仮面ライダークウガ-白の執行者-【完結】 (スパークリング)
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プロローグ
第0話 『始動』
仕事の合間を縫って投稿していきます。よろしくです。
東京都某所、12月19日。
暗く、どこかのバーのような場所には3つの人影があった。
「
そのうちの1人が、世界中どこの言語でもない言葉――グロンギ語を話す。
そいつは女だった。
赤い服と赤みのかかった紫色のロングスカートを身に纏った、額には薔薇のタトゥがある女。
女――ラ・バルバ・デはカジノなどによくあるルーレットの前に座って、パソコンを見ていた金髪の少女に話しかける。音がよく響く造りになっている部屋だからか、バルバの綺麗ながらも冷たい声は部屋全体に響き渡った。そう。
今この場にいる3人は全員、遥か古代に九郎ヶ岳遺跡に封印され現代に甦った戦闘民族『グロンギ族』。世間一般的に『未確認生命体』と呼ばれている者たちだ。
そのうちの2人は人間を殺戮するゲーム――『ゲゲル』の上位種、成功者が彼らのボス――ン・ダグバ・ゼバと戦い、王者の世代交代を行なう権利を得るための予選『ゲリザギバス・ゲゲル』に挑戦するグロンギ。
そして今、バルバに話しかけられたこの金髪の少女こそ、次のゲームの挑戦者だ。
「ん」
コクリと首を縦に振って、少女は立ち上がる。
美しいその小さな顔は鉄仮面を被っているかのように無表情で、金色の懐中時計を首から垂らし、季節外れの白いワンピースを着た少女はあまりにも儚げで、すぐに消えてしまいそうな、まるで雪のようだった。
「
少女に訊く軍服のような服を着た男――グロンギ最上位集団『ゴ集団』のリーダー、ゴ・ガドル・バ。彼はその少女のことを心配していた。
彼女の実力が自分に匹敵するほど高いことは、遥か古代から知っているから問題はなかった。どんなルールで条件の厳しいゲゲルであったとしても、絶対にやり遂げられると心の底から思っている。だから、彼女の実力に関して全く心配はしていない。しかし……。
その少女は今、1つの疑問を抱いていた。この場の誰も感じたことが無かった、たった1つのとある疑問。彼女はそれを持ってしまった。ただただ強く、何も考えずに作業のように人間を殺してきた過去の彼女はどこかへ行ってしまい、最近の彼女はその疑問の答えを必死で考え、探っている。
「
どういう意図を込めて返したのかが読めない変わらぬ無表情のまま、少女は短く答える。ガドルは目を瞑った。もうなにも言うまいと判断したのだ。
「始めるぞ」
今度は日本語でバルバが宣言すると、黒いニット帽を被った口元を白い布で覆う大男がどこからともなく現れた。
彼はラ・ドルド・グ。ゲリザギバス・ゲゲルにおいて、プレイヤーが殺害した条件に該当する人間の人数をカウントし、他のグロンギたちの行動を監視する役目の男だ。
「1日で999人だ」
少女に最低限のリミットと殺害人数を伝えるバルバ。
999人。
これまで執り行われたゲゲルの中で最も多い人数を殺害するよう、バルバは要求してきた。1日でこの人数だ。それほどまでに難しくしなければ、この少女の手にかかればすぐにゲゲルが終わってしまうということを物語っていた。
「…………」
しかし少女は、バルバが提示した条件に首を横に振る。
「どうした?」
まさか無理と言うのか、という疑問を込めてバルバが問う。しっかりバルバの疑問の理由が伝わったらしく、少女はまた首を横に振った。
「
「……? ならばどうすればいい?」
すぐに終わるか、難しすぎて終わらないとはどういう意味なのか。バルバは解らず僅かに右眉を上げ、問いかける。すると少女は右手の親指以外の4つの指を立てた。
「!」
「!」
「……!」
無言ながらもその綺麗な4本の指だけで、彼女が言おうとしたことがバルバだけでなく、ドルドやガドルにも伝わった。おそらく彼女は、その4倍の人数を要求してきたのだろう。すなわち、3996人だ。
「それは不可能だ」
冷たく返すバルバだが、彼女の言うことは正しい。
ゲリザギバス・ゲゲルの縛りはかなり厳しくなっていて、ただ無差別に殺害すれば良いわけではない。それなりの難しさと条件を兼ね備えたものでなくては成立しないのだ。
しかも、
「
殺害対象を示した金の札を懐から取り出した少女は、ひゅっとそれをドルドに向かって投げた。見事にキャッチして受け取ったドルドはそれを見て、
「なるほど。これは考えたな」
白い布に隠れて見えない口をにやりと吊り上げて、そこに書かれているターゲットを読み上げた。
――To be continued…
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本編
第1話 『反応』
12月20日、時刻は午前11時丁度。
東京都千代田区霞ヶ関、警視庁の会議室。
現在そこでは、グロンギ族のゲゲルによる大量殺戮を阻止するための対策本部、未確認生命体合同捜査本部が開かれていた。普段は警視庁の小さな視聴覚室に最低限の人数のみでやっているのだが、今回は異例の会議室に構えられ、本庁と所轄、両方の警備部の人間が総動員されていた。
資料を配るために会議室を走って回る者、そして配られた手元の資料を何度も確認して驚愕の表情に染まる者、怒りに震える者、険しい顔で資料を睨み付ける者などがいるなかで、良い気味だと笑う者までいて、さまざまな意味で会議室は大騒ぎになっていた。
「これは……」
「酷ぇ、な……」
「ええ……」
会議室の前のほうの席で資料を読む3人の刑事、一条薫と杉田守道、桜井剛は顔をしかめてその資料を見ていた。
一条は長野県警警備部の警部補。このグロンギの事件を1から調べている敏腕刑事だ。
杉田と桜井は本来警視庁捜査一課の刑事であり警備部の人間ではないが、とある事件をきっかけに未確認生命体合同捜査本部に加わり、一条とともに未確認生命体第4号――クウガの全面的なアシスタントと前線部隊を担当している。
杉田も桜井も捜査一課の刑事、更に階級が警部補ということもあって、良いことなのか悪いことなのかわからないが殺しに関しては慣れてしまっていた。一条もまた、積み重なるグロンギの大量虐殺も割り切っていて、まだ耐えることが出来ていた。だが今回の事件は、今までのどのグロンギの犯行とは比べられないほど凶悪で、しかも刑事としての複雑さを物語らせる内容だった。
さまざまな思いが交差する会議室に警視庁警備部部長であり、未確認生命体合同捜査本部の本部長も兼ねる男、松倉貞雄が入ってきて前に座る。すると今までの喧騒は何処へ行ったのか、会議室は静寂に包まれた。
「諸君、これから合同捜査会議を始める」
開始を告げる松倉の表情は、いつも以上に厳しいものだった。がしかし、やはりこの場にいる捜査官同様、かなり複雑そうな顔だ。
「本日午前0時から1時までの間、未確認生命体第46号によると思われる犯行があった。場所は……西多摩刑務所。……そこに拘留されていた囚人――3153名が、一斉に殺害された」
そう。今までこの会議室の中に飛び交っていた喧騒の原因は、真夜中に起こった西多摩刑務所への襲撃事件。新聞にもニュースにも大きく取り上げられており、この事件は世間に広まっている。
今までのグロンギの事件でも、1体の怪人によって殺される人数は最大でも300人程度だった。なのに、今回の事件の被害者はすでに3000人を越えてしまっていたのだ。しかも狙われたのが基本一般人ではなく、全員一度は犯罪に手を染め、そして自分達警察官が捕まえてきた囚人たちときた。犯罪者は罰を受けるべきという警察官の本能と、自分達が捕まえてしまったばっかりにという人間的な罪悪感などがぐちゃぐちゃになり、何度も言うとおり非常に複雑な心境に陥ってしまっているのだ。
殺害方法は槍状の凶器を使った刺殺。被害者の咽仏は真正面から完全に砕かれて粉々になってしまっていた挙句、少し高いところに槍ごとに突き刺されていたらしい。一度に3000本以上の槍を生み出す能力と、どう考えても人間の力では不可能なこの犯行を踏まえて、この事件を正式に未確認生命体第46号の犯行と断定した。
「目撃者の話によると、未確認生命体第46号の人間態は身長145cmほどの小柄な金髪の女。見た目の年は15歳前後。白いワンピースを着用。さらにその場にいた刑務官たちの話によると、46号は1人ずつ指を差してこう呟いていたらしい」
――あなた、良いリント、殺さない。
――おまえ、悪いリント、殺す、いい。
上は刑務官や用務員、事務課の人間などに言った言葉。下は全て囚人たちに向かって言った言葉だ。ここで言う『リント』とは、人間という意味なのだろう。
「今回のターゲットは……東京に収監されている囚人たち、なのでしょうか」
一条が言うと、松倉は「おそらくは」と首を縦に振った。
「速やかに東京の他の刑務所、拘置所にいる囚人、さらに念のため少年院の少年たちまで避難を呼び寄せ、都内から移送されたがこれで犯行が止まるとは思えない。目撃情報を取り次第、直ちに出動し、これ以上の被害を拡大させぬよう、全力を尽くしてくれ!」
「「「「「はい!」」」」」
こうして、会議はお開きとなった。
――――・――――・――――
東京都新宿区、某所。
時刻は正午12時。1人の少女はそこのオープンカフェに座って、持ち前のノートパソコンを使ってインターネットを見ている。季節外れの真っ白なワンピースのみを身に纏い、カタカタとノートパソコンのキーボードを叩いて何かを検索している少女の姿は妙に幻想的で、現実味が無かった。
「順調だな。1日でいきなり3153人か」
バサッと音がしたかと思うと、そんな少女の正面の席に1人のニット帽を被った男が座っていた。
男……ドルドを見た少女はノートパソコンをパタンと閉じ、コーヒーの入ったカップを持って簡単に返す。
「これは、予定通り」
無表情でドルドに返してコーヒーを咀嚼するこの少女こそ、西多摩刑務所を襲撃した未確認生命体第46号だった。ドルドは確かにと思いながら僅かに首を縦に振る。4倍にしろという、バカみたいな少女の提案。そして「すぐに終わってしまうか、難しすぎて終わらない」と言った彼女の言葉の意味が実感できる。あのまま999人でゲゲルをやらせていたら、もうとっくに終わってしまっていたのだ。
「だが、リントは馬鹿じゃない。もう
「わかってる、だから、ここから本番。あれ、ただの点数稼ぎ。東京、標的、まだまだいっぱい、いる」
少女にとって、最初の刑務所襲撃はただのサービスステージ程度にしか思っていなかった。言うとおり、ここからが『ゴ集団』のナンバー2である少女の本領発揮だ。
「それに、私の標的、全員逃がすの、無理」
かちゃんと、空っぽになり一滴のコーヒーの雫さえも残っていないコーヒーカップを皿の上に置くと、少女はノートパソコンをバッグの中に入れて立ち上がった。
「私、行く」
ドルドに背を向けて店の外へ出ようと歩き出す少女。
「……あ」
しかしなにかに気がついたらしくぴたっと立ち止まってドルドの元へ戻り、どこで調達してきたのか、バッグの中の財布に入っていた500円玉を取り出してドルドの前に置いた。
「……? なんだ、これは」
「リントの、小判」
これがお金だということはドルドも知っている。問題なのは、何の意図があって自分にこんなものを渡してきたのかだ。
「渡さないといけない、らしい。代わりに、渡して」
空になったコーヒーカップを指差しながら、少女は言う。
「これ、美味しい。ドルドも飲む、気に入る」
どうやらここのコーヒーが気に入ったようだ。少女は相変わらずの無表情のままだが、少し幸せそうな顔をしている。ちなみに、ここのコーヒーの値段は250円だ。
首から下げている懐中時計を見て、少女は時間を確認した。
「ゲゲル、予定通りの時間、午後1時、開始する」
それだけ言って、今度こそ少女は店から出て行った。
ちなみにこのあと、ドルドも試しに勧められたコーヒーを飲んでみたのだが、「なんて苦い飲み物なんだ」「こんなもののどこを気に入ったのだ」という感想しか沸かなかった。さらにさらに、会計の際に525円を請求されたときはかなり驚いていた。消費税というものを知らなかったらしい。納得していなさそうな目で店員を見つめながら、ドルドは残りの25円を自分の財布から出していたのだった。
一方、ドルドと分かれた少女は、新宿の街を歩き回っていた。ふらふらと、少女が眼をつけたいくつかの目的地に向けて静かに歩く。
そして……獲物を見つけた。
コンビニ前で、70代ほどの老婆から大きな紙袋を受け取ろうとする、背広を着ている眼鏡をかけた男。
少女は紙袋を老婆が男に渡す前に近づき、男の利き腕である右腕を掴んだ。
――――・――――・――――
時刻は午後1時12分。
新宿区、とあるオフィスビルの4階の1室。
その部屋のカーテンは閉められていて外の大通りから中の様子を知ることは出来ないが、本来白かったはずのカーテンが何故か、外から見てもわかるように真っ赤に染まっていた。そのビルの真ん前に無数のパトカーと救急車が停まっている。サイレンが奏でる音は大きく騒々しいものであったが、『keep out』のビニールテープの外に集まった野次馬たちの喧騒がそれ以上に騒がしい。
「こりゃあ……」
その部屋に先頭に入った杉田が、現場を見て絶句してしまう。その後に入ってきた一条は杉田同様口をぽかんと広げて固まり、桜井は耐え切れずに口元を押さえて出て行ってしまった。それもそのはずである。
無駄に広い部屋のあっちを見てもこっちを見ても、あるのは死体、死体、死体。喉を貫かれた死体が黒い槍ごと壁に突き刺さっており、腕と脚、そして赤黒い血を力なく垂らしていた。まるで中世ヨーロッパで描かれた絵画の『処刑』のシーンをそのまま再現されたかのような、地獄の光景が目の前に広がっていたのだ。
「まるで我々に見せ付けているようですね」
「自分の力をか?」
目を細めて、出来るだけ被害者たちの亡骸を見ないようにしている一条は杉田の返しに小さく首を振った。
「いいえ、逆です」
「逆?」
「はい……」
もう慣れてしまったのか、一条は部屋に入って全体を見渡す。その目には、第46号に殺害された被害者たちが映っていた。
「この被害者たちを……見せ付けているみたいです」
杉田は一条が言わんとしていることがわかったような気がした。
確かに派手な方法で殺害しているが、この部屋には死体と血と、第46号が殺害に使用した槍しかない。そしてよくよく部屋と死体を見ると、部屋は槍が刺さっている部分以外に傷は無く、被害者もただただ綺麗に一撃で仕留められている。余計な傷が、どこにも無いのだ。だから、この部屋でまず一番に目を引かれるのは必然的に被害者の死体ということになる。事実、杉田も一条もさっき出て行った桜井も他の警官たちも、この部屋に入って最初に目にしたのは壁に突き刺された死体の群れだった。
「でも、一体どうして……奴の狙いは囚人じゃなかったのか……」
「……まだ、わかりません」
「一条さん、杉田さん!」
はっきりとした法則がまだ掴めず部屋の前で呆然としていると、外に出て行った桜井が戻ってきた。
「どうした?」
「第46号と同様のものと思われる犯行が、渋谷で起きたとのことです!」
「なにっ!?」
ここの通報があったのが10分前のことなのに、ものの13分で第46号が隣の渋谷に移動してしまったことに一条と杉田が驚く。
「私はそっちに向かいます!」
「ああ! 俺と桜井はここに残る! 奴の移動速度は尋常じゃない! またどこかで殺人が起こった時に俺たちが動く!」
「わかりました!」
一条は頷くと、携帯電話を片手に部屋から出て階段を下っていった。
「桜井、もう平気か?」
気分を悪くしていた桜井に気遣う杉田。桜井は少し部屋の中を見渡して首を縦に振った。
「ん、そっか。じゃあ行くぞ」
「はい!」
杉田と桜井は血みどろの部屋の中に足を踏み入れた。
――――・――――・――――
東京文京区、喫茶店ポレポレ。
時刻は午後1時16分。
お昼時の時間となり、いつものように店が繁盛していて満席状態な店内にて。
「はい、今行きます! お兄ちゃん、ポレポレカレー1つね」
そこで手伝いをしている五代みのりが、厨房に立って料理をしている青年に言う。
「うん、オッケー! あ、みのり、これ奥のお客さんね!」
「わかった」
ポレポレオムカレーとアイスコーヒーの乗ったお盆を持って、みのりに笑顔で渡す青年。
この青年は五代雄介。
みのりの兄にして、遺跡で見つかった古代人の変身ベルト『アークル』を身体の中に取り込み、仮面ライダークウガに変身できる能力を持った心優しい青年だ。冒険家で世界各国を旅していたのだがグロンギ族と戦うために東京に残り、このポレポレに居候してお手伝いをしながら、警察と連携して数々のグロンギたちを倒してゲゲルによる大量殺戮を阻止している。
ジリリリリッ、ジリリリリッ。
料理を作っている途中、ポレポレの電話機が鳴った。
「お電話ありがとうございます! オリエンタルな味と香りの――あっ、一条さんですか? はい……はい、すぐに! お兄ちゃん、一条さんから!」
「あっ、うん。もしもし、俺です!」
雄介と一条とは何度も一緒にグロンギと戦ってきた戦友であり、親友同士。普段のこの時間、ポレポレのお手伝いをしていることを一条は知っているはずなのだが、それでも電話をかけてくるということの意味を雄介は知っていた。
雄介は手伝いそっちのけで電話に出る。
『五代か! 未確認生命体が行動を開始した!』
「! 刑務所を襲った、第46号ですか!?」
『おそらくだが!』
「場所は!?」
『渋谷のマンションだ! 第46号の行動は掴めていないが、また犯行を繰り返す可能性が高い!』
「わかりました! 俺も向かいます!」
雄介は携帯を切ると、急いでエプロンを脱いだ。
「みのり! ごめん、あとは頼む!」
「あっ、う、うん! いってらっしゃい!」
兄の事情を知っているみのりはいつも通りの笑顔で雄介を見送る。その笑顔を見た雄介はみのりに笑顔で彼のトレードマークである親指を立てたサムズアップをして出て行った。
「お兄ちゃん、がんばってね」
みのりの声は小さく、おそらく雄介は聞こえていなかっただろう。しかし、そこに篭っていた気持ちはきっと雄介に伝わっている。そう思うだけで、みのりは不思議と雄介に対しての心配事が晴れていくのだ。
「すいませーん、アイスコーヒー追加でー!」
「あ、はーい! ただいまー!」
注文を受けたみのりはお手伝いに戻っていった。
一方、雄介は愛車のビートチェイサー2000で一条の情報をもとに渋谷に向けて走らせていると、
『本部から全車! 港区の埠頭近くの倉庫で、未確認生命体第46号と思われる人間態の目撃情報がありました! 確認のため至急現地へ急行してください!』
ビートチェイサーの通信システムからオペレーターの笹山望見の連絡が入る。
『五代、聞いたか!?』
「はい! じゃあ俺は港区に向かいます!」
『わかった! 俺もすぐに向かう! 第46号の人間態はわかるか!?』
「はい! 金髪のワンピースを着た女ですよね!」
『そうだ! 目立つ格好をしているから到着すればすぐに気づくと思う! 爆破地点の確保のルートも検索してもらう! 今回の敵は今までの奴以上に凶悪だ! 無理はするな!』
「わかりました!」
ヘルメットに取り付けられているインカムで一条とやりとりをし、雄介は港区に向かった。
――――・――――・――――
午後1時27分。
場所は港区、さまざまなコンテナが積み重なる港が近くにあり、貨物船の汽笛が聞こえるとある倉庫内にて。
「た、たっ、頼むっ! 殺さないでくれ!」
尻餅をつき、髪の毛をわざとらしい茶色に染めた男が、自分にゆっくりと近づいてくる白のワンピースを着た金髪の少女に訴えるものの、少女は全く興味なさそうな無表情のまま、そのゆっくりとした歩みを止めない。
腰が抜けてへたりながらも少女から距離を取るために奥へ奥へと逃げていた男だったが、ついに壁に突き当たってしまい逃げ道がなくなってしまった。
少女は自分を凝視しながら固まっている男の首根っこを掴んで持ち上げる。一体、この細い左腕のどこに、決して身長が低いというわけではない成人の男を持ち上げる力があるのだろうか。
「おまえ、悪いリント」
「もっ、もうこんなことしないっ! それに俺はただの受け子なんだっ! 大した金も貰ってない! だ、だから……!」
持ち上げられ、少女の背後の光景――喉を貫かれて壁に突き刺されているかつての仲間たちの死体を見た男は顔を真っ青にさせて少女に助けを請うが、少女はやはり相手にせず、首を静かに横に振るだけだ。
「関係、ない。おまえ、ゲゲルの標的」
鈍い光とともに少女の体が変化する。
成人男性の平均身長以上に急成長したその身体は黒みの強い灰色で、黒いロングスカートを着用し、黒いバックルをベルトのように腰に巻きつけ、胸に当たる膨らみも黒い鎧のようなもので覆っている。目は赤く、鋭く尖った10cmほどの細い円錐状の角が額から1本だけ生えていて、金色の鬣のような長い髪の毛が後頭部から伸びていた。
怪人はスカートに取り付けられている小さな針のような装飾品をバチンと乱暴に外すと、たちまちそれは黒い三叉の長槍に変わった。
「
容赦なく、ユニコーンの特性を持った怪人は「死にたくない」「助けて」と叫ぶ男の喉仏を長槍で貫き、そのまま脚を宙に浮かせるような位置になるようにコンクリートの壁に突き刺す。自分が最期に見た仲間たちと全く同じように、男は絶命した。
力が抜け、男がただの人型の肉塊になったことを確認した怪人は、元の小柄な少女の姿に戻る。
「……ここまでで、96人か」
手に持つ計算機――バグンダダのカウンターを動かし、倉庫の中を見渡して数えながら、ニット帽をかぶった大男は少女に言う。この倉庫内には、先ほど殺した男と同じ方法で殺した人間の死体が21人いるだけで、もう
少女は金色の懐中時計を見ながら言う。
「あと1つか2つ、向かう。ドルド、もう少しだけ、付き合って」
「……そうか」
次の目的地へ行くために、少女が倉庫から出ようと出口に向かう……と。
ブォンッブォンッブォォォォオオオオオン、キキーッ!
その倉庫の中に、1台のバイクが入ってきた。少女は「?」とそのバイクを見て首を傾げる。
バイクに乗っていた青年はヘルメットを取り外すと驚いたようにあたりを見渡して少しだけ顔を青褪めさせ……少女と大男の姿を確認すると、その力強い瞳を少女たちに向けた。
「君が……第46号か!?」
第46号。
その言葉を聞いた少女は、ぱちんと懐中時計の蓋を閉めてこくりと素直に頷いた。
「私、未確認生命体、第46号。ゴ・ユニゴ・ダ。これ、私の名前」
右掌を胸元に当てて自己紹介。すると青年は戸惑ったような顔をした後、再び力強い眼光を少女に向ける。それを見た少女は感じた。
この人間は今まで私が殺してきた人間とは違う。とても優しくて、強くて、自分の欲とか損得とかそんなものを全く気にしない、関係ない。裏表がなく、周りの人を元気にさせるような人間だと。
「あなた、悪いリント、違う。とても良いリント。標的、違う」
純粋な少女の曇りのない透き通った目は、あの青年を瞬時にそう判断した。しかも少女自身、気がついていないが、どこかであの青年に興味を抱き始めていた。
「あなた、帰る。私、良いリント、殺さない、絶対に」
「……!」
その言葉を聞いた時、青年……五代雄介は再び目の前にいる存在がグロンギの怪人なのかと、こんな残酷なことをするような奴なのかと、あんな儚い少女が本当に3000人以上の人間を殺した46号なのかと疑ってしまった。自分の抱いていたイメージとぜんぜん違っていたからだ。
「私まだ、ゲゲル、途中。それじゃあ」
移動を再開する少女。雄介は焦りだした。
彼女は言った。ゲゲル……つまり、ゲームの途中であると。3000人以上の人間を殺しておいて、まだ殺戮を繰り返すと言ったのだ。流石にそれは阻止しなければならない。腰の辺りに両手を添えてアークルを出現させ、戦う覚悟を決めるためのポーズをとり……、
「変身ッ!」
アークルの左腰あたりを押して叫ぶと、赤い光が彼の身体を包み込み……雄介は仮面ライダークウガに変身して構えを取った。
「クウガ……?」
首を傾げる少女は怪人体に変身しようとしない。
クウガはそれに関係なく、さらに赤のマイティフォームから紫のタイタンフォームに超変身して近くにあった鉄パイプをタイタンソードに変えて少女に斬りかかった。しかし……。
タイタンソードが少女に当たる瞬間に少女の左手がタイタンソードを掴み取り、威力を完全に殺してしまう。それどころか「えい」と少しその手に彼女が力を入れて捻っただけで、パキンと軽く高い音と共にタイタンソードがあっさり壊れてしまった。
「!?」
まだ怪人になっていないにも関わらず、タイタンソードを涼しい顔でへし折られてしまい、クウガは驚きながら飛び退く。少女の反撃がくると思ったからだ。
「クウガ、無理。それ、私、倒せない」
少女は反撃どころか怪人体にもならずに、首を横に振りながらクウガに言う。最初からクウガとの戦いには興味がなかったらしい。少女はクウガから目線を離して金の懐中時計を見ていた。
「クウガ、お別れ。でも後で、また会いたい。3時、上野の公園。待ってる」
途端、少女の身体から真っ白な光が放たれ、クウガの視界を遮る。光が止んだときには、すでに少女の姿はどこにもなかった。ドルドと呼ばれていたニット帽を深く被ってた大男も、いつの間にかいなくなってしまっている。
クウガ……雄介は、数分後に一条が合流するまで呆然と倉庫の中に立ちすくんでいた。
――To be continued…
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第2話 『疑問』
今夜0時にもう1つ、溜めていたやつを投稿します。
時刻は午後2時23分。
第46号と戦闘……と言うより邂逅した雄介は一条と杉田、桜井と港区の現場で合流していた。現場には青のビニールシートが敷かれ、第46号に襲われた被害者を降ろして鑑識が調べている。
「未確認生命体第46号は新宿のオフィスビルを始め、渋谷のマンション、港区のここ、千代田と中央区のオフィスビル、合計5件で犯行を重ね、そこにいた人間143人を殺害している」
「これで46号に殺された被害者は3296人か……」
「被害者の共通点は?」
「それが……」
「ですね……」
雄介の質問を聞いて、事前に報告を受けている杉田と桜井は複雑そうな顔をした。
「どうも今回襲われた現場は全て、詐欺グループのアジトだった可能性があるんだ」
予想外の杉田の言葉に雄介と一条は「え?」「なんですって?」とそれぞれ返した。頭を掻きながら、不快そうに顔をしかめて杉田は続ける。
「実際、現場から詐欺に使っていたと思われるデータや、巨額の金が見つかっている。おそらく間違いないだろうな」
「しかも事件直前に警察に1人の男が自首しに来たんです。オレオレ詐欺をしていたって」
「自首を? なんで?」
「どうもその男、第46号と事件が起こる前に会っていたらしいんだ。詐欺の現場に現れて、こう言われたらしい」
――おまえの携帯電話、渡す。それから、アジトの場所、教える。
「さもないとおまえを殺すって、片言のような日本語で脅されてな」
「たぶん、詐欺グループのアジトを連鎖的に襲っていたんだと思います。こういう詐欺グループは、バラバラにアジトを構えることが多いので」
「じゃあ、詐欺グループは全部やられたんですか?」
「いや……それが、詐欺グループのアジトは全部で6つあった。あと1つ、世田谷にな」
「だが……」と杉田は続けた。
「そのアジトには襲撃していないらしいんだ」
「え?」
「さっき所轄の捜査員をそのアジトに行かせたんだが、全員ピンピンしていやがった。おかげで詐欺グループの1つを抑えられたよ」
手に持っていた手帳を左手にパンと叩いて、自分が運転していた覆面パトカーにもたれる杉田。
「じゃあ今回の第46号のターゲットって」
「ああ。……十中八九、『犯罪者』だろうな。しかも、刑務所や少年院にはもう人間がいないと読んで、今度は俺たち警察が捕まえることが出来なかった奴らをターゲットにしてきやがった。警察の面目はもう丸潰れだ」
雄介は杉田と桜井が複雑そうな顔をしていた意味が漸くわかった。日々、犯罪者を捕まえる責務がある警察の人間が、犯罪者を目の前で殺されてしまっているのだ。しかも、自分達が捕まえることが出来ずに野放しにしてしまっていた犯罪者を、今まで自分達がしょっ引いてきた犯罪者をまとめて一斉に殺されてしまったのだ。
皮肉。
警察が事件で追っているグロンギに警察が本来追うべき犯罪者を捕まえさせられ、さらに自分達が捕まえた犯罪者が丸々ゲームの点数稼ぎにされてしまったという、皮肉のダブルパンチが警察組織に襲い掛かっていた。
「でも、おかしくないですか? 第46号の狙いが犯罪者なら、どうして最後の1件だけ襲わなかったんでしょうか?」
「ええ。それは自分たちも気になっているところなんです」
「1時57分に襲撃されて以来、被害者が出たという情報も入っていない。パッタリ犯行をやめやがったんだ。深夜の刑務所襲撃にしてもそうだ。連続で襲撃すればもっと多くの人間を殺すことが出来たのに、奴はそれをしなかった」
ただ犯罪者を襲うだけならば刑務所を深夜のうちに全て襲ってしまえばよかった。今回の連続詐欺グループ襲撃で、第46号に驚異的な移動能力があることも判明している。なのになぜ、1つしか襲撃しなかったのか。
「……まだ、第46号のゲームに法則性があるということですね」
顎に手を当ててずっと考えていた一条が纏めると、杉田がうんうんと首を縦に振った。
「だな。ま、おかげでこれでも、結果的に被害は抑えることが出来ているんだが……これも奴らがゲームを楽しむための制限だとしたら、ゆるせねぇな」
「……『楽しむ』というのは、少し違う気がします」
雄介は杉田の言葉を否定した。
「俺、この倉庫で第46号と会って、すっごく強かったんですけど、なんていうか……今までの奴らと違って、標的以外の殺しを絶対にしないっぽいんです」
――あなた、悪いリント、違う。とても良いリント。標的、違う。
――あなた、帰る。私、良いリント、殺さない、絶対に。
1時間前に出会った、第46号の言葉を雄介は思い出す。
第46号は全くというほど表情を浮かべていなかったが、そのたどたどしい言葉には確かな感情が篭っていると雄介は感じていた。鋭く、心に堅く決めている決意のようなものがあったような気がしたのだ。
「それに俺、第46号に『会いたい』と言われたんです」
「なに?」
「本当ですか、五代さん!」
一条は雄介に代わって続けた。
「場所は上野の公園と、言われたらしいです」
「上野の公園……上野恩賜公園か!?」
「おそらくは。時間は3時と指定してきたとのことです」
素直に驚いている杉田と桜井。一条も雄介から聞いたときは驚いていた。
今までの未確認生命体は1人たりとも、人間と話をしたいなんて言ってくる者はいなかった。そんな中、そのどの個体よりも残虐で、スケールの大きい殺人を行なっている第46号が自分からコンタクトを取ってきたのだ。
「罠とかじゃないんですか?」
だから、桜井がそう聞くのも当然だった。
「とにかく、行っては見ようと思います。罠だったらその時です」
「ですが」
「それに上手くいけば、奴の犯行をやめさせるかもしれません。第46号の気が変わらないうちに、一度会って話してみようと思ってるんです。お願いします! 第46号と会わせてください!」
深く頭を下げて、雄介は懇願する。
「……わかった。五代くんがそこまで言うなら。ただし、公園内に俺たちも行かせてもらう。万が一の場合に備えてだ」
「はい!」
杉田に頭を下げて礼を言う雄介。
「じゃあ、もう行きましょう」
「ああ」
「そうだな。そろそろ行った方がいい」
「自分は機動隊の要請をしておきます」
やることが決まり、各自行動に動いた。
――――・――――・――――
午後3時丁度。
上野恩賜公園。雄介と一条、杉田はそこに訪れていた。
公園内は全くと言って良いほど人の気配がない。当然だ。事前にアナウンスをして、一般人を全員退避させたのだから。公園の周りには桜井率いる警官隊が張り付いていて、第46号が公園の外で暴れないように備えていた。
雄介はクウガに変身していない。向こうに少しでも話しやすくさせるためと、雄介が心のどこかで第46号のことを信じていたからだ。一条と杉田は、雄介から少し離れたところで付けていた。
公園に入って、雄介は探す。第46号……いや、あの金髪の少女を。
しばらく歩いて西郷隆盛像の前を通りかかったとき、そこに白く小さな人影が立っていたのが見えた。人影は雄介が来たことに気がついたのか、西郷隆盛像を見ていた顔を振り返らせて雄介に顔を見せる。彼女は紛れもない、あの時倉庫にいた少女だった。
「クウガ」
一言呟くと右手で「こっちに来い」とジェスチャーをして、西郷隆盛像の横に設置してあるベンチに腰掛けた。雄介はそれを見て、ベンチの前まで走って少女の前に立つ。と、少女は首を傾げた。
「クウガ、座らない?」
「え? あ、うん。じゃあ」
促された雄介はとりあえず少女と少し距離を取って、隣のベンチに座った。一条と杉田は、2人の会話が聞こえるところまで来て身を忍ばせる。
「…………」
「…………」
さて、ベンチに座ったのは良いが、少女も雄介もまだ一言も喋ってはいない。「ねぇ、君さ」となんとなく話しかけたほうが良いような気がした雄介が話題を出そうとすると、「ユニゴ」と少女は突然口を挟んできた。
「私、ゴ・ユニゴ・ダ。君、違う」
自分の名前で呼ばれないことが気に入らなかったらしい。機嫌を損ねたと感じた雄介は慌てて切り替える。
「あ、ああうん。そうだね。じゃあ、ユニゴって呼ぶことにするよ。それでいい?」
「ん」
短く返した少女――ユニゴは無表情ながらも、どこか満足そうだ。
「じゃあさ、俺のことも『クウガ』じゃなくて、『雄介』って呼んでくれないかな」
「? あなた、クウガ」
「いや、確かに俺はクウガだけどさ、五代雄介って名前があるんだ。だから雄介で、ね?」
「……? ???」
雄介の言葉にユニゴは目を白黒させた。「あなたはクウガなのにどうして?」とか、そんなことを考えているのだろう。
少し考えたような仕草をした後、ユニゴは雄介に視線を戻した。
「よく、わからない」
「そっか。じゃあクウガのままでいいや」
「? そう?」
ちょこんと首を傾げているユニゴを見て、雄介は苦笑した。
「ユニゴはさ、何で俺をここに呼んだのかな?」
なんとなく、小さな女の子に話を聞くような感覚で雄介がユニゴに聞くと、彼女は自分が持っていた白いバッグの中から――1台の携帯電話を取り出して、雄介に渡そうとする。
「これは?」
「借りていた物。返す」
「ああ」と雄介は気がついた。さっき杉田が言っていた、警察に自首しに来た詐欺師の携帯電話だと。雄介は携帯電話を受け取ると、それをポケットの中にしまった。
「……うん、わかった。ちゃんと持ち主に返しておくからね」
「ん。あと、それから」
「それから?」
「クウガ。私、クウガとお話、したい」
「俺と話を?」
「ん」
こくりと頷くユニゴは、純粋で透き通った瞳を雄介に向けた。その瞳はあまりにも透明すぎて、まるで心を見透かされているような錯覚を与える。
「ねぇ、クウガ」
そんな純粋な目をしたまま、ユニゴは尋ねた。
「どうして、リント殺す、ダメ?」
「っ」
雄介は背筋が凍った。まさか、話の内容がそんな話とは思わなかったから。
何の躊躇いもなく人間を殺すグロンギ族が、まさかこんな質問をしてくるなんて思わなかったから。こんな疑問を持つグロンギがいるとは思わなかったから。
「私、わからない。どうして、リント殺しちゃダメ?」
ユニゴは雄介に質問し続ける。そう。
このガドルに渡り合う実力を持ったユニゴが抱いていた疑問は「どうして人間を殺してはいけないのか」だった。
「私たち、リントとクウガに殺される。これ、普通。リントとクウガ、私たち殺す。これ、良いこと。なのに、私たち、リント殺す。これ、どうしてダメ? わからない」
グロンギにとって、クウガに殺されることやリントに殺されることは普通のことだ。だから別に、仲間が死んだとしても誰も悲しまない。だけど、どうして自分達が人間を殺すことはいけないことなのだろうか。ユニゴはそこにひっかかっていた。
インターネットや雑誌、新聞を見て、自分達を倒すクウガはまるで英雄のように描かれているのに、どうして自分達は悪人のように書かれるのか。同じ『殺し』をしているのに、どうして自分達のやっていることだけが悪く書かれるのか、ユニゴにはさっぱり、理解が出来ないでいた。
「リント殺す、リント悲しむ。私たち殺す、リント喜ぶ。私たち殺される、リント殺す、私たち何も感じない。わからない。どうして?」
淡い緑色以外の何色にも染まっていない瞳と無表情な顔を雄介に向け、ユニゴは解答を求める。
「なんで人を殺しちゃいけないのか、か」
雄介は考える。グロンギを、自分に質問しているユニゴの仲間を言い方は悪いが殺してきた者として、真剣に考える。
ユニゴは「別に気にしていない」「普通の事だ」と言っているが、雄介自身はグロンギたちを殺してしまっていることに対して、悪いと思っている部分があった。だがそれでも、自分の手を汚してこれまでグロンギたちを倒してきたのは、みんなの笑顔を守りたいという雄介の願いが篭められていたからだ。
――そうか。これでいいじゃない。
自分の思いを再確認して、心の中で思い浮かんだその答え。雄介はそれに納得して今までグロンギに対して感じていた罪悪感を今は忘れて、笑顔で言った。
「俺の答えでよかったらあるよ」
「! それ、聞かせてほしい」
自分の求めるものが手に入ると思ったユニゴは、少し目を見開いて雄介にその答えを求める。
「誰かを殺したくなる気持ちは、誰にだってあると思うよ。現に、俺が倒してきた君の仲間の中にも、明確な殺意を抱いた奴がいたんだ」
ゴ・ジャラジ・ダ。
このグロンギこそ、雄介の言う殺意の対象となったグロンギだ。
まだ未来があったはずの高校生90人を、自ら命を絶ってしまったほどの恐怖と絶望を与えて殺し、しかも当の本人はその苦しむ姿を見て「楽しい」と言う。まさに外道だった。
「さっき言ったとおり、そいつは俺が倒したけどね。だけど、ぜんぜん嬉しくなかった」
「どうして? 殺したい奴、死んだ。憎い奴、死んだ。どうして、嬉しくない?」
「うん。俺もね、正直言ってなんでかわからなかったよ。スカッとはした。だけど、嬉しくはなかったんだ。だけど、ユニゴのおかげでその答えがわかったよ」
「え? 私?」
「うん。ユニゴのあの質問のおかげで、その正体がわかったんだ」
「嬉しくない……正体?」
「そうだよ。嬉しくなかった正体。それは……虚しさだった」
「虚しさ?」
ユニゴの無表情の顔のパーツの1つである眉が、僅かに潜んだ。
「うん。虚しかったんだ、俺。そいつを殺したときにすっごくね」
「どうして、虚しい?」
「だってさ、俺がそいつを倒したとき、誰も笑顔にならなかったから」
一条も杉田も、そして自分自身も、誰も笑顔になれなかった。
いつもはグロンギを倒した後に笑顔でサムズアップできたのに、そのときはそうすることが出来なかった。ただ茫然と、ジャラジを倒した場所を見ることしか出来なかった。
「笑顔……わからない。私、笑顔になったこと、ないから」
いつもの無表情に戻り首を横に振りながら、ユニゴは言う。その声はどこか、とても悲しそうなものだった。どうやら、納得のいく答えではなかったらしい。
「ユニゴはどう考えているの? ユニゴだって、いろいろ考えていたんでしょ?」
「ん。私、考えた答え、一応ある」
首を少し上げて、透き通った瞳を青空に向けた。
「私、考えた。どうして殺しちゃいけないか。そして、不完全な結論、出した」
「不完全な結論?」
「ん。復活してしばらくの間、私、今のリントの世界、いっぱい見てきた。歩いて、見て、聞いて。どんな世界で、どんなリント、いるか。この目で見てきた」
ゴ集団の一員でありナンバー2の実力を持っているユニゴは、自分のゲゲルの順番が最後のほうにくることを知っていたため、その長い間に人間の世界を堪能していた。本屋で立ち読みなどをして知識を身につけ、テレビや新聞、インターネットを通じてこれまでのゲゲルの進行具合や、人間の価値観について自分なりに解釈してきた。
「それで私、逆に考えた」
「逆?」
「ん。普通のリントを殺す、ダメ。なら、どんなリント、殺していい? そう、考えることにした」
「…………」
「私、リントを殺したリント。これ、悪い奴、知った。そして……そのリント、リントの手で殺されること、知った」
ニュースの……おそらく、裁判の判決シーンで見てしまったのであろう『死刑』の二文字。そこからユニゴは結論を出した。
「だから……私、悪いリント、殺すことにした。それなら私たちのゲゲル、受け入れてくれる。そう思った」
どうせ奪われる命なら、自分の手で下しても良いじゃないか。それが、ユニゴが出した『不完全な結論』だった。
今回のゲゲルのルールの標的にしたのも、それが原因だ。犯罪者ならこの東京中に何人もいるだろうし、真っ先に刑務所に襲撃すれば大量のポイントを獲得できるメリットもある。さらにそこから人間が対応してくるため、難易度も跳ね上がる。
数、難易度、そして導き出した結論、その3点において、ゲゲルを標的にするには犯罪者が格好の条件だったというわけだ。
「そんなの……おかしいよ!」
そんなユニゴの勝手で理不尽な解釈を、雄介は受け入れるわけにはいかなかった。ユニゴもそれを覚悟していたらしく、小さく頷く。
「私も、そう思う。だから言った。『不完全な結論』って」
「だったら、今すぐゲームを中止してよ!」
「それ、出来ない」
「どうして!」
空を見ていた顔を、ユニゴは俯かせた。
「ゲゲル、成功させないと、私、死んじゃう」
「え?」
その言葉を聞いた雄介は口をポカンとさせてしまう。なにを言ったのか、一瞬理解できずにショートしてしまったのだ。
「どういうことだ、一条」
「さぁ……聞きましょう」
ずっと木の影から2人の会話を聞いていた一条達も、新しい事実が浮上する可能性が出てきて、さらに耳を傾け始める。
「どういうこと? ゲームをしないと君が死んじゃうって」
「私、身体に爆弾、抱えている」
「爆弾?」
「そう。私だけじゃない。今までクウガが倒してきた、ゲゲルに参加したみんな、爆弾、抱えていた」
「!? く、詳しく聞かせてくれないかな?」
雄介の質問に答えるため、ユニゴは腰元にある自分の黒いバックルを出現させて人差し指を向けた。
「私たち、ゲゲル始める前、クウガと同じ封印エネルギー、これに入れられる。ゲゲル、制限時間以内にクリアできないと、これが流れて私たち、爆発しちゃう」
「そんな……止める手段はないの?」
「ゲゲル成功する、それ以外、私の爆弾、止まらない。だからやめられない。やめたら私、死んじゃう」
バックルを引っ込ませて、再び顔を俯かせた。
「じゃあなんでゲームに参加するの? 確か君の仲間の3号は参加していなかったよね?」
3号……ズ・ゴオマ・グ。
彼はゲゲルが始まっていないにも拘らず人間を殺したため、バルバによってゲゲルの挑戦資格を剥奪されてしまったグロンギだ。
「それ、できない」
「どうして?」
「参加しないと、私、ダグバに整理される」
「!」
ユニゴの口から出てきた『ダグバ』の単語。それには雄介だけでなく、見守っていた一条と杉田も反応した。
ダグバ。
前々から示唆されてきた未確認生命体第0号のことであり、バラのタトゥの女ことラ・バルバ・デが一条に伝えた名前だ。
「整理って……それって」
「ん。新聞、見た。ベとズ、みんなの死体、見たでしょ? ああなる」
「ベとズ」の意味はわからなかったが、ユニゴが訴えていることはよくわかった。
市川の倉庫ほか、さまざまな場所で見つかった200体以上のグロンギ、そして未確認生命体第43号ことゴ・ザザル・バとの戦いの後に発見されたゴオマの死体。あれが、力がなくゲゲルの参加資格を失った『ベ集団』と『ズ集団』の末路だった。ユニゴ曰く、ゲゲルに参加しなければ自分も同じように殺されると言っているのだ。
「私、死にたくない。だからゲゲル、する。そして、『ラ』になる」
「『ラ』?」
『ラ』。
今まで自分達が知らなかった、グロンギたちの新たなキーワードだ。
「私より上の階級。それ、『ラ』」
「ユニゴより、上の?」
「そう。私の階級、『ゴ』。ゴ・ユニゴ・ダの『ゴ』」
「名前に関係していたんだ……それで、『ラ』ってどういう奴なの?」
「『ラ』、もともとは『ゴ』。ゲゲルに成功して、ダグバと戦う『ザギバス・ゲゲル』から棄権した連中」
実力は高いのだが、過去にゲゲルを成功させているためゲゲルには参加せずに司会進行をしているグロンギ、それが『ラ』だ。一条が何度か遭遇しているバルバ、そしてカウンターを担当するニット帽の男ラ・ドルド・グも名前の通り『ラ』のグロンギだ。
「私、『ラ』になる。そうすれば私、生き残れる。だから、ゲゲルをする。ゲリザギバス・ゲゲル、する」
ユニゴの目標はダグバと戦ってトップに君臨することではなく、『ラ』となってダグバに殺されないためにするためだったのだ。
全ては自分が生き抜くため。だからゲゲルをして、人間を殺さないといけない。そんなユニゴの告白は、雄介の心に重くのしかかる。
今までの奴らはゲームを楽しんでいた。自分より上のダグバと戦いたいという欲からたくさんの人間を笑って殺害したのに対し、ユニゴはただ『生きたい』という純粋な理由でゲームをしていたのだ。
「私、そろそろ行く。お話、有意義だった。じゃあ」
ユニゴは目的が達成したため、この場から立ち去ろうとする。……次の標的を探すために。
「ま、待って!」
立ち上がり歩き出したユニゴに、雄介も立ち上がって呼ぶ。その制止の声を聞いて、ユニゴはぴたっと歩くのをやめた。
「たとえ君の境遇が悪いことを知っても、人を殺されるのを見過ごすことは出来ないんだ!」
「だけど私、やめない。悪いリント、殺す」
「そんなこと、させない!」
雄介は腰に両手をかざして、クウガのベルトを出現させる。
「私、クウガと戦う気、ない」
「君になくても、俺にはある! 変身!」
これ以上の犠牲者を出さないために、雄介はクウガに変身した。
――To be continued…
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第3話 『理由』
「変身!」
掛け声と共に、雄介はクウガへと変身した。フォームは基本形態のマイティフォームだ。
ゴ集団と戦う際、倒した時に発生する爆発の規模が大きいために場所を選んでいるが、今この公園と周囲の避難は終了し、外で待機していた桜井達も見守っていた一条と杉田から連絡を受けて退避していることを事前にしていた打ち合わせで知っているため、遠慮なくここで戦えるのだ。
しかし、クウガが敵意を向けているグロンギの少女――未確認生命体第46号ゴ・ユニゴ・ダことユニゴは変身どころか、クウガに対する戦闘意識すらなかった。ただただ無機質で、透明な碧眼が不思議そうにクウガを見つめている。
「どうしても戦わないと、ダメ?」
「…………」
「……そう」
少し迷ったように反応したクウガはであったが、結局戦うという意思を見せる構えを取ったのを見て、ユニゴは残念そうに目を閉じた。戦わないという選択肢がないと察したからだ。
「
身体の輪郭が歪んで行き、ユニゴは怪人体へと変身した。先程の真っ白な少女は何処へ行ったのか、正体である怪人体となったユニゴの身体は真っ黒だった。
クウガとユニゴは相手の動きに対応するために、そして相手に先制攻撃のタイミングを掴むために一定の距離を取って攻撃と反撃の機会を伺う。
「……ふん!」
先に仕掛けたのはクウガ。
赤の力、マイティフォームの3トンの威力を持つ拳をユニゴの胸部に思い切り突き刺した。が、少し鈍い音がしただけでそれ以上は何も起こらない。
ずっと前の連中ならば倒せるまでは行かなくとも、吹き飛ばすことは出来た。ユニゴが属する『ゴ』の中にも、多少ながらも通用した相手はいたマイティフォームのパンチ。それは、まったくと言っていいほどユニゴには効いていなかった。受けてもうろたえることや少し後ずさることはおろか、微動だにもしていない。
それどころか、仕返しとばかりに右脚を上げ、クウガの腹部目掛けて放ってきた。炸裂したユニゴのキックはクウガを3メートルほど吹き飛ばし、吹き飛ばされたクウガの身体は真後ろにあったベンチを破壊し地面に転がる。
普通の人間が喰らったら即死モノの一撃であるが、アークルを身体に取り込みクウガとなった雄介の身体は既に人間とは別のものになってしまっているため、この程度で死ぬことは無く少しよろめきながらもしっかりと立ち上がる。
だがそれでも重い一撃であったことには変わらず、キックを受けたクウガの腹部は僅かに凹んでしまっていた。
「超変身!」
マイティフォームではユニゴの攻撃を耐え切ることが出来ないと踏み、紫のタイタンフォームへと変身したクウガは破壊されたベンチの破片の一部をタイタンソードに変化させる。
クウガが武器を持ったのならと、ユニゴもまた腰に取り付けていた小さな装飾品を三叉の長槍に変化させる。3296人の犯罪者を一撃で仕留め、命を奪ってきたその三叉戟はまるで聖書のキリストの心臓を貫いたロンギヌスの槍のようだった。
「はぁっ!」
「んッ!」
クウガとユニゴのタイタンソードと三叉戟が交じり合い、鈍い金属音が公園内に響く。すぐにタイタンソードを引いて体勢を持ち直したクウガは、そのままタイタンソードをユニゴの下腹部に突き刺してカラミティタイタンを決めた。しかし、やはり何も起こらない。
「
「うわっ!」
ユニゴは自分の身体に刃が食い込んでいることなどお構いなしに、右手に持つ三叉戟でクウガの身体を真正面から薙ぎ払った。胸に感じた衝撃によってクウガの身体は軽く飛ばされ、後ろに下がる。衝撃を受けた場所を見ると、そこには横一線に広がる痛々しい切り傷が出来てしまっていた。
「紫の身体に傷が……」
「なんて奴だ……」
戦いが始まり、離れた場所で双眼鏡を通じて見ていた一条と杉田は驚く。
これまでほとんどのグロンギたちの攻撃に耐え、衝撃は受けても滅多に傷はつけられなかったタイタンフォームの鎧。第45号、ゴ・バベル・ダの第2形態である剛力体のハンマーで初めて傷をつけられたが、この第46号はその第2形態になってすらいないのに傷を負わせたのだ。それが指す意味は、今まで倒してきた43体のグロンギたちと、この第46号には明確な戦力差があるということだった。
それを見せ付けているのか、はたまた無意識なのか、ユニゴの攻撃は止まらない。長槍を振り回して、ひゅんと空気を切り裂くような音と共に次々とクウガの身体に切り傷を作っていく。
「くっ、超変身!」
このままでは絶対に勝てないと思い、少し焦ったクウガは雷の力であるライジングフォームの1つ、ライジングタイタンフォームに変身した。手に持っていたタイタンソードにも同じように雷の力が流れてバリッと音がしたかと思うと、刀身が長くなり、その先端に大きなライジングパワーが纏ったライジングタイタンソードへと変化させる。
ライジングフォーム。
基本形態と究極の姿であるアルティメットフォームの中間のフォームであり、基本的なステータスの数値が跳ね上がる代わりに現状、どの姿も僅か30秒しか維持することが出来ない。だから、変身したのなら速攻で決着をつけなければならない。
「
興味深そうにユニゴは呟くと、手に持っていた槍を元の針のような装飾品に戻して腰に取り付け、何の構えも取らずに両足を少し広げて無防備な姿を晒す。それはまるで「来るなら来い」と言っているようだった。
「ふっ!」
クウガはライジングタイタンソードを構え、その先端をユニゴに向けて走り、
「おりゃぁああっ!」
その刃を、先程タイタンソードで刺したユニゴの下腹部を標準に定めた。そこならどれだけ強靭な肉体をしている敵だとしてもダメージが通りやすいと判断したからだ。狙いは正確にその部分を捉え、グチャリと肉が何かに貫かれるような嫌な音と共にライジングタイタンソードはユニゴに突き刺さった。今度はカラミティタイタンの数倍の威力を持つ大技、ライジングカラミティタイタンが炸裂し、一気にユニゴの身体に封印エネルギーが注入される。
「
下腹部に封印のリント文字が浮かび上がっていることに全く動じていないユニゴは、右手をクウガの持つライジングタイタンソードを掴んで握ると、
「……
バキィとライジングタイタンソードが砕かれて破壊され、同時に浮かび上がっていた封印のリント文字も霧散してしまった。斬られた傷も、すぐに閉じてしまう。
驚いて一瞬固まってしまうクウガ。その隙を、ゴ集団のナンバー2にまでのし上がるほど戦闘能力と戦闘経験を有したユニゴが見逃すはずがない。
両手でクウガの両肩をしっかりと掴んで動かないようにし、ファーストアタックでキックをお見舞いしたクウガの腹目掛けて鋭い膝蹴りを喰らわせる。ロングスカートを纏った彼女の膝は綺麗にクウガの腹に吸い込まれた。
「かはっ!?」
まだ完全には治っていないほどに大きなダメージを受けた腹に膝蹴りを受けたクウガは、そのショックで肺から空気が一気に吐き出してしまい片膝を折る。が、ここで倒れるわけにはいかないと脚に力を入れて踏ん張って立ち上がり、すぐに反撃のパンチをユニゴに放つ。7トンという、マイティフォーム以上のタイタンフォームのパンチ。しかもそのライジングフォームということで、さらに威力が増しているはずなのだが、やっぱりそれもユニゴには効いていない。
何も起こらなかったかのように平然に受けつつ、クウガの顔を殴り、怯んで後ずさるクウガに回し蹴りを入れて吹き飛ばす。飛ばされたクウガの身体は西郷隆盛像に激突し、ここで制限時間である30秒が過ぎて普通のタイタンフォームに戻ってしまった。
度重なるダメージを受け、辛そうに立ち上がるクウガの方に歩きながら、ユニゴは再び腰の針を取り外して三叉戟に変えた。
「おい、ちょっとやばくねぇか!?」
「杉田さん、ビートチェイサーを! 私は筋肉弛緩弾で五代を援護しに行きます!」
「わかった!」
杉田がビートチェイサーを取りに公園の出口へ、一条が科警研で開発中の『神経断裂弾』の試作品、『筋肉弛緩弾』が込められた拳銃を構えて雄介の元へ向かう。
一条たちが走る間もユニゴによる一方的な戦いは続けられていた。クウガはユニゴの三叉戟で身体を何回も斬りつけられ、タイタンフォームのボディのあちこちに切り傷ができ、見るも無残な状態になって倒れこんでしまっていた。
容赦という言葉を知らないユニゴの攻撃によるダメージが度重なり、ついにクウガは白い状態のグローイングフォームになってしまう。傷で痛んだ身体に鞭打って何とか立ち上がろうとするクウガ。対照的にダメージを全くと言って良いほど喰らっていない万全な状態のユニゴは、そんなクウガの首根っこを掴んで持ち上げる。当然、空いている右手には三叉戟が握られていた。
「ばいばい、クウガ」
三叉戟を持つユニゴの右腕が動き、クウガの首目掛けて3つの刃が向かう。グローイングフォームとなってしまい、満足に戦えないクウガは当然この攻撃をかわすことも受け切ることも出来ない。死を覚悟したクウガは首を上げて、首を取られる瞬間を見ないようにする。……が。
なぜだろうか。
首に何かが触れているような感覚がするだけで、自分の首が貫かれる感覚も痛みも感じなかった。これが『死』という感覚なのだろうか。違和感を覚えたクウガは首を元の状態に戻す。
まず目に入ったのは自分の首に向けられている三叉戟。クウガはこれで、自分の首に触れているものが三叉戟の中央の刃だということに気がつく。
そして次に目に入ったのは、三叉戟を自分に向けて、そして自分の首を貫こうとしている姿勢で固まっているユニゴだった。これで漸くクウガは今、なにが起こったのかがわかった。
とどめを刺す直前でなにを思ったのか、ユニゴは攻撃を止めたのだ。
あと少し。
あと少し腕を振れば確実に自分を殺せたであろう攻撃を、急に止めてしまったのだ。
三叉戟を元の状態に戻して腰に戻し、首をつかんでいた左手を開いてユニゴはクウガを解放した。クウガの身体は重力に従って地面に落ちる。
「ど、どうして……くっ……」
疑問に感じたクウガだが、戦いで生じた疲労によって気絶し、変身が解けてしまった。
「五代!……! 第46号!」
右手に拳銃を持って走ってきた一条はその銃口をユニゴに向け、発砲した。込められていた『筋肉弛緩弾』がユニゴの身体に火花を上げながらめり込む。
「……! うっ……ふああっ……」
苦しそうに呻き、ユニゴは身体を傾ける。一歩、二歩と後ろへたじろぎ、筋肉弛緩弾が打ち込まれた自らの左胸を右手で掴んで2回ほど身体を上下に動かす、と。
「……ふっ……ん」
力を入れるように声を漏らした途端、ユニゴの左胸からめり込んだ弾丸が弾き出され、さらに傷も完璧に塞がってしまった。
「くそっ、やはりこれでは通じないか!」
毒づきながらも自分の武器はこれしかない一条は再び銃をユニゴに向けるが、元から戦意などなかったユニゴは怪人体から人間態に戻り、パチパチと一条に向けて拍手を贈った。
「凄い。バルバ、言ったとおり、リント、変わった。私たちと、戦えるようになった。凄い、凄い」
クウガの攻撃を一切受け付けなかった自分の身体に少しでもダメージを与えた一条に、皮肉でなく素直に感心したユニゴは、右手の人差し指と中指だけを立ててジャンケンのチョキの形を作って一条を見た。
「ご褒美。ヒント、2つ、あげる。よく、聞く」
「ヒント?」
「ん」
こくりと首を縦に振って、ユニゴは続けた。
「1つ。明日の午前2時、ゲゲル、再開する。もう1つ。私のゲゲルの殺害人数、あと、700人」
「なんだと!?」
「ヒント、終わり」
光と共に再び怪人体に変身したユニゴは、目の色を赤から青に変色させ、格闘体から俊敏体になった。
俊敏体となった彼女の身体には必要最低限の場所のみを隠す程度にしか鎧を纏っていない。余計な装甲を全て捨てることでスピードを上げているようだ。
もう1つ変化があった。
額に生えていた円錐状の細長い角。それが1本から2本に増えた。
「じゃあ、またね」
「待て!」
一条が制止の声を出すがユニゴは聞く耳も持たず、白い光を発光させてこの場から立ち去っていった。
――――・――――・――――
「なんのつもりだ?」
時刻は午後4時2分。冬だということもあってもう辺りは暗闇に包まれようとしていた。
東京都新宿区某所、とあるオープンカフェにて。ドルドは一番奥にあったバルコニー席に座ってコーヒーを飲みながらノートパソコンをいじっているユニゴに向って言った。
「……見て、いたの?」
カチャンと少し強めにコーヒーカップを受け皿に置くユニゴ。無表情であるがどこか、ドルドに対して少し怒っているようにも見えた。
そんな彼女の些細な感情に感づいたのか、ドルドは少し弁明を交えて質問を続ける。
「おまえがクウガを呼び出したからな、念のための監視だ。なぜクウガにとどめを刺すのをやめた?」
あの時、寸前でクウガの首に槍を突き刺すのをやめたことについてドルドは問いただしていた。自分の力を現代人に見せ付けることができ、かつゲゲルの進行を円滑にすることができる絶好のチャンスをわざと手放した、その真意を聞き出すためだ。
遥か古代、ゲリザギバス・ゲゲルに成功したもののクウガを倒しきることができず、これでは絶対にダグバに敵わないと踏んで保守に走り『ラ』となったドルドにとって、クウガはある意味ダグバ以上に殺したい相手。
そんなクウガを殺すことができたのに見送ったユニゴを見て、なんとなく見せ付けられているように感じてしまったのだ。勿論、あの戦いの最中、彼女にそんな疚しい感情はこれっぽっちも無かったし、そんなことはドルドもわかっている。だからこそ、どういう風の吹き回しがあったのかが気になったのだ。
ドルドの質問を聞いてキーボードを叩いていた手を止めるユニゴ。まるで電池が切れてしまったロボットのように固まってしまった。
「……わからない」
「……なに?」
「だから、わからない」
なぜだろうか。ユニゴもよくわからなかった。
クウガの首を掴み、構えたときには無意識ながらも確かにあったクウガへの殺意。それが急に消えてなくなってしまったのだ。
「わからない、だと?」
当然、そんな回答にドルドは納得するはずが無い。目を厳しく細め、ユニゴを睨む。
「理由、わかったら教える。ごめんね、ドルド」
本当にどうしてクウガにとどめを刺すのをやめてしまったのかがわからないユニゴは、ドルドに謝る。彼女の性格上、嘘を付いているわけではないことを悟ったドルドは溜息をひとつついた。
昔からユニゴはそうだった。
グロンギ族らしからぬ穢れの無い純粋さゆえに嘘を付くことができず正直な性格で、ゆえにリントを殺すスピードが群を抜いて早かった。余計なことを考えずに、ただただ殺戮を繰り返していたからだ。
怪人体となるために必要な魔石『ゲブロン』の濃度も高く、戦闘能力――主に耐久力が群を抜いていたということもあり、彼女に有効な攻撃はほとんど通ることは無く、ガドルに次いで『ゴ集団』のナンバー2までのし上がったのだ。
「……あ。ドルド、なにか、頼む? おすすめは、このコ――」
「結構だ」
「……そう」
ちょっとだけ残念そうに引き下がり、コーヒーカップに口付けて中身を咀嚼するユニゴ。ドルドの口にコーヒーが合わないことを察して、「こんなに美味しいのにどうして苦手なんだろう?」と僅かに首を傾げた。
「ここからのゲゲル、難しくなるぞ。リントはもうターゲットがどんなリントなのかを突き止めている。……いや、おまえが自分の口からバラしたか」
話の内容を変えてゲゲルの話題を持ち出すドルド。
「どんな対応策を練ってくるのだろうな」
「……さぁ、わからない。でも、あと5日もあれば、たぶん平気。本当に6日も、よかったの?」
「999の4倍……3996人ものリントを殺害するのだ。これくらいは普通だ」
残り700人。1日117人ずつ殺害していけばゆうに達成できる計算だ。……このまま行けば。
「もう一度言う。リントは決して馬鹿ではない。その知恵と技術にジャーザもバベルも敗れた」
「……ああ。あの不思議な弾丸。あれ、凄い」
クウガを圧倒していたゴ・バベル・ダを怯ませて隙を作り、そして倒すきっかけとなった人間の技術の結晶『筋肉弛緩弾』。しかも、それがまだ未開発の試作品だというのだから驚きである。最強4人衆の一角が、未完成のリントの兵器が原因で倒されてしまったのだから。
ゴ・ジャーザ・ギも同じだ。無数の情報が飛び交うインターネット上にわかり難く書いたはずの犯行予告をリントに見つかり、見つかったとしても簡単には解けないように上手い感じの言い回しで誤魔化していたのに、あろうことか簡単に解読され、先回りされてしまったのだ。
遥か古代のリントと違って、現代のリントは強力な知恵と武器を使い、クウガと結託してゲゲルの進行を阻害する。古代以上に思い通りに進ませてはくれないのだ。
「忠告、ありがとう。……そろそろ、移動する。午前2時、ゲゲル、再開する。またねドルド」
白いバッグを肩に下げ、レシートを片手に、ユニゴはオープンカフェから移動を開始した。
――To be continued…
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第4話 『標的』
皆さんから色々な感想をいただけて嬉しいです。
東京某所、関東医大病院にて。
時刻は午後4時7分。雄介と一条はそこの廊下を歩いていた。
第46号こと、ゴ・ユニゴ・ダとの一戦で気絶してしまった雄介を、グロンギの事件を通してかかりつけ医となった一条の悪友――椿秀一に身体の検査をしてもらっていたのだ。
「よかったですよ、何もなくて」
「ああ……だが、あんな激しい攻撃を受けていて、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。ほら」
笑顔で腕いっぱいに広げて背を伸ばしたりして、もうどこにも痛みがないことをアピールする雄介。それでも、あまり一条の顔は晴れなかった。
赤外線を通して行なった雄介の身体検査。その結果、雄介の身体のグロンギ化がさらに侵攻してしまっていることが明らかとなったのだ。変身をする度に、そして肉体を傷つけられる度に進んでいくクウガの呪い。みんなの笑顔を守るための力を手にした代償は、着実に雄介の体を蝕んでいたのだ。
そのことは雄介も知っている。椿に何度も何度も忠告を受け、「いつかおまえも、奴らと同じ存在になってしまうぞ」とまで言われてしまったのだ。
そしてそのことをさらに心に刻み込まれた事件、それがユニゴにも話した唯一『みんなの笑顔を守るため』でなく『誰かを殺すため』にクウガとなった未確認生命体第42号ことゴ・ジャラジ・ダとの戦い。憎しみに心を落とし、そして見たのは真っ黒な目をした四本角の究極の戦士の幻影。以来、雄介は自ら憎しみに飲まれないように細心の注意を払うようになった。
「五代くん!」
「もう、大丈夫なんですか?」
病院から出て出口付近に覆面パトカーを止めて待っていた杉田と桜井が、2人を向かえた。大丈夫かと聞かれた雄介は「はい。もう大丈夫ですよ」とサムズアップ。「そうか。それならよかった」と杉田は安堵した。
「ユニゴ……第46号は?」
「ダメだ。完全に姿を見失った。追跡は不可能だ」
「対策は?」
「それが……な」
「ターゲットがはっきりしたのはいいんですが……それ以上何もできないんですよ」
「え……あ、そうか……」
桜井の言った意味がわかった雄介。一条は溜息をついた。
「今回のターゲットは『犯罪者』。保護したいのは山々なんだが……名乗り出てくれる人間がそう何人もいるわけがない」
やけくそ気味に首を振りながら杉田も続ける。
「なにせ『犯罪者』だからな。自首してくるような物好きはでてこない。しかも潜伏先も疎らで何処を襲撃してくるかもわからねぇ。時間がわかってもどうしようもねぇんだ」
約1316万人の人間が暮らす東京23区。犯罪者なんて彼女が提示してきた700人を軽く上回っているだろうから、彼女のターゲットは無尽蔵にいるわけだ。その全員を守りきることなんて、とてもじゃないができない。
「つまり……」
「ああ。……はっきり言うと、どうしようもない。奴も獲物を必死になって探しているだろうがな。こっちも血眼になって奴を探し出して、倒すしかない。早撃ち勝負かってんだ、くそっ」
「今回の敵はある意味最悪の相手です。一番わかりやすいターゲットを指定して、しかも長い時間をかける必要があるから倒すチャンスは多いはずなのに、何処に現れるかがランダムすぎてわからない。奴が行動する時間帯に外出禁止を呼びかけるくらいしか……」
「だが、その時間帯もまだはっきりしていない。明日の午前2時を予告してきたが……」
「マスコミには発表しましたか?」
「いや、まだだ。第46号の人間態の写真なら公開したが、奴が狙っているターゲットが『犯罪者』という情報は流していない」
「えっ、どうしてですか?」
「……警察上層部が止めているんだ。奴らの標的が『犯罪者』と知られて下手に騒がせると警察の威信に関わるっつってな。威信と人命、どっちが大事だと思ってんだか……」
「それに、世間の第46号に対する目が変わってしまったらそれこそ問題です。ただでさえ今、ネット上で第46号のことを称える声が出てきているというのに……もし第46号が、今度は警察が捕まえられなかった悪党を粛清している、なんてことが知られたら……」
深く考えれば考えるほど、今回の相手があまりにも厄介なことが浮き彫りになる。もしこれが向こうの思惑通りだとしたら、相手は相当の知将だ。人間の考えること、感じることを全て逆手に取り、自分の有利な状況を作り上げている。
獲物が警察を頼れない。警察は獲物が何処にいるかがわからない。ゆえに、次に襲撃される場所がわからない。警察上層部の保守的な考えから、具体的なターゲットとなる人間たちに注意を呼びかけることもできない。仮に呼びかけることができたとしたら、今度は世間の民意が立ち塞がる。
足掻こうとすればするほど、敵を捕まえようとすればするほど深みに嵌っていってしまう。まるで底なしの泥沼のようだ。唯一良いことがあるとすれば、敵が無差別攻撃をしないような性格であることと、敵もまた大量の情報を仕入れなければゲームをすることができないということだけか。全く良いことではない。
「兎にも角にもだ。悔しいが奴の言葉を信じて、午前2時に都内を隈なく捜索させる。これほどの規模の殺戮が繰り返されているんだ。ヘリを飛ばす許可も取れるだろうし、所轄を総動員すれば被害を最小限までにとどめられるかもしれない」
「ええ。今夜はもう眠れませんよ」
「私も見回りをします」
「俺にもやらせてください! 場所が特定できればすぐに向かえますから」
「頼めるか?」
「はい!」
「……よし」
一般人であるはずなのに、事件解決に向けて積極的に協力をしてくれる雄介に感謝の意味を込めて、杉田は雄介の肩を二回叩いた。
――――・――――・――――
……12月21日、時刻は午前1時57分。
東京都品川区八潮二丁目、大井コンテナ埠頭。
1日中世界各国の国々からさまざまな製品を輸入、そして輸出をしている東京都の最大のコンテナ埠頭である。……そう、さまざまなモノが取引されていた。
見渡す限りクレーンとカラフルなコンテナ、そして何隻もの船が密集しているが、その中には何人かの人影も見えた。
「
「…………
パリッとしたスーツを着てサングラスをかけた外国人の男がトランクを開き、これまたスーツを見事に着こなした人相の悪い日本人の男が、その中身を目測で測って受け取り、代わりに現金の札束が入っていたトラッシュケースを外国人に渡す。
「おい」と日本人の男が言うと、その手下であるだろう男たちがせっせと幾つものトランクをワンボックスカーの中につめていった。
「
「
にやりと日本人の男が返すと、外国人の男も笑い返した。
「
「
「
「「Ha ha ha ha ha!!」」
遠くのほうに何機も飛んでいる日本警察のヘリを見て、自分たちでない別の人間が追い回されていると思ったのだろう。男たちは笑いあった。
「
「
最後に握手を交わす男たち。
背後に先程彼らが「ご愁傷様」と笑い飛ばした者がいて、そして最後の挨拶が最期の挨拶になるとは、この数秒の間は思いもよらなかった。
――――・――――・――――
午前2時27分。一条が運転していた覆面パトカーに杉田からの無線が入った。
『たった今、大井コンテナ埠頭で第46号の襲撃を受けたという情報が入った! 第46号は今、江戸川区に向かっているらしい!』
「江戸川に?」
『ああ。今回の第46号のターゲットは麻薬の売人だ。唯一被害を受けなかった麻取の潜入捜査官2人から通報があった。日本人、外国人問わず、皆殺しにされたらしい』
「それで、どうして江戸川に向かっていると?」
『それが……殺害された日本人は、江戸川区に拠点を構えている指定暴力団「鬼柳会」の組員だったんだ』
「暴力団!?」
『ああ……相変わらず皮肉だぜ。警察が暴力団を守るような真似をさせられるなんてよ』
「とにかく急いでそっちに向かいます!……五代!」
杉田からの無線を切った一条は、隣でビートチェイサー2000を走らせている雄介を呼ぶ。『はい!』と大きな声で返事が返ってきた。
『江戸川区ですよね!』
「ああ! 住所は――」
――――・――――・――――
時刻は午前2時48分。
東京都江戸川区某所、『鬼柳会』と掲げられた豪邸。その中では何人もの男の悲鳴と銃声が響きあっていた。爆発音も轟いた部屋からは炎が燃え上がり、カーペットや絨毯・カーテンを伝って少しずつ、だが確実に家中に広がっていく。
その炎が上がった部屋から抜け出し、廊下に飛び出した13の人影があった。13の人影は全員男だった。ゴホゴホと苦しそうに咳をしながら逃げるように走り、拳銃を構え、震える脚で後ろへ後ろへとたじろいで行く。
そしてその13の銃口を向けられている先には……男たちが出てきた部屋からゆっくりと出てきたたった1人の少女。自分たちよりも遥かに年下に見え、力を少し込めればポッキリと折れてしまいそうなほどに細い体型をした、そんな少女に向けて彼らは拳銃と恐怖の眼差しを向けていた。それもそのはず。
今までその少女が歩いてきた廊下・部屋の壁にはどこを見ても、首に1本の槍が突き刺さってぶら下がっているほんの数分前まで
カツ、カツ。季節外れの白いワンピース1枚を纏い、感情の込められていないエメラルドグリーンの瞳を男たちに向けながら一歩ずつゆっくりゆっくりと歩く少女は、まるで幽霊のようだ。
「撃てぇっ! 撃ちまくれっ!」
パンッパンッ! 少し少女が歩いただけで13の拳銃全てが火を噴く。狙いを外した弾もあったが、8割ほどが少女に直撃していた。脚・腕・腹・胸・頭、彼女の全身のありとあらゆる箇所に弾が喰い込み、貫通し、身体に穴を開ける。が、なぜか、少女は何もなかったかのように代わらぬ無表情のまま男たちに歩み寄る。歩いていく最中、拳銃に撃たれた身体は傷が見る見るうちに塞がっていき、貫通せずに体内に残ったままの銃弾を弾き出し、カランカランと虚しい音が、水滴が落ちた水面のように空気を伝う。
ありえない現象に男たちは顎が外れそうなほどに口を、そして目玉が飛び出てしまいそうなほどに限界まで目を開かせ、『驚愕』という漢字二文字を見事に現していた。
丁度腕1本分くらいまで少女が近づくと、少女は1人ずつ右から左へ順番に人差し指を差し……、
「おまえ、悪いリント」
と、呟く。
次の瞬間には少女の目の前にいた男の身体が後方へ吹き飛んだ。何が起こったのか、少女以外にはわからなかった。
吹き飛び、壁に激突した男を見ると、その喉元から長く、真っ黒な三叉戟が生えて絶命してしまっていた。
「う、うああああぁぁぁ――――っ!!」
「く、来るなァッ!」
ようやくなにが起こったのかがわかり、少女への恐怖が最高潮になった男たちは必死に走る。ある者は、誰かを突き飛ばして時間稼ぎに使い、ある者は発狂しながら無我夢中で走り回り、ある者は隠し持っていたダイナマイトを使って撹乱しようとした。だが、結果は皆同じ。多少の時間の差はあったといっても長くて20秒も無いだろう。12人の男たちは皆、少女――未確認生命体第46号ことゴ・ユニゴ・ダの手に掛かり、壁に突き立てられた屍と化した。
「…………」
パチンッパチンッ。無言で1つずつバグンダダにカウントしていくドルド。律儀に自分の足で歩いて、部屋・廊下にある人間の死体を自分の目で見て正確に計測しているのだ。
もう少しで完全に炎に包まれるであろう壊滅させた暴力団『鬼柳会』の屋敷から、普通に歩いて出て行くユニゴ。どうやらもう襲撃はお終いらしい。
大きな音と叫び声、そして真っ赤に燃える揺れ狂う炎で目が覚めてしまったのか、深夜だというのに遠巻きに野次馬たちがいた。よくよく見れば、カーテンを開けてこっそり見ている住民もいる。
たった今豪邸の入り口から出てきたユニゴは、野次馬たちの視線の的、釘付けになっていた。普段は厳つい顔した暴力団団員が出入りする家から、見た目こんなに清楚でか弱そうな少女が平気な顔をして出てきたのだ。しかも彼女の顔写真は既にニュースで出回っていて、人間たちの記憶に新しい存在なのだ。目立たないほうが逆におかしい。
彼女に向ける視線に篭った感情はさまざまなものであった。
恐怖・呆然・好奇・感謝・畏怖・期待・幸運……他にいくつもの感情がぐちゃぐちゃと混ざり合っている。
遠くのほうからサイレンの音が聞こえる。住民たちが通報したパトカーか、消防車か、はたまたその両方かはまだわからない。ただ、ユニゴの耳にはしっかりと届いていた。昼間に港区の倉庫で聞いたバイクの音と全く同じ音が。
「……クウガ」
もう動けるようになったんだ。ユニゴはそう思った。
彼女は手加減というものを知らないために結構本気で戦ったつもりだった。だからまさか、ここまで早く復帰してくるとは思っていなかったのだ。
「面倒」
溜息を吐いた。
ユニゴにとってクウガと戦うことはなんのメリットもない。
ゲゲルの点数にもならないし、もし負けてしまったら死んでしまうし、自分の力を見せつけようという欲は彼女にはないし、そもそも強い相手と戦いたいと考える戦闘狂でもない。それに昼間のこともあって、自分はクウガを殺せない可能性がある。痛めつけたとしても、こうしてすぐに復活してしまう。
そこで、彼女が出した結論は。
「逃げる」
とっとと姿を眩まして追跡から撒く。危険な道を歩かない。歩く必要はない。遠回りになってもいい。
全ては自分が生き残るため。
『ザギバス・ゲゲル』に棄権して『ラ』となる彼女にとって、自分の力量などどうでもいいことだった。誇りなんてものも彼女にはない。とにかく制限時間内に決められた人数の人間を殺害し、ゲゲルをクリアする。これが彼女の目標だった。そのためだけに頭を使って念入りに計画し、より確実なものにするために人間の深層心理についての勉強もしたのだ。その成果がそろそろ顕れる。こんなところでのんびりしている場合ではないのだ。
怪人体へ変化したユニゴは目の色を青くしてフォームチェンジ。俊敏体となり、一瞬で姿を消した。
雄介と一条がここに辿り着いたのは、今から3分後。すでに鬼柳会の本拠地全体に炎が回り、焼け落ちてしまった後だった。
――To be continued…
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第5話 『心理』
えっ!? なにがあったの!? なんか評価ゲージが真っ赤っかだし、ランキングから来ましたって何!?
ランキングを確認してみたら……な、なんと16位にランクインしていました! す、すげぇ……。
皆さんのご期待にこたえられるよう、頑張ります!
朝の新宿街。ふらふらと未確認生命体第46号ことゴ・ユニゴ・ダは歩いていた。
目的地は行きつけのオープンカフェ。またゲゲルをする時間が来るまでゆっくりと時間を潰すつもりなのだろう。そこのコーヒーは彼女のお気に入りだった。
『――おはようございます。12月21日、朝のニュースです』
ふと、目に留まったビルの側面に設置されている大型テレビのほうを見て立ち止まった。時刻は丁度7時。ニュースの時間だった。
アナウンサーの男女が「こんにちは」と挨拶して軽く頭を下げる。しばらくの間のゲストの紹介やちょっとした世間話をし終えると席に座り、真剣な顔を
『まずはこちら……もうどの新聞の見出しはこれですね。未確認生命体関連です。昨日午前0時に西多摩刑務所を襲撃し、午後1時に新宿・渋谷・港・千代田・中央区で殺害を繰り返していた未確認生命体第46号。またも犯行が行われました』
ここで映像が変わり、どこかの港が映された。
辺りには何人もの警察官が現場検証をしており、『Keep out』が羅列された黄色いテープが張り巡らされている。カメラがズームして行くと、そこにはおびただしいほどの血痕が広がっていた。
『今日午前2時。未確認生命体第46号は品川区大井コンテナ埠頭にて、麻薬を密輸していたと思われる外国人、及び暴力団「鬼柳会」の男ら、合わせて67人を殺害。しかし、悲劇はこれだけでは終わりませんでした』
また映像が切り替わる。今度の映像は暗かった。しかし明るかった。
暗かったのは深夜だったから。夜の闇と、電気が消されて静まり返っている住宅街の静寂ゆえの暗さだ。そんな安らぎの闇に照らす巨大な光があった。真っ赤に荒れ狂う業火だ。
まるで天罰が下ったかのごとく激しく燃える炎に包まれているのは、閑静な住宅街のなかでも一際大きい豪邸。庭の木々にも飛び火し、囲われるように作られた柵の中は火の海と化していた。
『移動した未確認生命体第46号は、江戸川区に拠点を置いていた暴力団「鬼柳会」を襲撃。火は約1時間後に消し止められましたが、焼け跡から「鬼柳会」の構成員だったと思われる、計231人の遺体が見つかったとのことです。これで第46号によって殺害された被害者総数は3594人です』
『浅井さん、今回の未確認生命体のターゲットはやはり「犯罪者」と見てよろしいのでしょうか?』
女性のアナウンサーが一通りのニュースを読み終えると、男性キャスターが解説の浅井という男に話を振った。浅井は首を縦に振る。
『ほぼ間違いないでしょう。この週刊誌の一面なんですが……昨日の午後1時にオフィスビルで殺害された被害者は実は詐欺グループだった、ということが書かれていまして』
浅井の少し長い説明が始まった。
前々からここらのオフィスビルに詐欺グループのアジトがあったらしいとか、出入りしている人間はみんな背広を着ていたとか、1台の大きなワンボックスカーが止まっていたこともあったとか、今となってはどうでもいい情報ばかりを話す。が、その話はおそらく面白半分に書かれていたのであろうゴシップ記事に信憑性を持たせるには充分だった。尤も、全部本当の話なのだが。
『ということは……これはどう呼びかけたらよいのでしょうね。「犯罪者の皆さんは逃げてください」と言えばいいんでしょうか?』
『なんとも言えませんね』
深刻そうな表情を作っているが半分は笑っていて、しかもどこか他人事のようなアナウンサーたちの会話。当然といえば当然か。だって彼らには関係のない話なのだから。犯罪者で無い自分たちが第46号の殺害対象には絶対にならないのだから、安心しきっているのだろう。実際、今このニュースを見ているユニゴ本人はこのアナウンサーたちを標的として見ていなかった。
『それでですね、こちらが昨日の夕方に公開された、人間の姿に擬態している未確認生命体第46号の写真です』
ずっとアナウンサーが持っていたパネルを立てて、カメラがそれをズームする。それは雄介と話し終えて立ち上がったときのユニゴの激写だった。警戒ができるように、そして犯行が行なわれる前に発見できるようにするために杉田が撮ったものだ。
長い金色の髪に薄い碧眼、季節的に浮いている白いノースリーブのワンピースを纏ったその姿は全くぶれていないでくっきりと顔まで写し出せている。杉田にはもしかしたらカメラマンの才能があるのかもしれない。
『えっ。こ、これが第46号なんですか!?』
仕事でニュースなど見る暇がなかったのであろう、ゲストのアイドルが驚いたように言う。
『警察から正式に発表されたものですので間違いないとのことです。とてもじゃありませんが、3000人以上の人間を殺害しているようには思えませんね』
『はい、驚きです。他にもさまざまな写真がネット上に出回っていますよ』
この後、少しだけ注意を呼びかけただけで、キャスターたちは次の話題に移ってしまった。
自分についてのニュースを見終えたユニゴはもうテレビに興味がなくなったらしく、踵を返して当初の目的地に向かおうとする。……しかし。
「……?」
なにか大量の視線を感じて再び立ち止まり、周囲を見渡す。
「おい、あれって……」
「第46号?」
「ま、マジモンじゃねぇか、あれ!?」
「ど、どうするよ……?」
優れた聴覚を生かして、人間たちがなにをひそひそと喋っているのかを、ユニゴはすぐに理解する。自分の姿が知られてしまったために、目立つ格好をしていたユニゴはすぐに見つかってしまい、一気に注目の的になってしまったのだ。
「あのー、ちょおっといいっすか?」
そんなユニゴに1人の男が話しかけてきた。服装からして学生だろう。その後ろには付き合っている彼女だろうか、ユニゴを見て目が泳ぎまくっている小柄な女もいた。一瞬ユニゴと視線が合った彼女は震え上がって、強引に男を引っ張った。
「ちょ、ちょっとやめておきなさいよ!」
「平気だよ。犯罪者しか襲わないらしいし、未確認生命体と話せるチャンスなんだぜ?」
「で、でも……」
話しかけようとする男とそれを止めようとする女がやり取りしている間、ユニゴは話しかけてきた男に碧眼を向けて観察していた。
顔、服、仕草、匂い、声、言葉使いを研ぎ澄まされた聴力と視覚、嗅覚をもってどんな男なのかを、復活してから今までの間に目を通してきた本や、テレビなどで得た知識を総動員して見透かそうとしているのだ。
「見てろって、絶対に大丈夫だからさ」
「あ、ちょっ……」
ある程度分析ができたところで、女をなんとか説得した男がへらへらしながら戻ってきた。
「君さー、第46号でしょ?」
「ん」
知られているし、最初から嘘を言う気もなかったユニゴは首を縦に振って肯定する。男はそれを見て満足そうな顔をした。自分に全くの殺意を向けられていないと踏んで、上手く話せると思ったからだろう。
遠巻きにその様子を見ていた女や他の人間たちも、ユニゴが自分たちに害がないと思い、仕事場や学校へ向かうための足を止めて聞く耳を立てていた。中には、携帯カメラを構えて写真を撮っている者もいる。
「じゃあさ、いくつか質問して良いかなー?」
「おまえ、これ以上、話すこと、ない」
「ああっ?」
もう男を観察し終え、興味がなくなったユニゴは視線を男から、少し後ろの方で見守っていた男が連れていた女にずらして右人差し指を向けた。
「貴女。貴女に話、ある」
「えっ……?」
呆然とする女。ユニゴは腕を下げて彼女のほうに静かに歩く。
話しかけた男が「どういうことだよ、おい!」と怒鳴り声を上げているが、ユニゴはそんなことを聞いちゃいない。
「貴女――」
何を尋ねられるのだろうか?
自分が一体何をしたのだろうか?
何か、悪いことでもしてしまったのだろうか?
何か、この目の前にいる得体の知れない存在の気に触れるようなことをしてしまったのだろうか?
これから自分はどうなってしまうのだろうか?
なぜ目を付けられたのだろうか?
さっぱりわからない彼女は目の前に迫る
「――この男と、付き合ってる? 彼女?」
「……え?」
女は目を点にする。当然だろう。未確認生命体が興味を持ったことが、まさか自分とその彼氏が付き合っているかどうかだったなんて、予想の遥か上のことだったのだから。
しかしそれを聞いたユニゴは至って真剣で、まっすぐな視線を送ったままだ。
「答えて。貴女、この男と、付き合ってる?」
「え、ああ、うん。つ、付き合っているけど……」
そんな真面目な視線のせいだろうか、付き合っていることを彼女は打ち明ける。
「あ? もしかして君、俺に惚れちゃったとか? だからそんなこと聞いたわけ?」
自分の都合の良いように解釈した男はげらげら笑う。
「今すぐ、別れる、いい」
「え、え?」
「はっははははは! やっぱそうなのかよ! 本当に俺に惚れちゃったわけ? だけど残念、お断りだよ!」
困惑する女に、おかしそうに笑う男。しかしユニゴはそれを無視。無表情のまま、男を指差して言った。
「この男、他に女、いるから」
「……え?」
「……は?」
まさかの言葉にもとから困惑していた女は勿論、今まで笑っていた男もピキンと固まる。そして3秒くらいして男のほうが我に返った。
「ふっ、ふざけんな! 出鱈目を言うんじゃねぇよ! なんでそんなことがわかんだよ! いや、本当に俺は浮気なんかしてないぞ!?」
あたふたと腕を振りながら否定し始める男だが、ユニゴはやはり無視。追及をやめない。
「今、目、泳いだ。声も大きい。嘘を付いて、必死になっている。一瞬だけ、目、大きく見開いた。本当のこと、いきなり言われて、動揺してる。……あ。今、服、握ってる。落ち着き、なくなって、なにかに縋ろうとしている」
心理学の本を何回も読み、インターネットなどを通じてさまざまな人間の行動心理を学んできたユニゴにとって、まだ20年も生きていない浅はかな男の心理を読み取ることなど容易であった。
「服から、貴女とは違う女の匂い、する。べったり。密着、している。少し古いけど……香水の臭い、する。場所からして……貴女より、一回り背の低い。匂いからして年下。髪の毛も長い。茶髪」
優れた嗅覚で情報を淡々と上げていき、制服の色のせいで言われるまで気付かなかった手入れからして女性のものであろう髪の毛まで見つかってしまう始末。心理学的になにもかも見透かされ、人間以上の五感による分析、物的証拠まで提示されてしまった男は、もう顔が真っ青である。これでは浮気を白状してしまったようなものだ。もし本当に違うのならば、もっと必死になって反抗するのが人間の心理というもの。
「……じゃあ、私、もう行く」
話したいことがなくなったユニゴはまたふらふらと歩き出した。律儀な性格ゆえに真面目に応対してしまい、思った以上に時間を使ってしまった。今度こそ、目的のコーヒーを飲もうと移動を開始するユニゴ。
「テメェ……ふざけんなぁっ!」
それをたった今、晒し者にされた男が黙って見ているわけがなかった。
男はユニゴが未確認生命体だということなんて頭から抜け、ただただ怒りのままにユニゴに殴りかかる。当然、男が接近してきたことに気付いたユニゴは男の右拳が自分に接触する直前に身を捻る。くるりとワンピースをなびかせながらまるで踊るように躱して男と真正面に向き合ったユニゴは、突き出した男の右腕を左手で、そして右手をしっかりと男の襟首を掴んで一気に投げた。綺麗な半円を描いて飛んだ男の身体は、背中から地面に激突。見事な一本背負いが炸裂した。
男は今、自分がなにをされたのかがわからなかった。殴ろうとしたユニゴの顔が自分のほうを見た瞬間世界が回り、気がつけば背中に痛みを感じ、コンクリートの道端に寝かされた。
「…………」
「ひっ、ひぃっ。わっ、悪かったっ。許してくれ!」
無表情で、なにを考えているのかが全くわからない視線を向けてきたユニゴに、両手を頭の上にかざし、情けない声で謝る男。
ユニゴのほうはというと、少しやりすぎたかなと思っていた。コーヒーが早く飲みたいのに、なかなか進ませてくれない男に少しむかついてついつい投げ飛ばしてしまったからだ。
「大丈夫?」
首を傾げて手を差し伸べるユニゴであったが、それにすら恐怖を感じたのだろう。男はびくっと肩を震わすだけだった。今度は違う意味で首を傾げて、ユニゴは手を引っ込めて移動を再開した。
ユニゴが立ち去り、完全に姿が見えなくなった後。少し経ってから、事の一部始終を見ていた全ての人間が感じた。感じてしまった。
――「かっこいい」と。
――――・――――・――――
同時刻。警視庁の会議室は騒然としていた。
原因は完全に今放送されているニュースと、朝刊の見出しだ。
「最悪だ……」
現場検証が済み、警視庁に戻ってきた杉田は新聞を机の上に叩き付けた。新聞にはでかでかと『悪を成敗する未確認生命体、現る!?』と乗っていた。
杉田が持っていた新聞だけでない。
一条が読んでいた別の新聞にも、未確認生命体第46号の人間態が大きく掲載され、その隣には『美しき処刑人』やら『白の執行者』やら、そんなことが書かれていた。
グレーゾーンすれすれの記事ならば昨日の新聞にもあったが、刑務所から一般人へと標的を変えた第46号に対してのイメージは当然の如くダウン。よし、気が付かれていない。このままイメージを下げてくれと思ったのも束の間。今回の事件である。
狙いが麻薬密売人。そしてその黒幕である指定暴力団を丸ごと殲滅した第46号のイメージは急上昇。挙句、昨日の午後1時に殺害された被害者たちが、詐欺グループのメンバーだったことまでも明るみに出てしまった。
「ネット上でもこの話題で持ちきりです……」
パソコンを開いて掲示板を観覧していた桜井は、その書き込みを一条と杉田にも見せた。そこには「いいぞもっとやれ」「なんだ、未確認っていいやつじゃん」「日本中にこいつ量産したら犯罪がなくなるんじゃね?」など、冗談なのか本気なのか全くわからない恐ろしいコメントが山のようにあった。それだけじゃない。
とある掲示板にはとんでもないことが書き込まれていた。
「……奴の狙いは、これだったのか」
険しい顔でそこに書かれている文字を見つめる一条。彼の視線の先にあったモノ。それは……なんと犯罪グループが拠点としている住所、メンバーの名前や顔写真、ほかにもさまざまな事が載っている個人情報だった。
こんな書き込みをした人間がどんな人間なのか、一条達にはすぐにわかった。それは……そのグループ内の裏切り者だ。グループとの縁を切り、足を洗いたいと思っている人間の仕業。犯罪者を根こそぎ狩っていく第46号を見て、自分の手を汚さず逮捕されることもなく逃げられると思った、そんな人間たちが書き込んだのだ。
「至急、ここの管理者と連絡して該当するスレッドを消去させるように訴えてきます」
「ああ、頼む。こんな書き込み、いくつも続いちまったら第46号のゲームの犠牲者が増える一方だ」
連絡を取るために走っていく桜井。それを見届けた杉田はどかっと椅子に座った。
「悔しいが、向こうはこっちの何枚も上だ。人間の心理を上手く利用してやがる」
「ええ……」
最初は挨拶代わりにドカンと一発大きく出てインパクトを与え、次にイメージをわざと落とさせ、最後に失ったイメージを取り戻す。上げて落として上げる作戦に出ていたのだ。その結果がこれだ。
自分とは関係ないことには見て見ぬふりをし、自分のためなら利用できるものはどんなものでも利用しようと考える人間の醜い本性。第46号はそれを利用した。
「犯罪者を東京の外に逃がすことはできねぇし、だからと言って一斉に捕まえて匿っちまうと、今度は東京中の警察署の牢獄が処刑場になっちまう。俺たち警察はどうすることもできねぇ。先に奴を見つけて、倒すしかこのゲームを止めることはできねぇな」
「そのためには一般人の協力が必要不可欠です。果たして我々に知らせてくれる人間がいるのか……」
第46号を称え、応援している声が圧倒的に多いのが現状だ。彼女を見つけたとしても「自分には関係ない」と感じて見過ごしてしまう人間は、絶対にいる。
彼女を恐れる犯罪者なら通報してくれるかもしれないが、逆に言えばそれは自分が犯罪者ですとカミングアウトしているのと同じ。電話した瞬間、人生終了。牢獄行きだ。
他人のこととなると攻撃的になり、自分のこととなると保守的になる。まさに人間であった。
「一条さん、杉田さん!」
「はぁ……」と頭を抱えて溜息を吐く一条と杉田の元に、桜井が戻ってきた。
「どうした桜井。掲示板の封鎖が上手く行ったか?」
「は、はい! そこはしっかりと! い、いえ、そうじゃなくてですね!」
なにやら慌てた様子の桜井。どうしたと感じる一条と杉田だが、次の桜井のセリフを聞いて固まった。
「――第46号の目撃情報が来ました!」
――To be continued…
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第6話 『時間』
しかも評価のほうが凄いことになってます!? 10なんて、わざわざコメントを書かないといけないのに……本当に感謝感謝です! 頑張って完走を目指しますね!
時刻は午前7時11分。
とあるオープンカフェ。そこにいた全員はある1人の人物に視線を集めていた。
たまたまそこのオープンカフェで朝食をとっていたOLも、授業が始まるまでの間の勉強スペースとして利用していた大学生も、新聞を広げながら一服していた中年の男も、みんながみんな、その人物に視線が釘付けになっていた。
その人物とは……一番奥の席でノートパソコンを眺めている金髪の少女。全員その少女の顔に覚えがあった。昨日からワイドショーを騒がせている未確認生命体第46号。その人間態の姿が、あの少女と全く同じなのだ。つまりあの少女こそ、未確認生命体第46号本人なのだ。
店外にも、偶然オープンカフェの中に入っていく彼女を見た、通りすがりの人間が人だかりを作っていた。しかし、誰も警察に連絡しようとはしない。ただ興味深そうに、まるで珍しい動物を見るようにただただ眺めているだけだ。
そんな中、このオープンカフェのマスターがカウンターから厨房の中に入った。その中に入ってしまえば、今から自分がしようとすることを誰にも見られることはないからだ。
ポケットの中から携帯電話を取り出して、1・1・0と打ち込むマスター。彼は善良な市民であった。彼女がやっていることについて多少は容認していた自分がいたのは事実だが、所詮彼女がやっていることは立派な犯罪だ。そう考えたら警察に言わないといけないと思った。
一通りの事情と場所を連絡し終えたマスターはふぅっと一息。胸を撫で下ろしていると、チーンとオーダーが入ったことを伝えるベルが鳴った。
「はーい」と大きな声で返事をしていそいそとオーダーが入った席を確認……した瞬間、息がつまった。オーダーしてきた席はたった今通報した未確認生命体が座っている席だ。まさか、通報したのがバレた? この距離なら絶対に聞かれていないはずだが、相手は未確認生命体。そんな常識は通用しない。かといって行かないわけにもいかない。
マスターは大きく深呼吸した後、勇気を振り絞って未確認生命体が座る席へと向かった。
「失礼します」
メモ帳片手に硬い笑顔で問いかけると、未確認生命体は無表情でマスターを見つめる。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
互いに黙ったまま10秒が経過した。
気まずくなり、今すぐにでも逃げたい気持ちが募るマスターは暖房が効きすぎてしまっているせいか、脂汗を額から滲ませはじめた。
と、そのとき未確認生命体の口が歪んだ。何かを喋ろうとしている。
何を言われるのだろうか。
自分がさっき通報したことを問いただすつもりか? もしそうならこのあと自分はどうなってしまうんだ? 悪い方向に考えれば考えるほど、額を流れる汗の加速度が上昇していくマスター。
「ねえ」
未確認生命体の口元が動いた。
「コーヒー、まだ?」
ちょこんと首を傾げて出てきた言葉に、マスターは目を点にした。そして2秒経ってようやく思い出した。
未確認生命体を席に案内した際、いつも通りコーヒーを頼んできたことを。今までこの店を利用してくれていた常連さんが未確認生命体だと知り、頭が真っ白になりながらオーダーを受けたマスターはすっかり頭から抜け落ちてしまっていたのだ。
「はっ、はい。失礼しました。すぐにお持ちします」
「ん」
謝罪を聞いて短く返事をした未確認生命体は、再びその視線をノートパソコンへと戻した。どうやらそれだけを確認しただけだったようだ。今日何度目かわからない深い溜息を吐いたマスターはカウンターに戻って、彼女のオーダーどおりのコーヒーを淹れ始める。とここで、マスターの頭にあることを思いついた。
コーヒーを沸かせている間、マスターはカップを持って厨房へ、さらにその奥の控え室へと向かった。置いてある自分のバッグの中から錠剤がいくつか入った容器を取り出した。
錠剤の正体は睡眠薬だ。
最近寝つきがよくないためにマスター自身が服用しているもので、市販でありながら効果はなかなかに強力。飲めばたちまち睡魔がやってくるという、即効性の睡眠薬だ。しかも水などの液体に溶かすことも可能。
そう。マスターの思い付きとは、警察が来るまでの間に未確認生命体を眠らせてしまおうというものだった。そうすれば警察が来たときにすぐに確保させることができる。人間でないからどうなるかはわからないが、効かないなら効かないでもいい。
咄嗟の思いつきに従ったマスターは錠剤を1錠取り出してコーヒーカップの中に落とす。少し甲高い音が小さく控え室に響く。
その後すぐにカウンターに戻り、睡眠薬が入ったコーヒーカップの中に程よく出来上がったコーヒーを丁寧に淹れて行く。シュワァと睡眠薬が溶けていく音がするが、それはコポコポとコーヒーを淹れる音にかき消されてしまった。
「お待たせしました」
なるべく普段通りの表情を作りながら、睡眠薬入りのコーヒーを未確認生命体の座る席の机に静かに置き、「ごゆっくりどうぞ」と言ってカウンターへ戻る。ここからはマスターの視線も未確認生命体に、完全に釘付けになった。はたして睡眠薬の効果は効くのか、効かないのか。そんな好奇心も手伝って未確認生命体に注目するマスター。
と、早速未確認生命体がコーヒーカップの取っ手に指を入れた。そのままどんどん上がっていく右腕。そしてついに、未確認生命体の顔がある部分までコーヒーカップが辿り着いた。後は口をつけて、僅かに傾けさせれば睡眠薬入りコーヒーが未確認生命体の体内に入る。
ゆっくりと口元へとコーヒーカップを運んでいく未確認生命体。視線は完全にノートパソコンに釘付けになっており、特にコーヒーを警戒している様子も素振りも感じさせない。ということは気がついていない。
さぁ、結果はいかに? 力強い視線を未確認生命体に向けるマスター。
未確認生命体がコーヒーカップに口をつけた……そのとき――ピタッ。
「……え?」
思わず声が漏れてしまうマスター。それもそのはず。
未確認生命体はコーヒーカップの縁に口をつけた瞬間、ピタリと動かなくなったのだ。まだ中身を飲んでいないのに。
そんな未確認生命体は唇からコーヒーカップを離し、すんすんと匂いを嗅ぐと……ガシャンッ! 物凄い音が店内に響き、その場にいた人間全員がびくりと大きく肩を震わせる。そして一際驚いたのはマスターだった。まるで心臓が飛び跳ねたかのような、そんな感覚と共に身体中から鳥肌が立つ。
一体何が起こったのか、答えは簡単だ。
未確認生命体が受け皿に向けて、一直線にコーヒーカップを叩き付けた。ただそれだけだ。衝撃でコーヒーが跳ね、彼女の右手を僅かに濡らすがそんなのは関係ない。
ノートパソコンを乱暴に閉じ、バッグの中に入れた未確認生命体はつかつかといつもよりも速いペースでカウンター――マスターの元へと歩く。その顔は無表情であったが、どんな感情が彼女の中で渦巻いているのかはすぐにわかった。半端じゃない『怒り』。伝説の生き物違いであるが、今の彼女は逆鱗に触れられた龍だ。
やばい、殺されるっ! マスターは心の中でそう思った。
無味無臭の錠剤のはずなのだが、毎日何杯も飲んでいたコーヒーだ。味は勿論、匂いも色も全て覚えられていて当然だった。たとえ無臭だとしても、それは人間の嗅覚の範囲内ではの話。未確認生命体の五感ではそうはいかない。僅かに匂いが違い、異物が入っていることに気がついたのだろう。完全に未確認生命体の嗅覚を侮っていた。
生気のない真っ白な顔になってしまったマスター。ああ、もうお終いだ。ちょっとした出来心がまさか、彼女の怒りに触れてしまうとは思ってもみなかった。それほどまでに、自分の淹れるコーヒーを気に入ってくれていたのだろう。
「も、申し訳……ございませんでした……」
色々な意味を込めて、自分を睨みつけてくる未確認生命体に頭を下げて謝るマスター。すると、未確認生命体は握り拳を作っていた右手を上げる。
ああ、殴られる。そしてその一撃で、自分は死ぬ。
覚悟したマスターは目を瞑る……と、バンッ! 何かを叩き付けられる音がした。おそらく、未確認生命体の右手だろう。ただし、叩き付けられたのはマスターの顔ではない。腕でもない、胴体でもない。叩き付けられていたのは、カウンター台だった。
あ、あれ? 自分を殴るんじゃないのか? 困惑するマスターは、カウンター台の上を見てさらに困惑した。
未確認生命体が作っていた右拳は完全に開かれていて、手をどけるとそこには250円が乗っていた。
「……ご馳走様。もう、来ないから。安心、して」
それだけ言って、少し悲しそうな顔をした未確認生命体は身を翻らせ、いつも通りふらふらと歩きながらオープンカフェから出て行ってしまった。消費税分の13円が不足してしまっているが、マスターはそれを言及することはなかった。
入り口で未確認生命体を見ていた人間たちは、彼女がカフェから出ると知って一目散に散っていた。今の彼女の機嫌が最悪なのは、声を聞かなくとも店内の様子を見ればわかった。まだ犯罪者以外には手を出していないとはいえ、怖いものは怖い。触らぬ神に祟りなし。下手に刺激を与えないほうがいいと判断したのだ。
ドアを開けて外に出た未確認生命体第46号、ゴ・ユニゴ・ダ。カランカランという小さな鐘の音がどこか物寂しい。
少し振り返って店の看板を一瞥したユニゴはまた再び歩き出したそのとき、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえる。マスターが連絡したんだなと、ユニゴはすぐにわかった。だけどもう、殺意は消えてしまった上に、ゲゲルに関係のない
「どうしよう。……コーヒー」
そう。まだこの日、一度もコーヒーを飲んでいないのだユニゴは。そしてこれから何処でコーヒーを飲むか、真剣に考えながら歩いていた。
ゲゲルのほうに関しては問題ない。計画通り、全て自分の思うままに進行することができている。後は時間になった瞬間に殺戮を行なえばいい。だけど、流石にコーヒーのケアまでは出来ていなかった。
おそらく何処の店に入っても同じような対応をされてしまうだろうし、そもそも長い間飲み続けて染み付いたお気に入りのコーヒーの味を上回るコーヒーなど、そう簡単には見つからないだろう。
色々言ったが、今のユニゴの心境を一言で纏めてしまうと。
「コーヒー、飲みたい」
以上だった。
それだけ呟くと、ユニゴはふらふらした足取りでどこかへ消えてしまった。
通報を受けた一条たちがカフェに着いたのは、ちょうどすれ違い。残念ながら、すでに彼女は姿を晦ませてしまった。
――――・――――・――――
「そうですか。すれ違ってしまいましたか……」
「ええ……」
午前8時4分。
通報してくれたマスターから事情を聞いた一条と杉田は、警視庁前で雄介と桜井に合流していた。
よく一緒に行動している4人でのミニ会議。その間にいくつもゲームについての謎を解き明かしてきた。特に意識はしていないのだが、もしかしたらこの間にまた1つ謎が解かれるのかもしれない。
「まだ第46号のゲームについて、謎が多いですよね」
「ああ。最大の謎は、なぜ詐欺グループを全滅せずに1つだけ残したのかだ」
そう。この事件の最大の謎は昨日の詐欺グループ襲撃の際に、アジトを1つだけ見逃したことだ。
悪い意味で平等に殺人を繰り返すグロンギのゲーム。それはどんなに第46号が変わり者であろうと揺るぎはしない。ならばなぜ、1つだけ見逃したのか。見落とすなど、そんな凡ミスをするほど第46号には余裕がない。向こうも命が賭かっているのだ。
ふと、何か思いついた雄介は「もしかしたら」と前置きした。
「残したんじゃなくて、残さないといけない理由があったんじゃないでしょうか?」
「世田谷のグループを引っ張って全員に聴取を取ったが、特に変わったところはなかったぞ?」
「うーん……だったら、残さないとルール違反になる、とか」
「ルール違反、ですか?」
「はい。第46号もこれまでの未確認と同じで、ある一定のルールに従ってゲームをしているはずです。きっと、世田谷のアジトを襲わなかったのは、そのルールに反する行為だから。それか、襲ったとしても意味がないから」
「ゲームを難しくするための制限かなにかか」
「制限をかけられるとすれば、人数、場所。あとはそれから……」
「……時間」
一条が思い出したかのように桜井に続く。
雄介とユニゴが話をした後、彼女が残したヒント。それは『時間』だった。
一条は自らの手帳を見る。そこには第46号の襲撃先や、どんな人物が狙われたのかをきっちりと書かれていた。当然、時間もだ。少しの間、犯行が行なわれた時間と終了した時間を見ていると……「あっ」と何かに気がついたような声を上げた。
「一条さん?」
「どうした一条?」
「わかりましたよ! 第46号の犯行時刻の法則が!」
「! なに?」
「本当ですか!」
胸ポケットからボールペンを取り出し、手帳の新しいページを開いて一条は説明する。
「最初の西多摩刑務所襲撃が、犯行時刻は午前0時から午前1時までの間。次の詐欺グループ襲撃が午後1時から午後2時までの間。そして最後の暴力団襲撃が」
「……あ!」
「……そうか」
「そういうことだったのか!」
そこまで説明されて3人共理解できた。
最後に暴力団襲撃の犯行時刻は午前2時から午前2時52分。つまり、午前2時から午前3時までの間だった。
「おそらく奴は午前と午後、それぞれ順番に指定した時刻から1時間をタイムリミットとしてゲームを行なっていると思われます」
「だから世田谷のアジトを襲わなかったんですね。最後に確認されたのが午後1時57分。行ってもタイムオーバーで意味がなかったから」
最大の謎が明かされ、同時に第46号の行動時間も明かされた。
「ということは次の時刻は……今日の午後3時から午後4時までの間ということですか」
「ええ、おそらくは」
「よし。正確な時間がわかった以上、奴の行動をいくつか縛ることができる」
「ですね。第46号の目的はネット上に犯罪者のアジトと名前を掲載させ、虱潰しに潰していくこと」
「ということは、一番人数の多いグループから襲っていくかもしれませんね」
「だな。残り402人……奴だってとっととゲームを終わらせようと急いでいるはずだ。1時間しか一度に行動できないんだからな」
「五代、俺たちは一旦、本部に戻る。次に被害者が出ると思われる場所がわかったら連絡する。だから、それまで休んでいてくれ」
「わかりました!」
各自やるべきことが決まり、雄介はビートチェイサーで下宿先であるポレポレに戻り、一条はいつも乗っている黒い覆面パトカーで、杉田と桜井は銀色の覆面パトカーで警視庁へ戻っていった。
――To be continued…
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第7話 『遭遇』
お気に入り登録件数500人突破、そして評価したいただいた72人の方々、本当にありがとうございます!
これだけで「ああ、書いてよかった」と元気が出ますよ、いやマジで!
「……不味い」
時刻は午前11時28分。文京区の廃墟の一室。
随分前に起きた火災で廃墟と化した室内にあったのは、いたるところに散乱したガラクタ、焼けて焦げた痕跡のある机と椅子。そしてその椅子の上に座って、ノートパソコンを使ってとある掲示板を読んでいる1人の少女だけだった。
少女――ユニゴは缶コーヒーを飲み干し、そんな感想を一言漏らす。軽くカフェイン中毒者となってしまっている彼女は、手当たり次第にコンビニエンスストアの缶コーヒーを全種類一本ずつ購入し、自分の口に合うコーヒーを探していたのだ。だが、結果は全部はずれだった。
「はぁ」とがっかりしたように溜息を吐くユニゴ。その無表情の下には確かな感情があった。
「
「バルバ……」
そんな彼女のもとへ、紫のロングスカートを着こなしたバラのタトゥの女こと、ラ・バルバ・デが現れた。ドルドといいバルバといい、なぜラ集団のグロンギはこうも神出鬼没なのだろうか。
カツカツとハイヒールを鳴らしてユニゴの隣に立つバルバ。
「リントの視線が気になるか?」
「……少し、だけ」
「…………」
ユニゴの返答を聞いて、バルバは驚き、そして呆れた。冗談のつもりで聞いた質問の解答が意外や意外。まさかの解答だったのだから。
基本的に周囲のことなど気にしないユニゴが、リントからの視線が少し気になると認めたのだ。過去の、ただただ言われるままにリントを殺していた彼女を知っているバルバからしたら、ありえない発言だ。
「おまえは……リントの世界に触れすぎた。リントに興味を持ちすぎた」
「…………」
バルバの的を射た言葉に、ユニゴは押し黙った。図星を突かれてしまった。
復活してすぐに人間の世界を歩いて学び、人間が作った飲食物を好きになり、ついには人間の心理についても完璧に把握したユニゴ。それは彼女にある副作用を及ぼした。
その副作用は……人間の感情だった。知らず知らずのうちに、彼女は人間の感情に近いものを習得してしまったのだ。
だから、気に入っていたコーヒーに睡眠薬を入れられたときには激怒した。
だから、今まで気にも留めなかった周囲の視線に敏感になってしまった。
だから、
だから、殺す人間をわざわざ選ぶようになった。
それに気がついたユニゴはようやく理解できた。どうしてあの時、クウガにとどめを刺せなかったのかを。自分の話を真剣に聞いてくれて、しかも根っからの善人な雄介を心のどこかで殺したくないと思ってしまったからだ。
親切にしてくれたから酷いことはしたくない。純粋な性格のユニゴらしく、そしてなんとも人間らしい答えだった。
「これ以上、リントのことを知ろうとするな。さもないとユニゴ、おまえは間違いなく死ぬぞ」
それだけ言い残して、バルバは廃墟から去っていった。
ひとり、廃墟に取り残されたユニゴにはバルバの言葉が重く圧し掛かる。
どうしてこれ以上知ろうとすれば死ぬのかという疑問もあるが、とにかく死ぬのは勘弁だった。ただユニゴは生きたいだけ。究極の闇なんて要らない、立場も要らない。贅沢なことなんて言わない。たった1つ、自分の命さえあればそれでいい……のだが。
「でも……知りたい」
それでもユニゴは、諦める事ができなかった。
封印されていたとはいえ生きてきた長い歳月の中で初めて抱いた最大の疑問。その答えを、納得できる答えを見つけたい。知りたいものは知りたいのだ。
そう考え、パタンとパソコンを閉じるユニゴ。
今の彼女が考えたことは、完全の人間の感情のひとつ――『好奇心』という感情だった。しかし、人間とは違う生命体であるユニゴは、それは気付くことなどなかった。
――――・――――・――――
同時刻。文京区、喫茶ポレポレ。
この時間帯は、少しずつ客が店に脚を運び、顔を出し始める時間帯だ。ちなみに12時から14時までの間がピークとなり、15時からは程よい人数の客が来る。
いつも通りなら多くて6割くらいの席に客が座っている時間帯なのだが、今日は珍しく既に満席状態。ひっきりなしにオーダーが入り、客が出て行けば数分も経たないうちに新しい客が入店してくる。
「おやっさん、オムライスとナポリタン1つ!」
「あいよ!」
「五代くん、ポレポレカレー1つね!」
「オッケー! あっ、みのり、これ一番奥のお客さんね!」
「あぅ、うん。今行くよ!」
セリフの上から順番に、女優を目指して勉強中の朝比奈奈々、その奈々の叔父かつこのポレポレのおやっさんこと飾玉三郎、城南大学の大学院生にしてリント文字解析の第一人者である沢渡桜子、一条達と別れてポレポレの手伝いをしている五代雄介、そしてその雄介の妹であり保育士の五代みのりだ。
何故こうも勢揃いしてしまっているかというと……、まず店主である玉三郎と待機中の雄介は置いておき、奈々は今日がレッスンのない休日だったから手伝いに。桜子とみのりはなんとなく来てみたら、手伝いに巻き込まれてしまった。まぁ、本人たちはちっとも不快に感じていない。むしろ楽しんで積極的に働いていた。
1時間後、ようやく最後の一組が店から出て行き、ポレポレ店内はこの5人だけになった。
「ほんと、助かったよ。2人が来てくれてさ。ほら」
「いえいえ」
「偶然ですから、平気ですよ」
一万円札を渡そうとする玉三郎だが、桜子とみのりはやんわりと断る。「そうかい」と言って、玉三郎は万札をレジの中に戻した。
「今日はホンマ、変な日やね。いつもより早い時間にピーク迎えて、今は1人も来ないなんて」
「まぁ、こういう日もあるんじゃないかな」
「……そうかもしれませんわ。ガラッガラの日もあったし……最悪、客の人数が3人だった日も――」
「そうそ。あの日はもう、店終いかって思って……って、奈々! 何を言わすんだおまえは!」
「おっちゃんが勝手に喋っただけやん」
いつもの奈々と玉三郎やりとりに、他の3人は微笑む。と、その時、カランカラン。入り口のカウベルが鳴り、誰かが入ってきたことを告げた。
「いらっしゃいませ、オリエンタルな味と香りの――へ?」
にこにこ顔で迎えた玉三郎は来客者を見た瞬間に固まった。どうしたのかと他4人も入り口の方を見ると、固まった。そしてその客もまた、5人のうちの1人を見てピタリと固まった。
ドアから入ってきたのは白いワンピースを着た金髪の少女。変装のつもりか、かけていないはずの眼鏡をかけていた。
「……?」
首をちょこんと傾げ、雄介を見ながら「どうしてこんなところにクウガが?」と目で疑問を飛ばしていた。だがそれは逆に、雄介を含め全員も「どうして彼女がここに?」と思っていることでもあった。
「(じ、時間は……12時半。まだゲームの時間じゃないはず……じゃあプライベートで、ふらっとただ、偶然立ち寄っただけなのかな?)」
彼女がどんな性格で、かつ次の犯行時刻も知っている雄介は少しだけ警戒を解くが、他の4人はそうは行かない。
玉三郎やみのりは固まってしまっているし、桜子は固まってこそいないがやっぱり震えているし、奈々は恐れながらもどこか恨んでいるような視線を送っている。
「あ。もしかして、バレた?」
「あ、ああうん。バレバレだと思うな」
「……眼鏡かける、別人、見えるって、書いてあったのに……嘘つき」
しょんぼりと肩を落としてしまうユニゴ。
いや、ネットか何かの本で培った知識なのだろうが、多分それは間違っていない。ユニゴが意味を曲解してしまっているだけだ。
「コーヒー、頂戴。一番、お勧めの」
入ってすぐの場所にある席に腰掛け、バッグからノートパソコンを取り出すユニゴ。完全にくつろぎモードであった。もしここでクウガに変身してこようものなら全力で逃げればいい。だから、今はただコーヒーを飲もうと考えているのだ。
「あ、あんたに出すコーヒーなんて、ここにあらへんっ!」
「お、おい、奈々っ」
「おっちゃんは黙っといて!」
パソコン画面を見つめているユニゴに向かって、怯えながらも自分の言いたいことを言う人間がいた。……皿洗いをしていた奈々だ。少しずつユニゴに近づきながら、彼女は続けた。
「未確認なんかに……ゲーム感覚で人を殺して、笑うような連中に、出すもんなんかここにあらへんっ! 出て行って!」
憎しみと悲しみを込めた視線をユニゴに向け、叫ぶように訴える奈々。
何が彼女をここまで駆り立てるのかというと、実は彼女を指導していた芝居の先生が未確認生命体第31号ことメ・ガルメ・レに殺害され、塞ぎ込んでしまっていた時期があるのだ。今は立ち直っているがそれでも、未確認生命体のことを恨んでいる節があり、それが今、何食わぬ顔して自分の目の前に現れたのだ。怒りが爆発してもおかしいことはない。
奈々の訴えを聞き、ユニゴはパソコン画面から視線を奈々に向けた。そのエメラルドの瞳にはなんの感情も篭っていない。ただ何かを分析するような、機械のような無機質なものだった。
一通り奈々の顔・言葉・行動を見たユニゴは、彼女の身に何があったのかがすぐに解った。ユニゴは心理学を完璧にマスターしているのだ。
少し考えて、奈々にこんな質問をした。
「例えば貴女は、自分の身体に癌細胞、ある。それ、知ったとき、どうする?」
「ひ、人を癌細胞呼ばわりするつもりなんか!?」
「違う、そうじゃない」
「じゃあどういう意味やねん!」とますます声を荒げる奈々。ただ1人、雄介を除いて他の3人もユニゴが何を言おうとしているのかがわからず、怪訝に眉を顰めていた。
「癌細胞、見つけたら、そのままにする? それとも、病院に行って、取り除く? それ、訊いてる」
「そんなん、手術でも何でもして取り除くに決まってとるやん!」
「ん。それと、同じ。私はただ、自分の身体の中にある癌細胞、それを取り除くために、生きるために、ゲゲル、している。楽しんでなんかない。やりたくて、こんな面倒なこと、やっているわけじゃない」
淡々と説明していくユニゴ。その言葉は桜子にとっては貴重なデータになっていた。リント文字を解明して
「悪いけど、こっちも事情、ある。貴女の知り合いの誰か、犠牲になった、とても残念。だけど殺した奴、死んだ。それで満足、できない?」
「満足なんか……できるわけないやんかっ!」
「? どうして? 憎い奴、死んだ。どうして、気が済まない? わからない」
雄介と全く同じことを言われ、ユニゴは本当にわからないように返す。他人の死に対する感情の概念が全くといってもないグロンギの社会で生まれ育ち、幼い頃から大量のリントを殺してきた彼女には、いくら人間心理学を完璧に覚えても理解できない事柄だった。
純粋すぎる瞳を向け、まるで子供のように質問してくるユニゴを見て、最初は最大値だった奈々の彼女に対する敵意が次第に消えていってしまった。今目の前にいる未確認生命体の少女が、殺戮を楽しみ、笑いながら何の罪もない人間達を次々と殺害していくというイメージだった奈々の頭の中の未確認生命体とは、かけ離れていたからだ。「ホンマにこの子が未確認生命体なん?」と考えてしまうほどに。
「ねぇ、君。名前は?」
「ユニゴ。ゴ・ユニゴ・ダ、これ、私の名前」
「あ。じゃあユニゴちゃん、って呼んでもいいかな?」
「……好きに、して」
目線を合わせるように腰を下げて、名前を尋ねたのはみのりだ。ちゃん付けされたのは初めてなのだろうか、ユニゴは僅かに視線をずらした。それを見て、みのりは今ユニゴがどんな気持ちになったのかがわかった。何せその反応は、初めて話しかけた園児と全く同じものだったから。ちゃん付けされて視線をしっかりと合わせられて、恥ずかしがっているのだ、この未確認生命体は。
「ユニゴちゃんはさ、どうしてこんなこと、しているの? やりたいからやっているんじゃないんでしょ?」
「それは――」
ここからユニゴはかつて雄介にも説明した、自分の事情を淡々と説明した。
自分を取り巻く環境、どうしてもゲゲルをやらなくてはいけない理由、そしてどうして犯罪者ばかりをターゲットとしているのかを。
それを聞いた全員は衝撃を受け、雄介は改めて心が痛んだ。
まさかゲームをする理由が『生きたい』なんて、そんな単純かつ純粋なものだったとは思ってもみなかったのだろう。
ゲームをやらなければ殺され、ゲームに失敗しても殺されるというどうしようもない彼女の立場。だから生き残るにはこの殺戮ゲームを真剣にやらざるをえなかった。しかも条件を比較的厳しく設定し、かつ大掛かりなものにする必要もあった。
だからその条件に合っていて、かつ人間たちに認められるような内容にするために『犯罪者』を対象にし、それ以外の人間は絶対に殺さないという決まりも作った。なんというか几帳面というか、純粋というか、それでいて計画的というか。
とにかくわかったことは、このユニゴと名乗る少女がとてつもなく頭がいいこと。それでいて人間の感性を中途半端に理解していること。性格は純粋な正直者で、自分が生きるために犯罪者を殺しているだけであり、決して楽しんでいるわけでも自己満足のための行為ではないということだった。
「なんてっか……未確認にもいろいろあるんだねぇ……」
「ん。私、生きたい。だから、ゲゲルする。あと402人、悪いリント、殺す」
玉三郎の言葉に頷いたユニゴは、残り殺害人数をここで明かした。
402人。凄い人数に見えるが、東京全体の人口を考えるとそうでもない人数だ。そしてこの人数の犯罪者を殺したところで、東京中にいる犯罪者を撲滅することは不可能だろう。むしろ生き残るほうが多いのではないか。
「ユニゴちゃんの事情はわかったよ。……だけどさ、それは間違ったことだよ、やっぱり。どんな人間だとしても、殺してもいい理由にはならないんじゃないかな」
「それは、わかってる。だけど、もう止まらない。止められない。ゲゲル、始まっちゃった」
みのりの言葉を肯定しつつも、もう後戻りすることができないことを訴えるユニゴ。もう彼女の身体に仕込まれた時限爆弾は起動しているのだ。ここで終わればタイムアップした瞬間にお陀仏である。
「それでも……ゲームをしなくても、助かる方法はきっとあるよ。これ以上、人間を殺しちゃダメだよ」
「? どうしてリント、殺しちゃダメ? わからない」
「だって人を殺しても……ううん。殺したいって考えただけでも、きっと虚しくなるだけだよ、きっと?」
「…………」
つい最近聞いたことがある答えに反応し、ユニゴはみのりの顔を凝視し、次に雄介の顔を見た。少しの間2人の顔を見てなにかに気付いたようだった。
「貴女……もしかして、クウガの……」
「……うん。私は五代雄介の妹、五代みのりっていうんだよ」
無意識なのか、尋ねたときのユニゴの声は少しだけ小さかった。そして合わせる様に、みのりも小さな声で答える。答えを聞いたユニゴは合点がいったように頷いた。
「やっぱり。よく、似てる」
「あはは、よく言われるよ」
「昨日、全く同じこと、言われた」
思い出し、そして少しがっかりしたような顔をするユニゴ。結局、彼女の求める答えは出てこなかったからだ。だけど、自分と真剣に話してくれた2人の人間が口を揃えて言った『虚しいから』という答えは、心の中に刻んでおいた。
パタンとノートパソコンを閉じてバッグの中にしまうユニゴ。
「……有意義な時間、だった。私、もう行く」
すくっと立ち上がったユニゴは、流れるような動きでポレポレから出て行ってしまった。「あっ、ちょっと待って」と雄介が追いかけるももう遅い。店の外に雄介が出たときには、既に彼女の姿はどこにもなかった。
「お兄ちゃん、ユニゴちゃんは?」
「もうどっか行っちゃったよ。足が速いんだ、ユニゴは」
具体的に言うなら、大田区から江戸川区まで10分足らずで移動してしまうほどだ。
「不思議な子だったわね。五代くん、本当にあの子が第46号なの?」
「うん、それは間違いはないよ。彼女が本物の第46号なんだ」
「だよね……」
碑文を解析通りならば、グロンギ族は好戦的かつ残虐な種族のはずだ。実際、今まで出没したグロンギの怪人たちは皆そうだった。だが、今回の第46号は明らかに異質だった。考えていることや反応が妙に……
「なんていうか、普通の人間の子供みたいだったよなぁ。振る舞いは落ち着いていて、どこか浮世離れしていたけどさ」
玉三郎の言葉はこの場にいた全員を代弁していた。
そう。誰がどう見ても、彼女は、ゴ・ユニゴ・ダは、人間だった。無垢で純粋な、人間の子供にしか見えなかった。
ふと、雄介はこんな疑問を抱く。
「……あれ? そういえば、ユニゴはもともと、何しにここに来たんだっけ」
「……そういえばそうや。なんでしたっけ?」
視線を合わせて同時に首を傾げる雄介と奈々。
玉三郎も桜子もみのりも、この濃すぎる30分間のユニゴとの会話のインパクトが強すぎて、彼女がここに訪れた本来の理由を忘れてしまっていた。
一方その頃。
「……コーヒー、飲むの、忘れちゃった」
俊敏体となって町中を高速で走り回っているユニゴは、元気のない、途方にくれたような声でポツリと呟く。
まだこの日、彼女は自分の満足できるコーヒーを一杯も飲めていない。
――To be continued…
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第8話 『覚悟』
ついにお気に入り件数が600人を超えました。こうなったら伸ばすところまで伸ばすしかないですね、気合が入ります!
時刻は午後4時8分。
荒川区某所、とあるビルの前。
そこに何台ものパトカーと、野次馬が出来上がっていた。
ビルの中にはこれまでの刑務所・オフィスビル・港・鬼柳会の屋敷同様、至る所に大量の血と、首を貫かれ変わり果てた姿を晒しあげられた何人もの人間がいた。
鮮やかに一撃で仕留める手口、使用された武器の形状とその多さからして、誰の犯行かは一目瞭然だった。明らかに未確認生命体第46号の仕業だ。
「なんてこった……こう来たか……」
「最悪ですね……」
敵の思惑にまんまとひっかがったことに気がついた杉田と桜井は、もうお手上げといわんばかりにパトカーに寄りかかっていた。
自身のイメージを上げることで、ネット上に味方を作り、その情報をもとに殺害していくというのが第46号の目的だと思っていたが、それは大きな間違いだった。
「まさか、全く関係ない場所を襲撃するとは……」
腰に手を当てて顔をがっくりと落とす一条。これには流石の一条も精神的に来たらしい。
この荒川区のビルは、今まで警察が目を通した掲示板などには書かれていなかった場所であった。サイバー犯罪専門のエキスパート全員が総動員してかき集めた情報なのだ。間違いはない。
第46号の狙いはネットを通じて情報を得ることではない。最初から、警察の目を他に向けさせて全く別の場所を襲撃することだったのだ。
ネットに書き込まれた数々の情報は全てフェイク。頻繁にノートパソコンを眺めていたのは、ネットに書き込まれた情報から次の犯行場所を探すためではない。逆だ。あらかじめ調べ上げていた、彼女の頭の中にある襲撃者リストの中からネットに書き込まれた情報を引いて、警察が一番ノーマークしそうな場所をターゲットにするためだ。そして選ばれた記念すべきでない4件目のターゲットが、ここだ。
「ここはカルト教団『ネクスト』が本場にしていたビルだ。忍び込んだ第46号は警備室の防犯装置を使って建物の出入り口を全て封じて逃げ道をなくし、信者全員を殺害したんだろう。今日は丁度この時間、信者たちが集まって崇拝の儀が行なわれる日だ。おかげで大量の死者が出た。全部奴の計算通りなんだろうな」
「『ネクスト』といえば、さまざまな黒い噂が流れている今問題視されている団体ですよね」
「ええ。脅迫とも取れる強引な勧誘、他の宗教団体との激しい対立、粘着レベルの寄付の強要、オカルトグッズの売りつけ、女性信者に対しての性的暴行、脱退者に対してのストーカー及び嫌がらせ行為。これだけでも被害届がいくつも警察に届けられていました」
「しかも先月、ここの信者5人が強盗殺人事件を起こしやがった。資金に当てるためとか、そんな理由でな。おかげで世間一般からした『ネクスト』は完全に悪党組織だ。最近じゃ、政界への関与も疑われて特捜部も動き出していたが、ついにこんなビルまで建てちまうほどに強い力を持っちまって、手を
刑務所の囚人、悪質な詐欺グループ、麻薬密売人、指定暴力団、そして問題行為を繰り返して困らせていたカルト教団。
犯罪、またはそれに加担し、それに準ずる行為を繰り返し、そして警察が捕まえることができないほどの権力、潜伏能力を持った組織を次々と壊滅させていき、基本一般人には絶対に手を上げない。街中で見かけたとしても自分が犯罪者でない限りは完全無害で、写真も取り放題だし、結果はどうあれ話をすることもできる。以上が今の一般人から見た第46号の印象だった。全部事実なのでなにも言えない。
しかも今回のカルト集団襲撃で、警察の裏を掻くほどの知能を持つ相当の切れ者というお札まで付けさせてしまった。世間からしてみたら、もはや第46号は悪を成敗する正義の味方だった。
「ますます世間の第46号に対する印象が良くなっています。見てください、これ」
携帯電話を一条達に見せる桜井。そこには第46号を称えるコメントが数多く投稿されていた。ほかにも、警察が第46号の罠にひっかかったことに対する嘲笑のコメントまであった。スレッドは既に1000コメントを達成したものが3つあり、現在掲示板は4スレッド目に突入していた。
苦い顔をしながらコメントを読んでいた杉田はふと、あることに気がつく。
「そういえば、五代くんは?」
普段一条とセットでいるはずの雄介の姿が見えないのだ。
「五代は今、ビートチェイサーで第46号を追跡しています。そろそろ連絡が入ると思うのですが――」
ピィーッ。そこまで一条が言いかけたところで、彼の覆面パトカーに無線が入った。
「五代か? 俺だ」
『第46号を見つけました! 場所は板橋区の市街地を人間態で移動しています!』
「! わかった! 今すぐ爆発地点へのルートを決めて、そっちに送る!」
雄介の無線が切れた瞬間、「すいません、私はこれから向かいます!」と言って覆面パトカーに乗り、サイレンを鳴らして雄介の元へ向かう一条。
「俺たちもいつまでもこうしちゃいれねぇ。今、ここでできることをするぞ!」
「ええ、勿論ですよ!」
杉田も桜井は一条とは反対の方向、ビルの中に走っていった。
――――・――――・――――
同時刻。板橋区のとある市街地にて。
ビートチェイサーを引き摺りながら、雄介は多くの人だかりの中、この時期にワンピース1枚にサンダルという明らかに浮ついた格好をしている少女――ゴ・ユニゴ・ダを追っていた。向こうはこっちに気がついているのか、気がついていないのかはわからないが、特に気にした様子も無く平然と歩いていた。
ユニゴとすれ違った人間たちの反応は興味深そうに見るか、目を合わせないようにそそくさと逃げるかのどちらかだった。これだけでも誰がどういう人間なのかがわかるが、ユニゴはそれでもノーアクション。ゲゲルの時間ではないからである。
やがて彼女は、人通りの少ないほうへと歩いていく。その証拠にすれ違う人間も少なくなっていき、風景もどんどん家が立ち並ぶ住宅地から、寂れた工場跡に切り替わっていく。
何処に向かっているのだろうと疑問に感じながらも、雄介は少し離れたところから尾行を続けて数分後、完全に人気のない、今は潰れてしまって誰も居ない工場の中へユニゴは入っていった。雄介はビートチェイサーを置いて、彼女の後を追って工場の中へ入る。と、そこには。
「……クウガ、尾行、下手」
「!」
こっちに視線を送ってくるユニゴがいた。どうやら雄介の尾行に気がついていたらしく、わざとここまで歩いてきたらしい。
「どうして、俺をここに連れてきたの?」
わかりやすく直球に雄介はユニゴに聞くと、彼女は変わらぬ無表情で返した。
「少しだけ、話、したいから」
「……話?」
「ん」
コクンと小さく頷いたユニゴは続ける。
「残り96人」
「!」
ユニゴの言った数字を聞いて、雄介の背筋が凍った。そしてすぐ、顔を苦いものにし、怒りから拳を握って振るわせる雄介。この怒りはユニゴに対するものではない。ユニゴを止められなかった無力な自分に対する怒りだった。
残り96人。ということはだ。
昼間に宣言したユニゴの残り殺害人数が402人。つまりユニゴはこの1時間で……306人の人間を殺害したということだった。律儀に1人ずつ彼女が数えたわけではない。出入り口は全て封じたはずなのに一体何処から入ってきたのか、はたまた最初からどこかに潜伏していたのか、バグンダダを抱えてカウントし終えたドルドから直接聞いたのだ。
2回も彼女と話したのに、彼女に犯行を止めさせるチャンスはいくらでもあったはずなのに、また新たな犠牲者が大量に出してしまったのだ。
あと一歩。話すとこまで来て、後は解り合うだけだったのに、それは届かない。話は通じても、説得することは叶わなかった。止められることができたかもしれない殺しを、止められなかった。ただ『生きたい』と願っただけのあの純粋で無垢な少女の手を、さらに汚してしまった。
「あと96人。それで全て、終わる。悪いリント以外、私、殺さない。絶対に、約束、守る」
「だから」と、ユニゴは頭を下げた。
「クウガ、諦めてほしい。私、あなたと戦いたくない。お願い」
標的以外の殺しは絶対にしないから、ゲゲルに集中させて。要約すればそういうことだった。
全ては生きるため。多くのことは望まないから、ただ生きたい。これからも生きて、この世界に存在したいというあまりにも純粋すぎるユニゴの願い。そのことを伝えるために逃げないで自分から、誰にも聞かれることがないこの廃工場まで雄介を誘い、頭も下げた。
それはしっかりと、雄介には伝わった。……伝わりは、した。
「……ごめん。それはできないよ、ユニゴ」
雄介はきっぱり、否定した。彼女から視線を逸らさずに、ただまっすぐに。
昼にユニゴと、みんなと話したときに彼女は人間みたいだと思った。とてもグロンギ族の怪人ではないと、違うことはわかっていても確かにそう思った。
だけど今の言葉で、がらりとユニゴに対する見方が変わった。いや、どこかで気がついていたけど認めたくなかっただけのことを、認めた。「どうして人間を殺してはいけないか?」を真剣に考えていた彼女を見て、少しは人間を殺すことを悪いと思っているんじゃないかと思っていた。いつかはピタリとやめる日が来るかもしれない。そう、思っていた。だけど、さっきのセリフではっきりした。
ユニゴは、どんなに多くの人間を殺しても何も感じていないのだ。
悪いリント……つまり犯罪者を狙ったのは、あくまで自分のゲゲルを円滑に進めるため。そして同時に人間に自分のゲゲルを認めてほしいからであり、そういうことを除けばはっきり言って、彼女は誰をどう殺してもよかったのだ。なにせ、殺してもどうとも感じないのだから。
そのことを知った雄介は思った。やっぱりユニゴは……根本的にある彼女の本性は、今までのグロンギ族と全く同じものである、と。
「俺はみんなの笑顔を守るために、戦うって決めたんだ。一条さんとも、中途半端はしないって約束したんだ。君だけを特別に見るわけにはいかないんだ」
「……そう」
「じゃあ……」と、身体を起こしたユニゴは一度瞑目して……そして目をゆっくりと開いた。
「戦うしか、ない……ね。私、戦うの、嫌い。だけど、生きるためなら、どんなことでもする。
瞬間、ユニゴの身体が発光し、そして光が止んだときには彼女の姿が変わっていた。
燃えるような真っ赤な瞳、額から生えた1本の細長い円錐状の角、鬣のように後頭部から伸びている金色の長い髪の毛、黒いロングスカートにベルトのように腰に巻きつけた黒いバックル、黒みの強い灰色の身体をした、伝説上の生き物『ユニコーン』に似た怪人に。
「
本来の言語であるグロンギ語で自己紹介と挑発を雄介にするユニゴ。何を言われたのかはわからなかったが、ユニゴが自分に敵意を向けているということはわかった雄介は、腰に手を添えてベルト――アークルを出現させた。
シュッと風を切るような音と共に右腕を斜め上に、左腕を僅かに後ろへと引く。これが、雄介がグロンギたちと戦う前にする、戦う覚悟を決めるためのポーズだった。この構えをした雄介に、迷いはない。迷いは許されない。
「変身ッ!」
叫び、左腰に力を込めて前に突き出していた右腕を引っ込めると、雄介はクウガへと変身したフォームは当然、マイティフォームだ。
変身が完了したクウガはユニゴに向かって走り出す。ユニゴもまた、武器を持たぬまま走り出す。
先制攻撃を仕掛けたのはやはりクウガだった。間近まで接近した瞬間、右腕を引いて一気にそれを放つ。マイティパンチがユニゴの胸に突き刺さるが、公園のときと同じでユニゴには一切通用していない。殴ったあとの僅かなタイムラグを突いたユニゴも右腕を引いて勢いよくクウガを殴りつけた。
「ッ」
左胸にパンチを受けたクウガはその衝撃で後ろに半歩下がる、が。それだけだ。
実を言ってしまえば、ユニゴのパンチはこれまでの『ゴ集団』のグロンギたちと比べれば弱い部類に入る。腕力があっても、彼女にはそれほどパンチ力がないのだ。『ゴ集団』最低クラスと言っても過言ではない。……が。
パンチを受けて後ろに下がりさらに隙を作ったクウガに向かって、すかさず放った回し蹴り。これは別物だ。
脚力が優れているユニコーンの特性を引き継いだユニゴの蹴りはクウガの腹部に直撃、そのまま工場の一番奥まで吹き飛ばし、壁に激突させた。「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ」という慣用句があるとおり、馬の仲間であるユニコーンの蹴りはまさに必殺技。普通の人間が喰らえば間違いなく死ぬ一撃だった。遥か古代、まだ自分がゴ集団でなく装飾品を武器に変えて戦うことができなかったときは、この蹴りで何人ものリントを仕留めてきた。
ユニゴにとって蹴りは伝家の宝刀であった。
「ぐッ!?」
そんな一撃をモロに喰らったクウガは堪ったものではない。蹴りを入れられた腹部、壁に激突した背中と、身体の前と後ろどちらにも効く攻撃を受け、激しい痛みに少しぐったりしてしまう。が、戦いの最中に休息の時など訪れない。
微かな音が耳に届いてハッとして前を見れば、一本の三叉戟が迫ってきていた。間一髪で右に飛んだことで、槍が身体に接触することなくクウガの首があった場所を通過。それはコンクリートで出来ているはずの壁に、皹を入れて思い切り突き刺さった。もしこれを受けたら、今までユニゴに殺された犯罪者と全く同じ最期を迎えていただろう。
クウガは戦慄した。
人間態のときは虫も殺せなさそうなほどに儚い少女だったのに、怪人体になった途端この怒涛の攻撃だ。右ストレート、回し蹴り、そしてとどめの槍投擲と、まるで舞を踊っているかのように計算し尽くされている力強い攻撃の連鎖は、彼女がいかに戦いに慣れているかを知るには充分すぎた。
「超変身!」
通常のマイティフォームではやっぱり戦えないとすぐに判断したクウガは、パリッパリという音と共にライジングマイティフォームに変身。
ライジング体の中では最もボディに変化が起きていないライジングマイティフォームであるが、その破壊力は他のライジングフォームを大きく上回るものである。その強さゆえに必殺技を喰らったグロンギにはこれでもかというほどの封印エネルギーを衝撃と共に一気に流れ出すため、倒す際に半径おおよそ3kmの大爆発を引き起こしてしまうデメリットがあるが、ここは住宅地から遠く離れた工場跡。問題なく、力を振るえる。
「
ユニゴの防衛本能が、今のクウガの状態が自分に対してまずいということを知らせ、少し力を入れると……ユニゴの目の色が赤から紫に変わった。変化はそれだけでは当然、終わらない。
ユニゴの割れた腹筋がさらに引き締まり、身体の至る部分を今まで纏っていた鎧が俊敏体のときとは逆に分厚く、そしてその面積も増えたのだ。1本だった角も3本に一気に増え、
これがクウガのタイタンフォームに相当するユニゴの第3の姿、剛力体だった。
「
胸を前に出し、力を込めるように構えるユニゴ。グロンギ語が理解できないクウガもこれはわかった。ユニゴは「来い」と、自分を挑発したのだ。だけど、これはチャンスだ。
ユニゴは今、油断している。クウガの肉弾戦が全く効かないほどに桁違いな耐久力を誇っていた未確認生命体第39号ことゴ・ガメゴ・レを、一撃で跡形もなく消し飛ばすほどの威力を持つライジングマイティキック。それを受けたら、いくら強力な力を有したユニゴでも耐え切るのは無理だとクウガは思った。
行ける。今ならユニゴを仕留められる。可哀想だけど、これもみんなの笑顔のためだと覚悟を決め、右足に力を込めてクウガは走る。右足が地に着くたびに炎を上げさせるほどに強く、地面を蹴る。丁度いいところまで迫った瞬間空中に飛んで一回転。
「おりゃあああぁぁぁぁ――っっ!!!」
気合の入った声と共に右足を前に出し、ライダーキックをユニゴの胸目掛けて放った。狙いは正確。このまま前に飛べばユニゴの胸に突き刺さる。それにユニゴはいまだに反抗する素振りも見せない。貰った! クウガは……雄介は自信を持って、ライジングマイティキックをユニゴに炸裂させた。
キックはクリティカルヒット。綺麗にユニゴの胸に命中し、彼女の身体を
「え……」
クウガは素で声を漏らしてしまった。今までグロンギ達を蹴り
なんとユニゴの身体に浮かび上がった封印のリント文字が、少しずつ消えていくのだ。最初は強く作用していた封印エネルギーが徐々に徐々に霧散して行き、「ふん」とユニゴが力を入れただけで何もなくなってしまった。
「っ!」
クウガは構えを急いで取るがどこかぎこちなく、動きが硬い。それもそのはず、彼は強いショックを受けていた。
耐えられてしまった。いや、ただ耐えられるだけならよかった。効果がしっかりと現れていて、ふらつく程度のダメージを与えられたのなら、あと一歩で勝てるからだ。だが、ユニゴはそうは行かなかった。まるで効いていなかったのだ。
効果が出たのはほんの一瞬だけ。その一瞬も、彼女は苦しむような素振りを見せなかった。今持てる自分の最強の技が、まるで効いていなかったのだ。
「
腰の装飾品を外したユニゴはそれを三叉戟に変化させ構え、呆然としているクウガに一瞬で近づき、薙ぎ払った。
――To be continued…
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第9話 『適応』
今日はちょっと早めに投稿できましたね。
時刻は午後4時33分。
一条は覆面パトカーを走らせ、雄介から最後に連絡を受けた場所に向かっていた。
荒川区で第46号を発見し、尾行すると言ってたびたび連絡を送ってきた雄介だが、10分前に同じく荒川区の廃工場に第46号が入ったと連絡が来たきり、一向に通信が途絶えてしまったのだ。
嫌な予感がした一条は少しだけスピードを上げ、その廃工場へと向かう。
5分後、ようやく荒川区に差し掛かり、雄介が教えてくれた地区を走っていると、一条の目の前にビートチェイサー2000が止められている廃工場が見えた。
適当なところに覆面パトカーを止め、筋肉弛緩弾が込められた拳銃を持つ。通用しないことは理解しているが、今の一条を守れるものは雄介を除けば、この筋肉弛緩弾だけなのだ。無駄とわかっていても少しはアテにするしかない、藁に縋るような思いで拳銃を構えていた。とそのとき、ガンッ。工場の中で大きな物音がする。
中で雄介が戦っていると思った一条は、勇敢に工場のドアを破って突入。銃を構えてみた先には驚愕の光景が広がっていた。
工場内には2人の人影があった。
1つは雄介ことクウガ。赤い金の力を使っているようだがその動きは弱々しく、なんとか起き上がろうとして倒れた身体に力を込めているようだ。その理由はすぐにわかった。クウガのボディのあちこちに何かで切り刻まれたかのような、貫かれたような痛々しい傷が出来上がり、そこから鎧とは違う真っ赤な液体が流れていたからだ。
誰が彼にそんな酷いことをしたのか。その答えはもう1つの人影の主。少しだけ姿が変わっているが、その人影の正体を一条が間違えるはずがない。
もう1つの人影は第46号こと、ゴ・ユニゴ・ダの物だった。
彼女は右手に三叉戟を倒れているクウガに向かって横一線に薙ぐ。
「うわぁあっ!」
悲鳴を上げるクウガ。また新しい傷が出来上がり苦痛に身体を捩じらせるが、そんなことはお構いなし。ユニゴはさらにクウガの身体を薙いだ。そしてまた、クウガが悲鳴を上げる。
戦いは一方的だった。
ユニゴが三叉戟で薙ぎ、クウガがそれを喰らって苦しそうに声を上げる。それの繰り返し、無限ループだ。しかし、そのループはすぐに終わりを告げる。
攻撃を受け続けたクウガ。既に制限時間である30秒を超え、金の力は消えて通常の赤い姿に、さらに蓄積したダメージが限界を向かえてグローイングフォームになってしまい、一際大きく身体を跳ねると動かなくなってしまった。気絶してしまったのだ。
だが、ユニゴの攻撃はまだまだ終わらない。
気絶したクウガの首を左手で掴んで持ち上げ、右手に持っている三叉戟の先をクウガの喉元へと標準を合わせ始めたのだ。
「第46号、五代を放せ!」
パァンと乾いた音が廃工場内に響き渡り、発射された筋肉弛緩弾がユニゴの身体にめり込んだ……が。ユニゴはまるで気にしていなさそうにクウガの喉に三叉戟の先を合わしていた。
「えっ」と一瞬放心した一条だがすぐに立ち直り、パァンパァンっとさらに発砲。しかし何回撃ってもユニゴは平気そうだ。丁度6発目、全ての弾がユニゴの身体にめり込んだところで、その箇所から全ての弾が弾き出されてしまった。
そんなバカな! 一条は空いた口が塞がらなくなった。
公園で撃ったときは短い間であったが確かに効果があった筋肉弛緩弾が、まるで通用していない。もう覚えたと言わんばかりに、身体に抗体ができたと言っているように平気そうにクウガを……変身が解けてしまった雄介を持つ左腕を上げて行き、丁度いい場所で止まった。
まずい! なんとかして助けねば! そう思う一条であるが悲しいかな、今の彼にはどうすることもできない。
ユニゴは右腕を少しだけ引いた。勢いをつけて、確実に首を貫くためだろう……が。ピタッ。ユニゴが突然、動きを止めた。
「…………」
そして次には、構えていた三叉戟を元の装飾品に戻して腰に取り付け、開いた右手を雄介の背中を丁寧に支えて、ゆっくりと工場跡に広がっていたブルーシートの上に彼の身体を置いた。
寝ている雄介を解放したユニゴは一条を一瞥した。
「……残り、4日」
と、それだけ呟くと、目の色を紫から青に変えて俊敏体に変身。一瞬で廃工場から姿を消した。
「……! 五代!」
何が起こったのかがわからなかった一条だがすぐに我に返り、ブルーシートに横たわる血だらけの雄介の元へ向かう。とりあえず脈を確認し、相当なダメージを受けていながらも生きていることを確認した彼は、雄介を抱えて覆面パトカーに乗せ、関東医大病院へと向かった。
――――・――――・――――
時刻は午後6時2分。ユニゴとの戦いから1時間半ほど経った時。
関東医大病院のとある病室に、目を瞑って横になって静かに眠る雄介の姿があった。
「……なんとか峠は越えた。あとは意識が戻るのを待つだけだろう」
雄介のかかりつけ医を自称する医師、椿秀一はその病室から出て、その前に設置されているベンチに座っている一条に告げた。とりあえず、雄介の命が助かったということがわかった一条はほっと息を吐く。が、椿の表情はまだ険しい。
「運ばれたときはもう、虫の息だった。死ぬ一歩手前、瀕死の状態だったんだ」
腹や背中にあった複数の打撃痕に切り傷、強く絞められたかのように首に残る手形の青馴染、そして脚や腕、肩には何かが貫いたように作られた幾つもの痛々しい刺し傷。緊急手術をした椿や他の看護士、医者も一瞬「死んでる」と思ってしまうほどに、雄介は酷い状態だったのだ。
「ここまで痛めつけられて……それでも息を吹き返すなんて、こんなときだけだ。五代の身体が人間のそれじゃなくてよかった、なんて馬鹿なことを感じちまうのは。こんなふざけたダメージ、人間なら間違いなく、少なくとも10回……いや、失血死やショック死を加えれば15回は死んでいるぞ」
「…………」
椿の言葉は重く一条に圧し掛かる。
本来警察官が守るべきだったはずの、一般市民の雄介にここまで身体を張らせて無理をさせている。生粋の警察官である一条がずっと感じていたことだった。代われるものなら代わってやりたい。雄介のような笑顔がよく似合う青年に、こんな辛い戦いをしてほしくなかった。自由気ままに、冒険をしていてほしかったのだ。
「なぁ一条、今回の第46号は相当の強敵なのか? 五代がこうして同じ未確認に2回も敗れて、搬送されるなんて今回が初めてだ。それほど、奴は強力なのか?」
「ああ……。今回の戦いは最後しか見ていないが、1回目なら全部見ていたからわかる。奴は強い。人間態の、あのすぐにでも消えてしまいそうな外見とは裏腹にな」
そこから一条は話した。
赤いクウガのパンチを受けてもびくともしなかったこと。紫はおろか、金の紫の攻撃に身体を貫かれても平気そうに立っているほどに頑丈な身体をしていること。今回の戦いの中、金の赤の力を使っていた雄介から察するに、おそらくその攻撃すらも耐え抜いてしまったこと。そして、彼女の反撃があまりにも一方的すぎて、クウガはただやられるがままに全身を槍で貫かれていたこと。筋肉弛緩弾が全くといいほど効かなかったことを。
「マジか……」
「ああ。これまでの未確認生命体と比べものにならないほど頑丈な身体を、第46号は持っている。最初は効いた筋肉弛緩弾も2回目に撃ったときは効果がなかった」
「2回目には効果が……」
筋肉弛緩弾の話を聞いた椿は少し考えたような素振りをし……何かに気が付いたような顔をした。
「椿?」
「おい、一条。付いて来い、見せたいものがある」
それだけ言って歩き出す椿。一条は少し、雄介がいる病室に目をやってから椿の後に付いて行った。
到着したのは関東医大病院の地下にあるとある部屋。そこにはさまざまの医療器材と手術台の上に力なく横たわっている1体の人影がいた。
その人影の正体は、癖の強い白髪をセミロング程度まで伸ばした男だった。その男からは生気を感じられず、顔を真っ白にし、瞼を硬く閉ざしている。
「これは……第3号」
「ああ。第0号に殺された、第3号の遺体だ。おまえも見ただろう?」
そう、この男は未確認生命体第3号。蝙蝠の特性を持った『ズ集団』の怪人、ズ・ゴオマ・グ。
第1号であるズ・グムン・バとともにゲゲルが始まっていないにも関わらず人間を殺したためゲゲルの権限を失い、いつかくるダグバの整理から逃れるためにダグバのベルトの一部を横領して自身を強化しダグバに挑んだが、結果は虚しく一方的に殺されてしまった、悲劇のグロンギだ。
彼の遺体は雄介と一条によって発見され、そこからグロンギ族が一体どういう身体の作りをしているのかを知るために役立たれている。
「ここにあるデータ、覚えているか?」
パソコンを起動した椿はその中のあるページを一条に見せた。
「グロンギの身体の作りが人間とほとんど同じ、というデータだな」
「そうだ。そしてこれは、科警研に送った第3号の神経細胞についてのデータだ」
「ああ、よく覚えている」
なにせ、このデータのおかげであともう少しで『神経断裂弾』が完成しようとしているのだから。
「この神経には、グロンギたちの身体をより頑丈にする機能がある。胸に銃弾が食い込んでもすぐに元に戻る驚異的な再生と回復、それらを引き起こす元凶だ。『神経断裂弾』はこの神経に対策するための物だ。撃ち込まれた弾丸を奴らの身体の中に留め、弾の中に仕込んだ火薬を連鎖的に炸裂させて、この神経が作用する前に体組織を破壊しつくす。今回の第46号は、身体が頑丈な上にこの神経が異常に発達している可能性がある……そう、俺は思っていた。一条、おまえが筋肉弛緩弾の話をするまでは」
「違うのか?」
「ああ。違う。全然、違う」
顔を青くさせながら、椿は続けた。
「奴らにはもう1つ、特徴的な能力があるのを覚えているか?……物質を再構築する力だ」
「手に触れたものの形状を自由に変える力……たしか、そんな力だったよな」
「そうだ。どんなものでも、それが原子か分子で構成された物質であれば一度その形状を崩し、全く別の物へと変貌させる力だ」
ちなみにこの力はクウガにも備わっている。
鉄パイプなどをドラゴンロッドに、拳銃をペガサスボウガンに、ビートアクセラー(ビートチェイサー2000を起動させるためのキー)をタイタンソードに変化させるのも、この力が働いているからだ。
「ずっと不思議だったんだ。第46号に殺害された被害者の喉に刺さっていた三叉戟。それが数時間
「確かに……妙だ」
「最初はこういうタイプなのかと思って重要視していなかったが、さっきの筋肉弛緩弾の話を聞いて気が付いた」
「……まっ! まさか! そんなことが……!」
椿の言おうとしていることに気が付いた一条は、目を見開いた。「ああ」と言って、椿は両手を机の上に置いた。
「奴が発達しているのは再生能力じゃない。
だから長時間、ユニゴの手から離れた物質も変化を維持することができ、すぐには元の装飾品に戻ることはなかった。そして1回目に効いて2回目に効かなかった筋肉弛緩弾で、椿のそれは確信に変わったのだ。
「つまり……自身の身体に受けたダメージや武器の特性をもとに身体の細胞を作り変えて、全ての攻撃に対する抗体のようなものを作り出して適応している……そういうことか、椿……!」
「そうだ。それなら筋肉弛緩弾の効果が1回目に働いて2回目に働かなった理由も、奴が変化させた槍がすぐに元に戻らなかったのかも説明が付く。厄介だぞ、一条。今後奴に攻撃するときには注意しろ。一発で仕留めないと、もう二度と通用しない可能性がある」
椿の告白は恐ろしいものだった。
これから開発されようとしている『神経断裂弾』。雄介に頼らずともグロンギを倒すことができる唯一の希望の光が、一撃で仕留めなければ意味がないと言われたこともある。が、もっと恐ろしいことはこれまでユニゴが喰らったクウガの必殺技が全部効かなくなっている可能性がある、ということだ。
「いいか、一条。これは極秘だ。少なくとも五代には絶対に知らせるな。もし五代がこのことを知ったら……なっちまうかもしれないぞ、『凄まじき戦士』に」
ユニゴを止めるために覚悟を決め、戦うことを決意した雄介。そんな彼が、今までの技が全て通じず、『凄まじき戦士』になる以外に倒す方法がないと知ったとき。間違いなく変身してしまうだろう、その『凄まじき戦士』に。
それだけは一条が絶対に防がなければならないことだった。下手をすれば、雄介を彼のその手で殺さなければならないからだ。基本一般人の雄介をここまでボロボロにさせてしまっているのに、挙句の果てに殺すなんて、理不尽にもほどがある。
「わかった。絶対に、五代には伝えない。これ以上、あいつに無理はさせたくはない。『凄まじき戦士』には絶対にさせない」
「俺もおまえと同じだ。これ以上、五代に余計なものを背負わせたくない。榎田さんにこのことをすぐに伝え、対応策がないかを検討する。おまえは一旦本部に戻れ。いいか、念を押すが。このことは俺とおまえ、そして榎田さんだけの秘密だ。口外するな」
「……ああ、わかった」
地下の隠し病室に、2人の男が力強く視線を合わせた。立場は違えど、思いは同じ。
全ては五代を『凄まじき戦士』にしないためだった。
――――・――――・――――
時刻は午後5時21分にまで遡る。
昼間コーヒーを飲んでいた文京区の廃墟に、ユニゴは帰ってきていた。どうやら、ここを自分の潜伏場所として選んだようだ。
またコンビニエンスストアから買ってきた幾つもの缶コーヒーを飲みながら、ノートパソコンを開いて自分のゲゲルの進行具合や世間の反応、そして次のターゲットを探していた。
初めて飲んだときには口に合わなかった缶コーヒーが、2回目に飲むと案外悪くないようにも感じたユニゴは、どこか満足げだった。ようやく今日初めて、口に合うコーヒーが見つかった。
「また……クウガに止めを刺さなかったか」
「ドルド……」
気が付けば隣に立っていたドルドに横目で見るユニゴ。「また盗み見?」そういっているようであったが、ドルドは決まって「偶然だ」と白を切る。同じ偶然が二度も続くものなのであろうか。真実を知るのはドルドのみだった。
ドルドを責めるのを止めたユニゴは、「はぁ」と溜息をついた。
「私、クウガ、殺せないみたい。わからないけど、私の中で、クウガ、殺したくない。そう思ってる私、いる」
昨日話した、クウガを殺せない理由がわかったら教えるという約束を守り、ユニゴはドルドに正直に打ち明けた。自分の中でクウガ……否、雄介を殺したくないと、思ってしまっていることを。
「そうか……。ユニゴ、おまえは本当に変わったな」
「……それ、昼にバルバにも、言われた。そんなに、変わった?」
「ああ。ありえないほどにだ。昔のおまえは、機械のようだったぞ」
「…………」
ドルドの言葉を聞いて、ユニゴはしょんぼりと肩を落とす。思い当たる節があって、図星を突かれたからではない。「機械のよう」と言われたことにショックを受けたのだ。まるで自分が、生きていなかったかのように言われたことに、ユニゴは落胆した。ドルドがそんなつもりで言ったわけでないことは知っていてもだ。
「今のおまえは……まるでリントのようだ」
「…………」
それも昼に、ポレポレに訪れた際にそこにいた全員に思われたことだった。
本質は変わっていなくとも、思考がどんどん
――これ以上、リントのことを知ろうとするな。さもないとユニゴ、おまえは間違いなく死ぬぞ。
バルバの忠告が頭によぎる。なんとなく、その意味がわかったような気がした。でも、それでもユニゴは己の探索を止めない。何度も言うが、知りたいものは知りたいのだ。
変な空気になったのを切り替えるためか、空気の読むことに定評のあるドルドは別の話題……ゲゲルの話題を切り出した。
「残り4日で、96人。順調じゃないか」
「ん。順調。楽勝」
「クウガも2回も倒した。ザギバス・ゲゲルに進んでも大丈夫だと思うが?」
「……それは、イヤ。断る」
また、変な空気になってしまった。
――To be continued…
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第10話 『作戦』
な、なんか推薦していただいてます!? なんていうか、幸せですホント……。
どんどん物語が肥大化し、スケールが大きくなってきました。なんていうか、よくこんなの書けてるなぁ、と自分で感心するばかり。
全て応援してくださる皆様のおかげです! これからもよろしくです!
12月22日、時刻は午前5時12分。
コンビニ袋を片手に、ユニゴは文京区の廃墟に戻ってきた。
今回のゲゲルは午前4時から午前5時までの間、東京中の悪徳金融会社を手当たり次第に襲い、全員合わせて12人を仕留めてきた。襲われた本人たちは全員困惑していた。「俺たちは犯罪者じゃないのになぜ?」と。
ターゲットは『悪いリント』とユニゴは言ったが、『犯罪者』とは言っていない。この場合の『悪いリント』とは、『世間一般から見て満場一致で「悪」』と定義される人間のことである。当然、規約書に落とし穴を仕掛けて借りた金額の本来の利子以上の金額を要求する悪徳金融会社は、彼女のターゲットの適用範囲内である。
今はその帰り道、ふらっと寄ったコンビニからコーヒーを何本か購入して帰ってきたのだ。相変わらず警察は自分の動きが全く読めていないうえに、クウガも今回は来なかった。いや、来させないようにした。いくらなんでも、あの傷を1日で完治させるのは不可能だ。
仮に意識を取り戻して、無理してユニゴと戦っても負けるのは目に見えている。負けて当然の勝負に出るほど、今のクウガには余裕はない。しかもクウガは……一度ならず二度までも、殺されずに見逃されている。精神的ダメージも大きいはずだ。
肉体的にも精神的にも、昨日の廃工場での戦いで深い傷を負わせた。殺すことが不可能なユニゴでも、これくらいの芸当は容易にできる。なにせ彼女には、それができるほどの力も、考えられるほどの知力もあるのだから。
なにはともあれ、これで残り84人。それでいて襲撃するチャンスがあと7回もあるのだ。油断はしないが、ユニゴは僅かにほっとしながら、首から下げる金の懐中時計を眺めていた。
「そろそろ、次の作戦、出よう。――あと4日も、いらない。今日と明日。最初、予定した通りに、終わらせる。残り2日は、保険」
どんなに余裕があったとしても、ユニゴはゲゲルに妥協はしない。あともう少しで達成、というところで油断してクウガに倒されたグロンギの怪人は実はいるのだ。しかも『ゴ集団』に。
未確認生命体第41号、ゴ・バダー・バ。
彼は7時間で99人の
その話を聞いたユニゴは呆れてモノも言えなかった。普通にやれば生き残れたのに。彼の望むザギバス・ゲゲルへ進めたのに勿体無い。変に拘ったせいで、クウガを舐めたせいで折角の命を粗末にした。
「……私は絶対に、生きる。ここまで来て、死んで、たまるか」
パチンッ。気持ち強めに懐中時計を閉じ、彼女らしくない強いセリフをわざと言って気合を入れるユニゴ。
ここからが正念場だ。
今までは『犯罪者』と思わせていたユニゴのゲゲルのターゲットは、昨日のカルト集団壊滅と先程の悪徳金融業者襲撃で『悪人』に改められた。もう獲物が集団で固まることはない。ここからは1人ずつ、居場所を特定して殺していかないといけない。だが、その準備は既に出来上がっている。
「勝負、だよ。リントの戦士たち。私は、本気でこのゲゲル、勝ちに行かせて、もらう」
ユニゴはパソコンの、とあるサイトをクリックした。
――――・――――・――――
午前6時7分。
警視庁、合同捜査本部は騒然としていた。
いつも以上に多くの捜査員が集結し、中には捜査一課や二課、三課、公安警察の人間まで、この広い会議場に訪れている。そしてなぜか、15台という大量のパソコンまで設けられて優秀なサイバー犯罪専門家たちが目を光らせてネット上の書き込みを監視していた。
「とうとう仕掛けてきましたね」
「ええ。本当に、このときが来るとは……」
「ああ……今まで1人で現場を回っていた奴も、ついにこの手段を使いやがった」
桜井、一条、杉田の3人は桜井持参のノートパソコンに目が釘付けになっていた。
そのディスプレイに表示されているのはとあるネット掲示板のサイト。その1つのスレッド――題名『次のターゲット』をクリックすると……そこにあったのは。
001:46 2XXX/12/22(日) 05:15:43.23
次のターゲット、募集。
002:以下、名無しに代わりましてリントがお送りします 2XXX/12/22(日) 05:16:51.45
はいはい、ソースソース
003:以下、名無しに代わりましてリントがお送りします 2XXX/12/22(日) 05:16:52.34
証拠写真うp アヘ顔ダブルピースで
004:以下、名無しに代わりましてリントがお送りします 2XXX/12/22(日) 05:17:11.95
寒いのが来たなぁ
005:以下、名無しに代わりましてリントがお送りします 2XXX/12/22(日) 05:17:21.43
またこういうスレかよ。はいはい、解散解散
006:46 2XXX/12/22(日) 05:17:29.81
>>003
アヘ顔、なに? これでいい?
http://XXXXXXX/XXXXXXX
007:以下、名無しに代わりましてリントがお送りします 2XXX/12/22(日) 05:17:59.41
( ゚д゚)
_(__つ/ ̄ ̄ ̄/_
\/ /
 ̄ ̄ ̄
( ゚д゚ )
_(__つ/ ̄ ̄ ̄/_
\/ /
008:以下、名無しに代わりましてリントがお送りします 2XXX/12/22(日) 05:18:27.89
こっち見……え?
009:以下、名無しに代わりましてリントがお送りします 2XXX/12/22(日) 05:18:28.10
お、おいおい……マジかよ……。
010:以下、名無しに代わりましてリントがお送りします 2XXX/12/22(日) 05:18:28.69
ほ、本物かこれ……
じゃあ、アレだ。アレ……髪をファッサアさせてる写真うp
011:46 2XXX/12/22(日) 05:20:21.78
>>010
ちょっと難しかった。これでいい?
http://XXXXXXX/XXXXXXY
012:以下、名無しに代わりましてリントがお送りします 2XXX/12/22(日) 05:21:22.98
( ゚д゚)
_(__つ/ ̄ ̄ ̄/_
\/ /
 ̄ ̄ ̄
( ゚д゚ )
_(__つ/ ̄ ̄ ̄/_
\/ /
013:以下、名無しに代わりましてリントがお送りします 2XXX/12/22(日) 05:21:54.56
だからこっち見……
( ゚д゚)
_(__つ/ ̄ ̄ ̄/_
\/ /
 ̄ ̄ ̄
( ゚д゚ )
_(__つ/ ̄ ̄ ̄/_
\/ /
014:以下、名無しに代わりましてリントがお送りします 2XXX/12/22(日) 05:22:01.32
( ´・ω・)( ´・ω・)(・ω・`)(・ω・` )
015:以下、名無しに代わりましてリントがお送りします 2XXX/12/22(日) 05:22:43.98
き、キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
016:以下、名無しに代わりましてリントがお送りします 2XXX/12/22(日) 05:22:45.78
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
017:以下、名無しに代わりましてリントがお送りします 2XXX/12/22(日) 05:23:08.86
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
018:以下、名無しに代わりましてリントがお送りします 2XXX/12/22(日) 05:23:08.97
うえぇええええええええええええええええええええええ!!!!!!??????
019:以下、名無しに代わりましてリントがお送りします 2XXX/12/22(日) 05:23:21.32
ハァッ!? は、ハァ!?
マジで!? マジで言ってる!?
020:以下、名無しに代わりましてリントがお送りします 2XXX/12/22(日) 05:23:28.10
本物じゃねえか!
021:以下、名無しに代わりましてリントがお送りします 2XXX/12/22(日) 05:23:86.99
凄いスレに遭遇してしまった……
022:以下、名無しに代わりましてリントがお送りします 2XXX/12/22(日) 05:24:03.09
ってかアレか? 未確認って日本語わかるのか?
023:46 2XXX/12/22(日) 05:24:28.54
>>022
理解もできるし、話せる。
声、聞く?
http://XXXXXXX/XXXXXXZ
024:以下、名無しに代わりましてリントがお送りします 2XXX/12/22(日) 05:25:33.91
本物の46号ちゃんがいると聞いて飛んできました!
025:以下、名無しに代わりましてリントがお送りします 2XXX/12/22(日) 05:25:56.87
祭りじゃあああああああああああああああ!!!!! 皆のもの、集えええええええええええい!!!!!
と、ここからスレッドは一気に加速していった。
出所した元犯罪者や少年法によって守られた少年たち、さらに時効が成立したばっかりに罪を逃れた犯罪者、さらに今、のうのうと知らん顔して生きている犯罪者、中学・高校のイジメ集団、そしてそれらに関与した人間などの名前・顔写真、さらにどんなことをしたのかまでも記載されていき……現在、そのスレッドは500コメント目に突入してしまっていた。
「これじゃあ、町中の人間が第46号の味方状態だ。ここに張られてる奴らも、逃げようにも逃げられねぇ。警察が保護するわけにもいかねぇ。五代くんもまだ意識は戻っていないし……ちっくしょう! このタイミングで最強の切り札を使ってきやがって……!」
バンッと力強く机を叩く杉田。その形相は怒りと悔しさ、その他さまざまな感情が混ざり合っていた。
自分たち警察が守るべき一般人が、一斉に敵に回ってしまった。そしてその敵になった理由は、社会に紛れている犯罪者を捕まえるためだ。現職の警察官なら複雑極まりないだろう。
彼らは『正しい』ことをしている。
警察の代わりに犯罪者を炙り出し、みんなで力を合わせて捕まえようとしている。
彼らは『間違った』ことをしている。
犯罪者に罰が下るのは当然だ。だが、罰を下すのは第46号ではない。日本の法だ。民意で判決が決まってしまうのなら、裁判所も検察も警察も弁護士も要らない。
彼らは『正しい』と思い込んでいる。
その法に守られたことをいいことに、また悪事を働いている人間たちは、反省もせずに社会の足を引っ張るような人間たちは『悪』。殺されていい気味だと嘲笑う。平和ボケしてしまった日本人の若者が陥りやすいことだ。誰かを晒し者にすることで、自分が正しいことをしているとアピールし、自慢する。それが偽善だなんて気付かずに、自分が『正しい』と信じて。
もはやこの東京全ての善良な一般市民たちは、第46号の傘下のようになってしまうだろう。何せ第46号は自分たちのことは
「諸君、席に着きたまえ」
「…………」
会議場に入ってきて前に立ち、捜査員全員に座れと指示を出したのは公安部部長の大川博だ。
「なんで大川部長が指揮取ってんだ? 松倉本部長じゃないのかよ」
杉田が苛立ちながら言う。その松倉は大川の隣に黙って座っていた。
とりあえず全員が席に座り、喧騒も引いたところで大川がマイクに向かった。
「それではこれから、合同捜査会議を始める。今日からこの会議は私が指揮を取ることになった。よろしく頼む」
それを聞いた、今まで身確認生命体について捜査していた全ての捜査官が驚いた。
「あん? なんで公安が出るんだよ。経験ないくせに」
「多分松倉本部長に圧力が来たんですよ。こうも次々と46号が犯行を繰り返していますから」
「……チッ。俺たちのせいかよ……」
自分たちが第46号の手の中で踊らされ、空振り続けているから、本部長に責任を取らせてしまった。それを知っただけでも、杉田の怒りのゲージは上がっていく。この突然の捜査指揮者の変更も、第46号の計算どおりに思えてしまったからだ。一条も桜井も、同じ事を考え付いたのか、嫌な予感がよぎった。そしてそれは、不幸ながら的中してしまう。
犯行手口、ターゲット、次の犯行時刻などのこれまでの捜査状況の説明が終わると、大川はこんなことを言い出したのだ。
「それでは今後の捜査方針なのだが……今現在、インターネットの掲示板に載っている人間全てを、保護しようと思う」
「えっ!?」
「は、はあっ!?」
「なんですってっ!?」
まさかの大川の提示した捜査方針に一条達は、驚きの声を上げる。一番前に座っていたことと、つい素っ頓狂な声を上げてしまい、彼らの声は会議室全体に響き渡り、一気に注目の的になった。
「なにか不満でもあるのかな?」
「不満て……!」
「あるもなにも不満しかありませんよ!」
「どうしてそんなことをっ!? 東京中の警察署を処刑場にするつもりですか!?」
何が悪いんだと言いたげな大川に、3人は立ち上がって抗議をする。
掲示板に載っている人間全員を保護する。それはつまり、第46号の獲物を一箇所に集めてしまうということだ。第46号の残り殺害人数は84人。今からスレッド全部を見直して、そこに載っている人間全員を集めたら軽く400人は集まる。充分すぎるほどの人数だ。
「そんなわけなかろう。集めたあとにそいつらを一斉に東京から移送してしまえばいい。君たちの捜査報告を聞くに、第46号は東京の悪党しか狙わず、かつ次の犯行時刻は午後5時から6時の間なのだろう? 保護した後、移送するには充分すぎる時間もある。何が不満だ?」
「しかし、相手は知能犯です! 我々警察がゲームのターゲットを東京から逃がすのもしっかり把握し、対策を立てているに違いありません!」
「なら、奴はどんな対策をしているというのだ。ん?」
「そ、それは……」
具体的なことは何も思いつかなかった一条は押し黙ってしまう。だが、一条にはわかるのだ。今まで全ての未確認生命体の事件に関与し、解決に導く手助けをしてきた一条の刑事の勘が、告げているのだ。絶対に読まれている、と。
「それにだね、これは第46号の犯行を防止するためだけでない。我々警察のためでもあるのだよ?」
「……は?」
「わからんのかね」と言いながら、大川は続けた。
「君たちがこの第46号の事件で不甲斐ない姿を見せたせいで、世間からの警察の信用は失墜した。私はそれを取り戻すために、この方針で行こうとしているのだよ?」
「っ!」
やっとわかった。大川がどうしてこんな捜査方針を立てたのかが。
第46号から守るために保護するというのはただの建前。本当の狙いはこのインターネット上に飛び交っている犯罪者、及び犯罪者予備軍を纏めて一斉に逮捕し、手柄を上げて警察の信用を回復するためなのだ。この大川と言う男は第46号ばかりか、未確認生命体のことすら碌に知らないはずなのに、逆に第46号を利用しようとしていたのだ。
だったらなおさらダメだ。
立場は上と言っても、大川は一条達と比べたらこの事件では素人。そんな人間が敵を利用しようなど、第46号を舐めすぎだ。こっちはどんなに真剣に取り組んでもすり抜けられていると言うのに。
「大川部長! お言葉ですが、こんな時に立場や名誉を気にするのはどうなんですか!」
いい加減に耐えられなくなったらしい杉田は少し大きな声で大川に物申す。「なに?」と、大川は眉を顰めた。
「我々警察は一般市民の命が最優先だったはずです! こんな名誉のための作戦が通用するほど、第46号は甘くないですよ!」
「そうです! 第46号は今まで、我々人間の心理状態を計算してゲームを進めてきました! はっきり言って、我々の行動のほとんどは第46号に把握されています! ここは第46号の意表をつくような捜査方針にしたほうがよろしいかと!」
杉田に続いて桜井も大川に楯突いた。が、彼はそんなことは聞かない。大川も大川で、上からの圧力が掛かっているのだ。この作戦を成功させなければ、責任を取らされる。
「君たち、これは命令だ。聞かないのなら捜査から外れてもらう」
「っ! くそっ!」
「杉田さん……」
「はぁ……」
悪態をつきながら乱暴に座る杉田。彼の気を少しでも静めようとしたが失敗し、申し訳なさそうな顔をしながら座る桜井。一条は溜息をついて席に付いた。もうこのおそらく失敗するであろう作戦を、なんとしてでも成功させるしかない。
「以上だ。警察の威信にかけて、必ず作戦を成功させるように! 全員、解散!」
大川の号令で、公安の警察官たちが最初に解散し、次に警備部の人間がちょこちょこと退室。最後に残ったのは一条と杉田、桜井。そして……
「……申し訳ない」
彼らの座る席の前に来て、頭を下げる松倉の4人だけになった。
「本部長が謝ることじゃないです」
「そうです。私たちが不甲斐ないばっかりに……」
「ほんっとうに、すみません」
「いいんだ。責任を取るのが私の仕事なのだから。おまえたちは今までどおり、事件にのぞめばいい。さぁ! いつまでも座ってないで、行った行った!」
はっはっはと笑いながら、松倉は会議室を後にした。
「はぁ……悪い、取り乱しちまった」
「いえ。杉田さんが悪いわけではないです」
「そうですよ」
松倉の謝罪で完全に頭が冷えた杉田は2人に謝り、謝られた一条と桜井はすぐにフォローを入れる。まだ同じ捜査をして1年も経っていないが、もうこの3人はこれくらいのやりとりが普通なほどに打ち解けられていた。
「ったく、バカらしい作戦だがやるしかねぇか」
「ええ」
「行きましょう」
殊勝な2人に苦笑した杉田はパンと両手で、自身の両膝を叩いて立ち上がる。一条も桜井も一緒に立ち上がると、3人は大川の作戦をサポートするために会議室から走って出て行った。
――To be continued…
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第11話 『影響』
昨夜は本当にすみませんでした。というか、バッドエンドを見てみたいと言われて驚きました。完結……トゥルーエンドを書き終えてから、バッドエンドのほうも書いて行きたいと思います。
コメントも100を超え、お気に入り件数も800人に迫り、しかも投票者数も100人に迫っています。まさか、ここまでヒットするとは思いませんでした。
皆さん、本当にありがとうございます!
この日、東京全体は騒然としていた。
ある人間がとある掲示板に張られている写真の人物と同じというだけで、街中を行く人々は遠巻きに冷たい視線をその人間に向けながら陰口を叩いている。
「(くそ……俺はしっかり罪を償った。なのにどうして……)」
その視線の的になっている男はフードを深く被って心の中で毒づく。
男は過去高校生のとき、無免許で車を運転し、そして事故を起こして相手ドライバーの右脚を失わせている。しかし、年齢と過去何回も運転を繰り返していたことにより運転の技術があったことが裁判で認められ罪が軽くなり、少年院に少し入れられた程度で済んだ。罪が軽くなってラッキーと、心の中でガッツポーズをしたのをよく覚えている。そのツケが、今になって巡ってきた。
未確認生命体第46号。
社会の中に紛れ込んでいる『悪人』ばかりを狙う未確認生命体。その第46号が立ち上げたスレッドに、男の顔写真と名前が載ってしまったのだ。
掲載者は右脚をなくした相手ドライバーの息子だ。
右脚をなくしたドライバーの男は、なんと野球選手だった。補欠とはいえ、彼の夢だった誇りに思っている職業だった。そんな父親の夢を一瞬で奪われた。父親はもういいと言っても、息子はそうは行かなかった。
許せなかったのだ。父親の夢を奪われ、しかもその事故を起こした犯人は少年法に守られてまともな判決が下されなかったことに。いつか復讐してやる。そんなことを思った矢先に現れたのが第46号だった。
「……もう、ダメだ」
男の心はついに折れた。耐えられなくなったのだ。自分を見つめる、赤の他人の冷たい重圧に。例えフードを深く被っても、一度気付かれてしまったらもう隠せない。フード越しに聞こえる陰口、自分に向けられる冷たい視線、カシャっと誰かが偶然持っていたカメラで撮った音まで聞こえる。
ふらふらと、男が向かったのは今自分が働いている職場でなく、近くにあった警察署だった。その警察署には……他にも何人もの人間が訪れていた。
――――・――――・――――
場面は変わってとある高校。
ここはとある女子校だった。
偏差値も高く、ここを出て東大へ進学した学生も多い、近所でも親たちの間でも評判の女子校だ。
しかし、そんな人気の学校にも闇がある。それは……
「ったく、なんだってのよ……」
そこへと通う1人の女学生。
彼女は朝から数々の生徒の視線の的となっていた。この女学生が知っている顔も、知らない顔も、自分のことを見てなにやらひそひそと小声で話をしている。
その視線の正体は、この女学生もわかっていた。わかっていたからこそ、怒りが頭の中に巡っていたのだ。
校舎に入って上履きに履き替え自分の教室に入れば、またそこでも視線の的。しかも今まで道中で来た視線とは少々異なり、そこには哀れみの感情もプラスされ、この女学生の怒りを更に掻き立てる。
ズカズカと教室に入った女学生は自分の席に荷物を乱暴に投げ、そのまま窓際のほうに座っている眼鏡をかけたクラスメイトの胸倉を掴んだ。
「あんた……あんたでしょっ!?」
「なっ、なんのことですか、矢田さんっ」
「惚けないで! あの掲示板に書き込んだの……あんたなんでしょっ、三上!?」
無理矢理立ち上がらせた女学生……矢田は、眼鏡のクラスメイト三上を窓に叩き付けて詰め寄る。あの掲示板とはなんなのか、それはこの2人のやり取りを聞いていたクラスメイトの全員が知っていた。
「しっ、知りませんよっ! どうして私があんなことをっ!?」
「そんなのあんたしかあんな書き込みするやつ、いないじゃない!」
「わっ、私は違いますっ!」
「嘘言うんじゃ――」
「矢田! 矢田はいるか!」
いよいよ矢田が三上を殴り飛ばそうとしてもおかしくないほど、剣呑な雰囲気になったところでタイミングよくこのクラスの担任が教室に駆け込んできた。
「なによ、先生。今取り込み中なんだけど」
「おおっ、よかった! 家から出たと聞いたときには焦ったが……無事に来れていたんだな! よかったよかった……。あの子ですよ」
ほっとした様子の担任は、ドアの影に立っていた2人の男を呼び、矢田を示した。
「わかりました」と片方の男が短く言うと、2人は三上を掴んでいる矢田のほうへ少し足早に向かう。慌てた様子で、矢田は三上を解放してその2人を見た。
「矢田美穂さんですね?」
「そ、そうですけど……」
確認をしたもう片方の男は、胸ポケットから……警察手帳を取り出した。
「警察の者です。あなたを保護しにきました。署までご同行、願いますか?」
――――・――――・――――
時刻は午前7時12分。
警視庁へ向けて走る銀色の覆面パトカーの中。
運転する桜井と、とある高校の女子生徒の隣に座る杉田はほっとしていた。
この女子生徒の家に向かって「出かけた」と言われたときには焦った。もし掲示板を見て第46号から逃げるために姿を眩ましてしまっていたら、保護することは困難。もし東京のどこかに隠れているとしたら、第46号の格好の的になってしまうからだ。
「どうして……私だけなんですか?」
不機嫌そうにぶすっとした顔で後部座席の真ん中に座る女子学生……矢田は、杉田と桜井、どちらに聞いたのかわからない質問をした。
運転中の桜井に気遣い、杉田がその質問に返す。
「君だけじゃない。第46号が立ち上げたスレッドに載せられたほかの人間も、全員こうして保護するんだ。大丈夫だ。次に奴が犯行を行う時刻は午後5時。それまでの間に君たちを東京から避難させることはできる」
「そうじゃなくて!」
自分の望んだ解答に答えなかった杉田に、矢田は叫んだ。
「どうして三上は連れて行かないのよって聞いてんのよ! あいつでしょ!? 掲示板に私のこと書いたの!」
「はぁ……それはまだわからない。今は人命が優先なんだ。書き込んだ犯人を突き止めている時間はない」
「絶対あいつよ! ねぇ、アレって犯罪なんでしょ!? どうして捕まえてくれないのよ!」
詰め寄ってくる矢田に、杉田は「落ち着いて」と諭す。運転している桜井だが、時々バックミラーで2人を伺っている。いざというときには車を停めてでも止めないといけないからだ。
「ざっけんじゃないわよ、第46号も警察も!
……ぶちっ。
「やばっ」と桜井は瞬時に判断して車を路肩へ停めるがもう遅い。
杉田は矢田の頭を掴んで睨みつけていた。その形相はもしかしたら、第46号に向けて放っていた怒りよりも強烈なものなのかもしれない。
「そのたかがイジメで、何人の人間が今までに自殺してると思ってんだっ!? 知ってんのか!? ああんっ!?」
「す、杉田さん、落ち着いて!」
シートベルトをはずして静止を訴える桜井だが、杉田は止まらない。
「200人だ。1年間で200人、イジメを受けた子供たちは自ら命を絶ってんだよっ! 親にも教師にも、俺たち警察にも、誰にも言えずに1人で全部抱え込んでその人生を閉じてんだよ!」
「それがなんだっていうのよっ! 誰にも相談できずに死んで逃げた奴なんて、知ったこっちゃないわよ!」
「うるせぇ! 誰にも頼らせないほどにまでそいつを追い込んで、自殺させる原因を作った奴はもう立派な人殺しだ! わかるか!? 人殺しなんだよ!」
警察官ならば誰でも一度は思ったことだろう、イジメについての嫌悪感。矢田の考え無しに言い放った自己中心的な発言は、杉田を刺激するには充分すぎた。
杉田なら間違っても暴力は振らないと信じている桜井だが、今朝からずっとご機嫌斜めな彼だ。もしかしたら、そう考えると桜井はもう気が気でならない。
「法律がどうとか、犯罪かどうかなんてもんはこの際関係ねぇ! 人間として、永遠に『人殺し』のレッテルを貼って生きていかなきゃなんねぇんだ! もしおまえがイジメをしていた相手が死んじまったらどうする!? 人間死んじまったらそれで終わりなんだ。終わりなんだよ! もうやり直すことなんざできねぇんだよ! わかったら二度と、
それだけ言って杉田は矢田を解放し、掴んでいた右手で自分の太ももを強く叩いた。スパァンッと物凄い音が車内に響く。
解放された矢田というと、杉田の剣幕にやられて目を限界まで開かせて小刻みに震えながら「ごめん……なさい」と小さな声で誰かに向かって謝っていた。今は未確認生命体についての捜査をしている杉田だが、彼の本業は捜査一課。つまり殺しの犯人を捕まえて自供させるのが仕事で、杉田はそのベテランだ。そんな刑事から飛び出した『人殺し』は、彼女のイジメへの軽い認識を揺るがすには充分すぎた。
「……悪いな桜井。時間を潰した。もういい、出してくれ」
「は、はい……じゃあ」
ようやく収まった杉田の怒りにほっとした桜井は、停めていた車を再び警視庁に向けて発進させた。
――――・――――・――――
午後12時31分。
一条は椿から連絡を受け、関東医大病院に向かっていた。雄介の意識が戻ったのだ。
本来ならば大川の命令に従って、掲示板に載せられた人間達を集めないといけなかったのだが、近くでやり取りを見ていた杉田と桜井が行って来いと背中を押され、結果、悪いと感じつつも彼の元へ向かっていたのだ。
どんな顔で会えばいいのか、はっきり言ってわからなかった一条だが、今回の事件に関してどうしても雄介に言わないといけないことがあった。当然それは、第46号に二度と同じ技が効かないかもしれないことではない。もっと別のことだ。
関東医大病院に辿り着いた一条は駐車場に車を停め、どう話を切り出そうかを考えながら院内を歩く一条だが、結局特に良い案が浮かばないまま、雄介がいる病室に辿り着いた。
こんこんとノックし、「はい」と返事が来るのを待ってから静かに病室に入る一条。
「あっ、一条さん」
「五代、大丈夫……じゃ、まだなさそうだな」
一条に気付いて呼びかけてくれた雄介だが、彼はまだ寝たままだった。首すらも動かせないらしい。
心配する一条に、彼よりずっと前から病室にいた椿が言う。
「心配は要らない。回復すれば元に戻る……が、少なくとも今日1日は動けないだろうな。15回は死んでいるほどのダメージを負ったんだ。今日は絶対安静だ」
「そうか……よかった」
「すみません、一条さん……俺、また……」
「いいんだ、五代」
二回挑戦しても、今自分ができる最強の技を駆使しても届かなかったことを悔やむ雄介に、一条は少し頬を緩ませる。責めるつもりはないし、責める権利もないと一条は感じていたからだ。それに今は、雄介が峠を越えたことと、今日1日休めば元の身体に戻れることを知った喜びのほうが大きい。
「ユニゴは……第46号は、どうしていますか?」
「ああ……朝に悪徳金融会社を襲撃して12人を殺害。その後、ネットの掲示板を使って一般人の中から揺さぶりをかけてきた。今の東京は大混乱だ」
何台ものパトカーが町中を回ってはネットに掲載された次のターゲットとなりうる人物を保護し、後に来る護送車で都内から逃がすという警察のプランを、一条は雄介に話した。
「いいじゃないっすか。46号のターゲットを減らせますし」
「ああ。そう、なんだがな……」
確かにこの作戦は、普通に考えれば良い作戦だ。有効かつ、犠牲者を減らすことができる。だが1つだけ欠点がある。それは……この作戦自体が、あまりにも普通すぎることだ。都内の標的を狙うならその標的を逃がせば良い。そんな誰でも考え付くような簡単な作戦なのだ。
今まで人間の心理を上手く利用して、第46号ことユニゴは、たったの3日間で3912人の人間を殺害している。一歩先を行く第46号の頭脳に、果たして自分たちの平凡な作戦が通用するのか。それが、一条達が大川に反発した大きな理由だ。
「大丈夫ですよ! 警察の皆さんだって、頑張ってるんですから! きっと成功しますよ!」
「……そうだな。今更、悩んでも仕方がない。中途半端にはしないさ」
なぜだろうか。
雄介の笑顔を見た一条は今まで悩んでいたこと、心配していたことが少しだけであるが晴れた。何の根拠もない「大丈夫」であるが、雄介が言っただけでどこか安心することができた。
そういえばそうだった。今までもこの青年は笑顔を使って何かをするたびに、周りを笑顔にさせてきた。そういうある意味、カリスマに似たような力が雄介にはあるのだ。だから、雄介は第46号とも話をすることができた。
最初に向こうが接触してきたとき、普通の人間なら罠だと思って行こうともしなかっただろう。仮に行ったとしても警戒して、クウガに変身した状態で行くだろう。だが、雄介はそうはしなかった。「クウガとして」ではなく「五代雄介」として第46号と向き合い、彼女の考えや立場をしっかりと受け入れることができたのだ。
そんな心優しい青年に戦いを強いるなんて。
また一条はそのことを考え、少しだけ罪悪感を抱くのだった。
「五代、今回は休んでいてくれ。第46号は俺たちが止める」
「え……どうしてですか? 俺は戦えますよ! 平気ですって、あと少し休めば!」
自分の身体のことを労ってくれていると思った雄介。しかし、一条は「違うんだ」と断じた。そしていつも以上に真面目な顔になって雄介に問うた。
「おまえは……第46号と本当に戦えるのか? 戦って殺すことはできるのか?」
「……っ」
ようやく一条が言おうとしていることがわかった雄介は目を見開いた。
一条は、雄介が第46号を倒せないほど弱いと言ったわけではない。もしそれを言うなら最初に「戦えるのか?」ではなく、「倒せるのか?」と訊くはずだからだ。ではなぜ、「戦えるのか?」と訊いたのか。それは……
「五代、おまえは
2回目で、一条は核心を突いた。
雄介は……優しすぎる。それが彼の最大の長所であり、最大の弱点だった。
優しいゆえに、物事を広い視野で見ることができるし、要領もよく物事を捉えることができる。だから……敵であるはずの第46号を「ユニゴ」と名前で呼ぶほど理解してしまい、同時に彼女に対して同情もしてしまっていた。
「…………」
雄介は固まってしまった。言い返せない。一条の質問に「はい!」「勿論ですよ!」と、言い返せない。
何度も覚悟を決めたはずだった。
1回目の戦いのときも、2回目のときも。覚悟を決め、2回とも本気で彼女を殺しにいった。だけど……結果は惨敗であった。彼女を追い詰めることはおろか、ダメージすら碌に与えることが叶わなかった。
それどころか、向こうは2回とも命を助けてくれている。すぐに殺せるはずの自分を、ただ一方的に甚振るだけでとどめだけは絶対に刺さなかった。こっちは命を取るつもりで戦いに挑んだというのに、向こうは命を取る気で戦いに望もうとしない。しかも第46号がクウガを舐めているわけではない。純粋に心の底から、殺したくないと、戦いたくないと言って命は奪わないようにしてくれている。今までの敵のように上から目線に、自分のことをただのゲームを面白くさせるための敵キャラとして捉えられたほうが、どれだけ戦いやすかったか。
「五代。今回の第46号は……
「それは……」
これも、否定できなかった。
第46号を倒して、この事件を解決したとしても。おそらく雄介はずっと彼女のことを引き摺ってしまう。
ただただ生きたいという理由で、それだけのために殺戮を繰り返すしか方法がなかった彼女を殺してしまえば、それは雄介にとって、一生背負い続けるであろう重い十字架になる。それほどまでに、雄介は優しすぎた。
「奴は俺たちが
一条の視線はまっすぐだった。
今まで雄介に戦ってもらっていたことに対する感謝、いつまでも雄介に守ってばかりには行かないという彼の警察官としての意地、そして、雄介の心の負担をかけるわけには行かないという彼なりの気遣いが込められていた。
「わかり……ました」
自分を信頼し、第1号の事件からずっと一緒に戦ってきた戦友にここまで言われたのだ。雄介は素直に受け取った。しかし、それでもどこか諦め切れていない雄介は「だけど」と続けた。
「俺もこの休んでいる間に力をつけようと思います」
「……ああ、わかった」
なにをしようとしているのかはわからないが、雄介なら大丈夫だろう。きっとこの第46号の事件が終われば、またいつもの雄介が戻ってくる。
一条はそう信じて、短く返した。
「じゃあ、俺はもう行く。しっかり休んで、戻って来い」
「はい! 忙しい中、ありがとうございました!」
「……なんてことはない」
最後はやっぱり笑顔でサムズアップをしてくれた雄介に、一条は自然と笑みを浮かべてサムズアップを返し、病室から去っていった。
――To be continued…
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第12話 『領域』
ちょっと昨日は色々ありまして、投稿することができませんでした。すいません。
「一条!」
時刻は午後12時36分。
雄介がいる病室から出た一条を呼ぶ声が少しだけ院内の廊下に響いた。ふと、一条が振り返るとそこにいたのは椿だった。
「一応、あのことを話さないように見張っていたんだが……大丈夫なのか?」
「なにがだ?」
「今回の戦いに五代をこれ以上戦わせないって言ったことだよ。なにか、策があるのか?」
クウガの力を借りずに、
「昨日、榎田さんに連絡したんだ。神経断裂弾の開発をもう少し早めてくれないか、ってな」
「……そうか。で、いつ完成する予定なんだ?」
「今日か、明日には完成させると言っていた」
「ついに完成するのか……神経断裂弾が。だが、46号に使う際には気をつけろ。奴の身体が適応する前に倒さないと」
「わかっている。二度と効かなくなる可能性がある、だろ?」
比較的明るく返してきた一条。それを見た椿は少しだけ安心した。
五代の心の傷を刺激することもなく、『凄まじき戦士』にさせることもなく、未確認生命体の事件始まって以来の強敵を倒せるかもしれないと感じたからだ。
「出来れば今日の夕方くらいに作ってくれるとありがたいんだが……それは我儘だ。下手に急がせて、空振らせては意味がないからな。なんとか今日を乗り切って、明日蹴りをつける」
「ふっ、そうか。……邪魔してすまなかったな」
「いいさ。それじゃあ」
「ああ」
2人はそれぞれ、自分の持ち場へと戻っていった。
――――・――――・――――
時刻は午後3時ジャスト。
どこかの建物の中、2つの人影があった。
片方は女だった。上品な紫のロングスカートを着た、額にバラのタトゥがある女。
もう片方は男だった。どこかの国の貴公子のような真っ白な服を着た、額にクウガのリント文字によく似た4本角のクワガタのような紋章がある少年。
巨大なオープンガラスの前に少しだけ距離を空け、2人は対峙している。まだ昇る太陽の光がガラスから室内に入り込み、女は真っ黒な、そして男は真っ白なシルエットを作る。
「ユニゴは、今夜にでもゲゲルを成功させるだろう。リントはユニゴが仕掛けた罠に気付くことなく、勝手に自滅する」
女……バルバは真っ白な少年にそれを告げたあと、「だが」と更に続ける。
「ユニゴは、ザギバス・ゲゲルに進む気はないらしい。成功した暁には、私とドルドのように『ラ』になるだろう」
「へぇ……ユニゴが、ね。甦ってから大きく変質したとは聞いたけど、残念だね。その変質した彼女と、戦ってみたかった」
つまらなそうに笑った後、本当に残念そうに目を伏せる少年。
「おまえと、ザギバス・ゲゲルを行うのは、ガドルだけだ。だが……クウガがガドルを殺すかもしれない。そうなれば、おまえが究極の闇をもたらすことになる。その時、クウガはどうなるかな」
「……それは、楽しみだね。とっても」
今度は本当に楽しそうに真っ白な少年――ダグバは、笑った。
――――・――――・――――
午後3時45分。
一部の所轄の警察署からは1台、警視庁からは3台の大型護送車と、それに続くように複数台のパトカーがサイレンを鳴らしながら出発した。第46号のゲームの開始時刻が午後5時から6時までの間。それまでの間に東京からターゲットとなりうる人間達を逃がすにはこれが限界の時間だった。
警察署に集まった人数は全員で443人。掲示板に書かれていた人数よりも少し多い人数だった。おそらく、自分も狙われるかもしれないと感じた人間も助けを求めてきたのだろう。
1台30人ずつ、計15台の大型護送車が東京を出発。万が一のことを考え、全ての車両をバラバラに分散させ全く別の高速道路を走らせる。これならなにかの手違いで午後5時以降に東京に護送車があったとしても、移動距離のことを考えればせいぜい2台が限界。1台30人しかいない護送車を2台襲撃しても人数は60人。84人が残り人数である第46号のゲームはクリアできない。
しかも、しかもだ。
警視庁地下からまた新たな大型護送車5台が出発した。これはダミーの護送車で、運転手以外は私服警官数人しか乗っていない。当然、ダミーもまた別々に高速道路を走るため、第46号の動きを撹乱させることができる。上手く嵌れば1人も殺されることなく、この時間帯のゲームをやり過ごすことが出来る。
「ふん」
警視庁から出発した8台の大型護送車を見て、大川は余裕そうに笑った。
今日の道路状況で渋滞となっている箇所は少ない。1時間もあれば東京から護送車はでることはできるし、1時間半もあれば高速道路からも出られる。
15台の護送車は3台ずつそれぞれ、神奈川・埼玉・群馬・静岡・千葉に向かって走っている。高速道路は違えど、最終目的地である県はある程度固めた。そうでなければ護送車の所在がわからなくなってしまう可能性があるからだ。ダミーを5つ作ったのも、この5県に向かっている護送車の1つに紛れ込ませるためだ。完璧だった。
「見たまえ、これで奴のターゲットは東京にほんの数人しかいない。84人なんて、一箇所に固まっていない以上、とてもじゃないが殺せんよ。君も最初から、こうしていればよかったのだよ松倉くん」
隣で一緒にこの光景を見ていた松倉に、大川はバカにしたように、そして余裕そうに笑う。
しかし、松倉は険しい表情を浮かべたままだ。それは大川に馬鹿にされて不機嫌になっているわけでなく、何か良くないことが起こりそうな気がして、嫌な胸騒ぎをしているからだ。
「おかしい……」
「なにがおかしいのだ?」
「第46号が、何も仕掛けてこないことです」
そう。時々あった第46号の目撃証言はおろか、第46号自身が何もアクションを起こしてこないこと。このことに松倉は疑問を感じていた。
どこかのコンビニに訪れては何かを買っていく姿や、街中をふらふらと歩いている様子をよく目撃されていた第46号が、どこにも現れていないのだ。まるで東京からいなくなってしまったかのように。
「そんなの、自分の定めたゲームとやらのルールに従っているだけではないのかね」
「確かに第46号のゲームの時間は午後5時から6時までの間です。ですが……このまま黙って見ているのは妙だと思いませんか? これでは折角炙り出した獲物を逃しているようなものです。あんな掲示板の書き込みをするメリットが全く作用していないどころか、デメリットになってしまっています」
「ふん。どうせあの書き込みは我々警察に対する嫌がらせだよ。挑発して、我々に冷静な判断をさせないためのな」
まぁ、そういう見方も確かにできるが……。松倉はやっぱり引っかかってしまう。
「心配はいらんよ。この東京から奴のターゲットの大半が消えるのは確実。あの掲示板があったサイトだって、既に閉鎖させている。もう奴は新しい情報を掴むことはできん。あとは獲物を探すのに必死になっている奴を見つけ、倒してしまえばいい。私の作戦に穴などないよ。はっはっはっはっ」
笑いながら部屋から出て行く大川。
残された松倉は、第46号を軽く見すぎている大川に「はぁ」と溜息を1つ付き、46号の狙いを椅子に座ってじっくり考え始めた。
――――・――――・――――
時刻は午後4時32分。
あと30分もしないうちに46号のゲームが始まろうとしているとき、松倉と同じことを考えている3人の男たちが合同捜査本部の会議場にいた。
「もう少しで、時間ですね」
「はい」
「ああ。……笹山、護送車の状況はどうだ?」
「とくに異常はありません。全ての車両がすでに東京から出ていて、もう少しで合流し、各県警に向かう予定です」
3人の男……一条と桜井、杉田は、オペレーターとして常に護送車周辺をチェックし、護送している捜査官と連絡をしていた笹山望見に今の状況を聞く。
何故いつもは現場で脚を運んでいるこの3人がここにいるのか。
それは、大川に待機するように直接命令されたからだ。これだけは言っておくが、大川は決して私情を挟んだわけではない。自分の作戦に反抗してきた3人を現場に行かせたら、現場の指揮が乱れると判断したために3人に命令したのだ。キャリアとはいえ公安部部長になった男だ。捜査に私情を持ち込むようなほど愚かではない。
笹山から異常はないと言われても3人は不安を払拭させることはできず、渋い表情を浮かべたままだ。
不気味なほど上手く行っている作戦。そして何も行動を起こさず、姿を眩ました第46号。この2つの不安要素が彼らの中に渦巻いていた。
「なぁ一条。奴の狙いはなんだと思う? 一体何が目的で、あんな書き込みをしたと思う?」
いくら考えても第46号の狙いがわからない杉田は、自分以上に未確認生命体の事件を経験している一条に訊いた。
最初に、刑務所。次に、詐欺グループのアジト。その次に、麻薬密売に関与していた指定暴力団を壊滅。カルト教団を抹消し、最後に悪徳金融会社襲撃という、流れるように繰り返してきた第46号の犯行は全て意味があった。
最初の刑務所襲撃で囚人
順序を踏むように丁寧に計画された第46号のおそらく最後の仕掛けが、この掲示板への書き込みだ。当然、なにか裏があるに決まっていた。
訊かれた一条は思い出すように語る。
「今までの手口からして、第46号は我々人間の『思い込み』という心理を上手く利用しています」
「思い込み?」
「はい。被害者を出さないよう、我々は奴が残した手がかりや結果を深く理解しすぎて、これが奴の狙いと思い込み、そして裏をかかれていました」
「……確かにそうかもしれませんね。昨日のカルト教団襲撃事件も、我々がインターネットの掲示板に書かれていたことを当てにしすぎてしまったせいで起きてしまったことですし」
昨日の失策を思い出してしかめっ面をする桜井に続いて、杉田が「つまり、アレか?」と切り出した。
「奴の目的は、俺らが思い込んでいる間違った情報を利用する、ってことか?」
「おそらくは……」
「あれだけ派手で大規模なことをしておいて……まだ、俺たちはなにかを見落としているのかよ……」
第46号の狙いをはっきりさせるために、3人は今まで自分たちが調べ上げた46号のゲームについての見直しをする。
「今、我々が掴んでいる情報はまず、次の犯行時刻が午後5時から6時までの間だということ」
「それは間違いない。最初は疑っていたが、もうそれを裏付ける証拠もある。疑う必要はないだろう」
「次に標的。第46号の標的が犯罪、またはそれに準ずる行為をした経験のある人間だということ」
「これも間違いはないですね。第46号は基本一般人に加え、我々警察官、警備員、刑務官には一切手を出していませんし」
「他には?」
「他には……」
一条はここで言い篭ってしまった。杉田も桜井も何か他に、第46号のゲームで確定している情報がないかを考えてみるが……
「……以上、ですね」
という結論しか出なかった。
第46号のゲームを食い止めるために必死で考えていた3人でも、これしか碌に第46号のゲームの情報を知らなかったのである。当然か。
今回の第46号のゲームは今までの敵と違ってターゲットははっきりしているが、その代わりとして決定的に足りない情報があったのだから。
「せめて場所さえわかれば……」
ポツリと呟いた桜井のセリフ。
第36号は総武線千葉行きの電車の4両目に乗っていた人間がいる場所、第37号は東京23区を『あいうえお』の五十音順に、第38号はピアノ練習曲『革命のエチュード』の楽譜の音程に合わせた水のある場所、第39号は高層ビルの屋上と、今までの敵は全員が全員、どこで犯行を行うのかを推定することができた。
しかし、この第46号だけは違った。今までの敵とは違って犯行場所が全く読めないという特徴があったのだ。……そう、
「……っ! ま、まさか……もしかして……!」
今回の敵、第46号が仕掛けた最大の罠に、最初に気が付いたのはやはり一条だった。
顔を真っ青にした彼は会議室の前にある時計を見る。時間は午後4時57分。どうやら考えることに集中しすぎて、既に20分以上時間が経過していることに気が付かなかったらしい。
「笹山くん! すぐに各県警に護送車を護るように手配してくれ!」
「えっ?」
「いいから早くッ!」
「はっ、はいっ!」
声を張り上げて笹山に指示をする一条。いつもの彼らしくない剣幕に「? どうした一条」と杉田は首を傾げる。
「私たちは……とんでもない思い込みをしてしまっていたかもしれません……!」
あまりに気が付くのが遅れてしまったことに対する絶望感から目を見開き、軽く身体を震わせる一条はまだ気が付いていない2人に説明をする。
「西多摩、新宿、渋谷、港、千代田に中央区、大田区。今まで第46号が犯行を行っていた場所は東京都内のみでした。ですが、我々は正確な奴の犯行を行う場所がわからなかったはずです。そして――」
少し溜めて、一条は震える声で言った。
「――犯行が行なわれる場所の
「!」
「なっ! そ、そうか……しまった……!」
今更になってようやく46号の最後の狙いがわかった桜井は一条と同じように、目をまん丸にさせた。当然、杉田もそれに気が付き「なんてこった……!」と机に握り拳をぶつけている。
一条達が嵌った、第46号が仕掛けた巨大な落とし穴の正体。
それは……犯行場所ではない。――犯行現場の範囲だった。
西多摩、新宿、渋谷、港、千代田、中央、大田、江戸川、荒川と、今まで第46号が東京都内
何らかの対策を第46号は立てているはずだと一条は言ったが、そもそも第46号は対策を立てるまでもなかったのだ。何せ対策せずとも、自分の領域内から獲物を逃がすことなど絶対にできはしないのだから。
カチッ……カチッ……。
絶望に暮れる3人のことなど関係無しに無情にも、時計の針は時を刻んでいく。今から向かおうにも到底間に合いはしないし、どこに出現するのかも一条たちにはわからない。
秒針が徐々に徐々にと進んでいき……カチリ。
ついに時刻は午後5時丁度。
自分たち警察を見事に欺かせた未確認生命体第46号こと、ゴ・ユニゴ・ダのゲームが始まった。
――――・――――・――――
午後5時。
神奈川県、横浜市。
首都高速道路から出て少し離れた場所にある駐車場に4台の護送車と、その周囲に走っている10台のパトカーが合流していた。
予定通りの時間に到着し、ほっと一息つく刑事と護送車の中にいる第46号によって狙われている可能性のある人間たち。東京から出られて安全を得られたと思っているのだろう。高速道路を抜けるまでの緊張感は隣の神奈川県に入ったことで消え、護送車の中にいた人間や警察官が何人か、外に出て一服していた。
長いようで短かった護送。
いつになったら危険でない場所に到着するのか、もしかしたらすぐにでも襲われてしまうのではないか、襲われてしまったら自分は果たして生きているのか、死ぬとしたらどうなってしまうのか。全くわからないという恐怖を植えつけられたまま護送された人間も、護送していた警察官たちも気が気でならなかったのだろう、全員精神的に疲れていた。
そんな彼らに、小さな白い影が静かに迫ってきていた。
――To be continued…
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第13話 『完成』
今回はちょっと短いですが、色々なイベントが起こるちょっと重要な回です。
それから、今更気付いてんですが、まだこれ物語の中では始まってたったの3日しか経っていないんですよね……。
お気に入り件数900人突破! 本当にありがとうございます!
神奈川県横浜市某所。
とある駐車場のあたり一面、冷たいコンクリートの上にいるのは2種類の人間。
1つはただ気絶しているだけの人間。致命傷はおろか、一滴の血も流されていなかった。全員、何らかのダメージを受けて気絶してしまっているだけだ。命に別状は全くと言っていいほどない。
もう1つは対照的に、命に別状がありまくるどころか、逆に亡くなってしまっている人間。全員咽から生えてはいけないものが生えてしまっており、血まみれの顔を絶望と恐怖に彩り、硬直させてしまっていた。
そんな中、2本足で平然と立っている影があった。
「ドルド……私、何人悪いリント、殺した? ゲゲル、成功?」
鈴が鳴るような綺麗で、どこかあどけなさも感じさせる声で姿の見えぬ誰かに話しかけるのは、この地獄のような光景に全くといって似合わない真っ白なワンピース1枚を身に纏った少女。何も知らない人間が、この少女1人でこの光景を作り上げたと聞いたら驚愕するであろう、それほどまでに儚い姿をした金髪の少女だった。
少女……グロンギ族『ゴ集団』のナンバー2の実力者、ゴ・ユニゴ・ダの問いかけを受け、どこからともなくやってきた巨大な計算機『バグンダダ』を左手に持つニット帽の男、ラ・ドルド・グはカチリと玉を動かし、首を横に振った。
「いや……まだ、ゲゲルは終わっていない」
「? 本当? まだ、足りない?」
少し意外そうな顔をしながら、ユニゴは首を傾げた。ドルドの計算技術がずば抜けていて、いつだって適切な数値を弾き出してきたは百も承知であるが、今回の襲撃で終わりにしようと計画し、数えてはいないものの手応えは確かにあったためにどうしても疑問に感じてしまったのだ。
「今、仕留めたリントの人数は83人だ」
「……!」
まさかの答えにユニゴは目を少しだけ大きくさせた。
1台30人ずつ乗せていた護送車。しかし、例外となる護送車が1台だけあったのだ。
警察が身柄を預かった人数は443人。30人ずつ乗せていくと、余りとして23人が残る。その23人が乗っている護送車をユニゴは襲ってしまったのだ。だから、30+30+23で答えは83人。ユニゴの目標人数の84人には1人だけ足りないという結果が出てしまった。
まさか、こんなところでミスをするとは。拳を握って悔しそうに歯軋りするユニゴであるが、これは仕方のないことだった。どれが23人しか乗っていない護送車で、それは一体どこに向かっているのかなんてユニゴにはわからないのだから。
「時間は……」
金色の懐中時計を開いて時間を確認するユニゴ。時刻は午後5時54分。警察官だけ殺さずに全員気絶させ、逃げていくターゲットを片っ端から全員殺す作業は思った以上に難航し、更に駆けつけた警察の増援のせいで
パチンと懐中時計を閉じ、ユニゴは深呼吸をする。なんだかんだで、まだゲゲルは3日も猶予があるのだ。獲物1人を殺すのはそう難しいことではない。
「わかった。あと1人、見つけ出して仕留める」
ユニゴには1つだけ、当てがあった。確実に1人、殺すことができるであろうそんな当てが。しかも今まで殺してきた人間たちの中に、そいつの顔は一切ない。ターゲットにするには、格好の相手だった。
「ターゲット、決まった。私、今から動く。明日の朝、6時。ゲゲルを再開する。ドルド、よろしく」
「……わかった」
軽いやり取りをした2人は、すぐにこの場から立ち去っていった。
――――・――――・――――
時刻は午後6時12分。一条達が現場に着いたのはこの時間だった。
怪我人である警察官、全106人は腹部に軽い打撃を受けているだけだったのだが、護送していたターゲットたちはそうは行かなかった。
既に現場には神奈川県警が現場検証をしており、駐車場のあらゆる場所にブルーシートが何かを隠すように敷かれている。その下に何があるのか、もう言うまでもないだろう。
「一条!」
自分がもっと早く気付いていればという憤りと、ゲームを成功させてしまったという悔しさからただ現場に棒立ちするしかなかった一条の元へ、杉田がやってきた。
「どうしたんですか?」
「まだ奴のゲームは終わっていねぇぞ!」
「えっ?」
第46号がゲームをクリアしたと思い込んでいた一条にとって、予想外な杉田の言葉。少し戸惑いながら、一条は質問した。
「3台の護送車を襲ったということは被害者の人数は90人。奴が獲物を取り逃がすとは考えられませんし、目標は達成したはずでは?」
「いや! それがここにある3台のうちの1台は、23人しか人間を乗せていなかったことがわかった! 奴は今ここで83人しか殺していない!」
「! ということは……!」
「ああ、チャンスだ……チャンスができた!」
不謹慎であるが張り切ったように言う杉田だが、一条もまた喜びを隠せない。完璧だったはずの第46号の計画。それが意外な形で台無しになった。
残り1人。
たったの1人であるが、その1人のために第46号は自分から動かなければならない。ならば、それは一条達にチャンスが巡って来たということだ。
もはやこれだけの殺戮を繰り返されてしまった以上、今自分たちがやるべきことは、なんとしてでも第46号を倒し、被害者と被害者遺族たちに償うこと。そのチャンスが出来た。そう考えれば、大川が考案したこの作戦はある意味成功だったのかもしれない。尤も考案者である大川はたった今、自分たちとは別方向に絶望しているのだが。
ピリリリリッ、ピリリリリッ。
「あっ、失礼」
殺伐としている現場に鳴った、無機質な携帯電話の着信音。一条は杉田に断りを入れてポケットから携帯電話を取り出した。一条は携帯電話をマナーモードにすることが出来ないのだ。
取り出した携帯電話の画面には『榎田さん』の名前が浮かんでいた。
「もしもし?」
『あっ、もしもし一条くん? えっと……ちょっと取り込み中だったかな?』
まんまと第46号の罠に嵌った一条を気遣ってか、電話の向こうにいる榎田は少し申し訳なさそうだった。「いえ、大丈夫です。どうしましたか?」と一条は榎田を促す。
『ちょっと遅かったけどさ、タイミングも悪かったって本当に思うけど、すぐにでも一条くんにこのことを伝えたくてね』
「ふぅ」と少しだけ息を吸って、榎田は告げた。
『出来たわよ。――「神経断裂弾」が』
榎田は最悪のタイミングと言ったが……一条達にとっては、最高のタイミングだった。
ついに、グロンギたちに対抗することが出来る兵器、『筋肉弛緩弾』の完成形『神経断裂弾』が開発されたのだった。
――――・――――・――――
同時刻、関東医大病院。
まだ7時にもなっていないが、雄介は病室で既に寝てしまっていた。
身体を動かすことができず絶対安静を余儀なくされ、さらに今回の敵である第46号ことユニゴとの戦いにはどうしても覚悟が決めきれず戦線を離脱した雄介は、せめて次の戦いでは力を発揮できるように、そして何かを待っているかのように静かに眠りについていた。
そんな彼に付き添うように、椿は雄介の身体に異常がないかどうかを検診していた。
こんこん、がしゃん。
「沢渡さん?」
その病室に、一条に続いて2人目の来客が来た。沢渡桜子だ。
「ニュースで聞いて、きっとここだと思ったので。……どうですか、五代くん」
「驚異的という以上の奇跡的な回復力です」
持っていたボールペンを白衣の胸ポケットにしまい、パタンと雄介の容態を書き込んでいたファイルを閉じた椿は「心配は要りませんよ」と続けた。
「そうだと思っていました」
「え?」
結果を聞くまでもなく雄介の無事を信じていた桜子は軽く笑い、それを聞いた椿は少し間の抜けた返事をしてしまった。てっきり、雄介が心配で、ここに来たと思っていたからだ。
「あの、お願いがあるんです。私のって言うより……五代くんのなんですけど……」
桜子は目線を雄介のほうに向け、少し葛藤した後、椿に視線を向けた。
「椿さんに、もっと強くなれるようにしてほしいって」
「…………」
その言葉の意味を理解した椿は目を伏せ、そしてゆっくりと振り返ってベッドの上で寝ている雄介を浮かない顔をしながら見た。雄介の寝顔はなぜだろうか、少しだけ期待しているように、笑っているようだった。
桜子が椿にしたお願い。それは、雄介にもう一度電気ショックを受けさせてくれというものだった。
未確認生命体第26A号こと、メ・ギノガ・デの毒によって一度心肺を停止した雄介を復活させるために何度も行った電気ショック。クウガの基本4形態に『凄まじき戦士』の中間の強さをプラスされたライジングフォームは、この電気ショックによってもたらされた副産物のようなものであった。
この形態を30秒しか維持できないことを気にかけていた雄介は、実は桜子や椿にこれまで何度ももう一度電気ショックを受けさせてくれと訴えていた。
医者として健康な身体に電気ショックを与えることなんて出来ないし、これ以上雄介の身体に負担をかけたら本当にこの笑顔が似合う優しい青年が人間でなくなってしまうようで、椿は彼の頼みを断った。しかし、こうして新たな強敵が現れ、最強の金の赤の力が通用せず傷ついた雄介を見て、椿は悩んでしまう。
医者として患者である雄介に無理をさせないようにするか、人間として桜子と雄介の願いを叶えるか。椿は窓際まで歩き、外を眺めながら思案する。
「椿さんが悩むのはわかります。私だって反対しました」
「でも」と、桜子は続けた。
「五代くん、どうしても強くならないとダメみたいで。……五代くん、こんなことを言っていました」
桜子だけに話した雄介の本心からの言葉。椿はそれを聞くために桜子を見た。
「みんなの笑顔を見たいから、ただ自分ができるだけの無理をしている。ただ、それだけだよって」
ふっと優しい顔で笑いながら言う桜子。始め雄介に言われたときは、何も自分の身体を犠牲にしてまで強くならなくたっていいじゃないと怒り、呆れていたが、今は違う。あまりに純粋な理由に、雄介らしい理由に反対できなくなってしまい、むしろ戦いで傷ついた雄介を見て応援したくなってしまったのだ。
一条も桜子も椿も、みんな雄介のことを大切に思っているからこそ、彼に無理をさせたくなかった。だけど、本人は真逆で、みんなのことが大切だからこそ、無理をしたいと願った。そのことに、桜子は気がついた。だから、こうして椿に頼んだのだ。そして……
「だったら俺も……ただ、俺ができるだけの無理を……」
椿にも、雄介の気持ちが届いた。もう迷いはなかった。
自分の手で雄介を強くさせてあげられるなら、医者としては失格であっても、患者に無理を強いらせるような真似をしてしまっても、それが雄介の願いだというのなら叶えよう。
そこまで覚悟を決めた椿であったが……
――ピンコーンッ! ピンコーンッ!
「!」
「!? なにっ!?」
突然雄介に繋いでいた医療用バイタル測定器が悲鳴を上げる。見ればそこにはさっきまでは通常通り動いていた心臓の鼓動が平坦になってしまっている。
つまりそれは……雄介の身体が心肺停止状態であることを告げていた。
――――・――――・――――
それから1時間後。緊急手術は無事成功し、再び例の病室のベッドに雄介は寝かされていた。バイタルも安定し、正常に心臓も動いている。
「それじゃあ五代くん、自分で心臓を一度止めてしまったということですか?」
「ええ……。それほどまでして、強くなりたかったんですね」
寝ているはずなのに、まるで図ったかのような心肺停止。それは明らかに雄介の意志が働いていた。もしかしたら、椿が自分のせいで医者としてのプライドを捨ててしまうことが許せなかったからかもしれない。どこまでも他人思いな、優しい男だった。
そして一条に「休んでいる間に力をつけておく」と雄介が言った意味もわかった。この休んでいるときに電気ショックを受け更なる力を得る、そういうことだったのだ。
「それで、身体のほうは?」
自分も雄介を応援しているとはいえ、やっぱり雄介の身体が一番大切だと考えている桜子。手術が成功して、雄介の身体にどんな影響が及ぼされるのかが気になるのだ。
「戦いで負った傷は完全に癒えています。ただ、やはりまだ動かせないでしょう。体力はまだ完全には戻っていないはずですから。少なくとも明日になるまでは絶対安静です」
とりあえず、本当に身体機能については大丈夫なことを確認した桜子はほっと一息。しかし、椿は心配そうな顔をしながら本題を切り出した。
「私が電気ショックで与えた影響、についてですが……正直なところ、五代にどんな形で反映するのか……私にもわかりません」
「…………」
身体は正常だが、電気ショックによるクウガの能力向上についてはわからない。椿はそう言ったのだ。
こんな経験、当然椿にとって初めてのものだし、一度目は上手く作用したことが二度目も上手く作用するとは限らない。もしかしたら雷の力が暴走して『凄まじき戦士』になってしまうのかもしれない、そんな可能性だってあるのだ。だが……
「不思議なものですね。五代の顔を見ただけで、なぜか安心してしまいます」
「……椿さんもですか?」
「ええ」
軽く笑いあう椿と桜子。
彼らの視線の先にある雄介の寝顔は……やはり、笑っているように見えた。
――To be continued…
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第14話 『行方』
今回はかなり長いです。
感想のコメントへの返信は、今日の昼くらいに一斉にやります。
ご了承を。
我が家の冷蔵庫が壊れるというアクシデントが発生したせいで投稿が遅れました。すいません。
時刻は午後8時19分。
長野県長野市某所、とある閑静な住宅街、そのうちの一軒家にて。
その家の1階の畳の間に、1人の中年の女性が仏壇の前に両手を合わせて線香をあげている。広い一軒家にはその女性しか住んでおらず、電気は付いているはずなのに妙にその部屋は暗かった。
「……やっぱり、戻ってきたんだね」
写真の額に反射して薄く写った白い人影を見て、女性は再び目を瞑り、手を合わせたまま続けた。
「まさか、私のために今まであんなことをしていたのかい?」
「……違う」
女性の後ろに立つ白い影……未確認生命体第46号ことゴ・ユニゴ・ダは首を横に振って答える。
「これは、私のため。今日、ここに来たのは、偶然」
本来ならば今日の6時でゲゲルをクリアする心算だったのだが、思わぬ誤算が生じた。襲う護送車の選択を間違えてしまうという、彼女にとって想定外の事件が。
ユニゴの返しに女性は「そうかい」と少し残念そうな、しかしほっとしたような、それでいて嬉しそうに微笑んだ。
「貴女には、感謝してる。私に、服、くれた」
「娘のお古だけど……。ずっと、着ていてくれたの? そのワンピース」
「ん」
甦ったときのユニゴが纏っていた衣服はボロボロの土塗れだった。髪の毛も土でパサパサになっており、靴すら履いていないまるで乞食のような様だったのだ。そのままの格好で町を歩いていた彼女は注目の的だった。が、やはり誰も話しかけてはくれなかった。彼女が未確認生命体かどうかの問題ではない。ホームレスの乞食少女に話しかける人間など普通はいないからだ。普通のことだった。
しかし今、目の前にいる女性は違った。彼女を見た瞬間話しかけ、自分の家に招いてシャワーを浴びせて新しい服をあげた。自分の心の傷を癒すためか、それとも他になにか、この少女に惹かれるものがあったのかはわからない。だけど、放ってはおけなかったのだ。
「短い間だったけど、あの時は日本語、あんまりわからなかったけど。私、楽しかった」
「見ないうちに日本語、上手になったわねぇ。そう。私といた時間、楽しかった?」
「ん……。農業とか私、経験したこと、なかったから。たったの1ヶ月だったけど……楽しかった」
いつも無表情で無口だったからわからなかったユニゴの気持ち。
1ヶ月間、彼女と一緒に農作業をしたり、買い物に行ったりした時間は、この女性にとっては夢のような時間だった。まるで、自分の娘が帰ってきてくれたような、そんな幸せな時間だった。
しかしそんな幸せな時間は、突然に幕を閉じた。
いつか来る自分のゲゲルに備えなければならなかったユニゴは、自分から家を飛び出して行ったのだ。「おわかれ」。その4文字だけを書いた手紙を残して、ユニゴは忽然と姿を消した。
「残り1人。私、あと1人だけ、誰かを殺さないといけない」
「……そう。たしか、あなたの次の犯行時刻は明日の6時、だったっけねぇ」
もはやユニゴのゲゲルの時間についての法則は、ニュースを通じて世間に知られているため、この女性の耳にも入ってきていた。
あんな恐ろしい事件を起こしている未確認生命体の正体が、自分と1ヶ月間寝食を共にしていたあの少女と知ったときの衝撃は大きかったが、どうして自分がユニゴに惹かれたのはわかったような気がした。しかも、ユニゴの次の犯行時刻が明日……12月23日の午前6時。もう運命の悪戯としか、女性には形容できなかった。
「貴女の家族の仇、とってあげる。そして、それで私の目標、達成される」
「……そう」
「言いたいことは、それだけ。それじゃあ、バイバイ」
「またね」でなく「バイバイ」と言うユニゴ。
自分に優しくしてくれた女性の仇。それが彼女の行う、ゲゲルの最後のターゲットだった。
「……貴方、恵美、恵理。ようやく……ようやく。あの男に罰が下されるわ……。見ているかしら?」
仏壇に飾ってある、自分の夫と娘たちに問いかける女性。
もう、この家には女性しかいなかった。
――――・――――・――――
12月23日、時刻は0時21分。
警視庁。
「チャンスができたといっても……場所がわからないとなぁ」
「ええ……」
他には誰もいない休憩室で休みながら話し合う杉田と一条。
なんとか運を味方にし、第46号のゲームの成功を阻止することはできたが、それは気休めにしかならない。
次の犯行時刻は今日の朝6時。それまでの間になんとしてでも46号が狙うターゲットを探し当て、場所を特定し、ターゲットが殺害される前に倒さなければならない。
しかし、やはり情報が少ないのだ。
第46号の犯行場所が東京だけでないとわかった以上、もはや日本全国、どこで犯行が行なわれてもおかしくない。だからこそ、今一条達に必要なのは第46号の目撃情報だった。
姿を確認することができれば、その場所周辺で犯行を行う可能性が高い。第46号にだって移動できる範囲に限度があるからだ。もし瞬間移動ができるのならば、人数が足りないと気付いたときに、他の護送車がある場所まで行けばよかった。
本部に戻ってからずっと、笹山と共に第46号の目撃情報が来ないか、また、監視カメラに第46号と思われる人影がないかを調べていた一条達だが一向に見つからず時間だけが過ぎていき、すっかり疲れ果ててしまっていた。
ピリリリリッ、ピリリリリッ。
「失礼」
一条の携帯がまた鳴った。「いい加減、マナーモードにするやり方覚えろよ一条」と、杉田は苦笑。一条もつられて苦笑した。
ポケットから取り出した携帯。開いた携帯電話の画面には、意外な人物の名前が表示されていた。
「もしもし、亀山か?」
『はっ、はい! 一条さん、お久しぶりです!』
電話の相手は亀山鶴丸。長野県警の警備課の刑事で、一条の部下だ。
「第0号についての新しい情報でも掴んだのか? 悪いが今はそれどころじゃ――」
『いっ、いえっ、違います! 今回は第0号じゃなくて、第46号についての目撃情報をですね――』
「なにっ!? 第46号の目撃情報だと!?」
ガタッ。
自分たちが欲しがっていた第46号の目撃証言をまさか、亀山の口から聞くことになるとは思っていなかった一条は、声を上げて立ち上がってしまう。あまりに大きな声と内容に半分眠りかけていた杉田も完全に覚醒し、電話の向こうの亀山は『ご、ごめんなさい!』となぜか謝っていた。
「いや、すまん。怒ったわけじゃないんだ。詳しく教えてくれ」
『は、はい。えっと今さっき、県警に46号と思われる動画が届きまして、その後通報が来たんです。ですからすぐにでも一条さんたちにお話したほうがいいかと……』
「よし……その動画、こっちに送ることはできるか?」
『あっ、はい。ちょっと待っていてください』
そこで電話が途切れ、少しすると今度はメールが一条の携帯に届いた。杉田もそのメールが気になり、寝転がっていた身体を起き上がらせて2本足で立ち、一条の携帯をじっと見つめる。
メールボックスを開き、『亀山』と差出人の名前が表示されているメールを開くとそこには真っ暗な夜道に浮かぶ白い影が映っていた。拡大し、顔をよく見ると。
「……間違いない。第46号だ……!」
震えるような杉田の声に、一条も首を縦に振って薄く笑う。
一条はメールを閉じ、亀山に電話した。
「もしもし亀山か? 今からそっちに向かう。引き続き、第46号の目撃情報を集めてくれ」
『はい、了解しました!』
亀山から返事を聞いた一条はピッと電話を切った。
「よし。行くか……!」
「ええ、行きましょう。――長野へ」
そこで第46号が犯行を行うと信じて、一条と杉田は休憩室から飛び出した。
――――・――――・――――
午前3時46分。
一条たちは長野県警に到着した。
「ご苦労様です」
「ご苦労さん」
すれ違う捜査員たちに挨拶しながら廊下を歩き、未確認生命体第46号緊急捜査本部の設置されている会議室に入る一条と杉田。
「あっ、一条さん」
2人を最初に迎え入れたのは亀山だった。
「亀山。こうしてここで会うのは久しぶりだな」
「はい、本当に久しぶりですね。さ、どうぞ」
亀山に促され、室内のホワイトボードの前まで案内される2人。その最中、一条に気が付いたほかの刑事たちが、「おー、一条、久しぶりだな」「東京はどうだ、一条!」などと話しかけ、一条は丁寧に「お久しぶりです」「東京は少し暑いですね」と対応した。
「とりあえず長野刑務所に収監されている人間は全員護送するように手配しましたが……それ以外はこれと言ってなにも」
「そうか……」
「まぁ、仕方ないわな」
今は午前3時過ぎ。真夜中だ。こんな時間に起きている人間なんて少数だし、そもそも呼びかけたところで第46号には通用しない。なにせ第46号には脅威の移動能力も備わっているのだから。呼びかけて逃げ出した人間を見つけた瞬間、その人間がターゲットにされるのが落ちだ。ほとんど無意味。まだ家でおとなしくしてもらっていたほうが第46号を発見しやすい。
「ええ。ですから」と亀山は今回自分たちが立てた作戦を一条達に説明する。
「全ての捜査官を次に第46号が動き出す1時間前、つまり午前5時に各ポイントに配置。第46号と見られる姿を確認次第、足止めをし、神経断裂弾で倒す。というのが今回の作戦です」
「それが俺たちにできるベストか。まぁ、どこに現れるかがわからない以上、仕方ねぇか」
「ですね。もともと、これは賭けみたいなものです。今はこの作戦が成功するよう全力を尽くしましょう」
例え目撃証言があったとしても、必ずそこで第46号が犯行を行うとは限らない。しかし、だからと言って目撃証言を無為にするわけには行かない。
どこで行われるかが全くわからないことが最大の特徴である第46号のゲームを阻止するには、情けない話だが運を味方につけるしかないのだ。一条たちはもう、この目撃証言を当てにするしかできないのだ。
「神経断裂弾に関しては問題ない。取りに行かせた桜井から連絡が入った。もう少しで――」
「遅くなってすみません!」
「丁度いい。ベストタイミングだ」
まるで図ったかのように汗を流して走ってきた桜井。まるで子供を抱えるように1つのジュラルミンケースを両手に持っていた。
「これが神経断裂弾です。弾数ですが、ようやく完成したばかりで製造が難しいことから12発しか用意できませんでした」
「12発もありゃ充分だ。でかした桜井」
パンパンと背中を叩いた杉田は、簡潔に桜井に今回の作戦について説明した。
「さて、この12発の神経断裂弾だが……実戦経験のある俺、一条、そして桜井、各4発ずつ。別々のエリアにつき、奴を見つけ次第容赦なく発砲する。それで大丈夫か?」
「ええ。私は特に」
「自分もです」
「そっちは大丈夫か? 俺たちが勝手に話を進めちまっているが」
「はい。私たちは一条さんたちの指示に従います。署長も容認していますので、一条さんたちさえよければ」
「よし、これで行こう。あとはどこにどれだけの捜査官を配置するか、そして応援をどれだけ呼べるか、すぐに検討しよう」
こうして長野県警、及び長野の警察官総勢で行う作戦が計画されていった。
――――・――――・――――
午前5時21分。
長野県全域に警察官が皆、所定の位置についたのはこの時間だった。
一条は北部、杉田は中部、桜井は南部にそれぞれ一番動きやすい場所に構え、なにかあったらすぐに急行できるように覆面パトカーに待機していた。その右手には4つの
「頼んだぞ……」
右手に構えた拳銃を左手で抑えながら、目を瞑って願を掛ける一条。
人間の心理を逆手にとって人を欺き、人を利用し、そして何の躊躇いもなく人の命を奪ってきた第46号。彼女にも事情があるのは一条もわかっている。だが戦友である雄介を二度も傷つけ、彼の戦う覚悟や決意さえも揺らした。そう考えるだけで第46号の犯行動機など一条には関係なく、今までの敵と全く同じように扱えた。
卑劣な手段で4000人近くの人間を殺し、誰よりも優しい青年を心身ともに傷つけた。それが一条にとっての第46号だ。世論など、知ったことではない。
「絶対に、おまえの思い通りにはさせない……絶対にだ……っ」
強く心に決めた一条。もう彼の中には一切の迷いもない。どんな状況、どんな姿であっても……たとえあの無垢な少女の姿で現れたとしても、一条は引き金を引ける。それほどにまで、彼の46号に対する怒りは溜まっていた。
決意を固めた一条が待つことおおよそ30分。
ピーッ!
時刻は午前5時53分。第46号のゲーム開始まで10分を切ったとき、一条のもとに一本の無線が入った。
『一条さん! 第46号の最後の犯行場所がわかりました!』
「なに?」
無線を送ってきたのは亀山だった。
まだゲームは始まっていないはずなのにどうして「犯行場所がわかった」と亀山が言い切ったのかがわからず、一条は首を傾げる。
『ついさっき、昨夜第46号と出会ったという女性から通報がありまして! どうやら第46号はその女性の家族の仇を最後のターゲットに定めたようです! 場所は長野市の長野霊園です!』
「ちょ、ちょっと待ってくれ。仇ということは囚人か?」
『はい、そうですが……』
「なら、もう長野から出たんじゃないのか? それになぜ墓地なんだ?」
『そ、それが……1人だけ、1人だけ長野から出ていない囚人がいたんです! 名前は霧島東二、現在32歳! 聞き覚えありませんか!?』
「霧島東二……ああ、確か4年前、長野市内で通り魔事件を起こした」
その事件に一条は担当していなかったが、よく覚えていた。
長野市の長閑な日曜日を恐怖と絶望で台無しにした、真冬の通り魔事件。その犯人が霧島東二だ。
霧島は特に理由もなく、出かける途中だった一家を突然襲い、子供2人とその父親をナイフで惨殺。その犯行動機とあまりにも酷い殺し方に死刑判決を警察もその遺族も強く求めた。……しかし。
結果は『無罪』。
なぜ。なぜこれほどまでに凶悪なことをしたのに無罪で済んでしまったのか。理由は簡単だった。
それは霧島が『精神異常者』と、霧島を精神鑑定した医者が診断し、弁護士がそれを強く主張したからだ。
刑法39条1項、「心神喪失者の行為は罰しない」という法律が働き、本来ならば死刑判決が下るはずだった霧島は無罪で済んでしまったのだ。
これには当時、警察だけでなく世論すら「おかしい」と反発したが法は絶対。結局最高裁でも霧島が精神異常者だということが認められてしまった。
なるほど。世論を味方にしようとする第46号なら喜んで殺しそうな相手だ。
「だがなぜ霧島は長野に残った?」
『霧島が事件を起こした日……覚えていますか?』
「その事件が起こった日は確か、クリスマスイブの前日だったはずだ。つまり……。……!」
そこまで思い出した一条は目を見開かせた。
通り魔事件が起こった日はクリスマスイブの前日。つまり12月23日。4年前の今日だったのだ。
『霧島は毎年、この12月23日に自分が殺害した被害者の墓参りをしているんです! 時刻は決まって午前6時! 自分が殺した被害者の死亡が確認された、この時間に!』
「バカな……なぜ留まったんだ!? マスコミにも今日の午前6時に第46号が犯行を行うと報道させたはずなのに!」
『霧島自身が「行く」と言い張ったらしいんです、弁護士まで呼んで! そのせいで霧島はいまだに……!』
「くそっ! もう時間はない! 今すぐ現場に向かう! 長野霊園だったな!?」
『はい! すでに何台ものパトカーが向かっています!』
「わかった!」
一条はすぐにサイレンを鳴らし、長野霊園へと向かった。
この長野市はもともと一条が勤務していた地域。いわば、一条にとっては庭のようなものだ。ルートは既に頭の中にインプットされている。
今度こそ仕留める。どんな凶悪犯であったとしてもターゲットは殺させない。
この日の一条は熱く、そして静かに燃えていた。
――――・――――・――――
……午前5時59分。
場所は長野霊園。
そこには4人の男が歩いていた。
2人は長野刑務所の刑務官。そしてその2人が引いている手綱の先にいる……ぼさぼさの髪に無精髭を生やした男。この男こそ4年前の今日、通り魔事件を起こした凶悪犯、霧島東二だった。
もう1人の男は霧島の弁護士。この墓参りの日には絶対に霧島に付き添っており、それはこの第46号が蠢く日も変わらなかった。
「ここだ」
「……はい」
刑務官に促され、『板橋家』と書かれている墓の前に立ち止まる霧島。両手に持つユリの花を飾ろうと腰を下す……と。
カチッ……。
なぜか、弁護士がしている腕時計の針の音が大きく響いたような錯覚に襲われた。
少し気になった弁護士の男は自らの腕時計を見る。……腕時計には、長針と短針が午前6時を示していた。
……サクッ。
今度は何かを踏みつけたような足音が、自分たちの背後でした。……さっきまでは自分たち以外に、誰も居なかったはずなのに。
気になった4人は足音がしたほうを振り返る。
そこには……1人の少女がいた。
この寒い時期に似合わない真っ白なサンダル、真っ白なワンピース、明らかに日本人のそれとは違うが整っている美しい顔立ち、揺れる金色の髪の毛、なんの感情も篭っていない無機質な碧眼が4人のうちのただ1人……霧島だけに向けられている。
ぶわり。
4人は身体の穴という穴から汗を噴き出した。その少女の姿はテレビや新聞で見たことがあるからだ。
未確認生命体第46号。
4日前に西多摩刑務所の囚人3000人以上を手に掛け、そこからは世間で言うところの『悪人』ばかりを手に掛け、あと5人殺せば4000人という大台に乗る、今話題の未確認生命体。その人間態にまんま一緒だったから、そして今、その第46号のターゲットとなりうる人間がひとりだけ、ここにいたから。
ゆっくり、ゆっくりと自分たちに向かって歩く第46号。その歩き方は無意識なのか、ふらふらしており、その格好と合わさってまるで亡霊のように彼らには見えた。
「ま、待てっ! 霧島は犯罪者じゃない! 精神異常者なんだ! だから!」
「関係、ない」
弁護士の男の言い訳を一刀両断した第46号は霧島を指差し、一言。
「――おまえ、悪いリント」
「っっっっ!!!!!」
透き通った純粋な殺意を向けられた霧島は目を見開くと……なんと自分の手綱を握っている刑務官の胸に向ってにアッパーをしかけた。不意を完全に突かれた刑務官は「ぐはぁっ!?」と呻き、バランスを崩す。その瞬間を狙って霧島は刑務官の内ポケットから……拳銃を取り出した。そしてとどめと言わんばかりにバランスを崩した刑務官の後頭部を思い切り殴りつける。殴られた刑務官は気絶してしまった。
「きっ、霧島っ!」
驚きの出来事の連続に放心していたもう1人の刑務官が、突然相方を襲った霧島を押さえようとするが霧島は言うことを聞かない。今度はその刑務官に腹パンを入れ、そして前屈みになったところに鋭い蹴りを入れ、見事に顎にヒット。声もあげられず、その刑務官も気絶してしまった。
もうこの場に立っているのは霧島とその弁護士、そしてゆっくりとこちらに向かって歩いている第46号だけだった。
「き、霧島! おまえなんてことを……!」
「っせえな! こうでもしねぇと、死んじまうだろぉがっ! いつまでも
本性を表した霧島は弁護士の男に怒鳴りつけると、先程強奪した拳銃の銃口を第46号に向け――パァン! 発砲した。飛び出した銃弾は第46号の胸の中心に見事に食い込むが、それでも霧島は飽き足らず、さらに発砲を続ける。
パァン、パァン、パァン、パァン、パァン!
合計6発、拳銃に込められていた全ての弾丸を第46号目掛けて撃ち、見事全てヒットさせた霧島はにやっと笑う。ここまで撃たれて、死なない人間なんて普通はいないからだ。……人間ならば。
撃たれて少しの間歩みを止めていた第46号だが、次の瞬間にはまたゆっくりと歩き出した。その際、貫通せず自分の身体に食い込んでいた3つの銃弾は全て弾き出され、穴が空いてしまった身体は見る見るうちに再生し元に戻ってしまう。
霧島は目を見開いた。拳銃で撃たれても死なないどころか傷1つもできず、血すら流れなかったから。もう霧島に武器はない。護ってくれる相手は弁護士の男しかいないが、そいつも完全に身体を固まらせてしまっているため使い物にならない。
「もう、終わり?」
美しくも幼い声で訊ねた第46号はいよいよ霧島に手が届く距離まで迫っていた。逃げようとする霧島だが恐怖ゆえに足が竦んでしまい、思うように身体を動かせない。
そんな霧島の首根っこを左手で掴んだ第46号はゆっくりと彼の身体を持ち上げる。細いとはいえ長身の霧島を片手で持ち上げるなど到底できないであろう、その細い腕のどこに力があるのか。軽く霧島の身体を宙に浮かせてしまった。
そして……第46号の身体に変化が起こる。
少し光を発生させた第46号はその姿を怪人体へと変貌させたのだ。さっきまでの真っ白でか弱そうな少女はどこへ行ったのか、怪人は灰色に近い黒いボディをしていた。額からは一本の細長い円錐状の角が生えている。
「……
グロンギ語で死ね宣告をした第46号……ゴ・ユニゴ・ダは腰の装飾品を開いている右手で引き千切ると、それを一本の三叉戟に変えた。
「や、やめろ! やめてくれぇっ!」
脚をばたつかせ、首を掴むユニゴの左手を自身の両手を使ってなんとか引き剥がそうと必死に抵抗する霧島だが、所詮人間の力がグロンギ族であるユニゴに敵うわけがない。
霧島の喉もとを狙うために調節を始めるユニゴ。遠くからパトカーと思われるサイレンの音がしているがもう遅い。あと数秒もすれば目の前にいる獲物を殺せるのだ。そしてゲゲルは終了する。
ようやく。ようやく終わらせられる。
少しほっとしたユニゴは最後の締めとして、霧島の喉目掛けて槍を貫こうと腕を振った。……が。
「待ってッ!!」
――ピタッ。
聞き覚えのある女性の制止の声を聞いて、ユニゴは霧島にとどめを刺す直前で腕を止めた。
「……?」
声がしたほうを、ユニゴが見ると……そこには、昨日の夜にユニゴと話をした、そして、今ユニゴが殺そうとした男によって人生をめちゃくちゃにされた、中年の女性がいた。
「もういいから……もういいから! そいつを放して! 殺さないで!」
ピクッ。
そのセリフを聞いたユニゴは……人間態へと姿を戻ったユニゴの顔は驚きに包まれていた。先程までの能面のような無表情は完全に消え、瞳孔が開ききってしまっているのではないかと思えるほどに緑色の瞳を晒している。
「……どうして?」
そして出た言葉が……質問はそれだった。
「どうして、止める? こいつ、悪いリント。貴女の仇。貴女の家族……殺した、犯人。嘘ついて、演技していた、悪いリント。なのに、どうして止める? わからない」
誰よりもきっと、いや絶対に一番この男を恨み、殺してやりたい、死ねばいいのにと思っていたであろう彼女が、家族の仇を取れるというチャンスを不意にしようとしている。それがユニゴにはわからなかった。
だから驚く。
黙って見ていれば、仇であるこの男に罰が下る瞬間を見れたというのに、いきなり乱入して、しかも「殺さないで」と訴える彼女の真意が、グロンギであるユニゴにはわからず、不思議に思ってしまった。
「そいつのしたことは絶対に許さないっ。特に何の理由もないのに私の家族を奪って……自分のためにその悪徳弁護士と手を組んでまでして『死刑』を受けなかったそいつを……。無罪の判決を聞いて、絶望している私に向かって笑ったこと……絶対に許さない……っ。許せるわけがない……!」
「でしょう? だったら――」
「だけどッ!」
「やりかえせばいい」と続けようとしたユニゴを遮って、彼女は続けた。
「そいつを殺して……一体どうなるの?」
「どうなる……? 憎い奴、死んだ。殺したいと思う奴、死んだ。気分、晴れない?」
「そうかもしれない……だけど……それもきっと、最初だけなの……」
「最初……だけ……?」
もはや自分の理解からかけ離れている彼女の言い分に、驚きと疑問しか浮かばないユニゴ。思わず左手を緩め、首を掴んでいた霧島を放してしまった。
「だって……そいつを殺したら、虚しくなるだけだから……!」
「っ!」
また出た。
今まで雄介や、その妹のみのりが言った『人間を殺してはいけない理由の答え』が、この女性からも出た。出てしまった。
一気に謎が深まるユニゴ。
「どうして……? どうして、虚しい……? わからない……」
混乱し、右手で頭を抑えて必死に考えるユニゴ。
しかし、いくら考えても「どうして?」「わからない」。その2つの言葉が、彼女の頭の中を駆け回り、無限ループを引き起こしていた。
「私も……昨日あなたが来るまで、死ねばいいのにって思ってた。だけど……娘たちやあの人が、それで喜んでくれるかって考えたら……そうは思えなくなっちゃったのよ……」
「どう……して……?」
「だって……そいつを殺しても、もう元に戻らないから……、もうあの人は、私の娘は帰ってこないから……! 今更、そいつを殺しても、きっとあの人たちは喜ばない。きっと逆、私のことを怒ると思うの……」
「怒る……? どう、して? 自分の仇、取ってくれたのに……どうして怒る……?」
「だって……そいつを殺しちゃったら……私もそいつと同じ、人殺しになっちゃうから……!」
「ど、どうして? こいつを殺すの、私。貴女じゃない」
「それでもなの! どうして殺させたんだって……そう、あの人たちは怒るの! そしたらきっと、もう私に愛想尽かして……今度こそ、どこかに行ってしまいそうな気がして! そう思うと……虚しくて……!」
搾り出すように言って、膝を折る女性。涙を流しながら、ユニゴに対して「ごめんなさい」と連呼していた。
「どうして……貴女が、謝る? 貴女は正しい……なのに、どうして? なにが、間違い?」
もうなにもかもがわからなくなるユニゴ。頭を抱えて、必死に自分が納得いくように考え始めるが、全くといいほどいい案が浮かばない。今まで自分が経験してきたこと、自分が当然と考えていたことに全く該当しない。結果、やはり「わからない」という言葉でしか、形容できない。
「――第46号!」
思考がショート寸前にまで追い込まれたユニゴの耳に、また聞き覚えのある人間の声が届いた。今度は男だ。
頭を抑えながらその方を見ると、そこにはトレンチコートを着た男が自分に拳銃を向けていた。そして……パァン!
その男の姿を確認した瞬間、自分の身体に何かが食い込む。経験的に、さっきの霧島から受けた衝撃と同じ。つまり拳銃の弾だろう。そこまで自然と理解した瞬間――
「がッ!? ごっ……ぐふっ、ふっ!?」
突然身体の中で何かが弾けた。しかも一回や二回じゃない。連鎖的に、まるで爆竹のように次々と身体の中でそれは弾ける。ユニゴは口から血の塊を吐き出し、撃たれた箇所を掴んで上下に激しく息をする……が。
パァン、パァン、パァン。
今度は連続で3発発射され、それはいずれもユニゴの身体の中にめり込んだ。そして少しした瞬間、またそれらが弾ける。今度は3つ連続だ。
「ぐっ……あ、あぁ……ッ。うああ……っ」
苦しそうに顔を歪ませ、よろめくユニゴ。無情にもまだ身体の中で、それは弾けている。弾けるたびに身体が燃えるように熱くなり、後ろへ後ろへと後ずさり、身体を震わせ、口から血を吐き出す。
「ハァ……グッ……
意識を朦朧とさせながらもユニゴは身体を俊敏体へと変化させ、力を振り絞ってこの場から消えるように逃走した。
「……やった、のか?」
大量の血を吐き出していたユニゴ。間違いなく弾丸……神経断裂弾は効いていた。が、果たして殺しきることはできたのか。そこまではわからない。なにせ彼女は倒れる前に変身し、逃走してしまったのだから。
「一条!」
「第46号はっ!?」
何人かの警官隊を引き連れて駆けつけた杉田と桜井は、トレンチコートの男こと一条に問う。
「第46号はもういません。逃走しました。神経断裂弾は効いているようでしたが……殺しきれたかどうかは、不明です」
「そうか……でも、全員無事か? 死者は出ていないか?」
「ええ。それは大丈夫だと思います」
「よし、よくやった」と一条の肩を叩いた杉田は、力なく座り込む霧島とその弁護士、そして倒れている2人の刑務官の元に警官隊を引き連れて走っていく。桜井はもう1人……ユニゴと会話をしていた女性も元へ向かった。
「板橋京子……さんですね?」
「はい……すいません。私がもっと早く通報していれば……」
「いえ、大丈夫です。よく、話してくれました。後は署のほうでお話を聞かせてもらいます」
「はい……」
女性……板橋京子に手を差し伸べて立ち上がらせる桜井。と、そんな2人の元にさっきまでへたり込んでいた霧島が来た。
「てめぇ、このクソばばぁ……てめぇのせいで、死ぬとこだったじゃねぇかゴラッ!」
怒りに震え、霧島は京子を殴ろうと拳を引くがそれはすぐに杉田に抑えられ、さらに彼が連れてきた警察官たちに完全に取り押さえられた。
「おぅ、霧島。どうした? おまえ精神異常者じゃなかったのか?」
「……あっ。し、しまっ……」
「てめぇにもじっくり話を聞かせてもらう必要がありそうだな。霧島東二、暴行未遂及び、公務執行妨害の疑いで逮捕する」
カチリッ。霧島の両手を手錠で繋いだ杉田。
「あなたにも話を聞かせてもらいますよ、弁護士の沢崎さん?」
「……くっ、わかり、ました」
睨みを利かせた杉田に怯え、霧島の弁護士である沢崎はもう諦めたように連行されていった。
それに続くように、暴れる霧島が警察官4人がかりでパトカーまで連行され、そのあとに京子が桜井に連れられていった。
「あとは、第46号がどこかで力尽きていりゃあ、万々歳なんだが……」
「ですね……」
杉田は遠い目で空を眺め、いつの間にか杉田の隣にいた一条も続いた。
――――・――――・――――
長野県松本市某所、とある裏道。
「ぐっ……ううっ……」
血が流れる腹に手を当てながら、震える脚を動かしてその道を歩くユニゴがいた。まだ神経断裂弾の効果が続いているらしく、ビクンと身体を跳ね、ついに倒れこんでしまった。びしゃっと、倒れた先にあった水溜りに頭から倒れたユニゴの息は荒い。肩で息をして身体を寝かせるユニゴ。
「……く、あ……こんな、ところで……ここまで、来て……ふ、ン……」
しばらくして、腕に力を込め、水浸しの身体を起き上がらせる。そして少し力を込めると……神経断裂弾を打ち込まれた4つの傷からなにかの欠片が幾つも吐き出され、その傷が閉じていく。ようやく傷が癒え、身体がそれに適応したのだ。
「……あ」
今、自分が倒れていた先に……何人かの男がいた。数えてみると……その数は3人。
「おい、兄ちゃん。ここを通りたいなら通行料払ってくれないと」
「ま、戻るにも金は置いてってもらうけどね。ぎゃははは!」
常人離れしたユニゴの地獄耳にそんなセリフが飛び込んできた。首から下げている懐中時計を見ると……時刻は6時43分。
それを見たあとの彼女の行動は早かった。
すぐに男たちの元に駆け寄り怪人体へ変身し、恐喝していた片方の男の喉目掛けて三叉戟を突きつけ、そのまま壁に食い込ませた。それを見たもう1人の恐喝していた男も、恐喝されていた男も驚き、そして悲鳴を上げて一直線へと逃げていった。
喉に槍を突き立てられた男は、少しの間だけぴくぴくっと痙攣していたがやがて動かなくなった。
その様子を、雑居ビルの屋上から見ていたドルドは……カチリ。バグンダダの最後のカウンターを動かし立ち去った。それが示す意味は……ゲゲル成功だった。警察とユニゴの勝負の行方は……ユニゴに勝利を
3996人目の悪党を殺害し、ユニゴはゲゲルをクリア。ズ・ガルメ・レに続く2人目のゲゲル成功者が、現れてしまった。
――To be continued…
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第15話 『視点』
新しい冷蔵庫が届いてほっと一息、スパークリングです。
日々様々なコメントや評価を頂いて、かなりテンションが上がっています。
今回は嵐の前の静けさ、ユニゴのゲゲル終了とそれぞれの視点を纏めました。
榎田さんの話だけ全然していませんが……それは済みませんが、原作をご覧になってください。原作の中で、よく表現されていますので。はい
時刻は午前7時21分。
東京都某所、例のバーのような場所にて。
「そうか。ユニゴはゲゲルを達成したのか」
軍服をきちっと着こなし、威厳のある振る舞いを見せる男、ゴ・ガドル・バは目の前に立っている、ニット帽を深く被った男ラ・ドルド・グに向かって言う。
ドルドは小さく首を縦に振った。
「見事な腕前だった。3996人、まさか、本当に4日で達成するとは思わなかった」
「全くだ……流石はユニゴだ。だが、ユニゴはザギバス・ゲゲルに進む気は、本当にないのか?」
「ああ。ユニゴはここで終わりだ。すでに『ラ』へと昇格している」
グロンギたちが根城にしていたこのバーに帰ってきたユニゴは、即座に身体の中に仕込まれた封印エネルギーをバルバによって抜かれ、ゲリザギバス・ゲゲル直前に申告した彼女の意向に従ってユニゴの階級は『ゴ』から『ラ』へと昇格した。よって、今の彼女の名前は『ラ・ユニゴ・ダ』だ。
「そうか。それがユニゴの意思ならばそれでよい。だが……」
「うむ……」
ガドルとドルドは2人揃って部屋の隅を見る。そこには。
「……どうして?……わからない」
薄い電気しか付いていない店内の、更に端にある暗い空間。そこの椅子に、今話題に出していたゴ・ユニゴ・ダもとい、ラ・ユニゴ・ダが座っていた。白いワンピースと煌く金色の髪の毛のせいで、暗い空間にいながらも彼女の姿は浮いていて、よく目立っている。
「どうして……? どうして、殺させない?」
「貴女も、恨んでた。殺したい、くらいに。どうして?」
「私、間違ってる? どこが?……わからない」
「どうして、わからない?」
「……それすら、わからない……」
壊れた人形のようにぶつぶつ呟き、頭を抑えて必死に考えるユニゴ。帰ってきてからずっと、あの調子が続いていた。ゲゲルに成功し、自分の目的を果たせたユニゴだったが、今の彼女には新たな問題が生じていたのだ。
『なぜ人間を殺してはいけないのか?』という疑問のほかにもう1つ、増えてしまった人間に対する大きな疑問。それらを、なんとか処理しようと、理解しようとしているのだ。ゲゲルを成功させた喜びも、そのせいで完全に消えてしまっていた。
「……ユニゴは何を考えているのだ?」
「……さぁな」
「はぁ」と2人して溜息をつく。
昔から頭がよく、グロンギ最年少の身でありながら数々の難問をクリアしてきた実績のある彼女が、あんな風になってしまった。一体何があったんだと、その場を一部始終見ていたドルドさえ、彼女の心情がわからなかった。
「……そろそろ、始めるぞ」
空気を読むことと払拭させることに定評のある『ラ集団』の1人、奥のカウンターから現れたバルバがガドルを見ながら一言。聞いたガドルはポケットの中から、標的が書かれた木の札を取り出し、ドルドに投げる。受け取ったドルドはそこに書かれている文字を見て把握した。
「いよいよだな」
ゲゲルを始めるため、封印エネルギーをガドルのバックルに注入しようとゲゲルリングを構えるバルバ。しかし、ガドルは首を横に振った。
「
「……なに?」
「
そう言って、ガドルはどこかへ向かっていった。
「新たな力か」
バルバはどこか、面白そうに頬を緩ませ、ガドルを見送った。
「ユニゴ」
バーからガドルが出て行ったあと、バルバはユニゴの方を見て呼びかける。呼びかけられたユニゴは、どこか焦点の定まっていない視線をバルバに向ける。
「おまえはガドルのゲゲルを、ドルドと見守れ。折角『ラ』になったのだ。残り少ない我らの仕事を、やってみるといい」
「…………」
『ラ』の仕事。
『ゴ』以下の集団のゲゲルを監督し不正を行わないか、ゲゲルをしていないグロンギがリントを殺害しないかの監視、そして、バグンダダを用いて何人のリントを殺害したかを測定するのが主な仕事だ。こうして見てみると、意外とフットワークを使う仕事だったが、残っているゲゲルの参加者はガドルだけの上に、体力もあり俊敏体に変身できるユニゴには特に問題はない。
「……わかった」
バルバの誘いを受け入れ、肯定の言葉を返すユニゴ。
なんとしてでも知りたい2つの疑問の答え。でも、今のままだと到底理解できないとユニゴは判断。別の視点……今までゲゲルをやっていた『ゴ』としての視点でなく、ゲゲルを見守る『ラ』の視点で考えることにしたのだ。
次にやるべきことが決まり、混乱していたユニゴの頭は一気に冷えた。ゲリザギバス・ゲゲルをクリアしたユニゴは、もう自分の身体の中に爆弾を抱えていない。正式に『ラ』に昇格したからダグバと戦うこともない。ゆっくり、さまざまな視点から解決していけばいいのだ。何も慌てて、急いで答えを出す必要はない。
そうだ。もう自分の命は滅多なことがない限りは大丈夫なんだと、余裕を取り戻し、ようやく元の冷静沈着なユニゴに戻った。
「ドルド、よろしく」
「……うむ」
椅子から立ち上がったユニゴはドルドの前に立ち、ぺこりと頭を下げる。
ドルドもユニゴの同行に不満はないらしく、2つ返事で了承した。
――――・――――・――――
時刻は午前10時30分。
警視庁、警備部長室。
「え? 私への処分はなしですか?」
そこに訪れていた一条は驚いたような顔で、椅子に座る警備部長松倉貞雄に訊いた。
独断で長野県警と合同捜査をし、一度攻撃を耐えたら二度と同じ攻撃を受けない第46号に神経断裂弾を使い、しかもそれで殺しきることができず、挙句の果てに最後の1人、3996人目の犠牲者まで出してしまった。
もはや懲戒処分されてもおかしくない大失態を犯し、覚悟もしていた一条にとって『無処分』という通達は予想外だった。
「ああ。君は勿論、杉田も桜井も同様、一切の処分はなしだ。これは上の合意で決定したこと。決して嘘ではないぞ」
「い、いえ、松倉本部長が嘘をおっしゃっているとは疑っておりません。ただ、なぜ無処分なのか。それが知りたいだけです」
「うむ……。それは、この第46号の事件を詳細に説明した結果だな」
「事件の詳細を話した結果?」と、一条は訊き返すと「ああ」と松倉は続けた。
「今回の敵はまず、どこに現れるかが判らないという習性を持っていた。場所どころか、どこまでが奴の
「しかし上なら、それでも『どうにかしろ』と言ってくるのでは?」
「その上から派遣された大川部長すら、食い止めることができなかったんだ。何も言えなくなってしまったのだろう」
なにせ、大川を送ったのは自分たち上層部なのだから。大川の失態=上層部の失態という構図が出来上がってしまったのだ。
「次に責任は誰が取るかだが、上は全ての責任を大川部長1人に押し付けた。自分たちの失態を、丸々全部だ。一条たちに責任が来なかったのは、この事件に関してのベテラン刑事だからだ」
悪い言い方になってしまえば、まだ一条たちには使い道があるから。
未確認生命体第0号を倒していないこの状況で彼らを処分してしまえば、今度こそ未確認生命体を食い止める術がなくなってしまう。一方の大川はキャリア組、代わりなどいくらでもいる。どっちを天秤にかけるか、いくら頭の固い警察上層部でも速攻で判断できた。彼らにとって、威信とプライドさえ守れればそれでいいのだから。
ちなみに松倉に責任が来なかったのは、あくまでも大川の補佐に徹していたからだ。余計なことをさせてもらえなかったからこそ、責任を免れた。
「そして決定打になったのは、霧島東二の逮捕だ。奴が精神異常者に偽装して罪を免れたことが明らかになったことにより、世間からの警察のイメージが上がった」
4年前のあの通り魔事件の裁判。あの判決にはほとんどの国民が不信感を抱き、反発した。だがこうして霧島の本性が知れた今、裁判はやり直し。それを導いたのが第46号から彼を護りきった警察なのだから、イメージが上がるのは当然だった。結果しか見ない国民は、こういうときに便利である。
「以上のことから、君たちの処分は帳消しとなった。第46号のゲームが成功させてしまったのは全く以って残念だが、今後はこうならないよう、更に引き締めていこう」
「はい! 今回は、申し訳ございませんでした!」
一条は松倉に頭を下げ、そして警備部長室を後にした。当然、出て行く際に「失礼しました」と言うのを忘れず。
「おう、一条」
「一条さん!」
警備部長室から出た一条を待っていたのは杉田と桜井だった。
「どうだった? 処分は?」
「いえ、心配なく。処分は免れました」
「よかった……自分たちもです」
「ああ。散々46号に振り回されて、第46号に助けられちまった。全く、皮肉な話だ。もし第46号が霧島をターゲットにしなければ、決定打が足りなくて首切られてるぞ俺たち」
冗談では済まされない冗談に、もう笑うしかない一条たち。しかし、次にはその笑っていた顔は真剣なものに変わった。
「出しちまったな、奴らのゲームの成功者。しかも2人目を」
「……はい。悔しいことに」
3996人という、とんでもない数の被害者を出してしまった第46号のゲーム。
軽犯罪者から重犯罪者、さらに犯罪者予備軍まで、一切差別することなく片っ端から殺害した第46号の事件は、おそらくさまざまな形で後世に伝わってしまうであろう、歴史的大事件だった。
「すみません。私、行かないといけないとこがありますので」
「ああ、わかってるよ」
「五代さんのところ、ですよね?」
もう自分の考えていることが筒抜けになってしまい、一条は苦笑した。
――――・――――・――――
時刻は午後12時31分。
関東医大病院。
「そうですか……ユニゴを、第46号を……」
病室で着替えを済ませすぐに退院しようと廊下を歩いていた雄介は、その途中でバッタリ会った一条から第46号ことユニゴのゲームの結果と生死を、歩きながら教えてもらっていた。
「すまなかった。おまえの負担になる要素を、取り逃がしてしまった……」
「いえ、いいですよ。それに一条さんのおかげで、新しい力を手に入れられましたし」
「え?」
雄介の言った言葉の意味がどういう意味なのか、理解できなかった一条は聞き返す。
「昨日、椿さんに電気ショックをしてもらったんです」
「なに? 電気ショック?」
「はい。なんかこう、体中に力の素Aみたいなのがガッチガチに詰まっているようなんです。これなら、金の力を目一杯使えそうな感じがして」
「そ、そうか……」
それを訊いて一条は、少し複雑に思ってしまう。
第46号を倒して、雄介を少しでも楽にさせようと思っていたのに結局倒しきれなかった。だけど、自分が与えた休みの時間を使って、雄介は更なる力を手に入れられた。
悔しいような嬉しいような、やはり複雑だった。
「ゲームを成功したからと言って、もう46号と戦わないとは限らない。もし、また第46号がおまえの前に立ち塞がったとき、おまえは戦えるか?」
例え新しい力が手に入っても、それを充分に使えなければ意味はない。
迷った状態でクウガになればどうなるか、それは雄介自身がよくわかっている。きっと新しい力を自らすすんで手に入れたということは、しっかりと覚悟は決めているのだろう。だがそれでも、一条は心配なのだ。だから訊いた。彼の意志を確かめるために。
少し自分より先に歩いていた雄介は一条の問いを聞いて立ち止まり、
「勿論です。また第46号が人を襲うようなことをすれば、そのときは必ず、俺は全力で戦います」
グッとサムズアップを決めながら笑顔で答えた。
「……そうか」
それを見て一条はようやく安心できた。いつもの雄介が帰ってきた、と。
第46号の事件で心身ともに傷つけられた雄介だったが、もう大丈夫。しっかり傷を癒して、しかも新しい力も手に入れて戻ってきてくれた。それだけでも、一条が雄介を戦線から離脱させ、休ませた意味があるというものだ。
一条の判断は、決して間違ってはいなかった。
――――・――――・――――
それから1ヶ月が経過し、現在1月23日。
とある街中。
『1ヶ月の間に渡って続いている原因不明の電圧の低下について、監督官庁である通産省では、関係各方面に原因の究明を急がせていますが、依然として科学的要因は掴めておらず、行政の対応の遅れに市民の苛立ちがピークを迎えております』
歩道橋の上に立って、街頭テレビのそんなニュースを聞いていたバルバ。彼女には、その原因不明の電圧の低下の原因が一体なんなのか、おおよその見当がついていた。
「新たな力を、得たようだな」
隣に立つ男……ガドルに話しかけたバルバは、「だが」と続けた。
「クウガやリントの前に、ゲリザギバス・ゲゲルさえ、ユニゴ以外、成功させられなかった。そのユニゴさえ、最後はかなりの傷を負わされて帰ってきた。クウガに、ではない。リントにだ」
今の
昔はクウガに護られるだけで簡単に殺すことができたリントが、次々と仲間達を追い込み、『ゴ集団』のナンバー2のユニゴにまで、殺すことはできずとも重傷を負わせたのだ。バルバとしては、そんなリントたちにガドルの新たな力とやらが通用するのか。興味もあったが、若干の不安もあった。
「そんなリントだからこそ、殺す意味がある。ドルドから話は聞いている。クリアする寸前、ユニゴはリントたちの武器によって、散々痛めつけられたとな。面白い」
ふっと笑うガドル。
どんなに威風堂々とし、格下のゴオマにすら気遣うガドルだが、やはり根本は冷徹な殺戮者であるグロンギ族だ。これから自分が行おうとしているゲゲルを、楽しもうとしている。
「ゲリザギバス・ゲゲルは当然成功させる。新たな力はもともと、ザギバス・ゲゲルのためのものだ」
すでにガドルの中ではゲリザギバス・ゲゲルは成功すると確信していた。
自分よりワンランク下のユニゴすら倒せなかったクウガに負ける気はさらさらないし、リントがユニゴに大怪我を負わせたという兵器は気になるが、やはりそれもユニゴを殺すまでは至らしていない。逆に、自分が大怪我するかもしれないという可能性が、ガドルにとっては重要だった。
いよいよ始まるガドルのゲゲル。
新しい力と、昔とは変わったリントの戦士たちに興奮し、気合が入ってきた……その時。
「待ってるよ」
「……!」
「…………」
若い男の声が、ガドルとバルバの耳に響いた。
驚いて前を見てみると……歩道橋の下のショーウィンドウが並ぶ店の出口付近に真っ白な人影。
その人影は興味深そうにガドルを少し眺めると、すぐにどこかへ行ってしまった。
「このゴ・ガドル・バはユニゴと違って優しくはないぞ、ダグバ。必ず、おまえを殺してやる」
ガドルは拳を硬く握り締めた。
――To be continued…
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第16話 『違和』
ようやく……ようやく書きたかったお話を書くことができました。
こんな時間に何人読んでくれているのかな? ちょっと気になったり。
1月24日。時刻は午前10時52分。
場所は東京都多摩市、西多摩警察署。
建物の前に立って番をしている1人の巡査が、怪しい人影を捉えた。はて、なんだ? と目を凝らして見る。
その人影の正体は男だった。きちっとした黒い軍服を身に纏った、大男。黒い口紅をしたその顔を僅かに顰めており、かなり厳格な雰囲気を醸し出している。
姿勢よく、堂々と歩く大男はどんどん自分の元へ迫ってくる。横断歩道を渡り、門を越え……ついに警察署の入り口まで辿り着いた。
「ちょっと、止まりなさい」
何の用があって警察署に来たのか、尋ねるために大男の前に立ち、通せん坊をする巡査。
「
しかし、男から返ってきたのは訳のわからない言語。何を言っているんだと聞こうとした巡査だったが、それを言う前に絶句してしまった。その大男の姿、身体の輪郭が見る見るうちに変わっていき……真っ黒なボディに紫色の瞳、そして額から1本の太い角が生えた、まるでカブトムシのような姿をした怪人になってしまったのだ。
怪人は胸の辺りに付けていた装飾品の1つを引き千切ると、それを1本の大剣に変えた。
「ひっ、ひいっ」
あまりの出来事に腰が抜けてしまった巡査。彼が最後に耳にしたのは、電流が流れたような、バチッバチッという音だった。
それから10分が経過し、時刻は午前11時2分。
西多摩署内。
「
バグンダダ片手に周囲を見渡してカウントしながら、怪人ゴ・ガドル・バを褒めるドルド。西多摩署内の床一面には、男性警察官たちの屍が散乱していた。その数なんと106人。1分間で10人以上、6秒で1人以上を殺している計算だ。
「他愛もない。もっと強い、リントの戦士はいないのか……」
落胆したように肩を落とし、立ち去っていくガドル。思った以上に手応えがなく、本当にこいつらがあのバベルを怯ませ、さらにユニゴを殺しかけたのかと、疑問に感じたのだ。
「……ガドル、どうしてここの人たち、殺したの?」
ガドルが去ったあと、ドルドの背後からスッと現れるユニゴ。彼女の疑問に答えるように、ドルドは懐から1枚の金の板を取り出し、ユニゴに渡す。受け取ったユニゴはそこに書かれている言葉を読み上げた。
「……戦士?」
「そうだ。ガドルが定めたゲゲルの獲物は……リントの戦士だ」
今回の未確認生命体第47号こと、ゴ・ガドル・バのゲゲルのターゲットはユニゴの真逆、『リントの戦士』、すなわち『男性警察官』だ。だからガドルは、この警察署を襲い、女性警察官を無視して男性警察官だけを殺した。それがドルドのユニゴの疑問に対する答えだった。
「違う、そうじゃなくて……ううん、なんでもない」
「……?」
また、何かを考え始めたユニゴに首を傾げるドルド。ユニゴがドルドに訊いたのは、ガドルのターゲットを知りたいわけではなかった。もっと純粋に「どうして、警察官を殺したのか」。それを知りたかっただけなのだ。
「追うぞ、ユニゴ。ガドルのゲゲルは続いている」
「……ん。ごめん」
こくりと頷き、ドルドと共にユニゴはこの西多摩署から出て行く。
倒れている男性警察官達を眺めながら、なにか自分の中にもやもやしたものが出てきたが、その正体はまだわからなかった。
――――・――――・――――
時刻は午前11時26分。
多摩市一ノ宮三丁目、工場跡地。
第47号の爆破ポイントまでなんとか誘導することができたが、その代償は凄まじいものだった。
停まっている14台のパトカー。その開いたドアからは7人が、そして外には16人の警察官が身体の至る所から血を流して亡くなっており、現在この場で生存している警察官はたったの5人しかいない。
その5人の警察官たちは後ろに下がりながら、この地獄絵図を作り出している
「これでガドルの殺したリントの戦士は169人、残りを片付ければ174人だ。順調だな」
「…………」
工場の階段に立って、ガドルが5人の警察官たちに迫る光景を眺めているドルドとユニゴ。ここに来る前にも、誘導していた警察官を何人も殺していたため、ゲーム開始から30分で既に被害者は150人を優に越えていた。
「それにしても、ガドルも上手いことを考える。相手は警察。我々が出たら必ずやって来る。つまり、ガドルが少し暴れるだけで、獲物が勝手に来るという仕組みだ。これならば、軽く目標を達成できるだろう。おまえを苦しめた、あの弾さえ気をつければな」
「……そうだね」
ドルドと共に見守っているユニゴは、どこか適当にそう返した。ガドルのゲゲルが始まり、彼が西多摩署の男性警察官を皆殺しにしたときからずっと抱いていた違和感。それが気になって、ドルドの言葉が全く頭に入ってこないのだ。
そのもやもやの発端はなんとなく思った、彼女のガドルに対する疑問、「どうして、警察官を殺しているのか」というもの。ユニゴは単純に気になったのだ。どうしてガドルが警察官をターゲットに選んだのかを。
威風堂々と正面から真っ向勝負するガドルのことだ。単純に強い相手と戦いたいからなんて、そんな理由なんだろうなとは察することはできた。ガドルとの付き合いは長いほうなのだ。大体のことはわかる。だが問題なのはそこではない。だからと言ってなぜ、『警察官』をターゲットに選んだのだろうか。ユニゴはそこに疑問を抱いていた。
確かに『警察官』をターゲットにすれば、ガドルにとって有利だ。聞こえちゃいなかったが、先程ドルドが言ったとおり、向こうから勝手に獲物がやってくるのだから。ゲゲルを円滑に進めることはできるだろう。
だけど、多分ガドルはそんなことは考えていない。そういう性格ではないのだ彼は。自分と違って、ゲゲルの効率性を求めるような性質ではない。むしろ彼は生粋のハンター気質。いかにゲゲルを難しくするかを考えているだろう。
ああそうか。自分にとんでもないダメージを与えたあの不思議な弾目当てか。あの弾の存在もあって、ガドルは警察官をターゲットにしたんだ。納得した。
「…………」
なのに、なぜだろうか。
ガドルが警察官を狙う理由はわかったのに、それでも胸の内のもやもやが晴れる気配を見せない。「違う」「そうじゃない」「そういう意味じゃない」と、心の中の自分が訴えている。もっと根本的なものが、違うのだ。
一度思考をクリアし、もともと自分は何に対して疑問を感じていたのかを思い返す。ああそうだ。「どうして、警察官をターゲットに選んだのか」だった。えっと、なんでガドルは……っと、そう考えては意味がない。また同じ結論に至ってしまうだけ。
そうだ、ここは……逆に考えてみよう。さっきからガドルのことで考えていたからダメなんだ。ここは逆に、殺されるリントたちのことで考えてみよう。いわゆる発想の転換だ。すぐにユニゴは頭を切り替える。
今回不幸ながら、ガドルのゲゲルの対象になってしまったリントたち。それは皆、『警察官』という職業についているリントだ。
ユニゴの頭の中での『警察官』。それは、ただ単に自分たちのゲゲルを妨害する存在……だけではなかった。おそらく他のグロンギ以上にリントに精通し、リントの世界を見て回り、知識を身につけ、作戦を企てるのが得意で、情報を誰よりも収集していたユニゴだからこそ、別の見方ができるのだ。
困っているリントを助けたり、悪いリントを捕まえたりする。それがユニゴのイメージする『警察官』だった。幼稚園生、低学年の小学生並みの認識だが、それは、本質を見抜くことが自然とできるほどに純粋な性格をしているユニゴらしい認識だった。
困った人に救いの手を差し伸べる『良いリント』。かつて自分が行ったゲゲルのターゲットである『悪人』……つまり、『悪いリント』を捕まえる『良いリント』。
「……あれ?」
ここで1つ、新たな疑問がユニゴの中に浮かんだ。
「どうして、そんな良いリントたちが殺されないといけないんだろう」。
これがユニゴの中に浮かんだ、新たな疑問。今までリントたちに自分のゲゲルを認めてもらうために、殺しても良いリントと殺してはいけないリントを仕分けていたユニゴだからこそ、抱いた純粋な疑問。
ゲゲルをしないといけないとはいえ、あくまでこれは自分たちの勝手な事情だ。リントのことなど一切考慮していない、一方的な虐殺。そのことはユニゴだって気がついていた。遥か古代から。だけど、やらないと自分の命がないことも知っていたし、生まれてから今までずっと当然のように繰り返し行ってきたことだ。今更、やらないと言うことなどできず、生き抜くために渋々ゲゲルに参加した。というか、だからこそ自分のゲゲルをリントに認めて貰おうと、受け入れて貰おうとあれこれ工夫したのだ。
やがてその疑問は、こんな疑問に変わった。
「どうして自分たちの勝手な理由で、良いリントたちが殺されなければならないんだろう」。
「っ」
そこまで考えた瞬間、ようやく、ようやく彼女は気がついた。気がついてしまった。今まで彼女が抱いていたもやもやの正体を。
そして恐る恐る、さらにワンランク上げて、最終的な疑問を浮かべた。
「どうして自分たちの勝手な理由で、リントたちが殺されなければならないんだろう」、と。
……ギリッ。
ユニゴは強く歯を食いしばり、そして彼女の意識は現実に引き戻された。今までの思考時間、僅か15秒。15秒でここまでの結論を出したユニゴの回転の速さはこの際置いておこう。
思考の海の中から現実という陸地に上陸したユニゴの目の中に飛び込んできた風景。それは、ガドルが警察官たちの前まであと少しで到達するという風景だ。彼の右手にはしっかりと、大きな剣が握られている。そしてその刃が届く位置まで迫り……ついに右腕を振り上げ始めた。
「……? ユニゴ?」
ここで初めて、彼女の異変に気付いたドルド。しかし、彼がユニゴを呼びかけたときには既に、さっきまで自分の隣にいたはずのユニゴの姿はなかった。
そして再びガドルの方を見てみると……そこには、驚きの光景が広がっていた。
――――・――――・――――
少しずつ迫ってくる『死』と言う恐怖。彼らはそれを、今この瞬間に強く感じていた。
未確認生命体第47号を爆破ポイントまで誘導した。ここまではよかった。しかしそこからは自分たちが、なんとかして未確認生命体第4号ことクウガが駆けつけてくれるまで時間稼ぎをしなければならない。が、自分たちには未確認生命体を止める手段なんてない。神経断裂弾はおろか筋肉弛緩弾すら、持っていなかった。
ならばどうやって未確認生命体に対して時間稼ぎをするのか。それは、もう自分たちの命を犠牲にするしかなかった。どうにかして、1分1秒でも長く、殺されないようにしながら、クウガが来るのを待つしかないのだ。
次々とやられていく仲間達を見ながら、少しずつ後ろに下がって距離を取り、時間稼ぎをする。それが今の彼らの使命だった。
「くっ、来るなぁっ!」
パァンッ。
震える声で拳銃に火を吹かす1人の警察官。それがたとえ、目の前の恐怖に一切通じないことがわかっていたとしても、そうせざるを得なかった。
怖かった。
自分は何も悪いことをしていない。むしろ今まで、一般市民の役に立ちたいと必死で頑張ってきた。なのに……。
未確認生命体の背後に倒れている自分の仲間達の亡骸を見て、さらに恐怖が高まる。それはこの警察官だけでない。横一列に並んで、未確認生命たちに拳銃をぶっ放しているほかの4人の警察官たちだって同じだった。
全員、効かないとわかっていながらも藁に縋る思いで拳銃を向け、撃つ。もしかしたら、これだけで倒せるかもしれないという、1パーセントにも満たない希望を抱いて、彼らは拳銃1つで懸命に戦う。しかし、それはやはり無意味だったと言うことを、彼らは思い知る。
後ろに下がっていくにつれ、迫ってきていた未確認生命体以外のもう1つのもの。それは『行き止まり』だった。彼らはついにその行き止まりに差し掛かってしまった。もうこれで、彼らは後ろに下がることはできない。だからと言って前に進むこともできない。横に進むにしてもやはり、逃げ切れるだけのスペースはない。せいぜい小柄な女の子が1人通れる程度にしか、スペースがなかった。
そんな自分たちを無視して、迫ってくる未確認生命体。紫の目をした怪人のその右手には、巨大な剣が握られている。
「
何を言っているのかはわからないが、未確認生命体が伝えたいことはわかった。「死ね」、または「殺す」。そう、言っているのだ。その証拠に、未確認生命体の剣を持つ腕がどんどん上がっていく。今からその剣を振り下ろし、自分たちを切り裂こうとしている。
彼らは『死』を覚悟した。
あと数秒もしないうちに、自分たちも倒れている仲間たちと同じ、物言わぬ屍と化してしまうのだろうと。頭を守るように両手で頭を抱え、少し丸くなって背中を晒す警察官たち。
ヒュッ。
それを待っていましたと言わんばかりに、風を切るような音がした。怪人が剣を薙ぎ払ったのだろう自分たちの背中に向かって。すぐに彼らにはわかった。……しかし。
「……?」
「あ、あれ?」
おかしい。
仲間の叫び声が聞こえない。なにかで肉を貫いたような音も聞こえない。そして自分の身体の……おそらく背中に来るだろう激痛すら襲ってこない。これが『死』という感覚なのだろうか? 確かめるために、目を瞑っていた5人の警察官たちは恐る恐る、未確認生命体がいるほうを見る……と。
まず彼らの目の前に飛び込んできたのは、あの恐ろしい姿をした未確認生命体ではない。彼ら最初に見たもの、それは……『白』だった。
時期に似合わない真っ白で清楚なワンピース。そして真っ白なサンダルを履いた女性のものであろう綺麗で細い生脚。それがまず、彼らの目に飛び込んできた。そして少し頭を上げて視線も上げると、次に目に入ったのは綺麗に光るセミロング程度に伸びた金色の髪の毛。日本人の染めたことがバレバレなそれとは違う。完全に天然で自前なのだろう、とても自然な光沢を放つ髪の毛だった。
そこまで見た瞬間、彼らは思った。この姿、自分たちはよく知っている、と。
1ヶ月前、3996人の『悪人』を殺害し、ぱたりと犯行を止めた未確認生命体第46号。その人間態の特徴と、全く同じなことに。そこまで理解し、彼らは更なる恐怖に駆られる。ただでさえ自分たちでは力不足だった第47号に加えて、第46号まで現れてしまった。鬼に金棒ならぬ、鬼にマシンガン、または鬼に相棒である。
しかし、一度覚悟していた『死』が来なかったことにより逆に頭が冷えた彼らは、この状況が妙なことに気がついた。もし第46号が第47号に加担しにきたとしたら、どうして第47号の前に立っているのだ? しかも自分たちに背中を向けて、第47号と向き合うような体勢で。これではまるで、第47号の邪魔をしているようではないか。
そういえば、自分たちに向かって振り下ろされたあの剣はどこに行った? 目を動かして探すと……見つけた。
禍々しい形をした灰色の大剣。それは、少女の左掌の中にまるで吸い込まれるように、綺麗に掴まれていた。これではっきりした。
第46号は第47号に加勢しに来たわけではない。第47号の妨害をするために、来たということに。
「なんのつもりだ。……ユニゴ」
日本語で、第47号が第46号に問いかける。『ユニゴ』なんて名前の人物は自分たちの中にはいない。つまり、この第46号の名前なのだろう。
「……わからない」
ユニゴと呼ばれた第46号は……静かにそう答えた。
「まだ全部、わかったわけじゃない。ほんの少ししか、リントのこと、わからない。だけど――」
第46号が最終的に行き着いた数々の疑問、そして、今まで自分がやってきたこと。まだ、全部が全部、わかったわけじゃない。完全な答えには行き着いてはいない。
しかし……これだけは、第46号こと、ユニゴはわかった。理解した。
「――私たち、間違ってる。……ンッ」
たったの一言、第47号ことガドルに返事をすると、ユニゴはすかさず
「ぐっ!?」
例え人間の姿だとしても、その蹴りが必殺級の一撃であり、肉体戦法ならばユニゴの最強の一撃なのは変わらない。
とんでもない力の篭った彼女の蹴りはガドルの胸に直撃。遥か後方へ吹き飛ばし、燃料タンクと思われる場所へと突っ込ませる。衝撃を受けたタンクは爆発するが、この程度でガドルが死ぬはずがない。
「逃げてっ!」
回し蹴りを仕掛け、警察官たちのほうへ振り返ったユニゴは短く、彼女らしくなく無表情を崩して必死な顔で、そして大きな声で叫ぶ。これで警察官たちは彼女が一体誰の味方なのかがはっきりするも、やはり戸惑ってしまう。
「っ。い、行くぞ!」
誰か1人が叫んだ瞬間、5人一斉に駆け出し、誰も乗っていないパトカーまで一直線。
そんな彼らを逃がさんと言わんばかりに、ガドルが突っ込んだ場所からボウガンのようなものが放たれる。が、それもやはりユニゴの右腕が押さえ込み、勢いを消してしまう。その隙に彼らはパトカーの中に乗り、全速力で走らせてこの場から退場した。
「……ぬぅ」
彼らが去ったのと入れ違いに、遠くの燃料タンクの中から2本足で余裕そうに出てくるガドル。その瞳は緑色に変わっていた。
ユニゴはそんな彼の前に立ち、鋭い視線を向ける。
「……本当に変わったな、ユニゴ。そんな顔をするとは、初めて見たぞ」
珍しいユニゴの表情を見て、興味深そうに言うガドルだが、いつも以上に声色が深い。そのままの声で、ガドルは「だが」と続けた。
「あろうことか、他人のゲゲルに乱入し、台無しにした罪。許されるものではないぞ……」
「上等。私の勝手で悪いけど……、もう、リントを殺させはしない。そして私は、償う。――ダグバを殺して、私も死ぬ!」
「不可能だ。おまえにダグバは殺せない。――今、ここで死ぬのだからな」
「っ!」
キッと、一際強くガドルを睨みつけたユニゴは、その姿を変えていく。厚い装甲を身に纏い、3本の角が生え、紫の瞳をした剛力体へ。ガドルもまた、瞳の色を紫に変え、射撃体から剛力体に変わった。そしてユニゴは腰の、ガドルは胸の装飾品を乱暴に引き千切り、同時にそれぞれの得物へ変化させて構える。
「――ッ」
「――ッ」
共に駆け出す2体のグロンギ。
今ここに、『ゴ集団』のナンバー1と元ナンバー2、実力者同士の戦いの幕が切って落とされた。
――To be continued…
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第17話 『電撃』
ついに……お気に入り件数1000人を越えました!
それから昨日投稿した第16話には様々な意見が寄せられてきました。賛否両論、どちらもあって私は当然だと思っていますし、賛成・反対意見をもらえて嬉しいです。
評価をしていただいた皆様、そして感想を書いてくれる皆様。本当にありがとうございます!
どんな評価、感想を貰っても、私のテンションは上がりっぱなしです!
ピィーッ!
『聞こえるか、五代!』
「はい、聞こえていますよ一条さん!」
時刻は午前11時28分。
もう少しで未確認生命体第47号のいる工場跡地に到着するというところで、ビートチェイサー2000を走らせている雄介は一条から通信が入った。
『たった今、現場にいるのだが……そこで、第47号と第46号が激しい戦闘を行なっている!』
「えっ!?」
雄介は素で声を上げて驚いてしまう。
今回の敵、第47号が警察署を襲撃したことにも驚いた雄介だがそれ以上に、ゲームを成功させたはずの第46号……ユニゴが、今ゲームをしている第47号の邪魔をしていることのほうが驚きは大きかった。
「味方同士で争っているんですか!?」
『詳しくはまだわからない。だが、第46号は第47号から警官達を護り、逃走の手助けもしたという情報も入っている! とにかく現場に到着次第、ゲームを行っている第47号の方を重点的に狙え! 第46号は後回しだ! 俺も少し、やることをやってからすぐに現場から立ち去る!』
「わかりました!」
どうしてユニゴが仲間のゲームの最中に乱入してきたのかはわからないが、おかげで第47号を爆発ポイントで足止めすることができた。しかも、一条以外の避難も完了していて、その一条もすぐに避難すると言った。
雄介はビートチェイサーを運転しながらクウガに変身。最初からライジングマイティフォームだ。
あの電気ショックを受けてから1週間、科警研で実験を重ねてみたところ、ライジングフォームの使用制限時間がなくなっていたことが発覚した。緑のクウガことペガサスフォーム以外の、全ての形態で永続的にライジングフォームの力を使えるようになっていたのだ。……が。
雄介はまだ気がついていない。椿が自分の身体に施した2回目の電気ショックが、もう1つ、新しい力を覚醒させていたことに。
――――・――――・――――
多摩市一ノ宮三丁目、工場跡地。
時刻は午前11時33分。
立ち上る黒い煙を背景に、2人のグロンギが戦いを繰り広げられていた。
「ふんッ……」
1人はカブトムシの特性を持つ『ゴ集団』最強のグロンギ、未確認生命体第47号ゴ・ガドル・バ。
瞳の色を紫色に変え剛力体となって、169人の警察官の命を奪ってきた灰色の大剣を振り回し、敵対するもう1人のグロンギを牽制する。
「ぐっ……」
もう1人はユニコーンの特性を持つ元『ゴ集団』のナンバー2、未確認生命体第46号ラ・ユニゴ・ダ。
彼女もまた、瞳を紫色に染め剛力体となり、右手に3996人の悪人の命を奪ってきた三叉戟を構えてガドルに応戦している。
戦いはガドルが押していた。伊達に『ゴ集団』のリーダーをやっているわけではない。その圧倒的な攻撃力を誇る腕で振るわれる大剣は何度もユニゴの身体を斬り、戦い慣れた身体を上手く捻らせて彼女の三叉戟や蹴りを躱し続けている。が、ユニゴも押されっぱなしではない。彼女だって、伊達に『ゴ集団』のナンバー2をやっていたわけではないのだ。ガドルとは対照的に圧倒的な防御力を誇るユニゴの身体は、見事にガドルの攻撃を耐えることができている。衝撃を受けて少し後ろに下がることはあるが、所詮はそれまで。ユニゴの身体は傷1つ作らされていないし、ダメージすら碌に通っていない。攻撃を受けた後には隙を突いて、ガドルに回し蹴りを入れようと反撃のチャンスを随時窺っていた。
攻めと受け、それぞれに特化したガドルとユニゴの戦いはまさに矛と盾。ガドルの圧倒的攻撃はユニゴの圧倒的防御の前に沈黙し、ユニゴの反撃は全てガドルに躱される。どちらも自分の得意な戦術を取れているばっかりに、決定打にならない。軽い無限ループが生じてしまっていた。
「
「
剣と槍を交合わせ、至近距離で話し合う2人だが、当然の如く戦いは続行。互い武器を弾かせて後ろへ跳び、次の攻撃の準備をし、相手よりも早ければ先制攻撃を仕掛ける。
僅かに着地する瞬間が早かったのは……ユニゴだった。
着地したユニゴは三叉戟を捨て、すぐに持ち前の脚力を用いてガドルに接近し一回転ジャンプ。くるりとガドルの方を素早く振り返った瞬間に右脚を綺麗に伸ばし、彼に向かって鮮やかな空中回し蹴りを放つ。
「っ」
ほんの数秒の、自分と敵との行動のタイムラグ。それは戦いにおいては重要かつ、恐ろしい時間だ。その刹那の瞬間に、致命的な傷を負わされてしまうかもしれないからだ。
通常形態の格闘体や人間態のときでも、充分過ぎるほどの威力を誇るユニゴの
なんとかしてそれを避けようとするが、もう間に合わない。
「ぐあっ……!」
着地に遅れ、更にユニゴが突然武器をあらぬ方向に捨てたことが気になって、それを思わず目で追ってしまったばっかりに反応まで遅れてしまったガドル。そんな彼の胸にユニゴの右脚が綺麗に吸い込まれた。鋭すぎるほどに洗練されたユニゴのキックを真正面から受けたガドルは、まるで猛スピードで走る大型トレーラーに撥ねられたかのような強い衝撃と共に吹き飛び、再び廃工場の中にダイブしていった。この一撃は、ユニゴにとって結構な自信があった。自分の中での最強の技と言っても過言ではない。握力があってもパンチ力が低いユニゴはその代わりとして、最高の脚力とキック力を持って生まれてきた。この蹴りこそ、彼女の切り札なのだ。
「…………」
上手く隙を突いて回し蹴りを喰らわせ、ガドルが突っ込んでいった廃工場をじっと見つめるユニゴ。まだ彼女の中では戦いは終わっていない。いくら自信のある一撃を叩き込んだとはいえ、油断は決してしない。相手は自分よりも上の相手『ゴ集団』のリーダー、ゴ・ガドル・バなのだ。一発では決められない可能性だって充分ありえる。
そのユニゴの予感は的中した。
ボロボロと崩れ落ちた瓦礫が吹き跳ぶと、その中からゆっくりと黒い影が2本足で立ち上がる。
「ぬぅ……」
ボキボキと首を鳴らして砂埃舞う瓦礫の中から堂々と抜け出し、再び工場の外へと歩いてくるガドルは胸を擦っていた。
「今のは効いたな。だが……蹴るなら、こう蹴れ」
「……?」
ある程度の距離のところまで詰めたところで、ガドルは立ち止まり……紫色だった瞳の色を金色に変えた。金色の瞳。そんな色を、ユニゴは見たことはなく首を傾げる。
それからしばらくして、バリッバリッと、何か電流が流れるような音がしたかと思うと、ガドルの身体全身に雷のようなものが纏わり始める。そして彼が力を入れるように拳を硬く握ると……ガドルの体に変化が現れた。
黒味の強い茶色だった腹筋が、銀色だった両手の爪が、そして真っ黒だったはずのベルトもバックルが、全て金色に輝き始めたのだ。
「そ、それは……クウガの……っ」
「雷の力」と、ユニゴが言う前にガドルが駆け出す。動揺してしまったユニゴは足が竦み、逃げるのが遅れてしまった。もはやガドルの攻撃を真正面から受け、耐えるしか選択肢がない。
力を込めて胸を前に出し、両腕を後ろに引いて構えるユニゴ。ガドルは両足に電流のような迸りを纏いながら駆け、そして丁度良いところで跳び上がり空中前転をすると、なんと全身を高速回転させた。そしてそのまま両足をしっかりと伸ばし、ユニゴの胸に雷の力が込められたキックを決める。
「んぐぅっ!?」
思った以上の衝撃を受け、先程自分が蹴りを入れたガドルのように吹き飛び、備品倉庫の中に突っ込むユニゴの身体。今度は丸々立場が逆になった。
ダグバと戦うために用意したガドルの第5形態、『電撃体』。
クウガが雷の力を使ってパワーアップを果たしたことによって、「もしかしたら自分もそれで強化できるのでは?」と疑問を持ったガドルが1ヶ月に渡って電流を浴びた結果、習得した新たな力だ。そしてその必殺技の1つが、今ガドルが披露したクウガのライジングマイティキックに相当する『ゼンゲビ・ビブブ』だ。
その威力は……言葉で説明するよりも、受けたユニゴの反応を見てもらったほうが早いか。
「あっ……、ああっ……」
倒壊した備品倉庫の中から出てくるユニゴ。しかし、その足取りはふらついて千鳥足になっており、両手に持つ三叉戟を杖のように地面に突けて身体を支え、時にビクンッと身体をビクつかせていた。
キックを喰らった両胸から全身に伝わる、まるで電撃を受けたような痺れと焼けるような熱、そして鋭い痛みに襲われ、更に
「う……あっ、ああっ……あうっ」
大きすぎるダメージに身体が堪えられなくなったユニゴはバランスを崩し、怪人体すら維持できなくなったために人間態に戻って、石が敷き詰められた地面に倒れこんでしまった。しかし気絶はしておらず、ガドルを睨みつけながら「はぁ……はぁ……」と荒い呼吸を繰り返している。
「どうだ? これがダグバに対抗するために、手に入れた力だ」
変身を解き、人間態に戻ったガドルはそんなユニゴを見下ろす。
絶対の守備力を誇るはずのユニゴをいとも簡単に吹き飛ばし、彼女の固有能力である『適応能力』を無視して人間の姿に戻してしまうくらいの大きなダメージを与えたガドルの新しい形態、『電撃体』。ユニゴはその圧倒的な攻撃力の前に敗北してしまった。……否。それ以前に、自分の最強の技である剛力体の回し蹴りさえ、あまり通用していなかった。自分の攻撃力の低さ、そしてガドルの防御力の高さでも、負けてしまったのだ。
生き残るには最適な、密かに誇りに思っていた頑丈な自分の身体を簡単に傷つけられ、そして最高の攻撃がまるで通じなかったユニゴ。『完敗』だった。
「今のおまえではダグバはおろか、俺にも勝てない。そこでしばらく、頭を冷やすといい」
あることが気になったガドルはユニゴを放置して、歩き出す。『ゼンゲビ・ビブブ』がユニゴに通じたと知っただけでも、ガドルにとっては充分すぎる収穫だった。それにここまで力の差を示し、かつ頭を冷やす時間を与えれば、もう刃向かってこないだろうとも判断した。最後の最後で、情けをかけたのだ。
「ガ……ドル……ッ!」
歯を食いしばって、悔しそうに表情を歪ませながら立ち去っていくガドルを睨むユニゴ。もうこれしか、今の彼女にできることはなかった。そして思い知った。これほどの屈辱を、自分はクウガに与えてきたのかと。
殺せるはずなのに殺さず、情けをかけられて生かされる。人間に近くなってきたとはいえ、根幹が戦闘部族のグロンギ族であるユニゴにとって、死ぬよりもキツい仕打ちだった。
「くっ……」
なんとか両腕を使って身体を起き上がらせようとするユニゴだが、思うように力を込めることができない。痛みは既に引いている。時間は掛かったが、身体が適応してしまったのだ。ではなぜ身体が動かないのか。それは、『ゼンゲビ・ビブブ』を受けた際に身体の中に直接流れてきた電撃のせいだ。身体の筋肉が痺れ、一時的であるが麻痺してしまっていたのだ。
人間ならば1
「……この、音……」
聞き覚えのある音が少し遠くのほうから聞こえてきた。自分がゲゲルをやっていたとき、一番に警戒していたバイクの音だ。その音にガドルも気がついたのか、立ち去ろうとする足を止めてその音がするほうに目を向ける。
2人して視線を向けた場所……丁度この廃工場の正面出口からに1台のバイクが走ってきて、停まった。そのバイクに乗っていたのは――
「クウガ、か」
「クウ……ガ……!」
赤い金の力で現れたクウガを見て、ガドルは呟き、ユニゴは弱々しく口を動かし「逃げて」と視線で訴える。
「! 第47号……!」
一条から聞かされた第47号の人間態に酷似している軍服をきちっと着こなした男、というより第47号本人を見て、クウガはバイクから降りて、今から戦うぞという構えをする……が。その今から戦おうとしている第47号ことガドルは静かに首を横に振った。
「悪いがクウガ。おまえと戦っている時間はない。確かめるべきことができたのだ、早急にな」
「え?」
「失礼させてもらおう」
戦う意欲が今はないことを告げ、青い目をした怪人体……俊敏体に変身したガドルは、一瞬でこの場から姿を消してしまった。
「…………」
本当に逃げてしまったことに少し呆然とするクウガ。
第46号といい第47号といい、今までの敵と違って形振り構わず自分とは戦わず、自分の目的を優先させようと理性的に行動している。そこが今までの敵とは違う一線と言うわけか。
「……! ユニゴ!」
我に返ったクウガの目に飛び込んできたもの。
それは先程ガドルがいた場所よりも少し離れた場所……見覚えのある三叉戟が突き刺さっている場所に倒れている、小さな白い人影。金色の髪の毛と真っ白なワンピース。それだけでそこに倒れている人物が第46号ことユニゴだと気がついた。
雄介は変身を解いて彼女の元へ走る。ボロボロになって倒れているユニゴを見て、相当なダメージを受けたことを悟って介抱しようとしているのだ。……しかし。
「ダメッ!」
大きく響く制止の声。それを聞いた雄介は走っていた両足を止める。
驚いたのだ。まさかあの、いつも無表情で物静かなユニゴが、あんなに必死そうに顔を歪めて、張り上げるような声を発するとは。第47号のゲームの妨害をしたことや、自分に完勝した彼女が傷ついて倒れているだけでも充分に驚いた雄介だったが、今の彼女の叫び声のほうが衝撃的だった。
足を止めた雄介を見て、ユニゴはいまだに変化したままの自分の三叉戟を右手で掴む。
「助けようと……しないで、クウガ。私は……クウガの敵……」
「えっ、でも……ユニゴは刑事さんたちを守ってくれたんだろう? だったら――」
「ううん、敵。だから、助けようとしちゃ、ダメ……。戻れなく、なる……」
「!」
「私を助けたら、私たちと戦えなくなるぞ」。そう、ユニゴは雄介に喝を入れた。
ユニゴは気がついていた。このクウガに変身する青年が、とても心優しい青年だということに。だから、ここで自分を介抱してしまったら、この先の戦いに迷いが出てしまうかもしれない。そう、危惧したのだ。もし迷いが出てしまったら、ユニゴは自分の最終目的を達成することができないのだから。雄介も彼女の「戻れなくなる」の意味を理解したらしく、もうこれ以上彼女に近づこうとはしない。しっかりと自分の言ったことが伝わったと認識したユニゴは「それでいい」と心の中で呟く。
「それに……私は、クウガに助けられるほど、弱くない……!」
その言葉は雄介に言ったというより、自分に言い聞かせているようだ。
右手が握った三叉戟に、更に左手が追加される。そして両腕の力を引き出して上半身を起こし、今度は白いサンダルの底を地面に着かせて力を込め、ふらふらしながらも頑張って立ち上がろうとしていた。その姿は、初めて両足で立ち上がる赤子の瞬間に似ていた。まだ痺れはあるものの先程よりは和らぎ、ようやく身体が電撃に適応してきたことが彼女の頭に伝わった。もう大丈夫、動ける。
ゆっくりと両膝を伸ばして、三叉戟を杖代わりにして立ち上がったユニゴは、その緑色の瞳を雄介に向けた。
「あなたには……やってもらいたいこと、ある」
「やってもらいたい……こと?」
「ん……でも、まだ……今はまだ、そのときじゃ、ない……。そのときは近いうちに、必ず来る。だから……それまで……どうか、待っていてほしい」
ピクピクと小さく身体を痙攣させながら、言いたいことを全て言い切ったユニゴは俊敏体に変身。
「また、ね」
別れの言葉を短く告げ、彼女もまたガドルと同じように超高速でこの場から立ち去っていった。
「やってもらいたい、こと……」
なにか、覚悟と固い決意が込められた視線を向けて自分に言ってくれたユニゴの言葉。一体彼女が何をしようとしているのか、自分に何を求めているのか。
雄介はしばらくの間、そのことを考えた。
――To be continued…
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第18話 『激怒』
今回わざと、とある人物のグロンギ語を翻訳していません。
どんな意味なんだろうと想像しながら、読んでいただけると面白いと思います。
答えは、後書きに掲載します。
時は遡り、午前11時31分。
多摩市一ノ宮三丁目、工場跡地。ユニゴとガドルの『ゴ集団』二大巨頭が壮絶な戦いを繰り広げられている中、別の戦いがそこで行われようとしていた。
雄介との連絡を済まし覆面パトカーの無線機を戻した一条が、ふとなにかの気配に気が付いて上を見上げると、廃工場の屋上に1つの大きな人影。
「B9号……!」
それは黒いニット帽を深く被り、口元を白い布で覆っている大男、未確認生命体B9号だった。『ゴ集団』のゲームの時にはいつも、そのプレイヤーの後を付けてその手に持つ巨大な計算機を使って測定している謎の未確認生命体だ。
一条は彼の姿を見た瞬間、覆面パトカーに仕舞ってあった1丁の狙撃中を両手に、彼を狙撃できる場所まで全速力で駆け上がる。そして辿り着いたのは非常螺旋階段の屋上だった。屋上からはB9号の姿をはっきり見え、彼の仕草、声まで確認することができる。
「
下……第46号と第47号の戦いを見ながら手に持つ計算機を白い布の中に隠すB9号。その後彼は、首を縦に「うんうん」と振りながら、こう言った。
「ラガバ ギグドゴシ ビ バスドザバン バルバ」
どういう意味なのか、一条には全くと言ってもいいほどわからなかった。が、この2人の戦いを見て何かに納得しているとは雰囲気からしてわかった。
呟いたB9号は身を翻しここから立ち去るためか、歩き出す。その瞬間――パァンッ!
「っ!?」
ガシャンッ! 回れ左をして一瞬だけ自分のほうにB9号が無防備な正面を晒したのを見計らって、一条は狙撃銃を発砲。その銃弾はB9号が右手で隠すように持っていた計算機を破壊し、B9号の右脇腹にめり込んだ。
「…………」
狙撃されたことに気が付いたB9号は、その視線を破壊された計算機から撃ってきた方向……一条へ移す。
自分を狙撃し、計算機を破壊されたことに逆上したB9号は怪人体に変身。真っ黒な身体に白い服を着て、背中に一対の翼が生えている、まるでコンドルのような顔をした怪人に。
「ふんっ」
勢いをつけるためか、少し大きく声を上げてジャンプしたB9号はそのまま猛スピードで飛行。変則的にジグザグ飛びながら狙撃銃を構える一条に体当たりを食らわせた。
「うわっ!」
タックルを喰らった一条は吹き飛ばされ……螺旋階段の柵を乗り越えて落ちていってしまう。一条が螺旋階段から落ちたのを確認したB9号……ラ・ドルド・グは小さく頷くと、そのまま空遥か彼方まで飛び立っていってしまった。
一方、落とされた一条は地上で変わり果てた姿を……してはおらず、螺旋階段のパイプを必死に掴んで落ちないように踏ん張っていた。両手がパイプを掴むと、今度は左腕を力点に右腕を伸ばして螺旋階段の柵に掴まり、そのまま勢いで左腕も柵に掴まり、腕に力を込めて身体を引っ張り、そして最後に右腕を伸ばして柵の手摺りに掴み……身体をその手摺りの上に滑らせて螺旋階段の上まで辿り着かせた。
「一条おおおぉぉ――っっ!!!」
あとから覆面パトカーで駆けつけた杉田が名前を叫びながら、一条が休んでいる場所まで一気に駆け上がってきた。
「助かったかっ。よかった……下から見てたときはもう……」
「すみませんでした……」
無事な彼の見た杉田は力が抜けて座り込み、急いで階段を走ってきたことによる疲れゆえに、荒い息を吐く。謝る一条だが、安堵と疲れで頭がいっぱいな杉田には聞こえちゃいない。
「もう少しで五代くんが来る! 後は俺たちだけだ……さぁ、行こう!」
脚を叩いて促す杉田に一条は頷き、急いで階段を駆け下りていく。ユニゴがガドルの『ゼンゲビ・ビビブ』を喰らったのは、丁度その頃だった。
――――・――――・――――
「五代!」
「あっ、一条さん!」
時刻は午前11時54分。2人が落ち合ったのはユニゴが立ち去って10分ほど経過したときだった。
爆発ポイントだった工場跡地で、五代はビートチェイサーに跨って一条を待っていたのだ。
「第46号と第47号は?」
「それが……2人ともどこかに行っちゃったんです」
「どこかに行った?」
「はい」
第47号は「確かめたいことがある」と言って、そして第46号ことユニゴは「またね」と言ってそれぞれ去っていってしまったことを、一条に話す。
「そうか……。ところで、どっちが押していた?」
「それは第47号でした。俺が来たときにはもう決着がついていたんですけど、ユニゴ……第46号がかなりの深手を負っていましたから」
自分との戦闘ではちっともダメージを受けていなかったあのユニゴが、ほとんど一方的にやられて、ボロボロになって倒れていた。それは雄介にとって忘れられない光景だった。
「あの46号に深手を……それほどまでに強力なのか……」
嫌な汗が一条の額に流れた。
紫の金の力はおろか、赤の金の力すらまともに通用せず、神経断裂弾すら、ダメージを与えることはできても殺しきることができず、おまけに一度耐え抜いた攻撃は二度と効かない能力を持っていた第46号。そんな圧倒的な防御力を有した彼女を、自分の力のみで蹂躙した今回の第47号は間違いなく強敵であった。
「あとそれから、第46号が俺に頼み事をしてきたんです」
「頼み事?」
「はい。今はそのときじゃないけど、でも近いうちにそのときが来るから、そのときにやってほしいことがあると」
「やってほしいこと……一体なんなんだそれは?」
「……すいません。まだ、わかりません」
すぐにどっかに行ってしまったために、具体的な内容を聞くことができなかった雄介。あの無表情だったユニゴがあんなに必死な顔をして、そしてほとんど一方的に自分の用件だけを伝えてどこかへ消えてしまった。それほどまでに、彼女は追い詰められてしまっていたのだ。
「一条さんのほうは何か、新しい情報は掴めましたか?」
「ん? ああ。B9号に対して、科警研で新しく開発されたマーキング弾を撃ち込むことに成功した。これで次にゲームが行われる場所や、集まって何かをしている場所を突き止めることができる」
「ということは、先回りができるんですね!」
「そうだ」
本当なら、前回の犯行場所が全くわからないゲームをやっていた第46号に使いたかったのが本音だった。第46号の動きがあまりにも早過ぎて、完成する前にゲームを完遂されてしまったが、だからと言って使い道がなくなったわけではない。以前から他の未確認たちにピッタリ張り付いていたB9号に撃ち込むことで、今後の彼らの動きに対応させることができるのだ。
ピィーッ!
『本部から全車! マーキング弾の反応分布から、敵の予測位置を割り出しました! 世田谷区駒沢のセントラルアリーナです!』
笹山からの連絡がビートチェイサーの無線に繋がり、2人に伝わった。早速、マーキング弾の効果が現れ、B9号がいる場所がはっきりしたのだ。
「五代、行くぞ!」
「はい!」
ビートチェイサーのキーを差し込んでエンジンを入れ、走らせる雄介。そしてそれに続くようにサイレンを鳴らしながら御馴染の黒い覆面パトカーを走らせる一条。
行き先はただ1つ。世田谷区駒沢のセントラルアリーナだ。
――――・――――・――――
時刻は正午12時ジャスト。世田谷区駒沢のセントラルアリーナにて。
無人のアリーナ内のスタジアムに3人の人影が丁度、正三角形を作るようにして立っていた。
「
変な臭いに不愉快になったのは、今ゲゲルをしている未確認生命体第47号のゴ・ガドル・バだ。
「ドルドが、リントの戦士に汚されたからだ」
「…………」
そんな彼に、臭いの原因を教えたのが2つ目の人影、ラ・バルバ・デ。そして3人目が、その臭いの発生源であるラ・ドルド・グだ。
「そんな奴がいたとはな……獲物として仕留めてみたいものだ」
感心するガドルだったが、すぐにそんなものは晴れてしまう。ガドルにはどうしても、どうしても訊きたいことがこの2人に……特にドルドにあったのだ。
「聞きたい事がある」
「なんだ?」
「なぜ、ユニゴの乱入を止めなかった?」
ドルドに厳しい視線を向けながら、ガドルはストレートに問いただした。
「確かにユニゴは『ラ』になった。……だが、だからと言って、なんでもしていいわけがなかろう。他人のゲゲルを妨害したユニゴを、なぜ止めなかった?」
どんな理由があれ、どんな人物であれ、不正者には厳しい罰を与えるのがゲゲルの管理者であり進行役である『ラ』の役目だ。それなのに、あの場にはしっかりとドルドがいたはずなのに、明らかに不正な行為を行ったユニゴを止めようとせず静観していた。ガドルはそれが気になったのだ。
「バルバに、指示されたからだ」
「なんだと?」
「ユニゴがもし、おまえのゲゲルに割って入っても手を出すな、とな」
「…………」
ドルドに信じられないことを告げられたガドルは、次にバルバのほうに視線を向ける。ゲゲル開始前に、最後の『ラ』の仕事の一環として、昇格したユニゴが付いてくることはバルバを通して知っていた。そしてそのバルバがユニゴに自分からドルドに付いて行くように提案したのも、ゲゲル開始前に挨拶してきたユニゴから伝わっていた。
ますますわからなくなった。
もしドルドの言うことが嘘でなく本当のことだとすれば、バルバは最初からこうなることがわかっていてわざとユニゴをドルドに付けさせていたことになる。ゲゲル進行役の『ラ』の2人がグルになって、ユニゴの自分のゲゲルへの妨害を後押ししたことになる。
「これはダグバが望んだことだ」
「ダグバが?」
「そうだ」
どんなにガドルに厳しい視線を向けられても、全く動じずに涼しい表情を崩さないバルバは、少し面白そうに笑って続けた。
「奴はどうしても、変質したユニゴと戦ってみたいらしい。だから、私に指示を出してきた。ドルドと共におまえを見守らせ、その後にユニゴがなにをしても黙認しろ、とな」
「!」
ガドルは目を見開いて驚いた。なんと『ラ』の2人とダグバがユニゴの暴挙を止めなかった理由は、ザギバス・ゲゲルを棄権し『ラ』となったユニゴを自らの意思で撤回させ、ザギバス・ゲゲルへ進ませるためだったのだ。
その結果、まんまと彼らの思惑通りに事が進み、ユニゴはグロンギ族から離反。今の彼女は、ザギバス・ゲゲルへ進んでダグバを殺し、全てを終わらせようとしている。
「ユニゴは自分の意思で『ラ』になったはずだ。おまえたちも、自ら進んで『ラ』になったのだから奴の気持ちくらいはわかるだろう」
「だが、ユニゴの意思でおまえを妨害したのも事実だ。それに私は一度、ユニゴに忠告をした。だが、ユニゴはその忠告を聞かず、自らの疑問を探求し続けた。その結果がこれだ。私たちはユニゴの疑問の答えに辿り着くように、少し後押しをしたに過ぎない」
ああ言えばこう言う。ガドルは、自分のゲゲルとユニゴの疑問に付け込み、利用したバルバやダグバに対しての怒りが膨れていく。しかし、ここで怒りをぶつけるわけにも行かず、握り締めた拳を解いて深呼吸をした。
「……いいだろう。こちらも、新たな力の強さを再確認できた。相手はユニゴだ。相手として不足はないばかりか、充分すぎる相手だった。それにあの程度の妨害、俺のゲゲルには全く以って支障はない」
バルバたちでなくガドル自身に、自らの怒りをなんとかして沈めるために、言い聞かせるように目を瞑って呟くガドル。
「ゲゲルを再開する」
少しして、ようやく怒りが収まったガドルは気持ちを入れ替え、目をしっかり開いてドルドに提案した。……が。
「ゲゲルは、やり直しだ」
「バグンダダが破壊された」
「やり直し」宣言をしたバルバに続くように、破壊されたバグンダダを白い布から取り出してガドルに見せるドルド。
ゲリザギバス・ゲゲルは殺害したリントの人数を、ドルドが数えたバグンダダによって算出するのがルール。よって、そのバグンダダが破壊された今、ガドルの今まで殺害したリントの人数の確認ができなくなり算出不能になってしまったため、振り出しに戻ってしまったのだ。
「…………」
ブチンッ。なにかがガドルの中で切れた。
「いいだろう。……だが」
ギロリとドルドを睨むガドル。その視線には明らかに、殺意が含まれていた。
「ゲゲルを台無しにした責めを負い、貴様には死んでもらう」
ユニゴを利用して自分のゲゲルを妨害した挙句、バグンダダを破壊されて自分のゲゲルを完全に水泡に帰されたガドルはもう我慢できなくなった。怒りが頂点に達してしまったのだ。さっきまで我慢しようと抑え付けていた分、余計に。そしてその怒りの矛先を全て、バグンダダを壊されるという過失を犯したドルドに向けたのだ。
そのガドルからの申し出を受けたドルドは。
「応じよう」
二つ返事で了承した。それを見たバルバは、少し離れた場所まで歩く。あの2人の邪魔をしないようにするためだ。
彼女が離れたタイミングを見計らって、ガドルとドルドはそれぞれ怪人体へと変身。片やコンドルの特性を備えた怪人に、片やそれに対抗するために瞳の色を青く変色させて俊敏体と化したカブトムシの特性を備えた怪人に。
ドルドは両手で胸の装飾品をそれぞれ1つずつ引き千切ると、それをトンファーのような武器に変え、ガドルもまた、胸の装飾品を1つ引き千切りそれを黒い棍棒のような武器『ガドルロッド』に変えた。
「ふんっ!」
「ふっ!」
共に得物を構えて駆け出す2体のグロンギ。
今日だけで二度目の、『ゴ集団』のトップと『ラ集団』の実力者の戦いが始まった。
――――・――――・――――
東京都品川区、品川火力発電所。
時刻は午後12時11分。
ガドルとドルドの一騎打ちが行われている時間、そこに1つの小さな人影が脚を運んでいた。
「ガドルを倒せないと……ダグバには勝てない……」
少し破けてしまったワンピースを着て、身体の至る箇所に火傷のあとがある人影の正体は、約30分前にガドルとの戦いに敗れたラ・ユニゴ・ダだった。
もう完全にダメージは癒えているらしく、しっかりとした2本足で、いつものふらふらとしたどこか無気力な歩き方でそこに訪れていた。
「3時間……ううん、その半分……1時間半で、済ませる」
ガドルが1ヶ月かけて手に入れた力をたったの1時間半で手に入れようとするユニゴ。
無茶を言っているように聞こえるが、ユニゴにはガドルと違って自身の身体限定で絶大な力を発揮する
後は自分の身体に馴染ませるように、
「ダグバ……後悔させてあげる……」
頭がいいユニゴは、もう自分が答えに近づいたことがダグバの策略だということに気が付いていた。自分と一緒にいたドルドが仲裁に入らなかった時点で、監視しているドルドが黙認し、更に自分に話を持ちかけたバルバが彼に指示を出したことを悟ったのだ。当然バルバが自分から進んでこんなことをするはずがない。だとすれば、バルバにそうするように指示を出した黒幕がいるということ。
と、なればまず真っ先に思い浮かんだのが
自分がザギバス・ゲゲルに進まないことを快く思わなかったダグバがバルバに指示を出し、自分の疑問の答えに近づけさせたのだ。自分が答えに近づけば、絶対にダグバを止めるためにザギバス・ゲゲルに進んでくると見越して。
ガドルが黒幕と言う可能性もあった。自分のゲゲルの難易度を上げるためという名目で。だが、彼の性格上そんなことをするとは思えないし、それに黒幕だとしたらあのときにとどめを刺さずに見逃すのは変だ。
よって、バルバやドルドを操ることができる『ン』の称号を持つダグバの仕業だと、ユニゴは気が付いた。
「必ず越える。そしてそのあと……」
ダグバの手の内で踊らされているのはわかっている。
しかし、もうユニゴには後戻りはできないのだ。自分のやってきたことが間違いだと気が付いてしまった以上、ユニゴは止まらない。
遠い目をしながら決意を固めたユニゴは、鋭く目を細めて発電所の中へ入っていった。
――To be continued…
「ラガバ ギグドゴシ ビ バスドザバン バルバ」
訳、まさか いうとおり に なるとはなの バルバ
「まさか、バルバの言う通りになるとはな」
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第19話 『贖罪』
ちょっと時間がないのでコメントは後で纏めて返します。
時刻は午後1時12分。
世田谷区駒沢のセントラルアリーナ、地下駐車場。そこには3台の覆面パトカーとビートチェイサー2000が停まっている。そしてセントラルアリーナの地下駐車場出口付近で、雄介、一条、杉田、桜井の4人が作戦会議を開いていた。
「さっき俺がアリーナの中を見て回ったんだが、そしたら第47号と、一条を襲ったと思われるB9号の怪人体が激しく争っていた」
「今度はB9号とですか?」
「ああ。第46号といい第47号といいB9号といい、奴らの中で大きな内乱が起こっているのは間違いない」
そのおかげで人的被害を抑えられているのだが。と、杉田は付け足した。
世間的にかなりの反響を呼んだ第46号の事件といい、今回の第47号の事件といい、やはり一筋縄ではいかないようだ。手口が複雑化し、敵が強力になるに従って色々と複雑になってきた連中の事情。もう少しで今までの奴らのゲームとは違った、もっと大きな事件が起こるような、不気味な雰囲気を漂わせていた。
「そうですか……こうなったら『神経断裂弾』が来るまで待つしかないですね」
「ですね。第46号のことを踏まえた、新型の『神経断裂弾』の開発も成功したと連絡を受けました。今、科警研から送られてきます」
クウガを二度も退かせるほどの実力と耐久力を誇った第46号に、大怪我を与えることができたが致命傷には至らせられなかった『神経断裂弾』。その結果を聞いた開発者の榎田はショックを受けた。
椿からの連絡を受け、絶対に一発で仕留める心算で作った『神経断裂弾』。結構な自信作だったそれが思った以上に効果を発揮しなかった上に、それがもう二度と第46号に効くことがないからだ。
「榎田さん、かなり燃えていましたよね……あれからほぼ、徹夜を続けてたとか……」
申し訳なさそうに言う雄介。だがその彼女の執念は実り、最近になってようやく開発されたのだ。新型の『神経断裂弾』が。一体どんな弾になったのか、まだこの場にいる4人は誰も知らなかった。
「とにかく『神経断裂弾』が来るまで待ちましょう。待っている間にどちらかが倒される可能性もありますから」
「できりゃ、第47号のほうが負けてほしいが……そうなっちまうとB9号の強さが、
ただ単に第46号でなく、『あの』第46号と無意識のうちに強調してしまう杉田。彼らにとって第46号は、どうしようもないほどの強敵だった。実力は勿論のこと、自分たち警察をいとも簡単に欺いてしまうほどの天才的な頭脳を持ち、かつては世間一般を丸ごと味方につけ、つい先程の第47号との戦闘によって再び世間からの支持を受けてしまうほどのカリスマ性まで見せ付けた、まさに完璧超人だったのだ。
そしてその
「考えていても仕方ないですよ。大丈夫! 俺も休んでいる間に電気ショックを受けましたし、榎田さんが作った新しい武器だって完成したんですから!」
暗くなってしまった雰囲気を払拭させるために、少しだけ大きな声で「大丈夫」といって、笑顔でサムズアップをする雄介。
「……ああ、そうだな」
「……はい。きっと大丈夫ですよね」
それを見た杉田と桜井は、僅かに頬を緩ませた。
何の根拠もないが、雄介の笑顔はいつだってそうだった。彼が笑顔で「大丈夫」と言うと、それを聞いた人間たちは見た安心することができた。いや、根拠ならあるのかもしれない。実際に雄介はその笑顔を決めた後、目の前に立ちはだかる強敵を倒してきた。1回だけでない。今まで何度もだ。
実績だけじゃない。雄介にも第46号とは違った、ある種のカリスマ性を持っていた。いつだって前向きで、どんな人間相手にも差別しないで自然体で接し、純粋にみんなの笑顔を守りたいと言う、ただそれだけの願いのために身体のことなど気にせずに自分にできる限りの無茶をすることができる、誰よりも心優しく、一緒にいるだけで元気をもらえる青年。それが五代雄介なのだ。だからこそ彼は、一条や杉田、桜井といった警察の人間や優秀なドクターの椿、科警研所長の榎田などのさまざまな人物に自然と関わり、大きな信頼を得ることができた。
「今は状況が動き出すまで待ちましょう。下手に突入しても連中を刺激するだけですから」
最後に一条が締めくくり、今彼らがすべきことは決まった。
ただ待つ。状況が変化するまで、新型の『神経断裂弾』が到着するまで、このセントラルアリーナを見張る。それが彼らのできる一番の選択だった。
――――・――――・――――
時刻は午後1時46分。
品川区、品川火力発電所。そこの大型変圧器の中から、白い人影が出てきた。
「……5分、オーバー。でも、上出来」
どこか恍惚とした表情で、首に垂らしている金の懐中時計を見る白い影――ユニゴ。僅かであるが、今の彼女の全身からは電流のようなものがバチバチと音を立てている。
「ガドルや、クウガも、こんな感覚だったのかな」
手をグッパーグッパーとさせるユニゴ。握られるたびに電流のようなものが身体中を迸り、不思議な、しかし強力な力が身体の奥底から沸き上がってくるような、そんな感覚が変圧器の中で電流を浴びている間からずっとしていた。
「凄い。全然、今までと違う」
限界に感じ、キリの良いタイミングで外に出てきたユニゴは、電流を浴びる前と浴びた後での身体の感覚がまるで違っていることに気付き驚いた。まさか、電気を浴びるだけでここまで変わるなんて、想定していなかったからだ。これじゃあ、あのガドルに勝てるわけがない、完全に舐めていたと、ユニゴは反省した。しかし、この感覚はどこかで何度も感じたことがある、とある感覚に似ていた。
それは遥か昔、昇格するたびに報酬として得た力が身体に馴染んだときのような、あの自分の中に封印されていた力のリミッターが外れていくような、あの感覚に。だが流石のユニゴも、そのこととこの電気の力の因果関係は掴めず、ただ少し「似ているな」と感じただけで終わってしまった。
「少し、休もう」
自分の顔が世間に知られていることを理解しているユニゴは、すぐさま俊敏体に変身。持ち前の高い脚力と体力を使って品川から、ゲゲルをしていたときに利用していた文京区の空き家まで一気に移動した。掛かった時間はたったの2分。1分間でおおよそ7.5kmの距離を移動した計算である。
「うっ……」
空き家に到着したユニゴは、少し気分が悪そうな顔をしながら胸を押さえて、少しふらついてしまった。電気には身体は適応したが、溢れ出る力の感覚にまだ身体は慣れておらず巨大な力が彼女の中で弾け、一気に身体への負担となってきたのだ。
急ピッチで自分の身体に新しい力を宿らせ、更に変身して15kmの距離を疾走し、無理をした結果だった。この目的のためならば自分の身体を犠牲にする性格は、どこかの誰かに似ている気がする。
「しばらくは……変身、できないかな……。……ふぅ」
久々に座ったかつてのアジトの椅子。ボロボロで決して高いものではなかったが、なぜか、ユニゴには心地よく感じた。ふと、部屋の一角を見ると、そこには隠すようにして4袋の紙袋があった。ああ、そういえば、あったな。懐かしく感じながら、その紙袋を見つめるユニゴ。
紙袋の中にあったのは幾つもの壱萬円札の束だった。
板橋家から飛び出してしばらく経った時、財布を落としてしまった老人にその財布を届け、お礼でいくらかのお金を貰った。ユニゴはそれの使い方を知っていた。板橋と買い物に行っていたときに、彼女がそれを使って物を入手しているのを何度も見てきたからだ。
やがて、歩いた先にやってきたのは競馬場だった。ユニコーンの特性を持っているゆえに馬に興味があったのだろうか、妙な引力に引かれてユニゴはその中に入った。このときには既に日本語を読むことも理解することもできていたユニゴは、復活して1ヶ月で競馬に挑戦。予測という、ゲゲルにとっては重要な力を鍛えられることを知り、また、彼女自身が生粋のグロンギだったために、暴力以外の勝負事と聞いたら血が疼いてしまったのだ。
結果は快勝。全て的中した。見る目を持っていた彼女はすぐに光っている馬を探すことができ、さらに芝や風の向きなども経験で計算できていたために予測は見事に的中。貰った1万円のうちの1000円が16万になって返ってきた。そしてその後、興味本位で入ったオープンカフェが気に入り、普段はそこで過ごし、お金がなくなりそうになったときや暇なときは競馬をするという典型的ダメ人間生活が始まった。これが成立していたのは、ユニゴの競馬が百発百中で的中していたからだ。絶対に真似をしてはならない。未確認生命体第39号こと、生粋のギャンブラーだったゴ・ガメゴ・レと競馬予想の勝負をし、時に手を組んで倍プッシュをしまくったのはいい思い出だ。尤も、そのせいで競馬場のブラックリストに載ってしまったのだが。
そこからは気に入った懐中時計を買い、財布を手に入れ、ノートパソコンを未確認生命体第44号ことゴ・ジャーザ・ギから貰って、それを入れるためのバッグも手に入れた。懐中時計を買ったのは時間を常に把握するため、ノートパソコンを手に入れたのはさまざまな情報を入手でき、かつ自分の番になったら有効に使えるようにするためだ。その膨大な情報のせいで、「何故人間を殺してはいけないのか?」という疑問が浮上してしまったのだが。とまぁ、ユニゴの過去話はここまでにしておこう。
とにかく、趣味と遊びで始めた競馬がド当たりしてしまったために、ユニゴは軽いお金持ちになってしまった。3つの紙袋の中には100万円の束がそれぞれ40個ずつ、もう1つには10束と少しだけ入っており、合計1億5000万弱の貯金がユニゴにあったのだ。コーヒーを1日中がぶ飲みしたり、毎日銭湯を利用したり、お世話になった板橋家に定期的に仕送りしていたのにまだこれだけ残っているのだから、どれだけぼろ儲けをしたのか。これでは出禁になって当然である。
「どうしようかな、お金」
1億5000万なんて大金、もうユニゴには必要のないものだ。だからと言って、埋蔵金にしてしまうのは勿体無い。うーむ、と悩むユニゴ。板橋に全部渡す?……いや、こんな大金をいきなりボンと出されても困ってしまうだろう、却下。クウガや警察に全部渡す?……クウガはともかく、警察はまずい気がする。直感が訴えている。今警察に行くのは危険と。やめておこう。
「……あ」
そういえばあった。この近くに、このお金を有効に使ってくれそうな人間たちがいる場所が。適当に使って適当に集めていたせいで、お金の価値の概念がゲシュタルト崩壊してしまっている自分よりも、きっと有効に使ってくれそうな、自分とお話をしてくれた人間たちがいる場所が。
「話したいことも、あるし……少し、いいかな」
どうせ、今の自分が変身したところで中途半端な力しか発揮できない。それに、会って話すのも最後になる。少しぐらい、我儘な行動をしてもいいかなと思ったのだ。
「行こう。残り少ない自由な時間、少しでも償えるなら、やらないと……」
やることを決めたら行動が早いのがユニゴのいいところだ。休んでいた身体を2本足で支え、隅っこに置いていた紙袋を4つ両手で持って、移動を開始した。
――――・――――・――――
文京区、喫茶ポレポレ。
時刻は午後2時6分。ピークの時間が過ぎ、一段落しているのは玉三郎に奈々、そしてみのりの3人が
「そういえば、また新しい未確認が現れたらしいじゃないの」
ふと今日の昼間のニュースを思い出した玉三郎が、その話題を持ち出した。
「あぁ、第46号が第47号から警官を護ったっていうアレ?」
「そうそう、それそれ。第46号ってアレだろ? 1ヶ月前にうちに来た」
「うん。確か……ユニゴちゃん、だったよね」
この3人にとっては絶対に忘れることはない12月21日の出来事。
ピークが過ぎて休んでいる最中、なんと当時世間を騒がせていた未確認生命体第46号がこのポレポレに来店して、しかも話をしたのだ。日本語で。
あの時は雄介と桜子もここにいたが、直接話をしたのはこの3人だ。奈々は声を荒げて、玉三郎はそんな奈々を庇いながら恐る恐る、みのりはしっかりと目を合わせて、どんな形であれその第46号と会話をした。未確認生命体と会話をするという、ある意味とんでもない快挙を成し遂げたのだ。
「今考えたら、ちょっと勿体無いことしたなぁ思うわ。ほとんど私、一方的やったし」
少し後悔したように溜息をつく奈々。あのときの奈々は、自分の恩師を殺した未確認生命体を憎むあまり第46号に対して当り散らしてしまったのだ。そのおかげで、彼女の事情や人間を殺している理由も聞くことができたわけだが。
とにかくそのせいで、言葉が通じて、しかも大人しい未確認生命体と会話するチャンスを逃してしまったのだ。
「あのときはなんか、俺死ぬのかなって思っちゃったよ。いや、なんも悪いことしていなかったけど、いきなり来たら……ねぇ、みのりっち」
「えっ。あ、はい。そうですよね」
何の脈絡もなく話を振られたみのりは少し戸惑いながらも、なんとか返した。
「また来てくれへんかなぁ、第46号。ちょっと謝りたいわぁ、八つ当たりしてもうたし」
冗談半分にそんなことを言う奈々。「そんなこと言うと、本当に来ちゃうかもしれないよ?」と冗談で返そうとしたみのりだが、そのとき。カランカラン。誰かが来店したことを告げる鈴の音が店内に響く。
「いらっしゃいませ、オリエンタルな味と香りの――」
ピキンッ。いつもの売り文句を言おうとした玉三郎がその客を見た瞬間に固まってしまった。
この反応、奈々とみのりには心当たりがある。「え……ホンマ?」「まさか、ね?」と小さく呟いて入り口を見ると……1ヶ月前のデジャビュだろうか、固まった。
入り口から店内に入ってきたのは、両手に紙袋を2つずつ持っている白いワンピースを着た金髪碧眼の少女。こんな真冬にワンピース1枚というありえない格好をする人物は、この3人が知っている中ではたった1人しか該当しない。先程話題に出していた、未確認生命体第46号。その人間態の少女しか、この3人は知らなかった。
「……あ」
来店した未確認生命体第46号ことゴ・ユニゴ・ダ……今は昇格してラ・ユニゴ・ダは、3人のうちの1人……奈々を視界に捉えると、両手に持っていた紙袋を全部床に置いて……
「ごめんなさい」
彼女に向かって90度直角に身体を折って頭を下げ、謝罪した。
いきなり謝られた奈々は「え、ええっ」と戸惑ってしまう。さっきまで八つ当たりして悪かったなと思っていた対象であるユニゴが、逆に自分に謝ってきたのだ。この突然の謝罪には奈々だけでなく、玉三郎もみのりも驚いてしまう。
「私、勝手な理屈で言い訳してた。間違っていたの、私なのに。だから……」
本当に申し訳なさそうに、しょぼんとした声で謝るユニゴ。そんな彼女の言いたいことに真っ先に気が付いたのは、以前会ったときに一番話をしたみのりだった。
「あの、癌細胞が……ってやつかな?」
「ん……」
こくりと頭を下げたまま、ユニゴは頷いた。そしてようやく、奈々も玉三郎もどうして彼女が謝ってきたのかがわかった。
「帰ってくれ」と訴えた奈々を心理的に分析して、彼女の身に何が起こったのかがわかったユニゴ。しかし、ユニゴはその先の奈々の感情までは理解することができなかった。人間の心理がわかっても、感情はわからなかったのだ。しかし……
「私、なにも考えてなかった。貴女の気持ち、全く理解してなかった」
もともと頭が良く、頭の回転も速かったユニゴは、1つのことがわかるとあとはドミノ倒しに物事を理解できる。だからこそ気が付いたのだ。自分がやってきたこと、考えてきたこと、言ってきたことが、すべて間違いだったという、自分の価値観全てをひっくり返る答えに。
まだ最終的な答えは、完全なものには到達していない。だけど、不完全なままでも充分すぎた。
「許してなんて言わない。だけど私、貴女たちと会うの、最後になる、と思うから。だから、せめてその――」
「ま、待った待った!」
まだまだ続くユニゴの謝罪を、玉三郎が少し強引に止めた。
「まぁまぁその、ほら。ここ座って。ね?」
とりあえず、落ち着いてゆっくりと話をさせるためにカウンター席の1つを指差して、ユニゴを手招きする玉三郎。
「奈々。今日はもうお終いだから。看板、しまってきて」
「あっ、うん。わかったよ、おっちゃん」
急いで外に飛び出して、メニューの書かれた看板を店の中に入れて『OPEN』から『CLOSED』に変えた。ユニゴを新しいお客さんの注目の的にさせないように気を遣ったのだ。
一方、ユニゴは予想していなかった展開にポカンとしてしまっていた。てっきり殴られるのかと、責められるのかと思っていたからだ。
「ほら、座って」
奈々とみのりが座っている席の間にある、1つの空席。おそらく、ここに座れということなのだろう。戸惑いながらも、ユニゴはこくりと頷いて紙袋を持ってその席に座った。
「あの……その……」
言葉が詰まって、どうすればいいかわからなさそうな表情を浮かべているユニゴ。そんな彼女に、謝られた奈々が最初に話しかけた。
「その、な。もういいんよ? あのとき興奮しとったの私やし、な?」
「でも……」
「それに私の先生殺したん、ユニゴちゃんやないんやろ? そやったらユニゴちゃんを責めるん、おかしいし……私こそ、ごめんな?」
「……?」
ユニゴは目をぱちくりさせて驚いた。自分が悪いのにどうして謝ってくるんだろう、と。まだまだ人間の感情全てを把握していないユニゴにとって、この奈々の行動は理解ができなかった。
「ユニゴちゃん、さ。なにか、あったの?」
またしてもユニゴの顔を覗き込むようにして視線を合わせるみのり。少し近かったからか、ユニゴは顔を赤くして、そして更に申し訳なさそうにして視線を逸らす。
「実は……」
ユニゴは今日、自分が見たこと、感じたことを3人に話し始めた。
――To be continued…
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第20話 『変質』
ついに主要人物たちの中から……
時刻は午後2時10分。
世田谷区駒沢のセントラルアリーナ。
『ゴ集団』のリーダーであり最後のゲリザギバス・ゲゲルの挑戦者、ゴ・ガドル・バと、『ラ集団』の実力者、ラ・ドルド・グの一騎打ちが始まってから既に2時間が経過していた。
戦いはドルドが押していた。ダグバを除いたグロンギ最速のスピードを生かし、更に直線でなく変則的な飛び方をして相手を翻弄させ、両手に握るトンファーと、空中キックで攻めるドルド。これではいくら強力なパワーを誇るガドルもどうすることもできず、終始ドルドの攻撃を受けては吹き飛ばされ、そして運がいいときはギリギリでかわしていた。
「…………」
倒れた身体を起き上がらせるガドル。2時間も攻撃を受け続けているが、まだまだ余裕そうだ。伊達に剛力体となったユニゴの蹴りを受けきったわけではない。彼女に次いでガドルもまた、防御力は高いのだ。しかし、ダメージを確実に喰らっていることは間違いない。少しずつであるが、ガドルの反応が鈍くなっているからだ。
「…………」
それを感じ取ったドルドは攻撃を続行。いくら強靭な肉体と体力を誇るガドルであっても、そろそろ限界が来ていると思ったからだ。
ガドルの背後に素早く回り込み、接近。強烈な蹴りをお見舞いしようとする……が。
「……ふんっ!」
突然ガドルが自分のほうに振り返り、右手を伸ばしてきた。
「っ!」
それに驚き、同時に左翼から痛みが生じたドルドは攻撃を中断。そのままガドルの横を通り過ぎて、着地した。
翼を押さえながらガドルの方を見ると、ガドルの右手には自身の黒い翼が握られていた。引き千切られたのだ、翼を。あの一瞬で。そこでドルドは気が付いた。ガドルの反応が鈍くなったのはダメージが蓄積されたせいではない。自分のスピードや攻撃パターンを分析するために、そして身体がそれに着いて行けるようにするために、わざと攻撃を受けていただけだと。
「うーむ……」
流石と思いつつも、攻撃が通ったということはガドルが自分の攻撃に対してコツを掴んだということ。ユニゴではないが、自分の攻撃パターンに対して完全に適応されてしまったということだ。しかも翼を捥がれてしまい、先程までの速度を出すことも出来ない。つまり……この時点で、ドルドは詰んでしまったのだ。命は惜しいのだろうドルドはガドルに背を向けて、逃走した。
「リントの……戦士の匂いがする。クウガも、だ」
ドルドを追いかけようとしたガドルに、後ろのエスカレーターから現れたバルバが呼び止める。振り向いてバルバを見たガドルだが、既にバルバはガドルを見ていない。バルバのその視線は、少し遠く、いずれここにくるであろう、ドルドを汚したリントの戦士を見据えていた。
――――・――――・――――
同時刻。
一条たちがセントラルアリーナに到着してから1時間が経過しようとしていたとき、1台のこちらへ向かってくる車の音が轟いた。
「来たか!」
ここら一帯の避難を完了させ、ここに向かってくる道全てを規制したために、一般車両が入ってこられるはずがない。と、なれば、ここへ向かってくる車は警察関係者が乗っている車だということ。このタイミングでここに来る理由など、1つしかない。
外に出た杉田は両腕を大きく振る。一条のものとは違った黒い覆面パトカーはその合図に気が付いて静かに停まった。
一条と桜井、雄介もそれを見て『神経断裂弾』が届いたことを悟って杉田の元へ来た。全員集まったところでようやく準備ができたのか、中に乗っていた警察官が3丁のライフルを両手に抱えて車から降りた。
「新型の神経断裂弾、確かにお届けしました!」
「これが……新型神経断裂弾、ですか?」
第46号のときに使ったものは普通の拳銃に収まる程度の弾だったのに、いきなりライフルを渡された桜井は少し戸惑ってしまった。それに対して、持って来た警察官は「はい!」と答えて続けた。
「短くですが説明するように、榎田博士から伝言を預かっております。今お渡ししました、新型神経断裂弾の威力は、第46号に対して使ったもののおよそ3倍です」
「さ、3倍!?」
思わず声を上げてしまったのは一条だ。神経断裂弾の威力は、使用した一条が一番良く理解していた。もし6発、全てのリボルバーに弾が込められていたら第46号を倒すことができたと思わせるほどのダメージを与えた神経断裂弾。その力がいきなり3倍に膨れ上がったのだから、それは驚くだろう。
「ですが強力な反面、弾はライフル式の物でないとならないと……ですので、それぞれ2発ずつしか込められていません! 注意して、ご使用なさってください、とのことです!」
「わかりました。ご苦労様です!」
「ご苦労さん!」
「ご苦労様!」
「ありがとうございます!」
4人から返事を貰った警察官はしっかりと敬礼をし、覆面パトカーに乗って早々とこの場を去っていった。
「よし、新型の神経断裂弾が来た。これで俺たちも戦えるな」
「ですね」
新型神経断裂弾が込められたライフルを大事に抱えながら、ようやく状況が動いた杉田と桜井は嬉しそうにはにかむ。
「行きましょう!」
雄介が声をかけ全員が頷くと、雄介はそのままで、一条・杉田・桜井の3人はライフルをしっかりと両手に持って、セントラルアリーナの地下出入り口から館内へ突入する。……が。
「うわっ!?」
その瞬間、何かが出入り口から飛び出し、桜井がそれにぶつかって倒れてしまう。
「桜井!」
「大丈夫ですか!?」
気遣う杉田と雄介に「大丈夫です!」と返す桜井。一方、飛び出してきたのが何かをしっかりと捉えた一条が叫んだ。
「B9号……第48号です!」
桜井に体当たりをしたのは、超高速で空を飛ぶ未確認生命体B9号ことドルドだった。ガドルとの戦いが不利になり、逃亡している途中で偶然、雄介達と遭遇してしまったのだ。
「俺と桜井は第48号を追う! 一条と五代くんは第47号を!」
「はい!」
「わかりました!」
遠くに第48号が逃げないうちに、そして第47号がまた新たな犯行を起こす前に仕留めるために、グループは二手に別れた。
――――・――――・――――
更に同時刻。
文京区、喫茶ポレポレ。
とある人物の来店によって今日の営業を終了した店内。そこには、ポレポレのマスターである玉三郎、手伝いをしていた奈々とみのり、そして来店したとある人物……未確認生命体第46号ことラ・ユニゴ・ダの4人がいた。
「そっか……そんなことが……」
今日から行動を開始した第47号によって目の前で男性警察官が次々と殺されていく光景を見て、ようやく自分の価値観や考えが間違っていたと気が付いたこと。自分が許せなくなって、せめてもの贖罪のために第47号に戦いを挑み、無様に敗北してしまったこと。これ以上、人間を殺させないために新たな力を求め、たった今それを手に入れて身体に馴染ませていること。洗い浚い、何も着飾ることなく、ユニゴは正直に話した。
「今更なの、わかってる。私、酷い女……。ごめんなさい」
そして全てを話した後、再び肩を落として謝るユニゴ。そんな彼女を見て、3人は改めて思った。なんて人間のような未確認なのだと。
始めに会ったときも、充分に人間味を帯びていたユニゴ。丁寧に自己紹介をし、理性を保ち、普通に会話も成立していた。だが、あの時の彼女はどこか浮世離れしていて、価値観が違いすぎて、人間といってもどこかの世間知らずの箱入りお嬢様のような感じだった。
しかし、今の彼女は全然違う。自分の価値観が普通の人間たちと違うことに気が付き、徐々にそれを理解しようと、それに
「……あの、1つ。お願いしても、いい?」
俯かせたまま、上目使いで周りにいる3人に断りを入れるユニゴ。3人はそれぞれ、「あ、う、うん」「いいよ」「なんや?」と了承した。
僅かに頬が赤くなってしまっているのは、不覚にもユニゴのことを可愛いと思ってしまったからだ。そん所そこらのアイドルやモデルには絶対に負けないほどの美しさと年相応のスタイルを持つユニゴの上目使いは、同姓であってもときめかせてしまう。尤も、戦闘部族であるグロンギ族には全く通用しないのだが。
そんな必殺技を無自覚に使ったユニゴは「?」と首を傾げるも、了承を得たことを確認し、3人のうちの1人……みのりをしっかりとそのエメラルドグリーンの瞳が捉えた。
「みのりと……2人にしてほしい」
「!」
「!」
「!」
意外すぎる申し出に、3人は驚く。一瞬、ユニゴがみのりに何かをするのではないかという疑いが頭によぎる玉三郎と奈々。しかし、みのりをまっすぐと見つめるユニゴを見て、その疑いは晴れた。ただただ2人でお話をしたいという願いが込められた彼女の視線はあまりにも純粋で、そしてそれ以外の余計な感情は含まれていなかったからだ。
「私は、いいよ。ユニゴちゃんと2人でお話してもさ。いいかな、おやっさん、奈々ちゃん」
当然、彼女の視線を独り占めしているみのりもそれに気付いて我に返り、玉三郎と奈々を見る。
「……ああ、わかった」
「うちら、向こうの休憩室のほうにいるわ」
もう、ユニゴに疑いを持っていない2人は断る理由がなかった。すぐに店内から休憩室のあるドアのほうに迎い、その中に入ってガチャンとドアを閉めた。これで要望どおり、ユニゴとみのりの2人っきりの空間が出来上がった。
「私の名前、覚えていてくれたんだね」
最初に話しかけたのはみのり。1ヶ月も会っていないのに自分の名前を覚えていてくれたのが、実はちょっと嬉しかったりするのだ。そんな彼女に、ユニゴはなんでもないような顔で答えた。
「貴女も、私の名前、覚えていてくれた」
「ま、まぁね……」
そりゃ、あのとき世間を騒がせていた未確認生命体が、自分から丁寧に自己紹介してくれたのだ。忘れられるわけがない。
「私、教えてくれた名前は、絶対に忘れないから。だから覚えてた」
「そっか、ありがとう。それでどうしたの? 私と一緒に話をしたいなんて」
軽い話をした後、すぐに本題に持って行くみのり。ここら辺の会話の展開の仕方も、無自覚なのだろうが兄の雄介に似ていた。
ユニゴは「あの、ね」と少し言いよどんで俯いた後、みのりと再び視線を合わせて言った。
「私にクウガのこと、教えてくれる?」
「……え?」
またも予想外なユニゴの願いに、みのりは間の抜けた声を上げてしまう。ユニゴも覚悟はしていたのか、今日何度目かの申し訳なさそうな顔を作って理由を言った。
「私、クウガのこと、よく知らない。どういうリントなの?」
そう。実はユニゴは、クウガが……否、雄介がどんな人間なのかを全く知らなかったのだ。優しくて、笑顔が似合っていて、勇気のある、とても良いリント。これしか、ユニゴは雄介のことを知らない。
今日ユニゴが、このポレポレに来たのは、雄介が一体どんな人間なのかを聞きたかったからなのだ。勿論、いるならば奈々に謝るという理由もあったのだが、メインはこちらだ。
みのりを残したのは、彼女が雄介の妹で、一番に彼の事を理解していると踏んだからだ。そして、雄介の正体を知らない2人を追い出したのは、雄介のことを気遣ってのことだった。
「そっか。ユニゴちゃん、お兄ちゃんのことを知りたいんだ」
「ん……私、知りたい。お願い。クウガは……どんなリントなの? 教えてほしい」
知りたいがあまり身体をみのりの身体に乗り出し、膝に置いてあった彼女の左手を、少しだけ力を込めて掴んでしまうユニゴ。しかし、ユニゴの『少し』は普通の人間であるみのりにとっては強すぎた。握られた左手を物凄い力で締められてしまい、「痛っ」と声を漏らしてしまうみのり。ハッとしたユニゴは、すぐに彼女の左手を握っている自分の右手を引っ込める。
「ご、ごめんなさいっ。痛かった……?」
どうすればいいかわからず、オロオロしてしまうユニゴに、みのりは「気にしないで」と笑顔でフォローを入れた。その笑顔も、どこか彼女の兄に似たような力を持っており、それを見たユニゴはよかったと安心した。
「いいよ。お兄ちゃんのことについて、教えてあげるね」
「! ほ、本当?」
「うん。お兄ちゃんのこと、ユニゴちゃんによく知ってほしいって私も思うから」
今まで雄介が倒してきた未確認生命体たち。かなり変質してしまっているとはいえ、目の前にいる少女も彼らと同じ存在には変わらないのだ。だから思った。自分の兄がどんな性格をしていて、どんなことを普段はしていて、どんな思いで今まで戦ってきたのか。このユニゴにはそれを知ってほしいと、心の底から思った。
「お兄ちゃんはね――」
――――・――――・――――
時刻は午後2時35分。
とある川沿いにて……杉田と桜井はライフルの標準を、スコープを使って定めていた。
ライフルの銃口の先にあるもの……それは、自分たちが追ってきたB9号の怪人体、第48号だった。衝突していた第47号に勝てる見込みがないと踏んだ第48号はセントラルアリーナから逃走し、この川沿いに降り立った。超高速飛行したのはいいのだが、一条に仕込まれたマーキング弾のせいで警察からは逃げることができず、杉田と桜井に追いつかれ、待ち伏せされてしまったのだ。
まさか、人間に待ち伏せされるとは思っていなかった第48号だが、所詮は人間。あの第47号との戦いの後だからか、ついつい油断してしまった。……人間には、トップクラスの実力者である第46号を半殺しにした、とある兵器があることなどすっかり忘れて。
パシュッ、パシュッ!
ゆっくりと歩いてくる第48号に、ライフルの標準を合わせるのは容易だった。即座に杉田と桜井の、2つのライフルが火を噴くと、そこから飛び出した弾が第48号に被弾。瞬間、ボンッボンッと何かが爆発するような、絶対に鳴ってはいけないような音が第48号の身体の中から轟く。
「ぐっ……わっ……」
当然、その身体の持ち主である第48号は一溜まりもない。
1発が通常の神経断裂弾の3倍の威力を発揮する新型神経断裂弾。4発被弾して第46号に重傷を負わしたそれが一気に6発分、この第48号に襲い掛かっているのだ。そのダメージは少しでは済まされないだろう。
「ぬっ……」
新型神経断裂弾を受けた腹を押さえながら、覚束ない足取りで逃走しようとする第48号。しかし……パシュッパシュッ!
無情にも3発目、4発目が発射。そしてそれを背中に喰らってしまった。これで威力は通常の12倍。第46号に喰らわせた量の3倍だ。致死量を軽く上回っている。
激しい痛みと身を裂くような熱に苦しむ第48号は変身が強制的に解除、B9号の姿に戻って川の中まで震える脚で歩く……が。
「ぐっ! がああぁぁぁ――…………」
ひときわ大きく身体を震わせた瞬間、苦痛に塗れた叫び声を上げ、その大きな身体を川へと投げてしまった。
倒れたB9号は、もうピクリとも動いていない。不死の再生能力を誇る神経が働く前に、身体の中が完全に破壊されてしまい、絶命してしまっていた。
これが未確認生命体第48号こと『ラ集団』の実力者、ラ・ドルド・グの最期だった。まさか、狩ってきた人間の武器によって倒されるとは、彼自身も思いもしなかっただろう。
「よし、やったな!」
「やりましたね!」
ライフルを片手に、杉田と桜井はハイタッチ。
ようやくだ。ようやく人間は、グロンギ族に対して有効に作用する武器を手に入れることができた。しかも仕留めたのが、第46号を下した第47号と杉田の目の前で互角に戦っていた第48号だ。相当の実力者だったのは明確だった。
この1ヶ月間、徹夜した榎田と、長い間未確認たちを追ってきた警察の苦労が、報われた瞬間だった。
――To be continued…
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第21話 『拘束』
朝、ふらっとランキングを見てみたら……なんか1位にランクイン!? 感激です! ありがとうございます!
さて、また今回、ユニゴは新しい経験をします。人間と関わることでどんどん変わっていくユニゴ。その先にあるのは……
時刻は少し遡り、午後2時31分。
セントラルアリーナにて。一条は新型神経断裂弾が込められたライフル銃を構えながら、館内を捜索していた。
充分に戦える武器ができた今、一条は雄介に護られずとも未確認に対抗することができる。だから、より早く敵を見つけられるように、二手に分かれて捜索することに決めたのだ。
そうして捜索すること数分。一条はアリーナのスタジアムに訪れた。普段は大勢の人たちが大きな声で喝采を上げているだろう観客席には誰1人として座っておらず、不気味に思えるくらいに静まり返っている。
「…………」
いつ襲い掛かれても対応できるようにライフルをしっかりと構えて、一条はゆっくりと歩き出す。この観客席全体を徘徊し、潜伏していないかどうかを確かめるためだ。周囲を警戒し、スタジアム内のあちこちを見渡しながらゆっくりと脚を前に運ぶ一条。丁度、彼が入ってきた入り口とは別の入り口付近まで差し掛かった――その瞬間。
「……フンッ!」
「!? うわっ!」
突然、一条の前に男性警察官ばかりを殺害していた未確認生命体第47号が姿を現す。観客席の陰に隠れて、ずっと襲う機会を伺っていたのだ。
いくら警戒していたとはいえ、至近距離での強襲は流石に対応ができなかった一条。しかし防衛本能が働いたのか、咄嗟に腕をあげて顔を護ったのが功を奏した。そのおかげで一条は47号のパンチを顔で受けずに済んだのだ。といっても、第47号のパンチの威力は完全に相殺することなどできず、一条はバランスを崩してスタジアムの階段を背中から転げ落ちてしまう。
「……っ」
階段から転げ落ち、腰に強い痛みを感じる一条だがすぐに第47号を視界に捉え、なんとか立ち上がってライフルを両手に構え……バシュッ! 第47号目掛けて、ライフルの引き金を引いた。
飛び出した弾丸は第47号の胸に直撃し、大きな火花を上げる。
「……ぐっ!?」
ボンッ、ボンッボンッと、被弾した胸の辺りから鈍い爆発音をあげる第47号。新型の神経断裂弾が第47号の体内で連鎖的な爆発を引き起こし、彼を苦しめているのだ。
爆発音がするたびに第47号は身体を跳ねらせ……ドシャンッ。その巨体は一条の前で力なく倒れてしまった。
「はぁ……はぁ……」
死んだのか、ただ気絶しているだけなのかは一条にはわからなかったが、とりあえずしばらくの間は大丈夫だということはわかった。それに、ここは音が響きやすい。きっとしばらくしたら、銃声を聞いた雄介が来るだろう。
ホッと一息している一条。しかし、雄介が来る前に、別の人物が一条の前に現れた。
「……B1号……っ!」
カツン、カツンとハイヒールの音と共に姿を見せたのは、過去何回も一条が遭遇している謎の未確認生命体、B1号だった。額にある白きバラのタトゥが化粧のせいか、どこか輝いているようにも見える。2人の距離はおおよそ15m。近いようで、遠い距離だった。
「リントもやがて、我々と等しくなりそうだな。そして……我々の中にもまた、リントと等しくなろうとしている者がいる」
一条と倒れている第47号を交互に見て、そして、何かを感じたように遥か遠くに視線を移したB1号。一条は彼女の言っている言葉の意味がわからず、どういう意味だとB1号に視線で問いかけた。ほんの数秒間、無言の視線をぶつけ合う2人。
「…………」
先に動いたのは……一条だった。両手に持つライフルのスコープでB1号に標準を定めようと、集中する。……自分の足元で倒れている第47号が、少し動いたことなど気が付くこともなく。
B1号は何を思ったか、唇を少し吊り上げて薄い笑みを浮かべる。余裕そうな表情に、少しだけ頭に血が上る一条。もう一条は、B1号しか見えていなかった。
薄ら笑いを止めたB1号はいつも通りの無表情に戻り、スタジアムの出口に向かって歩き始める。立ち去ろうとするB1号だが、一条は完全に彼女を捉えていた。あとは引き金を引けば――。
「フゥンッ!」
「なっ!?」
今まさに、B1号に新型神経断裂弾を喰らわせようとした一条だったが、それは突然起き上がった第47号によって阻まれる。一条が両手に持っていたライフルを第47号がしっかりと掴み、その怪力で一条から取り上げて、明後日の方向に投げ捨ててしまった。
獲物を取り上げられた一条は、もはや第47号への対抗手段がない。首を掴まれ、スタジアムの手摺りに押し付けられた。苦しそうにもがく一条の視線にあったのは、このスタジアムからすぅっと立ち去っていくB1号の後ろ姿。逃がすかと手をB1号のほうへ伸ばすが、当然それでB1号を捕まえられるわけがない。
第47号はそんな一条の顔を、思い切り殴りつけた。とんでもない衝撃が一条の顔面を襲い、一条は観客席からスタジアムに吹き飛ばされてしまう。
「がっはぁっ!」
叩き付けられたあと、勢いでスタジアムに一回転してしまう一条。第47号によって受けた顔へのダメージと、叩き付けられた際の腰と背中へのダメージが同時に襲い掛かり、一条は苦悶の表情を浮かべてのたうつ。
第47号もまた観客席からスタジアムに飛び降りて着地。倒れている一条を視界に捉えると、その真っ赤な双眸を紫色に変色させ、胸の装飾品を引き千切ってそれを『ガドルソード』に再構築した。
「くっ……」
禍々しい剣を持って自分に近づいてくる第47号。それを見た一条は恐怖に顔を青くし、どうにか逃げようと身体を後ろへ後ろへと動かす。が、当然それでは敵との距離が離れるどころか、その距離を維持することすらできない。
どんどん近づいてくる死への恐怖に、目を瞑ってしまう一条。
「一条さんっ!」
と、そのとき。一条の耳に、あの男の声が届く。第47号の耳にもその声がしっかりと聞こえたらしく、2人して、その声がした方向を見る。スタジアムの入り口……第47号が潜伏していた扉のところに立っていたのは1人の青年。視線を一条から第47号へと移し、戦う覚悟を決めるポーズをした後……。
「変身!」
と叫び、その姿を変えていく。足元から腰へ、腰から胸へ、胸から頭へとどんどんその姿を別のものに作り変えていき……やがて、金のボディラインが入った青き戦士の姿となる。
「……クウガ」
その名を、第47号……『ゴ集団』のリーダー、ゴ・ガドル・バが呟いた。
ライジングドラゴンフォームへと変身した青年、五代雄介は、入り口に置いてあった誰かが置き忘れたのだろうビニール傘を手に取り、それを専用武器であるライジングドラゴンロッドへと変える。獲物を手にした雄介は持ち前の跳躍力を使って一気にスタジアムまで降り立ち、すぐに身体を捻ってライジングドラゴンロッドを振り回し、一条に迫っていたガドルに勢いよくぶつけた。飛び降りてきてからの打撃という、流水の如く素早い攻撃。自分より下のユニゴを倒せなかった彼に少し油断していたガドルは何も構えを取っておらず、もろにその攻撃を受けて、後方に突き飛ばされてしまった。
「五代……」
「すいません、一条さん! 遅れました!」
ガドルを吹き飛ばした雄介は、一条に振り返って謝る。一条は「大丈夫だ」と、少しふらつきながらも立ち上がってベージュ色のコートを直した。
「すぐにビートチェイサーを持ってくる! それまでなんとか、耐えていてくれ!」
「はい! お願いします!」
互いに小さく頷きあい、雄介ことクウガは吹き飛ばしたガドルのほうへ、一条はアリーナの地下駐車場ほうへそれぞれ走って行った。クウガとガドルの戦いも、決着のときは近い。
――――・――――・――――
「お兄ちゃんはね……」
時はさらに遡り、午後2時16分。
文京区の喫茶ポレポレにて、こちらでも1体のグロンギ族と『五代』の苗字を持った人間が向き合っていた。しかしこちらは、ガドルと雄介のように殺意と敵意に満ちた剣呑な雰囲気ではなく、どちらかと言えば和やかな雰囲気だった。それでも、真剣なものには変わりはないのだが。
未確認生命体第46号、ラ・ユニゴ・ダは真剣な、そして興味津々な視線を目の前にいる五代雄介の妹、五代みのりに向けて注目していた。
クウガ……五代雄介が一体どんな人間なのか。それを知るために、きっと雄介のことを誰よりも知っていると思われるみのりに尋ねた。そして、みのりもそれに応じて、この未確認生命体の少女に雄介がどんな人間なのかを今から教えようとしているのだ。
「……冒険家なんだよ」
「冒険家?」
まず、最初に出したのが雄介の職業だった。彼の性格を語るなら、まずこれを教えたほうがこれからの話が円滑になると思ったからだ。
「そっ。冒険家。わかる……かな? 世界中をただただ自由に渡り歩いて、そして色んなところへ冒険しに行く人のこと。それが冒険家」
「自由に……冒険……」
「うん。そのせいであんまり家に帰ってこないんだけどね」
「……そう」
ギリッと歯を噛み締めるユニゴ。何かに対して怒りを感じているようだが、少なくともみのりに対しての怒りではなかった。段々とユニゴの性格がわかってきたみのりもそのことを察しているようで、特に怖がることもなく続けた。
「お兄ちゃんってね、自分の笑顔で人を元気にさせるのが得意なんだ。泣いている人や困っている人がいたら放っておけなくて、すぐに話しかけちゃって、そして最後には笑顔にさせちゃう」
「……それは、なんとなくわかる」
戦いで傷ついて、倒れてしまった自分にすら、雄介は手を差し伸べようとしてきた。何も考えないで、後先自分がどうなるかを考えずに、雄介は真っ先に自分のことを優先してくれた。上野恩賜公園で自分の身体の中に爆弾があると話したときも、「止める手段はないの?」と訊いてきてくれたくらいだ。
「でもね……お兄ちゃん、1つだけ。たった1つだけ、どうしてもやりたくないことがあるんだ」
「どうしても……やりたくないこと?」
「うん……」
みのりは、少しだけ胸が痛んだ。今から自分が言うことが、ユニゴに対してどれだけ残酷なことなのかがわかっているからだ。だけど、この未確認の少女は本気で、自分の兄について知りたがっている。自分の今までやってきた行動を全否定してまで、かつての仲間を敵に回してまで、勇気を出して前に進もうとしているのだ。そんな彼女に隠し事はしちゃいけない。自分の兄のことを知りたいと言って、自分はそれを了承したのだから、知っている範囲ならなんでも話さないといけない。
だから……みのりは重い口を開いた。
「どんな理由でも……暴力を振るうこと。それで、ひとを傷つけること。お兄ちゃんは、それをきっと世界中の誰よりも、嫌っているんだ」
「っ!」
ビクッ。ユニゴの肩が震えた。エメラルドグリーンの瞳を最大限まで見開かせ、喉はカラカラに渇き、心臓の鼓動が早くなる。額からも冷たい汗が滲み出ていた。
クウガが……雄介が凄く優しい人間だということは理解していたはずだった。人間だろうがグロンギだろうが、分け隔てなく接してくれるほど、強く、優しい人間だと、充分に理解していたはずだった。だけど……それでもまだ、自分の認識が甘かったことを思い知る。
今までクウガとなって自分たちグロンギ族と戦い、そして
――私たち、リントとクウガに殺される。これ、普通。リントとクウガ、私たち殺す。これ、良いこと。なのに、私たち、リント殺す。これ、どうしてダメ? わからない。
――リント殺す、リント悲しむ。私たち殺す、リント喜ぶ。私たち殺される、リント殺す、私たち何も感じない。わからない。どうして?
なんて質問をあのときしてしまったんだろう。ユニゴは後悔し、俯いた。自分たちにとって普通のことだった『クウガに殺されること』。そして自分たちが死ねば『人間は喜ぶ』という勝手な認識。とんでもない。その自分たちに手を下している張本人は、ちっとも自分たちを殺すことを当たり前と思っていない。自分たちが死んでも、心の底から喜んでくれていない。むしろ……誰よりも苦しんでいた。苦しんでくれていたのだ。
ギリッ……ギリリッ……。噛み締めていた歯はさらにその力が入り、拳は骨と血管が浮き出るほどに固く握り締められて少し震えていた。
「でもね。それでもお兄ちゃんは、戦っているんだ。みんなが笑顔になれるなら、自分にできるだけの無理をしてでも戦うって」
赤の他人であっても、涙を見るくらいなら笑顔を見たほうがまし。例えそれをするために自分が傷つくとしても、できる範囲だったらやる。それが、五代雄介なのだ。ようやくわかった。クウガが……雄介が、どんな人間なのかを。
「……そっか。ありがとう、みのり。教えて……くれて……」
目的を達成できたユニゴは俯かせていた顔をあげて、みのりにお礼を言う。そのユニゴの顔を見たみのりは……驚いた。
「ユニゴちゃん、泣いて……」
「え……?」
みのりに言われ、ようやく自分の頬に何かの液体が伝っていることに気がついたユニゴ。
「あれ……あれ……?」
まったくその原因がわからず、ユニゴはその液体の出所を探る。頬にあった右手は少しずつ上がっていき……やがて、自分の目までそれが到達したところで止まった。液体の出所は自分の目だった。
「どう……して……私、初めて……」
「……!」
本当にわからなさそうに呟き、両手で目を擦りながら首を傾げるユニゴを見て、今度はみのりのほうが驚いてしまった。
なんとこの少女は、今の今まで物心がついてから泣いたことが一度もなかったのだ。戦闘民族であるグロンギ族に生まれたユニゴは、泣きたくても泣くことができなかった。涙を流す暇も余裕も、全くと言っていいほどなかったからだ。生きるために必死で、ユニゴは生まれたそのときから今日まで泣くことはなかったのだ。
「どうして……私、泣いてる?……わからない」
「ユニゴちゃん……!」
ユニゴの事情は詳しく知らない。だけどみのりは、どんな場所に彼女がいたのかだけはわかった。彼女は保育士なのだ。専門学校で子供について勉強したみのりには、ユニゴの気持ちがわかっていた。それはそれは痛いほどに。だから……ユニゴの身体を自分のほうに引っ張って、思い切り抱きしめた。
「な、なに? みのり、どうしたの?」
突然自分を抱き寄せたみのりに、泣いていた理由がわからず困惑していたユニゴは更に困惑した。だけどなぜだろうか。ユニゴは嫌とは思わず、むしろ心地良いと感じた。抱きしめているみのりの体温は程よく温かく、自分を支えてくれている左手は力が篭っているものの痛くなく、頭を撫でてくれている右手は優しく、気持ちの良いものだった。
「ユニゴちゃん……いいんだよ? 泣いても」
「……どうして? どうして泣いても、いいの? どうして、私……泣いているの?」
「いいよ。どうして泣いていいのかなんて、どうして泣いているのかなんて、そんなこと、今は考えなくていいんだよ」
「……どうして? どうして考えなくて、いいの?」
「理由なんて、泣いた後に考えればいいじゃない。泣けるときに目一杯泣いて、その後に、どうして泣いたのかを考えればいいんだよ。無理に感情を抑え付けちゃ、ユニゴちゃん、
今までなにかをするときは絶対に、そのなにかについて十二分に考えていたユニゴ。理由なくなにかをすることは今まで一度もなかった。毎日が戦争だったグロンギ族の生活は、なにか理由がないとなにもできない。全員が全員、力があるゆえに簡単に身内を裏切ることもできたからだ。だから必ず、なにか行動を起こすにはそれなりの理由と言い訳を用意しなければいけなかった。そういう環境に、ユニゴはずっと居たのだ。
「……いいの? なにも考えないで……本当に、いいの?」
「うん。いいんだよ、ユニゴちゃん。おいで」
「……っ」
「おいで」。その言葉で、ユニゴの中のなにかが崩れた。
無意識の内に、からっぽだった両手がみのりの背中を握って、抱きつくように身体を彼女に預けたユニゴ。ただでさえ、止まらなかったユニゴの涙は僅かに勢いが上がる。
「う……ふぇ……」
ビクリッ、ビクリッと肩を跳ねらせ、嗚咽まで漏らし始めた。
ずっとずっと、理由ばかりを考えて未来を見据えるあまり、今この瞬間を見ることができなかった彼女にとって、なにも考えずに今をこうして自由に行動することがどれだけ憧れていたことだったか。そして、それを実現してどれだけ嬉しかったか。先程の涙とは別に、溢れ出てしまった感情。そして……もう1つ、更に別の理由から溢れてきた涙。それは、ユニゴの中にあったグロンギ族の拘束を解くには充分すぎた。
「ごめんな……さい。ごめんなさい……」
決して泣き叫ぶことはなかったが、静かに誰かに対して謝りながら大量の涙を流すユニゴ。しばらくの間、そんな彼女の頭をみのりは撫で続けた。
――To be continued…
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第22話 『人間』
日にち跨いじゃいましたね……。
活動報告にてアンケートを行っております。よろしければ、参加してください。一言だけで結構ですので是非。
時刻は午後2時34分。
世田谷区駒沢のセントラルアリーナ内、スタジアム。クウガと未確認生命体第47号ゴ・ガドル・バの戦いが始まっていた。
今のクウガは跳躍力とスピードに優れた青の金の力……ライジングドラゴンフォームに変身している。当然、これでは破壊力に欠けるためにガドルを倒すことは出来ない。が、今はこれでいいのだ。
ここでガドルを倒してしまうと、爆発の際にこのセントラルアリーナからおおよそ半径3kmの範囲が一瞬で更地になってしまう。ここは世田谷区だ。住民の避難は警察がしっかりと済ましているとはいえ、住宅地や商業地域だけでなく、大使館まである。そんな街のど真ん中で倒したら被害は……。と、いうわけなので、爆発しても問題が起こらないような地点までガドルを連れて行かなければいけない。そしてそれを可能にするビートチェイサー2000を今一条が持ってきてくれる。
それまでの間、ガドルの攻撃を受け流し、あわよくばダメージも与えられるように少し工夫して戦わなければいけない。そこで変身したのが、このライジングドラゴンフォームだった。タイタンフォームではダメだ。タイタンフォームの鎧は、直前の未確認生命体第46号ことラ・ユニゴ・ダの攻撃で簡単に傷ができてしまった。そしてそのユニゴに完勝したガドルが、彼女と同じことができないはずがない。攻撃を受けるのは悪手。ならば、攻撃をかわすしかない。
「
自分の攻撃を直前でかわし続けるクウガに、ガドルは悪態をついた。現在ガドルは紫の瞳をした剛力体に変身している。一条を襲ったときのまま、フォームチェンジをしていなかったのだ。脚力が凄まじかったために、上手にスピードの低下をカバーしていたユニゴの剛力体とは違い、ガドルにはユニゴレベルの脚力はない。それゆえに動きが若干遅くなってしまっているのだ。だから、スピードとジャンプ力が上昇しているライジングドラゴンフォームのクウガには攻撃が当たらない。それどころか、ちょくちょくとクウガが振り回しているライジングドラゴンロッドがぶつかり、地味なダメージを受けてしまっていた。手にしている得物のリーチの長さもクウガのほうが上。大きいといっても長いわけではないガドルソードを振り回しても、クウガには届かない。
「……ふん」
このままでは埒が明かないどころか自分が不利になると判断し、ガドルも瞳の色を青に変化させ俊敏体となる。手にしていた得物もガドルソードからガドルロッドに変わり、リーチの長さも同等となった。これでクウガの軽快な動きに対応しながら攻撃ができる。
目の前に立っているクウガを視界に捉えたガドルは、早くなった脚でクウガに接近。今のクウガは先程の自分の攻撃をかわした直後、着地したばっかりなのだ。とても走れる体勢ではないし、今からジャンプしてもガドルロッドに直撃する。まずは一撃目! そう意気込み、気合を入れてガドルロッドを叩き付けようとするガドル。
「超変身!」
が、ここでクウガも形態を変えた。今度は紫の金の力……ライジングタイタンフォームだ。
ガンッ。勢い良くライジングタイタンフォームのボディに叩き付けられるガドルロッド。先程のライジングドラゴンフォームの身体では重い一撃になっただろうその攻撃は、ライジングタイタンフォームの鎧の前に沈黙した。スピードが上がった分、攻撃力と殺傷力が落ちてしまったガドルの俊敏体。クウガはそれを利用して、今度は受けて耐える戦法に変えたのだ。躱すことが無理な一瞬の時間であっても、フォームチェンジならば簡単にできる。
前のユニゴとの戦いで、相手が今まで通りの自分の思いつきだけで戦える相手ではなくなったことをクウガは知った。あの流れるように洗練された戦い方をし、状況判断によって形態を変えていたユニゴは明らかに格上の存在で、文字通り手も足も出なかった。
だから、休んでいる間に考えていたのだ。もし、あのユニゴ以上の強敵がこの次に現れたらどうするかを。
戦ってみて、自分の最強の技であるライジングマイティキックを、通常形態でなく強化させた形態でユニゴは受けた。ということは、通常形態ではマズいと彼女が判断したということだ。通常形態であれば自分の技は通じる。そう確信した。
だったらまず、そのライジングフォームを長い間維持しなければ話にならない。確実に決めるためと、それでも倒せなかった場合に長期戦を仕掛けられるようにするためだ。ライジングフォームを駆使しなければ絶対に倒せないのなら、そのライジングフォームを極めるしかない。
そして次に思ったことが、いかに相手の攻撃に対して対抗できるのか。全部で4つあるクウガの形態には、それぞれ長所があるぶん同じくらい、弱点もあった。
マイティフォームは平均的な性能ゆえにバランスが良く、要領よく戦える。しかし、武器がないために獲物を持っている敵には不利になる。
ドラゴンフォームは機動力が格段に上がり、どんなに素早い相手でも追跡することができるし、高い場所にもすぐに辿り着ける。但し、パンチ力と防御力が格段に落ちてしまい、近接格闘には向いていない。
ペガサスフォームは超人的な感覚で敵を感知することが可能で、相手よりも先手を取って戦うことができ、かつ喰らえば一撃必殺の狙撃をするために遠く離れた敵や、空を飛んでいる敵に対しても有効。しかし、身体への負担が大きいゆえに50秒しか維持することができず、超過してしまうと2時間もの間、変身ができなくなってしまう。
タイタンフォームは攻撃力と防御力が格段に上がり、専用の剣もあるために力任せな戦いができる。その代わりに俊敏性が僅かに低下し、他の4形態よりも動きが鈍くなってしまう。
これらの特性をずっと考えて、どんなときにどのフォームで戦えばいいのかを必死で探っていた。そして出した結論が、敵の攻撃が自分よりも高いならドラゴンフォームで躱し、低いと思ったらタイタンフォームで受けて反撃する。隙をつけたらマイティフォームか、ペガサスフォームで確実に仕留める。単純な回答かもしれないが、それゆえにわかりやすく、実用性も高く、そして応用が利きやすい作戦だった。
そしてその成果が、こうして出ている。相手はユニゴを倒すほどの実力者なのに、いまだに攻撃をまともに喰らっていない。上手く防御が働いて、攻撃を受け流すことに成功していた。
「……!」
ガドルの攻撃を受け流し続けていたクウガの耳に覚えのあるバイクの音が聞こえ、その方を見るとビートチェイサーに乗ってこっちにきている一条の姿があった。
クウガはすぐさま、ライジングタイタンフォームからライジングドラゴンフォームへ戻る。ライジングタイタンソードもライジングドラゴンロッドへと戻り、攻撃を受け止められ少し動きが止まってしまっていたガドルの腹に思い切りそれを叩き付けた。俊敏体となり、防御力が少々低下しているガドルはその衝撃で後方へと飛ばされ、スタジアムの床を転がった。
「五代! 大丈夫か!?」
「はい! 大丈夫です!」
「ならよかった……」
ビートチェイサーから降りた一条はヘルメットを取った。
「爆発ポイントはこの近くの雑木林だ。俺は更に、この周囲の避難を徹底させる!」
「わかりました!」
グッとサムズアップでクウガは……五代雄介は一条に示す。一条もまた、サムズアップを返して、このスタジアムから立ち去っていった。
一条が出て行ったことを確認したクウガはビートチェイサーに乗る。すると、一条とは入れ替わりにスタジアムに巨大なクワガタムシのような形をした物体が飛び込んできた。これは『ゴウラム』という、遥か古代にリントが製造した意思を持つ
ゴウラムの体が2つに分かれると……それぞれビートチェイサーの機体に瞬時に合体していく。かつて雄介が乗っていたトライチェイサー3000とは違い、ビートチェイサー2000はこのゴウラムとの合体を前提として開発されているために、合体に必要な時間も負担も全てが解消されており、自然と馴染むように合体を果たしてビートゴウラムとなった。
ビートゴウラムに乗るクウガは、先程吹き飛ばしたガドルに向けて前進。まだまだ余裕そうに立ち上がるガドルだが、いきなり突っ込まれて身体がビートゴウラムに乗り上がってしまった。少しでも気を抜けば身体が吹き飛んでしまうため、ガドルはしがみつくしかない。
強制的にビートゴウラムにガドルを乗せたクウガは、爆破ポイントである雑木林へと向かった。
――――・――――・――――
時は遡り、午後2時25分。
文京区、喫茶ポレポレ。
物心付いたユニゴが初めて泣いて、そして泣き止んだのがこの時間だった。
「……ごめんなさい。服、その……濡らしちゃって……」
3つの感情が同時に乗りかかり、耐えられなくなったユニゴは静かな大泣きをしてしまった。みのりに抱きついて、彼女の胸の中でだ。そのせいでみのりの服が、しかも胸元が少し濡れてしまい透けてしまっていた。しかしみのりは、なんでもないように笑う。
「ううん、いいんだよユニゴちゃん。服なんて、洗えばいいんだから。そんなことより……どう? 気は晴れた?」
「ん……もう、大丈夫」
なにも考えずに、ただ感情のままに泣いたユニゴは、もういつもの冷静な彼女に戻っていた。先程泣いた理由も、泣き終えて頭が冷えてからすぐに理解し、納得もできた。なるほど。確かにみのりの言うとおり、泣いた後に考えればすぐだった。
「ありがとう。私、初めてだったから……嬉しかった」
「……こっちだって。お兄ちゃんのこと、理解してくれてありがとうね」
自分の問いにしっかり答えてくれたみのりに感謝するユニゴ。そしてみのりもまた、ユニゴに感謝した。
兄のことが大好きだったみのりは、心のどこかで未確認生命体たちを憎んでいた。大好きな冒険を兄から取り上げてこの東京に留まらせ、あろうことか、最も嫌っていた暴力を強制的に振らせるなんて。しかも一度兄は、毒によって死に掛けているのだ。憎まないほうがおかしかった。
だけど、目の前に現れた未確認生命体の少女は違った。確かに彼女は3996人の尊い命を奪い、2回も兄に重傷を負わせた。だけど、それが間違いだったことに自分で気が付いて、自分が傷つけてしまった兄のことを想って理解しようとし、そして涙まで流して謝ってくれた。それだけで、みのりには充分だった。
「話したいことは、それだけかな?」
「ん……それだけ」
「そっか。じゃあもう、
「えっ?」
満面の笑顔でみのりが言うと、休憩室のほうでガタタッという音が聞こえた。
「おやっさん、奈々ちゃん。私、知ってるよ。そこ、あんまり防音性よくなくて、聞こうと思えばこっちで話してることを聞けるって」
相変わらずの笑顔で呼びかけるみのり。なぜだろうか、ユニゴはその笑顔を見て背筋が凍った。おかしいな、さっきと同じ笑顔のはずなのにどうしてだろうと、新たな疑問が芽生える。
「あ、あは。あはは……」
「その……偶然なんだよ、みのりっち」
観念したのか、奈々は苦笑いしながら、玉三郎は言い訳をしながら休憩室から出てきた。額から冷たい汗をだらだらと流して。
「……聞こえてたの?」
「う、うん。その……堪忍してな?」
「うう……」
カアァっと赤くなるユニゴ。泣いたことがなかった彼女でも、他人に自分の泣いている姿を見られるのは、聞かれるのは恥ずかしいことだったのだろう。
「でも……そっか。五代さん、なにかあるたびに自分のこと『クウガ』って言うとったのは、そういうことやったんやな」
「ああ。俺もさっき気が付いたよ……。ただ茶化しているだけだと思ったのに……」
悪いと思っていながらも聞いてしまった2人の会話。その中でどうしても2人は変だと思う部分があった。
ユニゴが「クウガ」と呼ばれている人のことをみのりに質問していたはずなのに、みのりは「お兄ちゃん」つまり雄介の話をしていた。なのに、会話は成立していたのだ。
最初はわけがわからなかった2人だが、未確認生命体たちが出てからちっとも冒険に行かない雄介の言動を思い出して気が付いた。「クウガ」=「五代雄介」であり、「五代雄介」=「未確認生命体第4号」である、と。
「え……? クウガ、自分のこと、隠していなかったの?」
「う、うん。お兄ちゃん、そういうこと気にしないから……。お兄ちゃんに関わった人たちなら、この2人以外はきっと全員知っているよ?」
「そ、そうなんだ」とユニゴは脱力した。裏表がないことも大体はわかっていたとはいえ、まさかこんなことまで包み隠さず言いふらしていたなんて。どこまでも自分の思考の上を行く男だった、五代雄介という青年は。
「そ、その……私、クウガのこと、2回も病院送りにしちゃった。ご、ごめんなさい……」
「あ、ああうん」
「そ、そやったんやね……」
ユニゴの今日何度目になるかわからない謝罪に、2人はまた苦笑した。正直、雄介が第4号だったことについての驚きは、ユニゴとみのりが話をしている10分の間に整理はできた。今2人が苦笑しているのは、こんな少女に2回も病院送りにされる雄介の姿を少し想像してしまったからだ。
「でも、もうクウガに辛い思いはさせないから。……まもなく、最後の戦いが始まる。そこで全て、終わらせる。これ以上、クウガに無理はさせないから」
ガタッ。ユニゴは少し強い口調で告げると、座っていた席から立ち上がった。
「もう、行かなくちゃ。新しい力も、完全に私の身体に馴染んだ。これでまた、戦える」
「それじゃあ、バイバイ」と軽く手を振ったユニゴは、ポレポレから出て行こうと歩き出す。まるでもう二度と目の前に現れないからと、彼女の小さな背中が物語っているようにも見えた。
「ちょっ、ちょっと待ってユニゴちゃん! 一杯だけ、一杯だけでいいからコーヒーを飲んでいかないかい?」
ピタッ。『コーヒー』という単語に反応したユニゴは、扉のドアノブに手を掛けた瞬間に止まった。
「やっと思い出した。ユニゴちゃん、前にここに来たときコーヒーを頼んだだろ? 一番お勧めのをってさ」
「……あ。そういえば、そやったな」
「あんたに出すコーヒーはない」と怒鳴ったことを思い出す奈々。それでみのりも、始めなにをしにユニゴがここに訪れたのかを思い出した。彼女は純粋に、コーヒーを飲みにきただけだったのだ。
「……いいの? 私、あなたたちの大切な人、傷つけた。私たち、凄く酷いこと、しちゃった。それなのに……いいの?」
振り返って3人を見つめるユニゴ。時間が来たからという理由もあったが、実は彼女がこのポレポレから出て行こうと思った最大の理由は、居心地が悪くなってしまったからだ。
ただでさえ、クウガである雄介と仲がよさそうにしていたこの3人に後ろめたい感情を持っていたのに、彼に元気を貰ってきたであろうこの3人が雄介の正体を知り、そして、自分がそんな彼を散々痛めつけてしまったことを知ってしまったのだ。自業自得とはいえ
そんな自分に、目の前にいる人間は「コーヒーを飲まないか?」と誘ってくれた。不思議だった。
「なぁに大丈夫だよ、雄介ならさ。そんなことで折れるような男じゃないし」
「それにボコボコにした言うても、もうすっかり元気やしね五代さん」
「そ、そんな理由で……」
「それにあいつ、自分で考えて今もほら、47号と戦っているんだろう? そうなんだろう、みのりっち」
「うん。お兄ちゃんはお兄ちゃんの意思で、戦っているよ」
「だったらいいじゃないの、あいつが好きでやってることだし。俺たちがどうこう言うこっちゃない」
「五代さん、自分を曲げない人やからね」
ありえなかった。大切な人をあんなに傷つけたのに、今はすっかり元気だから、雄介だから大丈夫なんて、そんな理由で許せるなんて、ユニゴにとっては驚きの連発だった。改めて、自分の価値観と人間の価値観が全然違っていたことに気がつき、そして、羨ましく感じた。なんて暖かいものを、この人たちは持っているのだろうと。
「だからユニゴちゃん、おいで。そんなに時間はとらせないから」
「そうそ。おっちゃんの淹れるコーヒーは適当やから、ちょちょいのちょいやで」
「うんうんそうそう……って、誰が適当に淹れるかい! いつもしっかり淹れとるわ!」
自分たちのすぐそばに未確認生命体がいるのに、大切な人間を傷つけた仇がいるのに、それを知っていても目の前にいる人間たちはいつものノリに戻ってしまった。自分たちには関係ないからとか、そんなつまらない理由じゃない。もっと深いものが、そこにはあった。
「……そっか」
だからあのとき――霧島を抹殺しようとしたとき、止められたのか。少し違うような気もするけど、なんとなく根本的なものは同じような気がした。要はどんなに自分が相手を憎んでいても、それによって起こす行動が正しいか、正しくないかを正確に判断することができる。理性を投げずに判断することができる。それが人間という生物だったのか。ユニゴはまた1つ、疑問が晴れていった。
「ほら、おいでユニゴちゃん」
「……ん」
こんな自分を誘ってくれた。違う生物なのに、まるで
ドアノブに掛けていた手を引っ込め、回れ右してさっきまで自分が座っていた、奈々とみのりの間の席に再び腰を降ろした。
「ちょっと待ってて」
ユニゴが席に着いたのを見た玉三郎は、すぐに適量のコーヒーの粉をカップの中に入れてお湯を注いだ。
「ほい、出来上がり」
「早っ?」
思わずユニゴは叫んでしまった。早かった。10秒も経っていなかった。奈々の言うとおり、適当に淹れたんじゃないかと思うくらい早かった。
「大丈夫だよ。あらかじめローストしたコーヒー豆を粉にして、ブレンドに適した量のものを淹れているから」
「本格的とまでは行かないけどさ、お客さんの好みになるべく応対できるようにしているんだよ。……あと楽だし」
「おっちゃん、最後のは蛇足やで……」
すっかり、いつものノリになってしまっている3人。賑やかだなと、僅かにユニゴの唇が上がるが、それは一瞬だけだった。
「いただきます」
挨拶をしたユニゴはまずコーヒーカップを手にとり、少し揺らして香りを嗅ぐ。あまりにも早く完成してしまって驚いたが、香りは立派なコーヒーだった。いい豆を使っているのもわかる。毎日バカみたいにコーヒーを飲んでいたし、飲み比べもやっていたのだ。普通の人間以上の優れた五感があるからこそ、彼女はこの1ヶ月間飲んで来た缶コーヒーとは違うことに気がついた。
すうぅ……っと、静かに音を立てないように、行儀良く飲み始めるユニゴ。
「!……美味しい」
今度は違う意味で驚いた。初めて飲んだはずのこのコーヒーの味は、今まで飲んで来たどのコーヒーよりも美味しく感じた。復活して真っ先に気に入った、あのオープンカフェのコーヒー以上の美味しさがそこにはあった。
「はっはは、そうだろ。それはな、五代雄介ブレンドっていうやつだ。その名の通りゆ――」
「そやろ? それ、五代さんが作ったコーヒーなんよ!」
「この娘はなんで他人のセリフを……」
自分のセリフを取られてどんよりしてしまう玉三郎。みのりは「まぁまぁ」と笑う。
「そっか……」
ユニゴは納得した。これが、クウガが作ったコーヒーか。……なるほど。美味しくないわけがない。だって、ひとを笑顔にさせないものなんて、彼が作るわけがないのだから。美味しいに決まっている。
普段は意外と一気飲みをしてしまうユニゴであるが、このコーヒーだけはしっかり味わって、5分ほどの時間をかけて飲み干した。コーヒーカップの中には、一滴のコーヒーの雫も入っていない。
「ご馳走様」
空っぽになったカップを受け皿にかちゃんと置くユニゴ。少しだけ、名残惜しそうな視線をそのカップに向けるが、目を閉じて、もう一回開くと、そこには一切の未練がなかった。もう迷いはなかった。それどころか、満足してしまっていた。自分が飲む最後のコーヒーが、これでよかったと。
ユニゴは手に持っていた4つの紙袋と、財布とノートパソコンが入った自分のバッグをテーブルの上に置いて立ち上がった。
「……お代。それ、もう私には必要のないものだから。好きに、使って」
「「「え?」」」
元からお金なんか取るつもりじゃなかった上に、しかも首から下げている金の懐中時計以外の所持品を全て置いていくユニゴを見て、3人は呆けてしまった。
「……じゃあ、ばいばい」
小さく手を振って店内から出て行くユニゴ。ただでさえ儚かった彼女の姿が、より一層薄くなったような錯覚を3人は覚えた。
「ま、待って!」
このまま行かせたら、二度とユニゴと会えなくなってしまうような気がしたみのりは立ち上がって追いかける。しかし、もう店の外には彼女はいなかった。
まるで白昼夢の如く、幻のように綺麗に消え、冷たい風だけがみのりの髪の毛を揺らした。
「みのりっち」
「ゆ、ユニゴちゃんは?」
玉三郎と奈々には首を横に振るしか、みのりにはできなかった。
……余談であるが、このあとなんとなくユニゴが置いていった紙袋の中身を見た奈々はびっくりしすぎて腰が抜け、玉三郎は「おわっ!?」と言って固まり、みのりは開いた口が塞がらなかった。
しかし最後のユニゴの気配りだろうか、『盗んだものじゃないから安心して』と綺麗な文字で書かれたメモ用紙が、紙袋の中にある慶応義塾創立者の額に張られていた。
――To be continued…
一条「これ以上、五代に無理はさせたくない」
椿「これ以上、五代に余計なものを背負わせたくない」
桜子「五代くんに、無理をさせたくないんです」
ユニゴ「もうクウガに辛い思いはさせないから」←NEW!!
雄介愛されてますなぁ……。
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第23話 『決意』
今回は短いです。嵐の前の静けさ、みたいな感じでご鑑賞ください。
アンケートなのですが……反対意見が全くなかったので、そのままの書きかたでこれからも行きます。ご協力感謝します。
午後3時ジャスト。まだ太陽が昇っている時間だが、空は厚い黒雲が覆ってしまっているために光が届かず、辺りは少し暗くなってしまっている。
世田谷区のとある雑木林。そこでは、未確認生命体第47号ことゴ・ガドル・バとクウガの戦いの第2ラウンドが始まっていた。
両手を使って共に投げ合って地面を転がり、立ち上がり、また同時に攻撃を繰り出す。移動している最中、既にライジングマイティフォームにフォームチェンジをしていたクウガは、その渾身の右ストレートをガドルの左頬に、攻撃力が劇的に上がる紫の瞳を持つガドルの剛力体が繰り出した右ボディブローが、クウガの腹に突き刺さった。
「むっ!」
「ふむっ!」
互いに鋭い痛みからくる衝撃で吹き飛び、自然と距離ができた。ゆっくりと立ち上がる2人。まだまだ戦えるぞ、という意思表示を無意識のうちにしているからか、動きは鈍くともどこか言葉にできない迫力があった。
「
ガドルの身体に電流のようなものが走ると、その姿を変えていく。金色のボディに金色のバックル、そして金色の瞳を持つ『電撃体』へと。
「……! 金の力……」
敵の身体の変化を見たクウガは、ユニゴの身に何が起こったのかがわかった。驚異的な防御力を誇っていたユニゴは、あのガドルの金の力に負けてしまったのだと。ただでさえ攻撃力が高かったガドルが自分と同じ雷の力を身につけて、そしてその攻撃を正面から直に受けてしまったら……いくら頑丈な彼女でも保たなかったのだろう。少しピクピクしていたのは、電流を一気に身体に流されてショックを受けてしまったからだ。ということは……今の自分も、アレを受けてしまったらお終いだ。
すぐに理解したクウガは、少し後ろに下がって充分な距離を取り……ライジングマイティキックを決めるポーズを取る。それに伝導し、クウガの左足に金色に光る装甲が出現した。
「フンッ!」
気合と殺気が入り混じった声を発すると、ガドルは前進に雷を纏いながらクウガに向かって走る。走って足が地に着くたびに、その足からバリッバリッと電流が流れた。
来た! きっとアレが、ユニゴが受けた必殺の一撃だ! 直感でクウガはそう思った。アレをまともに受けてしまったらお終い。例え躱したとしてもきっとまた同じ攻撃を仕掛けてくるだろう、永遠に勝負がつかない。意味がない。ここでガドルを倒すには……こっちも迎え撃つしか、方法がない。
「……ハッ!」
覚悟を決めたクウガも気合を入れて、構える……と。クウガの身体に変化が訪れる。
真っ赤なボディに一際大きい雷を纏うと、一瞬でその色が黒色に変わった。姿、形は先程までのライジングマイティフォームと全く同じなのに、身体の赤かった部分が全て黒に染まってしまったのだ。……否。一箇所だけ元のまま、赤い部分があった。
それは目だった。真っ黒なボディになっても、目の色だけは燃えるような赤色に発光している。だがそんな自分の身体の変化など、クウガは気がついていない。それほどまでに、目の前の強敵に集中していた。どんどん迫ってくる敵に、こっちも負けじとその両足を駆け出すクウガ。
互いに丁度良い位置まで走った後……やはり同時にジャンプ。
「フウゥンッ!!!」
「おりゃあああぁぁぁぁ――っっ!!!」
それぞれ声を上げて敵にライダーキックを放ち……そして。
「っ!」
「っ!」
それは、どちらも胸に受けた。どちらもクリティカルヒットしてしまった。その必殺の一撃を。蹴りを放った後、2人は地面に着地せずそのままの態勢で倒れこんだ。誰も居ないくらい林の中、しばしの間静寂が訪れる。
両者共にとびきりの技を受けてしまったために気絶してしまったのか、はたまた死んでしまったのか、ぐったりと力なく身体を地面に投げ出している2人。
「…………」
ザリッ。土に手を当てて、倒れていた2つの戦士のうちの1人が動いた。身体を動かせたのは……ガドルだ。意識が戻りゆっくりであるが、その金色の巨体をしっかりと2本足で支えて起き上がらせた。
立ち上がったガドルは倒れているクウガを見て、近づく。もし生きていたら、今のうちに殺すためだ。
一歩、二歩と、歩みを進めた……そのとき。
「……っ! んくっ!? んんっ!!」
胸に……クウガのキックを受けた部分に両手を当てて、ガドルは突然苦しみ出した。何かに耐えようと、なんとかしてなにかを押し返そうと、苦悶の声を上げながらも胸に手を当てて力を込めるガドル。
一瞬だけ動きが止まり、胸に当てていた手をどけると……そこには、巨大な封印のリント文字が2つ、浮き上がっていた。
ガドルの声によって気がついたのか、今度はクウガも起き上がった。こちらは平然としていて、いつまで経っても身体に変化が来ない。多少のダメージは受けたようだが致死量とまでは行かなかったのだ。
一方、いくら気合を入れて発散させようとしても、大量の封印エネルギーを身体の中に無理矢理入れられたガドルは封印のリント文字を中心として体中に皹が生じていく。上手く、身体の神経を再生させることもできない。直前に一条によって狙撃された新型の神経断裂弾が、ガドルの身体の再生能力を司る神経のほとんどを破壊してしまったからだ。本来なら互角のはずの攻撃が決定打になった原因がまさか、自分の殺害対象だった
その爆発の威力は今までのグロンギたちとは比較にならず、直径10kmはあるであろう炎の柱となって空まで届き、それを覆っていた黒い雲を一瞬で消してしまう。遮っていた雲が晴れ、真冬の太陽らしい少し弱い光を爆発地点だけに照らすという、異常事態が起こっていた。
「……! こ、これは……」
ガドルが爆発したことによって焦土となった雑木林に立ち尽くしたクウガは、ようやく自分の身体の変化に気がついた。ライジングマイティフォームとはまた違う新たなマイティフォーム……差し詰め、その驚くべき強烈な破壊力から命名して、『
サクッ。自分の変化に驚いているクウガだったが、なにかが枯葉を踏んだような足音に気がついてその方を見る。
「……!」
そこには、少女がいた。真っ白なワンピースに真っ白なヒールを履き、金色の懐中時計を首から垂らし、どこか悲しげな表情をしている金髪碧眼の少女が。そしてクウガは、その少女の名前を知っている。
「ユニゴ……!」
「どうしてこんなところに?」という気持ちが乗せられたクウガは、彼女の名前を呟いた。目の前に立っている少女の名はユニゴ。たった今倒したガドルの前に『悪人』を3996人殺害するというゲームを行い、見事に成功させた未確認生命体第46号ことゴ・ユニゴ・ダ。今は昇格して、ラ・ユニゴ・ダとなっている。
「クウガ……ガドルを、倒せるようになった……凄い」
一瞬、ガドルの敵を討つために来たと思ったクウガだが、その彼女の言葉と午前の行動を思い出してすぐに考えを改めた。じゃあ、一体、何をしに来たのであろうか。
「クウガ……安心して。もうこんなことは起こらないから」
「え……?」
ユニゴの言っている言葉の意味がわからないクウガ。しかし、次にユニゴの言葉で、その意味を理解できた。
「これで、ゲリザギバス・ゲゲルに参加する者はいなくなった。だからもう、ゲゲルが行われることはない」
「!」
そう。今のガドルがゲリザギバス・ゲゲルの最後のプレイヤー。それが倒された今、もう挑戦者はいない。挑戦者がいなければ、ゲゲルをしたくても出来ない。よって、ここでゲリザギバス・ゲゲルは終了。グロンギたちによる個別の大量殺戮ゲームは終結したのだ。
しかしユニゴは「だけど……」と続けた。
「まもなく、ダグバによる究極の闇が始まる」
「……っ!」
戦いが終わったと内心で喜んでいたクウガは『ダグバ』の名前を聞いて凍った。そうだ。自分が戦うと決意するきっかけとなった少女、夏目実加の父親を殺害し、この殺戮ゲームを開始させた張本人である黒幕、未確認生命体第0号こと『ダグバ』が、まだ姿を現していない。まだ、倒していない。
「このままじゃ、今以上のリントが殺される。やろうと思えば、ダグバは1日も経たさないうちに世界は滅ぼせる。……でも、安心して。究極の闇は、発動させない」
瞑目したユニゴはすうっと小さく息を吐いて、そのエメラルドグリーンの瞳をクウガに向けた。その瞳にはなにか、大きな決意を固めたような力強さが篭っていた。
「――私が、ダグバと戦う」
「えっ!?」と、クウガは驚いた。生き抜くために、ダグバに殺されないようにゲゲルを行い、目的を達成して無事に昇格したはずのユニゴが、自分からダグバと戦うと言い出すなんて、予想していなかったからだ。
ユニゴは続ける。
「私は……ザギバス・ゲゲルへと進む。そしてダグバを倒す。そうすれば、究極の闇が永遠に行われることはない」
「そんな……だってユニゴ、このままいれば生きられるんだろ!? だったら俺に任せ――」
「そうは、行かない」
どこか諦めてしまって、それを受け入れたようにユニゴは語る。
「私、ダグバに目を付けられてるから」
「っ!」
「意地でも、ダグバは私と戦いたいみたい」
「そんな……」
「酷い」。クウガは素直にそう、思った。ただ生きようと必死だったユニゴを、自分の身勝手で強制的に巻き込むなんて……。ショックと怒りが静かにクウガの中に溜まる。
「結局、究極の闇の発動中に私は、ダグバと戦うことになる。だったら、究極の闇を発動させる前に、ダグバとザギバス・ゲゲルをしたほうがいい。そうすれば、時間は稼げるし……リントも、死なずに済む」
「だったら俺も戦う! 君1人で、戦わせはしない!」
「…………」
どこまでもお人好しなんだからと、ユニゴは心の中で思う。自分の勝手で傷つけるようなことをいっぱいしたのに、それでもなお、自分のことを心配してくれる。手を差し出してくれる。
「無理、だよ。ザギバス・ゲゲルが発動すると、周りに結界が張られる。いくらクウガでも、それを破るのは無理。1対1。それがザギバス・ゲゲルのルール。どちらかが死ぬまで、介入できない」
グロンギ族の頂点を決める『
「大丈夫。私は負けない。新しい力も、手に入れた。――絶対に、勝つから」
強い言葉を使うユニゴ。まるで本当に、心配をかけたくないように、クウガを……雄介を気遣うように静かに透き通った声で、彼女は言った。
実はといえば、勝ち筋なんて全く見えていないし、勝てる見込みもない。新しい力がどこまでダグバに通じるかもわからない。だけど、それでもなんとか雄介を安心させようと平気そうな顔を作って、丁寧に言葉を紡いでいるのだ。
「クウガ。願い事、1つ。私が勝利したら、そのときは――」
――To be continued…
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第24話 『英雄』
まだ、ダグバとは戦いませんよ?
今回はおやっさん回……の心算です。
1月25日。この日は大量の雨粒が地面を叩き付ける音が五月蝿く轟いている、土砂降りの大雨の日だった。
時刻は午前6時。
東京都江東区、とある廃ビル。
「……ここにいるんでしょ? 出てきて」
3階の、さまざまな本が散らされている部屋で、この場と季節に似つかわしくない白いワンピースを着た少女が、その透き通った綺麗な声である人物を呼ぶ。……と、カツ……カツ……。その声に応じるように、女物の靴が奏でる靴音が廊下から響いた。その靴音はどんどん少女がいる部屋まで近づいてきて……ついに、部屋の入り口にその姿を現す。
靴音の主は女だった。白い服に白いロングスカート、そして白いブーツを着用した、額にバラのタトゥがある女。
バラのタトゥの女は少しだけ笑みを浮かべて、少女に話しかけた。
「リントの言葉を、流暢に話せるようになったな、ユニゴ」
「色んなリントとお話したから……。新しい服、似合ってるよ、バルバ」
ワンピースの少女とバラのタトゥの女はそれぞれ、ラ・ユニゴ・ダとラ・バルバ・デ。現在、生存している数少ないグロンギ族だ。しかも2人とも、『ラ』という特殊な地位に立っている実力者でもある。
「私を呼び出して、なんのようだユニゴ」
単刀直入に、バルバはユニゴに用件を尋ねた。もう『ラ』としての仕事が終了したバルバだが、まもなくダグバによる『究極の闇』が発動される。そうなった場合、バルバはダグバの行く末を見届ける必要があるのだ。時間に余裕はない。
「バルバ……私を、ザギバス・ゲゲルに進ませて。お願い」
そんな彼女の事情も、しっかり理解しているユニゴも簡単に用件を伝えて、深く頭を下げた。「顔を上げろ」と、バルバはすぐにユニゴの礼を止めさせる。
自分よりも背が小さいユニゴに、少し上から目線でまるで命令するかのように話しかけるバルバ。この構図は、『ゴ集団』にいたときの自分に、ゲリザギバス・ゲゲルの開始を告げたときに似ていた。
「それは別に構わない。――だが、ユニゴ。おまえは一度ザギバス・ゲゲルを棄権し『ラ』となった。そのままの力で、『ン』の力のないまま、ダグバと戦うことになる。……それでも構わないのか?」
本来ならば、ゲリザギバス・ゲゲルのときにベルトのバックルに仕込んだ封印エネルギーによって、成功者の身体に『ン』の力を呼び覚まさせる。しかし、『ラ』となってしまった彼女の身体には、もう力の上昇を手伝う封印エネルギーが残されていない。全部抜いてしまった。よって、ユニゴは『ン』の力ではなく『ラ』の力でダグバと戦わなければならないのだ。
ユニゴはもう、そのことを理解していたらしく、首を縦に振って応じた。
「構わない。どちらにしても、私はダグバと戦うことになる。そう仕組んだのは、バルバでしょ?」
「さぁな」
バルバははぐらかして目を逸らした。……人間心理学をマスターしているユニゴには、この反応の意味することがわかる。図星を突かれたときの反応だった。
ドルドといいバルバといい、『ラ』の2人は図星を突くとはぐらかしてしまうきらいがある。ドルドは白い布で表情を隠していたから解り辛かったが、バルバは顔を特に隠していないためにすぐにわかった。長い間、彼らと付き合ってきたユニゴは、なにも変わらないなと心の中で苦笑した。
「だが……もしかしたら、ダグバはそれほど、おまえと戦いたいとは思っていないかもしれないぞ」
「まさか。あの
「……それもそうだな」
殺すことを『遊び』や『趣味』としか考えていないイカレたハンター気質のダグバが、「戦ってみたい」と言ったのだ。逃がすようなヘマはしないし、興味を持たなきゃそんなことを言うはずがない。彼の本質は、『純粋な狂人』だ。純粋に人を殺すことを楽しみ、追い詰められると喜び、戦いや殺戮にそれ以外の余計な感情は絶対に挟まない。ゆえに、そこに嘘は絶対に付かない。
「ユニゴ、おまえは本当に変わったな。封印される前のおまえは、ただただ機械のようにリントを殺していた」
かつて、ドルドがユニゴに言っていたことを、思い出すように語るバルバ。
「なにも考えず、ただただ流されるままに、自分が生き延びるためだけにリントを殺し、段階を踏んでとうとう『ゴ』の2番手となるほどに成長した。それが過去のおまえだ」
「……だが」と、バルバは続ける。
「復活したおまえは違った。くだらないことを考えて殺すリントをわざわざ選び、それ以外のリントに手を出さず、殺せたはずのクウガに2回もとどめを刺さないで見逃す。あろうことか、ガドルのゲゲルに手を出し、自分から進んで勝ち目の薄い戦いに身を投じようとする」
「…………」
バルバの言葉に耳を傾けながら、ユニゴもまた、過去の自分を思い出す。
物心付いたときには『ベ』に入っていて、まず27人のリントを蹴り殺した。流されるまま『ズ』に昇格して、今度は99人のリントを蹴り殺した。そしてまた流されるまま、素質があるということで279人のリントを蹴り殺して、ついに『メ』から『ゴ』まで登りつめた。『ゴ』になってからようやく自我をはっきりと持つようになり、もうこんな面倒なことをしなくて済むように、ダグバに命を狙われないようにするために『ラ』になることを目指そうとした。しかし、それからしばらくして、先代クウガによって封印されてしまった。
「おまえは、リントのことを知りすぎた。リントの価値観を、我々の価値観と重ねあわせるほどに。言ったはずだユニゴ。これ以上リントのことを知ったら死ぬとな」
「……うん。バルバの言うとおりになっちゃった、ね」
きっとずっと昔の自分のままならダグバから興味を持たれずに『ラ』としてずっと生きていけたのだろうなと、ユニゴは今更な答えに辿り着いた。
リントのことを知りすぎてしまった結果、今まで自分がやってきたことが
「1つ聞こう。おまえはなぜ、ダグバと戦うことに決めた? リントたちの英雄にでも、なりたいのか?」
バルバがそんな質問をユニゴにぶつけた。まるで確かめるように、なにかを探るように、挑発するように、それでいて真剣に、バルバは読めない無表情と声のトーンで問いかける。ユニゴは即答した。
「英雄はただ、1人でいい。そしてその英雄は、私じゃない」
「……そうか」
それだけ聞いたバルバは、少しだけ目を瞑った。何かに安心したような、そんな表情を作るが一瞬すぎてユニゴには気がつかなかった。
「ザギバス・ゲゲルを行う時間を聞こう」
「ん。今日の午後5時」
「……随分と遅めだな」
「この時間が一番だから」
昨日、クウガ……雄介に伝えた約束の時間。その時間にピッタリ終わらせるように脳内計算した結果、午後5時という解答が弾き出されたのだ。
「そうか。……わかった。用意をしておこう。場所は……わかるな?」
「ん。……思い出の地。そうでしょ?」
思い出の地。それは自分たちが古代、先代クウガによって封印された場所――長野県にある九郎ヶ岳遺跡だ。
「ああ、そうだ。……用件は、それだけか?」
「ん……それだけ」
「そうか……ではな、ユニゴ」
話が済んだバルバは、最後に軽くユニゴを見て笑い、背中を向けてどこかへ行ってしまった。
「……私も、少しだけ確かめたいことができた。上手く行けば……」
俊敏体へと変身したユニゴも、この廃ビルから立ち去っていった。
――――・――――・――――
午前7時。
文京区の喫茶ポレポレ。
カウンター席に座る雄介は、頭を抱えていた。昨日ガドルを倒し、ユニゴと出会ってからずっとこんな調子だ。
ユニゴはただ、生きたかっただけなのに。神様がいるとしたら、なんて残酷な運命をあんな少女に背負わせるんだと、自分と代わってくれと雄介は訴えていただろう。
……ここに来て、雄介は一条の気持ちがわかった。どうして一条が、自分の身体を心配し、無理をさせないようにし、時折自分に対しての罪悪感が込められた視線を送ってきたのかが。まだ1年も経たないけれど、この未確認生命体による事件を通じて何回も一条と共に戦ってきた雄介は、一条が一体どういう人間なのかをしっかりと理解していた。
一条は生粋の警察官だ。少し変わり者ではあるけれど、正義感が強くて、例えどんな事情や目的があったとしても犯罪者に対して容赦はせず、基本一般人が危険な目に合うことをなによりも嫌う。だからこそ、クウガになったといってもあくまで一般人に過ぎない雄介をどうにかして護りたいと、出来るものなら代わってあげたいと、ずっと考えてくれていたのだ。
普通の人間である一条はクウガである雄介と代わってあげたいと思い、クウガである雄介は、敵であるはずのグロンギであるユニゴと代わってあげたいと思う。そして逆に、グロンギであるユニゴは、敵であるはずのクウガである雄介を護りたいと思い、クウガである雄介は普通の人間である一条を護りたいと思う。なんとも不思議な、エレベーター式の2つの構図が出来上がってしまった。
黙って見守っていた玉三郎は雄介の隣に座って、ついに声をかけた。
「酷い雨だよな」
「…………」
「はぁ……。雄介。おまえ、大丈夫か?」
「おやっさん……う、うん。平気だよ」
「…………」
嘘だな。すぐに玉三郎は気がついた。親友だった雄介の父が亡くなってからずっと、雄介を育ててきたからわかるのだ。心優しいゆえに、すぐに安心させるようなことを言う。雄介のいいところであり、同時に悪いところだった。
「かっ、嘘言うんじゃないよ。……ユニゴちゃんのことだろ?」
「…………」
『ユニゴ』という名前に、雄介は少しだけ反応してしまった。「全く、おまえは嘘を上手につけるような奴じゃないよ」と玉三郎は苦笑した。
「あのな、昨日ここに来たんだよ、あの子」
「え……?」
そんなこと聞いていなかったし、当然知りもしなかった雄介は目をまん丸にして玉三郎を見た。
「あの子な、奈々に謝ったんだよ」
「奈々ちゃんに……ですか?」
「ああ。なにも考えないで酷いこと言ってごめんって、自分が間違っていたってな。こう、深くお辞儀をしてだな」
「……癌細胞がどうの、ってやつですか」
みのりと全く同じことを言って雄介は少し、目を細めた。そうか。ユニゴは本当に、自分がやってきたことが間違っていたって気がついたんだ。多分自分の力で、その答えに辿り着けたんだな。人間とグロンギは、やっぱり分かり合えることができたんだ。そう思えて嬉しくなる一方、昨日のユニゴの言葉が重く圧し掛かって悲しくなってしまう。
「それから……みのりっちにおまえのこと、聞いてたんだぞ? 雄介がどんな人間なのか、知りたいって言ってな。俺と奈々はちょっと追っ払われちゃったんだけど、そこの休憩室でちょっとな」
「あそこ確か……聞こうと思えば、この店内での会話聞こえるんじゃ……」
「うむ。みのりっちにバレて、あとで説教されちったよ……」
「それはおやっさんの自業自得でしょ」と、雄介は的を射たツッコミを入れるが、「んなこといいんだよ」と流されてしまった。流すんだったら、盗み聞きのことを最初から言わなければよかったんじゃと、雄介は内心で少し理不尽に思う。
「それでな……おまえのことを知ったユニゴちゃん、どうなったと思う?……泣いたんだよ」
「えっ!?」
意外だった。自分のことを聞いてきたのかも謎だったのに、それに加えてあのユニゴが泣くなんて。しかも、自分のことを知っただけで泣いてしまうなんて。
「みのりっちの服が透けてちょっとエッチ……じゃなくて、とにかくそれくらい濡れちまう量の涙を5分くらい流して、ごめんなさいって謝っていたんだよ。暴力を振るうのが嫌いなおまえにずっと嫌な思いをさせていたことを思い知って、泣いちまったんだよ」
「っ」
そんな……そんなことを想って、泣いてくれたのか。みんなの笑顔を護るために拳を振るって、ユニゴを殺すつもりでいた自分を、泣いてしまうくらいまで想っていてくれたのか。……そして、昨日。それを知った上で、あんなお願い事をしてくれたのか。
「本当に良い子だよなぁユニゴちゃんは。純粋で、素直で、誰かのために涙を流せて、おまけにあんなに可愛くて……神様ってのは残酷なもんだ。なんでったってあんな良い子に……」
雄介が思っていたことをすべて声に出して、代わりに愚痴と溜息をついた玉三郎は、雄介の肩にぽんと手を置いた。
「なぁ、雄介。ユニゴちゃんに何を言われたのかは知らないけどな、おまえがユニゴちゃんを想って悩んでいるように、ユニゴちゃんだって、今まで自分がやってきたことについて、そしてそれ以上におまえのことを想って泣いちまうほど悩んでいたんだよ」
「おやっさん……」
「でもな、ここから出て行くときのユニゴちゃんは、凄く強くて真剣で、腹を括ったような目をしていたんだぞ。おまえの半分くらいしか生きていないような女の子が、覚悟を決めて何かと戦おうとしているのに、おまえがそんなんでどうするんだ」
まるで自分の子供に叱責するように、いつになく真剣な顔で玉三郎は雄介に目を合わせて声をかける。
「きっとユニゴちゃんは、おまえにしか出来ないようなことを言ってきたんじゃないのか? おまえを信じているからこそ、勇気を出して頼めたんじゃないのか? そしてそれを叶えられるように、頑張っているんじゃないのか? だったらおまえもユニゴちゃんを信じて、覚悟を決めないと。ユニゴちゃん、がっかりしちゃうぞ」
『みんなの笑顔を見たいから、ただ自分ができるだけの無理をしている。ただ、それだけだよ』。いつの日か、桜子に言った自分のセリフを、雄介は思い出した。
ユニゴが頼んだことは確かに、自分にしかできないことだ。しかも、それは自分にできる範囲での無理だ。
「……よし」
そこまで思考を進めることが出来た雄介は、パンッと両手で自分の頬を叩いて「くぅ……」と呻く。それを見た玉三郎は、笑った。
「ようやく覚悟が固まった、ってか?」
「うん、もうすっかりね。おやっさん、ありがとう」
グッとサムズアップを笑顔で玉三郎に向ける雄介。もうそこには迷いはなかった。いつもの笑顔が似合う、明るい五代雄介に戻っていた。「おうよ」と玉三郎もサムズアップを笑顔で返す。
「それにな雄介。本気を出した女と怒った女は、男なんかよりも全然強いんだぞ?」
「あー、なんかそれはわかるかもしれない」
例えば桜子とか妹のみのりとか……と、なぜか。雄介はそこまで思い浮かべた瞬間に鳥肌が立ち、「おおう」と両腕を擦る。
「もう行くのか?」
「また戻ってくるけどね」
「そっか。いつでも、戻って来い」
「うん。じゃあ、行ってきます」
立ち上がった雄介は、ポレポレの店内から土砂降りの雨の中が降り続ける外へと走っていった。
「……頑張れよ、雄介」
心配もあるが、それ以上に雄介を信頼している玉三郎。
「そういえばあの大金、どうしよう」と別の問題を思い出し、悶絶するのはあと1時間後。奈々が手伝いに来て「あのお金どうするん?」と尋ねられたときだった。
――To be continued…
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第25話 『一条』
作業用BGMを聞きながら書いていたらこんな時間に出来上がってしまったでござる。
タイトルなんですがこれしか浮かばなくて……すみません。
というわけでどうぞ。
時刻は午前10時24分。
栃木県風早小学校。雄介はそこに訪れていた。
ここは、今の雄介を育て上げた恩師がいる学校。心の整理をするために、一条に断ってここにきたのだ。
「いいですね、
以前東京に1人で家出をしてきた少年……霧島拓が書いた『希望』の2文字を見て、雄介は隣の席に座っている人物に話しかけた。
雄介と同じ笑顔が良く似合う、人柄のよさそうな男性。彼こそがかつて、五代兄妹が通っていた立花小学校の元教師であり、今はこの風早小学校の教師をやっている雄介の恩師、神崎昭二。戦場カメラマンだった雄介の父親の訃報に接した雄介に、今の彼のトレードマークであるサムズアップを教えた人物であり、雄介が2000年までに2000個の技を作るという約束をしたのも、この神崎だ。彼がいなければ今の五代雄介はいなかったであろう、雄介の人生観に多大な影響を与えた人間だった。
神崎は雄介の言葉に「ああ」と頷いた。
「なんていうか見てるとこう、『希望』って感じがしてくるだろう」
「あっはは。そのまんまじゃないですか、先生。俺は見てるとなんかこう……『希望』って感じですねやっぱ」
「なんなんだよおまえ!」
「いや、『希望』って感じですよね」
それ以外の気の利いた言葉が浮かばず、結局同じセリフを繰り返してしまった雄介。少しの間2人で笑いあい、いよいよ本題に入った。
「先生。今日はちょっと、お伝えしたいことがあって」
「ん? どうした」
表情が真剣なものに変わった雄介を見て、神崎も聞く姿勢を取った。
「俺、明日までにこの戦いにケリをつけようと思っているんです」
「! ということはもしかして……未確認生命体たちの殺戮は、もうなくなるのかい?」
「はい。もう、起こることはないと思います。第46号が、そう言っていましたから」
「第46号……ああ、あの『悪人』ばかりを狙っていた」
「はい。彼女は……嘘を言うような、悪い子じゃありませんから」
「……そうか」
少し安心したように、神崎は笑う。雄介が「悪い子じゃない」と言った人間が、悪者なわけがないからだ。
「はい。明日までにきっちり決着をつけて、そしたら俺、しばらく冒険に行こうと思っています」
「! そうか」
神崎は心の底から嬉しく感じた。また雄介が、自由な冒険に出ようとしている。もう雄介が、こんな悲しい戦いをする必要はない。暴力を振るう必要がない。それは、未確認生命体の殺戮がなくなる以上に、嬉しかった。
「今度は、いつ会えるかわからないんで、それだけ言いに来ました。……じゃあ先生。これからも」
グッと笑顔で、雄介はサムズアップを自分に向ける。ああ、大丈夫だ。いつもの五代だ。これなら、絶対に大丈夫だ。この戦いを終わらせて、元気に冒険の旅に出かけるだろう。
「ああ! みんなの、笑顔のためにな」
神崎もまた、笑顔でサムズアップを返した。
――――・――――・――――
時刻は午後1時19分。
千葉県柏市、科学警察研究所。通称、科警研。
雄介は次に、そこに訪れていた。
「そっか。……そのまま冒険に出るんだ。寂しくなるね」
丸眼鏡をかけた白衣を纏った女性が、本当に寂しそうな表情を作る。
彼女は榎田ひかり。この科学警察研究所の責任者で、『特殊マーキング弾』や『神経断裂弾』を開発し、また、ゴウラムの保存や、新しい力を試すための部屋まで貸し出し、今までの戦いに尽力してきた人間の1人だ。
出されたコーヒーを飲みながら、榎田に戦いが終わったらそのまま冒険に出ることを伝える雄介。ふと机の上を見ると、そこには子供が写った1枚の写真が。
「おっ、これが
「うん? まっ、いい感じかな」
榎田には冴という1人息子がいた。前の夫とは離婚して、引き取ったたった1人の息子だ。しかし、立て続けに起こる未確認生命体の事件のせいで、分析やら開発やらで碌に家に帰ることもできずに家事が疎かになってしまい、約束していた授業参観にも行けなくなってしまって、寂しい思いをさせていたのだ。
「でも、最近も家に帰れてないんですよね」
「うーん。あっ、でもね。ある程度まで進んだところで家に帰って、一緒にホットケーキ作ったの」
「おっ」
「失敗したけどね」
「あぁー……」
「あっそうそう、散歩も行ったよ」
「おっ。……失敗したけど?」
「えぇっ!? ちょっ、ちょっと、散歩でどうやって失敗するってのよ! どぶに嵌っちゃうって言うの?」
『散歩で失敗』という場面を想像し、どぶにではなくつぼに嵌ってしまった榎田はおなかを抱えて笑い、雄介もつられて一緒に笑う。何気ない会話をここまで楽しくさせてしまうのは、きっと雄介の才能なのだろう。彼を取り巻いている人間たちは、誰もがみんな、どんな事情があっても最後には笑顔になるのだから。
「いやー、でもよかった。俺も負けずに頑張りますよ」
座っていた椅子から、雄介は立ち上がって最後の戦いを望む。それを見た榎田は「大変だよね」と、少しくらい顔をした。
「未確認と、早く終わらせたいと思ってこれを作ったけど」
雄介から視線を外した榎田が見つめる先にあったのは、パソコン画面に移されている『強化型神経断裂弾』のデータ。昨日、未確認生命体第47号ことゴ・ガドル・バを倒した直後に、ようやく完成した『神経断裂弾』を更に強力にしたもの。ライフル用にまで大きくしてしまった新型神経断裂弾を、威力はそのままに普通のリボルバー式の拳銃で使用できるようにしたものだった。
「『強化型神経断裂弾』、でしたっけ?」
「うん。だけど……それが私の役目とはいえ、こんなもん作っちゃって良かったのかな……」
「え?」
「今までもずっと、前よりも強い武器を作り続けてきたけど……必ずそれよりも強い敵が出てきて。またそれを殺すために新しいの作って……」
もともと、科学捜査・犯罪防止・交通警察に関する研究や実験を行うとともに、警察内外の関係機関から依頼された証拠物等の科学的鑑識・検査を行うことを主な任務だった榎田。
しかし、未確認生命体が出てきてから、ずっと彼らを殺すことを目的とした兵器ばかりを作り出してしまったことに対し、本当にこれを作っても良かったのかという疑問が彼女の中に出来てしまったのだ。未確認生命体を殺せるということは当然、人間なんて一発で殺せるわけで。下手をしたら、軍事目的に悪用されてしかねない、そんな危険性も秘めていたのだから。もしかしたら自分が作った武器のせいで、戦争が勃発してしまうのかもしれないのだから。
「大丈夫! もうじき、戦いが終わりますから! そしたら、今度作るのは冴くんとの、思う存分のホットケーキですよ! ね?」
グッと、相変わらず似合う笑顔を浮かべながらサムズアップをする雄介。
なんでだろうか。そんな彼の言葉と笑顔を見ただけで、榎田は少しだけ安心することが出来た。何が大丈夫なのか、根拠はない。だけど不思議なことに、それでも何故か、安心することが出来た。
……そうだよね。今ここで悩んでも仕方ないよね。今はとにかく、この理不尽な殺人ゲームを阻止することが大事なことだよね。一時の気休めなのかもしれないけど、それでも榎田にとっては自分のやってきたことが正しかったと思うには、自信を持つには充分なものだった。
「うん!」
榎田もまた、笑顔になってサムズアップを返した。
――――・――――・――――
時刻は午後2時41分。
東京都新宿区、関東医大病院。
雄介は次に、そこに訪れていた。
「そうか。……ま、はっきり言って、俺は山より海が好きだ」
「え?」
「だから行くなら、冬でも泳げる海にしとけ。俺としては、着いて行くならそのほうがいい」
「椿さん」
少し経って、雄介と椿は可笑しくなって吹き出してしまった。
「またまた、冗談ばっかりもう」
「やっぱり、バレちまったか」
戦いが終わったらそのまま冒険に出ることを聞いた椿は、まるで自分もついていくようなことを口走ってしまったのだ。無意識のうちに。なんだかんだ言っても、椿も榎田と同じく、雄介がどこかに行ってしまうことを寂しく感じているのだ。出会ってから1年も経っていないけど、それほどまでに雄介と過ごした時間は濃く、そして同時に楽しい時間だった。
「だがなぁ、おまえのその身体に関しては、俺は世界でただ1人のかかりつけの医者だぞ」
「はい。ほんっとうに、感謝しています」
傷ついて倒れたときは常に適切な処置をしてくれて、自分の身体のことを気遣ってくれて、偶然とはいえ金の力をくれて、しかも自分の我儘に応えて更なる力『アメイジングマイティフォーム』まで覚醒させてくれた。椿は雄介にとって、感謝してもしきれない人間の1人なのだ。
「まぁ、俺はいいさ。あいつがな……不器用なんだよあいつ」
遠い目で、椿はどこかにいる誰かを見つめる。雄介は「え?」と首を傾げた。
「この1年、奴らに殺された人たちの遺体を、数え切れないくらい見た。夢や希望や、可能性に満ちていたその人たちの命がもう戻らないと思うと……どうしようもなく腹が立った。だから……」
「大丈夫です、椿さん」
誰のことを不器用と言ったのかはわからなかったけど、今椿が言おうとしていることはわかった。「だから」の後に続くセリフ。それはきっと、「おまえまで死んじまったら、俺は憤死しちまうぞ」とか、そんなことだろう。どこまでも、自分の身を案じてくれる人だと、雄介は自分を見てくれた医者が椿だったことを誇りに感じだ。
「本当に、色々ありがとうございました」
サムズアップを椿にする雄介。それを見て安心したのか、椿はふっと笑う。そして……「そういえば」とあることを思い出した。
「おまえに1つ、隠していたことがある。未確認生命体第46号……奴の最大の特徴だ」
「えっ? 第46号の最大の特徴、ですか?」
「ああ。第46号は……ある特別な能力を持っている。一条が、おまえにあのとき戦線離脱を伝えたのは、その能力のせいだ」
あのとき。一条が自分に戦線離脱を告げたあのとき。いつも以上に一条が厳しく的を射たことを言ってきたことを、雄介はずっと気になっていた。きっと、色んな事情があるんだろうなと思っていたが、まさかそれも自分に関係しているとは思わなかった。
「第46号は……一度受けた攻撃を、二度と受け付けない能力を持っている」
「え……それってつまり……」
「ああ。一条の話で、おまえの赤い金の力が敗れたって聞いた。つまりもう、あのときのおまえには、第46号に対してなす術はなかったんだよ。……いや、1つだけあった。それは『凄まじき戦士』になることだ」
「!」
そうか。だから一条さんは……。雄介は全部を理解した。
「当然、そんなことをさせるわけには行かない。だから一条は、おまえを第46号の戦いから身を引かせて、このことは俺と一条、そして榎田さんの3人だけの秘密にしたんだ」
「そうだったんですか……」
「悔やむことはない。そんなバカげた反則みたいな能力、初見じゃどうすることも出来なかったんだからな。おまえのせいじゃない」
ここまできても、椿は自分を庇ってくれる。雄介は今更ながらに、自分がたくさんの人たちに心配され、そして大切に思われていることに気がついた。
一条に、桜子に、椿に、杉田に、桜井に、榎田に、神崎に、玉三郎に、奈々に、妹のみのりに、ゴウラムの研究をしていたジャンに、そして……あのグロンギの少女にも。
「いいか? もしこれからまた第46号と戦うのなら、必ず一撃で仕留めろ。それか、奴の身体が適応する前に力で押し切れ。奴は思った以上に、しぶといぞ。限界を超えた上で、さらにその上にいかなければ倒れないほどに、『生』に執着している頑丈すぎる身体を奴は持っているぞ」
『生』に執着した頑丈すぎる身体。それを聞いた雄介は少しほっとした。そんな身体をしていれば、本当に第0号を倒せるかもしれない、と。
「……はい。わかりました。俺、そろそろ行きます。最後まで、ありがとうございました」
「ふっ。冒険から帰ってきたら、また顔を出せ。健康診断程度なら、無料でやってやる」
「はい!」
グッと、雄介は椿にサムズアップ。
椿もまた、笑顔になってサムズアップを返した。
――――・――――・――――
東京都江東区。
時刻は午後3時41分。
一条はとある廃ビルまで訪れていた。
なぜ彼がこんなところに赴いたのかというと、1時半頃にこの江東区内の防犯カメラに未確認生命体B1号と思われる人物を捉えたからだ。
その報告を受けた一条は現場に急行して桜井と合流。『強化型神経断裂弾』が込められた拳銃片手に二手に分かれて、B1号の捜索をしていたのだ。そして辿り着いたのが、この廃ビルだった。別に、この廃ビルにB1号が居るという連絡を受けたわけではない。ただ本当に、なんとなく気になったのだ。理由としては『刑事の勘』というやつであろうか。だが決して侮ってはいけない。『刑事の勘』と『女の勘』の2つの勘だけは、時に絶大な鋭さを生み出すこともあるのだ。
螺旋階段を上っていくと……3階の扉が、何故か破壊されていた。廃ビルの中に入った一条は、拳銃を右手に、懐中電灯を左手に構えて探索を開始する。雨漏りが酷く、廊下は水浸しで、強い雨の雫の音が外ほどとは言わないものの響いている。そして……1つの部屋の中に入った。
そこは、大量の本が山積みになっている部屋だ。なぜここに入ったのか。それは、ここのドアが最近、誰かが開けたような痕跡があったからだ。しかも唯一、雨漏りがしっかりしている。
「…………」
より一層、警戒を強くした一条。懐中電灯で本の背表紙を見ると、そこには絵画や骨董についての資料がほとんど。当やら美術品関連の本を取引していた会社だったらしい。
「……!」
と、一条はあるものを発見した。それは謎の模様が書かれている1枚の毛皮のようなもの。そこに描かれている模様の内の2つには見覚えがあった。
真っ白なバラのような紋章、そして4本角のものは……究極の闇を齎す者『ダグバ』の紋章だ。ということは、これは間違いなく……と。
カツン……カツン……。
「!」
何者かの靴音が、この廃ビル内に響き渡る。しかもあろうことか、どんどんこの部屋に近づいてきている。一条は手に持って懐中電灯を消し、静かに後ずさって物陰に少しだけ隠れた。
カツン……カツン……。迫りくる靴音に少し恐怖を抱きつつも、覚悟を決めて息を潜める一条。靴音は2階から3階へ、踊り場から廊下へ、そして廊下からついにこの部屋の前まで辿り着いて……ギィ……。閉まっていた扉を開けて、この部屋に入ってきた。
靴音の主はさっき一条が見ていた毛皮が置いてある場所まで到達し、その姿を現す。
「……やはり、おまえか」
主は白い服を着た、額には白いバラのタトゥのある女……未確認生命体B1号こと、ラ・バルバ・デだった。ここに一条がいたことはわかっていたらしく、そして、その一条が自分に拳銃を向けているのも承知で、余裕そうに微笑みかける。
「『究極の闇』の目的はなんだ? ここに書かれていることと関係はあるのか? 答えるんだ」
左手に持つ、例の謎の模様が描かれた毛皮をバルバに見せた一条は詰め寄る。しかし、それでもバルバは余裕そうな笑顔を崩さない。
「リントも、私たちと等しくなるだろ――」
「おまえたちと我々は違うッ! おまえたちのような存在が居なければ――」
「だがおまえは、リントを狩るための、リントの戦士のはずだ」
「…………」
セリフを遮って否定しようとする一条だが、さらに遮られて否定されてしまった。リントを狩るための、リントの戦士。バルバの言おうとしていることはすぐにわかった。
確かに、自分たちは
未確認生命体第46号、ラ・ユニゴ・ダ。世間に迷惑ばかりをかける『悪人』ばかりをターゲットとし、善良な一般人には一切手を上げなかった未確認生命体。死者は3996人というとんでもない人数を叩き出したが、一般市民と警察官の死亡人数は0人だ。バルバは警察というものを、ユニゴとやっていることが全く同じ『リントを狩るためのリントの戦士』と認識していたのだ。
「……答えろ。これにはなんと書いてあるんだッ!」
まさかの反論に一瞬だけ押し黙ってしまう一条だがすぐに我に返って、追究を続けるために毛皮をバルバに近づけた。……その瞬間。バルバは右手を使って一条を突き飛ばし、そのまま毛皮を力ずくで奪ってしまった。そしてそのまま、一条の方を見向きもせずに再び歩き出す。
「ぐっ!」
とんでもない力で飛ばされた一条の身体は、部屋の隅に置いてあった段ボール箱の中に突っ込み痛みに苦しむが、視界からバルバが消えたことに焦って無理矢理段ボール箱から脱出。バルバを追いかける。普通に歩いていたはずのバルバだが、気がつけばもう廃ビルからは抜け出しており、公道を傘も差さずに静かに歩いていた。螺旋階段から飛び降りて、着地したのだ。
もうこれ以上逃がしてたまるかという情熱から、一条は急いで螺旋階段を駆け下りた。その間にもどんどんバルバは自分から離れていく。ようやく地面まで辿り着いた一条は、バルバが向かっていった方へと走り……見つけた。海沿いをゆっくりと歩く、バルバを。
走りながら拳銃を構えた一条は……バシュッバシュッ!! バルバ目掛けて『強化型神経断裂弾』が込められた拳銃の引き金を2回引いた。その2発の弾はバルバに直撃し、そして貫通した。
「っ」
撃たれたバルバはビクッと立ち止まり、そして一条のほうへ、身体を振り向かせる。
バシュッバシュッ!!
「っ、っ」
さらに一条は発砲。その弾もまたバルバの身体を捉えた。
3発、そして4発目を撃たれたバルバは衝撃からか、痛みからか後ろに半歩下がる。が、バシュッバシュッ!! まだ一条による狙撃は終わらなかった。5発、ラストの6発。拳銃に込められていた『強化型神経断裂弾』を全てバルバに喰らわせた。
撃ちきった一条は銃を下して、荒い息でバルバを見つめる。
「
口から血を流しながらやはりまだ笑っているバルバは、グロンギ語で面白そうに告げた後、
「ユニゴを……よろしく頼んだぞ」
日本語で、真剣そうな顔で一条に言った。
その後、力が抜けたように目を閉じ、僅かに身を捻らせたバルバは……海のほうに倒れていく。バルバの身体は海に投げられ、大きな水飛沫を上げた。飛沫が収まると、もうそこにバルバの姿はなく、彼女の赤い血が付いた謎の毛皮だけが荒れ狂う海の上に流されていった。
未確認生命体B1号ことラ・バルバ・デは、一条の前から姿を消した。
――To be continued…
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第26話 『聖戦』
前回は誤字脱字がいつも以上に酷くて大変申し訳ございませんでした。やっぱり深夜に書くもんじゃないですね。
時刻は遡って午後3時24分。
文京区、喫茶ポレポレ。
神崎、榎田、椿の元へ挨拶に回ってきた雄介は、次にここに立ち寄った。
「バカだねぇおまえは。こんな雨の中、栃木だ千葉だって」
「いいやないか、ほっと一息ついているんやからさ。ねぇ、五代さん」
「はい」
雄介、玉三郎、奈々の3人は温かいコーヒーを飲んで一息。さっきまでタオルで身体を拭いていた雄介を玉三郎は笑った。なにか吹っ切れたような顔をして出て行ったと思えば、びしょ濡れで帰ってきて、しかも栃木に行って千葉に行ってまた東京に戻ってきてと、6時間もかけて回ってくるなんて思ってもいなかったからだ。
「俺の予想じゃね、もうじきくしゃみが出るよ。……へっくしゅん!」
「! き、汚いなぁ……」
「……な?」
「『な?』って、おやっさんこそ気を付けてくださいよ。俺は、ねぇ? 一応冒険で慣れているから、ま――くしゅん!」
玉三郎の予言が的中してしまい、本当にくしゃみをしてしまった雄介。3人は思わず、笑ってしまった。そして雄介はコーヒーを飲み干して、隣の席に置いてあったヘルメットを持って立ち上がる。
「よし、ご馳走様! 奈々ちゃん、おかげで温まったよ」
「いいえ」
「じゃあ俺はまた、続き行ってきます!」
「どこへですか?」
「うーん……色々回って、この未確認の戦いを終わらせて、そのまま冒険に行こうかなって」
「冒険って……! てか戦いを終わらせるって!」
色々と唐突な雄介のセリフに驚いた奈々は、カウンターから飛び出して雄介の元へ駆け寄る。玉三郎もまさか、このタイミングで雄介が冒険に出るとは思わず驚いた。
「冒険って、今からか? それに、もう未確認とは決着をつけられるのか?」
「はい。今日中で、全てに決着をつけますので、そのまま」
「また……随分と急だな。もう少しゆっくりしていても良いのに……」
「すいません。でもやっと、そんな感じになったんで」
「……うん。いい顔してる」
雄介の顔を見て、余計な感情が含まれていないことを確認できた玉三郎は、笑顔で「行ってこい」と後押し。
「本当にありがとうございました。奈々ちゃんも、本当どうもありがとうね。お芝居、頑張ってね」
グッと奈々にサムズアップをする雄介。彼についての心配もしていた奈々だが、もう1つ別のことも心配していた。
「五代さん! あの……その、ユニゴちゃんは……」
未確認と決着をつける。雄介はそう言った。ということは、だ。当然なにかしらの形であの未確認の少女――ラ・ユニゴ・ダが絡んでくるということだ。雄介が今まで未確認生命体と戦ってきた未確認生命体第4号であることは、昨日のユニゴとみのりの会話で知っている。だから、決着をつけると言った雄介が人間の心を理解したユニゴをどうするのか、奈々は気になってしまったのだ。
殺してしまうのか。でも雄介に限って、そんなことをするとは思えない。なら、生かしておくのか。だったらユニゴはこれからどうやって生きていくのか。彼女の顔は世間に知られている。発見され次第、警察に通報されてしまうだろう。昨日の新聞に、警察が未確認生命体第48号を倒す武器を開発したと堂々と一面に載った。そんなものを使われてしまったら……間違いなく彼女は死んでしまう。
「……実はさ、俺。ユニゴに頼まれていることがあるんだ」
「え……?」
「俺にしか出来ない、とっても大切な願い事をしてきたんだ。だから……俺は、ユニゴの願いを叶えたいと思っているよ。それがきっと……ユニゴにとって、幸せなことだと思うから……」
笑う雄介。……きっと彼が言っていることは嘘ではないのだろう、奈々はすぐに察した。「じゃあなんで、そんな風に笑うの?」と思ってしまうが、口に出すのはやめた。雄介が決めたことだし、その願いは雄介にしか叶えられないと言っている。第三者の自分が口にすべきではないと感じて、踏みとどまったのだ。願いの内容を聞くのもやめた。もし無理に聞き出して、雄介の決心を揺らしてしまったら、それこそユニゴが不幸になる。その願いが叶うことによってユニゴが幸せになれるのならそれでいい。奈々はそう思った。
「そう、ですか。じゃあその願い、叶えてあげてくださいね!」
奈々はグッと、笑顔を浮かべて雄介に返した。彼の決心を揺らさぬように、笑顔で応援すること。それが今自分にできることだと信じて。そしてそれは……正解だった。
雄介もまた、笑顔に戻ってサムズアップ。「うん! 絶対にね!」と返して、玉三郎にもサムズアップをする。
「おやっさんも店、頑張ってくださいよ!」
「おうよ! ほら、とっとと行ってこい!」
「はい!」
玉三郎にサムズアップを返された雄介は、ヘルメットを被りながら土砂降りの雨の中へ走っていった。
「……五代さん、きっと大丈夫だよね、おっちゃん」
「ああ。あいつはもう、迷いはしないよ」
「……この雨、早く止むと良いね」
「ああ。そうだな」
冒険に出るときは、青い空の下でここを去ってほしい。それが玉三郎と奈々の願いだった。
――――・――――・――――
豊島区内、わかば保育園。
時刻は午後4時37分。
5番目に雄介が訪れたのは、妹のみのりが働いているこの保育園だった。
「よし、これで全員か? 居ない子の分もあるよな?」
『あるー!』
手作りの御守りを全員分作った雄介が確認すると、今保育園にいる6人の園児たちが元気良く返事をした。
「よし、じゃあ俺は、みんなが作ってくれたこれを持って、ちょっと冒険に行ってくるな?」
「どこ行くの?」
「ん? そうだなぁ……。どこまでもどこまでも、青い空があるところ」
「僕だって見たい!」
「見られるさ」
「でも……」
ふっと外を見る子供たち。その目に映っていたのは決して青い空などではなく、灰色の雲がかかり、涙を流している暗い空だった。
「この雨だって絶対やむさ! そしたら青空になる。今だって、この雨を降らせている雲の上には、どこまでも青空が広がっているんだ」
そんなことは、みんなわかっている。最近の子供は進んでいるのだ。問題なのは……子供たちにとって、青空のような存在だった優しいお兄さんである雄介がどこかに行ってしまうこと。それがイヤだったのだ。もし今、雄介がどこかへ行ってしまえば、この土砂降りの雨がいつまで経ってもやまないような気がして……。
「雄介行っちゃうのヤダ……」
だから、寂しそうな声でこんな可愛い我儘を言ってしまうのも当然だった。それほどまでに、子供たちにとって雄介は大きな存在になっていたのだ。
「先生、イヤだって言われちゃいました」と、雄介は静かに見守っていたみのりに呼びかける。小さく笑ったみのりは、イヤだと言った子供の元により取って方に手を置く。
「みのり先生が、その分頑張るから。笑顔でバイバイしよ?」
「……うん」
雄介と同じくらい好きな
「よし、じゃあな。みんな元気で、頑張れよ?」
雄介がサムズアップを決めると……それに呼応して、今ここにいる6人の子供たちとみのりがサムズアップを返した。
――――・――――・――――
「やっぱり来たんだね」
時刻は午後5時。
長野県、吹雪舞う九郎ヶ岳遺跡頂上。
真っ白な服を着た青年が、自分と対峙するかのように立つ真っ白なワンピースを着ている少女に笑顔で言う。その無邪気な笑顔は本当に嬉しそうで、本当に楽しそうで、本当に面白そうで……そして、本当に狂ってしまっていた。
少女のほうはというと、その無表情を保ったまま青年を睨みつけていた。その視線は鋭く、これ以上にもない敵意と殺意を放っていた。
「私には……やらないといけないことがある。――おまえは邪魔」
少女の話を聞いて、青年は愉快なものを見るように嗤った。いい。それでいい。その敵意が、殺意が、自分を楽しませる。果たしてどのようにして殺してやろうか、どのようにして死んでくれるのか、自分をどう殺してくれるのか。色々考えるだけで、青年は狂気に染まった笑顔をより一層深めていく。
唇を吊り上げた青年は右腕をゆっくりと上げ、バチンと指を鳴らした。
「さぁ……始めよう――ザギバス・ゲゲルを」
真っ白な青年が宣言した途端、2人の身体は見る見るうちにその姿を変えて行く。
少女――ラ・ユニゴ・ダはいきなり剛力体に変身。額から生えている3つの円錐状の角と紫の瞳、腕・肩・胸には格闘体以上に強固で厚い装甲を纏い、長く黒いロングスカートが吹雪に揺れる。
一方の青年――ン・ダグバ・ゼバは、彼女とは真逆の格好をしていた。王冠のような4つの金色の角、目の色は真っ黒であるが全身は真っ白であり、金色のバックルに金色の装飾品と、身体の至る所に金をあつらえた、まさに、王者の風貌をした純白の存在となっていた。
ダグバは人差し指を離れているユニゴに向ける……と。途端、ユニゴの身体が燃え出した。彼女の服や装甲・体表に発火したのではない。彼女の身体の中から炎が燃え上がったのだ。
超自然発火能力。本来クウガや他のグロンギにも持っている物質の原子・分子を分解・再構築することができる力――手に持ったものを剣や槍などの武器に変える力――通称『モーフィングパワー』と呼ばれるものを極限まで高めた結果習得したダグバの特殊能力であり、どんなに離れていても物質ならば直接触れなくともその効果は表れる。これはその能力の応用だ。
原子と分子を操り、再構築して物質をプラズマ化し、標的を体内から直接焼き尽くす。6000度以上の高熱で原子間結合をなくして分解し、その状態で10万度以上まで加熱することでプラズマを発生させる。この一連の処理を、ダグバは1秒もかけずに行っているのだ。
「うっ、あっ……フンッ」
苦しそうな声を上げるも、自身の身体から湧き上がる炎に耐えるユニゴ。とんでもないじゃすまないレベルの高熱が襲うが、彼女の身体の耐久・再生能力はゴ集団トップの性能。当然、熱に対しても耐性はある。伊達にクウガの必殺技を全て無力化し、人間態の状態で受けた神経断裂弾4発を耐え抜いてきたわけではないのだ。ダメージは受けるがそれは僅かな間だけで少し経てば炎は鎮火し、身体は元の状態に戻る。そして超高速で、身体に抗体が作られていく。
それを見たダグバは楽しそうな笑い声を上げた。
「いいね。やっぱり君は、僕が見込んだとおりだよ」
心底戦いを楽しみ、殺すこと、殺されることを至福としているダグバにとって、この戦いはやはりゲームに過ぎないのだ。どれだけ自分の攻撃に耐え抜き、そして自分にどれだけダメージを与えられるか。それにしかダグバは興味がない。超自然発火能力だって、ダグバにとってはただの挨拶代わり。いわば、
あははと愉快そうに笑うダグバに、ユニゴはギリッと歯を噛み締める。
「やっぱり……おまえをクウガとは戦わせないッ!」
力を込めるユニゴ。パリッパリッと身体に電流を纏わせ、瞳の色が紫から金色へ変えると……彼女の姿が変化していく。額から生えていた円錐状の黒い3本角はまるで雷のような形になって金色に光り、真っ黒で若干の厚みがあった装甲は、『俊敏体』のときように必要最低限の場所しか隠さない程度までに減少して、その輪郭をなぞるように金色のラインが入っている。ロングスカートにも同じように金色のラインが入り、ベルトのバックルもダグバには及ばないが金色に発光していた。これが、ユニゴが得た新たな力『電撃体』だった。
「雷の力かぁ、ガドルも同じことしてたね。面白そう」
「ほら、早く適応してみてよ」
「……舐めないでッ!」
ダグバの挑発に、全身を炎に包まれているユニゴが叫んだ。すると、見る見るうちに炎が消えて行き……元通りに戻る。先程の一撃に比べて、炎が消える時間が大分早かった。
『電撃体』は全体のスペックの強化に加えて、使用者の最大の特性をさらに高める作用がある。例えば未確認生命体第47号ことゴ・ガドル・バの場合、『電撃体』になったことによって、彼の一番の特性である攻撃力の高さを底上げされていた。最も力が強い状態の『剛力体』の攻撃が一切通用しなかったユニゴの身体に、いとも簡単にダメージを与えるほどに。よって、ユニゴの場合は『電撃体』になったことで、最大の特徴である防御力の高さが……いや、『適応能力』そのものが底上げされている。だから、超自然発火能力による攻撃に対しての適応が早くなり、かつ『電撃体』になる前に作られていた抗体と合わさって、身体の再生・再構築が迅速に行われたのだ。装甲を薄くした上に最低限の場所にしか纏っていないのは、攻撃に適応するための時間が大幅に減って体内の防御力が増したために、身体の外を守る必要がなくなってしまったからだ。
「いいね。でも、もっと強くなってもらわないと面白くないなぁ……。そうだ。良いこと思いついた。じゃあ僕が、手伝ってあげればいいんだ」
名案だと、あることを閃いたダグバは更なる追撃を仕掛け始める。炎が完全に鎮火し、ダグバを蹴り飛ばすために距離を詰めるために走るユニゴ。『電撃体』になったことで脚力も強化され、さらに余計な装甲も脱ぎ去ったために体重が激減し、まるで身体そのものが稲妻になったかのごとく超高速で疾走していたが……。ふと、空の異変に気がつき、嫌な予感がしたユニゴは直線で移動するのをやめてジグザグに、不規則にダグバに接近。そしてようやく辿り着いた……ダグバの背後に。回し蹴りをするために身体を捻るユニゴ――と、そのとき。一瞬、ピシャリと空が光った瞬間――ユニゴの頭に雷が落ちた。少し遅れて、ドォォンと雷鳴が轟く。ダグバの力を以ってすれば天候も自由自在。雨を降らすも雪を降らすも雲を散らすも雷を落とすもすべて、彼の意思で決めることができる。
「ッッ!!! うっ……!?」
これにはユニゴもダウン。電気に対しての耐性を持っているといっても、それは『電撃体』に覚醒させる程度。最低でも数万
ピクリピクリと痺れながら、ユニゴはゆっくりと雪の積もる地面に倒れこんでしまった。
「どうしたの? 電気を浴びれば強くなれるんでしょ? ほら、早く適応してもっと強くなってよ」
倒れるユニゴの髪の毛を乱暴に掴み、引っ張り、無理矢理起き上がらせたダグバは、彼女の腹部のバックル目掛けて蹴りを入れた。
「ッッ!? ア゙ッ!!」
一際くぐもった声を漏らし、ユニゴの身体はダグバの蹴りの衝撃によって遥か後方へ吹き飛ばされて行く。さらに飛ばされたユニゴの元に待っていたのは、瞬間移動したダグバの踵落とし。この瞬間移動も、モーフィングパワーの応用だ。自分の身体を分解して、別の場所で元の状態に再構築したのだ。
ついに能力だけでなく暴力も振るってきたダグバの攻撃はユニゴの胸元に炸裂し、ほぼ真横に飛んでいた彼女の身体は急降下。ドゴンと火山のごとく雪が舞い飛ぶのと同時に、ユニゴの身体は地面に叩きつけられた。
「ゴハァッ! あくっ……」
一瞬肺から空気が抜けた苦痛と、全身に走る激痛に耐えつつ、ユニゴは腹部のバックルを右手で抑えながら立ち上がる。身体を上下に動かし、荒い呼吸をするユニゴが右手をどかすと……彼女の金のバックルに僅かながら皹が入ってしまっていた。パリッパリッと発光し、その度にユニゴは身体を痙攣させる。が、まだ彼女の戦いの炎は消えていない。ダメージは酷いがもう既に痛みは引いているし、痺れも治まり、バックルも自動的に少しずつであるが修復され始めている。しかも……
「ほら。もっと強くなって、僕を笑顔にしてよ」
「うっさいッ! ハアァァァッッ!!!」
ようやく勝ち筋が見えたユニゴは気合を入れて声を上げ、元に立っていた場所に瞬間移動して戻って、くすくすと笑っているダグバに向かっていった。
――To be continued…
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第27話 『進化』
ぎりぎり今日中に投稿できました。
ちょっと後半のバトルに集中しすぎて、直前のとある2人のやり取りが雑になってしまったような気がします。あとで直せるところは直しておきますね。
さて……そろそろタイトルの『白の執行者』の意味がわかると思います。
それではどうぞ。
午後5時28分。
長野県、城南大学考古学研究室。
「雨、早くやまないかな……」
激しい雨の降る外をぼんやりと眺めながら、桜子は呟く。昨日の夕方から突然降り出した豪雨の勢いは治まることを知らず、地面に叩きつけて五月蠅い水音を奏でている。と、そのとき。
「……!」
聞き覚えのあるバイクの音が耳に飛び込んできた。しかも音がどんどん大きくなってくる。この城南大学のほうに近づいてきている。まさかと思った桜子は下の地面のほうを見る。と、そこには、予想通り1台のバイクが走ってきていた。あの独特のデザインのバイク……ビートチェイサー2000に乗っている人間なんて、桜子の知る限り1人しかいない。
少しでも早く、あのバイクに乗っている彼に会いたいという気持ちに駆られ、白い傘を片手に研究室を飛び出した。3階から2階、2階から1階と走って駆け下り、校舎口で傘を広げて外に出ると……そこには、バイクを適当な場所においてエンジンを切っている彼が立っていた。バシャバシャと地に足をつくたびに水音を鳴らしていたせいか、彼も自分に気付いて、
「やぁ」
ヘルメットの中の、満面の笑顔を彼……五代雄介は自分に見せてくれた。雄介は第46号や第47号の事件で忙しく、桜子は碑文の解析に苦戦していたために、電話で連絡は取り合っても会うことは出来なかった。だからこうして、久しぶりに元気そうな雄介に会えたのが嬉しくて、桜子もまた笑顔で彼を迎える。
しばらくの間、そのまま見つめて笑顔を向けあう2人。桜子のほうが先に、「ここじゃ濡れちゃうから」と切り出して、雨の雫が当たらない校舎口まで移動した。
「…………」
「…………」
さて、移動してそれぞれ傘を閉じ、ヘルメットを取ったのはいいが、ここから先の会話が続かない。会うのが久しぶりすぎて、そしてこれから言おうとしている内容が少しだけ重くて、気まずくなってきたのだ。
「五代くん」
「桜子さん」
「「あ……」」
ようやく話をしようと思ったらこれだ。今度は2人して同時に呼び掛けてしまい、可笑しくなってあははと笑う。雄介が桜子に「どうぞ」と手で合図を送って、笑い終えた桜子は本題に入った。
「もう、終わるんだよね。この未確認の事件」
「……うん」
「そっか……そうだよね」
「だって昨日、電話で言ってたもんね」と桜子は笑った。しかし、すぐにその笑顔は消えて、寂しそうな表情を作る。……もうこれで、桜子が何を思っているのかが、雄介に伝わった。雄介もまた、本題を切り出す。
「この事件を解決したら……そのまま冒険に出る。それから……もしかしたら、なっちゃうかもしれない『凄まじき戦士』に」
「……だと思った」
「……さすが」
やっぱり自分の考えていること、桜子さんにはバレバレだなぁと雄介は苦笑した。
「
「……うん」
「でも……聖なる泉は、枯れ果てさせちゃだめだよ?
「……うん」
「それから、太陽を闇に葬ったりしないこと」
「……うん」
「それから――」
ピィーッ! 桜子が言葉を紡ごうとした瞬間、ビートチェイサーの無線が鳴った。桜子とビートチェイサーを交互に見た雄介。桜子は顔を下に向ける。「行っていいよ」と、雄弁に語っているように見えた雄介は、ビートチェイサーに向かって走って、「はい!」と呼びかけた。
『五代』
通信をしてきたのは一条だった。
『九郎ヶ岳遺跡で、不自然な大きな落雷が起こっている』
「九郎ヶ岳遺跡……!」
すぐにそこで何が行われているのかを察した雄介。
九郎ヶ岳遺跡。全てが始まった場所であり……、
――明日の9時、思い出の地……九郎ヶ岳遺跡に来て。
昨日ユニゴが指定した、待ち合わせ場所だった。ということは、その落雷の原因は……
「わかりました! すぐに向かいます!」
『ああ。俺もすぐに急行する。現地で合流しよう』
「はい!」
通信はそこで切れた。申し訳なさそうな顔をして桜子のほうを見る雄介だが、その桜子は笑っていた。
「行くんだね?」
「……うん!」
「行ってらっしゃい!」
「行ってくる!」
「頑張ってね!」
「頑張る!」
グッと、桜子にサムズアップを笑顔でする雄介は「じゃあね!」と言ってヘルメットを被り、ビートチェイサーのエンジンをかけた。独特のエンジン音を鳴らし始めたビートチェイサーを雄介は180度回転させて、そのまま走っていく。目指すは思い出の地、九郎ヶ岳遺跡。ここからなら3時間で到着する距離だ。待ち合わせよりも早いけど、早いに越したことはない。それにもしかしたら、ユニゴの言う結界とやらを破って乱入できるかもしれない。
急ごう。その一心で、ビートチェイサーの最大速度を遠慮なく出して向かっていった。
「絶対絶対、頑張ってね! 窓の鍵……開けとくから……」
雨の中、雄介の姿が見えなくなるまで傘も差さずに走っていた桜子は、グッとサムズアップを決めていた。
――――・――――・――――
……時刻は午後7時23分。
九郎ヶ岳遺跡頂上。
ン・ダグバ・ゼバとラ・ユニゴ・ダのザギバス・ゲゲルが始まってから2時間半が経過しようとしていた。状況は……。
「ほら、どうしたの? これでお終いじゃないでしょ?」
「ぐっ……。はぁ……はぁ……っ」
傷1つ負っていないダグバが、肩で息をしているユニゴに無邪気な声で問いかける。
戦いは一方的だった。
超自然発火能力の耐性は1時間かけてようやく完成したユニゴであるが、攻撃を仕掛けるために接近すると雷を落としてきて碌に近づけもしない。運よく躱したとしても、今度はダグバによる無慈悲な肉弾戦がスタートする。蹴りを入れて反撃しようにも瞬間移動で避けられ、その隙に自分が殴られ、そして蹴り飛ばされる。様子を窺って距離を取っていても瞬間移動で接近し、再び暴力の嵐だ。
ダグバの攻撃や雷を何回も受け続け、身体がどんどんそれに対応しようと作り替わっていき、ようやく慣れてはきたが、2時間半も地獄の攻撃が続いたこともあり、ユニゴの体力は既に限界を越えてしまっていた。
「うーん、なんだか面白くなくなってきちゃったなぁ……」
いまだに一発も攻撃を喰らっていないダグバはがっかりしたような声を上げる。飽きてしまったのだ。
耐性を身につけてくれているのはいいのだが、疲労のせいで動きが鈍くなってきているユニゴは、もはや満身創痍。脚は震え、鎧は歪み、ロングスカートはもうボロボロだ。雷撃体となって強化された適応能力のおかげで、破損されては修復を繰り返しているベルトのバックルは、辛うじてその形を維持させることは出来ているが、もう限界まで来ている。ダグバの
かつて自分のベルトの一部を横領して究極体となったゴオマとは違い、自分の力と能力のみでここまで攻撃を耐えてきてくれたユニゴ。本気でないとはいえ、ここまで
さてどうしよう。これじゃあユニゴは強くなるどころか、本格的にダメになってしまいそうだ。殺して「楽しい」と思えなければ意味がない。ただの
「もっと手加減したほうが良いのかな?」
どうすれば強くなってくれるのか、そして、どうすれば待っている間に自分が楽しい思いを出来るかを考え始めるダグバ。
せっかく超自然発火能力を耐え切れるようになってくれたんだから、あえてそれだけに縛ってみようか。
いや、身体を組み替えてくれたのだから、その身体を燃やすにはどうすればいいかを実験してみるのも面白そうだ。
暴力を振るって喘ぎ声を聞くのもなかなかだ。ユニゴは可愛い声をしているし、何かの拍子に変身が解除されて人間態に戻ってくれれば、金髪碧眼スタイル抜群美少女の断末魔を聞くことができる。そんな傷だらけの彼女に雷を落としたらどうなるんだろう? 悪くない。
うーん、それからそれから……。
「これ以上の手加減なんか……いらない……!」
痛めつけ方を楽しそうに考えているダグバをギンッと睨み付けるユニゴ。余裕綽々な態度のダグバに腹が立ったのもそうだが、何よりこれ以上手加減してくれては困るのだ。もう少しで……あと、もう少しであの力に届こうとしているのに、ここでやめてもらっては身体が
「ふーん……」
ユニゴの返事を聞いて、ダグバは嬉しそうに笑った。なにを企んでいるのかは知らないが、この調子で攻め続ければいいというのだからダグバにとって楽なことはないし、彼女を見るに何か策があるらしい。決してハッタリではなさそうだ。だって彼女が嘘なんてつけないような正直すぎる性格をしていることを、ダグバは知っているのだから。面白いな。早くそれを見てみたいな。今すぐにね。そしてそんなユニゴを殺したいな。
「わかったよ。じゃあ今まで通りやるから。途中で死んじゃったらいやだよ?」
彼女の掌の上で踊らされることは承知で、ダグバは考えるのをやめた。そもそもダグバは考えながら戦うようなタイプではない。単純なことが一番。楽しければそれでいい。それがダグバなのだ。
キッと、殺意を込めた視線をダグバに向けるユニゴ。常人なら向けられた瞬間に卒倒しそうな迫力があるが、ダグバにとっては自分を興奮させるスパイスでしかない。
「ウラアアアァァァァ――――ッッッ!!!!!」
両拳を固く握り締めて豊満な胸を前に出し、空に向かって咆哮を上げるユニゴ。それはまるで、何かを守るために強敵に立ち向かうべく雄叫びをあげる、勇敢なるユニコーンのようだ。
その咆哮は彼女に向かって降ってくる横薙ぎの吹雪をダグバの立っているほうへと、風に逆らって吹き飛ばすほどに、彼女の足元の雪を全て蒸発させて茶色い地面を晒してしまうほどに強く、そして凛々しいものであった。
瞬間、ユニゴのバックルから一気に電流……否、稲妻が迸り、全身を包み込んでいく。しかしそれは、彼女が疲労したことによって力が暴走しているわけではない。彼女自身が『適応能力』を最大限まで使って、自分の身体そのものを大幅に作り替えようとしているのだ。時は既に、満ちている。
「……!」
ダグバは少しだけ驚いた。本当に進化しようとしている。しかもこの力の波動は……間違いない。自分が『ン』となったときの、あのときと全く同じ絶大な力の波動だ。今彼女は、それを手に入れようとしている。ただし……。
その引き金は、ダグバの手の中にある。彼女が進化できるか、できないかはダグバ次第だ。
普通なら進化などさせないだろう。こんな生きるか死ぬかがはっきりしている真剣勝負の場で、塩どころか炊き立ての白米を敵に送るような物好きは、普通はいない。……そう、普通は。
「いいね! いいね! いいよ、ユニゴ! アレをすればいいんでしょ! やってあげるよ!」
だけど、このダグバは普通ではない。わざわざ自分と戦うために『雷撃体』という特殊な形態を習得して
面白い、面白い。どこまでも面白い。ここまで愉快な思いをしたのは初めてだ。しかもまだまだ、自分を楽しませようとしている。身体そのものを彼女自身が壊し、組み換え、再構築し、次のステージへ向かって走ろうとしている。
全てはこのダグバを殺すため。過去の彼女からは予想もつかないほどの、強すぎる殺意と敵意を剥き出しにして
いいぞユニゴ、もっとだ。
もっと殺意を抱け。
そして僕にくれ。
君の殺意、敵意、その他すべての負の感情をくれ。
君の殺意は、敵意は、すべてこの僕のものだ。
誰にも譲ってやるもんか。
そして、そのすべてを受け取ったら、殺したい。
いや、殺す。
それか、そのすべてをくれたら、喜んで殺されよう。
いや、殺せ。
殺したい、殺す、殺されたい、殺せ、殺したい、殺す、殺されたい、殺せ、殺したい、殺す、殺されたい、殺せ。この4つの言葉だけが、今のダグバの脳内に駆け回っている。
「行くよ、ユニゴ!」
ダグバが空に向けて手をかざした瞬間――真黒な雷雲がカッと光らせ、今までユニゴに落としてきた以上の電流が流れる雷を落とした。当然、落とす先はユニゴの頭だ。寸分たりとも狂いはしない。確実に、確実に彼女の脳天に直撃させる。
荒れ狂う龍のごとく素早く、そして乱暴な軌道でユニゴの頭へと走る稲妻。ピシャアァンッという雷鳴が轟いた。
「――来たッ!」
何回も受けて時間を計っていたユニゴは、どのタイミングで自分に雷が落とされるのかは掴んでいた。直撃するほんの刹那の間、ユニゴは自分の3本の角に力を集中させる。すると、雷のような形をした3本の角が輝き出した。
ビリィッ、バチイィンッ! 電気に頬を平手打ちされたような音がしたとき、ユニゴに雷が直撃した。だが……今のユニゴは違う。
確かに受けたことは受けた。しかし、ダメージは全くと言っていいほど受けていない。脳天に痛みも感じない。なぜか。それは、落ちてきた雷がすべて、ユニゴの3本の角に吸収されたからだ。ユニゴの頭全体に落ちるほどの巨大な雷だったが、その3本の角がまるで避雷針のような働きをして、雷全てをまるまる自分の体の中に取り込んでしまったのだ。……と。また彼女の身体に異変が起こる。
バックルと3本の角が視界を塗り潰すほどの光を発生させ、それがユニゴの身体全体を覆う。その強すぎる閃光には流石のダグバも怯み、ユニゴを直視することができない。5秒ほど経ち、ようやく光が弱まっていき、改めて彼女のほうを見ると……。
「…………」
そこには雷を全身に纏った、真っ白な存在が立っていた。
――To be continued…
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第28話 『克服』
先程はお見苦しいものを見せてしまいまして、大変申し訳ございませんでした。
書き直したものがこちらでございます。
今度こそ、楽しんでいってください。
『電撃体』に覚醒したとき、彼女はふと疑問に感じたことがあった。
似すぎていたのだ。遥か古代に、『べ』から『ズ』へ、『ズ』から『メ』へ、『メ』から『ゴ』へ昇格する際に、ベルトに込められた封印エネルギーを体の中へ馴染ませて、強化させていたときのあの感覚に。その違和感を抱いたときはゴ・ガドル・バを倒すことだけを考えていたため、彼女はそのことについて考えずに流してしまった。
しかし……それは、クウガが『アメイジングマイティフォーム』に変身したとき、また頭によぎった。
普通の金の赤いクウガからあの黒い姿に変わったとき、彼女はすでにクウガとガドルが勝負していた雑木林に到着して、2人の戦いを見守っていた。ガドルが『ゼンゲビ・ビビブ』を仕掛けたときは焦った。あんなの、クウガが喰らってしまったら間違いなく負けてしまうからだ。クウガの盾になろうと動こうとした……そのとき。クウガは突如、電流を全身に纏わせて黒い姿に変身した。そのクウガの姿を見た彼女は驚いた。
遥か古代、ゲゲルを円滑に進めるべくリントの情報を掻き集めていたときに、戦士『クウガ』についての碑文を見つけたことがあった。このとき、彼女はリントの言語・文字を解読することができたために、そこに書かれていることを難なく解読できた。
そこには驚くべきことに、あのダグバと同等の力を発揮することができる『凄まじき戦士』についての記述があった。興味を持った彼女はその記述について事細かく、頭に叩き付けるように何度も読んだ。変身した際、『聖なる泉を枯れ果たして』しまうと、『太陽を闇に葬る』ほどの暗黒の戦士に成り果て、すべてを破壊しつくす生物兵器になってしまうこと。その姿が、クウガのモデルとなった完全体のダグバと酷似しているものの、『暗黒の戦士』ゆえに真っ黒な姿であること。この2つだけは、よく覚えている。尤も、2つ目の記述が書かれた碑文はもう潰れてしまい、解読不能になってしまっているのだが。
とにかく、その情報を知っていた彼女はガドルを倒した黒いクウガを見て、ダグバほどの強大な力を感じせずとも確実にパワーアップしたクウガを見て、真っ先にあることに気が付いた。もしかしたらあの黒い姿は、『凄まじき戦士』の中間体なのではないか、と。そして、今自分が手にしている『電撃体』は、『ン』の力の一部を無理矢理引き出した形態なのではないか、と。それなら『電撃体』を習得した時の感覚が、昇格した時の感覚と酷似していたことについての納得のいく解答になる。自分たちグロンギ族のゲブロンと、クウガのアマダムがほぼ同質の物質だということも彼女は知っていたし、実際クウガの金の力である『電撃体』に進化することに成功している。クウガの進化のメカニズムと自分の進化のメカニズムがほぼ同じと断定できた。
ならば……『ン』の力を持っていない自分も、『ン』の力に至れる可能性が出てくる。電気、つまり雷の力で『ン』の力を引き出すことができるのならば、限界を超えてでも雷をその身で受け続けて、少しずつ適応させて身体を作り替えていけば、いずれは『ン』に至れるのではないか。
かなり危険な賭けだったが、これしか彼女にはダグバを倒す方法はない。結局、ダグバに頼らないといけないことに悔しさを抱いたが、これもすべて勝つためだ。藁に縋る思いでやるしかない。
そして……その仮説は見事に的中した。
長野県、九郎ヶ岳遺跡にて。
時刻は午後7時27分。その進化の時はやってきた。
ダグバが落とした特大の雷をその身で受け、3本の角で吸収した彼女は、眩く光とともにその姿形を変えていく。光が止み、ようやく進化は最終調整に差し掛かった。
光の中から現れた彼女は、黒かったボディを純白へと、頭から順番に変色させていく。胸元と両肩・下半身に着用していた装飾品やロングスカートも、すべて黒かった部分だけが白く変わっていき、かつての『電撃体』だった時の金色以外のカラーを反転させたような姿を作り出した。しかし、電撃体の時と違って目の色は黒く塗り潰されており、雷のような形をした3本の金色の角にもう1本、新しい角が追加され合計4本、額の中央から左右対称になるように生え揃っており、鬣のようだった金色の髪の毛もポニーテールとなって、後頭部から腰のあたりまで伸びていた。金色のバックルも電撃体のものと比べて金の色合いが強まり、一回り大きくなっている。
「……なれたんだね。究極の力を、持つ者に」
自分と同じ、純白の姿になった彼女……かつてのラ・ユニゴ・ダに語りかけるダグバは笑っていた。
やった。ようやく、ようやく自分と並ぶ敵が目の前に現れた。壊すことしかできなかった自分のこの手で、完成させた。完成させることができた。ああ、やっとだ。やっと楽しい殺し合いができそうだ。
「馬鹿だね、ダグバ」
自分を殺してくれるかもしれない強敵が現れ、新たな戦いが始まることに悦ぶダグバに、ユニゴは話しかけた。それと同時に進化は完全に終了したからか、ブラックアイズだった彼女の瞳が金色に輝きだす。
「すぐに殺せばよかったのに……私の見込み通りに動いてくれるなんて。気付いていたんでしょ?」
「まぁね。楽しくない殺し合いに、意味なんてないから。だけど、そんな僕だからこそ、君はこの作戦を実行したんでしょ?」
「……まぁ、ね」
ユニゴはダグバの性格をよく知っていた。きっとダグバなら、戦いを楽しくさせるためには何でもする。たとえそれが、敵である自分を強化させてでも、楽しくなるならきっとやる。ダグバはそんなやつだ。だから、それを利用させてもらった。ゲリザギバス・ゲゲルでさんざん人間の心理を利用してきたユニゴらしい作戦だった。
こんなことを認めたくないが、ある意味自分はそんなダグバを信じていた。信じていたからこそ、決行することができたのだ。わかっていたはずだが改めて自覚してしまい、ユニゴは少しだけ機嫌が悪くなる。
「それにね、僕にだってやりたいことがあるんだ」
「……やりたいこと?」
「うん。この戦いが終わったら、ちょっとね。なんだと思う?」
そんな機嫌が悪いユニゴの気持ちなど無視し、ダグバは楽しそうに「それはね」と続けた。
「クウガに、あの時の仕返しをしてやるんだ」
ダグバが言い切った瞬間……彼の身体が、何か強い衝撃を受けて吹き飛んだ。
「なっ!?」
その突然すぎる攻撃には流石のダグバも不意を突かれたらしく驚き、何が起こったのかを探るために首を動かして自分が立っていた場所を見ると、そこには今まで話していたユニゴが立っていた。
気が付かなかった。反応できなかった。彼女の接近に。瞬間移動? いや違う。あれは自分がいつもやっているものではない。身体を一度分解させて別の場所で再構築する瞬間移動には一瞬だが、タイムラグがある。能力を発動した時には、少しの間だけ身体を再構築するのに時間がかかるのだ。そんなこと、長い間能力と一緒に生きてきたダグバが知らないはずがない。それにダグバは、ユニゴから目を離していない。だから、彼女が瞬間移動で近づいてきたら反応できるはずなのだ。それなのに……反応できなかった。
……面白い。ニヤッと笑ったダグバは、吹き飛ばされている身体を無理矢理空中で一回転させて体勢を整え、地面に着地。足が地面についた際、衝撃が強すぎた故にまだ後ろに引いてしまうが、すぐに力を込めて踏みとどまった。
「痛いなぁ。まだ僕が話している途中だよ?」
衝撃を受けた自分の腹を擦りながら、ユニゴを見るダグバ。しかし、ユニゴはもうダグバを恐れていないし、気にしてもいない。冷たい視線を向けて、ただ一言。
「もういい……」
とだけ返して……今度はダグバの真ん前に一瞬で現れた。背中を向けて。
「おまえは……」
しかし、ただ背中を晒したわけではない。彼女の体は動いている。移動してきた際の勢いに乗って体を捻らせ反時計回りに回転し……、
「クウガの気持ちを……」
真正面を向く直前に右足を奇麗に伸ばして素早く上げて……、
「考えたこと、ある?」
ダグバの顎を、思い切り蹴り上げた。
「ッ!」
移動、出現、回転、蹴り上げ。この一連の操作にかかった時間は僅か3秒。10mは離れている場所からここまで移動した後そのまま攻撃に転じる、流れるような身のこなしは、鮮やかかつ美しいものであった。
「そうか……っ」
顎に鋭い痛みを感じつつ吹き飛ばされているダグバは気が付いた。この奇妙なからくりの正体に。ユニゴはモーフィングパワーなど、能力など一切使っていない。ただ、その脚を使って
ラ・ユニゴ・ダの第5形態、『ン』の力を得た『究極体』。己の限界を超え、身体を作り替えて発現させたその姿の真価は『単純な身体能力の向上』だ。だから単純にユニゴの脚力が上昇し、その脚を使って文字通り一瞬でダグバに接近しただけなのだ。モーフィングパワーを使った瞬間移動などよりも、そちらのほうが速いし簡単。当然キック力も上昇しているために、ダグバを軽く吹き飛ばすくらいにまでの力を生み出すことができたのだ。小細工なしの正直かつストレートで、そして容赦のない鋭い攻撃。なるほど、実にユニゴらしい戦い方だとダグバは感心した。
だが、このまま黙って攻撃されるほど、ダグバも甘くない。やっと攻撃が通ったのだ。まともな一撃を喰らい始めたのだ。まだまだ、これからだ。
「いいね、ユニゴ! 楽しくなってきた! じゃあ僕も本気を出すね!」
いまだに蹴られた時の衝撃に任せて飛んでいるダグバは……その姿を消す。モーフィングパワーを使った瞬間移動だ。これを使えば今の自分の状態が絶望的でない限り、好きな場所に移動できる。移動先はユニゴの真正面。右拳を引いた状態で現れた。
「ははっ!」
嬉しそうに笑って彼女の腹に一撃をお見舞いするダグバ。今度はもう手加減していない、全身全霊全力で放ったパンチだ。
「ガッ!」
これにはユニゴも一瞬だけ固まって脱力する。その隙にダグバは、今、自分が殴った腹に回し蹴りを突き刺した。ユニゴの身体は大きく吹き飛ばされ、九郎ヶ岳遺跡の岩肌に激突。その身体が岩にめり込んだ。もし電撃体の自分が今の攻撃を受けていたら、間違いなく死んでいただろう。
やはりダグバは強い。耐えられないわけではないが、その抜きんでた攻撃力から繰り出される暴力はあっさりと自分の身体に多大なダメージを与えてくる。
でも……これでいい。究極体となってまだ数刻も経過していないが、適応能力のおかげで自分の身体のことについては人一倍理解しているユニゴは、本能的にそう判断できた。
「……フンッ!」
岩にめり込んでいたユニゴの姿が消え……ダグバの背後に現れた。今度の移動は間違いなく自分の身体を分解し、再構築した瞬間移動だ。これならダグバも反応できる。ユニゴが回し蹴りをダグバの顔目がけて放ったのと同時に、ダグバもまた身体を右に捻ってユニゴのほうに振り向き、右ストレートで応戦した。
蹴りとパンチ。両者の全力が籠った必殺の一撃が見事に交わると、その余波から巨大な衝撃波が生じて、雷鳴以上の轟音が轟き、周りの空気を揺らす。さらに2人の立つ足場の周りに積もっていた雪は一瞬で蒸発し、それだけではとどまらず地面がひび割れて、まるで小型の隕石が墜落した際に作るクレーターのごとく円型に陥没してしまった。
「ンッ!」
「ふっ。ハァッ!」
追撃を仕掛けるべく、またもや同時に今度は反時計回りをしてユニゴは右ストレートを、ダグバは右足による回し蹴りを繰り出す……と見せかけて、ダグバはその右足を上げずにひょいと身体を反らす。
「!?」
ユニゴは驚き、嵌められたことに気付くがもう遅い。ここにきてフェイントを仕掛けられた。しかも自分の身体を一回転させて、勢いが乗っている状態での攻撃をほぼ強引にキャンセルしてまで。しかし、ユニゴの動きはもう止まらない。右腕が完全に前に行ってしまい、攻撃が空振りしてしまったどころか、勢いは治らずに右腕につられて身体も前に投げ出され、バランスを崩してしまった。ここでダグバにチャンスができた。今のユニゴはバランスを崩して隙だらけだ。間違いなく、ここで攻撃を仕掛ければ当たる。
「ふふっ、また岩に激突させてあげるよ」
右腕を引いたダグバは軽く笑い、ユニゴの腹部にその拳を突き刺した。……が。
「……うん?」
……おかしい。ありえないことが今、ダグバの前に起こっていた。
確かに、確かに自分の拳はユニゴの腹部を捉えていた。手加減もしていない。さっきと同じ、いやそれ以上の威力が籠った、全力のパンチだったはず。……なのに。どうしてユニゴは、怯んでいない?
「もうその攻撃は……私に通用しない」
彼女は冷たく言い放った。
ここだけの話であるがユニゴには超自然発火能力もないし、天候を操る力もない。自分より遠く離れた物に対するモーフィングパワーはそこまで強化されていないのだ……ただし。その代わりとして別方面のモーフィングパワーは強化されていた。
もともとユニゴには、ほかのグロンギにはない特別なモーフィングパワーを有していた。それが、一度受けた攻撃に対しての耐性を作り上げる『適応能力』と呼ばれる力だ。ダグバのような攻撃的なモーフィングパワーではなく、ユニゴには防御に特化したモーフィングパワーが発達している。
今、そんな彼女が究極体になったことで、自分の身体と、身体に触れている物質を変えるモーフィングパワーが格段に上がり、身体に適応させる時間がさらに短縮したのだ。ダグバと違って、内側に対してのモーフィングパワーの性能が上がっていたのだ。だからもう、ダグバの必殺のパンチはユニゴに通用しないばかりか、衝撃すら抑え込んでしまう。ダメージも碌に通っていない。完全に無効化してしまっていた。
「通用しない……か。それはどうかなユニゴ」
「……なに?」
もはや反撃不能まで追い詰めたはずなのに不敵に笑うダグバは、ユニゴに突き刺していた右拳を引っ込めて……ドゴンッ! もう一発、彼女の身体にボディブローを喰らわした。
「!? がっ!」
すると、さっきまでは平気そうだったユニゴの表情が歪んだ。馬鹿な、おかしい。ダグバの攻撃は完全に遮断したはずなのに……痛みが、衝撃が、彼女の身体に襲い掛かる。攻撃を喰らった腹が裂け、血飛沫が舞った。
「ほらどうしたの? 通じないんじゃないの?」
「ぐっ……ど、どうして……」
「さぁ、どうしてだろうね。考えてみたらどう?」
笑いながら、次の攻撃を繰り出そうとするダグバ。頭が混乱して動きが固まり、腹に予想外の痛みによって姿勢が前のめりになったユニゴは完全に無防備。隙だらけだった。
「ほら、どうしたの? もっと楽しませてよ!」
そんな彼女の隙を、ダグバが見逃すはずがない。容赦なく、彼女の胸に飛び切りの回し蹴りを決めた。
「ガッ、ハァッ!」
またもや血飛沫を散らして、ユニゴは後方の岩まで吹き飛ばされる……が、岩にぶつかる寸前で辛うじてバランスを整え、2本足で地面に着地。力を振り絞って踏ん張り、激突は免れた。しかしそれでも、ダグバから受けた攻撃の痛みは消えない。胸と腹を抑えながら……必死で、今起こった予想外の事態について考えるユニゴ。
あの数秒で、自分の身体は完全にダグバの攻撃に適応できたはずだ。ほとんど完璧に。それは間違いない。なのに……どうして? どうして、攻撃が通る? それに、適応できるように組み替えたはずの身体に変な違和感が……いや、元の状態に戻ってしまったかのような、妙に懐かしい感覚が……。
「ま、まさか……っ」
身体の違和感と、いきなり通り始めたダグバの攻撃。その2つから推理していって、ユニゴは最悪な答えに辿り着いた。……馬鹿はこっちだ。ダグバを侮りすぎていたと、ユニゴは後悔する。
「あっはは。気が付いたみたいだね。そうそう。攻撃が通用しないなら……通用させるようにするまでだよね。――君の身体を
「くっ!」
や、やっぱり……! ギリリッとユニゴは歯軋りをした。そう。確かに、自分の身体はダグバの攻撃に適応するために、持ち前の能力を使って一度作り替えた。……だが。
このダグバは、その
身体はまたダグバの攻撃に適応しようとモーフィングパワーが発動しているが、おそらくこれはもう無意味だ。きっとダグバは攻撃を仕掛ける際に、彼自身のモーフィングパワーを使って組み替えた身体そのものを元に戻してしまうだろうから。
同時にモーフィングパワーを2つ使うのは無理だ。モーフィングパワーは一度に1回しか使えないのだから。身体をダグバの攻撃に合わせようとする一方で、ダグバのモーフィングパワーを一切受け付けない身体にするのは不可能。いや、それ以前に、ダグバのモーフィングパワーを完全に受けなくさせるような身体を作れるのかがまず怪しい。
「はははっ、伊達に長い間頂点に君臨しちゃいないよ。君の対応力の早さには驚いたけど、ね!」
愉快そうに笑うダグバは、ユニゴに指を向ける。すると……ユニゴの身体が燃え始めた。超自然発火能力だ。
「いくらなんでも、これは効かない! フンッ!」
ユニゴが少し気合を入れると、その炎はすぐに鎮火した。これに関してはダメージは全くない。
「ふーん、能力を使って殺すのは無理そうだね。それもそっか。『ン』の雑魚攻撃が同じ『ン』に通用するわけないもんね。じゃあ、やっぱり殴り合いしかなさそうだね! あっはは!」
「狂人がッ!」
吐き捨てるユニゴ。だが言っていることはダグバが正しい。『ン』同士の戦いを、能力だけで勝てるのは不可能だ。ユニゴの適応能力はダグバの前ではもう意味を持たないし、ダグバもダグバで超自然発火能力や天候操作がユニゴに通用しないのが今わかった。ユニゴの身体を操作するのも、初期設定に戻す程度までしか叶わない。もはや能力を使った戦いなど無意味。だったら力ずくで、暴力で解決するしかない。
「ここまで来て……負けて、たまるかああああぁぁぁぁぁ――――っっ!!!!!」
自分にはやるべきことがある。果たすべく約束があるのだ。ここでまで死ぬ思いをしながら耐えて、綱渡りのような思いをしてまで、今一番に憎たらしい相手を頼ってまでしてこの力を手に入れたというのに。ここで負けてしまったら元も子もない。モーフィングパワーは傷の修復だけに集中させる。
殺意と闘志を漲らせながら、ユニゴはその両の脚を使って一瞬でダグバに接近。彼の頭に鋭い回し蹴りを食らわせた。
「ぐわぁッ! はっはは、いいねぇ! いい攻撃だ、よ!」
少しだけよろめくダグバ。今度はしっかりと脚に力を込めて待ち構えていたために、吹き飛ばされはしない。その代わり、攻撃を受けた衝撃はすべてその身で受けてしまい、ユニゴ同様、血を流し始めた。だが、そんなものダグバにとってはただのスパイスでしかない。笑いながら、ダグバはユニゴの顔面に仕返しとばかりの右ストレートを喰らわせた。
「グハッ!……ぐうぅ……、ン・ユニゴ・ゼダを舐めるなぁッ!」
バキッ! 今度はユニゴが、ダグバの顔に右ストレートを放つ。パンチの力が弱かったユニゴも、究極体となったら話は別だ。キック力ほどではないが、格段にパワーアップをしている。ダグバに傷とダメージを負わせる程度には。
「うはっ! いいね、いいねぇ! ほらもっとだ!」
バキィッ!
「ハッ……ァッ! ンッ!」
バキィッ!
「あっはっはっ……! ハァッ!」
バギンッ! しばらくの間、子供同士の殴り合いのように顔ばかりを狙い、殴っては殴られてを繰り返していた2人だが……なんとダグバは、急遽攻撃対象をユニゴの顔面からベルトのバックルへ変えた。
「ゴヴッ!? アッ、アアッ……!」
顔面を殴られた時以上の衝撃と痛みが身体中を駆けずり回り、反射的にバックルに手を当ててダグバから走って距離を取るユニゴ。ノーガードだったユニゴのバックルは、ダグバのパンチを受けて大きく皹が入ってしまっていた……が。治すことに集中をさせているモーフィングパワーによって、バックルもまた徐々に徐々に修復されていく。あと10秒もすれば元に戻るだろう。自分のモーフィングパワーが、外側でなく内側に大きく作用することに特化していて本当によかったと、ユニゴは冷や汗を掻く。
しかし、痛みはそう簡単には消えない。自分の力の核であり、一番敏感な身体の部分であるバックルを攻撃されてしまったのだ。
「ここで死んで……たまるか……ッ!」
肩で息をしてなんとか痛みに我慢し、バックルを半分ほど修復させたユニゴは、再びダグバの元へと駆けて、仕返しにダグバのバックルに向かって正拳突きを喰らわせた。
「ぐわぁッ!」
これにはさすがのダグバも大ダメージ。後ずさりして自然と距離ができる。そしてバックルにも皹が出来上がっていた。こちらは元に戻る気配がない。当然だ。ダグバはユニゴと違ってバックルを自力で修復は出来ないのだから。だから武器職人である『ヌ集団』のヌ・ザジオ・レにバックルを修理させていたのだ。
内側でなく外側に向けることにモーフィングパワーを特化させているため、辛うじてできることは瞬間移動くらい。ユニゴのような傷の修復など、ダグバには出来ない。
「ハァ……ハァ……、ダグバ、どう? もう諦めたら?」
「諦める? ははっ。なに言ってんのさ。やっと楽しくなってきたんじゃないか。やっと殺されるときが来たんじゃないか! だったらッ」
危険な眼光を秘めた、真っ黒な目でユニゴを見るダグバは笑った。
「殺される前まで楽しまなきゃ、ね……ッ」
「っ!」
ユニゴは悪寒を感じた。ダグバが強がっているのはわかる。あれはもう致命傷だ。バックルを治すことができないダグバに勝機はない。確実に自分の勝ちだ。それなのに……怖い。
勝ちがほぼ確定したのにどうしてだろうか、全然安心することができない。ダグバの殺気が、狂気が、自分を締め付ける。……そうだ。そうだった。
これがダグバだった。
この往生際が悪く、執念深く攻撃を続行しようとする。その怖さがあったから、自分は戦いたいなんて思いやしなかったんだ。
「ほら、来なよユニゴ! 僕を殺したいんだろう! だったら近づかないとさ!」
「っっ!!!」
こいつは……ッ。じ、自分で言っていることがわからないのか? とっとと殺せと言っているようなものだ。なのにどうして……どうして折れない! どうして心を折ってくれない! 状況は圧倒的に自分が有利なはずなのに、ユニゴはダグバの迫力に圧されてしまっていた。
「なんだよ、来ないの? じゃあ僕から行くよ? ハアァァッ!」
ほ、本当に来た!? あれだけの傷を負っているのに!
「こ……な、いで……来ないでよ……」
満身創痍でありながらもなお戦う気でいるダグバを見て、ユニゴは震える声を漏らした。あんなにボロボロなのに……しっかり走れてもいないのに……どうしてそっちから向かってくる!? もうユニゴの頭の中はそれでいっぱいだった。もはや言葉にならない恐怖がユニゴに襲い掛かっていた。
そんなことをしている間にも、ダグバはどんどん近づいてくる。目的はただ1つ――自分を殺すためだ。
「来ないでええええぇぇぇぇぇ――――っっ!!!!!」
「…………」
「…………」
しんと、辺りが静まり返る。ダグバの笑い声も、ユニゴの叫び声もなく、ただ横薙ぎに振る吹雪の音だけがこの九郎ヶ岳遺跡を支配した。
目を瞑って、ただただ本能のままにパンチをしたユニゴは恐る恐る目を開いて、上を見る。そこには……
「…………」
右腕を前に向けて突き出して、固まっているダグバの姿を捉えた。そして視線を落とし、今度は自分が殴りつけた部分を見ると……そこにはダグバの腰があった。そしてその腰には……自分の拳が突き刺しているのは、ダグバの金色のバックル。
……パキッ。何かに皹が入ったような音が聞こえると……パキッ、パキッ……。次々と、その音が連鎖的に聞こえてくる。その音の発生源は、ダグバのバックルだった。
どんどんどんどん、その皹はバックル全体に広がっていき……パキィッ! ダグバのバックルが……ゲドルードが完全に破壊された。
「うあ……」
突き出していた右腕を落としたダグバは人間態に戻り、力ない声を漏らして微笑むと……雪が積もっている地面に倒れた。力の源であるゲドルードが完全に破壊されたせいで、絶命してしまったのだ。
これが、ン・ダグバ・ゼバの最期だった。しかし、戦っていたユニゴの精神を大きく削り、多大な恐怖を与え、しかも当の本人はとても幸せそうな顔で永眠しているあたり、かなり彼らしい最期と言える。
「か、勝った……」
ようやく恐怖から解放されたユニゴは、尻もちをついてしばらく放心してしまっていた。いろいろと頭の中がごちゃごちゃしていて、整理をしようとしているのだ。
そして約10分後。ようやくユニゴは整理をし終えて、正気に戻った。
「こ、怖かった……」
そして最初に出た感想がそれだった。怖かった。ただただ、怖かった。ガドルや他のみんなは、どんなことを考えたらこんな奴と積極的に戦いたいなんて思えたんだと、そんなことまで考えてしまうほど怖かった。
「で、でも……なんとか、勝った……」
精神的に物凄いダメージは来て、最終的には折れてしまったが、ザギバス・ゲゲルの勝者は間違いなくユニゴだった。これで彼女の目的は果たされた……のだが、やっぱりまだ実感がわかなかった。これはもう少し、少なくともあと10分は落ち着かないと身体が、脳が適応しなさそうだ。
「く、クウガを巻き込まなくてよかった……本当によかった……」
だってこんな戦いをした後に自分のお願いごとなんて、とてもじゃないが叶えられっこない。それにこれ以上、彼を追い詰めるわけにはいかない。自分が彼にとって一番残酷なことをさせようとしているのだから。深呼吸して落ち着いたユニゴは人間態に戻る。
「……酷い怪我。それに酷い顔、多分しているな……」
口の中は血の味がするし、身体のいたるところが裂けてしまって血が滲み出ている。バックルを治すために能力を集中させ、そのあとはダグバの恐怖にさらされて能力なんて使えなかったために、傷は完治してはいなかった。
「クウガが来る前に、治しておかないと……時間は……」
首から下げている金の懐中時計を見る。ユニゴ。そこには午後7時58分が表示されていた。どうやら『ン』となって30分も戦っていたらしい。
「まだ、1時間もあるね……じゃあ、まだ大丈夫だね」
ふうと、安堵の溜息をついたユニゴはダグバの死体から離れた場所まで、はいはいをして移動する。今の彼女は腰を抜かしてしまって立ち上がることができないのだ。
「クウガ……約束、果たしたよ。今度は……あなたの、番」
岩場まで辿り着いたユニゴはそこに身を任せ、傷の治療に専念した。なに、この程度の傷なら10分もあれば完治する。完全に心の整理をつかせて精神を安定させ、同時に傷も回復させる。そして最高の状態で、最高の自分を作り上げてクウガと出会う。
それが今、最大の恐怖を克服した彼女が今できる精一杯の意地であった。
――To be continued…
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第29話 『願望』
少し遅れました、すいません。
時刻は午後8時23分。
九郎ヶ岳遺跡の麓に、2台のバイクが止まった。1台はビートチェイサー2000、もう1台は……最新型の白バイであるトライチェイサー2000だ。
その2台のバイクを運転していた男2人が黒いヘルメットを同時に脱ぐ。ビートチェイサーに乗っていたのは五代雄介。そして、トライチェイサー2000に乗っていたのは一条薫だった。東京にいた一条は一刻も早く現場に急行するために、愛車である黒い覆面パトカーからトライチェイサーに乗り換えて、この九郎ヶ岳遺跡に向かっていた雄介と合流したのだ。
バイクから降り、最終決戦が行われる方向を見る2人。
「一条さん。俺、桜子さんに嘘を言ってしまいました」
雄介は苦笑して……そして覚悟が決まったような顔で告げた。
「――俺、なります。『凄まじき戦士』に」
「五代……」
なんとなく、一条は雄介がいつかこれを言ってくる日が来ると予感していた。できれば予感だけでとどめてくれと、何度も願った。だが……残酷なことに、雄介はなることを決めてしまった。理由もわかる。
「そうしないと、きっと彼女の願いを叶えられません」
『彼女』。その彼女とは、おそらく……いや、確実に第46号のことだ。
昨日、第47号を倒した後に第46号と出会って、彼女とある約束をしたことを一条は聞いていたから。……なるほど。確かに彼女との約束を果たすには、ならないといけなさそうだ。
「だから、いざというときには……」
雄介は、変身する際にアークルが浮き出る腰のあたりに手を置いた。
「ここに、遠慮なくやっちゃってください」
「五代……」
「もちろん、万が一、俺が究極の闇をもたらす存在になっちゃったらですけどね」
「あはは」と笑みを浮かべて、安心させようとする雄介。だが、一条の表情は晴れない。それどころか……またあの、時折見せる雄介に対しての罪悪感に浸った顔になってしまった。
「こんな寄り道はさせたくなかった」
「え?」
「君には、冒険だけしていてほしかった」
未確認生命体との決着をつける前だからか、一条は今まで言いたくても言えなかったことを告白する。雄介は気が付いていた。一条がずっと、ずっと前から今までずっと、自分のことをこうして心配してくれて、大切に思ってくれていたことに。といっても、気が付いたのは今朝なのだが。
「ここまで君を付き合わせてしまって……」
「ありがとうございました」
だから、一条が「すまなかった」と言う前に言葉を遮り、感謝の言葉を一条に伝えた。こんなに自分のことを大切に思ってくれたことへ、戦友としていつも裏方でサポートしてくれたことへ。その他さまざまな気持ちを乗せて。そして……
「俺、よかったと思ってます。だって、一条さんと会えたから」
自分と出会ってくれて。
みんなが雄介といる時間を心地よく思っていたことと同じように、雄介だって、みんなと一緒にいる時間が楽しかった。確かに冒険はできなかったけど、それに負けないくらい楽しかった時間なのだ。
そんな時間ができたのは一条と出会えたからだ。一条と出会えたから、雄介は椿に榎田、杉田や桜井、松倉と出会えた。一条がいなかったら、きっとここまで充実した日々は送れなかった。きっとここまで、未確認生命体と戦うことは出来なかった。だから、雄介は後悔なんてしていない。心の底から、思える。「ありがとう」、と。
グッと、一条にサムズアップをする雄介。そんな彼を見て、一条は……ようやく、気が晴れたような顔をした。そうか。俺と出会ったことが、この笑顔が似合う青年にとってそんなによかったことだったのか。嬉しかった。もしかしたら、心のどこかで雄介は、自分を恨んでいるんじゃないかと一条は思っていた。こんな過酷な戦いを強いらせてしまった原因を作ったのは、一条だったからだ。自由を奪ってしまい、ついに普通の人間の身体ですらなくなってしまった原因を作った自分は、恨まれて当然だと思って、勝手に雄介が自分を恨んでいると決めつけていた部分があった。
だけど……ああ、こんな笑顔を浮かべている雄介が嘘なんかつけるはずがない。本当に、自分に感謝してくれている。ようやく、雄介に対しての罪悪感が和らいだ一条は……微笑んで、彼にサムズアップを返した。サムズアップを返された雄介は笑って……そして、真剣な顔をした。
「じゃあ、見ていてください。俺の……変身」
きっと雄介が、最後にクウガに変身する瞬間だ。見届けよう。一条は静かに首を縦に振った。了承を得た雄介はビートチェイサーの前に立って……アークルを出現させた。
一条が見守る中、雄介は左腕を腰に添え、右腕を左前に出して……いつもの覚悟を決めるポーズをとる。ゆっくり、ゆっくりと、右腕を右前にもっていき……構えている左腕に力を籠めると、雄介の身体が変化していく。最初に金色のラインが血管のように雄介の身体を走り、次にその金色のライン同士の間に黒い鎧が形成されていく。胸を、両肩を、両腕を、腰を、両脚へと鎧が包まれると、最後に頭が変化した。
一条の前に現れたのは、真っ黒な戦士だった。4つの角、両肩・両腕・両脚には真っ黒な棘が生えており、かなり禍々しい姿をしている。そんな変わり果ててしまった雄介を見て、一条は少し恐ろしく感じてヒヤリと冷たいものが全身に走った。しかし……その若干の恐ろしさは、彼の目を見て消え失せる。真っ黒なボディの中、目だけはいつも通り赤く輝いていたからだ。
凄まじき戦士……『アルティメットフォーム』となったクウガは一条のほうを少し見ると……彼女が待っているであろう、遺跡に向けて走った。待ち合わせの時間は9時。30分以上も早く着いたのに……どうしてだろう。彼女が言っていた結界とやらが張られている様子がない。不思議に感じたクウガは嫌な予感がして、さらにスピードを出した。降り続ける吹雪なんて関係ない。ただただ走り続けた。そして……見つけた。
「……クウガ。随分、早く来たんだね」
昨日約束を交わした、真っ白な少女に。こんな吹雪の中、夏物の白いワンピースを1枚だけ着た、金髪の少女が。
「それに……なったんだ。究極の力を持つ存在に。……よかった。生物兵器になっていなくて」
少し嬉しそうに少女はクウガに話しかけると、今度はクウガが少女に尋ねた。
「……結界は? 9時になるまで、消えないんじゃなかったの?」
昨日、彼女は言った。ザギバス・ゲゲルの際に張られる結界は、開始から4時間で消えると。だから、それまでの間は誰も立ち入ることは出来ないと。なのに……まっすぐ走ってきたら、すぐに彼女を見つけることができた。彼女の言う、結界と思われるものなど、どこにもなかったのだ。
そんなクウガの疑問に、少女はさらっと答えた。
「そんなの……嘘だよ」
「……へ?」
嘘? え、ええっ!?
「う、嘘だったの!?」
「うん。嘘だよ、大嘘」
そんな……完全に騙された。いや、クウガは疑ってすらいなかった。だってあの少女が。純粋で、嘘を言えないような素直な性格をしているあの少女が嘘を言うなんて、思いもしなかったのだから。
「嘘ついて、ごめんね。でもああでも言わないと、クウガは来ちゃうでしょ?……私と一緒に、ダグバを倒すために」
「!」
そこでクウガは、彼女が言おうとしていたことが、思っていたことがわかった。確かに……彼女の言う通りだ。もし彼女が結界の話をしなければ、間違いなく加勢をしていただろう。彼女の願いをより確実に叶えられるように。今だって少し早めに来たのは、一通りの人たちに挨拶を済ませて時間が余り、あとはもうここに来るだけだったし、もし結界を無理矢理壊すことさえできれば、彼女を助けられると思ったからだ。
申し訳なさそうな顔で、少女は続ける。
「どうしても……どうしてもクウガを、ダグバと戦わせたくなかったんだ。あんな奴と……あんな、戦いを楽しむような奴と、戦わせたくなかった。あんな怖い戦いを、クウガにさせたくなかった」
おやっさんが言っていた。彼女はみのりから、自分のことについて聞いていたと。そして……自分が暴力を振るうことが嫌いだと聞いて、涙を流していたということを。だから……戦わせたくなかったんだ。第0号と……ダグバと。
彼女の話を聞くに、第0号である『ダグバ』と呼ばれる存在は戦いを楽しみ、しかもよほどの恐怖を植え付けるような奴だったらしいし……なるほど。確かに、そんな奴と戦うのは精神的にきつい。それに……そんな戦いをした後じゃあ、彼女の願いを叶える余裕なんてなかっただろう。
本当に、本当にいい子なんだ、あの子は。他人を思って涙を流せて、素直で、気遣いもできて……とってもいい子なのに……。
「私はダグバを殺した。ザギバス・ゲゲルに勝利して、新しい究極の闇をもたらす者になった。……約束を果たしたよ。今度は、クウガが約束を……ううん。私のお願いを叶える番」
そんないい子を、今から自分は……ッ。
拳を強く握って震えるクウガ。それを見た少女は、本当に申し訳なさそうな顔を一瞬だけ作って目を閉じ……そして、覚悟が決まったように目を開いてクウガを見据え、右手を自分の胸に置き、自分の願いを告げた。
「さぁ、クウガ。――私を倒して、ね?」
途端、真っ白な光を発光させて少女の身体は変化していく。
145cm程度だった身長は急成長して194cmまで伸び、年相応の慎ましかった胸もその身体の変化に合わせて膨らみを増し、少し白かった肌は真っ白に変色する。胸を隠すための鎧とロングスカートも真っ白であるが、その輪郭をなぞるように金色のラインが引かれている。それ以外の装飾品は両肩と両手首にある金色の鎧と、金のバックルが取り付けられているベルトしかない。エメラルドグリーンだった瞳も輝く金色に変色し、額の中央からは雷のような形をした4つの金色の角が前髪のように30度上の角度で左右対称に生え揃い、セミロング程度まで伸ばしていた後ろ髪は、1つに纏められてポニーテールと化している。
「私はン・ユニゴ・ゼダ。おいで、クウガ。来ないなら――私から、行くよ」
「!」
名前を名乗った少女、ン・ユニゴ・ゼダは……何一つ、音を立てることなくクウガの前に現れた。『ン』となったユニゴのスピードは、あのダグバですら反応できなかったほどに素早い。クウガからしたら、きっと遠くに離れていたユニゴが、自分の目の前にズームしてきたように感じただろう。
「おいで」
しかし、クウガの真ん前まで移動したユニゴは何もしない。せっかく先制攻撃を仕掛けられるチャンスをものにしたというのに、自慢の蹴りを入れるどころか、指1本もクウガに触れていない。触れようともしない。ただただ、自分に攻撃させようとクウガを挑発するだけだ。
「……っ。ハアァァッ!!」
少し俯いて何かと葛藤したクウガであったが意を決して、握り拳を作った右腕を引き、そして……ドガンッ! その拳をユニゴの腹に突き刺した。パンチ力80トンという軽戦車と同じくらいの重量を誇るクウガのパンチ。これだけならダグバのものと何ら変わりない。しかし……。
「……! うっ!」
一撃をもらったユニゴは身体を少しだけ跳ねさせて呻き、真っ赤な鮮血で雪を染める。パンチを喰らった彼女の腹には……アメイジングマイティキックを決めた後にガドルの身体に浮かび上がったものと同等か、それ以上の大きさの封印のリント文字が浮かび上がった。
クウガの最強の形態、『アルティメットフォーム』。 このフォームの恐ろしいところは、全身からの封印エネルギーの放出だ。
例えば基本形態であるマイティフォームを例にしよう。唯一武器を使用せず、マイティキックだけでグロンギたちを倒してきたマイティフォームには右足内部にのみ、とある血管状組織が存在していた。クウガはこの血管状組織に封印エネルギーを溜めて、そしてそれをグロンギの怪人たちにぶつけることによって封印エネルギーを身体の中に無理矢理注入していたのだ。これは他の、どのフォームでも同じだ。
しかし……この究極の姿であるアルティメットフォームでは、なんとその血管状組織が発達して全身を彩っている。他のフォームで必殺技を放つ時のみ放出されていた封印エネルギーを、全身から放出できるようになっているのだ。つまり、ただの体当たりやパンチといった何の変哲もない通常攻撃だけで、必殺技と同様の効果を発揮することができるのだ。
「……流石、ダグバをモデルにしただけのことはあるね……」
アメイジングマイティキック以上の封印エネルギーを叩き込まれたユニゴは少し身体を傾けさせて、殴られた腹を擦る。……と、封印のリント文字がすぐに消えていった。
「でも、これは効かない。もっと、おいで」
ダメージはきっちり受けている。ただ、致命傷に至るには程遠いだけなのだ。ユニゴの防御力はダグバ以上。華奢ながらも頑丈な身体と、あらゆる攻撃に適応する適応能力によってすぐに体は元の状態に戻る。もうユニゴは、適応能力によって身体を作り替えることはしていない。ダグバにできたことをクウガにできないはずがないと見越して、今はただ、自分の身体を元に戻すことだけに集中させていた。だから足りない。
「く……はぁっ!」
ドガッ、ドガンッ、ドガンッ!! どこか苦しそうに彼女の身体を殴り続けるクウガ。攻撃を喰らうたびにユニゴは身体を仰け反らせ、後ろへ、後ろへと下がり、封印のリント文字を浮き上がらせて行くが、やはり最終的にはそのすべてを掻き消し、傷も癒える。
「クウガ……もしかして、迷ってる?」
「……ッ」
「……やっぱり」
一瞬だけ動揺したクウガを見て、ユニゴは溜息をついた。究極の存在となっても、クウガは自分らしさを捨てていない。五代みのりの兄である、五代雄介を見失っていない。まったく、どこまでも優しいな。こんなどうしようもない自分に対して、まだ非情になりきれていないなんて。本当に、戦うこと……いや、暴力を振るうことが嫌いなんだ。どんな相手に対しても……きっとダグバと戦わせても彼は、手を上げることを躊躇ってしまうのだろう。
みんなの笑顔を守るために戦うといっても、周りがどれだけ雄介の雄姿を讃えて正当化しても、彼の中では大嫌いな暴力を振るっていることとなにも変わらないんだ。……そんな優しい彼に、そんな彼だとわかっているのに、なんてお願い事を叶えさせようとしているのだろう自分は。酷い女だ。
でもきっと彼でなければ、自分を倒すことができない。殺せない。もう、自分以外のグロンギは全滅してしまった。完全な『究極体』となってしまった今、神経断裂弾も碌に効果が表れることはない。神経断裂弾はモーフィングパワーには対抗できない兵器だからだ。
「昨日、言ったよね。私はあなたの敵、って。ダグバに代わって『究極の闇をもたらす者』になった私を放っておいたら、どうなると思う?」
だから……ユニゴは煽る。少しでも自分を倒すことへの抵抗を消すために。クウガの暴力を正当化させて気を楽にしてもらうために。ただし、彼が自分に代わって究極の闇をもたらす生物兵器にならないように上手に調節しながら。人間心理学をマスターしている彼女にとって、ちょっとした心理誘導をするのは容易いことだ。
人間の心を理解してしまった彼女の中にあるのは、何人もの人間を殺害してしまったことに対する後悔と、誰よりも優しい心を持ったクウガに対する罪悪感だけだ。『殺人』という、もう後戻りができない罪を少しでも償うには、自分が死ぬしかない。でも自殺なんて、逃げるような方法で死ぬのは許さない。人間かクウガに、殺される。人間に近くなったといっても、まだグロンギとしての感性も少しだけ残っているユニゴらしい、償い方だった。
「…………」
一方、クウガはユニゴの言葉の真意よりも、彼女が言ったことについてを考えるので頭がいっぱいだった。もし彼女をこのまま放っておいたらどうなるか。『究極の闇をもたらす者』としての力を覚醒させ、第0号との戦いを勝利に収めた彼女を倒さずに生かしておいたらどうなってしまうのか。
ユニゴに限って、自分の意思で人間を殺すことはありえないだろう。……だけどもし、なにかのはずみで理性が崩壊し、『究極の闇をもたらす者』となってしまったら……きっと彼女は生物兵器に成り下がってしまう。自分だって、そのリスクを承知でアルティメットフォームになったのだ。『究極体』となったユニゴもまた、暴走と隣り合わせのリスクを背負っているに違いはなかった。
「クウガ、お願いだから……私にこれ以上、リントを殺させないで」
黙って立ち尽くしているクウガを見て、きっと自分を放置したらどうなるかを考えているのだろうと判断したユニゴは、ついにとどめのセリフを口から出した。もう、これを聞いてしまったらクウガは決心を固めるしかない。彼は誓ったのだ。みんなの笑顔を守ると。もうこんな悲しい戦いは終わらせると。そして、自身の罪を認めて深く後悔しているユニゴの手をこれ以上汚させたくないと。もう苦しませたくないと。
自分の手で、それらを実現させられるのなら……。彼女の本心と覚悟を受け取ったクウガは、後ろに3mほど下がって充分な距離を確保し始める。
椿は言っていた。第46号ことユニゴと戦う場合は一撃で仕留めなければもう二度と通用しなくなると。ならば、最強の技で一気に圧すしかない。彼女の身体が適応する前に倒す。
「……そう。それで、いい……」
ようやく、やる気になってくれたことを素直に喜んだユニゴは力を込め、胸を前に出して腕を引き、構える。
「来て、クウガ。終わりにしよう」
「……っ。はあぁぁぁっ!」
最後の引き金を引いたユニゴの言葉で、クウガは彼女に向かって駆ける。全身に放出していた全ての封印エネルギーを両脚に集中させ、様々な感情が混ざり合う叫び声をあげてユニゴとの戦いを終わらせるために、白い雪の積もる地面を蹴って走る。
今までの経験で一番距離的に丁度のいいところでジャンプをして、空中で一回転。
「おりゃあああぁぁぁぁ――っっ!!!」
気合の入った声をあげて、両脚を前に出し……ユニゴの胸にアルティメットキックを炸裂させた。
「うぐぅっっ!!!」
今まで経験したことのない衝撃とダメージ、そしてこれでもかと言うほどの封印エネルギーを真正面から受け、構えていたユニゴは地面に足をつけたまま10mほど後ろに下がる。
「うあ……あ……」
アルティメットキックを喰らった痛みと、大量に身体の中に流れ込む封印エネルギーの影響で身体を傾けびくりっ、びくりっと痙攣させるユニゴはクウガを見て……右手人差し指を立てた。
「も、もう……1回……ッ」
「え……」
「いいからッ! もう1回、やってッ! 間に合わなくなるからッ!」
「!」
……なんと。アルティメットキックを真正面から喰らって大ダメージを受けても、ユニゴは耐えることができてしまった。致死量まで届かなかった。予想以上にユニゴの身体は頑丈だった。
ただ効果はしっかり現れており、今も彼女は大量の封印エネルギーに苦しめられている。適応し、治るには時間がかかるのだ。だから……適応しきる前にもう一度同じ攻撃をしてくれと申し出た。
首を縦に振って応じたクウガは、また両足に力を籠める。今度はさっきの距離のおよそ倍を走るために、両足に溜まる封印エネルギーの量も多くなる。ジャンプの飛距離も高くなり、威力は倍以上にまで跳ね上がった。
「おりゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――っっっ!!!!!!」
それに呼応してか、一撃目の際に上げた気合を込めた叫び声も大きくなり、九郎ヶ岳遺跡全体に響き渡った。そしてもう一度、アルティメットキックを撃ち込んだ胸に、封印エネルギーを込めた両足を突き刺す。一瞬だけ、キックを受けたユニゴの胸元から血飛沫が舞った。
「うあああぁぁぁぁッッ!!!」
今度は一撃目のときと違って衝撃に耐えられなくなり、ほとんど一直線に蹴り飛ばされてしまい……九郎ヶ岳遺跡の岩に激突した。ぶつかった岩はまるで爆弾が爆発したかのようなけたたましい音を立てて崩れ、ユニゴの身体はその粉々になった岩の中へと埋まる。
蹴り飛ばしたユニゴがいる場所をじっと見つめるクウガ。すぐに状況は動いた。真っ白なユニゴの手が崩れた岩を掴み、そこを支点として、彼女は身体を起き上がらせる。何とか2本足で立ち上がり、痛みに震えながらも少しずつ前に歩き出すユニゴ。
「……うっ! あ、あうぅ……っ」
瓦礫の中から何とか抜け出したところで、彼女の身体は大きく震え、倒れないように足を内股にし、
「あ……あっ……う、うぅ……」
2回のアルティメットキックを受けた自身の胸に両手を当てて「うっ……ううっ」と苦痛に悶える声を数回繰り返して身体を上下に動かして、胸に当てていた両手を離すと……彼女の胸の中央に、巨大な封印のリント文字が浮かび上がってしまっていた。今度のものは今までのものとは違う。いつまで経っても消える雰囲気がないばかりか、むしろその文字の輝きは強くなっていく。
「うわっ……ううあっ……」
胸に刻まれた封印のリント文字から下半身に向かって、少しずつ身体に亀裂ができていく。ジリジリと、進攻するスピードはこれまでのグロンギ達と比べてかなり遅い。頑丈すぎる体質と、無意識のうちに発動している適応能力のせいで自分の身体を蝕む封印エネルギーをなんとかして食い止めようとしているからだ。だが食い止めようにも、身体に撃ち込められた封印エネルギーの量はあまりにも多すぎた。彼女の能力、そして身体の適応範囲を軽くオーバーしてしまっていた。能力で作り出している抗体も次々と破壊され、確実に広まっていく身体の亀裂。その亀裂の中を駆け巡り、さらに亀裂を作っていく封印エネルギーはどんどん彼女の下半身に向かって進んでいき……
「あうッ!!」
ついに、彼女の急所――腰に巻かれているベルトの中心部分で金色に輝く、グロンギ族の紋章であるバックルに到達した。
――To be continued…
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第30話 『回答』
全てが始まった『思い出の地』、九郎ヶ岳遺跡にて。1年に渡るクウガとグロンギ族との戦いは、そこで終わりを迎えようとしていた。
「うわっ……ううあっ……」
『凄まじき戦士』……アルティメットフォームに変身したクウガの必殺技を2回も受けた、現代に蘇りしグロンギ族の最後の生き残り、究極の闇をもたらす役目を引き継いだ者、ン・ユニゴ・ゼダ。胸に浮かび上がる巨大な封印のリント文字は、彼女が望んだものだ。しかし、やはり苦しいのだろう。痛いのだろう。そこから封印エネルギーが身体に亀裂を入れ、その亀裂を伝って封印エネルギーが身体中に巡っていくたびに痙攣させている。
そしてついに……その封印エネルギーは、彼女の急所である金色のバックルまで辿り着いた。
「あうッ!!」
叫ぶユニゴ。ビクッと一際大きく痙攣させると、首を上げ、両腕は後ろに引き、両脚は内股にさせたまま彼女は固まってしまった。
封印エネルギーが到達したユニゴのバックルは一度ピカッと光ると、その輝きが静かに静かに収まっていく。いつもならばここで大爆発が起こるはずなのだが、彼女の身体は爆発せずにそのままの状態を貫いている。
もしかして、間に合わなかったのか!? 適応してしまったのか!? まさかの事態に焦るクウガだったが……それは杞憂に終わる。
「あ……ああ……」
固まっていた身体をユニゴが震わせると……ピキッ。彼女のバックルの中心に皹が入った。ピキッ……ピキッピキッ……ピキピキピキッ。その皹はまるで蜘蛛の巣のように広がっていき……パキンッ! バックルの全体に伝った瞬間、跡形もなく砕け散った。
「う……あ……」
バックルが破壊されたユニゴは怪人体を維持する力を失い、人間の姿に戻る。金色の髪は乱れ、綺麗だった碧眼もとろんとしてしまって焦点が合っていない。真っ白だったワンピースも胸元から流れる血のせいで少しだけ赤く滲んでいる。
そんな彼女は、力が抜けてしまったように両膝を雪の積もる地面に折って……そのまま上半身も前に投げ出してうつ伏せに倒れてしまった。
「! ゆ、ユニゴッ!」
ハッとしたクウガは変身を解き、五代雄介の姿となってユニゴが倒れている場所まで走る。走るたびに積もっていた雪が飛び、彼の靴の中に入って足を濡らしていくがそんなこと、今の雄介は気になってもいない。
彼女の元まで辿り着いた雄介は、走っている間に彼女の身体に積もってしまっていた雪を払って、彼女を起こして左腕で支える。
「……う……あ。ク……ウガ……」
薄く目を開いて輝きが失いかけているエメラルドグリーンの瞳を雄介に向けるユニゴ。
「バカ……どうして変身、解いちゃうの……? まだ私……。ああっ、ううっ……」
「ユニゴ、もう喋らないでっ! 傷が……」
「無駄だよ……私のベルト、壊れちゃった……。もう致命傷。助からないよ……」
首を横に振って、自分の命が僅かしかないことをユニゴは告白する。そして、首を振ることをやめた彼女は雄介の顔を見て、不思議そうに尋ねる。
「もう……どうして、クウガは泣いているの……?」
雄介は両目から、溢れんばかりの涙を流していた。何とか耐えようと口を引き攣らせているが、それでもやっぱり涙は止まらない。
「酷い顔だよ、クウガ……泣かないでよ……」
「だ、だって……俺……ユニゴに、いっぱい殴って、蹴って……」
……そうか。まだクウガは、自分がしたことを『暴力』と思っているのか。本当にどこまでもお人好しなんだからと、ユニゴは心の中で苦笑した。
「クウガはただ……私の我儘でお願いしたことを、叶えてくれただけなんだよ?」
「それでも……それでもさ……っ」
「もう……だから、クウガは何も悪いことをしてないんだって……。私のお願いを聞いてくれた。約束、守ってくれた。とってもいいこと……したんだよ?」
「ユニゴ……っ」
「クウガは何も悪くない。だから……もう泣かないで。……笑ってよ。素敵な笑顔、私に見せて。ね?」
プルプルと震える右腕で雄介の涙を拭うユニゴ。彼女もまた、雄介の笑顔を守りたいと願った者たちの1人だ。だから、ただ笑ってほしかった。こんなことをさせた自分が言えることではないと心の中で思っていても、それでもやっぱり、彼には笑顔でいてほしかったのだ。
訴えられた雄介は涙を流しながらも……無理矢理表情を作って、にこっと笑った。自分のできる範囲で叶えられることなら何でもしようと決めた雄介は、彼女の要望通り笑った。笑って見せた。
「そう……。それで……いいの……」
自分の我儘に付き合ってくれていて、本心から笑っていないことはわかっている。でも、それでも、ユニゴは満足だった。無理矢理なものでも、やっぱり彼は笑顔が一番似合う。きっとそんな笑顔を、誰にでも振り撒いているのだろう。彼はそういう人間だ。そんな心優しい彼が、今までたくさんの罪を犯してきたどうしようもない自分にも笑顔を見せてくれた。例えそれが作り笑顔だとしても、こんなにも嬉しいことはない。
彼の涙を拭っていた右腕からユニゴは力を抜けさせ、雪の積もる地面に落とす。自分の手があっては彼の笑顔がよく見えないからだ。
「クウガ……ごめんね。私たちの自分勝手で冒険できなくなっちゃって、自由を奪って、大嫌いな暴力をさせちゃって……本当に、ごめんなさい……」
しょぼんとした顔で謝るユニゴは視線をずらす。
「私……全部の力、なくなっちゃった。ベルトが壊れて、もう力は使えない。変身することもできない……。ただの無力な女になった」
彼女は自分の力を失ったことを絶望してはいなかった。逆だ。自分の力……グロンギ族としてのすべての力を失ったことを、喜んでいた。
「――やっとリントに……ううん、
遥か古代、ユニゴは生まれながらの天才児だった。才能や美貌だけでなく、グロンギ族に必要不可欠な魔石『ゲブロン』の力が飛び抜けて強かったために幼少期から『殺す』という意味もわからないまま当たり前のように何人もの人間を殺害し、そして先代クウガによって封印されてしまった。そのためユニゴには自由な時間などなく、復活を遂げて目の前に広がる青空を見たときに彼女が祈ったことは『自由に生きたい』という純粋な願いだった。
「私……本当は人間たちのように、もっと生きたかった。もっと自由になりたかった。もっと……遊びたかった」
板橋に拾われて、服をもらって、一緒に買い物をしたりして、そして自分と同じくらいの年の子供たちを見るたびに、どこかで彼女は『人間』というものに憧れを抱くようになっていた。彼女が自分のゲゲルを人間たちに認めてほしくて殺す人間をわざわざ選び、それ以外の人間を1人も殺さなかったのも、この憧れの感情が強かったからだ。……でも、それを現実にするのは無理だと、彼女は諦めていた。
だって自分は普通じゃない。人間の姿に化けている化け物だ。人間じゃあない。仮にグロンギであることを隠してなんとか彼らの輪の中に入ったとして、待っているのはダグバによる『整理』。自分の命を代償にしてまで、そんな日々を送りたいかと問われると首を縦には振れない。だってユニゴの願いは1つだけ。それ以外を願うと、我儘を言うと負担になってしまう。贅沢なことなんて言わない。ただただ彼女は、『生きたかった』。
「……そっか。どうして人間を殺しちゃいけないのか……やっと、わかった……」
と、そこまで考えたところで、彼女は自分の納得できる答えを見つけた。自分の命が残り少なくなったことで気が付くなんて、何とも皮肉だった。
「人間を殺すことって、『生きたい』って願うことを、取り上げちゃうことだったんだ……」
過去の自分と現在の自分の願望。そして、自分が殺してきた人間たちの「死にたくない!」という叫び声を思い出して照らし合わせ、ようやく出てきた彼女の回答がこれだった。
自分の願いは『生きたい』。そしてそれを叶えるために殺してきた人間たちの最後の叫びが『死にたくない』。言葉は違えど、全く同じことだった。
どうしてこんな簡単なことに、自分は気付くことができなかったんだろうか。自分のバカらしさに呆れ、怒り、そして同時に悲しくなった。自分の願いを叶えるためだけに、自分と全く同じことを考えている人間を何人も殺してしまったことに気が付いたからだ。
「私……いっぱい、人間殺しちゃった……。生きたいなんて願う資格、私にはなかったんだ……」
自分が今までやってきたの罪の重さを改めて思い知り、生きる資格なんてないと感じたユニゴは、「ぐすん」と嗚咽を漏らして、涙を流し始めた。雄介やみのりが言っていた「虚しくなるだけだよ」というセリフを思い出す。ああ、そうだ。
答えに辿り着いて、自分が殺めてしまった者たちの無念を知って、自分に生きる資格がないと痛感した今のユニゴの気分はとても悲しくて、そして虚しいものであった。空っぽだった。力を失い、目標を失い、価値観を失い、そして命まで失おうとしている自分に対して、なんてぴったりな言葉なんだと自嘲する。
「資格なんて……そんなの、いらないよ」
ぼそっと呟いた雄介の言葉。しかしその言葉の内容をしっかりと聞こえたユニゴは「え……?」と返す。すると、雄介は作っていた笑顔を崩して、真剣な顔になって彼女に訴えた。
「『生きたい』って願うのに、資格なんて必要ないじゃない! どんなに悪いやつだって、どんなに酷いやつだったとしてもさ。それを願っても、別に良いんじゃないかな。だって生きることに資格がいるなんて、そんなの悲しすぎるじゃないかっ!」
「……!」
ユニゴの涙が止まった。その代わり、涙を流していた目は大きく見開かれて、その中の綺麗な瞳を全て晒して驚きに包まれた顔をしている。
今の言葉は……決して自分を慰めるために、そして自分に同情して言ったものではなく、彼の本心からのものだったからだ。だって慰めるためだけに、こんなに真剣で真面目で……憐みの感情なんか一切含んでいない優しい眼差しを向けることなんて、きっと誰にもできやしないだろうから。
何とも不思議な説得力が込められた雄介の言葉を聞いて、ユニゴは「そっか……」と短く返した。こんな私でも……『生きたい』と願ってもよかったのか……。自分の存在自体を否定しようとしていたユニゴにとって、この雄介の言葉は他のどんな言葉よりも強く、優しく、温かい言葉だった。
「私の我儘、1つだけ言ってもいい、かな」
だから……ついつい雄介に我儘を言いたくなってしまった。これ以上、彼に我儘を言うつもりなんかなかったのに……こんなに優しい言葉をもらってしまっては甘えたくなってしまう。ユニゴだって、封印されていた期間を除けば13年しか生きられなかった、人間でいうところの小学校6年生か、中学1年生程度の少女なのだ。優しい言葉に、優しい人間に甘えたくなるのは当然のことだった。
雄介は黙って縦に首を振る。肯定してくれた。私の我儘に耳を傾けてくれた。そう考えるだけでも、ユニゴは幸せだった。
「またいつか……あなたと会いたい。何年かかっちゃうか、わからないけど……。今度は人間として、あなたと会いたい。それでいっぱい、お話をしたい」
「それから……」と、ユニゴは続けた。
「あなたと、一緒に冒険をしたい。自由な、気まぐれな、そんな冒険をあなたとしたい」
「!」
「……ダメ、かな」
みのりから雄介が世界を自由に冒険する冒険家だと聞いたとき、ユニゴは申し訳なく感じた一方で、こうも思ったのだ。きっと一緒に冒険をしたら楽しいだろうな、と。『自由』という言葉にも憧れていたユニゴは、彼の性格や人格だけでなく、職業にも惹かれていたのだ。
意外だったユニゴの
「ダメな訳、ないじゃないかっ。うん、いいよ。俺ずっと、待ってるから。ユニゴとまた会えるまで世界を冒険して、絶対にユニゴを探し出すからっ」
すぐに笑顔になって肯定し、右手でサムズアップをしていた。今度の笑顔は作り笑顔なんかじゃない、本心からの笑顔だった。
「……そっか。嬉しい……」
嬉し涙を一粒、頬に流すユニゴ。雄介にとって何もメリットはないのに。いつ会えるかなんてわからないのに。いや、それ以前にこんな我儘、実現するかどうかすら絶望的なのに。彼は……受け入れてくれた。しかも大真面目に、本心からの笑顔とともに、嘘偽りなく答えてくれた。
きっと彼はもう自由な冒険なんてしないだろう。『私を探すため』に、世界各国を回るに違いない。また……彼を縛り付けてしまった。自由を奪ってしまった。けれど……雄介は全然抵抗しなかった。むしろ嬉しがってくれている。……まったく。
「どこまでも……お人好し、なんだから……」
ふっと頬を緩め、目を細めて、ユニゴは言った。
「ゆ、ユニゴ……今――」
「――ゴホッ! ガッ、ケホッ……ケホッ!」
雄介のセリフを遮って、ユニゴは大きく、苦しそうな咳をした。そして納まったと思いきや、彼女の口の中から赤黒い血の塊が吐き出され、血が滲んでいた白いワンピースをさらに赤く染め上げる。
「ユニゴッ!?」
「はぁ……っはぁ……っ、ご、ごめんなさい……私、もう……」
口から血を吐いた瞬間、ユニゴは自分の身体の感覚がどんどんなくなっていくのを感じる。視界もぼやけてきたし、下半身もまるで麻酔にかけられたかのように力が抜け、冷たくなっていくのがわかる。
「そろそろ、お別れの時間……みたい……」
「……そっか」
「うん……。……そうだ。この時計……」
時計。……ああ、これか。ユニゴの首からぶら下がっている金色の懐中時計を見つけた雄介は、それを手にする。開けてみると秒針はしっかりと動いており、彼女の血もついてはいなかった。
「受け取って……くれる? いつかまた会えるその日まで、これと一緒に冒険をしてほしい」
「……うん、わかった」
ユニゴの首につり下がっている時計の紐を取って、自分の首にかける雄介。彼が今着ている黒い服に、とてもよく似合っていた。
最後の最後まで、自分の我儘を全部聞き入れてくれたことを幸せに感じたユニゴは、もうほとんど感触のない右腕を胸のあたりまで持ってきて……グッと親指を上に立てた。……サムズアップをしたのだ。
そして、緑色の瞳が見えなくなるまで目を細めて……彼女は初めて、笑顔を作った。うまく筋肉が動かないからか、少しぎこちないものであったが、どこか
「ありがとう。じゃあ……またね――雄介」
初めて『クウガ』ではなく『雄介』と彼を本名で呼んで感謝の気持ちを言葉にするユニゴ。そしてそれが、彼女の最後の言葉だった。
目を細めた状態で、雄介の顔を見るために少し上げていた首がカクンと下を向き、サムズアップをしていた右手は崩れ、上げていた右腕も力を失ってだらりと雪の積もる地面に落ちた。全身の力が抜け、さっきまでは左腕1本で支えられるほどに軽かった彼女の身体が重くなり、右腕も使ってやっと彼女を抱きしめられた雄介は、再び涙を流しながら彼女の名を呼ぶ。
「ユニゴ……っ」
とても安らかで、幸せそうに、まるで笑っているかのように眠る彼女は、いくら呼びかけられても目覚めることは永遠にない。
時刻は午後8時48分。
現代に蘇りしグロンギ族の最後の生き残りにして、最も人間らしかった少女、ン・ユニゴ・ゼダは静かに息を引き取った。
――To be continued…
……はい、こんにちは。というよりこんばんは。
あとがきに挨拶を書くのは初めてですね。
さて、まぁ、言いたいことはいろいろありますが、それはコメント欄にて、皆様から頂いたコメントに対して個別に対応することにしましょう。
次回が最終回です……が、題名が二文字でなく、三文字になります。
どんな題名をつけるのでしょうか、推理してみてください。
それでは。
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エピローグ
最終話 『雄 二 五』
時刻は午前9時11分。
東京都千代田区霞ヶ関、警視庁。
未確認生命体ことグロンギ族との最終決戦から3ヶ月と5日が経過して、現在4月30日。この日の天気は快晴だった。
全ての捜査、および様子見から、未確認生命体とみられる事件が起こらなかったことから、本当に戦いが終わったことを認定され、未確認生命体合同捜査本部は今日で幕を閉じたのだ。
「…………」
手に持った資料を捲って、黙って見る一条。そこに書かれていたのは、
『未確認生命体第0号
平成13年1月25日、長野県駒ヶ根町室木、九郎ヶ岳名伊里曽沢に於いて第46号と交戦、
第46号の殴打による腹部神経断裂により死亡。
(死亡推定時刻:平成13年1月25日午後7時から8時頃)』
「…………」
そしてまた1ページ進めると、
『未確認生命体第46号
平成13年1月25日、長野県駒ヶ根町室木、九郎ヶ岳名伊里曽沢に於いて第4号と交戦、
第4号の攻撃による腹部神経断裂により死亡。
(死亡推定時刻:平成13年1月25日午後8時から9時頃)』
この2体のグロンギは一条にとって、忘れることができない2体だった。
第0号はこの長い戦いを引き起こした元凶であり、第46号は3996人という大量虐殺を行ったばかりか、巧みな戦略によって一般人を味方につけ、自分たち警察と雄介を揺るがしてきた存在だ。二大巨頭と呼んでも遜色のない、強敵だった。尤も、実際に戦ったのは第46号だけで、第0号は資料通り、その第46号によって倒されたのだが。
「お茶入りました」
「ありがとう」
「ああ、ありがとう」
「サンキュ」
笹山からの差し入れに、資料を読んでいた一条と、その近くのデスクで片付けをしていた杉田と桜井は一言礼を言ってカップを受け取った。
「見始めると終わらないんだよな」
「つい見てしまいますけどね」
「あ……はは、は……」
「長い戦いだったなぁ……」
「第0号を含めて48体ですもんね……」
資料にはこの濃すぎる1年間のすべての情報と思い出が詰まっている。だから、1回見始めてしまうと、懐かしくて、辛くてもどこか楽しかった思い出が蘇ってきて、思わず手が進んでしまってずっと見続けてしまうのだ。
「結局、第46号の死亡は報道されなかったよな」
複雑そうな顔をしながら、杉田はお茶を飲んで「ふぅ」と一息をした。
世間からは第4号ことクウガと並ぶくらいの支持を集めていた第46号。警察上層部は、その第46号を倒したことを世間に流すと批判の声が集まり、警察の威信に関わると判断したのだ。だから、世間には第0号は第4号に倒され、第46号は生死不明と報道された。
「でもそのおかげか、ここ3ヶ月の間は全くと言っていいほど事件は起こっていませんよね」
「ええ……」
桜井の苦笑に一条もつられてしまって、微妙そうな顔になる。
第46号のゲームが始まってから万引き・殺人・詐欺・横領・恐喝・ストーカーなどの事件はほんの数件しかここ最近は起こっておらず、減っていないのは交通事故ぐらいだ。
『悪人』ばかりを狙い、またどこに現れるかがわからない神出鬼没な未確認生命体である第46号の生死がはっきりしていない今、『もしかしたら自分の元に現れるかも』という恐怖が先行しており、世間では『犯罪を行う=第46号に殺害される』というイメージが付いてしまったのだ。
「まったく、どこまでも皮肉な奴だ第46号は。さんざん俺たち警察をコケにしておきながら、土産まで置いていきやがった」
「しかし、おそらくこれも一時的なものでしょう」
「……だろうな」
世間というのは流れていくものだ。どんな偉業を達成しても、どんなに大きな事件が起きても、3年も経てば当事者以外の記憶が朧げになり、10年経てば世代交代に入って、インターネットなどで検索をしたり、特番などで取り上げられない限り、語り継がれることはない。だから、この未確認生命体の事件も、第46号のことも、きっと世間はすぐに忘れてしまうだろう。
「もし、五代さんじゃない人が第4号だったら、どうなってたのかぁ……」
「あ?」
「いえ、五代さんじゃなかったら、最後まで戦えなかったかもって……」
笹山の素朴な疑問に杉田と桜井は少しだけ考える。一条はもう結論が出ているらしく、遠い目で窓の外を見据えていた。
「はぁ……そうだね。いつでも笑顔で頑張れる五代さんだったから、最後の最後まで……」
「なんでだよって言うくらい、良いやつだったもんな」
10秒くらいして、杉田と桜井は一条と同じ結論を出した。きっと彼だからこそ、彼のような男だったからこそ、ここまで自分たち警察と連携して未確認生命たちと戦うことができた。どんなに厳しいときも「大丈夫!」と言って笑顔にさせてくれる彼がいたからこそ、最後の最後まで戦うことができた。
「確かに、彼ほどの男はそうはいないだろう」
いつからいたのか、本部長の松倉が入口の所に立っていた。松倉を見た4人は少し姿勢を正して彼に一礼をする。松倉は現場に赴くことこそなかったが、上層部からの圧力から一条たち捜査官とクウガである雄介を守り、責任を負い続け、いつも陰から支えてくれた人物だ。きっと彼が本部長でなければ、クウガと警察が手を組むことは絶望的だっただろう。
「だが、君たちも本当によく頑張ってくれた。それは誇りにしてもいいと、私は思っている」
一条たちのほうへ歩み寄って来た松倉は彼らの雄姿を称賛し、「ん」と、もうここにはいない雄介のトレードマークだったサムズアップをした。そして……それを見た4人は穏やかに笑って松倉にサムズアップを返して「ありがとうございます」と再び一礼し、松倉もまた穏やかに笑う。この場に居ずともみんなを笑顔にさせてしまう雄介の魔法は優しく、温かく、そして力強いものであった。
「それにしても……彼は今、どこで何をしているんだろうなぁ……」
最後の戦いを終えたとき。第46号の亡骸を大事そうに抱えていた雄介は、一条に彼女を預けてそのまま黙って冒険に行ってしまった。
今彼がどこにいるのか、今彼がどんな心境なのか、それは誰にもわからない。けれど、きっと彼はこのどこまでも続く青空の下で上手くやっている。そう、思うことは出来た。
――――・――――・――――
青空は警視庁の上だけに広がってはいない。
時刻は午前9時30分。
文京区の喫茶、ポレポレ。
ここのマスター、飾玉三郎は笑顔で鋏を動かしてなにかを切っては張って、そしてペンを動かしてなにかを作っていた。今彼が身に着けている、胸に戦士『クウガ』のリント文字が入った白いエプロンは、ここで手伝いをしていたときの雄介が作ったものだ。
「おはようございます!」
「遅いぞー!」
「すんません」
開店時間の30分をオーバーして、上機嫌に店の中に入る奈々。彼女が入ってきた際、ドアに取り付けてあった鈴がカラカラーンと軽快な音を奏でる。
「なにしてんの、おっちゃん」
「ん? 夏目実加ろんから手紙が来てさ。希望の高校受かって、フルート続けて頑張ってますって」
元気そうに笑顔で笑う実加が制服を着た写真が一緒に送られてきて、そして、手紙には自分を元気つけてくれたみんなへの感謝の言葉が綴られていた。
「これ俺のね、プリクラ!」
どうやら玉三郎が書いていたのは実加への返事の手紙だったらしい。「どうだ」と言わんばかりに奈々にプリクラを見せようとする玉三郎だったが、「そんなことより」と流されてしまった。
「今日遅くなっためっちゃ嬉しい理由、聞きたない?」
「ん?」
多分「聞かない」と返しても一方的に話してきそうな勢いで自分のバッグから青い冊子を一冊取り出して、玉三郎に満面の笑顔で「これ!」と見せる奈々。
「受かったのかっ、オーディション!」
「うん!」
なんと念願の役者を選抜するオーディションに、奈々が受かったのだ。それが届いたとき、まずは茫然、次に興奮してしまい、最後にあれこれ想像しているうちに時間が過ぎてしまい、30分も遅れてしまったのだ。
「なんだこいつぅ~やったじゃないかぁ!」
右手でサムズアップを作った玉三郎は奈々の朗報に歓喜し、立てた親指で奈々の額をぐりぐりと弄る。玉三郎が喜んでくれて、さらに嬉しくなった奈々も右手でサムズアップをした。
「受けるとき、五代さんが前に言うてたこと思い出して、奈々ちゃんの笑顔でたっくさんの人が笑顔になるかもて思たら、やったるでって気になるんじゃないって」
「うん、そっかぁ」
しばらくの間喜び合う2人。はたと、なにかを思い出した奈々が玉三郎に聞いた。
「そういえば……あの子が置いてったあの大金。今どれくらい残っとるん?」
「うん? ああ。えっと……まだまだ全然。いくら寄付してもなくならないよ……」
「ほんまかいな……」
2人であの1億5000万の使い道を必死で考えた結果、募金活動をしている団体に1万円ずつ寄付することに決めたのだ。
自分たちの私利私欲のために使うのは気が引けるし、だったら難病や飢餓、障害者施設や孤児園など、世界中で苦しむ人たちを少しでも笑顔にするために役立てたほうがいいと思ったのだ。
「値段上げたほうがいいんとちゃう?」
「いやいや、1万円でも充分に高いほうなのに10万とかボンっと出してみろって」
「……それもそやね」
想像してみた。「募金お願いしまーす」と呼びかけている人たちの元に玉三郎が来て、懐から10万円の束を出してポイって投げたらどうなるか。
きっと募金活動していた人たち「は?」って感じの顔になってドン引きの視線を送るか、それとも「いやいやいやいや!」とパニックになってしまうかのどっちかになってしまうだろう。とてもじゃないが「わぁ、ありがとうございますー」とか言って流すとは到底思えない。よほどの大富豪じゃない限り、1万円がやっぱり丁度いいくらいなのだろう。……いや、1万円でも、「あの……1000円と間違えていません?」と訊かれてしまったことが度々あった。かなりスレスレの範囲だった。
「いつになったら、全額寄付できる日が来るんやろね」
「さぁ、そればっかりはわかんないな。でも、いつかあのお金が全部なくなったときには、1つでもいいから募金した団体が笑顔になる結果が出てくれるといいな」
「せやね。天国におるあの子も、きっとそれを望んではるよね」
「ああ、きっとな。……さっ、仕事するぞ仕事!」
「ん、おっけー、おっちゃん!」
今日もポレポレは、様々な人たちが来店しそうだった。
――――・――――・――――
青空は東京だけでなく、ここにも繋がっている。
時刻は午前10時33分。
千葉県市川市、とある公園。
「長野に帰るんだって?」
「ええ。それで一言、ご挨拶をと思いまして」
「そっか……。お疲れさまでした」
「はい。お疲れさまでした。色々と無理を聞いていただき、ありがとうございました」
息子の
「お母さん!」
と、そこまで済んだところで、冴が母親である榎田を呼び……ポンッとサッカーボールを蹴った。きっとお母さんに向かって蹴ったのだろうが、まだまだ練習中ということもあって軌道がずれ、隣に立っていた一条のほうへ飛んでしまった。
「おっ」
しかし一条は臆することなくサッカーボールは胸で受けて真下に落とし、そのまま冴に蹴り返した。しっかりと手加減して蹴ったためボールの速度は緩く、冴も簡単に足で取ることができた。
「おぉー」と意外にサッカーが上手い一条を拍手する榎田、そして、ボールを受け止めた冴は笑顔で一条にグッとサムズアップ。その姿は、雄介にそっくりだった。冴も笑顔がよく似合っている少年だ。そんなことを思いながら、一条は冴にサムズアップを返す。
「最近はまあまあかな。早起きしたときは一緒にホットケーキを焼いたりして。だいぶ上手くなったしね。明日はとあるテーマパークに行くんだ」
ドリブルの練習を再開させた冴を見ながら、榎田は話す。未確認生命体との戦いは終わり、ようやく訪れた日常。ほとんど仕事に打ち込んでいた榎田は有給休暇をとって、冴と一緒に過ごしていた。寂しい思いをさせた償いの気持ちもあるが、何より榎田自身が冴と一緒に居たいと心の底から思ったからだ。
「五代くん、なんであんなにすぐ冒険に行っちゃったんだろ? なんか未確認とは関係なく、普通のときの2人のコンビ、見てみたかったな」
話を変えた榎田は、雄介を話題に出した。第46号を倒した雄介は、そのまま冒険に出てしまった。最終決戦前の、あのやり取りが本当に最後の別れだったのだ。
「第46号の遺体を俺に預けたときの五代は……笑って、こう言っていました」
――俺、やりたいことがまた1つ増えちゃいました。だから、もう行きます。本当にありがとうございました。
「……やりたいこと」
「はい。第46号を倒すことに、五代は大分抵抗がありましたから彼女を倒して傷心しているのかと思いましたが、意外にも明るくて。なにか、希望のような光を五代の目に宿っていたと感じたんです」
「希望……。ふっ、なんかわかる気がするな」
「ええ。なんででしょうね……私もです」
だってあの五代雄介だから。理由なんて、それで充分だった。いつもいつも前向きに、ポジティブに生きてきた彼が明るく振舞っていたのだ。きっと大丈夫。彼は今日も明日も……何年経っても笑顔のままだろう。
そう、この青空のように。
――――・――――・――――
「あいつ……凄すぎるよなぁ……」
青空は病気と闘っている人間たちの上にも広がっている。
時刻は午後12時6分。
関東医大病院、椿の診察室にて。一条と椿は、雄介の身体のレントゲン写真を見ていた。
「おそらく、『凄まじき戦士』になったあいつの身体はこれ以上に変わっていたはずだ」
雄介の腰辺りにあるベルト……アークルがほぼ完全に彼と一体となっており、さらにそこからまるで血管のように彼の身体と連結してしまっていた。もしベルトが完全に破壊された場合、雄介も第0号や第46号のような最期を迎えてしまうだろう。
「それでも、みんなの笑顔のために……あいつは戦ってくれた……」
くるりと、回転式の椅子を回してレントゲン写真にそっぽを向ける椿は続ける。
「未確認達が自分の笑顔のためだけにあんなことをしたおかげで、あいつは自分の笑顔を削らなきゃならなくなった」
「…………」
「…………」
改めて、雄介がこの戦いの中でどれだけの傷を負ってきたのかを知ってしまい、どんよりとしてしまう。そんな雰囲気を払拭させるためか、レントゲン写真を見るために閉め切っていたカーテンを椿は開いて、さらに窓も開ける。眩しい日差しと4月下旬の少し冷たくも心地よい風が診察室に入ってきた。
「まぁただ。世の中救いがなくなったわけじゃないかもな」
ベッドの上に座って白衣の右ポケットから1つの封筒を取り出した椿は、向き合うようにして座っている一条にそれを渡す。
「蝶野からだ」
「蝶野?」
「ああ」
蝶野潤一。病気のせいで自暴自棄になり、あろうことかグロンギ族を敬愛して、彼らを真似てタトゥまでしていた男だ。
封筒の中には一通の手紙。開いて読んでみると、そこにはイラストレーターとなって、色々な人たちのために日々絵を描き続けていると綴られていた。
「こいつも一緒に入ってた」
左ポケットから椿が取り出したのは、なんと小型ナイフ。それは蝶野が常に携帯していたものだった。
「きっぱり別れたってことだろう。他人のことなんて、どうでもよかいいと思っていた頃の自分とな」
彼の主治医だった椿は安心したように頬を綻ばせ……そして再び引き締めた。
「確かに、他人のことを考えないほうが楽かもしれない。……だが、そんな奴らがいたから、五代はああなった」
再びレントゲン写真を見て、グロンギたちを恨めしく思う椿。しかし、もう彼らはこの世にいない。全員、倒されてしまった。やり場のない怒りだけが渦巻くが、どうしようもないことはわかっているためにすぐに振り払う。
「なぁ、五代は今。笑顔でいると思うか?」
なんとなく、椿は一条に尋ねてみた。しかし一条は、意味深に笑うだけで答えはしなかった。
――――・――――・――――
青空は子供たちの上にも広がっている。
時刻は午後1時24分。
豊島区、わかば幼稚園。
雄介の妹であるみのりのもとに一条は足を運んだ。丁度遊ぶ時間だったらしく、子供たちはみんな元気に外で遊んでいる。
「一条さん。兄が、本当にお世話になりました」
90度頭を下げて、みのりは満面の笑顔で感謝の言葉を伝えた。
「いえ、五代くんには、辛い思いばかりさせてしまって」
「そんなことないですよ」
「……え?」
「兄は、信じて、やったんですから。いつか……みんなが笑顔になる日が来るって」
「…………」
思い当たる節があった一条は、みのりから視線を外してぼんやりと園内で遊ぶ子供たちを見る。
雄介が抱きしめていた第46号の遺体。目を瞑って眠る彼女は、笑っているように見えた。上野の公園で第46号は笑ったことはないと言っていたのに、生きるために必死だったはずの彼女はその目的を達成できずに死んでしまったというのに、どこか満足気で、幸せそうな、安らかな顔をしていた。
雄介は本来、敵であるはずの第46号と言葉を交え、理解し合い、そして笑ったことなどなかった無表情の彼女を笑顔にさせてしまったのだ。
いつか、みんなが笑顔になる日が来る。みのりの言葉は、そのせいで物凄く現実味を帯びていた。
「でも……今度はしばらく、帰ってこない気がします」
「…………」
その言葉も、なんとなくその通りなんだろうなと一条は思った。少し寂し気に目を伏せる一条。雄介が冒険に行くことを、おそらく誰よりも喜んでいたはずなのに、いざ行ってしまって、そして当分会えないと思ってしまうと、寂しいものがあった。雄介が一条との時間を楽しかったと感じたように、一条もまた、雄介との時間が楽しかったのだ。
「ねぇ先生。第4号、どこ行っちゃったの? ねぇ?」
園の中を自由に走って遊んでいた1人の園児の男の子が、みのりのエプロンを引っ張って聞いてきた。もう第4号が姿を晦まして3ヶ月以上が経過したのだ。この1年間、ずっとどこかに現れて、自分たちのために未確認生命体と戦い続けてくれた第4号がいなくなって、少し寂しくなってしまったのかもしれない。
「どこだろうね」
その第4号の正体を知っているみのりは笑顔で答えた。実際、どこに行ってしまったのか本当にわからないから、自分が見ている子供に嘘をつかなくていいと感じて気が楽になったのだろう。
「やっぱりいい奴だったんだよね」
「そうだね。……でもね、第4号は本当はいちゃいけないって先生は思っているの」
自分たちの慕う先生の意外な言葉に、園児は首を傾げた。
「どうして? 第0号を倒してくれたのに」
「ううーん、でも第4号なんかいなくてもいい世の中が、一番いいと思うんだ」
その言葉に、一条は頬を緩めた。第4号なんかいなくてもいい世の中。つまり、雄介が大嫌いな暴力を振るうために第4号ことクウガに変身する必要のない世の中ということだ。みのりの言う通り、そんな世の中が一番いいに決まっている。ただ自由に、雄介が笑顔で冒険してほしいと一条はそれだけを願っていたのだから。
だけど、それは第4号の正体を知っている一部の大人たちの考えだ。未確認生命体の事件の背景など詳しく知らず、かつ第4号の正体を知らない子供である園児は、納得していなさそうな顔のまま。
「じゃあ第46号は? 第46号は……どうなの?」
「……!」
「!」
第46号。その未確認生命体のナンバーを聞いた瞬間、みのりと一条は凍った。
「昨日、テレビで言ってたよ。事件が少なくなったのは第46号の影響が大きいって」
「…………」
「…………」
「第46号も……この世にいちゃいけなかったのかな」
何も知らないというのはここまで残酷なものなのかと、2人の大人は押し黙る。
言えない。言い切れない。否定できない。確かにここ数ヶ月の間の事件が減ったのは、第46号の影響がかなり大きい。
大きな犯罪組織を壊滅させ、さらにはどんなに些細なことでも『悪人』と定義された瞬間に処刑対象に選んでいた第46号が生死不明と報道されたおかげで、積極的に犯罪行為に及ぶことを躊躇する世の中が出来上がった。一般家庭だと、「悪いことをしたら第46号が来る」なんて子供に言いつけをしている親もいるほどに。
一条にとって、まったく皮肉なものだった。基本一般人を守ろうと汗水たらして働いている警察官にとって、今のこの世の中は間違いなくいいものだ。しかし、それを作り上げた張本人がよりにもよって未確認生命体だったなんて。
一方のみのりは、ついさっきの第4号は本当はいちゃいけなかったという発言が揺らいでしまう。第4号の存在を否定するということは、第46号の存在を否定してしまうということだ。第46号がどんなことを考えていて、どのようにこの世から去ったのかを、みのりはこれでもかというほど知っている。なにせ第46号は、みのりの胸の中で今まで自分がやってきたことを全て後悔し、泣いてしまったのだから。
「そうだなぁ……」
第46号の事情や境遇、人格を少し考えて……みのりは笑顔で返した。
「でも、やっぱりいちゃいけないと先生は思うよ。あんな悲しいものを背負って生まれてきた
みのりは第46号の遺体を見ている。みのりだけじゃない。一条が機転を利かして、第46号と少しでも関わって接触していた人物を任意で集めて、真実を話して第46号の最期を看取らせたのだ。集まったのは桜子や玉三郎、奈々、みのり、そして1ヶ月間第46号と同棲していた板橋京子の5人だ。全員2つ返事で、永遠の眠りにつく第46号と出会った。
そして……全員共通で出た最初の感想が、「笑っているみたい」だった。感情があるのはわかっていたけれど、無表情を崩すことはなかった第46号の亡骸を見た板橋は、「幸せそうに、眠っていますね」と涙を一筋流していた。
「だからさ、第46号がこの世の中を作ってくれたみたいに、私たちも第46号みたいな人間がいない、そんな世の中を作らないといけないって、先生は思うな」
死ぬ直前に初めて笑顔になった、そんな悲しい子供なんていちゃいけない。そういう意味を込めて、みのりは園児に返す。
しかし、やっぱり男の子にとっては難しすぎる話だったらしく、「よくわかんない」と首を傾げるだけ。
「いつか、君も大人になったらわかる時が来るさ」
腰を下ろして園児と視線を合わした一条は、大人びた笑顔で彼にそう告げた。
――――・――――・――――
青空は関東だけでなくここにも続いている。
時刻は午後2時47分。
窓を開放し、心地よい風が真っ白なカーテンを揺らしている、長野県、城南大学考古学研究室。沢渡桜子のもとに、一条は訪れていた。パソコンに向かって座っている桜子は、そこに書かれている碑文を読み上げる。
「心清き戦士枯れ果てし時、我崩れ去らん。聖なる泉が枯れ果てて、五代くんが『凄まじき戦士』になると、ゴウラムはそれを感じて自動的に砂になってしまうメカニズムがあるそうなんです」
「砂に?」
「ええ。凄まじき力が悪用されないための、安全装置のようなものでしょうか」
「……なるほど」
たしかに、あんな凄い力を使ってゴウラムを使ったら……震えが止まらない。
「でも、ゴウラムは今も科警研にちゃんとあるんですよね」
「ええ。しっかりと」
雄介が『凄まじき戦士』に変身したというのに、本来ならこの碑文に従って砂になるはずのゴウラムは、その原型を留めたまま科警研で眠りについている。
「てことは五代くん、身体は黒くなって4本角の凄まじき力を手に入れたけど、いつもの優しさはあのままで、なくならなかったということですよね」
「ええ……。そういえば、五代は幻影で見た『凄まじき戦士』のことを全身が黒かったと言っていましたが、実際には、目がいつものように赤いままでした」
一条が彼を見て安心することができた最大の要因。それが、彼の目の色だった。まるでこの先の破滅の未来のように真っ黒に塗り潰されたブラックアイズでなく、鮮やかに彩るレッドアイズだったからこそ、一条は彼を最後まで信じることができた。
「五代くん、みんなの笑顔を守りたいっていう優しい気持ちを力にして『凄まじき戦士』になったんですよ。憎しみの力でしかなれなかったはずの、『凄まじき戦士』に」
直前で自分と交わした約束を、しっかり守っていてくれたことが嬉しくなった桜子は微笑を浮かべて立ち上がり、少しだけ歩く。座っていた桜子と対面になるように座っていた一条も立ち上がって彼女を見ると……、
「伝説を、塗り変えちゃったんですよ」
と言って、桜子は満面の笑顔で振り向いた。
「五代くんは優しさで、心の力で最後の最後まで頑張って……第46号すらも、幸せそうな笑顔にさせちゃいました」
「……ええ」
本当に、大した男だった五代雄介は。生きることに執着し、「死んでたまるか」と燃えていた第46号が、あんな笑顔を作って息を引き取ったのだから。きっと彼でなければ、第46号とは永遠に決着がつくことがなく、第46号もまた、笑顔を作ることは出来なかっただろう。
「頑張れば、願いは叶えられるんですね」
「……ええ」
月並みのセリフなのかもしれない。だけど、その言葉は大きな説得力があった。その説得力が生まれたのも、全部雄介のおかげだ。有言実行で、誰よりも優しい彼が実際にそれをやり遂げた。やり遂げることができた。だから、もしかしたら自分たちも、彼と同じことをすればできるかもしれない。
「五代くん、絶対笑顔を取り戻して、帰ってきますよね」
「五代は信じていますから。世界中の、
希望は絶対に捨てない。どんなに絶望的な願いであっても、本人たちが真剣になってそれと向き合って、そして笑顔になればきっと実現する。
桜子と一条は、きっと今も雄介が見ているだろう青空を見上げて、微笑んだ。
――――・――――・――――
それからさらに時が過ぎ、13年後。
どれだけ時間が経ち、日本でなくともこの青空は続いている。
とある国の太陽がギンギンに照りつける海の浜辺に、彼は歩いていた。
赤と白のチェックのジャケット、白い半袖のシャツを着て、青いジーンズを穿き、黒いバッグを背中に担いで、そして首からは金色の小さな懐中時計を下げた彼はゆっくりゆっくりと歩を進める。
13年前よりも背が伸び、少し落ち着いた雰囲気を醸し出しているが、彼の本質はあの頃と全く変わってなどいなかった。あと2年もすれば40歳になるというのに、その姿は鍛えられているからか、まだまだ若々しい。
彼……五代雄介はあれからずっと、日本に戻っていない。世界中、様々な場所を渡り歩いていた。ジャングルに砂漠はもちろん、海もほとんどを制して、世界を回っている雄介はずっとずっと、ある人物を探していた。13年前、いつかまたどこかで再会しようと約束をした『彼女』を。
叶うことなんて、1パーセントにも満たないであろうその約束を果たすために、雄介は世界各国を隈なく歩きまわって『彼女』を探し続けていた。今まで通りたくさんの笑顔を与え、貰って、そして楽しみながら『彼女』を探し続けた。
そして……
「……やっと、会えたね」
見つけた。
『彼女』の姿は、声は一時たりとも忘れたことはない。だから間違いない。
今、自分の目の前で流暢な日本語で話す少女は、髪の毛は肩のあたりまで伸ばした綺麗な金髪で、エメラルドのような輝きを放つ緑色の瞳を持ち、季節に合った白いワンピースを1枚着ている。声も鈴が鳴るような美声だけど、どこか幼さが残っている静かなもの。姿も声も、13年前とちっとも変わってはいなかった。ただ1つ、変わっているとすれば、頭に向日葵の花が飾られている麦わら帽子を被っている程度であろうか。
「うん、やっと会えたね」
この13年間、ずっと探していた『彼女』と再会を果たすことができて嬉しくて、雄介はにこっと心の底から笑った。多分『彼女』と別れた後のこの13年間浮かべてきたどの笑顔よりも、今の笑顔は輝いているだろう。
「不思議、だよね。私、物心ついたときからずっと、あなたの顔を知っていたんだよ?……ううん、顔だけじゃない。名前も、性格も全部……」
そんな素敵な笑顔を向けられた『彼女』は顔を赤くして、嬉しそうに、そして照れくさそうにはにかむ。ふと、雄介が首から下げているものに『彼女』は気が付いた。
「時計、ずっと持っていてくれたんだね」
「うん。今もほら、動いているよ」
首から下げていた懐中時計を外して、文字盤を少女に見せる雄介。カチッカチッと、時計は正確な時を刻み、時刻は日本時間で午後8時48分。……丁度13年前、雄介とこの少女が別れた時間だった。だけどもう、2人は離れることはないだろう。これから2人は、同じ時間を刻むことになるのだから。
「…………」
にこりと、可愛らしい笑顔を自然と作った少女は雄介に向かって右手を伸ばす。
「…………」
そして少女が伸ばした右手を、雄介は両手でしっかりと握りしめた。もう二度と離さないように強く、だけど力を籠めすぎて痛くしないように優しく、丁寧に。
「さぁ、私を連れて行って。どこまでも青空が続く、冒険に。――雄介」
「うん。君を連れて行こう。悲しみも、争いもない未来まで。――ユニゴ」
雄介とユニゴ。
2人の長く、そして自由な冒険はここから始まる。
――True end…
……はい、いかがでしたでしょうか。
以上を持ちまして、『仮面ライダークウガ-白の執行者-』は完結いたしました。
他のエンディングにつきましてはまたいつか、しっかりと構造を纏められて、書く時間ができましたら、投稿しようと思います。
また、活動報告にて、この物語を作った経緯やどんなことを意識して書いたか、また反省点や書いて感じたことを後日掲載したいと思っております。もしよろしければ、そちらも見てやってください。
約1ヶ月、ほぼ毎日投稿で紆余曲折もありましたが、これにて閉幕。
またいつか、どこかで会いましょう。
ここまでのご愛読、そして読者の皆様の笑顔に感謝いたします。
それでは、また。
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番外編
番外話 『ゴ集団の日常』
※注意事項
・この物語は完全番外編です。
・どちらかと言えばギャグ路線です。
・本編終了後のテンションのまま読まないようにしてください。
以上です。
それでは、どうぞ。
時は大きく遡り……。
『ズ集団』のゲゲルが打ち切られて、『メ集団』のゲゲル……正確にはメ・バチス・バのゲゲルがスタートした頃。
時刻は午前7時21分。
長野県某所、とある廃屋敷の一室に10人の人影があった。
グランドピアノの美しい音色が奏でられている大きな室内にはどこから持ってきたのか、新品の高級素材でできたソファが大きな円卓の机を囲うように4つも置いてあり、贅沢なことに4人は座れるであろうその広いソファには、全員合わせても7人しか座っていなかった。
「
黒い帽子を被ったギャンブラー風の男が、真っ白なワンピースを着た金髪の少女が裏向きでカードの束の上に出した、1枚のトランプのカードを指差した。
「……
「
「……
しょんぼりとした顔でカードを捲る、ユニゴと呼ばれた少女。カードに書かれていた数字は『2』。残念ながら言い当てられてしまったため、今まで出してきたカードはすべて彼女の手札の中にリバース。せっかくあと4枚という所まで来たというのに。
「『
「
次のカードにもガメゴと呼ばれていた男が宣言。
そのカードを出した、紫の服を着たヤンキー風の女は『K』のカードを表にしながら「ちっ」と舌打ちをして、日本語を話した。
「てめぇ……ガメやがって」
「ふん、上手いことを。だがこれも立派な戦略だぞ、ザザル。……む、俺の番か。『
「
「ユニゴ……」
自分の番になって出したカードをユニゴに言い当てられ、悔しそうにカードの束を手札に戻すガメゴ。
「プッ、クスクス……」
「
「
「
黒い服を着て扇子を扇ぐ若い男がバカにするように笑い、赤いバンダナを額に巻いた男と緑のジャケットを着たアフロヘアーの男、そしてサングラスを掛けた知的な男が煽る。
「
「ぬ……」
と、こんな感じで呑気にトランプをしている7人と、その他3人は全員、九郎ヶ岳遺跡から復活したグロンギ族。しかもそのうちの9人は上位集団である『ゴ集団』の怪人たちだ。あと1人、リーダーの男がいるのだが、今はどこかに出かけていてここにはいない。
『ゴ集団』ゆえにゲゲルの順番が最後になってしまい、他の集団のゲゲルが終わるまで彼らが挑戦するゲリザギバス・ゲゲルを行えない。だからこの廃屋敷で、大人しくそのときがくるのを待っているというわけだ。
で、待っている間はぶっちゃけ暇なため、彼らはこうして人間たちの遊びに興じているのだ。
「なぁ、ドルド。今どこまでゲゲルが進んでんの?」
ヤンキー風の女ことゴ・ザザル・バは、後ろでダウトを黙って見ていたニット帽を深く被った男、この場に居る唯一の『ラ集団』のグロンギであるラ・ドルド・グに話しかける。
「まだバチスのゲゲルが始まったばかりだ」
「バチスって……はぁ? まだ『メ』に入ったばかりじゃねぇかよ。『
パシっと乱暴にカードを置くザザル。しかし少し勢いをつけてしまったからか、叩き付けられたカードは表になって絵札の『K』を晒す。
「
「ザザル、それ、
「ぐっ……」
凡ミスのせいで手札が増えてしまったザザル。
ちなみに直前に出したユニゴことゴ・ユニゴ・ダのカードは『Q』。出鱈目だった。普段は嘘をついたりしないくせに、こういうときはポーカーフェイスで嘘をついてくる。いい性格をしていた。
「……なぁ、このゲゲル。やめないか?」
お手上げのポーズを取ったアフロヘアーの男、ゴ・バダー・バ。それにザザルにユニゴ、そしてサングラスの男、ゴ・ブウロ・グが続いた。
「ああ、なんかイラついてきたし。止めだ止め」
「うん。このゲゲル、多分、終わらない」
「同意見だ」
そんな4人の意見を聞いて若い男、ゴ・ジャラジ・ダとバンダナの男、ゴ・バベル・ダはやれやれとギャンブラー風の男、ゴ・ガメゴ・レに尋ねた。
「だってさ。どうするガメゴ。僕はどっちでもいいけど」
「俺も合わせる」
「ふむ……やめるか」
どうせやるなら大多数が楽しんでやったほうがいい。
それにようやく最適なアジトを見つけて、いいソファまで買ってきたというのに、派手に喧嘩でもして警察を呼ばれたら面倒だし勿体ない。
「ジャーザ。新しいトランプのゲゲルを探してくれ」
ダウトをやめることにしたガメゴは、部屋の端っこにあるデスクに座ってノートパソコンをいじっているスーツを着たインテリ系の眼鏡美人、ゴ・ジャーザ・ギに聞く。
「そうね……『7並べ』なんてゲゲルが面白いんじゃないのかしら?」
「シチナラベ?」
「ええ。これがそのルール」
意地悪そうな笑顔のジャーザが提案してきた新しいゲゲルのルールを覚えるため、ガメゴは立ち上がって彼女のノートパソコンを覗きに行く。
「? おい、ユニゴ。抜けんのか?」
隣に座っていたユニゴが立ち上がったのを見て、ザザルが彼女に問いかける
「……少しだけ、ね。見学、してる」
変わらぬ無表情ですたすたと少し遠くまであるくユニゴ。
彼女は『シチナラベ』を提案してきたときのジャーザが一瞬、ザザルに視線を向けたのを見逃しはしなかった。ジャーザがああやって笑うときは、大抵よからぬことを考えている。そしてその顔のまま視線をザザルに向けたということは、きっとジャーザは不機嫌になっているザザルをさらに刺激するつもりだ。
冗談じゃない。
ザザルはキレると、毒だらけの自分の体液を撒き散らしてくるのだ。そしてそんな彼女の隣に居たら、真っ先に自分が被害を受ける。ザザルの毒は洒落にならないほど凶悪な強酸性の猛毒だ。いくら頑丈な自分でも、文字通り、灼け付くほどに痛い思いをするのは目に見えている。そんなのは御免だ。
だからユニゴは『シチナラベ』というゲゲルが始まる前に避難したのだ。
「ふーん、じゃああれだ。ドルド、おまえ入れ」
「……応じよう」
抜けた穴にドルドが入り、しかもそのまま彼はザザルの隣に座る。
ユニゴは心の中で合掌していた。ドルド、頑張れ。なんとか空気を読んで、ザザルを刺激させないように頑張ってくれ、と。
「ベミウ。
若干速足で距離を取ったユニゴは、さっきからずっとピアノを弾いているチャイナドレスを着た妖艶な雰囲気の女に話しかける。
チャイナドレスの女……ゴ・ベミウ・ギは鍵盤を叩く指を止めて、ユニゴに顔を向ける。
「ユニゴ
「ピアノ……
「
「……
仲間たちとの遊びに興じすぎて、ベミウがピアノを弾いていることを気にしていなかったユニゴは、申し訳なさそうにしょんぼりとしてしまう。
笑うことはないし、怒ることも滅多になく、あまり感情を顔には出さない無表情なユニゴ。しかし感情がないわけではなく、しっかりとその能面のような顔の下に彼女の感情がある。そのことは、『ゴ集団』の全員……だけでなくゲゲルを監督している『ラ集団』まで理解していた。
年は離れていても、グロンギとしての経歴はほとんど同じ。ジャラジやザザルなんかは、『ゴ』になった順番的にいえばユニゴの後輩にあたるほどだ。
長く彼女と付き合っているから、多くのことを話しているから、そして仲がいいからこそわかる。
ユニゴは『ゴ集団』にとって、癒しの存在なのだ。
力の強い者が集まり、いずれザギバス・ゲゲルで衝突する運命である『ゴ集団』が殺伐としていないのは彼女がいるからだ。
普通のグロンギなら、ダグバから逃げて『ラ』になろうとしているユニゴを鼻で笑うだろう。事実彼女は、『ズ集団』や『メ集団』からは「臆病者」や「ガキ」と言われて嫌われている。
しかし彼女と話をして、本質を知った『ゴ集団』『ラ集団』のメンバーからは好感を持たれていた。
毒気などなく、純粋かつ素直で、しかも幼い彼女を、彼らはまるで自分の子供のように感じたのだ。ザギバス・ゲゲルに進まず『ラ』になろうとし、自分たちと敵対する気が彼女にないのも大きなポイントだったのかもしれない。
当然今、ユニゴと話をしているベミウも例外ではなかった。
「……
「
「
誘いに乗ったユニゴは、彼女の近くにちょこんと正座。エメラルドグリーンの双眸に『興味』と『期待』の感情を乗せて、ベミウに向ける。
「…………」
ユニゴが聞く姿勢を取ったのを横目で見たベミウは、目を瞑って鍵盤の上に指を添え……動かし、ピアノを弾き始めた。
強い音色から連鎖的に羅列していき、まるで何かの怒りをそのまま鍵盤にぶつけたようにして始まった、その曲名はショパンのピアノ練習曲『革命のエチュード』。
左手のアルペジョ(和音を構成する音を一音ずつ順番に弾いていくことで、リズム感や深みを演出する演奏方法)と滑らかなポジションチェンジの練習を主に行う曲だ。しかし、右手も疎かにしてはいけない。むしろそちらのほうが割と重要だ。
右手にはユニゾンのとき、一定の器械的技巧を必要とするだけでなく、忙しい左手の上で充分に歌い聞かせなければならず、肉体的に、そして精神的にも高度な技術を要求される。
ただでさえ低音を激しく動かさなければならないので雑音に聞こえる場合も多く、落ち着いた演奏が必要な曲なのだ。
しかし、ベミウはそんなことはわかっていると言わんばかりに、余裕そうな表情を貫いたままピアノに集中。流れるように鍵盤を叩いて音を奏で続け……2分21秒経って、演奏が終了した。
「凄い。ベミウ、凄い。綺麗だった」
パチパチと正座のまま拍手をして、ベミウを褒めるユニゴ。笑顔こそ作っていないが、緑色の瞳がキラキラといつも以上に光っているのが、ベミウにはわかった。
それにさっきも言ったが、ユニゴは純粋かつ素直な性格をしているゆえに、こういう真剣な場では絶対に嘘をつかない。心の底から褒めてくれているのだ。
「そうか……それなら、よかった」
機嫌良さそうに薄く笑うベミウ。
自分が気に入っているものを、得意としているものを褒められて嬉しがるのは、人間もグロンギも共通の感性だったらしい。……いや、可愛がっている裏表のないユニゴに褒められたからこそ、上機嫌になれたのかもしれない。
「……あーっ! パスだ! 誰だクローバーの『
と、ピアノで盛り上がり、互いに上機嫌になっていたベミウとユニゴのもとに、ザザルの不機嫌そうな叫び声が聞こえてきた。
「あらあらザザル。もう
「うっせぇ、ジャーザ! てめぇかガメてんのは!」
トランプをやっているほうを見ると……丁度ザザルがジャーザに詰め寄っていた。パソコンをいじるのをやめて、ジャーザも参戦しているらしい。
ザザルからの苛立ちの視線を受けても、ジャーザは涼しい表情を崩さない。ザザルやジャーザ以外の他の5人も、どこかニヤニヤした嫌らしい笑みを浮かべていた。……これはあれだ。
ユニゴはすぐに理解し、冷や汗を掻き始める。あの7人はザザルを潰すつもりだ、と。
「違うわよ。ガメゴじゃないの? あ、私か。はい」
「さぁな。ほら、『A』だ」
「だから端っこを出すなっつの!」
「…………」
「ジャラジ! おまえも黙ってんなとこ出すんじゃねぇよ! もっと真ん中を出せよ!」
「じゃあ、ここなんてどうだ?」
「違うブウロ! ハートじゃねぇ! クローバーを出しやがれ!」
「おいおいザザル。それじゃあ、自分の手札を晒しているようなもんだぞ」
「さしずめ、その5枚の手札はクローバーの『
「なっ……バベル、どうしてそれを……」
「あら、図星?」
「……あっ、し、しまっ!」
どんどん墓穴を掘っていくザザル。彼女と仲が良いとは言い難いベミウは、ユニゴに向けていたものとは別の笑顔をザザルに向け、ユニゴは冷や汗が止まらない。
「そ、そうだ。ジョーカーだ。たしかドルド、おまえ持っていたよな!?」
「ああ。手札に温存してあるな」
ああ、ドルド。空気読んで。『ラ』らしく空気を読んで、ザザルに救いの手を差し伸べてあげて。ユニゴは心の中で祈る。
「それではお望み通り、ジョーカーを出してやろう」
すぅっと1枚のカードを抜いたドルド。表にしてさらしたそのカードはジョーカーだ。どうやら本当に使うらしい。流石ドルド、話が通じる。ほっと一息つくユニゴ……であったが。
ドルドがジョーカーを置いたのは……ダイヤの『Q』の場所。違う! そこじゃない!
「そこじゃねぇよ!」
ユニゴの心の叫びがザザルの口から飛び出した。
「ふん、そこは俺だ」
堂々とダイヤの『Q』を4枚の手札から出すバダー。出した後、ジョーカーは彼の手に渡ってしまう。
「さぁ、おまえの番だぞザザル」
「パスは3回までだぞ」
「出せなければ、チェックメイトだ」
「ワー、ザンネンネー」
「アー、マッタクザンネンダナー」
「~~~~~~っっっ!!!!」
上から順にバダー、ブウロ、ガメゴ、ジャーザ、バベルが煽り、ジャラジに至っては腹を抱えて大笑いをしていた。ベミウもベミウで、ピアノの楽譜台で顔を隠して笑っている。
一方晒し者になったザザルの顔は、もう怒りで真っ赤。そしてユニゴは顔を真っ青にしてそぉーと、部屋の外へ逃げる。
「ルールを守って楽しくゲゲル、というフレーズを知らないのか?」
そして容赦なくとどめを刺すドルド。白い布で口元は隠れてしまっているが、少し声が上がって、震えてしまっている。笑いを堪えている証拠だ。
ブチンッ。
「あたしゃ楽しくねえええぇぇぇぇ――っっ!!!」
手札をテーブルに投げつけたザザルは立ち上がって怪人体に変身した。
茶色の素肌に深緑色の鎧と一体化している服を身に着け、つっぱっていた髪の毛はなんとドレッドヘアーに変わっていた。
「あっ! なになに、次のゲゲルはプロレス!? それともボクシング!?」
「審判はドルド、任せた!」
「応じよう」
戦い大好き実力行使上等のグロンギ族である彼らは、もう大歓喜だ。
トランプ(というよりザザル弄り)も面白かったが、そろそろ身体を動かしたいなと思っていた頃なのだ。誰かがその気になってくれれば「暴走を止める」という名義で好き放題できる。
さぁ誰だ? 俺か? 誰にザザルは喧嘩を仕掛けるんだ? 誰がザザルを止めるんだ? ザザルの毒が飛ばないところまで避難をし、入り口のドアの陰から顔だけひょっこり出して見守っているユニゴ以外の8人はもう興奮しぱなっしである。
「このゴ・ザザル・バを舐めんなぁッ!」
しかし、その被害を目一杯喰らったザザルはもう怒り心頭。別の意味で興奮状態だ。
装飾品の1つをモーフィングパワーで鍵爪に変え、それを自身の右手拳に装備。サソリの特性を持つザザルの、強酸性の猛毒がそこから滴り始め、絨毯を溶かす。
「!」
「
こればっかりは予想外だった。
暴力だけでも普通に強いザザルが、最悪の武器である毒を使うなんて。これはちょっと、虐めすぎたと全員が反省した。
1回受けた攻撃に抗体ができるユニゴと違って、彼らにそんな能力はない。ザザルの毒なんて浴びたら、下手をすると死んでしまう。
「オラァッ!」
毒が流れる右腕を乱暴に振るザザル。鍵爪から飛び出した毒はまっすぐに進み……ピアノを弾いていたベミウのほうへ向かう。
「っ!?」
ほとんど無関係のベミウからしてみれば、不意打ちレベルの攻撃だった。といっても、ザザルはただ暴れているだけで、ベミウを狙ったわけではない。だから厳密には不意打ちではないのだが……とかそんなどうでもいいことを言っている場合ではない。
当たり所が悪ければ最悪死んでしまうザザルの毒が迫ってきたベミウは、椅子から飛び降りて絨毯の上に転がる。幸い、ザザルの毒にベミウ
「……あっ」
ベミウがさっきまで弾いていたグランドピアノがザザルの毒を被弾。脚が溶け、ピアノの中にまで毒が入ってしまい、異臭を漂わせながらジューッとピアノが形を崩していく……。
もうこれで、決まった。ザザルの対戦相手が。
「ふっふふふふふふ……」
溶けていくピアノを見て口をあんぐりさせていたベミウは暗く不気味に笑い……ザザルに明確な殺意の籠った、危険な眼光を向ける。
「
これまた無茶苦茶だった。
ベミウの鞭は、振れた物質を零下150度まで下げる能力がある。そんな攻撃、人間の状態で1回でも受けたら即死だ。許すも何も、黙って死ねと言っているようなものだった。
「ざっけんじゃねぇっ! てかベミウ、おまえムカつくからついでに死んどけ!」
「……そう。じゃあいいわ、正座しなくて。だけど……おまえ自身が星座になってもらうわッ!」
ベミウも怒りが頂点となり、怪人体に変身。
紫色の素肌に水着のような鎧を纏い、頭には緑のバンダナをしたウミヘビの特性を備えた怪人となり、足に括り付けていた装備品を外してそれを鞭に変えた。
いよいよやばい戦いになってきた。
この2人の能力はどちらも凶悪なのだ。無防備に巻き添えを喰らえば本当に死ぬ。
女は怒るとめちゃくちゃ怖い生き物というが、それもまた人間とグロンギの共通点らしい。
部屋にいる者は全員、ユニゴがいるドアまで逃げて彼女と同じように顔だけ出し、「いいぞー!」「やれやれー!」と楽しそうにヤジを飛ばす。
審判を任されたドルドは悲しいかな、その役目を全うすべく怪人となって、2人の間の宙を飛んで静観していた。
「
「
もはや一触即発。
決め台詞まで言ってしまった2人は己の得物を構えて――
「おまえたち、何をしている?」
攻撃しようとした瞬間に、はっきり聞こえた力強い声。
不思議なことに、その静かな声は妙に大きくこの部屋に木霊した。
「……が、ガドル」
「戻ってきたのか」
周りが見えていないほどヒートアップしていた2人は、その声のしたほうを見る。
そこには黒い軍服をきっちりと着こなした、厳格な雰囲気を醸し出している男――『ゴ集団』のリーダー、ゴ・ガドル・バが立っていた。
「少しは頭を冷やせ。俺が散歩に行っている間に、なにがあったのだ?」
とりあえずガドルはどういう経緯でこうなったのかを問いただす。短気なザザルはともかく、冷静なベミウまで変身して「死ね!」と本気で殺し合いをしようとしていたのだ。よほどのことでもなければこうはならない。
「っせぇよ、ガドル! これはあたしとベミウの喧嘩だ! すっこんで――」
ゴキッ!
ザザルがガドルに食らいついた瞬間、彼女の首から鳴ってはいけないような音がした。
「頭を冷やせと、言ったはずだ」
人間態のままザザルの首を死なない程度にへし折り、ガドルは彼女を気絶させた。力なく寄り掛かったザザルを丁寧に抱きかかえるガドルは、静かにベミウを見据える。「抵抗すればこうなるぞ」と、雄弁に語っていた。
「はぁ……わかった」
もう熱が冷めてしまい、戦う気力も失せたベミウは人間態に戻って、机の上をちらりと見た後、部屋の一角を悲しそうに見つめる。彼女の視線を追っていくと……そこには変わり果ててしまったグランドピアノの残骸があった。
「……なるほど、把握した」
机の上にあるトランプと、溶けてしまったグランドピアノで全部理解したガドルは、気絶しているザザルを担ぐ。
「ザザルには俺のほうから仕置きをしておく。あまり、暴れんでくれよ。やっといいアジトが見つかったのだからな」
それだけ言い残して、ガドルは部屋から出て行った。そのあまりの迫力に『ラ』であるドルドすら、引いてしまっていた。
気まずい空気になってしまったからか、全員が全員、バラバラに散っていく中、ベミウはいまだにグランドピアノを見つめている。
そんな彼女のもとにユニゴは歩み寄って、くいくいとチャイナドレスを引っ張った。
「ベミウ、新しいピアノ、買おう? お金、あるから」
「ユニゴ……」
「また曲、聞かせて?」
「……ああ。必ず聞かせてあげる」
このあと。
某音楽教室の最高級グランドピアノが忽然と姿を消し、その値段の倍近くの金額の札束が入った紙袋が代わりに置かれていたという事件が発生。
防犯カメラには、大きな紙袋を持った真っ白な少女がピアノに手を翳した瞬間にピアノが消え、代わりにそこに紙袋を置いて、何食わぬ顔でどこかへ行ってしまうという、マジックショーのような映像が記録されていたとかいなかったとか。
――To be continued…?
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番外話 『遊び仲間4人組の日常』
番外編はこんな感じのキャラで行こうと思います。
『メインキャラ』
・ブウロ……インテリキャラその1。趣味は読書。最近はライトノベルにはまっている。
・ベミウ……ピアノ大好き。音楽と冷凍技術については彼女の右に出る者はいない。ザザルとは犬猿の仲。
・ガメゴ……資金調達係その1。生粋のギャンブラーで冷静な勝負師。しかし、空ぶってしまうことが多く、その度にほかの仲間から煽られる。
・バダー……バイク大好き。暇なときは、基本的にバイクの運転技術を磨いている。
・ジャラジ……男グロンギ最年少。暇なときはザザル・ガメゴ・ユニゴとともに遊んでいる。
・ザザル……イジられキャラ。何かとつけてイジられるが、それはみんなが彼女への愛がある故で、実は愛されキャラでもある。暇なときはジャラジ・ガメゴ・ユニゴと遊んでいる。ベミウとは犬猿の仲。
・ジャーザ……インテリキャラその2。ドがつくほどのSで、よくザザルをイジって遊んでいる。バベルと行動を共にすることが多い。
・バベル……男のドSキャラ。ドS同士で話が合うのか、ジャーザとセットで行動していることが多い。余談だが、餅つきが上手い。
・ユニゴ……資金調達係その2。グロンギ最年少。目指すは『ラ』。愛されキャラだが、実はガドルの次に強い。『ゴ』と『ラ』の間では彼女を嫌う者はいないが『ズ』と『メ』には嫌われている。暇なときはガメゴ・ジャラジ・ザザルと遊んでいる。
・ガドル……何かあったらお任せ、頼れるリーダー。とりあえず彼に逆らわないほうがいい。ちなみに逆らうと容赦ない制裁が待っている。『閣下』の名は伊達ではない。
・ドルド……公正なる審判役。口癖は「応じよう」で、よほどの無茶ぶりでない限りなんでも応じてくれる心の広い人。困ったときはいつでも登場してくれる万能キャラ。
『準メインキャラ』
・バルバ……公正なる進行役。一条さんを気に入り始めている。多忙な毎日のストレス発散のためか、とりあえず煽る。何かとつけて煽る。そして薄ら笑いを浮かべる。ジャーザ以上のドSであり、彼女に反発した者は奴隷という名の手下にされる。
・ゴオマ……バルバの手下(奴隷)。反骨心の良さは健在だが、光とクラクションが苦手。
・ガリマ……『メ集団』のリーダー。目指すは『ゴ集団』。過去を振り向かない凛々しき女戦士。「時代遅れの『メ』め!」
メ・バチス・バのゲゲルが失敗に終わり、メ・ギイガ・ギのゲゲルがスタートした頃。
時刻は午前11時7分。
長野県山奥にある、とある廃屋敷の一室に『ゴ集団』のグロンギが4人も集まり、テレビに向かっていた。
もう何年も使われておらず、忘れ去られてしまっているのだが、なんとこの廃屋敷を所有している人間がまだおり、管理されているため電気も水道も通っているのだ。
だからテレビを点けることもできるし、クーラーなどの器具も使うことができる。本当に住み心地のいいアジトだった。
もし管理人が怒鳴り込んで来たら? 簡単なことだ。金を渡せばいい。ざっと見積もって1000万ほど。人間、目の前に大金がもらえるチャンスが来れば、多少のことは目を瞑る生き物なのである。いい性分だった。
「おいこら! ビンボを送り付けんな!」
某大手ゲームメーカーのゲームのコントローラーを持った、ヤンキー風の女ことゴ・ザザル・バが左隣に座っている帽子を被ったギャンブラー風の男ゴ・ガメゴ・レに怒鳴りつける。
すっとぼけた顔で、ガメゴは返した。
「なんだ? 俺からのプレゼントは気に入らないのか?」
「いらねーよ、んなもん!」
2人が揉めている間にもゲームは続く。
今度はガメゴの左隣に座る黒い服を着た若い男、ゴ・ジャラジ・ダがカードボックスの中から『刀狩りカード』を使用。今ビンボを送り付けたガメゴからカードを強奪した。
「ジャラジ……さらっと『特急周遊カード』を盗むのはやめろ。俺は最下位なんだぞ?」
「今がチャンスだから……しかたないよね? それにガメゴ、もう少しでトップに出そうだし」
そんな彼らの言い争いに見かねてか、ザザルの右隣りに座っている白いワンピースを着た少女ゴ・ユニゴ・ダが『特急カード』を使用。ザザルの列車の近くまで進めつつ、『新宿』の100億円の関東医大病院を『ゴールドカード』を使って物件価格10分の1の価格……10億円で購入した。
今、この4人がやっているのは『金太郎電鉄』という、鉄道会社経営をモチーフとしたスゴロク式の人気ゲーム。その17代目の『未確認もいまっせ~編』という最新のものだ。
偶然ユニゴが屋敷からゲーム機を発見し、何か面白くて、それほど難しくないゲームはないかとジャーザに頼んで探してもらった結果、つい先日このゲームを購入。
買う際にまずい内容じゃないかを再度確認したユニゴだが、家族でプレイできるようなパーティゲームと表記されているため、何の疑いもなく購入し、いつもの3人とともにいざ実践。丁度ゲームの中で5年が経過したところで……このゲームの本質が明かされてきた。どうしてジャーザがこのゲームをチョイスしたのかも、今更ながらユニゴは気付き始める。
このゲームのシステムは簡単だ。
サイコロやカードを使って目的地に向かい、そこで得た資金を元手に物件を購入して資産を集める。……ここまではよかった。
しかし、一度目的地に到着した瞬間、最後尾のプレイヤーに憑く『ベ・ビンボ・ビ』というキャラクター。本人の言っていることから察するに、お助けキャラか何かなのかなと最初は思ったのだが……甘かった。
なんとこのベ・ビンボ・ビ(長いので以後『ビンボ』)、倒産が怖いからと言って所有している物件を半額で売り払うわ、カードを売り場の倍額で買って押し付けてくるわ、他のプレイヤーの物件に勝手に増資するわ、いきなり変身してとんでもない被害を出すわで、問題行動ばかりを引き起こすのだ。
そしてその真実を知った今、4人の間ではいかに相手にビンボを擦り付けて自分が逃げられるか、また、いかにビンボを使って相手を蹴落とすかを模索していた。全く、何がみんなでワイワイやるパーティゲームなんだと、ユニゴは溜息をつく。でも面白いから止められない、憎いゲームだった。
現在1番手は、程よく目的地に入りつつ、妨害カードに恵まれているジャラジ。
2番手は、堅実なプレイで上手く流しながら目的地に入り、物件を増やすことに集中しているユニゴ。
3番手は、2年前まではトップだったのだが、ビンボによる被害を受けて順位が下がってしまったザザル。
最後尾は、早くもこのゲームの本質を見抜き、強力なカードを増やすのに集中していたガメゴだ。
しかしまだ序盤ということもあってか、はたまた全員がそれなりに良いプレイをしているからか、今は接戦で、なにかの拍子に順位が変わるような資産差である。
「ておい、ユニゴ。んなとこ止めていいのか?」
「……ん。次、目的地、入る。だから、入りやすそうなとこに、ね?」
「ふーん」
そう話すザザルはどこか嬉しそうだ。
現在ユニゴとザザルがいるのは、それぞれ『新宿』と『渋谷』だ。次に『1』が出なければユニゴに擦ることができる。それに今の目的地は『新潟』。ユニゴはまだ、サイコロを3つ振れる『特急カード』を持っていたし、確かに入れる可能性は高い。
気合を入れてサイコロを振り、そして○ボタンで止める。出目は……『1』だった。
「マジかよ……」
唯一ユニゴに擦り付けることができない出目を引いてしまったザザル。もうこれでビンボの被害は確定である。
「
「っせぇよ、黙ってらぁ」
ガメゴの煽りに少し弱々しく返したザザルは、とりあえずユニゴに近づけるために『渋谷』から『原宿』に移動。すると……
――おや? ベ・ビンボ・ビの様子が、なんか変だぞ?
「「えっ?」」
ユニゴとザザルの声が見事にハモる。
この表記が出てきたときは、ビンボが何かに一時的に昇格するのだ。
3! 2! 1! と大きくサウンドが鳴り響き……画面に現れたのは、大きな風の渦を巻き起こしている青い顔のビンボ。
その画面が消えると、ザザルが操作している列車の上に竜巻が集まり……その中から青いボディの巨人が出現した。
――ビンボー! 『破壊のカリスマ』(物件的な意味で)ゴ・ビンボ・ビだ! ザザル嬢 の物件よ! 綺麗に死ね!
なんだかどこかで聞いたことがある2つ名を名乗ったゴ・ビンボ・ビはふわっとその身を投げ……なんと全身を回転させながらザザルの列車の上にドロップキックを喰らわせた。
――ドッドド ドドドド! ザザル嬢 の物件が吹き飛ぶ!
回転する身体から生じた竜巻によって、ザザルの物件がどんどん吹き飛ばされていく演出がされる。
「お、おいっ! どーなってんだこれ!?」
「どうやら、こいつに憑かれたら物件を処分されるようだな」
「しかも1ターン目から行動……凶悪だね」
テンパるザザルに、ガメゴが冷静に分析。ジャラジは爪を噛んで薄ら笑いを浮かべながら感想を一言。
ゴ・ビンボ・ビとなったビンボはザザルの物件、占めて5件を吹き飛ばし2億4000万の損害を出す。……が、悲劇はこれだけでは終わらなかった。
――近くにいた ユニゴ姫 の物件も吹き飛ぶ! 巻き添えだ!
「……え? わ、私のも?」
なんと至近距離にいたユニゴも巻き添えを喰らい、先ほど買った100億の関東医大病院を含む独占都市1つを巻き込んだ3件が吹き飛ぶ。おかしいことに、ビンボに取り憑かれているはずのザザルよりも酷い損害を受けてしまった。
「ほう、独占や価格はほとんど関係なく、ランダムで処分されるのか。なかなかだな。よし、これで逆転だ。俺が2位に上がったぞ。ジャラジ、今度はおまえの番だ」
「ふふふ……」
ビンボによって見事に撃沈した女2人を無視し、バチバチと火花を散らす男2人。
……ぷちん。
「……ザザル。2人で、なんとしてでも、そいつ、引き剥がす。私、目的地、取る。いいね?」
「アッハイ……」
せっかくレアカードである『ゴールドカード』を使って手に入れた高額物件を理不尽に吹き飛ばされたことに怒ったのか、いつもの穏やかなユニゴからは想像がつかないほどの黒いオーラが流れ出し、ザザルはその迫力に負けて少し小さくなった。ユニゴだってこんななりでもグロンギ族なのだ。負けたくないという願望は人一倍に強い。
しかしながら、ユニゴの提案はザザルにとって、ついでにガメゴにとってもいいものだった。
誰かがゴールすれば、ビンボは勝手に最後尾にいるプレイヤーの元に移動する。だから、ユニゴがゴールしてくれれば貧乏神は現在、北海道にいる最後尾のジャラジの元へ行く。ザザルとユニゴはこれ以上ビンボに酷い目に合うことなく、1位を目指すガメゴはトップであるジャラジを叩き落とすチャンスができる。
このゴ・ビンボ・ビは絶対にジャラジに送り付ける!
3人の心が一体となった瞬間だった。
次はガメゴの番。
『中津川』にいたガメゴは『特急カード』を使って13マス前進。ユニゴとザザルのフォローに向かい、かつユニゴがしくじった場合に自分が目的地に入れるような位置に陣取る。
「ふふふ。そう簡単には……いかないよ」
順番が回ってきたジャラジは余裕そうに自身のカードボックスを漁り……『ばちあたりカード』を使用。目的地である『新潟』の上に何ともばちあたりなモノを落として通行不能にした。
「なっ!」
「何をするだァ――ッ!」
「ゆるさんッ!」
これでは目的地に入ろうにも入れない。
まさかの妨害を受けて一気に3人のプランが狂い始めた。しかしそれを見たジャラジは、愉快そうにくすくすと笑うだけだ。
「……ゴメン、ザザル」
謝ったユニゴは『ぶっとびカード』を使用。関東から脱出して、近畿の『小浜』に飛んだ。自分の進行系のカードと資金と相談して、これ以上擦り合いを続けると自分に不利に働くと判断したのだ。
「に、逃げやがったな、ユニゴ! ちくしょう! 最後の手段だ!」
もうこれ以上物件を削るわけにはいかないザザルは、隠し持っていた30マス進むことができる『リニアカード』を使用。ガメゴにビンボを擦って、ユニゴと同じように近畿地方へ逃げてしまった。
「
ザザルの虎の子によって、最終的にビンボを押し付けられたのはガメゴ。残念ながらいくら強いカードを持っているといっても、彼には目的地に落とされたばちあたりな存在を排除するカードもなければ、ビンボを誰かに確定で擦り付けられるカードもない。
「……仕方ない。賭けだ」
カードボックスにあった『二刀流カード』を使用したガメゴ。これは2回行動することができるカードだ。
そしてそのあと、ガメゴは『北へ!カード』を使用。今いる位置から北の方向に飛ぶカードだ。
進行形の『特急カード』でなくなぜそのカードを使ったのかわからない3人は「?」と感じる……が。
ガメゴが乗ったヘリコプターは関東から東北、東北から北海道へと飛び……なんとジャラジがいた『ニセコ』に止まった。
「……え? こ、これって……」
ビンボの擦り付けは、他人の社長の列車の上に止まるか、通過することで成立する。いかなる手段を使ってもだ。
「
グロンギ語で決め台詞を決めたガメゴは、やり切ったような清々しい表情をした。
ジャラジの上に止まったということは、ビンボはジャラジの元に移動。ガメゴの分の悪い賭けは見事に成功し、擦り付けが成功したのだ。
「紆余曲折、あったけど……」
「これで思惑通り、ジャラジにビンボが行ったってこったな」
「さぁ、頑張るがいい。それから、これが俺からの最後のプレゼントだ、ジャラジ」
『二刀流カード』によって2回行動できるガメゴは、最後に『陰陽師カード』を使用。これは、相手の行動を乗っ取って操作できるカード。操作する対象は、当然ジャラジだ。
まず、ジャラジが持っているカードを『新幹線カード』以外を全部捨て……全部捨て?
「えっ!?」
「ちょっ!?」
「なっ、なにやってるの、ガメゴ!?」
途端にえげつないことをし始めたガメゴにドン引きする3人。そしてそれをやられているジャラジはさっきまでの余裕はどこへ行ったのか、どんどん顔を真っ青にしていく。
「これでトドメだ」
ガメゴは残しておいた、サイコロを4つ振ることができる『新幹線カード』を使用。出目は24。マックスだった。これならば絶対に行ける。
ガメゴは自分にビンボが取り憑かれないように気を付けて操作し……『苫小牧』のワープ駅ゾーンにジャラジの列車を停車。
――所持金を0にして『日南』にワープしますか?
→はい
いいえ
――それではレッツ・ワープ!
時空の歪みが生じてジャラジの列車が北海道から九州に一気にワープ。
ワープは成功し、15億あったジャラジの所持金が0になる。
「さぁ、処刑の始まりだ」
操作が終了すると、ゴ・ビンボ・ビが行動を開始。独占都市2件を合わせた全8件の物件が処分された。
「な、な、なあぁっ!?」
「ふははははっ! どうだ! これがずっと狙っていたデスコンボさ! すべてジャラジ! おまえのために用意したのだぞ! 俺に目を付けられるとは、運のない奴だ!」
「うわぁ……」
「ひっでぇな……」
資金の壁もカードも一瞬で消えて放心するジャラジ、上手く嵌ったガメゴは愉快そうに高笑いをし、傍から見ていたユニゴとザザルはドン引きしていた。
流石はジャーザがご指名した『金太郎電鉄』。友情破壊の程度が度を越している。
「……ガメゴ、ちょっと地下室に行こうか。話したいことがある。……来ないとここで、殺すよ?」
危険なオーラを漂わせながら薄く笑い、立ち上がるジャラジ。「面白い」と言わんばかりに、ガメゴもにやりと笑って立ち上がった。
「いいだろう。喧嘩をするなら地下室で。それがルールだからな。……ドルド、審判を頼む」
「応じよう」
いったい何時からいたのか、ドルドが物陰から現れて応じた。
「僕を怒らせたこと……後悔させてあげるよ」
「ふん。生憎だが、今の俺は運がいい。負ける気がしないな」
「「ふふふふふ……」」
怒り心頭のジャラジと、挑発に乗ったガメゴはゲームのことなどもうすっぱり頭から抜け落ちており、ドルドを引き連れて地下に行ってしまった。
残されたザザルとユニゴは、ハァと溜息を吐く。
「まぁ……あれは当然だわな……。ジャラジに同情するわ……」
「ん……。多分、私も怒ると、思う……」
あんな絶対に人間相手にやってはいけないデスコンボを仕掛けられて、キレるなと言うほうがどうかしている。ここら辺の感覚も、人間とグロンギの似ている部分であった。
「ったく……ジャーザの奴、碌なゲゲルを教えちゃくれねぇな」
「ん……。今度、説教、しておく」
「……ジャーザもご愁傷様だな」
ユニゴの説教。
ザザルは過去1回だけ彼女を怒らせたことがあり、身をもって経験している。アレは恐ろしいものであった。
怒った女は怖いというのは、ユニゴも例外ではなかったのだ。……いや。むしろ普段は穏健なユニゴだからこそ、本当に恐ろしいのかもしれない。
「あたしらもやめるか」
「ん……。ガメゴもジャラジも、抜けちゃった、からね」
ユニゴはゲーム機の電源を落とし、テレビも消した。さて、暇になってしまった。「どうすっかな」としばらく考えるザザルだが、結局1つしか答えに辿り着けずに苦笑した。
「トランプでもやっか……。でも2人じゃ、ちと寂しいな。……おう、ドルド。おまえ入れ」
「応じよう」
「……?」
あれ? ドルドって今、ジャラジとガメゴと一緒に地下室にいるはずじゃ……? どうしてここに?
素朴な疑問が浮上するユニゴであったが、藪蛇な気がして聞くのをやめた。思えばドルドはいつもこうだったからだ。きっと2人の喧嘩が終わったんだろう。ちょっと早すぎる気はするが。……うん、気にしたら負けだ。そう自分に言い聞かせながら、綺麗にショットガンシャッフルをかますユニゴ。
「なんだそれかっけぇ。あたしもやる」と言ったザザルがショットガンシャッフルをやった結果、見事に失敗してトランプが吹き飛び、ダイヤの『9』が紛失してしまうという事件が発生。
5分もしないうちにソファの下から発見されるのだが、それまでの間、ザザルとドルドが床に膝をついてキョロキョロとトランプを探す、そして、よくて中学生程度にしか見えないユニゴが片手で大きなソファを持ち上げるという物凄くシュールな光景が広がってしまっていた。
――To be continued…?
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