魔法科高校の転生者、あるいは一般人、しかし不良、もしくは問題児、または異端者、のちにチート (tomato)
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第一話

こんなタイトルになったのは諸々の事情があるからです。
転生者→既に存在する。それに転生者要素はあんまりない。
一般人→ぶっちゃけ逸般人なんよ
不良→できれば三文字で。
問題児→十六夜くんが暴れるんですね、わかります。
チート→カタカナはちょっと・・・。
異端者→これが一番シックリくるけど物足りない。


もう(全部混ぜるしか)ないじゃない・・・。




統計によると人の一番古い記憶は3歳頃が多いらしい。3歳以前の記憶を覚えている人は稀で、覚えていても間違っていることがよくあるみたいだ。

これは乳幼児はまだ記憶に関わる脳の器官「海馬」が未発達で、完全な形なるのが2~3歳だからだと考えられている。

 

年齢や性別、人種に関係なく「もっとも古い記憶は何か?」と尋ねると3歳頃の思い出を語る人が多い。

 

 

でも、俺は違う。今でも夢に見るほどはっきり覚えている。

暗くて、温かくて、ドクンドクンという規則的の音。その音を目覚まし代わりに、まるでまどろみから起きるような緩やかな覚醒。

なんとなく理解した。恐らくこの音は母の鼓動で、暗いのは目が見えないからで、温かいの母の胎内だからだ。

俺の1番古い記憶は胎児の時だ。

 

 

俺は胎児の時点で意識があり、人格があり、経験があった。しかし、そのことに対して疑問はなかった。いや、疑問は抱けなっかった。

その時の俺の心は、一つのことに捉われて他の事に気を配る余裕はなかった。

 

 

 

“良くないことが事が起こる。俺ではなく、母にとってとても良くない事が起こる。俺が『俺』でなければ起こらなかった悲劇が絶対起こる”

 

根拠がなく、過程もなく、漠然としていて、しかし、この予感は確かな形を持って俺の心を貫いていた。

予感は不安を呼び、不安は焦燥を起こし、焦燥は自己を消していった。まるで墨を紙にぶちまけたように、俺の来歴が黒く塗りつぶされていった。

自分の名前も忘れてしまった頃、俺はようやく誕生した。でも、誕生しようとも予感は消えることはなかった。それどころか母の愛を受け改めて不安を抱いた。こんな優しい人に何が起こるのかと。

 

体が自由に動くようになって俺は出来るだけ予感に対抗しようとした。常に母のそばを離れずに、何が来てもいいように周囲に目を光らせた。今思えばその行動に意味はなく、ただ両親に心配をかけただけなのだが何もせずにはいられなかった。

しかし、どれだけ身を震わせても不安は消えず、何をしても予感は強まるばかりだった。

 

結局、不安が晴れたのは10歳。俺の奮闘も虚しく予感の時は来た。

今の俺の胸にあるのは誕生前から存在する不安ではなく、誕生してしまったことへの罪悪感だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国立魔法大学付属第一高校。

日本に九校しかない魔法専門の高等学校。

 

その入学式に周囲の視線を集めながら校門を通る少年が一人。

厳ついながらも整った顔立ちに白い肌。一八〇を越える長身をしており、足が長くて細身だが筋肉がないわけではなくガッチリしている。

これだけ聞くとまるでテレビに出てくるモデルのようだが、注目されているのはそれが原因ではない。

 

特に飾りのない制服(・・・・・・・・・)はネクタイを着けずに第二ボタンまで開けて着崩され、整った顔には左側に集中するように小さい傷がいくつか付いている。髪は明るい茶色をしていて、陽の光が当たっている部分は橙色にも見える。

左耳の軟骨に三つのリングピアス。右耳にも穴が二つ空けられチェーンピアスが通されている。

左手はポケットに突っ込まれ、晒されたた右手にはゴツイ指輪を着けている。

 

 

 

 

(ヤ、ヤンキーだ・・・)

 

彼を見ている者達の心が一つになった。

 

はっきり言って彼はかなり悪目立ちしていた。

 

 

 

 

 

 

魔法を学ぶというかなり特殊なこの高校だが、国立なだけあって一般的に見てもランクは高い。

魔法が科学的な法則にある程度準拠するため、専門的な知識を広く必要とするので偏差値は自然と高くなる。

それに魔法の世界は徹底した実力主義。実技が優先されて評価されるが、筆記試験もある以上、それが評価されないということはない。つまり小さい頃から真面目に勉強していた者がほとんどだ。

さらに、魔法の才能は血統に依るところが大きい。「魔法の才能がある=歴史のある家の生まれ」というのが常識だ。この学校にも名家の出が結構いるだろう。

 

 

そんな学校で少年のように“いかにも”な風体の者は珍しい。というか全くいない。もしかしたら創立以来初めてではないだろうか。

入学式の開始まであと一五分ほど。自然と会場までの道には人が多くいる。

会場に近づくにつれ彼に向く視線は多くなるが、彼は慣れているのか全く気にした素振りを見せず、これから始まる物語(・・)について考えていた。

 

(確か・・・『魔法科高校の劣等生』だったか?原作知識もクソもあんま覚えてねえけど。ってか大まかな流れも出てこねえな。なんか高校とは思えないぐらい波乱だらけだったとは思うけど、そんなのこれに限らず大体の物語がそうだろ)

 

彼は生まれる前から記憶を持っていて、生きていくにつれこの世界が前世で愛読していた小説の世界に酷似していることに気付いた。

と言っても前世の記憶は誕生前にほとんどが闇に飲まれてしまったので、そのことについて特に思うことはない。

せいぜい前と比べて随分ファンタジックな世界に生まれたんだなと思っただけだ。

 

(なんか主人公が滅茶苦茶強いんだよな。どんな風に強いのか覚えてねぇけど。この世界的に考えれば魔法力が高いんだろうけど、それだとタイトルと合わねぇし。まぁそんな特異な奴なら見ればわかるだろう)

 

この世界が小説の世界に酷似している以上、その中心となる人物が存在する。所謂主人公について思考を重ねていくが不完全な記憶では禄に答えは出ない。

彼の頭の中には魔法がなくても滅茶苦茶強い主人公像として世紀末な覇王様が降臨していた。

 

 

(『拳王の肉体は砕けぬ!折れぬ!!朽ちぬ!!!』『さすがお兄様です!!』って絶対違うな。ってか『さすがお兄様です』ってなんだよ。誰だよ。そういや主人公は二人居て兄妹だったか?なんか困った時はこれを言ってれば大抵なんとかなる、そんな話だった気がする。・・・・・・まぁ物語とか関係ないか。覚えてないものの事を考えても仕方ない。結局、俺のやることは変わらない。)

 

意味のない思考を打ち切り、これからの身の振り方を考える。

 

(原作っぽい流れがきたらそれに逆らわず・・・まぁ従う必要もねぇか。波乱や騒動は望む所だ。当面の目標は適当なところで『さすがお兄様です』って言うことだな)

 

来る未来に心を踊らせながら彼は講堂の扉をくぐった。

 




とりあえず完結と、一話に一つネタを入れるのを目標に頑張ります。


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第二話

魔法の世界は徹底した実力主義。と先に語ったが、教育に最も力を入れる高校ではそれが顕著に現れる。二科生制度がその最たる例だ。

第一高校の定員数は二百人。しかし、その二百人が魔法実技の個別指導を受けられる訳ではない。教育員の不足が理由だ。

入学試験の成績で定員二百名は真っ二つに振り分けられる。成績上位の百人は一科生、下位の百人は二科生として。個別指導を受けられるのは一科生のみ。二科生は不慮の事故で魔法を使えなくなった一科生の代わりに在学しているにすぎない。

 

一科生は優越感を、二科生は劣等感をお互いに対して抱いている。そこに差別意識が生まれるのは自然な流れだ。

補欠、スペア、一科生は色んな言葉で二科生を貶める。一応事実であるから二科生もそれを受け入れる。

制服に八枚花弁のエンブレムが一科生にだけ施されるのも差別意識を助長しているだろう。

事実、そのエンブレムの有無から一科生を《花冠(ブルーム)》、二科生を《雑草(ウィード)》と呼ぶ風潮が出来ている。

お互いの差別意識は、既に修復が難しい段階まできたいた。

 

 

 

 

 

(ブルームにウィード、なんでいちいちこんなシャレた名前に言い換えるかねぇ・・・。これ考えた奴は黒歴史確定だな。今頃悶えてるか、それとも今でも得意気か・・・。どうせならもっと突き詰めた名前考えろよな。オシャレじゃなくてオサレな感じに。)

 

 

数多の視線を受けながら、少年は入学式が行われる講堂の扉をくぐる。式が始まるまであと十五分もないので席はほとんど埋まっていた。仕方がないので席を探すために講堂内を探索する。

 

 

(そうだな・・・・一科生は《フロール・ヘルミナシオン》二科生は《マラ・イエルバ》なんてどうよ?なんか必殺技みたいだけど超オサレだろ。生い茂れ!《マラ・イエルバ》!!!・・・・・・うん、ないな。普通にダサいわ)

 

取り留めのない事を考えながら講堂を歩いていると、一つの事に気が付いた。席が前半分に一科生、後ろ半分は二科生と綺麗に分かれている。

 

(席は決まってないはずだが・・・。差別意識がそうさせてんのか、それともただ日本人らしい几帳面が出てるだけなのか。多分両方だな)

 

入学早々垣間見た差別意識に辟易としつつ、前の世界と変わらない国民性に安堵する。

前の世界と今の世界では西暦で一世紀近く開きがある。それだけ開いていれば技術レベルや文化に大きな違いが出来る。そんな中で変わらない所を見るとやっぱり嬉しく感じる。魔法なんてものがあるからなおさらだ。

 

 

ひと通り講堂を見渡した少年は止めていた足を動かす。向かうのはもちろん二科生が集中している後ろ半分だ。

エンブレムのない胸元を軽く撫でて、その手をそのまま右耳に持って行ってそこに在るピアスをいじる。

別に彼は一科生や二科生に対して思うことはない。そこまで魔法に頓着していない。というより、劣等生なんていうレッテルよりも大きいものがべったり張り付いてるので気にならない。周りもエンブレムが無いことより別のところに目が行くだろう。

後ろにいくのはただ入学式に興味が無いからだ。こういう行事が面白かったことなんて前の世界含めて一度もない。

 

歩みを再開するとすぐに空いている席を見つけた。隣に人が座っているが、近くで他に空いている席がないので仕方なくそこに座る。訳あって昨日はそんなに寝ていないので式が終わるまで寝ていようと思い目を瞑ると隣から声がかけられた。

 

「ちょっと、断りもなく隣に座るってどうなの?一言あってもいいんじゃない?」

 

「あぁ?」

 

睡眠を邪魔されて不機嫌になったのが声に現れる。

声がかけられた方を見ると勝つ気そうな女の子がいた。整った顔を機嫌が悪そうに歪ませてこちらを見ている。

 

彼の鋭い視線を向けられても怯まない様子から、印象通りの女の子みたいだ。

 

「席は決まってないって知らねぇのか?」

 

「そうだけど、もしかしたら友達が一旦席外してるだけかもしれないじゃん。そんな簡単なことにも頭が回らないの?」

 

「だったら開始直前に便所行くそいつと、物置いたりして席をとらない気の利かないてめぇが悪いな。俺にゴチャゴチャ言うのは筋違いだ。わかったらそのうるさい口閉じて前向いてろ」

 

「なっ・・・!」

 

不機嫌がそのまま言葉になって出てくる。少年のそのあまりな言葉に少女が絶句する。確かに自分の態度もあまり褒められたものではなかったし、少年の容姿から行儀が良い人物とは思えなかったが、少年の口から出た言葉は彼女の予想を上回っていた。

 

「何よその態度!そんな言葉遣いじゃモテないわよ」

 

「何だそりゃ、自分に言ってんのか?自分を戒めるのはいいが、自虐が過ぎると人を不快にするだけだぞ」

 

「くっ・・・このぉ・・・!」

 

「エ、エリカちゃん・・・」

 

少女と言い争いをしていると、少女の向こうから声が聞こえた。そちらに目を向けると、メガネをかけた女の子がエリカと呼んだ少女をなだめようとしている。

 

(メガネなんて珍しいな。この世界で初めて見たかもしれん。度は入ってないみたいだが、オシャレ目的ってわけでもなさそうだな)

 

前の世界よりずっと技術レベルが高いこの世界では、簡単な手術を受ければ視力はすぐに回復する。なのでこの世界ではメガネはただのファッションアイテムとして扱われる。一応、視力の低下以外にメガネをかける理由がこの世界にはあるが、今追求することでもないだろう。

 

「えっと・・・あの何か・・・?」

 

考え事をしていると、自分で思っている以上に彼女に視線を送りすぎたらしい。エリカと呼ばれた少女ほど剛気な性格はしていないようで、彼の厳つい容姿と鋭い目付きに射止められ体を縮こまらせている。

 

「あぁすまん。メガネが珍しくてな。かっこいいじゃん」

 

「あ、ありがとうございます・・・」

 

こめかみを叩いてメガネを指すように言うと、彼女は困惑しながらも答えた。

しかし、そのやりとりが気に入らなかったのかエリカと呼ばれた少女がまた声を荒らげてきた。

 

「女の子にかっこいいなんてどんな神経してるの?口説きたいならもっと女心を理解することね」

 

「あぁ?今のはメガネを褒めただけだ。口説いてるわけじゃねぇよ。いちいち噛み付いてくるな」

 

「可愛い女の子にまずメガネを褒めるってどこに目を付けてるのかしら。美月だったら他にも褒める所いっぱいあるでしょ」

 

「初対面で容姿に言及するほうがおかしいだろ。ただの軟派野郎じゃねぇか。そんなに絡んでくるのはあれか?自分が褒められてないから妬いてんのか?それは悪かったな、ないものは見つけられないんだ」

 

「誰があんたに・・・っ!」

 

口を開けば開くほどヒートアップしていく二人。正確には少年はあしらっているだけなのだが、あしらい方に問題があるので少女の神経を逆撫でしている。

式の開始まであと五分とちょっと。たとえ式が始まっても治まる様子のない二人を止めたのは、先程美月と呼ばれたメガネをかけた女の子だ。

 

「あ、あの!私、柴田 美月って言いますっ!」

 

突然自分の名前を言った美月に、言い争いをしていた二人は虚を突かれる。二人の意識が再開する前に美月はさらに言葉を続けた。

 

「それで、この子は千葉 エリカちゃんで・・・」

 

「ちょっ美月!」

 

「それでこっちが」

 

「司波 達也だ」

 

自分の事を紹介されて意識が戻ったエリカが口を挟むが、美月は意に介さず話を続ける。どうやら多少無理矢理でも話をぶった切って場の空気を変えようとしているらしい。

最初の印象から内気な性格をしていると思ったが、そうではないみたいだ。

今まで静観を貫いていた美月の更に向こうにいる少年がその意図に気付いて美月の話を引き継いで自己紹介した。

 

少し上体を傾けて司波 達也と名乗った少年を見る。中々整った容姿をしているが、その表情は張り付いたような無表情をしている。目を見てもその視線にはどんな色も乗っておらずどこまでも無機質だ。

 

 

 

 

 

(司波 達也か・・・なるほどコイツが主人公(・・・)か)

 

その異様な雰囲気とその奥にあるものを見て彼はそう確信する。

 

 

(隠し事が多いっつーか、腹にイチモツ抱えてそうっつーか、闇が深いっつーか・・・何にしてもマトモじゃねぇな)

 

達也に目を向けた時、向こうもこちらを見ていたので両者の視線が交差する。しかしそれは一瞬で、彼は何も言わず視線を外した。

そして、美月に無視されてふくれているエリカを一瞥して流れに乗る形で自分の名前を言った。

 

化生(けしょう) 義飾(ぎしき)だ」

 

「ケショウ?変な苗」

 

「め、珍しい苗字ですねっ!漢字はどう書くんですか?」

 

案の定噛み付いてきたエリカを美月が慌てて遮る。場の空気が戻りつつあるのに、これ以上火種になるようなことは生んでほしくないのだろう。

言葉を遮られたエリカはさらにふくれるが、自分が悪いとわかっているらしく何も言わなかった。

 

「化けるに生きるで化生だ。変だの珍しいだのはよく言われる。名前は義理を飾るで義飾だ」

 

「義理を飾る・・・。いいお名前ですね」

 

「そうか?名前も変わってるって言われる事が多いから、そんな事言われたのは初めてだよ。ありがとう」

 

苗字はともかく名前は気に入ってるので、たとえ場を和ますための社交辞令でも名前を褒められるのは嬉しい。素直に口から礼が出た。

 

美月は普通に礼を言われた事に少し面食らった。先程までのエリカとの掛け合いから、義飾が容姿通りの人間だと思ってたので礼が返ってくるとは思わなかったからだ。

彼の為人が掴めない。彼に対して興味がわくと同時に、最初に抱いていた警戒心が薄れていった。

 

「二人共、そろそろ式が始まるぞ」

 

話が一段落着いたのを見計らって達也が声をかける。その声に促されるように壇上に目を向けると、確かにもう少しで式が始まりそうだった。話しやすいように横に向けていた体を前に戻す。時計を見ると開始まであと一分もなかった。

周りも式が始まるのを感じ取ったのか、段々と話し声が少なくなっていく。話し声が完全に聞こえなくなった時、入学式を始める合図が放送で流れる。

しかし、義飾は既に寝る態勢を整えていたのでそれが流れる頃には意識は闇に沈んでいた。

 




途中のオサレ単語はスペイン語です。
フロールが花で、ヘルミナシオンが発芽。マラ・イエルバは雑草です。
色々おかしいけど、言葉の響きで選びました。

咲き誇れ!!フロール・ヘルミナシオン!!!

やっぱ、ねーな


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第三話

周りがだんだん賑やかになっていく。その喧騒が意識を撫でるように覚醒を促す。まどろみまではすぐに引き上げられたが、未だ覚醒には至らない。

心地よく睡魔に攻められる感覚は胎内での最初の覚醒を思い出す。懐古の気持ちが、引き上げられた意識を再度落としていく。

もう一度意識が落ちきるところで、肩を叩かれて一気に覚醒まで引き上げられた。

 

「んあぁ?」

 

「あっ起きられましたか?」

 

寝起きでボヤケた視界に何かが映る。何か言われた気がするがあいにく聞き逃してしまったので、それに応えることができない。睡魔を追い払うために眉間の下を強く揉みほぐす。そしてやっと今の状況を把握出来た。

 

「あぁーー寝てたのか。式は・・・もう終わってるか」

 

「は、はい、さっき終わった所で、今からIDを受け取りに行く所です。終わったのに動く様子がないので心配しましたよ。」

 

「助かったよ柴田さん。起こしてくれなかったら日が暮れてるところだ。ありがとな」

 

「いっいえ、大したことはしてないです」

 

晴れた視界に映ったのは義飾の顔を覗きこんでいた美月だ。肩を叩くために近寄っていたので、美月と義飾の目が近い距離で合う。美月はその傷の多い整った容姿に二重の意味でドギマギしつつ、義飾の目が左右で色が違うことに気付いた。左目は一般的な黒色だが、右目は透けたような明るい茶色をしている。コンタクトを着けているのかと思ったが、そんな様子もない。

美月はその事が気になったが今は優先することがあるので、彼の目のことは端に追いやり義飾に今の状況を説明した。

 

義飾が美月に礼を言って、立ち上がって大きく伸びをする。美月は予想以上に義飾の身長が大きいことに目を白黒させるが、彼の関節から小意気のいい音を鳴った事で意識が戻ってくる。

音が鳴らなくなった頃、ようやく義飾の頭が働くようになった。ポケットから出していた左手を人の目に触れる前に再度しまう。一番近くにいた美月もそれを見ることはかなわなかった。

改めて義飾が周りを見渡すと壇上には人はおらず、席もまばらに人が抜けており式が終わっっていることが見て取れた。

近くに目を向けると義飾を待っていたのは美月だけではないようで、少し離れた所に入学式が始まる前に自己紹介した達也とエリカが立っていた。

美月に再度礼を言い、一緒に二人の所に向かう。

 

「二人も悪かったな。予定とかなかったのか?」

 

「いや、大丈夫だ。予定はあるがまだ時間はある。それに式が終わったのはついさっきだ。そこまで待っていない」

 

「そっか、そりゃ良かった。・・・お前は大丈夫なのか?」

 

二人に謝れば達也が気にしていないと答えた。相変わらず無表情で感情が掴みにくいが、機嫌が悪くなってる様子はない。

一つ頷いて隣に目を向ける。そこには義飾を射殺せそうな程睨んでいるエリカがいた。どうやら最初の邂逅がよほどイケなかったらしい。完璧に義飾に敵対心を持っている。一応、気を使って声をかけるが、穏やかな返答は期待できないだろう。

 

「勘違いしないでよねっ!あたしはあんたを待っていたんじゃなくて美月を待っていたんだからっ!美月が起こさなきゃかわいそうだって言わなかったら、あんたなんかほって先に行ってたんだから!」

 

予想通り堰を切ったように言葉を吐き出すエリカ。待たされた苛立ちも一緒に吐き出しているようだ。

その様子に、隣にいる達也はまたか・・・と肩を竦め、義飾の後ろに着いて来ていた美月はあわあわと慌て出す。

そして言われた当人の義飾は・・・一瞬虚を突かれたような顔をして、怪訝な表情をした。

 

「あーーそれはあれか?もしかしてギャグで言ってるのか?それとも素で言ってるのか?判断できないんだが・・・」

 

「ハァ?何よそれ?どういう意味よ?」

 

義飾の言葉に今度はエリカが怪訝な表情を浮かべる。いや、エリカだけではなく達也と美月も、義飾の言った事が理解出来ずに同じような表情を浮かべた。

三人のその顔を見た義飾は納得した表情をして、息を小さく吐いた。

 

「そっか・・・そうだよな・・・そりゃそうだよな。悪い、今言ったことは忘れてくれ。で、ID受け取りに行くんだよな?どこに行けばいいんだ?」

 

「あ、あぁIDなら窓口に行けば受け取れる。講堂を出てすぐそこだ」

 

「じゃあ行くか。って待たせてた奴の言葉じゃないな」

 

安堵と落胆が混ざった複雑な表情をした後、義飾は何もなかったように話を変える。

達也は気になるつつも、本人が忘れろと言ったのでそれに言及することはせず義飾の質問に答える。(言い争いの火種になることを当人が流したのに蒸し返したくなかったという思いもある)

美月も、二人が言い争いに発展せずにすんでほっと息を吐いた。

エリカだけは中途半端な所で話を変えられて納得がいかずもう一度義飾に噛み付こうとしたが、美月になだめられて渋々怒気を収めた。

 

 

(さすがにツンデレなんてもんがこの世界にもあるなんて調べてないからな・・・三人の様子を見る限り、あったとしても浸透はしてないだろうけど。・・・・・・なんか変な気分だ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしE組!!みんなは?」

 

講堂から出て四人で窓口に向かい、最後にIDカードを受け取った達也が合流したのを確認してエリカが問い掛ける。先ほどまで不機嫌だったのが嘘のような活発な笑顔だ。IDカードを受け取っったことで機嫌が治ったらしい。なだめ続けていた美月の尽力のおかげでもあるだろう。といっても治ったのは機嫌だけで、義飾に対しての敵対心は継続中だ。先の質問も“みんな”と言ったが、そこに義飾が入ってるかは怪しい。とりあえず義飾の事は脇に置いといて高校入学というイベントを楽しもうとしているのだろう。

義飾はエリカのその意図がわかっていたが特に何も言わなかった。義飾は邂逅時のエリカとの言い争いを少し悔やんでいた。一応前世の記憶を持っている精神的年長者であるのに売り言葉に買い言葉で喧嘩したのはかなりかっこ悪い。あの時は眠たいのに睡眠を邪魔されて不機嫌だった、というのは理由にならないだろう。十分な睡眠をとって気持ちが落ち着いてる今は、機会をみて謝ろうと思っている。

 

「私もE組です」

 

「俺もE組だ」

 

「なんだ、ここにいる全員E組か・・・すごい偶然だな」

 

「本当ですね!!なんだか運命を感じます」

 

エリカの問いかけに順に答えていく。結果全員が同じクラスだったことがわかった。そのことに義飾は感慨深げに呟き、美月がそれに同意する。少しオーバーな言い方だが美月もエリカ同様、高校入学というイベントを楽しもうとしているのだろう。もしかしたらただ浮かれているだけかもしれないが。

 

 

 

 

 

(運命ね・・・・・・。そんなんじゃなく、作為的なもんを感じるがな)

 

美月の言葉に義飾が胸中で呟く。勿論それを聞いた者はいない。しかし、楽しそうに話すエリカと美月に対比するような諦観とした表情を達也だけが見ていた。

 

 

「それでこれからどうする?ホームルームに行ってみる?」

 

ひとしきり美月と盛り上がったエリカがホームルームに行くことを提案する。 入学式が終わりIDを受け取ったら自主解散になってるのでこのまま帰宅しても問題はない。だが、新しい友人を作るなら一度ホームルームに寄った方がいいのは確かだ。美月も同じ思いなのかこちらを見上げている。

生憎、義飾は予定があるので断ろうとした所、それより先に達也が頭を振った。

 

「悪い。妹と待ち合わせしているんだ」

 

「そういや予定があるって言ってたな。妹ってことはわざわざ迎えに来てるのか?」

 

講堂で話していたことを義飾が思い出す。妹と聞いて一つ以上年下の中学生(それも学校まで兄を迎えに来るブラコンを拗らせた)を想像するが、達也はそれを首を横に振って否定する。

 

「いや、妹といっても学年は同じだし、入学したのも同じこの学校だ」

 

「あぁ?それってつまり・・・」

 

「あの、その妹さんってもしかして・・・・・・新入生総代の司波 深雪さんですか?」

 

義飾の言葉を遮るように美月が質問する。自信がなさそうな言い方だがやけに具体的なので確信に至る何かを掴んでいるのだろう。達也はその質問に、今度は首を縦に振ることで肯定した。

 

「へぇ~じゃあ、やっぱり双子?」

 

達也の肯定にエリカが尋ねる。まるで正解を確認するような言い方だが、義飾と美月も同じ思いなので何も言わず達也に目を向ける。しかし返ってきたのは予想を外れて否定の言葉だった。

 

「よく訊かれるけど双子じゃないよ。俺が四月生まれで妹が三月生まれ。一応年子だ。俺が前に一ヶ月ずれても妹が後ろに一ヶ月ずれても、同じ学年じゃなかった」

 

「そりゃ双子より珍しいな。それでも年子って言うのか?」

 

「ああ。年子は年ごとに生まれた同腹の子供のことだから、数え年が一つ違うなら学年は関係ない」

 

淀みなく説明が出来るのはよく訊かれることだからだろう。義飾の疑問にもすかさず補足を入れた事からも慣れていることがわかる。心なしか張り付いた無表情に辟易とした色が見えた。

 

「ふーん・・・やっぱりそういうのって、複雑なもんなの?」

 

優秀な妹と同じ学年、複雑でないはずはないが、たとえ気になったとしても口に出すようなことじゃない。

エリカのあけすけな質問に義飾の眉が少し寄る。悪気はないみたいだが、考えも足りないみたいだ。

 

「お前・・・それはデリカシーなさすぎ」

 

「うっ!・・・・・・ごめんない」

 

義飾の咎めに、自覚があるのかエリカが呻く。そして消え入りそうな声で頭を下げた。義飾はその様子に少し驚いた。たとえ自覚があったとしても義飾の指摘に素直に頷くと思ってなかったので、また癇癪を起こすと思っていたからだ。考えは足りなくても人並みの思いやりはあるようだ。ただ言葉を頭で反芻するより先に口から出てしまうだけなのだろう。初対面から思っていたがエリカはかなり直情型なようだ。

エリカの謝罪に達也は手を降って気にしてないことを伝えた。

 

「それにしてもよくわかったね。司波なんてそんな珍しい苗字でもないのに」

 

気にしていないにしてもあまり長く話したくないことなのか達也が話題を変えた。その質問に二人の少女が笑った。

 

「いやいや、十分珍しいって・・・まぁ“化生”には負けるけど」

 

エリカが苦笑いで達也に答えたあと、流し目で義飾を見る。その視線を受けて義飾は肩を竦めた。

 

「だろうな。全国に化生さんが何人いるかって、俺の親戚の数がそのまま答えになるだろうからな」

 

「えっ!ってことはあんたの家系しかいないってこと?」

 

「らしいぜ。さすがに詳しく調べてないから確かな事は言えないが、大叔父が自慢気に話してたよ」

 

流し目だった視線を義飾に向けて驚いた表情を見せるエリカ。既に義飾への敵対心は抜けているようだ。

このまま話が脱線するかと思われたが、続いた美月の言葉で引き戻された。

 

「苗字もそうですけど、お二人は面差しが似ていますから・・・」

 

「似てるかな?」

 

エリカの苦笑いに対して、こちらは自信なさ気な、控えめな笑みだった。

美月の言葉を受けて達也は首を捻った。そして、同じく義飾も首をかしげた。入学式を寝て過ごした義飾は先程から話に出ている新入生総代を見ていない。達也の妹だということは分かったが、それ以上に話が広がるとついていけなくなる。

そんな義飾の内情を知らずに話はどんどん進んでいく。

 

「そう言われれば・・・うん、似てる似てる。司波君、結構イケメンだしさ。それ以上に顔立ちがどうとかじゃなくて、こう、雰囲気みたいなものが」

 

「イケメンって、何時の時代の死語だ・・・顔立ちが別なら、結局にてないってことだろう」

 

「ちょっと待った。入学式に寝てた俺に説明をくれ。とりあえず司波の妹ってのはわかるが、それ以外何もわからん」

 

段々話についていけなくなることに寂しさを憶えた義飾が、完璧に置いて行かれる前に制止をかける。その途中で前世で聞き慣れた言葉が出てきて驚き、さらにその言葉が死語扱いされてることに愕然としたが、今はそのことは頭の隅に追いやった。

その制止を受けた三人は、苦笑いと呆れた表情を浮かべた。

 

「そう言えばそうだったわね。ってか最初から最後まで寝てたわけ?普通、途中で起きそうなもんだけど」

 

「ガッツリ寝てた。いつ始まって、いつ終わったのかもわからん。気がつけば柴田さんに起こされてた。昨日はあんま寝てなかったからな」

 

「なにそれ。もしかして入学式が楽しみで眠れなかったの?」

 

「ハハッ、まぁそんなところだよ。・・・ってかあん時は悪かったな。眠いのに寝るの邪魔されて気が立ってたんだ。そんなのは理由にならないだろうが、まぁ許してくれ」

 

呆れた表情を意地悪そうなものに変え、義飾をからかおうとしたエリカだが、返ってきた謝罪に思考が止まった。

エリカとしては入学式での一悶着は、既に水に流しているつもりだったので、今更謝られたことにびっくりした。

謝罪された以上、何も言わない訳にはいかない。意地悪気な顔から一転、バツが悪そうに顔を歪め、義飾から背けて小さい声でそれに答えた。

 

「・・・別にいいわよ。もう気にしてないし、それにあの時はあたしの態度も悪かったし。・・・あたしの方こそゴメン」

 

「ほんじゃ、お互い水に流すってことで。で、話を戻すが、司波の妹ってどんな奴なんだ?結局、司波には似てるのか、似てないのか、どっちなんだ?」

 

エリカの謝罪を聞いてすぐさま話を戻す。両者が気にしていないなら、これ以上この話を続ける意味はない。二人が仲直りして嬉しそうにしている美月の温かい視線に気恥ずかしくなったのもある。

話を戻すための義飾の質問に、美月が微笑んだまま答えた。

 

「お二人は顔立ちよりも、オーラが凛とした面差しをしていてよく似ています」

 

「あ~オーラね、オーラ。うん、なんとなくわかるわ」

 

美月の抽象的な表現に義飾は首をかしげたが、エリカが得心したように頷く。ただ調子良く便乗したようにも見える。

エリカのその様子に苦笑した達也だが、特に言うことはないようですぐに美月に視線を移した。

 

「オーラの表情なんて、よくそんなものが分かるものだ。・・・・・・本当に目がいいんだね」

 

達也の言葉に美月が身を強張らせる。まるで、隠し事がバレてしまったリアクションだ。そんな美月を達也の無表情が射抜く、僅かに警戒の色を滲ませて。

 

「え?美月、メガネ掛けてるよ」

 

その様子に気付いていないのか、それとも気にしていないのか、エリカが脳天気に問い掛ける。

エリカの問いに達也は意識は美月から外さず、視線だけをエリカに向けて答えた。

 

「そういう意味じゃないよ。それに、柴田さんのメガネには度が入ってないだろう?」

 

エリカがその事を確かめるために顔を寄せて、美月のメガネをのぞき込む。美月はかなり居心地が悪そうだ。それが顔を寄せられたからなのか、これ以上隠し事の露呈を恐れてなのかは判別つかない。

 

「ふ~ん・・・・・・でも、目だったらあんたも珍しい目してるわよね」

 

美月の内情を知ってか、知らずか、エリカはすぐに視線を義飾に移し、話を変える。矛先が自分から他に移った事で美月は安堵の息を吐いた。

 

「そうですよね。左右で色の違う目なんて初めて見ました」

 

「それってカラコンでも付けてるの?」

 

これ幸いとばかりにエリカに同意する美月。続いてエリカが誰もが思う疑問を投げかける。達也は何も言わないが、気にはなってるようで視線は義飾に向けている。

全員の視線が義飾に―――正しくは義飾の明るいブラウンの右目に集まるが、美月と違って隠すつもりのない義飾は、気にした素振りを見せずエリカの疑問に答えた。

 

「生憎、完全無欠の裸眼だ。ついでに言えば、頭も地毛だし、肌もファンデーションは塗ってない。全部母親譲りだ。それに、ハーフでもないし、クォーターでもない純日本人だ」

 

手を使って右の目蓋を大きく開きながら義飾が答える。先程の達也と同じでその言葉に淀みはない。それも当然だろう。今まで何十回とされてきた質問だ。それに対する答えは決まってくる

義飾の辟易とした表情に三人が苦笑する。しかし、質問以上に答えが返ってきたので、次に聞こうと思っていた事がなくなってしまった。言葉に窮している美月とエリカだったが、達也はそうはならなかった。

 

「純日本人って、なおさら珍しいな。オッドアイは白人によく現れるって聞いたけど」

 

「ん?あぁ、元々はちゃんと両目一緒の色だったんだが、色々あってな。オッドアイになったのは十歳の時だ」

 

「そうか」

 

先天性虹彩異色症は白人に多く現れる。しかし、東洋人でも一万分の一の低確率で現れることがある。その事を知っていた達也だったが、否の答えが返ってきて、言葉少なくそれを流した。

後天性虹彩異色症の場合、その要因は事故か病気だ。といっても、義飾の容貌を見ればどちらが要因かは想像できる。義飾に気にした様子はないが、詳細を語らなかったのはそれが原因かもしれない。勿論、ただ説明が面倒臭かっただけかもしらないが。

 

なんにしても、出会ったその日に追求するのは無礼だろうと考えた達也は、ちょうど良く時間切れ、待ち人も来たので、それ以上質問はしなかった。




後半はほとんど原作のコピペ。
原作に沿いつつ、出来るだけ剥離させたい。


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第四話

「お兄様、お待たせいたしました」

 

「早かったね・・・?」

 

義飾のたちの話が終わるのを見計らったように、四人の輪の外から声が掛けられた。生憎、義飾はその声に聞き覚えがなかったが、掛けられた言葉から、声の主が今さっき話に出ていた達也の妹だということがわかった。

声が掛けられた方に顔を向けると、達也の妹らしき美少女と、その後ろをゾロゾロと着いて来ている集団が見えた。

妹はともかく、後ろにいる集団は予想外だったのか、達也の返す言葉が疑問形になっている。集団の内の一人が、その達也の言葉に応えるような形で声を掛けた。

 

「こんにちは、司波くん。また会いましたね」

 

女性にしても小柄な体格に、腰まで届く波立った黒髪。最初は同じ新入生だと思った義飾だが、落ち着いた雰囲気と、左腕にある幅広のブレスレット―――術式補助演算器から、上級生、しかも何らかの役員だろうと当たりを付けた。もっとも、入学式で寝ていなければ彼女が生徒会長・七草真由美だということは簡単にわかったのだが、生憎、頭の中で行われた推理にツッコめる者はいなかった。

人懐っこい笑顔で真っ先に達也に声を掛けたので、達也とは旧知の仲かと思ったが、達也は会釈しただけだったのでその考えは否定された。

達也の愛想のない対応にも気分を害した様子はなく、生徒会長は微笑みを崩さない。笑顔がポーカーフェイスになっているのか、それともこれが生徒会長の普段通りなのか、わからない。しかし、興味もないので義飾はすぐに視線を逸らした。

逸らした先にいたのは、新入生総代である達也の妹だ。改めて、その姿をじっくり見る。背中を覆うストレートの黒髪。着痩せしているが、それでも十分発育がいいスタイル。そして、前世を含めても中々お目にかかれないほど端正な顔立ち。

 

(兄の方には悪いけど、似てないな)

 

視界の端に映っている達也と比べて、心の中で呟く。達也も確かに整った容姿をしているが、目の前の美少女と比べると、どうしても何歩か劣ってしまう。二人を並べて見て、兄妹だと看破出来る者は何人いるだろうか?それ程に似ていない兄妹だ。しかし、

 

(オーラの面差しが似てる、か・・・・・・確かにそうだな。二人は顔立ち云々じゃなく、もっと根本的な所が似てる)

 

美月が言っていた事を思い出し、それに強く同意する。

 

(腹にイチモツ抱えてるのはもちろん、隠し事も兄と一緒で多いな。それに秘密を共有・・・いや、同じ秘密を抱えてるのか。兄妹で一緒ってことは家関連か?もう少し目を凝らせば見えるだろうが、さすがにやめとくか)

 

ジッと目を細めて、達也とその妹に焦点を合わせる。その時、彼の瞳孔が片方は収縮し、片方は膨張するという不可思議な動きをしたが、幸い、それを見取った者はいない。そうやって二人の奥にあるものを覗こうとした義飾だが、全てを暴く前に視線を外した。

 

「お兄様、その方たちは・・・・・・?」

 

もう少しで個人情報を全て知られそうだったとはつゆ知らず、達也の妹が兄に問い掛ける。

 

「こちらが柴田美月さん。そしてこちらが千葉エリカさん。そして化生義飾くんだ。同じクラスなんだ」

 

妹の問いに達也が半身になって同伴者を紹介していく。最後に紹介された義飾は、キャラに合わない君付けをされて背中にむず痒いものが走ったが、話の腰を折るのもアレなので何も言わなかった。

 

「そうですか・・・・・・早速、クラスメートとデートですか?」

 

小首を傾げて再度、問い掛ける達也の妹。その仕草は彼女の美貌も相まってかなり魅力的だが、何故か不穏な雰囲気を感じる。

 

「そんなわけないだろ、深雪。お前を待っている間、話をしていただけだって。そういう言い方は三人に対して失礼だよ?」

 

妹の不穏な雰囲気の原因に思い当たったのか、達也がなだめるような口調で妹を窘めた。達也の言葉に妹は、一瞬ハッとした表情を浮かべ、すぐに佇まいを直し、お淑やかな笑顔を取り繕った。

 

「はじめまして、柴田さん、千葉さん、けしょう(・・・)くん。司波深雪です。わたしも新入生ですので、お兄様同様、よろしくお願いしますね」

 

「柴田美月です。こちらこそよろしくお願いします」

 

「よろしく。あたしのことはエリカでいいわ。貴方のことも深雪って呼ばせてもらっていい?」

 

「ええ、どうぞ。苗字ではお兄様と区別がつきにくいですものね」

 

三人の少女が、改めて自己紹介を交すのを義飾は黙って見ていた。さすがに、女性の輪の中に混じっていくほど、空気が読めないわけでもない。それに、自己紹介が必要だとも思わなかった。

達也の妹といってもクラスが違うし、何よりあっちは一科生だ。そこまで親交が出来るとも思わない。もし、予想を外れて関わる機会が多いなら、その時に改めてすればいい。

 

「あはっ、深雪って見掛けによらず、実は気さくな人?」

 

「貴方は見た目通りの、開放的な性格なのね。よろしく、エリカ。柴田さんも私の事は名前で呼んでもらって構わないわ。そのかわり、私も名前で呼んでもいいかしら?」

 

「あっはい、大丈夫です!」

 

姦しい、という言葉が頭に思い浮かぶ状況だ。正確には、気が合った深雪とエリカが盛り上がり、美月がそれに追随しているのだが、三人で仲良くしてることには変わりない。

達也と置いてけぼりにされ、傍観に徹していた義飾だったが、以外なことに深雪はそれをよしとしなかった。

 

けしょう(・・・)君も、よろしくお願いします」

 

エリカと美月に向けていた顔を体ごと向き直し、真っ向から義飾と向かい合う深雪。義飾の容姿に対する恐れは全く感じられない。

声をかけられるとは思ってなかった義飾は、一瞬言葉に詰まったが、なんとかすぐに応える事が出来た。

 

「・・・・・・化生(・・)だ。化けるに生きるで化生っていう。アクセントは前に置く。お前の発音だと化粧になっちまう」

 

わざわざ言うほどの事では無いが、他に返す言葉も思いつかなかったので、とりあえず間違いを指摘しておく。

少しぶっきらぼうな言い方になったのは、発音を間違われて気に障ったわけではなく、容姿と一緒で指摘する機会が多いからうんざりしただけだ。

間違いを指摘しながら、義飾は彼女がこちらに声をかけてきた理由を考えた。とは言え、理由はなんとなく察しが付いていた。恐らく、兄のクラスメイトになる人物を見定めるためだろう。

義飾は自分の容姿をしっかりと自覚している。勿論、それが起こす不都合も。

制服を着崩し、ピアスをジャラジャラと付けて、染髪したような明るい髪色。顔にある小さいキズも、前述した特徴を踏まえれば、悪い想像をかきたてる。

そんな人物が兄の隣にいれば、妹としては気になるのは仕方ない。特に彼女はかなりブラコンの気があるようだ。短い時間しか見ていないが、それを察するには十分な材料を提供された。

 

(お兄様って・・・・・・リアルで初めて聞いたわ。アニメの中にしか存在しない言葉じゃないんだな。育ちがいいんだろうな。・・・それだけが理由じゃなさそうだけど)

 

考えがまとまり、やっぱりちゃんと見ておくべきかと思ったが、すぐに却下した。知らずの内に自分の全てが覗かれるなんて自分がされたら嫌だ。

『自分の嫌な事は、人にしてはいけない』まるで小学校で掲げる目標みたいだが、人としては最低限の礼儀だ。母にもよく言われていた。

特殊な能力を持つ以上、それを使う際は厳しく気を使う必要がある。それは秘匿的な面でもそうだし、人道的な意味でもある。

 

「それはすいません。化生(・・)くん・・・これで大丈夫ですか?」

 

「あぁ、完璧だ。ってかそこまで気にしてないから、そんなに申し訳無さそうにしなくていいぞ。よく間違われるからな」

 

義飾の指摘に、深雪は申し訳無さそうに顔を歪め、謝罪してから名前を言い直した。その様子に無愛想過ぎたかと、頭を掻いて反省する。義飾としては今までと同じように指摘したつもりだったのだが、彼女に対する警戒や猜疑が出てしまったようだ。ここまで丁寧に謝られたら、今度はこちらに奇妙な罪悪感が湧いてくる。その罪悪感から逃れるように、義飾は早々に話を切り上げた。

 

「ところで、後ろの連中はほっといて大丈夫なのか?親交を深めにきたってわけじゃなさそうだが」

 

罪悪感から逃れるための話の転換だが、気になっているのは本当だ。後ろに目を向ければ、未だ笑みを絶やさない生徒会長と、少しイライラしている様子のその他集団が見える。義飾の言葉に深雪は慌てて後ろを振り向く。しかし、深雪が何かを言う前に、生徒会長が義飾の言葉に応えた。

 

「大丈夫ですよ」

 

微笑みをさらに深くし、問題ないと言う生徒会長。それが、待たされた事に対するものなのか、これからの予定に対するものなのかは言及していないが、恐らく両方だろう。続いた言葉でそれが証明された。

 

「今日はご挨拶させていただいただけですから。深雪さん・・・・・・と、私も呼ばせてもらってもいいかしら」

 

「あっ、はい」

 

謝罪の言葉を言おうとした深雪だが、振り返った先にある人懐っこい笑顔に制された。さらに、その笑顔のまま心理的な距離を詰められ、思考が回復してないこともあって容易く了承してしまう。まぁ、元々拒否する理由は無いのだが。

生徒会長の言葉に、後ろにいる集団は不満なようだ。刺々しい雰囲気がさらに鋭くなる

 

「では深雪さん、詳しいお話はまた、日を改めて」

 

結局、最後まで笑顔が崩すことなく、軽く会釈をして生徒会長がこの場を去ろうとする。しかし、生徒会長が踵を返した所で、耐え切れなくなった集団の内の一人、一番近くに侍っている一科の男子生徒が生徒会長を呼び止めた。

 

「待ってください会長、それではこちらの予定が・・・・・・」

 

男子生徒の言葉に、成り行きを見ていた義飾の眉間にシワが寄る。

普通、用事がある場合は事前に伺い立てるのが常識だ。たとえ友人同士で遊ぶ場合でも、事前に電話やメールで連絡するだろう。しかし、男子生徒の言葉と今の状況から、それを行っていないことは容易にわかる。つまり、人として最低限の礼儀を守っていないことになる。義飾は気の長い方ではないが、たとえ義飾でなくても男子生徒の言葉に不愉快を覚えるはずだ。

整っていて、厳つい義飾の顔が敵意を持って歪めば恐ろしい形相になる。それを目の当たりにした集団の内の女子生徒が、自分に視線が向いてる訳でもないのに身を強張らせた。

 

生徒会長が男子生徒を窘めようとするが、それに割り込むようにして、義飾が不快を吐き出した。

 

 

 

「おい、お前、アポイントメントって知らねぇのか?社会に出れば、必須の礼儀なんだが。魔法科高校ってのは魔法は教えてくれても、礼儀や常識は学ばねぇのか?」

 

「何ぃ?」

 

義飾の言葉に、今度は男子生徒の顔を歪む。いや、男子生徒だけではない。この場にいる全員、義飾の声を聞いた者の顔が驚愕に歪んだ。みんな一様に驚愕したが、そこからの表情の変化はかなり違った。義飾の近くにいる美月たちは心配の色が顔に浮かべるが、その反対側、深雪が引き連れてきた集団は敵意によって更に、顔を大きく歪める。唯一人だけ、振り返った生徒会長は笑顔が一瞬崩れただけで、それ以上の変化はない。

 

集団の敵意を全身に浴びるように、義飾が数歩前に出る。顔は先程と変わらず不快に歪んでいるが、僅かに口角が上がっている。前に出た際、深雪を庇う形になったのは意図したことではないが、後の事を考えるとその方が都合がいい。

義飾が前に出てきたことに男子生徒は一瞬怯んだが、ナメられてはいけないと思い、表情を引き締めて義飾に相対しようとする。しかし、再度踵を返した生徒会長が頭を下げた事で、それはかなわなかった。

 

「確かに礼を失していましたね。気分を害してしまったのなら謝ります。すいません」

 

生徒会長が頭を下げた事に男子生徒の目が大きく見開かれる。それは会長が頭を下げたことに愕然としたのと、自分の発言が原因で会長が頭を下げるはめになったという、後悔に似た罪悪感を抱いたからだ。

会長が頭を下げている以上、自分もそれに続かなくてはならない。それが自分の失態が原因ならなおさらだ。しかし、――――――自分をなじってきた者に視線を向ける。その人物は、控えめに言っても、いや、どれだけよく言おうと立派な人物であるはずがない。世間一般的には不良と呼ばれる類の人間だ。そんな人物に自分が悪いとはいえ頭を下げるのは、彼の自尊心に大きなキズがつく。それに、彼の制服には成績優秀の証であるエンブレムはない。つまりは二科生。そのことが更に、彼が頭を下げることを躊躇させる。

肥大化し、凝り固まったプライドと同様、彼の身体も硬くなり、次の行動をとれないでいた。

 

そんな男子生徒の葛藤が見なくてもわかった義飾は、既に彼から視線を――――――意識から外している。義飾が目を向けるのは、まだ頭を下げたままでいる生徒会長だ。男子生徒が会長と呼んでいたので、彼女が生徒会長であることはわかっている。自分の予想が当たった事で気分を良くしている義飾は、このまま謝罪を受け取ってもいいと思っている。いや、受け取った方がいいと考えている。

入学初日で問題を起こすことの愚は義飾も十分理解している。しかも相手は生徒会長だ。今ならばまだ、謝罪を受け取れば後腐れなく別れることが出来るだろう。これ以上問題を長引かせば義飾だけでなく、周りの人間にも迷惑がかかってしまうかもしれない。

だが、ここで引いても意味は無いとも思っている。

 

(もう十分敵愾心を煽っちまったから、今更友好的にってもなぁ。それに、隣の男は歪んだ選民思想と差別意識の塊みたいなやつだ。俺がどんな対応をしても気分を良くしないだろう。生徒会長に恨みは無いが、いけるとこまでいくか。・・・・・・自制も限界だ)

 

「・・・確か、司波妹は新入生総代だったよな?だったら、準備やリハーサルのために俺らよりずっと早い時間に学校に来てたはずだ。実際、何時に来たのかは知らねぇけど、今日の予定を聞く時間ぐらいはあっただろ。少し、段取りが悪いんじゃねぇの?」

 

考えが纏まった義飾は、矛先を男子生徒から生徒会長に向け、非難の言葉をさらに口から出す。その口は、隠し切れないほど釣り上がっており、目には蔑む色が多分に乗っている。

その顔を見て生徒会長の眉がピクリと動く。彼が自分達を窘めるためでなく、自らの愉悦のために非難しているのではと思ったからだ。

 

「・・・・・・その通りかもしれませんね。失念していました。こちらの配慮が至らなくて申し訳ありません。それでは私達はこれ」

「それと」

 

しかし、それと態度に出す訳にはいかない。彼の思惑がどうであれ、悪いのは自分達だ。誠意を持って謝るしかないだろう。

そして、事が長引けば彼のためにもならない。改めて謝罪をして、この場をすぐに立ち去ろうとした会長だったが、義飾が言葉を続けたことでそれはかなわなかった。

 

「その、大人数で来たのはどういう意図があるんだ?まさか、司波の妹にどんな予定があったとしても、威圧して、そっちの都合を優先させるためか?だとしたら、かなり不愉快だな」

 

はっきり言って義飾の指摘は、言い掛かりのようなものだ。かなり穿った捉え方をしない限り、そんな風に思う者はいないだろう。やはり愉悦目的だったかと、会長の眉が僅かに歪む。

まじめに受け答えする必要は無いかもしれないが、否定しておかないと禍根を残す事になる。立ち去るために上げていたつま先をもう一度地に付けた。

 

「そういう意図はございませんが、そう見えたのならすいません。重ねて謝罪させていただきます」

 

短い時間で都合三回目の謝罪となるが、今回が一番深く頭を下げた。言葉も出来るだけ丁寧なものを選び、相手の不興を買わないようにする。しかし、その丁寧な言葉が、隠し切れないトゲを露出させていた。

頭を下げたまま義飾の顔を窺う。相変わらず侮蔑と愉悦の色が見える。彼の容姿も相まって、軽薄そうな笑顔だ。

何かを言う様子はないが、彼の場合、文句があるなら遠慮無く言うだろう。一応、謝罪に満足したという事か。

下げていた頭を上げ、今度こそこの場を去るために、生徒会長は踵を返した。

 

「では、私達はこれで」

 

振り返ったその顔に、今まで崩さなかった笑顔はなかった。




前半はコピペ、後半はアンチ。
とりあえず、はんぞー君は泣かす。
真由美もついでに泣かす。
森崎は当然泣かす。
ほのかも泣かす。
十文字はボコる。
風紀委員長は知らん。


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第五話

振り返った生徒会長に続いて、集団もゾロソロとその後に着いて行く。何人かは振り返る際に義飾に強い一瞥をくれたが、目が合ったらすぐに逸らした。先程までは、大勢で同じ方向を向いていたからこそ強気でいることが出来たが、既にバラバラに振り返っているので、心理的優位はない。

そんな中で、目が合っても逸らさない者はいる。生徒会長の隣に侍ったいた男子生徒だ。義飾と目が合っても逸らすどころかさらに、睨みを強くする。視線に物理的な影響があったら、義飾を射殺せそうなほどだ。

義飾をその殺気の混ざった視線を、笑って受け止めた。その笑顔に敵意はなく、また害意もない。ただ、にじみ出る余裕をそのまま顔に出してるだけだ。その顔がさらに男子生徒の神経を逆撫でる。

 

義飾は理解していた、男子生徒が何も言ってこれないことを。

生徒会長が謝罪して場を収束させたのに、ここで何かを言って騒動をぶり返せば、生徒会長の顔に泥を塗ることになる。これ以上の失態は本人が一番許容出来ないだろう。

もし、何かを言ってきたとしても、それは男子生徒の頭の出来が悪い事になる。そんな人間なら、非難の言葉をでっち上げてさらに追撃することは容易だ。

義飾の予想通り、結局、男子生徒は何も言わず視線を外した。しかし、後姿からでも分かるほどギンギンに敵意を尖らせている。噛み付かれなかった事を残念に思いながら、その敵意を肌に感じて、義飾は笑みを深くした。

 

 

 

 

 

生徒会長達が去った後、その場には沈黙が支配していた。誰もが、先程のやりとりが尾を引いて口を開けないでいる。会話のキッカケを探すために深雪達がそれぞれの顔を見合わせるが、結局、何も言わず、自然とこの沈黙を作った人物に視線が集まった。

義飾は深雪達に背を向けているので、どのような顔をしているかわからない。ただ、その後姿から異様な気配を出していた。

約一名がこの雰囲気に焦れだした頃、ようやく沈黙は破られた。

 

「フゥーー---。・・・・・・さて、帰るか」

 

火照った身体から熱を逃がすように、大きく息を吐いた義飾が振り返る。その顔にはもう侮蔑と愉悦の色はない。ただ、人好きする笑顔を浮かべるだけだ。

その笑顔に安堵を覚え、みんなが小さく息を吐く。そして、最初に義飾に声を掛けたのは、沈黙に焦れていたエリカだった。

 

「・・・・・・あんた大丈夫なの?めちゃめちゃ目付けられたんじゃない?」

 

「だろうな」

 

エリカの言葉にざっくり返す義飾。その様子に何かを気負ってる素振りはなく、普段通りの気配を発している。その様子に、逆にエリカ達が心配を抱いた。入学早々上級生に、それも生徒会役員に目を付けられれば、これからの学校生活が過ごしづらくなるのは想像に難くない。その事をわかっているのかと、視線に心配と、少しの非難の色が帯びる。

その視線を受けて義飾が苦笑いして、頭を掻きながら言葉を続けた。

 

「ぶっちゃけ、目付けられるなんて今更なんだよ。小学校の時から、頭を染め直せだの、目付きが悪いだの言われてたからな。目立つのは慣れてる。それに、そんなのが気になるならもっとお行儀のいい格好するよ」

 

最後におどけた仕草で自分の制服を指して言葉を締めくくる義飾。それが功を奏したのか、固かった空気が少し柔らかくなった。それに感化されて、幾人かの表情も柔らかくなる。しかし、それでも表情が変わらない者はいる。無表情が張り付いてる達也だ。

 

「慣れている、と言っても、あんな言い方をする事はなかったんじゃないのか?わざわざ、自分から敵を作る必要もないだろ」

 

その口調は、無表情と同じで感情の起伏がなく、どこまでも平坦なものだ。しかし、義飾を咎める意図は十分伺える。

達也にしてみれば、問題を起こすなら自分とは関係ない所でやってほしい、という思いが強い。義飾を咎めたのも義飾を心配してのことではなく、自分達に飛び火する事を恐れてだ。自分はともかく、妹に火の粉がかかるようなことは断じて許さない。義飾に向ける視線が段々と鋭くなっていくのを達也は自覚した。

しかし、達也の睨みを受けても義飾は表情を変えない。それどころか、さらに口角を釣り上げた。

 

「違うな、司波、それは違う。敵を作るも何も、ああいうのは元々、俺の敵だ。特に、会長の隣にいた男は逆立ちしたって仲良く出来ねーよ。それに、俺は喧嘩を売ったんじゃない、買ったんだ。仕掛けてきたのはあいつらだよ」

 

顔だけ振り返り、生徒会長達が去った方向を見ながら語る義飾。口は大きく弧を描いたままなので、その横顔から負の感情は感じられない。

義飾の弁は確かに正しい。しかし、もっと平和的に対応していれば、あそこまで事態は大きくならなかったのも事実だ。

事態の発端が別にあったとしても、義飾は進んで問題を大きくしようとしているように見えた。

義飾と言葉に軽い苛立ちと呆れが湧いてきて、達也の顔がさらに強張る。それにともなって、二人の間の空気も少し触れがたいものになった。しかし、

 

「まぁ心配すんな。目付けられたのは俺だけだ。お前も、お前の妹にも、敵意は向いてねぇよ」

 

顔を元に戻した義飾の表情はどこまでも楽観的だ。その表情に気を削がれた達也は、小さく息を吐いて脱力した。

義飾の言葉にはまだ納得しかねる部分は多々あるが、妹に被害がいってないなら、もう終わったことを気にしていても意味は無い。それに、今日会った人物にこれ以上忠告をするのも面倒だ。

達也が脱力したことで、二人の間の空気も一気に弛緩した。

 

「あ~~、話終わった?終わったなら場所移さない?」

 

義飾と達也、両者の間に流れていたピリピリした空気に割って入るようにエリカが声をかけた。割って入る、といっても一応、話が一段落着いたのを見計らってだ。物怖じしない性格のエリカだが、男二人が作り出す剣呑な空気には躊躇したらしい。

その言葉に、周りが見えていなかったと反省して、達也は小さく笑って頷いた。

 

「だったら、近くに美味しいケーキ屋さんがあるらしいからそこに行かない?お昼も食べられるらしいし」

 

「それはいいですね。せっかくですからもう少し、皆さんとお話したいです」

 

エリカの提案に美月が強く賛同する。騒動の時からずっと、表情に不安の色が抜けなかった美月だが、ここにきてようやく、それが晴れた。不安や心配が完全に消えたわけではないが、周りを気遣って表情に出さないようにしているのだろう。

 

「お兄様、どういたしましょうか?」

 

「いいんじゃないか。せっかく知り合いになったことだし。同姓、同年代の友人はいくらいても多過ぎるということはないだろうから」

 

二人の誘いに、深雪は達也に伺う。それに対して、達也はすぐに同意の返答をした。

兄妹であるならば、帰宅するまで行動を共にするだろうから、達也の意見を聞くのは何もおかしなことではない。しかし、義飾はそこに、深雪の達也への依存性を垣間見たような気がした。

そして達也にも、深雪に対して一般的な兄弟愛を逸脱した感情を抱いている事がわかった。

達也は主人公であるから、もしかしたら深雪はヒロインに位置するのかもしれない。

創作物ではよくある近親相愛だが、実際に見るとコメントに困ってしまう。

 

 

 

(兄弟愛ってな~~~、肉欲が絡むと一気にヤバくなるよな。さすがにそこまではいってないだろうが、少なくとも共依存はしてるな。まぁ、俺が気にすることでもないか)

 

二人の関係性に大きな呆れのような感情が湧いてくるが、さすがに口にだすような事はしない。というより、口を出せる立場じゃない。二人については、離れた所でイチャついてるのを見るのが精神衛生上いいだろう。

 

思考が一段落着いた所で、意識を今に持ってくる。

達也の返答の言葉に、エリカと美月が褒めているのか呆れているのかよくわからない言葉をこぼしている。二人も、達也が度の超えたシスコンだと理解したのだろう。言われた本人である深雪は嬉しそうに微笑んでいる。

先ほどまでの剣呑な空気が嘘のように和やかだ。

その和やかな雰囲気に水を差す事になって、少し罪悪感を持ちながら、義飾は頭を振って誘いの返事をした。

 

「俺はパスだ。これから中学の時の友達と会う事になってるんだ」

 

「あ、そうなの?」

 

義飾の断りにエリカがそっけなく応える。気分を悪くした様子はないが、少し意外そうだ。

時間が押しているので、他の三人にも断りの入れてこの場を去ろうとした義飾だが、それより早くエリカが言葉を続けた。

 

「その友達ってまだ学校にいるの?どうせだったら、その友達と合流して、みんなで行こうよ」

 

エリカの言葉に、義飾の眉が寄り怪訝な表情が作られる。勿論、言葉の意味がわからなかった訳ではない。内容に理解できない部分があったからだ。

しかし、怪訝な表情を浮かべたのは一瞬。すぐに理解して納得したように「あぁ」と声を漏らした。

 

「友達は一般科の高校だよ。中学で魔法科に進学したのは俺だけだ。」

 

「へぇ~~」

 

すぐに理解できたのは、こういう反応をされる事を予め予想していたからだ。

魔法科高校に入学しているなら、友達も同じように入学していると考えるのは無理はない。義飾の説明にエリカが納得したような声を出す。その声には先程よりも強い意外の色がある。エリカだけでなく、他の三人も、声には出さないが表情に意外に色が見えた。

予想出来ていても、実際にこういう反応をされると変な気分になる。

その気分と空気を誤魔化すように、おどけた口調で言葉を続けた。

 

「なんだよ、俺に友達がいるのがそんなに意外か?」

 

「いや、そうじゃないさ。ただ、非魔法師の友達がいる事に驚いただけさ」

 

「・・・・・・まぁ、そうかもな」

 

おどけた口調の義飾だったが、返ってきた達也の言葉に、視線を端にやって、それ以上何も言わなかった。

 

この第一高校には、一科生と二科生の間の大きな壁がある。そして、世間にも同じようなものが存在する。

それは、有る者と無い者の差別だ。

魔法は、後天的に習得は不可能だと言われている。使えないように生まれた者は死ぬまで使えない。

高校で、“優劣”だけで差別が発生しているんだ。“有無”で発生している差別はそれよりもずっと大きい。

実際、魔法師と非魔法師の差別は世界単位の社会問題だ。

 

 

 

そんな中で義飾のように、魔法科高校に入学出来るだけの魔法力を有していて、非魔法師と仲良くしているのは確かに珍しい。高校が別れても会う程なので、浅い仲でも無いだろう。

純粋に尊敬の念を抱いて返答した達也だったが、返ってきた反応に困惑せざるおえなかった。

こちらから視線を外した義飾の顔に、怒りや悲しみといった負の感情は見えない。薄く笑って口を閉ざしているだけだ。その表情にはあらゆる感情が混在しているように見えた。

 

義飾が黙った事で、場にもう一度沈黙が降りようとする。しかし、義飾が表情を変えた事でそれは防がれた。

何かに気付いた顔をして右手をポケットに入れる義飾。そこにある通信端末を出して、画面をみて苦笑してから顔を達也達に向けた。

 

「悪い、もう時間みたいだ。催促のメールがきた。また明日な」

 

それだけ言って、義飾は急いで振り返る。走りはしないが、少し早足なので本当に時間が無いのだろう。その様子はこの場から逃げるようにも見える。

義飾の急な変化についていけなかった四人だが、なんとか義飾の後ろ姿に別れの言葉を投げる事は出来た。

その言葉に、義飾は通信端末を持った右手を後ろ手に振ることで応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入学式が終わり、その後の中学の時の友達の集まりもつつがなく終わらせた義飾は自宅に帰っていた。

出迎える者はおらず、静寂な空気が義飾を包むだけだ。

慣れない手つきでリビングの電気を点け、そこにあるソファーに勢い良く座り込む。そして、疲れを吐き出すように大きく息を吐く。

吐いた息は広い部屋に溶け込みきれず、虚しく響いた。

 

「伯父さんの勧めだけど、さすがに広すぎるな・・・」

 

淋しさを誤魔化すために独り言ちるが、大して効果は無い。一人暮らしに慣れていても、広い部屋に一人きり、というのはあまり経験がなかった。

義飾が一人暮らしを始めたのは、中学に進学したのと同時だ。

 

父とは死別し、母も入院していて一緒に暮らせなかったので、小学校五年生の時から叔父の家に厄介になっていた。しかし、中学に上がる時、それまで入院していた母が退院することになった。退院するといっても、全快した訳ではない。母にはどうしても、身の回りの世話をする人物が必要だった。父は既に亡くなっていたので、母は伯父の家に引き取られ、伯父の奥さんがその役を引き受けた。

そうなれば、義飾が伯父の家にいる事は出来ない。最初は、お手伝いさんを数人雇って家を新しく買ってそこに住む、という話が出てたが、義飾が全力で拒否した。唯でさえ迷惑になっているのに、これ以上世話になることは許されない。第二の両親と言っても過言ではない伯父夫妻だが、それでも、受ける恩は返せる範囲しか許容できなかった。

結局、義飾が拝み倒して、学校から近いワンルームの安いアパートを借りる事になった。成績を学年十位以内に収め続ける、という条件があったが、そんなものは有って、無いようなものだ。

 

奮闘の末に、気を使わない快適な中学生活を手に入れた義飾だったが、それは終わりを迎える。高校進学だ。

その時住んでいたアパートからでは、魔法科高校は距離があったので引っ越す必要があった。

進路を魔法科高校に決めた時から、近くのアパートを調べ、入居候補を決めていた義飾だったが、伯父の企みによって、その計画は水の泡になった。

 

『あ~~あ、合格祝いにいっぱい家具買ったのにな~~。チラッ ワンルームのアパートじゃ入りきらないな~~。チラッ 返品したらさらにお金かかっちゃうな~~。チラッ チラッ』

 

『・・・・・・』

 

明らかに一人着らしに必要ない程大量にある家具を背に、白々しい物言いをする伯父に義飾は何も言えなかった。ちなみにこの時点では試験も受けていない。

 

一人暮らしを許したくれたと思っていた伯父だが、内心では全然そんなことはなかった。

一応許可を与えたのは義飾が一人暮らしの辛さと淋しさに、すぐ音を上げると思っていたからだ。だから安いアパートを借りたし、厳しい条件で保険もかけた。

すぐに家を買い、メイドを雇う準備をして、義飾が助けを求めるのを待っていた。しかし、予想に反して義飾は一人暮らしを満喫していた。

友達に恵まれていた義飾は、淋しさを覚える暇はなかったし、アパートの住人も良い人ばかりで、ご近所付き合いは良好。ある程度は家事は出来たので辛さも感じなかった。保険に付けた条件も、終ぞ意味はなかった。義飾は中学三年間学年一位だった。

何度か、粗を探すために伯父がアポなしで来たことがあったが、キレイ好きの義飾の部屋からは見つけられなかった。

 

認めざるを得なかった。

我が子同然に、いや、自分の子供は娘ばかりなので、ある意味、我が子以上にかわいがっていた義飾の、早すぎる独り立ちに一抹の淋しさを覚えながら、伯父は義飾の一人暮らしを許した。

しかし、それでも譲れない一線はある。

毎月送っている仕送りがあまり使われていない。その事から伯父は、義飾が貧相な生活を送っているのではと思ったのだ。

小さい頃から見てきたので、義飾の考えている事はわかる。自分達に迷惑をかけないために節制に節制を重ねて、質素倹約に過ごしているのだ。あの子は真面目で賢く、なにより優しい子だ。そんな優しい子が自分達に遠慮するのは、考えるまでもなくわかることだ。

この遠慮も、自分達を気遣ってのこと。その気遣いは素直に嬉しく思う。しかし、それはあまりにも寂しいではないか。

結局、自分は義飾にとっては母の兄。両親の代わりには成り得ない。特に、義飾は両親の事が大好きだった。自分では力不足も甚だしい。

その事に、義飾が独り立ちした時以上の淋しさと、無力感に苛まれながら伯父は決意した。

 

多少強引でもいい。義飾に不自由な思いはさせない。

 

この誓いは、今は亡き義飾の父と、事情があって一緒に暮らせない義飾の母、そして、甥に何もしてやることが出来ない、無力な自分に立てたものだった。

 

 

 

 

ここで、この伯父の心情を聞いた時の義飾の弁を述べておこう。

 

“全然、そんなことはない”

 

まず、節制に節制を重ねた質素倹約な暮らし、これを否定したい。

はっきり言って義飾の感覚からすれば、かなり贅沢に過ごしたつもりだ。確かに、遠慮した部分もある。しかし、伯父の気持ちと性格はある程度理解していたので、遠慮が過ぎれば逆に心配をかけてしまうことはわかっていた。なので、常識が許す限り贅沢をした。

受ける恩は返せる範囲まで、そう考えている義飾だが、厚意を無下にする事の失礼さは理解している。それに、受けた恩がお金だからといっって、返す物もそうでなければならないということはない。伯父もそれは望んでいないだろう。

なら何故、伯父は義飾が貧相な生活を送っていると思ったのか?そりゃ、毎月送っている仕送りが四分の一しか使われていなかったら、そう思うのは無理もない。その送られる仕送りが、平均の五倍の額でなければ伯父の考えは正しかっただろう。ただの中学生がどう使えっちゅーねん。

後で伯父の子供、義飾にとっては従姉妹に当たる、にこの事について聞いてみたところ、伯父の子煩悩なところは昔からの悪癖で、仕送りの件は従姉妹も経験したらしい。従姉妹のときは、直接強く言って止めさせたとのことだが、援助を受けている身分の義飾では強く言う事は出来ず、結局、仕送りは中学を卒業するまでこのままだった。

 

そして次に、自分では両親の代わりには成り得ない、これにも物申したい。

この考えはある意味正しい。義飾は伯父の事を両親の代わりだと思ったことはない。しかし、それは伯父を蔑ろにしている訳ではない。誰かを誰かの代わりとして見るなんて、片方だけでなく、両人に対しての侮蔑だ。

小学校五年生の時に伯父の家に引き取られたと言ったが、伯父との付き合いはもっと長い。それこそ普通であれば物心が付いてない時に抱き上げられた記憶がある。

義飾にとって伯父は両親と同じように、誰も代わりにならないほど大事な存在なのだ。

 

そして最後に、無力な自分、これには強く否定したい。ここまでしといて何言うてはりますの?

 

 

 

 

 

そんな義飾の思いだが、伯父に伝わることはなかった。さすがにそこまであけすけに内情を語るのは気恥ずかしい。伝えていれば結果も違っていただろうが、もう過ぎてしまったことを後悔しても仕方ない。

伯父の勘違いによる暴走で、大量に用意された家具を前に義飾が首を横に振れるはずもなく、義飾の高校生活は中学の時とは比べ物にならないほど豪華になることが決定した。

試験を受け、合格通知が届いてからは話が早かった。伯父が所有している中で、第一高校に近い五〇階建てのタワーマンション―――は交通の便を理由に義飾が全力で拒否し、それより第一高校の近くにある一九階建てのマンションに入居することになった。

入居してまだ二週間も経っていないので、この部屋の全てが未だ新鮮だ。2LDKの間取りには伯父が買ってくれた家具がそこらに置いてある。サプライズのために義飾の嗜好を無視して選ばれたが、義飾は強いこだわりを持っている訳ではないので問題はなかった。

 

真新しい弾力を提供してくれるソファに身を沈めながら、義飾はこの部屋に入居することになった経緯を思い浮かべた。

嫌ではない。しかし、伯父の強引な手段に納得していないのも事実。

自分のためにしてくれたことなので文句が出てくるはずもないのだが、家に帰る度に辟易とした気分が積み重なっていく。それを溜め息として吐き出そうとしたが、なんとなくそれも憚られてすんでの所で飲み込んだ。

そろそろ晩御飯の準備に取り掛かろうと、ソファから身体を起こそうとした義飾だが、通信端末が突然鳴り出した事で出鼻を挫かれた。再びソファに身を沈めて端末の画面を見ると、さっきまで考えていた伯父の名前が表示されていた。

それを見て先程飲み込んだ息が堪らず出てくる。勿論、伯父を嫌っての事ではない。ただ、電話に出なくても用件がある程度わかるからだ。

高校に入学して、伯父の子煩悩というか過保護ぶりはさらに磨きがかかった。もし、数字に表せたとしたら余裕でカンストしているだろう。

その理由を義飾はわかっている。だから無下には出来ない

 

端末の呼び出し音が二コール目に入った所で、義飾は呆れつつも、嬉しさを隠し切れない表情で電話に出た。




遅れてすいません。

一日千文字書いたら、一週間で七千文字。
週一更新イケるやん!って思ってたけど、チョコラテの様に甘い考えでした。
まず一日千文字ってキツイ。そして一話が毎回七千文字で終わる訳じゃない。
タグの不定期更新は保険のつもりだったのに・・・。
遅くても二週間に一回は更新するようにします。

それと書き方が安定しないのは大目に見てください。
小説書くの初めてなんで、探りながら書いてます。


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第六話

高校生活二日目。

 

登校するのが二回目の新入生の顔には、未だ緊張の色が抜け切っていない。二回目と言っても、一回目に登校したのは入学式なので、本格的な高校生活は今日から始まる。不安や緊張が抜けていないのは仕方ないだろう。

その緊張は顔色だけでなく全身にも表れているようで、おそらく普段よりもずっと背筋を伸ばして新入生は校門を通って行く。その様子は不安に身を強張らせているようにも見えるし、期待に胸を膨らませている、或いは気合を入れて胸を張っているように見える。

その新入生の心が反映されたように、彼らの教室も雑然とした雰囲気に包まれている。

新しく出来た友人と交友を深める者。隣の席の人物と新しい交友を築く者。自分から話しかける勇気がなく周囲を窺いソワソワする者。席に座って端末に向かう者。

雑然としているが、その方向性はある程度決まっている。皆が各々のやり方で新しいものに向かい合っているのだ。

しかし、そんな中で周りの雰囲気に流されない者も存在する。

その人物は左手を右肘の内側に挟み、左腕を枕にして机に突っ伏している。ゴツい三つの指輪を着けた右手を襟首あたりに置き、規則正しく背中を膨らませている。癖のない明るい色の髪から顔を覗かせた左耳が時々、右手に弾かれ、そこに付けられたピアスが小さく揺れる。

 

言うまでもなく義飾だ。

昨晩、伯父からかかってきた電話を可能な限り手早く終わらせた義飾は、伯父の話を聞きながら作っていた晩御飯を食べ、そのまま床についた・・・りはせず、日が昇るまでずっと書斎の机に齧りついていた。実直に、明日に備えて勉強していた訳ではない。

一晩中小説を―――この世界ではあまり人気のないジャンルの小説をずっと読み耽っていた。

読書は義飾の数少ない趣味の一つだ。中学の時に、伯父の仕送りを使い潰すためにしていた贅沢は、日本中、あるいは世界から本を買い求める事だ。

前の世界と比べて色々な面で技術が高いこの世界では、電子化が進み、紙はデスメディアになっている。義飾が好んで読むのは電子化が進む以前の、紙の本がまだ当たり前で、そして―――魔法が世界中に公表される以前の小説だ。

人気がなく、電子化されるほど需要があるわけでもなく、しかし一定数奇抜なコレクターがいる本を集めるのは、伯父の仕送りを使い潰すのにも、見た目に反してインドアな義飾の趣味にもピッタリだった。

元々、読書を始めたのは娯楽のためではなくある目的のためだったが、今では読み始めれば時間を忘れるほど夢中になってしまう。

昨晩も、五冊の本を読み終え六冊目に手が伸びたところで、設定していたアラームが鳴り響き、時間の経過に気がついた。

義飾は読書をする際、可能な限り邪魔なものを排除してから読み始める。集中を切らされたくないからだ。

そんな義飾が、読む時間を決めてアラームを設定するはずがない。つまり、鳴り響いたアラームは平日の朝に設定している、起床を促すためのアラームだ。

読書に夢中になって徹夜をする。実の所、義飾にとっては珍しいことではない。昨晩だけでなく一昨日も、その前の日も、そしてその前の日も同じように徹夜している。もう既に、生活リズムとして定着してしまっていた。

本来であれば昼に仮眠をとるので、この生活に問題はない。しかし、昨日は入学式があり、その後はずっと友達と遊んでいて寝る暇はなかった。入学式の時に少しだけ寝たが、二日分の睡眠には到底足りない。

最初は寝てから学校へ行こうと思ったが、それだと遅刻は確実。最悪、欠席もあり得る。学費を伯父に払ってもらってる以上、そんなことをすれば更に伯父に頭が上がらなくなる。

仕方なく、軽くシャワーを浴び、朝食を食べてから家を出た。幸い、義飾は一人暮らしをしている都合上、朝食を作るため朝のアラームはかなり早めに設定してある。寝てから学校に行くのではなく、学校に行ってから寝ようと考えたのだ。

 

教員や役員に就いてる生徒を除いて、おそらく一番早く学校に着いた義飾はすぐに自分の教室に向かい眠りについた。二日も碌に寝ていなければ、その眠気はすごいことになる。机に伏せばすぐに意識は落ちた。

それでもやっぱり体勢に無理があったのか深い眠りには至らず、浅い眠りと覚醒の間をふらふら漂っていた。

しかし、時間が経ち、人が増えるにつれ騒がしくなり、浅い眠りの間隔も短くなって今はもう目が覚めていた。目が覚めていても三十分にも満たない睡眠では二日分の眠気は完全に取れない。その眠気が物理的な圧力を持っているように上からのしかかってきて、体を起こすことを億劫させていた。

手慰みに左耳を弄って眠気を追いやろうとしているが、効果は全くない。周りの人間も起こそうとする者はおらず、それどころか距離をとって遠巻きに見やるだけだ。授業初日に居眠りをかまし、不良の特徴数え役満の義飾に好き好んで関わろうとする者はいなかった。

 

騒がしさに耳が慣れ、再び意識が落ちそうになる。ここで意識を落としてしまえば、たとえ授業が始まっても目覚めることはないだろう。それがわかっていても睡魔の攻撃から逃れる気はない。

今日は本格的な授業はなく、オリエンテーションで一日が終わる。なら明日から真面目にやればいい。誰にでもなくそう言い訳をした義飾は、睡魔に身を任せて意識を手放そうとする。しかし、予想していなかった外部からの干渉でそれはかなわなかった。

 

「オハヨッ!」

 

快活な声と肩に軽い衝撃。雑然としているが概ね明るい雰囲気の教室の中でも、とりわけ明るいその声は鬱屈としたものを全て吹き飛ばせそうだ。義飾の眠気も完全に吹き飛ばすことは出来なかったが、声の主を確認しようとする気力だけは復活した。モゾモゾと、正しく擬音で表わせばズリズリと顔を上げる義飾。髪が乱れるのも気にせず、枕にしている左腕から頭を離そうとしない。そして、ゆっくりと時間をかけて顔を声のした方に向けた。

 

「っはよ・・・」

 

今にも消え入りそうな、もしも蚊に鳴き声があったらそれよりも小さい声で挨拶を返す義飾。しかし、挨拶をしたらすぐに、また顔を伏してしまった。一応、先ほどよりも深く伏していないので起きる気力はあるようだ。

その様子を見て、声をかけた人物―――エリカは困ったように苦笑いして、肩を叩いた手で頬をかいた。

 

「また夜更かし?昨日もそんなこと言ってたけど、大丈夫なの?」

 

声をかけながら義飾の机に腰掛けるエリカ。出会って二日目とは思えない馴れ馴れしさだが、不思議と不快感はなく、なによりその態度は彼女に似合っていた。

エリカの言葉を受けて義飾はなんの反応もせず、ピクリとも身動ぎしない。再び意識を手放したのかとエリカが訝しんだ所で、ゆっくりと、のっそりと、たっぷりと時間をかけて義飾が上体を起こした。

 

「・・・・・・・・・おはよう」

 

体を起こした義飾の顔はかなりヒドイものだった。瞼は半分も開いておらず、目も焦点が合っていないのでどこを見ているかわからない。顔にはくっきりと隈ができ、唯でさえ人相の悪い顔がさらに関わり難いものになっている。体を起こしても、頭はまだ起きてないのかエリカの言葉には応えず、義飾はもう一度挨拶の言葉を吐き出した。

その直視しづらい顔を見てエリカは小さく息を吐いた。心配の言葉をかけたのに無視される形になったが、ここまでヒドイ顔を見ると憤りの気持ちは沸いてこない。何故挨拶の言葉を改めたのかは分からないが、ここは合わせておくのが吉だろう。

 

「ハァ・・・おはよう。目は覚めた?」

 

義飾に合わせるためにエリカも改めて挨拶する。続けて調子を尋ねたが、今度は無視されることはなく両手で目を擦っている義飾から「んーー?ぼちぼち・・・」という返答が返ってきた。

一頻り目を擦った義飾は、改めてエリカに顔を向ける。擦ったせいで目の周りは多少赤くなっているが、それ以外は概ねいつも通りだ。薄く隈は残っているがしっかりと目に力が入っている。

エリカに顔を向けた義飾だが、何を言おうか迷っていた。普通に考えて起こしてくれた事に礼を言うのが当たり前なのだが、未だ眠気が残る頭には起こされた文句が浮かんでくる。その文句を追い払って礼の言葉を探していると、左隣からエリカとは違う声がかけられた。

 

「あ、あの、おはようございます!」

 

声をかけられたのは予想外だったが、声をかけてきた人物は予想通りだった。入学式にエリカと一緒にいて、自己紹介をした美月だ。出会って二日目では義飾の容姿に慣れてないのか、挨拶の言葉はまだ固い。

彼女達の姿を見るのはこれで二度目だが、義飾の中では二人はセットだという認識だった。この認識が、今はもう風化している原作知識によるものなのか、ただ単に彼女達のことをよく知らないからなのかわからないが、今回はこの認識はあたっていたようだ。

エリカがいるなら美月もいるだろう、と自然に考えていたので、美月の少々勢いのある挨拶に動揺することはなかった。

 

「ん?あぁ、おはよう。柴田さんもいたんだな。二人は一緒に来たのか?」

 

「途中からだけどね。学校前の駅で偶然会ったの」

 

「昨日から気になってたんだが、二人は中学から一緒なのか?」

 

「え?違うよ?昨日初めて会った」

 

「ねーー!」と言いながら美月に顔を向けるエリカ。美月も美月でエリカの言葉を笑いながら嬉しそうに同調している。とてもではないが、出会って二日目とは思えない。仲良すぎだろ・・・と義飾は思ったが、一々口に出すことではないので、その感想は口の中を転がっただけだった。

 

エリカと顔を合わせている美月だが、視線はチラチラと義飾に泳いでいる。エリカも目立たない程度に義飾を―――正しくは義飾の左手を盗み見ている。

寝跡がついてるだけならば笑って済むが、そういう訳ではない。跡という点では一緒だが、義飾の左手に出来たそれは、今ついたものではなくずっと昔についたものだ。

 

「気になるか?」

 

問い掛けに主語を抜いて、代わりに顔の横まで左手を上げてヒラヒラと降る。それで十分に伝わったらしく、美月は目に見えて狼狽えた。

 

「えっ!いや、あの、えっと・・・・・・す、すいません・・・」

 

悪戯がバレた子供のようにあわてて、必死に言葉を探す美月だが、適切なものが思い浮かばず顔を俯かせるように頭を下げた。

その様子に義飾はたまらず苦笑いした。義飾としては暗い雰囲気にならないように明るく言ったつもりだったが、美月はそう受け取らなかったようだ。義飾の配慮が足りなかったのか、美月が気にしすぎなのか、原因はおそらく両方だろう。

 

それも仕方のない事だ。手の甲を両断するような大きなケロイドを見て、陽気になる人物はいない。

義飾の左手にある傷跡は、中指と薬指の間から始まり、途切れることなく袖口から服の中に隠れている。指の間から始まっているそれは、手の甲だけでなく手の平にも折り返すようについてるので、"両断するような"という言葉がただの例えではないことを表していた。

 

凄惨かつ醜悪な傷跡だが、これが出来たのは今から五年も前だ。義飾のの中ではもう気持ちの折り合いはついている。あまり気を使われれば、逆にそっちの方が気に障る。

 

「そんな反応されるとこっちが悪いことした気になるな・・・。これはずっと前に出来たモンだからそんなに気にしなくてもいいぞ。ってかこれ見て気分が悪くなったなら、俺の方が謝らないとだし」

 

「い、いえ大丈夫です・・・」

 

出来るだけ明るい声になるように気を使い、美月を慰める。それが功を奏したのか、美月の顔にあった陰りが少し晴れた。

その反応に満足して背もたれに体を預けた所で、今まで事の成り行きを見守っていたエリカが言葉を挟んできた。

 

「それって消したりとか出来ないの?」

 

「出来ない事もないだろうけど時間がかかる。一回病院行くだけで済むなら迷わず消すんだが、年単位の通院が必要だからな。さすがに面倒くせぇよ」

 

「ふ~ん」

 

少し不躾な質問だが、義飾は気にすることなく答える。義飾にしてみればこの手の話題はよくされる。傷跡を消す事を勧められたのも一度や二度ではない。伯父に至っては今でも、顔の小さな傷跡だけでも消さないかと聞かれる。それを断っているのは、エリカに語った通り時間的な都合もあるが、心情的な理由が一番大きい。その理由は伯父にも話したことはない。

 

聞いてきたのは自分なのに、エリカは気のない返事で流した。気になったから聞いた訳ではなく、ただ、流れに従っただけのようだ。その返答に思う所がないわけではないが、未だ眠気の残っている頭ではこれ以上喋るのは億劫だ。話が途切れたタイミングを見計らった訳ではないだろうが、エリカが見知った顔を見つけてそちらに声をかけた。

 

「あっ司波くんだ。オハヨ~」

 

エリカの言葉に反応して、美月と義飾がそちらに顔を向ける。視線の先にはエリカの言葉通り達也がおり、声をかけられるとは思っていなかったのか、少し驚いた顔をしている。

 

「おはようございます」

 

エリカに続いて美月も達也に挨拶する。そして義飾もそれに続く―――事はせず、気怠そう軽く左手を降った。

その義飾の態度と、義飾の左手の傷跡に達也は何も反応することなく軽く手を上げる事で挨拶を返した。

そして美月の隣の席に座る。席順は、男女別に五十音で並べて交互に列を作るようにして決められる。シバタとシバが隣合うのは必然みたいなものだ。その横の並びにケショウが入ってるのは少し不思議だが。

ここにも作為的なものを感じるな、と義飾は心の中でため息をつく。覚悟していたが高校に入学してから一気に気苦労が増えた気がする。伯父の暴走から始まり、これから始まるであろう物語的な騒動。既に原作の内容はほとんど風化しているが、僅かに残っているそれを思い起こせばため息の一つもつきたくなる。少なくとも輝かしい未来は待っていないだろうから。

 

「――――ねぇ!聞いてる?ってか聞こえてる!?」

 

思考を卑屈な方に埋没させていたせいで会話を聞き逃してしまったらしい。エリカの声に思考が現実に戻り、周りを見てみると美月とエリカがこっちを見ている。達也はこちらを向かず、端末に向かっている。

どうやら会話に一区切りついて、こっちに話を振ったみたいだ。思ったより意識が飛んでいたようで、気合を入れるために背もたれから体を離す。

 

「ワリィ、半分寝てた。なんだって?」

 

目の間を揉みながら問い返すが、返ってきたのは呆れたため息だった。

 

「ハァ、もういいわよ・・・。それよりなんでそんなに眠そうなのよ?昨日は何やってたの?」

 

「あぁ・・・一晩中本読んでた」

 

「本?って漫画とか?」

 

「あいにく小説だ。漫画は持ってるが、時間を忘れるほど読むことはない」

 

「嘘だぁ~~!」

 

義飾の返答にエリカが素っ頓狂な声を上げる。その声は賑やかな教室でも目立つほど大きく、何人かが何事かと振り返った。横で、前の席に座っている男子生徒と話していた達也もこちらを見ていた。

その視線を意に介さずエリカは、強い懐疑の色を乗せた視線を義飾に送っている。

その反応があまりにも予想通り過ぎて義飾は小さく吹き出した。やはり、義飾の容姿で本を読んでるなんて言えば、漫画が真っ先に思い浮かぶだろう。

 

「予想通りの反応ありがとう。俺はこう見えてインドア派のインテリ文学少年なんだよ。外で身体動かすより、部屋に引きこもる方が好きだ」

 

「へぇ~~!意外~~、って言うか、その絵が全然想像出来ないんだけど。あとその肩書も全然似合わない」

 

「どんな小説を読まれるんですか?」

 

エリカが身体をのけぞらせて驚愕を表す。はっきりいってかなりオーバーなアクションだが、義飾にとっては真新しい反応ではないので軽くスルーする。

しかし、続いた美月の疑問には口を噤みそうになるほど動揺した。やましい本を読んでいたからではない。これを言えば先ほどより大きい反応が返ってくるとわかっているからだ。

外見が不良の義飾が読書を趣味にしている、というのは唯でさえ意外なことだが、その上あるジャンルに傾倒して読んでいるのは意外を通り越して滑稽だ。

言おうか言わまいか数瞬迷った義飾だが、ここで言葉濁してもいつかはバレると思って仕方なく口を開いた。

 

「・・・・・・主に・・・ファンタジーだな」

 

「ファンッ!タジー―!?」

 

さっきよりもずっとオーバーなりアクションをとるエリカ。後ろに倒れそうなほど身体をのけぞらせている。予想通り、いや予想以上の反応をされて義飾が恥ずかしそうにそっぽを向く。そっぽを向いた先には美月の顔があり、目が合うと優しく微笑んでくれた。いたたまれなくなりすぐに目をそらす。視線の置き場に困った義飾は少しの間目を泳がせて、何も映っていない端末の画面に固定した。エリカの声はさっきよりも大きいので、さらに周りから注目されているのが見なくてもわかった。自然と気分が落ち込んでいく。

 

魔法が一つの科学技術として確立したこの世界では、創作された魔法の需要はかなり低い。魔法が公表される以前であればまだ人気があったが、公表されてから人気は下火になり、今では出版されるのも稀だ。仮に出版されたとしてもそれは、低年齢層向けの絵本だったり、魔法の才能がある子どものための情操教育本であったりする。大人向けの幻想小説は絶えて久しく、今では中高生向けのものも、あまり数は多くない。

新しいファンタジー作品が出ないだけで、昔一世を風靡したものはまだ人気が残っている、と思うかもしれないが魔法に対する意識が変わっている現代では、古い作品も淘汰されつつあった。

この世界の今の時代でファンタジーと言えば、子供向けの童話や寓話を指すことが多い

 

なので、二人の反応はこの世界では普通のものだ。エリカの今にも笑い出しそうな驚愕も、美月の慈愛と受容に満ちた微笑みも、どちらも正しい。恐らく、二人の頭の中には絵本を開いて楽しそうに笑っている義飾の姿があるだろう。義飾の頭にもその姿が浮かんでくるが、すぐにかき消した。身長一八〇を超える不良がキャッキャ笑いながら絵本を読んでる姿など、誰が得をするのか。

なんにしてもこのまま勘違いされたままではかなり都合が悪い。今後の学校生活に支障をきたす恐れすらある。

沈んだ気持ちを無視して、下に固定した目を前に向ける。この勘違いを正すのも慣れたものだ。

 

「一応言っとくが俺が読むのは、魔法が公表される以前の幻想小説だ。童話も読むことはあるけど、一世紀以上前のものを歴史考察のために読むぐらいだ。基本的に、民話と伝説、神話とか怪奇譚ばっかり読む。あとはゴシック小説とか」

 

「ふ~ん、高校生にしては渋いっていうか変わった趣味してるのね。どっちにしろ似合わないけど。それってやっぱり、古式魔法を調べるためなの?」

 

「まぁ、そんなところだな」

 

本当は違うが、話しだすと長くなるし、当たらずといえども遠からずなので、エリカの疑問は軽く流す。

とりあえず勘違いを正すという目的は達成されたらしく、二人から出ていた生暖かい視線は感心したような熱を持った。

義飾の返答に納得したように頷いていたエリカだったが、横から聞こえてきた話に興味の対象が移ったらしく、そちらに食い付いた。

達也が魔工技師を目指しているという話だったはずだが、何故か、達也と喋っていた男子生徒と口喧嘩に発展している。その喧騒を眠気の残る頭で眺めながら、義飾は予鈴が鳴るのを待った。




はい、遅れてすいません。
二週間に一回は更新するって言った次から遅れるというね・・・。
理由はリアルの都合とか、普通に書くのに行き詰まったとか、あと、オーバーロードが面白すぎたとか、色々あります。

ってか展開が遅すぎますね。さっさと話を進めたいと思うんですが、出来るだけ丁寧に書きたいんですよね。
なので、今回は原作で語られた部分をガッツリ削ったんですけど・・・・・・レオすまん。お前の紹介まで書いてたら切りどころはわからんなってたんや・・・次はちゃんと書くからな。
早く森崎泣かしたい。たぶん、次の次ぐらいで泣かします。

今回は独自設定の説明でしたね。まだまだ一部だけです。これからどんどん公開していくことになります。特に、主人公の能力は独自設定のオンパレードなので、それが嫌だという方は、早々に切ってください。お願いします。

それと、自分は原作のWeb版は読んだことあるんですが、書籍版は読んだ事無いです。アニメも見てないです。
なので、ツッコミ所が満載だとおもいます。見つけた場合は存分に突っ込んでいただいて大丈夫です。
一応、この小説を書くにあたって書籍を買ったんですが、まだ四巻しかないです。オーバーロードは全巻買ったのにね。馬鹿だね。

出来るだけ早く全巻揃えます。


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第七話

オリエンテーションの終了を知らせるチャイムが鳴り、義飾は伏せていた身体を起こし、大きく伸びをした。身体から生きのいい音が鳴るたびに、眠気が弾けて消えるようで気持ちがいい。限界まで身体を伸ばした義飾は、もう音が鳴らない事を悟り、一気に脱力する。

力を抜いた身体には眠気や倦怠感はなく、頭と身体が完璧に覚醒したという清々しさだけがあった。これが早朝のベッドの上ならば気分も一新され、活力も湧いてくるのだが、当然、ここは自分の家ではなく学校の教室で、時間も早朝ではなく、そろそろお昼になる。

義飾は、オリエンテーションの時間を最初の三分だけ真面目に履修登録をして、あとの時間は睡眠に充てた。

他の生徒からの呆れた視線、本鈴が鳴ったと同時に入ってきたカウンセラーの説明、オリエンテーションが始まったことで電源が入った、机に備え付けてある端末の光。邪魔するものは幾つもあったが、眠気が軽く限界突破していた義飾には関係無かった。睡眠のために履修科目を吟味する時間を犠牲にしてしまったが、問題ない。何を受けたとしても進路に影響はないだろうから。

 

オリエンテーションの終了と同時に目覚めた義飾だが、これからの予定を決めかねていた。今日と明日は本格的な授業はなく、校舎の説明、施設の案内、及び見学に時間が使われる。今日はオリエンテーションが終われば自由時間だ。勝手に帰宅しなければどこに行ってもいい。

 

第一高校に限った話ではないが、魔法科高校は一般的な高校と比べてかなり広い。

一学年に定員は二百名、それが三学年あって生徒数は大体六百名ほど。生徒数を曖昧な言い方にしてるのは、事故などで毎年必ず退学する者がいるからだ。なので、生徒数は常に六百名を下回る。

生徒数が六百名弱というのは、そこまで多い数字ではない。平均に少し届かないぐらいだ。にも関わらず、第一高校の敷地はマンモス高校に比肩するほど広い。

本棟と体育館と野外演習場と野外プール、一般的な高校にも備わってるものに加えて、実技棟が一棟、実験施設棟が二棟、前述した体育館とは別の小体育館が二棟、更衣室や部室、体育倉庫に体育準備室をまとめた準備棟が一棟、そして、本棟に図書室がない代わりに図書館まである。

 

義飾が迷うのも無理はないだろう。合計九棟の施設に二つの野外施設、はっきりいって在学三年間の内に全てを利用することはないだろう。今日と明日の二日間で細部まで見学するのは不可能だ。なので、この二日間の自由時間は、履修科目から自分が利用するであろう施設の見学と、高校から本格化する魔法教育に慣れるのが主な目的なのだが、

 

(行きたい所がない・・・。強いて言うなら家に帰りたい)

 

履修登録を三分で適当に済ませた義飾には難しい目的だ。義飾の迷いは、数が多いからどこに行こうかな、というポジティブな迷い方ではなく、行きたい場所がないからどこに行けばいいかわからない、というネガティブな迷い方だ。

 

(なんでこんなに広いんだよ・・・。体育館が三つとか、絶対いらねぇだろ。実験施設棟にいたっては、名前からして高校にあるもんじゃねぇよ。・・・さて、どう時間を潰すか。見たい所があるわけでもないし、ぶっちゃけ履修科目も何選んだか覚えてねぇ。昼までまだ時間はあるから、食堂も開いてない。起きたばっかだから眠くもない。いつもは本を持ち歩いてるけど、朝のゴタゴタのせいで持ってくるのを忘れた。・・・・・・マジでどうしよ)

 

オリエンテーションの時に寝ていなければ、各施設の簡単な用途を説明されたのでもう少し選択肢が増えたのだろうが、今義飾が選べる行動は三つだ。アテもなく校舎をぶらつくか、意味もなく端末に向かうか、再び寝るかだ。

図書館に行くのもいいかもしれないが、古書を好む義飾の趣味に合う本があるとは思えない。古式魔法の古い資料があるかもしれないが、それだけでは義飾の好みからは外れる。行ったとしても徒労で終わる可能性が高い。

それでも、最初に言った三つの選択肢よりかは建設的なのでダメ元でも行ってみようか、と考えていた義飾だったが、隣に座っている美月に声をかけられて思考を中断した。

 

「おはようございます、化生くん。もう、目は覚めましたか?」

 

声をかけられた内容は、まぁ予想通り、本日二度目の朝の挨拶だ。そちらに目を向けると、困ったように笑う美月の顔があった。隣の席に座っていたなら、オリエンテーション時の義飾の行動を見ていただろう。開始三分で寝始めた義飾に思う所がないはずがなく、その思考がそのまま顔に出ているようだ。

といっても悪感情を抱いてる様子はない。美月の目には蔑む色はなく、多少呆れた色があるが、微笑ましいモノを見るような目だ。

 

「あぁ、もう大丈夫だよ。ばっちり目は覚めた。でも、これからどうするか迷っててな。柴田さんはなんか予定あるのか?」

 

その視線に少々、気恥ずかしさを感じ、それを打ち消すように質問を返す。予定を聞いたのは、何だったら着いていこうという下心からなのだが、美月は義飾の思惑に気付く事なく普通に答えを返そうとする。しかし、

 

「なんの話してるのっ?」

 

少し離れた席に座っていたエリカが乱入してきて、美月は一旦、言葉を飲み込んで改めて口を開こうとする。

 

「今からどうしようか、って話してたんだよ。俺は行きたい所がないから、柴田さんが良かったらだが、柴田さんに着いていこうと思うんだが、千葉はどうする?」

 

しかしそれより先に義飾がエリカの質問の答える。美月より先に口を開いたのは大した理由はないが、同行の許可をうやむやに取り付けようと思ったのだ。うやむやにしようと思っても、ここで美月から拒否の声が上がれば居た堪れない気持ちになるのだが、幸いそんなことは起こらなかった。

義飾の質問を受けて、エリカは顎に手を当てて悩む。身体を乗り出して、各施設の案内を映している義飾の端末を覗き込むが、お眼鏡にかなうものがなかったらしく首を横に振った。

 

「あたしも・・・・・・闘技場はちょっと気になるけど、今見に行きたい所はないかな。・・・ってかあたしの事は名前で読んでいいわよ?名字で呼ばれる事ってあんまないからさ」

 

「そうか、だったらこれからは名前で呼ぶわ。俺の事は・・・まぁ呼びやすい方で読んでくれたらいい。それで、二人で着いて行く事になったんだが、柴田さんはどこに行きたいんだ?」

 

端末から顔を離したエリカは、居心地の悪そうな笑顔を浮かべて呼び方を変更を求めてきた。美月にはさんを付けて、エリカを呼び捨てにしたのが気に入らなかったのかと思ったが、そういうわけではないようだ。二人の呼び方は本人達の気質に合わせたのだが、こだわりがあるわけでもないので、本人から変更を要求されれば変える事に抵抗はない。

この要求になんとなく引っかかるモノを感じたが、言及することでもないのですぐに了承の返事をして話を引き戻す。

 

「私は工作室に行きたいんですけど・・・本当に着いてきてもらっていいんですか?」

 

「いいも何も、こっちからお願いしたいくらいだよ。着いて行かないとマジですることがないからな。・・・でも、もうちょい人が欲しいな。さすがに男一人だと居心地が悪い」

 

改めて、正式に同行の許可を貰った義飾は背筋を伸ばして周りを見やる。言葉の通り、他に同行する男子を探しているのだが、交友関係の広がっていない今では意味のない行為だ。そんなことは義飾もわかっている。これは言ってしまえばパフォーマンスだ。意味が無くでも、実行することで意思表示するのが目的だ。

エリカと美月は、タイプは違うがどちらも美少女だ。その美少女二人を侍らせて歩くのは、男としては喜ばしいシチュエーションであるが、同時に、遠慮したいシチュエーションでもある。容姿のせいで人の目に慣れている義飾だが、その視線の毛色が変わればむず痒く感じる。

今までは侮蔑や嫌悪や敵意といった感情を向けられているが、二人を連れて歩けばそこに嫉妬や羨望も加わるだろう。・・・正直、あまり変わっていないし、義飾にとっては馴染みのないものでもないのだが、高校に入学したばっかでそういう目を向けられるのは勘弁してほしい。

そんな義飾の思いを察した訳ではないだろうが、隣に座っている美月の、さらにその向こうから似たような話が聞こえてきた。丁度いいと思い、そちらに目を向ける。そう思ったのは義飾だけでなく美月もだったようで、義飾が口を開くより先に、声を掛けた。

 

「工作室の見学でしたら一緒に行きませんか?」

 

美月が声を掛けた先にいたのは達也と、その前の席に座っている男子生徒だ。こちらの話が一段落着いたタイミングであちらの話も纏まっっていたのか、美月の遠慮がちな同行の申し入れを拒むことなく話が進んでいく。

美月は大人しい見かけによらず、物怖じしない性格だ。達也も社交性があるようには見えないが、最低限空気を読む技術はあるのは確認している。そして、達也の前に座っている男子生徒は未だ名前も知らないが、人見知りするようなタイプではないのは外見から判断出来るし、オリエンテーションが始まる前のエリカとの口論を思い起こせば、その判断は間違っていないと確信出来る。

その三人の気質と、高校入学二日目という親交を広げようとする空気感が相まって、順調かつ友好的に話が進む。しかし、

 

「オメーはどう見ても肉体労働派だろ。闘技場へ行けよ」

 

「あんたに言われたくないわよこの野生動物」

 

順調が過ぎて、再び口論が始まるのはどういうことだろうか。まるで、朝おこなった喧嘩の続きのように、売り言葉に買い言葉で互いに噛みつき合うエリカと名も知れぬ男子生徒。お互いを口汚く罵り合っている様はかなり仲が悪いように見えるが、遠慮のない物言いは気心の知れた仲のようにも見える。

相性がいいのか悪いのかわからない。たとえどちらであっても、そのメーターは振りきれているのは確かだが。

何にしても、このまま二人の言い争いを眺めていたら工作室を見学する時間が無くなってしまうかもしれない。義飾としては暇を潰せればなんでもいいので、このまま見ておくのもおもしろいのだが、二人の言い争いに挟まれて小さく慌てている美月のためにも一肌脱ぐべきだろう。

 

「二人とも止めろよ・・・会ったその日だぞ?」

 

「ついでに言えばまだ自己紹介もしてない。名前も知らない相手にぶっちゃけ過ぎだ」

 

「ちょっちょ、ちょっとぉ!!」

 

二人の間に割り込もうと立ち上がったタイミングで達也が二人を窘める。それに乗っかる形で義飾も二人の間に入る。その際、エリカの頭を掴んで後ろに追いやる。女の子に対して、少々どころかかなり雑な扱いだがこれでいい。エリカの矛先がこちらに向いたなら、一応、この喧嘩は収束するだろうから。

 

「で、そちらさんはどなたよ?司波はもう名前知ってるみたいだけど、俺たちにも教えてくれねぇか?」

 

エリカと立ち位置を変えるように現れた義飾に、三者三様の視線が向けられる。三者三様といっても大きな違いはなく、概ね呆気に取られたような視線だ。その視線を意に介さず男子生徒に質問する。義飾の言葉に促されるよう男子生徒の思考が回復して、義飾の質問に答える。

 

「お、おう、オレは西城 レオンハルトだ。こんな名前なのは親父がハーフで、お袋がクォーターだからだ。レオって呼んでくれ」

 

「りょーかい。俺は化生 義飾だ。化けるに生きるで“けしょう”。義理を飾るで“ぎしき”だ。呼ぶ時は、呼びやすい方で呼んでくれたらいい。そして、こっちの眼鏡の女の子が柴田 美月さんで、こっちの―――」

 

「いい加減離しなさいっ!!!」

 

「―――何故かめちゃめちゃ怒ってるのが千葉 エリカだ」

 

「あんたのせいでしょうがっ!!!!」

 

レオに続き自己紹介をした義飾が、ついでとばかりに美月とエリカも紹介していく。必要ないかもと思ったが、丁度タイミングも良かったし、この機を逃せばエリカは自分から名前を言うことはないと思ったからだ。

義飾の余計なお世話とも言える気遣いを、頭を掴まれていたエリカがその拘束から逃れ、遮る。言葉を遮られた義飾はエリカの方を一瞥するが、すぐに視線を戻して紹介を続けた。それが更にエリカの怒気を煽る。

 

「あんたねぇ、女の子はもっと丁寧に扱いなさいよっ!!?」

 

「出来るだけ丁寧に扱ったつもりだぞ?痛くないように掴んだし、髪型が乱れないように気も使った。それこそ木綿豆腐を触るように気遣ったんだが・・・何がダメだったんだ?」

 

「力加減じゃなくて、やり方がそもそも問題なのよ!いきなり女の子の頭掴むって何考えてんのよ!!それに木綿豆腐って・・・丁寧に扱うつもりないでしょ!!!」

 

まさに怒涛、という言葉が思い浮かぶほど喚き散らすエリカ。ヘイトをこちらに移すという目的は達成出来たが、先程よりも荒れ狂うエリカをどうやって宥めようかと考える。しかしすぐに思考を打ち切る。無理に宥めるより、話を流してなあなあにしてしまった方がいいと思ったからだ。

 

「まぁ、文句は後で・・・歩きながら聞いてやるから、とりあえず工作室に行こう。急ぐ理由はないけど、こにずっといるのは時間の無駄だ」

 

「ちょっ、まっ!」

 

肩を掴んで振り向かせ、背中を押して進ませる。当然、文句がエリカの口から出てこようとするが、有無を言わせぬ早業で封殺する。身体も抵抗で強張っていたが、エリカと義飾の体格差から考えて、そんな抵抗は有ってないものだった。

エリカと義飾が歩き出したことで、他の三人も慌てて席を立つ。後ろから呆れた視線が飛んできているのを感じながら義飾は、工作室へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「工房見学楽しかったですね」

 

「なかなか有意義だったな」

 

 

 

工作室の見学を終わらせた一行は、昼食をとるために食堂に来ていた。第一高校の食堂は生徒数からすればかなり広い方なのだが、新入生が勝手を知らないために、この時期はかなり混雑する。

混雑する時間帯を避けて早めに食堂に来た義飾達だったが、あいにく五人で座れる席は空いておらず、仕方なく四人がけのテーブルに腰を下ろした。四人がけといっても椅子が個別に四つあるわけでなく、長椅子がテーブルを挟んで二つある。詰めれば一つの椅子に三人で座ることは可能だろうが、それは細身の女子の場合で、さすがに男三人が並んで座るには狭すぎた。特に、今集まっている男子陣は体格のいい者が揃っている。

レオは外国の血が入ってるだけあってかなりガタイがいい。達也もレオに比べれば細身だが、姿勢がよく、骨格も整っているので、かなり鍛えているのが見て取れる。そして義飾は言わずもがな。義飾は一見細身だが、それは背が高いから相対的にそう見えるだけで、十分以上に肩幅はある。

仮に、この三人が一つの椅子に座ればかなりキツイ事になるだろう。面積的にも絵面的にも。なので、男子の内一人は女子の隣に座らなければならなかったのだが、その割りを食ったのは義飾だった。

 

 

 

「有意義っつーか、俺はただただ圧倒されてたけどな。下手な工業高校よりも良いもんが揃ってたぞ」

 

スプーンですくったカレーを飲み込んでから、義飾が美月と達也の会話に混ざる。食堂に着いた当初はその広さに感嘆の声を上げていた一同だったが、腰を落ち着けてしまえば周りの景色に見飽きて、話題がさっきまで行っていた工房見学の方にシフトするのは当たり前の事だった。

会話に混ざるといっても、魔工師志望ではない義飾には専門的な事はわからないので、素人目でもわかる設備の充実さと、それを揃えることが出来る第一高校の資金の潤沢さに言及しただけで食事を再開した。

レオやエリカも各々の感想を言っている中、義飾が会話に深く入らないのは、早く食事を済ませて現在の肩身の狭い状況から脱却したいからだ。女子と並んで一つの長椅子に座ることになった義飾だが、さすがに詰めて座ることは出来ない。拳一つ分の距離は必要だった。そのせいでかなり収まりの悪い格好になっているのが口数の少ない原因だ。

早く食事を終わらせて席を立ちたいのだが、そんな義飾の思いに反して話が結構盛り上がっている。

昼食のカレーを半分ほど食べ進めた頃、会話の矛先が義飾に向いてきた。

 

「そういえばあんたは将来何になりたいの?工房見学に熱心じゃなかったからやっぱり魔法師?」

 

「んあぁ?」

 

レオと夫婦漫才のようなやり取りをしていたエリカが、話を切り替えながら義飾に視線を向ける。工房見学の前はプリプリと怒っていた彼女だが、美月の尽力と時間の経過のおかげで機嫌は直っている。

まさか自分に話が振られると思っていなかったので、少し間の抜けた声が口から漏れる。振られた話の内容も思考を滞らせるような内容だった。卒業間近ならともかく、入学直後に進路の話なんて性急過ぎる。当然、エリカの問に対する答えは用意していない。しかし

 

(そういや、高校入学時点で進路が決まってるのは魔法師にとっては珍しく無いんだったか?魔法師は努力云々より素質で出来ることが決まってる。自然とやること・・・やれることも決まってくる。やりたいことは二の次。たとえ魔法師になりたくても実戦的な魔法を使えなければその道は閉ざされる。・・・魔法っていうのに夢がないな)

 

魔法師の常識、というより当たり前の事情を思い出してエリカの質問に納得する。

魔法は、魔法演算領域という特殊な精神器官の有無によって扱えるか扱えないかが決まる。そして、どういう魔法が得意なのかもその演算領域が大きく関わってくる。

魔法演算領域は後天的に取り付け、及び改変は不可能だと言われている。つまり、どれだけ努力しても得意魔法が上達することはあっても増えることは殆ど無い。

魔法に触れた時から自分の出来る事が決まっているのなら、高校に入学した時点で進路を決めていても不思議ではない。細かい進路が決まってなくても大まかな進路、魔法師か魔工師、どちらを目指すか決まってない者はかなり少数だろう。

エリカの質問も特別珍しいモノではない。それどころか、新入生にとっては交友関係を広めるためにはお決まりの質問になっている。答えに詰まるような質問ではないし、濁すことでもない。

 

しかし義飾にとっては、かなり答えづらい質問だった。

 

「あ~~・・・・・・あいにく、魔法関係の職に就くつもりは無い。というより高校を卒業したら魔法とはバッサリ縁を切るつもりだ。たぶん、普通のサラリーマンにでもなってるよ」

 

「ハァ?何よそれ?」

 

随分溜めて吐き出された義飾の答えに、エリカの声に胡乱な色が乗る。いや、エリカだけではなく他の三人も訝しげな視線を義飾に送っている。

魔法科高校に入学して魔法とは関係の無い職に就く。それ自体は別段珍しいことではない。事故によって魔法は使えなくなればそういう道を進まざるを得ないし、二科生であるなら魔法関係の職に就けたら運は良いほうだ。

しかし、入学して間もない段階で魔法の道に進まないことを決めており、更に、卒業後は魔法に一切関わらないというのはおかしな話、どころかあり得ない。

義飾の答えを聞いた各人の心は一つに揃った。なら何故魔法科高校に入った、のかと。

その当然の反応を受け止めて、義飾は佇まいを直して口を開いた。

 

「・・・・・・俺の家はな、本来魔法とは関わりのない一般的な家系だったんだよ。高祖父―――爺ちゃんの、そのまた爺ちゃんの代まで遡っても魔法師がいたって記録はないし、これからもそうなんだろうと思われてた。・・・俺が産まれるまではな」

 

佇まいを直したからなのか、少し溜められたからなのか、それとも別のナニカによるものなのかわからないが、重たく感じる語り出しにエリカ達の体は僅かに強張る。

義飾の表情に変化はなく、声も詰まることはなくなだらかだ。しかし、いや、だからこそ平坦な声は感情を押し殺しているように感じて、触れてはいけない所に触れてしまったのではと、そう思ってしまう。

 

「俺が産まれて、魔法の才能があるってわかった時にな、大伯父―――爺ちゃんの兄貴が、うちはもしかしたら魔法師の家系だったのかもしれないって言い出してな。勿論、俺の才能だけが理由じゃない。一応、魔法書みたいなモンが家に残っててな」

 

エリカ達が小さく構えたのにかまわず、義飾は話を進める。その口調は相変わらず穏やかで、話の内容も珍しいモノではあるが、気を使うようなことでもない。それを確認してエリカ達は、小さく息を吐いて肩の力を抜いた。

 

「その魔法書は先祖代々受け継がれてきたモノで、大伯父も祖父から渡されたって言ってた。魔法書っつっても大したやつじゃない。A4サイズで厚さは一センチぐらい。中身見てもカビが生えまくってるわで半分も読めないから、それだけだとウチの家系が魔法師の家系なんだって判断出来ない。でも、才能がある奴が産まれたなら先祖返りの可能性があるから一考の余地はあるだろ?大伯父は長い事それについて調べてたから少しでも力になりたくて、魔法に触れる機会の多いこの学校に入ったんだ。まぁ、俺も自分のルーツは気になるからな」

 

終始穏やかな口調で義飾は話を締めくくった。口を挟まず最後まで聞いていた一同は納得しそうになるが、肝心な事を聞いてないと、代表するように達也が質問した。

 

「この高校に入った理由はわかったが、それなら卒業後に魔法と縁を切る必要はなくないか?せっかく入学したんだから、ここで学んだ事を利用できる職に就けばいいだろ」

 

「あ~~まぁ、それはそうなんだが・・・」

 

達也の質問を受けて、義飾はバツの悪そうな顔をして言葉を濁した。顎に手を当てて熟考するように黙った義飾を見て、やはり意図的に話さなかったのかと、達也は少し後悔した。

魔法師と非魔法師の問題はかなりデリケートだ。一般家庭に魔法の才能を持った子供が産まれた場合、ネグレクトに発展する可能性は低くない。義飾がそうだという確証はないが、先ほどの話に、近い血縁者が出なかったのは何か理由があるかもしれない。

話の流れで聞いてしまったがそこまで知りたいわけではないので、質問を取り下げようとするが、それより先に義飾が口を開いた。

 

「一般家庭だからな・・・。大伯父はかなり魔法に対して造詣が深いが、大伯父以外は基礎的なことも知らない。ぶっちゃけ、魔法関係の職業なんて占いで生計を立てるような怪しさがあるんだよ。親戚に説明出来ない職業に就く訳にはいかねぇだろ」

 

「そうか」

 

義飾の口から出た理由は概ね納得出来るモノであったが、おそらく嘘、もしくは全てを語っていない事は明白だった。しかし追求するわけにもいかないので、一つ返事をして達也は会話を切り上げた。

達也以外の面々も、これ以上この話をを続ける気は無いらしく次の話題に移ろうとする。

 

「お兄様っ!!」

 

しかし、達也を呼ぶ声が聞こえてきて全員そちらに振り返る。振り返らなくても誰かは予想がついたのだが、条件反射みたいなものだ。

振り返った先には予想通り、というか案の定、達也の妹である深雪がいた。

深雪は髪が乱れるのを構わず小走りでこちらに近寄ってくる。絶世の美少女である深雪が嬉しそうに破顔させて近寄ってくる姿は、絵画に出来るような神秘的な美しさを感じる。しかし視野を少し広めれば、深雪の後ろをゾロゾロと付いてくる集団がいるのを確認でき、台無しな光景となっていた。

金魚の糞、電球に群がる蛾、幾つかの喩えが義飾の頭によぎるが、いい意味のモノは一つも浮かばない。

特に理由もないが、義飾が頭を働かせて他に良い喩えがないか探している間に、深雪とその他集団は義飾達が座っているテーブルに到着した。

 

「ここにいらしたんですね。今から私も昼食なんですけどご一緒に・・・」

 

テーブルに到着した深雪が同席を希望しようとするが、席の状況を見て声が小さくなる。五人で四人がけのテーブルを使用している都合上、深雪が座れる余裕はない。いや、余分な隙間どころか義飾の体は半分はみ出している。

遠くからでも席の状況はわかったはずだが、達也にばっかり視線を送っていて周りを見ていなかった深雪はやっとそのことに気が付いた。

周りを見ていなかった恥ずかしさで、どう言葉を続けようか迷っていた深雪に義飾が助け舟を出す。

 

「俺達もご一緒したいのは山々なんだが、まぁ見ての通りだ・・・。どうしてもって言うなら司波の――お兄様の膝の上っていう選択肢があるけどどうする?」

 

「ひざのうぇっ!!」

 

義飾の言葉に深雪が驚愕を表す。淑女としてはあるまじき声が出てきた気がするがツッコム事はしない。深雪も触れてほしくないのか、小さく咳払いをして仕切りなおした。

 

「いえ、さすがにそこまでするわけには・・・・・・。皆さんお邪魔して申し訳ありませんでした。ではお兄様、後ほど」

 

小さく頭を下げて深雪が去っていく。その時の顔が名残惜しそうに見えたのは義飾の勘違いではないだろう。やはりこの兄妹は所々怪しい―――もとい危ない部分がある。

深雪がこの場を去るならば、後ろの連中もこの場に留まる理由はなく、来た時と同じように深雪の後を追う。

去る間際、集団の男子連中は義飾を強く睨む。特に深雪と親しくした訳でもなく、少し話しただけなのだが、それだけで気に食わなかったらしい。自分のモノでも無いのに嫉妬心の深い奴らだと、義飾は小さく息を吐いた。

 

 

「・・・悪い事をしちまったな。まぁ、席がなかったんだからどうしようもねぇけど」

 

「いや、そんなことはない。俺と深雪はクラスどころか科も違う。ずっと一緒にいては深雪はクラスで孤立することになる。慕ってくれるのは嬉しいんだが、せめて学校では兄離れをしてほしいと思っていたところだ」

 

「ハハハ・・・それもそうか」

 

あの妹にしてこの兄あり、といったところか。突き放してるように聞こえるがその実、妹のことを第一に考えている達也の発言に義飾は乾いた笑いを上げる。

そこからは特筆するようなことは何も起こらず、雑談を交えた昼食は平和に終わった。

 

 

 




まさか一月かかるとは・・・。
もっとポポポンッて投稿していきたい。
まずは文章書くことから慣れんとね。

そして今回の内容は義飾の家庭に軽く触れて、原作であった昼食時の騒動がないってだけですね。全然話が進まん。
昼食時の騒動がなくても森崎は泣かす。これは決定事項です。

タイトルに入ってある一般人は、一般家庭の生まれですよって意味です。義飾自体は逸般人です。


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第八話

この話は、森崎が泣きながら崩れ落ちて産まれてきたことを後悔する話です。

嘘です。半分くらい。




今回は、捏造設定、独自設定のオンパレードです。
そして、アンチ色もかなり強いです。ハイパーアンチです
森崎だけじゃなく、ほのかも達也も真由美も摩利もアンチされてます。
ほのかにいたっては、森崎とそんなに扱い変わらないです。
あと、かなり長いです。一万四千文字あるので平均文字数の二倍以上あります。

上記のことをふまえて、覚悟してから読んでください。


昼食を食べ終えた義飾達は教室に戻ることなく、そのまま『射撃場』と呼ばれる遠隔魔法実習室に向かった。

なんでも、遠隔精密魔法の分野で十年に一人の英才と呼ばれている生徒会長が所属するクラスが、これからそこで実習を行うらしい。

義飾は興味が無いので、生徒会長がそう呼ばれていることも、生徒会長が所属するクラスも、今から実習を行うことも知らなかったのだが、新入生にとっては進路に関わらず外せないイベントらしく、達也達に着いて行く形で見学することになった。

昼食を食べ始める段階から早めに行動し、昼食を食べ終わればすぐに射撃場に向かったおかげか、義飾達が着いた時にはまだ見学者は集まっておらず、特に苦労することなく最前列を確保出来た。

開始時間が近づくにつれ見学スペースに人が殺到し、先に着いていた二科生は後から来た一科生に遠慮するように脇へどいたが、義飾達は構うことなくその場を動かなかった。

そのせいでかなり刺々しい視線を送られていたが、悪意に慣れている義飾は勿論、美月達もこれから始まる実習に意識を向けていたため、気にはならなかった。

 

 

 

 

 

「イマイチ、何が凄いのかよくわからねぇな」

 

実習が滞り無く進み、本日の目玉である生徒会長の魔法を見ていた義飾が小さく感想をこぼす。

感嘆の声がそこらから上がり、些か騒がしい見学スペースでは溶け消えるような声量だったが、隣にいる人物に届くには十分だったらしく、聞きとがめたエリカが即座に反応した。

 

「何が凄いのかって・・・。見ればわかるじゃない。全弾命中なんて中々出来ることじゃないわよ。生徒会長以外に出来てる人いないし」

 

「それはそうなんだがな・・・」

 

エリカの呆れたような物言いに義飾が頭を掻いて言葉を濁す。顔を歪めて口を閉じたまま、何かを言う気配はない。その義飾の反応にエリカが訝しげな視線を送っていると、義飾を挟んで反対側に立っている美月が義飾をフォローするために話に入ってきた。

 

「化生くんの言ってることはなんとなくわかります。あれだけ技術差があれば、もう何をどうしてるのかわからないですよね」

 

「あーー・・・うん、そうだな。そういうことだ」

 

美月のフォローに、義飾は自分を無理やり納得させるような、或いは説明を面倒くさがったような言葉を吐く。

その返答に思う所が無いわけではないが、再び生徒会長の番が回ってきたので、エリカ達は義飾から視線を外し前を向く。

それに続く形で義飾も前方に意識を向ける。視線の先には生徒会長がさっきと同じように的を全て破壊する姿がある。

その技術は確かに凄いのだろう。全弾命中出来た者はこの実習中、生徒会長以外にいないし、見学スペースのみならず生徒会長と同じクラスの者からも感嘆の声が上がっているので、それは疑いようもない。

義飾も、同じことをしろと言われても当然無理だ。

 

しかし、やはり何度見ても、きょうい的なモノ(・・・・・・・)は感じなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~、いい加減終わってくれねぇかな」

 

「同感だ。だが、止めたところで意味はないだろうな。逆に激しさが増す可能性もある」

 

「お兄様・・・」

 

「謝ったりするなよ、深雪。一厘一毛たりとも、お前の所為じゃ無いんだから」

 

「はい・・・、ありがとうございます」

 

「イチャついてんじゃねぇよ」

 

どんな状況でも平常運転の兄妹から視線を外し、義飾は逃避させていた意識を戻す。

現在の時刻は、本日の終業を示すチャイムが鳴って少し経った頃だ。終業のチャイムを聞いて、学校に長居する理由はないので足早に帰ろうとした義飾だったが、その足はエリカに止められた。今日知り合ったメンツで駅まで一緒に帰ろうと誘われたからだ。

学校に長居する理由はないが、急ぎの用事があるわけでもないので義飾は二つ返事でその提案を了承した。

美月とレオも同じように了承するなか、達也だけが首を横に振った。

妹を待つから一緒に帰れないとのことだったのだが、それならみんなで待てばいいという風に意見が纏まった。

深雪は唯一、クラスどころか科も違うが、一科生と二科生で終業時間に違いがある訳でもなく、校門で待っていたらほどなくして深雪はやってきた。・・・大勢の一科生を引き連れて。

 

「いい加減諦めたらどうなんですか?深雪さんはお兄さんと一緒に帰ると言っているんです。他人が口を挿むことじゃないでしょう」

 

現在の状況を端的に言い表すならば、深雪と一緒に帰りたいがそうすればもれなく付いてくる達也が邪魔な一科生と、それに対して二科生が啖呵を切っている、という状況だ。

なんというか頭が悪い、もとい頭が痛くなる光景だ。

義飾は騒動には混じらず傍観に徹しているので、事態の推移は頭に血の上った当人達よりよく見える。

はっきり言って正しいのは、というより二科生達は先程から正論しか言ってない。一科生連中は図星を突かれて喚き散らしてるだけだ。まぁ事態の発端が、深雪と一緒に帰ろうとした達也に難癖を付けてきたのが始まりなので、元から一科生に道理などないのだが。

同じクラスということを抜きにしても、二科生の側に意見が傾いてる義飾だが、一科生の言い分も賛成するつもりはないが、理解は出来る。

 

(出来る奴は出来る奴同士でツルんだ方が、そりゃ良いよな。クラス分けからしてそういう風に出来てんだし。入学して二日目なんだ、クラスメイトと交友を深めることに注力するのが普通だ。兄貴とは家に帰れば会えるんだしよ。・・・まぁそんなのは本人が、司波妹が決めることだ。俺がグダグダ考えることじゃないし、同じクラスだからって一科生の連中がでしゃばって良いことでもない。だったら司波妹がガツンと言えばそれで済むんだが、今日会ったクラスメイトに強く言うわけにはいかねぇよな。ハブられる事は無いだろうけど、すごしにくくなるわな)

 

義飾は両者が納得出来る着地点を探して思考を巡らすが、良い案は見つからないし、考えている間にも事態は段々激しさを増していく。

 

「何の権利があって二人の仲を引き裂こうとするんですか!」

 

 

 

「引き裂くとかいわれてもなぁ・・・」

 

「み、美月は、な、何を勘違いしているのでしょうね?」

 

「深雪・・・何故お前が焦る?」

 

「えっ?いえ、焦ってなどおりませんよ?」

 

「そして何故に疑問形?」

 

「だから、イチャつくんじゃねぇ」

 

事態はもう、後戻りが難しい段階まできていた。というより、最初と今とでは致命的なズレがあるように見える。一応渦中の人物である司波兄妹も、騒動の空気に当てられて変な感じに混乱している。

こうなってしまえば半端な仲裁は意味が無いだろう。下手をすれば火に薪をくべるような事になりかねない。

行き着く所まで見守って、そこからは臨機応変に対処するしかないようだ。

 

(結局、何が悪いのかねぇ。一科生の頭と諦めが悪いのは確かだが、達也の成績が良くて一科生になってたら丸く収まってただろうし、そもそも司波妹がブラコンじゃなかったらこんな問題は起きなかった。司波妹が目を引く容姿だってのも原因だな。まぁ後ろ三つはどうすることも出来ねぇけど。そうなりゃやっぱり一科生集団が悪いな。二科生の側にも非がないとも言えないが・・・、正論を叩きつけずに諭すなんていう高度な技術を求める方が酷だな)

 

とりあえずの行動指針を決め、出来れば事態が自然に、かつ平和的に収束することを願いながら傍観を続ける。

義飾とて、この願いがかなり淡いものだというのはわかっている。だが、願うだけなら自由にしていいだろう。たとえ、願って数秒で打ち崩されるモノであっても。

 

「うるさい!他のクラス、ましてや雑草(ウィード)ごときが僕たち花冠(ブルーム)に口出しするな!」

 

(うわぁ~~自分で花冠(ブルーム)とか言っちゃうんだ。ってか一人称が僕とか似合わねぇ)

 

既に冷静さを失っている一科生の発言に空気が軋む音がした。

ブルームとウィードはセットで使われることが多いが、ブルームはともかくウィードという単語は差別的なニュアンスがあるとして、校則で使用を禁止されている。

この校則が守られている事はほとんどないが、一応人目を憚って陰口に使用される程度だ。

こんな衆目を集める場所で大声で叫ばれることはない。いや、叫んでいい言葉ではない。

事態が悪い方に傾き、続いた美月の言葉で決定的に動いてしまった。

 

「同じ新入生じゃないですか。あなたたちブルームが、今の時点で一体どれだけ優れているというんですかっ?」

 

美月の言葉に一科生の、とりわけ先頭に立っている男子生徒の撃鉄が起こるのが義飾にはわかった。

 

「・・・・・・どれだけ優れているか、知りたいなら教えてやるぞ」

 

感情を押し殺しているというよりは、激情を溜め込んでいるような口調で絞りだすように、威嚇とも最後通牒ともとれるセリフ吐き出す男子生徒。

 

「ハッおもしれぇ!是非とも教えてもらおうじゃねえか」

 

男子生徒の雰囲気の変化に気づかなかった訳では無いだろうが、レオもいい感じに頭に血が上っているので好戦的に応じる。

もう事態は爆発寸前、いや起爆スイッチに指がかかった状態だ。当人の意思次第で何時でも爆発する。

レオの挑発を受けて、元より我慢をする気もなかっただろうが、男子生徒の憤りは限界を突破した。

 

「だったら教えてやる!!」

 

言うやいなや、腰に手を伸ばす男子生徒。服に隠れているが、そこにはホルスターが巻かれており、拳銃が収めれれている。勿論、本物の拳銃ではない。前世とは一世紀近く開きのあるこの世界だが、基本的な所は変わらない。銃刀法もしっかり残っている。

男子生徒の腰に収められているのは拳銃型の術式補助演算機(C A D)だ。

銃と違ってCADの所持と所有には何の制限も掛けられていない。理由は幾つかあるが、制限を掛けても意味がないのが一番の理由だ。

CADは魔法師の必須ツールだが、必要不可欠ではない。CADがなくても魔法は使える。なので、CADの所持に制限を掛けるよりも、魔法の行使に規制を掛けたほうが確実なのだ。

魔法の行使は細かく規制が掛けられている。人に使っていい場面は当然かなり限られる。たとえ医療目的の魔法であっても、正当性が認められなければ罰せられる事もある。

 

 

そして、今まさにCADをレオに向けて魔法を使おうとしている男子生徒に、正当性などあるはずがなかった。

 

明確な法律違反に、場の空気が凍り付くのを錯覚する。見物人も悲鳴を上げ、事態は更に混沌としてきた。

慣れた手際で抜き出されたCADの標準がレオに定められる。魔法に詳しく無い者が見ても、銃を模したそれが人に向けられている今の状況を非常事態だと判断するだろう。

 

「お兄様!」

 

切羽詰まった声が深雪から上がる。その声が終わるより早く達也が右手を突き出す。今の状況を収めるには意味のない動作に思えるが、

 

(何をするつもり・・・いや、何とか出来るのか(・・・・・・・・)?何とか出来るなら司波に任せたいが・・・・・・っ!)

 

達也の行動を横で見ていた義飾が、事態を収めるために動かそうとしていた足の力を抜こうとする。しかし、その考えはすぐに切り捨てる。

たとえ、この後大きな問題が起こらないとわかっていても、確実性のない可能性に賭ける訳にはいかないし、信憑性の低い手段を頼る訳にはいかない。

自分に確実な手段があるなら、自分が動いた方がいい。

再び足に力を込める義飾だったが、その足が踏み出されることはなかった。

 

「ヒッ!」

 

上擦った悲鳴が上がる。義飾が行動を開始するより早く魔法が発動された、のではない。

悲鳴を上げたのは、銃口を突きつけていた一科生の方だ。

その一科生の手には銃を模したCADはなく、その眼前にはどこから出したのか特殊警棒を振り抜いた姿勢で、エリカが立っている。

ここまで見れば何が起こったのか明白だ。エリカが特殊警棒で一科生のCADを弾き飛ばしたのだ。

エリカの表情に動揺や焦りの色は一切なく、ただ、余裕を感じさせる笑顔が浮かんでいた。しかし、気は張り詰めたままだ。仮に一科生が次の手を打った所で、エリカは容易くそれを切り捨てるだろう。

 

「この間合いなら身体を動かした方が速いのよね」

 

肩の力を抜いて残心を解いたエリカがいつもの軽い雰囲気に戻って得意気に説く。それに応えたのはCADを掴もうと伸ばしていた手を、危うく一緒に叩かれそうになったレオだ。

そこからはいつものパターン・・・と言うにはまだ日数が足りないと思うのだが、まぁ、義飾達二科生の面々には今日で随分見慣れた光景が始まった。

周りをほったらかしてギャアギャア漫才をしだす二人。誰もが呆気にとられ、場に白けた空気が流れる。

このまま事態がうやむやになればいいと思った義飾だったが、その願いはまたもや儚いまま叶わなかった。

 

CADを弾き飛ばされた男子生徒の後ろにいる女子生徒が腕輪型のCADに指を走らせる。

術者からCADにサイオンが送り込まれ起動式が展開。そつ無く無駄なく行われ、レオとエリカの漫才のせいで呆気に取られていた面々では妨害は間に合いそうになかった。

しかし、結果的に魔法は発動しなかった。騒動の外、第三者から文字通り妨害が飛んできて、女子生徒が展開していた起動式を破壊した。

 

「止めなさい!自衛目的以外の魔法による対人攻撃は校則違反である以前に、犯罪行為ですよ!」

 

飛んできたのはサイオンの塊だ。それは女子生徒が展開していた起動式を破壊するだけでなく、興奮していた面々に冷静さを取り戻させた。しかし、続いた制止の言葉にそちらを振り返って声の主を確認したら、彼らの頭は鎮静を通り越して底辺まで落ちきる。特に、起動式を展開していた女子生徒の変化は顕著で、一瞬で顔面を蒼白にした後、よろめいて他の生徒に支えられた。

騒動を鎮圧しにきたのは生徒会長の七草 真由美だ。前日に入学式で紹介され、本日も実習を見学した時にその姿を見たので間違えようがない。

生徒会長であっても、二つ上とは思えないくらい身長が低く、女性の彼女では今の事態を収めるには少し頼りなく思うが、活性化したサイオン光を背負うその姿からは事実以上の威厳が滲み出ていた。

 

「君たちは1―Aと1―Eの生徒だな。事情を聞きます。ついて来なさい」

 

真由美の言葉に続くように、隣に立っている女性が命令する。あいにく、義飾はその顔に見覚えはないが、状況的に考えて生徒役員だろう。

その女性は既に起動式を展開しており、抵抗のそぶりを見せれば即座に魔法が発動されるだろう。といっても、彼女らの空気に呑まれている面々には、反抗の意思は無い。

 

一科生と二科生関係なく、今回の事態に関わった全ての者が萎縮し、押し黙る中、達也が事態を大きくしないために動こうとするが、それより先に義飾が一歩踏み出した。

義飾は萎縮するでもなく、虚勢を張るでもなく、左手をポケットに入れたまま、薄く笑みを浮かべて真由美達に近づいて行く。

機先を制された達也は、一先ず義飾に任せようと動かしかけた足を元に戻す。義飾の顔に浮かんだ軽薄な笑顔に一抹の不安がよぎるが、それはあえて無視した。

一科生と二科生、対立する両者の間を切り裂くように通り抜ける義飾。その際、顔を一科生の方に向け、僅かに笑みを濃くしたのを達也は見逃さなかった。やはり任せたのは間違いだったかと思ったが後悔は先に立たず、義飾は真由美の元、正しく言えば命令をした女性の前まで到着した。

 

「それには及ばねぇよ。わざわざ来てもらって悪いが、こっちで処理する。あんた達が手を煩わせる必要はない」

 

真由美達の前に立った義飾は、軽薄な笑顔をそのままに命令を突っぱねる。義飾の身長が高い都合上、自然と義飾は二人を見下す形になっているのだが、意図が全く無いわけでもないらしく、口調にそれが現れている。

義飾の傲慢不遜な態度と言葉遣いに、場の温度が再び下がる。真由美達の眉は顰められ、その怒気を感じ取った一科生はさらに顔を青くする。

 

「・・・気を使ってくれて嬉しいが、そういう訳にもいかない。風紀委員長として魔法の不正使用は見過ごせない。もう一度言うが、詳しい事情を聞くために生徒指導室まで―――」

「断る」

 

怒りを抑えて再度、風紀委員長と名乗った女性が命令しようとするが、最後まで言い切らぬ内に義飾が切り捨てる。短い言葉には先程よりも強い拒絶の意思が見える。

言葉を遮られた風紀委員長は不快感に眉を更に歪め、展開している起動式に意識を向ける。

未だ直接的な抵抗はしていないが、反抗心を見せている以上油断は出来ない。何時でも実力行使に移れるように体勢を整える。真由美も、その意図を汲み取って自分のCADに手をかざす。

二人が殺気立つのを間近で見ていた義飾は、それでも軽薄な笑顔を崩さない。それどころか呆れたように息を吐き、言葉を続けた。

 

「・・・って、この言い方は正しくないな。そもそも俺たちに、あんたらの命令を聞く義務はない。たかが生徒役員ごときが、今の状況に出しゃばれる権限を持ってると思ってるのか?」

 

もはや、敬う感情が一切乗っていないどころか完璧に相手を侮る言葉に、義飾の後ろにいる騒動を起こした者達は戦々恐々としている。しかし、その語られた内容には疑問符が頭の上に浮かぶ。

魔法科高校において、風紀委員の仕事は一般の高校とは大きく違っている。

一般高校では校則違反者の取り締まり、或いは乱れた風紀を正すのが主な仕事だが、魔法科高校では服装の乱れや遅刻などの些事であれば別の委員会の仕事だ。

第一高校の風紀委員会の主な仕事は、魔法使用に関する校則違反者の摘発と、魔法を使用した騒乱の鎮圧、と一般高校と比べてかなり物騒なものになっている。

なので、今回の事態に風紀委員長が出張るのはおかしい事ではない。それどころか、見て見ぬふりをすれば職務を放棄したことになる。

 

だから、おかしいと言い切る義飾の言葉に疑問が沸くのは当然だ。義飾の前にいる風紀委員長も、侮った言葉遣いをされた怒りと一緒に、訝しさが沸いてきた。

 

「・・・どういう意味だ?」

 

沸いてきた感情をそのまま口にする。二つの感情によって歪められた顔は気の弱い者が見れば卒倒してしまうような迫力がある。起動式も展開されたままなので、否が応でも人を萎縮させる。

 

「どういう意味って、それは最初にお前らが言ったんじゃねぇか。“自衛目的以外の魔法による対人攻撃は校則違反である以前に、犯罪行為です”ってな」

 

しかし、間近でその顔を見ても義飾に変化はない。相変わらずの軽薄な笑顔、いや、最初と比べて明らかに濃くなった笑顔を顔に浮かべて、風紀委員長を見つめ返す。

 

 

 

 

 

 

 

「校則違反以前に犯罪行為。つまり、こいつらがやったのは法律違反だ。だったらよぉ―――――

 

 

学校に預ける(・・・・・・)んじゃなく、警察に届ける(・・・・・・)のが正しい対応だと思うんだが、何か間違っているか?」

 

「なっ・・・!」

 

義飾の口から出た言葉に、風紀委員長が驚愕に目を見開き絶句する。いや、驚愕というより戦慄と言った方が正しいか。

社会で魔法師の風当たりは強い、というわけではないが、一部の人間が差別意識を持っているのは事実だ。もし、今回の事態が警察沙汰にまで発展してしまったら、その一部の人間が声を大にして加害者達を糾弾するだろう。そうなってしまえばもう、加害者だけの問題ではない。

加害者の親族、被害者、在籍している高校、在籍していた中学、中学時代に通っていた公立の魔法塾にまで飛び火する可能性がある。

言ってしまえば風紀委員会は、そうなる前に出来るだけ内々で問題を処理するのが仕事なのだが、その職務を真っ向から反対する義飾の発言に驚くのは無理はない。

そして、義飾の発言に戦慄したのは当然、風紀委員長だけではない。義飾の後ろ、騒動の当事者である者達は義飾の発言に息を呑んで大きく身を震わせた。

特に、魔法を発動しようとしていた男子生徒と女子生徒の変化は顕著で、顔面は蒼白を通り越して、生きているのか疑わしいくらい土気色になっている。

 

誰もが義飾の発言に戦慄し、混乱する中、いち早く混乱から脱した達也が義飾を止めるために一歩踏み出す。

 

「待て、化生。お前の言い分はわかるが、そこまで問題を大きくする必要はない。結果的に魔法は発動しなかったし、怪我人も出なかった。それに・・・・・・彼女が発動しようとしていたのは攻撃性の無い閃光魔法だ。視力障碍を起こさないように威力も調整していた」

 

達也の言葉に、ついさっき義飾がもたらした絶句とは別の意味で、一同が息を呑む。

魔法師は、魔法式を直感的かつ、曖昧に理解することは可能だ。

しかし、それ単体ではただの膨大なデータの塊にすぎない起動式を、意識的に細部まで理解することは不可能だ。

達也の言葉はその不可能をやってのけたと言っているので、周りが息を呑むのは当たり前の反応だ。

自分の異能がバレる危険を冒してまで口を挟んだ達也だったが、

 

「へぇ・・・お前は展開された起動式を読むことができるのか。で、それがなんだ。何か関係があるのか?」

 

「っ!」

 

その覚悟を伴った言葉は、容易く義飾に切り捨てられた。

 

「生徒会長が対人攻撃って言ったから勘違いしちまったか?魔法は、そもそも人に向けた時点で法律違反だ。例えば、治癒魔法は特殊な治療方法だが、基本的には医療侵襲行為に分類される。手術やX線を照射するのと一緒だな。こうなりゃ魔法云々の以前に医師法が適用される。医療侵襲行為は医師でなければ行ってはいけない。勿論、魔法を使えて医師関係の資格を持っている奴は稀だから抜け道が用意されてる。治療魔法を行使する際は患者の同意と医療関係者の監督が絶対必要だ。もし、緊急性が高く、止むを得ず同意と監督無しに治療魔法を使った場合、術後の経過次第では罪に問われることがある。・・・って関係ない話をしちまったな。つまり何が言いたいかというと、魔法の種類は関係ない。正当性がなければどんな魔法でも“罪”だ」

 

身体ごと振り返って達也と相対する義飾。喋りながら歩き、騒動が起こった場所にへと戻る。そして、あと数歩で騒動の中心という所で足を止めた。反対側には達也がいる。

一科生と二科生を挟んで、達也と義飾がいるので四者で正方形を作るような位置関係だ。そんな位置関係で立っているが、義飾と達也以外は空気に呑まれ萎縮しているので発言する気配はない。

 

「それに、攻撃性の無い魔法を使った(イコール)攻撃の意思がなかったとはならないだろ。閃光魔法を使おうとしていたって言ったよな。だったら、まずはそれで俺たちに目を眩ませてから、本命の魔法で攻撃する。なるほど、さすが一科生、上手い手だ」

 

向い合って改めて非難の意見を言われると、擁護の言葉は思い付かない。というより、別に達也は一科生を擁護する立場にいない。ただ、問題を起こした一科生と同じクラスにいる深雪に飛び火することを恐れて、事態が大きくならないように努めているのだが、一科生が悪いのは確かなのでかなり分が悪い。

達也が言葉に迷っていると、今まで黙って聞いていた、いや、萎縮して黙らざるを得なかった、起動式を破壊された女子生徒が声を張り上げた。

 

「そ、そんな、私はそんなつもりなかったんです。ただ、みんなに落ち着いて貰おうと――――」

「あいにく、加害者の意見は聞いてない。主張したいことがあるなら弁護士を間に立てて、警察に言ってくれ。まぁ、攻撃の意思なんていう抽象的なモノが、警察に認められるのは難しいがな。お前が使ってるのは汎用型のCADだな。だったらそれにインストールされてる最大九十九種類の起動式の中に、攻撃性のあるモノが無ければ、攻撃の意思はなかったって簡単に認められるが・・・、それをこの場で確かめるのは無理だ。おとなしく、警察の到着を待ってろ」

 

断定する口調、無理難題、そして加害者という嫌でも罪を意識させる言葉に、女子生徒の勢いは無くなり口を閉じる。

横から口を出されたので、義飾はそちらに身体を向けて達也と向かい合う体制を崩す。視線の先には口を閉じて下を向いてしまった女子生徒がいるが、既に興味は無いので視線を横にズラす。

ズラした先にはもう一人の当事者である、特化型のCADを抜いた男子生徒がいる。義飾の鋭い視線に射止められ、男子生徒は乾いた声を上げた。その反応に笑みを濃くし、義飾は足を踏み出してゆっくりと男子生徒に近付いた。

 

「それはお前も一緒・・・いや、少し違うな。お前の場合は、起動式が展開される前に妨害されたから、達也でも何の魔法を使おうとしていたのかわからない。それに、お前のCADは特化型。起動式は九種類しか登録出来ず、その性質上、攻撃性の高い魔法が登録される事が多い。そして、起動式は展開していないが、CADの照準補助システムが働いたのは確認できた。つまり、お前に攻撃の意思があったのは明白だ。彼女との違いはそこだ。お前の場合は、インストールされている起動式によって罪の重さが違ってくる。殺傷性ランクB以上の魔法があれば―――殺人未遂だ」

 

「ヒィァ・・・」

 

まるで子供に説明するように、わかりやすく順序立てて話す義飾。当然だが、男子生徒を気遣ってではない。自分の仕出かした事を強く認識させるためだ。

その効果は絶大で、男子生徒の喉から意味のない喘ぎが漏れる。

義飾は限界まで男子生徒に近付き見下ろす、いや、見下す。自然と男子生徒は義飾の顔を見上げる事になり、義飾の顔には影が差され、さらに不安を煽るような威圧感を醸し出していた。

 

「お前は一科生と二科生の才能の差を教えてくれたからな。俺は、社会の最低限のルールを守らなかった場合、どうなるかを教えてやるよ。まぁ、ここまでくれば俺がやることは少ない。せいぜい、警察に電話を掛ける程度だ。そして、お前に出来ることもない。いや、隅っこにいってガタガタ震えるくらいは出来るか?一応、逃げるって手段も残ってるな。でも、そうした場合―――――たとえ便所に隠れようが、徹底的に追い詰めて、息の根を止めてやるよ」

 

「あ・・・、あぁ・・・・・・」

 

顔を近付けて、囁くように告げられた内容に男子生徒はついに耐え切れず、後ろに崩れ落ちて尻餅をつく。その顔は恐怖がキャパオーバーを起こして放心し、目からは涙が流れた。

 

 

 

それを見て義飾の口角は限界まで、上げられた。言葉にしなくても義飾の内情はよく分かる。大・満・足と表情が語っている。

義飾の糾弾が終わり、場には刺すような沈黙が流れる。糾弾された一科生は勿論、一応庇われた二科生も、途中から完璧に蚊帳の外に置かれた生徒会長達も、声を出す事ができないでいた。

しかし、沈黙を作ったのが義飾なら、破るのもまた義飾だ。

笑顔をそのままに義飾は華麗にターンして男子生徒に背を向ける。笑顔はそのままだが、そこから受け取る印象はさっきとは大きく違う。さっきまでは嗜虐心が多分に表れた顔だったが、今は人好きするような、親しみが込められた笑顔だ。

 

「と、まぁ・・・ここまで言っていてなんだが、さすがに俺もこれから事情聴取やら何やらで、時間を取られるのは好ましくない。当事者も反省してるみたいだし、あとは誠意のこもった謝罪があれば、今回の事は目を瞑ろう。・・・お前たちもそれでいいか?」

 

「へ?え、あ、うん・・・」

 

今までほったらかしにされて、突然話を振られたエリカ達は流れに任せて首を縦に振る。勢いで頷いだが、それ自体に異論は無い。あんな姿を見てしまえば、さすがにこれ以上一科生たちを責めることは出来なかった。

 

「それは重畳。寛大な判断に感謝する・・・なんてな。さて・・・」

 

エリカの返答に、満足そうにおちゃらけた口調で頷いた義飾は再度振り返って、一科生の方に身体を向ける。そこには、へたりこんだままの男子生徒と俯いた女子生徒、そしてバツが悪そうに肩身を狭くしている一科生がいる。

 

「話は聞こえたか?いつまで座り込んでるつもりだ。頭下げれば許してやるって言ってるんだ。・・・さっさと立て」

 

ドスの利いた声に促されて男子生徒が慌てて立ち上がる。そして、制服の裾で顔を乱暴に拭った。

しかし、完璧には拭いきれず、頬には乾いた涙が残っている。

義飾の言葉に従って立ち上がった男子生徒だが、それと同時に本来の性格も立ち直った。一科生贔屓の、この騒動の原因になった性格だ。

全く懲りてないと思うかもしれないが、それは違う。ここで引いてしまえば、これ以上の無様を晒してしまえば、彼のアイデンティティの崩壊に繋がる。

しかし、だからといって義飾の要求を呑まない訳にはいかない。顔を大きく歪め、男子生徒は覚悟を決めた。

 

その様子を黙って見ていた義飾の顔に、嗜虐の色がまた浮かぶ。存外、まだ楽しめそうだと。

 

「・・まなかった」

「あぁん?なんだって?聞こえねぇな」

 

消え入りそうな男子生徒の謝罪をかき消すように、声を張り上げて言葉をかぶせる義飾。実際に聞こえなかった訳ではないが、声が小さかったし頭も軽くしか下げられてないので誠意は伝わらなかった。

義飾の言葉に男子生徒の顔がさらに苦々しく歪み、心の奥から黒い感情が湧き上がってくる。それを深呼吸をして抑えようとするが、再度の謝罪に滲み出ていた。

 

「すまなかった!!」

「言葉遣いがなってねぇな。もう一回」

「っ!・・・・・・すいませんでしたっ!」

「なんだその態度は?謝る気があるのか?」

「・・・すいませんでした」

「誠意が見えない。もう一度」

「・・・・・・申し訳ありませんでした」

「そもそも謝る相手が違う。実際に被害を被りそうになったのはエリカとレオだ。だったら、二人の前に行って頭を下げるのが筋だと思うが」

「っぁ・・・・・・!くっ・・・・・・!」

 

怒りを我慢しなければならない人間の、限界の表情というのを初めて見たかもしれない。遠い目をしながら、エリカ達はそう思った。

最初の騒動のこともあって一科生にあまり良い心象を持っていないエリカ達だが、泣くほど追い詰められた彼を笑うほど歪んだ性格はしていない。

況してや、さらに彼を煽って楽しんでいる義飾のように、悪魔じみた性質もしていない。

騒動の時はあれほど頭に血が上っていたのに、今はそれがもう嘘のように白けてしまっている。いや、もう白けるどころか、一科生に同情の念を抱いている。特にあの男子生徒。

義飾の糾弾で十分溜飲は下がった。・・・余分に飲み込んだので少し胃はもたれるが。

終わるなら早く終わって欲しい・・・いや、終わらせて上げてほしい、というのがエリカ達の正直な心情だ。

エリカ達の思いが伝わったのか、義飾が半身になって一科生と二科生の間からどく。再び、敵対する両者が向かいあったのだが、最初とは心持ちが大分違う。

一科生は今にも倒れそうなほど消沈しているが、二科生は、一科生のその様子を見て奇妙な罪悪感に襲われた。

 

「「申し訳ありませんでした」」

 

今度は男子生徒だけでなく、声を揃えて一科生全員で頭を下げた。首からでなく、腰から下げられているので、十分誠意と反省は伝わってくる。勿論、拒否するつもりはないので受け入れようとするが、

 

「おいおい、一科生ってのは校則や法律どころか、頭の下げ方も知らねぇのか?仕方ねぇから俺が教えてやるよ。まず、両膝を地面に着けてだな―――」

「あんたはもう黙ってなさい!!」

 

義飾が口を挟んできて事態は収束どころか、さらに混沌へ落ちようとする。

そうなってしまっては堪らないので、エリカが慌てて遮り、義飾の身体を押しのける。

義飾は不満そうに僅かに眉をしかめたが、自分でもこれ以上は蛇足だとわかっているので何も言わず肩を竦めた。

 

少し横槍が入ったが、一科生の謝罪は終わり、二科生もそれを快く受け入れた。

正確なことはわからないが、かなり長い時間が経ったような気がする。特に、義飾がしゃべり出してからはもう半日は経ってしまったんじゃないかと思う。もちろんそんなはずは無いのだが、両肩に伸し掛かる疲労感は10分そこらで作られたとは到底思えない。

何にしても事態は収束。この場に留まる理由はもう無い。疲労感に急かされるように、達也達は帰途についた。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと待った!!」

 

「「「あ・・・」」」

 

校門に背を向けた達也達に焦った制止の声が投げられる。その声を聞いた一科生と二科生は意図せず声が揃った。

声をかけてきたのは、まぁ当然といっていいのか、真由美達だ。義飾に“関係ない”と断言され、そこからは視界にも入れてもらえず、せっかく介入しに来たのに事態の外に追いやられた彼女たちは、ようやく自らの存在を主張出来た。

意を決して彼らを呼び止めた真由美達だったが、いかにも今思い出しましたみたいな反応をされて挫けそうになる。

しかし、生徒役員の威厳のためにもここで引くわけにはいかない。

 

「まだこちらの話は終わってない。再度通達します。生徒指導室まで――――」

「あぁん!!」

 

風紀委員長が懲りずにもう一度命令しようとするが、案の定、義飾に遮られた。ドスの利いた、というより見た目通りのガラの悪い声だ。

 

「空気の読めねぇ奴らだな。丸く収まったのが見えねぇのか?終わったこと蒸し返そうとしてんじゃねぇよ。警察が介入しないなら、お前たちがでしゃばって良いと思ったか?はっきり言ってまだ示談で済んだだけだから、俺の気持ち次第で何時でも警察は呼べる。そうなりゃ、せっかく一科生が頭を下げたのに無駄になっちまうなぁ」

 

「くっ・・・・・・!」

 

勢いよく捲し立てる義飾に対して、風紀委員長は二の句が継げない。反論が思い浮かばないのもそうだが、義飾に圧倒されたのが一番大きな理由だ。

 

「・・・・・・君の名前は?」

 

「ハァ?」

 

「君の名前はなんというんだ?」

 

苦し紛れに話題を移し替える。鼬の最後っ屁というわけではないが、ここまでいいように言われて、相手の名前を知らないのは癪だと思ったからだ。

急な話題転換に義飾な眉が訝しげに歪む。別に名前ぐらいなら教えてもいいのだが、ここで素直に教えるほど義飾はかわいい性格をしていない。

 

「相手の名前を聞くときは、自分から名乗るのが常識だと思うんだが」

 

「風紀委員長の渡辺 摩利だ」

 

「そりゃご丁寧にどうも。まぁ俺は、名乗られたら名乗り返せなんて教わったこと無いけどな」

 

「っ・・・・・・!」

 

最後っ屁も不発に終わり、加えて、しっぺ返しをされて摩利の顔が大きく歪む。

その反応に頓着せず義飾は、隣に立っている真由美に視線を送る。

 

「お前は何か言いたい事があるか?」

 

目が合った真由美は、今更だが義飾の言葉遣いに眉を顰め、そして、義飾の後ろに視線を送る。

義飾の後ろには一科生と二科生が所在なさ気に立っている。特に一科生は目が合ったわけでも無いのに、真由美に視線を送られただけで肩を大きく震わせた。

その反応は確かめて、真由美はもう一度義飾と目を合わせた。

 

「いえ・・・、本来であれば生徒指導室まで連行するところですが、もう十分反省してるみたいですので、今回はこの場で終わらせます。・・・・・・魔法の行使には、起動するだけでも細かな制限があります。これは一学期で教わるので、それまで問題を起こさない自信のない人は、CADの持ち込みを自粛することをお勧めします。・・・・・・以上です。それでは」

 

なんというか取って付けたような注意だが、そんな言葉でも問題を起こした一科生にとっては無視出来ないのか、義飾の後ろで頭を下げる気配がする。

一科生が頭を下げたのを確認して真由美は踵を返す。そしてその後を、不満がありありと残っている顔で、摩利が続いた。

役員が去ったことで、ようやく事態は終着した。




よっしゃ!!森崎泣かした!!第一部完!!
なんかほのかも煽り食らってるけど、どうでもええわ!!



・・・はい、なんかすいません。
筆がノリにノリまくって気付いたらこんなんなってました。
いや、達也と真由美と摩利は悪ノリが過ぎたんですけど、ほのかは仕方ないかなと思ってます。
スピンオフの『魔法科高校の優等生』で、ほのかはみんなを止めるために魔法を使ったって書いてるんですけど・・・

みんなを止めなきゃ!→よしっ閃光魔法だ!!
・・・なんでやねん、大声出すとかあるやろ。引き出し少なすぎやろって思ったんで、最初からほのかのアンチは決まってました。まぁ今回だけですけどね。
このせいで夏休みのプライベートビーチフラグが折れた気がするけどなんとかします。

ってかこの話で色々なフラグが折れた気がする。達也が摩利に名前を言ってないんで、昼食フラグも折れた。
オリジナルストーリーとか書けないんで何とか修正していきます。


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第九話

前の話でお気に入りとユニークアクセスと評価が急増した。コワイ。
ランキングにも乗った。加点式で一位だった。コワイ。
森崎アンチで評価されるなんて、みなさんの森崎に対する殺意が見えますわ。コワイ。

今回の話は前回に続いてアンチと、捏造設定、と言うより過去捏造です。
ちょっと無理があるかもしれませんが、難しく考えないで読んでやってください。
森崎とほのかからして、あんな簡単に魔法使っちゃうなら、こんな事件が起きててもおかしくないよねって話です。

それと感想なんですが、一気に量が増えたんで返せそうにないっす。
作者はネットでも人見知りを発動しちゃう人間なんで、感想を返すのに多大な労力を必要とします。
一応、全ての感想には目を通してます。
感想返して更新が滞りそうなら、執筆を優先したほうがイイよね?


真由美達の姿が見えなくなるまで見届けてから、義飾は振り返った。

もう言いたい事は全部言ったし、騒動も決着が着いた。あとは帰るだけだと思っていた義飾の視界に、達也と例の男子生徒が向かい合ってる姿が映った。

 

「・・・・・・僕の名前は森崎 駿だ。お前の名前は?」

 

「・・・司波 達也だ」

 

何故いまさら達也の名前を聞いたんだ?と思ったが、そういえば元々の騒動の発端は、深雪と一緒に帰りたいがそれだと二科生の達也が邪魔だ、というものだった。色々ありすぎてて忘れていた。

生徒会長達が去り、本来の性格を完全に取り戻した森崎は、鋭い視線で敵意を持って達也を睨んでいる。その視線を達也は無表情のまま受け流している。

今にも先ほどの騒動の再現が始まりそうな雰囲気だが、森崎の頬にはまだ涙の跡が残ってるのでイマイチ締まらなかった。

 

「僕は森崎の本家に連なる者だ!」

 

 

 

「“森崎”ってなんだよ?」

「たぶんあれよ、クイックドロウで有名な。映像資料見たことあるわ」

「ふ、二人共静かに・・・」

 

達也の反応に焦れたのか、森崎が声を上げて自己紹介を補強する。それを受けても達也の顔に変化はなかったが、その後ろでレオが疑問をこぼし、エリカがそれに答える。声が小さく内緒話をしているみたいなので、それを見咎められることを恐れた美月が慌てて窘めた。

 

「司波 達也、僕はお前を認めない。司波さんは花冠(ブルーム)だ。お前たち雑草(ウィード)と一緒にいれば、いずれ枯れてしまう。司波さんは僕たちと一緒にいるべきなんだ!」

 

レオとエリカのやり取りは当然聞こえているはずなのだが、とりあえず用件を済ませようと思ったのか、森崎がさらに声を張り上げる。話している内に感情が高ぶってきたのか、だんだん語気が強くなっている。そして、最後は叩きつけるように吐き捨てると、乱暴に振り返って背中を見せた。

 

「いきなりフルネームで呼び捨てか」

 

「それに、随分ポエミーな表現で口説くじゃねぇか。顔に似合わずロマンチストなのか?・・・それで、甘い言葉で愛を囁かれた司波妹の答えは?」

 

「へぇ?いや、あの・・・」

 

「なるほど、そうだよな。魔法の才能云々の前に、校則や法律を守れない奴は嫌だよな。・・・ということで、一般常識を身に付けてから出直してこい」

 

しかし、達也と義飾のダブルパンチで踏み出しかけた足が止まりそうになった。言いたい事はいっぱいにあるだろうに、捨て台詞を吐いた手前、もう一度振り返る事は出来ない。

結局、立ち止まらず、森崎とその他一科生はそのまま立ち去った。森崎の背中は気落ちしているように見えたが、それは気のせいだろう。

 

一科生が立ち去ったことで、ようやく達也達の空気が弛緩する。

森崎を煽るのに深雪を利用されて、達也は棘のある視線を義飾に送るが、相変わらずの軽薄な笑顔が見えて、文句言うことは諦めた。

疲れていたからめんどくさかったのもあるが、騒動が終わったのに同じ二科生の仲間である義飾と言い争うのはどうかと思ったからだ。

 

「やっと帰れるな」

 

「・・・・・・あぁ。・・・それじゃぁ、レオ、千葉さん、柴田さん、帰ろう」

 

割り切れない思いをなんとか飲み込んで、義飾の言葉に答える。そして、義飾と達也が他の面々を先導するように歩き出す。

行く手を遮るように事態を悪化させた女子生徒がいたが、義飾が軽く視線を送っただけで脇へどいた。どうやら、義飾に対してかなり苦手意識を持ったようだ。・・・当然の事だが。

女子生徒を横目に、今度こそ帰途につこうとした義飾達だったが、

 

「あ、あ、あのっ!!」

 

その女子生徒に呼び止められて、またもや足を止めることになった。

達也達は、もう関わりたくないというのがありありと見える辟易と表情で振り向くが、ただ一人、義飾だけは嗜虐の色を多分に含んだ笑顔で振り返る。

その顔を目の当たりにして女子生徒は小さく悲鳴を上げて後退ろうするが、その後ろで待機していた別の女子生徒に背中を押され、後ろに下がる事はできなかった。

自分から呼び止めたにもかかわらず女子生徒は、少しの間、目を彷徨わせ口元をまごつかせていたが、意を決したように勢い良く頭を下げた。

 

「さ、さっきは失礼なことを言ってすいませんでした!!」

 

うなじが見えるほどの深いお辞儀。深い謝罪の気持ちによるものなのだろうが、義飾への苦手意識が、義飾を視界に入れることを全力で拒んだようにも見える。

突然の大仰な謝罪に達也達は面食らった。先ほど、騒動を悪化させようとしていたので、彼女のことは平均的な一科生、つまりエリート意識が高いだろうと思っていたからだ。こんな風にプライドを投げ捨てて二科生(下の人間)に頭を下げるとは思わなかった。

女子生徒の予想外の行動に達也達が返事に窮しているなか、義飾は白けた顔でそっぽを向いていた。彼女が反省せずにグダグダと抜かしてきたら、喜々として迎撃するつもりだったのだが、反省しているならどうでもいい。

 

「あ、あの、私、光井 ほのかって言います。さ、さっきは本当にすいませんっ。そ、それと、ありがとうございました。庇ってくれて、う、嬉しかったです。それと、あの、その―――」

「ほのか落ち着いて」

 

返事が無いことを不安に思い、その気持ちと、達也達が返事をしないことで生まれた沈黙を誤魔化そうと、ほのかが必死に言葉を紡ぐ。しどろもどろになりながら言葉を続ける姿はかなり痛々しく、悲壮感を誘う。

見ていられなくなったほのかの後ろに控えていた女子生徒が、ほのかの肩を叩いてなだめる。

なだめられて我を取り戻したほのかは、顔を少し赤くし、大きく息を吸って今度は落ち着いて口を開いた。

 

「さっきは本当にすいません。それと、許していただいて、本当に有難うございましたっ!それに、お兄さんには庇っていただいて、本当に感謝しています」

 

最初の謝罪を繰り返すように深く頭を下げるほのか。同じように見えるが、落ち着いた口調で変な気負いをせずに行われたので、今度は悲壮感は湧いてこない。そして、一緒にいる女の子もそれに続いて頭を下げた。

 

さすがに、二度も同じものを見せられれば返事には困らない。

今度は返事に窮することなく、名指しされた達也がそれに答えた。

 

「どういたしまして・・・・・・って言っていいのかな?一応、庇った形になったけど、結局意味はなかったから。それと、お兄さんはやめてくれ。同じ1年生なんだ」

 

「分かりました。では、なんとお呼びすれば・・・?」

 

「達也、でいいから」

 

なんというか、同じ学年の会話に見えない。二人の会話を聞いて真っ先の思ったことがこれだ。

ほのかと同じクラスに、達也の妹がいるからある程度は仕方ないと思うのだが、ほのかはへりくだりすぎだと思う。感謝以上の念が透けて見えるようだ。

 

「分かりました。・・・それで、その・・・・・・、駅までご一緒してもいいですか?」

 

謝罪と感謝が受け入れられ、次は同行を請うほのか。

正直に言って、彼女との間には未だ隔たりはあるのだが、覚悟を持った顔で請われれば、断ることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予期せぬ同行者を連れて達也達は駅までの道を歩く。達也達二科生組五人と、深雪、ほのか、そして北山 雫と名乗った女子生徒の、一科生組三人の計八人の大所帯だ。

最初こそ微妙な空気が流れていたが、優劣に差はあっても同じものを学ぶ者同士、話のネタは尽きず、今はほどほどに打ち解けた空気が流れている。

深雪のCADを達也が調整しているという話から、エリカの持ってる警棒が実はCADだという話に会話が移っていくのを、義飾は打ち解けた空気の外から眺めていた。

未だ、ほのか達に対して割り切れない思いを抱えているのが理由なのだが、あそこまで言った手前、仲良く話しかけるなんて出来なかったからだ。

駅に着くまで無言の姿勢を崩さないつもりの義飾だったが、話が一段落着いて、新たな会話のネタを探していたエリカにそれは崩された。

 

「て、あんたはいつまで黙ってるつもりなのよ。謝ってくれたんだから、もう許しなさいよ。終わったことにグチグチ言うのはどうかって、あんたが言ったんじゃない」

 

義飾の脇腹に肘鉄を軽く入れながら会話の矛先を義飾に向けるエリカ。そのせいで七つの視線が義飾に集中した。

エリカの攻撃によろけることはなかったが、その視線には少したじろいでしまう。

その視線には非難の色が乗っているような気がして、義飾はバツが悪そうに頭を掻いた。

 

「・・・別に、そんなつもりじゃねぇよ。話が専門的だったからついていけなかっただけだ。さっきのことはもう気にしてねぇよ」

 

「ふ~ん、どうだか」

 

義飾の答えにエリカは納得がいっていない様子だ。その様子を見て義飾はさらに頭を掻きむしる。

確かに、義飾の言葉は嘘が混じった建前なのだが、これみよがしにこんな反応をされると対応に困ってしまう。それに、言葉にしないだけで他の面々もエリカと同じで、義飾の言葉を飲み込めていない。

頭を描きながら件の当事者であるほのかに視線を送る。義飾と目が合ってほのかは、大げさに肩を揺らした。

義飾が彼女に対して割り切れない思いを抱いてるのと同じように、ほのかも義飾に対して苦手意識を持っている。

変な禍根を残さないために、ある程度は本心を語った方がいいのかもしれないと思って、義飾は頭を掻いていた手を下げた。

 

 

 

「魔法師は・・・・・・いや、・・・怪物の定義って知ってるか?」

 

「「「へぇ?」」」

 

改めて口を開いた義飾だったが、その内容はあまりにも突飛すぎたためボケた声が周りから上がる。その反応に小さく笑みを浮かべて義飾は話を続けた。

 

「そうだな・・・一世紀以上前の娯楽小説で怪物とは、喋ってはいけない、正体不明でなければならない、不死身でなければならない、って語られてるんだがこれは、人を恐怖させる条件として並べられたものだ。意思の疎通が出来ず、姿形も曖昧で、死なない存在ってのは確かに悪夢だよな。まぁ、つまり怪物ってのは、大前提として人に恐怖を与えるモノだってことだ」

 

話が進んでも、義飾の言いたいことの核心は掴めない。いや、最初に義飾が零した言葉から、話がどこに向かってているのかはある程度想像出来るのだが、なんとなく、口を挟むことは憚られた。

 

「そして、怪物って聞いて真っ先に思い浮かぶであろうフランケンシュタインの怪物。有名なのにあまり内容が知られてないから大雑把に説明するが、フランケンシュタインに作られた怪物が、自分の創造主に粗雑に扱われ、復讐するって話だ。この物語を誇大解釈すると、怪物ってのは“大きな括りから外れた、手に負えない存在”・・・つまり、社会のルールを守らない犯罪者こそが、怪物だと見ることが出来る。・・・さすがにこれは暴論だがな」

 

犯罪者、という先ほどの騒動を思い起こさせる言葉を使われて、ほのかは顔を青くして俯いた。しかし、穏やかな語り口からはほのかを責める意図は見えず、表情も、嗜虐の色が一切ない。

しかし、達也は義飾のその表情に、いや、その目に小さい違和感を覚えた。顔はこちらを向いてるのに、目は別の所を見ている。なんとなくだが、そんな風に感じるのだ。

その様子は、今語っている話は達也達でなく、別の誰かに向けて話をしているみたいだ。

 

「一八世紀のフランスの博物学者によって、怪物はもっと直接的に定義された。その人物曰く怪物とは、過剰によるモノ、欠如によるモノ、そして部位の欠損、もしくは誤った配置によるモノ、どれか一つの要素を持っていれば、あるいは組み合わされていれば、怪物として認められると語った」

 

そこで一旦、言葉を切って達也達を見る義飾。話に付いて来れてるかの確認みたいだが、やっぱりその目はどこを見ているのかわからない。

 

「人間ってのは、猿から進化して今の形をとってるが、進化の過程の、どの部分で猿と分けられるかは今も研究が続けられてる。ホモ・サピエンスっていう学名自体は一人の学者が考えだしたものだが、ヒトの定義は長い時間をかけて、偉い学者さん達が色々と考えている。・・・・・・かの偉人達が、その当時秘匿されていた魔法の存在を知っていたとは思えない。つまり、数多あるヒトの定義は、魔法を一切考慮に入れていない。だったら・・・・・魔法は、ヒトにとって過剰(・・)なものだと、そうは言えないか?」

 

予想と違わないところに話が落ち着いて、達也達は息を呑んだ。予想はしていても、ここまで面と向かって言われれば、ショックを受ける。

達也達の表情の変化を確認した義飾は、顔を背けて話を続けた。

 

「魔法の才能は血筋が大きく関わってくる。優れた者同士を掛け合わせ、より優れた者を作り出してるからだ。人為的な定向進化の果てに今の魔法師があるわけだが・・・、その過程で魔法師がヒトから外れた存在になっていてもおかしくない。例えば、ウマは分類学上同じ括りに入れられてても、種類によっては体高一メートルの差がある。この両端の二種を全く同じ生き物とは言えないだろ。実際、魔法師と一般人には演算領域の有無っていう大きな違いがあるしな」

 

顔を背けたのは、話のせいで達也達と顔を合わせられないからと思ったが、声に動揺してる響きがないのでどうやら違うようだ。

顔を背けたことでさらに、義飾が誰に向かって話しているのかわからなくなった。

 

「喋ってはいけない。意思の疎通は出来ても、意識に大きな違いがあれば会話に齟齬が生まれる。

正体不明でなければならない。一般人にとって、魔法の知識は生きていくのに全く必要ない。そして、魔法は一世紀前まで秘匿されていた。

不死身でなければならない。不死身ってのは最も原始的な力の象徴だ。それに、魔法師は不死身って訳ではないが、一般人と比べて死に難いのは事実だ。

魔法師ってのは、どうやってもヒトの恐怖を煽るようなデザインになってるんだよ。そんな存在が悪事を働けば、そりゃもう怪物だって言われても仕方ない」

 

過激な話をしているはずなのに、そんなことを思わせないような穏やかな口調。なんとなく、自虐的な色を含んでいるように感じる。

 

「魔法は、現在兵器として運用されることが主流だ。一般人にとって魔法を使える存在ってのは、拳銃を携えてるのと変わらない。視線の向きがそのまま銃口で、起動式は撃鉄。引き金は当人の意思で、安全装置は倫理観だ。拳銃と違うのは、法律で所持を禁止出来ないことだ。使用の判断が本人に委ねられてるなら、拳銃以上に扱いには気を使うべきだ。あの時、光井は騒動を収めるために閃光魔法を使おうとしたが、周りを宥めるだけなら閃光魔法じゃなく、大声を出すだけで事足りたはずだ。・・・・・・魔法ってのは最後の手段にした方がいい。あの場は魔法科高校の敷地内で、周りにいる人間も魔法科の生徒ばっかりだったから俺があそこまで言っても結局は大きな問題にならなかったが、あれが街中で、周りに一般人しかいなかった場合、有無を言わさず警察を呼ばれていた」

 

自虐の色が含んでるのではなく、実際自虐なのだろう。義飾も第一高校に入学してる以上、今話されてる内容と無関係ではない。

話が進むにつれ、義飾の語り口には自虐だけでなく、懇願の色が加えられた。

 

 

 

「お前たちが思ってる以上に、一般人の魔法に対する認識は穿ったモノだ。攻撃目的じゃなくても、魔法を使われること自体に恐怖を抱く人間がいることを憶えておいたほうがいい」

 

 

 

もう話は終わったという風に、義飾はが背けていた顔を戻す。その顔は薄い笑みが浮かんでおり、それがさらに自虐の色を増長させていた。

達也達は何も言わない。いや、言えない。まるで金槌で殴られたような衝撃が、頭の中を反響しているからだ。

 

達也達は魔法師だ。たとえ今は学ぶ段階にあって卵と評されようと、出来る順に並べられ劣等生のレッテルを貼られても、魔法演算領域を持っている以上、彼らは世間一般的には魔法師に分類されるし、自分達でもそうだという自覚がある。

彼らが、魔法師と非魔法師の問題について考えた際、当然だが魔法師の側に立って考える。

魔法が兵器運用されてるせいで魔法師の社会的地位が低い。そのことについて意見があっても、一般人がどのように感じているかについて考えたことはない。

義飾が今語った内容は、一般人の側に傾いてるどころか、完璧に魔法師としての立場を排した意見だ。

その内容も然ることながら、魔法科高校に入学している義飾がこんな考え方をしていることにも衝撃を受ける。

 

唖然としたまま何も話さない達也達を見て、義飾は諦めたように顔を背け息を吐いた。

 

「・・・スマン。説教臭くなったな。今言ったことは気にしなくていい。戯れ言みたいなもんだ。一般人側に傾いた意見だから正論ってわけでもないしな」

 

義飾が慰めの言葉を言うが、そこには隠し切れない落胆があった。

何か言わないと、と思っても混乱の抜けていない頭では適切な言葉は思い付かない。いや、混乱していなくても、今まで一般人の立場になって考えた事のない達也達では、反論も肯定も出来なかっただろう。

 

「それじゃあ、またな」

 

達也達がまごついてる内に、一同は駅に着いた。

義飾は達也達の答えを聞かずに駅の構内へと立ち去る。その姿が見えなくなってようやく、達也達の思考は回復した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全くっ、あいつは一体なんなんだっ!!」

 

生徒会室のドアが閉まったのを確認してから、風紀委員長の渡辺 摩利は声を荒げて今まで押さえ込んでいた感情を爆発させた。

校門前で揉め事が起こっている、と通報を受けたので現場に急行したら、そこには確かに揉め事が起こっていたが、もっとドギツイ存在が待ち受けていた。

 

「問題を大きくしようとするっ!言葉遣いはなってないっ!!制服は着崩している!!!髪は茶色い!!!!アクセサリーをジャラジャラ着けてる!!!!!あと、声が大きい!!!!!!」

 

おそらく新入生であろう少年に、コテンパンに言い負かされた摩利の怒りは頂点を突破していた。

校門から生徒会室の着くまでの間は忍耐の時間だった。感情に任せて喚き散らすのをなんとか我慢して、生徒会室に誰もいないことを確認してから、激情を解き放った。

隣にはまだ真由美がいるが関係ない。と言うより、真由美もあの場にいたので、同じような感情を抱いてるはずだ。自分の激情に同意の言葉が飛んで来ることことを期待していた摩利だったが、予想外の言葉が飛んできた。

 

「・・・彼の名前は、化生 義飾君よ」

 

まさか自分の疑問とは言えない文句に答えが返ってくるとは思っておらず、慌てて真由美の方に振り返る。振り返った先には疲れた顔をしてため息を吐いている真由美の姿があった。

自分と同じように激情を抱え込んでいると思っていたので、その姿を見て摩利の頭が少し冷える。

 

「なんだ真由美、あいつの事を知っていたのか?」

 

頭が冷えたと言っても、胃が灼けつくような感情は残っている。冷えた頭にあの一年を思い浮かべただけで、もう一度沸騰しそうになる。

摩利の質問を受けて真由美はすぐには答えず、もう一度大きく息を吐いた後、情報端末の前に座った。

 

「知ってる、わけじゃないんだけど、実は昨日も似たことがあって、彼のことは少し調べてたのよ」

 

端末の前に座った真由美は、慣れた手つきで電源を付けて端末を操作し出した。

話の流れから真由美が何をしているのかわかった摩利は、真由美の後ろに回り込んで端末の画面を覗き込む。

そこには予想通り、あの男子生徒の情報が映し出されていた。

 

化生(けしょう) 義飾(ぎしき)・・・・・・随分珍しい名前だな。昨日も似たことがあったって、こいつは入学式に生徒会長に喧嘩を売ったのか?」

 

「彼が喧嘩を売ったっていう言い方は正しくないわね。元々、悪かったのは司波さんの都合を無視してしまった私達だし。まぁ彼が問題を大きくしようとしたけどね」

 

真由美の説明を聞いて摩利が得心がいったという風に頷く。そして、端末に視線を戻し、鋭い視線で義飾のプロフィールを眺める。

そこには名前の他に、生年月日などの一般的な情報に加え、入試成績、出身中学、中学時代に通っていた魔法塾が映しだされている。

それを眺めながら、摩利は絞りだすような声で義飾のプロフィールに対する感想を言った。

 

「・・・・・・以外だな。成績はかなりいいほうだ。実技は壊滅的だが、筆記で挽回するような点をとっている」

 

摩利の声色は絞りだすというより、渋々といった響きだ。たとえ事実であっても、義飾を褒めるような事を言いたくないのがよく分かる。

 

「これ・・・今は合計点しか映してないけど、内訳を見ればもっと驚くわよ」

 

そう言って真由美は端末を軽く操作する。

切り替わった画面を見て摩利は目を剥いて驚きを表した。

 

「なん・・・だ、これ。一般科目、五教科満点・・・!?。何かの間違いじゃないのか?」

 

「生憎、間違いでもなければ、バグでもないわ。それにカンニングの可能性も低い。魔法理論と魔法工学も、一般科目の点数と比べれば見劣りするけど、十分高い・・・いえ、平均以上。筆記試験の点数だけで言えば上から数えた方が早い点数よ。それに、驚くのはまだ早いわ」

 

摩利の驚嘆の声を確認した真由美は、もう一回端末を操作し、再度、義飾のプロフィールを画面に映す。そして、その一箇所を直接指で指し示した。

 

「この部分、この欄には通っていた魔法塾が書かれてるはずだけど、見て分かる通り、何も書かれていないわ。

空欄の場合は魔法塾に通っていなかったことを表すんだけど・・・。つまり独学で、魔法理論と魔法工学で平均以上の点数を叩きだしたことになるわ」

 

真由美が告げた内容に摩利は口を開けて驚愕した。

魔法教育において、指導者の存在はかなり大きい。

入学した時点では、一科生と二科生にそこまで差があるわけではないが、卒業する頃には、もう埋められない差が出来ている。

これは実技だけかと思うかもしれないが、魔法は感覚的な部分が多い以上、実技の成績はそのまま理論の成績に比例することがほとんどだ

魔法を独りで学ぶことは出来ても、それを点数に出すなんて、困難を通り越して異常だ。

摩利は言葉を発しようとするが、喉に何かが詰まったように声が出せない。一度大きく嚥下して、ようやく声が出せるようになった。

 

「おいおい、さすがにそれはおかしいだろっ!なんでカンニングの可能性が低いなんて言えるんだ!?」

 

「確かにその通りなんだけど・・・実は、先生達の間でもそういう話が持ち上がったらしいわ。でも、試験の監督を担当した先生曰く、怪しいそぶりを見せた生徒はいなかったそうよ。それに、彼の成績は中学から良かったらしいのよ。中学では三年間学年一位を守っていたらしいわ」

 

真由美のフォローを聞いても、とても飲み込めるモノではない。その心情を表すように摩利は首を振りながら言葉を続けた。

 

「それにしたっておかしいだろ。一般科目はそれで説明つくが、魔法科目を独学でこの点数なんて・・・」

 

「まぁ、本当に独学だったかはわからないわよ。優秀な指導者がいたから、塾に通う必要がなかった場合もあるし・・・」

 

そうは言うが、真由美は自分で言った可能性を信じていない。

魔法の指導者を家庭で用意出来るのは、魔法師の家系の中でも地位が高い家系に限られる。百家以上でないと難しいだろう。

しかし、化生という家には聞き覚えがない。ここまで珍しい名字だと一回聞けば憶えているだろう。

十師族の一つである七草家の長女である真由美は、魔法師の家系を全て覚えている、わけではないが二十八家までなら全て覚えているし、百家でもほとんどは一度ずつ関わったことがあるはずだ。

その真由美が知らないなら、化生という家は特別魔法に秀でた家系ではない。

それに、義飾が独学だろうと言い切れるにはもう一つ大きな理由がある。

 

「・・・ところで摩利。彼の出身中学を見て何か思うことは無いかしら?」

 

「出身中学・・・?」

 

急な話題の転換に摩利は訝しげな声を上げながら端末を覗き込む。

真由美に示された出身中学を見るが、特別な中学だとは思えない。普通の公立学校だ。

しかし、記憶を掘り起こしていくと、この中学の名前を遠くない昔に見たような気がする。

魚の骨が喉に刺さったような不快感だ。その不快感を消すために色々と考えるが中々答えは出ない。仕方なく真由美に答えを聞こうとしたところで、唐突に答えが沸いてきた。

 

「あーーっ!!ここはあれか、二年前のっ!!!」

 

この中学自体は何の変哲もない学校だ。しかし、ここに“魔法”という要素が加われば、摩利達に限らず、魔法師にとって、いや、魔法師と非魔法師、両者にとって記憶に新しい事件を思い起こさせる。

 

「ええ、そうよ。“女子中学生集団魔法暴行事件”。この学校は、この事件の舞台になった学校よ」

 

真由美は沈痛な面持ちで摩利の言葉に頷いた。

 

 

 

“女子中学生集団魔法暴行事件”

この事件は2093年の夏頃に起こった。この事件が未だ人々の記憶に新しいのは、事件が起こってそこまで時間が経って無いこともそうだが、事件の非道さと、その手口が一番大きな理由だ。

この事件は名前にある通り、犯行に魔法が使われた。それも、使用に一等厳しい規制が敷かれている精神干渉魔法と情動干渉魔法が、だ。

 

 

 

「この事件のことはよく憶えている。魔法師の少年三人、非魔法師の少年五人の計八人が、一人の女子中学生に対して性的暴行を働いた。精神干渉魔法で自由意思を奪い、情動干渉魔法で強い多幸感を植え付けた上でな。下衆い手段のせいで、この時、世論が荒れに荒れまくってたな・・・・・・まさか化生はこの事件のっ――――――」

「そんなわけないでしょ、摩利。実力重視の第一高校でも、さすがにこんな事件の犯人を、成績が良くたって入学させないわよ。それに、この事件の加害者は事件の後に全員転校してるわ。・・・名前もわかってるしね。化生君は事件の加害者じゃなくて、おそらく関係者よ」

 

この事件の加害者の少年八人は、未成年ということで実名報道されていないが、ネットに彼らの個人情報が流出したので、彼らの名前は日本人なら誰でも知っていることだ。

流出した個人情報は名前だけに留まらず、顔写真、住所、家族構成、親の仕事、その勤務先、果ては趣味や嗜好といったモノまで、加害者達のありとあらゆる情報がネットに流れた。

ごく最近に戦争が起こってフラストレーションの溜まっていた人々は、喜々としてこの事件に食い付き、親の仇をとったようなお祭り状態になった。

加害者の少年達には非難の言葉が集中し、その親も職を追われて、住んでいる所を逃げるように引っ越したが、その引っ越した先もネットに流出し、彼らの安息の地は日本になくなった。今現在も、彼らがどこにいるかは定期的にネットに流れている。

 

「関係者って、加害者以外にこの事件で関わった男なんて・・・いや、一人いるな」

 

「ええ、犯行現場を目撃して加害者達を取り押さえた男子生徒。おそらく化生君は、この男子生徒よ」

 

この事件がここまで騒ぎ立てられた理由に、この事件を鎮圧した、英雄的な働きをした男子生徒の存在が大きく関係してくる。

加害者八人、内三人は魔法師にも関わらずその全てを無力化し、被害者の女子生徒を助けた男子生徒には世間から賞賛の声が上がった。

一部魔法師からは、無力化するにしてもやり過ぎだったのではという意見があったが、圧倒的物量の世論に押し潰されて、そういう声は次第になくなっていった。加害者の少年達は、骨折以上の大怪我を負っていたのでそういう意見が出てくるのは当たり前だが。

最初はこの少年も過剰防衛で罰されそうになったが、相手の方が人数が多かったこと、相手にCADを装備した魔法師がいたこと、そして何より、その装備していたCADに殺傷性の高い魔法が登録されていたことで、少年の正当性は認められた。

その少年も魔法師であったが、加害者の少年達とは比べるまでもなく魔法力が劣っており、魔法教育を受けた過去がなかったので、それは考慮に入らなかった。

 

「この事件に関わっていたのなら、魔法師に良い印象を持ってなくて当然だ。あの時のあいつの対応も・・・まぁ頷ける。だが、どうして化生がこの男子生徒だとわかったんだ?男子生徒の名前は公表されてないはずだが・・・。七草の伝手でも使ったのか?」

 

「そんなもの使わなくても少し調べたらわかったわよ。彼の地元では有名な話みたいだし、それに、彼は一年生の時と三年生の時は無遅刻無欠席の皆勤賞だけど、二年生の時は何日か休んでるわ。ちょうど、事件のあった時期にね」

 

義飾が独学で魔法を学んだと言い切れる理由はこれだ。こんな事件に関わっていたのなら、魔法師に対して良い感情を持ってないことは明白。そんな人間が魔法師の指導者を雇うとは思えない。

それに、この事件の加害者に対する報復を鑑みれば、事件以前から魔法師に憎悪の感情を持っていた可能性もある。

加害者八人、その八人全てがどこかしらの骨を折られて無力化されているが、魔法師と非魔法師でその程度には大きな差がある。

非魔法師の五人は一箇所、多くて二箇所の骨折だが、魔法師の三人は少なくても五箇所の骨が折られれていた。

一人は顎の骨を砕かれ少しの間喋れなくなり、流動食での食事を余儀なくされた。

一人は日常生活を営むためには必要な部分の骨を軒並み折られ、例え完治したとしても骨は変形したままだろう言われていた。

そしてもう一人、主犯格と思われる少年は脊髄を損傷しており、あわや下半身不随に陥る所だったが、魔法による治療で事無きを得た。

 

 

 

 

「・・・化生のあの態度の理由はわかったが、また新しい疑問が沸いてきたな。どうして化生はこの学校に入学したんだ?」

 

「魔法の才能があったから・・・・・・ってわけじゃないわよね。言ってはなんだけど、化生君の魔法力はかなり低いわ。実技試験の結果は、下から指を折って数えて、片手の内に入ってるでしょうね。感情を無視してここに入ってくる理由としては薄いわ。それ以外の理由があるはずだけど・・・さすがにこれだけの情報だけだと予想もつけられないわ。聞いてみないとわからないわね」

 

そう言って真由美は唇に指を当てて思案する。おそらくこちらに悪感情を抱いているであろう義飾と話す方法を考えているのだが、良い案は思い浮かばない。

真由美が思案にふけったので、手持ち無沙汰の摩利が端末を操作して画面を切り替える。義飾の筆記試験の順位が気になったからなのだが、切り替わった画面に最初に映し出された人物を見て、摩利の手は止まった。

 

「ん?・・・こいつは・・・司波達也?確かあの場にもいたな。展開された起動式を読み取っていたが・・・。こりゃまたとんでもない点数だな。二位とかなり大差が着いてるじゃないか」

 

「あぁ、彼すごいわよね。魔法理論と魔法工学で満点だなんて、とてもじゃないけど私じゃ取れないわ。・・・・・・化生君と司波くんは同じクラスなのね・・・」

 

摩利の声に思案を中断して、画面に視線を移した真由美の目に怪しい光が宿る。そして、良い案が思いついたという笑顔を浮かべた。

真由美の性格を知っている摩利は、また悪知恵が思い浮かんだなと呆れた表情で見ていた。

 

「実はまだ、新入生総代の深雪さんに生徒会入りの打診をしてないのよね。明日の昼食の時に予定をとって言おうと思ってたんだけど、その時にお兄さんである司波君・・・達也君も誘ってもおかしくないわよね。それに、一年生が生徒会室に二人で来るなんて緊張するだろうから、友達を誘うように言ってもいいわよね」

 

「ハァ・・・いいんじゃないか。その時は私も同席させてもらうがな」

 

一つ一つ確認するように理由を並べていく真由美に摩利は疲れたようなため息を吐いた。しかし、反論があるわけでもないので、おざなりに同意して、同席の約束を取り付ける。自分も、義飾の事は気になるし、起動式を読み取った達也から話を聞いてみたい。勿論、新入生総代の深雪と会っておきたいという気持ちもある。

明日の予定が決まった真由美は楽しそうな笑顔で、どういう風に誘おうか考えた。

 




【悲報】森崎、告白してないのにフラれる。

【朗報】折れた昼食フラグが回復する。



【悲報】主人公にぼっちフラグが立つ。

みたいな話だしたね。

途中で主人公が語ってた話は“怪物”でググッて、出てきた検索結果をいい感じに繋げただけです。
だから難しく考えず、魔法使う時はもっとよく考えようぜ、ぐらいの意味だと思っていただいて大丈夫です。
ってか色々間違ってそう。間違ってたらすぐ修正します。

そして、事件の方なんですけど・・・性に多感な中学生が魔法っていう手段持ったら、当然こうなりますよね。
原作でこんな事件あったと語られててもおかしくない。
そして劣等生の世界にも鬼女はいるもよう。コワイ。


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第十話

ホントは昼食までいくつもりだったけど、書いてる途中で文字数が一万五千文字を超えたので急遽分割。
この話は流し読みで大丈夫です。義飾くんも昼休みに生徒会室行くよーってだけですので。

ってか展開が遅すぎる。
他の作品は十話前後で入学編が終わってるのに、この作品はまだ序盤も序盤。主人公の能力も明かされてない。いくら最初の話は文字数少ないからってこれはマジで遅い。

展開早めたいけど、原作大好きなんで丁寧に書きたい・・・。どうにかせんと・・・。



高校生活三日目の朝は最悪な目覚めだった。

本来、十分な睡眠を取れば寝起きの良いはずの義飾は、朝のアラームで目が覚めたら一コールの内にアラームを止めてベッドから出るのだが、今朝は目が覚めてもアラームを止めることはせず、アラームが一度鳴り止みスヌーズ機能が働いた所でようやく体を起こした。

体を起こしてもすぐにはベッドから出ず、頭を抱えてその場を動かなかった。

顔を洗っても気持ちは晴れることなく、朝食を作ってる時も上の空、その作った朝食の味はよく覚えてない。

そして、重い足取りを何とか動かして家を出た。

歩いていれば少しは気持ちも晴れるだろうと思っていたが、胸に燻ぶる後ろ暗い感情は、歩くたびに、いや、学校に近づくにつれ大きくなっていった。

理由は当然、昨日のことが尾を引いているからだ。

 

(あ~あ、最悪だ。最悪だよな、俺。もうちょい言葉を選べたはずだよな。いや、言葉以前に話し方?最初の怪物の下りはいらなかっただろ)

 

昨日の事と言っても一科生と二科生の対立のことではない。その後の、駅に着くまでに達也達の会話のことだ。

会話といっても、義飾が一方的に話して、最後は駅に着いたことを理由に逃げるように達也達の前から去ったのだが。

言いたい事を全て語った義飾はその後、キャビネットの中で頭を抱えて蹲った。

自分の本心を語るにしても、もっといい単語のチョイスがあったはずだと。

怪物やら犯罪者やらと、オブラートに包んでない言葉を使いすぎた。親しくても許されないだろうに、達也達とは出会って二日目だ。いや、半数近くは出会ったその日だ。

はっきり言って有りえない。駅から家に着くまではずっと後悔の気持ちで押し潰されそうだった。そして、その気持は目覚めた今も継続中だ。

 

(なんで途中でブレーキかからねぇかなぁ?言っていい事とダメな事の区別ぐらいつくだろ。この悪癖だけはホントにどうにもならん)

 

考えを巡らせば自分に対する不満と愚痴がどんどんと出てくる。人の目がないキャビネットの中なので、気を抜けばポロッと口から出てしまいそうだ。それを防ぐために義飾は、一人キャビネットの中で強張った表情を作っていた。

義飾には、昔からどうしても直せない悪癖がある。それは、ある事柄が関わっていると沸きやすくなり、冷めにくくなる所だ。その事柄とは当然、魔法だ。

この悪癖のせいで昨日は、魔法科高校にいる間ずっと、泡が浮き立っているような状態だった。そんな心境の時に火力を上げるような事をされれば当然一瞬で沸騰する。義飾にとっては救いなのは、怒りに感情を支配されても我を忘れない所だ。冷静にというより、冷酷に相手を責める事ができる。

昨日は騒動が終わっても興奮は冷めず、結局平時の感情が戻ったのは、達也達に色々言って、キャビネットの中で一息着いてからだった。

 

この悪癖は、昔ある事件に関わったことが原因と思うかもしれないが、それは少し違う。その事件に関わったことでさらに顕著になったが、それ以前からその傾向はあった。

子供時代の義飾は、かなり情緒が不安定だった。基本的に何にも関心を示さないのに、時々、異常な執着を見せる。

これは産まれて十年間、正体不明の不安に苛まれていたからなのだが、それだけが理由ではないだろうなというのが、義飾の自己分析だ。

十年間、義飾を苦しめていた不安。この不安は誕生前から存在していた、漠然とした予感と共に。

胎内での記憶はあまり明瞭ではない。時間の感覚すら曖昧だった。一日なのか、一周間なのか、一ヶ月なのか、それすらわからない。ただ一つ確かなのは、その不安のせいで、前世の自己は消失してしまったことだ。

前世の記憶をなくしてしまうような不安だったのだから、今世の自分にも何らかの影響を及ぼしていてもおかしくない。

おそらくこの不安のせいで、義飾の精神は大きく歪んでしまっている。

正気を失ったと言い換えても良いかもしれない。今でこそ不安は無くなり、日常生活を送るのに何の問題もないが、当時はこの不安による恐怖は恒久的に続くのだと思っていた。

母に抱かれている時も、父に頭を撫でられている時も、伯父に遊んでもらってる時も、安心したことはない。

前世が何歳で終わったか憶えてないが、産まれたての義飾の精神は肉体に準じたモノだった。

幼い精神が正体不明の不安に耐えられるはずもなく、義飾の精神は自覚なく歪曲していった。そしてその歪んだ精神は、魔法の才能にも大きな影響を及ぼしている。

 

 

 

(謝る・・・。謝る、かぁ・・・。謝ったほうがいいよなぁ。高校三年間友達がいなかったっていう事態に陥るかもしれん。伯父たちの反対を押し切ってここに入ったんだ。せめて、友達いるってアピールして余計な心配をかけさせないようにしないと)

 

伯父は基本的に義飾の意思を尊重し、基本的に応援してくれるが、さすがに進路を魔法科高校にすると言った時は、難しい顔で首を横に振った。

友人たちもそうだ。義飾と同じ高校に入るために勉強をしていた友人たちは、義飾の進路の変更に強く反発した。

この反発は、同じ高校に行こうと約束していたのに、土壇場でその約束を破られた憤りによるものだが、純粋に義飾を心配する気持ちもあっただろう。

義飾の通っていた中学では、嫌な事件が起きたために魔法師は、いや、魔法は悪だという風潮があった。これは事件に直接関わった者に限らず、全校生徒、果ては教師たちもそういう思いを持っていた。

だから、義飾の友人たちにとって義飾が魔法科高校に進学するのは、酷い裏切りのように感じただろう。

義飾に危険が振りかかるかもしれないし、義飾もそうなってしまうのではという危惧もあった。

友人たちを何とか宥め、伯父を説得してなんとか魔法科高校に進学することは許された。

 

反対を押し切って第一高校に入学したのだから、少なくとも友人関係ぐらいは充実していないと示しが付かない。

とりあえず、教室に着いたら頭を下げるまではいかなくても、言葉だけでも謝ろう。そう決意した義飾は、背負った重苦しい雰囲気の中に僅かな覚悟の色を混ぜて、キャビネットから降りた。

 

 

 

話は変わるが、この世界の電車は義飾の前世の世界と大きく形態が異なる。大人数を収容できる大型車両は、もうほとんど目に触れる機会はなく、現代の主流は二人乗りまたは四人乗りの小型車両だ。

電車の形態が大きく変わったために、それに関わる部分も色々と変わった。

電車の中で友達と偶然出会うなんてことは有りえないし、痴漢に遭っている女性を助けてその女性と懇ろな関係になる、なんてこともない。

しかし当然変わらないところもある。今や自家用車と変わらないくらいにプライベートな空間となっている電車だが、キャビネットを降りれば昔と同じような光景を見ることが出来る。

車両の中で友人と出会うことは無くなっても、駅の構内で出会うことはよくある。それが同じ時間に、同じ場所を目指しているならば、ホームで出会うのはおかしいことではない。

キャビネットから降り、その直後にやってきたキャビネットに友人が乗っていることも、まぁなくはないだろう。

今のように。

 

「「あっ・・・・・・」」

 

キャビネットから降り、何気なしに後ろを見た義飾は、その後にやってきたキャビネットから降りた達也と目が合った。

どちらともなく乾いた声を上げ、両者の間に気まずい空気が流れる。

達也が立ち止まった事を不思議に思った深雪が達也の後ろから顔を覗かせるが、義飾を見てその空気に呑まれた。

予想外の邂逅に義飾の足が一歩後退る。

気まずい空気が流れてるが、別に喧嘩しているわけではないのでここで別れるという選択肢はない。そんなことをしてしまえば教室で会った時、更に気まずい事になるだろう。しかし、駅から学校までの道はそれなりにある。その間、この気まずい空気の中にいるのは勘弁してほしい。

何とかして教室で再会する文句がないものかと必死に考えるが、

 

「おぅ・・・。一緒に行くか・・・・・・」

 

結局、そんなものは思い付かず、気まずい空気に喉を締められながらも何とか同行の誘いを口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司波はいっつも妹と一緒に登校してるのか?」

 

「あぁ。一緒に暮らしているんだから、別々に家を出る理由はないからな」

 

「そうかもしんねぇけど、兄妹だからってずっと一緒にいれば息が詰まるだろ。お互いのことが煩わしくなったりとかしねぇの?」

 

「私がお兄様を煩わしく思うなんてありえません」

 

「・・・そりゃ仲がいいことで・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

先程からずっとこんな感じだ。一つの話題が終われば沈黙し、沈黙に焦れたどちらかが話題を提供するがそれもすぐに終わって、また沈黙が訪れる。今の会話で三回目のやり取りだ。

気まずい空気は、一切盛り上がることなく継続中だ。何とか会話のきっかけになるもの探すが、いいものは見つからない。

駅から教室に着くまでの間に謝罪の言葉を考えようと思っていたので今は用意できてない。それに今謝ると教室でもう一度エリカ達に謝らないと行けないので、それは二度手間だ。

だから昨日の事に触れずに話題を探しているのだが、元々義飾は魔法師ではなく一般人としての立場の方が強い。劣等生でも魔法師である達也の興味を引くような話題は持ち合わせていない。

深雪にいたっては、性別も才能も違う。探すだけ無駄だ。

頭を捻って必死に話題を考えている義飾だったが、達也がその努力をバッサリ切り捨てるように口を開いた。

 

「化生、昨日の話なんだが・・・」

 

「へぇ!昨日!?昨日がなんだ?」

 

達也が踏み込んできた話題に義飾の口から間抜けな声が漏れる。直前まで頭に浮かんでいたコトが吹き飛んでしまうくらい驚いた。

踏み込んできた事もそうだが、それが達也だったのがさらに意外に感じた。

 

「いや、タメになる話だったと思ってな。ああいう非魔法師の忌憚のない意見は、聞く機会がないからね。ありがとう」

 

「・・・・・・まさか礼を言われるとは思ってなかったよ。忌憚のない意見つっても、もうちょい気遣いがあったほうが良かったかなって反省してたのに」

 

踏み込んだ話題に続いて、お礼の言葉が出てきてさらに義飾の頭は混乱しそうになるが、一周回って落ち着いてきた。

そして本来であれば自分の方が先に謝罪するべきだったのにと思って、その罪悪感を誤魔化すように頭を掻いた。

 

「確かに遠慮のない物言いだったが、それがさらにお前の本心を垣間見たような気がしたよ」

 

「・・・まぁ、そうだな」

 

達也の的を射た発言に義飾は二の句が継げない。頭を掻いていた右手を少し下げ、首元を強く擦って、なんとか言葉を続けることが出来た。

 

「言い訳みたいに聞こえるかもしれねぇが・・・、俺の通ってた中学で昔、魔法を使った事件が起きてな・・・中学全体で魔法師排斥の意識が強くなったんだよ。まぁ、それだけが理由じゃないんだが、俺自身もあまり魔法師に対していい印象は持ってない」

 

義飾の話に達也と深雪は口を挟む様子はない。昨日と同じように遠慮のない物言いをされてるが、義飾が魔法師に対していい印象を持ってないのは昨日の話から十分にわかっている。今更驚くことではない。

 

「まぁ、その印象も入学までだ。魔法科高校に入学するのに、いつまでもそんな考えでいる訳にはいかない。結局、犯罪を犯す奴に魔法云々は関係ない。自制出来ない奴が犯罪を犯すんだ。魔法師が必ずしも悪人じゃない。そういう風に考えてたんだが・・・そこであの騒動だ。一瞬で頭が沸いたよ」

 

同意を求めるように達也達に顔を向けると、二人は同じように顔を歪めていた。やはり同じ魔法師である彼らにとっても昨日の騒動はあり得ないものだったらしい。

そこまで意識に大きな違いがなくて義飾は安心したように頷いた。

 

「なんというか・・・そんな状態でよくここに入学できましたね。も、勿論悪い意味ではないのですが・・・」

 

「ん?あぁ、無事に入学出来たって言えば嘘になるな。ここに入学するのはかなり反対されたよ。もう大反対だったな。友達は事件の被害に遭った奴を筆頭に勉強を邪魔してくるし、伯父も一般高校の資料を大量に送り付けてくるしで大変だったよ。友達を宥めて伯父を説得して、なんとか入学を許されたって感じだな。大伯父がここに入るのを支持してくれたのも許された理由だけど。入学試験までこぎ着けるのが一番大変だった」

 

その時の苦労を思い出したのか義飾の顔に影がかかる。しかし、口角が僅かに上がっているので、陰気な印象は感じない。義飾の口角が上がっているとどうしても嗜虐的な思惑があると邪推してしまうのだが、今回はただ昔を懐かしんでいるだけのようだ。

 

 

 

 

 

もはや、義飾と達也達の間に気まずい空気はなく穏やかかつ友好的な雰囲気だ。

その雰囲気の中に続々と達也と義飾のクラスメートが合流してきて、高校三日目の学校生活は幸先の良いスタートを切った。

 

はずだった。

 

 

 

 

 

「達也く~ん。義飾く~ん」

 

「おい、達也(・・)、呼ばれてるぞ」

 

「俺の耳がおかしくなければ、呼ばれているのは義飾(・・)の方だと思うんだが」

 

「達也く~ん。義飾く~ん」

 

「「・・・・・・」」

 

エリカ達と合流し、昨日の事を軽く謝って水に流して貰った義飾は、あとは学校に行くだけだと思っていたのに、遠方から聞こえてきた声に足が止まりそうになった。

隣を見ると達也も同じような顔でこちらを見ていて目が合った。

呼び名を改めて友好関係を深くした達也と義飾だったが、早速同族意識のようなモノが芽生えた。

 

「お二人は・・・会長さんとお知り合いだったんですか?」

 

「一昨日の入学式の日が初対面・・・の、はず」

 

「あんな女は知らん」

 

美月の疑問に達也は一緒になって首を捻るが、義飾はバッサリと断言する。拒絶の意思が強く見えるその言葉に、質問をした美月がたじろぐ。

 

「そうは見えねぇけどなぁ」

 

「わざわざ走ってくるくらいだもんね」

 

続いたレオとエリカの言葉には答えず、義飾は憮然とした表情を作り生徒会長の意図を考えた。

普通に考えれば昨日の事が理由なのだろうが、それでも生徒会長の意図は図りかねる。

あそこまで言われたのに、昨日の今日で話に来るなんてそういう嗜好があるのかと疑いたくなる。それにあの呼び方。わざとこちらの不愉快を煽りに来てるのか?

昨日の事が解決して、上機嫌になっていた義飾の頭に熱が加わっていく。

たかが名前で大袈裟なと思うかもしれないが、義飾は変わった名前をしてるので、小学校の時に名前をからかわれた事が何度かある。

自分の事を馬鹿にしてるだけなら我慢もできるが、両親が考えてくれた名前を馬鹿にされれば一瞬で沸く。もう両親に会うことは叶わないが、それでも両親に対する愛は健在だ。

義飾にとって名前は、かなりデリケートな部分だ。

 

「達也くん、義飾くん、オハヨ~。深雪さんもおはようございます」

 

「おはようございます、会長」

 

「・・・・・・」

 

深雪と比べてぞんざいな扱いの会長の挨拶を、達也は律儀に丁寧に返す。しかし、義飾は挨拶を返すどころか顔も向けない。ただ不機嫌なオーラを後ろ姿から放つだけだ。

生徒会長の存在を無視している義飾を飛ばしてエリカ達も挨拶を返していく。一応礼儀正しい対応を心がけてるようだが、その腰は少し引き気味だ。それは相手の生徒会長が理由ではなく、義飾の対応に不安を抱いたからだ。

 

「え~と、義飾くんもオハヨ~・・・」

 

「・・・・・・」

 

義飾以外の面々から挨拶が返ってきて、生徒会長は再び義飾に声を掛けるが、反応は返ってこない。いっそ清々しいまでの無視だ。相手が三年生だとか、生徒会長だとかは、義飾の意識には入ってないらしい。

 

「え~と、あの・・・化生くんもおはようございます」

 

「・・・・・・あぁ?」

 

結局、生徒会長の方が折れて、呼び方と言葉遣いを改める。それは、年長者として一歩譲ったというより、義飾の出す不機嫌なオーラに耐えられなかったからのようだ。

生徒会長が折れてようやく義飾から反応が返ってくる。しかし挨拶は返ってこない。本当に反応だけだ。

ドスの利いた声と、剣呑な視線を向けられた真由美は、ポーカーフェイスの笑顔を僅かに崩して、苦く笑った。

 

「す、少し、馴れ馴れしかったわね。次から気を付けるわ」

 

「・・・・・・ッ・・・」

 

まるで舌打ちが聞こえてきそうな顔で、というより実際、小さく舌打ちをして義飾は何も言わず顔を元に戻した。

その様子は、次なんかないことを言外に示していた。

誰の目から見ても義飾とのファーストコンタクトは失敗に終わっていた。

第一印象、といっても義飾と会うのはこれで三度目になるのだが、それを回復させるどころか悪化させてしまった真由美は、とりあえず他から攻めていこうと達也に顔を向ける。

義飾に対する態度は改めた真由美だったが、達也に対してはそのままでいくらしく、向けられた顔は人好きしそうな笑顔だ。

そのことに納得のいかない思いを抱くが、さすがに義飾と同じような対応をするわけにはいかず、その思いを飲み込んで達也は、真由美と会話しながら今日は波乱の一日になることを予感した。

 

 

 

※※※

 

 

 

「なら、生徒会室でお昼をご一緒しない?ランチボックスでよければ自配機があるし」

 

最初の義飾の対応と、達也の心情を除けば、生徒会長との話は何の問題もなかった。

生徒会長は深雪に用があったらしく、主に二人で会話し、達也は時々話に加わる程度だった。

義飾を含めた二科生組は会話には入らず、三人の会話を後ろから眺めるだけだ。・・・義飾だけは会話を眺めず、ただ進む先を見ているだけだが。

 

話が進むにつれ、真由美は段々饒舌になっていく。元々真由美の顔には笑顔が浮かんでいたのだが、最初と今とでは少し毛色が違うように達也は感じた。

自分の思い違いだろうと思ったが、次の真由美の発言で思い違いではないことがわかった。

 

「生徒会室なら、達也くんが一緒でも問題ありませんし」

 

言い終わった真由美の顔が邪悪に歪んだのを達也は見逃さなかった。

その顔と発言に頭の痛い思いをしながら、達也はなんとか言葉を返すことが出来た。

 

「・・・問題ならあるでしょう。副会長と揉め事なんてゴメンですよ、俺は」

 

達也の言葉に、後ろにいた義飾が首を傾げる。達也は副会長と何時会ったんだろう、と。

本当は達也だけでなく義飾も副会長の顔を見ている。入学式の日に、真由美が去った時に強い一瞥をくれていた男子生徒だ。

義飾にとってあれは、よくある日常の一コマなので記憶には残らなかった。

 

「心配しなくても大丈夫。はんぞーくんは、お昼はいつも部活だから」

 

「はんぞーくん・・・?それはもしかして服部副会長のことですか?」

 

「そうだけど?」

 

服部だからはんぞーくん。安直だが、センスは悪くないように感じる。しかし、真由美にアダ名をつけるように頼む事は無いだろう。

このアダ名も、付けられた本人は許容してるかはわからない。

 

「何だったら、皆さんで来ていただいても良いんですよ。生徒会の活動を知っていただくのも、役員の務めですから」

 

話を繋げたまま真由美が後ろを振り返る。人好きする笑顔で社交的な申し出をされれば、勢いで頷いてしまいそうになるが、意外にも拒否の言葉が義飾の横から飛んできた。

 

「せっかくですけど、あたしたちはご遠慮します」

 

真由美の申し出を断ったのはエリカだ。遠慮、と言ってるわりには拒絶の意思が強く見える。

申し出に対して間髪入れずに拒否の言葉が出てきたので、気まずい空気が流れそうになるが、最初の時点で義飾がこれ以上の空気を作ったので、相対的に空気が悪くなったようには感じなかった。

 

「そうですか・・・。化生くんはいかがですか?」

 

エリカの返答に納得の色を見せた真由美は、直ぐ様意識を切り替えて義飾に話を向ける。

四人いるにも関わらず義飾を名指ししたということは、元から義飾が目的だったことが伺える。しかし、その真意が見えない。

視線を向けられた義飾は剣呑な視線を真由美に返すが、相変わらずの笑顔が見えてすぐに逸らす。

受ける理由はないが、断る理由も特に思い付かない。角が立たない断り方も思い付かないが、そんなことは気にしない。

考えるのが面倒になり、これ以上真由美に付き合ってられなくなった義飾は、判断を他に任せようと達也に顔を向けた。

 

「・・・俺は別に行ってもいいぜ、達也が行くなら。関係ない奴が生徒会室で一人ってのも居心地が悪いだろうし。まぁ、昨日の詫びだ」

 

判断を丸投げされた達也は嫌そうに顔を歪める。しかし、真由美が顔を再び達也に向け直す頃には、元に戻っていた。

判断を任された達也だったが、その選択肢は一つしかないようなものだ。

ここで断れば、どうやっても角が立ってしまう。そうなれば、生徒会役員になるであろう深雪の心象に影響するかもしれない。

自他共に認めるシスコンの達也の答えは決まっていた。

 

「・・・・・・分かりました。深雪と義飾の三人でお邪魔させていただきます」

 

三人で行くことを告げた達也だったが、口に出してすぐに後悔した。

とてもではないが義飾は心強い仲間とは思えない。過ぎた言い方をすれば厄災のタネだ。

流れに任せて義飾と一緒に行くことになったが、それだけは避けるべきだったのではと思う。

慌てて返事を改めようとするが、時既に遅し。真由美はスキップしそうな足取りで去った後だ。

少しの間、呆然と真由美が去った後を見ていた達也だったが、なんとなしに義飾に視線を送る。

義飾は無表情で真由美が去った方向を見ているだけだ。一見、不安を掻き立てる要素はないように思うが、達也の胸中は不安で満たされたままだ。

昼休みの事を考えて、改めて今日は波乱の一日になることを確信した達也だった。

 



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第十一話

文字数一万七千超えちゃいました。
また分割しようと思ったけど、昼飯食うだけで二話も使ってられないのでそのまま投稿しました。
今回は軽い捏造設定とキャラ崩壊があります。
崩壊するのは達也です。でも作者の中ではけっこうこんなイメージです。


そして早くも昼休み。

鬱屈とした気持ちで午前の授業を過ごした達也は、その気持を更に落ち込ませながら二階分の階段を登り切る。

彼の左隣には弾むような足取りの深雪がいて、右隣には感情を一切表してない義飾がいる。

逃げるつもりは元から無いのだが、逃げ道を塞がれているような、そんな気がする。まるで両側を警察で挟まれた犯罪者の気持ちだ。勿論、達也の思い違いなのだが。

沈んだ気持ちのせいで足取りが重くなっている達也だが、ふと、義飾はどうなんだろうと思い、義飾の顔を盗み見る。

横目で見た義飾の顔はやはりなんの感情も浮かんでいない。普段通りの顔だと言えるだろう。

しかしその様子が、達也の不安をどうしようもなく掻き立てる。嵐の前の静けさ、とでも言えばいいのだろうか。

昨日の騒動で、義飾は感情が高ぶれば饒舌になる事はわかっているのだが、今の状態はさしづめその前触れだ。

これは思い違いであってほしいと願う達也だが、なんとなくこの願いは叶わないだろうなと思っていた。

 

 

 

達也の気持ちを無視して三人は目的地に到着した。目の前には一つの扉がある。形状こそは他の教室と変わらないが、中央上部に“生徒会室”と刻まれたプレートがあって、それがえも言われぬ威圧感を醸し出していた。

備え付けられたインターホンを深雪が押せば、すぐに歓迎の辞が返ってくる。

ほどなくしてドアの鍵が解除されて、達也が前に出て、まるで執事のような所作で扉を開けた。その達也の行動を深雪は当たり前のものとして受け入れている。

 

兄妹の一連の行動を後ろで見ていた義飾は胡乱な声が上がりそうになるのを必死で抑える。いまさらだが、この兄妹はあまりにも兄妹らしくない。赤の他人同士が無理やり仲良くしてるような、そんな違和感を覚える。

深雪が達也に丁寧な言葉を遣ってるのもそうだが、達也も妹に対して変な気遣いがある。

お互いがお互いに対して踏み込もうとしているが、遠慮してしまって踏み込めない、そんな感じだ。

義飾は、自分が姉のように思っている従姉妹との関係を思い出して、司波兄妹をそう評価した。少なくても、義飾と従姉妹の方がまだ“らしさ”があるだろう。

しかし、その思った事を口にだすことはしない。義飾に事情があるように、達也たちにも事情ないし隠しておきたいことはあるだろう。そのことは、達也たちを初めて見た時にわかっていることだ。

本人の口から語られるまで胸に仕舞っておいたほうが良い。

 

 

 

「いらっしゃい。遠慮しないで入って」

 

ドアが完璧に開かれて生徒会室の内部が顕になる。まず最初に目に飛び込んでくるのは、正面の奥の机で待ち構えるように座って、手招きしている真由美だ。

真由美の手招きの応じるように深雪、達也、そして義飾の順で三人が生徒会室に入る。

最後に入った義飾がドアを閉めて足を進めようとするが、前の二人が立ち止まっていて出鼻を挫かれる。

どうしたんだと疑問を抱くより先に、深雪が丁寧な所作で頭を下げた。

手を揃え、目を伏せ、首は動かさず腰から上体を倒した、お手本のようなお辞儀だ。

深雪の容貌も相まってその所作は堂に入っており、部屋の中で三人を待ち構えていた者は例外なく圧倒された。

 

「えーっと・・・・・・ご丁寧にどうも」

 

いち早く意識が回復した真由美がたじろぎながらもなんとか応える。

そして深雪の雰囲気に呑まれてしまった空気を誤魔化そうと早口で話を続ける。

 

「どうぞ掛けて。お話は、お食事しながらにしましょう」

 

真由美が指し示したのはよくある会議用の長机だ。

三人は入ってきた順に足を進め、席の位置もその順番を崩さなかった。上座が深雪で、一番下座が義飾だ。

その時、達也が深雪の椅子を引いて座りやすくしたのを、義飾は辟易とした目で見ていた。

 

「お肉とお魚と精進、どれがいいですか?」

 

三人が着席したのを確認して真由美がメニューを聞いてくる。

まさかメニューを選べるとは思っていなかった義飾は、少し身を乗り出してそれに答えた。

 

「それじゃあ、肉と魚で」

 

義飾の答えに真由美が虚を突かれたような顔をする。真由美だけでなく他の生徒役員、というより達也以外の女性陣はみんな義飾に顔を向けていた。

 

「二つも食べるんですか?一応言っときますけど、一つでも量は十分にありますよ?」

 

「育ち盛りなんだよ。いくら食っても太るどころか、満腹にもならねぇ。だから心配はいらん。一人一つだけっていう縛りがあるなら肉でいい」

 

義飾の弁を聞いて女性陣は固まったように呆然とした。

その様子を見て義飾は、やっぱり何時の時代も女性は自分の体重と戦っているんだな、と奇妙な安心感を覚えた。医療技術の発達で肥満はほとんど駆逐されているが、それでも体型の維持には気を使わなければならない。

それと、義飾はたとえ生徒会室(アウェイ)であっても、態度を変えるつもりはないらしい。

 

「そ、そうなのね・・・。別にそんな決まりはないから、二つ食べて貰ってもいいわ。それじゃあ、達也くんたちはどうする?」

 

「自分は精進でお願いします」

 

「私も同じものを」

 

「精進て・・・、お前ら坊主か。ストイックなのはいいが、食わなきゃ育たんぞ」

 

達也の選択に義飾が苦言を呈すが、結局メニューは変わらず、生徒役員の一人のの小柄な女子生徒が自配機を操作した。

あとは待つだけだ。風情も何もあったもんじゃないが、便利なのはいいことだ。

 

とりあえず一段落着いて、生徒役員達も席に座る。ホスト席に真由美が座るのは当たり前だが、義飾の前に自配機を操作した小柄な女子生徒が座るのは、どうにかならなかったのだろうか。

小柄な体躯からなんとなく気弱そうな印象を持っていたのだが、その予想は寸分違わなかったようで、義飾の前でその小さな体をさらに縮こまらせている。

何もしていないはずなのに罪悪感が沸いてきて義飾は頭を抱えるが、その頭を抱えた左手に大きな傷跡があるのを思い出してすぐに手を下ろした。これ以上、彼女の小心を突くマネは避けたかった。

 

その様子を横目で確認していた真由美は、そのことに触れず、自己紹介を開始した。

自己紹介といっても、入学式に生徒役員の面々は紹介されている。名前と役職、あとは真由美しか使ってないであろうあだ名を教えられた程度だ。入学式に寝ていた義飾にはそんな情報でもありがたかったが。

生徒会長の七草 真由美、生徒会会計の市原 鈴音、生徒会書記の中条 あずさ、そして風紀委員長の渡辺 摩利。

四人の自己紹介が終わった所で、ダイニングサーバーのパネルが開き、準備が完了したこと知らせた。

まず最初にあずさが役員達の料理を配り、深雪と義飾が達也と自分達の分をとって席に着く。

 

 

副会長を除いた生徒会役員、風紀委員長、新入生総代、その兄、そしてその兄のクラスメート、全員の前に料理が行き渡ったことで、奇妙な会食は始まった。

今更だが、達也はともかく義飾は完璧に場違いだ。接点があるのは達也だけで深雪とは仲がいいとはいえない。

生徒役員とは敵対してるまでは言わないが、少なくとも義飾は良い感情を持ってない。

普通なら少しは肩身が狭くなるものだが、義飾の様子は普段通りだ。気負うことなく食前の挨拶を済ませ、食事を開始した。

 

肉メニューの主菜であるハンバーグを口に運んで、義飾は小さく顔を歪めた。自動調理で作られたこのハンバーグは当然レトルト食品なのだが、それが義飾のお気に召さなかったようだ。

この世界は加工食品一つとっても、前の世界とは比べ物にならないほどの技術の進歩を感じることができるが、さすがに日常的に料理をする者を満足させるような加工食品の開発には至っていない。

確かに最近の加工食品でも美味しいものはあるが、結局は大衆に向けて味付けされたものだ。家で作る料理には遠く及ばない。

義飾が心の中で料理に辛辣な評価を下している頃、丁度周りも目の前の料理について話している。生徒会役員とただの一般生徒では共通の話題はほとんどないので、話がそこに集中するのは当たり前だった。

会食に参加している七人の中で唯一弁当を持参している摩利を達也が無自覚にからかった後、達也がこちらに話を振ってきた。

 

「義飾も、普段から料理をしているんじゃないのか?」

 

「ん?あぁ、よくわかったな。外見からじゃ判断出来ないと思うんだが」

 

「日常的に料理してることなんて手を見ればある程度わかる。それに、この昼食を一口食べて不満そうな顔をしていたからな」

 

「不満そうって・・・まぁそうだが」

 

達也の質問に義飾は食べる手を止めて答えた。その答えを聞いて、義飾以外の面々は意外そうな顔を向ける。

そして弁当持参の、おそらくこの中で一番料理の腕に自信のある摩利が、意外そうな顔のまま義飾に質問した。

 

「加工食品に満足しないということは腕には自信があるのか?どれくらい作れるんだ?」

 

「あぁ?・・・・・・どれくらいって・・・」

 

摩利の問い掛けが少し上から目線になったのは致し方無いだろう。義飾の容姿から料理上手なイメージを掴み取るのは不可能だ。

そして、それに対して義飾が言い淀んだのは摩利の態度に腹を立てたからではない。普通に話しかけられたのがウザかったからだ。

 

「小学校に入る前から母親と一緒に台所に立ってたな。今は一人で暮らしてるから一人で作ってるけど」

 

周りの面々の顔に浮かぶ意外の色がさらに強くなる。

自動調理器が一家に一台あるのが当たり前の今の御時世では、台所に立つ人間はかなり少数派だ。趣味で料理を作る者はいても、必要にかられて台所に立つ人間ほとんどいない。

当然、義飾のように幼少期から自分の手で料理を作ってる者は皆無だ。

達也たちが顔色を変えて驚きを露わにするのは当たり前の事だった。まぁそれだけが理由じゃなく、義飾が意外と孝行者だというのも驚いた理由の一つだ。

 

「それは・・・随分珍しいですね。ご家庭の教育方針ですか?」

 

「教育方針って、そんな大層なモンじゃない。俺の家はHARがほとんど無いんだよ。洗濯機と風呂の湯沸し器ぐらいじゃねぇかな?自動化された機械なんて」

 

次に質問をしたのは会計の鈴音だ。幼少期から料理を作る理由を幾つか頭に思い浮かべて義飾に問いかけたのだが、返ってきた答えはどれにも当てはまらず、目を丸くして驚いた。他の面々も珍獣を見るような目を義飾に向けている。

 

ホーム・オートメーション・ロボット。略して『HAR』

個人の住宅をオートメーション―――つまり自動化するための機械の総称なのだが、この世界はこれの発達具合が、特に前の世界と大きく違う。

前の世界、いや、この世界でも一世紀前までは、目立ったHARは平べったい円盤状のお掃除ロボットぐらいであったが、現代は掃除だけに留まらず、調理、配膳、片付け、洗濯、さらに空調の調節やセキュリティシステムなど、家事の枠を超えて色々な部分が自動化がされている。

今の先進国でHARに頼った生活をしていないなんて、一部のエコロジストぐらいだ。その数は、台所に立つ人間の数をさらに下回る。もう少数派どころじゃなく希少種だ。

正確には義飾は、HARに全く頼ってないわけではなく、ほとんど頼ってないだけなのだが、それでも現代の価値観からすれば十分珍しい。

 

「HARがほとんど無いって・・・何か理由があるのか?」

 

「理由ってほど大したことじゃないが、親父は母さんの家庭的なところに惚れたからって昔聞いたことがある。言っちまえば惚気だな。胃袋掴んで結婚できたから、逃げないように掴み続けるってことらしい。俺が子供だった時の流動食も、手作りだったからホントに徹底してたな」

 

「昔から手料理を食べていたなら加工食品に満足出来ないのは無理ないか。一人暮らししていると言ってたが、今でも自分で料理を作ってるのか?」

 

「あぁ、三食共自分で作るようにしてる。弁当はここに入学してからまだ作ってないが、中学の時は友達の分まで作ってたな」

 

達也と義飾の会話を女性陣は驚愕半分、戦慄半分で聞いている。義飾の料理スキルが予想以上に高そうだったからだ。あまり話が広がれば、女としてのプライドが跡形もなく砕け散るかもしれない。

HARの普及で家事は女性の仕事、という考えはさらに前時代的なモノになったが、それでもやっぱり譲れないことはある。

これ以上話を進めないために深雪がいそいで話題を切り替える。

 

「お兄様、私達も明日からお弁当に致しましょうか?」

 

深雪の言葉は何気ないモノだったが、達也の注意を向けるならそれでも十分だ。達也はすぐに視線を深雪に移す。

 

「深雪の弁当はとても魅力的だが、食べる場所がね・・・」

 

「あっ、そうですね・・・まずそれを探さなければ・・・」

 

話題が無事に移り変わって女性陣は安堵の息を吐く。これ以上義飾の話を聞いていたら、自分の培ってきた女子力にヒビが入る。

話をさらに遠ざけようと鈴音が、爆弾を達也と深雪の間に放り投げる。

 

「兄妹というより、まるで恋人同士に会話ですね」

 

「そうですか?血の繋がりが無ければ恋人にしたい、と考えた事はありますが」

 

鈴音が放り投げた爆弾は話を遠ざける事に成功したが、不発に終わった。いや、この場合は誤爆だろうか。達也が綺麗に打ち返して、投げた側で爆発した。その余波を受けてあずさが顔を真っ赤にしている。

 

「お前・・・兄としてその言葉はどうなんだ・・・?恋人なんて結局は他人なんだから、兄妹よりもずっと関係は浅いだろ」

 

「勿論、冗談に決まってるさ。俺にとって深雪は妹以外あり得ないし、深雪以外の妹もあり得ない」

 

義飾の切り返しに達也はあわてた様子がなく答える。しかし、その奥で深雪が嬉しそうで悲しそうな、或いは残念そうな微妙な顔をしているのを義飾は見た。

どうやらこの兄妹でも、気持ちのズレはあるらしい。

 

「あ、あの、化生くんもご兄弟がいらっしゃるんですか?」

 

「ん?」

 

中々、顔の熱が引かないあずさが、吃りながら義飾に話を振る。会食が始まった時は義飾の容姿と態度に苦手意識を持っていたが、ある程度義飾の為人を聞いた後ならそれも緩和されている。

話を振られた義飾はその相手があずさだとわかると、出来るだけ優しい声色になるように気を使いながら答えた。

 

「姉・・・みたいなのが二人と、妹みたいなのが一人いるな」

 

「みたいなの・・・?」

 

「従姉妹なんだ。一時期、伯父の家に厄介になってたから、その子供とも仲が良くてな。世間一般的なイトコよりも仲がいい自信がある」

 

「な、なるほど」

 

あずさと会話していた義飾は唐突に達也に顔を向けニヤリと笑みを作る。その笑みは嗜虐的な要素はなく、どちらかと言うと挑戦的な笑みだ。

向けられた達也は怪訝そうな顔を浮かべるが、その反応に構わず義飾は再び口を開いた。

 

「達也の前でこんなことを言えば、すぐに否定されそうだが・・・・・・俺の妹は世界で一番かわいい」

 

いかにも自信ありげにそう言い切って、義飾はポケットから携帯電話を取り出す。そして軽く操作した後、それを達也に・・・ではなく、まず前に座っているあずさに渡した。

携帯電話を受け取ったあずさは、話の流れで義飾が何を見せるつもりなのか予想できたが、何故自分に渡されたのかわからず訝しげな表情を顔に浮かべるが、携帯の画面を見てその表情を一変させた。

 

「わぁーーー!!すごいかわいいですね」

 

「こ、これは・・・」

 

あずさだけでなく、その手元を覗き込んだ摩利も画面を見て感嘆の声を上げる。

その反応を見て達也は奇妙な不安に襲われた。

達也は度の過ぎたシスコンだという自覚しているが、妹の深雪は身内贔屓を抜きにしても可愛いと思っている。

随所に黄金比が散りばめられた完璧な容貌に、均整の取れたプロポーション。髪は黒く澄んでいて、それに反するように肌は白く透き通っている。

達也は未だ一五年しか生きていないが、妹以上の美少女に出会ったことがないし、これからも出会うことは無いと思っている。メデイアに出ているアイドルや女優と比べても見劣りすることはない、いや比肩する、いや、確実に勝っているだろう。それほどの美少女なのだ、妹の深雪は。

 

だから、その妹を目の前にして他の女の子に夢中になっているという場面は見たことがなかった、今までは。

義飾が渡した携帯は、今はあずさの手を離れ、横で見ていた摩利に渡されている。摩利は正面から、改めてじっくりと画面を見た後、それが当たり前のように横の鈴音に渡した。鈴音は声こそは上げなかったものの、やはり同じように食い入るように画面を見ている。

なんというか、達也にとっては見慣れない、信じられない光景であった。当然だが、彼女たちの前には深雪が座っている。

本人にその意志がなくても、似通ったモノ、ジャンルが同じものが並べば、比べてしまうのが人の性だ。

今の状況はその結果、深雪が選ばれなかったという事になるのではないか?

 

別に達也は他人の嗜好にケチをつけるつもりはない。誰が何を好んで、何を嫌うかなんてのはこちらに迷惑が来なければどうぞお好きに、と思っている。それに美しさ、可愛さ、というのは魔法技能と違って明確な選定基準がない。個人が、各々の感情に従って決めるモノだ。確かに世間一般的に、ここはこうであったほうがいい、という共通認識はあるが、それが全てではない。深雪は全て当てはまっているが。そもそも、人の魅力は外見だけではない。人の真の魅力は内面にこそ表れる。付き合うだけならそりゃ外見を重視するかもしれないが、結婚まで考えるなら、往々に性格の方が重要視される事が多いだろう。美人は三日で飽きる、という言葉にある通り、人は内面、性格こそが最重要だ。まぁ深雪の容姿は飽きることなんてないし、深雪は内面も完璧だ。

 

 

 

達也のシスコンところてん脳みそが、グルグルと訳の分からない方向に回っている間に、義飾の携帯は鈴音の手から真由美に渡っていた。

携帯を受け取って画面を見た真由美は、みんなと同じように表情を変えた後、小さく笑みを作り呟いた。

 

「フフッ、確かにこれは世界一、深雪さんよりも可愛いかもしれないわね」

 

その呟きは大きな声でされたものではなかったが、そこまで広くない生徒会室では十分に響き渡った。

ここにいる全員の耳に届いたし、勿論、達也の耳にも入り込んだ。

真由美の呟きを聞いて達也の眉がピクリと動く。どうやら思考は打ち切ったようだ。

達也の心情に小さな波紋を起こしたことにも気づかず、真由美は携帯を深雪に渡す。

携帯を受け取った深雪は、微笑ましいモノを見たかのように表情を綻ばせた。

 

「お兄様、見てください」

 

そしてその表情のまま、達也にも画面を見せるために体を兄の方に傾けた。

ついに来たかと、達也は聳然とした気持ちで義飾の携帯に臨む。

生徒会長の真由美をして深雪より可愛いと言ったその容貌、存分に拝見してやる。

そう意気込んで画面を覗き込んだ達也だったが、そこに映っているモノを見て思考が止まった。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・妹は何歳なんだ?」

 

「今年で三歳だ。でも早生まれだから、学年で言えば俺と十一コ離れてる。つまり今年度で四歳だな。写真は七五三の時のだ」

 

思考を放棄した頭をなんとか回して疑問を漏らせば、間髪入れずに横から答えが返ってきた。聞いてもいない補足を入れるあたり、前もって準備していたような周到さを感じる。

 

画面にはちょうど義飾が言った年頃の少女が、いや、少女と呼ぶにもまだ幼い、幼女が映っていた。

子供らしい丸っこい顔に、義飾との血の繋がりを感じさせる白い肌、茶色の髪、そして、ブラウンの目。目だけは義飾と違って両目共がブラウンだが、従姉妹じゃなく本当の妹といっても信じられるぐらい、義飾と類似する部分が多い。

義飾が言った通り七五三の時に撮った写真なのか、綺麗な着物で着飾っており、顔には薄く化粧が施されている。顔のパーツが整っているので、たとえ化粧を落としたとしてもその可愛らしさを損なうことは無いだろう。

子供にしては表情筋の動きが乏しいように感じるが、それでも将来を期待出来るような、そんな美少女だ。

 

一通り画面の中の少女を見た達也は、深雪から携帯を受け取ってそのまま義飾に渡す。その時義飾と目が合ったが、義飾の顔には笑みが浮かんだままだった。しかし、その笑みは先ほどの挑戦的なモノではなく、悪戯が成功したような、意地の悪そうな笑顔だ。

どうやら自分はからかわれたらしい。義飾の意図がわかった達也は誰にも悟られないように小さく息を吐いた。

色々と言いたい事はあるのだが、ここで何か言ってしまえばなんとなく負けた気持ちになるような気がする。何に負けるのかはわからないが。

 

「さて、化生くんの妹さんも気になるけどそろそろ本題に入りましょうか」

 

義飾に携帯が返ったのを確認して真由美が改めて口を開く。少し唐突な感じが否めない話題の転換だが、達也にとっては気分を変えるのに都合が良い。

真由美の言葉に横の深雪と揃って頷く。義飾は自分には関係が無いという風にそっぽを向いていた。というより一人だけ二人前を頼んだので、携帯をポケットに仕舞った後は再び食事と向き合っていた。

その様子を横目で見ていた真由美は、とりあえず話だけでも耳に入るように、気持ち声を大きくして話し始めた。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

真由美の話は義飾達が予想していたものとあまり変わらなかった。

まずは第一高校の生徒の自治重視の体制から話が始まり、そして生徒会の仕組みに話が進んだ。

第一高校は生徒会長に殆どの権限が集められている。生徒会長は選挙によって決められるが、他の役員は生徒会長が決める。各委員会の委員長も、風紀委員長などの例外を除いて殆どが生徒会長が決めていい。

ある意味大統領制といっていいこの体制に、前世の価値観が残っている義飾が不安に思うのは仕方がないだろう。前の世界だったら生徒会長は、内申点を上げるためのお飾りだったことが多いからだ。

高校は最高学年でも精々一八歳、社会的にはまだ子供に分類される。それなのに学校の自治を任すなんてやはり不安は拭えない。たとえ七草という名字が特別なモノであってもだ。

真由美達の話を聞きながら義飾は露骨に顔を顰めた。しかしさすがに声は出さない。自治重視の体制は第一高校に限ったことではなく、一般的な公立高校もその傾向にある。ここで異を唱える方がおかしいだろう。

 

生徒会の仕組みの話が終わったら、今回の本題に話が移った。

新入生総代は生徒会に入るのが毎年の恒例らしく、今年も例にもれず深雪を生徒会に入れたいとの事だった。

義飾は、この勧誘は問題なく終わると思っていた。短い付き合いだが、深雪はブラコンな所を除けば、概ね問題のない真面目な優等生だという事はわかっている。断る理由は無いはずだったのだが・・・

 

 

 

「わたしを生徒会に加えていただけるというお話については、とても光栄に思います。喜んで末席に加わらせていただきたいと存じますが、兄も一緒というわけにはまいりませんでしょうか?」

 

真由美の勧誘に対して深雪は、首を縦に振りつつも懇願、いやこの場合は条件を提示してきたと言った方が正しいか。

予想外の展開に場の空気が少し軋む。義飾は横目で達也の様子を確認したら、この場の誰よりも驚いてるみたいだ。

 

深雪の主張は、生徒会の仕事はデスクワークが主なので、自分よりも筆記試験の点数が高い兄の方が生徒会に相応しいというものだが、

 

「残念ながら、それはできません」

 

当然といえばいいのか、その主張は容易く切り払われた。

切り払ったのは懇願を受けた真由美ではなく、隣に座っている鈴音だ。

 

「生徒会の役員は第一科の生徒から選ばれます。これは不文律ではなく、規則です。

 この規則は生徒会長に与えられた任命権に課せられる唯一の制限事項として、生徒会の制度が現在のものになった時に定められたものです。これを覆すためには全校生徒の三分の二以上の賛成が必要なのですが、一科性と二科性がほぼ同数の現状では、事実上不可能です」

 

「ついでに言えば、達也が生徒会に入る利がねぇな、どっちにも。

 お前、自分が生徒会に誘われてる理由がわからないのか?お前が生徒会に誘われたのは成績が優秀だからじゃない、“新入生総代”だからだ。さっき会長さんは総代を勧誘するのは後継者育成だって言ってたが、それだけが理由なら別に総代じゃなくてもいい。時間掛けて育てるだけでいいなら適当な奴を引っ張ってくればいいからな。それをしないのは新入生総代っていう泊が必要だからだ。

 総代を務めた奴とそれ以外の生徒の間には決定的な違いが二つある。それは実績と知名度だ。実力的に二位の奴と大きな差はなくても、総代に選ばれ、入学式に答辞を読んだ。その実績と事実のおかげで総代の名前は周りに広がる。理由があるならともかく、生徒会に総代じゃなく、総合成績二位の奴が誘われたら少しおかしく感じるだろ?

 生徒会長の任命権に課せられた縛りはさっき会計さんが言ったものだけかもしれないが、それは規則的な意味だ。組織は人が集まって出来ている以上、周りの感情は無視できない。

 たとえ規則がなく、達也が生徒会に入れたとしても歓迎する奴はいない。さっきお前は兄は優秀だって言ったが、それを知ってるのは身内であるお前と、成績を盗み見た会長、そして・・・まぁこの場にいる人間だけだ。もし達也が生徒会に入ったら、周りの人間にとっては無名の一年が、それも劣等生の二科生が生徒会に入ったっていう風に見える。、いや、そう見えるんじゃなくて、実際そうだな。二科生だったら能力で選ばれたのではない。おそらくコネとゴマすりと媚のおかげで入ったんだ。そんな風に不満が溜まるのは当然だ。

 そして、その溜まった不満は誰に向けられると思う?まず最初は役員の任命権を持つ生徒会長に向けられる。権限が集中してるってのは何をやってもいいってことじゃない。あまり独裁が過ぎれば、その人物の優劣に関わらず反発が起きる。まぁ本当に優秀なやつだったら問題はないんだろうがな・・・。次に矛先が向けられるのは達也の身内であり、新入生総代で同じ時期に生徒会に入ったお前だ。総代だからって我儘言ってんじゃねぇよってことだ。そして最終的には当人に、コネとゴマすりと媚で入ったと思われてる達也に集中する。

 お前は自分の兄を学校中の嫌われ者にしたいのか?」

 

 

 

鈴音の言葉に続けるようにして昼食を食べ終えた義飾が補足を入れる。生徒会役員とは違う視点の意見に、この場にいる人間は三種の反応を見せた。

深雪は唯でさえ鈴音の諭しに気落ちしているところに、義飾の歯に衣を着せぬ言い方をされて気分がさらに落ち込んでいるのが表情からよくわかる。

生徒会役員たちはかなり意外そうな、唖然とした表情を義飾に向けている。おそらく内容にも驚いてるのだろうが、それが義飾の口から出てきたことが一番意外に思っているみたいだ。

そして達也は、これは語るまでも無いだろう。深雪を咎める発言をされて達也が平静でいられるはずがない。体の内から濃密な怒気が滲み出し、まるで刃物のように鋭い視線を義飾に向ける。

その視線を受けて義飾は挑戦的な笑みで応える。両者の間に一触即発の空気が流れるが、達也が先に視線を逸らし、結局何も起こらなかった。

達也としては、確かに義飾の言い方はとても飲み込めるものではなかったが、言い分そのものは概ね納得できた。今回のことで一番悪いのは、やはり暴走してしまった深雪だ。本来であれば深雪を窘めるのは達也がしなければならなかったが、それを意図せずにでも義飾に任せてしまった以上、文句など言えるはずもなかった。それに一応、達也は庇われた形になる。義飾が言ったことが本当に起こるという確証はないが、入学して今までの僅かな期間で一科生と二科生の差別問題に巻き込まれている身としては、全てを否定することは出来ない。

言い方に関してはそこらに棘が露出している厳しいものであったが、昨日と比べればまだ耳障りはいい。

今朝も反省してると言っていたし、これが義飾の素なのかもしれない。・・・随分、尖ってはいるが。

 

「・・・申し訳ありませんでした。分を弁えぬ差し出口、お許し下さい。お兄様も、考えが足りずに申し訳ありません」

 

「ええと、それでは、深雪さんには書記として、今期の生徒会に加わっていただくということでよろしいですね?」

 

「はい、精一杯務めさせていただきますので、よろしくお願い致します」

 

立ち上がって頭を下げる深雪に、咎める言葉は飛ばなかった。義飾が全て言ってしまったのもあるが、反省の色は十分に見えたからだ。

深雪の謝罪を真由美は快く受け入れながら、改めて勧誘、いや事ここに至ってはもう確認か。生徒会に入る意思と、その時就くことになる役職の最終確認をする。

今度こそ余計な口を挟まずに深雪は、頭を軽く下げて承諾した。

 

深雪の生徒会入りが決定したことで、とうとう本当にいる意味の無くなった義飾は何故自分はここにいるのだろうという疑問が沸いてきた。

確かここに来ることになった理由は生徒会長に呼ばれた深雪の付き添い・・・である達也の付き添いだった。義飾がここに来てしたことといえば、タダ飯を食らったのと、妹を自慢したくらいだ。

昼休みはやっと半分を過ぎたあたりだ。残った時間をどう消費しようか悩んでいた義飾は、背中にむず痒い感覚が走って、摩利に見られていることに気が付いた。

 

「・・・なんだよ?」

 

胡乱な、もしくは不機嫌そうな表情と声色で摩利に尋ねる。

生徒会の仕事に関して話していた面々は両者に、どちらかと言えば鋭い視線を向けられている摩利を心配そうに窺う。

 

「いや、なんでもないさ。ただ、昨日の事といいお前は随分頭と口が回るみたいだな、と思っただけさ」

 

「・・・・・・」

 

摩利の挑発とも取れる発言に周りの空気が僅かに冷える。若干二名ほど、昨日の事というのが何を指しているのかわかっていないが、それでも口元に笑みを蓄え、好戦的な雰囲気を携える摩利には戦慄を禁じ得ない。

昨日の事を知っている者は、意表返しなのかと摩利に訝しげな視線を送り、そして戦々恐々としながら義飾の顔色を窺う。

しかし意外なことに、摩利の言葉を聞いても義飾は眉を僅かに歪めただけで何のアクションも起こさなかった。

そのことに安堵するでなく、不審と不安は沸いてくるのは仕方のないことだろう。どうしても昨日の一件を想起してしまう。

何故か義飾を煽った摩利だったが、それは会話のきっかけらしく、義飾の反応を確認した後すぐに話題を変えた。

 

「さて、昼休みが終わるまでもう少しあるな。私から幾つかいいか?」

 

佇まいを直し、好戦的な雰囲気を引っ込めた摩利は改めて口を開く。それに習うように他の面々も聞く体勢を整えた。

 

「風紀委員会の生徒会選任枠のうち、前年度卒業生の一枠がまだ埋まっていない」

 

「それは今、人選中だと言ってるじゃない。まだ新年度が始まって一週間も経ってないでしょう?摩利、そんなに急かさないで」

 

「確か、生徒会役員の選任規定は生徒会長を除き第一科生徒を任命しなければならない、だったよな?」

 

「そうよ」

 

性急な話題と、さっき話したことを蒸し返すような内容に真由美はうんざりしながらも律儀に答えていく。真由美の態度に取り合わず、摩利はどんどんと言葉を重ねていく。

二人の会話を黙ってみていた達也は言いようのない不安が胸中に沸いてくるのを感じた。

 

「第一科の縛りがあるのは、副会長、書記、会計だけだよな?」

 

「そうね。役員は会長、副会長、書記、会計で構成されるときめられているから」

 

「つまり、風紀委員の生徒会枠に、二科の生徒を選んでも規定違反にならないわけだ」

 

「摩利、貴方・・・」

 

したり顔で話を終わらした摩利に、真由美は大きく目を見開いて驚きを露わにする。真由美だけでなく鈴音とあずさも似たような顔をしていた。

不安が現実のモノになり、達也は内心少し焦る。しかし、心の隅っこではこの焦りは意味のないものだと安心もしている。風紀委員について詳しく知ってる訳ではないが、摩利が一々話に出したということは、二科生が風紀委員に選ばれた前提はおそらくない。前例を覆すときは得てして騒ぎが起こるものだ。自分が生徒会長を務めている間に無用な騒ぎが起きるのは真由美も避けたいはずだ。そう思っていたのだが・・・。

 

「ナイスよ!」

 

「はぁ?」

 

真由美の予想外の歓声に達也はキャラを忘れて素っ頓狂な声を上げる。

 

「そうよ、風紀委員なら問題ないじゃない。摩利、生徒会は司波達也くんを風紀委員に指名します」

 

「まぁ、待て。さっき私に性急だと言ってきたばかりだろ。話はまだ終わってない」

 

身を乗り出して食い付こうとする真由美を、摩利が手を前に出して制する。いきなりの展開に二人以外の面々は混乱していて口を挟むことが出来ない。

 

「実は、教職員推薦枠はもう埋まっているのだが・・・訳あって決定は待ってもらっている。事情が重なれば推薦を取り下げるつもりだ」

 

「そう・・・なの?確か教職員推薦枠は・・・」

 

「そこでだ、ただ取り下げるだけでは先生方に余計な手間を掛ける事になってしまうので、こちらから希望人員を先に言ってしまおう考えている」

 

そこで一旦言葉を止めて摩利は義飾に視線を送る。つられて義飾以外の面々もそちらを見る。

もうそれだけで、義飾はこの後の展開が読めた。

 

「しかし、もしかしたらその希望が拒否されるかもしれないので、真由美からも一言口添えしてもらおうと思ってな。・・・・・・私の希望は化生、お前だ」

 

摩利の話が終わって、周りにはざわついた空気の奇妙な静寂が流れた。最初に達也の話をされたので、さっきより混乱は少ないが、驚愕の度合いで言えば今の話の方が大きい。

それでも周りが声を出して騒がないのは、言われた本人である義飾が何のリアクションもとってないからだ。

話が自分から義飾に移ったことと、義飾の無反応に動転していた達也の頭に平静が戻ってくる。そして未だ口を開かない義飾に視線を向ける。

達也だけでなく他の面々からも視線を集めて、義飾は一つ息を吐いてようやく口を開いた。

 

「色々、言いたいことはあるがとりあえず・・・お前、頭沸いてんのか?」

 

「随分な言い草だな。私としては中々いい考えだと思っているのだが」

 

義飾の口から出た言葉はかなり辛辣なものであったが、予め予想出来ていた摩利はこともなく受け流す。

 

「いい考えって・・・どこがだよ。まず、俺にメリットがない。学校にの委員なんてようは名誉職だ。給金が出るわけでもなく、時間と労力をとられて代わりに得るものは自己満足だけ。生憎、俺は無駄なことをしてるほど暇じゃない。それにメリットが無いのはお前らもだ。俺の格好は風紀とは真逆にあると思うんだが」

 

「義飾に同意するわけではないですが、自分も風紀委員に相応しいとは思えません。そもそも風紀委員が何をする委員なのか説明を受けていません。推薦するならば最低限の説明は必要だと思うのですが」

 

義飾の拒否にこれ幸いとばかりに達也も乗っかる。こういう時、義飾の歯に衣を着せない言い方は心強く感じる。義飾の言葉遣いにつられて、達也の言葉にも小さいトゲが見える。

 

「それは説明さえしてくれたら問題なく推薦を受け入れてくれるってことかしら?」

 

「い、いえ、そういうわけではなく・・・」

 

しかし、そのトゲは真由美に刺さることはなかった。気分を害した様子もなく、にこやかな笑みで応える真由美に達也は思わずたじろぐ。まるで崖際にジリジリと追いつめられてるような、そんな危機感が達也の胸を襲った。

 

「そうね、確かに説明は必要ね。達也くん、化生くん、風紀委員は、学校の風紀を維持する委員です」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・それだけですか?」

 

「それだと概要だろ。説明しろっって言ってんだよ。言葉じゃなくて、頭が足りてねぇのか?」

 

説明と呼ぶにはあまりにお粗末な真由美の言葉に義飾が即座に噛みつく。その言葉に達也は内心で賞賛を送った。もっと詳しい説明が欲しかったわけではなく、相手が機嫌を損ねればこの話が流れてくれると思ったからだ。

 

「とりあえず大まかな形だけでも掴んで貰いたかったの。これだけだと確かによくわからないかもしれないけど、結構大変・・・いえ、やりがいのある仕事よ」

 

しかし、それを受けても真由美は一切ブレない。義飾の態度にはもう慣れてしまったようだ。義飾の口撃はもうアテにならないと察した達也は、他の助力を求めるべく周りに視線を巡らす。しかし誰も協力的ではない。

そんなことで諦めてたまるか、と気弱なあずさへと強い視線を送る。

睨みつけられたあずさは目に見えて狼狽し、その視線から逃れるために口を開いた。

 

「あ、あの、当校の風紀委員は校則違反者を取り締まる組織です。校則違反者といっても、服装の乱れや、生活態度を改めさせるのは自治委員会が担当します。風紀委員の主な任務は、魔法使用に関する校則違反者の摘発と、魔法を使用した争乱行為の取り締まりです。風紀委員長は違反者の罰則に関して意見を言うことが出来るので、いわば風紀委員は、警察と検察を兼ねた組織です」

 

「説明を聞いたら尚更、入る気は失せたし、俺達には入る資格は無いと思うんだが?」

 

「義飾の言う通りです。今の説明ですと風紀委員は喧嘩が起こった歳、それを力尽くで止めなければいけない、たとえ魔法が使われていても。俺たちは、実技の成績が悪かったから二科生なんですよ!」

 

未だ飄々とした義飾に反して、達也の語気は荒くなっていく一方だ。

風紀委員は、明らかに魔法力が優れている事を前提にした職務だ。風紀委員の選任規定に縛りが無いのは、つける必要が無いからだ。どう考えても、魔法技能に劣った二科生に与える役職ではない。

とうとう大声を出してしまった達也に対して、摩利の返答はあっさり過ぎるものだった。

 

「構わんよ」

 

「何がですっ?」

 

「力比べなら私がいる。それに化生に関しては、過去の実績を鑑みれば問題ないと思っている」

 

「ハァ?」

 

達也に難詰されながらも摩利は義飾へと視線を送った。その視線と言葉を受けて、義飾の口から半音上がった胡乱な声が出る。

 

「実績って、俺は風紀委員になったことなんて・・・・・・・・・ッてめぇ、人の過去を勝手に詮索するってのはどういう了見だ?」

 

摩利の言葉を否定しようとした義飾だったが、摩利が何を言いたいのか気付き、鋭い目をさらに鋭くさせる。体からは怒気が滲み出し、殺意となって目に見えるようだった。

予想以上に義飾の反応が大きく、摩利は言葉に詰まりそうになるが、なんとか言葉ひねり出す。

 

「詮索、とは人聞きが悪いな。自治重視の体制と、役員を選抜しなければならない都合上、生徒会長はある程度全校生徒の情報が開示される。私はそれを見たにすぎんよ」

 

「生徒会長に開示されるってことは、てめぇには見る権利は無いだろうが。管理体制と管理意識に問題があるんじゃねぇのか?」

 

「勿論、何のリスクも背負って無いわけではない。情報の漏洩があった場合、生徒会長は真っ先に疑われる。そして実際に情報を漏らしていた時は、即解任、いや、即退学、即逮捕だ。そんなリスクを冒してまで情報を流すと思うか?」

 

「てめぇに情報を流している時点で摘発の対象だとは考えないのか?」

 

摩利と義飾の口論に周りの人間は口を挟めないでいる。それは二人が醸し出す刺々しい空気に気後れしているからなのだが、二人が話している義飾の過去が何なのかわからないのも理由だ。

しかし話が進むにつれ、にわかにこちらの分が悪くなってきたと感じた真由美が慌てて二人の間に入る。

 

「ちょ、ちょっと待って化生くんっ!確かに情報を摩利に教えたのは悪かったとは思ってるけど、元々、生徒会長に開示される情報はそこまで多くないわ。出身中学と通っていた魔法塾、あとは入学試験の成績だけよ。それにあなたの過去に関しては、その情報がなくても行き着くことは出来たわ」

 

真由美の主張はかなり見当違いのモノだった。そう思ったのは義飾だけでなく、摩利の心に焦燥感が生まれる。

真由美の言葉を聞いた義飾は嘲るように小さく吹き出し、表情に嗜虐の色を出した。

 

「やっぱり頭が足りてねぇな。それが意識が低いって言ってんだよ。そもそも過去を詮索することを責めてるんだが・・・・・・まぁいい」

 

昨日と同じように詰められると覚悟していた摩利だったが、予想に反して義飾はすぐに話題を放棄した。そのことを不可解に思いながらも、自分達にとっては都合がいいので摩利は、そこに突っ込む事はしなかった。

 

もしもこの場に、人の感情の機微に敏いものがいれば気付けていただろう。嗜虐の浮かんだ義飾の顔、そこに安堵の色が僅かに混じっていることを。

 

「もう時間が無いから話はこれで終わりだ。先に教室に帰らしてもらう」

 

「あぁ、そうだな。話の続きは放課後にしよう」

 

立ち上がって話を切り上げる義飾に、摩利は再開の約束を勝手に取り付ける。思わず義飾は、顔を歪めて摩利を見た。

 

「諦めが悪い奴だな。しつこい奴は男でも女でも関係なく嫌われるそ」

 

「そう邪険にするな。何も嫌がらせでお前を風紀委員に希望している訳ではない。さっきも言ったが実績を鑑みて、お前が相応しいと思ったから、希望、推薦しているんだ」

 

言いたいことは言ったとばかりに口を閉じる摩利に、義飾は嗜虐の色を表情から一旦引っ込めて、立ち去ろうとした足を元に戻した。

 

「・・・幾つか、勘違いしてるみたいだからそれを正しておく」

 

足を止めて改めて口を開いた義飾の言葉には何の感情も乗っていない。向けられた顔もどこを見ているのかわからないほど無表情だ。

 

「お前が言う実績ってのは二年前の事件の事を言ってるんだろうが、あれは別に正義感にかられたわけでもないし、義侠心に従ったわけでもない。あいつらは元から気に入らなかった、丁度いい理由が出来たからぶちのめしただけだ。そしてあいつらにやった報復。あれに関しては今は少し後悔してるよ。あの時の俺はどうかしてた」

 

自虐的に笑った義飾に、唯一の懸念事項が無くなったと安心しそうになったが、続いた言葉でその希望は打ち砕かれた。

 

 

 

 

 

「・・・まさか、治癒魔法の存在が頭からすっぽり抜け落ちてたなんてな。

 もう一度、あの時をやり直せるなら今度こそは確実にぶっ壊す。生かさず、殺さず、産まれてきた事を後悔させて、自分から殺してくれと懇願するくらい徹底的にな」

 

言葉を重ねていくにつれ、義飾の体から憎悪の感情は立ち昇っていく。産まれてこの方、ここまで強い負の感情を見たことがない面々は、体が石になったように固まった。

言いたいことを全て言った義飾は、止めていた足を動かして生徒会室から出て行く。

部屋に残された者たちが再び動き出したのは、昼休みの終了を告げる予鈴が鳴ってからだった。




見直してて思ったんですけど、摩利と真由美をアホに書きすぎたかもしれません。これもある意味キャラ崩壊ですね。

捏造設定は生徒会長の情報閲覧権限の所なんですけど、自分でもちょっと無いかなぁって思いました。でも、そうでもせんとまともに役員とか選べないと思うんですよね。まぁ住所とかの深い個人情報は見れないので、軽くスルーしてください。

それと摩利をどうするか決めました。とりあえず辱めます。

次の話でやっと主人公と服部が対面(二回目)。でも泣かすのはまだまだ先です。なんとなく察してる方もいると思いますが、服部を泣かすのは討論会の時になります。大勢の前で言葉責めしようかなと。早くそこまでいきたい。

達也は兄妹愛以外の衝動がない。つまり、深雪が妹じゃなくなったら、妹としての関係より強い関係性が出来てしまえば、深雪に対する愛情が無くなる。・・・っていう鬱設定思いついたんですけど、誰かこれを軸に一本書いてください。
なんか原作で深雪と達也は婚約したみたいですね。もしかしたらこの設定は原作で書かれてる・・・?まだそこまで読んでないんでわかんないです。


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第十二話

あけましておめでとうございます。
年末年始は忙しいですね。
遅れてすいません。

今回の話は、義飾のポンコツぶりと、軽い服部アンチです。
劣等生どころじゃない義飾の魔法技能を楽しんでください。
服部アンチはホントに軽くです。本格的なアンチはまだまだ先なので、それに繋げるためのジャブですね。
本格的なアンチは精神的に痛めつけるので、今回は肉体にいこうかなと。



生徒会室を出た義飾は、教室には戻らずその足で次の授業を行う実習室へ向かった。今の時代、たとえ実習でなくても筆記具は必要ない。紙がデスメディアになって、鉛筆などの筆記具の需要も大幅に減った。今ではもう、趣味なり、仕事なりで絵を描く人しか使ってない。その中でも、強いこだわりを持ってなければ殆どが電子機を使う。各自の席に端末が埋め込まれている学校では使う機会はないし、見る機会もあまり無い。

そういう事情があるので、義飾が生徒会室から直接、実習室に向かうのはおかしいことではないし、当たり前のことなのだが、

 

(クソがっ!!クソ、クソクソクソクソ、クソォ!!!)

 

今、義飾が教室に戻らないのは、そんな事情は関係ない。

生徒会室を出た義飾は、今すぐ物に当たり散らしたくなるほど荒れていた。憤りが心の奥から溢れ、意味のない悪態となって心の中を埋め尽くす。

その感情は内だけでなく外にもはっきりと表れており、歩く足は荒々しく、表情は気弱な者が見れば卒倒しそうなほど歪んでいた。とてもではないが、一度教室に戻れる状態ではなかった

 

(何が実績だ。何が相応しいだ。あれはな、輝かしい過去の栄光なんかじゃねぇんだよ!!)

 

義飾がこんなに荒れているのは勿論、生徒会室で最後に話した話題が原因なのだが、それだけではここまで荒れない。義飾がここまで荒れているのは、摩利のこの事件の触れ方、感想こそが義飾の気を逆撫でしていた。

女子中学生集団魔法暴行事件。この事件はたった二年前に起こったので未だ世間の記憶に新しいが、最も強く鮮明に頭に刻まれているのは当然当事者達だ。加害者の少年たちはその時はいい思いをしただろうが、その後の義飾と世間の反応と報復で、これ以上ない恐怖を味わっただろう。

被害者の少女は言うまでもない。二年経った今でも、いや何年経とうがあの事件は、彼女の心に楔となって残り続ける。

そして、加害者と被害者を除いた中で唯一の関係者である義飾にとっても、強い後悔が残る事件であった。

世間は、女子生徒を助けた義飾に賞賛の声を惜しまなかったが、義飾のとってあの事件は、結果と過程、両方を思い起こしても後悔と自省の念が沸き出てくる。

女子生徒を助けたくなかった訳ではない。もう一度同じ場面に出くわしたら、義飾は力を振るう事を迷わないし、それに被害者の女子生徒は義飾とは旧知の仲だ。小学校五年生の時に転校して、周りに馴染めなかった義飾を周りと取り持ってくれたのが彼女だ。義飾の中学時代が灰色の思い出にならなかったのは彼女による所が大きい。

だから、彼女を助けたことそのものには後悔がない。義飾が憤っているのは、“彼女を助けたという結果だ”。

助けた。つまり、被害に遭ってからそれを収めたということになるのだが、義飾の後悔は、被害に遭う前、事件を防ぐことが出来なかったというものだ。

完璧主義、いや、理想主義と言うべきか。現状に満足せず、自分の力を把握できていない妄言のように思うかもしれないが、それは違う。本来なら、義飾が形振り構っていなければ事件を未然に防ぐことは十分に可能だった。

力の秘匿なんて考えず、道徳観なんて放り投げていれば事件は起きなかったし、彼女はトラウマを抱えることはなかった。

しかし、秘匿はともかく道徳観に関しては母の言い付けなので、たとえ過去をやり直せたとしても、あの事件の結末は大きく変わることは無いだろう。

それでも、あの時の陵辱された彼女の姿を思い出したら、そんなのは言い訳にしかならない。

 

 

 

(七草・・・十師族か・・・。権力は放棄しているが、その影響力は警察なんかよりも大きい。ここに入るときに覚悟してたが、一般人のガキの情報なんて軽く手に入るんだろうな・・・)

 

一通り心の中で悪態を着いた義飾は次の問題に頭を切り替える。あの場では時間がなかったためにすぐに話しを切り上げたので悟られなかったが、義飾にとって過去はかなりデリケートな問題だ。

二年前の事件もそうだが、それ以前の過去も触れていい部分はない。

もしも真由美が、中学以前の情報を掴んでいたら・・・

 

(行き着くのは簡単だった、か・・・。だったら、探られる前に殺しとくか?)

 

頭が物騒な方向に傾く。実行のデメリットや、殺人に対する忌諱感なんてのは頭から抜け落ちている。

予鈴が鳴っても義飾の頭が冷めることはなく、実習室に着くまで物騒な思考は頭を巡っていた。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

「達也、生徒会室の居心地はどうだった?」

 

実習中にCADの順番待ちをしていた達也に後ろから声を掛けられる。普通なら授業中に喋っていればすぐに教師から注意が飛んでくるものだが、この授業に、というか二科生の実習授業には教師はいない。大きな壁面モニターに授業の進行と課題が映っているだけだ。なので常識が許す限り、他の生徒の迷惑にならない程度であれば喋っても大丈夫だ。

 

「奇妙な話になった・・・」

 

「奇妙って?」

 

背中を突かれながらされたレオに問い掛けに答えた達也に、今度は前にいるエリカが振り返って首を傾げる。

 

「風紀委員になれ、だと。いきなり何なんだろうな、あれは」

 

エリカと同じように達也も頭を傾ける。改めて思い直しても、何なんだろうとしか言えない気分だった。

 

「確かにそりゃ、いきなりだな。・・・・・・それって義飾も言われたのか?」

 

「あぁ、そうだ」

 

視線を遠くへやりながらレオが再度問い掛ける。達也も同じ方を見ながらそれに答えた。

二人の視線の先には強張った表情の義飾がいる。遠目から見ても機嫌が悪いことがはっきりとわかる表情だ。

授業開始ギリギリにやってきた達也はすぐにレオ達と合流したが、先に来ていたはずの義飾は実習室の端で一人佇んでいた。見るからに機嫌の悪い義飾に周りが敬遠した結果なのだが、義飾も自分の状態はよくわかってるのか、自分から周りに関わろうとすることはなかった。

授業が始まっても義飾の機嫌が直ることはなく、結局達也たちとも合流せず、違う授業用のCADの列に並ぶことになった。

 

「ふ~ん、だからあんなにピリピリしてるのね」

 

「いや、正確にはそれが理由じゃないと思うんだけど・・・。まぁ、それも一応は理由の一つなのかな?」

 

エリカの言葉に昼休みの事を思い出しながら答えるが、あの時の義飾の反応を考えればあまり広めてほしくは無いだろうと思い、少し言葉が濁ってしまう。

しかし、レオとエリカも追求はしてこなかった。達也の言葉の外にある事情を察したのか、それともただ単に興味がなかったのか、どちらにしても達也にとってはありがたかった。

 

「でもすごいじゃないですか、生徒会からスカウトされるなんて」

 

「すごいかなぁ?妹のおまけだし、義飾にいたってはあんなんになるし、素直に喜べることじゃないよ」

 

課題をクリアし、それでももう一度挑戦するために列の最後尾に向かっていた美月が感じ入った目を達也に向けてくる。しかし達也はその賞賛を素直に受け取る事ができなかった。

達也たちの話を聞いていた左右の列がざわつくのを感じながらも、達也から懐疑の意識は抜けない。

 

 

その様子に苦笑したエリカが口を開こうとしたその時、周囲のざわめきが一段と大きくなった。達也たちの話が聞かれた時のものより毛色がかなり違う。

驚愕、感嘆、そして僅かだが負の感情が感じられる。それも嫉妬とかではなく侮蔑や嘲笑といった攻めの感情だ。

何事かとざわめきの発生源を探した達也たちだったが、あまり探すことなくその場所を見つける事ができた。すぐに見つける事ができたのは、そこがさっきまで視線を送って場所だったのと、強く自己主張していたからだ。

ざわめきの発生源、実習中の生徒が自分達の手を止めて視線を送る先には、課題に取り組んでいる一人の生徒の余剰想子光が光子干渉を起こし、物理的に強い光を放っている光景があった。その後姿は達也たちにとっては見慣れたものであるし、見間違えるものでもない。義飾だ。

 

義飾は、据置型の実習用CADに両手を載せて、顔を苦々しく歪めて随分とやり辛そうに魔法を行使している。思い通りにいかないというのが表情だけでなく、体からも表れており、CADに載せられた手を強く押し付けている。両手に力が込められてるので、左手の大きな傷跡がさらに目立ってしまっている。発光現象は、その感情の発露のようにも見えた。

必要以上にサイオンを送られたCADが起動式を義飾に返す。そしてその起動式を元に魔法式を発動。そこでもまた必要以上にサイオンが使われ、光はさらに強くなった。

熟練した魔法師ほど、サイオンを余らすなんてことはしない。必要分のサイオンしか使わないというのは、魔法師の技巧を判断する上で一つの指標になっているのだが、それで判断するならば義飾の技巧は未熟、いやそれを通り越して稚拙なものだ。周りの嘲笑の声は当然のものなのだが、感嘆の声が主に聞こえるのは、その漏れているサイオンの量が常軌を逸していたからだ。

大体、平均的な魔法師が保有しているサイオンを僅かに下回るぐらいの量が余剰として漏れている。サイオン保有量が魔法技能の優劣を左右するものでは無いとわかっていても、圧倒されるのは仕方のない事だった。

 

稚拙かつ派手な工程を経て発動された魔法は、やはり散々なものであった。

今日の実習の課題は、三十センチほどの台車をCADに登録されている加速系魔法でレールの端から端まで連続で三往復させるというものだ。この課題は入門中の入門で、生徒の技量を見るためではなく実習で使うCADに慣れてもらうために用意されたものだ。時間制限がなく、たとえクリアしてもまだ練習したいと思えば何度でも挑戦してもいい。さっき美月が列の最後尾に向かっていたのは、美月が課題に失敗したのではなく、ただ勤勉だったからだ。

 

魔法科高校に入学しているなら梃子摺るようなものではない。というより梃子摺っていれば入学は出来ていない。しかし、義飾はこの課題をクリア出来なかった。

 

魔法を掛けられた台車は、つまづくような挙動をしながら前進を開始、まるでエンストを繰り返す一昔前の車みたいだ。しゃっくりしているような動作で走っていた台車だが、レールの中央地点を通過して安定した走りを見せた。

本来であればここで減速魔法をかけてレールの端で停止するように調整しなければならないのだが、ようやく安定した加速を見せた台車に減速魔法を掛けるのは億劫してしまうし、加速しても牛歩のような速さで走る台車に必要とは思えなかった。

それでも課題なのだから台車に減速魔法が掛けられるだろうと見守っていた周りの予想に反して、台車の勢いは衰える事なくレールの端に激突した。

実習室に痛い沈黙が流れる。台車は別に精密機械というわけではないので、多少乱暴に扱っても壊れることなんて無いのだが、一応学校の備品である以上、他の生徒達は課題に関係なく魔法の行使には気を使った。

台車の安否を気遣う気配を背中に感じながら義飾は再度魔法を発動し、台車は最初と同じ挙動をしながら再び走りだした。なんとなくその様子が、激突の怪我を押して走っているような感じがして周りの憐憫を誘う。

そして同じ過程を五度繰り返し、台車は最初の位置に戻って来た。

 

『課題のクリアに失敗しました。列の後ろに並び直して再度挑戦してください』

 

CADの前に備え付けられたモニターに無機質な言葉で課題の合否が映しだされる。それは義飾にしか見えていないが、さっきの義飾の魔法を見ていた者は、そんなものを見なくても結果はわかりきっていた。

CADの前からどき、列の最後尾に向かう義飾を周りはやっぱりという目で見る。その目には嘲笑の色は殆ど無く、代わりに同情的、或いは心配する色が強く出ていた。

散々な結果を受けて、義飾に気落ちした様子はない。背中を丸めることなく、いっそ清々しいほどに堂々としている。その様子は、当たり前のことを当たり前の事として受け止めている、そんな風に見えた。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

「・・・ふーーーっ」

 

五度目の挑戦でようやく義飾は課題をクリア出来た。堪らず大きな安堵の溜息が口から漏れ出た。授業の終了まであと僅かで、CADの前にはもうほとんど人がいない。特に義飾の使っているCADは、途中から周りが気を使ってくれて、義飾が独占しているような状況だった。

義飾の溜息に隠れて、後ろの遠いところからも息を吐く音が聞こえてきたのは義飾の勘違いではないだろう。

少しの間、CADの前で終了の余韻に浸っていた義飾だったが、後ろから声を掛けられてゆっくりと振り返る。

 

「義飾、お疲れ様」

 

声を掛けてきたのは達也だ。その後ろには、いつものメンバーといっても過言ではないエリカとレオと美月もいる。義飾が課題を終わるのを待っていたらしい。

 

「ん?あぁ・・・・・・ハァ・・・カッコ悪い所見られたな」

 

達也の労いの言葉に義飾は自虐的に笑って応えた。いくら魔法に価値を見出しておらず、卒業後は魔法と縁を切るつもりであっても、周りが当然に出来ていることに梃子摺っている所を見られれば羞恥の感情が沸いてくる。課題に集中して冷めた頭が別の意味で熱くなっていく。

義飾の言葉に達也は小さく首を振った。当たり前かもしれないが、その所作からは嘲笑や同情の意図は一切見えない。

 

「そんなことはないさ。確かに最初は散々な結果だったが、挑戦していくたびに結果は良くなっていってた。あそこまで上達が目に見えるのは十分驚嘆に値する」

 

「・・・そう言って貰えて助かるよ。ありがとう」

 

達也が慰めに聞こえる言葉を言うが、なんとなくそういう響きはないように感じる。本当に思ったことをそのまま口にしているみたいだ。

達也の言う通り、義飾は最初こそ課題のクリアに失敗したが、回数を重ねるごとに結果は良くなっていった。

二回目の挑戦できちんと減速魔法はかかり、三回目の挑戦は台車の加速は随分スムーズになっていた。

課題をクリアした五度目には台車の動きは大分キレがあり、余剰想子光以外は他の生徒とほとんど遜色は無くなっていた。

始めが酷すぎたから余計にそう見えたかもしれないが、短時間でここまで上達するのは確かにすごい。

本来、魔法の発動は感覚的な部分が多いので、劇的に上達することは殆ど無い。それを踏まえて考えれば義飾のこの実習中での上達は、驚嘆出来るものだっただろう。

 

「あ、あの、課題をクリアしたのはいいんですが、大丈夫ですか?どこか体の調子が悪い所はないですか?」

 

「調子が悪いって、いたって超元気だけど・・・なんで?」

 

達也の後ろから美月が伏し目がちに義飾の体を気遣うが、当の義飾はその理由がわからずに首を傾げる。

その様子にエリカはこれみよがしに溜息を吐き、呆れながら口を開いた。

 

「なんでってあんた・・・あんなにサイオンを垂れ流してたら普通はぶっ倒れてるどころじゃ済まないわよ」

 

「そうだよな。段々、漏れるサイオンの量は減ってたけど、それでも最後まで結構な量のサイオンは漏れてたし・・・よくガス欠にならなかったな」

 

エリカの言葉にレオも追随するように言葉を重ねる。二人共うまく隠してはいるが、義飾を心配する色が僅かにはみ出している。

短時間で上達した義飾だったが、結局最後まで余剰想子による発光現象を抑えることは出来なかった。一応、量自体は半分ほどに減っていたのだが、最初が常軌を逸した量だったので、半分に減ったところでは大きく上達したようには見えなかった。

 

「あーーそういうことか。まぁ、魔法科高校(ここ)で唯一誇れる部分だから心配はいらねぇよ。あと一時間授業が伸びても問題ない」

 

義飾の言葉に達也たちは言葉を失う。さっきの実習中に少なくても魔法師三人分のサイオンを捻出していたのに、息切れを起こすどころかまだ余裕があるなんてはっきり言って異常だ。義飾のサイオン保有量の底が全く見えない。

 

「あんた・・・偏りすぎ」

 

思わず出たエリカの言葉に達也たちは心の中で首を縦に振って同意する。

 

「わかってる、ちゃんと自覚済みだ。もっと言えば、これでもいつもより・・・いや、前の時より調子は良いほうだ。どうしてもこの機械に慣れなくてな」

 

「えーー・・・・・・」

 

エリカの言葉に義飾は小さく笑いながら補足を入れる。その補足を聞いていろんな感情が混在した声がエリカの口から漏れる。もう、どんな反応をすればいいのかわからない。

 

「前のって入学試験の時か?これより悪かったってよく合格出来たな・・・」

 

言葉に窮したエリカの代わりにレオが問い掛ける。嫌味な言い方になってしまってるが、その思いは当人が一番強いのか、義飾は気にした様子なくレオの問いに答えた。

 

「試験の時はちょっとした裏技を使ったんだよ。それに実技で足りない分は筆記で補った。いくら実力重視でも、最下位争いはそこまで実技の点に差が出るわけじゃないだろうから、筆記の点数が加担することを祈ってな」

 

裏技。それが気にならなかったわけではないが、一々こういう言い方をするということは隠しておきたいのかと思い、次に言葉を発した達也はそのことには触れなかった。

 

「CADに違和感を覚えるということは感覚が鋭いのと、いつも使ってるCADがきちんと調整されてるからだろうな。腕の良い魔工師に頼んでいるのか?」

 

「へっ?あーーうん、そうだ。そうだな。そういうことだ」

 

達也の問い掛けに義飾は煮え切らない・・・というより、おざなりな態度で応えた。言いたくない、のではなく説明するのを面倒くさがったような態度だ。

当然、訝しむ感情が各々の心に沸いてきたのだが、再び問い掛けるより先に授業終了のチャイムが鳴って、その機会を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チャイムを聞いて実習室から出て行く生徒。その流れに逆らわず義飾達も実習室から退出する。エリカとレオと美月の三人が並んで歩き、義飾と達也がその後ろに着いて行く。

義飾の機嫌が直り、二人で並んで歩いているので丁度いいと思い、気分は乗らないが達也は頼まれていたことを完遂しようと口を開いた。

 

「義飾、放課後なんだが・・・」

 

「ん?もしかしてあれか?俺を引っ張ってこいって言われたか?」

 

昼休みの義飾の様子を思い出して言葉を濁してしまった達也に、義飾はすぐに応える。

言い切ってないのに察することが出来たのは、ある程度予想していたからだ。

顔を向けながら応えた義飾に達也は一つ頷いて肯定した。その表情はなんとなく疲れてるような気がした。

 

「手間掛けさせて悪いな。心配しなくても元々、行くつもりだったよ。ここまできたら徹底的に話し合ってやる」

 

義飾から了承の返事を聞いて達也は安堵の息を吐こうとするが、何故か喉でつっかかって出てこない。少し考えてその理由に思い至り、何とか喉が開いて溜まった息が出てきた。その息に安堵の色はなく、ただ疲れている感情が乗っていた。

 

(義飾が来ることに安心出来ないのは当然だな。・・・放課後はもう一波乱あるか)

 

口から疲れた息を出せば、頭にも諦念とした感想が沸いてくる。

達也の予感は見事に的中するのだが、起きた波乱は一つではないし、義飾だけが原因でもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エリカ達から激励の言葉で見送られ達也と義飾、そして深雪の三人は再び生徒会室に向かった。

達也は重い足を引きずりながら、義飾はピリピリとした小さい怒気を発して、深雪は弾みそうになる足を何とか抑えて。

三者三様の空気を出しているので、三人の間に流れている空気は混沌としたものとなっていた。

生徒会室の前に着き、今度は誰がインターホンを押すのかと見ていた義飾だったが、達也がIDカードを認証パネルに翳してドアを開けた。

ドアが開いたということは、達也のIDが認証システムに登録済みということだ。達也の風紀委員入りはほとんど決定してしまっている。義飾は思わず、達也に同情的な視線を送ってしまった。

 

ドアが開いてまず達也が中に入り、その次は深雪、最後に義飾が入った。部屋に入ってまず最初に目がつくのは、達也と義飾に明確な敵意を送っている男子生徒だろう。

昼休みの時は空いていた席に座っているその男子生徒は、部屋に達也が入ってきたら達也に敵意を送り、深雪が入ってきたらその敵意を一旦引っ込め、義飾が入ってきたら達也の時より強い敵意を送ってきた。

その敵意を受けて、義飾の頭は逆に冷静になった。男子生徒の器用かつ忙しい態度に白けてしまったのだ。

義飾に強い敵意を送っていた男子生徒だが、それをもう一度引っ込め、席を立って三人に近づく。いや、正確に言えば深雪に、だ。その後ろに控えている達也と義飾は視界に入れようともしない。

 

「副会長の服部 形部です。司波 深雪さん、生徒会へようこそ」

 

深雪にだけ言葉を掛け、服部は席に戻る。結局、達也と義飾は無視されたままだ。こんな幼稚な精神の持ち主が生徒会副会長の任に就いてることに、義飾は不安を抱いた。

 

「よっ、来たな」

 

「いらっしゃい、深雪さん。達也くんと化生くんもご苦労様」

 

服部の態度に触れることなく、奥から気安い挨拶が二つ飛んできた。そのことに義飾の眉が僅かに動くが、何も言わなかった。

真由美があずさに命令して、あずさが深雪を壁際の端末まで誘導する。三人で一緒に来たといっても、来ることになった用事は違う。深雪とはここで別れる事になるだろう。

 

「じゃあ、あたしらも移動しようか」

 

摩利も席を立って二人を誘導しようとする。しかし

 

「待てよ。どこに行くか知らんが話はここで終わらせろ。俺はさっさと帰りたいんだ」

 

義飾が口を開いて摩利の足を止める。別にこの後用事があるわけでもないのだが、相手にペースを握られれば、なし崩し的に委員会入りを決められてしまいそうなので、態度は常に否定の形をとっておいた方がいい。達也の二の舞を踏むわけにはいかなかった。

 

「昼休みに出来なかった風紀委員の詳しい説明をしたいんだが・・・、今なら委員会本部にも招待するぞ」

 

「いや、そんな“もれなく”みたいな言い方しても全く惹かれねぇから。それに詳しい説明もいらない。話なんて、俺が断ってお前が了承する。それだけだろうが」

 

「詳しい話を聞かない内に、結論を出すのは早計かと思うぞ?」

 

「いくら聞いても結論が変わらないなら、ただの時間の無駄だ」

 

両者一歩も引かずに、相手を自分のペースに引きずり込もうとする。話しはこのまま平行線が続くかと思われたが、席に座った服部が再び立ち上がったことで、二人の意識はそちらに向く。

 

「渡辺先輩、待ってください」

 

神経質そうな、あるいは敵意を隠しきれてない声色で摩利を呼び止める服部。彼のことを全く知らない義飾でも、その後に続く言葉は容易に想像できた。

そしてそれに対して摩利は、今時聞き慣れない名称で応じた。

 

「何だ、服部形部少丞範蔵副会長」

 

「フルネームで呼ばないでください!」

 

「んぐぅっ・・・」

 

摩利の口から出た名称、というよりそれがフルネームだった事実に義飾は思わず吹き出しそうになった。すんでの所で口に力を入れるが、口の端から空気が漏れて間抜けな声を上げてしまう。

その声を聞き咎めた服部が強い視線を義飾に投げかける。義飾は慌てて目を逸らした。

 

(やべぇ・・・不意打ち過ぎる。“はっとり はんぞう”だけでも面白いのに間に色々入ってたな。官職か?我慢せずに笑いたいけど、今までの苦労が想像出来るだけに笑えねぇ。自分よりも変な名前の奴なんて初めて見た)

 

義飾が目を逸らしたのは、反省の気持ちと罪悪感からだ。義飾自身も小学校の時は名前のことで苦労したのに、義飾以上にネタ要素満載の彼は、それ以上の苦労をしてきただろう。

幼稚な精神性はその過去が原因なのかもしれない。・・・義飾の勝手な想像だが。

目を逸らしたのが功を奏したのか、服部は何も言ってこなかった。無視の姿勢を崩したくなかったのと、その後、摩利に軽くからかわれたこらだ。

服部と摩利、そして途中で話に加わってきた真由美のやり取りを義飾は複雑な心境で見ていた。

いくら嫌いな相手でも、名前を理由にいじられてる所を見るのはやはり心苦しい。

 

 

 

「渡辺先輩、お話したいのは風紀委員の補充の件です」

 

一通り名前をからかわれた服部が佇まいを直して改めて話を切り出す。羞恥で赤くなっていた顔も元通りだ。

 

「何だ?」

 

「その一年生を風紀委員に任命するのは反対です」

 

冷静に、というよりは感情を押し殺した声色で服部が意見を述べる。それを聞いて摩利がウンザリしたように眉を顰めた。

 

「おかしなことを言う。司波達也くんを生徒会選任枠で指名したのは七草会長だ。例え口頭であっても、指名の効力に変わりはない。そして化生義飾くんはまだ指名すらされていない。これから、私と七草会長で教職員枠で指名してくれるように、学校に願い出る所だ。どちらにしても最終的な決定権は本人が持つことになる。君が口を挟むのはお門違いだ」

 

摩利は、服部と達也と義飾を順々に見ながら言う。服部は摩利に視線を固定したままだ。二人については無視を貫くつもりらしい。

にわかに悪くなってきた二人の空気に、あずさはハラハラと、鈴音は表情を変えることなく、真由美も常のアルカイックスマイルを浮かべている。

深雪は一見、変わった様子はないが、心の中は荒れ狂ってることだろう。神妙な顔つきは、その内情を押し隠した結果だ。そんな深雪に、達也はあずさと別の意味でハラハラしていた。

そして義飾は、かなり複雑な心境になっていた。義飾の目的に沿うならば服部に助力するのはいいのだが、そんな気は勿論、さらさら起きない。しかし、だからといって摩利の側に立つのもおかしい。目的に逆らうことになるし、心情的にも服部よりマシというだけで、別に摩利を好ましく思ってる訳ではないからだ。

義飾が頭を捻って悩んでいる間にも二人の話はどんどんと進んでいく。

 

「過去、ウィードを風紀委員に任命した例はありません」

 

服部の、蔑称を含んだ反論に摩利の眉が軽く吊り上がる。そして義飾も同じように反応し、口角を僅かに上げた。考えは纏まったようだ。

 

「それは禁止用語だぞ、服部副会長。風紀委員会のよる摘発対象だ。委員長である私の前で堂々と使用するとは、いい度胸だな」

 

「取り繕っても仕方がないでしょう。それとも、全校生徒の三分の一以上を摘発するつもりですか?ブルームとウィードの間の区別は、学校制度に組み込まれた、学校が認めるものです。そしてブルームとウィードには、区別を根拠付けるだけの実力差が―――」

「ハッ!随分と考え、っつーか頭が足りてない奴が副会長になってるんだな。やっぱり、この自治重視の体制は考え直したほうがいいじゃねぇのか?」

 

「何だと?」

 

熱の帯びてきた服部の言葉を義飾が途中で遮る。

蔑む意思を全く隠そうとしないその言葉に服部は今まで無視していたことを忘れ、直ぐ様義飾に視線を向ける。

しかし、服部を顔を向けた時には既に義飾は別の方向、真由美の方を見ていた。

 

「おい、今の生徒会役員はお前が選んだんだよな?一応聞いときたいんだが、お前が会長に就いてすぐにこいつを副会長に選んだのか?」

 

「・・・ええ、そうよ。でも、そんな言いか―――」

「全く、どういう基準で選んだんだ?選任規定に一科生のみっていう縛りがあっても、なんていうか・・・もっとこう、マシな奴はいただろ。生徒会の仕事なんて殆どが事務仕事だろうから、実技の結果のみで選ぶのはおかしいと思うんだが。素行とかは考慮に入れなかったのか?それとも入れてこれか?

 精神が幼稚な順に並べて上から選んだのか?だったら納得だな」

 

「貴様っ!!口を慎めっ!!!」

 

自分だけでなく、敬愛している真由美にまで火の粉が飛んで服部の頭が一瞬で沸き上がる。

真由美の顔を向けている義飾の胸倉を掴んで引き寄せ、強引に顔を合わせる。

怒りで歪んだ服部の顔を間近で見て、義飾の口角はさらに吊り上がった。

 

 

 

「・・・こういう所がガキだって言ってんだよ。

 それで、この腕は何だ?これは、売ってきた(・・・・・)、もしくは買った(・・・)って解釈していいんだよな?」

 

一触即発の空気に周りが戦々恐々としている中、当人である義飾は全く慌てた様子がない。

穏やかな口調、もはや見慣れてしまった嗜虐的な笑顔携え、ゆっくりと胸倉を掴んでいる服部の右腕に手をかぶせる。

 

そして、思い切り握りしめた。

 

「ゥガァアアアアッッ!!!」

 

突然絶叫を上げた服部に、周りの人間が何事かと目を見開く。義飾と服部の体が壁となり、二人の間で何が起こっているのかわからない。

服部の手が義飾の胸倉から離れ、服部が体を大きく動かしたことでようやく事態を把握出来た。

 

「随分と高圧的だから、そこそこ出来るんだと思ってたがこの程度で何も出来なくなるのか?腕力があるわけでもなし、武術を修めてるわけでもない。こんなヒョロい腕で胸倉を掴んで、その後どうするつもりだったんだ?考えがなかったのか、それともご自慢の魔法を使うつもりだったのか、どっちなんだ?」

 

「カァ・・・クッ・・・」

 

痛みに呻く服部を無視して義飾は矢継ぎ早に質問を重ねていく。それに対して服部は答えない。いや、応えることができない。聞こえているのかも怪しい。

義飾に掴まれている服部の腕は、前腕を絞められているせいで手首が曲がり、手も力が入らないのか中途半端に開いている。血流が止まっているのか肌の色も段々と青白くなっていた。

 

義飾の手にさらに力が加えられ服部がさらに呻きながら体を捩るが、当然やられてばかりではいられない。義飾に掴まれているのとは逆の手で、義飾の腕を外そうと試みるが全くビクともしない。それどころか、力を込められて固くなっている腕を触って、改めて義飾の膂力を実感し、自分の力では外すことは出来ないと確信してしまった。

 

「ホラ、どうした魔法師。魔法使ってこいよ。自信があるんだろ?得意なんだろ?憎い奴の顔が目の前にあるんだ、どうして使ってこない?系統、系統外、無系統、古式、なんだっていい。この状況を逆転出来る、冴えた一撃ってヤツを見せてくれよ」

 

「アァッ・・・グゥ、ッァ!」

 

義飾は掴んだ腕を上に挙げながらさらに服部を煽る。しかし、どれだけ煽られても服部は意味のない喘ぎを口から漏らすだけだ。

それも仕方のない事だろう。魔法の使用は精神状態に大きく左右される。たとえ小さなズレでも、発動の際に大きなズレが生じることはよくある。

ましてや、激痛に苛まれながら魔法を発動するなんて特殊な訓練を積んだ軍人でも難しい。ただの高校生である服部に出来る道理はなかった。

 

服部の必死の抵抗も虚しく服部の腕は限界まで上に挙げられ、肩から腰にかけてのラインは伸び切ってしまっている。

服部と義飾の身長差は凡そ十センチ弱。前腕を掴んでいる事もあって義飾の腕にはまだ余裕がある。

服部の肩がもう上がらないことに構わず義飾はさらに腕を挙げる。もう自力ではこれ以上腕を上げることが出来ない服部は義飾の力に任せるがままだ。

体が伸びきり、踵が浮き、右足は一瞬地面を離れ、踊るようにバタついた。

持ち上げられ、差があった義飾と服部の顔の高さがほぼ同じになり、両者の目が合う。

義飾の余裕然とした笑顔とは対照的に、服部の顔は苦痛と羞恥、そして怒りに染まっている。

ここまでされて未だ反抗の意思が消えていないのは見上げた自尊心だが、その目の奥に隠し切れない恐怖と懇願があるのを義飾は見逃さなかった。

 

だからといって義飾に手を緩めるつもりは一切ないが。

 

「いったい、どれだけ力があるんだ?って顔してるな。正確な数字は俺にもよくわからないんだよ。一応、中学最後のスポーツテストで計った時は握力百キロだったんだが、それも本気でやったわけじゃない。まぁ、フライパンぐらいだったら楽にちぎれる(・・・・)な。

 なぁ、魔法師。喧嘩をするときはな、相手と状況をよく見た方がいい。魔法に自信があっても、それを使うには有効な距離ってのがある。ここまで近かったら殴ったほうがずっと早い。誰かれ構わず喧嘩売ってると、恥をかくことになるぞ?今みたいにな」

 

義飾の腕も限界近くまで上がり、服部の足は両方ともつま先立ちになっている。そして、とうとう服部の足が地面から離れようとした所で、ようやく制止の声が入った。

 

「そこまでだっ!!」

 

さすがは風紀委員長といったところか。義飾に物怖じすることなく、空気を裂くような、威厳のこもった鋭い声が摩利の口から飛び出す。その声に、関係のないあずさの肩が大きく震えた。

別に摩利の言うことをきく義理はないのだが、これ以上はやり過ぎだと義飾も思っていたので、素直に手を離す。

軽く持ち上げられた状態から突然手を離された服部は、強かに尻餅をついた。

 

「ガッ!グゥ・・・」

 

服部の口から、おそらくこの場で最後になるであろう呻きが漏れる。そしてその体勢のまま義飾を強く睨みつける。潰されんばかりに握られた腕を擦りもせずそういう目を向けることが出来るのは、僅かに残った矜持が成せるものなのか。

何にしても報復を完了して概ね満足した義飾にとってはもうどうでもいい。意識は既に別の方へと向いていた。

 

「・・・一応言っとくが、俺は反省もしないし、悪いとも思ってない。今のは正当防衛の枠に収めたつもりだ」

 

服部から視線を外し、制止を掛けた摩利の方を向く義飾。その顔は、言葉通り悪びれた様子がない。

義飾の言葉を受けて摩利は、立ち上がろうとしている服部に一度だけ視線を送り、真っ向から義飾と相対した。

 

「あぁ、わかっているさ。先に仕掛けたのは・・・というより、服部副会長の態度には些か問題があった。君が怒るのは当然のことだ。今回の事を荒立てるつもりはない。しかし・・・・・・少しやり過ぎたとは思わないのか?」

 

「気に入らない人間を無視して、気に喰わないことがあればすぐにケチをつける。少し煽られただけで暴力に訴えようとする幼稚な奴なんだ。生徒会役員はCADの常時携行が認められてるから、感情に任せて魔法を使ってくる可能性は捨てきれない。

 それについ先日、あんなことがあったばかりなんだ。少しぐらい過敏になってても仕方ないだろ」

 

「・・・・・・」

 

“確かに”と、摩利は思わず頷いてしまいそうになった。さすがにそれを表に出してしまうと、こちらの分が悪くなってしまうので顎に力を込めて固定する。

そして、もう一度服部に視線を送る。摩利と目が合った服部は、バツが悪そうに顔を背けた。それが反省によるものなのか、羞恥、あるいはただ顔を見られたくなかったからなのか判断出来ず、摩利は視線を外して小さく息を吐く。その様子は、自分の思い通りにいかずに消沈しているようだった。

しかし、再び視線を義飾に戻したときにはその目には覚悟の色が乗っており、開いた口から出た言葉に、この場にいる全員が驚いた。

 

 

 

 

 

「・・・なぁ、化生。私と模擬戦をしないか?」

 

「「「「「なっ!!!」」」」」

 

「ハァ?」

 

全員が驚きの声を上げる中、一人だけ義飾が胡乱な声を上げる。しかし、そこに乗せられた感情はほとんど一緒だ。

 

「ちょ、ちょっと摩利!あなた何を言ってるの!?突然模擬戦だなんて、どうして、そんな・・・」

 

「わかっている。自分でも突飛な提案だということは、十分よくわかっている。だが、こうするのが一番後腐れがないと思ってな」

 

慌てて口を挟んできた真由美を、摩利は落ち着いた口調で宥めた。

宥められた真由美は一旦口を閉じるが、それは思考が纏まってないから掛ける言葉が見つからなかったからのようにも見える。

真由美が何も言ってこない事を確認した摩利は、返答を促すように義飾に視線を送った。

 

「確か・・・お前は俺の実技試験の結果を知ってるんだよな?自分がどれだけ恥知らずなことを言っているのかわかってるのか?」

 

「あぁ。しかし、それだけでなくお前の過去、実績も知っている。それを考慮に入れれば、そこまで酷い試合にならないと思っているのだが」

 

「そもそも、なんで俺にそこまで執着する。いや、俺だけじゃなく達也にもだ。風紀委員の選定基準に一科生の縛りがないからって、わざわざ今まで守ってきた伝統を崩す必要はないだろうが」

 

「それだ」

 

「ハァ?」

 

「お前たちを指名するのは、それが理由だ」

 

再び胡乱な声を上げた義飾に摩利は、真面目な表情を作って口を開いた。

 

「化生の言う通り、風紀委員の選定基準には絶対的な決まりはない。が、その任務の内容から、今まで一科生しか選ばれたことがない。校則違反者の鎮圧と摘発という任務を考えれば、それは仕方のないことかもしれないが、私はこれをあまり好ましく思ってない。

 今まで風紀委員には一科生しか登用されていないせいで、二科生を一科生が取り締まる事はあっても、その逆はあり得なかった。

 悲しいことにこの第一高校には、一科生と二科生の間に大きな感情的な溝がある。この風紀委員の伝統は、その溝を深めるのに一役買っていると私は考える。

 私の指揮する委員会が、差別意識を助長させるわけにはいかない」

 

「はぇ~~すごいですね、摩利。そこまで考えていたんですか?私はてっきり二人の事が気に入ったからだと・・・」

 

「会長、お静かに」

 

摩利の高説に真由美が間抜けな感想をこぼして場の空気が弛緩しそうになるが、鈴音がたしなめたことで崩れることはなかった。

一瞬、義飾の視線が真由美の方を向くが、再び摩利が話し出したことですぐに元に戻った。

 

「悪しき伝統を崩したいからといって、本来の風紀委員の任務を忘れたわけではない。

 風紀委員に実力の乏しい者を登用するわけにはいかない。しかしだ、魔法科高校だからといって魔法の実技結果をそのまま本人の実力とするのは少し性急な判断だ。

 化生の実力・・・・・・は、今見てもらった通りだ。化生は魔法がなくても十分に戦えると判断出来る。魔法に胡座をかいて威張ってるだけの奴なら容易く取り押さえる事が出来るだろう。それでも化生の実力に疑いを持つならば、私自ら模擬戦で確かめよう、というのがさっきの突飛な提案の真実だ」

 

義飾から目線を一切逸らさず、摩利は話を終わらせた。

摩利の話が終わっても、誰も口を開く様子がない。みんな一様に、義飾が喋り出すのを待っていた。

周りの視線を全て受けた義飾は、疲れたように息を吐いた後、ゆっくりと口を開いた。

 

「・・・・・・それ、勝って俺に何の得があるんだ?」

 

「模擬戦は、喧嘩を抑制するために取り付けられた課外活動の一つだ。それを対象に賭け事をすることはおろか、金品を賭けることも禁止されている。しかし、口頭だけの約束ならば問題ない。私が負けた場合は、素直に君を風紀委員に推薦することは諦めよう」

 

「俺が負ければ、俺には実力がなかったことが証明されると思うんだが」

 

「私と対等に戦えるのは、この第一高校では七草会長と十文字会頭だけだ。勝敗そのもので君の実力を判断したりしないさ。試合の内容で、君の実力を判断する」

 

「俺がわざとしょっぱい試合をすることは考えないのか?」

 

「その可能性は確かに捨てきれないが・・・君はそういうのは好きそうにないからな」

 

 

 

“お前に俺の何がわかるんだよ”という感想が、義飾の口の裏をつついて出てきそうになったが、口を開くのも億劫になっていた義飾は、顔を逸らして会話を打ち切った。

何も言わなくなった義飾に、後もうひと押しかと思った摩利はさらに言葉を重ねた。

 

「当然、普通にするつもりはない。お前が有利になるようにハンデを設けるつもりだ。私は使う魔法を大幅に制限して―――」

「いらねぇよ」

 

話を遮られて摩利は目を開いて口を閉じる。しかしその口は、思惑通りに釣れたと僅かに弧を描いていた。

 

「ハンデなんていらない。対等な条件でやったほうが実力もわかりやすいだろ。ここまでお膳立てされたんだ。存分に遊んでやるよ」

 

釣られていることはよくわかっていた義飾だったが、既に断れない空気ができていたし、今までの飲み込めない思いを発散するのには丁度いいかと思って模擬戦を承諾した。

 

「本当に良いのか?さっきも言ったが、私と対等に戦えるのはこの学校では二人だけだ。模擬戦を申し込んだ側がこんなことを言うのは間違ってるかもしれないが、上級生として、そして風紀委員長として、対等だとあまりフェアではないと思うんだが」

 

義飾が承諾したのはいいが、今度は摩利が普通に戦うのを渋った。

模擬戦を承諾した事自体は目的通りだったが、ハンデを断られたのは目的外だった。

確かに挑発的な態度をとったせいでハンデを断られるのは予想できていたのだが、義飾の実技成績を知っている身としてはやはり普通に戦うのは躊躇してしまう。

その思いは摩利だけでなく他の面々も同じで、心配そうな眼差しを義飾に送っていた。特に、今日の実習で義飾の成績を実際に見ていた達也は、その色が他よりも強かった。

 

「だったら今日から二人じゃなくて三人になるな。いや、対等じゃないなら二人のままか」

 

しかし、義飾に引くつもりは一切ない。傲慢を通り越して無礼な言葉が口から出てくる。その言葉に、周りの視線に心配とは別の色が混ざった。

義飾の言葉を受けた摩利は、真由美に目配せする。それを受けた真由美は一つ頷いて、少し厳かな声色で宣言した。

 

 

 

「私は生徒会長の権限により、風紀委員長・渡辺 摩利と一年E組・化生・義飾の模擬戦を正式な試合とし、二人の試合が校則で認められた課外活動であると認めます」

 

おそらく、創立以来初めて、そしてこれからも行われることがない、最初で最後になるであろう、風紀委員長と二科生の模擬戦が決定した

 




義飾 「そんな餌に釣られクマーー」

多少強引でも原作キャラと戦わせたい。
摩利の強さが全然わからん。ってかホントに強いのか。どのくらい強いのか。横浜争乱編で戦闘描写があるみたいですけど、そこまで読んでないです。
読みながら書いてるので、まだ一巻も読み終えてないです。
web版の古い記憶と、wikiを頼りに書いてます。
一応、書籍は揃えたんですけどね・・・


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第十三話

戦闘描写に梃子摺って遅くなりました。
そのうち修正したいです。


義飾と摩利、二人の模擬戦が決定してそのまま一同は演習室に向かった・・・わけではない。

模擬戦には許可書の発行や、演習室の貸し切り、そして事務室に預けてあるCADを引き取ったりと、色々と準備が必要なのだが、すぐに二人の模擬戦を始められなかったのはそれらの理由が原因ではない。

義飾の攻撃から立ち直った服部が、またもや口を挟んできたのだ。

 

模擬戦の準備をしていた面々を呼び止めた服部は、標的を義飾から達也に変更して非難を再開した。模擬戦で実力を確かめることができる義飾のことは一旦、置いとくことにしたらしい。

義飾の時と同じように二科生であることを理由に実力がないと決めつけて達也の風紀委員入りを反対した服部だが、そこでとうとう深雪の堪忍袋が切れた。

生徒会室に入った時から服部の達也に対する態度に怒りを感じ、それを溜め込んでいた深雪は、それら全てを解放するように反論を捲し立てた。

身内を擁護する発言は過ぎれば不快をもよおすものだが、確信を持った声色はそういう感情を起こさせない。本当にそうなのだという気がしてくる。思わず、唖然とした視線が達也に集まった。

しかし、それを言われた服部は真剣に捉えなかったらしく、含みのない優しい声で深雪を諭した。さっきまでとは全く逆の態度は、服部は本来、限定的であるが面倒見のいい優秀な先輩なのだろう。

穏やかかつ、親身に教えを諭す口調は、気が立っている下級生を宥めるには十分なものだろうが、今回はその口調が逆効果になってしまった。

服部に諭されて深雪はさらにヒートアップし、語気が若干荒くなった。そして、おそらく隠しておかなければならないこと、達也の秘密を口走ろうとしたところで、達也が止めに入り、深雪の勢いは萎んだ。

 

二人の間に入った達也は、俯いて消沈した深雪に一度視線を送った後、改めて服部と向き合い、そして、模擬戦を申し込んだ。

達也の予想外の申し出にみんなが言葉を失う中、服部は激昂して罵倒を達也に叩きつける。しかし、深雪を窘めた時の自分のセリフで反撃されて言葉を詰まらせた。

対人戦闘スキルは実際に戦ってみないとわからない。妹の目が曇っていない事を証明するため。色々と理由を述べて、何故模擬戦を申し込んだのか淡々と説明した達也だが、それは建前、あるいは別の意図があるように感じた。

 

そして服部はその意図を挑発であると受け取り、静かな、というより抑制された口調で達也の申し出に応えた。

 

 

 

本来であれば模擬戦の順番は先に決まった方から、義飾と摩利の模擬戦を先にするのが普通なのだが、本人たちの感情を優先して達也対服部の模擬戦を先にすることになった。

諸々の準備を終わらせ、一同は場所を生徒会室から模擬戦を行う第三演習室に移していた。

模擬戦は第一高校ではそこまで珍しいモノではないが、さすがに一科生と二科生が、それも今年入った新入生と生徒会役員が戦うなんてことは今までなかった。

一科生の生徒会副会長対二科生の新入生。結果などやるまでもなく決まっているような決闘だが、戦う本人達の顔は強張ったような無表情だ。いや、服部の顔には僅かに余裕が垣間見えた。

それも仕方のない事だろう。もしも模擬戦の賭け事が許されていたら誰も達也には賭けない。一科生と二科生の壁はそこまで厚いわけではないが、それは一科生下位と二科生上位の話だ。

一科生の中でも上から数えた方が早く、生徒会副会長に選ばれている服部と、ただの二科生、それもどちらかと言えば実技の成績が良くない達也とでは、その差は一朝一夕で埋められるものではない。

それに、服部と達也では学年が一つ違う。たかが一年と思うかもしれないが、高校から魔法教育が本格化する都合上、この一年は到底無視出来るモノではない。

 

 

 

出来レースのようなこの模擬戦は、やはり呆気無く、しかし予想外の形で決着した。

勝ったのは達也だ。それも圧勝、いやこの場合は秒殺というべきか。まばたきを数度もしない内に勝負は着いた。

試合開始の合図がされた瞬間、服部は魔法を行使しようとCADに指を走らせたが、その時には既に達也の姿は最初に位置にはなく、服部の眼前に移動していた。

服部がギョッとのけぞったのも束の間、達也の姿は再び消え、服部の死角である右側面数メートルの位置に現れた。

そして、服部は結局何も出来ないまま地面へ崩れ落ちた。

 

「・・・勝者、司波達也」

 

摩利が勝ち名乗りには呆気にとられたような響きがあった。それは摩利だけでなく、他の面々もそうだった。

達也の勝利で終わった結果もそうだが、試合時間が実質五秒もなかったという内容はとても呑み込めるモノではない。

淡々と後片付けを始めた達也の背中に質問が飛んだのは当たり前の事だった。

劣等生である達也が勝利出来た理由、それはなんてことはない。達也の魔法技能が現行に魔法評価項目に入らず、そして、魔法以外の技術で服部の油断を突いた。言ってしまえばこれだけだ。

服部が慢心せずに、最初に達也の出方を窺っていれば試合時間はもう少し伸びたかもしれないが、結果そのものは変わらなかっただろう。

はっきり言って達也の対人戦闘スキルは高校生の枠を逸脱している。忍術使い・九重八雲の教えを受けた体術、普通の魔法技能から外れた才能に、ただの高校生が持つには不相応なCAD、そしてそれらを十全に扱う技術。

その強さに驚くと同時に、何故ここまで強いのかという疑問も沸いてくる。

確かに今の御時世は平和とは言えない。数年前に日本国内で戦争があり、世界情勢も安定してるとは言い難い。遠くない未来に再び日本で戦争が起こるだろう。

国で保有している魔法師の数と質が国力に直結している現状、魔法科高校に入学しているなら、それと無関係ではいられず、強すぎて困るということはない。

しかし、ただの高校生、それも数日前までは中学生だった人間がここまでの強さを有しているのはやはり異常だ。

九重八雲という高名な忍者に教えを受けているといっても、師事を得ただけで強くなるわけではない。強さ得るにはそれに見合うだけの労力と時間が必要だ。

ここまでの強さを培うだけの理由、それがただシスコンを拗らせただけなら笑うだけで済むのだが、当然それだけが理由ではないだろう。

 

 

 

 

 

達也の強さの理由。気にならないわけではないが、今聞いても答えが返ってくるとは思えなかった。達也の強さは、達也の闇に直接繋がっている。それが見なくてもわかった義飾は、片付けを終わらせた達也と入れ替わるように演習室の中央に足を進めた。

先程達也が立っていた開始線、そこで足を止める。反対側には摩利が立っている。両者とも気負いした様子はなく、これから戦うとは思えないほどリラックスしている。

摩利は装いに変化がないのに対して、義飾はブレザーを脱いでおり、元からベストもネクタイも着ていないのでカッターシャツのみの、かなりラフな格好だ。

シャツの袖をまくり、さらに戦闘態勢を整える。右手の袖をまくり終え、続いて左手。

左手の袖が肘まで上げられ、今まで隠れていた左手の傷跡の全貌が明らかになり、外野から小さな悲鳴が上がった。

義飾の左腕にある傷は、薬指と中指の間から始まり、両断するように手の甲を通って、抜けるように肘まで続いている。その傷跡は長さもそうだが全体的に大きく、ケロイドの盛り上がりが離れた所から見てもよくわかった。

思わず目を覆いたくなるような傷跡だが、武術を修めており、小さい怪我程度なら見慣れている摩利は軽く目を見開いた程度でそれ以上の反応はしなかった。

それよりも気になることを発見した摩利は、自分のCADの調子を見ていた手を止めて義飾に問い掛ける。

 

「・・・CADが見当たらないが、事務室に取りに行かなかったのか?」

 

摩利の言葉に、傷にばかり注視していた面々もそのことに気がつく。

袖をまくった義飾の腕にはブレスレットが着いてるだけで、他には何もない。手には何も持っておらず、ホルスターも着けていないので、CADの類はどこにも見られなかった。

戦う準備が完了していた気持ちが躓いてしまったのを感じながら、摩利は言外に待っている事を伝えるために、腰に手を当てて姿勢を崩した。

 

「必要ねぇよ」

 

しかし、摩利の事を見ずに、アクセサリーを外しながら義飾の口から漏れた言葉は予想外のモノであった。

堪らず摩利の眉間に皺が寄る。観戦者の外野の顔も僅かに歪んだ。

 

「それは・・・どういう意味だ?強がっているだけならまだ撤回できるぞ」

 

摩利の言葉に小さいトゲが含まれる。しかし、摩利の態度の変化に構わず義飾はすぐに答えない。指輪とブレスレットを外し、それらをまとめてポケットに仕舞って、ようやく摩利に視線を向けた。

 

「どういう意味って、そのままだ。CADなんて必要ない。まぁ厳密に言えば、持って来てない、っつーか持ってないってのが正しいんだが」

 

大きく肩を竦めながら答える義飾。その仕草は、自虐しているようでもあるし、自信があるようにも見える。

義飾本人はこのまま戦う気でいるみたいだが、対戦者である摩利はとてもではないが受け入れられるものではない。

風紀委員長と二科生、唯でさえ実力に開きががあるのに、もっと差が出来てしまう。そんな状態で勝っても、この模擬戦の目的である義飾の実力を確かめる、なんてことは出来ないだろう。

まさかそれが狙いなのではと勘繰るが、義飾の態度からはそんな感じはしない。

本当にCAD無しで摩利と戦うつもりだ。

 

「持っていないのであれば学校の物を借りることだって出来る。風紀委員会の本部にも幾つか使ってない物があるはずだ。調整に少し時間が掛かるが、そのくらいの時間ならいくらでも待つ―――」

 

「いらねぇつってんだろ。ってか有っても無くても一緒なんだよ。俺の実技成績は見たんだろ?あんなんで実戦に通用すると思うか?」

 

「・・・・・・」

 

義飾の弁は確かに理は通っている。しかし頷き難いのも事実だ。いくら実技成績が悪くても、CADを持ったほうが魔法の行使が楽になる以上、持たない理由はない。

超能力者という例外はあるが、その数は圧倒的に少なく、義飾がそうだという届け出も学校には送られていない。

超能力は特殊な魔法技能なので、もしそうであった場合は必ずしも学校に申告しなければならないということはないが、それも一つの評価対象になるので申告しない理由はない。

腰に当てた手を顎に持って行き熟考する摩利だが、義飾の方は既にヤル気満々らしく、開始線につま先を揃えた。

 

「別にやる気がないわけでもないし、負けた時それを理由にゴネるつもりもない。俺にとってはこのままが一番本気を出せるんだよ。たとえCADを用意したとしても、試合中に使うつもりはない。それにだ・・・・・・」

 

そこで一旦言葉を止めて、改めて正面に視線を向ける義飾。摩利もその視線を真っ向から受け止めるが、義飾から得も言われぬ空気が漂っていて、摩利は思わず喉を鳴らした。

 

「二年前のあの事件、加害者のリーダー格の奴は脊椎を損傷、いや、もっと詳しく言ってやろうか。腰椎の完全損傷、頭蓋骨の陥没、左大腿骨、肋骨、鎖骨の骨折、右肩の脱臼、内蔵の軽度損傷。治癒魔法のおかげで後遺症はなかったが、ニュースで重傷じゃなく、重体だと伝えられるような状態だ。

ここまでやって、なんで俺が過剰防衛とされなかったかわかるか?相手がCADを持っていて、俺が持っていなかったからだ。

お前はこの事件を実績として鑑みて俺を風紀委員に推薦してるんだよな?だったら可能な限りあの時の状況を再現した方がいい。それがお前が望む、実力を確認するのに一番適した方法だ」

 

義飾から漏れる空気、それは怒気だった。

言葉遣いは昼の時ほど荒くなく、どちらかと言えば穏やかで、顔は歪むでも嘲笑うでもなく、薄い笑みが浮かんでいるだけだ。それでも怒っている。しかし、その怒りは摩利に向いている訳ではない。

そのことを自分の洞察力や経験からではなく、義飾から齎されるモノで分かった摩利は、空気に当てられてさらに口を強く噤んだ。

 

「心配すんな。状況再現って言っても、さすがにルールの範疇に収まるように手加減はする。

だから、安心して掛かって来い(・・・・・・)

 

その言葉が引き金だったわけではないが、掛かって来いという明らかにこちらを挑戦者とした発言にカチンときた摩利は、説得は無意味だと諦め、黙ったまま開始線に足を揃えた。

さっきの達也の試合の内容も、摩利に踏ん切りを付かせた理由の一つだ。

 

「・・・いいだろう。希望通り、このまま試合を始める。あらかじめ言っておくが、私は千葉道場に入門していて、高校入学と同時に本家道場に推薦された。魔法だけだと思っていると痛い目を見るぞ。服部副会長のように、簡単にいけると思わないことだ」

 

「ご親切にどうも。だったら俺も最初に言っておく。俺は、かーなーりっ!強い!」

 

両者の宣言を聞いて、真由美が一歩踏み出す。達也と服部の模擬戦では摩利が審判を務めたが、摩利は今回対戦者なので、残った者の中で一番地位の高い真由美が審判をすることになった。

二人の間に立ち、両者の顔を窺って戦意を確認した真由美は、常の笑顔を引っ込めて口を開いた。

 

「ルールは先程と同じですが、念の為にもう一度説明します。

直接攻撃、間接攻撃を問わず相手を死に至らしめる術式は禁止。回復不能な障碍を与える術式も禁止。

相手の肉体を直接損壊する術式も禁止です。ただし、捻挫以上の負傷を与えない直接攻撃は大丈夫です。

そして、素手での攻撃は大丈夫ですが、武器の使用は禁止です。蹴り技を使う場合は、今ここで学校指定のソフトシューズに履き替えることが義務付けられてますが、二人共そのままの格好で大丈夫ですか?」

 

自分にはあまり関係なく、一度聞いたからとほとんどルールを聞き流していた義飾の耳に真由美の確認の言葉が入ってくる。

真由美は摩利と義飾の両者に呼び掛けているが、その顔は義飾の方を向いていた。

その視線の意図に気が付いた義飾は、小さく頷いた後、両手を広げて、もう指輪の類を着けていない事を示した。

ただの指輪であっても、着けて殴れば十分武器になる。たとえCADを持っていなくても、武器の使用を禁止している以上、認めるわけにはいかなかった。

義飾の両手を確認した真由美は、数歩後ろに下がって再び口を開いた。

 

「双方、準備が出来ていると判断して次に進めます。

勝敗の判定は、どちらか一方が棄権するか、明らかに戦闘行動が不能だとわかったときです。この判断は審判である私が行いますので、予めご了承下さい。終わった後、再審の要求は聞くことは聞きますけど、結果が覆ることはないと思って下さい。

ルール違反が一つでもあった場合は、その時点で負けとします」

 

本日二度目のルール説明が終わり、二人の戦意は周りに伝わるほど高まっている。

摩利はCADに手を添えて構えているが、義飾は特に構えることをせずただ突っ立ているだけだ。

CADを持っていないので準備のしようがないと思うかもしれないが、義飾の立ち方は本当に自然体、達也のように開始直後に動き出そうとする気配すらない。

その様子が更に摩利の警戒を煽り、両者の間の空気は益々ピリピリとしてきた。

 

試合の邪魔にならない所まで下がった真由美が手をあげる。

開始の気配に観戦者の喉が思わず鳴った。

 

 

 

 

 

「それでは・・・・・・始め!!」

 

真由美の開始の合図が終わるやいなや、摩利は直ぐ様CADに指を走らせた。

合図で始まる類の魔法師の試合は、先に魔法を当てたほうが勝つ。一撃で仕留めることが出来なかったとしても、ダメージを受ければそれ以降の魔法行使が難しくなるからだ。

さっきの試合で服部はこの定式に従ったのに負けてしまったが、あれはかなり特殊な事例だ。基本的にこの定式が崩れることはない。

だから、試合の立ち上がりがさっきの試合と同じになるのは仕方のない事だ。しかしその内情は全く違う。

服部は最初の一撃で仕留めようとしたが、摩利は牽制のつもりで放っている。

起動式を出力するのと同時に腰を少し落とし、義飾が突っ込んできてもすぐに対処出来るようにしている。さすがに、さっきの達也の試合を見て悠長に立っているだけなんて出来なかった。

 

服部よりも早いスピード起動式が展開され、さらに腰を落として義飾の行動に備える。展開された起動式は服部が選択したモノと同じ基礎単一系統の移動魔法。

服部の試合では見ることは出来なかったが、正常に発動した場合、相手は十メートル以上吹き飛ばされることになる。そうなれば試合の結果は決まったようなものだ。

 

しかし、摩利の起動式の展開を義飾は何もせずにただ黙って見ていただけだった。

開始の合図が聞こえていなかったのかと思うぐらい微動だにしていない。

思わず、摩利は魔法の発動を中止しようとするが、義飾の顔に挑発的な笑みが浮かんでいるのが見えて、そのまま魔法の発動を続行する。

無防備な相手に魔法を行使するのは気が引けるが、既に試合は始まっている。

何も行動を起こさないのは、そういう作戦かもしれない。この形の試合は魔法を先に当てた方が勝つと言ったが、それは魔法師対魔法師の場合だ。

元から魔法を使うつもりがないであろう義飾には関係ないかもしれない。あえて初撃を譲って、そこから攻勢に出る。身体能力に自信があるならば、悪くない作戦だ。

義飾の考えに当たりをつけた摩利は、魔法を発動したその後に備えて、さらに体に力を入れた。

 

 

 

起動式を元に組み立てられた魔法式が現実世界に投射される。そして、その魔法式が義飾を捉え、魔法の効果が遺憾なく発揮される―――事はなかった。

 

「えっ?」

 

漏れでた声は誰のモノなのか?少なくとも自分のものではない。しかし胸中は一緒だろう、と摩利は呆然とした頭でそんな呟きが浮かんだ。

魔法を使われたのにも関わらず義飾に一切の変化はない。立ち位置はそのまま変わらず、姿勢を崩してもいない。

それを外野は信じられないといった顔で見ている。魔法を発動した摩利も、同じような顔をしている。

周りの驚愕を気にした様子もなく、義飾は大きく溜息を吐く。そこには隠す気のない落胆があった。

 

「まっそんなもんだろうな。別に期待してたわけでもねぇけど。三巨頭なんて呼ばれてる奴がこの程度なら、他もダメだろうな。

ところでよぉ、三巨頭って呼ばれるのはどんな気分なんだ?やっぱり誇らしいと思ってるのか?俺だったら恥ずかしくて憤死モンだが」

 

息を吐いた後、嘲笑を含んだ言葉が義飾の口から出るが、摩利はそれに答える事ができない。未ださっきの衝撃が頭の中を木霊していた。

 

 

 

「まぁそれはどうでもいいか。これで俺がなんで魔法師相手に無傷で勝てたかわかっただろう?俺は魔法師相手に絶対的なアドバンテージがあるんだよ。さて、これで試合を終わらしてもいいが、一発は一発だ。それじゃあ―――――いくぞ?」

 

摩利の思考が回復するのを待たずに、義飾が試合の再開を宣言する。その瞬間、摩利は強烈な敵意のようなものに襲われた。まるで義飾の体が何倍にもなったかのような威圧に、摩利の体は蛇に睨まれた蛙の如く硬直する。しかし、幸か不幸か、その硬直が摩利の思考を回復させた。

元に戻った思考を働かせ、体に命令を送ろうとする。

瞬時に思考を戦闘状態に戻すことが出来たのは流石だが、その隙を義飾が見逃すはずがなく、摩利が動くよりも早く、義飾は摩利の眼前に移動していた。

 

「ッ!!」

 

先ほどの達也を彷彿とさせるような義飾の高速移動に摩利の喉から焦った声が出る。そして、外野からも息を呑む音が聞こえた。

眼前に移動したと言っても両者の距離にはまだ余裕がある。学校で対人戦闘のスペシャリストと呼ばれている摩利ならば十分に対処出来る距離だ。魔法で迎撃することも、体術で防御することも出来る。

 

だが、今回はその優秀さが仇となった。

 

義飾との距離は、そのどちらでも選べる絶妙な距離だった。

あと一歩近ければ体術で対処するし、一歩遠ければ魔法で対処する。その判断をする、ちょうど中間の位置。

どちらか一方しか出来ないのであれば選択の余地などないのだが、選べてしまう摩利はどうするか迷ってしまった。

 

たとえ刹那ほどの迷いであっても、立合いにおいてはその一瞬が命取りになる。

さっきの攻防から義飾には魔法の効果は薄いと気付いた時にはもう遅く、摩利の左手は義飾の右手に掴まれていた。

摩利の左腕に着いたCAD、それを包み込むように義飾の右手が被さる。たったそれだけのことだが、摩利の戦闘力を削るには十分だ。

魔法師はCADが無くても魔法を使えると言っても、発動速度などの実戦に大きく関わる部分はCADに依存している。

摩利が着けている汎用型のCADはボタン操作が主流だ。ボタンを押せなくしてしまえば、ほとんどの魔法師を無力化することが出来る。それに義飾の場合は、たとえ起動式や魔法式を展開した後であっても、自分にダメージが返ってくることはない。

 

手段の一つを奪われた摩利は、直ぐ様頭を切り替える。ただの魔法師であればこの時点で負けは確定だが、生憎摩利はただの魔法師ではない。試合前に言った通り、魔法を使わない戦闘技術も会得済みだ。

摩利が修めている武術は剣術。確かに無手での戦闘は摩利が得意とするトコロではないが、剣術の中には無手での戦闘を想定した技術が幾つかある。

手元に得物がない場合もそうだが、戦場を想定していた場合は、甲冑を着ている相手を確実に仕留めるためにまずは相手を組み伏せることだってある。投げる、あるいは足をかけたりして相手のバランスを崩した後で得物でとどめを刺す。

 

摩利が修めている徒手空拳は投技がほとんどだ。

腕を掴まれた時は驚いたが、まだ勝負が決まった訳ではない。逆に考えれば腕を掴まれたのは好都合だ。

打撃戦に挑まれたら勝機はなかったかも知れないが、これなら投技を使う事が出来る。

義飾の胸倉を掴んで、投げに移行しようとした摩利だったが、両足が力を入れるより先に、地面から離れた。

 

首を吊り上げる感覚、一瞬の浮遊感、そして回る視界。

自分の状態をいち早く把握した摩利は空中で体勢を整える。義飾の手は既に離れているので受け身は容易だった。

地面を手で叩いた勢いを利用して、中腰の体勢で立ち上がる。

義飾との距離は凡そ五メートル。投げられた距離もそうだが、義飾の一連の動作がよく見えていた観戦者は別のところに驚愕する。

 

義飾の投げ方には一切の技術がなかった。

摩利の襟元を左手で掴み、そのまま片手で摩利の体を持ち上げ、力任せにぶん投げた。

摩利は、武術を修めていても女性なだけあってそこまで重くはない。しかし、それでも人一人を片手で持ち上げ、五メートル近く投げ飛ばすなんて異常な膂力だ。

生徒会室の時からその片鱗は見えていたが、実際に目の当たりにすると戦慄は禁じ得ない。

しかし、投げられた摩利は全く違うところに慄いていた。

 

「CADが・・・」

 

摩利の口から漏れ出た呟きに観戦者は摩利の左手に視線を向ける。そこには、あるはずのCADがなかった。一体どこに、と視線を巡らせれば、義飾の右の手の平に摩利のCADが収まっていた。

 

「さて、とりあえずは満足したが、まだやるか?ってか出来るか?」

 

右手のCADを弄びながら問い掛ける義飾。もう試合が終わったつもりであるのが、言葉だけでなく態度からも伝わってくる。

一通りCADを弄んだ義飾はそれを後ろに放り投げた。CADが地面に落ちる乾いた音が演習室に響き渡る。

 

「っ!も、もう少し、丁寧に扱ってくれると助かるのだが」

 

あまりの粗雑な扱いに、摩利は今が模擬戦の途中だということを忘れて苦言を呈す。

CADは精密機械だ。一応、戦闘時に着用することを想定していて、耐衝撃にかなり気を使った設計はされているが、扱いはそれなりに丁寧でなければならない。

魔法師にとってCADは実戦では必要不可欠なアイテムだ。命を預ける物である以上、乱暴に使うことなんてやってはいけないことだ。

義飾のCADの扱いに、CADの持ち主である摩利は勿論の事、魔法師である観戦者もいい顔はしない。

 

「大事な物だったらもっとしっかり持っとくことだな。

で、やるのか?やらないのか?どうするんだ?」

 

摩利の苦言や、外野の視線など物ともせず、義飾は再度問い掛ける。

CADを無くした魔法師なんて、拳を痛めた拳法家のようなものだ。戦えないことはないが、戦力はガタ落ちしている。

それに、魔法を抜いた状態の義飾と摩利の戦力差はさっきの攻防ではっきりしている。摩利に勝機はない。

 

しかし、模擬戦を申し込んだ側として、そして風紀委員長としてこのままで終わるわけにはいかない。

中腰の体勢から更に膝を曲げ、低く構える。それだけで摩利の意図は伝わってきた。

 

「もう一度言うが、舐めるなよ。CADがなくても人並み以上に戦える」

 

態度だけでなく、言葉でも試合の続行の意思を伝える。その声色には、CADを粗雑に扱われた恨みも僅かに混じっていた。

摩利の言葉を受けた義飾は呆れたように顔を背ける。そして小さく唇を動かして呟いた。

その呟きはごく小さいものだった。「人並み程度じゃ・・・」という言葉は、誰の耳にも入ることなく中空に溶けて消えた。

 

 

 

試合の続行を決めた摩利が下半身にグッと力を込める。そして、まるで縮めたバネを解放するように一気に踏み出した。

義飾との距離は凡そ五メートル。当然、一足で到達出来る距離ではない。一歩、二歩、そして三歩と進んだ所で摩利は準備していた魔法を発動した。CADは魔法の発動を高速化するためのツールだ。時間が十分にあるならば、今回みたいに実戦でもCADなしで魔法は使える。

発動したのは自己加速魔法。魔法式に捉えられた摩利の体がさらに加速する。

突然の急加速に、離れて試合を見ていた者達は摩利の姿を見失った。そしてそれは、対戦者である義飾も同じであるはずだ。

正面から見ているならば、視覚情報で受け取る加速度はさらに増す。それこそ、義飾の目には摩利は映っていないかもしれない。

魔法による後押しを受けて摩利は義飾の目の前まで到達する。そこから近接戦を仕掛けようとしたところで、摩利の眼前でナニカが炸裂した。

 

 

 

ナニが炸裂したのかわからない。だがその衝撃は、視覚と聴覚を伝って摩利の意識を彼方へと弾き飛ばした。

自分がどこに立っているのかわからない。いや、立てているのかも怪しい。チカチカと視界は明滅し、浮遊感に似た脱力が摩利の体を襲う。

そして、後ろから抱きすくめられる感覚に意識は僅かに回復するが、完璧に回復した時には摩利の視界は反転していた。




最初に言っておく、ジャラジャラ着けたアクセサリーに意味なんて無い。

はい、というわけで仮面ライダーゼロノスの決め台詞です。
セリフを出したのに意味は無いです。ただ、好きだからです。

変身するのにデメリットのあるライダーってなんでこんなにかっこいいのか。


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第十四話

心理描写になるとどうしても手が止まる。結果的によくわからん文章が出来る。
その内、最初から書き直したいです。


試合の決着らしきモノを迎えたにも関わらず、誰も口を開こうとしない。

試合の結果が信じられないというのもあるのだが、目の前の光景が、なんというか現実感を欠いていて受け入れがたいのだ。

観戦者は呆然としたまま目の前の光景を注視する。いや、若干二名ほど、意識に現実感が追いついて、慌てて顔ごと視線を逸らした。

 

 

 

ジャーマン・スープレックス・ホールド。

もしもこの場にプロレスに詳しい者がいたのなら、ブリッジの体勢でフィニッシュするこの技の名前がわかったのだが、生憎そんな者はいなかった。

さらに言えば義飾がしたのは普通のモノではなく、クラッチを腰ではなく少し高い胸の位置でしたハイクラッチ式と、相手を腕ごとホールドするダルマ式を混ぜたモノなのだが、これに関してはわからなくてもいい。

 

プロレスは勝敗云々より、観客を盛り上げる事に主眼をおいた興行色の強い格闘技だ。お互いが相手の攻撃を受ける事を前提に技が作られているので、実戦で使用出来るような技は少ない。

しかし、派手さを重視するがゆえに、安全面を度外視した技が幾つかある。この技もその一つだ。

この技は掛ける側は勿論、受ける側にも相当な技術が要求される。首から落ちないようにするために、自分から跳んで落下のタイミングを受ける側が捉えばければ大怪我は免れない。

一応、この受け身方法はプロレスの基本的な受け身の技術なので珍しいモノではないのだが、逆に言えばプロレスラーでなければ触れる機会はほとんど無い。

素人がふざけて掛けていい技ではないし、プロであってもリングの上でなければ躊躇する技だ。

そもそも男性が女性に掛けていい技ではない。特にスカートを穿いている時は。

 

ジャーマン・スープレックスは相手を後ろから抱き締め、後方へ反り投げる技だ。投げる過程で相手の体は上下が逆になるので、スカートは慣性と重力に従ってめくれ上がる事間違いなしだ。

更にいえば今回義飾が使用したのは投技としてのジャーマン・スープレックスではなく、固め技としてのジャーマン・スープレックス。

摩利を抱き締めたままブリッジの体勢を維持しているので、女性にとっては最も恥ずかしいであろう、あられもない姿でスカートの中を晒している。

証明の光を反射して白く輝く太ももに、それと対比するような黒いレースのパンツ。観戦者の内、男である達也と服部が顔を逸らすのは無理からぬ事だった。

 

摩利を拘束していた義飾の腕が緩み、ゆっくりと摩利の体が動き出す。動き出すと言ってそこに摩利の意思は無い。

まだ意識が回復しきっていないのか、下半身が重力に従ってずり落ちるだけだ。

そして、義飾が腕を完璧に外し、摩利の体がうつ伏せになったところでようやく停滞していた空気が動き出した。

 

 

 

「ま、摩利!!」

 

審判である真由美が、その職務を忘れて二人に駆け寄る。

摩利の今の状態は、パンツ丸出しでうつ伏せになっている。それだけでも十分酷いのだが、地面と激突した時、かなり鈍い音が響いた。勝ち名乗りを上げる事を忘れて摩利の安否が気になるのは当然の事だろう。

摩利の体を離した義飾がブリッジの体勢を崩して立ち上がる。まるで、地面と足の裏がくっついてるような立ち方だ。

真由美は駆け寄る際、チラッと義飾を見るが、生憎後ろ姿だったのでどんな顔をしているかわからなかった。

倒れている摩利の元に到着した真由美は、体を揺するために肩に手を掛ける・・・・・・前に、めくれ上がったスカートを元に戻した。

そして改めて肩に手を当てる。気を失っていたわけではないのか、そこまで強く揺すらない内に摩利は体を起こした。

 

「うっぐぅ・・・い、一体、何が・・・」

 

何事かと言葉を漏らしながら起き上がった摩利に、真由美は問題なさそうだと一応安堵の息を吐くが、さっきの鈍い音を思い出してすぐに顔を引き締める。

 

「大丈夫、摩利?すっごい音がしたけど、頭は大丈夫?」

 

「頭・・・・・・?」

 

真由美の問いかけに摩利は意味がわからないといった風に首を傾げる。右手で頭を抑えているが、それは意識を安定させるためのものらしい。

予想と違った反応に今度は真由美が首を傾げる。無事ならそれはそれでいいのだが、さっきの光景を見た者としては安易に頷き難い。

もしかしたらあまりの衝撃で混乱しているのかもしれない。精密検査が必要なのでは、と真由美の頭によぎった時、後ろから遅れてやって来た他の面々の内の、達也が言葉を挟んできた。

 

「・・・渡辺先輩が無事なのは間違い無いと思います。あたかも地面と激突してるように見えましたが、ギリギリで寸止めされてました。さっきの鈍い音はおそらく・・・」

 

そこで言葉を止めて義飾に視線を送る達也。それにつられて他の面々も義飾を見る。

後頭部を見せていた義飾は、その視線に気がついたのか振り返って眉を潜めながら達也の言葉に応える。

 

「なんだよ。最初に言っただろ、ルールの範疇に収まるように手加減するって。こんな技を固い地面の上で加減なしでやれば、良くて脳震盪、悪ければ余裕で死ねる。さすがにそこまでやるほど馬鹿じゃねぇよ」

 

応えた義飾の言葉はかなりズレていた。望んだものとは違う回答が返ってきて達也たちの喉が引っかかる。

そして、この中でおそらく一番冷静な鈴音がもう一度問い返した。

 

「いえ、それはいいのですが、さっきの音が渡辺委員長でないのであれば、化生君の頭から響いた事になりますよね?・・・すごい音がしましたが、大丈夫ですか?」

 

「あぁ?めちゃめちゃ痛い。でも男の子だからぁ」

 

つまりはやせ我慢という事か。義飾の返答に今度こそ鈴音が言葉に詰まる。

達也が寸止めしていたと言っていたが、それは少し間違っている。寸止めではなく技を掛ける段階から既に、摩利にダメージがいかないことは決まっていた。

摩利の頭が自分の頭より上にいかないように調節し、勢いでズレないように抱き締める。ハイクラッチ式とダルマ式を混ぜたのもこれが理由だ。摩利の自由を限りなく奪うことで、衝突のタイミングをこっちで完璧に把握する。というより、自分の頭で衝撃の全てを受け止める。

 

やせ我慢だと断言した義飾だが、そんな様子は微塵も見受けられない。頭を抑えてもいないし、顔を痛そうに歪めてもいない。コブも出来ていないのかと義飾の頭頂部に視線が集中するが、背が高いのでよく見えない。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。私にはまだ何が何やら・・・。試合はどうなったんだ?私は負けたのか?」

 

意識の混濁から復活した摩利が、立ち上がりながら話に入ってくる。混濁から抜けだしてもまだ混乱はしているようで、決着の前後の記憶が曖昧になっているみたいだ。

問われた面々は答えにくそうにしていたが、黙っていても仕方ないので代表するように真由美が答えた。

 

「そう・・・ね。一応、試合は化生くんの勝利という事になるかしら・・・。そもそも摩利は試合をどこまで覚えているの?決着の記憶が無いみたいだけど、最後の方の記憶もなくなっているの?」

 

「どこまでって・・・・・・最初の記憶はしっかりある。CADを化生にとられて近接戦を仕掛けようとしたところで記憶が途切れている。あの時、化生は何をしたんだ?何が起こったのか全くわからなかった。視界が明滅したから閃光魔法か?いや、音と衝撃もあった。スタングレネードを魔法で再現したのか?」

 

摩利が頭を捻って試合の考察をするが、それに頷く者はいない。何故、摩利がそういう結論に至ったのかと不可解そうな顔を見合わせた後、思わずと言った風に達也が訂正を入れた。

 

「いえ、あの時義飾は魔法を使っていないです。というより、使えていれば二科生にはなっていません。もしも渡辺先輩の言った通り、スタングレネードを魔法で再現しようとすれば、音と空気と光波、と少なくとも三種の振動状態を操作する必要があります。CADを持っていない状態でそこまで出来るなら、一科生と評価されていないとおかしいです。

あの時、義飾がやったのは――――」

「――――猫騙しだな。厳密には少し違うけど」

 

達也が言い切る前に義飾が遮って答えを言う。

答えを聞いた摩利は、信じられないといった顔で義飾を見た。

 

「ねこだましぃ?」

 

「あぁ、そうだ。猫騙しって知らねぇのか?相撲の戦法の一つで、立合いと同時に相手の目の前で手の平を叩いて、目眩ましさせる奇襲手段だ。主に、組み合えば絶対負けるような格上相手に対して一発勝負を掛けるために使われるな。そのせいで、横綱は使ったら駄目だっていう暗黙の了解が出来てる。有名な例を出すと――――」

「――――ちょ、ちょっと待て!だ、大丈夫だ。猫騙しが何なのかは知ってる。ただ、あの時のあれが猫騙しだと思えないだけだ。意識を強制的に遮断させられる感覚がしたぞ!とてもではないが、目が眩んだなんていうレベルじゃない!」

 

「それは・・・お前がビックリしたってだけだ」

 

「ハァ?・・・ビックリ?」

 

詳細を語ろうとした義飾を、摩利は慌てて遮る。語り出しからして、明らかに五分、十分で終わりそうにない。

時間がないわけではないが、今はそれより聞きたい事があるので、逸れそうになった話を強制的に元に戻す。

しかし、話を戻したせいで摩利はもう一度呆けた顔を晒すことになった。

 

「間抜けな顔になってるぞ。ビックリしただけってのがそんなに信じられねぇか?まぁ、確かにビックリって言い方だと少し軽い感じになるわな。ショック状態って言い換えれば、理解が追いつくか?」

 

「・・・・・・」

 

義飾から視線を送られ、摩利は閉口して話に聞き入る。年下から教えを乞うことを恥ずかしいとは思わず、敗者として勝者から学ぶ、武術家らしい摩利の勤勉な性格が出てきた。

 

「ビックリって言っても、度合いがある。軽い場合は目を見開いたり叫んだりする程度で済むが、重くなれば飛び上がったり腰を抜かしたり硬直したりって全身に影響が出る。そして、もっと強くなれば中に影響が出る。気絶、貧血、心臓麻痺。

ビックリして死ぬなんて馬鹿げた話に思うかもしれないが、あり得ない訳じゃない。それこそ、目覚まし時計の音にビックリして死んだっていう実例があるほどだ。

驚愕は十分、人を殺害せしめる。だったら猫騙しでも完璧なタイミングを捉えれば、ただの目眩ましの手段じゃなく、暗殺手段にすることができるはずだ。まぁ、初めてやったからまだそこまでは出来ないけどな」

 

義飾の超理論に摩利は口を閉口させたまま慄いた。

もしかしなくても自分は、もう少しで死ぬところだったのでは?

義飾の説明に出てきた暗殺という言葉に戦慄を禁じ得ない。そこまではまだ出来ないと語っているが、それはその内出来るということなのではないのか?猫騙しの難易度なんてわからないが、初めてでここまで出来るのは異常ではないのか?

摩利の頭に恐怖と驚異を伴った疑問が次々と沸き出て巡る。

そのせいで頭が纏まらず言葉に窮した摩利の代わりに、真由美が新たな疑問を義飾に投げ掛けた。

 

「あの、猫騙しについてはわかったんだけど、私としてはどうして摩利の魔法が発動しなかったかのほうが気になるんだけど。それと、試合中に摩利が魔法を発動した時以外に、サイオンが揺らいだような感じがしたわ。化生くんも魔法を使ったの?だとしたらCADもないのにどうやって?」

 

一つ投げれば数珠つなぎのように次々と質問が出てくる。

一度に複数の質問をされて義飾はめんどくさそうに顔を歪めるが、他の面々は真面目な顔で義飾を見る。

決着の衝撃が大きすぎて今まで忘れていたが、さっきの試合には不可解な事が多数あった。先ほどの達也の試合が終わった時の繰り返しになってしまうが、義飾以外の全員、聞き入る態勢を整えていた。

本来、無遠慮に魔法の仕組みを詮索することはご法度だとされていても、興味は抑えられない。

それに、真由美のした質問は魔法は仕組みには抵触しないので許容範囲内だ。

 

全員から期待のこもった視線で見られ、義飾は大きな溜息を吐き、頭を掻きながら答えた。

 

「一気に質問すんなよな・・・。まず一つ目の質問に対する答えだが、特に何もやってない。二つ目の質問の答えは、一つ・・・いや、二つ?一応、試合中に使った魔法は一つだ。そして最後は、普通に頭の中で魔法式を組み立てた」

 

ぶっきらぼうに、あるいは投げ捨てるように一つ一つ質問に答えていく義飾。しかしその答えはお粗末なので、とても頷けるものではない。それどころかさらに疑問は増えてしまった。

 

「あ、あの・・・特に何もやってないとは・・・?そもそも渡辺委員長は何の魔法を使おうとしたんですか?魔法が発動しなかった原因が化生くんでは無いなら、委員長の方に何か問題があったんですか?」

 

呆然としつつも、鈴音が冷静に頭を働かせ考察を口にする。そしてその調子のまま、摩利に質問した。

頭に出てきたものをそのまま言葉にしているため、声には張りがなく窺うような響きを持っているが、顔はそれ以外にないといった確信した色がある。

しかし、摩利は鈴音の質問に対して首を横に振って応えた。

 

「いや、私の方に不備はないはずだ。使用した魔法は基礎単一系統の移動魔法だ。発動に梃子摺るようなものではない。実際に魔法式を展開したところまでは順調だった。問題があるのはそれ以降・・・・・・というより、試合中に使った魔法は一応一つってどういう事だ?始まる前に予め魔法式を展開・・・いや、それはあり得ない・・・」

 

質問に答えながら試合の時に義飾が言っていた事を思い出して、義飾の顔を見やる摩利。義飾の顔には辟易とした色が強く出ていた。

 

「そこまで難しく考えることか?魔法が発動しない事自体はそこまで珍しいことじゃないだろ。達也と服部の試合でも、服部の魔法は発動しなかっただろ。それと、一応一つって言い方をしたのは、昔掛けた魔法の効果が今も残ってるからだ」

 

「それに関しては理由は明らかです。服部君が発動しようとした魔法は渡辺先輩と同じ移動系魔法。対象の座標を書き換えるこのタイプの魔法は、対象への認識がしっかり出来ていないとダメです。司波君が姿が消えたと錯覚するほど早く動いたので、その前提は崩れました。言うなれば、あの時魔法が発動しなかったのは魔法式の不備によるものです。

しかし・・・化生君の場合はこれに当てはまりません。魔法の発動まで動いてもいないですし、対抗魔法を発動した様子もありませんでした。あの時、化生君は本当に何もしてませんでした。

あと、昔掛けた魔法というのは?

・・・そろそろ、正解を教えてもらいたいのですが・・・。勿論、言いたくないのであれば言わなくていいですけど」

 

いくら考察を重ねても正解が出てこないことに観念して鈴音が義飾に答えを求める。マナーを守って最後に遠慮した言葉を付け足しているが、魔法師としての好奇心は隠しきれていない。

 

鈴音の問を受けて、義飾は肩を竦めながら辟易として答えた。

 

「まず、試合中に使ったのは種類的に言えば放出系の魔法。漫画を読んでる時に思いついたんだが、生体電気を一時的に強めて電磁波を放出、俗に言う“気当たり”って呼ばれるモンを再現した魔法だ。

そして昔掛けて今も効果が残ってる魔法は・・・そうだな、脳みそは肉体の自壊を防ぐために筋肉が全開を出せないようにリミッターを掛けてるって聞いたことあるか?そのリミッターを魔法で外した。種類的には精神干渉系。これも漫画から思い付いたな。

まぁ、タネを明かせば単純なことだ。俺は俗にいうBS魔法師ってやつだ。自己強化及び自己改変に特化したな」

 

 

 

“BS魔法師”

 

BSは『Born Specialized』の略で、直訳すれば生まれながらの特別。つまり、先天的に特殊な異能を持った者を表した言葉だ。

BS魔法師には幾つか特徴があり、一つはその異能は現代魔法で再現するのが困難なこと。そしてもう一つは、異能に特化してるせいで普通の魔法行使は不得手であること。

 

 

 

義飾の口から出てきた答えに、結び付かなかった義飾の実技成績と試合結果が、漠然と線で繋がる。が、細かい所はまだほつれたままだ。

得心しそうになった気持ちを立て直し、そのほつれた部分を紡ぐために真由美は追究を続ける。

 

「自己改変に特化したBS魔法師・・・。ってそれはおかしくない?BS魔法師は普通の魔法技能が極端に低いはずよ。場合によっては全く使えないこともある。化生くんは二科生だけれど、それでもこの学校に入学している以上、魔法技能が特別劣っているとは言えないわ」

 

「別に特化してるからってそれしか出来ないわけじゃない。俺の能力の概要は、魔法を使うとき自分を対象にした場合は飛躍的に魔法力が上昇するのと、無意識に張ってる自分のエイドス・スキンの意識的な改変。それを元にした魔法式の構築。

そして、能力の副次効果として俺が無意識に張ってるエイドス・スキンは、肉体だけじゃなく座標系とかその他諸々も守ってる。

系統に関わらず、俺は他人からの魔法による直接干渉を一切受け付けないんだよ」

 

義飾が付け足した補足に、周りの人間は呆然とした顔を晒す。

義飾が摩利に勝てた事には納得できたが、義飾の異能そのものはとてもではないが簡単に受け入れられるものではない。

 

無意識領域への意識的な干渉。そこにある魔法式の完全な把握。そしてそれを元に新たな魔法式の構築。

 

そのどれもが現代魔法の常識から大きく外れている。

魔法を学び始めて大体十年弱。その間に培ってきた自分達の知識を、横から殴るような衝撃を真由美達は錯覚した。

しかしその衝撃に混乱したのも一瞬の事。一度驚いてしまえば、無理矢理に心を納得させることは容易だった。受け入れられなくても、そういうものなんだと受け止める事は出来る。

義飾の語った内容は確かにあり得ないと断ずることが出来るモノだったが、そんなモノだからこそ異能と呼ぶに値する。

義飾に限らず、BS魔法師は常識を蹴っ飛ばした能力を持っていることがほとんどだ。それらと比べれば、義飾の能力はまだ可愛げがあるだろう。

 

 

 

「試合中に言っていた、魔法師に対する絶対的なアドバンテージとはこのことか。直接干渉の一切を受け付けないなら攻撃手段はかなり限られる。私はあの時、魔法の選択を間違ったんだな。移動系じゃなく、空気弾をぶつければよかった」

 

「そんときはさすがに躱すなり防ぐなりするけどな。ってか硬化魔法が使えるから生半可な攻撃じゃ当たってもどうってことはない。俺にダメージを与えたいなら、それこそ殺すつもりで、殺傷性ランクに登録されてる魔法じゃないと駄目だが・・・それはルールで禁止されてる。

最初から勝敗は決まってたんだよ。実戦ならともかく、ルールのある試合で俺が魔法師に負ける可能性は万に一つもない。たとえ体術に秀でた奴でも、殴り合いで征する事はできる」

 

摩利の強がりのように聞こえる言葉を義飾がバッサリ切り払う。それに続いて自信に満ちた、というより過信ともとれる言葉が出てくるが、さっきの話を聞いた後では否定は出来ない。一人だけ、深雪が最後の言葉を聞いて少しムッとしたが。

 

「まぁこれだけ聞けば結構有用な能力に思うかもしれんが、デメリットが酷くてな。自己改変に特化してるってことは自分以外を対象にした場合は・・・まぁお察しだ。

それにこの自己改変って言う言葉は、自分()改変するって意味と合わせて、自分()改変するって意味も含まれてる。

つまり、CADを使って他所から手を借りた場合も魔法力は著しく落ちる。それどころか起動式を元に魔法式を組み立てることもままならない。常に自分で魔法式を組み立てる必要がある。

俺がCADを持ってないのはこれが理由だ。ぶっちゃけCADに触ったのは入学試験の時が始めてだ。まぁ、その時も使ったとは言えないがな。

CADから返ってきた起動式を破棄して、予め頭の中で組んでた魔法式を使った。そこまでやってなんとか二科生だ」

 

「・・・・・・」

 

補足として入れられた衝撃の事実に、全員言葉を忘れたように愕然とする。特に最後の内容はアウトギリギリだ。不正と断ずることは出来ないが、正しいかと聞かれれば首を捻ってしまう。

 

頭を落ち着かせるために、各々が義飾の話を噛み砕いてる中、最初に喋ったきり今まで黙っていた達也が口を開いた。

 

「義飾、もう一つ聞いてもいいか?試合の時に、渡辺先輩は魔法を使った後にお前が渡辺先輩に肉薄した動き・・・、あれはどういうことだ?」

 

「どういうことって・・・どういう意味だ?」

 

達也の不明瞭な質問に義飾が問い返す。その他の面々も思考を一旦中断して達也を見やる。

視線が集中したことに構わず達也は一瞬、沈思黙考して頭の中で聞きたいことを整理して再び口を開いた。

 

「あの動き・・・あれは明らかに俺の・・・いや、九重流忍術の動きだった。義飾も師匠から師事を受けたことがあるのか?」

 

達也の質問の内容に、聞いていた者達はキョトンと目を瞬かせた。話が今までとは全く違う方向に飛んだのが意外だったのだ。

しかし、言われてみれば確かにそうだ。異能の方に気を取られていてそこまで頭が回らなかった。事前に達也の試合を見ていたことも理由の一つだろう。初見からあまり間を置かず二度目を見たので、そこまで驚くことが出来なかった。

冷静に考えれば、一五歳という若さでここまでレベルの高い体術を身に着けてるなんてかなり珍しい。しかもそれが二人もいて、同じ学校の、同じクラスにいるなんて天文学的な確立だ。

達也の質問を聞いて義飾は、少し躊躇するそぶりを見せた後答えた。

 

「・・・・・・・・・いや?忍術なんて習ったことは無い。九重某っていう人物に会ったことはないし、名前を聞くのも今日が始めてだ」

 

「?・・・だったらあの動きは・・・・・・?あれは別に秘術というわけではないが、それでも触れる機会はほとんど無いはずだ。習ったのではないならどうやって・・・?」

 

「どうやってって・・・普通に見て憶えた」

 

「ハァ?」

 

「だから見て憶えた。お前の動きを」

 

義飾の突飛な答えに、達也は一瞬何を言われたのかわからず、キャラに合わない素っ頓狂な声を上げてしまう。

義飾がもう一度同じこと繰り返し言うが、頭は纏まらず応える事ができない。そしてたっぷりと絶句したのち、ようやく理解が追い付いた。

 

「――!?一度見ただけで覚えたというのか・・・!!」

 

愕然とした心の動きが、達也と顔と言葉に表れる。兄の珍しい表情の変化に深雪が意外そうな顔をした。

それ以外の面々は未だ理解が追い付いてないようだ。いや一人だけ、達也と同じく武術に通じている摩利は義飾の言ったことの異常さに気付いて達也と同じような表情を晒している。

 

「そんなに驚くことか?そもそもお前のアレは、純粋に体術だけを使った移動術ってわけじゃないだろ。最低限の身体能力があれば模倣は簡単だ」

 

達也の驚愕に義飾はフォローを入れるが、その言葉にさらに頭が混乱へと陥れられる。

絶句したまま何の返答もしない達也に代わって、真由美が疑問に思ったことを口にする。

 

「純粋な体術じゃないってどういうこと?あの時達也君は魔法は使ってないはずだけど」

 

「魔法を使ったなんて一言も言ってないだろ。俺が言いたいのは、アレは単に、身体能力だけを頼った技術じゃ無いってことだ。

試合開始直後、服部は速攻で魔法を使って達也を倒そうとした。一言で言えばこれだけだが、その行動を細分化すればこんな工程になる。

試合開始の合図を聞き、まずはCADに意識を向ける。そして予め使おうと思っていた魔法の起動式に対応したキーを叩いて起動式の出力。その起動式に変数を追加して頭の奥に落とし込む。起動式が魔法式になって返ってきて、ようやく発動態勢が整う。

この一連の工程がたとえ一瞬で終わったとしても、対戦者の達也から意識を外す瞬間は必ずある。要するに達也のアレは、その瞬間に急加速をしてあたかも自分が消えたように錯覚させる技だ。

移動技術じゃなく、相手の隙を突く技術としての側面の方が強い」

 

「・・・・・・」

 

真由美の疑問に義飾は流暢に説明していく。推論が多分に入った説明なのだが、達也の顔が愕然としたものから真剣なものに変わって口を挿む様子がないので、大きく外れてるわけじゃないのだろう。

 

「タイミングはおそらく起動式に変数を追加する瞬間。その時が一番、魔法の発動に集中してるはずだ。それに観戦者も初撃がどっちになるかわかって達也から意識が逸れる。結果的に相手だけじゃなく、観戦者の目も欺くことになった。

この技で最も重要なのは洞察力とタイミング、身体能力は二の次だ。―――タネさえわかれば誰でも出来る」

 

―――そんな訳あるか。

 

バッサリと断定する口調で言い切った義飾に、達也は思わずそう言いそうになって必死に口を噤んだ。

義飾の顔に冗談の色は一切ない。本当に心の底からそう思っているみたいだ。

 

九重 八雲の門下に入って二年半、その間の修練の全てを否定されたような気がして、達也の頭が僅かに熱を帯びる。が、それだけだった。

頭の中に灯った小さな火は、冷ますまでもなく掻き消える。妬み、羨み、怒り、それらの感情は確かに存在しているが、そこから昇華することはない。

驚きから、自分の体質に対する諦観に頭を支配された達也は小さく息を吐く。そして改めて義飾を見た。

視線を送れば義飾もこちらを見ていたらしく、ちょうど目が合った。相変わらず軽薄な笑顔であったが、その目の奥に不安の色が僅かにあるのを達也は見逃さなかった。

 

(あぁ、そうか。最初に言い淀んだのは俺に気を遣ったのか。見た目と態度と言葉遣いに反して律儀というか、真面目な奴だな。いや・・・どれだけ取り繕っても真面目とは言い難いか)

 

義飾の意を汲みとった達也は目を伏せ小さく頷いた。その所作は周りからすれば儀式の説明を肯定しただけのように見えたが、目を合わせていた義飾はその意図を正しく理解出来た。

いらない気遣いだったかと義飾は達也から顔を背け、そのまま体ごと振り返る。そして壁に掛けてある制服を取りに行った。

義飾が背中を向けたことで空気が切り替わったのか、全員混乱から脱し、お互いに顔を見合わせ口々にさっきのことを話し合う。

自分の異能、達也の体術、そしてそれを一目見ただけで模倣した自分の技術。それらの考察を背中に受けて、義飾は悟られないように息を吐いた。

 

制服を左脇に抱えて戻ってきてもまだ議論は終わっておらず、いい加減そろそろ帰りたい義飾はそれを中断させるために右手に持った物を摩利に投げた。

 

「おい」

 

「―――ん?って!おっあ、と!・・・い、いきなり投げるな!それと試合中も言ったがCADは丁寧に扱ってくれ!!」

 

義飾の投げた物―――それが自分のCADだとわかり、摩利は危なっかしい手つきでなんとかそれをキャッチした。

そして苦言を呈すが、案の定義飾に堪えた様子はない。

 

「大事な物だったら・・・・・・ってこの話はもういいか。それよりも約束は覚えてるよな?俺に風紀委員を強要することは諦めてもらうぞ」

 

「推薦と言って欲しいのだが・・・・・・仕方ない、か。約束は約束だ。金輪際、私から君に風紀委員の話はしない。それはちゃんと誓うよ」

 

「お前からだけじゃない。別の人間に俺を推薦するように頼むのもなしだ。お前はあの時“俺を風紀委員に推薦するのは諦める”って言った。だったら少なくともお前が在学してる間はこの約束は有効のはずだ」

 

「も、もちろん、ちゃんとわかってるさ」

 

義飾に釘を刺されて摩利は思わずたじろいだ。その考えがあったわけではないが落ち着いた頃にもう一度勧誘を掛けてみるつもりだったので、その計画は立案直後に泡沫のごとく消えた。

 

摩利の様子に義飾は呆れたように溜め息をつきながらそっぽを向いた。

 

 

 

「ホントにわかってんのかよ・・・まぁいい。ところでよぉ、黒のレースはどうかと思うぞ。高校生が穿くには少し大人っぽすぎるし、何よりキャラに合ってない。男の趣味か?そいつとは話が合いそうだ」

 

顔を戻しながら義飾は話を切り替える。突然の話題転換に摩利は頭が追いつかず呆けた顔を晒す。しかしそれ以外の面々はすぐに理解出来たのか、慌ててなんとかしようとする。が、時既に遅くもうどうすることも出来ない。

義飾の言葉を頭の中でじっくり反芻を繰り返し、ようやく摩利も理解出来た。それに伴い摩利の顔は茹でダコのように赤くなった。

 

「なっ!?・・・おっま、お、お前・・・・・・・・・ま、まさか・・・?!」

 

スカートを押さえ、顔を赤くしたまま義飾を睨んで文句を言おうとするが、頭が纏まらず意味のある言葉が出てこない。

しかし、そんな混乱に陥った頭でも一つの可能性に行き着く事ができ、それを確かめるために摩利は慌てて振り返る。そこには摩利と目を合わさないようにと顔を逸らした真由美達がいた。

それだけで全てを悟った摩利はもう一度義飾を睨みつける。しかしその視線を受けても義飾に悪びれた様子はない。

 

「なんだよその目、俺は悪く無いだろ。試合が始まる前に、審判からそのままの服装でいいのかって聞かれてお前は頷いた。だから俺はてっきり、スカートの下にアンスコなりスパッツを穿いてるんだと思ったんだがな・・・。ってか仮にも模擬戦でスカートのまま来るのはどうなんだ?体操着に着替えなかったお前に非があるだろ」

 

「かっ・・・くっ・・・ぅう・・・・・・!」

 

義飾が淡々と正論を述べるが、とても受け入れられる精神状態ではなかった。しかし言い返す言葉は思い付かない。

羞恥え赤くなった顔が、別の理由で赤みを増す。

 

「黒って色もそうだが、全体的に随分攻めたデザインだったな。これから会う約束でもあるのか?だったらアドバイスだ。あまりがっついた感じは出さないほうがいい。黒は女を美しく魅せる効果があるなんて言うが、二十歳に満たない奴が着ても背伸びしてるように映るだけだ。相手の方が年上なんだったら、色気で勝負するより愛嬌をアピールした方がいい。

それと、言うまでもないが上下は常に揃えろ。いざって時に上下が違う色だったらそれだけで萎えるからな」

 

何も言わない摩利に構わず義飾は言葉を続ける。その内容は、セクハラと罵られても仕方ないモノだったが、未だ混乱の抜け切らない頭では非難の言葉は出てこない。

 

結局、義飾が満足して帰るまで、摩利は羞恥を煽られることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、達也くん。風紀委員会本部へようこそ」

 

演習室から生徒会室に戻って来て、さらにそこから摩利に引っ張られる形で達也は風紀委員会の本部を訪れた。そして、歓迎の辞を述べる摩利と室内を見比べて溜息を吐いた。

風紀委員の任務は基本的に荒事が多い。だから選ばれるのは男子がほとんどだ。委員長として摩利が立っているが、それは珍しい事例だ。

男所帯だからという言い訳が通じるかわからないが、風紀委員会の本部は散らかり放題の、かなり散々とした状態だった。

摩利は少し、と言っていたが綺麗に整頓されていた生徒会室を見た後ではその表現は正しくないように感じる。

足の踏み場もないほどではないが、机の上には色んな物が雑多かつ乱雑に置かれている。その中に書類や携帯端末に混じってCADがあるのが見えて、達也は片付けを決意した。

別に片付けなくても支障はないし、この散らかり具合から察するに新人は掃除をしなければならないなんていう決まりもないだろう。しかし、魔工師志望としてはこの室内の状況は耐え難い。

摩利に許可を貰って片付けに着手する。摩利も最初は手伝っていたが、自分と達也の作業スピードを見比べて早々に放棄、というより諦めた。先程摩利は本部が汚いのは男所帯だからと言っていたが、責任の一端は摩利にもあるだろう。料理は出来ても女子力はあまり高くないらしい。もちろん口には出さないが。

 

片付けを放棄して手持ち無沙汰になった摩利は達也に話しかける。手を動かしたまま達也はそれに応える。先輩相手にかなりおざなりな対応だが、片付けを全投げしてる以上文句が出てくるはずもない。

会話の内容は当り障りのないものだった。達也の志望進路。達也を風紀委員に勧誘した動機。そして達也と同時に、教職員推薦枠で風紀委員に入る生徒のこと。

その生徒が、先日の下校時に絡んできた森崎だと知って、達也は思わず手に取っていたCADを落としそうになった。

気を取り直して摩利に真偽を確かめると当然、是の答えが返ってくる。

そういえば、義飾のことを教職員推薦枠で風紀委員に入れようとしていた。そのために既に決まっていた推薦を拒否したのかと思っていたが、そうではなかったらしい。

推薦を取り消されそうになった件の彼には同情するが、これなら義飾の方が良かったというのが達也の率直な感想だ。

達也は改めて、先に帰った友人の事を恨めしく思った。

 

 

 

「―――しかし、化生を風紀委員に入れることができなかったのはやはり悔やまれるな」

 

達也が頭に義飾の姿を思い浮かべていると、丁度、摩利が義飾のことを話題に上げた。その内容は個人的には頷きたいものだが、諸々の事情を考慮に入れると素直に肯定出来るものではない。

 

「そうですか?自分としては同じ二科生の義飾が入ってくれるなら、周囲の目は自分にだけ集中することはないので喜ばしいですが、義飾自身も言っていましたがあいつは風紀とは真逆のところにいる。義飾が風紀委員になれば、反対意見は自分の比ではないと思うのですが・・・」

 

「確かにそうだろうな」

 

達也が述べた否定意見に摩利は間髪入れずに頷く。予想外の反応が返ってきて、達也は片付けの手を止めて振り返る。達也の視線に気付いた摩利は、説明するために一度深く頷いてから口を開いた。

 

「化生を勧誘した理由は、二科生に対するイメージ対策が主だが、実はもう幾つかある。大きなモノとしては、端的に言えば首輪だ。

入学してまだ間もない段階だが、化生は問題に巻き込まれた時、その問題を大きくしようとする傾向にある。だから、近くにおいて手綱を握ることでそれを抑制しようと考えていたのだ」

 

「手綱を握る・・・ですか?」

 

摩利の説明を聞いて沸いてきた懐疑に気持ちが、そのまま言葉となって口から出てくる。とてもではないが、あの義飾の行動を縛るなんて不可能なように思える。実際、摩利はこの数日間で義飾にいいようにされている。義飾を風紀委員に入れたとしても、摩利の心労が増えるだけだと思うのだが・・・。

 

「わかっている。そんなことは出来ないなんて今日でしっかり痛感した。しかし、魔法師に対して良い感情を持っていない化生を放置するのは、どこでどんな問題が起きるかわからん。せめて私の近くで起こしてくれるならすぐに対処が出来るのだが・・・」

 

口惜しそうにそう言った後、顎に手を当てて深く熟考する摩利。演習室ではああ言っていたが、まだ義飾を風紀委員に入れることを諦めてないらしい。

その様子に呆れの感想が浮かんでくるが、同時にひとつの疑問も浮かんできた。それは、昼休みの時からずっと気になっていることだ。

 

「あの・・・義飾が魔法師に良い感情を持っていないのは自分も知っているのですが、昼休みに言っていた義飾の功績と二年前の事件とは一体・・・?」

 

「っ!それは・・・」

 

達也の質問に摩利は目に見えて狼狽した。その反応を見てやはり言い難いことなのかと、達也は自分の予想が正しかった事を確認した。

何かしら事件があったことは義飾の口から聞いている。そしてそれが中学校の時に起こり、魔法師が関係していることもわかっている。

三年以内に魔法師が起こした事件の数なんてたかが知れてる。さらに中学生が関係しているものに限定すればその数はさらに絞れる。

摩利に質問したのは答えを知るわけではなく、反応を見るためだ。いわば確認のため、おかげで達也の頭には一つの事件が浮かんでいた。

 

「それは私の口から答える事はできない。ただ・・・、あまり気分の良くなる事件ではないと言っておこう」

 

言い淀みながらも、これ以上の詮索を防ぐために摩利の口から漏れた言葉に達也は確信を更に硬くした。

二年前、魔法師、中学校、気分が悪くなる。これらのキワードに該当する事件は一つしか無い。

 

「・・・化生本人から聞いたことはないのか?事件の詳細はともかく、概要ぐらいなら話していてもおかしくないと思うんだが」

 

摩利から質問が返ってきて今度は達也が言い淀む事になった。しかし、すぐに答えても問題ないかと思考を切り替える。

摩利の質問はそこまで真に迫ったものではないし、“あの事件”のことについては自分よりも詳しく調べているだろう。それに、義飾が自分に直接話したということは、そこまで秘匿に気を使わなくても良いはずだ。

 

「昔学校で魔法師による大きな事件が起きたこと、それによって学校全体が魔法師排斥の意識が強くなったことは聞きました。でもその事件に義飾が深く関わっているとは知りませんでした。・・・そういえば、その事件の被害者は義飾の友人だったようです」

 

「ッ!?」

 

達也としてはそこまで重要事項を話したつもりはなかったのだが、聞き取った摩利の反応は予想外に大きかった。

 

「そう・・・だったのか・・・・・・。化生には悪いことをしてしまったな。友人が被害に遭った事件など無理にほじくられたくなかっただろうに。

事件を記事で読むとどうしても画一的に印象しか受け取れない。少し考えればその可能性に行き着く事は出来たのにな」

 

大きく目を見開いた後、悔いるように俯く摩利。下手な慰めは意味が無いだろうと思って、達也は黙ったまま、肩を落とす摩利を見ていた。

 

 

 

 

 

「―――ところで、君は化生のあの強さをどう見る?率直な感想を聞きたい」

 

自分の中で踏ん切りを着けたのか、摩利は顔を上げて再び達也に質問する。その顔に気落ちした色は残っていない。その代わりに真剣な色が強く出ていた。

その顔と質問に、達也は後ずさりそうになるのを抑えて質問に答えた。

 

「・・・自分に聞かずとも、実際に戦った先輩の方が義飾の強さはよくわかっていると思いますけど」

 

「じゃあ聞き方を変えよう。魔法抜きで戦った場合、君は化生に勝てるか?」

 

 

 

即座に質問を切り返してきた摩利に、達也はすぐに答えることが出来ずに黙ってしまう。そしてさっきの試合を参考に、義飾を仮想敵にして頭の中で試合を行う。自分の情報は十分なのに対して、義飾の情報は一試合だけの不十分なものだ。頭の中で相対している義飾は本当の、本気の義飾ではない。

さっきの試合には驚かされたが、達也とて伊達に修練と努力を重ねていない。同年代では誰にも負けない自信はある。しかし―――

 

「・・・誇張も慢心もなく答えるなら、勝つことは難しい、いや、不可能だと思います」

 

どれだけ都合よく試合を展開させても、自分が勝つ絵が全く浮かばない。

 

「自分の技が尽く見切られ、盗まれるんです。勝てる要素を探すほうが難しい。正直自分は、義飾の異能よりもそっちの方に異常性を感じました」

 

「やはり、そうか・・・。もう一つ聞きたいんだが、化生に武術の心得があると思うか?」

 

「・・・いえ、試合が始まって技を模倣して使うまで、義飾にそんな印象は持っていなかったです。義飾は確かに体付きがゴツく身体能力は高そうですけど、姿勢はあまり良いとは言えないですし、重心もバラバラでした。

少しでも武術に通じているならそこら辺は真っ先に矯正されているはずです」

 

「そだよな。私も試合が始まるまで同じ考えだった。二科生ということを抜きにしても化生を侮る気持ちがあったのは事実だ。しかし、蓋を開けてみれば私は手も足も出なかった。あれは一体、どういうことなんだろうな。あれも異能の一つなのか?」

 

達也の答えを聞いて摩利は思考に没頭する。そして、達也も同様に思考を再開した。

中断していた脳内での試合を再び開始する。やはり何度やっても自分が勝つイメージは沸かない。だが、条件を変更すれば容易く結果は裏返った。

魔法抜きの場合、達也が義飾に勝つ可能性は万に一つもないだろう。しかし、魔法を使っていいなら、自分の異能を使ってもいいなら、達也が負ける要素はない。

相手がどれだけ優れていて特殊であっても、魔法師であるなら、達也には絶対的なアドバンテージがある。

 

元から結論が出ていた思考を切り捨て、達也は止まっていた手を動かして片付けを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんとか誤魔化せたか?)

 

生徒会室には戻らず、一人演習室で解散した義飾は帰途につきながらさっきの演習室でのことを頭に思い浮かべていた。

 

(自己改変に特化したBS魔法師・・・捻りもクソもない説明だけど、かえって信憑性が増したはずだ)

 

正確に言えば、そこで能力について述べた説明が問題なかったかどうか確認している。

あの場でした説明には嘘を幾つか混ぜていた。それが通用したかどうかが不安なのだ。

 

(まぁ出来ることは言った通りだから、嘘だとバレる危険はないか)

 

といっても、嘘をついた所は確かめようがない部分だ。たとえ嘘だとバレても、ゴリ押してうやむやにすることは多分出来る。だから不安は持っていても、同質量の安心もあった。

 

嘘をついた所は、何が出来るかではなく、なんで出来るのか、話の枝葉の部分じゃなく、根本的な所から嘘をついていた。

 

 

 

義飾はそもそも、BS魔法師ではない。

 

“先天的特異能力者”

そう呼ばれるには、義飾はある条件を満たせていなかった。

 

(BS魔法師、この言い訳で招く厄介事と避ける厄介事、それは絶対に後者の方が多いし、大きい。俺の選択は間違ってないはずだ。・・・自分が異端者だってのは、自分が一番よくわかってる。異能力者って言った方が、まだ世間の常識に近づけるはずだ)

 

これ以上考えても明確な答えが出てこない事を悟りながらも、義飾は思考を終わらすことが出来なかった。自分の本来の能力が呼び込むであろう問題の事を考えれば、暗い未来にさらに影が指すような気がする。

義飾は改めてこれからの学校生活に不安を抱いた。




摩利さん、おぱんちゅ見えてますよ。
というわけで、いつかの後書きで書いた通り摩利を辱めました。下着の色とかは全部作者の想像です。



主人公の能力がやっと明らかになりましたね。最後になんかゴチャゴチャ言ってますけど、出来ることは大きく変わらないんでこのまま受け取ってもらって大丈夫です。

義飾君の能力は、原作主人公の達也君との相似性と相対性を意識して作りました。
達也君は『魔法師絶対殺すマン』なんで、義飾は『魔法師に絶対殺されないマン』にしました。まぁ達也のトライデントは防げないんでかなり語弊があります。っていうか達也の魔法師絶対殺すマンっぷりが半端ない。術式解散がどう考えても、どうしようもない。お互いがお互いの天敵になるようにしたかったんですが、出来ませんでした。
一応、それ以外の魔法は効かないようにしていきます。間接的に攻撃する魔法も、その都度その都度、対処していきます。最終的には術式解散も防げるようにしたいです。

あとは、達也の戦略級魔法に対して、義飾はタイマン最強性能にしました。
格闘戦が強さの理由になってる魔法師には余裕で圧勝できます。早く呂 剛虎ボコボコにしたい。


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第十五話

遅くなりました。すいません。


“魔法科高校”という名前からして特殊なこの学校だが、魔法という部分を除けば基本的な制度は他と変わらない。

いや、魔法科高校独自の制度は二科生制度ぐらいで、他に変わった制度があるわけではない。委員会があれば、クラブ活動だってある。

しかし、風紀委員の職務が普通の高校とは違っているように、この高校のクラブ活動も普通とは言い難い。

競技に魔法を使用するクラブがある点もそうだが、生徒と学校、双方ともに力の入れ具合が半端ではないのだ。

 

 

 

魔法が使える事が前提に立っているので、魔法競技の競技人口はかなり少ない。しかしそれでも一定の需要と人気があるのは、ルールを知らなくても見てるだけで楽しいからだろう。魔法競技には普通のスポーツにはない派手さがある。知識の有無に関わらず人を魅了するのは致し方無い。

特に、国内に九つある魔法科高校が魔法競技でしのぎを削る、通称“九校戦”と呼ばれる全国大会はかなり注目度が高い。

魔法関係者からは勿論、娯楽目的で一般人も観戦する。それだけでなく、将来、国の防衛を担うであろう人員を一目見るために国の重鎮達も注目するし、脅威になる者はいないかと他国からも関心がくる。

こうなれば、たかがクラブ活動とはいえないだろう。この九校戦で結果を残せば学校内での評価だけでなく、進路にも大きな影響が出る。学校側も、この大会で優勝すれば他の高校に一歩リード出来るので、奮起する生徒を全力で後押しする。

 

魔法科高校のクラブ活動は、青春時代を彩るための課外活動とは言えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イカれてる」

 

目の前の光景を見て義飾の口から率直な感想が出てくる。その声は乱雑と賑わっている周囲にかき消されてしまったが、隣に届くには十分は声量だった。義飾の独り言を聞き取って同行者がキョトンとした顔を向ける。

その視線に気付かず、義飾は言葉を続けた。

 

「世界の終わりを見てる気分だ」

 

「いやいや、それはさすがに大袈裟でしょ」

 

義飾の大仰な物言いに同行者―――エリカが思わずツッコミを入れる。

その声に反応して義飾がエリカを見やるが、その顔から感想を共有することは無理だと悟って何も言わず顔を戻した。

義飾の視線の先には新入部員の獲得に奮起する部員たちの姿がある。これだけ聞けばなんてことはない、新学期の学校でよく見られる光景のように思うかもしれないが、そうであれば義飾の口からあんな感想は出てこない。

さすが魔法科高校と言っていいのだろうか、新入生の部活勧誘ひとつをとってみても普通の高校とは大きく違っている。

 

とにかく活気と熱気とヤル気が凄い。

部活動での成績が進路に影響を与えると言うのは普通科の高校でもよくあることなのだが、魔法科高校ではそれがさらに強くなる傾向にある。なので、数の決まっている優秀な新人を、他の部より早く獲得しようと躍起になるのは当然だった。

勧誘をしている先輩方に遠慮や躊躇というものは一切見えず、とりあえず数撃ちゃ当たる戦法で片っ端から新入生に声をかけている。新入生の都合など考えてないのがよく分かる。

その光景を見ると、獲得競争が行き過ぎて授業に支障を来たすため部活勧誘期間を一週間に定められたのが深く納得できる。

正直、この乱雑具合を見たら期間を縛るだけという学校側の対応はかなりお粗末なものなのだが、そもそも学校側成績を残して欲しいので、この騒動を望んでいる所がある。だからこれ以上の改善は期待出来無いだろう。切磋琢磨と言えば聞こえは良いが、目の前の光景に青春らしい汗臭さは一切ない。

欲にかられて新入生を物色する姿は、アメリカのブラック・フライデーと重なって見えた。

 

この時期の第一高校は、校則も法律も有耶無耶になった無法地帯となる。たとえ問題上等、騒動バッチコイな義飾でも忌憚するイベントだ。

 

そして、さらに義飾の神経を逆撫ですることが一つ・・・

 

「「「オォーーーー!!」」」

 

「・・・・・・っ」

 

遠くから聞こえる大きな感嘆の声とサイオンの揺らぎを感じ取って、義飾は口の中で舌を鳴らした。

いくら魔法科高校でも、実習中でもない限り魔法発動の兆候を感じるなんて滅多にない。CADの携行を禁止されているからだ。しかし、この部活勧誘の一週間はデモンストレーションのためにこの禁が解かれる。つまり学校中のそこらで魔法が飛び交うことになるのだ。

魔法嫌いの義飾にとってこの状況はかなりキツイ。さらに言えば携行を許されたCADにはなんの縛りも課せられない。一応、審査はあるみたいだが「部活に必要なんです」と言えば通る簡素なものだ。

その事がさらに義飾の心を不愉快に舐め上げる。今にも暴れだしそうな体を抑えるのが大変だった。

 

(なんだコイツら。おもちゃ買ってもらってはしゃいでるガキか?同じ人間に見えねぇ。・・・・イカれてる。コイツら自分が何を振り回してるのか自覚してるのか?自分がどういう力を持っているのか、ちゃんと理解してるのか?)

 

体を抑えることは出来ても、頭の中はそうはいかなかった。一つ文句が出てくると坂を転がるみたいに思考が止まらない。

義飾の心境を現すように、表情も黒い感情によって歪んできた。

 

 

 

「眉間」

 

「あぁ?」

 

隣から差し込まれた言葉に義飾は思考を中断してそちらを向く。そこには不機嫌そうに唇を尖らせてそっぽを向くエリカがいた。

 

「何考えてるかわかんないけどさーーー、女の子と二人でいるのにその顔はどうなの?嘘でもいいから、もう少し楽しそうな顔したら?」

 

エリカの文句に義飾は確かにそうだと心中で反省した。そして、眉間の皺を伸ばすために右手の中指で揉み解す。鏡がないのでわからないが、これで少しはマシな表情になっているだろう。

 

「・・・スマン。どうもまだ魔法ってモンに慣れなくてな」

 

「魔法に慣れてないって・・・仮にもここに入学してるんだから、そんなことあり得ないでしょ」

 

「ま、普通はそう思うよなぁ・・・」

 

「?」

 

煮え切らない態度の義飾にエリカの頭の上に疑問符が浮かび上がる。が、義飾はそれに構うこと無く改めて周りに視線を巡らす。

そこには変わらず、騒がしくも賑やかに新入生を部活に入れようと奮起する先輩方の姿がある。その賑やかな雰囲気自体は珍しいものではないのだが、それに比例してサイオンが活性化してる様子は始めて経験するものだ。

 

魔法に慣れてない。エリカに言ったこの言葉は誇張でも嘘でもなんでもなく、本当に事実だ。

高校に上がって魔法に触れる機会は一気に増えたが、それ以前は魔法を見る事も使う事も全くなかった。

 

三回。

 

これが義飾が高校に入学する以前に、実際に魔法に触れた回数だ。これ以上は本当に見るどころか使ったことすら無い。

試験勉強は筆記のみに注力し、実技はこの三回の経験を頼りにぶっつけ本番で試験に挑んだ。不安しか無い試験内容だったが、二科生としてでも入学することが出来たのは奇跡に近い。

自意識の乏しい幼少期にも魔法と関わった記憶は無い。というより、両親は魔法に近づかないように生活していた。それは、義飾を魔法から遠ざけるためでもあるだろうし、自分達が魔法に関わりたくないという意図もあったのだろう。結局その思惑は無駄になってしまったが。

 

思考の過程で浮かび上がった思い出を振り払い、気分を変えるために義飾は話を切り替えた。

 

「で、なんか目ぼしい部活は見つかったか?」

 

「う~~ん、特にこれといって・・・面白そうなのはあるけど、今のところ入りたいのは無いかな」

 

義飾から提供された話題にエリカは同じように視線を巡らせ、それに答えた。一々説明することではないかもしれないが、義飾とエリカの二人がこの場にいるのはクラブ勧誘というこのイベントに参加しているからだ。いや、参加せざるおえないといったほうが正しいか。第一高校に在学してる以上、このイベントに参加しないという選択は存在せず、先輩方の血走った目から逃れる術もない。

ちなみに二人で行動してるのに深い意味は無い。ただ余り者同士で組んだだけだ。

美月は美術部、レオは山岳部、達也は風紀委員の巡回。他の面子は既に予定が決まっていたので、午後の授業が終わればそのまま自然な流れで行動を共にすることになった。

 

「とりあえず今日は体験とかしないで出来るだけ見て回るだけのつもりだし、そんなに焦ることは無いかな。それにしても・・・・・・」

 

義飾の質問に答えながら周りの光景を目で追っていたエリカは一度で言葉を止めて、顔を動かしてさらに広い範囲を見ながら改めて口を開いた。

 

 

 

「成り行きでアンタと一緒に回ることになったけど、それで正解だったみたいね」

 

「ん?あぁ、そうみたいだな・・・」

 

エリカの言葉と動きに釣られ、義飾も首を動かす。見る範囲を広くしてもそこに展開されている光景はどこまでも一緒だ。新入生の勧誘に躍起になっている部員と、部員の強引な勧誘に戸惑っている新入生。

新入生の立ち位置を自分に置き換えると、遠慮したい光景が視界いっぱいに広がっていた。

 

 

先輩の強引な勧誘にテンパっている新入生。それをなんとかやり過ごそうとしている内に逆サイドから別の部活の部員が声をかけてくる。しかしそれに真っ先に反応したのは新入生ではなく最初に勧誘していた方の部員だ。周りが騒がしいので声は聞こえないが、何を言ってるかは大体わかる。おそらく“獲物を横取りするな”だ。当事者である新入生を置き去りにして言い争いを始める二つの部員。挟まれた彼は今にも泣きそうだ。

 

 

こんな光景がざっと見回しただけで三箇所もある。そうでなくとも新入生はどこかのクラブに捕まっており、引き摺られて、或いは背中を押されてテントへと連れ込まれている。

その光景を見て、元からイベントに乗り気ではない心が更にゲンナリと落ち込む。

 

しかし、そんな騒動の中でエリカと義飾が問題なく会話できているのは、騒動から少し外されているからだ。

立っている場所がではない、ただ先輩方は義飾と目が合うとすぐに顔を逸し、そそくさと別の獲物に向かうのだ。

 

・・・その反応に思うことが無いわけでは無いのだが、慣れたモノであるし、今はそのおかげでかなり助かっている。

まぁ少し考えれば当然の事だ。集団行動が主となる部活動では、個人の問題が連帯責任で部に影響を及ぼす事はよくある。一人のせいで部活が試合の出場資格を剥奪されれば目も当てられない。

これを踏まえて考えれば、義飾に勧誘の声がかからないのは当たり前だろう。

服装を乱した不良なんか、たとえ人手が足りなくても部活に入って欲しいとは思えない。さらに言えば義飾は先程から不機嫌なオーラを背負っているので不良なんか関係なしに普通に関わり難い。

度々、義飾を無視してエリカに声を掛けようとする強者はいたが、一瞬の逡巡の後、結局別の生徒に声を掛けた。他にもいっぱい獲物はいるのだから、無理してエリカに声を掛ける必要はないと思い至ったのだろう。

それにエリカは二科生だ。戦力として期待するなら一科生の方が望ましく、その数は限られている。あまりエリカにばかり気を取られていれば有能な人材を逃すことになる。

どうせエリカを勧誘しようとしたのも容姿に惹かれただけだろう。元々そこまで強い執着はないはずだ。

 

「それじゃあ、ここにずっといても仕方ないしさっさと行くか。行きたい所はあるか?」

 

「んーー。別にないかな?まぁ適当に歩いてればいいでしょ。そういうあんたは見たい所ないの?」

 

「ない。っつか部活に入るつもりもない。中学の時から帰宅部の永久補欠だ」

 

「帰宅部の補欠ってどういう意味なのよ・・・。とりあえずアンタが部活に入る気がないのはよくわかったわ。運動神経良さそうに見えるけど、実はそんなことないの?」

 

「いや、その逆。運動神経良すぎてな、大抵のスポーツは半日でマスター出来る。でも、そんな奴がいれば周りの人間はヤル気が無くなるだろ?俺が部活に入らないのは周りを気遣った結果だ。まぁ俺も、周りの出来なささ見てたらイライラするしよ」

 

「うわっ、何その性格の悪い気遣い。そして意地の悪い発言。よくそんなんで友達が出来たわね」

 

「失礼なやつだな。人相が悪い、ガラが悪い、素行が悪い、目付きが悪い。そんな風に言われた事はあっても内面を貶されたのは初めてだ」

 

「アンタ・・・そっちの方がよっぽど問題だから」

 

くだらないことを話しながら、義飾とエリカは騒動の中心を、決して周りの雰囲気に混ざること無く歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中の方にも行ってみるか」

 

義飾が無意識に出しているバリケードがそろそろ意味を成さなくなり、勧誘の声が二人にもかかり始めた頃、煩わしくなってきた義飾はエリカに場所を移すことを提案する。

 

二人が今いる場所は校庭だ。そこにはいくつものクラブがテントを立てて新入生に声をかけている。クラブの数が多いということは、それに伴い勧誘の声も増えるということだ。

このままここにいれば他の新入生と同じ目に合うのは想像に難くない。そうなる前に部活が多く存在している校庭から、一つの部活が貸し切っている専用の競技場へ行こうという提案なのだが、エリカも同じことを思っていたらしく、間を置かず是の答えが返っきた。

 

「そうね、ここから一番近いのは・・・ん?あっ!!」

 

首をもたげて遠くへ視線をやったエリカが、何かを見つけたのか声を上げる。義飾もそちらを見てみると、人ゴミに紛れて達也の頭が見えた。

そこまで距離は離れていないので、達也にエリカの声が届いたらしく向こうもこちらの事に気が付いた。

エリカが手を振って手招きする。それに従うように達也はこちらに近寄ってきた。近づくにつれ達也の全身が明らかになり、朝には着けていなかったCADが両腕に見えて、今が職務の最中だということがよく分かる。

 

「よお、達也。仕事は順調か?」

 

「順調・・・とは言い難いかな。まだ仕事らしい事は全くしてない。でも、風紀委員が働くことが起きない方がいいだろ」

 

「それもそうか」

 

挨拶代わりにとりとめのない話題を投げ掛ける。それに対して達也は肩を竦めながら答えた。

色々と騒がしくなっているが、まだ風紀委員が出張る事態は起こってないらしい。そのことに安心して良いのか、不安に思っていのかわからず義飾は曖昧な溜息を吐いた。

 

「ねぇ、風紀委員のパトロールって順路とか決まってるの?」

 

義飾が黙ったタイミングで今度はエリカが問い掛ける。その質問の意図とこれからの展開が予想出来て義飾も達也に視線を送る。

 

「いや、特に決まっていない。どこで何が起きてもおかしくないから、順路を決めていても意味が無いんだろう」

 

「だったらさ、私達は今から中の方に行くんだけど一緒に行こうよ」

 

「それは別に問題ないが・・・いいのか?」

 

エリカの同行の打診を達也は、聞き返して確認する。義飾に視線をよこしているので、この確認は義飾に当てたものだ。三人で行動するならば、義飾からも許可が必要だと考えているのだろう。それ以上の意図は無いはずだ。

 

「俺にお伺いを立てる必要はねぇよ。俺もエリカに付いてってるだけだからな」

 

「そうか。だったらせっかくのお誘いだし、一緒に行こうかな」

 

「それじゃあ決定ね。早速場所移したいんだけど、ここからならどこが一番近い?」

 

「それなら闘技場だろう。今なら丁度、剣道部が演舞をしてるはずだ」

 

「剣道部か・・・普通のスポーツ系の部活よりは面白そうだな」

 

話が纏まった三人は、横に並んで闘技場に向けて足を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闘技場にはほどなくして着いた。人の数は外よりもずっと少なく、遅れてやってきても場所取りにはさほど苦労しなかった。

今三人がいるのは闘技場の壁面高さ三メートルに設けられた回廊状の観覧スペースだ。観覧スペースというだけあって、上から見るとデモンストレーションがよく見える。それに、このスペースには部員の姿が無いので、煩わしい勧誘の声もなかった。

 

この期間中には珍しい安息の場所に、義飾は最初の方は静かに剣道部のデモを見ていたのだが、途中からは完璧に飽きてしまって今は手すりに頬杖をついて溜息混じりに見ている。

しかし下の演舞を見ているだけでは暇を潰せないので、ここに来た時から気になっている事を聞くことにした。

 

「剣道部と剣術部、この二つって何が違うんだ?」

 

闘技場の入り口には、ここでデモンストレーションをする部活が書いた看板があった。

達也の言っていた通りに今は剣道部がやっているのだが、その次に剣術部がするらしく、義飾にはこの二つの部の違いがわからなかった。

 

「さぁ?なんとなく剣術部の方が、より実戦に重きを置いているような感じはするが・・・作法の違いか?」

 

義飾の質問に達也が先に応えたが、それは答えを教えるものではなく疑問に同調するものだった。

達也と二人で看板の前で頭を捻っていると、エリカが答えを教えてくれた。

 

「達也くんのその認識は間違ってないわよ。『剣術』は術式を併用した剣技だから、『剣道』と比べればずっと実践的な稽古をすわ」

 

「つまり、魔法師の『剣道』が『剣術』ってことか?」

 

「まぁ、それで間違ってはないけど、当たってもないわね。『剣道』と『剣術』は明確にルールと作法が違うわ。安易に一括りにするのはどうかと思うわよ」

 

「はーん、どっちも竹刀を振り回すことは変わらないと思うけどな」

 

エリカの端的かつわかりやすい説明に達也は感心したように頷いてるが、義飾はおざなりに答える。

その対応にエリカはムッとするが、暇を潰すためだけに聞いてきた事はエリカも理解しているので、そのことに関して何も言はなかった。しかしどこかで仕返ししてやろうとは考えている。

 

予め言うことを決めていたような流暢な説明は、彼女がそのことに深く関わっている事を如実に表していた。

だったら部活を探す必要は無いと思うのだが、エリカにはエリカの事情があるのだろう。口を開くのも億劫になっていた義飾は、それ以上言葉を発することはなく黙ってデモンストレーションを見ていた。

 

 

 

義飾だけでなくエリカも飽きてしまったので、闘技場をあとにしようとした時、今までとは別種の騒がしさが義飾達の足を引き止めた。

三人で顔を見合わせた後、出口に向けていたつま先を再び中の方に向ける。踵を返す事になったが、今度は観覧スペースには登らず騒動が起こっているであろう下に向かう。

そこには、気まずい感じのざわめきが辺りを支配していた。言い争う声は聞こえるが、人垣が中に厚く、中で何が起こっているのかよくわからない。

義飾は自分の長身を活かして中の様子を覗こうとしたが、意外な邪魔が入ってそれは出来なかった。

 

踵を上げようとした体が腰を掴まれて止められる。何事かと思って後ろを見れば、エリカが制服を掴んでいた。

義飾が振り向いたタイミングでエリカが顔を上げたので、二人の目が合う。そして、エリカの端正な顔が悪戯気に歪んで義飾はエリカの意図がわかった。

 

「もっと見えやすい所まで行こう。というわけで、バリケード役はよろしく!」

 

「ちょっ、おま!!」

 

義飾の言葉を待たずにエリカが義飾の背中を押して進軍を開始する。つんのめるほど強く押さないのは、僅かに残った良心からか、それともバリケードとしての役割を十全に果たさせるためか。

先行した二人を達也は呆れた目で見ながら付いて行った。

 

 

 

 

 

「お前あとで覚えてろよ」

 

「ゴメンって。でもおかげでいい場所とれたじゃん」

 

三人はさほど苦労すること無く騒動の中心部に来ることが出来た。

顰蹙を買いながらも人を押しのけたにも関わらず喧嘩に発展しなかったのは、義飾とエリカの容姿に依る所が大きい。しかし、その二つは全く違う働きをしたのは説明するまでもないだろう。

義飾の睨みとエリカの愛想笑い。即席にしては中々のコンビネーションだった、と後ろで見ていた達也は思った。

 

騒ぎを囲むようにして出来た人垣の最前列を陣取った三人は、改めて騒動の中心へと視線を向ける。そこには向かい合った男女の剣士の姿があった。

防具の有無という差異はあるが、装いはほとんど一緒なので同じ部活内で揉め事か?と思ったがそれは当人たち否定された。

 

「剣術部の順番まで、まだ一時間以上あるわよ、桐原君!どうしてそれまで待てないのっ?」

 

「心外だな、壬生。あんな未熟者相手じゃ、新入生に剣道部随一の実力が披露できないだろうから、協力してやろうって言ってんだぜ?」

 

「無理矢理勝負を吹っ掛けておいて!協力が聞いて呆れる。貴方が先輩相手に振るった暴力が風紀委員会にばれたら、貴方一人の問題じゃ済まないわよ」

 

「暴力だって?おいおい壬生、人聞きの悪いこと言うなよ。防具の上から、竹刀で、面を打っただけだぜ、俺は。仮にも剣道部のレギュラーが、その程度のことで泡を噴くなよ。しかも、先に手を出したのはそっちじゃないか」

 

「桐原君が挑発したからじゃない!」

 

剣を持っているのに随分口が達者な二人だ。しかし状況の過程を当人の口から説明してくれたのは助かった。

同じ部活の部員だと思った二人はどうやら別の部活に所属してるらしい。そして、騒動の原因も聞いた限りではかなりくだらないモノだった。

 

「面白い事になってきたわね」

 

「俺は頭が痛くなってきたよ」

 

義飾の後ろから顔を覗かせたエリカが楽しそうに呟く。義飾は言葉通りの反応をせず、ただ無感情に事態を眺めるだけだ。

 

「さっきの茶番より、ずっと面白そうな対戦だわ、こりゃ」

 

「あの二人を知っているのか?」

 

「直接の面識はないけどね」

 

義飾の反応に構わずエリカがさらに言葉を続ける。それに答えたのは目の前の事態に目眩がしてる義飾はではなく、後ろからエリカの横に並んだ達也だった。

 

「女子の方は試合を見たことあるのを、今、思い出した。壬生(みぶ) 紗耶香(さやか)。一昨年の中等部剣道大会女子部の全国二位よ。答辞は美少女剣士とか剣道小町とか随分騒がれてた」

 

「・・・二位だろ?」

 

「チャンピオンは、その・・・ルックスが、ね」

 

「なるほど」

 

「世知辛えな」

 

マスコミの後ろ暗い事情が発覚して、改めてエリカは説明を続ける。

 

「男の方は桐原(きりはら) 武明(たけあき)。こっちは一昨年の関東剣術大会中等部のチャンピオンよ。正真正銘の一位」

 

「全国大会には出ていないのか?」

 

「剣術の全国大会は高校からよ。競技人口が圧倒的に足りないからね」

 

魔法競技にとっての当たり前の事情がエリカの口から出て達也は納得を表すように頷いた。

そして義飾も、エリカの説明を聞いて一つの結論が浮かんだ。

 

「全国大会の準優勝者と、地区大会の優勝者。・・・イマイチ、パッとしねぇな。どっちも半端っつーか、微妙っつーか」

 

「いやいや、あたしの言い方が悪かったけど、あの二人は国内でも結構な実力者のはずよ。対戦カードとしては十分面白いわ。それに、今から始まるのは模擬戦ってわけじゃないだろうしね」

 

興奮を隠し切れないエリカに対して義飾はどこまでも無感情だ。

どこまでも冷めた目で、今にも緊張の糸が切れそうな状況を見ている。

風紀委員である達也が、その雰囲気を感じ取ってポケットから腕章を取り出して腕に着けた。

 

 

 

そして―――――

 

「心配するなよ、壬生。剣道部のデモだ、魔法は使わないでおいてやるよ」

 

「剣技だけであたしに敵うと思っているの?な方に頼り切りの剣術部の桐原君が、ただ剣技のみに磨きをかける剣道部の、このあたしに!」

 

「大きく出たな、壬生。だったら見せてやるよ。身体能力の限界を超えた次元で競い合う、剣術部の剣技をな!!」

 

とうとう事態は動いた。

先手をとったのは桐原。防具を着けていない壬生の頭部目掛けて、竹刀を振り下ろす。

壬生は難なく対処することが出来たが、予想以上に初手から激しく、見物人から悲鳴が起こった。

悲鳴に混じって、竹刀が打ち合わさる乾いた音が続々と鳴らされる。

一部の例外を除いて二人の攻防を見取れた者はいないだろう。二人の試合は過去の功績に相応しい、レベルの高いものだった。

 

「女子の剣道ってレベルが高かったんだな。あれが二位なら、一位はどれだけ凄いんだ?」

 

二人の剣さばきに達也が感嘆の吐息を漏らす。とりわけ壬生の技に対する感想が大部分を占めていた。

 

「違う・・・・・・。あたしの見た壬生紗耶香とは、まるで、別人。たった二年でこんなに腕を上げるなんて・・・」

 

達也の感嘆が混じった疑問に、エリカは呆然とした響きの呟きで答えた。信じられない、といった風に目を見開いているが、隠した口元は舌舐めずりをしそうなほど釣り上がっている。それに伴いエリカから好戦的な気配が立ち昇った。

 

(これは、レベルが高いのか・・・?)

 

しかし、目の前の試合を高く評価している二人に反して、義飾は表情を崩さず心中のみで首を傾げる。

剣を持ったことなど無いので二人の技量の良し悪しはわからないのだが、そうでなくとも目の前の試合に洗練されたモノは感じない。

体の大きな子供が、チャンバラごっこを講じているように見える。

 

義飾の落胆や失望などつゆ知らず、二人の決闘は段々と激しさを増していく。

鍔迫り合いで一旦硬直し、同時に相手を突き放して両者とも距離をとる。

息をつく者と、息を呑む者。見物人の反応が二つに分かれる中、義飾はただ一人あくびをかみ殺した。

 

試合が落ち着いた隙を見計らったように、達也とエリカはどちらが勝つかの考察をした。

それによればどうやら、壬生の方が優勢らしい。総合的な戦闘力なら剣術部に所属している桐原の方が上だろうが、純粋な竹刀捌きの技術なら壬生に軍配が上がる。

二人の考察を聞きながら義飾は決着が近付いている事を感じ取った。

 

「おおぉぉぉぉ!!」

 

桐原が雄叫びを上げながら突進する。壬生はそれに応えるように待ち構えた。

 

両者の打ち下ろしはほとんど同じタイミング。しかし、竹刀が相手の体に到達したのは壬生の方が先だった

桐原の竹刀は壬生の左上腕部に浅く当たっていのに対して、壬生の竹刀は剣先が桐原の右肩に食い込んでいる。

素人目から見てもどちらが勝ったかは明白だ。

桐原は左手で壬生の竹刀を振り払い、大きく跳び退る。

 

「真剣なら致命傷よ。あたしの方は骨に届いてない。素直に負けを認めなさい」

 

壬生の勝利の宣言に、桐原は顔を大きく歪めた。剣士としての意識がそれを認めても、個人的な感情がそれを許さない。桐原の表情には心の動きがはっきりと表れていた。

 

 

 

 

 

「は、ははは・・・」

 

突然、桐原が乾いた笑い声を上げた。

負けたショックでおかしくなった・・・訳ではない。ざらついた声とは裏腹に、桐原の目は暗い光を放っていた。

にわかに怪しくなった雲行きに、達也が小さく腰を落とした。

 

「真剣なら?俺の身体は切れてないぜ?壬生、お前、真剣勝負が望みか?だったら・・・お望み通り、真剣で相手してやるよ!!」

 

言い終わるやいなや、桐原は左手首に右手を持っていく。道着を軽く捲くれば、そこに着けられたCADが姿を現した。

CADを見せびらかしたいだけだったら、どれだけ良かっただろう。負けたとしても俺にはこれがある、なんていう負け惜しみを言うだけだったならまだ可愛いものだ。

しかし、当然そんなことは起こらず、CADを取り出す理由など一つしかなかった。

 

ガラスを引っ掻いたような怪音が辺りに響き渡る。その音は、耳の中を舐めあげるような不愉快な音色に加えて、肌を直接震わせるような音量だった。

その音に対抗するように、見物人から悲鳴が上がった。

ある者は耳を塞ぎ、あるものは膝をついてうずくまる。

混沌とする観衆の中心で桐原と壬生は再び向かい合う。事態の終着は、まだまだ来そうになかった。




次の話はアンチです。
対象は桐原と剣術部と学校です。
話の都合上、達也くんの見せ場がモリモリ減っていきます。


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第十六話

やめて!昔掛けた魔法の効果で義飾の腕力はゴリラ並みになってる。そんな義飾の攻撃を受ければ、桐原はただじゃ済まないわ!

お願い、死なないで桐原!あんたが今ここで倒れたら、壬生さんとのフラグはどうなるの?義飾は魔法が苦手。そこを突けば義飾に勝てるんだから!



次回『桐原死す』。デュエルスタンバイ!





前回大幅に遅れてしまったので、今回は早めに投稿。上のやつは前回の後書きに入れる予定だったんですけど、忘れてました。



魔法を発動した桐原は、足を踏み込み壬生との距離を詰めようとする。怪音を発する竹刀を握りしめ、それを高く上へと振り上げた。

左手一本で竹刀を操っているので速さはあるが、力強さはない。しかし、壬生は受けようとはせず大きく後方へ跳び退った。

逃げる壬生と追う桐原。初動の都合上、桐原の竹刀が壬生に到達するのは必定だった。

予想される悲劇に、観衆は一瞬息をすることを忘れて喉を詰まらせた。

 

だが、次の瞬間、二人の間に影が割り込んできて観衆の意識はそこに集中した。

割り込んだ影の正体は義飾だ。壬生に背中を見せて、正面は桐原の方を向いている。

突然の乱入者に桐原の勢いが大きく削がれる。振り上げた竹刀の行く末が途絶え、剣先が桐原の内情を表すようにブレた。

桐原が動揺している内に義飾は、桐原の足の間に左足を差しこむよう一歩踏み出した。

 

 

 

正直に言えば、義飾は桐原が何の魔法を使ったのかわかっていない。義飾の魔法の知識は必要最低限、試験に受かるだけのものしか無い。つまり、応用力が無いのだ。

四系統八種類、それそれの作用がどういう効果を生み出すのかを理解出来ても、効果から作用を想像することは難しい。

そもそも、覚えてる魔法は数えられる程度だ。今回、桐原が使った魔法は義飾の記憶には無いものだった。

 

しかし、それでも対処のしかたはある程度想像できる。

先程から耳に障ってくる怪音の発生源は桐原の持つ竹刀。系統魔法の中で音として効果が発生するのは振動魔法がスタンダードだ。

相手の嫌がらのために怪音を起こすだけの魔法だったなら、対処にそこまで気を遣わなくて良いのだが、当然そんなはずはないだろう。

とりあえず竹刀に触れるのは得策ではない。いや、術者が持てているのなら持ち手の部分は安全だろう。

鍔より上、刀身部分に触れなければ問題はない。それに、いざとなれば魔法を無効化することも出来る。最初から無効化する手段を選ばないのは、ただの義飾の趣味だ。

無効化してしまったら、この事件はここで終わってしまう。それでは駄目だ。もっと脳髄に刻みつけるような、劇的な結末が必要だ。

それに、今日一日の鬱憤、八つ当たりになるがここで晴らさせてもらおう。

 

 

 

踏み込んできた義飾から逃げるために桐原大きく仰け反る。しかし、元々勢いがついており、タイミングも遅かったためすぐに義飾に捕まった。

義飾の左手が桐原の道着を掴む。それを桐原が右手で外そうとするが―――

 

「―――へ?」

 

気付けば、桐原の身体は宙を浮いていた。

何がどうなったのか全くわからない。投げられた、と理解できたのは視界が回り、天井しか映らなくなってからだった。

足を払われたのか、道着を引っ張られたのか、それとも魔法でも使われたのか。

今の状況に理解が追い付かず、桐原の頭は新品のキャンパスのように白くなった。

当然、義飾は桐原の思考の回復を待つことなく次の手に移る。

 

そして―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

振動系・近接戦闘用魔法『高周波ブレード』

これが桐原が使った魔法の正体だ。この魔法の概要を簡単に言えば、切れ味を良くする魔法だ。

こう聞けば大したことないように聞こえるが、殺傷性ランク『B』に分類されているかなり危険な魔法だ。

刀身を高速振動させることで、固体を局所的に液状化させる。“切る”と言うよりは“溶かす”と言った方が正しい。

刀身を高速で振動させているので、副次効果として怪音と超音波を発生させる。そして、魔法をかけるときは刀身の自壊を防ぐために硬化魔法もセットで使われる。

その性質上、魔法を掛ける得物はなんでも良い。刀に掛けてもいいし、今回のように竹刀に掛けても良い。

竹刀に掛けた場合は切れ味がゼロの状態から、刀よりも切れるようになるのだから殺傷性ランクに登録されるのも納得出来る。

 

この魔法は“近接戦闘用”と、ある通り、重要なのは魔法の技量ではなく、術者の剣の腕だ。

『高周波ブレード』は言ってしまえば、よく切れる刀だ。活かすも殺すも術者次第。そして、相手の技量が自分よりも上なら、あまり意味をなさない魔法だ。

しかし、よく切れる刀と言っても勘違いしていけないのは、刀と同じように扱ってはいけないという事。

刀と違い高周波ブレードには、峰がなく、腹もなく、切っ先や物打ちもない。どの方向、どの部位でも切れ味は同じだ。

そして、刀に必要な“押す”や“引く”といった動作も必要とせず、ただあてがうだけで、触れるだけで、掠めるだけで、人の肌を容易く裂傷せしめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分がよく使う魔法なので、桐原はこの魔法の事をちゃんと理解している。効果、扱い方、刀との違い。

この魔法にだけ限って言えば、自分はこの学校で一番の使い手だという自負もある。

自分よりもこの魔法の事を理解し、上手く扱える者はいないだろう。そう胸を張って言えるだけの修練は積んできた。

 

 

 

だからこそ桐原は、自分が生きている事が不思議だった。

 

 

 

 

 

仰向けで倒れている桐原。その喉元には、自身の竹刀があてがわれていた。

勿論、桐原が自分でやったのではない。桐原が竹刀を持っている左手、その道義の裾を義飾が掴み、竹刀を桐原の喉に誘導したのだ。

右手で道着の裾を掴み、桐原の右肩の上辺りに持っていく。道着の裾は絞るように掴まれているので、桐原の左手の自由度は殆ど無い。

いや、仮に桐原の手首が自由に動いたとしても、気付けば投げられ、気付けば倒されて。義飾やることを最初から最後まで認識出来なかった桐原には、どうすることも出来なかっただろう。

 

 

 

喉に感じる竹刀の感触が、ひどく冷たく感じる。魔法を自分で発動したから、この竹刀が先程までどれだけの切れ味を持っていたのかよく知っている。

その理解が、桐原から熱を奪い、竹刀に事実以上の冷たさを持たせていた。

目の前にある義飾の顔が遠くにあるように見える。ふわふわとした浮遊感が身体を支配していて、身体に力が入らない。まるで明晰夢を見ている気分だ。

 

自分が本当に生きているのか、わからない。

 

 

 

 

 

心身を喪失した桐原の顔を間近で見て、義飾は道着の裾から手を離した。

桐原の反応が予想以上に大きかったので、桐原が何の魔法を使ったのか気になるところではあるが、そんなことよりもまず、言っておかなければならないことがある。

 

「・・・達也、邪魔すんなよ。ってか今、何をやったんだ?」

 

上体を起こした勢いをそのままに、義飾は後ろに振り返る。そこには腕を交差させて、鬼気迫る表情の達也がいた。

桐原を投げている時、サイオンの波動を背中に感じた。それがどういう効果を持っているかはわからなかったが、その直後に桐原の魔法は無効化されたので、そういう効果だったのだろう。

誰がやったかもわからない。しかし、状況を考えれば達也が一番可能性が高かった。

そんな予想を持って振り向いたのだが、どうやらそれは正解だったらしい。達也から視線を外して周りの人間を見れば、気分が悪そうにしているので何かが出来る余裕はない。

 

「・・・さすがに、入学早々、殺人事件が起きるのを黙って見ているわけにはいかないからな」

 

義飾に問われた達也は、その質問には答えず、小さく息を吐き出した。

その息には、安堵の色が多分に含まれていた。

“間に合った・・・”

誰に聞かせるためでなく、自分で確認するために呟く。その呟きはかなり小さく、正面から達也の口の動きを見ていた義飾にしか確認出来なかった。

 

「ん?何言ってんだ、お前。

魔法師が自分の魔法で怪我をしたり、命を落とした場合、それは殺人事件(・・・・)じゃなく、ただの傷害事故(・・・・)だ。お前が危惧してる事にはならないさ。特にここは学校だ。未熟な魔法師が魔法の制御を間違える。珍しい話じゃないだろ」

 

義飾の白々しい理論に達也の眉根が上がる。即座に否定しようとするが、義飾の顔を見て達也の言葉は喉のあたりで止まった。

義飾の顔は、白々しい理論とは裏腹に真面目な、あるいは純粋なものだった。まるで子供が疑問を投げかける時のような義飾の表情に、達也は義飾が冗談で言ってるのではないとわかった。

本当に、心の底から、そう思っているのだ、義飾は。

 

口を開けたまま義飾の言葉を反芻していると、それを認めてしまう意識がジワジワと湧き上がってきた。

今回の事件、誰に一番非があるのかは考えるまでもない。そもそも桐原が高周波ブレードを展開しなければ、命の危険など発生し得なかった。

そして、事態を“事件”ではなく“事故”として収めようとした義飾の行動は、一般的な感性で言えば賞賛に値する。

桐原の自業自得。そう言ってしまえばそれまでなのだが、人が一人死にかけた光景を見てしまえば、簡単に首を縦に振ることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「―――カハッ!ハァ、ハァ、ハァ・・・」

 

達也が言葉に詰まっていると、義飾の足元から空気の抜けるような音がした。

生きている実感が欠けて、呼吸を忘れていた桐原の意識が現世に戻って来たのだ。

忘れていた分を取り戻すように、桐原の呼吸は荒くなる。顔からは一切の血の気が失せ、目は焦点が合っていない。

一目で、正常な状態ではないことがよくわかる。

 

「「き、桐原ぁ!!」」

 

桐原の意識が戻ったことで、停滞していた空気が再び動き出す。

桐原と同じ道着を着た、剣術部の部員が急いで桐原に駆け寄る。

気分が悪そうに蹲っていたが、そんな時ではないと思ったのか、無理矢理自分を奮い立たせて立ち上がった。

何人かは倒れた桐原に直接向かっているが、一人だけそばに立っている義飾を目指している。そして、あと一歩で義飾に到達出来るという地点で、竹刀を滅茶苦茶に振り回した。その振り方に技などは一切なく、子供の駄々こねと一緒だった。

当然、当たってやる義理など無いので、義飾は大きく飛び退いて回避した。

元々、義飾を追い払うのが目的だったのか追撃は来ず、竹刀を振り回した部員は桐原を守るように改めて竹刀を構えた。

 

まるで自分が悪者にでもなったかのような反応に、義飾は肩を竦めた。

 

 

 

「―――こちら第二小体育館。違反者一名、まだ取り押さえていませんが応援は不要です。それと負傷者はいませんが、担架の用意をお願いします」

 

肩を竦めた義飾の斜め後方で、達也が本部に通報する声が聞こえた。その声はそこまで大きなものではなかったが、義飾の凶行で静まりかえった周りには十分響き渡った。

静寂に支配されていた闘技場がにわかに騒がしくなる。達也の声を聞いた者達はその腕に着けられた腕章を見、そして達也の胸にエンブレムが無いのを確認して口々に囁き合う。

その囁き声に好意的な色は存在しない。

非友好的な視線に晒されて達也は、予想していたことが起こったと息を吐いた。

圧倒的にアウェイな雰囲気はこれからの職務に支障をきたすかもしれない。しかし、達也の不安をよそに囁き声は次第にその内容を変えていった。

それに伴い、周りの視線も達也から移動する。視線をなぞれば、その先は義飾に着いた。耳をすませば囁き声の内容がよく分かる。達也の事を話す者はもう殆どおらず、大体が義飾の凶行と容姿に関するモノだ。

興味に対象が自分から義飾に移ったの達也としては喜ばしいことなのだが、義飾としては堪ったものではないだろう。

横目で義飾の様子を覗き見るが、変わった様子はない。

それが見た通り周りの声を気にしてないのか、感情を上手く隠しているのか達也には判別出来なかった。

 

 

 

 

 

「桐原先輩、魔法の不適正使用により、同行をお願いします」

 

義飾を流し目で見た後、達也は任務を続行するために桐原に歩み寄る。

桐原から返事はない。聞こえているのか疑わしいくらい無反応だ。だが、これは想定の範囲内。さすがに今の桐原にまともな受け答えは期待していない。ただ、反応がないとわかっていても通達は必要だと思ったのだ。

そして、この後の展開も想定通りだった。

 

「なっ?!ど、どういうことだ!!なんで桐原が連れて行かれなきゃならない!!!連れて行くならあいつだろ!!!」

 

桐原を抱き起こし、介抱していた部員が義飾を指差しながら怒鳴りつける。

その指摘はもっともなのだが、今回の事件の各関係者を役に当てはめるなら、桐原が加害者で、被害者は壬生と闘技場に集まっている生徒、そして義飾は第三者、あるいは重要参考人という立ち位置になる。

当然、義飾にも同行を要求するが、強制力が強いのは桐原の方だ。

 

「そ、そうだ!!あ、あいつは、き、き、桐原を殺そうとしたんだぞ!!!ほっといたら何をするかわからん!!!さっさと取り押さえろよ!!!!」

 

しかし、そんな事情を興奮状態にある剣術部の部員達が考慮するはずがない。

一人が言い始めれば、続くように他の部員からも不平、不満が溢れ出す。

 

「おいおい、殺そうとしたなんて人聞きが悪いな。俺はただ、竹刀の刀身を相手に返しただけだぜ。普通(・・)だったら何でもない行為だ。

まさか、それだけのことで、そいつがそんなことになるなんて思いもしなかった。

ほら、俺はこの通り二科生だからよ。魔法についてはそんなに詳しくないんだ」

 

「白々しいセリフをっ・・・!!」

 

相手を煽るように、大きな身振り手振りで弁明する義飾。最後の自分の胸元を指で叩く仕草は、誇らしくしているようにも感じる。

義飾の態度に部員達はさらに殺気立つ。しかし、煮立った頭でも自分達の分が悪いことをわかっているのか、出てくる言葉は苛立たしげな負け惜しみだけだった。

 

言葉が出てこない代わりに、桐原の前に立った部員が腰を落として構えを深くする。竹刀を強く握りしめ、何時飛び掛ってきてもおかしくない。

再びやってきた騒動の予感に観衆は固唾を呑んで見守る。しかし、始まりの一手は予想外の所からやってきた。

 

 

 

 

「危なぃっ・・・!!」

 

エリカの危機を知らせる言葉は確かに義飾に届いたが、タイミングがあまりにも遅かった。

人垣の中から、剣術部の道着を着た男が飛び出す。その手に持った竹刀を振り上げ、真っ直ぐ義飾に向かっている。

飛び出してきた場所は丁度、義飾の真後ろ。距離もそこまで離れていないので、義飾が振り向くより早く、竹刀が義飾の頭を叩くのは容易に想像できた。

 

 

 

竹刀が届く所まで到達した男は、一切の加減なしに竹刀を振り下ろす。加減が無いのは、竹刀だから大怪我はしないだろうという考えからではなく、ただ感情に従った結果だろう。表情にそれがよく表れている。

 

義飾はまだ振り向かない。

 

竹刀が義飾の頭数十センチの地点を通過しても、義飾はまだ背中を向けたままだ。

“獲った!”そう思ったのは竹刀を振り下ろした部員だけではない。桐原を介抱していた部員達も、竹刀が義飾の頭を叩く光景を幻視し、溜飲を下げる準備をした。

 

 

 

しかし、その予想は裏切られた。

恨みが多分に乗った一振りは、その勢いを衰えさせること無く、盛大に空振った。

 

「―――は?」

 

予想していた手応えがなかったせいで、攻撃をした部員は、竹刀の勢いに引っ張られるようにつんのめる。

何故、空振ったのかわからない。タイミングは完璧だった。相手はこちらを向いていない。いや、そもそも、相手は躱したのか?

竹刀の刀身は、相手の身体を通り抜けた(・・・・・)ように見えた。

 

 

 

竹刀を振り下ろした者がそう見えたように、一連の攻撃を見ていた者もその様に見えた。

少なくとも、攻撃をした部員と対角線上にいた者は、義飾の身体に隠れてその部員の姿が見えなかったし、竹刀と義飾が重なって見えた。

 

しかし、当然そんなことはあり得るはずがなく、物体の通過なんて魔法でも出来ない。ただ、そう見えるほど、義飾がギリギリで避けただけだ。

振り下ろされた竹刀に対して、義飾は振り返ること無くまずは頭を傾けた。竹刀の狙いは頭頂から少し外れたが、これだけではまだ足りない。次に義飾は、体を左に傾けながら右足を左足の後ろに回し半身になった。

 

到来した竹刀が義飾の身体をなぞるように通過する。いや、竹刀の軌跡に義飾が身体のラインを沿わせたと言った方が正しいか。

竹刀と義飾の身体は数センチも離れていない。竹刀が押しのけた空気を頬に感じられるほどだ。

眼前を竹刀が通り過ぎても、義飾の顔に変化はない。焦りも恐怖もなく、軽薄な笑みが浮かぶのみだ。

余裕を感じられるその表情は、当たらないことを確信していたみたいだ。

 

 

 

振り下ろした勢いに引っ張られた部員は転けないように一歩、二歩と大きく前進する。そして三歩目の左足を上げたところで、右足を義飾に払われて盛大にすっ転んだ。

払われた、と言ってもその衝撃は並ではなかった。まるで右足を刈り取られたと錯覚するほどの強さだった。

その勢いに押され、前のめりに倒れそうになっていた部員の足が頭より上にあがる。

自然と、部員は頭から盛大に転ぶことになった。なんとか手で抑えて顔を守ろうとするが、鼻を強かにぶつけてしまう。

それでも、すぐに起き上がろうと出来たのは腐っても武道経験者といったところか。

 

しかし、その起き上がろうとした頭を、義飾は右足で踏みつけた。

 

「ぐぇっ!!」

 

蛙を踏み潰したような音が義飾の足の下から鳴る。その音に湿り気が混じっていたのは、鼻を強打したときに血が出てしまったのだろう。その証拠に、うつ伏せに踏みつけられた顔の下から赤い液体が広がっていた。

 

「危ねえな。・・・大丈夫か?いきなり来たから加減が出来なかったんだが」

 

倒れた相手の様子を窺う義飾。しかし、本気で心配してるわけじゃないのは、足をどけないことからよくわかる。

踏みつけられた相手は何とか義飾の足をどけようと身を捩るが、態勢のせいで力が入らず、結構強い力で踏みつけられているので全く動かせない。

血に濡れた顔を横に向け、義飾を睨みつけるのが精一杯だった。

 

 

 

 

 

「報復するために飛び出さず、人垣に隠れてた冷静さは素直に褒めれるが、それ以外はお粗末だな。剣の振りは遅いし、狙いも甘かった。そもそも、ドタドタと足音がうるさかったから奇襲にもなってない。わざわざ踏まれに来るなんてそういう嗜好があるのか?・・・まぁ、それはいいか。

あのアホが殺されそうになった報復ってことはお前も俺を殺そうとした、ってことでいいんだよな?・・・つまり、お前も殺される覚悟は出来てんだよな?」

 

踏みつける力を強め、義飾が相手に問い掛ける。口角を釣り上げながら出てきた言葉は、意味以上に物騒に聞こえた。

殺気立った義飾と、苦悶の声を漏らす部員に、剣術部の部員達は一斉に飛び出す。その手に持った竹刀を握りしめ我先にと義飾に殺到した。

今日一番の争乱の予感に、輪を作って見ていた観衆達は悲鳴を上げながら輪を広げる。

 

その空気と、襲い掛ってくる部員達の怒気をを肌に感じて、義飾は笑みを深めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一斉に襲いかかってきた、といってもターゲットが義飾一人だけである以上、同時に攻撃出来る人数は限られている。それに、頭に血が上った彼らに連携するという考えは無いらしく、立っていた位置関係をそのままに、近くにいる者から順に襲いかかってきた。

彼らが連携しないのは、義飾は二科生だからという侮る気持ちもあったからだろう。

 

襲い掛かってくる剣術部の部員に対して義飾は、頭を踏みつけていた足をどけて襲撃に備えた。

足をどけられて自由になった部員は慌てて立ち上がろうとするが、もう一度強く踏みつけられて完璧に沈黙する。あまりにも容赦のない義飾の所業に、剣術部の部員達の頭はさらに熱くなった。

 

位置関係からして、最初に義飾の前に到達したのは桐原を守るようにして立ちふさがっていた部員だ。

桐原と義飾の間に割り込んできた時は滅茶苦茶に竹刀を振り回していたが、今はその時とは別人のようにしっかりと竹刀を構えている。

殺気立った雰囲気も合わさり、まさしく剣士といった様相だ。

 

竹刀を握りしめ、義飾に肉薄するために強く踏み込む。しかし、接触のタイミングは彼の想定していた時ではなかった。

彼が踏み込んだのと同時に義飾も踏み込んだのだ。予備動作が一切なかったので、彼の目には義飾が瞬間移動したように見えた。

予想外の接近に部員の動きが止まる。そして、その部員の鳩尾に義飾のつま先が突き刺さった。

 

 

 

一拍の思考の停止の後、彼が感じたのは激痛と浮遊感だった。

 

人体の中央にある急所を突かれれば、激痛に苛まれるのは仕方のない事だろう。さらにその攻撃が、体を浮き上がらせるほどなのだからその痛みは筆舌に尽くし難い。

 

速攻で一人を無力化した義飾は次の相手に顔を向ける。その相手は、何が起こったのか理解が追い付いてないらしく、呆然とした顔を晒していた。

狙いを定めた義飾は即座に次の行動に移る。鳩尾を蹴るために上げていた右足を大きく踏み出し、強く踏み締める。

義飾の左足の甲が、未だ呆然としている顔に叩き込まれる。その衝撃たるや、顔が飛んでいきそうなほどだった。愛と勇気だけが友達の、どこぞの菓子パンマンにでもなった気分だ。

 

“二人目”

蹴った勢いをそのまま衰えさせること無く、部員の頭を体ごと蹴り飛ばした義飾は小さく呟きながら後ろに振り返る。

振り返った先には、既に攻撃態勢を整えた次の相手の姿があった。立て続けに二人が倒されたからか、その顔は怒りで歪み、選んだ攻撃はかなり危険なものだっただ。

相手の態勢は、突きを放つものだった。突き技は、危険な技であるがために剣道では高校生から解禁される。たとえ防具を着けていても当たりどころが悪ければ命に関わるからだ。

竹刀の剣先を義飾に向ける部員の顔に、そういった事情を考慮している様子はない。その顔には、怒りを通り越して殺意すら見えた。

 

恨みと殺意が乗った剣先が義飾に迫る。狙いはしっかりと正中線を捉えていた。

だが、真後ろからの攻撃を完璧に回避した義飾に、正面からやってきた攻撃を躱せない道理はなかった。

半身になって、最小限の動きで突きを躱す。自分の脇を通り過ぎていく竹刀を横目に見ながら、義飾は躱した勢いを利用してくるりと一回転し、足を高く振り上げる。

“後ろ回し蹴り”

義飾は、突きを放った部員にそう呼ばれる蹴り技を放ったつもりなのだが、長身と、股関節の柔軟さを最大限に活かしたそれは、踵落としのような様相を呈していた。

大きな弧を描きながら振り上げられた義飾の左足は、部員の斜め頭上に到達した後、突然軌道を変えて急降下。

部員の後頭部に踵がえぐり込むように突き刺さった。

突きの勢いで前のめりになったいた部員が受け身を取らずに倒れこむ。起き上がろうとするどころか、身動ぎ一つしない。

そんな部員を冷めた目で見ながら、義飾は上げていた足を下ろした。

 

 

 

瞬く間に三人を無力化した義飾。

その尋常ではない強さを目の当たりにし、剣術部の部員達は勢いを削がれて立ち止まってしまった。

今ここで飛び出しても、前の三人と同じ目に合うのは火を見るよりも明らかだ。しかし、恨みの気持ちが削がれた訳ではない。

桐原に続いて三人もやられてしまえば、心の中のどす黒い感情は大きくなるばかりだ。飛びかかる勢いは削がれたが、その代わりに冷静さが戻って来た。

確実に義飾を仕留めるために、取り囲むようにゆっくりと移動する。

 

自分達は武器を持っている。自分達のほうが数が多い。その程度のことでは、義飾相手に有利になり得ない。

だが、自分達が義飾よりも有利な部分はまだある。いや、それこそが、自分達と義飾を大きく隔てている一番の理由、一番の差。

 

義飾の真後ろに移動した部員が竹刀を地面に放り投げ、腕に着けたCADに手を伸ばす。

ここは魔法科高校、そして彼らは優秀であると認められた一科生だ。元より、剣よりこちらの方が得意としている。

 

しかし意を決した攻撃は、別の所から邪魔が入って不発に終わった。

桐原が投げられた時に感じた強烈なサイオンの波動。強烈な乗り物酔いに似た症状が部員達を襲う。

 

騒動の規模が大きくなりすぎたので、決着まで見届けようとしていた達也が邪魔したのだ。さすがにただの暴力行為ならともかく、魔法の使用は見過ごせなかった。それに、義飾は一見容赦のない攻撃をしているみたいだが、一応加減はしているみたいだ。倒された部員達はちゃんと生きている。

既に最初の通報は撤回し、応援を要請してある。それが来るまで、これ以上の事態の拡大を防ぐのが今は大事だろう。

 

 

 

崩れ落ちる剣術部の中心で義飾はただ一人立っていた。立ち位置の都合上、義飾だけを外して魔法を使うことは無理だったので義飾も効果範囲にいるはずだ。

しかし、義飾に気分を悪くした様子は全く見受けられない。何が起こったのかわからず、キョトンとしているだけだ。

しかし、剣術部の奥にいる達也と目が合って状況だけは理解できたのか、軽く笑った後、後ろに振り返って駈け出した。

 

前後不覚となって膝を着いている部員の顔面に義飾の膝が叩き込まれる。

 

 

 

そこからはさらに一方的な展開となった。

 

よろける剣術部の部員を義飾が蹴りでとどめをさしていく。戦闘とも、蹂躙とも呼べないただの作業。

 

結局、全ての剣術部の部員が地に伏すまで義飾は止まらなかった。




このことがトラウマになって桐原の魔法力は著しく低下したとか、してないとか。

桐原と壬生さんの結末は納得してない人多いんじゃないかな~と。
控えめに言っても殺されかけたのに、壬生さん器広すぎるやろ。

この二人は結末こそ変えないですけど、過程をちょっといじろうかなと思ってます。



あと、この話で達也が積極的に働いてないのは、自分が割って入れば事態が悪化するとわかっているからです。それに一人だけだとどうしても手は足りないですしね。
描写がないだけで、巻き込まれないように見物人を遠ざけたりしてます。


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第十七話

また遅れてしまってすいません。
今回の話はかなり難産・・・というより若干スランプ気味です。

今回の話は学校アンチというより、劣等生世界は色々とガバガバすぎぃって思ったんでその理由を自分なりに考えて見ました。

酷い文章なんで読みづらかったらすいません。


五人の人間がいる閉門時間間際の部活連本部にて、達也は本日最後になるであろう仕事を執り行っていた。

 

壬生紗耶香と桐原武明の口論の末の私闘。そして剣術部と一人の生徒の乱闘、もとい無双。

本日達也が関わった事件の一部始終と詳細を、達也が目撃し把握してる範囲で端的に報告する。

 

「―――以上が剣道部の新歓演武に剣術部が乱入した事件の顛末です」

 

語り終わった達也は前に座る人物達に気取られないように小さく息を吐いた。事件が終わって今までほとんど働き詰めだったので、ようやく一息着くことができた。

 

最後の剣術部員が倒されたのを確認してから達也は最初に、この惨状を作り上げた生徒にこの場に留まるように通達した。それから、地に伏した総勢十四名の剣術部員の容体を確認。生きている事は遠目からでも十分わかっていたのだが、ほぼ全員が頭を蹴られて意識を失っていたから悠長に構えているわけにはいかなかった。

部員達の容体を確認している時に呼んでいた応援が到着。来てくれた風紀委員の先輩たちに事件のあらましを軽く説明して、先輩方と協力して剣術部員たちを連行・・・ではなく搬送。持って来た担架の数が足りなかったので何度も医務室と闘技場を往復することになった。

唯一外傷のない桐原は、事情を聞くために風紀委員会本部に連れて行こうとしたが大きく取り乱しており、とても話ができる状態ではなかったので他の部員と同じく医務室に連れて行く事になった。

 

そして、これらの仕事を終わらせて息をつく間もなくここに呼び出された。

ヤワな鍛え方はしていないので肉体的な疲れはないが、慣れない仕事の連続だったので気疲れしてる感覚は否めない。

 

「そうか、ご苦労だった。初めての仕事がこんな大事になって疲れただろう。この報告が終われば、とりあえず今日の仕事は終わりだ。後もう少し頑張ってくれ」

 

「・・・はい」

 

達也の溜息を見咎めた、わけではないが報告を聞いた摩利が達也を労う。達也に疲れている様子は見受けられないが、報告の内容を聞く限り、新人がこなす仕事量ではなかった。

最初は社交辞令として新人らしく、大丈夫だと言おうとした達也だったが、意に反して口から出てきたのは肯定の返事だった。どうやら自覚してる以上に疲れてるみたいだ。

 

「それにしても、初日から乱闘騒ぎに流血沙汰か・・・。今年は荒れそうだな」

 

「ええ。去年と一昨年にも乱闘はあったけど、新入生が雰囲気に慣れて勧誘を断るようになってからだったし・・・。剣術部員の容体はどうなのかしら?病院にかかるほどの大怪我はしていないみたいだけど」

 

摩利の呟きに答えた真由美が一番気になることを達也に聞いた。聞かれることは予想出来ていたので、特につっかえること無く達也が返答する。

 

「頭を強く打った部員は脳震盪を起こしていましたが、いずれも軽度で収まっています。命の危険はないかと。しかし、一応大事をとって二週間は激しい運動を控えたほうが良いと医務室の先生が仰ってました」

 

言葉に詰まることはしなかったが、その声色には僅かに同情的な色が乗せられていた。まぁ今の剣術部の状態を考えればそれは仕方のない事だが。

 

「そう、か・・・二週間か・・・。剣術部はデモンストレーションの予定がまだ入っていたが、それは見送ったほうが良さそうだな」

 

脳震盪は、症状こそは一過性で済む場合が多いが、影響そのものは長く続いていく。

脳震盪の症状は、意識の混濁、記憶の喪失や激しい頭痛など。その原因は神経伝達物質の過剰放出、つまり脳代謝の障碍に依るものだ。

代謝が正常に戻るのは、最大で六週間、短くても二週間は必要とする。

たとえ自覚症性が無くても、浅膚に捉えていい負傷ではない。

摩利の判断も已む無し、だろう。

 

 

 

「治癒魔法を施すことは不可能なのか?」

 

摩利に続いて、達也の前に座っている三人の内の最後の一人が達也に問い掛ける。

達也の前にいる三人は、横並びで座っている。達也の正面に風紀委員長の摩利、向かって右側に生徒会長の真由美、左側に部活連会頭の男という並びだ。

達也は直立不動で報告しているので顔は摩利の方を向けているのだが、どうしても意識は左側に引っ張られてしまっていた。

 

十文字 克人。名字に『十』を冠する数字付きの名門、十文字家の総領。

身長は百八十後半。見上げるほどの大男というわけではないが、その肩書と、制服を押し上げるほどに隆起した筋肉が事実以上の質量を達也に伝えていた。

 

(巌のような人だな・・・)

 

率直な感想が達也の頭をよぎるが、質問に応えるためにすぐに頭を切り替える。

 

「不可能ではないですが、魔法を掛けても運動を許可することは出来ないと先生は仰ってました。脳震盪は場合によっては自覚症状がかなり薄いです。自己判断で魔法のかけ直しを怠ると意味がなくなるので、最初から魔法を掛けずに運動を制限したほうがいいと・・・」

 

「そうか・・・」

 

達也の返答に十文字は小さく答えた後、考えこむように押し黙った。

返す言葉が少なかったのは、聞く前から答えがわかっていたからだろう。それでも達也に質問したのは、確認のため、あるいは予想を覆して欲しかったからだ。

二週間運動を禁じられるということは、この勧誘期間に積極的な参加ができない。摩利が言ったようにデモンストレーションは勿論のこと、騒動に発展する可能性がある以上、単純な声掛けも難しいかもしれない。

部員全員が動いてはいけないわけではないので、完璧な休止状態ではないのだが、動ける部員は数人だけ。新人獲得に大幅な遅れが出来てしまうのは明白だった。

 

「桐原は・・・報告の中に、桐原が大きく取り乱していたとあったが、現在の様子はどうなんだ?」

 

気を取り直して、ではなく問題を先送りにして十文字が再び問い掛ける。内心ではこれ以上の問題は抱えたくないが、そうも言っていられない。

 

問われた達也は見て取れるほどに口篭り、不承を隠し切れない様子で重く口を開いた。

 

 

 

「・・・桐原先輩は、外傷こそは無いですが、今回の事件に関わった者の中で最も重傷らしいです。

 医務室に運び込んでとりあえず錯乱状態は収まりましたが、今回のことがトラウマになってPTSDを発症する確立は極めて高い、と。場合によっては、魔法発動に支障をきたす恐れも十分にあるらしいです」

 

始終重たい口調で語った達也の報告に、十文字達は言葉を失った。

何らかの事故により魔法が使えなくなる、確かに珍しいことではない。それを前提にして二科生制度が採用されているので、この第一高校でも毎年、一人か二人は必ずそれが原因で退学者が出る。

 

しかし、よくあることだからといって、慣れることは決してないし、慣れていいものでもない。

 

達也の報告は、同じく魔法を学ぶ十文字達にとってはあまりに衝撃が大きく、二の句を継げなくなってしまった。

 

「勿論、そうならない可能性もあります。とりあえず経過を見るために、カウンセリングを定期的に行っていくそうです」

 

三人の雰囲気の変化を察知した達也が慰めに似た希望的観測を口にするが、三人の表情が晴れることはない。

 

桐原の事を今日初めて知った達也でも、桐原が魔法師としての未来が閉ざされるかもしれないと聞かされて少し気分が重くなった。多少なりとも親交があるであろう三人の胸中はいかほどのものなのか。

あいにく、それを察する術を達也は持ち合わせていなかった。

 

 

 

四人が口を閉ざし、重たい空気が部活連本部を支配する。

だが、その陰鬱な静寂を、今まで沈黙を貫いていた五人目が打ち破った。

 

 

 

 

 

「おい、そういう事務的な報告は後にして、先にこっちの用件を済ませてくれねぇか?呼び出されてからずっと放置されてるんだが」

 

重たい空気が満ちる部活連本部には似つかわしくない、あるいは場違いな声が響き渡る。しかしそんな声だからこそ、重たい空気に顔を伏せる三人の頭を上げさせることが出来た。

 

顔を上げた三人が同じ所を見る。

前に立っている達也の隣、そこに置かれたパイプ椅子に、今回の事件の重要参考人である義飾が座っていた。

椅子に浅く腰掛け、右腕を背もたれに引っ掛けて座る姿からは、緊張や反省というものは一切感じられない。上級生を完璧に侮っている態度は、ある意味義飾の普段通りと言えるだろう。

 

摩利と真由美にとっては義飾のその態度は先刻御承知なのだが、義飾を初めて見る十文字は僅かに眉を顰めた。

 

「・・・・・・司波の報告に、間違いはなかったか?」

 

その不快感は顔だけでなく語気にも表れており、感情が殺しきれずに滲み出ている。

殺しきれてない感情には、不快だけでなく僅かな怒気もあった。部活連の長として、今回の事件は剣術部と桐原に非があると理屈でわかっていても、彼らの容体を聞いた後では感情がそれを認めることが出来ない。

強くなる語気は、その抱えきれない感情の発露によるものだ。

 

巌のような体に纏う空気が変わって、摩利と真由美と達也の三人は息を呑んだ。

しかし、十文字の雰囲気が殺気立っても義飾は姿勢を正さない。ここで佇まいを直すようなかわいい性格はしていなかった。

 

「俺がここで間違ってるって言って意味があるのか?達也の胸ポケットにはレコーダーがあるんだろ?それを見ればいいじゃねぇか」

 

背もたれに右腕を引っ掛けたまま義飾が答える。その態度からは勿論のこと、小さい仕草からも先輩を敬う気持ちは一切見えない。

二人以外の面々は、いつ爆発してもおかしくない空気に戦々恐々としていた。

 

「事態を多角的に把握するためだ。レコーダーの記録は当然あとで確認するが、関係者の主観が入った意見も欲しい。部活連は、今回の事件を重く受け止めるつもりだ」

 

周りの内心などに構わず、十文字が淡々と義飾の質問に答える。

最初と比べて口調こそは熱を失い落ち着いているように聞こえるが、その代わりに拳が固く握り締められ、十文字の憤りの強さを表していた。

 

「・・・間違いはなかった、これでいいか?」

 

結局、義飾は姿勢を正さないまま返答した。

そして、喋り終わった後に背もたれに引っ掛けていた右腕を外し、十文字の答えを待たずに言葉を続けた。

 

「ってかよ、時間も時間だからさっさと本題に入って欲しいんだが。事実確認をするためだけに俺を呼び出したんじゃねぇだろ?」

 

姿勢を変えたのは、十文字の纏う空気を読んだからではなく、早く帰りたいという意思表示のためのようだ。

ダルそうな雰囲気と相まって、今すぐ立ち上がって部屋から出て行ってもおかしくない。

 

義飾に急かされて十文字は、固く口を噤んだ後、拳にさらに力を込めながら口を開いた。

 

「・・・今回の事件は、短慮に魔法を行使した桐原が一番責められるべきだろう。そして、桐原を止めるのではなく、囃し立て、騒動を大きくした剣術部の面々にも同質量の罪がある。

 しかし、事態を鎮圧したお前のやり方はやり過ぎだと言わざるおえない。他に手段はなかったのか?」

 

十文字の口から出てきたのは当然の詰問だった。

剣術部員一四名、それに対して義飾は一人。これだけ聞けば義飾の対処は已む無し、仕方のないモノに思えるだろう。

だが、達也からの報告と、目の前に座る義飾の様子を考慮に入れれば、その判断は覆る。

目の前に座る義飾に目立った外傷はない。顔にも不調は表れていないので、本当に全くの無傷なのだろう。

義飾と剣術部の現在の状態を比べれば、乱闘がどちらの優勢で進んだのか想像に難くない。

実際に騒動を自分の目で見れば意見は変わるかもしれないが、達也からの報告を聞いただけの今では、部活を纏める立場にいる以上、剣術部に傾いた意見が沸いてくるのは仕方のない事だった。

 

「他にやり方って・・・ハッ、俺としてはこれ以上無く穏便に収めたつもりなんだが。相手はCADを持った魔法師で、こっちは無手。相手の方が数が多いから、当然不利はこっちにある。それに、些細な事で魔法に頼るアホどもだ。事が長引いても良い展開にはならないだろ。俺にとっても、相手にとっても」

 

十文字の詰問でも義飾は態度を正すことはなかった。それどころか鼻で笑って答える始末。さらに態度を悪くした義飾の言葉に十文字は、頷くでも首を横に振るでもなく、黙って義飾の顔を見詰めていた。

 

 

『高周波ブレード』殺傷性ランクBに登録されている極めて危険な魔法。今回の事件を大きくするきっかけになった魔法

殺傷性ランクとは警察庁が定める魔法の危険度分類だ。ランクAが一度に多人数を殺害し得る魔法。ランクBが致死性の高い魔法。ランクCが致死性は低いが傷害性がある魔法。

仮に、それぞれのランクに兵器を当てはめるとしたら、Aが爆弾、Bが拳銃、Cがナイフといったところだろう。

警察庁が決めているので、国ごとに分類法や登録されている魔法がバラバラだったりするし、用途の都合から危険なものでも登録されていなかったりするのだが、ここに登録されている魔法は全て危険なものだと考えいい。

 

今回の事件は世間を騒がすには十分なものだろう。一般の高校で例えるなら一人の生徒が突然拳銃を発砲したようなものだ。

それを、内々で処理できる範囲で済んだのは僥倖と言わざるお得ない。今回の事件はもっと被害が大きくてもおかしくなかった。それこそ高周波ブレードがその真価を発揮していたら、学校内の問題では留まらない。

そして、桐原に続いて騒ぎを大きくした面々も、同じように危険な魔法を使う可能性があった。

そうなってしまえば、さすがに部活動の停止処分を下すしか無い。速攻で意識を失ったのは、ある意味剣術部にとって都合がよかった。

 

「魔法師を無力化するのに手っ取り早い方法は、意識を奪うか、魔法の行使が困難になるほどの激痛を与えるかだ。最初は骨の一本でも折ってやろうかと思ってたけど、流石にそれはアレだから気絶させることにしたんだが・・・治癒魔法があるなら折ってたほうが良かったかもな」

 

義飾の弁を十文字は当然肯定しない。だが、否定もしなかった。理性と感情が鬩ぎ合い、丁度拮抗しているのが表情から見て取れた。

だが、固められた拳はそのままだ。それは感情を抑えこむ理性が表れたのか、ぶつけようのない感情が表れているのか、義飾には判断が着かなかった。

 

「あ、もしかして桐原って奴の事を言ってるのか?あれに関しては素直に悪いと思ってる。まさかあんな事になるなんて思わなかった。機会があれば今度謝っとくよ」

 

しかし、その様子から十文字が何に一番憤っているのか察した義飾が思い出したように言葉を付け足す。だが、軽い調子で出てきた言葉は十文字の気性を逆撫でするだけだ。

明らかに、十文字と義飾とでは事態の受け止め方が違っていた。

 

「でもよぉ、あれは俺だけが悪いわけじゃないだろ。高周波ブレードっって言ったか?まさかそんな魔法が使われるなんて思わなかった。こう言えば俺の想像力が足りてないだけみたいだけど、デモンストレーションのために所持を許されるCADは学校からの審査があるんだよな?どういう理由で殺傷性ランクに登録されている魔法が許可されたのか、知ってたら教えてほしいんだけど」

 

背もたれから離していた体を再び椅子に預け、言外に答えを促しながら義飾が問い掛ける。義飾の質問に十文字の隣りにいる二人がピクリと体を揺らした。だが何かを言う気配はない。義飾の目が十文字に向いているのをいいことに、返答は十文字に任せるようだ。

義飾の言葉に十文字はすぐには答えなかった。たっぷりと間をおいた後、握りしめていた拳を緩め口を開いた。

 

「・・・・・・・・・・・・CADの審査は学校の管轄だ。部活連が関知するところにない。悪いが、お前の質問に対する答えを俺は持ち合わせていない。

 ・・・話は以上だ。もう帰ってもらって構わない」

 

「ん?もういいのか?結局、事実確認しかしてないけど、もっと言いたいことはあるんじゃないのか?」

 

「いや、もういい。これ以上は時間の無駄(・・・・・)だ」

 

きっぱりと断言する口調には強い拒絶の意思が表れていた。義飾の顔も見ようともしない十文字からは、怒りなどより諦めの色が強く出ていた。

 

呼び出されて、長い時間待たされたにも関わらず、話が本題に入ること無く終わったのは義飾としても納得がいくものではないのだが、窓から差し込む光はそろそろオレンジ色になりそうだった。もう少し追及したかったが、それ以上にさっさと帰りたいという思いの方が強い。

ここは素直に引いておくべきだろう。

 

「あ、そう。それじゃあ、お疲れ様ってことで・・・・・・達也はまだ仕事が残ってるのか?」

 

椅子から立ち上がって出口に足を向けた義飾だったが、一歩踏み出す前に顔だけ振り返って問い掛ける。

突然、話に出された達也は僅かに顔を上げたが、それ以上の反応はしなかった。しかし、目の奥に期待の色があったのは目敏いものなら気付けただろう。

顔を伏せていた十文字に達也の内心を悟る術などなかったのだが、元々話が終われば義飾と共に達也も解放するつもりだった。

 

「司波ももう帰っていい。初日から、こんな遅い時間までご苦労だった。明日はここまで遅くなることはない・・・はずだ。保証は出来ないので、しっかりと休息をとってくれ」

 

「じゃあ一緒に帰ろうぜ。ってかお前の妹だったら待っててもおかしくないな」

 

気遣いが多分に含まれる言葉は先程までの義飾と喋っていた時とは大違いだ。

組織の長として相応しい風格を取り戻した十文字に達也は頭を下げたあと、ドアの前で待っている義飾に続いて部活連本部を退室した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也の背中が見えなくなり、ドアが閉まったのを確認してから十文字は大きく息を吐いた。疲労と諦観、その他諸々を体外に逃がすための溜息は本人が予想していた以上に大きく、隣に座っている二人は意外そうな目を向けた。

達也に巌のようだと評された十文字だが、それは何も外見的な特徴だけが理由ではない。大柄な体格に相応しい、押してもビクともしなさそうな不動性が一番の理由だ。達也が十文字に抱いた印象は概ね正しく、そこそこ付き合いの長い摩利や真由美も同じような印象を持っている。

だからこそ、ここまで疲労を露わにする十文字の姿は見たことがなかった。

 

「お疲れ、だな・・・まぁ、化生の事はさっさと慣れるのがいいだろう。私達もこっぴどくやられた所だ。下手に突くと手痛いしっぺ返しをくらうことになる」

 

「そうか・・・」

 

摩利の慰めもあまり意味は無く、言葉少なくそれに返答して顔を俯かせたままだ。

あまりにもらしくない姿に、摩利は言葉を続けることが出来なかった。言葉に詰まった摩利の代わりに、隣にいる真由美が言葉を挿しこむ。

座っている位置関係から、少し上体を倒して十文字の顔色を窺った真由美は、予想以上に深刻そうな様子に、とりあえず話題を提供して気を紛らわした方がいいと考えた。

 

「ところで、化生くんは帰らしてよかったの?剣術部に非があると言っても、化生くんの行為も褒められたものではないわ。喧嘩両成敗で両方に何らかの罰を与えるのが、正しい措置だと思うけど」

 

「それは、確かにそうなんだが・・・」

 

十文字の気を紛らわせるための話題提供だったが、真由美自身、気になっていたことでもある。

そもそも、義飾を呼び出して長い時間拘束していたのは、処分を言い渡すためだと思っていた。それなのにさっさと義飾を帰してしまっていたので、その事がシコリとして胸中に残っていた。

その時は十文字に何か考えがあると黙っていたのだが、義飾達が部屋から出てしまえば気にする必要はない。

 

真由美の質問に答えづらそうに口をまごつかせていた十文字だったが、大きく息を吐いた後、意を決したように口を開いた。

 

「・・・・・・学校側から、今回の事件はあまり大事にしないでくれという要望があった」

 

「「へ?」」

 

十文字の口から出てきた言葉に摩利と真由美は揃って呆けた声を出した。顔も間抜けな表情になり、十文字の言葉を頭の中で何度も反芻するが、中々理解が意識に追い付かない。

 

今の時勢、高校は生徒の自主性を重んじた体勢がスタンダードだ。魔法科高校に限らず、一般的な公立高校なら自治重視の体勢を採用している。

重要事項に対する最終的な決定権は学校が持っているのだが、生徒会長にもなれば、その最終的な決定にも異を唱える事ができる。

校則違反生徒の罰則の決定は、確かに学校側の組織である懲罰委員会の仕事だ。しかし、それはあくまで罰則の決定だけ。処分を下すかの判断は生徒側に委ねられる。

今回のように、生徒の処遇に対して学校が口を挿むなんてことは本来は有り得ない、今まではなかった事だ。

 

真由美達の反応は予め予想していたのだろう。十文字は一拍置いた後に、詳細を話し始めた。

 

「というのも、今回の事件が公になれば第一高校は立場をかなり悪くする。

 化生の奴も言っていたが、CADの審査を設けておきながら、危険な魔法の登録を黙認した学校側にも落ち度がある。責任の追及は免れないだろう」

 

十文字が続きを話し始めて、ようやく真由美達の頭に理解が追い付き、呆けた表情を引き締めた。

 

今回の事件、何度も言うが非は桐原にある。頭に血が上り、殺傷性ランクBに登録されている魔法の使用。ここが魔法に寛容な学校であっても許されない行為だ。本来であれば速攻で停学に処される。実際に被害が出ていれば退学も已む無しだろう。

だが、少し視野を広げて考えてみれば、この事件は桐原の頭に血が上る以前に防ぐ事は可能だっただろう。

平時であれば所持を禁止されているCADを一時的に許可する審査。それがもっと厳しければ、桐原も『高周波ブレード』などという危険な魔法は使わなかったかもしれない。

 

CADは現代魔法師にとって必須のツール。だが、魔法の使用に絶対必要というわけではない。桐原も、CADが無くても『高周波ブレード』を使えるかもしれない。

それでも、CADを持っていればそこに登録されている魔法を使うだろう。魔法発動を高速化させる道具を持っているのに、わざわざ手間を掛けて魔法を使う理由はない。特に、感情に任せて魔法を行使する場合は手っ取り早い方法を選ぶ。

 

勧誘期間の間だけ所持を許可されるCADは、当然勧誘のためのデモンストレーションでの使用を前提にしていなければならない。それなのに、審査がほとんどフリーパスとなっている現状は学校の怠慢と言わざる負えない。生徒の自主性を重んじているなんてのは、事が起これば言い訳にならない。

そもそも、これでは何のために殺傷性ランクというものが設けられているのかわからない。

殺傷性ランクは罰則の強化と、決定の簡略化という役割の他に、使用の制限という役割もあるはずだ。国で危険だと認められている魔法を、理由があっても使うことは億劫するだろう。

 

 

 

十文字が語った話は、正しく道理が通っていた。生徒の自治を重視していると言っても、高校生の年齢は十五から十八。未成年の彼らでは何か問題が起きた時、その責任を負うことすら許されない。

学校に非難や誹謗が集中するのは考えるまでもないことだ。

 

真由美達もそのことは十分に理解している。だが、理解しているからこそ納得が出来なかった。

 

「それは・・・確かにその通りなのだが、今更じゃないのか?」

 

摩利の呟きに、隣で真由美も同意するように小さく頷く。

 

自治重視を言い訳にした学校の稚拙な体制は今に始まったことではない。何時から学校がこの体制をとっているのかわからないが、過度に自治を重視する社会的傾向は三年前の沖縄防衛戦での完勝は発端だとされている。少なくとも真由美達が入学した時から学校はこの体制だった。

歴史はかなり浅い体制だが、今まではこれで上手く回っていた。

生徒が法に触れる魔法を使うなんてことは確かに珍しいことではあるが、今までなかったことではない。それこそ、稀によくある、と言える頻度で発生する。

問題が学校内で収まった場合はそのまま内々に処理し、外に漏れた場合も学校が、或いは国がもみ消す。

社会情勢が安定せず、魔法師の質が直接国力に繋がる現状、優秀な魔法師を失うわけにはいかない。

 

学校の体制にケチが付けられるなど、本当に今更のことなのだ。

 

 

二人の視線を受けて十文字は、顎に手を当てて深く考えこむ。ほどなくして考えが纏まったのか、表情を引き締めたまま重く口を開いた。

 

「魔法に関する法規制は十全とは言い難いし、安定しているわけでもない。常に否定意見が付き纏っている。今現在、CADには何の規制もされていないが、所有はともかく、所持には何らかの制限を掛けた方がいいという声は少なからずある。今回の事件が公になれば、そういった否定意見を一気に増やしかねない。そうなれば下手をすれば法改正もあり得る。学校は魔法教育が遅れる要因を可能な限り避けたいらしい」

 

魔法が世間に公表されて百年足らず。この年数を長いと感じるか、短いと感じるかは観点の違えば変わってくるだろう。少なくとも、そこに関わる法設備が整えるにはあまりにも短すぎる。

特に、魔法技術は公表されてからの百年で大きく進歩した。分類方法が変わったし、関連機器も多く開発された。新しい魔法も日ごとに増え、魔法研究は日進月歩の勢いで進んでいる。

技術と情勢に規制が追い付かないというのは、魔法に限らずどの分野でも起こりうる事だ。魔法関係の法に粗が目立つのは仕方のない事だ。そして、その粗を突く人がいることも。

 

今の法規制では魔法の行使に制限は掛けられているが、CADには何の制限もない。このことに全ての人間が納得しているかと言われれば実はそうでもない。

 

法改正を求める声は常に一定数以上存在する。

例えば、殺傷性ランクに登録されている魔法は使用以前に、CADに登録することの禁止。

例えば、魔法師ライセンスを持っていない者のCADの所持の禁止。

例えば、所有CADの制限、及び値段の吊り上げ。etc...etc...

 

上げればキリがないのだが、法改正を求める声はその殆どがCADに関係することだ。やはり、魔法を使えない人種にとって、魔法師が容易く魔法を使える状況と言うのは出来るだけ排除したいのだろう。もしくは、CADの形状がそもそもの理由かもしれない。

CADの形状は汎用型ならブレスレット、或いは携帯端末の形をしているのだが、特化型のCADは拳銃の形をしている。

拳銃は、最も馴染みの深い、有名な兵器だといえるだろう。そしてCADは、容易く人を害する事ができる魔法を、容易く行使するための道具。特に特化型のCADは攻撃性の高い魔法が登録される事がほとんどだ。

 

その形状と事実は、魔法を使えない人の不安をこれでもかというくらい掻き立てる。

特化型のCADが拳銃の形を模しているのは、ただ人が使う上で取り回しやすいというだけなのだが、そんな事情を知らない者からすれば、兵器としての物騒なイメージをそのまま受け取ってしまう。

CADの所持を制限しようとする声が多くなるのは当然だろう。

 

 

 

「それにだ、今はとにかく時期が悪い。新学期になって新入生を迎えた今は、世間の注目は多少なりとも学校に集まっている。今の状態で事件を起こせば、もみ消しも容易ではなくなる。唯でさえ、二年前のある時期(・・・・・・・・)から未成年の魔法師に注意する風潮が出来ているんだ。学校が臆病になるのも無理は無い」

 

「二年前?」

 

十文字の話を黙って聞いていた摩利だったが、途中で気になる言葉が出てきて思わず口を挿んでしまった。それと同時に、頭の中にさっきまでこの部屋にいた一人の問題児の姿が浮かび上がる。

ただの偶然、と呼ぶにはあまりにも奇妙な符合だ。

 

「あぁ。ある時期を境にというより、ある事件が発端なのだが・・・その事件は未成年が起こした事に加え、かなり非道な事件だったから世論を動かすには十分なものだった。その事件以降、未成年のCADの所持制限を求める声が増えている」

 

「・・・・・・」

 

続けて出てきた十文字の説明に、摩利の予想は確信に変わった。真由美も同じ結論に至ったのか固く口を噤んで話の続きを促す。

二人の雰囲気の変化を訝しげに感じながらも、十文字は続きを話すために口を開いた。

 

「その意見を間違っていると断ずるつもりはない。実際に、今回の事件のように若い魔法師は安易に魔法に頼る傾向がある。CADの規制はそういう意識を改める事が出来るだろう。

 だが、そうなれば確実に魔法教育に遅れが出る。学校も、国も、そして十師族としても、それを認める訳にはいかない。

 世間を刺激しないためにも、事件が起こった事そのものを無かった事にするしか無い。つまり、今回の事件は公的な記録に残すわけにはいかないんだ」

 

学校の、というより国単位の裏事情を説明されて真由美達は揃って閉口した。

真由美達は未熟ながらも一応は魔法師だ。そういう話が耳に入ったことがないといえば嘘になる。特に真由美は、十師族の一つである七草家の長女。耳に入ってないはずがない。が、今の今までその事が意識の中になかったという事は、そこまで重要なことではないと気に留めなかったのだろう。

真由美は認識を改めるために姿勢を正した。

 

「公的な記録に残せないということは、罰を与えることも出来ない。剣術部と化生、両方共な。

 剣術部には元から必要無いだろう、二週間の運動禁止はそのまま罰になり得る。だが化生は別だ。とりあえず口頭で反省を促すつもりだったのだが・・・・・・」

 

話が終わった事を示すように十文字は顔を伏せた。その顔には自分の思い通りにいかなかったことへの不満がありありと出ている。

それと同時に、真由美達も肩の力を抜く。力を入れたつもりはなかったのだが、話の内容が内容だったので知らずの内に入っていたらしい。力の抜いた体には僅かな疲労感が残っていた。

 

 

 

 

「そう、だったのか・・・ハァ。今年の新人獲得は荒れそうだといったが、そんな悠長な事は言ってられないみたいだな。そもそも荒れることが好ましくない、と・・・・・・風紀委員の負担が一気に増えるな・・・」

 

肩の力を抜くのと同時に息を吐いた摩利が、明日からのことを考えて改めて溜息を吐く。

今までは騒動を鎮圧することが風紀委員の主な任務だったのだが、今の話からすると、騒動が起こることがそもそもよろしくない。つまり、騒動が起こる前段階から問題を抑制しなければならない。風紀委員の負担が増えるのは自明の理だった。

 

「すまないがそういうことになる。一応、部活連から各部活に対して羽目を外し過ぎないように通達はするが、それだけではあまり意味が無いだろう。部長たちには強く言い含めておこう」

 

「生徒会もそういう風に対応したほうがいいみたいね。今、巡回の応援はあーちゃんにお願いしてるけど、はんぞーくんにも行ってもらおうかしら。流石にあーちゃんだけだと荷が重すぎるわ」

 

肩を落とした摩利に十文字と真由美は助力を約束した。といっても、やれることはそう多くない。精々、今までの体制を強化するだけだ。

 

最初は何故義飾をさっさと帰らしてしまったのかという話だったはずなのだが、そこからどんどんと広がって最終的には世論にまで話が発展した。

予想外の話の広がり方に気力がガリガリと削られていったのだが、そのお蔭で見えてきたこともある。

剣術部に治癒魔法を施さないのは、達也が報告で語った理由よりも罰の意味合いが強いのかもしれない。結局は学校の判断なのでその真意はわからないのだが、去年と比べるとどうしてもそのように思ってしまう。

 

おそらく、今回の騒動は始まりにすぎない。これから第一高校は波乱の渦が巻き起こることだろう。件の問題児を中心に。

 

真由美は義飾が座っていたパイプ椅子を見ながら大きな溜息を着いた。

 




どう考えてもCADに何の規制も敷かれてないのは可笑しいってかヤバイと思うんですよね。
モデルガンですら規制されてるのに。

そして学校は・・・もう何も言えないです。


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