比企谷八幡のSAO録 (狂笑)
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プロローグ0

鈍色が光る剣尖が、俺の肩を浅く抉った。
視界左上に固定表示されている細い横線が、わずかにその幅を縮める。同時に、胸の奥をひやりと冷たい手が撫でる。
横線――HPバーの名で呼ばれる青いそれは、俺の生命の残量を可視化したものだ。
まだ最大値の九割近くが残っているが、言い換えればだいたい一割ほど、死の淵に近づいている、ということだ。
敵の剣が再度の攻撃モーションに入るより早く、俺は大きくバックダッシュし、距離を取った。
敵のモンスター――レベル82のモンスター《リザードマンロード》は、細長い顎に並んだ牙を剥き出し、ふるる、と笑っていた。
その時俺はもう、動いていた。
刀の上位ソードスキルを放つ。
それは見事に急所にクリティカルヒットし、HPを根こそぎ奪い尽くす。
リザードマンロードの緑色の巨躯が、ガラス塊を割り砕くような大音響とともに、微細なポリゴンの欠片となって爆散した。
これがこの世界における《死》
この世界ではモンスターもプレイヤーもHPがなくなれば平等に死を迎える。
死は種族や身分の関係なく平等であると聞いたことがあるがまさにその通りだ。
と言ってもモンスターはただのデータでしかないが。

迷宮区に潜って早八時間、こめかみの奥とか痛くなってきたしそろそろ帰るか。
帰りた~い、帰りた~い、あったかハイムが待っている~、なんてな。
だが、時期的に物理的にあったかいはわからんが、心情的にあったかいのは確かだ。
――大切な人が待っているから――

大切な人
それはこの世界で確かにできた。結果的にはデスゲームになったこの世界で評価できるものの一つだ。
だがそれと同時に、おれは現実世界に大切な人たちを置いてきてしまい、かつ常に心配させているだろう。
だからと言って、俺は攻略を止める気はない。
かつては、一刻も早く生還するため。
今はそれ以外に、大切な人たちが死なないよう、お互いがお互いを守る、またはフォローするため。
昔の俺から見たら、らしくないことをしているんだろうな、と自分自身でも思う。
だが、これも成長の一つなのだろう。
だから俺は、たとえVRMMO――仮想大規模オンラインゲーム――に骨の髄まで取りつかれた中毒者と見られても、不遜にも己の剣で世界を解放しようと考えている大馬鹿野郎と見られても構わない。
何故なら、あの時戦うこと、そして生き抜くことを決めたおれは決して間違ってなどいなかったと断言できるからだ。
ただ、帰った後の懸念事項が少しあるだけで。

俺は74層の迷宮区を後にしつつ、ふとあの日のことを思い出した。
二年前。
全てが終わり、そして始まった、あの瞬間を。
そして、
奉仕部の空中分解を停止させたあの日からの出来事を――


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プロローグ1

ちょいと原作引用多めです。
でないと話が崩壊しそうだったので。


俺は、また失敗したのか?
それとも、まだチャンスはあるのか?



12月某日、俺は平塚先生から助言をもらった。
俺はその助言の通り、消去法を使って自分の心を整理した。
そして生徒会長選挙のとき、何故小町に俺が動く理由を与えてもらってまでして動いた理由を見つけた。
それこそが、俺の答えだった。
俺はそれを持って、だが表面上は個人的に手伝っいる総武高校と海浜総合高校との合同クリスマスイベントに関する依頼ということで奉仕部へ足を運んだ。
結果だけ言えば、失敗した。雪ノ下が否定した。
だが、そのことに異を唱えた由比ヶ浜の言った言葉が引き金となり、色々と言ってしまい、遂には一つの本音がこぼれた。

「俺は、本物が欲しい」

誰にも言うはずのなかった、胸の奥に秘められた、俺の本当の願望。
だが、こんな言葉で一体何がわかるのだろうか。
案の定、雪ノ下はわからなかったらしく、

「私には、……わからないわ」

とつぶやき、それどころか部屋から出て行ってしまった。
由比ヶ浜に踏み出す勇気をもらい、一色に場所を教えてもらい、取りあえず雪ノ下を追った。
だけど、
何て声をかければいいのか、わからなかった。


「……私には、わからない」

雪ノ下がさっき奉仕部の部室で口にした言葉をまた放つ。

「あなたの言う本物って一体何?」

「それは……」

俺にもよくわかってはいない。今まで見たこともないし、手にしたこともない。
だが、ふと思うのだ。本物とは、人によって違うものなのではないかと。
そして本物とは、それを味わっている時には決して気付かない、年を取ってから、ああ、あの頃の関係こそが本物だったんだな、と気付くものなのではないかと。
だから、『これが本物』、と言えるものを、今の俺は持ち合わせていない。
だから、今の俺に答えることはできない。

俺があれこれ考えて何もできずにいると、それを補うかのように由比ヶ浜が一歩踏み出し、雪ノ下の肩にそっと手を乗せた。

「ゆきのん、大丈夫だよ」

「……何が大丈夫なの?」

確かに、何が大丈夫なのかは俺にもわからない。だけど、由比ヶ浜は俺や雪ノ下と違い、感情で動くことが多く、俺らにできないことをやってのけることがある。
ここは、由比ヶ浜を信じよう。

「あたしも実はよくわかんなかったから……」

困ったように照れ笑いしながら誤魔化すようにお団子髪を撫でる。
そしてその笑いを引っ込めるとさらにもう一歩踏み出し、もう片方の手も雪ノ下の肩においた。そうして、真正面から見つめる。

「だから、話せばもっとわかるんだって思う。でも、たぶんそれでもわかんないんだよね。それで、たぶんずっとわかんないままで、だけど、なんかそういうのがわかるっていうか……。やっぱりよくわかんないや……。でも、でもね、あたしさ……今のままじゃやだよ……」

由比ヶ浜は雪ノ下の肩を引き寄せ、泣き始めてしまった。そしてそれに呼応するように、雪ノ下も泣き始めてしまった。
つくづく、由比ヶ浜はすごい奴だと思い知らされる。
俺はどれだけ考えてもこんな答えは出せないし、行動も不可だ。
環境が激変でもしない限り。

俺は遠回りで捻くれた虚実混ざった理論しか振りかざせなくて。
雪ノ下は抱いた想いをうまく言葉にすることができずに黙り込んで。
言葉なしには伝えられず、でも言葉があるから間違えた。
なら、俺たちは一体何がわかるのだろうか。
きっと何もわからない。
でも、今はそれでいい。
ゆっくりとでいい。三人で同じ時を過ごして、会話などをしていけば、きっとわかるようになる。
そう思っていた。
結果としては同じ時を過ごすことは不可能となったが。

聴こえていた嗚咽が消えた。
「比企谷くん」
「ヒッキー」

二人が俺を呼ぶ声が聞こえ、そちらを向く。
二人とも目を赤く腫らしていたが、笑顔だった。しかもバックの夕陽と相まって、さながら絵画のようだった。

「ありがとね、本音語ってくれて、関係戻してくれて」

「そうね。やっぱりあなた、大抵のことはやってのけるのね。私も感謝するわ。そ、その……ありが、とう」

「どういたしまして」

この時俺は、この関係がずっと続くと思っていた。
だけど、この日こそが、総武高校の生徒同士として、関われる最後の日だった。


ソードアート・オンライン 正式チュートリアル配信開始まで
                             あと1日



さて、八幡は帰還したらどうなることやら。


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プロローグ2

オリジナル回って難しい……


あと八幡がハイスッペクなら、八幡のお祖父さんがハイスペックでも問題ないよね。


『待って、ハチくん、速いよぅ』

『遅いぞ、○○○』

栗色の髪の小さな女の子が、アホ毛の生えた小さな男の子を追っていた。
この二人はとても仲が良さそうで、よく遊んでいるようだった。
そして近くには灰色の長いあごひげをもった、厳しそうな、でもどこか優しそうな顔をしたお爺さんが二人を見つめていた――







夢か。
なんかとても懐かしい夢を見た気がする。
アレはまだ俺が小さい頃の思い出だ。
もう相手の名前は忘れてしまったけど、祖父ちゃんの家に行くたび、よく遊んだのは覚えている。
確か、小町と同い年だったハズだ。
俺が小六のころまでは夏に一か月ほど祖父ちゃんの家に小町と共に泊りに行っていたからな。それ以外にも、祖父ちゃんの家が東京にあったせいかよく訪れたものだ。
祖父ちゃんも仕事で忙しいのによく俺等の相手をしてくれた。
確か、最後に行ったのは中二の春休み。それ以来、あの子には会っていない。

確証はないが、あの頃が一番楽しかったかもしれない。
今度祖父ちゃんの家にでも行って、ついでにソイツの顔でも拝んでくるか。……小町同伴で。



朝食と月曜日の予習、今週の復讐、でなくて復習を終わらし、ふと時間を確認する。
10時55分。
早めの昼飯でも食べて13時に備えるか。
そう思ってキッチンに向う。

……カップ麺でいいか。





カップ麺を食っていると、珍しく親父が話しかけてきた。

「八幡、来週の日曜日空けとけ。東京のお祖父ちゃんの家に行くことになったから」

「はっ?」

オイオイいきなり突然だな。しかも今度行こうかと思っていた矢先に。タイミング良すぎだろ。
でも何でだ?

「別にいいけど……何で?」

すると親父はバツの悪い顔になって言った。

「ああ、そのことなんだが……親父――お祖父ちゃんと俺の後継者問題、昔話したことがあったよな」

「ああ」

親父の父親、つまり祖父ちゃんの名前は角宮鉄三。東京・多摩地区の町工場の経営者の家に生まれた。
二十四歳で家業を継ぎ、一時は倒産の危機に陥りながらも、僅か十年足らずで日本有数の大企業に育て上げた男だ。
昔は角宮工業だったが、今は色々な方面に進出し、角宮HDグループとなった。
一方親父は長男なのに家業を継ぐのを嫌がり、千葉大学に進学。その後千葉の企業に就職し、結婚の時に母ちゃんの家、つまり比企谷家に婿入りしたのだ。
そのため角宮家の後継者は次男のほう……叔父の角宮輝弥だったのだが、東北、釜石の子会社に出張中、震災に巻き込まれたらしく、今も行方不明だ。
しかも叔父さんは

「仕事は嫁だ!」

と発言するほどのワーカホリックだったようで、未婚だったのだ。
祖父ちゃんももう七十代後半、そろそろ後継者を決めたいらしく、親父を後継者にしようとして親父が反発、というサイクルがここ数年続いている。
普通に社内から決める選択肢はないのかな。

「取りあえず、後継者問題は八幡を候補にすることで一応決着がついた」

「は?」

はああああああああ!?
な、なんでええええ!?

「え、なんで俺なの?」

まあ、当たり前の反応だよな、という顔しながら親父は説明した。

「如何やら親父――お祖父ちゃんは、自分の直系に会社を継がせたいらしい。もう角宮は中小企業じゃないのにさ」

直系……だから俺なのか。勘弁してくれ。俺には専業主夫という夢が……でも社畜よりマシか?いやでも管理職のほうが勤務時間長かったりするんだよな。前親父が

『課長って大変だな。責任の関係上、部下が全員帰れないと自分が帰れないし、部下が休日出勤しようものなら自分も出なきゃいけないからな』

って愚痴零していた気がする。

「どのみちお祖父ちゃんはお前を角宮に就職させるつもりのようだけどな」

大学決まる前に就職先確定かよ。普通逆じゃね?

「そのため、お前にいくつか聞きたいことがある。まず一つ目、大学、志望校決まっているか?」

「いや、私立文系としか決まっていない」

「そうか。なら、経済学部とか経営学部の方向で頼む。そのためにも――」

親父が一旦言葉を切る。そのせいか、とてつもなく嫌な予感がする。

「数学、どうにかしような。俺が叩き込むから」

オワタ。逃げられなくなってしまった。
くそ、高三からは逃げられると思っていたのに。

「次二つ目。お前、好きな人、いる?」

オイ親父。あまり息子のプライベートなところ突っ込むな。黒歴史ばかり思い出しちまうじゃないか。具体的には携帯ゲーム機で恋愛シュミレーションゲームして、ヒロイン相手に愛の言葉囁いていたら母ちゃんに

「好きな子、できたの?」

と聞かれたこととか。

「別にいねーよ」

そもそもこんなこと聞いて何になる。

「なら丁度いい。あのジジイ、婚約者用意するつもりっぽいし。ついでに120歳まで生きて曾孫、玄孫の顔まで見るつもりのようだし」

「婚約者って、流石にそれはちょっと……」

俺だって鈍感ではない。
俺に向けられている好意にある程度は気付いている。
ただ気付いていないふりをしているだけ。
それに、政略結婚のような愛のない結婚は、偽物のようでおれには到底受け付けられない。
だが親父は、笑ってそれを一蹴する。

「大丈夫だ、問題ない。親父の口振りから察するに、相手はお前も知っている相手だ。恐らく、お前が親父の家に行った時よく遊んでいた女の子だと思うぞ」

「いやだからって――」

愛が育まれるとは限らない、
そう言おうとしたが

「あとは今度お祖父ちゃんに直談版してくれ」

言うことを許されなかった。











ベッドの上でナーヴギアを装着して、13時を待つ。

奉仕部の問題を解決して、スッキリした気分で迎えたかったな。
βテストの時は現実逃避に使わせてもらったが、今度はそれをしたくなかった。
どうすりゃいいかな……
若干気が滅入りつつも、気を取り直して時計を見る。

5
4
3
2
1

「リンク・スタート」


SAOがデスゲームになること。思わぬ出会いがあること。
この時は、知る由もなかった。



八幡が昔遊んでいた相手、誰だと思います?



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第一話

本当にすみませんでした。非常に遅れました。


「おおっ!」

俺の視界を包んでいた暗闇が晴れると、そこには中世ヨーロッパを連想させる街並みが広がっていた。
滅入っていた気分が吹っ飛んでいくのが感じられる。
巨大浮遊城《アインクラッド》第一層南端に存在するスタート地点、《はじまりの街》。
元βテスターである俺にとっては懐かしい場所であると同時に、当時の俺の“逃げ”の象徴である。
あの頃は、奉仕部の問題を抱えていた。
そして今は、角宮の問題が発生しようとしている。
この問題から逃げることは恐らく不可能。このことだけは逃げるつもりはさらさらないのだが。
かつて“逃げ”の象徴だったSAOで、一旦“逃げ”を休む。
そう言う意味を込めて、名前と使用武器(スキル)をβ時代と同じの設定にする。

プレイヤーネーム《Hachiman》 使用武器 曲刀

さてと、初期設定も済ませたことだし、武器買ってから、フィールドに出るか。










《はじまりの街》の西側に広がるフィールドに足を踏み入れた瞬間、少し離れたところに懐かしい存在を見つけた。
野生のより少し大きめの青色のイノシシ、《フレンジーボア》
β時代はよくコイツを狩りまくったものだ。そして愛着が湧いてきたまである。
確か初めて狩ったときは……

「ブ~ヒ~ブヒィッ」

俺が思い出(?)に浸っている間にフレンジーボアはこちらに気付いたらしく、こちらに突進してくる。
その姿はまさしく獲物に狙いを定めた獣。
その姿を確認した時、俺は既に剣を抜いていた。
β時代に体に染み込ませたソードスキルの一連のモーション。
突進してくるフレンジーボア
駆け出した俺。
お互いの影が交錯するその瞬間に首を狙って俺はソードスキルを発動する。
剣がヤツの肉体に食い込む感触を味わいながら駆け抜ける。
ぷぎー、という断末魔が聞こえる。
後ろを振り返ると、ヤツの巨体がガラスのように砕け散った。
それと同時に、俺の目の前に紫色のフォントで加算経験値の数字が浮かび上がる。
ふぅ。
如何やら、まだ腕は落ちていないようだ。










あれからひたすらにフレンジーボアを狩り続け、子供はカラスと一緒に帰宅しなければいけない時間をとうに過ぎてしまった。
現在の時間は五時二十七分。少々熱中し過ぎてしまった。
もうログアウトするべきだろう。
そう思ってログアウトボタンを探すのだが――

「ログアウトボタンが無い!?」

――そう、ボタンが見つからないのだ。
ログアウトが出来ない。これは非常に危険かつ重大なバグだ。
何故なら、この世界から脱出不可能になる可能性がある。
家族などと同居している人なら外部から強制的に外してもらえばいいが、一人暮らしの人はそうもいかないだろう。
それ以前に、ナーヴギアは延髄や脳に作用している。そのような強硬策に出た場合、どのような影響が発生するのかはまだよく分かっていないはずだ。
だが、SAOの開発者であるあの大天才、茅場明彦がこんなバグを見逃すはずがない。
だか、そこで俺の考えは途切れた。

「んな……っ」

身体が鮮やかなブルーの光に包まれ、俺の視界を奪ったのだ。
恐らくこれは《転移(テレポート)》。しかも運営側の強制移動だ。
しかし何故いきなり?
青の輝きが薄れると同時に、俺の視界は回復した。

転移した場所は――はじまりの街の中央広場だった。



最低でも、一月終わりまでには次を出します。


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第二話

「あ、……上を見ろ!!」
どこからか、そんな声が聞こえてくる。

その声につられて俺は反射的に視線を上向けた。
百メートル上空、第二層の底。
そこは真っ赤なフォントで【Warning】、そして【System Announcement】と綴られた文字で真紅の市松模様が見事に染め上げられていた。
その中央部分がまるで巨大な血液の雫のようにどろりと垂れ下がり、突如空中でその姿を変えた。
出現したのは、身長二十メートルはあろうかという、真紅のフード付きローブを纏った巨大な人の姿だった。
いや、正確には違う。顔がないのだ。顔どころか、肉体すら見えない。
まるで透明人間がローブを纏ったかのようだ。
そしてそれは喋りだした。

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

……私の、世界?
このゲームを作ったのは茅場だ。ということは、もしかして――

『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

やはり、か。
私の世界という宣言から何となく予想はついた。
だがそれよりも、茅場がなにをしようとしているかを考える方が優先だろう。
バグの謝罪なのか、それともただのイベントなのか。

茅場晶彦
数年前まで数多ある弱小ゲーム開発会社の一つだったアーガスが、最大手とよばれ、東証一部上場企業となるまで成長した原動力となった、若き天才ゲームデザイナーにして量子物理学者。
彼はこのSAOの開発ディレクターであると同時に、ナーヴギアそのものの基礎設計者でもあるのだ。
いままで多くの富と名声を獲得してきたが、常に裏方に徹し、メディアへの露出を極力避けてきた茅場が、何故ここに出てくる。

『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。しかしこれはゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなく《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』

『諸君は今後、この城を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない』

『……また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合――ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』

ナーヴギアの電源を切ったり、ロックを解除して頭から外そうとしたら、着装しているユーザーを殺す。茅場はそう宣言した。
ざわざわと集団のあちこちがざわめく。
だがそのおかげで、俺は混乱することから免れた。
ナーヴギアの原理は電子レンジとよく似ている。そしてナーヴギアの重さの三割はバッテリセル。原理的には可能だ。
アメリカではネコを温めようとして電子レンジでチンしたら死んでしまった、という事例が存在する。
ネコを殺すことが可能なのだ。人間の脳を焼き切ることなど簡単だろう。
だが、瞬間停電が有ったらどうなるのか。
また変電所や電線の不具合で停電が発生すればその地域のプレイヤーは死ななければならないのだろうか。
流石に心を読まれたわけではないだろうが、その疑問に答えるように茅場のアナウンスが再開される。

『より具体的には、十分間の外部電源の切断、二時間のネットワーク回線の切断、ナーヴギア本体のロック解除または分解または破壊の試み――以上のいずれかの条件によって脳破壊シークエンスが実行される。この条件は、既に外部世界では当局及びマスコミを通して告知されている。ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーヴギアの強制解除を試みた例が少なからずあり、その結果――残念ながら、既に二百十三名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している』

二百十三名。
これだけ聞くと、多いか少ないかは分からない。
このアインクラッドの最大人口が一万人だとすれば、死亡率は2.13%
この数字だけ見れば少ないようにも思える。
だが従業員数二百十三名の企業と言われれば、中規模くらいの企業だと考だろう。
またこの人数は、東京都青ヶ島村の人口とほぼ同等だ。
つまり、SAOによって島一つ分、または中規模企業一つが消えたも同然なのだ。

周囲のプレイヤーは正気を保てていないようで、放心している者や、薄い笑いを浮かべたままの者もいる。
俺も例外ではないらしく、二百十三名という単語の規模を考えて軽く現実逃避してしまった。
それでも無情に、また実務的に茅場のアナウンスは続く。

『諸君が、向こう側に置いてきた肉体の心配をする必要はない。現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアはこの状況を、多数の死者が出ていることを含め、繰り返し報道している。諸君のナーヴギアが強引に除装される危険は既に低くなっていると言ってよかろう。今後、諸君の現実の体は、ナーヴギアを装着したままに時間の回線切断猶予時間のうちに病院その他の施設へと搬送され、厳重な介護体制のもとに置かれるはずだ。諸君には安心して……ゲーム攻略に励んでほしい。』

ゲーム攻略に励め、だと……?
ログアウトの状態で、命懸けで遊べと言っているのか!
デスゲームを嬉々としてプレイするなど、狂気の沙汰だ。
だが待て、仮に、仮にクリアできたとしよう。
クリアしてしまえばゲームはそこでおしまいだ。
自発的にログアウト出来ない以上、俺たちプレイヤーが解放されるには、このSAO自体が消滅する必要があるだろう。
つまり、クリアできるまで、ずっとこの世界の住人でいなければいけない、ということだろうか。
俺は答え合わせを待つかのようにして、茅場のアナウンスによりいっそう耳を傾けた。

『しかし十分に留意してもらいたい。諸君にとって、《ソードアート・オンライン》はすでにただのゲームではない。もう一つの現実とでも言うべき存在だ……今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に――諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』

『諸君がこのゲームから解放される手段はただ一つ。先にも述べた通り、アインクラッド最上部、第百層までたどり着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう』

やはり、か。
β時代は千人参加して、二か月で第六層までしか攻略できなかった。
今回は一万人弱参加しているが、デスゲームである以上、最前線の人間はβ時代より減る可能性がある。
仮にβ時代と同じスピードで攻略のペースが進んだとしても、二年十か月はかかる計算だ。
その頃には俺は二十歳になっている。
その頃にはもう、雪ノ下も由比ヶ浜も、あの部屋にはいない。
あの二人だけではない。戸塚や材木座など、おれが奉仕部に入ってから関わってきた人全てがいないのだ。
あの日、あの二人との関係を取り戻した日が、俺の最後の奉仕部になってしまった。
本物が欲しい。
そう言った。言ってしまった。
また始めることができる。そう思った矢先にこれか。
それだけじゃない。
角宮の問題の一つが、俺を当事者にさせた。
今回ばかりは逃げない。
そう思っていたのに、結果的に逃げてしまった。
今の俺には、現実に戻ってやらなければならないことがある。
だから、攻略してやる。 このデスゲームを。
それが俺の意地だ。

『それでは、最後に諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給え』

俺は右手の指二本を揃えて真下に向けて振り、出現したメインメニューからアイテム欄のタブを叩く。
そこに表示された所持品リストにそれはあった。
アイテム名は――《手鏡》
不審に思いながらも、それを顕現させる。
――途端

「おわっ!」

白い光に包まれた。
周囲でも同じようなことが起こる。
ほんの二、三秒で光は消え、鏡に映ったものは――

「俺だ……現実の」

俺の、現実世界の顔だった。
ふと周囲を見回してみると、数十秒前まで存在していた、如何にもファンタジーゲームのキャラクターめいた美男美女の群れは消えていた。
代わりにいたのは、鎧兜をきた、リアルの若者たちの集団だった。ネカマもいたようで、女性の格好をした男もいる。
うん、フツーにキモいな。

『諸君は今、なぜ、と思っているだろう。何故私は――SAO及びナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんなことをしたのか?これは大規模なテロなのか?あるいは身代金目的の誘拐事件なのか?と』

『私の目的はそのどちらでもない。それどころか、今の私は、すでに一切の目的も、理由も持たない。何故なら、この状況こそが、私にとっての最終的な目的だからだ。この世界を創りだし、鑑賞するためにのみ私はナーヴギアを、SAOを造った。そして今、全ては達成せしめられた』

『……以上で、《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤーの諸君の――健闘を祈る』

そう言い残すと、茅場は音もなく消えて行った。
まるでそれが合図であるかの如く、一万人弱のプレイヤーの感情が、堰を切って溢れ出した。
悲鳴、怒号、罵声、絶叫。そして咆哮。
頭を抱えて蹲る者。
両手を突き上げる者。
抱き合う者。
罵り合う者。
その中で俺は一つの決意を胸に、次の村へと歩み出した。

絶対に生きて帰る。
  もしそれが、どうしても出来ないときは――
    ――この世界で、華々しく散ろう。


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設定集1~八幡、明日奈+角宮関係

八幡と明日奈、祖父、父、叔父の設定です。


比企谷八幡
   使用武器 曲刀
   プレイヤーネーム ハチマン
本作の主人公にして攻略組の一人。
生きて帰ることを大前提としてはいるものの、もし死ぬのならば迷宮区で人知れずひっそりと、あっけなく死ぬよりもフロアボス戦で華々しく散ることを望んでいる。
実は日本を代表する企業の一つである角宮HD会長、角宮鉄三の孫。
幼少の頃より明日奈との面識があり、昔は第二の妹のように扱っていた。

結城明日奈
   使用武器 細剣
   プレイヤーネーム アスナ
本作のメインヒロインにして攻略組の一人。
総合電子機器メーカーのレクトの社長令嬢。
幼少の頃より、八幡を始めとした角宮家の面々と面識がある。
尚、初恋の相手は八幡である模様。
そしてそれは今も尚……

角宮鉄三
東京・多摩地域の町工場でしかなかった角宮工業を一代で日本を代表する大企業の一つにまで成長させ、それを今も持続させる敏腕経営者。
ただしワンマン気質で少々強引でもある。
また、多くのセンセイ方とのパイプを持つ。
頼義と輝弥の父親、八幡と小町の祖父である。
息子は厳しく育てたものの、孫たちには激甘な好々爺。
だがただ甘いだけではなく、孫の為ならば悪役になることを厭わない一面も。
頼義の大学時代の友人である結城彰三とは昔から面識があり、創業時からレクトを支援している為、現在ではレクトの筆頭株主である。
八幡と明日奈を婚約させ、八幡を自身の後継者にするべく画策している。
故に須郷一族とは対立関係にあり、彼らを取締役から外そうと考えている。
八幡がSAOに囚われたときに最も動揺していた。
角宮HD傘下である角宮総合病院に八幡と明日奈を運ぶよう指示し、ドクターヘリを出動させた。
現在は東京都世田谷区に住んでいる。

比企谷頼義
鉄三の長男であり、八幡、小町の父親。
父の後を継ぐのが嫌で千葉に逃げ、現地の企業に就職するも、その会社は十年足らずで角宮の傘下に入った。
現在は事業本部長を務める。
八幡と同様、自己評価が低い傾向にある。
実は弟よりハイスペック。(ただし本人はそれに気付いていない)

角宮輝弥
鉄三の次男であり八幡、小町の叔父。独身。
スペックは兄に劣るものの、兄の逃走により有力後継候補に浮上した。
ワーカーホリックを装うことでお見合いから逃げていた。
八幡同様目が腐っているものの、眼鏡で隠していた。
常に兄に対しては劣等感を抱いていたが、八幡と小町をまるで自分の子供のようにかわいがっていた。
石巻の子会社に出張中に行方不明となった。
だが実は、彼こそが……
角宮HD東関東地方総括本部支社(千葉市)の支社長を務めていた。


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第三話

茅場のあのデスゲーム宣言から一か月が経過した。
現在の死者数は約二千人。
全体の二十パーセントが死亡した今も、まだ第一層はクリアされていない――










流れ星。
これを俺はリアルで見たことはない。俺の住む千葉市自体が星を見るのには不向きではあるが。
だがこの世界――SAOでは、何度か見たことがある。
流れ星は死んだ人の魂だ。
子供の頃、親父にそう教えられたことがある。
故に、それを見るたびに考えるのだ。
この世界の流れ星は、この世界で散っていったプレイヤーの魂ではないか、と。
ああ、また一人、散っていったのかなぁ、と。
だが今俺が見た流れ星は――
モンスターの命を狩る、慈悲の欠片も情緒もない、神速のソードスキルだった。





鬼気迫る、とでも形容したくなるような戦いぶりだった。レベル6の亜人型モンスター、《ルインコボルド・トルーパー》の振りかざす無骨な手斧を、一般的なプレイヤーが見れば背筋が冷たくなるような、だが戦闘慣れしているとわかるギリギリの間合いで躱す。
三回連続で回避に成功すると、コボルドが大きく体制を崩す。
その隙を逃さず、レイピア使いのプレイヤー全力で単発突き攻撃のソードスキル、《リニア―》を放つ。
そのスピードは凄まじく、明らかにシステムのモーション任せではない。
プレイヤー自身の運動命令によって速度をブーストしている。
アインクラッド広しとはいえども、かのプレイヤーのような速度を出せる者などそうそういないだろう。
驚くべきところはこれだけではない。
《ルインコボルド・トルーパー》はこのダンジョンでもかなりの強敵だ。
それをあのレイピア使いは、コボルドの斧を三連続で避ける→反撃の《リニア―》を打ち込む、というパターン化された攻防を繰り返し、無傷で屠ったのだ。

とは言え、決して余裕の一戦とは言い難く、とどめのソードスキルに胸当てのど真ん中をぶち抜かれ、モンスターが仰け反りつつ爆散すると、実体なきポリゴンの欠片に押されたかのようによろめき、通路の壁に背中をぶつける。
そのままズルズルと座り込み、荒い呼吸を繰り返していようだ。

痩せ形、やや小柄か。
装備は暗赤色のレザー・チェニックの上に軽量な銅のブレストプレート、下半身はぴったりしたレザーパンツに膝までのブーツ。頭から腰近くまでを覆う、フード付きケープを羽織っている。
ケープさえ除けば、如何にもフェンサーらしい装備だ。
だが恐らく、そのほとんどが初期装備に近い。

対して俺は深緑の革鎧に群青のレザーコートと軽金属のチェストガードとすね当て。そして黒色の沓である。(誤字に非ず)

典型的かつ利己的なソロプレイヤーである以前に、コミュ障ぼっちでシスコンであるおれは基本的に自分から他人に近づかない。
……ゾンビと間違えられて、助けようとしたプレイヤーに襲われたからでは断じてない。
ないったらない。そういうことにしておいて欲しい。

まあその話はさておき、現在、唯一の例外は戦闘中にレッドゾーンに突入したプレイヤーを見つけた場合のみだ。
あのフェンサーのHPゲージはほぼフル状態を保っているため、俺が関わる必要などどこにもない。
だが、何故だろうか。
関わるべきだ、と脳が告げている。
面識も無いはずなのに、だ。
なのに、既視感がある。相手が知り合いであるかのような感覚が。
まさか、俺のお兄ちゃんスキル(小町専用)が勝手に発動しているのか?などどバカなことを考えながらつい、話しかけてしまった。

「……さっきのはオーバーキルすぎるぞ」

するとフェンサーはこちらに顔を向け、先刻の突き攻撃を彷彿させる鋭利な視線を俺に突き刺しながら、「オーバーキルって何?」とでも言いたげな雰囲気であったが、俺の顔を完全に認識した瞬間、フェンサーの纏っていた雰囲気は驚愕へと染まった。

……俺の目が腐っていたから驚いた、とかモンスターだと思った、とか言われるのだろうか……。そいつは流石にヘコむぞ。
だが俺の予想に反して、聞こえてきた声は、呼び方は、ひどく懐かしいものだった。

「ハチくん、なの……?」

聞き間違えるはずなどない。祖父ちゃん家に行くたびによく遊んだ、幼なじみとも、第二の妹ともいえる存在の、小町と同い年の女の子。

「ハチくん、これで、わかる?」

不安そうにそう言って、彼女はケープのフードを外す。

露わになる、艶やかな栗色のロングヘア。
小さな卵型の顔。
大きなはしばみ色の瞳。
小ぶりだがスッと通った鼻筋。
華やかな、桜色の唇。

間違いない。
忘れてた、そう思っていた彼女の名前も思い出した。
だけど、彼女がSAOをやっていたことが意外過ぎて。
こんなところで会えるなんて、思ってもみなくて。
こんな時にかける、適切な言葉が出てこない。
だから、ここが仮想空間であることを意識しない、あたかも現実で再会したかの様な言葉をかけた。

「久しぶりだな。元気にしていたか?
               ――明日奈」



折角の再会シーンなのに……上手く書けない……


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第四話

途中まではアスナ視点です。


Side アスナ
この世界に囚われて以来私は何回、何百回と自問してきた。
なぜあの時、自分のものですらない新品のゲーム機に手を伸ばしてしまったのか?
なぜ頭に装置し、ハイバックのメッシュチェアーに体を預け、起動コマンドを口にしてしまったのか?
自分のことなのに、どんなに考えても私には説明できなかった。
ただ一つ言えるのは、あの日全てが変わった……いや、終わったということだけ。
私の、結城明日奈の十五年の人生は戦いの連続だった。
結城家という、祖父は京都の地方銀行経営者、父は一大電子機器メーカーレクトの創業者という家に生まれたせいで、幼稚園の入園試験を幕開けに次から次へと大小の試験が課せられ、それら全てに勝ち抜いてきた。
一度でも負ければ、私は無価値な人間になる。
そう思うととても怖かった。だから勝つしかなかった。
でもそれももう終わってしまった。
今回課された勝利条件は、百層に及ぶ浮遊城の天辺に辿り着き、最後の敵を倒すこと。
しかし、ゲーム開始から一か月しか経たないのに、既にプレイヤーの五分の一が退場した。
しかも、そのほとんどがベテランクラスの人たちだった。
残された戦力はあまりに少なく、立ちはだかる道はあまりに遠い。
だけど私は攻略に出た。
たった二つの信念と、ソードスキルだけを頼りに。
一つ目は、私が私でいるため。
最初の街で宿屋に閉じこもってゆっくりと腐っていくくらいなら、最後の瞬間まで自分のままでいたい。
あわよくば、自分のままでいながらクリアしたい。
二つ目は、早く生還して、幼なじみのハチくん――比企谷八幡のお嫁さんになるため。
まだ確定はしていないけれど、昔から絶対成し遂げると決めていた。
私はSAOに入る数日前、小町ちゃんに久々に連絡をとった。
ハチくんに彼女がいないことはその時に確認済み。
でもあやしい人はいるみたいだし、私一人で両親を説得するのは大変だから、ある切り札を切った。
角宮のお爺さん――ハチくんの祖父の角宮鉄三さんに連絡をとった。
角宮のお爺さんはレクトの筆頭株主だし、創業時の経営が芳しくない頃からの支援者。
お父さんが大学生時代に色々とやんちゃしていた時代からの付き合いらしく、うちの両親にとって頭が上がらない相手。昔ハチくんと小町ちゃんが世田谷に来たときに私を含めた三人でどこか行ったりしたときに面倒を見てくれた人でもある。
きっと角宮のお爺さんなら味方してくれる。
そう思って電話をかけた。
結果は成功。どうやら角宮のお爺さんと思惑が一致したらしく、お見合い?の場をセッティングしてくれた。
角宮のお爺さんに頭の上がらない両親も渋々ではあったものの承諾してくれた。
SAO開始の翌週の日曜日、会えるはずだった……。
それが無くなってしまった。
私がSAOに囚われたせいで。
悔しかった。
悲しかった。
早く生還しなければ、ハチくんが彼女をつくってしまう可能性があるから。
だから私は、一刻も早く生還したかった。
もしかしたら、一つ目のは建前なのかもしれない。
負けたくなかった。
このゲームにも、まだ見ぬ恋敵にも。
だから私はつい、無茶をしてしまった。
予備のレイピアとポーションを大量に持ち、街にほとんど戻らず、ただひたすら迷宮区に潜った。
食事も睡眠もろくに取らずに、だ。
それから三・四日は経っただろうか。流石に無理が祟ったらしく、コボルド?とか言うモンスターを斃した後、絶っていること自体が辛くなり、座り込んでしまった。
HPゲージはフルを保ってはいたものの、立ち上がれそうになく、戦闘もすぐには出来そうにない。
でもここは迷宮区、ぐずぐずしていればすぐにまたモンスターは現れる。
もうたたなきゃ。
そう思ったとき、後ろから何者かに声をかけられた。

「……さっきのはオーバーキルすぎるぞ」

どこかで聞いたことのある懐かしい声だと思った。
でも、私には他の疑問が生まれた。
えっと……オーバーキルって何?

私はMMO?とやらをプレイするのはこのSAOが初めて。
だから、その業界の専門用語のようなものは全くわからない。
そのことを訊こうと思って、声をかけられた方へ顔を向ける。
そこにいたのは――とても懐かしい、私の会いたかった人。
整った顔立ち
それを台無しにしてしまう特徴的な、でもどこか温かみを感じさせる目
ぴょこんと立った、愛らしいアホ毛。
信じられないけど、間違いない。
ハチくんだ。
どうしてここにいるかは分からないけど、私にとっては『会えた』ということが何よりも重要だった。
だから私は声をかけた。
「ハチくん、なの……?」

反応はなし、というか戸惑っているようにも感じる。
も、もしかして忘れちゃった?
確かにしばらく会っていないけど、そんなことないよね?
不安と焦りに駆られた私は、とりあえずケープのフードを外しながら訪ねる。
「ハチくんこれで、わかる?」
一瞬空白があったものの、ここが仮想空間だと意識させないような言葉ではあったものの、しっかりと言葉を返してくれた。

「久しぶりだな、元気にしていたか――明日奈」

私は嬉しかった。
例えデスゲームであろうとも、作られたアバターで、実体ではなくデータであったとしても。
しばらくは逢えないと思っていたハチくんと会えたことが。

絶望の世界に希望の光が差し込んだ。

自分の感情を完全に抑えきれなくなった私はつい――立つのが辛いことも忘れて――彼の胸へと飛び込んで――

――そのまま気を失った。
仮想空間で気を失うのって、どんな仕組みなんだろうか……
                          Side out




   ×     ×     ×




「お、おい明日奈!?」
胸にドシンと、重たい衝撃が走る。
それだけならまだいいのだが(よくないけど)、明日奈は金属防具の類を一切着けていないのだ。
それは一体どういうことになるか、お分かりだろうか。
そう、明日奈の感触がダイレクトに伝わってくるのだ。
いくらデータといえども柔らかくていい匂いがして色々とヤバい。
こんなところの再現力高めるくらいならログアウトボタン作れよ茅場。
だがそんな俺の心情を考慮することなく、聞こえてくるのはただの寝息。

……ん?寝息?

よく見れば明日奈は俺の胸に顔をうずめたまま、力なく俺へとよりかかっている。
しかも「スース―」と寝息が聞こえる。
マジで寝ちゃってるよこの娘。ここ迷宮区だよ?
俺がたまたまここを通ったからよかったものを……
だが、仕方のないことなのかもしれない。
この世界で肉体的な疲労を感じることはない。
だがその代わりに、精神的な疲労は大きい。
そもそもソードスキルの使用自体、精神的疲労を伴うのだ。
そして今、俺たちプレイヤーの置かれている状況。
僅か一か月で二千人もの人間が死に、それなのに第一層すら攻略できていない。
外部と接触できる手段などなく、いつになったら現実に帰れるかの見通しが立たない。
攻略に出ているのなら、常に死と、隣り合わせだ。
明日があるかすらわからない。現実世界では保障されていた『生』が保障されない。
このことは、確実にプレイヤーの精神を蝕む。
繰り返すようになるかもしれないが、その状態で、精神的疲労を伴うソードスキルを使わなければならない。
最前線にいる者は、戦いの興奮や熱でそれを覆い隠している分、本人たちは気付かないだろうが、精神的な負担は誰よりも大きい。
そんな中、知り合いの、幼なじみの姿を見つけたのだ。
こいつはまだ中学生。気が緩んでしまったとしても仕方がない。
故に、何かを言うつもりはない。
俺だって今、気が緩んでいるのかもしれないのだから。

明日奈の頭を撫でつつ、俺はあることを思いついてしまった。

……どうやって安全地帯まで運ぼう。


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第五話

今回はある意味つなぎ回


「ふう、ここならいいか」
そう言って肩に担ぐようにして運んでいた明日奈を下ろし、同時に右手で持っていた曲刀を鞘にしまう。
俺が運んできたのは森の空き地。
迷宮区外のダンジョンにある安全地帯だ。
ここなら迷宮区の安全地帯のようにモンスターの足音や唸り声が聞こえてくることはない。
また穏やかな心地よい風が吹いており、一月にしてはポカポカと暖かい。
最近じゃ俺のベストプレイスの一つとなっている。

……もう一月か。
そういえばクリスマスイベントはどうなったのだろうか。
俺が手伝いを請け負ったあれは、意図的ではないとはいえども、放棄することになってしまった。
雪ノ下と由比ヶ浜でアシスタントできたのだろうか。
しっかりと成功したのだろうか。
それとも何も決まらず何も出来ず、お流れになったのだろうか。
今の俺に、そのことを知るすべはない。
それに、あと一か月ちょいで小町の受験だ。
千葉の公立高校は学区制だ。
全日制普通科の学区は9つの学区に分かれ、自分が住んでいる学区と、隣の学区にある高校に出願できる。
俺や小町の住む千葉市は第一学区。
市立総武高校は県千葉、千葉東。市立千葉の後塵を拝する四番手校ではあるものの、前期後期共に偏差値は60台前半であり、進学校だ。因みに海浜総合は五番手。
小町は総武高校を第一志望としている。
俺がSAOに囚われたせいで勉強に集中できなくなって落ちたりしたら、おれはなんていって詫びればいいか分からない。

一度でも余裕ができると、色々と考えたてしまう。
他にも、俺のことと明日奈のこと。
俺がSAOに入る前に親父と交わした会話。
親父の言っていた、祖父ちゃん家に行くたびによく遊んだ女の子とは、明日奈のことで間違いないだろう。
明日奈がどこまで知っているかは正直分からないし、俺のことをどう思っているかも知らない。だが裏で何かが進んでいたのは事実だ。
なるほど確かに俺が角宮グループの後継者になれば、(祖父ちゃんにとって)素性の知らない相手と結婚されるよりよく知っている相手と結婚してくれる方がありがたいのだろう。
若いうちから妻帯することで、婚活等に時間を割く必要がなくなる。
しかも明日奈はレクト社の令嬢だ。
連結で約十万名の従業員数を抱えるレクトの美人令嬢とグループ総計で約八十万人の社員を抱える角宮の、目の腐った後継者。
こういう状態になれば、ステータス的には釣り合……わないな。色々と。
そもそも、何故俺を角宮の後継者にしようとする?
祖父ちゃんも人の子だ。どんなに長生きするにしても限界がある。
また、80代の企業経営者は知っているが、90代の企業経営者は聞いたことがない。
90を超えれば五十年近く市議を務めた名物市議ですら落選するのだ。90代で会長を務めるのは無理がある。
日野原さんや村山さんじゃないんだから。
仮に祖父ちゃんが90歳で経営の最前線から退いたとしよう。
その時俺は30ちょい過ぎ。数十万人の運命を背負うにはまだ若すぎる。
役員の方々の年齢も50~70代が専らだろう。
自身の半分程度しか生きていない若造社長の指示と言うものは、彼らのプライドを傷つけ、余計な反発を招くことも考えられる。
故に分からない。祖父ちゃんの意図が。思惑が。真意が。

……いや、今日はここまでにしておこう。
分からないものはいくら考えてもすぐには分からない。
まして、五十年以上も最前線で戦い続けてきた男の思惑を、経営の経験がない一介の高校生が見抜くなど、困難の極みだ。
SAOの攻略は年単位の時間を必要とするだろう。
なら、考える時間は大量にできるはずだ。
俺は明日奈が寝ている所に近い木の根元に座り込んでよりかかり、心地よい風によって引き起こされた睡魔に身を任せた。



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第六話

カア、カアといるはずのないカラスの声が聞こえ、目を覚ます。
視界いっぱいに広がるのは赤く染まった空。
知らない天井ならぬ知らない空だ……などと考えながらふと思う。

何故俺は空を見ることのできる体制で寝ているんだ?

確か俺が寝落ちした時、木によりかかっていたはずなんだけどなぁ……

「あ、ハチくん起きた?」

突然、俺の頭上から声が降ってくる。
そして、あることに気付く。
俺の頭の下にあるもの。それは木でもなくまたそこら中に生えている草でもない。
それはとても柔らかく、そして温かい。まるで人間の一部であるかのように。
ん?……人間の一部?
そのワードに引っかかりを覚えた俺は視線を自身の頭頂部方向へと向ける。

「ありがとうね、ハチくん。ここまで運んでくれて」

地味に近い明日奈の顔、それにつながる胴体。そこまでは確認できるがその下の確認ができない。それらのことから察するにこれはもしや……膝枕か?
そう思うと急に恥ずかしくなって急いで飛び起きる。
明日奈がなにやら複雑そうな顔をしたがこの際それはみなかったことにしよう。

「ハチくんは、これからどうするの?」

「そうだな。今日はもう日が暮れかけているし、俺は宿に戻るつもりだぞ。明日奈も戻ったほうがいいぞ。まだ死にたくないだろ」

というか、死なれると俺が困る。再会したばかりの知り合いがすぐ死ぬとか精神衛生上よろしくない。

「そうね、せっかくハチくんと会えたんだし、無茶な攻略をする必要はないわね。私も戻るわ」

そう言って明日奈は歩き出す。それに少し遅れて俺も歩き出す。

「なあ明日奈、お前こっちでは何て言う名前なんだ?」

「どういうこと?」

「いやほら、SAOにログインする際、プレイヤーネームってのを登録しただろ?本来こっちの世界ではリアルの名前で呼び合うのはご法度なんだよ」

「それなら問題ないわよ。だって私のプレイヤーネームは『Asuna』だもの」

「リアルネームで登録かよ……身バレしても知らねえぞ……」

「そう言うハチくんは?」

「……『Hachiman』だ」

「ハチくんだってリアルネームじゃん」

「俺はいいんだよ。普通八幡が名前だなんて思わないだろ。よくて苗字止まりだ」



そんな事を言いながら町へと向かって歩く。
途中フィールドでモンスターと遭遇もしたが、難なく各個撃破。アスナはスイッチを知らなかったため連帯はしていない。いずれ教えればいいだろう。
そして、無事圏内の街についた直後の出来事だった。

「ハチくん、どこかいい宿知らない?」

「どうした藪からスティックに」

「……古い」

「悪い。で、どうした?」

「……この町に宿屋を三軒見つけたのだけど、どれも部屋と呼べないようなものばっかりじゃない。六畳もない一間にベッドとテーブルがあるだけで、それで一晩五十コルもとるなんてヒドイとしか言いようがないじゃない。食事は兎も角、睡眠だけは本物なんだから、もう少し言い部屋で寝たいのよ」

「それ、独房のようなスペースしかない学生寮に住んでいる人に失礼じゃね?まぁそれはさておき、お前もしかして【INN】の看板が出ている店しかチェックしていないのか?」

「だって、INNって宿屋って意味でしょ?」

「それはそうなんだが、この世界の低層フロアじゃ最安値で取りあえず寝泊りできる店って意味なんだよ。コルさえ払えば借りられる部屋は意外とあるぞ」

「……そうなんだ。因みにハチくんが借りている所は?」

「俺がこの町で借りているのは町外れにあるレストランの二階で一晩七十五コル。二部屋あってコーヒー飲み放題。しかも通常より三割安くレストランの飯が食える特典付きだ。しかも風呂までついていて――」

つい自慢してしまった。だがそれは言い終えることはできなかった。
何故なら――

「……何ですって?」

ダンジョンの奥底で見た《リニア―》もかくやという神速で伸びてきたアスナの右手が俺の襟を勢いよく掴んだ。
次いで、低く掠れた声が、迫力たっぷりに響いた。

「ハチくん、私をあなたの宿まで案内しなさい」

勿論、俺がこれを断ることはできなかった。



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