。それが出来ないのは仕方がないからではなく、勇気がないからだからだ。どうしても、あと1歩が踏み出せない。

 

 舟を作ってる間は『アレが完成すれば』と思えた。けど、実際にボロボロながらも出来上がってみると、結局何も出来ない自分を見せ付けられるだけだった。

 自分は、何のために2年も海賊船の雑用をしてきたのか? それは、死にたくなかったからだ。

 では何故死にたくないのか? それは『夢』があるからだ。

 しかし、このまま唯々諾々と海賊船に乗り続けていたら、『夢』は叶わない。これでは本末転倒じゃないか!

 …………と思うものの、結局は動けないのだ。

 

 (情けない……ん?)

 

 ふと顔を上げると、海岸に何かが流れ着いているのが窓から見えた。目を凝らしてよく見てみると。

 

 (あれは……樽?)

 

 1つのタルが、波に揺られながら海岸に打ち上げられていた。

 

 

 

 

 コビーは流れ着いていたタルを転がしながら(重くてコビーの腕では持てなかった)、海岸にある小屋に持っていった。まだ中身があるようだったからだ。

 小屋の掃除番だった男3人は、降って沸いた余剰の酒を喜び、こっそり飲もう、ということになった。

 勿論コビーへの口止め……脅迫も忘れない。

 コビーではアルビダだけではなく、この海賊団の誰にも敵わない。当然頷き……その瞬間だった。

 

 「あーーーー、よく寝た!!」

 

 タルの中から1人の少年が出て来たのだ。

 

 (……って、タルから人が!?)

 

 あまりの驚きに一同は声も出ない。だが、少年はそんな周囲の様子など気にもしていないらしい。

 その少年は酷く場違いな、満面の笑顔を浮かべていた。年の頃は10代後半、左目の下の傷と頭に被った麦わら帽子が特徴的だ。黒髪黒目、中肉中背の見た感じではどこにでもいそうな少年である……タルから出て来た、という特異性が無ければ。

 

 「助かったなー……って、大丈夫か?」

 

 少年は自分の足元に向かってそう言った。

 

 (……って、誰に!?)

 

 疑問に思った次の瞬間、もう1人人間が顔を出した。

 

 「大丈夫じゃねぇ……酔った……」

 

 酷く顔色の悪い、彼もまた少年だった。

 見たところ最初に出て来た少年よりも小柄で、1・2歳年少なのかもしれない。赤い髪と緑の目を持っていて、もう1人よりも身体的特徴はある。だが、傷や帽子のようにはっきりとした特徴は無い。言うなれば、彼もまた一見どこにでもいそうな少年である……タルから出て来たのでなければ。

 

 (……って、このタルのどこに2人分のスペースが!?)

 

 1人が入ればもう一杯一杯になりそうな、そこまで小さくはないが特別大きくもないタルだ。そこから人が出て来た、というだけでも驚きなのに、どうやって2人も入っていたというのか。

 

 「ん?」

 

 麦わらの少年がやっと周囲に気付いたらしい。

 

 「何だ、お前ら?」

 

 ……何とも能天気な質問である。しかし、この瞬間固まっていた者たちが再び動けるようになった。

 

 「「「お前らが何だ!?」」」

 

 コビーを除く3人が見事にハモりながら思い切りツッコんだ。しかし。

 

 「うるせぇな…………」

 

 グロッキー状態だった赤い髪の少年がギロリと3人を睨んだ。その眼光に3人は……いや、睨まれていないコビーも纏めて気圧された。

 

 「な、何なんだよテメェらは!」

 

 こんな子どもに圧されたことに腹が立ったのか、3人の内の1人が声を荒らげた……が。

 

 「うるせぇっつってんだろ……俺は今気分が悪ぃんだよ……」

 

 通常ならば恐れられる海賊の睨みも恫喝も、この少年ときたら全く堪えていないらしい……いや、少年たちは、というべきか。

 

 「しししっ! お前、まるで二日酔いの時と同じだなっ!」

 

 もう1人の麦わら少年もケラケラと腹を抱えて笑ってるのだから。

 赤い髪の少年は、ギロリとさっき海賊たちを怯ませた睨みを浴びせかけるが、それもまるで堪えてないらしい。いや、むしろそれが愉快だとでも言わんばかりに笑みを深くする。それを見て、赤い髪の少年は深く長い溜息を吐いた。

 

 「ただでさえ参ってたってのに、ゴロゴロと転がしやがって……誰の仕業だ……?」

 

 その言葉にコビーはビクリと震え、3人の男は一斉にコビーを見る。その様子で察したのだろう、少年もコビーを見て……笑った。

 瞬間、コビーの背筋が凍ったような気がした。

 

 (ま、ま、ま、ま、まるで獲物を見つけた肉食獣のような目をっ!)

 

 「そうか……お前が……」

 

 ユラリ、と少年は立ち上がった……コビーは彼の背後に陽炎が見えたような気がした。

 

 「悪いな……今の俺は、極めて沸点が低いんだ」

 

 まるで地を這うような重低音の声だった。

 

 (ヒィィィィィィィィィィィィ!!)

 

 コビーは内心で悲鳴を上げた。気分はすっかり、ヘビに睨まれたカエルだった。

 だが。

 

 「さぼってんじゃないよっ!!」

 

 アルビダの怒号と共に、金棒が飛んできて小屋を大破させた。

 舞い上がる砂埃にその場にいた者の姿が紛れ、コビーは今初めてアルビダに心の底から感謝した。まるで天の助けのように思えた……尤も、儚い希望だったのだが。

 

 「剃!」

 

 あの少年の声がした、と思った次の瞬間には、コビーは彼に抱えられていた。

 

 (え? え? な、何で? だって、さっきまであっちに……ってか、何でぼくの場所が……って、捕まってるぅぅぅぅぅぅぅぅ!?)

 

 ニヤリと笑う端整な顔が間近に見えて、コビーは一瞬死を覚悟しかけた。

 別に、何かされたわけじゃない。殴られたり蹴られたりしたわけでもない。ただ、怒っていると言われただけなのに、何故こんなにも怖いのか。正直、アルビダよりも怖かった。

 

 「ルフィは吹っ飛んだか……じゃ、俺も行くかね。剃!」

 

 え、と思ったが、その時にはコビーは既にあの赤い髪の少年に抱えられたまま森の中にいた。

 

 「何だ、ソイツ連れてきたのか?」

 

 未だ下半身をタルに突っ込んだままの麦わらの少年が、呆れたような声を出した。返す声は何だが嬉しそうだ。

 

 「まぁ…………色々、お礼がしたくてね……」

 

 (あぁ、ぼくの人生、空しかったなぁ……)

 

 逃げられないことを悟り、コビーは逆に腹を括った。だがその一方で、麦わら少年はちょっと引き攣った笑みを浮かべている。

 

 「え~とな、ユアン? ちょっと落ち着け。まずは酔いを醒ますんだ……どうした?」

 

 赤い髪の少年は不思議そうな顔をしていた。不思議そうというか……どこか愕然としているような顔だ。

 

 「俺が、ルフィに……宥められた…………っ!」

 

 麦わら少年はムッときたらしく、声を張り上げる。

 

 「失敬だぞ、お前!」

 

 しかし、赤い髪の少年の怒りの波動が目に見えて減っていくのが解り、コビーは漸く余裕を取り戻した。

 

 「あ、あの~~~~」

 

 黒と緑、2色の視線が自分に向く中、コビーは勇気を振り絞った。

 

 「あ、あなたたちは何なんですか……?」

 

 2人は顔を見合わせ……まず名乗ったのは麦わら少年の方だった。

 

 「おれはモンキー・D・ルフィ。海賊だ!」

 

 「…………は?」

 

 今彼は何といった? 海賊? アルビダと同じ?

 クエスチョンマークを飛ばしていると、赤い髪の少年がコビーを地面に降ろした。彼の視線には、もう先ほどまでの激しい怒りは無かった。

 

 「俺はモンキー・D・ユアン。同じく海賊で、一応アレの副船長」

 

 アレ、と言ってタルに埋まっている麦わら少年……ルフィを指差す赤い髪の少年……ユアン。

 

 

 

 

 これが、コビーと彼らの出会いだった。 




 始まりました、東の海編。

 しかし、新章1話目はコビー視点。
 でも筆者の構想通りに進んだとしたら、コビーは頂上戦争でとても大事な役割を持つことになるんですよ。なので、ちょっと掘り下げてみました。
 あと、第三者の目から見たユアンを書いてみたかったってのもあります。せっかくの新章ですし。
 中間のコビーの心情は筆者の捏造なので目を瞑ってやって下さい。

 後、補足が1つ。途中、ルフィがユアンに睨まれても全然平気だったのは、ユアンが『目に見えて不機嫌』だったからです。彼が本気で怒った時は『穏やかな笑み』を浮かべると解っているので、そうならなければ過去のトラウマ(笑)は発動しません。
 ユアンは別に揺れに酔いやすい体質ではありませんが、流石にあの渦巻には参ってしまったようです。で、彼は酔うと気分の悪さからかなり短気かつガラが悪くなります。しかし、それで周囲に当たるのは理不尽だと解ってるので、注意されれば割とすぐに落ち着いてきます。
 弁護するなら、彼も本気で当り散らしてるわけじゃないんですよ?コビーに向けたのも『穏やかな笑み』ではなく『獰猛な笑み』ですし。


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第34話 コビー

 いやー、参った参った。

 どうも、お見苦しい所をお見せしました。

 あんまりにも気分が悪かったもんで、不機嫌のピークで理性が飛びまして……ついついコビーを誘拐しちゃったよ。

 でも、うん。まさかルフィに宥められる日が来るなんて……あまりのショックに酔いも吹っ飛んだ!

 けどコレは明らかに俺の短所だよな……いつかは治そう。

 

 「で? ここはどこ?」

 

 ニッコリ笑顔でコビーに聞くと、ものすっごく驚いた顔をされた……何故?

 

 「ユアン。お前ぇ、さっきまでとのギャップが激しすぎるぞ?」

 

 タルから身体を引き抜きながらルフィに言われた。成る程と納得できてしまう自分が悲しい。

 ……うん、ちょっと本気で反省してるから言わないでくれない?

 それでもコビーの答えによると、ここは『金棒』のアルビダの休息地とのこと。よっしゃ、原作通りに流れ着いたな……って、コビーがいる時点で解ってたけどね。コビーはついでとばかりに自己紹介もしてくれた。礼儀正しい子だ、流石海兵志望。

 だがしかし。

 

 「どうでもいいけどな、そんなの」

 

 ルフィは素で薄情だったけど。

 

 「よし、無くなってるものはないな」

 

 んで、コビーほっぽってタルの中身を確認してる俺も大概だけどね。

 小さくしてたのを、確認しやすいように元の大きさに戻しながら取り出していく。

 水・食料・望遠鏡・コンパス・地図・簡易医療セット・本(日記含む)・着替え、他日用品多数。

 

 「……って、このタルのどこにそんなスペースがっ!?」

 

 驚愕のコビー……うん。

 

 「ナイスツッコミ!」

 

 俺はコビーにグーサインを出した……ら、何だか嬉しそうだった。

 きっと、褒められることってないんだろうな……この程度のことでも嬉しいんだろうな……哀れ……。

 

 「いえそんな……って、答えになってませんよ!?」

 

 あ、ツッコミを重ねてきた。やるな。

 

 「そんなことよりさー、お前舟持ってねぇか? おれたちの大渦に呑まれちまってよー」

 

 ルフィが話を逸らしてくれた。本人にその気は無いんだろうけど。

 大渦!? とさらに驚愕しているコビー。今日は大変だね、心臓大丈夫?

 

 「でもさ、ルフィ」

 

 俺は取り出した荷物を再び纏め直しながら声を掛けた。

 

 「ここは海賊の休息地なんだろ? 船なら確実に一隻はあるんじゃね?」

 

 そう、アルビダの船が……って、正直あんなファンシーな船、いらないけどね。一応提案はしておいた。

 って、何か乗り気だなルフィ。

 

 「おう、いいな。じゃあいっちょ奪ってくっか!」

 

 ぐるんぐるんと腕を回すルフィ……うん、単純。

 

 「ダダダダダダダダダダダダダメですよっ!!」

 

 コビー、ダって何回言った? うん、取りあえず君が滅茶苦茶焦ってるのは解ったよ。必死だねぇ。

 

 「な、何考えてるんですか!? 相手はあの『金棒』のアルビダ様ですよっ! 500万ベリーの賞金首の海賊!! ムリムリムリ、ぜ~ったい! ムリですっ!!」

 

 500万ベリーって……ゴメン俺の、いや俺たちの感覚すればしょぼ過ぎて何て言ったらいいのか解んない。しかも『金棒』って……ルフィへの相性最悪だし。

 

 「だ~いじょうぶだって! おれたち強ぇしなっ!」

 

 あ、俺も行くのね? うん、解ってたけど。俺は肩を竦めた。まぁいいや、どうせ俺の目的は……。

 

 「それに言ったよね? 俺たちも海賊だって……今日からだけど」

 

 そう、実はあの船出はほんの半日前の話なんだよ! 海は怖いね!

 けど俺たちはもう海賊。海賊が海賊から奪って何が悪い!!

 

 えぇ、略奪する気ですが何か?

 

 そう、俺はアルビダの海賊団から宝をせしめるつもりだ。宝といえるほどブツがあるかは不明だけど、無一文よりはマシだろう……俺たち今無一文だもんね!? 海賊貯金? んなもん準備で全部消えた!

 原作でもアルビダをぶっ飛ばしてたし、多少シチュエーションが変わったって問題は……。

 

 「ちょっと待ってください!」

 

 と思ってたら、必死のコビーに止められた。

 

 

 

 

 ぼくの作った舟を使ってくださいと言われ、コビーに連れられて森の中を歩く俺たち……ちなみに、タルは俺が持ってる。ルフィは普通にスルーしやがった。

 で、見えてきたのはまるで棺桶のようなボロボロの舟……うん、絶望的なカナヅチの身としては絶対乗りたくない!

 これは勿論、コビーがここから逃げ出すために2年掛けて作った舟だ。そして始まるコビーの身の上話。

 いや、もう、ツッコミ所満載なんだけど!?

 

 「どうやったら、釣りに行こうと思って間違えて海賊船に乗れるんだよ……海賊旗見なかったわけ?」

 

 「お前、バッカだな~!」

 

 ルフィにバカって言われてるよ、オイ! うわぁ、哀れ。

 しかも、根性無さそうだから嫌いって言われてorz状態になってるし……でも、それは同感。人間根性は大事なんだよ?

 根性を絶やさなければ大抵のことは出来る! 俺だって、こんな序盤に不完全ながらも見聞色の覇気を掴みかけてるし!

 しかもねコビー君? 自分にもタルで漂流できるだけの度胸があれば、って……それ、ただの結果論だって! 別に漂流したくてしたんじゃないよ! お前だって同じ状況に陥れば出来るさ。

 

 「お2人は、海賊なんですよね? ……なぜ海に出たんですか?」

 

 コビーの素朴な疑問を投げかけられ、待ってましたと言わんばかりの笑顔でルフィが答える。

 

 「おれは海賊王になるんだ!」

 

 コビー、顎が外れそうな顔で驚愕……面白い顔だねぇ。

 

 「海賊王!? それはこの世の全てを手に入れた者のことですよ!? 『一つなぎの大秘宝(ワンピース)』を目指すってことなんですよ!? 世界中の海賊がそれを狙って海を旅してるんですよ!?」

 

 「大丈夫だよ」

 

 コビーってば、興奮しすぎじゃないか? 血管切れちゃったら寝覚めが悪いし、宥めとこう。

 

 「だって、ルフィは海賊王になる男だからね!」

 

 「なんという根拠の無い発言をっ!?」

 

 失礼な、根拠はあるぞ?

 強いしー、覇王色持ちだしー、万物の声を気けるっぽいしー、周囲を巻き込むカリスマ性は頭抜けてるしー……って、今言っても誰も信じてくんないか。

 って、宥めようとしたのに逆に興奮されてる……面白っ! しかも今気付いたけど、コビーって何気にツッコミ上手い!?

 

 「ムリですよ、ぜ~ったいムリですっ! この大海賊時代に海賊の頂点に立つなんて! できるわけないですよ! ……いたっ!!」

 

 ルフィがコビーの頭を殴ったのと、俺がコビーに踵落としを食らわせたのはほぼ同時だった。妙な所で息が合ってるね、俺たち。

 

 「ど、どうして殴って蹴るんですか!?」

 

 「「何となく!」」

 

 こんな所もハモりました。え、何で俺もやったのかって?

 いや、兄貴(=ルフィ)の夢を全否定されるのがこんなにムカつくものだったとは……ちょっとユースタス・キャプテン・キッドの気持ちが解るかも。

 って、コビー? ここは怒るトコじゃないかい? 何をヘラヘラ笑ってるのさ。

 

 「慣れてますから……」

 

 ……ダメだこの子。俺は自分の口から溜息が零れるのが解った。

 

 「で? 慣れてるからって受け入れるんだ? 手ぇ出した当人が言うのも何だけどさぁ、いつか死ぬよ?」

 

 明らかに『呆れてます』と言わんばかりの口調に流石にムッときたんだろう。コビーは口を尖らせた。

 

 「それを言ったら、お2人だってそうじゃないですか。海賊王だなんて……それこそ死にますよ!?」

 

 「おれは、死んでもいいけどなぁ」

 

 ルフィが麦わら帽子を手に取って呟いた。

 

 「おれが自分で決めたことだからな、そのために戦って死ぬならそれはそれでいい」

 

 清々しいほどキッパリとした宣言だけど……俺はまた溜息が出て来た。

 

 「俺はヤだからね? 死ぬ気無いからね? 悔いは残したくないから。だから当然、兄ちゃんを死なせる気もありません。そのために今まで修行してきたんだから」

 

 兄ちゃんというのは勿論、エースも含めてのことだ。むしろ、そっちの方が本命……だって、死亡フラグが乱立してんだもん。

 俺もルフィに負けじとキッパリ宣言したら、ルフィに笑われた。俺、別に面白いことなんて言ってないのに。

 

 「死ぬ気になったら……」

 

 コビーがボソッと呟いた。って、泣いてるよこの子。

 

 「ぼくでも、海兵になれるでしょうか?」

 

 なれると思うぞ? でも、祖父ちゃんには俺たちのことはちょっとオフレコにしといて欲しいなー、なんて。

 

 「このまま雑用として海賊に使われるぐらいなら、勇気を持って逃げて……海兵になって、悪者を捕まえられるようになれるでしょうか?」

 

 いや、それはお前次第だからね? 俺たちに言われてもどうともならんのだが……って、コビーの瞳に力が宿った!?

 

 「やってやる……! そうしていつかアルビダもこの手で捕まえて!」

 

 あれ、一気に目覚めた? うん、コビーって何気に頑張ってたよなぁ。多分頂上戦争時の実力があればアルビダぐらいは何とかなったんじゃないか?

 でも残念。あんまりよろしくなさそうな気配がたくさんこっちに集まってる。ってか、この距離だとさっきの言葉も聞かれてるだろうなぁ。

 あ、1人抜きん出てきた。うん、不完全ではあるけど便利だね、見聞色って。

 

 「コビー! 今テメェ何を言ったぁ!!」

 

 地面にぶつかれば地響きがしそうな勢いで金棒を振り下ろすいかついオバサン……基、アルビダが登場した。

 実物初めて見たけど……すげぇ、いかつい! よくこれで自分を美しいって思えるね!?

 金棒は舟に直撃コースだったけど、コレがコビーの2年の努力の結晶であることは事実だ。どんなにボロボロな小舟でも、それは変わらない。なので、流石に大破は忍びない。だからちょっと金棒を止めてみた。

 何てことはない、右腕にだけ鉄塊を掛けて受け止めたんだ。

 ガァン、とまさに金属同士がぶつかり合ったような音が響き止められた金棒に、アルビダ以下全員が驚愕している。当然って顔をしているルフィ以外は、コビーも含めて全員がだ。うわ、ちょっと気分いいかも!

 

 「ルフィ」

 

 まぁ、流石に敵の頭に勝手に手を出すのはアレだし。一応船長の意向を確認しとかなきゃな。

 

 「コイツら、どうする?」

 

 聞くと、ルフィは一瞬キョトンとしたけど、すぐにワクワクしているような楽しそうな顔をした。

 

 「勿論、ぶっ飛ばす!」

 

 殆ど予想通りの答えが返ってきて、俺自身も笑みが浮かんでくるのが解った。

 

 「了解、キャプテン」

 

 さて。海賊としての初戦闘、始めるとしますか。



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第35話 VSアルビダ

 「ユアン、コビー任せた」

 

 船長であるアルビダの相手はルフィ。まぁ、それは当然の話だろう。特に文句もないから、俺は受け止めていた金棒を押し戻してからコビーを抱えて下がった。まぁ、ルフィVSアルビダで巻き添えが出るほど周囲に影響を与えるとは思わないけど、念のためだ。任されちゃったしね。

 

 「お前らかい、紛れ込んだ賞金稼ぎってのは!」

 

 あの、オバサン? 俺たちそんなの一っ言も言ってないよ。

 

 「おれはルフィ! 海賊だ!」

 

 どーんと胸を張って宣言するルフィ。

 

 「俺はユアン。……以下省略」

 

 「略すんですか!?」

 

 うんコビー、お前本当にツッコミ気質なんだね。

 

 「海賊ぅ!?」

 

 アルビダは素っ頓狂な声を出した。

 

 「なんだい、アタシの首を取って名を上げようってのかい!?」

 

 ……ハァ?

 

 「「いや、別に」」

 

 ルフィと俺のセリフがハモった。だって……ねぇ?

 

 「おれたち、漂流して流れ着いただけだしな」

 

 「それに、アンタの首を取ったところでさして名が上がるとも思えないし」

 

 だって、500万ベリーだぞ? ……いや、平均懸賞金額が300万ベリーの東の海ではそれなりなんだろうけどさ。まぁ、でも。

 

 「アンタの首には興味ないけど……アンタの持ってる宝には興味があるな。俺たちにくれない?」

 

 小首を傾げて『お願い』してみたけど、どうやら聞いてくれる気は無さそうだ。元々敵意を向けられていたけど、その気配が強くなった。アルビダだけじゃない、他の海賊ども全員がだ。

 それは堂々と略奪宣言をされたからか、それとも……あからさまに『お前らごとき小物に興味ねーよ』と言われたせいか。いや、多分両方だろう。

 

 「コビー!!」

 

 アルビダに叫ばれ、俺に抱えられたままのコビーがものすごくビクついた。あぁ、恐怖はしっかり心に刻み込まれてるんだね?

 

 「ソイツを始末しな! お前だって護身用に持たせたナイフがあるだろう!? その距離なら、たとえお前ごときでも外しゃしない!!」

 

 確かに俺たちは密着していて0距離だから、外しはしないだろう。

 

 「えっ……? え、ぼく……?」

 

 さて……どう出るかな、この子は。まぁ、やったらやったで鉄塊でガードするだけなんだけど。

 

 「で………………出来ませんっ!」

 

 搾り出すように叫ぶコビー。

 

 「ぼくはっ……ぼくは……か、海兵になるんですっ!! ひ、人を刺すなんて、そんなのっ!!」

 

 言い切ったー! コビー……この子……!

 

 「カッコいいなぁ~、オイ!」

 

 俺はバンバンとコビーの背を叩いた。むせて咳き込むコビー。

 まぁ俺ってば海賊だから、別に海兵志望者が刺したって特に問題ないと思うけどさ。

 んで、一方でアルビダの顔がもの凄いことになってるよ。

 

 「なぁ、コビー。このいかついオバサンがアルビダでいいんだろ?」

 

 ……このルフィの問いは挑発でもなんでもなく、100%素だろう。無邪気なヤツだよ。聞かれたコビーは色んな意味で蒼白になってるのに。

 『いかついオバサン』発言に海賊団の面々も顎が落ちそうになってる。

 

 「プッ……アッハハハハハハハ!!」

 

 ヤバイ、面白っ! 思わず吹き出しちゃったよ!

 

 「ル、ルフィさんっ!? こ、この方は……た、確かにアルビダ様でっ! せ、世界で1番………………いかついクソババアです!!」

 

 おお、『いかついオバサン』より何気にグレードアップしてる!? うん、コビーの顔面はさらに真っ青になってるけどね。でもその勇気は本物だ!

 

 ブチッとアルビダが切れた。

 

 「コビーーーーーーーー!!!」

 

 怒号と共に、コビーと俺に金棒を振り下ろすアルビダ……さっき俺がソレ片手で防いだの、忘れたのかな?

 鉄塊発動するか? と思ってたら、ルフィが動いたのが見えて中断した。

 金棒の軌道と俺たちの間に身体を滑り込ませ、その身で金棒を受け止めるルフィ。

 

 「お前の相手はおれだぞ!」

 

 麦わら帽子の下でニィッと笑ったのが解る。あぁ、コイツやる気だなぁ。

 アルビダ一同は再び金棒が受け止められたのに驚いている。

 ……ん?

 

 「何か用?」

 

 ルフィとアルビダが対峙する中で、俺とコビーにじりじり近寄る男どもが数人。まぁ、『何か用?』だなんて、聞くまでもないか。

 

 

 

 

 その後のことは、別に詳しく描写する必要はないだろう。

 アルビダが原作通りルフィの『ゴムゴムの銃』一発で負けたり、俺たちに飛び掛ってきた数人は俺の『嵐足・線』で一掃されたり。

 ……ヤバイ、相手が弱すぎて物足りないのは物足りないけど、無双って楽しいかもしれない。気分爽快だ。

 とはいえ、アルビダが負ければその配下がまだ戦意を維持するわけもなく。

 

 「で? くれるよね、宝?」

 

 もう1回ニッコリと『お願い』したら、今度は快く頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 「「この船いらねぇ……」」

 

 それがアルビダの海賊船を見た俺たちの第一声だった。またハモったよ。

 いや解ってたけど、この船無いわ……少なくとも俺らの感性では乗る気になれん。

 なので、現金とお宝と小船だけ貰っといた。

 勿論、気絶しているアルビダの指にゴテゴテと付いていた指輪も全部回収しといたよ。コレだけでも結構な額になりそうだ。

 ガメツイ、と言わんばかりの視線に晒されたけど。でもしょうがないじゃん。俺は貧乏航海は嫌だ! 何度だって言うよ、貧乏航海は嫌だ!

 けどまぁ……次に行くはずのシェルズタウンでは宝を換金してる時間は無いだろうな……って、待てよ?

 

 ①シェルズタウン→色々やりたいことがあるから時間無さそう

 

 ②オレンジの町→住民全員避難中なので論外

 

 ③珍獣島→そもそもガイモンしか人間いねぇ

 

 ④シロップ村→長閑すぎて換金所があるかが怪しい

 

 ⑤バラティエ→レストランで宝をどうしろと?

 

 ⑥ココヤシ村→アーロンに長年搾取されてきたのに宝を買い取る余裕があるのか?

 

 ………………うわ、ひょっとしたらローグタウンに着くまで宝を換金できないかも。

 まぁ仕方が無い。多少は現金もあるし、何とかなるだろう。貧乏航海にまではならないはずだ。ローグタウンでグランドラインに備えて色々準備すりゃいい。

 あ、ちゃんとコビーも引き取ったよ? 忘れてたりしてないからね?

 

 

 

 

 特に何の問題も無く、俺たちは再び海に出た。

 にしても、海賊としての初戦闘としてはイマイチだったな……弱すぎだ。正直拍子抜けだけど……まぁ、そう遠くないうちに敵方も強くなってくからなぁ。

 

 「けど、お2人が悪魔の実の能力者だったなんて……」

 

 技でアルビダをぶっ飛ばしたルフィだけでなく、奪ったブツを小さくして船に積み込んだ俺も能力を知られた。まぁ、もう海に出てるから別に隠す必要も無い。

 

 「まぁね。あ、そうだコレ」

 

 言って俺が懐から取り出したのは、小さくして持ってきた舟……コビーが2年かけて作った舟だ。

 

 「記念に持っておきなよ。アルビダの下で過ごした2年間は思い出したくもない出来事かもしれないけどさ、その間も心の底から挫けることはなく努力を続けたってことは誇っても良いと思うよ?」

 

 まぁ、勇気は出せなかったかもしれないけど、諦めはしなかったわけだからね。

 それに口では言わないけれど、その勇気が無かったころの自分を決して忘れないで欲しいんだよ。

 かの徳川家康は、負け戦の時に恐怖で脱糞した姿を絵師に書かせ、その絵を常に持ち歩いて自身を戒めたという。弱い自分を受け入れるのは、必ず成長への肥やしになる。

 原作読んでたとき頑張って成長したコビーには驚いたけど、そういうのって結構好きだ。

 コビーは俺の差し出したミニ舟を受け取ってくれた。

 

 「ありがとうございます。ところで、お2人はご兄弟なんですか?」

 

 ん? あー、そういえば俺『兄ちゃん』って言ったっけ。それに俺たち、姓も同じだもんな。

 

 「おう! おれがユアンの兄ちゃんだからなっ!!」

 

 ルフィ、めっちゃ嬉しそう……うん、未だに兄貴風吹かせたい年頃ってヤツなんだね。

 

 「うん、そうだね。1歳違いなんだよ。ルフィは17、俺は16」

 

 微笑ましいというか……苦笑が浮かんでくるなぁ。

 さて、と。

 

 「ところでルフィ、次はどこへ行くんだ?」

 

 海賊船の行き先は船長が決める……けど、今は特に目的が無いから……。

 

 「仲間探すぞ! 強ェヤツ! あと音楽家!」

 

 やっぱそうなるよな。音楽家への拘りはひとまず置いといて欲しいけど。

 今回はちょっとシチュエーションが変わった影響か、アルビダたちからゾロの情報を得ることが出来なくなったからなぁ……まぁいい、今は俺が航海士代理みたいなモンなんだ。ルフィの目的地が明確でないなら、俺が目的地を決めても問題はないだろう。シェルズタウンに向かおう。

 

 「この近くにシェルズタウンって町がある。強いヤツがいるかどうかは解らないけど、海軍の支部があるみたいだから取りあえずコビーをそこに送ろう」

 

 ルフィにもコビーにも否やは無かったらしく俺の意見はあっさり通り、シェルズタウンへと船を進めることになったのだった。

 

 

 

 

 シェルズタウン……俺はそこに、ゾロとの出会いの他にもう1つ、ある目的があるんだよね。 

 



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第36話 シェルズタウン

 波に揺られ、航海すること早数日。俺たちは海軍基地のある町、シェルズタウンへと辿り着いた。

 当然といえば当然だけど、ルフィは航海中全く役に立たなかった。でもコビーは手伝ってくれたよ? その気配りに不覚にも涙が出そうになったのはここだけの話だ。

 

 「メシ食おう!!」

 

 ルフィ……島に着いて第一声がそれなんだな……ちゃんと航海中色々食わせてたのに。それも、お前をちゃんとミニサイズにして。

 でもまぁ、ルフィの食欲ぐらい俺だって承知してる。

 

 「コビー、これを渡しとく」

 

 俺はコビーに、アルビダ一味から奪った現金の内いくらかを渡した。

 

 「ルフィとメシ屋に行っといてくれない? 俺は買出しをしときたいから、その間だけアイツを見張ってて欲しい……放っておくと、店の食料を食い尽くす勢いで食べ続けるだろうから」

 

 これまでのコルボ山生活での習慣を考えたら、まず間違いなくルフィは食い逃げに走るだろう。でも、今までは金が無かったから食い逃げをしてただけで、金が有るなら払っておいた方が後腐れが無くていい。これ俺の持論。これまで食い逃げしてきた店にも、後々ちゃんと払うつもりでいる……宝払いでね。

 まぁ……今渡した金額じゃあ、とてもじゃないけどルフィの食費を購えやしないだろうけど。

 

 

 

 

 俺の買出しには、特に変わったことはない。

 まぁ、この先オレンジの町・珍獣島と買い物なんて出来なさそうな島に行くんだし、ちょっと多めに買い込んでおいたけど。

 取りあえず、水と食料。今乗ってる小船にキッチンなんてないから、買った食料は保存食が主だ。

 ライムジュースやレモンジュースもたくさん買っておいた。壊血病にはなりたくないからね!

 後は酒! そう、酒!! 酒豪・ゾロも加わることになるだろうし、色々揃えた!

 取りあえずそういった物を小船に積み込んで、俺はルフィとコビーがいるであろうメシ屋へと向かった。

 

 

 

 

 2人を見つけるのは簡単だった。人だかりの出来ている店に行けば良かったからだ。

 ルフィの食いっぷりにギャラリーが出来てたんだよ……。

 正直言えば他人のフリしてスルーしたかったけど、これも宿命なんだろう。俺は意を決して店に入った。

 ……お前の胃袋はどこのブラックホールだ? 亜空間にでもなってんの? って勢いで食欲を満たそうとするルフィの姿がそこにあった。

 うん、俺にとってはある意味見慣れた光景!

 

 「それ、金足りてる?」

 

 どうせ食事中のルフィは人の話なんて碌に聞きゃーしないから、まずはコビーに聞いてみた。

 コビーは蒼白な顔でフルフルと首を振る……うわぁ、面白い!

 ゴメンナサイ、ちょっとからかってました。俺ってばわざと、絶対にルフィの食費には足りないだろう金額しか渡してない。だって戦々恐々になるであろうコビーを見て楽しみたかったんだもん!!

 充分に堪能したことだし、ここらで安心させよう。

 

 「大丈夫、買出ししてきたけどまだちょっと残ってるから」

 

 つーか、あえて残した。色々買ったけどちゃんと計算はしてたんだ。

 救世主! とも言わんばかりの輝く瞳で俺を見詰めるコビーに、ちょっとやりすぎたかな~とも思ったけど、まぁ面白かったからよしとしよう。

 ルフィが食い終わるまでの間に俺も注文して(勿論、俺はただの大盛りだ)、俺が食い終わった頃にルフィも丁度食い終わった。

 さて、頃合かな。

 

 「ルフィ、俺買い物の最中に面白そうな話を聞いたんだ」

 

 本当は聞いてなんかいないけど、まぁそう言っといても問題は無いと思う。

 

 「ん?」

 

 ポンポンと腹を擦りながらルフィは視線で促してきた。

 

 「ここの海軍支部に、海賊狩りって呼ばれてる賞金稼ぎの剣士が捕まってるんだって。名前はロロノア・ゾロ」

 

 ゾロの名が出た瞬間、店中の人間がドン引きした……何もそこまで。って。

 

 「どうしたんだ、コビー? 面白い顔して」

 

 コビーってばムンクの叫び状態だよ! 感情表現の豊かな子だよね!

 

 「ど、ど、どうしたって!! ゾロって……あのロロノア・ゾロですよ! 魔獣のようなヤツだって専らの噂なんですよ!?」

 

 ゾロ……お前一体何したんだ? 魔獣って……。

 

 「ソイツ強ェのか?」

 

 お、ルフィの興味は引けたらしい。

 

 「強くなけりゃ噂になんてならないさ」

 

 実際、ここの人たちにヨサク&ジョニーを知ってるかって聞いても知らないって言われそうだ。

 

 「ちょ、ちょっと待ってください! まさか、仲間に誘う気ですか!?」

 

 「そうだな~、いいヤツだったらな!」

 

 ルフィは乗り気だ。

 

 「悪いヤツだから捕まってるんでしょうっ!?」

 

 コビーは必死だね。でもさ。

 

 「コビー……冷静に考えてみなよ」

 

 落ち着いて、落ち着いて。クールダウンだよ。

 

 「そもそも、ロロノア・ゾロは賞金稼ぎなんだ。本当なら仲間に誘うかどうか、だなんて考えるまでもない。それなのに、俺が何でこんな話を出したと思う? ロロノア・ゾロが『捕まってるから』だ」

 

 いくら今俺たちに懸賞金は懸かってないとはいえ、本来なら賞金稼ぎを海賊の仲間に、なんて考えない。

 

 「いくら悪名高くたって、賞金稼ぎをやって海軍に捕まるなんてことはない。そんなことしたら、わざわざ懸賞金を懸けてまで手配する意味が殆ど無くなる」

 

 懸賞金の高さが強さや危険度を示すバロメーターのような扱いになってるけど、要は懸賞金が高ければ高いほど海軍はそいつを捕まえたいのだから、そんな自分の首を絞めるような真似をするわけがない。

 

 「しかも、もう1つ面白い話を聞いたんだ。ここの海軍支部で1番のお偉方はモーガン大佐っていうらしいんだけど」

 

 モーガンの名を聞き、また町の人々が大きな音を立てて俺たちから離れていった。

 何て解りやすい反応なんだろう。

 

 「……まぁ、とにかく。そのモーガン大佐には、色々イヤ~な噂があるみたいでね」

 

 実はこれ、本当の話だったりする。

 俺が余所者だから逆に言いやすいのか、買い物をした店で結構大佐の愚痴を聞かされた。ぶっちゃけ、『貢ぎ』が大変だって話。

 

 「だから、ロロノア・ゾロが捕まってるのって何か理由があるんじゃないかな~、なんて思ってさ」

 

 俺の話をルフィは面白そうに聞いてたけど、コビーは複雑そうだ。

 

 「そんな、海軍の偉い人に……嫌な噂だなんて……」

 

 そりゃあ、今までずっと海軍に憧れてそれを心の支えにしてきたコビーにしてみれば、俄かには信じがたいだろう。

 

 「んじゃ、ひとまず行ってみっか。海軍支部!」

 

 ルフィのその一言で、俺たちの次の目的地が決定したのだった。

 

 

 

 

 やってきました海軍支部! いやー、結構デカイね!

 ここになら……『アレ』がある可能性が高い。

 手に入れたところで、実際に使うことになるかどうかは解んないけど、無いよりは有る方がいい。

 って、今はそれよりもゾロだ、ゾロ!

 

 「ユアン、ゾロがいそうな場所、解るか?」

 

 ルフィに聞かれたから、ちょっと意識を集中してみた。

 

 「解るかって……捕まってるんですよ? きっと奥の独房とかに……」

 

 「いや」

 

 コビーの言葉を遮り、俺は閉じていた目を開く。

 

 「あっちの方に1つ、強そうな気配がある……多分、それだ」

 

 いや、驚いた。何とも強烈な存在感だ。想像以上だよ。

 でも間違いない。この気配がきっと、ロロノア・ゾロのはずだ。

 

 「あっちだな!」

 

 ルフィは俺の指差した方向へと走っていった。コビーは目をパチクリとさせて呆けている。

 

 「気配って……」

 

 あ、やっぱり信じてないな? 何て疑わしげな目!

 

 「別に、信じられないなら信じなくていいよ。ルフィだって、最近まで信じてくれてなかったんだから」

 

 肩を竦めて、俺はルフィを追う。

 ルフィはそう離れていないところで壁によじ登り、海軍基地の中を覗いていた。

 

 「ユアン! ほら、いたぞ! アイツだろ、ゾロって!?」

 

 うん、ちょっと興奮状態だね。

 俺もルフィの隣から顔を出して、中を見てみた。そこにいたのは。

 十字の杭に縄で縛られ、磔にされている男。

 間違いない、ロロノア・ゾロだ……でもさ。

 何であんな縛り方なんだろ? ヘルメッポの趣味だったりする? 

 

 



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第37話 ロロノア・ゾロ

 ゾロは何ともまぁ、迫力満点だった。だけど……ちょっと反応が過剰じゃないかい、コビー?

 塀から顔を出して一目見た途端ビックリして落ちて尻餅って……。

 そんなコビーを呆れながら見てたら、ゾロがこっちに話しかけてきた。

 

 「おい、テメェら。この縄ほどいてくんねぇか? 流石に9日もこのままでいるんでな。くたばりそうだ」

 

 むしろ、殺しても死ななさそうなオーラがビンビン出てるんだけど?

 

 「あの縄ほどいたら、簡単に逃がせそうだな」

 

 ルフィが珍しく冷静に呟いたのを聞きとがめたのか、コビーがまた塀によじ登ってきて猛烈な勢いで反論しだした。

 

 「ルフィさん!? まさかやる気ですか!? 危険です!! 殺されますよ!!」

 

 だから、何でそんな根拠のないことを断言するのかな?

 

 「大丈夫でしょ」

 

 俺は軽くコビーをからか……じゃない、宥めてみた。

 

 「だってアイツ、剣士だって聞いたのに剣持ってないから。剣の無い剣士に殺されるほど弱くないよ。ルフィも、俺もね……ご愁傷さま、コビー」

 

 「ぼくは死ぬんですか!?」

 

 うわ……打てば響くようなツッコミ……嬉しい! ルフィはあんまりツッこんでくれないんだよね。

 さて。

 

 「メリットは?」

 

 俺はゾロに聞いてみた。

 

 「お前を解放して、それで俺たちに何か得はあるのか?」

 

 ニヤリ、と挑発的な笑みを浮かべる俺。ゾロは不機嫌になるかとも思ったけど、こちらもニヤリと挑発的な笑みを返してきた。

 

 「礼はしてやる……その辺の賞金首をぶっ殺してくれてやるぜ。おれは嘘は吐かねぇ、約束する」

 

 うん、良いこと言ってるのに、顔がすごい悪人面だ。人相悪いなぁ。

 

 「ユアンさん!? まさかあなたまで!」

 

 コビーは必死だけど……おい、何でそんなに焦るんだよ。

 

 「冷静になれっていっただろ、コビー?」

 

 ゾロには聞こえないだろう声量で俺は囁いた。

 

 「手配はされてないとはいえ、俺たちだって海賊なんだ。賞金首を貰っても何の得にもならない。海軍に突き出したところで何にもならないしね」

 

 というわけで、取引としては始めから不成立なんだよ。まぁ、問題はそれじゃなくて……。

 

 「どう思う、ルフィ? どうやら噂ほどの悪人でもないみたいだ……男気もありそうだし」

 

 挑発されて激昂するような小物じゃない。一方的な要求を突きつけてくるようなヤツでもない。嘘を吐かず、約束を守る気概がある。

 

 「んー……まだ誘わねぇ」

 

 おや、意外にも冷静……まぁ、口でなら何とでも言えるしね。

 まぁどうせルフィの場合、これと決めたら梃子でも動かないんだからその前ぐらいはじっくり考えてもらいたい。

 ん?

 

 「どうした、お嬢ちゃん?」

 

 いや、知ってるけどね。

 

 「しーっ!」

 

 原作を知るならば解るだろう。そう、砂糖おにぎりのリカちゃんだ。

 梯子を塀に立て掛け、こそこそと基地内へと入っていく。

 

 「ちょ、あ、危ない……! ルフィさん、ユアンさん、あの子止めてくださいよ!!」

 

 ……あのなぁ。

 

 「お前が止めろよ、危ないって思うなら」

 

 「アルビダに啖呵を切ったときの勇気はどこに行ったんだ?」

 

 人はそれを他力本願という……あれ? 何故か脳内で蝙蝠と鰻が踊ってる。どうして?

 脳内で1人ボケツッコミをしてる間に、ゾロとリカちゃんの会話は進んでいた。

 食事を持って来たと言うリカちゃんと、出て行けというゾロ……言葉はすごく悪いけど、あのゾロの発言は間違いなくリカちゃんを気遣ってのものだろうね。ここに来たってことがバレたらまずいから。

 あ、でも手遅れかも。

 

 「ロロノア・ゾロォ!!」

 

 出た出た、ヘボメッポ……じゃない、ヘルメット……いや、ヘルメッポ。

 くそぅ、紛らわしい名前しやがって。

 

 「七光りのバカ息子か……」

 

 ハイハイ、ゾロに全面的に同意!

 ヘルメッポは気を悪くしたらしく、親自慢をしながらゾロたちに近付いていった。

 

 「お、お嬢ちゃん、このおにぎりは差し入れかい?」

 

 勝手にリカちゃんのおにぎりを手に取って口に運ぶ。

 一口食って砂糖おにぎりに悶絶するヘルメッポ……まぁ、確かに砂糖のおにぎりなんて、味覚的には受け入れがたいものではあるだろう。それは解る。でも、勝手に取って勝手に食ったお前が文句を言う権利は無いはずだ。ましてや……。

 

 「こんなもん食えるかっ!」

 

 それを踏みにじる権利は、更に無い。

 

 「指銃・撥」

 

 ルッチは豹形態で使っていたけれど、空気を弾いて攻撃するというのに有用性を感じて練習しといたんだよね。まぁ、それでも威力が弱いわ、タメが必要で連発出来ないわで実戦で使えるレベルじゃないんだよ……しょうがないじゃん、俺は動物(ゾオン)系じゃないんだ! けどまぁ、牽制には充分。

 

 「いでぇっ! 何だ!」

 

 弾いた空気の塊は正確にヘルメッポの横っ面にヒットしたらしい。目視できる攻撃じゃないから、俺にもちゃんと当たったかどうかは相手の反応が無いと解らない。

 けど、ギリギリのところでおにぎりは踏み潰されずに済んだみたいだ。

 

 「おい、お前ら! 何かしたのか!?」

 

 こちらを向いて怒鳴るヘルメッポ……意外に鋭いな。

 

 「気のせいじゃない? この距離で俺たちに何が出来る?」

 

 10m以上はあるしね。空気を弾いたんだから、証拠も無い。俺は肩を竦めてしらばっくれた。

 ヘルメッポはまだ納得出来ないらしく苛立っていたけど、証拠が無いことに変わりは無い。追求は諦めたらしい。

 

 「チッ……おい、このガキを放り出せ!」

 

 リカちゃんを指差し近くに居た海兵に命じるが……断れよ、海兵。軍人だから、上司であるモーガン自身の命令を聞くのはまだ解らんでもないけど、ソイツはただのバカだろ?

 お前も親父に言うぞ、って……もうちょっとマシな脅し文句はないわけ?

 って、考えてる間にリカちゃん飛ばされた!

 

 「よ、っと」

 

 月歩で空中キャッチ成功。着地も問題ナシ!

 

 「あ、ありがとうお兄ちゃん……」

 

 !?

 いや、違う。違うぞ! 『お兄ちゃん』って言われて一瞬舞い上がりそうになったりしてないからな! 今までずっと末っ子ポジでそんなの言われたこと無かったから嬉しいといえば嬉しいけど、でもそんな……。

 

 「あの~、ユアンさん? ルフィさんが入ってっちゃいましたよ?」

 

 !? しまった、ちょっと葛藤してる間に……! ってか、ルフィ行動早っ!

 

 「コビー、この子お願い。俺も行くから……そうだ。そのおにぎり、持ってこうか?」

 

 リカちゃん、という名前はまだ聞いてないから、実際に口に出したりはしない。

 

 

 「うん、お願い!」

 

 リカちゃんの表情がパァッと明るくなった。いいなぁ、女の子の笑顔は……華があるよ。

 

 

 

 

 「仲間探しは他を当たれ」

 

 ありゃ、結構見逃したな。そんなに長く時間食ったとは思わなかったんだけど。

 

 「ルフィ、誘ったのか?」

 

 ルフィの隣に降りて聞いてみたら、ルフィはふるふると首を振った。

 

 「まだだ。誘う前に断られた」

 

 それほど気にしていないのか、あっさりした反応である。

 

 「ふーん……嫌われたもんだね。まぁ、誘ってあっさり海賊堕ちするヤツもそうそういないだろうけど」

 

 俺だって、誘ってくれたのがルフィやエースじゃなくてブルージャムとかだったら、海賊じゃなくて賞金稼ぎの道を選んでたと思う。

 

 「おいお前。その手に持ってるの……」

 

 ゾロが俺の持ってるもの……リカちゃんのおにぎりに気付いたらしい。

 

 「これ? 欲しいの?」

 

 差し出すと、砂糖味のおにぎりを想像したのか一瞬渋い顔をしたけど、すぐに大口を開けた。

 

 「食わせろ。全部だ」

 

 うわ~、『あーん』状態だよ……って、ふざけていい場面じゃないか、流石に。でも、ちょっと意地悪してみようかな。

 

 「これ食べるの? 腹減ってるなら、ちょっと待っててくれればさっき買った食料を持ってくるけど? 『どっちが』いい?」

 

 どっちが、の部分をあえて強調した意味は解るだろう。リカちゃん手作りの砂糖おにぎりとごく普通の食料、2つに1つを選べってことだからね。

 勿論、ただ腹が減ってるだけなら砂糖おにぎりよりも普通の食料を求めるだろう。だが、ゾロは不快そうな顔をした。

 

 「食わせろって言ってんだろ」

 

 一切の迷い無しだ。つまり、コイツが優先しているのは己の空腹ではなくリカちゃんの心遣いってわけ。

 

 「了解」

 

 俺はちょっと笑って、おにぎりをゾロの口に放り込んだ。踏み潰されちゃいないから噛んでも砂の音はしないが、やっぱり味が味だ。ゾロは一瞬吐きそうな顔をしたけど、根性で飲み下した。

 

 「……あのガキに伝えといてくれ。『美味かった。ごちそうさまでした』ってな」

 

 「OK。ついでに、コレも」

 

 言って俺はゾロの口に板チョコを1枚突っ込んだ。

 

 「ビターだから大丈夫だと思うよ? チョコの栄養価はバカにできないんだ……雪山で遭難者を見付けたらチョコを渡すってぐらいだし。それと」

 

 チョコを銜えたまま動かないゾロの眼前にミネラルウォーターのボトルを1本差し出す。

 

 「人体において危険なのは、栄養不足よりもむしろ水分不足。ちゃんと補給した方がいいよ。お前、まだここにいなきゃいけないんだろ? 町の噂でちょっと聞いた。1ヶ月の約束、だっけ?」

 

 ジト、と半眼で俺を睨みながらゆっくりチョコを咀嚼し、それを食い切ると面白くなさそうな顔をした。

 

 「テメェ……おれを試しやがったな……」

 

 「さぁ? お前がそう思うならそうだろうし、そうでないと思うならそうじゃないんじゃない?」

 

 実はその通り。無いと思ってたけど、もし普通の食料を選んでたらそのままトンズラするつもりでした。

 

 「酒を買いすぎちゃってね。ルフィはあんまり飲めないし、俺1人じゃちょっとキツイんだ」

 

 いや、実を言えば余裕で飲み干せ足りるんだけど。そこはホラ、方便ってヤツ?

 

 「1ヶ月後……いや、もう9日過ぎてるらしいから、3週間後かな? に、乾杯できたらいいね。」

 

 ニッコリ、と微笑んでみせる。

 

 「………………おれは海賊にはならねぇよ」

 

 おれまぁ。俺は折角笑顔なのに、そんなに睨んじゃって……食えねぇヤツ、と言わんばかりの視線だね。

 

 「俺に言ってもしょうがないよ? 俺はルフィのクルーに過ぎないからね。お前を勧誘するもしないも、最終的にはルフィの判断に一任される」

 

 まぁ結果は見えてるけど、と俺は内心で思う。横目でルフィの様子を窺えば一目瞭然だし。

 それだけ言って水を飲ませると、俺はルフィと共にその場を離れた。

 

 

 

 

 「アイツ、いいヤツだな!」

 

 勧誘するか否かはともかく、とりあえずルフィの中でゾロは既に『いいヤツ』認定されている……まぁ、『いいヤツ』と判断したならば、最終的に辿り着くのは『仲間になれ』だろう。

 ルフィは諦めないからね~、色んな意味で。もうゾロを待ち受ける運命は、決まったようなモンだな、こりゃあ。 



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第38話 七光り

 悲鳴を上げる町人たち。不測の事態に慌てる海兵たち。 

 うん、まぁ、あれだよ。

 ルフィがヘルメッポを思いっきりぶん殴ったんだ。

 

 

 

 

 当然といえば当然の成り行きだろう。

 『1ヶ月耐えれば解放する』という約束を言い出したのは自分だろうにそれをギャグ扱いし、信じたゾロはバカ扱い。

 そりゃ切れるわ。

 

 「ルフィさん、落ち着いてください! 海軍を敵に回すつもりですか!?」

 

 コビーがルフィに抱きついて止めようとしてるけど……うん。

 

 「冷静になるのはお前だよ、コビー」

 

 俺はコビーをルフィから引き剥がした。

 

 「俺たちは海賊なんだから、海軍は元々敵だって!」

 

 グッと親指を突き出しグーサインでキメてみた。けど。

 

 「そーいう問題じゃないでしょうっ!?」

 

 返ってきたのは手厳しいツッコミだった。

 

「でも冗談じゃなく、コビーはちょっと俺たちと距離を置いた方がいいよ? 俺たちは海軍を敵に回そうが知ったこっちゃないけど、お前はその海軍に入りたいんだろ? 仲間だと思われたりしたらその夢も潰える」

 

 俺の尤もな発言に、コビーは言葉に詰まってしまったらしい。

 あれ?

 ちょっと目を離したスキに、ルフィの2発めの拳がヘルメッポの顔面にクリーンヒットしていた……あー、俺がコビーというストッパーを取っちゃったからか。

 

 「な、殴りやがったな! 親父にも殴られたことがない俺の顔を! それも2度も!!」

 

 ギャースカ喚きやがって……クズが。

 

 「残念。3発だ」

 

 「へ?」

 

 俺は剃で一気に間合いを詰め、尻餅をついたままのヘルメッポの顔面ド真ん中に軽く蹴りを叩き込んだ。

 

 「ブフォッ!?」

 

 2~3m吹っ飛んだけど……ちゃんと手加減はしたんだよ? そもそも嵐脚を使ってないしね。

 

 「あ、ゴメンゴメン。これは殴ったんじゃなくて蹴ったんだな。3発じゃなかったや」

 

 神経を逆撫でするように、軽~い調子で笑ってみた……ら、ヘルメッポは面白いぐらいに激昂した。

 

 「お、お前ら!! おれが誰だか解ってるのか!? 俺は海軍大佐モーガンの」

 

 「七光りのバカ息子だろ?」

 

 途中で遮り、フン、と本心から鼻で笑ってやった。

 ……っていうか、よく考えたら七光り具合じゃ俺らの方が上なんじゃね? 海軍支部大佐の息子と、海軍本部中将(しかも英雄とか呼ばれてる)の孫たち……まぁ、今のところそれでどうこうする気は無いからどうでもいいけど。

 

 「親父に言ってやる! お前らは死刑だ!!」

 

 なんというか……呆れ果てる。

 

 「お前がやれよ」

 

 「虎の威を借る狐……いや、ネズミってとこか?」

 

 しかも、虎は虎でも張子の虎、ってね?

 俺にしろルフィにしろ、これ以上手を出す気力は無くなった。何というか……萎えた。

 

 「あいつ、これ以上殴る価値ねぇや」

 

 うん、ルフィのその発言に全てが集約されてる。

 でもやっぱ腹立つから、1発ぐらいはやっときたかったんだよ。

 

 「ユアン」

 

 海兵の肩を借りながらヘルメッポが何か喚きつつドタドタと去っていったけど、正直あいつはもうどうでもいい。

 それよりも、ルフィのこの神妙な顔の方が気になる。

 

 「ゾロ。仲間にするぞ」

 

 あぁ、心を決めたんだね。うん、否やはないよ。

 

 「了解、キャプテン」

 

 

 

 

 モーガン親子の悪評は、かなりのものだった。

 リカちゃんに色々聞いたけど……ゾロが捕まった理由にしてもさ、人のペットを斬ったってだけなら飼い主に同情もするけど、そのペットが狼でしかも野放しだったとなれば自業自得だ。

 対するゾロの気概は、さっきの1件で充分見えている。

 ルフィが下した判断は、実直で解りやすい。

 それならば俺は、そのクルーとして手助けをしよう。

 

 

 

 

 俺とルフィは再び海軍基地へと舞い戻った。勿論、ゾロを正式に勧誘するためだ。

 ちなみに今回は、コビーは一緒じゃない。

 

 「海賊の勧誘なら断っただろうが」

 

 ゾロは訝しげだ。うん、確かにお前の言う通りだけどさ……『海賊王になる男』が、それで諦めるような可愛いタマだなんて思わない方がいいよ?

 

 「おれはルフィ。ゾロ、縄解いてやるからおれたちの仲間になれ!」

 

 何と言うか……まるで明日の天気の話でもしてるかのような軽い調子だ。

 

 「お前、人の話聞いてんのか?」

 

 ゾロのツッコミには心から同意する。俺も何度そう思ったことか。でも。

 

 「諦めた方がいい。ルフィは人の話聞かないのがデフォだから」

 

 肩を竦めて教えてあげたら、ゾロの矛先がこっちに向いた。

 

 「あ、俺はユアン。よろしく」

 

 「お前の名前なんてどうでもいいんだよ! それよりこいつを止めろ! お前はこいつの仲間なんだろ!?」

 

 うん、ルフィも俺の話なら一応は聞いてくれる……時々は。ちなみに、聞いてくれたからって聞き入れてくれるわけじゃないけど。でもどっちにしろ、止める気は無い。

 

 「何で止めなきゃいけないのさ。俺たちは海賊で、ルフィは船長だ。言ったでしょ、仲間の勧誘はルフィの心次第なんだ。ルフィがお前を仲間にするって言うんなら、俺は協力こそすれ邪魔をする理由は無い」

 

 そう、俺はルフィの味方であり協力者なのだから。そして、この場合俺に出来るのは……誘導、かな。

 

 「俺、ロロノア・ゾロは剣士だって聞いたんだけど……剣、どうしたの?」

 

 聞くとゾロは悔しそうな顔をした。その時のことを思い出してるんだろう。

 

 「あのバカ息子に取られたんだよ!おれの『宝』を……っ!」

 

 『宝』……そりゃそうだろう。友の形見なんだから。俺の『宝』も母の形見だからね。気持ちはよく解る。

 

 「じゃあ、当然取り返したいよな?」

 

 「当たりま……!」

 

 ピタリとゾロの言葉が止まった。気付いたからだろう。俺の何かを企んでいるニヤニヤ顔と、ルフィの何かを閃いた笑顔に。

 

 「よし! おれたちがあのバカ息子から『宝』を奪ってやるよ!」

 

 「でも、俺たちは海賊。奪ったモノは俺たちのモノだ……だから」

 

 「おれたちから取り返したかったら、仲間になれ!」

 

 ちょっとローテーショントークしてみました。ゾロは空いた口が塞がらないみたいだね。

 

 「………………テメェら、鬼か!?」

 

 無茶言うんじゃねぇ、と憤慨するゾロ。

 えー? でもさぁ。

 

 「1ヶ月立ちん坊するよりは無茶じゃないと思うけどなぁ」

 

 小首を傾げて呟くと、ギロッと睨まれた。わー、こわーい。

 

 「おれはおれの信念に恥じることをするつもりは毛頭無ェ。海賊なんて外道になるのはゴメンだ」

 

 いいねぇ、芯が通ってる。でも、そういうのは逆効果だと思うよ?

 

 「おれはお前を仲間にするって決めたんだ!」

 

 ほら、ルフィがますますお前を気に入っちゃった。

 

 「……信念に恥じることなんて、する必要は無いと思うよ? ルフィは自分の考えを押し付けたりはしないからね。お前はお前のやりたいようにやればいい。ただ、それを1人でするか仲間と共に行くかってだけのことだ」

 

 ルフィの夢は海賊王。けど、仲間は仲間で自分の夢を追えばいいんだ。だれも思想の押し売りなんてしないんだから。

 

 「よし!んじゃ行くぞ!」

 

 ルフィに言われ、俺も共に海軍基地へと向かったのだった。

 

 

 

 

 基地は見事に空っぽだった。いや、人がいないわけじゃない。1ヵ所に集中してるからその他の場所にいないだけだ。

 

 「何だ? 会議中か?」

 

 ルフィも不思議に思ったらしく聞いてきた。

 

 「違うと思うよ。上の方……屋上に人の気配が集中してる。まさか屋上で会議はしないだろうから」

 

 俺が指差すと、ルフィが腕を伸ばした。

 

 「上だな! よし!」

 

 伸びたルフィの手が、屋上の端を掴んだ。よし。

 

 「俺はちょっと別行動するよ」

 

 このままじゃ一緒に運ばれかねないし、そうでなくても月歩が使える俺が姿を現さなければ不審に思われるだろう。黙って別れるよりも一言言っといた方がいいはずだ。

 

 「? ゾロの剣はどうするんだ?」

 

 ルフィは不思議そうだ。そりゃそうだろう。俺の思惑なんて知らないだろうし。

 

 「ちょっと考えがあるんだ。欲しいモノもね……。ゾロの剣のことは、ルフィに任せるよ。俺がいなくても、大丈夫でしょ?」

 

 「おう! おれは強いからな!」

 

 屈託の無い笑顔が眩しいね。まぁ、実際モーガンぐらいならどうとでもなるだろうし、心配はしてないんだけど。

 

 「詳しいことは後で話すよ……いってらっしゃい」

 

 俺がヒラヒラと手を振ると、ルフィは腕に力を込めた。

 

 「じゃあ、後でな……ゴムゴムの~~~ロケット!!」

 

 ビュン、とゴムの反動の力によってルフィは一瞬で登っていった。

 ……さて、俺も自分の目的を果たそうか。

 ここは腐っても海軍支部。それなら……アレがある可能性が高いんだ。あるとしたら、モーガンの部屋かな? ついでにあの親子の私物も頂いてー……あ、ひょっとしたら海楼石の手錠とかもあるかも! 悪魔の実の能力者が4つの海に全くいないわけじゃないし!

 忙しくなりそうだな~。

 取り敢えず、さっさと略奪を始めるとしますか! 



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第39話 探しもの

 モーガンの部屋に行くのは、驚くほど簡単だった。

 何しろ、ルフィが大騒動を起こしてくれてるんだ。当然海兵たちはそっちに掛かりきりになっていて、中はお留守。

 途中1・2回ぐらいニアミスはしたけど、出くわすよりも俺が気配を読んで隠れる方が早かった。さっさと隠れてことなきを得た。

 

 

 

 

 モーガンの部屋は無駄に豪華だったよ。これが町民からの『貢ぎ』で整えられたものだと思うと、反吐がでそうだ。

 でも、今そんなことを考えてもどうにもならない。どうせモーガンは失脚するんだから、俺は俺の目的を果たそう。

 

 

 

 

 ずっと考えてたことがある。

 シャボンディ諸島でくまに飛ばされる時のことだ。

 俺としては、何とかルフィに付いて行きたいと思ってる。

 そうすればまず間違いなくインペルダウンに行ける。ひょっとしたら上手くいけばそこでエースを助けられるかもしれない。そうでなくとも、マリンフォードまでは行けるはずだ。

 俺はまだまだ実力は足りないけれど、他の誰にもない原作知識というアドバンテージがある。フラグをへし折ることは決して不可能じゃないはずだ。

 そう、そこに行けさえすれば。

 問題は、ルフィと逸れてしまった場合だ。くまに別々に飛ばされる可能性は低くない。

 そうなったら、俺は自力でマリンフォードまで行かなきゃいけないんだ。エースならアラバスタで俺にもビブルカードをくれるかもしんないけど、アレが教えてくれるのはあくまでもエースの位置だ。

 1人でインペルダウンに行っても内部に侵入するのはかなり難しいし、護送中の船にうっかり近付いてもどうにもならない。

 もしルフィと逸れたら、真っ直ぐマリンフォードへ向かう。俺はそう決めている。

 

 

 

 

 その場合必要となるのは2つ。

 

 

 

 

 1つ目は足だ。『麦わらの一味完全崩壊』の日から頂上戦争まで凡そ1週間。その期間で目的地まで辿り着けるだけの足が欲しい。

 これに関してはまだ何とも言えない。飛ばされた場所がどこかによるからだ。ひょっとしたら船や月歩で充分な近場かもしれないし、かなり無茶しなければいけないほど遠くかもしれない。まぁ、とりあえずウェイバーを死ぬ気で乗りこなせるようにしたいとは思う。噴風貝(ジェットダイアル)を搭載したウェイバーなら、かなりの距離を稼げるはずだ。

 それでもダメそうな距離なら、それはその時に考えるしかないだろう。

 

 

 

 

 そしてもう1つが……今探しているモノだ。

 海軍本部、マリンフォードも当然グランドライン内の島、地図や海図などあったところで当てになどならない。必要なのは……。

 

 

 

 

 

 「ここは腐っても、支部とは言え海軍の基地」

 

 俺はモーガンの机の引き出しをひっくり返しながら物色していた。見るからに荒らされているけれど、俺の知ったこっちゃない。とにかく、部屋をひっくり返してでも探すしかない。

 ここで見つからなければ、この後で手に入れられそうな所は無いだろう。

 海軍基地であり、警備も手薄で、俺自身に家捜しをするだけの時間的余裕がある。こんな好条件は他にない。

 頂上戦争時、グランドラインや4つの海から大量の兵が召集されていた。しかし、あれだけの兵をわざわざ本部が世界を回って連れてきたとは思えない。時間と労力のムダだ。それなら……あれらの殆どは、召集を受けて自力であそこまで行ったはずだ。

 そうでなくとも、本部と支部の間で交通に不備があるのは喜ばしいことじゃないだろう。

 それならば……!

 

 「見っけ……!」

 

 モーガンの机の引き出しの1つ、その奥にソレを見付けた。

 まさか、本当に見つかるなんてな……。

 あんまりにもあっさり見つかったもんだから、都合のよさに思わず笑みがこみ上げてくる。

 正直言えば、確率は五分五分だと思ってた。無かったら他の機会に無茶な強行手段に出なければいけなくなる。それでもダメなら、或いは根本から考えを改める必要があった。

 コレを使うのは、あくまでもルフィと逸れた場合。俺としてはそうなりたくないから、出来れば使わずに済んで欲しい品だ。

 けれどそれでも、あると無いとじゃ気分が全然違う。そうなってしまった時、『まだ方法はある』と思えれば、精神的にかなり救われる。言うなれば、これは保険だ。

 

 「1/10」

 

 俺はソレを小さくすると、そっとポケットに仕舞った。

 割れないように気をつけないとね。針の周りはガラス張りみたいだし。

 何度も言うけど、他に行けそうな場所でコレを手に入れるのは難しいだろう。失くしたり壊したりしたくない。

 コレを……マリンフォードへの永久指針(エターナルポース)を手に入れる機会なんて、そうそう無い。

 

 「さて、それじゃあ……」

 

 ぐるりと部屋を見渡すと、中々いい値が付きそうな調度品の数々……。

 

 「略奪するとしますか」

 

 俺はペロリと舌なめずりしたのだった。

 

 

 

 

 

 「いやー、大量大量」

 

 俺はホクホクしながらシェルズタウンの道を歩いていた。

 あれから色々とモーガン親子の私物を頂いちゃいました。

 あ、現金には手を付けなかったよ?何しろ、アレの殆どが町の人たちの『貢ぎ』だと思うと、どうも……ね?

 結果的に、何だか一般市民から略奪してしまった気になっちゃいそうで……。

 でも思った以上の収穫だったなー。欲しかったモノは手に入ったし、海楼石の手錠も見付けたし。しかも鍵もセットで。

 まぁ、流石に数は少なかったけど。2個しか無かった。けど、無いよりはいい。ちょっと実験もしてみたいし。

 とか、そんなことを考えながら歩いてたら、ものすごい人だかりに出くわした。

 あ、着いた着いた。リカちゃんちだ。

 色々奪って外に出た時には、もう磔場にルフィたちの気配は無くなってたからね。ここにいるだろうと思って探してたんだよ。

 ひょっこりと中を覗いてみると……。

 

 「グランドラインに向かおう!」

 

 丁度、ルフィがドンと宣言したところだった……って、オイ!

 

 「あだぁっ!!」

 

 俺は即座に蹴り飛ばしました。何をって? ルフィだよ!

 

 「誰だ!? ……って、ユア……ン……?」

 

 「やぁ、ルフィ、久し振り。ところでさっき、何か聞こえた気がしたんだけど?」

 

 俺はニッコリと優しい笑顔でルフィに問いかけた……ヤだなぁ、何でそんなに引き攣った顔してるんだ?

 俺は持っていた荷物を机に置くと転がったルフィに歩み寄り、その胸倉を掴んだ。

 

 「ねぇ、俺の耳可笑しくなったのかなぁ? 何か、グランドラインがどーたらこーたらって聞こえた気がしたんだけど? え? 何、本気? お前俺の言ったこともう忘れたの? その耳は何のためにあるんだ? 飾り? それとも腐ってんの? それともお前の脳に問題があるのか? 何か悪性の腫瘍でもできてるとか? ごめんな、気付かなくて。でもそれならそうと言ってくれたら良かったのに。俺、脳外科手術なんてしたことないけど頑張るからさ。スコーンと頭カチ割って隅々まで検査してやるよ? え、何、嫌なの? でもお前、俺の言ったこと忘れてんだろ? え、覚えてる? じゃあ言ってみなよ、ホラ言ってみな。俺は出航直後にお前に何て言ったっけ?」

 

 「とりあえず音楽家と航海士と船医とコックを探すぞ!?」

 

 音楽家への熱意どんだけなんだ? ……まぁ、いいか。

 ハァ、と俺は溜息を吐いて掴んでいた胸倉を離した。あぁ、、解ってたのにやっぱ腹立った。ルフィのヤツ、どんだけ無謀なんだよ。

 

 「つっても、どの道ワンピースを探すならそこに行くっきゃねーんだろ?」

 

 振り返るとゾロがいた。

 

 「あ、よろしく、ゾロ……俺だって、グランドラインに行く気ぐらいあるよ。ただ、時期尚早だって言ってんの」

 

 まぁ、放っといてもすぐに行きゃしないだろうけど、念のためにね。

 

 「……ユアンさん、ルフィさん。行っちゃうんですね」

 

 見ると、コビーも同じテーブルに着いている。

 

 「あぁ。コビー、立派な海兵になれよ!」

 

 ルフィは立ち上がりながらコビーを激励した。

 

 「あの……!」

 

 コビーは意を決したように頭を上げた。

 

 「敵同士になっちゃいますけど! ぼくらは友だちですよね!?」

 

 俺たちをジッと見詰めるコビー……俺も、か?

 でも……うん。

 

 「まぁ、そうだね」

 

 「ずっと友だちだ!」

 

 返事を聞いた時のコビーのそのホッとしたような笑顔にちょっとくすぐったい気分になる。

 

 

 

 

 あー、俺、友だちって初めてかもしんない。

 サボとルフィは最初は友だちだったけど、今じゃ兄弟だし。

 エースは最初から兄ちゃんだったし、ダダンたちもマキノさんも友だちじゃないし。

 ……W7で祖父ちゃんからは何としても逃げようと思ってたけど、コビー……友だちと会えるんなら、それも我慢しようかな。



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第40話 手錠

 何となくほんわかとした雰囲気になっていたのだが。

 

 「失礼」

 

 入って来たのは海兵たち……ったく、人が折角コビーで和んでたってのに、無粋な。

 まぁ内容は……アレだ。早い話、海賊は出てけってことだ。

 うん、そりゃ海兵からしてみればそう言わざるを得ないよね。

 町の人たちは庇ってくれてるけど……しょうがないね、海賊の宿命だ。この道を選んだ時点で覚悟はしてた。

 ルフィも同じなんだろう、あっさりとその申し出を受け入れている。

 ゾロも特に文句を言うことなく立ち上がった。

 展開の早さに付いていけないのか、ちょっと固まっているコビーをスルーして俺たちは出て行こうとしたのだが、海兵の1人がコビーにお前も仲間じゃないのか、と聞いた。

 

 「ぼくは……彼らの……『仲間』じゃありません!」

 

 唇を噛み締めながらも、キッパリと言い切るコビー。だが、海軍側は半信半疑だ。

 確かにコビーは『仲間』ではないけど、知らない人からすればあっさり信じられるモンじゃないだろう。口では何とでも言えるからね。

 

 「君たち、本当かね?」

 

 俺たちに聞いてくるけど……まぁ実際、嘘じゃないからね。ただし、『仲間』ではないけれど『友だち』ではあるだけで。

 ルフィがアルビダのことを引き合いに出してクサイ芝居をしだしたけど、特に俺が茶々を入れる必要はないから黙って見てた……けど、ゾロとアイコンタクトを取った結果、俺がルフィを止める役目を引き受けることになってしまった。

 ゾロの目が言っていた。

 

 『テメェが何とかしろ』 

 

 って。

 まぁ、しょうがない。俺の仕事はルフィのお守りだもんね。

 

 「いい加減にしろよ。いつまでそんなのに関わる気だ?」

 

 そんなの、なんて本心ではないけれど、眼中にありません的なアピールはマイナスにはならないだろう。

 結果、海兵は俺たちが『仲間』ではないことは信じてくれたけど……ルフィは芝居が下手だからね。アレがわざとだってことはバレてるだろう。

 俺たちはそのままリカちゃんの家を出た。

 またね~、というような笑顔で手を振ったら、リカちゃんは振り返してくれた……嬉しいね、現地の人との触れ合いは。

 

 海兵の群れの中を歩いて港まで向かうわけで、ゾロが捕まえられるならやってみろってメンチ切ってたけど……いやそれ無理でしょ!? お前らついさっき磔場でさんざん一般兵を無双してたんだろ? 実力差は解ってるだろうさ、向こうも……いや、コレはそれを解っててからかってるんだな。顔が悪人面だ……いい性格してるよ。

 

 「ぼくは、海軍将校になる男です!」

 

 コビーの声が微かに聞こえてきた。

 原作ではまだ将校にはなってなかったけど……でも、いつかはなれるんじゃないかな、と思ってたりする。

 いつか、かつての祖父ちゃんとロジャーのような関係になるんだろうか。そう思うと、小さな笑みが顔に浮かんできた。

 

 

 

 

 港には誰もいない。そりゃそうだ、この町を支配してた男が倒れたってのに暢気に港でお仕事してるような図太いヤツはそうそういないだろう。

 俺たちが乗ってきた小船は、元々積んでいたタルの他にも俺が買い出しした品を詰めた木箱がいくつか乗っている。それを見て、ゾロがニヤッと笑った。

 

 「たしか、飲ませてくれるんだったよな?」

 

 早速か。俺は肩を竦めた。

 

 「少しずつだぞ? 量には限りがあるし」

 

 「ユアン、肉! 肉は買っといたか!?」

 

 ルフィ……この肉魔人め。

 

 「干し肉はたくさん買っといた。生肉は無いよ、この船じゃ冷蔵庫も無ければ調理も出来ないから」

 

 ……言った瞬間木箱に飛びつこうとしたルフィを、俺は無言で後ろ襟掴んで止めた。抗議の視線を受けたけど、ダメだ。ルフィに好きに食わせたらあっと言う間に無くなってしまう。

 俺が小さく溜息を吐いた、その時だった。

 

 「ルフィさん! ユアンさん! 色々、ありがとうございました!!」

 

 走って追いかけてきたらしいコビーが、息を切らせながら俺たちに敬礼してきた。

 

 「海兵が海賊に感謝するとはな」

 

 ゾロの呆れ半分のセリフに、ルフィと俺は吹き出した。

 

 「またな、コビー!」

 

 「いつの日か、名を轟かせなよ! 海軍将校『漫才』のコビーとしてな!」

 

 「どんな二つ名ですか、それは!?」

 

 そのままの意味だ。最後まで切れのいいツッコミをありがとう。

 そして、見送りに来てくれたのはコビーだけじゃなかった。

 

 「全員、敬礼!!」

 

 海兵たちは全員揃って整列して敬礼、町の一般市民たちも総出で来たのかってぐらいたくさんやって来た。

 全く……賑やかな船出だな。

 

 

 

 

 

 「そういやユアン、海軍基地で何してたんだ?」

 

 シェルズタウンの人々の声も聞こえなくなるぐらい船を進めた頃、干し肉を齧りながらルフィが聞いてきた。ちなみに、俺とゾロは早速一杯引っ掛けてたりする。

 あぁそうだ、忘れるところだった。

 

 「色々と頂いてきたよ。それより、今のうちにちょっと試しとこうか……ルフィ、ちょっとこっちに来て」

 

 特に疑うこともなく俺の真正面に座るルフィ……だが。

 

 「………………何だ、コレ?」

 

 ガシャンと己の手に嵌められた手錠を見て、すごく微妙な顔をした。だが、少し経つと力が完全に抜けてしまったのか、フニャ~っと崩れ落ちてしまう。

 

 「オイ!? お前何やってんだ? 手錠!?」

 

 突然のことに驚いたのか、思わずといった感じで立ち上がるゾロ。

 俺はそんなゾロにグーサインを出した。

 

 「大丈夫、鍵は持ってるから!」

 

 「イイ笑顔で何言ってやがる! そういう問題か!?」

 

 おぉ……ゾロのツッコミの切れも中々……いや、それは今どうでもいいか。

 

 「落ち着いてよ、ちょっと実験したいだけだから」

 

 俺はゾロを宥めて座らせた。

 

 「ルフィ、力が抜けるだろ?」

 

 クタ~と大の字になってるルフィに聞くと、小さく頷かれた。

 

 「これは、海楼石で出来た手錠。海楼石ってのは海が固形化したとも言われる鉱物で、悪魔の実の能力者を無力化出来るんだ」

 

 俺の能力は『手で触れたモノを小さく出来る』こと。

 試してみたところ、液体を小さくすることは可能だったが、同じ液体でも海水にだけは効かず、小さく出来なかった。なら海楼石はどうかと思ってこの手錠を見付けたときに試してみたけど、これも効かなかった。

 そこで気になったのは、海楼石そのものではなく、海楼石の手錠に繋がれている人間のみならばどうか、ということだ。

 これが効けば……。

 

 「1/10」

 

 俺は手錠に繋がれたルフィだけに力を使ってみた……けど。

 

 「……変化ナシ、か…………!」

 

 ルフィは小さくならず、これもダメかと落胆しそうになったけど、暫く集中していると少しずつではあるけれど、ルフィが縮んできた。

 

 「なるほど、効きは悪いと……でも、一応効くってことか」

 

 完全にルフィが1/10サイズになるまで、だいたい30秒ぐらいは掛かった。これは……通常状態で限界の1/100サイズまで小さくするよりもよっぽど時間が掛かっている。

 

 「プハァッ! 抜けた~!」

 

 小さくなったことで手錠から解放されたルフィがホッとした顔をしてる。

 

 「急にゴメン、ルフィ。でも、ちょっと実験したかったんだ。お陰で結果が解った、ありがとう。解除」

 

 俺はルフィに謝りながら元のサイズに戻す。ルフィは俺が何を知りたかったのか解らないらしくキョトン顔だけど、あっけらかんとしたものだった。

 

 「ん? まぁいいや、謝ってくれたし。それよりユアン、肉! もっとくれ!」

 

 俺はお詫びの意味も込めて、ルフィに更なる干し肉を進呈したのだった。

 

 

 

 

 けど、これで解った。俺はMr3と同じく、海楼石の手錠を掛けられた者を鍵無しで開放することが出来る、ということが。

 例えるならば、エニエスロビーでのロビンやインペルダウン・マリンフォードでのエース。

 多分、俺自身に手錠を掛けられて能力を封じられない限り何とかなる。

 内心、笑いが止まらないよ。戦闘での使い道が全く解らない能力だと思ってたけど、まさかこんなことが出来るなんてな!

 この悪魔の実を食べたこと、初めて心から感謝出来そうだ。

 とはいえ、問題もある。時間が掛かりすぎるんだ。その間俺は能力制御に集中しないといけないから無防備になってしまうし……研鑽を積めば何とかなるかな? 

 



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第41話 日記の中身① ~不憫なる赤鼻~

 いやー、平和だねぇ。

 海が荒れることもなく小船はゆったりと航海中だ。

 

 例によってルフィには明確な目的地がまだ無いので、航海士代理の俺が進路を取っている。

 適当に船の行くまま気の向くまま、と言っているけど、実際にはオレンジの町に向かっている。

 チラと目を向けると、干し肉に齧り付いているルフィと酒を飲んでるゾロ。ちなみに、2人とも食い尽くす・飲み尽くす勢いなもんだから、小さくなってもらった。これで少しは消費が抑えられるだろう。まぁそうは言っても、ゾロはちゃんと定期的に剣の手入れとかもしてるから、ただの飲兵衛じゃないよ? ルフィは食いっぱなしだけどな!

 俺はというと、ビーチチェアに寝そべってレモンジュースを飲みながら読書に勤しんでいたりする。うん、ビーチチェアもシェルズタウンで買ったんだよ!

 だって、船で読書する時はビーチチェアにトロピカルジュースでしょ!? パラソルも有ると尚いいけど!

 ……コホン。まぁ、俺の主張は置いといて。

 

 俺が今読んでるのはお馴染み、母さんの日記だ。何故今このタイミングでこれを読んでるのかっていうと……まぁ、過去に思いを馳せてるってとこかな?

 だって……さ。

 オレンジの町には行かなきゃいけないよ? そうでないとナミに会えないし。

 でも、そこにはアイツもいるんだよね。そう、『赤っ鼻』のバギーが! ……あ、バギーの二つ名、『赤っ鼻』じゃなかったっけ? 何だったっけ、え~と…………………………『道化』?

 ま、どうでもいっか。別に俺が心の中で言う分には赤鼻でも赤っ鼻でもデカっ鼻でもなんでもいいし。

 

 とにかく、うん、バギーがいるんだ。バギーってさ、心狭いじゃん? 原作じゃあルフィの麦わら帽子見ただけでどっかの誰かを思い出して腹立ててた。似てるとは思ってても本人の物だとは気付いてなかったのに、だ。それを踏まえて考えると……。

 うん、俺ってばすっごいマズくね!? 顔が思いっきり似てるんだけど!? ってかほぼ生き写しなんだけど!?

 そりゃあ別に、それで喧嘩売ってくるってんなら買うけどさ、余計な面倒は嫌だよ。

 出来れば顔を合わせずに済ませたいもんだ。

 ……と、こんな感じでバギーのことを考えてたら、日記読みたくなってね。一部公開してみよう。

 

 (ロジャー海賊団時代)

 『この前赤鼻に貰った宝石を換金したら、結構いい値で売れた。そのお金で前にクロッカスさんに進められた医学書を買った。面白かった。でも、赤鼻に宝石をどうしたって聞かれて売ったって答えたら、ショックを受けてたみたい。返して欲しかったのかな? 使わなかったのかって言われたから、買った医学書を見せてお礼を言ったら、落ち込んでいた。あたし、何かしちゃった?』

 

 いや、母さん? 多分赤っ鼻はそれを装飾品として使って欲しかったんだと思うよ? 男は女に服とかアクセサリーとか贈るの結構好きだからね……。貢物、みたいな?

 赤っ鼻……報われないヤツ……。

 

 (ロジャー海賊団時代)

 『北極か南極、どっちが寒いのかって赤鼻とシャンが喧嘩してた。レイリーさんに両成敗で殴られてた。痛そうだった。でも、あたしが南極の方が寒いって言ったら、赤鼻に切れられちゃった。何でそんなこと言うんだ、って。だって、しょうがないじゃない。海に直接氷が浮かんでる北極より、陸地の上に氷を張ってる南極の方が寒いんだもん。そう言ったらブスくれるし、ワケわかんない。でもその後に敵船が襲撃してきて、無茶苦茶張り切ってた。機嫌が治って良かったけど、本当に宝物好きなんだね。今日の戦利品に悪魔の実があったらしい。あたしは無理だけど、他の誰かが食べるのかなぁ?』

 

 原作でもあったあのシーンだね。

 母さん? 多分赤っ鼻は単に自分の味方をして欲しかっただけだと思うよ?

 

 (ロジャー海賊団時代)

 『今日冬島に着いた。島を探検してたら道に迷って、いつの間にか雪山で1人遭難してた。死ぬかと思った。親切な兄妹に助けてもらって九死に一生。2人は命の恩人! この恩は絶対に忘れない! 名前は、お兄さんがユアン、妹さんがユリアっていうんだって。もし将来あたしに子どもが出来たら、名前を貰おうっと』

 

 あ、俺の名前そこから来てたの!? と、初めて読んだ時思ったよ。母さんは俺が産まれてすぐ死んじゃったから、てっきり祖父ちゃんが名付けてくれたんだと思ってたけど、母さんだったんだね。

 でも、どうやったら雪山になんて迷い込めるんだろう……?

 

 (赤髪海賊団時代)

 『ドラム王国に到着。医療大国って聞いてたから1度来てみたかったの! 嬉しい。でも、王様はいい人みたいだけど、王子様は全然だってもっぱらの噂。この国大丈夫なのかなぁ?

 100歳を越えてるのにすごいピチピチなおばーさんに会った。凄い名医なんだって。くれはさんっていうらしい。見せてもらったけど、本当にすごかった。でも、町の人に追っかけられてたヒルルクって人はヤブ医者なんだって。色んな人がいるんだね』

 

 まさかのドラム王国! しかもDr.くれは&ヒルルク!

 まぁ、母さんはロジャー海賊団時代は海賊見習いをしつつクロッカスさんに色々教えて貰い、赤髪海賊団時代は船医をしてたらしいからさ、医療大国に興味を持ってても可笑しくないけど……。

 

 (赤髪海賊団時代) 

 『バスターコールが発動されたらしい。オハラって町が消えて無くなって、たった8歳の女の子が懸賞金を懸けられたらしい。本当に酷いことをする!』

 

 え~と……それって明らかにロビンのことだよね?

 うん、本当にこの日記色んなことが書いてあるよ……。

 

 (赤髪海賊団時代)

 『W7に着いた。ロジャー船長のオーロ・ジャクソン号を作ったトムさんがいるところ。でも、大昔にはここで古代兵器が作られてた、だなんてビックリ! トムさんの造船所の名前はトムズ・ワーカーズっていうらしいけど、海列車ってのの開発で忙しいみたい。ココロさんっていう人魚さんがお茶を飲ませてくれた。いいなぁ、人魚。羨ましい。あたしは泳げないもん……。

 海列車は、トムさんとお弟子さん2人で作ってるんだって。完成したら乗ってみたいな。……でもお弟子さんの1人、どうして海パン姿だったんだろう?』

 

 ……もう何も言うまい。

 

 (海賊辞めた後)

 『珍しい場所で珍しい人に会った。移動に困ってるって言ったら、船に乗せてくれた。渡し守みたいなことさせちゃってごめんなさい。いつも怪我を治しているお礼だって言ってくれたけど……うん、確かにあの人、会う度にいつも怪我するもんね。でもタダで乗せてもらうのはやっぱり悪いから、ちょっとお礼は渡した。いらないって言われたけど、それならいつか返してもらいに行くからそれまで持っててって言って押し付けた。小さなものだし、邪魔にはならないと思う。

 でも、それじゃ借りを返したことにならないって言われちゃった。男のプライドでもあるのかな? で、1つ約束した。口約束だし、そんな状況にもそうそう陥らないだろうから、意味は無いのかもしれないけど。

 さぁ、アレを返してもらうためにも、あたしはちゃんとこの子を産まないとね!』

 

 この子ってのは俺のことなんだろうけど……珍しい人って誰さ? 渡したお礼って? 約束って何したの?

 でも……どの道母さん死んじゃったんだよね。それらも全部宙に浮いちゃってるか。

 

 「……ァン! ユアン!」

 

 「!?」

 

 ルフィに呼ばれてるのに気付いて俺はパッと顔を上げた。結果的に無視されていたルフィは少し膨れている。

 

 「おれ、何回も呼んだぞ! どうしたんだ?」

 

 あ~、気付かなかった。思ったより集中してしまってたみたいだな。軽く流し読むだけのつもりだったのに。

 

 「ゴメン、ちょっと聞いてなかったんだ。どうした?」

 

 「肉くれ!!」

 

 迷いの無い断言に、俺はちょっと頭が痛くなった。

 

 「さっき渡しただろ?」

 

 そう、俺がルフィに干し肉を渡してからせいぜい1時間しか経ってない。しかも、ルフィをミニサイズにして食いでを増やしていたのに。

 

 「もう食っちまった! 次は普通の肉がいいな、干し肉飽きた!」

 

 ……贅沢言いやがって。

 

 「言っとくけどね、肉は干し肉しか無いよ? この船じゃ生肉は保存できないし、調理も出来ないんだからな」

 

 これは紛れも無い事実である。

 

 「ちぇ~」

 

 俺の言葉にルフィは面白く無さそうに寝転び……次の瞬間、飛び起きた。

 

 「元の大きさに戻してくれ!」

 

 「は?」

 

 急に何言い出すんだコイツ、と思ったけど早く早くと急かされたから、俺はルフィに使った能力を解いた。

 

 「解除」

 

 一瞬でルフィが元に戻り、すぐに手を空に伸ばし始めた。その視線の先には……。

 

 「なるほど」

 

 大きな鳥がいた。そうか、アレを見つけたのか。で、捕まえて鶏肉を食おう、と……調理出来ないって言ったの、忘れたのか? まぁ、丸焼きぐらいなら不可能じゃないか。

 それにしても、肉が欲しけりゃ自分で獲る! だなんて……しっかり野生の習性が身に付いちゃって。

 

 「ゴムゴムの~ロケット!!」

 

 バビュン、とルフィは飛んでいき……喰われた。鳥に。……って。

 

 「「アホーーーーーーーーーー!!」」

 

 ゾロと俺のツッコミが重なった。

 しまった、油断してた! これはあれか、原作のあの場面か!?

 

 「たーすーけーてー!」

 

 飛ぶ鳥に連れ去られてる真っ最中なもんだから、ルフィの声がドップラー効果を伴いながらどんどん遠ざかっていく。にしてもあの方角は……よかった、オレンジの町の方だ。

 

 「解除(キャンセル)!」

 

 俺はゾロを元の大きさに戻した。

 

 「俺がルフィの位置を見てるから、ゾロ、漕いで!」

 

 オールが1組しか無いからか、ゾロは意外にもあっさり俺の指示に従ってくれた。

 お前が漕げと言われるかとも思ったんだけどな。

 え? 月歩で追えばいいんじゃないかって?

 だってさ……ソレ、疲れるじゃん。行き先の当たりがついてるんだから、無駄な労力を使うことないじゃん。

 ええ、尤もらしいこと言ってゾロに漕ぎ手を押し付けましたが、何か?

 

 「おーい、そこの船!」

 

 「止まってくれぇ!!」

 

 あ、進路に溺れている男たち発見。

 さて、バギーとは出会わずに済むかな……。 



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第42話 航海士代理兼音楽家代理兼コック代理兼船医代理+ルフィのお守り

 海では互いに助け合うものである。

 なので、遭難者を見つけたのなら救済するべきだ。

 

 「助けてくれー!」

 

 小船の進路上で溺れる3人の男。

 うん、助けよう。

 

 「ゾロ、このまま真っ直ぐ漕いでてくれ」

 

 俺は立ち上がってスペースを空けた。

 

 「おいおい、あんなやつらに関わってる場合か?」

 

 ゾロはオールを漕ぐ手を止めずに呆れた声を出した。

 

 「どの道、見事に進路上にいるしね。でも確かに時間と手間が勿体ないから、止める必要はないよ」

 

 俺は大きく息を吸い込み、男たちに向かって叫んだ。

 

 「轢かれたくなければ、自分で乗り込め!」

 

 「「「えーーーー!?」」」

 

 え、助け合い? 何言ってんの、俺ちゃんとスペース空けたじゃん。助けようとしてるよ? 実際に手を出すのが面倒なだけで。

 

 「己の運命は! 己で切り開け!!」

 

 ドン、と胸を張って宣言してみました。

 

 「お前、何カッコつけてんだよ」

 

 ゾロがツッコんできたけど……それでも船の速度を落とそうとはしないお前も鬼畜だよね。

 

 「「「うおぉっ!!」」」

 

 根性で船に乗り込む3人組。

 うん、人間は生命の危機を感じたときに死ぬ気で頑張れば大抵のことはできるんだ! ……多分。

 

 「テメェら、殺す気か!?」

 

 憤慨してるけど、まぁそれだけ喚けるんなら問題ないだろう。

 3人は暫く呼吸を整えてたけど、少しして息が落ち着いてきた頃、卑しい笑みを浮かべた。

 

 「殺されたくなけりゃ船を止めろ。おれたちは『道化』のバギー一味のモンだ!」

 

 あ、バギーの二つ名『道化』で合ってた。

 

 「止めるのか、ユアン」

 

 ん?

 

 「俺の判断でいいのか?」

 

 ゾロなら問答無用でコイツらノシそうなのに。

 

 「いいもなにも」

 

 ゾロは小さく溜息を吐いた。

 

 「船長のルフィがいない以上、この船の進退はお前に決定権があるだろうが? 副船長」

 

 あぁ、なるほど……って、律儀だなーコイツ。

 俺は、クスリと小さく笑った。

 

 「止める必要は無い。お前はこのまま真っ直ぐ漕いでくれ。コイツらは俺が片付けとく」

 

 自分たちを思いっきり無視しながら話を進める俺たちに、3人組が明らかに気分を害している。

 実害は出てないし……この程度のヤツらなら、ちょっとお灸を据えればいいかな?

 

 「いきがるなよ、このチビ!」

 

 ………………訂正。フルボッコ決定☆

 判決がはっきりと定まってちょっとスッキリした俺には、爽やかな笑顔が浮かんできたのだった。

 

 

 

 

 

 「どうせ俺は小さいよ、16歳の平均身長に足りてないよ」

 

 「へぇ、申し訳ありませんでした!」

 

 「でも俺だって成長期なんだよ、きっとこれからボーンと伸びるんだよ」

 

 「仰るとおりで!」

 

 「毎日牛乳飲んでるもんね。いつかきっと3m越えてやるもんね」

 

 「いえ、それは無理なんじゃ……済みません、きっと大丈夫です!」

 

 俺が船のふちに腰掛けながら、眼前で土下座する3人の男の内失礼なことを言いやがった1人の後頭部を踏み付けた。

 3m越えを望んで何が悪い! この世界には3mのヤツなんてゴロゴロしてるだろ!?

 全く、顔の原型解らなくなるぐらいにメタメタにしてやったってのにまだ足りないのか、アァ!?

 いや待て、落ち着け俺。ガラが悪くなってる。

 落ち着いて、風が肌を撫でていく爽快感を感じ取って……感じ取って?

 待て、風向き可笑しくないか? 何で180°反対向きに吹いてるんだ?

 ちょっとコンパスを確認してみたら、確かに進路が変わってしまっていた。

 ……あれぇ、そういえば俺さっきなんて言ったっけ?

 『このまま真っ直ぐ漕いでくれ』って言ったよね? …………ゾロに。

 しまった……!!

 

 「ゾロ、お前どの方角に進んでる……?」

 

 口元が引き攣るのが止められない。

 ゆっくりとそっちを向いた俺に、ゾロは不思議そうな顔をした。

 

 「何言ってやがる。ちゃんと真っ直ぐ進んでるだろうが」

 

 「いや、旋回してるから! 180°反対向いちゃってるから! ちゃんとコンパス見てた!?」

 

 「コンパスだぁ?」

 

 いや、だから何でそんな不思議そうな顔してるんだよ!

 

 「んなモン見なくても、ちゃんとあの雲に向かって真っ直ぐ漕いでたぞ」

 

 ……ダメだ、このファンタジスタ!! そういや原作でもそんなこと言ってる場面あったね!

 

 「ドアホ!!」

 

 俺はちょっと本気で指銃を放った。

 

 「うぉっ!?何しやがる!」

 

 咄嗟に避けたゾロの反射神経は流石だな!

 

 「雲は流れるし形も変わるだろうが、ンなモン道標にするな!」

 

 全く……完全にルフィを見失った。俺の見聞色の有効範囲からも出ちゃってるな、これは。

 

 オレンジの町に向かえばいいって解ってはいるけど、何か凄く疲れる。

 

 

 

 

 オールの漕ぎ手を拾った(?)男3人に押し付け、ゾロと俺はのんびりしている。

 ちょっと疲れた。休みたかったんだよ。

 落ち着いてみると、俺にも非はあった。この迷子剣士に任せたのがそもそも間違いだったんだ。うん、反省。あんなヤツらに半切れしてる場合じゃなかった。

 

 「まぁ、ルフィのことだし……海に落ちてさえいなけりゃ何とかしてるはずだ」

 

 今まで、あんな鳥よりよっぽど大変な獣に襲われたことも何度もあったし。こう言っちゃ何だけど、ある意味慣れてるんだよ。

 基本、狩猟採集で生計立ててきた野生児を舐めんなよ?

 俺がそう言うと、ゾロも頷いた。

 

 「同感だな。陸地を見つけりゃ自分で降りてるだろ」

 

 会ったばかりなのに、ゾロの予想は的確だ。何だかんだ言っても、周囲をよく見てるよね。

 

 「それで……お前らは何で泳いでたんだ?」

 

 オールを漕ぐ3人に聞いてみた。まぁ、知ってるけど。

 

 「泳いでたんじゃねぇ、溺れてたんだ! ……です」

 

 いや、何もそこまで怯えなくても。

 俺、別にそこまでのことしてないよ? ただちょっと米神を蹴り抜いて三半規管を狂わせて平衡感覚を奪い、まともに立てなくなったところを20~30発ずつ殴ったり蹴ったりしただけだよ? それだって本気は出してないよ?

 そして男たちが語ったのは、酷い女の話……そう、ナミのことだ。

 でも、ナミのそのやり口って、泥棒というより詐欺師に近くね? 遭難者を装って、宝をエサに相手をおびき出し、その隙に船を奪うって……。まぁ、スコールに見舞われたのは偶然だろうけど。

 いや、もしかしたらあえてそのタイミングを狙ってたのかも。どっちにしろ計算高いこって。

 

 「航海士に欲しいなぁ……」

 

 あれ、俺ってば思ったよりもしみじみした声が出てきたよ。

 

 「何だ、随分切実そうだな」

 

 ゾロが聞いてきた……ってか、お前また飲んでるのか?

 ふ、と皮肉げに俺の口元が歪んだ。

 

 「何なら、ゾロも1回やってみればいいよ。航海士代理兼音楽家代理兼コック代理兼船医代理+ルフィのお守りを!」

 

 「無理だな」

 

 うぉっ、ゾロが即答した! そして諦めた!

 でもそうなんだよ、俺それぐらいやってるんだよ! 航海士代理として進路を取って、音楽家代理としてハーモニカ吹いて、コック代理として食材管理して(調理はできないけど。これは主にルフィのつまみ食いを阻止するってことだ)、ルフィが退屈したら相手して……まぁ、怪我や病気は今のところ無いから、船医代理としての出番はないのがせめてもの救い(?)かもしれないけど。

 うん、俺頑張ってる。

 俺たちがそんな話をしてる間に、3人組は揉めていた。バギーに怒られるー、とか言って。

 

 「『道化』のバギーって、バラバラの実を食った赤っ鼻海賊のこと?」

 

 俺が話を振ると、3人組は驚いていた。

 

 「どこでそんな話を!?」

 

 主に、原作と母さんの日記で……とは言わない。

 

 「ま、色々ね」

 

 俺は曖昧に笑った。誤魔化しスキル発動である。

 

 「どこで聞いたか知りやせんが、船長の鼻のことは言わない方が身のためですぜ! 以前、船長の鼻をバカにしたガキがいたんですが、船長はその町を丸ごと消し飛ばしちまったんだ!」

 

 あー、そういえばあったね、そんな話。

 ……何で母さんは日常的に赤鼻って呼んでたんだろう? それとも、それは日記の中だけだったとか?

 

 「バラバラの実ってのは?」

 

 ゾロが酒をラッパ飲みしながら聞いてきた……おい、お前ちょっと控えろよ。

 俺はゾロが手に持っていたボトルをひったくった。

 

 「悪魔の実の1つだ。ルフィの食ったゴムゴムの実や、俺の食ったミニミニの実と同じ、ね。ルフィがゴム人間、俺が縮小人間になったから、バラバラの実なら……切っても切れないバラバラ人間だよ」

 

 俺が奪った酒を奪い返そうとゾロが手を伸ばしてきたけど、遠ざけて手の届かない所に置いた。ゾロは小さく舌打ちしたけど、気にしない。

 それより、バギーの悪魔の実の能力についてちゃんと聞いててくれたのかね?東の海でゾロが負った大怪我は、バギーの不意打ちとミホークの太刀ぐらいだと思うんだよ……ミホークはともかく、バギーのは充分回避可能だろう。油断さえしてなきゃ。しなくて済む怪我ならして欲しくない。

 

 「けどまぁ、凄い組み合わせだな」

 

 酒は諦めてくれたのか、ゾロはゴロンと寝転んだ。何が凄いんだ?

 俺の疑問が顔に出たのか、ゾロが続ける。

 

 「悪魔の実なんざ、ただの噂だと思ってたんだが……それを食ったヤツが2人で海賊団を結成するとはな」

 

 あぁ、そういうことか。確かに、原作ではボロボロ出てきてた能力者も、4つの海には殆どいないしね。

 俺は肩を竦めた。

 

 「そうは言っても、俺がルフィに誘われて? 海賊になるって決めたときには、もう俺ら2人とも能力者だったからね」

 

 けどまぁ、言われてみればそうかもしんないよね。

 

 「何で誘われたってのが疑問形なんだよ。」

 

 ヒマだからだろうか、ゾロは珍しく話に食いついてきた。

 

 「俺、実はジャンケンの景品なんだ」

 

 「あぁ?」

 

 「俺は、海には出たかったけど海賊とか賞金稼ぎとかそういう細かいことは決めてなくて、船長になる気も無かった。反対にルフィたちは海賊船の船長になるって決めてて……まぁ、子どもの意地の張り合いの結果、かな? 兄貴たちが、誰が末っ子を引き入れるか、って話になっちゃったんだ。でも話し合いでは決着つかなくて、ジャンケンで真剣勝負を始めてさ。結果、ルフィが勝ったんだ。ちなみに当時、ルフィ7歳で俺6歳」

 

 おおまかではあるけど、大体間違ってはいないはずだ。

 俺のその時の内心は言わない……ってか、言えるはず無い。

 あれ、何かゾロが変な顔してる。

 

 「兄貴たち? 末っ子?」

 

 あ~、言ってなかったっけ。

 

 「ゴメン、言い忘れてた。ルフィと俺は兄弟なんだ。4人兄弟の3番目と4番目。歳は1歳差で、現在は17と16」

 

 うわ、驚いてる驚いてる。ゾロのこんな顔滅多に拝めないかも!

 

 「……全然似てねぇな。外見も中身も」

 

 「自覚はしてるよ」

 

 実際、似てなくても不思議はない。実の兄弟ではないから。

 ……でも、血は全く繋がってないエースとルフィは似てるよね。逆に、正式には従兄弟関係で一応血は繋がってるルフィと俺は似てない。幼少期から共に育ったエースと俺も似てなくて……あれ? ひょっとして俺が変なのかな? いや、そうでもないか。サボと俺は結構感性近かったし。……ま、いっか。兄弟4人で色んなタイプがいるってことで。 



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第43話 ビッグ・トップ号での発見

 オレンジの町といえば、一見は長閑な港町である。

 けれど今その町に町民は1人もいない。全員避難してしまっているからだ。

 何故避難しているのか? それは勿論、港に停泊している海賊船に原因がある。正確には、その海賊船に乗っている海賊たちに、だけど。

 そう、『港に停泊している海賊船』……俺にとってはカモだ。

 バギーたちはこの町を拠点にしているわけではなく、ただ略奪にきただけ。ならば、こことは別の町や村で奪った財宝までは、船から降ろしてはいないだろう。一々そんなことをしてたら、手間が掛かりすぎる。

 原作でナミが頂いていたのは、おそらくはあくまでもこのオレンジの町から奪ったものなんだと思うんだよね。それ以前のは、船番を数人立てて船に置いてあると見た。

 つまり、何が言いたいかというと……。

 

 「じゃ、俺はちょっと仕事してくるから、ゾロはルフィをよろしく」

 

 オレンジの町に着きそこに降り立ったゾロと俺。あ、ちなみにあの3人は邪魔だから、この島が見えてきた時点で海に蹴り落しておいた。まぁ陸地も近いし、死にゃあしないだろ。

 え? やだなー、チビって言われたことを根に持ってたりなんてシテナイヨ?

 んでもって、陸に足を付けた瞬間にスチャ、と片手を挙げた俺をゾロは訝しげに見た。

 

 「仕事?」

 

 うん、仕事。だって……。

 

 「俺たちは海賊……海賊が海賊から奪って何が悪い?」

 

 クイとすぐ傍に泊まっているバギーの船を親指で指してニヤリと笑うと、ゾロも笑った。うん、今俺たち2人、もの凄い悪人面してると思う。

 まぁアレは海賊船だし、万一宝が無くても酒ぐらい積んであるだろ。

 

 

 

 

 近くで見てみると、バギーの船は……ゴメン、1つツッコみたい。

 なんであんなに鼻にコンプレックス持ってたくせに、海賊旗のドクロにドでかい鼻が付いてんだ? しかも赤いし丸いし……自分は赤っ鼻のデカっ鼻だって宣伝してるようなモンじゃね?

 はぁ、すっきりした。

 すこし精神集中してみると……うん、船内にいるのは2人……いや、3人かな? そりゃあ、例え宝も全部降ろしてたとしても、停泊してる船が無人になってるわけないよね。

 俺は月歩でこっそり船の裏手に回り込んで、船上に降り立った。

 物陰から様子を窺ってみると、やはり船にいたのは3人。甲板で酒をかっくらっていた。

 

 「しかしおれらもツイてねぇよな! こんな日に船番に当たるなんざ」

 

 「違ぇねぇ! 今頃船長たちは町でハデに騒いでるんだろうぜ!」

 

 「まぁいいさ! 船長はもうじきグランドラインに入るつもりなんだろ? 海図も手に入れてたしよ! そしたらまた奪いまくりゃーいいんだ!」

 

 ガハハ、とジョッキ片手に雑談する男たち。すっかり出来上がってるらしい。

 ……船番がこれでいいのか?バギー、もうちょっと部下を躾けた方がいいんじゃない?

 じゃないと……狙われるよ?

 

 「楽しそうだね、俺にも頂戴よ」

 

 3人の輪にサッと入り込み、俺は転がってたジョッキを拾って差し出した。

 

 「おぅ、飲め飲め!」

 

 男たちの内1番体格のいい男が俺のジョッキに酒を注いだ。

 

 「ありがとう」

 

 1口飲んでみたけど……ダメだ、マズイ。これは安物だな。ダダンたちが持ってた酒の方がまだ良かった。

 

 「「「………………って、お前誰だァ!?」」」

 

 うわ、気付くの遅っ! やっぱ酔ってるからかなー? 反応が鈍くなってるんだ。……いや、まさか年のせいとか?

 

 「これは失礼」

 

 俺はジョッキを置いて居住まいを正した。

 

 「自己紹介が遅れましたが、海賊旗に呼ばれてついついこの船に上がりこんでしまった俺の名はユアン。以後よろしく」

 

 ふふん、俺だってエースと一緒にマキノさんの挨拶講座を受けたんだもんね!

 

 「「「あ、いえ、ご丁寧にどうも……って、違うだろ!」」」

 

 おぉ、ノリツッコミ! 『道化』の一味は笑いを心得ているのか!?

 

 「そもそも、海賊旗に呼ばれてって何なんだ!」

 

 さっき酒を注いでくれた男とは違う、どちらかといえばやせぎすな男が聞いてきた……そのままの意味だけどね。

 

 「海賊旗あるところに海賊あり……そして、海賊は俺の……いや、俺たちのカモ」

 

 カモ、の言葉に3人は一気に殺気立った。

 

 

 「テメェ……賞金稼ぎか!?」

 

 丸刈りの男が腰のサーベルを抜いた。

 

 「いや」

 

 俺はニヤリと笑みを浮かべると、立ち上がる。

 

 「賞金稼ぎじゃない……海賊だよ」

 

 海賊・海軍専門の、と言ってもいいかな? 一般からの略奪はする気ないし、ルフィも考えてないだろうから。

 3人は一斉に俺に襲い掛かってきたのだった。

 

 

 

 

 と言うと、何か緊迫した空気みたいなんだけどね。

 けどまぁ、何だ。結果はすぐに出た。そもそもコイツらそれほど強くもない下っ端みたいだし、その上かなり酔ってたから。

 六式を使うまでもない。足払いをかけて倒し、そのまま頭に一撃入れて昏倒させればよかった。無双にもならない、ちょっとつまんない。

 まぁいいか。今はこんなんでもその内嫌でも死闘を繰り返さなきゃいけなくなるんだろうし、現在の俺の目的は戦いじゃない。

 

 で、だ。

 俺はあの3人の話を聞いてて、ふと思ったことがある。

 バギーはグランドラインに入るつもりで海図を手に入れたって言ってたけど、グランドラインで必要になるのは海図なんかよりもむしろ記録指針。ロジャー海賊団にいたバギーがそのことを知らないはずがない。

 グランドラインに入るつもりがあるんなら、記録指針も持ってるんじゃないか、と思ったわけだよ。

 どうせなら……欲しいよね、ソレ。

 クロッカスさんに貰えるって解ってるけど、いくつあってもいいし。万一壊れたりしたら洒落にならないから、予備はあった方がいい。

 かといって、ナミですらグランドラインに入るまで記録指針の存在を知らなかったぐらいだ。そうそうその辺に転がってる代物じゃない。

 海軍基地にも無かったし。……まぁ、海軍船がわざわざ記録指針を使う理由なんてないしね。公的機関なんだから、わざわざ島ごとにログを取るよりも永久指針を使うだろう。

 話が逸れた。とにかく、俺はここに記録指針が無いかな~って思ってさ、あるとしたら船長室かな~と考えてそこに来て……部屋を漁ったわけだけど。

 結論から言うと……うん、記録指針は見付からなかった。とはいえ、それが本当に無いせいなのか単に見付けられなかっただけなのかは解んないけど。

 でもそのかわり……何だか、見てはいけないものを見てしまった気分だ……。あれだよ、パンドラの箱?

 

 バギーの部屋の机の引き出しの奥に、手配書があった。

 別に海賊船に手配書があっても可笑しくない。現に、バギー自身の手配書がすぐそこの壁に貼ってある。

 ただ、俺が見付けたこの手配書……何か、凄いことになってた。

 もうグチャグチャに握り潰されてるし、ギッタギタに踏み付けられてるし、ボロクソに落書きしてあるし……。

 察してもらえると思う。

 それは、俺と同じよーな顔したどっかの誰かの手配書だった……。

 って、どんだけ恨んでんだよ!! 100%逆恨みのクセに!!

 けど、本人ではなく手配書にこの仕打ちって……逆に哀れになってくるような気も……。

 

 更に哀れになったのは、ソレを置いといてまた部屋を漁ってたら、今度は本棚から別の手配書が出てきた時だ。

 そっちの手配書は別に普通だったけど……コレを持ってるって時点でもうね。

 察してもらえると思う。

 それは、母さんの手配書だった。それも、もう何年も前の。

 

 実を言えば、既に母さんの手配は失効となっている。というのも、どこの誰だか知らないけど、ここ数年の間に新たなチユチユの実の能力者が出たらしいのだ。

 悪魔の実に同じ能力のものは2つとしてない。よって、長らく消息不明の母さんは死亡した物と推定された。そしてそれは事実である。

 

 どちらにしても、バギーが関わりを持ってたのはもう20年以上前だってのに、いつまで拘ってんだよ。

 もう、いじらしいというか、哀れというか、惨めというか、情けないというか……。

 何と言っていーやら解らん発見に、俺は乾いた苦笑いを浮かべるしかない。

 でもちょっと待てよ? まだ引き摺ってるとしたらそれは、未練があるからだよね? ってことは……ソレ、利用できるかもな。

 そうしてちょっと企んでいたときだ。

 少し離れた場所から、凄い爆音が響いてきた。

 

 「バギー玉か」

 

 小さな町なら1発で吹き飛ばせるという砲撃。確かに、今まで聞いたことがないような音量だ。微かに空気が振動しているのも解る。

 多分これが1発目だから……はて、2発目はどうなるんだろ。

 既にゾロには、バギーが切っても切れないバラバラ人間だと忠告してある。不意打ちを食らわなければ、2発目を撃たせて逃げに出ることもないか?

 いや、そうとも限らないな。ゾロは剣士でバギーはバラバラ人間。相性はよろしくない。覇気が使えるなら別だろうけど、少なくとも現時点のゾロは使えない。ルフィは檻の中だろうし、それなら対策を練るためにも一端は撤退するかもしれない。

 何にせよ、そろそろ俺も行った方がいいかな。何にしたってルフィを檻から出さないと。もし原作通りに鍵をシュシュに飲み込まれてたりしたら、ルフィは檻の中でリッチー……いやモージと相対しなきゃいけなくなる。まぁ敵ではないだろうけど、それでの解放を待ってちゃシュシュの『宝』が燃やされてしまう。

 さっさと目ぼしい物を回収するとしますか。小物とか、有り金とか食料とかね。

 ナミが奪った船には小さいながらも船室があったはずだし、生の食材も頂いておこうかな……いい加減ルフィがうるさいし。

 

 

 

 

 2発目のバギー玉砲撃音がオレンジの町に響いたのは、予想通り船内に貯蔵されていた多少の宝と現金、それに水と食料や使えそうな小物を漁って船に積み込んだ頃だった。



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第44話 航海士代理返上

 念のために簡易医療セットと今ある中で1番度数が高い酒、それにフード付きコートを持って、俺はオレンジの町に足を踏み入れた。

 何でコートもかって? 万一バギーと会うことになったらフードで顔を隠そうかなーって……うん、人はこれを無駄なあがきと呼ぶね! でももしかしたらそのお陰で気付かれずに済むかもしんないじゃん。

 ルフィたちを探して歩いていたけれど、そう経たない内に。

 

 「誰じゃ、そこの小童」

 

 第1町民と遭遇した。そう、町長のブードルさんだ。

 多分、シュシュへのエサやりに行く途中なんだろう。

 ここは……礼儀正しく挨拶しておいた方がいいかな。海賊に町を襲われている人に『海賊です』なんて名乗るバカはいない……いや、ルフィなら名乗るだろうけど。

 

 「こんにちは、俺はモンキー・D・ユアンといいます。ついさっきこの島に着いたんですが、仲間と逸れてしまって……麦わらを被ったゴムとマリモ頭の迷子剣士を見ませんでしたか?」

 

 聞いたら、ブードルさんが微妙な顔をした。

 

 「何じゃ、麦わらを被ったゴムとは?」

 

 「俺の兄です」

 

 キッパリと断言したら、生暖かい視線に晒された。まるで頭が可笑しい子を見てるような目で……ちょっとその気持ちも解っちゃうのが悲しい! 自分で言っといてアレだけど、『麦わらを被ったゴム』って何だよ。

 でも他に言い様が無いしね。

 まぁ、わざわざ聞かなくても大体の位置は解るんだけど。

 

 「わしはこの町の長、さながら町長のブードルという。悪いが、そのような者たちは見ておらん」

 

 だろうね。これから会うんだろうから。

 

 「悪いことは言わん、すぐに出て行った方がいい。今この町には海賊が居座っておる」

 

 知ってます。

 でも、凄く悔しそうだけれど忠告してくれるあたり、親切な人だよね。

 

 「そうはいきません。さっきも言いましたけど、仲間と逸れてしまったので探さないと」

 

 実際には逸れたんじゃなくて二手に別れたんだけどね。ゾロとは。ルフィは……何も言うまい。

 

 

 

 

 現在、俺はブードルさんと一緒に町を歩いてます。何か成り行きでそうなった。

 けど、ルフィたちは原作通りにペットフード店付近にいるらしい。気配が段々強くなっていくんだ。

 

 「犬ー! お前今飲んだの吐けー!!」

 

 あぁ、ルフィの声が懐かしく感じる。

 ルフィは顔が四角い犬……シュシュの首を絞めていた。その近くでへたりこんでいるゾロと、呆然としているオレンジ髪の女の子……ナミだな。

 飲まれたんだな、鍵。そしてゾロ、お前は結局負傷したのか。

 ゾロは腹部からかなりの出血をしていた。

 

 「小童ども! シュシュを苛めるんじゃねぇ!!」

 

 バン、とブードルさんがルフィたちに怒鳴った。

 

 「シュシュ? あーっ! ユアンー!!」

 

 ルフィがシュシュから手を離して満面の笑顔でブンブンと俺に手を振ってきた。

 

 「ルフィ……お前、バカか?」

 

 いや、聞くまでも無くバカには違いないけど。

 俺の呆れたような声に、ルフィが膨れた。

 

 「失敬だぞ、お前!」

 

 だってさ……鳥に攫われて、見付けたら檻の中って……バカとしか言い様がないよ。

 

 「お前何してたんだよ! お前がいれば、おれ、こんな檻なんてすぐ出られたのに!」

 

 だから、そもそも捕まるなって話だっての。

 

 「道に迷ってたのか? ダメだぞ、あちこちふらふらしてちゃ!」

 

 ………………うん。

 

 「お前、もうちょっと檻の中で反省した方がいいと思うよ」

 

 「えーーーー!?」

 

 鳥に食われて攫われたテメーが何を言うか!!

 確かに、俺は略奪に走った。走ったけど……お前のやらかしたポカよりはマシなはずだ!

 俺の冷たい一言に、ルフィはあからさまにショックを受けていた。擬音を付けるならガーンって感じだ。

 

 「それより、ゾロ……やられたのか?」

 

 ここから出せ、と言わんばかりに鋼鉄の檻をガシガシと噛むルフィはスルーして、俺はゾロの腹巻を捲って傷口を見た。

 うわー、グッサリいってるねぇ。

 

 「………………油断しちまった」

 

 もの凄くバツが悪そうで視線を合わせてくれないのは、俺が事前に忠告していたことを生かせなかったからだろうか。

 

 「ブードルさん」

 

 俺は後ろでナミとルフィに自己紹介していたブードルさんに声を掛けた。

 

 「すみませんが、一応コレの応急処置をしておきたいので、場所を提供して頂けませんか?」

 

 コレ、のところでゾロの腹の傷を指すと、ブードルさんはあっさりとペットショップの隣にある自宅に入れてくれたのだった。

 

 

 

 

 

 「あ~あ」

 

 服を捲ってよく見てみると、傷は見事に脇腹を貫通していた。

 

 「麻酔なんて無いからな、痛くても文句言うなよ?」

 

 確認とってみたけど、不愉快そうな顔をされた。

 

 「誰に言ってやがる」

 

 ハイハイ。

 煮沸消毒したタオルで血を拭き取り、持ってきた酒をぶっ掛けてアルコール殺菌。顔を顰められたけど、気にしない。

 んでもって、火で炙った針で傷口を縫っていく。結構痛いんだよね、コレ。麻酔も無いし。

 当然ながら、俺は母さんとは違って医者じゃない。独学だし、決して上手い縫合では無いだろう。けど、一応慣れてるんだよね……主に、嵐脚でルフィを切ってしまった時とかはこうしてたし。うん、昔よりは縫うの上手くなったと思うって自画自賛してみる。

 腹側と背中側、両方を縫い終わると、酒を染み込ませたガーゼを当てて包帯を巻く。

 うん、応急処置は出来た……多分。責任は持てないけど。だって独学なんだよ。

 酒は染みるだろうし、麻酔無しの縫合はかなり痛い。それでも処置中のゾロは一言も文句を言わなかった。

 

 「取りあえずこれでいいと思う。ってか、俺じゃこれ以上は出来ないし。でも、輸血なんて出来ないから血は足りてないはずだ。暫くは大人しくしときなよ。後、本職の医者に診せる機会がきたらちゃんと診せること。ついでに、コレ」

 

 俺は薬とコップ一杯の水を差し出した。

 

 「痛み止めと抗生剤だよ……飲んでおいた方がいい」

 

 ゾロは案外素直に受け取ってくれた。

 

 「おおげさなんだよ。こんな傷、寝てりゃ治るんだ」

 

 うん、まぁ、ゾロなら治しちゃいそうだね。

 俺は肩を竦めた。

 

 「それでも、治る速度に違いが出てくると思うぞ?」

 

 実際、縫った傷と縫わなかった傷では、縫った傷の方が治りがいい。

 ゾロ……俺と目線合わせてくれないなぁ。はぁ。

 

 「俺はルフィたちのところに行ってるから、ゾロは取り敢えず寝ときなよ。寝れば治るんだろ?」

 

 「……もう」

 

 俺が立ち上がり、部屋の扉を開けた時、微かにゾロの声が聞こえた。

 

 「もう、油断はしねぇ」

 

 キッパリとした宣言に、俺は小さく吹き出してしまったのだった。

 

 

 

 

 

 「きっとこの店はシュシュにとって『宝』なんじゃ」

 

 俺が外に出ると、丁度ブードルさんが語っているところだった。

 形見が『宝』か……気持ち解るなぁ。

 

 「あ、ユアン!」

 

 俺に真っ先に気付いたのはルフィだった。

 

 「ユアン、いい加減出してくれよ!」

 

 ガタガタと格子を揺するルフィ。まるで駄々っ子だ。

 そうだね、確かにそろそろ出した方がいいかも……。

 

 「おれ、腹減ったんだよ! アイツらの宴会もただ見てただけだったし! 肉食いたい! 鳥肉!」

 

 ………………うん。

 

 「お前、本当にもっと檻の中で反省すればいいと思うよ。」

 

 「えーーーー!?」

 

 鳥肉獲ろうとして攫われたヤツが舌の根も乾かない内に何を言うか!

 再びガーン状態になったルフィは無視し、俺はナミに視線を向けた。

 

 「ルフィとブードルさんはともかく……この人は?」

 

 視線はナミに向けているけれど、実際に問いかけているのはルフィに対してだ。

 ナミは警戒心も露に俺を見ている。

 まぁ……ルフィは海賊=話し振りからして俺はルフィたちの仲間=俺も海賊っていう方程式が出来てるんだろうな。

 

 「そいつは、ウチの航海士だ!」

 

 流石というべきか、ルフィはすぐにショックから復活して答えてくれた。

 にしても……航海士!

 

 「ならないって言ってんでしょ!! ……って、アンタ何涙ぐんでるのよ!?」

 

 しょうがないだろ!? これで航海士代理が返上出来ると思うと……!

 俺はニッコリと友好的な笑みを浮かべてナミの手を取った。

 

 「俺はユアン、以後よろしく!」

 

 しかし。

 

 「よろしくするかっ!!」

 

 ナミは非友好的だった。思いっきり手を振り払われたよ。

 まぁ、仕方が無い。海賊嫌いな人なんだし。

 

 「私はね、海賊が大っ嫌いなの! 好きなものはお金とみかん!」

 

 何でそこで好きなものまで暴露するんだ?

 

 「海賊なんて! 人の大事なものを平気で奪って! みんな同じよ!!」

 

 激昂して肩を怒らせているナミ。

 

 「ま、一理あるかもね」

 

 俺はゾロの消毒に使ったヤツの余った酒のボトルの蓋を開けてペットショップの入り口前……ブードルさんの隣に腰掛けた。

 そのままラッパ飲みでボトルを傾ける。

 うん、やっぱりバギーんトコの下っ端たちと飲んだ酒とは比べものにならない。シェルズタウンで奮発した甲斐があったよ。

 

 「けどさー、人の大事なものを奪おうとするのは、何も海賊だけじゃないよ? 世間一般じゃ正義で通ってる海軍だってそうだ」

 

 頂上戦争。その切っ掛けであるエースの公開処刑は、エースが海賊だからではなく、海賊王・ロジャーの息子だから決定されたようなものだ。ロジャーの息子に産まれたことで、何故エースが罪を背負わされなければいけないんだ?

 そんな理由で俺の大事な者、エースを奪おうとする。俺に言わせりゃ、海賊も海軍も一皮剥けば似たようなもの、表裏一体。

 ナミだって、知ってるはずなのに。アーロンとネズミ大佐が賄賂で繋がってるって。

 そりゃ、受けた仕打ちを考えれば仕方がないとは思う。けれど、恨むなら『海賊』ではなくあくまでも『アーロン一味』にして欲しいもんだよ。

 ……言うのは簡単なんだけどね。そう簡単に割り切れるもんじゃないか。

 あー、ムシャクシャする!

 俺が苛立ち紛れにもう1口酒を口に含んだその時。

 

 「グオオオオォォォォォォォ!!」

 

 ある意味では酷く聞きなれた声……猛獣の雄叫びだ。

 来たなリッチー! ……ついでにモージ。

 

 「も、『猛獣使い』のモージじゃ!」

 

 ブードルさんの悲鳴にナミも反応し、2人はすたこらさっさと逃げてしまった。けど、物陰でこちらを窺ってるのがよく解る。

 

 「なぁ、出してくれよユアンー。何か来ちまったよ」

 

 そうだな、そうしたらアイツら瞬殺でシュシュの『宝』も守られて……。

 

 「動物が来たみたいだしな! 久し振りに肉獲るぞ!」

 

 ………………うん。

 

 「お前、もう一生檻の中で飢えていればいいと思うよ」

 

 「えーーーーー!?」

 

 お前の頭にはソレしかないのか!?

 いや、別に本気で一生飢えろなんて思ってるわけじゃないけどさ、もうちょっとルフィには食以外にも考えを向けて欲しい。

 いいや、もう。

 シュシュの『宝』は俺が守ろう。同じ、形見を『宝』に持つ身として。



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第45話 VSリッチー (ついでにモージ)

 結構大きなライオンに乗った変な男とゴムの漫才が今目の前で繰り広げられています。

 

 「これはおれの髪の毛だ、着ぐるみじゃねぇ!」

 

 「じゃあ余計変だな」

 

 全力で同意したい。ってか、した。傍で見ながらコクコク頷いた。どうやったら髪の毛で耳を表現できるんだ。

 流石は『道化』の一味、ツッコミ所が満載だ。良かったー、母さんがこんな集団に入ってなくて。

 ルフィがツッコミになるなんて、そうそう無いぞ? いつもは天然でボケやがるヤツだから。

 いやー、いい酒の肴だね。

 

 「おれに操れない動物はいないんだぞ……お手」

 

 何のアピールなのか、モージはシュシュにお手を要求した。

 

 「ガウ」

 

 シュシュはモージの手に噛み付く……当然の結果だな!

 モージは何事も無かったようにルフィに向き直った。

 

 「お前は所詮ただのコソドロだ」

 

 ……コイツ、今の無かったことにする気だ!

 

 「犬は?」

 

 KYのルフィは容赦無くツッコむけどね!

 

 「シュシュ、お手」

 

 その横で、俺は特に深い意味は無く試してみた。けど。

 

 「ガウ」

 

 シュシュはお手をしてくれた……何だろう、この微妙な空気は。

 え、てっきり、俺も噛まれるかな~とか考えてたのに! 俺とモージの違いって何!?

 

 「………………貴様の命に興味は無い」

 

 うわ、コイツ俺の存在ごと今の『お手』を無かったことにする気だ!

 よし、それなら……。

 

 「おかわり」

 

 「ガウ」

 

 シュシュはさっきとは反対の前足を俺の掌の上に乗せた。賢いなー、シュシュ。

 

 「………………ロロノア・ゾロはどこだ?」

 

 コイツ、あくまでも認めない気だ!

 まぁ、それならそれでいいけど。ルフィの檻だけ壊してくれれば、後はどうでもいいし。もう俺アイツ出してやる気無いから。

 

 「言わん!」

 

 ドきっぱり胸を張るルフィ。リッチーの唸り声にもちっとも動じてない。

 当然と言えば当然だね。

 コルボ山にはライオンなんていなかったけど、昔祖父ちゃんに放り込まれた孤島のジャングルには、もっと危険そうなトラとか大蛇とかたくさんいたから。

 

 そう、俺たち孤島に放り込まれたことが多々あるんだよ……ずっと前は、俺とエースの2人で。それからルフィやサボも一緒に放り込まれるようになって、サボが出航してからは3人で。流石に、エースが出航するようになる前にはそんなことも無くなってたけど。

 コルボ山の猛獣にすら勝てない時期に密林に置き去りにされた時は、母さんが祖父ちゃんに愛想を尽かした理由が実感できた。マジで。よく生きて成長できたよ、俺たち……。

 いや、過去に思いを馳せるのは後でいい。何か遠い目になっちゃうし、目に汗が浮かんでくるし。

 

 「やれ、リッチー!!」

 

 ホラ、ちょっと意識を逸らしてた間にルフィが襲われてるし。

 多分、モージはルフィが檻の中に入っているから安心してるとでも思ってるんだろうけど、実際には逆だ。モージはルフィを解放するべきじゃなかった。野に獣を解き放つようなものだ。

 

 「やった、出られた!」

 

 リッチーが襲い掛かったことで檻が壊れたために外に出られて、パァっと明るい笑顔になるルフィだけど……オイ。

 

 「油断大敵だぞ」

 

 リッチーはそのままルフィを薙ぎ払った。

 体勢を立て直す前に食らっちまったもんだからルフィの体は吹っ飛んだ。家1軒を貫通して、隣の通りまで飛ばされた。

 けど、爪で切り裂かれたってんならまだしも、ただ殴り飛ばされただけでルフィがダメージを受けるわけない。感じる気配にも全くブレはない。

 向こうから様子を窺っていたナミとブードルさんが、ルフィの方へと走って行った。心配してるんだろうね……。

 

 「即死だ! 身の程知らずめ」

 

 いやオッサン、それはアンタの方だから!

 そんな一連の様子を酒をチビチビ舐めながら観察していたら、リッチーが俺の方を見た。

 

 「ガルルルルルルルル……」

 

 お、何だやる気か、このヤロウ。

 

 「ペットフードショップか……食事は早めに終わらせろよ」

 

 オイ、オッサン。お前、どんだけ俺のこと無視する気だよ。リッチーは今明らかに俺に向かって唸ってただろうが。そっちがその気なら。

 

 「伏せ」

 

 「ガウ」

 

 うん、俺とシュシュ、結構いいコンビかも。

 

 「………………貴様は何者だ」

 

 よし、やっと現実を認めたな。

 

 「俺はただの通りすがりの少年だよ? アンタよりもちょっと犬との意思疎通が出来てるだけの、ただの子どもだ」

 

 ピクリ、とモージの口端が震えた。プライド傷ついただろーなー。

 

 「いい度胸だ、小僧……今の内にさっさと消えるんだな。でなければ貴様もあの麦わらの男と同じ道を辿ることになる」

 

 余裕を見せているつもりなんだろうな……バカバカしい。

 俺はその言葉を鼻で笑ってやった。

 

 「同じ道? どんな?」

 

 ヒクヒクとモージの口元がまた震えた。

 

 「目の前で見ていたはずだ……坊主、海賊に逆らうものじゃないぞ。はっきり言ってやろう。死にたくなければ消えろ」

 

 手に持っていたボトルに残ってた酒を一気に煽って、俺は挑発的な笑みを浮かべた。

 

 「じゃあ、お前が消えろ……俺も海賊だ」

 

 空になったボトルを投げつけると、モージの顔面に直撃した……っておいおい、それぐらい避けられると思ってたぞ?

 

 「ぐわっ!」

 

 もんどりうってリッチーから転げ落ちるモージ……え、弱っ!?

 

 「きっ、貴様! 海賊だと!?」

 

 鼻を押さえながら身を起こしたモージに、俺は冷笑を向けた。

 

 「そうだよ……この間からね。で? 消えてくれる?」

 

 まぁ、これで相手が引き下がるわけないってことぐらい、解ってる。

 俺は自分で言うのは癪だけど小柄だし、筋骨隆々って体格でもない。武器も所持していなければ、ゾロのように名が売れているわけでもない。となると、モージの反応は……。

 

 「ふざけるなっ! てめぇも身の程知らずか!! リッチー! そいつを噛み砕け!」

 

 激昂して戦闘突入……ま、当然の成り行きか。

 

 「短気は損気だぞ?」

 

 リッチーが飛び掛ってきたから、俺は隣にいたシュシュを抱えて避けた。

 

 「ワン! ワン!!」

 

 シュシュ……一応庇ったつもりなんだからさ、暴れないでよ。

 

 「離れてなよ、お前の『宝』に手出しはさせないからさ」

 

 シュシュを解放したが隠れてはくれず、またドンと店の前に陣取って座っている。あーあ、これは。

 

 「運が悪いな」

 

 ポツリとした呟きを聞き咎めたのか、モージは勝ち誇ったような顔をした。

 

 「何だ、今頃気付いたのか? だがもう遅い! てめぇは今ここで死ぬんだからな! 殺れ、リッチー!!」

 

 ……勘違いをしてるようだな。

 

 「グルゥアアアア!!」

 

 主人の指示に従い、リッチーは思い切り跳躍し、俺にその牙を突き立てようとしてきた……けど、遅い。

 

 「鉄脚!」

 

 吹き飛んだのはリッチーの方だった。俺の回し蹴りがリッチーの顔面に思い切り入る方が早かったからだ。

 

 ちなみに今の鉄脚は、俺のオリジナル技だ。

 俺はジャブラみたいに鉄塊拳法なんて使えない。一応練習はしてみたけど、鉄塊をかけた状態ではその部位を動かすなんて不可能だった。でも、似たようなことは出来ないだろうかと思って編み出したのがコレだったりする。一撃を放ち、インパクトの瞬間に部分的に鉄塊をかける。

 それでも、これは蹴りしか完成してないんだけど。多分、剃、月歩、嵐脚のために鍛えている分脚力が強くなってるからなんだろう。

 これは蹴りではあるけど、鉄で蹴られているようなモンだ。ただの蹴りよりも威力がある。

 

 「リッチー!!」

 

 さっきのルフィと同じように家を貫通して飛んでいった下僕に、モージは悲痛な声を上げた。

 って、半泣きじゃん! 受ける!

 

 「運が悪いのはお前らの方だよ。シュシュを巻き込むわけにはいかないからね」

 

 俺の言葉に、モージはビクリと震えた。

 

 「俺、本当なら自衛と捕食以外で動物と戦うのって嫌なんだよね。だから、ちょっと遊んで追い返そうかと思ってたんだけど……シュシュにそこに居座られてたんじゃ、一瞬でケリを付けるしかないじゃん。巻き込むの嫌だし、人質……いや犬質にされたりしても嫌だ」

 

 嘘じゃないよ? 本当に、ぶっ飛ばす気は無かったんだよ?

 俺がゆっくり近付くと、モージはじりじりと退いていく。

 

 「で? 猛獣のいなくなった『猛獣使い』は、何が出来るのかな……?」

 

 再び浮かべた挑発的な笑み……けれどモージは、もうその挑発に乗る気は無いみたいだ。

 

 「ま、待て! そうだ、取引をしよう! お前は海賊なんだろう!? 宝をやろう! いや、何だったらバギー船長に口を利いてやっても」

 

 いや、いらんし。バギーに口利いたところでどうにもならんし。そもそも俺、この顔な時点で多分バギーは受け入れられないだろうし。ってか、こっちから願い下げだし。

 それに。

 

 「必殺……ただの回し蹴りィ!」

 

 ん? どこが必殺なのかって?

 だって、六式使うのも面倒だし。これで充分だろ。

 

 「俺は海賊だ……宝なら、欲しい時に自分で奪いに行く」

 

 だから、そんな取引は応じる価値なんて無い。特に、海賊同士という間柄では。

 そんな意思は、吹き飛んで意識を飛ばしているモージにはもう聞こえていないだろうけどね。

 

 

 

 

 

 「ユアン!」

 

 モージを蹴り飛ばしてすぐ、ルフィが怒りも露に走ってきた……片手にリッチーを引き摺りながら。

 

 「お前だろ、コイツ吹っ飛ばしたの! 何すんだよ、おれに直撃したぞ!」

 

 あー、同じ方向に飛んでったと思ったら、まさにそうなったか。

 俺は苦笑した。

 

 「悪い悪い……でもいいだろ、敵を倒しただけのことだ」

 

 ルフィは引き摺っていたリッチーをポイと倒れているモージの方に投げた。

 

 「よし、許す! 謝ったから!」

 

 ドーン、と胸を張るルフィ。うん、その器のでかさと心の広さは掛け値なしに尊敬するよ。

 

 「信じられん……!」

 

 いつの間にか戻ってきていたブードルさんが、倒れているリッチーとモージを眺めて呆然と呟いていた。ナミもその隣であんぐりと口を開けている。

 そこまでかな……俺が10歳の時に戦ったジャングルのトラの方が迫力あったんだけどな。まぁ、その時は兄弟3人掛かりになっちゃったんだけど。

 

 「……どうして戦ったのよ」

 

 ナミが険しい顔つきで聞いてきた……ねぇ、何でそんなに厳しい顔なの? 俺、何かした?

 

 「あんたはあいつらの仲間だってバレてないんだから、この町の人のフリして逃げればいいじゃない。こんなことしてあんたに何か得でもあるの?」

 

 えー、だって、逃げるまでもない相手だったし……そう言われてもな。

 

 「売られた喧嘩を買っただけ……かな?」

 

 いや、むしろ売ったのは俺の方か?

 あちゃ、曖昧な答えになっちゃったからか納得してないね。

 

 「……『宝』を傷つけられるのは、辛いからね」

 

 チラッと横目でルフィを見ると、ちょっと目が泳いで挙動不審になっている。

 うん、俺の『宝』はお前に傷物にされたよな! しかも修復は不可能だし!

 とはいえ、もう怒ってはいないけどさ……わざとじゃないって知ってるし、俺も仕返しをやりすぎたし。それでもあの時のショックは忘れられないんだよ。

 

 「あいつら、放っといたらこの店を漁ると思ったんだ。ここはペットフードショップで、アレは動物だ」

 

 アレ、と言ってリッチーを指差す。

 リッチーは店よりも俺に興味を示してたみたいだけど、それで俺がいなくなってたらその後は原作通りになってただろう。

 ナミはまだ釈然としてないみたいだけど、それが本心なんだから他に言い様はない。

 カッコつけちゃったけど、やっぱ恥ずかしいな。ってか、柄じゃないんだよ。

 

 「ルフィ、この町に何か目的はあるのか?」

 

 話を逸らそうと、俺はルフィに聞いた。

 

 「おう!グランドラインの海図と航海士を手に入れるぞ!」

 

 ニカッとイイ笑顔で、ルフィはそう宣言したのだった。



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第46話 決着は一瞬

 さて、どうなるだろう。

 原作では3発目のバギー玉は、モージがルフィに負けたことを知って激昂したバギーが撃ったものだったはず。

 でも今回、モージはすぐそこで伸びているから、バギーがヤツの敗北を知ることはない。となるとバギー玉はもう飛んでこないんだろうか。

 いや、それならそれで結構なことなんだけどね。町が破壊されずに済むし。

 なら、こっちから仕掛けた方がいいかな?

 

 「もう我慢ならん!!」

 

 ……あ、これがあった。ブードルさんの大演説が。

 

 「わしは町長じゃ! この町が潰されるのをただ見ているわけにはいかん! 男には! 引いてはならん時がある! そうじゃろ、小童ども!!」

 

 女であっても引いちゃいけない時はあると思うよ……って、今はふざけてる場合じゃないか。

 

 「ああ、ある!」

 

 ルフィがニヤリと笑って答えると、ブードルさんはこの町の歴史を語り出した。

 かつて海賊によって1度は消え、今のこの町の年寄りが少しずつ少しずつ作っていった。その期間、実に40年。

 40年か……長いよな。大海賊時代が始まるよりも前じゃん。

 立派な町だよね。フーシャ村とは比べ物にならない。

 ……やっぱりバギー玉が撃たれなくて良かったんだよ。

 

 「まぁ否定はしないけど、ここは俺らに任せてよ。こっちにはこっちの目的もあるんだ、利用できる者は利用してしまえばいい。ルフィ。グランドラインの海図はどこにあるんだ?」

 

 予想は出来るけど、一応聞いてみる。

 

 「知らん!」

 

 …………驚いた。まさかそんなにドきっぱり断言されるなんて。思いっきり胸を張りやがってこのヤロウ。

 

 「海図は、バギーが持ってると思うわよ」

 

 かわりに答えてくれたのはナミだった。

 

 「赤っ鼻が?」

 

 聞き返すと、ナミとブードルさんが引いた。え? 何で?

 

 「どこで聞いたか知らないけど、それは禁句よ! アイツの鼻のことはツッコんじゃいけないの!」

 

 あぁ、そういうことか。

 でもなー、俺は日記を読み始めた13年も前からアイツを『赤鼻』として認識してきてるからなー。

 しかも、だ。

 

 「そうなんだ! アイツ、デカっ鼻の赤っ鼻なんだ!」

 

 船長がこうなんだから、俺がアイツを赤っ鼻って呼んでも問題ナシ!

 アイツはおれがぶっ飛ばす、とルフィは闘志を燃やしている。

 

 「ゾロはどうする? 結構深手だったから置いてってもいいけど、もし敵の中に剣士がいたら、別の意味で恨まれそうだ」

 

 世界一の剣豪を目指してるぐらいだ。剣での戦いは逃したくないだろう。

 

 「誰を置いて行くって?」

 

 「ゾロ? 寝てなかったのか?」

 

 目を擦りながら、ゾロがブードルさんの家から出て来た。

 

 「騒がしいんだよ。起きちまった」

 

 そっか、家の真ん前でVSリッチーをやったからな。

 でも、マジで眠そうだ……あ、そういえば。

 

 「薬の副作用か……痛み止めの方の」

 

 鎮痛剤の副作用に眠気……メジャーだな。貧血気味なせいでもあるのかもしれないけど。

 

 「戦り合うならおれも行くぞ……やられっ放しでいられるか」

 

 デスヨネー。ゾロだもんな。

 

 「あんまり動きすぎないように気を付けなよ? 傷は塞がったわけじゃないんだ」

 

 聞いているのかいないのか、ゾロはいつもの黒手拭いを頭に巻いて既に臨戦態勢だ。

 となると後は。

 

 「君は? そういえば、名前もまだ聞いてないな」

 

 俺は今度はナミに顔を向けた。

 好きなものと嫌いなものは聞いたけど、名前はまだ聞いてないよね。

 

 「あ、お前! おれたちの仲間になれよ、海図や宝がいるんだろ?」

 

 ルフィがナミに片手を差し出した。

 

 「私は海賊の仲間になんてならないわ……手を組みましょう。互いの目的のためにね」

 

 パンと軽いハイタッチをルフィと交わし、ナミは俺を見た。

 

 「私はナミ。海賊専門の泥棒よ。あんた、良いこと言うわね。確かに、利用できるなら利用するに限るわ」

 

 強かだな。

 

 「俺はユアン。職業は海賊で……さっきも言ったっけ? 一応、コレの副船長やってるよ」

 

 コレ、のところでルフィの脇腹を小突いたら、ナミは怪訝そうな顔をした。

 

 「副船長? 船医じゃないの?」

 

 多分、迷うことなくゾロの治療に当たったからだろう。そう思われても仕方がないか。でも、違う。

 

 「副船長だよ、俺は……ただ、副船長兼音楽家代理兼コック代理兼船医代理なだけで」

 

 「あんたどんだけ背負ってんのよ!」

 

 ナミはビシィッとツッコんだ。切れがいいな。コビーにも負けてないぞ!

 でも……ふ、と俺は溜息が零れるのを抑えられない。

 

 「まだマシになったんだ……さっきまでは、航海士代理も付いてたからね」

 

 ……海賊大嫌いなはずのナミの目に強い同情の色が見えるのって何か微妙な気分だ。やっぱり俺、働き過ぎなんだな。

 

 「さっさと行くぞ!」

 

 拳の骨を鳴らしながら、ルフィは戦る気満々だ。

 

 「あ、ちょっと待ってくれ」

 

 俺はリッチーとモージを持ち運び便利な大きさにまで小さくした……ら、ナミとブードルさんが目を丸くした。

 

 「な、何したの!?」

 

 そういや言ってなかったな。

 

 「俺はミニミニの実を食べた縮小人間なんだ。ちなみに、ルフィはゴムゴムの実を食べたゴム人間」

 

 うにょーん、と隣に立ってるルフィの頬を引っ張ってみせた。

 

 「あんたたち、悪魔の実の能力者なの!? バギーと同じ!?」

 

 ……赤っ鼻と同じって、何か嫌な響きだな、ソレ。

 俺のそんな感情が顔に出てしまったらしい。ちょっと引かれた。悲しい。

 まぁいい。

 俺は1匹と1人をズボンのポケットに押し込め、小さくして持ってきていたコートをフードまでスッポリ被る。大きいヤツ買っといてよかった、フードを目深に被れば顔が隠れるや。

 

 「暑くないのか、それ?」

 

 キョトンとした顔でルフィが聞いてきた。

 

 「暑いに決まってるだろ」

 

 ここは冬島じゃないんだから! 俺だって、目的が無きゃこんなの着ない。

 ハァ、と小さく溜息を吐いた。

 

 「色々事情があるんだよ……」

 

 バギーがまだ母さんに未練があるなら、上手く乗せれば利用できるかもしれないとは思った。でもそれはあくまでもインペルダウン・マリンフォードでの話であって、今は徒に話をややこしくするだけだと思うんだよね。出来れば隠したい、この顔。

 この件に関して、それ以上突っ込んで聞いてくるヤツはいなかった。

 

 

 

 

 ブードルさんは、それでもやっぱりくっ付いて来た。余所者の俺たちだけを行かせるわけにはいかないと言われたら、あまり強く反対出来ない。

 そして今。俺たちは例の酒場の前にいる。

 宣戦布告も兼ねて、俺はまだミニサイズのままのリッチー&モージを放り投げた。

 

 「解除」

 

 丁度酒場の屋上にまで飛んでいった辺りで元の大きさに戻す。

 バギー一味にしてみれば、ボロボロになったコンビが急に降ってきたように感じただろう。

 喧騒が俺たちのところにまで届き、ルフィが大きく息を吸い込んだ。

 

 「デカっ鼻ァ!!!!」

 

 まるで町中に響き渡りそうな大音量だ。

 

 「誰がデカっ鼻だコラァ!!」

 

 顔を出すよりも先にすぐさま返ってくる声……最早これって条件反射じゃないか?

 

 「お前をぶっ飛ばしに来たぞー!」

 

 ルフィの宣言に、バギーの顔がやっと出て来た。

 ………………うん、俺この顔で良かった! あの鼻よりはマシ! 実物を見て心底思う!!

 俺がフードの奥で安堵の溜息を吐いてると、ナミが指を突き付けてきた。

 

 「いーい? 私が欲しいのはあくまでも海図と宝! 戦うのはあんたたちの勝手なんだからね!」

 

 うん、解ってる……でもこの戦い、俺の出番ってあるのかな いっそナミと一緒になって略奪にでも動いた方が有益なんじゃなかろうか?

 

 「よくもまぁノコノコと戻って来やがったなぁ、貴様ら!」

 

 バギーは怒り心頭らしい。まぁ、そりゃそうか。

 

 「ぶっ飛ばすって言っただろうが! 赤っ鼻ァ!!」

 

 ルフィの返しに……バギーが切れた。ブチッと。

 

 「ハデに撃てぇ! 特性バギー玉ァ!!」

 

 大砲に砲弾は装填済みだったのか、すぐさま砲弾が飛んで来る。一瞬その姿形が見えた……何てダサいデザインなんだ!

 

 「ゴムゴムの……風船っ!」

 

 息を吸い込み大きく膨張したルフィに弾かれ、ダサい砲弾は逆に酒場の方へと返っていった。

 ドォォォォン、と着弾・破裂し酒場は吹っ飛ぶ。

 

 「頭数は減ったな」

 

 感じる気配そのものは減ってないから、死んではいないだろう。けれど、変わらず健在そうな気配は2つだけ。バギーとカバジだな。

 予想通り、巻き上がっていた砂埃の中から現れたのは、部下を盾にしたバギーとリッチーを盾にしたカバジ。

 

 「旗揚げ以来最大の屈辱ですね、船長……ここは私にお任せを」

 

 リッチーを放り投げ、一輪車に乗ったカバジが剣を片手に突っ込んで来た。

 

 「私はバギー一味参謀長、『曲芸』のカバジ! 覚悟しろ!」

 

 剣をまっすぐルフィに突き立てようとした……が。

 

 「剣士の相手はおれがする」

 

 間にゾロが割って入り、その切っ先を受け止めた。

 ちゃんと傷を縫っておいたのが効いたのか、傷口から新たな出血が溢れるなどということは無かった。けど、だからって傷が塞がってるわけでもないんだ、やるならさっさとケリをつけて貰いたい。

 ………………って、ゾロさん? もう刀3本抜いてるの? え? 流石に早すぎない?

 

 「曲芸・火事おやじ!」

 

 「チッ!」

 

 カバジが火を吹いたため、ゾロは後ろに飛び退いてそれを避け……すぐに体勢を立て直して構えた。

 

 「鬼……」

 

 え、もう!? 俺まだ火事おやじしか曲技見てないよ!? いやいいんだけど! ゾロの怪我を思えばその方がいいんだけど! でもどこで原作変わった!?

 

 「斬り!!」

 

 「ぐはぁっ!」

 

 ゾロの三刀流の前に、カバジは一太刀にて斬り伏せられた……って、展開すごく早いね!?

 

 「おれは剣士と名の付くヤツに負けるわけにはいかねぇし……もう、変な余裕をかますわけにもいかねぇんだよ」

 

 え~と、それってつまり、バギーの能力を知りながらも油断して傷を負わせられたことにプライドが傷付けられた、と……そう解釈していいかな?

 

 「我々……バギー一味が……コソドロなんかに……!」

 

 カバジが悔しそうな、苦しそうな息の下で吐き捨てる中、ゾロは手拭いを取った。

 

 「コソドロじゃねぇ……海賊だ! ……悪ィが、おれは寝るぞ……眠ィ」

 

 貧血な上に薬が効いているんだろう、ゾロはフラフラと近くの民家の軒下まで行くとまた眠り始めた。

 

 「ルフィ。俺、一応ゾロの傷の様子を診てくるぞ」

 

 俺に活躍の場は無いだろうし、それならその方がいいだろう。やっぱこの場での略奪はナミに任せてさ。

 

 「私はお宝を探すわ。海図はバギーが持ってるはずだから、あんたたちがソレを手に入れられたら、また手を組みましょ?」

 

 俺の考えてることが伝わったのか、と思うようなナイスタイミングで、ナミは堂々と窃盗宣言をした。

 

 「あぁ……アイツはおれがやる」

 

 腕を回すルフィの視線の先には、バギーがいる。

 ナミは裏道を通りながら今はもう崩れてしまった酒場、その裏手に当たる場所にある小屋を目指し、俺は顔を見られないように注意しながらゾロの所へと向かったのだった。 



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第47話 VSバギー

 ゾロの傷には、特に問題は無かった。さっさと片を付けていたし、相手の攻撃を食らったりもしてないから、当然と言えば当然かもしれない。

 いや、普通は絶対安静にしてなきゃいけないような傷なんだろうけど……まぁ、ゾロだしね。

 となると後は……大人しく観戦でもしてようかな。

 

 ルフィVSバギー。船長対決だ。野次馬で悪いか。

 海図を寄越せ、と言ってもバギーが素直に渡してくれるわけもなく、ルフィのいつもの海賊王宣言も全否定し。

 怒るのはバギーの勝手なんだろうけど……それはそれとしてさ、アイツ、本気で世界の宝を手に出来るって思ってんのかな? グランドラインのレベルはよく知ってるだろうに。

 自分の実力をキッチリ見つめ直そうよ、うん。

 俺が1人心内でツッコんでいる間に、2人は戦闘開始していた。

 

 「テメェのその麦わらを見てると、あのクソ生意気な赤髪の男を思い出すぜ……」

 

 「クソ生意気な赤髪?」

 

 ………………オイこらルフィ。何で俺を見る。

 いや、そりゃ自分でも決して謙虚な人間だとは思ってないけど! お前、俺をクソ生意気だと思ってたのか!?

 

 「どわっ!?」

 

 ほ~ら、余所見なんてしてるから。

 ナイフを何本も持って分離したバギーの右手がルフィに襲い掛かり、ルフィは咄嗟にかわした。

 

 「いや、麦わら……!? シャンクスのことか!?」

 

 体勢を立て直したルフィはさっきのバギーのセリフにもう1つあったキーワードに気付いたらしく、バギーに向き直った。

 

 「知ってんのか、お前……今どこにいる?」

 

 ルフィとしては気になるところだろう、なにせ憧れの人物なんだ。

 

 「どこに? さぁな、知ってるといや知ってるし、知らんといえば全く知らん」

 

 謎かけのような、ふざけたような発言だ。しかし掛け値なしに事実だろう。

 何せ相手は四皇だ、少なくとも新世界にいるのは解りきっている。有名な海賊というのは目立つから、その気になれば詳しい所在地も知れるはずだ。そういう意味では、『知ってる』と言える。

 でも、特に情報を得ようとしていなければ、そんなことは『知らない』。

 だからバギーは、特に間違ったことは言ってないんだ。けど。

 

 「何言ってんだ、お前。バカか?」

 

 ルフィのツッコミは容赦なかった。

 うん、普段ボケの人間ほどツッコむ時はキツイな。

 

 「誰がバカだ!! ……知っていたとしても、それをテメェに教えてやる義理は無ェ」

 

 ジャキ、と両手に大量のナイフを構えるバギー。

 

 「じゃあ、腕づくで聞いてやる!」

 

 ……いやだからね、ルフィ兄ちゃん?

 別にソイツから聞き出そうとしなくたって、その気になって調べれば多分すぐ解ると思うんだけど? ……聞いてないか。

 

 ルフィがゴムであることに気付いているのかいないのかは解らないけど、ナイフという刃物を武器に使うバギーの選択は正しい。銃弾や砲撃すら防げるゴム人間も、斬撃は防げない。

 その後しばし続いたルフィとバギーの攻防は……まぁ、ほぼ原作通りだ。

 最終的にルフィはゴムゴムの銃ピストルからのゴムゴムの鎌を仕掛けたけど、バギーは分解することでそれをかわした。

 違ったのは、その後のルフィの動きだ。かわされたまま飛んでいって建物に激突することは無く、すぐに向き直る。

 まぁ、同じことやったからね……俺との試合で。ゴムの反動で飛んでいって木に激突したルフィに、そのまま間髪を入れず追撃して指銃を打ち込んでさ。以来、飛んだ後も相手から意識を逸らさないようになった。学習したよなぁ、ルフィ。

 

 「バラバラ砲っ!」

 

 バギーはナイフを持った手をルフィに向かって飛ばす。ルフィは受け止めたけれど……。

 

 「切り離し!」

 

 手首から先が更に切り離され、ルフィの頬と帽子の端を斬り付けた。

 あー、あの傷も後で消毒・縫合した方がいいかな。全く、手間を増やしてくれる。

 

 「この野郎!」

 

 ルフィは怒り心頭だ。解る、解るよ。『宝』を傷つけられる気持ち。

 以前俺もブチ切れた……ふ、あの頃は若かったな。

 

 「よくもこの帽子に傷を付けたな! これはおれの『宝』だ! 絶対に許さねぇぞ!!」

 

 許さない、はいいけどさ……我を失っちゃいけないぞ? バギーの腕はまだ戻ってないんだ。

 

 「そんなに大事な帽子なら……ちゃんと守りやがれ!!」

 

 バギーの腕がルフィの背後から襲い掛かった……帽子を狙って。

 

 「!? 剃!」

 

 だが、ルフィはそれを唯一体得している六式、剃で避けた。おぉ、原作改変!

 

 「何!?」

 

 消えたように見える高速移動にルフィを見失い、動揺するバギー。とはいえ、ギア2セカンドを使用していない現時点でのルフィの剃は、そこまで精度が高くない。連続で使用は出来ないから、消えたと言っても一瞬のことだ、すぐにどこかしらに現れる。

 

 「これはシャンクスとの誓いの帽子だ!」

 

 ルフィが姿を見せたのは、案外俺の近くだった。

 ルフィの言葉に、バギーが顔を顰めた。

 

 「何だとぉ? ってこたぁ、それはシャンクスの帽子か!? 道理で見覚えがあると思ったぜ! ……おれとあいつは昔、同じ海賊団で見習いをしていた。つまり、かつての同志ってわけだ」

 

 …………よく考えたらそれ、そんなにあっさり言っていいことなのか? お前自分の経歴隠してるんだろ? お前と違って、向こうは元ロジャー海賊団クルーってことも知られてるだろうに。

 俺がどーでもいいようなこと考えてる間に、ルフィが切れていた。

 

 「シャンクスは偉大な男だ! お前と同志だと!」

 

 偉大な男……うん、まぁ……そうでなきゃ、頂上戦争を収めるなんて芸当は出来ないだろうし。でもなぁ……俺としては、正直内心複雑なんだけどね……。

 どちらにせよ、ルフィの怒りは本物だ。

 

 「一緒にするな!!」

 

 また剃を使ったんだろう、バギーが分解して避ける間もなく懐に飛び込み、強烈な蹴りをお見舞いしていた。

 

 「…………!!」

 

 声も出ないのだろう、1人変顔で悶絶するバギー。

 

 「お前とシャンクスが同志だなんて、2度と言うな!」

 

 どん、と宣言するルフィ。けど、バギーも負けてなかった……口だけは。

 

 「テメェとあいつがどういう関係かは知らんがな、おれが何をどう言おうがそれはおれの勝手だ!」

 

 まぁ、間違った主張ではいない。むしろ正論と言える。

 ユラリと立ち上がると、バギーは過去を思い出しているのか、まさしく憤怒の表情を浮かべた。

 

 「おれはこの世で、あいつほど怒りを覚えたやつはいねぇ……あいつはおれからあらゆるものを奪いやがったんだ!」

 

 あらゆるものを奪って、って……元々、お前のものでもなかったと思うんだけどな。原作に出て来たあの地図は、まだ実物を見付けていなかったからバッタ物だったのかもしれないんだし。

 そして、聞いてもいないのに語られるバギーの過去……アレ? 1億ベリーの悪魔の実を売るつもりでいたのに間違って食ってしまって怒り心頭、って……どっかで聞いたことがあるような………………俺だ!!

 ヤバイ、ちょっと凹む!

 でも、ちょっと原作とは違う場面もあったらしい。

 悪魔の実を食べてカナヅチになったバギーが海に落ちたために、助けようと後先考えず海に飛び込んだ人がいたらしい……ちなみに、その人の名前はルミナ。つまり、俺の母さんである。

 ………………って、オイ! 母さんもカナヅチだろ!?

 

 

 

 

 (ありし日のオーロ・ジャクソン号での1コマ)

 『オイ、バギー!?』

 

 《何だ、体が動かねぇ。カナヅチになっちまったのか!?》

 

 『どうしたんだ、泳ぎは得意なはずだろ?』

 

 『どうしたの、何騒いでるの?』 (←偶々通りかかった)

 

 『ルミナか。バギーが海に落ちて上がってこないんだ』

 

 『!? 赤鼻は悪魔の実食べたじゃない! 泳げないのよ!』

 

 『あ、そうか! ……って、待て!!』

 

 『何で止めるの、助けなきゃ!』 (←海に飛び込もうとしている)

 

 『いや、待てって! お前もカナヅチだろうが!!』

 

 『………………あ』 (←既に船から落下中)

 

 『バカ野郎ォォォォ!!』

 

 最終的に、2人揃ってシャンクスに助けられたらしい。

 

 

 

 

 母さん…………おバカというか、ド天然というか……コメントのしようがないよ。

 けど、これで謎が解けた。何で日記にバギーが悪魔の実を食ったその当日の記述がないんだろうって思ってたんだ……溺れてダウンしてたんだな。

 俺がコッソリ頭を抱えていると、ルフィが感心していた。

 

 「へー、シャンクスが助けてくれたのか」

 

 「おれが言いてェのはそこじゃねェよ!!」

 

 うん、俺もそこよりもツッコミたい部分が山ほどある。

 けど、ルフィにも引っ掛かる部分があったらしく、首を捻っている。

 

 「でも、ルミナ? って、どっかで聞いたことがあるような……あ!」

 

 あ、って何だよ。あ、って。何か嫌な予感がするぞ? 何でそんなにスッキリした顔でポンと手を打ってるのかな?

 

 「それって、おばちゃんの名前だ!」

 

 ルフィーーーーーー!? 何でそういうこと言うかな、この子は!!

 ってかお前覚えてたのか、母さんの名前!

 

 「おばちゃん、だとぉ?」

 

 げ、バギーが食い付いた!?

 

 「あぁ! 祖父ちゃんの娘で、おれの叔母ちゃんだ!」

 

 何でそんなに堂々と宣言するんだお前は! しかもそんな晴れやかな笑顔で! 思い出せたのがそんなに嬉しいか!

 

 「…………テメェ、名はなんていいやがる。」

 

 バギー、そんな神妙な顔して……似合わないぞ!

 でもこれはヤバイ……話の方向が妙なところに向かってるっぽい。

 俺はそろそろと、出来るだけ周囲の目に留まらないようにコッソリと移動を始めた。

 ……ナミの所にでも避難しよう。観戦なんてしてるんじゃなかった。

 あぁ、自分のこの好奇心と野次馬根性が憎らしい!

 

 「おれはモンキー・D・ルフィ! 海賊王になる男だ!」

 

 どん、と胸を張りやがって!

 ルフィ、頼むからもう余計なこと言うなよ? 特に、俺を巻き込むようなことはしないでくれ!

 

 「『モンキー・D』だぁ!? テメェまさか、『拳骨』のガープの孫か!?」

 

 やっぱり知ってたね、バギー! そりゃそうだね、ロジャー海賊団にいて宿敵・ガープ中将を知らないわけないよね!?

 

 「そうだ! おれだけじゃないぞ。」

 

 マジでヤバイ! もうそ~っと移動してる余裕は無い、全力でこの場を離れて………………!

 あれぇ? 何で俺のコートの端が何かに掴まれてるんだろーなー?

 束の間現実逃避をしたけれど、それが天に通じるはずもなく。

 

 「うぉおぅ!?」

 

 俺はゴムに掴まれたまま、その反動でルフィに引き寄せられてしまった……本当に、観戦なんてしてるんじゃなかった!!

 

 「ユアン、話聞いてただろ? コイツおばちゃんのこと知ってるみたいだぞわっ!?」

 

 俺は思いっきりルフィの脳天に踵落しを叩き込んだ。かなり本気でやったからか、ルフィは地面にめり込んだ。

 こンのクソゴムがっ! 結局俺を巻き込みやがって!!

 

 「ユアン……だと……?」

 

 あれ、バギーが固まってる?

 フード……は、落ちてないな。うん、まだ顔は見られてないはずだ。

 何でそんな、まるで石膏像のように硬直してるんだよ?

 

 「テメェ、まさか……ルミナの息子か!?」

 

 ………………WHY?

 え、何で!? どうしてバレたんだ!?





 次回は大半が、バギーの回想による過去編になります。



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第48話 過去編① ~在りし日のロジャー海賊団~

 『治癒姫』 ルミナ。

 彼女はバギーにとって、色んな意味で忘れられない人物である。

 

 

 

 

 そもそも、彼女は海賊船への入り込み方からして人とズレていた。

 ロジャー海賊団の面々も、まさか、海軍との交戦中にいつの間にか幼い少女が単身乗り込んでくるなどとは想像もしていなかった。

 しかもその少女が自ら海軍……というより、ガープ中将に対する人質になると宣言するなどとは。

 知らぬ間に娘が宿敵の船に乗っていると知ったガープが躊躇している間にその海域を抜け彼らは事なきを得たものの、落ち着いてからよく考えると、その少女を扱いかねた。

 海賊船にわずか10歳の少女。似合わなさすぎる。

 しかし本人に聞けば、海賊になりたいのだと言う。この船に乗り込んだのもそのためだ、と。

 初めは、そんな意見はナンセンスだと皆考えた。

 そもそも幼すぎるし、しかも女の子だ。危険である。

 けれど、年齢に関しては既に見習いとしてオーロ・ジャクソン号に乗っていた同年代のシャンクスとバギーを引き合いに出されれば、あまり強いことは言えない。

 女の子であるということも、大きな問題にはならなかった。ガープに扱かれていたらしく、それなりの腕前を持っていたのだ。

 その上彼女は、チユチユの実を食べた治癒人間だった。怪我がつきものの海賊船において、その力のなんとありがたいことか。

 中にはガープの娘ということで、スパイなのではないかと危ぶむ者もいたのだが、最終的に船長・ロジャーが彼女の心意気を認めたことが決め手となり、ルミナはロジャー海賊団見習いとなったのだった。

 

 

 

 

 とはいえ、ルミナとて自分が決して歓迎されていないことぐらいは解っていた。

 だからこそ、彼女は頑張った。まずは自分が本気であることを行動で示そうと、自分に出来る限りの精一杯のことをした。

 朝は誰よりも早く起きて洗濯、朝食を作るコックの手伝い。

 昼は掃除に鍛練……覇気を副船長・レイリーに、医術を船医・クロッカスに教わっていた。治癒人間ということで、折角なら色々覚えて医者を目指してみるか、ということになったのだ。

 夜には夕食作りの手伝いから繕い物まで、それはそれは朝から晩までクルクルと忙しなくよく働いていた。

 雑用は見習いの仕事と言っても過言ではないので、ルミナが入る以前はシャンクスとバギーが洗濯だの掃除だのをしていたのだが、彼女が来てからというものすっかり暇になったほどだ。

 どんなに忙しくても疲れていても誰よりも働いて、いつも笑顔を絶やさない少女に一味が絆されるのには、あまり時間は掛からなかった。

 類は友を呼ぶというか、ロジャー海賊団の者たちは基本的に人のいい者たちである。

 ルミナの本気を認め、努力を評価し、疑いを打ち消してしまえば、後は一転して好意的になった。

 ムサい男どもの中で、可愛い女の子が笑顔を振り撒いているのだ。癒されないわけがない。

 

 勿論ながら戦闘中の甘えや妥協は許さなかったが、日常生活においてはまるで、娘を見ているような心持ちであった。

 しかも実父・ガープには『孤島のジャングルに置き去りにされた』だの『風船に括りつけられて空に飛ばされた』だの『千尋の谷に文字通り突き落とされた』などの仕打ちを受けたという苦労話を聞けば、哀れにも思えて、更に甘くなる。

 父親にとって娘は『お姫さま』だというが、ロジャー海賊団にとってのルミナもそうである。

 どこからかそれが漏れたらしく、それ故にいつの間にか付いた二つ名が『治癒姫』。

 『治癒』の力を持つ、海賊団の『姫(=娘)』。元はといえば、謂れはそれであった。

 

 

 

 

 そしてあれは……正確にはいつのことだっただろうか。

 後に世界で『エッド・ウォーの海戦』と呼ばれることとなる戦いの、少し後のことだ。

 ロジャー海賊団の面々は、冬島に上陸していた。しかも、季節は冬。

 冬の冬島といえば、それはもう一面銀世界の極寒の世界である。

 しかし治安は悪くなく、海賊団の者たちは意気揚々と上陸し、思い思いに陸の楽しみを満喫していた。

 しかしその夜、宴会でもするかと船に戻り、一同ははたと気付いた。

 

 『ルミナはどこだ?』

 

 と。

 

 

 

 

 その後は、かなりの騒動になった。

 普段ならば、それほど問題になるようなことじゃなかっただろう。

 治安の悪い島でもないし、海軍が駐留しているわけでもないし、他の海賊がいるという情報も無ければ賞金稼ぎの噂も無い。

 そんな平和な島でルミナが多少羽を伸ばしたとて、何の問題も無い。彼女の実力ならば、町の不良に絡まれたとしても何とでも対応できる。

 ここが、冬の冬島でさえなければ。

 

 「まさか、山に入り込んでるんじゃないか?」

 

 真っ先に言い出したのはシャンクスだったが、誰もそれを否定できなかった。

 冬の冬島の雪山に迷い込む……ルミナならやりかねない、と心の奥で皆が思った。あの娘は普段はしっかりしてるくせに、時々妙な所で抜けていて、信じられないようなことを仕出かすのだ。

 考えていると段々そうなんじゃないかという思いが強くなり、探しに行こう、という話になった頃、彼女はヒョッコリと帰ってきた。

 

 「心配かけてごめんなさい!」

 

 深深と頭を下げて謝るその元気な様子に、一同は安堵の溜息を吐いた。怒りよりも安堵が表に出る辺りに、彼らがルミナを甘やかしているのが現れている。

 聞けば、彼女はやはり雪山に迷い込んでしまっていたらしい。

 そんな中で、怪我をして動けなくなっていた地元の兄妹を見付け、彼らの怪我を治して麓まで送ってもらったのだという。

 ……ある意味、あまりに予想通りの事態に、一同は今度は呆れの溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 少し遅くなって始まった宴の中、ルミナは蕩けそうな笑顔を浮かべながら出会った2人のことを話していた。ちなみに聞き手は、見習い仲間の赤コンビである。

 

 「それでね、本っ当に可愛かったのよ!」

 

 ルミナを助けてくれた兄妹は、兄がユアン、妹がユリアという名前で、5歳と4歳だったらしい。

 

 「ちっちゃくって、ころころしてて、ぷにぷにで柔らかくて……」

 

 ムギュ~っと毛布を抱きしめながら悶える姿は、酷く微笑ましい。

 ルミナはかなりの子ども好きである。それはもう、赤ん坊も幼児も可愛くて仕方が無いらしい。そして、件の2人はルミナのどストライクに嵌っていたようだ。

 ルミナ自身もまだ子どもであるが、自身より幼い者へ向ける愛情は、ある意味女の子ならではである。

 

 「そんなに子どもが好きなら、これやろうか?」

 

 そんなルミナにシャンクスが差し出したのは、手鏡だった。

 

 「? 何で?」

 

 キョトンとした顔でルミナが問うた。

 

 「ちっちゃくてころころしたのが好きなんだろ? これでいつでも見られるぞ」

 

 その言葉の意味を悟り、ルミナの口元が引き攣った。

 

 「それってつまり……あたしがちっちゃくてころころしてるって言いたいの?」

 

 「違うのか?」

 

 その返しに、ルミナの頭の中で開戦のゴングが鳴った。

 

 「シャン!!」

 

 持っていたジュース入りのジョッキを投げつけた。シャンクスは余裕でかわし、距離を取る。

 でなければ、鉄拳が飛んでくる可能性があるからだ。平手ではない、硬く握った拳が。

 幼い少女と侮ってはならない。かつてガープ中将に扱かれ、その後は海賊として戦線に立つ彼女は、並の少女ではありえない。はっきり言って、単純な腕力ならその辺の大の男も軽く凌ぐ。ヒットしようものなら、意識が飛ぶ。本人が嫌がるので誰も口には出さないが、ある意味流石は『拳骨』のガープの娘、と思われている。

 バギーにしてみれば、その小柄で細身の身体のどこにそんなパワーが? と、世界の海の七不思議を見ている気分だったりする。

 ……まぁ、パワーだけでなく、総合的な戦闘力でもバギーはルミナに全く敵わなかったりするのだが。軽くブッ飛ばされてしまうのだが。

 

 「そりゃ、あたしはちっちゃいわよ! ちびっこいわよ! でも、ころころなんてしてないもん! そこまで子どもじゃない! それに身長だってきっとこれから伸びるよ! 毎日牛乳飲んでるもん!」

 

 紅潮させた顔で反論するが、シャンクスは面白そうに笑った。

 

 「い~や、伸びねぇな! ガキはちっこいままだ!」

 

 「ガキじゃない! あんたとだって、1歳しか違わないじゃないの!」

 

 始まった、とバギーは軽く頭を抱えた。

 よせばいいのに、シャンクスときたら暇さえあればルミナをからかう。しかも、本人が気にしている身長のことを引き合いに出して。

 こうなると、長いのだ。延々と言い合い続け、最終的には……。

 

 「煩いぞ、静かにしないか!」

 

 オーロ・ジャクソン号をフィールドに鬼ごっこを始め、レイリーに叱られるのである。

 

 「頭を冷やせ、バカやろう!」

 

 この鬼ごっこは毎回、シャンクスを殴ってルミナを小脇に抱えながらレイリーが治めているのだ。実にご苦労なことである……が、ルミナは殴らない辺り、彼も『娘』に甘い。

 

 「ガキじゃないってんなら、これ飲めるのか?」

 

 殴られた頭を摩りながらシャンクスがルミナに渡したのは、酒の入ったジョッキだった。瞬間ルミナは、グッと言葉に詰る。

 

 「の、飲めるもん!」

 

 ジョッキを引っ手繰って口を付けるが、その勢いは弱い。ジョッキに入ってるのは度数の低い果実酒なのだが、ルミナにはキツイのだ。

 予想通りというか、1口舐めただけで顔を顰めた。既に涙目である。

 しょんぼりと肩を落とすルミナを励ますように、レイリーが彼女の頭を軽く叩いた。

 

 「まぁそう気にするな。シャンクスだって、何も本気でお前をガキ扱いしてるわけじゃない」

 

 しかし、ルミナはムスッとしたままだ。

 

 「違う。シャンはあたしをバカにして遊んでるんだ」

 

 ……否定は出来ない部分がある、とレイリーとバギーは顔を見合わせた。ルミナをからかうシャンクスは実に楽しそうである。現に。

 

 「ガキ」

 

 「ほらぁっ!!」

 

 また余計なことを言ってるし。

 ルミナは1度頭を振ると、思考を切り替えたらしい。

 

 「いいよ、もう……子どもなのは本当だし。でもあたしだってこれから大人になるんだもんね。そうだ! 大きくなってあたしに子どもが出来たら、あの子たちの名前を貰おう! 命の恩人だし! 男の子ならユアン、女の子ならユリア!」

 

 いいこと思いついた、と言わんばかりのルミナは目に見えて一気に機嫌を回復させた。

 

 「随分と気が早いな」

 

 レイリーが苦笑している。

 

 「ルミナ……子ども欲しいのか?」

 

 そわそわとした様子で尋ねたのはバギーだった。それに対して、ルミナははにかみながら答える。

 

 「そりゃ、いつかはねー。他人の子でもあんなに可愛いんだよ、自分の子だったらもう反則だよね」

 

 子どもを産み育てるには、可愛いだけじゃだめだろうとレイリーは思ったが、口には出さなかった。何しろルミナも認めたように、彼女自身まだ子どもなのだ。そんな難しいことは考えていないだろう。なので彼も難しいことは考えず、心のままの言葉を発した。

 

 「もしそうなったら、一目見たいものだな」

 

 レイリーは酒を含みながら呟いた。ルミナは娘のようなものだ。娘の子どもならば、それは孫のようにも思えてくる。

 ルミナもその発言を聞いて、無邪気に笑った。

 

 「はい! そしたら見てくださいね!」

 

 和やかな、ほのぼのとした空気が漂った……が。

 

 「海賊娘に嫁の貰い手があるのか?」

 

 シャンクスがまたいつものからかう様な口調で聞いた。

 

 「まさか、子どもさえいれば旦那はいらん、とかか?」

 

 いつもならば応戦するルミナだが、今回はムゥと考え込んでしまった。

 

 「よく解んない……」

 

 それはそうだろう。ルミナの子ども欲しい発言は、恋に恋する乙女のようなもので、深いところまで考えてのものではない。男女のあれこれなど想像の埒外だろうし、そもそもこの少女は、まだ子どもの作り方すら知るまい。

 

 しかし、とレイリーは想像してみる。

 

 『子供が出来たの! でも結婚はしてないからあたし1人で育てるわ!』

 

 或いは。

 

 『あんな男はどうでもいいの! この子さえいれば!』

 

 もしも遠い未来で、この娘同然に思っている少女にそんな宣言をされでもしたら。

 

 「…………………」

 

 「ど、どうしたんだ、レイリーさん!?」

 

 レイリーの手の中で木で出来たジョッキがバキッと握り潰されたのを見、シャンクスは気持ち引いた。そんな見習い少年に、副船長は凄みのある笑顔を見せる。

 

 「いや、シャンクス。何でも無い」

 

 (絶対ェ嘘だァァァァァァァ!)

 

 シャンクスは肝が冷えた。ルミナのことは笑ってからかえる彼も、流石にレイリーの鬼気と渡り合えるほどでは無い。

 レイリーはというと、取りあえず脳内で大事な娘(ルミナ)に無責任な行いをした男(顔は無い)を八つ裂きにしておいた。

 

 そんな師匠の内心に全く気付いていないルミナは、考えに没頭していたせいか無意識的に口に運んだ酒に、また顔を顰めた。

 

 「お……おれが貰ってやろうか!?」

 

 顔を真っ赤にさせながらバギーがそう言うと、ルミナは目を見開いて……にっこりと笑った。

 

 「本当? ありがとう!」

 

 その返答にバギーは舞い上がった……すぐに引き摺り下ろされたが。

 

 「ごめんね、あたしにはやっぱりキツイみたい」

 

 そう言って渡されたのは、ルミナの持っていた酒入りジョッキ。

 どうやら、さっきのバギーの発言はルミナの脳内で、その酒を飲めないなら自分が引き受けてやる、という意味で変換されたらしい。

 何とも間の悪い、不憫な少年である。

 バギーはちょっと涙が出そうになった。何でそんなに鈍いんだ、とルミナを責めたい気持ちが湧き上がりそうになった……が、その後ろで声を押し殺しながら笑い転げるシャンクスを見ると、怒りも何もかもがそちらに向かう。

 にこにこ、と全く邪気のない笑顔を向けられると、今更ルミナに訂正を入れるのも憚られ。

 

 「………………」

 

 バギーは無言でジョッキを傾けるしかなかった。

 

 「ま、まぁ、50年後に期待するんだな」

 

 息も絶え絶えになりながら、シャンクスはルミナの肩を叩いた。

 

 「? 何で50年?」

 

 首を傾げるルミナ。

 

 「え、だってお前が『大人』になるまでにそれぐらいは掛かるだろ?」

 

 ピシリ、と空気が凍った。

 あ、これはヤバイ、と傍で見ていたバギーとレイリーは思った。これはルミナがかなり本気で怒った、と。

 

 「へぇ~、50年……」

 

 ルミナはにっこり微笑むと、ガシッとシャンクスの胸倉を掴んだ。

 

 「50年? 本気で言ってるの、それ? あたしおばあちゃんになっちゃうよ? もうそれガキってレベルじゃないよね? 赤ん坊だって50年あればおばあちゃんだよ。そんなにあたしをガキ扱いするの? バカにするの? じゃああたしだってバカにしてやる。その自慢の赤髪を毟ってやる。全部毟ってツルッぱげにして、それでハゲってバカにしてやる」

 

 「いっ!? おい、待て、本気で引っ張るな!」

 

 「本気? 本気に決まってるじゃない、毟るって言ってるじゃ」

 

 「ルミナ、やめなさい」

 

 レイリーが咄嗟に止めた。

 ルミナはシャンクスを睨み、レイリーを見、またシャンクスを睨んで手を離した。

 いつもながら、この手腕にバギーは脱帽する。

 本気で怒ったルミナを止められるのは、覇気の師匠であるレイリーと医学の師匠であるクロッカスのみである。それ以外の者が下手に手を出そうものなら、手痛い流れ弾を食らうことになる。

 ……以前、ロジャーもルミナに怒られた時があったが……世界にその名を轟かせる大海賊が、わずか11歳の少女に正座させられるというもの凄くシュールな光景が展開された。ちなみに、この時はレイリーはルミナを止めなかった。破天荒な船長に苦労させられている副船長の意趣返しが垣間見えた瞬間だった。

 尤もバギーにしてみれば、あの背筋が凍るような微笑みを向けられながら抵抗できるシャンクスにも感心する……が。

 

 「そもそも、おれの髪は別に自慢じゃねぇよ。バギーの鼻じゃあるまいし」

 

 そのシャンクスが襟元を直しながら言った一言が、全て台無しにするが。

 

 「誰の鼻が自慢だテメェ!」

 

 バギーは食って掛かろうとした……が。

 

 「え!? その赤鼻、自慢じゃないの!?」

 

 心底驚いた顔をしたルミナを見て、言葉に詰る。

 バギーは心底後悔した。

 ルミナがこの船に乗ったころ、つい意地を張って『この鼻が自慢で悪いか!』などと言った過去の自分を絞め殺してやりたい気分だった。

 そしてルミナは、良くも悪くも素直な娘だった。バギーの意地を真に受け、その鼻を称えて『赤鼻』と呼ぶくらいには。

 バギーにしてみれば、ルミナのそれが本気なのが問題だった。それこそ、シャンクスがルミナに『チビ』だの『ガキ』だの言うように揶揄しているというのなら、心置きなく怒り狂えた。しかしルミナは真実バギーが己の鼻を誇っていると思い、それを尊重して称えているのだ。

 本当は嫌なんだ、と言えば、『チビ』と言われて怒るルミナは、もうバギーを『赤鼻』とは呼ばないだろうし、今までのことも謝ってくれるだろう。

 しかし、言えない。

 

 「おうよ! この鼻はおれのハデな誇りだ!」

 

 もしも『嘘つき』と軽蔑されたら、と思うと、言えない。

 そうなんだと笑うルミナには、何でそんなに素直なんだと泣きたくなるが、その後ろで声を殺しながら爆笑しているシャンクスには、殺意を覚える。当然、シャンクスの方はバギーのそれが虚勢だと解っているのだから。

 レイリーの生暖かい視線に、バギーは何とも言えず惨めな気分になるのだった。

 

 

 

 

 ルミナの『男の子ならユアン、女の子ならユリア』発言は、その後も度々聞かれた。

 

 

 

 

 バギーが最後にルミナに会ったのは、もう22年も前。ロジャー公開処刑の日のローグタウンだ。

 

 「おれとハデに海賊やらねぇか?」

 

 と誘った。バギーとしては、一世一代の告白のつもりだった。

 しかし。

 

 「ありがとう。でも、ごめんね。あたしもう、シャンと一緒に行くって言っちゃったの」

 

 現実は無情だった。

 ルミナの様子では、バギーよりもシャンクスを選んだ、というわけではなかっただろう。単に、バギーよりシャンクスの方が先に誘った、それに応えた、というだけのことだったのだろう。でもそれが、余計に悲しかった。

 ルミナの鈍さを知りながら好いた惚れたとはっきり言わなかったバギーもバギーだが、全く気付かれないぐらいならキッパリ振られた方がまだマシのように思えたのだ。

 

 「これからは敵同士になっちゃうけど、でも、ずっと友だちだよね?」

 

 しかも、ダメ押しまでされるし。

 けれどバギーは、見栄っ張りだった。

 

 「おうよ! 海で会ったら容赦しねぇぞ!」

 

 惚れた女に、器の小さな男と思われたくない、と考える程度には。

 この後も実際に別れるまで多少の騒動はあったのだが……最終的には、互いに笑顔で別れたのだ。

 そして、叩きつけるように降る雨に隠れて見えなかっただろうが、バギーはこっそりと大泣きしたのだった。

 

 

 

 

 そんなルミナが何故かぷっつりと消息を絶ってから、早15年以上。しかもここ最近では新たなチユチユの能力者が現れたとかで、彼女の死亡が推定された。

 実は未練たらたらだったバギーは、その事実に相当なショックを受けたものである。

 

 そして現在。

 あの『男の子ならユアン、女の子ならユリア』発言は、殆ど忘れていたといってもよかった。

 目の前のフードを被った人物。彼が、『ユアン』という名前の『ガープの孫』と知るまでは。




 この小説でのロジャー海賊団見習い3人組はこんな感じです。シャンクスとルミナの掛け合いは、原作1話のシャンクスとルフィの掛け合い近いです。そしてシャンクス、初めて書きました。
 にしても、ベタな3人ですねー。でもまぁ、まだサブティーンの頃の話ですし、三角関係(?)も出てませんからね。ルミナはフリではなく、ガチで気付いてません。そっち方面を全く理解してません。結局、バギーの気持ちには生涯気付いていませんでした。

 この過去編で何が言いたかったかというと、それは、ユアンのキレ方と低身長が母からの遺伝だということです……ウソです、それは蛇足です。
 それよりも、ルミナがバギーを何故『赤鼻』と呼んでいたか……ウソです、どうでもいいです。
 実際には、『男の子ならユアン、女の子ならユリア』発言が人に知られている、ということです。まぁ、これは次回で纏めますが。


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第49話 甘言

 俺が困惑していると、バギーが徐に口を開いた。

 

 「男の子ならユアン、女の子ならユリア。もし自分に子どもが出来たらそう名付ける……ルミナはそう言ってやがった」

 

 ………………って、母さーーーーーん!? 公言しとったんかい!?

 何それ、つまり俺は名乗るだけで母さんの子だって一部の人間にはバレてしまうってことか!?

 バギーが知ってるってことは、少なくとも元ロジャー海賊団クルーにはバレてると思っていいだろう。それぐらいなら問題無いかもしれない……原作では、少なくとも頂上戦争時までに麦わらの一味が出会ったのはバギー・クロッカス・レイリーの3人だけだ。

 バギーは小者だし、クロッカスやレイリーがマイナスになるようなことをするとは思えない。

 

 けどもし……他にも知ってるヤツがいたら?

 俺、名前も隠さなきゃいけないのか? ……いや、それは無理だ。これから偽名を使ったとしても、絶対に誰かがポロッと暴露する。

 例えばルフィとか、ルフィとか、ルフィとか……。

 くそっ、あまり知られていないことを祈るしかないのか?

 いやそれよりも、今は目の前のバギーを何とかしなければ。

 俺は動揺して少し乱れていた息を整えた。

 そうだ、バギーはあくまでも『ルミナの』子かと聞いた。顔を見られたわけじゃないんだ。名前だけでそう言ってるなら、偶然の一致で乗り切れるかもしれない。

 

 「何のことだ?」

 

 必殺・しらばっくれる!

 俺は首を傾げてみせ、渾身のハッタリをかました。

 

 「………………違うってぇのか?」

 

 もの凄く微妙な間を置いて、バギーが胡乱げに聞いてきた。

 多分、ヤツは殆ど確信している。俺には詳細は解らないけど、そう考えるだけの根拠があるのかもしれない。

 それでも、信じたくないのかもしれない。もしヤツが本当にまだ母さんに未練があるなら……知らない間に子持ちになってる、なんて考えたくないだろう。

 だから、迷っている。そこを突いてやる。

 

 「悪いけど、何を言っているのか解らな」

 

 「何言ってんだ、おばちゃんはお前の母ちゃんだろ?」

 

 ……って、こンのクソゴムがっ!!

 

 いつの間にか復活していたルフィがキョトン顔で暴露した。

 コイツ、俺が何とか乗り切ろうと口八丁を働かせようとしていたまさにその時に……!

 俺がフードの下から引き攣った笑みを向けると、ルフィがちょっと震えた。お前、本当にもう黙ってろ!

 

 「テメェ、やっぱりそうなんじゃねぇかっ! ハデに嘘吐きやがって!」

 

 あぁ、もうバギーってば完璧にそっち側に判断が傾いちゃったよ。

 仕方が無い、こうなったらせめてこの顔だけでも隠して……。

 

 「なぁ、ユアン! 何でそんなに怒ってんだよ、何で睨むんだ!?」

 

 ルフィが、俺のフードを捲って顔を覗きこんできた。

 ………………って、この野郎ォ!!

 何なんだコイツは!つーか、フード取る必要あったのか!?

 見れない。バギーの方が見れない。一瞬目の端にチラッと映ったヤツの姿が、まるで石像みたいにビシィッと固まっていたから、絶対直視できない。

 けど、何時までもこうしてるわけにもいかない。

 

 「あ~っと……じゃあ俺、ナミの手伝いでもしに行くから」

 

 前後に何の脈絡もないけど、取りあえずここにいたくなかった。

 逃げと言いたければ言え!

 俺はルフィがまた余計なことを言い出す前にクルリと方向転換した……が。

 

 「どわっ!」

 

 飛んできたナイフにその動きが止められた。

 

 「待てィ、こんガキャー!!」

 

 バギーだった。うわ、さっきのナイフ、ルフィとの攻防の間にやってたものより早いし狙いも正確だった! まぁ、かわしたけどね!

 俺はもう殉教者のような気分でバギーを振り返り……後悔した。

 何と言うか、もう……同情を禁じえない。

 

 「何だ、テメェは! ハデにムカつく顔しやがって!!」

 

 うん、予想通り! 予想通りの、なんて理不尽な怒り! 俺関係ないじゃん!

 それでも俺はバギーを責められなかった。

 まるで滝のように涙を流すその顔を見ると、とてもじゃないけどこれ以上の追い討ちはかけられない。何だか、その涙が血の色に見えるのは気のせいだろうか?

 これは絶対気付いてる。俺の出生に完全に気付いてる。

 バギー……不憫なヤツ。

 

 「何だ、その同情しているかのような視線はァ!!」

 

 ブンブンと何本も投げてくるナイフをかわしながら、俺は内心でツッコんだ。

 違うぞバギー、これは同情した『ような』視線ではなく、同情『している』視線なんだ。

 でも、言えない。あまりにも不憫すぎて……。

 

 「ルミナが消息不明になって15~16年! テメェも見たところそれぐらいの年だな、オイ!! つまりはそういうことなんだろうがッ!!」

 

 うん、多分真実はお前の考えてることとほぼ同じだと思う。

 

 「バラバラ砲っ!!」

 

 最終的にバギーは、ナイフを握り締めた腕を俺に飛ばした。しかしそれを隣から掴んだゴムがいた。

 

 「お前の相手はおれだ!」

 

 ……おい、カッコつけてるけどさ、バギーがこうなった元凶ってある意味お前だよな、ルフィ?

 

 「黙れテメェ! おれは1度は吹っ切ったんだ……仕方が無いと諦めた! だがな、ルミナがヤツの元を去ったと聞いたとき、また希望が見えた気がしたんだ! それなのに……ルミナの行方不明の原因がこういうことだったなんざ、認められるかっ!」

 

 勝手なこと言うな、と言いたい。別に母さんが『赤髪』の元を離れたからって、お前に靡く理由にはならんだろうが! 大体、何で俺の存在にお前の許可が必要なんだ!

 ……でも、口に出しては言えない。不惑も間近だろうオッサンが血の涙を流しながら咽び泣く姿の、何と哀れなことか。青春の思い出ってバカにできないね!

 

 「おれは……この世のあらゆる財宝をこの手にすると誓った! いつの日か、シャンクスを超えてやろうと……!」

 

 方向性が思いっきり間違ってる気がするが。ってか、だから実力を見詰め直しなって……東の海で燻ってるヤツが四皇を超えるって、本気で言ってるのか?

 

 「なぁ、ユアン」

 

 バギーが己の世界に入り込んでる間に、ルフィが俺に聞いてきた。

 

 「あいつ、何言ってんだ? 何でおばちゃんの話がシャンクスの話になるんだ?」

 

 ………………うん。

 

 「お前はそれ、一生解んなくていいと思うよ。」

 

 ここまで情報出されてまだ気付かないルフィって、奇跡じゃね!? いや、俺的にはその方が都合がいいんだけど。

 仕方が無いか。かつて俺が『赤髪のシャンクスに似てるなんて気のせいだ』って言ったら『気のせいか』って納得しちゃったような子だもんね?

 

 「海中は無理でも、海上の宝は全ておれのものだ! だから……おれの財宝に手を出すヤツァ、許さねェ!!」

 

 バギーの視線の先には、宝の袋を抱えるナミがいた。

 バギーは上半身を飛ばし、ナミを襲おうとする・・・が。

 

 「はぅっ!?」

 

 置き去りにしていた下半身に、ルフィの急所攻撃が炸裂した。

 コイツ鬼だ!!

 

 「お前の相手はおれだって言ってるだろ!」

 

 何か、バギーの不憫パラメータが振り切れているような気がしてきた。

 

 「おい、お前、さっさと逃げろよ!宝なんて置いてきゃいいだろ!」

 

 助かった、とホッとしているナミにルフィが忠告した。

 確かに、両手一杯にあんな袋抱えてたら、走りにくいことこの上ないだろう。

 

 「いやよ!」

 

 だが、ナミはどキッパリ断言した。

 

 「私は海賊専門の泥棒よ! その私が海賊から盗んだんだから、この宝はもう私の物! 何で置いてかなきゃいけないのよ!」

 

 ナミの泥棒論、絶好調だな。

 

 「ふざけるな! おれの宝はおれの宝だ! 何でそれを他人に渡さなきゃならねェんだ!」

 

 あれ、でもお前ロジャー海賊団時代に母さんに宝石あげたんじゃ……そうだ。

 バギーはもう充分不憫だが、この際とことん不憫になってもらおう。

 

 「剃」

 

 俺は一瞬でバギーの背後に立った。

 

 「じゃあ、それ、俺にくれない?」

 

 そう聞くと、バギーは振り返りざまナイフで切りつけようとしてきた。勿論、しっかり受け止めたが。

 

 「テメェはおれの話を聞いてたのか!? 何でおれがテメェに宝をくれてやんなきゃならんのだ、ハデバカがっ!」

 

 ……人の顔を見る度に血の涙を流すの、やめて欲しい。

 俺は1つ溜息を吐くと、ナミに聞こえないようにバギーの耳元で囁いた。

 

 「コレくれたら、後で母さんの墓所、教えてあげてもいいぜ?」

 

 その一言に、バギーの肩がピクリと揺れた。よし、反応はありそうだな。

 

 「お前の言う通り、俺の母はモンキー・D・ルミナ。俺の名前はモンキー・D・ユアンだよ。悪いね、母さんは有名だから、出来れば知られたくなかったんだ。でも俺は知ってたよ? あんた……『赤鼻』のことを」

 

 さて、上手いこと言葉を選ばないとな。

 

 「かつての仲間なんだって? でもさ、俺当時のこと知って思ったんだ。お前、母さんのこと好きだったんじゃない? しかもさっきの様子を見るに、まだ未練があるんだ?」

 

 「んなっ!?」

 

 おーおー、真っ赤になっちゃって。

 

 「でもお前、母さんがどこに眠ってるかなんて知らないんだろ? 墓参り、したくない?」

 

 バギーは目を見開いた。

 

 「テメェは知ってるってのか!?」

 

 その質問に、俺は余裕な笑みを浮かべた。

 

 「勿論。だって俺は息子だもんね」

 

 嘘ではない。確かに知っている。

 そうして俺は困ったような表情を浮かべた。

 

 「昔から思ってたんだ。母さんの墓参りに行くのって祖父ちゃんや俺(とエース)ぐらいしかいなくてさ、可哀そうだなって。昔の仲間が会いに来てくれたら、きっと草葉の陰で喜んでくれると思う」

 

 これはこれで事実である。

 母さんの墓参りに行くのは俺たち家族ぐらい。だって世間に知らせてないんだから、当然である。

 それに、日記から読み解いた母さんの性格を考えれば、草葉の陰からって部分も嘘じゃない。

 

 加えて、だ。

 母さんの墓参りに行くのが俺たち家族ぐらいってことはつまり、『赤髪』も来たことが無いってことだ。つまりはヤツに先んじることが出来る。

 バギーのコンプレックスを思えば、些かみみっちいとはいえ溜飲が下げられる事実なんじゃなかろうか。

 

 「………………本当だろうな?」

 

 おぉ、食いついた!

 

 「俺は嘘は吐かないよ」

 

 まぁ、言葉を敢えて抜かしたり、黙秘したり、ハッタリをかましたりすることはあるけど。

 

 「で? 宝、もらってもいい?」

 

 俺が聞くと、バギーはたっぷり30秒は考えてから、小さく頷いた。

 げに恐ろしきは、22年越しの執念。

 

 「ナミ、その宝頂戴? バギーが俺にくれるって」

 

 バギーには見えない位置で、『ひとまず預けてくれればいい』というアイコンタクトを送ると、ナミは渋々宝を俺に渡した……ふふふ、返す気はないぞ。

 

 「あぁ、そうだそれと」

 

 俺は再びバギーに向き直った。

 

 「記録指針を持ってたりしない? あったら欲しいんだけど……」

 

 聞くとバギーは、やっぱり記録指針を持ってるらしい。船長室の隠し金庫に仕舞ってあるんだってさ。気付かなかった。俺もまだまだだな。

 

 「ルフィ」

 

 俺は宝を持って、ナミと船の方に向かうことにした。

 

 「俺はちょっと用ができたから、先に行ってるよ。後は任せた」

 

 「おう! アイツぶっ飛ばしてやる!」

 

 俺とバギーの会話は、近くにいたナミにも聞こえないぐらいの小声だった。当然、離れていたルフィにも聞こえているはずがない。

 でももう欲しいもの記録指針の情報は得たし、バギーがどうなろうと興味は無い。それこそ、ルフィにぶっ飛ばされても、ね。

 

 「ブードルさん」

 

 俺は、少し離れたところで隠れながら成り行きを見守っていたブードルさんに、持っていた宝を渡した。

 

 「復興に使ってください。元々あなたたちの物なんだし」

 

 「ちょっと!」

 

 ナミが慌てて俺を止めようとした。

 

 「それは私の宝よ! 海賊専門泥棒の私が海賊から盗んだんだから!」

 

 「この宝は、海賊のものになる前はこの町のもの。最終的にそれをこの町の人が取り戻したってだけの話だ。結論だけ言えばね。泥棒の持論よりは正当だと思うけど?」

 

 それに、と俺は続けた。

 

 「それとも、ナミはブードルさんの目の前でこれを奪うの? 町を海賊に襲われた人たちに、更に追い討ちをかけたいんだ?」

 

 卑怯な言い方である。ナミの過去を知りながら、あえてそこを突くような言い方だ。予想通り、ナミはグッと押し黙った。

 憤懣やるかたない様子だけれど、ナミは黙ってそのまま船の方に向かっていったのだった。俺もそれに続く。

 

 しっかしバギーのヤツ、ああもあっさり頷くとは。まさしく、恋は盲目、ハリケーン。空恐ろしいもんだよ。

 ……母さんの墓所については、今後余裕を持って会えた時、本当に教えてあげよう。バギーのためというよりも、母さんのために。

 きっと、『友達』に来てもらえれば、嬉しいだろうからね。



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第50話 悼む

 オレンジの町の港、アルビダの小船に俺が、その隣のバギー一味の小船にナミが乗り込んでいるのだが……。

 

 「あんた、何かの宗教にでも嵌ってんの?」

 

 ……ナミの視線が冷ややかだ。

 

 「俺は無宗教だし、無神論者だよ」

 

 ってか、この世界で神って、水泳キャップ野郎が頭に浮かんでくるし。

 いや、神が実在することは俺が1番よく知ってる。知ってるけど……敬ったり祈ったりする気には絶対なれん。あのジジイめ……。

 

 「じゃあ、何でそんな古ぼけた本を拝んでるのよ」

 

 呆れたような口調だが、俺としても譲れない。

 

 「本じゃない、日記だ。俺の『宝』だよ」

 

 「へぇ……あの麦わらも似たようなこと言ってたわよね。お宝の在り処でも書いてあるの?」

 

 ナミの目がベリーだ! いやまぁ、確かにお宝に関することも書いてはあるけどね。空島のこととか。

 

 「まさか。母の形見だからだよ」

 

 これが俺にとって『宝』になったのはいつだっただろうか。最初は、便利なお得アイテムというだけの認識だったんだけどな。

 

 そもそも、『母さん』という人が俺には何となく遠かった。会ったのだって、俺が産まれたあの日にただ1度だけ。しかもその時の俺は転生という現象に混乱していて、母さんをよく見ていなかった。

 だって、まさか死んでしまうなんて思ってなかったし。

 それでも母さんが俺を大事に思ってくれてたのはあの短い邂逅でも実感できていたから、感謝はしていたけれど……『母さん』と呼んではいても、祖父ちゃんやエースに比べてどこか他人のような気がしていた。

 

 それが変わったのはこの日記を読んでからだ。晩年の記述は、胎の中の俺に対することばかりだった。勿論それだけじゃなかったけど、かなりの比重だった。

 本来なら誰かに向けて書くものではない日記。でも、俺に……我が子に語りかけるかのような記述が多々あった。勿論、俺に見せるために書いたわけではないんだろうけどさ。

 

 知らぬ内に、『お得アイテム』が『形見』という認識になっていたっけ。

 同じ遺品でも、他の雑貨とこの日記は違う。これは唯一、母さんの意思が感じ取れるものだ。

 母の遺品に対する思いは多分、後に集まる麦わらの一味の中でもナミが最も共感してくれるんじゃなかろうか。海賊船にみかんの木を搭載するぐらいだし。

 案の定、ナミは真面目な顔になった。

 

 「……そう。で、何でそれに合掌?」

 

 やっぱりそこはそこで気にはなるらしい。うん、俺も他人がやってたら奇異の目で見てる自信があるよ。

 

 「これは俺にとって、母さんの遺影や位牌に近いんだ……だからちょっと、うん。改めて悼みたくなってね」

 

 バギーに話しただけなのに、俺までセンチになっちまったよ。

 実際の所は、物言わぬ日記を拝んでもどうにもならない。ただの自己満足だってのは解ってるけどさ……。

 え、バギー? アイツ自身はどうでもいい。あの凄まじい不憫さには心から同情するけど、それだけだ。

 どの道、頂上戦争時には何とかして利用するつもりだったし。特に対ミホーク用盾とか、映像電伝虫の1件とか。『キャプテン・バギーの名を上げろ大作戦』とかどうでもいいし。そんなことするぐらいならむしろその電伝虫寄越せ。あれ1つでいくらでも手が打てるようになるんだ。

 

 「お母さんも……」

 

 ナミが皮肉げな口調で声を掛けてきたから、俺は顔を上げた。

 

 「草葉の陰で泣いてるんじゃないかしら? 息子が海賊になんてなっちゃって。」

 

 どうやら、俺の拝みの意味をそう取っているらしい。そりゃそうか、俺とバギーの会話なんて聞こえてなかったはずだし。

 でも。

 

 「それはないな」

 

 俺があんまりにもあっさり断言したからか、ナミは面食らっていた。

 

 「だって、母さんも海賊だったんだから」

 

 しかも超有名人である。

 ついでに言うなら、母さんの懸賞金は最終的には8億2000万ベリーにまで上がっていた。現在は失効されてるけど。どんだけ執着してんだよ、海軍&世界政府。ってか、その理由は何?

 閑話休題。

 まぁとにかく、俺がそれこそバギーのように町を襲う……所謂モーガニアの海賊になったってんなら悲しむかもしれないけど、単に海に自由とロマンを求めての出航なら、むしろ喜んだだろう。何といっても、母さん自身がそうだったんだし。

 俺が求めたのは自由とロマンじゃないけどね!そういうのは全部頂上戦争後に考えようそうしよう。

 うんうんと自己完結していると、ナミが溜息を吐いた。

 

 「そう……親子揃ってろくでなしってわけね。どうでもいいわ、そんなこと。それより……」

 

 ナミは俺の乗る小船を挟んで停泊しているバギーの海賊船に目をやった。

 

 「今のうちに、あそこを物色しておこうかしら。何かあるかもしれないし」

 

 「無いよ」

 

 断言できる。あそこにはもう目ぼしい物は何も無い……あ、記録指針だけ回収しないとな。

 

 「何でそんなの言い切れるのよ」

 

 既に1度は俺のせいで財宝を手にし損ねているからか、ナミの態度は刺々しい。

 ふ、と俺は口の端を吊り上げた。

 

 「じゃあ聞くけど……どうして俺がルフィと合流するのに、ゾロより大分時間が掛かったと思う?」

 

 「!? あんた、まさか……!」

 

 流石ナミ、察しがいい。

 ……これがルフィだと、『何でだ?』とすぐさま問い返されるだろうね。

 俺はニッコリと微笑んだ。

 

 「でも喜んでよ。頂いた物は色々そっちの船の船室に詰め込んであるから」

 

 特に、食料ね。いやー、とても簡易的だったとはいえ一応キッチンがあるって知った時は嬉しかったよ。まぁ、キッチンと呼べるほどの代物じゃなかったけど。コンロと小さな台があるだけだったけど。それでもこの吹き曝しな小船よりはマシだろう。

 ナミは慌てたように確認に行き……事実をその目で見たのだろう、渋い顔で戻ってきた。

 

 「何よあれ? 食べ物ばっかりじゃない! しかも何、あの量は!」

 

 量? 普通に食べたら精々2日分ぐらいなんだけどな……ただし、ルフィの。

 俺は肩を竦めた。

 

 「しょうがないじゃん。ウチには食魔人がいるんだよ」

 

 ルフィの1食は、常人の5食を軽く超える。しかも1日5食計算だ。アイツを小さくして食いでを増やすことで漸く賄えるんだよ。

 

 「そうじゃないわよ! お宝は無いの!?」

 

 あ、そっち?

 

 「あったよ。ただしコッチに置いてあるけど」

 

 俺が引き寄せたのは、木箱が2つ。この中に色々入っている。ただし小さくしているから、実際には見た目以上だ。

 

 「何なら、俺たちから奪う?」

 

 挑発的な笑みを浮かべてみました。ナミはムスッとした顔で黙り込む。

 そりゃそうだろう。ゾロの戦いぶりは直に見てるし、俺がリッチー&モージを降したことも知っている。ルフィが悪魔の実の能力者でバギー相手に優勢に戦ってたのも見てるはずだ。正面から向かうには分が悪い、と思ってるんだろう。

 

 「……あれ、何でこの船に積み込んであるの?」

 

 おや、話題を変えることにしたか。

 

 「そりゃ勿論、その船を奪おうと思ってたから」

 

 本当はナミのことを知ってたからだけど、そんなことは言えないので晴やかな笑顔でハッタリをかました。

 

 「は?」

 

 「この船小さいだろ? 船室も無いし。かといってあんな大きさの船は3人じゃ動かせない。でもその船ぐらいならどうとでもなるし、ちょっとグレードアップしようかな~って思ってたんだ」

 

 ビッグ・トップ号に手を出す気は元より無い。バギーたちにはグランドライン中間までは来てもらわないといけないし。そうでなくとも、さっき言ったようにそもそも動かせないという問題点がある。

 俺の堂々とした略奪宣言に、ナミが引いている。

 

 「私、海賊専門泥棒として今まで色々盗んできたけど……」

 

 何だかとても疲れたような顔をしている。

 

 「盗まれる側に立ったのは、初めてだわ」

 

 ……アーロンとかのことは、また別の話なんだろう。あくまでも、泥棒のナミとしての話だろうから。

 さて、そろそろ行こうかな。

 

 「俺、一応もう1度あの船の中を見てくるけど……何なら、その隙に盗んでもいいよ?」

 

 「盗んで、逃がしてもらえるのかしら?」

 

 「そりゃあ、勿論」

 

 俺は満面の笑顔を作った。勿論、一種の脅しである。

 

 「絶対に追いかけて取り返すよ? そう時間は掛からないだろうし、そんな時間じゃ遠くに逃げられないだろうからね」

 

 

 

 

 記録指針は、今度は簡単に見付かった。やっぱり場所を知ってると簡単だね。

 

 

 

 

 この流れではブードルさんを気絶させてないから町民に追い掛け回されることは無いだろうと思ってたのに、ゾロを抱えて戻ってきたルフィは駆け足だった。

 

 「お帰り……どうしたのさ?」

 

 「追われた!」

 

 どん、と胸を張って宣言しやがって……あぁ、そうか。

 

 「どうせ、海賊だって名乗ったんだろ」

 

 ルフィに誤魔化すというスキルは無いもんなぁ。

 俺は呆れてるのに、ルフィはしししと笑った。

 

 「あの犬が助けてくれたんだ!」

 

 シュシュ……賢いな、お前は。

 

 「海図は? 手に入れたの?」

 

 ナミが身を乗り出すようにしてルフィに聞いた。

 

 「おう!」

 

 ルフィは懐から1枚の海図を取り出した……その際、抱えていたゾロが落下したために目を覚ました。

 

 「……っ。何なんだ」

 

 それはこっちのセリフだ。お前どんだけ眠り深かったんだよ。

 

 「バギーは?」

 

 結果は見えてるけど、一応聞いておく。

 

 「ぶっ飛ばしてやった!」

 

 やっぱりか。バギー、ご愁傷様。お前の不憫伝説はこれからも続くだろう。

 

 

 

 

 

 「よし、行くか」

 

 俺たちのとナミ、2隻の小船は並んで帆を張る。出航だ。

 ナミの小船にはバギーのマークが……だから、何でその鼻が……。

 

 「待て、小童ども!!」

 

 俺がちょっと遠い目になってたら、息を切らせながらブードルさんがやってきた。

 

 「すまん!! 恩にきる!!」

 

 ブードルさんは泣いていた。結果として町は守られたわけだしね……うん、ルフィお手柄。

 

 「気にすんな!」

 

 ルフィも叫び返し、その一言を最後に俺たちはオレンジの町を後にしたのだった。 



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第51話 野生の常識

 1000ベリーの使用料でナミにコンロを貸してもらい、俺は航海に出てから初めての調理を行った。

 とはいえ本職のコックではないから、簡単なものしか出来ないんだけどね。

 取り敢えず、肉は焼いた。あと、野菜炒めとパン。

 

 「待てって言ってるでしょ!?」

 

 丁度、出来たなと思った頃、外からナミの叫びが聞こえてきた。

 様子を見に行ってみると、ルフィとゾロが乗った小船が遠くに見える島へと向かっていた。

 なるほど、珍獣島か。案外早かったな。

 

 「あ、あんた! あんたの所の船長、止めなさいよ! あそこは無人島だって言ってんのに!」

 

 いや、そう言われても。

 

 「無駄だよ。ルフィは『冒険しないと死んでしまう病』なんだ」

 

 ウソップの真似をした口から出まかせの病気だけど、そう外れてもいないと思う。

 そう、それはまるで泳ぎ続けていないと死んでしまうマグロのように。

 それに俺としても、珍獣は見てみたい。今回は海軍も海賊もいないし、のんびり出来るだろう。

 俺にルフィを止める気が全く無いのを見て取ったのか、ナミは大きな溜息と共に船の進路を珍獣島に向けたのだった。

 

 

 

 

 

 「島に着いたぞ!」

 

 オールを手で漕いで船を進めたルフィと、帆で風を受けて進んだナミが珍獣島に辿り着いたのは、ほぼ同時だった。

 ちなみに俺は、船が進んでる間に作った料理を弁当箱に詰めていた。

 アレだよ、肉がたっぷりの海賊弁当。でも野菜も入ってるよ!

 

 「ルフィ、ほら」

 

 手渡して真っ先に聞かれたのが。

 

 「肉は入ってるのか?」 

 

 ……お前本当に予想を裏切らないな! 俺は1つ溜息を吐いた。

 

 「たっぷりね。バギーの海賊船から奪ったヤツだけ。」

 

 言うと、それはそれは嬉しそうに笑うルフィ。

 いや、正直に言えば、この程度のものぐらい食いたきゃ自分で作れ、とも思うんだけどね。

 でも……食魔人だ、肉魔人だ、バカだ何だと思ってるし口にも出してるけど、こうも喜ばれるもんだからついつい作ってしまう。しょうがないから、サンジ加入までは作ろう。

 ちなみに、船で寝ているゾロの分は枕元にメモと共に置いてきた。

 ナミの分は船を降りる前に既に渡してある。ついでに言うなら、ナミの分は肉より野菜の比率の方が大きい。後、オマケにみかんも付けといた。シェルズタウンでビタミン源として買っておいたヤツだ。

 にしても……。

 

 「長閑な無人島だな……」

 

 静かだし、木々の生い茂り具合も丁度よさげだ。

 もしも、小さい頃に放り込まれた無人島がこんな平和そうなところだったら……やめよう、空しくなるだけだ。

 

 「コケコッコー!」

 

 って、早速出たー! ニワトリキツネだ!

 あれ、美味いのかな……鶏の味すんのかな……1匹ぐらい捌いてみようか……?

 

 「コケー!!」

 

 あ、逃げた! チッ、殺気でも察したか。

 

 「見ろ見ろ、変わったウサギがいたぞ!」

 

 ルフィが掲げて見せたのは、ウサギヘビ……ヘビウサギ? どっちでもいいや、ウサギヘビにしとこう。

 

 「ウサギ肉は柔らかいから、フィレステーキに最適……」

 

 ただし、1羽から取れるフィレは少ないから、数羽分が必要である。

 

 「何怖いこと言ってんのよ! それにあれは、どっちかって言えばヘビでしょ!?」

 

 「ヘビなら蒲焼に……」

 

 「だから、食用から離れなさい! 怯えてるじゃない!」

 

 本当に、ウサギヘビは怯えていた。震えていた。言葉を理解してるのか? 賢いな。

 でもウサギヘビよ、よく見ろ。今お前を掴んでいるゴムを。その視線に食欲が混じっているぞ。

 いや、落ち着け俺。この島の珍獣を食ったりしたらガイモンが悲しむ。

 

 「……ゴメン、俺たち、そういう暮らしをしてきてたもんだから」

 

 「どんな暮らし」

 

 ツッコまれました。どんなって、狩猟採集が基本の野生の暮らしです。

 獲ったら食う。これが常識だった。俺だって、ルフィほど食欲旺盛ではないけど、常人よりはそっち寄りだろう。

 ちなみに、獲った獲物の調理は基本的に俺だった。だってエースもルフィも丸焼きしかしないんだもん。俺だってそう凝ったことは出来ないけど、何とかそれから脱却したかったんだよ。

 

 「えー、ユアン料理してくんねぇのか!?」

 

 ルフィは不満そうだ。

 

 「シャー!?」

 

 おぉ、ウサギヘビよ、漸くそいつの危険性に気付いたか。

 

 「弁当あるだろ? 後でまた何か作るから」

 

 そう言うと、渋々だけどルフィはウサギヘビを放した。一目散に逃げるウサギヘビ。

 

 「ガルルルルルル」

 

 背後から聞こえた唸り声。振り向くとそこにいたのは……。

 

 「ライオンだ!」

 

 鬣を持ったブタがいた。けど……フム。

 

 「ブタなら、叉焼食いたいな。ライオンなら猫科……猫の調理は」

 

 「やめなさいって言ってるでしょ!」

 

 ナミの鉄拳が飛んできた。

 でもその気持ちも解る。今日の俺は何か可笑しい。無人島に降り立ったせいか? 俺ってばすっかり染まっちゃって……

 

 《それ以上踏み込むな!》

 

 俺がちょっと内省している間にルフィが森に入ろうとしていたが、変な声に拠って止められた。

 

 「な、何!? あんた誰!?」

 

 急に聞こえてきた声にナミが誰何した。

 

 《え? おれ? おれは……この森の番人だ!》

 

 しどろもどろだな、ガイモン。

 

 「森の番人?」

 

 《そうだ! 命が惜しければすぐにこの島から出て行け! お前たちは、アレだろ? え~と、海賊?》

 

 ……セリフの前半の威厳が後半で台無しになってる。

 

 「そうだ!」

 

 どん、と胸を張るルフィ。

 

 「何で森の番人がそんなこと聞くのよ」

 

 「森を守るモノなら、海の者が来たところでどうでもいいんじゃないか?」

 

 《……やはり海賊か》

 

 コイツ無視しやがった! 何だろう、モージを思い出す。

 

 《いいか、もし森に一歩でも足を踏み入れてみろ! その瞬間、お前たちは森の裁きを受けその身を滅ぼすことになるのか?》

 

 「「知るか」」

 

 しまった、ついツッコミがルフィと被ってしまった。

 

 「変なヤツだなー、コイツ」

 

 全力で同意する。

 

 《何だと、この麦わら!》

 

 ガイモンのコントに付き合うのもアレだよな……。俺は意識を集中した。

 

 「どっかその辺にいるんじゃないか?」

 

 「どこにいるのよ、出て来い!」

 

 普通にキョロキョロしているルフィと比べ、ナミはちょっとビビってるみたいだ。汗を掻いている。

 

 「ルフィ」

 

 俺は森に足を踏み込もうとしたルフィの服を掴んで止めた。

 

 「背後、凡そ20m先」

 

 それだけ言うと、ルフィは察してくれたらしい。1つ頷き。

 

 「ゴムゴムの……銃!」

 

 教えた所に、拳を放った。

 

 《でぇっ!?》

 

 哀れ、ヒットしたな。

 原作では銃に撃たれたのはルフィだったけど、ここではガイモンの方だね。

 ん?

 

 「何、ナミ?」

 

 何かものすっごい変な目で見られてるんだけど?

 

 「何であの自称森の番人の居場所が解ったの?」

 

 あ、そうか。最近ルフィが当たり前のように受け入れてくれてるもんだから、忘れてた。これが普通のことじゃないって。そういえば、ルフィ以外の人間の前で使ったのは初めてと言ってもいいかもしれない。コビーは混乱していただろうし。

 うわー、あんなに頑張ったのにそれを忘れかけてるって……。

 

 「見聞色の覇気モドキ」

 

 完全でないのは解ってるから、そう言うのが妥当だろう。

 

 「だから……何よ、ソレ?」

 

 うん、まぁそうなるよね。俺も初めて覇気の設定知った時は混乱した。でもな……話すと長いし。すぐには信じてもらえないだろうし。

 

 「後で話すよ。今はそれより森の番人だ」

 

 ナミは釈然としないようだったけど、それはそれで森の番人の方も気になってるんだろう。渋々だけれどこの場は流してくれた。

 

 

 

 

 少し歩くと、少し開けた場所でもじゃもじゃな箱男が伸びていた。

 

 「何だ、コレ? たわしか?」

 

 ルフィがつんつんと小突くと、箱男……ガイモンが意識を取り戻した。

 

 「はっ!? お、お前は何だ!?」

 

 ルフィの姿を見止めて驚愕の声をあげた……けど。

 

 「「「お前が何だ」」」

 

 ツッコんだ。全員で。図らずもハモりました。

 

 

 

 

 その後、海が見える森の外れに移動し、俺たちは自己紹介をしあった。

 

 「ゴムゴムの実か……悪魔の実なんて、噂でしか聞いたことなかったぜ」

 

 ルフィの腕が伸びたことから、ゴム人間ということはすぐに納得してくれた。

 

 「お前はハコハコの実でも食べたんじゃないのか?」

 

 真実は知ってるけど、ちょっとからかってみた……だが、返ってきた反応は予想以上だった。

 

 「そう、そうしておれは箱人間に……って、んなわけあるか!」

 

 ノリツッコミだ! ガイモン、20年も1人っきりだったわりにスキル高ぇ!

 

 「じゃあ、箱入り息子なのか?」

 

 ……俺のボケは確信犯だけど、ルフィのボケは素である。

 

 「そう、小さなころから大事に育てられて……って、アホか!」

 

 またノッてツッコんだ! ガイモンすげぇ!

 

 「嵌っちまったんだよ、抜けねぇんだよ! 20年もこのままだ! お前らにこの辛さが解るか!?」

 

 解りません。

 

 「何だ、お前バカみてぇ」

 

 ルフィは容赦ない。

 

 「テメェ、ブッ殺すぞ!?」

 

 ガイモン……哀れなり。はぁ、とガイモンは溜息を吐いた。

 

 「そう、20年……20年もおれはこのままだ。長かったぜ……ご覧の通り、髪も髭もボサボサ。眉毛まで繋がっちまった」

 

 ……アレ? そういえばガイモンって、元々眉毛繋がってなかったっけ? はっきり覚えてないけど。

 

 「人間とまともに会話するのも20年ぶりだ」

 

 それであのツッコミスキル!? すげぇ!!

 

 「ユアン、あのオッサンの箱押さえててくれ」

 

 「? 了解」

 

 何する気だ、ルフィは。

 

 「いてててててててて!!」

 

 ルフィは、ガイモンの頭を引っ掴んで思いっきり引っ張った……オイ。

 

 「やめろ、首が抜ける! 無茶すんじゃねぇ! 長年の運動不足も祟って、今じゃこの箱はおれにミラクルフィットしてやがんだ! 抜けねぇし、無理に引っ張れば身体の方がイカレちまう!」

 

 いや、そもそも引っ張らなくてもさ。

 

 「ルフィ、そんなことしなくてもさ……俺の能力使えば良くね?」

 

 「あ」

 

 ポンと、今気付いたと言わんばかりにルフィは手を打った。

 そう、ガイモンを小さくすればすぐにでも出してやれる。

 

 「? 何のことだ?」

 

 ガイモンは訳が解らないらしい。当か。

 

 「俺はミニミニの実を食べた縮小人間なんだよ。……まぁ、実際に見た方が解りやすいと思うけど」

 

 何せ、ルフィのゴムゴムやバギーのバラバラと違って、見ただけじゃ解らないもんな。フォクシーのノロノロとか、ハンコックのメロメロとかもこんな感じだけど。

 

 「1/2」

 

 ミラクルフィットしてるってことは、ピッタリそのサイズと重なってるってわけだから、半分にでもすれば隙間は充分だろう。

 

 「うぉっ!?」

 

 半分サイズになったガイモンを箱から離し。

 

 「解除」

 

 元の大きさに戻した。

 

 「で………………出られたーーーーーーー!!」

 

 ガイモン、箱男脱却。

 何だか、ガイモンのガイモンたる所以を奪ってしまった気がしないでもないけど……まぁ、本人は喜んでるみたいだし、いっか。 



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第52話 リハビリ必須

 理不尽だ。

 

 「いてててて! そこだ、そう、もっと強く!」

 

 何で俺がこんなことしないといけないんだ。

 

 「たわしのおっさん大変だなー」

 

 ルフィ……お前はいいよな。暢気に弁当食えてるんだから。

 

 「まぁ、20年もあんな箱に入ってたんじゃあね。仕方が無いわ」

 

 ナミも何だかんだ言っても手伝ってくれないし。

 けど1番理不尽なのは。

 

 「ふむ……しかしこの弁当、中々美味いじゃねぇか」

 

 何でガイモンが俺の分の弁当食ってるんだ!

 そして! 何で俺がこんなもじゃもじゃなオッサンの整体マッサージなんてしてやらなきゃならないんだってことだよ!

 

 

 

 

 箱から出られたガイモンだけど、それで万々歳とはいかなかった。

 20年箱詰めになってたせいで下半身の関節がガッチガチに固まってしまってて、碌に立ち上がることすら出来なかったんだよ。

 んで、何故か俺がマッサージしてやることになった……何で俺なのさ! しかも俺がモミモミとしているのを尻目にルフィとナミは弁当を広げ出すし。ルフィは食うに当たってちゃっかりミニ化を要求してくるし。羨ましがったガイモンに俺の分渡すハメになったし!

 

 理不尽だ。甚だ理不尽である。

 確かに俺は船医代理だ。けどあくまでも『代理』だし、本職の医者でもない。マッサージなんて基本しかできない。

 むしろ女の子のナミの方が繊細な施術が出来るんじゃないか? って聞いたけど、無視された。おのれ。

 ちなみに……弁当を食べ始めてから、そのナミの様子が少し可笑しい。

 

 「ナミ……不味かったか?」

 

 1口食べて固まり、以後何となく無表情で黙々と食べている。口に合わなかったのだろうか。

 

 「………………不味くないわ」

 

 それは良かった。でも、それならその微妙な間は何だ?

 俺たちのやりとりにルフィが不思議そうな顔をした。

 

 「そうだぞ、ユアンのメシは美味いんだ!」

 

 ……ルフィは天然の人誑しだ。人をその気にさせるのが上手い。

 

 「ねぇ……あんた、コックじゃないんでしょ?」

 

 ナミが視線を弁当に固定させたまま聞いてきた。

 

 「そうだよ? 言っただろ、コック『代理』だって」

 

 単に、ルフィが作れないから俺が作ってるだけだ。ゾロも作れなさそうだし、ナミは有料だし。コンロを貸してもらうときに1000ベリーを要求されたけど、実はその時、3000ベリー出すなら代わりに作ってあげる、とも言われた。勿論、丁重に断った。

 

 「これ……どうやって作ったの?」

 

 ナミが持ち上げたのは、野菜炒め・・・いや、どうやってって言われても。

 

 「野菜を切って、油通しして、焼いて、味付けした」 

 

 極々普通の工程だよね?

 

 「……この肉は?」

 

 次に指したのは、レアステーキ。何でレアかって?そういう気分だったからとしか言いようがない。

 

 「焼いて、味付けした」

 

 ただそれだけ。実に単純だ。

 

 「そう……」

 

 それっきり押し黙るナミ……何なんだ一体?

 って。

 

 「お前は何やってんだ」

 

 俺は、ナミの弁当に付けといたみかんにこっそり伸ばされていたゴムの手を掴んだ。

 

 「人の物を取ろうとするな。どうしても欲しけりゃまずくれないかって聞きなよ」

 

 盗み食いを邪魔されたルフィがむくれた。

 

 「だって、おれの弁当にこれ付いてなかったぞ!」

 

 「……お前、自分の弁当にどれだけ肉が詰め込まれてたか解ってる?」

 

 それはもう、思いっきり入れた。㎏単位で入れといた。なのにまだみかんを要求するか。

 

 「これで我慢しなよ」

 

 俺はガイモンの食べかけの弁当を奪い、ルフィに渡した。ガイモンがショックを受けてる顔したけど……そもそも何でお前に食わせなきゃならなかったんだ。俺は今お前のマッサージしてんのに。

 

 「でも、あなたはどうして箱に嵌ってたの?」

 

 ナミがいつの間にか気を取り直していて、ガイモンに尋ねていた。

 

 「……お前ら、海賊だと言ってたな」

 

 「ああ、まだ4人だけどな」

 

 弁当その2を食べながらルフィが頷いた。

 

 「おれもそうだった……あれはいい! 特に宝探しには胸が躍るもんだ!」

 

 そして語られるガイモンの過去。大岩の上で見つけた宝箱に気を取られて落下し、その下にあった別の宝箱にジャストミート。そして抜けることも出来ずに20年が経過、と。

 

 「正直に言やぁ、もう箱から出ることは諦めてたんだがな……」

 

 まぁ、20年もあのままだったんじゃあな。

 

 「じゃあ、元に戻そうか?」

 

 意外にも少し寂しそうな顔をするもんだから聞いてみたが、慌てて否定された。

 

 「バカ言うな。諦めてはいたが、抜けられたんならそれに越したことは無ェ」

 

 良かった、許可を取らずにやったから本当は嫌だったのかと思った。

 

 「ところでお前たちは、何を求めて海賊になったんだ?」

 

 ガイモンが質問返ししてきた。

 

 「おれは、ワンピースを見付けて海賊王になるんだ!」

 

 ルフィ……本当にブレないな。

 

 「ワンピースだと!?」

 

 ガイモンが驚愕している。

 

 「まさか、グランドラインへ入るつもりか!?」

 

 「そうでなきゃ海賊王になんてなれない……って!」

 

 「ぐはぁっ!」

 

 俺はガイモンの右足の膝を伸ばした。膝が1番凝り固まってた部位だったからか、ガイモンが悲鳴を上げる……うん、これは痛いだろうな。

 

 「海図もあるんだぞ!」

 

 ししし、と笑うルフィだけど……残念、グランドラインで必要になるのは海図よりも記録指針だ。

 

 「ほう。で、どれがグランドラインだ?」

 

 ルフィが広げて見せた海図を眺めるガイモン。

 

 「さぁ……解んねぇけど。たわしのおっさんは解るか?」

 

 「おれは海図なんてさっぱりだ!」

 

 「おれもだ!」

 

 はっはっは、と笑い合う2人……うん。

 

 「海賊同士の会話とは思えないわ」

 

 「右に同じ」

 

 でも、もう諦めの境地だ……これまで何度、ルフィに航海術を仕込もうとして挫折してきたことか。あ、目から汗が……。

 

 「いい? レッドラインは知ってるわね?」

 

 海図を引っ手繰り、ナミのグランドライン講座が始まった。

 世界を割る大陸、レッドライン。その中心から直角に世界を1周している航路が、グランドライン。

 

 「歴史上でも、それを制したのは海賊王、ゴールド・ロジャーただ1人!世界で最も危険な海だと言われてるわ」

 

 普通なら尻込みしそうなそんな情報も、ルフィにかかれば。

 

 「世界1周旅行ってことか」

 

 そんな一言で片付けられてしまった。俺としては、苦笑するしかない。

 

 「別名、『海賊の墓場』。デタラメな天候と敵対する3大勢力、その他諸々の困難によりそう呼ばれ、一般常識は全く通用しない海」

 

 俺がそう言うと、ナミに何故か睨まれた。

 

 「詳しそうじゃない。知ってて何でこいつを止めないのよ。」

 

 えー、だってさぁ。

 

 「ルフィなら出来そうな気がするんだよね」

 

 ルフィに視線を向けながら言うと、ルフィは胸を張った。

 

 「おう、やるぞ!」

 

 そんな和やかな俺たちに対して、ナミは頭を抱えた。

 

 「なんて根拠の無い話……」

 

 根拠はあるぞ、色々。

 あぁ、でも。

 

 「ルフィ、俺今、3大勢力って言ったよな?」

 

 「? おう」

 

 「それが何か解るか?」

 

 聞くとキョトン顔になるルフィ……うん、コイツ絶対知らない!

 

 「海軍本部、七武海、四皇だ。海軍の上層部と四皇・七武海のメンツの二つ名と名前と顔、それと出来れば能力ぐらいは覚えておいた方がいい」

 

 特に、七武海。事前情報があれば、砂ワニに串刺しにされたりだとか、デカらっきょに影を取られたりだとかは回避出来るかもしれない。

 ってーかむしろ常識の範囲の知識じゃね? 特に海賊なら。

 

 「………………しちぶかい、ってのは聞いたことある! ……気がする」

 

 「だろうね。ちょっと前に、エースが勧誘されたの断ったっていう新聞記事見せたはずだし」

 

 むしろ、思い出すのが遅すぎる。しかも、思い出しきれてない。

 

 「七武海は、政府公認の海賊。収穫の何割かを政府に納めることで、未開の地や海賊に対する略奪行為を許されている。政府の狗とも揶揄されるけれど、実力は高い連中。世界政府がコイツらを擁する目的は……って、お前聞いてないだろ!」

 

 折角人が懇切丁寧に説明しようとしてんのに、コイツ途中で理解を放棄しやがった! 弁当に食らい付いて無視を決め込みやがった………………うん。

 

 「お前、後で勉強会な」

 

 決めた。絶対にグランドラインに入るまでに最低限の知識詰め込ませてやる。

 

 「勉強!?」

 

 驚いた顔で振り向くその表情には、明らかに『勉強キライ!』と書かれていた。お前は中だるみの高校2年生か!丁度17歳だしな! いや、高校2年生の全員が弛んでるわけじゃないのは解ってるけど。

 

 「七武海だけじゃないぞ、四皇も海軍も、俺の知ってる限りは教えてやる」

 

 ニッコリと笑って宣言すると、ルフィの顔がちょっと青くなった。

 

 「あんた、本当に詳しいんじゃない……」

 

 ナミは若干呆れ気味だ。

 

 「知ってるなら解るだろ、ワンピースなんて夢のまた夢だ」

 

 ガイモンも小ばかにしたように言ってきた。ちょっと腹立つ。

 

 「いででででででで!!」

 

 俺はまだ曲がったままだったガイモンの左膝の関節を思いっきり伸ばした。ちょっとした意趣返しである。

 

 「まぁどっちにしろ、精々稼ぐだけ稼いで逃げるってのが賢いやり方よ」

 

 ナミはそう言うけど……それ無理だろ。

 

 「グランドラインはカームベルトに挟まれてるから、1度入れば逃げ出すのは困難……それは知ってるだろ?」

 

 原作でクリーク一味はグランドラインを逃げ出してきていたけど、あれは随分と運が良かったんだな、としか言い様がない。追いかけて来たミホークは……うん、海王類ぐらいどうとでもしそうだし、深くは考えない。

 ナミも、カームベルトのことは承知していたらしく、言葉に詰る。

 

 「お前、随分と乱暴なやり方じゃねぇか」

 

 ガイモンが自身の左足を擦りながらぼやいた。

 

 「失礼な。少なくとも、マッサージをしてあげるぐらいには優しいつもりだよ。それで、どう? 歩けそうか?」

 

 一応両足を一通り揉み解したから聞いてみた。

 

 「どうもまだ難しいな。感覚が無ェ」

 

 まぁ……仕方がないな。そればっかりはどうしようもない。運動不足のせいで筋力も弱ってるんだろうし、後はもう時間をかけて慣らしてもらうしかない。

 何度も言うけど、俺は本職の医者じゃない。これ以上出来ることなんて無い。

 

 「まぁ、それはそれとして……ついでにもう1つ、頼まれ事を聞いちゃくれねぇか?」

 

 ガイモンが神妙な顔で俺たちを見渡した。

 

 「20年前におれが見た、あの宝箱のことなんだけどな」

 

 あれを諦められない、どうか確認させてくれねぇか……ガイモンはそう言ってきたのだった。



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第53話 宝を奪った者

 ガイモンの案内で宝箱が有ったという大岩の所までやってきた。

 ちなみにガイモンはまだ歩けないから、俺が抱えてきた。勿論、そのままだと面倒だから、少し小さくして運びやすくしてだ。

 

 「ここか」

 

 けど高いな~、この大岩。見上げてると首が痛くなりそうだ。

 

 「おれも実際に来るのは久し振りだ」

 

 ガイモンは感慨深そうである。

 

 「でもそんなに拘ってんなら、今まで何で人に頼まなかったんだ?」

 

 ルフィの言い分も尤もだ。でもなぁ。

 

 「誰も信用できなかった……それだけだ」

 

 「まぁ、持ち逃げされる可能性もあるしね」

 

 箱詰めだったガイモンじゃあ、逃げられたりすれば追いかけるのは難しいだろう。

 

 「あぁ……あれはおれの宝だ! 20年守ってきたんだ!」

 

 「うん、そりゃおっさんのだ!」

 

 「俺らが産まれるよりも前から守ってきた熱意を語られちゃあなぁ」

 

 ルフィと俺が頷きあい……次の瞬間、同時にナミの方を見た。

 

 「あ」

 

 「海賊専門泥棒がいた」

 

 けれど流石にそこまでKYじゃないナミは、目に見えて怒った。

 

 「バカ言うな! 私だってそれぐらい解ってるわよ!」

 

 ツッコミの切れが半端ない……また鉄拳が飛んできた。

 

 「箱から出られた……宝も拝める……今日は良い日だ!」

 

 そのガイモンの言葉を皮切りに、まずルフィが腕を伸ばした。

 

 「んじゃ、行くか。ゴムゴムのロケット!」

 

 ビョン、とゴムの反動で一気に飛び登るルフィ。

 

 「俺も行ってみるよ……ナミ、ガイモンお願い」

 

 俺はナミにガイモンを手渡そうとしたけど……拒否られた。

 

 「イヤよ、おっさんを抱えるなんて」

 

 ………………ガイモン、哀れ。

 まぁ……考えてみればそうかもしれない。いくらサイズが小さくても、年頃の女の子がおっさんを抱えるのには抵抗があるだろう。

 仕方が無い。

 

 「んじゃ、ガイモン。悪いけど、地面に座っててくれな」

 

 俺はハンカチを敷いて、その上にガイモンをそっと降ろした。

 

 「月歩」

 

 そうして俺も、ルフィの後を追って大岩を登った。

 

 

 

 

 「ルフィ」

 

 俺が登ってみると、ルフィは丁度4個目の宝箱を開けて確認している所だった。

 

 「ユアン……これ、空だ」

 

 手に持っていた宝箱の蓋を開けながら見せてくるルフィ。

 知っていた。知っていながら俺がここまで上がって来たのは、確認したかったからだ。でも……。

 

 「うん……無いな」

 

 全ての箱をざっと観察しながら、俺は呟いた。

 偶に聞く話では、宝箱の中身だけでなく宝箱そのものにも価値があったりすることがあるらしい。装飾が施されていたり、芸術的・歴史的な価値がありそうだったり……でも、この宝箱にそんなことは無い。何の変哲も無い、ただの鍵付き木箱だ。

 20年間、ガイモンはこれらを守り続けてきた……ってことは、ここの宝が無くなったのはそれより前ってことだ。丁度大海賊時代が始まった頃だし、ひょっとしたらタッチの差だったのかもしれない。いくら本人も薄々予想してたとはいえ、これはキツイだろうな。

 

 

 

 

 ガイモンが不憫だ。バギーも不憫だとは思ったけど、全然感じ方が違う。本当に哀れだ。

 俺が溜息を吐いている間に、ルフィは最後の5個目の宝箱を開けようとしていた。でも、それも空のはずだ。

 

 「ん? これ何か入ってるぞ!」

 

 そう、何か入って………………入って?

 え?

 

 「入ってる!?」

 

 何でだ、全部空なんじゃなかったのか!?

 ルフィは最後の木箱を持ち上げて振っていた。

 

 「ああ。これだけ鍵掛かってて開かないから、振ってみたんだけどよ……音がするんだ!」

 

 はぁ!? マジで!?

 でも、ルフィがウソを吐く理由も無いし……。

 俺も試しに振らせてもらったら、カサカサという音がした。

 この音は……紙か? 貴金属ではないみたいだ。

 

 「ユアン、どいてろ。鍵開かないから壊すぞ」

 

 俺は信じられない気持ちで頷くと、その箱を下ろした。

 

 「ゴムゴムの……銃!」

 

 ルフィの一発によって、宝箱の蓋部分が吹っ飛んだ。

 中を覗きこんでみると、そこにあったのは……。

 

 「何だ、この封筒」

 

 封筒が1通。それだけだった。ルフィがそれを取り出し、中身を確認しようとした……最初は。

 

 「ん」

 

 封筒の中にあった手紙を、あっさり俺に差し出す。お前、本当にその活字嫌い直せよ。

 ハァ、仕方が無い。

 

 「え~っと……『お宝は頂いた。でも、もし今後ここの宝を求めて来る人がいた時のために、新たな冒険を残しておく。昔貰った地図、莫大な財宝と、夢のまた夢の冒険がそこに眠っているらしい。初めてのお宝発見の記念!』」

 

 え~~~~~っと……つまり、この宝を見付けた人の茶目っ気ってことか? それにしても、『莫大な財宝が眠ってる』なんて、大きく出たなぁ。でも、何だろう? 何だかこの手紙、懐かしい気がするような……。

 俺の朗読に反応して、ルフィはもう1度封筒の中を覗きこんだ。

 

 「これか! ……ユアン、これどこだ?」

 

 一瞥し、すぐさま俺に地図を差し出すルフィ。お前、地図くらいちょっとは読めるようになれよ。

 ハァ、仕方が無い。

 

 「え~っと、これ……は………………」

 

 俺は固まった。何でかって?

 この地図に書かれた場所に果てしなく見覚えがあるからだよ!!

 もの凄く適当に書かれた、走り書きのような地図だ。多分、本職の測量士が書いたんじゃないんだろう。

 でも、この特徴的なフォルムは、まさか……待て! じゃあさっきあの手紙を読んで懐かしくなった理由は! そうだ、そういえば確かに……。

 

 「マジか……?」

 

 この島は特に問題ない、平和な島だと思ったのに。

 ガイモンがこの島に来たのは20年前で、これが置かれたのはそれ以前……確かに時期的には一致する、可笑しくない。可笑しくはないけど……何なんだ、この巡り合わせは! ヤバイ、眩暈がしてきた。

 

 「ユアン?」

 

 ルフィに覗き込まれているのに気付いて、俺はハッとした。しまった、マイワールドに入り込んでた!

 

 「あ、いや……よく解らないな。この東の海ではないみたいだけど」

 

 咄嗟に誤魔化した。だって……本当のことは言えない。少なくとも今はまだ。

 

 「それより、ガイモンに報告しよう」

 

 些か強引な切り上げだと自分でも解るけど、ルフィは特に突っ込まなかった。

 

 「そっか。解んねぇんなら仕方無ぇな」

 

 

 

 

 ガイモンに宝箱が空だったこと、代わりに1つの地図があったことを伝えると、号泣された。

 

 「地図がある宝には、よくあることだ……既に誰かに奪われた後だ、なんてことは!」

 

 察してはいても、悔しいんだろう。ガイモンの涙は止まらない。

 うん……俺、直視出来ない。

 滅茶苦茶気まずい俺に比べ、ルフィは晴れやかな笑顔を浮かべた。

 

 「でも、この地図があった! 『夢のまた夢の冒険』の地図だ! たわしのおっさん、こんなバカ見ちまったら、もう吹っ切れたろ? もう1回おれたちと一緒に海賊やろう!」

 

 「麦わら、お前……おれを誘ってくれるのか?」

 

 ガイモンは、今度は感激の涙を流したのだった。

 

 

 

 

 けれど結局、ガイモンはその勧誘を断った。

 

 「おれは森の番人を続けてぇんだ。この島には珍しい動物がたくさん住んでて、密猟者もよく来る……20年も一緒にいたんだ、情も湧いてくる。あいつらを見捨てるわけにはいかねぇ!」

 

 その表情は晴れやかだ。無理をしている様子はない。

 

 「おっさんもその仲間だもんな!」

 

 ルフィの発言は、つまり……『ガイモン珍獣説』を堂々と唱えているわけで。

 

 「ぶっ殺すぞ!」

 

 当然、ガイモンの怒りを買った。

 

 「そうだぞルフィ。ガイモンは今やもう人間だ」

 

 「そう、おれは漸く人間になれて……って、産まれたときから人間だ!」

 

 おぉ、またもノリツッコミ! やるな!

 

 「足の方は? 大丈夫か?」

 

 少なくとも、ついさっきまでは立ち上がることも出来なかったんだ。もうちょっとぐらいリハビリに付き合うべきだろうかとも思ったけど、ガイモンは何でもなさそうに首を振った。

 

 「ああ、さっきよりは大分よくなったしな。多分そうかからずに歩けるようにもなる」

 

 実際ガイモンはもう、軽くなら足を動かせるようになっている。

 それに、あんまり不便は無さそうだ。少し大型の珍獣が背に乗せてくれているし。何だ、懐かれてるんだな。そうともなれば、愛着も湧いてくるのも自然なことだろう。

 その後俺たちは、ガイモンの厚意で餞別としてこの島の果物を大量にもらった。

 ちなみに、船に戻るとゾロはまだ寝ていたけれど、弁当はきっちり完食してあった。

 

 「ガイモン……これを受け取ってくれるか?」

 

 1度船に戻った俺は、買い込んでいた酒の内かなりの量をガイモンに進呈した。

 

 「ユアンが人に酒をあげた!」

 

 嵐が来る、とルフィは驚愕しているけど……どういう意味だ。

 俺はジトッとルフィを睨んだ。

 

 「だってお前、おれが飲もうとすると怒るだろ!」

 

 「それはお前が酒乱だからだ」

 

 ルフィは酒に強くない。しかも、酔うと暴れる。それによってダダンの家は1度倒壊した。でも当の本人は翌日にはケロッとしてて、その上記憶が飛んでやがった。

 俺は二日酔いは酷いけど、飲んでる間はそこまで酔わないのに。この差は何だ。

 まぁ、何にせよ。

 

 「お詫びなんだよ……奪ってしまったからね。それとも酒、嫌いだった?」

 

 まだ予測の段階だけど、多分間違いないだろう。後半はガイモンに尋ねると、ガイモンは首を横に振った。

 

 「いや、酒は好きだ。ずっと飲めてなかったから嬉しいが……奪ったって、さっきの弁当のことか? 別に気にしなくていいぜ?」

 

 本当は違うけど、俺は曖昧に微笑んで酒をガイモンに押し付けた。こんな時、元日本人で良かったと思う。誤魔化しの微笑は得意だ。

 

 「ワンピースはお前らが見付けて、世界を買っちまえ!」

 

 ガイモンがたくさんの珍獣と共に手を振って見送ってくれている中、俺たちはこの島を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、その後。

 俺は弁当箱を洗うと言ってナミの船の船室に引っ込んだ。まぁその前に、ルフィが釣りをしたいっていうから小麦粉でエサも作ったけど。

 そして1人っきりになり……俺は持ち込んだ日記のページを捲った。

 弁当箱を洗うってのもウソじゃない、けど1番の目的はこっちだ。

 探しているのは……。

 

 「あった」

 

 

 『今日は宝探しの日!この前見つけた地図は本物だった。見習いじゃない海賊になって初めての本物!でも、この後あの宝を探しに来た人のために、昔船長に書いてもらった地図を置いといた。初めて記念!』

 

 

 確認完了。

 ロジャー処刑が22年前。そしてこの記述は、その少し後のこと。

 手紙を読んで懐かしくなるはずだよ……これ、母さんの筆跡じゃん! 何ですぐ気付かなかった、俺!

 しかもこの地図……確かに『莫大な財宝と夢のまた夢の冒険』が記されてるよ。

 だってこれ、アッパーヤードじゃん! ジャヤの半分じゃん!!

 しかもご丁寧に、大鐘楼やシャンドラの遺跡の位置まで書いてあるよ! かなり雑だけど! そりゃそうだよね、『船長』ってロジャーのことだよね!? 綺麗な地図を書くイメージ無い!

 

 『突き上げる海流(ノックアップストリーム)に乗るべし!』

 

 って注意書きまであった……どうしてこうなった。

 さっきも思ったけど、もう1度。

 どんな巡り合わせだ!

 

 

 

 

 取り敢えずガイモン、ごめんなさい。

 どうやらあなたが想い続けていた宝を奪ったのは、俺の母さんたちだったみたいです。



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第54話 確認作業と勉強会

 珍獣島を出航し、俺はプリントを手書きで作成していた。

 そしてあんまりにもそれに集中していたもんだから……初めは気付かなかった。

 

 「どうだ? 大漁だぞ!」

 

 ルフィの釣りが、もの凄い成果を挙げていたことに。

 確かに大漁だ。10匹はいる。群れにでも遭遇したんだろうか。

 しかも。

 

 「お前、どんだけ幸運なんだよ……」

 

 俺はつい感嘆の溜息を吐いてしまった。

 ルフィが釣った魚たち。それは鯛だった。

 そう、キングオブフィッシュの鯛だよ! ピッチピチの真鯛!

 

 「どうしよう……オーソドックスに塩焼きにするか? それとも、折角新鮮なんだし、刺身にでもするか?」

 

 いや待て、10匹以上いるんだ。煮付けにだって出来るし、ちょっとは残しておいて干物にして保存するのもいいかもしれない。

 

 「何ブツブツ呟いてるのよ」

 

 俺が考え込んでいると、ナミが呆れたようにツッコんできた。

 

 「俺は、コック代理として今後の食事事情を考えてるだけだよ」

 

 うん、やっぱ取りあえず今晩は塩焼きにしよう。素材の旨みを引き出すのが1番だ。

 

 「そう。だったらさっさと作りましょ。手伝ってあげる」

 

 「いや、いい」

 

 「何でよ!?」

 

 間髪入れずに断ると、ナミに怒られた。だってさ……。

 

 「3000ベリーなんでしょ? 4人分ぐらい大した手間じゃないし、1人で充分だ。」

 

 コンロの使用料だけでも1000ベリーなのに。

 

 「いらないわよ。コンロの使用料もタダにしてあげる」

 

 ………………え!?

 ナミが……金を、いらない……だと……!?

 

 「ちょっと、何よその顔!」

 

 多分俺は化け物でも見るような顔をしていたんだろう。ナミが思いっきり顔を顰めた。

 うん、俺ってば失礼。失礼なのは解るけど……だってさぁ?

 

 「あのねぇ」

 

 ナミは頭を抱えた。

 

 「私、まだあの話聞いてないのよ?」 

 

 「あの話? ……あぁ、覇気のこと?」

 

 そういえば言ったな、後で話すって。なるほど、話をする時間を作ろうと……でも。

 

 「別にわざわざ2人きりになろうとしなくても、後で食事中にでも話すよ?」

 

 ルフィはもう知ってるし、ゾロに隠すようなことでもない。

 ナミは、何となく言いにくそうにしていたけれど、徐に口を開いた。

 

 「…………他にも、聞きたいことがあるのよ。嫌だって言うなら、例え100万ベリー出したってコンロ貸さないから!」

 

 何故だか躍起になってる。どうしたっていうんだろう?

 でも……チャンスと言えばチャンスかもしれない。

 この後にはシロップ村、そしてウソップ・メリー号との出会いだ。

 メリー号を手に入れたら、ナミと2人きりになるのは難しい。全員が同じ船に乗り合わせているとなれば、誰がいつ来るか解らない。その前に、ちょっと情報を得ておこうかな。いや、実際には既に知ってるけどさ。原作知識だなんて言えないし、『情報を得たという事実』は必要なんだ。調理中ならば、怪しまれずに可能だろう。

 俺は1つ頷くと、にっこりと笑った。

 

 「解った、よろしくね」

 

 そうして俺はルフィが釣った魚を小さくして桶に入れた。

 

 「ユアン……お前、何か企んでんのか?」

 

 ルフィから使い終わった釣竿を受け取る時にそんなことを聞かれてしまった。

 確かにちょっと企んでる。でも、何で解ったんだ?

 俺は視線で問いかけた。するとルフィの答えは。

 

 「なんか、そんな顔してる」

 

 具体的なことは自分でも解ってないんだろう。ルフィの返答は抽象的だった。

 しかし、表情で気付かれるとは。まぁ俺たちの付き合いって、長い上に濃いもんなぁ。ルフィは勘は良いし……ど天然だから、折角のその勘が発揮されることは滅多に無いけど。しかも、簡単に誤魔化されるけど。

 俺は肩を竦めた。

 

 「多少はね。でもルフィに迷惑は掛けないし、ちゃんとメシも作るよ」

 

 あ、そうだ。でもその前に。

 

 「ルフィ」

 

 俺はちょっと釈然としない様子のルフィに、さっき作ったプリントを渡した。

 

 「? 何だ、これ?」

 

 俺が渡したプリントは3枚……察してもらえると思う。

 

 「言っただろ? 後で勉強会だって。」

 

 俺がにっこり微笑むと、ルフィは青汁を飲んだような顔をした。

 

 「四皇・七武海・海軍上層部を簡単に纏めといたから。読んどいてね?」

 

 何も、暗記しろとは言わない。いずれはしてもらいたいけど。

 

 「イヤだ!」

 

 案の定と言うか何と言うか、ルフィは全力で嫌がってきた……でもな。

 

 「ルフィ……腹減ってるよな?」

 

 というか、ルフィが腹減ってない時ってそうそう無いよね。

 

 「当たり前だ!」

 

 うん、それって胸を張る場面じゃないと思うぞ?

 

 「じゃあ、メシ食いたいよな?」

 

 「当たりま……!」

 

 ルフィは俺の満面の笑顔の裏を読んだらしい。珍しく。

 時々……本っっっ当に時々、ルフィも裏を読むことがあるんだよ。

 

 「お前、鬼だ!!」

 

 何とでも言え。俺の考えは変わらない。

 

 もし勉強しなかったら、メシを抜くからな!

 

 俺は無言で魚を持って船を移ったのだった。

 

 

 

 

 「え~とだな、アレは覇気といって……」

 

 現在俺は、鯛を焼きながらナミに覇気の説明中である。

 最初に言っておく。鯛を焼く時は気を抜いていけない。鯛は鱗ごと焼くのが美味いのだが、うっかりすると松ぼっくりみたいになってしまうんだ。なので、俺は今目を離せない。

 

 「まぁ言ってみれば、誰でも持ってる潜在感覚だよ。それが引き出せるかどうかって話であって……『気配』・『気合』・『威圧』の3種類があって、それぞれ見聞色・武装色・覇王色と呼ばれてる。俺が使ったのはこの内の1つ、見聞色……ただし、完璧じゃないから『モドキ』を付けた。」

 

 「要するに、気配に敏感ってこと?」

 

 俺の丁寧な説明は、味噌汁用の大根切ってるナミに一纏めにされた。

 うん、味噌汁作ってるんだよ。今日は和食。ついでに言うと、和食って大変なんだよね……味噌もシェルズタウンで買ったんだけど、中々見付からなかった。

 閑話休題。

 

 「ま、平たく言えばそうだね。苦労したよ、何年も殴られ続けてやっと掴みかけてるんだから」

 

 鯛から目は離せなくても、ちょっとぐらい手を離すことは出来る。鯛を焼いているのとは反対のもう1つのコンロにかけた鍋では今、出汁を取っている。ちなみに鰹節だ。

 何故かその様子を、ナミは食い入るように見ていた。

 

 「ねぇ……あんた、誰に料理習ったの?」

 

 え、急に何だ?

 

 「別に誰にも習ってない。必要に迫られて試行錯誤しただけ」

 

 前世で家庭科の授業中にちょっと習ったけど、あれは本当に基本だけだったからね。

 

 「必要って?」

 

 何だろう、やけに食い付くな。

 

 「他にやってくれる人がいなかったってこと。ルフィ(とエース)は精々丸焼きにするぐらいだし」

 

 毎日毎日町で食い逃げするわけにもいかないしね。

 俺の答えに、ナミは首を傾げた。

 

 「そういえば、さっきも言ってたわよね。自分たちはそういう生活を送ってきた、とか。互いの扱いにも慣れてるみたいだし、あんたたちって付き合い長いの?」

 

 ……またか。ゾロも言うまで気付いてくれなかったよなぁ。

 

 「長いよ。だって俺たちは兄弟だからね」

 

 似てないけど、と付け足すと、ナミは心底驚いた顔をした。

 

 「先に言っとくけど、ルフィの方が兄ちゃんだよ。間違えないでね?」

 

 体のサイズが違うから、大抵は間違われたりしない。でも時々、俺の方が大人びてるからって間違えてしまうヤツもいる。だから釘を刺しといた。

 間違えると、ルフィはそりゃあもう不機嫌になるんだよ。以前町でそのように言われた時は、1日中不貞腐れてた。1晩寝たら機嫌直ったが。

 

 「……呆れた。兄弟で海賊になるなんて」

 

 「ちなみに、俺たちの上にもう2人兄ちゃんがいる。そいつらも海賊として海に出てるよ」

 

 海賊として海に出たけど……サボ、どうしてるんだろ。エースはあっと言う間に名を上げたのに、サボのことは全然聞かない。

 俺が思いを馳せていると、ナミは思いっきり大根に包丁を振り下ろしていた。あれ? 機嫌悪い?

 

 「確か、亡くなった母親も海賊だったって言ってたわよね? どういう家族よ。はた迷惑!!」

 

 随分苛立ってるなぁ。

 でも、勘違いしてる。母親が海賊だったのは俺だけだ……多分。ルフィの母さんのことよく知らないから断言は出来ないんだけど。

 

 「まさか、父親も海賊だ、なんて言うの?」

 

 「………………どうなんだろ?」

 

 サボは貴族の豚。ルフィも違う……革命家って、ある意味海賊より大変だけど。エースのは海賊で、しかも王者だし。俺のは……多分海賊だし。

 うん、ややこしい! 何と言っていいやら解らん!

 考え込んでいると、ナミが睨んできた。

 

 「何黙ってんのよ」

 

 ……その視線に軽蔑が宿ってる気がする。

 多分今ナミの頭の中では、俺は骨の髄から生粋の海賊、ってことになってるんだろうな……。

 

 「じゃあ1つだけ言わせてもらうけど……別に、俺たちが海賊の道を選んだのは、親が海賊だからじゃないよ。ルフィは小さい頃に出会ったある海賊に憧れてらしいし、俺は自分の願いを叶えるのに都合が良さそうだったからだ」

 

 そう、俺たちが海賊になったことに、親は無関係だ! ……よね? あれぇ?

 俺が海賊になったのはルフィの影響で、そのルフィが海賊になったのは……ってことは、間接的に……いや、無関係無関係、うん。色々と気になる考えが浮かんだ気がするけど、気のせいだ。多分。絶対。

 あ、鯛焼けた。

 えーと、何でこんな話になったんだっけ? そうだ、元は俺とルフィが兄弟だって話だったんだ。でもこの話題も終わったし。

 

 「ナミ、覇気以外にも聞きたいことがあるって言ってたよね? 何?」

 

 それで2人きりになったんだよ。何だろ。

 

 「………………」

 

 あの~、何か言ってくれない?

 

 「……料理」

 

 正直諦めかけてた頃になって、ナミはポツリと呟いた。

 

 「可笑しいわよ、料理人でもない年下の男が、何で……しかも、必要に迫られて、って……」

 

 え、それって要するに…………俺の方が自分よりも料理上手くて拗ねてたってことか!? んで、俺が誰かに教わったのか聞き出そうと……何ともまぁいじましいね。

 思わず吹き出すと、ギロッと睨まれた。ヤバイヤバイ。

 

 「じゃ、聞きたいことは聞けたってことで……この話はここまで、な?」

 

 俺はナミが切り終えていた大根を受け取ると、鍋に投入した。

 さて……俺も情報収集しないとね。

 

 「俺も聞きたいことあるんだけど……ナミはどうして海賊専門泥棒になったんだ?」

 

 聞くと、ナミはふと真面目な顔になった。

 

 「私は、お金がいるの。何が何でも1億ベリー貯めて、ある村を買うのよ」

 

 あれ、結構あっさり答えてくれたな。

 

 「へぇ。それは大変だね。1億ベリーなんてそうすぐに貯まる金額じゃないし。後どれくらいで貯まるんだ?」

 

 実際、俺たちが何年も掛けた海賊貯金。あれでも結構大変だったのに、海賊相手だもんな。

 

 「後ちょっとなのよ。だからもう、邪魔しないでよ!」

 

 それは、あれか。俺がオレンジの町でナミがバギーから奪おうとした宝を丸々ブードルさんに渡したことを言ってるのかな?

 あ、大根に火が通ってきた。後は味噌を溶かして、と。

 よし。

 米もさっき炊いたし。取り敢えずいいか。完成ってことにしよう。

 後は……。

 正直言えば、女の子にこんなことするのはとても心苦しい。でも、こういうのが有効だろう。

 

 「ナミ、出来た。運ぶの手伝ってくれる?」

 

 「いいわよ」

 

 ナミに味噌汁をよそってもらう傍ら、俺は人数分のカップに水を注ぎ、トレーに乗せた。

 そしてそれを持ち、ナミがこっちに全く注意を払っていない、その隙に。

 

 「うわっ!」

 

 俺は『うっかり』躓き、持っていたトレーをひっくり返した……ナミに向かって。

 

 「きゃっ!」

 

 当然ながらカップに入っていた水は零れ、ナミに掛かった。その水によって、ナミの『左半身』が濡れる。

 

 「ゴメン、大丈夫!?」

 

 すぐそこの台の上に『偶然』置いてあったタオルを取り、ナミの濡れた身体を拭いた。

 

 「ちょっと、気を付けてよ!」

 

 ナミは驚いたこともあったのか、随分と動揺している。

 

 「本当にごめん」

 

 言って、俺がナミの『左腕』をしっかりと拭いていると……ナミは急にハッとした。

 

 「い、いいわよ! 自分でやるわ!」

 

 慌てた様子で俺の持っていたタオルを引っ手繰る。そして、警戒心も露に俺を見た。

 

 「………………見た?」

 

 その探るような視線に、俺は心底不思議そうな、面食らった顔を作った。

 

 「見たって……何を?」

 

 ここで気を抜いてはいけない。このハッタリを見抜かれてはいけないんだから。

 暫く、船内は無音だった……が、ナミの溜息によってその緊張は解けた。

 

 「見てないんならいいわ。今度からは気を付けなさいよね!」

 

 どうやら、信じてくれたらしい。でも……すぐに引くより、ちょっと聞いてみた方が自然かな?

 

 「うん、ごめん……けど、本当に何のこと?」

 

 小首を傾げてみる。けどナミは、俺の背中を押して船内から追い出した。

 

 「妙な詮索はしない! ほら、私着替えるから、ちょっと出てて!」

 

 ぐいぐいと押され、俺は船室から出た。

 バタン、と思い切り扉が閉められ、俺は小さく息を吐いた。

 女の子にわざと水を引っ掛けるなんて、良心が痛むけど……でも。

 

 「イレズミ確認完了」

 

 誰にも聞こえないであろう小さな小さな声で、俺はそっと呟いた。

 これで、俺がナミのイレズミのことを知ってても、可笑しくは無いだろう。あのイレズミは、一発でナミとアーロン一味を結びつける。それ1つでいくらでも仮説を立てることが可能になる。

 でも。

 

 「まだ早いかな」

 

 その事実を知っている……いや、察していると伝えるのは、まだ早い。

 まぁ焦ることはない。ピースさえ揃えば、後はタイミングが合えばいいんだから。俺としてはアーロンパークでの1件で、少しでもナミの心労を抑えたいだけだしね。もう少し信頼を得たい。まだナミの中では俺たち=海賊、海賊=嫌いの方程式が残ってるみたいだ。

 

 「ユアン! メシは出来たのか?」

 

 ルフィが隣の船から涎を垂らしそうな顔でこっちを見ていた。

 

 「メシはね。でも俺がちょっとドジっちゃったから、もう少し待っててよ……そうだ。今の内にお前がちゃんと勉強したか確認しておこうか」

 

 ゲッ、とルフィは苦い顔になった。

 

 「お、おれちゃんとあれ読んでたぞ!」

 

 だ・か・ら。その確認をするんじゃないか。

 

 「頑張れよ~? 晩メシが懸かってるぞ?」

 

 ニヤリと笑って隣の船に飛び移ると、ルフィは不思議そうな顔をした。

 

 「ユアン、機嫌いいな? 何かあったのか?」

 

  ……本当に、妙なところで勘が良いよ。

 

 「あった、と言えばあったかな?」

 

 苦笑と共に、俺はそう返した。

 

 

 

 

 案は色々あるけど……さて、どのタイミングが1番効果的だろうな?



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第55話 ウソップの失言とルフィの威厳

 「じゃあ、海軍本部上層部は?」

 

 「1番偉いヤツがいて、その下に一杯いる! 祖父ちゃんもいる!」

 

 「……七武海のメンバーは?」

 

 「7人いる!」

 

 「…………四皇は?」

 

 「シャンクスがいる!」

 

 あ、やっと人名出てきた……って。

 

 「ルフィ……お前の頭はザルで出来てるのか?」

 

 「失敬だな、お前!」

 

 というより、むしろ何故その回答で胸を張れるのか理解に苦しむ。

 3日間だ。食事で釣りつつルフィに『勉強』させること3日……その成果がコレ。俺、泣きたい。

 いや、航海術を仕込もうとした時よりはマシか? 一応少しずつ覚えてくれてるみたいだし。メンバーはともかく、それぞれの勢力の概要ぐらいはもう覚えてくれたし。

 仕方が無い、根気よくやるしか無さそうだ。

 

 

 

 

 そんなこんなしていたら。

 

 「島に着いたな!」

 

 そう、あっさり到着シロップ村のある島。途中、嵐に巻き込まれるとか、海賊や海軍に絡まれるとかのイベントもなく、とてもスムーズなものだったよ。

 ちなみにナミの提案により、今俺たちはちゃんと装備された船を求めている。勿論、仲間も随時募集中。『音楽家が欲しい』というルフィの意見は黙殺したが。

 ん?

 船を着けた海岸の直線上に、思いっきり解りやすく隠れている顔が4つ……隠れてるつもりなんだろうな、アレ……。

 

 「陸は久し振りだ」

 

 珍獣島のときは寝ていて下船していなかったゾロが、身体を伸ばして柔軟をしている。

 そのゾロだけど、バギーにやられた傷はもう治っちゃってる。抜糸もしたけど、綺麗に塞がってたよ! 回復力パネェ!

 

 「で……どうする? あれ」

 

 あの正面の4人には当然ながら全員が気付いていた。代表して俺が聞いてみたんだけど。

 

 「「「見付かった~~~~~~~!!!」」」

 

 こちらの意見が出る前にちっこい3人が逃げた。

 

 「おい、お前ら! 逃げるな!!」

 

 哀れウソップ、置き去りに。……うん。

 ウソップだ! 世界一面白い鼻(ボンちゃん談)の持ち主・ウソップだ!

 鼻長ぇ! ウソップとカクとバギーで面白鼻選手権したらどうなるんだろ!?

 

 「………………」

 

 固まっているウソップ。うん、気まずい。

 

 「……おれはこの村に君臨する大海賊団を率いる、人呼んでキャプテン・ウソップ!!」

 

 まるで何事も無かったかのように啖呵切った!?

 

 「この村には手を出さない方が身のためだ! おれには8000万の部下がいる!」

 

 「ウソだろ」

 

 ツッコみました。うん、ナミのツッコミを待つ気にはなれなかった……ツッコミ所満載で。

 

 「げ、バレた!?」

 

 衝撃を受けた顔で口を滑らせるウソップ……お前は何がしたいんだ?

 そこは、さらりとかわして切り返しに不敵な笑みを浮かべてハッタリをかますべき所だろう!?

 

 「バレたってことは……やっぱりウソなんじゃない」

 

 今度はナミが呆れながらツッコんだ。

 

 「バレたって言っちまった!? おのれ策士め!」

 

 いや、勝手に言ったんだろ。

 それにしてもウソップのリアクション……面白っ!

 

 「お前面白いな!」

 

 既にルフィは腹を抱えて笑っている。けれどその様子に、ウソップは憤慨した。

 

 「おれをバカにするな! おれは誇り高き男なんだ! 人はおれを『ホコリのウソップ』と呼ぶ!」

 

 「それもウソでしょ」

 

 「これはウソじゃねぇよ!」

 

 うぉ、ツッコミにツッコミで返した!?何という高等テク!

 ってか、ウソじゃなかったのか。本当に呼ばれてたのか。

 俺が心からの賞賛の視線を送っていると、ウソップが俺を見た。

 

 「何だ、文句あるのか!?」

 

 え、俺そんな責めるような視線送ってないのに……ネガッ鼻!

 

 「尊敬してるんだよ……凄いスキル持ってるなぁって」

 

 これはウソじゃない、本心だ。

 それにしてもウソップは、煽てに弱いらしい。言われると胸を張った。

 

 「解ってるじゃねぇか! まだチビのくせによ! そうとも、人々はおれを称えさらに称え、そう呼ぶのだ!」

 

 ………………………………………………あれぇ、今何か聞こえたよーな気がするなぁ?

 俺は、表情がやけに綻んでくるのが解った。

 

 「ちょっと、何するのよ!」

 

 「おいルフィ!?」

 

 「いいから下がれ! 死にてェのか!?」

 

 あれ? ルフィ? 何でナミとゾロ引っ掴んで後退してるんだ? しかも何か不穏なセリフが聞こえるぞ? ……まぁいいか。

 俺はウソップに向き直った。あれ? 何かウソップの顔色悪いなぁ。風邪か? いや、それよりも今は。

 

 「さっき何て言った?」

 

 「人はおれを『ホコリのウソップ』と……」

 

 「その後。」

 

 「おれを称えさらに称え……」

 

 「その前。」

 

 「文句あるのか……」

 

 「行き過ぎ」

 

 「解ってるじゃねぇか……。」

 

 「もう一声。」

 

 「まだチビのくせに……」

 

 うん、やっぱ聞き間違いじゃなかったんだな。

 あはは……シメよう☆

 え? 心狭いって? 自覚はしてる、してるけど……これだけはダメだ。

 

 「剃」

 

 俺は一瞬で間合いを詰め、ウソップの背後を取った。

 

 「んなっ!?」

 

 背後を取り、そのまま首根っこを押さえ付ける。

 

 「チビ? それ俺のこと? うん、確かに大きくはないけどね。でもこれでも俺、一応海賊なんだ。お前もさっき自分を海賊って言ってたよな? じゃあ闘り合うか? 俺、村を襲う気は毛頭無いけどさ、そんなに闘いたいなら吝かじゃないよ? 海賊だもんな、海賊とは闘わないと。獲物でもあるしね。あ、でももうホールドしちゃってるか。さぁどうして欲しい? 言ってごらん、拷問フルコースでも即殺でも何でもいいよ? 海賊名乗ってるんだからね、命懸ける覚悟ぐらい出来てるでしょ? え、出来てない? 腰抜けが。海賊バカにしてるの?じゃあ後悔しろ。たっぷりじっくり後悔させてやるから、その悲哀の中で1人寂しく」

 

 「ユアン。それぐらいにしてやれ」

 

 いつの間にかナミとゾロを遠くに追いやっていたルフィが1人傍まで戻ってきていて、ウソップの首を押さえている俺の手を掴んでいた。何だろう、必死だ。

 ……正直、物足りない。言いたいことの1/10も言えてない。

 でも、ルフィが止めるんなら余程のことなんだろう……俺、やり過ぎた? いや、やり過ぎる所だった?

 いけない、落ち着かないと。そうだ、クールになるんだ俺。

 俺は数回深呼吸をしてウソップを離した。

 ウソップは尻餅をつき、その座ったままの姿勢で思いっきり後ずさっていった。

 

 「おま……おま……『1人寂しく』何なんだよ!?」

 

 え?

 

 「聞きたい?」

 

 俺がニッコリ笑顔で聞いてみたらウソップは……失神した。あれ? 何で?

 

 

 

 

 後でゾロとナミに聞いた所、ルフィは2人に『ユアンを絶対に本気で怒らせるな』と厳命したらしい。

 そして何故か、2人とも文句も言わず重々しく承知したんだとか。

 

 

 

 

 ウソップの目が覚めてから俺たちは場所をシロップ村のメシ屋に移し、事情を説明した。

 でもその間、ウソップは俺と目を合わせてくれなかった。ってか、あからさまに怯えられてる……うん、やり過ぎたかも。反省。

 

 「そうか、仲間と船を探してるのか」

 

 聞き終えたウソップは、話の内容を簡潔に纏めた。

 

 「この村で船を手に入れられるとしたら、あそこしか無ェな」

 

 「おばさん、肉!」

 

 「聞けよ!」

 

 話の途中で肉のお代わりを要求したルフィに、ウソップがツッコんだ。

 

 「……この村には場違いな豪邸が1軒あってよ。そこの主なら持ってるはずだ」

 

 「おれには酒をくれ」

 

 「だから聞けって!」

 

 今度はゾロが酒の追加を頼み、ウソップは再びツッコむ。

 

 「……まぁ、主っつっても、病気で寝たきりの女の子なんだがな」

 

 「あ、俺も酒切れた」

 

 「上物を頼む!」

 

 ウソップは三度ツッコみ……しなかった。あれ? 俺だけ扱い違くない?

 俺に進呈されたのは、明らかにこの店で1番高そうな酒。

 

 「俺、今持ち合わせが無いんだけど……」

 

 こんな良い物飲むつもり無かったから、持ってきた現金じゃ足りなさそうだ。

 

 「ハイ、オゴリマス!」

 

 ……どうしてこうなった? 俺とウソップの関係。何か敬礼されてるし。けど、その敬礼は敬意から来るものじゃないだろう。小刻みに震えてるよ、オイ。

 まぁとにかく。

 ウソップの話によれば、お屋敷の女の子は1年前に両親を亡くし、今はたった1人で莫大な遺産と多くの使用人に囲まれてくらしているらしい。

 

 「金があって贅沢できても、それが幸せとは限らねぇよな」

 

 そうぼやきながら天を仰ぐウソップを見詰めていたナミが、軽く息を吐いた。

 

 「やめましょ。この村で船を手に入れるのは諦めて……別の町や村を当たればいいわ」

 

 そうだな、と真っ先に賛成したのはルフィだった。

 

 「別に急いじゃいねぇし。ユアン、また食い物買い込んでおいてくれよ! 特に肉!」

 

 やっぱりか。

 

 「はいはい」

 

 元よりそのつもりだ。肉魔人がいるからね。酒も買い込む気だけど。

 船長が決定を下したことで、ゾロも反論はしなかった。本当に、そういう所は律儀だよね。

 

 「それよりお前ら……仲間も探してるって言ってたな?」

 

 ウソップは不敵に笑うとグッと自分を親指で指した。

 

 「おれが船長キャプテンになってやってもいいぜ?」

 

 「「「「ごめんなさい」」」」

 

 「即答かよ!」

 

 だって……ねぇ?

 

 

 

 

 取り敢えず、ウソップはツッコミスキルがガイモン以上だ、ということを覚えておこうと思える出会いだった。




 そして出来あがる、ウソップとユアンの(精神的)上下関係。始まりは恐怖から(笑)。
 
 でもウソップは幸運です。途中でルフィが止めたので、聞かされたのは脅迫部分だけです。心を抉る毒舌はあまり受けませんでした。怒れるユアンという名のネガティブホロウは本来のモノと違い、根がネガティブな人間にほどよく効きますから。きっとそこまで行ってたら立ち直れなかったでしょう(笑)。

 以前書いた過去編において、本気で怒ったルミナを止められるのは師匠たちだけ、と書きました。それと同じように、本気で怒ったユアンを止められるのは兄ちゃんたちだけです。実際、ダダンに対して切れた時も、エースが止めてましたし。ただこの場合、ユアンの怒りの矛先が兄ちゃん本人に向かっていたら効果が発揮されません。


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第56話 クロの挑発

 あー、美味かった。

 自分が作った料理以外もいいもんだ。むしろ、気楽に楽しめた。しかも、何故か上等な酒も飲めたし。

 ウソップは支払いだけ済ませて、時間が来たからと先に店を出て行ってしまった。

 んでもって……さっきから店の外でうろうろしている気配が3つ。正直、来るなら早く来いって思う。

 にしてもウソップ、慕われてるんだな。これも1種の人徳だろうか。

 

 「「「ウソップ海賊団参上!」」」

 

 俺がウソップの人柄に思いを馳せていると、明らかに緊張した面持ちの子どもが3人、店へと入って来た。うぉ、見事に頭が野菜型だ。名前を覚えるの簡単そうだな。

 でもさ、ウソップにも言ったけど、海賊相手に海賊だなんて名乗らない方がいい。いや、ごっこ遊びなのは解るんだけど、だからこそ。世の中にはその言質を取ってわざと曲解するヤツらだっているだろうし。実際、さっき俺も似たようなこと言った。

 

 「おい、キャプテンがいないぞ……」

 

 この場にウソップがいないことで、警戒を強めたらしい。

 

 「海賊ども!」

 

 「キャプテンをどこにやった!」

 

 「キャプテンを返せ!」

 

 いや……『海賊団参上』って名乗りを上げながら、呼びかけた言葉が『海賊ども』って……まぁいいけど。

 

 「あー、肉美味かった!」

 

 ルフィ、お前本当に間が悪いと言うか……いや、良いのか?

 

 「「「肉ーーーーー!?」」」

 

 おお、面白い! 顎ガックンになってる!

 

 「お前らのキャプテンなら、さっき……食っちまった」

 

 ゾロは解ってて悪ノリしてるね、コレ。よし、俺も。

 

 「気にするな、ヤツは快く食いものになってくれた」

 

 ウソではない。ヤツは自分からバカ高い酒を奢ってくれた。その懐を食いものにさせて頂きました。

 

 「「「ぎゃ~~~~~~!!」」」

 

 お子様3人組、涙目で驚愕……面白い。そして俺は性格悪いな。

 に、しても何でだろう。

 

 「「「鬼ババ~~~~~~!!」」」

 

 何で何も言ってないナミに非難が集中してるんだろう? しかも、泡吹いて気絶しちゃったし。

 

 「あんたらが変なこと言うからでしょ!」

 

 腹を抱えて笑ってたら、濡れ衣を着せられたナミに怒られてしまった。

 

 

 

 

 意識を取り戻した3人組に聞いたところ、ウソップは毎日同じ時間に屋敷に行き、元気付けるためにウソを吐いているのだという。

 

 「それってウソっていうより、漫談とかなんじゃないか?」

 

 ウソップだって騙そうとしてるわけじゃないだろうし、お嬢様……カヤも、信じているわけではないだろう。単に互いに盛り上がって楽しんでいるだけなんだから。

 ある意味では、カウンセリングに近いのかもしれない。病は気からって言うし、気持ちが上向いていれば元気にもなれる。

 

 「あいつ、いいヤツじゃん」

 

 ルフィも感心している。

 

 「うん! おれはキャプテンのそんなお節介なところが好きなんだ!」

 

 「おれは仕切りやな所!」

 

 「ぼくは、ホラ吹きな所!」

 

 順に、にんじん・ピーマン・たまねぎの言葉だけど……お節介は解るし、仕切りやもまだ納得できるけど、本来ホラ吹きは好きになる要素じゃないよね?

 でもそこがいいって言われるのは、それだけ慕われている証拠でもあるだろう。

 

 「もしかして、もうお嬢様、具合いいのか?」

 

 「だいぶね!」

 

 まぁ、いくら体が弱いとはいえ、両親を亡くした1年前から寝たきり状態ってことは、むしろ精神的な問題なんだろうからなぁ。まさに、病は気から、だ。

 

 「よし! じゃあやっぱり、お嬢様に船を貰いに行こう!」

 

 ルフィがどん、と宣言した。

 

 「さっき諦めるって言ったじゃない」

 

 早すぎる前言撤回にナミが食い付いた。

 

 「当のお嬢様の具合が悪くないんなら、いいんじゃない? ウソップがホラ話で元気付けてるっていうなら、俺たちもほら、この間の珍獣の話とかしたら面白がってくれるかもしれないよ?」

 

 うん、あれは珍しかった。今まで見たことなかった。

 やっぱり世界は広いよね。いつか自由に見て回りたいもんだよ。

 

 

 

 

 そうしてやってきた屋敷は、まさに豪邸だった。俺が今まで見てきた家の中で、2番目にスゴイ。ちなみに、1番スゴかったのはサボの実家だ。

 

 「ごめんくださーい! 船くださーい!」

 

 ルフィ……なんてど直球な。ってか、本人もいないのに言ってどうする。

 

 「さあ入ろう!」

 

 ……って。

 

 「何やってんだお前は」

 

 扉をよじ登って入り込もうとしたルフィの足を掴んで、引っ張り下ろした。

 

 「ちゃんと挨拶はしたぞ!」

 

 「あれは挨拶とは言えないし、言えたとしても門をよじ登る理由にはならない。大体、何考えてるんだ」

 

 門を登るだなんて。

 

 「見つけてくれって言ってるようなモンじゃないか。忍び込むなら裏からこっそり入るんだ」

 

 「そういう問題じゃないでしょ!」

 

 ナミのツッコミが脳天に落ちてきた。地味に痛い。

 

 「ちょっとはまともなこと言うかと思ったら、何コソドロのような理論持ち出してんのよ」

 

 ……海賊専門泥棒に言われたくない、と思ってしまう。

 そして、俺がちょっと悶絶してる間に。

 

 「よし、じゃあ裏に回ろう!」

 

 「やめんか!!」

 

 ルフィにもナミのツッコミが入っていた。

 

 

 

 

 結局俺たちは、門を乗り越えての侵入となった。

 全く、これじゃクラハドールことキャプテン・クロにすぐ追い出されて当然だよね。

 肝心のウソップは、カヤに巨大金魚の話を聞かせている所だった。巨大金魚……島喰い……ウソップ、図らずもそれは実在するぞ?

 カヤも楽しそうに聞いている。こういう話は、素直に聞いて楽しむのが1番だよね。

 

 「キャプテン!」

 

 3人組の呼びかけに、ウソップは心底驚いていた。気恥ずかしかったのだろうか。

 

 「何でここに!?」

 

 「この人が連れてけって」

 

 そう言って指差されるルフィ。ムダに胸を張っている。

 

 「お前がお嬢様か? 船くれ!」

 

 オイ。

 

 「あにふんだ!」

 

 訳すれば、『何すんだ!』だろう。何で言葉になってないかって?俺がルフィの口……というか頬を思いっきり引っ張ってるからだよ。

 

 「まず挨拶!」

 

 名前と目的ぐらい言おうよ。

 摘んでいた皮膚から手を離すと、ゴムの頬はビヨンと元に戻った。

 

 「あなたは?」

 

 ホラ、聞かれちゃった。

 

 「こいつらはおれの噂を聞いて遥々ウソップ海賊団に入りに来た」

 

 「何か言ったか?」

 

 「すいません」

 

 またホラを吹こうとしたウソップを見たが、途中であっさり謝られてしまった。つまらん。

 ルフィはちょっと頬を擦っている。どうせ痛くなんてなかったくせに。

 

 「おれはルフィ! 海賊だ! おれたち、でっかい船が欲しくてさ」

 

 「そこで何をしている! 困るね、屋敷に勝手に入ってこられちゃ!」

 

 ルフィの言葉を遮って現れたメガネをかけた執事……クロだ、クロ!

 カヤが弁護してくれているけど、聞く耳は持ってないらしい。

 

 「さぁ、出て行ってくれ。それとも何か用があるのか?」

 

 そのセリフに、ルフィは満面の笑みを浮かべた。けど。

 

 「おれたち、船が欲しいんだけど」

 

 「ダメだ」

 

 言い切る前にスッパリ断られてた。まぁ、この場合はクロの判断が妥当だろう。いきなり現れた初対面の人間に無償で船をくれるお人よしの方がそうそういるまい。

 ずーんと落ち込むルフィが面倒なので、俺は持ち歩いている干し肉を進呈した。何でそんなもの持ってるのかって? ……だって、大抵の場合ルフィはこれで機嫌直してくれるんだもん。実際、今回もすぐに立ち直ってくれた。

 

 「ん?」

 

 クロが……クラハドールって言うべきなのか? ま、クロでいっか。とにかくヤツが、ウソップの姿に反応した。

 

 「君は、ウソップ君だね? 噂はよく聞いてるよ。村では評判だからね」

 

 うわー、嫌味ったらしい言い方。いや、たらしいんじゃなくて、嫌味か。

 クロの嫌味にウソップは得意の軽口で対応していたけど、どうにも分が悪い。経験の差ってヤツだろうか。何せ相手は『百計』のクロ。頭の回転や口の達者さで勝つのは難しいだろう。

 それでもあまり問題は起こさないようにウソップも対応には注意していたみたいだが……どうしても、許せないことというのはある。

 例えばそれは、エースが出生のことを言われたり、ルフィが命の恩人のことを言われたり。譲れないことというのはあるのだ……俺も、身長のことは言われたくない……あれ? 何か俺だけせせこましくね?

 そして、ウソップが言われたくないこととは。

 

 「所詮君は薄汚い海賊の息子だ」

 

 父親への侮辱なんだろう。



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第57話 クロの誤算

 父親を侮辱されたことで、ウソップの顔色が目に見えて変わった。

 

 「何をしようと勝手だが、お嬢様に近付くのは止めてもらおう」

 

 それに気付いているだろうに、クロは知らんぷりだ。当然か、これは挑発なんだろうから。

 

 「あいつの父ちゃん、海賊なのか」

 

 ルフィが驚いたように呟き、思案顔になった。ウソップに見覚えがあるからだろう。うん、お前本当に記憶の糸を手繰り寄せるのに時間が掛かるのな。

 

 「薄汚いだと!?」

 

 ウソップが地を這うような声で呟いた。

 

 『海賊の子』ではなく『薄汚い』に反応する辺り、ウソップがどれだけ父を誇っているかが見て取れる。

 

 「お嬢様に取り入って……目的は何だ? 金か?」

 

 そりゃテメーの目的だろ、と俺は心の中で毒づいた。

 ほらねー、自分がそんなことばっか考えてるから、他人にもそんな風に言うんだよ。

 

 「言いすぎよ、クラハドール! ウソップさんに謝って!」

 

 カヤお嬢さん……なんて良い子なんだろう。良識的だよ。

 

 「謝る? 何をです? 私は事実を述べているだけです」

 

 「ただの邪推だろうが」

 

 俺が皮肉を混ぜて口を挟むと、クロはこっちを睨んだ……けど、全然怖くない。祖父ちゃんの何かを思い付いた時のキラキラした笑顔の方が、よっぽど怖い。

 俺は肩を竦めた。

 

 「ウソップは、そんなこと一言も言ってないし。……あぁ、それとも、前例でもあるのかな? このお屋敷に財産を狙った海賊が潜り込んだことがある、なんて前例が。それで警戒してるとか?」

 

 当て擦りです、はい。その張本人が今目の前でメガネを掌で押し上げてます。

 

 「……そのようなことが起こらないように注意を払っているのだ」

 

 俺が言えたことじゃないんだろうけど……面の皮厚いな、コイツ。中々の演技派だ。表情1つ変えやがらない。

 

 「まぁウソップ君……君には同情するよ。恨んでいることだろう、家族を放っぽって海に飛び出した、財宝狂いのバカ親父を」

 

 「テメェ、それ以上親父をバカにするな!」

 

 「何を熱くなっているんだ、君も賢くないな」

 

 ……こう言っちゃ何だけど、確かに熱くなってはいけない。相手がそれを望んでいる以上、思う壺というものだ。

 ウソップが今にも飛び出しそうになっている……というか、既に飛び出しかけている。

 ハァ……。

 

 「ぐおっ!!」

 

 飛び出して、クロの顔面を蹴り抜いた……俺が。

 さっきも言ったけど、ウソップは既に飛び出しかけてた。けれど、その気になれば俺の方が早くやれる。

 クロは思いっきり吹っ飛んで壁に激突した。

 

 「へ?」

 

 出遅れたウソップが間の抜けた声を上げたけど……まぁ、これでカヤのウソップに対する心証が悪くなるのは避けられたかね?

 

 「き、君! 何のつもりだ!?」

 

 あ、クロの復活早い。

 

 「あ、悪い悪い。でも随分と丈夫だなー、まるで随分と戦い慣れた人みたいだ」

 

 当て擦りも忘れません。クロは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

 「そんなことは聞いていない! 何のつもりで私に暴力を働いたのかと聞いているんだ!」

 

 よしよし、クロの矛先はこっちに向いたな。

 

 「いやぁ」

 

 俺は困ったように頭を掻いた。

 

 「俺も海賊の子でさ、ついカッとなって……でもウソップは偉いな」

 

 「は?」

 

 「俺なんて、うっかりコイツに暴行を働いちゃったのに、ウソップは堪えて。流石、器がデカイな。何も知らないヤツが勝手なことを言っても、揺るがないんだな。腹が立たないわけないのに、すぐに暴力になんて走らず、どっしりと構えて」

 

 尊敬の眼差しでウソップを見詰める俺。対するウソップは困惑顔だが……うん、驚きでちょっと頭が冷えたみたいだ。

 さて……もう一押ししとくか。

 

 「きっと、お前の親父さんもそんな大きな男なんだろうね」

 

 俺の、自分の父親を称える発言にウソップが胸を張った。

 

 「当たり前だ! おれは親父が海賊であることを誇りに思っている! 勇敢な海の戦士であることを誇りに思っている! おれは親父の……海賊の息子だ!」

 

 ウソップ、魂の叫び。やはりそこは譲れないんだろう。

 

 「そっか、あいつ! 思い出した!」

 

 やっとか、ルフィ。うん、いっそこの場で暴露してもらっちゃおうかな。

 何というか……クロの反応を見てみたいし。思いっきり皮肉ってやりたいし。

 

 「ルフィ、何を思い出したんだ?」

 

 俺はルフィに先を促した。

 

 「お前の父ちゃん、ヤソップだろ?」

 

 ルフィがウソップに確認した。

 

 「!? 親父を知ってるのか?」 

 

 驚きながらも肯定の言葉を返したウソップに、ルフィはやっぱりと言って笑った。

 

 「子どもの頃に会ったことがあるんだ! お前、顔そっくりだな! 何か懐かしい感じはしてたんだけど、やっと思い出した」

 

 思わぬところから出て来たせいだろう、その情報にウソップはポカンとしている。

 

 「い、今どこに!?」

 

 新世界です、多分。

 

 「それは解んねぇ。でもきっと今も『赤髪』のシャンクスの船に乗ってるさ! ヤソップはおれの大好きな海賊団のクルーなんだ!」

 

 「そ、そうか」

 

 ウソップは嬉しそうだ。それもそうだろう、大好きなんて言われたらなぁ。

 

 「そうか、シャンクスの船に……あの『赤髪』のなぁ………………………………シャンクスだとぉ!?」

 

 うぉ、ウソップ凄い変顔!

 

 「何だ、シャンクスのこと知ってんのか?」

 

 ルフィ……お前、この3日間何をしてたんだ? そりゃ大抵の人が知ってるって。後ろでゾロもナミもお子様3人組も驚いてるよ。カヤだって驚愕してるし。お前だって復習した時は言えてたじゃん。

 

 「当たり前だ、そりゃ大海賊じゃねぇか! そんなスゲェ船に乗ってんのか、おれの親父は!」

 

 さて、ここでクロの様子を見てみよう……うん、何だその驚愕の顔! 面白っ!

 けどまぁ、ある意味予想通りだ。

 ヤソップがどこのどんな海賊団に属しているのかは、今この瞬間まで息子のウソップすら知らなかったんだ。ほんの3年前にこの村にやってきたクロだって知らない可能性が高いと思ってた。多分、その辺のゴロツキだとでも思ってたんだろう。

 よし、当て擦ろう。

 

 「そっか、四皇の元にね……道理で。成る程、それならただの海賊とはわけが違うね。まさしく、勇敢なる海の戦士だ。そんな田舎の村のお金持ちのお屋敷に狙いをつけてセコセコ裏工作するような小物とはわけが違うよね」

 

 そう、例えば今そこで倒れている男のような、ね。

 

 「あ、そっか、四皇!」

 

 ポン、と手を叩いて納得するルフィ。

 ……って、お前今までそれ忘れてたのかコラ、ルフィ!

 

 「す」

 

 ん?

 

 「すっげぇ、キャプテン!」

 

 「カッコいい!」

 

 「本物なんだ!」

 

 お子様3人組が、キラッキラした笑顔でウソップを取り囲んだ……え? そこまで?

 

 「……海賊が勇敢な海の戦士だと? ものは言い様だな」

 

 あ、クロの立ち直り結構早かった。つまらん。

 けど、何と言うか……四面楚歌。

 

 「「「「ばーか。」」」」

 

 ルフィ……9歳児に混じるな。

 ウソップはクロに何もしていないし、この状況ではクロが一方的にウソップの父を貶めているだけっていうね。しかも、ギャラリーの心の天秤は、完全にヤソップに傾いているし。

 

 「海賊は海賊だ! 君が何か企んでいるという証拠なら、君が海賊の息子であるというだけで充ぶっ!」

 

 「俺も海賊の息子だ、って……言ったよね?」

 

 俺の蹴り2発目がクロの顔面にまたもやヒット。カヤの前で本性晒すわけにもいかないから、クロはあっさりと蹴られた。

 

 「暴力はやめてください!」

 

 心優しきお嬢様、カヤに宥められる俺……さて。

 

 「でも……ウソップだって腹立つだろ!?」

 

 俺はウソップに向き直った。

 

 「え? あ、あぁそり」

 

 「腹立つだろ!? (お前、器の大きさ見せ付けとけよ)」

 

 ウソップに詰め寄り、ヤツにしか聞こえない程度の声量で後半のセリフを呟く。ウソップはちょっとビクついたけど……やがて、大きく息を吐き出した。

 

 「いや……もういい、あんなヤツ。もう親父を侮辱さえしなきゃ」

 

 うん、その譲れない部分までどうこう言う気はない。

 

 「ウソップ……! 俺……自分が恥ずかしい」

 

 俺は恥じ入ったように俯いてみせた。

 恥じ入っているのはカヤもらしい。

 

 「ごめんなさい、ウソップさん。クラハドールに悪気は無いの」

 

 いや、アレは悪気の塊だろう。

 

 「ただ、私のためを思って……過敏になっているだけなの。もうあんなこと言わないでって、私からも言っておきます。あの! また、来てくれる……?」

 

 「お、おうよ! おれは細かいことにいつまでも拘ったりしねぇよ!」

 

 その返答に、カヤはホッとした表情を見せていたのだった。

 

 

 

 

 あの後、結局俺たちは屋敷を追い出されたわけだけど……まぁ、カヤの中のウソップ評価は下がるどころか上がっただろう。

 

 「お前、アレはわざとだろう」

 

 道すがら、ゾロが確信的に聞いてきた。

 

 「お前が蹴らなきゃ、アイツ、あの執事を殴ってただろうからな」

 

 アイツ、の部分でお子様3人組に纏わりつかれながらルフィと雑談してるウソップをチラッと見た。

 まぁ……原作を知る者としては、ウソップが発砲されるのは忍びないしねぇ。

 ウソップがクロの計画を聞いてカヤに知らせに行って、それで撃たれるのはなぁ。ある意味では狼少年の自業自得だけど、流石に可哀相だし。

 後は……。

 

 「まぁ、そうだけど……それだけじゃないよ。ちょっと気になることがあるんだ。悪いけど、ちょっと船に戻るね」

 

 俺は一言断りを入れて船に戻った。

 

 

 

 

 

 「ちゃんと持っといたもんね~」

 

 俺が取り出したのは、手配書のリスト。そりゃ海賊だからね、こういうのも持ってます。勿論、アーロンとかのもあるよ!

 あ、エースの手配書とかつての母さんの手配書はちゃんと分けて保管してる……マザコン・ブラコンと言いたきゃ言え。俺は開き直る。

 コホン、話が逸れた。

 んで何が言いたいかっていうと、本当なら失効された手配書は処分してしまうんだけど、1枚だけ残してたんだ。

 そう、3年前に処刑されたと思われている、キャプテン・クロの手配書だ。

 これがあれば、ヤツが海賊だって周囲も信じてくれるだろう。

 始終持ち歩いてるのも不自然だから、船に置いといたんだよ。ここまで取りに来るぐらい大した手間じゃないし。

 

 「さて……戻るか」

 

 ルフィに何も言わずに来ちゃったし、早い方がいいかな。

 

 

 

 

 俺が戻ると、そこはカオスな状態になっていた。

 お子様3人とルフィ、それに♡型のサングラスをした縞々顎の男の5人が、道端で眠りこけてるっていうね……。

 

 「どんな状態なのか簡潔に10字以内で説明せよ」

 

 「催眠術師が現れた!」

 

 ウソップの返答は確かに10字以内だった。

 うん、状況は把握した。

 

 「起きろ」

 

 俺はルフィの首を思いっきり踏みつける。

 

 「ぐぇっ!」

 

 ゴムに踏みつけのダメージはないだろうけど、息は詰ったはずだ。ルフィも咳き込みながら起きる。

 

 「げほっ! もうちょっとマシな起こし方ねェのかよ!」

 

 「無いな」

 

 「無いのか」

 

 「って、何納得してんだよ!」

 

 ウソップにツッコまれた……あれ? この場合ツッコまれたのは俺? ルフィ?

 

 「はっ! しまったぜ……」

 

 ん? いつの間にか催眠術師……ジャンゴも起きた。

 

 「ガキども、おれは忙しいんだ。じゃあな」

 

 渋くキメて去っていったけど……うん、口の端に付いてた涎の痕が全てを台無しにしてた。

 

 「で、何しに行ってたの?」

 

 催眠術にはあまり興味が無かったんだろう、真っ先に聞いてきたのはナミだった。俺は持ってきていた手配書を差し出す。

 

 「『百計』のクロ。懸賞金1600万ベリー。何か見覚えがあってね」

 

 そこに写った写真を見て、4人が反応した。青くなったのがウソップとナミ、好戦的な顔をしたのがゾロとルフィだ。

 

 「改心したって可能性も無くはないけど……悪いこと考えてそうじゃないか? なにせ二つ名が『百計』だ。しかもこの男、本当なら3年前に処刑されてるはず。それが生きてるなんて、不自然だ」

 

 「ちょっと待て」

 

 ウソップが俺の言葉を遮った。

 

 「ってことはお前、ヤツがキャプテン・クロだと解った上で、あんなに蹴ったり嫌味言ったりしてたのか!?」

 

 「そだよ」

 

 むしろ、一般人にあそこまでしないって。

 

 「ついでに、これは今さっき増えた情報なんだけど……もう1つ」

 

 俺が次いで差し出して見せたのは。

 

 「あ、コイツさっきの催眠術師!」

 

 ルフィがその手配書を指差して叫んだ。

 

 「『1、2』のジャンゴ。クロネコ海賊団の現船長。ちなみに先代船長は『百計』のクロ……あいつらはまだ繋がってる可能性が高い。改心した、とは思えなくなってきたな?」

 

 俺はニヤリ、と笑ったのだった。 



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第58話 9歳児に出来ること

 ヤツらが何かを企んでいるのか、と俺たちは取り敢えず、ジャンゴの去って行った方へと向かった。

 辿り着いたのは例の海岸……そう、クロとジャンゴの密会現場だ。

 ちなみにクロ、結構ヒドイ状態だね。メガネはひび割れてるし、頭に包帯巻いてるし、顔は青黒く腫れ上がってるし。

 え~っと……何ででしょーね?

 

 「あんた、一体どうしたんだ?」

 

 ジャンゴの開口一番はそんな労りの言葉だった。それに対しクロは、口元を引き攣らせている。

 

 「無礼な小僧がいたんだ。いつか思い知らせてやる」

 

 え? 無礼な小僧? それって誰のこと?

 ……はい俺ですね、解ってます。でも、思い知らせてやる、はこっちのセリフだ。

 

 「それで……計画に支障は出てないだろうな?」

 

 「ああ。いつでもイケるぜ。お嬢様暗殺計画」

 

 どうでもいいけどさ、いくら人通りが少なさそうとはいえこんな開けっぴろげに密会するなんて……警戒心ってモンが無いのか?

 

 「はんはふふぇいふぁふ!?」

 

 ルフィの発言を訳すると、『暗殺計画!?』だろう。

 はい、今俺はルフィを取り押さえてます。口も塞いでます。でないと飛び出して行ってしまいそうだし……。

 俺たちは現在、原作通りに崖の上から見物中だ。うん、誘導したからね。けど、ゾロにナミに俺、そして何故かお子様3人組まで付いてきている……いや、君たちは帰った方がいいと思うんだけど?

 しっかし、ベラベラと勝手に暴露してくれてるよ。

 3年前の身代わり……ってか、よく騙されたな、海軍。手配書にしっかり写真も添付してあるのに、何でそんな替え玉が本物だと思い込んだんだ? 捕まえたと思い込まされたモーガン以外は、催眠術なんて掛けられてなかったんだろ? 支部で待機していた海兵たちは無能だったのか?

 

 そして今回のお嬢様暗殺計画だが……3年間も怪しまれること無く執事として生きていけるだけのスキルと、村1つを丸ごと騙せるだけの演技力があれば、別にそんな財産狙わなくても何か一山当てられたんじゃね? とか思うんだけど。折角、キャプテン・クロとしての自分は世間的には殺したんだし、やりようはいくらでもあっただろうに。

 催眠術で遺書を書かせ、海賊が村を襲ったことによる事故死に見せかける、ねぇ。

 クロよ、お前に言ってやりたい。世の中、策士策に溺れるという言葉があるんだ。それを知っておかないと、苦労するよ。色んな意味で。実際俺も、よく溺れて頭を抱えるハメになる。

 

 「おれは政府に追われること無く大金を手にしたい……平和主義なんだ」

 

 お前、1回平和主義って言葉を辞書で引いてくればいいよ。カヤの両親が死んだのは事故って言ってるけど……果たして、本当かどうか。

 

 「どちらにせよ、おれたちの海賊船が沖に停泊してもう1週間になる。さっさとしてくれ。いい加減あいつらのしびれも切れるころだ」

 

 「ねぇ」

 

 話を粗方聞き終え、ナミが小さな声で聞いてきた。

 

 「何? 今俺ルフィを抑えるのに忙しいんだけど」

 

 ルフィときたら、すぐにでも飛び出さんばかりに暴れやがるから。

 

 「あんたたち、強いんでしょ? 今ここであいつらを倒しちゃえばいいじゃない」

 

 「ダメだ」

 

 俺は首を振った。

 

 「聞いただろ、あいつらには率いる海賊団があるんだ。頭を失えば、残るのは統率もない荒くれ者の集団だけ。そいつらが勝手に村を襲わないとも限らない。潰すなら全てを完膚なきまでに、だよ」

 

 なまじトップがしっかり部下を掌握しているだけに、それが無くなると行動の予測が付けられなくなってしまう。

 明日の朝に計画の決行。それがヤツらの打ち合わせの最終的な結論だ。

 俺たちが聞いていたことにも気付かずにクロたちが別々にこの場を離れたころ、俺はルフィを解放した。

 

 「ぶはっ! 何で止めるんだよ! あいつらぶっ飛ばす!」

 

 「ぶっ飛ばすのは止めないってかむしろ大賛成だけど、話聞いてたか? あいつらだけぶっ飛ばしてもダメなんだって」

 

 そんな傍らで、ウソップとお子様3人組はガクブル状態だ。

 

 「あ、あの羊、ホントに悪いヤツだったんだ!」

 

 「大変だ! 村が襲われる!」

 

 「どうしよう、みんなに知らせなきゃ!」

 

 「カヤが……殺されちまう!」

 

 うん、みんな顔色が真っ青だ。

 

 「なら、さっさと教えて避難させればいい。コレを見せれば、村の人も信用してくれると思うよ?」

 

 言って俺が差し出したのは、クロの手配書。

 

 「それとも戦う? だったら俺たちも加勢するけど……なぁ?」

 

 3人に同意を求めると、真っ先に頷いたのはルフィだった。

 

 「おう! あいつぶっ飛ばす!」

 

 「悪くねぇな……ここの所寝てばっかで身体がなまってたんだ」

 

 ゾロ……何故そこでニヤニヤするんだ?

 

 「お宝は私のものよ!」

 

 ナミは何だか動機が違う気がするけど……とにかく、やる気ではあるんだな。

 ウソップは、しばらく逡巡した後、ボソリと呟いた。

 

 「ここは、今まで海賊に狙われたことも無かったような平凡な村だったんだ。それが狙われてただなんて知ったら、みんな怖がる」

 

 バッと顔を上げ、高らかに宣言した。

 

 「おれは勇敢なる海の戦士、キャプテン・ウソップだ! この村はおれが守る!」

 

 どん、と胸を張るウソップ。カッコいいじゃんか、オイ! ……足が震えてるけど。

 

 「そして! お前たちがどうしてもって言うなら、おれの部下としてこの戦いに参加させてやってもいいぞ!」

 

 「そこは素直になれよ。手を貸してくれって」

 

 「お願いします」

 

 切り替え早いな!

 けどまぁ、それだけ虚勢を張れれば大丈夫だろう。

 ウソップはそのままお子様3人組に向き直った。

 

 「キャプテン、おれたちもやります!」

 

 「おれたちだって村をやカヤさんを守りたいんだ!」

 

 「逃げるなんてウソップ海賊団の名折れです!」

 

 うん……心意気は立派なんだけどね……いかんせん、実力ってヤツが……。君たちまだ9歳なんだよ? 9歳だなんて……あれ? 俺もう六式の修行始めてたよね? エースも9歳のころにはコルボ山の猛獣倒してたし……ルフィだって、似たようなものだったし……あれぇ? 9歳児ってナンダッケ?

 いや、落ち着け俺。俺たちの置かれていた環境が異常だったんだ、うん。普通の9歳児はあんな殺伐としていない。それもこれも、無茶苦茶なことばかりする祖父ちゃんのせいだ!

 俺が遠い目になって葛藤してる間にウソップはちょっと考えてたみたいだけど、やがて大きく息を吸い込んだ。

 

 「ウソップ海賊団!」

 

 「「「はい!」」」

 

 「カヤを守れ!」

 

 あ、ここで出てくるのか、そのセリフ。

 

 「この件で1番危険なのはカヤだ! お前たちに、1番重要な任務を与える! お前たちは明日の朝、カヤの屋敷付近に待機して、カヤに万一のことが起こらないように見張るんだ!」

 

 1番重要な任務、ね……上手い言い回しだな。そのように言われたら、断れないだろう。

 

 「「「はい!」」」

 

 案の定、3人は敬礼と共にその意見を受け入れたのだった。



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第59話 作戦会議と大人の事情

 当然ながら、この辺りの地理に最も明るいのはウソップだ。だから、そのウソップの主導で作戦会議を始めたんだが。

 

 「やつらは明日の夜明けと共にこの海岸から攻めてくる。けど、ここから村に入るには一本道の坂を通らなきゃならねェ」

 

 「それはどうかな?」

 

 思い込み、ってのは恐ろしいよね。

 

 「ここで密会してたからって、ここから攻めて来るとは限らない。例えば……俺たちが上陸した海岸とかもそうだし、他にも上陸可能な海岸はあるんじゃないか?」

 

 実際その通りになるわけだしね。怪しまれないような言い回しで原作知識を小出ししていくか。

 

 「それは……確かにそうだな。でも上陸可能なのは、こことその北の海岸の2ヶ所だけだ。しかも、どっちも地形は同じ。一本道の坂で、あとは絶壁」

 

 なんというか……シロップ村が今まで海賊に襲われなかった理由が解る気がする。攻め難く守り易い土地に、長閑で特色の無い村があるんだ。そりゃ、よっぽどの理由が無きゃわざわざ来ないって。

 

 「あいつらは攻め込むタイミングは話してたけど、上陸場所までは言ってなかったよな」

 

 そう、そこのところを言っといてくれたら楽だったのに。

 

 「じゃあ、2手に別れましょ」

 

 提案してきたのはナミだった。

 

 「攻めて来る時間は解ってるんだから、その時が来ても海賊が攻めて来なかった方がもう一方に向かえばいいだけじゃない」

 

 まぁ……どっちを守ればいいのか解らないって状況じゃ、妥当な案だな。

 

 「うん、じゃあ組み分けは……ルフィとゾロと俺が北の海岸、ナミとウソップがこの海岸ってどうだ?」

 

 この布陣だと一気に殲滅できるよ。

 多分、受け入れてはもらえないだろうけど。

 

 「ダメに決まってるでしょ!? 何でそっちに戦力を集中させるのよ!」

 

 予想通り、ナミに怒られた。

 まぁ……バギーをぶっ飛ばしたルフィに『海賊狩り』のゾロ、リッチー&モージを沈めた俺だからなぁ。何か俺だけ大したことしてない気がするけどね!

 

 「大丈夫、そっちには勇敢なる海の戦士がいる!」

 

 「おれ!?」

 

 グッとグーサインを出してイイ笑顔で話を振ると、ウソップがガーンといわんばかりの表情になった。

 

 「お前、ナメんなよ! おれは弱いんだ!」

 

 決して胸を張って宣言することではない。けど、うん。自分が弱いことを認められる人間こそ、強くなれるんだよ。何より頭を使うからね。

 けど今は時間が無い。そんな悠長なことは言ってられないだろう。

 なら何で言ったのかって? ごめんなさい、からかっただけです。

 

 「冗談だよ、冗談……真面目に考えると、取り敢えずルフィとゾロは別々に配置しないといけないな。」

 

 「戦力を分散させるのね。」

 

 ナミは納得顔だけど……それは違う。

 

 「戦力を分散させてるんじゃない。迷子を分散させてるんだ。」

 

 ナミとウソップの顔に? が浮かんでいる。

 

 「後で合流しなきゃいけないんだ。それなら、ど天然と方向音痴を一緒にさせちゃいけない。どんな化学反応が起こるか解らないし、誰かが付いていて連れて来るにしても、この2人を同時に相手取るのは至難の業だ」

 

 これは実際に見てもらえれば解るだろう。

 

 「ルフィ」

 

 俺は気合充分にストレッチしているルフィを呼んだ。

 余談だが、作戦会議はナミとウソップ、俺で進められている。ルフィとゾロはすぐそこにいるけど、口を挟んでこない。……ってか、『ぶっ飛ばす』だの『斬り捨てる』だのしか言わないから、黙殺してたんだ。そしたら黙るようになった。

 

 「ん? 何だ?」

 

 「北はどっちだ?」

 

 「バカにするな! 北って言ったらお前、寒そうな方に決まってるだろ!」

 

 ピシリ、とナミとウソップの表情が凍った。これだけで驚いてちゃいけない。

 

 「ゾロ。海で真っ直ぐ前に進むためには何を見る?」

 

 「あぁ? んなモン、進行方向にある雲でも目指しゃ」

 

 「2人を分散させましょ」

 

 ゾロが言い切る前に、ナミが断言した。うん、この2人を解ってくれて良かったよ。

 

 「となると、後はおれたち3人をどう分けるか、だな」

 

 ウソップも、深くはツッコまないことにしたらしい。

 

 「単純に戦力で分けるなら、ナミ・ウソップ組に俺の2:1だと思うけど」

 

 「となると、後は迷子組との組み合わせか……お前ら、何が出来るんだ?」

 

 ウソップが尋ねた。

 

 「斬る」

 

 「伸びる」

 

 「盗む」

 

 「小さくする」

 

 蹴る、でもいいけど、俺だけに出来ることと言ったらこれだろう。

 

 「伸びるとか小さくするとかって、何だよ……ちなみに、おれは隠れる」

 

 「「「「お前は戦え!」」」」

 

 俺たちは見事なユニゾンツッコミをかました。

 

 「私は、北の海岸に行くわよ! もしそこに海賊が上陸したりしたら、宝が危ないもの!」

 

 ……あれ? 今あそこにある宝って、俺が奪ってきたヤツしかないと思うんだけど? しかも俺、まだナミに奪われてないからあれは俺たちのなんだけど?

 このナミの発言は、無意識下でもう仲間と思ってるからなのか、それともいつか奪うつもりだからなのか……考えてもどうしようもないか。

 とりあえず、スルーして話を進めよう。

 

 「じゃあ、ウソップもそっちってことでいいか?」 

 

 「ああ、構わねぇ」

 

 そっちに海賊現れるのにな。頑張れ、勇敢なる海の戦士。

 

 「ってことは、俺はこっちの海岸か……」

 

 まぁ、俺には見聞色の覇気がある。それで気配を読んだと言えば、夜明け前にここから向こうへ移動して合流しても怪しくないだろう。でもそうなると……。

 

 「じゃあ、ルフィもこっちにしましょ」

 

 ゾロにはまだ覇気のことを話してない。説得して連れて行くにはそんなゾロより、知っていて信頼してくれているルフィの方が都合がいい。そう思って提案しようとしたけど、先にナミに言われてた。

 え? 何で?

 俺が不思議そうな顔をしてるせいか、ナミはビシィッと俺に指を突きつけてきた。

 

 「ユアン! あんた、ちゃんと兄貴の手綱握りなさいよ!」

 

 ………………あ、つまりそういうこと? フリーダムなルフィを御する自信が無いから、1番慣れてそうな俺に押し付けようってこと?

 確かに、ルフィとゾロだと、ゾロの方が楽だろう。ゾロって、方向音痴ってのさえ何とかすれば後は比較的常識人だし。対するルフィは、びっくり箱みたいなもんだ。何をしでかすか解ったもんじゃない。

 まぁ、いいけど。ってか、好都合だし。

 

 「兄貴? お前ら兄弟なのか?」

 

 ウソップ……お前もか。ゾロ・ナミに続き、ウソップまで……ひょっとして俺ら、これから仲間が増えるごとにこのやり取りしなきゃならないのか? まぁ、無理もないといえばないんだけど。実際、義兄弟であって実の兄弟じゃないから、見た目だけじゃ解らないだろう。あぁでも、『モンキー・D』って姓が同じだから、フルネームを名乗れば気付くかもね。現に、コビーはそれでアタリを付けたんだろうし。

 

 「おう! おれはユアンの兄ちゃんだからな!」

 

 ししし、と笑いながらどんと胸を張るルフィ。うわー、嬉しそう。そんなに兄貴ポジが誇らしいか。

 ……別に、ちょっと悔しくなんてないからな? 羨ましくなんてないからな? 俺も弟欲しい、とか思ってないからな? けど、ルフィはお得かも……兄貴も弟もいるんだもんな。エースとサボは同い年だったからどっちが上かなんて明確に決めてはいなくて、上と下、両方いるのってルフィだけなんだよね。

 閑話休題。

 

 まぁ結論としては、この海岸で俺とルフィ、北の海岸でゾロとナミ、ウソップが待ち構えて、来なかった方が後で合流することになった。

 で、俺とルフィに関しては問題ない。来たら単純に殲滅するだけだし。

 反対に策を弄するのが北の海岸組。もし強敵がいたらゾロがその相手をすることになるし、その間の一般クルー……まぁ、早い話が雑魚クルーの相手をしなきゃいけないのはウソップとナミだ。

 1人1人は雑魚くても数は多いだろうから、正面から戦り合うのは厳しいだろう。そこで、アレをすることにしたらしい。

 アレだよ、原作であった、『坂道に油が撒かれていてスッテンコロリン大作戦』。そのままな作戦名でごめんね。

 その準備をするからって、3人はまだ夜明けも遠い内から北の海岸に向かって行った。

 

 

 

 

 

 「そんでな、ヤソップが言ったんだ! 『おれは蟻の眉間にだって弾丸をぶち込める』ってな!」

 

 ルフィと2人、海岸で夜が明けるのを待ってたら、いつの間にかルフィの『赤髪海賊団スゲェ話』を聞かされることになってしまった。

 ウソップと出会って過去の記憶を呼び起こしたせいみたいだ。

 どうにも、ただ待つのはルフィには退屈だったらしい。まぁ、ルフィだもんなぁ。それはしょうがない。

 ……でもこの話、耳タコなんだよね。初めて会った10年前から、何百回聞かされてきたことか・・・。

 

 「そんでな、ベックマンが」

 

 この話をしだすと、そりゃもう長い。エースだって途中で匙を投げたよ。でも今まで、俺がルフィのその話を遮ったことはなかった。というのも……。

 

 「何で祖父ちゃんはムチャクチャ怒るんだろうなー」

 

 そうなんだよね。昔祖父ちゃんにこの話をしたルフィは、ぶっ飛ばされた。きっちりと覇気を纏った拳を以って。そのあまりに激しい怒りに、俺は本気でルフィに同情したよ。だからこそ、今まではちゃんと聞いてきた。

 ちなみにその時俺は、祖父ちゃんの後ろに般若を見た気がした。曰く。

 

 『『赤髪』に毒されおって! くだらん!』

 

 だそうな。

 セリフは原作W7と同じだったけど、その怒り具合が……ね? 半端なかった。

 え、祖父ちゃんって覇王色の覇気持ってたっけ? って思うぐらいに凄まじい威圧感が怒気と共にビシバシ伝わってきた。

 『ルフィを殴るな!』と言って勇敢にも祖父ちゃんに立ち向かったエースは後に、『これまでの人生で2番目に怖かった』と語った。正直、あれより怖いことがあったのか、と俺は心底驚いた……ら、何故か視線を逸らされた。何故だ?

 エースは祖父ちゃんに立ち向かったけど、俺はルフィの介抱にのみ努めた。祖父ちゃんが怖かったから、というよりも、何か色々首を突っ込んじゃいけないような気がしたんだよね。

 

 こう言っちゃ何だけどさ、祖父ちゃんの心情も推して知るべし。

 原作でも、頂上戦争でエースが致命傷を受けた時に……言ってて胸糞悪くなってきた……祖父ちゃんは激昂していた。

 俺が産まれたとき、祖父ちゃんは母さんの身を本当に案じていた。海賊娘であっても、愛娘には違いなかったんだろう。

 方向性を著しく間違っているけれど、祖父ちゃん自身は結構家族思いなんだよ。

 俺としてはもう、何と言っていいやら解らんカオスな状態だった。

 ……まぁそれはそれとして、とにかく今までの俺はルフィの話を黙って聞いてきた。でも正直、精神的にキツイものがある。

 

 「んでさ、シャンクスは命の恩人なんだ! なのに祖父ちゃんは何で嫌うんだろうな!」

 

 何でって、それは多分……大人の事情ってヤツだよ。

 とにかく、ルフィのこの話はここで終わりだ。長かった……。

 でも俺もこの状況に退屈していたから、丁度よかったといえばよかったんだろうか。

 

 「ルフィ」

 

 ルフィの話が終わったのは、夜明けの少し前、という頃合だった。

 

 「北の海岸の方から気配がするんだ。どうやら、上陸地点はあっちだったみたいだね」 

 

 実際には、俺の見聞色の覇気の有効範囲はそこまで広くない。けど、それを他人が確かめる術はなく、ルフィは俺のコレを信用している。だから。

 

 「あっちか!くそー!」

 

 ハズレに当てられた悔しさからか、地団駄を踏んでいる。

 

 「1/10」

 

 俺はそんなルフィを小さくした。

 

 「お前を突っ走らせると迷子になりそうだから、俺が連れて行くよ」

 

 「失敬だぞ、お前!」

 

 「事実だろ。それに、俺の方が移動に掛かる時間が短くて済む」

 

 今のところ、俺の方が速度では勝っているからねぇ。それに関しては異存は無いのか、ルフィは今度は大人しくなった。

 

 「んじゃ、行くぞ」

 

 俺は出来る限りの全速力で北の海岸へと向かったのだった。

 

 さぁ、クロネコ海賊団戦、開幕だ。




 後半、前々から1度はやっておきたかったガープネタ。

 原作でもガープって、シャンクスのこと嫌ってますよね。『ルフィを海賊の道に引き込んだ』って。『ルフィの命の恩人』って部分は無視して。
 その上、この小説の設定で考えると……もう、嫌うとかそういうレベルの話じゃなくなる気がするんですよね。顔を合わせたりしたら、修羅場以上の何かが起こりそうな気がひしひしと……。


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第60話 ルフィの暴走

 剃刀を使って超特急で北の海岸に向かうこと、1分も掛からなかった。まぁ、普通に走っても3分程度の距離だしね。

 クロネコ海賊団は、まだ上陸していなかった。

 

 「よ。……どうした?」

 

 現れた俺に、3人は目を丸くしている。

 

 「おま、今、空から……えぇ!?」

 

 ウソップは俺と空を交互に指差しながら、口をパクパクさせている。

 

 「剃刀だ。解除」

 

 小さくしていたルフィを元のサイズに戻すと、またウソップが目を見開いた。

 

 「どっから出て来た!?」

 

 あぁ、もう、最初にちゃんと説明しとくべきだったか。

 

 「悪魔の実の能力」

 

 「悪魔の実!? マジでか!?」

 

 「ちなみに、ルフィもな」

 

 俺は隣に立っているルフィの頬をビヨンと引っ張った。

 

 「伸びた!?」

 

 おい、さっき『何が出来るか』って話題になったとき、そう言ってただろ。

 

 「おれはゴムゴムの実を食ったゴム人間だ!」

 

 俺が手を離しても、ルフィはそのまま自分で自分の顔を引っ張ってみせた。

 

 「ちなみに俺は、ミニミニの実を食べた縮小人間ね」

 

 詳細に関しては、また後日改めて説明しよう。

 

 「そんなことより…… 随分と早く来たな」

 

 ゾロは既にバンダナを巻いて臨戦態勢になっている。俺はその言葉に肩を竦めた。

 

 「こっちの方に気配を感じたんだよ」

 

 ゾロは? 顔になってるけど、その傍らでナミが納得顔になった。

 

 「例の覇気ってやつね。それより、私も聞きたいんだけど? 何で空から現れたの? そういえば、珍獣島でも空を飛んでたわよね?」

 

 ……あー、大岩に登った時か。今更だな。

 

 「あれは月歩……詳しいことは後でだ。来たみたいだよ」

 

 海岸付近に見えてきた、クロネコ海賊団の船……確か、ベザン・ブラック号だったっけ?

 よし、やるとするか。

 

 

 

 

 

 「何だ、誰かいるぞ!?」

 

船から降りてきた男たちが、坂の上で立ち塞がる俺たちを見て驚いていた。

 

 「忠告だ、今の内に引き返せ! お前たちの企みは既にバレている! この村には、このおれの8000万の部下がいる!!」

 

 まずはウソップがハッタリをかました。

 ……戦闘中のハッタリというのは、明らかにウソって解るウソじゃダメだと思うんだけどね! こんなのに騙されるヤツなんて……。

 

 「何ィ!? 8000万!?」

 

 いたーーーーーー!! ジャンゴ騙されとる!?

 

 「ウソに決まってんでしょ、船長!」

 

 部下にツッコまれてるよ、オイ。

 

 「げ、バレた!?」

 

 ウソップがショックを受けている……って。

 

 「お前、あれマジで騙すつもりで言ってたのか……」

 

 「何だ、その人を哀れむような目は!」

 

 いや、だって色々可哀相というか。

 

 「テメェ、よくもおれを騙したな!」

 

 ジャンゴが怒ってるけど……あれは騙される方もどうかと思うぞ?

 

 「船長、大変です! あの小さな船に宝が!」

 

 あ、俺たちの見付かっちまった。

 

 「何だかやけに小さいですが……おそらく、200万ベリーはあるかと!」

 

 200万ベリー……あれは1/10サイズにしてあるから、単純計算で……2000万ベリー!? アーロンの手配額と同じぐらい!? いや、そんな単純な話ではないだろうけど。

 アルビダの宝、バギーの宝、モーガン親子の私物……そんなになるか。うわー、俺頑張ったな~。ふっ、だがこのクロネコ海賊団、そしてクリーク海賊団からも奪ってやる。

 

 「それはおれの宝だ! だがやる!」

 

 ウソップが更なるハッタリを思い付いたらしい。

 

 「この村を諦めれば、それに免じて宝をくれてやろう!」

 

 ………………って。

 

 「「ふざけんな、このバカ!!」」

 

 ナミの棒と俺の拳がウソップの頭に直撃した。

 

 「あれは私の宝よ、1ベリーだってあげないわ!」

 

 あ、やっぱり狙ってたの!?

 

 「いや、あれ俺たちのだから! ってかむしろアレ、ルフィの食費だから!」

 

 ローグタウンで換金して、食料買い込むんだ!その後はもう、アラバスタまで補給出来なさそうだし!ローグタウンできっちり備えとかないと、途中で干物になりかねない!

 

 「そんだけあれば、メシたくさん食えそうだな!」

 

 ……何だろう、ルフィの無邪気な笑顔に無性にイラッとした。

 

 「その宝は勿論頂く……が、それでおれたちが買収される理由はない」

 

 ジャンゴは冷静だった。

 

 「解ったら、ワン・ツー・ジャンゴで道を開けろ。ワン・ツー・ジャンゴ!」

 

 しかしあいつが催眠術師だと解っている俺たちは、そのチャクラムから目を逸らした……はずなのに。

 

 「何道を開けてるんだ?」

 

 俺はちょっと、いやかなり腹が立った。見事に催眠術に掛かりやがったルフィに! あ、何だろう、笑みが浮かんでくる……。

 するとルフィは、ハッと意識を戻した。

 

 「!? な、何でもないぞ!!」

 

 あれ、あっさり戻ってきたな? 腹は立つけどルフィが単純なのは解ってるから、目を覚まさせるには実力行使しないといけないかと思ってたのに。

 見るとジャンゴも自分の催眠術に掛かっていた……そりゃ、ウソップのウソにも騙されるのも納得だ。

 ジャンゴって、憎めないタイプだよな。だが、その宝を奪うことは許さん。何故ならば。

 

 「つまりそれは、ルフィからメシを奪うということか」

 

 「何!?」

 

 ルフィは目に見えてガーン状態になった。

 

 「だってそうだろ、食費が無くなったらメシを食えなくなるんだから」

 

 食い逃げ、って手もあるけど、そうしょっちゅうやることも出来ないだろう。

 空腹のルフィがどれだけめんどくさい存在であることか!!

 

 「おれのメシーーーー!!」

 

 ルフィは船に手を伸ばし、飛んでいった。その際。

 

 「ゴムゴムの~大鎌!」

 

 しっかりと雑魚クルーを多少潰してくれた。うん、食欲に忠実なルフィ凄ェ!

 

 「ゴムゴムの銃!」

 

 「ぐはぁっ!!」

 

 船で宝を抱えていた男が、ルフィにぶっ飛ばされる……哀れ、ただのモブがガチで(ピストル)を食らうことになるなんて・・・。

 

 「メシ代! 取り返したぞ!」

 

 うん、ご苦労様。

 どん、と胸を張るルフィに俺は賞賛の拍手を送った。

 

 「な、何だアイツ!?」

 

 「手が伸びたぞ!」

 

 「足もだ!」

 

 ざわざわと雑魚クルーが騒いでいるけど……敵にまでちゃんと説明してやる必要はないだろう。

 

 「チッ……ヤツに構うな! おれたちはとにかく村を襲わなきゃならねぇんだ! これがキャプテン・クロの計画だということを忘れるな!」

 

 ジャンゴの一喝に、モブたちは自分の役割を思い出したらしい。一発で部下を鎮めるジャンゴは、何だかんだ言ってもそれなりに上に立つ器といえるだろう。いや、単にクロが怖いだけなのかもしれんが。

 

 《うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!》

 

 モブたちは一斉に村へと突撃しようとした。けどそれも無理な話。

 

 「どわっ!」

 

 前しか見ていなかったせいで足元がお留守になっていた連中が、坂に撒かれていた油に滑って転倒した。

 

 「必殺・鉛星!!」

 

 油の上でわたわたしていた男たちに、ウソップがパチンコで攻撃を仕掛けた。

 でもさ、これって……。

 

 「油に火を点ければ話早くね?」

 

 そしたらコイツら纏めて火達磨に……。

 

 「何怖いこと考えてんのよ!」

 

 俺の呟きはナミに聞かれていたらしく、ツッコまれた。棒で殴打されて……痛い。

 

 「冗談だよ、冗談……指銃・撥!」

 

 「ぐっ!」

 

 1回のパチンコで放てる玉は、1発のみ。ウソップも頑張って連射しているけれど、全員を沈められているわけじゃない。

 通常なら牽制程度にしか使えない撥も、足元が油塗れっていう状態なら、効果は充分。勝手にすっころんでくれた。

 

 「おいテメェら! 何やってやがる!!」

 

 ジャンゴが苛立ったように叫ぶ。

 

 「そんな子供だましに引っ掛かりやがって! ……よし、テメェらこれを見ろ!」

 

 ジャンゴは再びチャクラムを取り出した。

 

 「ワン・ツー・ジャンゴでお前らは強くなる! あんな油なんて、飛び越えられるぐらいにな!」

 

 「何? 思い込みで強くなろうってんの? バッカみたい」

 

 ナミは呆れているけれど……催眠をバカにしてはいけない。

 

 「気を付けた方がいい。要するに、火事場のバカ力が発揮できるようになるってことだからね」

 

 「何だと?」

 

 ウソップとナミが不思議そうな顔をした。ゾロは……変わらないな。何がどうなろうと斬るだけだ、とでも思ってるのかもしれない。

 俺は軽く溜息を吐いた。

 

 「人間は通常、自分のパワーを抑えているんだ。肉体に掛かる負荷なんかを無意識的に考えて、リミッターを掛けてる」

 

 思えば、ルフィの一撃の重さも、その辺に理由があるのかもしれない。

 例えば、俺が全力で岩を殴れば拳が痛くなる。下手をすれば骨が折れる可能性だってある。でもルフィは、どれだけ本気で殴っても、自分の手を痛めることなんてない。ゴムだから。それで常に、真実『本気』の攻撃を出せる。

 まぁ、何が言いたいのかというと。

 

 「ワン・ツー・ジャンゴ!!」

 

 《うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!》

 

 場合によっては、大幅なパワーアップをすることが出来るってわけだ。

 モブの1人が思い切り振るった腕が崖に当たり、崖は大きな音を立てて抉れた。

 

 「何てパワーだ!」

 

 それまで特に反応を示していなかったゾロが、驚きの表情を浮かべた。

 でも俺としては……あーあ。何だろう、遠い目になってしまう。

 

 「………………そーだなー」

 

 「何よ、そのやる気のない声は!」

 

 顔色を悪くしたナミに食って掛かられた。

 だってさぁ……よく見てみろよ。俺、頭痛くなってきた……。

 

 「お前ら、下がってろ。おれたちがやる」

 

 言われたナミもウソップも、素直に下がろうとした。

 

 「おい、ユアン! ……どうした?」

 

 ゾロも俺の様子に気付いたらしい。どんな様子かって? 頭を抱えてるよ。

 

 「どうしたも何も……見てみろよ、アレ」

 

 俺が指した指の先には。

 

 「うぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 またも見事に催眠に引っ掛かったルフィがいた。

 

 「え?」 

 

 ジャンゴが間抜け面を晒した。

 

 「な、何て単純なヤツなの!」

 

 下がるのを中断したナミも呆れている。ちなみに、ウソップも同様だ。

 でも……。

 

 「あいつが単純なのは、昔からだ」

 

 言うと、何か同情的な視線を向けられてしまった。確かに、苦労はさせられてきた。けど俺としては、その単純さには助けられてる部分もあるんだよね。

 何しろ、『『赤髪』に似てるなんて気のせいだ』と言って『気のせいか』と納得させられてくれるぐらいだし……ちなみに、エースは全然誤魔化されてくれなかったことをここに追記しておこう。いや、ルフィが言い始めた頃は納得してくれてたんだけどね。手配書で本人を見てからは……うん。納得してくれなくなった。多分、母さんの日記を読んでたからでもあるだろうし、祖父ちゃんも態度を見ていたせいでもあるだろう。そうでなければ他人の空似で納得してくれただろうに。

 閑話休題。

 

 「ゴムゴムの~~銃乱打!!!」

 

 《うぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!》

 

 残像が見えるほどの拳の嵐に、折角パワーアップしたモブが大量脱落した。残った者たちも、その衝撃に催眠が解けてしまったみたいだ。

 

 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 まるで暴漢に襲われる乙女かのような悲鳴を上げて逃げようとするモブたち。

 

 「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ルフィはベザン・ブラック号に飛びつき、そのまま。

 

 「船首をもぎ取りやがったぁ!!!」

 

 バキバキと、力任せにその黒猫の飾りが付いた船首を引き剥がした。

 

 「随分とデカイ凶器だな」

 

 「いや、そういう問題か!?」

 

 俺が素直な感想を口にしていると、ウソップにツッコまれた。何だか今日の俺はツッコまれてばっかだな。別にボケてるつもりはないのに。

 ジャンゴも流石にこれは拙いと思ったらしく、再びチャクラムを取り出し、ルフィに向けた。

 

 「ワン・ツー・ジャンゴでお前は眠くなる! ワン! ツー! ジャンゴ!」

 

 ルフィはまたも見事に催眠に掛かり、パタッと眠りに落ちた。そのせいで抱えていた船首の下敷きになっていたが……問題ないだろ、あいつゴムだし。

 にしても、凄い衝撃だった。船首が地に落ちたと同時に、地響きがしているかのような震えが伝わってきたよ。

 なお、その際に船首の下敷きになってやられたモブが数人いた。哀れ。

 

 「何か、ほぼ全滅って感じね」

 

 ナミはもう戦闘態勢を解きつつあった。

 

 「そうでもない。結局まだ主力級の敵は出てきてないし、キャプテン・クロ本人ともいずれは戦り合う必要がある。とはいえ大分数も減ったし、一般クルーに関しては後は任せるよ……どうやら、お出ましみたいだし」

 

 ベザン・ブラック号で動く2つの気配……シャムとブチのニャーバン兄弟ブラザーズだろう。

 

 「おいおい、船が壊されてるぜ!」

 

 「こりゃどういうことだ!」

 

 その声に、残っているモブたちが歓声を上げた。うん、信頼は厚いみたいだね。

 

 「ようやく骨のありそうなヤツでも出てくるか?」

 

 さっきの俺の『お出まし』発言を聞いていたのだろうか、今まで全く活躍の場が無かったゾロが笑う……うん、悪人面だ!

 

 「降りて来い、ニャーバンブラザーズ!」

 

 ジャンゴは得意げにヤツらを呼び寄せた。

 

 「まぁ、それなりにやりそうだね……この場は頼むよ。俺は取り敢えず、ルフィを起こしてくるから」

 

 ゾロが頷いたのを見て俺が剃でルフィの元へ向かったのは、船からニャーバンブラザーズが飛び降りてきたのと同時だった。



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第61話 ニャーバン兄弟

 シャムとブチの猫かぶりは、めんどくさいのでスルーする。俺はとにかく、ルフィを起こさないと。

 しかし……どうしてくれよう、この単純ゴムは。ぐーすかと幸せそうな寝顔を晒しやがって。昨日みたいに首を踏み付けてやろうか? いや……。

 

 「起きろ」

 

 今回俺は、ルフィの閉じた瞼の上から容赦ない目潰しを放った。

 

 「どわっ!?」

 

 ルフィは驚いて跳ね起きる……ただし、船首の下敷きになっているから、半身はまだ地面にめり込んだままなんだけど。

 

 「何だ!? 驚いた!!」

 

 普通の人間なら眼球潰れてるような攻撃受けて『驚いた』の一言で済むんだから、ゴムって便利。

 

 「ルフィ?」

 

 目をパチクリとさせていたルフィが、俺の顔を見て固まった。失礼なヤツだな、俺はただ寝起きに優しい朗らかな笑みを浮かべているだけなのに。

 

 「何が起きたか、覚えてるか?」

 

 「んー、催眠術師を見て……覚えてねェ!」

 

 そーかそーか、記憶が飛んでやがるか……教えてやる。

 

 「お前はものの見事に催眠に引っ掛かって、暴れたんだよ。いや、その結果として敵の数が減ったからね、それはいいよ。でもどうかと思うよ、その引っ掛かりやすい性格……何か言うことはあるか?」

 

 「ごめんなさい」

 

 「素直でよろしい」

 

 俺はルフィの上に乗っかっていた船首を蹴り飛ばした。

 さて、ルフィが解放されたわけだけど、ゾロの方はというと。

 

 「その刀を返せ」

 

 シャムに刀をネコババされていた。

 

 「何だ、あいつ」

 

 立ち上がったルフィがキョトン顔になってるけど……うん。

 

 「お前が寝こけている間に出て来た敵戦力だよ」

 

 「ごめんなさい」

 

 お前、もうちょっと反省しろ!

 一方で緊迫した空気のゾロとシャム。

 

 「戦う前に、この邪魔な荷物を何とかしなきゃな」

 

 そう言ってネコババしていたゾロの刀2本を放り投げるブチ。

 でも残念。

 

 「じゃ、もーらい」

 

 俺は剃で刀の落下地点に向かい、キャッチした。

 にしてもゾロ、さっき凄い顔だったな。まぁ、この2本の内1本は親友・くいなの形見、和道一文字だもんね。それを粗末に扱われたらそうなるだろう。

 

 「ゾロ!」

 

 俺はキャッチした刀をゾロに投げ返した。ゾロもそれを易々とキャッチして……いや、だから何でそんな悪人面で笑うんだよ。

 

 「テメェら……覚悟は出来てんだろうな?」

 

 ゾロは結構切れていた。刀に手を出された剣士の怒りか。

 

 「チッ。刀3本使ったからって、何になる!」

 

 シャムが毒づいたが、負け惜しみにしか聞こえない。

 

 「刀3本使うのと……三刀流は、違うんだよ」

 

 ゾロ……カッコいいな、オイ!

 しかしまぁ、その迫力に圧されたせいかブチも早々に参戦することにしたらしい。

 

 「キャット・ザ……」

 

 空高く飛び上がり、シャムと対峙するゾロに狙いを定める……が。

 

 「もう少し周りに気を配れ。敵は1人じゃないぞ」

 

 「な!?」

 

 俺は空中のブチの更に上空に回り込んだ。いくら高く飛んでも、ただの跳躍と月歩を比べればこちらの方が機動力は圧倒的に上だ。

 

 「嵐脚……」

 

 ゾロに当たらないように気を付けて、と。

 

 「ま、待て!」

 

 俺が何をしようとしているかは解らなくとも、ロックオンされていることは肌で感じているんだろう。ブチは随分焦っている。

 当然だろう、空中では落下以外に移動など出来ない。つまり、逃れる術は無いわけで。

 

 「白雷!」

 

 今更だが、俺は原作で出て来たCP9の技は粗方練習した。指銃・撥のように実戦ではあまり役立たない程度のレベルでしかない技も

多いし、鉄塊拳法に至っては習得出来ていないけど、反対に結構自信を持ってるのが嵐脚だ。

 まぁ、現時点ではまず間違いなく本家(?)のカクに及んでいないだろうけど、W7までにはもっと威力を上げたいね。

 けれどそんな俺の技でも、ブチを沈めるには充分すぎた。

 

 「うっぐぅぁ!!」

 

 斬撃をどてっ腹に食らい、ブチはそのまま意識を飛ばしてしまったらしい。

 当然、その身体は重力に従って落下。嵐脚による加速も加わり、ブチは轟音と共に地面に落ちた。あーあ、めり込んじゃって。

 

 でも完全に落ちてるな。死んではいないけど、催眠で強化、なんてのは無理だろう。

 

 「ブチィ!!」

 

 かぎ爪を以ってゾロと切り結んでいたシャムが、相棒の惨状に気を取られてゾロから気を逸らした。おいおい、ただでさえ劣勢……どころか軽くあしらわれてたってのに、いいのか?

 

 「虎……」

 

 当然、その隙を見逃すようなゾロではなく。

 

 「狩り!!」

 

 「!!!」

 

 技1発。それがヒットしたことによって、シャムも沈んだ。

 

 ……ニャーバンブラザーズ……短い出番だったな。

 

 「い、一撃!?」

 

 「ニャーバンブラザーズが、2人とも……!」

 

 希望に目を輝かせていたモブたちも、あからさまにショックを受けている。

 

 「ユアン!おれもあいつらぶっ飛ばしたかったんだぞ!」

 

 着地した俺を待っていたのは、ルフィの怒りだった。理不尽な。

 

 「心配しなくても、まだ御大のクロが残ってるさ。俺だって偶には戦いたいよ。でないと鈍っちまう……あの2人、船番だって言ってよね。じゃあ、今船はもぬけの空かな。俺、ちょっと物色してくるよ」

 

 俺はルフィの隣を通ってベザン・ブラック号に向かおうとした……が。

 

 「……」

 

 「どうした?」

 

 立ち止まり、振り返った俺にルフィが不思議そうな顔をした。俺はニヤリと笑う。

 

 「良かったな、ルフィ。案外早くクロをぶっ飛ばせそうだぞ?」

 

 気配を感じる。言外にそう言うと、ルフィも好戦的な顔をした。

 

 「じゃ、俺はひとまず見てくるよ」

 

 無人の船に入り込むのに、わざわざこっそりする必要は無い。俺は軽く跳躍して船に乗り込んだ。

 

 「何だこのザマはァ!!」

 

 そんなクロの怒声を背中で聞きながら。

 

 

 

 

 「案外、そこそこあるじゃんか」

 

 クロネコ海賊団って、結構几帳面な集団だったのか?って思うぐらい船の内部は整頓されていた。お陰で物色のし易いこと、し易いこと。

 

 「私の分は残ってるんでしょうね?」

 

 「あれ、ナミ? いつの間に来たんだ?」

 

 甲板に出てみると、不機嫌そうなナミが腕を組んで仁王立ちしていた。

 

 「邪魔しないでって言ったでしょ」

 

 俺の手にある、宝を詰めた袋をジト目で見ながら不満を口にする。俺としてはナミの内心の焦りも解るけど、あえてそらっ惚ける。

 

 「邪魔? 俺は海賊としてその活動資金を別の海賊団から奪ってるだけだよ?」

 

 ナミの泥棒論も俺の海賊論も、正当なる暴論であるという点では似たり寄ったりだ。言い合っても水掛け論にしかならない。

 それを解ってるんだろう、ナミは口をへの字に曲げてそっぽを向いた。

 

 「はい」

 

 俺は苦笑と共に持っていた宝をナミに渡した。

 

 「は?」

 

 「仲間なら、別に資金を預けても問題無いでしょ?」

 

 キョトン顔でも咄嗟に受け取る辺り、ナミの条件反射って凄いな。

 

 「仲間……? あのね、私はあんたたちとは手を組んでるだけよ?」

 

 まぁ、そうだろう。けど俺も持ち逃げさせるつもりはない。その時はちゃんと捕獲させてもらいます。それに。

 

 「俺は海賊だからね」

 

 「……ワケ解んないわよ」

 

 「俺は海賊で、俺の船長(キャプテン)はルフィなんだよ。海賊団にとって、仲間入りも仲間抜けも、船長によって決定される。ルフィはナミを仲間として考えている。それなら俺にとってもナミは仲間なんだ」

 

 「………………後悔するわよ」

 

 「しないさ」

 

 俺が言ったことも感情論としてはウソじゃないし、理性の面でも同じこと。こう言っちゃ何だけど、後々ナミを説得するための理屈はもう考えてある。

 要は、ココヤシ村を救える目途が立てばいいんだ。

 そもそも、アーロンが何故実力では自分に遠く及ばないネズミ大佐をわざわざ買収していたか。それを考えれば、答えは簡単だ。

 そして俺は、アーロンのその努力(?)を無に帰せられる……いや、俺の力じゃないんだけどね。

 8年だ。そんな長期に渡って多くの人々が海賊に虐げられてきたと知れば、間違いなくあっちも動くはず。

 現在の所俺たちは、手配もされていなければ海賊旗も掲げていない『自称』海賊だ。そんな俺たちがソレを使ったところで、何の問題もないわけだし。

 ゴーイング・メリー号が手に入っても何とか理由を付けて、『海賊船』にするのは後にしよう。

 とにかくソレを取っ掛かりにすれば、話を聞いてくれるだろう。そうして安堵してくれれば、俺たちがアーロンと戦うことも認めてもらえる可能性が高い。

 まぁとにかく……それを言い出すタイミングは、まだだろう。

 

 「それで? 下の状況はどうなってる?」

 

 俺はヒョイと船から顔を出して下を見た。

 

 「もう止めて、クラハドール!!」

 

 下では丁度、お子様3人組に必死で押し留められながらも、決死の覚悟という表情でクロに相対するカヤが登場していた。

 

 「ありゃま。強いなぁ、あの子」

 

 ごめん、ぶっちゃけ忘れてたわ、あの子たちのこと。ごめんよメリー。

 

 「……状況は悪くはないわ。坂を突破しようとする海賊たちは油とウソップで止められているし、クロはゾロが相手しているもの。ただ……」

 

 ゾロが? ルフィは?

 俺の疑問は、すぐに解決された。

 

 「あんたの兄貴がまた眠らされてたりしなかったら、もっと楽だったんでしょうけど」

 

 ピキ、と俺は自分の口元が引き攣ったのが解った。

 再び下に視線を向けると、確かに、また寝ているルフィ……何故?

 それとも俺が悪いのか? ルフィから目を離した俺が悪いのか? 敵を殲滅する前に略奪に走った俺が早計だったのか?

 でも……それでも、1回の戦闘で3回も催眠に掛かるって……俺、もう切れていい?

 

 「よ~く解った。じゃ、俺はルフィを起こすよ」

 

 俺はニッコリ微笑んだんだけど、何故かナミに引かれた。何でだろう、別にナミに怒ってたりなんてしてないのに。

 すぅ、と俺は大きく息を吸い込んだ。そして。

 

 「起きんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 船から飛び降り、怒号と共にルフィにドロップキックをかましたのだった。



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第62話 ウソップの器

 「クラハドール! 私の財産が欲しいなら全部あげる! だからこの村から出て行って!!」

 

 剣や拳を交えるだけが戦いではない。そういう意味では、カヤは己に出来る限り全力で戦っている。

 病弱な、か弱い女の子がこんなに頑張ってるっていうのに……。

 

 「何でまた寝るかな、ルフィ?」

 

 「ごめんなさい」

 

 うん、正座はまた今度じっくりしてもらうから。今は敵と向かい合ってくれ。それに、謝る相手は俺じゃないだろ?

 

 「後でゾロとウソップに謝っときなよ?」

 

 ゾロはお前が寝てる間も戦ってたんだし、ウソップは村を守るのに心を砕いている。でも、謝らなきゃいけないのは俺も同じか……今回の略奪は、もう少し落ち着いてからするべきだったな……反省。

 さて、その一方でクロは、自分が欲しいのは金だけではない、平穏もだと言っているが……無理だろ、それ。

 3年間静かに暮らしていても戦いを忘れていなかった男が平穏を手に入れたところで、長続きするとは思えない。

 

 「逃げろカヤ、そいつは本気だ! お前の知っている執事と思うな!」

 

 ウソップのパチンコはクロを捉えている……が、クロは気にしていないみたいだ。それはそうだろう。いくらウソップの腕が良くても、抜き足の速度には敵わないだろうから。

 しかしカヤは逃げなかった。スッと銃をクロに向ける。

 

 「村から出て行って!」

 

 カヤは本気だ。目を見れば解る。それでもクロが余裕を崩さないのは……自信があるからだろう。弾を避ける自信じゃない、カヤに撃たせない自信が。

 

 「憶えていますか? 3年間、色んなことがありましたね。」

 

 クロは思い出語りを始めた……こうして思い出話をすることで情に訴えるというなら、まだ優しかっただろう。下衆には違いないけど、カヤには救いがあったはずだ。

 しかし。

 

 「全ては貴様を殺す今日この日のため!!」

 

 突き付けられたのは、楽しかった思い出の全否定。

 涙を流して震えるカヤの心情は、察して余りある。あり得ないと解っているけど、もし俺もコルボ山での生活を否定されたら……苦労はたくさんしたけど、それでも楽しかったからね。

 

 「かつてはキャプテン・クロと呼ばれたおれが、小娘に付き合ってご機嫌取りに走る日々……解るか、この屈辱が!」

 

 お前、キャプテン・クロの名を捨てたいんじゃなかったのかよ。しっかり拘ってんじゃねーか。

 そういうお前こそ、解らないだろう。今のカヤの悲しみを。俺も知らんが。

 とうとうカヤは、持っていた銃を取り落とした。

 

 「クロォォォォォォォ!!」

 

 ウソップが激昂して殴りかかったけど、あっさりかわされる。パチンコではなく拳が出た辺り、ウソップの怒り具合が見て取れる。

 

 「ウソップ君……君には関わりのない話だ」

 

 クロはさして興味も無さそうにウソップに猫の手を振るう。だが、その刃がウソップに届くことは無かった。

 

 「鉄塊」

 

 俺は剃で2人の間に滑り込み、それを受け止める。ガキン、と金属同士がぶつかった音が響く。

 俺の姿を確認して、クロの表情が歪む。

 

 「貴様……確か、おれを思いっきり蹴ってくれたヤツだな」

 

 その顔には、強い屈辱が刻まれていた。うわー、根に持つタイプだ、コイツ!

 でもねぇ。俺に恨みを持つのは別にいいけどさ。

 

 「もうちょっと周りを見なよ。お前に腹を立ててるのは、ウソップと俺だけじゃないんだぞ?」

 

 言い終わるとほぼ同時に、クロは吹き飛んだ。

 

 「ぐっ!」

 

 流石にあれだけ距離のある相手には注意を払っていなかったからか、クロは碌に受け身も取れていない。

 

 「手ェ出されんのがそんなに嫌なら、あと100発ぶち込んでやる!!」

 

 クロをぶっ飛ばすために伸ばされていた腕を引き戻したルフィが、そう宣言した。

 

 

 

 

 「カヤさん、行きましょう!」

 

 「あの羊に説得は通じません!」

 

 「ここは、キャプテンたちに任せて!」

 

 お子様3人組が、カヤを引っ張っていこうとしていた。ウソップに言い渡された任務『カヤを守れ』を全うしようとしているんだろう。

 

 「でも……!」

 

 ウソップのことを気にしているのだろうカヤがまだ迷っている間に、クロが起き上がる。その視線の先にいるのは、ルフィ。あれ、俺へのロックオンは解除したのか?

 

 「少々効いた。妙なことをする……貴様、悪魔の実の能力者か」

 

 グランドラインではない、この東の海ですぐさまそれに思い至って動揺も見えない辺り、クロもそれなりに肝が据わっている。

 

 「おれはゴムゴムの実を食ったゴム人間だ!」

 

 ……今言うことじゃないかもしれないけど、何でわざわざ詳細をバラすんだろう? 相手は敵なのに。いや、ルフィに誤魔化すというスキルが無いってことは解ってるけどさ。対策立てられてしまうじゃないか。

 

 「何ィ、悪魔の実!?」

 

 「本当にあったのか!?」

 

 「それで手や足が伸びたのか!」

 

 反対に、モブたちは慌てふためいている。ちょっと黙っててくれ。

 

 「ジャンゴ!」

 

 クロは坂の下のジャンゴを呼んだ。

 

 「この場はおれがやる!お前は計画通りカヤお嬢様に遺書を書かせて殺せ!」

 

 この場は、って……ルフィにゾロに俺……ウソップもかな? を、1人で相手する気なのか? 自信過剰すぎじゃないか?

 いや、本人にしてみれば決して根拠の無い自信じゃないだろう。何しろクロの賞金額は1600万ベリー。能力者であるバギーが1500万ベリーなんだから、クロは充分強い部類に入る……東の海では。……ってかバギー、お前本当にもっと頑張れよ……。

 

 「カヤ! 早く行け!」

 

 ウソップの呼びかけに、カヤが漸く動いた。お子様3人組に連れられて、後方の林へと逃げ込んで行った。

 

 「テメェは!」

 

 ウソップの怒りは随分と大きいようだ……当然だろうけど。

 

 「3年も一緒にいて! 何とも思わねぇのかよ!」

 

 「思わんな。」

 

 クロの答えには迷いも戸惑いも無かった。いっそ清々しいほどだ。

 

 「カヤはおれが欲しいものを手に入れるための駒……死んで初めて感謝しよう」

 

 「! 何だと!」

 

 「そんな問答をしてる場合じゃないみたいだよ」

 

 カヤを追おうとしているのはあくまでもジャンゴ。そしてそのジャンゴは、今まさに坂を登ろうとしている。滑る油も飛び越えるとは……流石に、それなりの身体能力はあるんだな。

 

 「止まれ。この坂を通すわけにはいかねぇ」

 

 ゾロが刀でその行く手を遮った……!

 

 「ゾロ、後ろ!」

 

 「!」

 

 ジャンゴと向き合っていたゾロの背後から、抜き足でも使ったのだろう、クロが突如斬りかかった。ゾロは受け止めたが、その隙にジャンゴはゾロの横を通過する。一方でクロも、ゾロから離れた。

 やるか……と構えようとしたけど、俺よりもウソップが動く方が早かった。

 

 「止まれ!」

 

 パチンコをジャンゴに向けて威嚇するウソップ。それに対してチャクラムを構えるジャンゴ。

 

 「無駄なことを……お前じゃおれには敵わねぇよ」

 

 「敵わなくても守るんだ!」

 

 パチンコを構えるウソップの手足は震えていた。

 

 「おれはウソップ海賊団のキャプテンで! 勇敢なる海の戦士なんだ! あいつらはおれが守る! 村にだって手出しはさせねぇ!」

 

 カッコいいじゃんか……くそぅ。

 『おれが守る』、か……なら、メインはウソップに頼もうかな?

 

 「ウソップ」

 

 極小さな声で俺は囁いた。

 

 「隙は作る。後は得意の狙撃をかましなよ。一発でアイツ沈められるようなヤツをさ」

 

 ウソップは小さく頷いた。

 

 「言うのは簡単だ。が、実力の差ってモンがある」

 

 カッコ付けてられんのも今の内だ。

 俺は今度こそ身構え、攻撃を放った。

 

 「嵐脚・線!」

 

 「!? どわっ!」

 

 完全にウソップに注目していて俺の存在を忘れかけていたんだろう。ジャンゴは慌てて斬撃を避けた。ったく、俺ってばウソップのすぐ隣にいたのに……ちょっと寂しいぞ。

 

 「必殺……」

 

 ウソップが狙いを付けているのにも気付いているだろうけど、咄嗟の事態にジャンゴは反応しきれていない。

 今更慌てても遅いんだよ。

 

 「火薬星!!」

 

 「ブバァ!!」

 

 小さな爆弾が正確にジャンゴの顔面に炸裂した。

 いくら小さいと言っても、あんなモンが顔面で破裂すればそのダメージはでかい。ジャンゴはそのまま意識を飛ばして倒れた。

 その様子を見ていたクロの額に、青筋が浮かんでいる。そりゃそうだろう、クロの作戦には最低でもジャンゴは不可欠だ。いくら後で始末するつもりとはいえ、カヤに遺書を書かせる前にジャンゴが脱落するのは許せることじゃあるまい。

 

 「貴様ら……死ぬ覚悟は出来ているだろうな……!」

 

 多分今ヤツの考えでは、さっさと俺たちを始末してジャンゴを叩き起こし、カヤを追いかけようって算段だろう。

 既にクロの立てた計画に支障は出ているが、修復は可能だろう。まだ狂ってはいない。それがギリギリの所でクロを抑えているのかもしれない。

 

 「死なねぇよ!」

 

 凄んでいたクロの眼前に、またしてもルフィの腕が伸びてきていた。クロは抜き足でそれを避け、ルフィに向き直る。

 

 「戦う前に1つ聞いておく……何故よそ者の貴様らがしゃしゃり出てくるんだ。」

 

 一瞬、ルフィはキョトンとした顔になった。が、すぐにニッと笑った。

 

 「死なせたくない男がいるからだ!」

 

 その答えに、ウソップがちょっと驚いた顔になってる。お前のことだよ、お前の。後になって照れたりするなよ、めんどくさそうだから。

 

 「それが貴様の死ぬ理由か」

 

 「死なねぇって言ってんだろ!」

 

 臨戦態勢に入っている2人の船長に……まぁ、クロは『元』船長だけど、今回の事件の黒幕なんだからそう呼んでもいいだろう・・・他の者は下がった。ゾロも、既に刀を鞘に納めている。俺の方も、傍観体勢である。

 

 「おれはあいつらを追いかけるぞ!」

 

 ウソップの関心はあくまでもカヤとお子様3人組にあるんだろう、少し慌てた様子で林へと向かっていった……決して、この場から逃げたわけではない。あくまでも大事な者たちを心配しての行動だ。念のため。

 追っ手はいないとはいえ、カヤの身体が弱いのは本当だしね。途中で動けなくなってやしないか、と心配するのは当然だろう。

 

 

 

 

 そして、これが最終局面。

 ルフィVSクロの戦いが、始まった。そしてすぐ終わった。



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第63話 メリー号に最も必要な物

 突然だけど、キャプテン・クロの戦いというとどんなイメージがある?

 猫の手、抜き足、杓死……取り敢えずこんな単語が浮かぶかな。

 特に杓死は、敵味方を問わず手当たり次第に周りを斬りまくる非情の技として記憶に残ってるはずだ。

 しかし。だがしかし。

 

 「ゴムゴムの~鐘!!」

 

 「グフッ!!?」

 

 何も出ることなく終わったよ、オイ! 杓死なんて言葉すら出なかったよ!?

 何が起こったかっていうとだね、え~と……ルフィはクロの抜き足に付いていくどころかそれを上回って早々にヤツを捕えた。はっきり言えば、クロが動いた次の瞬間にはがっちりホールドしてた。んで、沈めた。

 ………………船長対決、一瞬で終わったよ。

 

 「随分……早かったな」

 

 思わず呟いてしまった言葉はしっかりとルフィの耳に届いていたらしく、逆に首を捻られた。

 

 「どうしたんだ?」

 

 「いや、船長対決の割りに張り合い無かったから」

 

 「? 何言ってんだ、あれくらいで。あの執事、お前より遅かったしな」

 

 こともなげに言われ、はたと気付いた。

 原作初期のスピードタイプの敵は誰だと言われれば、俺は迷わずクロと答えるだろう。それくらい、俺の中では『クロ=素早い』の図式があった。

 けどそういえば、さっきクロが動いた時の動作は俺もしっかり把握できていた。気配を感じていたんじゃない、目で追えたんだ。それはつまり……俺は、実際以上にクロの速度は速いと思い込んでたってことになるのか?

 

 両方と対峙したルフィが言うなら、確かに俺の方がクロより速いんだろう。考えてみれば可笑しくない、俺は剃が使える上に優先してそっち方面に磨きを掛けた。反対にクロは、何だかんだ言っても3年のブランクがある。

 そして俺は何年もルフィとしのぎを削ってきたから、ルフィは俺の速度に適応した瞬発力を持ってるし、あいつ自身一応、剃が使えるんだ。

 つまりルフィにしてみれば、クロは特別素早い相手でも何でもなかったわけで。

 そしてその素早さを封じられてしまえば、クロがルフィに太刀打ちする術なんて無くなるわけで。

 そりゃ……一瞬で終わるよな。

 

 むしろ、今の俺は自分の迂闊さを呪いたい。

 原作でのルフィだって、多少のやり取りの後には抜き足に付いていっていた。剃を体得していてスピードの面ではまず間違いなく強化されている今のルフィが、原作のように手間取るわけがないじゃないか。

 思い込みって、恐ろしい。何とかしないと……。

 

 「キャ、キャプテン・クロが一撃で!」

 

 「海軍船一隻をたった1人で壊滅させた、あの『百計』のクロが!?」

 

 ……人がちょっと悩んでるってのに、煩いモブたちだな。

 

 「テメェは一体何なんだ!?」

 

 「モンキー・D・ルフィ!」

 

 ルフィは不敵な笑みと共にどんと言い放った。 

 聞かない名だ、と微妙そうな顔をするモブたち。

 

 「一生覚えとけ、海賊王になる男の名前だ!!」

 

 海賊王発言に、コイツ何言ってんだ的な空気を醸し出す連中……うん、取り敢えずこの場は苛立ち全部こいつらにぶつけて発散しちゃっていい?

 

 「持ってけ!」

 

 転がってるクロを拾い上げて……あ、ちなみに猫の手は今この時に回収した。だって結構珍しそうな武器だから、武器屋で売れるかも? とか思って……連中に投げつけた。

 

 「キャプテン・クロ!!」

 

 『全員消す』発言が無かったからか、モブたちは素直にも元船長の身を案じている。

 

 「自分たちもそうなりたくなかったら、そいつを連れてさっさと出てけ……ただし、さっきルフィの夢をバカにする発言をしたヤツは残れ」

 

 今の俺には、随分と意地の悪い笑みが浮かんでいるだろう。

 チャキ、と奪った猫の手を構える。

 

 「試し斬りに丁度良さそうだ」

 

 《うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!》

 

 残れと言ったのに、全員一目散に逃げていった。

 別にいいけど。そもそもルフィ本人がそこまで気にしていないみたいだから、俺だって本気で言ったわけじゃない。脅しつけただけだし。

 でも、あの慌てっぷりにはちょっと愉快な感じがした。

 

 「あいつら、催眠術師忘れてるぞ」

 

 ……あ、本当だ。ジャンゴってば倒れたまま置き去りにされてるよ。

 あいつら、元船長を連れて行って現船長を忘れ去ったな。

 

 「ほっときなよ。もうどうも出来ないだろうし」

 

 ま、図らずも『ジャンゴのダンス天国』フラグは守られたと思っておこうかな。

 

 

 

 

 そしてウソップは、この1件を自分たちの間だけの秘密にすることにしたらしい。

 そりゃ、そもそも村の人たちには何も言ってないし、わざわざ過ぎた未遂事件を伝える必要も無いだろう。

 

 

 

 

 珍しい。本当に珍しい。

 

 「プハァッ、取れた!」

 

 喉に引っ掛かっていた魚の骨を抜いたルフィがホッと息を吐く。

 ルフィが、肉よりも魚を食うなんて、珍しい。

 場所はシロップ村のメシ屋。腹ごしらえをしてました。

 ちなみに俺も魚を食べた……というか、今回は全員が魚料理を楽しんだ。

 

 「あんたたち、魚を食べたら普通こういう形跡が残るものなのよ?」

 

 自分の皿に残る魚の骨を摘み上げながら、ナミが半眼になって指摘してきた。喉に引っ掛かっていた骨だけが皿に残っているルフィと、何も残していないゾロと俺。

 ……カルシウムって大事なんだよ!

 

 「ここにいらしたんですね」

 

 そこにやってきたカヤ。何の用件かというと……解るだろう。

 船をくれるというのだ。

 

 

 

 

 海に浮かぶ。羊の頭を象った船首飾りのキャラヴェル。

 

 「カーヴェル造り三角帆使用の船尾中央舵方式キャラヴェル、ゴーイング・メリー号でございます!」

 

 どこか誇らしげに自身の設計した船を紹介する執事……基、メリー。

 メリーは包帯やガーゼで痛々しい姿である。よくよく考えたら、今回最も酷い目に遭ったのって、メリーか? 終わってみればウソップもお子様3人組も俺たちも、全くと言っていいほど怪我してなかったし……ゴメン、メリー。俺はお前のことを綺麗サッパリ忘れ去っていた。

 にしても、ゴーイング・メリー号! 船! 船だよ!! フーシャ村の小舟から始まって、漸くここまで……長かった!

 

 「いい船だなっ!」

 

 ルフィはいつもの無邪気な笑顔で喜んでいる。

 

 「動索の説明を致しますが、まずクルーガーネットによるヤード調節に関しましては」

 

 船長だからだろう、メリーはルフィに船の説明を仕出したけど……。

 

 「あー、ダメダメ。船の説明なら私が聞くわ」

 

 うん、ナミも随分とルフィを解ってきてくれてるみたいだね。

 普通解るか。ルフィってばあからさまに ? な顔だし。

 後で、俺も一応聞いておこう。でも今はそれよりも。

 

 「航海に要りそうなものは積んでおきましたから」

 

 カヤの心遣いは実に細やかだ、細やかなんだけど……。

 

 「冷蔵庫は?」

 

 俺的最重要事項はそれだ。

 

 「? 塔載してありますが……どうかしましたか?」

 

 「普通の冷蔵庫?」

 

 「はい……あの、何か拙かったでしょうか……?」

 

 俺の真剣な顔に、カヤは不安そうな顔になった。ごめん、でも俺も引けない。今後の食事事情に直結するんだ。

 

 「悪いんだけど」

 

 俺の気分としてはもう、土下座で懇願したい。

 

 「費用はこちらで負担するから、鍵付きの冷蔵庫に変えてくれない?」

 

 主に、ルフィのつまみ食いを阻止するために……というより、理由はソレしかない。だってアイツのつまみ食いはもう、つまみ食いなんて生やさしいレベルじゃない!

 

 「えー、何で冷蔵庫に鍵を付けるんだよ! 開けられなくなるだろ!」

 

 横で聞いてたルフィが早速文句を付けてくるけど……うん。

 

 「お前は開けるな。何なら巨大ネズミ捕りでも搭載しようか?」

 

 ルフィは黙った。流石にそれは嫌なんだろう。

 俺たちのやりとりで事情を察してくれたんだろう、カヤは苦笑と共に頷いてくれた……あぁ、それと。

 

 「出来れば電伝虫も1匹入手できないかな? 貰えるなら、それも費用は出すよ」

 

 「電伝虫ですか? 私の家に2・3匹いますので、1匹なら差し上げますよ?」

 

 ラッキー! 思ったより楽だったな。電伝虫って、何気に手に入りにくいのに。

 そんなこんなで、細々としたやりとりをしていたら。

 

 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー! 止めてくれーーーーーーーー!!」

 

 ウソップが坂から転がってきた。

 

 「このままだと船に直撃するな」

 

 ゾロよ、お前の心配はウソップではなくメリー号に向けられているのか? ……それで問題は無いか。

 

 「じゃ、止めないとね」

 

 もうすぐそこまで迫ってきてるし。それにウソップも自分で言ってたしね。『止めてくれ』って。

 

 「わ、悪ぃな……」

 

 ウソップから見て向かって右からゾロ・俺・ルフィに、顔面に足をめり込ませられながら止められたウソップが、弱々しく礼を言った。

 

 「「「おう」」」

 

 にしても、すごい音がしたなー。ドスン! って。痛そうだよね、だってウソップはゴムじゃないんだし。

 

 

 

 

 メリーに手伝ってもらいながら鍵付き冷蔵庫を運び込んだ後、甲板に出てみたらウソップはカヤと別れの挨拶をしていた。

 

 「今度帰ってきたら、ウソよりずっとウソみたいな冒険譚を聞かせてやる!」

 

 まぁ実際、島喰いにも出会うことにもなるしね……冒険には事欠かないだろう。

 そして今度は、メリー号に乗り込んでいる俺たちに向き直った。

 同じ海賊になるんだから、海で会えたらいいな、とかさ……。

 

 「何言ってんだ、早く乗れ」

 

 ゾロはメリー号を指し示し。

 

 「おれたち、もう仲間だろ?」

 

 ルフィは、何でウソップがそういう風に言い出したのか解らないと言わんばかりの表情だ。

 

 「キャ……キャプテンはおれだろうな!?」

 

 ウソップの発言に、俺はちょっと溜息を吐いた。

 

 「もしそうなったら、俺は船を降りるぞ」

 

 ボソッとした呟きだったから、多分誰にも聞かれてはいないだろう。興醒めはさせたくないから、その方がいい。

 10年前、エースとサボとルフィに誘われて、俺はルフィを選んだ。理由はどうあれ、それが事実。その時点でもう腹は決めている。エースとサボの誘いを切った時点で、もう、俺の船長はルフィだけと決めている。

 勿論、ウソップのあの発言が照れ隠しを含んだものだってことは解ってる。でも、そこは譲れない。

 

 「バカ言え! キャプテンはおれだ!」

 

 ルフィもムキになって言い返していた。

 

 

 

 

 

 「新しい船と仲間に乾杯だー!」

 

 就航して暫く経ってから、小なりだがメリー号船上にて宴が催された。ツマミを作る身の上としてはちょっと忙しかったけど、酒が飲めるなら何でもいい。ちなみに、珍獣島でガイモンに大量に譲ったから品薄になっていたけど、シロップ村にて補充しておいた。なので現在この船は豊富な酒を所持している。

 だが。

 

 「なぁ、ユアン」

 

 ゾロとナミが飲み比べをしている中、ルフィが微妙な表情になっている。

 

 「何でおれだけジュースなんだ?」

 

 「それはお前が酒乱だからだ」

 

 ってか、他の理由なんてない。

 ルフィは面白く無さそうだ。多分、子ども扱いされている気分なんだろう。けど思い出せ、あの『ダダンの家倒壊事件』を。

 ダダンの家はまた後で建て直せば良かったけど、船が壊れたら沈むしかないじゃんか!

 

 「ちぇ~……じゃあ、音楽だ!」

 

 うん、それは聞き入れる。というより、言い出すと思ってたから既に準備している。ハーモニカだけど。

 『ビンクスの酒』。海賊たちの舟歌だ。ルフィとウソップが肩組んで歌ってる一方で、ゾロとナミは飲み比べ続行中。……くそぅ、俺も飲みたい。

 

 

 

 

 何はともあれ、賑やかになりそうだな。 



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第64話 コックは必要

 船がドクロを掲げれば海賊船、カモメを掲げれば海軍船。

 原作W7の過去編で船大工トムが言っていたことだ。

 ゴーイング・メリー号も、ドクロの海賊旗を掲げて初めて海賊船となる。

 逆を言えば、海賊旗を掲げていない今はまだ、この船は海賊船ではない。ただの船だ。

 さらに言うなら、この船に乗っている『海賊』はまだ手配もされていない、『自称海賊』。

 何が言いたいかといえば、今俺たちが海賊と名乗ったとしても、海軍が逮捕することは難しいってことだ。そんなことをしていたら極端な話、この前のシロップ村のウソップ海賊団のような、子どものごっこ遊びにも目を光らせなければいけないということになってしまう。

 尤も、この船に乗っているのはもう幼い子どもではないし、実際に海に出てそれなりの船に乗っている。本人たちに海賊の自覚と覚悟もある。ごっこ遊びとはわけが違うだろう。だがそれでも、海軍が発見次第即攻撃・捕縛に移るのは難しいはずだ。

 原作ではシロップ村を出航後に海賊旗を掲げていたけど、俺としてはもう少しの間だけ現状を維持したい。何故なら、ちょっと考えがあるからだ。

 いや、実際のところは海賊旗を掲げていては実行に移せない、というような案ではない。ただの我が儘で、自己満足に過ぎない。

 それでも『海賊』ではなく『自称海賊』としていたいんだよ。これでも、ちょっとは罪悪感もあるし……まぁだからって、海賊辞める気も、この考えをボツにする気も無いけど。

 だから。

 

 「なぁユアン、ペンキ知らねぇか?」

 

 キョロキョロと船内を物色しているルフィに、俺はそ知らぬ顔でしらばっくれた。

 

 「さぁ? 知らないけど?」

 

 漸くちゃんとした船を手に入れたことで、前々から考えていたマークを描こう、と意気込んでいたルフィだけど、ゴメン。もうちょっとだけ待ってて。

 ちなみにペンキの在り処は解ってます。だって俺が隠したから。ルフィ、本当にゴメン。

 既にゾロやナミ、ウソップにも聞いていたのだろう。ルフィは案外あっさり諦めた。

 

 「お前は何してるんだ、それ?」

 

 「電伝虫がちゃんと通じるか、確認中」

 

 カヤから貰ったものだから大丈夫だと思うけど、念のため。多分近々使うことになるし、土壇場で通じませんでした、じゃ話にならない。

 話の信憑性ってやつが、ね。必要になってくるんだよ。

 

 「ふーん。で、通じたのか?」

 

 聞かれ、俺は頷いた。

 うん、これは確かにバッチリ通じた。何の問題も無かった。

 ちなみに掛けたのは、フーシャ村村長にだ。話題が無いからすぐ切ったけど。無言電話してゴメンナサイ。

 

 「何か……嬉しそうだな」

 

 ルフィは、何となーく、そこはかとなく上機嫌だった。海賊旗がお流れになったのに。

 そうだった、とルフィはまた笑顔になった。

 

 「ウソップがスゲェんだぞ! 1発で的に大砲を当てたんだ!」

 

 あぁ、そういえばさっき大砲を撃った音がしてたな。

 

 「で、おれはあいつを狙撃手に決めた!」

 

 妥当な人選だろう。

 ……あー、ってことはそう掛からずにヨサクとジョニーが来るのか? ライムジュース用意しとかないとな……いや、ガイモン印の果物使ったミックスジュースでもいいんだけど。要は植物性のビタミン摂れればいいんだし。作りました、はい。ミックスジュース。だってシェルズタウンで用意したライムやレモンのジュース、飽きてきてたからさ……。

 

 

 

 

 俺がキッチンで玉ネギを切っていたら、その背後のテーブルに腰掛けたウソップがルフィに、不甲斐無いことしてたら船長交代だ、と宣言していた。対するルフィは特に気にした様子も無いけど。

 

 「それよりさ、おれ、グランドラインに行く前にもう1人、必要なポジションがあると思うんだ」

 

 ルフィが珍しく的を得た発言をしている………………嫌な予感もするけど。

 切り終えた玉ネギをひとまずボウルに除け、今度はニンジンに取り掛かる。さっきジャガイモとマッシュルームも切ったし、後はこれと鶏肉と……。

 

 「必要なポジション? 何かあった?」

 

 ……あれ? 何でナミは不思議そうな顔してるんだろう?

 

 「何言ってんだ、お前! 海賊船にはやっぱり音楽家が必要だろ! 海賊は歌うんだ!」

 

 やっぱり! ルフィの熱意は音楽家にのみ向けられていた!

 俺は大きな溜息が零れるのが止められなかった。

 

 「ルフィ……音楽家はひとまず置いとこう?」

 

 ニンジンを切り終えて、今度は肉。ルフィの要望により大量投入せねばならないから大変だ。

 

 「でも、ユアンだって大変だろ? ハーモニカ」

 

 ……正直、それが1番楽だ。レパートリーは『ビンクスの酒』だけだし、宴の時かルフィが強請った時ぐらいしか出番無いし。もっと他に肩代わりしてもらいたい役目があるぞ。

 

 「それはいいんだよ、まだ……それより、もっと大事なポジションがあるだろ?」

 

 「? 何が必要なんだ?」

 

 ウソップ……ナミといい、何でお前までそんなこと言うんだ?

 材料のカットが終わったから、次は炒めないとな。全く……随分と包丁使うのにも慣れたもんだよ。さて、さっき小麦粉もバターで炒めといたし、牛乳も欠かせないよね。

 

 「何って、コックだよ、コック! 海のコック!」

 

 俺の発言に、全員キョトン顔……何故?

 

 「メシならお前が作ってくれてるだろ?」

 

 ………………………………………………あ。

 言われ、俺は自分の手元を見た。分銅鍋で炒められ、香ばしい香りを放つ食材。

 隣の台の上には、きっちり分量を量って置いといた調味料や牛乳その他。

 うん。

 

 俺は何ナチュラルにシチューなんて作ろうとしてるんだ!?

 しかもさっき、トーストも焼いた! ヒラメのムニエルは下拵えして後は焼くだけだし! 既にサラダも準備してある……っていうか、そのサラダをナミがちょっと摘んでる!? ……ちなみに、マヨネーズが船に積んでなかったので俺が自作しました。

 クリームシチューっていいよね。だって牛乳も摂れるし。牛乳摂れるし! 大事なことだから2回言った! ってそんなのどうでもいいよ!いや、俺的には重要なことだけど!

 俺ってば、誰に言われるでもなくきっちり栄養の摂れるメニューを用意してる! しかもしっかりとしたボリューム! いつの間に!?

 アレか、ちゃんとしたキッチンを手に入れたから前よりもちゃんとした食事を食いたくなったせいか!? 本職には及ばないまでも、出来る限りの腕を揮う気になってしまったのか!?

 習慣になっちゃってんだな……何かもう、自分が哀しい。コックが欲しいと言いながら、料理に勤しむことに何の疑問も持ってなかったよ……。

 

 「テメェら全員出て来ーーーい!! ぶっ殺してやるーーー!!」

 

 俺がちょっと侘しい気分に陥っていたら、外からとても賑やかな声がしてきた。同時に、ドカッ、バキッという何かを破壊するような音もだ。

 あぁ、ジョニーが来たのか……あれ? ヨサクの方だっけ? う~ん、どっちがどっちだったか、もう覚えてないや。

 

 「何だ!?」

 

 ルフィが驚いて立ち上がる。

 

 「侵入者が1人」

 

 俺が簡潔に伝えると、ルフィは1つ頷いて飛び出していった。

 俺は行かない。ルフィ1人でも充分すぎるぐらいだろうし、今鍋の前を離れるわけにもいかない。焦げる。

 

 「おい、何で人数まで解るんだよ」

 

 ウソップに聞かれ、俺は手を離すことなく首だけ回して後ろを見た。

 

 「見聞色の覇気モドキ」

 

 わけが解らない、という顔をされたから、俺はこの間ナミにしたのと同じ説明をした……けど、ゾロもウソップも半信半疑だ。まぁ、実際に見て納得していってもらうしかないだろう。

 そんな話をしてる間に、外が静かになってた。どうやら終わったらしい。

 俺を除く3人も様子を見に外へ出て行った……俺も行こうかな、シチューの火は止めてさ。

 

 

 

 

 乗り込んできたのは、やっぱりジョニーの方だったらしい。

 ヨサクはというと、病に倒れていて起き上がることも出来ない。

 症状としては、失神、歯が抜ける、古傷が開く。典型的だよ、うん。

 んで、岩山で安静にしてたら砲弾を受けるハメになったと……ルフィとウソップがユニゾンしながら謝罪している。

 ジョニーが相棒の病を本気で心配しているのは見ていてすぐに解る。だけど……。

 

 「バッカじゃないの!?」

 

 ナミの意見に、全力で同意したい。海に出てるのにこんな基本的な病気も知らないなんて……。

 

 「あんた、おれの相棒の死を愚弄する気か!?」

 

 「そりゃお前の方だ」

 

 ボコン、と俺はキッチンから持ってきたビンで軽くジョニーの頭をどついた。

 

 「うっく……! どういうことだ、赤髪!」

 

 ……って、オイ。

 

 「赤髪はヤメロ、マジで。何か変な感じがする」

 

 いや、チビよりはマシなのかもしれないけど。

 俺は軽く頭を振った。気分を切り替えよう、うん。

 

 「相棒なら、勝手に殺すな……ミックスとライムとレモン、どれがいい?」

 

 手に持つ3種類のジュースを掲げて見せたけど、ジョニーは困惑顔だ。

 

 「いっそ全部飲ませちゃいなさいよ」

 

 ナミが溜息混じりにアドバイスしてきた。なるほど、一理ある。

 俺はヨサクの口にビンを押し付けて無理矢理飲ませた……ちょっと咽てたような気もするけど、まぁ些細なことだ。

 

 「お、おい! テメェ何をする!?」

 

 「黙ってろ。飲めばその内治る」

 

 治る、の言葉にジョニーは目に見えて表情を変えた。

 

 「壊血病だよ。ビタミンC欠乏が原因の疾患……要は、野菜や果物食べて無かったせいってこと」

 

 俺の発言にナミが頷き、補足した。

 

 「一昔前までは船乗りにとっては絶望的な病気の1つだったわ。でも、原因は単なる栄養不足。手遅れじゃなきゃ数日で治るわよ」

 

 「傷口が開いたって言ってたよね? 後でそれも見せてよ、一応消毒ぐらいはしといた方がいいかもしれない」

 

 感染症になったりしたら大変だ。

 

 「お前らスゲーな!」

 

 ルフィがキラッキラした目で見てくるけど……あのなぁ。

 

 「何のために、毎日毎朝お前らにフルーツジュース飲ませてきたと思ってたんだ?」

 

 飲ませてました。まぁ、数日ぐらいなら別に問題無いんだけどね。それでも注意するに越したことはない。

 

 「あいつら、放っておいたらその内死ぬわね」

 

 ナミの言葉は、とても正しい。

 病気なんてしたことない元気印のルフィも、流石に栄養失調はどうにもならないだろう……放っておいたら、肉しか食べないだろうし。

 そんなことを考えながらヨサクに持ってきたジュースを飲ませ終えると、ヨサクはすぐさま復活して踊りだした。

 

 「そんなに早く治るか!」

 

 ナミのツッコミ通り、ヨサクはまたすぐに倒れたのだった。

 

 

 

 

 ヨサクは寝室に寝かせ、ジョニーがそれに付き合っている。俺たちはというと、その上の部屋で食事中である。

 

 「な? 栄養管理は大事だろ? コックは必要だって」

 

 俺は力説するけど、反応は薄い。

 

 「そりゃ栄養の大切さは解ったけどよ。でもちゃんと美味くてバランス取れたメシが食えてるじゃねぇか」

 

 ウソップはシチューの皿を掲げて見せてきた。

 あ、美味かった? ……って、喜んでどうする!

 

 「俺の腕じゃ本職には及ばないし、凝った物は作れない。栄養についてだって、大雑把な知識しか無いんだよ」

 

 「別に凝らなくてもいいだろ。レパートリーはそこそこあるみてぇだしな」

 

 ゾロ……お前まで。

 でもその通り、俺のレパートリーはそこそこある。少なくとも、献立が1週間でループするようなことはない。

 全国の料理音痴の皆さん! 料理は身近に美味しく食べてくれる存在がいると劇的に上達するよ!

 俺も、エースとルフィが美味い美味いって食べてくれるもんだから、ついつい頑張っちゃって……凝ることは出来なかったけど、味付け頑張った。栄養を考えるクセも付いた。でもそれが、巡り巡ってこんなことになるなんて……。

 よし。

 

 「解った」 

 

 それなら、別の切り口で説得してやる。

 

 「それじゃあ俺は、コックになる。コック代理じゃなくて、コックにな」

 

 ひたすら食べているルフィ以外が軽く頷くのを見て、俺は続けた。

 

 「その代わり、やるとなったら徹底的にやるからね? 食材ももっと吟味するし、栄養についても学ぶし、レパートリーも増やすし、腕も上げるために特訓する。当然、他に時間を割く余裕なんて無くなるから、コック以外のことはしない。船医代理も、音楽家代理も返上する。何より」

 

 ジィ、とゾロ・ナミ・ウソップの3人を眺め回した。

 

 「ルフィの面倒は、お前たちがしっかり看ててくれよ?」

 

 「「「コックを探<すぞ><すわよ><します>」」」

 

 即答だった。伝家の宝刀、恐るべし。

 

 「ん? ほうひた?」

 

 パンで口をリスのようにパンパンにさせながら不思議そうな顔をするルフィに、生暖かい視線が集中したのだった。

 

 

 

 

 

 「海のコックを探すなら、うってつけの場所がありますぜ」

 

 自分とヨサクの分の食事を取りに来たジョニーが、そう提案してきた。どうやら話が聞こえていたらしい。

 そしてジョニーの口から出てきたのは、海上レストラン・バラティエの話。

 

 「んじゃ、取り敢えずそこに行ってみっか!」

 

 船長の決定により、メリー号はバラティエを目指す。

 

 「アニキが探してた、『鷹の目』の男もそこに現れたことがあるって噂ですぜ」

 

 ジョニーのもう1つの情報に、ゾロの目の色が変わった……でも、俺としては。

 

 「ルフィ、『鷹の目』って誰か解るか?」

 

 「? 何だそれ?」

 

 ……ルフィに勉強の成果が見られなかったことの方が、重大だ。俺は口元が引き攣るのを止められない。

 するとルフィは慌てて考え込み始め、暫くしてポンと手を打った。

 

 「あ! 七武海か!」

 

 良かったー、覚えててくれてた!思い出すのに時間掛かりすぎだけどな!

 まぁ、結局ジョニーのこの情報はガセなんだけど……それでも出会うって、どんな巡り合わせなんだ?

 『鷹の目』のジュラキュール・ミホークとこの東の海で出くわすなんて。

 ………………アレ? ミホークと出会う?

 俺、ヤだな……いや、バギーの時のようなことにはならないと思うけどさ。別の意味で嫌だ。

 

 

 

 

 俺がちょっと頭を抱えてる間にも、メリー号は順調に海を行く。

 向かうは海上レストラン・バラティエだ!



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第65話 バラティエの悲劇

 ジョニーの案内に従って航海すること3日。俺たちはバラティエへと辿り着いた。

 バラティエは魚の形をした船で、そのフォルムは面白い……でもこれって傍から見ると、レストランっていうより遊覧船のような気がする。店内は落ち着いた雰囲気のまさにレストランって感じなのに、何で外見はこんなユーモア溢れる姿なんだろう?

 まぁ、そんな感想はどうでもいいか。

 

 

 

 

 店の前で海軍船とニアミスした。多分海軍本部大尉『鉄拳』のフルボディの旗艦なんだろうけど、俺たちは海賊旗を掲げていないから絡まれることも無かった。

 なので自然的に、バラティエ破損&ゼフ負傷フラグも折れた……と、思ってたんだけどね……。

 うん、どうしてこうなった。

 いや落ち着け俺。落ち着いて何が起こったかよく考えてみよう。

 

 

 

 

 バラティエに到着し、コックを勧誘する前にまず食事をしようということになった。この際、何故かヨサクとジョニーも一緒にレストランに入っていった。

 ……さりげなくたかられた。まぁ、2人分の1食ぐらい、大したことないから黙認したんだけど。

 ちなみに、この際の決定権は何故か俺にあった。どうやら、財布の紐は俺が握ることになってしまっていたらしい。え、財布も俺が持つの? 原作ではナミがやってなかった? って思ったけど……どうやら、シロップ村で鍵付き冷蔵庫を俺の一存で購入したことが影響してしまったみたいだ。大きな買い物を独断でするもんじゃないね。

 閑話休題。

 でも俺は食事前にちょっと……まぁ、お手洗いに行ったのだよ。だから、1人だけちょっと遅れてきた。

 んで、中に入ってみたら店が無茶苦茶になっていた。そしてそこで仁王立ちしているルフィと、ぶっ倒れている男。

 ……うん、やっぱり、どうしてこうなったのかわけ解らん!

 

 「ルフィ……お前何してるんだ?」

 

 痛む米神を揉みながら、俺は聞いてみた。

 

 「あいつ、おれの帽子をバカにした!」

 

 話によると、あの男はルフィの麦わら帽子を『古ぼけた薄汚い帽子』と称し、『レストランに相応しくない』と勝手に取り上げようとしたらしい。

 うん、まぁ確かに、ドレスコードに則っているとは言い難いだろうけど……あの男は店員じゃなさそうだし、言い掛かりだろう。

 

 「フルボディさん、しっかり!!」

 

 ドレスのおねーさんが男を揺り起こそうとしている……って、アイツがフルボディかよ!? よくよく縁があるな!!

 しかし、多分軽くからかっただけだったんだろうけど、ルフィの帽子に手を出そうだなんて。

 でもルフィもルフィだ。

 

 「このバカ!」

 

 スコン、と俺はルフィにチョップした。

 

 「何すんだ!」

 

 突っ掛かられた方であるルフィは不満そうだけど、周囲を見てみろ。

 

 「やるなら海にでも叩き落せ! 店に迷惑掛けるな!」

 

 「あ」

 

 壊れたテーブルとイス。フルボディが激突したのだろう壁は貫通している。お客さんも殆どが遠巻きに戦々恐々としている……ってか、全く動じてないのってゾロだけだよ。

 そしてふと、背後に怒気を感じて振り返ると。

 

 「おれの店を壊しやがったのは誰だ?」

 

 迫力満点に凄む義足のおっさんがいた。

 

 

 

 

 「どうか、期間を短くして下さい」

 

 店を壊したことでルフィは義足のおっさん……ゼフに1ヶ月の雑用を命じられた。原作では1年だったはずだから、まだマシなのか?

 でもそれを受け入れるわけには行かないから、俺はゼフにそう頼み込んだ。

 

 「ふざけんじゃねェ。許す許さないはおれが決めることだ。1ヶ月! きっちり働いてもらうぞ! それかちゃんと弁償するんだな!」

 

 ゼフの答えは実にキッパリしたものだった。

 

 「そうじゃありません」

 

 俺は食い下がった。

 

 「当然、弁償はします。ただこの愚兄への懲罰として、馬車馬の如く扱き使ってやって欲しいんです」

 

 「ユアン!?」

 

 ルフィは『裏切られた!』、と言わんばかりのガーンという表情だ。

 でも本当、お前1度働いてみればいいと思うよ。そもそもその弁償費用も俺が稼いできた金だし……稼いだっていっても、略奪してきたんだけど。それに、ルフィたちが戦ってた裏側でコッソリ奪ってきた物だから、正直そこまで拘ってもいないんだけど。

 でも、お前もうちょっと慎みなよ。

 それに。

 

 「断言します。ルフィを1ヶ月も雇ったら、この店が潰れますよ」

 

 かつて独立国家を作り、俺が調理担当になった頃。片付けぐらいは手伝おう、と殊勝なことを言ってくれたエースとサボとルフィだったけど、ルフィは全然役に立たなかった。皿は割るし、水は飛ばすし、保存しておいた食料をつまみ食いしていくし……まぁ、つまみ食いはエースもしてたんだけど。

 最終的に、サボと一緒に2人を追い出した。

 子どもの頃の話だけど、多分今も変わらないだろう。むしろルフィの場合、酷くなってるような予感がする。

 俺の発言に、ゼフは微妙な表情になった。

 とりあえず、少し働かせてみて決める、という結論に至ったのだった。

 

 

 

 

 ルフィがゼフに引き摺られていくのを見送って、俺は店に戻った。……途中でトイレの前を通ったんだけど、何やら妙な声が聞こえた……うん、スルーしよう。別に『ヘボイモ恐れ入ります』とかどうでもいいし。

 店ではもう混乱も収まり、客が食事を楽しんでいた。

 ルフィにぶっ飛ばされたフルボディもだ。尤も、時折クスクス笑われているからか、随分と顔を歪めてるが。

 

 「よう。どうだった?」

 

 ……みんなもう、テーブルに着いてメシを食べ始めていた。酒を飲みながら聞いてきたゾロに、俺は肩を竦める。

 

 「弁償することになった……加えて、ルフィには強制労働の罰もだよ。どうして止めてくれなかったんだ?」

 

 「止める間も無かったんだよ」

 

 ウソップが料理を口に運ぶのも止めずにそう言った。

 

 「突然のことだったからなァ。アイツ、そんなにあの帽子大事にしてんだな」

 

 「宝物だって言ってたわね、そういえば」

 

 そういえばよくよく考えたら、ルフィのあの帽子への思い入れを知っていたのはナミと俺ぐらいなのか。バギーの時、ゾロは寝ていたし。

 

 「友だちから受け取った誓いの証、だったっけ? どうして帽子になんて誓うんだか知らないけど」

 

 う~ん、話してしまってもいいかな? ……いいよな、ルフィも10年前から何度も俺たちに話してきたし。耳タコになるぐらい。人に知られたくない話、ってわけじゃないだろう。

 俺は食事の合い間を縫って、ルフィが10年前に経験したことを話した。

 

 「左腕を犠牲に、か。原因はそれだったのか」

 

 話し終えると、ゾロが納得顔で頷いていた。俺の疑問顔に気付いたのか、今度はゾロが説明しだした。

 

 「おれの夢は世界一の大剣豪になることだ。そのために『鷹の目』の男を探してる。そいつを倒すためにな。そしてかつて『鷹の目』と『赤髪』が決着の付くことのない決闘の日々を送ってたってのは今じゃ伝説になってる。10年前に『赤髪』が利き腕を失うまで続いてたらしい。その失った腕の原因がルフィだったとは、驚いたぜ」

 

 あー、やっぱりゾロは知ってたか、その話。そりゃ、『鷹の目』を狙うぐらいだもんな。

 納得した俺の隣では、ウソップが首を捻っている。

 

 「でもその話し振りからするとよ、お前は『赤髪』と会ったこと無ェのか? ルフィから聞いた話って言ったよな?」

 

 そこか。

 

 「うん、俺は『赤髪』に会ったことは無い。祖父ちゃんの教育方針でね、その当時の俺は産まれた村とは別の場所に預けられて育てられてたんだ。上の兄と一緒にね」

 

 いや、あの教育方針にどんな意味があったのかは未だに理解出来ないけど。

 

 「何で祖父さんなんだ?」

 

 「ルフィも俺も、親を知らない……色々事情があってね。俺たちの保護者は祖父なんだ。まぁ、忙しい人だったから年に数回しか会わなかったけどさ。……だから俺は、ウソップの父さんにも会ったこと無いよ」

 

 事情って、死んでたり、行方知れずだったり、不明だったりね。まぁ日記のお陰で、俺は母さんのことは少し知ってるけど。

 さて、みんなの疑問には一通り答えられたかな?もう質問は無さそうだ。

 食事も一通り進んで一息ついていたら、イヤな声が聞こえてきた。

 

 「おいおい、この店は虫入りのスープを客に出すのか!?」

 

 フルボディである。懲りない男だね。そういえばさっき俺がルフィの過去話をしてるとき、ワインがどーたらこーたらだとか言ってたっけ?どうでもいいから聞いてなかったけど。

 その対応をするのは、金髪でぐるぐる眉毛のコック……そう、サンジだ。

 この虫は何だ、と言われて昆虫には詳しくないので解りません、という切り返しは見事だよね。見習いたい。

 慇懃無礼ではあったが、それでも当たり障りの無い対応をしていたサンジだったけど、フルボディがテーブル毎スープ皿を壊したことで、切れた。皿ではなく、スープを粗末にしたことに。

 その後のことは……詳しく言う必要もないだろう。

 フルボディはサンジに手も足も出ずにフルボッコにされた。

 こんな短い間にルフィにぶっ飛ばされ、サンジにボコボコにされと全く良い所のないフルボディがちょっと哀れにも思ったけど、正直どうでもいいので俺はデザートを楽しんでいた。酒を飲むゾロもそうなんだろう。反対にナミとウソップ、ヨサクとジョニーは混乱していたけれど。

 

 「海でコックに逆らうってのは、自殺に等しい行為だってことをよく覚えておけ」

 

 もう碌に動けないくらいになっているフルボディに、そう凄むサンジは、結構カッコよかった。



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第66話 先回り

 サンジがフルボディをシメた後、誰かがゼフを呼んできたらしい。ちなみに、ルフィも一緒に来た。説教でもされてたのかな?

 そしてゼフはサンジを叱り、フルボディを叩き出そうとした……本当に良い所ナシだな、フルボディ!

 しかもその後には、捕まえた海賊に逃げられたと大声で報告されたし。

 

 クリーク一味が、東の海『最強』の海賊団ねぇ……『最大』の間違いじゃないか?

 にしても、捕まえた時には餓死寸前だった人間をさらに3日間食べさせてなかったってのはどうだろう? 尋問とかする前に本当に餓死したりする可能性もあるんじゃね?

 そんな取りとめもないことを考えていたら、報告に来ていた海兵が撃たれた。

 『海賊』の登場に悲鳴が上がるが、次の瞬間には一部を除いて静まり返る店内。刺激したくないんだろう。ちなみに一部とは、酒を飲むゾロと、そのゾロに酒を注いでもらった俺と、そんな俺たちに文句を言うルフィのことである。ルフィの文句は、自分だけメシが食べられなかった不満だった。

 

 「おい、何でお前らだけ食ってんだよ!」

 

 「自重しなかった自分が悪いんだろ?」

 

 「どうでもいいけどよ、喧嘩なら外でやれ」

 

 そんな感じでやいのやいのやってたら。

 

 「あんたらには緊張感ってもんが無いの!?」

 

 ナミに押し殺した声でツッコまれた。

 その時、ドカッという殴打音がした。見ると、デカいコック……パティがイスに座っていた海賊……多分ギンだろう……を殴りつけた所だった。

 

 「すげーパワー」

 

 イスがへし折れる様を見て、ルフィが感嘆の声を上げた。

 パティがギンをシメている間に、フルボディがこそこそ逃げていっていた……大丈夫なのか、海軍本部。

 パティの独壇場を囃し立てる者はいても止める者は無く、結局ギンはボコボコにされて店から追い出された。

 いつの間にかサンジもいなくなっていたし、騒ぎが収まったってんでルフィも連れて行かれた。

 特に何かすることがあるわけでもなく。

 

 「……飲むか」

 

 「そうだな」

 

 俺とゾロは、飲み比べを再開したのだった。

 

 

 

 

 俺たちが飲んでいるといつの間にかそれにナミも加わっていて、3人で楽しんでいる傍らでウソップはキノコと格闘していた。嫌いらしい。

 でも残すのは許さない。シロップ村から今までの航海の間にキッチリ言い聞かせときました。

 食料がどれほど貴重なものか!

 あの時の絶望は忘れられない……かつて祖父ちゃんに放り込まれたある島には果実などが全く無く、狩りをしようにも獣はやたら凶暴で、3日ほどの間全く食料を手に入れられなかった時のことは! このまま飢えていくのか、と思いかけたころ、運良く獣同士の争いに遭遇し、弱った瞬間に仕留めて食べた。

 …………よく生き延びてこられたよな、俺たち。

 そうこうしていると、ルフィは前掛けを付けてやって来た。ウェイター係にされたらしい……つまり、厨房では匙を投げられたんだろうな。果たしてどれだけの備品を破壊したんだろう。

 

 「お前ら、まだ食ってんのか!? おれを差し置いて!」

 

 ルフィはまた怒った。だから、自業自得だって。

 

 「おれたちの勝手だろ?」

 

 得意げに笑うゾロがよそ見をしてる間にルフィがイタズラをしようとしたので、腕を掴んで止めた。

 

 「何で止めんだよ!」

 

 「落ち着けって。気付かれてるぞ。だろ、ゾロ?」

 

 聞くと小さく舌打ちされた。どうやら、そのままルフィに仕掛け返すつもりだったみたいだ。

 

 「あぁ海よ、今日という日の出会いをありがとう! あぁ、恋よ♡」

 

 不意に踊りながら現れたサンジ。その視線は完全にナミにだけ向けられている。

 流石は天下のラブコック……そのブレの無さには恐れ入る。

 目が♡になっているサンジが理解出来ないのか、ルフィもゾロも呆気に取られている。ウソップは……それでもキノコに取り組んでいる。必死だな、オイ。

 その後も何かとナミを口説こうとしていたけど……尤も、余りに唐突なんでナミ自身呆けていたけど……いつの間にかやって来ていたゼフがそれを聞いていた。

 

 「おい、ボウズ」

 

 サンジに、『いっそ辞めちまえ』と言った後、食い下がるサンジを無視してゼフは俺に声を掛けてきた。

 

 「お前の兄貴だがな、はっきり言って使いものにならねぇ。確かに、1ヶ月も働かせたら店が潰れちまう。1週間で勘弁してやるから、弁償はきっちりしろ」

 

 あぁ、それを言いに来たのかな?

 それにしてもルフィ……完璧に匙を投げられてるよ。

 俺はちょっと苦笑しながら頷いた。

 

 「おいクソジジイ! 聞いてんのか!?」

 

 サンジがゼフの胸倉を掴んだ……が、反対に投げ飛ばされ、俺たちが着いていたテーブルに叩きつけられる。

 その際俺たちは自分の皿やコップを持って保護したが、ヨサクとジョニーの分はダメになった。勿体無い……というか、反応鈍いな、お前ら。

 その後もサンジとゼフの間で暫く言い合いが続いたけれど、本人たちの問題であって俺たちが首を突っ込むことではないのでスルーする。

 

 「よかったな、許しが出て!これで海賊に」

 

 「なるか!!」

 

 ゼフが去った後、ルフィは満面の無邪気な笑顔で提案したけど、サンジはすげなく断った。

 

 「ルフィ、そいつがお前の見つけたコックか?」

 

 「おう! いいコックだぞ!」

 

 「だから、勝手に決めてんじゃねェ!!」

 

 サンジ……諦めた方がいい。ルフィは必殺技『断るのを断る』を発動して絶対に相手を逃さないからね。

 そのサンジはナミを視界に入れるとまた目を♡にした。

 

 「食後にフルーツのマチェドニアと、グラン・マニエをどうぞ、お姫様♡」

 

 ナミに進呈されるフルーツと食後酒……おい、どっから取り出した?

 

 「ありがとう」

 

 さっきは呆然としていたナミも、もう慣れたらしい。あっさりと受け入れていた。まぁ、ナミには得しかないしね……。

 

 「おいユアン……もう勘弁してく」

 

 「ふざけてるのか?」

 

 「食べます」

 

 既に涙目になりながらキノコを少しずつ口に運ぶウソップが何か言った気がするけど、気にしない。

 

 「お茶がうめぇ」

 

 いつの間にかルフィが俺の茶を横取りして啜っていた。まぁ、俺も今は酒を飲んでいるから、いいんだけど。

 俺はいいけど……ね?

 

 「何寛いでんだ、雑用!!」

 

 サンジの踵落としがルフィにクリティカルヒットし、飲んでいた茶を吹き出す。

 そのままルフィはサンジに引っ張られていったのだった。

 

 

 

 

 さて、ルフィの雑用期間も1週間となり、それぐらいならいいか、と俺たちは待つことにした。その間、ずっと外食というのも出費がかさむので、3食の内2食は船で俺が作ってた……本当、早くコックに来て欲しい……。

 そして俺たちがバラティエに到着してから2日後。来るべき時はやって来た。

 ドクロの両脇に砂時計をあしらった海賊旗を掲げる船……クリーク一味のボロボロになったガレオン船がやって来たのだ。

 

 

 

 

 その時俺たちはメリー号にいたんだけど……略奪タイムだ。

 

 「おい、ヤベェぞ! 逃げた方がいいんじゃねぇか!?」

 

 ウソップは慌ててるけど、逃げるという選択肢は無い。

 

 「俺はちょっと行ってくる」

 

 「どこに!? 何しに!?」 

 

 「あのガレオン船に。略奪しに」

 

 軽く言うと、ゾロを除く全員が硬直した。

 

 「何言ってんの、相手はクリーク海賊団なのよ!?」

 

 海賊専門泥棒のナミも、流石に東の海最大のクリーク海賊団に手を出す気は無いらしい。

 

 「大丈夫、大丈夫」

 

 俺のへらへらとした答えに、非難するような視線を向けられる。

 でも実際、大丈夫なんだよね。今あの船に乗ってるヤツって、全員餓死寸前で碌に動けないし。唯一動けるだろうギンは、クリークと一緒にバラティエに向かうだろうし。

 それに、あの船を物色するチャンスは今しかない。クリークがどうこうというわけじゃなくて、ボンヤリしてたらあの船、ミホークに真っ二つにされちゃうからね。戦闘が終わってからゆっくり漁る、なんてことは出来ない。

 

 「んじゃ、ちょっと行ってくる……あぁ、この後バラティエvsクリーク一味の戦いが起こるかもしれないから、船はちょっと離しといてくれな」

 

 今メリー号は、丁度バラティエとボロボロガレオン船の間に停泊している。いや、クリーク海賊団の方が後に来たんだから、俺たちの落ち度じゃないんだけど。

 それ自体には異存は無かったらしくナミが頷いたけど、『行ってくる』って部分にはゾロ以外は了解してくれなかった……むしろウソップには止められた……けど俺はそれは黙殺して、月歩(ゲッポウ)でクリークの船、ドレッドノート・サーベル号にこっそり侵入したのだった。

 

 

 

 

 ボロボロになった船の内部は、まさに死屍累々と言うに相応しい有様だった。

 餓死者や餓死寸前者を実際に見ると多少は哀れにも思うし気も滅入るけど、同情はしない。こいつらは敵なのだし、そう掛からずに生きてる者は食料にありつけるだろうし。

 まともに動ける人間もいないから、物色するのも簡単だった。

 グランドラインでは通用しないレベルとはいえ東の海では大規模な海賊団だったからか、宝は結構あった。グランドラインから落ちたとはいえ、単純にミホークに蹂躙されただけで略奪はされてなかったからか、宝に問題は無かったらしい。

 探せばもっとあるのかもしれないけど、この後の展開を考えるとあんまり時間を掛けるわけにもいかない。加えて、いくら同情はできないとはいえ、餓死寸前者を眼前にして放置するのも多少は心苦しいから、早くこの場を離れたかったというのもある。

 それに……やりたいこともあるしね。

 俺はある程度を掻き集めて……それでも結構な量にはなった……早々にメリー号に戻ったのだった。

 

 

 

 

 けれど、メリー号には誰にもバレないようにこっそり戻った。

 神経を研ぎ澄ませると、既にメリー号の上の気配は3つしかない。ゾロとウソップはバラティエに入ったのだろう。

 取り敢えず、奪ってきた宝を船内に仕舞う。

 さて、ここからが大事なんだよね。

 

 

 

 

 「「うわ!!」」

 

 油断していたヨサクとジョニーがナミに海へと突き落とされる。

 ってか、『着替え』の一言であっさり騙されるなよ……。

 

 「何するんですか、ナミの姉貴!」

 

 海に落ちた2人の声を船室からコッソリ出て聞きながら、俺はちょっと呆れていた。

 

 「何って、仕事(ビジネス)よ。私は仲間だなんて一言も言ってないわ。手を組んでただけ」

 

 背後から様子を観察しているからナミの顔は見えないけど、少なくともその声の調子は随分と軽い。これが演技だとしたら……相当に腹が据わってるっていうか、心力が強いというかね。

 

 「じゃあね! あいつらに言っといて! 『縁があったらまた会いましょ♡』って」

 

 海に落ちている2人に手を振り、このままメリー号でトンズラしようとしたナミの茶目っ気溢れるような笑顔が、振り向いた瞬間にピシリと凍った。

 

 「どうやら、とっても強い縁があったみたいだね?」

 

 その笑顔が凍ったのはまず間違いなく、てっきりまだドレッドノート・サーベル号にいると思っていた俺がメリー号にいて、苦笑しながら自分の背後に立っているのを見たからだろう。

 

 「な、何で……?」

 

 ナミが驚愕して呟いたその時、ドゴン、と空気も震える轟音が響き渡り、ドレッドノート・サーベル号が真っ二つになったのだった。

 激しい揺れに呆然としていたナミがバランスを崩したので、俺はそれを支えた。

 

 「何で、って言われてもね……俺の船長の船に俺が乗ってて、何か問題がある?」

 

 客観的に見れば、無いだろう。けれど、ナミが聞きたいのはそういうことじゃないはずだ。

 

 「宝を奪えば、それを仕舞いに戻ってくるのは当然じゃない?」

 

 苦笑と共にそう言うと、ナミは苦虫を噛み潰したような表情になった。多分、『よりにもよって』、というような心境なんだろう。流石に実力から言って、俺……あとルフィやゾロもだろうけど……を船から落とせるとは思ってないんだろう。となると、逃亡の機会を逃してしまったわけだもんね。

 でも、このタイミングが大事だったんだ。なにしろ、他の全員がゾロの戦いに注目するだろう今こそが、邪魔も入らずに2人きりで話し合えるチャンスだから。

 

 「おーい!!!」

 

 バラティエから、ルフィの声が聞こえてきた。多分ヨサクとジョニーに話を聞いたんだろうけど、まだメリー号が泊まったままだから不思議に思ったんだろう。

 

 「ルフィ!」

 

 俺はナミからちょっと離れて顔を出し、ルフィに手を振った。

 

 「ユアン! お前そこにいたのか! ナミは!?」

 

 距離は多少離れているから、会話は叫ぶようになる。

 

 「いるぞ! 無事だ! 悪いけど、この場は任せてくれないか!? お前、クリークと戦り合うつもりなんだろ!?」

 

 「! おう! 解るか! じゃあナミは任せる! 頼んだぞ!」

 

 「了解!」

 

 俺たちの会話の間も、ナミは俺の隙を探っていた……何だか、隙さえあれば俺も海に落とす気満々って感じですか? それは嫌だな、俺カナヅチだし。でも実際には手を出しては来ない……うん、隙は作ってないからね。

 

 

 

 

 さて、と。

 自分でも言ったし、ルフィにも任されたし。

 何とかして、ナミを説得しないといけないね。一応、ロジックはもう立ててあるんだけど……上手くいけばいいな。



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第67話 ナミの説得

 場所を船室内に移し、ナミと俺はテーブルに向かい合って座っている。とにかく、冷静に話し合おうということでね。

 さて、交渉において主導権を握るのに最も有効な手段は、先制パンチだろう。

 

 「それで? メリー号を奪って、アーロンパークにでも帰るつもりだった?」

 

 にこにこと、サラリと何でもないことのように俺はそう聞いた。

 

 「……何のことよ」

 

 ナミはひとまず、しらばっくれることにしたらしい。けれど、アーロンパークという単語が出た瞬間に顔色を変えたのは見逃していない。

 

 「だってナミって、アーロン一味の者でしょ? 腕にイレズミあったし」

 

 ナミは苦々しげな顔でイレズミを入れているであろう腕の部分を服の上から掴んだ。

 

 「ゴメンね。珍獣島を出た後に、水掛けちゃっただろ?その時見ちゃったんだ」

 

 「な! ……見てないって言ったじゃない!」

 

 激昂してイスから立ち上がるナミ。それでも俺は気にした様子もなくそらっ惚ける。

 

 「俺は、『見てない』なんて一言も言ってないよ? 『見たって何を?』って聞いたでしょ?」

 

 思いっきり暴論というか、屁理屈である。自分でもそう思うんだから、ナミはより以上だろう。

 

 「詭弁だわ!!」

 

 顔を真っ赤にさせて憤慨している。

 

 「そうだね……でも、知られたくないことだったんでしょ? なら言われない限りは気付かないフリをするのが礼儀ってモンじゃない?」

 

 俺はナミを落ち着かせようと、座りなおすようにジェスチャーで伝えた。腹の虫はまだ治まっていないようだけど、それでもナミは一応再びイスに腰掛けた。

 

 「誰にだって、人に知られたくないことはあるもんだよ。俺にだってある。ソレについてはルフィにすら話してないぐらいだ」

 

 主に、転生のことや親のことなんかね。

 特に転生。親に関してはバレたらバレたで諦めるしかないけど、転生のことは何としても隠し通さないと。墓場まで持っていくつもりだよ、過去や未来を知ってるだなんて決して口外出来ない。

 

 「だからナミのあの時の必死さから、話してくれるまでは気付かないフリしとこうと思ってたんだけど……こうして行動に出られてしまった以上、そんな悠長なことも言ってられない」

 

 実際には色々策を練ってたんだけど、それについては言わない。言う必要も無いだろう、話をややこしくするだけだ。

 ハッタリをかます以上、少しでも動揺を見せるわけにはいかない。

 

 「で、だ。それでも俺は一応調べた。アーロン一味に関してね。それで出した俺の予想を聞いてもらえるかな?」

 

 ナミは何も言わない。ただ固く拳を握って俺を睨みつけているだけだ。

 

 「ナミはアーロン一味の者。しかも、こうして長期的に独自で航海できてるということは、幹部級なんじゃないかな? それに、言ってたよね? 『1億ベリーを貯めてある村を買うのが目的』だって。それってひょっとして、ナミの故郷の村なんじゃない? 調べた感じではアーロンの目的は『支配』みたいだから、ナミの村もアーロンに『支配』を受けてると見てるんだけど。それで、その村を助けるためにアーロンと取引をした…違う?」

 

 「…………」

 

 ナミはそれでも何も言わないけれど、真っ直ぐに俺を睨んでいた視線を逸らした。

 

 「無言は肯定と見做すよ?」

 

 そう言っても、ナミは黙ったままだ。肯定はしたくないけれど筋の通った否定も出来ない、ってトコかな?

 

 「1億ベリーはもうすぐ貯まるって言ってたよね?1億ベリーを貯めるなんて、年単位で頑張ってきたんだろうけど……もし俺たちの宝を奪ったら、それで1億ベリーになる?」

 

 「…………お釣りがくるわよ。元の大きさならね」

 

 だろうね。

 原作では残り700万ベリーだったはずだ。今回はバギーからの500万ベリーを奪えていないけれど、それでもアルビダ・バギー・クロ・クリーク、そしてモーガン親子から奪った分はそれを軽く超えるだろう。

 ただしそれらは俺の能力で小さくして保管しているから、本来の価値にならない。

 俺はナミの答えに1つ頷いた。

 

 「じゃあ今回の1件が終わったら、次はアーロンパークに行こうか。ナミのためなら、きっと船長ルフィも賛同してくれるはずだ」

 

 その提案が意外だったのか、ナミは弾かれるように顔を上げて俺を見た。

 

 「俺があれらを元に戻せば、ナミは目的を果たせるんでしょ? それなら、それでいい。だってあれはこの海賊団の活動資金で……まぁ、殆どルフィの食費に消えると想定してたんだけど、とにかくそれは置いといて。で、ナミは俺たちの仲間だからね。仲間のために使わなくて、何のための資金だって話だよ」

 

 「私は」

 

 「仲間じゃない、なんて理屈は通用しないよ? シロップ村でも言ったけど、船長はルフィでそのルフィがナミを仲間と認定しているんだ。だったら少なくとも俺たちにとってはナミは仲間だ」

 

 海賊船の掟とも言える、絶対的な原則だ。それに。

 

 「それに、女の子が何年も掛けて一生懸命頑張ってるんだ。それに協力したいと思うのに何か理由がいる?」

 

 短期的に希望が見えたからだろう、ナミの表情が少し明るくなった。これでココヤシ村を救える、と。

 しかし、それではダメだ。さっき言ったのも本心ではあるけれど、アーロンはそんな簡単な相手じゃない。

 

 「けどね。こう言っちゃ何だけど、それじゃ何の解決にもならないと思うよ?」

 

 「? どういう意味よ」

 

 これまでとは180°真逆とも言える発言に、ナミは困惑顔になった。

 

 「ナミには悪いけど、あえて厳しく言わせて貰う。ハッキリ言って、それは無駄な徒労に終わる可能性が高い」

 

 カッと、またナミの頬に朱がさした。

 

 「どういう意味!? 私の8年間の仕事(ビジネス)をバカにするの!?」

 

 8年。そう、その年数が厄介だ。それだけ意地にもなるし、視野も狭まる。

 

 「バカになんてしてない。むしろ、立派だと思うよ。だから協力したいと思うんだ。ナミは、海賊嫌いなんでしょ? 大事な人を奪われたって言ってたよね? 俺は、そんなナミが自分からアーロン一味に入るとは思えない。ってことは、アーロンの方がナミを引き入れた。違う?」

 

 「…………」

 

 ナミは答えない。ただ俺を睨みつけてくるだけだ。

 

 「でもよく考えてみなよ。アーロンが種族主義で人間を見下してるってのは、ちょっと調べただけの俺の耳にも入るぐらい有名な話だ。そのアーロンが一応とはいえ、人間のナミを幹部として一味に迎え入れている。その理由は、ナミに特殊な才能、もしくは技術があって、それを買われたからなんじゃない? これまでの航海で見てきた感じでは航海士、もしくは……測量士ってトコかな?」

 

 「……そうよ。私はこの8年間、一味の測量士としてアーロンに海図を書かされてきたわ」

 

 こうして話してくれてる段階で、ある意味ナミの気は緩んでいる。アーロン一味での話を出してきているのだから。

 

 「さっきも言ったけど、アーロンは種族主義。それはナミだって解ってるだろ?なのに人間のナミを引き入れたのは、アーロン一味に他にそれだけの能力を持った者がいないからとしか思えない。そんな優秀な人材、そうそう手放してはくれないと思うけど?」

 

 「アーロンは、金の上での約束は守るヤツよ! 今までだってそうだった……私の住む村、いえ島を管轄している海軍支部の将校だって、アーロンに買収されてる!」

 

 それがポイントだろうに……。

 俺は小さく溜息を吐いた。

 

 「確かに、仕事(ビジネス)は1度でも反故にすれば信頼を失う。けど、それが一見(アーロン)の仕業じゃなかったら?」

 

 俺の真意を図りかねているのか、ナミは探るような視線を向けてきた。

 

 「こう言っちゃ何だけど、ナミの集めた金は盗品だ。盗品ならそれは、海軍に押収する権限が発生する。海軍支部がアーロンに買収されてるって、ナミ、自分で言ったじゃん」

 

 ハッと、ナミは息を呑んだ。

 

 「海軍支部が買収されてるってのは、俺も薄々勘付いてた。だって海賊が8年間も一所に留まってて何の問題も起きないなんて可笑しい」

 

 七武海じゃあるまいし。支部で手に負えない相手なら、本部に連絡が行くはずだし。

 

 「もしナミが本当に1億ベリーを集めても、アーロンは海軍を使ってそれを奪い取ると思う。そうすればアーロンは約束を破ってはいないことになる。海賊ってのはさ、欲しい物のためなら何でもするようなヤツらなんだよ。……尤も、あくまでも可能性の話だ。本当にアーロンが取引に応じる可能性も無いわけじゃない」

 

 けれど、俺の話は筋が通っていると思う。実際そうなるわけだし、出ている情報から考えても矛盾は無い。

 ナミも思い当たるフシはあるんだろう。顔色が悪い。

 

 「だから、アーロンパークのある島……コノミ諸島、だっけ? そこに着いたら………俺たちがアーロンを潰そうと思う」

 

 ナミは目を見開いた。

 

 「勿論、ナミが穏便な解決法として金銭の取引を優先したいというなら、それはそれで構わない。その場合は、足りない分はこっちでも出す。でもそれがダメになった場合は……俺たちがアーロンと戦う」

 

 「ふざけないで!!」

 

 ナミはまた立ち上がった。その勢いは、さっきよりも激しい。イスが後ろにガタッと倒れたほどだ。

 

 「いくらあんたたちに化け物じみた強さがあっても、本当の化け物に敵うわけないじゃない! これまでアーロンを討とうとしてやってきた海軍も、買収されたヤツ以外はみんな潰されたわ! この東の海でアーロンに敵うヤツなんていないのよ!」

 

 「あ、俺たちの心配してくれてるの? 嬉しいな~」

 

 「ふざけないでって言ってるでしょ!?」

 

 「……ゴメン、悪ノリしたね。でも、それがどうしたの?」

 

 ますます激昂するナミとは反対に、俺は出来る限り冷静に言葉を返した。

 

 「さっきも言ったよね? 俺たちにとってはもうナミは仲間なんだ。仲間が困っていたら、助けたいって思って当然だろう? まぁ、確かにまだルフィに話してないけど……俺たちは長い付き合いだからね。出すであろう結論は大体読める。ルフィだって、仲間は大事なんだ。例え敵わなくても、やれることがあるなら何でもするさ」

 

 これもウソではない。というか、ルフィなら真っ先に特攻するだろうなぁ。

 

 「ナミの村……いや、島には迷惑は掛けない。俺たちが負けたとしてもそれは、アーロンという東の海最高額の海賊に挑んで名を上げようとしたバカな海賊がやられたってだけの話だ。俺たち自身の心配をしてくれてるっていうなら、本当にヤバくなったらどんな手を使ってでも逃げるって約束する。ルフィたちが納得しなくても、俺が引き摺ってでも連れて行く」

 

 「でも……!」

 

 ナミは言葉に詰っている。俺たちを止めたいけれど、どう止めていいのか解らないんだろう。

 それはそうだろう。目的が割れている以上、例えナミが1人で逃げても俺たちは追いかける。俺が本気だってことも、これまでの航海でルフィの性格も解っているだろうから。

 それでも、感情としては止めたいんだろう。それなら……もう1つ、手を打つ。

 

 「じゃあ、これならどう? ナミはアーロンに1億ベリーを払う。それで解決するならそれでいい。それでダメなら、俺たちが戦う。勝てばそれでアーロンの『支配』は終わりだ。俺たちが負ければ………海軍に始末を付けてもらう」

 

 まぁ実際には、初めから海軍に始末付けさせればいい気もするんだけどね。1億ベリーを払う必要性も無い。何故ならその『支配』自体不当なんだから。

 

 「あんた……私の話を聞いてた? 海軍はアーロンに買収されてるのよ? そうでなければ、潰されている……海軍に何が出来るっていうのよ」

 

 「それは、海軍『支部』の話でしょ? ……さっきナミ、言ったよね? 俺たちが化け物じみていても、本物の化け物には敵わないって。じゃあ逆に聞くけど、ナミはアーロンがこの世界で最強だと思ってる?」

 

 「? 何よそれ?」

 

 ナミは目を瞬かせている。確かに、俺のこの話題転換は突拍子もないからねぇ。

 

 「或いは、かつてアーロンが所属した魚人海賊団の長、七武海の1人でもある『海侠』のジンベエ。或いは、世界最強と言われる四皇の1人、『白ひげ』エドワード・ニューゲート。或いは、過去の人物だと『海賊王』ゴールド・ロジャー。そういった者たちより、アーロンの方が強いと思う?」

 

 俺の出した例に、ナミは呆れ返った視線を向けてきた。

 

 「それはもう、次元の違う話でしょ? 私は、この東の海にはアーロンに敵うヤツはいないって言ってんのよ」

 

 ナミ自身、流石にそういった者たちよりもアーロンの方が上だとは思ってないらしい。それはそうだろう。もしそれより上なら、こんな東の海の片隅でコソコソしてるわけがない。

 俺は大仰に頷いて見せた。

 

 「そう。そしてそんな次元の違う大物たちと真っ向やりあってきたのが、海軍『本部』の海兵たち。つまり彼らも次元の違うレベルの者たちであり、アーロンを何とかするぐらいわけないと思わない?そもそも、アーロンが実力では自分に大きく劣る海兵をわざわざ買収している最大の目的は、本部へ連絡させないためだろうし」

 

 人間を見下しているアーロンも、流石に海軍本部を舐めてはいないに違いない。何しろヤツ自身、1度は黄猿に捕まったことがあるはずだ。原作の魚人島編でも言われてたけど、ジンベエにだって知られたくないだろう。

 

 「だとしても、どうにもならないわよ。海軍本部があるのはグランドライン、ここは東の海よ? 連絡を取ろうにも、支部が買収されてるんだから取り合ってもらえないわ」

 

 ……この様子からすると、実際に試してみたことはあるんだろうね。それでもダメで、自分たちで何とかしなきゃいけないと決めたんだろう。

 でもねぇ……俺ってば、コネがあるんだよねぇ。

 うん、虎の威を借る狐だよ。

 

 「ところでナミは、ガープって海兵を知ってる?」

 

 ニッコリ、と俺はいっそ無邪気にも見えるだろう笑顔で尋ねた。唐突な質問に、ナミは虚を突かれたような顔をした。

 

 「知ってるも何も……海軍の英雄じゃない。かつてゴールド・ロジャーを何度も追い詰めたっていう」

 

 うわ、凄い知名度。名前が売れてるっていいよね。

 

 「そう。海軍の英雄、『拳骨』のガープ。今尚現役の海兵で、海軍本部中将をやってるんだけど……うちの祖父ちゃんなんだよね、それ」

 

 「…………は?」

 

 「だから、ガープ中将はルフィや俺の祖父ちゃんなんだよ。祖父。グランドファザー。ジジイ。フルネームはモンキー・D・ガープだしね」

 

 シェルズタウンでヘルメッポ見てて、初めて気付いたんだよね。

 あれ、俺らって凄いコネ持ってんじゃね? って。むしろ何故それまで気付かなかった俺。

 ……うん、普段の祖父ちゃんの態度が無茶苦茶なせいだな。それで祖父ちゃんが偉いってことが何となく思考の彼方に吹っ飛んでたんだ。

 でもこう言っちゃ何だけど、ヘルメッポよりかは有益なコネの使い方だろう。

 

 「つまり俺は、ナミの言う『次元の違う人』に直接連絡を取る術を持ってるってこと」

 

 パッカリと口を開けて呆然としていたナミだけど、言ってる内容が頭に入って来たのか、やがて猛然と抗議してきた。

 

 「な、何よそれ! あんたたちって海賊一家じゃなかったの!?」

 

 「親兄弟は海賊だけど、祖父は海兵なんだよ。祖父ちゃんとしては、子どもも孫も海軍に入れたかったみたいだけど。……何なら、証拠を見せようか?」

 

 言ってテーブルの端から手繰り寄せたのは、シロップ村でカヤに譲ってもらった電伝虫。

 ナミがまだパニクってる傍らで、俺は電話を掛ける。掛けた先は勿論。

 

 <誰じゃ?>

 

 祖父ちゃんである。

 

 「あ、祖父ちゃん?俺」

 

 祖父ちゃんに直通の番号で掛けたから、向こうが名乗らないのはある意味当然である。

 うん、祖父ちゃんの直通番号、一応教えてもらってたんだよね。今までは電伝虫が無かったから使ったこと無かっただけで。

 

 <ユアンか!? どうした、何かあったか?>

 

 ……この様子からして、祖父ちゃんはまだ俺たちが海に出たことを知らないね。

 

 「あった、と言えばあったかな。でも今は取り敢えず、祖父ちゃんの声が聞きたくてね」

 

 <そうか!>

 

 受話器の向こうで嬉しそうに笑う祖父ちゃん。

 ……ゴメンナサイ、あなたの孫は2人揃って海に出て海賊になろうとしてます。ってか、心は既に海賊です。

 実を言えば、罪悪感はある。祖父ちゃんが俺たちを海兵にしたがっているのは、俺たちを守りたいからだってのは一応解ってるし。

 海賊になるのを止める気はないけど、爺不孝に関しては素直に謝ります……心の中で。

 

 <ルフィはどうした? 一緒じゃないのか?>

 

 「……あいつは今、レストランを破損してその償いとして雑用をさせられてるよ」

 

 ウソではない。ただ、この言い方では祖父ちゃんは、レストランってのは町のレストランだとでも思うだろうけど。

 

 「ねぇ祖父ちゃん。祖父ちゃんって、海賊王と戦ったんだよね?」

 

 今更な質問である。祖父ちゃんも一瞬沈黙した。

 

 <何じゃ、ヤブから棒に。聞きたいか、わしの武勇伝が!!>

 

 「いや別に」

 

 <何!?>

 

 嬉しそうだった祖父ちゃんの声が、ガーンという効果音が付きそうな感じになった。

 

 「ちょっとした確認……じゃ、またね」

 

 <また!? 待てユアン、久し振りの祖父ちゃんじゃぞ!?>

 

 「うん、ゴメン。ちょっと急いでるんだ。また今度ね」

 

 それだけ言って、俺は電伝虫を切った。

 今度、はW7になるだろう。

 今はまだ『自称海賊』の俺たちも、もうじき正真正銘『海賊』になる。そうなったら・・・祖父ちゃんへ連絡を取るのは、避けるべきだろう。

 肉親とはいえ、海賊と海兵が気軽に連絡を取り合うのは喜ばしいことじゃない。勝手な理屈だとは解ってるけど、俺なりのケジメだ……祖父ちゃんには申し訳ないけど。

 俺は頭を1度振ってちょっと気分を切り替え、まだ呆然としているナミに視線を戻した。

 

 「ご覧の通り。俺たちには、海軍本部の上層部と直接連絡を取る術がある。彼らなら、アーロンぐらいどうとでも出来るのは、ナミだって解るだろ?」

 

 「……海賊が海軍を利用する気?」

 

 その問いには、苦笑するしかない。

 

 「海賊だから、するんだ。聖人君子じゃないからね。必要とあれば卑怯な手だって使うよ…まぁそうは言っても、やっぱり孫としては心苦しいから、出来れば使いたくない。だから、最終手段として提示したんだ。本当なら、今すぐにでも報告すべきなんだろうね。グランドラインから東の海へ来るにはそれなりの時間が必要なのは事実だけど、そうすればわざわざ1億ベリーを用意する必要も無くなる。俺たちが戦う必要も無い。けどそれでも、俺はアーロン一味と戦いたいと思う。祖父ちゃんを利用するのは心苦しいし、何より」

 

 俺は真っ直ぐナミを見た。

 

 「少しでも早く、ナミの重荷を取りたいと思うからね」

 

 「…………」

 

 「どう?どっちに転んでもナミの村は助けられると思うんだけど……?」

 

 1億ベリーは貯まる。金を払えばそれで済むかもしれない。

 俺たちが戦って勝てば、それで『支配』は終わる。

 負けたとしても、海軍本部の『英雄』に繋ぎを取られれば、アーロンは終わる……ひょっとしたらこの場合、事情を知ればジンベエが来たりするかもだね。

 うん、アーロン詰んでるな!

 

 「本当に……危なくなったら、逃げるんでしょうね……?」

 

 暫くの逡巡の後に出されたナミのその答えは、遠回しな戦いの選択とも言える。けど取り敢えずこの場は、それで構わない。

 俺は笑顔で頷いたのだった。

 

 

 

 

 結局、ひとまずは1億ベリーを用意してみる、ということになった。

 ……8年間、ってのは長いね。それを達成しかけている所で急な方向転換は難しいだろう。俺が示唆したのはあくまでも可能性でしかないわけだし。

 まぁアーロンが1億ベリー受け取っても、戦うけどな! 

 祖父ちゃんの名が効いたのだろう。ナミは心持ち表情が明るくなってる。何にしても、最終的に村を救える目処は立ったわけだしね。

 スゴイな、祖父ちゃん。俺は今、産まれて初めて祖父ちゃんを尊敬してるよ……今までは、嫌いではなかったけど尊敬は全く出来なかったから!

 

 

 

 

 さて、結論が出たところで……次に考えないといけないのは、ゾロか。

 間違いなく大怪我してるだろうからね。原作ではアレ、自分で縫ったんだったっけ?

 治療しないとな……俺だって医者じゃないけど、慣れている分、少なくともゾロよりは上手く縫合できるだろうし。

 ゾロの気配は、既に随分と小さくなっている。急いだ方がいいだろう。

 ナミと俺はメリー号を動かし、ゾロたちがいるであろう方へと向かったのだった。



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第68話 ミホークの用事

 現場に向かってみるとゾロは既にウソップとヨサク、ジョニーによって小船に引き上げられていて、剣を空に向けて高々と掲げていた。

 

 「おれはもう! 2度と負けねぇから! あいつに勝って大剣豪になるその時まで! おれは負けねぇ! 文句あるか、海賊王!!」

 

 「ない!!」

 

 魂の叫びと言ってもよさそうなゾロの宣言に、ルフィは満面の笑顔で答えていた。

 見た限りでも、ゾロは血塗れだった。急所は外されているだろうけど、早いとこ治療するに越したことはないな。

 

 「おい、大丈夫か!?」

 

 メリー号が小船……ヨサクとジョニーの船だ……に近付き、俺は声を掛けた。

 

 「これが大丈夫そうに見えるか!?」

 

 叫び返してきたのはウソップだった。

 

 「治療! 頼んだぞ!」

 

 「了解! 元よりそのつもりだ!」

 

 ルフィに言われ、俺は1度小船に降りてゾロを担ぎ、メリー号に戻った。

 ゾロの怪我は、やはり相当酷い。袈裟懸けにバッサリと斬られていて、出血もかなりのものだ。ただ、やっぱり急所は外れている。今すぐどうこうということにはならないだろう。

 

 「な、何があったらこんなことになるのよ!?」

 

 何が起こったのかまるで知らないナミが息を呑む。

 

 「理由は後でいい! ナミ、悪いけど、医療道具を用意しといて! 俺はその間に、ちゃっちゃとあの3人回収してくるから!」

 

 3人というのは当然、ウソップ・ヨサク・ジョニーのことだ。正直、ここまで酷い傷だとアイツらにも手伝ってもらいたい。

 普段ならタダで使われたりなんてしないナミだけど、流石にこの状況でそんなことを言う余裕は無いらしい。俺の指示に頷くと、船内に入っていった。

 俺は再び月歩で小船に降り、3人を回収……基、小さくして掴んだ。これなら早い。

 

 「おい、ナミの件は片付いたのか!?」

 

 ウソップとしては、その点も気になっているらしい。まぁ当然か。俺はちょっと小首を傾げた。

 

 「片付いた、とは言えないな。どっちかって言うと、これからが問題だ。それは追々説明する……!?」

 

 急にゾワ、と背筋が冷えるような感覚がした。

 な、何だ、一体!? これは……視線? ……あ、まさか。

 しまった……忘れてた……。

 俺は背後から感じる視線に、恐る恐る振り向いた。そしてその視線の先には、ヤツがいた。

 ヤツ……そう、『鷹の目』のミホークが。

 しまった……! ゾロの怪我のことばっか考えてて、ミホークがこの場にいるであろうことがすっかり頭から抜け落ちてた!! 出くわしたくないって思ってたはずなのに!!

 え~っと、『鷹の目』さん? 何でそんなにガン見してくるのでしょーか……。

 

 「おい、『鷹の目』。テメェはこの俺の首を取りに来たんじゃねぇのか?この東の海の覇者、首領ドン・クリークの首をよ」

 

 ミホークの後ろからクリークが何か言ってるけど、正直俺にはどうでもいい。

 もうあれだよ、蛇に睨まれた蛙の気分。そのくらいジィ~~~っと見られてるんだよ!!

 背中にイヤ~な汗が伝うのが解った。

 

 「そのつもりだったがな。もう充分に楽しんだ。それに、他に用も出来た。最早そんなことに興味は無い」

 

 …………あの~、用が出来たってどーいうことでしょーか? 『帰って寝る』んじゃありませんでしたっけ?

 俺の思考が軽く現実逃避を始めた中、クリークがミホークに武器を向けた。

 

 「テメェはよくても、やられっぱなしのおれの気が済まねぇ……帰る前に死んで行け!!」

 

 言うや、弾丸を乱射するクリーク。

 

 「懲りぬ男よ」

 

 ミホークは黒刀『夜』を手に取り、一振りすることでその攻撃の一切を無効化した。同時に、その衝撃で大きな波が起こり、この場は一瞬騒然とした。

 俺はというと、ミホークがクリークに一瞬向き直ったお陰で何とか緊張も解け、この隙にと思ってメリー号に駆け戻った。

 ありがとう、クリーク!まさかお前に感謝する日が来るなんて夢にも思ってなかった!

 だってヤバイって、マジで! いくら何でも『鷹の目』はヤバイよ、色んな意味で!

 いや、落ち着け俺! 今はそれよりゾロの治療が最優先事項だ! ひとまずミホークのことは忘れるんだ!

 

 「解除」

 

 俺は1回頭を振って思考を切り替え、連れてきた3人を元の大きさに戻した。

 

 「ヨサク、ジョニー、ゾロを船内に運んでくれ! ウソップは湯を沸騰させておいて! 消毒に使うから! 俺はその間に、船を少し動かしとく!」

 

 何しろこれから、バラティエ+ルフィVSクリーク海賊団が開戦する。巻き添えで船が破損したりするのは避けたい。それに、もし原作通りに毒ガスを使われたりしたら大変だ。

 俺の指示に、メリー号船上は俄かに騒がしくなったのだった。

 

 

 

 

 治療自体は、そう難しいものじゃなかった。

 ものの見事にバッサリいってるもんだから斬り口も綺麗で、縫合も簡単だったし。

 シロップ村でカヤが必要最低限の医療道具を積んでおいてくれたから、オレンジの町の時と違って今回は、麻酔もある。

 傷が大きいから大変ではあったけど、人手も足りていたから問題は無い。

 消毒し、麻酔を打ち、縫合し、また消毒して包帯を巻き、薬……鎮痛剤と抗生剤を飲ませる。作業としては単純だった。本当なら輸血とかもした方がいいのかもしれないけど、流石にそこまでの技術は無い。後でレバーやチョコレートでもたくさん食べてもらおう。

 そうして最低限の処置を終えた頃、メリー号に客人がやってきた。

 

 「おいテメェ、さっきはよくも宝を奪ってくれたな!」

 

 クリーク海賊団のモブたちである。人数は5人。狙いは俺と、俺の奪った宝。

 

 「あれ、意識あったんだ」

 

 正直、そんなこと考えてる余裕は無いと思ってたんだけどね。

 

 「さぁ、おれたちの宝を返せ!」

 

 各々武器を片手に凄んでくるけど……返せと言われて返す海賊はいない。

 

 「あの時は動けなかったが、今はどうってこたぁねェんだよ!」

 

 「……いっそ、動けないままの方が良かったと思うけど?」

 

 静かにしてくれないかね、ゾロが起きてしまうじゃんか。折角休ませてるのに。

 

 「あぁ!? ナメてんのか、このチビ!」

 

 ………………よし、叩き出そう。

 俺の頭の中からは、『話し合いで解決』だとか『穏便にことを進める』という選択肢が綺麗サッパリ無くなった。

 

 「ユアン……」

 

 何故かウソップが部屋の片隅にまで後退しながら俺に声を掛けてきた。

 やだなぁ、そんなに怯えなくてもちゃんとあいつらは地獄送……コホン、追い出しとくよ?

 

 「船は……壊さないでくれ……」

 

 「当たり前だろ? この船は俺たちの『家』じゃんか」

 

 元よりメリー号に傷を付けるつもりは無い。となると、嵐脚(ランキャク)は使わない方がいいな。

 

 「つべこべ言ってないで、さっさとッ!?」

 

 俺は剃で1番煩く喚いていたモブの懐に一瞬で入り、その右肩を撃ち貫いた。

 

 「指銃」

 

 別にどうということの無い、ごく普通の指銃である……が、モブの身体を貫くのは簡単だった。

 

 「グハッ!」

 

 それでもまだ倒れるほどではなく、指を引き抜くとモブはよろけながらも下がった。

 

 「何だ!? 何をした!」

 

 ……敵にわざわざ答える義務は無いな。

 

 「そんなことはどうでもいいんだよ……それより、さっさと俺たちの船から出て行ってくれない?」

 

 俺は指を鳴らしながら、そう言って微笑んだのだった。

 

 

 

 

 「嵐脚・線!」

 

 《うっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!》

 

 あの後俺は、単純な蹴りや拳、指銃(シガン)を以ってヤツらを船内から追い出し、最後には嵐脚で海に叩き落した。

 あれぐらいなら問題ないよ。さて、戻るとするか……。

 

 「待て」

 

 !?

 不意に背後から響いた静かな声に、俺は硬直した……何故なら、それが聞き覚えのある声だったからだ。

 恐る恐る声のした方を見ると。

 

 「………………」

 

 「………………」

 

 『鷹の目』のミホークがそこにいた……うん、無言で見詰め合うことになっちゃったよ!? 振り向けばヤツがいる~、ってか!?

 え、何!?何でわざわざ船にまで来て………………気のせいだよね?

 ミホークの視線が完全に俺をロックオンしていて、しかもその手が背中に背負った『夜』に伸びているなんて、気のせいだよね!? 俺の見間違いだよね!?

 

 「……!」

 

 「どわぁっ!!」

 

 気のせいじゃありませんでしたぁっ!! 普通に斬りかかられましたぁ!!

 いや、その一閃を俺が避けられた時点でミホークの方は本気じゃなかったんだろうけど!! でもすっごい心臓に悪い!!

 

 「な、何で斬りかかるんだよ!」

 

 俺はミホークから充分に距離を取って問い詰めた。けど……それに対するヤツの答えは。

 

 「つい」

 

 「つい!?」

 

 何だよそれは! そんなの理由になるか!?

 

 「世界一とも言われる剣士が、『つい』で人に斬りかかるのか!?」

 

 斬るべき時に斬るべきもののみを斬るのが剣豪じゃないのか!? 『つい』って何だよ!

 しかし俺の発言も、ミホークには特に堪えてないらしい。何故なら、『夜』を仕舞いながら次いでその口から出た言葉が。

 

 「条件反射だ」

 

 …………って、オイ!

 

 「何の!?」

 

 いや、予想は付く! ものすっごく考えたくないけど、予想は付いてしまう! けど何だか、認めたら負けな気がしてしまうのは何故だ!?

 あれ? でも今はもう、ミホークはソレにあんまり拘ってないんじゃなかったっけ?

 

 「かつてを思い出したものでな」

 

 え~~~~っと……つまり、そういうことデスカ? 今ではなく、過去のヤツを思い出して、当時の自分が蘇った、と……?

 って、ふざけんな!! いい迷惑だ!! 俺、関係無いじゃん!!

 ……いや、落ち着け俺。冷静になるんだ。もうこうなったらスルーしてしまえ。

 俺は1回小さく深呼吸し、あえてミホークに向き直った。

 

 「それじゃ、俺はこれで。ゾロの様子も気になるから」

 

 至極爽やかな笑顔でそれだけ言って、踵を返そうとした。

 俺が『赤髪』に似てるって理由でちょっと昔を思い出したってだけなら、もういいだろう。無関係を装うのが1番だ。そう思い、俺は引き返しかけた……が。

 

 「待て。確認するべきことがある」

 

 思いっきり引き止められた。

 

 「……何か?」

 

 仕方が無く、俺は振り返った。何故ならば、ミホークの声音が有無を言わさぬ響きを持っていたからだ。これを無視して船内に戻れば、ミホークも来てしまうかもしれない。もっと悪ければ、メリー号も真っ二つにされる可能性だって皆無じゃないかもしれない。それはどちらも御免である。

 振り返った先のミホークは何やら思案顔だったけど、やがて徐に口を開いた。

 

 「小僧、貴様の名はもしや、ユアンというのではないか?」 

 

 …………………ハイ?

 

 「そう、だけど……」

 

 やはり、と言わんばかりの表情のミホークに対し、俺は軽くパニック状態だ。

 

 「何でそれを知ってるんだ?」

 

 思い返してみても、俺の名前を知られる機会は無かったはずだ。ルフィもウソップも、俺の名前は呼んでいなかった。

 ……いや待て。ミホークのこの口ぶりからすると、今この場で聞いたのではなく、元々知っていたみた

いじゃないか? となるとそれって……!! まさか!?

 

 「昔、ある娘に聞いたことがある」

 

 やっぱりか! それ明らかに母さんだよね!? え、でもミホークにまで知られてんの!? どこまで広まっちゃってんの、俺の名前!!

 しまった……あっさり肯定するんじゃなかった……しらばっくれるべきだったか?

 くそ、俺ってばマジで冷静さを見失ってる。

 落ち着け、知られてたから何だ。別にそれでどうこうしなきゃいけないわけでもないだろうが。ミホークの方も別に特別敵意や戦意を見せているわけじゃない。バギーみたいに問答無用で襲い掛かってきたりはしないだろう。

 

 「じゃ、疑問も解決したところで、俺はこれで……」

 

 「待て」

 

 再び場を切り上げようとしたけれど、それは阻止されてしまった。

 何なんだよ、一体!?

 

 「貴様に渡すべきものがある」

 

 渡すべきもの……って、俺に?

 

 「俺、あんたとは初対面だと思うんだけど?」

 

 思うどころか、間違いなく初対面だ。

 

 「16年、いや、もう17年近く前のことだ。おれはある娘から預かり物をした。いつか返してもらうと言っていたが、未だにそれはおれの手元にある……貴様の名を聞いたのもその時だ」

 

 ……へ? って、それってまさか……。

 

 「あんたか! 『珍しい場所で会った珍しい人』って!」

 

 あの、日記に書いてあったヤツ! 移動に困ってた時に船に乗せてくれた人!

 しかも、その人は『会う度にいつも怪我をする』って……そりゃするだろうよ! 母さんが『鷹の目』に度々会う機会があるとしたらそれはまさに、今じゃ伝説になってるっていう『赤髪』VS『鷹の目』の決着の着かない決闘の時だろうからね!!

 ……アレ?ってことは。

 

 「……その節は母が大変お世話になりました」

 

 ペコリ、と。俺はマキノさんに習った挨拶を思い出しながら腰を折った。まさか、俺がこの挨拶を使う日がやってくるとは……。

 でもそうだよ、だとしたらミホークってある意味恩人じゃん。だって、海賊辞めた後に移動に困ってたんなら、それって祖父ちゃんに合流する前のことだ。ってことは、もしミホークに会えなかったら母さんはそのまま移動がままならなかったかもしれないわけだよね? 謝礼はしておかなければ。

 ミホークは一瞬だけ何だかちょっと微妙な表情をしたけど、すぐに元に戻った。

 

 「そんなことはどうでもいい……おれは預かったものを返したいだけだ」

 

 いや、でも。

 

 「こう言うのは何だけど……それをあなたに預けたのは母さんであって、俺じゃない。俺に渡されても、意味は無いと思うんだけど……」

 

 とはいえ、その母さんも死んでいるわけだから、どうしたらいいのか解らないんだけど。

 

 「問題はない」

 

 俺が思案していたら、ミホークはこともなげにそう言った。

 

 「あの娘も、元々そのつもりだったからな……賭けはあの娘の勝ちというわけだ」

 

 「? それってどういう……?」

 

 言ってる意味が解らない。

 

 「詳しいことはおれも知らん。だが、とにかくおれはあの時の約定に従って、貴様にそれを渡す。来い。すぐに済む」

 

 俺の返事を確認もせずに、ミホークは踵を返して船から降りていった。多分、横に棺船でも停泊させてあるんだろう。

 

 「…………」

 

 俺はというと、暫く迷った。

 行っても、多分、問題は無い。もうゾロの処置も終わってるし。それに、かつて何があったのかも気になる。

 しかし一方で、ミホークの真意も図りかねる。ヤツが俺を騙す理由も必要性も無いだろうけど、何を考えているのか解らない。

 迷ったけれど……結局俺は、ミホークの後を追って棺船へと降り立ったのだった。



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第69話 過去編② ~断言~

 「これは……」

 

 棺船に降り立った俺にミホークが投げて寄越した物は母さんの日記にもあったように、小さな物だった。

 

 「貝?」

 

 大きさは精々5cmほどで、掌で包み込んでしまえる。色は淡い水色の、小さな二枚貝だ。

 けど、ただの貝をわざわざやり取りに使うとは思えない。となると、コレってひょっとして……。

 

 「ダイアル、という物だと言っていた」

 

 やっぱりか。

 見た瞬間から予想はしていたから、驚きはあまり無い。

 ただ、これが何のダイアルなのかが解らない。こんなのは原作でも見なかった。

 そもそも俺の記憶が正しければ、原作で出て来たダイアルは巻貝型ばかりだったはず。でもこれは二枚貝……その時点で俺の知識外にある。

 だってあれって、殻長を押すことで溜め込んだエネルギーを放出してるんじゃなかったっけ? これ、殻長無いじゃん。

 ってことはひょっとして……エネルギーを溜め込めないのか? でもそんなダイアルにどんな使い道が?

 元々は母さんの物らしいけど、日記には……無かったと思うんだけどな。いや待て、前にそんな記述を読んだことあるような気がする。船長ロジャーにダイアルをもらった、とか。ダイアルにはあんまり興味無かったからスルーしてしまってたのかも。後で確認するか……。

 けど、それよりもまず。

 

 「(ダイアル)は解ったけど。これ、何に使えるんだ?」

 

 今の今まで持っていたミホークに聞くのが手っ取り早いかもしれない。

 けれど俺の問いに、ミホークは肩を竦めた。

 

 「知らん」

 

 ……あっさりだな、オイ!

 

 「便利な物だ、としか聞いておらん。あとは、珍しい物だから価値を知る者には高値で売れるかもしれない、とも言っていたな。だが、肝心の使用用途や使用方法に関しては聞きそびれた」

 

 まぁ、ダイアルなんて大抵が便利な物であり青海では珍しい物だと思う。

 けどミホークがウソを吐いているようには見えないし、吐く理由も無い。知らないのなら知らないんだろう。

 

 「じゃあもう1つ……何でこれを母さんじゃなくて俺に渡すことでOKになるんだ?」

 

 俺の質問にミホークは一瞬沈黙し、やがて口を開いたのだった。

 

==========

 

 それは全くの偶然だった。

 ミホークはシャンクスとの再戦のために赤髪海賊団がいるという島に向かっていた。

 ライバルと言われる2人が決闘したことは、当然、1度や2度じゃない。

 そして、偶然出くわしたとき以外で勝負が起こるのは大抵、ミホークがシャンクスの元に訪れる時である。とはいえ別に、ミホークがシャンクスに挑んでいるわけではない。

 何しろ、海賊とはいえ団を結成しているわけではない一匹狼のミホークと、一党の頭であるシャンクスだ。個人の自由度はミホークの方が圧倒的に高い。故にいつしか、ミホークの方がシャンクスの元に向かう、というスタイルになっていた。

 その時もそんなある意味いつも通りの行動の途中、赤髪海賊団がいるという島よりも少し手前の島に補給のために立ち寄った。割と人の多い活気に溢れる島だったのだが、そこに見覚えのある1人の娘がいた。

 

 「……こんな所で何をしている」

 

 ミホークが問い詰めたのも無理はない。

 

 「ミホークさん!? 何で!?」

 

 そこにいたのは、今まさしくミホークが向かおうとしていた島にいるはずの、赤髪海賊団の船医、『治癒姫』ルミナだったからだ。

 

 

 

 

 はっきり言えばミホークは、赤髪海賊団にそこまでの興味は無い。彼にとって大事なのはあくまでも『赤髪』個人との決着であって、その一党はどうでもいい。

 顔見知りではあるし、気のいい連中だとは思うが、それだけだ。誰がどのような行動を取ろうと、ミホークには関係の無いことで、謂わば対岸の火事。

 だが、『治癒姫』だけは別である。何故ならミホークは、彼女には借りがあった。

 ミホークとシャンクス。2人の決闘は決着が着かず早数年。その間彼女はその能力を以って2人を治療してきた。

 当初は、自身の船長であるシャンクスはともかく、敵であるはずの自分にまで治療を施すのはどういうことだ、と思ったものだ。何か妙な哀れみや同情でもあるのか、と内心面白くなかった。

 しかし、ルミナ曰く。

 

 『だって、決着着いてないんでしょ? だったら、ちゃっちゃと治してまた鍛練でもした方がいいんじゃない? どうせシャンのことはすぐ治さなきゃいけないんだし、その方がフェアだよ。ミホークさんが負けたっていうなら手は出さないんだけどね』

 

 とのこと。

 言われてみれば、彼女の言い分も解らなくはない。

 例えほんの数日であっても、向こうは動けてこちらは動けない、というのは確かに面白くない。向こうの方が怪我が軽くて先に治った、というならまだしも、悪魔の実の能力によって一瞬で全快するというのだから。

 納得したことにより、ミホークはルミナの治療を受け入れた。

 けれどそれは同時に、何となく彼女に借りを作っているような気にさせられていたのだ。本人は気にしていない……というよりむしろ、考えてもいないようだが。

 

 

 

 

 そのルミナが、何故こんなところにいるのか。聞かぬうちに赤髪海賊団が移動していたのか、とも思ったが、今この島には海賊はいないらしい……訂正、海賊『団』はいないらしいと事前に聞いていた。

 

 「何をしている」

 

 もう1度、ミホークは訊ねた。ルミナの左腕をがっちり掴んで逃げられないようにして、だ。でなければすぐさま踵を返して逃亡されそうな気がしたのである。

 ルミナはギクリと身を強張らせ。

 

 「か、買出しよ!」

 

 目は泳ぎ、口元を引き攣らせながらそう言った。

 

 「…………。」

 

 ミホークは、何と言っていいやら解らなかった。もし彼にツッコミという属性があれば、『ウソ下手っ!』と言ってくれていたかもしれない。

 が、ミホークにそんなスキルは無く、僅かな頭痛を抑えて再び問い詰めようとした時、ルミナの顔色が急に変わった。

 

 「は、離してっ!」

 

 それが自分から逃亡するための言葉だったなら、ミホークはルミナの腕を離さなかっただろう。だがその時の彼女は、何やら気分が優れなさそうだった。

 そういえばこの娘は、怪我は治せても病気は治せなかったかと思い至り、もしや体調が悪いのかと思い拘束を解くと、ルミナは口元を押さえてダッと駆け出して道から外れ、誰も来ないであろう茂みの中に隠れてしまった。

 その勢いがあまりに切羽詰っていたので、ミホークは一瞬呆気に取られた。が、すぐに持ち直して彼女を追おうとした。

 

 「お兄さん、この島特産の牛肉はいかが?」

 

 串に刺して焼いた肉を持った移動販売らしい商人の女に呼び止められたが、買う気も無ければそもそも興味すら無いので素通りする。女は残念そうに溜息を1つ吐いたが、すぐに気を取り直して去って行く。

 茂みを覗いてみると、ルミナが蹲っていた。

 

 「うっ……げほっ、う、っく……」

 

 どうやら、随分と気分が悪いらしい。嘔吐一歩手前、という感じだ。

 かといってミホークにはこんなときどうすればいいのかなど解らないので、取り敢えず持っていた水を差し出してみた。

 

 「あ、ありがとう……」

 

 ルミナはそれを受け取り、ゴクゴクと勢いよく飲み干す。

 

 「風邪か?」

 

 特に深い意味があっての問いではなかったが、聞かれルミナはまた視線を彷徨わせた。

 

 「そ、そそそんなところかなっ!?」

 

 「…………」

 

 明らかに先程よりも挙動不審である。

 怪しい。それ以外の言葉が見付からない。

 ミホークはカマをかけてみることにした。

 

 「ならば、来い。おれはこれから『赤髪』と戦いに行くつもりだ。ついでに送ってやる」

 

 「え!?」

 

 ルミナはあからさまに動揺した。

 

 「や、その~……お気になさらずに……ホラ、買出しも終わってないし!」

 

 「待ってやる。病人を1人で置いていくのも寝覚めが悪い」

 

 「え!? あの~えっと……あ、あたし別に、病気ってわけじゃないから!」

 

 「ついさっき、風邪だと言っていなかったか?」

 

 「う!」

 

 元々ウソが吐けないタイプのルミナは、簡単に自爆した。

 何やら厄介なことが起こっているようだ、とミホークは内心で嘆息したのだった。

 

 

 

 

 場所を町の宿の1室に移し、ミホークはルミナと向き合った。

 何しろ2人とも有名な海賊であるから、町中で悠長に話していて誰かに気付かれては面倒だ。

 まず口火を切ったのはミホークだった。

 

 「それで? 何故この島にいる」

 

 元々小さな身体を更に縮ませて身構えるルミナだが、もう下手な言い訳をする気は無いらしい。というより、先程のように引っ掛けられるぐらいなら素直に話してさっさと解放してもらおう、とでも思っているらしい。あっさりとミホークの質問に答えた。

 

 「偶々よ。本当は、ライル島に行きたかったの。でも……港でトラブルがあって、定期便に乗れなくなっちゃって」

 

 ライル島は、ここイリシン島のさらに1つ手前の島だ。現在赤髪海賊団がいるというダザン島はとは正反対の方角である。

 どうやら彼女は、1人でダザンからイリシンまでやってきて、そのままライルへ向かうつもりだったらしい。

 港で起こったトラブルについては、ミホークも町中で耳にしていた。

 何でも積荷泥棒が出たらしく、チェックが厳重になっているのだとか。なるほど確かに、『治癒姫』などバレた瞬間に通報されるだろう。戦えば彼女に分もあるかもしれないが、その目的があくまでも渡航ならば意味が無い。

 

 「何故ライル島なのだ? ダザン島へ戻るのではないのか?」

 

 「…………あたし、抜けてきたの」

 

 その答えには、即座に反応できなかった。あまりにも予想外であったために。

 

 「何だと?」

 

 「だから、赤髪海賊団、辞めてきたの」

 

 まさか、とミホークは内心驚愕した。表情には出なかったが。

 

 「『赤髪』が貴様を手放したというのか?」

 

 ミホークは正直、有り得ないと思った。

 一海賊として見れば、船で唯一の医者、それも悪魔の実による治癒能力まで持つ者を手放すことにメリットは感じられない。むしろデメリットしかない。しかもルミナ自身、戦闘の腕も立つのだ。

 一個人として見れば、海賊王の船に乗っていた頃からの仲間である2人の間には、確かな信頼関係があったはずだ。

 

 「ん~、ちょっと違うかな」

 

 ルミナはコテンと小首を傾げながら続けた。

 

 「勝手に出てきたの。だから、これからミホークさんがシャンたちに会いに行っても、あたしのことは話さないで」

 

 何だそれは、とミホークは更なる頭痛を覚えた。どうやら、予想以上に事態は厄介なのかもしれない。

 

 「海賊船のクルーが船を降りる・降りないというのは、船長の許可がいるのではなかったか?」

 

 それは、団を結成していないミホークでも理解している、海賊団の鉄則である。ルミナの方でも解っているらしく、苦笑した。

 

 「うん。でも、降りるって言っても許してくれなさそうだし。だから黙って出たの」

 

 何が『だから』なのか。相変わらず、思考回路がズレている。

 

 「……追われるのではないか?」

 

 「そうかもね。でも、捕まってあげない。だからホラ、渡してたこれも回収しといたし」

 

 言ってルミナが懐から取り出したのは、1枚の紙。見た目には何の変哲も無い紙だが、話の流れでミホークはその正体を察した。

 

 「ビブルカードか」

 

 正解、といわんばかりにいっそ無邪気な笑みを浮かべるルミナに、ミホークは本気で頭を抱えたくなった。

 

 「よく家捜しが出来たものだな」

 

 いや、同じ船(=家)にいたのだから、部屋漁りか。

 

 「だって、寝てたもん」

 

 ケロッとしたその様子に、ミホークは何だか嫌な予感がした。

 

 「起きる可能性もあったのでは?」

 

 「大丈夫! 一服盛っといたから!」

 

 ミホークはその瞬間、積年のライバルに心底同情した。

 今彼の目の前でどん、と胸を張る娘は、船医である。まさか海賊頭が自身の船医に一服盛られるなんて、夢にも思って無かったに違いない。しかもミホークの記憶が正しければ、その2人は恋仲でもあったはずだ。

 

 「……今頃向こうは混乱しているだろうな」

 

 「かもね。でも大丈夫だよ、後任の船医はダザンで見つけておいたから」

 

 そういう問題ではないだろう、という言葉が喉まで出かかったが、ミホークは口を噤んだ。

 

 しかしそうなってくると、これは本気だ。単なる冗談や家出(?)ではない。この娘は本気で『赤髪』の元を去ろうとしている。何がどうしてこうなった。そして、何故それに自分は遭遇してしまったのか。

 ルミナの逃亡が完遂されれば、『赤髪』が多かれ少なかれ動揺するのは間違いない。この娘にはそれだけの影響力がある。それはミホークとしては避けたかった。無いとは思うが、そのせいで万が一にでもヤツの剣先が鈍ったりしたら目も当てられない。

 

 「何故だ?」

 

 気付くとミホークはそう詰問していた。下らない理由だったならば、このまま引き摺ってでもルミナを連れて行く気満々である。

 むぅ、とルミナは首を捻った。

 

 「……喧嘩した」

 

 色々言ってやりたいことはあったが、まず気になったのは。

 

 「いつものことだろうが」

 

 そう、いつものことである。

 決闘の後、赤髪海賊団では決まって宴会が催される。船長が勝ったわけでもないのに何故だ、と当初は思っていたが、その都度ミホークも強制的に参加させられ、やがて彼らが単にお祭り好きな集団であるということを理解した。まさしく、類は友を呼ぶ、だ。

 

 まぁそれはともかく。その度にシャンクスとルミナが喧嘩しているのをミホークは目撃している。酒が進んでくるとシャンクスは決まってルミナをからかう。そしてルミナは毎度それに応戦する。

 海賊団の連中によれば、それは宴会時に限らず日常茶飯事の光景のようで誰も止めない。むしろ、関わりたくないらしい。

 それはそうだろう。ミホークも見ていて思ったが、あれではまるで子どもの喧嘩、そうでなければ痴話喧嘩である。誰が好き好んでそんなものに首を突っ込みたいものか。

 ……今まさに自分は首を突っ込みかけていると気付きミホークは眩暈がしたが。

 一方のルミナはというと、まだ首を捻って考え込んでいる。

 

 「う~ん、いつもの喧嘩とは違くて……何だろう、黙って出てこう、って思ったのよね」

 

 うんうんと、ルミナは話しながら勝手に納得している。自己完結は結構だがやはり話の肝が見えてこず、ミホークはやがて顔を上げた。

 

 「ならば、やはり来い。話し合え」

 

 結局のところ他人がどうこう言えた問題では無いのだ。当人たちに任せるしかない。

 しかし。

 

 「それはダメ」

 

 ルミナの答えは簡潔だった。そして即答だった。

 

 「例え話がどう転んでも、どの道船は降りなきゃいけなくなっちゃったし。……大事なことが話せなかったけど、うん、その方がいいのかもしれない。黙って出てきちゃったのは悪いと思ってるけど、だからって戻る気は無いの。だからお願い。このままあたしを解放して、あっちには何も言わないで」

 

 そう言って笑うルミナに、ミホークは何だか妙な感じがした。

 

 (これがあの『治癒姫』か? あの子どもっぽい、暢気な娘か? 何があったというのだ)

 

 ミホークが前回ルミナと会ったのは、ほんの2ヶ月ほど前のことである。

 

 (女は急に変わるというが……)

 

 だからといって、こんな短い間に何故こんな笑顔を浮かべるようになる。このような……複雑な笑顔を。

 単純、鈍感、能天気。それがミホークがルミナに対して抱いている印象だった。なのに先ほど見せた彼女の顔は、その真逆だった。

 そこでふと、ミホークは気付いた。

 女は急に変わる、という話は以前に聞いたものだがそれと同時に、短期間で大きく変わる時というのは大抵どういう時か。

 まさか、とも思うが、同時にふと思い出す。つい先ごろの、町中でのルミナの様子を。

 目の前でコップの水を飲む娘に、ミホークは直球でカマをかけてみることにした。

 

 「身篭ったか」

 

 瞬間、ルミナがブハッと飲んでいた水を吹き出し咳き込む。

 

 「ゲホッ! な、何で……?」

 

 目を見開くルミナに、ミホークは確信した。

 

 「女が短期間で急に変わる時、その原因は大抵色恋か懐妊だと聞いたことがある」

 

 「……誰に聞いたの、そんなの。偏見よ。人それぞれ事情ってものがあるんだから」 

 

 「かもしれん。だが、今回は当たりだったようだな」

 

 グ、とルミナは言葉に詰る。思い返せば町中で吐きかけていた所も見られていて、咄嗟に上手い言い訳が見付からなかったのだ。あれは失敗だった……まさか、これまで大好きだった肉の匂いが、あれほどまでに堪えるものになるなんて。

 一方でミホークは更なる頭痛を覚えていた。何故こうも厄介な出来事に遭遇してしまったのか。

 

 「『赤髪』の子か」

 

 思わず口をついて出た問いだったが、正直答えは期待していなかった。何しろルミナは今まで散々誤魔化そう、しらばっくれようとしていたのだから。

 しかし。

 

 「そーだよ」

 

 ルミナは聞いた方が呆気に取られるほどあっさり認めた。

 ミホークの疑問顔に気づいたのだろう、ルミナは肩を竦めた。

 

 「どうせもうバレちゃったなら、誤魔化すのも面倒かなって」

 

 いっそ清々しい、ケロッとした顔をしている。

 何とも立ち直りの早い娘である。変わったといってもやはり本質は以前と同じらしい。単純、鈍感、能天気だ。

 

==========

 

 

 「うん、予想してた。予想はしてたよ、ってか確信してた。でもさぁ……」

 

 棺舟の上で頭を抱えて蹲る俺に、ミホークは怪訝な顔をしている。

 気持ちは解る。俺ってば怪しいよね。

 でも! でもさぁ!!

 予想はしてたよ。ってか確信に近かった。

 でも明言っていうか、断言されたのは初めてだよ!!

 現実を自分で認めるのと他人に突きつけられるのでは、やっぱり衝撃が違うね!!

 こう、駄目押しっていうか、決定打っていうか!!

 しかもその話をしてきたのが『鷹の目』のミホークって! どんな巡り合わせ!?

 

 「……もう聞かんつもりか」

 

 「聞きます」

 

 ヤバイヤバイ、大事なのはこれからじゃんか! orz状態になってる場合じゃない!

 

 正直言えば、母さんのウソの下手さはルフィ並かよ! とか。

 『一服盛って』って何!? とか。

 そんなしょっちゅう喧嘩してたのか? とか。

 色々とツッコミ所が満載なんだけど、その辺はまぁ、置いといて。

 

 衝撃を受けるのは後でいい。俺が聞きたい、ってか知りたいのはその後のことなんだからな。





 出てきたダイアルはオリジナルです。原作では出てませんし、勝手に考えたものです。ただ、チートアイテムというわけではありません。詳細は追々。

 念のために言っておきますが、ミホークとルミナの関係は真実、知人以上友人未満ってところです。バギーのように特別な感情があるわけではありません。

 次回も過去編です。…どこかに文章力って売ってませんか?


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第70話 過去編③ ~決意~

 「でもなぁ~。今まで誰も気付かなかったのに。ちょっとショックかも」

 

 あっさりとした発言に、ミホークは逆に引っ掛かった。『誰も』、というのはまさか……。

 

 「自分でも気付いてなかった、とは言わんだろうな」

 

 「うん、気付いてなかった。実はね、今4ヵ月だと思うんだけど」

 

 4ヵ月……? それでは、以前会った時には既に……?

 

 「全っ然気付いてなくてね……つわりとかも殆ど無かったのに、気付いた途端に体調悪くなっちゃうし」

 

 だからそれまでは戦闘にも出てたんだよね~と、実にあっけらかんと言い放つルミナには、1つの単語しか思い浮かばなかった。即ち。

 

 「馬鹿か」

 

 そうとしか言い様がない。

 ほんの数十分見ていただけのミホークが気付いたというのに、何故ずっと見ていた海賊団の者たち、誰よりも自分自身が気付かなかったのか。しかもこの娘は医者ではないのか。

 それにしても、気付いているかいないかでここまで変わるとは……。

 

 「はいバカです……でもね、気付いちゃったからにはもう、海賊船には乗ってられないな~って。だって戦えないんだもん」

 

 「貴様は船医だろうが。必ずしも戦う必要などあるまい」

 

 そう、普通ならばそうだ。船医なら戦闘中は船室に篭っていても問題はあるまい。大切なのは戦闘後の治療なのだから。

 しかし。

 

 「あたしはすぐに怪我治せるからね。近くにいたら、戦闘終了まで待ってられないよ。その間にも手遅れになっちゃうかもしれないもん。それに船内でじっとって言われてもね~。ほら、あたしって真っ先に狙われるタイプだし。うっかり捕まって人質にでもされちゃったら嫌だよ」

 

 確かに、ルミナは誰よりも狙われるタイプだろう。

 中身がコレだとはいえ、見た目は小柄で細身な若い女の首に、億を越える懸賞金が掛けられているのである。そりゃあ狙われるに決まっている。

 それでもルミナには、見た目に反して懸賞額に相応しい実力があったから問題は無かったのだ。彼女を外見で侮って懸賞金を狙う程度の賞金稼ぎや名を上げようとする敵(海賊など)程度なら、相手にもならなかった。

 しかし、身重の身体では今まで通りにはいかないだろう。

 それなら船内でじっとしていれば、と言うのは簡単だが、ルミナの性格と併せ持つ能力を考えればそれも難しいだろう。なまじ治療が出来るだけに、じっとしているなど耐えられまい。よしんば出来たとしても、海賊の戦闘など何が起こるか解ったものではない。

 なるほど確かに、船を降りること自体はやむを得ないことと言えなくも無い。しかし。

 

 「だからといって、何故黙って出奔などする」

 

 問題はそこである。せめて一言言えばいいものを。

 

 「だから、喧嘩しちゃったんだって」

 

 それきり彼女は口を噤んだ。どうやら、詳細を語る気は無いらしい。しかし、喧嘩したと言うわりには怒っているようにも悲しんでいるようにも見えないのが不気味だ。

 ミホークが困惑していると、ルミナが苦笑した。

 

 「で、何度も言うけど、黙っててね? あたし今、ライルで待ち合わせしてるから、行かなきゃいけないの」

 

 待ち合わせ。それでライル島に向かおうとしていたのか、と納得すると同時に疑問も沸く。

 

 「待ち合わせとは、誰とだ?」

 

 いつものミホークならば、ここまで深くは突っ込まなかった。しかし、借りのある娘にのっぴきならない事態が降りかかっているのを見過ごすのも寝覚めが悪い。

 こうなったらとことん聞き出し、納得のいく答えが返ってこなければ昏倒させてでも赤髪海賊団へ引き摺っていこう。ミホークはそう決めた。

 対するルミナの答えは非常に端的だった。

 

 「父さん」

 

 「……何?」

 

 「だから、父さん。パパ。ダディ。ファザー。クソ親父。船を降りてから連絡を入れてね、それならその島で落ち合おうって」

 

 「そんなことを聞いているわけではない」

 

 ルミナの父親、ということだろうか。

 確か彼女の父親は海軍の英雄、『拳骨』のガープだったはずだ。以前宴会に巻き込まれた折に、酔った赤髪海賊団のクルーの誰かに聞いた。

 それはつまり……何だ?

 この娘は海軍と待ち合わせているというのか?

 

 「自首でもする気なのか?」

 

 「まさか!」

 

 ルミナはからからと笑った。

 

 「流石にね、1人で生きてはいけないもん。……ううん、1人ならやりようはあったのかな? 1人じゃないからあたしだけじゃダメなんだ。安心して子ども産む環境を手に出来るとは思えない。あたしってほら、ムダに有名なんだもん」

 

 海賊としては嬉しいんだけどねと笑うルミナには、ウソを吐いていたり無理をしていたりする様子は無い。

 

 「その点父さんなら、ある意味安心よ。アレでも一応英雄だもの。……別の意味で不安だけど」

 

 「だからこそ、貴様を捕えようと考えるのではないか?」

 

 詳しくは知らないが、海兵の父親にしてみれば海賊の娘など身内の恥と言っても過言ではないはずだ。

 

 「あたしのことは、ね。でも大丈夫」

 

 ルミナは自信満々に断言した。

 

 「アレでも一応、情は深いから。産まれてくる命に罪は無いもの。あたしのことはともかく、孫を見捨てることなんて出来ないわ。あたし、父さんのことは絶対尊敬出来ないけど、そこら辺は信頼してるの」

 

 長年敵対してきたとはいえ、父と娘である。当事者がそう断言するのなら、そうなのかもしれない。

 

 「だが……子が産まれた後はどうする気だ?」

 

 そう、それだけで済む話ではないはずだ。

 

 「貴様の考えが正しければ、確かに子を産むまでの安全は保障されるだろう。産まれた子のその後も、特に心配はいらんのかもしれん。しかし貴様自身はどうなる。『治癒姫』よ」

 

 あえて彼女の海賊としての二つ名で呼びかけてみた。

 しかしルミナも、それは考えていたらしい。全く動揺することもなくクスクスと笑った。

 

 「心配してくれるの? ありがとね……そうね~、やっぱり海軍本部にでも護送されるかな? でも取引に応じる気は無いのよね。父さんに預ければ、少なくともこの子をあたしに対する人質にすることも無いだろうし……別の意味で不安だけど……まぁとにかく、それならその内インペルダウン送りにでもなるんじゃないかな? 運が悪ければ公開処刑かもしれないね」

 

 ルミナの手配書の『ALIVE』に関しては、ミホークも詳しいことは知らない。だが、わざわざ生け捕りに拘る以上は、何かしらの裏があるはずだ。『取引』というのは多分、そのことなのだろう。

 だが、今大事なのはそんなことではない。

 

 「貴様、死ぬ気か?」

 

 公開処刑は勿論、インペルダウンへの収容とて死刑に等しい。何しろあそこは脱獄不可能の大監獄。1度入れば死ぬまで出られない。

 

 「別に死にたいわけじゃないけど、その時はその時ね。それで何とかなるなら、それでいいわ」

 

 死にに行くわけではないと言いつつも、死ぬ覚悟はしているのだろう。

 

 「育てられない子を産んで、何になる」

 

 ルミナが産後の身の振り方をそのように予測しているならば、産んだ子は放っておくことになる。言い方は悪いが、産みっ放しだ。不慮の事態でそうなったというなら仕方が無いだろうが、初めからそうなることを想定しているとは。

 

 「それは……確かに心苦しいなぁ……」

 

 初めてルミナの笑顔が曇った。

 

 「そうだね、それに関してはいくら謝っても謝り足りないんだろうね。でもだからって、他にどうしようもないもん。それとも、産むのを諦めた方がいいと思う?」

 

 「……おれには、そこまで口出しする権利も義務も無い」

 

 ミホークとルミナの仲は、決して悪くない。むしろ良い方と言えるかもしれない。ルミナは元々人懐っこい性格であるし、普段は一匹狼のミホークからしても、一方的にとはいえ借り……恩を感じている相手に悪感情は無い。

 それでも精々、知人・友人の範囲である。そんな人生の掛かった問題に口出しするほどの関係ではない。

 

 「うん……でもね、あたしだって無い頭で考えたんだよ。結局同じことなんじゃないかなぁって」

 

 「同じだと?」

 

 「育てられないから産んでも可哀相っていうのも、堕ろすのは子どもを殺すことだから可哀相っていうのも、結局はどっちも親のエゴだよ。だって子ども自身の意思なんて微塵も入ってないもん。それでも生きたかったかもしれないし、それなら産まれてこなければ良かったって思うかもしれない。本人に聞けたらいいのかもしれないけど、見聞色の覇気を使っても解んないし。だったらあたしもあたしが1番に思うことをやる。だから産む。自分で育てられなくても。あたしは子どもを育てたいんじゃない……ううん、勿論出来るなら育てたいけど。でもそれよりも、ただ生きて欲しい。周りに迷惑掛けるけど、構わない。あたし、我が儘なの。海賊だから」

 

 ルミナは一切の迷いも無く断定した。

 

 「……それに、だからって放り出すつもりでもないよ? 父さんに預けるから。さっきも言ったけど、少なくとも孫を売る人じゃないからね。……別の意味でものすっごく不安だけど……」

 

 頭を抱える彼女が何を考えているかはミホークには解らなかったが、何やらブツブツと呟いているのは聞こえた。

 

 「うん、不安。すっごい不安。ひょっとして事故死させられたり……ううん、大丈夫よ、きっと。きっとこの子は逞しく生きていけるわよ、あたしの子だもん。あたしだって生き延びられたもん。ああでもあのクソ親父のことだから何かトンでもないこと仕出かすんじゃ……仕出かすわね、絶対。どうしよう、いざその時になったら渡せないかも……不安すぎて。ううん、不安どころじゃないわ。うぅ、どうか強く生きて……」

 

 珍しいことに、何とも鬱々とした空気を醸し出している。

 

 「……そんなに気がかりなら、いっそ『赤髪』に話してしまえばいいだろう。喧嘩をしたからとて、意地を張ってもどうにもなるまい」

 

 「あ、それはダメ」

 

 あまりにもあっさりとした返しに、さっきまでの暗い空気が一瞬で霧散した。

 

 「確かに話せなかったのは喧嘩したからだけど、それはそれ。単なるキッカケだよ。だって、どの道子どもは父さんに預ける気だったの。……出産から何から頼ろうとしてるっていうのには、涙が出てきそうだけどね。情けなくて」

 

 ルミナは実にあっけらかんとしたものだ。

 

 「親の罪を子どもに背負わせるのってナンセンスだけど、それでも現実は厳しいもんね。あたしが海賊であることは自分で決めたことだし、自分の心に正直に生きた結果だから後悔とかはしてないけど、子どもは親を選べない。海賊の子ってレッテルは付いて回るよ、絶対。でもそれだと、選べる道が減っちゃうと思う。海賊になりたいって言うなら問題ないだろうけど、もし海兵になりたいとか言ったら、厳しいよ。止める気は無いし、自分でそう決めたのならそれでいいけど、本人がその気でも向こうが拒絶するかもしれない。海賊も海兵も関係ない一般人として生きていきたいって思っても、白い目で見られたり差別されたりすることは絶対あると思うんだよね」

 

 フンフン、とルミナは自分で話しながら頷いている。ミホークとしても、その意見に特に反論は無い。特にこの場合、親たる海賊は有名人である。『ALIVE』で手配されているルミナは、世界中に知られていると言っても過言ではない。

 

 「その点父さんは、アレでも一応海軍の英雄だよ。海兵になりたいって言い出しても問題ないと思うし、海賊になりたいって言い出しても……うん、問題ない! だってあたしだってなれたもん。一般人として生きたいって言い出したとしても、頑張れば何とかなると思う」

 

 ……一般人として生きていくのが1番難しい、と言わんばかりの口ぶりである。

 

 「少なくとも、海賊より海兵の方が庇護者としては最適だと思うのよ……父さんの場合別の意味で危険だけど、まぁ、世間的には。でもね。家出して海賊になって、以来音信不通も同然の親不孝娘が、『そういうわけだからうちの子よろしくね』って、流石にムシが良すぎるよ。だから、ケジメはつける。子どもを押し付ける代わりに、あたしは捕まる……父さんがそれを要求してきたら、今度は従うわ。だから、戻らない。今戻ったら、もしかしたらもう出たくなくなるかもしれないから」

 

 いっそ清々しいほどの笑顔は、決して諦めている者のものではなく……。

 そのルミナの笑顔に、何かが引っ掛かった。

 

 (どこかで……見たような気がするな……)

 

 考え、ふと思い至った。

 

 「海賊王か」

 

 「?」

 

 1人納得しているミホークに、ルミナは小首を傾げた。

 思い出すのは、数年前に東の海のローグタウンで見た公開処刑。今のルミナの笑顔は、あの時の処刑台の上での海賊王の笑みとどこか似ていた。死を覚悟して、その上でこうして笑っているのだ。

 

 「何でもない……しかしそれは、結局自首と変わらんのではないのか?」

 

 「う~ん、言われてみればそうかも……でも、父さんがあたしを捕まえようとしなかったら、逃げるけどね! 死にたいわけじゃないし!」

 

 

 自分が死ぬかもしれない、いや、その可能性の方が高いというのに、まるで陰は見えない。どうやら本気で腹を括っているらしい。

 

 「と、いうわけで」

 

 ルミナは徐に立ち上がった。

 

 「もう行くね。船に何とかして潜り込まないといけないし。あんまりボーっとしてられないよ」

 

 「待て」

 

 「……あのねぇ」

 

 ルミナの視線には苛立ちが混じっていた。

 

 「あたしが何でミホークさんに詳らかに話したと思う? 邪魔されたくないからだよ。バレちゃった以上は考えてること全部話して、見逃してもらうため。そうでなければ、力ずくでも連れてくつもりだったでしょ?」

 

 「……何故解った?」

 

 「かん!」

 

 それはどんな勘だ、とミホークは思った。野生の勘か? ……女の勘、とは思えないのは何故だろうか?

 

 「でもとにかく、納得はしてなくてもあたしが本気だっていうのは解ったでしょ? 無い頭だけど、あたしなりに考えて出した結論。あたしが今、最も優先したいことを考えた結果。今のあたしの最優先は、この子の未来。……あたしだって、強いんだからね! 黙って連れてかれたりなんてしないんだから!」

 

 確かにそれは解った。ルミナの印象、単純・鈍感・能天気に頑固を加えたい気分である。

 力ずくで連れて行こうにも本人の言う通り、相手は『治癒姫』だ。剣は使えないことは知っているが、素手での格闘は抜きん出ている。しかも覇気が使えるらしいことも把握していることだし、治癒能力も持っているのだ。

 本気で抵抗されればどうなることか。少なくとも、あっさり捕縛なんてことは不可能に違いない……しかもそのせいで胎の子に万一のことでも起これば、一生恨まれそうである。

 だが何にせよ、呼び止めたのは引き止めるためではない。

 

 「船に潜り込む必要は無い。送ってやる」

 

 「…………え?」

 

 この時のルミナの顔は、実に間の抜けた表情になっていた。

 

 

 

 

 「どうもありがとうございました!!」

 

 辿り着いたライル島の海岸で、ルミナは90°に腰を折って礼を述べた。

 

 「でも、わざわざ連れて来てくれるなんて……どういう風の吹き回しなの?」

 

 「……借りを返したかっただけだ」

 

 「借り?」

 

 「怪我を治していただろう」

 

 ルミナは、わけが解らない、という顔をしている。やはりこの娘にとってはあれは大したことではなかったのだろう。

 

 ミホークはといえば、最早諦めの境地にいた。

 ルミナのあの笑い方が海賊王の最期の笑みと似ている、と思った瞬間に、彼女を連れ戻そうというのは諦めた。ルミナは本気で腹を括っているのだと理解したからだ。

 かといって放っておけば、このままルミナは表舞台から去るだろう。ガープ中将が見逃せば或いは戻れるかもしれないが、目を離せば再び海賊稼業に戻りかねない(というか、間違いなく戻る)娘を放置しておく父親などそうそういないはずだ。

 手配もされてない下っ端クルーだったならば、子どものために産後そのまま海賊を捨てて母として静かに生きるという選択も可能だったのかもしれない。しかしルミナは『治癒姫』だ。伝説のクルーの1人であり、自身も億を越える懸賞金を掛けられている有名な海賊。とてもではないが、一般に紛れるなど出来まい……果てしなくウソが吐けない性格でもあることだし。

 ならばミホークにしてみれば、これがルミナへの借りを返す最後の機会かもしれないのだ。島1つ分渡すことぐらい何でもない。

 何だか死地へ送ってしまったような気がしないでもないが、本人が望んでいるのだ。どうしようもない。

 

 「でもやっぱり悪いよ……あ、そうだ!」

 

 ルミナは懐から何かを取り出した。

 

 「これあげる。ダイアルっていうの。便利だよ。それに、珍しいから価値を知ってる人となら取引に使えるかもしれないし!」

 

 それは小さな二枚貝だった。(ダイアル)、というのがどういうものかミホークは知らなかったが、どちらにせよ受け取る気は無い。

 

 「いらん。それでは借りを返したことにならんからな」

 

 「だって、借りって言われても……あ、じゃあ預かってて! いつか返してもらうから!」

 

 ポンと手を打つルミナだが、生憎その手に乗るほど軽率な相手では無かった。

 

 「海に戻って来られる可能性が無きに等しい者が、何を言うか」

 

 「……戻ってくるかもしれないよ?」

 

 「限りなく低い可能性だな」

 

 ぐ、とルミナは押し黙った。

 

 「で、でも、あたし借りって言われてもピンとこないんだもん。むしろ借りを作ったのはあたしの方で…………じゃ、こうしよう?」

 

 何かを思いついたような、悪戯っ子のような笑顔だった。

 

 「ミホークさんはあたしに借りがあると思ってる。でもあたしはそう思ってない。むしろ今回送ってもらったことで、あたしの方が借りがある気分になってる。これじゃどっちも譲れないから、水掛け論だよ。だから」

 

 

 ルミナは後ろを向き、何やら(ダイアル)を弄った。何をしていたのかは彼女の身体に阻まれて見えなかったが、振り向いたルミナはまた満面の笑顔を浮かべていた。

 

 「これを、持ってて? あたしがもしまた海に出てこられたら、返してもらう。もしダメだったら……この子に渡して?」

 

 この子、と言ってルミナは自分の腹を撫でた。

 

 「別に、わざわざ渡そうとしなくていいの。もしこの子が海に出て、出会ったりしたら、その時に渡してくれれば。もし生活に困ったりしたら、売っちゃってもいいし」

 

 「……それもまた、随分と可能性の低い話だな」

 

 生活云々、の部分は取り敢えず聞かなかったことにした。

 まぁとにかく、子どもが海に出るかどうか、それ自体解らない話だ。

 その上で偶然出くわし、それがこの娘の子だと解り、なおかつミホークがまだその貝ダイアルとやらを持っているか。いや、海賊なのだ。そうなる前にどこかで命を落としているかもしれない。

 はっきり言って、天文学的確率と言えよう。

 そうだね、とルミナは笑った。

 

 「賭けてるのかもしれないなぁ……そんな有り得ないぐらい可能性が低い出来事が起こったら……しょうがないなって。あたしの身勝手で振り回すことになっちゃうし……勿論、それを手に入れたからって使うかどうかはこの子次第なんだけどね。別に強制してるわけじゃないもん。決めるのは本人。そうだ、1つだけ言っとくと、子どもの名前はもう決めてあるの。男の子だったらユアン、女の子だったらユリアにしようって。見分けの参考にでもしてね」

 

 それだけ言うと、ルミナはミホークにソレを押し付けた。

 突っ返そうかとも思ったが、ルミナは有無を言わせなかった。

 ……単純・鈍感・能天気・頑固に、強引を付け加えることをミホークは心に決めた。

 

 「あ、ついでに、伝言も頼もうかな?」

 

 ポン、とルミナは手を打った。

 

 「父さんとかに頼んだ方が確実なんだろうけど、ちょっと恥ずかしいし……こんな母親の言葉なんて聞きたくもないかもしれないからなぁ……」

 

 こんな母親、と言う。

 確かに、産んだ後で海軍に捕まればそれで終わりだ。捕まらなくとも、子どもに『海賊の子』というレッテルを貼らせないためには、共に生きることは出来まい。

 なるほど確かに傍から見れば、産んだ子を放りっぱなしの母親失格者かもしれない。

 だからだろう、他のことでは全く動じないのに、その考えに嵌るとルミナの表情は曇る。泣き笑い、と言えるかもしれない。

 それは、言付かった伝言にも表れていた。

 

 「我が儘なものだ……」

 

 ミホークは呆れながらも了承した。そう手間の掛かることでもないし、伝言も簡単なものだったからだ。

 ルミナはその答えを聞き、また元の明るい表情に戻った。

 

 「そうだよ、海賊だもん。我が儘で身勝手なの。色んなこと、勝手に決めちゃったしね……。 我が儘ついでに、もう1つ頼まれてくれる?」

 

 「まだあるのか……『赤髪』になら、黙っておいてやる」

 

 「そうじゃなくて……あのね、もしも、でいいの。もしこの子と出会ったら、っていうよりもさらに可能性の低い話なんだけど……」

 

==========

 

 「……これ以上は、今言う話でもあるまい」

 

 「そこで切るのかよ!?」

 

 え、母さんってば何頼んだの!? っていうかこの『鷹の目』にどんだけ物事押し付けてんのさ!

 いや、そんなことはどうでも……いいのかは解らないけど、今はそれよりも。

 ダイアルがミホークの手に渡った経緯は何となく解った。彼が本当に詳細を知らないらしい、ということも解った。

 でも何だか、本来聞きたかったことのはずのその話よりもずっと気になる話があったような気がするぞ!?

 え、何? つまりどういうこと?

 ……落ち着け俺。落ち着いて情報を整理してみよう。



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番外編 エースの出会い 前編

突然ですが、番外編です。主軸はエース。


 どうしてこうなった、とエースはただただ硬直するしかない。

 自分はただ、いつも通りにダダンの家から少し離れた所で1人遊びをしていただけなのに。それなのに、物音がしたと思ったら急に女が1人現れて。

 

 「か~わ~い~い~♡」

 

 何故この女は自分を抱きしめて頬擦りしてくるのだ。

 何だ、自分が何をしたというのだ。

 

 「は、離せっ!」

 

 ハッとして咄嗟に振り払い、距離を取る。

 そして女を睨みつける様はまるで毛を逆立てて警戒する子猫である。

 

 「何なんだよ、お前! 誰だよ!」

 

 真っ赤になった顔で怒鳴るエース。

 改めて見てみたが、こんな女はこれまでのエースの記憶に無い。というより、ダダン以外の女を見たのも初めてかもしれない。

 女がハッとした様子で口元を抑え目を見開いたのを見て、怒鳴るんじゃなかったか、とチラリと考えた……が。

 

 「な……何、この小生意気な生き物………………可愛いっ!!」

 

 「どわぁっ!!」

 

 何故か再び抱きしめられる羽目になった。

 というか、生意気が可愛いって何だ、ダダンたちは可愛くないって言うぞ! エースはそう言って突き飛ばしてやりたかった。

 しかし、出来なかった。

 女はエースを思い切り抱きしめているように見えるのにその力加減は絶妙で、どこも痛くもなければ苦しくもない。ただ柔らかく温かく、変に心地よかったのだ。

 

 「ぷにぷに~。癒される~。赤ん坊もいいけど、幼児も可愛い~」

 

 女はもう完全に自分の世界に入り込んでいる。

 エースは困惑した。こういう時、どういう風に対処したらいいのかまるで解らなかった。だって初めての経験なのだ。

 それでもせめて、さっきの質問にぐらい答えてもらおうと思い、再度口を開く。

 

 「おい、お前」

 

 誰なんだ、と問おうとしたが、出来なかった。

 パタリ。

 

 「へ?」

 

 エースは間の抜けた声を出してしまった。

 まるで糸の切れた人形のように、女が急に倒れてしまったからだ。

 

 「は? え? ……お、おいっ!!」

 

 よく見れば、女は酷く顔色が悪かった。

 何が何やら全くわけが解らず、エースはおろおろするしかない。 

 暫く揺さぶっていると、女はハッと目を覚ました。

 

 「あ……しまったなぁ……そんなに無理したつもりは無かったのに……」

 

 エースは2つの意味でホッとした。

 1つは女が気を取り戻したこと。もう1つは、女がさっきまでと比べて幾分冷静になっているように見えたことだ。

 女はエースの姿を見とめ、ふっと微笑んだ。

 

 「ごめんね、驚かせちゃって……君が、エースでしょ?」

 

 エースは暫し逡巡する。

 この女は何者なのだ、自分が鬼の子と知って来たのだろうか。

 急に現れて、抱きついて、倒れて……行動が突飛過ぎる。

 誤魔化そうか、とも思ったが……この女の口ぶりでは、自分がエースだと確信している。確認しているんじゃない。それなら、時間の無駄は避けよう。そう結論を出すと、エースは小さく頷いた。

 途端女は、やっぱり、と相好を崩した。

 

 「会ってみたかったの……山賊に預けられてるんだって?」

 

 その言葉にもエースは小さく頷く。女は盛大に溜息を吐いた。

 

 「ったく……あのクソ親父……」

 

 ポツリと呟かれた言葉はエースには聞き取れなかったが、女は立ち上がると不思議そうに自分を見るエースに手を差し出した。

 

 「?」

 

 その意図を図りかねて、エースは困惑した。女は微苦笑を浮かべ、エースと視線を合わせるようにしゃがむとその手を取った。

 

 「その山賊たちのところに、案内してくれる?」

 

 エースは頷いた。握ってくる手が、酷く優しい手つきなのを訝しがりながら。

 

==========

 

 

 (まったく、あの脳筋親父は……)

 

 山賊に子どもを預けるなんて何を考えているんだ、とルミナは心の中で盛大に父親を罵った。

 いや、札付きの海賊である自分が言えた義理ではないことぐらいは解っている。だが、それにしたって子どもの情操教育を何だと思ってるのか。

 

 かつての、自分が幼い頃の記憶が蘇る。

 孤島のジャングルに置き去りにされた。

 風船に括りつけられて空に飛ばされた。

 谷底に突き落とされたことだってある。

 他にもまぁ、挙げようと思えば枚挙に厭わないが……とにかく、何でその教育方針で子どもが海兵を目指すと思ったんだ、と言ってやりたい。いや実際昔言ったのだが……『だって、わしの娘じゃし』とあっさり言われたあの時が、ルミナが父親に完全に愛想を尽かした瞬間だった。

 

 エースのこともそうだ。

 別にロジャー船長の息子だから海賊になって欲しいとか、そういうことは思ってない。エースが海兵になりたいというならそれはそれでエースの選択だし、父がエースを海兵にしたがっているのも実際のところはエースを守りたいからだというのも理解はしている。しているが……それで何で山賊に預ける。

 相変わらず、どこかで何かがズレている。

 

 チラリ、と繋いだ手の先のエースを見て思う。

 一応、ちゃんと育ってはいるみたいだ。さっき抱きしめた感触でも、栄養失調に陥っているとかそういう風には感じなかった。虐待されているような痣や傷も無い。抱きしめたときに痛がらなかったから、服で見えないところをやられてる、というわけでもないだろう。もしかしたら、その山賊たちもそこまで酷い者たちではないのかもしれない。

 でも、抱きしめられるのに慣れてもいないようだったから、スキンシップとかの経験も無いだろう。

 そう、さっきエースに抱きついたのは、それらを確かめるためだ……2度目は。1度目はついうっかり我を忘れてしまったのだが。

 

 ルミナにしてみれば、子どもには笑っていて欲しい。笑顔を忘れた子どもなんて、悲しすぎる。出来れば、エースを引き取りたいぐらいだ。

 けれど、出来ない。何しろ、彼女自身が平穏とは程遠い身の上なのだから。

 その点に関しては、父に感謝してはいる。恐らくは新たな孫のため、一時的にではあるが自分を匿ってくれている。だが、胎の子が産まれたら……ケジメはつけなければ。

 

 

 『ルミナ、お前、家出してわしの娘は辞めたんじゃなかったんかい』

 

 『ええ、辞めたわ。でもそれも辞める。あたし、父さんの娘に戻る』

 

 『調子のいいことを言うでない!』

 

 『いくらでも言うわよ! あたしが父さんの娘に戻れば、この子は父さんの孫になる! まさか、孫を売ったりしないでしょ!?』

 

 『……卑怯なことを言うのう』

 

 『えぇ、言いますとも。卑怯でも卑劣でも、何だっていいわ!』

 

 

 ルミナとて父がただズレているだけであり、家族を大事に思っていることは承知している。エースの現状を思えば果てしなく不安ではあるが、少なくとも、孫を売ったりはしないだろう。

 

 でも、自分は違う。勝手に家出して、海賊になった。親不孝をしたとは思うが、それを後悔はしていない。ただ己の心に正直に生きた結果だ。

 だが理由はどうあれ、自分は今父を利用している。情けないし不甲斐ないが、後悔はしない。それで子が産めるなら。だが、ケジメは必要だ。

 子どもが産まれて体力も回復すれば、ルミナはインペルダウンでも海軍本部でもどこにだって行くつもりだった。子どもは産みっ放しで育てることも出来ないだろうし、そんな女が母親になる資格があるのかとも悩んだが、それでも……我が子を諦められない。

 

 そして、体調も優れない。

 ルミナは曲りなりにも医者の端くれだ。海賊船の船医だったから妊娠・出産の知識はそれほど多くないし、経験に至っては皆無だが、それでも今の自分があまり芳しくない状態なのは村の医者に言われるまでもなく解っている。この状態で子どもの面倒を看られる自信は無い。

 どちらにせよ、ルミナに子ども(エース)を引き取る、などということは出来ない。

 ほんの数ヶ月、長くても1年程度。そんな短い期間幼い子どもを引き取ったところで、何になるだろう。自分がいなくなれば、また元に戻るだけなのだから。

 それならばいっそ……利用してやる。

 自分のこの売れすぎた名と顔を利用してやる。ルミナはそう決意した。

 

==========

 

 ダダン一家には、かつてない緊張感が漂っていた。

 それというのも、預かり子・エースが1人の女を連れてきたからだ。

 いや、その女がただの町娘だったのなら、こんな空気にはなっていない。その女は、ダダンたちでも知っている超有名人だったのだ。

 

 かつて処刑された海賊王、ゴールド・ロジャーの仲間と言われてすぐに思い浮かぶのは、まずその右腕であった『冥王』シルバーズ・レイリー。次が、世界初にして唯一『ALIVE(生け捕りに限る)』の手配を掛けられた、ロジャー海賊団見習いであった『治癒姫』ルミナ。

 そう、今ダダン一家の目の前で水を飲んでいる女がそれだ。手配書の写真よりも年を重ね、少女から女性になっているが、間違いない。

 ダダンたちが預かっているエースは、ロジャーの実子である。もしやこの女はそれを知って来たのか? だとしたらそれは、情報が漏れているということなのか? ルミナ自身は元ロジャー海賊団であるからまだいいが、もし世界政府や海軍にでも知られたりしたら……。

 内心、戦々恐々である。

 コトリ、とルミナが水を飲み干したコップをテーブルに置いた音にすら、ダダンは反応してピクリと震えた。

 

 「水、ありがとう」

 

 にっこりと笑うその顔は、まるでその辺の極平凡な娘さんだ。いや、むしろその明るさは犯罪者に全く似つかわしくない。ダダンはそれに少し気が緩み、軽口が出てくる。

 

 「構いやしないさ……にしても、かの『治癒姫』がこんなチビとはね」

 

 確かに、彼女は小さかった。世界に名を轟かせる海賊にしては、いっそ貧弱に見えるほどだ。しかし。

 

 「張っ倒しますよ?」

 

 ルミナがにこにこと笑っているのは変わらないのに、ダダンの背筋は凍った。

 彼女の目が雄弁に語っていた……『誰がチビだ、あぁ?』と。

 しまった地雷だったか、とダダンは先ほど以上の緊張感に包まれた。

 

 賞金首の手配額というのは、大抵の場合その人物の強さに比例する。細かくいえば世界への影響力や政府への危険度なども加味されているが、懸賞金額が高い者ほど強い、その認識は決して間違っていない。

 当然、懸賞額が低い者が高い者を倒すという事例も山ほどある。だが、格の違い、というものも歴然と横たわっているのだ。

 はっきり言えば、億越え賞金首である『治癒姫』が本気になれば、ダダン一家などあっさり潰される。それほどの差がある。このことを誰よりも理解しているのは当のダダンだ。

 彼女の機嫌を損ねるわけにはいかない。でないと、海軍に踏み込まれるより先に命が危うくなる。

 ダダンは賢明にも口を噤んだ。

 ルミナは小さく溜息を吐くと、思考を切り替えたらしい。

 

 「あたし、エースの様子を見に来たんだけど……もう少し、何とかならない?」

 

 その発言に、ダダンは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

 「何とかってどういうことだい? ちゃんとメシもやってるし、寝床も提供してる。それ以上アタシらに何をしろってのさ」

 

 「子どもの情操教育とか」

 

 「フン……海賊が何を言うかと思えば」

 

 確かに、ダダンはエースを殆ど放置している。決して誉められることではないだろう。しかし、だがらと言って今日突然現れた女につべこべ言われる筋合いだって無いはずだ。

 

 「それを言われちゃうと、弱いなぁ」

 

 ダダンの返しは予想通りだったのか、ルミナは苦笑いした。その様子が一見あまりにも普通の村娘と変わりなく見えたため、ダダンは調子付いて更に続けた。

 

 「こちとら、鬼の子を預かってやってんだ。感謝して欲しいぐらいだね!」

 

 しかしその瞬間、ルミナの醸す空気が変わった。

 

 「鬼の子……?」

 

 ピクリ、と一瞬眉が跳ね、次の瞬間……それはそれは鮮やかな笑顔を浮かべた。

 同時に、背筋が凍るようなビリビリとした威圧感が放たれる。ダダンの背後で様子を窺っていた手下たちの相当数が泡を吹いて気絶してしまった。

 ダダン自身も一瞬意識が飛びかけたが、何とか踏み止まる。それが出来たのは、ダダンに山賊頭としての意地があったからだろうか。

 何だこれは、とダダンは冷や汗が流れるのが止められない。先ほど彼女が身長のことを言われて微笑んだ時も背筋は凍ったが、これはそれとはまた違う。あの時は純粋に恐怖を感じたからだったが、今回は何かに気圧されているような心持だった。

 

 「鬼の子って、どういうこと? ……それに、鬼って何? 船長のこと? ……それは仕方がないのかもしれないね。だってあなたたちは船長のこと知らないんだもん。世間の評価を鵜呑みにしててもしょうがないかもしれないわ。でも、あたしの前でそんなこと言わないで。だってあたしにとっては凄く尊敬している人だもん」

 

 淡々と語ったルミナだが、それに、と続けた後は更に威圧感が増した。

 

 「鬼の子、ってのは絶対やめて。確かにいきなり子どもを押し付けられるのはあなたたちにしてみればいい迷惑だったと思うけど、エースが何したの? 何もしてないでしょ? 親の罪を子どもに背負わせないで。子どもに親は選べないんだし、生まれてくる子に罪は無いんだから」

 

 ダダンにしてみれば内心、言い返してやりたいことは山ほどあったが、とてもではないがこの威圧感にはこれ以上耐えられない。

 結果、コクコクと頷くしかなく……そしてそれを見た瞬間、ルミナはフッと視線を緩めた。同時に、あの威圧感も綺麗サッパリ消え去る。

 

 「ごめんなさい、急に。うっかり漏れちゃったなぁ……」

 

 最後の一言は小さな声だったのでダダンには聞き取れなかったが、そんなことはどうでもいい。それよりこの場の空気が和らいだことの方が重要だ。

 ルミナは1つ溜息を溢し、次いで座っていたイスから立ち上がった。

 

 「確かに、あなたたちの子育てにあたしが口を挟む権利は無いけど……でも、さっき言ったことは覚えておいてね?」

 

 最早ダダンに言い返す気力は無かったのだった。

 

==========

 

 エースはダダンの家の外でそわそわしながら待っていた。

 先ほど出くわした女は、ここに着くとダダンに話があると言って中に入っていった。初めはエースも入ろうとしたのだが、山賊たちに止められてしまったのだ。

 

 「エース」

 

 呼ばれ顔を上げると、件の女が家から出てくるところだった。

 

 「何だ、よっ!?」

 

 顔を合わせるや、再びハグっと抱きしめられる。

 

 「可愛い~! 小生意気~!」

 

 「は、離せっ!!」

 

 言うと今度はあっさり離してくれた。

 何なんだ、こいつは。その突拍子もない行動は、エースにどこかガープを思い出させた。

 女は地に膝を突いてエースと視線を合わせ、わしゃわしゃとその頭を撫でた。

 

 「エース、ちゃんと食べないとダメだよ? 食べないと大きくなれないんだからね! ……あたし、食べてるのに大きくなれなかったけど……って、それはともかく! 栄養は大事なんだから!」

 

 そう言われても、エースの食事事情はお世辞にも良い物ではない。飢え死にの心配をしなければいけないほど切羽詰ってはいまいが、かと言って余裕も無い。あるとしたら……。

 

 「肉ばっかじゃダメなんだよ、野菜も食べなきゃ!」

 

 ギク、とエースは固まった。今まさにそのことを考えていたからだ。

 エースにとってご馳走とは、狩りで手に入れた肉である。ウサギとか、野鳥とか。

 ふと、女は急に真面目な顔になった。空気が張り詰めたのが解り、エースも女を見る。

 

 「ねぇ、エース。エースはいい子だよ。森で出くわした不審人物を心配してくれたし、案内してくれた。あたしはすごく嬉しかったし、助かったもん」

 

 不審人物だという自覚があったのか、という思いが頭の片隅に浮かんだが、エースは言及しなかった。今はそんなことはどうでもいい。

 

 「だから、そんな顔するのはやめよう? 笑った方がいいよ。そんな眉間にシワ寄せた顔してたら、出会えたはずの喜びも逃しちゃうんだから」

 

 「勝手なこと言うな!」

 

 エースは女の手を打ち払った。

 

 「お前には関係ない!!」

 

 「だから?」

 

 あまりにもキョトンとした顔に、エースの方が虚を突かれた。

 

 「あたし、エースに何があったかなんて、どうでもいいし。あたしはただエースが可愛いくて良い子だから、難しい顔してて欲しくないだけだよ。エースはエースだもん」

 

 何とも身勝手な理屈である。長年……といってもほんの数年だが……悩んできたことを、こうもあっさり切り捨てられるとは。

 

 「ね、じゃあ友だちになろ? そしたら無関係じゃなくなるし!」

 

 何て勝手で強引な女なんだ、と思ったが、全く邪気の無い笑顔に毒気を抜かれ、エースはいつの間にか頷いていた。

 女の笑顔が、また鮮やかになった。

 

 

 

 

 それから、色んな話をした。主に、海のことだ。どうやらこの女は海賊らしい。

 父・ロジャーに対してコンプレックスを持っていたエースはそれまであまり海賊にいい印象を持ってなかったが、女があまりにも楽しそうにウソのような冒険譚を話すものだから、ついつい引き込まれてしまった。

 しかし、それから数時間が経った頃、別の人間が現れた。

 

 「こんな所におったのか!!」

 

 それは、メガネをかけた男だった。やはりエースには見覚えは無かったが、女はバツの悪そうな顔をした。

 

 「げ、村長」

 

 「げ、じゃないわい!」

 

 村長、と呼ばれたメガネの男は、随分と怒っているようだった。

 

 「そんな身体で、こんな山奥にまで出歩きおって! 医者の不養生とはこのことじゃ! あやつにお前の監督を頼まれたわしの身にもなれ!」

 

 「……はーい」

 

 女は渋々といった体で頷いた。

 

 「でも、エースが心配だったんだもん……だからって、何かが出来たわけでもないけどど……帰るよ、帰ります。だからそんなに睨まないで」

 

 「……」

 

 その『帰る』という言葉に、エースは寂しさを感じた。

 それに気付いたのか、女はまたエースと視線を合わせて笑った。

 

 「ゴメンね、もう行かなきゃいけないみたい。あたしにも色々事情があるから、もうここには来られないと思う。ひょっとしたら、2度と会えないかもしれない。でも、あたしたちは友だちだからね? 死ぬまで……ううん、死んでも。それを覚えててね。エースは1人じゃない。いい子だから、きっとこれからも色んな人に出会えるよ。そして、大事に思う人が出来る。だから……その人たちのためにも、自分自身のことを大事にしてね」

 

 頷いたらいいのか突っぱねたらいいのか解らずに固まっていると、女は不意にエースの右足に手を翳した。

 

 「!?」

 

 その瞬間僅かに女の手元が発光したかと思うと、数日前に転んで擦り剥いていた膝頭の傷が治り、瞠目する。

 エースの驚いた顔に、女はまるで悪戯が成功した子どものような楽しそうな顔をした。

 

 「じゃあね」

 

 ポンポンとエースの頭を軽く撫で、女はメガネの男と共に山を降りていった。

 

 「……ダダン」

 

 いつの間にか様子を見に来ていたダダンに、エースはボソッと声を掛けた。

 

 「おれ……海賊になる」

 

 「何ィ!?」

 

 あの女の話にあったような冒険譚に、素直に憧れた。

 背後でダダンが、ガープにどやされるのはあたしたちなんだよ、とか言ってたが、どうでも良かった。

 なお、何故かは知らないがこの後、ダダンたちはエースに対して『鬼の子』とは言わなくなった……少なくとも、面と向かっては。

 

 

 

 

 たった1日の出会いの話である。

 

 

 

 

 その時の女が海賊・『治癒姫』ルミナであったと知ったのは、それから6年も経ってからのことだ。

 あれから弟が出来、友だちが出来、また弟のようなヤツが出来た。

 ある日、弟と友だちが見ていた1枚の手配書。それはあの女のモノだった。さらに言うならその女は、弟の実母であるというのだ。

 なるほどそう言えば、確かにあの女は腹がでかかった。あの頃はよく解らなかったが、今ならそれが解る。

 

 というより、何故今まで気付かなかったのか。

 確かにあの女と弟は全然似ていない。しかし、ヒントはあからさまな程たくさん転がっていたというのに。

 あの女はあの時の最後の言葉どおり、2度とエースの前に姿を現すことはなかった。死んだというのだから、きっとこれからも無い。

 そしてこれもあの時の言葉どおり、エースは大事だと思えるヤツに出会えた。

 

 (本当に……変な女だったな……)

 

 本当に幼い頃に、たった1度しか会ったことのない人間。それでも忘れることはなかった。

 

 

 

 

 『治癒姫』ルミナは、身勝手で強引で、けれど鮮烈な人だった。




 幼少期編で話だけ出てた、エースとルミナの邂逅。


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番外編 エースの出会い 中編

 グランドラインの新世界、とある冬島で人かの海賊が登山をしていた。

 

 「もう少しだな!」

 

 その集団の先頭で満面の笑みを浮かべて振り返る青年に、周囲はげんなりした顔をした。

 

 「船長ォ~……やっぱりやめましょうよ~」

 

 冬島で登山。それだけでもテンションは下がるというのに、目的が目的だ。しかし彼らスペード海賊団の船長は、いたってマイペースだった。

 

 「何だ、寒いのか? じゃあ船で留守番してくれてて良かったのによ」

 

 「そういうわけにはいかないでしょう!?」

 

 思わず涙腺を緩ませながら抗議するが、船長……エースは全く頓着していない。というより、何故そこまで嫌がるのかが解らないらしい。

 

 「でもなぁ……別に戦いに行くわけじゃないし、おれ1人でもよかったんだぞ?」

 

 不思議そうに首を傾げるエースには、その場にいた彼以外の全員がツッコミたくなった。

 

 《そんな単純に済む話じゃないだろっ!?》

 

 と。

 

 

 

 

 事の起こりは数日前、エースが決めた目的にあった。

 

 『近くに上の弟の命の恩人がいるらしいんだ。おれはその人に是非お礼を言いに行きたい。』

 

 当初は全員、何の異議も無く承知した。

 エースには随分と仲の良い兄弟たちがいるらしいというのは、それまでの航海で充分解っていた。そしてその兄弟の命の恩人ともなれば礼を言わずにはいられないだろう。そんなエースのどこか律儀な性格はみなの好むところだし、少しの寄り道ぐらいどうということもない。むしろ微笑ましい心持ちだった。

 

 しかし……聞いてない。

 

 『で、その恩人さんってのはどんな人なんで?』

 

 『おう! シャンクスって海賊だ!』

 

 その相手が四皇・『赤髪』のシャンクスだなんて、聞いてない。

 

 

 

 

 新世界で生き残るには、四皇の誰かの傘下に降るか戦い続けるか。そう言われている。

 今のところエースの方針は『戦い続ける』だ。

 そんな海賊が四皇に会いに行こうだなんて、それだけで喧嘩を売ろうとしてると取られても可笑しくないのではないか?そんな懸念が彼らの中に広がるのはむしろ当然である。

 

 エースにとっては『弟の命の恩人』でも、向こうにとってはどうなのか。もし向こうも『命を助けた子どもの兄』と認識してくれたらいいだろうが、それ以前に『単なるルーキー』と取られるかもしれない。

 戦々恐々、である。

 そんな彼らの緊張は、見つけた洞窟に入り、彼らの船長がその最奥いる赤い髪の男に対して。

 

 「ちょっと、挨拶がしたくて」

 

 などと軽く言い放った瞬間にピークを迎えた。

 

 《船長ォ~~~~~~~~!!!》

 

 彼らの心の叫びは一致していた。

 

 「おれに……挨拶だと?」

 

 その男、『赤髪』のシャンクスの手が傍らに置かれた剣へと伸びたのだから、尚更だ。軽く恐慌状態だった。

 

 「あ、違うんだ、そういう意味じゃなくて」

 

 エースも少し慌てたように手を振った。

 

 「弟が、命の恩人だってあんたの話ばかりするもんで、一言礼が言いたくて。えーっと、フーシャ村の……」

 

 「フーシャ村? ルフィのことか? 何だ、あいつ兄貴がいたのか?」

 

 『赤髪』の空気が一瞬にして和らいだのを察し、スペード海賊団の面々は大きく息を吐いた。

 

 「懐かしいな、話聞かせてくれよ!」

 

 どうやら、『赤髪』というのは随分と気さくな人柄らしい、と彼らは漸くホッと安堵したのだった。

 

 

 

 

 そのまま赤髪海賊団とスペード海賊団は宴会へとなだれ込んだ。

 最初に言っておくが、別に彼らは赤髪海賊団の傘下へ加わりにきたわけではない。はっきり言うなら、敵同士だ。いくら船長同士に浅からぬ縁があるからといって、これは如何なものか? とスペード海賊団の者たちは呆気に取られた。

 しかし、特に裏表も見えない宴会に、次第に彼らは無礼講の体へとなっていく。

 その一方で、彼らの船長と『赤髪』、そしてその幹部たちが何やら話しこんでいるのを、特別気に留める者はいなかった。

 

==========

 

 

 (しっかし、本当にそっくりだな……)

 

 エースはジョッキを傾けながら『赤髪』のシャンクスを盗み見、確信を深めていた。

 手配書を見ても思ったが、実物を見てさらに思う。シャンクスはエースの下の弟……ユアンにそっくりだ。

 単なる他人の空似なら、驚くだけだっただろうが……。

 

 (何だかな~)

 

 かつてユアンに見せてもらった、その母親の日記。そして、祖父(エースとの血縁は無いが)の様子。それらから考えれば、エースはその類似を単なる他人の空似とは到底思えない。

 上の弟……ルフィのように、『気のせいだ』と言われて『気のせいか』と納得することなど、エースにはとても出来ない……というか、あいつが真っ先にユアンのことを『ちびシャンクス』と称したくせに、何であんなあっさり誤魔化されるのだろう、と疑問に思う。

 とはいえ、だからといってそれを指摘したりはしなかった。エース自身も『そういった問題』に関してはナーバスだからだ。情報の拡散は最小限に留めておくべきだろう。

 

 

 

 

 エースの心境は非常に複雑である。

 目の前の相手は、ルフィの命の恩人だ。しかもそのために、本人は腕1本犠牲にしている。いくら感謝してもしきれない。

 けどその一方で、ユアンにとっては微妙な相手でもある。しかも、ユアンが別段シャンクスを嫌っているわけではない、というのがある意味ややこしい。いっそ自分がそうであるように憎んでいたりしたのなら、両極端な相手として対応は楽だった。

 ルフィに関することのみ礼を述べ、以降は何も考えないようにすればよかった。

 だが……。

 

 (色々難しく考えるのは、性に合わねェんだがな……)

 

 このまま『ルフィの命の恩人』に対するものとして接して昔話に花を咲かせていれば、問題は起こらないだろう。

 だがその一方で、聞きたいこともある。

 

 「あのよ……1つ、聞いてもいいか?」

 

 エース自身気になっていることであり、誰よりもユアンが気にしていることでもある。そして多分、この人ならばその答えを知っているはず。

 

 「『治癒姫』は、どうして『ALIVE』として手配されたんだ?」

 

 瞬間、和やかだった場の空気が張り詰めた。

 

 

 

 

 「何故……そんなことを聞く?」

 

 何となく探るような視線を向けられながらも、エースは動じなかった。

 

 「何故も何も……普通気になるもんだろ? 『ALIVE』なんて他にないんだし……それに、一応身内と言えなくもねェしな」

 

 エースとルミナの関係は、友人である。しかし、弟たちの母であり叔母でもある。確かに広い意味では身内だろう。

 

 「知ってんのか? ルフィは知らないみたいだったが……」

 

 さもありなん、とエースは内心頷いた。ルフィがルミナの存在を知ったのは、ユアンに聞いてからだ。それ以前に出会っていたシャンクスにはそんな事情は解るまい。

 

 「あぁ、そりゃ……ちょっと、聞き及んだんだ。13年前に行方知れずになったっつっても、その前はここにいたんだろ? だったら知ってるんじゃないかって思って」

 

 「そっちこそ、何故知っている?」

 

 言葉を遮られて、エースは困惑した。変に勘ぐられないように、言葉を選んだつもりだったのだが。

 

 「あいつが行方知れずになったのは、確かに13年前だ。けど、そんなことは誰もわざわざ公表したりなんてしてねェ。何でそんなピンポイントで言い当てられたんだ?」

 

 言われ、ハタと気付く。

 そういえば、これまで仕入れた情報では、『10年以上前』とか『15年は経たない』とか、そんな曖昧な言い回しだった。海賊船の1クルーがいつ頃船を降りたかなんて、外には正確に伝わらない場合が多い。

 うっかりして、かつて出会った時期から換算した年数を言い当ててしまったのだ。

 しまった、と焦りが顔に出た。不運だったのは、ルフィほどではないにせよエースもウソが下手だということだろう。その焦りを、見抜かれてしまった。

 

 「何を知ってるんだ、お前は」

 

 真正面から見据えられて、内心肝が冷える。

 流石は四皇の一角、威圧感はかなりのものだ。

 

 「……1度だけ、会ったことがあるんだよ」

 

 渋々とだが、エースは少しだけかつてのことを話すことにした。

 

 「おれはジジイに、フーシャ村の近くのコルボ山ってトコに預けられてた……13年前、1人の女がそこを訪ねて来た。あの頃は解らなかったけど、後で手配書を見てその女が『治癒姫』ルミナだったと知ったんだ」

 

 その話に、場が俄かにざわめいた。

 この場にいるのは、赤髪海賊団の幹部たち、その中でも古株の者たちである。話題がルフィのことだったからか、当時のことも知っている者が集まっていたのだ。そして、そんな古株たちの中には、かつてルミナが在籍していたころからの仲間も多い。

 これまで長い間、全くといっていい程情報が掴めなかったルミナの話に、驚くなという方が無理だろう。

 

 「今はどこでどうしているか……知ってるか?」

 

 問いかけてきたのは副船長、ベン・ベックマンだった。対してエースは……。

 

 「…………知らねェ」

 

 エースは図らずも、もしもユアンがいたならば『ウソ下手っ!?』とツッコんでいたに違いない、あからさまに怪しい顔をして自爆した。

 

 「大体、何でそんなこと気にするんだよ。あの人が船を降りて、もう長いんだろ? 代わりの船医だっているはずだ。そっとしときなよ」

 

 「おれはあいつが船を降りることを承諾した覚えはねェよ」

 

 シャンクスは憮然とした様子だった。

 

 「勝手に降りて、いなくなった……納得できるか、そんなもん。船医の代わりはいてもな、あいつの代わりはいねェんだよ」

 

 その言葉は、ある意味正しい。船長の許可も得ずに船を降りて、納得する者などいない。

 それは解っている。解っているが……何となく、エースは腹が立った。

 

 「代わりはいないってんなら……どうしてもっとちゃんと見てなかったんだよ」

 

 自分でも驚くぐらい、冷ややかな声が出た。

 

 「勝手に降りてって言うけどよ、それはあんたが追い詰めたからじゃねェのか? 喧嘩したんだろ?」

 

 ユアンほど読み込んでいたわけではないが、エースもルミナの日記は読んでいる。

 ルミナが船を降りたのは、自分で決めたことだ。しかし、『黙って』降りたのはシャンクスと喧嘩をしたからではないのか。本人は特に恨んだりはしていないようだったけど、結果的にこれが彼女を一層意固地にさせた。詳しいことまでは書いてなかったので解らないが、そんな気がしてしまう。

 確かに、と意外にも傍で見ていた赤髪海賊団の面々が頷いた。

 

 「やっぱり喧嘩が原因だったのか……お頭、何したんだ?」

 

 と、何処となく非難がましい視線を向けたのはヤソップだった。

 

 「おれが原因かよ」

 

 シャンクスは反論したが、当時を知る者たちからはヤソップと同様の視線に晒される。

 

 「あんたたちの喧嘩の原因は、9割5分の確率でお頭だったと思うが?」

 

 ベックマンの冷ややかな一言が、彼らの心情をよく現していた。

 正に、四面楚歌状態である。

 確かに彼らの喧嘩は大抵の場合、シャンクスの軽口やちょっかいが原因だった。そうでなければ、ルミナが天然で何かポカをやらかした時である。自覚はあったのか、本人も言葉に詰る。

 

 「でもよ……いつものことだっただろ?何だって急に……」

 

==========

 

 当時のことを思い返す。

 

 エースの言う通り、ルミナがいなくなる数日前、彼らは喧嘩した。確かに原因はシャンクスの軽口だっただろうとは思うが、今となってはもう、その内容を正確には覚えていない。何故なら、シャンクスにしてみればそれは日常となんら変わり無かったからだ。

 ただ、いつもなら打てば響くように反応を返してくるルミナが、やけに静かだったのは覚えている。さらに言うなら、精々数時間、早ければ数分もあればケロッとする彼女が、それを数日もの間引き摺っているように見えた。

 元々、見習いの頃からルミナをよくからかってきたのは、彼女が気に病まない性質だったからだ。どんなにイジっても、すぐに立ち直ってくるバイタリティがあった。だからこそ、反応を楽しんでいたのだ……たまに、やりすぎて本気で怒らせてしまうこともあったが。

 

 だから、可笑しいな、とは思っていた。

 思っていたがまさか、いなくなるなんて考えてもみなかった。

 

 

 

 

 あの日は、朝目を覚ました時からやたらと頭が重かった。だが、前日に飲んでいたこともあって、二日酔いかと思って気に留めていなかった。

 島に停泊していたから、ルミナがいないこともあまり気にしていなかった。そういう時にはよく薬の調達に出払っていたからだ。

 夜になっても戻らなかったので心配はしていたが、彼女の実力ならそれほどの問題もあるまい、と思って様子を見ることにした。

 いつも通り、と思っていたのだ。

 翌日になって、ルミナに臨時の船医を頼まれた、という島の医者がやってくるまでは。

 

 それからは混乱が起こった。

 すぐに本人を探そう、ということになりビブルカードを探したが、見付からなかった。部屋をひっくり返す勢いで探しても見付からず、ふと気付いたのだ。

 前日の朝あれほど頭が重かったのは、一服盛られていたのだと。そして、その間にビブルカードを回収されていたのだと。

 ここまで思い至り漸く、ルミナが本気で姿を晦まそうとしているのだ、と理解した。素晴らしく計画的な犯行だ。

 

 理解はしたが……わけが解らなかった。

 しかし、いくら困惑していても時間が止まるわけではない。既に1日の出遅れもあったためその時は深く考えるのを止め、とにかく探すことにした。

 だが結局、出て来た情報は定期船でどこか別の島に行ったらしい、ということだけ。しかもその別の島というのが近隣のどの島か、というところまでは解らず。

 彼らは完全にルミナを見失ってしまったのだ。

 

 

 

 

 それでも、当初はまだ楽観的に構えていた。

 何しろ彼女は有名だ、そう長いこと身を隠してもいられまい。近い内にどこかしらで情報を得られる……そのように考えていた。

 しかし1週間が経ち、1ヶ月が経ち、2ヶ月が過ぎた頃にはそんな余裕も無くなっていた。

 

 その頃『鷹の目』のミホークが再戦しにやって来たが……そのミホークが、ルミナの愛用していた貝ダイアルを持っていたのを見たときは、心底驚いたものだ。入手経路などを聞いたが、頑として口を割らない。

 ……その際、何故か彼は冷ややかなような同情的なような複雑な視線を向けてきたが、それでも肝心の情報は全く明かさなかった。口止めされている、と察し、シャンクスは追及を諦めた。相手がミホークでは、如何ともし難い。その性格も実力も知っているが故に。

 広い目で見るならば、ミホークのそれが、唯一得られたルミナが姿を消してからの彼女の情報といえる。

 

 そしてそのまま……もう13年だ。

 ルミナの手配額がじりじりと上がり続けていることからみても、海軍も彼女の行方を掴めておらず、探し続けているのは明白だ。世界中が彼女を探しているといっても過言ではない。それなのに、全く何の情報も出ない。

 それが思わぬ所から出てきたのだ。食いつかないはずがなかった。




時間軸としては、まだルミナの手配が執行される前の話です。


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番外編 エースの出会い 後編

 「問題は『今』だ」

 

 シャンクスはそう仕切りなおした。

 確かに、13年も前のことを何時までもぐだぐだ言っててもどうしようもない。

 その言葉に周囲も頷く。ルミナの行方を気にしていたのは彼だけではない。いつでも明るかった彼女は当時の一味ではムードメーカー的存在であり、皆に慕われていたのだ。

 

 「エース、お前の知っていることを教えてくれ」

 

 その頼みに、エースは些か……どころではなく戸惑った。

 何しろ、結局のところエースは部外者だ。確かに全くの無関係ではないが、だからといって本人が話さなかったことを勝手にベラベラと喋っていいものだろうか。

 エースが口を閉ざしたため、暫しその場には沈黙が落ちた……が、その後シャンクスが小さく溜息を吐いた。

 

 「……なら、とりあえずこれだけでも答えてくれ」

 

 言われ、エースはシャンクスに向き直る。

 

 「あいつは今……生きているのか?」

 

 「!」

 

 その問いに、エースは答えられずに瞠目した。しかし、シャンクスはその反応だけで事情を察したらしい。

 

 「……そうか」

 

 空の見えない洞窟の中で、天を仰いだ。

 

 「あいつ……もう、いねェのか」

 

 

 

 

 シャンクスの反応が思った以上に素早いものだったため、エースは逆に困惑した。その様子に気付いたらしいシャンクスは苦笑した。

 

 「多少、覚悟はしてた……海賊なんだ。その消息が途絶えるってことは、1番可能性が高いのはそれだ。あいつは、そう何年もじっとしていられるタイプじゃねェしな」

 

 確かにそれは一理ある。海賊が消息を絶てば、最も可能性が高いのは死亡だ。だが。

 

 「覚悟……?」

 

 エースには、その言葉が引っ掛かった。

 

 「……あの人は、13年前に死んだ」

 

 ポツリ、と呟くように声が漏れた。 

 13年前、それはつまりルミナが赤髪海賊団の面々の前から姿を消して、そう経たない頃には死んでいたということだ。それを察し、周囲はざわめいた。

 

 「今は、フーシャ村の墓地に眠ってる」

 

 「フーシャ村……近くまで行ってたのになァ。墓参りも出来てねェ。けどよ……てことはあいつ、父親を頼ったのか?」

 

 シャンクスは軽く驚いた。

 

 エースの元を訪れたというのは、様子伺いにちょっと立ち寄っただけのことだろうと思っていたのだ。子ども好きなルミナなら、充分にあり得る。

 

 ポートガス・D・エース。

 シャンクスは口には出さないが、その名前からエースの出自については大体見当がついていた。そしてその予想が正しいならば、ルミナが様子を見に行ってても何も可笑しくは無い、と。

 

 しかしフーシャ村の墓に入っているということは、父親であるガープ中将を頼ったということだろう。

 正直、信じられなかった。ルミナは昔……ロジャー海賊団の頃から、父親を嫌っていたのだから。いや、正確に言えば嫌っていたのとは少し違うが、ほぼ絶縁状態だったのには違いない……ルミナからしてみれば。ガープの方は嘆いていたが。

 そんなルミナがガープを頼る、というのは……それだけで、のっぴきならない何かがあった、と言ってるようなものだ。

 

 「あんた、本当に全然気付かなかったのかよ」

 

 先ほどヤソップが向けたものよりもさらに冷ややかな視線をエースに向けられ、シャンクスは考え込む。

 

 考えてみれば、『13年前に死んだ』というのも、妙な話だ。

 当時のルミナは20歳。とてもではないが、自然死とは思えない。

 かといって彼女は、治癒人間だ。戦闘中にどんな怪我を負っても、すぐに治せた。一撃で即死させられるか、一瞬にして完全に意識を奪うかでもしない限り、あっと言う間に復活できたのだ。となると、事故死というのも考えにくい。

 いやそれ以前に、無言で船を降りて反目していた父親を頼り、父親の方も海兵として娘を捕まえることはせずに匿った、となると。

 

 「あいつ、何かの病気だったのか?」

 

 それならば、辻褄は合う。ルミナは病気は治せなかったし、ガープ中将も追い討ちをかける気にはならなかっただろう。

 しかし、その答えにエースはいっそう険しい顔をした。

 

 「本当に……解らねェのか?」

 

 エースも、頭では解っている。今更そんなことを言ってもどうにもならないということぐらい。

 それでも、腹立たしかった。何も知らずにいる様子を見ると。

 

 「そういえば……」

 

 聞かれ、シャンクスはふと思い出したらしい。

 

 「少し、食欲が落ちていたな……出て行く前の頃、1日3食しか食ってなかった」

 

 その発言に、首を捻る者が数名。

 

 「それって、普通のことなんじゃ……」

 

 彼らはルミナが出て行ってから赤髪海賊団に入った者たちであり、彼女を直接は知らない。しかし、当時を知る者たちは驚いている。

 

 「何だって!? 何でそれを言わなかったんだよ、お頭!」

 

 「あいつは1日5食は食ってたじゃねェか!」

 

 「……って、ルフィかよ」

 

 予想外の言葉に、エースは思わずツッコんだ。

 

 (1日5食って……)

 

 エース自身もそれに負けず劣らずの食欲を持っている。しかし記憶の中の華奢な女性とその食事量を結びつけるのは、甚だ難しいことだった。

 しかし周囲の反応からすると、どうやらそれは事実らしい。

 

 「あいつは本当にそれぐらい食っていたな」

 

 「その割に、メチャクチャ細かったけどな……」

 

 無表情で過去を語るベックマンに対し、いつもの骨付き肉を齧りながら己の腹を見詰めて呟くラッキー・ルゥ。

 

 「それに……そういえば、朝起きぬけに吐いてたこともあったな。頭痛もあったようだし。体調悪いのかって聞いたら、悪いわけじゃないっつってたが」

 

 「……気付けよ、あんた」

 

 エースは、再び思わずツッコんだ。

 ジト目になるエースとはまた別に、表情が強張る者が数名。

 

 「お頭、それって……」

 

 特に驚いているのは、妻帯者であり子持ちのヤソップである。何か心当たりがあるらしい。

 

 「ルミナのやつ……妊娠してたんじゃねェのか?」

 

 ピシリ、と場の空気が凍った。

 ぽとり、とシャンクスは持っていたジョッキを取り落とし、エースに視線を向けた。エースは気まずげにシャンクスから目を逸らす。その態度こそが、事実を十二分に物語っていた。

 

 《えーーーーーーーーー!?》

 

 世に名を轟かせる大海賊団の幹部たちが、揃って絶叫の声を上げた。

 

 

 

 

 本当なら明かすつもりは無かったことをつい知らせてしまい、エースはもの凄く焦っていた。全て彼の不用意な一言が原因だ。エースがそれを明かすことはルミナも……ユアンも、望んではいないだろうと、解っていたのに。

 はっきり言って、挙動不審である。目は泳ぎ、そわそわと落ち着かない。その様子が逆にリアルだった。

 

 「おいおい……マジかよ」

 

 ヤソップがあんぐりと口を開けて呟いた。

 

 「お頭。心当たりは?」

 

 ベックマンの厳しい視線の先で、シャンクスはつと視線を逸らした。

 

 「…………あるな」

 

 周囲からとても冷ややかな視線に晒される彼は、海賊頭である。今この場では、部外者のエースを除けば最も高い立場にいる人間だ。しかし現在、彼の部下たちが彼に向ける視線は、間違っても親分に対する物ではない。

 

 確かに当時の彼は、既にそれなりに名の売れた海賊だったとはいえ、20歳そこそこの若造だった。自力で気付け、というのも酷な話だったかもしれない。しかし、今の今まで気付かないというのは……。

 ここまでくるとエースとしても、もう苛立ちよりも呆れの方が先に立つ。

 エースは頭を掻きながら口を開いた。弟には悪いが、ここまでバレてしまった以上は正確な情報を伝えた方がいいかもしれない、と思ったのだ。

 

 「13年前、おれは『治癒姫』に会った」

 

 エースが話す気になったと悟り、周囲は黙った。

 

 「可笑しな女だった。突然現れて、勝手に『友だちになろう』とか言ってよ……でも、会ったのはその時だけだった。昔はその理由なんざ解らなかったが……後になって知った。あの人は死んじまったってな」

 

 淡々とした話に、聞いていた者の内数人が沈痛な面持ちになった。多分、直接ルミナを知っている者たちなんだろう。

 

 「おれがあの人に会って数ヶ月が経ったころ、ジジイがガキを連れてきた」

 

 あの日のことは、エースもよく覚えている。

 

 『何だよ、ソレ』

 

 『お前と同じさ! ガープに押し付けられたんだよ! 全く……何だってこうも厄介者が増えるんだか! コイツはガープの孫さ。名前はユアン。しかも、あの『治癒姫』ルミナのガキだとよ!』

 

 殺伐として変わり映えの無かったダダン一家での生活において、大きな変化だった。

 

 「あの人は、産後に肥立ちが悪くて死んじまったらしい」

 

 何とも言えない空気が漂う。

 おそらく、誰もが可能性を考えてはいたのだろう。13年も行方の知れない海賊が、どうなっているのか。けれど、この死因は流石に誰も想定していなかったに違いない。

 

 「それって、本当にお頭の子なのかよ?」

 

 聞いてきたのは、先ほどルミナの食欲に疑問を持っていた男だった。つまりは、ルミナを直接は知らない者である。

 

 「だってよ、そんな証拠どこにも無ェじゃねェか」

 

 その言葉にも一理ある……何も知らない者ならば。

 

 「確かに、確かめる術は無ェよ。あの人、死んじまったからな。でもよ、ルフィが言ってたんだけどな」

 

 暫し逡巡したが、エースはかつてルフィが言っていたことを告げた。

 

 「7年前、7歳だったルフィが言うには……あいつは、『ちびシャンクス』らしいぜ……おれも、今見てそう思った」

 

 心当たりのある女が産んだ、そっくりな子ども……それが他人の空似であるなどと、どれほどの天文学的確率だろうか。

 ある意味、100の言葉よりも確かな証拠だ。

 

 「まぁ……そうでなくても、あいつはそんな器用なヤツじゃなかったからな」

 

 シャンクスはまだ衝撃が抜けきらないようだ。

 それはそうだろう。今までの話し振りからしても、彼がルミナのことを今でも気にかけているのは明らかだ。そんな女が知らない内に死んでいて、しかも子どもを産んでいたと聞いて、ショックを受けない男はいない。

 それにしても、器用、というのは、二股とかそういうことだろうか?

 

 「誰かに襲われた、とかいう可能性は考えないのか?」

 

 別に本気で言っているわけではないが、エースはふと疑問に思った。

 しかしその疑問は彼ら……ルミナを知る者には愚問だったらしく、微妙な表情をされる。

 

 「……んなことしようもんなら、その男は死んだも同然だ」

 

 「あァ。ルミナのやつ、小さくて細っこかったくせに、やたら強かったからな」

 

 「酔ったあいつに殴られて、生死の境を彷徨ったヤツもいたよな?」

 

 「万一力で勝てても、あの能力を使われたら死は免れないぜ」

 

 「だな……生物である以上、あれは防ぎようが無かったからな。例え『白ひげ』でも無理だったろうぜ」

 

 口々に言い募る彼らの発言を聞き、エースには別の疑問が沸いてきた。

 あの能力、とはどういうことだろうか? 能力、という言い方をするということは、覇気のことではないだろう。となると、悪魔の実の能力か? しかし、治癒能力を使われて『死は免れない』なんて、可笑しい。

 そこまで考えて、エースは頭を振った。

 疑問は尽きないが、今はそれを聞く場面ではない、と思い直したのだ。

 

 「……名前」

 

 シャンクスがふと漏らした言葉の先を、エースは促した。

 

 「あいつ、昔っから言ってたんだよな。もし自分が大人になってガキが産まれたりしたらどんな名前を付けるかってな」

 

 それは、まるで試しているかのようだった。エースがその名を答えられるかどうか。確かにそれは有効な手段だろう。他人には知りようのない情報なのだから。

 

 「………………ユアンだよ。あいつはユアンってんだ」

 

 その答えに、一同は納得した。それはかつて、彼女が度々口にしていた名と同じだったからだ。

 

 「『男の子ならユアン、女の子ならユリア』……あいつはそう言ってたなァ」

 

 色んな意味で、確定的である。

 

 

 

 

 しかし知ったからとて、本人がこの場にいないのでは、シャンクスたちにはどうしようもない。しかもここはグランドライン、それも新世界であり、その子どもがいるのは東の海だという。会おうと思って会えるものでもない。

 

 ルミナに対しても、13年前に死んでしまっている以上、どうすることも出来なければその真意を知る術もない。或いは、おそらく彼女の最期を看取ったであろうガープ中将ならば何かを知っているかもしれないが、相手は海兵である。とてもじゃないが、接触など出来ない。

 いや、接触どころか……出くわしたりしたら問答無用で襲い掛かってきそうである。あちらはかつてルミナがいた頃は度々接触を図ってきた。娘を取り返そうとしていたのだ。とはいえ、それぞれの船の上で、10数m置いての対峙だったが。

 

 娘にてみれば絶縁して以降連絡も取ってない父親であっても、父親にしてみれば愛娘であり、未練たらたらだった。……その度にすげなく断られて、泣きそうになりながら追い返されていたが。そしてその都度最後には、ロジャー海賊団解散後に彼女を自身の海賊団に引き入れた=ルミナを海賊の道に留めたとして、シャンクスのことを射殺さんばかりに睨むのだ。

 正直、流石のシャンクスもあれには参っていた。それが海兵としての睨みならば例え相手が海軍の英雄とはいえ海賊として受けて立つのだが、ガープ中将のそれは海兵ではなく父親としての睨みだったからだ。

 それでも最初の頃は、それがルミナの選択だから、と受け流せたのだ。しかしそれから数年が経ち2人が理ない仲になると、別の意味でどうにも気まずかった。しかも、げにおそろしきは父親の勘。そう掛からずにその関係もバレたようで、更に剣呑になった。間にルミナが入っていたから冷戦状態で済んでいたのだが……一歩間違っていればどうなっていたことか。

 

 あの頃でさえそうだったのだ。ルミナが死んでしまった今では……戦争が起こりかねない。しかもその死因が産褥で、その上シャンクスは何も知らずにいたというのだから……ガープに対しては弁解の余地も無い。海賊だから、悪党だから、と開き直る気にもなれない。かといって、戦争を起こすわけにもいかず。

 よって、『ガープとの接触』は却下である。

 となると、今の彼らに出来ることといえば……。

 

 「それで、ルフィは心を殺されてこう言ったんだ。『生まれ変わったらナマコになりたい』ってな」

 

 エースに昔の話を聞くことぐらいである……何の解決にもなっていないが。

 

 半ばやけくそ気味に酒樽を次々と開け、彼らはエースも含めて盛り上がっていた。当事者であるシャンクスだけではなく、かつてのルミナを知る者たちもその死を悼み、気付いてやれなかったことを悔やみ、けれど今は何も出来ない歯痒さに焦れているのだ。ルミナを知らない者にしても、もしも『治癒姫』がいればシャンクスの腕も元に戻ったかもしれないのに、と思えば非常に残念で落胆が隠せない。

 

 エースにしてみても、確かに初めは腹が立ったが相手の方にも決して悪気があったわけではなくて、ただどこかで何かの歯車が狂ってしまっただけなのだろうと察した。しかしルミナのことを考えればやるせなく、ユアンの心情を思えば何とも言えない気分になり、だがルフィの恩人と思えば感謝もしていて……どうにも複雑だった。

 

 「あー、そりゃあ確かにルミナの血だな」

 

 言われ、エースは首を捻る。1度会っただけだが、ルミナはそういうのとは全く違うタイプに見えたからだ。

 しかし、シャンクスは苦笑する。

 

 「普段は全然そんなことなかったんだけどな……本気で切れると、そうなってたんだ。にこやかな笑顔で淡々と毒を吐いてよ。さらに度を失うと、同じくにこやかな笑顔で暴れ回ってたけどな……まぁ、滅多になかったが」

 

 なるほど、と納得した。思い返せばユアンも割と気が長いというか、本気で怒ることは滅多に無かった……どうも近年は身長が伸び悩んでいることを気にし始めていたようだが。ついでにいうなら、どうにもあいつはルフィに対しては沸点が低いようだが……多分、色々と悟っているんだろう。

 

 「けどよォ。中身はそうでも、外見はお頭に似てんだろ? ルフィが『ちびシャンクス』なんざ言うぐらいにはよ」

 

 酒が入って真っ赤な顔をしながらヤソップが尋ねた。

 

 「あァ。そっくりだ」

 

 「それは、苦労するだろうな」

 

 無礼講になりつつある中でも自分のペースを崩さずに冷静な顔で嘆息したのはベックマンだ。その言葉に、他の者たちも大きく頷く。

 

 「どういう意味だよ?」

 

 面白くなさそうに憮然とした顔でシャンクスはむくれている。

 

 「そのままの意味だが? あんたは無駄に有名だからな。例え繋がりがバレなくても、色々と面倒事が降り掛かるだろうさ……海に出てくるなら尚更だ」

 

 エースは既に話しの中で、かつて決めた各々の出航計画についても話していた。ルフィとユアンが、3年後に海賊として海に出るつもりだということも。

 その言葉にエースも頷いた。

 

 「だろうなァ……あいつもその辺は解ってるみたいだけどな。だから、あんまり自分の顔が好きじゃないみたいだ。前に、鏡を叩き割ってたこともあったし」

 

 ダダン一家には、鏡は無かった。しかしゴミ山で鏡を見付けることはあったのだが……その度にユアンはそれを叩き割っていた。曰く、条件反射らしいが。

 

 そういう話を聞き、赤髪海賊団の者たちは何と言っていいか解らない。

 お頭を庇いたい気持ちが無いわけではないが、ルミナを知る者たちにしてみれば、自業自得だと言ってやりたい気にもなる。ましてや、そんな状況に置かれている子どもがそんな行動に出るのも、とてもではないが責められない。結果、赤髪の大頭は先ほどから、断続的に冷ややかな視線に晒される羽目に陥っている。

 当の大頭殿はというと、何だか暗黒を背負っている。前向きな彼にしてはとても珍しい。

 

 「顔も見たくねェってか? ……まぁ、仕方がねェけどよ」

 

 ルミナに対しては、どうして話してくれなかったんだ、という思いが無いわけではない。勿論、1番に悪いのは喧嘩の発端を作ったであろう自分だと思っているし、当時その兆候に気付きながらも肝心な所にまで行き着けなかったことを悔しく思うがそれでも、彼女を責めるつもりは無いが憤りはある。

 

 しかし、その子どもの方は完全な被害者だろう。両親の喧嘩の割を食ったともいえるわけなのだから。これもまた、弁解の余地が無い。恨まれても憎まれても、文句は言えない。

 だが、それを否定したのは意外にもエースだった。

 

 「ん……いや、それはちょっと違う。あいつが嫌ってるのはあんたじゃなくて、面倒ごとそのものの方だ。あれで結構ものぐさだからよ」

 

 流石は育ての親というべきか、エースはユアンの性格を把握している。

 

 「? お前の話を聞く限りでは、どちらかといえば真面目な努力家、という印象だったが?」

 

 反対に赤髪海賊団の者たちは疑問顔だ。それにエースは肩を竦める。

 

 「こうと決めたことや興味のあること、後は……おれたち兄弟間に関することや、母親に関することにはな。その他のことには、結構適当だぜ」

 

 別にそれで不都合は無いし、自分たちのことはちゃんと考えてくれているから、むしろ弟に対する兄貴の独占欲というか、その他に対する優越感なんかもあったりするので、エースとしてはそれでも全然構わないのだが。

 ちなみに、ユアンの適当さが最も垣間見えたのは、ガープに対する態度だったりする。別に嫌っているわけではないのだろうが、ものすごく適当にあしらっていた……というか、体よく使っていた。ある意味兄弟の仲で最も世渡り上手なのは、あの末っ子だろう。

 そこでふと、思い出した。

 

 「あー、でも、鏡でもアレは壊してないな」

 

 「アレ?」

 

 「昔ジジイに貰ったヤツだ。あの人の形見なんだってよ」

 

 かつてユアンの3歳の誕生日、ガープがプレゼントだと言って持ってきたルミナの遺品。その中にあった手鏡が、ユアンが壊していない唯一の鏡だ。

 

 「それって、これぐらいの大きさでシンプルな手鏡か?」

 

 右手で輪を作りながらシャンクスが尋ねた。

 

 「あァ。知ってんのか?」

 

 「いや……知ってるっつーか……」

 

 ガシガシとシャンクスは頭を掻いた。

 

 「昔、おれがあいつにやったんだよ。見習いの頃にな」

 

 そういえば、ルミナが『男の子ならユアン、女の子ならユリア』発言をし始めたのもあの頃だったか、と頭の隅でチラと思い出す。

 

 エースは、その話は己の胸1つに留めておくことを即座に決めた。

 アレが『赤髪』からの贈り物だったと知れば、ユアンは間違いなく微妙な顔をするだろう。

 すっかり保護者の感覚である。無理もないが。

 

 「何だよ……あいつ、ずっとそんなの持ってたのか……」

 

 しんみりした様子でジョッキを傾けるシャンクスに対し、ベックマンが口を開く。

 

 「面倒は嫌いだとはいっても、何れは会うことになるだろうな。ルフィと共に海に出るのならば」

 

 その言葉に、一同はハタと気付いた。

 ルフィはシャンクスに会いに来る。立派な海賊になって麦わら帽子を返すために。そのルフィと共にいるというならば、彼らはいつかその子にも会うことになるだろう。

 それに思い至り最も緊張したのはシャンクスである。普通の人間ならば当然の反応だろうが、四皇とも言われ恐れられる大海賊が、その事実1つに固まっているのだ。ある意味、『赤髪』を恨む人間が見たのならば溜飲が下がるであろう光景かもしれない。

 

 「あー、まぁ……お頭よォ、そんなに気にすんな。おれだって、もしも倅に会うことになったら、と思うと緊張するけどよ。1発殴られてやって、恨み言を聞いてやって、そんでその後でちゃんと向き合えばいいさ」

 

 陸に妻子を残して海に出た男・ヤソップがシャンクスの肩を叩くが……はっきり言ってこの2人では、状況が似ているようでまるで違うだろう。

 

 「あいつは、あんたのことを殴ることも恨み言を言うこともないと思うけどな。むしろ、出来れば関わりたくないみてェだし」

 

 エースの言葉が、ぐさぐさとシャンクスの心に突き刺さった。

 恨み辛みがあるどころか、まるっきり他人行儀である。いや、つい先ほどまでその存在すら知らなかった自分が言えた義理ではないのかもしれないが、それはあまりにも寂しくないか? いっそ嫌われていた方がまだ、出会った時に突破口が開けるような気がする。

 

 「ま、それはそれで仕方がねェよな。だって昔ポカしちまったんだし」

 

 ぐさぐさ、と更なる言葉の槍が突き刺さる。

 

 「あの人には逃げられちまうし。ガキには敬遠されてるし」

 

 ぐさぐさ、ぐさぐさ。反論出来ないのが痛いところである。

 ここまであけすけに言う辺り、エースもかなり酔っているらしい。何故か勝ち誇ってるように見えるのは気のせいだろうか?

 

 「おれなんて、あいつにははっきりと『育ての親』って言われたしな。『尊敬する兄ちゃん』って言われたことだってあるし」

 

 ぐさぐさ、ぐさぐさ。

 

 「あの人にだって、『可愛い』って抱きしめられたし」

 

 ぐさぐ……いや、完璧に止めだった。ある意味、エースの完全勝利だ。

 

 未だ嘗て、四皇・『赤髪』のシャンクスに、ここまでのダメージと敗北感を与えたルーキーがいただろうか? そしてこれから現れるのだろうか?

 しかし、反論は出来ない。全ては13年前、シャンクスの若い頃の失敗が原因であることに疑いようもないのだから。

 

 

 

 

 色んな意味で、やけくそな宴の夜は過ぎていくのだった。

   

 

 

 

 翌日。

 前夜にはあれほどやられっ放し(?)だったシャンクスが、もの凄くイイ笑顔でその場を発とうとしているエースの肩を叩いた。

 どうやら、色んな意味で復活しているらしい。何とも立ち直りの早い人だ。流石は四皇の一角、とエースは妙なところで感心する。

 

 「おい、エース。一晩考えたことがあるんだがな」

 

 既にスペード海賊団のクルーたちは洞窟から出ており、今この場にいるのは赤髪海賊団とエースだけだ。

 

 「何だ?」

 

 問い返すと、シャンクスは笑った。その笑顔は、よく似た顔の下の弟よりも、上の弟に似ているような気がした。

 

 「やっぱ、過去はどうにもなんねェんだよな。それで責められても弄られても、文句は言えねェ。けどな、これからはこれからだ。教えてくれてありがとよ」

 

 エースとしては、虚を突かれた気分だった。昨夜は酔いも手伝って、自分は結構失礼なことを言いまくったような気がするのだが、まさか礼を言われるとは。

 しかも、望んで教えたわけでもない。元はといえば、ついうっかり口が滑ったのと、ウソを見破られたことが原因だ。

 何となく、してやられた気分だ。

 

 (に、しても……)

 

 目の前の赤い髪の男は、やはりやたらとイイ笑顔だ。

 

 (ユアン……頑張れよ……)

 

 エースは何故か、弟にエールを送ったのだった。その理由は自分でも解らない。

 

 

 

 

 何だか先のことが楽しみなような不安なような、複雑な気分だった。

 

 しかしエースはこの時、気付いていなかった。

 ユアンが隠しておきたかった事実。それを暴露してしまったことにより、彼自身が弟の逆鱗に触れることとなってしまう、その未来を。



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第71話 後悔

 母さんから聞いたという伝言を受け取ると、ミホークは用は済んだとばかりにさっさと立ち去って行った。

 まぁ……込み入ったことを聞かれなくて良かった、と思うべきだろうか。でも多分、気付かれてるだろうな……事情も知られてるみたいだし。

 今俺は場所をメリー号の甲板へと移して座り込み、得た情報を整理しようとしている。

 

 

 

 

 何か色々衝撃を受けてるね、俺。うん、自分でこんなこと言い出す時点でかなり混乱してる。

 落ち着いて、順番に噛み砕いていこう。

 

 

 

 

 母さん初め、赤髪海賊団御一行が母さんの妊娠に気付かなかった、というのはまぁいい。どっちでもいいことだ。

 ……いや、せめて本人な上に医者である母さんぐらいはさっさと気付こうよ? とは思うけど。

 予想はしてたよ? 能力者なのに赤っ鼻を助けようとして海に飛び込んだって話を聞いて、母さんは……何と言うか、ルフィと似たタイプの愛すべきおバカな性格だったんだろうな~って。

 うん、それはそれで納得できてしまう。

 

 

 

 

 俺がどんな道でも選べるように、か。

 蓋を開けてみれば、俺は海賊の道を選んでいる。けどそれだったら祖父ちゃんに預ける必要無かったのか、と言われるとそれは違う。

 俺が海賊の道を選んだのは、ルフィやエースに誘われたからだ。もっと言うなら、海に出ることを決めたのは頂上戦争の結末を変えたいと思ったから。そしてそれは、祖父ちゃんが俺をダダン一家に預けたからこそ思い至ったことだ。

 もし母さんが祖父ちゃんを頼らず、そのまま赤髪海賊団にいたら? 俺はエースにもルフィにも出会わなかった……いや、ルフィには出会ったかもしれないけど。

 何にせよ、その時は俺は海賊になろうなんて思わなかったと思う。原作で知る頂上戦争の結末は悲しいものだけど、エースとの関わりが無ければ、わざわざあんな凄まじい戦争に関わってまで変えたいとは思わなかったはず。

 自分で言うのも何だけど、俺は出来ることなら地味に平凡に生きたい。だとしたら、特別な目標の無い俺の夢は一般市民になることだったと思う。その場合は、貼られたレッテルが邪魔になる。

 海賊の子ってだけでもアレなのに、『赤髪』と『治癒姫』だ。一般市民生活なんて夢のまた夢になってただろう。

 その場合は……ひょっとしたら、周囲の環境を恨んでたかもしれない。

 

 

 

 

 ほんの少し歯車が違っただけで、現状は全く別のものになってたんだな……。

 

 

 

 

 けど、それはまだいい。巡り合わせの問題であって今考えてもどうにもならないし、俺に何かが出来たことでもない。

 それよりも……。

 

 

 

 

 祖父ちゃんに関しては、母さんの読みが大当たりだった。ものすごく方向性が間違っていたけど、一応はちゃんと俺のことを保護してくれていた。

 うん、強く生きてきたよ! もし俺1人だったらとてもじゃないけど生き延びられなかっただろけどな! ありがとう、エース、サボ、ルフィ!

 って、今はその感謝は置いといて。

 

 ……母さん、初めから死ぬ覚悟決めてたのか? 体調云々に関わらず?

 『いくら謝っても謝り足りない』……? ひょっとして、アレもそうだったのか? 俺が産まれた時、母さんは何度も何度も誰かに何かを謝っていた。確かめる術は無い。無いけど……辻褄は合う。

 考えてみれば、当然かもしれない。

 最初から、妊娠中毒症だの産褥だのに罹ることを想定していたはずもない。ならば当然、『その後』を考えなければならなかったはずだ。

 原作W7では、祖父ちゃんは1度はルフィを見逃そうとしていた。だから、母さんのことを絶対に捕まえようとしたかは俺にも解らない。

 けど、可能性は高かったと思う。何より、母さん自身に『捕まってもいい』と言う気持ちがあったのなら。

 それに……。

 母さんの言う『取引』のことは俺にも解らない。けど話からすると、例えインペルダウン送りになっても公開処刑されることになっても呑めないような『取引』なんだろう。

 けど……祖父ちゃんに預ければ俺を人質にされることは無いだろうと考えるってことは、インペルダウン送りよりも公開処刑よりも、俺の方が大事っていう風に解釈できる。

 死んでも嫌な『取引』、でも俺が危険に晒されるのはもっと嫌。そういうことなんだろうか。

 そこまで考えてたなら、そりゃあ『体調を考えると命に関わるから諦めろ』なんて宣告されても受け入れるわけないよな。初めから命かけてたんだから。

 ……母さんは自分の命よりも俺の命を選んだ。そんなことは解っていた。

 解っている……つもりだった。

 だからこそ、自分が産まれたことで母さんが死んだことを、嘆いたことは無かった。エースが以前言ったように、『産まれてきてもよかったのか?』と考えたことも無かった。

 けど……俺、本当の意味で解ってたんだろうか?

 

 

 

 

 「ベルメールさんと同じこと言ってたんだな。」

 

 母さんの伝言。それは謝罪だった。

 

 

 

 

 『ゴメンね。母親らしいこと、何もしてあげられなくて。』

 

 

 

 

 泣き笑いですらない、本当に泣きそうな顔をしていたらしい。

 そんなことはない、と言いたい。

 そもそも母親らしいことって、何だ?

 育てることか? 傍にいることか?

 違う、と思う。

 俺は守られてきた。祖父ちゃんにもエースにも。そして、自分自身でやりたいことを選ぶチャンスを与えられた。そしてそれだけの環境を用意してくれたのは、母さんだ。

 自分の命を削って俺のために行動してくれた人が母親らしくないというなら、一体何が母親らしい行いだっていうんだろう。

 他にもやりようはあったのかもしれない。けど、それでも母さんがしたことは母さんが考えた末に出した結論だった。確かに身勝手だっただろうけど、俺だけはそれを責められないし、責めてはいけない……責める気も無いけどね。

 それに比べて……。

 

 「俺……最悪だなぁ……」

 

 思わず頭を抱えてしまう。

 何やっちゃってんだろう、俺は。そこまで想ってくれてた人に対してさぁ……。

 いや、回りくどくぼかす必要は無いな。結局の所、今俺は何に引っ掛かっているのか?

 要は……アレだよ。オレンジの町での1件。

 バギーがどれだけ不憫な目に遭おうが、そんなのはどうでもいい。心底同情はするけど、だからといって手心を加える気は未だに毛頭湧かない。でもあの時俺は、母さんの存在を利用した。

 

 解っているような気になってただけで、実際の所は何も解ってなかったんだな……。

 

 

 

 

 

 「……貴! ユアンの兄貴!」

 

 不意に呼ばれているのに気付いて、俺はハッと顔を上げた。そこにいたのは。

 

 「ヨサクか」

 

 「え!? いえ、あっしはジョニーです!!」

 

 あ、しまった。間違えた。

 思考のどつぼに嵌ってたな……そんな場合じゃないのに。

 

 「それより、さっきクリーク海賊団のヤツらが小船で離れていくのが見えたんですが……船、戻しやしょうか?」

 

 あ、もう終わったのか。今回俺ノータッチだったな……別にいいか。クリークどうでもいいし、宝は手に入ったし。

 

 「そうしよう。怪我人もいるかもしれないしね」

 

 ここは海のど真ん中、医者なんて1人もいないはずだ。多分ここにいる人間で1番怪我の処置に長けているのは俺だろう。

 戦いが原作通りにいったのかそうでないのかは知らないけど、少なくともルフィとサンジは無傷とはいかなかったと思うし、治療しないとね。

 

 

 

 

 後悔するのも、反省するのも、後回しだ。

 今すべきことをしてからでないとね。




 クリーク一味は既に退場済み。出番はほぼ無し。


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第72話 今後

 さて、VSクリーク海賊団の結果を簡潔に述べよう。

 

 勝敗は勿論、バラティエ+ルフィの勝ち。クリーク海賊団は小船でこの場を離脱することとなった。

 被害状況としては、ルフィとサンジが負傷してゼフの義足が折られた。レストランもヒレを失って……と、そうなると原作と変化が無いようだけど、実際にはちょっと違っていた。

 違いっていうのは、ルフィの負傷具合。原作では槍をくらったりしていたけど、それが無かった。どうやらここでも(ソル)が生きたらしく、避けられたんだって。そしてその怪我をしなかったことにより、貧血状態に陥ることも無かったらしい。

 だからルフィの怪我は、剣山マントを殴ったことによる拳の怪我と……何だっけ、あの爆発する槍。それによる被害。軽傷、とは言えないけど、それほど大きな怪我もしていないみたいだね。

 重傷だったのはサンジの方で、こちらは原作同様ゼフを人質に取られている間にパールにメッタメタにされてしまったらしい。だから、ルフィより先にサンジの手当てをした。

 ……うん、早い話、ルフィの怪我以外はあんまり変わらなかったみたいだな! 結局毒ガスも使われたらしいし!

 

 

 

 

 サンジの怪我は打撲系ばっかだったから、湿布を貼ったり包帯で固定したりした。でもまだ正式な仲間入りをしてないから、極めて事務的だったよ。向こうも疲れているみたいであんまり話しかけてこなかったし、途中で寝ちゃったし。

 自己紹介はまた今度にしよう。

 

 

 

 

 ルフィの治療は、メリー号にて行った。というのも、ナミの事情を説明しなきゃならないからだ。

 そういうわけで現在、麦わらの一味(+ヨサクとジョニー)はメリー号に集まっている。

 

 俺はルフィの治療をしながら話を進めた。ナミの口から話すのは辛いだろうからね……。

 そのナミは、イスに腰掛けて俯いている。1度は船を奪いかけた直後だから少し気まずいみたいだし、話の流れも気がかりなんだろう。

 

 「まぁ、そういうわけだよ」

 

 話の内容はまず、ナミの事情を要点を纏めて報告……ナミの育った村がアーロンという海賊の一味の支配下に置かれていること、近隣の海軍は買収されていて役に立たないこと、育った村をアーロンから1億ベリーで買い取ることで助けようとしていること、そのために海賊専門泥棒になったこと、最近そのアーロンが再び暴れだしたという話をヨサクとジョニーから聞いて焦ってしまったこと……。ほぼ包み隠さずだね。

 

 で、そしてそこから予測される事態と、その対応。

 ひとまず1億ベリーを揃えること、でもそれも反故にされる可能性があること、その場合は戦うこと……。

 ただ、祖父ちゃんというコネの件と、『危なくなったら逃げる』というナミとの約束については言わなかった。それに関しては、ルフィたちがそれを知ったら間違いなく怒るから、と事前にナミとも口裏合わせを済ませてある。

 

 「だから、次の目的地はナミの故郷であるココヤシ村、そしてアーロン一味の拠点であるアーロンパーク。それらがあるコノミ諸島にしたいんだけど……いいか? 船長」

 

 俺はルフィの右手に包帯を巻きながら訊ねた。

 

 「いやだ!」

 

 ……返ってきたのは、何ともキッパリとした断言だった。

 その返答に、ナミの肩が揺れる。

 

 「あー、一応聞いとくけど……何が嫌なんだ?」

 

 長い付き合いである。ルフィが何に不満を持ってるのかは、何となく解る。決して、コノミ諸島に行くのが嫌なわけじゃないんだろう。

 

 「何でそんなまどろっこしいことしなきゃなんねェんだよ! 金を払えばアーロンはいなくなるのか?

 最初からぶっ飛ばせばいいじゃねェか!」

 

 「うおぉい!?」

 

 その発言に、ウソップがツッコんだ。ウソップは何と言うか……ムンクの『叫び』状態だ。

 

 「おまっ、相手は魚人だぞ!? 東の海最高額の化け物だぞ!? 金で穏便にコトが済むならいいじゃねェか!」

 

 「済まないだろうけどね」

 

 慌てているウソップに、俺は冷静に返した。

 

 「アーロンは取引を反故にする可能性があるって言ったけど、俺の予想では『ある』どころか『高い』と思うから」

 

 あんまりにもサラッとした宣告に、ウソップは逆に脱力している。反論する気も失せてしまったみたいだ。何だか、落とした肩に哀愁が漂っているように見える。

 

 「ルフィ、ナミの気持ちも汲んでやってよ。この8年、ナミはアーロンを捕まえようとした海軍の船だとかが沈められてきたのを何回も見てるんだ……心配してくれてるんだよ。出来ることなら波風立てずにいたいって。取引がダメになったら戦うってのも、本当なら止めて欲しいと思ってるんだ……そうだろ?」

 

 俺が話を振ると、ナミが頷いた。

 

 「ええ……アーロンは、化け物よ。この東の海でアーロンに敵うヤツなんていない。ずっと、それが私たちの常識だった」

 

 「知るか、そんなこと」

 

 ルフィの機嫌がまた悪くなる。

 

 「要は、アーロンをぶっ飛ばせばいいんだろ? 何でおれたちを頼らねェんだよ、仲間だろ!?」

 

 「ルフィ……確かにお前の言うことは間違ってはいない」

 

 このままじゃ話が進まない……っていうか、またナミが頑なになるかもしれない。

 

 「お前の発言はいつだってシンプルで、時々不意に核心を突く。今回もそうだ。正直言えば俺もそうしたい。でも、誰でもそう簡単に思考を切り替えられるわけじゃないんだ。そんなナミが、条件付きとはいえ戦うことを承知してくれた……それはもう、頼ってくれたのと似たようなもんだよ。今はそれでよしとしとこう?」

 

 ルフィの手の治療が終わった。

 

 「今回のケースで言えば、多分ほぼ間違いなく戦うことになる。ぶっ飛ばすのはその時でいい。だからその考えはその時まで取っておけばいいさ」

 

 「…………」

 

 ルフィは不満顔だったけど、一応引いてくれた。

 まぁこの場合は、『後で戦うことになる』と保障しているようなもんだしね……。複雑な説得なんかよりも、行動で示す方が早い。

 

 「で、話が逸れたけど……次はナミの故郷に向かう、って点はOKか?」

 

 うん、初めに俺が取ろうとした確認はこのことだったはずなのにね。

 

 「ああ! アーロンってヤツ、ぶっ飛ばしてやる!」

 

 船長の承諾は簡単に得られた。

 

 「ウソップ……は、まだ項垂れてるな。ゾロは?」

 

 ベッドに寝かせているゾロは今まで無言だった。話は聞いてくれてたみたいだけど。

 

 「構わねェ。そのアーロン一味ってのには、剣士はいるのか?」

 

 うん……どんだけ貪欲なんだ、コイツは。

 

 「タコの魚人で、六刀流の剣士ってのがいるらしいよ」

 

 アーロン一味の幹部については、ナミと話を詰めていたときに聞き出しておいた。俺の返答に、ゾロは極めて好戦的な笑みを浮かべているけど……お前、怪我人だよね?

 重傷なんだよね? ちょっとは自重しようとか思わないのか?

 六刀流を使うタコの魚人……勿論ハチのことだけど、まさか後々また出てくるなんて思って無かったよな……しかも、レイリーと友人関係って。何気にスゲェよ。

 

 「トップのアーロンとその剣士と……あとはエイの魚人の空手家と、キスの魚人。その他下っ端が大勢にグランドラインから連れてきた海獣。それがアーロン一味らしい。」

 

 「ムチャクチャですよ!」

 

 端っこで話を聞いていたヨサク……いやジョニーが口を挟んできた。

 

 「たった4人で、それだけの戦力に挑もうだなんて!」

 

 4人……まぁ、ナミは戦力に含まれていないんだろうな。

 

 「何言ってんだ、6人いるぞ!」

 

 ルフィが不思議そうに胸を張ってるけど……あのなぁ。

 

 「ナミは戦力に含んでないんだよ。しかもお前、6人ってそれ、あのコックも入れてるだろ? 確かに、強いみたいだから仲間になってくれたら戦力アップするだろけど、本人は入るって言ってくれたのか?」

 

 「まだだ! あ、でも早くしねぇと! ナミの村に行くんだもんな! ゥゲ!」

 

 俺はすぐさま飛び出しそうだったルフィの襟首を掴み、引き止めた。

 

 「落ち着けって。アイツ、今は寝てるぞ。酷い怪我だったしね。あいつだけじゃない、ゾロだってお前だって、怪我してるだろ? ちょっとは休め……まぁ、お前の怪我は肉でも食べれば治りそうな予感もするけど、他2名はそんなデタラメな身体してないんだよ……多分」

 

 してない……よね?

 サンジはまだしも、ゾロの怪我はマジで酷いし。本当なら、アーロン一味との戦いにだって参戦しない方がいいんだろうな。

 

 「ウソップ?」

 

 まだどこか遠い目をしているウソップに呼びかけてみたけど……何だか、焦点が合ってないような。そんなに怖いのか、アーロン一味。

 

 「何なら、お前はその時船番でもしてるか? 勇敢なる海の戦士」

 

 そう言うと、ウソップはハッとした。

 

 「だ、誰が船番なんかするか! おれは逃げねェぞ、勇敢なる海の戦士なんだからな!」

 

 ……勇敢なる海の戦士って、損な性分なんだな。いや、その心意気はすごいと思うけど。

 明らかな強がりに、ヨサクとジョニーの激しい同情の視線がウソップへと集中した。

 

 「甘い!」

 

 今度こそヨサクが声を上げた。

 

 「兄貴たち、アーロンってのがどんなヤツだか解ってんですか!? ヤツは」

 

 「かつてグランドラインで活動していた、魚人海賊団から分裂した一派」

 

 俺はヨサクの言葉を遮って続けた。

 

 「海賊団の2代目船長『海侠』のジンベエの七武海加盟を受け入れられず決別、独立。その後東の海へとやってきた。目的は『支配』……大丈夫、ちゃんと知ってるよ。調べたからね」

 

 実際には原作知識だけど、そんなことは言わない。

 俺のアーロン情報は自分たちのソレを凌いでいる、と知った2人は口を噤んだ。

 ……ってそういえば。

 

 「お前らはどうするんだ?」

 

 よくよく考えれば、この2人が俺たちにくっついて来る必要って、無いよね? 原作では道案内役になってたけど、この流れではナミがいるし目的地もハッキリ解ってるし。アーロン一味との戦いでは、言っちゃ何だけど、戦力外だし。

 

 「まさかお前らもゾロに続いて、賞金稼ぎからの海賊堕ちする気?」

 

 言われて漸く思い至ったらしい。2人は顔を見合わせた。

 

 「そういえば……」

 

 「そうだな……」

 

 元々、バラティエまでの道案内としてこの船に同乗してた2人だ。その後もさり気なく居座って食事を集られてたけど、このままずるずると乗ってるわけにもいかないだろう。自分たちの船が無くなってるわけでもないんだから、別れようと思えばいつでも別れられるんだ。

 

 

 

 

 結局、翌日にまた改めてサンジを誘い、その後コノミ諸島へと向かおう、という結論に落ち着いた。

 ちなみにヨサクとジョニーは、ここまで話を聞いたからには結末まで見届けたい、と言い出し、コノミ諸島まで一緒に同行することになったのだった。



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第73話 さらばバラティエ

 翌日になって、ルフィはサンジを再勧誘すべくバラティエに向かった。

 ちなみに、クリーク海賊団を追い払ったことで雑用はチャラになったらしい。

 ……それって匙を投げられてるだけなんじゃないか? とも思ったけど、口には出さなかった。

 

 

 

 

 その一方で、俺もゼフと交渉すべくバラティエへ。ルフィが店を壊したことの弁償についてだ。

 ナミの1億ベリーに使うという方向で話が進んでいる以上、少しでも値下げして欲しいし……。

 けど、ゼフの提案は意外なものだった。

 

 「0? 弁償しなくていいってことですか?」

 

 そう、弁償はいらない、と言われたのだ。

 

 「あいつにゃあ、ヒレも壊されてるしな……皿も大量にダメにされてるし、正直計算するのも面倒だ」

 

 うん……ゼフの顔には、疲労の色が濃い。

 ルフィ、逆にスゴイな。ここまで言わせるとは。

 

 「ったく……嬉しそうな顔しやがって」

 

 下の方を覗き込んでいるゼフの視線の先にいるのは、話し込んでいるルフィとサンジ。随分と白熱しているのか、微かにその声が聞こえてくる。

 

 「オールブルー、か」

 

 4つの海の全ての魚が集まる海……常識で考えればあり得ないけど……そもそも、『常識? なにそれ美味しいの?』な感じがする世界だもんな……うん、素手で大砲よりも早く砲弾を投げられる人間がいるんだ、常識なんて役にも立たない。

 きっと世界のどこかに、オールブルーもあるはずだ。

 

 

 

 

 その後はメリー号で大人しく待ってた……というか、日記を確認してたんだけどね。

 ほら、あのミホークから渡された(ダイアル)。アレについて何か書いてないかって思ってさ。

 けど……。

 

 「やっぱ無いなぁ」

 

 パタンと日記を閉じて、俺は目頭を押さえた。

 あくまでもざっと流し読んだだけだけど、見当たらなかった。見たことあるような気がするのに……どうして無いんだろう。

 

 「何が無いんだ?」

 

 聞いてきたのはウソップだった。というより、他にいない。

 ゾロは寝ているし、ナミは色々緊張してるらしく女子部屋で1人になってる。

 そうそう、ゾロで思い出した。あんな怪我してるくせに、もう起きだして鍛練しようと仕出したんだよ。曰く。

 

 『普通じゃないあいつに勝つためには、おれも普通でいちゃいけない』

 

 らしい。

 その心意気は天晴れだと思うし、向上心は見習いたい。

 

 でもそれ以上に、馬鹿か、と思う。

 普通云々以前に、死ぬぞ? アーロン一味との戦いに出るなら尚更、それまでに例え雀の涙の如く微々たるものであったとしても、少しでも回復させておくべきのはずだ。

 なので、背後から後頭部に踵落としをくらわせて気絶させた。その上で麻酔を打って強制的に安静にさせている。

 ……その際、傍で見ていたウソップが何だか冷や汗を垂れ流していた。うん、自覚はある。俺って酷いよね。でも譲る気は無い。

 おっと、話が逸れたな。

 

 「ちょっとね。調べ物してたんだけど、ダメだったんだ」

 

 「へ~。何の本だ、コレ?」

 

 伸ばしてきたウソップの手を、俺はやんわりと押し留めた。

 

 「これは本じゃなくて、日記だよ。悪いけど、母の形見でさ。あんまり中身を人に見せたくないんだ」

 

 特に、ウソップにはね……だって、ヤソップとかも出てくるし。そんな記述を見られようもんなら、きっと色々気付かれる。

 ウソップはまだ気になるようだったけど、流石に『形見だから』と言われたら強くは出られないらしく、大人しく引き下がった。

 

 「おい、お前ら!!」

 

 そんな中、ルフィが満面の笑顔を携えて船内に駆け込んできた。

 

 「コックが加わるぞ!」

 

 本当に、嬉しそうな笑顔だな。

 

 

 

 

 バラティエのコックたちが、食料を分けてくれると言っているとルフィに聞き、俺が受け取りに行った。

 シロップ村で大量に買い込んでおいたし、冷蔵庫も鍵付きだから盗み食いされることの無かったからまだ余裕はあったけど、くれるっていうなら貰っておくに越したことはない。何しろ、うちの船には食魔人がいるんだし。

 能力で小さくしたから、運ぶのは楽だ……というか、だからこそ俺1人でも大丈夫ってことで来たんだしね。

 厨房から出て船に戻るために店の中を横切ろうとしたら、サンジが1人でタバコをふかしていた。

 物思いに浸っている所を邪魔するのも悪いか、と思って別の道へ行こうとしたら、意外にも向こうから声を掛けられた。

 

 「おい、テメェ」

 

 ……名前を言ってないから仕方ないのかもしれないけど、もうちょっと言い様はあるんじゃなかろうか?

 

 「何? ……先に言っとくけど、俺の名前はユアン。テメェは止めて欲しいな」

 

 「ああ……おれはサンジだ。怪我の治療は感謝してる。ありがとな」

 

 あ、そこか。

 俺は肩を竦めた。

 

 「別にそれほどでもない。俺は医者じゃないから、割と適当な治療だし」

 

 言うとサンジは微妙な顔をした。

 

 「何だ、医者じゃねェのか? 船医はいないのかよ、海賊船のくせに」

 

 ふ……それが俺たちだ。

 

 「いない。俺が船医代理をやってるけどね。……実は、今さっきまではコック代理もやってたんだ。だから、本職が来てくれて嬉しいよ。結構キツかったんだよ、労働量的に。あぁ、そうそう。これ、受け取って」

 

 俺はポケットに入れていた鍵をサンジに投げて渡した。

 

 「鍵?」

 

 「冷蔵庫の鍵だよ。俺たちの冷蔵庫は鍵付きタイプなんだ。そうでないと、いつの間にかつまみ食いをするクソゴムが出てくるからね。……それは、コックが持つべきものだと思うから、渡しとく」

 

 コックの仕事に『鍵の死守』なんて項目がある海賊船は、そうそうないだろうな……。

 なお、シロップ村を出てから今日までの間に俺が鍵を狙うルフィに襲撃された回数は、既に片手の指じゃ足りないぐらいに登っていることをここに追記しておこう。

 サンジは鍵を手で弄りながらちょっと考えてたみたいだけど、素直に受け取ってくれた。多分、この数日の間にルフィのつまみぐい癖を存分に見せ付けられてきたんだろう。

 

 「まぁ、了解だ……悪かったな、時間を取らせて」

 

 いやいや、これぐらいはどうってことないよ?

 

 

 

 そして、出航の時はやってくる。

 サンジがこっちの船に着くまでに、パティやカルネの攻撃を受けたりしていたけど、まぁ実力が違うし、問題は無かった。

 それよりも、ゼフの最後の一言の方が印象的だった。

 

 「おいサンジ……風邪引くなよ」

 

 それによって、サンジの涙腺は決壊した。

 

 「オーナーゼフ! 今まで長い間、くそお世話になりました! このご恩は一生! 忘れません!!」

 

 土下座でその意を伝えるサンジに、バラティエの面々も取り繕っていたすまし顔を崩し、泣き出した。ついさっき襲い掛かっていた2人もだ。

 感銘を受けているのか、ヨサクとジョニーも一緒になって号泣している。

 

 「行くぞ!! 出航!!」

 

 ルフィの高らかな宣言と共に、メリー号はバラティエを離れ海に出た。

 

 

 

 

 次の目的地は既に決まっている。

 いざ、コノミ諸島へ。



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第74話 対戦カード

 「と、いうわけで、今この船はナミの故郷に向かってるんだよ」

 

 説明しました。何をって? サンジに現在のこの一味の目的を、だ。

 まぁ当然だよね。前回の相談の時、サンジはまだいなかったんだから。

 話の途中から、サンジは俯きながらブルブルと拳を震わせていた。

 

 「許っさーん!!」

 

 ドカン、とサンジは爆発した。いやマジで。何だか後ろに活火山が見える気がする。

 

 「ナミさんに何てことを!! そのくそ魚人ども、纏めて3枚にオロしてやる!!」

 

 ……うん、まぁ……ラブコックはラブコックってことだね。

 そしてそのサンジの発言に、ルフィが反応した。

 

 「何言ってんだ! アーロンはおれがぶっ飛ばすんだ!」

 

 どん、と胸を張るその傍らでは。

 

 「おぉ、行け! 活躍の場は譲ってやる!」

 

 ちょっと震えながらちゃっかりした発言をする勇敢なる海の戦士がいたりする。

 ちなみに、ゾロはまだ寝ている……麻酔、効きすぎたかな? そりゃあ確かに、規定量ではちゃんと効くか不安だったから3ば……コホン、ちょっと多目に投与しといたけど。

 

 うん、はっきり言おう。

 

 カオスな状況だ。主にルフィとサンジがヒートアップしているせいで。

 ちなみに、話題の中心であるナミは現在、甲板にいる。

 というのも、これから俺たちは対アーロン一味に向けて作戦会議する予定だからだ。流石にその話を傍で聞くのは不安らしい。やっぱり止めて欲しい、と思ってしまいそうなんだとか。

 しかし、何だね? 話が進まんよ、これじゃ。

 ハァ……苛立つ……。

 

 「いい加減に……しろっ!」

 

 アーロンは自分がぶっ飛ばすんだ、と主張しあって掴み合いに発展してきていた2人の頭をぶん殴らせてもらいました。

 

 「何すん……」

 

 ルフィは横槍を入れられて不満なんだろう。抗議の声を上げた。何故か途中で止まったけど。

 いけない、俺まで熱くなってどうする。落ち着くんだ、こういう時は笑顔で対応するんだ、そうすれば相手に真心が伝わるし、その内に俺の心も凪いでくる。

 

 「話が前に進まないだろ?」

 

 スムーズに話し合いを進めるには、冷静さを欠いてはいけない。俺は努めて穏やかな空気を醸して、その場の全員に座るように促した。

 

 「? どうしたんだ、サンジ?」

 

 すぐに席に着いてくれたルフィとウソップに対し、サンジは何故か少し固まっていた。声を掛けたらハッとしたように動き出したけど……どうしたんだろうな?

 

 

 

 

 

 「さて、じゃあ作戦会議を始めよっか」

 

 ……今更だけど、どうして俺が仕切ってるんだろう? ルフィがするべきなんじゃ……無理か。

 

 「今度の相手はアーロン一味。その戦力は、ノコギリザメの魚人であるアーロンを筆頭に、タコの魚人のハチ、エイの魚人のクロオビ、キスの魚人のチュウ。後は海牛のモームと一般クルーだ」

 

 この辺はナミから聞き出しておいたよ。

 

 「そいつらが金を受け取ったら、戦わないんだよな?」

 

 ウソップが恐る恐る聞いてきたけど……うん。

 

 「誰がそんなこと言った?」

 

 ピシッとウソップが凍った。

 

 「俺、『アーロンが金を受け取らなかったら戦う』って言っただけで、『金を受け取ったら戦わない』、なんて言ってないよ? 『穏便に済むならそれでいい』とは言ったけど、それはあくまでもナミの村の話であって、俺たちが止まるっていう意味じゃない。だってそうだろ? アーロンが金を受け取っても、その場しのぎにしかならないんだし」

 

 「そうだぞ!」

 

 ルフィが大きく頷いている。

 

 「村を買ったところで、アーロンはいなくなったりしねェんだ。きっとまた同じことが起こる。だから、ぶっ飛ばす!」

 

 ルフィはこういうのを直感で言い当てるんだから、凄いよね。

 

 「今まで俺がそれを口に出さなかったのは、ナミがいたからだ。言えば反対すると思ったからね……ま、どう転んでもアーロン一味とやりあうのは避けられないってことでヨロシク」

 

 ウソップはガックリと項垂れている……何かゴメン、でも俺って詭弁家なんだ。言葉の裏には気を付けなよ?

 

 「で、本題だけど……海賊同士の戦闘である以上、向こうのトップであるアーロンの相手はこっちの船長であるルフィ。これは言うまでもないかな」

 

 「おう! 任せろ!」

 

 胸を張るルフィの隣で、サンジはちょっと不満そうにタバコをふかしている。けど、反論する気は無いらしい。さっきはナミへの熱意からか興奮していたけれど、落ち着いてくると船長対決は船長対決と受け止める気になったらしい。

 

 「後、タコの魚人のハチは剣士らしいから、ゾロの担当。本人もその気だし、これもいいか?」

 

 3人は頷き、これもあっさり通った。しかし。

 

 「けどアイツ、『鷹の目』にやられた怪我は大丈夫なのかよ?」

 

 サンジはそこが気掛かりらしい。俺は肩を竦めた。

 

 「だから今、強制的に休ませてるんだ。勿論その時までに回復なんてしきらないだろうけど、多少はね。それに剣士と戦う機会を奪ってしまったら、その方がゾロは怒るだろうから。」

 

 「……面倒くせェヤツだな」

 

 とは言いつつも、ミホークとの一戦を見てしまったらしいサンジはある意味納得出来てしまうみたいだ。

 よし、続けよう。

 

 「問題は、クロオビ・チュウ・モーム……一般クルーは、モームと一纏めにしとこうか。頭数を考えたらこうなるけど、誰がどれを担当するかってことなんだけど……俺の意見としては、ウソップにはチュウを担当してもらいたい」

 

 「い!?」

 

 幹部と戦え、と言われたも同然のウソップの口元が引き攣っている。

 

 「理由はある。まず言えるのは、お前に一般クルーたちの相手は無理だってこと」

 

 「けど、おれはシロップ村で足止めが出来ていたぞ?」

 

 「あれは、こちらが罠を張って待ち構えていたから出来たことだ。そもそも狙撃手は、接近戦の1対多数には向かない。その上、魚人は産まれながらに人間の10倍の力を持ってる」

 

 10倍、と具体的な数字を聞いて、ウソップの顔色が悪くなった。

 

 「でもってチュウとクロオビだと、チュウの方が相性は良いと思う。クロオビは空手家らしいからね」

 

 「……そうしておいてやるぜ」

 

 何だろう、ウソップが何か遠くを見るような目をしている。

 

 「あ、そうそう。本物の銃と変わらない威力の水鉄砲を使うらしいから、気を付けなよ?」

 

 「それを早く言えェ!」

 

 ウソップ……お前、好きだな。その『叫び』状態。

 

 「で、サンジはクロオビとモーム+一般クルー、どっちがいい?」

 

 とはいえ、答えは解っているけど……。

 

 「幹部のヤツをやらせろ。何だったら、全部纏めておれが始末してやる!」

 

 ナミに入れあげているサンジが、妥協するはず無いもんな……。

 

 「少しは俺の出番も残しといてよ。じゃあ、これで担当は決まりってことで」

 

 俺は内心、ホッと一息吐いた。

 対戦カードは原作通りに出来た。これでまず間違いなく負ける心配は無いだろう。

 

 それにモームや下っ端を俺が担当すれば、ルフィの海落ちフラグも自然消滅するはずだし……後はゾロの怪我に気を配っておこう。

 とはいえ、俺も油断は禁物だ。自分でも言ったけど、魚人の力は人間の10倍。いくら下っ端とはいえ、そんな魚人をたくさん相手にしなきゃいけないからね。俺はゴムじゃないから、ゴムゴムの風車で一気に殲滅、なんてことは出来ないんだし。

 うっかり取りこぼしたりしないようにしないと……。

 

 

 

 

 コノミ諸島に着くまで、それほどの日数は掛からない。

 ……なお、ゾロの目が覚めたのは、麻酔を打ってから2日経ってからだった。『後で覚えてろよ』などと言われてしまった……よし、すぐに忘れようそうしよう。

 もう1つ特筆すべきことがあるとしたら、サンジが完全にナミの下僕と化したということだろうか。

 ナミ曰く、使い勝手がいいらしい……まぁ、あれだけあからさまにアプローチされてればね……。

 けど、どうでもいいか。サンジ本人が、『恋の奴隷です♡』とか言って喜んでるんだし。それに、サンジを扱き使う過程でナミも以前の調子を取り戻してきたから、一石二鳥だ。

 お陰で、ナミらしくない遠慮しているようなよそよそしい空気も薄れたんだから、サンジには感謝しよう。

 

 

 

 

 それと、モームとの遭遇も無かったっけ。

 考えてみれば当然だろう。メリー号に乗っている俺たちは、食事は船内で食べている。だから、匂いに釣られてやってくる、などということは無い。

 ま、来ても来なくてもどっちでもいいけどな! どの道アーロンパークで潰すんだし!

 

 

 

 

 特に問題が起こることも無く、航海を続けること数日。

 漸く俺たちは、コノミ諸島……ココヤシ村へと辿り着いたのだった。



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第75話 当然のこと

 

 

 

 俺たちはコノミ諸島に到着した後、ココヤシ村には立ち寄らずにその足でナミの実家へと向かった。

 ただし、ナミだけはすぐにアーロンパークへ行った。アーロンに『1億ベリーが貯まったから取引したい』と言いに行ったんだ。

 

 その間に俺たちは、ナミがこれまでに集めた金を掘り起こして数えることになった。どれだけ足せば1億ベリーになるか試算しとくって言ってね。

 それに、もしネコババしようとするヤツが現れた時に見付からないように、俺の能力で小さくして隠す、ということにもなっている。アーロンの所に持って行くにしても、その方が楽だもんな。

 

 

 

 

 

 「およそ8500万ベリーってところかな……」

 

 ノジコ立会いの下みかん畑から掘り起こした箱の中身は、トータルするとそれぐらいだった。ざっと数えた感じだけど、多分そう誤差は無いだろう。

 

 「となると、後1500万ベリー……アルビダとバギー、クリークから奪った分でそれぐらいになるかな……」

 

 ってか、バギーを海軍に突き出して懸賞金貰えばよくね? 俺たちまだ手配されてないからそれも可能だな……ま、バギー今どこにいるのか解らないから無理だけど。

 

 

 

 

 ナミの箱はルフィ・ウソップ・俺で掘り起こした。サンジはノジコにメロリン状態になってて役に立たないし、ゾロはまだ休ませている。

 そしてその作業中に、ノジコが詳しい事情を話してくれた。そう、ベルメールさんのことだ。

 ルフィは、『ナミの過去になんて興味ねェ』って言って特に気にしてなかったけど、その他は耳を傾けていた。

 

 「8年前のあの日から、あの子は決して泣かなくなったし、人に助けを求めることもしなくなった。あたしたちの母親のように、アーロンに殺される人間をもう見たくないから……たった10歳だったナミが、どれほど辛い決断をしたか、解る?」

 

 解るわけが無いさ。そんな経験、したことないんだから……。

 ナミの苦しみもそうだけど……ベルメールさんは、凄いよな。

 

 『ごめんね。私、母親らしいこと、何もしてあげられなかったね』

 

 ……自分が死ぬと解っていて、どうしてそう言えるんだろう。愛しているから、だろうけど……それだけの無償の想いは、どこから来るんだろう。

 ふと、思い出す。

 

 『ゴメンね……ゴメンなさい……』

 

 あれからもう、16年か……。

 自分の命を掛けて、それでもまだ足りないっていうのなら……一体、どれだけのことをしてあげたいと思ってるんだろう。

 むしろ、子どもの方が、それだけの想いに報いる術が見付からないってのに。

 

 

 

 

 

 「……ボロボロだな」

 

 俺と一緒に箱を掘り出していたウソップが、中に入っていたお札を1枚摘んで呟いた。

 ウソップの言う通り、箱の中身はボロボロな物ばかりだった。

 血や泥で汚れた札束、瑕の付いた宝石、端の欠けた装飾品……見ただけでも、これまでのナミの苦労が解る……いや、とても他人が解るような苦労じゃなかっただろう。正しくは、苦労してきたということが解る、だ。

 

 「海賊貯金を思い出すな」

 

 ルフィが言ってきたけど……。

 

 「ブツは似たようなものだけど……集めた人間の思いは全然違うんだろうな」

 

 確かに海賊貯金も、結構ボロボロだった。そりゃあ、スリや強奪なんかでやってたんだから当然だろう。集める過程で危険な目にあったことも1度や2度じゃない。最たる例は、あのブルージャムの1件だ。

 でも俺たちは、自分の夢のためにやっていた。だからだろう。今思い出せば、あれはあれでそれなりに楽しかった。

 反対にナミは、これが唯一の手段だった。楽しむ余裕なんて微塵も無かっただろう。

 

 

 

 

 宝を小さくして待っていると、ナミが戻ってきた。

 

 「アーロンの反応はどうだった?」

 

 聞くと、ナミは難しい顔をした。

 

 「驚いてたわ。1億貯まるのはまだもう少し先だと思ってたみたい……書類とか用意するから少し待て、だって」

 

 ……うん。

 

 「明らかに……ってか、あからさまに時間稼ぎだな」

 

 多分、今頃ネズミに連絡でも入れてるんだろう。

 

 「けど、村の売買の主導権がアーロンにある以上、待てって言われたら待つしかないよね。はい、これ」

 

 俺がナミに渡したのは、掌で包み込めるサイズの小さな箱だ。

 

 「また、随分と小さくしたわね」

 

 ナミは若干呆れ気味な様子である。俺は肩を竦めた。

 

 「俺の出来る限界、1/100サイズにまで小さくしたからね。でもこれなら、知らなきゃ誰にも解らないさ。ポケットにでも入れときなよ」

 

 ナミが頷いてそれを自分のズボンのポケットに仕舞っていると。

 

 「ナミすわぁん♡ お姉さまに頂いたみかんを使ったゼリーを作りました!」

 

 サンジが文字通り、踊りながらナミの家から出て来た。ちなみに、目が♡である。

 まぁ……空気が適度に緩んだから、よしとしとこう。

 

 

 

 

 ネズミ大佐がゲンさんに連れられてやって来たのは、それからほんの2時間ほど後のことだ。

 こんな時だけ仕事早いな、オイ!

 その時俺はルフィ・ウソップと一緒にみかん畑でみかん狩りをしていた。あまり取り過ぎないように、と厳命されているけど……うん、俺は全然みかん取れてない。ルフィが取り過ぎないように牽制するので精一杯だったよ!

 ちなみに、ゾロはまだ休んでいて、サンジはメリー号にて昼食の準備中だった。

 

 「!?」

 

 やって来た集団を見て、ルフィが驚愕の顔で持っていたみかんを落とした。

 

 「ルフィ!? 落ち着け、おれたちはまだ海軍に追われるようなことは……」

 

 その驚きを、海軍の集団を見たせいだと思ったらしいウソップが宥めようとしたけど……え~っと、な?

 

 「落ち着くのはお前だよ、ウソップ。よく見てみろ、ルフィの視線の先を」

 

 ルフィの視線の先にいる人物。それは……。

 

 「あのおっさん……何で頭に風車挿してんだ!? イカス!!」

 

 ゲンさんだった。

 

 「そっちかよ!?」

 

 今日もウソップのツッコミは切れがいい。

 

 

 

 

 

 「チチチ……私は海軍第16支部大佐、ネズミだ。君かね、ナミという犯罪者は?」

 

 卑しい笑みを浮かべながら、ネズミはナミに聞いた。

 

 「ええ、そうよ。海賊だからね。犯罪者でしょうよ……何? アーロンに何か言われて来たの?」

 

 対するナミは挑戦的だ。言葉にも棘が満載だし。

 ネズミは一瞬沈黙したが、すぐに言葉を続けた。

 

 「アーロン氏に? はて、意味が解らないな……今日来たのは、君が泥棒だという情報が入ったからだ」

 

 ……じゃあ、その情報の出所を言ってみろよ。どうせアーロンだろ?

 

 「対象が海賊らしいな? まぁ、そうとなれば君を強く咎めるつもりは無いが……犯罪は犯罪だ。その盗品は、我々政府が押収させてもらう。今までに集めた金品を提出しろ!」

 

 ぐ、とナミが言葉に詰る。その視線が不意に俺の方へ向き……俺の言った通りになった、という表情をした。

 しかし、すぐに気を取り直したらしい。

 

 「……こっちこそ、何のことだか解らないわ。盗品なんて、無いわよ。何なら探してみる? あぁ、みかん畑は無茶苦茶にしないでよね」

 

 その強気な態度に、ネズミは面食らっている。

 

 「チチチ……ならばそうさせてもらおう。探せ!」 

 

 その号令と共に、ネズミが引き連れていた海兵の一団が散り、捜索を開始する。

 しかし、家の中、畑の地中……当然ながら、どこを探しても盗品は見付からない。

 なお、畑の捜索においては、みかん畑そのものには触られないように俺たちで注意を払っておいた。

 

 「まだ見付からんのか!?」

 

 目的の物が見付からず、またナミが全く動じないこともあって、ネズミは明らかに苛立っていた。当初の余裕はどんどん無くなっている。

 

 「米粒を探しているんじゃないんだぞ!? 1億ベリーだ、見付からねぇはずがあるまい!」

 

 ざ~んね~ん。確かに米粒サイズとまではいかなかったけど、1億ベリー(正確には、まだ8500万ベリー)はすっごく小さくなってナミのポケットの中で~す。1億ベリーを探すつもりで探してたら、一生見付けられないな!

 

 「どうして1億ベリーなんて断言できるのよ」

 

 しかも、その失言を聞き咎められてナミに詰られてるし。

 

 「!? あぁ……まぁ、1億……それぐらいありそうな気がしたんだ」

 

 ネズミ、何気に立場弱くなってるな。まぁ、宝という証拠が見付からなければ、傍目にはナミに冤罪を被せようとしただけに見えるし。

 その一方で、とうとうナミが爆発した。

 

 「いい加減なこと言わないで! アーロンがあんたたちをここへ寄越したんでしょ!? あんたたち海軍に助けを求めてる人はこの島には大勢いるのに、そんな人たちを素通りしてよくここまで来れたわね!」

 

 「海軍が海賊の手下に成り下がるなんて……!!」

 

 「何という腐ったやつらだ!」

 

 ノジコとゲンさんも、溜め込んでいた怒りが出ている。

 

 「ぐ……おい、さっさと見付けろ! 無いわけがねぇんだ! 見付けねぇと、報酬の3割が……っ!」 

 ……今頃口を噤んでも、遅いと思う。ものすごく。

 何だ、アイツあっさり自爆したな。

 もう完璧にバレてるよ。このまま撤退しときなよ。

 

 「とうとう本性現したわね! あんたのようなやつが海兵だなんて! ベルメールさんは、あんなに戦ってたのに……!」 

 

 「チチチ……煩い小娘だ!」

 

 うわ、開き直った!

 

 「捜索の邪魔だ! 出て行グハッ!!」

 

 激昂してナミに銃口を向けようとしたネズミの横っ面に、拳が直撃した。

 誰の拳かというと。

 

 「ルフィィィィィィ!? 海軍に喧嘩を売る気か!?」 

 

 そう、ルフィのゴムゴムの銃だった……チッ、出遅れた。俺も準備はしてたのに。

 ……でも、考えようによってはいいな。だって、喧嘩売ってもいいっていう船長のお墨付きが出たようなもんだし。

 

 「知るか! 海軍だろうと何だろうと、クズはクズだ!!」

 

 ルフィは怒り心頭である。ナミに銃を向けようとしたことで相当キテるみたいだ。

 

 「その通りだな。それにウソップ、俺たちは海賊だ。その時点でもう海軍に喧嘩売ってるようなもんじゃないか?」

 

 言うと、ウソップはorz状態になった……だって、事実だろ?

 

 「き、貴様ら!」

 

 あれ、ネズミが復活した。(ピストル)をくらったってのに……意外と丈夫だな。

 

 「おれが誰だか解っているのか!? おれは」

 

 「海軍第16支部大佐、ネズミ」

 

 「へ? グホッ!!」

 

 ネズミ、再び悶絶。何故か? だって、へたり込んでるネズミの顔面、蹴り抜いてやりましたから。うん、やりたかったんだよ!

 

 「解っててやってんだよ。お前がどこの誰だろうが、敵には違いないんだから。そっちこそ、何都合のいいこと言ってんだよ。この小物が」

 

 「ユアンーーー!? お前までっ!?」

 

 何だか遠くでウソップの絶叫が聞こえた気がしたけど、気にしない。

 

 「お前は切れさえしなきゃ、比較的常識人だと思ってたのに!」

 

 ……切れさえしなきゃって、何さ? 俺、怒ったことはあるけど、ブチ切れっていうほど切れたことはまだ無いと思うぞ?

 それに。

 

 「常識人なわけないだろ? 海賊なんだから」

 

 その時点で、既にアウトローだ。

 ……ん?

 

 「海賊だと?」

 

 あれ、周囲の海兵が色めき立ってる?

 

 「貴様ら、本当に海賊なのか!?」

 

 ネズミが怒鳴るけど……うん、そんな地に伏した体勢で何を言っても、威厳もクソも無いぞ?

 

 「おう! おれは海賊王になる男だからな!」

 

 いつの間にかこっちにまで来ていたルフィが、胸を張って答えている。

 

 「捕縛しろ!!」

 

 腐ってもネズミは、この場での最高位の海兵である。当然、海兵たちはその命令に従う。ジリジリと、海兵たちは俺たちを取り囲む……けど。

 

 「だってさ。どうせならアーロンに対しても『捕縛しろ』とか言えばいいのにな」

 

 「準備運動には丁度良さそうだな! あ、そうだ! どっちの方がたくさんやれるか、勝負しねェか?」

 

 

 「……何か賭けたいものでもあるのか?」

 

 「おれが勝ったら、冷蔵庫から鍵を取れ!」

 

 「それは負けられないね……じゃあ、俺が勝ったらルフィは向こう1ヶ月、1日5食じゃなくて1日3食な。」

 

 

 「げ! お前鬼か!」

 

 「普通の人間の食事事情は、そうなってんだよ」

 

 俺たちには、全くと言っていい程緊張感が無かった。

 

 

 

 

 勝負が着くのに、5分も掛からなかった。

 

 「俺の勝ちだな」

 

 フフン、と勝ち誇る俺に対して、ルフィは駄々を捏ねている。

 

 「ちくしょ~~~!! 3人差だ!!」

 

 そう、俺が勝った……必死だったからな! ふはは、ルフィ! 1日3食しか食べられなくて飢えるがいい!

 あ、周囲の状況?

 まぁ……死屍累々、と答えておこう。いくら海兵とはいえ、これぐらいの相手はどうってことない。

 

 「おばえら……このおでに手ェ出じて、ただでずむとおぼうなよ……。」

 

 ネズミ……タフだな。その点だけは感心するよ。

 けど、まぁ。

 

 「目汚しだな……飛んでいけ!!」

 

 思いっきり、蹴っ飛ばしました。うん、結構な飛距離出た。

 暴れて、ちょっとスッキリした。

 

 

 

 

 

 「そんなことがあったのか……」

 

 下っ端の海兵たちもほうぼうの体で逃げ出し、時が来たと俺はメリー号にいた2人を呼んできた。あ、ついでにヨサクとジョニーも。

 

 「何でだよ、何であんなに目立つ真似を……絶対目ェ付けられちまったよ、どうすんだよ」

 

 ……ウソップが暗黒を背負って何か呟いてるように見えるけど、気にしないでおこう。

 それよりも。

 

 「……バッカみたい」

 

 肩を落として蹲っているナミの方が、ずっと心配だ。

 

 「8年よ? ずっと、信じてたのに……アーロンは、金の上での約束は、それだけは守るって。もうすぐ、村も解放されるって思ってたのに……私、何してたんだろ……」

 

 可能性を考えてはいても、実際に突き付けられればやっぱりショックなんだろう。

 ナミの肩は震えている……ずっと堪えていたものが込み上げてきているんだろうか。

 

 「……知っていたよ」

 

 ゲンさんの静かな言葉に、ナミがパッと顔を上げた。

 

 「ナミ、お前が村のために頑張っていたことは、村の全員が知っている……ノジコに聞いた。だが、知っていると言えば、我々の期待が、お前があの一味を抜けたいと思ったときに足枷になると思い……知らぬフリをしてきた」

 

 「そんな……」

 

 ナミは目を瞠っている。

 その一方。

 

 「うし! 行くか!」

 

 ルフィがやる気充分に俺たちに声を掛けてきた。その言葉に、ナミはハッとしてこっちを見た。

 

 「ほ、本当に行くの!?」

 

 「当たり前だろ? 何言ってんだ、今更」

 

 ルフィは心底不思議そうな顔をしている。

 

 「あんたたちは……この島とは関係無いじゃない!」

 

 「ああ、無ェよ」

 

 「殺されるかもしれないのよ!」

 

 「死なねェよ。おれは海賊王になるんだからな!」

 

 ルフィは実にあっけらかんとしたものだ。

 うん。

 

 「ま、確かにこの島『は』関係無いな。俺たちが関係あるのは、ナミだからね」

 

 俺が肩を竦めると、ルフィが頷く。

 

 「この前だって言った。おれたち、仲間だろ?」

 

 この前……クリーク一味との戦いの直後の、あの時のことだろう。

 そしてあの時、ルフィが言ったことはもう1つある。

 

 「……ルフィ」

 

 『何でおれたちを頼らねェんだよ』……ルフィはそう言ったんだ。

 そしてあの時と今とでは……色んなことが、違う。

 

 「助けて……」

 

 8年間。その間でナミが人に助けを求めたのは、多分これだけなんだろう。

 その言葉にルフィはナミの所まで歩いて行き、その頭に自分の被っていた麦わら帽子を乗せた。そして、大きく息を吸い込み……。

 

 「当たり前だァ!!!」

 

 腹の底からの叫びに、空気が震えた。

 そしてこの場で、その叫びに否やのある者はいなかった。



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第76話 怒り

 さて、俺はサンジとゾロを呼びに行ったときに、ヨサクとジョニーも一緒に呼んできた。というのも、見張りを頼みたかったからだ。

 もしも原作通りにココヤシ村の人たちが来た場合、アーロンパークの中には入らないように、ってね。

 あいつらだって、一応は賞金稼ぎとして生計を立ててきたヤツらだ。流石に一般人を押し留めるぐらいは出来るはず。

 その辺は道中で2人に言い含め、俺たちはアーロンパークに辿り着いた。

 

 

 

 

 開戦の狼煙は、ルフィがアーロンパークの壁を吹っ飛ばしたことで上がった。

 

 「アーロンってのは、どいつだ?」

 

 その言葉に反応したのは、長いギザギザ鼻の男……アーロンだ。

 

 「アーロンはおれだが……テメェは何だ?」

 

 まだこちらがしたことと言えば、そこの壁を壊したことぐらいだ。だからアーロンの様子も訝しさが先に立っていて、まだあまり苛立ちは見えない。

 

 「おれはルフィ。海賊だ」

 

 すたすたとアーロンに向かって歩くルフィに、魚人が2人立ち塞がった。

 

 「おい待て」

 

 「まずはおれたちに話を通してからグフゥッ!!」

 

 「ルフィの進路に立つな」

 

 邪魔だったから、2人纏めて蹴り飛ばした。だってあいつら下っ端クルーっぽいから、俺の担当だろうし。

 同胞が人間に一撃で昏倒させられたせいかアーロンは驚いているけど、ルフィは気にも留めてない。信頼されてるような、眼中に無いような……気分は複雑だよ。

 

 「……海賊がおれに何の用だ」

 

 同胞に危害を加えた俺を鋭い目で睨みながらも、目前まで迫ったルフィに問いかけるアーロン。

 そして、次の瞬間。

 

 「!?」

 

 何の前触れも無く、ルフィはアーロンを殴り飛ばした。アーロンの方も全く身構えてなかったからか、あっさりと吹っ飛ばされて俺たちが入って来たのとは反対の壁に激突する……けど、ダメージは殆ど無いみたいだ。気配で解る。

 

 「ア、アーロンさん!?」

 

 アーロンが吹き飛んだことで、下っ端たちが騒いでいる。

 

 「……テメェは一体……?」

 

 身を起こしたアーロンが、ルフィに視線を向けて聞いた。一方のルフィはというと、激怒、というのに相応しい表情を浮かべている。

 10年間、ずっと一緒にいた。けど、基本的におおらかなルフィがここまで怒っているのを見たことは、そう何度も無い。

 アーロン……色んな意味で終わってるな。

 

 「うちの航海士を泣かすなよ!!」

 

 ……もしも相応の訓練をしていたら、今のルフィはきっと、覇王色の覇気だって放ってたかもしれない。それぐらいの怒気を感じた。

 

 

 

 

 「貴様、アーロンさんに何を……!」

 

 「嵐脚・線!」

 

 《グハッ!!》

 

 頭に血を上らせたらしい下っ端たちに、纏めて一撃を浴びせた。とはいえ人数が多いから、個々へのダメージはそこまで高くはなさそうだ。本当に丈夫だな、魚人。

 

 「テメェら、2人でさっさと行きやがって」

 

 真っ先にこっちの方に来たのは、サンジだった。続いて、ゾロ、ウソップ……ウソップは何だか、足が震えている。

 

 「大丈夫か、ウソップ?」

 

 「!? お、おぅよ! 武者震いってヤツだ! 策は立ててきた! 勝算はある!」

 

 多分、武者震いってのは強がりだろうけど……策があるってのはウソに見えないから、大丈夫だろう。

 

 「航海士? ……ナミのことか?」

 

 アーロンって察しがいいな。

 

 「そうだ!」

 

 ルフィが宣言すると、アーロンは笑い出した。

 

 「シャハハハハ!! お前ら、本気であの女を引き入れようってのか? あいつは金のためならどんなことでもする女だ……テメェらも裏切られるのがオチだぜ!!」

 

 あいつ、ぶっ飛ばしていい? いやダメだ、それは船長の役目だ。

 

 「何せアイツは、金のためなら親の死も忘れられる、冷血な魔女のような女だからなァ!」

 

 …………何だって?

 

 「……忘れられるわけ無ェだろうが」

 

 「? ユアン?」

 

 ルフィに不思議そうな顔で覗き込まれたけど……何だろう?

 何だか、ドクドクいってる……俺は……怒ってるのか?

 

 「自分のために命を張ってくれた人のことを、忘れられるわけがない。ナミは何も忘れてなんかいない。ただ、必死で頑張ってきただけのことだ」

 

 そう、そしてナミは頑張ってきた。

 

 「命を張った? ……あァ、そうだな。あの女海兵は、くだらねェ愛に死んだんだからなァ。」

 

 「……くだらない、だと?」

 

 お前にそんなことを言う権利なんてありゃしないだろうが。

 

 『ごめんね。私、母親らしいこと、何もしてあげられなかったね』

 

 ベルメールさんのそれをくだらないだなんて断じる権利は、お前らには絶対に無い!

 ……解っている。アーロンの発言は、あくまでもベルメールさんに向けられたものだと。そして、確かに腹立たしい侮辱だけど、俺はそれとは無関係だ。どうこう言う筋合いは無い。

 けど……勝手なことだと解っていても。

 

 『ゴメンね。母親らしいこと、何もしてあげられなくて』

 『ゴメンね……ゴメンなさい……』

 

 どうしても……ダブってしまう。

 何の因果関係も無いって、解ってるのに……母さんのことも、侮辱されたように感じてしまう。

 

 「テメェらもあの女海兵と同じ、所詮は下等種族だ! 何が出来る!」

 

 お前、もうその口閉じろよ。あぁ、腹が立つ。

 

 「お前らなんか、アーロンさんが相手にするまでも無ェ! エサにしてやる! 出て来い、巨大なる戦闘員よ!!」

 

 ハチの口ラッパも、五月蝿い。

 ……あぁ、海中から何か来るな。何かって、モームだろうけど。

 

 「出て来い、モーム!!」

 

 大きな水しぶきを上げて水面から身を出したのは、巨大な牛っぽい生物。間違いない、モームだ。

 

 「やれ、モーム!!」

 

 「ブモォォォォォォ!!」

 

 何か殺気立ってるけど……。

 

 「五月蝿い」

 

 向かってきたモームを、鼻を押さえて止めた。

 

 「な! 人間がモームの巨体を、腕1本で……!!」

 

 えぇまぁ、こう見えても母さん譲りの腕力がありますからね、俺は。祖父ちゃん譲りとも言えるけど。

 ハチが驚いてるけど……どうでもいい。

 アーロン……あいつ、何なんだ?

 かつて人間のせいで尊敬するフィッシャー・タイガーが死んだからって、それが何だ? そんなこと、あいつがこれだけのことをした言い訳になんてなるものか。勝手に支配して、ナミを泣かせて、子どもを守った母親を侮辱して……。

 

 「失せろ。この牛が」

 

 左腕で止めていたモームの喉元を、その左足で蹴り上げてふっ飛ばす。そして。

 

 「嵐脚・乱」

 

 「ブモォ!!」

 

 追い討ちをかけた。よし、モームはぶっ飛んだな。あれならもう、暫くは戻って来られないだろう。

 

 「いい気になるな、下等種族がァ!」

 

 モームが吹っ飛ばされたからだろう。下っ端たちが殺気立つが、丁度良い。

 お前らは元々俺の獲物だ。

 

 「グッ!」

 

 「ガァッ!」

 

 次の瞬間、やつらは次々にと倒れていく。

 解説しよう……と言っても、大したことはしてないけど。ただ剃でヤツらの隙間を縫うように移動し、指銃で撃ちぬいている。ただそれだけ。

 スピードがまるで違うから、ヤツらは自分の身に何が起こっているのか正しく認識出来ていないだろうが。

 

 「ルフィ……あいつ、どうしたんだよ……一体、何してるんだ?」

 

 あぁ、ヤツらだけじゃなかったか。ウソップも目を丸くしてる。

 どうやらアイツの目には、俺の姿が消えたかと思ったら次々と魚人たちが体のどこかしらから血を噴いて倒れていってるようにしか見えないらしい。

 

 「あいつ、剃で走り回りながら、指銃でやつらの身体を打ち抜いてるんだ」

 

 その一方で、ルフィは正確に把握できているみたいだけど。

 ゾロとサンジは……解ってはいるみたいだけど、正確には捉えられていないみたいだ。というか、驚いてるような顔が見える。何だよ、俺が無双しちゃ可笑しいかよ。確かに今までは割と大人しくしてたけど。

 何だよ、これでも俺だって鍛えてるんだぞ? ルフィだって俺の事、自分と同レベルだと認めてくれてたじゃねェか!

 

 あぁ、しかもどうやら俺を正確に捉えているのはルフィだけじゃないらしい。

 それはアーロンだ。視界の端で、なんかスゲー驚いてる。

 

 けどなぁ、皆が驚いてる間に俺の戦い……という名の蹂躙は終わりそうだぞ?

 

 「これで最後!」

 

 「グアァッ!!」

 

 最後に残っていた魚人も打ち抜いて、漸く止まる。

 

 「うっげぇ」

 

 止まってから改めて自分を見てみると、真っ赤になってた。

 髪色のことだけじゃないぞ。倒した大量の魚人たちの返り血を浴びて、赤く染まっていたんだ。うえぇ、生臭い。やりすぎた。

 

 まぁいいや、ちょっと暴れたら少し気分も落ち着いた。

 

 さて、後は高みの見物としよう。願わくば、アーロンが全力でぶっ飛ばされますように。



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第77話 それぞれの開戦

 「下等な人間が……同胞たちに……何をしたァ!!」

 

 あ、アーロン切れてる。そりゃそうか、これじゃなぁ……て、やった本人なんだよね、俺。何か他人事みたいな感覚だけど。どっちかっていうと今の俺は、スッキリしてる。発散したからだろうか。

 でも、何をしたって言われると……うん、まさに文字通りの。

 

 「雑魚散らし」

 

 プチ、とアーロンの血管が切れた音がした気がした。

 アーロンの、そういった所だけは嫌いじゃない。種族主義の差別主義者だし、冷血な極悪人だけど、仲間思いだって点だけは事実なんだよね。

 まぁ、だからって好きにはなれないけど。

 

 「この……下等種族がァ!!」

 

 怒りのままに襲い掛かろうとしたアーロンを、幹部3人が引き止める。

 

 「アーロンさん、あんたは大人しくしててくれ」

 

 「あんたに怒りのままに暴れられちゃ、このアーロンパークが崩壊しちまうッチュ♥」

 

 チュウ……語尾の♥がウゼェ!

 

 「ん~~~~~~!!」

 

 とか何とかやってる間に、ハチが何かしている。

 

 「たこはちブラーック!!」

 

 「蛸墨だ!」

 

 けど全員かわしました。だって、ルフィの足も埋まってないし。

 

 「テメェはもう充分暴れただろうが」

 

 ヒョイ、と後ろ襟を掴まれて引っ張られる。その犯人はサンジだった。

 

 「後はおれたちのエモノ……違うか?」

 

 「ま、そうだね」

 

 元々そのつもりだったし。

 それに正直、体中べとべとで気持ち悪い。動きたくない。洗いたいけど……俺ってカナヅチだから、海には入れないしなぁ。

 うん、ちゃんと考えて行動しないと後で酷い目に遭うっていういい例だね!

 

 「俺はこの後はもう観戦でもしてるよ……問題無いだろ?」

 

 ちょっと下がって、大きめの瓦礫の上に腰を下ろす。え? 略奪? 流石にここではしないよ、だってここにある金品はこの島のものだし。後々復興資金としているだろ?

 

 「無ェな」

 

 「レディーを泣かせるようなクソ野郎どもは、おれがオロしてやるよ」

 

 「剣士ってなァどいつだ?」

 

 「だが! どうしてもというなら手伝わせてやってもいい!」

 

 「……お前、策があるんじゃなかったのか?」

 

 最後の最後、ウソップだけちょっと不安だけど、まぁ大丈夫だろう。

 そしてまず火蓋を切って落としたのは、そのウソップだった。

 

 「必殺・鉛星!」

 

 自分が狙うべき相手、チュウに挑発の一撃をかましたのだ。

 当然、ただのパチンコが魚人に大ダメージを与えるわけがない。

 

 「テメェ……殺されたいらしいなァ!!」

 

 元々(俺のせいで)苛立っていたチュウは、あっさりとその挑発に乗った。

 ウソップは踵を返すと、ルフィが開けた壁の穴から走り去る……まぁ、ウソップの戦法は周囲に別の者がいない方がいいだろう。万一のことを考えると。チュウもそのままウソップを追いかけていった。

 そしてふと気付いた。いつの間にかココヤシ村の人たちが外に集まっている。ゲンさんやノジコもいるけど……ナミの姿は見えないな。まだちょっと落ち着いてないんだろうか。

 ヨサクとジョニーがちゃんと押し留めてくれているらしくて中には入ってこない。外から見ている分には一向に構わない。むしろ見届人としていてもらった方がいいな。

 さて……各々の死合は、どうなるだろうね。

 俺としてはとりあえず、大怪我が治ってないゾロはさっさと終わらせて欲しいんだけど。

 

==========

 

 ウソップは走っていた。魚人海賊団の幹部、キスの魚人のチュウ。今回ウソップが倒すべき敵だ。

 本当は、幹部との1対1なんて冗談じゃないと思っていた。もっと言うなら、誰か……特に、幹部との戦いを控えていないユアンあたりにさり気なく手伝ってもらおう、と思っていた。

 けれど、掘り起こしたナミの宝を見た時、その考えを変えた。

 ボロボロになった宝……紙幣に付いていた血は、全部とは言わなくても殆どがナミのものなんだろう。

 

 (あいつはずっと1人で戦ってきたんだ! おれだって、勇敢なる海の戦士になるために海賊になった! 戦わなきゃいけない時には戦う! どんな手を使ってでも!)

 

 自分だけみっともない真似は出来ない、そう思った。

 それに、さっきのユアンの姿。正直に言えばとても怖かったし、怒りのままに暴れているようだった。それでもそれは、喧嘩なんて生易しい戦いで済むものではない、と見せ付けられた気がした。

 

 (海賊なんだ……敗ければ死ぬ! 『海賊ごっこ』は終わったんだ!)

 

 出来るだけのこともせずにすぐに諦めるようなことは出来ない、と思った。

 事前に相手の情報を得られたのは僥倖だった。お陰で、じっくり作戦を立てる余裕が出来た。確かに足は竦むが、それもこうして走っている間に落ち着いてきた。

 

 (策は立ててある! 大丈夫だ、おれなら出来る! おれは『狙い』は外さねェ!)

 

 ウソップの海賊としての初めての戦いの幕が、上がろうとしていた。

 

==========

 

 ゾロは六刀流の剣士だというハチと対峙していた。

 正直に言えば、さっさと終わらせたいところだ。剣士との戦いを逃すつもりはないが、『鷹の目』にやられた傷は確実にゾロの負担となっていた。

 それでも、早期治療と(ゾロにとってはかなり不本意な)強制的な安静のお陰か、短時間ならば大きな問題は無さそうである。

 

 「おれは魚人島では1人を除けばNo.1だった剣士、『六刀流のハチ』! 人間には決して越えられない壁というものを見せてやる!」

 

 「……要は、小さな島のNo.2ってことだろうが。この最弱の東の海のNo.1とどっちが上か……試してみるか?」

 

 そうは言っても、相手の自己申告がウソでないのなら、決して弱い相手ではないのだろう。下手に動き回れば、傷が開く可能性がある。だが……。

 

 (それでも負けられねェ……普通は死ぬような怪我でも、おれは死ねねェ。普通じゃない『鷹の目』のヤツに勝つには、普通でいちゃいけねェんだ!)

 

 或いはこの戦い、ゾロにとっての敵は己自身なのかもしれない。

 

==========

 

 

 「覚悟は出来てんだろうな、このクソ魚野郎」

 

 「覚悟? それは貴様らの方だろうが」

 

 こちらはサンジVSクロオビ。

 サンジは燃えていた。

 ナミが受けてきた仕打ち、先ほどのアーロンの口ぶり……そのどれをとっても彼の神経を逆撫でするものばかりだった。もしもユアンが先陣を切っていなければ、サンジの堪忍袋の緒もブッツリ切れていたかもしれない。

 

 だが、少し時間を置いたことで冷静さを取り戻せた。

 海賊同士の戦いであるから、船長同士が戦うべき。それに関しては、不本意ながら納得した。しかし、アーロンの相手をすることを諦めたからといって、彼の怒りのボルテージが下がるわけではない。

 

 「女を泣かせる者は許せない、と言っていたな? 海賊がそんな生ぬるい騎士道を振り翳すとはな……所詮そんな口先だけの騎士道では、誰1人守れん」

 

 「……なら試してみるか、サカナマン」

 

 サンジは吸っていたタバコを吐き、踏んでその火を消した。

 

 「おれは怒りでヒートアップするクチなんだよ……!!」

 

 逆鱗に触れる、とはこのことだろうか。

 

==========

 

 暴れてくれるな、と言われても、人数の都合上アーロンも黙って座っているわけにはいかない。

 

 「……おれとテメェの絶望的な違いは何だと思う?」

 

 アーロンはルフィに尋ねた。対するルフィの答えは実にシンプルだった。

 

 「鼻」

 

 ……確かに全然違う。違うが、今そんなことをわざわざ聞くわけがあるまい。

 アーロンは、この目の前の少年を決して甘く見てはいない。先ほどの赤い髪の少年、彼は間違いなくグランドラインで通用するレベルだった。そんなのの船長である。弱いわけがあるまい。それを考えるぐらいには、アーロンはリアリストだった。

 しかし同時に、レイシストでもある。

 

 「あご? 水かき?」

 

 「種族だ!!」

 

 所詮は人間、魚人である自分が本気になれば何とでもなる、と思うぐらいには。

 ルフィの答えが気に入らず、アーロンは自慢のキバとあごで思い切り噛み付こうとした。それはかわされたが、逸れたキバが石柱を噛み砕き、得意げになる。

 

 「これが種族の差だ! 人間にはこれだけの力など無い! だから下等なのだ! 産まれた瞬間から次元が違う!」

 

 しかし、流石に思い知るだろうと思った相手は、それを全く歯牙にもかけていなかった。

 

 「それがどうした」

 

 ドゴ、とアーロンが噛み砕いた石柱を殴りつける。

 

 「別に噛み付かなくたって、石は割れるぞ!」

 

 ブチ、とアーロンの血管が再び切れた。

 

 「屁理屈を!!」

 

 船長対決は、早々に開幕したのだった。



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第78話 出来ること

 さて、サンジとゾロの戦果を簡潔に述べよう……簡潔にしかしようがないんだよ。

 

 取り敢えず、真っ先に終わったのはサンジだった。

 ルフィが海に落ちてないから周囲に気を配る必要も無く、その上本人も言っていたように『怒りでヒートアップしてる』のか、もう……メッタ蹴り。

 最終的には。

 

 「羊肉ショット!!」

 

 「グハァッ!!」

 

 クロオビは手も足も出せずに吹っ飛ばされて動かなくなった。

 うん、どの辺に『種族の差』があったんだ!? あいつ、フルボッコにされただけじゃん! まるで意味が解らんぞ!?

 

 それに比べれば、まだハチの方が『種族の差』……というか、特性を見せてくれた。

 タコの柔らかい体と多い手を活かした六刀流。しかしそれも、2・3度切り結んだ後にはゾロに見切られてしまったけど。

 ハチの6本の刀はゾロの鬼斬りによって砕かれ、それでもハチは己の拳を以って立ち向かおうとしたけれど。

 

 「竜……巻き!!」

 

 斬撃と回転によって巻き起こった旋風によってハチは吹っ飛ばされた。

 うん……アーロン一味の幹部って、いいトコ無しだな!

 

 「で? 身体は大丈夫か?」

 

 俺は戦いを終わらせたゾロに近寄って尋ねた。

 

 「……問題無ェな。傷は開いてねェ」

 

 それは何より。

 

 「でも後で、本職の医者に診てもらいなよ? ココヤシ村には医者だっているはずだし」

 

 流石に異論は無いらしく、ゾロは珍しくも大人しく頷いてくれた。

 

 

 

 

 さて、問題のルフィだけど……。

 

 「見ろ! おれもキバ!」

 

 …………遊んでやがった。いや、本人は遊んでるつもりは無いんだろうけどね。

 

 「頭痛と眩暈がするのは気のせいかな?」

 

 「奇遇だな、おれもだ」

 

 「気のせいじゃねェだろ」

 

 よかったー、俺だけじゃなかった!

 ノルマを達成して俺と同じく観戦体勢に入っていたサンジとゾロも頷いてくれたよ!

 でもさ、自分は歯が折れてもすぐに生えてくる、とか得意になってるけど、それってあくまでもサメの特性であって魚人の特性じゃないよね? 種族の問題じゃない気がするんだけどな……。

 

 「……あいつ、何やってんだ?」

 

 って。

 

 「お帰り、ウソップ……どうだった?」

 

 いつの間にかウソップが戻ってきていた。首尾を聞いてみると、どんと胸を張る。

 

 「聞けィ、おれ様の武勇伝を! おれは」

 

 「勝ったんだな?」

 

 「おれの活躍」

 

 「勝ったんだな?」

 

 「……ハイ」

 

 うん、その様子からしてそうだろうと思ってたよ。

 

 「うん、ウソップの武勇伝に関しては、果てしなく興味無いけど後で一応聞き流すから、その時に聞かせてよ。……後はルフィだけか」

 

 「……って、結局聞く気無いのかよ!?」

 

 「無いわけじゃないよ……多分。アルコールに着火させる作戦、上手くいったか?」

 

 俺がこう尋ねるのは、別に原作知識からじゃない。

 

 「何でおれの策を知ってるんだ?」

 

 「船の酒瓶が1本無くなってたからね……結構いいヤツだったのに」

 

 言うとウソップは、ちょっとバツが悪そうな顔をした。

 

 「1番度数の高いヤツを頂戴しといたんだよ」

 

 うん、解ってる。解ってるから、一言も責めたりなんてしてないだろ? ……ん?

 

 「ナミも来たのか」

 

 ふと気付くと、村人の中にナミがいた。麦わら帽子を被って、心配そうにルフィVSアーロンを見ている。

 これは……あまり心配をかけない方がいいだろうな。

 

 「ルフィ! 後はお前だけだぞ! 早くしろ!」

 

 その言葉に、ルフィもアーロンも周囲を見渡した……って、気付いてなかったのかよ!

 

 「テメェら……よくもおれの同胞たちを……!!」

 

 アーロンの怒りはさらに強くなっている。でもさ、この状況で『魚人こそ至高の種族』だとか言っても、空しいだけなんじゃないかな?

 そしてその一方で。

 

 「うし! じゃあ後は、お前をぶっ飛ばして終わりだな!」

 

 ししし、と笑うルフィはどこまでもマイペースだった。

 ブチ、とアーロンが再び切れた。

 

 「お前が、おれを……どうするだとォ!」

 

 怒りのままにルフィに噛み付こうとするアーロン。しかし、ルフィは全て避ける。

 

 「バカで愚かな下等種族に、何が出来る!」

 

 ……うん。

 

 「特にルフィは、その下等種族(にんげん)の中でも特別バカだしなぁ」

 

 「お前容赦無ェな!」

 

 ウソップのツッコミが華麗に決まった。

 

 「何も出来無ェから、助けてもらうんだ!」

 

 ルフィは落ちていた刀を拾い振り回す……が、当然そんな俄か剣法が通じるわけがない。

 

 「おれは、剣術なんて使えねェ! 航海術だって持ってないし、料理も出来無ェ! ウソも吐けねェし、金勘定も出来無ェ!! おれは、助けてもらわなきゃ生きていけねェ自信がある!」

 

 「「オイ!」」

 

 俺とウソップのツッコミが重なった。

 え、俺の価値ソコか!? 金勘定って……そりゃ、財布の管理はしてるけど! ルフィの俺への認識って、出納係!? 他に何か言い様は無いのか!?

 ……後でルフィとはじっくり話し合おうそうしよう。

 

 ルフィの堂々とした宣言を、アーロンは鼻で笑った。

 

 「情けねェ男だな。自分の不甲斐なさを全面肯定か……そんなテメェが船長の器か!? テメェに何が出来るってんだ! 言ってみろ!」

 

 そんなこと……決まっているな。

 

 「お前に勝てる!」

 

 どん、とルフィは不敵な笑みを浮かべた。しかしそれを聞き、完全に切れるアーロン。

 

 「下等種族がァ!!」

 

 船長対決は、佳境に入っていく。

 

==========

 

 戦いは進み、ルフィと巨大ノコギリ・キリバチを手にしたアーロンはアーロンパークの建物を上へ上へと登っていた。

 そして行き着いたのは、大量の海図で埋め尽くされた部屋……アーロンによってナミに与えられた測量室だ。

 アーロンはナミの才能は買っていて、それに対する評価は正当なものだった。しかし、海図など読めなければ興味も無いルフィにとっては、大量の海図もただの紙の山でしかない。

 それよりももっと重要なのは、この部屋に残っていたナミの痕跡だった。

 

 「このペン……血がしみ込んでいる」

 

 どれほどの苦汁を舐めてきたのか。それを思えば、アーロンの語る理想など聞く価値も無い。

 

 「テメェにこれほど効率よく、あの女を使えるか!?」

 

 「……使う?」

 

 アーロンは、ナミを仲間だと言う。しかし、仲間とは助け合うものではあっても、決して『使う』ものではない。

 

 「!?」

 

 ルフィが机を思い切り外に蹴り出したことで、アーロンが瞠目する。

 机だけではない。イスもタンスも本棚も……海図も。

 

 「こんな部屋があるからいけねェんだ……いたくもねェあいつの居場所なんて、おれが全部ぶっ壊してやる!」

 

 やっと、ナミを助ける方法が解った。

 

==========

 

 2人がいるはずの測量室から、大量の物が散乱してくる。

 それを見て、ナミは泣いていた……やっぱりルフィは、アレだね。直感で核心を突くよ。

 ん?

 

 「何だありゃあ?」

 

 「足だろ。ルフィの」

 

 ゴン、というもの凄い音と共にアーロンパークの天井を突き破って見える1本の足。

 ……ハァ。もっと別の手もあるだろうに、大技使って……。

 

 「退避した方がいい。この建物、倒壊する……ってか、ルフィが倒壊させる」

 

 俺の発言に、周囲はざわめいた。まさか、という思いなんだろう。

 

 「倒壊って……でも、まだルフィが中に!」

 

 ナミが顔色を変えた。けれど。

 

 「問題ない。あいつなら大丈夫だ。ってか、自分でやろうとしてるんだから、それぐらい考えてるはずだ。……信じてやってよ、仲間なんだから」

 

 壁の中にいた俺たちも、外で様子を窺っていた村人たちも、建物から離れだす。

 と同時に、アーロンパークを貫く衝撃が走り、次の瞬間にはその建物が軋み、轟音と共に倒壊した。

 

 「ほ、本当に倒壊しやがった……」

 

 ウソップがまだどこか呆然としてるけど……決着は、着いた。

 砂煙も収まってきた頃、建物の残骸の丁度中心の辺りから、ルフィが身を起こして叫ぶ。

 

 「ナミ! お前はおれの仲間だ!」

 

 「…………うん!!」 

 

 涙を流しながらナミが答えると同時に、村人たちから歓声が上がった。

 

 「勝ったんだ!」

 

 「アーロンパークが落ちたァ!!」

 

 「解放されるんだァ!!」

 

 

 

 さて、改めて見てみると……。

 圧勝だった俺(?)やサンジは勿論、初めから策を用意していたウソップも無傷。

 ゾロの怪我も見たところは悪化していない。

 ルフィは流石に無傷とはいかなかったみたいだけど、目を覆うほどの怪我をしているわけでもない……多分、肉でも食べれば治る程度だ。

 

 麦わらの一味の完全勝利、と言っていいだろう。



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第79話 破滅

 場が喜びに沸いているってのにさ。

 

 「そこまでだ!」

 

 ネズミ来やがった! みかん畑でボッコボコにしたから、もう来ないと思ってたのに! どうせ水を差すだけなんだから来るな! 空気読め!

 

 「一部始終を見させてもらった……このアーロンパークに蓄えられた金品も、アーロン討伐の手柄も、全てこの海軍第16支部大佐、ネズミがもらっグヘェ!!」

 

 「五月蝿い」

 

顳顬に回し蹴りを叩き込みました。

 

 「人が喜んでるところに水を差しやがって……」

 

 「ナミさんを撃とうとしたらしいなァ、このクソ野郎……」

 

 あれ? ゾロとサンジもやる気? てか、何気に仲いいっていうか、息が合ってるね。

 

 

 

 

 その後のことは……詳しく語る必要も無いだろう。

 ルフィとウソップも含めて、5人で海兵の一団をボコボコにしました。

 みかん畑ではルフィと俺の2人だけでも全然余裕で倒せたやつらだ。5人で、ともなると、完全にオーバーキルである。

 

 「おばえら……おでにでぼだじで、だだでずぶとッブ!」

 

 「五月蝿いって言ってるだろ? 消えてくれないか?」

 

 捨てゼリフを完全に言わせてやる気もございません。

 いい加減もう退場して欲しかったから、ネズミの腹をぐりぐりと踏み付けて拳を鳴らしながらニッコリ笑顔でお願いしてみた。

 ネズミは快く頷いてくれたよ。ついでに、アーロンを筆頭に魚人たちもちゃんとしょっ引いていってもらった。

 

 

 

 

 その後、退散する前に海の向こうから何か叫んでたようだけど、全然聞こえなかった。まぁ、内容は予想が付く。手配してやる、的なこと言ってるんだろう。

 ……せめて、言葉が聞き取れる距離で言えばいいのに。何であんな遠くで。

 

 「お前ら、聞こえたか?」

 

 ひょっとして俺の耳が遠いのかと思って、みんなに聞いてみた。

 

 「いや、全然」

 

 「完全にビビってるな」

 

 「……無理も無ェだろ。一部始終を見てたってんだし」

 

 よかった、俺だけじゃなかった! でもウソップ、何が無理も無いんだ?

 

 「何か、スゲェことになるってよ。」

 

 「「「「お前は聞こえたんかい!!」」」」

 

 ルフィは聴力まで野生の仕様だったらしい。アレが聞こえたのか、スゲェな!

 思わず揃ってツッコむと、ルフィは頷いた。

 

 「おう! おれとお前がすごいことになるってよ。何で知ってんだろうな、おれが海賊王になって、お前が歴史を変えるって」

 

 お前、と言って俺の肩を叩くルフィ……え、俺も!? 俺も手配されんの!?

 俺、何かした!? いや、海賊だけど! でも俺、雑魚散らししかしてないぞ!? 他3人は幹部をやったのに! 確かに海兵に暴行は働いたけど、それもコイツらと同じだろ!?

 

 いや、まぁ……ネズミを主にボコッたのは俺だけど。

 私怨!? 何それ理不尽!

 

 くそ、仕方がない……どうせ遅かれ早かれ、手配はされただろうし。でも……アレだけは阻止しないと……。

 俺たちがそんな話をしている間に、ココヤシ村の人たちが折れたアーロンパークの旗を持って駆け出していた。島中にこのニュースを伝えるためだろう。

 宴が始まるんだろうな……俺はその前に着替えないと。いい加減血生臭い。

 いいよね、宴。酒も食べ物もたくさん出るし……夜にはキャンプファイヤーでもするのかな? 流石に無理かな、町中じゃ。でも燃えるんだよね、アレ。

 

 「ファイア!!」

 

 そう、ファイアって燃えて……ファイア?

 宴に思いを馳せている間に、何だか嫌な予感のする声がした。その方を見てみると。

 ルフィが写真に撮られていた。……って。

 うん、予想通りだ! このカメラマン、きっとアレだよ! 炎のアタっちゃんだよ! 手配写真撮りに来たんだ! 早速かよ! 来るの早すぎだろ、オイ! 

 アタっちゃんは次いで俺の姿を認めて、カメラを構えた。

 …………って。

 

 「何を勝手に人のこと撮ろうとしてるんだ?」

 

 即座に取り押さえた。

 だってさ……手配されるのは仕方がない、仕方がないけど……写真は絶対嫌だ!

 想定外の行動だったんだろう、アタッちゃんはハトが豆鉄砲を食らったような顔をした。

 でも譲らない。絶対に、絶対に嫌だ! 肖像権を主張するぜ!

 

 「俺は撮られる気は無いんで、諦めてください。あぁ、後、もしも無断で撮ろうとしたら相応の措置を取らせてもらいますからね?」

 

 最後の方、アタっちゃんの服の襟を掴んでギリギリとシメながら脅させてもらいました。アタっちゃんも了承してくれた……よかった、もし強引に撮ろうとしてきたら、記憶が無くなるまでボコらなきゃいけなくなる所だった。

 

 だってそうだろ? 

 

 この顔を広く世間に知らしめてなるものか!! 引きこもりになるつもりは無いから、直接会った人間に見られるのは仕方が無い。けど手配写真なんて、世界中に配られるじゃんか!! 傍目には何の因果関係も無いから、それだけで色々と背後関係がバレるってことは無いだろう。何も知らない人からしてみれば、精々が他人の空似だ。けどそれでも、俺は絶対嫌だ!! 

 それに比べたらまだ、原作でサンジが手配された時のような似ていない似顔絵の方が数倍、いや数万倍マシだ! 俺の気持ち的に!

 そうだよ、結局は俺の気持ちの問題! でも嫌なものは嫌なんだ!

 よって拒否する。写真撮影だけは断固拒否する! 絶対阻止だ!

 そう考えたら、勝手に撮られる前に気付いてよかった……これは運がよかったんだろうか、勘がよかったんだろう?

 どっちにしても、当面は安心できそうだな……流石にいつかは撮られるだろうけど、今はまだ嫌なんだよ。そんな覚悟出来ません!

 

 

 

 

 それはそれとしてだ。

 村の医者にゾロを診てもらうと、綺麗に縫合してある、と褒められた。俺、筋がいいって。少し……いやかなり照れる。でも、医者になる気は無いけどね。

 

 

 

 

 その後、思うことがあって俺はナミを探した。このタイミングなら多分、ベルメールさんの墓にいるはずだ。

 

 「ユアン? どうしたの?」

 

 そこにはナミだけじゃなくて、ノジコとゲンさんもいた。

 

 「ちょっと、相談があるんだ……あのネズミのことでね」

 

 出て来た名前に、3人とも凄く嫌そうな顔をした。

 あ、ちなみに俺はとっくに着替えてる。さっぱりした。

 

 「取り敢えず俺たちでボコッたけど、これまでアイツには随分苦しめられてきたんだろ? 実力でアーロンに敵わなかったのはある意味仕方がないけど、買収されずに本部に連絡でも入れればもっと早くに事は片付いたかもしれないわけだし」

 

 「その通りよ。でも、だからって今更……ッ!」

 

 ナミは言いかけて、途中で目を瞬かせた。気付いてくれたみたいだね。

 

 「アイツの悪事を、チクッてやろうかと思ってさ。ただ、実際にそれを見てきた人たちが訴えた方が効果的だと思うんだ。それに、俺たちじゃ海賊だしね」

 

 言って、俺は1枚のメモをノジコに渡した。

 

 「そこに書いてある番号に連絡を入れれば、訴えは聞いてもらえると思うよ。……そしたら、何かしらの行動を起こしてくれると思う。性格はともかく、人柄は信頼の置ける人だから」

 

 渡したのは勿論、祖父ちゃんの直通番号である。

 

 「? 相手は誰なの?」

 

 ノジコの疑問に答えたのはナミだった。

 

 「多分……海兵、でしょ?」

 

 俺に尋ねながらだったけど、確信と呆れが垣間見えた。

 

 「まぁね……言ったじゃん、俺は海賊なんだって。時には卑怯な手だって使うよ」

 

 すまん、祖父ちゃん。よければネズミを捕まえてください。

 だってネズミ、それだけのことしてるだろ? それに、確かにルフィも俺も海賊だけど、あいつが俺たちを賞金首にしようとしているのは逆恨みからだ。意趣返しぐらいしてやりたくなる。

 

 「あ、でも悪いけど、連絡を入れるなら俺たちが出航した後にして欲しいな。万一にでも鉢合わせたりしたら大変だし」

 

 ブチ切れそうだもんな……祖父ちゃんのブチ切れとか、それって何の死亡フラグ?

 俺の頼みに、ノジコは頷いてメモをポケットに仕舞った。

 

 

 

 

 完全に虎の威を借る狐、親ならぬ祖父の七光りだね。

 それでも、この前も思ったけどヘルメッポよりはずっとマシなコネの使い方だと思う。

 

==========

 

 さて、ネズミ大佐のその後も少しだけ記そう。

 ルフィ以下、麦わらの一味によってボコボコにされたネズミは海軍第16支部へと直帰し、顔の腫れも引かない内に電伝虫で本部に連絡を取っていた。勿論、海賊を賞金首として手配してもらうように要請するためだ。

 

 「いいか、麦わら帽子を被ったルフィという海賊! 並びに以下5名の一味を我々政府の『敵』と看做す!」

 

 ネズミが事細かに伝えた事実は、海軍本部へと送られる。

 ちなみにユアンも気付いていないことなのだが、ルフィが原作よりも強化されているのは何もスピード面だけでは無かった。

 原作でのルフィは、エースの出航後は1人で修行していた。しかしここでは、師匠こそ無かったが、共に競い合う相手がいた。やはり1人かそうでないかでは、修行に対する気合や練度も違ってくる。

 なのでこちらのルフィは、目立たない程度にだが全体的に地味に底上げされていたのだ。

 そのため、本部から見たルフィの危険度も原作と比べ上がってしまう結果となる。 

 

 しかし、手配を要請したのは船長のルフィだけではなかった。

 

 「また、一味にもう1人、非常に危険な人物がいる! 名前はユアン! そいつのことも手配してもらいたい!」

 

 ネズミは忘れていなかった。

 

 みかん畑であの2人にボッコボコにされ、赤い髪の方の小僧に蹴り出された。最後の最後では腹を踏み付けられた。しかもアーロンパークでもボッコボコ。ある意味麦わら帽子の船長よりも、あちらの小僧への恨みの方が強い。

 何とも器の小さな男である。

 

 しかしその怒りは、恐れの裏返しでもあった。それがネズミの嘘偽り無い本心。

 ネズミはこの2人の戦闘力をかなり正確に、かつ、その人格をかなり悪し様に本部へと伝える。

 そして、その写真を送ろうという時。

 

 「……もっとマシな写真は撮れなかったのか? それに、もう1人の方は撮れてすらいないじゃないか」

 

 カメラ目線で満面の笑顔を浮かべるルフィの写真を苦々しげに見遣り、カメラマンを責めた……が。

 

 「すみません、それしか……もう1人の方には、撮るなと脅されてしまいまして……初めて本気で、笑顔が怖いと思いました」

 

 そう言われては、流石のネズミもそれ以上責められなかった。彼にも覚えがあるだけに。

 ネズミをフルボッコにした時、あの赤毛の小僧はそれはそれは晴れやかな笑顔であった。そりゃもう、楽しくて仕方が無いと言わんばかりに。思い出すだけでも背筋が凍る。

 

 仕方が無いので、ユアンに関しては外見的特徴のみを伝えることにした。

 ちなみにその特徴とは、『チビ』と『赤い髪』であったりする……何とも少ない情報だ。これで手配書を作成せねばならない海軍の苦労は如何ばかりであろうか。

 

 「チッチッチッチッ! このおれを怒らせたことを後悔するがいい!!」

 

 これであの2人は手配される。追われる身の上になるのだ。そう思うと少しは溜飲の下がる思いだった。

 

 

 

 

 しかしネズミは、気付いていなかった。

 己のすぐ後ろに破滅の足音が近付いていることに。

 

 

 

 

 アーロンパークでの1件から暫く経ったころ、ネズミが統べる海軍第16支部に、普通なら来ないようなVIPが現れた。

 海軍本部中将、『拳骨』のガープである。

 どうやら元海軍支部大佐『斧手』のモーガンの護送のためにこの東の海に来ていたらしい。肝心のモーガンはうっかり逃走を許してしまったようだが、骨のありそうな若者を見つけ、本部に連れ帰る途中だったのだとか。

 

 当初はネズミも彼を歓迎したのだ。ゴマスリのチャンス、と思っていた。

 しかし、続いた言葉に仰天する。

 

 何と、ネズミが先だって捕縛されたアーロンと結託していた腐敗軍人である、という情報が寄せられているのだと言う。

 詳しくは語られなかったがそれは勿論、ユアンからガープの連絡先を聞いたココヤシ村の住民に拠るものだ。

 彼らはネズミとアーロンの繋がりなど当然のように知っていて、証言には事欠かなかったし、ネズミを庇う理由も無かった。

 しかも、突然の来訪だった故に賄賂や汚職の証拠を隠すのも間に合わず、簡単な捜索の末にあっさり押さえられてしまい、言い逃れなど出来なくなってしまう。

 

 

 

 

 最終的には、贈収賄に関わったネズミやその部下たちは懲戒免職の上に逮捕と相成ったのだった。




別名・ネズミイジメの巻。


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第80話 海賊船、出航

 連日連夜、島をあげての宴が続いた。

 勿論、俺も遠慮なく飲み食いさせてもらったよ。やったね。

 

 

 

 

 そんな宴続きの日々の最後の夜のことだ。

 ウソップは櫓の上で与太話を始め、サンジはナンパをしまくり、ゾロはひたすら飲んでいた。

 ナミはアーロン一味の刺青を消してもらうためにバカ騒ぎには参加していない。同時に、新しい刺青も入れるらしい。

 そんな中、俺はというと。

 

 「染め粉?」

 

 ココヤシ村の人に染め粉が無いか聞いていた。

 何故かって? 勿論、髪を染めるためだよ。

 

 「そんな本格的なものじゃなくていいんだ。水で洗えば落ちる程度のもので」

 

 今回の1件で、どうやら俺まで手配されるらしいからね……俺の外見的特徴で真っ先に挙げられるのはこの髪だろう。……決して身長のことではないはずだと信じている。

 

 で、だ。俺としては、次のローグタウンで今まで集めた宝やその他諸々を換金するつもりでいる。

 写真こそ撮られていないはずだけど似顔絵ぐらいなら描かれてると思うし、怪しまれないためにも少しは変装した方がいいだろう。

 大きな特徴を1つ隠しただけで、案外気付かれないもんだからね。

 

 

 

 

 暫くすると、何故か生ハムメロンにご執心だったルフィがいつの間にかいなくなっていた。

 ……生ハムメロン、そこにあるのに。あいつ、探し物下手だな。どこまで行ったんだよ。

 放っておいて無くなってしまうのも可哀相だから、ちょっと取り分けておいた。

 そしてまた戻ってきたルフィは……両手にたっぷりと骨付き肉を携えていた。……オイ。

 

 「そんなに肉を持ってんなら、これはいらないな?」

 

 「生ハムメロン!!」

 

 差し出した皿に、そのまま食いつかれました。

 

 「お前は犬か。人間なら手を使え」

 

 俺が呆れながらそう言っても、ルフィはどこ吹く風だった。

 

 「そりゃあ、両手が塞がってるからな!」

 

 じゃあその肉の山をどうにかしろ。

 もういい、やめよう。食べ物のことでルフィにツッコミを入れようってのが、どだい無理な話なんだ。

 それに、今ぐらい広い心を持とう。

 

 「しっかり食べときなよ? お前はこの先1ヶ月、1日3食しか食べられないんだからな?」

 

 言うと、ルフィは齧りついていた肉を吹き出した。

 

 「何ィ! ……覚えてたのか!」

 

 「当たり前だろ、お前じゃあるまいし……まさか、あれは無効だなんて言わないよな? だって、先に言い出したのはそっちなんだし」

 

 ぐぅ、とルフィは言葉に詰った。反論する気は無いみたいだけど、泣きそうである……そこまでか!?

 

 「……そういえばお前、どこ行ってたんだ?」

 

 話題を逸らそう、うん。

 

 「生ハムメロン探してたら、食いもんが何も無ェ所に出ちまったんだ。墓があったぞ。風車のおっさんもいた」

 

 あぁ……そうか、あのシーンか。

 

 「ナミの笑顔を奪うな、だってよ! そんなことしねェのにな!」

 

 「そうだな」

 

 確かに、その気は無い。

 

 「6曲目! ウソップ応援歌!」

 

 俺たちが割りと静かに会話してる一方で、櫓のウソップは絶好調だ。

 

 「なぁ、ルフィ。今思ったんだけど……音楽家代理、ウソップでも良くね?」

 

 特別上手いわけじゃないけど、下手でもない。雰囲気的にはノリが良さそうだし、いいと思うんだけど。

 

 「ダメだ! ウソップは歌えるけど楽器は出来ねェ!」

 

 ……俺だって、出来るのハーモニカだけなのに。いや、一応前世では小学生の時にリコーダーとピアニカも習ったけど……正直、もう覚えてないし。その楽器自体無いし。

 仕方が無い、諦めよう。ブルックとの出会いまで……って、長すぎるわ!

 

 「なァ、ユアン」

 

 ハァ~、と長い溜息を吐いてたら、ルフィが肉を食いながら声を掛けてきた。

 

 「ん?」

 

 「お前さ、実はあの時凄ェ怒ってたよな?」

 

 あの時……?

 疑問が顔に出てたんだろう、ルフィが補足した。

 

 「アーロンの手下をやってた時だ」

 

 あァ……あの時。

 うん、アーロンの言い草があんまりにもアレだったもんだからさぁ。つい。

 

 「驚いたぞ! お前、いつの間にあんなに覇気を使いこなせるようになってたんだ?」

 

 え~?

 

 「確かにあの魚人たちの間を縫って移動してた時、覇気モドキを使って先読みはしてたけどさ。そこまでだったか?」

 

 俺の疑問にコクリと頷くルフィ……肉を齧りながらだけどな!

 

 「丸っきり先読みしてるみてェだった。だからあいつらも、手も足も出ねェ状態で終わったんだろーな」

 

 あぁ、うん。それはあるかも。

 

 これまでの航海で向上したのか? そこまで自覚は無いけど。

 ひょっとして……結構怒ってたのが逆に良かった(?)とか?

 覇気の修行で最も大事なのは疑わないこと。でも俺は心のどこかで覇気を……いや、自分のスペックを信じていないのか? でも怒って余計な考えを起こさなかったことでその枷が外れた、とか……。

 予想に過ぎないし、根拠も無いし、突拍子もないけど……可能性としては、無いことも無い。

 

 う~ん。これからも要練習だなぁ。

 

 

 

 

 そんな宴の夜も明けた、次の朝。

 

 「あっしらは、本業の賞金稼ぎに戻りやす。兄貴たちには色々お世話になりました」

 

 「ここでお別れっすけど、またどこかで会える日を楽しみにしてやす」

 

 俺たちがメリー号に乗り込む中、ヨサクとジョニーが陸に残って決めポーズを取っている。

 でもさぁ、多分俺たちってもうすぐ手配されるし、賞金稼ぎのコイツらとはもう会わない方がいいと思うんだよね。それって気のせいか?

 

 それにしても、だ。

 思えば、役に立ったか否かって言ったら微妙だけど、結構明るいやつらだったからムードメーカーとしては良かったよな、この2人。

 そんな2人と別れの挨拶を済ませていると。

 

 「船を出して!」

 

 1人遅れていたナミが道の向こうから叫び、駆け出した。

 

 「何のつもりだ?」

 

 「出してくれって言うんだから、出せばいいんじゃないか?」

 

 と、言いつつ俺は現在進行形で帆を張っている。

 ナミは見送りに来てくれていたココヤシ村の人たちの波を縫うように駆け回り、最終的にはメリー号へと飛び乗った。

 勿論、村人たちの財布をスるのは忘れてない。

 

 「みんな、元気でね!」

 

 《やりやがった、あのガキャーーー!!!》

 

 村人たちがナミにかける言葉は、怒りながらも温かい。いつでも帰って来い、とか……。

 しめっぽくなく、かといってあっさりしてもいない、賑やかな船出だよ。

 

 「じゃあね、行ってくる!!」

 

 ナミの笑顔も、晴れやかだった。

 

 

 

 

 さて。もう1つ、忘れちゃいけないことがある。

 

 「ルフィ、ペンキを見付けたんだけど……海賊旗描くか?」

 

 そう、まだこのメリー号には、あの麦わら帽子を被ったドクロが揚がってない。

 俺の人知れずな我が儘だったけど祖父ちゃんとの絡みも終わったし。手配もされるみたいだし。

 『自称海賊』から『海賊』になる潮時なんじゃないかと思う。

 

 「あったか! よかったー、よく見付けたな!」

 

 無邪気な笑顔になけなしの良心が痛む。ゴメン、本当は見付けたんじゃなくて、俺が隠してたんだ……という内心は、当然ながら面には出さず。

 

 「あぁ……物置の隅にあったんだ」

 

 と、あっさり誤魔化した。

 

 「マークはもう考えてあるんだ! 貸してみろ!」

 

 ルフィは引っ手繰るようにペンキを受け取ると、黒い布にサラサラと描きだした。

 どんなマークが出来上がるのか、と全員が興味津々で見ている……が。

 

 「どうだ!」

 

 ……出来上がったのは、何とコメントしたらいいのか解らないような代物だった。線は歪み、全体的にぐんにゃりしていて……うん、つまり早い話が。

 

 「ルフィ……お前、自分に画力が無いって、自覚してるか?」

 

 「失敬だな、お前!」

 

 ルフィは憤慨してるけど、周囲の面々は俺の味方だった。

 

 「こんな旗を掲げた海賊船には、乗りたくねェな」

 

 「ここまで下手に描けるのも、ある意味才能よね」

 

 「海賊旗ってのは、『死の象徴』だろ……? これで誰が恐怖を感じるってんだよ」

 

 「いや、ある意味恐怖だろ、これは」

 

 四面楚歌の状態に、流石のルフィも沈んだ。

 けどそう。ナミも言っていたように、ど下手くそなんだよ。

 そして下手すぎるルフィに代わり、ウソップが旗を描くことになった。途中調子に乗って、マークを変えようとしかけたから、その時はきっちり注意した。布とペンキのムダ使いは許さない。

 ウソップは絵が上手かったけど、その上手くなった理由が壁に落書きをし続けてきたかららしい。

 悪ガキだったんだな! ……スリ・窃盗・食い逃げの常習犯だったのは誰だって? ゴメンなさい俺たちです俺たちの方がよっぽど悪ガキでした!

 旗2枚にそのマークを描く。そしてその旗をマストの上に掲げ、さらに帆にも大きく描いた。

 

 そう、これでこの船は原作を知る者にはお馴染みの姿になったんだ。

 

 「これで『海賊船』ゴーイング・メリー号の完成だ!!」

 

 船長の宣言に、船内は俄かに活気付いた。やっぱり、こういうのは気分が高揚するよね。



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第81話 初頭手配

 今回はサブタイ通り、手配されます。

 二つ名に関してですが、どんな二つ名が付こうとストーリー上では特に問題が無く、また当時、良い二つ名が思い付かなかったこともあり、読者の方々から募集させて頂き、さらにアンケートを取って決定いたしました。
 にじふぁん時代に様々な案を下さった方々、アンケートに協力して下さった方々。今となってはもう拙作を読んではいない方も多々いらっしゃるとは思いますが、この場を借りて再びお礼申し上げます。
 本当にありがとうございました。


 「値上がりしたか……」

 

 何が値上がりしたか? 新聞だよ、新聞!

 まぁ、だからってニュース・クーに文句を言ってもどうにもならない。それ自体は仕方が無いこととして諦めてる。

 

 じゃあ何故こんなに憂鬱なのかっていうと……原作通りなら、この値上がりした新聞に挟まってるはずなんだよね、ルフィの初手配書。そして多分、俺のも。

 正直、複雑な気分だ。

 海賊としては嬉しいことだけど……顔はどういう風になってるんだろう? って感じで。

 

 「何? あんた読まないなら、先に見せてよ」

 

 この船でちゃんと新聞に目を通しているのは、俺とナミだけだったりする。

 ついでに言うなら買うのは俺だから、先に読むのも俺。

 けど今日の俺は新聞を持ったままちょっと逡巡してたからか、持ってた新聞をナミに横から引っ手繰られた。

 まぁ、別にいいんだけど。

 

 そうそう、最近のナミはよく、腕が見える服を着ている。新しい刺青はやっぱり、みかんと風車だった。

 そしてそんな俺たちのそばではウソップがタバスコ星の開発に勤しんでいる。

 タバスコって、何てエグイ手を考えてるんだ……。

 ウソップ……恐ろしい子!

 

 だが。

 

 「触るなァ!!」

 

 サンジの怒号と共に吹っ飛んできたルフィがウソップに直撃し、タバスコはウソップの目に……あーあ。

 ルフィは、ナミが船に移植したみかんの木から実を採ろうとしてサンジに成敗されたらしい。

 ナミの気持ちは解る。あれはただのみかんの木じゃなくて、ベルメールさんのみかんの木だもんな。それはいい、いいけど……何でその警備係がお前なんだ、サンジ?

 あいつもう、完全に恋の奴隷だな。

 それにしても。

 

 「食べ損なったってのに……随分とご機嫌だな」

 

 そう、目から火を噴いているウソップは完全にスルーして、ルフィはしししと笑っている。

 

 「おう! もうじきグランドラインに入れるからな! ……あ!!」

 

 「どうした? 急に叫びだして。」

 

 ルフィは、がーんという擬音が付きそうな顔をしている。

 

 「まだ船医見付けてねェ!」

 

 ……あ、そーいえば俺、シェルズタウンで言ったっけ? 『最低でも航海士と船医とコックを見付けろ』って。覚えてたのか、アレ。

 

 「まぁ、いいんじゃないか? 実は、心当たりがあるんだ」

 

 俺が肩を竦めながら言うと、ルフィは目を丸くした。

 

 「心当たり?」

 

 「あぁ」

 

 頷き、続ける。

 

 「どうせなら、腕のいい医者の方がいいだろ? 実は母さんの日記に書いてあったんだけど、グランドラインに入って少し航海した所に、ドラム王国っていう医療大国があるんだって。どうせなら、そこで勧誘しようよ」

 

 「あ、そーいや海賊船の船医だったんだよな?」

 

 「…………まぁね。で、それでどうだ?」

 

 話はさっさと進めよう。うっかり『叔母ちゃんは何て海賊団にいたんだ?』とか聞かれたりしたらと思うと、ゾッとする。

 俺の問いに、ルフィは特に考えることもなく頷いた。

 

 「ん。おれは別に心当たりも無ェしな」

 

 よし、話は纏まった。

 

 「何、ルフィは日記を読んでないの?」

 

 ビーチチェアに寝そべって新聞を開きながら、ナミが聞いてきた。

 

 「おう! 触るなって言われてるからな!」

 

 とても簡潔なルフィの言葉を受けて、ナミが『詳しく話せ』的な視線を向けてくる。

 

 「ルフィは昔、日記に水をかけて数ページおしゃかにしちゃったことがあるんだ。それ以来触らせてない」

 

 俺の説明に、ナミは納得したらしい。なるほど、といわんばかりの表情だ。

 

 「ふぅん。ま、私には関係無いけど……にしても世の中物騒ね。ヴィラでまたクーデターだって」

 

 クーデター、か。

 

 「革命軍が関わってたりするか?」

 

 「そこまでは書いてないけど……有り得ないことじゃないわね」

 

 俺とナミの会話では、こういう時事の話題も多い……ってか、こういう話に付き合ってくれる人が他にいないだけなんだけどな! みんな、もう少し世情に興味持てよ!

 俺が内心でそんなことを考えていた時、ピラッと1枚の紙が新聞の間から落ちてきた。

 

 「「「あ」」」

 

 「お」

 

 「あーあ」

 

 昼寝しているゾロ以外の全員が、それを見て一瞬固まり。

 

 「「「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」

 

 そのゾロと、俺以外のメンバーの絶叫が海に響いた。

 

 

 

 

 

 「なっはっは!! おれたち、お尋ね者になったぞ!」

 

 ルフィが掲げ持つ、自分の手配書。

 嬉しそうだな……そりゃそうか。賞金首として手配されるってことは、ある意味では一端の海賊と認められたっていうようなもんだもんな。

 

 「見ろ、おれの後頭部が写ってるぞ!」

 

 確かに、満面の笑顔なルフィの後ろに写り込んでるけど……本当に後頭部だけで顔は全く見えないのに、何でウソップまで喜んでるんだろう?

 

 「自慢になるかよ、そんなもん」

 

 サンジの言葉は正しいと思うけど、言ってる本人はイジけてるみたいだから、本心では羨ましいんだろうな。

 唯一、このことに危機感を持ってるのはナミだった。

 

 「あんたたち、事の重大さが解ってるの? これは命を狙われるってことよ? 海軍にしろ、賞金稼ぎにしろ……この額じゃあ、きっと強い相手が来るわ」

 

 そう、ルフィの賞金額。原作では3000万ベリーだった。それでも初頭手配額としてはかなり高額な部類だったのに……。

 

 「確かに、高額だな……驚いた」

 

 そう、本当に驚いた。

 

 「額だけか? 手配には驚かなかったってのか?」

 

 ウソップに聞かれたけど……うん。

 

 「ネズミが言ってたらしいじゃん、『凄いことになる』って。それって明らかに、仕返ししてやるってことだろ? だったら指名手配させるってのが1番手っ取り早くて効率的だ」

 

 「そういや、そんなこと……待てよ? あの海兵、ルフィだけじゃなくてお前のことも言ってたんじゃなかったか?」

 

 そうなんだよね。でも、落ちてきたのはルフィの手配書だけ。

 

 「ナミ、中にまだ挟まってたりしない?」

 

 聞くとナミはハッとしてバサバサと新聞を下に向けて振った。すると、さっきと同じように1枚の手配書が落ちてきたから、俺はそれを手に取った。

 

 「やっぱりあった……な……」

 

 ピシリ、と自分の身体も表情も固まったのが解った。

 

 「ん? ……ブッハ!! ハハハハハハハ、何だこの手配書!? 写真入手失敗したからって、これかよ!?」

 

 横から覗き込んだウソップが堪えきれずに爆笑するのも無理は無い。

 本来なら写真が貼られるべき場所にあったそれは、俺とは似ても似つかない似顔絵だった。実物と同じ特徴は、やっぱり髪の色ぐらいなもんで、あとはもう……言うなれば、あれだよ。デュバル並みの変顔だよ! いや、別にデュバル顔ってわけじゃないけど、それぐらい変って意味で!

 

 いやでも、それはいい。いいんだよ別に、俺自身にとっては。だって俺にしてみればむしろ、写真よりもこっちの方がずっとマシだし。

 じゃあ何で固まってたのかって?

 

 「ユアンもまた随分と高額ね」

 

 そう、ナミの言う通り、俺の賞金額も東の海の基準ではかなり高い。でも、それもこの際どうでもいい。

 俺が固まった理由、それは……。

 

 「何だ、お前の二つ名、『紅髪』だってよ! スゲェな!!」

 

 そうルフィ、そこだよ!! 

 何だよ、『紅髪』って!! 読み方によっては『紅髪(あかがみ)』じゃねぇか!!

 ルフィ!! そんなスゲェ、スゲェって連呼しながらキラッキラした眼差しを向けてくるな!!

 

 

 

 

 そう、俺たちの手配書はそれぞれ……

 

 

 『麦わら』 モンキー・D・ルフィ  懸賞金4500万ベリー

 『紅髪』 モンキー・D・ユアン  懸賞金3000万ベリー

 

 

 となっていた。

 うん、落ち着け。1つずつ考えてみよう。

 

 

 

 

 まず賞金額。

 ルフィのが原作よりも高いのは、まだ解らなくもない。ルフィは原作よりも若干強化されてるし、ネズミはルフィVSアーロンの一部始終を見ていたらしいから。

 そもそも、原作でのルフィの初頭手配額が3000万ってのは、実力と照らし合わせてみれば安いんじゃないかって思ったこともあったし、それはいい。

 俺の額にしてみても、不満はない。そもそも海賊が高い額を付けられて喜ばない道理は無いし、それぐらいの力はあると自負している。少なくとも今のところ、ルフィと俺の間に戦闘力の開きは無いし。それに、それでも一応船長であるルフィよりは低い。

 これまで東の海で最高額だったアーロンよりも高い上に、原作でのルフィの賞金額と同じってのにはちょっと驚いたけど、まぁいい。

 

 

 

 

 次に、写真。

 ルフィのものは原作通り、カメラ目線で満面の笑顔だ。

 俺に関しては似てない似顔絵で、それはそれで全然構わない。

 よって、この点に関しても問題無い。

 

 

 

 

 けどな……二つ名。こればっかりは……。

 ルフィの『麦わら』はいい。これも原作通りだし、ルフィにも合ってる。

 でも何で俺が『紅髪』!? いや、確かにこの髪色は特徴といえば特徴だろうけど!

 くそ、仕方がない! もう手配書が発行されてしまっている以上、今更変えられない。

 けどせめて、『紅髪』と書いて『あかがみ』と読むことだけは阻止しないと……!

 でも何て? 『べにがみ』? 『こうはつ』? 語呂悪ッ!

 ……『あかがみ』と少しでも遠ざけるには、まだ後者の方がマシか。

 よし、そうしよう。この先自分で言ってればそれで定着するはずだ。

 

 

 

 

 俺が何とか考えを纏めてる間に、みんなは話を進めていたらしい。

 

 「これは、東の海でのんびりやってる場合じゃないわね……」

 

 ナミの呟きに、ルフィが反応した。

 

 「よしっ!! 張り切ってグランドラインに行くぞ、ヤロウどもーー!!」

 

 「「オーーー!!」」

 

 サンジとウソップがノリノリで賛同する中、いつの間にか起き出していたらしいゾロの声がした。

 

 「おい、前方に島が見えるぞ?」

 

 ゾロの示す先にある島。そこには……あの町がある。

 『始まりと終わりの町』、ローグタウンが。

 




 賞金額に関しては、このように。原作よりも少し高めな設定です。


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番外編 初頭手配の裏側

 これは、麦わらの一味の船長と副船長が手配された直後の話。

 

 ①とある軍艦の上での場合

 

 東の海の洋上。海軍の英雄ことモンキー・D・ガープはそこにいた。モーガンという人物を護送するためであった……尤も、それは果たせなかったが。

 

 そんなガープは頭を抱えていた。それというのも、今彼の机の上には2枚の手配書に原因がある。

 それはルフィとユアン、2人の孫のものだった。これで彼の家族は、彼を除いて全員が晴れてお尋ね者というわけだ。

 

 ルフィは昔から『おれは海賊王になる!』と言って聞かない子だった。それはそれで何とか修正しようと(彼なりに)努力したのだが、どうやら実を結ばなかったらしい。

 しかし、何だってユアンまで、と思う。あの子はエースやルフィとは違って、1度も『海賊になりたい』などと言ったことはなかったのに。

 

 まぁ要するに、色々言われるのが面倒くさかったから口に出したことは無かった、というだけの話に過ぎないのだが。ルミナに始まり、エース・ルフィと正直に『海賊になる!』と宣言する子供たちに慣れていたガープとしては、むしろこの不意打ちの方が堪えた。ほんの少し前に電伝虫で本人と会話したばかりなのだから尚更である。

 

 しかしそれもこれも後の祭り。

 

 自分はあの子たちの為を思って『海兵になれ』と言ってきたのに、何故その親心……いや、祖父心が解らんのだ! とガープは怒鳴りたかった。

 尤もあちらにしてみれば、殴られたり投げられたり無人島に放り込まれたり風船で飛ばされたりという仕打ちを受けてきた子ども……いや、孫たちの気持ちも考えろ! ってな感じだろう。

 つまりはどっちもどっちである。

 

 そして、ガープのその有り余る怒りのベクトルはというと。

 

 「『赤髪』ッ……!!」

 

 何故かかの四皇の一角へと向けられていた。何しろ、ヤツこそが諸悪の根源のように思えてならない。

 

 ルミナはロジャー海賊団解散後に赤髪海賊団に入るし。色んな意味で取られるし。

 ルフィは『命の恩人だ』とか言って憧れまくるし。

 ユアンは顔がヤツに似ちゃうし。(←愛娘に似て欲しかった)

 エースやサボは………………あんまり関係ないけど、とにかくムカつくし。(←最早何の脈絡も無い)

 

 後半は傍目には理不尽極まりない言い掛かりだが、ガープにしてみれば前半の要素で充分憎い。

 今回のことだって、ルフィはヤツに憧れて海賊になった。ユアンはそのルフィと一緒に海に出た。ならば突き詰めれば結局はヤツのせいではないか。

 

 惜しむらくはその相手が四皇の1人だということだ。下手に手を出せば戦争になりかねない。

 彼自身はこの恨みを晴らせるならばむしろ本望! とも思うが、上層部は認めないだろう。戦争となれば、勝たねばならない。そしてそれには十分な備えが必要だ。しかも現状、『赤髪』を戦場に引っ張り出すためのエサも無い。

 そして軍人の辛いところは、縦社会であり上の言うことに逆らえないということだ。自由奔放なガープは人よりも余程自由にやっているが、最低限の線引きはある。そして四皇関連はその線引きに入るぐらいの大事だ。

 こんなことならヤツが四皇と呼ばれるようになる前に何とかして潰しておくんだった、と後悔しても、それも後の祭り。

 結果としてガープは、ただ恨みを蓄積していくしかない。

 

 だがしかし。

 

 「『赤髪』ィ! 覚えとれェ!!」

 

 もしも相対するようなことになれば。年のせいでいくらか衰えた身体ではあるが、貯め込んだ恨みの力によって全盛期以上の火事場の馬鹿力を発揮できる自信があるガープであった。

 そして、超特大鉄球による拳骨流星群を降らせてやるのだ、と。船室に響き渡る怒号と共に、ガープは決意を新たにしたのだった。

 

 余談だが、ガープに見込まれて拾われたコビメッポはドア越しにその咆哮を聞いてしまい、自分たちが怒鳴られたわけでもないのに恐怖で身が竦み、抱き合いながら気絶してしまったという。

 

 

 ②とある海賊船での場合

 

 

 「船長! ついにあいつらが手配されました!」

 

 子分の1人が手配書を片手に駆け寄って来るのを、『道化』のバギーは苦々しく見ていた。

 あいつら、というのは他でもない。少し前にバギー海賊団に甚大な被害をもたらしたヤツらである。

 

 特に、ルフィとユアン。ゾロやナミも腹立たしいが、それ以上にあの2人だ。

 ルフィのせいでバギーは体と生き別れる羽目になるし。

 ユアンのせいで一味の財政は破綻しかけてるし。

 しかもいざ手配されてみれば、初頭手配にも関わらずその手配額は2人ともバギーの倍以上。これでいい顔が出来るやつがいたらお目にかかってみたい。

 

 しかしバギーは、気付いていなかった。

 すぐ身近に、それどころじゃない天災(?)が忍び寄っているということに……。

 

 

 

 

 それが起こったのは例の手配書が出回ってすぐの頃だ。

 何の前触れも無く轟音と共に船が大きく揺れ、何事かとバギーは甲板に飛び出す。そしてそこで目にしたものは。

 

 「船長! 海軍です!!」

 

 そう、それは海軍の軍艦だった。それも、ただの軍艦じゃない。バギーはその軍艦の船首飾りに見覚えがあった。ありすぎた。

 

 「『拳骨』のガープ……!!」

 

 何だって海軍本部の英雄が東の海になんているんだ! と思ったが、それどころではない。

 何しろ、その軍艦から雨あられと砲弾が飛んでくるのだから。

 

 「大砲だー!」

 

 部下たちは慌てている。彼らも解っているのだ、その軍艦に乗っているのが自分たちが太刀打ちできる相手ではない、と。

 そんな混乱に陥っている部下たちに、バギーはとてもではないが思い至った真実を告げる気にはなれない。

 まさかあの砲弾が大砲などではなく、ガープ中将本人によって投げられてるものだ、などとは。

 

 「戦線離脱!」

 

 咄嗟に指示を飛ばしながら、バギーは泣きたかった。

 

 かつてロジャーの船に乗っていたころも、ガープ中将に砲弾を投げられたことはあった。しかしあれから20年以上経つというのに、その砲弾の威力に衰えは見えない……というか、増している。

 しかも、何でわざわざ本人が出張ってくるのだ。自分が東の海では大物であってもグランドラインの基準ではそうでもないことは、かつて新世界も見たことがあるバギーは内心で自覚している。それがなんで英雄・ガープに喧嘩を売られなければならないのか。

 

 バギーは知らない。かつてのガープは娘を巻き込むことに葛藤があって、本気が出せていなかったことを。

 そして現在、孫たちの手配書を見て鬱憤を貯めたガープが自分の限界以上の力を発揮している、ということも。

 さらに言うなら、ガープ自身が出てきたのは何てことは無い。八つ当たりである。ものスッゴイ苛立っている時にたまたま海賊船を見つけ、ストレス発散に走っているのだ。

 

 ちなみにこの時ガープは自身の旗艦にて。

 

 「『赤髪』ィ!! 覚えとれェ!!」

 

 と叫んでいたのだが、幸いにもバギーがそれを聞くことはなかった。

 

 もしも自分がガープのシャンクスに対する鬱憤晴らしの犠牲としてこんな目に会っていると知ってしまえば、流石のバギーも怒りなど通り越して世を儚んでしまっていたかもしれない。

 

 

 

 

 ひたすら逃亡に努めたためか、バギー一味は何とかガープ中将を振り切ることに成功していた。

 ガープとしても、見付けた海賊(バギー一味)を捕まえたかったのではなくただ暴れて発散したかっただけなのでそこまで積極的に追いかけていなかったからこそ成功したことなのだが。

 そして安堵すると、ふつふつと怒りが湧いてくる。

 しかし。

 

 「それもこれも……あの『麦わら』どものせいだァ!!」

 

 ガープ中将本人に怒りを向ける勇気は無かったが。

 そのセリフは、起こった出来事だけを見れば言い掛かりにしか聞こえない。実際、端で聞いていたアルビダは呆れ顔である。

 しかし因果関係を突き詰めてみると、実は非常に的を得たセリフなのだった。

 

 

 

 

 かくしてバギー一味は打倒『麦わら』を胸に、一路ローグタウンへと向かう船を進めるのだった。

 

 

 ③とある大海賊船での場合

 

 エースは上機嫌だった。今朝新聞を見てからというもの、そりゃあもう機嫌が良かった。

 

 「エース、どうしたんだ?」

 

 場所はクルーたちが多く集まる食堂。同僚が思わずそう尋ねてしまうぐらいに上機嫌だ。

 

 「おう! 弟たちが海賊として海に出たみたいでな! 今朝、手配書が出てたんだ!」

 

 その発言に、天下の白ひげ海賊団の猛者たちは凍りついた。

 その張り詰めた空気にも気付かず、エースは食事を口に掻き込んで立ち上がる。

 

 「オヤジにも知らせてくる!」

 

 件の2枚の手配書を持ち、エースはバタバタと食堂を出て行く。後には、この後の展開を予想して蒼褪める一同を残して。

 

 

 

 

 エースには3人の兄弟がいる。それは誰もが知っている話だった。特に、弟2人のことは。

 一言で言ってしまえば、エースはブラコンだった。酔えば出て来るのは弟自慢の話ばかり。しかも捕まってしまえば何時間も色んなエピソードを延々と語られる。お蔭で彼らは、その会ったことも無い弟’sの性格その他を粗方把握させられてしまった。

 捕まった犠牲者にしてみれば、それは最早苦行に等しい。

 少しぐらいなら『微笑ましい』と思えることでも、そうも続けばキツイ。

 それが一端に手配された、ともなれば……この後、どれだけ兄弟話を聞かされることか。

 食堂に残った面々は、自分が犠牲者とならないことを切に願うしかなかった。

 

 

 

 

 

 「見てくれ、オヤジ! こいつらおれの弟たちなんだ!!」

 

 大海賊、『白ひげ』ことエドワード・ニューゲートはエースが持ってきた手配書を眺めながら穏やかに彼の話を聞いていた。

 『家族』というものを大事にする『白ひげ』にしてみれば、エースのその楽しそうな様子は良い事以外の何物でも無い。

 しかし1つ気になったことがあったため、エースの話が少し落ち着くのを待って口を開く。

 

 「グラララ……それにしてもエース。下の弟の方の手配書、こりゃ災難だったなァ?」

 

 通常、手配書にはデカデカと顔写真が載るものだ。しかしその手配書は『写真入手失敗』として似てない似顔絵があるのみ。

 海賊にとって手配書はある意味勲章のようなもの。手配されればそれは海賊として認められたようなものだし、手配額が上がるのも同様だ。それなのにその手配書がコレでは、まるで出鼻を挫かれたようなものである。

 

 だがエースは、不意に視線を泳がして乾いた笑いを浮かべた。

 

 「あ~、それは……大丈夫だと思うぜ、多分本人がそうなるようにしたんだろうし」

 

 エースだって、弟たちの性格ぐらい把握している。特に今話題に上っている下の弟……ユアンは、実質的にはエースが育てたようなものだ。何となく事情は読めてしまう。

 

 「あいつは自分の顔を世間に晒すような事ァ、したく無ェはずだからな」

 

 その言葉に『白ひげ』は眉を顰める。

 海賊が素顔を晒したくないなんぞ、騙し討ちのためか? と思えたからだ。しかしそんな卑怯なことを企んでいるのなら、エースも引き攣っているとはいえ笑いはしないのでは? とも思う。

 

 再び手配書に視線を落とす。

 『モンキー・D・ルフィ』と『モンキー・D・ユアン』。手配額はエースと比べてもまだまだだが、初頭手配だということを考えれば破格と言えるだろう。

 エースの弟、というが、『白ひげ』はエースの出生の秘密を既に知っている。父親が産まれる前に、母親が産まれた直後に亡くなっている以上は実の兄弟では無い。というか、『モンキー』と付くからにはガープの縁者なのだろう、ということも見当が付く。

 今2人の話題に上っているのはユアンの方だが、こんな似てない手配書では顔形など見当もつかない。これから窺える確かだと思える特徴は精々、髪が赤いということぐらいか。

 

 しかしその時、『白ひげ』はふと思い出した。

 あれはもう22年も前のこと。今彼の目の前にいるエースの実父、『海賊王』ゴール・D・ロジャーと最後に酒を酌み交わした時のことだ。

 

 

 『海軍の連中がおれのことを何て呼んでるか知ってるか!? 『ゴールド・ロジャー』だとよ! おれは『ゴール・D・ロジャー』だ!』

 『時々いるな、『D』が付くヤツが……ウチにも1人、ティーチってのがいるぜ』

 『ガープだってそうだしな。ルミナもそうだ』

 『ルミナ? あのチビ娘もか』

 『あァ。まァ、あいつはガープの娘だからなァ!』

 『………………何だと?』

 

 

 あれには驚いた。まさか、ロジャー海賊団vs白ひげ海賊団の時にも見かけたあの海賊娘がガープの娘だったとは、想像もしていなかったのだ。

 

 改めて、まじまじと手配書を見てみる。

 『治癒姫』ルミナが消息を絶ったのは、もう15年以上前になるか。そしてエースの話では、このユアンというガキは16歳なのだという。

 そして、行方知れずになる前の彼女が所属していたのは……。

 

 (まさか……)

 

 確証も何もない、ふと覚えた小さな疑い。けれど『白ひげ』はそれを放置することにした。

 まさか、とは思う。あり得なくはない。だが結局の所、彼にはあまり関わりの無い話である。ならば取り立てて明かすようなことでもあるまい。そう結論付けたのだった。

 

 

 

 

 余談だが、『白ひげ』相手に思う存分弟自慢をしたエースは、次なる標的を捕まえてはブラコン魂を発揮していったとか。

 

 

 ④とある島での場合

 

 

 とある島でとある海賊団がキャンプをしていた。呑気なもんである。

 

 「呑気なことだ……」

 

 奇しくも、それを正直に口に出した男がいる。彼の名はジュラキュール・ミホーク。『鷹の目』の二つ名で知られる、世界一とも言われている剣士だ。

 

 彼はちょっとした気紛れから、ある出来事をある男に教えてやろうとこの島まで来たのだが……それを少しばかり後悔した。自分がわざわざ来る必要があったのだろうか?

 その辺をうろついていた下っ端が、ミホークが来たことを上層部に伝えに走る。だがミホーク自身も、そのまま奥へと進んで行った。

 

 「よォ、『鷹の目』……こりゃあ珍客だ」

 

 一団の最奥、パラソルの下にかつてのライバル……シャンクスを見付けた彼の胸中に真っ先に過ぎったのは……強い憐憫だった。珍しいことに。

 

 (少年よ……何故母親に似なかった)

 

 この時ミホークの思い浮かべた『少年』、つまりユアンがこの言葉を聞いたのならば、『俺が知るかっ!』と怒ったことだろう。或いは、『俺だって母さんに似たかったんだっての!』と地団太を踏んでいたかもしれない。 

 この事実関係を伝えた時にユアンが頭を抱えて膝を突き項垂れていた様子を思い出せば、その姿を想像するのは容易だった。

 

 そんなミホークの内心など露知らず、シャンクスは不機嫌そうに続けた。

 

 「おれは今、機嫌が悪ィんだが」

 

 どうせ飲みすぎだろう、とミホークは胸中でツッコんだ。と同時に、再び思う。

 どう考えてもこんな飲んだくれより、あの娘に似た方が良かったのではないだろうか、と。……どこからか、『余計なお世話だ!』という叫びが聞こえてきそうである。

 

 「勝負でもしに来たか?」

 

 「フン。片腕の貴様と、今更決着を着けようとは思わん」

 

 その言葉に嘘は無かった。事実、今回は全くの別件のためにここまで来たわけであることだし。

 

 「面白い海賊たちを見付けたのだが、ふと、お前が昔していた話を思い出した。ある小さな村の……面白いガキの話……」

 

 言ってミホークが取り出したのは、『麦わら』のルフィの手配書だ。

 ついでに言うと彼は、ルフィがルミナの甥に当たるらしいということも聞いていた。おじやおばに似るとはよく言うが、思い出してみればなるほど、あちらの方がルミナに似ていたかもしれない。

 ……少なくとも見た目は父親に似てしまったらしいユアンを思い出し、ますます哀れになる。

 

 (あれも母親ではなくとも、せめておじかおばに似ていればまだマシだったかもしれんものを)

 

 実際の所はユアンの伯父は『革命家』ドラゴンなので、似てしまったらそれはそれで大変なことになるかもしれないのだが……ミホークもそこまでは知らなかったため、呑気に考えていた。

 

 「何!? まさか!」

 

 ミホークの取り出した手配書に、赤髪海賊団の面々……特に古株の者がざわめく。だが、そんな中でも骨付き肉を口から離さないラッキー・ルゥは流石である。

 

 「来たか、ルフィ」

 

 どこか嬉しそうなシャンクスに、彼の部下たちはげっそりとした。

 これは来る。来るぞ、アレが。

 

 「おい、みんな! 飲むぞっ! 宴だァ!!」

 

 一同、天を仰ぐ。

 彼らは酒も宴も嫌いじゃない。いや、むしろ大好きだ。しかし今は少し休みたいというのが本音である。

 

 「飲むって、あんた今、飲みすぎて苦しんでた所じゃねェか!」

 

 『宴だァ!』とか言っている当の本人がそんな状態だったのだ。他の者たちがどうだったかは推して知るべし。

 

 「バカやろう、こんな楽しい日に飲まずにいられるか! 『鷹の目』、お前も飲んでけ! な!」

 

 ミホークは能天気な誘いに呆れつつ。

 

 (やはり飲みすぎが原因だったか……)

 

 自身の勘の良さに驚いていた。

 

 

 

 

 初めは何となく嫌々ムードが漂っていたものの、いざ宴が始まってしまえばその気になってしまうのが赤髪海賊団のノリである。

 今回も例に漏れず、すぐさま賑やかになっていった。

 そんな喧騒の只中、ミホークは中心にいるシャンクスのすぐ傍に腰を下ろしながら杯を傾けつつ思案していた。

 

 (これは出さない方がいいだろう……)

 

 ミホークはルフィの物とは別に、もう1枚手配書を持っていた。そのルフィと同時に初頭手配されたユアンのものだ。

 そして思い出すのは、ルミナと最後に会った時の会話。

 

 『『赤髪』になら、黙っておいてやる』

 

 そう、ミホークは確かにそう言ったのだ。

 かつてエースがシャンクスに色々と暴露してしまったことを知らないミホークは、かつてのルミナとの約束を優先しようと考えていた。

 そんなミホークに、酒のせいか顔まで赤くしたシャンクスが話しかけた。

 

 「ところで『鷹の目』、ルフィに会ったって?」

 

 そういえばその詳細については語っていなかったか、とミホークは頷く。

 

 「昼寝の邪魔をしてきた海賊団を襲ったのだが……東の海にまで逃げられてしまったので追いかけたところ、バラティエとかいう海上レストランに着いた。そこにいた」

 

 どうやら彼がクリーク海賊団を襲ったのは昼寝の邪魔をされたからだったらしい。『赫足』のゼフの予想は大当たりだった。

 この場合、ゼフの勘の良さに感心するべきか。ミホークの寝起きの悪さに呆れるべきか。それともクリークの不運を哀れむべきなのか。反応に困る所である。

 

 そして、続いての質問にミホークは眉を潜めることとなる。

 

 「ルフィのヤツ、1人だったのか?」

 

 何故そんなことを聞くのだろう、まさか何か知っているのか? 

 そうは思ったものの、確定したわけではないので決定的なことは言わないように注意を払う。

 

 「いや。仲間と共にいた」

 

 そしてその仲間を思い出し、知らず小さな笑みが浮かぶ。

 ロロノア・ゾロ。実力こそまだ己の領域には追い付いていないものの、その心力は稀に見るものだった。久々に『強き者』と巡り合えたことを思い出したミホークの機嫌が上昇する。

 他には確か、オレンジ色の髪をした女と、鼻の長い男が………………鼻の長い男?

 

 「………………」

 

 引っ掛かるものを感じ、ミホークはチラリと視線をズラした。その先にいるのは狙撃手・ヤソップ。

 ヤソップの鼻は別に長くない。しかし、それを除けば顔立ちはあの男とよく似てはいないだろうか?

 

 「何だ? おれの顔に何か付いてるか?」

 

 ミホークの視線に気付いたヤソップが訝しげな顔をした。

 

 「いや、何も付いてはいないが……もしや貴様、東の海に隠し子でもいるのか?」

 

 いきなりの爆弾発言に、それを聞いていた者はみな吹き出した。ヤソップが妻子持ちであることは仲間内では周知の事実である。それがまさか……という視線がヤソップに注がれる。

 一同が唖然として何も言えずにいる中、ミホークは変わらぬ無表情で続けて尋ねた。

 

 「貴様とよく似た顔をした、鼻の長い男が一緒だった」

 

 その情報に、渦中のヤソップが漸く解凍される。

 

 「それはおれの倅のウソップだ! 隠してなんざいねェ!!」

 

 不本意な隠し子疑惑に確信を持たれてなるものか、とヤソップは全力で否定した。何という不名誉だ、それは。

 そんな必死のヤソップに、あぁ何だ、というどことなく残念そうな空気を漂わせて周囲は納得する。所詮他人事の彼らにしてみれば、それはそれで酒の肴が増えたのに……な気分だった。彼らも割と酷かった。

 

 一方でミホークは、己の飛躍した思考を反省している。そりゃあいくら海賊とはいえ、いきなり『隠し子か』は無いだろう。

 隠し子はどちらかといえば、ユアンの方である。それを考えていたせいかいきなりそこに行き着いてしまったらしい……尤もこの場合、隠したのはルミナの方だが。或いはガープ中将か。

 

 「隠し子って……ぶっ飛んだこと言い出したな、おい」

 

 シャンクスの酔いも、どこか冷めたらしい。だが、ハッとしたように頭を振った。

 

 「って、そうじゃねェ! そんなのはどうでもいいんだっての!」

 

 「よくねェよ!!」

 

 あらぬ疑いを掛けられたヤソップがビシッとツッコむ。そこはかとない哀愁が漂っていたが、シャンクスは聞いちゃいなかった。

 

 「だー、もう! 遠回しはヤメだ、ヤメ!! ルフィと一緒に、おれに似たのがいなかったかっての!!」

 

 明らかに特定の個人を想定しているであろう発言に、ミホークは本格的に渋い顔になった。

 

 「知っていたのか?」

 

 「お前こそ! やっぱり知ってやがったな!?」

 

 相手のしてやったりという顔を見て、彼は己の失言を悟った。

 

 

 

 

 しかしシャンクスの方もどうやら何らかの情報を得ているらしい。ならば、ここで自分が意地になって隠す必要もあるまい。

 そう結論付けたミホークは、諦めたように嘆息した。

 詳しく事情を聞けば、現在では白ひげ海賊団の2番隊隊長となっている『火拳』のエースが実は関係者であり、彼がまだルーキーだった頃に事実を聞いたのだとか。

 

 情報交換とばかりに、ミホークも何故自分が知っているのかを話した。

 しかしそれによって、シャンクスには彼の部下であるはずの面々からぐさぐさと視線が突き刺さる。

 

 「お頭……あんた、本当に何をしたんだ?」

 

 ベックマンのその一言が、彼らの心情を雄弁に物語っていた。

 ルミナが子ども好きだったのは、彼らもよく知っている。だから、子どもの将来を思って色々と考えてしまったことには何も言えない……いや、正直に言えば、相談ぐらいはして欲しかったところだが。

 しかし問題は、何故シャンクスとルミナがケンカしたのかである。彼らの中では、その原因はシャンクスであろうことが確信を持たれていた。

 四面楚歌な状態に、シャンクスは頑張って当時を思い出そうとしていたのだが、どうしても思い出せない。

 ミホークも胡乱げにシャンクスを見る。

 

 「そもそもあれほど解りやすかったというのに……本当に、子が出来ていたことに気付かなかったのか?」

 

 出くわして数十分で気付いたミホークにしてみれば、それが最も疑問である。

 

 「………………気付いてませんでした」

 

 彼らが出会ってもう何年、十何年、何十年と経つだろう。

 それでもシャンクスがミホークに敬語を使ったのは、これが初めてだった。

 だがこれに関しては、何も言い返せない。何しろ今になって思い返せば、兆候はいくつもあったのだから。

 やれやれ……と言わんばかりの様子で肩を竦めたミホークは、あの手配書を取り出した。

 

 「これがその手配書だ。尤も、見てもあまり意味は無いだろうがな」

 

 どういう意味だと全員が訝しんだが、それを一目見てみれば納得する。

 

 「誰だ」

 

 シャンクスが思わずツッコんだ通り、『写真入手失敗』と記された手配書に添付されていたのは、絶対にあり得ないだろうと思えるような下手くそすぎる似顔絵だった。

 実は顔ぐらい見てみたいと思っていた彼は、密かに凹んだ。だがその解決策もミホークによってもたらされることとなる。

 

 「顔が知りたいのならば、自分の昔の写真でも見てみるがいい」

 

 何だかんだで長い付き合いである。そんなミホークからしてみても、ユアンはシャンクスにそっくりだった。可哀そうなぐらいに。

 

 「そんなに似ているのか……哀れな」

 

 エースもそのように言っていたが、何しろ3年以上前の情報である。現在では変わっている可能性も無いではなかったが、どうやらそのままだったらしい。

 

 「どういう意味だ!」

 

 はっきり言って失礼すぎるベックマンの発言に噛み付いたのは、シャンクスだけだった。他は全員がベックマンの一言に頷いている。

 全くだ、とミホークも同意する。

 

 「紛らわしいことこの上ない。もう少しで斬り捨てるところだった」

 

 あまりにもサラリとした発言だったため、その意味をすぐに理解できた者は少なかった。だが、それはつまり……。

 

 「まさか、斬りかかったのか?」

 

 「つい」

 

 恐る恐るといった感じの確認に、これまたサラリと頷くミホーク。

 一同は同情を禁じ得ない。

 シャンクスに似ている。ただそれだけの理由でこの『鷹の目』のミホークに斬りかかられるなんて……。

 

 「だが、中々に素早かった。見事に避けたからな」

 

 それだけ必死だったのだろう、と同情は更に深まった。

 

 「やはり小柄だと、動きも素早いのか……その辺りは母親似かもしれん」

 

 あ、つまりはその子、両親の悪いところ(?)ばかり受け継いじゃったんだなと、彼らの心は一致した。

 もう同情とかそんなレベルではなく、ただただ哀れだった。

 もしもその子に出会ったのが海の上でなければ……要するに、敵同士としてでさえなければ。自分たちぐらいは労わってあげようと思うほどには。

 

 何故かしんみりとした空気が漂う中、シャンクスは手配書に視線を戻した。正確には今度は、手配額を見たのだが。

 

 ルフィの手配額は4500万だった。こちらは3000万。どちらも初頭手配としては非常に高い。シャンクス自身も海賊であるからか、これは素直に目出度いことだと思えた。この先も海軍や賞金稼ぎに捕まったりしなければ、手配額は増えていくだろう。

 正直、自分に似ているから哀れだという周囲の評価には腹が立たないでもないが、否定は出来ない部分もあるから何とも言えない。特に、ミホークの実例を聞いた後では。

 

 何にせよ、会ってみたいものだとは思う。

 覆水盆に返らず、という。零れた水のように、取り返しのつかないことは確かにある。ルミナはもういないし、過ぎ去った時も戻らない。

 だがそれでも、全てが終わってしまったわけではないのだ。『これから』がある。そのためにはまず、会わなきゃならないだろう。

 エースが向こうはこちらと関わり合いたがっていないと言っていたし、それは事実なのだろうけれど、諦める気は無い。割と強かな性格をしているようだが、海賊としてはこちらの方が経験値が上だ。逃がす気は無い。

 

 「楽しみだよなァ……色々と」

 

 すぐ傍に座っているミホークは、色々と含みのありそうなその呟きに気付いたが……下手に関わったらもの凄く疲れるような気がしたため、杯の中身を煽って聞き流すことにしたのだった。



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第82話 ローグタウン

 グランドラインの入り口に程近い島にある『始まりと終わりの町』、ローグタウン。

 かつて海賊王、ゴールド・ロジャーが生まれ、そして処刑された町だ。

 

 「行く?」

 

 ナミのその問いかけに、ルフィは即座に頷いた。

 

 

 

 

 で、だ。

 俺はというと、ローグタウンへの上陸が決定してすぐに、船内で髪を染めた。そう、あのココヤシ村で手に入れた染め粉でね。

 数分後には、俺は黒髪少年になっていた……が。

 

 「お前誰だ!?」

 

 甲板に出て真っ先に俺を指差して叫んだのは、ルフィだった……お前、どこまで天然なんだ!?

 

 「俺だよ、ユアン」

 

 「ユアン!?」

 

 驚愕するルフィ。

 そうだよ、俺はお前の従兄弟で義弟のモンキー・D・ユアンだよ!!

 

 「どうしたんだ、その髪! 勿体無ェ!!」

 

 お前はどんだけ赤髪好きなんだ!

 

 「島に上陸するだろ? これまでに奪ってきた宝とかを換金しようと思うんだけど、賞金首になっちゃったからさ。面倒ごとになったりしたら嫌だから、変装してみた。幸い顔そのものはバレてないから、この髪さえ隠せば何とかなるかな、って」

 

 そう考えると、あの二つ名も利用できる。

 なまじ赤が強調されているだけに、それが見当たらなければそうそう怪しまれることは無いかもしれない。

 

 「お前はどうするんだ?」

 

 「おれは処刑台を見に行くぞ! 海賊王が最期に見た景色、おれも見てみてェ!」

 

 ルフィは随分とワクワクしているらしい。

 

 「そっか……ただ、1つだけ気を付けときなよ? ローグタウンを取り仕切ってるのは、海軍本部大佐『白猟』のスモーカーってヤツらしい。悪魔の実の能力者、それも煙人間……自然系(ロギア)だ。やり合うことになっても、お前の攻撃は一切通用しない。見付からないようにな。もし遭遇してしまったら、戦おうとするな。取り敢えず捕まらないことだけ考えるんだ」

 

 と言っても、ムダだろうけど。

 ロジャーが最期に見た景色を見たいってことは、やっぱりルフィは処刑台に登るつもりでいるんだろう。そんなことして見付からないわけがない。

 

 「おう! 解った!」

 

 返事だけは立派だね、お前。

 そんなやり取りをしていると、ウソップが首を捻りながらガン見してきているのに気が付いた。

 

 「何か言いたいことでもあるのか、ウソップ?」

 

 「あー、いや……何ていうか」

 

 ウソップの言葉は、どこか歯切れが悪い。

 

 「おれ、お前らは中も外も全然似てねェ兄弟だと思ってたんだけどよ……こうして髪の色が揃ってるところを見ると案外、外見は似てねェこともねェんだなって思ってよ」

 

 「そういえばそうね。何となく、そこはかとなく」

 

 ウソップの意見に、ナミが同意している。いや、その傍でゾロとサンジも頷いてる。

 それにしても。

 

 「そうか? まぁ……俺たち、一応血は繋がってるしな」

 

 初めて言われたな、ルフィと似てるって。

 けど、例え俺の顔立ちはどっかの誰かと瓜二つだったとしても、ルフィとだって確かに血は繋がってる。一応。外見に関しては、面影が多少重なっても可笑しくはないだろう。

 そうは言っても、正直そんなことはどうでもいい。

 

 「それより、お前らはローグタウンでどうするつもりだ? もしよかったら、サンジには俺と一緒に来て欲しいんだけど」

 

 「おれか?」

 

 俺は頷いた。

 

 「そう。換金するって言っただろ? そしたらその金で、食料を補給しないといけないし……しかも、大量に。でないと次の目的地までにルフィに食べ尽くされる」

 

 財布の管理を俺がしている以上、換金は俺の役目だろう。そして俺の能力は、大量の買い物をする場合とても便利である。

 

 「ま、そーだな。いいぜ、荷物持ちに使ってやる」

 

 サンジも納得してくれた。何だか偉そうな言い草だけど、まぁいいや。俺も人のこと言えた義理じゃないし。

 

 「おれは武器屋だな。刀が2本要る……金は……」

 

 言って、俺を見るゾロ。

 ミホークに折られたままだもんな。アーロンパークではヨサクとジョニーに借りてたけど。

 

 「金より……これを持ってきなよ」

 

 俺はポケットからケースを取り出し、元の大きさに戻してゾロに渡した。

 

 「クロが使ってた『猫の手』だ。これを武器屋で売って、その金で刀2本を揃えればいい……ただ、出来るだけ安く買ってきてくれな? 何なら、1番安い刀のコーナーも見てから選んで欲しい。そういう所にも案外、掘り出し物があったりするかもしれないしさ。稼いだ分から活動資金を抜いた金額は、全員で山分けってのが海賊船だし。一人の取り分を増やしたい」

 

 そうは言うけど、実際には『三代鬼徹』を見つけてもらうためだ。アレは確か、1本5万ベリーの群れの中に突っ込んであったはずだし。

 ゾロも頷き、『猫の手』が入ったケースを受け取る。

 よし、これでわざわざ換金のために武器屋にまで行く手間が省けた。

 後、ナミは服を、ウソップは装備品を買いたいらしい。2人にも軍資金を要求されたので、こちらには現在の手持ちの現金を等分して渡しておいた。

 さぁ、各々の行動も決まったし、もうすぐ上陸だ!

 

 ローグタウンの換金所は、結構大きな所だった。商売繁盛しているみたいだね。とはいえ、客は専ら賞金稼ぎみたいだけど。

 流石はスモーカーのお膝元、海賊は滅多に来ないらしい。

 

 「ほぉ、これはこれは」

 

 大量に持ち込んだからか、査定のために個室へ通してくれた。

 換金所のおっちゃんは、小さな虫眼鏡まで持ち出して次々に見ていく。

 

 「よくぞこれだけ集めたものですな?」

 

 「色んな海賊から奪ったんです」

 

 感心したような口調に、俺は得意の愛想笑いで答えた。元日本人でよかった、と思う瞬間だね、こういうのは。

 俺の発言に、おっちゃんは顔を上げた。

 

 「あなたは賞金稼ぎなので?」

 

 実際には賞金首である……が。

 

 「まぁ、似たようなことやってますね」

 

 いや、今回の収穫にはモーガン親子から奪った分もあるから、厳密には違うけど。

 思い返せば、海賊をぶっ飛ばし、金品を奪う……ピースメインの海賊って、賞金稼ぎとやってることは同じだよね。この2つの違いって、海賊旗を掲げているかどうかってことだけじゃないか?

 

 「これなら……これぐらいで如何でしょう?」

 

 おっちゃんがソロバンを見せてくるけど……フッ。

 

 「それじゃあ割に合わないですよ、せめて」

 

 パチパチ、とソロバンの玉を弾く。

 

 「これぐらいは欲しい所ですね」

 

 その金額を見て、おっちゃんは目を丸くしている。

 

 「いや、これはお高い……これぐらいならどうです?」

 

 パチパチ、と俺が提示した金額よりは低いけれど、先ほど自分が示したものよりも少し高い額を見せてくる。

 

 「そうはいっても、こっちにも生活がありますからね。ぼったくりってほどの値でも無かったでしょう? ……じゃあこちらも妥協して……これなら?」

 

 パチパチ、とおっちゃんが2度目に出した金額よりも少し高い額を出す。

 おっちゃんは暫く唸っていたけど、値切りはここで打ち止めになった。

 

 「ありがとうございました~」

 

 金を手にし、俺はサンジが待つ換金所の外へと出たのだった。

 

 

 

 

 サンジを見つけると……目を♡にして固まっていた。

 

 「…………ナミに言い付けるぞ?」

 

 「はっ!! おれは何を!?」

 

 おぉ、素早い反応。

 

 「おれとしたことが……ナミさんという者がありながら、絶世の美女に心奪われかけるだなんて……!!」

 

 その呟きで、何となく事情は解った。

 つまり、スベスベの実を食べて容貌が激変したアルビダを見かけたんだろう。

 アルビダか……さっきルフィは、髪を染めた俺が誰だか解らなくなるぐらいの天然っぷりを発揮した。それにワレ頭にせよそげキングにせよ、原作読んでる時に『気付けよ』って思ったことは多々ある。でも、あのアルビダの大変身だけは解らなくても仕方がないって思えるよね。

 それにしても、『ナミさんという者がありながら』って……現状では、体よくあしらわれているだけのくせに。

 

 「それで、幾らになったんだ?」

 

 宝が売れた金額? それは……。

 

 「驚け。3000万ベリーだ」

 

 何と、俺の賞金額と同額だった。最初に提示された額は2000万ベリーだったりするから、1.5倍にまで引き上げたのだ。俺を褒めてもいいぞ。

 ちなみに、1番宝の質が良かったのはバギーから奪った分だったりした。流石はお宝大好き男。

 

 「へェ! そりゃあ、いい食材が買えそうだな」

 

 「質だけじゃないぞ、量もだ。ルフィがいるからね……。とはいえ、ココヤシ村で賭けに勝ったから、大分マシになったと思うけど」

 

 スーパーへの道すがら、歩きながら話した。

 これまでの航海でも、1ヶ月は1日3食ってのをルフィは忠実に守っていた。約束は守るヤツなんだよね。

 ちなみにサンジは、絶世の美女(=アルビダ)だけではなく、変な着ぐるみマンを乗せたライオンも見掛けたそうな……うん、明らかにリッチー&モージだな! モージのヤツ、サンジにも着ぐるみって言われちゃってるよ!

 

 

 

 

 スーパーに着くと、まず目を引いたのは……アレだよ、エレファント・ホンマグロ!! やった、俺、これ食べてみたかったんだよな!

 

 「お前の能力があれば、これを運ぶのも楽だろうな……丸ごとくれ」

 

 前半は俺に、後半は漁師のおっちゃんに向けてサンジが言った。

 そんな俺たちの傍を、ウソップがスタスタと歩いていった。

 

 「あいつ、装備品買うんじゃなかったのか?」

 

 そんな呟きを溢していると、ウソップは真っ直ぐ卵コーナーへ。

 

 「うぉ、卵が安い! でもお1人様1パック!」

 

 「……主婦か、あいつは」

 

 サンジのツッコミに、俺は無言で頷いた。

 でも待てよ、ひょっとしたらアレで卵星でも作るつもりなのか? それなら装備品とも言えるし。

 それはともかくとして。

 

 「どっちにせよ、卵がお1人様1パックだってさ。俺たちも買っとこうよ」

 

 確かにアレは安い! お買い得だ! 

 サンジにも異存は無かったらしく、あっさりと頷いた。

 

 「そうだな。……それに、アイツも荷物持ちによさそうだ」

 

 同感である。

 その後、サンジがメインになって食材を選び、俺が小さくし、ウソップが持つという形が完成した。

 

 

 

 

 買い物はのんびりしたものだったけど……さて、これからが問題だ。

 バギー、スモーカー、そして……我が伯父、ドラゴン。

 ドラゴンは敵じゃないけど、10年ぶりだよな……向こうは俺のこと、覚えてくれているのだろうか。



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第83話 処刑台の広場

 買い物は、結構な量に上った。いくら小さくしたとはいえ、買い込んだ量が大量だからね。

 でも、これで多分大丈夫だろう。鍵付き冷蔵庫もあるし、食料が底を尽くなんていう悲惨な事態にはならないはずだ。

 あ、そうそう。ちゃんと酒や牛乳も買ったよ?

 

 「何でおれが持つ分が1番多いんだよ」

 

 隣を歩くウソップが不満声を上げた。

 

 「お前らの方が力はあるだろ?」

 

 ウソップとサンジ、俺。3人が持つ荷物の比率は6:2:2ぐらいである。

 

 「そりゃあだって、めんどく……コホン。お前を鍛えるためだ」

 

 「今お前、『めんどくさい』って言いかけただろォが!」

 

 チッ、バレたか。

 

 

 

 

 そうして歩いていると道中、ゾロとナミに出くわした。3方向からそれぞれ歩いてきたのに同時に顔を合わせるって、スゲェな。

 

 「で、ルフィは?」

 

 「処刑台を見るって言ってたわよね?」

 

 「処刑台のある広場って、ここだろ?」

 

 そう、何の因果かここは広場である。

 処刑台もしっかりと見える。

 そうか……あそこでロジャーは死んだのか……ってことはこの広場、22年前には色んな大物が集結してたんだよな。七武海の一部の若かりし頃、母さんやドラゴン……赤っ鼻はどうでもいいや。うん、感慨深い。

 俺だって出来ればその余韻というか、感傷に浸ってみたいのに……どっかのバカのせいで、出来ない。

 

 「処刑台の上で罪人が拘束されているように見えるのは、俺の目の錯覚か?」

 

 俺の指し示した指の先に目をやり、全員が仰天した。

 

 「「「「な!! 何であいつが処刑台に!?」」」」

 

 そう、原作通り、ルフィがバギー一味によって捕まっていたのだ。

 

 

 

 

 

 「これよりハデ死刑を公開執行する!!」

 

 ルフィと同じく処刑台の上にいるバギーが、高らかに宣言した。同時に、広場を占拠するバギー一味が沸き立つ。

 ルフィとバギーが何かを話してるみたいだけど、ここからではその詳細は聞こえない。

 

 「あいつ……バギー!」

 

 バギーとの面識があるナミが声を溢し、ゾロが苦々しげな顔をした。

 

 「おい、何だよあいつは!?」

 

 状況が全く掴めないらしいサンジが慌てたように聞いてきた。

 

 「懸賞金1500万ベリー、『赤鼻』のバギー。オレンジの町ってとこでルフィがぶっ飛ばした海賊だよ」

 

 ごく簡潔に纏めて説明した……ら。

 

 「いや、『道化』のバギーだろ!?」

 

 ウソップにツッコまれた。あれぇ、そうだっけ?

 

 「海賊、モンキー・D・ルフィは『つけ上がっちまっておれを怒らせた罪』により死刑だ! 光栄だろう、海賊王と同じ死に場所だ! ここでテメェに、現実の無情さをハデに教えてやる! かつておれも、この広場でそれを思い知ったんだ!!」

 

 

 って、ロジャーの死がそんなに堪えてたのか? 確かに、原作0巻では号泣してたけど。

 

 「おい、そんなことより、さっさと救助に行くぞ!」

 

 ウソップや俺のコントを見かねたらしく、ゾロが刀に手を掛けながら飛び出す体勢になった。

 たしかに、ルフィのあの拘束は、自力じゃ解けないだろう。救助は必要だ。

 よし。

 

 「ナミとウソップは1度船に戻ってくれ」

 

 「ま、待てよ! ルフィはどうすんだよ!」

 

 ウソップは大慌てだ。

 

 「ゾロと……サンジも行くつもりだろ? 俺たちに任せて。ルフィを救出した後、逃げられなかったら意味が無い。これだけの騒動になってるんだ、きっと海軍も動いてる……船が無くなってたらどうしようもない」

 

 その発言に、ナミがハッとした。

 

 「そうだわ! もうすぐこの島に嵐が来るのよ!」

 

 「何だって!?」

 

 「気温と気圧が下がり続けてるし、東の空に大きな積雲も見つけたわ! 嵐の前兆よ、船が流されちゃったら話にならないわ!」

 

 あ、そういえば嵐も来るんだったな……うわ、髪染め落ちるだろうな。もう換金は終わらせてるからいいけど。

 

 「それだけじゃない……広場のバギー一味の中に、リッチーの姿が見えない」

 

 言うとナミ以外……ゾロも含めて首を捻った。リッチーの意味が解らないんだろう。

 

 「バギー一味の副船長、『猛獣使い』のモージのライオンだよ……って、よく見たらモージもいないな。とにかく、副船長ともあろうヤツがこんな局面にいないのは、何か他に目的があるからのはずだ。そして、最も可能性が高いのは、足である船を壊してしまうこと」

 

 俺はウソップの肩を叩いた。

 

 「船はナミに任せて、ウソップはソイツをやってくれ……何、俺だって回し蹴り1発で倒せたヤツだ、何とかなる」

 

 グ、と親指を突き出してみたけど、ウソップの足は震えている。

 

 「お前の回し蹴りを常人と一緒に考えるな!」

 

 ……あれぇ?

 

 「ウソップ……ビビってるのか?」

 

 「!? ビ、ビビってるわけがあるかァ! おれは勇敢なる海の戦士だぞ!!」

 

 うん、本当に損な性質だな!

 

 「まぁ、魚人よりは手強くないさ……多分。んじゃ、健闘を祈る!」

 

 サンジと俺が持っていた荷物もウソップに押し付け、俺たちは二手に別れた。

 

 

 

 

 さて、ルフィを助けるとは言っても、だ。

 

 「おれは! 海賊王になる男だ!!」

 

 もうそこまで行ってんのか!? 

 これは急いだ方がいいな。

 

 「「その死刑待て!!」」

 

 ゾロとサンジは素直に正面突破しようとしてるけど、それじゃあ邪魔してくれって言ってるようなもんだ。

 なので俺は、こっそり側面から回り込みます。(ソル)で高速移動すれば、見付からずにそうすることも可能だ。

 ええ、さりげなくあの2人を囮にしましたが、何か?

 迂回して回りこむと、特に誰かに邪魔されることも無く処刑台まで辿り着けた。急がば回れってのはこのことか!

 いや、そんなこと考えるのは後でいい。とにかく、処刑台を壊さないと。

 原作通りに行けば、何もしなくても雷で助かる可能性が高い。でもそれも絶対じゃない。

 しかし、俺が構えた直後に、ルフィは笑った。

 

 「ユアン! ゾロ! ナミ! ウソップ! サンジ! 悪ィ。おれ、死んだ」

 

 …………って、何をあっさり! あ、俺が真下にいるの、見えてないのか? 

 

 「アホかァ!!」

 

 「「バカなこと言ってんじゃねェ!!」

 

 俺が怒号と共に処刑台の足を嵐脚で破壊したことと、ゾロとサンジが叫んだことと、そして……雷鳴が轟いたことは、全てがほぼ同時だった。

 

 

 

 

 雷はバギーが持っていた刀を直撃したらしく、ヤツは綺麗に黒コゲになっていた。ルフィは超至近距離にいたはずなのにピンピンしてる……便利だな、ゴムは。

 

 「なはは、やっぱ生きてた! もうけっ!」

 

 「どアホ!」

 

 能天気に笑うルフィを、取り敢えず殴っといた。

 

 「ユアン!? いたのか!? 髪も元に戻ったな!」

 

 ルフィの言う通り、落雷と同時に降り出した雨のせいで俺の髪は元の色を晒している。

 そんな俺たちの近くでゾロとサンジが神の有無について話してる……神はいるぞ? ただし、絶対に敬えないけど。

 

 「テメェ、何しやがる!」

 

 バギーの復活早っ!? タフだな!

 

 「さっき処刑台が傾いたのも、テメェの仕業だな!」

 

 しかも、結構勘がいいな!

 

 「揃いも揃って、おれの望みをハデにブチ壊しやがって……この広場は何かありやがるのか!?」

 

 え~と……何が言いたいんだ?

 俺の疑問顔に気付いたのか、バギーは口を噤んだ。……聞かないでおいてあげよう。何だかもの凄い哀愁が漂っている。

 

 「広場を包囲! 海賊たちを捕えろ!」

 

 ゲ、バギーに付き合ってる暇は無いんだった! 海兵来るのが早いな、流石スモーカーの采配。それにしても、予想以上だ……よし。

 

 「バギー、今は海軍から逃げることを最優先にして、取り敢えず水に流さないか? この場はルフィは諦めるってことで」

 

 「…………チッ!」

 

 バギーは面白くなさそうだったけど、やっぱり海軍から逃げるのには賛成らしく、舌打ちをしながらも否定はしなかった。

 

 「じゃあ俺たちはあっちに逃げるから、お前らはあっち方面の逃げてくれ」

 

 言って俺が示したバギーの進路は、海軍が押し寄せてくる方角。

 

 「テメェ、おれをハデ囮にする気か!!」

 

 ち、バレたか。だって想像以上に海軍の動きがいいんだよ。

 俺としては、バギーがインペルダウン送りになるのが今でも全然構わないし。むしろ、インペルダウン自体には行ってもらわないと困るし。

 手っ取り早くコイツを丸め込む方法……オレンジの町では母さんを引き合いに出したけど、流石に今となってはそんなことをする気は無い。むしろ、出来ることならあの過去を抹消したい。

 でもそれ以外に、一言でコトを済ませる方法なんて……実はある。本当のことを言えば、オレンジの町でも脳裏を過ぎりはした。でも、色んな意味で嫌すぎてボツにしたんだよ。

 正直に言えば今でも嫌だ、ものすっごく嫌だけど……母さんを利用するよりはマシか。

 よし、腹を括ろう。

 

 「そうか、嫌か……残念だな」

 

 何を戸惑ってんだ、俺! 決めただろ、コイツらを囮にしてさっさと逃げるって! 心を鎮めて、さぁ言え、言うんだ!

 

 「お前にあげたい宝の地図があったんだけどな」

 

 「テメェその言葉忘れんなよォ!!」

 

 反応早ッ!? あっと言う間に行っちゃったよ!

 けど……言っちまった……あのセリフ言っちゃったよ……。

 

 「何を暗黒背負ってんだ! さっさと行くぞ!」

 

 ゾロに引っ張られ、俺も逃げるために足を動かす。

 

 「お前たちには解らない……俺があのセリフを言うためにどれだけの精神的苦痛を味わったかなんて」

 

 今すぐにでも頭を抱えて orz 状態になりたい気分だぞ!

 

 「じゃあ言うなよ……まァ、おかげで時間は稼げそうだがな」

 

 バギーを筆頭に海軍の方へと向かっていく一団……ご愁傷様。でも大丈夫、捕まっても突風が吹いて逃げられるから! ……多分。

 さぁ、あんなヤツらのことは置いといて……言っちゃったよ、俺。

 俺が、バギーに、あのセリフ……うわぁぁぁぁ。

 

 「そこまでかよ。」

 

 走りながら本当に頭を抱えてしまった俺に、サンジがちょっと引いてた。失礼な。

 

 「そりゃそうだろ……あのセリフが誰のものだと思う!?」

 

 「誰のだ?」

 

 「いや、現状は誰のものでもないんだけど」

 

 「「「何だそれは!?」」」

 

 うぉ、ユニゾンツッコミかまされた!? しかもルフィにまで!

 だって、そうとしか言い様が無い。アレは原作の頂上戦争の時のセリフだし。つまり、まだ言われたわけではないんだ。それでも俺は、知っている。 

 アレは、『赤髪』のセリフとほぼ同じだって。

 

 

 

 

 今までずっと避けてきたのに……顔はもうどうしようもないけど、それ以外は似たくないっていうか、被りたくないっていうか。

 だから俺は、剣には近寄らなかった。興味はちょっとあったけど、どうしても嫌だった。

 小さい頃から注意して、利き腕だって矯正したんだ…………アレ? ちょっと待てよ?

 ヤツは10年前に左腕を失っていて、それ以後はずっと右腕で生きてきてたんだよな? ………………意味無ェェェェェェェェェェェェェェ!!

 俺、わざわざ利き腕矯正する必要無かったかもしんない! 今初めて気付いた! ヤバイ、これはかなり凹む!!

 いや、まぁとにかく、それぐらい避けたいことだったんだ。でも、また母さんを利用するぐらいなら……。

 

 

 

 

 俺が内心で葛藤している間に、追ってくる海兵はどんどん増えてきていた。

 

 「待てェ!」

 

 待てと言われて待つ海賊はいない。

 あぁそうだ、今はボーっとしてられないんだ。

 バギーたちの足止めが効いてる間に、出来るだけ距離を稼いでおかないと……。

 

 

 

 

 色々と落ち込むのはまた今度だ。今は考えないといけないことが他にあるんだから。



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第84話 伝説の始まり

 海兵から逃げていると、前方に1人の女海兵が現れた。

 

 「ロロノア・ゾロ!!」

 

 誰か、何て解りきってるだろう。たしぎだ。

 因縁(?)があるらしいゾロにこの場は任せ、俺たちは先に進む。サンジが、女に手を出したと怒ってるけど、無視だ無視。引き摺ってった。

 まぁ、あっちは問題無いだろう。むしろ大変なのはこっちの方だ。

 さらに走り続けていると、複数の葉巻を銜えた1人の男が……スモーカーだな、明らかに!

 

 「来たな、『麦わら』のルフィ、小さい方の『紅髪(あかがみ)』』のユアン」

 

 ………………おーい、あいつ今何て言った?

 え、俺もロックオンされてる!? ……そりゃそうか、俺だって賞金首だもんな。しかも3000万ベリー。現在この東の海で俺より高額なのは、船長であるルフィだけ。つまりは、東の海基準ではかなりの大物ってことになる。

 いや、ってかそれ以前に……『あかがみ』言うな!! しかも、誰が『小さい方』だ!!

 

 「お前らを海には行かせねェ!」

 

 スモーカーは自己紹介の後、早々に煙で捕縛しようとしてきた。

 でも、一応自己紹介はする分、何気に親切だな。

 さて、その煙だけど、当然避ける。剃なら難しくなかった。

 

 「このバケモンが!」

 

 狙われなかったサンジが蹴りかかったけど、当然自然系(ロギア)のスモーカーに効くはずがない。その後にルフィが放った(ピストル)も同様だ。

 

 「あいつに物理的な攻撃は効かないって、船で話したろ?」

 

 とはいえ、このままじゃ通してくれなさそうだ。煙を避けることは出来るからあっさり取り押さえられるってことは無いだろうけど、だからって船にまで行けそうかっていうと微妙だ。

 

 「ルフィ、俺が合図したら、もう1回(ピストル)を撃ってくれないか?」

 

 策はある。こう言っちゃ何だけど、さっきからの動きを見ているとスモーカーは能力にかなり頼っている。サンジやルフィの攻撃を避けようともしなかったのがいい例だ。いくらここが東の海だからって、相手の能力が不明な以上は覇気が使えるかもしれないっていう可能性も考えていいはずなのに。特にルフィは、初頭手配額4500万の大物なのに、だ。ある意味では、それは驕りだ。

 

 「何だ、何かするのか?」

 

 「ああ……攻撃が当たるようにしてみる」

 

 俺の速さとヤツの煙の速度を比べて考えてみたけど、出来るはずだ。ただちょっと、ヤツの懐に潜り込めればいい。そのために船からちゃんとアレを持ってきた。

 スモーカーを俺たちで何とかしてしまったら、ドラゴンとの出会いフラグが折れてしまうかもしれないけど、別にいいだろう。どうせドラゴンはルフィに名乗り出ないんだし、恐らくは息子の船出を見送りに来ただけ。それなら陰からこっそりとでもいいはずだ。むしろ、下手に接触してスモーカーに勘ぐられるよりもいいかもしれないとすら思う。

 え? やだなー、別に『小さい方』って言われたのを根に持ってボコりたくなったとか、そういうわけではナイデスヨ?

 

 「じゃ、行くぞ……剃!」

 

 スモーカーが、どうせ俺たちは自分へ攻撃を当てられない、と油断している今がチャンスだ。一気に入り込んで……。

 

 「なっ!?」

 

 ガチャンと手錠を嵌めさせてもらいました。

 

 「!? 海楼石か!」

 

 ルフィ(+俺)の捕縛のために煙状になっていた体が一瞬で元に戻り、スモーカーは事情を察したらしい。

 それに大正解。ほらアレだよ、シェルズタウンで奪ったヤツ。ちゃんと1個持ってきときました。だってスモーカーと出くわすって解ってたし。

 スモーカーが驚いている一瞬の隙に、さらに背後に回りこんで動けないよう押さえた。よし、ちゃんと触れる。

 にしてもコイツ、本当にガタイいいな。うらやまし……いやいや、そんなのどうでもいい。とにかく、少しの間ぐらいなら押さえられそうだ。抵抗が弱い……多分、海楼石のせいで力が抜けてるんだろう。

 

 「来い!」

 

 何で俺がこのまま自分で攻撃しないのかって?

 いやさ……今のスモーカーは俺と手錠に気を取られてるじゃん? だったら、ルフィからは気を逸らしてるわけで……。

 

 「ゴムゴムの~~バズーカ!!」

 

 「カッ!?」

 

 うん、不意打ちに近い一撃なわけだよ。その方が効きそうじゃん。

 にしてもルフィ……わざわざ(ピストル)じゃなくてバズーカを使うなんて……やる気だな。

 当然、いくらスモーカーでもそんな一撃を食らって余裕をぶっこけるわけがない。ぶっ飛ばされた……あ、俺はヒットの瞬間に避けといたから大丈夫。ついでにちゃっかり、スモーカーが背中に背負ってたアレもスッといた。

 うん、俺のスリテクニック、きっとナミにも負けてない! だって小さな頃からやってきたし。

 

 「……お前ら!」

 

 げ、スモーカー、タフだ! ぶっ飛んで激突した家を大破させたけど、その瓦礫の中から立ち上がる……とはいえ、状況は変わらない。あの手錠の鍵を俺が持ってる以上、スモーカーの能力は封じられたままだ。

 当然スモーカーだって鍛えてないわけじゃないだろうけど、海楼石は力を封じるだけでなく、力を奪う。実際、ヤツに掛けるために手錠を取り出した時に俺も触ったけど、全体的な脱力感・倦怠感を感じた。実力はまともに出せないはずだ。加えて、さっきのルフィの一撃も何だかんだ言って結構ダメージになってるっぽい。

 対してこちらは3人。明らかにスモーカーの分が悪い。

 全く、能力1つ封じただけでこうも変わるなんて……改めて、悪魔の実って凄いな。

 

 「おいテメェら、何してんだ!」

 

 あ、ゾロが追いついてきた。VSたしぎは終わったのか。何にせよ、これで4VS1だな……さらにスモーカーが不利になった。けど、まぁ……。

 

 「うし、んじゃ行くか!」

 

 ルフィが仕切り直した。

 そう、俺たちは別にスモーカーを倒したいんじゃない。この町、いや島から出たいだけなんだ。わざわざトドメを刺す必要は無い。

 それに、後方から海兵たちの声が聞こえる。早く行った方がいいかも。

 

 「行かせねェ、と言ったはずだ!」

 

 スモーカーはそれでも戦おうと背中に手を伸ばした……が、その手は何も掴めない。

 

 「あ、ゴメン。これ貰っとくね」

 

 ヤツの背中はすっからかんである。何故なら、俺がさっき海楼石仕込みの十手を奪っといたから……ってか、俺が普通に手に持ってたのに気付かなかったのか? かなり頭に血が上ってるな。

 いや、これ欲しかったんだよ。あの手錠じゃ、かなり使いどころが限られるし。もっと言うなら、相手に掛けるために手にした瞬間、俺にも影響が出てくるんだよ。その点、この十手はスモーカーが使えてるから俺にも使えるだろう。確か、十手の先の方に海楼石を仕込んであるんだっけ?

 それに、2つしかなかったのを今回1つ使っちゃったからってのもある。

 ブチ、と血管が切れた音がしたような気がした……スモーカーから。

 

 「『小さい方』!!」

 

 ……あ、これだけは訂正しとかないと。

 

 「剃!」

 

 俺は再びスモーカーの懐に入り込む。今度はヤツもちゃんと反応したけど、如何せん体が付いて行けてない。

 構えるは、今まさにスモーカーから奪った十手。

 

 「グハッ!!」

 

 思いっきり横なぎに腹を殴りつけました。特に何かの技を使ったわけじゃない、ただただ力の限り振り抜いただけ。でも、この状態ならこれで充分だろう。スモーカーは再び吹っ飛んだ。

 ……原作のローグタウンでは、かなりの強敵として出てたのに……良いトコ無しだな! 俺たちも、あの手錠には気を付けないと。

 いや、それよりも訂正訂正。

 俺は再び瓦礫に埋まったスモーカーをビシッと指差した。ってか、海楼石の手錠が嵌められた状態でルフィのバズーカ+海楼石仕込みの十手での殴打を食らってまだ立ち上がろうと出来るスモーカーは色んな意味で凄いな。

 

 「言っておくことがある。まず第1に、『あかがみ』とか言うなっ! 迷惑だ! ってか、ダダ被りなんだよ! しかも言うに事欠いて、区別のためか何か知らないけど、『小さい方』って何だ!! これが第2!! 最後に第3! もうあの手配書が配られてしまった以上『紅髪』は訂正のしようが無いだろうけど、読み方は変えろ! 俺の希望は『こうはつ』だ!」

 

 ふぅ、すっきりした。

 え? やだなー、別に1番訂正したいポイントが『小さい方』発言だったりなんてシテナイヨ?

 

 「えー、『あかがみ』でいいじゃねぇか! イカスのに!」

 

 ルフィ、お前は黙ってろ! 名前負けはゴメンだし、ヤツと被るのもゴメンなんだ!!

 

 「おいテメェら、そんなこと言ってる場合か!?」

 

 「さっさと行くぞ、海兵どもが来る!」

 

 サンジとゾロは俺たちの発言なんてどうでもいいみたいだ……ふん、どうせ当事者にしか解んないことだよ。けど、ムカつく。

 俺は、W7でサンジの手配書を見たら盛大に笑ってやることを心に決めた。意味が違うけど、少しは気が晴れそうだ。ゾロは……しばらく禁酒させてやる。

 

 

 

 

 けれど、状況はかなり切迫しているみたいだ。

 

 「大佐が……負けた!?」

 

 「待て、海賊ども!!」

 

 心の中でこっそりと2人への報復(逆恨みだけど)を考えていると、ゾロの言う通り海兵たちが押し寄せようとしてきた。……スモーカーがいる時点で予想はしてたけど、バギーのヤツ捕まってるんだろうな。囮にもならなかったか……まぁ、強く生きてくれ。いつか良いことあるよ。多分。

 それはとにかく、数が多い! 人海戦術か!? 何十人いるんだよ!

 けど今は嵐が来ようって時だ、とにかく逃げよう……と思った矢先のことだった。

 

 「突風だァ!!」

 

 正直言って、立っていられないほどの風が急に吹いた。その風のお陰で、迫ってきていた海兵たちが進路とは逆方向に飛ばされる。

 けど、同じ方向に向かっているはずの俺たちは飛ばされなかった。よかった、やつらと距離が出来た。にしてもこれは……明らかに自然な風じゃない。しかも。

 

 「西風……俺たちの船には追い風だな」

 

 体勢を立て直し、まさかと思っていたけど……俺たちの前方数mに、1人の男がいた。黒いフード付きマントを被って、顔にはでかい刺青……え~~~っと……お久し振りですね、ドラゴンさん? あなたやっぱり、風の能力でも持ってたんですか?

 いや、そんなのどうでもいい! 何で!? スモーカー撃退しちゃったから接触は無いかなって思ってたのに!

 

 「何モンだ!」

 

 見るからに怪しい男に、ゾロとサンジが身構えた。ルフィはきょとん顔である。

 ……ドラゴンとルフィが今までに会ったことがあるのかどうかは知らないけど、折角の対面でこの反応……無理も無いか、ルフィはアレが誰だか解ってないんだし。ってか、俺も人のこと言えないんだろうなぁ……。

 

 「待った、2人とも」

 

 取り敢えず、飛び掛りかねない2人を押さえておこう。相手が敵だったらどうするんだ、というような視線に晒されるけどそれは黙殺し、俺はドラゴンに視線を向けた。

 

 「……お久し振りです」

 

 何と言っていいかよく解らなかったから、そう言ってお辞儀してみた……ら、ドラゴンの空気が緩んだ。

 

 「あぁ……10年振りか。大きくなったものだ」

 

 「覚えていて下さったみたいでなにより」

 

 良かった、ちゃんと覚えていてくれてたみたいだ。

 明らかに顔見知り同士と知れる会話に、周囲が目を丸くしたのが解った。

 

 「ユアン……お前、あの刺青のおっさん知ってんのか?」

 

 ルフィの驚きは解る。何しろ、俺たちはずっと一緒だった。互いの交友関係は把握しきっていると言っても過言じゃない……ってか、出航以前はかなり限られたコミュニティに属していたしね。けれどルフィは、あの人に見覚えが無い。困惑するのは当然だろう。けど、それにしたって……。

 お前……自分の親父に、『刺青のおっさん』って……いや、俺もあんまり偉そうなことは言えないけど。

 『刺青のおっさん』発言を受けてドラゴンにちょっと哀愁が漂ったのには、気付かないでおこう。

 

 「あなたほどの人が、どうしてこんなところにまで?」

 

 ドラゴン……革命軍の活動拠点は確か、新世界だったはず。何故東の海のローグタウンにいるのか……答えは解っているけど、聞いてみた。

 ドラゴンは笑った……不敵な笑みってのは、こういうのを言うんだろうか。

 

 「フフ……海賊か……それもいい……」

 

 見送りに来たんだろう……ルフィを。

 

 「……何だか知らねェけど、行っていいんだな?」

 

 当の息子(ルフィ)はよく解ってないみたいだけど。

 

 「男の船出を邪魔する理由はどこにある。行って来い……それがお前のやり方ならな!」

 

 これまで俺と話していたドラゴンだけど、その言葉はルフィに向けられたものだった。自分に言われるとは思ってなかったらしいルフィが驚いてるけど、すぐにいつもの笑顔を浮かべた。

 

 「ししし! 行ってくる!」

 

 ドラゴンが自分の父親だなんて、ルフィには解ってないだろう。けれど、それが自分へ向けられた激励だということは解ったらしい。素直で元気な返事だった。

 行く手を阻む相手ではないということを理解したのだろう、ゾロとサンジも既に構えは解いている。

 

 「行くぞ!」

 

 ルフィの号令と共に走り出し、ドラゴンの脇を抜けて行く……が、俺はこっそり立ち止まった。

 

 「何だ?」

 

 「……結局、名乗り出ないんですか?」

 

 そう、折角ルフィと対面して会話もしたってのに、ドラゴンは名乗り出ないままだ。

 

 「俺が話しちゃってもいいんですか? 伯父さん?」

 

 あの時と同じように、『伯父』と呼んでみた。そしてこれもまたあの時のように、拒絶はされなくて内心ホッとした。

 

 「……いずれまた会うことになるだろう……この海を行くのならば。……お前もそうだろう、恐らくな」

 

 え、それってどういう意味でしょうか?

 疑問が顔に出たらしい。ドラゴンは苦笑していた。

 

 「この海を行けば、いずれ会うことになる。海賊ならば尚更だ」

 

 「…………全力でお断りしたいんですが」

 

 ってか、気付かれてるよ! そりゃそうか、妹の生前の動向ぐらい気にしてるはずだもんな!

 

 「そういえば、あの時の面白3頭身の人は今どうしてますか?」

 

 話を逸らそうそうしよう。

 

 「イワンコフのことか……インペルダウンにいる。だが、逞しく生きていることだろう」

 

 確かに、色んな意味で逞しく生きてるよ。国(?)を作っちゃうぐらいに逞しいよ。何にせよ、情報はゲットだ。

 

 「そうですか。それじゃ、いずれまた……ルフィには誤魔化しときます」

 

 どうせなら、自分から名乗り出た方がいいだろう……結局祖父ちゃんがバラしちゃうんだろうけど。

 

 「……行って来い」

 

 あれ、俺も言ってもらえたよ。何だか嬉しいっていうか、くすぐったいもんだね。

 

 「はい、行ってきます」

 

 ローグタウンとも、これでおさらばだ。

 

 

 

 

 メリー号に戻り、案の定俺はルフィに質問された。あれは誰で、いつ会ったのかって。

 

 「あの人には前に1回、会ったことがあるんだ。あの『可燃ゴミの日』だよ。サボも一緒だった」

 

 言うと、ルフィは嫌そうな顔をした。そりゃそうだ、あれほど嫌な思い出はあるまい。

 

 「あの時か! そりゃ、おれが知らないはずだ!」

 

 あの日はエースとルフィ、サボと俺のペアで行動していた。俺たちが出会った人なんて、ルフィたちには知りようが無い。それは納得してくれたらしい。

 あの人が何者か、ってことについても……何だ、ルフィほど誤魔化しやすいヤツっていないなじゃないか? 『知り合いだ』って言ったら、『知り合いか』って納得してくれた。

 そして、俺たちがそんな話をしている間に、あれが見えてきた。

 そう、グランドラインの入り口を示す『導きの灯』だ。

 航海士(ナミ)が一応船長(ルフィ)に確認を取ってたけど、答えは解りきっている。次の目的地は、いよいよグランドラインだ。

 

 「グランドラインに船を浮かべる進水式でもしようぜ。」

 

 サンジがどこからか樽を持ってきた。

 

 「おれはオールブルーを見付けるため」

 

 サンジが樽に足を乗せ、自身の夢を語った。どこにあるかも解らない、奇跡の海。それを見付けるのは大変だろう。

 

 「おれは海賊王!」

 

 次がルフィ……どうでもいいけど、こういうのって1番手は船長が務めるものなんじゃなかろうか? 誰も気にしてないからいいのか?

 

 「俺は、歴史を作って……世界を見て回るために」

 

 ルフィの隣には俺がいたから、俺もここで足を乗せた。

 第1の目的は歴史……頂上戦争だけど、その後もあるんだよな。その先、というのも見てみたいと思うんだ。1番に思い浮かぶのは『ルフィの海賊王』だけど、流石にそれを口にするのはこっぱずかしい。それならもう1つの願い、この世界には色んな面白そうなものがありそうだし、自由に見て回るのも楽しそうだ。

 

 「おれァ大剣豪に」

 

 ゾロの目的は、ある意味1番明確だ。ヤツが見据えているのは、恐らくミホークだろうから。

 

 「私は世界地図を描くため!」

 

 ナミの夢は、抽象的ではないけど壮大だ……あれ? 俺の後半部分とちょっと被ってないか?

 

 「おれは、勇敢なる海の戦士になるためだ!」

 

 ウソップはやっぱりちょっとビビってるみたいだけど、シロップ村での時よりは自信というか、余裕が見える。聞くと、モージを1発で仕留めたらしい。リッチーは気を逸らしただけみたいだけど。

 一拍の間を置き、全員で樽を思い切り踏み抜いた。ガゴォン、と大きな音が海に響き、次いでそれ以上に大きな叫びが放たれた。

 

 

 「行くぞ! 偉大なる航路(グランドライン)!!」




 ドラゴンは風の能力者なのではないか、という説がありますが、ここではそれを採用しています。確か原作では明記されてはいなかったはずですが。

 今回でにじふぁんに投稿していた分は終了となります。この先は自サイトにて続けていた部分……はっきり言って、文章量が上がってしまってます。


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グランドライン突入編
第85話 巨大生物


 「グランドラインの入り口は、山よ」

 

 海図を広げながら解説するナミだけど、既にナミの奴隷と化しているサンジ以外にその話をあっさり信じる者はいなかった。ルフィにしても、『不思議山か』の一言で済ませようとしている時点で理解できていないのは明らかだ。

 ルフィとゾロで入り口云々の話をしてるけど……そうこうしてる間に、外の音が変わってきている。

 

 「ナミ。もうすぐ凪の帯(カームベルト)に入ってしまいそうだぞ」

 

 「えぇっ!?」

 

 ナミは随分と驚いているみたいだ。進路が南に逸れてしまってたことに気付いてなかったんだろう。

 それにしても……もう目前だな、カームベルト。

 

 「どうしてもっと早く言わなかったのよ!」

 

 ナミが話している間、俺は窓から外を見ていた。だからこその発言だろう。

 俺は肩を竦めた。

 

 「口で言うより、実際に見た方が手っ取り早く解ってもらえそうな気がしたもんで、つい」

 

 大型海王類の群れって、かなりのインパクトだからね。カームベルトの恐ろしさを知るにはそれが1番だ。

 ……って、話してる間に本当にカームベルトに入った。

 

 「何を暢気なこと言ってんのよ! 全員、外へ出て! 帆をたたんで船を漕ぐの! 嵐の軌道に戻して!」

 

 「はい、ナミさん♡」

 

 サンジがすぐさま出て行った……本格的に奴隷化が進んでないか?

 けれど、そのサンジ以外はそのナミの剣幕に驚いているらしい。

 

 「おい、何をお前らだけで話を理解してんだ? カームベルトって何だよ?」

 

 外に出ながら、ウソップが聞いてきた。

 

 「おーっ、いい天気だ!」

 

 ルフィがはしゃいでいるけど……そんな余裕は長続きしないぞ?

 

 「カームベルトってのは、グランドラインを挟むように流れている無風の海域のことだ」

 

 「じゃあ、このまま行きゃあグランドラインに入れるんじゃねェか?」

 

 「そんな簡単な話じゃないわよ!」

 

 ゾロの軽い発言に、ナミが目を剥いて怒っている……?周囲に大きな気配が来たな。

 

 「どうやら、お出ましみたいだ」

 

 苦笑と共に言うと、ナミが絶望的な顔で崩れ落ちた。今言うのも何だけど、こうして反応してくれてるってことは結構、覇気のことも信じてくれてるみたいだね。

 

 「? だから、俺たちにも解るように話せって……!!」

 

 ウソップの発言は、突如発生した地震(?)によって遮られた。

 そして次の瞬間には、俺たちは海王類の鼻先に乗って中空にいた……それじゃあ、お望みどおり。

 

 「簡単に説明するよ。カームベルトは、大型海王類の巣なんだ……アレ? ウソップ?」

 

 ウソップは何故か寝ていた。

 

 「説明しろって言ったくせに」

 

 「バカかテメェは! ありゃ気絶してんだ!!」

 

 唇を尖らせて不満を漏らすと、ゾロに拳でツッコまれた。地味に痛い。

 よく見るとウソップは、泡を吹いていた。

 

 「テメェ、ここがどういう所か解ってたんなら、もっと早く言え!」

 

 いやだって、さっきも言ったけど。

 

 「実際に見た方が、解りやすいかなって。……もう、グランドラインに入り口以外から入ろうなんて気にはならないだろ?」

 

 全員が何故か脱力していた。

 

 「解ったら、オールを持つ! 着水したらさっさと漕いで嵐に戻ろう」

 

 オールを1本ずつ男性陣に配り、最後にはウソップを小さくした。

 

 「振り落とされたりしたら大変だから、ウソップは俺が持ってるよ」

 

 何しろ、くしゃみですっ飛ばされるんだもんな。

 

 

 

 

 まさにその通りだった。俺たちはその後、乗っかった海王類のくしゃみによってすっ飛ばされ、空に放り出された。

 その間にデカいカエルが飛び掛ってきたけど、それはルフィがゴムゴムの(ピストル)によって撃退。

 着水と同時にウソップとナミ以外の全員で一心不乱にオールを漕ぎ、無事に嵐の中へと帰還できたのだった。

 

 

 

 

 嵐に戻ると、俺以外の全員が少しダウンした。

 俺が無事なことを考えると、これは肉体的疲労のせいではなくて精神的疲労のせいなんだろう。俺はカームベルトを覚悟してたから、そこまで驚かなかったしね。

 

 「おーい、大丈夫かー?」

 

 「「「……お前、後で覚えてろ」」」

 

 心配して声を掛けたのに、ゾロ・サンジ・ナミに恨みの篭った目で見られた。確かに、俺の言い方も悪かったけど……そこまでか?

 ちなみに、ウソップは絶賛気絶中でルフィは今になって少しワクワクしてきてるらしい。

 

 「すごかったなー、アイツら!!」

 

 何ともキラキラとした眼差しだ。既にあの出来事はルフィの中では『冒険』として処理されているらしい。

 そんな様子に周囲も毒気を抜かれたらしく、気を取り直していた。

 

 「……カームベルトについてちゃんとした知識があったってことは、山を登るってことも知ってたんじゃない?」

 

 ナミに聞かれ、俺は頷いた……この際、はっきり言っておこうかな。

 

 「ゾロとサンジには言ってなかったけど、母が海賊だったんだ。それに、グランドラインでも活動していた……筆まめな人だったみたいでね、その当時の航海が書かれた日記が残ってて、それを読んで知ったんだ」

 

 「そういや、自分も海賊の子だとか言ってたな」

 

 ……シロップ村でクロイジメをした時のことだろうか。ゾロが納得顔で頷いてる。

 

 「で、どうなんだ? 結局登るのか、不思議山。」

 

 ルフィが聞いてきたけど、俺はナミと顔を見合わせた。どっちが説明する、と視線で会話したけど……はっきり言おう、押し付けられた。

 俺は、原作でナミがしたのと同じ説明をした。

 

 「要するに、不思議山なんだな!」

 

 結局ルフィは理解してくれなかったけど。

 

 「おれはジジイに、グランドラインは入る前に半分死ぬと聞いた」

 

 サンジのこの発言……どう取ったらいいんだろう。

 まさか、ラブーンに食われたり潰されたりした人間なんて、含んでないよな? あれはグランドラインに入った後だもんな? ……ラブーン、人間も食べてるよね? 原作では胃酸の海の中に人骨あったし……。

 

 

 

 

 リヴァース・マウンテン、そしてレッドラインが見えてきた頃になって、漸くウソップが目を覚ました。しかしそんなことはどうでもいいから、スルーする。

 海が運河の入り口から山に向かって登っていく光景は、一見の価値があるものだった。こういうのを見るのも、旅の醍醐味だよね。

 

 「舵しっかり取れェ!!」

 

 ルフィの号令で、サンジとウソップが舵を握った。嵐と海流のせいで、舵が随分と重くなっているらしい。

 右に、右に、と舵をきっていたけど……折れました。根元から。ボッキリと。

 それによって船は制御不能となり、運河の入り口の門にぶつかりかける……が。

 

 「ゴムゴムの……風船!」

 

 ルフィが飛び出してクッションになり、事なきを得た。ちなみに、俺も同時に飛び出して月歩にて役目を終えたルフィを回収した。

 メリー号は無事に運河を駆け上り、やがて頂上に。後は降るだけだ。

 

 「見えたぞ、グランドライン!」

 

 

 

 

 

 そう、後は降るだけ……なんだけど。

 

 「みんなに言っておくことがある」

 

 お祝いムードに近い雰囲気でいる面々に、俺はちょっと乾いた笑みを浮かべた。

 

 「どうした?」

 

 はっきり言って俺の態度は、水を差すものだと思う。なのにみんなは嫌な顔1つしない。ありがたいことだよ。

 

 「グランドラインのこと、日記に書いてあったって言っただろ? それにあったんだけど、この先にクジラがいるらしいんだ」

 

 「クジラァ?」

 

 それがどうした、と言わんばかりな視線に晒される……ただ単にクジラって聞いただけじゃそうなるだろうな。

 

 「そう、すごく大きなクジラが1匹、このグランドラインの入り口の双子岬にいるんだって。だから、まぁ……覚悟しといてね?」

 

 正直言って、船首を折られるのは嫌なんだよね。船を傷付けて欲しくない。けどクロッカスさんに会うためには飲まれるのが手っ取り早い……悩みどころだ。どうすればいいんだろう。

 そう、俺はクロッカスさんに会いたいと思う。バギーやミホークには会いたくないと思ってたけど、今となってはそれ以上に色々と気になってることがある。母さんの師匠だったというクロッカスさんなら、大抵のことは知ってるはずだ。

 そう考えると、この顔と名前も役に立つよな……バレたくないと思えばこの上ない障害だけど、こういう場合では証明書の代わりになる。

 俺のそんな内心は誰も知らないが、クジラ発言には微妙な顔をしている。

 

 「クジラって言っても、たった1匹でしょ? 大丈夫よ」

 

 ナミはあっけらかんとしてるが……いつまで持つかな、その余裕。

 こうして話している間にも船は運河を降っている。そんな中、ラブーンの鳴き声はかなり早い内に聞こえてきた。

 ブォォォォォォォォ、と空気が震えるような声がする。ふと思ったんだけど、ビンクスの酒とか歌いながら降りていったら、どんな反応するだろう……まぁ、実際にはやらないけどね。流石に悪趣味すぎる。

 

 「ユアン! これクジラの声か!?」

 

 ルフィは、俺が『すごく大きなクジラ』と言った直後から目を輝かせていた。好奇心が刺激されたんだろう。

 

 「あぁ、多分な」

 

 ウソップがローグタウンで手に入れていたスコープを弄りながら正面を見ている。

 

 「おい、壁があるぞ!」

 

 ……お解りだと思うが、それは勿論壁じゃない。そうかからずに、その正体が見えてきた。

 アイランドクジラ、ラブーンだ。

 

 

 

 

 それにしてもデカい。本当にデカい。例え1/100にまで小さくしても、それなりの大きさになってしまいそうだ。

 

 「すげェー!! でけェー!!」

 

 好奇心で一杯のルフィは見てて微笑ましい……あちら側は全然微笑ましくないけど。

 視線の先では、俺たち以外の4人が固まっていた。

 

 「だから言っただろ? 『覚悟しといてね』って」

 

 「「「「これはデカすぎだーーーーー!!!」」」」

 

 ……その絶叫したい気持ちは、解らなくもない。

 

 「何でお前はそんなに落ち着いていられるんだよ!」

 

 ウソップ……俺も冷静なのは見た目だけで、内心途方に暮れてるんだよ! どうしろってんだよ、このサイズ! クロッカスさんが中にいるから、小さくするわけにもいかないし!

 取り敢えず……。

 

 「舵は諦めて、オールを漕げ! 左に抜けるんだ!」

 

 あの隙間から抜けるように、頑張るしかない! 効かない舵は早々に諦めて、オール1本に絞ろう!

 すごく大きなクジラとはいえたった1匹、と特に気にしていなかった面々が慌しく動き出したことで、船上は俄かに騒がしくなる。

 俺? 俺はというと……。

 

 「離せよ、何で止めるんだ!」

 

 「お前大砲撃つ気だろ!? そんなことしても止まんねェよ、ムダ弾撃つな! それよりここにいて、ぶつかりそうになった時にさっきみたいにクッションになれ!!」

 

 ルフィを文字通りに押さえ付けていました。だって、その方がメリー号破損は防げそうだし。

 

 「このままぶつかれば、まず初めにダメージを受けるのは船首だぞ! お前の特等席が壊されてもいいのか!?」

 

 「良くねェ!!」

 

 「じゃあここにいろ、変に動くな!」

 

 ……こいつ、特等席にどんだけ思い入れがあるんだよ。引き合いに出したら、あっさり受け入れてくれた。ルフィが暴れなくなったから、拘束は解く。

 俺たちがそんなやりとりをしてる間にも、みんな……主にゾロとサンジが必死にオールを漕いでくれてたおかげか、船は多少左寄りになっていた。

 それでも抜けられるほどじゃない。ぶつかる!!

 

 「ゴムゴムの……風船!」

 

 本日2度目のゴムゴムの風船で、ルフィはラブーンとメリー号の間に入った。ルフィがクッションになったことで船首は折れずに済み、また、船の向きも更に左寄りになった。ラッキー。

 

 

 

 

 さて……クロッカスさんには、どういう会い方をしようかな?




 日記にラブーンのことが書かれているのは本当です。むしろ、その詳細まで記してありました。クロッカス本人に色々聞いているので。


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第86話 目安

 「綺麗な空だなー」

 

 「何でそんな悠長なこと言ってられるの!? 可笑しいでしょ、私たちクジラに飲まれちゃったのよ!? 何で頭上に青空が広がってるのよ、これは夢なの!?」

 

 ナミが凄まじくパニクってるよ。

 

 

 

 

 えーと、状況を簡単に説明しよう。

 俺たちはラブーンに飲み込まれた。終わり。

 ……簡単すぎるな!

 いや、特等席が壊されなかったからルフィがラブーンの目玉に喧嘩を売ることは無かったんだけど……結局は、ラブーンが大口開けた時に一緒に飲み込まれてしまったんだよ。

 俺、悩む必要無かったな! あ、ちなみにルフィは飲み込まれる時に外に振り落とされていたのでこの場にいない。

 

 

 

 

 ナミはパニクってるけど、ウソップも似たようなものだ。ゾロとサンジは一見すると落ち着いてるけど、冷や汗を浮かべている。

 

 「落ち着いてよ、これは夢じゃない。確かにクジラの胃袋の中だ。よく見れば解る、青空や雲、カモメなんかは全部絵だ」

 

 「いや、尚更ダメだろ!?」

 

 ウソップにツッコまれた。

 

 「それならやっぱり、おれたちはクジラに飲まれちまったってことだろ!? 消化されちまうぞ?!」

 

 「大丈夫、あそこに扉がある!」

 

 「「「あんのかよ!!」」」

 

 デカデカと解りやすく設置された出入り口を指差して断言すると、ゾロ以外にツッコまれた。何で俺がツッコまれてるんだろう、別にボケてるわけじゃないのに。

 

 「それで、あの家は何だ?」 

 

 唯一ツッコまなかったゾロの視線は、胃酸の海にプカプカ浮いてる1軒の家……というか小島に向けられていた。

 

 「まぁ……普通に考えれば、こんな絵を描いてクジラの胃袋をプライベートリゾートに改造した奇特な人間の住処なんじゃない?」

 

 ヤシの木やビーチチェアまであるよ。クロッカスさん、遊び心一杯だな……ん?

 

 「あー……何かが胃酸の中から出て来そうだぞ」

 

 俺の発言に、ウソップが不思議そうな顔で船から身を乗り出した。

 

 「何かって、な……」

 

 何だ、って言おうとしたんだろう。けれど、その言葉は途中で止まった。

 何故なら、大王イカが姿を現したから……うん。

 

 「ウソップが捕まったー!?」

 

 そうナミの叫び通り、身を乗り出していたウソップがそのうねうねとした足に捕まってしまったんだ。

 

 「ぎゃーーーーー!!!」

 

 当のウソップが蒼白な顔で悲鳴を上げている一方、ゾロとサンジがそれぞれ構えたが、俺は動かなかった。何故なら、既にあの小島……いや、実際には船の1種なんだろうけど、そこから誰かが出てくるのが見えたからだ。任せてしまっていいだろう。

 そして原作通り、大王イカは勢いよく放たれたモリの餌食になった……同時にウソップも胃酸の中に落ちたけど。

 

 「ブハァッ! お、終わったかと思った……!!」

 

 ウソップは能力者じゃないし、カナヅチじゃない。溺れることなく顔を出した。

 でもな。

 

 「早いとこ上がらないと、結局終わりだぞ? 大王イカに消化されるか巨大クジラに消化されるかってだけの違いだ」

 

 大王イカに捕まった衝撃で、ここがクジラの胃の中だって忘れてたんだろう。俺に言われて思い出したらしく、ウソップが慌てだした。

 

 「ふ、ふざけんなァ! 早く引き上げろ!」

 

 「はいはい」

 

 縄梯子を降ろしてウソップを救出している間にクロッカスさんの漁は終わったらしく、そちらに向き直るとクロッカスさんは新聞を読んでいた。

 

 「状況はどうなってるんだ?」

 

 前面に出て警戒態勢を取っているゾロとサンジの後ろで、まだ大王イカの衝撃が抜け切っていないのかへたり込んでいるナミに聞いてみた。

 

 「……あのおじいさん、大王イカを回収した後は知らん振りなのよ」

 

 成るほどね。それで膠着状態になってるのか。

 

 「ウソップ、お礼言っといた方がいいんじゃないか? 一応、助けてもらったことになるんだし」

 

 タオルで身体を拭いているウソップに聞くと、訝しげな顔をされた。

 

 「けどよ……あのじいさん、得体が知れねェ」

 

 「得体が知れないって……失礼だぞ」

 

 「こんなところで生活している時点で充分得体が知れねェよ!」

 

 ……ヤバイ、納得できてしまう。

 

 「やめておけ……死人が出るぞ」

 

 俺たちが後ろで何やかやとやってる間に、いつの間にか話が進んでいたらしい。見た感じ、多分サンジが何か挑発したんだろう。

 

 「へェ……誰が死ぬって?」

 

 クロッカスさんの発言に緊張が高まる……が。

 

 「私だ」

 

 「お前かよ!!」

 

 ……………………。

 

 「ちょっと、何で悶えてるのよ?」

 

 いや、だって……。

 

 「プッ……クク……つ、ツボに入った……!」

 

 俺は膝を突いて船の甲板を叩きながら笑いを堪えるのに必死だった。面白っ! 腹が痛い! クロッカスさん、本当にすごい遊び心!

 けど実際、俺たちとクロッカスさんが本気でやりあったりしたらどうなるんだろう。エッド・ウォーの海戦にも出ていた戦う船医さんが、弱いわけないし……母さんも『強い』って書き残してたんだよね、実は。でもどの程度なのかまでは解らなかった。

 サンジを押さえてゾロがいくつか質問したけど、人に質問する時はまず自分から答えろという至極尤もな言葉を返され、ゾロが答えようとした……が。

 

 「私の名はクロッカス。双子岬の燈台守をやっている」

 

 ゾロの言葉を遮ってクロッカスさんが答えた。しかもご丁寧に、年齢や血液型、星座まで……アレ? AB型? SやFじゃないのか? クロッカスさんって、そう呼称をする地方の出身とか?

 

 「あいつ斬っていいか!?」

 

 ゾロが刀に手を掛けながら、何故か俺に聞いてきた。何で膝を突いて悶えている俺に? ……って、船長不在時の副船長だからか?  

 しかし、答えは決まっている。

 

 「ダ、ダメだ。失礼の無いように対応してくれ……」

 

 笑ってる場合じゃない。しっかりしろ、俺。

 

 「あいつの方がよっぽど失礼だろうが!」

 

 ゾロの怒りは収まらないらしい。

 

 「仕方が無いだろ、相手は大先輩なんだ」

 

 よし、漸く俺の笑いは収まってきた。あー、苦しかった。

 

 「大先輩だと?」

 

 「そう」

 

 海賊王のクルーは、先輩だ。だってルフィは、海賊王になる男なんだからね。

 

 「クロッカス、って言ってたよね? それは元ロジャー海賊団の船医の名前だ」

 

 俺の発言に、鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔をする一同。

 

 「ロジャー海賊団……って、つまり……?」

 

 脳内ショートでも起こしてるんだろうか、イマイチ繋がってないみたいだ。まぁ気持ちは解る。こんな場所で伝説に出会うなんて思ってなかっただろうし。

 

 「早い話、海賊王の船医クルーで主治医ってことだよ」

 

 どキッパリ言うと、やがて理解してきたらしい。

 

 「「「「海賊王の船医ーーー!!?」」」」

 

 凄まじい絶叫が、だだっ広い胃袋の中に響き渡ったのだった。

 

 

 

 

 正直、こんな近距離で全員でハモりながら叫ばないで欲しい。鼓膜がダメージを受けそうだった……原因は俺な気がするから文句は言え

ないけど。

 

 「いてェ~~~」

 

 それでも、耳が痛い。

 ジンジンする耳を押さえながら輪から抜け出ると、ふと視線を感じた……って、何か前にもこんなことがあったような……。

 顔を上げてみると、クロッカスさんにガン見されていた……。

 アレだ、ミホークの時と似たような感じだ!! うぅ、クロッカスさんとの顔合わせはもっとスマートな形が良かった……。

 クロッカスさんは、目を丸くしている。随分と驚いてはいるようだけど、その驚きの度合いはそこまで高くなさそうだから、多分まだ事実関係には気付かれていない。むしろ、他人の空似の可能性の方を考えてると思う。

 ミホークがあんなに早く事実に気付いたのは、母さんに俺……っていうか、子どもの存在を聞いていたからだろう。バギーにしても、俺の顔を見る前に『ユアンという名前のガープの孫』だって情報を得ていた。

 しかし……ね?

 

 「………………」

 

 「………………」

 

 無言で見詰め合うこの気まずさはどうしたらいいんだ!

 俺たちが見詰め合っている間に、ドォォォンという轟音と共に胃酸の海が大きく揺れ出した。ラブーンが暴れだしたか。

 

 「オイ、何だ何だァ!?」

 

 突然の大揺れにみんなはそれぞれ船にしがみ付いている。どうやら、『海賊王の船医ショック』はひとまず置いておくことにしたらしい。

 そりゃそうだ、もっと差し迫った問題が出たんだから。この揺れじゃ、下手したら船から投げ出される。

 

 「何、地震!?」

 

 「んなわけあるかバカ! ここはクジラの胃の中だぞ!?」

 

 「クォラこのマリモ! てめェ、ナミさんにバカとは何だ!?」

 

 サンジの奴隷化については、もうツッコまないでおこう。

 

 「……このクジラが、レッドラインに頭をぶつけてるんだ」

 

 言うと、全員が俺を見てきた。

 

 「何でそんなことが解るのよ?」

 

 「解るんじゃない……知ってるんだ」

 

 意味深な発言に、みんなは怪訝な顔をした。

 

 「どういう意味だ? そういやお前、ここにこのクジラがいるってことも知ってたよな? 何をどれだけ知ってるってんだ?」

 

 聞いてきたのはゾロだけど、その心中は全員同じだろう。

 

 「何をどれだけ、って言われてもね。多少は、としか言い様が無いよ。取り敢えず、飲み込まれる前にこのクジラの頭が傷だらけなのは見なかったか? アレはそうして付いた傷なんだと……!」

 

 「? どうした?」

 

 ウソップに聞かれたけど……これは。

 

 「気配がするんだ……多分、ルフィだ」

 

 扉の方から気配が3つ。可笑しいな、まだクロッカスさんが飛び込んでないのにルフィたちが来るなんて。ルフィたちが来るのが早いのか、それとも……。

 クロッカスさんは……あれ? まだ俺ガン見されてる? 何で?

 

 「「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」

 

 そうこうしてる間に、大きな扉の途中に付けられた小さな扉から転がり出てくる3つの影。

 まずは王冠を被った男と、青い髪の女の子……Mr.9とビビだ。

 

 「ハッ! 麗しのレディが降ってくる!?」

 

 おいサンジ……お前、恋の奴隷なんじゃなかったのか?

 そしてそれに少し遅れて出て来た麦わらを被ったゴム……勿論、ルフィだ。

 

 「おー! みんな大丈夫かー!?」

 

 落下しながら満面の笑顔で手を振るルフィ。でもな。

 

 「今のところ、1番大丈夫じゃなさそうなのはお前だ!」

 

 下は(胃酸の)海、ルフィはカナヅチ。言われてその状況に気付いたらしく、ルフィは一瞬だけ考えた後にどんと胸を張った。

 

 「ユアン! 助けろ!!」

 

 ……何で救援要請が命令形なんだ。

 俺が名指しされてるのは、月歩が使えるからだろうけど……ったく、あいつは。

 

 「りょーかい」

 

 俺の返事がやる気なさげなものになったのも、無理ないと思う。

 船から飛び出した時にチラっと見えたクロッカスさんの表情が、さっきまで以上の驚愕を宿していたけど……やっぱり名前までバレると、気付かれるか。

 これも1つの目安かもしれないな。顔だけだったらまだ誤魔化しも効きそうだけど、顔と名前が知られたらバレる。名前だけなら……やっぱり、知ってる人にはバレるだろう。バギーがその例だ。

 

 

 

 

 まぁ何にせよ、今回は知られたって構わない。元々そのつもりでいたんだし。

 

 

 

 

 俺がルフィをキャッチしたのとほぼ時を同じくして、クロッカスさんも気を取り直すかのように頭を振ると胃酸の海に飛び込んでいた。となれば、もうじきこの揺れも止むだろう。

 Mr.9とビビは胃酸の海に落ちたけど……Mr.9はどうでもいいけど、ビビは助けとくべきだったかな? でもこの時点では不審人物の1人に過ぎないわけだし……今度謝っとこうっと。



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第87話 暴走

 ルフィはあっさり回収したけど、その一方でビビたちも一応は引き上げることになった。得体の知れない妙な相手とはいえ、目の前でクジラの養分になられるのは流石に寝覚めが悪いからってね。

 2人を引き上げている間にラブーンは鎮まり、またその間に、クロッカスさんが海賊王のクルーだという話をルフィにもした。当然ながら、ルフィは目を輝かせている。憧れなんだろう。

 ちなみに。

 

 「手入れが行き届いてるな……感心、感心」

 

 バロックワークス2人組みが持っていたバズーカは、俺の手元にある。ラブーン……というかクロッカスさんへの砲撃を認める気は無いし、アラバスタででも売ろうかと思う。武器屋ぐらいあるだろうから。え、セコい? セコくて何が悪い。

 ……今思った。ウィスキーピークで色々な武器類を回収しようかな。一部はそのまま俺たちで使えるし、そうでないのは売れる。しかも元手はタダ。一石二鳥ならぬ一石三鳥だ。小さくすればいくらでも船に積み込めるしね。

 

 「お前らは何なんだ?」

 

 2人はルフィが問いかけても、俺が持ってるバズーカを悔しげに見るだけで答えない。代わりに答えてくれたのは、戻ってきたクロッカスさんだった。

 

 「そいつらは近くの町のゴロツキだ。ラブーンの肉を狙っている。しかし私がそれをさせん! コイツがレッドラインにぶつかり続けるのも吼え続けるのも、わけがある!!」

 

 

 

 

 俺たちは場所をクロッカスさんの船(?)に移し、ラブーンの過去話を聞いた。

 約束の地で待ち続けるクジラ、ラブーン。

 50年か……長いよな。大海賊時代が始まるよりも前だ。むしろ原作のブルックの話からして、ロジャーが海に出た頃なんだろうし。

 

 「仲間の生還を信じている……」

 

 自分の胃の中にいるクロッカスさんの言葉が聞こえたわけじゃないだろうけれど、ラブーンが再び吼えたらしい声が響いてきた。

 

 

 

 

 とまぁ、ラブーンはラブーンとして、だ。

 その話をしている間も、俺はずっとクロッカスさんにガン付けられてました……。

 うん、気まずい! 何だろう、ただ見られてるだけじゃなく、睨まれてるような気がするんですけど!?

 視線があまりにも固定されてるもんだから、みんなもラブーンに感情移入しながらもクロッカスさんと俺を交互に見るし……せめて何か言ってくれ!

 そんな思いが通じたのかは知らないけど、クロッカスさんはラブーンの過去を一通り話し終えて外に出ることになったとき、俺に対して口を開いた。

 

 「小僧……後で話がある」

 

 はい解りました、やっぱりあるんですね? 俺もあります望むところです。

 

 

 

 外に出る途中でルフィはクロッカスさんを1度勧誘したけど、クロッカスさんは当然断った。気力は無いらしい。

 外に出たら出たで、捕鯨者2人組を海に投げ捨てたりルフィが甲板で記録指針を拾ってたりしたけど、些細なことだ。

 クロッカスさんはラブーンの傷を見ながら仲間の海賊団のその後について語っていたけど、ブルックが今もフロリアン・トライアングルで約束のために生き続けているということを知ってる俺にしてみれば、それほど気になることじゃない。

 むしろ今の俺は、ルフィの行動にこそ注意を払っている。

 メインマストを折らせてなるものか! ……W7でサニー号を手に入れるためには、メリー号が修復不能なダメージを負う必要がある。けどそれは、あくまでも竜骨へのダメージだ。それを知っていて見過ごそうとしているけれど……いや、だからこそ、それ以外のダメージは極力減らしたい。身勝手な言い分は重々承知だけど……。

 それに、だからといってメリー号を燃やす必要も無いしね。コビーに手製の小舟をミニ化して渡したみたいにメリー号もミニ化すれば、乗ることは出来なくなっても捨てていく必要は無いんだし……! 

 ルフィが動いた!

 

 「離せよ、何で止めるんだ!」

 

 メインマストに飛びついて折ろうとしたルフィを追って、俺は文字通り押さえつけた……って、この行動は本日2回目だ! そしてルフィのセリフは1回目と同じだ!

 ちなみに、みんなはラブーンに注目しているから俺たちの動向に気付いてないみたいだね。

 

 「お前、マストを折る気だろうが! 船長が自分の船を壊すな!」

 

 「だってあいつ、デカすぎるんだ! 普通にやっても効かねェ!」

 

 確かにそれは一理ある。あんなにデカいクジラ、人間がただぶん殴っても効かないだろう。効くとしたら既に負っている怪我を狙うか、目玉を狙うか。少なくとも、今の俺たちの実力で取れる手段はそれぐらいだ……普通なら。

 でもな。

 

 「デカいから攻撃が効かないってんなら、小さくすればいいだろうが!」

 

 「あ」

 

 そう、俺は縮小人間である。ラブーンのあのサイズじゃ多少小さくしたところで高が知れてるけど、攻撃を通す分には充分だ。

 それに気付いたらしく、ルフィは抵抗を止めた。

 

 「ラブーンは見た所、そう攻撃的な性格じゃなさそうだ。小さくするまでのタイムラグの間ぐらい、どうってことない」

 

 少なくとも、小さい頃にコルボ山で暴れ猪を小さくしようとしたときみたいに吹っ飛ばされる、なんてことにはならないだろう。

 

 「よし! じゃあ行け!」

 

 ……だから、何でそんなに偉そうなんだ。いや、偉いのか。船長なんだし。

 

 

 

 

 その後。

 ルフィは俺がこっそり(?)1/30サイズにまで小さくしたラブーンと大喧嘩を繰り広げた。何で1/30かって? ぶっちゃけ適当だったんだけど……中々いい勝負だったりする。

 その応酬は暫く続いたが、やがて……。

 

 「引き分けだ! おれは強いだろうが! おれとお前の決着はまだ着いてないから、おれたちはまた戦わないといけないんだ! お前の仲間は死んだけど、おれはお前のライバルだ! おれたちはグランドラインを1周して、今度は元の大きさのお前だって倒せるぐらいに強くなって戻るから! そしたら、また喧嘩しよう!」

 

 ラブーンは、仲間は死んだという言葉に反応しても可笑しくないだろうに黙ってルフィの宣言を聞いていた。

 ……クジラも泣くんだな。まぁ、哺乳類だしね。何にせよ、とにかくラブーンは泣いていた。

 新たな約束、待つ意味が出来たからだろう。

 

 

 

 

 ルフィが約束の証としてラブーンにペイントを施している間に……下手くそすぎるから手伝ってやってくれってウソップに頼んだ。船の修理という役目が無いウソップは、あっさり引き受けてくれた……俺はというと、クロッカスさんと2人きりで向かい合ってるんだけど……。

 

 「何で睨むんですか?」

 

 相変わらず睨まれてます。ついでに言っとくと、俺たちが2人きりなのはみんなが気を使ってくれたからだ。決して、あまりにも重々しい空気を醸し出すクロッカスさんへの生贄にされたわけじゃない! ……と、思いたい。

 にしても……俺、何もしてないよ……ね? 何でこんなに重いんだ。

 しかし、クロッカスさんの返答はあまりにも理不尽だった。

 

 「つい、な」

 

 「つい!?」

 

 何だろう、このやり取り、前にもあったような気がする……ミホークだ!

 けどこれは何の『つい』だ! ミホークのはまだ予測が立てられたぞ!?

 クロッカスさんは、大きく溜息を吐いた。

 

 「お前は……ルミナの子なんだろう?」

 

 予想通りというか何というか、やっぱりバレてたらしい。それは確認というよりも断言だった。

 空気が少し軽くなった気がする。俺が頷くと、クロッカスさんは頭を振った……そして再び向けられた視線からは、『睨み』が消えていた。

 

 「すまんな……お前が悪いわけではないんだ。ただ、ちょっと……」

 

 「ちょっと……何なんです?」

 

 「……あの子は私の弟子だった」

 

 クロッカスさんは昔を懐かしむような顔をした。

 

 「向こうっ気は強かったが、明るく素直ないい子だった。あの子の方でも私を慕ってくれていたし、私もあの子を本当の娘のように思っていた」

 

 それは……良き師弟愛ですね。

 実際、母さんもクロッカスさんのことを随分と慕っていたみたいだしね。もしかしたら母さんの方でも、父親のように思ってたのかもしれない……実の父親はあんなメチャクチャな人だもんな。

 にしても、娘……娘、ですか……ありがたいお言葉のはずなのに……何だろう、少し怖い。

 

 「それが……知らん内に誑かされてたかと思うと……!!」

 

 ………………………………ハイ? 

 えーと、つまりそういうことデスカ? 即ち、祖父ちゃんと同じような心持ちだと、そういうことデスカ?

 つまりあなたが睨んでいたのは実際には俺じゃなく、俺と同じよーな顔したどっかの誰かだと、そういうわけで……うん。

 何それ理不尽!! 俺、関係ないじゃん!!

 けどそうか、この顔か。この顔が全部悪いんだな?

 そのせいで俺はバギーに逆切れされ、ミホークに斬りかかられ、クロッカスさんに睨まれ……ふ。きっとこれからも俺は与り知らない理由で理不尽な目に遭うんだ……何だろう、目から汗が……俺、母さんに似たかった。マジで。

 でもさ。

 

 「誑かされてって……別にそんなのは当人同士の問題なんじゃ……」

 

 こう言っちゃ何だけど、日記の記述からしてもミホークの話からしても、別に騙されてたわけでも遊ばれてたわけでもないと思うんだけど……って、何で俺がこんな話をしなきゃならないんだ! 

 

 考えてもみてくれ。自分の親の生々しい(?)話をしたがる子どもがいるもんか!

 それに……考えたくない。自分が『誑かし』の結果だなんて、思いたくもない。ただでさえ母さんの命と引き換えに産まれてきたのに、その原因がソレじゃあ……思わずエース発言(=『産まれてきてもよかったのか?』)が出てきそうになる。

 

 しかし俺の言葉に、クロッカスさんは眉を顰めた。

 

 「解っている……しかし、面白くないものは面白くないのだ!」

 

 ……………………ダメだ、このじいさん。

 多分、母さんとクロッカスさんの絆は本物だったんだろう。血の繋がりは無くても、本当に可愛がっていてくれてたんだろう。それは解る。俺だって、血の繋がらない兄がいるし。

 けど……親バカなのか、この人は。相手だって、よく知った人間だろうに。

 俺の呆れ果てた視線に気付いたのか、更に言葉を重ねてきた。

 

 「お前にはまだ解らんだろうが、覚えておけ。『娘』の男など、例えどのような立派な人間だろうと気に食わんものなのだ」

 

 いや、そんな話は聞いたことあるけどさ。そこまでか?

 ……ま、いっか。それだけ母さんのことを大事に思ってくれてるってことだろうし、感謝こそすれ責めることじゃない。俺に対する睨みも解除してくれてるし。

 そもそもよく考えれば、いくらクロッカスさんが暴走気味だからって何で俺が『赤髪』の弁護をせにゃならんのだ。

 

 「それよりも……クロッカスさん、話があるんじゃなかったんですか?」

 

 俺もあるけど、クロッカスさんの話をまず聞こう……というか、俺の考えが正しければこの人がまず聞いてくる質問は予想できる。

 

 「ああ……」

 

 自分がヒートアップしていた自覚はあったんだろう、クロッカスさんは少しバツの悪そうな顔になったが、すぐに気を取り直したらしい。よかった、少し落ち着いてくれた。

 

 落ち着いて、しっかり話をしようよ。



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第88話 情報交換① ダイアルと覇気

 16年前に何があったのか、俺が知る限りのことは聞かれるままに話した。といっても、大半がこの間ミホークに聞いたことなんだけど。

 

 「ダイアル?」

 

 「はい、これです……知ってますか?」

 

 話に出て来たあの(ダイアル)を懐から取り出して見せると、クロッカスさんは懐かしそうな顔をした。

 

 「ああ、それは確かにルミナが使っていたものだな。私は直接その場面を見ていたわけではないが、ロジャーに貰ったのだと言っていた」

 

 やっぱりロジャーからだったのか。でもそれなら、俺の記憶は正しかったわけで……何で記述が見付からなかったんだろう?

 

 「日記を持っていると言ったな? 見てもいいか?」

 

 俺は頷き、船から持ち出していた日記を差し出した……持って来てたんだよ、実は。元より、望まれたならば見せようと思ってたからね。

 クロッカスさんはパラパラとページを捲り、ふとその手を止めた。

 

 「その前後に立ち寄った島から見て、時期的にはおそらくこの頃だったと思うのだが……何故ページが抜けているのだ?」

 

 広げたまま差し出されたその見開きを見て、俺は1つのことを心に決めた。

 即ち。

 

 「今度ルフィを海に沈めておきます」

 

 「何故そうなる?」

 

 何故か? それは、そこが昔ルフィの『うっかり』によってオシャカになった部分だったからだよ! そりゃあ、昔は見たことがあるのに現在は見付からないはずだよな!

 何でそんなピンポイント!? ほんの数日分だったのに、よりによって何でそこ!? どこまで神懸かり的な巡り合わせ!?

 

 「……まぁ、船長は大事にしろ」

 

 クロッカスさんは何も言わないことにしたらしい。ありがたいことだね。

 

 「考えておきます。で、話は戻しますが、結局ソレはどんなダイアルなんですか?」

 

 重ねて聞くと、クロッカスさんは少し遠い目をした。思い出そうとしているらしい。

 

 「名前は確か……中々出てこんな、年か……そうだ、パックダイアルといったか」

 

 「パック? 収納?」

 

 聞き返すと、クロッカスさんは頷いた。つまり、収納貝(パックダイアル)ということなんだろうか。

 

 「ルミナは、薬や医療道具を持ち歩くのに使っていたな」

 

 なるほど、医者だもんね……って。

 

 「このサイズで?」

 

 掌で包み込んでしまえる、小さな貝。これに何が入るっていうんだ。

 

 「使用時には、大きくなる。大体50cm四方ほどにな」

 

 う~ん、ちょっと想像がつかない……いや、俺の能力を解除した時と似たようなものなんだろうか。

 

 「ちなみに、使い方は……?」

 

 「忘れた」

 

 「オイ、じいさん」

 

 思わずツッコみました。サラッと言ったな、この人!

 

 「仕方がないだろう……私があの子がこれを使っている場面を見るときは、大体既に大きくした後だった。実際にそうした所を見たことは殆ど無いのだ。それに、もう22年以上も経っている」

 

 まぁ……その年数を言われちゃうと、何とも言えないよな……確かに22年は長い。 

 けど、なるほど。それで二枚貝の形なのか。多分、アタッシュケースみたいに開けて使うんだろう。

 

 「それに入れたものは、外界の影響は一切受けんらしい。衝撃で壊れることも、時の流れで劣化することも無いのだと言っていたな」

 

 地味にスゲェな。

 極端な話、100年前に捌かれた肉だってこれで保存していれば現在でも食べられるとか、そういうことだろ? 

 

 「それより……」

 

 俺がちょっと溜息を吐いていると、クロッカスさんが難しい顔になっていた。

 あまりにも真剣な表情をしてるもんだから、何かあったのかと俺は居住まいを正した……が。

 

 「小僧、さっき……何と言った?」

 

 さっき? さっきって……。

 

 「使い方、思い出してくれたんですか?」

 

 「いや、その後だ」

 

 その後、って…………おい、まさか。

 

 「じいさん?」

 

 言うや、クロッカスさんは少し涙ぐんだ……おいこら。

 何を感動してるんだこの人は。

 

 「……いや、すまんな。ロジャーの船に乗っていた頃、いつだったか宴の時にルミナとレイリーが話していたのを耳に挟んだことがあったんだ……あの子の子どもなら孫も同然と……それを思い出した」

 

 さいですか……何でそんなことを思い出すんだよ。ってか、どこをどうしてそんな話になったんだ。そんな風に言われたら、俺、何も言えないじゃないか。

 

 「……何なら、これからもじいさんって呼びましょうか?」

 

 言ったら、また涙ぐまれた……そこまでか!? まぁ俺としても、睨まれるよりかはよっぽどマシか。母さんの子ってことを前面に押し出して対応させてもらおうっと。

 

 

 

 

 取り敢えず、感動を噛み締めているらしいクロッカスさんは置いといて……母さんは俺に何を遺したんだ?

 このダイアルの役目が収納、つまるところ単なる鞄の1種なら、大事なのはこの貝ダイアルそのものじゃなくてその中身だろう。

 クロッカスさんは、母さんはこれを医療鞄として使っていたと言うし、海に出た子どもに薬やその他があればいいと考えても可笑しくは無いけど……ミホークは、これを受け取る前に母さんが何かゴソゴソとやっていたと言っていた。恐らくはその時に、何かを入れたんだろう。わざわざ子どもに遺そうと思う『何か』を。

 

 しかし、それにしたって妙な話だ。

 母さんが俺を大事に想ってくれてたのは、今更疑う余地も無い。けど、そこまで想ってくれてたんなら……何で託した相手がミホークなんだ? わざわざ遺したい『何か』があったんなら、祖父ちゃんにでも頼めば確実なのに。俺を受け入れて、(一応)匿ってくれてた祖父ちゃんだ、それぐらいは頼めば聞いてくれてたと思う。

 

 それが何でミホーク? あまりにも不確定要素が多すぎるだろう? 海を離れようって時に偶然出くわしたから、なんて単純な理由かもしれないけど……そもそも、俺が出会うかどうかすら解らない相手だ。

 お礼を押し付けるための方便? あり得なくは無いけど……それなら、渡す前に『何か』をわざわざ入れる必要は無いはずだ。ただ押し付ければいい。

 『それ』が俺の手に渡ったとしても、使うか使わないかは俺が決めること。そう言っていたらしいけど……母さんは何がしたかったんだ? わけが解らない。

 ……いやそれ以前に、俺がいくら考えようと解らないのかもしれない。

 何だかんだ言ったって、その時の母さんは精神的に結構切羽詰っていたというか、追い詰められていたと思う。でなければ、一足飛びに死を覚悟なんてしないだろう。そんなギリギリの精神状態、俺は経験したことがないから。

 もしもそうなのだとしたら母さんがしたことは、傍目には支離滅裂で、けど俺のことを考えてのこと……なんじゃないかと思う。

 だとしたらそんなこと……俺には解らない……。

 

 

 

 

 俺はふるふると頭を振って思考を切り替えた。

 解らないことを今考えても仕方が無い。中身が何なのか解れば、その先も少しは見えてくるはずだ。

 幸い空島には行くんだし、流石にそこまで行けばこれの使い方も解るだろう……ん?

 

 「ニュース・クーか?」

 

 空というか上空に意識を向けたら、ふと何かの気配がしたから顔を上げた。予想通り、ニュース・クーが飛んでいた。

 

 「1部買おうかな」

 

 懐から小銭を取り出して翳して見せると、ニュース・クーが降りてきた。

 金を渡して新聞を受け取りふと前を見ると、クロッカスさんがまじまじと俺を見詰めていた。

 

 「お前は見聞色の覇気でも使えるのか?」

 

 あ、それですか。

 

 「一応、少し……でもよく解りましたね、これぐらいで」

 

 ニュース・クーを見付けた、ただそれだけでそんな連想をするなんて……そりゃあクロッカスさんにしてみれば覇気は珍しいものじゃないかもしれないけど、俺は今さっきグランドラインに入って来たばかりのルーキーでしかないのに。

 俺が首を捻ると、クロッカスさんは肩を竦めた。

 

 「ルミナの資質を受け継いでいるなら、あり得ん話では無い。あの子は生まれ付きそれが使えた」

 

 あ……そういえば、そんな記述があったっけ。

 バギーとかミホークとか、話に聞く母さんがあんまりにもボケボケな感じだったから、忘れてた。

 

 「普段は完璧に押し込めていたがな。本人が言うには『何でもかんでも解ってしまうなんてつまらない』かららしいが……そのせいなのか、日常では酷い鈍感娘だった」

 

 なるほど、つまり。

 

 「それで赤っ鼻の気持ちにも気付かなかったのか」

 

 考えてみれば妙な話だもんな。心の声が聞ける人間が、あんなに解りやすい好意に気付かないなんて。

 俺が納得しているその一方で。

 

 「……バギーに会ったのか?」

 

 クロッカスさんがものすっごく微妙な顔をしている。多分、バギーが取ったであろう行動が予想できるんだろう。

 

 「はい。オレンジの町ってトコで……逆切れされましたけど」

 

 しばし、沈黙。お互い、何て言ったらいいのか解らなかった。

 話を逸らそうそうしよう。

 

 「けど、俺の見聞色は生まれ付きのものじゃないですよ? 小さい頃から頑張ったんです」

 

 思い出す、あの痛かった日々……。

 

 「頑張った? どうしたんだ?」

 

 「目隠しして、後ろからルフィとかに殴ってもらったんです」

 

 「馬鹿かお前は」

 

 馬鹿って言われた……ちょっとショック……。

 

 「でも、他にやり方が解らなかったんですよ。お陰で、ちょっとずつ気配が読めるようになりましたし」

 

 「普通はならんぞ、そんなことでは……やはり資質は受け継いでいるのか? あの子の覇気の才能は目を瞠るものがあったのだし……」

 

 そうか、普通はならないのか。我流だからメチャクチャなのは自覚してたけど、そこまで言われるなんて。

 にしても。

 

 「覇気の才能? 確か、シルバーズ・レイリーに師事してたんですよね?」

 

 医学はクロッカスさんに、覇気はレイリーに……あれ? 俺、何でレイリーは呼び捨てなんだろう? 直接会ったことが無いからかな? だから、生身の人間というよりも伝聞上の人としか思えないんだろうか?

 俺の内心なんて今はどうでもよく、クロッカスさんは頷いて懐かしむような顔をした。

 

 「武装色・見聞色・覇王色……3種類全て使えていた」

 

 …………え?

 

 「覇王色も……ですか?」

 

 「そうだ。何だ、知らなかったのか?」

 

 知りませんでした。

 日記にも、『覇気の訓練』としか書いてなかったし。武装色と見聞色のことだけだと思ってたよ。

 

 「まぁ、使うことは滅多に無かったがな。あの子が使う必要など無かったから、覇王色に関しては制御訓練程度しかしていなかった」

 

 使う必要が無い? ……そりゃそうか。

 見習いなんて下っ端が使う前に、船長のロジャーとか副船長のレイリーとかが使って敵を追っ払っただろう。それ以後にしても、船医である母さんよりも船長である『赤髪』が使うことの方が多かっただろうし…………って、ちょっと待て?

 俺……………………両親共に覇王色持ちデスカ?

 ………………どーでもいっか! だからって俺にあるわけじゃないんだし!

 持ってない覇王色よりも、持ってる見聞色について聞こう! 気になることもあるし!

 

 「あの……ちょっとお聞きしたいんですけど」

 

 俺はアーロンパークであったことを少し話した。普段は不完全にしか使えないのに、怒ったときはどうやらかなり使えていたらしいことを。

 俺としては、何かアドバイスでももらえないかな、という軽い気持ちだったんだけど。

 話を聞いて、クロッカスさんは考え込み……ふと口を開いた。

 

 「それ以前に、思い当たることは無かったか?」

 

 「思い当たること?」 

 

 「相手の行動の先が読めたり、心が読めたり、気配を察したり……つまりは、解るはずのないことが解ることだ」

 

 行動の先読み……心を読む……そういったことは、今でも滅多に無いんだよね……。

 気配を読むのはしょっちゅうだけど、それはまた別の話だろう。

 解らないはずのことが解る、だなんてそんなことは……………………………………あ。

 よくよく考えてみれば……アレも、『解らないはずのことが解った』ってことなんだろうか。



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第89話 情報交換② 覇気と手配書

 「え~っと……これはまた違う話なんかもしれませんけど」

 

 「何でもいい。取り敢えず聞かせてみろ」

 

 「俺……産まれた時のことを覚えてるんですよね」

 

 いや、覚えていること自体は可笑しいことじゃない。

 絶対に人には言えないことだけど、俺は転生者だ。自我は産まれた時……いや、それ以前からある。もっと言うなら、胎内での記憶だってあるんだし。

 

 でもあの時、周囲の状況が確認出来たのは、可笑しい。音が聞こえたのはともかく、産まれたての赤ん坊なんて目は開いてないはずなんだ。目が見えないのに、母さんや祖父ちゃんの表情とかが解った……それは、可笑しい。まさにあの時、俺自身が思ったことだ。けど、転生って特殊な状況に気を取られてて……流してしまっていた。そして今まで、忘れていた。

 

 「お前は……ルミナのことを覚えているのか?」

 

 クロッカスさんは驚愕顔である。そりゃそうだろう。自分が産まれてすぐ死んだ母親の記憶なんて、普通は無い。

 

 「ええ……とはいえ、何かがあったわけでも無いんですけど……」

 

 果たして覚えていることはいいことなんだろうか、とふと思った。

 祖父ちゃんとの言い合いはまぁ置いとくとしても、それ以外である母さんの記憶は……抱きしめられたことと、泣きそうな顔と声で只管に謝られたことだけだ。前者はともかく、後者は……キツイ。

 少し重い空気が漂ったけど、クロッカスさんはひとまずそれを流すことにしたらしい。

 

 「ならばひょっとしたら……お前はルミナと同じく、生まれ付き見聞色が使えたのかもしれんな」

 

 ………………ハイ?

 

 「いやいやいや……何でそうなるんです?」

 

 え、だって俺、最近まで全然使えてなかったんだよ?

 

 「覇気を使う上で最も大事なのは、疑わないことだ……疑えば、それが無意識に枷となる。お前は、見聞色を使うために無茶な特訓をしたらしいな?」

 

 また言われちゃったよ、無茶って。

 頷くとクロッカスさんは、自分もはっきりとは言えないが、と前置きして続けた。

 

 「特訓をしたのは、そうしなければ使えないと思っていたからだろう? それはつまり、その時点の自分には使えないと思い込んでいた、とも言える。それは疑っていた……いや、むしろ確信していたとも言える。それが枷となった。そのために特訓によって『何とかなる』と思ったことで少しずつ発動させられるようになっっていった。しかし理性が飛んだ時にその枷が一時的に取れた。そうは考えられんか?」

 

 え~と。

 

 「かなり乱暴な論理ですね……」

 

 つまり、産まれた時に周囲の状況が解ったのは目で見ていたからじゃなくて、見聞色の覇気で周囲を感じ取っていたのをまるで見ているように感じてたってことか……? 何それ、どんだけ見聞色って便利なの!? 

 で、俺はなまじ覇気に関する知識があったがために『そんなの使えるわけない』と思い込んで封印してしまった、と……そういうことですか?

 

 俺、何と言っていいのやら。 

 けど、もし本当にそうだとしたら……どうしたらいいのかね?

 戦争にでも出るか! 原作コビーみたいに目覚めるかも!

 ……どうやって戦争になんて出るんだよ。頂上戦争で目覚めても遅いんだよ。

 そもそもコビー、何で頂上戦争時に見聞色に目覚めたんだっけ? 確か、極限状態に置かれたせいだったっけ?

 俺が出会えそうな極限状態……青キジにでも挑むか?

 ダメだな! 殺される自信がある! 何て情けない自信だろうね!

 うん、却下しようそうしよう忘れるんだ。

 クロッカスさんの推論が当たってたとしても……そんな無意識リミッター、自分ではどうにも出来ない。だってここ数年は、『見聞色を使えるようになってきた』って思ってたのに、それでも完璧じゃないんだよ? どうすればいいのさ……。

 聞いてみたら、クロッカスさんは肝心の覇気習得方法までは知らないらしいし。武装色とか知りたかったのに。

 

 けどまぁ、本当に知らないことを聞き出そうとしても無理な話だ。

 取り敢えず気になってた見聞色に関しては乱暴ながらも一応はアタリがついたことだし、それをこれから考えよう。

 

 

 

 

 ハァ、と溜息をついてクロッカスさんに淹れてもらってたお茶を手に取った……淹れてもらってたんだよ、実は。茶菓子は無いけど。

 もっと詳しく言うなら、机を挟んでイスに腰掛けて向かい合ってる。

 さっきニュース・クーから買った新聞は後で読もうと思って机に放ったら、中からバサリと何かが落ちた。何か、とは言っても、このシチュエーションじゃ手配書でしかないだろう。

 

 手配書……手配書か。それに関しても気になってることはあるんだよな。

 母さんの『ALIVE』……俺に直接の関わりは無いだろうし、当の母さんが死んでしまっている以上は今さら気にしてもどうにもならないことだろうけど……やっぱり、気になるものは気になるよね。

 そんなことをぼんやり考えながら、聞こうかどうしようか迷ってる間に、クロッカスさんが落ちた手配書を拾ってくれていた。そして、それをチラッと見て……微妙な顔をした。

 

 「これは、お前じゃないか?」

 

 あぁそう、俺の手配書……って、俺の手配書!?

 え、この前3000万で手配されたばっかなんだけど!? まさかまだあの時の新聞持って彷徨ってるニュース・クーがいたのか!?

 

 「まさか。俺はこの前、初頭手配されたばっか……で……」

 

 受け取って見たけど……それは確かに似てない似顔絵が描かれた俺の手配書だった……しかも、手配額が上がってるし……うん。

 何で!? 次に手配されるとしたらアラバスタの後だろ!?

 

 「!」

 

 まさかと思って新聞を振ってみると、落ちてくる手配書がもう1枚……それを確かめて、俺は頭痛がしてきた。

 

 「ルフィもかよ……」

 

 そう、それはルフィの手配書だった。しかも、こっちも手配額が上がってる。

 新たな手配書では。

 

 

 『麦わら』 モンキー・D・ルフィ  懸賞金6000万ベリー

 『紅髪』 モンキー・D・ユアン  懸賞金5000万ベリー

 

 

 グランドラインに入って早々、一味のトータルバウンティが億を超えちゃったな! しかもルフィ、既にベラミーを越えたな!  ……いやいや、そんなこと言ってる場合か!?

 何で!? 俺たち何かした!? しかも何で俺の方が上がった幅がデカイ!?

 ………………って。

 スモーカー倒しちゃいましたね、そういえば……。

 

 原作でルフィたちがスモーカーを振り切れたのは、あくまでもドラゴンの助力があってのことでスモーカーに勝ったからじゃない。でも、俺たちは勝っちゃった。

 確か、億を越えたら将官クラスが出張ってくるんだっけ? 将官以下の最高位は大佐で、スモーカーも東の海にいたけど本部大佐……そりゃ額も上がるか……。

 でも、それを言ったらゾロだってたしぎを倒したのに。曹長ぐらいじゃまだ手配されないってことか?

 しかもその時やったことといえば。

 

 ルフィ→スモーカーを1発ぶん殴った。

 俺→海楼石の手錠をかけた・十手を盗んだ(しかも海楼石入り)・スモーカーを殴打した。

 

 俺の方が色々やらかしちゃってた!!

 うーわー……どーしましょー……。

 ……別にいいか! 海賊が高額手配されたって嬉しいだけだ! 後でルフィにも教えてあげよう。

 

 「問題ありません」

 

 「無いのか」

 

 「はい」

 

 クロッカスさんはすっごい微妙な顔だけど、気にしない!

 よし、こうなったらついでに聞いちゃおう! 

 ええ、話を逸らす気ですが何か?

 

 「手配書といえば……どうして母さんは『ALIVE』で手配されたんですか?」

 

 聞くと、クロッカスさんはまた真面目な顔になった。

 

 「聞きたいか?」

 

 「そりゃあ、まぁ……気にはなりますね」

 

 答えるとクロッカスさんは少し考えてたみたいだった。表情から察するに、恐らくクロッカスさん自身も考えを纏めているんだろう。けど、やがて口を開いてくれた。

 

 「ふむ……結局のところ、あの子がガープの娘だったから、かもしれんな」

 

 ……ハイ?

 

 「孫のルフィや俺は普通に手配されてますよ?」

 

 素性を明らかにされてないドラゴンはまた別の話としても、ルフィも俺もこうやって普通にフルネームで手配されている。

 クロッカスさんはその質問に答える前に、ルフィの手配書を見てちょっと驚いていた。

 

 「あの『麦わら』もガープの孫だったか。しかし……」

 

 首を捻っている様子を見るに、関係性がイマイチ掴めてないんだろう。

 

 「ルフィと俺は、従兄弟ですよ。年はルフィの方が1つ上……ちなみに、義兄弟でもあります」

 

 そういえば言ってなかったもんな、この話。

 

 「なるほど。そういえばルミナは、兄がいると言っていたな」

 

 クロッカスさんは納得してくれたらしい。

 

 「しかし、それとこれとは話が違う」

 

 それはそれとして、話は続いた。

 

 「お前たちには、言ってみれば利用価値が無い。しかしルミナにはあった。もしも捕えて海軍や世界政府に協力させれば、大きな力になっただろう……ただの海賊娘ならそんな話にはならなかっただろうが、海軍の英雄であるガープの娘であるがために、交渉の余地ありと判断されたのだ。」

 

 なるほど……だから、母さんはミホークにあんなことを言ったのか。取引に応じる気はないから、その内インペルダウン送りや公開処刑になるかもしれないって。取引のために生け捕りに拘ったから、その取引に応じないなら他の海賊と同じ扱いになるってことなんだろう。

 けれど、利用価値、というと……。

 

 「治癒能力のことですか?」

 

 手足が吹き飛ぼうと、内臓が破裂しようと、死んでさえいなければ即座に復活させることが出来た治癒能力。それは軍にしてみれば喉から手が出るほど欲しいものだっただろう。

 しかし、クロッカスさんの返答は少し違っていた。

 

 「それもある……が、それだけではない」

 

 クロッカスさんも言葉を選んでいるようだ。

 

 「あの子は子ども好きな子だった……自分の子なら尚更だろう。確かに海軍や世界政府を嫌ってはいたが、単なる医療従事ならばお前のために取引に応じただろう。子どもを1人にしないためにな。一言取引に応じると言えば、当然手配は失効になっていただろうから、そうしたらルミナは海賊娘ではなく英雄の娘だ。対外的には、海賊に人質として捕まっていたとでも言えばいい。海賊の子というレッテルを気にする必要など無くなる。父親に関しては、その気になれば誤魔化しもきく」

 

 まぁ……そりゃそうだろう。産まれる前から、俺がこんな顔を持ってるって知ってたわけじゃないんだし。

 あれ? でも……。

 

 「英雄の娘って……母さんが祖父ちゃんの娘だってことは、世間一般には明かされてないですよね?」

 

 手配書にだって、母さんは『ルミナ』としか書かれてないし。

 ダダンですら、その事実を知ったのは祖父ちゃんが俺を連れてきた時だって言っていた。そりゃあ、流石に海軍上層部には知られてるだろうけどさ。

 クロッカスさんは頷いた。

 

 「ああ、それはそもそもはルミナが名乗らなかったせいだな。本人が言うには、『家出した時点で姓は捨てた』らしいが……本人なりに、海賊の世界に飛び込む覚悟を決めたつもりだったのだろう」

 

 母さん……何かが根本的にズレてるよ……。

 

 「海軍側としても、その方が都合が良かったようだがな。取引があまり表立って言えない内容である以上、下手にガープとルミナの関係を取り沙汰されて『ALIVE』の理由がガープの娘恋しさのせいだと勘ぐられれば海軍の印象が悪くなりかねなかったのだし」

 

 いや、表立って言えない内容の取引って……どんなだよ。

 

 「でも、だとしたら……軍や政府は母さんに何をさせようとしてたんですか?」

 

 覇気と治癒能力。母さんがそれ以外の能力を持っていたとは聞かない。しかし、クロッカスさんは難しい顔になった。

 

 「例えば……」

 

 言おうか言うまいか、悩んでいるらしい。

 

 「例えば、もしも目の前に、世界最強の大海賊でも防ぐ術も無く殺せてしまえる兵器があったら、政府はそれを放っておくと思うか?」

 

 ……ん?

 

 「何です、それ。まるで母さんが兵器だったみたいに」

 

 冗談めかして返したけれど、クロッカスさんは難しい顔を崩さなかった。

 

 「あの子は人間だ……しかし同時に、世界を滅ぼせた」

 

 「……母さんって、古代兵器だったんですか?」

 

 え、まさかのウラヌス?

 

 「そうではない。古代兵器や『白ひげ』の能力のように、直接的な攻撃力があったわけではない……が、この世界を動かしているのが生物である以上、あの子の能力を持ってすれば、それを壊すことは充分可能だった。島も建物も一切傷付けず、ただそこにある生物の命のみを刈り取ることが可能だった」

 

 「……つまり、どういうことですか?」

 

 「…………解らんのならば、知る必要は無いだろう」

 

 え、ちょ、ここまで言っといて!?

 俺のショック顔に気付いたのだろう、クロッカスさんは嘆息した。

 

 「当のルミナは、もうこの世にいないのだろう? 誰がどれだけ狙おうと、どうしようもあるまい」

 

 いや……そりゃそうなんだけど。

 

 「ましてや、お前がそれを知りたいと思うのが単なる好奇心ならば……やめておけ。知ったからとてお前が悩むようなことでもあるまいが、気分のいいものでもない」

 

 確かに、好奇心以外の何物でもないけど……俺に直接関わらないなら、知ってもいいんじゃないか?

 もったいぶってるわけじゃないだろうけど……何だろう、嫌な予感がする。

 まるで、このことで何かが起こるかのような……。

 

 

 

 

 俺のこの予感が当たってしまうのは、これよりずっと後のことになるけれど……この時の俺に、それを知る術は無かったのだった。



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第90話 欲しい物

 突然だけど、クロッカスさんは医者である。

 だから、持っているかどうか聞きたいもの……もっと言えば、持っているなら譲ってもらいたいものが2つある。その内の1つはまだ口には出せないけど、もう1つはこの時点で聞いても問題ないだろう。

 

 「ドラム王国への永久指針?」

 

 「はい。俺たちには船医がいなくて……出来れば、勧誘したいなって」

 

 「なるほどな……確かに持っている。1つやろう」

 

 よっしゃ! 医者であるクロッカスさんなら医療大国ドラムの永久指針を持ってるかなと思ったけど、当たりだった!

 もう1つの方は……まだ口には出せないな。まぁ持ってるかどうかも解らないけど。

 そしてクロッカスさんは永久指針を持ってきてくれたけど……何だか複雑な表情をしていた。

 

 「どうかしたんですか?」

 

 「いや……昔を思い出してな。昔、ルミナにもドラム王国への永久指針をやったものだ。医療大国に興味があったようだからな」

 

 あぁ……そういえば、ドラムに行ったって日記にも書いてあったっけ。Dr.くれはやヒルルクにも会ったとか、王子サマがダメダメだとか……その王子って、ワポルのことだよね?

 俺がワポルのアホ面を思い出していると、ルフィの声が聞こえてきた。

 

 「んん! よいよ! これがおれとお前の戦いの証だ!」

 

 あ、終わったのか、ラブーンのペイント。なら俺も、あの新しい手配書のことでも伝えに行くか。

 

 

 

 

 間近に見たラブーンの『証』は、ウソップが手伝っただけのことはあるというか、結構イイ感じだった。

 

 「おれたちが戻ってくるまでに、頭ぶつけて消したりするなよ!」

 

 ルフィの言葉にラブーンは返事を返す……本当に賢いな。何にせよ、これでラブーンの自傷行為は止まるはずだ。

 さて、問題の手配書だけど……。

 

 「おー、上がった!」

 

 やっぱりというか何というか、ルフィは喜んでいる。

 にしても、今の時点で6000万なら頂上戦争の頃はいくらになってるんだろうね?

 それも気になるけど、今はそれ以上にエレファント・ホンマグロの方が気になってたりする。サンジが調理してるはずだけど、どんな味なんだろ。

 

 「あーーーーーーー!!!」

 

 ナミの絶叫が聞こえたから様子を見に行ってみると、コンパスを見て固まっていた。

 

 「コンパスが壊れちゃった! 方角を示さない!」

 

 その発言に、一緒にこっちに来ていたクロッカスさんが呆れ顔になった。

 

 「何だ、記録指針のことを話していなかったのか?」

 

 聞かれたので苦笑いで頷くと、溜息を吐かれた。いや……何となく、タイミングが無くてさ。

 

 「記録指針(ログポース)?」

 

 聞き慣れない単語に、ナミが首を捻っている。と同時に俺に向けられる視線。その目が雄弁に語っていた……『ちゃんと説明しろ』と。

 

 「グランドラインは、点在する島々が多くの鉱物を含んでいるせいで常に磁気異常を起こしてるんだ。だから、コンパスは正確に方角を示さない。ついでに言えば、グランドラインは天候も海流も風も恒常性が無い……怖いだろ?」

 

 正直、目的が無ければ絶対にお近付きになりたくない海である。ナミもその意見には頷いた。 

 

 「そうね……海で方角を見失えば死ぬわよね」

 

 「そこで必要になるのが記録指針なんだ」

 

 どん、と無駄にカッコつけて言ってみました。

 

 「記録指針……聞いたことないわ」

 

 まぁ、それはそうだろう。グランドラインの外での入手は困難なんだし。

 ちなみに余談だが、この話はルフィとある意味で戦いながら進められている。何故か?

 ……放っておくと、コイツが折角のエレファント・ホンマグロを食い尽くすからだよ! なので俺は現在、ナミと話しつつもコッソリと自分の分を取り分けている。後で食べるんだ。

 

 「グランドラインの島は多くの鉱物を含むって言ったけど、そのせいかある種の法則に従った特殊な磁気を帯びてるんだ。その島と島の間で引き合う磁気を記録させて航海の指針とする。それが記録指針の役割だよ。知らなくても仕方が無いんだけどね。グランドラインの外での入手は困難なものだし」

 

 「つまり、変なコンパスか」

 

 エレファント・ホンマグロの鼻を齧りながらルフィが口を挟んできた。

 

 「うん、まぁそうだね。もっと言うなら、さっきルフィが甲板で拾ってたアレが記録指針だ」

 

 「? これがか?」

 

 言ってルフィが取り出した記録指針。

 

 「何でアンタが持ってるのよ!」

 

 そして何故か、ナミにノリで殴られるルフィ……ご愁傷様。

 当然それは、あの2人組の持ち物である。

 

 「文字も何も書いてないのね」

 

 上から下から横からと観察するナミがポツリと呟いた。

 

 「まぁ、島の方向を示しているだけで、東西南北を示すわけじゃないからね」

 

 実際、不要だよね。記録指針に文字盤とか。

 

 「グランドラインの航海では、頼りになるのは唯一、記録指針の指し示す方角のみ。航海の初めは、このリヴァース・マウンテンからの……7本、でしたっけ?」

 

 ちょっと本数があやふやだったからクロッカスさんに確認してみたら、黙って頷かれた。

 

 「その7本の中から1本の航路を選ぶんだけど、それらの磁気はやがて引き合い、1本の航路に結びついてグランドラインを1周する。そして、グランドラインで最後に辿り着く島の名が、『ラフテル』。歴史上でも、その島を確認したのは海賊王の一団だけと言われてる」

 

 「海賊王の一団……」

 

 ナミの呟きに反応し、未だにエレファント・ホンマグロに夢中なルフィ以外のこの場にいるメンバー……ナミ、ウソップ、サンジがクロッカスさんを見た。

 

 「おい、じいさん! そこにあんのか、ワンピースは!」

 

 ウソップが興奮したようにクロッカスさんに詰め寄った。

 

 「……さァな。その説が最も有力だが、誰もそこに辿り着けずにいる」

 

 クロッカスさんが本当に知らないのか、それとも知っているのか。それは解らないけど、上手いことボカしてくれた。

 

 「じゃあユアン! お前は何か知らないか!?」

 

 ウソップは随分と興奮しているらしく、俺に話を振ってきた。

 

 「あのなァ……いくらグランドラインの基礎知識があるとはいえ、流石にラフテルのことなんて俺が知ってるわけないだろ? 海賊王のクルーだったんじゃないんだから」

 

 肩を竦めながら呆れたように言うと、ウソップはあっさり引き下がった。そりゃそうだろう。グランドラインについて多少知ってるだけの俺に拘らなくたって、海賊王の船に乗っていて色々知ってるであろうクロッカスさんが目の前にいるんだし。

 

 それに実際、俺はラフテルやワンピースのことなんて知らない。母さんの日記でもそこら辺の部分は喪失していたし、俺の知る限りでは原作もそこまで行ってなかった。

 俺に聞くのは早々に諦めたウソップだったけど、その分クロッカスさんに食い付いていた。

 

 「じいさん、もったいぶるなよな! いいじゃねェか、それぐらい教えてくれたって!」

 

 「ウホッフ!」

 

 ウソップがさらに踏み込もうとしたのをルフィが遮った……けどな。

 

 「口の中を空にしてから喋りなよ」

 

 ビヨンと、風船のように膨らんだルフィの頬を引っ張らせてもらいました。

 ルフィはもぐもぐと咀嚼して口一杯に頬張っていたエレファント・ホンマグロを飲み下す。

 

 「プハァ……ウソップ! それ以上聞くな!」

 

 「何でだよ! そもそもワンピースは実在するかも解らないって言われてる代物だぞ!」

 

 「花のおっさんに答えだけ聞いても、つまんねェだろ! ここでおっさんに何かを教えてもらうぐらいなら、おれは海賊をやめる! つまらねェ冒険なんて、おれはしねェ!! あるかどうかは、行けば解るんだ!」

 

 どキッパリとした宣言に、ウソップが怯んだ。そして渋々引き下がる。

 何と言うか……ルフィはやっぱりルフィなんだね。色んな意味で。

 

 「うん、ルフィ。お前のその姿勢は俺も好きなんだけどね? もう少し周りをちゃんと見ようよ」

 

 言って指差したのは、空になった皿……ただし、俺の分は先に取ってあったので無事だ。けどそれ以外は全滅。

 

 「骨まで無ェし!」

 

 ウソップは目玉が飛び出そうなぐらいに驚いている。しかし、ある意味サンジが受けたショックはそれ以上だったみたいだ。

 

 「クソゴム……おれは……ナミさんに食ってもらいたかったんだァ!!」

 

 ……当のナミは、記録指針の観察に忙しくてエレファント・ホンマグロに興味無いみたいだけど。そして、その傍らで今度は俺が1人黙々と食べてるけど。

 

 そして悲劇が起こった。

 

 「げふっ!」

 

 ルフィが怒れるサンジに蹴り飛ばされ……運悪く、ナミが腕につけていた記録指針が割れた。

 

 《………………》

 

 一同、沈黙。

 

 「……あんたら」

 

 ナミのどこか静かな声に、サンジが何故か嬉しそうに目を♡にさせて振り向いた……が。

 

 「海で頭を冷やしてこい!!」

 

 ルフィと揃って、海に蹴り落とされていた。哀れなり、ラブコック。

 

 「どうすんのよ、記録指針はグランドラインでの命綱なんでしょ!?」

 

 「大丈夫、俺も1個持ってる」

 

 「持ってんのか!」

 

 半ばパニックに陥っていたナミに、ポケットから取り出した記録指針を見せたら殴られた……ノリって怖い。

 

 「どうして持ってるのよ、そんなの」

 

 その疑問は当然だろう。グランドラインの外での入手は困難だって、さっき俺が自分言ったんだし。

 

 「いずれグランドラインに入ることになるってのは、解ってたからね。ある海賊から奪ったんだよ」

 

 「ある海賊?」

 

 きょとん顔で聞き返すウソップに、俺はイイ笑顔で返した。

 

 「懸賞金1500万ベリーで、赤っ鼻でデカっ鼻で、『ハデに』が口癖の海賊」

 

 当然、そんな特殊な条件に当て嵌まる海賊は1人しかいない。

 

 「………………奪ったのか、そいつから」

 

 クロッカスさんがもの凄くビミョ~な顔をしている。それが誰だか解るからだろう。

 

 「はい、奪いました」

 

 「……バギー……とことん報われんやつだ……」

 

 クロッカスさんが何かを小声で呟いてたけど、声が小さすぎて詳細は聞き取れなかった。予想はつくけど。

 それにしても、この親バカドクターが純粋に同情するなんて……バギー、よっぽど脈ナシだったんだな!

 

 「じゃあ、今まで何でそれを言わなかったの?」

 

 記録指針を受け取りながらも、ナミは腑に落ちない様子だ。

 

 「グランドラインに入ったら言おうと思ってたんだよ。でもルフィが別のを拾ってるのを見たからさ、これは予備としてでも置いとこうかとも考えたんだけど……早速の出番だったけどね。あ、エレファント・ホンマグロ、食べる?」

 

 ナミとウソップに皿を差し出した。

 結構美味いよ、エレファント・ホンマグロ。2人も舌鼓を打っている……ついでと言ってはなんだけど、クロッカスさんにも少しあげた。

 

 「それなら、私の物も1つやろう。備えあれば憂い無しとも言うしな」

 

 クロッカスさんのご厚意により、さらにもう1つ記録指針を受け取ることになったのだった。

 

 

 

 

 そしてそんな最中、海の方では何かの爆音がした。明らかに怪しいけど……まぁ俺たちには関係無いからどうでもいい。

 それからさらに少し経つと、海に落とされたサンジがあの2人組を連れて来た。ちなみにルフィは、未だに目を回している。

 ……俺も後であいつを少し海に沈めようと思ってたけど、やめとこう。何だか可哀相になってきた。

 

 2人組は、自分たちをウィスキーピークにまで連れて行って欲しい、と言ってきた。

 疑問なのは、何故その2人との交渉を俺がしてるのかってことなんだけどね。船長が目を回してるからか?

 

 「随分と虫がいいよな、あれだけの啖呵を切っといて……『田舎海賊』、だっけ? それに、ラブーンのことだって殺そうとしたくせに」

 

 正座している2人は、何も言わない。ウソップが、お前らは何者なのかっていう基本的な事柄を聞くと。

 

 「王様です」

 

 Mr.9が答えた。

 ……コイツ、これをマジで言ってるんだろうか。

 俺は溜息を吐いた。

 

 「まぁ、お前らの記録指針を俺たちが拾っちゃった以上は、頼まざるを得ないよな」

 

 「でもあんたたちの記録指針、壊れちゃったわよ?」

 

 ナミが綺麗に割れている記録指針を見せながらからかうと、2人は激昂した。

 曰く、下手に出てりゃ調子に乗りやがって、らしいけど……別に、調子に乗ってたつもりは無いのに。

 元々は自分たちのものだった記録指針を壊されて憤慨している気持ちは解る、解るけど……だからって、許せることと許せないことがある。

 

 「あのバズーカのことだってそうだ! 返せ、チビ!」

 

 ………………あはは、コイツ何を言ったのかな。

 

 「ぐふ!!」

 

 「Mr.9!!」

 

 ビビが悲鳴を上げたけど、何てことは無いよ? ただちょっと、正座状態だったMr.9の頭に踵落とししてそのまま踏み付けてるだけだよ?

 

 「チビ? チビって言った? それって人に物を頼む態度じゃないよねェ?」

 

 落ち着け俺。ここは冷静に、出来るだけ穏便な空気で諭すんだ。

 

 

 

 

 ≪暫くお待ち下さい (自主規制中) ≫

 

 

 

 

 

 「皆さんと同じ大地を歩いてすみません………………」

 

 あれ? 俺はちょっと説教しただけなのに、何でMr.9は滝の涙を流しながら地面とお友だちになっているんだろう?

 

 「お前、久々に毒を吐きまくったなー」

 

 いつの間にか目覚めていたルフィに呆れたような視線を向けられた。やりすぎたか? ……でも、ルフィも止めなかったんだし、言うほど酷くはなかったんだろうと思う。多分。

 

 「大丈夫だ、問題ない……で」

 

 俺がふとMr.9から少し離れたところに座っているビビに視線を向けると、何故かビクリと肩を震わせていた。

 

 「ご、ゴメンナサイ!」

 

 「………………何が?」

 

 え、俺ってば、何かビビに謝られるようなことされたっけ?

 ……ダメだ、やっぱり思い付かない。スルーしよう。 

 

 「壊れたのはあくまで君たちの記録指針であって、俺たちは他にも記録指針を持ってる。ウィスキーピーク、行きたいのか? 行きたくないのか?」

 

 聞くとビビは、ハッとしたように顔を上げた。

 

 「い、行きたいです! 船に乗せて下さい!」

 

 ……何で敬語? 君って王女様だよね? ま、いっか。

 

 「だ、そうだけど。どうする、ルフィ?」

 

 これでメリー号の進む航路が決定するんだ。それは船長が決めることである。

 

 「いいぞ。乗っても」

 

 特に考えることも無く、ルフィはあっさりと引き受けたのだった。

 

 

 

 

 さて。次の目的地がウィスキーピークに決まったことだし、クロッカスさんにもう1つ聞きたいことがある。

 だから記録を貯めるまでの間にまたクロッカスさんと2人きりになったんだけど……何だろう、この微妙な空気は。

 

 「……俺の顔に何か付いてますか?」

 

 あんまりにもジィっと見られるもんだから、ちょっと聞いてみた。

 睨まれてるわけじゃないんだけど……何となく、居心地が悪い。

 

 「いや……お前には確かにルミナの血が受け継がれているのだな、と思っただけだ」

 

 ……え? 何が?

 クロッカスさんは、懐かしむような頭痛を抑えているような、そんな微妙な顔である。

 

 「あの子も本気で怒るとお前と同じように、穏やかな笑顔と共に淡々と毒を吐いて相手の心を殺していた……ロジャーですら、それからは逃れられなかった」

 

 海賊王も!? ある意味スゲェ!

 

 「特に、平均よりも低い身長を気にしていたな……」

 

 うわ、他人とは思えない! って、母さんなんだから赤の他人じゃないか。

 いや、それよりも聞くべきことがある。

 ってか、これ以上聞きたくない。母さんが低身長だったとか、聞きたくない。俺のこの身長が遺伝のせいだなんて、思いたくない。

 

 「それより、俺たちの航路はウィスキーピークに決まったわけですけど……そこからログを辿ると、次に行き着くのはリトルガーデンですよね?」

 

 聞くとクロッカスさんはちょっと驚いたみたいだった。

 

 「知っていたのか?」

 

 「まぁ、ちょっとは調べましたから。でもそこって、太古の島でしょ? しかもジャングルらしいですし……ケスチアとかが残ってたりしたら、洒落になりませんよね? 抗生剤とか持ってませんか?」

 

 聞くとクロッカスさんは、大きく頷いた。

 

 「そうだな、病はバカに出来ん……確かに持っている。少し待て、他にも役に立ちそうな薬をやろう」

 

 よっしゃ、あった! 昔はこの岬で診療所を開いていたらしいから期待してたんだけど、本当にあるなんてな。

 永久指針、抗生剤……欲しかった2つが手に入るなんて、幸先がいいかもしれない。しかも、他にも色んな薬のオマケつき。優しいな、クロッカスさん。ありがとう。

 

 

 

 

 リトルガーデンでのケスチア感染は、避けてはいけない。むしろ、何が何でも成就させなきゃいけない。

 何しろ、チョッパーを仲間にするにはドラムへ行かないといけないけど、アラバスタへと急いでいる道中なんだ。そんな中で自然な形で寄り道するには、病人が出るのが1番手っ取り早い。しかも、ケスチア……五日病のように、普通の治療では治せずに特別な処置が必要な病気は打ってつけ。

 けれど、リスクは当然ある。もしも何らかの想定外の出来事が起こってドラムへ行くのに手間取れば、下手をしたらそのままお陀仏だ。それは避けたい。

 万一の時のために、抗生剤があれば安心だ。

 

 まぁ、そうしたらドラムへ行く口実を失いかねないから、にっちもさっちもいかないって状態になるまでは口外しないけどね。



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第91話 ウィスキーピーク

 ありがたいことに、クロッカスさんにはケスチアの抗生剤の他にも色んな薬をもらった。主に伝染病の薬だ。例を挙げるなら、コニーネかな。ほら、ノーランドも言ってた樹熱の薬。使うことがあるかどうかは解らないけど。

 そのご厚意を無駄にはいたしません。以後気を付けます。

 

 ウィスキーピークへの記録もたまっていよいよ出航というときになって、クロッカスさんは半ば呆れたように最終確認をしてきた。折角の航路をそいつら(Mr.9&ビビ)のために決めていいのか、と。

 それに対して、ルフィは何の気負いも無くケロッとした顔で答えた。

 

 「気に入らなかったらもう1周するからいいよ」

 

 それでクロッカスさんは納得してしまったらしく、もう何も言わなかった。

 

 「それじゃあ、じいさん。色々ありがとうございました」

 

 話を聞かせてくれたり、永久指針や薬をくれたり。本当に、お世話になった。次に会うことが出来るのは、このグランドラインを1周してきた時だろうか。

 

 「ああ、行ってこい……怒るのは自重しろ」

 

 いや、そう言われても。

 どうでもいいことだけど、俺はまだあの2人……特にMr.9にすごく怯えられている。そこまでだったのだろうか。

 

 「行ってくるぞ、クジラァ!!」

 

 その呼びかけに、ラブーンも吼えて応えた。

 俺たちはクロッカスさんとラブーンに見送られて、双子岬を後にしたのだった。

 

 

 

 

 双子岬を出てしばらく航海すると、気候は冬になった。

 甲板には雪が積もってるけど……実はまだゾロがそこで寝てたりする。丈夫なもんだ。

 真っ白な雪にルフィとウソップは大はしゃぎで遊んでいる。雪像を作っているけれど、上手い下手がはっきり分かれている。それにしてもウソップ、美術の素質がありそうだな。絵も上手いし。

 俺はというと、ナミやビビと一緒に船内にいる。

 

 「何でいきなり冬になんてなるのよ……」

 

 ナミは文句を言いながらも、記録指針から目を離していない。この海……特にこの1本目の航路の異常さは出航直後に話しておいた。

 だって、後になって180°旋回させるのなんて面倒くさいし。

 

 と言っても、今は俺が舵を握ってるんだから、面倒くささはあんまり変わらないんだけどね……気を付けないと。もうじき船医代理もようやく返上できると思ったのに、うっかりしてたら操舵手代理にされかねない。むしろ、そのまま操舵手を押し付けられるかも。麦わらの一味に操舵手っていなかったし。

 

 「冬ならまだいいじゃん。上に着ればいいだけだし。夏だったら脱ぐのにも限界がある」

 

 俺としては、夏よりも冬の方が好みだ。けれど、ナミにはジト目で見られた。

 

 「こんな寒さの中でそんな薄着してるヤツには解んないわよ!」

 

 ……俺、そこまで薄着かな? 普通にシャツとズボンとコートなんだけど。確かに毛布に包まってるナミやビビよりは薄着だけど、外で遊んでるルフィやウソップよりは厚着してるぞ?

 あぁ、でも。

 

 「ナミさん、恋の雪かきいかほどに♡」

 

 同じく外にいて雪かきをしてるサンジよりは薄着かもね。

 

 「止むまで続けて、サンジ君!」

 

 「イエッサー♡」

 

 目を♡にして精力的に雪かきするサンジに、ナミは素で酷かった。まぁ、本人が喜んでるみたいだからいっか。

 

 「あのー、もう雪かき終わらせてもよろしいで」

 

 「何か言ったか?」

 

 「何でもありません!」

 

 サンジと同じく雪かきをしているMr.9が何かほざこうとしたみたいだけど、聞き返したら何でもないって返された……あぁ、あいつも俺より薄着だな。

 だってしょうがないじゃん、この船にあいつのための防寒具なんて無いんだし。

 え? いや、別に俺、あいつに雪かきしろなんて言ってないよ? ただ、居候なら何か役に立つことぐらいして欲しいって言っただけで。雪の中、あんな薄着で雪かきしろなんて一言も言ってないよ?

 

 でも雪かきって重労働なんだな。この雪の中をあんなに薄着でいるのに、Mr.9は結構汗を掻いていた。でも顔色も悪いから、気を付けないと風邪を引くだろうね。

 俺がちょっとMr.9の行動について疑問を抱いていたら、目の前にスッとカップが差し出されてきた。

 

 「どうぞ、温かいお茶です」

 

 ……ビビ、何かゴソゴソやってると思ってたら、お茶を淹れてたのか。王女様が自主的にお茶汲みするなんて……何でそこまで? しかも、まだ敬語だし。何がどうしてこの2人はこうなった? 原作でのふてぶてしい態度が微塵も見られないんだけど……。

 けどまぁ何にせよ、ありがたいことはありがたい。

 

 「ありがとう」

 

 受け取って飲んでみると、ミルクティーだった。いいよね、ミルクって。牛乳!

 ちなみにビビは、他のみんなの分も淹れてくれてたらしい。俺とナミ以外は外にいるから飲んでないけど。

 でも、飲めるころには冷めてるだろうな。だって……。

 

 「おーい、風が変わったぞ!」

 

 外からウソップが言うので出てみたら……うん。

 

 「春一番だな」

 

 「何で!?」

 

 暖かく爽やかな空気に和んでいたら、ナミが絶叫していた。多分、航海士としての常識がことごとく粉砕されている真っ最中なんだろう。なまじ優秀なだけに、理解の範疇を超えているんだろう。

 

 そこからはもう、てんやわんやだった。

 ゾロは起こしても起きないし、氷山に船がかすって水漏れするし、不意に強風が吹くし、帆は破れそうになるし……とりあえず、こんな状況下で『イルカが見えたから行ってみよう』とかほざいたアホゴムは5、6発殴っておいた。

 意外にも、Mr.9が随分と一生懸命働いていた。根は真面目なんだろうか。

 そんな騒動がいくつも続き、落ち着けたのは気候がポカポカとした陽気な感じになった頃だった。

 

 「ん~~~~」

 

 あ、ゾロがようやく目を覚ました。

 

 「おいおい、いくら気候がいいからってダラけすぎだぜ?」

 

 ルフィと俺以外の全員が疲労困憊して倒れているのを、ゾロはダラけていると判断したらしい。

 ちなみに何故俺がダウンしてないかというと、俺が何かしようとする度にMr.9が率先してその何かを引き受けてくれたからだ。途中で出された賄いも、自分の分を譲ってくれたし。お陰で多少は楽が出来たけど……本当に、何でこうなったんだろうね?

 

 「ん? 何でこいつらがこの船に?」

 

 Mr.9とビビを見付け、ゾロは首を捻っている。思えば、双子岬で2人が頼み込んで来た時にもゾロは寝てたっけ。

 2人を町に送る途中だ、とルフィが答えたことでゾロは一応納得したらしい。ゾロって、結構ルフィの決定には黙って従うよな。

 それでも、2人をニヤニヤとした悪人面で見て苛めてる。

 

 「おーおー、悪ィこと考えてる顔だな」

 

 ……それはお前の顔だと思う。2人に名前を聞くゾロは、絶対にもう気付いてるよな。バロックワークスのこと。

 あ。

 

 「!!」

 

 ゾロが思いっきりナミに殴られた。何だろう、ナミの後ろに業火が見えるような気がする。

 

 「……大丈夫か?」

 

 3段コブを作ってるゾロがちょっとばかし哀れに思えて、俺は保冷剤を進呈した。

 

 「大丈夫に見えるか? 何なんだ、いきなり……」

 

 「あれだけ騒いでたのに起きなかったお前が悪い。何度も起こしたんだぞ、一応」

 

 事実である。途中で見切りをつけたけど。

 ゾロはちょっと微妙な顔をした。

 

 「何だと? ……だからって殴る事ァ無ェんじゃねぇか?」

 

 それはそうかもしれないけど、俺は肩を竦めた。

 

 「俺に言うなよ」

 

 だって俺は1発もやってないし。

 

 「……それもそうだな。あぁそうだ、忘れるとこだった」

 

 言ってゾロは懐から、札束を取り出した。

 

 「クロの武器……『猫の手』だったか。あれを売った金だ。新しい刀はタダで手に入ったからな、丸々残ってるぜ」

 

 あ、やっぱりタダでもらってきたのか、その2本。

 受け取った金は、結構な金額だった。やっぱり『猫の手』は結構珍しい1品だったのかな。

 ……あれ、何だろう? 何かを見落としているような……嫌な予感がひしひしと……何で?

 見たところゾロの持つ刀は、三代鬼徹と雪走、それに和道一文字。何も問題なんて無い。資金だって増えた……なのに何で、こんな気分になるんだろう。

 まるで、何かが起こりそうな予感が……。

 

 

 

 

 あれから暫く考えたけど埒が明かなかったので、取り敢えず保留しておくことにした。考えても解らないなら、その時に臨機応変に対応した方がマシかもしれないと思ったからだ。

 1本目の航海はつつがなく(?)完了し、新たな島が見えてきた。サボテンの形が特徴的な、ウィスキーピークのある島だ。

 Mr.9とビビは島が見えてきた頃に船から飛び降りてしまった。泳いで行く気らしい。いいよな、非能力者は。俺も泳いでみたい……何しろ悪魔の実を食べたのが3歳の頃だったから、泳いだ記憶なんて前世にまで遡らないと無いんだよ。

 島が近付くにつれ、一味の興奮は増していた。特に、冒険好きなルフィがね。

 

 「聞いてくれ、急に持病の『島に入ってはいけない病』が……」

 

 ウソップは青い顔で腹を押さえている。本気で腹が痛そうだ。ストレスのせいかな?

 

 「よし、それじゃあちょっと注射でも」

 

 「治りましたァ!」

 

 ビシッと敬礼するウソップ……何故? 俺はただちょっと、最高にハイになれるであろう薬でも打ってあげようかと思っただけなのに……ウソップの中で俺ってどういう存在なんだろう。

 ま、いっか。本人が治ったって言ってるんだし。後は自己責任だ。

 

 

 

 

 島の周りは霧が濃くて中々島内が確認が出来なかったけど、随分とたくさんの人間が出迎えに来ているらしいというのは解った。

 そして霧が晴れてきてからは。

 

 「ようこそ、歓迎の町・ウィスキーピークへ!」

 

 何とも盛大な歓迎を受けた……あからさまに怪しいな! 何でこの状況に疑問を持たないんだ、そこの3バカ! ちなみに3バカとは、ルフィ・ウソップ・サンジである。

 ルフィとウソップはともかく、何でサンジまで……簡単なことか。若くて美人な女性の集団を見たせいに違いない。

 

 上陸してみると、真っ先に前に出てきたのは髪を巻きすぎの町長・イガラッポイ……基、Mr8ことイガラム。このおっさん、何て呼べばいいんだ? イガラムでいっか。

 その口上によると、この町は酒造と音楽の盛んな町であり、訪れた客をもてなすのが誇りだという。旅の話を肴に宴を開かせてくれないかというイガラム。

 ノリノリの3バカと、呆れながらそれを見る3人。俺たち一味は見事に真っ二つに別れていた。

 

 ナミはイガラムにこの島の記録はどれくらいでたまるのかという基本的なことを聞いたけど、イガラムは堅苦しいと言って教えてくれなかった。

 グランドラインを往く旅人が記録について聞いてるのに教えてくれない、だなんて、怪しんでくれって言ってるようなモンだと思う。

 

 「宴だァ!!」

 

 ……盛り上がってるところ悪いけど。

 

 「俺は遠慮させてもらうよ」

 

 1歩引かせてもらいました。

 

 「えー、何でだよ! 酒も飲めるんだぞ!?」

 

 ルフィが不満そうに口を尖らせているし、酒は魅力的だけど……だからこそ、ダメだ。

 

 「1人ぐらいは船番がいた方がいい」

 

 それらしい理由を付けてるけど、実際には酒場で飲みたくないからだ。

 

 俺ってば、もしも次々と注がれたりしたらそれが罠だって解ってても飲んじゃうし。結構強いから酔い潰れることは無いと思うけど、絶対に明日は二日酔いになる。

 幸いなことに、ローグタウンで買ったいい酒がまだたくさんあるし、船で自分でセーブしながら飲む方がいくらかマシだろう。

 

 イガラムはよっぽど俺たちを纏めて酔わせたいのかしつこく誘ってきたけど、俺はやんわりと、でも断固として断った。それに実際、船番として残るというのは宴を蹴るのに充分な理由だから、向こうとしても強くは出られなかったらしくやがて諦めた。

 けど、そうなると……俺も賞金首だし、夜中にでもなれば誰かしらが襲撃にでもくるだろうな。でも、それでいい。

 そうしたら、大手を振って略奪してやる。武器とか、食料とか……現金だって、多少はあるだろう。

 そんな内心は、浮かれてる3バカはともかく、ゾロとナミにはバレてるらしい。ちょっと呆れてるような顔をしてた。

 

 多分、笑顔の仮面の裏で罠を張る賞金稼ぎたちよりも、今の俺の方がよっぽど意地の悪い笑みを浮かべてるんだろうな。



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第92話 ビビ救出

 

 酒は船にある1番いいやつを開け、つまみも自分で作る。甲板で1人、のんびり月見酒と洒落込んでいた。

 雲一つ無い空は月がよく見えて、遠目でのサボテン岩がよく映える。でもあの岩のトゲって、墓標なんだよな……知ってて見ると、中々シュールな光景といえるだろう。これで満月だったら申し分無いのに……とは思うけど、そこまで言うのは贅沢ってやつだよね。賑やかさは無いけれど、それなりに楽しめる一時だった。

 

 そんな風流は、長くは続かなかったけどな!

 

 「げふっ!」

 

 今の耳障りな呻き声は、船に潜入した挙句に『死ねェ!!』とかのたまって襲い掛かってきた賞金稼ぎを蹴り飛ばした際の声である。

 

 俺の元に賞金稼ぎが押しかけてくるようになるのに、あまり時間は掛からなかった。

 まだ皆は潰すための宴の真っ最中みたいだけど、俺が1人で酒盛りしてるのはこの町のヤツらも知ってるからか、結構早い段階から断続的に2~3人ずつ来やがる。

 勿論、きっちり昏倒させた上で身ぐるみ剥いで川に叩き落としてるけど、正直に言って面倒臭くなってきた。もう50人ぐらいは来たんじゃないか?

 ちまちまちまちまとさ……いっそもっと大勢で来てくれたら無双が出来て楽しいかもしれないのに、とすら思ってしまう。

 収穫としては、武器類と多少の現金。あと、おっさん相手には服も頂いておいたよ。古着屋で売れそうだし。

 

 でも、そろそろ食料も欲しくなってきたな。だって、いくらあっても足りないような気がしてきてしまうんだよ、ルフィを見てると。

 

 「……決めた」

 

 俺は1つ伸びをして、メリー号から飛び降りた。

 どうせこのままここにいたって、襲われ続けるだけだ。もう何回も襲撃を受けてるんだし、こっちから町に繰り出して家々を漁ってもいいだろう。

 え、罪悪感? それはどんな効果だ、いつ発動する? 

 

 この町は食糧難らしいけど、流石に各々の家の冷蔵庫なんかには何かしらがあるはずだ。それに、酒造が盛んって言うぐらいなんだから、地酒も置いてるかもしれない。

 大丈夫、問題ない。これは民間への略奪なんかじゃなくて、賞金稼ぎへの報復なんだ。それに、ちょっとした酔い覚ましの意味もある。

 俺は小さくした大量の空の木箱を手押し車に乗せて、夜のウィスキーピークの町に繰り出したのだった。

 

 

 

 

 読みは当たった。

 家々の冷蔵庫には少し食料があったし、所によっては酒もあった。少し味見してみたけど、自慢するだけあってそこそこ美味い。

 他にも、衣類や小物、予備用らしき武器なんかも根こそぎ頂きました。

 え? セコイ? セコくて結構、貧乏よりはマシ。その家の住人が後で生活に困ろうと知ったこっちゃないし。ただの賞金稼ぎならちょっとは手加減する気になったかもしれないけど、バロックワークスの社員どもに手心を加える必要性なんて感じない。

 

 普通のサイズに戻した木箱に小さくした品々を詰め、一杯になったら箱ごとさらに小さくする。俺の能力の裏技の1つだ。小さくしたものを『何か』に入れてその『何か』をちいさくすれば、中に入れたものも周囲に合わせて小さくなるから、1/100よりも小さくすることが出来る。ちょっとややこしいけど。

 でも、後で整理しないとな。とにかく短時間で出来るだけ大量に奪おうとしてるから、箱の中は結構ぐちゃぐちゃだ。……後で目録を作るにしても、それだけで2~3日が終わりそうな気がする。誰か手伝ってくれるかな?

 

 そうそう、町中で随分と慌てた様子の住人と出くわしたこともあった。話を聞く限り、どうやらゾロから逃げて来たらしい。

 なるほど、漸く事が起こったか。そういえばさっきから、発砲音が何度か聞こえたし。まぁ心配はいらないだろう。むしろ心配する要素がどこにも無いし。

 当然ながら、そいつらも沈めて身ぐるみ剥ぎました。いやー、大量大量。

 

 

 

 

 で、だ。

 ちゃんと数えてはいなかったから正確なところは解らないけど……10軒以上は『仕事』をした後だ。

 少し前に爆発音が聞こえてきたから、Mr.5ペアがもう来てるんだろうなとは思ってたけど、ここはあいつらに任せて俺はこのまま出航まで略奪してても問題ないよなーって考えてたから、気にしてなかった。

 

 けれどふと気が付くと、かなりのスピードで誰かがこちらに向かってきているのが解った。

 人の足で走れる速さじゃないな……多分、カルーに乗ったビビだろう。何だ、ビビの逃走経路ってこっち方面だったのか。

 けど……可笑しいな。ビビ(+カルー)の他にこっちに向かってきている気配は2つ。Mr.5ペアなんだろうけど……ゾロはどうしたんだ?

 ちょっと気になったから、こっそり様子を窺うことにした。

 

 進行方向に先回りしてみると、ゴツイ女……多分、彼女がミス・マンデーだ。それが角材を担いで立っている。

 俺は見付からないように家の陰から様子を窺ってた。野次馬です、はい。

 

 「どうせあの怪力剣士のせいで、あたしたちは任務失敗の罰を受ける。それなら、友達の盾になってブチのめされたいもんだ」

 

 Mr.5ペアに追いかけられながらこっちにまで来たビビに、ミス・マンデーはそう告げた……漢だ!

 ミス・マンデーは担いだ丸太で対抗しようとしたけれど、如何せん実力の差というものがあったらしい。

 

 「バロックワークスの恥さらしがァ!」

 

 追い付いてきたMr.5の爆発能力によって倒れるミス・マンデー。

 どうでもいいけど、犯罪組織の恥さらしってどういう意味なんだろう。

 

 「ミス・マンデー!」

 

 この隙に少しでも距離を稼げばいいのに、ビビはミス・マンデーのことが気がかりらしい。少しスピードが落ちている……優しいもんだよな。彼女だってバロックワークスの一員、ビビにとっては仇と言ってもいいだろうに。

 まぁ、ミス・マンデーは問題ないだろう。あれくらいの爆発では死にはしない……それより、本当に何でゾロは来ないんだ?

 

 俺が内心で首を傾げていた、まさにその時だった。

 ドゴォン!! という物凄い破壊音が聞こえてきたのは。

 俺は驚いたよ。この瞬間に何故こんな音が響き渡る? 

 

 「!? 何だァ!?」

 

 「あ、あそこよ!」

 

 Mr.5ペアも予想外の事態だったんだろう、一時だけ任務を忘れたらしい。ミス・バレンタインが指差した先では、何らかの土煙が上がっていた。何かが起こったらしい。

 そう、何かが……今この島で何か騒動を起こすだろう存在なんて、そうそういないけどさ……いや、でもそんな……。

 俺は冷や汗を浮かべつつ意識をそちらに集中させて……膝を突いた。そう、orz状態だよ! だってさ、これって……。

 ことが起こっているらしい場所でぶつかり合う、覚えのある2つの大きな気配。

 うん、明らかにルフィとゾロだな!? 何で!? このままじゃビビを助けられないじゃん!

 

 「………………Mr.5、別に私たちには関係なさそうね」

 

 「そうだな、ミス・バレンタイン」

 

 げ、呆けてたMr.5ペアが復活した!

 

 「それでは我々は、速やかに任務を遂行するとしよう……アラバスタ王国王女、ネフェルタリ・ビビの抹殺を!」

 

 あー、やっぱり邪魔が入らなきゃそうなりますよねー。

 ビビもビビだよ。さっきは逃げる絶好のチャンスだったのに、一緒になってポカンとしちゃってさ! そんなことではジャングルでは生き残れないよ! ……それは俺の幼少期の話だね、王女様はジャングルに行く必要なんて無いからいいのか。

 ……現実逃避ですね、はい。こんなこと考えてる場合じゃありませんね!

 

 「鼻空想砲!」

 

 ビビに向けて鼻くそ爆弾を放つMr.5……くそっ!

 

 「剃!」

 

 考えても仕方がない、原因を考えるのは後回しだ!

 俺は咄嗟に剃で飛び出して、ビビとカルーを横から捕まえて爆弾を回避する……カルーがデカくて掴みづらかったけど、ちょっと強引に引っ張った。

 そう、回避である。正面から向き合うようなことはしない……今更だけど、現在俺はスモーカーの十手を装備している。ってか、慣れるために常備している。でもな……誰が鼻くそ爆弾なんか打ち返すもんか!!

 

 「きゃっ!!」

 

 急な方向転換に対応出来なかったんだろう、ビビはバランスを崩している。ゴメン、でもこっちも咄嗟だったんだ。

 

 「! あなた、『紅髪』! どうしてこんな所に!?」

 

 一拍の後に俺が誰なのか解ったんだろう、ビビは随分と驚いていた。そりゃあそうだろう、俺はメリー号にいるはずの人間なんだから。

 

 「ここは、賞金稼ぎの町なんだろ? 酒盛りを邪魔された腹いせに、こっそり略奪させてもらってたんだよ。」

 

 肩を竦めながら言ったけど、ビビは納得していないらしい。

 

 「それが、何で私を助けるの!?」

 

 「……目の前で女の子が殺されそうになってるんだ、それを見過ごせるほど堕ちてはいないつもりだよ」

 

 嘘ではない。実際、俺で対処できるような相手なら、例えこれがビビでなくても一応は助ける。命ぐらいはね。メンタルケアまでは面倒見きれないけど。

 

 「……つまりテメェは、おれたちの敵だな?」

 

 Mr.5が言ってきた。

 うんまぁ、敵なんだろうな。

 

 「キャハハ、邪魔ね。だったら私の能力で地面にうずめてあげるわ」

 

 傘をたたみ、帽子を脱ぎながら宣言するミス・バレンタイン……何だか俺、ナチュラルにゾロのポジションを奪ってしまってないか?

 まぁ、こいつらをどうしようと別に影響は出ないだろうけど……どこでズレが生じたんだろう。

 

 今こうしている間にも、さっき1発目の衝突音がしたのとほぼ同じ位置で断続的に音が響いて砂塵が舞っている。もうこうなっては、ルフィとゾロの喧嘩が妙なタイミングで勃発してしまったのは疑いようがない。

 う~ん、不確定要素を否定したいわけじゃないけど……これはヤバいって。下手したらビビはあのまま殺されてて、アラバスタ王国は崩壊で……しかも、クロコダイルが倒されてインぺルダウン送りになってくれないと、頂上戦争時の戦力が減っちまう。

 

 「………………って、無視してんじゃないわよ!!」

 

 ん? あ、いつの間にかミス・バレンタインが空を舞っていた。

 あぁ、あいつどうでもいいから存在忘れてたや。だってさ、ミス・バレンタインの攻撃って……。

 

 「『紅髪』、避けて! あの女は……」

 

 「いや、言われんでも避けるよ」

 

 そう、避ければ済む話である。

 

 「いい!? 私の能力は1㎏から1万㎏まで、体重を自在に操ることなのよ! くらえ、1万㎏プレス!!」

 

 上空で体重を変化させたんだろう、ミス・バレンタインが降ってきた……けど。

 

 「そんなの当たるわけないじゃん」

 

 ひょいっと躱して終わりました。

 だってさ、月歩とかで軌道修正してるわけでもなし、直線コースで落ちてくるだけなら2~3歩動くだけで十分躱せるもんな。

 当然の結果として、ミス・バレンタインは地面に激突、埋まることとなった。

 勿体ないよな。もし俺がこんな能力手に入れられたら、戦闘でももっと活かせると思う……ん?

 

 「鼻空想砲!」

 

 Mr.5、またそれか! せめてもっと別のものを投げて欲しいんですけど!? 

 

 「剃!」

 

 今度はビビを抱えて躱した。カルーは超カルガモだから、ちゃんと見てれば1羽でならあれを躱すぐらい問題ないだろう。

 にしても俺、ビビを抱えてるよ! お姫様をお姫様だっこしてるよ! ……って、そんなこと言ってる場合じゃないね。

 

 どうすっかな……このままルフィたちに合流しようか。でも、今行っても喧嘩の真っ最中だろうしな。俺でこいつら何とかしちゃおうかな。多分、どうとでもなりそうなんだけど。

 

 「『紅髪』、このままサボテン岩の裏まで行けない!? 船を泊めてあるの!」

 

 ビビの希望は、このまま逃亡することらしい。そりゃそうか、生きてアラバスタに帰らなきゃならないっていう使命があるんだもんな。

 でも、それはダメだ。俺たちが関わることが出来なくなるってのもあるけどそれ以上に、このままビビを行かせてもまず間違いなく道中で始末される。それしか方法が無いってんなら仕方がないけど、それ以外の道もある以上は頷けない。

 

 「事情も解らないのに、そこまでの要望は聞けないな。もっと手っ取り早い方法で行く」

 

 「手っ取り早い……?」

 

 「そ。要するにだ。あいつらをぶっ飛ばせばいいんだろ?」

 

 そうすればビビも落ち着いて話してくれるだろうし。

 そうだ、それがいい。あいつらは能力者っていっても自然系(ロギア)ってわけじゃないんだし、取り敢えずぶっ飛ばせばそれで済むしね。俺は1人納得して抱えてたビビを降ろした。

 

 「ぶっ飛ばすだと? 舐めたことを言いやがるぜ!」

 

 「そうね、Mr.5!」

 

 あ、ミス・バレンタインがいつの間にか這い出してきていた。

 

 「おれたちはバロックワークスのオフィサー・エージェントだ!」

 

 「私たちの真の恐ろしさ! 教えてやるわ!」

 

 言って、こちらに走り出す2人。どうやら、ひとまず狙いをビビから俺に変えたらしい。それはそうだろう、ビビを狙った所で俺に邪魔されるだけだし。

 よし、それじゃあ俺もやるか。

 俺は少し構えて、嵐脚を放つ準備をした……が。

 

 「ちょこまかと、少しばかり動きが速いからといって調子に乗るなよ、チビ!」

 

 ………………予定変更。

 俺は背中に背負っている十手に手を掛けた。あはは~、あいつらも能力者だからこれは効くだろうな!

 けど……何でビビは自分の命を狙っている2人じゃなくて、俺から距離を置こうとしてるんだろうな?

 

 「誰が………………」

 

 Mr.5とミス・バレンタイン、2人はもう目前まで迫っているけど俺に言わせてもらえば……遅い。

 

 「チビだァ!」

 

 「「あああああああ!!!」」

 

 スモーカーの十手仕様、指銃・Qを放ちました。2人はぶっ飛んだよ! けど大丈夫、これまだそこまでの威力は無いから、貫通なんてしてない。ものすっごく痛いだけで。

 そして俺は、甘くはない。

 

 「まさか、これで終わりだなんて思ってないよな?」

 

 どうやらさっきの一撃が随分と効いたらしくて2人は倒れたままだけど、まだ意識はあるようだ。

 

 「たぁっっっっぷり、反省してもらうからな?」

 

 俺がニッコリと、動けずにいる2人に笑いかけると、2人共に顔を真っ青にした。

 お仕置きはまだまだまだまだまだまだ、始まったばかりである。



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第93話 鍵付き冷蔵庫の弊害

 あ~、すっきりした!

 Mr.5とミス・バレンタイン……あいつらはいいサンドバッグになってくれたよ。その後にはちゃんと、正座させてお説教もしといたし。人の気にしてることを言っちゃダメなんだぞって。

 おかげで気分も晴れたし、運動して酔いも醒めた。引き換えにあいつらはボロボロになってたけど。

 うん、問題無し! あいつらが誰にどうされようとどうでもいいことだよな!

 

 さて、そんな気絶している2人組は放っといて、だ。

 俺は、2人をボコッてる間その様子を黙って見てたらしいビビの方を振り向いた……が。

 

 「ご、ゴメンナサイッ!!」

 

 何故かビクッと体を震わせて謝ってくるビビ……あれ、デジャビュ? いや違う、確かに前にもこんなことがあった……双子岬か!

 

 「いや、さ……」

 

 そんな風に平身低頭されても、こっちの方が対応に困る。

 

 「俺、君に何か謝られるようなことされたっけ?」

 

 前回も今回も、ビビは何もしてないよね?

 

 「いいえ、そんな覚えは私も……」

 

 自分でも自分の言動に疑問を持っているのか、ビビは困惑しているような表情だ。

 

 「じゃあ、何で謝るんだよ。」

 

 「え~っと……何となく?」

 

 「おい」

 

 小首を傾げるビビに思わずツッコんだ。

 え、まさかの答えだよ。

 俺は1つ溜息を落として首を振った。落ち着け、冷静になるんだ。

 そして冷静になってみると、気付いたことが1つ。いつの間にか町が静かになっている。ルフィたちの喧嘩も終わったってことなんだろう。

 

 「……とりあえず、あっちの様子を見に行ってみない? 何があったのか気になる。それにもう追手もいなさそうだから、君の事情も聞かせてよ」

 

 そう提案してみたけど、ビビは迷っているようだった。このまま逃げるかどうするか考えているんだろう。何故迷っているのかといえば。

 

 「イガラム……無事かしら……」

 

 ポツリと呟かれた言葉が、全てを物語っていた。イガラムのことが気がかりらしい。

 現時点ではもう刺客もいないのだし、様子を見に戻ってもいいんじゃないかと考えているようだ。

 

 「ほら、行こう」

 

 俺はビビの手を取り、半ば引き摺るようにして現場へと向かった。ビビも初めは驚いたようだけど、やがて自分から足を動かして付いて来てくれた。

 

 「ちょっと待って『紅髪』、もう少しゆっくり……」

 

 あー、ちょっと引っ張りすぎたかな。悪いことしたかも。

 でも、1つだけ言わせてもらおう。

 

 「『紅髪』っての、止めてくれないかな?」

 

 立ち止まって苦笑しながら言うと、ビビは不思議そうな顔をした。

 

 「だって、あなたの二つ名はそうでしょ? 手配書に書いてあったわ」

 

 うん、まぁそうなんだけど。

 

 「別にあれは俺が自分で名乗ったわけじゃないからね。そういう風に広まっちゃってるから否定する気は無いけど、それで呼ばれるのはあんまり好きじゃない」

 

 だって、どっかの誰かと微妙に被るし。

 頼むとビビは了承してくれた。あんまり納得はしてないみたいだけど。多分、この二つ名を嫌がる理由が解らないからだろう。

 

 「……解ったわ。助けてくれてありがとう、ユアン君」

 

 「いや、別に……」

 

 って、あれ? 君付け? ビビってあんまり君付けはしてなかったよな? ……ま、いっか。どうでもいいことだし。俺も呼び方になんてそれほど拘ってないし。何より、今はそんなのどうでもいいもんな。

 さて、向こうで何があったのやら。気になるところだね。

 

 

 

 

 現場に辿り着いてみると。

 

 「どうすんのよ、このバカども!!」

 

 拳を握って仁王立ちするナミと、その前で頭にでっかいコブを作りながら正座させられているルフィとゾロがいた。そしてそれから少し離れたところで、この世の終わりのような顔をして倒れ伏しているイガラム。

 何てカオスな状況なんだ……。

 

 「……新たなコントのネタでも作ってるのか?」

 

 「違うわよ!! ………………って、ユアン!?」

 

 ナミはツッコんだ後になって初めて、俺が背後に立っているのに気付いたらしい。

 

 「イガラム!」

 

 俺と一緒にここまで来たビビの目的はあくまでもイガラムであるらしく、その姿を見つけると駆け寄っていった。

 

 「ビビ様!? ご無事でしたか!!」

 

 完全に放心状態だったイガラムがガバッと飛び起きる。現金なもんだね。

 抱き合って互いの無事を喜び合う2人は置いといて。

 

 「局地的な災害にでも見舞わられたのか?」

 

 俺は3人に説明を求めた。

 周囲は酷い状態だ。倒壊した建物、えぐれた地面。まるでトルネードに襲われたみたいだよ。

 

 「そんなわけないでしょ! 全部こいつらのせいよ!」

 

 ナミは憤慨した様子で正座させている2人を睨み、次いで俺にも訝しげな視線を向けてきた。

 

 「そういうアンタこそ、何であの子と一緒なの?」

 

 あの子、と言ってビビにも視線を向けるナミ。俺はちょっと苦笑した。

 

 「いや~、酒盛りを邪魔された仕返しに町を略奪してた時に出くわしてさ。追われてたみたいだから、取りあえず助けといた。んで、こっちが騒がしいから、様子を見に来たんだけど……!」

 

 起こったことを簡単に説明していたら、何故か感極まった様子でナミに抱き着かれた。

 

 「よくやったわ! 10億ベリーの可能性が残った!!」

 

 抱き着かれたといってもあまり色気は無いけど、バンバンと背中を叩かれて『私の味方はあんただけ!』とか言われてしまった。

 まぁ……他はみんな経済状態に無頓着だしね……。

 でも、サンジがこの場にいなくてよかった。もしいたら、絶対に因縁を付けられてたはずだ。色気は皆無なのに。

 ちなみにナミの目は、俺が引き摺ってきた戦利品(木箱だから中身は知らないだろうけど)を見たことでベリーになってたりする。

 

 「それで……そっちは何があったんだ?」

 

 聞き返すと、ナミはスッと真面目な顔つきになった。

 

 「それがね……」

 

 

 

 

 ナミの話を纏めると、こうだ。

 

 3バカが潰された一方で、ゾロとナミはちゃんと宴の後も起きていた。しかしすぐに行動を起こしたゾロと違い、ナミの方はギリギリまで潰れたフリを続けていたらしいけど。

 ゾロがウィスキーピークの賞金稼ぎ約50人(エージェント4人を含む)を倒した後で、騒動が起こる。

 

 新たに現れた2人組(Mr.5ペア)によってアラバスタ王国の王女ビビと護衛隊長イガラムは抹殺されそうになり、イガラムと、ビビのペアのMr.9が作ってくれた隙を突いて彼女は逃亡したものの、追い付かれて始末されるのは時間の問題。

 イガラムが満身創痍ながらもゾロにビビの救助を頼むものの、事情がさっぱり呑み込めないゾロは当然拒否。しかしそこで、金の匂いを嗅ぎ付けたナミが話に乗っかった。

 けれどナミ本人がビビを助けられることは不可能と考えゾロを使おうとしたが、ゾロはこれも拒否。

 さて、ここまではほぼ原作通りの流れだ。違いと言えば、ゾロが倒した賞金稼ぎの数ぐらいだろうか。だが、ここで決定的なズレが生じていた。

 

 原作でのナミは、ローグタウンでの借金をネタにゾロに言うことを聞かせた。でも、こちらでは財布の管理をしているのは俺。当然ながらゾロが刀調達の資金を要求したのも俺だった。

 つまり……ゾロには、ナミに対して借りが無いのだ。それが無ければ、基本的に使われることが嫌いなゾロがあっさりナミの命令を聞くわけも無く。

 結果、2人は結構長いこと口論になってしまったらしい。

 

 とはいえそれだけならまだ問題無かった。何だかんだ言ってもナミの方がゾロよりもずっと口達者なのだから、言い合っていればその内ゾロは丸め込まれていただろう。しかしそこに勘違いルフィが乱入し、ゾロに喧嘩を売った。

 ゾロもナミも事情を説明しようとしたがルフィは聞く耳を持たず、結局2人は盛大な喧嘩を繰り広げることとなってしまった。

 2人の喧嘩はしばらく続いたけれど、やがてナミがブチ切れて鉄拳を以て鎮めたとのこと。しかしその時にはMr.5の爆弾に依ると思われる爆音は止んでいて、てっきりビビを仕留められてしまったんだと思ったらしい。

 

 あぁ、それでナミが切れててイガラムが絶望してたのか。

 町の賞金稼ぎたちを潰したのは俺も同じなんだけどな……あ、俺の場合は潰した相手を川に捨てておいてたから気付かなかったのかな?

 喧嘩が始まるタイミングが早かったのは、ゾロが移動してなかったからだろう。だからルフィはゾロを探す必要なんてなくて、その分少しだけ早く喧嘩が始まったってことか……って、ちょっと待て落ち着こう整理しよう。

 

 

 

 

 つまり何だ? ゾロが助けに来なかったのはナミと口論してたからか?

 何故口論になったかっていうと、それは借金が無かったからで。

 何故借金が無かったのかっていうと、一味の財政を俺が管理してたからで。

 何故財政管理を俺がしているのかっていうと、それは俺が大きな買い物をしたからで。

 大きな買い物って何かっていうと、それは鍵付き冷蔵庫で。

 ………………………………うん。

 危なッ! マジで危なッ!!

 だってあのままビビ死んでたら、バロックワークスを止める者はいなくなってて、アラバスタ王国は完全崩壊で……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ。

 え、てことは何か!? 極端な話、アラバスタは1つの鍵付き冷蔵庫のせいで滅びかけたってことか!?

 いやいやシャレにならんよ、鍵付き冷蔵庫1つのせいで1国が滅びるとか! マジでありえん!

  ってか、これか! この島に来る途中でゾロに『猫の手』の代金を渡された時に感じた嫌な予感はこれのことだったのか!?

 よかったー、俺、町に出てて……ってか、野次馬根性出して……。

 

 

 

 

 

 「そういえば、あの2人は?」

 

 ひとまずあらましを説明し終えたナミが、Mr.5ペアについて聞いてきた。

 

 「取りあえずぶっ飛ばしといた」

 

 「そう」

 

 あいつらに関しては正直どうでも良かったのか、ナミの答えはあっさりしていた。

 

 「ぶっ飛ばした!? バロックワークスのオフィサーエージェントを!?」

 

 この場でただ1人驚愕しているイガラムに、ビビが話し聞かせる。

 

 「本当よ、イガラム。流石は5000万ベリーの賞金首というか……あんな人間が、まだこのグランドラインの序盤にいるなんて」

 

 褒めてくれてるんだろうけど、妙な言い草だよね。

 

 「グランドラインの中で生まれたんでも無い限り、どんなやつだって初めはあるさ。俺に限ったことじゃない。俺たちの中でも、ルフィやゾロやサンジだったらあれぐらい出来るはずだし」

 

 チラと視線を向けると、当然だと言わんばかりにゾロが頷いていた。

 

 「なぁ、何がどうなってんだ?」

 

 一方で、全く状況が飲み込めていないらしいルフィ。ついでに言うなら、ルフィの体型は風船のごとく膨れたままだ。一体どんだけ食べたんだこいつは?

 ルフィの疑問を受けて、ナミが真剣な顔になった。

 

 「そうね、私も詳しい事情を聞きたいし……とりあえず、あなた」

 

 ナミはビビに視線を向けた。それに訝しげな顔をするビビ。

 

 「ちょっと、私たちと契約しない?」

 

 「? 契約?」

 

 目をパチクリさせているビビは、王女でも犯罪組織の一員でもない、ただの年相応の女の子に見えた。



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第94話 アラバスタ王国

 場所を少し移動しての話し合いは、ナミとビビが交渉している傍らでゾロがルフィにこの町の真実を伝えるという形になった。俺はというと、表向きはまだ事情を知らないことになっているから、ナミたちの話を黙って聞いていた。ついでに言えばイガラムは、いつの間にか姿が見えなくなっている。

 ルフィは落ち着いたからか、案外あっさりと状況を把握した。一方で難しい顔で首を横に振ったのはビビだ。

 

 「それは無理。10億ベリーなんて払えないわ」

 

 「どうして?」

 

 ナミは腑に落ちないようだね。

 

 「王女でしょ? 10億ぐらい……」

 

 「いや、無理だと思うよ」

 

 ナミの言葉を遮ると、俺に視線が集まった。

 

 「前に新聞で読んだことがある……アラバスタ王国っていえば、今は内乱の真っ最中のはずだ」

 

 事実である。とはいえまだまだ小さな記事だったから、知らなかったら流していたか覚えてなかったかだっただろう。

 まぁ、例え内乱が無かったとしても、流石に10億ベリーはポンと出せる金額では無いだろうけど。

 

 そして内乱という単語に、ビビは顔を顰める。

 

 「ええ……あなたたちは、アラバスタという国を知ってる?」

 

 ナミやルフィ、ゾロに向けて聞いているけど、3人は知らないと首を振った。

 

 「ユアンはどれぐらい知ってるの?」

 

 ナミの素朴な疑問に、少し考える。うーん、何と言えばいいのか。

 

 「……グランドライン前半の島、サンディ島にある文明大国、だったかな。砂漠の多い国だったと思うけど……ここ数年は内乱が続いてるらしいね」

 

 聞くとビビはコクンと頷いた。

 

 「お前ェ、詳しいな! 世界中の国を知ってんのか!?」

 

 ルフィが感心してるようだったけど、俺は肩を竦めた。

 

 「流石に世界中の国を網羅なんてしてないよ。ただ、昔ちょっと調べたことがあるんだ。海賊だからね」

 

 

 「? 何だそりゃ?」

 

 「アラバスタ王国には、1人の七武海が腰を据えてるんだよ」

 

 ふーん、と聞いたルフィは気の無い返事だったけど、反対にビビはグッと唇を噛みしめていた。

 

 「……アラバスタでここ数年起こっている『革命』の動き。その暴動の最中、私の耳にある組織の名が聞こえてきたわ。それが『バロックワークス』」

 

 ビビはバロックワークスが民衆を煽っていること、その実態を探るためにビビとイガラムが潜入捜査をしていたことなどを淡々と語った。

 

 「バロックワークスの真の目的は、アラバスタ王国の乗っ取り!!」

 

 だからビビは国に戻ってこの真実を伝えなければならないのだ、と強い口調で言い切る。

 

 「なるほどね、話が繋がったわ。内乱中ならお金も無いわよね」

 

 ナミは嘆息していた。目の前に不意に現れた儲け話がおじゃんになった気分なんだろう。

 

 「ボスって誰なんだ?」

 

 ルフィが聞くと、ビビは大慌てで隠そうとした。

 

 「ダメよ、それだけは! 絶対に言えない!」

 

 「……正直に言わせてもらえば、予想は付くけどね」

 

 むしろ、何で誰も疑わなかったんだと言いたい。

 俺の発言に、ルフィが食い付いた。

 

 「本当か! 教えろよ!」

 

 「ん……まぁ俺も確証があるわけじゃないけど」

 

 「ダメ!」

 

 言いかけると、ビビに遮られた。

 

 「あなたが誰を想像してるかは知らないけど、それを言ってはダメよ! あなたたちだって命を狙われることになるわ!」

 

 「そうよね」

 

 ナミがあははと笑いながら同意した……顔は笑ってるけど、口元が引きつってるし冷や汗をかいている。

 

 「一国を乗っ取ろうだなんて、危ないやつに決まってるもの!」

 

 「ええ、そうよ!」

 

 ビビが仰々しく頷いた。

 でもな。

 

 「いくらあなたたちが強くても、王下七武海の1人、クロコダイルには決して敵わない!」

 

 ……………………………………………………いや、あのさ。

 

 「言ってんじゃねェか……」

 

 極めて的確なゾロのツッコミが、痛い沈黙の中に響いた。

 

 「ってか、想像通りだし。……ところで、あの変なラッコとハゲタカは何?」

 

 俺の指差す先にいるのは、ご存知Mr.13とミス・フライデー……アンラッキーズである。

 

 「「「「「………………」」」」」

 

 「「………………」」

 

 暫しの見詰め合いの後。

 

 「!」

 

 徐にアンラッキーズは飛び去って行った。

 

 「今の何!?」

 

 半狂乱になってビビに詰め寄るナミと、泣きながらひたすらに謝罪を繰り返すビビ。

 その一方で。

 

 「ルフィ、クロコダイルって覚えてるか?」

 

 「………………………………砂人間だ!」

 

 俺も泣きそうだった。

 やっと……やっとルフィが七武海のメンバーを覚えててくれてた! あの勉強の日々は無駄じゃなかった! 思い出すのがまだまだ遅いけどな!

 

 「悪く無ェな。」

 

 ゾロも刀を弄りながらニヤニヤしている。ミホークと同じ七武海。ゾロにしてみればむしろ望むところなのかもしれない。

 

 「グランドラインに入った途端、七武海に命を狙われるなんてあんまりよ!」

 

 ナミは滝のように涙を流してるけど………………うん。

 

 俺、グランドラインに入る前に、七武海に斬りかかられたんですけど……いや、命を狙ってたわけじゃないんだろうけどさ。ゾロはいいよ、自分で定めた目標のために自分から挑んだんだから。でも俺、何もしてないのに……『つい』って……『条件反射』って…………。

 ! ダメだ落ち着け、ネガティブになってるぞ! そして殺意が湧いてきている! こんなの八つ当たりだ! ……あれ? これってむしろ、案外正当な怒りか? だって理不尽な目に遭ってんのって俺じゃね? 

 どうしよう、俺は今もの凄く諸悪の根源を討ちたい。思いっきり当たり散らしたい。実力が伴ってないから無理だろうけどな! むしろ返り討ちにされるだろうしな! ついでに言うと、新世界にいるから物理的に無理だな! だって相手は四皇だ!

 ……それに、やっぱり会いたくないしな……諦めよう。どっかで発散させて落ち着こう。

 

 「どうした? 難しい顔して」

 

 ルフィがキョトン顔で俺の顔を覗き込んでいた……ああそうだ。

 俺はポンとルフィの肩に手を置いた。

 

 「取りあえず、後で殴らせてくれ」

 

 「何でだ!?」

 

 ガーン状態のルフィ。悪いとは思うけどさ、だってお前、ゴムだもん。打撃なんて効かないから、どんだけ殴っても良心が痛まないんだよ。

 

 「これで逃げ場も無いってわけね!!」

 

 いつの間にかどこかへ行こうとしていたナミがどかどかと荒い足音と共に戻ってきた。あ、もうそこまで行ってたのか?

 

 「まぁ落ち着きなよ。煮干し食べる?」

 

 「どっから取り出した!」

 

 何でナミに怒鳴られなきゃいけないんだろう。俺としては苦笑するしかない。

 

 「多少は食べ物を持ち歩いてるんだよ。もしもの時のために」

 

 何せいつ何があるか解らない海賊稼業、不測の事態はいつでも起こり得る……現に今回も起こったんだし。ちなみに、何故ナミに差し出したのが小袋入りの煮干しかというと、何てことはない。カルシウムを摂ってもらいたいからだ。

 ついでに。

 

 「食い物! 肉あるか!?」

 

 既に食べすぎでパンパンな風船状態になりながらも涎を垂らすルフィには、干し肉を渡しといた。お前はどんだけ食べるんだ。

 

 「あんたはいいわよね! そのフードのおかげで顔バレしなかったんだから!!」

 

 憤懣やるかたないといった感じで煮干しを引っ手繰って噛り付くナミ。何というか、やけっぱちって感じだ。

 そう、俺はコートのフードを目深に被っている。オレンジの町で最初にバギーと出会した時と同じだね。何故かって? 当然、アンラッキーズ対策です。だってあいつら、似顔絵描くの上手いじゃん。

 

 いやー、航海中の気候が冬ばっかで良かったよ。この島に着いてからもコートは着っ放しだった。コート自体薄手だし、ここの気候もそこまで暖かくないから別段怪しいことはない。

 まぁ、偶然の産物なんだけどね。だって俺はこの町を出航するまでは略奪に徹するつもりだったから、こうなるまではこの話の輪に加わる気は無かったんだよ。本当に、運が良かった。

 

 「ボスの正体が想像通りっつってたな。どういうことだ?」

 

 ゾロに冷静な調子で聞かれた。

 

 「言った通りの意味だよ。王下七武海は政府側とはいえ結局の所は海賊。犯罪組織への関与なん

て、真っ先に疑ってかかるべきだろ? 実際8年ぐらい前には、同じ七武海のドンキホーテ・ドフラミンゴが新世界にある国・ドレスローザの玉座に納まったって、新聞でも読んだし。表向きは取り繕ってたけど、絶対に何か裏があるだろーぜ」

 

 この辺、俺の知る原作ではまだ詳しく出てなかったけどさ。でも事実、表向きの事情は調べれば出て来た。

 

 「クロコダイルが似たようなことをしてても可笑しくないし、驚かないね……潜入前に考えなかったのか?」

 

 後半はビビに向けて尋ねてみると、ビビは俯いたままぽつぽつと語った。

 

 「考えて、なかったわ……クロコダイルは、アラバスタでは英雄なの」

 

 「英雄!? 海賊が!?」

 

 基本的に海賊嫌いなナミが素っ頓狂な声を上げる。

 

 「七武海は、海賊や未開の地を相手とした略奪行為を世界政府から許可されているわ。クロコダイルはアラバスタに来る海賊を退けて、結果として民を守っている……国民にしてみれば、海賊を倒してくれるならそれが国王軍でも七武海でもどちらでもいい話だもの。父や私も、むしろ感謝してたぐらいだわ……そんな英雄の顔の裏で、あいつこそが国を滅ぼそうとしてるんだって誰も気付いてないのよ!」

 

 話してる内に段々ヒートアップしてきたらしい。ビビの固く握られた拳が小刻みに震えている。

 

 何というか……内部と外部の違いってやつかな? もし原作知識が無かったとしても、俺はクロコダイルを疑ってたと思う。

 先に挙げたドフラミンゴの前例もあるし。それにスモーカーのセリフを借りるが、海賊はどこまで行っても海賊なんだから。

 まぁ敢えて言うならピースメインとモーガニアに分けられるんだろうけど、ピースメインだろうと結局は略奪が基本だしね。

 けれどビビにしてみれば、海賊とはいえ敵ではないという認識だったんだろう。

 そりゃあ腹も立つわな……。

 

 「何にせよ、おれらも無関係じゃいられねェな。晴れてバロックワークスの抹殺リストに追加されちまったわけだし」

 

 ゾロの的を得た発言に、ナミは煮干しを喉に詰まらせていた。

 

 「ケホッ! そ、そうだった……あぁもうどうすんのよ……」

 

 「ぞくぞくするな!」

 

 ルフィは能天気だった。

 ナミはもうorz状態だった。初めて見たな、他人のorz状態。

 

 「諦めなよ……はい、水とみかん」

 

 流石に可哀そうだったので、ナミの好物を渡してみた。項垂れているナミはこちらを見ないが、それでも水とみかんは受け取っていた。

 

 「ちなみに、ビビ? 10億は無理としても、出せるとしたらどれくらいなんだ?」

 

 「え? え~っと……」

 

 ビビはナミの様子を窺いながら口を開く。

 

 「私の貯金……50万ベリーぐらいなら……」

 

 ……それは果たして多いのか少ないのか。16歳の女の子の貯金にしては多いと言うべきか、1国の王女の貯金にしては少ないと言うべきか……う~ん。

 悩んでいると、ナミの暗黒が濃くなっていた。

 

 「七武海で……命を狙われて……50万? 少ないわよ……」

 

 確かに、命を張るにはちょっと安いよな。

 けど、まぁ。

 

 「0よりはマシじゃないかな?」

 

 ってか、貰えるものは貰っとくべきな気がする。

 

 正直に言わせてもらえば、俺は別に金や宝が好きなわけじゃない。確かにあちこちで略奪を働いてるけど、それはあくまでも活動資金(=殆どがルフィの食費)を稼ぐためだからね。だから、くれるっていうなら10億でも50万でもどっちでもいい。0よりはマシ。

 

 「何よ、あんたまで……事の重大さが解ってんの?」

 

 恨みがましい目で見られるけど、これでも重々承知してるつもりだ。

 

 「解ってるさ。でもな、どの道ルフィが海賊王を目指す以上は、いつかぶつかることになる相手だ。七武海だけじゃない。海軍本部や四皇だってそう……一々落ち込んでたらキリが無いよ?」

 

 確かにグランドラインに入ってすぐってのは一般的な基準からしたら早いだろうけど、一般的なんて意味のないことだ。

 海賊王を目指す人間が、一般的……普通でいちゃダメなんだから。



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第95話 ウィスキーピーク出航

 ゲシッ!

 

 「………………」

 

 「な、何故……っ!」

 

 「……ゴメン、変態かと思って」

 

 「お前は変態を見かけると蹴飛ばすのか」

 

 ゾロにツッコまれてしまった。

 

 何が起こったかって言うと、いやまぁその……あれだ。

 囮になるためにビビに扮したイガラムをつい蹴っ飛ばしてしまったんだよ。ごめん、いきなり見たもんだったからつい拒否反応が起こってしまって……一応、手加減はしたけど。

 

 これは本当に悪いことしたと思う。イガラムには心の底から謝った。でも本当にキモイからいっそもげろ、という本音もあったりする。

 ってか俺、ヤバくね? 変態を見かけると蹴るって……アラバスタで半裸の男エースに蹴りかかったりするかも。そりゃロギアになったエースには効かないだろうけど、3年ぶりの再会がそんな形になるのは避けたい。自重しよう。

 

 え? 後々フランキーはどうするのかって? ……ぶっちゃけ、あいつは蹴っても良くね?

 

 「で……変態じゃないなら、何故に女装を?」

 

 俺は1つ頭を振るとイガラムに尋ねた。

 

 「ざぐ……ゴホッ! マ~ママ~♪ ……策がございまして」

 

 聞いてみるとイガラムの策てのは例の『自分が囮になってる間に麦わらの一味にビビを送ってほしい』ってやつなわけだけど。

 

 「いいぞ」

 

 船長のルフィがあっさり了承した。

 

 「8000万って、アーロンの4倍じゃない! 断んなさいよ!!」

 

 話の流れでかつてクロコダイルにかかっていた懸賞金額を聞いたナミが、泣いて叫んでいた。でもさ。

 

 「8000万って、七武海入りして手配が失効される前の話だろ? バロックワークスを作ったのは多分その後だろうし、今だったらもっと高額に」

 

 「もうやめて! それ以上聞きたくない!」

 

 遂に耳を塞いでしゃがみこんでしまったナミ……あーあ。

 

 「どっちみち狙われるのは決定なんだから、もう腹を括った方がいいと思うよ?」

 

 肩を竦めて言うと、ナミはガックリと項垂れた。

 顔が知られてしまっている以上、ここでビビを拒んでも刺客は襲ってくるもんな。

 よし。

 

 「それじゃあ、俺は準備してくる」

 

 「準備?」

 

 きょとん顔になってるルフィに、ひらひらと手を振った。

 

 「サンジとウソップの回収と、出航準備……俺たちもさっさと出発した方がいいだろ?」

 

 説明すると、納得してくれたらしい。頷いて見送られた。

 

 本音を言わせてもらうと、イガラムの出航を出来れば見たくなかったんだよね……助かるって解ってても、かなりの規模の爆発だったから引き止めたくなりそうなんだよ。ロビンにはバレバレだから囮の意味も無いし。

 かと言って、引き止めた所で面倒なだけだもんな。メリー号で一緒にアラバスタまで行くってことになったとしても、ビビを大事にするあまりかえって邪魔になりそうだ。ここはやっぱり一時退場してもらおう。

 

 

 

 

 未だに眠ったままのウソップとサンジは小さくして運びやすくして、ついでに酒場の酒と食料も物色していたら外からもの凄い爆破音が聞こえてきた。窓から見ると、空が赤く見えるほどの炎が立ち上っているのが解る……よくあれで生きてたな、イガラム。スゲェ。

 そして、あの音でも起きない2人も地味に凄いと思う。

 んじゃ、そろそろ行くか。何だかんだ言ってもそれなりの収獲もあったことだしね。

 

 

 

 

 呑気に寝こけている2人は元の大きさに戻してから甲板に適当に放り投げ(グギャッというような短い悲鳴が聞こえた気がしたけど、それでも起きて来ないから気のせいだったんだろう)、碇を上げる。余談だけど、俺ってばこんな細腕でこんな碇を1人で引き上げるなんて……腕力そのものはもうツッコむ気は無いけど、何でこれだけの力があってこんなに腕が細いんだ。いや、細いとはいっても筋肉質ではあるけど。これが噂の世界補正か?

 帆はまだ張らなくてもいいな。みんなも来てないし。

 

 そして碇を上げている最中にいの1番で飛び込んできたのはカルーだった。流石は動物、生存本能が強い。

 4人もすぐに来た。カルーがすでに乗り込んでいることを教えると、ビビとナミに盛大にツッコまれる。勘違いしないでほしいけど、この場合はツッコまれたのは俺じゃなくてカルーだ。

 そして全員が乗り込んだことで、帆を張って出航となった。

 

 「追手って何人ぐらい来てるんだろうな?」

 

 ルフィの疑問は当然と言えば当然だろう。ナミやビビは、1000人単位で来てるんじゃないかと言っているけど……。

 

 「そんなに大勢は来てないよ」

 

 俺が言うと、注目されてしまった。ちなみにこれは知識云々ではなく、実際に今感じていることだ。

 

 「1000人どころか、1人だ」

 

 「1人!?」

 

 そんなバカな、と言わんばかりのビビ。少なすぎる、とでも思ってるんだろうか。

 

 「さっきの爆発があってからちょっと意識を集中させてみたけど、どうやっても1人分の気配しか感じない。でも別におかしな話じゃないと思うぞ? 一騎当千って言葉も世の中にはあるし」

 

 正直に話したのに、ものすっごく胡散臭そうな目で見られてしまった。ビビだけじゃない、ナミも疑ってる目付きだ。

 

 「……あんたが気配に敏感だってのはもう解ってるけど、流石に1人ってことはないんじゃない?」

 

 「いや」

 

 俺はふるふると首を横に振った。

 

 「確かに1人だ。ただし、強い……Mr.5ペアなんて話にならないな」

 

 いやマジで、ロビンの気配って結構強いよ。7900万は伊達じゃないっていうか。

 1人わけが解らないって顔をしているビビに、ナミが俺の能力を説明してくれた……ってか、マジでどうしたらいいんだろうな、見聞色。クロッカスさんの話を受けてちょっと意識してみたけど、やっぱりこれまでとそう変わらない。

 ビビはというと、説明を聞いてもやっぱりまだ疑ってるらしい。そりゃそうだよな、もう慣れた。初めはみんなに疑われるから。

 

 

 

 

 出航後、やっぱりというか何というか、舵は俺が握ることになってしまった……このままじゃ本当に操舵手代理一直線なんじゃないか? とも思ったけど、まぁもうじき船医代理も返上できるだろうからそれぐらいいっか、と思い直して大人しく舵を握りました。

 

 んで、船が流れに乗った後はそのまま船室で戦利品を整理してる。改めて見てみると、結構大量だった。こりゃあ目録を作るにしてもかなりの手間がかかりそうだな……。

 航路は川を上るコース。そしてそのまま航路に入るらしい。

 

 さて今更だけど、メリー号の舵と言えば船内にある。なので俺は1人寂しく船室にいるわけだ。

 途中で騒がしくなったからウソップ&サンジが起き出してきたんだろうと思って窓から覗くと、丁度ナミの鉄拳によって鎮められ……いや、沈められているところだった。ナミのツッコミって怖い……。

 そしてそろそろ夜が明ける、という時間帯になった頃だった。メリー号に新たな気配が現れる。

 あー、来たなロビン。

 そんな時の俺はというと、船内で戦利品(酒)を整理していた。……ちょっと片付けてから出ようかな。酒瓶を床に並べすぎた。

 自分で言うのもアレだけど、そんなマイペースなことをしてたせいか、俺が外に出たのは。

 

 「お前、帽子返せー!」

 

 丁度ルフィの帽子が盗られたところだった。

 

 「………………」

 

 「………………」

 

 お気付きだと思うが、船室から出たということはロビンと真正面から鉢合わせたということでもある。沈黙が気まずいけど、そうだな。取りあえず。

 

 「帽子はダメだ」

 

 ロビンが手に持ってた麦わらを奪い返しました。だってこれはルフィの『宝』だもんな。そう、『宝』……何でだろう。何で今この帽子を手に取った瞬間、すっごいイラァッときたんだろう? ……ダメだ、変なことは考えるな。

 

 「ユアン!」

 

 持っていた帽子は即座にルフィに投げ返しといた。

 

 「それで? 何か用?」

 

 僅か2mほど隣で欄干に座っているロビンに聞くと、探るような視線を向けてきた。多分、俺が敵意も戦意も見せないからだろう。けれどやがて口を開いた。気を取り直したらしい。

 

 「……忠告に来たのよ。このウィスキーピークの次の島の名は、リトルガーデン。あなた達はおそらく、私たちが手を下さずともその島で全滅するわ」

 

 うわー、親切デスネー。

 

 「私たちってことは、バロックワークス?」

 

 俺の質問に答えたのはビビだった。

 

 「そいつはミス・オールサンデー! クロコダイルのペアよ!」

 

 うん知ってる。でも知ってるのもおかしいから一応聞いといた。

 そしてその答えを受け、俺はどんと胸を張った。

 

 「ほら、やっぱり刺客は1人だった!」

 

 「「言ってる場合かっ!!」」

 

 ナミとゾロにツッコまれた。ちなみにルフィは帽子が戻ったと喜んでいて、こっちのことはちょっと忘れてるらしい。

 

 「……私の話を聞く気はあるの?」

 

 「何で敵の話を聞かなきゃいけないんだ?」

 

 にこにこ、にこにこ。俺とロビン、2人して笑顔で牽制し合ってます。実はちょっと面白かったりする。

 

 「そう……でも、これは渡しておくわ」

 

 ロビンは下にいるビビに永久指針を投げ渡した。

 

 「それはアラバスタの1つ手前、何も無い島への永久指針。リトルガーデンを飛び越えて行けるわよ。うちの社員たちも知らない航路だから追手も来ない」

 

 その行動にみんなは驚いているが、ゾロが1人冷静だ。罠だろう、とのこと。

 みんな、とは言っても、ウソップとサンジは事情が解ってないのか若干置いてきぼりを食らっている感じだ。

 そんな中で、前触れも無く何も無い島の永久指針を壊すルフィ……グッジョブ! 

 俺だって、島喰いのフンになんて絶対に上陸したくない!!

 ……コホン。どうでもいいことだな。みんなはそんなこと知らないんだし。

 

 「この船の進路をお前が決めるなよ!!」

 

 「そう。残念」

 

 残念と言ってるけど、むしろ楽しそうなロビン。

 用件は本当にそれだけだったらしくて、ロビンはそれを確認するとさっさとカメに乗って行ってしまった。

 しかしあのカメ随分と座り心地のよさそうなソファを付けてるな……何て優雅な航海なんだ!

 

 「あの女……何を考えてるのかさっぱり解らない」

 

 去っていくロビンを見送りながら、ビビはがっくりと膝を突いている。確かにロビンの行動は端から見ると意味不明だ。罠じゃないとしたらバロックワークスの副社長らしからぬ行動だし、罠なら罠でもっと効率よく引っかける方法がいくらでもある。

 

 「けど豪華だなぁ、バロックワークスって。社長が七武海のクロコダイルで、副社長が『悪魔の子』ニコ・ロビンだなんて」

 

 「えぇそうね……って、ニコ・ロビン?」

 

 頷きかけ、途中で首を傾げるナミ。不思議そうな顔をしているのはゾロやビビも同じだ。

 

 「それって、ミス・オールサンデーのこと?」

 

 ビビが困惑しながら見上げてくるので、1つ頷く。

 

 「そう。手配書で見たことがあるんだ。確か懸賞金額は7900万ベリーだったよ」

 

 7900万、とみんなは瞠目した。

 

 「クロコダイルと殆ど変わらないじゃない!」

 

 ナミが悲鳴のような声を上げた。

 

 「そうだね……20年ぐらい前に、8歳かそこらで手配されたらしい」

 

 別にさっき目の前で言ってもよかったけど、そうしなかったのは変に警戒されたくなかったからだ。

 にしても20年前か……今この場にいる誰も、産まれてすらいなかった頃だよな。長いね……。

 

 「おい、状況を説明してくれよ! 何がどうなってんだ?」

 

 「ミス・ウェンズデー、もしかしてお仲間に!?」

 

 状況はまるで解らず、それでも妙な空気は感じ取っているんだろう。ウソップは必死だ……サンジは既にいつものラブコックだけど。

 とりあえず、2人に事情を説明する。主に、ナミと俺が。ゾロは黙ってる。ルフィ? あいつはそもそも説明には不向きなのでカウントしてない。

 話の途中でナミがふと俺の方を見てきた。

 

 「そういえば、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

 え、俺に?

 

 「ナミすわぁん♡ ご質問でしたらおれがッ!」

 

 メロリン状態で割り込もうとしたサンジがナミの鉄拳に沈んだ。容赦ないな!

 

 「さっきあの女が言ってたじゃない、私たちが次に向かう島リトルガーデンは随分危険なところだって……何か知らない?」

 

 あぁ、リトルガーデンのことか……って。

 

 「何で俺に聞くんだ?」

 

 素朴な疑問である。わざわざ呼びつけてまで聞くようなことだろうか?

 

 「あんたは、アラバスタのことだって知ってたじゃない。だからもしかしたらって……リトルガーデンって名前、私もどこかで聞いたことがあるような気がするのよ。でも思い出せなくて……」

 

 なるほど納得。俺は1つ溜息を吐いた。

 

 「……確かに、少しは知ってるけどね。古代生物が住む太古の島だよ」

 

 「つまり? どういう風に危険なの?」

 

 「ぶっちゃけ、ジャングルでトラが血塗れになって倒れるような島だね」

 

 要するに、命の危険があるということである。ナミは口から魂が出て来そうになっていた。

 

 「太古の生物って、何だ?」

 

 それまで黙って聞いていたルフィが首を捻っている。何って言われても、太古の生物は太古の生物だ。

 

 「恐竜とかだな」

 

 「つまり何だ?」

 

 「冒険が一杯の島」

 

 冒険! とルフィが目を輝かせた。出たな、『冒険をしないと死んでしまう病』が。

 

 「サンジ! 朝メシ! それに海賊弁当!!」

 

 「ルフィ……リトルガーデンにはまだ着かない。気が早すぎだ」

 

 そりゃーもう、キラキラと目を輝かせて……眩しいな。それにしても、島に着いたらそのまま飛び出して行きそうな勢いがあるね。

 

 「そういえば、何で『リトル』ガーデンなのかしら?」

 

 魂が戻ってきたナミに聞かれた。確かに、太古の生物と言われれば比較的大型の生物を想像するだろう。しかし、答えはいたって簡単だ。

 

 「それは、巨人族の戦士がいるからだよ」

 

 巨人から見れば、鬱蒼と生い茂るジャングルだって小さな箱庭みたいなものなんだろうね。

 

 そう軽く答えると、ルフィが顔を輝かせる傍らで再びナミの魂が抜け出そうになっていた。

 

 

 

 

 いざ、リトルガーデンへ。




グランドライン突入編、終了。


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アラバスタ編
第96話 リトルガーデン


リトルガーデン・ドラム王国もアラバスタ編に含まれています。


 ひとまず話を理解したウソップとサンジの反応は、実に対照的だった。寝てて良かったと安堵するウソップに、今後の活躍を望むサンジ。

 どっちにしてもビビは微妙に戸惑ってるけど。

 

 

 

 

 2本目の航海は1本目ほど荒れることは稀。だから、のんびりとした航海の間にゆっくりとウィスキーピークでの戦利品を纏めていた。

 1番手間取ったのはやっぱり武器類だった。たくさん盗ったもんな。

 品ごとに分類して目録を作っていく。単調な作業だけど、俺が盗ってきた以上は責任持ってやらなければ。今までは雑すぎた。ローグタウンでの換金でも結構交渉しなきゃならなくなっちゃったし。

 

 途中でデカイルカと遭遇したときは手伝いに出たけど、それ以外には特に問題は無かった。

 ただ、一々出て来るのは面倒だと思って、それ以後は甲板にて整理を行っていた。

 

 

 

 

 そして見えてきました、リトルガーデン……意外と早かったな。まだ整理が終わってないよ。

 

 「グランドライン2つ目の島だァ!」

 

 リトルガーデンが視界に入ってきたことでどこか絶望的な表情を浮かべるのはナミとウソップ。

 

 「リトル……ガーデン……」

 

 「太古の生物……巨人の戦士……」

 

 ……そっとしといてあげよう。元凶は俺かもしれないけど!

 けど、ビビがそこまで気負っていないのはちょっと意外だ。ビビだってバロックワークスでフロンティアエージェントを張ってたんだから決して弱くは無いんだろうけど、それにしたって太古の密林は十分脅威だろうに。警戒はしていても過剰反応はしていない。

 後の3人は……言うまでもないだろう。全く問題無し。ルフィに至っては、どきどきわくわくきらきらって感じだ。ついでに言うなら、サンジはもう弁当を作り終えている。ルフィに急かされた結果である。

 

 「こんな植物……図鑑でも見たことないわ」

 

 船が河口から島に入ると、生い茂るジャングルを見渡してナミが呟いた。

 

 「ややややっぱり、太古の……?」

 

 ウソップは既に膝が笑っている。

 その時、ジャングルから獣(?)の声が聞こえ、上空でも何かが飛んでいった……あれって、始祖鳥ってヤツか? 

 そんなことを考えていたら、ドォンというもの凄い轟音が振動と共に響いてきた。

 

 「ま、まるで火山でも噴火したような音だぜ!?」

 

 ありゃま。

 

 「ウソップ、鋭いな」

 

 「へ?」

 

 「リトルガーデンには活火山があるらしい。多分、今のはその音だ」

 

 例えとして口に出しただけで、実際に火山があるとは思ってなかったんだろう。ウソップはお馴染みの『叫び』状態になっている。久々だ。

 

 にしても火山……火山の噴火、か。マグマ……赤犬。まだ先の話だし今言ってもどうにもならないけど、どうにかならないのかな? 思想的にもヤバすぎるし、エースと相性最悪だってのが何とも……アレ? 『赤』犬?

 マグマって……赤いよね? 白いマグマとか青いマグマとかって無いよね? 炎だと赤よりも白や青になってる方が高熱だって何かで読んだ気がするんだけど……マグマはどうなんだろ? だー、もう! 何で調べておかなかったんだ、前世の俺! ……調べるわけないか。まさかこの世界に転生するなんて、ましてやエースが育ての親になるだなんて予想もしてなかったし。

 このリトルガーデンは無理にしてもドラム島には本ぐらいあるだろうし、調べられないかな……それどころじゃない状態に陥るかもだけど、それは置いといて。

 青い炎を出すのは決して不可能じゃないと思う。ガスバーナーでも青い炎は出るし。いや、俺はメラメラの能力者じゃないから詳しいことは解らないけど。まぁ、その辺はアラバスタでエース本人に確かめるとしてだ……でももしそれが可能で温度の問題が何とかなるなら……ひょっとして赤犬って、攻略可能? それもエースが。

 だってマグマグがメラメラの上位なのは、『マグマは炎すら焼き尽くすから』。逆に言えばそれって、炎の方が高温ならば焼き尽くされるのはマグマの方なんじゃね?

 相手だって海軍本部大将だ、既に能力を攻略されることも視野に入れて何らかの対策を講じている可能性も皆無じゃない。けど原作の様子を見る限り、少なくとも(エース)に対しては絶対の自信を持っていて単純なマグマ攻撃を仕掛けていただけな気がする。その余裕……言い様によっては油断は、最大のチャンスじゃないか? 

 いや、マグマと炎の問題じゃなくてその身に宿る悪魔の力の差の問題だ、とか言われたらどうしようもないけど。

 

 個人的には、黄猿の方が厄介な気もするけど。光人間だからって光速移動って何だよ。レーザーとか、光線だとはいえ光の分野なのかよ。

 

 ……どの道、赤犬に関してはエースが温度変化が可能か否かを確かめないことには何とも言えないか。この話題はひとまず保留にしておこう。

 

 「待てコラァ!!」

 

 ん?

 

 「聞き捨てならねェ……てめェがおれよりデケェ獲物を狩ってこれるだと!?」

 

 サンジが既に上陸しているゾロを見下ろしながらメンチ切っていた。

 って、いつの間に冒険に出てたんだルフィのやつ。どうせ鉄砲玉みたいに飛び出して行ったんだろうけど……ビビもいないや。考えに没頭してて気付かなかった。

 

 「「狩り勝負だ!!」」

 

 そうこうしてる間にもゾロとサンジはいがみ合ってる。サンジもとっくに船を降りてるよ。

 

 「いいか、肉何㎏狩れるか勝負だ!」

 

 「何tかの間違いだろ。望むところだ」

 

 2人は足音も荒くジャングルへと入って行った。

 うん、何㎏でも何tでも好きなだけ狩ってきてくれ。小さくすればまだまだ積めるし……でも待てよ、あんまり生肉があっても腐らせるだけか? いや、ルフィがいるからそんなことにはならないかな。万が一なってもあいつなら腐った肉ぐらいペロッと平らげそうだし……ダメだダメだ、あいつも一応は人間。腹を壊したりしたら流石に可哀そうだよ……ん?

 

 「…………………………」

 

 「…………………………」

 

 え~っと、何でそんなにガン見してくるんでしょーか、お2人さん?

 そう、甲板に座り込んで整理を続けていた俺……考え事してても手は動かしてたんだな、自分でもビックリだ……を振り返り、じ~~~~~っと見詰めてくるナミとウソップが目の前にいます。

 

 「ユアン……お前ェは上陸したりしねェよな……?」

 

 恐る恐る、といった調子で聞いてきたのはウソップだ。

 

 「その内降りるよ。用もあるし」

 

 嘘ではない。用があるのは本当だ……けど、その言葉に2人は過剰な反応をした。

 

 「用!? 初めて来た島に何の用があるっていうの!? いいからあんたはここにいなさい!」

 

 「そうだぞ! お前ェはこんなか弱い2人だけを船に残すつもりか!?」

 

 2人とも言葉と口調は強気というか責めているような感じだけど、実際には涙目で両サイドから腕に縋り付いて懇願してきている状態だ。どんだけ怯えてんだよ。

 こんな風に言われたら、降りたくても降りられないじゃんか。そりゃ、今はまだ降りる気は無いけど。

 

 「落ち着いてよ、そうは言ってもまだ降りないから。これらの整理も終わってないし」

 

 これ、と言って手に持っているものを掲げて見せた。ちなみに、今は酒場から押収した品々に手を付けている。掲げたのは酒瓶だ。安物だけど。……高い酒は軒並み宴会で飲み尽くしたんだろう。恐らくはナミが。ゾロは酒飲みではあるけど、高い安いをそれほど気にしてる風では無いし。

 

 俺の答えに2人はあからさまにホッとしていた。

 気持ちは解らんでもない。こんな危険地帯に狙撃手と戦闘能力が殆ど無い航海士が2人で取り残されればさぞ心細いだろうから。

 それは解る、解るけど。

 

 「でも、この島は次への記録を貯めるのに1年はかかるはずだよ?」

 

 瞬間、2人は理解不能な言語を聞いたような顔になった……面白っ!

 

 「ちょ、ちょっと待って?」

 

 ナミの声が裏返っている。

 

 「1年!? ウソでしょ!? その間にアラバスタは滅んじゃうかもしれないのよ!?」

 

 「そうだね」

 

 俺はコクリと頷いた。

 

 「だから、ビビの前では言わなかった。焦って妙なことされても困るだろ?」

 

 その言葉に次に噛み付いたのはウソップだ。

 

 「言わなくても、その内バレるだろ!?」

 

 まぁ、それはそうだろう。言わなくても記録が貯まらなければいずれバレる……何も起こらなければ。

 

 「その前に何とかなるさ。実際にどれだけかかるかは解らないけど、1年かからずに出航できるはずだ。早ければそれこそ今日にでも」

 

 俺は持っていた酒瓶を甲板に降ろした。

 

 「? どういうこと?」

 

 1年かかると言ったすぐ後に今日にでも出航出来るなんて言う俺の発言が理解できないんだろう、当然ながら問い返された。

 

 「ニコ・ロビン……ミス・オールサンデーって呼んだ方がいいかな? 彼女は、自分が俺たちの前に現れたのは指令を受けたからじゃないって言ったんだろ?」

 

 俺が出て来る前のロビンの言動については、粗方聞き出してある。俺の確認に2人は揃って頷く。

 

 「なら、また誰か別のエージェントが指令を受けて俺たちを始末しに来るはずだ。イガラムっていう囮がもう無い以上、やつらも俺たちが次に行くのはこのリトルガーデンだって見当を付けるはず。そして追ってくる……やつらは島を順番に巡る航海者じゃないんだ、絶対にどこかしらかへの永久指針を持ってる。ひょっとしたら、それこそ計画の地であるアラバスタへの永久指針もあるかもね。まぁ何にせよ、それを奪う」

 

 「でも、もし……持ってなかったら? ううん、ひょっとしたら追手も来ないかもしれないし……」

 

 2人にしてみれば、追手はむしろ来ない方がいいんだろう。顔色が悪い。

 

 「その時はこれを使えばいい」

 

 言って俺はコートのポケットからドラムへの永久指針を取り出した。

 

 「これ! 永久指針じゃない! 何でこんなの持ってるのよ!?」

 

 「永久指針? これが?」

 

 驚くナミとは裏腹、ウソップは物珍しげだ。

 

 「双子岬でクロッカスさんに貰った。グランドラインに入る前に提案しただろ? ドラム王国ってとこで船医を見付けないかって。こんなことになっちゃったから今は言わないけどね。これはそのドラム王国への永久指針」

 

 けれど、その説明では2人とも腑に落ちなかったらしい。

 

 「それなら、初めからそのドラム王国ってとこに行けばいいじゃねェか。こんな危険なところになんて来ずに」

 

 確かに、とにかく安全を最優先するならウソップの言う通りだろう。けど。

 

 「そうしなかった……ってか、提案しなかった理由はいくつかある。まず第1に、記録指針通りに進めば追手が来る可能性が極めて高くて、そいつらならアラバスタへの永久指針を持っているかもしれないから。第2に、リトルガーデンについての話をウィスキーピーク出航直後にしたからか、ルフィが冒険に目を輝かせていてそれを奪うのは嫌だったから。最後に」

 

 「待てィ!」

 

 順に告白していると、何故か途中でウソップに遮られた……ってか、ツッコまれた?

 

 「確かにルフィはわくわくしてたが、それ以上におれたちは憂鬱だっただろォが! お前はルフィさえよければいいのか!?」

 

 「当たり前だ」

 

 何を言ってるんだコイツは。船長の意向に従うのは当然じゃんか。

 

 そうでなくても、ルフィは俺の優先順位第2位だ。扱いが雑だってよく言われるし、普段は結構ボロクソに言ってるけどな!

 ついでに言うと1位はエースである。ちなみに、母さんは既に故人なので優先順位にはカウントしてない。その次はサボで、そのまた次が一味のみんな。んでその次はダダンたちかな、何だかんだ言っても世話になったし……って、祖父ちゃんが中々出て来ない! ゴメン祖父ちゃん!

 

 「サラッと即答すんなァ! お前さては、ブラコンだな!?」

 

 「そうだよ」

 

 「開き直った!?」

 

 ウソップはがーん状態になってるけど、そんなのこっちはとっくに自覚してる。そもそも、優先順位のトップ3があの3人って時点でもう手遅れだろう。

 

 「……で最後に、恐竜の肉を食べてみたかったから。以上」

 

 や、だって本当に食べてみたかったんだよ。恐竜なんて今までに食べたことなかったし。

 あれ? 何で2人はorz状態になってるんだ?

 

 「後半2つの理由は明らかな私情じゃない……」

 

 「肉を食いたかったって……結局あいつはルフィの弟なんだな……むしろ、色々と考えを巡らせてる分より性質が悪ィぞ……」

 

 失敬なやつらだ。

 

 「もう1つ聞かせて。何で移動手段があるのに『記録を貯めるのに1年かかる』なんて言ったの?」

 

 ナミがどこか諦めたような視線で問いかけてきた。

 

 「それを知った時の2人の反応で楽しみたかったから」

 

 嘘偽らざる本心である。からかったんですごめんなさい。

 そして更に脱力する2人。諦めてくれ、俺は性格が悪いんだ。

 

 「こうなったら……せめて、巨人の戦士ってのが穏やかな人たちであることを願うしか……」

 

 穏やかな巨人とか戦士とか、そりゃいるだろうけど……こんな島でそんなのを求めても無駄なんじゃなかろうか。

 よし。

 

 「じゃあ、お詫びに事前情報な。この島にいる巨人の戦士たちってのは、100年ぐらい前に暴れ回っていた巨兵海賊団の2人なんだって。懸賞金は2人とも1億ベリー」

 

 ……あれ? ウソップの『叫び』お馴染みだけど、ナミまで『叫び』状態になった。

 

 「クロコダイルよりも高いじゃないの!!」

 

 あ、そういえばそうだな。

 

 「大丈夫だよ、別にその戦士たちは敵じゃないんだし……って、聞いてないな」

 

 口から魂が出てきてるよ、2人揃って。これは、いらんことを言ったかな……さっき俺自身言ったけど、別にあの2人は敵じゃないんだから懸賞金額を教える必要なんて無かったかもしれない。しかも、億越えへの反応を甘く見てた。

 2人の魂が戻るまでの数分間、ちょっと中断してた整理を再開する……ん? この気配は……。

 

 「す、すぐに行こうぜ! あいつらが戻ってきたらよ!」

 

 「そうね! この際回り道も仕方がないわ! 命が1番よ!」

 

 あ、戻ってきた。でもなぁ……。

 

 「無駄だと思うよ?」

 

 忠告したのに、返ってきたのは鋭い眼差しだった。

 

 「黙んなさい! あんたのブラコンと食欲なんてどうでもいいのよ!」

 

 「いや、そうじゃなくて」

 

 「巨人と出くわす前に早く」

 

 「おれ達がどうかしたか?」

 

 もうすぐそこに件の巨人がいるよー……と言おうとしたけど、その前に本人に声を掛けられた。

 それに対して、ものの見事にビシィッと固まる2人。ギギギ、と揃って錆びついたブリキ人形のようにぎこちなく振り向いて、さっき声のした方に……もっと言うと、俺の視線の先に目を向けて、再び口から魂が出かけていた。ついでに涙目だ。

 

 「お前ら、酒を持ってないか?」

 

 そこには、見上げるような巨体の男……巨人ブロギーがいた。

 



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第97話 決闘

 生まれて初めて巨人を見た俺の率直な感想を述べよう。

 

 羨ましい!!

 

 いや、頭では解ってる。あそこまで大きいと色々と不便や不都合もあるだろうってことは。でも、今まで散々チビだなんだと言われてきた身としては……羨ましい俺もデカくなりたい身長わけて!!

 ……コホン。失礼、暴走した。

 おっと、それよりも質問に答えなければ。

 

 「あるよ」

 

 何がって? 酒だよ、さっき聞いてきたから。

 俺が答えるしかない。ウソップとナミは今度はすぐに魂を取り戻してくれたけど、思いっきり俺を盾にして隠れてるから。

 

 「そうか、あるか!」

 

 ブロギーはそれはそれは嬉しそうに笑った。気持ちは解る。こんな島じゃ酒なんて碌に手に入らないだろうし。けれど、そんな和やかな空気は一転。

 

 「ぬぅあっ!?」

 

 ブロギーがもの凄い顔になった。その尻に恐竜が噛り付いたのだ。

 にしても、船がとても揺れた。巨人の衝撃凄い。

 あ、恐竜はブロギーが一太刀にて首を切り落として終わっていたよ。

 

 「我こそがエルバフ最強の戦士! ブロギーだ!! 肉も取れた。もてなすぞ、客人よ!」

 

 おぉ!

 

 「気前いいな! じゃあ遠慮なく頂くよ、恐竜って食べてみたかったんだ! こっちからは酒を提供する!」

 

 俺が立ち上がると、縋っていた支えを無くした2人がズテッと前のめりに倒れた。

 

 「ガババババババ!!」

 

 ブロギーが急に大口を開けて笑い出した。え? 何で?

 

 「こりゃあいい、久々に活きのいいチビ人間だ!」

 

 …………………………落ち着け俺。コイツの言ってる『チビ』ってのは他意のあることじゃない、巨人族にしてみれば普通の人間なんてみんなチビだ。別に俺が特別小さいとかそういう意味で言ってるんじゃない。多分、きっと、絶対!

 よし深呼吸をしよう。

 

 「うおぉい!」

 

 「ぐふっ!」

 

 大きく息を吸い込んだその時、ウソップが背後から俺の腹あたりにしがみ付いてきた……息が詰まったじゃねェか、この野郎。

 

 「お前、何考えてんだ! 肉に釣られるな!」

 

 「相手は巨人で、しかも1億の賞金首よ!」

 

 見ると、座り込んだまま俺にしがみ付くウソップに、更にナミがしがみ付いていて……連結状態だな。

 

 「……いいじゃんか、1億懸けられてる巨人だって。もてなすって言ってくれてるんだからさ。別に付いて来てくれなんて言ってないし、お前らが嫌なら俺1人で行く」

 

 キッパリ断言すると、凄まじい形相で睨まれた。

 

 「ふざけんなァ! こんな所におれたち2人だけを置き去りにする気かァ!!」

 

 確かにその気持ちは解る、解るけど。

 

 「何で俺だけそんなこと言われるのさ。ルフィもゾロもサンジもさっさと降りてっただろ?」

 

 若干面白くない。俺だけ自由が無いなんて嫌だ。

 

 「で? どうする? 一緒に行く? それとも2人っきりっでこの場に残る?」

 

 あえて2人っきりというのを強調して最終確認を取ろうとしたら丁度いいタイミングでギャアギャアとけたたましい獣(?)の声がジャングルから聞こえてきて、2人はビクゥっと大きく体を震わせた。

 

 「言っとくけど、あの人の誘いを断るっていう選択肢は俺の中には無いからね?」

 

 あの人と言ってブロギーを指差す。有無を言わさぬニッコリ笑顔で言い切りました。反論は受け付けない。

 ええ、息が詰まったことをまだ少し根に持ってますが何か?

 

 「「………………」」

 

 2人はしばらく愕然としていたけど、やがて沈痛な面持ちで一緒に行くと答えた。何だか目に涙が溜まっているように見える……あれ? 俺ってばいじめっ子?

 

 

 

 

 俺たちはブロギーの家へと連れて来られた。ブロギーもデカいと思ったけど、後ろに見えるあの骨もデカい。あれだよ、2人の喧嘩の原因になったっていう海王類の成れの果て。ここまでデカいと、パッと見みはこれが骨だったなんて解らないね。

 

 さて、肉も酒も手に入ったブロギーはかなり上機嫌である。彼の起こした火で焼けていく恐竜の肉が結構香ばしいいい匂いを放つもんだから、俺も上機嫌。ちなみに、一応調味料として塩や胡椒、醤油なんかも持ってきてある。1回食べてみて、それによって味付けを決めよう。

 反対に沈んでいるのがナミとウソップ。まるで殉教者のような表情でいて、その視線の先には人骨の山……うん、あれは知らなきゃ怖いな。肉が完全に焼けるまでの間にその恐怖は少し取っ払っておこう。

 

 「ブロギーさん、あの骨の山は何だ?」

 

 軽く問いかけたけど、それに反応したのはブロギーよりもむしろナミとウソップだった。聞きたいような聞きたくないような、そんな複雑な視線で俺たちを見る2人。

 当のブロギーはというと、これまた軽い感じであっさり答えてくれた。

 

 「ん? ああ、あれは今までにこの島に来て死んだ、てめェらチビ人間どものもんだ」

 

 実に簡単に言ってのけているけど、よくよく考えれば凄い話だ。

 

 「やっぱりィーーーーー!!」

 

 話に耳を傾けていたウソップが突然絶叫した。うるさいな。

 

 「おい、なんだよ大声出して……って、何で寝てるんだ?」

 

 片耳を押さえながら隣を見ると、ナミにもたれかかるようにしながら寝ているウソップがいた。あれ? ついさっき叫んでたよね?

 俺がちょっとキョトンとしてたら、涙目のナミに詰られてしまった。

 

 「バカ! 気絶してんのよ!!」

 

 ……あ、本当だ。泡を吹いてるや。

 

 「おい、どうした?」

 

 ブロギーが心配そうにウソップを覗き込んだ……が。

 

 「いやーーーー!! 食べられるーーーーー!!」

 

 ウソップを支えていたから必然的にブロギーに顔を寄せられることになったナミが絶叫した。けれど一言付け加えておこう。気絶はしてない。

 

 「ガババババババ!!」

 

 ナミの叫びを受けたブロギーは愉快そうに笑った。

 

 「何だ、そんなことを考えてたのか! 心配するな、人間など食わん! 肉も薄いからな!」

 

 ……え~っと、あのですね、ひょっとして肉付きが良かったら食べるんですか? ……冗談だと思おう。 まぁとにかく、その言葉を聞いてもまだナミは半信半疑だ。

 

 「で、あの人たちは何で死んだんだ?」 

 

 俺は話の筋を元に戻した。

 

 「ああ。ある者は恐竜のエサに、ある者は暑さと飢えに、ある者はおれ達に攻撃を仕掛けたためにな。まぁ理由は様々だが、人間にはこの島での1年は長いらしい」

 

 「1年、って……この島の記録が貯まるための時間?」

 

 恐る恐るという感じで尋ねたナミに、ブロギーは鷹揚に頷いた。

 

 「そうだ」

 

 あっさりとした答えを聞いた瞬間、ナミは大きく肩を落とした。

 

 「本当だったんだ……1年」

 

 「どういう意味だよ」

 

 何だかちょっと面白くない。

 

 「俺の発言、信じてなかったのか? 流石に嘘であんなことは言わないよ」

 

 確かにからかいはしたけど、そのためだけにそんな性質の悪い嘘を吐くほどの外道にはなってない……いや、俺って十分外道か。でもやっぱり、そこまでは行ってないつもりだ。

 ナミは力無く頭を振った。

 

 「信じてないとかそういうのじゃなくて……信じたくなかったのよ」

 

 あぁ、つまり現実逃避か。それは責められないな……何しろ、ついつい現実逃避をしてしまうってのは俺もかなり身に覚えがある。

 

 「さァ焼けたぞ、食え!」

 

 ブロギーはよく焼けた恐竜の肉を俺たちの前にドンと置いた。しっかし肉もデカいな。俺の身長よりも高さがある。

 

 「ウソップー、起きろー。食べ逃すぞー」

 

 え、声に気持ちが入ってない? いや、だってこのまま寝てたら寝てたでウソップの分の肉を俺が食べられるかなー、なんて。

 そして未だに絶賛気絶中のウソップを揺するけど、反応が無い……ハッ! これはあれか? あの名言を使うのに格好のシチュエーションか!? よし、やろう!

 

 「へんじがない。ただのしかばねのようだ」

 

 「縁起でもないこと言うなァ!」

 

 ちょっと感動を噛みしめていたら、ナミの鉄拳が飛んできた。痛い。

 

 「そう怒らないでよ。この名言を言ってみたかっただけなんだ」

 

 殴られた頭を擦りながら訴えたけど、ナミはジト目で睨んでくるだけだった。その視線が言っていた……『それのどこが名言だ』と。

 ま、ウソップはいっか。そっとしておこう。その内に起きるだろ。

 んで俺は食べる。そのために来たんだし。

 

 「遠慮せずに食え!」

 

 そうさせて頂きます。にしても。

 肉を勧めてくるブロギーの手には俺が船から持ってきた酒樽が握られているんだけど、樽がジョッキみたいだ。あれじゃあすぐに無くなっちまうよな……あれ? 簡単な話じゃん。

 

 「ブロギーさん」

 

 今まさに酒を飲もうとしていたブロギーに声を掛ける。

 

 「ん? どうした、小僧」

 

 「実は俺は悪魔の実の能力者でさ。その能力を使うと酒も肉ももっとたくさん飲み食い出来るようになるんだけど……やってみる?」

 

 そうだ、それがいい。

 酒や肉のこともあるけど、ブロギーが小さくなってくれればナミとウソップも少しは気が楽になるだろう。

 

 「そんなことが出来るのか」

 

 なら頼む、と軽い驚きと共に承諾を得て、俺はブロギーに対して能力を発動した。

 

 

 

 

 結果としては上々である。

 小さくなったことでブロギーは驚いていたけど、あくまでも飲食の間だけでそれが終われば元に戻すことを告げたら納得してくれて、今では2人で楽しく酒盛りをしていたりする。

 ウソップはまだ気絶していて、ナミは色々と疲れたから食欲が無いと言って辞退した。肉はともかく酒までいらないって言うんだから相当なんだろう。

 そうそう恐竜の肉だけど、これが中々美味い。結構ジューシーだし。俺のお気に入りの味付けはわさび醤油だ。ブロギーはシンプルに塩らしいけど。

 

 「うぅ……ここは……」

 

 あ、ウソップが起きた。

 ウソップはぼんやりとした顔で周囲を見渡していたけど、その目がブロギーを捉えたその瞬間。

 

 「ぎゃーーーーー!! 巨人がちっせェーーーー! ……小さい?」

 

 叫んだ。

 てか、反応遅っ!? ちなみに現時点でのブロギーは、並の人間と大体同じくらいのサイズである。

 

 「俺の能力だ」

 

 もぐもぐと肉を咀嚼して飲み下しながら教えてあげた。

 

 「あ……ミニミニの」

 

 ウソップもようやくそれに思い至ったらしい。

 

 「それより、ちょっと黙っててくれないか? 今、興味深い決闘の話を聞いてたんだ」

 

 事実である。俺たちの酒盛りの話題は、ブロギーVSドリーの決闘のいきさつだから。

 

 「決闘?」

 

 わずかにだが、ウソップが興味を示した。

 

 「気になるんならお前もこっちに来いよ。酒はあげないけど」

 

 肉はいいんだけどね。酒はヤだ。

 

 「お前ェ、セコイな!」

 

 ビシィっと裏手でツッコまれてしまった。

 

 

 

 

 2人の巨人が戦いを始めたのはおよそ100年前。寿命が人間の3倍ある巨人ならではの年月だ。

 当人たちは既にそもそもの理由を忘れてしまったものの、1度戦いを始めてしまった以上は互いに引く気は無い。

 そんな話を聞いている中、一際大きな火山が爆発した。

 

 「おゥ、元に戻してくれ」

 

 神妙な顔になったブロギーを、元の大きさに戻す。

 

 「いつの間にかお決まりになっちまってなァ……真ん中山の噴火は決闘の合図」

 

 元の巨人に戻ったブロギーは、傍らに置いていた武器を手に取ると歩き出した。

 それを黙って見送ると、向こうの方から別の巨人が1人やってくるのが見えた。彼がドリーなんだろう……ってか、その他にいない。

 

 「何言ってんの……理由が無いのに100年も決闘だなんて」

 

 ナミが呆れた口調で呟いていたけど、それは違うと思う。

 理由が無いんじゃない。忘れたというのも事実だろうけど、実際のところはもう理由なんてどうでもいいんじゃないかな。

 

 「誇りだ」

 

 今のはブロギーの声じゃないから、ドリーが向こうにいるだろうルフィたちに言ったんだろう。巨人の声というのはよく響くらしい。

 

 「「オォォォォォォ!!」」

 

 2人は間合いに入ると、それぞれが己の武器を振り上げ決闘を開始する。

 

 「「理由など、とうに忘れた!!」」

 

 ガァンという武器と防具のぶつかり合いに、ここら一帯の空気が振動した。

 

 




 地の文では『ブロギー』、呼びかけでは『ブロギーさん』となっております。


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第98話 四面楚歌

 2人の巨人による決闘は、間近で見ているとまさに圧巻だった。もうさ、彼らが武器を振るうと空気が振動するんだよ。2人が巨体だからこその迫力という部分もあるだろうけど、戦士としての技量も無ければここまでにはなっていないだろう。

 

 「今のうちに逃げられるんじゃない?」

 

 ナミは決闘にはあんまり興味が無いみたいだ。ってか、ブロギーは別に危険人物じゃないって解っただろうに、何でそんなに逃げたいんだろう。

 

 「俺はヤダ。まだ肉も余ってるし」

 

 先ほどわさび醤油で食べていた肉塊は既に食べつくしたけど、すぐそこの焚火では他の骨付き肉が焼かれている。

 

 「俺は、是非あれをしょうが醤油で食べたい」

 

 「「まだ食うのかッ!?」」

 

 ナミだけでなく、ウソップもツッコんできた。息がピッタリだな。

 でも想像してみろよ。醤油のコクと、キリリと味を引き締める生姜との二重奏。あ、想像しただけで腹が鳴りそう。

 

 「お前ェ、意外と食うんだな……いつもは精々、かなり大盛りぐらいしか食わねェのに」

 

 ウソップは何だか遠い目をしていた。

 

 「食べなくても問題は無いんだよ。必要な栄養素は摂ってるから。でも余裕があれば食べる。それだけだ」

 

 実際、その気になれば俺はルフィと同じぐらい食べることは出来る。凄いぞモンキー家の胃袋……あ、でもエースとサボも大食いだったっけ。立派に染まってたんだなァ。

 でもあいつと違って限度と我慢を知ってるから、普段はやらないんだよね。

 

 「それで? ウソップはどうするんだ?」

 

 逃げたいナミに動きたくない俺。ウソップはどうだろうと問いかけると、巨人の決闘を見たいと答えてきた。それにナミは呆れているけど、大人しく座りなおした。流石にこのジャングルを1人で歩いて帰る気にはなれなかったらしい。

 

 俺としては、他人の決闘はやっぱり他人事だ。ナミのように『傍迷惑な喧嘩』とは思わないし、そこまで冷めてもいないけれど、『こういう誇り高い男になりてェ』と語るウソップほどのめり込む気にもならない。ま、中間ってとこか。

 

 そしてブロギーVSドリーは最終的に、互いに自分の持っていた盾で相手の顔面をぶっ叩いたことで終わった。73466戦73466引き分けらしい。

 

 

 

 

 戦闘終了直後にブロギーから酒の話を聞いたドリーにも少し酒のお裾分けをすることになった。

 で、だ。

 

 「俺が船に戻ることになった、と」

 

 はい、俺は小さな骨付き肉を齧りながら1人で船への帰路に就いています。何故か? ドリーへの酒を俺が配達することになったからだよ。

 

 あの後ブロギーを再び人間サイズにまで小さくしてさ、ドリーも同じように小さくしたらよくね? って思って俺が配達係となったわけだ。船から酒を取ってきてドリーの所に持って行くんだ。ブロギーに渡した分とは別にドリーにも渡したいからね。

 ナミも一緒に船へと帰りたそうだったけど、『帰ってもその後はもう1人の巨人の所へ行くことになるよ?』って言ったらブロギーの所に残った。

 

 道中では1・2度小さな恐竜に襲われたけど、問題は無かった。返り討ったから。

 

 「にしても、わさび醤油もよかったけどしょうが醤油も中々……」

 

 後でにんにく味噌も試してみようかな。味噌と醤油は日本人(?)の心だよね……ん?

 もうじきメリー号に着くんだけど……誰かいるな。あ、そういえば……。

 

 「………………」

 

 ようやく到着したメリー号。そこにいたのは。

 

 「よし、この酒樽だな」

 

 やっぱりな! Mr.5とミス・バレンタインだ! そっか、あの時のドリーの『酒を分けてくれ』発言をどっかで聞いてて、Mr.3に言われて酒に爆弾を仕込みに来たんだな!

 ……って、思い至ってスッキリしてる場合か! 何て遭遇率だよこれ!

 

 多分、1番手前にある酒樽に爆弾を仕込んだんだろう。確かに何事も無ければそれを持って行く可能性が高い。

 あはは……俺たちの酒をダメにしやがってこの野郎どもが。

 

 「キャハハハ! これで酒が胃袋の中で爆発するってワケね!」

 

 うん、わざわざ説明ありがとう。

 

 「さて、取りあえずMr.3の所へ向かおう。ミス・バレンタ」

 

 外に出るべくクルリと振り向いたMr.5の目が、戸口に立つ俺を捉えた。

 

 「どうしたの、Mr.ファ」

 

 一拍遅れたものの、ミス・バレンタインも然り。

 

 「お前ら……勿論、覚悟は出来てるよな?」

 

 「「ヒィッ!!」」

 

 腰を抜かさんばかりに驚いて震えあがりやがって……失礼な。俺は極力怒りを抑えて笑顔で確認をとってやったってのにさ。

 

 

 

 

 その後のことは……まぁ、詳しく語る必要は無いな。

 あの2人は取りあえずボコッておいた。んでもって、『お前らの持っている情報を全て話してくれ』って懇切丁寧にお願いしたら快く喋ってくれた。この島にはドルドルの実の能力者であるMr3と写実画家であるミス・ゴールデンウィークのペアが来ていることとかね。

 

 聞きたいことを聞いた後にちょっと遊んでたら、いつの間にか2人とも気絶しちゃったんだ。

 そんな2人は簀巻きにしてその辺の木に吊るしておいた。ちなみに、簀巻きにするのに使った筵にはたっぷりと海水を染み込ませてある。え、酷い? 何を言うんだ、ウィスキーピークの賞金稼ぎたちにしたように川に捨てたりはしなかったぞ。あいつらは2人ともカナヅチだもんな。どう、優しいだろ?

 

 あ、Mr5からは南の海の新型銃『フロントロック式44口径6連発リボルバー』を貰っておいた。勘違いしないでほしいけど、これは奪ったんじゃない。『欲しいな』って言ったら『どうぞ使ってください』って自分から差し出してきたんだよ。これも後で売ろう。弾が無いから俺には使えないし。

 

 

 

 

 そして俺は本来の予定であるドリーへのお裾分けのために酒を持つ。当然ながら、爆弾の入ってない酒だ。

 しかしこうなってくると、あの2人の決闘には余計な茶々が入らなくて済みそうだ。……まぁいっか。最終的には、Mr3をぶっ飛ばすシチュエーションが変わるだけのことだろうし。

 

 

 

 

 やってきましたドリーの家……うん。

 

 「予想通りの光景だな」

 

 「あ、ふふぁん!」

 

 俺の目の前では、ルフィが恐竜の骨付き肉に噛り付いています。今回は俺もさっきまでこんな感じだったんだよな……客観的に見るとちょっと引く光景だ。

 

 「酒を届けに来た」

 

 持ってきた酒樽を掲げて見せると、ドリーは随分と嬉しそうに笑った。かなり久し振りらしい。

 

 「ところでビビ。バロックワークスの追手が来てるよ」

 

 「そう………………何ですって!?」

 

 サンジ特製ドリンクを飲みながら様子を見ていたビビに報告すると、初めは流しそうになっていたけどすぐに眼を剥いて立ち上がった。

 

 「ウィスキーピークでもいた、あの鼻くそ人間とダイエットいらず女がさ、酒に爆弾を仕込んでたんだ。あぁ、そいつらは対処しといたけど。で、その2人が言うにはMr.3ペアがこの島に来てるんだって」

 

 取りあえず伝えるべきことを伝えたんだけど、ビビは緊張の面持ちだ。

 

 「Mr.3が……」

 

 そうしてる間に、俺はドリーを小さくした。初めは驚いてたけど、酒がたくさん飲めるってんで結果的には喜んでいる。

 

 「つまり、どういうことだ?」

 

 肉を食べながらルフィが聞いてきたけど……そうだな。

 

 「3のヤツをぶっ飛ばせばいいんだ」

 

 「そうか」

 

 ルフィは納得した。

 

 Mr.3の外見的特徴については、Mr5ペアからも聞き出しておいた。髪型が『3』だってことも。だから、『3のやつ』と言っておけばルフィにも解ってもらえるだろう……って、そういえばこれって原作でルフィがMr.3に付けてた渾名じゃん。偶然。

 

 「ぶっ飛ばすって……もういいわ」

 

 ビビは何かを諦めたような悟ったような微妙な表情になっている。

 その後はしばらく、ドリーやルフィと酒盛りをした。ルフィは酒じゃないけど。ビビは少し困惑してたようだけど、しばらくすると混ざってきた。ついでに言っとくと、カルーは初めから酒盛り組に入っている。

 

 話題は主に、かつてドリーとブロギーが率いていたという巨兵海賊団のことだ。100年も前の海賊団のことなんて中々聞けるもんじゃないから結構面白い。オイモとカーシーの名前も出て来たよ。ドリーたちは当時、2人に結構目を掛けていたらしい。

 

 Mr.3のことはしばし忘れてそういった話に花を咲かせていると、やがて例の真ん中山が本日2度目の噴火を起こした。

 

 「ゲギャギャギャ! 今日は景気がいい!」

 

 酒も入っているからか、ドリーは随分と上機嫌だ。

 

 「解除」

 

 俺はドリーを元の大きさに戻す……と同時に、ブロギーも元の大きさに戻す。

 元の大きさに戻すのは遠距離でも出来るんだよな。小さくするには触ってなきゃいけないけど。

 

 「さて、行くか!!」

 

 得物を手に取り、ドリーは決闘の場へと向かっていった。

 ………………さて。

 

 「それじゃ、俺は食後の腹ごなしに散歩でもしてくるな」

 

 俺は立ち上がって背筋を伸ばしながら2人に一言断りを入れた。

 

 「何だ、お前は見ねェのか? あのおっさん達の決闘」

 

 もう何本目かも解らない骨付き肉に取り掛かりながらルフィが聞いてきた……ちなみに、お気に入りの味付けは塩らしい。ブロギーと同じだな。

 俺は肩を竦めて答える。

 

 「興味が無いわけじゃないけど、このジャングルも見て回りたいんだ。お前らはさっき見たんだろうけど、俺はまだだからね」

 

 ヒラヒラと手を振ってその場を離れる……が。

 

 「ただし、見てないからって酒を飲むなよ、ルフィ? お前は酒乱なんだから」

 

 振り向き様に釘を刺すと、酒樽に手を伸ばしかけていたルフィの肩がギクリと揺れた。

 

 

 

 

 さて、俺が1人でジャングルに入ったのには、一応理由がある。探しものがあるんだ。

 とはいえ、見付けられるかどうか自信は無い。全く無い。何しろ小さなものだからね。しかも、見付けた所で考えてる通りに行くかどうかは解らないし……ん?

 

 「ゾロー!」

 

 いつの間にかすぐ近くにゾロがいる気配がしたから見渡してみると、トリケラトプスのような恐竜を引き摺ったゾロと遭遇した。

 

 「ユアンじゃねェか!」

 

 ゾロ……何てあからさまにホッとしてるんだ……。

 

 「丁度良かった、道を見失っちまってよ」

 

 ズリズリと恐竜を引き摺りながらこっちに来るゾロ。なるほど。

 

 「迷子か」

 

 「その言い方やめろ」

 

 他に何と言えと?

 俺たちは歩きながら会話を続ける。

 

 「目印が役に立たねェんだ。おれは確かに『つるの巻いてる木を左』に進んでんだぜ!」

 

 ………………うん。

 

 「当然だろうね。このジャングルに自生してる木の殆どがつるを巻いてるんだから」

 

 生暖かい視線と共に教えてあげたら、あらぬ方向を見られた。

 

 「船はあっち……って言っても途中で迷うか」

 

 つるの巻いた木を左、何て覚えるようなヤツが自力でメリー号にまでたどり着ける気がしない。

 

 「お前、バカにしてんのか?」

 

 「事実を考えて、心配してるんだ。ゾロ、方向音痴を自覚しなよ……俺はまだ散歩したいんだよなぁ」

 

 1度送って行くべきかな。

 

 「ん? あれはナミじゃねェか?」

 

 歩き続ける中、俺よりも先にゾロが気が付いたソレ。うん、確かにナミだ……見た目は。でも……。

 

 「待った」 

 

 俺はナミもどきに近付こうとするゾロの服を掴んだ。

 

 「あれはナミに見えてナミじゃない。生き物の気配がしないから」

 

 だからこそ、俺よりもゾロの方が先に気付いたんだろう。

 蝋人形で誘き寄せてそのまま蝋で捕まえようって腹か。姑息だなー。

 

 「嵐脚」

 

 ナミもどきに向けて放った嵐脚は、ナミもどき……蝋人形をぶっ飛ばした。飛んだ蝋人形はそのまま奥の木にぶつかって破壊される。

 ……Mr.3の蝋は、固まれば鉄の強度に匹敵するんだったっけ? なるほど、まだ俺に鉄は斬れない、と。剣や刀ではなく嵐脚とはいえ、いずれはできるようになりたいもんだ。

 

 「何だ、ありゃあ?」

 

 あ、そういえばゾロに追手の話をしてなかった。

 

 「バロックワークスの追手がこの島に来てるらしいんだ。今の所実害は出てないんだけどね」

 

 実際、酒を1樽失ったぐらいだ。

 

 「敵か」

 

 ゾロの顔が何となく嬉しそうだ。こいつ、やっぱり戦闘狂の気があるな。

 

 「ウィスキーピークでも会った2人組はもう倒してあるんだけど、Mr.3ペアってのがまだ何所かにいるらしい。Mr.3はドルドルの実を食べた蝋人間なんだって。あのナミもどきは蝋人形だったから、多分そいつの仕業だ」

 

 「どんな能力者だろうと、要はたたっ斬ればいいんだろうが」

 

 うわー、悪人面。

 

 「それで、そいつはどこだ?」

 

 ………………はい?

 

 「何で俺に聞くんだよ」

 

 そこまで知らないっての。この島には生き物の気配はたくさんあって、どれがMr.3のものかなんて解らないんだし。

 多分俺は何にも悪くないのに、何故か舌打ちされた。どんだけ戦いたかったんだ。

 

 「焦らなくても、その内向こうから仕掛けてくるさ。目的は俺たちの抹殺なんだから。あの人形だって、そのための罠の1つだろうし」

 

 ゾロは戦いたいみたいだし……。

 

 「ゾロ、その恐竜は俺がメリー号にまで運んでおく。その間に他の誰かと合流すればいい」

 

 巨人の決闘だけど、今俺たちがいる場所からも微かに見える。詳細までは解らないけどね。

 

 「あそこで戦ってる2人。片方がルフィとビビ、片方がナミとウソップを客人として招いてる。戦いが終わってから案内を頼めば連れて行ってくれると思うよ」

 

 いくらゾロでも、流石にあれだけ派手にやり合ってる巨人2人を見失いはしないだろう……多分。断言できないのが怖い。

 けど、提案自体はゾロも納得してくれたらしい。そりゃそうだ、フード被った姿や下手な似顔絵でしか知られていない俺と一緒にいるよりも、完全に顔バレしているルフィ・ビビかナミと一緒にいた方がMr3が仕掛けてくる可能性は高いだろうし。

 

 俺はトリケラトプス(←勝手に決定)を小さくして、1度メリー号に戻ることになったのだった。

 仕方がない、探しものはまた後でだ。

 

 

 

 

 ドリーとブロギーはしばらくの間さっきの戦いと同じように打ち合いを続けていたみたいだけど、やがてほぼ同じタイミングで2人揃って静かになった。

 73467戦73467引き分け、ってトコかな?

 

 




 途中でゾロと出くわしたのは完全に偶然です。狙ってのことじゃありませんでした。
 そして、果たしてゾロは巨人の元に辿り着けるのか!?

  ちなみに、サブタイの四面楚歌とはMr3のことだったりします

 以下、どうでもいいオマケ。
 中盤にて『聞きたいことを聞いた後にちょっと遊んでたら、いつの間にか2人とも気絶しちゃったんだ』と言っていたユアン。彼はどんな『遊び』をしたのか。

 ユ「お前らさ、この酒飲んどいてよ」

 5&バ「「!?」」

 ユ「俺たちは鼻くそ入りの酒なんて飲みたくないし。でも捨てるのは勿体ないし。ほら、お前から」

 バ ブンブン!!(←必死で首を横に振っている)

 ユ「何言ってんだ、素敵なプレゼントをくれたのはお前らだろ? ほ~ら、イッキ、イッキ!」(←無理やり飲ませてる)

 バ「!」(←真っ青)

 5「…………!」(←真っ青)

 ユ「……ドッカーン!!」

 バ「!?!?!?!?」パタッ (←泡吹いて失神)

 ユ「あはは、だっらしないな~。口で言っただけなのに……でもこれで、お前しか飲む人間はいなくなっちまったな?」
 
 5「!!」(←ビクゥッ)

 ユ「ほーら、残りは全部飲んでいいぞ~? こんなに酒が飲める機会なんて滅多に無いな! 俺ってば優しい!」

 5 ブンブン(←必死で嫌がっている)

 ユ「……飲めよ」(←めっちゃ笑顔。でも目が座ってる)

 5 ガクガクガク (←死の恐怖と隣り合わせ)

 ユ「イッキ、イッキ!」 (←無理やり飲ませてる)

 5「!?!?!?!?!?」

 ユ「…………ドッカーン!!!」

 5「!?!?!?!?!?!?」(←失神)

 ユ「無いわー。同じ手に引っ掛かるとか無いわー。つっまんねー」

 ちなみに、2人に飲ませた酒の樽には初めから爆弾は入っていない。さり気なくすり替えていた。何故か? 2人で遊ぶためである。
 早々に気絶出来た彼らは幸せである。しぶとく残っていれば、もっと弄られていただろう。

 そして本物の爆弾入り酒樽は川に捨てましたとさ。



 


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第99話 Mr3

今回は地の文が三人称です。



 「ここはどこだ?」

 

 ゾロはジャングルを彷徨っていた。

 2人の巨人は視界に入っている。けれど理由は全く以て不明だが、何故かそこまで辿り着けない。完全なる迷子である。

 

 しかし、『迷った』などとは口に出したくない。というか、認めたくない。つい先ほど出くわしたユアンの、何とも言えない哀れみのこもったような視線が頭を過ぎるからだ。

 ……ちなみに、そのユアンと別れてからまだ1分と経っていないことをここに追記しておこう。

 とにかくそんなわけで、彼は絶賛迷子中だった。誰が何と言おうと、たとえ本人が頑として認めなくても、正真正銘紛れもない迷子になっていた。

 

 このままいけば恐らくゾロはMr.3との戦いになど関わることなく、事が済んだ後……むしろ出航直前になって誰かに……どうでもいいことだが、その誰かとはユアンになる可能性が極めて高い。ルフィでは二重遭難するか冒険に走るかだろうし、サンジはゾロを迎えに行くなど嫌がるだろう。そして他3名ではジャングルを彷徨えない……救助されるまで彷徨い続けるだけだっただろう。

 

 だが彼には運はあった。方向感覚は皆無だが、運はあった。

 

 「ぎゃあぁぁぁ~~~~~!!」

 

 ゾロが彷徨うすぐ傍をウソップが走り去って行ったのだ。

 

 「! おい、ウソップ!」

 

 助かった、というのがこの時のゾロの正直な心情だった。いくら迷子と認めていないとはいえ、このままではマズイという危機感は多少あったのだ。

 

 「ゾロォ~~~~~!!」

 

 ウソップは初めはゾロに気付いていなかったようだが、声を掛けられるとすぐさま振り返って駆け寄ってきた……が、ゾロは内心でドン引きしていた。

 顔から出るモノが全部出ている状態で突進せんばかりに突っ込んでくる人物を目の当たりにして、引くなという方が無理だろう。

 しかしその引きも。

 

 「大変だ! ナミが恐竜に食われたァ!!」

 

 ウソップがパニクりながら叫んだその言葉によって霧散した。

 詳しく話を聞くと、ウソップはナミと2人でルフィ達の所まで行こうとしてジャングルに入ったら恐竜に出くわし、必死で逃げている間にナミの姿が見えなくなってしまったということらしい。

 けれどゾロはその話に引っ掛かりを覚えた。それは恐竜ではなく、敵の仕業なのではないか、と。

 

 「……とにかく、ルフィのとこに行くぞ」

 

 ナミが敵の手に落ちたと仮定したとしても、無闇に動いてもどうにもならない。ウソップのあの様子ではナミがいなくなった正確な位置は解っていないだろうし、それならば敵の方から来るのを待った方が効率がいい。

 現在の敵とはバロックワークスであり、その抹殺リストに載っているのは全部で5人だがヤツらが最も始末したいのはアラバスタ王国王女のビビだろう。そのビビはルフィと一緒にいる。合流するのが良さそうだ……そう結論付けての発言だったが、ウソップは微妙な顔をした。

 

 「いや、合流はいいけどよ……そっちは逆方向だぞ?」

 

 そう、ゾロはルフィたちがいるのとは逆方向……もっと言うと、今さっきウソップが走ってきた方角へと歩き出していたのだ。

 その言葉にゾロの足がピタリと止まる。その後は暫し痛い沈黙が落ちたが、やがてウソップはポンと手を叩いた。

 

 「あ……お前ェ、迷子か?」

 

 この時のウソップのゾロを見る目は、何とも言えない哀れみのこもったものであったそうな。

 

 

 

 

 ウソップと、ウソップに案内されたゾロはルフィ達の元に辿り着くことが出来た。

 なお、ゾロを案内するウソップは老人介護をするヘルパーの如く親身であったことをここに追記しておこう。

 

 「確かに、それはバロックワークスの追手の仕業かもしれないわ」

 

 話を聞いたビビは少し焦っているような様子だ。

 

 「それなら、2人のうちナミさんだけが狙われたことにも納得がいくもの。だって、バロックワークスの抹殺リストにあなたは載ってないはずだから」

 

 ビビにしてみれば、ナミが狙われたのも突き詰めてみれば自分のせい、という思いがある。焦るのも当然だろう。

 

 「Mr.3は、『姑息な大犯罪』をモットーとしている男……早くナミさんを助け出さないと、向こうから接触してくるのを待ってたら手遅れになるかもしれないわ」

 

 圧倒的な力でねじ伏せに掛かってくる相手も怖いが、狡猾な罠を張ってくる相手も充分怖い……気を引き締めようとするビビとウソップだが、ルフィとゾロは別の点が気になるらしい。

 

 「『姑息な大犯罪』かー。姑息なヤツなのかー。ユアンとどっちが姑息だろーなー?」

 

 言葉だけ聞けば呑気ともいえる疑問を口にするルフィ。対するゾロは思案顔だ。本気で考えているらしい。

 ビビもそれに引き摺られそうになった。脳裏には、ウィスキーピークでいつの間にか略奪を働いていた彼の姿が浮かぶ。

 ちなみに、ウソップは完全に引き込まれている。ウソップ自身も大概姑息だが、どうにもあの小柄な副船長には勝てる気がしない。

 

 何だかもう、彼らの間には『Mr.3って大したこと無いんじゃね?』的な空気が広まっていた。

 ビビ以外はMr.3に会ったことは無いが、どうにもそいつがユアンよりも姑息な人間だとは思えなかったからだ。

 

 「よし! 3のヤツをぶっ飛ばすぞ!」

 

 ルフィは特に単純だった。取りあえず敵をぶっ飛ばせばいい、という思考らしい。

 

 「3のヤツってのは何だ?」

 

 敵の特徴については初耳のウソップとゾロは疑問顔である。

 

 「ユアンが言ってたんだ、敵は3のヤツだって。別の敵から聞き出したんだ」

 

 成るほどと納得した。どうやらユアンは早々に説明を放棄したらしい。或いは、説明も必要としないほど見ればMr.3と解る風貌をしているのだろう。

 

 「ぶっ飛ばすはいいが……そいつがどこにいるのか知ってるのか?」

 

 「知らん!」

 

 ゾロに返す答えは実にキッパリしていた。

 

 「どこにいるのか知らねェヤツを、どうやって見つけるんだ?」

 

 「かん!」

 

 ウソップへの返答も、何ともあっさりしていた。

 それはどんな勘だ、と周囲はツッコミたかった。野生の勘か?

 しかし実際、勘に頼るのも已む無しだろう。彼らの中で最も気配に敏感だろうユアンが『解らない』と言ったのだから、探り当てるのは難しい。

 顔を突き合わせて考えている間に、いつの間にかドリーとブロギーの決闘は終わっていたらしい。音が止んでいる。

 

 「ドリーさん……遅いわね」

 

 ポツリとこぼれたビビの呟きに、一同は顔を見回した。確かに決闘の音がしなくなってから結構経っているような気がする。

 もしかして、何かあったのだろうか。

 

==========

 

 Mr.3は苛立っていた。

 

 酒に爆弾を仕込むよう指示して送り出したMr.5ペアは戻って来ない。

 

 抹殺リストにあった女と剣士を捕まえたかったのに、罠に掛かったのは女だけ。はっきり言って、どちらか片方ならば剣士を捕まえられた方がまだ海賊どもの戦力ダウンに繋がったものを。

 

 Mr.5ペアが戻らないために、王女の捕縛もままならない。Mr.5ペアがいれば確実性の無い策しかなくても可能性に掛けて行かせたが、自分は行きたくない。情報によれば王女は海賊の船長と一緒にいるらしいが、その船長は6000万の賞金首だ。グランドラインに入ってきたばかりのルーキーとしてはかなりの額である。出来れば相対したくない、するのならば完璧な計画を立てて自身の優位を確立させてから……そのように考えていた。

 何とも姑息な男である。

 

 「Mr.3、もう休んでいい?」

 

 ……その上、パートナーのミス・ゴールデンウィークはとことんやる気が無い。休んでいいも何も、彼女は今の所何もしていないのに。

 

 「まだだガネ。少し待つガネ」

 

 現在彼らは、巨人族2人の決闘をこっそり観察中だった。

 

 酒に爆弾を仕込むという策はMr.5ペアが戻らないことや巨人たちの元気そうな様子からして、失敗したと考えてまず間違いない。

 ならばもう本来の目的である王女ビビと護衛の海賊の始末に専念するべきなのだろうが、だからといって諦めるには1人頭1億、2人で2億の『手柄』は美味しすぎる。

 しかし同時に、1億の賞金首2人を相手取るつもりも無い。はっきり言って無理無茶無謀。正面から行ってもどうにもならない。

 

 だとしたら残るチャンスは、2人の決闘が終わったまさにその瞬間だ。というか、そこしかない。どちらかが勝つにしろ負けるにしろ、それとも引き分けるにしろ、その一瞬だけは隙が出来るはず。

 Mr.3としては真面目に考えた末での行動だ。しかし傍目には、巨人族の決闘に物陰から熱い視線を送っている不審人物にしか見えない。ミス・ゴールデンウィークの視線は心なしか冷ややかだった。

 そしてその熱意は、一応は報われることとなる。

 

 「73467戦……」

 

 「73467引き分け……」

 

 互いに互いの顔面を殴り合い、2人の巨人は地に倒れ伏した。

 

 (今だガネ!)

 

 彼らの動きが完全に止まったその瞬間、Mr.3は能力でこっそりと地道に出し続けていた蝋を2人に向かわせた。

 

 「な!」

 

 「何だ、これは!」

 

 天運はMr.3に味方したらしい。彼の放った蝋は瞬く間に2人を包み込んだ。

 内心でMr.3はガッツポーズを取る。上手くいかなければ反撃されて1億の巨人2人に敵認定されていたに違いない危険な賭けだった……だからこそ、より確実性を高めるために爆弾入り酒の策を考えたのだが、何とかタイミングが噛み合ったらしい。

 

 「プッ……フハハハハハハハハ!!」

 

 思わず笑いが込み上げ、隣に立つミス・ゴールデンウィークに振り返る。

 

 「あの2人は使えなかったようだが、こうなってくると案外この方が良かったガネ! これでこの手柄は我々のものだガネ!」

 

 あの2人、というのは勿論Mr.5ペアのことだ。

 2ペアで分け合っても十分な手柄になっただろうが、独占できるのならばそれに越したことはないらしい。何とも姑息な男である。そしてその喜びを彼は己のパートナーと分かち合おうとした……が。

 

 「Mr.3、少し待ったわ。もう休んでもいい?」

 

 ミス・ゴールデンウィークにはそちらの方が重要だったらしい。

 

 「………………」

 

 1人で盛り上がっていたことに言い知れない寂しさを感じたMr.3だったが、グッと堪えた。ミス・ゴールデンウィークはこういう性格なのだ、と心のどこかで諦めに似た感情が沸き起こる。

 

 「……まずはあの2人の動きを完全に封じるガネ」

 

 言いながらも、既に巨人族2人はMr.3のキャンドルジャケットの餌食になりつつある。

 

 「おのれ……!」

 

 何がどうしてこうなったのか全く把握できていない2人は闇雲に暴れるが、鉄の強度に匹敵する蝋の枷は決闘後の疲弊した体では破壊しきれない。しかも、ヒビを入れても新たな蝋がそれを塞いでしまい、より強固になっていくだけだ。もがけばもがくだけ嵌っていく蟻地獄に近いのかもしれない。

 

 「貴様、何者だ!」

 

 Mr.3は上げた大きな笑い声によって既に2人に見つかっている。尤も、2人とも既に動けなくなっているので問題は無いのだが。

 

 「Mr3……コードネームにて失礼。通りすがりの『造形美術家』だガネ。こちらは助手の『写実画家』ミス・ゴールデンウィーク」

 

 余裕たっぷりで自信満々かつ不敵なその態度からは、先ほどのコソコソと隙を窺っていた様子は微塵も感じられない。ミス・ゴールデンウィークについても、Mr.3のことはどうでもいいのかやる気なさげに佇んでいるだけだ。ただし。

 

 「………………」

 

 キャンドルロックにより拘束された上に声を出せないよう口を塞がれた状態で地面に転がされているナミから寄せられる視線は、とても寒々しいものだったが。

 

 「……ミス・ゴールデンウィーク、女をここへ!」

 

 その視線に気付かない振りをして、Mr.3は次の『創作活動』のために意気揚揚と指示を出した……が。

 

 「イヤよ。メンドくさいもの」

 

 ミス・ゴールデンウィークには一蹴された。

 

 「………………」

 

 仕方が無く自分でナミを担ぎ上げたMr.3であった。実際、ミス・ゴールデンウィークの体格と腕力では人1人を運ぶのは骨が折れる作業なのは間違いないだろうし、自分でやった方が早い。

 それにしても、ミス・ゴールデンウィークの自分への態度は何とも冷たすぎはしないか? とMr.3は自分でも気づかぬ内に遠い目になる。

 しかし、彼は気を取り直した。

 

 「特大キャンドル! サービスセット!!」

 

 まずは目前の『創作活動』に集中すべきだと考えたのだ。1億の首が2人に、抹殺リストに載った女。残念ながら王女や他の海賊はまだ捕えていないが、ゆっくりと少しずつ料理していけばいい。

 それはそれとして……Mr.3が放った大量の蝋は、巨大な蝋燭へと形を変えた。頭部のジャック・オ・ランタンのような装飾が遊び心を感じさせる。

 

 「ちょっと! 何なのよ、コレ!!」

 

 口を塞いでいた蝋が取られて自由に声を出せるようになったナミが叫び声をあげた。その足は巨大蝋燭の根元に蝋で固定されている。

 

 「ようこそ、私のキャンドルサービスへ!!」

 

 大きく手を広げ歓喜の声を上げるMr.3。何故だか今、彼はとても清々しかった。漸く見せ場が来たからかもしれない。

 このキャンドルサービスによって、女と2人の巨人を蝋人形にする……実に愉快そうに語るMr.3に、ナミが切れた。

 

 「冗談じゃないわよ! 何で私達があんたの『美術作品』にならなきゃいけないわけ!?」

 

 当然の反応である。いきなり現れた見知らぬ敵に『美術の名のもとに死んでくれ』と言われて納得する人間など普通はいない。

 

 「ちょっとブロギーさん! ……と、もう1人の巨人の人! 何とかしてよ、このままじゃあなたたちも蝋人形にされちゃうのよ!?」

 

 「ムダだガネ! そいつらはもう動けないガネ!」

 

 2人としては認めたくないことだが、事実だった。ナミに言われるまでも無く2人は各々もがいていたが、どうしても動けない。

 キャンドルジャケットはもうそれだけで2人の体を覆い尽くさんばかりに厳重に掛けられている。必要以上にも見えるその拘束は、Mr.3の慎重さ用心深さ……悪く言えば小心さを端的に現している。頼れる者がいないという現状が、Mr.3を追い詰めたのだろう。 

 加えて、互いに死力を尽くした決闘の直後で、うまく体に力が入らない。

 もしもどちらか片方でもその原因が無ければ、彼らの力ならばこの拘束を解くのは不可能では無かったのだろうが……。

 

 「加速しろ、キャンドルサービス! こいつらをとっとと蝋人形にしてしまうガネ!」

 

 Mr.3の号令と共に、頭上で回転していたキャンドルの速度が速まる。

 ナミは本気で焦っていた。

 あの男と小柄な女は、まず間違いなくバロックワークスの刺客のはずだ。自分たちを殺しに来た……。

 

 (冗談じゃないわ……私はあいつらみたいな化け物じゃないのよ!?)

 

 海賊専門泥棒として活動してきたナミは、決して弱いわけじゃない。でもそれはあくまでも一般人としての話で、他の面々(ウソップは除く)のように人間離れした力があるわけじゃない。当然、こんな状況を打開する力など無い。

 いくら焦ってもどうにもならない。蝋の霧が肺に入ってくるせいで息も苦しくなってきた。

 

 「出来るだけ苦しそうに固まってくれたまえよ! 苦しみに悶えるその表情こそが最高の『美術』なのだッブ!!」

 

 変態としか言い様のない表情で自身の美術論を語っていたまさにその時、Mr.3の横っ面に拳が叩き込まれ吹っ飛ばされる。だが、その手の持ち主の姿はまだ見えない……こんなことが出来る人間は限られている。 

 

 「見ろ、3だ! 3のヤツだ!」

 

 「まさか、あそこまで解りやすいたァな……」

 

 「Mr.3以外の何者でも無ェ」

 

 順に、ルフィ、ゾロ、ウソップである。

 伸びてきたルフィの拳に吹っ飛ばされたMr.3の姿はジャングルの中に突っ込んで行って見えなくなったが、キャンドルサービスは未だ健在で動いている。けれど、ナミの中にはもうさっきまでの焦りは無くなっていた。

 

 




Mr3の扱いが酷い……でもバギーとセット化する時点でMr3の不憫街道は決まったようなものですし、仕方がないね!



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第100話 トラウマ

 けれど焦りは無くなったとはいえ、キャンドルサービスが動いていてナミと巨人2人の蝋人形化が着々と進行中なのも事実である。

 

 「へんな頭だったなー。3だったし! 燃えてたし!」

 

 ……決して、呑気にMr.3の髪型を貶している場合ではない。ナミの額に青筋が立つのも無理はないだろう。

 

 「早くこれ壊して! 私達、蝋人形になりかけてるの!」

 

 言って真っ先に動いたのはゾロだ。ナミの傍まで上り、抜いた刀でキャンドルサービスを斬りつける……が。

 

 「斬れねェ……」

 

 刃はキィンと弾き返されてしまった。

 

 「固ェな」

 

 まるで鉄のようだ。この装置そのものをどうこうするのは難しい。ゾロは思案顔になった。

 

 「足を切り落とすか」

 

 「ふざけんな!!」

 

 別に本気で言ったわけではない、単なる可能性の話だったのだが、聞きとがめたナミの逆鱗に触れてしまったらしい。グーパンチが彼の顔面にヒットした。

 そんなどこか気の抜けたやり取りをしていると。

 

 「『麦わら』ァ!!」

 

 先ほどぶっ飛ばされたMr.3が舞い戻ってきた。それも、ただ戻ってきただけじゃない。

 再登場したMr.3は何と言うか……ロボットと融合したような形態になっていた。

 

 「このキャンドルチャンピオンは私の最高傑作! 鉄の硬度を誇るドルドルの蝋でまろやかに体を包み込んだこの私に、最早死角は無いガネ!!」

 

 実はこの蝋製の鎧、巨人の決闘を覗いていた間に地道に作っていたのだ。まさか、こんなにも早々と使うことになるとは思ってなかったが。

 

 「かっこいい」

 

 何故かルフィは見惚れてた。そんな場合ではないのに。

 

 「感心してる場合か!」

 

 隣にいたウソップが思わずツッコんだ。あいつは『鉄の硬度を誇る』と言った。あのキャンドルをゾロが斬れなかったことから考えても、それは嘘ではないのだろう。そんなもので全身武装をされてしまえば、確かに厄介である。

 だが、ルフィは慌ててはいなかった。

 

 「頭は出てんだ、そこを狙えばいい! ゴムゴムの~~~」

 

 ルフィは腕を伸ばし、技に備える……が。

 

 「銃! ……あれ?」

 

 Mr.3に狙いを定めたはずの拳は、まるで吸い付くように地面に当たった。正確には、地面に施された赤いペイントに。

 

 「何だ!?」

 

 一同が驚く中、静かな声が響く。

 

 「カラーズトラップ……闘牛の赤」

 

 ミス・ゴールデンウィークである。迂闊なことに、今まで彼らは彼女に全く注意を払っていなかった。

 

 「おい、ビビ! 何なんだあの女は!」

 

 ウソップは、物陰に隠れながらこちらの様子を窺っているビビに尋ねた。

 

 「彼女は写実画家のミス・ゴールデンウィーク! 彼女の洗練された色彩イメージは、絵の具を伝って人に暗示を与えるわ!」

 

 「「「………………」」」

 

 彼らが思わず遠い目になってしまうのも無理は無い。

 

 「不味いぞ……暗示だの催眠だのの類はあの単純バカには必要以上に効いちまうんだ!」

 

 皆の脳裏に過ぎるのは、ウソップの故郷シロップ村でジャンゴにあっさりと、しかも何度も催眠を掛けられたルフィの姿である。

 

 「私の『創作活動』の邪魔はさせんガネ!! ミス・ゴールデンウィーク、早くこの鎧に完璧な塗装を! それでこのキャンドルチャンピオンは完成するガネ!!」

 

 「そしたら休んでいい?」

 

 鼻高々という調子のMr.3だが、ミス・ゴールデンウィークはとことん休むことにしか興味が無いらしい。

 

 「させるか! ゴムゴムの……」

 

 ルフィが今度は両腕を伸ばした。

 

 「バズーカ!! ……あーーーー!!」

 

 しかし再び拳は地面に吸い寄せられ、ルフィは地団太を踏んだ。

 Mr.3をぶっ飛ばしたい気持ちはある。むしろ、誰よりもやる気だ。けれど体が思い通りに動かない。そのもどかしさは何とも言い難いものだった。

 

 「お前は無駄に動くな!」

 

 代わって飛び出したのはゾロだった。しかし。

 

 「塗装完了!」

 

 Mr.3の塗装完了の方が少しばかり早かった。

 ゾロはさっきルフィが指摘したように外に出ているMr.3の顔面を狙うが、鉄と同等の固さだという蝋の鎧を纏った腕に阻止される。

 続く攻防は実に激しかった。

 単体の実力で言えば、間違いなくゾロの方がMr.3よりも上だろう。しかし、蝋の鎧がそれを邪魔する。ゾロのどんな攻撃もその鎧を貫くことは出来ないのだ。

 

 そんな手に汗握る一進一退の攻防の一方では。

 

 「笑いの黄色」

 

 「ぶわっはっはっはっはっは!!!」

 

 ルフィとミス・ゴールデンウィークの攻防(?)も行われていた。尤も、こっちは聊か気の抜ける攻防だが……。あれほど休みたがっていたミス・ゴールデンウィークだが、あまりにも引っ掛かりやすいルフィで遊ぶことに面白さを見出してしまったらしい。

 鉄の硬度の鎧を纏ったMr.3と、鉄を斬れないゾロ。

 暗示を使うミス・ゴールデンウィークと、単純で引っ掛かりやすいルフィ。

 何と戦いの相性の悪いことか。

 

 「あいつは……ッ!」

 

 ギリギリと拳を握りしめたナミの視線の先にはルフィがいる。ルフィだって別に引っ掛かりたくて引っ掛かっているわけじゃない、それは解っている。解っているが……もしも自由に動けたならば、1発……いや、5・6発はぶん殴ってやりたい気分だった。例え相手がゴムで打撃が効かないとしても。

 

 「ダメだ、抜けねェ!」

 

 ゾロが戦いルフィが遊ばれている間にウソップとビビはキャンドルサービスによじ登り、何とかナミの足が抜けないかと頑張ってみたものの、足はがっちりと掴まれていて外れそうになかった。当然、ゾロが斬れなかった蝋を2人が破壊することも出来るはずがない。

 

 「待てよ?」

 

 降り注ぐ蝋の霧を見てウソップは気付く。蝋は溶けるということを。

 

 「そうだ、火があれば何とかなる!」

 

 何も、必ずしも破壊する必要は無いのだ。溶かしてしまえばいいだけだ。

 

 「うん、そうね」

 

 ミス・ゴールデンウィークの声が聞こえて再び視線を向けると。

 

 「お茶が美味ェ」

 

 ルフィがミス・ゴールデンウィークと仲良くピクニックシートに並んで茶を啜っていた。

 

 「「「アホかーーーーーッ!!」」」

 

 思わずツッコむ彼らを、一体誰が責められるだろう。

 

 「カラーズトラップ、和みの緑」

 

 ミス・ゴールデンウィークはミス・ゴールデンウィークで、呑気に煎餅を齧ってるし。

 ダメだ、やっぱりあの女を何とかしよう……と思った矢先、彼らは気付いた。

 

 「お茶が……美味ェ!」

 

 ルフィが和やかなのは体勢だけであり、その表情は歪んでいる。ルフィも抗ってはいるのだ、と見せつけられた。

 

 (何だか、もう一押しがあればあの女の暗示も敗れそう……!)

 

 ふとナミは思い出した。シロップ村でルフィが催眠術を掛けられた時にあった出来事……あの時ルフィの催眠は、何故解けたのか。

 あれを上手く利用すれば、わざわざミス・ゴールデンウィークを倒す必要なんて無いんじゃないだろうか?

 

 「ルフィ!」

 

 いきなり声を張り上げたナミに、ビビが驚いた表情を見せる……何故かウソップは遠い目になっていたが。恐らく彼も思いだしたのだろう。あの時のことを。そして、ナミが何を言うつもりなのかも。

 

 「あんた、しっかりしなさいよ! そんな簡単に引っ掛かって……ユアンに怒られるわよ!」

 

 「!?」

 

 ルフィの肩が跳ねた。

 

 「ユアンに……怒られる……?」

 

 周囲はあずかり知らない事だが、この時ルフィは数年前のことを思い出していた。ルフィがユアンに怒られることなどしょっちゅうだが、本当に本気でブチ切れられたのはただ1度だけ……その時のことだ。

 

 ガープのように拳骨を落とされたわけではない。ダダンのように怒鳴られたわけでもない。むしろ、果てしなく穏やかな笑顔と声音であった。けれど、どれよりも効いた……もしもあの後エースが肉を分けてくれなかったら、立ち直れなかったかもしれないとすら思えてしまう。軽くトラウマだ。

 

 ゴムなのに痛いガープの拳も怖い。でも、ユアンのマジ切れはもっと怖い。

 普段はあいつに殴られようが蹴られようが海に突き落とされようが、そこまで怖くはないのだ。でももし、またあの時のようなことになったりしたら……。

 

 「……嫌だァッ!」

 

 ルフィは立ち上がった……正直、あまりにも情けない立ち上がりである。

 元よりミス・ゴールデンウィークの技に抵抗はしていた、していたが……それを破る最後の一押しが義弟の怒りを受けることを想像したからだなんて……。

 

 「そんなに嫌なのかしら、ルフィさん」

 

 微妙な表情になっているビビに、ナミとウソップはしたり顔で頷いた。

 

 「そりゃあ、嫌でしょうよ……」

 

 ナミはユアンに本気で怒られたことなどない。それでも、これまでの航海で何となく想像は出来た。それでも多少は余裕のあるナミと違い、ウソップは顔色が悪い。

 

 「……思い出しちまったぜ」

 

 シロップ村の海岸での初対面を思い出す……まさか『チビ』の一言であんな恐怖体験をすることになるとは思わなかった。

 しかし、今はそれどころではないと思い直す。

 蝋の弱点は熱だと解った。ナミもドリー&ブロギーも何とかなるだろう。となると後は……あの鎧か。

 

 「ゾロ、火を点けろ! 溶かしちまえばそんな鎧は役に立たねェんだ!」

 

 ウソップの助言に、ゾロは1つ頷いた。攻め所が解ってしまえば、狙うのはただ一点。

 

 「あの火だな」

 

 良く言えば独特、悪く言えば奇妙なMr.3の髪型。『3』を象ったその先端は僅かに燃えている。現状、最も手近にある火はそれだ。

 勿論、真正面から向かっても防がれる。となると……。

 

 「ルフィ、あの火を……ルフィ?」

 

 連係プレーが手っ取り早いだろう。そう思ってルフィに話を持ちかけたが、当の船長からはいつもの元気の良い返事が返ってこない。不審に思って振り返って見ると……。

 

 「生まれ変わったら……貝になりたい……」

 

 何故かorz状態になっていた。ガチで落ち込んでいた。はっきり言って、暗示を破った意味が無い。

 

 「何やってんだテメェ!!」

 

 苛立たしげにゾロが叫ぶ。

 つまるところ……どうやらルフィはかつてを思い出し、復活どころかトラウマに呑まれてしまったらしい。

 

 「生きててゴメンなさい……」

 

 普段のルフィを知る者から見れば、到底信じられないネガティブっぷりである。周囲は呆れも怒りも通り越して、いっそ戦慄した。と同時に、シロップ村でルフィがあんなにも必死に『ユアンを怒らせるな』と厳命してきた理由の一端を垣間見た気分である。

 

 「過去に何があった!?」

 

 ウソップも思わずツッコむ。これは多分、自分が経験した以上のことがあったのだろう。

 

 「落ち着いて、ルフィ! 今はまだ大丈夫だから! これからちゃんとすれば、怒られたりなんかしないから!」

 

 『ユアンに怒られる』というキーワード(?)を口にしたナミは慌てた。目論見通り暗示を解くためのもう一押しにはなったが、まさかここまでルフィが凹むとは想像もしていなかったのだ。

 

 「……怒られねェのか?」

 

 ルフィの顔が上がった。そして、不思議そうにキョロキョロと辺りを見渡す。

 

 「あれ? おれ、どうしてたんだ?」

 

 状況が上手く把握できていならしい。どうやら、さっきまでのアレは軽い錯乱状態に陥っていたが故のことだったようだ。

 

 「そんなことはどうでもいいから、あいつを何とかして!」

 

 もしもまた思い出して凹まれたら堪らない。ここは当座の目的を提示させておこうとナミはMr.3を指差した。ちなみに、ミス・ゴールデンウィークは暗示を破られた時点で逃げてしまっている……Mr.3は孤独だった。

 

 「あいつか! よし!」

 

 ルフィが向き直ったことで、Mr.3は明らかに動揺した。こんなことなら凹みまくっていたあいつに呆気に取られたりせずに、その間に倒しておくんだった……そう後悔しても後の祭り。

 2vs1はまずい。そもそもゾロ1人を相手にしていた時も、固い鎧でガードしまくっていたからこそ競り合えたのだ。2人を相手にしていてはガードが追い付かなくなる。

 そして、その予想は当たることとなった。

 

 「熱っ、熱ゃーーー!!!」

 

 ルフィに攪乱されている間にゾロに髪を切られ、その先に点っていた火が蝋に引火。そもそも蝋とは燃料であり、燃えやすい。1度点いてしまえば後は燃え盛るのみである。当然、Mr.3自慢のキャンドルチャンピオンも見事に溶けて消えてしまった。

 

 「おのれ、よくも私のキャンドルジャケットを!!」

 

 してやられた怒りに震えている声は、何とも勇ましい。……敵(ルフィ・ゾロ)の背を向けて逃げ去っている状態でなければ。

 

 「あいつ逃げるぞ!」

 

 叫んだルフィに、Mr.3は顔だけ振り返った。

 

 「逃げるのではない! これは戦略的撤退だガネ!」

 

 ……何とも細かい男である。というか、負け惜しみにしか聞こえない。しかし、それはつまりまた出直して来るということだろうか。

 

 「逃がすか、こんにゃろ!」

 

 ルフィは聞いちゃいないみたいだが。ジャングルの中に走って行くMr.3を追いかけて行った。

 

 「……」

 

 ゾロも無言でそれに続く。Mr.3を斬るつもりなのかルフィがぶっ飛ばすのを見届けるつもりなのかはウソップ達には解らなかったが、任せといて問題は無いだろう。Mr.3の切り札であろうキャンドルチャンピオンも既に破られている以上、よっぽどのポカをしなければルフィたちが負けることはありえない。そう結論付けてウソップはビビと協力してナミと巨人たちの蝋を溶かすことにした。使う火はMr.3の鎧を溶かした炎の残り火だ。

 しかし少しずつ熱を加えて溶かしていってる中、ウソップとナミはほぼ同時にあることに気付いてしまう。

 

 「あ……迷子どもを野に解き放っちまった……。」

 

 下手したらあいつら、帰って来られねェかも。ポツリと零れたウソップの呟きは、やけに重々しかった。

 

­­­­­­­­­­­­­­==========

 

 さて、その後の迷子組はというと。

 

 Mr.3を追いかけたはいいがお約束と言うか何というか見失い、森を彷徨うこと十数分。そんな捜索の果てに2人がやっと見付けたMr.3はというと。

 

 「お前さ、それでいいと思ってんの? 謝ったってどうにもなんないよね、落とし前を付けなきゃ。何、嫌なの? 腰抜けなの? 死にたいの?」

 

 地に伏せた体長は2mを超すだろう虎に腰を掛けつつその他の動物を侍らせながら穏やか~な微笑みを浮かべているユアンに毒を吐きまくられていた。正座させられているし……何だか、Mr.3の目が死んでいるような気がするのは気のせいだろうか。

 見失っていたほんの十数分の間に何があった、とゾロは思わず引いた。

 

 「おいルフィ、どうする……ルフィ?」

 

 傍らの船長に尋ねるも答えが返って来ず、訝しげに振り向くと。

 

 「生まれ変わったら……クラゲになりたい……」

 

 自分が怒られているわけでもないのにorz状態になっていた。トラウマが再発したらしい。

 

 「何がどーなってんだ……?」

 

 わけが解らず頭を抱えたゾロの呟きに、返ってくる答えは無かった。

 




 カオスな状態のまま三人称は終わります。どうしてああいう風になったのかは次回にて。

 ルフィのトラウマ→①ガープの拳骨 ②ユアンのマジ切れ


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第101話 外見的特徴

 さて、話は前回より少し遡る。

 

==========

 

 ゾロからのトリケラトプスは、小さいサイズのままメリー号の船内に詰め込んだ。いや、だって野晒しにしとくと他の肉食系動物に持ってかれるかもしれないし。

 サンジはまだ戻ってないみたいだったけど、俺は1人船を降りる。何故なら、探したいものがあるからだ。けど……。

 

 「どこを探せばいいのかな……」

 

 森の中を歩きながら考える。

 アレがいそうな所っていうと……うん。

 

 「可能性が高いのは、この島に生息する動物たちの体か」

 

 他にも、土壌中とか樹上とかに生息するタイプもいるみたいだけど……流石にそれは見つけられない。

 まぁ土壌中ってことは無いだろう。生物に寄生してるだろうし。

 

そう、俺が見付けようとしてるのはダニだ。もっと言うと、ケスチア。フォルム自体は図鑑で見て覚えたんだけど、生憎生態までは記されてなかったから解らないんだよね。でも見付けたい。

 何しろ、ここでナミが絶対に感染するとは限らない。ウィスキーピークでだって思わぬところからバタフライ効果が発生してた以上、ここでもズレが生じる可能性はあるんだ。

 

 五日病感染者0、は今後のためによろしくない。

 それに例え原作通りにナミが感染したとしても、ケスチアは見付けたいもんだ。

 だって、ドラム島に行くには五日病の感染者が一味内にいるのが手っ取り早いけど、それがナミである必要なんて無い。

 

 ケスチアを見付けて俺が感染してしまえばナミの……いや、仮にナミ以外に感染者が出たとしても、そいつらの五日病は治療してしまっても問題無い。クロッカスさんにもう薬を貰ってるし。

 クロッカスさんは親切にも人数分の抗生剤を渡してくれた。でもそれを知ってるのは俺だけだから、薬が足りないということにすればドラム島へ向かう理由にはなる。

 

 どの道ドラム島へ向かうのなら感染者なんて誰でもいいのかもしれないけど、それが俺であれば1番精神的苦痛は少ない。

 5日で死ぬと言われてる病気に罹ってるなんて告知されて、平静でいられる人間はそういない。けれど俺ならいざとなれば薬があると知っている分、気は楽だと思うんだ。

 ってか、薬を貰えたからこそそうしようって思えたわけなんだけど。じゃなきゃそんな博打、打つ気にもならない。むしろ薬が手に入らなかったら、何とかしてケスチアを回避しつつドラムへ向かう筋書きを考える必要だってあっただろう。

 

 バタフライ効果で誰も感染しなくて、その上ケスチアも見付けられなかった、なんてケースになった場合は………………その時考えよう。

 よし、ぐだぐだ考えるのはここまで! 探すぞ! まずは手始めに……。

 

 「お前からだ!」

 

 はい、今現在俺の前には虎がいます。しかも結構デカい。高さも2mぐらいはありそうだ。見上げねばならない屈辱……首が痛い。しかも体毛が白と黒。まるでシマウマみたいだ。

 それをロックオンしました……つまり、『捕まえてダニを探すぞ、おー!』な感じである。

 虎は虎で俺がボケーっと考え事をしてる間は捕食者の目で唸り声を上げてたのに、意識を向けたらギクッと固まった……案外、気が弱いのか?

 それでも流石は『密林の王者』……尤も、この島じゃ恐竜とかもいるから王者にはなれないだろうけど……少し怯んだものの、次の瞬間には後肢で地面を蹴って跳躍し、思いっきり飛びかかってきた。

 

 

 

 

 えーと……決着はすぐに着いた。

 

 虎飛びかかる→俺回し蹴り→虎ぶっ飛ぶ=俺勝利→俺、何故か虎に懐かれる(←今ここ!)

 

 ……『今ここ!』何て言ってる場合じゃないな。

 虎さんは目の前で仰向けに寝転がって腹を曝け出して服従のポーズをとってます……何で!?

 野生の本能か!? 敗者は勝者に従う、的な!? ってか、俺にどうしろと!? ……ま、いっか。どうせダニ採集するつもりだったし。ちょうどいいや。

 俺は船から持ってきた手袋とピンセット、小瓶を取り出す。

 ダニだからまだマシかな、ノミだったらピョンピョン跳ねてくから捕まえにくいし。

 

 「さ、虎。見させてもらうぞ」

 

 

 

 

 ダニを見付けるのは難しくなかった。こんなジャングルの中だ、よく見れば何匹も虎の体にくっ付いている。でもそれがケスチアだったかというと否。色んな種類のダニがいたけど、ケスチアはいない。けどこればっかりは根気よく探すしかない。

 

 100年この島にいたドリーとブロギーに何の問題も無いなら、五日病ってのは巨人は罹らない人間だけの病気なのかもしれない。でも、ケスチアが人間にしか寄生しないってことはないはずだ。何しろこの島に来る人間なんて限られているんだから、それだけをターゲットに生き延びることはまず無理だろう。絶対に普段は人間以外にも寄生してるはず。

 

 「違う……これも違う……げ、マダニ!」

 

 ケスチアもだけどマダニも嫌だよね。手袋しててよかった……勿論、ピンセットで摘み上げた上で踏み潰しておく。

 にしても、この単純作業はつまらない。ケスチアが見付からなければ俺のしてることって、単なる動物の体の掃除だよな……あー、この虎って体毛が白いけど、合間に黒い線が走ってるなー、虎だから当然だけど。

 ……待てよ? 『白いもふもふ』+『所々に黒』? 何かと似てるような………………あ! 豆大福!!

 ヤバい、思い出してしまった。あれ美味いんだよな……サンジなら作れないかな?

 よし。

 

 「今日からお前の名前は『大福』な!」

 

 ポンポンと腹を叩きながらそう宣言すると、虎……大福は微妙というか、『ガーン』な表情になった。あれ? ひょっとして言葉を理解してたりする?

 いいじゃん、どうせこれから少しの間に俺しか呼ばない名前だろうし。

 ……すいません退屈なんですこんなバカバカしいことがついつい思い浮かんじゃうんですごめんなさい………………お?

 

 「いた! ケスチア!」

 

 お目当てのモノを見付ければ俄然テンションも上がる。俺は大福の体にしがみ付いていたケスチアを慎重にピンセットで摘み上げ、小瓶の中に入れた。

 その後も大福を隅々まで調べてみて、見付けたケスチアは3体……もうちょっと探そうかな、こいつらが病原体を持ってるとは限らないし。

 

 

 

 

 大福は正直に言えばもう用は無いんだけど、何故か付いてきた。懐かれたな~……ジャングルにいる間だけのことなんだし、どうでもいいか。

 そうしてしばらく歩いていると、次に出会ったのはサーベルタイガー……うん、俺が叩きのめす前に大福が押さえつけてくれました。

 

 そしてそうなれば次は当然、サーベルタイガーの体からダニ採集。

 しかしこれまた単調でつまらない。

 

 「……お前は『わさび』な!」

 

 退屈なんでこいつにも名前を付けてみました。何故『わさび』かって? いや、さっきわさび醤油で食べた恐竜肉が美味かったからさ……こいつもわさび醤油で食べたら美味いのかな~、とか考えてたらこうなった。

 そして例によって、『ガーン』顔になるサーベルタイガー、基、わさび。お前も言葉が解るのか? でも何だよ、みんなして。どうせ俺にはネーミングセンスは無いよ。

 

 調べた結果としては、こいつにもダニは何体か付いてたけど、ケスチアはいなかった。チッ。

 

 

 

 

 その後もダニ採集は続ける。主に哺乳類なんだけど、俺がどうこうしなくても大福とわさびが捕まえてくれた。いやー、初めに強い方の動物をゲットしといて良かったぜ。

 

 ダニを探してる間は暇だから、他の動物たちにも名前を付けてみた。猿の『バナナ』とか、ダイアウルフの『大五郎』とか、バーバリライオンの『たま』とか。後、『しょうが』とか『饂飩』とか、その他にも色々付けたんだけど、何故かみんな付けられた直後に『ガーン』状態になるんだよね……結構いい名前だと思うんだけどな。

 

 でもそれはそれとして、何故か悉くに懐かれてる。これはあれか、途中でティラノサウルスがちょっかいをかけてきた時に返り討ったからか? ちなみにそのティラノサウルスは少し離れたところで伸びている。後で船に持ち帰って食べよう……けど、流石にこれだけ懐かれたらこの動物たちを食べる気にはならないな。

 

 そんなこんなで黙々と作業を続けてて、ケスチアも20体ほど見付かったからもういいかなと思い顔を上げて周囲を見渡してみたら、いつの間にか動物園みたいになってた。

 ……うん、深く考えるのはよそう。どうせこの島にいる間だけのことだ。

 

 「さて、と」

 

 俺はケスチアを入れた小瓶を地面に置いて立ち上がり、大きく伸びをした……ら、次の瞬間。

 

 「な、何事だガネ!?」

 

 不意に響いた声に振り向くことになった。あー、集中しててこいつが近づいてくるのに気付かなかった……な…………って。

 

 「『3』が無ェ!?」

 

 あの語尾からしてそこにいるのはMr.3だろうと当たりを付けたんだけど、ヤツの髪型は『3』じゃなくなっていた。まるでスッパリ斬られたように……成るほど、ゾロか。

 思い至って1人納得していると、頭の『3』が無くなったMr.3は苛立たしげに俺を指差した。

 

 「貴様、麦わらの一味の『紅髪』だガネ!?」

 

 「うん」

 

 事実だから頷いたら、Mr.3は不敵に笑った……何だか全体的にボロボロになってるから全然威厳は無いけど。何だか表情が切羽詰まってる。まぁ失敗したんだろうし、仕方がないか。

 

 「丁度いい……ここで貴様を始末するガネ!」

 

 お、やるか? 

 あぁでもその前に1つ確認しておこう。

 

 「何で俺が『紅髪』だって1発で解ったんだ?」

 

 手配書では似てない似顔絵だし、アンラッキーズの絵ではフードを被ってたのに。

 問うとMr.3はフンと鼻を鳴らした。

 

 「今この島にいるのは我々バロックワークスのエージェントと麦わらの一味、そして巨人が2人だけだガネ! そして、特徴は出回っているガネ……『紅髪』は『赤い髪のチビ』だと!」

 

 ………………あれぇ、どんな情報が出回ってるって?

 

 誰が出した、そんな情報。出回ってるってことは海軍の仕業か? そういえばスモーカーも普通に『小さい方』とか言ってたっけ。それ以前となると……ネズミか。ネズミが全部悪いんだな?

 

 あはは………………ネズミコロス。

 

 もしもまた出くわすようなことがあったら、××に××を××してやる。偶然出くわせなかったら、ルフィが海賊王になった後にこっちから探して出向いてやる。

 楽しみだなァ……色々と……。

 

 いや、まずはその前にこの目の前のヤツだ。

 

 「くらえ、キャンドルロック!」

 

 Mr3の放った蝋が、俺の足に纏わりついて拘束する……俺はあえて避けなかった。だって、これから逃れるなんて俺にとっては簡単なことだし。

 

 「フハハハハハハ! 口ほどにも無いガネ!」

 

 思惑通り、こっちに歩いてくるMr.3。動物たちの間を縫って歩いてくるんだけど、動物たちには下手に動かないようにアイコンタクトした。ホントに賢いな、ここの動物たち。

 

 そして、Mr.3が間合いにまで入ってきた正にその時。

 

 「1/2」

 

 俺は自分で自分を小さくして枷から抜け出て。

 

 「解除」

 

 すぐに元に戻り。

 

 「剃」

 

 一気に距離を詰めて、最近ずっと持ち歩いている十手でMr.3を思いっきり殴りつけた。

 

 「ガネ!?」

 

 勝利を確信していたのか完全に油断していたMr.3は、呆気ないぐらい簡単にぶっ飛んだ。そして勿論、反撃なんて許さない。

 

 「チェックメイト」

 

 地面に倒れたMr.3が起き上がる前に、その体に十手を押しつけて力を奪いつつ腹を踏みつける。

 

 「グフ!」

 

 あ、そこはガネじゃないんだ?

 まるで潰れた蛙のような顔して……面白っ!

 

 「き、貴様、やられたフリを……! 何て姑息なヤツだガネ!」

 

 お前が言うな。

 

 「……自分の優位を確信した人間は、隙が多い」

 

 確信するだけじゃダメなんだよな、徹底的に反抗の芽は摘まないと。だから。

 

 「さ、これを掛けて」

 

 俺が差し出したのは、残った海楼石の手錠。あぁ、スモーカーに付けっぱなしにしてしまったもう片方とは違って、これはちゃんと後で回収するよ。さっきMr.5と遊んだ時にもアイツに付けさせてたけど気絶後に回収したし、Mr.3も気絶させて回収する。

 でもその前に、ちゃんと話をしとかないといけないだろ?

 

 「か、掛けてとは何だガネ!?」

 

 「自分の能力を封じる枷を自分で掛けろっていうだけだよ?」

 

 「何を」

 

 「掛けろ」

 

 何か反論しようとしてたけど、面倒くさくなってきたから言葉を命令形に変えたら、あっさり掛けてくれた。うん、素直なのはいいことだ。え? やだな、脅してなんかいないよ? そりゃあ言葉は命令だけど、別に睨んだりとかしてないし。

 

 「正座」

 

 「ハァ?」

 

 「正座」

 

 「何を言ってるガネ!? 何故私が」

 

 「正座……仏の顔も3度までって言葉、知ってるよね?」

 

 「………………」

 

 俺が苦笑と共に最後通告を渡すと、Mr.3は大人しく正座してくれた。

 

 さて、何か敷物が欲しいな、話が長くなりそうだし。

 

 キョロキョロと周囲を見渡すと、大福がさっと寝そべってくれた。腰かけるのに丁度いい高さになったな。よし座らせてもらおう、本人……いや、本虎は元よりそのつもりみたいだし。よし、これで落ち着いて話が出来る。

 

 それじゃあ、Mr.3。

 誰が赤い髪の『チビ』だって……? 

 

 

 

 

 その後Mr.3にお説教をしていると、暫く経ってからゾロとルフィが現れた。俺は気付いてたけど、今はそれよりもこっちの方が大事だから気にしてなかったんだけど……何だってルフィはorz状態になってたんだろうな?

 

 




 【オマケ】

 深海の大監獄、インぺルダウン。
 そのLEVEL1に、彼はいた。

 「何故こんなことに……」

 様々な腐敗が明るみに出て逮捕された元海兵・ネズミは、恨みがましく毒づいていた。
 何故も何も本人のせいでしかないのだが、彼の脳内ではそうなってはいなかった。

 「それもこれも、『麦わら』どものせいだっ!」

 ネズミにしてみれば、やつらが現れて以降碌な目に合っていない。
 完全な八つ当たりだが、そうでも思わないとネズミは耐えられなかった。
 
 そんなある日のことである。

 「!? な、何だ今のは!?」

 ネズミの背中に、凄まじい悪寒が走った。思わずキョロキョロと周囲を見渡すが、何も無い。いつも通りの地獄絵図だ。

 彼は知らない。その悪寒が走ったのが、リトルガーデンでユアンがある決意をした瞬間に起こったものであるということを……。

 インぺルダウンで彼らが再会するまで、あと数ヶ月。


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第102話 リトルガーデン出航

 今俺の目の前では、1人のカッパ男が地に倒れ伏している。

 

 「生きていても仕方がないガネ………………死のう」

 

 そう、それは水溜りが出来そうな勢いで滂沱しているMr.3である。その顔には生気が無い。

 あれ? 俺ってばやりすぎた? ただちょっと30分ぐらい説教しただけなのに。

 

 死なれても困るな、こいつの能力は後々使えるし。対象を海楼石の手錠から解放することは俺にも可能だけど、それが出来るヤツが多いに越したことは無いんだ。

 

 ………………ま、一晩寝ればちょっとは立ち直るだろ。

 

 「大福」

 

 俺は自分の下にいる大福をポンと叩いて降りた。

 その合図と視線だけで大福は俺の言わんとすることを察してくれたらしい。

 大福は立ち上がって、のそのそと寝そべっているMr.3に歩み寄り。

 

 「死の……ガネ?」

 

 正面まで行くと、徐に右前肢を振り上げ。

 

 「がう」

 

 大福、猫パンチ。

 哀れ、全く構えていない上に海楼石で力を封じられているMr.3には、それを避ける術も無ければ対抗する術があるわけも無い。固い地面と太い肢の間に見事に挟まれ。

 

 「ブヘッ!?」

 

 一言だけ呻き声を残してプチッと潰れた……大丈夫、死んじゃいない! ただ気絶してもらっただけ!

 ちなみに一仕事終えた大福はというと、『褒めて~』と言わんばかりにゴロゴロと喉を鳴らして擦り付いて来ている。うわ、可愛い。ちょっとデカすぎるけど。

 

 「よしよし、よくやった」

 

 お望み通り、頭を撫でて褒める。

 ちゃんと良いことをしたら褒めましょう! これは躾の原則だ! ……人を踏み潰すのが『良いこと』なのかって? 

 え、だって……Mr.3だし。

 

 「………………終わったか?」

 

 説教の途中から見ていたゾロが、面倒くさそうに聞いてきた。

 

 「うん、終わった」

 

 後はMr.3から海楼石の手錠を回収すればそれでよし。そう思って、俺は懐から鍵を取り出した。

 

 「ところで、『大福』って何だ?」

 

 「コイツの名前」

 

 未だに擦り付いてきてる大福を指差すと、ゾロは微妙な表情になった。

 

 「……もっとマシな名前は無かったのか?」

 

 マシ? 失礼な。

 

 「良い名前だと思うけどな。だって、『大きい福』だぞ?」

 

 目出度いことこの上無いじゃん。俺の返答にゾロは納得顔だ。

 

 「成るほど、そういう意味で付けたのか?」

 

 「いや、豆大福に似てるから」

 

 「字面関係無ェのかよ!?」

 

 うぉ、ゾロにツッコまれた!? ナミかウソップの技だと思ってたのに!

 

 「ちなみに、あっちのサーベルタイガーはわさびな。狼は大五郎。あそこで哺乳類の中にコッソリ混ざってる爬虫類、白い大蛇は饂飩だ」

 

 「どんだけ名前付けてんだ!?」

 

 「あいつら全部」

 

 ちなみに、俺の元に集められた即席動物園の頭数は18匹。饂飩からはダニが見付からず、大福たちに『出来るだけ哺乳類を連れて来てくれ』って頼んだらそれ以降は哺乳類しか連れてこなかった……ってか、マジでこいつら賢すぎじゃね?

 

 「ところでこっちも聞きたいんだけど……何でルフィはあんなんなんだ?」

 

 手錠も回収し終えて、俺は気絶しているMr.3を簀巻きにしながら未だにorz状態になってるルフィを指差した……あ、この簀巻きに使ってる筵は、猿のバナナに頼んで海水をたっぷり染み込ませあるのをメリー号から持ってきてもらったやつだ。いずれ海水が乾いたら能力も使えるようになって自力で脱出できるだろう。

 

 問いについては、俺はただちょっと疑問に思って聞いただけなのに、何故かゾロは苦虫を噛み潰したようになった。

 

 「お前のせいだろうが」

 

 俺、何もしてないんだけど……あ、まさか。

 

 「ゾロ……あれは仕方が無かったんだ。だってルフィは酒乱だから」

 

 「何の話だ」

 

 「禁酒のことじゃないのか?」

 

 2度目の決闘が始まった頃、俺はルフィと別れるときに禁酒を言い渡した。そのせいじゃないんだろうか? 

 どうやら違うらしい。ゾロは頭を抱えている。

 

 「解らないならいい……どうせ今更どうにもならねェだろうしな」

 

 何それ、逆に気になる。

 

 「それより、アレは何とかならねェのか? 面倒くせェ」

 

 アレ、とは即ちorz状態のルフィである。

 

 「生まれ変わったら……ワカメになりたい……」

 

 うん、確かに面倒くさい。誰だよ、ルフィをこんな風にしたの。

 でもなぁ……ルフィを浮上させるのなんて、実際は凄い簡単なんだけど。

 俺はポケットからあるモノを取り出し、掲げて見せる。

 

 「ルフィ! 干し肉があるぞ!」

 

 「くれ!」

 

 0.1秒。それがルフィの復活に要した時間だった。

 ゾロが呆気に取られてるけど、何てことはない。

 肉さえあれば、あいつはいつでもどこでも元気なんだ。

 

 

 

 

 きっちりと全身ぐるぐる巻きにしたMr.3は、適当な木に逆さ吊りにしておいた。

 当然、逆さ吊りは危険だ。血圧の上昇で血管が破裂する可能性もあるし、吐瀉物が気管に詰まって窒息死する可能性もある。

 ここでラッキーだったのは、先ほど倒したティラノサウルスが目を覚ました後で保護を求めてきたことだ……何からかって? そりゃあ勿論。

 

 『お前、美味そうだな!』

 

 と、干し肉を齧りながら本能に忠実な発言をしたルフィからである。

 俺としてもルフィの意見には全面的に同意したかったんだけど、ここでちょっと考えた。

 

 こいつにMr.3の監視させればよくね? と。

 

 なので、食うのは中止にするからコイツが危なくなったら体勢を変えてやってくれと頼んでおいた。これで多分、血管破裂や窒息死はしないだろう。

 身動きも取れず、能力も使えずの状態でティラノサウルスと相対するって状況に、目を覚ました後のMr.3が何を思うかなんて知ったこっちゃない。

 ま、死にゃあしないだろ。

 

 

 

 

 そしてそれらの処置が全て完了した後は、サンジを除く他の皆がいるという決闘場に戻ろう、ということになったんだけど。

 

 「肉~」

 

 ティラノサウルスを食べ損ねたルフィが凄く煩かった。

 道中の全てを、ゾロがトリケラトプスを狩ったしサンジも何かを狩ったはずだって言い聞かせて説得するのに費やすことになった。

 

 

 

 

 現場に到着してみると、事はもう済んでいた。

 所々にまだ蝋の残滓はあるものの、捕えられていたというナミとドリー&ブロギーはもう解放されている。

 けど、現れた俺たち……というか、俺たちにくっ付いてきたヤツらにナミもウソップもビビも悲鳴を上げた。

 

 「猛獣ーーー!!!」

 

 真っ先に叫んだのはウソップ。

 そう、俺が手懐けた動物のうち特に懐いてくれてたやつらが付いて来てしまったんだよ。具体的には大福(ホワイトタイガー)とわさび(サーベルタイガー)と大五郎(ダイアウルフ)とバナナ(猿)と饂飩(白蛇)だから……5匹か。

 

 「大丈夫、襲ったりはしない……多分」

 

 「多分!?」

 

 保証は出来ない。何せほんの少し前まで野生の獣だったんだし。ルフィやゾロはともかく、ウソップたちが襲われたりしたらやられるだろう。用心はした方がいい。

 そしてその一方で。

 

 「カルー! しっかりして!」

 

 カルーは泡を吹いて失神していた。危機感が半端じゃないんだろうな。縋り付くビビの叫び声が悲痛だ。

 俺も揺さぶってみたけど、カルーは起きない……ふむ。

 

 「へんじがな」

 

 「やめんかっ!!」

 

 折角の名言チャンスはナミのツッコミによって消えた。頭が痛いぞ。

 

 それはそれとして。

 

 動物たちが付いて来たのを追い払わないのは、出航までの間ぐらい愛でててもいいんじゃないか、と思うからだ。特別食料に困ってるわけじゃないから無理に狩る必要は無いし、もふもふな毛皮やぷにぷにな肉球は触ってて結構気持ちいい。

 でも、怯えられるのはアレだしな。よし。

 

 「これでいいか?」

 

 何をしたかというと、動物たちを小さくした。普通に犬猫蛇サイズにまで、だ。バナナはしてないけど。だって別に肉食獣じゃないから。

 そしてその結果。

 

 「やだ、可愛い!」

 

 動物たちはナミとビビの女子コンビに可愛がられることになった。

 なお、人気なのは大福とわさびである。やっぱりネコ科がいいんだろうか。饂飩は『蛇はちょっと』と言われてしょげていた。バナナは向こうの方があまり近寄って行かない。

 

 「お手」

 

 「ガルル!」

 

 大五郎はルフィが手懐けようとしていた……失敗してるけど。ルフィが差し出した手はバクリと噛まれている。そういや原作での話になるけど、ルフィってスリラーバークでもケルベロスもどきを手懐けようとしてたっけ。そっちも失敗してたけど。

 

 俺はというと、巻き込まれたドリー&ブロギーに対してウソップと共に事情を説明していた。

 2人としては犯人であるMr.3、というよりバロックワークスには怒りを覚えていたけれど、俺たち……

特にビビに対しては『気にするな』と言ってくれた。

 

 

 

 

 何となく場には和やかな空気が流れていた。

 

 絶好のチャンスだったから、『素晴らしい戦士たちに出会えた記念に』と提案して写真も撮った……ちなみにカメラはローグタウンで買っといた。

 言うまでも無く、これはオイモ&カーシー対策だ。エニエス・ロビーに行くことになれば、あの2人の懐柔策はあった方がいい。ウソップの説得を待つって手もあるけど、写真ならドリー&ブロギーが生きてるってもっと手っ取り早く証明できる。やれることはやっとくに限る。

 

 ルフィが、大五郎を手懐けるのは止めてバリバリと煎餅を齧り始めていたから俺も分けてもらう。どうやら、ミス・ゴールデンウィークが置き忘れていった物らしい。俺だけじゃなくウソップと復活したカルーも食べていて、ちょっとしたプチ煎餅パーティーのようになってる。

 そんな平穏(?)を破ったのは。

 

 「ナミさ~~~ん♡ ビビちゃ~~~ん♡」

 

 お馴染みのラブコック、サンジだ。そのサンジはこっちの様子を見てハッと固まる。

 巨人2人に驚いてるのかな、と思っていたら、突然険しい顔つきになって怒り狂った。

 

 「テメェ、この野郎!! よくもナミさんの膝の上にィ!!」

 

 そう啖呵を切ってサンジが喧嘩を売ったのは。

 

 「がう?」

 

 猫サイズの大福だった……オイ。

 

 「野郎じゃないぞ、大福は雌だ」

 

 そう、今まで特に言わなかったけど、大福は雌である。ついでに言っとくとわさびは雄だけど、今はビビに孔雀スラッシャーで遊んでもらってる。

 

 「ツッコむトコそこじゃねェだろ!?」

 

 そしてウソップのツッコミは冴えてるな。

 

 

 

 

 これまで出番が全く無かったと言っても過言じゃないほど影が薄かったサンジだけど、原作通り電伝虫でクロコダイルと話してたらしい。アラバスタへの永久指針も手に入れていた。地味に活躍してたんだなぁ、コイツ……。

 

 頑張れサンジ! そうやって真面目にやってけばいつかはスポットライトが当たる! 例え手配書の写真が似てない似顔絵でも(←それは俺も同じだし)! くまに吹っ飛ばされた先が地獄でも! いつか報われる日が来る! ……多分。

 

 まぁとにかく、そうとなれば話は早い。

 俺たちはアラバスタへと急ぐことになった。ちなみに、その前に煎餅で乾杯とかもしたりした。

 

 

 

 

 折角懐いてくれてたのに名残惜しいけど、大福たちを連れて行くわけにはいかない。特に大福とわさびと饂飩。

 何せ次の目的地は冬島・ドラム島(←それを考えてるのは俺だけだけど)。ネコ科の大福とわさびは寒さに弱いだろうし、蛇である饂飩は冬眠状態になってしまうだろう。連れて行かない方がいい。

 

 動物達の見送りは盛大だった。Mr.3の拷も……コホン。説教後に別れたコたちも来てくれた。俺はどこのムツゴロウさんだいやそれは何か違うか、と内心で1人ツッコミをしつつメリー号に乗り込む。

 

 「ユアン君……あそこで蓑虫みたいになってるのって、Mr.5とミス・バレンタインのような……」

 

 ビビが船のすぐ近くの木の枝にぶら下がっている2つの物体を見付けたらしい。指で示しながら聞いてきた。

 

 「気のせいだよ、ビビ」

 

 「……そうね。きっと気のせいなのね」

 

 ビビはスルースキルを身に付けた!

 

 ちなみにあそこに吊るしてあるのは、本当にMr.5とミス・バレンタインだ。あの2人も、その内筵の海水が乾けば自力で脱出するだろう。その後どうするつもりかは知らん。

 あ、女であるミス・バレンタインの吊るし上げがサンジに見付かると面倒くさいことになりそうだから、一応船からは見えない位置に吊るしてあるんだよ? 気付いたビビの観察力が優れてるだけ……多分、ナミとウソップも気付いてたと思うんだけどね。あからさまに視線を逸らしてたから。

 

 船に乗り込もうって時に、ゾロとサンジがどっちが狩った獲物がデカいかって不毛な争いを繰り広げようとしてた。俺たちもどっちがデカいかって意見を求められたんだが。

 ウソップは『興味ねェ』、ビビは『引き分けでいいんじゃない?』、ナミは『船出すわよ』、ルフィに至っては『どっちも美味そう』だ。俺としても、あの2匹はほぼ同サイズに見える。これじゃあ埒が明かない……と、思ってたら。

 

 「あれ? さっきユアンが仕留めてて3のヤツの監視させたトカゲのがデカかったんじゃねェか?」

 

 ルフィが何気なく言った一言に、場の空気が凍った。

 そういえば……あのティラノサウルスの方が1回りはデカかったような……。

 それを実際に見てサイズを知っているゾロと、ルフィに具体的な大きさを聞いたサンジが揃ってorz状態になる。

 

 「あー、でも、ほら……俺は狩り勝負の参加者じゃないし」

 

 「「下手な慰めはいらねェ!!」」

 

 何とか取り成そうとしたら、2人に揃ってツッコまれた。

 うん、何で俺が怒られにゃならんのだ?

 結局、狩り勝負の勝者は何故か俺ということになって、ゾロとサンジはこの上なく項垂れてしまったのだった。2人とも……なんかゴメン。

 

 

 

 

 そして碇も上げて出航。今は川を上って東側の海に出ようとしているところだ。島喰いを見るのが楽しみだね。

 振り返ってみると……このリトルガーデンでも色々あった。人生初の生巨人と出会ったりもした。

 けど俺にとって今重要なのは、このポケットの中の……ポケットの……中……の………………。

 

 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 不測の事態に思わず叫んでしまった。その叫びにみんなが驚いて俺の方を見る。

 

 「どうした、何かあったか?」

 

 ぎくり。俺の態度を一言で現すならそれだ。

 

 「ななな、何でもおませんわ!?」

 

 「言葉遣いが可笑しいぞ!?」

 

 そのツッコミはスルーの方向でお願いします!

 けどヤバい、何でだ!? どうして!? 島喰いなんて言ってる場合じゃない!

 

 「………………」

 

 恐る恐るポケットの中を覗き込んでも結果は変わらない。

 

 あの時、Mr.3の逆さ吊りを終わらせてから確かにポケットに入れたはずのアレが。

 折角集めたケスチア入りの小瓶が。

 いつの間にか無くなってしまっていた。

 

 

 




 Mr3へのトドメは大福の猫パンチ……頑張れMr3、負けるなMr3! 強く生きるんだ! 栄光は永遠に来ないがな!


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第103話 『島喰い』

 落ち着け、思い出そう?

 

 俺はケスチアを採集した小瓶を確かにズボンのポケットに入れた。うん、間違いない。

 その後は取り出すことも激しく動き回ることも無かった。勿論、ポケットに穴が開いている、なんてことも無い。

 

 じゃあ何で無いんだよ! 失くす要素が無いのに!

 

 ……まだ、時間はあるか? 島を出るまでに船に乗り込めればいいんだもんな? 

 探そう! 船が島から出てしまいそうかどうかは気配で解るし、乗り込むには剃と月歩を使えば何とかなる! 時間ギリギリまで頑張ってみよう!

 そうと決めれば話が早い。

 

 「ゴメン、ちょっと忘れ物してきたから探して来る!」

 

 「へ? あ、おい! 忘れ物って何だ!?」

 

 聞かれて当然の疑問だと解っているけど、今はそれに答えている時間も惜しい。

 多分全員が思っているであろう疑問を口にしたウソップも、他の呆気に取られている面々も全無視で、俺は1人メリー号から飛び出した……あぁもう、後でフォローするのが大変そうだ。

 

 

 

 

 走る。とにかく走る。入り組んだジャングルを駆け抜けるのは面倒だから、木々の上を剃刀で急ぐ。メロスも真っ青な走りっぷりなんじゃないかな、今の俺。

 怪しいのは……Mr.3の逆さ吊り現場、もしくは煎餅パーティー会場となった広場。ってか、そうでなければ歩いた道のどこかだよ。

 

 「……っとォ!」

 

 あまりにも勢いを付けてたものだから、うっかりとMr.3の逆さ吊り現場を通過してしまいそうになって、慌てて止まる。そして降りる。

 

 Mr.3はまだ気絶していた……うん、はっきり言ってあいつどうでもいいから放っとこう。ティラノサウルスはちゃんと見張っててくれてるみたいだし。

 そして辺りを見渡す。時間が無いからつぶさに見て回ることは出来ないけど、取りあえずは見当たらない。

 小さく舌打ちをかまして俺は再び駆ける。

 

 次に辿り着いたのは例の広場。俺たちがここを去った時にはまだいたはずのドリー&ブロギーの姿は既に見えない。そのことにちょっと焦ったけれど、逆に意外な姿を見付けることになった。

 

 「大福?」

 

 そう、大福である。豆大福に似てるから大福と名付けた、あのホワイトタイガーが本来の大きさででんと鎮座していたのだ。

 

 手懐けた動物たちの中で、1番付いて来たがってたのはこの大福である。『連れて行かない』って言ってもへばり付こうとした。最終的には、可哀そうに思いながらも置き去りにしたのだが。

 他の皆と違って見送りに来なかったと思ったら、何故かこんな所にいる。

 どうしたんだろうと思いつつ観察してみると、ふと気付く。

 

 「………………大福、それを寄越せ」

 

 そう、俺が探しているケスチア入りの小瓶。それが何故か大福の口の中にあった。

 言うなれば、軽く噛んで銜えている状態である。

 取り出そうと手を伸ばせば口を閉ざしてしまう。これはつまり。

 

 「………………連れてけってのか?」

 

 尋ねると大福は頷いた……その目が雄弁に語っている。『断ったらこの小瓶を噛み砕く』と。

 強引に取り出そうにも、隠し場所が口の中じゃあ如何ともし難い。下手に手を出せばそのまま壊れてしまう。小瓶が壊れれば折角集めたケスチアは逃げてしまうだろう。

 

 大福は深い意味は解っていまい。多分、俺がこれを一生懸命集めていた→これは大事なものなんだろう→これが壊れたら困るはずだ→よし使える! ……ってなもんだろう。

 

 ひょっとして、ポケットから小瓶が無くなってたのは大福がスッたからか!?

 え、大福本当に賢すぎじゃね? って、そんなことは今はどうでもいいよ!

 

 正直言って、戦慄している。

 俺が……脅されている。脅迫されている。こんなことは初めてなんじゃないだろうか。

 こうして絶句している間にも大福は『噛むぞ~、噛むぞ~』と言わんばかりの視線で俺を見てくる。

 というか、何だってそんなにも付いて来たがるんだ!? きっと碌な事無いぞ!? むしろ下手したら死ぬぞ!? Mか!? Mなのか!?

 

 「……よし、解った。連れてくからまずは返してくれ」

 

 「………………」

 

 大福は返してくれない。明らかに懐疑の眼差しだ。

 バレたか……取り返したらそのまま置き去ろうとしてることが。

 

 「………………」

 

 「………………」

 

 「………………解った」

 

 睨み合ってても仕方がない。こっちは時間が無いんだ。

 俺は敗北を認めた。

 

 

 

 

 大福を再びミニ化させ、俺は剃刀でメリー号にまで戻った。船はまだ川を行く途中で、間に合ったと少しホッとする。

 

 「何だ? 忘れものってソイツか?」

 

 何故か未だに干し肉を齧っているルフィが、俺が抱える大福に目を向けて聞いてきた。

 

 「あー……まぁな。いいだろ?」

 

 まさか、『病原体を持ったダニを探しに行っていた』なんて真実を告げることが出来るはずもない。俺は抱えていた大福を降ろしながら船長の確認を取る。ちなみに、肝心の小瓶はまだ返してもらえてない。島を出るまでは渡さない気なんだろう。

 

 「コイツ賢いから、面倒見るのは楽だよ。多分。食事は……ルフィの分を削ろう」

 

 「OK」

 

 「何!?」

 

 コックのサンジが俺の提案に間髪を入れずに了承した。ルフィはショックを受けてガーン状態になる。

 心配しなくても、ちょっと苛めてるだけだ。俺が拾ってきたんだから、ちゃんと俺の分から分け与えるさ。

 

 けど、何の躊躇も無く『ルフィの食事カット』に賛同を示すサンジにしろ、話を聞いてるだろうに全くフォローを入れない他の皆にしろ……如何にルフィの食欲に辟易しているかが如実に現れてるような……。

 

 

 

 

 俺が船に戻ってからいくらも経たない内に、島の出口が見えてきた。その河口の両岸で、海に向かって聳え立つ2人の巨人。

 

 「この島に来たチビ人間たちが……」

 

 「次の島に辿り着けぬ最大の理由がこの先にある」

 

 ドリーもブロギーもこの上なく真面目な顔で、シリアスな空気を醸し出している……のに。

 

 「……何で俺をガン見してくるんだ?」

 

 そう、ビビが巨人たちの見据える海の先じゃなくて、すぐ傍に立っている俺に目を向けてきてる。その上に何だか身構えている。

 

 「だって、あの人たち『チビ』って言ったわよ?」

 

 「お前は俺を何だと思ってるんだ」

 

 巨人が人間に『チビ』って言ったからってそれに一々目くじらを立ててられるか!

 

 「友の『海賊旗』は決して折らせぬ!」

 

 「我らを信じてまっすぐ進め!」

 

 俺がビビとしょーもない会話をしてる間にも、2人は忠告を続けてくれていたらしい。

 

 「わかった! まっすぐ進む!」

 

 2人の言葉にルフィが頷く。それとメリー号が島から出たのはほぼ同時だった。

 

 「「別れだ。いつかまた会おう」」

 

 変化はすぐに現れる。

 

 「見て! 前!」

 

 ナミに言われるまでもなく、船のすぐ真ん前で勢いよく海が盛り上がるのが確認できた。そして海中から姿を見せたのは見上げるような超巨大金魚。

 

 「あれが『島喰い』か……」

 

 特に何か思惑があったわけじゃない。ただただその巨大さに感心してポロッと言葉が零れ出た。

 

 単純なサイズの話なら、ラブーンの方がデカい。でもラブーンはクジラだった。こいつは金魚。恐らくは海王類でもない、金魚。それがまぁ、何を食ったらここまでデカくなれるんだ? もしも時間と機会があったなら、1度調べてみたいもんだよ。そしたら俺ももう少し大きくなれるかも……コホン。今はどうでもいいことだな。

 

 「『島喰い』って何!?」

 

 俺の呟きは、しっかりとナミの耳に届いていたらしい。ってか、そんなパニック状態になってるのによく聞けたな。

 あぁ、質問には答えとかないと。

 

 「『島喰い』は……でっかい金魚だ」

 

 「「見たまんまァーーーー!!!」」

 

 俺の発言を聞いていたのはナミだけじゃなかったらしい。ウソップも被せてツッコんできた。

 

 「どうしてウソップまで。お前は知ってたんじゃないのか?」

 

 いやマジで、ちょっとは知ってるかと思ってたのに。

 

 「こんなモン知るかァ! どこをどうしたらそんな話になるんだ!?」

 

 「だって、シロップ村でカヤお嬢さんに巨大金魚の話を聞かせてたらしいじゃん。だから俺はてっきり、出くわしたってのはそりゃホラだろうけど実在するってことは父親にでも聞いたことがあるのかと」

 

 ヤソップなら知ってても可笑しくなさそうだと思ってた。母さんに日記にも『島喰い』のことは書かれてたし。会ったことは無いみたいだったけど、話題ぐらいは赤髪海賊団で出てても可笑しくないなって……ひょっとしてヤソップが入る前だったのか? その前にヤソップに関する記述があったと思ったのに。 

 あぁいや、そもそもそれ以前に、海賊入りした後でそのことを知ったなら故郷の家族に伝える術なんて無いか。うん、完全に俺の勘違いだったみたいだ。

 

 「あぁもう! 話にならないわ! 舵きって! 急いで!!」

 

 俺が些かズレたことを考えてる間に出されたナミの指示は、至極真っ当なものだった。常識的に考えれば、という但し書きが付くけれど。

 そして今回、そのナミの指示に従う者はいなかった。サンジでさえも動かない。

 

 「だ、ダメだ! まっすぐ進む! そうだろ、ルフィ!?」

 

 いつもなら真っ先に『逃げ』に賛同するウソップが、今回は『島喰い』を見詰めている。

 

 「うん、勿論だ」

 

 パニックになってるのはナミとビビ、カルー。震えているのがウソップ。サンジでさえ少し慌てている中で、ルフィとゾロは至って冷静だ。俺? 俺も冷静だよ、一応。ちなみに大福は毛繕い中である。

 

 「落ち着けって、最後の煎餅やるから」

 

 半狂乱になるナミをルフィは宥めようとしていた……って、ルフィが人に食べ物を分けた!? 嵐が来そうだな……それに。

 

 「ルフィ……お前は間違っている。煎餅を渡してどうするんだ」

 

 「そうよ! 煎餅なんて言ってる場合じゃ」

 

 「人を落ち着かせたい時は茶を渡すんだ」

 

 「あんたバカ!?」

 

 失敬な。煎餅よりも茶の方がいいに決まってるだろ?

 バカと言われたけど、俺は本気でそう思ってる。ただ今は淹れている時間が無いから、取りあえず水入りのコップをナミに渡しておいた。

 目を潤ませながら煎餅を齧りつつ水を口に含むナミの姿は、もうヤケクソな感じだった。

 

 「ナミ。諦めろ」

 

 終始冷静な男、ゾロは悠然と構えている。けどその視線は遠くを見ている。何か悟りでも開いたんだろうか。

 けれど、そんなプチパニック状態は長くは続かなかった。

 バクリと。

 そりゃもう綺麗にパックリとメリー号は『島喰い』に丸呑みされたからだ。

 

 「まっすぐ!! まっすぐ!!」

 

 泣きながら呪文のように叫び続けるウソップが、何だか必死な様子だ。

 

 「まっすぐ!! まっすぐ!!」

 

 ウソップと同じように叫ぶのはルフィ。こっちは泣いちゃいないけど。

 そしてそれが起きたのは、俺たちが丸呑みにされてからすぐのことだった。時間にすれば、恐らく数秒のことだったんだろう。

 まず初めに感じたのは、震えるような空気の振動だ。それからそうかからずに、大きな衝撃が。そしてそれが過ぎ去った頃には、もう俺たちは暗い腹の中ではなく青い空の下にいた。

 

 「「覇国ッ!!!」」

 

 巨大な『島喰い』に一撃で風穴を開けたであろう攻撃の名を2人が叫んだのがよく聞こえた。

 

 いや、マジですごいな、コレ。俺たちがこの境地に行き着けるのはいつだろうね?

 というか、これで懸賞金が1人1億って可笑しくないか? ひょっとして、昔は金の価値が違ったとか? 

 日本でも第二次世界大戦頃の3円は後の世で3000円相当の価値があったとか……あ、ちなみにこれはとある漫画から得た知識だったりする。本当の所はどうだか知らないけど。

 2人が賞金を懸けられたのは100年も前。かつての1億ベリーが今ではもっと高い価値があっても可笑しくは無いような気も……ま、いっか。どうせ今こんなこと考えてもどうにもならないし。

 

 「飛び出たーーーーー!! 行くぞ、まっすぐーーー!!」

 

 まっすぐ、というのは何も『島喰い』を恐れるなというだけの意味じゃ無かったんだろう。そのまた先もまっすぐ、振り返らずに進めということ。

 

 「これが……エルバフの……うぅ……戦士の力……!!」

 

 ウソップは感涙していた。その涙は『島喰い』の恐怖の名残ではなく、真に感動したからこそのものだ。

 

 「「さァ、行けェ!!」」

 

 ドリーとブロギーの豪快な見送りを背に、俺たちは真実リトルガーデンから出発したのだった。

 

 

 

 

 いつかエルバフの村に行こう、と甲板でルフィとウソップが盛り上がっている中、俺は船内でこっそりと小瓶を取り出していた。そう、あのケスチア入り小瓶だ。やっと大福も返してくれたんだよ。

 

 5日病に罹患するにはケスチアに刺される必要があるけど、取り扱いは慎重にしないといけない。うっかり船内に放出してしまったらえらいことだ。いくら薬があるからって、流石にソレはマズイ。

 まずは小瓶からピンセットで1匹、慎重に取り出す。

 腕に乗せてしばらく待つと、チクッと微かな痛みが走った。噛まれたんだな。そうなればもうこのケスチアに用は無い。しばらく様子を見ても感染してないようだったら、また別の個体を使えばいい。例えどんなに丈夫な人間だって、20匹もいればいつかは絶対に罹患するはずだ。使ったケスチアは他のメンバーを噛まないようにこの場で速攻潰しておこう。

 

 確か、五日病に感染すると噛まれた所に斑点が出たよな? それが目安だ。そうだな……10分毎に確認して、斑点が出なければ次のに噛ませるか。斑点が出れば残りのケスチアは瓶ごと海に投げ捨てよう。

 

 

 

 

 念のために大量のケスチアを入手したけど、そんなにサイクルを繰り返さなくてもいいだろう……そんな風に考えてた時期が俺にもありました。

 

 「いつになったら罹患するんだよ」

 

 いい加減苛立ってきて、ついつい毒づいてしまう。本来ならいいことのはずなのにな!

 はい、もうケスチアに噛ませるのも5回目です。既に4匹のケスチアに噛まれたのにピンピンしてます。俺ってすっごい丈夫だったんだな! ってか、自分で自分が怖いよ! どんな免疫力を持ってんだよ俺は!

 けどそんなイライラも、5匹目のケスチアも潰して暫く経った頃までだった。

 

 「よっしゃ! 出た!」

 

 そう、あの斑点が出たんだよ! まだ体調に変化は無いけど、取りあえず罹患した! ……何で俺は、こんな難しい病気に罹ったことを喜んでるんだろう…………ダメだ、考えるな! 考えてたら色々空しくなりそうだ!

 

 そうとなれば次は後始末だ。

 甲板に出てコッソリと小瓶を海に投げ捨てていたまさにその時、逆方向からビビの悲鳴に似た声が響いてきた。

 

 「ナミさんが、酷い熱なの!」

 

 うわ……結局ナミも感染してたのか。下着になってなかったから大丈夫かなとも思ったのに。

 まぁいい。ナミの五日病は治してしまって構わないしね。

 そんでもって、その後は俺の病気をエサにドラム島へ誘導して……永久指針もあるから、何とかなるだろう。

 本格的に俺の具合が悪くなってくる前に、色々とナミの治療や説明その他もしないといけない。忙しくなりそうだ。

 

 




 大福を連れて行くことになりました。ユアンの癒し担当。


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第104話 五日病

 現在、ゴーイング・メリー号において多少の医学知識を持つのはナミと俺のみ。

 ならばその片方であるナミが倒れれば、例え船医代理という肩書を持ってなかったとしても俺に診察の役目が回ってくるのは当然だろう。

 

 けど、ナミを診るにあたって問題点が1つ浮上した。

 誰が指針を見ているか、ということが。

 

 ゾロは病気レベルの方向音痴。いつぞやみたいに、『あの雲に向かって進んでいる』とか言い出しそう。

 ルフィは何をしでかすか解らないど天然。アラバスタが砂漠の国だってんで、『暖かい方に向かってる』とか言い出しそう。

 カルーと大福は論外。

 ナミは倒れ、俺は診察。ビビには、女同士ということでナミの服の下の視診を頼みたい。よってこれも却下。

 となると残りはサンジかウソップなんだけど……。

 

 「ナミさんは俺が運ぶ!」

 

 はい、サンジが喚いてます。

 誰がナミを船内に運ぶか? ビビには無理で、後は全員男。そんな状況でコイツが黙っているわけがない。

 じゃあウソップは、というと。

 

 「お、おれが1人で見てて、敵が襲撃して来たらどうすんだ!?」

 

 助けを呼べばいいだろ、と言ったけど、呼ぶ間も無くやられたらどうすんだ、と返された。何このネガッ鼻。

 こいつら、そんなこと言ってる状況かよ……いや、五日病のことを知らないんだ。無理も無いか。

 でもこれじゃあ堂々巡り……あ、なんだそっか。

 俺はある考えが閃き、内心でポンと手を打った。

 

 「サンジ」

 

 言い包められるのは、ウソップではなくサンジである。

 

 「お前は、ナミを男に運ばせたくないんだろ?」

 

 「当たり前だ!」

 

 サンジはヒートアップしている。よしよし、いい具合に冷静さを見失っている。

 

 「でもそれなら、ナミを運ぶのが女なら問題無いんだよな? そしたら指針を見ててくれるか?」

 

 軽い調子で尋ねると、サンジは虚を突かれたような顔をした。

 

 「あァ? まぁ、それならいいが」

 

 よし、言質は取ったぞ。

 サンジはまだ言葉の途中だったけど、俺はヤツにアラバスタへの永久指針を渡した。

 

 「じゃあ、よろしく。1/10」

 

 言いながら、ナミを小さくしてビビに目配せる。ビビも悟ったようで、ナミをそっと抱き上げた。

 

 「ビビが運べばいいよな? というわけで、ソレよろしく」

 

 いい加減もう面倒になってきたこともあって、俺たちは反論されない内に呆気に取られているサンジを1人甲板に残して船室へと入ったのだった……これで、サイクロンに遭わずに済むかな?

 

 

 

 

 病人に対してまず行うことといえば、熱を計ることだろう。そしてその結果。

 

 「40度……一気に上がったなぁ」

 

 はい、今のナミの体温は40度に上ってます。めちゃくちゃ苦しそうです。顔は真っ赤で息は上がり眉を顰めて……って、俺にとっては他人事じゃないんだけどな!

 いやそれよりも、取りあえずは問診だ。

 

 「ナミ。リトルガーデンで虫に刺されなかったか?」

 

 「むし?」

 

 ナミはどこかぼんやりした様子で問い返してきた。思い返しているようだけど、中々頭が上手く働かないらしい。

 

 「そういえば……蝋が溶けた少し後に……何か、チクッて……」

 

 やっぱりか。五日病以外の何かに罹った可能性も0ではないとも思ったけど、どうやら間違い無かったみたい。これでアレがあれば確定していいだろう。

 

 「どの辺?」

 

 重ねて聞くと、ナミは緩慢な動作で腹の辺りを擦った。

 

 「この辺り……。」

 

 う~ん、位置までドンピシャとは。

 

 「ビビ、ちょっと見てくれないか? 俺の考えてる通りの病気なら、そこに斑点が出てるはずだ」

 

 頼んだらビビは1つ頷いてくれたので、俺たち男陣は一時的に部屋の外に出る。

 

 「おい、どんな病気を考えてるんだ?」

 

 部屋を出てすぐ、ゾロが聞いてきた。

 

 「五日病ってヤツだよ」

 

 「五日病? 聞いたこと無ェな」

 

 ウソップが首を傾げたので、俺は肩を竦めてみる。

 

 「ケスチアっていう高温多湿の森林に生息する有毒のダニに刺されることによって引き起こされる病だ。みんなが知らなくても当然だよ、本来ならケスチアは100年ぐらい前に絶滅したはずの種なんだから……ただ、リトルガーデンは太古の島だろ? 残ってても可笑しくない」

 

 そこまで話したところで、中からビビが呼ぶ声が聞こえてきたので中断する。

 俺たちが中に入ると、既にナミは再びベッドに入り込んでいた。その傍らで、ビビは渋い顔をしている。

 

 「あったわ、斑点」

 

 OK、これで確定だ。

 

 「よし。んじゃあ、治療するぞ」

 

 取り出したのは対ケスチア抗生剤。クロッカスさんありがとう!

 

 「その薬で治るの?」

 

 ナミに注射で薬を射っていると、隣に立つビビが心配そうに聞いてくる。

 

 「大丈夫だと思うよ。何しろ、海賊王の船医印の薬だから」

 

 「何だ、その薬って花のおっさんに貰ったのか?」

 

 「うん」

 

 俺は小さく頷いてルフィに振り返った。

 

 「Mr.9とビビ……あの時点では、ミス・ウェンズデーって言うべきかな? 2人に『ウィスキーピークまで送ってくれ』って言われて了承してただろ? その航路で行くとウィスキーピークの次はリトルガーデンだっていうのは知ってたから。太古の島だろ、万一のこともあるかなって、いくつか特殊な薬を貰っておいた。これもその1つ」

 

 嘘は言ってない。ちょっとばかしぼかした言い方をしてるだけで、大方は間違ってない。

 まぁぶっちゃけて言えば、俺が欲しいって言ったのはケスチアの薬だけだったわけで、色んな薬が貰えたのは嬉しい誤算だったんだけど。

 

 「その、五日病? ってのは、どんな病気なんだ?」

 

 恐らくは好奇心からだろう、ウソップが質問してきた。

 

 「症状としては、40度以上の高熱・重感染・心筋炎・動脈炎・脳炎。けどまぁ、その名の通り五日ほど苦しむ病でね。五日経てばある意味楽になるんだよ」

 

 俺の答えにすっごい微妙な顔をするウソップ。

 

 「…………『ある意味』ってどういう意味だ? 何か、嫌な予感がするぞ」

 

 流石ネガッ鼻、勘がいい。

 

 「死んだら、少なくとももう苦しみはしないだろ?」

 

 「いや怖ェエよ! 真顔で何言ってんだ!?」

 

 だからこその真顔なんだろうが。こんな話、おちゃらけて出来るか? 

 

 「なるほど、つまりは大変な病気なんだな!」

 

 ルフィも思ったより理解してくれたらしい。

 ん?

 

 「どうした、ビビ?」

 

 ビビは震えながら真っ青な顔で口元を抑えていた。

 

 「じゃ、じゃあ……ナミさんはもう少しで死ぬところだったってこと!?」

 

 いやまぁ、そうなんだけど……本人が目の前にいるのに、ここでそんな直球玉に頷いていいのだろうか。

 

 「そうでもないよ。クロッカスさんに薬を貰ってなかったとしても、急いで医者を探すって手があるんだし。アラバスタへと急ぐビビには悪いけどね」

 

 結局、ちょっとばかしオブラートに包んだ言い方をすることにした。

 

 「悪いだなんて……病気の治療の方が大事じゃない」

 

 言い淀むビビ。これは、上手い事に話の流れがそっちに行ったな。

 

 「アラバスタの情勢が悪化してても?」

 

 俺が畳み掛けるように言うと、ビビは目を見開いた。そのまま、机の引き出しに入っている新聞を取り出して見せる。

 それはそう、アラバスタの内乱について書かれた記事が載っている新聞だ。

 初めはきょとんとした顔をしていたビビだけど、目を通すなり顔色が変わって食い入るように読み始めた。

 

 「そんな……国王軍の兵士30万が、反乱軍に寝返った!? 元々は国王軍60万、反乱軍40万の鎮圧戦だったのに……これじゃあ一気に形勢が!」

 

 無意識なんだろう、その手に力が籠り、新聞がクシャッという音を立てた。

 

 「3日前の新聞だよ。けど焦っても帆船であるメリー号の速度は変わらないからね……ナミと相談して、不安にさせるよりはって隠したんだ」

 

 この船で新聞を読む習慣があるのは、ナミと俺だけ。そのおかげでこの記事のことを知ってたのもこの2人だけだ。だからこそ、その新聞がこの部屋に隠してあったんだ。

 

 「バカ……」

 

 ビビが戦慄いている中、これまで黙っていたナミが口を開いた。薬を射ったとはいえまだ効いてはいないんだろう、その声音はとてもだるそうだった。

 

 「何で言うのよ……病気だって治りそうなのに……それこそ、わざわざ不安がらせることないじゃない……」

 

 通常ならば、ナミの言う通りなんだろう。

 薬が無く、医者を探すかアラバスタへ急ぐか……その2択を迫るならともかく、治療の目途が立った上でこんな話をするのは徒に不安を煽るだけ。

 けれど、今回は通常の場合じゃない。主に俺のせいで。

 

 「選んで貰いたいんだよ。真っ直ぐアラバスタへ進むか、医者を探すか」

 

 俺の言い出したことの意味が解らないんだろう、全員が不思議そうな顔をした。

 

 「ナミの病気は何とかなるんだろ? 何で医者を探すんだ?」

 

 ルフィの疑問は尤もである。でもな。

 

 「薬がもう無いんだよ。1人分しかなかったから」

 

 これは勿論、嘘である。クロッカスさんは人数分をくれたから……マジでありがとう、クロッカスさん!

 

 「だから、ナミはもういいんだろ? 無くて問題があるのか?」

 

 その問いには、大有りだと言わんばかりに真剣な顔で頷いてみせる。

 

 「ナミはもういいよ。多分ね。でも」

 

 言いながら、俺は斑点が見えるように服の腕を捲った。

 

 「残念ながら、俺も罹患したみたいなんだよ」

 

 その時のこの場の空気をどう言い表したらいいのか。何かこう……時が止まったような。『島喰い』を眼前にしても動揺していなかったゾロですら瞠目している。

 まぁ俺としては、色んな意味でなけなしの良心が痛んでちょっとばかし罪悪感を覚えたね。

 そもそも病気に罹ったこと自体わざとなわけで。しかも、実は薬はまだまだ豊富にあるわけで。

 

 「イヤイヤイヤ! お前、何サラッとトンでもねェこと言ってんだ!?」

 

 真っ先に我に返ったらしいのは、もうお前ツッコミに生きてるんじゃね? ってぐらいにキレのいいツッコミを入れてきたウソップだ。

 

 「だって事実だし」

 

 だからこそ、話をさっさと進めたいんだよ。

 

 「病気に罹ってるって自分で気付いてたなら、何で言わなかったんだ!」

 

 うわ、ルフィに怒られるのって久しぶり……いや、初めてかも。

 

 「薬をどっちが使うかって話になって時間を無駄にしたくなかったんだよ。実際に目の当たりにしたら、どっちが使うべきだ、なんて中々はっきり言えないと思う……でも客観的に考えれば、ナミと俺ならナミの方が使うべきだろ?」

 

 ナミより俺の方が丈夫そうだしね、という含みを持たせた言い方をしたけど、どうやらそれもルフィは気に食わなかったらしい。

 

 「でも……お前、身体が弱ェじゃねェか」

 

 ………………って、アレ?

 え、何? 俺ってルフィの中で病弱キャラになってんの? 何で?

 

 「前にも、体調崩してただろ?」

 

 え~~~っと……いや、第2の人生が始まってから体調を崩したことなんて1度も………………って、ひょっとしてアレか!?

 

 「火事があった頃のことか?」

 

 聞くとルフィは頷いた。

 

 アレか……『可燃ゴミの日』に俺は自然な形でサボと行動を共にするため、数日間体調不良を装った。アレのことか。

 いや、アレは演技だったんですけど……って、言えるわけがないな。

 

 うわ、あの日の罪悪感を思い出してしまった。今現在の罪悪感とも合わせてかなり心が痛む。

 しっかし、あの1回だけで俺を病弱だと思うなんて……まぁ無理も無いか。ルフィもエースもサボも、少なくとも一緒にいる間は1度も体調不良に陥ったことなんて無かった。その上、他の人間と深く関わる機会も多くなかった。

 下手したらルフィは、病気ってのがどんなもんかすら正確に把握してない可能性があるかもしれない。思い返せばナミが倒れた後、『肉を食えば治る』とか呑気な顔でのたまってたっけ。完璧にスルーさせてもらったが。

 新発見だ。10年間、ほぼ毎日共に過ごしてきて初めて知ったよ。

 

 ダメだ、頭が痛くなってきた……って、この頭痛は何のせいだ? ルフィのせいか病気のせいか……微妙な所だね。

 

 「心配してくれてるのは嬉しいけど、もう使っちゃったし。後の祭りだよ」

 

 事後報告ほど楽なものはないね。俺は苦笑して続ける。

 

 「でも俺だって、死ぬのは嫌だし。少なくとも、ルフィが海賊王になるのを見届けて、その後ある男をあらゆる意味で徹底的に破滅させるまでは死にたくない」

 

 他にも『頂上戦争に介入したいから』ってのもあるけど、それは口には出さないでおく。

 ……って、あれ?

 

 「『ある男』って誰のことだ?」

 

 あれ? 何でルフィ以外は全員ドン引きしてんだ? でも悪いけど、その質問には答えられない。

 

 「ルフィ……それは聞かないでくれ」

 

 正直、口に出すのも嫌なんだよ。

 

 「知らなかったなー、お前にそこまで恨んでるヤツがいたなんて」

 

 「うん、まぁ……最近、な。」

 

 思わず遠い目になってしまう俺……ふ、ふふ……何だか怒りのあまり、笑みすら零れてくる。

 

 絶対に許せるもんか、あの野郎!

 

 そんな決意を新たにしていたら、いつの間にか周囲のドン引きが加速していた。特にウソップとビビ。

 何だろう、まるで『社会的・肉体的・精神的に徹底的に殺りそうな危険人物』を見るかのような目で俺を見ている。否、実際に殺る気なんだけど。

 うん殺るよ。俺はやるといったらやる。モットーは有言実行。いずれ絶対に探し出して殺る。でも肉体的にはやらない。だって、死んだら苦しまないじゃん。俺、ヤツに生まれてきたことを後悔させてやるんだ……いや待て、今はそれより五日病について、か。

 

 「とにかく。ビビに聞く」

 

 俺はポケットに入れていたドラムへの永久指針を取り出す。

 

 「ここにドラムってとこへの永久指針がある。医療大国って言われてるらしいから、五日病の薬がある可能性が極めて高い。その上、ここからだと数日……海が大荒れでもしなければ、5日以内に辿り着けるだろう距離だ。でもここに向かえば、その分アラバスタに着くのが遅れる。……どうする?」

 

 意地の悪い聞き方をしているという自覚はある。なので、ちょっとはフォローもしようと思う。

 

 「さっきも言ったけど、俺は死にたくない。だから、ドラムへ行く方が可能性は高いだろうけど、そうでないならさっさとアラバスタへ行って医者を探したい。アラバスタには5日じゃ着かないだろうけど、ド根性で生き延びる努力をするから」

 

 「……そんな病気。根性で抑えられるようなものじゃないでしょ?」

 

 いや、そのはずなんだけどね。でも何とな~く、何とかなりそうな気もしないでもなかったり……五日病にも、1回刺されたぐらいじゃ罹患しなかったぐらいだし。

 きっと俺の身体って、すっごい丈夫なんだと思うんだよ。ルフィの思い込みとは真逆に。勿論、常識的に考えればそんなことは無理だろうって解るんだけど。

 ま、本当ににっちもさっちもいかなくなったらこっそり薬を使うし。

 

 「ドラムへ向かいましょう。ナミさんが本当に治る保証も無いし、ユアン君がいなきゃルフィさんを制御しきれないわ。多分、その方がこの船は最高速度を出せるはずよ」

 

 「「「それは確かに」」」

 

 みんなして……まるでルフィが猛獣みたいな言い草だ。ナミまでベッドの中で頷いてるよ。

 

 「失敬だなお前ら!」

 

 ルフィは憤慨していたけど、誰かがフォローをすることは無かった。

 

 

 

 

 こうして、俺たちはドラムへと向かうことになったのだった……ぶっちゃけ、俺ももうそろそろ体調悪くなってきてたからありがたい事この上ない決定だった。

 

 

 

 

 ちなみに余談だけど、雲で進路を見ようとするゾロと違い、サンジはちゃんと記録指針を見て進路を取っていたらしい。ナミが様子を見に行っていないのに、サイクロンには遭遇せずに済んだ。

 まぁサイクロンはともかく、本来ならそうして記録指針を見て進路を取るってのが当然なんだけどね。



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第105話 ドラム島

 豚肉と牛肉なら、牛肉の方が好きだ。ってか、スキヤキ食べたい。要するに、精を付けたい。

 あ、それならニンニクもいいかな……。

 

 

 

 

 何かもう俺は現在、熱にやられて思考がグッダグダになってます。頭を巡るは食料のことばかり。

 

 状況を整理しよう。

 

 ドラムに向かうということになってから1日が経過して、俺の体調は確実に悪化している。熱は40度に達したし、何だかフラフラする。はっきり言って、前世ですらここまで参ったことはない。

 うん、頭の中では元気に語っているように見せかけて、現実の俺は男部屋のハンモックにて寝込んでるよ。

 

 そしてその一方で、ナミは少しずつだけど快方に向かっていった。まだ完全には治ってないみたいだけど、熱はもう微熱と言っていい程度だ。無理して起き上がったりはしてない(というか、周囲がさせてない)けど、ベッドからこまめに航海の指示を出しているらしい。主にサンジをパシリに使って。

 

 え? 男部屋で寝込んでいる俺が何でそんな状況を知ってるのかって?

 それはな。

 

 「ユアン! 調子はどうだ?」

 

 様子を見に来るルフィに聞いたからだよ。

 

 「悪ィよ……でもどうにもならねェだろうが。落ち着け船長」

 

 ごめんなさい、身体がキツイんでついついガラの悪い対応をしちゃってます。病気ってストレスが溜まるんだな。

 いや、それは置いとこう。

 

 「……で? 今度は、何があったんだ……?」

 

 俺は小さく溜息を吐いて先を促す。

 正直に言えば、口を開くのも辛い。言葉も途切れ途切れになってしまうけど勘弁してほしい。

 

 「あ、それがな!」

 

 ルフィは、俺の質問にそれはそれは満面の笑顔を浮かべた。寝込むようになってからこの笑顔を見るのは何回目だろう、と遠い目になる。

 ……自分で言うのも何だけど、その笑顔は俺と全く違うよ。一切の含みも邪気も無い、何とも純粋な……臭いことを言うなら、天使の笑顔ってヤツだ。

 そう、全く何の邪気も悪意も感じないんだ。感じないのに……これまでの経験上、嫌な予感が止まらない。

 

 「雪が降ってきたんだ! 雪!」

 

 あぁ……道理で何だか気温が下がったと思った。

 

 「ドラムは、冬島らしいからな……。近付いて来てるんだろ……で?」

 

 冬島云々については今度説明するか……いや、ビビ辺りがもうしてくれてるだろうからいっか。

 

 「あァ! それでな、これだ!」

 

 「ぶへっ!?」

 

 どん! と。

 

 どどーん! と。

 

 まさにそんな擬音が付きそうな勢いで、コイツが何をしたと思う?

 

 「殺す気かッ!」

 

 俺は顔面に思いっきり押し付けられた雪の塊を跳ね除けた。

 そう、コイツは人の頭がスッポリと収まりそうなデカい雪玉を俺の顔に叩きつけてきたんだよ! あぁ、俺の頭は綺麗に雪玉に埋め込まれたね! 

 思いっきり怒鳴りつけた俺はきっと悪くない。けどそれをやらかした当の本人は顰めっ面になった。

 

 「ダメだぞ、起き上がったら!」

 

 「………………」

 

 何でこの状況で俺が怒られなきゃならないんだ? 何だか悲しくなってきた。

 

 「熱は冷ませば引くんだろ? ならああすれば手っ取り早いじゃねェか!」

 

 窒息するわ! そう怒鳴りたかったけど、もうその気力も湧いてこない。

 まさか、雪玉で熱を冷まそうとしてくるとは……性質が悪いのは、これが100%善意からくるこうどうだということだ。ルフィは本当に、ただひたすらに熱冷ましのことしか考えてない。

 

 例えばこれが俺だったら、これは善意ではなく悪戯心から起こす行動だっただろう。でもコイツは本気で心配して真面目に考えた上でこんな行動を取っているんだ。

 もうこれで何度目だ……?

 

 1人で寝てるのは退屈だろう、と頻繁に顔を覗かせては色んな話をしてくる……大抵の場合はいいけど、タイミングによっては安眠妨害だ。

 

 ケスチアの薬は無いということになってるけど、対症療法のために頭痛薬や熱冷ましを取ってもらえば、取り違えて下剤を持ってくる……うっかり飲んで、30分くらいトイレとお友達になった。

 

 熱を計ろうと思って体温計を取ってもらったら、テーブルにぶつけて割る。そして散らばったガラスの破片と零れた水銀は、ちゃんと掃除しておいた……俺が。

 

 頭に乗せるタオルを冷やすための氷水を持って来てもらえば、タオルを冷やすのではなく直接俺の頭にぶっかけて冷まそうとした。冷たかったな、アレは。着替えてシーツを替えて、床も拭いといた……俺が。

 

 食事時には、熱々のお粥が入った土鍋をわざわざ持って来てくれたはいいけど(正直に言えば、食欲は衰えてないから普通のメニューが良かったんだけど)、うっかり引っくり返してやっぱり俺の頭上に降らせる。熱かったな、アレは。着替えてシーツを替えて、床も拭いといた……俺が。

 

 それらを避けられなかったって時点で、俺が本気でダウンしているってことを解って欲しい。ハンモックで寝てて良かったよな~、俺。もしもこれがベッドだったら、乾くまで使えなかったよ。

 

 そう。

 

 これまで病気になったことも無ければ病人と接したことも無かったルフィは、恐ろしく看護が下手だった。それなのに何くれとなくしようとしてくる。この場では言及しないけど、失敗談はまだまだたくさんあるよ。

 

 でも、一生懸命なのも100%善意なのも解ってる。あのルフィが、病人食とはいえ食事を持って来たのに、ほんのちょっとしかつまみ食いをしていなかったんだぞ? その事実だけでも、どれだけ真面目に、そして真摯に看護に当たろうとしてくれているのかが窺い知れる。気持ちはとても嬉しい。

 加えて俺自身に負い目もあるもんだから、どうしても拒否しきれない。

 

 おかげで全然安静に出来ないけどな!

 

 勿論、様子を見に来てくれるのはルフィだけじゃない。ナミ以外のメンツも時々来る。そしてその度に哀れみの視線を向けられる。でも誰も看護役を変わってはくれない。

 

 はっきり言おう。俺はスケープゴートにされたらしい。

 

 ルフィは放置しておくと何を仕出かすか予測がつかない。そして、俺が被ってきた数々の被害のようなことがナミにまで及ばないように、みんなはルフィに俺の看護を一任させたのだ。

 

 そんな裏事情になんて全く気付いちゃいないルフィは、そりゃあもう、『任せろ!』と張り切ってる。そして完全にから回っている。しかも、俺はこの体調だからいつもみたいにツッコみきれず、どんどん加速していく。何かしらポカをやらかして俺に被害が及ぶ度に、俺に代わって大福がルフィを引っ掻いてツッコミを入れてくれてるけど……堪えてないし。

 あ、ちなみに今のところ大福は常に猫サイズだ。そうしないとカルーが怯えるからね。んでもって、この部屋に黙って居座っている。くっ付かれると暑いから傍には寄らないように言ってあるけど。

 ……耐えろ、耐えるんだ俺。ほんのちょっとの間の辛抱だ。あの無邪気な笑顔を思い出せ。看護なんていらないって言えばきっとしょげるぞ、あの笑顔を奪っていいのか、いや否! 今は黙って看護に耐えろ! このストレスは療養後に晴らすんだ!

 

 

 

 

 こんな感じで、俺にとっては苦行と言っても過言じゃない航海は進んで行く。

 

 

 

 

 変化が訪れたのは、その翌日のことだ。

 

 俺の病状はますます悪化している……これはケスチアのせいだ、病気のせいだ、断じてルフィの看護のせいじゃない。頭が割れそうなのも、体が熱くてたまらないのも、意識が朦朧とするのも病気のせいであって、決して気疲れのせいじゃない!

 

 反比例するかのように、ナミは順調に回復。冬島の近海だからか船の外には出てないようだけど、ベッドからは時々起き上がって船内から海の様子を見ることもあるとか。

 ちゃんと指針に沿っているらしいので、もうじきドラムへ着くだろう。つーか、着いて欲しい。マジで。

 

 「島が見えたぞー!!」

 

 天に祈りが届いたのか、船の外からサンジの声が聞こえてきた……って、アレ? ワポルは?

 あ……永久指針を従って航海して来たから原作とは違うルートを辿ったのか。それで遭遇しなかった、と。予測に過ぎないけど、多分間違ってないと思う。

 

 ま、いっか。この付近にはいるはずなんだ、そう掛からずにあっちもドラムに着くだろう。その時にやり合えばいいだけの話だ。知らん内にメリー号破損フラグが折れたと思えばいいや。

 むしろ、出会わなくてホッとした。だってワポルは俺の中で、出来れば関わりたくないウザったいキャラBEST3に堂々ランクインしてるし。嫌いとか腹が立つとかそういうのじゃなくて、ただひたすらにウザいヤツっていうランキング。

 ちなみに他のメンツは、クリークとフォクシーだったりする。クリークは最強最強って五月蠅いし、フォクシーはワレ頭だし。

 閑話休題。

 

 「……行ってこいよ、俺は大丈夫だから。あ……でも、何か上に着てけよ……冬島なんだから……」

 

 島が見えた、という声が聞こえてからあからさまにそわそわしてるルフィにそう告げると、ルフィはすぐさま飛び出して行った。全く……あの『冒険しないと死んでしまう病』め。

 

 その後は暫く、俺は1人で待っていた。少し経つとぼんやりとした意識の中、言い争う声や銃声も聞こえてくる……あ。ビビ、大丈夫かな……何かしら策を立てておくべきだったか? くそ、やっぱりうまい事立ち回れねェや……いや、病気のせいにするのは言い訳だよな……ハァ。

 

 「おい、起きられるか?」

 

 ちょっと自己嫌悪に陥っていたら、いつの間にかルフィが戻ってきていた。

 

 「ん……。」

 

 身を起こすのは辛いけど、起き上がれないわけじゃない……けど、歩いて上陸が出来るかって言われたら微妙かな……いや、根性だ根性!

 

 「く……!」

 

 すいません無理でした。上陸どころか、部屋から出ることすら出来ませんでした。途中で倒れました。

 ヤバい、足に力が入らない。視界が反転してるような感じがする。昨日はここまでじゃなかったのに……少なくとも、床掃除が出来るぐらいの体力は残ってた。

 五日病……恐ろしい病気だ。たった1日でここまで目に見えるほどに病状が進むなんて……って。

 

 「何、してんだ……お前は」

 

 「だって歩けねェんだろ?」

 

 今、俺的にとても情けない状態に陥っている。

 ルフィに負ぶわれてます、はい。

 うん、まぁ確かにぶっ倒れ状態だけどさ……何となーく、情けない気分になる。

 ハァ……仕方が無い。この際、贅沢は言っていられないしなぁ。

 

 

 

 

 船番にゾロを残し、他のメンバーはビッグホーンという村へ向かう……あ、カルーと大福も船に残ってるよ。

 俺がルフィに背負われてるように、ナミもサンジに背負われていた。まだ本調子ではないらしい。それでもナミの容体には差し迫った危険が感じられないからか、サンジはやたらとやに下がった締まりのない顔をしている。思いっきり目が♡、メロリン状態だ。

 そして道中に出会ったハイキングベアは、やたらとデカかった。見上げるような巨体である。急に見たウソップが咄嗟に死んだフリをしてしまったのも無理が無い。

 でもさ……あれだけデカければ、さぞ食いでがあるだろうな……ここのところ病人食ばっかで、腹減ってんだよ……。うん、俺ってば相変わらず思考回路がグダッてるな。ヤバい、目が回る……。

 

 

 

 

 そんなこんなで着きました、ビッグホーン。ここまで先導してくれたドルトンさんだけど、村中の人にすっごい慕われてます。いや、そんなもんじゃないか。

 

 「やあドルトン君、2日後の選挙が楽しみだな。みんな、君に投票すると言っとるよ」

 

 人のよさそうなオッサンが掛けていた言葉からすると、村中どころか国中で慕われてるんだろう。

 俺たちがひとまず連れて行かれたのは、ドルトンさんの家だった。

 

 「申し遅れたが、私はドルトン。この島の護衛をしている。我々の手荒な歓迎を許してくれ」

 

 申し訳なさそうにしてるけど、そんな必要は無いと思う。今回は俺は実際に見てはいないけど、海賊に対してはそれが普通の反応なんだ。ウィスキーピークとかの反応の方が明らかに怪しい。

 

 「1つ聞いていいかね? どうも私は、君をどこかで見たことがあるような気がするのだが……」

 

 ドルトンさんにそう尋ねられたビビは、ビクリと明らかに挙動不審な反応を示したけど、すぐにあからさまに話を逸らした。

 

 「き、気のせいです、きっと! それより、魔女について教えて下さい」

 

 魔女……魔女、か。

 

 「Dr.くれはの……こと、か?」

 

 ドルトンさんに貸してもらったベッドの中から口を挟むと、全員に驚いた顔をされた。特に驚いているのはドルトンさんだ。

 

 「そうだ。知っているのか?」

 

 「まぁ……『100歳を超えるけどピチピチなおばーさんで凄い名医』だって……風の噂……で聞いたことがあるんだ……。」

 

 正確には『風の噂で聞いた』じゃなくて『日記で読んだ』だけどね。後々ツッコんで聞かれると面倒だから、その辺は偽らせてもらおう。

 100歳を超えるのにピチピチってどういう意味だ、とウソップがどこかでツッコんでたような気もしたけど、もういい加減マジでキツイのでスルー。

 

 正直もう寝たい。でもまだだ、まだダメだ。このまま寝たらドラムロッキーを登ることになっちまう。それしか方法が無いなら腹を括るけど、そうする必要が無いならそんな危険な登山はしたくなしさせたくない。

 俺の言葉にドルトンさんは頷いた。

 

 「確かに、腕はいい……少々変わり者だが。あと……そうだな。梅干しが好きだ」

 

 ……今その情報いらない。マジで。それよりさっさと話を進めてくれ。

 

 「Dr.くれはは、この家の窓からも見えるあのドラムロッキーの頂上に住んでいる。気紛れに山を下りてきては患者を探し処置を施し、そして報酬にその家から欲しい物をありったけ持って行くんだ」

 

 何だか、話だけ聞くと凄い悪徳医師みたいだ。

 俺が内心で溜息を吐いていると、出された温かい茶を啜りながらウソップとルフィが憤慨していた。

 

 「そりゃタチの悪いババアだな」

 

 「まるでユアンみたいだな」

 

 ………………おーい、ルフィ? 

 お前、俺のことそんな風に思ってたのか!? いや、自分でも否定しきれない部分はあるけど! でも俺の略奪の動機は一味の活動資金を集めるため……というかむしろ、お前の食費を稼ぐためだぞ!?

 

 「でも、そんなお婆さんが、あの山からどうやって降りてくるの?」

 

 ビビ……折角習得したスルースキルを、こんな時に発動しなくたって……。

 質問の答えとしては、ドルトンさんによると、月夜の晩にソリに乗って駆け下りてくるのを数人が目撃したことがあるらしい。それが魔女と呼ばれる所以だって言ってるけど……それって魔女じゃなくてサンタクロースじゃね? 魔女なら箒か絨毯だろ?

 

 「次に山を降りてくるのを待つしかないな……」

 

 それがドルトンさんの結論だった。

 

 「前に……降りてきたのは、いつですか……?」

 

 ふと気になったので聞いてみた。

 

 「昨日だ。だから、恐らく次に降りてくるのは数日後になるだろう」

 

 昨日降りてきた……よし、それなら大丈夫だ。

 俺はその答えにホッとしたけど、他の面々はそうじゃなかったらしい。そんな、と誰かが呟いていた。

 

 「これは治療しなきゃ5日ぐらいで死ぬような病気で、もう発症して3日目なのよ!?」

 

 ナミがドルトンさんに詰め寄るけど、彼にはどうしようもないことだ。

 そんな中で1人、ルフィが俺の顔を覗き込んできた。

 

 「山、登らねェと医者に会えねェんだってよ」

 

 「聞いて……たっての」

 

 「うん。だからな、山、登るぞ」

 

 ……言うと思った。みんなはギョッとしてるけど。

 

 「無茶言うな、お前!」

 

 「悪化するに決まってるじゃない!」

 

 非難囂々だな。それでもルフィは、おぶって行くから、と譲らない。

 これは……早いとこ、ケリをつけよう。そして寝よう。

 

 「ルフィ……」

 

 俺が声を出すと、ピタリと喧騒が静まった。渦中の人物だからね。

 

 「頼む……って、言いたいところだけど、な。どうも……その必要、無いみたいだ……」

 

 「? どういう意味だ。」

 

 当然の疑問が投げ掛けられるけど……うん。俺、本当にこの能力のこと言っといて良かったな。

 

 「山の、上から……誰かが降りてくる……気配、した……。誰かって……Drくれはしか、いない……だろ?」

 

 実際には何も感じてないけど、そんなことはみんなには解らないもんな。

 でも、昨日降りてきたって言うなら今日も降りてるはず。俺は要領を得ていないらしいドルトンさんに視線を向けた。

 

 「この島の……地図って、ありますか?」

 

 「! あ、ああ」

 

 急に予想外の質問を向けられたせいだろうか、ドルトンさんは訝しげな顔をしている。けどすぐに机の引き出しから地図を取り出し、俺に渡してくれた。

 

 「感じた……距離と、方角……。多分それで、Drくれはがどこに降りたか……解ると思う」

 

 別に、本当に算出するわけじゃない。ただ知っている、その事実をそれっぽく話すための方便に過ぎない。俺は地図を広げ、少しの後にある1点を指し示した。

 

 「ココアウィード……多分、ここにDr.くれはは……いる。……もしも、勘違いだったら……その時は、登山……頼むよ、ルフィ」

 

 「おう! 任せろ!」

 

 ルフィはどん! と胸を張った……看護の時の『任せろ!』との安心感と頼り甲斐の差が半端ないな。

 

 「ん……じゃ、俺……ちょっと、寝る……」

 

 正直、もう本当に限界だ。でも、俺の眠りはまたもや阻止される。

 

 「おいユアン、寝るなよ! 雪国で寝たら死ぬんだぞ!」

 

 ルフィが厳しい声で注意してくるのが聞こえた……もう頼む……マジで寝かしてくれ。

 

 「間違っちゃいないけど……大げさだ……」

 

 ついつい苦笑が浮かんでくる。確かに寒いところで寝るのは危険だけど、それですぐ死ぬってわけでもなかったはずだ。

 

 「大げさなもんか! だから雪国のヤツは寝ねェんだぞ!」

 

 ……あれ? 何だかルフィの口ぶりが可笑しくないか? ってか、寝かさないためなんだろうけど、往復ビンタをするな!

 

 「ルフィに何を吹き込んだんだ、ウソップ」

 

 横で話を聞いていたらしいサンジもジト目でウソップを見ている。けれどウソップは慌てたようにブンブンと手を振った。

 

 「おれじゃねェよ! んなこと言ってねェ!」

 

 ありゃま、この嘘ップが犯人じゃなかったのか。ウソップに掛けられた濡れ衣は、ルフィの次なるセリフで完全に晴れることになった。

 

 「ウソップじゃねェぞ。昔、人から聞いたんだ。村の酒場でな」

 

 騙されてる! 騙されてるぞ、ルフィ! もしくは、与太話を吹き込まれてからかわれてるか遊ばれてるかだ!

 

 誰だ、そんな言ったヤツ! 俺の眠りの邪魔しやがって! 疫病神か!?

 え? 邪魔をしてるのはルフィなんじゃないかって? ………………あいつはただ素直すぎるだけなんだよ、うん。多分。きっと。

 村って……フーシャ村のことか? じゃあ俺はその話、知らなくて当然か。ルフィはダダンの家に来てから、フーシャ村には全然行ってないし……行くとしたら、中心街の方だったもんな。つまりはその話を聞いたのは俺やエース、サボと出会う前で………………あれ何だろう、嫌な予感がしてきた。

 

 俺たちと出会う前に? フーシャ村の酒場で? 変な話を吹き込まれた?

 

 ………………まさかね。きっと酔った村人の誰かが話したんだ。よしスルーしよう。間違っても確かめようとかしちゃいけない、もしも嫌な予感が当たったらどうするんだ。

 あれ、何かもう本当にダメだ。意識が薄れていく……。よし、もう寝ようそうしよう、これはいかん。

 

 でもルフィ……俺がこう言うのも何だけどさ。もっと……人を疑うということをしようぜ。

 

 これが、俺が気を失う寸前に考えたことだった。

 




 ユアンがダウン気味なので、地の文がダレダレになってます。

 看護が下手すぎるルフィと、それに振り回される病身のユアン。
 実はユアンは心が広いので、悪気が無ければそこまで怒りません。身長に関して揶揄されなければ、そうそう切れたりしません。
 しかも、無邪気な笑顔を拒否できないのでどんどん被害は積み重なっていく。

 尤も、相手がルフィの場合に限りかなり沸点が低い子なので、健康体だったら多少は咎めてたでしょうが。


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第106話 世代を超えた法螺話

ユアンが前後不覚につき、今回は彼がその場にいるのに地の文が三人称です。




 ユアンが完全に意識を失ったために、ルフィはプチパニックを起こしていた。

 

 「ユアンー! 寝るなー! 死ぬぞー!!」

 

 はしとユアンの服の襟元を握り、ブンブンと振りまくるルフィ。

 はっきり言おう。追い打ち以外の何物でもない。

 

 「いや、寝たからって死なねェよ。家の中だしよ」

 

 ウソップがツッコむものの、ルフィは聞いちゃいなかった。

 

 「起きろ! 起きろってば!」

 

 揺すっても起きないものだから、ならばとばかりに今度は両頬を叩きだす。

 はっきり言おう。バカである。

 

 「……それで、ドルトンさん。ココアウィードって町にはどれぐらいで着くの?」

 

 ルフィを宥めることは早々に諦めたらしい。ナミはドルトンに尋ねた。

 

 「いや……いいのか? 確証は無いだろう?」

 

 見聞色のことを知らないドルトンにしてみれば、当然の疑問だった。しかし、ナミは肩を竦める。

 

 「アイツは気配に敏感なのよ。今までに外れたことって、あんまり無いから……可能性はあるわ」

 

 誰だってあんなバカ高い雪山の登山なんてしたくないし、させたくない。せずに済むかもしれない可能性があるなら試してもいい。それが今のナミの……いや、彼ら全員の心境だった。

 

 「ユアンー!! 起きろーーー!!!」

 

 ……未だにビンタを続けている約1名を除いて。

 

==========

 

 

 ビッグホーンの隣町、ココアウィード。そこで経営されているある店で、1人の子どもが大泣きしていた。

 客たちはその泣き声に顔を顰め、親である主人に泣き止ませて欲しいと頼むが、上手くいかない。いや、主人は主人なりに何とか泣き止ませようとしているのだが、子どもはますます激しく泣くばかりだ。

 しかし主人もいい加減苛立ってきて、泣いている理由を言わない子どもについついキツイ言葉を吐いてします。

 

 「泣き止まないと外に締め出すぞ!」

 

 その言葉が出た、すぐ後のことだ。

 

 「邪魔するよ!!」

 

 店の扉を拳でぶっ飛ばし、1人の人間が入ってきたのである……というか、扉をぶっ飛ばす必要はあったのだろうか。

 

 「ハッピー? ガキ共! ヒーッヒッヒッヒッヒ!!」

 

 この島では知らぬ者はいないだろうほどの有名人、マスターオブ医者のDr.くれはである。彼女は今日もお供に愛トナカイのトニートニー・チョッパーを引き連れ、患者を探して町を歩いていたのだ。

 そして子どもの泣き声を聞きつけてこの店へとやってきたのである。

 

 「ど! ど! ド、ドドドド!! Dr.くれは!!!」

 

 店中の人間には災害であるかのごとく恐れられているみたいだが。

 しかしDr.くれはは至ってマイペースだった。

 

 「若さの秘訣かい!?」

 

 「いや! 聞いてねェし!!」

 

 こんな一見しては医者に見えないDr.くれはであるが、その腕は確かなのである。

 

 この店の子ども……タマチビは骨にバイ菌が入ったことにより炎症を起こしていたのだが、それもあっさりと治療してしまった。

 

 その際、麻酔を打たずに切開をしようとしたり、トナカイの角で注射をしたりとかなり無茶な所業もあったが、まぁともかく。

 

 さて、そんなDr.くれは。治療を施した後には色んなものを要求する。

 今回彼女が所望したのはゴミ袋とトイレットペーパー、ラム酒に食料。そして、この店の財産の50%。初めは黙って聞いていた店の主人も流石に財産50%には憤慨し、抗議する。一部始終を見ていた店の客などのギャラリーも、ぼったくりだと彼を支持したのだが……1人だけ、そうではない者がいた。

 

 「……おばあちゃん。とっても楽になった……どうもありがとう」

 

 そう言ってニッコリ笑ったのは、あのタマチビである。そんな我が子の様子を見て、主人も報酬を支払う決心をしたようだ。そしてその一方で。

 

 「いいチップもらっちまったね。49%にまけてやろう」

 

 Dr.くれはの方も気をよくしたらしい。何とも粋なババ……いや、Dr.である。

 そして、治療・報酬交渉が成立しDrくれはが外に出ようとしたまさにその時、異変が起こった。

 

 「いたァ!! ばあさん!!」

 

 1人の男が突っ込んできたのである。

 

 

 

 

 麦わらの一味は、ドルトンの操縦する馬車もどき……実際には馬車ではなく雪国らしい毛深い動物だ……に乗って、ビッグホーンからココアウィードまでやって来た。

 何しろDr.くれはといえば有名人だから、町にまで来てしまえば今どこにいるのかという情報を掴むのは難しいことではなく、あっさりと彼女にまで辿り着く。

 そして、今まさに1軒の店から出てこようとしている女性がDr.くれはである、とドルトンが保証した直後に真っ先に飛び出したのがルフィだ。

 メリー号からビッグホーンまで移動した時と同じようにユアンを背負い、突進に等しい勢いでDr.くれはに詰め寄ったのである。

 

 

 

 

 

 「よかったー、ちゃんといた!」

 

 突然の出来事にさしものDr.くれはも怯んだ。目の前にいるのは、麦わら帽子を被りこの雪の中何故か足元は素足という、季節感を全く無視した男だ。しかも、何という勢いか。

 けれどそこは年の功、Dr.くれははすぐに気を取り直した。

 

 「何だい、アンタは。あたしに用かい?」

 

 その当然の疑問に男……ルフィは大きく頷く。

 

 「あァ! 弟が病気なんだ! しかも寝ちまうし!」

 

 言われようやく、彼女はルフィは人を1人背負ってるのに気が付いた。

 それにしても先ほどのセリフ、前半はともかく後半はどういう意味なのか図りかねた。大抵の場合、病気ならば眠って安静にすべきだろう。

 ルフィは余程慌てているのか、Dr.くれはがその疑問を口にする前に自ら話し出した。

 

 「ここ、雪国なのに! 雪国で寝たら死んじまう!」

 

 何の疑いも無くそう信じ、心底案じているのだろう。ルフィは必死の形相だった。その本気が察せられるだけに、Dr.くれはは少し眩暈を感じる。

 確かに寒いところで寝るのは危険だが、何も雪国で寝たら死ぬというわけではない。

 しかしそこで、彼女はふとデジャビュを感じた……いや、既視感ではなく、かつて実際にあったことをふと思い出したと言うべきか。

 

 

==========

 

 

 あれはもう20年かそこらは前になるだろうか。少なくとも、海賊王の処刑の後だったのは間違いない。

 

 その頃はこの島はまだドラム王国という国であり、しかも先王の治世でもあった。先王はワポルのように『イッシー20』などとバカげたことを言い出す王ではなく、ドラムは名実ともに国外にも知られた医療大国だったものだ。

 

 当時のDr.くれは自身の医者としてのスタイルは現在と大差無いもので、患者を見付けては治療を施し報酬を頂く……そんな中、ある日突然1人の少女がDr.くれはの元を訪ねて来た。

 

 彼女は医者だった。現在……いや、当時は海賊船の船医をしていると言っていた。けれどまだまだ若輩の身であるから、腕がいいという噂のDr.くれはに教えを請えないかと願い出たのだ。

 特に病気の治療については出来る限りのことをしたいのだ、と。あの子は悪魔の実の能力者であり、怪我ならその能力を以て治療することが出来たが病気はそうはいかず、自分で学んで習得するしかなかったからだ。

 

 初めは、教えてやる義理は無いが積極的に断る理由も無かったため、指導したりはしないけれど邪魔をしないのならば見て盗む分には構わないから勝手にしろ、と好きにさせた。

 どうせ海賊娘、すぐに海に出る。精々数日のことだろうと思っていた。

 

 その予想は半分正解で、半分外れた。

 

 彼女がここドラム島に滞在していた期間は、決して長くはなかった。けれど海賊の逗留にしては長めで……要するに、数日程度ではなかった。

 その間に、何だかんだでいつの間にか直接教えるようになっていった。どうしてそうなったのか細かいことはもう忘れてしまったが、何だか警戒心を抱かせない娘だったから気付いたときにはそうなっていたのだ。

 

 あの娘に教えること自体は難しくなく、面白いぐらいにするするとこちらの言いたいことを理解して吸収していった。

 例えばチョッパーは、長年かけて1から教えた。しかしあの子は既に基礎は出来ていたから、要所要所でアドバイスをするというスタイルだった。

 気は強いが明るく素直ないい子で、実はDr.くれはも内心ではかなり気に入っていた。しかし、その素直さに危うさを覚える出来事もあったのだ。

 

 

 

 そしてあれは、そんなある日のことだ。

 

 

 

 その日は朝から、あの子は何故かやたらとフラフラしていた。単純なミスも続き、どうしたのかと話を聞くと、3日ほど寝ていないのだと言った。つまるところ、単なる寝不足である。

 そんなに勉学に夢中になる必要は無いと思い忠告したが、どうやら彼女が寝ないのには別の理由があったからだったらしい。

 何故睡眠を取らないのか。理由を聞いたとき、彼女はこの上なく真剣な顔でこう言ったのだ。

 

 『だって、雪国で寝たら死んじゃうんでしょ?』

 

 Dr.くれはは思った。この娘は医者のくせに何を言っているんだ、と。

 

 というか、これまで海賊として航海してきて、他の冬島に立ち寄ったことは無かったのか。

 そう聞いてみたが、これまた真面目な顔でズレた返答が返ってきたものだ。

 

 『船で寝てたの。『島』に上陸しなければ大丈夫だって聞いたし』

 

 明らかに騙されていた。というか、医者が何故そんな法螺話を信じる。

 

 そして当時、Dr.くれはは思った。人を疑うということをしろ、と。

 

 端で聞いている方が眩暈を起こしそうなぐらいに素直な娘だった。そしておバカだった。

 しかも。

 

 『ほら、見て! 今日は面白い薬が調合できたの!』

 

 寝不足のせいか、何だかやたらとハイになっていた。

 

 新薬開発を趣味とする娘だったので、Dr.くれはの持つ薬学の知識についても色々と伝授した。

 しかしその時彼女が調合したのは、ただの薬では無かった。薬は薬でも、睡眠薬である。それも処方箋を見る限り、恐らくは熊でも数滴で昏倒させられるであろうほど強力な代物が。よくもまぁそんな薬が閃くものである。

 

 いや、別にそれ自体は構わない。開発したのが睡眠薬であろうとしびれ薬であろうと、何なら毒薬であろうと、その知識と経験は決して無駄にはならないはずだから。

 しかしこの時あの子が睡眠薬を調合したのは、『眠い』という内なる願望が思わず発露した結果だったのだろう。本人は自覚していないようだったが。

 何となく危機感を感じ、また哀れにも思えて、その時はちゃんと真実を伝えた。

 

 『そんな事実は無いよ』

 

 『………………へ?』

 

 『誰に聞いたか知らないけど、騙されたみたいだねぇ! ヒーッヒッヒッヒ!』

 

 『…………………………あはは、そうなんだ』

 

 この時彼女が何を思ったのかは、Dr.くれはにも解らない。

 解ったのはただ1つ、その時彼女がとても穏やか~な笑顔を浮かべていた、ということだけだ。

 

 

 

 

 そしてその翌日、彼女の所属する海賊団の船長が、明らかにグーパンチを受けたとしか思えないデカい痣を顔面に拵えていた。

 

 

==========

 

 

 懐かしい過去が思い起こされ、Dr.くれはは内心で少しばかり感傷に浸っていた。表には出さなかったが。

 まさかこんな法螺話にあっさり騙される素直なバカが、あの娘の他にもいたとは。

 

 そして当時を思い返してみて、もう1つ気付いたことがある。

 今目の前にいる男が被っている麦わら帽子は、あの時の船長のものと随分と似てはいないか、と。

 

 しかしそんなことよりも、今は患者が第一だ。医者なのだから。

 その考えは、ルフィが続けて口にした病名を聞いて更に高まることとなる。

 

 「五日病ってヤツらしいんだ! 早く治してやってくれ!」

 

 「何だって!?」

 

 流石に驚いた。100年前に絶滅したと言われている、しかも高温多湿なジャングルに生息していたはずのダニが原因となる病気に罹った患者が来るなんて、想像もしていなかったのだ。

 ルフィに背負われているユアンは、温かくするために分厚いフード付きコートを着ていた。Dr.くれはは1度様子を見ようとその中を覗き込み……一瞬呆けた。五日病のことも思わず頭の中から吹っ飛んでしまうくらいに。

 

 そこにあったのが、何だか見覚えのある顔だったからだ。それも、つい今しがた思い出したばかりの顔だ。

 

 「…………………………付いておいで、城に行くよ! 本当に五日病なら、薬はそこにしか無いんだ!」

 

 だがそれでも、色々と気になることも聞きたいことも言いたいことも山ほどあったが、それよりも医者としても使命感を優先することにしたらしい。傍目にはDr.くれはの様子は、普段とさして変わっていなかった。

 治療してもらえると解り、ルフィは目に見えて安堵していた。

 

 「そうか! あと、もう1人いるんだ! そいつはもう大分いいんだけど、一緒に見てやってくれ!」

 

 その嬉しそうな無邪気な笑顔はどことなく、かつて短い期間ではあったが己が弟子と呼び、己を師と呼んだあの娘を彷彿とさせるようなものだった。

 

 「纏めて付いてきな。遅れたら置いてくからね!」

 

 Dr.くれはの号令に、一同はドラムロッキー頂上の城へとむかうことになった。

 

 

 

 

 海賊『治癒姫』ルミナ。

 始まりは海賊王ゴール・D・ロジャー率いるロジャー海賊団の見習い。その後には同じくロジャー海賊団の頃からの仲間であり、現在では四皇の一角となった『赤髪』のシャンクスが率いる赤髪海賊団の船医を務めていた。

 そしてもう15年以上前に行方知れずとなり現在では他のチユチユの能力者が出たということで『死亡』と推定されている女海賊。

 それがDr.くれはのかつての弟子だった娘である。

 

 




 この後、ロープウェイを使ってドラムロッキーを登りました。



 【オマケ】

 これはかつてロジャー海賊団において、ルミナがオーロ・ジャクソン号に乗ってから初めて到着した冬島で交わされていた会話である。

 クルー1(以下、ク1)「おい知ってるか? またシャンクスのヤツがルミナに妙な話を吹き込んだらしいぞ」

 クルー2(以下、ク2)「またか。本当にあいつはルミナで遊ぶのが好きだな」

 ク1「まァ、反応が面白いからなァ」

 ク2「そうだな……で? どんな話をしたんだ?」

 ク1「何でも、『船の上なら大丈夫だけど雪国で寝たら死んじまうから、雪国のヤツは寝ねェ』って言ったんだと」
 
 ク2「は? そんな話を信じたのか、ルミナは」

 ク1「それが信じたんだよ」

 ク2「マジか!? 素直なもんだな!」

 ク1「あァ。でも、いいんじゃねェか? おかげでルミナ、絶対に暗くなる前に船に戻って来るし」

 ク2「……そうだな。夜に町に出るのは危険だからな」


 海賊船に乗っている方がよっぽど危険じゃないのか? とツッコむ人間はいなかった。
 こうしてシャンクスの悪意無き嘘によってルミナに植え付けられた誤解は、『娘』を心配するオッサン連中の過保護によって、訂正されることなくその後数年に渡って生き続けたのだった。



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第107話 バケモノ

  ……何で俺は顔が痛いんだろう。頭じゃなくて、顔が。

 

 どうやら眠っていたらしい。というよりむしろ、気絶していた。そして目覚めてみれば、何故か両頬が痛い……うん、まず間違いなくルフィのせいだな。きっと『寝るな』とか言って、起こすためにぶっ叩いたんだろう。

 

 

 

 

 眠っている間に、俺たちはドラム城にまで辿り着いていたようだ。

 周囲を見渡してみれば解る。ここは明らかに城の中だ。俺ってば随分と長い間落ちていたんだな。

 ふと気付いたけど、体調も少し戻ってきてる。まだ全身はダルいし熱もあるみたいだけど、起き上がれないほどじゃないな。

 よし、ちょっと起きる……か……

 

 「………………」

 

 「………………」

 

 寝かせられていたらしいベッドから身を起こすと、部屋の入口からこっちをじ~~~~っと見てくる生物と目があった。ああ、そうか。

 

 「なんだタヌキか」

 

 「おれはトナカイだッ!!」

 

 うん知ってる。ごめん、からかった。

 そう、今そこにいるのは青ッ鼻トナカイことトニートニー・チョッパーである。壁の後ろに顔の半分を隠しつつ体を晒しながら俺を見るチョッパー。めっちゃビクビクしてるけど、でもそれ以上に……ツッコまずにはいられない。

 

 「逆だろ、それ」

 

 俺のツッコミにチョッパーはハッとしたかと思うと、いそいそと体の向きを入れ替える……コイツ、今のを無かったことにする気だ!

 ……ま、いっか。そこまで重要なこととも思えないし。

 

 「で、お前トナカイなのか?」

 

 重ねて尋ねると、またもやチョッパーはビクッと震えた。何にそんなに怯えてるんだ?

 

 「う、うるせぇ! 人間ッ!! ……お前、熱大丈夫か?」

 

 このチョッパーの発言で、1つだけ解ったことがある。

 

 ツンデレだ! チョッパーはツンデレだったんだ!

 

 いや、それは置いといて。

 

 「まぁ、大丈夫なんじゃないか? さっきよりはマシだな……って、どうした?」

 

 質問されたから答えたのに、チョッパーは変なモノを見るかのような目で俺を見てきた。

 

 「お、お前……おれが喋ってるの、気にならないのか?」

 

 へ?

 

 「何で?」

 

 ……むしろそれより、さっさと壁の陰から出てきて欲しい。何となく面倒くさい。

 

 「おれ……トナカイなのに2本足で立ってるし、喋るし……」

 

 いやいやいや。

 

 「トナカイが喋るぐらいで一々驚いてたら身が持たないって」

 

 って、冷静に考えたら十分驚く出来事なのかな。

 

 「でも! みんなおれのこと、バケモノって言うぞ!」

 

 何だ、その言い方だとまるで自分はバケモノだぞ! って言ってるみたいだぞ。

 でもな。

 

 「ふ……それぐらいでバケモノだなんて……片腹痛い」

 

 ヤバい、思い出して遠い目になってしまった……真のバケモノを。

 

 「俺に言わせりゃ、悪魔の実の能力者でもないのに素手で砲弾を飛ばすような人間の方がよっぽどバケモノだよ」

 

 あ、何だろう寒気が……ルフィほどじゃないけど、俺だってあれらの出来事はトラウマになってる。

 

 「それより、さっきから聞いてるけど。お前はトナカイで間違いないんだな?」

 

 祖父ちゃんというバケモノの記憶は強引に脳内から締め出し、俺はチョッパーに向き直る。

 

 「あ、あァ……」

 

 頷くチョッパーはまだビクビクと震えて……よし、からかおう。

 

 「そうか! やったな、トナカイ肉は初めてだ……やっぱりステーキかな」

 

 意味深にそう呟くと、聞きとがめたチョッパーは更にビクゥッと震えた。

 

 「お前、おれをステーキにして食う気か!?」

 

 荒らげられたその声は、震えていた。体だけじゃなく、声まで震えていた。

 

 「いや冗談だ、ステーキになんてしないって」

 

 努めて明るい調子で否定すると、チョッパーはあからさまにホッとしていた……ふふふ、まだからかいは続いているぞ?

 けどまだ、部屋の向こうまで行くのはキツそうだな。あっちからここまで来てもらうか。

 

 「よ……っと」

 

 俺がベッドから立ち上がろうとすると、チョッパーは慌てた様子で壁の陰から出て来た。

 

 「お前、起きちゃダメだ! まだ治ってないんだぞ!」

 

 ち、出て来るだけじゃ足りないんだよ。

 

 「……」

 

 チョッパーの注意を無視してさらに歩こうとして、次の瞬間には崩れ落ちてみせる。

 

 「見ろ! だから寝てろって」

 

 「捕まえた」

 

 「へ?」

 

 倒れた俺患者を心配して駆け寄って来たチョッパー医者の体を、両手でわしっと掴む。そして、ニッと笑いかけた。

 

 「ステーキになんてしない……雪国ならやっぱり、鍋かシチューだよな」

 

 「ギャーーーーーーーーーー!!!」

 

 「うるっさいよ、チョッパー!」

 

 真っ青になったチョッパーの絶叫を耳にしたのか、奥からDrくれはがやって来た……からかわれた被害者なのに叱られたチョッパー、哀れ。

 

 

 

 

 やりすぎました。チョッパーにガチで怯えられてしまいました……反省。

 本当にからかっただけだからな? 実はトナカイの肉は食べてみたかったなァ、だなんてことはちょっとしか……コホン。ちょっとも思ってないからな?

 ガタガタ震え、壁の陰から警戒するチョッパー……マジでゴメン。

 

 「お、おれは食い物じゃないぞ!」

 

 うん、解った。解ったからそんなに震えないでくれ。まるで俺が極悪人みたいじゃないか。あ、海賊だから悪人で間違いは無いのか。

 

 「ヒーッヒッヒッヒッヒ! 熱は多少引いたようだね、小僧!」

 

 チョッパーは取りあえず置いといて、今はやって来たDr.くれはと病状について話し合おう。Dr.くれはは酒瓶を片手にツカツカとベッドサイドにまで来ると、その酒をラッパ飲みしながらもう片方の手で俺の額に触れた。

 

 「37度2分……お前さん、どうなってんだい? あっさりと熱が引いちまったよ」

 

 あ、そうなの? ってか37度2分って、かなり微熱だな。やっぱ俺って丈夫なんだろうか。そこでふと疑問に思ったことがあって、俺はDr.くれはを見上げた。

 

 「もう1人、病人がいたはずだけど……そっちはどうなった?」

 

 ナミも診てもらったはずだよな。

 

 「死にゃあしないよ。あの小娘はあたしが診た時点ではもう快方に向かっていた……今となっちゃ、お前さんの方が熱は低いがね」

 

 マジか。本当にどうなってんだろ、この身体。祖父ちゃんのようなバケモノの遺伝子の賜物か? ……まさかね。

 って、普通に話してるけど、俺ってばDrくれはとはこれが初対面じゃん。自己紹介しとかないと。

 

 「それはどうも……やっぱり、あなたが『Drくれは』で間違いないんですね?」

 

 敵じゃないんだし(むしろ命の恩人)、年長者だし、やっぱ初めは敬語の方がいいよな。

 

 「ヒッヒッヒッヒ! そうさ、ドクトリーヌと呼びな!」

 

 「解りました、ドクトリーヌ」

 

 俺は出来るだけ殊勝な態度で頷いた。さっきも思ったけど、やっぱり命の恩人だしね。けれどそのDr.くれは……ドクトリーヌはというと。

 

 「若さの秘訣かい!?」

 

 欠片も聞いてないことを言い出した。

 いや聞いてないけど、実際に見てみると気になる。すげェよドクトリーヌ。すっごいピチピチ。大胆なへそ出しルックだけど、腹部の肌の張りもいい。スタイルも抜群だし、顔を見なければ20代って言われても納得できそう。

 確かに気になる。気になるけど、でも今は。

 

 「どうでもいいです」

 

 俺はキッパリと言い切らせてもらった。ドクトリーヌの方もそれほど残念がったりすることもなく、小さく肩を竦めるだけだった。

 

 「それより、俺……というか、俺たちの病気ですけど。やっぱり五日病だったんですか?」

 

 「そうさね。しかし五日病だなんて、お前たちはどこから来たんだい? 太古の密林にでも行ってたのかい?」

 

 おぉ、ドクトリーヌ鋭い。俺は1つ苦笑した。

 

 「リトルガーデンってとこに行ったんです。正に太古の密林でしたよ」

 

 正直に答えると、ドクトリーヌは呆れたように溜息を吐いた。

 

 「まったく……寝といで、まだ完全に治っちゃいないんだ」

 

 まぁ確かに、微熱とはいえまだ熱があるのなら、完治したとは言えないだろう。

 けれど素直にベッドに身を横たえた俺に対し、言った本人であるドクトリーヌが妙な顔をした。

 

 「おや、素直なもんだ。あの小娘は、先を急ぐと言って起き上がろうとしたのに」

 

 成るほど、ナミか。

 

 「確かに、先は急ぎますけどね……今ここで大人しく数日休んで完治させるか、無理に起き上がってぶり返すか。結果的にはどっちの方が効率がいいかは明らかでしょう? 尤も、ルフィが『すぐに出航するから起きろ』とでも言ったんなら別ですけど」

 

 船長命令には従うよ、うん。まぁそうなった場合は、治るまで航海を手伝う気は無いけどな!

 でもこう言っててもぶっちゃけ、完治するのに数日かからないような予感もするんだよね……こう、サクサクッと治っちゃいそうな。ナミにしても、俺より数日早く薬を射ってるんだから、そう長いことはかからないだろう。

 

 「ふん。素直すぎて面白くないね……チョッパー!」

 

 ドクトリーヌがチラリと視線を寄越しながら名を呼ぶと、チョッパーはまたもやビクッと震えた。

 

 「いつまでそんな風にしてる気だい!? 暇ならあっちの小娘の看病でもしに行きな!」

 

 その言葉に、またもやブルブルと震えだすチョッパー……何故?

 

 「で、でも……あっちには、あいつらがいる……おれ、食われる!」

 

 ………………何だろう、何となく状況が予想できる。

 

 「あの麦わら……おれのこと、肉って呼ぶんだ!」

 

 予想当たった!

 俺の場合は冗談だけど、ルフィの場合は本気だもんなぁ。

 

 「あの金髪は、どうせなら美味く食うべきだ、料理するって!」

 

 サンジ……お前もか。

 

 「長ッ鼻は、腹減ったって!」

 

 ウソップまで。

 なるほど、それでか。チョッパーのこの怯えっぷりは。ただでさえあの3人に食料として見られてたのに、俺にまでそう言われて怖かったんだな。それで多分、ドクトリーヌから離れたくないんだろう。身の危険を感じるせいで。

 しかし、ドクトリーヌは非情だった。

 

 「それがどうした! 患者は待ってくれないよ! さっさと行きな!!」

 

 頼りのドクトリーヌに一喝され、チョッパーは涙目で走り去って行った……哀れな。

 頑張れチョッパー、何とかなるさ……多分。ナミもいるんだし、大丈夫だろう。

 

 「さて」

 

 部屋にはドクトリーヌと俺、2人きりになった。途端にドクトリーヌは真顔になって俺を見下ろしてくる。

 

 「色々と、聞きたいことがあるよ」

 

 あ、やっぱりですか。やっぱりありますか。

 

 「お前の名前はモンキー・D・ユアンでいいんだね?」

 

 はいそうですその通りです。俺はコクリと頷いた。ドクトリーヌはまた1つ溜息を吐くと、ちょっと眉間に皺を寄せた。

 

 「まどろっこしい前置きは無しだ。あたしは昔、その名を聞いたことがあるよ……お前の母親はモンキー・D・ルミナだね」

 

 断定的に言われ、再び頷く俺……場合によっては便利だな、この名前。言わんでも解ってもらえる。

 

 「あの麦わらはお前のことを弟だと言ってたけど、どういう意味だい?」

 

 あ、そこですか。そこってそんなに気になるポイントですか?

 けど、この話題でおちゃらけるつもりは無い。

 

 「その通りの意味ですよ。義兄弟なんです」

 

 「……なるほど。あたしとしては、お前よりもあっちの方がルミナに似てると思ったんだがね」

 

 うん、俺もそう思う。思うから、苦笑しか出て来ない。

 

 「似てても可笑しくは無いですよ。血縁上はルフィと俺は従兄弟……母さんから見れば甥っ子ですから」

 

 おじやおばに似るって、よく言うしね。

 俺の説明にドクトリーヌも納得顔になった。

 

 「あァ。そういえば、兄がいるとか言ってたね」

 

 母さん……どこまで話したんだ? っていうか。

 

 「ルフィには聞かなかったんですか?」

 

 俺は今まで寝てたけど、ルフィは普通に元気だったのに。

 

 「……聞いてもよかったのかい? 人前で、あの嘘が吐けそうにない小僧に」

 

 「嫌ですね」

 

 「そうだろうさ」

 

 言って再び酒をラッパ飲みするドクトリーヌ。

 

 うん、確かにそれは嫌だ。あそこまで情報を与えられても気付かなかったり、簡単に誤魔化されたりするのって、間違いなくルフィぐらいだもんな。他の誰かが知れば、真相に辿り着く可能性が非常に高い。

 

 はっきり言って、知られたくない。

 墓場まで持っていきたい、とまでは思わない。やむを得ない状況に陥ったならば、公表するのも仕方が無いと諦めもする。けど、出来ることなら全力で隠蔽したい。だからこそ、ルフィにすら話してないんだ。

 でも、ということはドクトリーヌ……気を使ってくれたのか。ありがたい。

 

 「あいつに関しては、眠っているお前を叩いて起こそうとしてたから、強制的に退場させといたよ。感謝してもらいたいね」

 

 「ありがとうございます」

 

 やっぱりか。やっぱりお前だったかルフィ。この顔の痛みの原因は!

 ドクトリーヌには精一杯の真心を込めて頭を下げさせてもらった。

 

 

 

 

 その後に交わした会話については、こっちとしても気が重くなるので割愛させてもらう。

 クロッカスさんにそうしたように、俺の知っていることは包み隠さず正直に話させてもらったよ。そしてドクトリーヌもクロッカスさんと同じように、痛ましげな表情を浮かべた。

 母さん……俺が言えたことじゃないけどさ、やっぱり早まったよ……色んな人に心配かけて。

 そして一通りを話し終えてしんみりとした後、ドクトリーヌは大きな溜息を吐いた。

 ちなみに、話してる間にドクトリーヌは部屋にある一脚の椅子に腰かけている。

 

 「何だかね……さっさと逝っちまって。ならなおのこと、お前はその分も生きなきゃならないねェ」

 

 「そうですね」

 

 よくよく考えたら、今回の1件もアレだよな……死なない算段は付けてたとはいえ、わざと病気に罹ってさ。

 俺もテンパってたのかなぁ……。

 

 「目的もあるらしいしねェ」

 

 「そうで……何で知ってるんですか?」

 

 続けて頷こうとして、疑問から途中で止まる。

 あれ、俺ってばドクトリーヌにその話をしたっけ?

 

 「あの麦わら小僧が言ってたさ。お前には死ねない理由があるんだってね。だからちゃんと治してくれとさ。歴史を作ること、海賊王誕生を見届けること、それからある男を破滅させること、だろう?」

 

 その通り。ルフィ、全部言っちまったのか。

 

 「お望み通り、病気は治したさ。あとは自分で頑張るんだね。どれを取っても一筋縄じゃいかないだろうが」

 

 「でしょうねぇ……」

 

 俺は自分でも、自分の目標のデカさに眩暈がしてくる。

 望みがデカいからこそ、あまり多くを望んではいない。けどだからこそ、その1つ1つが大変だ。

 

 「1番簡単なのは、復讐かな……でもそれは私怨だから、1番後回しにすべきことだし……」

 

 考え出したらキリが無くて、俺は自分の世界に入り込んでしまった。しかし、そのブツブツとした呟きを聞き付けたドクトリーヌが変なことを言い出した。

 

 「いや、復讐も簡単じゃないだろうさ。何たって相手が相手だ」

 

 ………………へ?

 

 「ドクトリーヌ、俺の復讐相手を知ってるんですか?」

 

 それについては、誰にも言ってないよね……口に出すのも嫌だったから。けれどそのドクトリーヌも、俺に負けず劣らずの訝しげな表情になった。

 

 「取り立てて聞いちゃいないが、予想はつくさ」

 

 え、つくの? 絶対に会ったこととか無いと思うんだけど。

 おかしいな、何だか会話が噛み合わない。……よし、直球で聞いてみよう。

 

 「俺の復讐相手、誰だと思ってます?」

 

 聞くとドクトリーヌは、狐に抓まれたようなきょとんとした顔をした。うわ、きっと希少価値があるよ、ドクトリーヌのきょとん顔。

 

 「父親じゃないのかい?」

 

 ………………あ、いや、うん。冷静に考えてみると確かに、事情を知ってればその発想に行き着きそうですよね。

 そりゃあ包み隠さず言えば、これまで1度もそんな風に考えたことが無いと言えば嘘になるよ。特に最近は。色々と理不尽な目にあったし。

 でもさ。

 

 「それ以前に、ソレって関わり合いになりたくない相手なんですよね」

 

 これが昔、エースとルフィのどっちと海に出るかって考えた時にルフィを選んだ決め手になったんだよな。

 あ、でも結局ルフィもいずれは会いに行くのか? 麦わら帽子を返しに。……もしそうなったら、俺、船番でもしてよう。

 当面の問題は頂上戦争か。エースを助けたいのは勿論だけど、俺も早々に退場しないとな……のんびりしてたら、ヤツが来るかも。いや、来てもいいのか? どうせ向こうは知らないんだし、顔さえ合わせなければ。

 

 「『関わり合いになりたくない』かい」

 

 俺が物思いに耽っていると、ドクトリーヌが微妙な顔になった。

 

 「『殺したいほど憎んでる』と言うよりも、むしろ残酷なもんだ」

 

 ……仰る通りで。

 けどなぁ……何となく、遠いんだよね。俺からしてみれば、ルフィの命の恩人で、四皇の一角で、被ってきた理不尽の大本ってとこだ。

 頭では理解してる。だからこそ、考えたことが無いわけじゃないんだ。ここ最近は色々と話を聞く機会もあったし、でもそれでも、さ。1度も会ったことが無いってのも大きいのかな。

 母さんにしても、産まれた時のことを覚えていなければ他人事のように感じてたかもだし。

 ま、意識してもしょうがないか。どっちにしろ向こうは知らないんだから、スルーしてしまえば面倒は起こらないだろう。

 

 「でもそれなら、お前の復讐相手は誰なんだい?」

 

 ……ドクトリーヌ、それはツッコまないで欲しかった。正直に言えば思い出したくないし、口に出したくない。俺は誤魔化そうかとも思ったけどそれも面倒に感じて、渋々と口を開いた。

 

 「……とある齧歯類を、ね……」

 

 ふ、ふふふ……誰が『赤い髪のチビ』だッ! 世界中に広めやがって、あの野郎!!

 覚えてろよ、ネズミッ!!

 

 




 アラバスタでエースと話した後、大変なことになりますね。


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第108話 ダイアルの中身

 半ば呆気に取られている様子のドクトリーヌに、ヒートアップしすぎたかと思って、1つ溜息を吐いてから憎しみの理由を口にした。

 

 「身長のことで、その……色々ありまして」

 

 詳細は口にしたくないけどな!

 

 

 

 

 あちらこちらで、色んなヤツからチビだなんだと言われてきた。

 まぁ、それは事実だ。腹立たしいけど、否定は出来ない現実。この間双子岬でビビと初めて会った時も、俺の方がちっちゃいもんだから、内心ではかなりのショックを受けた。

 というか、事実だからこそそれを揶揄されると腹が立つわけで。

 

 腹が立つから、そんなことを言うヤツには遍く制裁を下してきたつもりだ。でも同時に、俺もそこまで狭量じゃないつもりだし、1度爆発したら出来るだけ後には引き摺らないようにしてきたつもりでもある。

 

 けどヤツは……ネズミだけは別だ。

 『赤い髪のチビ』だと、わざわざ全世界に広めて定着させやがった……その罪は重い。

 よって俺はヤツが憎い。そりゃあもう、徹底的に殺っちゃいたいぐらいに憎い。

 とはいえ、色々とやってやりたいことも言ってやりたいこともあるけど、まだ具体的な復讐案は練ってない。何しろこれは私怨であって、後回しにすべき事柄だからだ。

 なので今はひとまず、その憎しみは心の奥底に仕舞っておくことにする。

 

 あぁでも、何で俺はちっこいんだろう? まさか、ミニミニの能力の弊害か?

 1人悩んでいると、ドクトリーヌが納得したような顔で頷きつつ口を開いた。

 

 「なるほどね。お前さんはルミナに似て、随分と小さいからね」

 

 ………………ちっこいの遺伝だった!! クロッカスさんもそれっぽいこと言ってたけど、確定した!

 日記には書いてなかったのに……当然か。もしも俺が日記をつけてたとしても、自分がチビだなんて書くはずがない。

 俺、今まで何度となく、母さんに似たかったって思ってきた。思ってきたけど……何でこんな部分が似たんだ!?

 昔を懐かしむような遠い眼差しになり、ドクトリーヌは続ける。

 

 「当時のルミナは、今のお前よりもさらに小さかった。150無かったんじゃないかい? 年齢的にも、あれから劇的に伸びることはなかっただろうしね」

 

 小っさ! マジで小っさ! え、まさかのミクロ系!?

 

 「本人も気にしてたようだったよ。船長がしょっちゅう『チビ』だの『ガキ』だのとからかうもんだから、余計にさ」

 

 「…………………………それは許せないな」

 

 はっきり言おう。俺は今、ヤツに対して初めて明確な敵意を抱いた。今までは被ってきた理不尽な被害への腹立ちや、何となく漠然とした苛立ちだったけど、初めて敵と認識した。

 

 そう、敵! 間違いなく敵! ちっこいものの敵! 

 

 そういえばミホークも言ってたっけ。母さんと『赤髪』の喧嘩はしょっちゅうだったって。ひょっとして、からかってたってのはこのことだったんだろうか……だとしたら母さん、よく惚れたな。俺なら絶対許さない。

 あ、そうだ。ミホークの話といえば。

 

 「ドクトリーヌ、これの使い方って解ります?」

 

 言ってポケットから取り出したのは、あのダイアル。クロッカスさん曰く、パックダイアル。

 これの使い方に関しては、ミホークは聞いてなくてクロッカスさんは覚えてなくて……これでドクトリーヌも知らなかったら、多分もう空島まで知る機会が無い。万一空島でもダメだったら、シャボンディ諸島で会うだろうレイリーに期待するしかない。もしもそれでもダメだったら、手詰まりだ。

 あ、インぺルダウンでバギーに会うんだっけ? でもその時はそれどころじゃないだろうしな……うわ、ローグタウンで聞いときゃよかったかも。知ってる可能性はあったのに。

 

 ここは是非ともドクトリーヌに知っていてもらいたいもんだ。

 

 「これは……ルミナのかい?」

 

 運よくというか、ドクトリーヌは知ってくれてたらしい。目を丸くしている。俺は頷いた。

 後は、使い方を知っていてくれているかどうか……。

 

 「蝶番の両端を同時に押してみな」

 

 何の前触れも無くそう言われたけれど、どうやら知っていて教えてくれるらしい。

 

 このダイアルは二枚貝になっているから、巻貝のように殻長は無い。けど代わりに、蝶番はある。なるほどここか、と案外単純だった使い方にどこか拍子抜けしながら指示された通りにしてみる。

 蝶番の端を同時に押すと、カチッという音がしたと同時に貝が大きくなった。掌で包み込んでしまえる程度の大きさだったのが、およそ50cm四方にまで……クロッカスさんの話通りだ。

 しっかし、ドクトリーヌの方がクロッカスさんよりも倍近く生きてるのに……記憶力のいいばあさんだ。

 いや、今はそれよりもダイアルの中身だよ。

 

 

 

 

 俺は少し緊張しながら、ゆっくりとそれを開けた……が。

 

 「え?」

 

 ………………説明しよう。

 医療道具は、入っていた。薬が入っているのだろう小瓶や処方箋らしき紙束、実験に使うような器具に注射や聴診器。他にも年代ものっぽい医学書……その他にも色々。怪我の治療に使うような道具類があんまり無いけど、これが元は母さんの持ち物だということを考えれば可笑しくはない。何しろ、悪魔の実の能力で怪我は治癒できたのだから。

 けどそれよりも何よりも目を引いたのは……その1番上に置かれた紙だ。

 それのどこが目を引くのか? ………………目の前で、何もしてないのに急速に燃え尽きていく紙切れに、目を奪われないはずがない。

 燃え尽きていく紙……それに当て嵌まるものを、俺は1つだけ知っている。

 

 あぁ、そうか。

 

 得心がいった。

 クロッカスさんが言っていた。

 

 『それに入れたものは、外界の影響は一切受けんらしい。衝撃で壊れることも、時の流れで劣化することも無いのだと言っていたな』

 

 これはミホークに託されて以来、恐らく開けられたことが無い。

 つまりこの貝の中身の時間は、16年以上前から止まっていたわけで。

 けれど開けてしまえば、その影響下に晒される。

 そうは言っても、例えば薬類だったら何の問題は無い。そんなすぐに劣化したりもしない。でも、これはダメだろう。

 ビブルカードは、当事者が死んでしまえば燃え尽きる。

 これが誰のビブルカードかなんて、予想が付く。ビブルカードを持っていて、ここに入れることが出来て、既に死んだ人間……1人しかいない。

 

 『そうかもね。でも、捕まってあげない。ホラ、これも回収しといたし』

 

 ミホークの話にも出ていた。丁度その時、母さんは自身のビブルカードを所持していたのだと。

 今まさに燃え尽き、灰に変わったビブルカード。これはまず間違いなく、母さんのビブルカードだろう。

 何だか、見たくないものを見せつけられた気分だ。

 

 

 

 

 「ふん……見てて気分の良いものじゃないね」

 

 一緒になってダイアルの中を覗き込んでいたドクトリーヌが、感情の窺えない声音で吐き捨てると酒瓶に口を付けてラッパ飲みした。

 

 俺としても、全くもって同感だよ。

 母さんが死んだってことぐらい、とっくの昔に理解して、受け入れている。祖父ちゃんがそんな性質の悪い嘘を吐く理由も無いし、墓参りだってしたんだし。

 ただそれでも、出来れば見たくなかったよ、こんなの。何だってこれを(ダイアル)の中に入れたんだ? ……って、そういえば。

 

 「ドクトリーヌ、さっきのが何だか知ってるんですか?」

 

 ビブルカードは新世界にある技術で、ここはグランドライン序盤なのに。

 

 「知ってるさ。伊達に長生きしちゃいないよ」

 

 そうですか、流石は亀の甲より年の功……口には出さないけどね! そんな失言はしません!

 けど鋭いドクトリーヌは、敏感にそんな空気を感じ取ったらしい。ギロッと睨まれてしまったので慌てて視線を逸らす……けれどそれによって再びダイアルの中に目をやることになり、ふと気付いた。

 

 「あれ? 他にもある?」

 

 思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 一気に燃え尽きていくビブルカードに気を取られてしまって今まで気付かなかったけど、ビブルカードは他にも入っていた。しかも。

 

 「メモ?」

 

 手に取ってみるとそれには、慌てて書いたらしい走り書きのメモがあった。ちなみに筆跡は間違いなく母さんのものだ。日記で見慣れているそれ。かなり乱れてはいるけど間違いない。

 このビブルカードの人は生きてるんだろう。燃え尽きてないし、少しずつ動いてもいる。まぁそれは解りきったこととして、まずはこのメモを読んでみよう。

 

 『これを見ているということは、少なくとも海には出ているのね? その時はもう何歳になってるのかな?』

 

 前置きも無くいきなり本題だよ。時間が無かったからだろうか。

 けどこれはまず間違いなく、俺個人に当てたメモ……というか、言葉だろう。

 固有名詞が入っていないのは、ミホークから俺ではなく第三者の手に渡った時のことを考えて、かな。見られても、他人には内容が意味不明になるように。

 

 『お願いがあるの。出来ればでいいんだけど、このビブルカードの人に顔を見せに行って欲しいの』

 

 何それ唐突。

 

 『昔、ちょっと約束してね……あちらが覚えていてくれてるかは解らないけど』

 

 どんな約束だよ。

 

 『もしも行ってくれるなら、あたしが昔すっごくお世話になった人だから、くれぐれも失礼の無いようにね? ……あたしの言うことなんて聞きたくないって思われても仕方がないけど、出来ればお願い』

 

 いえ、そんなことは。むしろ全力で聞かせて頂きます……でも本当に、これ誰の?

 

 ちょっと待て、落ち着いて考えてみよう。

 

 母さんが『昔凄くお世話になった人』といえば、高確率で元ロジャー海賊団クルーだ。赤髪海賊団は抜けた直後だったんだから、その面子を『昔』なんて表現しないだろう。

 そりゃ、中にはドクトリーヌのような例外も無いことは無いだろうけど、そういった人はそもそもビブルカードを持ってるかどうか。

 『あちら』とか『失礼の無いように』とか……ってことは、明らかに母さんから見て目上の人間だよね。見習いだったんだから大抵の人は当て嵌まるけど。少なくとも、見習い仲間ではないか。

 けど、『約束した』なんて言い方をするってことは、それなりには親しかったはず。ビブルカードまで持ってるぐらいだし。

 元ロジャー海賊団で母さんが世話になった人で、目上で親しい……候補はたくさんいるけど、1番可能性が高いのは……やっぱ、師匠だったっていうクロッカスさんかシルバーズ・レイリーだよね。

 でもクロッカスさんは何も言ってなかった……ってことは、もう1人か?

 飛躍しすぎかもしれないけど、やっぱり可能性は高い。そうだとしたら、『約束』に関してはシャボンディ諸島で解るかな? 

 もしこれがその人……レイリーのじゃなくても、何かを知ってるかもしれない。

 まぁ、あれこれはレイリーに会ってから考えよう。そこまで差し迫った問題でもなさそうだし、それまでは保留だ。

 ……でも、あれ?

 

 『賭けてるのかもしれないなぁ……そんな有り得ないぐらい可能性が低い出来事が起こったら……しょうがないなって。あたしの身勝手で振り回すことになっちゃうし……勿論、それを手に入れたからって使うかどうかはこの子次第なんだけどね。別に強制してるわけじゃないもん。決めるのは本人』

 

 母さん、そう言ってたんだよね? 何かちょっとニュアンスが違くないか?

 『別に強制してるわけじゃない』、『決めるのは本人』……これは正しい。これはあくまでもお願いであって、命令や言いつけじゃないもんな。

 『身勝手で振り回す』というもの、まぁ間違ってはいない。勝手に失踪して、周囲に心配をかけてるだろうから。

 けど『しょうがない』ってことはないだろう?

 不思議に思って、手に取っているビブルカードをまた見てみると、裏面にもメモ書きがあるのを見付けた……何だ、このA面B面のような扱いは。

 けど、これで疑問は解けるんだろうか。

 

 『追伸:あたしのビブルカードもついでに入れとくね。』

 

 ついで!? あれってついでだったの!? そのせいで俺は地味に精神的なダメージを負ったよ!?

 

 『あ、あとそれから、もう1枚。別のビブルカードも入れとくからね。計3枚』

 

 え、他にもあったの?

 再びダイアルを見ると、確かにあったよ、うん。

 え~っと、つまり……何だ? 

 初めは燃えていくビブルカードに目を取られて他のに気付かず。次にはメモ書き付きのに気を取られて見逃し。

 うわ、何て影の薄いビブルカード。

 

 『それをどうするかは任せるわ。好きにして』

 

 え、どうしろと?

 つまりはこれが『しょうがない』の部分か?

 

 『あたしの身勝手で言わなかったけど、会いたいと思ったら会いに行ってもいいし』

 

 ………………何だろう、これが誰のビブルカードか予測が立ってしまった。

 

 『もしもあなたが海兵か賞金稼ぎになってるなら、いっそ捕まえて手柄にしちゃってもいいし』

 

 え、いいの?

 

 『っていうのは冗談だけど』

 

 

 「チッ」

 

 何だ、冗談か。

 けど危ない危ない、思わず本気の舌打ちが出てしまった。

 

 『本当に、好きにしていいからね? 親の喧嘩に付き合う必要は無いんだから』

 

 はい確定! 予測はしてたけど確定した!

 けど確定したらしたで、どーしましょーねー……好きにしろも何も……何もしないって選択肢もありかな?

 俺はどこか現実逃避に近い考えを脳裏に思い浮かべていたけど、メモにはまだ続きがあったのを思い出して強制的に思考を遮断した。

 

 『それじゃあ、身体に気を付けて……自分を大切にしてね』

 

 それで締め括られていた。本当に、これで最後らしい。……ゴメンナサイ自分を大切にしませんでしたわざと病気に罹りましたもうしません。でもそれを言うなら、母さんだってさ……。

 

 にしても、確かにこれじゃあ祖父ちゃんには預けられないはずだよ。

 祖父ちゃんに預けて、もしも中身がバレたら……大変だ。特に3枚目。もしも祖父ちゃんがこれを手にして、誰のものか解れば……カチコミかけに行くかもしんない。

 預けたのがミホークだったのは、本当に、単に海で最後に会った相手だったからなのかもしれない。ある意味うってつけの相手だよね、バレても問題無さそうだし。

 

 

 

 

 けどさ、本当に……俺にどうしろってのさ。いや、それは俺が自分で決めることか。

 母さんが与えたのはあくまでも選択肢の1つで、それをどうするかは俺自身なんだから。

 自分は離れてしまったけれど、俺がどうしたいかは俺が決めろ、と。

 冒頭にあったように、いつの日か俺がこれを手にしていたとしたら、それは海に出た後だ。そして海に出た後ということは、それなりの年齢……自分のことは自分で決めるべき年頃になった後。

 そうなってから、可能性の低い偶然がいくつも重なってまでこれを手にしたら……『しょうがない』と。

 そういうことなんだろうか。

 

 

 

 

 そして………………俺は結局、どうしたいんだろう。

 はっきり本音を言えば、会いたくない。でも……それで本当にいいのだろうか。

 俺ばかり逃げてても、いいのだろうか。

 




 ネズミへの憎悪が深いのは、『世界に広めたから』です。

 


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第109話 強欲な男

今回は冒頭が三人称です。


 時は少し遡る。

 つい先ほどDr.くれはの襲来を受けたココアウィードの店では、ちょっとした騒ぎが起こっていた。

 

 「ほら、やっぱりそうだ! さっきの海賊だろう!?」

 

 1人の男が取り出しているのは、ルフィの手配書である。それを見て、他の町民たちも目を丸くする。

 

 「6000万ベリー!? 結構な大物じゃないか!」

 

 その手配額は、手配書に添付された能天気な笑顔に似つかわしくない高値である。店内は俄かにざわつくが、最初にその手配書を持ち出した男はまた別の手配書を広げる。

 

 「それにこっちも! 似顔絵だから断定は出来ないが、あの病気だという海賊じゃないか?」

 

 それは、似てない似顔絵が添付されたユアンの手配書だった。

 

 「実は、彼らに対する伝言を預かっているんだ」

 

 

 

 

 男は本来、ロベールの町に住んでいる。今日はたまたまこのココアウィードまで来ていたのだ。彼がルフィとユアンの手配書を持っていたのは、ほんの数日前に1人の男がその手配書を置いて行ったからである。

 その際、ちょっとばかり印象に残る事柄もあったために記憶に強く残っており、今のこの言動に至っているわけだ。

 

 

 

 

 店の主人が、周囲を代表するように口を開いた。

 

 「彼らなら、治療のためにDr.くれはとドラム城に向かったはずだ」

 

 そしてそれに対して、また別の男が口を開く。

 

 「城に行くなら、ギャスタの外れの大木にロープウェイが張り直されているらしいぞ。行ってみるか?」

 

 そうだな、と初めの男が頷いたその時、店の扉(←Dr.くれはにぶっ壊されたが修理した)が思い切り開け放たれ、酷く慌てた様子の男が1人飛び込んできた。

 

 「ドルトンさん! ドルトンさんはいるか!?」

 

 この男は今日の見張り番の1人だ。初めはドルトンの住むビッグホーンへと向かったが、そこでDr.くれはを訪ねてこのココアウィードに向かったと聞き、急いでやって来たのである。

 

 「ドルトンさんならDr.くれはや海賊たちと一緒に、ドラム城に向かったぞ?」

 

 そう、実はドルトンもルフィたちと共に城へと登っていた。

 何しろ麦わらの一味は一応、海賊なのだ。『黒ひげ』と名乗る海賊に国を滅ぼされた記憶も新しい国民たちは、どうしてもその恐怖が拭いきれない。なのでドルトンが、監視の意味合いも兼ねて付き添っている。

 しかし今回に限ってそれは、あまりにもタイミングが悪かったとしか言えない。国民たちにとっては海賊よりもさらに恐ろしい……いや、忌まわしい存在が舞い戻ってきてしまったのだから。

 

 「ワポルのやつが! 帰ってきやがった!!」

 

 その叫びに、店内は一気に驚愕に包まれた。

 

==========

 

 ドラム島へと帰還したワポル一行……だが、その全員が行動を共にしているわけでは無かった。

 ワポルは側近のチェスとクロマーリモだけを自分の毛カバ、ロブソンに乗せてさっさとドラム城へと向かってしまい、一般兵とイッシー20は自分たちの足で地道に登山することになってしまったのだった。

 

 

 

 

 これは、そんな一般兵とイッシー20が出会ったとある『雪男』の話である。

 

 

 

 

 厳しい雪山道を、彼らは固まってゆっくりと登っていた、その最中。

 雪の向こうから半裸の男が歩いてきたのである。極寒の雪山で半裸の男。怪しすぎる。

 そして男……ゾロは獰猛な笑みを浮かべた。

 

 「どうやらおれは、運がいいらしい……」

 

 その笑みに、一同は戦慄を感じた。そう、それはまるで蛇に睨まれた蛙。

 

 「さ、さては貴様が、一時期騒がれていた『雪男』だな!」

 

 兵の1人が叫んだが、それは間違っている。噂の『雪男』は青っ鼻トナカイのチョッパーであってゾロじゃない。しかし彼らには、その正誤を判別する術は無かった。

 

 「かかれェ!!」

 

 本能的な恐怖は感じたものの多勢に無勢。全員でかかれば何とかなる。彼らはそう考え、一斉に襲いかかった……すぐにその考え違いに気付かされる羽目になるが。

 

 

 

 

 「うっはっはっは! あったけェ!」

 

 襲いかかってきた一般兵全員をあっさりと返り討ち、そいつらが着ていた温かいコートや手袋、靴などを手に入れたゾロは上機嫌だった。

 今でこそ上機嫌に笑っているゾロだが、戦っている時の彼は凄まじかった。例えるならばそう、それはもう悪鬼・羅刹・修羅。流石は麦わらの一味でも随一ともいえる戦闘狂だ。

 彼は他のみんなを待つ間、鍛練の一貫として寒中水泳を行っていたのだが、魚を見付けて追いかけている内に船を見失い、歩いてる間に迷ってしまったのである。

 

 そして寒さに震えながら彷徨っている中であの一団と遭遇し、防寒具を奪った。

 襲いかかってきたのは向こうが先とはいえ、立派な追剥である。

 しかも服だけではなく、兵士たちの懐から財布も強奪していったあたり、彼もとある略奪家な副船長の影響を大きく受けている。

 

 「にしても、町はこっちでいいんだよな?」

 

 兵士たちを遍く返り討った時、イッシー20は共にいたものの攻撃には参加しなかったために難を逃れた。ゾロはその彼らに道を聞き、震えあがりながらも教えてくれた近場の町へと向かっている……つもりだった。

 実際には、ゾロは彼らが教えてくれたのとは全くの逆方向に進んでいる。

 彼は現在、自覚はしていないものの、正真正銘紛れもない迷子になっていた。

 

 

 

 

 そしてそれを見ていた者は、兵士たちとイッシー20だけではなかった。

 

 「あれが……『雪男』……!!」

 

 たまたま遠目でその光景を見ていた数人の国民たちは、震えが止まらなかったという。

 もしももっと近くで見ていたのならば、それが『雪男』などではなくただの人間だと解ったのだろうが、微妙に距離があったことが災いし、『雪男』にしか見えなかったのだ。

 

 

 

 

 これが後のドラム島サクラ王国にて長らく語り継がれることとなる、『緑の雪男伝説』の真相なのだが……残念ながら兵士たちもイッシー20も恐怖から口を噤んでしまったために、永遠に解き明かされることはなかった。

 

==========

 

 俺とドクトリーヌがしんみりとしていると、部屋にドルトンさんがやって来た。様子を見に来てくれたらしい。

 話を聞くとチョッパーはナミとビビに庇われていて、何とか食料にはされずに済んでいるとか。

 そんな他愛無い話をしている、正にその時のことだ。

 

 「ドルトンさん!」

 

 明らかに町民らしい男が何人か、部屋に飛び込んできたのである。

 

 「大変だ! ワポルが帰ってきやがった!!」

 

 その話に、ドルトンさんは目に見えて顔色を変えた。

 ってか、来たのかワポル。早いな。

 

 「おれたちは、1つだけ残ってたロープウェイで先回りして伝えに来たんだ! きっとワポルも、もうすぐ山を登ってこの城まで来る!」

 

 わざわざぶっ飛ばされに? ご苦労なこった。

 

 ワポルは多分、掲げられたヒルルクの旗を攻撃するだろう。けどルフィがそれを許すはずがない。

 海での邂逅が無かったから一味とワポルたちの間に因縁は無いけど、敵対する要素は満点だ。焚き付ける必要も無いね、こりゃ。

 

 俺が内心で呆れていると、ドルトンさんはもう変身しかけながら飛び出して行ってしまっていた……早ッ!?

 でも、ということはもうじきバトル勃発か。俺は関わる気無いから気楽なもんだけど。

 けどそうしていると、飛び込んできた男たちの内の1人が俺の方に歩いてきた。他の人はドルトンさんの後に続いて出て行ったけど。え、何か用?

 

 「この手配書、あんただろう?」

 

 言っておっさんが取り出したのは、確かに俺の手配書だった。

 

 「そうだけど……何? 海軍にでも連絡する?」

 

 それは嫌だな、口封じした方がいいのかな?

 

 「いや、そうじゃなくて」

 

 おっさんはブンブンと手を振って否定の意を示した。

 

 「1週間ぐらい前だったかな。ある男から伝言を預かってるんだ」

 

 ……うん、よく考えよう。

 

<ドラム島+1週間前+伝言=エース>

 

 よし、方程式完成!

 いや、忘れてたわけじゃないんだよ? ただ、俺たちに伝わると思ってなかっただけで。

 

 

 

 

 1週間前にロベールの町に現れた1人の男が現れ、そしてこんな会話があったらしい。

 

 『じゃあもう1つ聞くけど、麦わらを被った海賊と赤い髪の海賊がここに来たか?』

 

 『いや、来てねェが……』

 

 『じゃあ、この手配書のヤツらがこの島に来たら、おれは10日間だけアラバスタでお前らを待つと伝えてくれ』

 

 『いや、伝えてくれって……この手配書じゃあ、よく解らねェぞ』

 

 言っておっさんは、俺の手配書を指し示したらしい。まぁ、当然だろう。こんな似てない似顔絵の手配書で個人を特定するのは難しい。すると。

 

 『ん? あァ、確かにな。んじゃ、これも』

 

 そう言って、もう1枚手配書を取り出したんだとか。

 

 『コイツの顔は、この手配書の男と同じようなもんだ。じゃ、頼んだよ……』

 

 ………………………………え~っと、それはどういう意味でショウカ?

 

 『おい、ちょっと待ってくれ。あんたの名前は?』

 

 『おお! そりゃそうだ! うっかりしてた! おれはエース。そのルフィとユアンってのが来たら、そう言ってくれりゃ解る』

 

 うん、解る。すぐに解る。

 

 『オイ、そいつを捕まえてくれ! 食い逃げ野郎だ!』

 

 『やべっ! じゃ、頼んだぜ!』

 

 怒り狂う店主から、エースはすたこらと逃げ去ったんだとか。

 

 

 

 

 これが、1週間前の出来事の全容らしいけど。

 

 「………………………………」

 

 何だろう、今の話の中にトンでもない内容があったような気がする。

 

 「で、これがその時に渡されたもう1枚の手配書だ。いや、流石にこんなもんを出されちゃ、忘れようにも忘れられねェ」

 

 件の『もう1枚の手配書』も見せられたけど……あはは、そりゃそうだよね。

 四皇の1人の手配書だもん、印象に残るよね~………………………………って。

 

 エェェェェェェェスーーーーーーーーーーーッ!!? ちょ、おま、何やってくれちゃってんの!? 何を引き合いに出してんの!? いや、悪気は全く無いんだろうなってことは解るけど!

 え、でもいいの!? 例えば俺もそんなことしていいの!?

 お前を探すときにロジャーの手配書を持ち出して、『この男に似た男を探してるんだけど~』とか言っていいの!? ダメだろ!? お前がしたのはそういうことだぞ!?

 

 「本当に似てるよね、他人の空似って怖いな」

 

 俺は内心の動揺は表にはおくびも出さず、苦笑と共に『他人の空似』を強調した。演技! そう、ここはナミも騙せる俺の演技力の出番! 動揺してたら余計に怪しいからな!

 メッセンジャーのおっさんはうんうんと頷いている。よかった、何も疑ってないみたいだ。ドクトリーヌは微妙な顔をしてるけど。

 

 「で、あの男は何者なんだ?」

 

 おっさん、それがそんなに気になるか? でも、その説明は一言で終わる。

 

 「俺たちの兄です」

 

 わざわざ白ひげ海賊団二番隊隊長だ、なんてことは言う必要が無いだろう。おっさんは目を丸くしてるけど、正直そんなのどうでもいい。

 それよりも問題はエースだ。早急に手を打たないと。

 

 「ドクトリーヌ、退院の許可をください」

 

 「頷けないねェ。あたしの前から患者がいなくなる時は、治るか死ぬかだよ」

 

 事情が変わったんだよ!

 エースに悪気が無いのは解ってる。でもだからこそ、無自覚にあちこちに吹聴して広めかねない! 早めに捕まえて釘を刺さないと!

 ……落ち着け、焦ってもどうにもならない。ドクトリーヌと争っても良い事なんて無い。チャンスはすぐに来るだろうから、その時まで待つんだ。

 

 「じゃあ、安静にしてますよ……って、何だ?」

 

 ひとまずベッドに潜り込み直そうと思ったら、おっさんが右手を差し出してきていた。

 

 「何って……お前の兄貴が食い逃げした分の代金を払ってくれ。後であの店主に渡しておく」

 

 「…………………………」

 

 安静にしなければならないから、ゴア王国でそうしていたようにさっさと逃亡するわけにはいかず。

 一味の者じゃないエースの飲食代を、一味の活動資金から出すわけにもいかず。

 俺は結局、山分けによって得たポケットマネーからその代金を支払わねばならなかった。

 しかもその額。流石はエースと言うべきか、店の食料を食い尽くす勢いで食べていたらしい……おかげで俺の懐はすっからかんになった。

 あれ? 俺、貧乏くじ引いてないか?

 

 

 

 

 エース、俺はお前に会いたいと思ってるよ。だって久しぶりだもんな。ずっとアラバスタを楽しみにしてきた。祖父ちゃんが来るだろうW7は嫌だけど。

 

 でも、何だろう。

 

 半裸の変態男に成り下がるわ。

 食い逃げした代金を払わされるわ。

 妙な引き合いを出すわ。

 

 ……ヤバい。俺、ちょっと腹が立ってきたんだけど。もう一押しでもあれば切れそうな気がする。

 頼むから、もう他に何かをやらかしてたりしないでくれよ? 出来れば感動の再会をしたいんだ、俺は。

 

 

 

 

 エースは『黒ひげ』を探してグランドラインを逆走している。

 俺が『黒ひげ』……マーシャル・D・ティーチに関して知っていることは少ない。

 元・白ひげ海賊団二番隊所属、22年以上の古株、現在はヤミヤミの実の能力者で、黒ひげ海賊団船長。これらは全部、原作知識だ。

 弱いはずが無い、というのは解っている。弱いヤツが白ひげ海賊団四番隊隊長を殺したり、後の話ではあるけどエースを手土産に七武海入り、なんて出来るはずが無いんだから。

 

 ……実を言うと以前その辺、ちょっと考えたりしたんだよね。ヤツは元々ルフィを手土産にするつもりだった。いや、もっと正確に言うなら、『懸賞金1億以上の首』だ。今後、俺の懸賞額が上がったとして、もしもアラバスタ後に1億を超えてたら手土産になるんじゃないかな……とか。

 頂上戦争はエースが処刑されることになったから起こった戦争で、それ以外の人間なら、いや、白ひげ海賊団と関わりの無い人間だったら、そもそも戦争なんて起きようがない。というより、俺って別に海賊王の息子じゃないから、捕まっても即処刑はされないんじゃないかなーって思うんだよね。せいぜいインぺルダウン収監ぐらいじゃないかなーって……楽天的かな?

 まぁ、やらないけど。俺も流石にそこまで自分の人生諦めてない。

 閑話休題。

 

 『黒ひげ』は今のところ手配もされてないし、恐らくは新聞に載ったことも無い。だから俺も転生してからこっち、ヤツの新情報は殆ど手に入れていない。

 ただ、1つだけ気になることがある。

 

 『白ひげのトコのでっぷりとして脂ぎった変な笑い方する最低最悪なヒゲ野郎』。

 

 これは母さんの日記にあった一文だ。これを読んだ時、俺の頭の中には真っ先に『黒ひげ』が思い浮かんだ。何だか表現がドンピシャだったから。

 当時の白ひげ海賊団に、他にもそんな特徴を持っていたヤツがいた可能性は否定しきれない。でも俺は、あの記述は多分『黒ひげ』のことなんだろうな、と思ってる。

 母さんが『黒ひげ』を知ってること自体は可笑しくなんて無い。ヤツは白ひげ海賊団の古株だし、母さんはロジャー海賊団にいたんだから。

 

 けど実はこれって、かなり珍しい。

 母さんだって別に聖人君子だったわけじゃないし、日記内には他人への悪口もそれなりにあった。でもそれは海軍だとか、世界政府だとか、どこぞの王侯貴族だとか、天竜人だとかの集団に対してだ。

 一個人に対してここまではっきりとした罵詈雑言を吐いていたのは、これ以外では祖父ちゃんに対してぐらいなもの。

 それだけ嫌ってたってことなんだろう。俺もあいつは嫌いだし、それはどうでもいいけど……ちなみに、当時の詳しい記述はこうなっている。

 

 『白ひげのトコのでっぷりとして脂ぎった変な笑い方する最低最悪なヒゲ野郎。あいつ最低! 父さんより嫌い!

 それにすっごい強欲な野心家! 野心は結構だけど、それに人を巻き込まないでほしい!

 あたしには関係ないけど、あのまま大人しく白ひげの一味にいるとは思えない。きっといつか何か騒動を起こす。そんな気がする』

 

 うん、1つだけツッコませて欲しい。

 祖父ちゃん、どんだけ母さんに嫌われてたのさ。引き合いに出されてるよ。まぁ……海賊と海兵だし、父親が年頃の娘に嫌われるのは宿命みたいなもんだし、そうでなくともあの祖父ちゃんだし……仕方が無いか。

 そして母さん、鋭いな。鈍感だったわりに、そういった勘は良かったんだね。野生の勘か。

 現状を見れば、母さんのこの予見は大当たりだろう。しかも、これで終わりでもない。

 

 本当に、あの男は何とかならないものかねぇ……。

 

 




 エースのもう一押しは既に意発動済み。バラしちゃったんですよね……アラバスタではスーパーお説教タイムと魔王降臨ががが。


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第110話 欲張りな女

 俺はエースの所業のせいで気持ちは逸っていたけど、とりあえず大人しくしておくことにした。ドクトリーヌと争っても良いこと無いしな。

 そのドクトリーヌも、もう部屋を出て行ってしまっているけど。多分、ワポル戦を観戦にでも行ったんだろう。

 

 で、俺は俺で暇だから、ダイアルの中にあった薬入りの小瓶とか確認してた。

 そして思うこと……母さん、あなたは何がしたかったんだ?

 

 病気の薬はいい。普通のことだ……まぁ、その中に五日病の薬が混ざっていたのを見付けた時の脱力感は、暫く忘れられなさそうだけど。うん、色んな薬があったよ。

 でも、母さんが独自開発したらしい薬たち。それと、大量のレポート。

 これってアレだよね、母さんの長年の趣味と研究の成果なんだよね?

 でもさ……『無味無臭で遅行性だけどくまも昏倒させられる睡眠薬』とか、そういうのはいつ使う機会があるんだ? 他にも、用途に困るような効能を持つオリジナル薬が多数。

 桜を咲かせようとしていたヒルルク。ランブルボールを作り出したチョッパー。それらと違い、母さんの薬品開発にはまるっきり方向性が見えない。本当に、完全に趣味の範囲での製薬だったのかな?

 

 だが、その疑問はあっさりと解決した。

 ベッドで寝転びながら、溜息を吐いてペラペラとレポートを捲っていくと……最後の1枚にデカデカとこう書かれていたのだ。

 

 『最終目標 +50cm!!』

 

 

 「………………。」

 

 えーと、つまり……身長を伸ばしたかったんだね? けど方法が解らなくて、その過程で様々な薬が生まれた、と………………うん、涙ぐましい。気持ちが痛いほどよく解る。

 けど、50㎝は無謀じゃないのかな……2m超えるんじゃね? いや、3mを超えてるヤツもいるし、ハンコックだって190超えてたはずだしなぁ……そんな夢を持っても可笑しくはないか。

 うわ、何だかこの研究を引き継ぎたい気分だ。でも俺、専門家じゃないしな……チョッパーに協力してもらおうか?

 

 

 

 

 薬について一通り見終わったので、俺は改めて2枚のビブルカードを見てみた。

 

 片方は問題無い。例え誰のものであっても、母さんが『世話になった』相手であり『顔を見せてやってほしい』と言うなら、そうする。尤も、航路を決めるのは船長のルフィだから、いつ達成できるかは解らないけど。

 

 問題はもう片方だよ。

 こっちは、誰のかは解る。固有名詞は無かったけど、多分間違いない。

 けどなぁ……『好きにしろ』って言われても……。

 

 「上着、上着!」

 

 「!?」

 

 頭を抱えて悩んでたら、ルフィが飛び込んできた。

 あ、ルフィにでもやるか! 喜びそうだ! ……って、ダメだ。どうやって手に入れたんだって話になる。流石に『気のせいだ』で誤魔化せることじゃない。

 

 「外が騒がしいな」

 

 特に心配とかはしてないから、大きな物音がしても気にしなかった。でもここに来たなら、一応は聞いておこうと思う。

 

 「あァ、ケンカだよ。トナカイとドングリのおっさんが頑張ってんだ」

 

 お、チョッパー! 『肉』から『トナカイ』に格上げされてるぞ! ドングリのおっさんってのは、ドルトンさんのことだろう。

 ルフィはごそごそと部屋の隅の荷物を漁っている……ってか、この部屋にあったのか、荷物。気付いてなかった。

 

 「ケンカ、ね……問題は無いんだろ?」

 

 「無ェよ。寝てろ」

 

 即答か。まぁ、確かに無さそうだけど。

 だって……さ。

 いくら実力的にチェスやクロマーリモと同等でも、この場にはドルトンさんへの人質になる民衆がいないし。

 サンジも別に怪我をしていないから、参戦することになってもドクターストップは掛からないだろうし。

 ワポルの勝ち目って無くね? それで全然構わないんだけど。

 

 「俺が寝てる間に、何か収獲はあったか?」

 

 何気なく聞いてみると、ルフィは目を輝かせた。

 

 「バケモノだ! バケモノがいたんだ!」

 

 ……お前、自分もバケモノだって、ちゃんと自覚してないだろ。

 

 「バケモノって、あのトナカイのことか?」

 

 「そうだ!」

 

 うわー、すっごい嬉しそう……何てキラキラした笑顔なんだ。

 

 「そんで、おれはあいつを仲間にすることに決めた!」

 

 やっぱりか。そして決めた以上、譲らないんだろうな。

 

 「それには異論は無いけど……出来るだけ早く出航しようよ。伝言を聞いたんだ」

 

 「伝言?」

 

 不思議そうに首を捻るルフィ。フッフッフ、聞いて驚け。

 

 「1週間ぐらい前にこの島に来たある男が、お前とおれの手配書を出して、こう伝言を残したんだって。『もしもこの手配書のやつらがこの島に来たら、おれは10日間だけアラバスタでお前らを待つと伝えてくれ』、だってさ」

 

 折角の伝言なので、一言一句違わずに伝えてみた。俺の手配書の件は絶対に言わないけど。

 

 「おれたちを? 誰が?」

 

 きょとんとした表情からして、ルフィは本当に解っていないらしい。思わずため息が漏れた。

 

 「お前、マジで鈍いな。このグランドラインに、俺らの共通の知り合いなんて何人いる?」

 

 グランドラインに入る前からの、っていう条件が付けば、それこそエースと……後は精々、祖父ちゃんとドラゴンぐらいか? いや、ドラゴンはルフィからしてみれば知り合いと言えるほどじゃないかな? サボはどこにいるのか解んないから保留しとく。

 

 「伝言を聞いたおっさんは、こうも言ってたって言ったぞ。『おれはエース。そのルフィとユアンってのが来たら、そう言ってくれりゃ解る』ってな」

 

 その言葉に目を丸くするルフィ。

 

 「エースがアラバスタにいんのか!?」

 

 何となく興奮状態だ。久しぶりだもんな。

 

 「らしいよ」

 

 だから急ぎたいんだ。余計な情報を撒き散らされる前に!

 

 「うし! じゃああのケンカさっさと終わらせて、バケモノを仲間にして、出航すんぞ!」

 

 これ以上はないぐらいに……ってのは言い過ぎかな? でもとにかく、ルフィはもの凄くやる気を漲らせている。

 あ、そういえば。火とマグマのこと、調べようと思ってたんだ。う~ん、城内の本でも漁るか? でもそんなことが書かれた本なんて、そんなに都合よく転がってるか?

 

 「そうだ! ユアン、おれの服知らねェか? 城までは着てきたはずなのに」

 

 ルフィが荷物を漁ってた手を止めた。

 

 「俺も知らないぞ? 見てないし……何なら、俺の服持ってくか?」

 

 お馴染み(?)、フード付きコート。オレンジの町やグランドラインの航海1本目、ウィスキーピークでも着てた。よく覚えてないけど今回もこれを着てここまで連れて来られてたらしくて、すぐそこの椅子の背に掛かっている。

 

 「いいのか?」

 

 言うや、ルフィはすぐさまそれに袖を通した……何だろう、この空しさは。

 俺にはぶっかぶかのコートが、ルフィにはピッタリだ。それを目の当たりにしたこの空しさは何だ?

 見なかったことにしよう。俺はぶんぶんと頭を振った。

 

 「意外にあったけーな、これ」

 

 ルフィは感心してるけど、当然だ。元々、顔を隠すためだけに買ったんじゃない。薄手ではあるけど、ちゃんと防寒にも使えるようなのを選んだんだから。

 

 「よし! んじゃ、行ってくる!」

 

 ルフィは防寒対策が終わると、さっさと外へと駆けて行った。

 多分、あのコートは無事に戻って来ないだろうけど……でもまぁ、別にそれでルフィに対して損害賠償を求める気は無いから、ナミに借りるよりはいいだろ。

 

 

 

 

 ルフィが出て行ってからすぐの頃に、別の来訪者があった。

 

 「ユアン、起きてる?」

 

 ナミ・ウソップ・ビビの非戦闘員(?)トリオだ。

 

 「起きてるけど……どうした?」

 

 返事を返すと、扉の端からこっそりと顔だけを覗かせてたのが全身で中まで入りこんできた。

 

 「言われたでしょ? しばらく安静にしてろって」

 

 3人を代表してか、ナミが口を開く。頷く俺に、ナミは急いだように

 

 「でも、3日も拘束されちゃたまんないわよ! 先を急ぐのに! だから、ドクトリーヌがいない今のうちに逃げちゃいましょ!」

 

 エスケープだ!

 でもなぁ。

 

 「無駄だと思うよ? ルフィがさ、あのトナカイを仲間にするんだって言ってるから。俺たちが逃げた所で、船長無しじゃあ出航出来ないだろ?」

 

 「じゃあ、チョッパーを拉致ってさっさと行けばいいじゃない」

 

 ナミが悪人だ! 拉致って! さらっと拉致って……いい案かもしれない。ケンカが終わったら、チョッパーを浚ってさっさとメリー号に戻るか。

 許せチョッパー、これも早くエースを止めるためで………………いやいや、俺は何を考えてるんだ! 違うだろ、ビビのためだろ! 

 それに、出来ることならドクトリーヌへの不義理も控えたい。あの人だって、母さんが世話になった人だし。

 よし。誤魔化して時間を稼ごう。

 

 「まぁ待ちなよ。そんなに慌ててもどうにもならないって。ここは城なんだぞ?」

 

 ニヤリ、と。いかにも悪そーな笑みを浮かべてみた……そしたら、ウソップにドン引かれた。何もそこまで過剰反応しなくてもいいじゃないか。

 

 「城には、宝物庫が付き物だろ?」

 

 「宝物庫を探すわよ!」

 

 ナミの目がベリーになった! 何という変わり身の早さ!

 呆れたような顔をしたウソップとビビも含め、俺たちは4人で宝物庫を探すことになった。俺はその傍ら、色々と本も物色するつもりだけどね。

 

 

 

 

 一歩部屋から出ると、そこには白銀の世界が広がっていた。

 

 「病人にはありがたくない城だなァ」

 

 流石に寒いよ、これは。

 腕をこすりながら白い息を吐いていると、ウソップが呆れたように俺を見た。

 

 「じゃあ、上に何か着ろよ」

 

 その忠告は尤もだ。俺ってば今、シャツ1枚。けどこれには理由がある。

 

 「しょうがないだろ? 俺の上着、ルフィに貸しちまったんだから」

 

 あれ1枚しか持ってなかったんだよな、コート。ウソップが『ブラコンめ』とか何とかブツブツ言ってるけど、気にしない。

 

 「そんなことより探索だ、探索」

 

 気持ちを切り替えて、俺はみんなを促した。

 その時だ。

 ドン! という砲撃音が響いたかと思った次の瞬間、城が揺れた。

 

 「何!? 何なの!?」

 

 城が大きいからか揺れはそう強いものじゃなかったけど、人の動揺を誘うには十分だったらしい。ナミが慌てたような声を上げた。

 

 「ケンカの余波だろうね。……何だ、知らなかったのか?」

 

 ケンカの一言に、3人とも目を丸くした。あぁ、ルフィが俺のトコに来たからかな?

 

 「ケンカって……誰と?」

 

 ビビから当然の疑問が出た。

 

 「ワポルってヤツがここに向かってるらしいから、それじゃないかな?」

 

 「ワポルって、この国の元国王の?」

 

 その返しに、今度は俺が驚いた。

 

 「知ってんの?」

 

 聞き返すと頷く3人。あれ? 俺だけハブ?

 

 「この城までの道中、ドルトンさんに事情を聞いたのよ。ちょうどあんたが意識不明だった頃ね」

 

 なるほど納得。

 頷いていると2度目の砲撃音が響き、また城が揺れた。

 

 「おいおい、大丈夫なのかァ!? 城が崩れたりしねェよな!?」

 

 ウソップは今日も絶好調にネガッ鼻だった。俺は肩を竦める。

 

 「大丈夫だろ。城が崩れるほどの衝撃なら、もっと壁とかも壊れるはずだ……けど、随分と上の方だったな」

 

 まず間違いなく、旗が攻撃を受けたんだろう。

 

 「心配なら、様子を見てみるか? 窓を開けて身を乗り出せば、多少は見られると思うけ」

 

 思うけど、と言いたかったんだけど、言い終わる前にウソップは部屋に引き返していった……ネガッ鼻め。勇敢なる海の戦士って、もっとどっしり構えてるもんじゃないのか? 

 でも実際の所、ウソップの思い描く『勇敢なる海の戦士』ってどういう風なんだろう? ヤソップ? それともドリー&ブロギー? 

 

 話が逸れた。

 ウソップほど慌ててはいないけど、ナミとビビも確認したいのか部屋に戻った。まだ探索に出ないなら、俺も戻ろう。寒い。

 って、戻ったけどんまり意味は無かったな。窓が大開になってるし。

 俺もひょっこりと窓から顔を出して城の上の方を覗いてみる。そしたら1番上の屋根が少し崩れ、そこでルフィが少し焦げながら旗を掲げているのが見えた。

 コート……やっぱり、無事じゃ済まなかったな。袖も破れてるし。

 

 「これがどこの誰の海賊旗か知らねェけどな」

 

 ルフィがいつになくマジな顔つきになっている。距離はそこそこあるはずなのに、その声がしっかりと聞こえてきた。

 

 「これは命を誓う旗だから、冗談で立ってるわけじゃねェんだぞ!」

 

 それはそうだけど、攻撃されたのが自分ではなく他人の旗なのにそこまで本気になれるってのが、ルフィの凄いとこだと思う。

 

 「お前なんかが、へらへら笑ってへし折っていい旗じゃないんだ!!」

 

 視線を下に移してみると、ワポルとチェスマーリもだろう2人がその怒気に完全に気圧されていた。無理も無いか、まるで空気が震えてるようにも感じられるし。

 まさか、これも覇王色だったり……んなわけないか、流石に。

 

 「どうやら、心配無さそうだな」

 

 あの程度で城が崩れるなんてあり得ないし、ケンカの方も問題無いだろう。というわけで。

 

 「窓、閉めるぞ。寒い」

 

 正直、本気で凍えてきた。俺のその様子に気付いたのか、3人も慌てて身を引く。

 窓を閉めると風も雪も入ってこなくなった。あぁ、あったかい。暖炉の火も点いてるしね。

 

 「じゃあ、宝物庫を探すわよ」

 

 しかし平穏はあっさりと崩された。

 

 「………………」

 

 結局、俺は凍える運命なのか。

 

 

 

 

 けれど、肝心の宝物庫がどこなのか解らない。だから探すんだけど……あ、そうだ。

 

 「ビビ、宝物庫ってのは城のどの辺にあるもんなんだ?」

 

 ここには現役王女がいるじゃないか。雪の積もった廊下を歩きながら聞くと、ビビは少し考えてから口を開いた。

 

 「城の奥の方じゃないかしら? 入口付近には無いと思うけど……」

 

 なるほどねー……って、範囲広ッ!

 そんな広範囲の探索、やっぱり耐えられん!

 

 「悪いけどさ。宝物庫探す前に、何か上着が欲しいんだけど」

 

 俺はちょっと震えている声でそう発言した。

 

 「じゃあ、私が使ってた部屋がそこだから、何か探してみる?」

 

 ナミがすぐそこの扉を指差した。俺の使ってた部屋とは少し離れてたんだな。

 その提案に乗っかって部屋を漁ってみたんだけど、結局上着は見付からなかった。毛布ならあるけど、あの積雪がある廊下を毛布引き摺りながら歩くのはなぁ……いや、この際そんな贅沢を言ってる場合じゃないか。

 俺はベッドの上の毛布を1枚失敬して、それを羽織るとみんなで部屋の外に出た……けど、そのすぐ後のことだ。

 

 「おれ様の城に、何をしやがったァ!!」

 

 階下から耳障りな叫びが聞こえてきて、俺たちは下を覗き込んだ。

 

 「あれってさっきいた外にヤツよね?」

 

 「な、何で中に入って来てんだ!?」

 

 「見覚えがあるわね……そうよ。確かに昔、王たちの会議で見たことがあるわ。」

 

 「レヴェリーか?」

 

 そういえばその時の会議で、ルフィの父であり我が伯父、ドラゴンの話題が出てたんだっけ。確かそのレヴェリーは6年前……頑張ったよなぁ、ドラゴン。10年前には『力が足りない』って嘆いてたのに。

 俺も世界政府は嫌いだから、つい、いいぞもっとやれと思ってしまう。

 1人しみじみと感慨に耽っていると、いつの間にか他3名が身を固くしていた。

 何しろ俺たちの視線の先のは、元ドラム王国国王ワポルがいるのだから。

 

 



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第111話 ヒルルクの桜

 うわー、会っちゃったよワポル……すっごいウザいから嫌だったのに。

 

 「あれは敵の顔ね」

 

 ナミが呟いてるけど、俺はツッコミたい。

 

 「お前、顔で敵味方の判別がつくのか?」

 

 もしそうだとしたら、W7では何もせずともCP9が敵だって解っちまうって。

 まぁ、確かにワポルの場合はあからさまに『悪そうな顔』してるけどさ。

 そんなやりとりをしていると、不意にワポルが頭上を見上げた。

 

 「ん?」

 

 げ、目が合った!

 

 「まっはっは! 貴様らァ! さてはあの麦わらの仲間だなァ!?」

 

 うげぇ、変な笑い方。面倒くさい。

 誤魔化しちまおうかな、体力も満足に戦えるほどに回復してないし……俺が内心で計画(?)を立てていると、背後からとても元気のいい返事が聞こえてきた。

 

 「そ、そそそそれがどうした!」

 

 「来るなら来なさいよ!」

 

 ………………え~と、ウソップ? ナミ?

 お前ら、人の背後に隠れながらそんな威勢のいいセリフを吐くのはどうかと思うよ? ウソップに至ってはめっちゃどもってるし。足も震えてるし。

 って、盾!? 俺は盾なのか!? 病み上がりなのに!

 うぅ、1人だけそのノリに付いていけず困惑しているビビにちょっとだけ癒される。

 

 「やっぱりそうかァ!! そこを動くな!!」

 

 ワポルはそりゃあもう忌々しい表情で叫ぶとこっちに向かってきた。もっと言うと、柱をよじ登ってきた。

 

 「……動くな、って言われて本当に動かないヤツっているのかな?」

 

 ワポルが登っている最中、もの凄くどうでもいいツッコミが思い浮かんだので口に出してみる。

 そして勿論、そんなヤツがいるはずない。俺は今まさに、それを思い知った。

 ポロっと出たツッコミに何も反応が返ってこないもんだから嫌な予感がして振り向いてみると、ナミもウソップもビビもいなくなっていた。

 あいつらときたらいつの間に逃げだしたのやら、既にその姿は廊下の向こうだった……って、逃げ足早ッ!?

 

 「じゃあね、ユアン!」

 

 ナミはまだ戸惑っているビビの腕を左手で引きながら、遠くからスチャッと空いてる右手を上げた。

 

 「後は任せた!」

 

 ウソップまで一緒になって走り、こっちはグーサインで健闘を祈っていた。

 

 「………………」

 

 何だろう、スケープゴートにされた気がする。

 俺……病み上がりなのに……むしろまだ治りきってないのに……しかもこんな、毛布でもこもこ状態なのに。

 

 「まっはっはっは! 覚悟するんだなァ!」

 

 うげ、そうこうしてる間にワポルは登りきっていた!

 あぁ、もう! 鬱陶しい! 笑い声が耳障り!

 それにあの被ってる毛カバの毛皮! ワポルが着てるってだけであの顔まで憎たらしく思えてく………………毛皮? 毛皮!?

 よし、決定!!

 

 「剃!」

 

 俺は毛布を脱ぎ捨てて狙いを定めると、剃で一気に間合いを詰め。

 

 「な!?」

 

 バカ笑いを続けていたワポルからお目当てのブツをブン盗った。

 

 「うわ。結構あったかいじゃん、コレ」

 

 毛皮、ゲットだぜ! あぁ、ここにチョッパーがいれば! ……ゴメン、ちょっと悪乗りした。

 毛皮の方も、無造作に引っ張ったせいかちょっと破れてしまった。でもこれくらいならいいや。

 いやー、毛布よりもこっちの方がいいね! ワポルとセットじゃなくなったからか、毛カバの顔も愛嬌があるように思えてきた!

 さて。

 

 「じゃ、そういうことで!」

 

 ついでに後1つスッといたし、もうあいつに用は無いや。逃げよう。

 余裕ぶっこいてるように見せてるけど、ぶっちゃけまだ体力が戻ってない。さっきの剃ですら結構ギリギリだったんだ。しかも、やりにくいことこの上無かった。床が凍ってて滑るし、雪に足を取られそうになるし。無理はしないに越したことないな。

 俺はナミたちが逃げたのとは逆方向に向けて走った。

 

 「待て! コケにしやがって、このガキ!」

 

 あ、ワポル追いかけてきた。

 チッ、いつもなら剃で引き離して撒くのに。いや、病み上がりでなければ逃げる理由なんて無いから、むしろ蹴っ飛ばしてるか。

 そのまま真っ直ぐ走って行ったら階段があり、俺はそれを使って階下に降りる。当然ワポルもバカ正直に追いかけてきたけど。

 

 「ウゲッ! ウ……最近、ちょっと太りすぎたか!?」

 

 メタボなワポルには階段に入る穴が小さかったらしく、ものの見事に挟まってしまっていた。そりゃもうガッツリと。

 ほんの数ヶ月前までは自分が暮らしていた城のハズなのに、そんなアホらしい不都合が生じるなんて……太ったのは『ちょっと』どころじゃないと思うぞ? 海を流離ってたはずなのに、どんな暴飲暴食をしたんだか。

 けどワポルの食習慣なんてどうでもいいし、俺はそのまま最下層まで下って行った……ら、そこにあの3人を見付けた。何だ、あいつらも下に降りてたのか。

 取りあえず腹いせに、ウソップを殴っておいた。何故相手がウソップか? 1番近くにいたからです。

 勿論、手加減はしたよ。そもそも本気なら、『殴る』じゃなくて『蹴る』だし。それで更に手を抜いたんだから、二重の手加減。当然、そんな一撃じゃあウソップも痛がる程度である。

 

 「な、何すんだ!」

 

 涙目で訴えるウソップだけど、それはこっちのセリフだ。思わずため息が出る。

 

 「お前らがあいつを挑発したんだろうが。人に押し付けるな……こっちは病み上がりなんだぞ?」

 

 病み上がり、という部分でハッとしたのか、ナミもウソップも少しバツの悪そうな顔をした……まさか忘れてたのか、お前ら!?

 

 「ま、それはそれで別にいいけど。もう発散したし……ところで、そんなにのんびりしてていいのか?」

 

 尋ねてみると、3人は首を捻った。あのなぁ。

 

 「あいつ、俺のこと追いかけて来てるんだぞ? 巻き添えになりたいんならいいけど」

 

 いや、巻き添えを食らってるのはむしろ俺なんだけどね。毛皮は盗んだけど。

 ビビの表情が強張り……ビビは本当の本当に巻き添え食らってるだけだよな。可哀そうに……ウソップが『叫び』状態になり、ナミが頭を抱えた正にその時、ドンドンという音を立ててバケツ(?)が階段を転がり落ちてきた。

 バケツは落ちてきたかと思うと、『げほっ!』だの『ぐへっ!』だの『バキバキバキ!』だなどという聞いてて楽しくない音を発していたが、それもほんの数秒だった。

 

 「完了……奇跡の骨格整形術!」

 

 ……あれ、骨格整形? 

 

 「スリムアップワポール!!」

 

 再登場したワポルは、もの凄くスリムになっていた。いや、スリムなんてもんじゃない。体型そのものが変わっている。

 あれが……骨格整形の力……!

 

 「何アレ! 逃げましょ……って、ユアン?」

 

 ナミが慌ててるけど、今の俺はそれどころじゃない。

 

 「骨格整形……あいつ、背も伸びてる………………その手があったか!!」

 

 「心惹かれてる場合かァ!?」

 

 今日もウソップのツッコミのキレは鋭い。

 確かにウソップの言う通りではあるんだけど、何だか光明が見えたような気がして、つい……いかんいかん、自重しなければ。

 

 「逃がさんぞォ!」

 

 しまった、思考がズレてる間にワポルが体勢を整えてた。今にも飛びかかろうとしてる……あ、でも心配無さそうだな。

 

 「見っけ」

 

 ワポルを挟んでその向こう、ルフィが構えてるのを見付けた次の瞬間には、ワポルはゴムの足で思いっきり蹴り飛ばされていた。

 

 「ヌベェ!!」

 

 ……蹴っ飛ばされる顔まで腹が立つな、コイツは。

 

 

 

 

 ルフィに思い切り蹴り飛ばされたワポルは、そのまま城の壁に激突した。

 

 「あり? あいつあんなに細かったっけ?」

 

 まぁ、ルフィの疑問は当然だろう。でも答えるのが面倒だからスルーしよう。

 

 「ナミすわぁん! ビビちゅわぁん! 無事か~い!!」

 

 サンジも来たよ。目が♡のメロリン状態で。思いっきりスルーされてるけど。そりゃあまぁ、サンジのあの状態よりも目の前の敵の動向の方が気になるよな。

 

 「まっはっはっはっは!! そこまでだ貴様らァ!!」

 

 目の前の敵……ワポルがまたもやバカ笑いを始めた。ルフィに蹴っ飛ばされたってのに丈夫だな。

 ワポルは他よりも数段大きな扉の前で仁王立ちしている。

 

 「ここは武器庫だ! 鍵はおれだけが持っている!!」

 

 ワポルの作戦。それは、武器庫の武器を食べて世にも恐ろしい人間兵器となること! ……って、言われてもね。

 

 「その鍵って、これか?」

 

 俺はさっき、毛皮を強奪した陰でスッた鍵を掲げて見せた。

 ゴメンナサイ、ナミの活躍を奪いました。けど言い訳をさせてもらうなら、あの流れではもうナミとワポルは接触しないと思ったもんだからさ。

 

 「「「「「「………………」」」」」」

 

 え、何この沈黙。

 

 「か、重ね重ね…………この、コソ泥がァ!!」

 

 ブルブルと震えながら怒鳴るワポル。しかしその発言には頷けない。

 

 「コソ泥とは何だ! 堂々と盗んだぞ! 俺は海賊だからな!」

 

 オレンジの町でのゾロの発言と少し被ってる気がしないでもないけど……まぁ、些細なことだ。どん、と胸を張って宣言してみた。

 どっちにしろ犯罪者には変わり無いがな!

 

 「く……まだだ! まだ奥の手はある!!」

 

 「あ! 待て!!」

 

 逃げるワポルと追うルフィ。ルフィも剃を使わないところを見ると、多分外で戦ってる時に滑るなり何なりしたんだろう。2人は、上へ上へと登って行った。

 

 「それ、武器庫の鍵ですって?」

 

 ワポルに関してはルフィに任せることとして納得でもしたのか、立ち直ったナミが俺の手元を覗き込んできた。

 

 「つまんない。宝物庫の鍵だったら良かったのに」

 

 相変わらずのバイタリティに、俺としては苦笑するしかない。

 

 「これが目に付いたもんでさ。武器だってバカにならないぞ、売ればいい収入になる」

 

 「って、盗む気か!?」

 

 ウソップも復活した。天性のツッコミなんだろうな。ボケを発見すればツッコまずにはいられないっていう。いや、俺としては別にボケたわけじゃないんだけど。

 あ! そうだ、それよりも! 

 

 「俺、ちょっとドクトリーヌと相談してくるよ」

 

 ケンカも終盤みたいだし、問題無いだろう。

 

 「入院期間の短縮を要求してみる。それと、ドクトリーヌなら骨格整形が出来るかもしれないし」

 

 言うと、ナミが頷いた。

 

 「そうね。こっちは宝物庫を探しとくわ」

 

 やっぱり探すのか、宝物庫。

 

 「いや、骨格整形はどうでもいいだろ」

 

 ウソップのツッコミなんて聞こえない。聞こえないったら聞こえない! 俺の発言なんて、ナミやビビみたいにスルーすればいいのに。サンジは……そもそも聞いてないね。

 待てよ? サンジ?

 そうだよ。整形するなら、この顔も何とか出来るんじゃないか!? ワンゼやデュバルみたいに! ……いや、やめよう。痛いの嫌だから。

 

 

 

 

 結論だけ簡潔に述べよう。

 城内に戻ってきたドクトリーヌに聞いた結論。骨格整形は無理。しかもその昔、母さんにも同じことを聞かれて同じ答えを返したらしい。

 絶望した! 整形の限界に絶望した! ……ゴメン、ちょっと悪乗りした。しかも本日2度目の悪乗り。

 落ち着け、よく考えろ。俺は10代まだ10代現役の成長期! これから伸びるきっと伸びる絶対伸びる! 目標はルフィ(172㎝)を超えて、出来ればエース(185㎝)も超えること!

 

 「よし、復活!」

 

 俺は立ち直った。けど、そんな俺にドクトリーヌは冷ややかだった。

 

 「お前、解ってるのかい?」

 

 何だか呆れきっているようなドクトリーヌの声音に、俺は虚を突かれた。

 

 「? 何がですか?」

 

 聞き返すと、やれやれ……と言わんばかりに肩を竦められた。

 

 「ルミナもそうだったが、お前も背を伸ばしたいんだね?」

 

 俺は無言で頷いた。まぁ、今までの俺の言動からしてその願望は丸わかりだっただろうから、知られていても不思議じゃない。

 

 「あの子はそれで良かっただろうけどねェ……お前さんは背が伸びれば、ますます父親に似ることになるよ」

 

 「…………………………」

 

 え、何その究極の2択。

 でも……うん。言われてみればそうかもしれない。

 俺は愕然とした。八方塞がりに陥った気分だ。まるで、さっきのとは比じゃないほどの絶望を見たような。

 あ…………立ち上がる気力も湧かない………………。

 

 「……せめて治療代は帳消しにしてやるから、シャキッとしな!」

 

 俺の屍化は傍目から見ても相当酷かったらしい。ドクトリーヌが、ドクトリーヌらしからぬ提案を以て喝を入れてくれた。

 わーい、交渉もせずに治療代が帳消しになったよー……あんまり嬉しくないけどな!

 って、どっちにしろ項垂れてる場合じゃないんだ。入院期間の方の交渉もしなければ。大丈夫、気持ちを強く持てばこの世に立ち上がれない出来事なんて無いんだ!

 

 「ついでに、俺たちの入院期間も短くして下さい。というより、今すぐ退院させて下さい」

 

 むくりと身を起こして訴えるけど、ドクトリーヌはそれには応えてくれなかった。

 

 「バカ言うんじゃないよ。さっきも言ったはずだ。あたしの前から患者がいなくなる時は、治るか死ぬかだってね」

 

 そこは医者として譲れない部分なんだろう。取りつく島も無いとはこのことだ。

 でも、ここはあの鍵の出番! ……何度もナミの活躍を奪ってゴメン。けど、こんなの誰がやったって同じだろうし。

 直にケンカが完全終結すれば、ルフィはチョッパーを勧誘するだろう。ルフィがその気になれば、仲間にするまで諦めたりしない。チョッパーが海に出るとなれば、ドクトリーヌはヒルルクの桜を咲かせるために武器庫の鍵を求めるはず。

 そしてそれは予想通り。

 暫くの後。ドクトリーヌは武器庫の鍵をご所望になったのだった。

 

 

 

 

 ドクトリーヌとの交渉も終わり、俺は目ぼしい書物を出来るだけ集めた。航海中に船で読もう。

 あ、でも、ウィスキーピークでの戦利品の目録作りも終わってないんだよね。それに、出来れば鍛練もしたいし……やりたいことが多いなぁ。

 溜息を吐きながら城の外に出てみると、もう夜になっていた。満月が綺麗だ。

 雪も降ってるな。通りで寒いはずだよ。

 

 「おーい、トナカイー! 一緒に海賊やろうーっ!」

 

 追いかけている内にチョッパーを見失ったのか、ルフィがキョロキョロとしながら叫んでいた。

 その向こうでは、ナミとウソップとサンジが風呂敷包みを背負っていた……うん。

 

 「宝物庫、見付けたのか?」

 

 ビビにまで盗品を持たせなかったのは、最後の(?)良心ってヤツか?

 俺は4人に近寄って尋ねてみた。

 

 「見付からなかったわよ。だから、武器を少しくすねてきたわ」

 

 「本当にやったのか」

 

 堂々と宣言するナミに、思わずツッコんだ。そりゃあまぁ、言い出したのは俺なんだけど。

 けど……何だ? ナミがどんどんたくましくなっていってないか?

 

 「トナカイーッ!」

 

 そんな傍ら、ルフィの呼びかけは必死だ。

 

 「諦めろよ、ルフィ。これだけ呼んでも探しても出て来ねェんだぞ」

 

 ウソップが眉を顰めながら言うけど、ルフィと『諦める』ってのは対極に位置する事柄だと思う。

 

 「無理強いすることねェだろうが」

 

 サンジもウソップと同意見らしい。それらに対して、ルフィはムッとしたように言い返した。

 

 「おれはあいつを連れて行きてェんだ!」

 

 ……ふむ。

 

 「じゃあ、拉致ろうか」

 

 「「黙ってろブラコン!」」

 

 冗談で言っただけだったのに、ナミとウソップに鉄拳でツッコまれた。ツッコミが『ブラコン』ってどんなだよ。

 

 「トナカイーッ!」

 

 ルフィ……せめて、何かリアクションが欲しかったぞ。

 そんな、周囲を意に介さないほどの呼びかけが功を奏したのか、やがてチョッパーが出て来た。

 けれどチョッパーは、無理だと言う。

 

 「だっておれは、トナカイだ! 角だって蹄だってあるし……青っ鼻だし!」

 

 青っ鼻が何だ。人間ではあるけど、20年以上も海賊やってる赤っ鼻だっているぞ? って、今はその話はどうでもいいか。 

 とにかく、チョッパーが何を言いたいのか。要は『自分は他と違う』ってことだろう。多分その感覚を覚えた者は、大きく分けて2種類に分かれると思う。優越感に浸るか、孤独に苛まれるか。チョッパーの場合は後者だ。

 色々と考えてしまえば難しい問題だろう。けれど、単純に考えればすぐに解決する問題でもある。

 

 「うるせェ! 行こう!!」

 

 そんな一言で、解決してしまうのだから。

 

 

 

 

 ドクトリーヌに最後の挨拶をしてくるというチョッパーを見送り、俺たちは城の外で待っていた。チョッパーが来ればそのまま下山してすぐにアラバスタへと向かうんだ……あれ? 何かを忘れてる気がするよーな……。

 

 「ヤボなんだから。別れの夜に、どうして静かにしてられないのかしら」

 

 ナミが溜息を吐いているのに気付いて耳を傾けていると、確かに場内から阿鼻叫喚地獄のような絶叫が響いていた……これ、ヤボとかそんなレベルの話じゃないんじゃなかろうか。

 それでも俺たちにはそんな叫び、今のところは関係ない。なのでわりとのんびりした空気を保ちながら待ってたんだけど。

 

 「あー、来たなチョッパー」

 

 チョッパーは雪煙を上げながら獣形態でそりを引きながら出て来た。

 

 「追われてる!?」

 

 その驚きの声は誰のものだったのか、正確には解らなかった。

 だが、確かにチョッパーは追われていた。その背後からドクトリーヌが髪を振り乱し、包丁を乱打しながら追いかけていた。

 

 「待ちなァ!!」

 

 ………………あれが山姥というヤツか? 正直、解ってても怖い。何も知らないみんなには尚更だったらしい。

 

 《何ィ~~~~~!!!》

 

 全員そろって『叫び』状態になった。

 結局俺たちは、チョッパーが引くそりに飛び乗って一気に下山することとなった。

 

 

 

 

 慌ただしい別れだったけれど、ドクトリーヌ。

 色々と、どうもありがとうございました。

 

 

 

 

 ロープウェイのロープを伝い、そりは一気に駆け下りる。満月に照らされながらのそれは、傍から見ればまさしく『魔女』の光景なんだろう。俺から言わせてもらえば、サンタクロースだけど。

 それはまるで、安全バーの無いジェットコースターだったよ。機会があればもう1度やってみたいもんだね。

 山は降りきり、そりは森の中を走っていた。だがその時だった。

 今さっき降りてきたドラムロッキー、そこから何発もの砲撃音が響いてきたんだ。

 

 「何だ!?」

 

 突然のことに驚き、そりも止まる……そりゃ、チョッパーが立ち止まればそりも止まるって。

 驚き振り返った、その時には背後には何も変化は無いように見えた。何しろ月夜とはいえ時刻は夜、辺りは暗くてよく見えない。

 けれどそれも、山頂がライトアップされるまでのことだ。

 

 「ウオオオオオオオ!」

 

 チョッパーの叫びは何も知らないヤツが見れば、幻想的な光景の前にはそぐわない、無粋なものとも言えたかもしれない。けれど少なくとも今この場には、そんなことを考える者はいないだろう。

 

 「ウオオオオオオオ!」

 

 ボロボロと零れる涙が、何よりも正直にチョッパーの心情を表していた。

 それにしても……。

 

 「すげェ……」

 

 ルフィの呟きは思わず漏れたものだろうけど、俺も同意見だ。むしろ、元日本人としてはより強く惹きつけられるような気すらする。

 ヒルルクはよくもまぁこんなことを考えたもんだよ。

 雪で桜を表現しよう、だなんて。

 考えてみれば似てはいる。雪が舞い落ちる様は桜吹雪に通じるものがあるし、色さえ着けば遠目には桜にしか見えない。ドラムロッキーのように直線的な山ならば、幹にも見立てられるし。

 

 「ウオオオオオオオ!!」

 

 冬の雪山に桜を咲かせる。勿論、本物の桜じゃないけど、重要なのはそんなことじゃない。それぐらいに息を飲むほど美しい情景を表現できればいいわけで、今俺たちの目の前に広がるそれは、条件を十分に満たしている。

 

 

 

 

 ヒルルクの桜は、俺がこれまでに見てきた中でも特に心に残る、美しい『桜』だった。

 

 



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第112話 アラバスタまでの数日間 前編

 今回と次回はオムニバス形式です。


 ヒルルクの研究の成果によって咲いた雪山の『桜』。いやー、いいモノ見たね。そうそう巡り合える光景じゃない。満足満足。

 

 俺たちはチョッパーが泣き止むのを待ってメリー号に戻った。カルーと大福が出迎えてくれたよ。

 桜はまだ咲き続けていて、それをバックに出航準備を始める。あ、ナミと俺は病み上がりだってんで免除されたんだけど……あれ? やっぱり何かを忘れてないか?

 何だろう、喉の奥に小骨が引っ掛かってるような気分と言うか……実際に小骨が引っ掛かったことって無いけど。

 そうだ、あの時。双子岬を出航して、ウィスキーピークに着く少し前。ゾロに『猫の手』の代金を渡してもらった時と似てる。あの時はもう少しでビビが………………って。

 

 「ゾロは?」

 

 ハタと気付いて口にすると、出航に向けて忙しなく動いていた全員の動きがピタッと止まった。

 

 《あ》

 

 うん、全員忘れてたみたいだな! そして何故いない、ゾロ! ……って、寒中水泳に行ったのか。あれ? じゃあ何でカルーがここに?

 

 「クエクエ、クエーックエックエ!」

 

 あ、そのカルーが何か言い出した。訴えてきてる。

 

 「ゾロってヤツは川で泳いでたって」

 

 カルーの訴えを通訳してくれるのは、勿論チョッパーだ。

 

 「トニー君、カルーの言葉が解るの?」

 

 ビビの疑問に頷くチョッパー。

 

 「おれは元々動物だから、動物の言葉が解るんだ」

 

 知ってはいたけど、それでも便利な能力だと感心する。それに、感心したのは俺だけじゃないらしい。

 

 「すごいじゃない、チョッパー! 医術に加えて、そんな能力もあるなんて!」

 

 ナミが珍しく素直に賞賛している。けど、首を捻っているのが約2名。

 

 「チョッパー、お前医者なのか!?」

 

 ルフィとサンジである。当然のことながら、何のつもりでチョッパーを勧誘したんだ、と疑問を投げかけられている。だが。

 

 「7段変形面白トナカイ」

 

 「非常食」

 

 答えは至ってシンプルだった。そして、チョッパーにとっては甚だ不本意だったらしい。涙目になっている。

 ったく。これじゃあ話が進まない。

 

 「そんなことより、結局ゾロはどうなったんだ?Dr.ミート。」

 

 「おれはミートじゃねェ!」

 

 しまった、サンジに釣られた。けど面白いな、チョッパーの反応。

 

 「ゴメンゴメン。で、ゾロは?」

 

 苦笑いで謝罪しながら重ねて聞くと、チョッパーはまたカルーに向き直る。カルーがクエクエ言ってるところを見ると、その時の状況を説明しているんだろう。え、大福? 大福は俺の膝の上で喉をぐるぐる鳴らして我関せずを貫いている。もふもふ可愛い。

 チョッパーはそれをフンフンと頷きつつ聞き、区切りがついたらしい所でそれを俺たちに伝えだす。

 

 「ゾロってヤツは暫くその辺を泳いでたんだけど、その内、潜ったまま姿が見えなくなったんだって。カルーは飛び込んで探そうとしたけど、大福に止められたって言ってる。『好きで泳いでるんだから放っときましょ、私たちまで凍える必要無いじゃない』って、何だか逆らえない笑顔で言われたって」

 

 ……そんなこと言ったのか、大福。なるほど、それでカルーが氷漬けになってなかったんだな。

 それにしても、サラッとヒデェこと言ったな。流石は俺を脅した虎だ。大福……恐ろしい子!

 

 「逆らえない笑顔でって……やっぱユアンが連れてきた虎なだけあるな」

 

 おーい、ウソップ? どういう意味だ? そして何でみんな納得してるんだ。

 

 「……とにかく。そうするとゾロは、泳いだままどっかに行ってしまったんだな?」

 

 話を元に戻そうそうしよう。

 けど、ゾロがいつの間にかいなくなったとなると……導き出される答えなんて、1つしかない。

 

 《…………………………》

 

 多分、ついさっき仲間入りしたチョッパー以外の全員が同じ結論に達しているに違いない。でも誰も何も言わない。いや、言えない。しょーもなさすぎて口に出せない。

 けど、空気の読めない勇者ってのはどこにでもいるもんだ。

 

 「なんだ、ゾロのヤツ。迷子か」

 

 勇者……ルフィは実にあっけらかんと結論を口にした。

 何だか考えるだけで疲れてくるような気がしたのは、きっと俺だけじゃないはずだ。

 

 

 

 

 その後。

 出航準備では役に立たないルフィを足に、俺が気配を探って見付けて連れ戻しました。その間、他の皆は出航準備を続けていて、用を終えて船に帰ったらすぐさま出航できた。

 ゾロはやっぱり迷子になってたみたいで、森を彷徨ってたよ。迎えに行って正解だ。どうせ自力では戻れなかっただろうから。

 出航前に気付いて良かったと心底思う。危うく置き去りにするところだった。

 

 でも、朗報もあるよ。

 何とゾロが稼いできたのだ! 船に戻ったゾロが懐からいくつかの財布を取り出した時なんて、ナミは感激で涙ぐんでいた。方法が追剥ってのがアレだけど……ま、俺ら海賊だし。それでいいよな。

 取りあえずゾロには、その労いと『忘れかけてゴメンね(・ω<)』の意味合いを込めて、現在メリー号にある中で1番高価(そして味もいい)な酒を1本、瓶ごと進呈しておいた。

 

 

 

 

 ドラム島を出航した俺たちは、お約束の宴会に雪崩れ込んだ。鼻割り箸? うん、ルフィに誘われたけど、やんわりと断ったら諦めてくれた……てかむしろ、何故か逃げられた。

 主にチョッパーの仲間入りを祝しての宴だ。けど、何でその音頭を取ってるのがウソップなんだろうね? 別にいいけど。

 

 「新しい仲間に! 乾杯だァ!!」

 

 《カンパーイ!!》

 

 船は今、最高速度でアラバスタを目指している。

 

 

 

 

 さて、これはアラバスタ王国を目指す麦わらの一味の数日間の話である。

 

 

 

 

 ①重要な任務

 

 並々ならぬ危機感を抱きつつ、俺は大福と向き合った。

 

 「いいか、これは極めて重要な任務だ」

 

 「がう」

 

 至極真顔な俺に対して、神妙に頷く大福。

 

 「もしもしくじれば、俺たち全員の命が危険に晒されると思え。事態はそれほどの脅威を孕んでいる」

 

 いや本当、マジでそれぐらいヤバいんだよね。

 

 「お前がすべきことはただ1つ。夜、持ち場に『敵』が現れたらすぐさま知らせることだ」

 

 おっと、釘も刺しておかないとな。

 

 「間違っても、自分で何とかしようと思うなよ? 『敵』は強大だ……お前では太刀打ちできない」

 

 「がう」

 

 解った、と言いたげにまたも頷く大福。

 よし、これで何とかなるかな……。

 

 

 

 

 その夜。

 

 

 

 

 今夜は俺が見張り番だった。毛皮に包まりながら双眼鏡を片手にマストの上に陣取り、寝ずの番。

 けど、お気に入りのミルクたっぷりコーヒーのおかげかそれほど眠気を感じることも無い。

 

 静かな夜だった。まだ冬島・ドラムの影響から脱しきれてないのか少し肌寒いけど、もう雪も降ってないし、航海には何ら問題無い。

 勿論ここはグランドラインだから急に荒れる可能性が無いわけじゃないけど、今のところは大丈夫。

 あまりに静かで穏やかな夜なものだから、昼間の俺の心配は杞憂で終わるんじゃないか? と思ったぐらいだ。でも、そんなわけが無い。俺の長年の勘がそれを告げている。

 

 事が起こったのは真夜中のことである。

 数分前に水平線を見渡して異常が無いことを確認していた俺は、狭い見張り台で寝転びながら夜空に浮かぶ月を眺めていた。

 そして内心で、餅を食べたいな~ウサギ肉でもいいけど~、とか考えていた、その時。

 

 「がうぅ!!」

 

 真下から大福の声が聞こえて、俺は起き上がった。

 ふ……やはり来たか。

 『敵』は外から来るとは限らない。内からも湧いて出るんだ。

 現場は食料庫である。そこに『ヤツ』はいた。

 

 「………………」

 

 気配も音も消していたとはいえ、ここまで接近しても気付かないなんてな。

 俺はギリギリと新聞を丸め、思いっきり振り上げて。

 

 「何やってんだお前はーーーーー!!!」

 

 「うぉおう!?」

 

 スパコーンと『敵』のゴキブリ……じゃなくてルフィのどたまに叩きつけた。

 

 

 

 

 事の起こりは食事時だ。俺はルフィをミニ化することを拒んだ。

 5日病でダウンしていた間の過激な看病への意趣返し。俺としてはただそれだけのつもりだった。それで少しばかり飢えればいいって。

 

 けどその時のルフィの様子に、嫌な予感がしたんだよね。

 飢えのあまり、盗み食いに走るんじゃないかと。冷蔵庫は鍵付きだからいいけど、ここはヤバいんじゃないか、と。

 食料庫の食料は調理前だからいつもは安全だけど、コイツが本気になれば摘み食いの対象になりかねない。

 

 だから大福を見張りに立てたんだけど……本当に来るとは。

 え? じゃあ途中からでもミニ化させてやれば良かったんじゃないかって?

 だって……落ち着いて考えてみると、やっぱり理不尽すぎて腹が立つというか。けど100%良心から来ていた行動だってのは解ってるから怒るに怒れなくて、ああいう地味な嫌がらせを……ね?

 

 

 

 

 そもそもの原因は俺な気がしないでもないから多少良心は痛むけど、航海中の船ってのは食料が限られている。ミニ化して大量に積み込んでいるからかなりの余裕はあるが、それでもつまみ食いというのは許される行為ではない。例え船長であろうと!

 

 よって俺はこの夜、ルフィをぐるぐるに縛り上げた上で見張り台から宙づりにして、『一晩逆さ吊りの刑』に処したのだった。

 

 

 

 

 ②特訓その1

 

 例えばここに、水が入った10㎏の樽があるとする。それだけだと何の意味も無いけれど、俺の能力で自分自身を1/20ぐらいにミニ化してしまえば、その10㎏の樽もミニ化した当人にとっては単純計算で20倍、およそ200㎏ぐらいに感じられる。

 なので俺はその方法を用い、当社比で数倍~数十倍の重さになる樽をバーベル代わりにして筋トレしている。見た目にはバカバカしく映るだろうけど、結構効果はあるんだなこれが。

 得物が樽とは限らなかったけれど、ミニ化して筋トレってのは幼い頃からよくやってきたんだから効果は実証済みである。

 目録作りも終わったし、久々に心置きなく取り組めるってもんだよ。誰も手伝ってくれなかったからちょっと大変だったけど。

 何事も基本から! 日々の鍛練がモノを言うんだ!

 そしてそんな俺の筋トレに、いつの間にかゾロが加わっていた。

 

 

 

 

 ③動物たちの会話

 

 現在、メリー号にはチョッパー・カルー・大福と3匹の動物(?)がいるが、各々の仲は良好らしい。

 これには、肉食獣である大福が常に猫サイズでいるというのが大きいだろう。そうでなければ大福は、チョッパーにとってもカルーにとっても捕食者としてその目に映っただろうから。

 そしてこれは、そんなある日のことだ。

 

 

 

 

 「クエクエ、クエークエッ」

 

 「へー、そうなのか」

 

 「がうがう」

 

 「え、何だそれ!」

 

 「クエックー、クエッ」

 

 「グルルルルル、がるう」

 

 「ほー」

 

 「………………」

 

 まるで意味が解らんぞ!?

 

 チョッパーとカルーと大福が何やら話してたんだけど、生粋の人間である俺にはその内容はさっぱり解らなかった。あ、ちなみに俺は偶然現場を通りがかった。

 

 けどその後、話の1つを教えてもらった。ズバリ、大福が俺に付いて来た理由。

 正直に言えば結構気になってたことだから、ちょっと前のめりな姿勢になりながら聞いたんだけど……脱力した。あまりのしょーもなさに。

 曰く、『己に勝った者には忠誠を誓う、それが虎の掟!』なんだとか。

 何だそのタイガールール! 聞いたこと無いぞ!? 適当にでっちあげてるんじゃないのか!? 

 俺は眩暈を覚えた。

 

 

 

 

 まぁ取りあえず……何にせよ、動物たち(?)は上手くいっているらしい。仲良きことは美しきかな、ということにしとこう。

 

 

 

 

 ④特訓その2

 

 麗らかな昼下がり。俺は筋トレをしているゾロに、少し頼みごとをしてみた。

 

 「は? 剣を使えるようになりたいだと?」

 

 ゾロは胡乱げな顔をしているけど、その言葉は少し正しくない。

 

 「別に剣を使えるようになりたいってわけじゃないんだよ。ただ、ちょっと打ち合いたいだけで」

 

 そもそも剣を持つつもりも無いし、と俺は肩を竦めた。

 じゃあ何故かというと、発端はあの海楼石の十手だ。

 折角あんな便利なものがあるんだし、ただぶん回すだけじゃ芸が無い。本職の剣士とまでは言わないけど、基礎ぐらい身に付けておけば役に立ちそうだ。

 

 とはいえそれでゾロの鍛練時間を削るのは悪いから、教えてくれとまでは言わない。精々が偶に打ち合ってほしい……という程度だ。感覚ぐらいは掴んでおきたいというかね。

 

 

 

 

 ⑤薬

 

 母さんのダイアルに入っていた薬も、医薬品に関しては元々持っていた薬と合わせてチョッパーに提出した。

 それと同時に、あのレポートも見せた。あわよくば身長を伸ばす薬の開発を手伝ってもらえないかなー、とも思ってさ。俺の母さんもかつては海賊船の船医であり、これはその形見だと言っておいた。嘘は何1つ吐いてないだろ?

 

 とはいえ、個人名は言ってないし書かれてないから、それが『治癒姫』だとは思わないだろうけど。

 

 世は大海賊時代。海賊は星の数ほどいるのだから、同じく船医も星の数ほどいる。客観的に見ればその中でも母さん……『治癒姫』は知名度・経歴・懸賞金などにおいて抜きん出た存在だったと思う。

 ルーキーだったとはいえ、医者に加えて船長でもあるトラファルガー・ローですらシャボンディ諸島時点での懸賞金は2億だった。伝説のクルーの一員ではあるけれど、船長でもなんでもない母さんがその数倍なんだから、桁違いと言ってもいいんじゃないだろうか。

 

 普通なら、まさかそんな有名人の関係者とそうそう出会うとは思わない。特に母さんの場合、既に伝説になりかけてるのだし。

 ……改めて考えてみると、凄い人だったんだね、母さんって。

 驚いたことに、チョッパーは『治癒姫』のファンだった。いや本当、マジで驚いたよ。

 

 「ドクターとドクトリーヌはともかく、ドクトル・ホグバックと『治癒姫』ルミナはおれの憧れの医者なんだ!」

 

 そりゃあもう、キラッキラした眼差しで言われてしまいました。

 あぁ、この輝きが後にホグバックの本性を知って失われるのかな……と思うと痛々しい。

 その一方で、あのホグバックと並び称されるのには腹立たしいものがあるけど、母さんに憧れてると言われて悪い気はしない。むしろ嬉しい。

 でも、と俺は口を開いた。

 

 「『治癒姫』は確かに医者だけど、有名なのは悪魔の実による治癒能力の方だろう? あまり医療とは呼べないんじゃないか?」

 

 何しろ、医術でも医学でもない特殊能力だもんな。苦労してそれらを身に付けた医者たちから見れば、反則なんじゃないだろうか……そう思っての発言だったけど、チョッパーは首を振った。

 

 「でも、それで治るんだ。酷いケガや重い後遺症に苦しんでた人が、元気になるんだ。それで救われる人がいるなら……その意味は大きい」

 

 「……なるほどね」

 

 納得した。加えて、もう1つ意地の悪い質問をしてみることにした。

 

 「でも、海賊だぞ? 何億何千万って懸賞金の掛けられてる、極悪人だったんだ」

 

 勿論、俺は母さんを極悪人だなんてこれっぽっちも思ってない。ただちょっと聞いてみたかっただけだ。

 

 「おれ、ずっと海賊に憧れてたんだ! ドクターも言ってた、髑髏を掲げた男に不可能は無いんだって! 『治癒姫』は女の人だけど」

 

 あぁ、そういえばチョッパーはそうだったっけ。それで海賊ってのはあまりマイナス要素にならなかったのかな。

 

 「『治癒姫』は、前にドラムを襲った『黒ひげ』って海賊みたいにどこかを襲ったって話も聞かなかったしな!」

 

 まぁ……ずっとピースメインだったみたいだしね。性格的にも、そんなことはしなかっただろうし。

 1人納得を深めていたら、チョッパーは少し胸を張った。

 

 「それに、『治癒姫』はおれの姉弟子なんだ!」

 

 ありゃ、言ってたのかドクトリーヌ。俺の驚いた様子を勘違いしたのか、チョッパーは少しむくれる。

 

 「本当だぞ! ドクトリーヌが言ってたんだ! 昔、俺の他にも弟子を持ってた頃があって、それが『治癒姫』だって!」

 

 うん知ってる。てか、むしろ俺の方がお前よりもずっと昔からその事実を把握してる。日記を読んでからだから……かれこれ、13年は経つな。

 

 「疑ってなんかいないよ」

 

 軽く笑って答えると、今度は驚いたような顔をするチョッパー。

 

 「信じてくれるのか?」

 

 ……って、おいおい。

 

 「自分が言い出したことだろ?」

 

 信じてくれるのか、は無いだろ? でもチョッパーは難しい顔をした。

 

 「だって、あの『治癒姫』だぞ?」

 

 「…………………………」

 

 あぁ、そういうことか。

 つまりは俺が、母さんが船医だというぐらいでは『治癒姫』とは結び付けないだろう、と高を括ってるのと似たようなものなんだろうか。あまりに有名すぎて、逆にパッとは閃かない。身近に感じないんだ。ひょっとしたらチョッパー自身にも、あまり実感が無かったのかもしれない。

 

 俺だって、産まれた直後の記憶が無ければ、或いは日記を読んでいなければ。どこか遠い存在のように感じていた可能性は高い。

 そう。それこそ、どこぞの誰かに対して感じているように。

 けれどそんな内心は表には出さず、俺は苦笑した。

 

 「『マスター・オブ・医者』の愛弟子が、何を言ってるんだよ」

 

 『マスター・オブ・医者』……ドクトリーヌのことである。当然ながら、ヤブ医者・ヒルルクのことではない。

 そんな風に呼ばれるぐらいだ。ドクトリーヌだって世間的にはともかく、医学界では有名なんじゃないだろうかと思う。だから引き合いに出してみた。

 

 

 

 

 俺はその後チョッパーを言い包めて、母さんの弟弟子であることはあまり口外しないように釘を刺しておいた。

 世間の目や海軍や政府がどうたらこうたらとそれらしい理由はこじつけておいたけど、本心はなんてこともない。

 ルフィの耳に入れたくなかったのである。

 だってあいつのことだ、聞いたら絶対に『叔母ちゃんだ!』って言い出す。そしたら色々と情報が錯綜しそうじゃね? 悪あがきと言うなら言え。

 

 でもチョッパーの気持ちは凄く嬉しかったから、お礼として綿菓子機を作ってみた。(←協力者・ウソップ)

 それで綿菓子を作ったらとても喜んでくれたよ。

 今後も町のある島に上陸したら、優先的に色んなお菓子を買ってあげたいと思う。

 




 ユアンはチョッパー贔屓になりました。


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第113話 アラバスタまでの数日間 後編

 ⑥薬は薬でも

 

 メリー号には、ウソップ工場というものが存在する。そこでは日夜ウソップによる武器開発が行われているのだ! ……って、格好つけて呼んでも実態はただの台座だし、武器もほぼウソップ専用なんだけどね。

 

 俺はある日、そんなウソップ工場を訪ねた。

 というのも、貝に入っていた医薬品以外の薬……睡眠薬やしびれ薬・毒薬などを1番有効活用できるのはウソップなんじゃないかと思ったからだ。

 

 「例えば、麻酔弾とかさ」

 

 実例を提示して渡してみたけど、ウソップは疑いの眼差しで俺を見てきた。

 

 「効くのかよ、そんなの。お前の母親の腕前ってどんなもんだったんだ?」

 

 

 クロッカスさんとドクトリーヌから直々に指導を受けたレベルです。特別ダメだしはされてなかったみたいだから、彼らから見ても及第点以上の腕前があったのは間違いないんじゃないかな。ついでに言うと、お前の父親の元仲間だよ……なんてことは言えず。

 

 「さぁ……俺も実際に見たことは無いからね」

 

 と、苦笑するしかない。でもここで、俺はあのレポートも取り出して見せた。

 

 「一応は調合法や効能について纏められてるし、見た限りでは特に不審な点は見られなかったんだけど」

 

 チョッパーにも確認済みだよ。自分でだって、図鑑とかを見ながらちょっと調べたし。

 ウソップはそれを受け取って、パラパラと流し読みをしている。けど見ているのは効能の辺りばかりで、調合についてはスルーしている。多分、専門家じゃないからパッと見じゃあ解らない、とでも思ってるんだろう。

 読み進めている内に、ウソップは次第に微妙な顔になっていった。

 

 「……お前の母ちゃん、随分とエグイ薬を作ってたんだな」

 

 「否定はしない」

 

 本当に、それは否定できない。結果的に出来てしまったってだけで狙って作ったわけじゃないんだろうけどさ。特にそれはレポートの前半に多い。

 抜粋して例を挙げてみよう。

 

 『自分実験:1晩、眠れなかった。 被験者Ⓑ:3日ぐらいハイになってた。 結論:失敗。抗鬱薬』

 

 『自分実験:特に変化無し。 被験者Ⓑ:1晩トイレから出て来なかった。 結論:失敗。下剤』

 

 『自分実験:特に変化無し。 被験者Ⓑ:幻覚を見た。 結論:失敗。幻覚剤』

 

 けど、これらはまだマシな例と言えるだろう。

 

 『自分実験:ぐっすり眠れた。 被験者Ⓑ:効能は解ってるのに何故か飲んでた。寝た。2日経っても起きないから医務室に運ぶ。 結論:失敗。睡眠薬』

 

 『自分実験:かなり気分が悪くなった。 被験者Ⓑ:危険だからやめた方がいいって言ったけど、飲んだ。倒れて動かなくなったから医務室に運ぶ。 結論:失敗。毒薬』

 

 『自分実験:手足がしびれた。 被験者Ⓑ:危険なのに飲んだ。全身痙攣。医務室に運ぶ。 結論:失敗。しびれ薬。』

 

 これは一部に過ぎないけど、取りあえず一言言いたい。

 

 哀れなり……被験者Ⓑ。

 

 まぁこの場合、自業自得っちゃあ自業自得なんだと思うけど。だって母さんはまずは自分で試してみて、危険を感じたら頼まなかったみたいだし。それをわざわざ志願するなんて。そんなに気を引きたかったのか?

 

 ちなみに、後の方の開発薬の被験者はⒷではなくⓈとなっていた……何も言うまい。

 結論が全て『失敗』なのは、背を伸ばすという効果が得られないからだろう。

 けどまぁ今は、母さんのそんなちょっとマッドな一面は置いといてだ。

 

 「何にせよ、効果は期待できると思う。使うかどうかはウソップの勝手だけど……いる?」

 

 あげても何ら問題は無いんだよね。レポートには調合法も書いてあるから、材料さえあればいくらでも作れるし。

 ウソップはちょっと考えてたけれど、暫くしてソレを手に取った。

 

 「とりあえず、実験してみらァ。使えるようなら応用させてもらうぜ」

 

 俺としても、何気なく思ったことでしかないから別にそれでいい。強制する気は無い。

 ……というより、本当に役に立つかどうかすら不明だしね。

 

 

 

 

 ⑨余暇

 

 チョッパーの加入によって、俺は暇になった。

 いや、実質的な労働時間は以前と大差無いんだけど、これによって漸く音楽家以外の代理職はすべて返上出来たと思うとね。精神的に楽になったんだ。

 

 「いい天気だな~」

 

 ドラムの影響下から出てからこっち、ここがグランドラインだってことなんて忘れてしまいそうなぐらいのどかな日が続いている。

 

 筋トレも一段落させた俺は甲板で座り込み、膝に大福を乗せて茶を啜りながらまったりしていた。気分は縁側で日向ぼっこをするご老人だ。

 

 みかん畑ではナミがみかんの手入れをしている。あの畑を外敵(←主にルフィ)から守ってるのはサンジだけど、実際に育ててるのはナミだし。サンジをパシリに使ってるけど。

 勿論、時々は収獲してる。でないと折角育てたみかんも腐るだけだからね。でもそれは殆どナミ自身とビビによって消費されるので俺たちにはあまり回ってこない。たま~に、ナミの機嫌がとてもいい時にお相伴に与れる程度だ。畑に最も貢献しているサンジですら、それは変わらない。

 ちなみに味はとても美味である。ルフィが断続的に狙うのも無理ない。

 

 さて、何が言いたいかと言うとだ。

 

 みかん食べたいよねって話なんだよ、うん。

 

 ぽかぽか陽気、湯気の立つお茶、膝上には丸くなった猫(本当は虎)。場所が縁側じゃないのが残念だけど、船に縁側なんて無いからそれはしょうがないと諦めよう。で、出来る範囲ではこれで完璧だと思ってたけど、いざとなるとお茶請けが欲しくなってくる。

 そのためには……ナミの機嫌を取らなきゃならない。

 でもどうしたらいいんだろう?

 流石にこんな真昼間っから酒を注ぐのもアレだし。金は、ドラムでエースの食費を払ったことで無くなっちゃったし……難題だ。

 

 どうすっかな~と少し眉根を寄せながら空を見上げると、上空に1羽の鳥が飛んでいるのが見えた。ニュース・クー……じゃ、ないね。種類までは解らないけど、そこまで大きくない。

 別に、ただ鳥が飛んでいるのが見えただけならそこまで気にしない。気になったのは、その鳥がメリー号の上を旋回していたからだ。明らかに怪しい。

 

 でもすぐに理解した。

 

 あ、あの鳥みかんを狙ってるんだ。

 今までにもそんなことはあった。みかんを狙う外敵は主にルフィだけど、ルフィだけじゃない。ああいう手合いもいる。そういうのもサンジが追っ払ってきたけど。

 夜? 夜行性の鳥なんて海のど真ん中にはそうそう来ないから特に問題無い。

 さて、あの鳥に対して……。

 

 「気付いてないな」

 

 ナミもサンジも気付いてない。あいつらが現場にいるからか鳥も襲撃してこないから仕方が無いけど。でもこれは、2人が行っちゃえば来そうだな……まぁ、サンジが何とかするだろうけど。

 そんなことをつらつらと考えていると、一通りの作業を終えたのかナミが手を叩いて泥を落としていた。ここからじゃ聞こえないけど、サンジに何かしら声をかけているらしい。

 すると、サンジはメロリン状態になりながら船内に戻っていった……ありゃまあ。

 それとほぼ時を同じくして木から離れるナミ。

 うん、すぐに鳥が急降下して来たよ! そんでもって、みかんを1つ銜えてまた飛び立った!

 

 「あ、ちょっと!」

 

 距離があるせいでさっきのサンジとの会話は聞こえなかったけど、今回は驚いたのもあってそれなりに大きな声が出たんだろう。俺の耳まで届いてきた。

 これは……アレか?

 点数稼ぎのチャンスか!?

 

 「大福、ちょっとどいてくれ! 剃刀!」

 

 ポンッと大福を床に放って、俺は空に駆け上がった。あ、大福はちゃんと着地してくれてるよ。流石はネコ科動物。

 

 「クエッ!?」

 

 「返せ」

 

 鳥はあっさりと捕まえることが出来て、みかんも取り返せた……この鳥、焼き鳥にして食っちまうか? いや、今のところ別に食料には困ってないし、どうでもいいか。

 取り返したみかんを見てみると、運良く傷はついていなかった。これなら洗えば何の問題も無いだろう。

 内心でほくそ笑み、1個ぐらい貰えるかな~と思いつつ船に戻ると……何故かサンジに絡まれた。

 

 「テメェ、それはおれの役目だぞ!?」

 

 いや、そう言われても。

 

 「だって、いなかったじゃんか」

 

 「おれはナミさんに頼まれて水を取りに行ってたんだ!」

 

 見るとサンジは、手に水の入ったコップを持っていた。なるほど、パシリか。

 

 「結局、いなかったのには変わらないっての」

 

 肩を竦めながら、それに、と続ける。

 

 「放っといたらサンジ、あの鳥追いかけられなかっただろ? 飛んでる鳥を捕まえられるのなんて俺の月歩か剃刀、そうでなければルフィのゴムぐらいだし」

 

 この俺の発言に、意外なところから援護射撃が来た。

 

 「それもそうよね」

 

 「ナミさん!?」

 

 ナミのあっさりとした肯定に対してあからさまのガーン状態になるサンジは、まぁ、放っておいてだ。

 

 「ナミ、このみかん貰ってもいい?」

 

 今のうちにと強請ってみました。

 

 「ハァ……いいわよ。ただし、大事に食べてよね!」

 

 よっしゃ! みかんゲット! でも……。

 

 「空が……鳥が……ナミさんが……」

 

 サンジがウザい! ってか、すんごい恨みがましい顔で睨んできてる!?

 

 「あー……何なら教えてあげよっか? 月歩」

 

 ウザいけれど同時に何となく哀れでもあって、俺はそう提案してみた。

 実際サンジの脚力なら、剃と月歩と嵐脚は割とすぐに覚えられると思うんだけどな。それは本心で、親切心のつもりだったんだけど。

 

 「誰がテメェになんざ教わるか! このクソ赤毛ェ!!」

 

 全力で拒否されてしまった。何だろう、背後に業火が見える気がする。

 やれやれ、とみかんの皮を剥きながら溜息をこぼしていると、ナミが不思議そうな顔で見てきた。

 

 「今回は怒らないのね」

 

 はい? 何が?

 俺のきょとん顔を察したのか、ナミは続けた。

 

 「前にジョニーに言われた時、ちょっとムッとしてたから……赤い髪、嫌いなのかと思ってたわよ」

 

 ジョニーに言われた時? …………あぁ、あの時か。

 思い出して、俺は苦笑した。

 

 「別に髪色にコンプレックスなんて持ってないよ」

 

 いや、母さんやエースやルフィとかと同じ黒髪だったら、それはそれで嬉しかったんだろうけど。

 でも某空想少女じゃあるまいし、赤でも問題は無い。別の意味で問題はあるけど。

 人に言われるにしても、『赤毛』なら何とも思わないんだよね。『赤髪』だと嫌なだけで……という本心は言えない。何で『赤毛』は良くて『赤髪』はダメなのか、なんて聞かれたら困るから。

 

 「ま、気分だよ。気分」

 

 俺は皮を剥ききったみかんを1房ずつ口に運びながら、ヒラヒラと手を振ってさっきの場所に戻った。

 再び甲板に座り込むと、大福が待っていたと言わんばかりに膝に飛び乗って丸くなる。

 みかんも美味いし、今日は平和だねぇ。

 

 

 

 

 余談かもしれないが、1つ追記しておこう。

 この日から、サンジが夜中コッソリと月歩の練習をするようになったことを、俺は知っている。

 知っているけど、でも……隠そうとしてるみたいだし、出来るようになるまでは黙ってあげてた方がいいんだろう。どうせあの調子じゃ、俺の助言なんて聞かなさそうだしね。

 まぁでも、その内モノにするんじゃないかな?

 

 

 

 

 ⑧敵を知り己を知れば百戦危うからず

 

 孫子は偉大である。なので、実行しようと思う。

 

 

 

 

 

 「バロックワークスって会社のシステムは、一体どうなってんだ?」

 

 もうじきアラバスタに着くかな~という頃合いになって、ウソップが今更な疑問を口にしていた。これまでの流れでもそこそこ解るだろうに。

 そしてそれに対して、ビビが簡単な説明をする。

 

 「システムは簡単よ」

 

 実際、システムそのものは簡単な構造だった。

 Mr.0であるクロコダイルを筆頭に、12人と1匹のエージェント。エージェントたちは、実力の見合った女性のエージェントと組む。ただし、Mr.13とミス・フライデーのペアはちょっとした例外。

 本当に重要な任務を任されるのがMr5以上のオフィサーエージェント。部下を率いて資金集めをするのがそれ以下のフロンティアエージェント。

 それにオフィサーエージェントの部下であるビリオンズが約200人、フロンティアエージェントの部下であるミリオンズが約1800人。

 最終的には、構成員およそ2000人の大所帯だ。

 

 うん、クロコダイルって絶対に才能の使いどころ間違えてるな! それだけの組織力や統率力、政府から隠すだけの周到さがあれば、国盗りなんて危ない橋を渡らなくても色々とやりようがあっただろ!? ……って、ダメか。そうしなきゃプルトンを手に入れられないもんなぁ……面倒くさっ!

 

 「そーか! じゃあ、クロコダイルをよ! ぶっ飛ばしたらいいんだろ!?」

 

 おぉ、ルフィが張り切ってる。そして何気に核心を突いてる。

 

 「でも、クロコダイルだけじゃないな。アラバスタ乗っ取りはバロックワークスの最終目的なわけだから、それが近いとなればそのオフィサーエージェントの残りも……」

 

 「ええ」

 

 話を振ると、ビビは強張った顔で頷いた。

 

 「集結するはず」

 

 だよねー。

 

 

 

 

 さて、それだけで話を終わらせちゃいけないな。

 原作知識として知っているけど、知っているということを不審に思われないためには、事前に聞き出しておいたという『事実』が必要だ……って内心もあることだし。

 なので、甲板での全員への説明が終わってから、ビビを捕まえて話を聞いてみることにした。

 

 「取り敢えず、残りのエージェントについて知ってることを教えてくれないか?」

 

 俺の質問にきょとんとした顔をするビビ。俺、そんなに変なことは言ってないはずなのにな。

 

 「Mr.0が七武海のクロコダイル、そのペアのミス・オールサンデーが『悪魔の子』ニコ・ロビンっていう大物なんだ。特徴だけでも解れば、そいつらも案外見当が付くかもしれない」

 

 さて。

 

 「オフィサーエージェントはMr.5以上って言ってたけど、Mr.5ペアとMr.3ペアはもう事実上落ちてるよな? となると、後はクロコダイルたちも含めて8人か?」

 

 「いいえ、7人よ」

 

 ビビはふるふると首を振った。

 

 「Mr.2は、ペアを持たない単独のエージェントなの。会ったことはないけど、オカマだかららしいわ」

 

 ……あぁ、うん。

 

 「オカマ……ね」

 

 何と言っていいやら。

 ま、いっか。少なくとも10年前に見たイワンコフよりは刺激少ないだろうし……アレは強烈だった。

 

 「ええ。Mr.2は大柄なオカマでオカマ口調、白鳥のコートを愛用していて背中には『オカマ道ウェイ』と書かれてるんですって」

 

 ………………いや、ちゃんと解ってるくせに何で気付かないんだよ。原作ビビ。

 やめよう、考えるのは。どうせ答えなんて出ないだろうし。それよりも情報だよ、情報。

 

 

 

 

 その後の話でMr.4ペアについてはそれなりに情報を仕入れられた。けど、会ったことが無いというMr.2とMr.1ぺアに関してはあんまりだ。

 

 まぁそうは言っても、推測を立てる分には問題無いと思えるだけの情報は入ったけどね。

 他はともかく、Mr.1……ダズ・ボーネスに関しては事前に注意しておきたい。能力からして戦うのはまず間違いなくゾロになるだろうけど、あそこまで大怪我されるのはね……流石に嫌だよ。

 嫌といえば反乱もだ。反乱を止めてもクロコダイルを止めなければ次なる反乱の種が撒かれる。それはその通りだけど、今起こっている反乱も止めなければ結局戦争になるんだ。

 何か考えないといけないかなぁ。クロコダイルを止めつつ反乱も止める方法……いや、この際クロコダイルは置いといてもいいか。

 

 ルフィがクロコダイルをぶっ飛ばして止めようとしている。ならば俺は、反乱を何とか出来ないか考えるまでだ。

 

 ユバを出た後、2手に分かれるか? ビビに護衛を付けてカトレアまで行ってもらって、反乱軍を説得してもらうとか……いや、時間的に間に合うかどうか解らない。カトレアに着くまでにユートピア作戦が発動されてしまえば、無駄に戦力を分散させてしまうだけだ。

 

 ビビの説得以外に反乱軍を止める方法は何だ? 要するに大事なのは、雨を奪ったのがコブラ王ではなくクロコダイルであると理解してもらうことなんだよな。それさえ解ってもらえば、少なくとも『反乱』をする意味など無くなる。

 ………………出来ないこともない、と思う。ある程度までは原作通りに進んでもらわなきゃならないからかなりの博打ではあるし、準備も必要だけど……不可能じゃない。多分。方法はある。

 けどなぁ……いくらなんでも、不確定要素が多すぎる。そもそも『アレ』を貸してもらえなければ話にもならないし……う~ん……。

 

 あ、それならああすればいいんじゃね?

 

 「ユアン君!」

 

 「っ!」

 

 ヤバッ、ビビの話聞いてなかった。

 

 「どうしたの、急に考え込んだりして」

 

 「……ゴメン、ちょっとね。悪い癖なんだ」

 

 考え事に没頭すると、周囲を忘れてしまうんだよな……参った。

 これに関しては、また後で考えよう。

 

 「……まさか、病気がぶり返したなんてことは無いわよね?」

 

 本気で案じているらしく、ビビの声音は不安そうだった。気持ちは解る。俺ってばほんの数日前まで死線を彷徨ってたんだもんな。

 

 「大丈夫、大丈夫」

 

 俺は手を振って、ヘラッと笑った。

 

 「病気なんてもう何ともないよ。ナミだってそうだろ? 気にしすぎだって」

 

 そう、実際にはもう既にナミも俺も完治している。チョッパーのお墨付きだ。ビビは明らかにホッとしていた。

 

 「そう? ならいいけど……無理しないでね、まだ小さ……幼いんだから」

 

 ………………おーい、お前今『小さい』って言い掛けなかったか?

 でも可笑しいな、この話の流れだと『小さい』ってのは身長のことよりもむしろ……。

 

 「ビビさ……俺のこと、何歳だと思ってる?」

 

 今になって引っ掛かってくる。ビビは俺だけを何故か君付けで呼んできた。最近はチョッパーもだけど、何だか嫌な予感がする。

 

 「? 13~14歳ぐらいじゃないの?」

 

 ビンゴだ! やっぱり小さく見られてた!

 

 「俺……16歳なんだけど……」

 

 「えっ!? 同い年!?」

 

 うおぉい!? 何でそこまで驚く!? ってか、本当に13~14歳だったらここまでこの身長を気にしてねェよ!?

 

 「………………」

 

 「あ、あのね、ユアン君? 私、その……悪気があったわけじゃ……」

 

 ふ……解ってる、解ってるよ。

 どーせ俺がちっこいのが悪いんだ。でも拗ねる。拗ねてやる。

 

 

 

 

 怒る気にはならなかったけど、どうにも物悲しくて……俺はこの日、ちょっとネガティブになりながら過ごしたのだった。

 

 



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第114話 アラバスタ上陸

ご都合主義を発動し、アラバスタ上陸後しばらくはアニメ沿いで行きます。



 ドラムを出て5日経った。今日はルフィとウソップが並んで釣りをしている。

 別に食糧難でもないのに釣りをしているのは、趣味だからだろう。

 エサはカルーだ……本来のエサはルフィが食べちゃったから。いや、ウソップもちょっと食べたらしいけど。

 当然、そんなことをしてタダで済むわけがない。

 

 「あなた達、カルーに何してんのよ!」

 

 何か釣れたかと様子見に来たビビが、驚いて制裁を加えている。けどビビ。どうせならエサにされたままのカルーを助けてやりなよ。カルーも怒ってるぞ。

 俺? 俺は黙って観察している。だって中々面白い見世物だし。安心しろ、カルー。本当に食われそうになったら助けてやる。だから今は楽しませてくれ。

 ニヤニヤとしながらその光景を見下ろしている俺は、多分相当意地が悪いんだろう。

 と、そうこうしている間に前方に煙のようなものが見えてきた。あぁ、もうそんな時か。

 

 「あれは何?」

 

 ビビもすぐに気付いたらしい。その声に反応して、ルフィとウソップもそれを見た。

 

 「何だありゃ」

 

 「わたあめかな」

 

 んなわけあるか。

 

 「ユアン。あれ何だ?」

 

 ルフィがくるっと振り向いて聞いてきた。何故そこで俺に聞くと思わないでもないけど、一応答えは持っているから教えることにする。

 

 「ホットスポットだろうね。まぁ、危険は無いから大丈夫だ」

 

 「食えるのか?」

 

 んなわけあるか。

 俺たちのやりとりの中、ビビが船内に入って行った。多分、ナミに意見を聞きに行ったんだろう。

 

 「マグマのせいだよ。あそこには海底火山があるんだろ」

 

 ちょっと詳しく説明したら、ルフィは一瞬で興味を失っていた。食べられないから。

 

 「海底に火山があるのか?」

 

 いつの間にか出て来たらしいチョッパーに聞かれる。見るとチョッパーだけじゃなく、ナミも出てきている。あ、これもう俺が説明する必要無いんじゃね?

 ……でも、聞いてきたのがチョッパーだったからちゃんと答えよう。

 

 「あぁ、海底火山はあちこちにある」

 

 言うとナミも頷いていた。

 

 「むしろ陸上よりもたくさん、ね。こうやって何千、何万年後にはこの場所に新しい島が出来るのよ」

 

 時の流れは偉大だねぇ。

 

 「何万年後って……おれ、生きていられるかな」

 

 ルフィ……お前は何を目指してるんだ?

 

 「そこは死んどけよ、人として」

 

 ウソップのツッコミを背中で聞きながら、俺は船内に足を向けた。

 

 「俺は中に入ってるよ」

 

 「え?」

 

 ヒラヒラと手を振ると、ナミが意外そうな声を出した。

 

 「ホットスポットには危険は無いって、自分で言ってたじゃない」

 

 いやまぁ、そうだけどさ。

 

 「危険は無くても、ホットスポットの蒸気は硫黄臭いらしいからね。中で本でも読んでるさ」

 

 硫黄の匂いって、アレだろ? 腐った卵みたいな匂い。俺ヤだよ、そんなの。

 それに、Mr.2……ボンちゃんと遭遇する可能性があるもんな。マネマネショーは見たい気もするけど、もしもこの顔をコピーされてしまったらと思うと身の毛もよだつ……というのは言い過ぎだけど、喜ばしいことじゃないのは間違いない。

 でも、本当にマネマネショーは惜しいよなぁ、うん。

 

 

 

 

 男部屋のハンモックに仰向けで揺られながら本を読む。腹の上では大福が寝てる……こいつ、本当に俺にべったりだ。毛皮の肌触りがいいから許すけど。あと可愛い。

 

 リトルガーデンで疑問に思った火とマグマの温度のことだけど、調べてみた結果、やっぱり火の方がマグマよりもよっぽど高温になるみたいだ。

 そうなると問題は……それが悪魔の実の能力でも通用するかってことと、エースがそれを出来るかどうかってことなんだよな……。

 前者はその時にならないと解らないけど、後者はもうじき会うことになるだろうからそれとなく伝えたい……伝えて、実際にやってくれるかどうかは解らないけど。

 

 

 

 

 Mr.2との遭遇(俺は会ってないけど)からまた更に航海は進む。既にアラバスタまでは秒読みと言っていいだろう。

 え? 何で解るのかって? そりゃあ。

 

 「海ねこ!!」

 

 「っぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 「海獣だ~~~~~っ!!」

 

 はい、今まさに海ねこが出現したからですね。

 でもまぁ、何度も言うけどこの船は別に食糧難じゃないから、目の色を変えて捕獲に走る必要なんて無い……。

 

 「メシだぁ!!」

 

 ……はずなんだけどね。

 何だ、あいつは未知の生物を見たら取りあえず食べたくなるっていう習性でもあるのか? あ、あいつって勿論、ルフィのことだよ。周囲の白い目なんて何のその。

 

 「進路よし、と……」

 

 ナミに至ってはガン無視だ! スルースキル高ェ!

 

 「メシー!!」

 

 「ダメッ!」

 

 ビビがルフィをぶっ叩いて鎮めた……けどその金棒どこから出した!?

 

 「食べちゃダメなの! アラバスタで海ねこは神聖な生き物だから」

 

 海ねこが神聖、ねぇ……アラバスタってのはつくづくエジプトっぽい国だな。確か、古代エジプトでも猫は神聖視されたたはずだ。

 ハッ! ということはまさか……。

 

 「ビビ……アラバスタで国王のことを『ファラオ』って呼んだりするか?」

 

 ふと疑問に思って聞いてみたけど、ビビは首を傾げた。

 

 「ふぁ……?」

 

 チッ、違ったか。ディアハとか出来たら面白そうだったのに。

 俺は内心で舌打ちした。特に意味は無いが……って。

 

 「チョッパーに法螺話を吹き込むな!」

 

 「ぶへっ!?」

 

 背後で、ウソップが何故かチョッパーに『カームベルトで大型海王類と戦った』とかいう法螺話を吹き込んでいたので制裁を与えておいた。

 格好つけたい気持ちは解るけど、限度ってもんがある。

 

 「法螺なのか!?」

 

 チョッパー……ルフィ並に純粋だ……すっかり信じちゃってたんだね。何とも言えないショックを受けた表情をしている。

 けど正さねば。純粋な人間(?)に法螺を吹き込んだらどうなるか……例えば、病気なのに寝かしてくれなかったりするような事態になったりするかもしれないんだ。俺はそれを身を以て知った。

 

 「そんな顔するな。ほら、飴やるから」

 

 ポケットに入ってた飴玉をあげたらチョッパーの機嫌は治った。ウソップ? あいつは寝てるみたいだからそっとしといてやろう。

 そんな中、船の後方を見ていたゾロの皮肉げな声が聞こえた。

 

 「後ろに見えるアレも、アラバスタが近い証拠だろ」

 

 その視線の先には、バロックワークスのマークが入った船が大量に並んでいる。アラバスタに向かってるんだろうけど、帆にあんなに堂々とマークを入れるなんて……『秘密』犯罪結社じゃなかったのか?

 まぁそれはそれとして、確かに数は多い。10隻以上はある。乗っているのがビリオンズだとすれば、数はおよそ200人。けど、いくらウィスキーピークの賞金稼ぎよりは質がいいとはいえ、所詮は雑魚だ。

 

 「一々相手にする必要は無いな」

 

 ポツリと呟くと、他のみんなも頷いていた。

 

 「要はクロコダイル、それにオフィサーエージェントたちさえ倒してしまえばいいんだ」

 

 

 

 

 左腕に×印を付け、その上から布で巻く。

 

 「そんなに似ちまうのか? そのマネマネの実で変身されちまうと」

 

 きっちりと固く布を巻き付けながら、俺と同じくその現場に居合わせなかったもう1人、サンジが疑問の声を上げる。 

 

 「そりゃもう、『似る』なんてもんじゃねェ。『同じ』なんだ。惜しいなー、お前らも見とくべきだったぜ」

 

 けれどそのウソップの意見にサンジは眉根を寄せる。

 

 「おれはオカマにゃ興味ねェんだ」

 

 そんなこと言ってられないと思うけどな……お前、オカマとものすっごく縁があるから。

 

 「見とくべきって言うけど、そのおかげで俺たちの顔は今のところメモリーされてないわけだし」

 

 苦笑しながらウソップを見た……ら。

 

 「ゴメンナサイ! 敵と一緒に踊ってゴメンナサイ!!」

 

 ……何故か土下座せんばかりの勢いで謝られた。何故だ。

 

 「そりゃあ、あれだけ死線を彷徨わされればな。」

 

 俺の不思議そうな顔に気付いたのか、サンジが微妙な顔で答えをくれた……あれ、俺ってばやりすぎた? ……何かに怯えてるようなウソップはスルーしようそうしよう。

 

 「なぁ、おれは何をすればいいんだ?」

 

 しまった。ウソップがネガティブループに嵌ってるから、チョッパーの素朴な疑問に答えるヤツがいない。

 

 「自分に出来ることを精一杯すればいいんだ。決して無理はしないようにな」

 

 なので俺が答えてみた。微妙に名言奪ってゴメン。

 

 「おれに出来ることか……解った!」

 

 おお、チョッパーやる気だな!

 そのまま船を進ませると、やがてアラバスタの港へと近づいて行く……やっと着いたか。

 

 「よし!」

 

 一同で円を組み、布を巻いた左腕を突き出しあう。チョッパーがわざわざ台に乗って高さを合わせているのが微笑ましい。

 

 「これから何があっても、左腕のこれが仲間の証だ!!」

 

 ルフィはその宣言に続き、号令も掛ける。

 

 「じゃあ、上陸するぞ!」

 

 そう、すぐに上陸だ。

 まずは物資調達の傍らで、かっぱらった物品を売り払ったり、エースを捕まえたりしないといけない……って、地味に忙しいな。

 考えてみれば俺、ローグタウンでそうしてたように髪を染めればいいんじゃね? そうすればサンジや変形したチョッパーのように、刺客に狙われることも無いだろうし、手配書でバレることもない。気楽に行動できるようになるからそうしよう。

 これからのことを考えていたけど、続くルフィの言葉に少し脱力した。

 

 「メシ屋へ!」

 

 おい、お前そこまで飢えてないだろ! ……いや、飢えてるのか? ミニ化してやらなかったから。

 

 「……あと、アラバスタ」

 

 うん、覚えててくれて良かったよ。

 本来の目的であるはずのことがまるでついでであるかのような発言に非難囂々になってるけど、俺はそれに加わらなかった。だって言っても無駄だろうし。

 俺は取りあえず、上陸前にこの髪を染めよう。

 

 

 

 

 案の定というか何というか、上陸した途端にルフィは『メシーーーー!!』と叫んで弾丸の如く飛び出して行ってしまった。もうあいつは放っとこう。

 

 上陸した『ナノハナ』という町は香水で有名というだけあって、確かに多少匂いがした。とはいえ俺はチョッパーのように鼻がいいわけじゃないから、少し香る程度でしかないけど。

 ルフィが飛び出した後で、Mr.3の船が近くの入り江に泊まっているのを発見……生きてたのか、アイツ。いや、その方が後々都合は良いか。

 どちらにせよ、万一Mr.3に出くわせばリトルガーデンでのクロコダイルへの報告が嘘であることが早々に露見してしまう。ビビに至っては、何しろ王女で顔が知られているからただ歩くだけでもヤバい。なのでビビ・ゾロ・ナミ・ウソップには布をかぶせて町に入り、物陰まで急ぐ。ある意味、余計に目立ってるけど。

 

 あ、俺は髪を染めたから多分大丈夫なんじゃないかなってことで普通に歩いてる。

 ちなみに大福は船番だ。というのも、アイツも鼻が利くもんだから香水の匂いが嫌なのか上陸したがらなかったんだ。猫サイズから通常の虎サイズに戻してあるので、不審者が来たら退治するようにとも言ってあるよ。ただし、無理はしない事とも言ったけど。

 

 ナノハナは見た感じでは特に不穏な空気も何も無い。人も多いし、店も立ち並んでいる。特別ピリピリもしていないし、この町を見ただけじゃあ戦争……内乱寸前だなんて予想できないだろう。

 さて、まずは何をするべきかって、それはユバへ行くために砂漠越えをするのに必要な水・食料などの物資調達、それにこの国の庶民の服に着替えて目立たなくなること。

 物資に関しては、俺の能力を使えば通常よりも多く装備できる。ルフィがいる以上、水にしろ食料にしろいくらあってもいい。むしろ不安が尽きないぐらいだ。

 ただ、大量に仕入れようと思えば金もより必要になる。

 

 なのでまずは服の調達をサンジとチョッパーに任せ、俺は別行動を取らせてもらってウィスキーピークからこっちで色々と手に入れてきた物品を売っ払って金に換えることにした。

 まぁ、俺も道すがらで自分用に外套を買って着ておいたけど。中の服を着替えてなくとも、外套を着てボタンもキッチリ留めておけば当座はどうとでもなる。

 店に着いたら着いたで一通り目録を作っておいたのが良かったのか、ローグタウンでの換金所よりも随分とすんなりと取引が成立した。まぁ、貴金属類は殆ど無かったからか大きな金額は動かなかったけど。あえて言うなら、武器類はそこそこ高値で売れたかな。

 

 けど、すんなり済んだとはいえそれはあくまでも前と比べての話で、それなりの時間は掛かっている。

 元の物陰に戻ろうかと思うと、案外近くで知った気配を感じたからそこに向かってみる。

 しばらく歩くとそこには。

 

 「やっぱりいたな」

 

 ゾロ・ナミ・ウソップ・チョッパーがいた。しかも、何やら難しい顔で大きな壺の後ろに隠れて……その上、声をかけるとゾロ以外の3人がビクッと震える。

 あれ? 俺、何かしたっけ?

 

 「ユアン! 海軍がいたのよ!」

 

 なるほど。良かったー、俺が何かしら怖がられたわけじゃなかった! ……って、海軍。

 

 「あのローグタウンの大佐だ」

 

 ゾロは落ち着いているような参ってるような微妙な様子だ。ということは多分、たしぎも来てるんだろう。

 それにしてもやっぱり追って来たのか。ストーカーかよ!? スモーカーだけに! 執念深いなぁ。

 

 「へぇ」

 

 「反応薄いな、オイ!」

 

 ウソップにビシィッとツッコまれたけど、俺は肩を竦める。

 

 「随分とボロクソに言ったからね。執念深く恨まれてても不思議じゃない」

 

 いや~、俺ってば色々と要求を突き付けたよね。あ、でもあれ以降『あかがみ』とは呼ばれなくなったし、律儀にも伝えてくれたんだろうか。だとしたら礼を言わないと。

 

 「それだけじゃねぇぞ」

 

 今度は人型に変形したチョッパー……って、チョッパー大きいな、オイ! 何だこの悔しさは!

 

 「ルフィとユアンを探してる変な男もいた」

 

 変な男……変な男、ねぇ……まず間違いなくエースなんだろうけど。変……うん、変かな……半裸だし。

 

 「そうだぜ、お前らの手配書を持って探ってたんだ!」

 

 いや、別に構わないんだけど。俺たちの手配書を使う分には一向に構わないんだ。妙な引き合いを出しさえしなけりゃ。

 

 「……『白ひげ』のマークを背負ってたぜ」

 

 元海賊狩りだからか、ゾロはその辺のことにそこそこ詳しい。しかも、その情報でエース確定だ。

 でも、一応確かめておこう。

 

 「それってさ、コイツだったか?」

 

 取り出したのは、エースの手配書。ちゃんと持って来ておきました、ハイ。

 

 「白ひげ海賊団2番隊隊長、『火拳』のエース」

 

 渡して見せると、4人とも頷く。よし決まり! 解りきってたけど決まり!

 

 この手配書、俺は保管はしてるけどあんまり写真は見ないように気を付けてる。だって半裸だぜ!? 差し替えてくれないかな? ……無理か。ちなみに手配額は現在、5億2000万ベリー。

 5億5000万じゃなかったっけ? とも思ったけど、よくよく思い出してみればエースはこの後、ビリオンズの船を沈めたり、『エースの黒ひげ大捜査線』で海軍基地に潜入したりするんだもんな。食い逃げの常習犯でもあるし……多分それで原作では、捕まるまでに金額が多少上がったんじゃないかと考えてる。

 

 「………………クロコダイルより高ェな」

 

 ウソップが何だか現実逃避をしているかのような目になっている。けどそうだな、今この国で1番の高額賞金首ってエースなんじゃないか?

 

 「そりゃあね。以前、七武海への勧誘もあったぐらいだし。蹴ってたけどさ」

 

 七武海って称号は『名声』になり得るけれど同時に、『政府の狗』という側面もある。そんなものを受けるエースじゃない。

 まぁ実際には、クロコダイルがそうであるように七武海の面々は裏では好き勝手にやってる。ゲッコー・モリアしかり、ドンキホーテ・ドフラミンゴしかり。

 くまだって実は革命軍だし、ハンコックも何気に略奪働いてるし。ジンベエやミホークはそこまでではないかもしれないけど、白ひげ海賊団と懇意だったり赤髪海賊団の宴に混じってたりと何気に四皇と親交持ってる。

 こうして考えると、政府は七武海の手綱を握れてないよね。向こうも承知はしてるだろうけど。

 閑話休題。

 

 それにしても久しぶりだな、エース。3年ぶり。楽しみだ……どうか、このまま普通の再会が出来ますように。

 俺が内心で祈っていると、手配書を返しながらウソップが聞いてきた。 

 

 「やけに詳しいな? あ! まさかお前、ファンか?」

 

 何というか……まるでからかうような口調だけど、その効果は無きに等しいぞ。

 

 「うん。大ファン」

 

 即答させて頂きました。

 

 「そーかそーか、大ファン……って、真顔で肯定するなァ!」

 

 いや、だって事実だし。

 

 「しょうがないだろ? 『火拳』のエースは俺が世界で2番目に尊敬する海賊なんだから」

 

 そうなんだよな。ありとあらゆる全ての海賊を思い浮かべた結果、そうなるんだもんな。仕方が無いって。

 1人で納得していると、何だか周囲は微妙な雰囲気になっていた。

 

 「……1番はルフィ?」

 

 ナミ、何でそんなに疲れたような顔をしてるんだ?

 

 「いや、ルフィは…………………………7番ぐらいかな? 何でそんなこと聞くんだ?」

 

 「だってアンタ、ブラコンじゃない」

 

 ………………いやいやいや。

 

 「それとこれとは話が別だろ? 単に『尊敬してる海賊』ってだけなら、会ったことが無くても、もう死んでたりしたっていいんだし、例えば『海賊王』ロジャーや『冥王』レイリーだって入るよ」

 

 ちなみに、クロッカスさんもランクインしています。それに。

 

 「逆に聞くぞ? お前ら、普段のルフィの様子を見てて心酔できるか?」

 

 「「「「………………。」」」」

 

 見事に全員黙ったな! そして視線を逸らした! まぁ、2言目には『メシ!』か『肉!』だから、これもしょーがないっちゃあしょーがないんだけど。

 尊敬してないわけじゃないんだよ? ただ、日頃の行いがアレだから……。

 

 「あーでも、ちょっとホッとしたぜ」

 

 まるで無理やり話題を変えるかの如く、ウソップが苦笑いを浮かべていた。

 

 「おれァてっきり、お前は何でも兄貴が1番の真性のブラコンかと思ってたんだが……そうじゃなかったんだな!」

 

 ウソップはバンバンと俺の背中を叩いた。『真性のブラコン』って何だよ。

 

 「んで? お前ェらとコイツはどういう関係なんだ?」

 

 「………………」

 

 エースも兄貴なんだけど……って、言い難い雰囲気がひしひしと漂っているような気がする。

 俺は苦笑いで視線を逸らし、さっき得た金をナミに渡した。何故ナミかって? 1番しっかりしてるからだよ!

 

 「あ~……俺、ちょっと行ってくるな。後よろしく!」

 

 「え!? あ、ちょっと!!」

 

 どの道後で説明しなければならないけど、今は時間が惜しい。

 『手配書を使って人探しをしていた』なんて情報が入れば特に! もしもここでも相手が『この手配書じゃ解らない』的なことを言ったりしたら……嫌な想像が頭を過ぎるよ、うん。

 これは悠長に構えず、早々に接触した方がいい。

 多分メシ屋にいるだろうし、ストーカー……じゃない、スモーカーやルフィが出て来る前にちょっと話をしておこう。

 俺はそう考えて、一路メシ屋へと向かったのだった。

 

 




 Q,問題です。ユアンの『尊敬する海賊』トップ10を答えよ。

 執筆当時、おふざけでこんな問いを後書きに乗せたら、想像以上の反響がありました。そしてお答えいただいた全員が1位を完璧に当てるというね。ちなみにトップ10は決まっています。今後変動することはありますが。

 余談ですが実はユアンの『尊敬する海賊』ランキング、番外にバギーもいます。『よくあれだけ不憫な人生をめげずに懸命に送って来られてるな』的な。


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第115話 変わった過去、変わらぬ現在

 メシ屋に近付くごとに、気持ちは弾んだ。

 

 何か重大な事を見落としているような気がするけど具体的に思い出せないのでスルーして、漸く辿り着いたメシ屋の扉を、壊さない程度の手加減は忘れずに勢いよく開け放つ。

 店内に響いた音に、そこにいた客たちがほぼ一斉にその元……俺を見る。当然、扉のド真ん前のカウンター席にいた人間もだ。

 俺とそいつの目がしっかりと合い。

 

 「……………………………………………………」

 

 パタン、と俺は無言で扉を閉めた。

 うん落ち着け冷静になれ? 俺は今何を見た?

 

 ヤベェ変態だ、変態がいる! ……いや落ち着けって、アレはエースだ。顔を思い出せ、エースだっただろう!? 思い出すな、顔の下は思い出すな! あぁでも、忘れようとすればするほど記憶が鮮明になっていく!

 何だこれ、生半裸の威力パネェ! 再会に浮かれてる場合じゃ無かっただろ、半裸の衝撃に備えとくべきだった! てか、何で半裸!? 今更だけど何で!? 半裸は変態で変態は半裸で……って、意味解んねぇよ! つーかどうして俺がこんなに半裸半裸と連呼しなきゃなんねぇんだってまた半裸って言っちまった!

 

 うん、いい具合に混乱してるな! 自分で自分の思考がコントロール出来てない!

 深い苦悩に頭を抱えて久々にorz状態になっていると、ついさっき俺自身が店内の光景を遮断する意味合いも混めてキッチリと閉めた扉がキィと開かれた。

 

 「やっぱりな! お前、ユアンだろ!?」

 

 「………………」

 

 うわー、間違いなくエースの声だー、久しぶりだなー………………顔を上げられない。

 

 「? おい、どうした? 何でそんなに打ちひしがれてんだ?」

 

 お前が変態化しちゃったからだよ! 

 うぅ、それでもこれじゃあまともに会話も出来ない。よし、意を決して直視しよう、現実を!

 

 「………………」

 

 無理でした。

 思い切って顔を上げたら、すぐ目の前に半裸の変態が……思わず視線を逸らしてしまった。

 けどその前に一瞬、腕の刺青が見えた。『ACE』になってた。やっぱサボのマークは入れてないんだな。いや、それはそれでいいんだけど……。

 ダメだ。あんまりしっかり見たら多分俺、蹴りかかる。まぁ自然系には効かないだろうけど、そんな再会は嫌だ。

 

 「おいどうしたんだよ! おれの顔、忘れちまったのか!?」

 

 そんなわけがない、わけないけど……。

 

 「ゴメン、変態の兄を持った覚えは無い」

 

 自分でも驚くほど冷たい響きを持って発せられたその言葉に、エースはまるで雷に打たれたかのごとくショックを受けたらしい。直接見てはいないけど、大きく息を飲む音が聞こえた。

 

 「へっ……! おいコラ、誰が変態だ!!」

 

 自覚が無いのか!?

 

 「半裸の男を変態と言わずして、他に何て言うんだよ!」

 

 あれ、何だろう? 目から汗が……。

 けどさぁ言ってみろ。反論があるなら言ってみろ! 他の言い様なんて精々『露出狂』だ!

 

 「…………………………これでいいか?」

 

 何だかもの凄く疲れたような声音に、恐る恐る視線をエースに戻してみると……。

 

 「あ、エース。久しぶり」

 

 エースが半裸じゃなくなってた。

 

 「あァ……まァ、久しぶり」

 

 さっきの『間』でエースは、以前出航前に俺がプレゼントしたジャケットに袖を通したらしい。

 

 

 

 

 どうやら相当目立ってしまったらしくて、俺が店に入ってから少しの間は注目を集めてしまったけど、食事を勧めているとやがて周囲も各々の食卓に集中していく。その方がありがたい。聞き耳立てられたくはないし。

 

 「よく一目で解ったよね。俺、髪染めてるのに」

 

 そう、俺は現在黒髪である。なのにエースはすぐに気付いてくれた。

 ちょっとばかり感動していたけど、エースは微妙な顔で首を捻った。

 

 「普通解るだろ? 顔は変わって無ェしな」

 

 「………………」

 

 ルフィは気付いてくれなかったんだよ! やっぱりエースは凄ェ! 変態だったけど!

 自分であれだけ拒否っといて何だけど、エースの背中の刺青は『誇り』を背負ってるって意味なのに随分とあっさり服を着たな、と内心で感心していたら。

 

 「……凝ってるね」

 

 以前は無地だったジャケットの背中には現在、『白ひげ』のマークが刺繍されていた……いやいや、誰がしたんだこの精巧な刺繍を!

 

 「おう! これはおれの『誇り』だからな!」

 

 食事を再開したエースの機嫌は上々である。笑顔が眩しい。

 あ、俺もその隣に座ってメシにありついてたりする。

 ちなみに話を聞くとこのジャケット、普段は腰に巻いて袖を結んで留めてるらしい。手配書の写真では上半身しか映ってなかったから気付かなかったけど。

 

 「けどお前なァ、あそこまで嫌がるこたぁねェだろ?」

 

 凄い勢いで皿の上の食料を消費しながら、エースは呆れるように言った。多分、俺が変態だ何だって言ったからだろう。

 対する俺も、エースに負けず劣らずの勢いで食事を進めながら口を開く。

 あ、念のために言っとくけど、エースも俺も口を開くのはその中に何も入ってない時だからな? ルフィと違って。

 

 「ゴメン。最近気づいたんだけど俺、どうも変態を見ると拒否反応が出るらしくて……倫理の問題?」

 

 いや、海賊が倫理だなんだってのも可笑しな話かもだけどね。

 苦笑していると、エースの様子が可笑しくなっていた。

 

 「お前が………………倫理?」

 

 おいこら、何だその驚愕の表情は。まるで、『お前に倫理なんてあったのか?』とでも言わんばかりの顔じゃん……失敬な。俺は至って常識的な感性を持ってるつもりだぞ。良識的かどうかはともかくとして。

 

 「……それはともかく。俺、エースに聞きたいことがあったんだ」

 

 若干面白くなかったので、話題を変えてみる。

 

 「どうして俺を探すのに、あの手配書を使ったんだ?」

 

 いくら俺自身の手配書が似てない似顔絵だからって、何だってあんなもんを使うんだ。悪気も悪意も無いだろうとは信じてるけど、意味が解らない。

 その辺りは皆まで言わずとも、察してもらえるだろう。事実察してくれたらしく、エースはあァと頷いた。

 

 「いや、だって似てたし」

 

 ………………………………うん?

 

 「それだけ?」

 

 「便利だったからな」

 

 ……本当に悪気も悪意も皆無だった! だからこそ尚更性質が悪いけどな!

 俺は僅かに頭痛を感じ、米神を擦った。

 

 「あのな、エース……想像してみてくれ。もしも俺が、お前と同じことをしたらどう思うかって」

 

 「同じだと?」

 

 「だからさ、俺がお前を探すのに昔の手配書を引っ張り出して『この手配書の男と似た男を探してるんだけど~』とか言って回ったらお前、どう思う?」

 

 ピタッと、ものの見事にエースが固まった。そりゃあもう、時間が止まったかのように。

 まぁ、現実的にはそんな方法は無理だろうけど。エースとロジャーじゃ外見上、一目でそれと解るほどは似てないし。

 でも俺の例え話の効果は絶大だったらしい。エースは張り詰めたような顔になっていた。

 

 「……すまん。悪かった」

 

 「うん。」

 

 まぁ、謝ってくれたならいいや。

 他は……食費に関してはもう過ぎたことだし。服も着てくれたし。もう無かったよな……。

 

 「他に何か変な事してないよね?」

 

 でも一応本人に確認は取ってみよう。

 

 「あァ、何……も……」

 

 ……あれ? エースってば何で思いっきり視線を逸らしてるんだろう? おまけにその逸らした視線が泳いでるし。心なしか顔色も悪くなってるような……額に浮かんでる汗の種類は何だろう。冷や汗? 脂汗? どっちにしろ碌なモンじゃない。

 

 「エース?」

 

 ギクゥッと。声をかけると、そりゃもう挙動不審な反応を返してくれた。そしてその様子に、俺は直感した。

 あ、これはまだ他にも何かやらかしてるな。

 

 「いや、その……何だ。そ、そういやルフィのヤツはどうしたんだ!?」

 

 無理やり話題を変えた! 絶対怪しい!

 けど……。

 

 「……その内来るんじゃないか? 『メシ屋ーッ!』って叫んで飛び出してったから」

 

 深くは詮索しないでおこう。何だか嫌な予感がするから。パンドラの箱は開けないに越したことはない。

 

 「はは、アイツらしいな」

 

 エース……そんなあからさまにホッとして……本当に、何をやらかしたんだ? そして、何にそんなに怯えてるんだか。

 

 「……ルフィを誘うのか? 白ひげ海賊団に」

 

 「ま、一応な。そんでルフィが受けたら、お前も来ることになるな」

 

 やっぱりか。でも。

 

 「受けないだろ、あいつは」

 

 俺も白ひげ海賊団に興味が無いとは言わない。何せ生ける伝説だ。けどそれとこれとは話が別だし、ルフィだってそんなタイプじゃない。

 エースもそれは解ってたようで、特に気を悪くすることもなく笑う。

 

 「だろうなァ。ま、一応だ。けど『白ひげ』はおれが知る中で最高の海賊さ。おれはあの男を海賊王にしてやりてェ」

 

 う~ん、あのエースにここまで言わせるとは。

 俺は最近よくブラコンって言われるし自覚もしてる。でもエースは……。

 

 「エースって、ファザコンだったんだな」

 

 感心して呟くと、それを聞きとがめたエースがブハッと吹き出した。

 

 「ゲホッ!? な、何だいきなり!?」

 

 突拍子もないことを言った気はするけど、ここまで動揺するとは。

 

 「白ひげ海賊団のクルーは『白ひげ』にとって我が子同然で、クルーたちも『白ひげ』を『親父』と慕っているって聞いたんだけど……違った?」

 

 「いや違わねェが……どこで聞いたんだ、ンなこと」

 

 そりゃ、情報源は色々とあるさ……あれ? そうなると白ひげ海賊団は全員ファザコンか?

 

 「ゴメン、変なこと言った」

 

 ジロリと睨んでくるので謝ると、盛大な溜息を吐かれた。何故だ?

 

 「ま、今はおれもそうそう戻れねェけどな」

 

 しみじみと嘆息するエース。軽い感じに聞こえるけど、実際にはそんなに軽い話じゃないだろう。俺はちょっと気を引き締めた。

 

 「何かあったのか? ……ってか、間違いなくあったよな? 天下の白ひげ海賊団2番隊隊長殿が、こんなグランドライン序盤の海にいるんだから」

 

 予想はつくけれど、白ひげ海賊団内部の揉め事まで俺が知ってるのは流石に可笑しいだろう。なので聞いてみる。するとエースは、一気に真顔になった。

 

 「おれは今、重罪人を追ってる……最近『黒ひげ』と名乗ってるらしいが、元々は白ひげ海賊団2番隊隊員。おれの部下だ」

 

 やっぱりか。エースはティーチを追って……。

 

 「……それは、どうしても追わなきゃいけないのか? 見過ごすわけには」

 

 「いかねェな」

 

 俺の発言は言い終わる前に遮られてしまった。

 引いてはもらえないか……ぶっちゃけ、そうしてもらった方が楽なんだけどな。

 

 原作において、ティーチはエースを手土産に七武海入りした。けどここでエースが引き返してくれれば、その時点で頂上戦争は回避できるのに。

 そうしたらそうしたでティーチはルフィに狙いを付けるかもしれないけど、何と言っても海は広い。遭遇しないようにルフィ……一味を誘導する方が、頂上戦争の結果を変えるよりも簡単だろう。それでシャボンディ諸島にでも辿り着けられれば後はどうとでもなる。ルフィに拘らなくたって億越えに出会えるんだから。

 この場合俺としては、ティーチが捕まえるのがエースかルフィでなければ、後はどうでもいいんだ。世界がどうこうなんて知ったことか。

 

 けど、エースに引く気が無いならそんな考えは意味が無い。

 そして既にエースの腹が決まってしまっている以上、それを曲げるのは難しい。いや、むしろ無理だ。そうなればエースがティーチに勝たない限り、頂上戦争ルートだろう。

 ハァ……腹括ったとはいえ、頂上戦争……やっぱり気が重い……。

 

 「ヤツは海賊船で最悪の罪、仲間殺しをしようとして逃げた……隊長のおれが始末を付けなきゃならねェってわけだ」

 

 そうか、そして頂上戦争に行き着く未来が………………あれ?

 考え事しててちょっと聞き流し気味だったけど……さっきのエースの発言、ちょっと変じゃなかったか? 

 

 「エース……仲間殺しを『しようとした』のか? 仲間殺しを『した』んじゃなくて?」

 

 ほんの数文字。けれどそのニュアンスは大違いだぞ?

 

 「? あァ、そうだ……どうした?」

 

 いやいやいや、どうしたって……こっちのセリフだよ。

 え、何? つまりサッチ、死んでないの? 何で? いや、別にどうしても死んで欲しいわけじゃないけど。それともまさか、その『仲間殺し』の対象がサッチじゃなかったとか? どうなってるんだ?

 

 「いや……詳しい事情を聞いてもいいか?」

 

 俺は白ひげ海賊団のクルーでもなければ、これから入る予定も無い。なので本来なら余計な詮索だろうけど、この際兄弟の縁に甘えて聞き出してしまおう。一体何があったのか。

 エースはちょっと考えたみたいだけど、割とすぐに頷いてくれた。

 

 「『黒ひげ』……ティーチってんだけどな。そいつは元々白ひげ海賊団では古株だったんだが……ある日、4番隊隊長のサッチってヤツが手に入れた悪魔の実を狙ったらしくてな……奪って逃げたんだ」

 

 「………………」

 

 あ、やっぱりサッチだったんだ……って、そんなのどうでもいいよ。それよりエースの持ってる情報が随分と多いな、おい!

 

 「……逆によく助かったな、そいつ。ティーチってのだって、そんな事を起こすからにはタイミングを見計らってただろうに。」

 

 現に原作では死んでる。

 

 俺は別に、原作を絶対だとは思ってない。むしろ絶対だったら困る。目的は頂上戦争改変なのだから。

 今となってはもう昔のことだけれど、ジジイ(←神のことね)は俺が転生する世界を『ONE PIECEの世界』だと言った。それは間違っていない。

 けれど俺は、何も無い所から降って湧いたわけじゃなければ木の又から生まれたわけでもない。血縁は何人もいる。ちゃんと親もあれば、従兄弟も祖父も伯父もいるんだ。それも、原作とは明らかにズレて。

 であればここは『ONE PIECEの世界』ではあっても、『ONE PIECEそのものの世界』ではなく、あくまでも『ONE PIECEをベースとした世界』なのだろうと、そう解釈している。

 

 ベースとしているから、過去にしろ現在にしろ大まかな流れは原作と同じであり、それがそのまま続けば未来も同じように紡がれていくだろう。でも、変えることは不可能じゃない。現にこれまでも、原作と変わったことはいくつもある。例え世界への影響は皆無であっても。

 だがそうであっても、原作が1つの大きな指針であることは間違いない。だからこそ原作知識も生かせるのだ。今はまだ、それが大きく崩れてもらっては困る。いざという時に折るべきフラグを見失っちゃたまらない。

 

 何度も言うけど、別にサッチにどうしても死んで欲しいわけじゃない。けど、その相違がどこから生まれたのか……せめてそれは把握しておきたい。事が白ひげ海賊団内部に関するだけに、下手したら頂上戦争にも繋がりかねない。

 俺のそんな内心なんて知るはずも無く、エースは皿の上の肉を口に放り込んで話を続けた。

 

 「あァ、まァ……気を付けてたからな」

 

 ………………はい?

 え~と、つまり……何だ?

 

 「それって……エースが警戒してて未然に防いだってことか?」

 

 確認してみると、エースはサラッと頷いた。なるほど納得……いやいやいや、ちょっと待て。ティーチの何がエースに警戒心を抱かせたんだ?

 

 「『白ひげのトコのでっぷりとして脂ぎった変な笑い方する最低最悪なヒゲ野郎』」

 

 「?」

 

 俺の不思議そうな表情に気付いたのか、エースはポツリと呟いた。それは確か、母さんの日記に有った記述のはずだ。

 あぁ、そういえばエースもアレは読んでたっけ。俺ほどじゃないけど。

 俺にはその1文が何所から来ているのか解ったというのを察したのか、エースはそのまま続けた。

 

 「ちょっと気になってたんだ。ああまで書かれてたのは、ソイツの他はジジイぐらいだっただろ?」

 

 エースの言うジジイってのは祖父ちゃんのことだ。当たり前だけど、決して神ジジイのことではない。そして確かにその通りだったので俺は頷く。

 

 「何だってそこまで嫌われたんだろうってな……それで、白ひげ海賊団に入ってからしばらく経って、そういうヤツを探してみたんだ。古株で、でっぷりとして、変な笑い方で、ヒゲなヤツ。」

 

 「で、その条件に当て嵌まったのがそのティーチだったと?」

 

 「そうだ」

 

 ………………まぁ、特徴的だしね。

 

 「あそこまで嫌われるなんて、何があったんだろうかって気になったんだ」

 

 それは俺も思った。思ったけど、でも……。

 

 「俺も印象には残ってたけど……そこまで気にはしてなかったな。母さんがソイツを嫌ってても、可笑しくないって……どうも、3本傷の原因らしいから」

 

 3本傷ときて、連想されるのは1人だろう。エースもそれに行き着いたらしく、目を丸くしていた。

 

 「本当か?」

 

 俺はコクリと頷いた。

 

 「らしいよ。名前は知らなかったけど……多分、同一人物」

 

 これは実際には日記では無く原作知識だから、ちょっとぼかした発言にしてみた。でもそう思えばこそ、俺はあの記述をそこまで深くは考えなかった。

 だが、とエースはそれを否定した。

 

 「確かにそりゃあ面白くはなかっただろうが、海賊同士のいざこざだろ? 命が無くなったわけでも無けりゃ、後遺症も無さそうだ……そんなのを一々気にしてたら、キリが無いぜ?」

 

 ………………うん、言われてみればそうかも。

 ってことは……ティーチには他にも『何か』があるのか? あれ、俄然気になってきた。

 

 「しかもだ。ただ嫌ってるだけならともかく、物騒なことも書いてあっただろ?」

 

 確かに。『あのまま大人しく白ひげの一味にいるとは思えない。きっといつか何か騒動を起こす。そんな気がする。』……だったっけ? そりゃあ気になるよな、白ひげ海賊団に入った身としては。

 

 「それに、おれが2番隊の隊長にならねェかって話が出た時……アイツとこんな話をしたんだ」

 

 

 『お前は随分古株だろ、ティーチ』

 『ゼハハハ、いいんだ気にするな。おれァそういう野心がねェのさ!』

 

 

 

 「でも、確か『野心家』って評されてたよな?」

 

 うん……『すっごい強欲な野心家』ってあった。

 うわ~、発言と矛盾しまくってる。いや、あくまでも『そういう』野心という話であって、更なる野心は別にあったって意味かもしれないが。

 けどさ……。

 

 「でもそれは、母さんの感想を踏まえて見た結果だろ? 今となっては意味無いかもしれないけど、当時は仲間だったんだよな? その頃のティーチはどうだったんだ?」

 

 そう。ふたを開けてみればその通りだったとはいえ、事前の根拠としては弱い。

 エースと母さんは、面識はあるとはいえ1回きりのことだと聞いている。無条件に信用するには縁が薄いんじゃなかろうか。

 

 「……何も怪しい所なんざ無かった。だからおれも心の底から疑ってたわけじゃなかったし、誰にも言えなかったんだ」

 

 エースは顔を顰めた。

 

 「けど、だからって忘れることも出来なかった。どうもあの人は、ルフィに似た感じがしてたからな……野生の勘は侮れねェ」

 

 「………………」

 

 野生の勘……何だろう、納得してしまった。

 

 「それで気になってたんだ……そしたら、あんなことになってよ。」

 

 この説明では詳しいことまでは解らないけど、多分ティーチの動向を気にしてたエースが気付いて、割って入るか何かしたんだろう。

 そしたらエースは勿論、4番隊の隊長だというサッチも弱いわけがない。ティーチとしてはまだヤミヤミの実も食べてなかっただろうし、2対1じゃあ分が悪い。時間を掛けてしまえば他のクルーも騒ぎを聞き付けたはずで、下手をすればそれこそ『白ひげ』本人が出張って来る可能性もあったかもしれない。だからさっさと実だけ奪って逃げるなり何なりしたのかな。

 

 けど……そういうことか。

 

 原作との相違と言うなら、それは俺だけじゃない。母さんだって十分イレギュラーだ。ズレが生じても可笑しくなんてない。

 俺は色んな意味で納得して、大きな溜息を吐いてしまった。

 けど同時に、因果関係がはっきりしてちょっとスッキリした。それに、恐らくはそこまで気にする必要も無いだろう。

 

 正直に言えば、サッチ死んで無ェならエースはモビー・ディック号を出て来んなよ! と叫びたい気持ちもあるけど。

 過去は知らない内に変わっていたのに、結局エースは今ここにいる。

 流れを変えるってのは難しいようでありながら実は簡単で、でも簡単かと思えば実は難しい。ままならないものだね。

 まぁ、前向きに考えれば……戦力が増えたとでも思えばいいんだろうか?



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第116話 兄弟たちの現状

 俺たちは他愛もない雑談に花を咲かせながら食事を進める。

 そして、互いに食べ終わった皿をうず高く積み重ね、やがてエースがピラフらしきものを食べている時にアレは起こった。

 

 「………………」

 

 パタンと。

 そりゃあもう糸の切れた人形の如く、何の前触れも無くエースは食事に顔を突っ込んだ。

 要するに、寝た。

 

 けどまぁ、俺は慣れてる。久々ではあるけれど前はこんなことは日常茶飯事だったから、気にせずに自分の食事を続けてたんだ。でも周囲……この場合はメシ屋の客たちや店員だけれど、彼らにとってはただならない出来事だったらしい。突然の出来事にざわめいている。

 

 「おい君! その男から離れた方がいい!」

 

 結構美味い食事を作ってくれる店主が、焦った様子で俺に忠告してきた。

 

 「砂漠のイチゴを口にしたのかもしれない……危険だ」

 

 砂漠のイチゴ? 確かそれって。

 

 「砂漠に住む毒グモですか?」

 

 ぼんやりと覚えていたから確認してみると、神妙な顔で頷かれた。

 

 「見ろ、食い物を持ち上げたままの姿勢で死んでいる」

 

 いや、勝手に殺さないでよ。確かに変な体勢だけど。

 

 「砂漠のイチゴを口にしたら、数日後に突然死しちまう……しかもその死体には数時間、感染型の毒が巡るんだ。離れた方がいい」

 

 いやだから、勝手に殺さないでって……ま、いっか。説明するの面倒くさいし。それに、どうせすぐにエースも起きるだろ。今はこの食欲を満たす方が先だ。

 

 「それより、おかわり貰える?」

 

 《人の話聞いてんのかァ!?》

 

 本当に美味いから頼んだのに、返ってきたのは手厳しいツッコミだった。しかも話してた店主だけじゃなくて、周囲の全員から。けど結果的に、そのツッコミが功を奏した。

 

 「ぶほ!?」

 

 どうやら煩かったらしくて、エースが起きたのだ。

 

 「ん」

 

 「おぅ」

 

 キョロキョロと顔を拭くものを探していたようだったから、持ってたハンカチを渡しておく。

 

 「ふぅ。いやー、まいった……寝てた」

 

 《寝てたァ!?》

 

 うぉ、再びツッコミが!?

 

 「あり得ねェ、食事と会話の真っ最中に!?」

 

 「しかも続きを噛み始めた!」

 

 そりゃそうだろ、食べてる途中だったんだから。

 

 「何だ、この騒ぎは?」

 

 もぐもぐと食事を続けるエースに聞かれたから、答えておく。

 

 「この店はコントの練習場なんだって。ツッコミの強化特訓してるんだよ」

 

 その答えが真実とは限らないが。

 

 《んなワケあるかァ!!》

 

 えー、でもそれぐらいツッコミのキレが半端ないよ?

 けど俺としても、いきなり隣で寝られると突っ込んだ皿の中身が飛んでくるからあまり嬉しくはない。なので再び寝ようとした時には止めました。

 そんな騒動も経て、エースが俺より先に食事を終わらせた頃のことだ。

 

 「……よくもぬけぬけと公衆の面前でメシが食えるもんだな」

 

 げ、この声は。

 

 「白ひげ海賊団2番隊隊長、ポートガス・D・エース」

 

 出たなストーカー! ……じゃない、スモーカー! でも俺には気付いてないみたいだね。まぁ髪染めてるし、顔も見られてないし。よし、このままスルーしよう。

 あれ? でもスモーカーが来たってことはそろそろ……。

 

 「し、白ひげ海賊団!?」

 

 「そういやあの背中のマーク、見たことあるぞ!?」

 

 あーうん、そうなんだよね……この刺繍さえなければ、スモーカーもエースに気付かなかったと思うんだけどな……エース、どんだけ『白ひげ』好きなの? 実の親父を憎んでる反動で、心の親父をより慕いまくってるのかな?

 

 「名の知れた大物がこの国に一体何の用だ?」

 

 スモーカーは忌々しげだ。そりゃそうか、確かに大物だもんな。

 

 「……探してたんだ。弟たちをな」

 

 1番探してるのは『黒ひげ』だろうけど、その辺の詳しい事情をわざわざ海軍に伝える気は無いんだろう。椅子ごとクルッと振り向いたエースは不敵な笑みを浮かべている。俺は自分の存在がバレると色々面倒なことになりそうな気がするから、食事を続けることで振り向かないことを誤魔化す。でもその様子を横目で眺めてはいた。

 睨み合うエースとスモーカー、その緊迫した空気に飲まれて静まり返る店内。そんな中1人堂々と食事を続ける俺は相当浮いてる気もするけど、今度は誰もツッコまない。それどころじゃないからだろう。ピリピリとした空気が流れている。

 

 「で? おれはどうしたらいい?」

 

 「大人しく捕まるんだな」

 

 「却下。そりゃゴメンだ」

 

 そりゃそうだろう。海賊が捕まれと言われてあっさり捕まるのなら、そもそも大海賊時代になんてなってないだろう。

 スモーカーの方もそれは解っているから、エースににべもなく断られても気落ちなんてしていない。

 

 「ま、そりゃそうだろうな……おれは今、別の海賊どもを探している。正直お前の首なんかには興味は無ェ」

 

 うわー、熱烈。嬉しくないけど。

 

 「んじゃあ見逃してくれ」

 

 「そうはいかねェ」

 

 俺が見える範囲はエースまで。スモーカーは視界に入ってないから様子は解らないけど、それでも戦闘態勢に入りつつあるんだろうなというのは気配で解る。

 やめてくれよな、室内で。しかも、俺まだ食べてるのに。

 

 「おれが海兵で、お前が海賊であるかぎりな」

 

 海兵だって言うなら周囲の迷惑考えてくれ。こんな所で能力を使おうとするな。

 

 「つまんねェ理由だ……楽しくいこうぜ」

 

 エース、お前、挑発してるだろ………………ん?

 

 「ゴムゴムの~~~~~~~」

 

 あー、遠くの方から微かに声が聞こえるなー。でもエースとスモーカーは互いに見詰めあってるから気付いてない……うん。

 

 「エース」

 

 俺は少し食べるのを止めて隣に声を掛けた。エースはスモーカーから意識は逸らさず、でも顔はこっちに向けた。

 

 「? 何だ?」

 

 「ご愁傷様」

 

 一瞬、『どういう意味だ?』というような表情を浮かべるエース。でもそれは本当に一瞬だった。何故なら。

 

 「ロケットォ!!!」

 

 「ぐはぁ!?」

 

 「うおぉ!?」

 

 次の瞬間には、弾丸の如く飛び込んできたルフィにスモーカー諸共吹っ飛ばされたからですね、はい。

 見事に纏めて吹っ飛ばされた2人のせいで、店の壁には大穴があく。

 けど、2人とも自然系なのにあっさりと吹っ飛ばされて……やっぱり自然系も万能じゃないってことだね。

 やっとメシ屋を見付けたと大喜びするルフィと、唖然として声も出ない周囲。

 俺? 俺は食事を再開してる。エースがあれぐらいでどうこうなるわけないし。

 

 「おっさん、メシメシメシ!」

 

 ルフィときたら、ナイフとフォークを両手に持ってガンガン叩きながら催促している。いくら海賊とはいえ、なんて行儀の悪い……他人のフリをしておこう。恥ずかしいから。幸いあっちは俺に気付いてないみたいだし。

 

 「あぁ……でも君、逃げた方が……」

 

 顔を引き攣らせてそう忠告しながらもちゃんと注文された料理は出しているこの店主は、尊敬に値するプロの料理人なんじゃなかろうか。

 美味い美味いと言いながら食事をかき込むルフィ。そんな中でも店主は控え目に逃げろと言い続けている。

 

 1度は吹っ飛ばされたエースがぶち抜いた壁の穴をくぐって戻って来る。それを見た店主や他の客たちは慌てて逃げる……怖がられてんな、おい。

 見るからに苛立っていたエースだけれど、自分を吹っ飛ばしたのが誰だか解ると途端に笑顔になった。

 

 「おい、ル」

 

 「『麦わら』ァ!!」

 

 次いでその後ろから現れたスモーカーに邪魔されたけど。ガンッと地面に叩きつけられている。

 

 「やっぱり来たか、アラバスタに!」

 

 うわ~、ストーカー。

 俺は自分がここにいることをストーカーに知られたくないから、そっぽを向いて知らないフリを貫くことにした。 

 ルフィはかなり長いこと考えてから相手が誰なのか気付き、それが海兵だと解ると口の中に詰め込めるだけの食料を詰め込み、まるでリスのような顔をして金も払わずに走り去っていた。そしてそれを一目散に追いかけるスモーカー。

 ……世間的に見れば、ルーキーのルフィよりも白ひげ海賊団2番隊隊長のエースを捕まえようとするのが正しい姿勢なんじゃないかなとも思ったけど、それは置いといて。

 

 「おい待て、ルフィ! おれだァ!」

 

 そのエースも復活すると店の外へと走り去る……またもや金も払わずに。

 

 「ユアン、後任せた!」

 

 ………………はい? 何を?

 

 「あの、君」

 

 ポンポンと店主に肩を叩かれる俺。振り返ると、彼は何だか乾いた笑みを浮かべていた。

 

 「連れの分も含めて……払ってくれるかい?」

 

 あ、そういうこと? またか? またなのか? ……って、何で俺が!? 

 …………あの、俺も食い逃げしていいですか? ドラムの時とは違って今の俺の体調はすこぶる良好なんだ、逃げようと思えば簡単に逃げられるだろう。けど……。

 

 「せめて……食事代ぐらいは欲しいのだがね……」

 

 そう言う店主の視線の先にあるのは、壁に開いた大きな穴……修理費、大分かかりそうですね……。何だろう、店主の背中に哀愁が漂っている。

 流石に気が咎めたから、エースだけじゃなくてルフィの分の食費もキッチリ払わせて頂きました。俺も含めて大食い3人分の食費は、凄まじい額に上ったけどな! 

 俺の懐は再び冬を迎えていた。

 

 

 

 

 ルフィ・エースには出遅れたけれど、俺も走る。折角バレてないのに月歩や剃を使うと目立って海軍に見付かるかもしれないから、地道に地面を蹴る。その途中で火と煙の柱が立ち上ったのが見えて、エースとスモーカーがぶつかりあったんだなと解った。

 今はもうその柱も消えているから、それも終わってしまったんだろう。3人分の食費を集計してたもんだから、結構時間を食ってしまったよ。

 でもそうなると……メリー号にでも行けばいいのか?

 

 「………………いや」

 

 ふと気付いた。良く知った気配が二手に別れているのに。

 

 「あっちがみんなで……あっちが2人か」

 

 正確には二手に別れたんじゃなくて、逸れたルフィにエースが合流したんだろうけど。折角だから、2人の方に行こう。

 俺は方向性を定め、再び走り出した。

 

 

 

 

 見付けた2人は、路地裏で腕相撲をしていた。

 けど勝負は着かない。何故なら、腕の下に置かれて台にされた水樽の方が負荷に耐えきれずに壊れてしまったから。

 けど、うん。

 

 「結構いい勝負だったな」

 

 「誰だお前?」

 

 終わったところで声を掛けてみると、ルフィがきょとん顔で聞いてきた………………俺、こいつ殴っていいか?

 

 「俺だよ、ローグタウンでも見ただろこの姿!」

 

 ここアラバスタに着いた時、ルフィは俺が髪を染め終える前に飛び出して行った。けどだからって、これは無いだろ?

 

 「あ、なんだユアンか。何で髪黒いんだ?」

 

 「染めてるからだよ!」

 

 もうヤダこいつ!

 

 「ついでにさっき、メシ屋でお前の隣に座ってたぞ?」

 

 明かしてみるとルフィは随分と驚いてた。自分で他人のフリをしておきながらこんなこと思うのもアレだけどさ……うん、食料しか目に入ってなかったんだろうね。

 

 「……お前ェも苦労してんだな」

 

 エースの労わりの視線が何故か悲しかった。

 けどまぁ何にせよ、3人揃うのも3年ぶりだ。俺たちは歩きながら話をする。手始めは互いの近況報告だ。俺はもうしたけど、ルフィはまだだからね。

 白ひげ海賊団への勧誘を受けたルフィだけど、当然断る。けどエースはそれに気分を悪くした様子は無い。

 

 「はは、そうだろうなァ……言ってみただけだ」

 

 まぁ、ダメ元って言葉もあるしね。

 

 「『白ひげ』はおれが知る中で最高の海賊さ。おれはあの男を王にしてやりてェ……ルフィ、お前じゃなくな」

 

 それはメシ屋で俺に言ってたのと殆ど同じ発言だった。そしてそれに対するルフィの返答はあっさりしたもので。

 

 「いいさ! だっだら戦えばいいんだ!」

 

 聞きようによっては宣戦布告とも取れるその発言にエースは怒ることはなく、何故かホッとした顔をしていた……え、何で安堵してんの?

 俺の視線に気付いたのだろう、エースは少しバツが悪そうに頭を掻いた。

 

 「いや……ルフィが妙な事を言い出さなくて安心した」

 

 ………………気にしてたのか、ファザコン発言。

 けど確かに凄いよな、『白ひげ』。エースが。あの『父親』ってヤツに拒否反応持ってんじゃないの? って勢いだったエースが、ここまで親父と慕ってるんだ。相当なんだろうなぁ。

 

 「とにかく、お前らの仲間を探そう。また海軍に見付かると厄介だからな」

 

 気を取り直したのか、エースは極めて堅実な発言をした。

 

 「アイツら、船に戻ったのかもしれねェな……ユアン、船どこ泊めたっけ?」

 

 ……何でそうあっさりと俺に聞くかな? まぁいいけど。

 

 「どこに泊めたか、なんて意味無いと思うぞ? 海軍に見付かったんだ、海賊旗を掲げた船をいつまでも停泊なんてさせてないさ。海岸に出て探した方がいい」

 

 多分、気配で解るだろうし……ってか、初めからそれで探せばよくね? とぼんやり考えていると。

 

 「……お前ェも苦労してんだな」

 

 エースが再び俺に労わりの視線を向けてきていた。

 

 「ユアン……お前だけでも、白ひげ海賊団に来ねェか? まず間違いなく今より苦労は減るぞ?」

 

 うん、俺もそう思う。でもさ。

 

 「俺はここでやってくって、決めたからね。尤も、ルフィが邪魔だから出てけってんなら考えるけど」

 

 肩を竦めてそう言った。

 始まりは何だかズレた理由からだったけど(エース・ルフィにしてみればじゃんけんの結果、俺にしてみればどこぞの誰かに会いたくなかったから)、今となってはもうそう決めたことだ。エースもそれは解ってるのか、苦笑と共にすぐ引き下がった。

 

 「邪魔なわけあるか!」

 

 ルフィもこう言ってくれてるし。

 

 「お前がいなくなったら、メシが腹一杯食えなくなる!」

 

 …………………………俺、こいつ殴っていいか?

 そんな理由なのか!? 俺の感動を返せ!!

 

 「チッ!」

 

 エース!? 何でそこで舌打ち!? 俺の価値はそこなのか!? ちょっと悲しいよ!?

 その次にはエースが仲間のことを聞いてきたから、ルフィが個性的な説明をする。ルフィの説明は下手だけど実際個性の強い面々だし、会えば解ってもらえるだろう。

 それにしても、ルフィの中でウソップって『狙撃手』じゃなくて『嘘つき』なんだな……と妙な感心をしてしまう。しかもチョッパーは『トナカイ』って、『船医』じゃないのかよ。

 仲間たちの紹介も一通り終えると、エースから意外な話が出た。

 

 「そういやお前ら、知ってるか? サボのこと」

 

 ………………え、いきなりピンポイントで来た!? ってかエースは知ってるの!? 

 俺は心底驚いた。

 

 「知らないよ。新聞でも出ないし、手配もされないし……」

 

 気にはなってたんだよ。ただ知る術が無いもんだから、無事を祈るだけだったけど。

 

 「おれも知らねェ。エースは知ってんのか?」

 

 ルフィも話題に食い付いている。

 

 「あァ」

 

 やけに真剣な顔つきで頷くエース。勿体ぶらずに教えろよ!

 

 「あいつ今、革命軍にいるらしいぞ」

 

 あーそう、革命軍ね。革命軍…………………………ハァ!!?

 

 「革命軍? 何だそれ?」

 

 俺は目を丸くしているのに、ルフィときたらキョトンと狐に抓まれたような顔になっている……うん。

 

 「お前、新聞読めよ」

 

 何日か読めば絶対に目にするだろうし、お前にとっては強ち他人事じゃないんだぞ? いや、後者の方はルフィは知らないんだから仕方が無いかもしれないけど。

 ドラゴンがルフィの父であることなんて当然知っているエースも、ちょっと微妙な顔でルフィを見てる。

 けど教えない。ルフィが知ったら、ポロッと口を滑らせかねないし。

 だから結局、その辺のことには触れずに革命軍についてちょっと説明する。かなり簡単な説明だったけど、聞き終えたルフィは大きく頷いた。

 

 「つまり、サボは今海賊やってねェってことだな!」

 

 「………………うんまぁ……そういうことだね」

 

 案外ちゃんと理解してくれたらしい。

 けどそうなのか……まぁサボの場合は、ゴア王国での件もあるしね。そこまで可笑しくも無いか。どういう経緯があって革命軍と接触したのかは解らないけど。残念とは思うけど、応援するべきなんだろう。

 でもサボも入ってたのにな~、俺にとって尊敬する海賊の中に。海賊やってないなら外すべきかな?

 

 そんなことを考えながら海へと歩いてたら、道中でビリオンズらしき賞金稼ぎたちに囲まれた。でも面倒くさいのでスルー。それでも襲いかかってきたヤツらは返り討ったけどね。それ自体は簡単だったよ、数はあっても質は低かったから。あ、でも俺は特に楽だったんじゃないかな。賞金首だってバレなかったから、そんなに狙われなかったんだよ。

 そしてその集団の親玉らしい男をルフィがぶっ飛ばした頃、俺たちは漸く海に出た。

 

 「あ、海だ!」

 

 真っ先に駆け出して、水面を眺めるルフィ。そしてその間にも、賞金稼ぎたちが追いかけてくる。

 でもそんなヤツらはどうでもいい。それよりもすぐそこの海にいるメリー号の方が重要だ。

 

 「おいお前ら、先に」

 

 「お~い! みんな~!!」

 

 先に行け、とエースは言いたかったんだろう。でもルフィは話を聞いてなかった。1人さっさとゴムの腕を伸ばして飛んで行ってしまった。

 

 「……聞いて無ェな」

 

 「ルフィだからね」

 

 別にいいけど。俺は剃刀で行けばいいんだし。エースにはストライカーがあるだろうし。

 

 「ユアン、お前も先に行け」

 

 うん、じゃあその言葉に甘えようかな。

 

 「解った。エースも来るんだろ? 待ってるよ」

 

 「おゥ、すぐに済む」

 

 賞金稼ぎたちを見るエースは、どことなく好戦的な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 メリー号に着いてみると、ルフィがサンジに揺さぶられていた。多分ぶつかったんだろう。俺が降り立つとルフィはキョロキョロと辺りを見回した。

 

 「ユアン! エースは?」

 

 ……1人でさっさと行っちまったくせに、と思わないでもないけどそれは流そう。

 

 「すぐに来るそうだよ。あの賞金稼ぎたちの相手をしてから」

 

 「へ~……ま、エースは強ェからな」

 

 「強いのか、あいつ」

 

 聞いてきたのはチョッパーだったけど、表情を見るにそれはみんなが聞きたかったことなんだろう。そしてその質問に、ルフィも俺も即座に頷く。

 

 「強いぞ。自然系の悪魔の実まで食べたようだし、もっと強くなってるんだろうな」

 

 「でもその前から、おれたちはエースと勝負して1回も勝ったこと無かったもんな! とにかく強ェんだ、エースは!」

 

 ……ルフィがエースに1度も勝ったことが無かったのは強い弱いの問題以前に、コントロール出来ないゴム能力を無理に使おうとしてたせいだと思うんだけどな。お前、ソレが出来るようになるまでは俺に勝ったことだって1度しか無かっただろ? しかもその1回もまぐれ。

 けど口には出さない。こんな話をしたら、ただでさえ日常生活においては底辺を彷徨ってそうなルフィの威厳がさらに落ちるような気がするから。

 

 「あんたたちが1度も? 生身の人間に?」

 

 ナミは信じられないと言わんばかりの口調だけど……俺らはエースだけじゃなくて、祖父ちゃんにも勝ったこと無い。強い生身の人間なんて、いくらでもいるよ。

 

 「おう! 負け負けだった、おれたちなんか! でも今やったらおれが勝つね!」

 

 「それも根拠の無ェ話だろ」

 

 ゾロの仰る通り。むしろ、勝てない根拠があるぐらいだ。

 

 まず第1に、俺たちには自然系に対して有効な攻撃手段が少ない。後々覇気を習得出来たらと思うけど、少なくとも現状では使えない。そうなると俺たちに出来るのは、海楼石を使うか固有の弱点を突くかだ。でもそれも厳しいだろう。

 

 第2に、基礎戦闘力の差。3年前の時点でアレだったんだ、今でもそれは健在だろう。

 うん……頑張ろう。もっと鍛練しないとな。

 

 「お前が」

 

 大口開けて笑ってるルフィの傍らで決意を新たにしていると、船の下から聞き慣れた声がした。そしてそのすぐ後には。

 

 「誰に勝てるって?」

 

 一気に跳躍したらしいエースが、ルフィが寄りかかっていた船縁に飛び乗った。その反動でルフィは前につんのめる。

 

 「や、どうも皆さん。うちの弟が世話になって」

 

 《いえ、全く》

 

 開口一番、エースの口上に全員が口を揃えた………………これって、ルフィのことだよね? 俺はそこまで迷惑はかけてないよね? 時々遊ばせてはもらうけど。

 

 「何分こいつらときたら、片や躾がなってねェわ、片や人をおちょくるのが趣味みてェになってるわで」

 

 え、それって俺のこと? 失礼だな、別に人をおちょくることを趣味になんてして……るな、うん。だって楽しいし。

 

 「苦労かけてるとは思うが」

 

 《いえ、全く》

 

 また全員口を揃えた!? ちょっと傷つくよ!?

 

 「よろしく頼むよ」

 

 エース……何て礼儀正しい挨拶を……流石だ。

 

 「茶でも出そうか?」

 

 完璧と言ってもよさそうな挨拶に、みんなの態度も柔らかい。やっぱり人間、挨拶って大事なんだな。

 あのサンジが、男に茶を勧めるぐらいなんだから。

 

 「いや、いいんだ。お気遣いなく」

 

 それをやんわりと断りながら、エースはサンジが手に持っていた煙草に火を点ける。便利な指パッチンだ。

 

 「何か、意外だな……」

 

 驚きすら通り越して、最早呆然としたようにウソップが呟いた。

 

 「兄貴がいるのは知ってたが……おれァてっきり、ルフィに輪をかけた身勝手野郎か、そうでなければユアン以上の外道かと」

 

 「ウソよ、ウソ……こんな常識あるまともそうな人が、こいつらのお兄さんなわけ無いわ……!」

 

 「弟想いのイイやつだ……!」

 

 「兄弟って素晴らしいんだな!」

 

 「解らねェもんだ……海って不思議だな」

 

 ………………お前らが俺たちをどう思ってるのか、よ~~~~~く解ったよ。

 特にウソップ。お前、後で覚えとけよ? 誰が外道だ、誰が! 俺はただちょっと性格悪いだけだ!

 それにチョッパー、泣くほどのことか?

 そしてもう1つ言わせてもらうと、ナミ。俺、常識はあるつもりなんだけど……それってつまり、ルフィが常識無くて俺がまともじゃないってことか?

 

 俺、結構頑張って修行してそれなりに強くなったつもりだし、身体は丈夫だし、悪魔の実の能力者だし、ややっこしい人間関係の真っただ中にいるけど……でも中身は、ちょっと性格悪い以外は普通だと思ってたんだ……みんなきっと誤解してるんだな、うん。俺は平凡な凡人だ。

 

 仲間内でただ1人、ビビだけはフォローしてくれていた……何て優しいんだろう。俺はちょっと感動して、戦争起こらないように頑張ろうと決意を新たにする。

 そうこうしている間にも船は海を進み、進路の先にバロックワークスの船団が待ち構えているのが見えた。

 遠いけど、微かに聞こえる叫びからすると狙いは主にエースらしい。エースを捕まえれば昇格間違い無しって……さっきのヤツらもそんなこと言ってたけど、そりゃそうだろうよ。けどな、お前ら程度に捕まるような人間にこんな賞金がつくわけないだろ?

 内心で呆れながら数だけは多い賞金稼ぎたちを見ていると、エースがストライカーに乗ってそっちに向かった。

 

 「見せてもらおうじゃねェか。白ひげ海賊団2番隊隊長の実力を」

 

 その意見には全力で同意するよ、ゾロ。俺も知りたい。今のエースはどうなのか……メラメラの能力についても全然知らないし。

 ストライカーで船団に向かったエースはそのすぐ手前で跳躍し、そのまま船を飛び越えた……すげェジャンプ力だな。そして連なった船の横を取ると。

 

 「火拳!!」

 

 一撃にしてそれらは燃やされた。メリー号よりもデカい船が5隻、一瞬でだ。凄い……正直、言葉も無い。

 やっぱエースはスゲェなぁ……。

 

 




 この話の執筆当時、まだ原作でサボが再登場していませんでした。


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第117話 魔王(?)降臨

 執筆当時、我ながら妙なテンションでした。
 反省はしてる、でも後悔はしていない。


 「めでてェぞ! エースが我々の仲間になったァ!!」

 

 ウソップのやつ、また適当なことを……ま、乾杯の口実にしてるだけだろうけど。実際、ルフィ・チョッパー・ウソップでカップを突き合わせて乾杯している。中身は酒じゃなくてジュースにしてあるけど。

 

 「誰が仲間になると言った?」

 

 エースのツッコミだって何のその。乾杯乾杯と盛り上がってる。

 

 「エース! 本当におれたちの仲間になんねェか?」

 

 ルフィが飲みながらエースを勧誘する。そういえば、エースの方から『白ひげ海賊団に来ないか?』とは聞かれたけど、その逆は言ってなかったな。

 ルフィの誘いにエースは首を横に振り、『黒ひげ』を追ってるという説明をした。

 

 「……本当にならないのか? 仲間に」

 

 頷きはしないだろうと思うけど、俺も誘ってみた。万が一にでもエースが入ってくれたらそれはそれで万々歳だし。

 けどそれにも、エースは頷かなかった……ふむ。

 

 「俺たちと一緒に来れば、昔みたいに、ミニ化してメシを腹一杯食べられるよ?」

 

 「………………」

 

 え、ちょ、試しに言ってみたけど、何その苦悩の表情は!? 揺れてるのか!? 

 

 「………………いや、おれたちはそれぞれの道を歩いてんだ。おれは白ひげ海賊団だ」

 

 エースの中で『白ひげ』への思いが食欲に勝った! あのエースが、食欲に……『白ひげ』スゲェ!

 食への誘惑を振り切ったエースは、気を取り直して続けた。

 

 「おれがこの国に来たのは、『黒ひげ』をユバで見かけたって情報が入ったからだ」

 

 その言葉に真っ先に反応したのはナミとビビだった。

 ユバ、それは俺たちの目的地と同じだ……ま、本当は『黒ひげ』いないけど。

 そういうわけで、俺たちは一時的にではあるけれど行動を共にすることとなった。

 

 「楽しく行こうぜ、エース!」

 

 ルフィが会話をシメ、俺たちは今度は全員で乾杯したのだった。

 酒も出ていないけれど、軽い宴のようなものが始まった。

 

 

 

 

 

 「しっかし、ルフィも変わって無かったが……お前ェも変わんねェな」

 

 宴(?)が始まってすぐ、エースは俺の頭をポンポンと叩きながらしみじみとそう言った。

 

 「成長期のくせによ……チビのままじゃねェか」

 

 そうなんだよね……3年前、エースが出航した時よりも身長差が開いてる。今じゃあ頭1つ分以上も……。

 ん?

 

 「どうした? 何でみんなそんなに震えてるんだ?」

 

 見ると、この場にいる全員が後ずさってドン引いていた。ちなみに、ルフィがサンジに何か食べたいと強請ったために今この場には2人がいない。作り手のサンジはともかくルフィまでいないのは、きっと摘み食いでもするつもりだからだろう。

 

 「どうしたって……怒らないの?」

 

 恐る恐るといった感じでナミが聞いてきたけど……。

 

 「怒るって……何に?」

 

 何で怒らなきゃならないんだ、と疑問に思って問い返したら、ウソップが顔を青くしながら答えた。

 

 「何でってお前ェ! さっきエースが言ったじゃねェか! 『チビ』ってよ!」

 

 …………………………うん、ウソップ。

 

 「誰が何だって?」

 

 「いや、おれじゃねェよ! 何でおれが締め上げられてんだよ!?」

 

 締め上げるなんて大袈裟な……ただちょっと襟首を締めてるだけじゃんか。

 

 「オイ待て、笑顔で人の首絞めんなァ!!」

 

 いやー、だってさ……ウソップ、これで2度目じゃん? 痛い目見なきゃ解らないだろ?

 別に殺す気なんてない、当然ながら。ただ、ちょ~~~っと落ちてもらおうかとは思ってる……でも。

 

 「おい、やめろ。仲間なんだろうが」

 

 「…………………………解った」

 

 エースが止めるから、やめたげよう。未練はたっぷりだけど。

 腕を離して解放すると、ウソップがゲホゲホと咳き込む。

 

 けどそういうことか、こいつらのドン引きは。

 失敬な、まるで俺がいつでもどこでも誰にでも怒ってるみたいに。何もエースだけじゃないぞ。

 巨人族のドリー&ブロギーは例外としても、クロッカスさんやドクトリーヌにだってそれに近いこと言われても腹立たなかったし。

 改めて考えると、あれだな……多分、尊敬してる人に言われても腹は立たないんだろう。

 俺が1人納得していると、何故かみんなはエースを尊敬の眼差しで見ていた……何で?

 

 「いたのね、ルフィの他にも……怒ったユアンを止められる人が……!」

 

 「勇者だわ……」

 

 「猛獣使いか!?」

 

 おいこら、ゾロ……それは俺が猛獣だってことか? しかも、今回はビビもフォローしてくれないのかよ。

 って、チョッパーがまだガクブルしながら樽の陰に隠れてる。しかも。

 

 「!? お、おれは何も言ってねェぞ!?」

 

 目が合ったら怯えられてしまった……そんなに震えあがられちゃ、良心が痛む。

 

 「怖がるなって。ほら、飴やるから」

 

 苦笑と共に飴を差し出したら、チョッパーはものすご~~~くビクつきながら出て来た。

 

 「そういやユアン、エースも兄貴ってこたァお前ェ、結局ブラコンなんじゃねェか」

 

 咳が治まったらしいウソップが、今度はそう切り出した。

 何だ、締められた仕返しにからかおうってのか? でも、それなら残念だったな。

 

 「違うと言った覚えは無いよ?」

 

 別に隠すような事でもないし、効果は無いぞ。

 

 「何の話だ?」

 

 それに食い付いてたのはエースだった。

 

 「ユアンが言ったんだ。エースは世界で2番目に尊敬してる海賊だってな!」

 

 本当のことだから、言われたって困ることは無い……って、あれ?

 

 「何だ、2位かよ……」

 

 エース……2位じゃ不満なのか? 何だか機嫌が悪くなってる。

 困ったな、エースが拗ねると面倒なんだよね。

 その不機嫌を察したのか、言いだしっぺのウソップが慌てていた。

 

 「あー、でも、しょうがねェよな! だって『海賊王』や『冥王』も尊敬する海賊に入ってるみてェだしな!」

 

 ………………って、おい! フォローしてるつもりなんだろうけど、それは地雷だ!

 

 「へェ……『海賊王』をなァ……」

 

 ほら、余計不機嫌になった! ってかむしろ、ネガティブなオーラが見えてるよ!?

 

 「それは違うぞ、エース!」

 

 これはさっさと詳らかにしないと! 

 

 「違うんだ、確かに俺は『海賊王』を……『海賊王』や『冥王』を尊敬はしてるけど!」

 

 やばいやばい、人目があるんだった。『海賊王』に関することだけ弁解するのはちょっと怪しい。

 

 「でも、それが1位じゃないんだ! 俺、そいつらよりもエースの方がずっとずっと尊敬してるぞ!」

 

 嘘じゃない。実際、ロジャーやレイリーよりもエースの方が尊敬してる。

 

 「俺が1番尊敬してるのは、母さんなんだ!」

 

 そして正直にぶっちゃけよう、うん。

 よく『産みの親より育ての親』って言うけど、俺の場合は産みの親になってしまってる。だって……ね? 実際に命掛けられちゃあさ……。

 とにかく、これで納得してくれるかな?

 

 「まァ……そりゃしょうがねェな」

 

 良かった、解ってくれた! 俺は心の底から安堵した。

 

 「2位が兄貴で1位が母親って……ブラコンの上にマザコンか」

 

 ウソップが何か呟いてるけど、そんなこと気にならないぐらいに俺は今ホッとしている。ウソップなんて無視だ、無視。さっきもチビとか言ったしな! ええ、根に持ってますが何か?

 

 「それはおれも、尊敬する海賊に入ってるしなァ……1番じゃねェが」

 

 エースもウソップの発言スルーしてるし……って、え?

 

 「初耳だよ」

 

 知らなかった、エースって母さんのこと尊敬してたんだ。

 

 「あー」

 

 エースは照れたように、ガリガリと頭を掻いた。

 

 「昔な、聞いたことがあんだよ。自分が海賊やってた頃の冒険譚をな。思えば、おれが海賊になりてェって初めて思ったのは、あの時だったなァ……憧れたぜ、楽しそうでよ」

 

 そうか、エースはそんな話を実際に聞いてたのか……羨ましい。

 

 「……けど、エースの1番尊敬してる海賊は『白ひげ』なんだろ?」

 

 話を逸らそうそうしよう。話題自体は余り変わって無いからそんなに可笑しくないはずだ。

 俺の発言に、エースはそりゃもう嬉しそうに頷いて力説する。

 

 「あァ、そうだ! 何度も言うがな、『白ひげ』はおれが知る中で最高の海賊なんだ!」

 

 うん、解った。エースがファザコンだってことがよく解った。

 

 そして俺、エースと尊敬してる海賊を言い出したからか、みんなが自分の尊敬する海賊を言い出した。

 

 「おれ、尊敬してる海賊なら『治癒姫』だ」

 

 チョッパー……お前ってヤツは……!

 

 「チョコ食べるか?」

 

 「いいのか!?」

 

 勿論だとも。あぁもう、何て嬉しいことを言ってくれるんだろうこのトナカイは! エースが何となく生暖かい視線で見てきてるけど、そんなの気にしない!

 いやー、和むなァ。

 

 「私はいないわね、尊敬する海賊なんて」

 

 ナミはこともなげに言い放った。

 

 「むしろ、大抵の海賊は嫌いだもの」

 

 まぁ、そうだろうね。碌な海賊に出会ってこなかったみたいだし。

 少し離れた所にいて会話に加わらない元海賊狩りも、特別尊敬する海賊はいないんだろう。

 

 「私は……みんなには、感謝してるわ。これが尊敬と言えるのかは解らないけれど……」

 

 ビビの意見には納得。さてウソップは、という所になって。

 

 「ふぁんほふぁなひは?」

 

 いつの間にかルフィが戻ってきていた。その顔は食料を口に詰め込んだことでパンパンに膨れている。さながら、リスの頬袋のようだ。

 さっきの言葉を通訳するなら、『何の話だ?』だろう。

 

 「世界一尊敬している海賊は誰だって話だよ」

 

 始まりは俺の尊敬してる海賊だったけど、今となってはそうなってる。ルフィは口の中に入れていた食料を飲み下しながらなるほどと頷く。

 

 「尊敬してる海賊かァ……おれならシャンクスだな!」

 

 やっぱりか。そりゃルフィにしてみりゃ命の恩人だもんな……そういえば、オレンジの町でもバギー相手に『偉大な男だ!』とか言ってたっけ。

 まぁ……海賊としては、否定はしない。しないが……微妙な気分。

 

 「そんで、その次がエースだ!」

 

 ニカッと屈託なく笑ってるけど……お前もエース、2番目なんだな。

 

 「サンジは?」

 

 大皿に乗っけた軽食を運んできたサンジに話を振ると、ぐるぐる眉が顰められた。

 

 「あァ? んなもんいねェよ」

 

 ………………ふーん。

 

 「『赫足』のゼフは?」

 

 「………………あんなジジイ、尊敬なんてしてねェ」

 

 うわー、嘘下手っ!

 

 「何だ、そのニヤけた面は!」

 

 「別にー?」

 

 面白っ! これはきっとツンデレに違いない! 暫くからかえるな!

 

 「おれの話を聞けェ!」

 

 うぉ、ウソップにツッコまれた!? 何故だ!? ……あ、そういえばさっきはウソップが言おうとしてたんだっけ、尊敬する海賊。でもさ……。

 

 「聞かなくたって予想出来るし。お前の尊敬する海賊ってどうせ父親だろ?」

 

 「何故解った!?」

 

 そんな、心底『驚いた!』な顔するなよ。

 

 「いや、普通に『誇りだ!』とか言ってたじゃん」

 

 そしてやっぱりか。やっぱりヤソップだったか。

 そのままウソップをスルーしようかと思ったけど、ここでエースが会話に入ってきた。

 

 「なァ、1つ聞きてェんだが」

 

 エースの視線はウソップに向けられている。

 

 「ひょっとしてお前の親父ってェのは、『赤髪』のおっさんの所にいるヤツか?」

 

 船中の視線がエースに集まった。

 

 「知ってんのか!? 親父のこと!」

 

 当然と言えば当然だけど、真っ先に食い付いたのはウソップだ。

 

 「やっぱりそうか! そっくりだな、鼻以外は!」

 

 あ、そういえばヤソップの鼻は長くないんだっけ。

 そしてこの話題となればもう1人、食い付かないはずが無いヤツがいる。

 

 「エース、シャンクスに会ったのか!?」

 

 さっきの発言からしてエースはヤソップに会ったことがある=赤髪海賊団と遭遇した、という方程式を導き出したらしく、ルフィがエースに詰め寄っていた。

 

 「あ、あァ。会ったぜ。もう2~3年前になるけどな」

 

 エースはルフィの勢いに少し押されたようだったけど、すぐに気を取り直してルフィの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

 

 「お前の命の恩人だ、挨拶と礼はしとかなきゃなんねェだろ?」

 

 エース……大人だ。

 でも、あれ? ってことは俺も挨拶しといた方がいいのか? 『ルフィの命を助けて下さってありがとうございました!』とか……でも、そうするには顔を合わせないといけないんだよな……嫌だな。ごめんルフィ、不義理な弟で。

 ん?

 

 「ねぇ、絶対可笑しいわよ! あんな礼儀正しい人がルフィのお兄さんだなんて! あり得ないわ!」

 

 「実は血ィ繋がって無ェんじゃねェか?」

 

 「いや、これがきっと噂の突然変異ってヤツかもしれねェぞ」

 

 聞こえてるぞお前ら。

 ヒソヒソヒソヒソと、みんなはこっそり言い合っていた。例によって、ビビだけはフォローに回ってる……でも鋭いなウソップ。その通りだ。

 指摘はしないけど。2人には聞こえてないみたいだし、下手な事言えば面倒くさそうだし。ここは必殺、聞こえないフリだ。

 

 「なァ、シャンクス元気にしてたか?」

 

 ルフィはそりゃもうキラキラした笑顔でエースに質問を浴びせていた。けど答えるエースは何となく複雑そうだ。

 

 「あァ、無駄に元気だったな」

 

 「チッ」

 

 何だ、元気なのか。しかも無駄に。

 

 「どうした、舌打ちなんかしやがって」

 

 思わず漏れた舌打ちの音が意外に周囲に響いたらしくて、ゾロに胡乱げな顔で聞かれた。

 

 「いや……もしもの場合のためには、元気は無ければ無いほどいいな、と思ってたんだけど」

 

 本当のことを言うわけにもいかないし、当たり障りのないこと言って誤魔化しとこう。まんざら嘘でもないしね。

 

 「もしもの場合? どんな場合だ、そりゃ?」

 

 「戦うことになった時」

 

 そう言った瞬間、全員の視線が俺に向けられた。

 え? 俺、そこまで変な事言った?

 

 「何でシャンクスと戦わなきゃなんねェんだ?」

 

 ルフィは不思議そうな顔で首を捻ってるけど……当然だろう?

 

 「ルフィ、お前は海賊王になりたい……いや、なるんだろ?」

 

 「当たり前だ!」

 

 それなら話が早い。

 

 「じゃあ、海軍本部だろうと七武海だろうと四皇だろうと、いずれは戦わなきゃならない相手じゃないか」

 

 「あ、そっか」

 

 「……って、あっさり言い包められんなァ!」

 

 煩いよ、ウソップ。

 ツッコんできたウソップに次いで、ナミまで突っかかってきた。

 

 「それは間違ってはいないかもしれないけど、何もグランドラインに入ってすぐに四皇を相手取ることなんて考えなくたっていいじゃない!」

 

 ナミ……確か、ウィスキーピークでも似たような事言ってなかったか?

 

 「どう転ぶかなんて解らないだろ? グランドラインに入ってすぐに、こうして七武海の一角に喧嘩売ろうとしてるんだ。それこそ、新世界に入ってすぐに四皇に喧嘩を売ることになるかもしれないぞ?」

 

 というか、間違いなく売るだろ。ルフィは絶対にそういう星の元に生まれてると俺は確信してる。相手がどの四皇かはともかく。

 現状を鑑みれば決して否定は出来ないんだろう、2人も押し黙ってしまった。なので俺が続ける。

 

 「でも、実際実力は全然足りないだろうし? それで倒そうと思ったら、相手が絶不調なのを祈るしかないかな~、なんて思ってたんだ」

 

 或いは、何かしら罠に嵌めるか……でも、どんな罠なら有効なんだろうね?

 俺が結構本気で思案していると、横からエースの声が聞こえてきた。

 

 「で? 本音は?」

 

 え、それ言わなきゃいけない? 確かに、個人的な理由もあるけど。

 

 「ルフィ、それにサンジもいたよな。覚えてるか? 俺がローグタウンでストーカー……じゃない、スモーカーに何を言われたか」

 

 あれは、絶対に忘れられない……屈辱の記憶だ。

 

 「『小さい方の紅髪(あかがみ)』だぞ! しかもその後、短縮のためか何か知らないけど、『小さい方』と呼びかけやがったんだ!」

 

 「そーいや言ってたな、そんなこと」

 

 思い出してきたのか、ルフィが呑気な声で肯定する。

 

 「勿論、その場で懇切丁寧に訂正はしたけどな……でも、またいつどこでそんなこと言われるか解らないだろ? だからもういっそのこと、元凶をどうにかしちまえば『小さい方』とか言われなくなるかな~って」

 

 大きい方がいなくなれば、必然的に小さい方とか言われなくなるんだよ、うん。

 ………………あれ?

 

 「お前はそんな理由で四皇に喧嘩を売んのかァ!?」

 

 「何考えてんの、私たちまで巻き込まないでよ!」

 

 「おでやだ……!」

 

 何でだろう、ウソップとナミとチョッパーに泣き付かれた。

 

 「………………冗談だよ、冗談」

 

 「いや、絶対ェ本気だったろ」

 

 チョッパーにこんな顔をさせるのは本意じゃないから、俺は安心させようとヘラリと笑ったのに、空気を読まないゾロにツッコまれた。いや、確かにちょっと本気だったけど……9割ぐらい。でもさ。

 

 「そもそも、俺のようなチキンに四皇と直接対峙するような度胸は無いって」

 

 これはこれで俺の本心でもあるんだけど……それに対する反応は微妙だった。

 

 「誰がチキンだって?」

 

 え、俺だけど?

 実際、もしも度胸があれば……俺は今、ここにいなかったかもしれない。会う勇気があったなら、エースと一緒に出航してた可能性だって高い。

 9割方本気でぶっ飛ばせないかと思っても、残った1割の理性と臆病風が、それをするには会う必要があるんだよな~と告げてくる。結果、思ったり考えたりするだけで行動には移せない。まぁ、それでいいんだけど。現状で喧嘩売りに行っても、実力足りないから返り討ちになる可能性が高いし。

 

 「……ま、もしもの話だよ。あり得なくはないだろ?」

 

 ところで、さっきから気になってるんだけど。

 

 「エース、何でさっきから視線が泳いでるんだ?」

 

 そう、エースってばさっきからずっとそわそわと落ち着かない様子だ。しかも、可笑しいと思って問いかければあからさまにギクッと挙動不審な動きを……怪しい。

 

 「あー、何だ、その…………………………すまん」

 

 「? 何が?」

 

 主語が無いので意味が解らずに聞き返すと、エースは俺の腕を掴んで輪から外れた。聞かれたくない話でもあるんだろうか。

 

 「2人とも、どうしたんだ?」

 

 ルフィが尋ねるけれど、エースはそれを手で制して留めた。無論、ルフィでダメなら他の誰かが首を突っ込む隙なんて無い。

 俺たちは、みんなから少し離れて向かい合った。姿は見えてるからチラチラと視線を向けられてるけど、会話は聞こえないだろうという絶妙な距離である。

 

 「で? どうしたんだ?」

 

 何の意味も無く引っ張り出したりなんてしないだろう。

 

 「……お前、さっき言ったよな? 『四皇と直接対峙する度胸なんて無い』ってよ」

 

 エースは、非常に言い難そうに口を開いた。だから何なんだ?

 

 「あのよ……言い難いんだが……どうせ黙っててもすぐ解るだろうから言っちまうけどな……多分、そう遠くない未来で相対することになると思うぞ?」

 

 ? え~と、それはつまり……?

 

 「『白ひげ』と何らかの因縁が出来るってことか?」

 

 「いや、そうじゃねェ」

 

 じゃあ何なんだよ、はっきり言ってくれ。

 

 「その……な。『赤髪』のおっさんに挨拶に行った時によ……つい、口が滑っちまって………………」

 

 ……………………………………………………うん?

 

 「口が滑って………………何だ?」

 

 あはは、やだなぁ。ちゃんと5Wをハッキリさせてくれよ。

 

 「誰が、いつ、どこで、何故、何をしたんだ?」

 

 なぁエース、ちゃんと俺の目を見よう? 何でそんなに顔色悪いんだ?

 エースはちょっとの間葛藤してたけど、やがて徐に口を開いた。そう、まるで意を決したかのように。

 

 「おれが、2~3年前に、新世界のとある冬島で、ついうっかり、あの人とお前のことを言っちまったんだ。」

 

 え~~~~~~~~~~と………………何だ? エースといいミホークといい、『つい』が流行ってんのか? ………………ごめんなさい、現実逃避しました。

 エースが『あの人』って言うのはアレだよね、母さんのことだよね?

 話したって、誰に? いや、聞かなくたって解りきってる。

 会話の流れからして四皇の誰かだろう。それで、2~3年前に新世界のとある冬島で会った? ……そんなの、1人しかいないじゃん。

 

 え、それで何を話したって?

 

 …………………………正直に言えばさ、俺だって永遠に隠しておけることじゃないって解ってるんだよ? 会わないよう出くわさないように立ち回るのも、その場しのぎでしかないって。

 もっと言えば、頂上戦争の時には大々的にバレる可能性だってある。何しろ、介入する気満々だから。

 けど……エース? だからって、話していいことじゃないだろ? それとこれとは話が別だろ? お前、知ってるよな? 俺が向こうと関わり合いたがってないって。

 

 ブツリ、と。

 耳の奥で、何かが切れたような音がした気がした。

 

==========

 

 

 「おーい、大福ー! ちょっと来てくれ!」

 

 エースとユアン、2人が何やら他人を寄せ付けずに言葉を交わしているのを他の面々が遠巻きに観察していると、何の前触れも無くユアンが自身の飼い虎を呼びつけた。ネコ科の動物のくせにまるで忠犬かのごとく主人に尽くす大福は、その声にすぐさま反応して駆け寄る。

 駆け寄った大福にユアンが一言二言言い付けたかと思うと、大福はまっすぐ船内へと入って行く。

 何事だ、と疑問に思った全員が2人に近寄った……が、すぐにその行動を後悔した。

 

 「ん? どうした、みんな?」

 

 問いかけるユアンは笑顔だった。

 しかしそれは、誰かをからかった時などの楽しそうな笑顔ではなく、身長をからかわれて怒った時の凄みのある笑顔ではなく、かといって苦笑の類でもなかった。

 思いっきり慈しみに溢れた、悟りを開いた聖人のような慈愛の微笑みだ。

 

 なのに、何故だろう。

 何故その笑顔の後ろに業火と般若が幻視出来るんだろう。心なしか、周辺の気温まで下がってるように感じられた。

 

 その不思議現象に、全員がドン引いた。そりゃもう、さっきの『チビ』発言の比じゃないぐらいに。

 なまじ表情からはその内心が推し量れないだけに、余計怖かった。いつもの怒りの笑みも確かに怖いが、あれはまだ凄みがある分怒りが推し量れた。

 けれどどうやったら、こんなに爽やかな笑みで怒りを表現出来るのだろう。

 

 「ユアン……何怒ってんだ……?」

 

 恐る恐るといった感じで声を絞り出すルフィ。彼は今、ともすれば蘇ってしまいそうな己のトラウマと戦っていた。

 今この場にいる者たちの中で、ルフィだけがこの笑顔に見覚えがあった。これはアレだ。昔マジ切れされた時に見せられた笑顔と同じだ。

 そしてそれに答える声は、極めて軽やかかつ朗らかだった。

 

 「何言ってんだよ。やだな、俺が怒ってるように見えるか?」

 

 全然見えない。なのに怒ってることが解る。だから怖い。

 何と言っていいか解らず、いや、何か言ってこの怒りの矛先が自分に向かって欲しくなくて、ルフィ以外は揃って口を閉ざした。

 

 「あぁ、そうだ」

 

 そんな中、当のユアンがふと思い付いたようにエースに振り返る。そのエースも、顔色が悪い。

 それはそうだろう。さっきの状況からして、この怒りを向けられているのはエースなのだろうから。

 

 「……何だ?」

 

 それでも逃げることなくその視線を受け止めたエースに、みなは尊敬の念を抱いた。

 

 「俺、エースの食事代を払っといたんだ。ドラムでも、さっきのメシ屋でも。過ぎたことだからまぁいいやって思ってたけど、何だか段々腹が立ってきたから、後々『白ひげ』に請求するね」

 

 あまりにもサラッと、明日の天気の話でもするかのような軽い調子で話すもんだから周囲の反応は一瞬遅れた……が。

 

 《ハァ!!??》

 

 その内容のぶっ飛びっぷりを理解していないらしいルフィ以外は、揃って眼を剥いた。

 

 「ちょっと待てェ!?」

 

 思わずツッコんだのはウソップだったが、今回ばかりはもしもウソップがツッコんでなくとも他の誰かがツッコんでいただろう。言わばこのツッコミは、一味の総意だった。

 

 「………………」

 

 一方この時、エースも苦悩していた。

 もしもそんな請求をされれば、それこそ自分が『弟の懐を当てにするたァどういうことだ』とお叱りを受けるかもしれない。かといって今、払ってもらった分を返せるだけの持ち合わせも無い。

 

 「おまっ……! 『白ひげ』に喧嘩を売る気かァ!?」

 

 それに対し、心底心外だ、と言わんばかりにユアンは目を丸くする。

 

 「まさか。何でそうなるんだ?」

 

 「何でって」

 

 「『白ひげ』から金をせびろうとしてる? 変な言い方しないでよ……俺はただ、父親に息子の不始末の責任を取ってもらおうかなって言ってるだけだよ? そんなに可笑しいことか?」

 

 「まだ言って無ェよ! お前は人の心でも読めるのかァ!?」

 

 可笑しくない。ユアンの言ってることは確かにそれほど可笑しくない、可笑しくはないのだが……。

 

 「問題があるとしたら……相手が『白ひげ』だってことだな」

 

 流石のゾロも、世界最強の海賊と言われる『白ひげ』を甘く見てはいないらしい。声が幾分か固い。

 だが、何やら『ぷっつん』しているらしいユアンは仲間たちの意見の斜め上を行っていた。相も変らぬ穏やか~な微笑のまま、更にぶっ飛んだことを言い出したのだ。

 

 「やだなァ、そんなに難しく考えて。だって『白ひげ』はエースの『親父』なんだろ? で、エースと俺は兄弟だ。兄弟の親は俺の親、よって要求を突き付けるのに躊躇する必要は無い」

 

 「何だその強引な三段論法はァ!?」

 

 「じゃあ、『白ひげ』っておれの父ちゃんでもあるのか!?」

 

 「アンタは黙ってなさい!」

 

 堂々と胸を張って無茶苦茶なことを言い出すユアンに、それにツッコむウソップ。

 ユアンの発言を真に受けて衝撃を受けるルフィと、それを鉄拳を以て鎮めるナミ。

 何ともカオスな空間が発生していた。

 

 「あー……ぶっ壊れてやがるな」

 

 ユアンの状態をそう表現したのはサンジだった。そしてその、ポツリと呟かれた評価は極めて正しい。

 

 そう、今ユアンは壊れていた。脳内のキャパシティを超えた出来事が発生して、ものの見事にぶっ壊れていた。しかも厄介なことに、ぶっ壊れつつも怒りは解消されていない。その怒りの原因は周囲にしてみれば不明だが……。

 

 「ユアン君、四皇と直接対峙するような度胸は無いんじゃなかったの?」

 

 そう、さっきと言ってることがまるで違うではないか。

 ビビがそう言って控え目に宥めようとするが、ぶっ壊れたユアンはある意味無敵だった。

 

 「四皇?」

 

 きょとんと眼を見開いて、まるで初めて聞いた単語であるかのように口の中で反芻する。そして。

 

 「四皇って、何だっけ?」

 

 と、のたまった。

 この時、ユアンの脳は『四皇』という単語を受け付けることを拒否していた。

 

 「ユアン? 何言ってんだ、おれにそれ教えてくれたのユアンじゃねェか!」

 

 以前、(自分にとっては)長く苦しい勉強を強いられた記憶も新しいだけに、ルフィは驚く。

 

 「そうだっけ?」

 

 本気で考え込むユアンは、やっぱり壊れていた。

 

 「がう」

 

 そんな中、大福が戻ってくる。彼女(=大福)は、まっすぐユアンの元に向かった。

 

 「あ、大福。持って来てくれたな」

 

 何を? と周囲がツッコむ暇は無かった。

 ガシャン、と。

 何の前触れも無く、未だ苦悩していたエースの手を取り、ソレを嵌めた。

 

 「ユアン……こりゃあ、海楼石か?」

 

 「うん、手錠」

 

 にっこり。

 それはそれは穏やか~な笑みを浮かべながら、『世界で2番目に尊敬してる海賊』と明言した兄に対して何の躊躇も容赦も無く海楼石の手錠を嵌めるユアン。全く以て、表情と言動が一致していない。

 

 「逃げて欲しくないからね」

 

 困ったようにそう言う弟に、エースはむきになった。

 

 「1度向かい合ったら、おれは逃げねェ!」

 

 《いや、逃げろよ》

 

 いつもならツッコミは、ナミかウソップの仕事(?)だ。しかし今回は、全員が同じことを心の中でツッコんだ。と同時に、アレから逃げずに立ち向かうというエースに畏怖を覚えた。

 

 「エース、スゲェ!」

 

 実際、1度アレを食らってその威力を知っているルフィはこの上ない尊敬の眼差しで兄を見ている。

 

 「それは良かった」

 

 ホッとしたように微笑むユアン……何故だろう。

 何故その背後に、獲物を糸に絡め取ったジョロウグモが幻視出来るのだろう。

 

 彼らは与り知らぬことだが、それは間違っていない。ユアンは、エースが『逃げ』を嫌っているのを承知の上であえてその単語を使ったのだから。ただでさえ無いも同然のエースの退路を完全に無にするために。

 何所からか、『知らなかったのか? 大魔王からは逃げられない。』などという名言(?)が聞こえてきそうである。

 

 「さァ、じゃあちょっと話をしようか。2人っきりで」

 

 『2人っきり』の部分を強調することで言外に『誰も付いて来るな』というニュアンスを含ませながら、ユアンはエースの手を取って船室に連れて行こうとする。

 

 「は……話ならここでも出来るだろ?」

 

 逃げはしなくても、流石に今のユアンと2人っきりになるのは嫌だったらしい。エースの足は動かない。しかしそれに、ユアンは小首を傾げた。

 

 「俺だけじゃなくてエースの為にも、2人っきりになった方がいいと思うよ? お互い、誰にも聞かれたくない、知られたくない話題が出ると思うから。何の話題か……解るよね?」

 

 エースはグッと言葉に詰まる。心当たりがありすぎるのだ。

 確かにそれは、誰にも聞かれたくない。いや、百歩譲ってルフィだけならいい。ルフィの場合は、ユアンはともかくエースの事情は既に知っているのだし。だが、他の面々の前では絶対にご免被る。例えそれがその弟たちの仲間であっても。

 

 「なァ、それってエースのと」

 

 「ルフィ!!」

 

 ルフィもそれが何かに思い至ったらしく、ポロッと口を滑らせそうになった。だがそれを、エースは慌てて牽制する。ルフィも自分が失言をするところだったのに気付き、ハッと口を押える。

 

 「あ! これ言っちゃいけねェんだった!」

 

 「そうだよ、ルフィ」

 

 ユアンはルフィを諭すように、やんわりとした笑顔を向けた。

 

 「ついうっかり口を滑らせて、人が隠しておきたかった秘密を勝手に暴露するなんて……万死に値する行為だよ。ねぇ、エースもそう思うよね?」

 

 「…………………………」

 

 向けられる穏やかな笑顔が怖い。そして、言葉の槍がエースの心にぐさぐさと突き刺さる。反論出来ないのが痛いところだ。事実、もしもあのままルフィが口を滑らせていたらと想像すると、それだけでゾッとする。

 

 そして彼らがそのまま船内に向かおうとした時、勇者が現れた。

 

 「なァ……何の話なんだ?」

 

 それは誰もが知りたいことだっただろう。誰にも知られたくない話題とは何なのか、ルフィは何を言い掛けたのか……しかしそれを直接口に出して聞くような好奇心の持ち主は、ウソップしかいなかったらしい。

 その質問に、ユアンがくるっと振り向いてウソップを……正確には、ウソップを代表とする仲間たち全員を見やる。

 

 「そんなに知りたいのか? 俺たちの秘密」

 

 尋ねながら、その眉間には皺が寄っていた。困っているらしい。

 しかし、微笑みながら眉根を寄せるとはどんな高等技術(?)だ。しかも、それで顔のバランスが崩れていないのが凄い。

 

 「あァ、そりゃあな。そんな思わせぶりな会話されちまっ」

 

 「知りたいのか?」

 

 ウソップの発言を遮って、ユアンは再び確認を取った。

 

 コテンと小首を傾げて上目使いにこちらを見るその所作は、いっそ幼いと形容してもいいようなものだった。元より小柄で童顔で、2~3歳年をサバ読んで申告しても疑われないだろうと思わせる容姿をした少年であるから、それらの仕草は意外にもよく似合っている。

 だが、見た目だけなら庇護欲すらそそられそうな可愛いものなのに、醸し出される雰囲気というか、オーラは全く違った。そして彼らは、ユアンのその一見無邪気な様子の裏に隠された副音声を本能で聞き取った。

 

 《深入りしたら殺す気だ……!》

 

 いや、正確に言えば彼らが感じ取ったのは決して殺気ではない。『殺してやる』という明確な意思じゃない。

 けれど、おどろおどろしい鬼気が放たれていた。

 もしも秘密を知ろうものなら例え殺されなくとも、記憶を失うまで拷問にぐらい掛けられそうである。

 

 どんだけ聞かれたくない話なんだ、と疑問はさらに膨らむが、とてもじゃないがそれ以上何も言えなかった。ユアンの本気を感じ取ったからだ。実際、その勘は正しい。

 普段ならともかく、『ぷっつん』している今の彼の思考回路は極めて即物的に出来ていた。もう、敵味方の区別がついているのかも怪しいぐらいに物騒な思考が彼の頭に流れていた。『口封じはしないとね。容赦? 何それ美味しいの?』ってなもんである。

 

 「……じゃあ、俺たちはちょっと話があるから……誰も近寄ったりしないよね?」

 

 その忠告に頷く以外、彼らに何が出来ただろう。

 聞き耳を立てるという手もあるが、気配に敏感なユアンには気付かれる可能性が高い。そうなれば、命の保証は無い。

 沈黙が降りる中、ユアンはエースの腕を取り、今度こそ船内に入って行こうとする。今度はエースも自分で足を動かしていた。腹を括ったのだ。

 だが、何故だろう。

 何故、船の中と外を区切る扉が、地獄の釜の蓋に見えるのだろう。

 そしてその状況を、黙って見遅れない人間が1人だけいた。

 

 「エース!」

 

 ルフィである。

 ルフィには、この後エースを待ち受けるであろう運命が予測できた。きっと、かつての自分と同じように怒られるんだろう。理由は解らないが。

 エースなら大丈夫だろうとは思う。ダメージは免れないだろうが、エースは強い。きっと負けない……ルフィはエースを心の底から信じている。

 同時に、前後の見境を失っているからとはいえ、いくらなんでもユアンがエースに対して、本当に言ってはいけないことは言わないだろうと信じている……いや、信じたい。

 だが、信じているのと心配していないのとは、全くの別問題である。

 

 2人を引き留めたルフィに、視線が集中する。もしや、助ける気なのだろうか。

 ルフィは思い出す。かつて、自分が怒られた後に何があったか……。

 

 「エース………………後で肉を分けてやるからな!」

 

 ルフィが人に肉を分け与える。それは最早天変地異の前触れかのような大事なのだが、この時のルフィの心は決まっていた。

 前に自分が怒られた時は、エースが肉を分けて励ましてくれた。今度は自分が、エースに肉を分けて励まそう、と。

 …………ただ、助ける気は無い。何故なら、エースの精神力を信じているからだ。決して弟が怖いわけでも、兄を見捨てたわけではない。そう、断じてない!

 ルフィの声援(?)を背に、エースとユアンは連れだって船室へと消えて行ったのだった。

 

 

 

 

 エースが解放されたのは、それから2時間ほど経ってからだった。ちなみに、ユアンは船の中から出て来る気配が無い。

 この間、エースとユアンを除く面々はことさら賑やかに宴を開いていた……船内の2人を意識の外に締め出すためにも。何かもう、色々と忘れたかったのだ。

 エースは外見上、それほど参ってるようには見えなかった。少しよろけてはいたが、話を聞くとそれは単に正座をしていたため足が痺れたせいだという。他には多少顔色が悪いぐらいで、問題は無さそうだった。

 その様子に、『あれ? 思ったほど大したことなかったのか?』と一同は胸を撫で下ろした……ルフィを除いて。

 

 「エース! 大丈夫か!? 肉食え、肉!」

 

 エースに駆け寄り、骨付き肉を進呈するルフィ。そんな心配そうなルフィに、エースはふと皮肉げに口角を吊り上げた。

 

 「ルフィ、お前……おれが挫けるとでも思ったのか?」

 

 いや、ルフィはエースを信じていた。だが、何度も言うが信頼と心配は別物なのだ。

 

 「お前がおれを心配しようなんて、生意気なんだよ……なァ、ルフィ」

 

 変わらぬように見えたエースに少し安心したルフィだったが、何となく不穏な雰囲気を感じ取って真面目な顔つきになる。

 

 「お前はおれに……生きてて欲しいか?」

 

 訂正。大したことないどころか、大有りだったらしい。エースの笑顔が何となく儚い。

 

 「当たり前だ!」

 

 ルフィは心の底から頷く。まぁ、これもルフィの本心には違いないし。

 エースとルフィ。2人は仲良く肉を分けあって互いを労わり合うのだった。

 




 反省はしてる、でも後悔はしていない。大事なことなので2度言った。


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第118話 恨みの矛先

 山に帰りたい……ダダンすら懐かしい……。

 

 エースとの話し合いが終わってから、俺は部屋の隅で床にのの字を書きながら蹲っていた。もうさ、キノコ栽培しちまってもいい? ってか、このままだとここ、苔生すんじゃね?

 ええ、イジケまくってますが何か? 怒りを発散しつくしてしまったら、後に残ったのは途方に暮れたような感覚だった。

 

 エースからは、2~3年前とやらに何があったのか事細かに聞き出した。

 あり得ねェ……あり得ねェよ……何で……何で俺は、こんなややっこしい人間関係の真っただ中にいるんだ?

 いや、関係がややこしいだけならいいんだ。1つ1つ消化していけばいい。

 関係がややこしい上に、関係者がアレらだから一杯一杯になるんだ。何であっちもこっちもバケモノだらけなんだ!? 俺はこんなに平凡なのに!

 

 往生際が悪いのは解ってるよ。俺ってば見苦しいよね。

 でもさ、ちょっとぐらい殻に閉じこもってもいいじゃん。

 俺はそもそも、波風立たない平穏な人生を送りたいと願っただけだったのに……いや今となっちゃあ、頂上戦争に関わろうとか考えてる時点で初めから無理な願いなんだろうけど。

 

 聞こえない。そもそも、祖父ちゃんの孫(そしてルフィの親戚)として産まれた時点で『平穏』なんてものとは程遠い人生になるの確定だったんじゃね? 的な心の声は聞こえない!

 と言うより、それだけでも大変なのに……何で、それ以外とも関わらにゃならんのだ。

 何だかんだ言っても、もう諦めてる。さっきも言ったけど、頂上戦争に関わるって決めた時点で真の平穏は諦めた。全く波風立たない人生は、諦めたよ。

 

 でも……ダメですか? 少しでも立てる波風を小さくしたかったと願うのは、そんなにいけない事ですか?

 せめて情報の拡散ぐらいは最小限に留めたかった……! それが何で、ロックオンされるようなことに……。

 俺には、会う・会わないの決定権が無いのかよ!

 

 バレる可能性が高いとしたら、頂上戦争の時だろうなと思ってた。でもその時は他にも色々な衝撃があるだろうし混乱もしてるだろうしで、何とかすれば逃げられるだろうと高を括ってたんだ。それなのに……よりによって、事前に……。

 神は一体俺に何の恨みがあるんだ!  ……って、からかい倒しましたねそういえば。え、何? これ自業自得?

 ……そうか。俺が悪いんだな。ああいいよ。もうそれでいいよ。結局はなるようにしかならないんだ! 開き直れ、俺! でないと山に帰りたくなってくる!

 もうそれしかない! いくら俺が出くわさないように立ち回ろうとしたって、あっちに狙いを付けられたら意味無いもんな!

 

 何だろう、今なら何でも出来そうな気がする! もうさ、『小さい方』って言われた屈辱を晴らしに行ってもいい!? ストーカーと元凶に!

 …………………………ごめんなさい、調子に乗りました。ストーカーはまだともかく、元凶は無理です。俺はそんなことが出来るようなバケモノじゃありません。

 

 けどさ。やる・やらないは別として、開き直ったついでに俺もう、恨んじゃっていいかな? いいよね? 誰か『いいとも~!』って言ってくれ、って心の中でシャウトしたって誰にも聞こえねェよ!

 今まではそれ以上に『顔を合わせたくない』って思ってたけど、合わせざるを得ないんならもういいよな?

 

 だってこの件に関しては俺、何も悪くないはずだ。

 俺がヤツを恨んで何か問題あるか? ……って、しまったルフィの命の恩人だった! ということは恨んじゃいけないのか!?

 …………………………よし、落ち着こう。ちょっと暴走しすぎたな。恨み辛みからは何も生まれない。広い心でいよう。

 

 どの道、会わざるを得ないんならルフィの礼を言わなきゃいけない。その為に平常心を保つんだ!

 それに、それならそれで1つだけ聞きたいこともあるしね……。

 

 「よし、もう大丈夫!」

 

 本当は全然大丈夫じゃないけど、自分に言い聞かせるために俺はグッと拳を天に突き上げながら宣言した。

 

 「何が大丈夫なの?」

 

 「俺を待ち受ける運命が例えどんなに疲れるものであろうと……って、ビビ? どうした?」

 

 ヤバイヤバイ、うっかり零してしまいそうになってしまった。

 振り返ると、ビビが船内に入ってくるところだった。

 

 「そろそろ、ちょっとカルーに仕事を頼もうかと思って……」

 

 そう言ってビビははにかんだ……あぁ、なるほど。となると。

 

 「それ、俺も頼んでいい?」

 

 「え?」

 

 「アルバーナの国王に手紙を書くんだろう?」

 

 座り込んでいたから起き上がって確認を取ったけれど、ビビは随分と驚いているみたいだ。

 

 「どうして解ったの?」

 

 原作知識です……とは言えない。まぁ、例えそんなものが無くたって、これは予測できることだ。

 

 「事が国盗りなんて大事だからね。ビビは王女だし、カルーって足もある。これで肝心の国王に何も伝えないなんてあり得ないでしょ?」

 

 しかも相手が相手だし。

 

 「で、それなら俺も一筆奏上したいんだよ。ちょっと頼みたいことがあってね……」

 

 「頼みたいこと?」

 

 俺の頼みを、ビビはどうやら頭から断る気は無いみたいだ。ただ、その内容は知りたいらしい。それは当然だと思うけど……ちょっと、今はまだ言えない。

 俺は苦笑した。

 

 「大したことじゃないよ。ただ、ちょっと貸して欲しいモノがあるんだ。それが何なのかはまだ言いたくないんだけど……確証は無いから。それが貸してもらえるかも、貸してもらえたとしても上手くいくかどうかも。ただ、何にしたってマイナスにはならないと思う」

 

 例えプラスにはならなかったとしても、マイナスになる可能性は限りなく低い。だからこそ実行しようかと思うわけで。

 

 「ビビの手紙と一緒に、俺が書いた分も同封して欲しいんだ。贅沢を言えば、ビビの手紙の方でもそれに協力してくれるように一言添えてくれたら尚いいな」

 

 俺は顔の前で両手を合わせて拝む。俗に言う『お願い』ポーズだ……あの、ビビ? 何でそんなに疑いの眼差しなの? 

 

 「本当に、無茶な要求はしない? 誰かを脅したり、騙したりしない?」

 

 ………………俺、そんな風に思われてたのか。

 何だよその言い草。まるで俺が悪党みたいじゃんか……って、海賊だから悪党でいいのか。しかもよくよく考えたら、脅したり騙したりってつまり、脅迫や詐欺ってことで……うん、大得意だな。

 って、納得してる場合か!

 

 「しないしない……多分」

 

 断言できない自分が悲しい。けど本音を正直に言ったらますます胡乱な目で見られてしまい、慌てて手を振った。

 

 「でも、少なくともコブラ王を騙したり脅したりする気は無いよ?」

 

 今のところは。後々、色んな事が終わってから何かしら請求する可能性は否定できないが。

 そんな内心は当然外には出さないように気を付ける。するとビビは、それには気付かなかったらしい。代わりに向けてきたのは疑問の籠った視線だった。

 

 「何をするつもりなのか、今は言いたくないと言ったわよね? でも、どうしてその『何か』をしようと思ったのか……それも聞かせてはくれないの?」

 

 何故、か。

 原作知識……とは当然言えないな。

 

 「……俺、ルフィとは長い付き合いなんだ」

 

 「え? えぇ、そうでしょうね」

 

 急に話が飛んだからか、ビビは困惑気味だ。兄弟なんだし、と小さく呟いてる。

 

 「だから、あいつの考えそうなことは大体解る……直感で行動されると予測不可能になることも多いけどね」

 

 それがどうした、という感情を滲ませた気配を醸し出しながら、それでもビビは無言で話の先を促している。

 

 「ビビは、反乱軍を説得したいんだろ?」

 

 改めて確認を取ると、コクリと頷かれる。

 

 「それが成功するにしろしないにしろ、どっちに転んでもルフィのその次の行動は予測できる。んで、そうなった時に『ソレ』があれば助かる。ビビ……俺は、クロコダイルを苛めたいんだよ」

 

 「……は? いじ……?」

 

 ビビは目をパチクリとさせている。

 

 「だって、腹立つし。嫌いだし。でもぶっ飛ばすのはルフィがやりたいみたいだから、俺は苛め倒すぐらいに留めておく」

 

 実際の所はぶっ飛ばそうと思ってもそう簡単にいける相手じゃないだろうけど、どの道ルフィは譲らないだろうからその辺はあまり考えていない。

 

 「それで…………苛めるの?」

 

 おいおい、何だよその変なモノを見るかのような目は。

 

 「うん。」

 

 けどその失礼な視線はスルーして、俺は極真面目な顔で頷いた。本当はただ苛めるだけじゃなくて、反乱を止められないかという思惑もあるんだけど……それはまだ言わずにおこう。ビビって腹芸は苦手そうだから、全てを話したらいざという時に露見しかねない。

 

 「俺ってば根が苛めっ子で出来てるみたいでね。どうにも、嫌いなヤツは苛めたくなるというか」

 

 東の海でも、クロ苛めしたよな~……アレは楽しかった。

 あ、誤解はしないでほしい。一応最低限の倫理はあるつもりだったから、学生やってた前世時代でイジメの類はしてない。

 

 「もしそれが上手くいった時に、クロコダイルがどんな顔をしてくれるだろうと思うと……もう、想像するだけで笑えてくるんだよね」

 

 少なくとも、上機嫌にはならないだろう。

 

 「…………ユアン君、気付いてる? あなた今、もの凄く楽しそうよ?」

 

 あ、そう? 気付いてなかった。

 ビビに指摘され、俺は流石に不謹慎だったかと思い直して1つ咳払いをした。

 

 「まぁ、とにかく……要はクロコダイルを苛めるための小道具が欲しいってわけだよ」

 

 少し強引ではあるけれど、俺はにっこり笑ってそう締め括らせてもらった。

 その後少しの間、思案気なビビと笑顔の俺で見詰め合うことになった。見詰め合うとは言っても、当然色気は無いけどね。

 やがてビビは、1つ溜息を吐くと肩の力を抜いた。

 

 「……解ったわ。少なくとも、父を困らせるつもりが無いのは本当のようだし……私も、クロコダイルは嫌いだもの」

 

 了承の言葉に、俺も人知れず緊張を解いた。

 詳細を明かさないのだから、断られてもなんら可笑しくなかった。だから地味に緊張してたんだよ、これでも。

 でも、これで終わりじゃないんだよな……頼んでも、『アレ』を貸してくれない可能性はあるし。その場合は、また別の手を考えなきゃいけなくなる。

 そんなことを考えていると何となく疲れてきて、俺はクロコダイルの変顔を想像することで気を紛らわせることにした。

 

 

 

 

 そうと決まれば話は早い。

 ビビは女部屋で、俺は男部屋でそれぞれ手紙をしたためる。

 自分から手紙を出すと言い出しておいて何だけど、ぶっちゃけ俺は『手紙を書く』という行為に不慣れだ。これまでの人生ではそもそも手紙を出す相手がいなかった。

 けれど失礼があっては元も子も無いし、あまりに軽い調子でも信用してもらえないだろう。それらも考えたせいか、書き上げた手紙を読み直すと、どうも必要以上に固いというか、丁寧に書きすぎた気がしないでもない。何しろ、『謹啓』で始まって時候の挨拶を経て、本文の後には『謹言』で終わってる。最後には日付まで入れてしまった。しかも、全文敬語だ。

 これだけ読むと、まるで俺がものすごく礼儀正しい人みたいだ……マキノさんの礼儀講座の賜物だろうか?

 海賊が書いた手紙としてこれってどうなの? とも思ったけど、失礼があるよりはずっとマシだろう。そう結論付けて、俺はそれを畳むと部屋を出た。

 そのままラウンジまで出てみると。

 

 「やァ! おれはキャプテン・おにぎりウソップだァ!」

 

 「何の! メシだるさんだァ!」

 

 ルフィとウソップが食料で遊んでいた。おい、そんなことしてたら……。

 

 「テメェら! 食い物で遊んでんじゃねェ!」

 

 ほら、サンジに怒られた。

 ラウンジにはこの3人の他にはエースとビビもいる。ビビも手紙を書き終えたんだろう。エースは……。

 

 「………………」

 

 視線を逸らされた。地味に傷つく。

 そもそもは俺、悪くないと思うんだけどな……喋っちまったのはエースのミスだ。けど、さっきのはちょっとやり過ぎだっただろうか。アレか、オーバーキルってやつか?

 ダメだな、本気で頭に血が上ると前後の見境が無くなってしまう……俺の悪い癖だ。流石に、拷問まではしてないと思うんだけど……そもそも、エースが黙って拷問を受けるとも思えない。

 しかも、俺、その時のことあんまり覚えてない……何だろう、みんなにも何か言ってしまったような気がするんだけど……さっきビビは特にツッコまなかったし、それはまだ許容範囲内だったんだろう、うん。

 

 「エース………………………………ごめん、やり過ぎた?」

 

 この空気も居た堪れないものがあるし、謝っておこう……何で俺が謝らなきゃならないのかちょっと疑問だが。

 

 「何で疑問形なんだ?」

 

 サンジに怒られた後、ルフィと並んで皿洗いをさせられているウソップが疑問の声を上げた。

 

 「いや、だってあんまり覚えてないんだよ」

 

 《覚えてないィ!?》

 

 うわ、何だ!? 驚いた! 何だよみんなして。

 

 「アレを覚えてねェだと……?」

 

 サンジが銜えていた煙草が、ポトリと落ちる。良かった、シンクの中に落ちて。火事にならずに済んだ。

 しっかし、本当に何言ったんだ俺は?

 

 「お、覚えてねェのか? じゃあ、『白ひげ』に飲食代を請求したりしねェよな?」

 

 ウソップ……まるで縋り付くような、懇願するような視線で……って、『白ひげ』に飲食代を請求?

 

 「誰が言った、そんなこと」

 

 「「お前ェだよ!」」

 

 え、俺? 全っ然覚えてない。

 でも、それはそれでいいかも……結構な額に上ったもんな、エースの2食分の食費。

 俺が半ば本気で考えていると、ユニゾンツッコミに参加してなかったルフィが別のことを言い出した。

 

 「あ、そうだ! なァ、『白ひげ』っておれの父ちゃんでもあるのか?」

 

 ……はい?

 

 「何でそうなる」

 

 「何でって」

 

 俺が尋ね返すとルフィは口を尖らせた。

 

 「お前ェがそう言ったんじゃねェか」

 

 へ? 俺が何を?

 俺は視線でエースに助けを求めた。何故エースかというと、ルフィが物事を説明すると要領を得ない話になる可能性が高いからだ。

 そして、エース曰く。俺ってば『だって『白ひげ』はエースの『親父』なんだろ? で、エースと俺は兄弟だ。兄弟の親は俺の親』とか何とか言ったんだって。

 うわ~……何言っちゃってんだろうね俺。

 ヤバいな、本当にブチ切れてたみたいだ。

 

 「ルフィ」

 

 純粋に疑問に思っているんだろう、向けられているルフィの視線に他意は感じない。

 

 「それは、ものの例えってヤツだよ。エースにとって『白ひげ』は親父だけど、俺たちにとっては別に父親的存在じゃない」

 

 「そうなのか?」

 

 そうだとも、と俺は大仰に頷いた。

 『白ひげ』にしてもいい迷惑だろう。面識も無い赤の他人に父親認定されたって。いや、エースというクッションがいるから、完全に赤の他人とも言い切れないか?

 

 「それに、俺は嫌だよ、四皇が父親なんて。絶対に色々と面倒くさいから」

 

 そう、面倒くさい。果てしなく……あれ?

 

 「何で安堵の溜息を吐いてるんだ?」

 

 微妙な顔したエースときょとんとした顔したルフィ。それ以外にここにいる、ウソップ・サンジ・ビビが何故かあからさまにホッとしていた。

 

 「いや……お前が四皇ってェ存在を思い出してくれて良かったぜ」

 

 さっき吸っていた煙草がダメになったサンジが、新たな1本を取り出しながらしみじみと呟いた。

 

 「そうよ。ユアン君ってば急に、『四皇って何だっけ?』とか言い出すんだもの!」

 

 え。そんなこと言ったの、俺。

 うん……きっと、現実逃避してたんだろうな。

 

 「ゴメン、ちょっと混乱してて」

 

 てか、正直に言えば今も多少混乱してるけど。

 

 「………………悪かった」

 

 俺が苦笑してると、エースがまだそっぽを向きながら呟いた。

 

 「そもそもの原因はおれだ。悪かった……役にも立てねェで」

 

 『役に』って言い方は嫌だけど……その通りだよ。

 エースってば自分の持ってる情報を引き出せるだけ引き出されておいて、あっちの情報は結局煙に巻かれてるんだから。しかも、ついさっきまでそのことに気付いてすらいなかった。

 

 「メシ代のこともな。けどおれ、今あまり手持ちが無ェんだ。代わりに何か1つ、何でも言うこと聞いてやるぜ」

 

 ………………うん?

 

 「何でも?」

 

 それはまた大きく出たな。んで、それで手打ちにしようと。

 けど……。

 

 「何でも、なんてそう簡単に言うもんじゃないよ」

 

 特に、俺みたいな揚げ足取りの前ではね。そう溜息を吐くと、エースはムッとしていた。

 

 「何だよそれ」

 

 「俺がもし、『白ひげ』の首が欲しいって言ったらどうするんだ?」

 

 それを言った瞬間、ピタリと周囲の動きが止まった。エースも目を見開いてる。おいおい、そんなに本気になるなよ。

 

 「冗談だ。でも、『何でも』ってのはやめた方がいい」

 

 世の中、無理な事ってのは確かにあるんだから。

 俺が本当に冗談でああ言ったのだと解ったのか、みんなはホッと胸を撫で下ろしていた。

 けど願い……願いか、そうだな。

 

 「『白ひげ』の首はいらないけど……『赤髪』の首なら欲しいかな」

 

 「お前それ、言ってること大して変わってねェぞ」

 

 まだ冗談を続けてると取ったのか、ウソップのツッコミはまだ軽い。

 だが。

 

 「………………オイ、まさか今度は本気かァ!?」

 

 俺が無言で微笑んでいると、ウソップがまたツッコんできた。

 うん、ちょっと本気だ。だって。

 

 「『小さい方』と呼ばれた屈辱……俺は忘れない」

 

 「いや忘れろよ、それぐらい!」

 

 それぐらい……だと……!

 ふん、どうせお前は他人事だからそんなこと言えるんだよ!

 これでも俺は、恨むのは諦めて怒りだけで済ませてるんだ!

 

 「何だよ、ユアンもシャンクス嫌いだったのか!?」

 

 ルフィが目を丸くしている。言外に、祖父ちゃんみたいに、というニュアンスが含まれてる気がする。

 俺は内心は押し隠して苦笑して。

 

 「別に、嫌ってるんじゃないよ。『小さい方』って言われるのが嫌なだけで」

 

 と、当たり障りのないであろうことを言ったのに。

 

 「でも、お前小せェぞ」

 

 俺、コイツ殴っていいか? 何だその無邪気な目は。

 

 「………………まぁどっちにしろ、それをエースに頼む気は無いから。冗談と言えば冗談かな」

 

 スルーしてしまおうそうしよう。

 俺の冗談宣言に、みんなはまたしても胸を撫で下ろしている。

 

 「何か頼みを聞いてくれるっていうなら、今は無いから保留ってことにしといてよ」

 

 というわけで、取っておかせてもらいます。

 

 「保留なァ……まァいいが。それよりお前ェ、さっきはともかく何でドラムでも律儀に払ったんだ? 逃げりゃよかったのによ」

 

 確かに、昔はスタコラ逃げてた。それを知っているからこそ、エースは不思議そうな顔をしている。

 そりゃあ俺だって逃げたかったよ。でもな。

 

 「ちょっと、動けなかったんだよ。病気になっちまったから」

 

 しかも真横でドクトリーヌが見張ってたし。

 あの時のことを思い出して、かなり苦しかったよな~とちょっとしみじみしていたら、エースがガシッと俺の両肩を掴んできた。

 え、あの……何その怖い顔。

 

 「病気だと!? 何で気を付けてねェんだよ、お前は身体が弱ェんだぞ!」

 

 …………………………あ、エースもそう思ってたんだ。ルフィだけじゃなかったんだな。

 俺はまるで他人事のように、ぼんやりとそんなことを思った。もう訂正するのも面倒くさかった。

 けどそれで放置してたら、ルフィまでそれに乗っかってきた。

 

 「エースもそう思うだろ! なのにこいつ、治療はしねェし雪山で寝るし!」

 

 「雪山で寝ただァ!?」

 

 げ、それは違うだろ!

 

 「別に雪に埋もれたわけじゃないって! 暖かい屋内でベッドに入って寝たんだ!」

 

 いくら何でも、雪山で直接寝たりはしない!

 俺がそう説明すると、エースは何だそうかと安堵の息を吐いた……ルフィは納得しなかったけど!

 

 「同じだろ! 雪国で寝たら死ぬんだぞ!」

 

 まだそんなこと言ってんのかお前は!

 

 「ルフィ……そりゃ違ェだろ」

 

 エースも呆れてるよ。そりゃそうだよな。けどルフィも譲らない。

 

 「だって昔、そう聞いたんだ!」

 

 まるで駄々っ子だ……いや、ルフィが駄々っ子なのはいつもか。

 

 「あー……お前ェ、騙されてんぞ」

 

 「何!?」

 

 エースが言い難そうに告げたら、ルフィは『がーん』という擬音が背後から聞こえてきそうな状態になっている。やっと理解したか、騙されてたって。

 ルフィはちょっと考えると、とても悔しそうな顔をして地団太踏んで叫んだ。

 

 「あー!! またシャンクスにからかわれてたァ!!」

 

 「…………………………………………へェ~…………………………」

 

 よし、恨もう。恨むのはやめようと思ったけど、やっぱり恨もう。例えルフィの命の恩人でも、恨もう。

 

 てか、やっぱりか! 何でこうも嫌な予感ばかり当たるんだ!

 余計な事ばっかり……! おかげで俺は、病身なのに安眠できなかったじゃねェか! むしろ意識が回復した後、叩かれまくったせいか顔が痛かった!!

 

 『恨んでいいかな?』という問いに、『いいとも~!』という返事が頭の奥で聞こえてきた気がした。

 これはあれだ。きっと、そうしろという神からの啓示だよ。神嫌いだけど、この際それはどうでもいい。ルフィの件について礼だけ言ったら、もう後は知らん!!

 そもそも、ちっこいものの敵だしな!

 

 「ふ、ふふ……いつか覚えてろよ……」

 

 思わず零れた笑いと呟きに、未だに悔しがってて俺の様子に気付いていないらしいルフィ以外がドン引いていたらしいけど……この時は頭に血が上っていて、全然気付いていなかった。

 うん、取りあえずこの怒り、クロコダイルに八つ当たって発散でもしようかな。

 

 



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第119話 外道と外道

 ビビがカルーに手紙を託して送り出すのを、俺たちは黙って見ていた。ちなみに俺は、エースやゾロと一緒にメリー号の上から見下ろしている。何で下船しなかったのかって? いや、だって降りるの面倒くさかったんだよ。無精でゴメン。

 

 「七武海のクロコダイルがこの国にいるのは知ってたが、海賊が国盗りだって? 性質の悪ィジョークだぜ」

 

 カルーが走り去るのを眺めながら、エースが呆れたように呟いていた。

 

 「海賊が一つ所に碇を降ろして落ち着こうってェのか? まさか、国王の座に納まろうってわけでもねェだろうに」

 

 本当にな……ただプルトンのポーネグリフを有していたために……災難だよな、アラバスタは。

 

 「よーし、船を出すぞォ!」

 

 船に戻ってきたルフィが号令をかけているのが聞こえる。まだ船に乗り込んでいないウソップがその言葉に慌てている様子を尻目に、エースは肩を竦めた。

 

 「その国盗りには、何か裏があるかもしれねェな」

 

 まさか、エースがここにあるポーネグリフのことを知っているとは思えない。だから多分この発言は、勘から来ているものなんだろうけど……何て鋭い。

 

 「裏?」

 

 殆ど独り言に近かったエースの呟きを聞きとがめ、ゾロが眉を潜める。

 

 「何かもっと、深い……な」

 

 そして、エースはつと俺に視線を寄越してきた。ん、何だ?

 

 「ユアン、お前ェなら何か予測は付いてんじゃねェのか?」

 

 え?

 

 「何で俺が?」

 

 確かに付いている……というか知ってるけど、何でそれがエースに解るんだ?

 

 「その話を聞いてからこれまで、時間は十分にあっただろ? なら、お前なら色々考えてんじゃねェかと思ってな」

 

 つまりは、それも勘か。

 恐るべし……エースの勘。

 

 「……随分と、買い被られたもんだね。エースは俺を何だと思ってるんだ?」

 

 溜息と共に尋ねたけれど、返ってきたのはニヤリとした笑みだった。

 

 「これでも、信用してんだぜ? お前のその知識と頭の回転はな……誰がお前を育てたと思ってやがる」

 

 「うん、ありがとう」

 

 「いや、礼を言って欲しいわけじゃねェんだが」

 

 解ってるよ、論点がそこじゃないってことは。

 ただそれを額面通りに受け取るのは、ちょっと照れるしかなり疑問を感じる。

 

 確かに俺の知識量はそれなりのものがあるだろう。原作知識というアドバンテージもあるし、転生後も新聞や本を色々読んで情報収集してきた。何せ情報は時に運命を左右する……だからそれに関しては自負している。

 

 けど別に、頭の回転なんて良くない。むしろ、1つのことに集中すると他に気が回らなくなる傾向がある。ガキの頃にエースとルフィの衝突を画策したもののその安全面を考慮していなかったり、バギーからログポースをくすねるために母さんを利用したり……うん、思い出すだけで落ち込んでくる。

 

 でも、それを今言うわけにもいかないんだよな……しかも、すぐそこでゾロも『どうなんだ?』的な訝しげな視線を向けてきてるし。

 

 「……確証は、無い」

 

 極々真面目な顔でそう答えると、食い付いてきたのはエースよりもむしろゾロだった。

 

 「それはつまり、クロコダイルの『裏』とやらが予測はできてるってことか」

 

 「そうとも言える。ただ、さっきも言ったけど確証は無いから、口には出さない。的外れな考えだったりしたら、無駄に混乱させるだけだ」

 

 肩を竦めながらそれだけ言うと、ゾロは納得はしていないようだったけれどそれ以上は踏み込んでもこなかった。

 

 実際、例え原作知識が無くても今までに入手できた情報からクロコダイルの目的を推察できないことはないんだ。

 第1に、ニコ・ロビンと出くわしている。彼女の過去やその他諸々を知っていれば、そこに辿り着くのは決して不可能じゃないはず。

 第2に、俺の性格が悪いってのも関係してると思う。ウソップ曰くの外道だし。だから、同じく外道(by.原作ゾロ)のクロコダイルの思考回路は読みやすいんじゃなかろうか。外道は外道を知るのさ……なんちゃって。

 

 でも……原作ではクロコダイル、『外道って言葉はコイツにピッタリだな』とかゾロに言われてたけど……俺とどっちが外道なんだろう。いや、そんなのクロコダイルに決まってるよな。俺は国盗りなんてしようと思わないもんね。そうだよ、俺の外道さなんて可愛いもんだよ、うん。

 内心で1人大きく頷いていると、ゾロが溜息を吐いていた。

 

 「……なら、確証が持てたらちゃんと言えよ」

 

 念を押されてしまいました。うん、そりゃあまぁ。

 

 「言うさ。そこまで行ったなら黙る意味も無くなるからね」

 

 そしてそれは、そう遠い話じゃないだろう。

 

 

 

 

 サンドラ河を更に上り、エルマル近くの岸に上陸する……前に、とある動物と遭遇した。 

 

 「上陸したけりゃおれ達を倒して行け、だって」

 

 チョッパーが通訳してくれたその動物はご存知、クンフージュゴンだ。

 ……何て純粋な瞳をしてるんだ……くそぅ、可愛いじゃねェかこの野郎。これは是非、俺も1匹ぐらい倒して弟子にしたい。

 調子に乗ったウソップが向かって行って返り討ちにされてるけど、そんなことはどうでもいい。そもそも、クンフージュゴンを甘く見たウソップが悪いんだ。

 俺は手頃な距離にいるクンフージュゴンに当たりを付け、蹴りかかってみた。

 

 「よし、勝利!」

 

 はっきり言おう、何の問題も無かった。一発KOだ。

 

 「よっしゃー!!」

 

 あ、隣でルフィも勝利してる。

 

 「勝ってもダメ!」

 

 俺たちの勝利を目にして、ビビが悲鳴を上げていた。でも俺としてはそれに不満があるから、口を尖らせて抗議した。

 

 「何でだよ、俺はクンフージュゴンの弟子が欲しかったんだ」

 

 「クンフージュゴンの特性を知ってて何で勝つの!?」

 

 「だって可愛いじゃんか!」

 

 蹴り飛ばされて意識を飛ばしていたクンフージュゴンが、パッと起き上がってそれはもうキラッキラした眼差しを向けてきていた。俺はそいつを抱き上げ、ビビの眼前に突き付ける。

 

 「う…………」

 

 口元を押さえてちょっと後ずさるビビは、多分この可愛さを解したんだろう。返答に窮していた。

 そして、俺たちがそんなやり取りをしている間に。

 

 「違う! 構えはこうだ!」

 

 ルフィは弟子を増やしていた。

 

 

 

 

 その後結局、クンフージュゴンは連れて行けないとのことで置いて行くことになった。涙ながらにハンカチを振る彼らを背に、先を行く。

 

 「あんたたちのせいで余計な時間使っちゃったわ」

 

 ナミがぶつくさ言ってるけど、それは物申したい。

 

 「俺はそこまで使わせてないぞ。ちゃんとまる鍋を躾たぞ」

 

 ルフィが弟子にしたクンフージュゴンたちはチョッパーが説得したけど、俺の弟子には俺が話をした。何せ1匹だけだし、ちゃんと上下関係をハッキリさせて言うこと聞かせたから。

 

 「……まる鍋って、何?」

 

 「あいつの名前」

 

 付けました、はい。あいつにも。その方が愛着湧くじゃんか。

 え? 何でまる鍋かって? だって甲羅背負ってるし。ジュゴン料理は思いつかなかったけど、カメ(というかすっぽん)料理と言えばまる鍋だろ?

 

 「何であんたの名付けは食べ物ばっかなのよ……」

 

 ナミが疲れたようにツッコんできたけど……その方が楽しいんだよ。

 ちなみに、同じく俺が名付けた大福はミニ化して俺の肩の上にいる。ナノハナでは船に残ってたけど、今回は付いて来る気らしい。まぁ、もう香水のキツイ匂いはしないしね。

 

 「別にいいだろ? それで誰かに迷惑が掛かってるわけでも無いんだからさ。なー、大福?」

 

 大福に同意を求めると、ちょっと視線を逸らされた……え、嫌なのか?

 

 「ユアン……大福って、そりゃねェぞ」

 

 エースにまで呆れられた。けど、そんなこと言うなら。

 

 「じゃあエースなら何て名前付けるんだよ。」

 

 大福を指差し、問うてみた。

 

 「あァ? 名前? こいつにか?」

 

 エースは目を丸くしたけど、すぐに思案を始める。

 

 「言ってやってくれ、お兄さん!」

 

 ウソップ煩い! 何の声援だ!

 暫くの間唸りながら『白と黒……』とか呟いていたエースだけど、徐に口を開き。

 

 「…………………………ごま塩?」

 

 俺と大して変わらねェよ、それじゃ。

 エースの回答を受け、大福は『ガーン』状態になった。俺たちの話を傍で聞いてたみんなも、ルフィを除いてズッコケかけている。

 

 「ダメか? 握り飯の方がよかったか?」

 

 だから、大して変わらねェって。

 

 「肉じゃねェのか?」

 

 ……ルフィは放っとこう。どうせ、人類以外の哺乳類にはみんな似たようなこと言うんだろうし。

 

 「何だかんだ言ったが……やっぱり兄弟でいいのか、あいつらは」

 

 「どんなネーミングセンスしてるのかしら」

 

 そしてまたもやヒソヒソヒソヒソと……煩いな、聞こえてるんだよ!

 

 「……エースなんて、犬を飼って火犬とでも名付ければいいんだ」

 

 取りあえずこの苛立ちは、俺と大して変わらないネーミングセンスのくせにダメ出しをしてきたエースをからかって晴らそうと思う。

 なのに、エースは『はいはい』とでも言わんばかりの余裕の笑みでスルーするし……何だよ、つまらない。

 

 

 

 

 エルマルにはすぐに着いた。下船してほんの数分歩けば良かったんだから、早いもんだ。

 ビビは、この町を見ればバロックワークスがこの国にどんなことをしてきたのかが解ると言う。

 

 「何も無ェな、ここは!」

 

 砂に埋もれた町に足を踏み入れ、ルフィの第一声がそれだった。そしてそれは、極めて正しい。人はいないわ、建物は崩れかけだわ……まさに廃墟としか言い様がない。

 

 「つい最近までここは、緑の町と呼ばれる活気ある町だったのよ」

 

 ビビの発言を疑っているわけじゃないけど、今この状態しか見ていない俺たちにしてみれば何とも言えない。

 

 「ここが……ねェ」

 

 ゾロがかろうじて立っていた木を蹴るが、水分が全く無いせいだろう。そう力を入れたようには見えないのに、簡単にボロッと崩れた。

 ビビの話では、元々雨の少ないこの土地だけれど、偶に降る雨を蓄えることで何とか人々の生活は回っていたらしい。

 

 「けれどこの3年、この国のあらゆる場所で1滴の雨も降らなくなってしまった」

 

 3年前というと……俺からしてみれば、丁度エースが出航した頃か。うん、長いなそれは。

 

 「だがよ、雨が降らねェとは言っても、すぐそこにさっき渡ってきた河があるじゃねェか」

 

 「そうだぜ、あの河から水は引けなかったのか?」

 

 ゾロとウソップが一見尤もな意見を述べるけれど、今ここに広がっている光景がその答えだろう。

 

 「それは無理だな」

 

 ポツリと呟くと、どういうことだ的な視線に晒される。ただ1人、ビビの視線は違う意味を持っていたけれど。

 

 「解るの?」

 

 何だろう、凄く悲しそうだ。

 

 「……普通、河にジュゴンはいない。あれは真水じゃなくて、海水なんだろ?」

 

 潮の匂いも少ししたしね。

 

 「えぇ、そうよ。太古の昔からこの国をずっと潤してきたサンドラ河も、近年ではかつての勢いを失って下流に海の浸食を受けているの」

 

 「まぁ水には違いないから、蒸留でもすれば使えないことはないんだろうけど」

 

 クルリと視線を巡らせる。今は廃墟とはいえ、エルマルのかつての街並みの名残は多少ある。

 

 「これだけの規模の町の産業・生活用水を確保しようと思ったら、難しいよ。桶で1杯1杯汲んで来たんじゃ追い付かないし。近年ではかつての勢いを失ってってことは昔はあの河も利用してたんだろうから、当時は運河でも作ったと思う。本当にいざとなればそれが利用できたのかもしれないけど……敵にしてみればそんな逃げ道、残す道理は無い」

 

 「怖ェこと言うな、お前は」

 

 ウソップが若干引いてるけど、当然だろう?

 

 「だって、俺がクロコダイルの立場なら真っ先に潰すよ。砂漠で水が確保できないなんて、致命的だから」

 

 こう言っちゃ何だけど、戦略……いや、謀略としては正しい選択なんじゃなかろうか。

 

 「………………なるほど、外道は外道を知るんだな」

 

 何だろう、人に言われると腹が立つ。って、何でみんな納得してんの!? エースにルフィまで! 俺、そんなに外道か!? 誤解だよね、コレ! みんな勘違いしてるだけだよね、ね!?

 俺が自身の性根にいささか自信を失うというちょっと寒いギャグみたいな状態になっていると、ビビが頷いていた。

 

 「ええ。確かにあったわ、運河は。……あなたの言う通り、何者かに破壊されてしまったけれど」

 

 何者かって言うけど、クロコダイルの手の者に決まってるよな。

 ビビの話は続く。

 雨が全く降らないというのは、砂漠の国アラバスタでも過去数千年無かった大事件だったらしい。しかし、そんな中でただ一カ所だけいつもよりも多くの雨が降っていたのが首都・アルバーナ。

 

 「人々はそれを王の奇跡だと呼んだわ。あの日、事件が起きるまでは」

 

 事件とは勿論、ダンスパウダーの発覚である。

 

 「ダンスパウダー!?」

 

 当然と言えば当然なんだろうけど、航海士のナミはダンスパウダーのことを知っていた。

 

 「何だ? 知ってんのか?」

 

 ルフィがこういった疑問を投げかけるのはいつものことだけど、今回は別にルフィが無知というわけじゃないだろう。雨……というか水に困ったことがない人間なら、知らなくても可笑しくない。

 

 「えぇ。別名は、『雨を呼ぶ粉』」

 

 「雨を呼ぶ?」

 

 ダンスパウダーの仕組みについてはナミが説明してるけど、長くなるので割愛する。原理にそこまでこだわる必要も無いし。

 

 「なるほど、不思議粉のことか!」

 

 うん。取りあえず、雨を降らせる粉だってことだけ認識してくれたらいいよ。ルフィはすごく不味かったって言ってるけど……お前、食べたことあったのか。でもそのルフィの感想に取り合うヤツはいなかった。

 

 「何だよお前ら、おれが嘘吐いてるって言いてェのか?」

 

 「言って無いって。ルフィが嘘吐けないヤツだってのはよく知ってるから」

 

 もう本当、『嘘下手っ!?』とツッコまずにはいられないぐらいに。特に食に関することはね。だから、食べたって言うなら食べたんだろう……でも、どこで見付けたんだ? ダンスパウダー。

 ルフィがちょっとイジケたのが面倒だから、また干し肉を渡しておいた。予想通り、それで機嫌が回復するんだから、単じゅ………………いやいや、純粋なヤツだよ。

 

 「待て待て、そんな粉があるならこの国には打ってつけじゃねェか」

 

 ウソップのこの疑問も、知らなければまた当然だろう。

 

 「それも無理。ダンスパウダーは製造も所持も、勿論使用だって、世界政府によって禁止されているから」

 

 言うと、何故かナミに睨まれた。

 

 「あんたね、知ってるなら言いなさいよ。私にばっかり説明させてないで」

 

 言ったら言ったで、ナミは俺に丸投げするくせに。カームベルトの時もそうだった……何てことは、口には出さない。俺は空気の読める子だからね。それに関しては日本人お得意の曖昧な笑みで誤魔化して、すぐにまた真顔に戻る。

 

 「はっきり言って俺は、世界政府なんて大っ嫌いだよ。あのマークを見るのも不愉快なぐらいに、嫌いだ。革命軍を全面的に支持したいぐらいに、嫌いだ。それでも中には、良い判断だと認めざるを得ない事柄もいくつかある。ダンスパウダーの禁止はその中に入るね」

 

 俺の口調は言い捨てる……というよりむしろ、吐き捨てるってのに近いと思う。ゾロですら苦笑する(だよね、アレ。多分)ぐらいに。

 

 「随分と辛辣だな」

 

 そりゃそうだ。だって嫌いなんだよ、世界政府。だって、ゴア王国がその縮図と考えていいわけだろ? あの火事の時の高町の様子を思い出せば……嫌うなって方が無理だ。それにそもそも、天竜人を頂点に置いてるって時点で、もうね……天竜人の中にもいるのかな、サボのようなヤツは。いなかったら、本当に救いようがないよなぁ。

 

 「ま、まァとにかく……何で禁止されてんだ、そのダンスパウダーってのは」

 

 ウソップが、逸れていた話の筋を戻す。

 

 「そりゃ……無から有は生まれないからね」

 

 「はァ?」

 

 あれ、端的すぎたか? ナミが説明を補足してくれた。

 

 「ダンスパウダーには、思わぬ落とし穴があったのよ」

 

 それは隣国の旱魃。ダンスパウダーは水じゃないんだ、雨を生み出すわけじゃない。あくまでも呼ぶだけ。でも、呼んだ後に『ありがとうございました、さようなら』と返すことは出来ない。何せもう降った後だから。

 

 「そうか、放っときゃ隣の国に自然に降るはずだった雨も奪っちまったってわけか」

 

 それで戦争が起こり、その原因たるダンスパウダーは事態を重く受け止めた世界政府によって禁止された、というわけだ。話の流れにウソップ含め、みんなが納得してる……ただ1人を除いて。

 

 「ルフィ……付いて来てるか?」

 

 未だに干し肉を齧りながらきょとんとしてるルフィに問いかけると、答えはすぐさま返ってきた。

 

 「不思議粉はダメってことだろ?」

 

 「…………思ったより解ってくれてて良かったよ」

 

 うん、まぁ……間違っちゃいない。問題は無いよな、クロコダイルをぶっ飛ばすのにその辺の細かい事情を理解する必要は無いし。

 話をアラバスタの件に戻すと、ダンスパウダーが見付かったことで国民は『王が雨を奪った』と怒った。そりゃそうだろう。王を疑ってくださいと言わんばかりの状況だ。

 

 「何だビビ、そりゃお前の父ちゃんが悪ィぞ!」

 

 「お前は何のためにこの国に来たんだ」

 

 ツッコませていただきました。えぇ、拳と共に。

 クロコダイルがアラバスタを乗っ取ろうとしてるって話なのに、何でそれが解らんのだ!

 

 「嵌められたんだよ、ビビちゃんのお父様がそんなことをするか!」

 

 サンジもルフィを蹴ってるし……うん、これは止めない。あいつは蹴られた方がいいと思うよ。どうせゴムだからダメージは無いんだし。

 ビビ曰く、コブラ王には全く身に覚えのない事件。だが、同時に宮殿でも大量のダンスパウダーが見付かったらしい。

 

 「宮殿で、大量に……ねェ」

 

 少量ならともかく、大量にとなると……誰かが買収されてるか、工作員が入り込んでるか。何にせよ、宮殿内だからと気を抜いていい状態じゃないわけだ。

 

 「宮殿の中にも手が回ってたのか」

 

 それは誰もが思い至ったらしく、ゾロが呟いていた。

 ダンスパウダーの1件以来、王の信頼は日に日に崩れ、やがて戦いが始まってしまったのだと言う。エルマルの人々は水を求めて他のオアシスに移り、緑の町は枯れた。

 ビビが一通りの経過を話し終え、場には沈黙が落ちた。何と言っていいか解らないよ。

 そんな中、ゴウッと強く風が吹いたと同時に、人の声ような音が辺りに響いた。

 

 「反乱軍か!?」

 

 「まさか、バロックワークスの追手か!?」

 

 チョッパーやウソップが慌ててるけど、その線は無い。

 

 「大丈夫だ、この辺りで俺たち以外に人の気配は無い」

 

 「あァ。ただの風だ、これは」

 

 俺の保証に1番に頷いてくれたのはエースだった。

 

 「風?」

 

 ルフィも疑問顔だけど、俺の保証を疑っている様子は無い。

 

 「ほ、本当に大丈夫なのかァ!? 四方から聞こえて来るぜ!」

 

 煩いよ、ネガッ鼻。本当に四方に人がいたら、俺じゃなくても誰かが今までに気付いてるはずだろうが。

 これは本当にただの風、廃墟の町で反響して響いてるだけだ。原理としては、笛に近いだろう。

 

 「エルマルの町が……泣いている……」

 

 ビビの言葉は、詩的であると同時に正論だ。町が枯れずにいたのなら、ここまでの反響音は無かっただろうから……って。

 

 「ビビ……俺の目が正しければ、あれって砂嵐なんじゃ……?」

 

 それは砂嵐と言うにはかなり小規模ではあった。砂煙と言った方が近いかもしれないというぐらいには。人が吹き飛ばされるほどじゃないけれど、それでもぶつかって嬉しいものじゃない。

 俺たちは各々踏ん張って、ソレに耐える。そう長いことじゃない、ほんの数秒だ。その間、目に砂が入ったら痛いから閉じてたけど過ぎ去って顔を上げてみれば、1番前にいたルフィが不思議そうな顔でミニ砂嵐を振り返っていた。

 

 「どうした?」

 

 「んー……何か、変な感じがした」

 

 尋ねてみても、答えは要領を得ていない。本当に直感で物を言っているんだろう。けどルフィの勘は当たるからなぁ。

 ひょっとしてアレも、クロコダイルの仕業とか? にしては小規模すぎるけど……いや、レインベースからここまで来る間に威力が変動したのか? ……やめよう、どうせ考えたって答えは出ない。

 ルフィの方でも早々に気を取り直したようで、もう前を向いていた……だから、それに真っ先に気付いたのもルフィだった。

 何も言わずに駆け出したルフィの進路上にある物体に気付き、ナミとビビが驚きの声を上げた。

 

 「誰か倒れてる!」

 

 「この町にまだ、人がいたなんて!」

 

 でも…………あのさ。俺、さっき言ったよね。ここには俺たち以外の気配はしないって。

 近寄ってみればすぐに解る。それは骨……つまりは死体だ。ブルックじゃあるまいし、当然生きちゃいない。さっきまでは気付かなかったことを考えると、多分今ので砂が巻き上げられて表層に出て来たんじゃないかな。

 断っとくけど、いくら骸骨を見たからって流石にあの名言を使う気にはならない。空気が読めるとか読めないとか以前に、そこまで不謹慎じゃないさ……まぁ、ビビの事情その他と無関係に偶々見付けただけの骸骨だったら言いたくなったかもしれないけど。

 ビビはそのしゃれこうべを持ち上げ、正直な心情を吐露していた。この国や国民に対する想い、そしてクロコダイルへの恨み。

 

 「私は、あの男を許さない!!」

 

 それとほぼ同時に、少し離れた所にある建物が崩れ落ちた。犯人はこの場にいないルフィ、サンジだろう……ウソップも何かやったのか? 

 それにしても、何とも豪快な発散方法だよ。

 

 「ガキか」

 

 ゾロが半ば呆れている傍ら、俺はエースと一緒に墓穴を掘っていた。あの骸骨さんの。

 

 「ユアン、お前はいいのか? 何気にイラついてるだろ」

 

 掘りながら聞かれたかから、俺も同じく手は休めずに返す。

 

 「うん。でも俺は、陰険だからね。暴れるよりも、クロコダイルイジメの計画を練る方が気が晴れるんだ」

 

 何だか微妙な顔をされたけど、半分ぐらい本当である。クロコダイルは苛め倒そうと心に決めてるし。

 

 「……何でだろうな。お前ならやれそうな気がするぜ」

 

 違うね。やれるやれないじゃなくて、やるんだよ。

 ルフィ達が戻ってきたころ、丁度こっちの埋葬も終わった。

 最後に墓標代わりの枝を1本立てて、俺たちはエルマルを後にする。

 

 目的地はユバ、目的は反乱軍の説得。ビビからしてみれば反乱軍は敵とは言えない。彼らもまたクロコダイルの被害者だからだ。故に、これ以上無駄な血が流れて欲しくないと言う。

 俺は知っている。ユバに反乱軍がいないということを。けどそれを知っていて言わずにいるからこそ、ビビの願いが甘いと感じつつも叶えたいと思うんだ。

 けどその前に、これから砂漠越えか……大変だけど、物資は豊富にあるし。何とかなるよな。

 



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第120話 砂漠越え

 砂漠を歩き始めて、すぐに音を上げたのがルフィ・ウソップ・チョッパーだ。冬島育ちの上にもこもこなチョッパーはそれも仕方が無いと思う。だから、チョッパーは小さくしてポケットに入れた。けど他2人は根性の問題だろうから放置する。

 

 反対にあまり堪えてないのがビビとエース。エース……いいよな、メラメラは! 自分が火だからあんまり暑いとかの感覚無いだろうし! ってか、寒さとも無縁そうだな……便利人間め。

 

 はっきり言おう、昼の砂漠は暑い! そりゃもう、凄く! 砂漠は初体験だし、実は俺も堪えてる。アラバスタ人凄ェな、よくこんなとこで生きていけるよ。俺は今、人間の適応力の真髄を垣間見てる気分だ。

 しかも砂丘が多いから余計に厄介なんだよな、この砂漠は。ちょっとした登山気分を味わった。

 

 

 

 

 反対に夜は冷える! けどまぁ、冷えるなら着込めばいいだけの話だ。俺の個人的感想だけど、昼よりはまだやり過ごしやすい。

 ルフィとウソップがチョッパーカイロを取り合って不毛な争いを繰り広げる中、俺は悠々と大福カイロで温まってました。うん、大福いて良かった。もふもふ。

 あ、エースは火だから、くっ付いたら温かいかな? ………………止めよう。流石に、そんな趣味は無い。凍死しそうなほど切羽詰まってるわけじゃないんだし、この年になって男に引っ付きたくはない。想像しただけでちょっとダメージ来た。やっぱり大福だ、大福カイロが1番だ。もふもふ。

 俺はその夜、大福を抱き枕にして眠った。

 

 

 

 

 次の朝、俺はルフィの声で目を覚ました。

 

 「エビ見っけ!!」

 

 エビ? 砂漠にエビ? ……って!

 まだ少し寝ぼけてたんだけど、それが何なのかの思い至ってテントから飛び出した。

 

 「おれ、本物のエビ見たの初めてだ!」

 

 違うぞそれは!

 

 「ダメだチョッパー、それはエビじゃない!」

 

 「ルフィさん危ない、すぐ捨てて!」

 

 俺とほぼ同時に隣のテントから出ていたビビが叫んだ。

 

 「やだ! もったいない!」

 

 えぇい、ルフィ! 解らずやめ!

 

 「それはサソリだ! 断じてエビじゃない!」

 

 ゴメン、砂漠豆知識というビビのお株奪って。でも言わずにはいられない。何故なら。

 

 「チョッパーに誤った知識を植え付けるな!」

 

 「そこ!?」

 

 え、当然だろ? 何だよビビ、そんなにショック受けた顔して。

 

 「サソリは猛毒を持ってるの! 刺されたら死んじゃうのよ!」

 

 すぐに気を取り直したらしくて、補足説明をしてたけど。

 猛毒=食べられないという方程式に辿り着いたのか、ルフィは途端にサソリへの興味を失っていた。まぁ実際には、種類や調理法によっては食べられないこともないのだが、そこを指摘してやる義理は無い。再び興味を持たれても困るし。

 

 「何だ、食えねェのか……やる」

 

 「いらねェよ!」

 

 え、ウソップいらないの? 勿体ない。

 

 「じゃあ、俺に頂戴」

 

 近寄って聞いてみると、ルフィは本当にサソリに興味を失っているらしくてそのまま渡そうとしてきた。ルフィは渡そうとしてくれたんだ、なのに。

 

 「待て待て待てィ! お前はソレで何をする気だァ!?」

 

 ウソップに思いっきり立ち塞がれた。

 何って……ねぇ?

 

 「そりゃ、毒を抽出しておけば後々使えるかな~って」

 

 にっこり笑顔で答えると、ルフィが首を捻った。

 

 「? 何に使うんだ?」

 

 「………………ルフィでは絶対に考えつかないようなことだよ」

 

 「明らかにヤバいことに使う気だよな、それはァ!」

 

 ウソップ……お前、俺を何だと思ってるんだよ。マジで。

 

 「失礼だな」

 

 溜息が出るのが堪えられないよ。

 

 「俺が本当に欲しいのは、毒よりもむしろ解毒剤だよ。チョッパー、今度協力してくれるか?」

 

 「血清とか作りたいのか?」

 

 ちょっと納得したような視線で見上げられ、俺は頷いた。実際には、血清だと副作用が出る可能性も高いけど……それが1番手っ取り早いだろう。

 

 例えば、何か貴重な情報を持った敵を捕まえたとして、だ。『サソリの毒を射った、解毒剤が欲しければ吐け』とか言えたら、拷も……いやいや、尋問も楽になるだろ? 本当に射たなくても、実物があるってだけで信憑性増すし。

 そんな内心は胸の内に綺麗に包み隠して、俺は再度ルフィの手を伸ばしてサソリを受け取った。今度はウソップも止めなかったよ。

 

 でも、生きたままのサソリを所持するなんて危険な事をする気は無い。だから尻尾だけ切り取って胴体は砂漠にリリースする。今後もサソリを発見したら尾を収集しよう。

 いやー、いいモノ手に入れた……と、ホクホクしていたら。

 

 「! 何か……来る!」

 

 チョッパーが不意に真剣な顔つきになり、彼方に視線をやった。

 

 「みんな岩陰に隠れて! 砂嵐が来るわ!」

 

 ビビの忠告通り、その先からは砂嵐が迫っていた。しかも、ここに直撃ルート。

 

 「言い忘れてたけど、砂嵐は砂漠の危険の1つよ!」

 

 いや、危険なら言い忘れるなよ。

 今度の砂嵐は、まさに砂嵐! って感じの砂嵐だった。気を抜けば飛ばされそうな突風に耐えていると、その次には巻き上がった砂で埋もれる。

 口の中に砂は入るし……うげぇ、ジャリジャリ言ってる。

 砂漠、面倒くさっ!

 

 

 

 

 砂嵐も去って、再び歩き出す。

 歩き出したのはいいけど……すぐにルフィが腹を空かせた。

 ビビに対してゴネまくった挙句、次の岩場に到達したら弁当タイムにするとこぎつけたルフィ……口には出さないけど、ありがたい。実は俺も腹減ってたんだよ。

 現金なもので、ルフィはすぐに元気になった。しかも調子に乗って、ジャンケンで勝ったヤツが全員の荷物を運ぶんだとか言い出すし。あ、荷物はそれなりに多いんだよ。小さくしたとはいえ、量が量だから……って、アレ? この流れはアレか? ワルサギに荷物全部持ってかれるフラグか?

 ふ、ふふ……海賊から物を盗もうたァ、いい度胸じゃねェか………………許さん。

 

 「いくぞー! じゃーんけーん!」

 

 どうするかな。手っ取り早いのは俺が勝って荷物守ることだけど。うん、それじゃあ面白くないよな。悪徳詐欺……じゃなかった、サギには鉄槌を下さないと。

 あ、何だ簡単なことじゃん。

 

 「ぽん!」

 

 ………………結果を簡潔に述べよう。

 

 「重い……重いぞ……じゃんけん勝ったのに……何でだ?」

 

 勝ったからだろうが。

 はい、ルフィの勝利です。よって荷物持ちはルフィに決定。

 え? もっと小さくしてやれば負担も軽くなるんじゃないかって? いや、だって……面白いじゃん、頑張ってるルフィ。

 そんな状況をニヤニヤ眺めながら暫く歩いていると、やがてゴーグルの照準を弄りながら前方確認をしていたウソップが大声を上げた。

 

 「前方に岩場発見!」

 

 岩場発見。そう、それはつまり。

 

 「メシーーーーー!!!」

 

 弁当タイムの到来である。最も熱望していたルフィはもの凄い勢いで駆け出して行く……やっぱり、体力じゃなくて気力の問題だったか。

 俺たちとしては、走って無駄に体力を消耗させるのもバカらしいから黙々と歩きながら岩場を目指す。けれどそう掛からずに、1人でさっさと走り去ったルフィが戻って来る……手ぶらで。

 よし、今が頃合いだな。

 俺がワルサギへの報復に思いを馳せている間にも、ルフィはどんどんこちらへと走る。

 

 「大変だ! 大怪我した鳥がいるんだ!」

 

 で、チョッパーを呼びに来た、と。

 

 「行かねェと!」

 

 それを聞き付けたチョッパーが俺のポケットからひょっこり顔を覗かせる。元に戻してくれと視線で催促してくるけど、その前に俺は1つ言いたい。

 

 「ルフィ……大怪我して動けない鳥がいるって?」

 

 既にすぐ目の前に戻って来ていて大きく頷くルフィに、俺は溜息が零れるのを禁じ得ない。

 

 「そうだ!」

 

 何で……何で!

 

 「どうして医者を呼ぶんだ。そのまま狩れば鳥肉が手に入るのに」

 

 「……おォ、そうか!」

 

 指摘すると、ポンと1つ手を打った。そんな俺たちに対して、エースが手を炎に変えながら更なる提案をする。

 

 「何なら、焼いてやろうか?」

 

 よっしゃ、焼き鳥! ……って、エースの目的は自分も食べることなんだろうけどね。

 何にしても、この時俺たちの心は1つだった。

 

 「お前ェらの頭には食う事しかねェのか!?」

 

 失敬な。他にもあるぞ、考えてることは。ただ、今は鳥を食べたいなってだけのことだ……ん?

 

 「どうした? チョッパー」

 

 何だかポケットが震えてるなと思って見てみたら、チョッパーが青くなっていた。

 

 「! お、おれは肉じゃねェぞ!」

 

 いや、解ってるから。地味にトラウマになってんだな、食料扱いされたこと。

 

 「ちょっと待って、ルフィさん!」

 

 今まで少し考え込んでいたビビが、慌てた声を出した。

 

 「その鳥って、まさか!」

 

 二の句が告げずにいるようだったから、補足しようと思う。

 

 「ワルサギだろうね」

 

 事もなげに言うと、ビビに食って掛かられた。

 

 「知ってるの!? なら、何でそんなに落ち着いてるのよ!?」

 

 「え、だって」

 

 俺はちょっと頭を掻いた。

 

 「ルフィが荷物を放りだして逆走してきてるのを見た瞬間に、手は打ったから。アラバスタ……特に砂漠の生物に関しては調べておいたから、念のためにね」

 

 手を打ったんだよ、実は。こっそりとね。

 言いながらビビの肩を叩いて宥めると、幾分落ち着いてくれた。けれどそんな俺たちのちょっと不穏なやり取りに嫌な予感を感じたのか、ナミが割って入ってきた。

 

 「ちょっと待って! ワルサギって何!?」

 

 何って……そりゃあ。

 

 「ワルサギは……鳥だ」

 

 「そのまんま!? もう、あんたには聞かないわ! ビビ!」

 

 ………………無視された。ちょっと悲しい。

 

 「ワルサギは、旅人を騙して荷物を奪う砂漠の盗賊よ」

 

 変わって行われたビビの説明を聞いて、ウソップが眼を剥いた。

 

 「そりゃサギじゃねェか!」

 

 「だから、ワルサギなんだって」

 

 さっきから言ってるのに。

 ワルサギについて聞いて多くの者が慌ててる中、ルフィが『のほほん』としか言えないような能天気な顔で笑った。

 

 「なら大丈夫だな! ユアン以上にサギが上手ェやつなんて滅多にいねェから!」

 

 ルフィ……お前、それはフォローしてるつもりなのか? まぁ、実際に手は打ったけど。

 

 「でも……手を打ったって、何をしたの?」

 

 尤もと言えば尤もと言える疑問を口にしたのはビビだ。それに俺は肩を竦める。

 

 「行ってみれば解るよ……上手くいけば、そのままサギ鳥も捕まえられるかもね」

 

 さぁ、鳥肉鳥肉!

 

 

 

 

 何と言うか……ここまで上手くいくと、実は俺って運がいいんじゃないかと思ってしまう。

 

 「こいつらだ、倒れてた鳥!」

 

 ルフィが『騙された!』って怒ってるけど……お前、今更じゃん。騙されるのなんて。

 荷物を置き去りにしてしまったという岩場の陰は、日陰になっていて少しだけ涼しい。

 そしてそこでは、ワルサギたちが無様に潰れていた。何で潰されてるのかって? 俺たちの荷物でだよ。

 

 この荷物が持ち運び出来るのは、あくまでも俺の能力によって小さくしてあるからだ。そうでなければ、とてもじゃないけど無理な量がある。だからそれを解除してしまえば、ワルサギたちが運び出すなんて出来やしない。解除だけならば俺が触る必要なんて無いし。

 そして今回は更に良いことに、丁度ワルサギたちが荷物を持ち去ろうとした瞬間に解除のタイミングが重なったらしくて、ヤツらは揃って潰れている。そりゃもう、プチッと押し潰されてもがいている。

 もしワルサギたちが知恵を働かせて、その大量の荷物から自分たちが持てる分だけを持って行ってたとしても、それはそれで問題無かったけど。腹立たしいことは腹立たしいけど、その程度で物資に困るような量じゃない……それぐらい大量に持って来てる。

 さて……。

 

 「海賊のモノに手を出そうとした報い……しっかり受けてもらおうか?」

 

 1番手近で潰されていたワルサギの首を掴んで持ち上げながら、視線を合わせて勧告した。

 何だろうね、焼き鳥が食えると思ったら笑みが止まらないよ。

 

 

 

 

 本来ならばワルサギのような連中は、煮ても焼いても食えないとかって評されるんだろう。けど、実際の所は焼いたワルサギは美味かった。結構締まった肉してたし。

 

 俺たちは今、岩陰で鳥や弁当を食べながら休憩している。

 そんな中突如地響きがしたと思えば、砂漠の向こうから大量の砂埃を巻き上げながら何かがこっちに走って来た。

 何か、とは言ってもそれは。

 

 「ありゃあ……ラクダか?」

 

 真っ先に口に出したのはゾロだった。目ェいいな、お前。

 そう、それは必死に逃げるラクダとそれを追い掛ける……。

 

 「サンドラオオトカゲ!!」

 

 そう。でっかい紫色のトカゲ、サンドラオオトカゲだ。何でも、鋭い鉤爪と牙を持つのに獲物を丸呑みしてしまうことの方が多くて、それは滅多に使われないんだとか。

 ………………うん、色々可笑しいな。生物って環境に適応して進化していくモノじゃなかったか? 何で使いもしない物が凄くなってくんだ? ある意味、生命の神秘だよ。いや、ひょっとしたらサンドラオオトカゲ同士の縄張り争いとかに使われるのか?

 って、そんなことはどうでもいい。それよりもだ。

 

 「恐竜肉は美味かったよな……アレも美味いのかな?」

 

 「何!?」

 

 食い意地では無く、純粋に興味を覚えたからこそ出た疑問だったんだけど、その呟きをルフィに聞かれていたらしい。見てみると、目をキラキラさせていた。

 

 「美味ェのか、アレ!」

 

 いや、俺は『美味いのかな?』って疑問を口にしただけであって、一言もアレが美味いだなんて断言はしてないんだけど……って。

 

 「トカゲーーーーー!!」

 

 聞いてませんね。涎を垂らしそうな顔でバヒュンとトカゲに向かって飛んで行くぐらいに、聞いてませんね。

 しかも。

 

 「ゴムゴムの~~~~~バズーカーーーーー!!!」

 

 ドゴォン、と。サンドラオオトカゲは倒れた。

 一撃必殺ですね。ゾロやサンジの出番も無いぐらいに、クリーンヒットしましたね。

 

 「……あいつの食欲はどうなってんだ?」

 

 すまん、サンジ。また料理してくれ、コックとして。

 あれ? そういえば……。

 

 「サンドラオオトカゲって、ペアで狩りをするんじゃなかったっけ?」

 

 聞くと、ビビは明らかに『しまった』という顔になった。

 

 「言い忘れてたわ!」

 

 天然出た! 

 そして次の瞬間、まるで見計らったかのように俺たちの背後で砂が盛り上がる。

 サンドラオオトカゲPART2が登場である。そして、その1番近くにいるのは……。

 

 「エース!」

 

 「危ない!」

 

 そう、エースである。1人だけ少し距離を取ってたからなぁ。でも。

 

 「危ないのはサンドラオオトカゲの方だよ」

 

 あれがロギアをどうこう出来るとは思えないし。そうでなくともエースにしてみれば、慣れたものだろうし。

 結果はすぐに出た。ヒョイッとトカゲの口の中に入って、体内から丸焼き。よし。

 

 「食べよう」

 

 「切り替え早ェな、おい!」

 

 だって、気になってたんだ!

 

 

 

 

 さて、何だかんだでサンドラオオトカゲも結構美味かったわけだが。

 

 「ラクダの瘤って、八珍の1つなんだよな……」

 

 「つまり何だ?」

 

 「珍味」

 

 これは、焼きサンドラオオトカゲを頬張りながらルフィと交わした会話である。実際にはラクダの瘤って脂肪の塊で調理が難しいらしいし、八珍って時代によって変わるけど。

 

 「いや、お前ェらどんだけ食うんだよ」

 

 ウソップのツッコミは気にしない。気にしないったら気にしない!

 

 「いい加減にしなさいよ! 怯えてるじゃない!」

 

 ナミの言う通り、ラクダは怯えていた。そりゃあもう、涙目で震えるぐらいに。

 サンドラオオトカゲに食べられそうになって、助かったと思ったら今度は人間に食べられそうになってる。何て不運なラクダなんだ。

 

 「……冗談だよ」

 

 本当はちょっと惜しいけど、その辺の本音は心の奥底に沈めておこう。

 砂漠のど真ん中で出くわしたラクダは鞍を背負っていた。何だ、この鴨が葱を背負ってきたような状態は。

 ラクダはチョッパーと顔見知りだったらしい。何だか盛り上がっている。

 そのチョッパーの通訳によればこのラクダ、助けてもらったことには感謝しているものの男は乗せない主義なんだとか。当然ながら、それでみんなが納得するわけがない。ラクダはルフィ・ウソップ・サンジによってリンチされる羽目に……おいおい。

 

 「やめなよ」

 

 殴る蹴るの暴行でこのラクダが再起不能にでもなったら本末転倒だと思い、俺は割って入らせてもらった。

 

 「冷静に話し合おう。ほら、世の中、ラブ&ピースって言うじゃんか」

 

 海賊が何言ってんだ、と内心で自分にツッコみつつそれとなく宥めていると、背後でラクダが何か言った。明らかに話しかけてきているみたいだけど俺はラクダ語なんて理解できないから、『何て言ってるんだ?』的な視線でチョッパーに通訳を求めた。

 

 「『その通りだ、暴力は好かねェ。が、話し合っても同じことだ、おれは男を乗せない主義は曲げねェ。解ったか、チビ』……って言ってるぞ。」

 

 …………………………あはは、何を言ってんのかな、この畜生は。

 

 「うん、ちょっとあっちに行こうか?」

 

 俺はラクダの手綱を握り引っ張る。そして次に、振り返った。あれ? 何かみんなが遠い気がするな。いや、そんなの今はどうでもいいか。

 

 「ルフィ、ラクダに乗りたいのか?」

 

 ここはやっぱり船長の意向は確認しておかないとな。それによって話し合いの内容も変わってくるし。

 

 「おう! 乗る!」

 

 どん! と胸を張っちまって。けど、よし。それならその辺も含めて……と。

 落ち着いて、平和的に話し合いで解決しないといけない。なら怒りは押し隠さないとな。笑顔だ笑顔。友好的なスマイルで行くんだ、俺。スマイル0円、ゴー。

 

 「取りあえず、じっっっっっっっっっっっくり話し合おうか?」

 

 俺とラクダは、少しだけみんなから離れた岩場の陰に行き向かい合う。

 ラクダとの話し合い……ってか言い聞かせは極めて平和的に進めさせてもらったよ。けれど残念ながら俺はラクダ語を理解できないから、解ってくれたかどうかは後でチョッパーに通訳してもらうしかない。

 それで元の場所に戻って頼んでみました。そのチョッパー曰く。

 

 「『おれは男は乗せねェ主義だ……が、お前らは命の恩人だ。その限りじゃねェ。』って言ってるぞ」

 

 うん、解ってくれて良かった。やっぱり話し合いって大事なんだな。

 

 

 

 

 その後ラクダはナミによってマツゲと名付けられた。やっぱりそうなったか……ってか、ナミのネーミングセンスもそこまで良くないんじゃんか。何で俺ばっかり微妙な目で見られるんだ?

 しかも、マツゲに乗ったのは結局ナミとビビ。折角マツゲを脅は……いや、説得したのに。ナミに『か弱い女の子をこれ以上歩かせる気?』って詰め寄られて。しかもサンジもそれに同調した。おのれ。

 砂漠の船という足も手に入れ、俺たちはさらに砂漠を進む。

 

 



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第121話 反乱軍

 今日も今日とて、俺たちは砂漠を進む。けど今日の俺はみんなの少し後ろを歩いている。これまではポケットにミニ化チョッパーを入れて歩いてたけど、今日はそれもない。

 何故か? エースと話すためだよ。そしてその話題は。

 

 「そういえば、エースって青い火出せる?」

 

 前々から聞きたいと思っていたこと、火の温度変化についてだ。

 

 「あァ? 青い火?」

 

 いや、そんな胡乱げな顔しなくてもいいじゃん。

 

 「何だ、いきなりそんなこと言い出してよ」

 

 「だって火ってその方が高温だし」

 

 「へー、そうなのか」

 

 ……知らなかったのかよ、火人間が。

 ちょっとジト目になりながら見ていると、エースは自分の手を炎に変えた。勿論、それは赤い……ってか、オレンジ色だ。

 エースはそんな火を見ながら、暫く難しい顔をしていた。俺も何も言わずにそれを見守る。

 けれどやがて、その火はエースの舌打ちと共に消された。

 

 「解んねェな……今まで、考えたこともなかったぜ」

 

 あ、やっぱりさっきの、試してたんだ。口を挟まなくて良かった。

 けど『考えたこともなかった』って……うん、そりゃそうか。普通ならただの火でも十分脅威なんだし。マグマが可笑しいだけだ。

 それでかな。エースはさっき1度試してみただけで、特に気にしてはいないみたいだ。

 う~ん………………よし。

 

 「そっか。じゃあ仕方が無いね。出来ないみたいだし」

 

 ここでポイント。あえて『出来ない』を強調して呟いてみる。

 

 「無いもの強請りはダメだよな、出来ないんなら。出来ないものは出来ないんだから」

 

 「………………オイ」

 

 おぉ、ドスの利いた声。

 

 「さっきから何だ、出来ねェ出来ねェってよ」

 

 「うん?」

 

 俺は首を傾げてみた。

 

 「だって、出来ないんだよね?」

 

 にこにこと出来るだけ無邪気な表情を作って見上げると、エースは明らかに面白くないという顔になっていた。

 うん、これって負けず嫌いの一種だよな!

 これで取り組んでくれたらいいな……まぁ、取り組んでくれたとしても本当に身に付くかは不明だし、出来たとしてもマグマに対応できる保証は無いけど。あくまでも、やらないよりマシなんじゃね? ぐらいの気持ちだ。

 ってか、マグマ以前にティーチに勝ってくれたら円満解決なんだけどな。それなら戦争そのものが回避できるよ……あ、そうだ。

 

 「エース」

 

 ふと思い出したことがあって、俺はエースの顔を見上げた……悲しいことに、見上げた。おのれ、今や身長差は頭1つぶ……いやいや、そんなことはどうでもいい。

 

 「この先のユバで『黒ひげ』が見付からなかったら、また探しに行くんだよな?」

 

 ユバに『黒ひげ』がいるわけないんだから、間違いなく行くだろう。確認を取ってみると、エースは急な質問でちょっと反応が遅れたみたいだったけど頷いた。

 

 「あァ、そうだ。それがおれの今の目的だからな」

 

 うんうん。

 

 「耳寄りな情報があるんだ」

 

 俺はニヤリと笑ってみた。

 

 「もしも道中で赤っ鼻な海賊に出くわしたら、『宝の地図をあげる』って言ってみなよ。色々と搾り取れると思うから」

 

 原作通りに行ったら、エースはアラバスタを出た後でバギーと会うはずだ。その時、宴会の料理と言わずに食料をありったけ奪……じゃない、貰っとけば助かるはずだ。エースだって並の食欲じゃないんだから。

 

 「赤っ鼻な海賊だァ? ……お前ェまさかそれ、やったのか?」

 

 「うん」

 

 ローグタウンで。囮にさせてもらいました。

 

 「でも流石に可哀そうだから、今度そいつに会う時が有ったらちゃんと渡そうと思ってるよ? 宝の地図。ほら、これ」

 

 俺は懐から1枚の地図を取り出してエースの眼前に突き付けてヒラヒラ振った。

 

 「何だこりゃ。大雑把な上に汚ェ地図だな。」

 

 そりゃそうだ。少なくとも22年以上前に書かれたものなんだから。

 そう、これは珍獣島で見付けた地図である。とどのつまり、空島の地図。本当ならこれは俺個人のものじゃないけど、どうもルフィもナミももう忘れてるみたいだし別に大丈夫だと思う。

 

 俺が次にバギーに会うとしたらインぺルダウンだろう。その時にはもう俺たちは空島は通過しちゃってるし、渡しても問題無いはずだ……その時点でまだそこに宝が残ってるかどうかは不明だけど。

 いいよね? だって俺は、『宝の地図をあげたい』って言っただけだ。『宝が絶対に手に入る』だなんて一言も言って無い。うん、嘘は吐いてない。

 あれ? 何だよエース、その哀れみの籠った目は。

 

 「誰だか知らねェが……不憫なヤツがいるもんだ」

 

 うわ~、バギーのヤツあちこちで不憫って言われてるよ。もうこれからは『赤っ鼻』じゃなくて『不憫』って呼んでやろっかな?

 俺は肩を竦めた。

 

 「そうでもないよ? ひょっとして、もしかしたら何かしらの宝を手に入れる可能性が無いことも無いかもしれないこともないかもだから。この地図自体は本物だしね」

 

 「本物? これがか?」

 

 「うん、だってこれってロジャー直筆だし……あ」

 

 しまった、ここまで言う気は無かったのに。ついポロッと。

 パッと手で口を塞いでももう遅い。零れた言葉は戻せないのだ。

 俺はこれを手に入れた経緯を話した。話し終えて再びエースの様子を窺って見ると。

 

 「………………」

 

 うん、エースの顔が凄いことになってる。まるで親の仇を見るような目で地図を見てるよ! 実際には親の仇じゃなくて親の形見なんだけどな! たった1文字で大違いだ!

 

 「……燃やしちまっていいか?」

 

 目がマジだ! 本気と書いてマジと読むアレだ!

 もし俺が今この地図を渡せば、すぐさま燃やされてしまうだろう。そう思わされるぐらいの雰囲気が感じられる。

 正直に言えば、エースの気持ちは少し解る。でも今回ばかりは、それは容認できない。

 

 「ダメ。だってこれってロジャーの遺品であると同時に、母さんの遺品でもあるから」

 

 もしもこれがそれ以外を経由してここにあるのなら、俺はエースの行動を止めない。或いは、これを発見したのはエースだったならそれはそれで仕方が無いと納得するしかない。

 でもこれを発見したのは俺たちで、しかも母さん経由。燃やして欲しくない。

 

 「ゴメン、もう視界に入れないから」

 

 まだ燃やすのを諦めてないのか、エースは地図を睨んでいた。なので俺はそそくさと地図を畳み、また懐に仕舞う。そしたらエースもやっと諦めてくれたらしい……盛大な舌打ちが聞こえた気がしたのは気のせいだよね、うん。

 こんな感じで色々と話していたんだけど、ふとエースが周囲を見渡した。

 

 「ところで……ルフィたちはどこ行った?」

 

 「あり?」

 

 言われてみれば確かに。

 

 「………………逸れたね」

 

 気付いてみると、目に付く範囲には俺たち以外の人間がいなかった。辺り一面、砂の海。

 熱心に話し込んでる間に逸れたってことですね。わーい、迷子だー……嬉しくない。

 いや、落ち着いて考えろ。あっちにはルフィとゾロがいるんだ。そう、ルフィとゾロがいるんだよ、ルフィとゾロが。大事な事だから3回言った。

 ド級の天然と方向音痴があっちにいるんだから、迷子なのはきっとあいつらの方だ。うん、俺は迷子なんかじゃない、きっと!

 

 「………………取りあえず、先に進むぞ」

 

 俺が深く納得していると、エースが微妙な顔で促してきた。

 確かに、それがいいだろう。先に進めば、目的地は解ってるんだからどこかで再会できるだろうし、最悪でもユバで落ち合える。よし行こう。

 そう結論を出して、先に進もうとしたんだけど。

 

 「……砂漠って面白いね」

 

 「こいつの尾も取る気か?」

 

 うん、出来れば。

 はい、何が起きたかというとですね、俺たちの目の前に巨大サソリが現れたんですよ。進もうとしたら、砂の下からいきなり。

 このサソリ、流石にサンドラオオトカゲほどデカくはない。でもエースよりはデカい。その体のサイズに比例して、尾もデカい……毒がたっぷり詰まってそうだな。

 ちなみにサソリの視線は、解りにくいけどエースに向いている。そしてエースもやる気、いや殺る気みたいだ。

 

 「丸焦げにはしないでね、尾を取るから。ウェルダンはダメだよ、レアだよ、レア」

 

 俺は少し下がって場所を開け、ヤジを飛ばしてみた。エースは『はいはい。』とでも言わんばかりの苦笑を浮かべて手を振る……何だろう、エースが予想以上に大人びてしまってる。前までなら、こんな言い方したら食って掛かって来たのに。

 

 

 

 

 サソリを焼いて尾を採集し、さぁ今度こそ行くぞ! ……と、思ったら。

 

 「…………………………」

 

 「…………………………」

 

 何でだろう、今度はカメレオンみたいなヤツに道を塞がれた。いや、向こうは塞ぐ気は無いんだろうけど。涙目でエースのこと見てるし。きっと目撃したんだろうな、サソリが焼かれたのを。

 その後すぐに、トカゲはエースの下僕と化した。

 

 

 

 

 トカゲの背に揺られながら、俺はふと思い出していた。

 そういえばルフィたち、この砂漠で砂族とかいうのに出くわすんじゃなかったっけ? 

 何の因果か俺はエースと一緒にいる。てことは俺、偽反乱軍のいる町に辿り着くことになるのか? 何てったっけ、偽反乱軍のヤツ。名前忘れちゃったな……ま、いっか。俺的には取りあえず、搾り取れられればいいからさ。

 

 

 

 

 そうして、やってきましたイドの町! ぶっちゃけ町の名前も今の今まで忘れ去ってたけどな! いや、そのまた後で起こるイベントにばっか気を取られてて、砂族と偽反乱軍のこと忘れてたんだよね。ゴメン。

 今俺たちは、町長のものらしき家にいる。何故かと言えば、美味そうな匂いに釣られたからだ。

 え? 話の展開が速い? ……逆に聞くけど、知りたいか? ここに着くまで、どうでもいい雑談を続けながら砂漠を渡ってただけなんだぞ? 否。答えは否だ! よって割愛させてもらう!

 

 「んで、こーして久々にちゃんとした食事を摂っている、と」

 

 「何か言ったか?」

 

 「いや、別に」

 

 俺の呟きが少しだけ聞こえたのか、エースが皿から顔を上げながら不思議そうな顔をした。俺がそれに首を横に振ると、特に気にした様子も無くまた皿に戻る。

 はい、俺たちは今食事中です。まともな料理はナノハナ以来だよ。砂漠ではサバイバル料理が主だったから。サンジの料理は美味いんだけどね、やっぱりこれは気分の問題だよ。

 部屋の隅では偽反乱軍らしき男4人が『砂族が来た!』とか『逃げるぞ!』とか『命あっての物種だ!』とか言って騒いでる。よっぽど慌ててるのか、今の所こちらに気付く様子は無い。

 まぁ、その意見には一部賛成するよ。確かに命あっての物種だ。けどなぁ……だからって。

 

 「お前ら、そんな腰抜けで反乱軍を名乗るたァいい度胸してるな」

 

 うんうん、そうだよね。俺は手と口を動かすことは止めないまま、その言葉に大きく頷いた。

 

 「大の男が4人も揃って、やってることは随分とみみっちい。」

 

 全くだ。

 

 「折角上手いこと潜り込んでるんだからさ、もっとこう、生かさず殺さずのギリギリまで搾り取ればいいのに」

 

 「………………お前ェ、それは何か違うんじゃねェか?」

 

 え、何が? 

 

 「何だテメェら、いつの間に入り込みやがった!」

 

 「メシ泥棒!」

 

 否定はしない。

 けど、俺たちは決してコソコソと侵入したわけじゃない。むしろ堂々と入り込んだんだ。なのに気付きもしなかった鈍感ヤロウどもはそっちじゃないか。

 それに俺たちが『メシ泥棒』なら、そっちは『メシ詐欺師』だ。

 よって、俺たちが非難される謂れは無い。あぁ、無いとも。

 だから、突っ掛ってきた偽反乱軍たちを叩きのめしたのも正当防衛だ。食事の邪魔はダメだよ、うん。

 

 「おかわり」

 

 「はいィ!」

 

 たった1人向かってこなかった、偽反乱軍のリーダーらしき男にエースが茶碗を差し出すと、男は冷や汗と愛想笑いを浮かべながら傅いた。現金な。

 

 「あ、俺は酒ね」

 

 「はい、ただいま!」

 

 俺の要求にもあっさり従うし。長いものにはぐるぐる巻きなタイプか、これは。

 そしてコイツ……カミュって名前らしいけど、コイツの名前も俺は忘れてた……は、ガバッと土下座して砂族退治を頼んできやがった……本当に現金なヤツ。

 

 「いいぜ。ただし、条件がある」

 

 エースの返答に、カミュは目を輝かせた。あ、ちなみに俺は黙々と食べながら成り行きを見守ってる。

 

 「はい、何なりと!」

 

 ………………ほぅ。

 

 「何なりと?」

 

 俺が口を開くと、カミュはいかにもゴマすりな笑顔で頷く。

 

 「はい、そりゃあもう!」

 

 ふふふ……言質は取ったぞ?

 

 「じゃあ、色々と聞いてもらおうかな」

 

 俺はにっこりと微笑んでみた。そしたら何故か引かれた。しかもエースは視線を逸らして明後日の方を向いている。何故だ。

 まぁいい。揚げ足取りの前で『何でも』なんて言う危険性、しっかりと学んでもらおうか。

 

 

 

 

 「いやー、世の中何があるか解らないもんだよ。ルフィたちと逸れてしまったけど、そのお蔭で色々手に入ったし。運命って怖いよね」

 

 「おれはお前が怖ェぜ……」

 

 「え? やだな、ちゃんと限度は弁えたよ?」

 

 「………………あれでか?」

 

 俺たちは今、イドの町をこっそり抜け出して砂漠に出ている。多分もうすぐ、そう掛からずにルフィ達と合流出来るはずだ。

 そんな俺たちだけど、偽反乱軍から色々頂いておいた。

 

 エースは水と食料。何度も言うけど、砂漠にいる以上これらはあればあるほどいい。

 俺は金品を全部貰っておいた。だって現状ではあいつら、あの町にいる限り食いっぱぐれないじゃん。あいつらに必要なのは、己の身と戦うための武器だけ。だからそれ以外は遍く受け取っておいた。金だけじゃないよ、荷物その他もね。大したことじゃない。ただちょっと身包みを剥いだだけだ。

 

 それほどの金額は持ってなかったけど……そもそも、偽反乱軍なんてやってる連中だ。そんな大金は初めから期待してなかったから別にいい。無いよりはマシって程度だ。

 

 「エース。生かさず殺さず、だよ」

 

 苦笑と共にそう告げるとエースは頭を抱えていたけれど、やがて悟りを開いたかのようなすっきりした表情で顔を上げた。

 

 「そうだな……ユアンだからな」

 

 おい、それはどういう意味だ。

 そうこうしてる内にも、砂漠の向こうから歩いて来る人影が見えてきた。エースにしろ俺にしろ視力は悪くないから、その一団が何なのかはすぐに解った……ってか、俺の場合は気配でも解った。

 

 「おーい!」

 

 エースがトカゲの上から手を振って呼びかけるのを、俺は黙って見てた。だって2人揃って手を振る必要性も無いし。

 

 「エース! ユアン!」

 

 向こうもこっちに気付いたらしくて、ルフィが真っ先に走って来た。

 砂族ってルフィたちだったのか、とエースが納得してたけど、俺は怒られてしまった。

 

 「ユアン! 何で急にいなくなんだよ! また迷子になってたんだろ!」

 

 「…………………………」

 

 うん、色々可笑しいね。

 もの凄く悔しいけど、認めよう。確かに今回逸れた……迷子になったのは俺だ。俺とエースだ。あぁ、認めるよ。ちくしょう。

 でも俺、『また』って言われるほど迷子になった覚え、無いんだけど?

 

 「……悪かったよ、つい話に夢中になってさ。でも俺、そんなにいつも迷子になんてなってないぞ?」

 

 何やら厳めしい顔つきで説教をしようとするルフィに反論したけど、聞き入れてもらえなかった。

 

 「何言ってんだ! お前、時々いなくなるじゃねェか!」

 

 今の俺たちの構図には、何ら不自然な点は無い。傍目には普通に、叱る兄と叱られる弟だ。

 けど……理不尽だ。

 

 「いつもは迷子になってるのはお前の方だ」

 

 そう。俺たちが逸れるのは大抵の場合、俺が迷子になった時じゃなくてルフィが迷子になった時だ。今回が例外なだけであって。

 

 「何!?」

 

 本気で気付いてなかったのか、ルフィは『がーん』状態になってる。でもよく見てみろ。少し後ろにいるみんなも、『その通り』と言わんばかりに頷いてるだろ? 隣にいるエースだって、『だろうなァ』と呆れてる。

 

 その後、ちょっと落ち込むルフィに毎度お馴染みの干し肉を渡して機嫌を取り、俺はエースと共にイドの町の現状を説明した。

 反乱軍を騙った偽物が用心棒をやってるってね。そんで、砂族退治の助太刀(?)を頼まれてその引き換えに色んなブツを貰ったこともだ。

 俺たちの持ってきた情報を踏まえて、偽反乱軍をどうするかの処遇……というより判断は、ビビに委ねられることになった。

 ビビの結論は要約すると、イドの人たちを守ってくれるのならば偽反乱軍云々は大した問題じゃないということらしい。そしてそのために、そいつらの根性を試したいのだとか。

 

 作戦は簡単。ルフィを先頭に麦わらの一味でイドに接近して偽反乱軍を引き摺り出し、その対応を見るというもの。ただしナミとビビ、それに面が割れてる俺はその包囲網には不参加。エースは俺と同じく面が割れてるけど、1度だけヤツらに発破をかけるからと待機するらしい。

 というわけで、作戦開始!

 

 

 

 

 結論から言おう。

 カミュ率いる偽反乱軍は多少の被害を負いながらも最終的には根性を見せ、ビビの合格を貰った……無論、ヤツらはそれを知らないけどな。

 サンジとウソップがクサい芝居で偽反乱軍を持ち上げながら(←ゾロはやってなかった。顔の赤いゾロという珍しいものが見られたからよしとしよう)逃げて行ったので、俺たちもそれに合流して走る。

 命を懸けたヤツは怖い、と走りながら誰かが……多分サンジが呟いていた。

 見せてもらえた結果にみんな満足しているのか明るい表情をしているけれど、そんな中でマツゲに乗っているビビだけがやけに真剣な顔をしている。

 そしてその理由は……それからすぐに解るのだった。

 

 

 

 

 再び砂漠で歩を進めながら、ビビと共にマツゲに乗るナミが反乱軍について聞いていた。その時俺もマツゲのすぐ隣を歩いていたから、話はよく聞こえる。

 ビビは語った。10年以上前に一緒になって遊んでいた幼馴染のことを。

 少年はビビを命がけで守り、コブラ王の『この国が好きか』という問いにすぐさまイエスと答えたのだという。

 大人の都合で離ればなれになってしまったようだけど、きっと今でも再会すれば仲良く交流出来たんだろう。そう思えるぐらいに、昔話をするビビは楽しそうというか、嬉しそうだった。

 そう、何事も無ければ……。

 

 「でも、それのどこが反乱軍の話なの?」

 

 尤もと言えば尤もなナミの質問に、ビビは振り返らずに答える。

 

 「これから行くユバの町に、反乱軍は駐留しているわ。そしてそのリーダーの名は……コーザ」

 

 「!? それって……」

 

 「そう」

 

 ビビはそこで初めてナミに振り返った。

 

 「今話した少年よ」

 

 その言葉に、ナミは息を飲んでいたけれど……うん。

 

 「なら話が早いな。反乱軍のトップが知己なら、説得もしやすいだろうし」

 

 事もなげに言うと、ナミに呆れたような顔をされた。

 

 「あんたって、時々楽天的ね」

 

 わざとだよ。暗くならないようにな。

 ってか、時々って何だ、時々って。俺は基本的に楽天的なつもりだぞ……時々どつぼに嵌っちまうけど。

 ビビも苦笑気味だ。ちなみに、ビビの話を聞いてたのは俺たち2人だけだったりする。他のみんなは特に気にしてないらしい。というよりむしろ、またもや現れた巨大サソリを食べるのに忙しいようだ。特にルフィが。

 この前ルフィが見付けたようなサイズのサソリだと小さいけど、あれくらいの大きさになると身も詰まってるようだ……しまった、食べ損ねた。多分エースが焼いたんだろうけど、不覚だったな。

 

 「ナミすわぁ~ん♡ ビビちゅわ~ん♡ 2人もいかがですか?」

 

 サンジがサソリのハサミを抱えて、そう持つのではなく抱えて駆け寄って来た……って、俺の分は? ………………期待しても無駄か。俺、男だもんな。

 

 「もう、何やってるのよ! さっさと行くわよ!」

 

 ナミは苛立たしげにそう言うと、返事も聞かずにマツゲを促した。

 ユバも、もうすぐだ。

 

 



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第122話 ビブルカードの使い方

 ユバまではもう少しらしいけど、まだ着かない。なので今日も俺たちは砂漠を行く。

 

 現在時刻は昼、岩場にて食事休憩中だ。

 

 「おかわり!」

 

 ルフィには足りなかったみたいで、皿をスプーンで叩きながら催促している。おかわり自体はウソップも要求しているけれど、あいつはそこまで行儀悪くはしていない。

 そして、2人揃ってサンジに蹴られてる。それはいい、問題なのは……。

 

 「はい、ストップ」

 

 おかわり要求が跳ね除けられたルフィの手がゾロの皿に伸びてたから、阻止しておいた。それでジロッと不満そうな目で見られるけど、その隙にゾロが自分の皿のガードに入ったから本格的に手が出せなくなる。

 

 うん、いつもの光景だ。ルフィが他人の皿に手を伸ばし、それを阻止して注意がこっちに向いてる間に本人がガードを固めるっていうね。

 それでルフィはますます膨れっ面になるけれど、食事に関してはキッチリしといた方がいい。いくら余裕はあるとはいえ、途中で中々補給が出来ないというのは航海中も砂漠横断中も共通している。万が一にでも不測の事態が起こったら大変だよ。

 俺はやれやれといった気分で肩を竦め、元居た場所にまで戻る。そう、ルフィの不穏な動きであっちに行ったけど、俺は地面ではなく岩の上に座って食事を摂っていた。何故ならその方が足が楽だからだ。つまり、深い意味は無い。

 

 でもその為か、俺の位置はルフィたちよりもナミやビビ、それにエースと近い。よって、エースが食べ終わった後の食器を拭いているのも良く見える。

 エース……お前、いつの間にそんな風に……昔の、丸焼き肉をルフィと奪い合いながら噛り付いていたエースはどこに行った!? いや、今でもいざとなれば奪い合って齧り付くんだろうけど。

 

 「見て、エースさん。食べ終わった食器を拭いてるわ」

 

 ビビもエースの様子に気付いたらしくて、ナミに囁いていた。ナミもそれに大きく頷く。

 

 「本当、モノが違うわよね。出来の悪い弟とは」

 

 ナミの視線は眼下のルフィに向けられているけど……。

 

 違うんだ、違うんだよナミ。エースも昔はルフィよりずっと粗野だったんだよ。それも仕方が無い部分はあるけど。元を辿れば、フーシャ村で村民に見守られながら育ったルフィと、コルボ山で山賊に育てられてたエースだし。

 俺? 俺は……それなりに礼儀正しくしといてたよ! 愛想って大事だよね! だから今も多分、ナミの言う『出来の悪い弟』に俺は入ってないと思う。

 改めて考えてみれば、俺たちの中で真に礼儀正しかったのってサボだと思う。まぁ、いくら厭っていたとしても貴族生まれなのは間違いなく、礼儀作法は叩き込まれていたんだろうし。

 

 ナミとビビがエースに掛かってる賞金のことだとか、エースが追ってる『黒ひげ』のことだとかを話題にして喋ってる間、俺はそんなことをぼんやり考えながら食事を進めていた……けど。

 

 「ん?」

 

 咀嚼する口は止めず、俺はふと首だけを巡らせて砂漠の向こうを見た。肉眼ではその先にはこれといったものは見受けられない。

 それでも何となく、向こうの方から敵意を感じるような……あ、ひょっとしてアレか? スコーピオン……だったよね? あの賞金稼ぎの名前。

 

 「………………………………」

 

 って、何で仕掛けて来ないんだよ!? バズーカ砲が来るかと思ってちょっと身構えてたのに! 俺が間抜けな子みたいじゃねぇか!

 

 「さ、そろそろ行くわよ」

 

 そうこうしてる間に、焚火がナミによって砂を掛けられて消火された。

 あれ、スコーピオン戦ってまだだっけ? この辺もうろ覚えなんだよなァ……って、すぐ傍に小さな気配が二つ……あ、そうか。ガキどもと出くわすんだよ! いや~、思い出してよかった!

 

 「スッゲェ!」

 

 うんうんと1人で頷いていると、いつの間にやらルフィが叫んでいた。

 

 「肉が逃げたぞ!」

 

 しかも、すたこら走り去るし……うん、アイツはちょっと放っておこうか。

 

 

 

 

 ルフィは闇雲(?)に走り去って行ったけど、その一方でこちらはちゃんと肉を確認しながら追いかけた。あ、こちらってのはエースと俺ね。他のみんなはあんまり『逃げる肉』に興味が無いらしい……何故だ。一大事じゃないか。

 

 そして追った先では、2人の子供が1つの肉を分け合っていた。何て思いやりに溢れた兄弟なんだ! どこぞの4兄弟なんて分け合うどころか奪い合ってたのに! いかん、思わずホロリときてしまった。

 そしてそんな2人は、バッドランドという所から来たらしい……誰だよ、それ命名したヤツは。もっとマシな名前が山ほどあっただろうに。

 バッドランドという所は俺はあまり知らなかったけれど、エースによると随分なド田舎らしい。

 

 しかしお2人さん、『食い物は返さないぞ!』って。うんまぁ、俺だって流石に10日ぶりに食い物にあり付いたと言う子どもから奪い返すなんて鬼畜な真似はする気無いし、別にいいんだけど。これが大人だったら取り返すが。

 

 「う、動くと命は無いぞ!」

 

 黙って見下ろすエースが怖かったのか、兄の方が銃を構えた。ちなみに俺は2人からは死角となる岩陰から様子を見守ってるから、未だに気付かれてない。

 

 「おれは物騒なことは好まねェ性質なんだがな」

 

 …………………………え!?

 聞きましたか皆さん!? (←『皆さんって誰?』とかそういうツッコミはしちゃいけない)

 エースって物騒なこと好まないんだって! ゴア王国の下町で喧嘩を繰り返したり食い逃げの常習犯だったり、ルフィに丸太を転がしたり同じくルフィを橋から叩き落とそうとしたり、ブルージャムから金品を強奪したり、海賊で賞金首になった挙句『白ひげ』に喧嘩を売ったりした人間が、物騒なことを好まないんだって! 驚愕の事実だ!

 

 俺があまりの衝撃に呆然としていると、子どもは銃を撃ってしまっていた。エースは自然系だから弾丸なんてどうってことないだろうに、わざわざ石でそれを撃ち落としていた。

 凄い、と子どもたちが感嘆している間に他のみんなもこっちにまで来ているのが見えた。

 その隙に、俺は子どもの手にあった銃をヒョイと奪っておく。

 

 「没収だ」

 

 「あ!」

 

 けれどその時、何故か突き刺さるような視線を感じて振り返ると、エース以外の全員に非難がましい目で見られていた。何故だ。

 

 「あんた、そんな小さな子どもからまで……」

 

 「返してやれよ!」

 

 ………………何故俺が非難されねばならないのだろうか。日頃の行いが悪いのか?

 

 「あのなぁ」

 

 俺は辟易としながら頭を掻いた。

 

 「お前ら、俺が単なる略奪でこの銃を奪ったと思ってるのか?」

 

 《思ってる》

 

 「………………」

 

 何だよ、見事にハモりやがって。

 

 「んなわけあるか!」

 

 はっきり言ってこいつらは運が良いだけだ。銃なんて、当たれば非力な子どもであっても十分相手を殺傷出来る武器なんだから、それを向けるということは反撃されても文句は言えない。これで相手がエースじゃなくて……例えばどこにでもいるような、絵に書いたような悪役海賊だったら、反対に殺されてたのかもしれないってのに。

 それなのに『動くと命は無いぞ』だなんて言って簡単に銃を向けるようなことは、しちゃいけないだろ。

 とはいえこんな偉そうな説教は柄じゃない(それに面倒くさい)から、この銃は没収してスコーピオンに渡そうと思っただけなのに……こんな視線に晒される謂れは無いぞ!

 でもな……今何を言っても、言い訳にしか聞いてもらえないだろうしな……うん、どうでもいいか。

 

 俺が非難めいた視線を浴び続ける中、銃を奪われた当の本人はもうそんなことはどうでもいいのか、エースに妙な依頼をしていた。

 曰く、100万ベリーで人探し。しかも出世払い。

 この子……相場ってモンを知らねェのか? 俺が頼まれたわけじゃないからどうでもいいが。その内あくどいヤツにぼったくられそうだな。

 

 

 

 

 子どもたちが差し出した写真に写っている1人の男。賞金稼ぎで、名はスコーピオン。

 

 「あんたたちは何で賞金稼ぎを追ってるのよ」

 

 ナミの尤もな疑問に、子ども2人は口ごもる。

 隠す理由なんてあるのか? 普通に『父親です』でいいじゃん。誰もが納得するぞ? 母を訪ねて三千里ならぬ、父を訪ねて三千里。

 何故か答えない2人の助け舟になったのはエースの発言だった。本人はそんな気は無かっただろうけど。

 エースの得た情報では、ユバで『黒ひげ』を倒したのがそのスコーピオンらしい……どこで掴まされたんだ、そんなガセネタ。

 写真を覗き込んで見たけど、俺はちょっと頭痛がした。

 

 「これが『黒ひげ』倒した? ……この、作業着で鍬持ったオッサンがねェ」

 

 失礼を承知で言いたい。絶対あり得ねェ。

 

 「エース……お前、その情報を信じてるのか?」

 

 コッソリと小さな声で耳打ちして聞いてみると、苦笑いが返ってきた。うん、お前も既に信じてないだろ!

 

 「会ってみねェことには解らねェ……と言いてェとこだが」

 

 断言はしないのか! そんな大人な対応、いつの間に身に付けた! 

 ……とか何とかやってる間にも。

 

 「何か来るな」

 

 「ってか、ルフィに+αがくっ付いて来てる感じ?」

 

 そう、『何か』がこっちにやって来るのが解った。真っ先に反応したのはエースと俺だったけど、次いで反応したのはチョッパーの鼻だったらしい。

 

 「来る!」

 

 青っ鼻をヒクヒクさせて、動物全開だ。同じく動物のはずの大福は我関せずって感じでずーーーっと寝てるけど。ちなみに俺のポケットの中で。

 『何か』が来る方向を見詰めていると、やがて砂埃と共にダチョウっぽい鳥に乗った男が現れた。

 

 「いたな、『火拳』のエース! おれの名はスコーピオン! 不撓不屈の英雄だ!」

 

 うわー、仰々しい自己紹介。

 ヤツの要求は実に簡単だった。エースに真剣勝負を申し込むらしい。

 え、あいつ自殺志願者? ……とまぁ、冗談は程々にして。

 

 「勝負するならその前にその後ろに乗ってるゴムを返してくれるか?」

 

 そう、はっきり言ってスコーピオンの後ろに乗っているルフィは邪魔である。位置的に。

 

 「よォ! みんないるか!?」

 

 ひょっこりと顔を覗かせるルフィよ、俺はお前に一言言いたい。

 

 「いなくなってたのはお前だけだ」

 

 俺のツッコミにみんながうんうんと頷いていた。

 エースとスコーピオンは睨み合ってる……と言いたいところだけど、スコーピオンは完全に腰が引けている。ぶっちゃけて言えば、ビビってる。それでも口上は続けているけどね。お前の武勇伝もここまでだ、とか。

 これから始まるらしい真剣勝負に1番ノリノリなのはルフィらしい。エースに『手加減するなよ!』と発破をかけてスコーピオンの退路を断っていた。天然って酷い。

 

 「行くぞ! 『火拳』のエース!」

 

 そうして、エースVSスコーピオンが始まったのだった。

 

 

 

 

 そう、始まったんだよ。でももうね……一方的だった。スコーピオンは根性はあるみたいだけど、実力的にエースには及ばない。

 それに、消火剤を撃ちこんでやるとか言って圧縮銃を持ち出していたけど、エースは別に能力使わなくても強いもんなぁ。

 結果的には、スコーピオンのどてっ腹にエースが拳を叩き込んで終わった。早いなオイ!

 

 「悪ィが勝負になんねェな」

 

 肩を竦めてのウソップの発言に全力で同意する。

 そしてスコーピオンのその、ハッキリ言って弱い実力を見てエースもとうとう結論を出した。即ち、『黒ひげ』を倒したなんて嘘だろう、と。スコーピオンはそれを認め、まだ諦めずにもがく。

 本当に、根性だけは大したもんだよ。けれど当人以上にその光景に耐えられない者たちがこの場には若干名いた。

 

 「もう止めろよ、父ちゃん!」

 

 そう、子どもたちである。この子らがスコーピオンの子どもだなんて全く予想していなかったのか、揃いも揃ってみんな驚いていた。そんな彼らには構わず、子どもたちは父に駆け寄る。駆け寄った子どもたちへのスコーピオンの呼び掛けからして、彼らの名前はディップとチップらしい。ゴメン、完全に忘れ去ってた。

 

 再会した彼らの会話から察するに、どうやらスコーピオンがエースを狙ったのは子どもたちの何気ない一言が原因だったらしい。

 

 しかし、何でその対象がエースなのかね? 『世界一の戦いを制してここに戻って来るからな!』と父は息子たちに宣言したそうだけど……じゃあ『白ひげ』の方を狙えよ。そりゃあ、お蔭で俺らはエースと再会出来たわけだけど。

 内心で呆れている間に、親子3人はあーだこーだと絆を確かめ合って和解していた……結局何だったんだろう、こいつらは。振り返ってみれば俺ら、変なホームドラマを見せ付けられただけなんじゃね? 麗しい父子愛ですねとでも言えば良かったってのか?

 最終的には、バッドランドに帰ろうってことで纏まったようだ。

 

 

 

 

 その後、誤作動(?)したバズーカ砲のせいで崩壊した岩の下敷きになりかけた親子をエースの火拳で救出し、事態は完全に収束した。あ、没収しといた銃はちゃんとスコーピオンに返しといたよ。

 そしてそれは、エースとの別れを意味する。『黒ひげ』がいないと解った以上、エースがわざわざユバまで行く意味は無いからね。

 日も暮れかけた夕焼けをバックに、俺たちは向かい合う。

 

 「本当に行っちゃうのか、エース」

 

 チョッパーが微妙に寂しそうな声音で尋ねた。チョッパーにしてみれば、人数が多い方が楽しいという気分だったんじゃないかと思う。けれどもエースはさっぱりとしたもので、もう次の場所に向かうと明言した。

 スコーピオンが『黒ひげ』を倒したなんていうのは完全なガセネタだったけど、そのスコーピオンから聞き出した新たな情報によれば、西でヤツを見掛けた者がいるらしい……俺らと一緒にいればジャヤって島で巡り会えるんだけど、なんてことは言わない。俺は預言者になるつもりは無いからね。

 

 「ルフィ、ユアン」

 

 エースは上着のポケットから紙を取り出すと、ルフィと俺にそれぞれ放った。良かった、俺も貰えたよ。

 

 「そいつを持ってろ、ずっとだ」

 

 「何だ、ただの紙切れじゃねェか」

 

 メモ書きがあるわけでもない、見た目には何の変哲もないただの真っ白な紙にルフィは訝しげだ。

 

 「そうだ。その紙切れがおれとお前らをまた引き合わせる……ユアン」

 

 エースの視線が俺に向けられた。

 

 「お前なら知ってるよな。それが何なのか」

 

 そりゃそうだ。何しろ、1番最初にエースにこれを教えたのは俺なんだから。

 

 「ビブルカードだろ?」

 

 渡されたビブルカードをひらひらと振りながら答えると、正解と言わんばかりのニヤリとした笑みを浮かべられた。

 

 「? 何だ、ビブルカードって」

 

 聞いてきたのは同じくカードを渡されたルフィだけど、これについて聞きたいのは誰もが同じだったらしい。視線で説明を求められている。なので、簡単にだけど説明させてもらった。

 

 「このビブルカードも、掌にでも乗せれば動くんじゃないか?」

 

 ルフィは俺のこの言葉に反応して試していた。

 

 「おォ! 動いた!」

 

 その言葉通り、固定されること無く掌に乗せられたビブルカードはじりじりと動いている。方向は勿論、今現在目の前にいるエースだ。そのエースははしゃぐルフィに肩を竦めるとポケットからまた別の紙を2枚取り出し、纏めて俺の方へ渡してきた。

 

 「んで、これがお前に頼まれてた分」

 

 「ありがとう」

 

 いやー、コレ便利だもんな。これでゾロの迷子癖も少しは改善………………されると、いいなァ………………何でだろう、遠い目になってしまう。

 気のせいだよね? 『焼け石に水』とか『猫に小判』とか、そういう諺が脳裏に浮かんでくるのは、きっと気のせいだよね?

 

 「それ何だ?」

 

 俺が叶わぬ(可能性が極めて高い)夢に思いを馳せていると、チョッパーが見上げて聞いてきた。

 

 「ビブルカードだよ。ルフィと俺の」

 

 「おれの?」

 

 これは話してないのだから当然ルフィにしてみても初耳の話だったわけで、きょとん顔で首を傾げていた。それに俺はサラッと返す。

 

 「3年前、エースの出航前夜に爪のカケラを渡して頼んどいたんだ。もしも機会が有ったら作っといてくれって。今この時のように渡すチャンスが出来たら儲けものだし、そうでなくても生存確認には使えるから」

 

 俺の返答を傍で聞いてエースは苦笑しながら頭を掻いていた。

 

 「まさか、本当にこうして渡す機会が出来るたァ思ってなかったがな」

 

 そりゃそうだろう。仲間殺し未遂なんて事件が無ければ、グランドラインを逆走なんてするはず無いだろうし。

 そんな中、何やら考え込む……というより、思い出していた様子だったルフィがポンと手を叩いた。

 

 「あ! だからあの時、指がちょっと切れてたのか!」

 

 覚えてたのか。

 

 「ゴメン。寝てる間に削らせてもらったんだけど、ちょっと手が滑ってさ」

 

 「いや、何それを今謝ってんだよ!」

 

 手を合わせて謝罪してると、何故かウソップにツッコまれた。それはスルーさせてもらって、俺は肝心の封筒を見やる。それには名前が書かれていた。

 ルフィの分はルフィに渡し、自分のビブルカードを取り出すと少し千切ってエースに渡した。

 

 「俺もこれ、渡しとくよ」

 

 その後、その様子を見ていたルフィも、同じくビブルカードをエースに渡していた。

 さて、これでいよいよ用事は全て片付いたわけだ。エースは改めて一同を見渡す。

 

 「出来の悪い弟を持つと、兄貴は心配なんだ。性格の悪い弟もある意味心配だが」

 

 ………………おい、それはどういう意味だ?

 

 「お前ェらもこいつらには色々手を焼くだろうが、よろしく頼むよ」

 

 エースは苦笑いしながら軽く会釈をすると、不意にもの凄く真剣な顔になった。

 

 「ルフィ、ユアン。次に会う時は、海賊の高みだ」

 

 うん……そうだといいね。だってマリンフォードよりはそっちの方がずっとマシだ。

 頂上戦争改変は当然目論んでいるけれど、そもそも起こらなかったら起こらなかったで構わない。だから心の一部では、エースVSティーチがエースの勝利で終わることを願ってもいるよ。

 

 「来いよ、高みへ」

 

 ……行くさ。いずれ、な。

 その時だった。背後の方からスコーピオン親子の別れの挨拶が聞こえて、俺たちは揃って振り向いたんだけど……ヤツらとの簡単な別れも済ませ、今度はエースをちゃんと見送ろうと思って再び向き直ると既にいなくなっていた。いつの間に……。

 

 「また会えるさ」

 

 ルフィの物言いは実にあっけらかんとしていた。そしてそれは、その通りだ。いつかまた会うことになる。きっと。

 

 「ところで、ユアン」

 

 もう気分を切り替えたのか、ルフィが真っ直ぐ俺を見た。

 

 「この……ビブルカードっての、何に使う気だ?」

 

 この、というのはエースに貰った分ではなく、作ってもらっておいた俺たちの分のことだろう。俺は肩を竦める。

 

 「頼んだ時は、あれば便利かな、程度の気持ちだったんだけどな。今はもう、取りあえずするべき事があるだろ?」

 

 あえて聞き返して答えを促すと、ルフィも含めて全員が思い至ったらしい。

 

 「おれを見るな!」

 

 揃いも揃って、ゾロに無言で視線を突き立てていた。

 うん、誰もが考えるんだな。迷子対策……例えビブルカードを持たせても、それでゾロの方向音痴が改善出来ると明言出来ないのが怖いけど。

 最終的には、全員にビブルカードの切れ端を行き渡らせることになったのだった。

 

 

 

 

 じゃあな、エース。いつかまた。

 




 エースの出番、終了。


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第123話 地下遺跡

 エースと別れました。正直に言えばちょっと寂しいぜこの野郎。

 

 けれど、そんな感傷に浸ることを許さないのがこの国の情勢であり、クロコダイルの企みであり、俺たちが置かれた現状だ。

 目的地・ユバまでは本当に後もう少しらしい。ラストスパートだ頑張ろう……と、思ってたら。

 

 「ウオォォォォォォォォォォ!!」

 

 何だろう、ルフィが突然暴れ出した。

 

 「あいつ、また変なサボテンでも食ったか?」

 

 杖に縋り付きながら嘆息するウソップの発言に、俺は漸く思い出した。

 そういえばありましたね、そんなこと。

 

 「ユアン、何とかしてよ」

 

 マツゲの上からナミに言われたけれど、俺は肩を竦めた。

 

 「流石に錯乱状態で幻覚まで見てるヤツを止めようと思ったら、実力行使になるだろうからなァ。面倒くさ……じゃなくて、時間かかると思うよ」

 

 『クロコダイルー!』とか叫びながら走り回るルフィの様子を見るに、いつものような軽い説教では終わらないだろう。

 

 「俺がエースと一緒に逸れてる間にも似たような事があったんだろ? その時はどうしたんだ?」

 

 「アンタ今、『面倒くさい』って本音が漏れかけてたわよ? ……あの時はチョッパーが麻酔を射ってくれて……チョッパー、行ける?」

 

 ごめんなさい、チョッパーは砂漠の暑さにダウンしてます。ちなみに居場所は俺のポケットの中だ。

 それでも、ポケットの中でチョッパーがもぞもぞと動いたのを感じ、やがてゆっくりと顔を出した。

 

 「………………ん~」

 

 もの凄く辛そうだけれど、それでもやってくれるつもりらしい……あぁもう、そんな顔されたら俺だけのほほんとしてるのが悪い気になるじゃないか!

 

 「ハァ……俺が取り押さえるから、その隙に麻酔を頼むな」

 

 それだけ言うと、俺は1番近くにいたゾロにチョッパーを渡した。ポケットに入れたままだと危ないからね。あ、大福も一緒に渡しといたよ。押し付けられた形のゾロは不満げだったけど、そんなことは気にしない。

 

 当のルフィはというと、極小さな砂丘の向こうで暴れていた。お前、この暑いのによくそんな体力があるな。

 ちょっとばかり頭痛がして、大きな溜息が出てきた。ったく、この騒動を起こす天才は。

 正直に言えばもの凄く面倒くさいけど、しょうがないよな。今後の為にも。

 ……って、あれ? 俺ってば、何だかイッちゃってる目付きのルフィに鼻息荒く睨みつけられてるような気が……。

 

 「クロコダイルーーーー!!!」

 

 あ、もう完璧にラリッてますね。いや、解ってはいたけどさ。

 しかし、俺は言いたい。

 

 「誰がクロコダイルだ! 俺をあんなオールバック野郎と一緒にすんじゃねェ!」

 

 「おい、ツッコむトコそこか!? てか、クロコダイルの髪型なんて知ってんのか!?」

 

 チョッパーを連れているからかこちらに来ていたゾロがツッコんできた。

 

 「昔の手配書で見た。俺はオールバックは嫌だ! だって将来的に前髪が後退していきそうだし! ハゲたくない!」

 

 ぶっちゃけそこまで好きな髪でもないけどさ、ハゲよりはマシだよ。うん、ハゲよりは。世のオールバックの方々及びハゲの皆さん、ごめんなさい。でもこれが俺の偽らざる本心だ。

 そもそもハゲの原因は何だ? 老化、ストレス、放射線、遺伝的要因……って、別に10代で考える必要は無いか。30超えてから気ィ配ろう。

 

 「今はオールバックの議論なんざどうでもいいだろうが!」

 

 うん、そうだよね。別に胸張って力説するほどのことでも無いよね、確かに。

 俺が場違いにもうんうんと納得した、丁度その時だった。

 

 「ゴムゴムの~~~~~サブマリン!!」

 

 ゾロとミニコントをしていた間も(したくてしてたわけじゃないけど)ルフィが何か喚いていたのはぼんやりと聞こえていたけど、綺麗に聞き流していた。でも、実際に攻撃されれば話は別だ。

 ルフィのパンチが砂の中から出てきて、俺はゾロと一緒にそれを避けた。

 

 「……マジだな、あのバカ」

 

 本気で頭痛がしてきた。あいつが錯乱状態なのは解ってたけど、さっきの拳の威力は本当に本気の一撃だったと思う。

 

 「毎度毎度のこととはいえ、トチ狂ったアイツを止めるのは骨だな」

 

 刀に手を掛けたゾロが苦々しげに呟く。けれどすぐに刀からは手を離してた。そりゃそうだろう、傷付けるのが目的じゃないんだし……あれ?

 

 「ゾロ、チョッパーと大福はどうした?」

 

 さっきまではゾロが持ってたはずなのに、いつの間にかいなくなってる。ひょっとして、さっきのルフィの攻撃を避けた時に落としたのか?

 

 「あ」

 

 ゾロも今まで気付いてなかったみたいで、珍しく少し間の抜けた声を出している。

 あぁもう! あの時結構砂が舞ったからな、どこかに埋もれてるかも。

 

 「……錯乱してるルフィを止めるのとチョッパーたちを探すの、どっちがいい?」

 

 

 

 

 じゃんけんをしました。だってゾロも俺も、出来ることならあんな状態のルフィには近付きたくなかったから。

 そして俺は負けました。とどのつまり。

 

 「だ~、もう! 鬱陶しい!」

 

 久々にルフィと殴り合いをすることになっちまったんだよね、うん。

 思い切り出されたパンチは体を軽く捻らせて避け、その余りに大振りな攻撃の後に出来た隙を狙ってドテッ腹に蹴りを入れる。けどそんな攻撃は当然ながらダメージにはならず、今度はこっちが頭突きを見舞われる羽目になる。

 

 「いっ!」

 

 顔面を狙われたけど、それは顔を逸らしてギリギリ躱した。急に捻ったから首が少し痛いぜ畜生が。

 

 正直に言おう。こんなの当たったら絶対痛い。ってか、頭突きって……何でもアリか、コイツは!

 でも無理な体勢での攻撃は、隙も大きい。こっちも少し動きは止まったけど、何てことは無い。そのまま突き出てる頭をぶん殴ってやった。

 そのままバカスカやり合うけれど……はっきり言って、こんな攻防は面倒以外の何物でも無い。

 

 「クロコダイルーーーーー!!」

 

 「だ・か・ら! 誰がクロコダイルだっての!!」

 

 元々スピードは俺の方が上だし、今のルフィは錯乱状態で闇雲に暴れてるだけだから隙が多い。結果、ルフィの攻撃は殆ど当たらないのに俺の攻撃は大体当たる。

 何も知らないヤツが傍から見れば俺の方がずっと優勢なんだろうけど、ルフィはゴムだから全くと言っていい程こっちの攻撃は効かない。

 

 となると体力勝負になるから、最終的には体力が尽きた方の負け。でもそんなんじゃ意味無い。

 そりゃあ俺だって、一応はゴム人間(ルフィ)に有効的な攻撃手段は持ってる。嵐脚と海楼石の十手なら効くはずだ。でも嵐脚だと効きすぎて怪我をさせるだろうし、十手は……この場合は適切とは言い難い気がする。

 ぶっ飛ばしても意味無いんだよな、抑え込まないと。

 ルフィとは逆に、俺はコイツの攻撃なんて1発でも当たったらダメージになるし、ここは慎重に行こう。

 使うならここぞという時、抑え込むのに成功してから……!

 ルフィが大振りで拳を放ったのを避け、腕を掴みつつ懐に入り込む。丁度いい具合に体が開いてやがる。そのまま体のバネを利用して。

 

 「どっせぃ!!」

 

 何をしたのかは単純明快だ。まぁ、アレだよ。一本背負い。そしてそのまま十手を取り出し、押し当てて力を奪う。

 もしもルフィがラリッてなかったら、こうもクリーンに決まらなかっただろうね、しみじみ。

 告白します。実は俺、前世では中学時代、体育の時に柔道を選択してました。いやぁ、何がいつ役に立つのか解らないもんだよ。

 おっと、今はそんなことはどうでもいいな。

 

 「チョッパー、麻酔!」

 

 殴り合い(?)の最中にゾロがチョッパーと大福の発掘に成功していたのは、横目で見てた。今はもうチョッパーの準備は出来ているらしい。

 その後、チョッパーを元に戻してからルフィに麻酔をしてもらい、昏倒したルフィから手を離して周囲を見渡してみると。

 

 「あー……俺たち、置いてかれた?」

 

 現在この場には、俺たち4人と1匹(?)しかいなかった。

 

 

 

 

 どうやら、俺らがごちゃごちゃやってる間に他のみんなは先に進んでしまったらしい。

 冷たい! 冷たいよ、みんな! ユバに向かえばいいって解ってるとはいえ、よりにもよって砂漠の真ん中で放置プレイ!? これどんな状況!?

 ……うん、ド天然と方向音痴と暑さにダウン気味のトナカイを引っ張って行けって状況ですね解ります。解りたくないけどな! 

 しょうがない、せめてルフィが寝てる間に少しでも進んでおこう。

 

 「というわけで、出発!」

 

 無理やりテンション高い調子でゾロとチョッパーの背中を押した。なお、俺は現在ルフィを持っているため、悪いがチョッパーは歩きだ。

 暫くの間、俺たちは黙々と歩いた。途中何度かはあらぬ方向に向かいそうになるゾロの軌道修正をしなければならなかったけど、それくらいは些細な事だ。

 

 「うーーーーーん……。」

 

 あ、ルフィ起きた。

 

 「あれ? みんなは?」

 

 きょろきょろと周囲を見渡すルフィに内心腹が立った俺はきっと悪くない。

 

 「多分、先に行っちまったんだと思うよ」

 

 幾分投げやりに答えると、ルフィは不満げな顔をした。

 

 「何だそれ。また迷子になってんのか!?」

 

 …………………………うん。

 

 「ゾロ、ちょっといいか?」

 

 出来るだけ怒りを抑えて朗らかに声を掛けると、ゾロはかなり座った目付きでこっちを振り返った。

 

 「あのさ、俺が押さえておくからさ」

 

 「い!? おい、何だァ!?」

 

 言いながらルフィを後ろから羽交い絞めにすると、焦ったような声が聞こえてきた。聞く気は無いが。

 

 「ちょっとコイツ斬り捨ててくんねェか?」

 

 「任せろ」

 

 即答か。お前も怒ってるんだな。ゾロが刀に手を掛けたことで、微かにチャキリという音が聞こえた。

 

 「えー!? ちょ、待てお前ェら!!」

 

 俺たちの本気を悟ったのかルフィはじたばた暴れる。離す気は無いが。

 最終的には、チョッパーが取り成したことでルフィは斬撃を浴びずに済んだ。チョッパーめ、余計なことを。

 

 

 

 

 ルフィには俺が、ゾロにはチョッパーが付いて砂漠を歩く。気分は(迷子専門の)介護士だ。暑いだろうに、チョッパーは根性を見せてくれている。良かった、1人で全員の面倒を見ることにならなくて。ありがとうチョッパー。しかし大福はさっさとポケットの中に舞い戻っている……イイ性格してるよな、本当。

 

 チョッパーの鼻でももう匂いが解らないらしいし、俺も特に何も感じない。なので取りあえずユバに向けて歩いてる。みんなとはどれだけ距離が出来てしまったんだろうか。

 ったく……アレが無ければ、何があっても絶対にこんな状況になんかしないのに。

 暑い暑いとぶうたれながら歩を進めるルフィを横目に、内心かなりイライラしながら俺も歩く。数歩先ではゾロ&チョッパー組が何やら話しながら歩いているけど、そう大声じゃないこともあって内容までは聞こえてこない。

 

 「あ!」

 

 あいつら何話してんのかな、でも無闇に嘴を突っ込むのもアレだよな、とかそんなことをぼんやり考えてたら、ルフィが急に顔を上げた。何だろう、目に見えて元気になってる気がする。

 その視線の先を辿って見ると。

 

 「あ~、成る程」

 

 「日陰見つけたァ!!」

 

 まだ何十mも先だが、そこには小休止を取るには丁度よさそうな岩場があった。

 良かったー、ちゃんと到達出来た! 見たかったんだよな、アレ!

 俺は期待に胸を弾ませながらゆっくりと岩場に向かう。

 え? ルフィ? あいつはゴムゴムのロケットでバビュンと飛んでったよ。ゾロとチョッパーを巻き込みながらね。そんで痛そうな音を立てて思いっきり岩に激突してた。俺はそんなのゴメンだから、さっさと逃げさせてもらいました。

 俺がその岩場に到達したのは、ゾロがルフィの首に当てていた刀を鞘に納めた時だった。

 

 「いや~、見事に飛んでったな」

 

 へらへらと敢えてささくれ立った神経を逆なでするように話しかけたら、ゾロにギロッと睨まれた。何故挑発的かというと、何てことは無い。からかうのが面白いからだ。

 

 「ったく……」

 

 ゾロは大きく溜息を吐くと、手近な岩に腰かけようとした。どうやらこの場は休息を取ることにしたらしい……が。

 

 「どわっ!?」

 

 ゾロがその岩に体重を掛けた瞬間、ヤツは岩ごと砂の下に落ちて行った。その様子にルフィは目を丸くする。

 

 「おい、ギャグ言った覚えは無ェぞ?」

 

 「ずっこけたわけじゃねェよ!!」

 

 「あっはっは。ゾロ、腕を上げたな?」

 

 「おれがギャグやってるわけでもねェ!!」

 

 砂の下から聞こえてくるゾロの声は反響を伴っていて、何だかキンキンしている。にしても、ゾロって意外とツッコミスキル高いよね。

 

 「俺らも降りよっか。地下ならここよりもっと涼しそうだし」

 

 「そうだな」

 

 少し離れた所で倒れているチョッパーが砂に埋もれつつある、即ちチョッパーも落ちつつあるのを確認してから、俺はルフィにも声を掛けて下に降りた。

 

 

 

 

 地下はそれなりの深さがあったけれど、入る前に心構えはしていたからそれ程問題じゃない。むしろ俺にとっての問題は、この暗さだ。

 今さっき俺たちが入ってきた穴から僅かに太陽光が差し込んでいるから、暗闇というわけじゃない。けれど薄暗く、目が慣れてくるまでは細部まで解らない。

 う~ん、こういう時こそエースがいてくれたら良かったのに。そしたら松明替わりになってくれただろう。

 まぁ、無いものは無いのだからしょうがないと諦めるけど。

 先に降りた……というか落ちたゾロはと思って見てみると、大きな『何か』の前に立っている。まだ目が慣れないからその『何か』を正確に見ることは出来ないけれど、俺はそれが何なのか知っている。

 

 「何でこんなモンが」

 

 「地下にあるんだ?」

 

 訝しげに呟いてたゾロは、俺たちも降りてきていることに気付いてなかったんだろう。セリフの後半をルフィに驚いて心底驚いていた。

 

 「何でテメェら降りてきてんだ!?」

 

 「手で降りてきた」

 

 「足で降りてきた」

 

 「理由を聞いてんだよ!」

 

 うん、解ってる。ルフィは天然だろうけど、俺はわざとボケてみました。ツッコんでくれてありがとう。

 

 「何となく降りてきた!」

 

 ルフィがドンと胸を張るけれど、ゾロはそれをスルーした。その代りに俺が、何で止めなかったんだと言わんばかりに睨まれるので、こちらとしては苦笑するしかない。

 

 「だって、暑かったからさ。どうせ休憩するなら、より涼しい方がいいじゃん」

 

 そしてもう1つ。今ゾロの前にあるソレに興味があったから……でもこれは口には出さないでおく。

 俺の答えに、ゾロはやれやれと言わんばかりに溜息を吐いていた。

 

 「チョッパーは?」

 

 「落ちかけてたからね……多分、もうすぐ来るんじゃないか?」

 

 言ってる間にも、上の方からズズと砂の音がする。ふと見上げると、丁度チョッパーが幾分かの砂を巻き込んで落ちてくる所だったようだ。

 

 「よ、っと」

 

 流石に、そのまま床に激突というのは可哀そうだと思って受け止めに走る。変形しているチョッパーはデカいからちょっと掴みにくかったけど、それでもまぁ許容範囲内だった。

 

 「あ、ありがとな……」

 

 チョッパーはお礼を言ってくれたけど、微妙にぐったりしていた。ルフィにぶっ飛ばされたせいだろう。ゴメン、俺はそれを止めなかった。

 チョッパーは不思議そうに周囲を見回している。

 

 「何だ、ここ」

 

 その当然と言えば当然の疑問に答えたのはゾロだ。

 

 「さァな。取りあえず、ここが地下だってのは間違いないらしい」

 

 こうしている間にも、目はこの暗さに慣れてきたらしい。俺はもう十分この空間を認識出来るまでになっていた。

 降りてきた感じでも解ってはいたけど、高さはかなりのものだ。しかも、綺麗なドーム型。これがいつの時代の遺跡かは俺には解らないけれど、何にしてもそれなりに大事な場所だったのは間違いないだろう……にしても、だ。

 俺はソレをまじまじと見つめた。

 

 「まさか、こんな所でお目に掛かるとはなぁ……」

 

 見てみたいとは思ってたけど、ここで本当に出会えるかは半信半疑だった。でも、コレは……。

 

 「ユアン、これ何か解るのか?」

 

 俺と同じくソレを覗き込んでいたチョッパーがキョトンとした顔で聞いてきた。

 

 「解ると言えば解るし、解らないと言えば解らないな」

 

 言葉遊びのように聞こえるだろうけど、掛け値なしの本音でもある。

 

 「コレが『何』なのかは知ってる……と言うか、解る。多分だけどね。でも、ここに何が書かれているのかは解らない」

 

 俺にはただの模様のようにしか見えないソレに指を這わせながら呟くと、チョッパーもソレを目で辿った。

 

 「コレって、大昔の文字だよな?」

 

 その疑問を、俺は首を縦に振ることで肯定した。

 

 「何でそんなことが解る?」

 

 俺たちの会話に入ってきたのはゾロだ。ルフィは……全く興味が無いみたいで、ゴロゴロと涼しさを満喫してる。

 

 「前に本か何かで読んだことがあるんだ」

 

 「俺も……似たようなもんだな」

 

 その答えにゾロは納得したらしい。するとまたチョッパーが俺を見た。

 

 「で、これ何なんだ?」

 

 ……はて、どのくらいなら言ってもいいのだろうか。

 

 「ポーネグリフって知ってるか?」

 

 俺の問いかけに2人は揃って首を振る。ルフィは……鼾かいてる。もうあいつは放っとこう。

 

 「歴史の本文、とも言う。世界中に点在する歴史を記した石碑で、決して砕けない硬い石に古代文字で記されている。大きく分けると、『情報を持つ石』と『その石の在処を示す石』の2種類らしいけど」

 

 そういえば、結局魚人島のポーネグリフは何なんだろうね。ジョイボーイって何者さ。

 俺の視線はポーネグリフの古代文字を追っているけれど、ゾロもチョッパーも割と真剣に話を聞いてくれているらしいのは空気で解る。俺はそれなりに空気が読める人間なんだよ!

 

 「ただ、ポーネグリフの探索及び解読は世界政府によって禁じられているんだ。バレたら死罪になるぐらいの罪になる」

 

 「えー!?」

 

 突然チョッパーの顔色が悪くなる。

 

 「じゃあ、おれたちもヤバいのか!?」

 

 おーい、いきなり飛躍するな。俺は肩を竦めた。

 

 「これは偶々見つけただけで、別に俺たちは探索も解読もしてないだろ? 言わなきゃいいんだよ、政府側の人間には。それに、存在を知るだけなら罪にはならないしね」

 

 byアイスバーグである。

 

 「しかし、何で禁止する必要があるんだ? たかが歴史だろうが」

 

 ホッと一息吐いているチョッパーとは裏腹、ゾロは腑に落ちないらしい。まぁ、そりゃそうだろう。

 

 「『古代兵器復活の可能性を消す』ことだってさ……補足しとくと、古代兵器ってのはこの文字が使われていた頃に存在した兵器だよ。ポーネグリフにはその在処が示されている物もあるんだ」

 

 まぁそんなのは表向きの理由で、実際にはクローバー博士の仮説である『古代王国の思想が世界政府にとって脅威であるため』ってのが正しいんだろうけど。五老星もそれを聞いた途端に腹を決めてたし。

 

 「古代兵器、なァ。」

 

 うわ、何て胡散臭そうな顔! 本当なんだぞ、その為にクロコダイルはアラバスタ乗っ取りを企んで、W7ではCP9が現在進行形で潜入任務中なんだから!

 ……よくよく原作を思い出すと、恐ろしいことだよね。もしも麦わらの一味が介入していなかったら、クロコダイルと世界政府、両方がプルトンを手に入れていた可能性だってあったのかも……もしそうなってたら、どんな泥沼の事態に陥ってたんだか。

 

 「コレが何なのか、解ると言えば解るし解らないと言えば解らないって言ってたのはそういうことか? ユアンもこの字、読めないんだな?」

 

 平静を取り戻したらしいチョッパーに見下ろされ……何だろう、微妙に悲しかった……俺は頷く。

 

 「ああ、読めない。本音を言えば、読んでみたいとは思うんだけどね。でも現状では、これを解読出来るのは世界に1人と言われてる。ついでに言えばその1人は、世界政府に手配されてるよ」

 

 ロビンだけだよね、これって。けどそれはそれとして、もう死んでるけどロジャーも『読める』の括りに入れていいのかな? そうなるとその内ルフィも読めそうな気がするけど。何かあいつも万物の声聞けそうだ。

 

 それにしても気になるのは、この遺跡が何故地下にあったかだ。元々地中に作ったのか、砂で埋もれてしまったのか或いは……故意に埋められたのか。

 個人的には、3つ目の可能性な気がする。シャンドラのポーネグリフがシャンディアによって守られていたように、これも誰かが『何か』から隠そうとしたんじゃなかろうか。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。それよりもだ。

 

 「じゃ、メシにすっか」

 

 シリアス気味だった空気を変えるためにパンパンと手を打って振り返ると、何だかんだ言ってもそれなりに真剣に話に耳を傾けてくれてたらしい2人はずっこけていた。

 

 「何でいきなりメシなんだ!? それよりあいつらと合流する方が先だろ!」

 

 うーん、ゾロのツッコミ絶好調!

 思わず漏れそうになる笑いは噛み締めながら我慢して、俺はゾロを見上げた……物悲しいとか思ってないからな! いくら頭半分以上の差があるからって……ごめんなさい、聞かなかった事にして下さい。

 

 「無理して歩き続けるよりも、適度に休みを挟む方がむしろ効率はいいだろ? 今って丁度1番暑くなる時間帯だし、折角涼しい場所を見つけたんだ。食料だってあるんだから休憩がてら食事しようってことだよ」

 

 実は現在、時刻は午後1時を少し過ぎたあたり。日中はいつだって暑い砂漠だけど、やっぱりこの時間帯が1番暑い。しかも、正午頃には適当な岩場が見付からなくて休憩が取れず、昼食を抜いていた。これに関してはルフィが盛大に文句を言っていたけれど、ニッコリ笑顔で出来るだけ優しく言い聞かせたらちゃんと解ってくれた。

 それに、と俺は続ける。

 

 「目的地は解ってるから最悪でもユバで合流出来るわけで、躍起になってみんなを探す必要も無理に砂漠で合流する必要も無い。もしも運よく道中でニアミスすれば、チョッパーの鼻か俺の気配読みで解るしね」

 

 ゾロは少し考え込んでいたけれど、最終的には頷いた。

 

 「………………まァ、一理あるか」

 

 

 

 

 俺たちは遺跡で昼食休憩を取ることになった。出発は3時ごろ。

 休み過ぎだと思うかもしれないけど、ここでちゃんと体力を回復して動きやすい夕方に一気に詰めようという作戦(?)に落ち着いたわけだ。つーか落ち着かせた。

 何しろ俺はこの遺跡で、食事休憩の他にもやりたいことがあるから。その為には多少の時間が欲しい。

 食事の内容は至ってシンプルだ。薪が無くて火は熾せないから調理は無しで、水とパンと干し肉、それにイドの町で手に入れてた果物。これがまだ新鮮で、結構重宝してる。

 ゾロが1人黙々と食べているのと少し距離を置いてルフィがまだぐーすか寝てるけど、用意はしておいたのでその内起きてから食べるだろう。

 んで、俺はというと。

 

 「なァ、何してるんだ?」

 

 「ん? 書き写してるんだよ」

 

 元のサイズに戻した大福をもふもふで柔らかな背もたれにし、干し肉を齧りながら見付けたポーネグリフを紙面に書き写してます。そしてその様子を、人獣型に戻ったチョッパーが見上げながら聞いてきた。

 ちなみにチョッパーは今、デザートとして渡したクッキーを齧ってる。ちゃんと暑くても溶けない菓子を用意しといたのさ! その辺は抜かりなしだ!

 おっと、それよりも集中集中。

 

 「本当はコレ、持って行きたかったんだけどさ。こんだけデカいとミニ化してもポケットには入らないし。で、要はこれに何が書かれてるかさえ解ればいいわけだから、書き写そうかなって」

 

 読めなくても、記号や図形だと思えば写すのは簡単だ。

 手は止めることなく答えると、チョッパーはおずおずと顔を覗き込んできた。何だこの可愛い生物は。

 

 「だ、大丈夫なのかそれ!」

 

 大丈夫って……そりゃあ……ねぇ?

 

 「バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ」

 

 この時の俺の『ニヤリ』は結構悪い顔だったと思う。でも実際、それでよくね? そもそも既に俺たちって無法者じゃん。遵法意識は元より低い人種なんだよ。あれ? やだなぁ、何でそんなに引いてるの?

 本気で怯えられるのは心苦しいから、安心させるように笑った。

 

 「大丈夫だよ、何せこれは紙だから。いざとなったら呑み込んで証拠隠滅だ」

 

 そうしてチョッパーの頭を撫でると、あからさまにホッとしてた。うん、和む。

 けどそうなんだよね、だからよくよく考えるとこの方が都合がいい。オハラの学者たちだって、ポーネグリフという物証を見付けられたからこそ言い訳のしようが無くなっちまったんだし。

 難点は、1度隠滅してしまうと再び手に入れるのが骨だってことだけど……ま、何とかなるだろ。

 何故俺がこれを書き写してまで手に入れようとしてるのか。答えは簡単なことなんだけど……上手くいくといいなァ。

 

 

 

 

 その後、俺は何とか時間内に複製を完成させられた。砂に埋まって見えなくなってた部分については、ミニ化させて発掘して書き写した。

 いや~、本当に書き写すって選択肢を選んで正解だったと思ったね。だってこの石、俺に出来る限りのミニ化をさせてもまだ相当な重量があったんだよ。持てないほどじゃないけど持ち歩くのは骨だし、戦闘にでもなれば邪魔以外の何物でもない。

 ルフィは自分で起きなかったから、口元に食料を持ってったんだけどさ……寝ながら食い付いたよ。あいつは何所に向かってるんだろう。海賊としてはまだまだルーキーだけど、フードファイターになればあっと言う間に世界を駆けあがれるんじゃないか? 俺もあまり人のことを言える胃袋じゃないけど……。

 それでも出発の時にはそのルフィも叩き起こし(ってか踏んで起こした)、俺たちはまた砂漠を歩き始める。さっきよりかはペースは上がったけど、もういい加減に終わって欲しいよコレ。

 

 

 

 

 他のみんなとはユバを目前にして合流に成功し、俺たちは漸く、本っ当に漸くユバに到着した。

 かつてのオアシス、しかし現在では荒廃してしまった町に。

 




 アニメ沿い終了のお知らせ。次回からは原作沿いに戻ります。


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第124話 始動

 俺たちが到着した時、ユバは正に砂嵐に巻き込まれてる最中だった。

 それも、ここまでの道中で遭遇したいくつかの砂嵐よりもよっぽど酷い。町全体がソレで覆われているし、結構な距離まで地響きが伝わっていたのだから。

 流石にそんな渦中に入って行くことは出来ないので、収まるまで範囲外にて待機。

 

 暫くしてやっと入ったユバは、とてもオアシスと呼べるような土地ではなかった。水なんてどこにも見当たらないし、木は枯れてしまっている。

 オアシスは、完全に砂に飲み込まれていた。

 エルマルと大して変わらない、とゾロが呟いていたけれど、全く以て同感だ。

 そんな中、スコップで地道に穴を掘るおっさんが1人。

 

 「旅の人かね? 砂漠は疲れただろう……すまんな、この町は少々枯れている」

 

 少々どころじゃないだろ、というツッコミはきっと言っちゃいけないんだろう。うん。

 おっさんはそりゃあもうフラッフラになりながらも、宿はあるから休んでけと勧めてくれた。何ていい人だ。そして、いい人ばかりが苦しむのがこのご時世なのだろうか。

 

 穴掘りは止めずにこちらを振り向くおっさんに対し、ビビがさり気なく顔を隠す。要人は大変だ。

 そしておっさんはというと、『反乱軍』の単語に眦吊り上げて反応し、激怒しながら物を投げつけてきた。どうやら、反乱軍の志願者と勘違いしたらしい。

 けれどそれはカッとなったが故のことで、割合すぐに落ち着いてくれた。そして、爆弾発言を放つ。

 

 「あのバカ共なら、もうこの町にはいないぞ!」

 

 それにみんなは揃って驚いてるけど、さもありなん。

 こう言っちゃ何だけど、こんな枯れた町に『軍』が駐留出来るはずなど無いのだから、当然だろう。おっさんが言うには、正にその通りだったらしい。

 

 「反乱軍はカトレアに本拠地を移したんだ……」

 

 「カトレア!?」

 

 その情報にビビが真っ先に反応する。

 

 「どこだビビ、それ近いのか!?」

 

 …………………………うん。

 つくづく思う。ルフィって本当に腹芸が出来ないヤツだよね。ビビが何のために顔を隠してると思ってるんだ?

 

 「ビビ? 今、ビビと……?」

 

 ほらバレた!

 

 「おいおっさん! ビビは王女じゃねェぞ!?」

 

 …………………………うん。

 

 「お前、ちょっと黙ろうか?」

 

 「ごめんなさい」

 

 素直でよろしい。え? 俺、別にそれほどのことはしてないよ? ただちょ~っと服の襟を締め上げただけで。

 俺たちがそんな1コマを繰り広げてる間に、おっさんことトトはビビと涙の再会を果たしていた。

 トトは、国王を信じている、反乱軍を止めてくれとビビに訴える。

 反乱軍としてももう体力の限界で追い詰められており、次の攻撃で決着を着ける腹なのだと。

 

 「頼む、ビビちゃん……あのバカ共を止めてくれ!!」

 

 何とも切実な願いだった。

 

 

 

 

 トトの言う通り、ユバは宿の多い町だった。流石は元・砂漠の交差点。久しぶりにちゃんとした寝台で寝られるよ。

 何故か、そしていつの間にか枕投げ大会が始まってたけど、それはとにかく。

 普段なら先陣切って枕投げしてそうなルフィはこの場にいない。さっきフラッと外に出て行ってたから、多分トトの所にいるんだろう。

 

 そんな騒がしい中には入らず、俺はといえば道中の遺跡で手に入れたポーネグリフの写しを清書していた。改めて見てみると、やっぱり暗い中安定しない体勢で書いたからか、何となく歪んでてさ。で、丁寧かつ慎重に清書中なわけだ。

 あ、騒ぎには入らなかったけど、流れ枕が当たった時にはそれを投げたヤツにきっちり報復しといたよ。

 そうして度々報復を繰り返していたら、その内に流れ枕も飛んで来なくなった。気を遣ってくれたんだろうか。おかげで集中して清書を進めることが出来た。

 

 けど逆に、それでいつの間にか枕投げ大会が終わっていたのもスルーしてしまっていて、ふと気付いたのは泊まってる宿の扉が開いた時だった。何故開いたかと思えば、トトが寝こけてるルフィを担いできてた。

 何やってんだ、あいつは……でも、何だかトトも機嫌が良さげというか、微笑ましそうにしてるからいっか。

 というわけで(←どういうわけだ?)、俺は『どーもすいません』的な感じでルフィを受け取っておいた。既に俺以外は全員就寝してるみたいだから、起こさないために声は出さなかったけど。

 でも困ったな、まだ眠くならないや。

 丁度いい具合に清書ももうすぐ終わるのもあって、俺はそのまま外に出てトトの穴掘りを手伝う事にした。体を動かして労働の汗でも流せばスッキリと眠れるだろう。

 

 

 

 

 穴掘りに参加させてもらったら、わりとすぐに湿った地層に到達した。

 それを蒸留して水を作り出すのを手伝い終えると、まだ眠くはなってなかったけど特にやることも無かったから大人しくベッドに入った。

 けど、眠くなってないと思ってたのにいざ寝転んでみるとすぐに寝入ってしまえたのだから、何だかんだ言ってもやっぱり砂漠越えの疲労はちょっとずつ溜まっていたのかな。

 

 

 

 

 翌朝。

 トトは小さな水筒1個をルフィに渡した。勿論中には水が入っている。

 

 「正真正銘ユバの水だ。すまんね、それだけしかなくて……」

 

 確かに、元がオアシスだってことを考えればこの水量は悲しいものだろう。けど、何もトトが謝らなきゃならないようなことじゃないはずだ。ルフィの方も、感動して大事に飲むって言ってる。

 トトとはそのまま別れ、俺たちはひとまずカトレアを目指して再び歩き始めた。

 けど、ユバが肉眼では見えなくなってきた頃のことだ。突然ルフィが座り込んだ。砂漠のど真ん中、1本だけ生えている小さな枯れ木の根元にである。

 

 「やめた」

 

 いっそ天晴、清々しいほど見事に言い切ってくれた。

 

 《は!?》

 

 その断言にみんなが驚きの声を上げている。上げなかったのはゾロと俺ぐらいだ。

 そして非難囂々。

 

 「おいルフィ、お前の気紛れに付き合ってるヒマは無ェんだ!」

 

 いやいや、それは。

 

 「気紛れじゃないだろ?」

 

 そう大きな声は出していないのに、俺の言葉はしっかりと聞かれていたらしい。揃って振り向かれた。

 でもまぁ、別に問題は無い。

 

 「前々から言ってたもんな。……となると次の目的地は、レインベースか?」

 

 「レインベース?」

 

 「夢の町、レインベース。クロコダイルのいる所」

 

 答えると、ルフィは頷いた。

 

 「あァ。……ビビ」

 

 そしてそのまま、困惑顔のビビを見る。

 

 「おれはクロコダイルをぶっ飛ばしてェんだよ!」

 

 うん、それかなり最初の頃から言ってたよね。

 実際、このままカトレアに行ったとしても、ビビ以外のメンバーには特にやることが無い。精々が道中の護衛ぐらい。それに、海賊と一緒だという事実が変に広まればビビも誤解されかねないんだし。

 しかも万事上手くいって反乱軍が止まったとしても、それは結局応急処置でしかないわけだ。そしたらクロコダイルがまた別の手を打つだけだろうから。

 ルフィが淡々とそういう風に言葉を続けると、核心を突くそれにウソップが『ルフィのくせに』って言ってた。内心で同意してしまった俺はきっと悪くない。本当にこいつは時々、直感で辿り着くんだよね。

 しかし話が進み、犠牲が出なければいいという考えを『甘い』と断じ、人は死ぬと言い切ったルフィにビビがキレた。

 つまるところ、殴り飛ばした。

 

 「国王軍も反乱軍も、誰も悪くないのに! 何故誰かが死ななければならないの!? 悪いのはクロコダイルなのに!!」

 

 ご尤も。ビビの言ってることは道理だ。

 けど、1度走り出したものは中々止まれるもんじゃない。それに。

 

 「じゃあ、何でお前は命賭けてんだ!!」

 

 ルフィが起き上がってビビを殴り返したことでウソップとチョッパーがギョッとし、サンジがキレた。

 

 「おいルフィ、やり過ぎだ!」

 

 「ルフィ、テメェ!!」

 

 「まぁ、落ち着け」

 

 サンジに関しては何だか飛び出して行きそうな感じがしたから、軽く宥めておく。

 

 「荒療治みたいなもんだろ……ルフィはちゃんと手加減してる」

 

 頭に血が上ってアドレナリンが回ってる状態ではあるだろうけど、ビビはルフィに殴られてもすぐさま起き上がって馬乗りになっている。そこまでのダメージは負ってないのだ。それに、さっきの1発以外は手も出してない。

 色々と抱え込んで煮詰まった時は、パーッとぶち撒けてしまった方がいい。今のビビもそうだろう。

 自国の町がいくつもダメにされて、悲しくないわけも悔しくないわけもない。元々が平和な国だったのならそれが当然だ。反乱軍を説得しようとしてたのも、不安が無かったわけじゃないはずだ。相当のプレッシャーがあったと思う。

 それでも昨日、国民(トト)には笑いかけていた。反乱は止めるから、と。

 

 「おれ達の命ぐらい、一緒に賭けてみろ! 仲間だろうが!!」

 

 とうとう堪えきれずにビビは泣きだした。そんなビビの背中を、ナミが擦る。

 

 「本当はお前が1番悔しくて、あいつをぶっ飛ばしてェんだ」

 

 

 

 

 次の目的地が決定した。

 俺たちが向かうのはカトレアではなく、レインベースだ。

 で、またもや砂漠越え……暑い……くそ、クロコダイルめ……待ってろよ、イジメ倒してやるからな……。

 チョッパーがやる気を出して頑張って自力で歩く根性を魅せる傍ら、俺はそんな決意をすることでこの暑さに因るイライラを紛らわせていた。

 そしてその視線の先では。

 

 「クロコダイルをぶっ飛ばしたら、死ぬほどメシ食わせろ」

 

 杖に縋り付きながら歩くルフィが、ビビに要求を突き付けている。

 

 「うん、約束する!」

 

 昨日トトに向けていたのとは違う、無理の無い自然な笑みを浮かべながらビビはそれを承諾した。

 ……あの~、それって俺たちも食べさせて貰えます?

 

 

==========

 

 

 所変わって、ここはレインベースの中央に存在する町最大のカジノ、レインディナーズ。その一室には今、秘密犯罪結社バロックワークスのオフィサーエージェント(Mr.3ペア&Mr.5ペアを除く)と社長・副社長が集っていた。

 これまで謎に包まれていた社長の正体が王下七武海の一角、クロコダイルだったことに一同は驚きを隠せない。尤も、予め知っていたミス・オールサンデーのみは別だが。

 クロコダイルは真の目的を部下たちに明かし、アラバスタ乗っ取りのための最終作戦である『ユートピア作戦』の計画書を各自に配る。

 各々は自分がすべきことが書かれたその1枚の紙切れを読むと、証拠隠滅のためなのか揃ってその紙を机の上の燭台にかざす。当然、ただの紙切れはあっと言う間に燃えてしまった。

 

 「それぞれの任務を貴様らが全うした時、このアラバスタ王国は自ら大破し行き場を失った反乱軍と国王軍は我がバロックワークスの手中に落ちる。一夜にしてこの国は、我らのユートピアとなるわけだ。これがバロックワークス社最後にして最大の『ユートピア作戦』! 失敗は許されん……決行は明朝7時!!」

 

 「了解」

 

 「武運を祈る」

 

 今まさに邪まな計画が発動されようとした、その時である。予想外の乱入者があったのだ。

 

 「その『ユートピア作戦』、ちょっと待って欲しいガネ」

 

 Mr.3だった。

 本来ならMr.3を始末するよう指令を受けていたMr2が声を荒げたが、Mr.3はクロコダイルにのみ視線を向けている。

 一方のクロコダイルはといえば、Mr2がMr3を始末できていないという報告こそ受けてはいたものの、まさか今ここに現れるとは思っておらず、Mr.3が現れたその真意を見極めようとしていた。そのため、Mr.2のことも彼が牽制する。

 その様子は落ち着いたものだったが、Mr.3のある知らせを聞いて途端に顔色を変える。

 

 「取り逃がしただと!? やつらはまだ生きているのか!?」

 

 その知らせとは、麦わらの一味と王女ビビを取り逃がしてしまった、という知らせだった。

 

 流石のクロコダイルもこれは無視しきれないことだった。彼の計画は既にほぼ成っており後は仕上げをするだけ。そこまで来てはいるが、アラバスタ王女であり反乱軍リーダー・コーザの幼馴染でもあるビビならば、それを治めてしまう可能性を持っているのだから。しかもビビは、クロコダイルの正体を知ってしまっている。

 そして話を進める内に、リトルガーデンでクロコダイルからの連絡を受けたのがMr.3ではなかった、ということも解った。

 任務を失敗してしまったMr3は慌てて弁解するが、クロコダイルとしては腹の虫がおさまらない。Mr.3がターゲットを1人も始末できていない、などと言うのだから尚更だ。

 けれどそんな2人の話など、この場で他に理解できる者などミス・オールサンデーしかいない。遂にはMr.2が痺れを切らした。

 

 「0ちゃん!? 何の話をしているのか説明して頂戴!? わけが解らナイわ!」

 

 それは皆が思ってることだった。表情に困惑が現れてる。

 しかしクロコダイルが事情を明かし、ビビの写真や以前アンラッキーズが書いた海賊たちの似顔絵をミス・オールサンデーに持って来させると、それを見たMr.2が何とも言えない間抜けな顔をした。

 

 「あちし……遭ったわよ!?」

 

 その素っ頓狂な声音が、彼(?)の驚きをよく反映している。

 

 「こいつらならあちし、ここに来る途中で遭ったわよう!?」

 

 敵だと言われた海賊たちは、彼(?)が海で小さな友情を育んだ相手だった。

 

 「あいつらつまり、敵だったってわけなーのう!?」

 

 ショックだった。そりゃもう、もの凄く。抱いた友情と比例して、そのショックはより大きくなった。運命は非情である。

 クロコダイルはMr.2の言葉を肯定し、彼(?)が披露したマネマネメモリーを写真に収めるよう指示する。アンラッキーズの似顔絵はよく描けているが、やはり絵よりは写真の方がいい。それにペットと考えられたチョッパーはともかく、似顔絵には無かった長鼻の男、即ちウソップの顔は特にそうしておく必要があった。

 クロコダイルとしては任務を失敗したMr3はさっさとこの場で処分したい所だったが、もう1つ、聞いておかねばならないことがある。

 

 「Mr3……麦わらの一味には1人、顔の解らないヤツがいたはずだ」

 

 「?」

 

 一瞬Mr.3は何を言われたのか解らず首を傾げたが、クロコダイルは構わず続ける。

 

 「こいつだ……手配書には写真が載って無ェ、アンラッキーズの似顔絵でも顔はフードに隠されてやがる。こいつには遭ったのか?」

 

 言ってクロコダイルが投げて寄越したのは、明らかにあり得なさそうな顔の似顔絵での手配書と、フードに因って顔が隠されてしまっている似顔絵(?)だ。それに描かれた人物はどちらも『髪が赤い』という特徴があることから、おそらくは同一人物だろうとクロコダイルは見当を付けていた。

 その2枚の紙を見た時、Mr.3の脳裏にはリトルガーデンでの地獄が蘇った。そう、それは正にフラッシュバック。

 

 「…………………………」

 

 Mr.3の手はブルブルと震え、額からは大量の冷や汗が流れている。クロコダイルの言いたいことは解ったが、解らない方がMr.3には幸福だったかもしれない。

 そしてその様子に、クロコダイルはMr.3がこの男、モンキー・D・ユアンとやらに出くわしたのだということを察した。だが。

 

 「遭ったんだな……そいつの顔を教えろ。蝋人形でも作ればすぐのはずだ」

 

 その一言は、Mr3にとってはパンドラの箱に等しかった。

 

 「蝋……人形……?」

 

 蘇るは、リトルガーデンでの記憶。

 

 

 『俺さ、自分の顔、あんまり好きじゃないんだよね。え、知りたいの? 好きじゃない理由知りたいの? 死にたいの? やっぱりいい? そうだよね、理由なんてどうでもいいことだよね。で、何が言いたいかっていうと、もしもゾロを騙そうとした時にナミの人形作ってたように、俺の蝋人形でも作ったりしたら承知しないよってこと。もしも作ったりしたらその時は…………………………ふふふ』

 

 

 かの御仁は、それはそれは優しげな微笑みを湛えてMr.3に釘を刺してきていた。でも目が笑ってなかった。

 身長に関することの説教の中で、まるで暗示のように……つーか暗示以外の何物でもない……さり気なく、抜け目なく、Mr.3に刷り込んでいた。それは、こうしてキーワードを提示されなければ思い出しもしないような絶妙なタイミングでの出来事だった。

 何ともエグイ。

 

 「ダメだガネ! 蝋人形はダメだガネ!!」 

 

 この時、Mr.3は錯乱状態に近かった。

 クロコダイルに始末されるかもしれない、けれど蝋人形を作ればその先に待っているのも恐らく地獄。何かもう、自分には生き延びる道が無いかのような気分だった。

 今の彼は、自分が『悪魔だガネ』とか『踏み潰されるガネ』とかそういったことを口走っているのにも気付いていない。

 けれどその呟きを聞き、クロコダイルは考え込む。

 

 (こいつは『赤い髪のチビ』だと聞いてたんだが……ガセだったか?)

 

 今のMr.3は、完全に混乱している。しかしだからこそある意味、その言葉は真実っぽい。

 一種の噂のようなものである『チビ』という情報。しかし実際に遭ったMr.3は『踏み潰される』と言う。

 まさか本当に人を踏み潰すほどの巨体だとは思えないが、だからと言って『チビ』に『踏み潰される』などと思うだろうか?

 実際にはMr.3の記憶にある『踏み潰しの相手』ユアンでは無く、彼が従えていた巨虎・大福である。だがクロコダイルにはそれを知る術は無い。

 

 そのため彼は、勘違いをしてしまった。

 

 即ち、ユアンの特徴『赤い髪のチビ』については、『赤い髪』は事実であっても『チビ』の方はガセか、そうでなければ成長したのだろう、と。

 もしも本人が聞いたならば、泣いて喜んでクロコダイルを称えそうな勘違いである。

 そんなクロコダイルの間抜けともいえる勘違いをミス・オールサンデーは気付いていた。しかも彼女は麦わらの一味がウィスキーピークを出航した頃に顔を合わせているため、海軍の情報が正しいということは重々承知している。だからといってその勘違いを訂正したりはしなかったが。

 

 「あちしは会ってないわよーう!? 何、他にもいたの!?」

 

 ユアンと顔を合わせていないMr.2が目を丸くする。

 

 「…………………………もういい」

 

 Mr.3のこの様子からして、ユアンの蝋人形は作らないだろう。クロコダイルはそう見切りをつけ、溜息を吐いた。その言葉に、Mr.3はハッと頭を上げた。

 

 「し、しかし! 今度こそこいつらは私がこの手で仕留め」

 

 「黙れ、間抜け野郎!!」

 

 クロコダイルも現在進行形で間抜けな勘違いをしているが、それはともかく。

 

 「Mr.3! おれが何故、テメェにこの地位を与えていたか解るか!? 戦闘の実力ならMr.4にも劣るお前にだ!」

 

 クロコダイルに首を掴まれて持ち上げられながら、Mr.3は苦痛に顔をゆがめる。同時に、彼からはどんどんと体内の水分が失われていく。

 

 「姑息かつ卑劣なまでの、貴様の任務遂行に対する執念を買っていたからだ!」

 

 その言葉に、Mr.3は苦しみの中絶望する。自分は任務遂行が出来なかった。

 それに彼は今、大いに自信を失っていた。これまで姑息な大犯罪をモットーとしてきたのに、自分よりもよっぽど姑息な人間がいることを知ってしまったからだ。

 任務は失敗し、取り柄だった姑息さでも負けた。ならば自分の価値はどこに行ってしまったのか。

 クロコダイルはMr.3からあらかたの水分を奪うと、ミイラに等しい状態になった男を床に放り投げた。

 

 「み、水……水……」

 

 生存本能に従い、Mr.3の口からはその要望が出る。だが、クロコダイルはMr.3を許す気は毛頭無かった。

 

 「水なら好きなだけ飲め……」

 

 言うや、1つのボタンを押す。それは、対象を階下に落とす仕掛けを作動させるボタン。対象は勿論、Mr.3。

 

 「ぎゃああああああああああああああ!!!」

 

 Mr.3の落ちた先は、バナナワニのいる水槽。普段のMr.3ならば対処出来たかもしれない相手だが、今の弱り切った彼に成す術は無く、パクッと丸呑みにされてしまった。

 そんなMr3のことなどクロコダイルはさっさと忘れ去り、他のメンバーに向き直る。

 

 「いいかテメェら。この6人、目に焼き付けておけ……1人は顔が解らねェが」

 

 ある意味不気味である。手配書、似顔絵、Mr.3の態度、その上Mr.2とも遭っていない……ここまで重なると偶然と言うよりもむしろ、まるでわざと顔を隠しているみたいではないか。まぁ、Mr.2の能力を知っていたとは思えないから、考え過ぎだろうと思うが。

 

 とはいえ、ビビに関してはその立場・人脈から厄介だと思うがその他はただのルーキー、つまり小者だ。そこまで躍起になる必要は無いかと考え、話を進める。

 何年もかけてやっとここまで来た計画である。ぶち壊しにされては堪らない。

 クロコダイルは、本来なら盗聴の危険があるために多用しない電伝虫の使用も許可し、ミス・オールサンデーにビリオンズへ指示を出すよう言い付ける。

 

 「王女と海賊を決してカトレアに入れるな! ビビとコーザは絶対に会わせちゃならねェ!!」

 

 「はい……すぐに」

 

 ミス・オールサンデーはすぐに動き出す。それを確認したクロコダイルは、今度は他の面々に指示を与える。

 

 「さぁ、お前らも行け……おれ達のユートピアはすぐそこだ。もうこれ以上のトラブルはごめんだぜ?」

 

 ユートピア作戦が、始まる。

 

 



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第125話 準備

 もうじきレインベースに着くという所で、ナミがマツゲの上からウソップに声を掛けていた。どうやら、クリマ・タクトを受け取ったらしい。

 

 「一見前と変わらねェただの棒だが、全然違う! 3つの棒の組み方で、何と攻撃が変わるんだ!」

 

 ふーん……これは、言っといた方がいいか?

 

 「具体的にはどんな攻撃が出来るんだ?」

 

 ウソップの隣に並んで聞くと、開発者殿は胸を張って教えてくれた。

 

 「聞いて驚け! おれ様のアイデアを!」

 

 クリマ・タクトを三角形に組んでボタンを押すと2匹の鳩が飛び出す、ファイン・テンポ。

 小銃のように組んでボタンを押すと銃口から花が出て来る、クラウディ・テンポ。

 3本のボタンをそれぞれ押すと噴水のように水が出て来る、レイン・テンポ。

 Y字型に組んでボタンを押すとボクシンググローブが出て来る、サンダー・テンポ。

 …………………………うん。ウソップ、期待を裏切らない男だ!

 

 「誰が宴会芸のための道具を作れって言ったのよ!?」

 

 「ウソップーーー!!」

 

 クリマ・タクトを思いっきり顔面に投げつけられ沈むウソップを、チョッパーが必死で揺さぶっている。

 

 「医者ァー!」

 

 いや、それお前だから。

 

 「まぁ、確かに聞いて驚いたけどね。……チョッパー、大丈夫だ。ウソップはきっと、ちゃんと成仏してくれる」

 

 「勝手に殺すんじゃねェ!」

 

 あ、起きた。

 俺はさっきナミが投げたクリマ・タクトを拾いながら苦笑する。

 

 「冗談だ。で? それで終わりか?」

 

 拾ったクリマ・タクトを1本ずつ指の間に挟みながら持ってフラフラと揺らしながら先を促すと、ウソップは口ごもった。

 

 「あー、後は宴会後の余興用のサイクロン・テンポと、1発限りの必殺技のトルネード・テンポがあるけどよ」

 

 それを先に言えば良いものを……何だって数多の宴会芸をまず口にするんだ。

 しかもそのせいか随分とナミの信用を失ってしまったらしい。フンと鼻を鳴らしている。

 

 「どうだか」

 

 ほらね。俺にもその原因の一端はあるかもだけど……ちゃんとフォローはしておこう。

 

 「けど実際、大した発明だとは思うよ? 鳩と花とボクシンググローブはともかく、水を出すんだから」

 

 改めてクリマ・タクトを観察してみる。本当に、見た目は何の変哲もない。元々が武器としても制作依頼でなければ、宴会芸用の道具としても中々の代物なんじゃなかろうか。

 

 「噴水の様にってことは、予め水を棒の中に水を仕込んでるわけじゃないんだろ? それじゃすぐに切れちまうもんな。どうやって発生させてるんだ?」

 

 「あァ、それは……」

 

 それでウソップは漸く説明してくれた。クリマ・タクトは振ったり吹いたりすることで、ヒートボール、クールボール、サンダーボールという3種類の小さな気泡を出すことが出来、その組み合わせで何やかやと現象が起こせるらしい。

 何でそこを最初に話さないんだよ、そこが肝なんだろ?

 やっぱりその話を聞いて、ナミも興味が湧いたらしい。何故解るかって? クリマ・タクトの引き渡しを要求されたからだよ。ナミならあの説明でクリマ・タクトの有効的な使い方を察するだろう。

 俺としては、ナミがクリマ・タクトを使っての初戦で説明書を見ながら戦うという羽目に陥らなきゃいいと思う。

 

 「別に戦わなくたって、ナミさんとビビちゃんはおれが守る!」

 

 ……何か煩いサンジは放っとこう。

 フェミニストは結構だけど、海賊やってる以上は絶対的な安全なんてあり得ない。身を守れる程度の戦力はあった方がいいに決まってる。ましてや今回ナミが戦う力を求めたのは、自分の為というよりむしろビビのためなんだし。

 

 「プリンスって呼べ! ハハ!」

 

 「プリンス(笑)」

 

 「ぶっ飛ばすぞ、てめェッ!」

 

 呼べって言ったくせに、本当に呼ばれるとサンジは怒った。まぁ、呼んだのがゾロだったからだろうけど。あの2人は見てて飽きない。まるでミニコントだ。

 あ、何だったら俺のこともプリンスって呼んでくれていいよ、母さん一応『姫』らしいしー……ごめんなさい調子に乗りました。しかも、呼ばれてるの想像したら鳥肌立った。よく自称できるな、サンジ。今、その凄さが垣間見えた。

 でもこの法則で考えると、プリンスはむしろエース……うん、本人に言ったらぶん殴られそうだ!

 

 「ところでよ、バロックワークスはおれ達がこの国にいることに気付いてんのか?」

 

 ゾロの今更とも言える質問にビビが頷く。

 

 「恐らくね。Mr.2にも遭ってしまったし、Mr.3もこの国に来ているようだし……知られてると考えてまず間違いないと思うわ」

 

 「それがどうした?」

 

 「顔が割れてるんだ、やたらな行動は取れねェってことさ」

 

 その辺のことを理解してないのは、どうやらルフィだけだったらしい。

 面が割れてしまっていては、バロックワークスの社員にすぐ見付かってしまって手を打たれてしまう。例えば暗殺とか。

 

 「大丈夫なのはチョッパーとサンジぐらいか……あ、でも、俺も髪染めれば大丈夫かな」

 

 染め粉は持って来てるし、レインベースに着いたらすぐにやろう。

 

 「よーし! クロコダイルをぶっ飛ばすぞー!!」

 

 「話聞いてんのか、テメェ!」

 

 ウソップはいつも通りツッコむ……けど。

 

 「ここまで来たら、波風立てずにってだけじゃいかないさ。近い内に激突するのは間違いないし」

 

 「そうね……今はとにかく全てにおいて時間が無いの。考えてるヒマなんて無いわ」

 

 ビビももう腹を括っているようで、強い口調だった。

 確かに、時間が無い。ユートピア作戦の始まりは、確か7時だっけ? 今は6時前……後1時間弱しかない。時間との勝負と言って過言は無い。

 いざ、レインベース。

 

 

 

 

 レインベースは活気に溢れた町だった。最初に上陸したナノハナも活気はあったけれど、このレインベースは街並みにせよ通行人の格好にせよ、ナノハナよりも幾分派手な感じがする。大きなカジノがあるからだろう。尤も、そのカジノがクロコダイルがオーナーを務めるレインディナーズだと思うと、この活気を素直に喜ぶ気にはなれないんだけど。

 レインベースに着いてすぐ、ルフィとウソップが水を買いに行った。まだ予備はあるけれど、ちゃんと冷えた水が飲みたかったらしい。

 

 「あいつらに任せて大丈夫かな?」

 

 「お使いぐらい出来るでしょ? 平気よ」

 

 ナミの認識が甘い……ルフィは天然のトラブルホイホイだぞ?

 え? じゃあ何でルフィを行かせたのかって? 『水ー!』ってダダ捏ねてたからだよ。もうここまで来たら多少のトラブルなんてどうでもいいしね。

 そんな風に嵐の前の静けさ的な小休止に入る中、チョッパーが輪から外れた。

 

 「おれ、小便行ってくる」

 

 って、そうだ。こんなのんびりしてる場合じゃ無い。

 

 「あ、俺も髪染めてくる」

 

 それだけ言い置いて、俺はチョッパーとはまた別方向に歩き出す。

 髪を染めてくる、というのは半分は方便みたいなものだ。

 何故そんなことを言うかといえば、みんなからさり気なく離れるため。多分ルフィたちは海軍を引き連れて戻って来るだろうし、そんなことになれば町中大騒ぎだ。追い掛け回されて無駄な時間は使いたくないし、目立ってバロックワークスの下っ端に目を付けられても面倒。数だけはいるし。

 さて、方便とはいえ言ったからには実行しよう。髪を染めるとなると鏡があって水が使える所がいいよね~と、いうわけで。

 

 「ここがレインディナーズか」

 

 一足先にやって来ましたレインディナーズ。天辺にワニの模型が付いたピラミッド型の建物だ。いや~、追われてなければこんなにあっさり着けるもんなんだな。

 今って丁度いいんだよね。まだ騒動が起こってないから、クロコダイルはおれ達がこの町に来ていることを知らない。反乱軍のいるカトレアに向かってるとでも考えてるだろう。つまり、警戒が薄い。

 そんな状態ならここに入っても、『髪が赤い』ってだけじゃ俺の正体はまずバレない。何しろ、俺の顔は知られてないから。

 だから、ここのトイレで髪染めようってわけだ。目的も考えれば、正に打ってつけ。

 

 

 

 

 レインディナーズは、賑やかなレインベースの中でも特に賑やかなんじゃないかと思う。それぐらい人で溢れかえっていた。

 はっきり言って、俺はカジノに入るのは初めてだ。これまでそんな機会は無かったから。

 スロット、ルーレット、ブラックジャック、ポーカー……ゲームは様々で、気楽にやる分には楽しそうだ。もしもただの観光としてここに来てたらの話だが。

 髪を染め終えてトイレから出ると、適当にスロットするフリでマシンの前で座って待つ。するとそう掛からずに騒々しいヤツが飛び込んできた。

 

 「クロコダイルー! 出て来い!!」

 

 はい、どこぞの麦わらゴムですね。

 こんなに騒々しい店内なのに、ルフィの叫びは見事に響き渡っている。よく通る声だな。

 俺は思惑とは別の所で、進んで他人のフリに徹している。主に心情的な理由で。店のド真ん中で叫んで……恥ずかしいったらありゃしない。何でアレが俺の兄なんだ? もう俺が兄でもよくね? どうせ1歳しか違わないし。あ、兄弟を止める気は無いよ。今してるのもあくまでも他人の『フリ』だから。

 

 ルフィと一緒に入ってきたメンツは、ゾロ、ナミ、ウソップ。こう言っちゃなんだけど、原作通りで少しホッとした。あまりに原作と変わり過ぎても、先の予測が面倒になる。

 所構わず叫んだルフィにウソップとナミがツッコんでたけど、ビビがいないからクロコダイルの顔が解らないという結論に至った。ってなわけで。

 

 「「「ビビー! ユアンー! クロコダイルー!!」」」

 

 今度は3人揃って叫んでいた。ビビや俺の名前をクロコダイルと同列に並べるなと言いたい。

 あ、俺の名前も入ってるのは、俺がクロコダイルを昔の手配書で見て知ってるらしいって話をゾロがしたからだ。そういえば言いましたね、そんなこと。砂漠でルフィが錯乱してた時に。

 でもそんな叫びには応えず、俺はひたすらスロットをするフリをしながら他人になりきっていた。

 にしても、7時までまだ30分以上あるじゃん。ということは原作でのアレ、ルフィたちって結構長いこと牢の中にいたんだな。

 そうこうしてる内に、また別の人間がカジノに飛び込んでくる。

 

 「追い詰めたぞ麦わら!!」

 

 スモーカーだ! 本物だ! 本当にここまで追ってくるなんて……正にストーカー! 真性のストーカー! そんなにルフィが好きなのか!? (←え?)

 けど海賊と海兵に店内で騒がれるなんて、面倒以外の何物でもないだろう。商売あがったりだ。そもそも、この店は政府関係者立ち入り禁止らしいし。

 だから警備員が数人立ちはだかったんだけど……。

 

 「ん? 何かぶつかったか?」

 

 ルフィが轢いたらそのままぶっ飛んで行った。そのせいだろうけど、店の奥の方で店員が慄いているのが解る。

 

 「大変です、マネージャー! 何者かが……」

 

 ん? あれは……。

 

 「VIPルームへお迎えしなさい。クロコダイルオーナーの命令よ」

 

 ロビンキター! 良かった、タイミングを見計らってたんだ!

 やがてルフィたちは、赤絨毯の先のVIPルームへと促されて行った。ストーカーをくっつけたまま。

 まぁ……今はあいつらはそう心配いらないだろう。それよりも。

 

 「……」

 

 俺は外に出て行こうとするロビンに背後からさり気なく近付く。スロット? どの道やってるフリだったからね、問題無い。

 そして、この賑やかさに紛れて周囲の人間には会話が聞こえないだろうという所まで距離を詰めると、声を掛けた。

 

 「おはよう、ミス・オールサンデー」

 

 あえて名前ではなくコードネームの方で、ね。

 ロビンは俺の接近には本当に気付いてなかったようで、一瞬だけれどピクリと肩を揺らした。

 まぁ、気付いてなくても無理は無い。俺は敵意も戦意も出していないし、でもだからって妙に気配を消しているわけでも無いから。あくまでもいつも通り、平常心でいるようにしてる。

 人気の無い所ならば気配を消すけど、これだけ賑やかならば消すよりも紛れてしまう方がいっそ解りにくくなるだろう。

 さて。ロビンだけど、動揺したのはほんの僅かな間だけだったようだ。少なくとも表面上は。何故なら、振り向いた時には既に感情を隠すように微笑んでいたからだ。

 尤も、それは俺もだからお互い様なのだが。

 

 「あら、おはよう。その髪はどうしたの?」

 

 ロビンもエースと同じく、髪を染めてても俺が誰だか解ったらしい。つーかコレ、やっぱ気付かなかったルフィがどうかしてるんだよ……って、今はそんなのはどうでもいい。

 俺は表情を微笑みから無邪気な笑顔に変えて、少し髪を摘んだ。

 

 「賞金首だからね~、変装ぐらいするよ。どう? 似合う?」

 

 俺のこういった言動は、敵対してる相手に向けるモノというよりも、久しぶりに会った知人に向けるモノに近く感じるだろう。はっきり言って不自然というか、暢気すぎる。

 

 「ふふ、そうね。あなたと『麦わら』は兄弟だと聞いていたけれど……そうしてると、確かに似てるわ」

 

 その口振りじゃ、まるで普段のルフィと俺は似てないみたいじゃん……否定は出来ないね、うん。

 ロビンが俺の振った雑談に乗ったのは、本気で世間話をしたいからじゃないだろう。そんなわけが無い。恐らくは真意を見極めようとしてるんじゃないかと考えてるし、それは間違ってないだろう。

 けれど悲しいかな、腹の探り合いは嫌いじゃないのに、残念ながら今は時間が無い。では何故雑談を振ったかといえば、あれはもう単なる癖のようなモンだ。あえて少しズレたこと言って相手のペースを乱そうってね。

 でも警戒してるロビンにはあまり効き目が無いみたいだし、もういいや。じっくり時間を掛けられるんならまた別だけど、今回はさっさと本題に入ってしまおう。

 

 「ところで、ちょっと話があるんだけど……いい?」

 

 言って俺は、店の外に親指を向けた。それはつまり、2人きりで話したいって意思表示である。

 ロビンは余裕のありそうな微笑みを維持したまま首を傾げる。

 

 「私に? あなたたちが用があるのは、クロコダイルじゃないのかしら?」

 

 「勿論、クロコダイルには大きな用がある。でも俺は、あんたにもちょっと話があるんだ。ミス・オールサンデーにじゃなくて……ニコ・ロビン。あんたに」

 

 今度はコードネームではなく本名で呼び掛けると、ロビンの表情がピクリと動いた。

 

 「……私を知っているようね」

 

 「うん、知ってる」

 

 ロビンと俺の間にある距離は、そう離れていない。けれどその距離をさらに詰める。

 

 「前に会った時点で、あんたが誰なのかは気付いてた。手配書で見たことがあったから。で、ここに来るまでの間に詳しく調べたんだ……『悪魔の子』ニコ・ロビン。超人系悪魔の実、ハナハナの実の能力者。20年前に8歳で指名手配された。西の海・オハラの出身で手配額は7900万ベリー」

 

 目の前で立ち止まって『どう?』と小首を傾げると、早々に動揺から復活したらしいロビンはまた微笑んだ。

 

 「正解よ。それで? あなたはそんな私にどんな話があるのかしら?」

 

 「あんたにしか出来ない事について」

 

 俺はニッコリと笑ってみせて、囁くように小さく続けた。

 

 「ちょっと、俺の『お願い』聞いてくれないか?」

 

 何、そんな難しいことじゃないからさ。

 

 

 

 

 レインベースの町を走り、ビビを探す。俺にとってそれはそう難しいことじゃない。不穏な気配が集ってる場所に行けばいいだけなんだから。

 走りながらさっきのことを思い出す。お膳立ては出来たし、取りあえず当面は何とかなるだろう。

 さて、問題のビビももうすぐ………………お?

 

 「見っけ!」

 

 「グハッ!」

 

 ビビいたよ! バロックワークスの下っ端たちに囲まれてたけど、両手で孔雀スラッシャーをぶん回しながら抵抗してた!

 俺はそんなビビの背後で刀を振り上げてたヤツに飛び蹴りかましながらの登場です。ちなみに、蹴ったヤツはぶっ飛んで動かなくなった。

 

 「ユアン君!?」

 

 これはビビにも予想外だったみたいで、俺の登場に驚いてた。

 

 「やっほー、久しぶり……俺、来なくても良かった?」

 

 周囲を見渡してみると、そこかしこに人相の悪い輩が倒れている。ビビがやったんだろう。やっぱり、ビビの戦闘能力は非戦闘員としては相当に高いようだ。

 

 「ううん」

 

 俺の問いに、ビビは首を横に振った。

 

 「助かったわ。数が多くて……」

 

 確かに。かなりの数が倒れてるのに、まだ数十人はいそうだし……ん?

 

 「ユアン? 手配書の?」

 

 「だが髪の色が違うぞ?」

 

 「いや、しかしそれぐらいは簡単に誤魔化せる。それよりも確かに……」

 

 「ああ、確かに」

 

 何だろう、バロックワークスの皆さんがざわついてる。『確かに』何だよ。

 

 《確かにチビだ》

 

 ……………………………………………………あはは、こいつら何言ってんだろうね。

 見事にハモりやがってやがるよ。

 

 「ユ、ユアン君? 落ち着いて……」

 

 やだなァ、ビビ。何でそんなに慌ててるんだ?

 

 「ところでさ、こいつら全員俺が殺っちゃってもいい?」

 

 一応確認を取ると、ビビはコクコクと頷いた。じゃあ殺るか。

 流石に説教してる時間は無いから、肉体言語で話をするとしよう。

 

 「お前ら……覚悟しろよ?」

 

 《ヒィッ!》

 

 やだなぁ、そんなに怯えないでよ。ただちょ~っと拳を鳴らしながら微笑みかけただけじゃないか。

 

 ~~~~~<残酷な光景が続いています。暫くお待ちください>~~~~~

 

 「よし、すっきりした!」

 

 腹が立った時は暴れるのもいいもんだ。多少は気分も晴れる。

 極めて失礼だったバロックワークスの連中は纏めて始末しといた。今この場の状態を簡潔に言い表すなら……何だろ、死屍累々?

 

 「私がこいつら相手にどれだけ苦労してたと……」

 

 ビビが何やら溜息を吐いてるけど、そんなことは気にしない。

 

 「細かいことはどうでもいいだろ?」

 

 呼びかけるとビビは顔を上げた。

 

 「ええ、そうね。ところでユアン君、どうしてここに?」

 

 「ビビに万一のことがあったら何もかもパァだからね。気配を追って来た」

 

 本当は別の理由もあるのだが、それは口にしない。

 ん?

 

 「ところで、ビビは服を着た鳥に心当たりがある?」

 

 俺は上空を指差して質問してみた。その指し示す先には、今さっき見付けた文字通りの『服を着た鳥』が飛んでいる。まだ多少距離はあるけど間違いない。

 その指摘でそちらに視線を向けたビビの表情がパッと明るくなった。

 

 「ペル!」

 

 やっぱりあれがペルか。予測はしてたけど……羨ましい。飛行能力持ちの動物系。

 ビビが呼びかけながら手を振っているからかペルはすぐさま俺達に気付き、まっすぐここまで飛んで来た。

 

 「ビビ様! ご無事でしたか!」

 

 降りてきてすぐ、真っ直ぐビビに駆け寄るペル。まぁ当然の反応か。王女が2年も行方不明になってたんだもんな。

 でもここまで華麗にスルーされるのも寂しいぞ?

 

 「私は大丈夫よ! それよりペル、どうしてここに?」

 

 「カルーが持ち帰ったビビ様の手紙を読み、国王様がクロコダイルと戦うことを決めたのです。それで私が先行して視察に来ました」

 

 ふむ。話を聞く限り、アルバーナ宮殿では概ね原作通りの展開だったようだ。

 

 「あー、ちょっといいかな?」

 

 いつまでも無視されてるのもアレだし、俺は自分から話に割って入った。そもそも俺が今ここにいる目的の大半は、このペルとの接触なんだし。

 

 「君は……?」

 

 当然ながら、俺とペルに間に面識は無い。故にペルは少し困惑していたようだが、それを察したらしいビビが説明してくれた。

 

 「彼はモンキー・D・ユアン君。海賊なんだけど、私をここまで連れて来てくれた人たちの1人よ」

 

 わざわざフルネームでどうもありがとう。

 

 「なるほど……件の、『心強い仲間』ですか?」

 

 確認のようなペルの問いかけにビビが頷くと、ペルは改めてこちらに向き直った。

 

 「ユアン、ということは、君があの手紙の主か?」

 

 あの手紙、というのはおそらくアレだろう。ビビと一緒に俺も出した手紙。

 

 「まぁね。悪いけど、あまり時間が無い。多少の無礼は見逃してもらえると助かる……早速だけど、俺の頼みは聞き入れてもらえた?」

 

 聞くとペルは布袋を取り出した。

 

 「あの手紙だけでは判断が付きかねたが、ビビ様からも念を押されていたからな……君が要求してきたものはこの中に入っている」

 

 よっしゃ! やった!

 礼を言って布袋を受け取ると、中を確認する。

 俺がアラバスタサイドに要求したものは、大きく分けて2つある。

 まずは子電伝虫1組。これに関しては、特に問題無く貸してもらえるだろうと予測してた。元々そう珍しいものでも無いし、貸したところで何も問題は無いはずだから。

 俺はその子電伝虫を1つ掴むと、布で包んで大福の首に括りつけた。

 そう、大福実はずっと一緒にいたんだよ! 俺の服のポケットの中に!

 

 「じゃあ、大福。チョッパーを探し出してそれを渡してきてくれ。それと、伝言も頼む」

 

 託すべき伝言は、既に教えてある。そしてチョッパーに伝われば、サンジにも伝わるだろう。

 こういう時、チョッパー&大福って便利だ。何しろ人間には言葉が解らないんだから、情報を聞き出そうとしたって無理。その上ミニ化させた大福はトラ猫にしか見えないから、事実関係を知らなければ誰も警戒しない。今回の場合では、町中のバロックワークスたちとかね。俺がさっき大分ぶっ飛ばしたけど、多分まだたくさんいるだろう。

 

 「がう!」

 

 大福は張り切ったように返事をするとピョンと腕の中から飛び降り、地面の匂いを嗅ぎながら走り去って行った。

 犬ほどではないとはいえ、猫の嗅覚だって人間とは比較にならないほど優れている。ナノハナのように別の匂いで充満してるわけでもなし、合流は難しくないだろう。チョッパーたちだってそう遠くには行ってないはずだしね。

 そしてもう1つの子電伝虫も取り出し、これは懐に入れておく。さて、子電伝虫に関してはこれでいい。

 それよりも重要なのは……。

 

 「本当に貸してくれるなんてな」

 

 袋の中のソレを見ながらしみじみと呟くと、聞くべき事を聞くためにペルを見た。

 

 「貸してくれるのはありがたいけど、これ、ちゃんと使える?」

 

 「ああ。既に準備は出来ている」

 

 至れり尽くせりだ。本当にありがたい。

 

 「それはどうもありがとう……これで思う存分クロコダイルを苛められる。」

 

 『クロコダイルを苛め隊』の隊長として! 隊員は現在俺1人だが!

 ニヤリと笑うと、ビビの視線が何故か泳いでいた。おいこら。

 

 「何でそんな顔をするんだ」

 

 「え!?」

 

 話を振られるとは思ってなかったんだろう、ビビは動揺していた。

 

 「え~と……そ、それより、それは何?」

 

 あからさまに話を逸らした! ……ま、いいけど。

 これ?これは……。

 

 「まだ秘密。敵を欺くにはまず味方から、ってね。そう長くは掛からないと思うから、ちょっとだけ忘れててよ」

 

 言うと俺は、ビビに見えないように自分の体で隠しながらソレを袋から取り出してポケットに移した。

 それでもビビは、どこか腑に落ちないようだった。

 

 「ユアン君には考えがあるみたいだから、それはそれでいいけど……でも、どうしてペルがそれを持っていたの?」

 

 どうしてって、そりゃあ。

 

 「俺が手紙で指定したからね。もしも貸してもらえるようならば、今日ここにそれを持って来てって」

 

 肩を竦めながら答えると、ビビは考えながら口を開いた。

 

 「それって、ユアン君には解ってたってこと? 私たちが今日この町に来ることになるって」

 

 解ってたといえば解ってたけど(原作知識で)、でもそれ以前に。

 

 「解ってたと言うよりも、予測してたって言うべきかな。言っただろ? 俺はルフィとは長い付き合いだって」

 

 言って思わず苦笑する。

 

 「あいつの考えてることはそれなりに読める。反乱軍の説得が成功するにせよしないにせよ、ルフィならその次にはクロコダイルの所に行きたがるだろうって具合にね。反乱軍の本拠地がナノハナからカトレアに移ってたから少しばかり事情が違ってきたけど、結局はその通りになっただろ? だからあの手紙を出した時、あの地点からこのレインベースに来るまでに掛かるだろう日数を計算して手紙で頼んだんだ。予測が外れる可能性だって勿論あったけど、その時はその時さ」

 

 「……だからユバを出た時、ルフィさんの言動にすぐに対応出来てたのね」

 

 ビビは何だか納得したような疲れたような、微妙な顔をしている。

 

 「じゃあ話はこれぐらいにして、レインディナーズに行こっか。

 

 いざ、クロコダイルを苛めに!

 ……あ、でも何とか言い包めてペルにはここに残ってもらおう、うん。

 



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第126話 そうだ、陥れよう 前編

 何とかかんとかペルを言い包めて、俺はビビと共にレインディナーズへと向かった。

 ん? どうやってペルを言い包めたのかって? そりゃまぁ、クロコダイルは自然系だからあんまり大勢で行っても意味が無いとか、ビビのことは盾になってでもちゃんと守るとか、町中に潜んでるだろう他のバロックワークス社員を殲滅しておいて欲しいとか……色々、ね。

 

 

 

 レインディナーズを訪れるのは、俺にとっては2度目である。ほんの数十分前にも来てたから。

 けれど、その時と今とでは決定的に違う点がある。

 

 「ねぇ、ユアン君」

 

 困惑した様子で店内をキョロキョロと見回すビビも、疑問を感じているんだろう。

 

 「何? ビビ」

 

 俺は俺でそれに気付いてはいるけど、特に気にすることなく店の奥へと進む。向かう先は勿論赤絨毯が伸びる扉、上部にデカデカと『VIP』の文字が躍る所だ。

 当然ながら、そんな俺の方がビビよりも足取りは早い。先に進む俺に遅れまいとしてるのか、距離が出来てしまったことに気付いたビビが小走りで駆けてくる。

 

 「ここって、カジノよね?」

 

 「そうだね」

 

 「今は営業時間よね?」

 

 「だろうね」

 

 「じゃあ、何で誰もいないの?」

 

 そう、誰もいない。

 さっきまでは人で溢れかえって賑やかだったカジノが、今や閑散として人気が無い。うん、これは。

 

 「誰かが気を遣って人払いでもしてくれたんじゃないか?」

 

 肩を竦めながらそう答えると、その『誰か』をクロコダイルと考えたらしいビビは顔を顰めた。まぁ、この状況でクロコダイルが人払いをしたんなら、それは明らかに罠だもんな。

 ぶっちゃけて言えば、クロコダイルの仕業じゃないけど、それは言わないでおく。

 そんな感じで気を引き締めながらVIPルームへと続く扉を開け、中に入る。しばらく歩くと先が二手に別れてたんだけど……。

 

 「……何て解りやすい罠なんだ」

 

 頭が痛くなってきた。

 通路の突き当りには1枚の案内板があり、向かって右へ向いた矢印の上には『海賊』、左に向いた矢印の上には『VIP』の文字が。

 何だこの呆れるしか無いような罠は! クロコダイルって実はアホなのか!?

 そして、コレに引っ掛かる更なるアホウがルフィ……ハァ。

 額に手を当てて、割と真剣に悩みつつ溜息を吐く。

 

 「……うん、じゃあこっちに行こうか」

 

 いつまでもここでこうしていても仕方が無い。俺は左の通路を指してビビの確認を取る。ビビもそれに頷くけれど、その視線は不安げにもう片方の通路に向けられている。

 

 「えぇ……でも、あの……私、何だか嫌な予感がするんだけど……」

 

 「奇遇だね。多分、俺も今ビビと同じ予感を覚えてるよ」

 

 あいつら絶対引っ掛かってるだろ、ってね。正確に言えば、引っ掛かったルフィにみんなが巻き込まれてるだろう、だけど。

 でもその辺は華麗にスルーして、俺達は先へ進む。勿論、『VIP』の方の通路へ。

 そしてしばらく進むと、再び扉が現れる。

 

 「この先にクロコダイルがいるんだろうけど……ビビ」

 

 扉を開ける前に、俺はビビに向き直った。ビビは緊張しているのか、表情が硬い。

 

 「ビビにしてみればさ、クロコダイルは顔を合わせた瞬間に殺したいぐらい憎い存在なんだろうけど。」

 

 真剣な顔で真面目に忠告しておこうと思う。

 

 「出来るだけ、抑えてくれ。クロコダイルのことはビビだって元々知ってるだろうし、ユバまでの道中でエースのことも見てただろ? 闇雲に向かって行っても自然系をどうこうすることは出来ない。むしろ、捕まって拘束でもされてしまう方が厄介だ」

 

 出来るだけ、冷静さを見失わないように。

 俺だってブチ切れた経験はあるから偉そうなことは言えないのかもしれないけど、でも出来れば堪えて欲しい。

 

 「それに激昂したりすればそれは多分、クロコダイルを面白がらせるだけだ。何しろ、クロコダイルってのは随分と性格が悪いみたいだからね……ま、俺には負けるだろうけど」

 

 冗談だよ? 俺、別に本気で自分の方がクロコダイルよりも性格悪いなんて思ってないよ!? ただちょっと冗談言って緊張をほぐそうとしただけで、言うと同時に茶目っ気たっぷりに不敵に笑ってもみせたよ? 

 なのに何で……。

 

 「………………そうかもしれないわね………………」

 

 ビビってば、何でそんなに遠い目になっちゃってんの!?

 え、俺ってばマジでそこまで性格に難有りだと思われてんの!?

 ……やめよう、深く考えるのは。

 

 

 

 

 扉を開けるとまず目に入ってきたのは、長く広い降り階段だった。そしてその先に続くのは、だだっ広い部屋。何やらゴツイ檻が見える。あそこにルフィ達が捕まってるんだろう。そして階段から降りればほぼすぐであろう位置では、デコっぱちな将来ハゲそうな男が席に着いていた。

 クロコダイル、発見だ。

 さて……『ここから』でいいかな。

 

 「クロコダイル!!」

 

 その姿を見付け、隣のビビが声を荒げた。そこで漸く俺達が来たことに気付いたのか、檻の中から驚きの声が上がる。

 

 「ビビ! ……と、誰だ!」

 

 ………………おい、ルフィ。お前、それ何度目だ? いい加減に慣れろ!!

 そんなルフィは無視して(檻の中でナミとウソップに殴られてたけど)、クロコダイルが腕を広げつつビビに歓迎の言葉を投げかける。

 

 「ようこそ、アラバスタの王女ビビ。いや、ミス・ウェンズデー。よくぞ我が社の刺客を掻い潜ってここまで来たな」

 

 何気なく口を開いてるように見えるけど、これだけ距離があってちゃんと言葉を聞き取れるんだから、クロコダイルもそれなりに声を張り上げているんだろうか。

 

 「来るわよ……どこへだって! あなたに死んで欲しいから! Mr.0!」

 

 「死ぬのはこのくだらねェ王国さ」

 

 「!!」

 

 友好的とは全く以て言い難い応酬に、ビビはどうやらカッとなったらしい。すぐさま飛び出して行こうとしたのを腕を掴んで引き止めさせてもらった。

 

 「ビビ……落ち着け」

 

 既に飛び出しかけていたからか、引き止めた反動でビビの体が大きく揺れた。それが逆に頭を冷まさせてくれたのか、ビビの動きは止まる。だが、それでも腹立ちは収まらなかったらしい。

 

 「お前さえこの国に来なければ、アラバスタはずっと平和でいられたんだ!!」

 

 絶叫と言ってもいいほど盛大にクロコダイルを罵倒していたから。言い終えた際にビビの肩が大きく揺れていたのは、単純に大声を出したせいかそれとも、激しい憤りからか。

 俺はといえば未だにビビの腕を掴んでいたのだけど、そのままその腕を引っ張って後方に戻す。

 

 「念のためだ。俺より前に出ないでくれ……紙程度の強度でも、盾ぐらいにはなるからさ」

 

 そう言って、ビビとクロコダイルの間に入る。そのまま階段を1段ずつ降りるけど、立ち位置は崩さない。

 下にまで降りると、真横の檻の中がよく見える。と、その時またルフィが叫んだ。

 

 「おい! お前誰だって!」

 

 ………………あれ? 俺ってこいつの弟だったよね? 義理とはいえ。そして、血の繋がった実の従弟だよね? 何でまだ気付いてない……あ、さっき階段の上にいた時の声は聞こえてなかったのか? 俺は叫ばなかったから、多分距離的にビビにしか聞こえてないだろうし。でも、だからってこの距離で顔見て気付かないって……。

 

 「あー……名も無き小悪党だと思ってくれればいいよ」

 

 何かもう、説明するのも面倒くさいや。

 

 「あ、何だお前か」

 

 声を聞いて察してくれたみたいだし。

 

 「おい、おれ達をここから出せ!」

 

 確かに、俺なら簡単にそれが出来る。鍵なんてそもそも必要ない。その辺はルフィも解ってるらしくて、格子の隙間から腕を突き出してこっちに伸ばしてる。

 でもさ……。

 

 「1つ聞きたいんだけど……何でお前ら、そんなとこに閉じ込められてるんだ?」

 

 答えは解ってる。でも一応聞いてみよう。

 俺の質問に、ルフィは胸を張って答えた。まさしく『どんっ!』って感じで。

 

 「こうみょうなわなだった!」

 

 おい、何でそこでふんぞり返る。しかも、やっぱりか……うん。

 

 「お前、もう少しそこで反省したらいいと思うよ」

 

 「何!?」

 

 ガーンとショックを受けた状態のルフィは放っとこう。

 いや別に、本気でそういう理由でコイツを出さないんじゃないよ? ただルフィ出しちゃうとさ、すぐにクロコダイルに向かってくだろうから。水が弱点だって教えれば済むとか、そういう話じゃない。場所が悪い。

 レインディナーズは湖の中央に建てられたカジノであり、ここはその地下階。つまりは水中だ。チラリと窓の外を見てみれば、そこに広がる景色は見事なアクアリウム……バナナワニが飼育されてるんですね知ってます。

 とにかく、こんな場所で暴れられて部屋が水没でもしたら目も当てられない。だから出したくないんだよ。

 それに、まだクロコダイルにはやってもらいたいことがあるしね。

 

 ついでに言えば、まず間違いなく俺の能力はまだクロコダイルに知られていないはず。わざわざ目の前で披露して教えてやる気はさらさら無い。

 そういう裏事情は心の奥底に隠して、俺はあからさまな溜息を吐いてみせた。

 

 「どうせ、『海賊』って書かれた通路を取ったんだろ? アホだろ」

 

 この時吐いた溜息は、決して演技だけのものではないことをここに付け加えておく。

 

 「てかさ、あの立札考えたヤツ誰だよ。そいつもアホだろ。普通あんなのに引っ掛かるヤツなんていないって」

 

 そう言いつつさり気なくクロコダイルの様子を窺うと、眉間に皺を寄せていた。よし、まずはちくちくと苛めよう。

 

 「なぁ、アレ考えたのって誰なんだ?」

 

 と、わざわざクロコダイル自身に聞いてみました。すると俺の後ろで、ビビがクロコダイルを睨みつつ吐き捨てる。

 

 「誰って、コイツでしょ?」

 

 「まさか」

 

 俺はそれを否定する。まぁ、確かにコイツだろうけど。今のこの表情からしても。

 

 「仮にも七武海の一角が、あんなアホで間抜けな、仕掛けた方の程度すら疑われそうな幼稚な罠を考えるわけないだろ? なぁ?」

 

 苦笑を向けると、クロコダイルは無言。けど表情は不機嫌。

 え? 嫌味ったらしいって? だって嫌味だし。

 

 「……おれのパートナーはどうした? 迎えに行かせたはずだが……」

 

 無視しやがった! クロコダイルの視線が俺を素通りしてビビに向けられてるよ! そうするだろうとは思ってたけど!

 何しろ、今の所はほぼクロコダイルの思い通りに事が進んでいる。そんな状況で『小物』に多少嫌味を言われたぐらいでそこまで目くじらは立てないはずだ。

 一方、問われたビビは訝しげな顔で吐き捨てる。

 

 「ミス・オールサンデー? 知らないわよ」

 

 そりゃそうだろう。会ってないんだから。

 

 「入れ違いにでもなったんじゃないか? それよりビビ、座りなよ。用意してくれてるみたいだし」

 

 クロコダイルから見てテーブルを挟んで向こう側に置かれた椅子を引いて促すと、ビビに睨まれてしまった。暢気すぎるとでも思われたんだろう。俺は肩を竦めた。

 

 「わざわざ用意をしておいて、しかもパートナーを迎えにやったってぐらいだ。説明ぐらいはする気があるんじゃないか? コイツが何を企んでいるのか」

 

 コイツ、の所でクロコダイルを顎で指すと、指された当人が笑った。うわー、嫌な笑い。

 

 「クハハ……そう、座りたまえ。そろそろ頃合いだ」

 

 あ、もう7時になったのか。それならばそう、本来だったら『ユートピア作戦』が始まってるはずなんだな。

 そしてクロコダイルはベラベラと勝手に語りだしてくれた。そりゃもう、得意そうな顔で。

 まずはアルバーナ宮殿からコブラ王を拉致する。その隙に変身能力を持つMr.2がコブラ王に変装して、更にはバロックワークスの社員で構成された偽の国王軍を伴ってナノハナに赴き、『ダンスパウダーを使った』と虚偽の告白をした上に町を襲撃。そうして反乱軍を煽り決戦機運をピークに高める。同時に武器を大量に積んだ武器商船を港に突っ込ませ、武器を与える。反乱軍がそこまで行けば、国王軍の方も応戦しないわけにはいかない。結果戦争が起こり、アラバスタは終わる。

 クロコダイルは懇切丁寧に『ユートピア計画』の全貌を語った。

 

 「そのために、今までこの国で工作を続けてきたわけか」

 

 俺はテーブルの上に出されてる料理を摘まませてもらいながら訊ねた。空気を読めって? いやだって、料理には罪は無いじゃん。それにどうせ、みんな話に夢中で俺の行動を気に留めてる余裕は無いみたいだし。

 マイペース、マイペース。

 

 「クハハ、そう……思えばここまでこぎ着けるまでに数々の苦労をした! 社員集めに始まり、ダンスパウダー製造に必要な銀を買うための資金集め」

 

 賞金稼ぎとかだね。

 考えてみれば皮肉な話だ。賞金稼ぎによって得た金は、世界政府が出してるんだから。そして最終的には、それを使って世界政府加盟国であるアラバスタを滅ぼす。うわー、悪趣味。

 ってか、ダンスパウダーって作るのに銀が必要なんだ。そりゃ金もかかるはずだよね、うんうん。

 

 「滅びかけた町を煽るための破壊工作。社員を使った国王軍濫行の演技指導。じわじわと溜まりゆく国のフラストレーション、崩れゆく王の信頼!」

 

 そこまで聞いてはいないんだけど……うん、かなり口が軽くなってるな。何だ、この大暴露大会は。

 いいぞもっとやれ。

 

 「クハハハハハハハ! ハッハッハッハッハッハッハ!!」

 

 何て楽しそうな高笑いだこと……何も知らずに。

 

 「始まっちまったか」

 

 「コノ……!」

 

 「何て作戦を……!」

 

 檻の中で言葉が漏れたのが、ゾロ・ルフィ・ナミ。ウソップは言葉も無いらしい。ストーカーは……よく解らないけど、面白くはなさそうだ。

 

 「耳を澄ませばアラバスタの唸り声が聞こえてきそうだ! そしてみんな、同じことを考えているのさ。『アラバスタを守るんだ!』……『アラバスタを守るんだ!』」

 

 「やめて! 何て非道いことを……!!」

 

 クロコダイルの言葉をビビが遮るが、クロコダイルにしてみればその反応がまたツボを刺激したらしい。

 

 「クハハ……泣かせるじゃねェか。 国を思う気持ちが、国を滅ぼすんだ」

 

 泣かせるって……お前、笑ってんじゃん。

 

 「……ユアンとはまた別のタイプの外道だな」

 

 って、ゾロ!? 俺が外道なのはそのまま!? ここはクロコダイルの外道さを見て俺のことは『あ、何だそうでもなかったんだな』って認識を改めるトコだろ!? 

 ……我慢だ、我慢。クロコダイルの前で動揺なんてしてやるもんか。ツッコミを口に出すのは我慢しろ、俺。それよりも、もっと情報を引き出せ。

 

 「随分と色々とやらかしてるようだけどさ……お前、ユバにも何かした?」

 

 咎められないのをいいことに、俺は新たな皿に手を伸ばしつつ問いかけてみた。予想外だったのか、この場の全員にすごい勢いで振り向かれた。

 

 「いくら乾燥していれば砂嵐が発生しやすいとはいえ、オアシスが埋まる程しょっちゅう砂嵐に見舞われるなんて出来過ぎだ……で、どうなんだ? 砂人間」

 

 別に今この場で俺が促さなくても、多分いつかは暴露してくれるだろうとは思う。でも出来れば、『今』白状してほしい。

 

 「フン……多少は勘が働くヤツがいるようだな」

 

 勘じゃないぞ、ルフィじゃあるまいし。ただの原作知識だよ。そんなことは教えてやらないけどな!

 

 「どういうこと……!?」

 

 ビビが詰問すると、クロコダイルはニヤリと笑って掌の上で小さく砂を発生させた。

 

 「お前がやったのか!」

 

 檻の中でルフィが青筋を立てている……普段からこれぐらい察し良くなってほしいとか、そういうことは考えちゃいけないんだろうか。

 

 「この国にはバカが多くて、実に仕事がしやすかった。若い反乱軍やユバの穴掘りジジイ然りだ」

 

 ……フン。

 

 「その『バカ』の支持を得て、崩壊したアラバスタを掠め取ろうと考えてるようなヤツがよく言うよ」

 

 鼻で笑ってやったが、笑われたクロコダイルはそれほど気分を害してはいないようだった。

 

 「そう……何故おれがここまでしてこの国を手に入れたいか解るか? ミス・ウェンズデー」

 

 クロコダイルはビビに質問したが……何てやらしい質問なんだ。ビビはプルトンのことを知らないんだから、予測できるはずがない。

 

 「あんたの腐った頭の中なんて解るもんか!! ………………」

 

 ……あの~、ビビ? そこは普通に断言すればいいだけなんじゃないかな? 何でハッとして俺を見る。しかもそれはビビだけじゃなく、檻の中の面々もだ。ストーカーは除くが。

 何だよ、俺には腐った頭の中が解るとでも思ってんのか!? それはつまり、俺の頭もそこそこ腐ってるって言いたいのか!? あァ!?

 

 まぁ、確かに解るけど。でもそれは原作知識であって、何も頭が腐ってるからじゃないぞ? ……そうか、原作知識のことを言わない(むしろ言えない)から、皆は俺のこともそっち系だと思っちゃうんだな? そうこれは誤解、誤解なんだ。落ち着け俺。

 しっかしクロコダイルのヤツ、得意になってよくもまぁ、そんなに長々と語ってくれちゃってさ。お蔭で俺、テーブルにあった料理を食べ尽くしてしまったじゃないか……ん?

 

 「ビビ、落ち着け」

 

 ビビが今にも駆け出しそうな勢いで立ち上がる。

 

 「落ち着いていられるわけないでしょ! 急がなきゃ、時間が無いわ……反乱軍よりも早くアルバーナに回り込めば、まだ反乱を止められる可能性はある!」

 

 「だからって、敵に背中を向けようとするな」

 

 後ろからざっくりやられる可能性だって、無きにしもあらずなんだし。

 

 「でも……!」

 

 いてもたってもいられないらしく、ビビも必死である。

 そして、その一方で。

 

 「おい! いい加減おれ達を出せ!」

 

 クロコダイルへの怒りもあるんだろう、俺ってばとうとうルフィに怒鳴られてしまった。

 けど、そうだな。そろそろか。これぐらい喋ってもらえばもう十分。それじゃあ、『ここまで』にしよう。

 俺が内心でそんなことを考えてたら、出せと言ったルフィがそのまま言葉を続けていた。

 

 「おれ達がこんな所にいたら、誰があいつをぶっ飛ばすんだ!!」

 

 その、檻から出られさえすれば後はどうとでもなると言いたげな発言は、流石にクロコダイルの癇に障ったらしい。余裕の笑みは変わらなかったけど、少しばかり雰囲気が変わってたから。

 

 「自惚れるなよ……小物が」

 

 「お前の方が小物だろ!」

 

 ………………ヤバい、ツボに入った。

 

 「プッ」

 

 思わず吹き出してしまったよ。檻の中では『相手は七武海』と言ってナミとウソップが蒼褪めてるけど、そんなの知ったことか。

 



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第127話 そうだ、陥れよう 中編

  さて……種明かししよっかな?

 

 「ハハ! 言うなァ、ルフィ。でもちょっと待ってくれ。その前にちょっと言っておきたいことがあるんだ。……さて、クロコダイル? これ、何だと思う?」

 

 言って、俺は懐から『それ』を取り出す。ペルに持って来てもらった、あの子電伝虫とは別のもの。それは……。

 

 「それって……国内放送用の電伝虫?」

 

 ビビの訝しげな問いに、俺は笑って頷いた。

 原作でさ、麦わらの一味の出航時にビビが式典で使ってたアレだよ。アレ。

 国王に頼んで、用意してもらったんだよね。勿論これ単体じゃなく、放送の準備も込みで。コイツのマイクを取れば、後はもう流れちゃうように準備万端整えて。

 そう、それはつまり。

 

 「ひょっとして、今までの会話……全部、流れてた……?」

 

 察しのいいビビに拍手!

 クロコダイルはまだ訝しがってる……ってか、状況が解ってないようで、それほど様子の変化は見られない。精々が眉間に皺を寄せた程度だ。

 

 「便利だよね、コレ。アラバスタ中に声を伝えることが出来るんだから。このレインベースにも、首都アルバーナにも。それに反乱軍がいるだろうカトレアにも、ユートピア計画ってヤツの仕上げの地であるナノハナにも……他にも色々。ここが地下階、それも湖中でなければ、アンタも気付けたのかもしれないね。会話がダダ漏れてるって」

 

 言ってクスクス笑いと共にクロコダイルを見ると、状況を察したらしい。もの凄い形相で睨まれた。 

 これだよ! この余裕の崩れた顔が見たかったんだよ、俺は!

 あ、今は通信を切ってあるから流れてないよ? 具体的に言うなら、『ここから』~『ここまで』間の会話を流してました。ポケットの中でマイクを取ったり、直したり。地味にやってました。

 つまり。

 

 「これまでの悪行、現在進行中の計画の全容……そーいうのが全部、一連の黒幕の口から明かされるのがリアルタイムで流れてたってわけ。しかも、アラバスタ全国ネットで」

 

 出来るだけ邪気の無い笑顔で単刀直入に言えば、部屋中の人間がポカンとした。

 

 「ちょ……どういうこと!?」

 

 真っ先に我に返ったのはビビだったらしい。掴みかからんばかりの勢いで食って掛かってきた。

 

 「私、聞いてないわよ!?」

 

 え、そりゃそうでしょ。

 

 「だって、今初めて言ったし」

 

 あっさり言ってみると、ビビは何と言っていいのか解らないといった様子で口をパクパクさせた。

 

 「でも、ビビも見てただろ? 俺がこれを受け取ってる現場」

 

 ビビの方でも、それはすぐに思い当たったらしい。

 

 「もしかして、さっきのペルの……」

 

 その通りです。肯定の意を込めて首を縦に振ると、ビビはまだ納得出来ないのか更に言い募ろうとしてきた。

 

 「で、でも! じゃあ何でこれまで教えてくれなかったの!? そういう計画立ててるって!」

 

 「だって、本当に伝電虫(コレ)貸してもらえるかどうか、解らなかったし」

 

 「だからって、それが手に入ったなら、その時点で教えてくれたっていいじゃない!」

 

 えー、だって。

 

 「敵を欺くためにはまず味方から、だろ?」

 

 再び邪気の無い笑顔を向けると、ビビは脱力したように崩れ落ちてしまった。あれ? そこまでか?

 でもさ、教えちゃうとビビにクロコダイルに対して演技してもらわなきゃいけなくなるし、それよりは黙ってた方が自然と緊迫した雰囲気が出ると思ったんだよね。

 

 「? どういうことだ?」

 

 ……未だに解ってない様子のルフィは、放っておこう。ちゃんと解ってくれたらしい面々が檻の中で説明してくれてるし。

 俺は俺で、クロコダイルを苛めるのに精を出そう。

 

 「で? 何だっけ? アラバスタ崩壊後、国民の支持を得て国を頂く……だっけ? どうやって得るんだろうねェ、国民の支持」

 

 ニッコリ。

 そう擬音が付きそうなぐらい鮮やかに微笑んでやった自信がある。そしてそれは成功してたようだ。

 

 「……外道……」

 

 檻の中でゾロが冷や汗かきながら何か呟いてるけど……うん、クロコダイルのことだろうな。なんで今このタイミングでそれを言うのか解らんが。

 で、当のクロコダイルはというと。

 

 「この……クソガキが……!」

 

 うわー、凄い青筋! 面白! 

 もしも本当に俺の言う通りさっきの会話がダダ漏れだったのなら、スムーズに国を手に入れることは不可能と言っていい。

 そしてクロコダイルには、その真偽を確認する術が無い。さっきも言ったが、こんな場所じゃあ外の状況は解らないのだから。『そんなわけがない』と否定するのは簡単だけど、一笑に付すには事実であった場合のリスクが高すぎる。

 

 この場合クロコダイルの最大の失敗は、外との連絡手段を持っていなかったことだろう。原作でもそうだったけど、子電伝虫を持っていたのはロビンで、クロコダイルじゃない。全てのエージェントに最終計画を通達した今となっては、すぐに水没させる予定の部屋に普通の伝電虫を置いておくとも思えない。

 余裕がアダになったってワケだ。

 よし、もう少し当て擦ろう。

 

 「あァ、でも」

 

 俺は声のトーンを落とし、頭を抱えてみせた。

 

 「当然、すぐに次の手を打たれちゃうんだろうなァ。何せお偉い七武海様だし? こんな『小物』の考えなんてとうの昔にまるっとお見通しで、対抗策ぐらい講じてるはずだもんな?」

 

 よよよ、とこの上なく神経を逆撫でする泣き真似をしてみせました。そしたらクロコダイルが切れたみたいだよ! もう、今にも飛びかからんばかりの体勢だし!

 

 「だって俺、最初は上手いこと誘導して真実を引き出すつもりだったんだよ。なのに、自分から勝手にベラベラと種明かししちまうんだもんな。まさか、浮かれて得意げになってただなんてそんな馬鹿なことあるわけないし。これもきっと何かの策略なんだろうね」

 

 実際の所、クロコダイルは単に浮かれて得意げになってただけなんだろうけどな。

 

 「……言いたいことはそれだけか……小僧」

 

 うぉ、凄まじい顔!

 でもな……ちゃんと切り札を持ってるんだよ、こっちは。原作知識持ちを舐めるなよ! そんな事は誰も知らないだろうけどな!

 

 「やだなァ……そんなに睨まれたら、俺みたいなチキンは恐怖のあまり、走馬灯が見えちゃうじゃんか。それで思い出しちゃった、過去に受けた衝撃を、恐怖のあまり思わずポロッと口にしちまうかも……アラバスタ全国ネットで」

 

 放送用の伝電虫のマイクに手を掛けながらそう言ったけど、クロコダイルは鼻で笑った。青筋立てて歯軋りしながら鼻で笑うなんて、お前も結構器用だな。

 

 「フン……命乞いのつもりか? 今までも全員殺してきたんだ……おれをコケにしやがった奴ァな!!」

 

 そっちこそ、人の話は最後まで聞けよ。

 

 「わぁ、怖ーい。じゃあ話しちまおうかな……俺が昔、エンポリオ・イワンコフに会った時に受けた衝撃を」

 

 ニッコリ。

 再び擬音が付きそうな笑顔を見せると、飛びかからんばかりだったクロコダイルが静止した。いや、固まったと言うべきか。

 

 「………………何だと?」

 

 おぉ、顔を滅茶苦茶に歪めながら、冷や汗ダラダラ。効くだろうなとは思ってたけど、ここまでとは……凄ェなイワさん。一体どんな弱味を握ってるんだ?

 そんな感心は表面上には出さず、俺は余裕の笑みを崩さないように気を付ける。

 

 「だからさ、そんなに睨まれたら恐怖のあまり、かつてエンポリオ・イワンコフに会った時に受けた衝撃を余すことなく口にしちまうかもな~って……アラバスタ全国ネットで」

 

 俺のこの脅は……コホン、呟きの意味を理解できた者は少ない。というよりそもそも、イワンコフというのが誰なのかということすら皆は知らないようで、首を傾げている。尤も、檻の中にいる某ストーカーは眉間に皺を寄せてたから、知ってるのかもしれないけど。

 この言い方だとクロコダイルは、こう考えるだろう。俺はかつてエンポリオ・イワンコフに会い、クロコダイルの弱味を知った。そして、それを利用する気なのだと。

 

 当然だろう、俺はヤツがそう考えるように言い回したんだし。

 

 勿論ハッタリに過ぎない。俺が知ってるのはあくまでもイワンコフが弱味を握っているという事実だけで、その弱味そのものは知らないんだからね。

 ハッタリをかます時に最も大事なのは、余裕を見せることだ。だから俺は伝電虫を構えながら堂々と胸を張り、笑顔を崩さずにクロコダイルを眺め続ける。決して目は離さない。

 

 「テメェ……ヤツと一体どういう関係だ……?」

 

 クロコダイルもクロコダイルで俺の言葉を真実と計りかねているいるのか、怒りの形相ながらも問いかけてきた。

 

 「どういうって言われても……」

 

 はて、ここは何と言おうか。

 

 「そこまで明確な関係じゃないよ。ただ、10年ぐらい前に1度会ったことがあるんだ。イワンコフと、そのお仲間に」

 

 よし、ここは嘘は言わずにおこう。

 

 「その時、ちょっと話したんだ。何しろ昔のことだから、何が切っ掛けだったのかはハッキリとしないけど。でも確かなのはあの時俺たちが、22年前のローグタウンに海賊王の処刑を見物に来ていたとある海賊について話したってこと……かな?」

 

 嘘じゃないよ? 俺はイワンコフ(のお仲間であるドラゴン伯父さん)と、22年前にローグタウンに海賊王の処刑を見物に来ていた海賊、つまり母さんのことについて話したもん。

 うん、何だか色々言葉が足りなかった気がするけど、問題は無いだろ。嘘は吐いてないし。

 けれどクロコダイルは『何故か』誤解してくれたようで、動揺を見せていた。けけっ、いい気味。

 

 「テメェ……!」

 

 ギリギリと歯軋りをするクロコダイルからは、まざまざと怒りが伝わってきた。いつの間にか、ヤツが銜えていた葉巻が崩れ去ってしまっている。

 

 「怖い怖い……で、どうする? 俺たちを殺す? アラバスタ全国ネットと引き換えに」

 

 言って俺は、クロコダイルに目で問いかけた。

 『秘密をバラされたくなきゃ、さっさとどっか行け』と。

 俺のこの脅は……コホン、お願いを正確に読み取ったらしく、クロコダイルの顔が明らかに屈辱で歪む。

 ……ねぇ、イワさん。自分でやっといて何だけど、コイツをここまでにさせる弱味って、一体……。

 

 「……小僧、よく覚えておけ……必ずブチ殺してやる! 必ずだ!!」

 

 お、どうやら退散するらしい。俺の勝ち。やったね。

 

 「そう……じゃあ、忘れるまで覚えとくよ。でもブチ殺すのは無理だね。だってお前は、ルフィにぶっ飛ばされるんだから」

 

 ルフィはずっと前から言っていた。クロコダイルをぶっ飛ばすって。だから俺は遠慮して、こうして事前にお前をイジメ倒すだけで我慢してるのさ。

 

 「クハハ!」

 

 何がツボに入ったのか、クロコダイルは嘲るように笑った。

 

 「『麦わら』だと!? あんな小物に、このおれが!?」

 

 「何も可笑しくなんかないね。ルフィは海賊王になる男だから」

 

 フン、と鼻で笑い返してやると、クロコダイルの笑みが消えた。

 

 「言うじゃねェか……だったらこの状況、どうするつもりだ?」 

 

 クロコダイルは懐から1本の鍵を取り出す。あれは……。

 

 「檻の鍵!?」

 

 俺たちの応酬を、半ば目を点にしながら見ていたビビが声を上げた。尤も、上げたのはビビだけだったけど。

 どことなく白けた空気に気付いてないのか、クロコダイルは鼻を鳴らした。

 そして鍵を放り投げると、それは足元に開いた穴へと落ちて行く。

 

 「檻を開けたきゃ開けるがいい……尤も、おれがうっかり落としちまったがな」

 

 何も知らないクロコダイルはともかく、焦った様子で穴の下を覗き込むビビは……ひょっとして、忘れてるんだろうか?

 

 「? お前ェ、何言ってんだ? そんなモガッ!?」

 

 まず間違いなく余計な事を言おうとしたであろうルフィの口を、ウソップが慌てて塞いでいた。そりゃそうだ、わざわざ教えてやる必要なんて無い。

 そんなやり取りをしてる間にも、穴の下ではバナナワニが鍵を飲み込んでいて、ビビは蒼褪めていた……おーい、ビビ?

 

 「それとこの部屋は、これから1時間かけて自動的に消滅する。もう不要の部屋だ、じきに水が入り込み、湖の底に沈むだろう」

 

 この世界にもあるのか? ス○イ大作戦。

 ……そんなのどうでもいいか。ったく、面倒くせ。

 

 「どうでもいいから、さっさと行けよ」

 

 はっきり言って、焦ってるのはクロコダイルの方だろう。

 クロコダイルがアラバスタを手に入れたいのは、あくまでもプルトンの情報を得るためだ。万一国が手に入らないとしても、最低限プルトンは手に入れたいはず。

 いや、それは逆か。プルトンさえ手に入れられれば起死回生を図れる、と言うべきなのか。

 

 まぁどちらにせよ、クロコダイルはアルバーナに……もっと言うとコブラ王に、すぐにでも接触したいに違いない。

 だからこそ、どれだけ屈辱であろうと今は俺の脅……コホン、提案に乗って、出て行くのを承諾しているんだろう。後々に報復することを前提として、だけど。

 けれど俺の発言を聞きとがめたクロコダイルは、また表情を険しくさせた。

 

 「フン……『麦わら』は能力者だ。部屋が沈む前に、当たりのバナナワニを見付けられたらいいがな」

 

 最後まで嘲るのは忘れずに、クロコダイルは体を砂に変えて消えた……行ったのか。早いな。

 うん?

 

 「ユアン君、早くしないと! 鍵を見付けなきゃ!」

 

 ビビが俺の服を引っ張ってきた。

 まぁ、ビビ1人じゃバナナワニの群れなんて対処出来ないだろうし、俺を連れて行こうとするのは当然だろう。

 でも……。

 

 「ビビ……本気で忘れてるのか?」

 

 疑いの眼差しを向けると、ビビは虚を突かれたような顔をした。

 

 「海楼石の檻。そりゃあ厄介だろうさ。能力は効かない、強度は凄まじい……でもな」

 

 俺は気配を探ってクロコダイルが確かにいなくなっていることを確かめると、檻に近付き、その格子の間から手を中に突っ込んだ。そしてそのまま、1番近場にいたナミの肩を掴む。

 

 「こんだけの隙間が開いてりゃ、何てことは無い」

 

 能力を発動し、ナミを小さくする。その隙間から出せる程度にまで、だ。

 

 「鍵なんてそもそも必要無いんだよ」

 

 そのまま、小さくしたナミをそのまま檻の中から引き出した。

 そう。さっきも考えてたけど、脱出なんて初めから簡単に出来たんだ。だからこそ、ルフィも俺に『出せ』って言い続けてたわけだしね。

 ビビも俺の行動の途中で漸く思い出したのか、ハッとしてた。うん、冷静さを欠いちゃいけないよ?

 

 

 




 かつて、筆者は考えました。

 『クロコダイルがレインディナーズであれだけ得意げに喋ってたのをアラバスタ中に公開できたら面白いのに』

 と。
 
 そしてこのSSを書きはじめて暫く経った頃、『ユアンが某錬金術師にちょっと似てる』的な発言を受け、読んでみました。そのコミックを。
 そして1巻を読んで思いました。

 『あれ、何か状況似てね?』

 と。

 でも、まぁいっかとそのまま敢行。


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第128話 そうだ、陥れよう 後編

 「だから、出せって言っただろ!」

 

 ルフィが檻の中で喚いてる。

 

 「どうすんだよ、アイツ逃げちまったじゃねェか!」

 

 ……いやいや。

 

 「逃がしたんだよ。だってお前、何をするつもりだった?」

 

 溜息を吐きながら聞くと、ルフィは胸を張った。

 

 「決まってんだろ! クロコダイルをぶっ飛ばす!」

 

 だ・か・ら!

 

 「馬鹿かお前は!」

 

 「へぶっ!?」

 

 お仕置きだ! ゴムな頬を抓り上げてやる!

 

 「あぁ、ぶっ飛ばせ! あんなヤツ、好きなだけぶっ飛ばせばいいさ! でもな、時と場合を考えろ! ここをどこだと思ってんだ!?」

 

 「アラバスタ!」

 

 「範囲が広すぎる!」

 

 ボコッと1発頭を殴っておいた。効いてない様子が腹立たしい。

 俺は結構本気でイラついた。その苛立ちを逃がすためにもまた1つ、大きく溜息を吐く。

 

 「ハァ……ここは湖の中、だろうが。こんな所で暴れるな。水没したらどうする気なんだ、カナヅチ」

 

 言うとルフィは暫く考え、やがてポンと手を打った。

 

 「あー、そっか」

 

 そっか、じゃねェよ……。

 

 「でも、それじゃお前ェ、ここが湖の中だって知ってたのか?」

 

 ………………ハイ?

 

 「いやいやいや……見れば解るだろ?」

 

 見事にアクアリウムが広がってるじゃありませんか。

 

 「いやー、気付かなかった!」

 

 しっしっしっし、と笑うルフィ。

 コイツ……置かれた状況を理解してなかったんじゃなくて、そもそも把握してなかったのか……。

 って、あれ?

 

 「オイ……何で全員目が泳いでるんだ?」

 

 某ストーカーを除き、檻の中のゾロもウソップも、さっき出したナミも視線が泳いでいた。

 

 「……まさか……誰も気付いてなかったのか?」

 

 え、何それ怖い。

 俺が恐る恐る聞くと、ウソップとナミが慌てたように首を振った。

 

 「! い、いや、気付いたぞ!? あのワニが鍵飲み込んだのを見てな!」

 

 「私だって! アンタとクロコダイルの会話を聞いて……」

 

 つまり、それまでは気付いてなかったと?

 ゾロを見ると、サッと視線を逸らされた……お前もか。お前もなのか。

 あははー、そっかー、気付いてなかったのかー………………って、おォい!?

 お前ら、それなりの時間を檻の中で過ごしたんだろ!? なのに周囲の確認もしてなかったって!? ちょっと窓の向こう見れば、すぐに解っただろ!?

 捕われてたんだぞ? 目の前に敵がいたんだぞ? 時間は刻々と過ぎてたんだぞ? 出られないなら出られないなりに、出来ることはあっただろ!? なのに、ただ檻の中にいただけ!?

 それでいいのか!? 麦わらの一味!! せめてナミぐらいは気付いてて欲しかった……。

 

 俺がしっかりせねば! 大袈裟な言い方かもしれないけど!

 

 ……何で、珍獣・チョッパーを除けば一味最年少の俺が(聞いてみたら、ビビも俺より誕生日が早かった)こんな決意をしてるんだろう。いや、まぁ、微々たる年の差なんだけどさ。

 何だろう、目から汗が出てきた……。

 

 「そ、それより早く! 水が入ってきてるわよ!」

 

 ビビがフォローするかのように俺を急かしてきた。その指差す先を見ると、確かに穴から水が入り込んできている。

 

 「あー、うん。そうだね……」

 

 落ち着け俺。気を取り直すんだ。この程度のことで取り乱すな。

 よし、復活。

 

 「早く、私たちもアルバーナに行かないと! ……あそこは湖の中なんかじゃないし、ルフィさんが暴れても大丈夫よ」

 

 その言葉に、ルフィが喜んでた。ってか、気合を入れまくってた。

 

 「暴れるのはルフィだけじゃないだろうけどね。クロコダイル以外にも、エージェントたちを潰さなきゃならないわけだし。町も多少……いや、それなりに壊れちゃうと思うけど」

 

 町が壊れるという言葉にビビは眉を顰めたけど、堪えたようだ。

 

 「……反乱が起こるよりはずっとマシよ……あの伝電虫は確かに本物。あの時の会話が流れてたのなら、反乱軍もきっと止まってくれるはず……」

 

 後半は自分に言い聞かせるようにしてたけど……言ってなかったか。

 まぁ、言わない方が良いんだろうな。

 あの放送だけじゃ反乱が防げてる保証は無い、なんて。

 

 まず第1に、そもそも本当に放送出来てたか解らない。

 何せ伝電虫は俺のポケットの中にいた上に、クロコダイルとはそこそこ距離があった。完全に音を拾えてる保証は無い。

 まぁ、原作W7でナミがルフィとコビー&ヘルメッポの会話を盗聴してた時に使ってた伝電虫は、今回以上に距離があったのにちゃんと声を拾えてた。だから大丈夫だろうとは思うけど。

 だけど、クロコダイルに外の状況が解らなかったように、同じ場所にいた俺たちも外の状況は解らない。だから、確証は無い。

 じゃあ何故俺があんなにも自信満々だったかと言うと、何てことは無い。ハッタリだ。クロコダイルだって確証が持てない以上、こっちが強気なら何とかなるだろうと思ったんだ。

 

 「グルルルルルルルルルル……」

 

 第2に、放送が始まる以前にユートピア計画が発動してしまっていた場合、止まるに止まれなくなってるかもしれない。

 タイミングも大事だよね。人間って熱くなると、冷静な判断が出来なくなるから。

 要は、この国内放送作戦(←今、命名)。結構穴が多いんだ。

 後半に俺が行った、クロコダイルを脅……コホン、言い聞かせる部分についてはさして問題無い。伝電虫はポケットから出してたし、ナノハナやカトレアに伝わらなくても、他の地域に伝わるってだけでも絶大な効果を持つから。いや、伝わる『かもしれない』というだけで充分。

 けど、反乱を止めるという点に関してはかなり運の助けを必要としている。

 

 「グルルルルルルルルルル!」

 

 効果が期待できないわけではないけど、確実性は無い……そんな所だ。

 けどそれは、言わぬが華ってヤツなんだろう。多分その効果で、今の所ビビは落ち着いてくれてるんだろうし。

 それに、この懸念はこの放送『では』反乱を止められる保証が無いっていうだけのことだ。ちゃんと、別の案も考えてある。

 

 ええ、ちゃんと考えましたよ。

 自分で考えた作戦なんだ、穴が多いのは解ってた……だから、別の策も用意しておいた。公開放送よりもより確実に、反乱を止めるための策をね。

 

 「グルルルルルルルルルルル!!」

 

 ルフィはクロコダイルをぶっ飛ばすって言い続けてた。それは、長い目で見て反乱を鎮める方法だ。だから俺は、現在進行中の反乱を止めるための策を考えた。

 クロコダイルをぶっ飛ばしてる間に反乱が起こってちゃ、結局被害は拡大するわけだし。

 でもその詳細は、まだビビたちには明かせない。時間も無いし、今このタイミングで言っても混乱を招くだけな気がするし。

 まぁ、何が言いたいのかっていうと……やっぱり、無駄に不安がらせる必要は無いよねってことだ。黙っとこう。うんうん……って。

 

 「グルルルルルルルルルルル!!」

 

 「いー加減うるせェ!!」

 

 「グルゥァ!?」

 

 威嚇してきてるバナナワニが流石にウザかったから、思いっきり蹴り入れときました。バナナワニ飛んでったよ! 何か痙攣してるけど……ま、どうでもいっか。

 え? いつバナナワニがこの部屋に入って来たかって? 俺が考え事してる間にだよ。

 水が入って来てからしばらく経って、ビビと俺が入ってきた扉とは反対方向にあった通路の床に大きな穴が開いてさ。そこから入って来てた。

 クロコダイルがいなくなってそこそこ経ってるのに穴が開いたってことは、アレは多分、水が入り始めてから時間差で開くようにでもなってたんだろう。つくづく性格の悪い奴だな、クロコダイルは。

 

 「オイ! どんどん入って来てんぞ!?」

 

 俺が蹴っ飛ばしたバナナワニに続き、ぞろぞろと大量のバナナワニが部屋の中に入り込んで来るのを見て、ウソップが絶叫していた。

 しっかしコレ、どんだけいるんだ? よくこれだけバナナワニ飼えてたな、クロコダイル。そこだけはちょっと尊敬するぞ。

 ……よし。

 

 「ルフィ」

 

 檻の中のルフィに声を掛けた。

 

 「今、腹立ってるか?」

 

 「当たり前だ!」

 

 「じゃあ、その怒り。取りあえずあいつらで発散しときなよ。その間に他のやつらも出しとくから」

 

 言ってルフィをミニ化し、檻の中から出した。

 

 「よっしゃァ~~~~~~~!!」

 

 檻から出したルフィをすぐさま元のサイズに戻すと、ルフィはあっと言う間にバナナワニの群れへと突っ込んで行った。何て単じゅ……いや、素直なヤツなんだ。果たしてこの世にあれほど素直な人間が何人いることか。自分自身が捻くれまくってることを自覚してる分、余計に眩しい。

 

 何にせよ、これでMr.3も救助できるだろう。ひとまずバナナワニの胃から出しとけば、後は自力でどうにかするだろ。

 Mr.3にはここで死んでもらっちゃ困る。アイツには後々、その能力を生かしてもらわないと。対マゼラン然り、合鍵作成しかり。

 海楼石の手錠からの解放は俺の能力でも可能だけど、1人より2人。いないよりはいた方がいい。

 

 まァ、それはひとまず置いといて。

 俺は続けてゾロ、ウソップも解放し……ゾロもルフィ同様、解放直後にバナナワニの群れに突入してた。何気に鬱憤溜まってたんだろうか……最後に残ったストーカーと向き合った。

 

 「さて、ストーカー」

 

 「スモーカーだ!」

 

 お前なんかストーカーで充分だ。しかし、その素早いツッコミ。実は自分がストーカーだって自覚があるんじゃないのか?

 

 「細かいことは気にすんな……で、どうする? このまま沈む? それとも、海賊の助けを借りて外に出る?」

 

 海賊の助けを借りて、の部分を強調してみた。

 

 「グッ!」

 

 ストーカーは、そりゃもう忌々しそうな顔で睨んできましたよ。さっきのクロコダイルには及ばないけど。

 ふはは、悩め悩め! 現状では他の選択肢なんて無いだろうけどな!

 え? やだな~、ローグタウンで『小さい方』だとか言われたことを根に持ってなんかナイデスヨ? ……ん?

 

 「オイ、本当にソイツも出す気か!?」

 

 何だか腕が引っ張られると思ったら、さっき出したウソップに引き寄せられて耳打ちされた。

 

 「出した途端、おれ達のことも捕まえようとするんじゃねェか?」

 

 あぁ、その気持ちは解るかも。でもなァ。

 

 「大丈夫だろ。そもそも無理だろうし」

 

 ニヤッと笑って再びストーカーと向き合う。

 

 「今までの流れで気付いていると思うけど、俺も能力者だ。ミニミニの実を食べた、縮小人間。今回はそれで対象を小さくして、檻の隙間から出したわけだけど……変なことは考えるなよ? お前には、檻から出た後は勿論、このカジノから脱出するまで、ずっとミニサイズでいてもらう。この能力は俺が解除しない限り元には戻らない。嫌だろ? この先ずっと、1/10サイズで人生を終えるのは」

 

 ま、いっそそういう風にして、『小さい方のストーカー』とか呼び続けてやるのも面白いが……いや、駄目だ。大きい方がいないと小さい方とは呼べない。

 

 他のストーカー、ストーカー……あ! エースが『黒ひげ』のストーキングしてる! でもエースをストーカーとは呼びたくない! 却下だ!

 どなたか! どなたか他のストーカーを知りませんか!? エース以外で! 教えてくれたら謝礼を出してもいいよ!? ……待て、今そんなこと言ってる場合じゃ無いって。

 

 よし、落ち着け俺。

 

 「脅迫!? 外道なヤツめ!」

 

 ……うん、ウソップ。後で覚えてろ。

 これは脅迫ではない! 交渉だ! そして誰が外道だ、誰が!

 

 「外道はクロコダイルだろ?」

 

 俺がジロッと睨むと、ウソップがブンブンと首を横に振り。傍で聞いてたナミが呆れたような溜息を吐いた。

 

 「外道はアンタよ……私もさっきまではクロコダイルだと思ってたけど。実際に目の当たりにしてみると、よく解るわ」

 

 何ー? 俺はクロコダイルを外道の中の外道、キングオブ外道だと認定してたのに!

 

 「じゃあクロコダイルは何になるんだよ?」

 

 「アレは下劣」

 

 うぉ、スッパリ言い切った!

 下劣……下品で卑しいこと。道義的に下等であること。 

 うん、多分2つ目の意味だな。こう言っちゃ何だけど、クロコダイル、あんまり下品では無かったし。

 って、それよりも。そろそろ脱出を考えないと。

 

 「じゃ、まずはその十手。渡してくれないか?」

 

 俺はストーカーに対して右手を差し出した。そう、ストーカーってばまた持ってるんだよ。海楼石入りの十手。コイツは一体いくつ同じ物を持ってんだ? やっぱり、ストーカーってのは執着心が強いのか?

 

 「………………クソッ!」

 

 ストーカーはストーカーで、今の自分に他の選択肢が無いことぐらいは理解してたらしい。もの凄く葛藤していたけれど、最終的には舌打ちと共にソレを檻の隙間から差し出して渡してくれた。

 海楼石入りの十手(2本目)、ゲットだぜ! ……ここで『ピッ○カチュー!』とかいう合いの手が欲しい所だけど、流石にそれは高望みなんだろうな。脳内再生だけで我慢しよう。あぁ、チョッパーがいれば。

 ん?

 

 「脅迫して大人しくさせた上に、装備まで取り上げンのか。しかもアレ、絶対ェ返す気ねェぞ」

 

 「まさに外道ね」

 

 「2人とも……」

 

 ヒソヒソと酷いことを言い出したウソップとナミを、ビビが少しだけ窘めてた。ビビ、何ていいヤツだ!

 いいじゃんか、海軍から略奪したって! 特に、海楼石入りの武器なんて貴重だ! 例え火の中水の中、ついでに草の中森の中を探したって手に入れたい! 流石にスカートの中は嫌だけどな!

 まぁ、あの3人は置いといて、だ。次はストーカーを小さくして……。

 

 「1つ聞かせろ」

 

 アレ? ストーカーがやたら真剣な顔で睨んできてるぞ。

 

 「テメェ……イワンコフとどういう関係だ?」

 

 あー、そういうことを聞くってことは、コイツはやっぱり知ってるんだな。イワンコフのこと。

 俺は小さく肩を竦めた。

 

 「どうって言われてもね。さっきクロコダイルに言った通りだよ。10年ぐらい前に、1度だけ会ったことがある……それだけの関係さ。特に何の繋がりも無いし、そもそも、向こうが俺のことを覚えてるかどうかも怪しいもんだ」

 

 いや、忘れてはいないだろうけど。ドラゴンの甥だなんて、相当のインパクトがあっただろうから。

 

 「ただ、風の噂で聞いたことがあったんだ。イワンコフがクロコダイルの弱味を握ってるって。残念ながらその内容までは解らないけど、折角だから利用させてもらった。それだけだ。」

 

 「ちょっと待てィ!!」

 

 俺とストーカーの会話に、ウソップがビシィッとツッコミを決めながら入り込んできた。

 

 「じゃあ何か!? お前ェは決定打も無く、七武海をあれだけイジリ倒してたってェのか!?」

 

 「そうだけど? いやー、何でだろうね? 俺ってば何1つ嘘は吐いてないのに、クロコダイルは何故か誤解してくれたもんなー。助かったよ」

 

 「嘘を吐いてねェだと!?」

 

 そうだぞ、嘘なんか吐いてないぞ?

 

 「『イワンコフに会った時に受けた衝撃』っつってなかったか!?」

 

 「言ったよ? いやー、アレは衝撃だったな。まさかこの世に、リアル2等身の人間がいるなんてな。俺ってば当時、ついつい言っちゃったよ。『顔デカッ!』って」

 

 「ンな人間がいるかァ!!」

 

 スパーンと頭を叩かれたけど、失敬な。本当のことだ。

 

 「とにかく、俺は一言も、その『衝撃』が『クロコダイルの秘密』だなんて言ってないぞ? アイツが勝手に勘違いしてくれただけだ」

 

 何でだろうね? という意味を込めて首を傾げてみると、ウソップはちょっと引いていた。重ねて失敬なヤツだな。

 

 「でも、『22年前のローグタウンに海賊王の処刑を見物に来ていたとある海賊について話した』って言ってたわよね?」

 

 ウソップと選手交代したのか、今度はナミが問いかけてきた。

 

 「話したぞ? その条件に当て嵌まる海賊について」

 

 俺は肩を竦めた。

 

 「でも、それがクロコダイルだなんて、一言も言ってないよ? 22年前、一体どれだけの海賊がソレを見物してたと思う? なのにアイツ、勝手に自分のことだと思っちゃってさ……自意識過剰なヤツだよ」

 

 困っちゃうね? という意味を込めて首を傾げると、ナミにまで引かれてしまった。2人して失敬なヤツらだな。

 何だろう、2人の視線があからさまに外道を見る目のような気がするんだけど……。

 俺は2人を無視することにした。そしてふと、本来の会話の相手に向き直ると。

 

 「……」

 

 檻の中で微動だにしていないストーカーにちょっと嬉しくなった。でも、話はここまでだ。

 

 「いい加減、先に進んでもいいか? もうこれ以上、敵に話すことも無い。むしろ、もう出血大サービスってぐらいに質問に答えてやったぐらいだ」

 

 それだけ言うと、俺は問答無用にストーカーを小さくした。

 

 

 

 

 ミニストーカーは、俺が持って来ておいた瓶の中に入れておいた。コルクでしっかり密閉できるタイプのヤツだ。念のためにね。煙になっても出られないように。ついでに、瓶の半分ぐらいにまで水も入れておいた。これで下手に動けないはず。

 え? 酸素? 空気穴は開いてないよ、その穴から出られても困る。完全に密閉されてるけど、脱出までの間ぐらいなら大丈夫だろ。どうせ碌に動けないだろうし。

 俺がその注意を懇切丁寧にストーカーに言い聞かせてやってたら、何故かまたもや周囲の俺を見る目が外道を見る目になっていたが。しかも、ストーカーももの凄い怒りの形相だった。何だよ、俺はこうして敵を助けてやろうとする程度には優しいぞ。

 閑話休題。

 

 ルフィとゾロによるバナナワニ無双は、俺たちが檻の前でゴチャゴチャ話してる間に終わってた。

 なお、途中で出てきたMr.3も既にぶっ飛ばしたらしい……合掌。

 

 「玉の中から出て来たんだ! しかもその玉、鍵が付いてたぞ!」

 

 ちょっとだけ興奮してるらしいルフィが、クロコダイルの捨てた鍵を掲げている。

 

 「……もう檻からは出たんだから、いらないだろ? どうせ偽物だろうし」

 

 「偽物!?」

 

 俺が答えると、ビビがバッと振り向いた。あー、ビビ、あの鍵に思いっきり食い付いてたもんな。

 

 「だって、あそこで本物の鍵を出す意味、無いじゃん」

 

 あのシチュエーションで解放の可能性を与えてどうする。むしろ、あのまま始末できれば御の字だろう。

 念のためなのか、ビビはルフィから鍵を受け取って、檻を開けられないか試していた。そして、鍵が鍵穴に入らないのを確認し、ガックリと膝を突く。

 

 「私は……何のために、あんなに焦って……」

 

 ちょっと憔悴してるようにも見える。

 

 「落ち込むな、ビビ! あれはしょうがねェ!」

 

 そんなビビを慰めるように、ウソップが拳を握って力説していた。次いで、ナミが労わるようにビビを立ち上がらせた。

 

 「そうよ。むしろ、ここまでクロコダイルの行動を先読み出来るアイツが可笑しいのよ」

 

 ……アレ? 俺、可笑しな子認定された?

 

 「アイツの外道っぷりは世界一なのよ、きっと! クロコダイルも上回ってる……だから、ああして掌の上で転がせるんだわ。私たちはそんなこと、むしろ出来なくていのよ!」

 

 オイ! 何を言い出すんだ!

 

 「言い過ぎだ! 俺だって自分が真っ当だなんて思ってないけどな、世界一ってことはないだろ! 世界中探せば、俺より外道なヤツなんていくらでもいるぞ!」

 

 いる……よね? 

 

 「……お前ら、それぐらいにしとけ」

 

 俺たちのやりとりを静観してたゾロが、待ったを掛けてきた。

 

 「そろそろ、マジでヤバいらしい」

 

 その視線の先には、どんどんと部屋の中に入ってくる水。しかも、ルフィとゾロが暴れて部屋が脆くなったせいか、最初に入り始めた時よりもずっと勢いが激しくなっていた。

 うん、そうかからずに水没するだろうね。

 

 「じゃあ、行こっか……ルフィ! ちょっと来てくれ!」

 

 俺はルフィを手招きして呼び寄せ、小さくした。そして、続けて俺も小さくする。

 ルフィも俺もカナヅチだから、等身大のままじゃあ周囲への負担が結構デカい。

 幸いにも俺のミニ化は、水の中でも解けることは無い。海水に入れたとしても同様だ。俺は海水は小さく出来ないけど(それに海楼石も)、海水にミニ化したモノを入れても能力が解けることは無い。ましてや今回は湖の水、つまり真水だから、何の問題も無いのだ。

 ついでに言っとくと、塩で能力解除されるということも無い。モリアの影が塩でゾンビから追い出されてたけど、俺がミニ化したモノに塩をかけても何も起こらない。

 閑話休題。

 

 まぁ、そんなわけで。

 俺たちはその後、特に問題無くレインディナーズから脱出できたのだった……泳いでる最中にウソップの脳天を岩が直撃してたけど、大した問題じゃないだろう。うん。

 

 

 

 

 レインディナーズの外に出てみると、何だかやたらと騒がしかった。町中の人々が半ばパニックになりかけてるのかもしれない。

 『クロコダイルさんが!』とか、『どうなってんだ!?』とかそんな声が聞こえるから、どうやらアラバスタ国内放送は成功していたらしい。イェイ。

 

 その一方で俺は、頭を打ったウソップと何故か水を飲んだらしいルフィを起こしにかかる。いくらカナヅチでも、息を止めることぐらいは出来るはずなのに……現に俺はピンピンしてる……しっかりしてくれ、ルフィ。色んな意味で。

 

 「反乱は起こらねェかもしれねェが……このままじゃ、どっちにしろ暴動に発展しそうな勢いだな」

 

 特に騒がしい方向……カジノの正面付近だろう辺りに視線を向け、ゾロが顔を顰めた。

 確かに、民衆ってのは怖いからねぇ。

 

 「当のクロコダイルがもういないんだ、暫く時間は稼げるだろ。クロコダイルは砂になって去って行ったから、あの集団も見付けてはいないだろうし」

 

 むしろ、その為にアイツはわざわざ砂になって行ったんじゃなかろうか。

 そういう意味では、砂人間は便利だ。例えばエースなら火だからバレバレだろうし、ストーカーなら煙だから目立つ。

 ましてやここは砂漠の国だ。砂が多少舞ってても誰も気に止めやしない。

 

 「どの道、後は短期決戦だ。ルフィがクロコダイルをぶっ飛ばせば、それで全ての片が付く。混乱も収まるさ」

 

 俺がそれだけ言うと、ゾロは頷いた。

 当然、『負けたならどうなるか』という道筋もあるけど、それは互いに口にしなかった。今の俺たちが第1に信じるべきは船長の勝利だからだ。

 

 「でも、あれだけ騒ぎになってて、よく誰もあそこに乗り込んで来なかったわね」

 

 ビビも喧騒の方角に目を向け、ホッとしたように呟いた。

 あぁ、それは。

 

 「だって、そのように指示を出しといたから」

 

 種明かしをすると、どういう意味だ、と視線で問いかけられた。

 

 「ペルって人からあの伝電虫を受け取った時、俺、大福に伝言を頼んでおいたんだ。放送が流れたら誰もカジノに入って来ないように通せんぼしといてね、ってチョッパーに伝えといて、的なこと」

 

 俺は先ほど『会話が上手く流れない可能性』を自ら指摘したけど、ちゃんと『会話が上手く流れる可能性』の方が高かったのも事実だ。だから、手は打っておいた。

 あんな内容の会話なんだ、それを聞けば国民……特に、このレインベースの住民は真偽を確かめようとカジノに押し寄せるはずだというのは予測が付く。

 

 でも、実際に入って来られたら危険だし、こっちとしても邪魔だ。だから、入れないようにしといて欲しいと頼んだ。しかもそれは、地理的には難しくない。むしろ簡単だ。

 何度も言うけど、レインディナーズは湖の真ん中にあるカジノ。つまり、あの正面の橋を守っておけば中には入れない。

 尤も、それだと既にカジノにいる人間までは防げない。でも……。

 

 「俺たちがカジノに入った時には、何故かもう建物内はもぬけの殻になってたしね~。運が良かったよね」

 

 ね? と首を小首を傾げると、ビビにも、隣にいるゾロにももの凄く微妙な顔をされた。

 

 「まさか……カジノに誰もいなかったのって……クロコダイルが人払いをしたんじゃなくて、ユアン君が何かしたの?」

 

 え。

 

 「やだな~、俺にカジノの人間を追い出すことなんて出来るわけないじゃん」

 

 いや、力尽くで追い出すのは可能だろうけど、それじゃあダメだろ? その後また誰かが入り込むのは阻止できないし、店内で騒動を起こせばクロコダイルの耳にも入るだろうし。

 

 「アンタなら、何か出来そうなんだけど?」

 

 俺の至極真っ当な反論は、ナミの理不尽は言い掛かりによって撥ねつけられた。しかも、そのナミの発言にゾロもビビもうんうんと頷いてるし……。

 

 「お前ら、俺を何だと思ってるんだ?」

 

 正直、本当に疑問に感じる。

 

 「外道だろ」

 

 「外道ね」

 

 「………………」

 

 順に、ゾロ・ナミ・ビビだ……って、ビビ!? 遂にフォローも無しか!?

 何だよ!? 俺、イジケるぞ!? 地面にのの字を書いてイジケるぞ!?

 いや、今はそれどころじゃない……くそぅ、イジケることも許されないこの状況下が憎い。

 

 「……とにかく。俺は、本当にカジノの客にも店員にも何もしてない。出来るわけないだろ?」

 

 そう、俺は本当にカジノには何もしてない。

 俺は……ね。

 

 

 

 

 その後、ルフィとウソップを復活させてる間に、俺は子電伝虫を使った。レインディナーズに入る前に大福に託した、あの子電伝虫だ。

 通話に出たのはサンジだった。大福は上手いことチョッパーに接触出来たらしい。そして、サンジも一緒になって橋の前にいたんだとか。

 ありがとう、サンジ。そしてお前の活躍を奪ってゴメン。

 その通話で2人(?)……それと、合流していたらしいペルもこちらに呼び寄せた。

 

 彼らが来る間に、瓶詰めストーカーも解放しておく。ストーカーはもの凄く屈辱的な顔をしていたけど、流石に今はクロコダイルを優先することにしたらしい。

 そりゃそうだ。ルーキーの小規模海賊団よりも、国家乗っ取りを企む七武海の方が重大事に違いないんだし。

 加えて、多分檻の中でのルフィたちの様子に、何か思う事でもあったのかもしれない。そりゃあ勿論、絆された、とまでは行かないだろうが。

 

 「今回だけだぜ……おれがテメェらを見逃すのはな……」

 

 そのストーカーの口調からは、少しだけ棘が取れていた……俺は思いっきり睨まれたけどな!

 

 

 

 

 さて、次はアルバーナか。

 いよいよアラバスタ、最後の決戦だ。

 




 かつて書いた文章を見ていると、その当時の精神状態が垣間見えます。ちなみにこの話の執筆当時は、ポケモンXYが欲しくて仕方が無かったようで。本文にまでその思考が侵食してます。

 そして自サイトに掲載されているのはここまでです。なので連続投稿もここまで。この先はスランプを何とかしつつ頑張ります。


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