四葉の龍騎士 (ヌルゲーマー)
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出会い編
第01話


初投稿となります。
文才は無いので、読みづらいかもしれませんが、ごゆっくり。短いですけど。



まだ雪もちらつく寒い夜。夜空に闇が生まれる。

 

闇から降りてきた少年は黒い短髪を右手で掻き、ややつりあがった黒目で周りを見渡す。

 

―さて、ここはどこだろう―

 

誰かいれば、聞けるだろう。山に囲まれているようだから、人を探すのは大変そうだと他人事のように考えていた少年だったが、その考えは杞憂だった。少年にまとわり付く、ピリピリとした殺気がそれを証明する。

だが、少年はうれしそうに笑みを浮かべていた。

 

「ここがどこか分かっているのか?少年」

 

声をかけてきた男に、友好の意思は見られない。

 

「…少年って、確かにあなたから見ればガキかもしれないけど…って、あれ?」

 

少年は話し始めてから愕然としていた。自らの手足を見て、手で顔を撫で回す。

 

「ねねっ!誰か鏡持っていない?」

 

少年が見渡すと、肩を一回すくめたダークスーツの女性がコンパクトを少年に手渡す。

 

少年は奪うように受け取り、自分を鏡に映し出した。ワナワナと震えだし、天を仰ぐ。

 

「なんじゃ、こりゃー!!」

 

 

-○●○-

 

 

「そう。あなたは別の世界の人間で、次元の狭間を通り抜けた影響で身体が縮んでしまったのね」

 

「そうなんだよ。分かってくれた?」

 

女性はジト目で少年を見つめる。

 

「そう思う?」

 

「ですよねー」

 

がっくり肩を落とした少年。近くの家に案内され、当主といわれている女性の前で尋問を受けていた。少年は正直に経緯を話していたが、とても信じられる内容ではなかった。

 

「まったく。我が家の結界をすり抜けて進入したのが、どこの手の者か期待したのに。まさか妄想癖のイタイ少年一人って」

 

「だーかーらー、妄想じゃないって言っているだろ、お姉さん。いきなりは難しいかも知れないけど、信じてくれよ」

 

少年は両の掌を合わせて拝む格好となるが、返事が返ってこない。そっと女性を見ると、女性はうれしそうに悶えていた。

 

「…あ、あのう、もしもし?」

 

「…はっ!?かわいい顔をして、天然のジゴロねあなた。恐ろしい子!」

 

「勘弁してくれ~…」

 

話がまったく進まない。ここはドデカイ家ってことまでは少年は理解しているが、それにしても警備が尋常じゃなかった。女性の傍らに立つ初老の紳士は、にこやかな笑みを浮かべたまま何も語らない。

 

「そういえば、まだ名前を聞いていなかったわね。ボウヤお名前は?」

 

もう子供扱いはなれた少年は、あきらめた口調で言った。

 

「俺は桐生(きりゅう)(ざん)だ。ザンでいい」

 

「そう。私は四葉(よつば)真夜(まや)。よろしくね」

 

ザンは、女性の名前を、そして四葉の意味をまだ知らなかった。




指摘点(句点)修正


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第02話

紅茶を飲むザンを、真夜は妖艶な笑みを浮かべて見つめていた。

 

「はぁ~、やっと一息つけた。葉山さん、お代わりいただけますか?」

 

真夜の傍らに立っていた紳士は、ティーポットからザンのカップに紅茶を注ぐ。紅茶の香りがふわっと広がった。

笑みをそのままに首を傾げ頬に手をそえた真夜はザンに問う。

 

「何故あなたには薬が効かないのかしらね?庭に現れたときも魔法が効かないと報告があったけど、それも関係あるのかしら?」

 

「言うと思う?着いた途端にいたいけな子供を怖い大人達がこの部屋まで連行してきてさ」

 

「あら、あなたが言ったんじゃない?若返ったって。うらやましいわ」

 

「そこだけ信じるのかよ!まったく、うらやましいって言ったって、あんた20台前半くらいだろう?その歳で当主をしているのはすごいって思うけど、そこまで歳を気にすることないだろう?」

 

光速の動きを見せた真夜は、目をキラキラ輝かせながらザンの両手をガシッと掴んだ。

 

「そう思う?ほんとうに?」

 

若干引きながら、ザンは肯定した。

 

「あ、ああ。当然だろう。当主って…」

 

「そこじゃない!その前!」

 

「…えーっと、20台前半?」

 

真夜は立ち上がり、右の拳を天に掲げていた。どこかの覇王のように。

 

「ザン殿、真夜様はこう見えて…」

 

「葉山さん?」

 

ザンに何かを伝えようとした葉山だったが、壮絶な笑みを浮かべる真夜のプレッシャーから最後まで言えなかった。

 

 

-○●○-

 

 

「部屋を用意してもらえるとは思っていなかったな」

 

夜も遅かったので、続きは明日にと言われていた。これだけの屋敷だ、座敷牢のようなものもあるかもしれない。脱出も考えてはいたが、何より疲れていた。

 

「政治家か何かの家なのかな?えらく広いし、この部屋もベッドも何もかも高級そうだ」

 

運が良いのか悪いのか判断しかねるところだが、気にしてもしょうがないと判断したのかベッドに横になる。

 

「気配も人か、あとは…犬かな。まぁ気にしても仕方ない」

 

ザンは目をつぶると、すぐに寝息を立て始めた。

 

 

-○●○-

 

 

監視カメラの映像を、真夜と葉山が見ていた。

 

「肝は据わっているようね。葉山さん、監視は怠らないように」

 

「はい。朝まで監視を続けます。しかし、よろしかったのですか?いくら見た目が少年とは言え、得体の知れない者を。10歳前後の魔法師がいないわけではありませんし、もし暗殺者であれば…」

 

当然の疑念であるが、真夜は一笑にふした。

 

「大丈夫よ。もしあの子が暗殺者であれば、私達は全員死んでいたわ。魔法は効かない、薬も効かない」

 

「魔法による自爆攻撃でもされたら、ですか」

 

「そう。それにあんな意味の分からない言い訳をしても、誰も信じないわ。あの子の処遇は明日で問題無いわよ。それに…」

 

「それに?」

 

「それに夜更かし、寝不足はお肌の天敵だわ!」

 

ザンの言葉によりいつも以上にハイテンションな真夜を見て、心の中で嘆息する葉山だった。真夜様はこんな御仁だったかと。




話が短いこともありますが、相変わらずまったく進まないですね。
構成の関係上真夜の性格がかなり改変されておりますが、お気になさらずに。


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第03話

「さてと、あなたはどうしたいのかしら?ザン」

 

妖艶な笑みを浮かべる真夜に対して、ザンは頭を下げた。

 

「俺は、この世界を知りたい。何があるのかを。何ができるのかを。そのために力を貸してほしい」

 

「ずいぶんとざっくりとした願いね。仮にもあなたは異世界から来たのでしょう。言葉は通じるようだけど、文字は読めるのかしら?」

 

「俺は世界を2回移動しているが、最初の世界とこの世界は似ているようだ。言葉も文字も変わらないと思う。ただ、魔法は前の世界と違うようだ」

 

「へぇ。魔法の違いって、どんな感じなのかしら」

 

「前の世界では、俺は戦士だったから魔法は使えなかったんだ。ただ魔導士は『力ある言葉』を基に魔力を集め魔法を放っていた。昨日見る限りでは魔法師は何かの機械を媒体として魔法を使っていたように思う。あと、こっちの魔法は威力が段違いに弱いね」

 

「まったく、どんな世界にいたんだか」

 

真夜は嘆息しながら携帯端末型のCADをテーブルに置いた。

 

「あなたが見たのは、こういったものでしょう?これは『Casting Assistant Device』、CAD(シー・エー・ディー)と言って、簡単に言うと魔法の補助をする機械なの。あなたの世界は、話を聞いているとファンタジーなんだけど、その魔導士というのは魔法を使うときに何かものは持っていなかった?」

 

「ああ、使っていたね。杖やら指輪やらいろいろあった。魔力の増幅や属性強化などに使っていたようだけど」

 

「魔法を使ってはみたくはない?」

 

その問いにザンは首を振った。

 

「俺は戦士だ。魔法は使えない」

 

「それは前の世界の話でしょう。こちらには、その『魔力』と言うものは無いけれど、『想子(サイオン)』がある。まぁ、あなたのサイオン量がたいしたことが無ければ結局同じことだけれども。試す価値はあるんじゃないかしら?」

 

しばらく考え込んでいたザンだったが、うなずいた。

 

「わかった。で、そのサイオンっていうのは、どうやって調べるんだ?」

 

それに答えたのは、真夜の傍らにいた葉山だった。

 

「それは機械を使用して測定します。こちらにお越しください」

 

そう言って葉山はザンを連れて別室に向かった。

 

 

-○●○-

 

 

「この機械に手を添えてください」

 

「こうですか」

 

機械のところに行き、ザンは両手を置いた。

 

「はい。それでは、これからサイオンをザン殿に放射します。感じられたら教えてください」

 

「あのー、ひょっとして感じられなかったら、才能無し?」

 

「そうなりますね。では始めますよ」

 

機械が動き出すと両手が淡く光りだす。目を閉じ意識を集中していると、ザンは身体に流れる波長を感じていた。

 

―これって、まさか―

 

「はい、感じました。おそらくこれです。ピリピリしたものが身体に流れ込んできました」

 

「なるほど、あなたはそう感じるのですね」

 

「どういうことですか?他の人は違うんですか?」

 

ボタンを操作しながら、葉山は微笑を崩さずザンに答える。

 

「サイオン自身のイメージは人それぞれですよ。電流が流れたと言う人もいました。では、今度はサイオンを機械に流してください。体の中から手を通して流し込むイメージです」

 

「分かりました」

 

―先ほどのサイオンは『龍の気』に近いものがあった。それなら、逆もできるはず―

 

ザンは体全体を淡く光らせると、一気に流し込む。計器を見ていた葉山は慌てて停止を促した。

 

「ザン殿、やめてください!もう結構です」

 

何をあせっているのか分からないザンだったが、サイオンに関しては手ごたえを感じていた。

 

「どうですか、葉山さん。見込みなしってことは無かったんでしょう?」

 

「そうですね。結果は夕方にもでますから、まずは昼食でもいかがですか」

 

時計を見ると13時を回っていた。腹も空腹を訴えている。結構な時間がたっていたようだ。

 

 

-○●○-

 

 

「どうでした、葉山さん。彼は魔法を使えそう?」

 

ザンを食堂に案内した後に報告しに来た葉山に、真夜はワクワクしながら聞いてきた。

 

「はい。微細なサイオンを感じることもできましたし、何より彼自身の保有するサイオン量がすさまじい。計器が振り切れていましたので正確な量は不明ですが、まず問題ないと思われます」

 

「そう、ありがとう」

 

新しいおもちゃを手に入れたような、満面の笑みを浮かべる真夜を見て、心の中で祈る葉山だった。

 

 

-○●○-

 

 

「ザン、あなたには学校に通ってもらうわ」

 

「はぁ?」

 

ザンが疑問に思うのは尤もだ。突然決定事項として真夜が伝えたものは、今までの流れから離れている。

 

「測定結果から、あなたは魔法を使えるわ。ただ、あなたはこの世界の世界の常識を理解していない。世界の情勢、魔法、CAD、例を挙げればきりが無いほどに。あなたにとってこの世界とは何かを学んできなさい。大体あなた今10歳前後ぐらいなんだから、学校に行っていないとおかしいでしょう?」

 

「そんなことをしなくても、文献とか見せてくれればそれで事が足りるよ」

 

「百聞は一見にしかず、よ。知識だけの頭でっかちでは柔軟な思考の妨げになることもあるわ。大丈夫、中学に上がるころには専用のCADも用意してあげるし、ウチの仕事も手伝ってもらうわ」

 

額に手をあてながら、ザンは真夜に反論する。

 

「何が大丈夫なんだよ!俺は仕事を手伝うなんて一言も言っていないし、それ絶対『裏』の仕事だろ?」

 

笑みを絶やさない真夜は、一枚の紙を取り出すとひらひらと揺らす。

 

「…なんだよ、それ?」

 

「これはあなたの戸籍よ。今のところ、あなたは国籍不明の密入国者。これが無いとどこにもいけないわよ」

 

「てめぇ…!」

 

ザンの身体が湯気のようなものに覆われる。しかし真夜は気にせず笑みを浮かべたままだ。

 

「そんなに怒らなくてもいいじゃない。別に取って食おうというわけじゃないんだから。ギブアンドテイクでいきましょう。私達はあなたに衣食住と、あとあなたの望むものを用意するわ。代わりにあなたは私達にあなたの力を貸してほしいの」

 

「『悪』はやらんぞ」

 

「それは契約成立ってことで良いかしら?仕事内容は事前に伝えるし、仕事を請けるかはあなたの判断を尊重するわ。これは私の名にかけて」

 

力を抜いたザンは、降参の意思を示す両手を挙げた。

 

「わかった、それで行こう。御当主自らの宣言だ。それにしても『四葉』の名って、そんなに重いのか?」

 

一瞬呆気に取られる真夜だったが、腹を抱えて笑った。ひとしきり笑い終えると、ザンに向かって改めて笑みを浮かべた。

 

「そうね、まずはそこから始めましょう。『四葉』とは、『十師族』とは、ね」

 




サイオンなどは独自解釈です。違っていたらごめんなさい。
次はもう少し話が進むかな(希望)。


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第04話

日中は学校、夜は魔法や裏の世界について学ぶというザンの生活が始まった。

学校に行っては常識が無く、社会科系統は致命的だった。だが、それも初めの頃だけで、ぐんぐん吸収していった。

第三次世界大戦、大漢崩壊、大越紛争などや魔法、サイオン、個別情報体(エイドス)、魔法演算領域。現代魔法に古式魔法。系統魔法に系統外魔法。十師族、師補十八家、百家、そして四葉。

 

学校の成績もマシになってきた、そんなある日のこと。

 

触れてはならない者たち(アンタッチャブル)?」

 

人を散々妄想癖とか言っていた人物が厨二かよ、と突っ込まんばかりのザンに対し、笑みを絶やさない真夜だった。

 

「そうよ。『大漢崩壊』は私達『四葉』を怒らせたから起きたことなの。あれは当時12歳だった私は、台湾で行われた少年少女魔法師交流会に出席していたわ。その会場でテロが発生して、私は何者かに誘拐されたのよ。私はその日中に救い出されたのだけれども、『四葉』は誇りが汚されたとして報復することを決めた。そして私の誘拐に関わった人物、施設を調べ上げて組織的な殺人および破壊活動を半年にわたって行ったのよ。これによって、大漢の閣僚や官僚および魔法師、研究者などおよそ4000人を殺害し、中華大陸における現代魔法の研究成果を全て破壊し尽したわ。参加した『四葉』の人間達は怪我をすることはあっても、死者は出さなかった。それからよ、『四葉』が『触れてはならない者たち(アンタッチャブル)』といわれるようになったのは」

 

「はぁ~。結局、一国相手に一家でそこまでできるものなのか。それも死者も出さないって、どれだけだよ」

 

「父は私の誘拐について激怒していたし、それに皆が感化されたとはいえ、『彼』がいなくては無理だったでしょうね」

 

「彼?」

 

目をキラキラとさせ、真夜は続けた。

 

「そう!誘拐された私を乗せた車を剣の一振りで切り裂いて私を助けてくれた、まるで白馬の王子様!」

 

なーにが白馬の王子様だ、とザンが突っ込む前に、真夜はまくしたてる。

 

「その後の報復戦にも前線に立ち、多くの魔法師達を打ち滅ぼしていったと聞いているわ。ああ、今はどこにいらっしゃるのかしら、ケルン・ジークフリード様!」

 

「ブフーーッ!!」

 

長くなりそうだなーと考え、紅茶を飲んで気を紛らわそうとしていたのが仇となった。ザンは盛大に噴出してしまった。

 

「ゲホッ、ゲホッ…。あっ…」

 

そおっと前を見ると、紅茶まみれの真夜の姿があった。長い黒髪からは、ピチョン、ピチョンと雫が垂れる。その背には『ゴゴゴゴゴ…』という文字が見えんばかり。小刻みに震えているのは、けっして寒いわけでは無いだろう。

 

「えーっと、真夜様?」

 

「正座…」

 

「あの、決してわざとというわけでは…」

 

「正座!」

 

「はいっ!」

 

そのまま真夜は着替えに行ってしまった。ザンは土下座の体制で一時間待つことになる。

 

 

-○●○-

 

 

「あなたねぇ、人の話を真面目に聞くつもりはあるの?」

 

シャワーを浴びてきたのだろう。ほんのり赤くなった顔をしている真夜は、ジト目でザンをねめつける。

 

「途中から脱線していたように感じたのですが…」

 

「うん?」

 

「何でもありません!」

 

壮絶な笑みを浮かべる真夜に、逆らえるザンではなかった。笑みは浮かべていたが、目は笑っていない。

 

「まったくもう。何に驚いていたのよ。まぁ、大体分かるけど」

 

頬をポリポリ掻きながら、ザンは遠慮がちに聞いた。

 

「その、ケルン・ジークフリードって人は、青い髪をしていて長身、目も髪と同じ色。そしてひょっとすると白いライトアーマーに身を包み白いマントをつけていた?」

 

「!?知っているの!?」

 

「あー、やっぱり。その人は間違いなく前の世界の住人ですよ…」

 

「それで、それで?その世界では何をやっている人だったの?」

 

身を乗り出して真夜がザンの話を促す。軽く引きながら、ザンは続けた。

 

「俺がこの世界に来る前の話ですが、彼はターレス王国騎士団所属の24歳。確か大将だったと思う。その姿から『白騎士』と言われた、いわゆる英雄ですよ。大将でありながらその身は常に最前線に置き、その身において負けを知らず常に不敗。最終戦の前線指揮者でもありました」

 

「私が会った時は、元帥だって言ってたわよ。歳も30歳前半といったところだったわ」

 

「知っているんじゃないですか。どうりで次元の狭間からやってきた俺が異様なほど受け入れられるはずだ。…あ、そうか。次元の狭間を通るときに時間軸が異なるということか。良かった。少なくともあちらは平和になったということか」

 

「そういえば、彼は『救世の英雄』を探しているって言っていたわ。何でも最後の戦いで勝利したものの、戦いの余波で次元と狭間が開いて、英雄は飲み込まれたって」

 

肩をすくめ、ため息を吐くザンだった。

 

「やっぱり、その『救世の英雄』って、あなたのことだったのね」

 

「俺は、英雄でも何でもありませんよ。人々が、いや世界がひとつとなったから勝てた戦いだったんだ。誰か一人が英雄というわけじゃない」

 

「戻りたいとは思わないの?あなたが英雄であることを否定しても、周りがあなたを放っておかない。希望は何でも叶う、言わば自由じゃないの。王様みたいなものじゃない」

 

ザンは首を横に振りながら否定した。

 

「俺の『力』は、ひとつの組織や国が所有して良いものではないんだ。結果的にそれが戦を呼び込んでは、何の意味も無い。俺はあの世界でやるべきことが終わったのであれば、いなくべき人間なんだ」

 

「それでも、あなたが突然いなくなる事に悲しんでいる人もいたでしょうに」

 

これ以上の話は終わりだといわんばかりに、ザンは口をつぐんでしまった。真夜はあえて問いただすことはしなかった。




歴史改変してしまいました。このことが後々どういった影響がでるか、私にも分かりません。賛否あるでしょうね。
つじつまが合わないことがでてきたときは、生暖かい目で見てやってください。
ちなみに今回名前が出てきたケルンですが、某刑事ドラマのかみさんと同じ立ち位置なので、出てくることはありません。どっかでちょくちょく伝説残しているかも…。


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第05話

真夜中にたたずむ黒い影。ビルの屋上に二人の男が立っていた。

 

「それにしても、この格好はどうにかならなかったのか?」

 

全身黒い布で覆われ、顔も黒頭巾で覆われている。所謂ニンジャファッションだ。

 

「貴様の情報が漏れないようにするために決まっているだろう。それに貴様はこれがテストであることを忘れているのか?これに失敗するようであれば、その身がどうなるか分かっているのだろうな」

 

男の答えにうんざりしながら、ザンは掌をひらひらと振る。

 

「はいはい、わかっていますよー。まったく真夜のヤツ、本当に中学に上がったら仕事振ってきやがった。もう少し労わりの心ってものが無いのかね?」

 

しゃべっている途中で拳が降ってきた拳を軽くかわしてため息を吐くザンだった。

 

「貴様、敬称もつけず呼び捨てとは何事だ!よく私の前で言えたものだな!」

 

「気にしないでくださいよ、貢さん。ちょっとイラついていただけですから」

 

「真夜様に10歳で拾われてご恩寵を受けてきたくせに、貴様は恩を仇で返すのか!?」

 

「嫌だなー、ちゃんと恩は感じておりますし、だからこそこの場にいるんじゃないですか。そんなくだらないことを言っていないで、行きましょうか」

 

「きさ…っ!…再度確認する。今回のミッションは?」

 

軽い調子のザンに怒りをあらわにしていた黒羽(くろば)(みつぐ)であったが、頭を切り替え瞬時に冷静となった。

 

―へぇ、さすがプロってとこか―

 

「はい。最低限『ソーサリー・ブースター』の奪取、可能であれば施設内全員の殲滅およびデータの破壊です」

 

「よし。私は裏から潜入する。貴様は表からだ。足手まといは置いて行くからな」

 

「はい。承知しました」

 

二つの黒い影がビルの屋上から落ちていった。

 

 

-○●○-

 

 

「以上がご報告となります」

 

「ありがとう、貢さん。ご苦労様」

 

通信を切り真夜は紅茶を一口飲んだ。

 

「突入後、目的のものを奪取。5分後にはナイフ一本で24名全員を殺害して、データ破壊には30分ってアンバランスなものね。あとは、『組織の一員としての自覚が不足している。離反の可能性あり。』か。まあ、当たり前よね。自ら組織に属さないって言っていたくらいなんだから」

 

「よろしかったのですか。彼に『殺し』をさせて」

 

傍らに立つ葉山の問いに、真夜はけだるそうに答えた。

 

「いいのよ。もしできないのであれば、それがわかるだけでも良しと思っていたし。彼の『悪』に対する基準がわからなかったし、ね。私は理不尽に対するカウンターがあれば良いと、そう思っているの。それ以外は私達の領分よ」

 

「それでソーサリー・ブースターの話をしたのですか」

 

「ええ。私と同じように嫌悪するのか知りたかったから。あんなもの、この世に存在すべきものではない」

 

ソーサリー・ブースター。起動式を提供するだけでなく、魔法式の構築過程を補助する機能も持つ。ただのCADにも思えるが、極め付きはその材料。魔法師の脳を加工した物を中枢部品としているものだった。

 

「魔法師は戦争の道具ともなる存在だけれども、道具そのものになるつもりは無いわ…!」

 

冷たい怒りを発する真夜だった。

 

 

-○●○-

 

 

「旅行?」

 

「ええ、そうよ。この間の一件の慰労も兼ねてね。もう夏休みなのだし、ヒマだろうから良いでしょう?」

 

「別にあれは仕事なのだから、気にする必要は無いだろう?俺も『アレ』には思うところあったし」

 

「子供が遠慮しないの。姉さんもちょうど旅行に行く予定があるようだから、話しをつけておいたわ。私は用事があるのでここを離れられないから、一人で行ってらっしゃいな」

 

「お姉さんがいるのか?聞いてないんだけど」

 

「あら、言っていなかったかしら?」

 

さも驚いた様子の真夜に、芝居がかった嘘くささがあった。

 

「そんな目で見ないで頂戴。私の双子の姉で『四葉(よつば)深夜(みや)』。今は司波の姓を名乗っているわ。こちらにはあまりこないから面識が無いでしょうけど、会えば分かると思うわ。ああ、あとあなたと同じくらいの甥っ子と姪っ子がいるわ。姪っ子が可愛いからって、手を出しちゃだめよ」

 

「出さねーよ!ったく、家族旅行に部外者が行くって、気まずいったらないだろう?いいじゃん、家族水入らずで行かせてあげれば。俺は要らないだろう?」

 

よよよ、と芝居がかった泣きまねで真夜は一言。

 

「私を(けが)しておいて、私の言うことは聞いてくれないのね?」

 

「人聞きの悪いことをいうな!大体いつの話だよ。紅茶の件はもう時効だろう?」

 

「あなたに弄ばれて、捨てられるのね、私」

 

「だー!!しつこい!わかった、わかったよ!行けばいいんだろ、行けば!」

 

「ええ、お願い」

 

満面の笑みの真夜を見て、口では勝てそうも無いと確信したザンだった。

 

「…で、いつ何処にいけばいいの?」

 

「8月4日に沖縄よ。穂波さんにも話しておくから大丈夫」

 

「…だれだよ、それ」




しれっと戦闘シーンばっさりカット。
この後追憶(沖縄)になるので、そこでよいかなと。

予約投稿ってあったんですね。すぐぽちってた。


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第06話

朝から司波(しば)深夜(みや)は憂鬱だった。かつて随一にして唯一の精神構造干渉魔法の使い手として恐れられた、あの司波深夜は憂鬱だったのだ。

 

「はあ」

 

何回目かのため息。見かねた桜井穂波は声をかける。

 

「奥様、体調が優れないようであれば…」

 

「いえ、大丈夫よ。それより空港に着いたら、例の子を探して頂戴」

 

「はい。確か桐生斬君でしたね」

 

「ええ、お願いね」

 

久しぶりの旅行だというのに、真夜は人を一人つけると言う。護衛など間に合っていると言ったのに、何も聞きやしない。相変わらずわがままな妹だ。それも深雪と()()のガーディアンという、まったく意味が分からない。さらにどんな人物か聞けば今年中学生になった12歳だという。本当に何を考えているか分からない。

 

「あの、ばか真夜!」

 

深夜の声は小さく、隣の穂波にも聞こえなかった。

 

 

-○●○-

 

 

到着早々、荷物を持った穂波は少年を探そうとしたが、結果的に不要だった。出口には『司波家御一行様、いらっしゃいませ!』の看板を持った少年が立っていたのだ。

 

「君が桐生斬君?」

 

「はい。お待ちしておりました、司波深夜様」

 

「いえ、私は桜井穂波です。奥様は後からいらっしゃいます。私は預けた荷物を受け取ってくるので、待っててくださいね」

 

「はい。承知しました、桜井様」

 

看板を持ちながら器用にお辞儀をするザンに、穂波は苦笑する。

 

「私は穂波でいいわ。様もいらない。よろしくね」

 

「俺はザンでいいですよ、穂波さん」

 

砕けた口調になったザンを確認し、穂波は荷物を受け取りに行った。ちなみにザンは司波深夜の顔を知っているが、わざと知らないふりをしていた。数分後、親子らしき人影がザンの元にくる。

 

「あら、穂波さんは荷物を受け取りに行ったのかしら。達也、あなたも行って来なさい」

 

「はい、奥様」

 

会話を聞いていたザンは、親子というより主従関係の様だと感じていた。

 

「あなたが桐生斬さんね。これからよろしく。こちらは娘の司波深雪」

 

顔こそ笑みを浮かべているが、値踏みをしているようだ。確かに良く似ている。顔も、その性格も。

 

「よろしくお願いします、司波深夜様、深雪様」

 

そうすると、穂波と達也が荷物を受け取ってきた。

 

「桐生斬です。よろしくお願いします、司波達也様」

 

「達也に敬語は不要よ、桐生さん。さあ、行きましょう」

 

どうやら、この一家もいろいろありそうだと、心の中で嘆息するザンだった。

 

 

-○●○-

 

 

「着いたよ、ザン君」

 

恩納瀬良垣の別荘に着くと、穂波はザンを起こした。大人しくしていようと思っていたザンは、気が付くと寝ていたのだ。

 

「はぁ、すごいな。こんな別荘を持っているんだ。いい景色だ」

 

「そうね。初めて来たけれど、良い景色だわ」

 

「へ?」

 

同意を示す深夜の台詞に、思わず声が出た。

 

「ああ、この別荘は今回の旅行のために用意されたものなのよ。達也君、手伝ってもらえる?」

 

「はい」

 

「あ、俺も手伝いますよ、穂波さん」

 

「ありがとう。お願いするわ」

 

金持ちは何処の世界にもいるもんだなと、現実逃避するザンだった。

 

 

-○●○-

 

 

「さて、桐生さん」

 

「俺のことはザンとお呼びください、深夜様」

 

「そう。それではザンさん、妹に、真夜に取り入ってここまで来て、あなたは何を考えているのかしら?」

 

達也と深雪は部屋に入り、今はいない。リビングにいるのは深夜と穂波とザンだけだ。ザンは笑みを浮かべる。

 

「本当に妹さんとそっくりなのですね、深夜様。しゃべり方から思考までそっくりだ」

 

深夜の額に青筋が入ったのを、穂波は見逃さなかった。

 

「俺は、真夜様の命によりこちらに参りました。それ以上もそれ以下もありません。まぁ、真夜様は前の仕事の慰労とおっしゃっていましたが、その真意まではわかりません。私のことは、真夜様から伺っているのでしょう?」

 

「…真夜は肝心なことは何も言わなかった。言ったのはあなたが中学に上がった12歳ということぐらいよ。何故、ここに送ったのかなど何ひとつ、話そうとはしなかった」

 

ねめつける深夜に対し、一回肩をすくめるザン。ため息をつくと再び笑みを浮かべた。

 

「先ほども申し上げましたが、私は真夜様の真意は分かりかねます。俺自身についてどう伝えてよいのかも分かりませんが、ひとつだけ」

 

人差し指を立て、ウインクをする。その行為はさらに深夜はイラつかせた。

 

「俺は『ケルン・ジークフリード』を知る者です」

 

目を見開き驚いている深夜を尻目に、ザンはリビングを出て部屋へと向かってしまった。

 

事情を知らない穂波はオロオロするだけだった。

 

 

-○●○-

 

 

「何?姉さん。私はそれほど暇じゃないんだけど」

 

「どういうことよ、真夜!彼、彼よっ!ケルン・ジークフリードよ!何故あの子は知っているの!?あの子は何者!?」

 

あまりの深夜の剣幕に、引く真夜だった。画面には深夜の目しか写っていない。

 

「ちょっと、落ち着いて姉さん。顔近い、近いから」

 

「フーッ、フーッ…」

 

穂波が用意した紅茶を一気に飲み干すと、少し落ち着いたようだ。ぷはーっという声は、真夜は聞かなかったことにした。

 

「そう、あの子ったら話しちゃったのね。せっかく後で教えて自慢したかったのに」

 

「何も聞いていないわよ!ただ、『ケルン・ジークフリード』を知る者だってだけよ!真夜、あなたねぇ、彼が『四葉』にとってどういう存在か分かって…」

 

「分かっているわ、姉さん。でも今回の旅行には関係ないから、あまり伝えるつもりは無かったんだけど、仕方ないわね。長くなるけど、いいかしら」

 

 

-○●○-

 

 

「はぁ?」

 

深夜の声は、心底「何言っちゃっているの、この子。頭大丈夫かしら?」という意味を含んでいた。もちろんそれは真夜にも伝わっている。

 

「何よ、せっかく一から経緯を話したというのに、何その態度。失礼しちゃうわ」

 

「いや、だって、信じられないでしょうが。異世界人?救世の英雄?あの子が?」

 

「でも、あの子はケルン・ジークフリードを知っていた。経歴から何まで。また、あの子の特殊性がさらにそれを裏付けるの」

 

「特殊性?」

 

「突然四葉邸の庭に現れたあの子は、魔法を受け付けなかった。いったん家に招き入れて薬入りの紅茶を飲ませたんだけど、その薬すら効かなかったわ。どうやらあの子の『力』に関連することらしいんだけど、そこまで話は聞けていないわ」

 

ため息をつくと、ジト目で真夜を見る。

 

「そんな子を引き取って、懇切丁寧に知識を与え、学校に行かせて、CADを与え、さらに仕事もさせたというの?バカなの?あなた」

 

「うるさいわね、私にも考えがあるのよ。あの子は確かに他と違うけど、私達と違って純粋なの。あと、あの子の『力』は、私達の手に負えない『理不尽』に対して、強力な武器となるはずよ。あの子が自らの意思で出て行くと言うまで、私はあの子の保護者となるつもりよ」

 

「ふ~ん」

 

意地の悪い笑みを浮かべる深夜。

 

「…何よ?」

 

「いーえ、別に。まさか、真夜がショタコンだったとはねぇ」

 

「そんなんじゃないわよ!」

 

「そんな真っ赤な顔をして言われても、説得力ないわよ。ようやく来た春だけど、犯罪よ真夜」

 

「違うっていっているでしょ!…もう、この話はおしまい!」

 

真っ赤に顔を染めて切ろうとする真夜だったが、深夜にはまだ聞きたいことがあった。

 

「ちょっと待ちなさい、真夜。まだ聞いていなかったわ。何故あの子をこちらに送ったの」

 

「ああ、簡単なことよ。達也さんと深雪さんに同世代の友人をプレゼントしようと思って」

 

「…本当に?それだけ?」

 

「誰に似てそんなに疑い深くなったのか知らないけど、それだけよ。ガーディアンは口実。それに、ザンはガーディアンが何か知らないわ」

 

「はぁ、まったく。面倒事はこっちに押し付けるんだから。わかったわ。預かるわよ。…それにしても、あの子を呼び捨てなのね」

 

「うるさい!バカ姉!」

 

真っ赤になったまま切られてしまった。でも、久しぶりに真夜の焦った顔をみた深夜は、うれしさを噛み締めていた。




性格改変が進んでいくw


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第07話

さて、深夜が急に上機嫌になってからしばらくして、深雪が部屋から降りてきた。

 

「お母様、少し歩いてきます」

 

気分転換のために風でも当たってくるのだろう。散歩をしてくると言い出した深雪に対して、深夜は達也を連れて行くように告げる。深雪は一瞬不機嫌そうな顔を見せたが、承諾した。そのときあることを穂波は思いついた。

 

「奥様、それであればザン君も同行させてはいかがでしょうか。取り急ぎの仕事があるわけでもありませんし、このあたりを知るのにも良いでしょう?」

 

深夜は少し考え込んだ。真夜の話をまだ穂波に話していないが、確かに良い機会だろう。少しでも会話してくれれば二人とザンは打ち解けるのではないかと。

 

「…そうね。ザンさん、頼めるかしら」

 

「はい、深夜様。深雪様にご了承いただけるのであれば、問題ございません」

 

そういわれてしまえば、深雪も反対できない。しぶしぶながら深雪も承諾した。

 

そうして深雪は二人を引き連れて出かけることになった。

 

 

-○●○-

 

 

ザンは絶賛気まずい選手権出場中(決勝進出)な気分だった。深雪が先に歩いており、達也とザンはその後を付いて歩いているのだが、深雪はこちらの方を、正確には達也のほうを見ようとしないのだ。達也は達也で一定の距離を保って歩いている。

 

―なんとかならないかな、この雰囲気。息が詰まる―

 

ザンはそんなことを考えていた。ザン自身、二人とろくに話もしていない。せっかく外に出たのだから少しはこの関係を何とかしたいと思っていたとき、突如達也が深雪の腕を引き引き寄せる。

 

「おいおい、イテェじゃねぇかよ。どこ見て歩いてんだよ?」

 

深雪がぶつかってしまったんだろう。達也達の目の前には、だらしなく軍服を着た黒い肌の男が難癖をつけていた。

取り残された血統(レフト・ブラッド)』。20年戦争の激化により日本に駐在していたアメリカ軍が沖縄からハワイに引き上げた際に取り残された子供達。 素行の悪い者達がいると注意書きがあったことを深雪は思い出していた。

前に出てきた達也を見て、男達は嘲笑う。深雪は恐怖で動けないでいた。

 

「ビビッて声も出ねぇのか?」

 

「ハッ、チキン野郎が!」

 

達也は周りには聞こえないような小声で深雪をザンに頼むと、いったんため息をついた。

 

「侘びを求めるつもりはない。来た道を引き返せ。それがお互いにとってベストだ」

 

異様に落ち着いた言動に、思わずザンは口笛で同意を示そうとした。その前に目の前の男達は動き出した。

 

「…なんだと?」

 

「聞こえたはずだが?」

 

どこをどう聞いても相手を挑発しているようにしか聞こえず、深雪は震えが止まらなかった。最初に難癖をつけてきた男の目に怒りの光が灯る。

 

「地面に頭を擦りつけて許しを乞いな。今なら、まだ青あざぐらいで許してやる」

 

その台詞に、思わずザンが答えてしまった。

 

「土下座しろって言う意味なら、『頭』じゃなく『額』じゃないか?」

 

その言葉が引き金となったのか、男は達也に殴りかかる。思わず深雪は目をつむってしまった。

両手で男の拳を止める達也に、男は驚愕していた。

 

「…面白い。単なる悪ふざけのつもりだったんだが」

 

男はにやりと笑い、腕を引くと構えた。どうやら本気になったようだ。その様子に、さらに達也の台詞が挑発する。

 

「いいのか?ここから先は洒落じゃすまないぞ」

 

「ガキにしちゃ、随分と気合の入った台詞を吐くもんだな!」

 

言うと同時に男の拳が達也を襲う。しかし、拳が届く前に達也の拳が男の胸板に突き刺さっていた。

 

両膝が地に着きもだえる男を尻目に、達也は深雪に帰ることを促す。

 

達也達が帰り始めたころ、男の仲間が激高した。

 

「てめぇら、そのまま帰れると思ってんじゃ…っ!」

 

最後まで告げることはできなかった。ザンが放った殺気が、最後まで告げさせなかったのだ。

 

突然のことでブルブル震える深雪に、すまないとザンは声をかけてポンと肩をたたくと、深雪の震えがすうっと止まった。

 

そして散歩から帰ると、穂波が深雪の様子に気がつき声をかけると、深雪はことの経緯を話した。聞いた穂波は大丈夫か慌てて確認すると、深雪は大丈夫だといって先に部屋に戻ってしまった。

 

―ああ、結局ろくに話すことができなかったな―

 

ザンは誰に言うことなく嘆息した。




パーティの話を組み込むと個人的には長くなりそうだったので、ここまでとしました。

誤字修正


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第08話

その日の夜、深夜よりパーティの話を聞いたザンは準備に追われていた。どうやら偶然この島にいる黒羽貢に招待されたらしい。どう考えても自分は出る必要が無いはずなのだと思い出していた。

 

「パーティ…ですか?」

 

深雪の問いに、深夜は笑みを浮かべて答える。

 

「ええ、貢さんが沖縄に来ているようなの。私のところにも招待状が届いたわ」

 

「でもお母様、お身体の具合が…」

 

「あまり良くないようですけど…」

 

深雪と穂波が心配そうに確認する。

 

「そうね…。今日はお部屋で安静にしておこうかしら」

 

深夜は二人の意見に同意するが、背筋を伸ばすと深雪を見つめる。

 

「でもね、深雪さん。今日の主催の黒羽は、あなたが『四葉』として生きていくためにとても重要なお人。パーティにはお行きなさい。達也とザンさんと三人で」

 

「はぁ?」

 

ザンはお鉢が回ってくると思っていなかったので、声が出てしまった。

 

「何ですか、ザンさん?あなた、深雪さんと達也のガーディアンとして来たのでしょう?同行するのは当然じゃないかしら?」

 

そう言われるとぐうの音も出ないが、ザンは舌を出している深夜の姿を見逃さなかった。

 

「あ…」

 

「わかりました、お母様。お母様の名代として行ってまいります」

 

深雪の言葉に退路を断たれ、天を仰ぐザンだった。

 

 

-○●○-

 

「めんそーれーー!!」

 

高価なスーツを身にまとった男性が、阿呆な出迎えをしてきた。

 

「お、お久しぶりです、叔父様」

 

「よく来てくれたね深雪ちゃん。それに達也君も」

 

「お久しぶりです、黒羽さん」

 

恭しく挨拶する達也に気を良くする貢。

 

「うんうん。ガーディアンはそうでなくちゃ。それに引き換え…」

 

「めんそーれー」

 

抑揚の無いふざけたザンの挨拶に、貢の額に青筋が走る。

 

「君はまだ自分の立場を理解していないようだね、桐生君。だいたい…」

 

貢の言葉をしれっと無視をして、どこかに電話をかけるザン。

 

「…あ、真夜様。今、お時間よろしいでしょうか。ただ今、黒羽貢様のパーティに呼ばれているのですが、何やら貢様が真夜様にお話したいとのことで、電話代わります」

 

はいっと端末を貢に手渡すザン。その顔には悪魔の笑みが浮かんでいた。

 

「真夜様、お久しぶりです。いえ、お時間をいただいてしまい申し訳ありません。…いや、特に桐生君に迷惑を受けているわけでは…。…はぁ、承知しました。いえっ、決してそのようなことは…。はい、失礼いたします」

 

なかなか止まらない冷や汗を拭いながら、端末をザンに返した。

 

「さ、さあ、よく来たねザン君」

 

引きつった笑顔で貢はザンを迎えた。

 

「深雪ちゃん、さぁ行こう。息子達も待っているよ」

 

達也とザンを壁際に残し、貢は深雪を連れて奥に行ってしまった。

 

「黒羽さんと面識はあるのか?」

 

達也に話しかけられると思っていなかったザンは、一瞬固まってしまった。

 

「?」

 

「ああ、すまない。今年の5月頃に『四葉』の仕事をしてね、その時の同行者が貢様だったのさ。仕事が始まる前にちょっとふざけたら、まぁ怒っちゃって。だから、あんまり印象が良くないんだろう」

 

軽く返すザンに、ため息をつきながら達也は右手を出した。

 

「あんな黒羽さんを見たことがなかったんだ。司波達也だ。達也でいい。よろしく頼む」

 

握手でザンは返した。

 

「ザンでいいよ、達也。こちらこそよろしく頼む。今日、二人とろくすっぽ話せなかったから、助かったよ」

 

「ああ、そうだったな。俺としても何を話してよいのかわからなくてな。真夜様の秘蔵っ子だというし、どう接したら良いかと思ってね」

 

「は?別に俺はそんな大した者じゃないぞ。話に尾ひれがついているなぁ。達也も12だろう?同い年なんだしよろしくな」

 

「俺は4月で13になったけどね」

 

「…同学年だろう?そこ突っ込むなよ」

 

中々言うやつだが、面白いやつだとザンは達也を認識していた。尤もそれは達也も同意見であり、似たもの同士かもしれない。

 

 

-○●○-

 

 

「深雪姉さま! お久し振りです」

 

「お姉さまもお変わりないようで」

 

文弥(ふみや)君、亜夜子(あやこ)さん。お久しぶりです。それにしても文弥君、今の時期にその恰好は暑くないのですか?」

 

文弥の格好は長袖長ズボンのタキシード。八月の、しかも沖縄ではかなり暑い筈だ。

 

「いえいえ、僕だって黒羽の人間です。どんなときでも恥ずかしくない恰好をいたしませんと」

 

胸を張る文弥は、本人は格好をつけているようだが、周りからは可愛らしく見えているだろう。

 

「その通りですわ、お姉さま。私たちも美しいお姉さまがいらっしゃるとの事で、精一杯着飾らせていただいておりますの」

 

亜夜子はどうやら深雪に対抗心を持っているようだ。黒羽文弥、黒羽亜夜子、四葉家の分家である黒羽家の双子で文弥は深雪と同じ次期当主の後継者候補の一人でもある。

 

きょろきょろしていた文弥が深雪に聞いた。

 

「あの、深雪姉さま。達也兄様はどちらに?」

 

「ああ、あの人でしたらあちらに」

 

右手を壁際にいる達也の方に向ける。達也はザンと何か会話をしているようだった。

 

―そういえば、桐生さんの説明はどうするのかしら。私お話もしていなくて分からないんだけれども―

 

深雪が悩んでいる間に、二人は達也の下に行ってしまった。

 

「達也兄さま!こんばんわ」

 

「ご機嫌麗しゅう」

 

「久しぶりだな、二人とも」

 

「達也兄さま、こちらはどなたですか?」

 

「私は桐生斬と申します。ザンとお呼びください。文弥様、亜夜子様」

 

「ああ、あなたが『傍若無人を地で行く』ザン様ですね。お父さまから伺っております」

 

「私に敬称はいりませんよ、亜夜子様。そうですが、お父君が…」

 

「そうだ、達也兄さま、この前僕は習字の先生に褒められたんですよ」

 

「私はピアノのコンクールで優勝しましたの」

 

「すごいな二人とも」

 

達也と談笑している二人を見て、貢は一瞬苦虫を潰した様な顔した。一方、貢の傍らにいた深雪は、達也が笑っている姿をみて寂しそうな顔をしていた。

貢はゆっくりと達也達に近寄り、笑みを浮かべながら子供達をたしなめた。

 

「こらこら、文弥、亜夜子。達也君、ザン君の仕事の邪魔をしてはいけないよ」

 

「あ、お父さま…」

 

「ご苦労様、しっかりお勤めを果たしているようだね」

 

「恐れ入ります」

 

 貢の社交的なあいさつに、達也は淡々と返す。

 

「『傍若無人を地で行く』私も、何とか果たさせていただいております」

 

口止めしておくことを忘れていた貢は、自分の失態に恐怖していた。真夜様のお耳に入ったらどうなるか。

 

「このパーティが無事に終わりましたら、真夜様にご報告しておきます」

 

にっこり笑っているが、目は笑っていない。

 

「う、うむ。よろしく頼むよ」

 

「あら、お父さま。少しくらいよろしいのではありません?深雪お姉さまは私たちがお招きしたお客様。ゲストの身辺に危害が及ばぬよう手配するのは、私たち役目ですもの」

 

「姉さまの言うとおりですよ。黒羽のガードは、お客様の身の安全も保証できないほど無能ではありません。そうでしょう、父さん?」

 

「それはそうだが・・・」

 

困っているように見えるが、話が流れてほっとしている貢だった。

 

「…文弥、余りお父上を困らせるものじゃないよ。黒羽さん、会場の中はお任せしてよろしいですか?自分は少し、向こうを見回ってきますので」

 

「私も達也と共にに見回りに行ってまいります」

 

「おお、そうかい?それは立派な心掛けだ。分かった。深雪ちゃんのことは任せておき給え。この場は責任を持ってお預かりしよう」

 

達也とザンの申し出に、貢はやや大げさに驚いて賞賛した。貢からすると話が流れたことを喜んでいるようにも見える。

 

「はい。私の奇妙なあだ名については、後ほど」

 

何一つ流れていなかった。後に真夜からの連絡を恐れていた貢だったが、ザンのあだ名について連絡が来ることは無かった。

 

 

-○●○-

 

 

会場に曲が流れてきた。

 

「叔父様、今日はパーティーにお招きいただきありがとうございます。母が参れませんでしたので、僭越ながら私が母の名代をつとめたいと思うのですが、一曲おどっていただけませんか?」

 

ほう、と貢は感心した。この年代の成長というのは目を見張るものがある。笑みを浮かべて貢は了承した。

 

「喜んで」

 

貢と深雪の、いや深雪のダンスに会場が酔いしれる。

 

「深雪姉さま、お美しい…!」

 

「やるじゃありませんの…」

 

文弥、亜夜子も見入っていた。深雪は視線を周りに向けると、達也とザンも見ていることに気がついた。

 

―お母様の代わりとして、そして四葉の次期当主候補として。期待に応えられる人間になるために、私に与えられて役割を、精一杯演じてみせましょう―

 

ダンスが終わり、賞賛の嵐。達也とザンも賞賛の拍手を送っていた。深雪は賞賛を満面の笑みを浮かべ、会釈で受け取っていた。

 




貢さんが、どんどん軽くなってしまう。


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第09話

旅行初日としては、日程が詰まっていた。パーティが終わり別荘に帰ってきた時はその日をまたごうとしていた。だが翌日、夜が明ける前にザンは起きてしまった。今の季節なら明けてから起きてトレーニングをしているのだが、環境の変化の影響もあるだろう。堅苦しいパーティなどは、元々興味の無いザンである。昨夜の件も自分は不要だったのではと考えている。さらに黒羽貢から睨まれてしまったが、それは自業自得か。眠気も覚めてしまい、せっかくなので気分転換をしようかと思考が外への向いていった。

 

「しょうがない、軽く走ってくるか」

 

着替えると、スポーツドリンクを水筒に入れて腰のベルトに水筒のフックを引っ掛ける。ザンは適当な方角に走り始めた。

 

 

-○●○-

 

 

「もう少し手前で帰ってこればよかったな。フーッ」

 

汗だくで別荘まで帰ってきたのは2時間ほど経っていた。海岸沿いを走っていたのだが適当な目標が見つからず、その先も気になったが切り上げてきたのだ。

 

「34562歩って、どのくらいだ?…ん?」

 

裏手から音がするので見に行ってみると、達也がいた。流れるようで鋭い動き。どうやら空手か拳法の型のようだ。

 

「おはよう、達也。どうしたんだ、こんなに朝早く。日課のトレーニングか?」

 

「おはよう、ザン。そのようなものだ。いつもしているものだから、やらないと落ち着かないんだ。…大汗をかいているけどどうしたんだ?」

 

冗談のつもりで聞いたら肯定が返ってきたものだから、ザンは内心驚いていた。この少年は日常から鍛えているらしい。

 

「ああ、ちょっと早く目が覚めてしまったんで、軽く走ってきた。…そうだ、組み手をやらないか?一手ご指導をお願いしたいんだけど」

 

「いいだろう」

 

軽いザンの提案に苦笑しながら達也も乗った。一礼をして互いに構える。初手は達也の右拳からだった。

 

「フッ!」

 

ザンは左手でいなすと同時に右拳を繰り出す。達也も同じようにいなすと左ひざで迎撃を試みる。ザンは一歩引いて間をとった。それからは組み手というよりまるで真剣勝負のようだった。己が体を武器とし相手に繰り出すと、いなし、かわし、受け、カウンターを狙う。打つ、蹴る、投げる、極める。かれこれ数十分ほど経つと、二人は組み手を終え、座り込んだ。

 

「…ッハーッ。凄いな、達也は。これほどの鍛錬をしていたのか」

 

「ザンこそ、見事な動きだった。時折見た事のない動きもあったが、あれは何だ?」

 

「昔ならった拳闘術の型のひとつだよ。相手の虚を突く事が目的だからな、意味があり、意味がない」

 

「動きに虚実が含まれているということか、なるほど」

 

「まーなー。達也は真面目そうだから、引っかかると思っていたよ」

 

「ふむ、注意しないといけないな」

 

ほぼ冗談で言った事をまともに受け止められてしまったザンは、自分の発言を撤回しようとしたが止めておいた。戦場における思考の柔軟性を重要視していたが、達也にそこまで要求する必要はないと考えたからだ。それより、気になっていたことをザンは聞いてみた。

 

「一つ聞いていいか?お前と深雪ちゃんて、仲悪いの?」

 

「…」

 

「話し辛いことなら、今は答えなくていいよ。ただ、昨日散歩に行ったときも特に話す訳でもなく、パーティのときでもそうだ。『ガーディアン』ってのが絡んでいるとも思っているが、それだけでもないだろう?」

 

「…ああ、これは俺の問題だ。お前には関係ない。だが、ありがとう」

 

達也の口からは、否定と感謝の言葉だった。そしてもう一つ。

 

「俺は、深雪のことを大切に思っている。それは確かだ」

 

「そうか、分かった。…すまなかったな、家庭内の事情に踏み込んでしまって。さて、俺はシャワーを浴びてくるよ。達也は?」

 

「そうだな、俺も上がるか」

 

小さな目を気にすることなく、二人とも別荘に戻っていった。部屋の窓から見ていた深雪は二人が戻ったことを確認してから身をベッドに移した。

 

何気なく窓の外をみたら、兄がトレーニングをしていた。少ししたら桐生斬という少年が外から帰ってきて、少し話していると急に殴り合いが始まった。慌てたが良く見ていると演武の様でもあった。互いの拳は決定打にいたらず引き分けたようだった。その後も少し話しているようだったが、二人とも10分も経たず別荘に入ってしまった。その時、兄とそしてもう一人の少年に魅入っていた自分に気がついた。

 

「…何の話をしていたのかしら?」

 

誰に言うでもないその問いに、答える者は無い。

 

-○●○-

 

「何をしているのかしら?」

 

部屋から出てきた深夜が、開口一番疑問を呈してきた。

 

「おはようございます、深夜様。昨日からお世話になりっぱなしでしたので、朝食を用意いたしました。お口に合えばよいのですが」

 

食卓には、ご飯、味噌汁、焼き魚、卵焼き、お浸し、etc…。旅館の『ザ・朝食』といった形だ。

 

「食べられるの?これ」

 

「さすがにひどくは無いですか?これでも真夜様のお墨付きいただいているんですから、自信があります」

 

胸を張るザンに対し、深夜は驚いていた。あの深夜が少年が作った料理を口にしている。四葉の当主として考えられない行動だった。

 

「どく…味見は私がしておりますので問題ございません、奥様。丁寧な仕事をしておりましたよ」

 

穂波が口ぞえをするが、フォローにはなっていなかった。ジト目で見るザンを穂波はスルーすることにした。そんなことをしていると、深雪が部屋から降りてきて、すぐ後に達也も来た。

 

「…では、いただきましょうか」

 

四人とも思い思いに食事を取る。穂波や深雪は満足そうだ。深夜もあまり表情には出ないが、不満を持っていないように見える。達也も同様に表情には出ていないが、ご飯をお代わりしているので問題ないだろう。ザンは正直ほっとしていた。最後の方で穂波が軽く凹んだあとザンを睨んでいたことが気にはなったが。

食後にザンが全員にお茶を入れて一息ついたところで穂波が深夜に予定を聞いた。

 

「奥様、今日のご予定は決めていらっしゃいますか?」

 

「そうね。暑さが和らいだら、皆で沖にでるのもいいですね」

 

「では夕方から、セーリングヨットをご用意しておきましょうか」

 

「ええ、それでお願い」

 

大まかな予定が決まった。次に穂波は深雪に予定を聞いた。

 

「深雪さんは、夕方までどうされますか?」

 

「特に決めていませんけど」

 

「それでは、ビーチで日光浴なんかいかがですか?気持ちいいと思いますよ」

 

「そうですね、そうします」

 

にっこり笑って同意した深雪だったが、何故か直後に冷や汗が流れる。気がつくと穂波は目がキランッと光っており、両手を肩の辺りまで上げ掌はワキワキ動いていた。

 

「…ほ、穂波さん?」

 

「では、日焼け止めを塗らなくてはいけませんね!南国の太陽は紫外線が強烈ですよ」

 

「だ、大丈夫です!自分でできます!」

 

「いえいえ、塗り残しがあっては大変です。ささ、遠慮なさらずに、水着の下までしっかり処置をしておきませんと!…ジュルッ」

 

不穏当な音が聞こえた様だったが、深夜、達也、ザンは()()()()()()()()()にした。そうして穂波は深雪を引っ張って連れていこうとしていた。深雪は誰かに助けを求めようとしていたが、唯一目が合ったザンは良い笑顔で何故か敬礼していた。深雪は部屋に連れ込まれるまで涙目でザンを睨みつけていた。深夜はその光景を見て、嘆息した。

 

 

-○●○-

 

 

達也とザンは一足先にビーチにいた。ビーチパラソルやシートを準備していたのだ。しばらくすると深雪がやってくる。

 

「…もう、穂波さんは。あ、あんなところまで…」

 

顔を真っ赤にしていたのは、暑いからだけではなさそうだ。

 

「お待たせしました」

 

「いらっしゃいませ、お嬢様。ささ、こちらへどうぞ」

 

恭しく会釈をしてシートへ誘導するザン。しかし深雪はジト目で応えていた。

 

「いかがいたしました?」

 

「桐生さんは…」

 

「私のことはザンとお呼びください、お嬢様」

 

「それなら、私のことは深雪と呼んでください。それより、さっきは何故助けてくれなかったんですか!?」

 

「いや、あれはまさか『深雪ちゃんに日焼け止めを塗るのは俺だ!隅々まで…。』怖い、怖いよ達也」

 

達也は怨敵を見るようにザンを睨みつけていた。慌ててザンは説明する。

 

「だから、俺がそんなこと言えるわけ無いだろう?だから残念ながら見送るしかできなかったんだよ」

 

「…そうですか?それにしてはやけに良い笑顔だったような気がしたんですけど」

 

「深雪ちゃん、勘弁して!達也が怖い!」

 

ふう、と一息ついて深雪が許した。

 

「わかりました、もういいです。それにしても、急に『ちゃん』付けなんですけど」

 

「ああ、あまりに達也が怖くて地が出ちゃった。…ん、失礼いたしました、深雪様」

 

「ふふっ。いいですよ、お母様がいないところでは。それにあまりサマになっていませんし。ただ、子ども扱いされているように感じるので、『ちゃん』は無しでお願いします」

 

「ひどっ。でも助かるよ。これからどうする?」

 

「しばらく横になっています」

 

「なら、俺達はココにいるよ。な、達也」

 

その声に達也もうなずいていた。深雪は達也の隣で体をうつぶせにする。チラッと二人の方を横目で盗み見た。

 

―兄は鍛えているから、すらっとしていても筋肉はついているんですね。中学でも文武両道の模範とまで言われている理由が分かった気がする。ザンさんも同じように鍛えられているんだけれども、背中以外いたるところに傷痕がある。どんな生活をしたらそうなるんだろう?―

 

そんなことを考えて深雪は眠気を覚え、すうっと意識が落ちていった。

 

 

-○●○-

 

 

―司波達也はトラブルに愛されていた。やっぱり書き出しはこれかな。あ、これだと俺じゃ無くて達也の自伝になっちゃうか。―

 

などと現実逃避をしていたザンだったが、事態は悪いほうに転がっていった。ビーチで所謂チンピラ同士のトラブルはあるだろう。自分の女に声をかけただのなんの、それが仲間を呼び騒ぎが大きくなってきた。これでは深雪が起きてしまうなとザンが考えたとき、達也は立ち上がって他でやれのような事を言ってしまった。当事者はすでに熱くなっている状態だ。売り言葉に買い言葉、乱闘が始まるのは自明の理か。

達也が蹴り飛ばした、文字通り飛んでくるチンピラ達を右へ左へ、時にはそのまま突きかえし深雪に近づかせないようにしていたが、埒が明かない。これは二人でやったほうが早いなとザンは立ち上がった。

 

「さっさと終わらせるぞ、達也。眠り姫が起きちまう」

 

「ああ」

 

ザンの申し出に達也は苦笑した。自分一人でも問題無いが、確かに喧騒で深雪が起きてしまうかもしれない。二人は乱闘に突っ込んだ。

 

それから30分経っただろうか、深雪は暑さで起きた。その時に、自分に上着がかけられていることに気がついた。

 

「どのくらい眠っていました?」

 

「およそ二時間ほどです」

 

何事も無かったように、達也は答える。深雪は周りを見渡すと、ザンがいないことに気がついた。

 

「ザンさんはどうされたんですか?」

 

「ザンは、先ほどトイレにいきました」

 

「そうですか。あら、身体に砂がついている。風に飛ばされたのかしら。ちょっと水に入って落としてきます」

 

そう言って深雪は海へ入ろうとしたとき、ずいぶんと砂浜が荒れていることに気がついた。

 

―ビーチボールで遊んでいたのかしら?それに気づかず寝ていたなんて、よほど熟睡していたのね。でも、遊んでいただけでこれほど荒れるものかしら?―

 

 

-○●○-

 

 

ビーチから戻り深雪が部屋に戻った後、達也が穂波に経過報告をした。ザンはそおっと抜け出そうとしたが穂波に捕まった。先ほどの乱闘に絡んでしまったこと怒っているようだ。

 

「達也君、ガーディアンにも日常生活はあるんですよ。さっきの事だって、深雪さんを起こして逃げればよかったんです。いくらガード対象の意思と自由を最大限に尊重するといっても、お昼寝の邪魔をされたくないという理由で、他人の喧嘩に巻き込まれる必要は無かったんです!それにザン君、君もいながら一緒になってどうするんですか。いくら相手を病院に置いてきたからって、良いものではないでしょう!?」

 

「反省しています」

 

「申し訳ありません。あ、でも俺ら、怪我はしなかったですよ?」

 

「そういう問題じゃありません!本当に反省してくださいよ?逃げるのも立派な戦法なんですから。特に達也君はもう少し融通を利かせる事を覚えてください」

 

ため息をつくと、穂波は部屋から出て行ってしまった。その時ザンの端末から呼び出し音が鳴る。達也に別れを告げて外に出ようとしたとき、深雪の部屋の扉がしまったように見えた。気になったが呼び出し音がなり続けているため、ザンは外に出ざるをえなかった。

 

―あの砂浜の荒れ具合は、兄が戦った跡だったの?もしかして、いつも見えないところで私を護っていてくれたのですか?もしそうなら、きっとまだ分かっていないんだ。あの人のことを、まだ何も―

 

部屋で一人深雪は落ち込んでいた。




書きながら思いました。深雪逃げてー。超逃げてー。


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第10話

「仕事?」

 

「そう、仕事。労働は貴重よ、ザン」

 

電話の先で楽しそうな声を出す真夜に、ザンは嘆息した。

 

「いやいや、前の仕事の慰労という名目で、俺ここに来たじゃん?そこのところ、どうよ?」

 

「予定は未定であり、決定ではないわ。貢さんに頼もうとしていたんだけど別口があってね、手が離せないそうなの。夜までには終わらせたいから、お願いね」

 

「…それは、命令か?」

 

「いいえ、これはお願いよ。難しいなら他あたるけど?」

 

「わかった、そいつを狩ってくるよ。姉思いの、いい妹じゃん?」

 

大亜連合 工作員、朱 君理。どうやら沖縄に潜伏して諜報活動をしているらしい。朱は暗殺技能に長け、また今は司波深夜一家が沖縄にいることから、目を付けられる前に事を済ましたいらしい。

 

「ふふふ、そうよ。健気で美しい妹なのよ、私は。さぁ…」

 

プチッ。長くなりそうなのでザンは端末を切った。日はまだ高いが、クルージングに間に合うかは微妙だ。穂波に断りを入れ、ザンは外に走り出した。

 

 

-○●○-

 

 

何者かが廃屋に入ってきた。どうやら付けられていたらしい。割れた窓から差し込む夕日の光が一人の少年を映し出す。朱は柱の影からまだ幼さを残すその顔を目掛け魔法を放つ。魔法で作られた多数のドライアイスの弾丸が着弾した。そう、着弾したのだ。しかし、何事も無かったように少年は弾丸を掃射した相手を見、壮絶な笑みを浮かべる。

 

「やっと見つけた」

 

その声が聞こえたときには、朱の首から上が飛んでいた。自分がどのような攻撃かも分からないまま。その瞳には、怪我一つ負っていない少年が逆さまに映っていた。

 

「もしもし、終わったよ~。処理はよろしく~」

 

報告はいつもどおり軽かった。クルージングの時間はとっくに過ぎている。仕方なくザンは別荘に帰った。

 

 

-○●○-

 

 

「はい?潜水艦?魚雷?」

 

別荘に戻り、深夜達三人が帰ってくるのを待っていたザンだったが、帰ってきた穂波からは意外なことが知らされた。伊江島より南に差し掛かったところ、所属不明の潜水艦と遭遇。魚雷も発射されたそうだが達也が何とかしたそうだ。また、これから事情を聞きに防衛軍の人たちがくるらしい。事情聴取を要望されたようだったが、深雪を休ませるためにそうなったとのことだ。

 

―そうすると、先の工作員も無関係ではないな。―

 

少しした後、リビングにて事情聴取が始まろうとしていた。深夜、深雪、達也、穂波がソファーに座り、ザンはその傍らに立った。対面側には軍人が一人。

 

「突然のお呼びたて、申し訳ありません。私は国防軍大尉の風間玄信です。遭遇した潜水艦について、話をお聞かせ願えますか?」

 

遭遇した経緯を穂波は風間に話した。船籍の特定につながる情報が無いことなども話していた。

 

「魚雷を撃たれたそうですね。何か心あたりはありますか?」

 

「な…!」

 

「おやめなさい、ザンさん」

 

穂波が、まるでこちら側を疑っているような発言に抗議をすべく声を上げようとしていたところ、()()に対して深夜の静止が入る。ザンは風間の後ろに回り込み、手刀で風間の首を切り飛ばす体勢に入っていた。その瞳は冷たい光を放っている。風間はその行動に心の中で冷や汗を流していた。風間は達也が何も語らず自分を見つめていることに気づき、達也に聞いてみた。

 

「…君は何か気がつかなかったか?」

 

「目撃者を残さぬために、我々を拉致しようとしたのでないかと考えます」

 

冷静な回答に、風間は興味を引かれた。深雪は達也が答えたことに驚いているようだ。

 

「ほう、その根拠は?」

 

「発射された魚雷は、おそらく『発泡魚雷』だったからです」

 

穂波、深雪、ザンの三人は首を傾げた。穂波が達也に聞いたところ、化学反応で大量の泡が発生するものらしい。泡が満たされた領域ではスクリューが役に立たないため、身動きが取れないとの事だ。根拠を聞かれると、達也は通信が妨害されていたことを挙げた。

 

「…それだけでは、根拠としてはいささか薄いように考えられるが?」

 

「無論、他にもあります」

 

「ほう、それは?」

 

「回答を拒否します」

 

深雪は達也の発言に驚き、ザンは首をすくめていた。

 

「根拠が必要ですか?」

 

「…いや、不要だ」

 

無言の時間が流れる。一回ため息をつくと、深夜が風間を見る。

 

「大尉さん、そろそろよろしいのではなくて?私達に、大尉さんのお役に立てるお話はできないと思いますよ?」

 

風間は深夜の拒絶の意を汲み取り、謝辞を述べてリビングを出て行った。達也、深雪二人はその見送りに出た。風間を待っていた車の傍らに、見覚えのある軍人がいた。風間はその軍人の顔をみて納得がいった。

 

「なるほど、ジョーを殴り倒した少年とは君だったか。桧垣上等兵!」

 

「はい!」

 

昨日達也達に絡んできた軍人は、風間の脇に立つ。すると風間は達也達に頭を下げ謝罪した。隣の桧垣という軍人も同様に頭を下げ謝罪する。

 

「謝罪を受け入れます」

 

達也は謝罪に答えた。桧垣ジョセフという人間は、それほど悪い人ではないのだろう。そう二人は認識を変えていた。風間と桧垣が車に戻ろうとしたとき、風間は達也に振り返る。

 

「司波達也くんだったか?自分は恩納基地で空挺魔法師部隊の教官も兼務している。都合がついたら是非、基地を訪ねてくれ。きっと、興味を持ってもらえると思う。

 

そう言うと風間、桧垣は車に乗り立ち去った。そのころ、ザンは誰もいない庭にでて誰かと電話をしていた。

 

「…ああ、分かっている。恐らくこのままでは終わらないだろう。なに、俺がここにいるから大丈夫さ」

 

電話を切り夜空の星を見上げると、涼しい風が頬を撫でた。明日の天気は悪そうだ。




祝、第10話。沖縄の話、もう少しスピードアップしたいですね。

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第11話

翌日、天気は荒れていた。

 

「お母様、今日の予定はどうしましょう」

 

「こんな日にショッピングもちょっとねぇ…」

 

予定を聞く深雪に、深夜は決めかねていた。穂波はディスプレイに写し提案する。

 

「それでは琉球舞踊はいかがです?着付けも体験できるようですよ」

 

「面白そうね」

 

深夜が賛成するが、深雪が一点気がついた。

 

「これ、女性限定みたいですね」

 

「ザン君は女装するにして、達也君はどうしましょう?」

 

「いやいや、だめでしょ!」

 

「そうね。達也、あなた今日一日自由にしていいわ。大尉さんから誘われていた基地見学にでも行って来なさい」

 

「分かりました」

 

「ではザン君、着替えましょう?」

 

「いやいや、俺は達也について行きますって、穂波さん。無理無理」

 

ザンの意見を一同がスルーしていると、深雪が何かを決意した顔をしていた。

 

「あの、お母様!私も、お、お二人と、一緒に行ってもいいですか?」

 

「深雪さん?」

 

深夜が疑問に思っていると、深雪はしどろもどろ答えた。

 

「あの、その、えっと、わたしも軍の魔法師がどんな訓練をしているのか興味がありますし、自分のガーディアンの実力は把握しておかねばと思いますので…」

 

深雪の態度について、さして深夜は気にも留めなかった。

 

「達也、聞いてのとおり基地の見学には、深雪さんが同行します」

 

「分かりました」

 

「ついては、一つ注意しておきます。深雪さんのことは『お嬢様』ではなく『深雪』と呼びなさい。人前では普通の兄妹のように接しなさい。四葉との関係を悟られる可能性のある言動は禁止します」

 

「…分かりました」

 

―あの人が・・・深雪って…―

 

穂波に連れて行かれそうになり、ザンは基地に行くと騒いでいることは、深雪の耳には入らなかった。

 

 

-○●○-

 

 

達也達()()は国防軍基地に赴いていた。

 

「…危なかった。本当に危なかった」

 

一人、九死に一生を得たような顔をしているザンだった。そうしていると二人の軍人が出迎えに来た。

 

「ようこそお越しくださいました。防衛陸軍兵器開発部の真田です」

 

「早速来てくれたということは、軍に興味を持っていると考えていいのかな?」

 

「興味はあります。ただ、軍人になるかどうかは決めていません」

 

「まぁ、そうでしょうな。君は?」

 

達也の言を聞き、ザンにも風間は聞いてきた。

 

「いえ、私は軍人にはなりません。今日は二人の付き添いで来ています」

 

はっきりとした拒絶は、達也と深雪も内心驚いた。てっきり興味を持っているものとばかり考えていたのだ。

 

「そうか…。残念だが仕方がないな」

 

なんとも居た堪れない空気となりながら、体育館のような施設に入った。中では桧垣を含めて訓練をしているようだ。

 

「魔法を使っての訓練ですか?」

 

「ああ、ここは防衛最前線だからね。希少な魔法師の錬度を高めている」

 

―知らない人の練習を見ても、退屈なだけね…。に、兄さんの訓練姿を見れれば良いんだけど…―

 

「そうだ、司波君。組み手をしてみないかね?」

 

「そうですね、せっかくだからお願いします」

 

―え…、えーー!!わ、私が考えていたことが見透かされたのかしら?―

 

風間の誘いに達也が乗った。深雪は心の中で焦っていた。一方、深雪を見ながらザンはニヤニヤしていた。

 

「シスコンだねぇ、達也」

 

キッとザンを睨みつけた深雪だったが、ザンはそ知らぬふりをしていた。

 

 

-○●○-

 

 

一人、また一人と倒していく達也。予想以上の出来事に風間も真田も驚愕していた。

 

「実践的ですね、彼は。相手が暗器を持っていることを想定して間合いを取っている」

 

「そうだな。あれは、体術だけじゃない…。魔法師としてもかなりのものだな」

 

深雪は四葉との関連性に気づかれたのかと、内心焦っていた。

 

「あの、何故兄さんが魔法師と分かったんですか?CADを持ち歩いてもおりませんし」

 

その質問に笑みをもって風間は答える。

 

「なんとなく、ですかな。何百人も魔法師を見ていると雰囲気で分かるようになるんですよ。弱い魔法師か、それとも強い魔法師か。ただ、何故か君は分からないがね」

 

その言葉について、ザンは首をすくめた。

 

「南風原までやられたぞ!」

 

「やれやれ、彼まで倒されるとは。南風原伍長は、この隊でも指折りの実力者なのですよ?」

 

「しかし、このままでは恩納空挺隊の面目は丸潰れですな…。もう一手、お付き合い願えませんか?」

 

「達也が負けるまで続けるおつもりですか?」

 

このようなことを聞けるザンに、深雪は素直に感心していた。自分も同じ事を考えていたのだ。

 

「はは、きびしいですな」

 

「自分と戦わせてください」

 

言い出したのは、あの桧垣だった。

 

「分かりました。お相手します」

 

―見てみたい。あなたを、あなたの力を―

 

「やっぱりシスコンじゃん?」

 

ザンの発言がスルーされる中、達也と桧垣との組み手が始まった。

 

「これは見ものですね。達也君と()()の桧垣上等兵の戦い」

 

開始と同時に、桧垣は常人を超える速度で達也に迫る。桧垣は自己加速魔法を使っているようだ。深雪は風間に食って掛かる。

 

「魔法を使うなんて、卑怯じゃありませんか!」

 

「止せ、深雪!相手に魔法を使わないという取り決めはしていない!」

 

桧垣の一撃をかわしながら、達也は叫ぶ。深雪は別のことに驚いていた。

 

―あの人が、私のことを『深雪』って…。何なのかしら、この疼くような感覚…―

 

もだえる深雪の頬を、ザンは人差し指で押していた。

 

「な、なにするんですか!?」

 

「愛しのお兄様のカッコイイ場面見逃しちゃうよ?」

 

「な、なななな…」

 

「ほれほれ、前を見た見た」

 

顔を真っ赤にした深雪が前を見ると、桧垣が魔法を展開して達也に迫る。達也は右手を相手に向けると、サイオンの奔流が桧垣を襲う。魔法が解除され体勢を崩した桧垣に一撃を加えて勝負ありだ。風間は勝者を宣言する。

 

「勝者、司波達也!」

 

「まさかあのサイオン波動は術式解体(グラム・デモリッション)ですか?」

 

「それだけではない。大陸流の古式魔法『点断』も使っていたように見受けられた」

 

真田と風間はそう分析していた。

 

「しかし、あれほどのことを補助具無しにやって見せたのには驚いた。君は自分に合うCADを使えば、もっと強くなるんじゃないかな?」

 

風間がそう言うと、真田が研究室に達也達を案内した。

 

「僕が開発した特化型CADです。加速系と移動系の複合術式を組み込み、ストレージをカートリッジ化しています」

 

説明された達也は、興味深そうにCADに触れていた。

 

「試していいですか?」

 

初めて見る光景に、深雪は心の中でもやもやしたものを感じていた。外はまだ雨が降り続いていた。

 

 

-○●○-

 

 

達也達が去ったあと、風間と真田は話し込んでいた。

 

「凄かったですね、司波君。彼がこちらに来てくれれば、戦力アップ間違い無しです」

 

「そうだな」

 

同意した風間だったが、何か他のことを考えているようだった。

 

「どうしたんですか?」

 

「いや、一緒にいた少年のことを、少しな」

 

「桐生君でしたっけ。ただ、彼は軍に興味が無いとはっきり言っていましたね」

 

「ああ、それは戦場を知っているからだろうな」

 

「そうでしょうか?彼は司波君達と同じくらいに見えましたが」

 

「まぁそうなんだが、彼を見てね。昨夜といい今日といい、一切油断のしておらず隙一つ見えなかった。おちゃらけた態度をとっている時もだ。恐らく死線を幾度と無く越えてきたのだろう。想像もつかない世界だ。末恐ろしくさえある」

 

風間はコーヒーを口に含み、窓から雨空を見上げていた。



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第12話

―どうしてこうなったんだろう―

 

朝からいい天気だ。今日は散歩なんか最高だろう。そう思いながらジョギングから帰ってきたザンを、穂波が仁王立ちで待っていた。

 

「先日は不覚を取りましたが、今日はそうは行きませんよ、ザン君!」

 

何の事を言っているのだろう。そう思っていたザンを、穂波はキッチンへ引っ張っていった。

 

「今日こそ、どちらの料理がおいしいか、決着をつけましょう!これから朝食を作り、皆さんに判定してもらいます」

 

「その前に一つ、いいですか?」

 

「なんですか?」

 

「シャワーを浴びてからで良いですか?」

 

外から帰ってきたばかりのザンは、汗だくだった。気がつかなかった穂波は頬を染め肯定する。

 

「いいですよ。…でも、勝ち逃げは許しませんからね」

 

 

-○●○-

 

 

朝食対決の結果は、2対1でザンが勝ってしまった。分かりやすく穂波が凹んでいる。深雪はとりあえずこの場から抜けることにした。

 

「お母様、少し外を歩いてきます」

 

「あ、俺も…」

 

ガシッ。ザンも同様に抜け出そうとしていたが、既に穂波に捕まっていた。

 

「ふふふ…。ザン君、逃がしませんよ。次は二回戦、お昼で勝負です。深雪さんには達也さんがいるから大丈夫です。仕込みも必要でしょうから、外に行っている暇はありませんよ!」

 

「穂波さん、目が怖いよ・・・。あ、深雪様。どうぞこちらをお持ちください」

 

「なんですか?これ」

 

「外で簡単につまめる様にサンドイッチを作っておきました。バスケットの水筒には飲み物も入れてあります。達也と一緒に召し上がりください」

 

「ありがとうございます、ザンさん」

 

いい笑顔で礼を言う深雪。やはり助けてはくれなさそうだ。何時ぞやの意趣返しか。

 

「いってらっしゃい」

 

その時、他人事のように我関せずの構えを見せていた深夜は、驚愕の事実に気付いた。そう、昼の料理対決の審査員は自分一人なのだ。その時になって、朝食のときザンに一票入れたことが失策であると後悔した。

 

数時間後、外から帰ってきた深雪たちから、桧垣ディックと、その友人の金城ディックに会い、そのまま観光をしたことを聞いた。その時に、国防軍に入った理由や、レフト・ブラッドとして敬遠されている現状についても聞いたらしい。話し終えた後、穂波とザンがいまだにエプロン姿であることに、深雪は気がついた。

 

「ああ、この格好?何でも最終戦は夕飯でするって穂波さんが言い出してな。今仕込みの最中なんだよ。まぁ、部屋でゆっくりしててよ。できたら呼ぶからさ」

 

そのさらに2時間後、さらに凹んだ穂波がいた。さすがの深夜もフォローしきれず、あさっての方向を見て紅茶を飲んでいる。深雪はばつが悪くなり部屋に戻ってしまった。ザンは達也にアイコンタクトで穂波のフォローをするように促す。達也は頷いて穂波の脇に立った。

 

「穂波さんの料理、おいしかったです。ただし、ザンの料理は深みがあり、雑味が無く洗練していました。両者にそれほど差は無いと俺は思います」

 

ただ現実を突きつけられただけだった。涙目で睨む穂波に、さすがの達也も一歩引いた。

 

「穂波さん、今日作ったもののレシピです。帰ったらいつか作ってみてください」

 

嘆息したザンは、メモ用紙を穂波に渡した。なにやら独り言をブツブツと言っている穂波だったが、ザンが一言二言話すと急に機嫌を良くした穂波は、大事そうにメモをしまっていた。

 

 

-○●○-

 

 

「工作員 『朱』より連絡が未だ取れません。また、『黄』も同様に本日から連絡が取れません。ただし、『陸』からは協力者と連携が取れていると報告があります」

 

「ふむ。工作員が捕まった情報はまだ無いな。二人は捕まったのではなく消されたのだろう。我々はそのまま計画通り作戦を継続する」

 

「是」

 

風雲急を告げる。



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第13話

画面にはニュースが映し出されていた。ありきたりの内容ではなく、所属不明の潜水艦隊が現れ、国防軍の軍艦が撃沈されたというものであった。なおも侵攻を続けているというのだから、たまらない。不安になる深雪は誰に言うわけではなくつぶやいた。

 

「戦争が、始まるのですか…?」

 

―既に真っ最中というところだけどな―

 

ザンは心の中で突っ込みを入れていた。あえて不安を煽る必要もあるまい。そう考えていたときに達也の端末が鳴った。どうやら国防軍風間かららしい。一旦切ると深夜に内容を報告する。

 

「奥様。風間大尉より、基地シェルター内に避難してはどうかとの申し出をいただきました」

 

深夜が達也の言葉に対して目をつむり考えていると、今度はザンの端末が鳴る。

 

「はい、ザンです。…それなら直接かければいいじゃない?…え?はいはい、わかりました。少々お待ちください」

 

ザンは端末を深夜に手渡しながら、電話の相手を告げる。

 

「深夜様、真夜様からお電話です」

 

その事に、深雪は少なからず動揺していた。母親である深夜と叔母の真夜は、深雪から見ても仲が良くなかった。普段は話すことは無い。

 

「もしもし、真夜?」

 

「久しぶりね、姉さん。直接話すのは、何年ぶりかしら」

 

―…この間の事は無かった事にしたいのね。また弄ってやろう―

 

「あら、世間話をするためにかけてきたの?」

 

「フフ…。そんなに邪険にしないでくださいな。私は貴女方を心配して連絡したのですから…」

 

それから何かを真剣に聞いていた深夜は端末をザンに返すと、穂波達に真夜が国防軍に話を通したことを伝える。

 

「せっかく骨を折ってもらったんだもの。ここは素直に、真夜の好意に甘えましょう」

 

深夜が達也に、風間の提案を受け入れることを伝えさせ、移動の足をお願いすることとなった。

 

 

-○●○-

 

 

迎えに来た桧垣の車で、基地にあるシェルターへの連絡通路まで移動した深夜達。中には家族連れなどもいた。なかなか来ない案内を待っていると、外で銃声と思しき音がする。

 

「達也君、状況はわかる?」

 

穂波の問いに、達也は横に首を振る。

 

「どうやらこの部屋の壁には、魔法を阻害する効果があるようです」

 

「そうね。それにこの部屋だけじゃなく、建物全体が魔法的な探査を阻害する術式に覆われているみたい」

 

「そこの君達。君たちは魔法師かね?」

 

二人の会話に割って入ってきた中年男性。高級そうなスーツを着ているところを見ると、どこかのお偉いさんか。

 

「え、ええ。そうですが?」

 

「それなら、君達。外の様子を見てきたまえ」

 

達也は、隣で激高する穂波を抑えながら、冷静に答える。

 

「私達が貴方の指示に従う理由がありません」

 

内容と、その冷静な声が男性の癇に障ったのだろう。声を荒げてきた。

 

「そもそも魔法師は、人間に奉仕するために『作られたもの』だ!それなら人間に奉仕するのは当然の義務だろうが!」

 

「…おっさん」

 

冷たい声に男性は振り向く。目の前の子供が発した声だろうか。冷たい汗が身体を覆う。

 

「あまり勉強の出来ない俺が、魔法師の存在ってやつを教えてやる。魔法師は『人類社会の公益と秩序に奉仕する』存在だ。けっして『見も知らぬ一個人へ奉仕をする』為の存在ではない。それにこの国では、魔法師の出自の八割以上が血統交配と潜在能力開発型だったはず。あんたの言う『作られたもの』って言うのは、そう多くは無いよ。最後に一つ。今の自分の行動が家族にどう見えるか考えてみな。父親として、人間として」

 

そう言われて家族を見る男には、冷たい家族の視線が突き刺さっていた。達也が首を振りため息をついていると、今度は深夜が達也に外を見てくるように言い出した。

 

「…しかし今の自分の技能では、離れた場所から深雪を護る事は…」

 

「『深雪』?身分をわきまえなさい、達也」

 

「…達也君、ここは私とザン君が引き受けますから」

 

達也は穂波とザンに後を託して外に出て行った。

 

「穂波さん、ザン。後は頼む」

 

 

-○●○-

 

 

達也が外に出て少したったころ、通路の扉が荒々しく開き、何人かの軍人が入ってきた。

 

「あ、金城さんがいる」

 

昨日深雪達が会った、金城の姿もあった。

 

「失礼します!空挺第二中隊の金城一等兵であります。皆さんを地下シェルターにご案内します。ついてきてください」

 

「すみません。連れが一人、外の様子を見に行っておりまして」

 

穂波が達也を待ちたい旨を伝えるが、金城の顔は険しい。

 

「しかし、ここに居続けるのは危険です」

 

「それでしたら、あの方々を先にお連れくださいな」

 

深夜が目を向けたのは、達也達に外を見てくるよう言っていたあの中年男性とその家族だ。

 

()()()()()を、見捨てていくわけには参りませんので」

 

一般家庭での話では美談だが、深夜が言うと訳が違う。穂波と深雪もお互いに疑問を向ける。

 

「その通りだ!早く案内したまえ!」

 

渡りに船といわんばかりに、男性が金城に詰め寄る。その隙に穂波が深夜に疑問を打ち明ける。

 

「奥様。達也君なら合流することは難しくないと思いますが」

 

その質問に、笑みをもって答えた。

 

「あれは建前よ。この人たちを信じてはいけないという、私の()()

 

かつて『忘却の川の支配者(レテ・ミストレス)』の異名で畏怖されてほどの強い精神干渉魔法の使い手である深夜は、その魔法特性からか非常に高い直感的洞察力を持っている。その深夜の発言である。金城達は怪しい、と。

 

「申し訳ありませんが、一緒に来ていただきます」

 

口調は丁寧だが声には脅しの色を持っていた。この時金城達が来てから沈黙を守っていたザンの口から音が発する。

 

「あのさぁ、そこのお姉さん方が言ったでしょ。連れが外にいて私達は待っているから、まずそこの方々から連れて行けって。もし、あなた達が帰ってこれず私達が死ぬことになろうとも、責めはしないって。それとも私達が一緒に行かなければならない理由があるのか?」

 

へらっと人を食ったように笑うザンだったが、一寸の油断も無い。目は金城に向け、腰に差してあるサバイバルナイフを握る。二人の睨み合いが始まると、また扉が荒々しく開く。その音に反応し、軍人達は扉に向けて銃口を向ける。扉の奥から問いただす男の声が聞こえる。

 

「ディック!その人達に何をするつもりだ!?」

 

その桧垣の問いに、金城達は銃弾を持って応えた。

 

「やはり、裏切ったのか…!」

 

連絡通路は悲鳴で埋め尽くされた。穂波は深夜と深雪に動かないように指示をすると、CADを操作し障壁魔法を展開する。しかし、軍人の一人が指輪をはめた手を穂波にむけて広げる。

 

「キャスト・ジャミング!?」

 

障壁魔法は脆くも崩れ去り、深夜突然が苦しみだす。深夜にはキャスト・ジャミングによって強い負担がかかっているようだ。ザンは転がっていた薬莢を一つ摘むと、キャスト・ジャミングを放つ軍人に投げつける。その薬莢は軍人の指輪ごと指を吹き飛ばした。

キャスト・ジャミングが弱ることを待っていた深雪が魔法を放つ。精神凍結魔法、コキュートス。一人の軍人の精神(こころ)が凍りつく。溶けることの無い凍結は、死と同意義だ。自分の行ったことに悔いを見せる深雪だったが、仲間を殺された軍人達は黙っていなかった。

 

「深雪さん、逃げて!!」

 

ハッと深雪は我に返ると、銃口を向ける軍人達。その瞬間、目の前にはザンの背中が見えた。

 

「ザンさん、駄目!!」

 

深雪の叫びに振り返らず、前を睨む。銃口はザンと、ザンの後ろにいる深雪達に向けられていた。マズルフラッシュ、そして弾丸が飛んでくる。その光景はまるでスローモーションの様にザンには見えた。死神の鎌は、今にも全員の首をはねようとしている。

 

―オレニハ、マタスクエナイトイウノカ!オレハ、マタマモレナイノカ!オレハ…。オレハ!俺は!―

 

「ガァアアアアアアアアア!」

 

ザンが突然苦しみだした。その時、ひとつの事象が発生した。それは奇跡か、悪魔の所業か。魔法演算領域が、()()()()()()()()の為に塗り替えられていく。朦朧とする意識の中、その不完全な魔法をザンは展開した。深夜、穂波、深雪を覆う形で。

銃弾が()()に当たる音。しかし深夜達に外傷は無く、倒れているのはザンだけだった。

 

「イヤーー!!」

 

深雪が顔を両手で覆い、悲痛の声を上げた。

 

 

 

 



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第14話

金城達の武器は突然バラバラになり、そのタイミングで桧垣達が突入、確保した。

 

「何故軍を裏切った。日本は俺達の祖国じゃないか!」

 

「その日本が俺達をどう扱った!こうして日本の為にに戦っても、結局俺達はレフト・ブラッド、余所者だ」

 

「それでも…、軍は俺達を戦友として遇してくれたじゃないか!」

 

「それは、お前が魔法師だからだ!」

 

金城の答えに、桧垣は悲しみをこらえて叫んだ。

 

「お前が、それを言うのか。余所者扱いを憤るお前が、()()()()()()()()()()()()()()というのか!!」

 

金城はうな垂れて、何も言えなくなってしまった。

 

「深雪!」

 

その脇を通り過ぎ、達也は深雪の元に走った。深雪にたどり着くと深雪に抱きつく。

 

「良かった。本当に良かった!」

 

「お、おおお兄様!!な、何を…」

 

「達也…!」

 

深夜の剣幕に接し、その時初めて自分の失態に気が付いた達也は、慌てて深雪から離れる。

 

「失礼いたしました。しかし、良くご無事で」

 

「ザンさんが私達を助けてくれたんです」

 

深雪は、倒れているザンを見て悲しそうにつぶやく。達也はCADをザンに向けるが、何も変わりは無い。

 

―どういうことだ?解析が出来ない!―

 

「…あー、達也?何かやろうとしたのか?」

 

倒れていたザンが、上半身を起こす。首をこきっと音を鳴らしながら頭をガシガシかく。

 

「ザンさん!?大丈夫なんですか!?」

 

「あー、うん。大丈夫大丈夫。初めて使った魔法に集中しすぎて防御が疎かになっただけだよ。この通りピンピンしている。

 

ザンは軽くジャンプして、健在をアピールした。その時ひしゃげた弾丸がポロポロと落ちる。深夜達が説明を迫ろうとした時、風間が割って入った。

 

「すまない。叛逆者を出してしまったのは、完全にこちらの落ち度だ。国防軍として、できる限りの便宜を図らせてもらう」

 

頭を下げる風間に対して、達也は頭を上げるように言う。

 

「まず、正確な情報を教えてください。敵は現在、何処まで来ていますか」

 

「所属は確認できていないが、大亜連合と見てまず間違いないだろう。敵部隊が既に上陸しているという情報も入っている。ゲリラとも内通をしていたようだが、こちらは鎮圧が完了している。軍内部の反逆者も、もうすぐ鎮圧されるだろう」

 

「それでは、母達を安全な所に避難させてください。それと、アーマースーツと歩兵装備を一式貸してください。消耗品はお返しできませんが」

 

険しい顔となった風間が理由を問う。

 

「彼らは、深雪を手に掛けました。その報いを受けさせなければなりません。これは、個人的な報復です」

 

「…わかった。君を我々の戦列に加えよう」

 

達也が風間と共に準備に出て行った。我に返った深雪はそれを追いかけるように外に出て行ってしまった。一寸静かになった空間にコール音が鳴り響く。ザンの端末だ。

 

「はい、こちらK(ケイ)Z(ズィー)

 

「他にも人が居るのね。状況を教えて頂戴」

 

「現在軍シェルター近くに待機。造反者がおりましたが、撃退されました。今、達也が敵上陸部隊との交戦のため、準備に取り掛かっているところです」

 

「造反者?姉さんたちは無事なの?」

 

「ええ、ご無事です」

 

「…そう。敵は大亜連合よ。上陸部隊に大亜連合のエースと思しき者がいたという情報もあったわ。あと軍艦も向かっている。そこで、命令よ、ザン」

 

真夜とザンは、かつて一つ決めていた。それはザンの全能力を使う行動について、命令をもって行うこと。但し一回限り。これはこの世界に来たザンが四葉家への恩返しのための取り決めだ。

 

「いいのか?」

 

「いいのよ。姉と姪と甥。その命と天秤にかけるほうがおかしいわ。命令よ、ザン。あなたの力をもって敵を掃討しなさい」

 

ザンは右拳を胸に当て宣言する。

 

「Yes! My Master!」

 

電話を切ると、ザンの全身から金色の湯気のようなものが立ち上がる。深夜に振り返ると、ザンは二カッと笑った。

 

「行って参ります、深夜様。後は安全な所に避難をお願いいたします。穂波さん、後はよろしく」

 

ザンは外に出て行こうとする。扉で深雪と鉢合わせると、深雪は悲しそうな複雑な表情をしていた。ザンは深雪の肩に手を置き微笑んだ。

 

「大丈夫だ、深雪。達也は俺が護るから、安心しろ。じゃな」

 

そうしてザンは戦場へ向かった。

 

 

-○●○-

 

 

達也は風間が率いる部隊と共に、敵兵と戦闘を開始していた。しかし、戦闘と呼べるのだろうか。達也がCADを扱うと敵が()()()。血が流れたり叫び声が聞こえたりせず消えるのだ。現実感の無い戦闘に、恐怖を感じない敵は殺到してくる。しかし達也には都合が良かった。逃げられては困る。きちんと深雪に手を出した代償を払ってもらわなくてはならない。

 

「大尉!10時の方向から敵兵確認!」

 

部下の報告に顔をゆがめる風間。想定より多い兵力を、敵は投入しているようだ。

 

「そちらは俺にやらせてもらいますよ」

 

声をかけて来たのは、ザンだった。

 

「桐生君、何故君まで来た?」

 

「すみませんね、これは上からの命令なんで。いいでしょ?敵対行動を取るわけではないんですから。民間兵の援軍ってことで。そうだ、長物ありますか?必要になるかもしれません。達也は、そのままあっちな。俺はこっちやるから」

 

「おい!…仕方ない、非常事態だ。特別に許可する。しかし、降伏した相手に対する虐殺行為などは認められないからな」

 

達也はそのまま進んでしまい、ザンも別方向に歩いていってしまった。二人を追いかけないわけにはいかない。

 

「真田は特尉を援護しろ。俺は桐生君についていく」

 

部隊を二つに割り進軍を継続した。

 

 

-○●○-

 

 

司令室の一角に、深夜達は避難していた。より強固な場所として案内されたのだ。そこで達也の魔法、そして人工魔法演算領域のことを深夜から伝えられ深雪は知る。愕然となっていた深雪は、我に返ると深夜が戦況が映っているモニターを凝視していることに気が付いた。それは戦場にでたザンの姿だった。

まるでそのあたりに散歩でも行くような軽装だった。Tシャツにジーンズにスニーカーと、どう見ても戦場で戦う者の姿ではない。しかし、深夜が凝視視していたのは別の理由だ。彼は金色の湯気のようなものに全身を覆われており、右手に持つサバイバルナイフも同様に覆われていたが、金色の刃は刃渡り1メートルを越えている。

深夜は知っていた。かつて真夜を救った男は、剣を同じように金色の湯気で覆っていた。その男はその現象を『オーラ・ブレード』と呼んだ。なんでも才能ある剣士が壮絶な修行を元に会得できる可能性が出てくる技術で、所謂奥義にあたる。剣の強度と鋭さが増し、男は車をバターのように切り裂いて真夜を救った。しかし、これはどうだ。まるで当たり前のように全身をオーラで覆い、ナイフの切っ先を伸ばしている。深夜の目から見ても戦闘技術においてレベルが違う。

 

「『救世の英雄』か」

 

深雪と穂波は顔を見合わせたが、深夜の発言の意味は分からなかった。

 

 

-○●○-

 

 

前方の敵兵から、魔法が、銃弾が雨あられと飛んでくる。ザンに直撃しているはずだが、気にすることなく、まるで無人の荒野を歩いているかのようだ。右手のナイフを一閃すると、敵はパタパタと倒れていく。一人が後方に逃げ出したが、すぐに頭を砕かれ絶命する。その兵士の前には巨漢が立っていた。

 

「あれは、まさか甘 興覇か!? いかん桐生君、下がれ!態勢を整えてから相手をするんだ!」

 

風間の声から焦りの色が見える。甘 興覇。大亜連合のエースと期待された魔法師。大陸古式魔法の使い手であり、自らの身体に対現代魔法と肉体強化を付与し戦う、対魔法師戦闘のスペシャリスト。『殲滅龍』とも呼ばれている男だ。

甘とザンは互いに確認していた。甘が弾かれたようにザンへ走り出す。ザンも同様に甘へ向け走り出した。二人が交差すると、何かが光った。ザンはそのまま何事も無いように前に歩き出した。甘はすでに事切れていたのだ。

 

「…あの瞬間に、袈裟、逆袈裟、横なぎの三連撃を放っていたというのか」

 

絶大な信頼を寄せていた甘が倒されたことにより、敵は壊走を始めた。

 

「鴨撃ちだな、こりゃ」

 

ザンは暗い笑みを浮かべると、ナイフを覆っていたオーラを短くし、歩きながらナイフを敵兵に向ける。ナイフより、まるでマシンガンのようにオーラの弾丸が発射される。オーラの弾丸は敵兵の足をことごとく吹き飛ばしていった。動けなくなった兵達に止めを刺しながら歩いていくザン。こちらの決着はついた。

 

 

-○●○-

 

 

「現在上陸部隊第一は交戦状態です。一部、兵が消えるなどの報告もありました。第二は…ぜ、全滅しました。」

 

「ぜ、全滅だと!?第二には甘がいたはずだ!甘はどうした!?」

 

「甘 中尉は戦死されました!それが引き金となり、壊走、全滅との事です!」

 

「甘が、死んだ、だと?ばかな!?あの甘を打ち破れる魔法師がいるとでもいうのか?…おのれ!本艦隊は攻撃艦隊の後ろを通り東側に出る!少し遅れるが我らの火力を側面から浴びせる!急げ!…この借りは、万倍にして返してやる!」

 

-○●○-

 

ザンと風間が達也達に追いつくと、達也は真田にとめられていた。

 

「降伏した兵を殺戮しようとしていたため、止めていました」

 

「残念だったな、達也。まぁ、しゃあなしだ」

 

軽い調子のザンをジト目で達也は睨んでいた。そんなやり取りをしていたとき、伝令がくる。その顔は強張っていた。

 

「敵艦隊別働隊と思われる艦影が粟国島北方より接近中! 高速巡洋艦二隻、駆逐艦四隻! 至急海岸付近より退避せよとのことです!」

 

その伝令を受け、通信機で何かを話していた風間は苦渋の決断をした。

 

「予想時間二十分後に、当地点は敵艦砲の有効射程圏内に入る! 総員、捕虜を連行し、内陸部へ退避せよ!」

 

「消しちゃえば、早いのに…。分かってますよ、風間大尉、冗談ですよ。できやしない事ぐらいわかってます」

 

「敵巡洋艦の正確な位置は分かりますか?」

 

「それは分かるが……真田!」

 

「海上レーダーとリンクしました。特尉のバイザーに転送しますか?」

 

達也は真田の質問をさえぎり、射程伸張術式組込型のデバイスを要求した。そして風間に対し有線通信のラインを出し、内緒話を始める。話し終わった風間は、自分と真田を残し部隊を撤退させた。

 

「後は任せて、ザンも撤退しろ」

 

「だが断る!」

 

ドヤ顔をするザンを睨む達也。掌をひらひらさせてザンは説明した。

 

「これからやろうとしていることは、大体わかっているんだ。それに達也を護るって深雪に約束してきてしまったからな。約束は守らないとな」

 

話したことは覆らないことを、達也はザンの目を見て悟った。達也はため息をついて同意した。

 

 

-○●○-

 

 

「敵艦有効射程距離内到達予測時間、残り十分。敵艦はほぼ真西の方角三十キロを航行中…届くのかい?」

 

「試してみるしかありません」

 

達也はそう答えると武装デバイスを構え、魔法を発動した。銃口の先に筒状の術式が展開し、本来ならそこまでで魔法は終了するはずなのだが、達也はさらに物体加速仮想領域の先にもう一つの仮想領域を展開させた。

 

「…ダメですね。二十キロしか届きませんでした。敵艦が二十キロメートル以内に入るのを待つしかありません」

 

淡々と説明する達也に、真田が焦りの声を上げた。

 

「しかし、それではこちらも敵の射程内に入ってしまう!」

 

「分かっています。お二人は基地に戻ってください。ここは自分とザンで十分です。…どうせ戻らないのだろう、ザン?」

 

ザンはサムズアップで答えていた。風間は、風間と真田で代行できないか確認したが、達也は首を振り否定した。

 

「では、我々もここに残るとしよう」

 

「…自分が失敗すれば、お二人も巻き添えですが」

 

「百パーセント成功する作戦などありえんし、戦死の可能性が全くない戦場もあり得ない。勝敗が兵家の常ならば、生死は兵士の常だ」

 

風間の言葉は達也が説得を断念するには十分だった。ザンは風間に対してもサムズアップをしていた。

 

沖合いに水の柱が上がる。達也はデバイスを構えると、四発の弾丸を試しに撃ち、その度に銃口を微調整して弾道を情報として追う。敵艦も砲撃を開始していた。達也が魔法を完成する迄の間、達也は魔法に集中しているため、他が防がなくてはならない。

ザンは右手を前に突き出すと、シェルター前の一件と同様の魔法を展開する。たった一つの、護る為の魔法。自分には持ち得なかった力。全てを防ぐ無敵の盾。

 

「魔法名はこの場で即決した。来たれ、我が守護の魔法。『アイギス』!」

 

巨大な盾が達也、風間、真田を護るように展開される。豪雨のような砲撃の嵐を全て防ぎきる。護られている風間達は、この盾を超えるものが無いと考えていた。絶対守護の盾。

 

そして、遂に達也の魔法が完成する。達也は銃弾が敵艦隊のすぐ上空に到達したのを確認すると、右手を前に突き出し、その掌を力強く開いた。

銃弾が、エネルギーに分解される。質量分解魔法『マテリアル・バースト』。この魔法が実戦で初めて使用された瞬間だった。閃光が生じ、爆音が鳴り響く。残ったのは不気味なまでの静寂だった。

 

 

-○●○-

 

 

「やっぱり、魔法ってのはあのぐらいの威力がないとな」

 

達也とザンが拳を突き合わせ勝利を喜んでいると、風間に通信が入った。

 

「どうしました?吉報ではなさそうですが」

 

「ああ、最悪だ。東方から敵艦が接近していることが分かった。高速巡洋艦二隻だが、もう十キロ圏内に入ろうとしているところだ。…特尉、先ほどの魔法をもう一度使えるか?」

 

「可能ですが、敵艦が近すぎます。津波による二次災害の影響が大きいと考えます」

 

「あとは、我々で対処する。特尉達は避難していてくれ」

 

「それは無理でしょう」

 

風間の指示をザンは拒否した。

 

「これからくるのは、数が少ないにしても砲弾の嵐だ。深雪達が生き残れる保障もない。そこで、私が対処しましょう。大尉、この近くで高台がありますか?」

 

「この近くなら、あそこだ」

 

「あと、戦闘前に話しました、長物ってありますか?」

 

「これでよいですか。無銘ですが切れ味は保障しますよ」

 

真田より日本刀を受け取ると、風間が指差す高台に向けて走り出すザン。風間、真田、達也も付いてくる。

 

「…できれば見られたくないんですけど。そこでお待ちいただけますか?」

 

「出来るわけ無いだろう。さきほど特尉にも言ったぞ」

 

「そうでしたね、分かりました。後悔しないでくださいよ」

 

高台に到着したザン達。ザンは東の海を見渡す。

 

「えっと、敵艦は…」

 

「正確な座標はいま確認しています」

 

ザンは一旦目を閉じ、再び開くと瞳が金色になっていた。

 

「大丈夫。()()()()()

 

そう言うとザンの体全体からオーラが立ち上がる。今までのように薄く纏うわけではなく、文字通り噴き出していた。髪は青く肌は褐色となる。風間達はザンの力から自分達が吹き飛ばされないように堪えるので精一杯だった。ザンは右足を一歩引き、左肘を上げ先ほどの日本刀を肩で担ぐように構える。

 

「魔龍を屠りし我が一撃、防げるものなら防いでみな」

 

高速で振り抜かれた刀から金色の三日月型の斬撃が海を割りながら亜音速で敵艦に向けて飛ぶ。正に一閃。敵艦は真っ二つになり、次の瞬間には轟音が生じ爆炎が発生していた。ザンの持っていた日本刀は役目を終えたのかボロボロと崩れていった。

 

「目標、撃沈確認!」

 

真田の報告が戦闘が終わったことを物語っていた。達也達は呆然とザンの後姿を見ていた。




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第15話

はい、説明回です。次回から入学編突入です。


二日後、深夜達と風間は別荘ロビーに集まっていた。先日の謝罪と戦闘、そして達也、ザンについての説明だ。達也について一通りの説明があったあと、ザンの番となった。

 

「次に桐生君なのだが、あの力はいったい…」

 

「それについては、私という人間がどういうものか、から説明する必要があります」

 

一息つくと、ザンは全員を一旦見渡してから口を開いた。

 

「私は、別世界から来た異世界人です。信じられないかも知れませんが、そこは信じていただくほかは無い」

 

深夜を除く全員が驚愕した。ザンが普通の人間では無いことは、皆うすうす感じてはいた。しかし、異世界から来た人間など、本当に存在し得るのか。

 

「…異世界の人間は、皆あのような力を持っているのかね?」

 

「いえ、基本的に前にいた世界の人間は、この世界と大差ありません。しかし、私は『龍の因子』を持つ者です。前の世界では、龍の因子を持つ者を『龍騎士(ドラゴンナイト)』と呼んでいました。龍騎士はその龍の因子の力を用いオーラを自在に操り戦闘を行います。こちらの世界の方々には馴染みが薄いかも知れませんが、所謂『氣』の力に似たようなものです」

 

「なるほど。では敵兵の銃弾や魔法が効いていないようにも見えたが、それも龍の因子が関係するのかね?」

 

「はい。オーラで覆われた人間は非常に堅牢な鎧を着ているようなものです。銃弾など通用しません。あと、魔法ですが、これは龍騎士の性質が関係します」

 

「性質?」

 

「はい。お分かりになったと思いますが、龍騎士は非常に大きな力を有します。この力が悪用されないよう、特に精神関連の魔法には鉄壁を誇ります。例えば、マインドコントロールのような事は影響を受けませんが、達也の『あの魔法』であれば多少のダメージを受けるでしょう」

 

ザンの説明に皆あっけに取られていた。『あの魔法』は間違いなくマテリアル・バーストを指しているだろう。それを持って多少のダメージとは。

 

「ああ、前に居た世界では、あの威力の魔法がバンバン飛び交っていましたので、その程度で死ぬ様では龍騎士は務まりませんよ」

 

開いた口がふさがらないという言葉を、ザンを除く全員が実感していた。

 

「ご認識済みと思いますが、私の存在を公表しないでください。必ず、私を狙うものが現れます。そうしたら戦争となるのは明白です。この力は、一国が持つべきものじゃない」

 

「ああ、承知した。この件は私の胸にしまっておく」

 

 

-○●○-

 

 

風間が帰った後、今度は深夜達から質問攻めにあうことになった。

 

「私達を護った、あの魔法は?」

 

「魔法は、正直専門外だからな。なんといえば分からないんだ。ただ、皆が後ろに居たあの時、護る力を強く欲した。その時魔法演算領域が塗り替えられたのを感じたよ。俺だけの護るための力。しかし、他の魔法はうまく使えなくなったようだけどね」

 

「そうなんですか!?私達を護るために…」

 

「いいんだよ、深雪。俺が心の底から欲したものなんだ。それより謝らなくてはいけない。皆、すまない」

 

頭を下げるザンに、皆頭の上に疑問符を乗せていた。

 

「何故、謝るのですか?」

 

「実はあの魔法、四系統八種類全てを含み、且つ精神干渉魔法でもあるんだ。護る対象の精神に干渉し、その人が『死ねない』理由を持ってくる。その想いを付与して鉄壁の盾を構築する魔法のようなんだ。その為、皆が隠していることすら俺には見てしまう」

 

「…ま、まさか」

 

「そのまさか、だ。決して他人には知られたく無い秘密もね。例えば、『深雪の達也に対する想い』『深夜の達也にしたこととその真意』『その真意に気づいている達也の意思』などがある」

 

顔を真っ赤にした深雪の隣でそれまで沈黙していた深夜が、がたっと立ち上がる。

 

「私がしたことが、分かるというの?」

 

「はい。人工魔法演算領域を植え付ける精神改造手術を施した真意も。貴女は建前上、先天的な魔法演算領域を『分解』と『再成』に占有されていたため、通常の魔法師としての才能を持たなかった達也が、魔法師でなければ四葉家の人間として居られないことから、『強い情動を司る部分』を白紙化し精神改造手術を施したとしていると思いますが、実際は違う」

 

「…やめて」

 

「達也が六歳のときに、自分を分解と再生をしてしまうことで死にかかったのですね。二度とさせまいと感情を押し殺してでも、精神改造手術をして生かしたかった。例え息子に恨まれようとも」

 

「やめて!…真意を気づいている?」

 

ザンが答えようとしたときに、達也が遮った。その目には決意が見て取れる」

 

「はい。私にされた精神改造手術について、奥様の想いについては察しておりました。強い情動が無いからこそ、この真意にたどり着いたと考えております。ありがとうございます」

 

礼を言う達也に、深夜は泣きながら抱きついた。

 

「ごめんなさい、達也!…ごめんなさい。あの時はそれしかなかったけど、それでも後悔しなかったことは無かった。ごめんなさい」

 

「謝らないでください。私はあなたに助けられたのです。『分解』『再生』は通常の精神状態では使いこなせないでしょう。何も謝ることは無いのです。私は感謝しているのですから」

 

達也は抱きながら、深夜の嗚咽が止まるまで抱き合っていた。

 

 

-○●○-

 

 

「あの葉が落ちたとき、私もこの世を去るのね…」

 

「それでしたら、硬化魔法で動かないようにしてきますね」

 

「…情緒もへったくれも無いんだから」

 

「それは情緒とは言いません!縁起でもない。今週末には退院するんですから、今はゆっくりしていてください」

 

病院の一室。二人の女性はコントをしていた。ジト目で見る穂波に対し、深夜はそ知らぬふりをしていた。

コンコンとノック音が病室に響く。穂波は扉を開けると、そこには真夜が居た。

 

「こんにちは、穂波さん。ごきげんいかが?」

 

穂波は真夜と軽く挨拶をすると、病室から出て行ってしまった。真夜は別途の傍の椅子に腰掛けると、深夜の顔を見つめる。

 

「こんにちは、姉さん。調子はどう?沖縄では災難だったわね」

 

「ええ、まったく。それにしても今日まで見舞いにも来ないなんて、薄情な妹も居たものね」

 

「私には四葉の仕事があるのよ、姉さん。知っているくせに、嫌味を言わないで頂戴。…本当に心配したんだから」

 

そういうと、真夜は深夜に抱きついた。微かだが真夜の身体が震えている。左手で真夜の頭を軽く撫でると、深夜は微笑んだ。

 

「ごめんなさい、心配をかけて。大丈夫よ、検査結果待ちなだけなのだから。それに…」

 

「それに?」

 

顔を上げた真夜に、深夜は微笑んだ

 

「それに、今度あの家を出ようと思っているの。穂波にも話してはいるんだけれど、空気の良いところで療養をしようとかんがえているのよ」

 

「どうしたの、急に」

 

「ええ。私は、あの子達の母親なんだと思い知らされて、ね。あの子達の成長を見守りたくなったのよ」

 

「そう。やはり『母は強し』かしらね。…昔は無茶ばかりしていたけど。聞いたわよ、昔私のプリンを食べたことをごまかすために、私の『経験』を『知識』に変えたんですってね?『忘却の川の支配者(レテ・ミストレス)』とまで言われた人が、何・を・し・て・い・る・の」

 

最後の一言一言に合わせて、指で深夜の額を小突く真夜。

 

「…っ!あの、バカ!何話しているの…!」

 

涙目でそこに居ない人物に恨み言をいう深夜だったが、真夜にジト目で見つめられて観念した。

 

「だって、しょうがないじゃない?あの時あなたは、いつまで経っても『プリンー!プリンー!!』って泣け叫んで収まらなかったんですもの。でも、魔法を使ってから後ろめたくなってしまって、あなたのことを見ていられなくなったのよ。本当に申し訳ないと思っているわ」

 

「…でも、彼が切っ掛けをくれた。でしょ?姉さん」

 

「そうね、本当にそう。色々なことがあったけれど、私にとっては子供達と、そしてあなたと向き合える切っ掛けをもらった事が、一番かしらね。そうだ。薄情な旦那とは別れて、再婚を考えようかしら。あの子達も顔見知りの方がいいと思うし。彼ならいいでしょう?」

 

「駄目よ!ぜっったいに、駄目!姉さんにはあげないんだから!大体何考えているのよ。ザンはまだ中学生よ、中学生。自分と同い年の父親なんて、受け入れられるわけないでしょう!」

 

そう真っ赤になって抗議をあげていた真夜だったが、口に手を当ててニヤニヤ笑っている深夜に愕然とした。そう、からかわれていたことに気がついたのだ。

 

「ふーん、そう。私は『彼』としか言わなかったけど、真夜はザンだと思ったのね。何でかしらねー?」

 

「知らない知らない!お大事にね、姉さん!!」

 

真っ赤になって真夜は出て行ってしまった。一人残された深夜は窓の外の青い空を見ていた。

 

「私達が中学生になったとき、真夜を助けてくれた彼への私達の想いは『あこがれ』だった。でも、今のあなたはどうなのかしらね、真夜?」

 

 

-○●○-

 

 

中学三年生になったころ、ザンは達也や深雪と同じ中学に転向した。これはザンがさらに魔法について学びたいと真夜に言ったことがきっかけだった。ザンは達也や深雪と同じく国立魔法大学付属第一高校を志望しているとの事だった。どうせ二人に会うのであれば、予め同じ中学出身としたほうが都合が良いだろうとの判断だ。

学力的にはザンには非常に高い関門だったが、達也の指導によりメキメキ成績を上げ、無事三人とも合格した。

ザンは四葉邸を出て、達也達の自宅近くのアパートに引っ越すことにした。四葉邸は何より遠いし、達也達の邪魔はしたくないとの事でそうなった。この件は後日深雪に大変不評を買った。

 

いよいよ、三人の激動の高校生活が始まる。



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入学編
第01話


やっと入学編に入りました。


国立魔法大学付属第一高校。最も優秀な魔法師を輩出するエリート校。そこは徹底した才能主義。残酷なまでの実力主義。それが魔法の世界。この学校に入学を許されたこと自体エリートということであり、入学の時点から既に優等生と劣等生は存在する。

 

「納得いきません!!」

 

入学式の朝、校門で男女は言い争っていた。

 

「何故、お兄様が補欠なのですか!?入試だってトップ成績だったじゃありませんか!」

 

「まだ言うのか、深雪」

 

「そもそも、何で深雪が達也の成績を知っているんだ?」

 

言い争いというより、少女が詰め寄っていているようだ。しかし周りからの注目を集めてしまっていた。無理も無い、綺麗なストレートの黒髪をもつ絶世の美少女と詰め寄られている長身の好青年。その隣で好青年より若干背の低い、ボサボサ頭の少年がからかっていた。

 

「ここは魔法科高校。ペーパーテストより実技が優先されるのは当然だ。俺の実技能力では、二科生とはいえよく受かったと思っている」

 

「お兄様!勉学も体術もお兄様に勝てるものなどありませんのに!」

 

ヒートアップしてきた深雪を、からかっていたザンが諌める。注目を浴びすぎだ。

 

「まぁまぁ、深雪。達也だって納得しているんだからさ。そのくらいで…」

 

「ザンさんもです!あなたまで一緒に補欠とはどういうことですか!それになんですか、その頭!ファッションのつもりですか!!もっときちんとしてください!あなたほどの対魔法師のエキスパートはおりませんでしょうに!」

 

―言えない。実技試験日に四葉の仕事をしていて試験を受けられなかったなんて、言えない。それにしても、本当に良く受かったものだ。今年は競争倍率低かったのかな?―

 

「深雪!」

 

達也の声色で、深雪がハッと気づく。

 

「言っても仕方の無いことだと、気づいているのだろう。それにザンのことをこのような場で言うものではない」

 

「も…申し訳ございません」

 

深雪の頭に手を添え、達也は優しく深雪を諭す。

 

「深雪。お前が俺の代わりに怒ってくれるから、俺は救われているんだ」

 

「そうだぞ、深雪。達也の言うとおりだ」

 

妙にノリの良いザンを訝るが、まずは深雪の機嫌を良くする事が肝心だ。

 

「お前が俺のことを考えてくれているように、俺もお前のことを思っているよ」

 

「ああ、その通りだ」

 

深雪はザンを見た。若干怪しんでいるようだ。

 

「…本当ですか?ザンさんも想ってくれているのですか?」

 

「ああ、当然だろう」

 

即答したザンだったが、同じ音なのに何故か意味が違うような気がした。その証拠に深雪が顔を赤くして悶えている。達也はザンの天然ぶりに嘆息しながら続ける。

 

「深雪、俺たちは可愛い妹の晴れ姿を楽しみにしてるんだ。そんな俺たちの為に、その姿を見せてくれないか?」

 

「分かりました。行って参ります、お兄様、ザンさん。ちゃんと見ていてくださいね」

 

上機嫌になって、深雪は会場へと向かった。

 

「達也、これからどうする?まだ式までは時間があるぞ」

 

「どこかベンチにでも座って、時間をつぶそう」

 

そういいながら、敷地内に入っていった二人。一通り回るとベンチで休むことにした。達也は端末を見て、ザンは寝ていた。そんな時、悪意が聞こえてくる。

 

「あの子たち、ウィードじゃない?」

 

「補欠が頑張っちゃって」

 

「所詮スペアなのにな」

 

魔法教育に、平等は存在しない。左胸に八枚花弁のエンブレムを持つ一科生、花冠(ブルーム)。エンブレムを持たない二科生雑草(ウィード)。魔法教育には事故が付き物のため、事故がトラウマとなり魔法が使えなくなる者も出てくる。二科生はその穴埋め要員でしかないのだ。

 

―さてさて、深雪ほどのエリートがこの中でどれほどいることやら、仮初のエリートさんたち―

 

ザンが値踏みをしている隣にいる達也の端末が、式開始まで三十分であることを告げる。

 

「さて、いくか。お姫様の晴れ舞台を見に、さ」

 

苦笑して達也が立ち上がったとき、一人の女生徒から声をかけられる。

 

「新入生ですね?そろそろ会場に向かったほうが良いですよ」

 

女性とのブレザーには、八枚花弁のエンブレム。一科生の先輩か。達也はその先輩がCADを持ち歩いていることに気づいた。CADを携帯できるのは、生徒会役員と特定の委員会のみのはず。

 

「あ、名乗っていませんでしたね、ごめんなさい。私は第一高校の生徒会長の七草(さえぐさ)真由美(まゆみ)です。よろしくね」

 

茶目っ気のある笑顔で挨拶をする真由美。『七草』。数字付き(ナンバーズ)。十師族か。

 

「自分は司波達也です」

 

「おなじく、桐生斬です」

 

「あなたたちが、あの司波くんと桐生くん?」

 

―新入生総代、主席入学の司波深雪の兄なのに、魔法がまともに使えない『あの』か―

 

「あの入学試験、七教科平均、九十六点!特に受験者平均が六十点台だった魔法論理と魔法工学で満点の司波くん!前代未聞の高得点で、先生方は大騒ぎよ!あと、桐生くんの場合は実技試験の方で大騒ぎだったわ」

 

ザンは悩んでいた。確かに何故俺は受かったのだろう。特にペーパーテストが高得点であったはずはない。極東の魔王と言われた人物の顔が浮かんだが、まさかと否定した。そんなザンが悩みの中、達也は自分の胸元を指差した。

 

「ペーパーテストの成績です。実技はからっきしなのでこの通り」

 

「ううん、少なくとも、私にはそんな高得点は取れない。すごいわ」

 

達也が苦手そうにしていたので、ザンは助け舟を出すことにした。

 

「達也、そろそろ行かないと、席なくなっちゃうぞ」

 

「ああ、そうだな。七草生徒会長、失礼します」

 

正直助かった気持ちの達也だった。

 

「そういえば、実技試験で何かあったのか?先生が大騒ぎになるとは。まさか、あの魔法を使ったのか?」

 

「いや、そうじゃないんだ。まぁ、いいじゃないか。急ごうぜ、達也」

 

訝る達也の背中を押しながら会場に向かった。知られるわけにはいかない。特にあの氷の女王には。

 

 

-○●○-

 

 

会場に入ったら、分かりやすく分かれていた。前が一科生、後ろが二科生か。差別意識はどちらにあるのか。達也は余計な問題は起こしたくないと、後ろの席に向かい、ザンも続く。隣通し空きがあったところに座った。

 

「あの…隣は空いていますか?」

 

達也に声をかけてきた、眼鏡の女生徒。今時眼鏡をかけるのも珍しい。

 

「ああ、どうぞ」

 

「良かったー!一緒に座れるね」

 

後ろの赤毛の女生徒が眼鏡の女生徒に抱きつく。だいぶ活発の子のようだ。さすがに眼鏡は慌てていたが、自分の気持ちを落ち着けると達也たちに向き直る。

 

「私は、柴田(しばた)美月(みつき)といいます。よろしくお願いします」

 

「司波達也です。こちらこそ…」

 

「俺は、桐生斬。よろしく~」

 

「私は千葉(ちば)エリカ。よろしくね、司波くん、桐生くん。それにしても、シバにシバタにチバって、語呂合わせみたいで面白いね。…ってどうしたの?桐生くん」

 

「いや、名門高校で入学式前に早くもハブられるというイジメにあっているって、ツブヤイッターに投稿しようと思って…」

 

「や、やめてよ!別にのけ者にしようとしたわけじゃないんだから!…ひょっとして、ワザとやっていない?」

 

「もちろん!」

 

サムズアップし満面の笑みのザン。さすがのエリカも呆れているようだ。

 

「あなたにはなんか勝てそうな気がしないわ。司波君は、桐生君と付き合いは長いの?」

 

「中学が同じなんだ。三年の時にザンが転校してきてな。それからの付き合いだ。ザンの相手は程々にしないと、疲れるぞ」

 

「…うん、実感している」

 

「静粛に!」

 

そんなことをしていたら、式がはじまった。

 

新入生代表の答辞は、実にスリルあふれる内容だった。『皆等しく』『魔法以外でも』などきわどいフレーズがあり、達也ですらハラハラしているようだった。しかし、新入生・上級生にかかわらず深雪の堂々とした態度と並外れた美貌に魅了され、気が付いていないようだった。ザンは一人声を殺して笑っていた。

 

-○●○-

 

 

入学式も終わり、皆IDカードを受け取っていく。

 

「達也何組?俺、E組だった」

 

「E組だ」

 

「私も、E組です」

 

「やった、あたしもEだ。ねね、これからホームルーム見に行かない?」

 

エリカの提案を達也はやんわりことわった。

 

「すまない、妹と待ち合わせをしているんだ」

 

「もしかして、新入生総代の司波深雪さんですか?」

 

「ああ、そうだ」

 

「ひょっとして…双子?」

 

「よく聞かれるが、俺が4月生まれで妹が3月生まれなんだ。だから学年が同じなんだ」

 

ふーん、とエリカが珍しいこともあるものだと納得していると、達也の後ろで冷気が漂っていた。きっと達也の気のせいではないだろう。隣でザンが楽しそうにニヤニヤしている。

 

「お兄様!ザンさん、お待たせいたしました」

 

にこやかに深雪が達也の下に走って来た。その後ろには真由美含め何人かが達也の方に、正確には深雪の下に歩いてきていた。

 

「深…」

 

「お兄様、そちらの方たちは?」

 

「ああ、同じクラスになった、柴田美月さんと千葉エリカさんだ」

 

達也の答えに深雪はにっこり微笑んでいる。微笑んではいるが、何故か深雪は冷気を纏っている。

 

「さっそく、クラスメイトとデートですか?」

 

達也は、答辞後深雪が色々な人に絡まれてストレスが溜まっていると判断した。

 

「そんなわけ無いだろう、深雪。それに、そういう言い方は二人に失礼だろう?」

 

「申し訳ありません、柴田さん、千葉さん。司波深雪です。お兄様同様、よろしくお願いいたします」

 

「こちらこそ、よろしく!あたしはエリカでいいわ。深雪って呼んでもいい?」

 

「ええ、お兄様と区別がつないですもの」

 

「あは!深雪って実は結構気さく?」

 

達也は真由美の存在を確認すると、深雪に生徒会メンバーに用があるのではと確認したが、答えたのは真由美だった。

 

「大丈夫です、今日は挨拶だけですから。先にご予定があるんですもの。また日を改めます」

 

すぐ後ろに居た生徒会メンバーの男子生徒が予定が狂ってしまうのではと懸念していたが、真由美は気にせず帰ってしまった。男子生徒は達也を一瞬睨むと踵を返したが、その目の前にはザンがいた。

 

「うおっ!」

 

突然自分の目の前に現れた男子生徒は、ニコニコ笑っていた。

 

「経った今、凄く睨まれたので理由を伺えればと思いまして。あ、申し送れました。1年E組 桐生斬です、初めまして。初めてお会いする先輩に睨まれるような覚えがありませんが、何か私たちはご迷惑をおかけしましたか?」

 

「特に無い!失礼する!」

 

「そうですか」

 

肩を怒らせて男子生徒は歩いて行ってしまった。その後姿を、ザンは面白いものを見つけたような顔をしていた。それを見た達也は嘆息した。

 

「あまり目立つようなことはしないほうがいいぞ、ザン。生徒会を敵に回すつもりか?」

 

「いや、そんなつもりは無かったんだけどね。如何にも『魔法師はいつも冷静を心がけなければならない』とか堅苦しいことを言いそうな感じだったのに、行動が伴っていなかったからどういう人物か気になってね」

 

「そんな理由でつっかかるな。柴田さんや千葉さんにも迷惑がかかるだろう?」

 

「ああ!それは悪いことをした。お二人にはご迷惑をおかけして申し訳ない」

 

深々と頭を下げるザン。美月は慌てて両手を振る。

 

「いいですよ、気にしていませんから」

 

「あたしも、あの人、というか取り巻き全員の目が気に入らなかったから、スッとしたよ」

 

「そう言ってもらえると助かるよ。これからもよろしく、柴田さん、千葉さん」

 

「こちらこそ、桐生くん」

 

校門を出たところで、ザンは達也たちに別れを告げた。

 

「家に寄らないか?コーヒーぐらい出すぞ?」

 

「今日はちょうど特売やっているから、スーパー寄ってから帰るよ。じゃあな、また明日」

 

 

-○●○-

 

 

特売の卵は売り切れていたが、それ以外の目ぼしい物が買えたことに気を良くしていた。スーパーを出て自宅方向に歩き出したときに前方より悲鳴が聞こえる。

 

「引ったくりよ!」

 

どうやら女性はかばんを引ったくられたようで、倒れていた。近くの女性が前方を指す。その先には魔法を使用しているのだろう、高速で逃げる男の影があった。頭をガシガシ掻いたザンはため息を付いた後走り出した。被害女性の脇に買い物袋を置くと、もう一段階速く走る。大体二百メートルを越えたあたりで犯人を追い抜くと、振り返って顔面を掴みそのまま地面に叩きつけた。

 

警官と被害女性が一緒にザンのところに歩いてくる。女性はザンの買い物袋を持ってきてくれていた。

 

「ありがとう、買い物袋を持ってきてもらって申し訳ない」

 

「いえ、こちらこそありがとうございます。なんとお礼を言えば良いのか」

 

「いやいや、気にしないでください。お怪我はありませんでしたか?」

 

「はい、こちらの警察の方にもお話しましたが、怪我はしていませんので」

 

「そうですか、良かった。では、失礼します」

 

「待ってください、調書を書きたいので、お話伺いたいのですが」

 

警官の言葉に対して、ザンは右手を上げて謝る意思を示して、走って逃げてしまった。その速度に二人とも目を見張っていた。

 

「第一高校の生徒のようだったけど、どうしようかなぁ?」

 

女性はお礼が完全には言えておらず、警官は解決した者の名前が確認できず困っていた。道路を挟んだ向かい側の歩道では、第一高校の制服を着た大きな生徒がその光景を見ていた。



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第02話

翌朝、達也と深雪が家から出てくると、家の前にはザンがいた。

 

「おはよう、達也、深雪」

 

「おはよう、どうしたんだ?」

 

「寺に行くんだろう?俺も一緒に行こうと思ってね。深雪は制服なんだな」

 

「ええ、先生には進学の報告がまだでしたから。あ、朝食も、と用意したのですが、ザンさんの分がありません。作ってきます」

 

「大丈夫大丈夫、俺も作ったから、ほら。向こうで交換しよう」

 

「嫌です。ザンさん、女子のプライドを砕きに来るんですから。あ、もう時間がなくなってしまいます。早く行きましょう」

 

達也は魔法と身体能力で坂を駆け上がり、深雪はローラーブレードと魔法を使ってバックで上がっていく。ザンも二人の後を鼻歌交じりに走ってついて行った。ジョギング中の人たちを慌てさせたのはご愛嬌である。階段を上り門をくぐると、複数の僧侶らしき者たちが達也を待っていた。

 

達也が踏み込むと乱取りの修行が始まった。深雪とザンは邪魔をしないように門のところで見ていると、深雪の背後に人影がすっと現われる。それとほぼ同時にザンはその人影に蹴りを放つ。深雪が吹き飛んだ方向を見ると剃髪の男が蹴りをブロックした腕をふりながら笑っていた。

 

「いやぁ、ザンくん。もう少し手加減してくれないかな。腕が折れてしまっては大変だ」

 

「それであれば、深雪を怯えさせないでください。そのまま放っておいたら、俺が達也にどやされる。深雪に用があるなら、真正面から普通に話しかければよいのに」

 

「それは難しい注文だねぇ。この九重(ここのえ)八雲(やくも)は『忍び』だからね。忍び寄るのは、(さが)みたいなものさ。そんなことより…」

 

ザンは嘆息していたが、八雲の目は光っていた。その八雲の目にザンは見覚えがあった。確かあれは沖縄で見た穂波の目にそっくりだ。

 

「そんなことより、いいねぇ、第一高校の制服。清楚の中にも色気があって、まさにほころばんとする花の蕾。そう、これは萌えだ!萌えだよ、深雪くん!!」

 

力説している八雲の頭に手刀が落ちてきた。ギラリと目の光った達也だ。

 

「少しは落ち着いてください、師匠」

 

「やるねぇ、達也くん。僕の背後を取ると、は!!」

 

そのまま八雲と達也の組み手が始まった。

 

「いやぁ、成長したね、達也くん。体術だけでは辛くなってきたよ」

 

稽古が終わり、達也は大の字に寝て息を整えていた。深雪が達也にタオルを渡す際に、膝が汚れてしまった。達也は汚してしまったことを詫びるが、深雪は特に問題ないと言い魔法で自分の膝とさらに達也の服を綺麗にする。

 

「どぞ、差し入れです。朝食にしましょう」

 

「ザンさん、私の前に渡さないでください!私が出せなくなってしまうじゃないですか!」

 

深雪がザンに突っかかっているとき、達也は八雲に向き合った。

 

「先ほどは褒めていただきましたが、まだまだ一方的にやられている状態なんですが」

 

「達也くん、それは仕方が無いよ。まだ君は学生の半人前だ。そんな弟子に後れを取る師匠では、情けないじゃないか」

 

それを聞いた達也は、目線をザンに移す。

 

「…まぁ、何事にも例外というものがあるけどね。ザンくんは、既に完成された戦士だ。何故その歳でその境地に至れたのか、こちらが聞きたいくらいだよ」

 

「…ふあ?」

 

深雪お手製のサンドイッチを頬張っているザンを見て、何故か達也と八雲はため息を吐いていた。

 

 

-○●○-

 

 

「オハヨ~」

 

「おはようございます」

 

「柴田さん、また隣なんだ。よろしく」

 

「あたしも、もっと席が近かったらよかったのになー」

 

朝、達也はエリカと美月に挨拶をすると、机にIDを入れて履修登録を始める。キーボードで高速入力をしていると、後ろから感嘆の声が上がった。

 

「すげー」

 

振り返ると男子生徒が立っていた。

 

「わりぃ、キーボードオンリーなんて初めてでさ。俺は西城レオンハルト。親がハーフとクォータなんで、こんな名前でさ。レオでいいぜ」

 

「司波達也だ。達也でいい」

 

「得意魔法は、収束系の硬化魔法。志望は機動隊か山岳警備隊だ。達也は?」

 

「実技は苦手でね。魔工師志望だ」

 

魔工師という単語が出てきたため、美月も自分の志望もそれと声を上げる。

 

「え、何?達也くんて魔工師志望なの!?」

 

「…達也、こいつ誰?」

 

エリカに指さして言うものだから、エリカはすぐに噴火した。

 

「うわ、いきなりコイツ呼ばわり?モテナイ奴の典型ね!」

 

「な、てってめえ!ちょっとツラがいいからって…」

 

「ほほう?」

 

睨み合うエリカとレオの間から、にゅっとザンの頭が生えてきた。

 

「聞きました?美月さん。これは恋!恋が始まったんですよ!初対面の女性に対して容姿を褒めるというのは、口説きに入っている証拠!だが残念。エリカたんは俺のものだ!」

 

ふんっとふんぞり立ち上がるザンの隣でエリカが顔を真っ赤にする。

 

「しかし、君は諦めずにエリカたんを口説くんだろう、こんな風に。『ああ、エリカ。その愛らしい瞳を見せておくれ。そのひばりのような声を俺に聞かせておくれ。その可愛らしい唇を塞いでしまいたい!!俺は…』」

 

その芝居がかった口上がどこまで続くのかと思ったら、ザンが突然止まった。周りが怪しんでいると、レオに向き直る。

 

「…初めまして、桐生斬です。ザンでいいよ。名前教えてもらえないかな?」

 

「あ、ああ。俺は西城レオンハルトだ。レオでいいぜ」

 

「ありがとう、レオ。『俺は、レオンハルトはエリ…』」

 

「続けるなーー!!」

 

息の合ったエリカとレオの静止に、さすがのザンも止まった。しかし次の瞬間にニヤニヤしだす。

 

「いやー、息が合っていますね。さすがと言っておこう!」

 

「…達也~」

 

「…諦めろ、レオ。ザンはこういう奴だ」

 

肩を落とすレオの隣で顔を真っ赤にしてザンを鞄でバンバン叩いているエリカがいた。少し後方から、まるで信じられないものを見たような表情をした男子生徒がいた。

 

 

-○●○-

 

 

工房見学が終わり、昼食を食堂でとることとなったE組有志。ザンは弁当を持ってきていたため、ホームルームに一旦取りに帰えることになった。廊下で深雪とその取り巻きたちにあったので、達也は食堂にいることを伝えておいた。

 

弁当を持ち、いざ衝動に向かうと早くも達也たちが怒りをあらわにしながら来た。主に怒っていたのはエリカをレオだったが。話しを聞くと、何でもあの取り巻き達が席をゆずれだの一触即発状態になり、仕方なく達也は切り上げてきたとの事。結果的にあの一団ごと食堂へ導いてしまったことを心の中でエリカとレオに謝りながら、さりとてホームルームに引き返すのも悔しいので、ザンは屋上に行くことにした。

 

「いっただっきまーす」

 

一人弁当を食べながら、昨夜のことを思い出していた。

 

「学校であの魔法を使うのは、なるべく控えなさい」

 

「何故です?」

 

「あなたが一番分かっていると思うけど、あの魔法は対象者のプライベートを無くしてしまうわ。あれが必要なことなど、そう多くは無いでしょう」

 

「それは、そうですね。テロや戦争が起きない限り、自分の魔法を誇示したい為に使って良いものでは無いですね。例えば、双子の姉の年齢が…」

 

「ん?」

 

顔は笑っているが、目は決して笑っていない。首を傾げて可愛らしい仕草だが、ザンの背中は冷えっぱなしだ。

 

「いえいえ、何でもありません」

 

「また今度、いらっしゃいな。あなたの入れる紅茶も飲みたいし」

 

まるで紅茶を入れるために来いと言っているみたいだ。その言葉に、苦笑しながら了承するザンだった。

 

-○●○-

 

 

「よくもまぁ、飽きないというか、たいしたものだと、褒めるべきなのか」

 

嘆息するザンの前には、また例の一団。放課後になり帰るために校門まで来たところである。

 

「いい加減にしてください!深雪さんは、お兄さんと帰ると言っているんです!!」

 

「み、美月!?」

 

美月の剣幕に、エリカが珍しく慌てる。

 

「何の権利があって、二人の仲を引き裂こうというのですか!!」

 

「そうだー、そうだー」

 

しれっとザンが美月の意見に拳を振り上げて同意する。声のトーンは一本調子だが。美月のセリフに、深雪が顔を赤くする。

 

「み、美月ったら一体なにをっ、何を勘違いしているの!?」

 

「何故お前が焦る、深雪?」

 

「あ、焦ってなどいませんよ?」

 

「何故に疑問系?」

 

兄妹コントが繰り広げられる中、一科生の温度が上がる。

 

「これは俺たち一科生(ブルーム)の問題だ!二科生(ウィード)が口を出すな!けじめをつけろ!」

 

美月の隣で茶化していたザンだったが、その言葉を聞き一科生の男子生徒睨みつける。

 

「ほう。面白いことを言うなぁ、一科生(ブルーム)。ただ、君たちはけじめの前に考えることを止めているものがあることに気づいていないのか?」

 

「…なんだよ」

 

「彼女の、深雪の()()だ。人として、他人(ひと)を思いやること一つ出来ない奴を何て言うか、知っているか?クズっていうんだよ。君たちの立場なぞ知らない。ブルームブルームって言って悦に入っていれば良いだろう。深雪や俺たちに関わるな!」

 

「き、貴様!二科生のくせに分をわきまえない奴だ。いいだろう、まずは二科生と俺たち一科生の違いをみせてやる!」

 

「おもしれぇ、だったら見せてもらおうじゃないか!」

 

売り言葉に買い言葉。一科生の売り文句に何故かレオが買ってしまった。男子生徒はすばやくCADを抜くと、レオに向けて魔法構築をする。特化型CADと男子生徒の才能からか構築が早い。

レオは相手のCADを掴みに行こうとするが、ザンはそのレオの襟首を掴むと後ろに飛ばし、レオの盾になる為に前に出る。しかし魔法が完成する事は無かった。エリカが警棒でCADを叩き飛ばしていたのだ。

 

「この間合いなら、身体を動かした方が早いのよね。それにしてもレオ、起動中のCADに触れようとするなんてバカ?ザンくんが止めてくれたから良かったものを。ザンくんに感謝しなさい」

 

「ゲホッ、ゲホッ。すまねぇ、助かったよザン」

 

「いえいえ、どういたしまして。ていうか、俺の見せ場取るなよ…」

 

言い終わる前にサイオン光が煌く。他にも魔法を行使する者がいたのだ。ツインテールの女子生徒が起動式をを完成する直前、飛んできた光が起動式を吹き飛ばした。

 

「やめなさい!自衛目的以外での魔法の対人攻撃は、校則違反の前に犯罪行為ですよ!」

 

「風紀委員長の渡辺(わたなべ)摩利(まり)だ!君たち、1-AとEの生徒だな。事情を聞かせてもらおうか」

 

やって来たのは生徒会長の真由美と風紀委員長の摩利だった。どうやら真由美が起動式を吹き飛ばしたようだ。ほとんどの者が自分たちのしたことの重大性に気が付いた。特に一科生は皆顔を青くしている。そんな中、達也は摩利の前に出た。

 

「すみません、悪ふざけが過ぎました」

 

「悪ふざけ?」

 

「はい、森崎一門の早撃ち(クイック・ドロウ)は有名ですから。後学の為に見せてもらうだけだったのですが、あまりのスピードについ手が出てしまいました」

 

一科生森崎は驚いていた。自分は名乗りもしておらず、しかしこの男は早撃ちを見抜いていたのだ。

 

「では、あそこの女子は?攻撃魔法を発動させていたのではないのか?」

 

指摘された女子生徒は、いっそう顔を青くし震えていた。隣の女子生徒が抱きとめて、なんとか立っている。

 

「あれは、ただの閃光魔法です。威力もだいぶ抑えられていました」

 

「ほう。君はどうやら起動式が読み取れるようだな。だが普通、そんなことは不可能だ!」

 

「…実技は苦手ですが、分析は得意です」

 

「…誤魔化すのも得意なようだ」

 

「摩利、もういいじゃない。達也くん、本当に見学だけだったのよね?」

 

沈黙する二人の間に割って入って、ウインクしながらこれで終わりと話を進める真由美。摩利もしぶしぶ同意した。

 

「コホン、会長もこう仰られていることでもあるし、今回は不問とします。以後、気をつけるように」

 

一同は姿勢を正し、真由美と摩利に頭を下げた。摩利は踵を返すときに達也に名前を聞いていた。

 

二人が見えなくなってから、森崎が達也を睨んだ。

 

「…借りだなんて思っていないからな」

 

嘆息して達也が応じる。

 

「貸したなんて思っていないよ」

 

「僕は森崎駿。お前が見抜いたとおり、森崎家に連なる者だ。司波達也、僕はお前を認めない!司波さんは、僕らと一緒にいるべきなんだ。それとお前!」

 

ザンは指され、何事かと思った。

 

「俺?」

 

「名前はなんと言うんだ!」

 

「桐生斬だ。ザンでいい。いきなりフルネームで呼び捨てされたくないからな」

 

「…くっ、ザン、お前も認めないからな!」

 

そう言うと、森崎は去っていった。一科生のほとんどもそれについて行ってしまった。

 

「お兄様、そろそろ帰りませんか?」

 

達也が深雪の言葉に同意して帰ろうとしたところ、先ほどの閃光魔法の女子生徒が達也たちに声をかける。

 

「み、光井(みつい)ほのかです。さっきはすみませんでした!」

 

北山(きたやま)(しずく)です。ほのかを庇ってくれてありがとう。大事に至らなかったのは、お兄さんのおかげです」

 

ほのかと雫は頭を下げて礼を言った。突然のことで、達也たちが呆気に取られていた。

 

「…どういたしまして。これでも同じ一年なんだ、お兄さんは止めてくれ。そこのアホも笑っていることだし。達也でいいから」

 

確かにザンは笑っていた。どうやらお兄さん呼ばわりがツボだったのだろう。ヒーヒーと苦しそうだ。

 

「それで、…あのっ、えっとその、駅までご一緒していいですか?」

 

どうやらほのかたちは達也たちと一緒に帰りたかったようだった。断る理由も無いため、皆快く同意した。



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第03話

朝、駅でレオやエリカ、美月と合流した達也たちは、登校途中で背後から声をかけられた。それもずいぶんと親しみを込めたものだ。

 

「た・つ・や・く~ん!」

 

達也たちに笑顔で、それも手を振りながら生徒会長(こあくま)がやってきた。達也は頭を抱えたくなった。

 

「お兄様?確かお知り合いになってまだ数日でしたね?本当に、ただお知り合いになっただけですか?」

 

怪しむ深雪に、後ろめたいところの無い達也だが、若干引いていた。

 

「ザン、何とか言ってくれ。お前もあの時にいただろう…。何をやっているんだ?」

 

最初はレオの前を歩いていたザンだったが、真由美と位置を相対にしてレオを挟むように動いていた。

 

「ん?気にしないで。あの人が居なくなるまで、俺に話しかけるなよ」

 

どうやら真由美の存在にいち早く気が付いて、見つからないようにレオを壁にしているようだ。そんなことをしていると、真由美が追いついた。

 

「おはよう、達也くん、深雪さん、皆さんもおはようございます」

 

皆が挨拶したところで、真由美が深雪に生徒会について話がしたいという。

 

「ゆっくりお話がしたいので、説明も兼ねてお昼に一緒にと思ったんだけれども、どうかしら。どうせなら達也くんもどう?」

 

「それならば、是非おねがいします!」

 

昨日は達也と昼食が取れなかった深雪は、すぐに提案に飛びついた。その答えは達也の退路が無くなったことを意味している。

 

「みなさんは、どう?」

 

エリカ達は首を横にふっていた。さすがに生徒会室までは行きたくないようだ。

 

「…そういえば、ザンくんはどうしたの?今日は一緒じゃないのかしら?」

 

「ああ、ザンならそこにいますよ。レオの後ろです」

 

「…おはようございます。七草生徒会長」

 

観念して出てきたザンを、ジト目で見る真由美。

 

「…最初から居たのに、隠れていたのね。そんなに私に会いたくなかったの?」

 

「いえいえ!そんなことはありません!いやぁ、朝から会長に会えて、うれしいなぁ!」

 

美少女生徒会長にそう言われて応じないわけにはいかなかった。周りの目が痛い。主に男子生徒たちの目が。

 

「じゃあ、ザンくんもお昼に生徒会室に来てね」

 

そう誘うと、走っていってしまった。残された達也とザンは嫌な予感しかしなかった。エリカは諦めが肝心と笑いながら達也たちの肩を叩いていた。

 

 

-○●○-

 

 

昼休み。深雪はうれしそうに生徒会室へ向かっていた。

 

「どうなさったの、お兄様?生徒会長からお昼のお誘いなんて、楽しみですね」

 

「…そうだな」

 

うって変わって顔色が悪い達也とザン。憂鬱と顔に書いてある。

 

「達也はいいじゃないか。深雪の兄貴だし。昨日の帰りに大活躍だったじゃないか。俺なんか、なーんにも関係ないじゃん。目立たないように手を出さなかったのに…」

 

「だから、口だけだったのか?」

 

「そうだよ。じゃなかったら、あの森崎って奴のCADを()()()()()()()()ね」

 

「生徒会長や風紀委員長が居たことに気づいていたのか?」

 

「いや、口論が始まったころ、走って校舎の方に行く生徒が見えたからね。最悪の事態を想定していただけさ」

 

「抜け目の無いやつだな」

 

そんな話をしていたら、生徒会室の前に着いた。

 

「1-A 司波深雪と、1-E 司波達也。同じく桐生斬です」

 

「どうぞ。遠慮せず、入ってください」

 

中には4名の女子生徒が待っていた。促されて達也たちは席に着く。真由美はそれぞれの役員たちと風紀委員長を紹介した。なお、その時に会計の市原鈴音を『リンちゃん』、書記の中条あずさを『あーちゃん』と紹介した。なお、今この場にはいない、『はんぞ~くん』という副会長がいるそうだ。

 

「私のことをリンちゃんと呼ぶのは会長だけです」

 

「私にも立場がありますから、下級生の前であーちゃんはやめてください!」

 

「よろしくお願いします。リンちゃん先輩、あーちゃん先輩」

 

笑みながら挨拶するザンを、複雑な表情で鈴音とあずさは見ていた。そして二人同時に真由美を睨んだが、真由美はそしらぬ顔をしていた。ザンは一つ気になった。

 

「…そういえば、風紀委員長にはあだ名は無いんですか?」

 

「ああ、私と真由美は昔からの仲でね。そういったものは無いな。…そうだ、君なら私にどういうあだ名をつけるかな?」

 

ザンは考えた。これはセンスが問われるものだ。摩利は男装の麗人といった美少女というより美人であり、風紀委員長を務めるリーダーシップをも持っている。これを総合的に判断すると、答えが導き出された。

 

「…そうですね。『姐さん』か『姐御』?」

 

「ぷっ」

 

真由美はザンの発言に吹きだしていた。鈴音は普段通りのクールビューティー然としていたが、肩が震えている。あずさは顔を背けて、やはり肩が震えていた。

 

「…姐さんとか姐御とは、呼ぶなよ!まったく、よりにもよって何故それらが導き出されるんだ。…そうだな、では真由美はどうなるんだ?」

 

ザンは何故皆が笑っているのかが理解できなかった。イメージで言っていたのだが流石に失礼だったか。それでは、もう少しイメージを良くしてみよう。いっそのことファンタジーにいってみるか。どうせなら格式高く『姫』も付けてみよう。これなら怒られまい。

 

「じゃあ、『妖精姫』ってのはどうでしょう。妖精の様でいて、さらに高貴なイメージで」

 

「ブフー!!」

 

真由美を残し、生徒会役員と風紀委員長は吹きだしてしまった。そして真由美は何故か怒っているようだ。

 

「それも、無し!あだ名はもういいわ。…お料理が来たようだから、お昼にしましょう」

 

自動配膳機から出された料理をそれぞれに渡される。摩利とザンは弁当持参だ。

 

「ザンくんも、弁当派なんだ?」

 

「はい。一人暮らしですから、色々と切り詰めないと」

 

「ほう、一人暮らしか。どれ、一つ味見をさせてくれないか?」

 

意地の悪い笑みを浮かべる摩利だったが、以外なところから待ったがかかる。

 

「止めたほうがいいですよ」

 

「どういう意味だい?」

 

深雪は表情をなくし、答えない。目に焦点が合っていない深雪を摩利が不思議に思っていると、真由美が摩利に乗る。

 

「じゃあ、私はこの小分けされたナポリタンを少しもらうわね」

 

「では、このから揚げを一つもらおう」

 

二人は一口食べて絶句した。その光景を見ていたあずさはおろおろしており、深雪はさもありなんという顔をしていた。

 

「おいしい!よくケチャップが染み込んでいる。それに硬くなっていないし、パサついてもいない!」

 

「こちらは皮はパリパリで、中はジューシーだ。生姜がアクセントかな。この食感がたまらない!」

 

「どちらも下処理が決めてですよ。ナポリタンは味が染み込みやすいように、前日に茹でておいて冷蔵庫で冷やしておくんです。から揚げはアクセントにおかきを砕いてまぶしてみました。…そうだ、渡辺委員長、物々交換といきましょう。何かください」

 

相手が喜んでいることに気を良くしたザンは、摩利におかずの交換をお願いした。

 

「だめだ!」

 

「え?」

 

「だめだ!」

 

「ザンさんは女子のプライドクラッシャーなんですから、少しは自重してください」

 

「…俺、おかず減っただけじゃない?」

 

深雪の身も蓋もない言葉に、ザンは嘆息した。その後、深雪たちも弁当を持ってくる話となり、その際達也と深雪はまるで恋人同士のような会話をしていた。後に達也は冗談とフォローしていたが、何故か深雪まで冗談と明かされたときに驚いていた。

昼食が終わり、本題に入ることになった。真由美が深雪に生徒会に勧誘したところ、深雪は達也こそが相応しいと主張した。そのことには、流石の達也も動揺していたが、それは出来ないと鈴音から断りがあった。規則で一科生からでしか選ばれないからだ。落ち込む深雪であったが、摩利の発言から流れが変わる。

 

「風紀委員の生徒会選任枠がまだ決まっていない」

 

「そっちはまだ選別中よ。まだ一週間も経っていないもの」

 

「生徒会は一科生からという規則があるが、風紀委員は無いよな?」

 

摩利の笑みに我が意を得たりと頷く真由美。

 

「摩利、ナイスよ!そうよ、風紀委員なら問題ないわ!生徒会は司波達也くんを風紀委員に指名します!」

 

「お兄様!」

 

二科生が魔法を使う一科生を止め得るのかなど、疑問をぶつけて何かと回避を図りたい達也ではあったが、深雪の満面の笑みに退路が無いことを悟った。

 

「よかったな、達也!」

 

ザンも自分のことのように喜んでいた。しかし、疑問が残っていた。

 

「そういえば、何故俺まで呼ばれたんですか?達也はいいとして、俺は関係なかったんじゃないですか?」

 

「ああ、君は部活連枠だ。十文字が君を推挙していたんだ」

 

十文字克人、部活連会頭。その人物がザンを推挙していると摩利は言う。しかしザンに十文字と面識は無かった。

 

「君は先日、引ったくりを捕まえたね、それも相手は魔法師だ」

 

「別に怪我をさせてはいなかった筈です。クレームでもきたのですか?」

 

あの時、周りからは引ったくり犯の頭を地面に叩きつけているように見えたであろうが、実際は地面にぶつかる直前に止めていた。犯人が気絶していただけである。

 

「いや、そうじゃない。この間、被害者と警官が学校に来てね、御礼と感謝状を渡したいとおっしゃっていたらしいんだよ。特徴と市内カメラの録画記録から君だと分かってね。そうそう、教師たちは驚いていたよ。二科生が魔法師を捕まえたのだから。あと、その現場を見ていた生徒がいて、それが十文字だったということだ。十文字は珍しく興奮して、君を風紀委員にと言っていたんだ。まぁ、そういうことだから、よろしく」

 

「すごいじゃないですか、ザンさん。引ったくり犯をつかまるなんて。どうして教えてくれなかったんですか?」

 

「別に言いふらすことでも無いし、いいだろう?俺は平穏無事な学生生活が送れれば、それで良いの。目立ちたくなかったのに~。まさか見ている人が、会頭だなんて…」

 

同士を得た達也は、ザンの肩に手を置き頷いていた。

 

「もう、こんな時間だわ。詳しくは放課後に話しましょう。深雪さん、達也くん、ザンくん、放課後にまた来てくださいね」

 

特に引ったくり犯を捕まえたことに後悔は無いが、目立ってしまった結果十文字会頭に目を付けられたことを悔やんでいた。午後は憂鬱になりそうだ。



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第04話

放課後に詳しい話を聞くこととなったザンは、午後は真っ白になっていた。エリカが何事かと達也に聞いたところ、達也とザンが風紀委員に誘われているという。エリカは面倒なら断ればと言ってくれ、達也もやはり自分は辞退すべきと考えていた。

 

「失礼します。司波達也です」

 

達也たち三人が生徒会室に入ると、お昼を共にした四人の他に男子生徒が一人立っていた。

 

「妹深雪の生徒会入りと、自分とザンの風紀委員入りの件で伺いました」

 

「よ、来たな」

 

摩利が手を上げ挨拶をしている中、男子生徒は達也の横を通り過ぎ自己紹介する。

 

「司波深雪さん、生徒会へようこそ。副会長の服部刑部です」

 

達也たちを無視する服部に、深雪はムッとしたため達也が宥めていた。

 

「それじゃあ妹さんは生徒会に任せて、我々も移動しようか。風紀委員の本部は、こちらからつながっている。変わった造りだろう?」

 

達也とザンを連れて風紀委員本部へと移動しようとした摩利を、服部が止めた。

 

「なんだ、服部(はっとり)刑部(ぎょうぶ)小丞(しょうじょう)範蔵(はんぞう)副会長」

 

「フルネームはやめてください」

 

摩利と服部で名前の呼び方で論戦が繰り広げられた。一方的に押さえれていたのは服部だったが。最後は真由美がとりなしたが、『はんぞ~くん』は怒られなかった。どうやら真由美には怒れないらしい。

 

「渡辺先輩、私はその一年の風紀委員入りを反対します。過去二科生(ウィード)が、風紀委員に任命された例はありません」

 

「風紀委員長の私を前に、禁止用語を使うとはいい度胸だな」

 

禁止用語(ウィード)を使ったことにより、摩利の眉間に皺が寄る。

 

「取り繕っても仕方が無いでしょう。用語はともかく、一科生と二科生の実力の差は明白。二科生の風紀委員が一科生を取り締まることは不可能です」

 

「実力にも色々ある。力ずくの鎮圧なら、私だけで十分だ。だが、達也君は展開中の起動式から発動する魔法を読み取れる目と頭脳がある。つまり、彼は発動前にどんな魔法が使われようとしたかが分かるんだ。わざわざ魔法の完成を待たずとも、彼がいれば危険度に応じた罰を決めることが出来る」

 

にわかに信じられない服部を見て、摩利は続ける。

 

「それともう一つ。一科生のみで構成されている風紀委員が二科生を取り締まる。これは一科生と二科生の溝を更に深める原因となっている。私が指揮する風紀委員には、差別の助長があってはならない!」

 

「そうだとしても、魔法力に乏しい二科生の彼らに、風紀委員は無理です!私は反対します!」

 

「待ってください!」

 

持論を展開する服部に、業を煮やした深雪が諫言する。達也が恐れている流れが止まらない。

 

「兄の実技評価が芳しくないのは、評価方法が兄の力と合っていないだけです。実戦なら兄は誰にも負けません!ザンさんだって、彼以上の対魔法師スペシャリストはおりません!」

 

「司波さん、僕たちはいずれ魔法師となる一科生。常に冷静を心がけなさい。身贔屓で目を曇らせてはいけないよ」

 

「お言葉ですが、お兄様とザンさんの本当の…」

 

「深雪!」

 

達也が深雪を庇うように立ち、発言を遮る。深雪は言い過ぎた。言ってはならないことも言いそうになった。だが、達也はそこまで妹に言わせた男を許せない。

 

「服部副会長、俺と模擬戦をしませんか?別に風紀委員になりたい訳ではありませんが、妹の目が曇っていないことを証明するためには仕方ありません」

 

「思い上がるなよ!補欠の分際で!!」

 

その言葉に生徒会女子は驚き、服部は思わずカッとなったが、ザンは笑っていた。

 

「『常に冷静を心がけなさい』?やっぱり言うんだ、そういう事。それでいて、舌の根も乾かぬうちに自分が逆上って。これほど、自分の観察眼が当たったのは初めてだ。くっくっく、前にもありましたね、はんぞ~くん副会長。入学式の帰りに、深雪が達也たちと帰るといったあの日だ。七草生徒会長が『挨拶にきただけだから日を改める』と言って踵を返したとき、達也と俺を睨んでいたのはあなただ。何を持って、常に冷静にいるんですか?まずはご自分で実施してから言ってください」

 

「貴様!」

 

「はんぞ~くん、どういうこと?あの時私は『問題ない』っていったわよね?それなのに彼らを睨むとはどういうことなの?」

 

真由美は微笑を浮かべているが、目は笑っていない。どうしたものか考えていた服部は、生徒会室から逃げ出そうとするザンを見つけた。

 

「待て!何処に行くつもりだ!このままにして行くな!」

 

「いや、生徒会内部で忙しそうですし、帰ろうかなと思って。はんぞ~くん副会長は達也と模擬戦をするのでしょう。俺は実力不足ってことで、風紀委員入りは無しの方向で。いやぁ、はんぞ~くん副会長はいいこと言うなぁ」

 

それを真由美は小悪魔スマイルで止めた。

 

「それは駄目よ、ザンくん。あなたにも模擬戦をしてもらわなくては。何せ入学試験の実技項目の日に来なくて、結果二科生となったあなたの実力を図る必要があるもの。いくら十文字くんの推挙があったとしてもね。」

 

「何故それをここで言う、妖精姫生徒会長!」

 

「妖精姫言わない!」

 

特大級の爆弾が投下された。爆心地にいたザンは、そうっと中を見る。そこには氷の女王が君臨していた。隣で蚊帳の外にいた達也が大きなため息を吐いている。

 

「…ザンさん、どういうことですか?試験を受けなかったとは、聞いていませんよ?きっちりお話を聞かせてもらいましょうか」

 

「いや、あの、そのね?…達也~、お前からも何か言ってくれよ」

 

「知らん。それより、服部副会長、模擬戦ですが」

 

「いいだろう。身の程を教えてやろう」

 

「では、生徒会権限で、服部と司波、及び服部と桐生の模擬戦を許可します」

 

その言葉に、ザンは異議を申し立てた。

 

「さすがにはんぞ~くん副会長が連戦は厳しいのではないでしょうか。私との模擬戦は…」

 

「二科生との模擬戦が二連戦でも問題無い。まずは自分の身を心配したらどうだ?」

 

服部の方は余裕の構え。気を利かせたつもりであったが、相手がその気なら仕方ないか。ただ、あの怒っている達也を相手にした後に、順番が回ってくるとは思えないザンだった。

 

「はんぞ~くんは、模擬戦が終わったら話があるからね?」

 

服部は、模擬戦よりその後の方が恐怖だった。

 

 

-○●○-

 

 

「来たね、達也くん。君が案外好戦的な性格で驚いているよ」

 

摩利が出迎えたのは第三演習室。模擬戦で使用するに十分な広さを持っている。他の生徒会メンバーもそろっていた。達也は、摩利から服部が第一高校で五本の指に入る実力者であり、試合に関して入学してから一年間負け知らずと教わっていた。達也はCADケースから、拳銃型のCADを取り出す。

 

「不安じゃないの?」

 

真由美の問いに、笑顔で深雪は応える。

 

「お兄様に勝てる者はおりませんから」

 

どうやら摩利が審判を勤める様だ。服部と達也は相対して立つ。

 

「ルールを説明する。相手を死に至らしめる術式、並びに回復不能な障害を負わせる術式は禁止。直接攻撃は、相手に捻挫以上の負傷をあたえない範囲であること。武器の使用は禁止、素手での攻撃は許可する。勝敗は一方が負けを認めるか、審判が続行不可能と判断した場合に決する。ルール違反は私が力づくで処理するから覚悟しろ、以上」

 

服部は微塵も自分が負けると考えていなかった。魔法師同士の戦いは、先に魔法を当てた者が勝つ。魔法発動において、二科生に負けるはずは無い。スピード重視の基礎単一系移動魔法で、相手を後方に十メートル吹き飛ばせば行動不能にできるからだ。

 

「準備は良いか?始め!」

 

摩利の合図に服部が起動式を素早く展開し魔法を放とうとしたとき、達也は服部の前には居なかった。達也は背後に回るとCADを構える。服部が達也を探している背中に達也の魔法が直撃し倒れた。一瞬と言ってよい短時間の出来事に、生徒会メンバーは言葉を失った。いち早く復帰した摩利が勝者の名を告げる。

 

「勝者、司波達也!」

 

深雪が勝利に喜び、ザンは達也と拳をぶつけ勝利を祝っていた。

 

「待て、あの高速移動は魔法か?自己高速術式の動きなのか?」

 

「いえ、魔法ではありません。あれは正真正銘、身体的な技術です」

 

深雪が達也にCADケースを手渡しながら補足する。

 

「兄は九重八雲先生の弟子なんです」

 

「あの忍術使いの九重八雲か…!身体技能で魔法並みの動き、さすが古流ということか…」

 

達也の動きについて合点のいった摩利の隣で、新たな疑問を達也にぶつける真由美。

 

「では、あの攻撃も忍術?サイオンの波動を放ったように見えましたが?」

 

「その通り、振動の基礎単一魔法で作ったサイオン波です」

 

「でもそれだけで、あのはんぞ~くんが倒れるなんて…」

 

疑問が尽きない真由美に、達也が解説する。服部はサイオン波に酔ったのだと。魔法師は一般人には見えないサイオン波を光や音と同じように知覚するが、予期しないサイオン波にさらされた場合に揺さぶられたように錯覚し、船酔いのような状態となる。魔法師はサイオン波に慣れているため、強力な波動が必要となるはずだが、その点は鈴音が答えた。

 

「波の合成ですね。振動数の異なるサイオン波を三つ連続で作り出し、その波が丁度服部くんの位置でぶつかるように調整し、三角波のような強い波動を作り出したのでしょう」

 

「お見事です。市原先輩」

 

達也は鈴音の見立てが正しいことを認めた。

 

「ですが、あの短時間で三回の振動魔法。その処理速度で実技評価が低いのは、おかしいですね」

 

「…あのう、それは『シルバー・ホーン』じゃありません?」

 

「うわっ!?」

 

達也が珍しく驚いていた。いつの間にかあずさが達也のCADに食いつかんばかりに凝視していたのだから。謎の天才魔工師トーラス・シルバーとループ・キャスト・システム。そしてループ・キャストに最適化された特化型CAD、シルバー・ホーン。それまでおどおどしていたとは思えない、目をキラキラさせながら解説をしたあずさだった。

 

「でもおかしいですね。ループ・キャスト・システムは『全く同じ魔法連続発動する』システムです。波の合成に必要な、振動数の異なる複数の波動は作れないはず。もし、振動数を変数化していれば可能ですが、座標・強度・魔法持続時間に加えて、四つも変動化するなんて…。まさか、その全てを実行したのですか!?」

 

鈴音が考えたどり着いた答えに、鈴音自身が驚いた。そしてその答えが正しいと、達也は苦笑いとも取れる笑みを浮かべる。

 

「学校では、評価されない項目ですからね」

 

「…なるほど」

 

倒れていた服部が起き上がった。顔色はまだ悪い。

 

「『魔法の発動速度』『魔法式の規模』『対象の情報の書き換える強度』で学校の評価は決まる。司波さんの言っていたことは、こういうことか」

 

「服部は起き上がったが、この状態で連戦は無理だ。…仕方が無い。ザンくんの相手は私がしよう」

 

「摩利?あなた、達也くんの動きを見て、高ぶっていない?」

 

「否定できないな。今すぐにでも身体を動かしたい気分だ」

 

そこで慌てたのがザンだ。服部の状態から、てっきりお流れになると考えていたのだが、達也の模擬戦を見て、摩利はテンションが上がっているようだ。

 

「いや、後日にしましょうよ。大体審判は誰がやるのですか?」

 

「それなら…」

 

「俺がやろう」

 

真由美が手を挙げようとしたときに、演習室に入ってきて名乗りを上げた者がいた。十文字だ。

 

「十文字くん?」

 

「元々、桐生を推薦したのは俺だからな。ここで模擬戦をすると聞いて来たのだが、残念ながら司波のには間に合わなかったようだ」

 

推薦者が来てしまっては、ザンもやらないわけにはいかなくなった。

 

 

-○●○-

 

 

「始める前に、一つ。この模擬戦について、内容を公開しないようにお願いできますか?」

 

ザンの言葉を、十文字が肯定した。

 

「いいだろう。魔法師には秘匿すべき内容もある。あくまで桐生の実力を見るためのものだ。そろそろ始めるが、お互いに準備は良いか?ルールは先ほどと同じだ」

 

摩利とザンが頷く。摩利は余裕の笑みをもって立ち、ザンはいつもの飄々とした姿は影を潜め前を、摩利を見つめる。

 

「ザンくんは、どう闘うのかしら。先ほどの達也くんみたいに、簡単にはいかないわよ」

 

「そうですね。でも、この世界にザンさんを倒せる者はいません」

 

達也と服部の模擬戦同様、真由美は深雪に模擬戦について聞いたが、深雪は達也の時と同様の自信を持って答えた。

 

「始め!」

 

十文字の声に摩利が動く。服部と同じようにスピード重視の基礎単一系移動魔法を展開する。摩利は当初、達也のようにザンも高速移動するのではと考え目を離さなかったが、何故かザンは動かない。なにやら金色の湯気のようなものが全身を覆っていることは見て取れた。疑問に思わないわけではないが、まずは展開した魔法を放つ。

 

「!?」

 

摩利は驚愕していた。ザンはそのまま立っていたのだ。自分の魔法は完成し、制御も間違っていない。だがザンが吹き飛ぶ訳でもなく、何も事象が発生しないというのはどういうことだ。

 

「くっ…!」

 

その後、色々な魔法を試したが、ザンは動かず何も効果を発揮しない。空気の弾丸をぶつけるがザンは微動だにしない。達也と深雪を除く全員が異常な光景に声を失った。業を煮やした摩利は、自己加速術式を使用し、間合いを詰める。肉弾戦に持ち込むようだ。

 

「はあ!」

 

摩利の拳が、肘が、蹴りがザンを襲う。ザンはそれら全てを流れに任せるようにいなし、かわしていく。何一つ手応えが無く攻撃がかわされ続ける摩利の体力が尽きたところで、ギブアップした。

 

「はぁ、はぁ、…私の負けだ。私では君に攻撃を当てられないようだ」

 

「勝者、桐生斬!」

 

深雪が自分のことの喜び、達也と拳を合わせ勝利を祝うザンに、十文字が疑問をぶつけた。

 

「桐生、渡辺の魔法が全て無効化しているように見えたが、どういうことだ?」

 

「…あれは私の魔法特性なんですよ」

 

「君はBS魔法師なのか!」

 

頬を掻くザンの告白に、摩利を含めて生徒会メンバーを驚いていた。

Born Specialized魔法師、つまり先天的特異能力者を指し、魔法としての技術化が困難な異能に特化した超能力者のことである。

 

「BS魔法師でもあるといったところでしょうか。私の魔法特性で、情報改変の無効化をしているんです。金色の霧や湯気のようなものが見えるでしょう?これによって魔法をガードしているんですよ」

 

ザンの説明に、達也と深雪は顔を見合わせ苦笑した。

 

「君が私に攻撃してこなかったのは、何故だ?私をバカにしていたのか!?」

 

復活した摩利の剣幕に、ザンは壁際に移動しながら否定した。

 

「いえ、そうではありません。確かにあまり女性を攻撃したくないのも事実ですが、理由は他にもあります。この状態で、攻撃をすると…」

 

そう言って壁際に移動すると、壁に向かって半身の構えを取る。拳を振り抜くとそれほど大きい音はしなかったが、拳より一回り大きい円形の穴を壁に開けてしまった。皆開いた口が塞がらない。

 

「このように、この状態は肉体強化がされるために、攻撃力が非常に高まります。これを模擬戦で人体に向けるわけにもいかないでしょう?」

 

「は、はは。呆れて物も言えないな。なるほど、深雪くんが言っていた『対魔法師のスペシャリスト』とは、こういうことか」

 

「まさか、試験や魔法競技にこれを使用するわけにも行きませんからね」

 

呆気にとられていた服部が復活し、深雪に謝罪した。これで、達也とザンの風紀委員入りを否定するものがなくなったわけだ。

 

「では、行こうか」

 

摩利に引き連られ、達也とザンは諦めて風紀委員会本部へと移動していった。それを見送った真由美は、服部に笑顔を向ける。

 

「では、お話しましょうか、はんぞ~くん。さっきのつ・づ・き」

 

可愛らしく言っているが、服部には真由美の背後に般若が見えた。



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第05話

「やりすぎだろう」

 

風紀委員会本部への移動途中で、達也はザンに小声でたしなめた。

 

「さっきの壁の事?あのまま殴っちゃうとさ、壁全体がクレーターみたいになっちゃうだろ?そうしたら壁どころか柱まで影響しかねないしね。だから一点突破にしたんだ。あれなら一部だから、多分大丈夫だろう?」

 

「そうか?会長たちへの言い訳のほうが大変だ。そういえば今まで、あれは使ったことが無いな」

 

「ああ、『穿』ね。あれは貫通力重視の技だよ。全身を弛緩させてから、一点へ力を注ぐんだ」

 

「武術の心得があるのは知っていたが、あれ程とは思っていなかった。他に、例えば浸透系の技も使えるのか?」

 

「浸透系って、鎧通しのような内部破壊系統の事か。俺は徒手空拳でそこまで技術は無いよ。剣を握っては剣士の域までは達していないしね」

 

そういうザンに、疑いの目を向ける達也。

 

「…沖縄の時は、あれほど剣を自在に扱っていたじゃないか」

 

「あの程度は、極めたとは言わないよ。真の剣士は、切られたことすら気付かせないさ」

 

「お前の基準は、極端だ。…大体、あれをBS魔法の括りにするのには、無理があるだろう」

 

「そうか?『魔法としての技術化が困難な異能』をBSとするなら、『龍の氣』も似たようなものだろう?」

 

「それは幾らなんでも暴論だろう」

 

「おい、どうした?こっちだぞ」

 

話し込んでいたら、奥から摩利の声が聞こえてきた。あわてて声を頼りに進み風紀委員会本部に来た達也とザンは、その目の前の光景に呆れていた。雑然と物が置かれ、端末が見えない。CADまで適当に放置してあるようだ。

 

「では達也くん、ザンくん、風紀委員会本部へようこそ。少し散らかっているが、適当にかけてくれ」

 

その言葉に、ブレザーを脱ぎシャツの袖をまくりながら、達也は摩利に問いかける。

 

「…その前に、ここを片付けても良いですか?魔工師志望の俺としては、CADが放置されているのは見過ごせないんです」

 

「魔工師志望なのか?あれだけの対人戦闘技術があるのに、もったいない」

 

「第一高校の試験と同じですよ。俺の才能じゃこの国の魔法師としては、上位ランクを取ることは出来ませんから」

 

「…すまない」

 

達也の諦めとも取れる言葉に、シュンとなる摩利。空気を変えたのはザンだった。

 

「はいはい、まずは片付けてからにしましょうか。風紀委員長、手伝っていただけますか?」

 

「いや…、こういった事は苦手でね…」

 

「それは、この部屋を見れば分かりますよ。いいんですか?好きな人が出来たときに、『片付けも出来ない女性とは思わなかった。ごめん、別れよう』とか言われてからでは遅いんですよ?少しでも習慣付けないと、変わらないですよ?」

 

「…そうだな、分かった。私も手伝おう」

 

思い当たる節があるのか、若干顔を青くした摩利は、片付けを手伝うこととなった。しかし右のCADを左に移動、左の棚の書類を右の棚に移動と、物が移動するだけで一向に片付かない。最終的には達也から摩利は戦力外通告を受けた。摩利は分かりやすく凹んでいた。

 

「姐さん、ただいま帰りました。本日は特に違反者はありません。…これは、一体何事ですか?ここがこんなに綺麗なはずはない!姐さん、何か悪いものでも食ったんじゃないですか?」

 

入ってきた二人の男子生徒の内一人に、摩利は丸めた書類で頭を叩いた。ザンは先ほどの件がようやく合点がいき、声が出ないくらい笑っていた。

 

「姐さんと呼ぶなと言ったろう、鋼太郎!お前の頭はそんなことも覚えられないのか!それにこの部屋が綺麗になって、どうしてそういう評価に繋がるんだ!」

 

「いや、でも、俺が覚えているだけでも、ここがこれほど整頓されたことは無いですよ?」

 

達也はその言葉に嘆息した。これは長い戦いになりそうだ。

 

「達也くんとザンくんが片付けてくれたんだよ」

 

「へぇ?」

 

そう言って、鋼太郎ともう一人の男子生徒は達也とザンを見た。

 

「新入りですか?役に立つんですか?」

 

どうやら、二科生だから使い物になるのか怪しんでいるらしい。摩利は嘆息すると模擬戦の話をした。

 

「それだったら、お前達も模擬戦してみるか?服部は達也くんに、私はザンくんに足をすくわれたがね」

 

「それは凄いですね!服部って確か公式戦負け無しでしょう?それに姐…委員長に勝つなんて心強いな。何処で見つけてきたんです?」

 

「達也くんは真由美と私だ。ザンくんは十文字だよ。ほら、この間警察が来て話題になったろう?」

 

「ああ、あの引ったくりの話ですか?へぇ、なるほど」

 

風紀委員の先輩方は、思いのほか達也たちを高評価だった。

 

「私はね、差別意識を持っていない、または少ないヤツを集めているんだ。まぁ、教職員枠の方はそうは行かなかったがね。だから君たちにとっても、ここは居心地は悪くないと思うよ」

 

「三年の辰巳鋼太郎だ」

 

「二年の沢木碧です」

 

「一年の司波達也です」

 

「同じく、一年桐生斬です」

 

辰巳と達也、沢木とザンがまず握手する。辰巳たちはすぐに手を離したが、沢木とザンがまだ離さない。

 

「ああ、沢木は握力百キロ近くあるぞ」

 

達也にボソッと忠告する辰巳。なるほど、ザンが離さないのではなく、沢木が離さないのか。

 

「なるほど、握力勝負だったんですか?では…」

 

「いだだだだだ!」

 

急に痛み出す沢木の手をザンは離した。

 

「ああ、すみません。それほど力は入れていないつもりだったのですが。魔法よりコッチのほうが向いているもので」

 

戦士であるザンの握力は軽く百キロを超える。魔法師相手では大人と子供ほどの差がつくだろう。達也は嘆息していたが、一つ気になったことがあった。

 

「委員長、今年は風紀委員の教師枠はどなたがなるのでしょうか?」

 

その問いに、意地の悪い笑みを浮かべる摩利。

 

「君も知っている名前だよ。森崎駿だ」

 

森崎が風紀委員に選ばれていることを達也がCADを落としそうになるほど驚いていたとき、扉が開いた。

 

「摩利~?いい加減、部屋何とかしなさいよ?いつまでもそのままだと、何が何処にあるかわからない…。ここ何処!?」

 

自分の知らない世界に紛れ込んだような、驚愕で固まる真由美だった。

 

 

-○●○-

 

 

「な、何でお前たちがここにいる!司波達也!桐生斬!」

 

「結局フルネーム呼び捨てか…」

 

翌日、風紀委員会本部に森崎が顔を出したときに、達也とザンを目ざとく見つけると叫びだした。達也はため息をつきながら端末をしまった。

 

「森崎、いくらなんでも非常識だろう?いいから席に着いたらどうだ」

 

「非常識なのはお前たちだ!僕は教職員推薦枠で風紀委員に…」

 

「やかましいぞ、新入り!」

 

丸めた書類で森崎に突っ込みを入れたのは摩利だった。

 

「さっさと座れ!…さて、今年もまた、あのバカ騒ぎの一週間がやってきた。クラブ活動新入部員勧誘期間だ。」

 

この国には九つの魔法科高校がある。この九校間で毎年行われるのが、全国魔法科高校親善魔法競技大会、略して『九校戦』。九校戦の結果は学校の評価に反映されるのはもちろんの事、活躍した生徒とそのクラブは学校から優遇される。その為、優良な新人獲得は最重要項目であり、各クラブ間のトラブルも急増する。なお、勧誘期間はデモンストレーション用にCAD携行の許可までされるという。無法地帯のなりかねない為、風紀委員が抑止力となる必要があるのだ。

 

「魔法の不適正使用や騒ぎを見逃さぬよう、また風紀委員が率先して騒ぎを起こさないように。では、出撃!」

 

 

-○●○-

 

 

巡回の時には、風紀委員の腕章とビデオレコーダーの携行が必須となる。不正行為の証拠を記録するためだ。当然CADの携行も許可され、達也は委員会の備品を二機使用することにした。それにより、また森崎が達也に突っかかることになるのだが。

達也はエリカのクラブ見学に付き合いながら巡回するとの事だったので、ザンは他を回ることにした。サボれそうなところを探しているとトラブルから向かってきた。

 

「キャーッ!!」

 

悲鳴が聞こえてきては、無視するわけにもいかない。女子生徒が抱えられて連れられているように見えた。犯人はスケートボードに乗って高速移動している。ザンが目をこらすと、被害者はほのかと雫のようだ。

 

「やれやれ」

 

ザンは校舎を盾に並走する。相手の行き先は曲がり角でこちらに来るしかないのだ。先回りすると前から突っ込んできた犯人からほのかと雫を取り返す。犯人は残念そうに走り過ぎて行った。

 

「あ、あのあの…」

 

小脇に抱えられている格好となっているほのかが、真っ赤になっていた。ザンはぞんざいな扱いをしたことを詫び、二人を下ろす。犯人の行った方向から摩利の声が聞こえる。

 

「止まれ!萬屋、風祭!新入生を解放しろ!」

 

「もう、取り返されちゃったよ。風紀委員の新人さんもやるもんだねぇ。と言う訳で、私たちは消えます~。バイバイ~」

 

どうやら摩利の知り合いのようだ。ほのかと雫がザンにお礼を言っていると、上級生と思われる女子生徒が走ってきた。

 

「ごめんなさいね、私たちの先輩が迷惑をかけてしまって。私はSSボード・バイアスロン部の五十嵐亜実。よかったら話を聞いてくれないかな?」

 

先ほどの犯人、バイアスロン部の先輩の動きに感動したのか、雫が思いのほか乗り気だった。通常の勧誘であれば問題無いだろうと、ザンは巡回に戻ることにした。体育館が近くにあったため、そちらへ足を向けた。

 

 

-○●○-

 

 

「なんだ、この状況?」

 

「あ、ザンくん」

 

第二小体育館、通称『闘技場』にきてみたら、既に乱闘状態。その場にいたエリカに話を聞くと、剣道部が演武をしていたところ、剣術部が割り込んできた。剣道部と剣術部の一対一の勝負に、一本を取ったのは剣道部だったのだが、その後剣術部が魔法を使ったのだ。よりにもよって、使った魔法は振動系近接戦闘用魔法、高周波ブレード。達也はそれを止めた後に、魔法の不適正使用により拘束したところで、剣術部の怒りを買ったとの事だ。

 

「くっくっく、ばかだなぁ、あいつ」

 

そう言うと、ザンは乱闘の中に突っ込む。

 

「もう少し、言い方、やり方ってものがあるだろう?穏便に済ませれば良いのに」

 

「来たのか。俺は事実を言ったまでだ。それを受けて逆上されて、困っているのはこっちだ」

 

二人で剣術部をあしらい続け、魔法を展開しようとした場合は、達也が腕をクロスさせて魔法を妨害していた。

 

―キャスト・ジャミングもどきまでやってたのか、やっぱり―

 

酔いと体力が尽きたことにより、剣術部は全員倒れていた。

 

 



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第06話

翌日からも小競り合いが続き、風紀委員は忙しさを増した。達也はいさかいの仲裁に入る際に、魔法攻撃をされるなどしていた。また、魔法を使用せず並みいる魔法競技者を連破した、謎の一年生として達也は噂をされるほどになっていた。他には、生徒会に不適正な魔法使用を報告する投稿が匿名で届いたりしていた。

ようやくお祭り騒ぎの一週間から開放された達也は、女子生徒に呼び止められていた。

 

「二年の壬生(みぶ)紗耶香(さやか)です。司波くんと同じE組よ。この前はありがとう。お礼を含めてお話がしたいんだけど、今から少し付き合ってもらえないかな?」

 

「今は無理です」

 

これほど綺麗に断られると思っていなかったのだろう。紗耶香は固まっていた。

 

「妹を生徒会室に送っていく用事がありますので」

 

「…それじゃ、カフェで待っているから」

 

「はい、十五分後ぐらいに伺います」

 

若干、肩を落としながら紗耶香はカフェに向かい、達也と深雪は生徒会室へと向かった。この光景を見ていた者がいたことを達也は気にしていなかったが、後で後悔することになる。

 

 

-○●○-

 

 

翌日、昼の生徒会室で、生徒会メンバーと摩利、達也、ザンは昼食を取っていた。

 

「達也くん、昨日、二年の壬生を言葉責めにしたと言うのは、本当かい?」

 

達也は箸を落としそうになったが、何とかこらえた。

 

「先輩、年頃の淑女が『言葉責め』などとはしたない」

 

「ありがとう。淑女扱いなんて、達也くんぐらいなものだ」

 

「おや、先輩の彼氏はしてくれないのですか?」

 

「そんなことは無い!シュウは…」

 

立ち会った摩利だったが、隣の真由美が笑っていることに気がつき、咳を一回して座った。

 

「…それで、結局はどうなんだい?」

 

「事実無根ですよ」

 

「ほう。実は目撃者もいて、壬生が顔を真っ赤にして恥らっていたという情報もあってね」

 

文字通り、空間が凍りついていく。

 

「お兄様、一体なにをされていらっしゃったのかしら…」

 

「これほどなんて…。事象干渉力がよほど強いのね」

 

真由美も呆れていた。深雪はCADを使わず魔法が無意識に出てしまっているからだ。

 

「深雪、おちつけ。今、説明するから」

 

紗耶香より剣道部に誘われ、そして断ったこと。風紀委員が点数稼ぎをしていることなどの話を受けたことを説明した。その内容に摩利は嘆息した。

 

「風紀委員は名誉職だから、点数にはならないがな。…そういえば、この話なら、何故壬生は顔を赤くしたんだ?」

 

話の流れがあまり変わっていないことに、達也は内心焦り、そして隣を見れなかった。達也は若干冷気が戻っている気がしていた。達也から見て深雪とは逆側から写真が各人の前に投げられた。今時写真をプリントアウトするのも珍しい。映っているのは顔を赤くした紗耶香だ。深雪の目に光が無くなっている。

 

「確かに壬生先輩ですね…。本当にどうしたら、こんなにお顔を赤くしたのかしら…?」

 

達也が睨むと、ザンは笑みを浮かべていた。

 

「いやあ、偶々居合わせただけでね。会話の邪魔をしないように、遠くから見守っていたんだよ」

 

そうしてザンは携帯型ビデオレコーダーをテーブルの真ん中に滑らす。再生は既にされている。

 

『あたし達には司波くんの力が必要なの』

 

『…なるほど』

 

『馬鹿にするの?』

 

『いえ、自分の思い違いが可笑しかったんです。先輩の事を、ただの剣道美少女と思っていたのですから』

 

『…美少女』

 

プチッ。真由美はこれ以上聞いてはいけない気がして、思わず再生を止めてしまった。

 

「そこで止めないでください!今のままでは、俺が…」

 

「…お兄様、少し席を外しましょうか。皆様すみません、すぐに戻りますから」

 

こうして達也は深雪に連れ去られていった。達也が深雪の誤解を解くのに、今しばらく時間を要した。

その後どうにかして達也は深雪を説得し生徒会室に復帰した。皆深雪の顔が赤くなっていることに気づいたが、誰も言い出せないでいた。話は戻り、印象操作がされていると考えられ、その後ろには反魔法国際政治団体『ブランシュ』が関係していることが話題となった。

 

 

-○●○-

 

 

放課後の帰り道、ザンはほのかと雫ともう一人の女子生徒が怪しい動きをしているのを見た。どうやら誰かをつけている様だ。お世辞でも上手と言えない尾行にザンは嘆息した。まずは何を調べているのか確認するために、ザンは屋根伝いにほのかたちを尾行することにした。先には剣道部部長司甲がいた。

裏路地に司が入ると、ほのかたちも後ろからついて行く。尾行に気がついたのか、急に司が走って逃だした。すかさず追おうとする三人の前に、バイクの四人組が立ちはだかった。顔はフルフェイスヘルメットで見えない。魔法を使い、三人は逃げることを試みたが、四人組がアンティナイトを使用したキャスト・ジャミングによりほのかたちは倒れてしまった。

 

「我々の計画を邪魔する者には消えてもらう!魔法使いはこの世界には必要ない!」

 

一人がナイフを逆手に持ち、今にもほのかを刺そうとした時、男の後ろから声が聞こえた。

 

「当校の生徒に何をするつもりかな?」

 

振り返る隙を与えず、ザンは男を蹴り飛ばす。残り三人がザンを囲みナイフを振り下ろすが、それぞれをかわし、そのまま鳩尾に拳を振りぬくと、少しの間時間が止まったように静かになったが、三人組はそのまま崩れ落ちた。四人を拘束した後、ザンはほのかたち三人の前に行き右手を胸に置き片膝をついた。

 

「お怪我はありませんか?お嬢様方。立てるのであれば移動しましょう。まず大通りにでて、キャビネットでお帰りください」

 

「ザンさん!ありがとうございます!」

 

「ありがとうございます!皆が無事だったのは、ザンさんのおかげです」

 

「あ、あ、ありがとうございます!私、アメリア=英美=明智=ゴールディって言います。エイミィって呼んでください」

 

「俺は、桐生斬。ザンでいいよ、エイミィさん。大丈夫だった?」

 

「はいー!」

 

真っ赤になり興奮気味のエイミィを不思議にザンは思ったが、まずはこの三人を家に帰すことが先決と考え、表通りに向かった。

 

「今後は、こんな危険なことをしないように。今回偶々俺がいたから良かったものを、危なかったんだからね」

 

「ごめんなさい。でも…」

 

言いよどんだほのかに、ザンは嘆息した。

 

「…達也の手助けがしたいんだね。そうだな、君は確か光系が得意だろう?それであれば、光の屈折などを利用して、長距離の監視などはできないのか?」

 

「それならできるかも!」

 

「それなら、近寄ることも無いだろうから危険度は低いだろう?今後はその方向で。じゃあ、気をつけて帰ってね」

 

キャビネットに三人を乗せ、ザンはキャビネットを見送ると電話をかける。

 

「もしもし、貢さん?反魔法政治団体関係と思われる奴らを拘束したんだけど、いる?いらないなら警察に突き出すけど。…うん、わかった。迎えが来るのを待っているよ。じゃあ、お願いします」

 

一方、キャビネットに乗ったほのかたち三人は静かだった。

 

「エイミィ、まだ震えている」

 

「仕方が無いよ。さっきまであんなことがあったんだもの。私もまだ震えが止まらない」

 

「実は、私も」

 

ほのかと雫がそんなやり取りをしていたら、エイミィが急に顔を上げた。その目は輝いていた。

 

「か…」

 

「か?」

 

「カッコイイ!何アレ!颯爽と出てくれちゃって、まるでヒーロー?それともナイト様?もう片膝をついて『お嬢様方』だなんて、キャー!何々、何なのあの人!ほのか、雫、知り合いなの?紹介して!彼女とかいるのかな?」

 

「…大丈夫そうだね」

 

「そうだね」

 

ほのかと雫は顔を見合わせて笑った。エイミィのこの状況を見て、自分たちの置かれていた状況がどこかに吹き飛んでしまった。気が付くと震えが止まっていた。

 

 

-○●○-

 

 

魔法実習室での課題はコンパイル時間と短縮練習。二人一組で実施し、千ミリ秒以内にコンパイル完了を目指す。CADから起動式を読み込み、それを元に無意識領域内にある魔法演算領域で魔法式を構築し、魔法師の設定した座標で発動する、というのが現代魔法のシステムである。この起動式を魔法式に変換するプロセスが『コンパイル』である。

達也はコンパイルし魔法を発動した。

 

「九百四十ミリ秒、達也さん、クリアです」

 

「三回目にして、ようやくクリアか。すまない、美月はクリアしていたのに、俺とペアのせいで遅くなってしまったな」

 

「いいです、そんなの。それより、達也さん本当に実技が苦手だったんですね」

 

「何度も自己申告したと思うんだが?」

 

「謙遜だとばかり…。でも、悔しくは無いんですか?実践を想定するなら、本当はもっと早く発動できるのでしょう?」

 

達也は焦りを感じていた。本当にこの子の目は良い。自分の秘密までも見えてしまうかもしれない。

 

「…何故、そう思う?」

 

「一旦構築しかかっていた魔法式を破棄していましたよね。最初の試技の時に起動式の読み込みと魔法式の構築が並行していて、だから達也さんは、この程度の魔法なら直接魔法式を構築できるんじゃないかって思いました」

 

「…そこまで見られているとは思わなかった。本当に、良い目をしている」

 

―霊子放射光過敏症か。起動式なしで魔法式を構築することはばれてしまった。それであれば、それは個人スキルと思い込んでもらおう。美月の好奇心を満たせば良いのだから―

 

達也は一旦軽く息を吸うと、全ては語らない説明を始めた。

 

「俺は、基礎単一系ならもう少し早く発動できるが、工程が少ない魔法だけだ。俺には五工程までだ」

 

「五工程であれば、戦闘には十分じゃないでしょうか?」

 

「俺は戦闘用に魔法を学んでいるんじゃないからね。多工程の魔法を使いこなすには、やはり起動式が必要なんだ」

 

「達也さんを尊敬します…!」

 

目を輝かせる美月に、一歩達也が引いてしまった。

 

「達也さんは、ちゃんと自分の目標の為に魔法を学んでいるんですね…。私もしっかりと考えます!」

 

「あれ?達也は起動式きちんと組んでるんだ?」

 

話を聞いていなかったザンの言葉に、救われた気持ちの達也だった。聞いていたら、またある事ない事、主にない事が多いが深雪に告げ口されてしまう。

 

「ああ、これは授業だからな。手を抜いても仕方がない」

 

「そっか、俺もやり直してくる」

 

ザンのペアも、今しがたクリアしたばっかりだったが、ザンが頼み込んで再度試技をしていた。ペアの相方は気が気じゃない。

 

「よっしゃあ!九百九十八ミリ秒!」

 

「…すっごいギリギリじゃない?」

 

ザンのペアは祈りのポーズをしていた。近くにいたエリカがザンに突っ込みを入れる。エリカとレオのペアも、まだクリアしていないようだ。

 

「フッフッフ。俺は一回でクリアしたの!ギリギリであろうと、余裕があろうと、クリアはクリアなんですよ、エリカくん。あれ~?エリカくんはまだなのかな~?」

 

「く~。あったまきた!絶対、次クリアしてやるんだから!レオ!失敗したら承知しないからね!」

 

「プレッシャーかけんなよ…。達也~。ちょっと見てくれないか?」

 

達也が声をかけようとした時、扉が開く。

 

「お兄様、お邪魔してもよろしいですか?」

 

深雪とほのかと雫がやってきたのだ。

 

「すまん、次で終わりだから少し待っていてくれ」

 

さらに追い討ちをかける達也。エリカとレオのプレッシャーがピークに達した。

何とかクリアした二人に達也が袋を渡す。

 

「ここで食事にしよう。食堂で食べていたら、午後の授業に間に合わないかもしれないからな」

 

深雪が用意したお昼が配られた。ザンは自分の弁当をちゃっかり演習室まで持ってきていた。

 

「ザンさんは、しっかりしていますね…。深雪さんはもうご飯食べたんですか?」

 

「ええ、お兄様に先に食べるように言われていたから」

 

そこでエリカの目が光る。しかしすぐに撃沈されることになるのだが。

 

「深雪なら、『お兄様より先に箸をつけるわけにはいきません』とか言うのかと思った」

 

「ちょっと、エリカちゃん」

 

「いつもならもちろんそうだけど、今日はお兄様のご命令だったから」

 

「『いつもなら』…」

 

「『もちろん』なんだ…」

 

「そうよ?」

 

エリカと美月の目が点になっている。深雪はエリカたちが固まっている理由がわからなかった。話を変えようと美月が努力したが、内容はありきたりだった。

 

「そ、そういえば、深雪さんたちのクラスも実習始まったんですよね?」

 

「多分、美月たちと内容は変わらないわ。でも、手取り足取り教えられても…」

 

つまらなそうに深雪がいうので、達也は苦笑した。

 

「ご機嫌斜めだな」

 

「あれなら、一人で練習している方がためになりますもの」

 

「でも、見込みのある生徒に手を割くのは当然よね。ウチの剣術道場でも見込みの無い奴は、放っておくから」

 

エリカの意見に、雫は意外と思った。二科生はその点を不平と感じていると考えているとばかり思っていたからだ。

 

「例えば、ウチの道場では入門して最低でも半年は技は教えないの。最初に足運びと素振りを教えるだけ。刀を振るって身体で覚えないと、どんな技を教えても身につかないからね。そうして後のやり方は見て覚えるの。教えてくれるのを待っているようじゃあ、論外なのよ」

 

「スパルタだねぇ。でもそれなら、いっそのこと木刀持たせて実戦に出しちゃえば良いのに。死ぬか生きるかの戦場で、木刀一本で過ごせば、戦場で生きる術含めて身につくよ」

 

ザンの意見に皆ため息をついた。幾らなんでも無茶である。銃と魔法が飛び交う戦場で、木刀一本では、文字通り死にに行くようなものだ。

 

「ザンくんはさぁ、とっきどき変にシビアな例だすよね」

 

「そうかな?実体験だけど。まぁ、俺のときは素手だったけどね」

 

「…まぁ、そういうことにしておくよ。そうだ、深雪。参考までにどのくらいのタイムかやってくれない?」

 

まったく信じていないエリカは、一科生主席の実力の方が気になった。

深雪はCADに手を添え、流れるようにコンパイルを行い魔法を発動する。

 

「に…二百三十五ミリ秒!はやっ!」

 

「…何故、ザンさんが得意気なんですか?」

 

「九百九十八ミリ秒だったくせに…」

 

「それは、言わないお約束!」

 

エリカの突っ込みにザンが口に人差し指を縦に添えて抗議する。

 

「あれ?ザンさんギリギリだったんですか?」

 

さも驚いたように深雪がザンに聞く。わざとらしさが誰が見ても分かるレベルだ。いつぞやの意趣返しか。

 

「深雪ちゃんがいぢめる…」

 

部屋の隅っこで、床にのの字を書き始めるザンだった。



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第07話

『全校生徒の皆さん!僕たちは学内の差別撤廃を目指す有志同盟です。僕たちは生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します!』

 

ある日、ハウリングと共に突然校内放送が始まった。しかも内容が穏やかではない。達也とザンの端末に連絡が入る。

 

「風紀委員長からの呼び出しか…」

 

「いってらっしゃ~い」

 

エリカのうれしそうな送り出しの声に達也とザンは顔を見合わせて苦笑した。

達也たちが放送室前にたどり着くと、既に十文字や摩利を含め集まっていた。摩利の話では犯人はマスターキーを盗み扉を閉め、立て篭もってるとのことだ。

 

「さってと」

 

閉ざされた放送室の扉に向かって殴りかかろうとするザンを、十文字が止める。

 

「まて、桐生。何をするつもりだ」

 

「いや、早く解決しようかと思いまして。扉を破壊しようと考えておりました」

 

「そこまで性急な解決を要する問題では無い。それに俺は彼らの要求する交渉に応じても良いとも考えている。もちろん不法行為は正さねばならない」

 

「はーい」

 

すっかりやる気を無くしたザンの隣で、達也がどこかに電話をかけ始めた。

 

「壬生先輩ですか?放送室にいるんですか…それは…先輩もう少し冷静な状況を…すみません…十文字会頭は…生徒会も…」

 

電話の相手が紗耶香であることもあり、皆驚いていた。一人その後冷気を纏っている。

 

「先輩の自由は保障します。だから扉を開けてもらえませんか。はい、分かりました。では―。すぐに出てくるそうです。委員長、今すぐ中の連中を拘束する準備をすべきと思います」

 

「…君は今、自由を保障する趣旨の発言をしていた気がするのだが?」

 

達也の意図を図れない摩利は、達也に指摘した。

 

「俺が自由を保障したのは、壬生先輩一人だけです」

 

深雪とザンを除き、呆気に取られていた。深雪は可笑しそうに達也に突っ込みを入れる。

 

「悪い人ですね、お兄様」

 

「今更だな」

 

苦笑いで返す達也。しかしその苦笑いも後ほど凍りつく。

 

「でもお兄様?わざわざ壬生先輩のナンバーを端末に保存されていた件、後ほど詳しくお話を聞かせてくださいね?」

 

「言うまでもないだろう?口説こうとした相手の電話番号は、端末に残すって。な?達也?」

 

「な、何を…」

 

「今すぐ聞きましょう!ええ、今すぐ!幸い他の方々もいらっしゃいますし、私たちだけ抜けても問題ないと思いませんか?」

 

「…あー、深雪くん。申し訳ないが、終わってからにしてもらえないかな?壬生が出てきたら、すぐ達也くんを開放するから」

 

「…分かりました。申し訳ありません。不躾な物言いをしてしまいました」

 

皆冷気に恐怖をしていたが、何とか摩利の説得でこの場は収まった。達也はザンを睨もうとしたがその場にはおらず、見渡すと十文字の影に隠れていた。どうやら扉が開く際のごたごたで逃げる算段のようだ。

 

放送室の扉が開くと、生徒会メンバーが突入した。

 

「CADの不正使用で逮捕する!」

 

「委員長、違反生徒四名確保しました!」

 

自分以外のメンバーが逮捕され、騙されたと思った紗耶香は達也に詰め寄った。

 

「どういうことなの、これ!司波くん、私たちを騙したのね!?」

 

それを遮ったのは、十文字だった。

 

「司波はお前を騙してはいない。お前たちの言い分を聞こう。交渉にも応じる。しかし、要求を聞き入れることと、お前たちの執った手段を認めることは、別問題だ」

 

十文字の回答に言葉を無くす紗耶香。しかし、その場の空気を変える人物が現われた。

 

「それはそうなんだけど、彼らを放してあげてはもらえないかしら?」

 

「七草会長?」

 

「だが、真由美!」

 

「ごめんね、摩利。言いたいことは理解しているつもりよ。でも学校は今回の件を、生徒会に委ねるそうです」

 

驚く摩利の隣を抜け、紗耶香の前に真由美が立つ。

 

「壬生さん。私たち生徒会は、あなたたち有志同盟の主張をこれから聞こうと思うんだけど、ついて来る気、ある?」

 

「私たちは逃げる気はありません!」

 

「じゃあ、決まりね。みんな、お先に失礼するわね」

 

壬生を連れて、真由美は出て行ってしまった。

 

「…真由美に、いい所を持っていかれてしまったな」

 

苦笑する摩利だった。それまで静かだった深雪の目が光る。

 

「それでは、私たちも失礼いたしましょうか、お兄様?これから、じっくりお話を聞かせてくださいね?…ザンさん、何処に行くつもりですか?あなたも一緒に来てていただけるのですよね?」

 

「いや、俺はいいんじゃないかな?達也だけで問題ないでしょう?」

 

「来ていただけるのですよね?真実はしっかり確認しなくては」

 

「…はい」

 

おかしい。何故自分が呼ばれなければいけないのか、納得がいかないザンだったが、微笑を浮かべる目に、異様な寒さを覚えた為に、逃げることを諦めざるを得なかった。達也は自業自得だとザンに言い、この後のことを考え、本日一番のため息をついた。

 

 

-○●○-

 

 

昨日の有志同盟による放送室立て篭もりの後、生徒会と壬生たちの交渉により、生徒会と有志同盟との公開討論会が開かれることが決まった。明日開かれることとなり、生徒会からは真由美一人が出ることとなった。

校内では有志同盟の活動が活発化していた。当然かもしれないが、二科生を中心に声をかけ、応援をお願いしてまわっている。有志同盟の手首には、赤白青(トリコロール)のリストバンドがあった。

 

「エガリテ、ね…」

 

ザンも気づいていたが、さすがに逮捕するわけにもいかない。公開討論会で何らかの動きを示すかもしれないと達也に釘を刺されていた為、強引な勧誘が無いか見て回る程度にしていた。

美月が誰かに勧誘されていたらしく、達也と話していた。どうやら剣道部主将の司一らしい。達也もザンも、司が今回の件でなんらか関係しており、今後行動を起こすと考えていた。

 

-○●○-

 

 

「思ったより、集まりましたね」

 

討論会の舞台裏から会場を見渡すと、全校生徒の半数近くがいるのが見えた。

 

「カリキュラムの見直しをしたほうが良いのかもしれませんね」

 

「リンちゃん先輩、それシャレにならないです」

 

生徒会側はまだ軽口を言い合う余裕はある。有志同盟側は紗耶香が出席しておらず、放送室を占拠したメンバーも見当たらない。

 

「実力行使の部隊が、別に控えているのか?」

 

「同感です」

 

ここに居ない以上、そう考えるのが妥当だろう。そしてそれは、これがただの討論会で終わらないことを示している。

 

「何をするつもりなのか…。こちらからは手を出せないからな」

 

「渡辺委員長、始まりますよ」

 

「これより、学内の差別撤廃を目指す有志同盟と、生徒会の公開討論会を開催します。同盟側と生徒会は交互に主張を述べてください」

 

討論会が始まった。当初は『討論会』ではあったが、真由美の回答に押され、結局真由美の独演会となってしまった。

 

「実を言うと、生徒会には一科生と二科生を差別する制度が残っています。それは生徒会長以外の役員を指名に関する制限です。現在の制度では、生徒会役員は一科生から指名することになっています。そしてこの規則は、生徒会長改選時の生徒総会においてのみ改定可能です」

 

一旦言葉を切り、深呼吸すると前を見据える真由美。

 

「私はこの規定を、退任時の生徒総会で撤廃することで、生徒会長としての最後の仕事にするつもりです」

 

会場がざわつく。一科生、二科生ともに、そのようなことが出来るのか疑問のようだ。

 

「人の心は力ずくで変えることは出来ないし、してはいけない以上、それ以外のことで出来る限りの改善策に取り組んでいくつもりです」

 

会場からはわれんばかりの拍手と歓声。同盟側の代表もうな垂れていた。討論会の勝敗が誰の目にも明らかになったとき、それは起こった。

 

 

-○●○-

 

 

屋外での爆発音が鳴り響いた。悲鳴が会場内を埋め尽くす。

 

「きゃあー!」

 

「一体、何が起こったんだ!?」

 

「あれ!実技棟の方から煙が!」

 

爆発音で皆が驚いているさなか、冷静に動き始める人影がある。

 

「同盟メンバーが動き出しました」

 

達也の言に、摩利が指示を飛ばす。

 

「風紀委員!非常事態だ、各自マークしているメンバーを拘束しろ!!」

 

すかさず、風紀委員メンバーが生徒を拘束する。

 

「全員、拘束完了しました」

 

「よし!」

 

その時、真由美が焦りの声を上げる。

 

「いけない!皆、窓からはなれて!外から何かが…」

 

言い終わる前に窓ガラスの割れる音と共に、何かが飛び込んで来た。ガス弾だ。

 

「煙を吸わないように!!」

 

ガスが広がり始めていたが、球体状に収縮され、浮かび上がると割れた窓から外に出て行った。

 

―今のは気体に対する収束系と移動系の魔法。瞬時の発動なのに、煙ごとガス弾を外に隔離するとは、流石だな―

 

達也が心の中で賞賛して服部を見ていると、服部はその目から逃れるように視線を外した。

 

「さっすが、はんぞ…服部副会長!お見事です!」

 

その視線の先には、ザンがサムズアップしていた。その時、荒々しく会場の扉が開く。ガスマスクと武装した新手が入ってきたのだ。

 

「好きにさせるか!」

 

「うらぁ!」

 

「ぐわっ」

 

摩利が魔法を発動させようとしたが、それより先にザンが動いた。入ってきた新手を全員外に蹴り出したのだ。

 

『撃て、撃てぇ!!』

 

銃声が外で鳴り響く。

 

『そんな豆鉄砲、効くかよアホウ。それより銃を持ち出したんだ、戦場に出るということは、死ぬ覚悟は出来ているんだろう?』

 

『な、なぜ銃が効かない!?当たっている筈なのに、何なんだお前は!?…ぎゃああああ!』

 

窓の外からは火柱が見えた。

 

「委員長!ザンの援護をし、その後爆発があった実技棟を見てきます」

 

「私もお供します!」

 

「気をつけろよ、二人とも!」

 

摩利の声を背に外に出た二人は、地獄絵図を見た。人が生きたまま焼かれた後があちらこちらに見える。においも酷いものだ。

 

「うっ」

 

深雪は戻しそうになった。達也が深雪の背をさすっていると、ザンが暗い笑みを浮かべていた。

 

「これはやりすぎだろう」

 

「しらねぇな。テロリスト相手にやりすぎもクソもあるかよ。テロってのは、俺の考えている中では最底辺のことだ。無関係の人たちを、平気で巻き込みやがる。そんな奴等には、死ぬことすら生ぬるい。生き地獄がお似合いなんだよ。そもそも人権を主張するなら、まずお前が相手のを保障しなってね」

 

「その点で、今議論しているヒマは無い。まずは実技棟の方に行くぞ」

 

「あいよ」

 

実技棟へ向かい三人は走る。焼夷弾を使ったようだ。あちこちで火の手が上がっている。

 

「お兄様!あれ!」

 

敵三人がレオを囲んで戦っていた。深雪が自分で対応すると宣言し、魔法を展開する。レオを囲んでいた三人は真上に吹き飛ばされた。レオが手でお礼の合図をした後、達也に状況を聞いた。

 

「何が起きているんだ?」

 

「テロリストが学内に侵入した」

 

「ぶっそうだな、おい」

 

「レオ!」

 

CADを抱えてエリカがレオたちの元にやってきた。

 

「…何だ、もう片付いちゃったのね。それにしても、派手にやったわね。これ達也くんの仕業?それとも深雪?」

 

その問いには、深雪が微笑みながら答えた。

 

「私よ。この程度の相手を、お兄様にさせるわけにはいかないもの」

 

「…ハイハイ」

 

大仰にため息をつくエリカ。視線を達也に移すと、攻撃的な笑みを浮かべた。

 

「それで、こいつらは打っ飛ばしていいのね?」

 

「生徒でなければ、手加減無用だ」

 

「エリカ、他の侵入者は?」

 

「反対側は、先生たちがもう制圧しているわ」

 

―実技棟には型遅れのCADぐらいしかない。他に破壊されて、学校運営に支障をきたすところがあるはずだ―

 

「実験棟と図書館か。実験棟には重要な装置や資料がある。そして、図書館は、魔法科高校でしか閲覧の出来ない文献が保管されている。さて、二手に分かれるか、またはどちらかに皆で行くかだが…」

 

「彼らの狙いは、図書館よ」

 

達也たちが行き先を悩んでいたときに、他所から答えがでてきた。

 

「小野先生?」

 

「遥ちゃん?」

 

先生をちゃん付けで呼ぶレオの頭を、エリカがCADで小突いていた。

 

「向こうの主力が、既に館内に進入しています。そこに壬生さんもいるわ」

 

「後ほど、ご説明していただけますでしょうか」

 

「却下します。…と言いたいところだけど、そうもいかないでしょうね。…その代わり、お願いが一つあるの」

 

「何でしょう?」

 

一旦呼吸を整え、達也を遥が見据える。

 

「カウンセラーとして要望します。壬生さんに機会をあげてほしいの。彼女は二科生としての評価と、剣道選手としての評価、そのギャップにずっと悩んでいた。私の力が足りず、彼らに漬け込まれてしまった。だから…」

 

「甘いですね」

 

遥の提案をばっさり切り捨てる達也。そして深雪に声をかけ、図書館へと移動しようとする。

 

「おい、達也」

 

「余計な情けで怪我をするのは、自分だけじゃない」

 

そうして達也、深雪、ザンは走っていってしまった。その後を追うように、レオとエリカモ走り出す。残された遥の顔は晴れない。

 

 

-○●○-

 

 

「二年、九時方向を固めろ!進入を許すな!」

 

「間合いを詰めろ、生徒たちに魔法を使わせるな!」

 

「既に乱戦のようだな」

 

図書館が見えるところまで走ってきた達也たちの目の前には、すでに乱戦と化していた。レオは速度を上げ、乱戦に突っ込む。

 

装甲(パンツァー)!」

 

「音声認識で魔法展開!?またレアなものを…」

 

「よく見てみろ、エリカ。CADがプロテクターも兼ねているんだ」

 

エリカが呆れている隣で、レオの魔法について達也の解説講座が始まった。

 

「ああいう風に使うなら、センサーなどを露出させない、音声認識の方が都合が良いんだ」

 

「それにしても、よくCAD壊れないね。あんな使い方をして」

 

「あれは、CADに硬化魔法を使っているんだ」

 

「あははは!ぱんつぁー!」

 

ザンも笑いながら乱戦に突っ込み敵を壁まで殴り飛ばす。その脇の敵は五メートルほど蹴り上げた。

 

「…ザンくんも、音声認識で何か魔法使っているの?」

 

「いや、アレはただ面白がって言っているだけだろう…。特に魔法は使っていない」

 

「やっぱり…」

 

達也とエリカは仲良くため息をついた。若干深雪が寂しそうにしている。

 

「あー、面白かった。レオ!先に入っているぞ!後はよろしく!」

 

「おう!まかせとけ!」

 

満足したザンは、レオに声をかけ図書館に入っていく。達也たちも同様に入って行った。



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第08話

「静かね…」

 

「奥には、どのくらいいるのでしょうか?」

 

「今、確認する」

 

「え?」

 

達也が目をつむり、何かを確認しているようだ。ザンはそのまま歩いて中へ進んでしまう。

 

「奥の確認、頼んだ。階段上り口と上がった奥の四人は、俺が相手しているよ」

 

「何者だ!」

 

ザンは応えず、テロリストの一人の間合いに入ると鳩尾を拳で打ち抜き、下がった頭を掴み柱に叩きつける。

 

「おのれ!」

 

もう一人の振り下ろした一撃を半身を捻ってかわすと、敵の足を踏みそのまま顔を拳で打ち抜く。吹き飛ぶことも出来ず、後ろに倒れ掛かるところで、上からさらに腹を拳で打ち抜いた。

 

「誰だ!」

 

階段上から、一人が真剣を片手に走り降り、もう一人が起動式を展開し始める。この二人は学生のようだ。

 

「遅いな」

 

一足飛びで真剣を持つ生徒の脇をすり抜け、魔法が完成する前にその生徒の頭をザンが掴む。

 

「おらぁ!」

 

そのまま掴んだ頭を遠心力で振り回すと、真剣を持った生徒に投げつける。

 

「な!?」

 

階段下まで転げ落ちた二人を、エリカは呆然と見ていた。

 

「…ここって、私の出番じゃない?」

 

「何の話だ?」

 

「何言ってんのか知らないけど、さっさと行ってこいよ達也。壬生先輩がお待ちかねだ」

 

「…ああ」

 

達也と深雪が駆け上がって、奥の特別閲覧室へと急いだ。

 

「…私の出番は?」

 

ジト目で見るエリカに、ザンが奥を指差した。

 

「なに、これから来るさ。俺は外のレオの手助けしてくるから、そいつらよろしく」

 

 

-○●○-

 

 

図書館外の鎮圧も済み、増援が来る気配も無くレオとザンが談笑していると、達也たちが出てきた。何故か達也が紗耶香をお姫様抱っこして出てきており、深雪が複雑な顔をしている。

 

「エリカ、手加減してやらなかったんだ?」

 

「出来なかったのよ。最後は吹っ切れた、良い一振りだったよ」

 

「そっか。よかった」

 

エリカの答えに、納得したザンだった。

 

 

-○●○-

 

 

「図書館の部隊は拘束されたか」

 

司甲は焦っていた。計画の肝が瓦解している。リーダーの指示を仰がなくてはならない。親の再婚相手の連れ子。最初はなじめなかったが、今は司は誰よりもその男を信頼している。もう、いつから信頼しているのかわからない、ブランシュのリーダー、司一。

 

「司、今日はもう帰るのか?」

 

司に声をかけてきたのは、辰巳鋼太郎だった。

 

「…ああ、大きな騒ぎもあったし、部活も中止だろ?だから、さっさと帰ろうと思ってな」

 

踵を返し帰ろうとする司を、鋼太郎が止める。

 

「まちな。しらばっくれても無駄だぜ、ネタは上がっているんだ。侵入者を手引きしたのはお前だってな」

 

「くっ!」

 

魔法を使い、逃げ出す司。

 

「司先輩!大人しくご同行願います!」

 

司の前に沢木が立ちふさがる。

 

「風紀委員の中でも精鋭のお前達が、図書館ではなくこんなところに…!」

 

「今日はずっとお前さんを見ていたんだよ(・・・・・・・)。遠隔視系の能力者に協力してもらってな。やっと尻尾を掴めたってことだ」

 

司はアンティナイトを使用し、魔法を使用できなくして沢木に突っ込む。魔法近接格闘術が使えなければ勝機があると考えた司だったが、その考えは過ちだった。沢木は司より魔法抜きでも上手だったのだ。校舎屋上では、司を逮捕したことを確認してハイタッチしている人影があった。鋼太郎はそちらを向いてサムズアップした。

 

 

-○●○-

 

 

保健室。紗耶香が目覚めたと報告があり、図書館から来た達也たちや生徒会長、風紀委員長、部活連会頭などが集まっていた。

 

「入学してすぐ、司先輩から声をかけられたんです」

 

紗耶香が重い口を開くと語り始めた。司に声をかけられたときには、剣道部内には既に司の同調者がいたこと。魔法訓練サークル内でも思想教育がされており、魔法差別撤廃の有志同盟として結束したこと。そして、背後には反魔法団体のブランシュがいたこと。

 

「予想通りですね、お兄様」

 

「本命過ぎて、つまらないけどな」

 

摩利は本当につまらなさそうに嘆息した。

 

「何故、こんなことに手を貸してしまったのか。今思えば、私は『剣道小町』なんて呼ばれて良い気になっていたんだと思います。達也くんにも言ってもらえたし」

 

ジト目で睨む深雪を、達也は気が付かないフリ(・・)をした。深雪の隣ではザンが誰かと電話で話をしている。

 

「だから、剣道部の騒動のときの渡辺先輩の魔法剣技を見て、手合わせをお願いしたんですがすげなく断られてしまって…。私が二科生だから、そう言われたんだろうってやるせなくて」

 

「私が、そういったのか?」

 

「そういうのは、言った本人は覚えていないもんですよー」

 

エリカが摩利に突っ込む。

 

「いや、そんなことは無い。私は、こう言った筈だ。『すまないが、私の腕では到底お前の相手は務まらない。お前の腕に見合う相手と稽古してくれ』と」

 

摩利の言葉に呆然とする紗耶香。自分の誤解で逆恨みをして、一年も無駄にしたと泣く紗耶香に、達也は無駄ではなかったと否定した。剣道小町と言われていた中学時代とは別人のような剣技を身につけていたとエリカから聞き、己と自分を高め続けていた一年が、無駄であるはずがないと。その言葉を聞き、達也の胸を借りて紗耶香は泣いた。

紗耶香が泣き止み、落ち着いたところで、達也が切り出した。

 

「さて、問題はブランシュが、今何処にいるかということですが…」

 

「まさか、ブランシュと一戦を交えようというの!?」

 

高校生として、武装しているテロリストと戦おうとしている達也に、真由美や摩利が止めに入る。

 

「危険だ!学生の分を超えている!」

 

「そうよ!警察に任せるべきだわ!」

 

「そうして、壬生先輩を家裁送りにするということですか」

 

十文字も同意するが、戦うことには慎重論を唱える。それに対し、達也は自分が行くと言い出した。

 

「お兄様、お供いたします」

 

「あたしも行くわ」

 

「俺もだ」

 

深雪、エリカ、レオが共に行くと立候補した。

 

「司波くん、私の為だったら止めて。私は罰を受ければよいのだから」

 

「学校が標的となったんです。もう俺も当事者です。それに俺は、俺と深雪の日常を損なおうとするものを、すべて排除します。これは、俺の最優先事項です」

 

達也の冷たい怒りに、深雪やザンを除いて皆飲まれていた。

 

「すまん!俺、仕事があるんで、帰るわ。レオ、エリカ。達也や深雪はこう見えて無茶するから、フォロー頼む」

 

ザンはすまなそうに行かないことを宣言した。レオとエリカは手を振って了承した。しかし、達也はザンの言葉が気になった。

 

「『仕事』か」

 

「ああ、『仕事』だ、すまないな。その代わりにブランシュの拠点情報を提供するよ」

 

「ザンくんは、知っているのか!?」

 

「いいえ、知りませんけど、代わりに知ってそうな人をご紹介しますよ」

 

摩利の問いにそう答えて、ザンは保健室の扉を開いた。そこには小野遥が立っていた。

 

「小野先生?」

 

「遥ちゃん?」

 

真由美やレオも、遥がいることに驚いていた。相変わらずエリカはレオに先生でしょと突っ込みを入れていた。

 

「…九重先生をも翻弄する人から隠れ遂せようと言うのは、流石に甘かったか」

 

頭を掻きながら入ってくる遥の発言に、摩利が驚いていた。

 

「あの九重八雲を翻弄するだと!?本当か、ザンくん!」

 

しかし、その時には既にザンの姿は無かった。

 

「…変な情報を流さないでください。あまり嘘ばかりついていると、その内自分の本心さえも分からなくなりますよ」

 

「はいはい」

 

達也の嗜めにも悪びれず、遥が紗耶香の前に立つ。

 

「力になれなくて、ごめんなさい」

 

その言葉に、紗耶香はゆっくり首を横に振った。脇にいたエリカが遥に問う。

 

「小野先生がブランシュの居場所を知っているんですか」

 

「…地図をだしてくれる?」

 

達也が地図を出す。拠点情報を送り表示させると、そこは第一高校の目と鼻の先、バイオ燃料の廃工場だった。

 

「車で行ったほうがいいだろう。どうせ、向こうは俺たちを待ち構えているだろうからな。正面突破がいいだろう」

 

「では、車は俺が用意しよう」

 

「十文字くんも行くの?」

 

「十師族に名を連ねる者として、当然だ。それに俺は一校の生徒であり、これ以上看過できん。それに、下級生ばかりに任せておくわけにもいかん」

 

その言葉に乗じて真由美も共に行くと主張したが、摩利が現状学校を生徒会長が離れることを諌めた。風紀委員長の摩利も共に残ることとなる。

 

「司波、すぐにいくのか?夜間戦闘にもなりかねん」

 

「それほど時間をかけません。日が沈む前に終わらせます」

 

そうして達也たちはでていった。途中で桐原が合流し、アジトに乗り込むことなった。

 

 

-○●○-

 

 

達也たちがブランシュのアジトである廃工場に突入したころ、第一高校より離れた街外れの一角のビル前にザンはいた。ザンが扉を開けると、中には五人の男たちがいた。一人がソファから立ち上がり、ザンに近づきながら手を振り、ここから去るように促す。

 

『ここは立ち入り禁止だ、帰りな、学生さん』

 

『日本語で言ってやらねぇと、わからねぇって』

 

『どうせ分からないんだ。始末するか』

 

談笑しながら、他の男たちも立ち上がった。

 

『あんたらの母国語は分かるよ。それより、何のんびりしているんだ?』

 

言葉が通じることにより、仲間が来たという考えもよぎったが、そのような話は聞いていない。目の前の学生は暗い笑みを浮かべていた。

 

『敵襲だよ!』

 

男の前に踏み込むと抜き手で鳩尾を貫き、手を抜くと後ろからの斬撃を捻ってかわす。遠心力を乗せたまま、その男を銃を構えている男の方角へ蹴り飛ばす。男は溜まらず銃を撃ってしまい、その死体をどかしているときには、目の前にザンが立っていた。

 

『うわぁ!』

 

銃を乱射する男の手を掴むと、方向をずらす。その先には二人の男が撃たれて死んでいた。

 

『はい、サヨウナラ』

 

ザンは、男の首が曲がらない角度に曲げて沈黙させた。

下の階の騒ぎを聞きつけてきたのだろう。上からぞろぞろと男たちがやってきた。先頭にはひときわ大きい男がいた。

 

『さぁ、やろうか』

 

ザンが大きい男に向かって走り、交差するか否かの時、サイオン光が天井を照らした。

 

 

-○●○-

 

 

ビルの屋上から、轟音を立て崩れるビルを見下ろす男。強大な力が近づいていると部下から具申され、隣に退避していたのだ。魔法で見ていた男は驚愕していた。少年と言って良い高校生が、自分の部下を瞬殺していくのだ。イレギュラーは消すに限る。部下諸共、破城槌で生き埋めにすることにした。後は火を放ち逃げるだけである。その時、奇妙なことに男は気が付いた。自分の腹から腕が生えている。

 

『こ、これは!?』

 

『はろはろー』

 

後ろにはザンが立っていた。男は驚愕した。そんなはずはない。今まで見ていたのだ。それが、この一瞬で何故そうなる?

 

『はい、大亜連合の郭公則さんね』

 

『何故、知っている!…文がいたはずだ!こんなに速く…』

 

『ああ、あの大きいのが文かな。あんたの魔法でつぶれているんじゃない?そして、何故俺が今ここにいるかなんて、あなたが知っても仕方が無いことだ』

 

緊張感の無い声が聞こえてくるが、答えることは出来なかった。血を流しすぎ、朦朧としているたのだ。

 

『あんたらが焚きつけたブランシュも、あいつらが行った以上、日本支部は崩壊だよ。まったく懲りないねぇ。沖縄で懲りたのかと思っていたよ』

 

反論することが出来なかった。ただ、郭は沖縄の屈辱を思い出していた。

 

『摩醯首羅…』

 

『それ、俺じゃねえ…」

 

ザンの突っ込みを聞いている人は、誰もいなかった。

 

 

-○●○-

 

 

「花束なんて、わざわざ持ってくる必要は無かったんじゃないか?デリバリーで届けたほうが楽だろう?」

 

「こういうものは、自分の手で持っていくことに、意味があるんです」

 

達也と深雪は、病院のロビーに来ていた。紗耶香が退院するとのことで、祝いに来たのだ。ロビー奥を見ると、紗耶香と桐原が談笑していた。達也と深雪から見ても、良い雰囲気である。

 

「桐原先輩、毎日さーやの所に来ていたんだって」

 

にゅっと達也と深雪の後ろに現われるエリカ。達也はエリカの存在に気づいていた為、特に驚くことは無かった。

 

「…達也くんを驚かすのは、難しいようね」

 

「そうだろうねぇ」

 

「うわぁ!?」

 

さらに自分の後ろに人がいると思っていなかったエリカは、大げさに驚いてしまった。後ろには意地悪い笑みを浮かべるザンがいた。

 

「くっ…!またしてやられた!」

 

「ふっふっふ、まだまだですなぁ、エリカくん」

 

「…ザンさんが、病院に着いたら急にいなくなったからおかしいと思ってたんです。エリカを驚かす為だったんですね」

 

「うん!」

 

呆れ顔の深雪に、ここ一番の笑顔で応えたザンだった。達也はため息をつき、深雪と共にかかわらないように紗耶香の元に向かう。

 

「壬生先輩、退院おめでとうございます」

 

「司波さんたち、ありがとう」

 

深雪から花束を受け取った紗耶香は、何か吹っ切れた良い笑顔をしていた。紗耶香の後ろにいた男が達也に声をかけてきた。壬生勇三と名乗り、紗耶香の父親だという。達也に話があるとのことで、二人は紗耶香を置き離れていった。

 

「桐原先輩、毎日壬生先輩のお見舞いにきていたんですね」

 

「…何が言いたい、桐生」

 

「いえ、なにも。そうですか、毎日ですか。そうかそうか」

 

「…おい」

 

「俺は参加できなかったので見れなかったんですが、凄かったらしいですね。桐原先輩の八面六臂の大活躍!『俺の壬生を誑かしたのは、きさまか!』って激怒していたとかいないとか」

 

「あ、司波くん。お父さんと何を話をしていたの?」

 

「俺が昔お世話になった人が、お父上のご友人であったようです」

 

達也が紗耶香の元に帰ってくると、ザンが桐原に羽交い絞めにされていた。それだけで何をしていたのかが分かる自分に嘆息する達也だった。

 

「やっぱり達也くんとさーやには、深い縁があるようね」

 

桐原がザンに付きっ切りで動けないことを良いことに、エリカが動き出した。

 

「どうして桐原先輩に乗り換えたの?達也くんのこと好きだったんでしょう?」

 

紗耶香は恥ずかしさを隠すためか、花束に顔をうずめた。

 

「…うん、エリちゃんの言う通り。私は司波くんに恋をしていたんだと思う…。私が憧れた、揺らぐことの無い強さを持っているから。でもそれは私が一生懸命走っても、私は司波くんに追いつけない。そこに桐原くんが来てくれた。毎日お見舞いに来てくれて、色んなことを話したわ。そうして、こう思ったの。この人となら、一緒に歩いて行ける。喧嘩しながらかもしれないけど、一緒に同じ速さで、ね」

 

「ご馳走様です」

 

桐原の拘束から抜け出したザンは、紗耶香の告白に笑みと共に腹をさすった。桐原が追いかけてくるが、今度はようとしてつかまらない。

 

「俺が行っていたら、桐原先輩の勇姿録画しておいたのに。達也撮っていないの?」

 

「ああ、残念ながらな。ただ、どういう状況だったか、再現できるぞ」

 

「こら、司波!お前まで余計なことをするな!」

 

追いかけっこは、桐原の体力が尽きるまで続いた。

 

 

-○●○-

 

 

「お兄様。深雪はいつまでも、お兄様について行きますから。例え音の速さで駆け抜けても、空を突き抜け、星々の高みへ翔け上られても」

 

帰り道、深雪が神妙な顔をしているので、達也は苦笑した。

 

「置いていかれるのは、むしろ俺の方だと思うんだが。だがまずは天を目指す前に、足元を固めるほうが先だ」

 

「…お兄様、学校がお辛くはありませんか?侮りを受けてまで学校に通われるのは、私の為に無理を…」

 

「深雪」

 

深雪の頭に手を乗せ、撫でながら達也は笑みを浮かべる。

 

「俺は嫌々学校に通っているわけでは無いよ。この日常は今しか経験出来ないものだからね。俺は、お前と普通の学生でいられることが楽しいんだ」

 

「そうそう」

 

後ろにいたザンが、頭の後ろで手を組みついて来ていた。

 

「四葉との関連が出てしまうと、どうしても普通とは言いがたい状態になってしまう。それは真夜様や深夜様も望んでおられない。その為に、俺がいるようなものだしね」

 

「お前には、苦労をかけるな」

 

「気にするな、親友だろう?それに、俺も普通の学生生活というものが、これほど貴重とは思っていなかった。俺は、達也や深雪を含めて、四葉に感謝しているんだぜ」

 

頬を掻き、顔を若干赤らめながら言うザンに、達也は怪訝な表情をしていた。

 

「『親友』?誰と誰が?」

 

「それは、酷くない?え、俺だけなの、そう思っているの?深雪ちゃんは、大丈夫だよね?」

 

「…そういうわけで、今日のところは『日常』に戻ろうか」

 

「はい」

 

ザンを置いて、達也と深雪は手をつなぎ歩いていってしまった。これは普段の意趣返しのつもりか。なるほどそのつもりならばと、いつでも逃げることの出来る準備をして、ザンは前に行く達也に一言。

 

「達也、お前まだ壬生先輩のナンバー消してないだろう?」

 

遠くにいる一人の纏う空気が急速に冷えた。達也は深雪に誤解されないように消したつもりであり、そんなはずは無いと端末を確認をすると、『さーや先輩(はーと)』というアドレスが出てきた。隣には氷の女王が光臨している。達也の日常はどっちだ。




以上で、入学編完です。
次回から九校戦です。ただ、ストックが切れてしまったので、まとめてからまたアップするようにします。


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九校戦編
第01話


試験対応などがあり、大分空いてしまいました。
社会人となって、久しぶりの資格試験で緊張しましたね。

まとめてから投稿を検討しておりましたが、一話だけでもと思いました。
また、不定期に更新できればと思います。


「あなた、馬鹿?」

 

第一声にしては酷い状態だ。画面には年齢不詳な女性が、心底呆れている表情をしていた。

 

「久しぶりに連絡を取ったのに、第一声がそれは無いんじゃない?それに、大亜連合の支部一つ潰す事は決まっていたことだろう?『幽騎士(ゴースト)』は使ったけどさ」

 

「公にならない、そっちの事は別にいいのよ。まぁ『幽騎士』なんて、初めて聞くけど?」

 

ジト目でボヤく真夜に、ザンはさも驚いたフリをする。

 

「ええ、そうだっけ?いやー、気が付かなかった」

 

「ふーん、へー、そう。そういう態度とるんだ。あの頃の可愛いザンは何処に行ってしまったの?一緒にご飯を食べ、一緒にお風呂に入り、一緒に寝た、あの可愛いザンは!」

 

「待てぇ!食事はまだしも、その後は身に覚えが無いぞ!」

 

突っかかるザンを、真夜は一枚の紙をちらつかせながら笑みを浮かべる。

 

「…何だ、それ?…ん?何だその写真は!?」

 

「今の技術も捨てたものじゃないでしょう?合成とは分からないでしょ。実はこのデータ、もう送付できるようになっているのよ」

 

「そ、送付?」

 

「ええ。そういえば、このところ達也さんや深雪さんに会っていなかったわね。招待状でも送ろうかしら。誤って写真データが送付されちゃったら大変ですものね」

 

真夜が言い終わる前にザンは土下座していた。これ以上深雪の自分に対する態度が酷くなると、精神まで寒くなりそうだ。

 

「分かれば良いのよ。『幽騎士』については後で聞くとして、私の言っているのはテロリストが第一高校を襲撃したときよ」

 

「ああ、テロリストの丸焼き?」

 

ため息をつきながら頷く真夜。

 

「あなたねぇ、仮にも魔法が不得意だから二科生なんでしょうが。振動系に優れているとか、疑われるでしょう?人体を瞬時に焼き上げるって、教師たちが騒いでいなかった?」

 

「まぁ、そうなんだけど。武器も無かったし、これを使ったんだ」

 

そう言って、ザンは右手の甲側を真夜に見せる。はめていたグローブには炎の紋章がついている。

 

「それって、確かあなたが前の世界から持ってきたっていう…」

 

「そう、『龍騎士』の『神器』の一つ、『炎の聖櫃(ファイアー・アーク)』。そして、左手のグローブについているのが『闇の聖櫃(カオス・アーク)』」

 

本来、神器は七種類あるとされていたが、ザンは三種類しか発見することが出来なかった。一つは前の世界に置いて来てしまい、この世界にたどり着いたときに身に着けていたため、失われることは無かった。神器は龍騎士の力を変換する道具である。『龍の氣』を炎や闇の力に変換することが出来るのだ。

 

「そうなると、あの丸焼きは…」

 

「そう、こっちを使ったのさ。流石に高校の敷地内だから、最大にするわけにもいかないだろう?だから、肺が焼け呼吸が出来ない状態に留めたのさ」

 

どう考えても、そちらの方が残酷に聞こえる。死ぬことには変わらないが、一瞬で燃え尽きたほうが苦しみは短いのではないか。

 

「…どのくらいまで、炎の温度は上がるの?」

 

「具体的に測ったこと無いけど、超新星爆発の中心温度ぐらいまでは上がるよ。敵の魔法とぶつけて相殺したから」

 

「はぁ、もういいわ。どうせ立証なんてできないし。それより、あなたのその力、BS魔法としたらしいじゃない」

 

「ああ、ちょうどいい隠れ蓑だろう?」

 

「前は、あの魔法について使わないように言ったけど、それよりその力を、せめて学校では使わないようにした方が良いわね」

 

諦め半分の真夜の態度に、ザンは怪訝となった。

 

「何故だ?」

 

「どうしても強すぎるのよ。まぁ、二科生だから九校戦には出ないでしょうけど、全国が見る大舞台でその力を使うべきではないわ。それなら、あの魔法の方がまだましよ」

 

「でも、知っているだろう?あれは…」

 

言いよどむザンを、真夜は笑みを持って応えた。

 

「その為に、あの魔法の特訓をしなさい。規模、範囲、その他を考え、影響を最小限にするの。あなたが高校生活を送るためには、それを身に付けるしかないでしょう?。姉さんとも話していたんだけれども、あの魔法を使いこなした方が、魔法科高校生としては生活し易いでしょう」

 

「…確かに、あれからあの魔法を使用することすら避けてきたからな。使いこなせなくて、何の魔法師か。なるほど、ありがとう、真夜」

 

「いいのよ。あなたは私の家族のようなものじゃない。恩に着てくれるなら、夏休みに遊びに来なさいな」

 

「ああ、分かった。必ず行くよ。愛してる」

 

「なっ!」

 

真夜が顔を真っ赤にしたところで、ザンは通話を切ってしまった。この手の事が真夜は苦手と判断し、からかう材料としているようだが、はたして。

 

 

-○●○-

 

 

「それでは失礼します」

 

生徒指導室から出てきた達也は、外で待っていた人影に気がついた。

 

「…どうしたんだ?皆そろって」

 

エリカや美月、ほのかや雫、そしてレオまでいた。達也の問いに、レオが頭を掻きならが反論した。

 

「それはコッチのセリフだぜ。指導室に呼ばれるなんて、どうしたんだ?」

 

納得した達也は、所在悪げに頬を掻いた。

 

「実技試験の事で、訊問を受けていたんだ。手を抜いたんじゃないかって、疑われていたようだ」

 

「なにそれ!悪い点を取っても、なんのメリットも無いじゃない!」

 

エリカは激高していたが、雫は納得していた。

 

「でも、先生がそう思いたくなる気持ちも、分かる気がする」

 

「どうしてですか?」

 

雫の言葉に美月が疑問を持った。ただ、応えたのは鼻息を荒くしたほのかだった。

 

「それだけ、達也さんの成績が衝撃的だったんですよ!」

 

魔法科高校の定期試験は、魔法理論の記述テストと実技テストにより行われる。先日試験が行われ、学内ネットで優秀者が発表された。

総合点の優秀者は順当な結果であり、実技のみの結果も一科生の独占状態だった。だが理論のみの点数となると、上位三名の内二科生二名が入り、前代未聞の大番狂わせが起きてしまったのだ。

 

「しかも、達也さんは平均点で十点以上の差をつけ、ダントツの一位なんですよ!」

 

フーッ、フーッっと鼻息が聞こえるようなテンションのほのかを放置し、雫が解説する。

 

「いくら理論と実技が別物といっても、限度がある」

 

「先生は、端末越しにしか達也くんを知らない訳だし、しょうがないか。そういえば深雪とザンくんは?特に深雪は兄貴の一大事なのに」

 

「生徒会は今大忙しだ。九校戦の準備期間だからな。ザンは渡辺委員長と千代田先輩に連れて行かれたよ」

 

「風紀委員だから渡辺先輩はいいとして、千代田先輩が?」

 

皆の頭に疑問符が沸いたため、経緯を達也が説明することになった。

 

 

-○●○-

 

 

達也が生徒指導室まで呼び出される時までさかのぼる。

 

「あなたが、渡辺先輩の言うことも聞かない、生意気な一年坊ね!」

 

ショートカットの女子生徒が、ビシッと指をザンに突きつけていた。

 

「いえ、それは多分彼じゃないでしょうか?」

 

ザンはしれっと達也に振る。面倒事は達也に押し付けるのが一番とでも考えているのだろう。流石の達也も動揺していた。

 

「お、おい」

 

「こら、花音!忙しいのに仕事を増やすな!すまないな、達也くん、ザンくん。元気のある一年生の話をしていたら、この有様だ」

 

書類を巻いて花音の頭をポコッと叩き、摩利が二人に謝った。

 

「手を焼いているって言っていたじゃないですか、先輩!私は少し指導をしてやろうと思って…」

 

「それが余計な仕事を増やしていると言っているのだ!」

 

「じゃあ、せめてコイツらの実力を見せてくださいよ!私は九校戦の選手なんですから、お手合わせをお願いしたいな~」

 

九校戦。正式名称は全国魔法科高校親善魔法競技大会。毎年全国から選りすぐりの魔法科高校生が集い、その若いプライドをかけて栄光と挫折の物語を繰り広げる。

魔法関係者のみならず、多くの観客を集める魔法科高校生の晴れ舞台だ。

 

両手を合わせ笑みを浮かべる花音を見て、ため息をつく摩利。確かに風紀委員としての働きはすばらしいものがあるが、二人は二科生だ。一科生の、それも代表となる花音の相手となるとは考えづらい。

 

「いいでしょう。達也が相手になります!」

 

「おい!」

 

これは面白いことになりそうだと、ザンが積極的に乗り、達也が止めようとしたところに校内放送がかかった。

 

『一年E組、司波達也さん。生徒指導室まで来てください。繰り返します。一年E組、司波達也さん。生徒指導室まで来てください』

 

「…呼び出しがありましたので、渡辺委員長、失礼します」

 

達也は摩利に言い残し、風紀委員本部から出て行ってしまった。

 

「じゃあ、あなたが相手してくれるんだね?」

 

「あ!」

 

自分の掘った、巨大な墓穴に後悔するザンだった。

 

 

-○●○-

 

 

「ルールは分かっているわね?」

 

開始前の花音の問いに、ザンは首を横に振った。今時珍しいズッコケポーズから持ち直した花音は、恥ずかしさを紛らわす為か、コホンと咳を一つ。

 

「えーっと、自陣奥の櫓に立って自陣の氷柱十二本を護りながら、敵陣の氷柱を倒すのよ。簡単に言うと、全部倒せば勝ち!」

 

花音とザンは、それぞれ陣の櫓に立っていた。アイスピラーズ・ブレイク練習場で対決することになった二人だったが、ザンがルールすら怪しいため、花音が説明するという珍しい構図が成り立つ。

 

「ちょっといいですか?試合時間はどうするんですか?」

 

「大丈夫よ。あたしがすぐ倒すから」

 

質問に対して回答とならないものが返ってきた。仕方が無いため、ザンは一つ提案をすることにした。

 

「では、試合時間は最大五分というのはどうでしょう」

 

「何か意図があるのかね?」

 

号令担当の摩利が首を傾げると、ザンは頬を掻いた。

 

「さして意味はありませんよ。ただこう着状態となった場合、あまり長時間する意味も無いでしょう?俺の力量が知りたいだけでしょうし、それに先輩もすぐに終わると言っていますしね」

 

「いいですよ、それでも。すぐに終わらせますから!」

 

花音の余裕の表情に、摩利はため息をついた。こういった場合、あの男は絶対に何かしでかすはずだ。司波達也にこちらに来るように伝えてはいるが、最悪自分が止めるしかない。真由美にも連絡しているが、生徒会も忙しいし時間もかかるだろう。

 

「仕方がないな。ルールは花音の言ったとおり、制限時間は五分。敵の氷柱を多く倒したほうが勝ちだ。始め!」

 

開始と同時に、花音とザンはCADを操作し魔法発動に取り掛かる。ザンが珍しくCADを操作していることを見て、摩利は興味を持った。もちろん授業で魔法を使用しているだろうが、風紀委員などで魔法を使用しているのをあまり見ない。そうしている間に、早くも花音の魔法が発動する。

 

「地雷原」

 

摩利は花音の魔法について、意識せずつぶやいていた。振動系統・遠隔固体振動魔法。地面を振動させ、ザン側の氷柱一本をたやすく砕く。次の氷柱が振動し始めたところに、ザンの魔法が発動した。自陣と敵陣の間に、巨大な盾が出現する。

 

「な!」

 

花音が驚くのは無理は無い。巨大な盾が出現した後、氷柱の振動が完全に停止してしまったのだ。摩利も呆気にとられている。

 

「渡辺委員長、遅くなりました」

 

達也が現場に到着したときにタイマーが鳴った。五分経過、試合終了である。

 

「勝者、千代田 花音!」

 

「いや~、負けちゃった。はっはっは、残念残念」

 

何一つ残念がっていないザンと対照に、花音の顔には憤怒が見て取れた。

 

「あーもう!フラストレーションが溜まる!何よこのもやもや感は!」

 

「達也くんは知っているのか?彼の今の魔法を」

 

摩利の顔には冷や汗が流れていた。魔法を防ぐ盾。どのレベルまで防げるのか不明だが、魔法師にとって脅威となり得るものだ。達也の顔に困惑が無いことを訝んだ摩利は、達也に聞いてみたくなったのだ。

 

「あれは俺の固有魔法ですよ、委員長」

 

「固有魔法…。魔法について聞くのはルール違反だな。…そういえば、あの魔法で相手の攻撃を防げるのであれば、何故君は攻撃しなかったんだ?」

 

摩利の尤もな質問に、ザンは遠い目をした。

 

「…実は、あの魔法を使うと、他の魔法が一切使えないんです、俺。そのため、制限時間を設けさせていただきました」

 

「なるほど、そうなのか。…そういえば、君はBS魔法師だろう?BS魔法は使えるのではないのか?」

 

「ああ、そういえば使えましたね。まぁ、近代魔法を競い合う競技に、BS魔法を使っても、ね」

 

「手があるなら、使いなさいよね!もう一回よ、もう一回。ただし、さっきの魔法は無しだからね。フラストレーションたまるもの!」

 

あまりに一方的な言い分に、ある種の清々しささえ感じてるザンだった。

 

さきほどと同様にお互いに自陣の櫓に立つ花音とザン。右手に炎のマークが見えるグローブをはめようとしていたザンを見て、達也は嫌な予感がした。真由美と深雪が後から現われ、エリカとレオも到着していた。

 

「ルールは先ほどと同じ。試合時間もだ。それでは、始め!」

 

先ほどと同様に、花音がザンの氷柱を倒していく。先ほどと違うのは邪魔されないことだ。気分よく五本目に取り掛かったときに、ザンの動きが気になった。ザンはずっと手をかざしているが、特に変化は見えない。金色の湯気のようなものが自陣の氷柱にまとわりついているのが見えたが、特に変化は見当たらない。

 

「やっぱり、こう行かなくっちゃね!一年坊は何かやっているみたいだけど、先に全部倒しちゃえば終わりよ!」

 

その意見は正しい。ただし、ザンは余裕の笑みを浮かべていた。かざしていた右手を翻した時に、達也が声を上げる。

 

「伏せろ!」

 

ザンがパチンと指を鳴らすと、花音の陣を埋め尽くす炎柱が立ち上がる。瞬間の剛炎が消えると、花音の陣の氷柱は、水滴すら残さず全て消えていた。ザンの陣の氷柱も剛炎の影響を受け、三本を残すのみとなったのはご愛嬌か。

 

「勝者、桐生 斬!」

 

櫓から降りてくるザンに、皆声をかけられないでいた。現代魔法と異なるBS魔法。その威力をまざまざと見せ付けられた格好だ。達也が降りてきたザンの傍に寄る。

 

「…やりすぎだ」

 

「あ、やっぱり?真夜様にも釘をさされているんだよねぇ。コントロール難しいんだ、コレ」

 

「前も炎を扱った事があったな。どれほど威力が上がるのかはしらんが、周りを見てみろ」

 

ザンが見渡すと、一年生はあまりの威力に顔を青ざめており、花音は肩を震わしているようだ。摩利が声をかけようとしたが、その前に花音は走っていってしまった。

 

「あらら、どうしよう?」

 

「気にすることは無い。九校戦ともなれば、強敵がいくらでもでてくるだろう。天狗となった鼻がへし折られただけだ。そんな柔な子ではないし、()もいるから大丈夫だろう」

 

摩利の言う彼とは、彼氏なのかそれともカウンセラーか何かは分からないが、ザンはその人に心の中で謝罪していた。

 

「それにしても、キミがあれほどの事をするとはね。他の競技はどうだろう?」

 

「それいいわね、摩利。二科生代表として、出場できる競技があるかもしれないわ。十文字君にも話して、協議してみましょうよ」

 

真由美の同意に、ザンは慌てた。

 

「いやいやいや、わざわざ二科生から代表出す必要無いじゃないですか。既に代表は決まっているんでしょう?それに一科生の反発もあるでしょう?達也も何か言ってくれ!」

 

「大丈夫よ。大枠で決まっているけれども、優秀な選手がいるのであれば、一科生二科生と言っていられないでしょう?」

 

「そうだな。二科生が活躍すれば、会長や委員長のような考えになるかもしれない」

 

真由美による囲い込みに、達也まで同調し始めた。ザンはジト目で達也を睨む。

 

「…覚えていろよ。必ず巻き込んでやる」

 

ザンの呪詛に近い言葉が現実となるか否かが分かるのは、数日の時を要した。



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第02話

仕事でトラブルがあり、中々時間が取れませんでした。
間が開いてしまって申し訳ありません。
これからもあるかもしれませんが、地道にがんばります。


ザンはスケボーに乗って、隣には同じようにスケボーに乗った五十嵐亜実がいた。バトル・ボードの仮想戦として、バイアスロン部部長と競争をすることになったザンはため息をついていた。いつの間にかギャラリーとして十文字やほのか、雫の姿も見える。バイアスロン部も興味津々だ。

 

「コースを三周し、先にゴールした方の勝ちだ。バトル・ボードを想定しているのだから、地面を蹴って進むようなことが無いように。また、直接、間接的な妨害も今回は無しだ。では、始め!」

 

摩利の号令に亜美はすばらしいスタートダッシュを見せた。見る見るうちに姿が小さくなっていく。片やザンは、今頃動き出していた。

 

「…あそこで左に曲がるから、あそこ辺りで減速して、曲がるのは体重移動で良いか。えっと…」

 

達也や深雪、クラスメイトはザンの魔法技術を知っているため暖かい目で応援していたが、これほど拙い技術と思っていなかったのだろう摩利たちは、半ば放心状態だ。スケボーから落ちるようなことは無いが、魔法制御の差が如実に現われている。亜美がゴールした時には、ザンは二週目前半といったところだった。

 

「…やはり、人には向き不向きがあるようだな。次に行こうか」

 

九校戦までの短期間に、ザンの魔法技術が劇的に進歩するとは考え辛い。バトル・ボードは諦めた方が良いだろう。

 

「モノリス・コードは、他が一科生だからね。身体能力は高いだろうけど、連携は難しいと思うの。それ以外となると…」

 

真由美も頭の切り替えるべきと判断したようだ。

 

「スピード・シューティングか、クラウド・ボールだろう。スピード・シューティングを真由美に見てもらえば、向いているか分かるだろう?」

 

ようやく帰って来たザンを連れて、演習場へと向かう。興味を失ったバイアスロン部を除くギャラリーもついて行くことになった。

 

「…まだやるの?」

 

ザンのつぶやきは、誰の耳にも届いていないようだった。

 

 

-○●○-

 

 

クラウド・ボールのコートに来たザン。去年の代表選手が相手をしてくれるということもあり、ギャラリーは更に増えていた。

 

「…なんで、去年の代表選手がいるんだよ。在校生ならまだしも、さ」

 

…大人の都合である。

スピード・シューティングの結果が散々であったザンのやさぐれる気持ちは皆分かっていた。魔法の銃弾を作成速度が追いつかず、狙いも正確とは言い切れないため、結果は百点満点のところを二十八点となっていた。氣弾の使用は達也に止められていたため、何も良いところが無かったのだ。

 

「いや、俺もクラウド・ボールをやらされると知っていたら来なかったよ。まったく、レポートの為に先生に会いに来ただけなのに」

 

十文字がその情報を得ていた為に、卒業生・西氷(さいひょう)数馬(かずま)に白羽の矢が立ったのだ。クラウド・ボール部もギャラリーに加わり、今か今かと開始の合図を待つ。

 

「相手への直接妨害は、当然無しだ。始めるぞ」

 

西氷は銃型CADを、ザンはラケット型CADを持ち構える。シューターからボールが射出され、ラケットを光らせたザンがボールを打ち返す。西氷はCADを操作し、対角線上へ向けてボールを跳ね返した。

 

「ダブル・バウンドか」

 

達也は関心したふうに魔法名を呟いていた。運動ベクトルの倍速反転、逆加速魔法『ダブル・バウンド』。ボールは低反発素材を使用しているため、壁や床で運動エネルギーが奪われる為相手コートに届かないことも考えられるが、球威は衰えないどころか増している。流石は去年代表と言う所か。

届かないと思われたボールに、ザンはバックハンドで叩き込む。ネットを越えるボールは西氷の魔法で更に対角へ返され、それに追いついたザンが弾き返す。

 

「すげえな。よく追いつくもんだ」

 

「でも、ボールが増えたら、益々不利になるんじゃない?」

 

レオは興奮していたが、エリカは冷静のようだ。しかし達也や深雪に至っては特に不安視していないようだ。

 

二個目のボールが射出されたとき、西氷は一個目とは反対側へボールを弾いた。これで一点は確実と思われた瞬間、西氷は目を疑った。

 

「はっ!」

 

確かに若干のタイムラグはあった。しかしほぼ(・・)同時だったはずだ。射出されたボールを叩き、次の瞬間には自分の弾いたボールを叩くとは、どういうことだ?疑問を持った隙が失点に繋がった。

 

七十八対零という圧倒的差をもって、第一セット及び試合終了となった。元より乗り気ではなかったし、大差で気力を失ったのだろう。西氷が棄権を申しいれたのだ。

 

「おいおいおい、身体能力だけで勝っちゃったぜ、あいつ」

 

「身体能力だけじゃないわよ。加速術式とか使っていないようだけど、ずーっとあのラケットにサイオン使っていたのが見えたもの。あのスタミナはバケモノ級よ」

 

「クラスメイトに『バケモノ』呼ばわりされるのは、イヂメだと思う。イヂメカッコワルイ」

 

「ひゃあっ!」

 

いつの間にか後ろにいるザンに、エリカは驚きの声を上げていた。

 

「その驚異的な身体能力を、くだらないことに使わないでよ!」

 

「そんなことより呼んでるぜ、ザン」

 

レオの指す先には、イラついている摩利と真由美が居た。終了の挨拶もそこそこに居なくなったため怒っているのだろう。手を振って応える。

 

「はいは~い、今行きま~す」

 

頭を掻きながら摩利たちのもとに行くザンを、エリカは見つめていた。自分であればボールに接触する瞬間に流し込むだろうが、彼は常時それを行っているのだ。それに、彼のあの動き。自分は彼を捕らえることが出来るのだろうか。そもそも、彼は一体何者なのだろうか?武芸者として一流と見えるが、名を聞いたことが無い。エリカは答えが出ないまま、ザンを見送った。

 

 

-○●○-

 

 

昨日のクラウド・ボールの話は、学校中の話題となっていた。一年の二科生が去年の代表に勝ってしまったことと、そして圧勝であった事が話を大きくしてしまっている。一科生の一年は、ザンが代表入りすべきでは無いという意見が大半を占め、二科生は実力があるのだから代表入りすべきという意見が大勢だった。二年、三年は氷西の実力を知っているため、代表入りに比較的好意的だったが、生徒会の結論が待たれていた。

 

「どうしたものかしらね~」

 

机に突っ伏しながら真由美は悩んでいた。ザンの話題がこれほど大きくなると思っていなかったのだ。一科生の反発は予期していたので、機先を制する為に早めに公表するつもりであったが、それ以上に速く話題が広まっていた。

 

「噂が広がってしまったのは、最早仕方が無いだろう。元より実力があれば起用する予定だったのだから、良かったんじゃないか?」

 

「それはそうなんだけど。ザンくん、乗り気じゃないのよ~。『二科生の俺が代表になる事によって、他代表選手の九校戦に対して士気が下がってしまうことを恐れているんです。一競技だけ勝ってもしょうがないじゃないですか。皆の士気が上がるような理由があるとか、または俺が出る事が皆認めてくれるなら、喜んで受けましょう』だって。ホント、痛いところを突くことが好きな子よね」

 

摩利はザンを選出する気満々であるが、ザンを説得するネタを探しきれていない真由美には、頭が痛いことだった。

 

「ああ、そのことか。大丈夫、考えがある」

 

悪い笑みを浮かべる摩利に、怪訝そうに見る真由美。摩利が耳打ちすると、真由美は満面の笑みでサムズアップした。

 

後日、九校戦代表にザンの名前があった。それを見たザンは、天を仰いだ。

 

『クラウド・ボール 一年E組 桐生 斬 部活連会頭 推薦』

 

この発表を見た生徒達は、一様に驚いていた。代表入りを好意的にとらえていた二、三年生ですらざわついている。それもそのはず。これは『新人戦』の発表ではなく、『本戦』のものだったからだ。本戦に一年生が、それも二科生が出場するというのか。一科生の、特に一年生のプライドがズタズタだ。

しかし部活連会頭、十文字の推薦である。文句があるのなら、十文字に言えと暗示しているのだ。…あの、巌のような男に、誰が言い出せるのだろうか。また、十文字の人柄は皆が知っているところだ。贔屓や裏取引で二科生を代表にと薦める人物では無い。実力を認めているからこその事だ。この時点で辞退したら、かえって反感を助長するだろう。故に、ザンは引き返せないことを理解した。

 

 

-○●○-

 

 

レッグ・ボールコートではE組とF組に分かれて試合をしていた。正に水を得た魚のような活躍を見せるレオ。達也とのコンビネーションも決まり、最後に逆サイドに切り込んでいたクラスメイトに達也はパスを出す。出されたパスをダイレクトで合わせ、クラスメイトがゴールを決めた。ちなみにザンは、生きるしかばねの様にユラユラしていた。一度その存在が影となり相手シュートが見えず、キーパーの邪魔をしているシーンもあった。

八対一のE組圧勝で終わり、片付けをしているところで達也とレオは、ゴールを見事に決めたクラスメイトに声をかけた。

 

「ナイスプレイ」

 

「意外とやるじゃねーか、吉田」

 

『意外と』は褒め言葉では無いが、達也はあえてスルーした。吉田も苦笑いを浮かべる。

 

「…幹比古だ。苗字で呼ばれるのは、好きじゃない」

 

「じゃあ、オレのことはレオって呼んでくれ」

 

「俺も、達也でいい」

 

「オーケー。…あそこの彼は?」

 

幹比古が指差すのは、魂の抜けたザンだった。代表発表後、ずっとこの状態が続いている。達也はため息をついた。

 

「…ああ、アレはザンでいいよ。そっとしておいてやれば、勝手に復活するだろう」

 

「…それでいいんだ。実は、前から達也やレオ、ザンと話してみたかったんだ。何せ、あのエリカと張り合えたりできる珍しい人間だからね」

 

「それは釈然と…」

 

「ほほう!それはどういう意味かな?」

 

突然復活したザンが、レオが言い終わる前に突っ込みを入れた。

 

「僕はエリカのあの性格に勝てる同年代は居ないと思っていたんだ。張り合う人がいて、さらにやり込める人がいるなんて、興味が出て当然だろう!」

 

テンションが上がる幹比古に比べて、ザンは下降気味だ。

 

「なんだ、そんなことか。てっきり『エリカに近づくな!彼女は俺のだ!』とか言ってくれると思ったのに」

 

「いわゆる、幼馴染ってやつ?」

 

ザンは、後ろから声をかけてくる人物の顔を見ると、ご機嫌斜めなエリカが立っていた。隣には美月が不安そうに佇んでいた。

 

「九校戦本戦の代表者サマともなると、ずいぶんと余裕がおありですこと。まったく、何でも色恋沙汰にしたがるんだから!」

 

苦笑いを浮かべフォローを入れようとした幹比古は、エリカの姿を見て思わず叫んだ。

 

「エ、エリカ!何て格好をしているんだ!」

 

純情なのだろう、幹比古は顔を赤らめていた。エリカは何処吹く風だ。

 

「何って…、伝統的な体操服よ?」

 

スパッツより丈の短い、綺麗な足が露出している格好だ。ザンが、ポンと手を叩く。

 

「ああ、ブルマーか」

 

「そう。ザンくん、変なところで物知りね」

 

ブルマーと聞いて、レオが余計なことを思い出した。

 

「ブルマーって、あれか!昔のモラル崩壊時代に、女子中高生が小遣い稼ぎに中年親父に売ったっていうヤツ!」

 

「なっ!バカ!サイテー!」

 

真っ赤になったエリカは、レオの足を蹴り飛ばす。…エリカとレオの両方が大ダメージを受けているようだったが。

 

「エリカちゃん、やっぱり普通のスパッツに替えた方が良いよ」

 

「…そうね。ミキも変な目で見ていたし」

 

「ミキ?」

 

首を傾げる美月だったが、声を上げたのは幹比古だった。

 

「エリカ!そんな、女みたいな名前で呼ぶな!」

 

「だって、苗字で呼ばれるの嫌がっているじゃない」

 

肩を怒らせて立ち去る幹比古。エリカたちも仕方なく戻ることにした。幹比古は達也たちに気を使わせたことを詫び、気にする必要はないと達也たちも応えた。

 

「…あの事故さえ無ければ…」

 

誰にも聞かれない呟きを残し、幹比古は肩を落とした。

 

 

-○●○-

 

 

昼休み、生徒会女子メンバーと摩利、司波兄妹とザンは生徒会室にいた。昼食を取りながら真由美が愚痴りだした。

 

「…と言うわけだから、選手の方は十文字君が協力してくれて何とか決まったんだけれど…」

 

「やっぱり、貴女たちの差し金か」

 

ジト目で睨むザンをスルーして、真由美が続ける。

 

「でも、それ以上に問題なのがエンジニアなのよ」

 

「まだ揃わないのか?」

 

摩利の問いに、真由美が頷いた。

 

「ええ。二年生はあーちゃんをはじめ優秀な人材がいるんだけれど、三年の技術者不足は危機的な状況よ。せめて摩利が、自分でCADの調整ができれば…」

 

「そ、…それは深刻だな」

 

ギギィと音が聞こえる様な動きで首を背ける摩利だった。

 

「ねぇ、リンちゃん。やっぱり…」

 

「無理です。私の技術では、皆さんの足を引っ張ってしまいます」

 

キッパリと断られた真由美は、机に突っ伏してしまった。達也は何かを察したのか、部屋から出ようと立ち上がるそぶりを見せた。

 

「はぁ、本当はこの事態に巻き込んだ貴女に協力するつもりは無かったんですが、仕方ないですね」

 

ため息混じりに話し始めたザンの声に、真由美は顔を上げた。ザンは悪い笑みを浮かべながら隣の達也を指差した。

 

「エンジニア、達也がいいんじゃないですか?」

 

ザンを除く、生徒会室にいる全員の頭の上に『!』が浮かんだ。

 

「深雪のCADの調整は達也がやっているし、そこらへんの二流技師より腕は確かですよ」

 

「おい、ザン!」

 

睨む達也に、笑みを浮かべたままのザン。

 

「言ったよな?()()()()()()って。それに見ろよ。深雪の顔を。深雪~。代表となった九校戦、やっぱり達也にCAD調整して欲しいよな?」

 

「はい、もちろんです!さすが良いことを言ってくださいました!」

 

良い笑みを浮かべる深雪を見て、達也はため息をついた。

 

「…一年生のエンジニアが加わるのは、過去に例が無いのでは?」

 

「何でも最初は初めてよ」

 

「前例は覆されるためにあるんだ。それに、本戦に二科生の一年生が出るのも、前例は無いぞ」

 

「因果応報ってやつだな」

 

真由美、摩利、ザンに包囲されていく達也。そして止めを刺す言葉が隣から来る。

 

「私は、九校戦でもお兄様に調整していただきたいのですが…、ダメでしょうか?」

 

めでたく達也はエンジニアに推薦され、放課後の九校戦準備会議に達也も出席することになった。なお、放課後の会議においてあずさや十文字、そしてあの服部からエンジニアチーム入りが支持され、九校戦に参加することとなった。ちなみに、ザンの代表入りは異論がでなかったそうな。異論が出ることを期待していたザンは、止めを刺された。

 

 

-○●○-

 

 

F(フォア)L(リーブス)T(テクノロジー)CAD開発センター。達也と深雪、ザンが入室すると、あわただしく動いていた人も含めて、皆声をかけてくる。

 

「あ、御曹司!」

 

「お邪魔します。牛山主任はどちらに?」

 

その声に、人垣の後ろから声をかける男が一人。

 

「お呼びですかい?ミスター」

 

「お忙しいところ、すみません」

 

「あーダメダメ。ここに居るのは、アンタの手下だ。へりくだりすぎてはいけませんよ、ミスター・シルバー」

 

「名実共に、ここのトップは貴方でしょう?ミスター・トーラス」

 

お互いがお互いを尊重しあっている時、ザンは端末で誰かに電話しているようだ。あいにく留守電になっているようで、メッセージを残している。

 

「今日の用事は、コレです」

 

小さいCADを牛山に手渡すと、牛山の顔色が変わる。

 

「…これは、飛行デバイスですかい?テストは?」

 

「ええ。俺と深雪で行いました。ただ、俺たちは一般の魔法師とは言えないので、お願いしにきました」

 

その後の牛山の動きは早かった。T-七型の在庫確認、CADのコピー、テスター確保と指示を飛ばす。それもそうであろう。加重系魔法三大難問の一つ、常駐型重力制御魔法。現代魔法の歴史が、今変わろうとしているのだから。

テスターたちのテストは成功だった。ただ、テスター皆が空中で鬼ごっこを始めてしまい、全員ぐったりしてしまっている。

 

「CADのサイオン自動吸引スキームを、もっと効率化しないといけないですね」

 

「それは俺が考えますよ。タイムレコーダーも、専用回路にしましょう」

 

牛山に任せ、達也たちは帰ることとなった。部屋を出て廊下を進むと、前より二人が歩いてきた。FLT本部長の司波龍郎と執事の青木だ。疎遠となっている父親と会わないことを達也は期待していたが、残念ながら叶わなかった。青木が恭しく深雪に挨拶をする。

 

「ご無沙汰しております、深雪お嬢様」

 

「お久しぶりです、青木さん。挨拶は私だけですか?」

 

「…恐れながら、お嬢様は四葉家次期当主を、皆より望まれているお方。そこの護衛たちとは立場が違います」

 

カッとなる深雪を達也が制した時、ザンの端末が鳴る。

 

「もしもし?ああ、申し訳ありません。丁度良かった。真夜様は深雪を次期当主に指名なさったのですか?目の前の青木さんがそのように言われておりました。あと、私は良いのですが達也のことを『挨拶をする価値が無い』旨の発言をされていたんですよ。え?はい、分かりました。青木さん、お電話です。真夜様ですよ」

 

青くなった青木が震える手でザンから端末を受け取ると、何に対してか頭を繰り返し下げていた。残されたのは、碌に家にも帰らず愛人宅に寄生する父親のみだ。

 

「お母さんは、元気かい?」

 

龍郎の問いに答えたのはザンだった。

 

「それはご自分で会いに行き、確認することではないですか?やむをえない事情があるのかもしれません。ただ、療養をしている妻に会いに行きもしないのは、『人』としてどうなのですか。親として、そして人としても貴方は深夜様に勝る点は、私には見出せません」

 

「…達也は、お母さんを恨んでいないのか?」

 

「親父、それは違う。俺は母さんを恨んだりしていない。母さんが何故魔法手術を行ったかも。そのことで苦悩していたことも全部分かっている。それを知ろうとしなかったのは貴方だ、親父」

 

龍郎が何か言い返そうとしたときに、横の青木から端末を渡される。ザンの端末だ。

 

「はい、司波龍郎です」

 

「お久しぶりです、龍郎さん。あなた、()()()()()()()()()()。ああ、引継ぎ資料をまとめ切れていないと言っていたわね。早くお願いね」

 

真夜は一方的に言い放ち、一方的に切ってしまった。FLT本部長職は真夜推薦の者が来ると聞いているが、誰かはようと知れない。龍郎と顔を合わせることなく引き継ごうというのだ。本来有り得ないが、真夜には逆らえない。端末をザンに渡すと、青木と共に去ってしまった。

深夜と龍郎は二年後に離婚することが決まっていた。今しないのは、ひとえに達也、深雪の為である。そのため、龍郎が本部長職である必要は無いということなのだ。

 

「行こうぜ。あの背中を睨んでも、何も良いことは無い」

 

「ああ、そうだな」

 

達也は深雪の手を取り、出口へと向かう。深雪も頬を染め付いて行った。

 




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第03話

講堂壇上には、達也やザンを含め一年生から三年生が壇上に立っていた。真由美による九校戦代表メンバーの紹介と、代表者への徽章授与を行っている。代表者一人一人の胸元に徽章を深雪が付けていた。深雪の美貌に、見とれた者や頬を染める者などまで出る始末だ。この徽章は競技エリアに入るためのIDチップが埋め込まれた、正真正銘の九校戦メンバーの証である。ザンのブレザーや達也の技術スタッフ用ジャケットの左胸には八枚花弁のエンブレムがある。達也の時もそうだったが、ザンがそのブレザーを着た際に深雪が思いのほか喜んでいたことに、内心ザンは驚いていた。

 

「クラウド・ボール 一年E組 桐生 斬」

 

「はい」

 

真由美に名を呼ばれ、一歩前にザンは出る。そうすると一年生の一部から歓声が上がった。エリカやレオたちだ。片手を振り歓声に応えていると、目の前の深雪がわざとらしく咳を一回つく。胸元に徽章を付けると、深雪は我が事の様に微笑んだ。

 

「ザンさん、良くお似合いですよ」

 

「あ、ああ。ありがとう」

 

普段と扱いとの違いに、戸惑いながらザンは応えた。顔の温度が上昇し、脈拍が速まっていることを自覚している。心を落ち着けながら、ザンは深雪を見送った。

次に技術スタッフの紹介となり、達也も呼ばれる。また、エリカたちが歓声を上げたが、流石に達也は手を振るようなことはしなかった。達也の胸元に徽章を付け、うっとりする深雪。若干進行が遅れたように見えるがご愛嬌というところだろう。

 

「以上、五十二名が代表となります。これをもちまして、九校戦チーム紹介、及び徽章授与式を終了いたします」

 

授与式も終わり、ずっと睨んでいる人物から逃げようとしたザンの背中に声をかける人物が居た。

 

「次は、負けないからね」

 

千代田花音だ。別に九校戦で戦うわけでもないので、次もへったくれもないようだが、本人はいたって真剣だ。ただ、いまいち真剣さが感じられないザンだった。一人の男子生徒の腕にしがみついて放った言葉だったからだ。

 

「…大変ですね、五十里先輩」

 

「そうなんだけれどもね。けど、原因の一端は君にもあるんだよ、桐生くん。花音にあれだけせがまれてしまっては、技術スタッフを受けるしかなくなったんだ」

 

「断ればいいじゃないですか」

 

「花音は許嫁だからね。できるだけ希望は叶えてあげたいんだ」

 

「ありがとう~、啓」

 

「…これは、宣戦布告を模したバカップルを見せ付けに来たってこと?」

 

あの時の花音の行き先は五十里先輩の所だったんだと納得したが、正直目の前の光景にうんざりするザンだった。この状態は、イジっても面白くはならないからだ。

その後、啓はあれがすごいだの花音はここが可愛いだの、口の中が甘ったるくなるザンだった。

 

 

-○●○-

 

 

「九校戦代表入り、おめでとうございます。ザンさん」

 

「ありがとうございます、穂波さん」

 

画面上では穂波が微笑んでいる。その奥に深夜も同じように微笑んでいた。

 

「あなたが代表になること聞いたときは、驚いたわよ。あの真夜が許すとも思っていなかったしね。達也や深雪の活躍も見たいことだし、今年は私たちも九校戦に観戦に行こうかしら」

 

「はい、お話したときは思いのほか好意的に喜んでいただきました。…()()?」

 

「あら、聞いていなかったの?真夜も観戦に行くのよ。かなり興奮した感じだったから、てっきりあなたに話していると思ってたわ」

 

「ええ!?仮にも『四葉家当主』ですよ!?何考えているんですか!?」

 

「『仮』じゃなくて、『正真正銘』四葉家当主なんだけれどもね。こちらとしては、予想通りよ。分かりきっていることじゃない」

 

ザンは四葉の秘密主義から、絶対九校戦のような場には出ないとふんでいた。しかし、深夜からするとそうでもないらしい。何か企んでいる顔をしていたことを思い出していた。

一通のメールがザンの端末に届く。ザンは内容を見るなり、ため息をついた。

 

『八月一日、迎えの車をよこすから、自宅待機しなさい。真夜』

 

「真夜からのメールが届いたようね。私にも来たわよ。一緒に九校戦に行きましょうって。行く道すがらに、ザンから近況を聞きましょうともあるわ」

 

ザンは、真由美たち生徒会に断りの連絡をしなくてはいけないことになった。本来バスでメンバー皆が移動するのだが、ザンにはこの事態を回避することはできそうに無かった。

 

 

-○●○-

 

 

「いつもの高級車はどうしたんです?それにしても、葉山さんまで同行しているとは思いませんでしたよ」

 

ワンボックスタイプのミニバンでザンたちは移動していた。運転手、葉山。助手席、ザン。後部座席に真夜、深夜、穂波。

 

「いつもの車を使うと、私が来ていることを宣伝しているようなものじゃない。一応お忍びなんですからね」

 

スパークリングワインを片手に、さも当然と言う真夜。深夜は車に酔ったのか、若干青い顔をしている。酔い止めをポーチから取り出し、穂波は深夜に水の入ったコップと共に手渡していた。

 

「乗り物に弱い人もいるんだから、お酒は自重してくださいよ、真夜さん。深夜さん、大丈夫ですか?」

 

「…だ、大丈夫よ。わ、私は達也や深雪の晴れ姿を、ミルンダカラ…」

 

「分かりましたから、コレを飲んでください、深夜様」

 

「アリガトウ…」

 

…ダメだこりゃ。深夜以外の心の内は図らずしも一致した。深夜のその姿を見た真夜が嘆息する。

 

「…これは、ノンアルコールよ。姉さんたら、だから昨日は早く寝るようにいったのに。本当に変わったわね。姉さんが、これほど子煩悩になるなんて」

 

「俺が知る限り、昔からですよ。不器用なだけで、達也や深雪を愛されていましたよ」

 

薬を飲み、酔いが治まるまで上向きに目を閉じている事を良いことに、深夜をいじる真夜とザンだった。

 

「あのバスは一高のものですな」

 

どうやらザンは一高のバスに追いついたようだ。真由美の遅刻により出発が遅れていたことを、当然ザンは知らない。バスから見つからないよう体勢を低くしようとした時に、事態は急変した。

対向車線を走る車が突然スピンし、中央分離帯を越えて一高バスの前まで飛んできたのだ。車は爆発音と共に炎上した。

 

「葉山さん、バスを追い越してください!俺はこれから別行動に移ります。皆さんをよろしくお願いします、穂波さん!」

 

窓を開け、器用に車の上に乗ると、そのままザンは飛んで炎上した車とバスの間に転げ落ちる。立ち上がるザンに、真夜からの指示が飛ぶ。

 

「学校の皆の前で、龍騎士の力を使うわけにもいかないでしょう?ザン、魔法の力で対処しなさい!」

 

「うへぇ」

 

「ちょっと真夜、いいの?いくら彼でも、無茶ではなくて?」

 

「大丈夫、私は信じているわ。彼は九校戦の代表選手。魔法を使ってこそ、よ」

 

魔法を使うとなると、まともに使えるのはアレしかない。同時に二つ展開できるのか。自分に問うザンだったが、事態は緊急を要する。もう車とバスは目の前だ。見ると車は魔法がいくつも掛けられて相克を起こしている。ザンは左手を車に、右手をバスに向け魔法展開した。

左側は車に向けて、右側は()()に向けて魔法の盾を展開すると同時に、両車が魔法の盾に激突する。

 

「グゥ…!」

 

右腕と肋骨が折れる音を、ザンは聞いたような気がした。バスの速度を含めた重量を抑えているようなものである、基礎防御力が高いとは言え、生身のままで受け止めるのは無謀と言えた。まして、バスに衝撃を与えないようにこちら向きにしている。しかし、この勝負はザンの勝ちだった。誰かが掛けた、バスへの減速魔法も功を奏したのだろう。両車とも停止したのだ。

 

「ザンさん!」

 

「あの車の炎を消せ、深雪!」

 

最初に顔を出した深雪に指示を飛ばすザン。しかし車はまだ魔法が相克をしている状態だ。だが、深雪は気にせず魔法展開に移る。魔法展開直前に、車を覆っていた魔法全てが吹き飛ばされた。その光景を見届け、深雪が車の炎を消した。

 

「ザン!」

 

「…やっぱり、達也か。アレ」

 

バスの後ろにいた作業車から走ってきた達也にザンは声をかける。

 

「ああ。…折れているな、これは。大丈夫か」

 

「ああ、『龍の氣』を纏っていれば、数時間で治るよ。アッチには見せられない光景だから、あの作業車に乗せてくれないか?」

 

「分かった。五十里先輩には俺から話しておこう」

 

達也に肩を貸してもらい、ザンは作業車に向かった。心配そうに見る深雪に、笑顔で手を振って安心するようジェスチャーを送る。

 

「まったく、無茶するものだ。…それにしても、ここまでどうやって来たんだ?」

 

「車で送ってもらっていたんだよ。当然あの方々と一緒だ」

 

達也は、一瞬全身の力が抜けかかった。めずらしく慌ててザンを支え直す。

 

「…達也でも慌てることはあるんだな」

 

「当たり前だ。俺を何だと思っているんだ」

 

憮然とした達也を面白そうに見るザンだった。因みにザンは、この後花音に感謝されることになる。五十里がザンの代わりにバスに乗ることになったからだ。もっとも、エイミィは不満たらたらだったが。

 

「エイミィ、向こうに行ったら会えるんだから、そんなに怒らないの」

 

「怒っていませーん!…バスは、まだ乗れるのに、何でよ」

 

「どうしたの?」

 

ご機嫌斜めなエイミィを見て、深雪はほのかに経緯を聞いた。

 

「ああ、さっきザンさんが来たじゃないですか。一緒のバスに乗れないからって、怒っちゃって」

 

「別に怒ってなんか…」

 

「ふぅん、何故エイミィが怒っているのかしら?」

 

「ヒィ!」

 

バス内の極一部で、一時期気温が下がったとか。

 

 

-○●○-

 

 

「やはり、あれは事故では無いか」

 

事故について、達也が分析した結果をザンや深雪が聞いたのは、目的地である富士演習場のホテルに着いたときである。

 

「ああ。挙動が不自然だったから調べてみたんだ。魔法の痕跡は三回あった。間違いなく一高を対象とした自爆攻撃だ」

 

「なんと卑劣な…!」

 

「落ち着けよ、深雪。まずは防いでみせたんだ。相手にとって出鼻をくじかれている」

 

肩に手をやるザンを、深雪は怒りのこもった目で見返す。

 

「しかし、その為にザンさんは…」

 

「それ以上は言うな。何も無かったと他の人に言ってあるんだ。怪我をしたと知れれば、出場を辞退しなくてはいけなくなるかもしれないんだ」

 

「…分かりました」

 

意気消沈する深雪に、どうしたものかとザンが悩んでいると、見慣れた少女を見つけた。

 

「あ」

 

「やっほ~。元気?」

 

「エリカ、何故ここに?開会式は明後日よ?」

 

「だって今日は懇親会でしょ?」

 

会話がかみ合っていないが、深雪の意識がそれた事に心の中で感謝するザンだった。

 

「機材があるから、先に行っているぞ。また後でな」

 

「はい、お兄様」

 

「え、もう?またね、達也くん」

 

機材の載った台車を押して、達也が奥に行ってしまった。入れ違いに美月がやってくる」

 

「エリカちゃん、お部屋のキー…、深雪さんとザンさん?」

 

「美月まで!」

 

肩を出し、美しい胸元が見える服装に、ザンは思わず顔を背けた。純情だからではない。深雪の周りの温度が急激に下がったからだ。

 

「なんだか、派手ね。…悪いことは言わないから、TPOをわきまえた方が良いわよ」

 

「やっぱり、そうですよね。エリカちゃんが薦めるからこの格好何ですが…。着替えてきます」

 

「え~、そうかな~?」

 

「そのほうが良いわ…。そのキー、ここに泊まるの?一般利用はできないホテルなんだけれども」

 

「私は関係者だし、そこは『千葉家』のコネってやつよ」

 

ドヤ顔でふんぞるエリカに、可笑しそうに微笑む深雪。

 

「『千葉家の娘』という色眼鏡で見られるのは嫌だけど、コネは使ってナンボよ」

 

「フフ、そうね。…私も行くわ」

 

「また、懇親会でね」

 

深雪はホテルの奥へ向かって行った。ザンが何故か残っている。

 

「…ザンくんは、行かなくて良いの?」

 

「ああ、その前にちょっと聞きたいことがあってな」

 

「おいエリカ!自分の荷物ぐらい持ちやがれ!」

 

「柴田さん、荷物持って来たよ」

 

「よう、レオ、幹比古」

 

「おう、ザン。どうしたんだ、こんなところで?」

 

「…それ、俺のセリフじゃね?」

 

開会式二日前にいる、一般客の言うセリフでは確かに無かった。ザンは力が抜けかかったが、気を取り直しエリカに振り返る。

 

「エリカ、さっき懇親会の話をしていただろう、それって…」

 

エリカの耳元にささやき、エリカは驚いた表情を見せた。納得し頷くザンの話の続きを聞くと、エリカは了承したようだ。

 

「じゃあな、エリカと美月、それにお供たち。また後で」

 

「俺はエリカのお供じゃねー!」

 

レオの叫びをスルーして、ザンも奥にいってしまった。レオや幹比古、美月がエリカを見ると、非常に悪い笑みを浮かべていた。

 

 

-○●○-

 

 

「ザンくんは、何処にいるの!」

 

懇親会が始まっても、ザンは姿を見せなかった。八枚花弁エンブレムの付いたブレザーを着ている達也の姿に見ほれている深雪だったが、真由美の声で我に返った。

 

「部屋には居ませんでしたので、既にこちらにと思ったのですが申し訳ありません。それに端末にコールしても電源を落としている様です」

 

怪我の治療をしているかもしれないが、そのことを真由美に告げるわけもいかず、深雪は目線で達也に救いを求めた。

 

「一回りしてきましょうか?俺なら見つけることができるかも…」

 

「それじゃあ、意味が無いでしょう?離席者が増えるだけじゃない。達也くんはザンくん担当なんだから、ちゃんとしてもらわないと!」

 

「いわれ無き大役なんですが」

 

「ザンくんがスピード・シューティングの模擬をした時に調子悪そうだから聞いたのよ。そうしたら『親友の頼みだから、奥の手は使わなかった』ですって。だから、達也くんはザンくんのコントロール大使に任ぜられたのよ」

 

「いつものごまかしでしょう?真に受けなくてもよいのではないですか?」

 

達也が首を振ってため息をついたが、真由美は真剣な顔をした。

 

「…彼は友誼に関して誤魔化したりしたことは、私の知る限り無いわ。そういったことには嘘がつけないのよ。…もうこの話はおしまい。ザンくんについては、もういいわ。…後でキッチリ問いただすんだから!」

 

「お嬢様、このような場では大輪の花の様な笑顔こそがお似合いですよ。気を落ち着けるためにも、冷たいお飲み物はいかがですか?」

 

「あ、ありがとうございま…す…」

 

固まる真由美の目線は目の前の男に注がれていた。ウェイター服を着たザンである。

 

「生徒会長の貴重なご尊顔を拝し、光悦の極み。なんちゃって」

 

「もう、何やっているのよ!」

 

「いやあ、ウェイターの姿だったら、他校の陣営探り放題かなって思ってさ。俺一人居なくても、大丈夫っしょ?」

 

しれっと、取ってつけた言い訳を添え、満面の笑みで応えるザンに、首を横に振り諦めた真由美だった。すっとザンの隣に立つ達也。

 

「…実際は、どうなんだ?」

 

「俺と一緒に開会式に出席すると真夜様が聞かなくてな。姿を隠すためにこの格好よ。…本当は厨房組のはずだったんだけどな」

 

「…まさか、母さんもか?」

 

「いや、車酔いの影響で、今は休んでいる。穂波さんが看病しているから、大丈夫だ」

 

二重の意味で安心した達也だった。ザンは手を振り、別れを告げる。

 

「すまないな、他のお客さんに飲み物を配らないと。サボっていると怒られちまう」

 

奥に飲み物を取りに帰る際に、横目でエリカが達也の元に向かうのが見えた。厨房で受け取りホールにザンが戻ると、いかにも高校生男子らしい会話が聞こえてきた。

 

「見ろよ、一条。あの子、超カワイクねぇ?」

 

「あんな美少女、お前じゃ相手してくれねぇよ」

 

「うるせえなぁ。俺がダメでも、一条ならいけるかもしれねーじゃねぇか。顔良し腕良し頭良し、三拍子そろった十師族の一条家跡取りの一条(いちじょう)将輝(まさき)ならな」

 

説明セリフのおかげで、三高の一条の顔を確認したザン。気配を消して一条の背後へとまわる。

 

「ジョージ、お前あの子の事、知っているか?」

 

「一高の一年生、司波深雪ですぜ、旦那。一年生のエースで、すごいらしいですよ」

 

「うわっ」

 

背後から突然声をかけられて、本気で驚く一条。自分がまったく気配を感じなかった相手が、ウェイターとは思ってもみなかった。

 

「失礼いたしました、冷たいお飲み物でもいかがですか?」

 

一言言ってやりたいが、大人気ないと考えたのか、憮然としてグラスを受け取る一条だった。

 

『これより、来賓あいさつにうつります』

 

来賓のあいさつが始まったとき、ザンはぎょっとした。来賓の一人として真夜がいる。お忍びと本人は言っていなかったか?疑問が尽きない中、真夜の名が呼ばれると会場がどよめいた。秘密主義の四葉当主がいるというのだ。

 

『みなさん、ごきげんよう。ご紹介に与りました、四葉真夜です。魔法とは、日々進化しています。しかし、その魔法を使うのは人です。魔法師が特別というわけではありません。魔法師を囲う世界こそが特殊なのです。魔法師も人であり、魔法を使えない人も、また人なのです。魔法とは何か、ご自分で答えを出し、魔法師とそうでない人たちの違いを想像してください。皆さんから偏見を持ち、友誼の道を断つようなことが無いよう心がけてください。最後になりますが、この場にあつまった皆と競い合い、魔法の新たな時代を見せてください。楽しみにしております』

 

最後に真夜に見つめられている事に気づき、思わず笑みを浮かべるザンだった。そして拍手を送ると、会場からも割れんばかりの拍手が送られた。四葉真夜を見たのは初めてだが、思いのほか良い人だと考えたものが多かった。

 

『続きまして、かつて世界最強と目され、二十年前に第一線を退かれた後も九校戦をご支援くださっていただいております、九島烈閣下よりお言葉を頂戴いたします』

 

壇上に立つは美女一人。会場が再びざわめき一条も訝るがザンは皆のざわめきの意味が分からない。元より幻術や精神支配には無縁故か。

 

「どうしたんだ?爺さんなら、女の人の後ろにいるじゃないか。あれが九島って人なんだろ?」

 

一条はザンに振り返り何かを言いかけたが、再び視線を壇上に送ると、九島烈が姿を現した。

 

『悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する。今のは魔法というより手品の類だが、その手品のタネに気が付いたのは、見たところ五人とウェイター一人といったところか。つまり、私がテロリストであったら、私を阻むべく行動を起こせたのは、その六人ということになる』

 

一旦言葉を区切った九島が見つめる先にはザンがいた。ザンもニヤリを笑みを浮かべて応える。

 

『諸君、私が用いた魔法は低ランクだが、君たちは惑わされ私を認識する事ができなかった。九校戦は、正に魔法の使()()()を競う場なのだよ。諸君の()()を期待している』

 

現在の魔法師社会はランク至上主義。そのトップが『魔法は道具』と言い切ったのだ。真夜の挨拶といい、今年の九校戦代表者は良い影響を受けたようだった。

 

「君、名前を伺ってもいいかな」

 

一条の真剣な眼差しに、ザンは襟を正し応えた。

 

「桐生 斬だ。ザンでいい。一高の一年生だ。あ、今はバイトのウェイターだ」

 

ザンが右手を出し、一条が受け握手をした。一条は、この手は普通の高校生の手ではない事を理解した。タコが硬くなっている。

 

「じゃあな、お客様。良いお時間をお過ごしください~」

 

ザンを見送る一条だったが、隣にいた吉祥寺に言われるまで、自分がザンを睨んでいる事に気が付かなかった。この感覚が何を意味するのか。戦場を経験している一条でも答えは出なかった。

 

 

-○●○-

 

 

幹比古が達也の手助けもあったが、見事不審者を捕らえた夜、ザンはうんざりしていた。

 

「わたしぃ、けっこ~イイこといったわよね~」

 

ベロンベロンに酔っている真夜の前で、正座をしているザン。周りには六本のワインのボトルが転がっている。

 

「いってたわよね~」

 

「はい、すばらしいお言葉でした、真夜様」

 

かれこれ一時間以上、同じ話を聞き、同じ返事をしている。時は進むがそれ以外が停滞しているのだ。

 

「せぇっかくぅ、あなたのえすこ~とでぇ、すてぇ~じに」

 

「わかりましたから、謝りますから、もうこのくらいにしませんか?夜も更けてきましたし、お身体に障りますよ」

 

「だあって~、ざんがあ、にげるから~」

 

ザンは、いい加減泣きたくなってきた。ようやく車酔いから復活した深夜が助け舟を出す。

 

「いい加減になさいな、真夜。しつこい女は嫌われるわよ」

 

「でも~、ねぇさん~」

 

「あなた、そのままで良いの?本当に嫌われるわよ。ザンは貴女を心から心配しているんですからね」

 

「む~」

 

深夜の言葉が功を奏したのか、むくれているが機嫌は良くなったようだ。ザンを見ると、真夜は両手をザンに向けて広げた。

 

「だっこ」

 

「え?」

 

「だから、おひめさまだっこをして、べっどまでおくりなさいぃ!」

 

困惑して目線で深夜に助けを求めるが、深夜はため息を吐きながら首を横に振った。真夜が駄々をこねたらテコでも動かない事を、深夜は熟知していた。

 

「わ、分かりました。失礼します」

 

「ん!」

 

上機嫌の真夜を抱き、酒臭さを我慢しながら真夜をベッドまで送るザンを見て、ほっこりした気持ちになる深夜だった。




この終わり方って…
でも、次回から九校戦開幕できますね。


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第04話

「雫、プログラム見せて」

 

「ん」

 

端末をほのかに見せ、周りのエリカたちも覗き込む。

 

「初日は本戦のスピード・シューティングとバトル・ボード、七草会長と渡辺委員長がそれぞれ出場かー。優勝候補よ!新人戦では私達たちもでるし」

 

「うん、見逃せない…!」

 

頷く雫の頬も赤みを増す。ほのかと雫は新人戦に向けて燃えているようだ。

スピード・シューティング競技場についた一行は、その場の熱気を洗礼を受けていた。

 

「凄い熱気!こっちまで熱くなる!」

 

「オマエは出場しないんだから、関係ないじゃないか」

 

「あんたもね!」

 

「…よくもまぁ、こんな所でもやりあえるものだ」

 

いつものエリカとレオのやり取りに、通常運転さに感嘆する達也だった。

 

「おーい、こっちこっち!早くこいよ~!」

 

席取りをしていたザンが達也たちに分かるよう手を振っている。

 

「ありがとう、ザンさん。…明日の準備は良いのですか?」

 

ほのかの指摘は正しい。明日はクラウド・ボールの本戦があるのだ。

 

「別に、へーきへーき。俺には調整が必要なCADは無いしな」

 

「憎らしいほど、余裕よね」

 

「酷いな、エリカ。別に俺は期待されていないし、桐原先輩もいるから、大丈夫だろう」

 

「お、初日から真打登場だぜ」

 

レオの声に皆が目を移すと、真由美がCAD携え立っていた。

 

『一高の七草真由美だ』『エルフィン・スナイパーだ』『素敵です~お姉さま~』『真・由・美ちゃ~ん』

 

多種多様な声援が送られる。同姓、異性問わず人気があるようだ。

競技が始まると、三十メートル先のクレーを的確に一個ずつ打ち抜いていく。遠距離魔法のスペシャリストといわれる所以である。見事パーフェクトを達成していた。遠隔視系『マルチ・スコープ』を併用しながらのプレイスタイルは情報処理能力の高さが伺えた。

 

次に一行が来たのは、バトル・ボード競技場。ほのかが凹み、皆が達也の弱点をいじる中、摩利の出番がきた。

 

『きゃあーー!先輩、カッコイイー!』『こっち向いて~』『摩利様~がんばって~』

 

こちらは黄色い声援一色だ。エリカも引いている。

競技が始まると他高選手が大波を作り出し、推進力と妨害の一挙両得に出たが、残念ながらその大波は自分のコントロール範囲外のようだった。摩利は軽くかわし、既に独走状態。

 

「硬化魔法と移動魔法のマルチキャストか…」

 

自分とボードの相対位置を固定し、一つとして移動をかけていると達也は解説した。また、加速魔法や振動魔法など、常に三から四つの魔法をマルチキャストしているという。真由美と摩利は高校生レベルを超えていると言えるだろう。

事実、魔弾の射手を使う真由美に敵う者は無く、真由美はスピード・シューティングで優勝した。

 

 

-○●○-

 

 

翌日のクラウド・ボールにおいても、真由美は圧倒的だった。一回戦、第一セットを八十五対零で終えたところで相手が棄権した。たった一つの魔法、『ダブル・バウンド』で押し切ってしまった形だ。達也たちは引き続き次の男子の試合を応援だ。

 

『第九高校三年、工藤 恭一さん』

 

観客席にさわやかな笑顔を振りまく工藤の相手は、一年生だった。

 

『第一高校一年、桐生 斬さん』

 

ざわつく会場、一高は三連覇を目指しており、本戦に一年生を出してくるのは異常である。つまり、この一年生は先輩たちを超える力を持っていることになる。

 

「まさか、あいつは本戦にでる者だったとはな」

 

忌々しげにザンを睨む一条。隣の吉祥寺は珍しいものを見た顔をしていた。

 

「そこまで毛嫌いするのは、めずらしいね将輝。三高には御影先輩がいるんだし、心配する事はないさ」

 

「ああ、そうかもしれないが、気になるんだ。俺にも何故かはわからん」

 

ザンと工藤、両人とも刻印型ラケットを持ち試合開始を待つ。同じスタイルのようだが試合はあっさりと決着がついた。八十二対零で第一セットが終わったところで、工藤が棄権を申し出たのだ。

 

「自己加速術式を使う人相手に、身体能力だけで勝っちゃうなんてねぇ…。でも、やはり御影先輩の相手にはならないよ」

 

「ああ、そうだな…。行こうか」

 

一条と吉祥寺が会場から出て行き、ザンも控え室に戻る時に、一つ気になったことがあった。

 

「『工藤』って、九島閣下と何か関係があるのかな?九高だし、語呂が良すぎる」

 

…それについて、語られる事は無かった。事実何も無いし。

 

 

-○●○-

 

 

二回戦の相手は、二高の仁村昌平。領域干渉魔法を得意とするタイプだ。試合が始まったばかりのときは領域にはまりボールを跳ね返されたが、領域規模が分かると相手ではなかった。領域を回避するボールを打ち返す事に専念するザンは、相手の意思を打ち砕いた。第二セットが終わった所で仁村は棄権した。

 

「七草会長に続いて、ザンまで無失点で二回戦突破か」

 

「一回戦見る限りでは、弱い人では無いようでしたけど」

 

「ああ、相手の干渉範囲が分かってから、容赦がなかったからな。ザンほどの身体能力が無いと、捕らえきれないだろう」

 

ザンは余裕に見えているが、ほぼ身体能力のみである。ロブショットのような相手の裏をかくボールまでも打ち込んでいた。

真由美は三回戦も無失点で勝ち上がっていた。しかし男子クラウド・ボールで一高生徒は声を失う。二回戦で一人姿を消し、三回戦で桐原が敗れたのだ。

 

「優勝を狙える、桐原先輩が敗れるとは」

 

「相手の人は、三高の御影(みかげ)勇吾(ゆうご)ですね。去年、西氷先輩に勝って優勝した人です」

 

「そう、今年の優勝候補の筆頭だよ」

 

ほのかが相手のことを知っていたようだ。

 

「どんな人なん?」

 

興味を持ったザンがほのかたちに声をかける。

 

「知覚魔法で領域内全てを認識し、加速系魔法や移動系魔法でボールを操る領域干渉魔法のスペシャリストで、『領域管制』といわれている魔法を使うんです。領域はほぼ自コート全域といわれていて、多種多様な角度から()()攻撃をしていました。西氷先輩のダブル・バウンドもボールが増えていく事により、流石に同時には返しきれなかったと聞いています。自コートでボールが停止し獲物を探しているように見える事から、『スパイダーズ・ネット』とも呼ばれていますね」

 

「うへぇ、聞かなきゃよかった。良くそれだけの事が出来るもんだ。処理能力の高さとサイオン量の多さが無きゃ出来ない芸当だな。気分が重くなるぜ」

 

相手は航空機の管制官のごとくボールをコントロールするという。まるでホーミング・ミサイルが、相手をかわし叩きつけられるようなものだ。身体能力一本で戦っているザンでは、流石に全ボール同時射出では対応しきれないだろう。

会場からどよめきがおこった。達也たちが周りを見渡すと、VIP席に九島烈と四葉真夜の姿が見えた。

 

「まだ三回戦途中なのに、老師やあの四葉までいるぜ。どうなっているんだ?」

 

これから三回戦に望むザンにとって、さらに気が重くなった。

 

「彼は順調に勝ちあがっているようだな」

 

「先生は、あの男子に興味があるんですか?」

 

九島の言葉に、真夜は危機感を覚えた。ザンは目立ちすぎたのかもしれない。

 

「まだ二試合しか見ていないが、懇親会の時のウェイターが出場していたからチェックしていたのだよ。彼は私のイタズラを看破していたようだからな」

 

ザンに幻惑や精神干渉といったものが通じない事を、九島は知らないのだ。真夜はどうごまかすか考えていたが、余計な事を話した方が、自分との関係性を認識されるかもしれない。真夜は消極的になるしかなかった。

ザンが三回戦に臨むと、二人は試合に興味を向けることになった。

 

「はあっ!」

 

第八高校二年の蜂須賀聡は、自己加速、移動、加速など、多種多様な魔法を使いザンを翻弄することを試みる。一度は右後方からライン上とクロスにダブル・バウンドを使用し打ち返し加速させた。ザンは相手が打ち返す寸前にネット際までダッシュし、まずライン上のボールをバックハンドで叩き落し、クロスへのボールは横っ飛びでラケットに当てる事に成功した。万事危ない場面が多かったが、結果無失点で勝ち上がった。

 

「すごいな。これほどの身体能力を持っているものを、私は見た事が無い」

 

「そうですわね。でも先生、あれは『魔法競技』なのでしょうか」

 

「うむ。ラケットに刻印されているようだし、良いだろう。しかし、このままでは真夜の言うとおり、魔法競技としては考え物になるかもしれんな」

 

 

-○●○-

 

 

真由美の快進撃は止まらず、準決勝もパーフェクト・ゲームだった。これは決勝もその光景が見られるかもしれない。会場の期待値はどんどん上がる。片や男子も優勝候補筆頭、三高校の御影が危なげなく無失点ゲームを披露した。

 

『第五高校三年 後藤修二さん』

 

パワープレイで勝ち上がってきた後藤と、無失点試合を継続するザンとの戦いとなった。

 

「あの、打ち返したボールに振動魔法を掛けて幻惑し、更に威力を上げていましたね」

 

「なんでも、昔のテニス漫画を読んで思いついた戦法らしいぜ」

 

「発想の転換が凄いと褒めれば良いのか、それとも単純と言えば良いのか、分からないわね」

 

外野は言いたい放題である。達也は軽くため息をつくと、相手選手をフォローする。

 

「実際ボールの威力があがり、相手に取り辛い状況を作り出しているんだ。着眼点は間違っていないだろう」

 

「ザンは大丈夫なのか?」

 

()()()()、ザンさんの敵ではありません」

 

深雪の自信のある発言に、皆対戦相手に同情した。準決勝に勝ち上がった選手があの程度呼ばわりである。

 

「しかし、前の試合では相手のラケットを吹き飛ばす威力だったぜ?」

 

「身体能力のスペックが違うんだ。確かにあの威力は脅威だが、ザン相手となるとな」

 

達也までザンの勝利を疑っていないようだ。これは早々に決着がつくかもしれないと、エリカたちは考えていた。

試合が始まり、シューターから射出されたボールをザンは様子見程度に相手のコートラインギリギリに打ち込む。後藤は最初から全開だった。

 

「おらぁ!」

 

そのまま直線でラインギリギリに打ち返すと、ボールが微妙に揺れている。得意の振動球だ。ネット際で追いつくとフォアハンドで打ちに行く。片手で捕球すると速度と振動でボールがラケットを弾こうとするが、ザンは何事も無かったように対角線に打ち込んだ。

 

「なっ!」

 

必殺の球であったが、相手はあっさり打ち返してしまった。また、この球を打ち込んだ後に体勢を若干崩すため、返球への対応が遅れてしまう。後藤にとって、振動球は諸刃の剣なのだ。

結局、何度振動球を打ち込んでも意にも介さず打ち返すザンに対して、戦意喪失してしまった。第一セットで後藤は棄権してしまった。

 

「よっしゃあ!あとは決勝に勝つだけだな!」

 

「だが、相手はあの御影だ。身体能力だけで何とか成る相手ではない」

 

「ザンさんは、どうするのでしょう?お兄様?」

 

深雪の心配そうな顔を見て、ザンに一言いってやろうと心の中で決意する達也。それはさておき、深雪の頭を撫でる。

 

「正直、対応するのは難しいだろう。ただ、無策で相手に向かうザンではないはずだ。何かしらの突破口は検討をつけているはずだ」

 

自分ならどうするか考えるが、ザンと自分では身体能力、魔法、何から何まで異なる。無意味なシミュレーションだ。

 

「まずは、会長の決勝戦だ。そこに何かヒントがあるかもしれない」

 

自分で言っておきながら、難しいであることは達也自身理解していた。

VIP席の二人も男子決勝戦がどういった展開になるのか、気になっていた。

 

「女子は、まず一高の七草が順当に勝つだろう。分からないのは男子の方だ。順当なら三高の御影だが、一高の桐生に対抗する手段があるかがポイントとなりそうだな」

 

「ええ、一高の選手は身体能力はずば抜けていますが、魔法を見せていません。その事がどう影響するのか、楽しみですね」

 

九島の予想通り、決勝も無失点で勝ち、真由美は全試合パーフェクト・ゲームで勝利を飾った。

 

「流石、会長ですね」

 

「ああ、やはりレベルが違うな。高校生レベルでは会長には誰も敵わないだろう」

 

スピード・シューティングとこのクラウド・ボール、十師族の力を存分に見せつけた形だ。真由美は笑顔で観客席からの賞賛を受けていた。

 

 

-○●○-

 

 

男子クラウド・ボール決勝。御影はいつもどおりブレスレッド型CADを装備しコートに登場した。片やザンが登場した際に、会場が小さくどよめいた。ザンは刻印型ラケットを持っておらず、ペンダントをしているのみである。

 

「どういうことだよ。まさか、既に諦めているわけじゃないだろうな?」

 

「ザンくんが、そんな可愛げのある性格なものですか。何か策があるんでしょ」

 

レオの尤もな疑問に、エリカが応える。ただし答えは持ち合わせていないので、解説担当の達也を振り返る。

 

「いや、俺はザンに会えていないんだ、何も聞いていないぞ。まさか、アレで戦うわけにもいかんし…」

 

ザンはコートに立つと、桐原の言葉を思い出していた。

 

「…すまんな。一年生のお前にプレッシャーばかり残してしまって。できれば敵を取って欲しいところだが贅沢は言わん。お前のベストを尽くせ」

 

いかにも体育会系な激励をもらい、心を落ち着けていた。桐原先輩の気持ちも分かる。相手はクラウド・ボールではうってつけの魔法の使い手だ。こちらもベストを尽くそう。こちらに向かう時の事故からも、自分は成長しているはずだ。

 

御影とザンがコートに立つ。

 

―降参か、それとも奇をてらった策かと思ったが、どうやら必勝の策があるらしい。気が抜けないな―

 

『決勝戦、開始』

 

シューターから射出されたボールは、『領域管制』により御影の斜め右後ろにピタリと止まる。当初、様子見でボールが一つでも打ち込む事を考えていた御影であったが、コートに立ったときのザンの目を見て考えを改めていた。

止めているボールが四つとなったところで、上下左右に同時射出する。誰の目にも点数が入る事は規定の路線だった。しかし、それは覆される。十センチほどの小さい盾が四枚現われ、ボールを相手コートに弾き返したのである。

ボールは再び『領域管制』の支配下に入るが、御影は残りのボールが射出される事を待つ事にした。この盾はどれほど出てくるのか、想像がつかない。合計九つとなったとき、再度同時射出する御影。九つの軌道は新たに生じる盾に全て弾き返された。

ザンは誇りを持って魔法名を口にした。

 

無限の小盾(ドラゴン・スケイル)

 

その後の展開は変わらない。御影が同時射出をし、その度に小さな盾が生まれ弾く。会場からもどよめきが生まれていた。

 

「あれ、まるで鱗みたい」

 

「そうだな。小さい盾が無数に発生し、鱗状になっている。正にドラゴン・スケイルか」

 

結局、御影は突破する事が出来ず、零対零で第一セットが終了した。第二セット以降、御影はボールに螺旋回転を与えたり、またはドライアイスでボールをコーティングしたり、他には振動を与えたりなど、あの手この手で小さな盾の突破を試みるがことごとく弾かれる。最終セットが始まる頃には、目の前が鱗で覆われているようになっていた。

最終セットが始まる前にザンが『無限の小盾』を解除した事から、御影はザンは限界が近いと考えていた。試合が始まると、御影は休む暇を与えず攻撃に転じた。ザンの方は、小盾が出たり消えたりしている。観客席も限界が近いであろう事を意識していた。

 

「やべぇやべぇぞ。もうギリギリなんじゃないか?」

 

「レオも四月からザンにかかわっているのに、まだ理解していないようだな」

 

「何をだ?」

 

「…ザンに常識は通用しない、ということさ」

 

その言葉に深雪は微笑み、エリカは思わず頷いていた。

御影が全ボールを掌握し、いざ射出しようとしたその瞬間、ザンは両手を広げた。それと同時に『無限の小盾』を一気に展開し、あたかも龍の鱗がコートを分断している形となる。反射的にに御影はボールを射出していた。その際、一つのボールが管制下から離れてしまった。小盾に弾かれ自陣に落ちるボールをみている御影は、何か信じられないものを見ている目をしていた。相手の異質な魔法と攻略を考える緊張から思考の隙間が生まれた事を、御影自身が信じられなかったのだ。

 

『試合終了。一対零、勝者、第一高校 桐生 斬!』

 

その瞬間、一年生が最少得点での決勝戦勝利と、全試合無失点での優勝を果たした。優勝した少年は、笑顔で会場に向けて手を振っていた。その視線の先には達也に抱きつき喜ぶ深雪と、VIP席で呆然と立ち尽くす九島の隣でいつも通りの妖艶な笑みを浮かべる真夜の姿があった。




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第05話

「クラウド・ボール、優勝おめでとう~!」

 

エリカの音頭で皆がグラスを持ち上げる。ホテル併設のレストランの個室でいつもの一年生メンバーがザンを祝っていた。レストランの個室を借り切ったのは、もちろんコネを使ったエリカだ。

 

「それにしても、良くあの御影に勝つことが出来たな」

 

レオが感心した言葉を口にし、幹比古も頷く。

 

「それは、相手が順調に勝ち進んできたプレイスタイルによるかな」

 

「どういうこと?」

 

ザンの感想に、皆が疑問を抱いた。観客席から見ても、特に御影は油断しているようには見受けられなかった。

 

「彼の敗因は、あの魔法を『破ろう』としたことだ。クラウド・ボールは競技だから、必ずしも相手の魔法を打ち破る必要は無い。そうだな、例えば『無限の小盾』を展開させているとはいえ魔法展開を空いてコート上にするわけにもいかないから、魔法とネットの間に少しながらの隙間が出来る。それならば、その隙間に打ち込むようにすれば、俺は防げなかったんじゃないかな?」

 

「おお、なるほど。俺がお前とやるときは、そうしようかな」

 

「その時は小盾を斜めにして相手コートに転がすかな。まぁ何にしても、物事に完璧は無いからな。発想の転換されれば俺は対処できず手も足も出なかったかもしれない。九島閣下も言っていただろう?工夫が必要だってね。彼がプレイスタイルにこだわった事が敗因の一つだ。個人的には好意的だがね」

 

「ふぅ~ん。何も考えていないようで、やっぱりあんな所でも色々考えているんだね」

 

「何もっていうのはひどいなぁ、エリカ。俺が優勝を決めたときは、あんなに涙を流して喜んでくれたのに」

 

「泣いてなんかいないわよ!深雪も周りを凍らせない!」

 

エリカは赤くなって否定し、そして斜め前にいる深雪にもツッコミをいれていた。しかし、深雪はエリカの言葉が信じられないようだ。

 

「本当に?エリカ?」

 

「本当よ!大体なんで隣にいたあなたが分からないのよ!…ああ、あの時は達也くんに抱きついていたから気が付かなかったのね、このブラコン娘!」

 

顔を真っ赤にしたエリカと深雪の言い争いが始まってしまった。乾杯の音頭以降言葉を発していない達也や美月、ほのかに雫はモブキャラの如くこの言い争いに参加しようとはしなかった。しかし、エスカレートしそうになったため、達也は深雪を宥めに動かざるをえなくなってしまった。ザンは話をそらす為に、ほのかたちに向き直った。

 

「そういえば、アイス・ピラーズ・ブレイクの方はどうだったんだ?」

 

「アイス・ピラーズ・ブレイクは、十文字先輩と千代田先輩が順調に勝ち進んでいましたよ」

 

「流石だな。千代田先輩も持ち直したか」

 

「はい。絶好調という感じでした」

 

ほのかの言が正しければ、ザンの心配は杞憂だった。五十里先輩の効果が絶大だったという事なのだろう。後は足をすくわれなければ良いが。

 

「ザン、後で時間をもらえないか?ちょっと試作機のテストに付き合ってもらいたいんだ。」

 

「いいぜ、達也。夕食の時に人と合う約束をしているから、その後で良いか?」

 

「ああ、助かる」

 

「ザンくん、それってデート?」

 

エリカが面白そうに達也の後ろから声をかけて来た。

 

「…女性と会うのは事実だよ。とは言っても、会うのは一人では無いがね。それ以上は、言えないかな」

 

その言葉を聞き、皆が深雪に振り返るが、注目を浴びた深雪が不思議そうに首を傾げていた。深雪はザンが誰と会うのか、話の流れから分かっているのだ。

 

 

-○●○-

 

 

「クラウド・ボール、優勝おめでとうございます!」

 

ザンはホテルの廊下を歩いているときに、廊下が交差している所で声をかけられた。

 

「ありがとう。君は、確か明智さんだったね?」

 

「はい、覚えていてくれたんですね!」

 

うれしそうな微笑を浮かべながら真っ赤になっているエイミィ。以前いざこざに巻き込まれた(突っ込んだとも言う)エイミィたちをザンが救った事があったのだ。

 

「明智さんも、新人戦がんばってね」

 

「エイミィって呼んで下さい、ザンさん」

 

エイミィの指摘に頭をかくザン。呼び方について、前にも言われていたような気がしていた。

 

「ああ、すまなかった。以前もそう言っていたね。ごめんごめん。エイミィは何に出るんだっけ?」

 

「スピード・シューティングとアイス・ピラーズ・ブレイクです。…応援に来てもらえますか?」

 

「ああ、もちろんさ。がんばってね」

 

そう言って差し出す右手を、両手で掴むエイミィはブンブンと振り、礼を言って笑顔で去っていった。

 

「ほほう。すみに置けませんな、旦那」

 

「一体何のキャラだよ、エリカ」

 

いつ現われたのか、ニヤニヤいやらしい笑みを浮かべるエリカに、うんざりとしたため息を吐くザンだった。

 

「どうせなら、『ボクの為に勝ってくれないか、エイミィ!』とか言っちゃえばいいのに」

 

「あのなぁ、そんなプレッシャー掛けて良いことなんか一つもないだろう。彼女は自分の為に、努力の結果を示せばいいんだよ。それに、彼女ならどちらにしてもベスト四に残ると思うぜ」

 

「ふーん…。ザンくんは、あのようなタイプが好みなの?」

 

ザンからは、エリカはつまらなそうに見えた。

 

「さあな、人それぞれ良い所があるからな。それに、俺には人を好きになる資格なんて無いんだよ」

 

「そ、それってどういうこと?」

 

エリカが戸惑いながら聞いてくるのを見て、ザンは頭を掻いた。

 

「すまん、忘れてくれ。俺は行くところがあるから、ここでお別れだ。じゃあな」

 

「あ、ザンくん!」

 

ザンはエリカの言葉を聞かなかったかのように足早に去っていってしまった。エリカは、ザンの寂しそうに見えるその後姿を、すぐには忘れる事は出来そうになかった。

 

 

-○●○-

 

 

「優勝おめでとうございます、ザンさん」

 

「ありがとうございます。穂波さん」

 

ホテルを出て街近くにある四葉家貸切レストランで、ザンは真夜に深夜、穂波と葉山から祝いの言葉をいただいていた。

 

「よく思いついたわね、あんな魔法の使い方」

 

機嫌が良い真夜は、スパークリングワインが入ったグラスを揺らしていた。

 

「バス事故のときですよ。あの時はとっさに二つ展開する事ができたんです。それならば、複数個同時展開もできると思いましてね。徹夜で特訓した甲斐がありましたよ。盾の強度と影響範囲落としていますが、その代わりに展開数を上げられたんです」

 

「そう。どのくらい耐えられるのかしら?」

 

「さぁ、どうでしょう。マテリアル・バーストなら防ぎきるぐらいはできると思いますよ。尤も、盾と盾の隙間から影響を受けると思いますけれど」

 

真夜や深夜は顔を見合わせ、首を振って嘆息した。相変わらずの非常識ぶりである。

 

「深雪の出番は、まだかしら?」

 

「奥様、新人戦のアイス・ピラーズ・ブレイクは、三日後です」

 

「それは知っているわよ。…ザンさん、深雪なら本戦でも優勝できるのではなくて?」

 

つまらなそうにスパークリングワインをあおる深夜に、ザンも同意した。

 

「そうですね、深雪なら優勝する力はあると思いますよ。しかし、あまり目立ってしまっても困りますから、まずは新人戦で『アイス・ピラーズ・ブレイク』と『ミラージ・バット』のダブル優勝で良しとしましょうよ」

 

「ふぅん、あなたはちゃっかり本戦に出ているくせに、ウチの深雪は新人戦で大人しくしていろってことね」

 

ジト目で言う深夜。既に酔いが回っている様である。これは何とかフォローしないとと考えているザンの頭を超えて、真夜が勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「そうよ。ザンは『本戦』、深雪さんは『新人戦』。そういうことなのよ」

 

深夜だけではなく、真夜もすでに酔いが回っていた。

 

「達也はエンジニアとして貢献していますからね!ウチは二人が活躍するんです!」

 

「達也さんの仕事は素晴らしいけど、裏方じゃない。表舞台に出て評価されてこそ、よ」

 

―秘密主義の四葉のセリフか?―

 

葉山と穂波のフォローが効果を見せるまで、二十分を要した。

 

 

-○●○-

 

 

「よう、遅くなった。悪いな」

 

「いや、こっちがお願いしたんだ。大丈夫か?」

 

「…ああ、大丈夫だ。深夜様が、深雪の出番が遅いだの、お前を表舞台に出すんだだの大変だったがな」

 

「…すまなかった」

 

屋外戦闘用訓練場に達也たちはいた。頭を下げる達也に慌てるザン。

 

「いいって、気にするな。いつもの事だよ」

 

「…いつもなのか」

 

「そんなことより、それか?試したいCADって」

 

達也の持つCADは、ナックルガード付きの刀のような形状をしている。刃渡りは五十センチメートルほどで、刀身が分離する形の武装一体型だ。

 

「使い方は理解したか?」

 

「ああ、こっちに戻る途中でマニュアルに目を通したよ。…硬化魔法なら、レオの方が適任じゃないか?」

 

「まあそうなんだが、白兵戦用でもあるしお前向きだと思う」

 

なお、レオはバイトシフトの関係上抜け出せなかった。そのことを後悔したとかしないとか。

 

「じゃあ、スイッチを入れてサイオンを流し込むと…」

 

刀身の上部が離れ空中に浮く。

 

「へぇ。ちゃんと浮いてら」

 

「三、二、一、零」

 

刀身が降りてきて、カチンと音が鳴り元の形状に戻った。

 

「大成功だな、達也」

 

「ああ。次はダミーを叩いてくれ」

 

そう言うと演習場の床が円形に開き、下から藁人形がせり出てきた。

 

「古!誰のセンスだよ、これ。まあいいか。いくぜ!」

 

伸ばした刀身を一定位置に固定し、伸ばした剣先をイメージしてザンはCADを振るう。最後の三連撃も刀身がついてきている。

 

「ほう、コレについてこれるなら使い勝手があるな」

 

「無茶をしないでくれ。そこまでの速度に耐えられるか自信は無いぞ」

 

「競技に使う分にはいいんじゃないか?実戦に使うなら、あの三倍速について来てくれないと、俺には使えない物になるな」

 

達也はザンの意見は尤もと考えていたが、それを実現できる人間がどれほどいるか考えると、二種類作成したほうが良いと思われた。

 

 

-○●○-

 

 

九校戦三日目。達也たちは準決勝に進出した摩利の応援の為、バトル・ボード会場に来ていた。相手は三高と七高。特に七高は『海の七高』と呼ばれるほどこの競技を得意としていた。

開始早々摩利が絶妙なスタートダッシュを決め、追いすがる七高の形となる。鋭角なカーブに差し掛かる手前で七高の選手の動きがおかしい。カーブ手前なのに、減速せずにむしろ速度を上げているのだ。本人も減速できず慌てているようだ。

摩利は異変に気づき、ボードを反転すると自分には慣性中和魔法を、七高選手のボードには移動魔法を掛け衝撃を中和を図った。摩利が受け止める態勢を整えたところに水面が不自然に沈み込む。七高選手も加速し摩利に激突する。二人はコースの壁を突き破り、外壁に激突すると思われた瞬間に巨大な盾に防がれていた。

 

「達也、行くぞ!」

 

「お兄様!」

 

「行ってくる。お前たちは待て」

 

深雪を宥めた達也とザンは摩利の元に急行した。摩利を見た達也は骨折していることに気づき、駆けつけた係員に状況を説明した。

 

 

-○●○-

 

 

「…天井?」

 

「摩利!」

 

声を頼りに振り返ると、心配そうな真由美の顔があった。

 

「真由美?…ここは、何処だ?…っ!レースは!?七高と衝突して私は…!」

 

「落ち着いて。まだ起きちゃ駄目。ここは裾野基地の病院よ。肋骨が折れているのよ。今は魔法で繋いでいるけれど、まだ定着はしていないわ。全治一週間よ。激しい運動は十日間はしてはいけないわ」

 

「おい!それじゃあ!」

 

「ミラージ・バットは棄権ね。しょうがないわ」

 

悔しそうに顔を背ける摩利に、真由美は嘆息した。

 

「ザンくんと達也くんに、後でお礼をいっておきなさい。二人のおかげで助かったんだから」

 

「どういうことだ?」

 

「あの時、コースの壁を突き抜けて外壁まで達しようとしていたあなたたちを助けたのは、ザンくんの魔法だったの。直撃していれば二人とも命は無かったかもと言われたわ。駆けつけた達也くんが適切な処置をの指示をだしてくれたから対応が早かったそうなの。二人には頭が上がらないわね、摩利?」

 

「うっ…」

 

コースの壁はトラブルが発生した際の選手の保護も兼ねていた為若干の衝撃吸収をしていたが、吸収しきれず摩利たちは突き抜けていたのだ。外壁は通常設計のため、激突していればその可能性も出てくる。

 

「…摩利、あの時第三者による魔法の妨害を受けなかった?貴女の足元には魔法特有の不連続性があった。だけれど、貴女も七高の選手もそんな魔法は使ってはいなかった。考えられる可能性は、第三者による魔法。達也くんと五十里くんが水面の解析をしてみるそうよ」

 

達也と五十里、それに幹比古や美月が加わり仮説を立てた。精霊魔法による水面の陥没と、大会委員によるCADの細工。七高の自選手への裏切りは意味が無く考えづらい。大会委員に検査の為にCADを引き渡す事から、そのタイミングにて何らかの細工がされているのではと考えられた。

その晩、達也と深雪は一高ミーティングルームに呼び出されていた。三高が予想以上にポイントを伸ばし、一高との差が予想より詰まっているとのこと。そこで、新人戦をある程度犠牲にしても本戦に注力すべく、深雪に対してミラージ・バット本戦出場の打診があった。深雪は承諾し、本戦出場する事が決まった。もちろん、達也はエンジニアとして本戦に会場入りする。

なお、その日の夜に深夜が「深雪は『本戦』と『新人戦』の両方に出場する事」を自慢した為、真夜が一高に圧力を掛けてザンを新人戦に出場させようとしたが、葉山や穂波、それに深夜が宥めて事なきを得た事はまた別のお話。

 



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第06話

九校戦も四日目に入り、新人戦がスタートした。スピード・シューティングとバトル・ボードの予選が行われる。一高女子陣は北山雫、明智英美、滝川和美で一位から三位まで独占する活躍を見せた。特に雫が使用した魔法『能動(アクティブ)空中(エアー)機雷(マイン)』は魔法大学から『インデックス』に正式採用の打診が来ていたほどだ。魔法自身は達也のオリジナルであったが、登録は雫の名前でするよう依頼していた。上位独占によりうかれている一高と異なり、三高では急遽ミーティングを行っていた。

 

「…それでは、一高女子の上位独占は個人技能によるものだけでは無いというの?一条くん」

 

「ああ、他にも要因があると思う」

 

一条は吉祥寺に目配せした。吉祥寺が頷き一条の意見を補足する。

 

「…エンジニアだね。それも相当凄腕のエンジニアがついているのだと思う。優勝した選手のデバイス、あれは汎用型CADだった」

 

ミーティングルーム内が騒然となった。汎用型には照準補助機能がついていないはずだからだ。

 

「去年の夏、デュッセンドルフで発表された技術だよ。…実戦に耐えられるレベルではなかったけどね。でも、あの機能がエンジニアの技術で実現しているとしたら…」

 

「ああ、到底高校生のレベルではない。バケモノだ」

 

吉祥寺が言いづらいことを、一条がはっきり言った為、なおさら三高内に動揺が走った。

 

「そのエンジニアが担当する競技は、これからも苦戦するだろうな。少なくとも、デバイス面では大きなハンデがあると言って良い」

 

そう言いながら一条は立ち上がると、窓から空を見上げていた。本戦で優勝した一年生といい、汎用型に照準補助機能を付けてきたエンジニアといい、一高には昨年以上の人材がいることを憂慮する一条だった。

 

 

-○●○-

 

 

「スピード・シューティング、準優勝おめでとう、エイミィ」

 

「あ、ありがとうございます!ザンさん」

 

部屋に戻る途中だったのか、廊下を歩くエイミィを見かけてザンが声をかけたのだ。

 

「雫は強かったです。残念ですけど、力不足でした。来年は雫に勝って優勝して見せます!」

 

語り始めは悔しそうであり、ザンも思わず声をかけそうになった。しかし、その後は持ち前の明るさからか清清しい宣言が聞けた。ザンは思わずエイミィの肩に手を置いてしまった。

 

「その意気だ、君は強くなるよ。明日からはアイス・ピラーズ・ブレイクだったね。深雪や雫も強敵だけれど、がんばってね」

 

「は、はい!それに変なところで負けちゃったら、みんなのオモチャにされちゃう…」

 

恥ずかしそうにクネクネしているエイミィを見て、深雪たちはいったい何をしているんだかと、ザンはわりと本気で心配した。ちなみに、モブ…森崎はスピード・シューティングで準優勝したらしい。

 

 

-○●○-

 

 

九校戦五日目、アイス・ピラーズ・ブレイクの予選が始まった。ファッションショーの様に皆着飾って試合に臨んでいた。エイミィは乗馬の姿で、雫は振袖、深雪は所謂巫女さんファッションの緋色袴だ。それぞれが実力を発揮し順調に勝ち上がっていった。特に深雪は中規模エリア用振動系Aランク魔法の『氷炎地獄(インフェルノ)」を使用した事により、より注目を集めていた。

 

「やっぱり深雪は可愛かったわね~」

 

「ポイント、そこ?」

 

深夜が上機嫌でクネクネしており、真夜の突っ込みを意に介していなかった。

 

「確かに深雪は別格だったな。新人戦では取りこぼしたりはしないだろう」

 

魔法師としての話へ戻すザンだった。

 

「そういえば、あなたのところのバトル・ボードの選手の容体はどうなの?」

 

真夜がそのようなことを気にするとは思えず、ザンは怪訝な表情となるが気を取り直して問題無いことを伝える。

 

「おかげさまで命に別状はありませんでした。肋骨を折っておりましたが、一週間ほど安静にしていれば問題ありません」

 

「そう。ザン、その件に香港系国際犯罪シンジケート、無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)が絡んでいるわ。深雪さんや達也さん、あなたに影響するようなら殲滅しなさい」

 

「…それは軍部は知っているんですか?達也に情報を流しても良いでしょうか」

 

「達也さんに伝えても良いけれど、無頭竜について察知しているはずよ。それとなしに情報はこちらから流しているもの」

 

しれっと言う真夜に頭を抱えそうになった。これでは達也が無頭竜殲滅に動いてしまう。その事を懸念していたが、真夜たちは気にしていないようだった。

 

「人が生きるということは、きれい事だけではすまない事もあるのよ。特に深雪さんに影響を及ぼすと分かったら、達也さんはどうしても動いてしまうでしょうね」

 

達也には、できるだけそういった世界には足を踏み入れて欲しくない。ザンは勝手にそう願っていた。

 

 

-○●○-

 

 

九校戦六日目。達也と深雪が廊下を歩いていると、向こう側からは一条と吉祥寺が歩いてきた。向かい合う形で両者とも止まる。

 

「第三高校一年、一条将輝だ」

 

「同じく一年の吉祥寺(きちじょうじ)真紅郎(しんくろう)です」

 

「第一高校一年、司波達也だ。何の用だ?十師族一条家次期当主、『クリムゾン・プリンス』と弱冠十三歳で基本(カーディナル)コードを発見した天才少年、『カーディナル・ジョージ』」

 

自分たちのことを知っていることに、一条は興味を覚えた。

 

「ほう、俺の事だけではなくジョージについて知っているとは話が早い」

 

「しば・たつや…。聞いた事の無い名ですが、あなたの顔を見に来ました。九校戦始まって以来の天才技術者」

 

長い会話になるかもしれない。話を打ち切っても良いが、深雪の印象が悪くなってしまうかもしれない。話をあわせるにしても、深雪は自分の準備をさせたほうが良いと達也は考えていた。

 

「深雪。先に準備しておいで」

 

「はい」

 

深雪が頷き一条の脇を通り過ぎると、一条の目は深雪の姿を追っていた。

 

「『プリンス』、そっちもそろそろ試合じゃないのか」

 

一条はその事を指摘されるまで、深雪の面影を思っていた。吉祥寺は嘆息して達也を見る。

 

「…僕たちは、明日のモノリス・コードに出場します。君はどうなんですか?」

 

「…俺は担当しない」

 

「そうですか、残念です。いずれ君の担当した選手と対戦してみたいですね。もちろん、勝つのは僕たちですが」

 

「時間を取らせたな、司波達也。次の機会を楽しみにしている」

 

そう告げると、達也の下を離れ歩き出す一条と吉祥寺だった。達也は自分を初対面の時にフルネームで呼ぶ男と思い出そうとしていたが、無用な事と諦めた。一条と吉祥寺は廊下の角を曲がったところで、一人の男に出くわす。

 

「よ、『クリムゾン・プリンセス』」

 

「『プリンス』だ!…クラウド・ボールの優勝者が何の用だ?」

 

目の前にいたザンに、敵意に近い感情を表す一条。

 

「何だ、赤い衣装を纏って女装でもするのかと思ってたよ。これは失礼。それにしても、何でそんなにトゲトゲしいんだ?」

 

「…九校戦をやっている真っ最中に、他校の選手と会話しているほうがおかしいだろう?時と場合を考えろ」

 

尤もな理屈だが、ザンは一笑に付した。

 

「ふ~ん。今先ほどまで、我が校のエンジニアと選手に声をかけていたのは何処の誰だい?大体、深雪に見惚れていただろう?時と場合を考えるのは、どっちだろうねぇ?」

 

「…っ!新人戦のモノリス・コードに出てこい、桐生斬!そこで決着をつけるぞ!」

 

鼻息の荒い一条の言葉だったが、ザンは肩をすくめた。

 

「すまないが、新人戦モノリス・コードに俺の名前はエントリーされていないんだ。それに、もし俺が出場する事になっても、お前の前に立ち塞がるのは、多分俺じゃない」

 

「どういうことだ?」

 

「ま、とにかく今のところは申し訳ないがどうしようもない。一年待ってくれれば、代表選手に選ばれる様努力しよう」

 

そう言ってザンは手をひらひら振りながら歩いていってしまった。

 

「将輝は桐生の事となると冷静ではなくなるね」

 

「どうしてか、俺にもわからん!」

 

肩をいからせて、一条は歩いていってしまった。吉祥寺はその背中を見て嘆息した。

 

 

-○●○-

 

 

新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイクは一高の深雪、雫、エイミィが一位から三位を独占し、大会本部から同率優勝にしてはどうかと打診があった。雫や深雪の要望により同率優勝ではなく、競技を行う事を要望され決勝戦が行われた。雫はCADの同時操作や振動系魔法『フォノンメーザー』を使い深雪と戦ったが、深雪の広域冷却魔法『ニブルヘイム』と『インフェルノ』により破れた。

新人戦女子バトル・ボードは、ほのかが優勝を果たしていた。達也とザンは、ホテルのラウンジで深雪やほのか、エイミィの競技優勝、準優勝、三位入賞のお祝いをしていた。深雪は達也が自分を負かす為に動いていた事に不貞腐れ、達也は深雪がそのような事を望まない事を語っていた。エイミィもまた、ザンと過ごす一時を楽しんでいた。

 

 

-○●○-

 

 

九校戦七日目。新人戦ミラージ・バットはほのかと里美スバルが順調に勝ち進んでいた。男装の麗人のようなスバルが、ミラージ・バットの可愛らしい衣装を着こなす姿を見て達也が感心していたかは分からない。

片や新人戦モノリス・コードでは異変があった。一高が二回戦に望んだ際、事故があったのだ。市街地ステージで一高のスタート地点がビル内部だったのだが、開始直後に『破城槌』を受けたのだ。出場選手は皆重態。雫は、相手高校の不正があったと指摘していたほどだ。妨害工作の可能性が高い事を達也は理解していた。

ほのかとスバルによる、一高のミラージ・バット優勝と準優勝が決定した夜、達也はミーティングルームに呼ばれていた。

 

「司波達也、参りました。…ザン?」

 

「ああ、達也も呼ばれたのか」

 

ミーティングルームには、先客としてザンがいた。周りを見回すと浮かれた表情は無い。達也は嫌な予感がしていた。真由美が一歩前に出る。

 

「今日もお疲れ様でした。選手のがんばりはもちろんですが、達也くんの功績も大きいわ。お陰で、当校の新人戦は現在一位です。そして二位の三高との差は五十ポイントです。モノリス・コードを棄権しても二位以上は確保できました」

 

真由美は一息つき、表情を暗くする。

 

「あとは三高のモノリス・コードの結果次第…。とはいえ、三高はあの一条くんと吉祥寺くんが出場しています。まず、負ける可能性は低いでしょうね。新人戦準優勝。それで良いと思っていたのだけれども…」

 

一旦区切ると、真剣な表情となり達也とザンを見る真由美。

 

「ここまで来たら、新人戦も優勝を狙いたいの。だから達也くん、ザンくん。森崎くんたちの代わりにモノリス・コードに出場してもらえませんか?」

 

達也とザンはお互いに顔を見合わせる。お互い頷くと真由美へ振り返り、疑問をぶつけた。

 

「何故、自分たちに白羽の矢が立ったのでしょうか。自分らは二科生であり、また自分はスタッフです。それに他に出場できる選手が何人もいるはずです。一科生のプライドはこの際考慮に入れないとしても、後々の精神的なしこりを残してしまうのでは無いですか?」

 

真由美も痛いところをつかれ返す言葉が思い浮かばなかった。しかし、隣にいた巌のような男が代わりに口を開く。

 

「甘えるな、司波。スタッフであろうが、お前は代表チームの一員だ。チームの一員である以上、リーダーである七草の決断に逆らう事は許されない。決断に問題があれば、補佐する我々が止める」

 

一旦言葉を区切ると、十文字は改めて達也の両目を見つめる。

 

「逃げるな、司波。例え補欠であろうとも選ばれた以上、その勤めを果たせ」

 

その目と言葉に心を動かされた達也。その達也の目を見て、ザンも諦めたか天を仰いだ。

 

「分かりました。チームの一員として義務を果たします」

 

真由美はホッとした表情となり、十文字も満足気に頷いた。

 

「それで、自分以外のメンバーは誰なんでしょうか?」

 

「当然、そこにいる桐生だ。残りのメンバーは司波と桐生で決めろ。お前たちのチームだ」

 

―ひどい。俺が出場する事、いつの間にか決まってるじゃん。俺の意見、聞かれて無いじゃん―

 

「…チームメンバー以外から選んでも良いですか?」

 

「え?そ、それは…」

 

「かまわん。例外が一つや二つ増えたところで今更だ」

 

「十文字くん…」

 

十文字と達也の間で百面相している真由美を見て、思わずザンは笑ってしまった。

 

「はっはっは。…あ、失礼しました。…達也、残りのメンバーは、幹比古か?」

 

「そうだな。残りのメンバーは、一年E組、吉田幹比古にお願いします」

 

「分かった。俺は大会本部に伝えてくる。後は任せたぞ七草」

 

言うなり十文字は出て行ってしまった。真由美に振り返る達也は、今後について確認した。

 

「衣装などはどうしましょうか。ザンはクラウド・ボールの衣装がありますが、まさかそのまま出場するわけにもいかないでしょう」

 

「それらは、私たちが受け持ちます。必要なものがありましたら教えてください」

 

鈴音が雑務を受け持つ事と成った。中条と共に急いで準備する事になるだろう。達也はいくつかを鈴音に依頼していた。

 

「では、自分らも失礼します。幹比古と図り、今回の作戦を大筋で決めておきたいので。いくぞ、ザン」

 

「はいよ。では、失礼します」

 

そして達也とザンは部屋から出て行った。残った者たちは顔を見合わせて一息ついた。達也の意見に答えが出ていなかったのだろう。

さて、幹比古は巻き込まれる形となったが、それが本人にとって幸か不幸か、分かるまであと少し。

 



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第07話

ホテルの達也の部屋に幹比古は呼ばれていた。レオやエリカ、美月までいる。達也とザンの説明を聞き、幹比古はオロオロしていた。

 

「ちょっとミキ、少しは落ち着いたら?」

 

「僕の名前は幹比古だ!」

 

ふぅと一息つくと、ベッドに幹比古は座り込んだ。

 

「でもよ、幹比古は急に聞いた話だから、準備できていねーんじゃねえか?」

 

「そうだね。CADはおろか着るものも無いよ」

 

レオが心配し幹比古の準備不足を指摘すると、幹比古も頷いた。

 

「心配するな、俺も準備はできていない。ザンもクラウド・ボール用にしか用意していないしな、同じようなものだ」

 

「…全然駄目じゃねぇか」

 

フォローしているつもりなのかもしれないが、達也の言葉は説得力に欠けていた。

 

「いや、必要な機材は市原先輩と中条先輩が揃えてくれている。その間に作戦の打ち合わせをしておこう。ただ、残念ながら練習する時間が無い。大雑把な作戦を組んで出たとこ勝負なんて、俺としても不本意だよ」

 

「悪知恵が達也くんの持ち味だもんねぇ」

 

うんうん頷くエリカ。美月もフォローをしなければとオロオロしている。

 

「悪知恵だろうが何だろうが、今の達也はチームを率いる軍師様だ。勝率を上げるのに手段を選んでいられるか」

 

「ザン、フォローしているつもりかもしれんが、どう受け取っても俺が手段を選ばない人間にしか聞こえんぞ」

 

「あれ?違ったっけ?」

 

これ以上は話が進まないと踏んだ達也は、ザンの指摘をあえて受け入れた。

 

「…さてフォーメーションだがザンが守備(ディフェンス)で俺が攻撃(オフェンス)、幹比古には遊撃を頼みたい」

 

「あいよ」

 

「遊撃?」

 

「遊撃は攻撃と守備の両方を支援する役目だ。この前の雷撃魔法、あの種類の魔法は他にも持っているのだろう?」

 

幹比古は、もちろん遠距離攻撃魔法を持っている。しかし、術式に無駄があり自分が魔法をうまく使えていない事を、以前達也に指摘されていた。達也はその無駄をそぎ落とし、より少ない演算量で同じ効果が得られるように組みなおすと言うのだ。知覚外の奇襲であれば、古式魔法の隠密性が勝る。その奇襲性能の高さを買っていると幹比古に達也は説明していた。

 

「わかった。よろしく頼むよ、達也」

 

「ザンは、問題無いか?」

 

「ああ、コレを使うんだろう?」

 

ザンは以前試していたCADを取り出す。

 

「ああ。魔法で刃が浮いているから、それで攻撃してもルール上は問題ない。それに、硬化魔法でモノリスを固定してしまうのもアリだ」

 

「…それは立派な悪知恵じゃねえのか?」

 

「レオはエリカと同じことを言うんだな」

 

その言葉に、レオとエリカがほぼ同時に噛み付いた。

 

「ちょっと、よしてくれよ!」

 

「どういう意味よ、それ!」

 

にらみ合うレオとエリカを無視して、ザンは思った事を言った。

 

「その方法なら、俺じゃなくてレオが適任じゃないか?今から十文字会頭に言ってこようか?」

 

「やめてくれ!」

 

レオの綺麗な土下座に、流石に引くザンだった。せっかく押し付ける絶好の機会であったのだが、それは相手のほうが熟知していたようだ。

 

「わかったよ。…それにしてもコレを使っていると、盾は使えないぜ」

 

「そうなの?」

 

「ああ、あの魔法は特別製でな。アレを使っているときは、他の魔法は一切使えない」

 

エリカの疑問にザンがさらっと重大情報を吐露する。

 

「そんなこと言っちゃっていいの?」

 

「別に?魔法だけが全てでは無いからな。工夫すれば良いんだよ」

 

「作戦だが…」

 

「達也、すまないが一戦目だけ、俺に攻撃をやらせてくれ」

 

達也の言葉を遮り、ザンが言い出したのは、先ほど決めた役割を代えることだった。

 

「…どういうことだ?」

 

「市外ステージ以外なら、俺にやらせて欲しいんだよ。絶対三高の一条と吉祥寺が見てくるはずだから、一戦目だけでも『俺が攻撃もする』と思い込ませたいのさ。あと、プレッシャーを全校に与えておきたい」

 

「十分、ザンくんも悪知恵の素質ありそうね」

 

「さっきも言ったろう?工夫ってヤツさ」

 

「分かった、良いだろう。それ以外だが…」

 

それから作戦についてお互いが意見を出し合い、気が付くと二十二時三十分を回っていた。時計を見たエリカですら慌てていた。

 

「うわ、こんな時間!皆のCADを調整していたら、明日の朝になっちゃうよ!」

 

「大丈夫だ。幹比古、ザン。CADの調整をするぞ。一人一時間でバッチリ仕上げてやる」

 

ザンのは比較的早く終わり、幹比古のCADに着手する。起動式の無駄を削除し効率化する、本格的な書き換え。これは最早修正やアレンジの段階ではなく、魔法そのものの改良の域に達していた。モノリス・コード用のヘルメットなどを持ってきていたあずさはあ、その作業工程を見て一つの疑問がわいていた。

 

-○●○-

 

 

九校戦八日目。新人戦モノリス・コード。勝利条件は、相手全員を戦闘続行不能にするか、相手のモノリスを割り、隠された五百十二文字のコードを打ち込む事である。モノリスを割るには、専用の無系統魔法を『鍵』として撃つ事。鍵の有効射程距離は十メートル。モノリスの魔法での接着は禁止されている。

一高対八高。会場はざわついていた。一高の出場が特例で認められており、また選手にはエンジニアと登録外選手までいる。さらには本戦もクラウド・ボールの優勝者まで含まれているときた。また、そのクラウド・ボールの選手だった者は、剣の形をしたCADを装備している。直接攻撃は禁止されているはずなのに、なぜ剣なのか。皆疑問が尽きなかった。会場には、一条と吉祥寺もいた。

 

「彼が出てきたね」

 

「天才エンジニア、司波達也。まさか選手として出てくるとはね。二丁拳銃にブレス型CAD、三つのCADか。その狙いを見せてもらおうか」

 

「…桐生については、コメントはないのかい?将輝」

 

「言うまでも無い。戦える事は願ってもないことなんだ。出会ったら叩き潰すだけだ」

 

好戦的な笑みを浮かべる将輝を見て、吉祥寺は肩をすくめ首を横に振った。

 

フィールド上では、いつも通り幹比古がオロオロしていた。

 

「なんか目立っている気がするんだけど…」

 

「フィールドに立つ選手なんだ。当たり前さ」

 

達也はすまし顔で言ってのけた。幹比古はそこまで肝が据わっておらず会場を見渡していた。その時、一際手を振り応援をしている人影を見つけた。

 

「あれは、確か明智さんだったかな」

 

「ああ、そうだな。そういえば、ザンは明智と仲が良いみたいだな」

 

「ん?仲が良いってほどじゃないと思うけど?

 

話が振られると思っていなかったザンは上の空だった。

 

「この間深雪や雫、ほのかの好成績を祝ったときに、お前が呼んだんじゃないか」

 

「そうなのかい、ザン?」

 

「だってよ、達也がその場に俺も出ろって言うんだぜ。絶対、あの三人は『達也』に祝って欲しかったと思うんだよ。それに、エイミィは色々と応援してくれたみたいだからさ、少しでもお返しが出来たらって思って、無理にお願いしたんだ。そんなことより、幹比古はどうなんだよ」

 

幹比古はまさか話が自分に来るとは思っていなかった。

 

「いや、僕にはまだそういう人は…」

 

「え~、そうか~?美月との仲は満更じゃないんだろう?」

 

口を手で押さえてニヤニヤ笑うザンだったが、話は急に終わりを迎えた。

 

『新人戦、モノリス・コード。第一高校対第八高校、開始します』

 

「ザンもいつまでも馬鹿な事を言っていないで、行って来い。お前の言うとおり、この一戦だけはお前が攻撃なんだからな」

 

「おう!」

 

 

-○●○-

 

 

一高本部テント内。三巨頭がモノリス・コードの試合が映っている画面を注視していた。

 

「八高相手に、森林ステージか」

 

「不利よね…。八高は野外実習に最も力を入れている学校。森林は彼らのホームグラウンドよ」

 

全治一週間の怪我をしている摩利が何故かテントにおり、真由美も諦めたのかとがめたりしない。十文字に至っては我関せず、だ。

 

「ああ、だがあの桐生が動いている」

 

双方のモノリスの距離は八百メートル。山道であることから、相手のモノリスまでは十分はかかると考えられた。八高のモノリス守備選手もそう考えていたのだろう。だが、例外は常に存在する。攻撃二人が走っていってすぐの頃、守備選手が左より音がすることに気が付いた瞬間、その身体は吹き飛ばされていた。

 

「ぐあっ」

 

ほぼ同時に三体の地面激突音がする。

 

『試合終了。勝者、第一高校』

 

一瞬の静寂の後、大声援が送られていた。

 

「…今の、何?」

 

真由美は自分が見た光景が信じられなかった。ザンが驚くべき速度で相手モノリス付近まで一直線に走り、CADを振りかぶったと思ったら、八高三選手が全員吹き飛ばされていた。吹き飛ばしたCADは、あの刃が浮く『小通連』だ。摩利は自信無さげに声を絞り出す。

 

「…恐らく、超高速の三連撃だ。私の目では追いきれる速度ではなかった。ちょうど八高選手それぞれとザンくんとの距離が同じとなった時に、三連撃を繰り出したんだ」

 

「あそこまで到着するのが異様に短いし、剣速は速すぎるし、なんと言えば良いのか分からないわ」

 

「何、桐生の身体能力が高い事は分かっていた事だろう。確かにあの速度は想定外ではあるがな」

 

十文字は当然と言った風だが、真由美は十文字の顔を流れる一筋の汗を見逃さなかった。

 

「ザンくんが『他高校にプレッシャー与えてきます』って言ってた意味、やっと分かったわ。これでは、対戦相手はザンくんを無視する事は出来なくなってしまう。戦術も狭まってくるわね」

 

真由美の言うとおり、対戦する者たちは戦慄していた。

 

「今の試合どう思う、将輝」

 

「あの男は、神足の魔法を使いこなすのか?」

 

「将輝も見ていただろう?見る限り魔法は使っていない」

 

「…正面から戦っては話にならないな。アイツをいかに止めるか、それとも仕事をさせないかだな」

 

「それ以外の、あの司波の力も見れなかったし、まだ分からない事が多すぎるね」

 

「他の試合の映像は取っておいてもらうしかないな」

 

ザンの戦い方と他のメンバーの力量が見えない苛立ちから、一条たちは早足で会場を去っていった。

一方応援席では、一高応援団が盛り上がっていた。

 

「勝った勝った」

 

「すごいすごい、完勝ですよ」

 

「えげつなかったわね、ザンくん」

 

「すごいことですよ。あの八高が森林ステージで手も足も出ないなんて」

 

「流石、ザンさん!」

 

思い思いの言葉を重ねる応援団たち。深雪も勝利を喜んでいたが、エイミィが喜んでいる様を見て、複雑な表情をしていた。

 

「深雪さん、どうしたんですか?」

 

「何でも無いのよ、美月」

 

深雪は画面に映るザンの顔を見て、ため息をついていた。

 

 

-○●○-

 

 

「やはりというべきかしら。こと戦闘に関して、右に出る者はいないわね」

 

VIP席では真夜一人で観戦していた。何かとうるさい九島がいないため、のびのび観戦できる。

 

「それにしても、モノリス・コードに出るのだったら、言ってくれれば良いのに。達也さんも出るのだったら、姉さんに連絡したほうが良かったかしら」

 

深夜といっていい時間になってしまったため、ザンは真夜に報告していなかった。その後、深夜の怒りを買ってしまうのだが。事実一戦目終了後にザンが深夜に連絡したところ、電話越しに凄い剣幕であったため思わず切ってしまった。

 

 

-○●○-

 

 

一高本部テント内では、やっぱり幹比古がオロオロしていた。いや、今回はウロウロしていたというべきだった。

 

「…幹比古、少しは落ち着いたらどうだい?」

 

「ザンはよく平気だね。…その、…普段接点の無い人たちばかりでさ」

 

深雪は達也の肩を揉みながら、幹比古の発言を面白がっていた。

 

「吉田君は意外と人見知りなんですね」

 

「幹比古のほうが普通なんだよ。少年はシャイなんだよ、深雪」

 

「まぁ!お兄様ったら。シャイなお兄様なんて、深雪は見せていただいたことはありませんよ?」

 

兄妹と思えない会話が恥ずかしいのか、幹比古は顔を赤くして背けていた。ザンはいつもの事かと耳をほじっている。

 

「そういえばシャイな姿というと、ザンさんのそういった姿も見た事はありませんね」

 

小指の指先をふっと吹いたときにザンは声をかけられた。

 

「シャイボーイは、そういったところも見せないんだよ。俺のシャイさはマスタークラスだからな」

 

「なんのことだか」

 

「入るわよ」

 

達也たちが入り口を振り返ると、真由美とあずさが入ってきた。達也と深雪の姿を確認した真由美たちは、なんともいえない表情をしていた。真由美は一旦わざとらしく咳をすると口を開いた。

 

「…ん!次の試合のステージがきまったの。…昨日あんな事故があったばかりなんだけど…。市街地ステージよ」

 

「大丈夫ですよ。何かあっても、今度は俺が守るから」

 

ザンの言葉に、真由美は思わず笑みがこぼれた。

 

 

-○●○-

 

 

新人戦モノリス・コード、市街地ステージ。一高対二高は、攻撃の達也が相手ビルに侵入するところから始まった。達也に貼り付けた精霊を喚起魔法で活性化させる。そこで幹比古が使うのは精霊魔法『視覚同調』。精霊を通じてリアルタイムに視覚情報を取得するものだ。達也たちは精霊にモノリスを発見させ攻略させる作戦だ。

ザンは一人モノリスに背を預けながら、さながら瞑想しているようだ。そう、腰に差している小通連すら抜かずに。二高の二人が迫ってきても気にも留めない。ザンを移動魔法で吹き飛ばそうと試みるが、何も発生しなかった。

 

「!?」

 

「ん?無理無理。お前たちの魔法では、俺は抜けないよ」

 

足元には小盾があった。二人は同時にドライアイスの弾丸をザン目掛け発射するが、小盾がそれらを防ぐ。モノリスに直接魔法を打ち込む事も試みるが、当然の様にまた小盾がその魔法すら防いでしまった。

 

「…無限の小盾」

 

「『鉄壁桐生』か…」

 

「え?何その呼び名。どこかの上級大将みたいなの、止めてくれよ。もともと、俺には別の呼び名もあるんだし」

 

そのような事は当然二高の選手が知っているわけは無い。二高選手が魔法を駆使し突破を試みたが全て跳ね返される。足止めをされている間に、あっさり試合は終了した。

 

『試合終了。勝者、第一高校』

 

達也がモノリスを開き、幹比古が精霊を通じモノリスを見てコードを打ち込んだのだ。幹比古の行動を把握しきれていない時点で、二高に勝ち目は無かった。

 



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第08話

「お断りします!次兄上は、この女と付き合い始めてから堕落しました!」

 

ホテルロビーを肩を怒らせ早足で去るエリカ。ザンは声をかけようとしたが、エリカの行き先に達也と深雪がいた為、二人に任せる事にした。代わりに残された人たちに声をかける。

 

「一体何があったんです?渡辺委員長、『幻影刀(イリュージョン・ブレード)』?」

 

「やあ、久しぶりだね。『龍の刀(オーラ・ブレード)

 

「お久しぶりです。二年ぶりですかね、修次さん」

 

ザンと握手する修次の傍らで、摩利は固まっていた。ザンは気にはなったが置いておくことにした。

 

「いや、エリカが摩利に失礼な事を言ったので訂正させようとしたんだけれどもね。どうもそれが気に入らないようなんだ。前はもっと素直だったんだがなぁ」

 

「ああ、それは…」

 

「君が、あの、『龍の刀』なのか!?」

 

「あうあうあう…」

 

復帰した摩利は、ザンの胸倉を掴むとガクガクと揺らしながら詰め寄った。修次は摩利の腕を掴むと静止させる。

 

「止めるんだ、摩利。彼の顔色が酷いことになっている」

 

「あ!」

 

咳き込んだザンが深呼吸して復帰するのを待って、摩利が再度詰め寄る。

 

「君が、あの『龍の刀』なのか!?」

 

「いきなりなんですか。学校に風紀委員内部でイヂメがあったって報告しますよ」

 

「そんなことは、どうでもいい!どうなんだ!」

 

とぼけてかわそうとしたザンだったが、摩利の表情が真剣そのものであったため、ため息をついた。

 

「…どうでもいいって。はあ、私が名乗った通り名であるわけではありませんからね。勝手な言われ方をしてもね」

 

「『龍の刀』といえば、あの千葉道場の猛者たちと剣を交え、一太刀も浴びることなく完勝したというではないか。シュウの剣も断ち切られたと聞いているぞ」

 

「勝敗は当事者が決める事ですからね、風聞なんか知りませんよ。私は道場の方々と手合わせをさせて頂いただけで、ましてやお互い全力をだしている訳ではありませんからね」

 

肩をすくめてザンがため息を吐いた。修次は横に首を振る。

 

「千葉道場は敗北を認めているよ。当時中学二年生に手も足も出なかったのは事実さ。…あの絶技を破る事は出来ないだろう」

 

「これのことですか?」

 

ザンの周りに金の湯気のようなものが纏わりつく。バターナイフを握ると、一メートルほどの金色の刀身が生まれた。

 

「そう、それだ。どうすれば、それを身につけることが出来るんだ。僕では実現できそうも無い」

 

「本来、『氣』というものは誰にもあるものです。違いは認識しているか否か。通常、生命の危機でも起きない限り認識する事は無いでしょう。『氣』を認識できてスタート地点。それからコントロールする術を学べば到達できるでしょう。私の場合は四年間。昼も夜も無く常に生命の危機に襲われ、全力を絞りつくして勝つ確率が一パーセント未満の状態で生き残りましたよ」

 

以前、エリカが道場の指導について語った事があったが、その時にもザンは同様のことを話している。

 

「それであれば、僕は身に着けることができるのかい?」

 

「…恐らく、不可能でしょうね。あなたは魔法師だ。この力は『力が無い者』が認識する可能性があるものです。聞いて出来るものではありません。認識しても、それを伸ばせるかはその人次第。こんなものに頼る必要はありませんよ。あなたは、あなたの持つ力で可愛らしい彼女を助ければ良いんですよ。それとも、何かしらの危機が迫ったときに、この力が無ければ渡辺委員長は見捨てるというのですか?」

 

「そんな事は無い!摩利は僕が守ってみせる!」

 

修次の断言に摩利が顔を真っ赤にする。珍しい光景をザンは端末のカメラで取った後、手を振りながらその場を去る。

 

「それでいいんですよ」

 

その後二人の間には甘い空間が広がったようだが、プライバシーの保護により割愛する。

 

 

-○●○-

 

 

新人戦モノリス・コード、準決勝。三高対八高、岩場ステージ。

 

「一条選手が単独でオフェンスか」

 

達也たちは準決勝を当然観戦していた。決勝に行けば、まず高い確率で三高が出てくるからだ。『プリンス』と『カーディナル・ジョージ』を見ないわけには行かない。

一条は開始後悠然と敵陣へ歩いていく。その光景に自分たちが軽視されていることに当然八高選手も思い当たる。

 

「正面突破だと!?なめやがって!」

 

八高選手は、魔法で岩を持ち上げ一条目掛け打ち込む。一条は顔色を変えずその岩を重力で下に落とした。ならばと直接魔法攻撃を試みたが、魔法障壁に阻まれる。達也得意の解説をどうぞ。

 

「あれは、一メートル範囲の移動型領域干渉魔法、『干渉装甲』」

 

一条は倒せないと判断したのか、今度はモノリスへ向かおうとする。しかし試合とはいえ戦場である。相手に背中を向けるのはいただけない。魔法を持って一条が相手選手を吹き飛ばす。

 

「今度は『偏倚開放』か」

 

圧縮した空気を砲弾として放つ魔法である。結局八高選手は一条を止めることが出来ず、全員が戦闘不能となった。ザンはこの戦闘行動を見て笑みを浮かべており、達也はため息を吐いていた。

 

「…これは俺への挑戦状だな。正面から打ち合えと言うな」

 

「ああ、非常に助かるね」

 

「どういうことだい?」

 

幹比古は、何故助かるのか分からなかった。

 

「初戦、俺が攻撃を買って出ただろ?そして、あの行動をとった。次に達也が攻撃の役割だった。奴らは、二つの選択肢を選ばざるを得なくなる。『俺』か『達也』か、だ。奴らは、俺が攻撃ではなく守備のほうが攻略が容易と判断したんだろうな」

 

「それの何処が良いのさ?」

 

「一条選手は、俺が知る限りでは中長距離からの飽和攻撃が主なはずなんだ。そうしたら俺たちは手も足も出なかったかもしれない。しかし、相手は各個撃破を選択したんだ。相手の行動が読めるというのは、戦場では貴重な事なんだ」

 

幹比古がうなり始めてしまった。ザンはため息をつく。

 

「達也が最初に俺の役割を言ったが、なんと言った?」

 

「それは、『守備(ディフェンス)』だよ」

 

「そう。それは、『このチームにおいて、俺の役割として最も適している』と達也が判断したんだ。モノリス・コードとして俺の役割は『守備(ガーディアン)』ってことさ。戦術上の自由度が高い三高が、わざわざ行動を狭めて俺の適正に合わせてくれたんだよ。後は達也が一条を何とかするさ」

 

「簡単に言うな」

 

「なに、俺たちはチームだぜ。幹比古と俺がフォローするさ。な、幹比古」

 

「うん、そうだね。何処までできるかわからないけど、全力でやるよ」

 

「よし、行くか!」

 

三人は立ち上がり、次の戦場へと向かった。

 

 

-○●○-

 

 

新人戦モノリス・コード、準決勝。一高対九高、渓谷ステージ。ステージ上は深い霧で覆われていた。

 

「エリカちゃん、あれ見て」

 

いくら魔法で霧を吹き飛ばしても変化が見られない九高側と異なり、一高側は霧が晴れてきたのだ。

 

「やるじゃない」

 

古式魔法『桐壺』を使い、幹比古が霧をコントロールしていたのだ。達也が霧に紛れてモノリスに近づき魔法を打ち込む。モノリスが割れると霧の中に達也は消えた。

 

「くそっ。何処から来たんだ?それにしても、この霧では相手も見えないだろうに」

 

しかし、幹比古は精霊の目を通しコードを打ち込む。一高の完勝だった。

 

「らくちん」

 

ザンは試合開始から一歩も動かず。幹比古の独り舞台で準決勝は幕を閉じた。

 

―幹比古くん、あなたは気付いている?『吉田家の神童』と呼ばれていたように、いえそれ以上に魔法が使えているよ。あなたはあの事故から立ち直っているのよ―

 

幹比古を見るエリカの目は慈愛に満ちていた。

 

 

-○●○-

 

 

「なんだい、これ?」

 

「マントとローブだ」

 

一高テント内。幹比古の質問に、見たままを返す達也。ザンは思わず手の甲で突っ込みを入れていた。

 

「決勝で使うんだよ。これらには着用した者の魔法をかかりやすくする魔方陣が織り込まれているんだ」

 

「ま、軍師様の奥の手ってヤツだな。…ちょっとウォーミングアップがてら走ってくる」

 

ザンはそう言って外に出て行ってしまった。幹比古も仕方なく外に出る。霊峰富士の息吹を浴びに行ったのだろう。達也も着替えた後に外で武術の型を行い汗を流した。

 

「お兄様、タオルをどうぞ」

 

「ありがとう」

 

「…お兄様、いよいよ決勝ですね。相手は相当手強く、力や技が制限された状態ですが…。それでも、お兄様は誰にも負けないと、私は信じております」

 

そう言いながら深雪は微笑み、そして走り去ってしまった。達也はその言葉で、決勝は負けられないと改めて認識していた。

 

深雪の走る先には、帰ってきていたザンがいた。

 

「…どうしたんだい?」

 

その言葉を聞いて、深雪は自分が泣いている事に気が付いた。

 

「…私が、お兄様の力を制限している側である私が、お兄様の勝利をお願いしてしまいました。何て恥知らずなんでしょう。私は何て…」

 

俯き肩を震わす深雪が言い終わる前に、ザンは深雪の頭に手を乗せていた。ワシワシと音がするぐらい頭を撫でる。

 

「ちょ、ちょっとザンさん?」

 

「達也がそんなこと気にする訳、無いだろう?いつも通りにしていれば良いんだよ。それに昔言っただろう?達也は俺が護るって」

 

顔を真っ赤にした深雪は、別の意味で顔を上げることができなくなってしまった。

 

 

-○●○-

 

 

新人戦モノリス・コード、決勝。一高対三高、草原ステージ。一高選手が出てきたときに会場がどよめいた。若干一名笑い転げている者もいた。

 

「アハハハハ、何あれ。おもしろ~い。アハハハハ」

 

「エリカちゃん、皆に悪いよ」

 

「でもでも、あれ…っぷ、駄目~。アハハハハ」

 

幹比古はやっぱりオロオロしていた。ザンは『髭は無いのか』と言っていたぐらいで、今は楽しそうにマントをはためかして走り回っている。

一条は自分たちの選択に誤りが無かったか、今の段階でも悩んでいた。あの時のザンの言葉が頭から離れないのだ。これは分かっていた事なのだろうか。相手の術中にはまっているのではないか、と。

 

「新人戦優勝は一高に持っていかれちゃったけど、せめてモノリス・コードだけは勝ちたいね」

 

おどけた感じの吉祥寺に、自分が緊張している事を悟る一条だった。

 

「ああ、やってやるさ」

 

試合開始の合図と共に、一条と達也歩いて間合いを詰める。一条が空気圧縮の魔法『偏倚開放』を展開すると、達也が『術式解体(グラム・デモリッション)』魔法を打ち落とす。しかし、互いの距離が近づけば近づくほど、達也は劣勢に追い込まれていく。一条は攻撃一本だが達也は攻撃と防御をしなくてはならない。

様子を見ていた吉祥寺が動き出す。遠回りをしながら走り相手モノリスを目指すのを見て、達也は間合いを走って詰め始めた。当然一条が迎撃に入る。距離が近づくにつれ攻撃精度も上がってきている。達也は『精霊の眼』でエイドスから魔法発動位置を割り出し迎撃していった。

吉祥寺の前にはザンが立ちはだかった。吉祥寺は『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』で迎撃をしようとした時、ザンはマントを脱ぎ吉祥寺との間へ目隠しをする。マントは四角形の板状となり地面に刺さった。その瞬間、吉祥寺は後ろに飛んだ。目の前には小通連の刃が通り過ぎる。

 

「ほう、今のをかわすか」

 

ザンの笑みに吉祥寺は戦慄した。今のはただの偶然であり、次もあるかは分からない。しかし、吉祥寺が考えをまとめる前に突風に吹き飛ばされそうになる。

 

「うわっ」

 

魔法による幹比古の援護射撃だ。厄介な援護射撃を消そうと考える吉祥寺だったが、自分の目を疑う。幹比古が複数人に見えるのだ。

 

「幻術か!」

 

『不可視の弾丸』は目標に視線を合わせる必要があった。そこを逆手に取られている。自分の魔法対策がされていることに気が付いたのだ。右斜め上から風を切る音がする。小通連の刃だ。

 

―これまでか―

 

目をつぶる吉祥寺に刃が届く事は無かった。爆音が響きマントの奥に圧縮空気が打ち込まれていたのだ。

 

「将輝!」

 

一条の方に振り返ると、一条は手を振っていた。

 

「愚かな。この戦場に置いて、最も目線を切ってはいけない相手から目を離すとはな」

 

吉祥寺が声を頼りに振り返ると、腰に小通連を差したザンが立っていた。上には小盾が浮いている。再度一条へ振り返ると、達也がダッシュで一条との距離を縮めていた。

 

―速い!―

 

「…このぉ!」

 

一条は達也のダッシュの速さと、そのプレッシャーに焦り、『偏倚開放』の出力を高いまま加減が出来ず展開してしまった。それも数十はある。達也は『精霊の眼』を駆使し迎撃するが、十以上達也に目掛けて放たれてしまった。

 

「お兄様!」

 

深雪は思わず立ち上がって叫んだ。隣のほのかや雫たちも息を飲む。

爆音と共に『偏倚開放』が達也を襲う。一条の目から見て、達也の死亡は決定的だったのだろう、思わず目を背ける。

 

―オーバーアタックで反則どころではない。人の命だぞ!俺は…―

 

皆が絶望的と考えている中、冷たい声が吉祥寺の耳を捕らえる。

 

「阿呆が。一度ならず二度までやらかすとはね。まだまだだな」

 

吉祥寺は信じられないものを見た。達也が何事も無かったように一気に間合いを詰め、一条の耳元で指を弾く。一条はビクンとゆれて、そして倒れた。

 

「一条が、十師族の一条が倒れたー!?」

 

会場は騒然となった。騒然となっているのは一高テント内でも同様だった。内容は異なってはいたが。

 

「何?…今のは何なの?」

 

「指を鳴らし、音を増幅したのだろう」

 

「そうですね。大音響による鼓膜の破裂と三半規管のダメージで、一条選手が戦闘不能に」

 

冷静な十文字と鈴音いうことは、真由美も分かっていた。そうではないのだ。

 

「そんな事は、分かっているわよ。達也くんは、何故無事なの?ルール違反のオーバーアタックが、十は当たっていたはずよ!」

 

「俺にもそう見えたが、答えはアレだろう」

 

十文字が見る画面に真由美は目を移す。そこには、幾つもの小盾が達也の周りにある光景だった。

 

「『無限の小盾』。…それに、まだ試合は終わってはいない」

 

その光景を見ていた吉祥寺は呆然としていた。

 

「将輝が…負けた…?」

 

「よけろ、吉祥寺!」

 

反射的に横に飛んだ吉祥寺の横を幹比古の雷が落ちる。吉祥寺は幹比古を重力で拘束を試みたが不発に終わった。幹比古の足元には小盾があったのだ。また吉祥寺の頭上には雷が帯電する。反射的に後ろに飛ぼうとしたが、吉祥寺は後ろにある何かに進路妨害された。それならば横に回避しようとしてが、足には草が巻き始め動けない。それに気付いたときには、雷を受けていた。

 

「があ!」

 

「ナイスだ、幹比古!」

 

「いや、今のはザンが小盾で『カーディナル・ジョージ』の退路を防いでくれたからであって、僕は…」

 

ため息を吐いたザンは、幹比古に目をくれず小通連を横薙ぎの形で構える。刃ははるか遠くだ。

 

「何言ってんだよ。魔法で草を操って最終的な退路を塞いだのもお前だろう?『カーディナル・ジョージ』を倒したのは、間違いなくお前、幹比古だ。それ以外には、無い!」

 

そう言うザンの動きは、幹比古では追いきれなかった。遠くで三高選手が吹き飛んでいた。

 

「ザンも、達也と同じような事を言うんだね」

 

「ん?何のことだ?まあいい。達也のところに行こうぜ」

 

そう言ってザンは走って行ってしまった。幹比古も慌てて後を追う。

 

「よう、お疲れ」

 

「ああ。さっきは助かった」

 

「まさか、ここで自己修復術式を使うわけにもいかんだろう?だが、フラッシュ・キャストは使ってしまったな」

 

「一条相手では、俺の魔法では遅すぎるからな。仕方が無い」

 

そう言う達也をザンはあごを使って視線を誘導する。

 

「…ほれ、お姫様が喜んでいるぜ」

 

「ああ、深雪との約束を守れてよかった」

 

「達也、大丈夫だったかい?」

 

ようやく幹比古も追いついたようだ。

 

「ザンのお陰でな。幹比古も『カーディナル・ジョージ』を倒したじゃないか」

 

「それもザンのお陰だよ。最後もおいしいところ持っていかれたしね」

 

幹比古の指摘に、苦笑する達也だった。

 

「それにしても、『無限の小盾』はあれほど遠距離も展開できるんだね」

 

「そうだな、このステージぐらいなら何とかなるかな?試した事が無いから分からないけど。まぁ、ぶっつけ本番でよく出来たものだ。まぁ、『守備(ガーディアン)』の仕事はこなせたな」

 

確証を得ていない魔法で自らが護られた達也は、喜ぶべきなのか悩んだ。しかし、自分たちに向けられる賞賛の声を聞き、深雪のうれし涙を見て、喜ぶべきと考えていた。達也たちが一列に並び観客席に向かい礼をした時に、一段と歓声が飛んだ。



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第09話

「モノリス・コード、優勝おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

ザンはホテルを出て街近くにある四葉家貸切レストランで祝福の言葉を受けていた。

 

「何で、ザンは達也さんを連れてきてくれなかったの?」

 

「先ほども申しましたとおり、間違っても達也と四葉のつながりが見えてしまわないようにするためです。それに、本戦のエンジニアとしても忙しいですから」

 

「…あなたは、ここに来たじゃない」

 

口をへの字にして深夜がすねる。皆が思った。深夜は変わったと。

 

「しょうがないじゃない、姉さん。今度祝福のメッセージを送りなさいな。達也さんも喜んでくれるわよ」

 

「でも~」

 

「深雪さんも新人戦では活躍したし、本戦でも必ず活躍するでしょう。そうしたら、二人を保養しているあの場所に呼んで、親子水入らずで祝いなさい。それなら良いでしょう?」

 

「わかったわよ」

 

真夜の提案に、ようやく折れる深夜だった。どちらが姉なのか分かったものではない。真夜は真面目な顔となり、ザンを見つめる。

 

「さて、無頭竜は大人しくするかしらね」

 

「…恐らく、本戦に手を出してくるでしょう。達也に聞いた話では、本戦のバトル・ボードでは八高選手のCADに細工がされていた可能性が高いとのことでした。本戦ミラージ・バットでは直接一高選手のCADに細工される可能性があります」

 

「深雪が危ないじゃない!ザンさん、何とかしなさい!」

 

深夜が真っ青になって叫ぶ。ザンは頷いた。

 

「はい、もちろんです。そこで真夜様、ご相談があります」

 

「何か妙案があるのかしら」

 

ザンが提案した内容は、真夜は即答できなかった。

 

 

-○●○-

 

 

「昨日のモノリス・コードの試合は見事だった。それに先日のクラウド・ボールもそうだ。桐生くん、真夜によると私に話があるそうだね」

 

「はい、閣下」

 

ザンが昨日真夜に依頼したのは、九島烈への面会だった。真夜は四葉とザンの関係を探られたくないため難色を示したが、ザンが押し通した形だ。深夜も自分の娘に危険が及ぶとして援護射撃をしたのも大きい。

 

「まず私こと桐生斬は、四葉の傭兵をしている者です」

 

「ちょっと!」

 

「ほう」

 

ザンは真夜に手を向け言葉を抑制する。ザンの言葉に九島の目が細くなる。元よりザンに興味を持っていた九島であったが、四葉の情報操作もあり、四葉との関連性までは確証が持てていなかった。

 

「どうりで君が活躍すると真夜が我が事の様に喜ぶはずだ」

 

―バレテーラー―

 

ジト目でザンは真夜を見ると、真夜は大量の冷や汗を掻きながら目線を逸らした。

 

「それで。そのような情報を私に与えて、何を望むのかな?」

 

「はい。第一に閣下の信頼をある程度得たいため、お伝えいたしました。第二に、この九校戦における不正を正したくご協力をお願いしたいのです」

 

「ほう」

 

九島の眼光が更に強くなる。ザンは軽く流しているが、脇にいる真夜は気が気ではない。

 

「何故、この九校戦にて不正があると言い切れるのかね?」

 

「当校のバトル・ボードの選手、渡辺摩利の試合での負傷がきっかけでした。あの時、七高選手の日高真紀子さんがカーブ手前で減速すべきところを加速しておりました。『海の七高』といわれる学校の、代表選手がそのような操作ミスをするとは考えられません。そして、渡辺が日高さんを受け止める態勢を取ったその時、水面では不自然な陥没がありました。これは当校のエンジニアである司波や五十里などが解析したものです」

 

「…それは、まだ憶測の域を超えていないのでは無いかな?」

 

「はい、そうかもしれません。しかし決定的なものは、新人戦モノリス・コード予選、当校の森崎らが『破城槌』により重傷を受けたことです。スタート地点が崩れやすい廃ビル内というのもありますが、この時も相手校は『破城槌』を使ってはいないとのことでした。これら当校におこった事を『偶然』と言うにはあまりに不自然です」

 

ザンの目が九島の目を射抜く。九島も考えざるを得なくなった。

 

「それで、私にどうしろと言うのだね?」

 

「はい。今までの事が意図的な妨害であれば、当校に対するものと考える事が妥当でしょう。であれば、次に考えられるのが当校選手のCAD細工です。当校のエンジニアがそのような事をすることは無いと考えており、エンジニア同士が監視の目となりますので、運営委員のチェック時が危険であると私は危惧しております」

 

「ふむ、分かった。しかし証拠が無いのも事実。そこで、本当に不正が無いか、CADチェックに私が抜き打ちで訪れるとしよう。それで良いかね?」

 

「は、ありがとうございます」

 

最敬礼の形で礼を言うザンに、九島は頷いていた。

 

 

-○●○-

 

 

運営本部のテント内でデバイスチェックが行われていた。ザンは気配を消しテント内に潜り込む。目に『龍の氣』を展開し、金色とする。これまでの選手のデバイスチェック時には特に異常があったようにはザンには見えなかった。

次は一高の小早川景子のCADを平河小春が運営委員に手渡す。運営委員が機械を操作し選手名をチェック。機械がCADのスキャンをしていると、黒い何かがCADに走ったようにザンには見えた。

姿を現したザンはダッシュし、その運営委員の間合いに入ると首を右手で掴み持ち上げ引きずり出す。

 

「がっ、がはっ」

 

「桐生くん!?」

 

そのまま地面に叩きつけ冷徹な目を運営委員に向ける。

 

「達也たちの言うとおりだ。貴様、今小早川先輩のCADに何かを混入させたな…!」

 

「…!」

 

流石に周りが騒ぎ出す。平河も動揺が隠せないようだ。

 

「ほう、しゃべる気は無い、か。良いだろう。それならば、これからもしゃべる必要が無いようにするだけだ。永遠に、な」

 

ザンの怒気が膨れ上がる。膨大な殺気が運営委員に叩きつけられ、運営委員は自分の死のイメージが明確に認識できた。まるで巨大な龍が顎を広げているようだ。恐怖のあまり震えるのが精一杯だ。

 

「何事かね?」

 

後ろから九島がテントに入ってきた。運営委員が二人犯人を抑えたことによりザンは手を離し、立ち上がると九島に向きなおる。

 

「はっ。ただ今当校選手のCADに不正工作が行われたため、実行犯を捕らえ訊問しておりました」

 

―訊問?拷問のまちがいでは無いのか?-

 

その場では、そういった意見を持っているものは少なくなかったが、誰も口には出さなかった。運営委員の一人が九島に小早川のCADを手渡す。

 

「…確かに異物が紛れ込んでおるな。私が現役だった頃、東シナ海諸島軍戦役で広東軍の魔法師が使っておった『電子金蚕』だ。『電子金蚕』は電子機器に進入し動作を狂わせる遅延型術式。我が軍はこれが分かるまでずいぶん苦しめられたものだが、君はこれを知っておったのか?」

 

「いえ、『電子金蚕』という言葉は初めて伺いました。ですが、私の先輩のCADに何かが侵入したのは分かりました」

 

「そうか」

 

九島は目線をザンから捕らえられている運営委員に向けられる。

 

「では君は、何処でこの術式を手に入れたのだね?」

 

うな垂れる委員は連行されていった。

 

「さて、このCADのエンジニアは誰かね?」

 

「は、はい!私です」

 

「そろそろ競技場へ戻ったほうが良かろう。CADは予備を使うと良い。このような事情だ、改めてチェックは必要はあるまい」

 

九島は平河にそう言うと、運営委員責任者に目を向ける。

 

「運営委員の中に不正工作を行うものが紛れ込んでいたなど、かつて無い不祥事。言い訳は後でじっくり聞かせてもらおう!」

 

そう言って、九島はテントから出て行った。

 

「桐生くん!」

 

「何やっているんですか、平河先輩!早くしないと、間に合わないですよ!」

 

「わ、分かってる。それでも、お礼を言いたかったの。ありがとう」

 

その笑みを、ザンは美しいと思った。自分だけではない、他人を思い救われた事が本当に嬉しかったのだろう。

 

「達也がCADに対する不正行為を予測していたから、俺はここに来れたんです。それでも、お力になれて良かった。さあ、早くいってください。お礼というなら、平河先輩のCADの力で小早川先輩が勝つところを見せてください」

 

「うん!ありがとう。じゃあ、行ってくるね」

 

平河は走っていった。ザンも周りの視線を気にせず、テントから出て行った。

 

 

-○●○-

 

 

一高テント入り口から手が生えている。正しい表現ではないが、ザンが近くを通った際に手招きをしているのだ。ザンは諦めてテント内に入った。

 

「…なんの用ですか、七草生徒会長」

 

「大会本部から当校生徒がいきなり暴れだしたと聞いたのよ!」

 

まなじりを上げている真由美を見て、ザンはあまり似合わないなと思った。彼女は笑みが似合うのだろう。

 

「ああ、その事ですか。運営委員による不正行為があったので、捕らえただけですよ」

 

「それは本当か、ザン」

 

「本当だ。九島閣下もお見えになられてな、教えてもらったんだ。『電子金蚕』って言うらしいぜ」

 

「電子金蚕…」

 

達也にはその名に聞き覚えは無かった。

 

「なんでも電子機器の動作を狂わせる術式らしい。それが小早川先輩のCADに潜り込まされたところを、現行犯逮捕だ」

 

「…ザンくんは、何でCADチェックの場に行っていたの?」

 

「達也の推論が気になりましてね。もし、まだ不正があるなら、このミラージ・バットが危ないとふんだんですよ。それにしても良かった。最悪のケースだけは回避できましたよ」

 

もし、CADが狂わされ小早川が魔法の操作を誤れば、重大な事故に繋がる可能性があった。それはどちらかを奪う可能性もあった。魔法師としての人生か、それとも人生そのものか。

 

 

-○●○-

 

 

ミラージ・バットは深雪と小早川が順調に勝ち進んでいた。まして、深雪はトーラス・シルバーの『飛行魔法』を使ったため、相手の戦意をくじき圧勝を飾っていった。

レオやエリカたちも会場で応援していたが、ザンの姿が見えなかった。

 

「ザンの奴は何処行ったんだ?」

 

「さっき、トイレに行くってあっちに行ったよ」

 

「私は、あの売店の方を歩くのを見ましたよ」

 

「それってまるっきり逆方向じゃない。それじゃあ、ザンくんがまるで二人いるみたいじゃない。冗談じゃない」

 

肩をすくめるエリカだった。

大会会場にいたジェネレーターは無頭竜の命令により大会を中止に追い込むため、観客を無差別に殺害しようとした。しかし、その場にいた柳が会場外に投げ飛ばし、会場外にいた真田が退路を塞ぎ、そして藤林が確保する。息の合ったコンビネーションだ。そのことを藤林に指摘された柳と真田は複雑そうな顔をしていた。

 

「あぶないよ~。どいてどいて~」

 

さして緊張感の無い声が上から降ってくる。柳と真田が飛びのくと、巨体が二体落ちてきた。頭があったであろう場所は、少年が踏み潰していた。

 

「…四葉のところの小僧か」

 

柳が感情らしい感情を見せず呟く。友好関係ではなさそうだ。

 

「まったく。あと二体いたんだから、こんなところでサボっていないで倒してくださいよ。一介の高校生にやらせることじゃないよ」

 

ザンの内一人は金色の煙となって消えた。残ったザンがぼやく。

 

「貴様の腕なら、殺さず確保できただろう?」

 

「俺は仕事じゃないからね。一般人を殺そうとする、暴走した魔法師を潰しただけ、さ」

 

「達也くんは知っているのかい?」

 

真田がばつの悪そうな顔をしていた。

 

「いえ、何かしら感じるところはあるかもしれませんが、俺からは達也に伝えていません。今、達也はミラージ・バットのエンジニアとして忙しいですからね。余計な心労はかけたくないんです」

 

「同感だ」

 

「すまなかった。俺たちがいながら、お前に汚れ仕事をさせてしまった」

 

柳が謝る事が想定できなかったのであろう、ザンは若干固まっていた。

 

「あ、いや、私の方こそ言い過ぎました。申し訳ありません」

 

「ザンくんも、そうやって畏まっていると結構いい男なのにね」

 

「止めてください、藤林さん。そういうのは、達也に任せますよ。じゃあ、後始末はお願いします。」

 

ザンは会釈をして遺体処理を依頼すると、会場に戻っていった。

 

「…藤林は、まだアイツを軍に引き入れようとしているのか?」

 

「だって、あれだけの逸材、もったいないじゃないですか。わが国の防衛レベルは飛躍的に上がりますよ」

 

「…無理だろうね。三年前にも誘ったけれど、自分の力はより大きな戦を生むって断られたよ。それだけの経験をしてきているんだろう」

 

真田が悔しさをあらわしていた。

 

 

-○●○-

 

 

ミラージ・バット決勝。一高の小早川景子を除く全員が『飛行魔法』を使っていた。二回戦の後で各校から不正疑惑が上がったらしく深雪のCADの検査要望があり、大会委員が術式をリークしたからだ。達也はさして気にも留めず、深雪の勝利を疑っていなかった。小早川は他選手から遅れを取っていたが、焦ってはいなかった。

 

「せっかく桐生くんが助けてくれたんだからね。こんな事ぐらいで動揺していられないよ」

 

他校の選手たちはサイオン枯渇の安全装置として地上に降り始めていたが、深雪はかまわず天空を舞い続ける。小早川は自分のスタイルを貫き通し、遂に二位の選手を追い越した。可憐な少女たちの舞は、一高のワンツーフィニッシュで彩られた。

 

 

-○●○-

 

 

とあるビルの屋上、達也は全身黒ずくめの格好で立っていた。眺めるは横浜中華街の一室。伝手で入手した情報では、無頭竜のメンバーがいるはずだった。しかし、『精霊の眼』では一人しか生体反応が無い。端末からコールを知らせる振動があった。達也は電話を取った。

 

「何の用だ、ザン」

 

『何の用とはご挨拶だな、達也。俺がソーサリー・ブースター潰しをしているのは、知っているだろう?こいつらはその供給源なんだよ。それにしても来るのが遅かったな。もう終わったぜ』

 

達也の眉間の皺が深くなる。

 

「お前がやったのか」

 

『分かっている事を聞くのは良くないな。それに深雪も待っているのだろう?早く帰りな』

 

「まだ終わっていない。ボスもやったのか?それとも…」

 

『こんなところに、ボスはいねえって。…良いだろう。このまま帰っても腹の虫が治まらないんだろうからな。ボスの名はリチャード=孫。表では孫公明というらしい。そっちの首はくれてやる。軍にそう言っておけ』

 

「おい!」

 

電話が切られ、生体反応も消えていた。

 

「『幽騎士』か」

 

『精霊の眼』からも、ザンがあの一室に確かに存在していた。しかしそれが一瞬で消えうせたのだ。達也は一瞥した後、屋上を去った。

 

 

-○●○-

 

 

九校戦最終日、既に総合優勝が決まっていた一高は、モノリス・コードの優勝で有終の美を飾った。

閉会式も終わり、後夜祭というかダンスパーティが行われていた。ザンはウェイター姿で飲み物を配って回っている。

 

「ちぇ~。ザンさんはバイト中かぁ」

 

「懇親会もそうだったよね。最初はふざけているのかと思ったよ。あ、あそこにはエリカさんもいる」

 

エイミィが愚痴をこぼし、ほのかが同調する。雫は口には出さないが、結局ふざけていたに違いないと考えていた。

 

「ちょっと、バイト中では声をかけ辛いですね」

 

「そうね。学校でもあえるし、その時に改めてお礼を言う事にするわ」

 

小早川と平河がザンの姿を見て、声をかけられないでいた。

 

『突然ですが、皆さんの朗報です。閉会式にはお伝えできませんでした、特別賞があります』

 

ステージに立ったのは、何故かマイクを片手に持つ四葉真夜。酔っているのか、足取りがおぼつかない。後夜祭でお偉方が、それも四葉当主が出てくるとは思っていない生徒たちは何事かとどよめいていた。

 

『特別賞は、第一高校一年、桐生斬くんです。ステージにどうぞ!』

 

芝居がかった仕草で手をザンに向ける真夜。ザンは仕方なくウェイター姿のままでステージに上がった。会場にいた生徒たちも、ウェイターがあの選手だったのかと注目する。

 

「…何やっているんですか。俺が四葉関係者だって宣伝する気ですか?」

 

「んふふふ。まぁ、見てなさい」

 

小声で嗜めるザンだったが、真夜は聞く耳を持たず、相も変わらず妖艶な笑みを浮かべている。ザンは嫌な予感がしていた。

 

『では特別賞、四葉賞をお渡しします』

 

真夜はそう言うと、ザンの顔を両手で押さえる。真夜の顔がザンに近づいてきた。

 

「え…、ちょ、ちょっと…」

 

「「「ああーーー!!」」」

 

複数の女生徒から悲鳴のような叫びが会場を包む。真夜はザンに口づけをしていた。艶かしい音が二人を包む。

 

「ん。…っん、んん…」

 

―真夜、何やっているんだー!舌!舌が舌に絡んでくる…!―

 

何秒経ったのだろう。ようやく真夜はザンを離した。口と口の間には光るアーチが垂れ下がる。

 

「うふふ。ご馳走様」

 

真夜はそういうと、顔を火照らせうれしそうな笑みを浮かべたまま、そして会場を凍らせたまま出て行ってしまった。ザンは膝から崩れ落ちる。ザンの顔はまるでほおずきのように真っ赤に染まっていた。

達也の動きは迅速だった。真夜が見えなくなるとステージまで駆けつけ、ザンの意識を確認するが反応が無いと判断するやザンを背負い、そのまま会場外まで走って出て行った。

そして会場の時が動き出す。当然皆混乱していた。

 

「な、何だったんだ今のは!?」

 

「あの選手は、四葉の物だという宣誓か?」

 

「それって『ツバをつけた』って意味?」

 

「駄洒落か!?」

 

ようやく会場が静まると、演奏が再開されダンス・パーティも再開される事になった。なんとか深雪とダンスを踊る事ができた一条だったが、真夏のくせに何故か一帯が真冬のようだったと記憶していたそうな。

 

 

-○●○-

 

 

「…はっ!ここは何処だ?俺は一体…?」

 

「気が付いたか?」

 

達也がザンにグラスを渡す。ザンは一気にグラスを開けると一息ついた。

 

「ぷは~。ここは、会場の外、か。達也が連れてきてくれたのか?」

 

「ああ、流石にあのままでいるわけにはいかないからな」

 

「…何があった?」

 

「叔母上がお前にキスをしていた。それもバードではなくディープなやつをな」

 

ザンは自分の記憶が信じられず、思わず達也に聞いてしまったが、達也の回答はオブラートに包まれてはいなかった。

 

「うがーー!!何を考えているんだ!あの…」

 

「ここに居たのか。司波、桐生」

 

ザンが叫ぶ途中で後ろから声をかけられた。振り返ると十文字が立っていた。

 

「十文字会頭、どうしましたか?」

 

「お前たちを探していた。司波、お前は十師族の一員だな?」

 

ひとりひとりを呼び出すわけでもなく、とんでもない事を聞いてきた。

 

「いえ、俺は十師族ではありません」

 

「右に同じく」

 

「桐生には聞いておらん。それに桐生は四葉になったのだろう?先ほど四葉真夜が接吻をしていたではないか」

 

十文字は当然そうなのだろうと認識していたようだ。

 

「いやいやいや、ちょっと待ってください。俺はまだ混乱していますが、そんな話聞いていないですよ!」

 

「ふむ、そうか」

 

…天然さん?達也とザンはそう思わざるを得なかった。

 

「師族族会議において、十文字家代表補佐を勤める魔法師として助言する。司波、お前は十師族になるべきだ。…そうだな、例えば七草はどうだ?」

 

「どうだというのは、もしかして結婚相手にどうだという意味ですか?」

 

その問いに、十文字は肯定する。

 

「自分は会頭や会長とは違って一介の高校生なので、結婚とか婚約とかそういう話はまだ…」

 

「…そうか。だが一条将輝、十師族の次期当主に勝利した事の意味は、お前が考えているよりずっと重い。あんまりのんびり構えては、いられないぞ」

 

「この話、俺が聞いちゃまずかったんじゃ?」

 

「かまわん。桐生も同じく一条に勝利してしまったのだからな」

 

そう言い残し、十文字は会場に戻っていった。入れ違いに深雪が現われる。

 

「お兄様、十文字先輩と何か?」

 

「いや、ちょっとな」

 

「深雪、俺もいるんだけど、聞かないの?」

 

「…どなたですか?」

 

深雪は冷たい眼でザンを射抜く。

 

「いやいや、深雪さん。それは無いんじゃない?何でそんなに怒っているのさ?」

 

「知りません!」

 

ぷいっと顔を背けてしまう。ザンは頭を掻いた。

 

「こりゃあ、駄目だな。達也、姫様のご機嫌斜めなので俺は会場に戻るよ。後はよろしく」

 

「お、おい!」

 

手を振り、そのままザンも去ってしまった。

 

「…深雪。ザンは…」

 

「ごめんなさい、お兄様。分かっているのです。それに自分が間違っている事も。でも、何故か分かりたくないんです…」

 

会場からの曲が変わる。

 

「…最後の曲のようだな。深雪、ラストダンスを一緒に踊ってくれないか」

 

深雪は達也の顔を見た。その慈愛の色を持つ眼に、達也が自分に気を使っている事も当然分かった。

 

「お兄様…。はい、喜んで。会場に戻っては時間が勿体ありません」

 

そう言うと、深雪は達也の前に立つ。達也が深雪の手を取ると、その場でダンスが始まった。ちょうど噴水から水が立ち上がり、ライトアップされる。まるで二人を祝福するかのようだ。

 

「ふふ、お似合いだぜ、お二人さん」

 

影より見守っていたザンは、会場に消えた。




次回、とりあえず最終回。


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第10話

長野県某市。四葉深夜が療養していた家にザンは来ていた。

深夜はベッドの上に横たわっていた。隣にある椅子にザンは座ると、深夜の右手を両手で握る。穂波は深夜の傍らに立ち見守っていた。

 

「では、始めます」

 

ザンが金色の湯気のようなものに覆われると、それが手を伝わって深夜に広がり、二人は金色に覆われた。ザンが持つ『龍の氣』と人の持つ『氣』を同調させる『龍氣同調』。『氣』を同調させ活性化を促すのだ。『氣』を扱える人間なら、自らの『氣』の活性化も可能ではあるが、深夜や穂波には不可能な事であった。

ザンが深夜と出会った当時、深夜の持つ『氣』は著しく弱っていた。沖縄の問題があった後、ザンは定期的にこの家に訪れ、少しずつ同調させていった。『龍の氣』は『氣』の活性化も行えるが、大量の『龍の氣』は毒にもなってしまう。その為少しずつ、そして根気強く続ける他は無かった。

 

「もう大丈夫でしょう。健康体の『氣』のレベルまで回復しましたよ」

 

ほぼ三年かかったが、深夜の『氣』はようやく問題無いレベルまで回復していた。しかし、『忘却の川の支配者(レテ・ミストレス)』と言われていたほどの使い手であった深夜は、魔法をやはり使えなくなっていた。魔法の酷使と死の因果関係は、『氣』の衰弱に関連するとザンは考えていたが、それと魔法が使えなくなる事は関連性が見えなかった。『まあ、使えないものは仕方ないわね』そう言った深夜だったが、その顔は穏やかであったという。

なお、穂波もまた『氣』が衰弱していたが、深夜ほどでは無かったため一年ほどで回復していた。深夜は身体を穂波に支えられながら起こすと、頭を下げる。

 

「ありがとう、ザンさん。何から何までお世話になったわね」

 

「いえ、気にしないでください。達也や深雪の悲しい顔を見たくありませんから」

 

「…深雪はともかく、達也は悲しんでくれるかしら?」

 

自分が行った手術により、達也が強い情動に動かされる事は無い。その事を言っているのはザンも分かっていた。

 

「当たり前でしょう。俺は、『人の意思』は『魔法』に負けないと思っています。人が奇跡を起こすのは、いつだってその者の『意思』だ。俺は、それを信じたい」

 

「…そうね。ありがとう」

 

照れくさかったのか、ザンは急に話題を変えた。

 

「夏休み中には、達也と深雪はこちらに来るんですよね」

 

「ええ。今から楽しみで楽しみで。高校に入ってからこれまで、そして九校戦の話なども聞くつもりよ」

 

ザンの肩がビクッと震えたが、深夜は気にしなかった。

 

「あなたには申し訳なかったわね。お友達と遊ぶ約束があったのでしょう?」

 

雫の家のプライベートビーチでいつものメンバーで遊ぶ誘いや、エイミィとテーマパークで遊ぶ誘いがあったが、深夜の治療を優先したのだ。

 

「別に構いませんよ。遊ぶ事はいつでも出来ますが、あなたの治療は定期的にやる必要があった。今日を逃すと何時になるか分かりませんし。それに…」

 

ザンが急に挙動不審になる。深夜は隣に立つ穂波と顔を見合わせた。

 

「以前からま、真夜様がこちらにこ、来られるということで、俺もよ、呼ばれていたんですから」

 

「…ザンくん、少しは落ち着いたらどうですか?顔色が酷いことになっていますよ。…真夜様と何かあったのですか?」

 

穂波の言葉に、今度はザンの身体全体がビクッと飛び上がらんばかりに震えた。そして顔を赤くしオロオロし始める。

 

―帰りの車では、真夜は顔を両手で隠し足をバタバタさせていたわね。聞いてもあの子は何も答えなかった。まあ、悶えてばっかりで鬱陶しかったけれども。何があったかと思えば、やっぱりこの子絡み、か―

 

深夜が声をかけようとして所でチャイムの音が響いた。どうやら待ち人来るだ。

 

 

-○●○-

 

 

真夜が来たことにより、皆リビングに移動した。二人がけソファに深夜と穂波、三人がけに真夜とザンが座る。深夜は真夜とザンを見ていたが、明らかに挙動がおかしい。まず二人は中々目を合わそうとはしない。そしてよしんば眼が合ったとしても、二人とも弾かれたようにビクリとし、眼を離してしまうのだ。更に二人とも顔が真っ赤という始末。深夜は深くため息を吐いた。

 

「…ザンさん。申し訳ないのだけれど、少し外を見回ってきてくれないかしら?真夜も来た事だし、念のために、ね。穂波、ザンさんはこの辺りには疎いでしょうから、一緒にお願いね」

 

「承知いたしました、奥様。ザンさん、行きましょう」

 

「は、はい…」

 

心ここにあらずといった感じのザンを穂波が連れて出て行った。玄関の閉まる音を聞き、深夜が切り出す。

 

「それで?一体あの九校戦で何があったの?車の中では話にならなかったけれど、今日は聞かせてもらうわ」

 

「ね、姉さん。でも、私…」

 

再度深いため息を吐いた深夜は、言いよどむ真夜の目の前まで顔を下げた。

 

「真夜、貴女の意見は聞いていないの。…大体、このままでいるわけにはいかないでしょう?今日は貴女も泊まるのだから。明日帰るまでこの状態にする気?私は嫌よ。せっかくあのバカ亭主がいない所でのんびりしているのに、何で貴女がそんなおかしな空気を持ってくるのよ」

 

「…私、かえ…」

 

「帰さないわよ!い・い・か・ら・話なさい!何があったの?閉会式後まではなんとも無かったんだから、あの時よね。ダンスパーティだったっけ?貴女あの時は部屋にいなかったんだから」

 

ビクッと真夜の肩が震える。ビンゴだ。

 

「さあ、話なさい。それに、こういった事は、他人に聞いてもらうと少しは楽になるものよ。何か、私がアドバイスできるかもしれない。私は貴女の姉なのよ。少しは頼りなさい」

 

ずっと床を見ていた真夜だったが、一旦頷くと顔を上げ深夜に向き直る。

 

「あ、あのね、姉さん…」

 

普段の真夜では考えられない、要領を得ないものだった。深夜は根気強く話を聞き、自分の中で話をまとめる。そしてそれが理解できたとき、深夜は人生で最も深いため息を吐いた。

 

「はあ~?ばっっっっかじゃないの!ダンスパーティに割り込んで、ステージ上でザンさんにキスをしたの!?それで、後から恥ずかしくなって気まずくなったって、貴女いったい今年で幾つになったと思っているのよ!…いいわよ、言わなくても。双子なんだから」

 

「ね、姉さん、私どうしたら良いのかしら?ザンに嫌われていないかしら?」

 

まるで十代の少女が恋を煩い、暴走をしてしまったかのようだ。深夜が知る限り、真夜の初恋なのかもしれない。しかし、相手は元異世界人で、こちらの世界に来るときに身体が若返ったという年齢不詳の人間。さらに魔法の効かない特異体質(?)ときたものだ。しかし、深夜自身を含め、達也や深雪、穂波が彼に救われている。人間として、まず間違いないだろう。深夜は姉として、一人の女として真夜に向き合った。

 

「ザンさんが貴女をどう思っているかは分からないわ。でも、貴女を嫌っているようには見えない、ただ戸惑っているだけの様に見える。…真夜。今夜一晩かけて良いから、ザンさんとじっくり話しなさい。話さない事には、何も伝わらないわ」

 

「…でも、私、怖いの。私はあの子を傷つけてしまったのではないかしら?それが怖くて…」

 

「いいから、言う通りにしなさい!夕食後、私は穂波を連れて部屋に戻るから、このリビングなり寝室なりで話しなさい。あまり時間を空けてしまうと、修復できるものも出来なくなっちゃうわよ」

 

弱々しく頷く真夜を見て、これは本物だと考えていた。しかし人の心は、それも恋心はなるようにしかならない。精神構造干渉魔法のスペシャリストはそう考えていた。

 

 

-○●○-

 

 

夕食も終わり、最後に風呂から上がってきたザンがリビングに入ると、真夜しかいなかった。緊張が走る。ザンは自らが緊張している事が理解していたし、ソファに座る真夜も緊張している事が分かっていた。一旦のどを鳴らしたザンからは、かすれそうな声が出ていた。

 

「…さて、俺は部屋に…」

 

「待って!」

 

悲鳴にも近い声は、真夜のものだった。

 

「待って、お願い。お願いよ…」

 

ザンは真夜が何故泣きそうなのかは分からなかったが、ここからいなくなってはいけないことだけは分かった。ザンは真夜の前まで行き片膝をつく。

 

「どうしたんですか、真夜様。私はどうすれば…」

 

「そ、そうね…。ここでは話し辛いから、寝室にいきましょう。私は、あなたと話がしたいの」

 

話がしたい。それだけのことで、あの真夜が真剣な顔をしている。ザンは頷き、真夜の手を取ると立ち上がらせ共に寝室へ向かう。寝室に入ると、真夜はベッドに座り、ザンはその手前にある椅子に腰掛ける。その後、数分間の沈黙が訪れた。

 

「ま…」

 

「ごめんなさい!」

 

ザンが声をかけようとしたとき、真夜から謝罪の言葉が飛び出した。真夜を見ると、頭を下げたままだ。

 

「あの時、本当はあそこまでするつもりは無かった。でも、ステージに上がったあなたを見て、そしてあなたを見る女の子たちを見て、ついしてしまったの!」

 

一気にそこまで話し、真夜は一旦息を吐く。

 

「ただ、そのせいであなたが傷ついてしまったのではないか気になって…」

 

声のトーンが尻すぼみになる。その光景を見て、ザンは緊張がほぐれてきた。

 

「真夜様、別に私は傷ついてなどいませんよ。ただ、あまりに急な事だったものですから、どう対処すれば良いのか分からなくなってしまっただけです」

 

「…でも、オバサンよ?こんな年増からキスされても、嬉しく無いでしょう?」

 

顔を上げた真夜は、やはり泣きそうな顔をしていた。

 

「そんな事はありませんよ。俺にとってのファーストキスだったってだけで、むしろ光栄ですよ」

 

「よかった」

 

そう言って微笑む真夜を、ザンは美しいと思った。見とれていた事を誤魔化すため、ザンは疑問に思っていた事を聞いてみた。

 

「えっと…、そういえばどうしてキスすることになったんです?俺を女子生徒たちが見ていたからって…」

 

「取られたくない、って思ったの!」

 

「へ?」

 

顔を真っ赤にした真夜は両手で顔を覆う。

 

「そ、それって…」

 

「そうよ!私は嫉妬したのよ!ザン、あなたが好きだから、愛しているから取られたくなかったのよ!」

 

真夜の独白に、ザンは冷や水をかけられたような気分だった。それは考えようとしてこなかった事だ。

 

「ありがとう、真夜様。お気持ちは、非常に嬉しいです。しかし、俺には人を好きになる資格なんて無いんですよ」

 

「…どういう事なの?」

 

「いえ…」

 

それまで顔を真っ赤にしていた真夜だったが、ザンの様子がおかしいことに気が付いた。ザンに話しの続きを促す。

 

「いいから、お話しなさい。私が、あそこまで話したんですからね。あなたが言わないなんて許さないわ」

 

ザンは苦笑するしかなかった。一旦息を吐くと、重く語り始める。

 

「…俺が異世界で『龍騎士』として戦っていた事はお話しましたね。自分で言うのもなんですが、俺のいるパーティは魔族だろうと龍族だろうと敵ではなかった。パーティには、俺の他に戦士二人と女魔導師がいました。特に女魔導師とは出発した村から共に歩んだ戦友だった」

 

一旦区切ると、ザンは深呼吸していた。よほど話すことが気乗りしないのであろう。自分のトラウマと向き合うのであれば、尚更だ。

 

「彼女と恋に落ちたのはだいぶ経ってからです。ただ、その時は戦場に立つ身。落ち着いてからその後のことをお互い話そうとしていました。そんなある日、敵の苛烈な攻撃があったんです。爆裂する魔法が雨あられ降り注ぎ、攻撃を避けていたつもりが誘導されていた。気が付いたときには相手の巨大な魔導砲撃が迫っていました。巨大で直線的な攻撃に対し、俺は自分の身体を盾とし立ち塞がりました。しかし、それは()()()でしかなかった」

 

ザンが俯き、肩が揺れる。膝に置く両手の握りこぶしが震えている。

 

「…後ろには誰もいませんでした。何もありませんでした。俺は自分が愛した女を見殺しにしたんだ!救う事ができなかったんだ!何が『龍騎士』だ!何が『救世の英雄』だ!俺はとんだ愚か者だ!自分の力を過信し、何一つ守れない無能者だ!俺は、俺は…!」

 

涙でぐしゃぐしゃになりながらの心の叫びは続きが言えなかった。真夜がザンの頭を自分の胸に抱きこんだからだ。

 

「もういい。辛い話をさせてしまったわね。ただ、それで『人を好きになる資格が無い』ことにはならないわ」

 

「でも、俺は…」

 

「確かに悔いが残ることでしょう。でも、その女性はあなたを恨んで死んでいったとは到底思えない。確かに自分は助かりたかったかもしれない。でも、それ以上にあなたに助かって欲しかったと思うわ」

 

「…どうしてそう思えるんですか?」

 

涙交じりの声でザンがうめく。真夜は笑顔だった。

 

「同じ、女ですもの。それも同じ男を愛した、ね。もし私がその場にいたら、きっとそう思っていたわ。その女性には悪いけれども、私はあなたが助かっている事が嬉しい」

 

真夜はそう言ってザンに口づけをする。前とは違うバードキスだ。

 

「人を愛する事に、資格なんて無いわ。人を想うから成り立つの。ザン、あなたは私が嫌い?」

 

「いえ、そんな事はありません。でも、俺は異世界人ですよ?それに『龍騎士』だ。それに…」

 

「そんな事、異世界とかどうでも良いの。あなたにどんな過去があり、どんな事をしてきたかもどうでも良い。それら全てを含めてのあなたなのだから。それらを全て私は受け入れるから。私、四葉真夜はあなたを愛しています」

 

「俺は、…俺も愛している、真夜」

 

二人は抱きしめあい口づけすると、そのままベッドに倒れこんだ。

 

 

-○●○-

 

 

カーテンを開ける音がする。部屋に朝日が差し込む。外では小鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 

「ん…」

 

「起きた?」

 

ザンが寝惚け眼でその声をたどると、しゃっきり眼が覚めた。

 

「ま、真夜!何て格好で!」

 

真夜は生まれたままの姿で立っていた。艶やかな肢体をさらしている。日光が真夜を天女の様に照らしていたと言うのは後のザンの言葉だ。

 

「今更何言っているの。昨夜はもっと恥ずかしい格好をさせたくせに。ああ~、腰が痛いわ…。まったく、加減というものを知らないんだから」

 

ザンは苦笑すると、タオルケットを真夜にかける。そのまま背後から抱きつき、肩越しにキスをする。ただ、その顔は赤いままだ。

 

「さて、ひとっ走りしてくるよ、真夜」

 

そう言うとザンは部屋から出て行った。顔を赤くしたままのザンを思い出し、真夜は吹きだしてしまった。

 

真夜が服を着てリビングに出ると、深夜と穂波も寝室から出てきた。

 

「おはよう、姉さん。清々しい朝ね。昨日はありがとう…。どうしたの、その顔?」

 

深夜と穂波の眼の下にはクマがあった。深夜は答えず半眼でにらむと真夜の頭に手刀を落とした。

 

「痛っ!何よ、姉さん!」

 

「…貴女たちの声が一晩中鳴り響くものだから、眠れなかったの!まったく、話し合えとは言ったけど、どうしてそうなるのよ。貴女は『四葉家当主』なのよ!」

 

深夜が苛立ちを隠さず怒鳴ったが、真夜は照れて聞いていない。口からは『にへ~』と謎の言葉が漏れてくる。これは駄目だとさじを投げた。

 

「…ただ、姉としてはお祝いしなくちゃね。おめでとう、真夜」

 

「…ありがとう、姉さん」

 

「でも、その歳で子供を生むのは大変じゃないかしら?」

 

「大丈夫です、奥様!妊娠中でもよい運動があります。いまから始めれば間に合います」

 

「気が早いわよ!…でも、男の子かしら、女の子かしら。男の子ならザンに似て男前ね」

 

「はいはい、ご馳走様。穂波、コーヒー入れてくれる?濃い目でお願い。口の中が甘いったらありゃしない」

 

「…今日も泊まっていこうかしら。そうしたら、もう一晩…」

 

「帰りなさい!」

 

その日は快晴だった。

 

 

-○●○-

 

 

「おい、勝手に一人で行くな!連携というものがあるだろう!」

 

「うるさいなぁ、将輝。お前じゃ俺にはついてこれないよ。日本で待っていろよ」

 

「ふざけるな!俺だって修行をして力をつけたんだ。大体、ここまで来ているんだぞ。今更引き返せるか」

 

ザンは海上にいた。日本刀を背負い、船の行き先を見つめる。かつて鎮海軍港があったところだ。現在は円形に抉り取られた跡があり、その海岸に人影が見える。

 

「おい、四葉!」

 

「ザンと呼べっていっているだろう?お前の頭はスライムでも入っているのか?」

 

「やかましい!友人でも無いのに勝手に名前で呼びやがって。それよりどうするんだ?こんな小船では撃沈されるぞ」

 

軍艦よりボートを下ろし、ザンと一条は鎮海軍港跡に近づいているのだ。

ザンは高校卒業後に真夜と結婚し、その事を公表している。その為今は『四葉斬』と名乗っていた。

 

「俺がいるのに、撃沈なんかするものか。それより、劉雲徳のその後の動向は掴めているんだろうな?」

 

「ああ、ジョージと司波が追尾している。まず振り切られる事は無いだろう」

 

達也と吉祥寺が先行して進入していた。ザンたちはあえて隠さず侵攻することにより、そのカモフラージュも兼ねているのだ。

劉雲徳は灼熱のハロウィンにて死亡しているとされていたが、先日東京で『霹靂塔』によるテロ未遂があった。これはザンの『アイギス』により防がれており未遂となったが、軍部は劉雲徳が生きているのではないかと考え、また十師族も同様の考えだった。十師族の中でも考えがまとまる前にザンが動き出してしまった為、一条がお目付け役でついてきている状態だった。

 

海岸からは煙が見える。ロケット砲などが発射されたようだ。轟音も遅れて届いてくる。しかし、ミサイル群は凹面に展開された『無限の小盾』に阻まれていた。ミサイルの一つが上下逆の小盾に当たると、爆発せずに金色に光るとものすごい速度で戻っていった。

 

「あ、『逆鱗』に当たったな」

 

『無限の小盾』のオプション、『逆鱗』。それに触れる攻撃は『龍の氣』による攻撃力強化され攻撃した者に戻る、おまけつきのカウンターだ。ミサイルが集団の一部を吹き飛ばしていた。

 

「それじゃ、行きますかね」

 

ザンは金色の『龍の氣』を噴出させる。立ち上がる氣に覆われたザンは髪が青く、肌は褐色となっていた。背負っていた日本刀を抜くと肩に担ぎ、右足をひき構える。

 

「お、おい!」

 

ただならぬ光景に、流石の一条も気圧されていた。

 

「あそこらを一掃するから、そこにつかまっていろ。振り落とされても知らんぞ」

 

言うや否や刀を振りぬくと三日月形の斬撃が海を割り海岸を吹き飛ばしていた。ボロボロと崩れ落ちる日本刀を捨て、足元の予備の日本刀を腰に差す。ザンの一撃を間近で見た一条は、開いた口が塞がらなかった。

 

「何時まで呆けているつもりだ。いくぞ、将輝」

 

「だから、名前で呼ぶな!」

 

友人に名前でからかわれていて常に訂正している男の顔が浮かび、ザンは思わず笑みがこぼれていた。

 

後に大亜連合が解体されるきっかけとなった事件の始まりであった。元大亜連合の人々は日本の事を『龍の逆鱗』と呼び、交戦を避けたという。




7月から始まりましたこのお話ですが、完成いたしました。
アニメ、コミックをみて、非常に印象的だったことを覚えております。
このハーメルンはいろいろな方の作品を読んでいた事もありまして
自分も書いてみたいなと思ったのがきっかけでした。
5巻以外の原作は読んでおらず、
主にコミック、アニメ、Wikiで情報収集しておりました。

また時間がありましたら横浜騒乱編を書いてみたいです。
それ以降のお話は、コミックやアニメ化があればいいなと思っています。
(小説を読むと、私の実力ではその表現方法に引っ張られると思いますので)

いままでお読みいただきありがとうございました。
もし次の機会がありましたら、よろしくお願いいたします。


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