IS/Zero (小説家先輩)
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prologue 夢の終わり

どうも、はじめまして。小説家先輩と申します。Fate/Zeroを見た瞬間に「小説を書かなければ!」という衝動に駆られついつい書き始めてしまいました。あと、この物語にはいくつかオリジナル設定が含まれており、「それは違うだろ!」とか色々と言いたいことはあると思いますが、生暖かい目で見てもらえると嬉しいです。


聖杯戦争集結から数年後のある夜、衛宮切嗣は軒下で月を見ていた。

 

「……爺さん、こんなところにいたのかよ。ちゃんと布団で寝ないと風邪を引いても知らないぞ」

 

「あぁ、士郎か。済まない。少し月を見ていたんだ」

 

「月か……」

 

そう言うと士郎は切嗣の隣に腰掛ける。

 

「……子供の頃、僕は正義の味方に憧れていた」

 

ふと、そんな言葉が口を衝いて出る。それは長い長い間ずっと心の中に置き去りにした忘れていた言葉だった━━━いつか誰かに言おうとして言い出せなかった。だが切嗣にそれを思い出すことは出来ない。その言葉を聞いた途端に、士郎の顔が不機嫌になる。

 

「なんだよそれ。憧れてたって、諦めたのかよ」

 

士郎は、切嗣が自らを否定するような言葉を嫌う。そしてその思いに対し、切嗣は内心で常に何とも言えない感情を抱いている。それは士郎が義父である自分のことを偉大な人物だと思い込んでいる。衛宮切嗣の過去━━彼の生涯がもたらした災禍と喪失、を何一つ知りもせずに。もし、切嗣が士郎と過ごした過去に後悔があるとするなら、自分に対して的外れな憧れをもった士郎にそれがどんなに愚かなことかを教えることできなかったことだ。

 

切嗣は遠い月を眺めるフリをしながら、悲痛な思いを苦笑で誤魔化す。

 

「うん、残念ながらね。ヒーローは期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ。そんな事、もっと早くに気が付けばよかった」

 

もっと早くに気づいていれば━━━願望機による奇跡などという甘言にも釣られることはなかっただろう。士郎は、さっきの切嗣の苦し紛れの説明について、やがて彼なりに納得したらしく神妙な面持ちで頷いている。

 

「そっか。それじゃしょうがないな」

 

「そうだね。本当に、しょうがない」

 

切嗣も悼みをこめて頷く。そんな言葉を言っても今更どうしようもないと分かっていながら、ただ遠い月を眺めている。切嗣は自分が過ごしてきた中で最も綺麗な景色を士郎が胸に深く刻み込んでくれることがたまらなく嬉しかった。

 

「うん。しょうがないから俺が代わりになってやるよ」

 

淡々と夜を照らす月明かりの中で、士郎は、ごくさりげない口調で誓いを立てる。かつて切嗣が夢半ばで諦めたモノに”なる”と。

 

「爺さんはオトナだからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ。まかせろって、じいさんの夢は━━━」

 

士郎は誓いの言葉を続ける。今夜この景色とともに、忘れようもない思い出として、自らの胸に刻み込んでゆく。それは━━━いつしか始まりを忘れ、ただ磨り減っていくしかなかった切嗣には望むべくもなかった救済だ。

 

「そうか。ああ……安心した」

 

彼は自分のように生きようとも、この自分のように過つことはない。その理解に、胸の内の全ての傷が癒されていくのを感じながら、衛宮切嗣は目を閉じる。

 

そして、正義の味方を目指しその夢半ばで諦めた男は眠るようにその生涯を閉じた。




なんといいますか、fateのまんまですね。……えっ?パクリ乙?いえいえ、これはあくまでプロローグですから心配なさらないでください。今度こそIS世界に入ることになりますので。因みに次の話から司会進行を手伝ってくれる出演者の方をお呼びする予定なので、それも含めて楽しみにしていただけると幸いです。それでは次の話をお楽しみに。


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第一話 邂逅

更新速度は一週間毎くらいを目安にやっていきたいと思っています。


鳥のさえずりと眩しい太陽の光を受け、切嗣は目を覚ます。

 

「ここは……!?」

 

そこは先程まで士郎と話していた武家屋敷ではなく、どこかの公園のようだった。最も一度死んでいるはずなので目を覚ますという表現はおかしいのだが。切嗣は自分の身に起こったありえない事象について“魔法使い”と呼ばれる4人の関連を疑う。がしかし魔術師でもなく、あくまで魔術を道具として使う“魔術使い”の切嗣をそのような奇跡を使ってまで蘇らせるメリットがないことを考えると、その可能性は否定するしかない。

 

(なぜ、僕はこんなところで寝転んでいるのだろう)

 

傍らに目を向けると見覚えのある黒のアタッシュケースが置かれており、中にはかつて“正義の味方”として活動していた頃に使っていたトンプソンセンター・コンテンダーが分解された状態で入っていた。しかも、よく見てみるとグリップ部分に聖杯戦争時の切嗣の令呪と同じ形をした紅いエンブレムが彫り込まれている。その紅いエンブレム(後に、それが大騒動を引き起こす)が何を意味しているのか?この時点の切嗣には理解することができなかった。

 

「これは一体……?」

 

切嗣はふと自分の身体に何とも言えない違和感を感じ、近くの水溜りを覗き込む。

するとそこには

 

「なんでさ……」

 

十代の頃の自分の姿が映っていた。

 

念のため、体内に解析の魔術をかける。その結果、“正義の味方”の頃と同じように使えるようだったため、切嗣はとりあえずここがどこなのかを確認するために公園を出た。しばらく街を歩いていると、切嗣の姿を見るやいなや周りの女性から「喉が渇いたから飲み物を買って来い」だの「肩がぶつかって痛むから治療費をよこせ」だの理不尽な要求をされたが、切嗣は黙って通り過ぎた。市街地を適当に彷徨った後、街で得た情報を整理するため、公園に戻ってベンチに座る。ベンチに座りながら街で手に入れた地図を確認していると、若い女性が金色の長い髪を棚引かせながら歩いている。切嗣はその女性をぼうっと眺めていたが、女性は切嗣の視線に気がつくと切嗣の方を一睨みした後、足早に立ち去ってしまった。

 

そのことに切嗣は多少落ち込みながらも、思考を切り替える。テムズ川などのいくつかの地名によってここが英国のロンドンであることはわかったものの、魔術協会総本部である時計塔が存在しない。それらの事実からおそらくここは平行世界か何かなのだろう、と切嗣は結論づけた。

 

(………さて、当面の問題は衣食住をどうするかだな)

 

ベンチから立ち上がり、公園の入り口に向かおうとしたところで車のエンジン音と悲鳴が聞こえたため、切嗣は音のする方へ急ぐ。

 

 

一体何故こんなことになってしまったのか。目隠しをされ猿轡を噛まされながら、車の荷台に詰め込まれたセシリア・オルコットは憤りを感じていた。両親の死後、金の亡者と化した親類から度々財産を分けるように要求されていたが、セシリアはそれを全て断ってきた。

 

(だからといってこのような強引な手段に出るなんて!許されるわけがありませんわ!!)

 

現在ISを持っていない以上最悪のことも想定しなければならない。

最悪の事態。それは暴走した親族が自分からISを奪い取り、『亡国機業』に持ち込むこと。それだけはオルコット家当主としてなんとしても防がなければならない。親族の中に『亡国機業』との関連性が疑われる者がおり、秘密裏に調査をさせていたものの、調査をさせていた者が忽然と姿を消し、山奥や海中から変わり果てた姿で見つかるようになってから調査をやめさせていた。

 

(けれど、これほど早くに行動に移してくるとは……)

 

ISを持っていればこんなことにならなかったと言う悔しい気持ちを抑えられず、セシリアは手錠をはめられ、拘束されている手を指が白くなるくらい握りしめていた。

 

 

公園の入口の方から、けたたましい車のエンジン音と女性のものと思われる悲鳴を聞き、切嗣は駆け出す。切嗣が入り口に到着すると、数人の黒服の男たちが先ほどの若い女性を黒いワゴン車に乗せて拉致しようとしていた。そして、攫われようとしている先ほどの金髪ロングの女性と一瞬だけ視線がぶつかる。気のせいかその目が切嗣に助けを求めているかのように見えた。先ほど自分に対し露骨な嫌悪の視線をぶつけてきた女性が目の前で攫われようとしている。本来なら関わり合いになるのを避け、何事もなかったかのように日常生活に戻るべきではないか。しかし、かつて“正義の味方”を志したこの男に、そのような行動が取れるはずはなかった。

 

(こんなことをしても、僕はもう正義の味方には戻れないのに……!)

 

切嗣は内心毒づきながらも黒いワゴンが急発進した後、近くに停めてあったバイクに手をつけていた。

 

黒いワゴン車に気がつかれないように、切嗣は距離を保ちつつ追跡する。しばらくして、黒いワゴンは倉庫街に停車した。切嗣はワゴンが停車したのを確認し、近くの路肩にバイクを停車した。なお、バイクは先ほどかなり無茶なやり方でエンジンをかけたので、鍵は壊れてしまっている。切嗣はセシリアがどこに収容されたかを確認すると、近くにある木材の陰に隠れながら、救出する手順を考えていた。

 

「目的地についた。車から降りろ」

 

若い女性の声がして、セシリアは両脇を抱えられながら車から降ろされた。

 

「お前たちは倉庫の入口を見張っていろ」

 

「了解しました」

 

四人の黒服うちの二人が女性の命を受け、入口の方へ向かっていく。複数人による犯行。この時すでに、セシリアは組織的な犯行、すなわち亡国機業によるものだとあたりをつけていた。

 

倉庫の中に入ると、目隠しと猿轡を外され、ようやく視界が戻ってくる。

 

「そこに座れ」

 

女性の言う通りに資材の上に座る。

 

「……セシリア・オルコット。単刀直入に言おう。お前が持っているISをこちらに渡せ。そうすればお前の命だけは助けてやる」

 

「ふざけないでくださいまし!あなたこそ、この私にこんなことをしておいてただで済むと思っているのですか?私の携帯にはGPS機能がついており、一定時間こちらからの連絡が無い場合、警察に連絡することになっておりますのよ!」

 

女性の要求にセシリアは睨みつけながら拒絶した。

 

「別にお前の意思など関係ない。お前が応じるまでこちらは『交渉』するまでだ」

 

「なにが『交渉』ですか!こちらの意思を無視して無理やり従わせようとしているだけのくせに!やりたければ好きなだけ殴ればいいですわ!!そんなことをされても私は絶対に応じませんから!!」

 

「……わかった。おい、お前たち」

 

女性は黒服の男たちの方を向くと、淡々と指示を出す。

 

「こいつをお前たちの好きにしていいぞ」

 

「「なっ!?」」

 

セシリアだけでなく話を聞いた黒服たちも驚いたようで、

 

「流石に、それは―――」

 

「自分には―――」

 

と最初は遠慮していたものの、

 

「……やらないのであれば、今お前たちをここで消し炭にしてもいいんだぞ?それと一ついいことを教えてやろう、セシリア・オルコット。お前の携帯はお前を拉致した際に、公園のなかに放置してきた。あと、お前が靴の中に仕込んでいた発信機もきちんと廃棄しておいたからな」

 

女性が脅しをかけると

 

「……済まねぇな、お嬢ちゃん。恨むんなら俺らではなくあの人を恨んでくれよ」

 

と下卑た笑みを浮かべながらセシリアの服に手をかける。

 

「いや……や、やめて!誰か……誰か助けて!!」

 

服を破られ、下着にも手をかけられたセシリアの悲痛な叫びが倉庫内に響いた。

 

そのころ切嗣は人質を救出する算段がたったので、目標が閉じ込められている倉庫の入口を確認する。入口には二人の黒服がサブマシンガンを持って、警備しており正面突破はほぼ不可能な状況だ。それを確認し、切嗣は倉庫の裏側に移動。そして拾った石を床に落とし、物陰に隠れた。すると、入口の方から黒服の一人が周囲を警戒しながら、やって来る。黒服が石に気がつき、拾おうとしゃがみこんだところで、切嗣は後ろから黒服の右腕の関節を極め地面に叩きつける。叩きつけられた際に頭部を強打したのか、それきり黒服は動かなくなった。

 

「何の音だ!?」

 

もうひとりの黒服が気づいたらしくこっちに来る。

 

切嗣は素早く物陰に隠れる。幸運にも黒服はすぐ近くにいる切嗣のことに気づかず気絶している仲間のところに近づく。切嗣は気配を殺し黒服の後ろに近づき、頚動脈を締めて気絶させた。入口の黒服を排除することには成功したものの、肝心な中の様子が分からないため、切嗣は光の漏れているドアと壁の隙間から中の様子を伺っていた。すると、主犯格と思われる女の指示で人質が乱暴されそうになっていたので、黒服達から奪ったサブマシンガンの安全装置を解除し倉庫内に突入するタイミングを伺う。そして犯人たちの意識が完全に人質に向いたと同時に、倉庫内に突入した。

 

完全に不意を付いた切嗣の奇襲により、残りの黒服を倒すことに成功したものの主犯格の女性は素早くISを起動し、展開することで弾幕を完全に遮断していた。

 

「……一体どこの馬鹿が仕掛けてきたかと思えば、ISも持てない男が一人で乗り込んでくるとは。よほど死にたいらしい」

 

「……」

 

「あ、貴方は!?」

 

セシリアは驚いていたが、それも仕方がないだろう。なぜなら自分を助けに来たのが警察や家の者ではなく、先程公園で見かけた覇気のない何処にでも居そうな青年だったのだから。

 

「その娘を離してもらおう」

 

切嗣は相手を睨みつけながら話す。

 

「その前にお前は何者か答えろ。もし答えないのならば……」

 

女性は自分の専用機であるサイレント・ゼフィルスのメイン武器である大型ライフル“スターブレイカー”を構える。

 

「お前を消し炭にするだけだ」

 

「……」

 

それに対する切嗣の返答は無言。

 

「……だんまりか。まあいい、どうせお前もすぐにこいつらの仲間入りするんだからな」

 

女性は切嗣に向かって引き金を引きビームを発射した。

 

 

(なんだあれは!?)

 

切嗣は表情を変えないものの、内心相当焦っていた。何せ元の世界ではアニメやSF小説などでしかお目にかかれないレーザー兵器を平然と使われているのだから当然の反応だろう。切嗣は相手がライフルを構えているところを見て、メインの武器はあのライフルだと判断する。

 

「ハァ、ハァ……ぐっ!」

 

「さっきまでの動きはどうした?あれで私の攻撃を避けていただろう?そら、もう一度やってみせろ」

 

必死で攻撃を避ける切嗣に、嘲りの視線を向けながら女性は切嗣の動きを観察する。満身創痍の切嗣に対し、女性は傷一つ付いていない。

一体どれくらい逃げ回っただろうか?今のところ銃口の角度からビームが飛んでくる場所はある程度予測することが出来たため、直前に障害物に隠れることでなんとか直撃は避けている。が、近くにビームが着弾した衝撃で置いてあった資材に激突し、肋骨が何本か折れたのに加え、壁に打ち付けられた時に頭を強打したらしく、視界がぼやけている。切嗣自身もおそらく次が限界だろうと考えていた。

 

「障害物のある室内とは言え、生身でIS相手によくここまで持たせたな。残念ながら私には制約がかけられているためISを使って人を殺すことはできない。だが━━━」

 

女性は近接戦闘用のピンク色のナイフをこちらに向け、満面の笑みを浮かべながら━━━

 

「死なない程度に甚振ってはいけないとは言われていないからな」

 

そんなことを平然と口走る。

 

「ではまず、その右腕を頂くとするか……」

 

女性がナイフを構えてゆっくりこちらに近づいてくる。

 

(クソッ!こんなところでやられるわけには………)

 

『力が欲しいか、正義の味方』

 

満身創痍の切嗣の頭の中に謎の声が響く。そしてその言葉が聞こえてきた瞬間━━━

 

「な!?……グァァァァァ!!」

 

体中に激痛が走り、まるで剥き出しの神経をそのまま弄られている様な錯覚を覚える。これに近い感覚を上げるとするならば、始めて魔術回路を動かす時のものだろう。切嗣があまりの痛みに発狂しそうになった時、胸ポケットにあるコンテンダーのエンブレムが眩い光を放つ。まるでそれ自身が自分を使えと切嗣に命じるかのように。

 

(なんでもいい!この状況を乗り切る力を僕にくれ!!)

 

切嗣は藁をも掴む思いでその胸ポケットのコンテンダーのグリップを握る。そして切嗣はまばゆい光に包まれた。

                            

 

(一体何が起こった!?)                         

 

女性が切嗣を追い詰め近接戦闘用のナイフを取り出して近づいた瞬間、切嗣の胸の部分が光り出す。そしてその身体には漆黒のISが展開していた。                          

 

(ISは女にしか使えないはずじゃなかったのか!?)                                       

突然の事態に、女性はいらだちを抑えきれず舌打ちする。予定ではセシリア・オルコットからISを強奪したあと本人を殺し、すぐに撤収する手筈だったのが切嗣のせいで全てが台無しになってしまっている。がしかし手段がないわけではない。要は切嗣という不安要素をこの場で排除してしまえば良いのである。

 

(だが、やつの様子を見る限りISを起動したばかりのようだし、片付けるなら今……!)

 

そう思い、女性はシールドビットを展開しようとした。すると突然         

 

「……状況が変わったわ。急いでもどりなさい、M」             

 

通信画面に映し出された顔を見て、Mはさらに苛立ちを覚える。あともう少しのところまで敵を追い詰めているのに、それを中止しろと言われれば怒りを覚えるのも無理はない。自然と画面の向こうの相手に対し、Mは怒りをぶつける。          

 

「……どういうつもりだ、ミューゼル。まだ任務は達成されていないぞ!」  

 

「たった今情報が入ったのだけど、どうやらロンドン市警がこの事件を嗅ぎつけたらしく、特殊部隊をそちらに差し向けたようなの」                  

 

「そんなもの、私一人で片付けてやる!」                  

 

「黙っていうことを聞きなさい、M。これ以上言う事を聞かないのなら………殺すわよ?」 

                              

「……了解」                                

 

Mと呼ばれた女性はできるだけ感情を抑えて返事を返す。Mの不自然なまでの態度の変化が、組織内における上下関係を如実に表す。彼女の通信相手はいつでもMを殺すことができるのであろう。

 

一方で切嗣はMと対峙しておりその様子を注意深く見ていたが、彼女は不意に不快な表情を見せると、唐突に切嗣に呼びかけて来た。   

 

「……非常に不服だが、今回は撤退することになった」        

 

「……」                               

 

対する切嗣は沈黙を貫いたままだ。                         

 

「……次にあったときは、お前の巫山戯たISごと塵に返してやるから覚悟しておけ」   

                               

Mは入口をライフルで破壊し、飛び去っていった。

 

Mが去ったことに、切嗣は内心安堵していた。今のところ切嗣の武装といえば黒服から奪ったサブマシンガン一丁しかない(切嗣は武器の呼び出し方を知らない)ため、                            

 

「君も早くここから立ち去ったほうがいい。そのような格好でここにいたら、犯罪に巻き込まれるだろうから」                       

 

切嗣は捕らわれていた女性に声をかけると、そのまま立ち去ろうとした。が、そこでセシリアから声がかかる。    

 

「……貴方に話がありますの」

 

 

暗い倉庫内で衛宮切嗣とセシリア・オルコットはお互いに向き合って話をする。                      

 

「先程は、私を助けていただきありがとうございました」         

 

「…………」 

 

セシリアの言葉に切嗣は黙秘を貫く。確かに状況だけを見れば、切嗣は危機に瀕していた女性を助けた勇敢な青年だろう。がしかし━━━                               

「もしよろしければ、私セシリア・オルコットになぜ男性である貴方がISを使えるのか私に教えていただけませんか?」               

             

「……IS?何のことだい?」                             

        

「こんな時に冗談はやめて頂けませんか?私、面白くない冗談は好きではありませんの」  

 

切嗣の発言にセシリアは苛立ちを覚える。いや、セシリアでなくとも同じ感情を持つだろう。なぜならこの世界において「IS」と言う言葉が持つ意味を知らない人物など、おおよそ存在し得ない。つまりセシリアにとって目の前の男性は自分をからかっているか、重度の世間知らずとしか思えないのだから。                                   

 

「……すまない」                             

 

「……どうやら本当に知らないようですわね。なら私がISのことについて教えて差し上げましょう」 

 

どうやら後者のようらしい。申し訳なさそうに英語で謝罪する切嗣にセシリアは呆れた様子でため息をつくと、ISのことについて説明を始めた。                                             

切嗣とセシリア・オルコットが倉庫内で話をしている頃、切嗣たちのいる倉庫街の入口に一台の黒塗りのワゴンが止まる。まもなくドアが開き、中から降りてきたのは二人の女性。一人はIS学園生徒会会長であり、裏工作を実行する暗部に対する対暗部用暗部「更識家」の当主である更識楯無。もう一人はis学園で整備課に所属する布仏虚。彼女は更識家に代々仕える「布仏家」の者である。                            

 

「………イギリス代表候補生が拉致されたと聞いて、駆けつけてみたものの、どうやら出遅れてしまったみたいね」                          

 

更識楯無が口元を扇子で隠しながら呟く。彼女が広げた扇子には「残念」と書かれているが、その目にはまったく悔しがる様子はない。      

 

「そうですね。ですが、まだ何か手がかりが残っているかもしれません。とりあえず、現場の状況を見に行きましょう、お嬢様」      

 

「……もっとフランクに接してくれていいのに」 

 

「そういう訳には参りませんので」             

 

布仏の言葉に更識は笑顔を浮かべながら頷き、二人はセシリアが監禁されていると思われる倉庫へと足を進めた。                             

 

切嗣はセシリアから話をにわかに信じられないでいた。彼女の説明によればISとは篠ノ之束博士が作り出したパワードスーツで現在の兵器の中で最強を誇り、女性のみが使うことができる兵器とのことである。

 

(だからと言って、今の風潮がまかり通ることに疑問を感じるのが僕だけなんだろうか?)

 

切嗣はそんなことを考えながら、セシリアの話を聞く。

 

「━━━つまり、僕は本来なら存在しないはずのイレギュラーと言う事でいいのかい?」    

 

「ええ、その通りですわ。私が入手した情報によれば、男性でISの起動に成功したのは日本人の織斑一夏ただ一人という話でしたし」                  

どうやら切嗣以外にもISを起動した男性がいるらしい。彼女の話が事実なら、切嗣は世界で2番目の男性のIS適合者になる。                      

「そこで、貴方には2人目の男性のIS適合者として私と一緒にIS学園に入学してもらいたいのです」                                

「何故そんな話になる。だいたい僕はIS学園なんて知らないし、そんなところに興味は━━━」                                      

そこで切嗣は言葉を切って後ろを振り返る。突然黙り込む切嗣にオルコットは疑問符を浮かべる。                     

 

「なんですの?いきなり」                          

 

「静かにしてくれ。入口のところに誰かいる」

 

「!!」                  

 

切嗣はオルコットに近づき、耳元で彼女に呟く。彼女は何故か頬を赤らめながらも状況を理解したらしく、切嗣の背中に隠れた。サブマシンガンの安全装置を解除し、気配のする方に向ける。すると観念したのか、物陰から二人の女性が出て来た。                              

「おぉ、怖い怖い。お姉さんそんなもの向けられたら怖くて出てこれないよ」                                

 

「油断しないでください、お嬢様。この男は気配を消した私たちの存在にいち早く気づきました。かなりの実力者です」                        

「大丈夫だって、虚ちゃん。この人そんなに悪い人ではなさそうだし」       

眼鏡をかけた真面目そうな女性の問いに青髪の女性はそう答えると、切嗣たちの方を向いて自己紹介を始めた。          

 

「はじめまして。私の名前は更識楯無。IS学園で生徒会会長をしています。よろしくね」                                  

「……布仏虚。IS学園で生徒会会計をしてます」               

 

二人が自己紹介をし終えたので、一応切嗣たちも自己紹介をする。切嗣は目の前の女性達の自己紹介に関し、彼女たちが嘘をついている可能性も考慮するが、少なくとも今の切嗣に確かめる手段はない。       

 

「私の名前はセシリア・オルコット。ISのイギリス代表候補生ですわ。今年からIS学園でお世話になることになりました。これからよろしくお願いします」       

 

「……藤村切嗣だ」 

 

念のため、相手には偽名を名乗っておく。虚の方はうまく自分の雰囲気を隠しているが、青い髪の女性の方からは、戦い慣れている者が纏う濃密な気配が漂ってくる。おそらくは相当な手練。切嗣はそう判断すると、警戒を強める。                         

 

「切嗣くんにセシリアちゃんね。……ところで切嗣くんはどうして頭から血を流してるの?」                                  

そう言われ切嗣が頭に手を当てると、大量の血がついていた。どうやら先ほど資材に激突した時に、頭を負傷したようだ。

 

「ああ、これは先ほど頭を強く打った時に……!」

 

切嗣はなんとか意識を保とうとしたものの、自分の意志とは反対に意識はどんどん薄れていく。

 

━━━ケリィはさ、どんな大人になりたいの?

 

意識を失う直前、切嗣は確かにそんな言葉を聞いたような気がした。




作「今回からアシスタントとして作品制作に協力してくれることになったモッピーさんです!」

モッピー「モッピー知ってるよ、この役やってんのは本編で出番がないからだよ」

作「え?あ、あれ?モッピーさん?そ、そんなことはないよ?」

モッピー「モッピー知ってるよ、この作品では私のルートがないってこと」

作「それは……本当にすみません」

※この作品は篠ノ之箒をdisっているつもりはありませんので、あしからず


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第二話 試験

何とか期日内に投稿出来ました(汗)


切嗣は夢を見ている。夢の中で初恋の人と夜の海岸で話をしていた。もう戻ることのない純粋に“すべてを救う正義の味方”に憧れていたあの頃、それと同時に自分の“過ち”が生まれた時でもある。  

「ケリィはさ、どんな大人になりたいの?」                

 

(ああ、これは確か僕が子供の頃の記憶……) 

 

切嗣はその光景を懐かしさと後悔の感情に駆られながら見続ける。名前を思い出すことは出来ないが、確かにこんな自分に初めて出来た大切な存在。そして、最初に自分の目の前から消え去ってしまった存在。            

 

「……僕は、正義の味方になりたいんだ」                

 

(あれ?僕はこの時、何も答えることが出来なかったはず……)       

 

予想していた展開と違い、驚きを隠せない切嗣の困惑とは裏腹に、なおも夢は続く。その事に切嗣は嫌な予感を覚えるが、目の前の状況を見守るしかない。                            

 

「正義の味方かぁ。……なら、どうして」                

 

急に目の前の女性が蹲り、顔を隠す。切嗣は違和感を感じ、彼女の顔を覗き込むと 

 

「ドウシテワタシヲミステテニゲタノ?」                 

 

そこには、不完全な死徒と化して涙を流しながら、こっちを睨みつけている女性の顔があった。                        

 

 

「━━━ハッ!?」                            

 

目が覚めると切嗣は畳部屋で横になっていた。もちろん切嗣には見覚えのない場所である。                  

 

「ここは一体……っ!!」                      

 

肋骨と頭部に走る痛みで完全に意識が覚醒する。誰かが衣服を着替えさせたようで、いつの間にか服が浴衣になっており、体には包帯が巻かれてある。そして視線を感じてふすまの方を向くと、隙間から青い髪の女性がこっちを見ていた。                               

 

「…………」                               

 

「…………」                               

 

お互いに目を合わせたまま無言でいたが、女性はこちらの様子を確認したのか、ふすまを閉めてそのまま去っていった。 暫くして楯無と虚が部屋に入って来る。            

 

「目を覚ましたみたいだね。調子はどう?」                

 

楯無は心配そうな顔をしながら切嗣に問いかける。                         

 

「お陰さまで体の傷はほとんど癒えたみたいです。助けていただき本当に感謝しています」                               

 

切嗣も笑顔を作りつつ無難な返事を返す。確かに自分を介抱してくれたとは言えども、そのまま目の前の女性を信じるわけにはいかない。               

 

「いやぁ、お姉さんも君が目を覚ましてくれて助かったよ」              

 

楯無は屈託のない笑顔を浮かべる。その笑顔は、切嗣のある知人を思い出させた。名前を思い出すことのできない、自分のせいで苦しませてしまった彼女。

 

「?私の顔に何かついてる?」

 

楯無は不思議そうな顔を浮かべる。そんな彼女の様子を見て切嗣は改めて目の前の人物と“彼女”は別の存在だと認識した。

 

「いえ、別に。……それで、改めて聞かせていただきますがそちらの要件はなんですか?」              

 

「え?」                                

 

「わざわざ僕の様子を確認するためだけに、ここに貴女方2人で来る必要はないでしょう?」                                 

 

楯無は一瞬面食らったような顔をしていたが、不敵な笑みを浮かべると

 

「せっかちだねぇ、切嗣くんは。そんなことでは女の子にモテないぞ?」   

 

そんな風に切り返す。                       

 

「……さてと、それでは本題に入りましょう。藤村切嗣……いいえ、衛宮切嗣くん。君は一体何者なの?悪いとは思ったけど、うちの総力を挙げて貴方のことを調べさせてもらったわ。その結果偽造した住所なりなんなり出てくればまだ良かったのだけど、あなたのことに関しては何も出てこなかった」                

 

いきなりの核心をついた質問に、切嗣は気持ちを顔に表さないようにするので精一杯だった。自分の偽名を看破されたことも驚くべきことではあるが、こともあろうに目の前の女性は自分の正確な名前をどこかで仕入れたらしい。ますます底が見えない目の前の女性に、切嗣はさらに警戒を強める。                                

 

(痛いところを突かれたな。おそらくこの女性はかなりの実力者だろう。敵に回すと非常に厄介な相手になるタイプといったところか。なら、ここは大人しく相手に従っておくべきだろう)                                 

 

「…………」                               

 

「やっぱり、話す気にはなれないかしら」                 

 

楯無はだんまりを続ける切嗣の表情を伺う。                 

 

「……信じてもらえるか分かりませんが、記憶を失ってしまったようでして」 

 

「名前しか思い出せない?」

 

「まあ、そんなところです」  

 

切嗣は嘘を重ねる。正確には、ごく一部(過去を含む)の記憶を思い出せないでいるだけで、多方の記憶に関して言えば完全に覚えているのだ。そして質問が途切れたところで、今度は切嗣が楯無に質問を返す。

 

「ところで、どうして僕の名前が藤村ではないと?」

 

「君の挙動から読み取った、なんて言ったらどうする?」

 

「!?」

 

思わず切嗣は身構える。相手に自分の状態を知られることのないように、常にポーカーフェイスを意識していたはずであったが、楯無はその名前すら看破していたのである。警戒するなという方が無理かもしれない。

 

「……嘘嘘、冗談だよ。念のため君のISのコアを検査したら、そこに君の本名が登録されいただけだからさ」

 

「…………」

 

(まあ、隠していることについてはおいおい聞いていくことにしましょう) 

 

切嗣の質問も一段落着いたところで、楯無は切嗣の待機状態になっているISを差し出した。 

 

「話は変わるけど、貴方にはこれについて答えてもらわなければならないの」 

 

「!?」                      

 

切嗣の顔が僅かに歪む。傷を負っていたとは言え、自分の魔術礼装を相手に取られてしまい、尚且つその事に今まで気がつかなかった自分自身の愚かさを憎まずにはいられない。                         

 

「言いたいことは分かるわね?」                  

 

「……ああ。僕が何故男なのにISを使っているのか、ですね?」       

 

「ええ。察しがよくて助かるわ。そして貴方には3つの選択肢がある。一つ目は私に協力を求めて、IS学園に入学する。二つ目は、この話を無かったことにして普通に暮らす。まあ、イギリスの代表候補生に見つかってしまった時点でアウトなんだけど。そして、三つ目は日本政府に事情を説明し保護してもらう。さて、貴方はどれを選ぶ?」                        

 

楯無から突きつけられた選択肢を切嗣は改めて吟味する。一はともかくとして、二は論外でしかない。何故なら、あの時オルコットに見つかってしまった時点で、まずイギリスから確実に狙われるだろう。そしてそれに便乗する形で、各国からも手が伸びてくることになる。最後の三もかなり厳しい選択肢になる。もし日本政府に保護されたとしても、切嗣の体のことについて詳しく調べられ、万が一魔術回路の存在が明らかになったとしたら大変なことになるのは目に見えている。

 

そうなると答えは一つだけ。                        

 

(僕がここまで考えることを考慮してこの選択肢を用意したのなら、この女は相当な切れ者だな)                            

 

改めて更識の方を見る。彼女は扇子で口もとを隠しつつ、切嗣の様子を伺っている様だ。             

 

「……わかりました。条件付きで貴女に協力してもらってIS学園にお世話になることにします」                               

 

切嗣は観念したように返事を返した。                     

 

「んふふ、賢い子はお姉さん大好きだよ♪それで、条件と言うのは?」    

 

更識は満面の笑みを浮かべ、切嗣の出した条件について聞いてきた。          

 

「ああ、条件は━━━」   

 

 

切嗣は入学試験を受けるためにIS学園に来ていた。今は春休み期間らしく校内にはほとんど生徒の姿は見受けられない。

 

地図を見て職員室を探してつつ歩いていたが、気がつくと道場があるところに出てしまっていた。道場の中からは威勢のいい掛け声が聞こえてくる。どうやら剣道部が練習をしているらしい。

 

待ち合わせの時間まであと一時間ある。せっかくなのでと切嗣は剣道部の練習を見ていくことにした。切嗣が道場の中に入ると案の定、剣道部の部員たちが練習していた。がしかし、切嗣が稽古を見ているのに気がつくと、稽古をやめて彼の方を見ながらヒソヒソと話を始めた。                             

 

(何故いきなり稽古をやめるんだ?もしかして他校のスパイか何かと勘違いされているのか??)                               

切嗣が一人考え込んでいると、一人の剣道部員らしきポニーテールの女の子が仏頂面をしながら切嗣の方へ近寄ってきた。                  

 

「なぜ無関係の男性がこんなところにいるのか納得のいくように説明してもらおうか。ここは学園関係者以外立ち入り禁止のはずなのだが」           

 

「ああ、すまない。僕は更識楯無さんの推薦でこの学園を受験することになった衛宮切嗣だ」                               

 

切嗣は楯無から言われたとおりに説明をするが、剣道部員は納得がいかないらしく

 

「はぁ?何を寝ぼけたことを言っている。ISは女性にしか使えないんだ。唯一の例外があるとすれば、私の幼馴染の織斑一夏だけだ」             

 

そんな切り返しをしてくる。                        

 

「えぇ!?篠ノ之さんってあの織斑君と幼馴染だったの!?」           

 

「詳しく聞かせて!」                           

 

背後からそんな声が聞こえてくるが、彼女の耳には入らない。       

 

「それで、その自称更識楯無さんの知り合いが何故ここに入り込んでいる?は!?もしかして私たちの下着を狙った変質者か!?」                  

 

途端にほかの剣道部員たちが騒がしくなる。中には携帯で職員を呼び出そうとしようとしている者までいる。                      

 

(まったく、面倒なことになってしまった)              

 

切嗣は顔に出さないようにして、心の中で毒づいていた。そんな態度が気に入らなかったのか、箒と呼ばれたポニーテールの剣道部員はもうひとつの竹刀を持ち出すと、切嗣に突きつけながら―――                   

 

「竹刀を取れ!この不埒者め!成敗してくれる!」               

 

勝負を申し込んできた。

                        

(参ったなぁ、本当に)                         

 

切嗣は竹刀を構え、相手と対峙しながら自身のツキの無さを恨んでいた。相手は本気で打ち込んでくる気らしい。切嗣が彼女に防具は必要ないと言ったことが余計に勘に触ってしまったようである。                        

 

(しかし、こうやって剣道をするのも大河ちゃんとやった時以来だな)  

 

切嗣は思わず笑みをこぼしてしまう。それを見た相手は、誰から見てもわかるくらいに顔を赤くしている。今の彼女にこそ、怒髪天という言葉が当てはまりそうだ。

 

相手の切っ先が動く。どうやら勝負を仕掛けてくるようだ。竹刀を上段に振りかぶり、そのまま唐竹割りの要領で踏み込んできた。                

 

(筋はいい。だが、太刀筋が素直すぎる)                     

 

切嗣は慌てずに自分の竹刀の切っ先で、振り下ろしてくる相手の竹刀を絡め取り、巻き上げで竹刀を弾き飛ばす。そしてその切っ先を無手になった相手の喉元に突きつけた。                           

 

切嗣が篠ノ之の竹刀を吹き飛ばしたところで、試合は中断した。箒はしばらく呆然としていたが、悔しそうな表情を浮かべ切嗣を睨みつける。これには思わず切嗣もたじろぐ。                  

 

「私の竹刀を吹き飛ばすとは……そこな変質者よ、もはやただでは済まさん!今度は本気でいかせてもらおう」     

 

「…………」           

 

箒は飛ばされた竹刀を手に取ると、再び切嗣に向けて竹刀を構える。そして切嗣と箒が再び竹刀を構えたところで、

 

「取り込み中にすまない」     

 

道場入口から響いた女傑の一声に全員がそちらを向いた。        

 

 

千冬の声に剣道部の部員たちがこちらを振り向く。どうやらあの竹刀を持った青年が資料にあった衛宮切嗣だろうと千冬はあたりを付ける。

 

「……お前が衛宮切嗣だな?」

 

「はい、更識楯無さんの推薦でこの学園を受験することになりました、衛宮切嗣です」                                

 

「私はこの学園で教師を務める織斑千冬だ。今日はお前の入学試験の試験官をすることになっている」                         

 

「よろしくお願いします、織斑先生」

 

「試験会場となる第三アリーナはこっちだ。ついてこい」       

 

そう言うと、千冬は切嗣を連れて剣道場を後にした。              

 

切嗣が織斑千冬についていくと、広いスタジアムのようなところについた。                                

 

「ここは第3アリーナだ。これからお前のISの実力を確かめるため、教師との一対一の模擬戦を行ってもらう。なお、今回の試験結果が悪ければ試験は不合格とさせてもらうので、そのつもりでいるように」               

 

「……分かりました」

 

千冬の試験の説明に対し切嗣はISを展開しながら答える。

 

「ISを展開し終えたようだな。よし、ならばフィールドに出ろ。対戦相手の教師が待っているはずだ」     

 

「……了解。衛宮切嗣、出ます」             

 

切嗣がフィールドに出ると、緑のISを展開した緑色の髪のショートカットの女性が待っていた。

 

「……今回衛宮くんの試験官を務めることになった山田真耶です。よ、よろしくお願いしますね」

 

どうやら相当緊張しているようで、上手く喋れていない。

 

「……衛宮切嗣です。よろしくお願いします」 

 

一方の切嗣は淡々と返事を返しつつ、相手に目線を合わせている。すると、何故か真耶は顔を赤くして切嗣から目をそらしてしまう。

 

「……二人ともフィールドに出たので、そろそろ試験を始めたいのだが?」

 

「!!」 

 

スピーカーから響く不機嫌そうな声に真耶は慌てて平常心を取り戻す。

 

「それでは両者、位置について……始め!」

 

 

試合開始直後、切嗣は相手に向かってスタングレネードを投げる。それをどう捌くかを切嗣は見極めようとするが、

 

(さて、どう出る………?)                    

 

相手はこちらが開始直後に奇襲をかけてくるのを予想していたように、スラスターを使い離脱されてしまった。切嗣は更識に手配して、追加で装備した武装の一つであるKORD重機関銃を素早く展開すると、照準を定めて引き金を引く。             

 

「……っ!」                                 

目くらましが効かなかったために直撃は避けられたものの、銃口から放たれた大口径の弾丸が真耶に襲い掛かりシールドエネルギーを大きく削ることに成功する。     

 

「!やりますね!!」                     

 

真耶が驚いた顔で切嗣の方を見ている。どうやら奇襲は成功したらしい。     

 

「けど、今度はこっちから行かせてもらいます!」 

 

そう言うと、彼女は手に持っていたマシンガンをこちらに向け発射してきた。

 

切嗣は何とか躱そうとするが、まだISをうまく制御できていないこともあり何発か被弾してしまう。

 

(僕の動きをコントロールするように撃って来ているが、狙いは一体?)

 

切嗣が周りを見渡してみるといつの間にかフィールドの端に追い詰められていた。すると真耶は別の方向に向かってミサイルポッドからミサイルを放つ。

 

(なるほど、本命の場所にミサイルを撃っておき、マシンガンで僕をそこに誘導してミサイルを当てる。そういう事なら━━━)

 

切嗣は彼女の狙いを理解すると、わざとミサイルの着弾する方に寄った。そしてミサイルが着弾する瞬間にスラスターを吹かし、武器を魔術強化済みのサバイバルナイフに変える。因みに試験の日程上、切嗣のIS専用武器が揃わなかったため、切嗣の武器は通常仕様の軍用武器になっている。

 

(つくづくついてないな)

 

切嗣は再び心の中で毒づきながらも、ミサイルの爆風を利用して一気に彼女に接近する。真耶は切嗣の動きに驚きながらも、咄嗟にマシンガンを盾にし防ごうとする。

 

だが、強化の魔術を施されたナイフを止められるはずもなく、マシンガンは二つに断ち切られ爆散した。そして真耶が硬直している間に切嗣は彼女の後ろに回り込み―――

 

「チェックメイトです」

 

首筋にナイフを突きつけた。

 

「それまで!勝者、衛宮切嗣!」

 

スピーカーから千冬の声が響き、演習が終了した。

 

 

その後、演習が終わり切嗣も真耶も地上に降りてくる。

 

「……一ついいですか?」

 

入口の方に向かおうとしていた切嗣に、後ろから真耶が話しかける。

 

「……?」

 

「なぜあの時、衛宮くんは私にナイフで切り掛からなかったんですか?あのタイミングなら私もよけられなかっただろうし、シールドエネルギーにも大きなダメージを与えることができたと思うのですが」

 

真耶の質問に切嗣はしばらく考え込んでいたが、真耶の目を見つめながら真顔で答えた。

 

「実戦ならば、僕は間違いなくシールドエネルギーを奪いに行っていたと思います。しかし、今回はあくまで模擬戦でした。それに……」

 

「それに?」

 

「先生のような可愛らしい女性に手を上げるなんて、僕には出来ないですから」

 

「か、可愛らしい……ですか?私が?」

 

真耶は顔を赤くしながら答えた。

 

「……おほん!盛り上がっているところ、申し訳ないが衛宮はさっさと入口まで戻ってくるように」

 

するとなかなか戻ってこない二人にしびれを切らしたようで、千冬が入口に戻ってくるように呼びかけている。心なしか先ほどから声に怒りの感情が見え隠れしているものの、それに切嗣が気がつく事はない。

 

「それでは……失礼します」

 

切嗣は真耶にそう言い残すと、入口の方へ去っていった。

 

「衛宮……切嗣……」  

 

誰もいなくなったアリーナの中で真耶は誰にも聞こえないほど小さな声で、先ほどの相手の名前を反芻していた。                  

 




こんな感じで進めていきたいと思っています。なおご意見ご感想などありましたらどしどし書き込んで頂けると作者のモチベーションの向上にもつながるのでよろしくお願いします。


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第三話 入学

切嗣は入学試験の合格通知を更識家の屋敷で受け取っていた。

 

「で、どうだった?お姉さん、結構気になってたんだよ?」

 

更識が切嗣の背中に抱きついてくる。

 

「ああ、楯無さんたちのお陰で合格していたよ」

 

切嗣は特に反応を示さずに冷静に返す。いつもなら、このあと更に胸を押し付けたりして絡んでくるところなのだが、今日の楯無は何も言わずに切嗣の背中から離れる。不思議に思った切嗣が振り返ると、楯無は笑顔で切嗣の方を見ていた。

 

「やっぱり、お姉さんは今の君の方が年相応でいいと思うよ」

 

「…………」

 

「いつか切嗣くんが自分のことについて話してくれるのを、お姉さん待ってるから」                                       

「…………」

 

春休みも終わりを迎えようとしていた。

 

 

4月、切嗣はIS学園に入学した。どうやら切嗣の他には男子生徒は一人しかいないようで、周りは全員女性。だがしかし、もうひとりの男性IS操縦者の織斑一夏と違い、切嗣がISを使えるということはごく一部にしか知られていないため、クラスでどういう事になるかは言うまでもない。 

 

「「………」」

 

周りからの視線が集中する。どうやらもうひとりの男性操縦者である織斑一夏も珍しいものを見るような目で切嗣の方を見ていた。

 

「━━みやくん、衛宮くん」

 

副担任の山田真耶の自分を呼ぶ声に切嗣は顔を上げる。            

「か、考え事をしている最中にごめんね?でも、今は自己紹介中で『あ』から始まって『え』なんだけど………」

 

真耶が申し訳なさそうな顔で切嗣を見つめる。どうやら彼女はこれが素の状態の様だ。

 

切嗣は立ち上がって自己紹介をする。

 

「………衛宮切嗣です。特技は、射撃です」

 

「しゃ、射撃って言うと、クレー射撃のようなものでいいのかな?」

 

真耶が困惑した表情で切嗣を見る。学生の特技が射撃というのは少し変に感じられるのだろう。

 

「……まあ、そんな感じです」

 

切嗣がそう答えると、一瞬クラスに沈黙が流れる。

 

「つ、次は『お』なので織斑くん、お願いします」

 

「は、はい!俺の名前は━━」

 

そんな感じで自己紹介は進んでいった。

 

 

自己紹介が終わり、切嗣は机に座ってこれからの過ごし方について考えていた。すると、一夏が声をかけてきたので、切嗣はそちらの方に顔を向ける。

 

「なあ、衛宮」

 

「お前は……織斑か」

 

「ああ、クラスの自己紹介でも言ったが俺の名前は織斑一夏。この学校の中で男子は俺たち2人だけだし、仲良くしようぜ。切嗣」

 

そう言うと、織斑は切嗣に右手を差し出す。

 

「こちらこそ、よろしくな織斑」

 

切嗣は右手を出して、一夏と握手をした。しかし、一夏は怪訝そうな顔をしている。

 

「俺もお前のことを切嗣と呼んでるんだし、お前も俺のことは一夏と呼んでくれよ」

 

「すまない。これからよろしくな、一夏」

 

切嗣は、改めて握手している一夏の右手に力を込めた。

 

「……衛宮」

 

ふと後ろを振り向くと、クラスメイトの篠ノ之箒が立っていた。どうやら先の一件以来、箒はどこか切嗣に対して苦手意識を持ってしまっているようである。

 

「一夏に用事があるのだが、連れて行ってもいいか?」

 

「別に、僕は構わない」

 

切嗣の答えに満足したのか、篠ノ之は一夏の手を引いて廊下の方へと歩いて行った。

 

「ちょっとよろしいかしら?」

 

「……?」

 

顔を上げると、イギリス代表候補生のセシリア・オルコットが立っていた。

 

「貴方もこの学校に入学していたのですね、衛宮切嗣」

 

「……君は、セシリア・オルコット」

 

「あの時は、私のピンチを救っていただき本当にありがとうございました」

 

「……別に、感謝される謂われはない。それに、僕にそんなことを言われる資格は━━━」

 

僕の言葉を遮るように、授業開始のチャイムが鳴る。

 

「?まあいいですわ。それでは、また後ほど」

 

オルコットはそう言うと、自分の席へと戻っていった。

 

 

「そもそも、ISの基本的な運用には原則として国家の認証が必要であり……」

 

一時間目はISに関する基本知識を学ぶ授業である。

 

「ここまでで、わからないことがある人はいませんか?」

 

真耶が生徒の方に振り返って聞く。真耶の教え方は学園内でもかなり丁寧な部類に入るので、わからない人間などいないはずなのだが……例外のない法則はない。

 

「はい、先生」

 

「ど、どこがわかりませんか、織斑くん?」

 

「えっと……全部です」

 

一夏の発言で教室に気まずい空気が流れる。

 

「そ、そうなんですね。織斑くんの他に誰か分からない人はいませんか?」

 

山田先生がほかの生徒に呼びかけるが、誰も反応しない。

 

「……お前はそもそも、入学前に配られた冊子をちゃんと読んできたのか?」

 

「あぁ、あの分厚いやつなら古い電話帳と間違えて捨てました」

 

その直後に、一夏の頭に出席簿が振り下ろされる。あまりの痛さに、一夏は目を瞬きさせた。

 

「……再発行してやるから、一週間で全部覚えて来い」

 

「一週間でなんて━━」

 

「いいな?」

 

「……はい」

 

一夏は椅子に座ったあと、頭を抱えていた。

 

「……では次に━━━」

 

その後、授業は滞りなく進んだ。

 

 

「なあ、切嗣」

 

授業が終わり、休み時間になったところで隣の一夏が話しかけて来る。

 

「どうしたんだい、一夏?」

 

「お前、あの授業の内容を全部理解できたか?」

 

「……全部を完璧に理解した、というわけではないが大体は理解できた」

 

そう答えると、一夏は更に凹んでいた。

 

「お前も俺と同じ条件のはずなのに、なんでお前だけそんなに理解できるんだよ」

 

「なんでと言われてもな……強いて言うなら更識先輩につきっきりで教え込まれてたから、かな」

 

一瞬、教室が静まり返る。気のせいか切嗣に向けられる視線が先ほどとは比べ物にならないくらい強烈に感じられる。

 

「お前……今なんて言った?」

 

「だから、更識先輩につきっきりで教え込まれていたと……」

 

「「えぇぇぇぇ!?」」

 

気がつけば、切嗣と一夏の周りに大量のクラスメイトが集まっていた。

 

「生徒会長とつきっきり!?」

 

「なんて羨ま、ゲフンゲフン、ハレンチですわ!」

 

「これはどうやら衛宮くんに詳しく話を聞く必要があるわね」

 

「……すまないが、ちょっとトイレに」

 

なんとなく不穏な空気を感じた切嗣は一夏との話を切り上げ、廊下の方へ歩き出そうとした瞬間━━━

 

「「待てぇぇぇぇ!!」」

 

教室からすごい数の女子が追いかけてきた。切嗣は何とか撒くことには成功したが結局、この騒動は休み時間が終わるまで続くことになる。

 

 

2時間目。織斑先生の授業であったが、今回はクラスの代表を決めることになった。

 

「さて、お前たちも知っていると思うが、まずはこのクラスの代表を決めなければならん。

 

今回は自薦他薦問わず立候補したあと、投票で代表を決めることにする」

 

早速、女子から推薦のための手が上がった。

 

「はい、私は織斑君がいいと思います。」

 

「私も織斑君がいいと思います」

 

(どうやら一夏が人気のようだ。僕個人としてはあまり目立ちたくはないので、一夏には悪いが、彼に面倒事を引き受けてもらおう。)

 

現在の流れでは票は一夏に流れる、と読んだ切嗣はこれ幸いとばかりに外の景色を見ながら別の事を考えていた。すると―――

 

「私はえみやんがいいと思うよー」

 

布仏本音の意見を皮切りに、次々と票が切嗣の方に流れ出す。

 

「私も衛宮くんがいいと思います」

 

「布仏さんもああ言ってるし、私も衛宮くんにしようかな?」

 

どうやら代表は切嗣か一夏のどちらかで決まりそうになっている。一方、当事者である切嗣は内心困惑していたが━━━

 

「ふざけないでくださいまし!!」

 

オルコットはそれ以上に不満を持っているようである。

 

「なぜクラスの代表にイギリスの代表候補生である私セシリア・オルコットが推薦されずに、よりにもよって男なんかが推薦されるのです!?ISの事を学ぶためとは言え、このような極東の時代遅れの島国で勉強すること事態不愉快だと言うのに!!」

 

「イギリスだって毎回メシがまずい国ランキングで一位をとってるじゃないか!」

 

「なんですって!?あなた、私の祖国を馬鹿にしていますの!?」

 

「そっちが言い出してきたんだろ!!」

 

「よろしいですわ!それならイギリスの代表候補生として貴方に決闘を申し込ませていただきます!!」

 

「おう!望むところだぜ!!」

 

こうしてセシリアと一夏の対決が実現することになった。

 

「話はまとまったようだな。では衛宮とセシリアと織斑は最初に誰と誰が戦うのかを決めろ」

 

千冬はそう言うと、机の下からくじが入った箱を取り出す。

 

「この中に3つのくじがあり、ひとつだけ当たりが入っている。そしてその当たりを引いた者が、来週の月曜日の試合で土曜日にある外れ組の勝者と激突することになる」

 

3人同時にくじを引く。そして当たりを引いたのは━━━

 

「よっしゃあ!」

 

一夏であった。

 

 

放課後、切嗣は自分の部屋の鍵を受け取るために職員室を訪れていた。

 

「失礼します。織斑先生はいらっしゃいますか」

 

「おお、衛宮か。実はお前の部屋割りについてなんだが━━━」

 

ここで切嗣に悪寒が走る。切嗣は自分の動揺を千冬に悟られないようにしながら、続きを聞く事にした。

 

「学園の事情により、お前専用の個室を用意することが出来なかった。因みにお前の相部屋のルームメイトは布仏本音。お前がよく知っている人物だろう。しかし、ルームメイトに不埒な真似をした場合には……切り落とすからな?」

 

ここで何を?と聞くほど切嗣は愚かではない。自分の部屋の鍵を受け取ると、足早に職員室を後にした。

 

「ここが1027号室………僕の部屋か」

 

荷物は部屋の中に運んであるらしい。試しにノックをするが、なんの返答もない。切嗣は鍵を開けて、部屋の中に入った。

 

(?電気がついていないのか?)

 

切嗣は壁についているスイッチを押す。するとそこには━━━

 

「おかえりなさい、切嗣くん。わたしにする?わたしにする?それともわ・た・し?」

 

痴女(裸エプロンの楯無)がいた。

 

「ただいま戻りました、更識先輩」

 

華麗にスルーを決める切嗣に対し、楯無は膝から崩れるように床に座り込む。その際、脇を意識して胸を強調することも忘れない。

 

「えぇ!?無視するの!?お姉さん、せっかく切嗣くんを元気づけようと張り切ってやったのに」

 

「そう言えば、この部屋のルームメイトはどうしたんですか?たしか規則ではルームメイトは原則同学年同士だったはずですが」

 

「会長権限」

 

切嗣は予想よりも斜め上の回答に戸惑っていた。

 

 

「━━━それで、結局何しに来たんですか」

 

「ぶぅ、お姉さんは切嗣くんをそんな風に育てた覚えはないっ!」

 

「僕は貴方に育てられた覚えはありません」

 

切嗣がため息をつきながら答える。そんな切嗣の様子を見て安心した様で更識は温かい目で切嗣を見つめる。

 

「よかった。どうやら学校では上手くやっていけそうだね」

 

「どう解釈したらそうなるんだか……。ええ、面倒見のいい先輩のお陰でうまくいきそうです」

 

切嗣の素直(?)な反応に更識は一瞬驚いた顔を浮かべる。が、すぐに言葉の意味を理解すると、意味深な笑みを浮かべた。

 

「切嗣くんにそんなことを言ってもらえて、お姉さん嬉しいよ」

 

「……そうですね」

 

「まあ、この下にはちゃんと水着を着てるんだけどね」

 

「そうなんですか。てっきりその下には何も着てないと思っていたんですがね」

 

「……え?」

 

切嗣は楯無の言葉に適当に返答を返すと、机の上にコンテンダーを置き、手入れ道具を出して整備を始めた。そんな切嗣の反応を見て楯無はしばし考え込んでいたが、いい案を思いついたようで、おもむろに立ち上がると切嗣の背中に抱きつく。

 

「こんなに色っぽい格好をしたお姉さんを無視するなんて、きりちゃんってもしかしてそっちのひ「違います」そんな必死に否定しなくても……」

 

わかりやすく反応する切嗣を楯無はニヤニヤしながら観察するが、当の本人はそれどころではない。

 

(だめだ。この人と話していると、どうも調子が狂う。こんな調子じゃコンテンダーの整備なんて出来やしない)

 

切嗣は諦めの表情を浮かべると、道具を片付けて楯無の方に向き直る。

 

「それで、今夜はどうするんです?」

 

「うーん、今夜は食堂でご飯を食べたあと、切嗣くんの入学祝いを兼ねて部屋でゲームをしようと思うんだけど」

 

「ゲーム……ですか?僕はゲーム機は持ってないですよ?」

 

「大丈夫。こんなこともあろうかと、お姉さんゲームを持ってきたんだ」

 

そう言うと、楯無は青、黄、赤、緑の丸が書かれた白いシートを出してきた。

 

「これって、まさか……」

 

切嗣は背筋に寒気を感じ、楯無に問いを投げるが

 

「そう……ツイスターゲーム!もちろんポロリもあるよ♪」

 

返ってきた答えは無情な死刑宣告だった。

 

 

翌朝、部屋から肌がツヤツヤになった楯無とげっそりやつれた切嗣が部屋から出てくるのが出てくるのが目撃された。そのせいで土曜日のセシリアとの戦いが激しい展開なるのだが、それはまた後の話。




まだまだ基本骨子(文章)の想定が甘いので、気づいたことなどありましたら、どしどし書き込んで頂ければ嬉しいです。


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幕間

━━━side 布仏本音

 

「私はえみやんがいいと思うなー」

 

クラス代表を決める投票で、私は衛宮くんに票を入れていた。

 

衛宮切嗣。ISの二人目の男性適合者。素性は一切不明。

 

一人目の適合者である織斑一夏とは全く異質の存在。同い年のはずなのに周りにまとう空気が全く違うのだ。まるで一般人の中に、一人だけ戦場から帰ってきたばかりの兵士が混ざっているような。

 

(あの子、どこか危ういんだよねー)

 

そう思いつつ、ふと、生徒会長から言われたことを思い出していた。

 

 

「━━━それで、私に話ってどんな話なんですかー?」

 

春休みが終わる直前、私は更識家を訪れていた。

 

「わざわざ、休暇中にごめんなさいね。実は切嗣くんのことについて頼みごとがあるんだけど」

 

会長は申し訳なさそうに口を開く。実のところ会長がこんなに困った顔になるのを私が見たのは、初めてかもしれない。

 

「ほら、彼って見ての通り雰囲気が暗いじゃない?しかもいつも目が死んでるし。わたしは2年生で虚ちゃんは3年生だし生徒会役員であの子のことを見ていられないから、今年入学する貴方が同じ部屋でルームメイトとしてあの子を支えてあげてくれないかしら」

 

「それは、全然問題ないですけどー」

 

私はふと気になっていたことを言ってみる。

 

「どんな生活を送っていたら彼みたいな目になるんですかねー?」

 

会長は少し考えてから、らしくない事を言ってきた。

 

「これは私の勘なんだけど、あの子は相当な数の戦場に立ってきたんじゃないのかな。私は更識家の人間として様々な人と接してきたけど、あんな目をした人間はほとんど見たことがないし。だから、彼にはせめてIS学園にいる間くらいは普通の学生として過ごして欲しいと思っているの。生徒会長としてあんな暗い目をしている人間を放っておくことは出来ないし」

 

なので、私もすこし探りを入れるつもりで

 

「そう言いつつ、会長は彼のことが気になっているんじゃないですかー」

 

と冗談交じりに返答を返したが、

 

「そう……かもしれない。実際、あの子のことが気になり始めているみたいだし」

 

予想外の返事が返ってきた。

 

「え?それはどういう━━━」

 

「……さて、用事はこれだけだからもう帰っていいわよ。今日はわざわざ家に足を運んでくれてありがとう、本音ちゃん」

 

私は会長の答えが気になりつつも、更識家を後にした。

 

……彼がどういう経歴を辿ってきたのか、私が知ることはおそらく不可能だろう。けど、この学園にいる間は私が彼のことをサポートするつもりだ。それが、会長から託されたたった一つの願いなのだから。

 

まずは、彼をクラスに馴染ませることから始めてみようかな。




取り敢えず、幕間を入れてみました。ぼちぼちvsセシリア辺りに差し掛かってくると思います。


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第四話 夜襲

翌朝、切嗣の部屋の前に一人の女性が立っていた。セシリア・オルコットである。彼女は切嗣と一緒に登校するべく切嗣の部屋を聞き出して、迎えに来たのだ。

 

(昨日は話の流れで戦うことになってしまいましたが、一緒に学校に行くくらいは構わないでしょう)

 

切嗣が起きたのか部屋の中から音がした。オルコットはふと悪戯を思いつくと、廊下の隅に隠れる。

 

(衛宮さんが出てきたところで、後ろから声をかけたらどういう反応を示すかしら)

 

そんなことを考えていると、切嗣の部屋のドアが開く。それに応じてセシリアも出ていこうとしたが、そうはならなかった。

 

「もう、切嗣くんはお寝坊さんなんだから♪」

 

「待ってくれ、大体昨日寝かせてくれなかったのは更識先輩じゃないか」

 

「細かいことを気にしてたらモテないぞ♪ほら、さっさと行くよ」

 

「勘弁してくれ………」

 

というのも部屋の中から切嗣と楯無が一緒に出てきたからである。実際にはそんなことはなかったのかもしれないが、セシリアからは更識と切嗣が仲良く腕を組んで歩いているように見えた。

 

(……私がどんな気持ちでここに来たのかを知らずに、ほかの女性とのうのうと学校に登校するとはいいご身分ですわね)

 

セシリアは激しい嫉妬の炎を燃やす。

 

その一方、何も知らない切嗣はセシリアが教室に入ってきたのを見て声をかけるが、

 

「…………」

 

セシリアは切嗣の方を一瞥すると、何事もなかったかのように自分の席に着いた。そして一時間目の授業が始まったが、当然のごとくセシリアが切嗣の方を睨みつけている。

 

(クラスの代表を決めるための戦いとは言え、あそこまで憎しみのこもった視線を向けられる覚えはないんだが……)

 

切嗣はなぜセシリアにそんな視線を浴びせられているのか理解できずにいた。切嗣が前を見ると、一夏も同じような状況に陥っているらしく、箒が一夏のほうをじっと睨みつけていた。

 

(僕には特に心当たりはないが、早いところセシリアに謝っておかないとな)

 

そんな感じで時間は過ぎていった。

 

 

四時間目が終わり、昼休みになったので切嗣は購買で買ったパンを屋上で食べている。ふと、切嗣が時計を見ると、授業開始30分前になっていた。

 

(次の時間はいつもの教室だから、25分は寝られるな)

 

そう考えた切嗣は壁にもたれかかりながら、目を閉じて昼寝を始める。

 

 

「こんなところにいましたのね……探しましたわよ、衛宮さん?私、今朝のことについて━━━」

 

切嗣を探して屋上に来たセシリアは切嗣が壁に寄りかかって寝ていることに気づいた。

 

「………全く、しょうがないですわね」

 

セシリアは切嗣の隣に座り込むと、彼の頭を膝のところに乗せた。

 

(こうしてみると、寝顔は可愛いらしいですわ)

 

そんなことを考えながら、セシリアは切嗣の頭を撫でる。

 

 

切嗣が目を開けると、視界が90度回転していた。

 

(どうせ、楯無さんあたりが僕を驚かせようとしているんだろう)

 

そう考え、切嗣は寝たふりを続けていた。すると頭上から声が聞こえ、

 

「貴方には感謝してもしきれないくらいの恩がありますわ」

 

膝枕をしているのがオルコットだと分かり、切嗣は進退窮まっていた。

 

(オルコットに謝らなければ)

 

そんなことを考えているあいだも、独白は続く。

 

「本当であればあんな冷たい態度をとった私のことなど放っておくのが普通なのに、貴方は見返りも何一つ求めずにわたくしを助ける為に死地に飛び込んできました」

 

そして、セシリアは切嗣の上半身を持ち上げ、頬に軽く口づけした。

 

「これはほんのお礼ですわ」

 

セシリアはスカーフを外すと切嗣の頭をそっと持ち上げて、地面と切嗣の頭の間にスカーフを敷く。

 

「それではまた後ほど」

 

セシリアはハンカチを拾い上げ、ゆっくりと屋上の出口の方へ歩いていく。

 

「今のは一体……」

 

後には呆然とする切嗣が残っていたが、時間を確認すると体を起こして教室へと戻っていった。

 

 

放課後、切嗣は一人アリーナで対セシリアへの訓練をしていたが、どこから話を聞き付けたらしく、楯無が切嗣のもとへ近寄ってきた。

 

「なんか面倒なことになっちゃったみたいだね~」

 

「……あの時、布仏さんが僕に一票を投じなければこんな事にはならなかったはずなんですが」

 

切嗣は訝しむように視線を楯無の方に向けるが、楯無は意味深な笑いを浮かべながら切嗣に返事をする。

 

「?私が仕組んだとでも言いたいの?いくら私が本音ちゃんと多少仲がいいと言っても、クラス代表で誰を指名するかなんてそこまで強制する権限はないよ」

 

「…………」

 

もっとも楯無が本音にそんな指示を与えていたと言う明確な証拠がない以上、楯無のことを追求することは出来ない。切嗣はこれ以上の追求は無駄だと判断すると、気持ちを切り替える。

 

「━━━まあ、いいです。どうせ聞いたところで素直に教えてくれるとは思いませんから」

 

「……なんだ、つまんない」

 

「何か言いました?」

 

「いいや、別に。ところで、きりちゃんはセシリアちゃんのISのタイプが遠距離・中距離・近距離のどれかは分かっているの?」

 

「いえ、特には」

 

切嗣の返事に何か思うところがあったようで、楯無はいつもの微笑を浮かべると話を続ける。

 

「なんだ、知らなかったんだ。セシリアちゃんのISの事を知りたい?知りたい?」

 

「その情報を知る代わりに、どんな見返りを要求されるか分かったものではないので、遠慮しておきます」

 

「そっか、そこまで頼まれちゃしょうがない。特別に教えてあげよう」

 

「いや、あの━━━」

 

「いい?そもそもセシリアちゃんのISのコンセプトは、BT兵器を搭載する━━━」

 

切嗣の言葉を無視して楯無は解説を続ける。仕方がないので、切嗣は楯無の解説が終わるまで聞いていた。

 

 

「━━━つまり、セシリアとの戦いでは近接近戦になったときがチャンスと考えていいんですね?」

 

「そうだね。彼女自身の本国での模擬戦の戦い方を見てみると、遠距離で相手を極力近寄らせないようにして、動きを止めたところを自分のライフルで狙い撃ちするのが彼女が最も得意とするやり方みたい。だからきりちゃんの対策としては彼女にその戦い方をさせないようにすればいいんじゃないかな」

 

「そうは言っても、彼女も近接近戦に対してなんらかの対策を立ててくるだろうからな……」

 

「━━━さて、私は伝えるべきことは伝えたからそろそろ自分の部屋に戻るよ。それじゃあ、あとは自分でよく考えてみてね♪」

 

「……最後までやりたい放題ですね」

 

楯無は自分の仕事は終えたとばかりに、軽やかにスキップをしながら出口の方へ歩いて行った。

 

「━━━どうしたものか」

 

一人アリーナに残された切嗣は黙々とセシリアへの対策を考えていた。

 



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第五話 決闘

土曜日、切嗣はオルコットとの試合のため第三アリーナ・ピットのピット搬入口で準備をしていた。ISを展開し、武器を取り出す練習をしているところへ━━━

 

「やほー、えみやん試合前だけど調子はどう?」

 

本音が様子を見にやって来た。

 

「……布仏さん。準備は出来てるよ」

 

「そっかぁ。よかった、会長も切嗣くんのこと気にかけてたしね」

 

「え?楯無先輩が?」

 

切嗣の発言に本音はため息をつきながら返事をする。

 

「……あちゃ~。この分じゃ会長もまだまだ先が長いかな」

 

「?」

 

本音の発言の意味を理解できずにいる切嗣であった。

 

 

その後、二人がとりとめのない話をしているところへ千冬と真耶が現れる。

 

「衛宮、ピットに入る準備をしろ。そしてセシリアにやられてこい」

 

「……え、衛宮くん。頑張ってください!先生としてどっちかを応援することは出来ないけど、衛宮くんならやってくれると信じていますよ!」

 

切嗣は千冬と真耶から激励をもらったが、激励と言っていいのか疑問が残る千冬の発言に切嗣も思わず苦笑を浮かべる。

 

「……お前、今失礼なことを考えただろ」

 

そんな切嗣の苦笑に気づいた様で、千冬が指摘してきた。

 

「いえ、別に」

 

切嗣がカタパルトに足を装着しながら返事をすると、

 

「……まあ、いい。ところで衛宮」

 

「?」

 

「健闘を祈っているぞ」

 

千冬から意外な言葉が帰って来る。切嗣は一瞬驚いた表情を浮かべるが、振り返らずに右手を挙げて彼女の言葉に答える。

 

「……了解。衛宮切嗣、出ます」

 

そして切嗣はアリーナのピットへ飛び出した。すでに切嗣の思考は“仕込み”の発動タイミングの計算に切り替わっていた。

 

 

切嗣がピットに飛び出すと、そこには蒼いISに身を包んだオルコットが待っていた。

 

「ようやく来ましたわね、衛宮切嗣。」

 

「?」

 

「私個人としては貴方と戦いたくはないのですが……。しかし、やる以上は全力で戦いますわ!!」

 

その直後、開始の合図とともに響くキュインッ! と言う耳をつんざくような独自の音。それと同時に走った閃光が切嗣を撃ち抜く。

 

「くっ!?」

 

直撃はなんとか避けれたものの、切嗣の機体の装甲の一部が剥がれ落ちる。

 

「直撃は避けたようですわね。いつでも降参してもいいんですよ」

 

「悪いが、一度始めた戦いを降りるつもりはないよ」

 

「貴方ならそういうと思ってました」

 

セシリアは微笑むと四つのビットを展開し、銃を構える。

 

「では、このセシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲で踊っていただきますわ!」

 

「ダンスの経験はないんだけどね」

 

「安心してください。今回はわたくしがエスコートして差し上げますわ」

 

繰り出される雨のごとく降り注ぐ攻撃をなんとか躱しているものの、全弾を回避することは出来ずに、少しずつではあるが確実にシールドエネルギーが削られていく。

 

ビットは操縦士の指示がなければ動くことはなく、四つものピットを同時に制御するとなると相当の集中力がいる。すなわち、ピットでの攻撃をしている間、セシリアはほかの攻撃を一切できない。さらに、切嗣の周りを囲んでいるビットは真後ろや真下といった彼の反応が一番遠い角度のみを狙ってきている。これならばどこに飛んでくるかを自分で誘導することができる。切嗣は徐々に彼女のISの特性を掴み始めていた。

 

「とはいっても、やはり四つ同時となるとキツイな……。だが、まだだ。もう少し誘導しないとな」

 

切嗣の視界には初撃で剥がれ落ちた装甲が映っていた。

 

 

「すごいですねぇ、衛宮くん」

 

ピットで二人の戦闘を見ていた山田真耶がため息混じりにつぶやく。

 

「そういえば、山田くん。君はたしか入学試験の時に彼に負けていたよな」

 

「うう……まさかあの状態で躱されるとは思っていませんでしたから……」

 

「回避が上手いだけでは勝てんがな。しかし、あれだけのことをやっておきながらなぜ最初の一撃は躱せなかったんだ?」

 

「急だったからなのでは?」

 

「どうなんだろうな……」

 

千冬は真剣な面持ちで切嗣と切嗣の機体から剥がれ落ちた装甲を見ていた。

 

 

「初見でここまでブルー・ティアーズの猛攻に耐えたのはあなたが初めてですわ」

 

「それはどうも」

 

フィン状のパーツに近接レーザーの銃口が開いている。その兵器は、ややこしいことに『ブルー・ティアーズ』というらしい。

 

正確には、『ブルー・ティアーズ』という特殊装備を積んだ実戦投入一号機だから、機体にも同じ名前がついているらしい。

 

「ではエンディング、と参りましょう」

 

セシリアが笑みを浮かべながら右腕をかざすと、命令を受けたビットが多角的な直線軌道で切嗣に向かっていく。

 

「そうだね。そろそろ終わりにしよう」

 

「?」

 

切嗣は『仕掛け』を起動する。その瞬間、アリーナに爆発音が響く。戦闘開始直後に剥がれ落ちた切嗣の機体の装甲、それが突然爆発した。

 

「なっ―――!?」

 

予期せぬ爆発に驚き、セシリアに致命的な隙が生まれた。

 

その隙をついて切嗣は両手に持っていた二本のナイフ型ブレードでビットを切り裂き、一気に間合いを詰める。

 

「くっ……!」

 

間合いに入られ、セシリアは後方に回避する。その隙に切嗣は停止していた残りのビットを切り裂いた。

 

ピットを切り裂いた後、切嗣はすかさず追い討ちをかけ、銃のみになったセシリアめがけて斬りかかる。

 

「━━かかりましたわね?」

 

その時、セシリアがにやりと笑う。彼女の腰部から広がるスカート状のアーマー。その突起が外れて動いた。

 

「おあいにく様、ブルー・ティアーズは六機あってよ!」

 

先程までのレーザー射撃を行うものではなく、固定型のビット。ナイフしか展開せずにセシリアに突っ込んだ切嗣にとっては致命的な状況になるはずであった。

 

「これで本当のおしまいですわ……っ!?」

 

セシリアの勝ち誇った声と共にビットからミサイルが放たれることは━━━なかった。ミサイルが発射する寸前に切嗣が投擲したナイフがセシリアのピットに突き刺さり、誘爆したのである。

 

「きゃあぁぁぁぁぁ!!」

 

セシリアは腰のあたりから、火花を散らしながら地面に落ちていった。

 

 

「やりました!衛宮くんが代表候補生のオルコットさんに勝っちゃいましたよ!」

 

「まさか、本当に衛宮が勝ってしまうとはな……。さて、我々も生徒たちのところに向かうとしよう」

 

そう言うと、真耶と千冬はモニタリングルームを出た。

 

 

授業が終わり、オルコットは更衣室で着替えながら、先ほどの戦いのことを思い出していた。衛宮切嗣。男性でありながらISを駆使し、代表候補生であるセシリアをあと一歩というところまで追い詰めた人物。そして、オルコットが今最も関心を寄せている人物でもある。

 

彼は一夏や本音といつも一緒にいる。しかし、オルコットから見るとその表情はどこか儚げで、ふと目を離したすきにどこかに消えてしまいそうに見えた。

 

(あの方はなんと悲しい目をしていらっしゃるのでしょう……)

 

そして彼女の足は、自然と切嗣のもとへ向かう。

 

「……少し、よろしいでしょうか?」

 

「?」

 

「ここでは話しにくいことなので、後ほどクラスに来てもらえますか?」

 

「……分かった」

 

 

放課後、切嗣はセシリアに呼び出され一組に来ていた。

 

「それで、話というのは?」

 

「ええ。その事なのですが……」

 

セシリアは何故か顔を赤くして言い淀んでいた。切嗣は不思議に思いながらも彼女が言い出すのを待つ。

 

「こ、これから貴方のことを名前でお呼びしてもいいですか?」

 

切嗣はしばらく考え込んで、返事を返す。

 

「ああ、僕は別に構わない。よろしくな、オルコット」

 

するとセシリアはむっとした顔で答える。どうやら切嗣が名前で呼んでくれないことが不満のようである

 

「なぜ私だけ名前で呼んで、貴方は名前で呼んでくださらないんですか!?不公平ですわ!!」

 

「……それはすまない。そういうことでこれから宜しく頼む、セシリア」

 

「!!ええ、こちらこそよろしくお願いしますね、切嗣さん」

 

切嗣の答えに満足したのか、セシリアは満面の笑みで答えを返した。

 

「切嗣くん、恐ろしい子!」

 

一方その頃、帰宅途中の2年生が一年の廊下の隅で扇子を出して意味深な笑みを浮かべている生徒会長を見たとか見なかったとか

 

 

翌週の月曜日の昼休み、一組では代表についての話し合いが行われていた。

 

「オルコットと衛宮は土曜日の試合でISを激しく損傷したせいで、代表戦に間に合わなくなってしまった。よって一組の代表は織斑とする」

 

「ちょ、千冬姉!俺はろくにISを操作することは出来ないんだぜ!だからクラス代表なんて無理だって!!」

 

一夏が即座に反論する。確かに、戦ってもいないのにいきなりクラスの代表に祭り上げられた本人としては溜まったものではないだろう。

 

「ほう?教師の決定に逆らうというのか、織斑。あと、学校では織斑先生と呼べといったはずだが」

 

一夏の頭に出席簿が炸裂する。一夏は頭を押さえて呻いていた。

 

「これはすでに決まったことだ。誰かこの決定に不服がある奴は私のところまで来るように、以上」

 

もう用はないとばかりに千冬は教室を出ていった。

 

「助けてくれよ、切嗣」

 

千冬が去ったあと一夏は切嗣に助けを求める。

 

「すまないが、現在ISを使えない僕らでは何もすることが出来ないんだ」

 

「だったら、私たち専用機持ちがISの操作を教えたりすることは出来ないでしょうか?一年の中ではたった3人の専用機持ちなんですし」

 

「その情報、古いよ!」

 

聞きなれない声がしたので、切嗣たちは声が聞こえた方向を向く。そこには━━

 

「中国代表候補生、凰鈴音!明日からこの学校に転入することになったからよろしくね」

 

中国からの転入生がいた。

 

 

放課後、授業が終わり切嗣がカバンの中に荷物を入れて寮に帰ろうとしていると、一組のドアが開き2年生が教室に入ってきた。

 

「衛宮切嗣くんに織斑一夏くんとセシリア・オルコットさん。はじめまして。私は新聞部で部長をやっている二年生の黛 薫子です。今からクラス代表決定戦のことについて取材をしたいんだけど、時間は大丈夫かな?」

 

「俺は大丈夫です」

 

「僕も大丈夫です」

 

「私も大丈夫ですわ」

 

「オッケー。それではまず衛宮切嗣くん、君はイギリス代表候補生であるセシリア・オルコットさんと対決してギリギリだったけど彼女に勝ったんだよね?その時の状況を詳しく聞かせてもらえるかな?」

 

「……別に特別なことをしたわけじゃないですよ。唯唯必死でやっていて、その時の状況が僕にとって少しだけ有利に働いていたと言うだけですから」

 

「うーん、なんか釈然としないけど……まあいいや。それでは今回クラス代表になった織斑くん。代表として何か一言!」

 

「まあ……頑張ります」

 

「えぇ!?なんかもっといいコメントないの!?」

 

「自分……不器用ですから」

 

「うわぁ……。まいっか、ない場合はこっちで適当にでっち上げておけばいいし」

 

「では私の番ですわね。今回、私がなぜ織斑さんや切嗣さんと同様にクラス代表に立候補したかというと━━」

 

すると。黛の眼鏡が怪しく光る。

 

「……ほほぅ?会って間もない仲のはずなのに衛宮くんを下の名前で読んでいるとは……」

 

「これはクラス代表なんかよりもっと面白い記事が作れそうな予感。面白そうなのでたっちゃんにも報告しておこっと♪」

 

「……何を考えているのか知りませんが、僕と彼女は貴方が思っているような関係ではな━━━っ!」

 

切嗣は右足のつま先に痛みを感じて下を見ると、セシリアがつま先に全体重をかけ、切嗣のつま先を踏んでいた。

 

(いきなり何をするんだ!)

 

切嗣は怒りを込めてセシリアを睨むが、セシリアはそんな切嗣に満面の笑みで返す。黛はそんな切嗣とセシリアの行動を呆れ顔で見ていたが、このままでは話が進まないため、2人に声をかける。

 

「……はいはい、ごちそうさま。それよりこの3人で記念撮影をしたいんだけど」

 

「では私は切嗣さんの隣に「それじゃあ、一夏くんを真ん中にして二人はその隣に並んでもらえるかな?」ちょっと!?」

 

「僕は別に構わないが……」

 

「それじゃあ三人とも右手を前に出して相手の手に重ねて、こっちを見てくれるかな?」

 

するとクラスメイトが全員3人のところに集まってきた。

 

「なんですの!?全員で集まっては暑苦しいではありませんの!!」

 

「まあまあ、今回はおめでたいことなんだから堅苦しいのは抜きで行こうよ、せっしー」

 

「せっしーって……。もう、いいですわ」

 

「はーい、それじゃあ写真を撮りまーす。35×51÷24は?」

 

「…………」

 

「えっと……2?」

 

「ぶー。正解は74.375でした」

 

パシャと言う音の後にフラッシュが焚かれる。

 

「え~……」

 

一夏の不満の声はほかのクラスメイトの歓声にかき消された。



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第六話 再会

一夏が代表に就任してから数日が経過し、切嗣とセシリアは最近一夏と箒などから愚痴を聞かされることが多くなっていた。それぞれーーー

 

「委員の仕事が大変だから、手伝ってくれ」

 

「一夏とISの練習をする時間が減ってしまった、どうしてくれる!」

 

とのことであるが、今回は切嗣とセシリアの責任が大きいため2人とも何も言うことは出来ない。がしかし……

 

「ていうかアンタ一体何者なのよ!?ISを動かせる唯一の男って一夏だけじゃなかったの!?一夏は一夏で幼馴染である私を差し置いて、知らない女といちゃついてるし……」

 

現在、切嗣は2組の中国代表候補生からの質面攻めに困惑しているところである。

 

「……」

 

「ちょっと!?人の話聞いてる!?」

 

(中国からの転入生……。もしかすると代表候補生なのだし、近接近用の格闘技として中国拳法でも習っていたりするのだろうか。もっとも僕自身は中国拳法と聞いて、嫌な思い出しかないのだが)

 

「へぇ~。人が話している時にそんな態度とるんだ………頭にきた」

 

不意に頭部に悪寒が走ったため切嗣は上半身を仰け反る。すると先程まで頭があったところを凰の右足が通過していった。そしてよく考えれば、攻撃を避けるまででやめておくべきだったのかもしれない。切嗣は鈴のハイキックを上半身を反らして避けると、鈴の軸足に足払いをかける。すると、ドスン!といい音を立てて鈴は床に転んでしまった。

 

「いたた……。あんた、いきなり何すんのよ!」

 

「えっと……すまない」

 

「何がすまない、よ!だいたい「鈴、お前パンツ見えてるぞ?」!?」

 

「な!?」

 

一夏が話題に入ってきた。がしかし、一夏の目線は鈴のスカートの中に固定されていた。一方、鈴は俯いて何かを呟く。

 

「……ない」

 

「?」

 

小さい声で呟いているせいか、切嗣は鈴の言葉をあまり聞き取る事が出来ない。

 

「あんたのせいでこんなことになったんだからね!ぜったいに許さない!」

 

切嗣はすかさず一夏の方を見て、状況を判断し、決断する。その後は一瞬だった。

 

「そう言えば、一夏が学校で凰の事をずっと気にしていたな。だから僕なんかに構ってないで、一夏にいっぱい甘えさせてあげたほうがいいと思うが」

 

「い、一夏が!?メールじゃそんなニュアンスなんて全然なかったくせに、本当は私のことを気にしていてくれたんだ♪」

 

切嗣のとった行動、それは一夏を鈴に売ることだった。一方の一夏はそんなことは言っていないとばかりに切嗣に非難の目を向けてくるが、無視を決め込み早足でその場をあとにする。教室からは一夏の断末魔が響いたような気がしたのは、気のせいだろう。

 

 

翌日、4時間目はグラウンドでISの実習授業が行われていた。

 

「今回はISの展開について学ぶことにする。織斑・セシリア・衛宮の三名は前に出ろ」

 

千冬に名前を呼ばれた3人が千冬の前に出る。

 

「これからお前らにはISを展開し、上昇してからの急降下、そのあとは射撃武器および近接武器の展開をしてもらう。それでは……始め!」

 

千冬の合図で3人はISを展開し始める。がしかし━━━

 

「織斑!遅い!せめて衛宮くらいのスピードで展開できるようにしろ!!」

 

「馬鹿者!グラウンドに穴を開けてどうする!」

 

「織斑!近接武器の展開が遅い!メインの武器を一秒以内に展開できなくてどうする!!」

 

一夏が大炎上を起こしていた。

 

 

「……よし!今日の授業はここまで!織斑は自分が開けたグラウンドの穴をきちんと埋めておくように!」

 

授業が終わり、一夏は自分が地面に落下することで作ってしまった穴を埋める事になってしまったため一人で作業を行っていた。そして、一段落したところで鈴が一夏に声をかける。

 

「お疲れ様、一夏。はい、ジュースとタオル」

 

「…ありがとう、鈴。助かるぜ」

 

「どういたしまして。だって私、中2の頃に一夏と約束しちゃったし……」

 

「ああ、あの酢豚を毎日無料でおごってくれるってやつだろ?」

 

「……え?」

 

一瞬、一夏は周りの温度が数度ほど下がったような錯覚に陥る。今は春シーズン真っ只中のであり、鳥肌が立つことなど普通ならありえないはずなのだが……。

 

「いやぁ、鈴が毎日酢豚を無料で作ってくれるなら食費が浮いて助かるぜ」

 

「…………」

 

何も返事を返さない鈴を不思議に思った一夏は、鈴が肩を震わせながら俯いていることに気づいた。がしかし、一夏自身その原因が自分にあるのだと気づくことはない。

 

「?どうしたんだ凰?いきなり顔を真っ赤にして?体調でも悪いのか?

 

「うっさい馬鹿!あんたなんか犬に噛まれて死ね!」

 

バシッと一夏の頬から乾いた音が聞こえた後、鈴は校舎の方へと走り去っていく。その目にはうっすらと涙が滲んでいた。

 

「……一夏」

 

「お、おう」

 

後ろから聞こえてきた声に一夏が振り返るといつの間にか箒が後ろに立っていた。強いて違うところを挙げるとすれば、額に青筋が浮かんでいるのと、彼女の体から不気味なオーラが漂っていることくらいか。

 

「一発ビンタしていいか?」

 

「え!?なんで箒に叩かれなきゃいけないんだよ!」

 

「うるさい!女を泣かせた罰だ!男なら黙って受け入れろ!!」

 

「り、理不尽だ~!」

 

そして一夏の顔から乾いた音がなった後、残された一夏の頬には綺麗な季節はずれの紅葉が2つ付いていた。

 

 

一方その頃、切嗣は一夏の手伝いでグラウンドの土を穴のところに運んでいたが鈴と一夏の修羅場を目撃したため、物陰に身を隠すとその隙間から様子を伺っていた。

 

「まったく、一夏のやつも罪作りなやつだ。よりによってあんな綺麗な幼馴染2人を怒らせるなんて……理解に苦しむな」

 

「そういうあなたこそ、もう少し自分の周りのことに目を向けてみるべきではなくて?」

 

「え?」

 

切嗣は肩を誰かに強く握られたので思わず振り返ると、そこには黒いオーラを纏ったセシリア(という名の般若)がいた。

 

「………少しオハナシしましょうか?」

 

「あれ?セシリア?なんで僕の襟首を掴んでいるんだい?ってちょ!?力つよ!!」

 

「オホホホ!さあ、校舎裏までま・い・り・ま・す・わ・よ?」

 

「~~~!!」

 

5時間目に入る直前、そこから頬に大きなもみじを作った切嗣と妙にすっきりした顔のセシリアが出てくるのを一組の生徒が目撃したとか。

 

 

深夜、切嗣は自室でISの基礎知識の復習をしていた。するとそれを不思議に思った本音が切嗣のそばに寄ってくる。

 

「えみやん、なにしてるの~?」

 

「……布仏さんか。実はISの操作方法について復習していたんだ」

 

「本音でいいよ~。それにしてもえみやんはえらいね~、こんな時間まで勉強するなんて」

 

「……僕は君やセシリアみたいに勉強が出来るわけじゃないからね。きっちり復習はしておかないと」

 

「だったらお姉さんに聞いてくれればいいのに。そしたらお姉さんがつきっきりで教えてあげるよ♪」

 

いきなり楯無が後ろから切嗣に抱きつく。

 

「……どこから現れたんですか。と言うかもう消灯時間は過ぎてますよ?」

 

「堅いことは言いっこなしだよ、切嗣くん。お姉さんは久しぶりに切嗣くんに会えてこんなに胸がドキドキしているというのに」

 

楯無は切嗣の手を取ると、自分の胸のところまで持っていく。この時に目を潤ませながら相手を見るテクニックもきちんと入れるところは更識クオリティーと言ったところだろう。

 

「えみやんを弄って楽しいのは分かりますけど~、もうすぐ織斑先生が来る時間ですよ~?」

 

「えぇ!?そんなの聞いてないよ、本音ちゃん!」

 

「だって会長はそんなこと気にしている様子なかったし~」

 

「うぅ、本音ちゃんが反抗期だよ」

 

楯無は素早く身なりを整えると、あっという間に切嗣たちの前から姿を消した。

 

「ありがとう、本音さん」

 

「別に気にしなくていいよ~。えみやん何だか困ってそうな顔してたし~」

 

「ところで、えみやん?」

 

本音の声調が変わったことに気づき、切嗣は本音の方に向き直る。

 

「ん?」

 

「なんか困ってることがあったらなんでもいいから言ってね~?私も会長もえみやんのことは大事に思ってるし~」

 

「あぁ……。分かった」

 

「……それじゃあ、おやすみ~」

 

本音は自分のベットに潜り込んだ。切嗣はそんな本音の様子を確認すると、再び机に向かい始めた。ただ先程とは違うことがあるとすれば、今机でISのことを勉強しているのは学生としての“衛宮切嗣”ではなく魔術使いとしての“衛宮切嗣”となっていることぐらいか。

 

そんな切嗣の様子を本音は布団の中から心配そうに見つめていた。

 

 

翌朝、切嗣は自分の携帯が鳴る音で目が覚める。時間を確認すると9時を少し回ったところだ。

 

「……もしもし、衛宮ですが」

 

「切嗣さんですか!?私セシリアです!今日は何かご予定はありますか!?」

 

「……いや、特にはないが」

 

突然のセシリアからの連絡に内心驚きながらも、話を続ける。

 

「それはよかった♪私、日本に来て夏物の服とかをまだ揃えておりませんの。なのでもしよろしければ付き合ってくださいませんか?」

 

「……篠ノ之あたりに頼めばいいじゃないか」

 

「付いてきてくださいま・す・わ・よ・ね?」

 

これ以上いたずらにセシリアを刺激するのはまずいと切嗣は即座に判断、行くことを伝えた。

 

「……わかった。では10時に正門前に集合でどうだ?」

 

「!本当ですわね!?私10時にその場所で待っておりますので、必ず時間厳守で来てくださいね」

 

それを最後に電話は切れた。

 

「こんな早くにせっしーとデートかぁ。青春だねぇ、えみやんも」

 

「デートって……。そんないいものじゃないよ」

 

電話の内容を聞いていたのか、本音が瞼をこすりながらベットから出てきた。

 

「…一度えみやんは病院に行ったほうがいいと思うよ~?主に頭の」

 

「それは僕ではなく、一夏に伝えるべきだと思うんだが……」

 

「うんわかった~、おりむ~にもそう伝えておくよ。それじゃあお土産はケーキ2つで」

 

「お金に余裕があったら考えておくよ……。それにしても10時まであと1時間しかないのか……」

 

切嗣はため息をつきながらも準備を始めていた。

 

 

切嗣は10分前に正門に着くと、そこには何故かばっちりおしゃれをしたセシリアの姿があった。

 

「遅すぎますわ!一体いつまで待たせるつもりなんですの!」

 

「…済まない。これでも10分前には着いていたんだが」

 

「10分前では遅すぎですわ!男性なら30分前には集合場所に着いておく位の心構えでなくてどうするのです!」

 

切嗣は申し訳なさそうに肩をすくめる。

 

「……まあ、今回は私の買い物に付き合っていただくのですから、これくらいで勘弁して差し上げますわ。それでは……」

 

セシリアは切嗣の右手に自分の左手を重ねる。

 

「……これは?」

 

「勘違いなさらないでくださいね。これは人ごみの中で離れ離れにならないようにと……」

 

セシリアは顔を背けながら答える。そんな様子を切嗣は微笑ましく感じ彼女の手を握り返す。

 

「……あっ」

 

「そうだね。離れ離れにならないようにちゃんと手をつないでおかないと」

 

ふと切嗣がセシリアの顔を見ると、トマトのように真っ赤になっていた。

 

「では本日はいかがなさいますか、お嬢様?」

 

「!もう!!」

 

こうして二人の初デートが始まった。背後に青髪の女性がニヤニヤしながら付いてきていることも知らずに。

 

 

「切嗣さんはどっちのワンピースが好みですの?」

 

「えっと……僕はこっちの白のワンピースがいいと思うが」

 

「こっちですわね!分かりましたわ♪では次に━━━」

 

もうこんなやりとりが2時間近く続いている。気がつけば切嗣の両手は紙袋でいっぱいになっていた。

 

「セシリア。もうお昼だしぼちぼちご飯にしないか?」

 

「もうそんな時間ですの?では近くのレストランにでも入りましょうか」

 

そう言うと、セシリアは店員に何やら黒いカードを見せて荷物を学校に送るように指示を出す。切嗣はスケールの違いに目を疑っていた。

 

 

昼食が終わり、切嗣とセシリアは繁華街の中を歩いている。

 

「切嗣さん、あそこのお店に入ってみませんか?」

 

セシリアが差した方向を見ると小洒落た小さな喫茶店があった。

 

「そうだね。僕も喉が渇いていたところだし、そうしようか」

 

切嗣とセシリアが店内に入ると、店内にはひと組のカップルと買い物帰りの女性がいた。切嗣はセシリアと一緒に窓際の席に座る。

 

「お待たせいたしました。アールグレイとイチゴミルクになります」

 

「イチゴミルクなんて、えらく可愛らしいものを頼みますのね」

 

「?どうした??」

 

「…いいえ、なんでもありませんわ」

 

セシリアはイチゴミルクを飲む切嗣を温かい目で見つめる。すると視線に気づいた切嗣はイチゴミルクを机の上に置くと、気まずそうにセシリアから目を逸した。

 

「そう言えば、切嗣さんに相談したいことがありまして」

 

「相談?」

 

「ええ。実は今回のクラス代表に操縦経験が少ない織斑さんが選ばれたことについてなのですが。このまま他のクラスに優勝賞品を奪われるのは非常に癪にさわるので、私と切嗣さんの2人で織斑さんにコーチとしてISの基本操作を教えることはできないかと」

 

「……それ自体には僕も賛成だ。しかし」

 

「しかし?」

 

「問題は僕らがまだISが使えない状況で、一夏に何を教えるかだな」

 

「それなら、私がISの操作を教えて切嗣さんは私の補佐をすればよいではありませんか」

 

「そうだな。とりあえず明日一夏に聞いてみよう」

 

「……少々話題を変えますが、私━━━」

 

そうしてつかの間の休日は過ぎていった。

 

 

自分の部屋に戻ってきたあと、切嗣は本音やセシリアと夕食を取るために食堂に来ていた。

 

「ほんとにお土産を買ってきてくれるなんて思ってなかったよぉ。ありがとね、えみやん」

 

「一応約束したことだから、気にしなくていい」

 

「そうですわ。同じクラスの仲間におごって差し上げる器量がなくては男としての器が知れますわよ」

 

そんなことを話していると、後ろから楯無がやってくる。

 

「いやぁ、お二人さんとも随分お熱いデートだったね。見ているこっちが赤面しそうな場面とかあったし」

 

「!?見ていらしたのですか?」

 

「うん。だって本ね……もとい信頼のできる情報筋から面白い情報が入ってきたものだから、お姉さんついやっちゃった。ゴメンネ」

 

そう言うと、楯無はポケットから2枚のチケットを取り出す。

 

「代わりと言ってはなんだけど、街の水族館のチケットが2枚あるんだよね。だから今度二人で行ってきたらどうかな?」

 

「少し考えさ「もちろんありがたくいただきますわ♪」」

 

セシリアは切嗣の言葉を遮って、楯無からチケットを受け取る。

 

そんなセシリアの様子に呆れながらも、切嗣は他の3人とカウンターの方へ歩いて行った。



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第七話 協同

間に合った……のかな?それでは続きです。


月曜日の昼休み、切嗣とセシリアは一夏にISの共同訓練を提案していた。

 

「…その点については問題ない。衛宮とオルコットの力を借りずとも私一人で一夏と十分な訓練が出来ている」

 

なぜか一夏についてきた箒が声を荒げる。どうやら二人だけの訓練を邪魔されたくないようだ。

 

「なら、なぜ前回の実技の授業で一夏さんは10センチところで止まることができず、地表に激突したのですか?」

 

「……くっ、それは……」

 

「それは……?」

 

「あの時は一夏の体調が悪かっただけだ。本調子の一夏ならあんな訓練など、問題なくクリアしているはず」

 

「ほう?では織斑さんは今なら完璧にISを操作することが出来るとおっしゃるのですね?」

 

「そ、それは……」

 

セシリアの指摘に黙り込んでしまう箒。下手に口を出す訳にもいかないので、切嗣はそんな二人のやりとりを心配そうに見つめるしかない。

 

「し、しかしそうだとしてもお前たちは今現在、ISを展開することは出来ないではないか!それで一夏にどうやってISの技術を教える気だ!」

 

「そのことに関しては私と切嗣さんでISの基本操作及び戦闘時に使えるテクニックを教えていこうと考えておりますわ」

 

箒は一夏の様子を伺う。一夏は少し考えていたが、その表情には既に答えが浮かんでいた。

 

「……セシリアと切嗣が教えてくれるんなら、心強いぜ」

 

「交渉成立ですわね」

 

これでセシリア・切嗣による一夏への特訓が正式に決まった。

 

 

火曜日。授業が終わり、早速切嗣たちは千冬の許可を得てアリーナでISを使った訓練をしていた。

 

「前に比べたら、動きは格段に良くなっていますわね」

 

「だな。しかし……」

 

「ええ。攻撃用の武器が刀だけなのにスピードや動きのキレを今以上に良くしておかないと、クラス代表レベルになったら狙い撃ちにされてしまいますわね」

 

「……何か手段はないのか?」

 

「前から織斑さんに提案しようと思っていたスキルがありますから、それを試してみることにいたします」

 

そう言いながら、不敵な笑みを浮かべるセシリアの目線の先には、箒と一騎打ちを行う一夏の姿があった。

 

 

「━━━イグニッション・ブースト?」

 

セシリアの口から出た聞きなれない単語に一夏は不思議そうな表情を浮かべる。

 

「そうです。イグニッション・ブーストとはエネルギーを消費し、スラスターの出力を増大させる技能の事ですわ。織斑さんは近接近戦主体のISですから、如何に相手からの被弾率を下げてこちらの間合いに相手を引き込むかが鍵になります。なので織斑さんにはこのイグニッション・ブーストをクラス対抗戦までに習得してもらいますわ」

 

「クラス対抗戦までだと!?どう考えても無茶に決まっている!」

 

セシリアのいきなりの提案に箒が反論するが、当のセシリアはそれに構わず話を続ける。

 

「いえ、私先ほどから織斑さんの動きを見ておりましたが、あれくらいの動きができるようであれば短期間で覚えることは十分に可能ですわ」

 

「しかしそれでは一夏が「俺にイグニッション・ブーストを教えてくれ!オルコット!!」一夏!?」

 

「俺は大切な人を守れるようになるためにこの壁を乗り越えなきゃいけないんだ!だから、みんな俺に力を貸してくれ!」

 

「分かりましたわ!!私たちも可能な限りフォローさせていただきます!では初めに━━━」

 

それから放課後の地獄の特訓が始まった。

 

「違う!一夏、そうじゃない!もっとクッと曲がってガッと加速する感じだ!」

 

「何訳のわからないことをおっしゃっていますの貴女は!織斑さん、私の言ったとおりにしてくださいね。いいですか、まず━━━」

 

「え?それはどういう……」

 

「いいかい一夏、つまり彼女たちは―――」

 

一夏の動きに箒が難解なツッコミを入れ、それにセシリアがさらに専門用語を交えた上級者向けのアドバイスをする。そして混乱した一夏に、切嗣がセシリアたちの言葉を翻訳して伝える。それを金曜日までの間、一夏は毎日2~3時間繰り返し続けた。

 

 

そして試合前の金曜日となり、優勝したクラスの景品と対戦表が開示された。

 

「賞品は1年間のスイーツ食べ放題券だそうよ!織斑くん、絶対勝ってね!!」

 

「大丈夫大丈夫。おりむーなら出来るって♪」

 

「織斑くんには私の全財産がかかってるんだから、もし負けるようなことがあれば……ふふふ♪」

 

がしかし、一夏にその言葉は届いていなかった。

 

「一回戦の相手は……鈴!?」

 

「そうよ。一夏を驚かせようと思って黙っていたんだけどね」

 

一夏が振り返るといつの間にか鈴が後ろに立っていた。鈴は得意げに一夏に声をかける。

 

「そっか。まさか初戦で鈴と戦うことになるとはな……。まあ、相手が誰でも俺は自分が出来ることをやるだけだ」

 

「ふーん……?なんか妙に自信があるじゃない。まあいいわ、今日は話があるから声をかけたんだし」

 

「話?」

 

「ここで話すのはためらいがあるから、放課後図書室で待ってるわ」

 

鈴はそう言うと、二組の方へ歩いて行った。

 

 

放課後、一夏は鈴に言われたとおりに図書室を訪れていた。

 

「待ってたわよ、一夏」

 

「それで、話ってなんだよ?」

 

「そのことなんだけど……。わ、私たち喧嘩しているじゃない?」

 

ここで何故か鈴の頬が赤くなる。そして、その行動が意味することを一夏が理解することはない。

 

「……そうだな」

 

「だから、次の試合勝った方が負けた方になんでも一つ命令できるって条件で白黒つけようと思って」

 

「ああ、そうだな。このままズルズル引き伸ばすより、そっちのほうがいいもんな」

 

「よし!それじゃあ決まりね!私、貴方に絶対負けないから!!」

 

「おう!こっちも全力で行かせてもらうぜ!」

 

こうして一夏と鈴の痴話喧嘩はクラス対抗戦まで持ち越されることになった。

 

 

試合当日。試合が行われる第3アリーナの観客席には試合を一目みようと大勢の生徒たちが詰めかけていた。そんな中、一夏はまもなく始まる凰との試合のためピット搬入口でISのフィッティング作業をしている。そして切嗣たちも一夏の付き添いとして搬入口に来ていた。

 

「調子はどうだ一夏?」

 

箒が一夏に呼びかける。

 

「ああ。お前らのお陰で調子はかなり良い感じだよ。それと、いつも俺の練習に付き合ってくれてありがとな、箒」

 

「な、何を言っている!?あれは私のために付き合っていただけで、別にお前のためじゃないからな!」

 

「……まあ、これじゃあどっちもどっちですわね」

 

「どう言う意味だ!」

 

「いいえ。ただ大変仲がよろしいと思っただけですわ」

 

「?何をそんなに怒ってるんだ、箒?」

 

「……ハァ。いいや、なんでもない」

 

そこにちょうどいいタイミングで千冬と真耶が入って来る。もうまもなく一夏の試合が行われるらしい。

 

「━━━織斑。前の試合が今終わったから、そろそろピットに入る準備をしておけ」

 

「分かったよ、千冬姉」

 

「学校では織斑先生と呼べといっただろう。……まあいい、今は試合前だし説教は後にしておいてやろう」

 

一夏は白式を展開し、カタパルトに足を装着する。

 

「一夏くん、あなたなら出来ると信じていますよ」

 

「一夏、健闘を祈ってるぞ」

 

「ありがとうございます、山田先生に織斑先生。俺、頑張ってくるぜ!」

 

一夏はカタパルトで射出態勢に入る。

 

「準備はいいですか?」

 

「大丈夫です。織斑一夏、『白式』出ます!」

 

 

一夏がアリーナに出るとそこには自分専用のIS『甲龍』を展開した鈴が待っていた。

 

「来たわね、一夏」

 

「ああ。最初からお互い全力で行こうぜ」

 

「!ええ!私の実力、見せてあげるわ!」

 

「両者、位置について……始め!」

 

試合開始の合図と同時に、一夏は凰に斬りかかる。がしかし━━━

 

「その動き、読んでいたわ!」

 

凰の肩パーツが開き、肩の部分が光った瞬間、一夏は吹き飛ばされていた。

 

 

「何だ!?一夏がいきなり吹き飛ばされたぞ!?」

 

「どういうことだ……?」

 

一夏が吹き飛ばされたことに、箒と切嗣は驚いていた。そんな2人のためにセシリアが解説を行う。

 

「……お二人は何も知らないようですわね。あれは龍砲と言って、中国で正式採用された空気を圧縮して衝撃として相手に打ち出す兵器ですわ。しかも砲身が存在しないからどの角度にも撃ちだすことが可能なのです」

 

「つくづくISは僕の常識の範囲を軽々と越えていくな」

 

「現存するどの兵器よりも高い攻撃力を誇り、宇宙空間での作業を目標に作られた存在。それがISですわ」

 

切嗣は小さく呟いた一言をセシリアに拾われたことに驚きつつも一夏の戦いを見守っていた。

 

 

(っち、あの肩の部分の衝撃波を出してくるやつを何とかしないと…)

 

「ほら、ぼさっとしすぎよ!」

 

一夏は左からの攻撃を右に飛んで避ける。すると先程まで一夏がいた場所を凰の双天牙月が横切る。

 

「まだまだ行くわよ!」

 

凰は両手の双天牙月を構えると、一夏に斬りかかる。縦横無尽に振るわれる双天牙月を一夏は雪片弐型で防ぐものの、

 

「もらった!!」

 

凰の龍砲を直に喰らってしまう。

 

「っぐ!」

 

「どうしたの一夏?いつまでも防御に徹してても私には勝てないわよ?」

 

「ああ、分かってる。そろそろ俺の渾身の一撃を見せてやろうと思ってたんだ」

 

そう言うと、一夏は白式のワンノブアビリティーである『零落白夜』を発動した。すると、一夏の刀身がまばゆい光を放ち始める。

 

「…へぇ?『零落白夜』だっけ?確かにまともに当たれば驚異だけど、それなら近づかせなければいいだけの話よ」

 

凰の肩アーマーが外れ、龍砲がチャージされる。だが一夏は気にする様子もなく、ブーストを展開すると凰に向かって突っ込んでくる。

 

「…この一撃は外さないわよ!」

 

凰はチャージした龍砲を一夏に向かって放つ。がしかし、一夏はその直前で凰の視界から消えた。

 

「!?どこに行ったの!?」

 

レーダーからの警告に目を向けると、目の前には雪片弐型を振りかぶった一夏の姿があった。

 

「!いけない!!」

 

慌てて防御しようとした瞬間、アリーナに轟音が響いた。

 

 

「シールドが破られました!何者かがピット内に侵入した模様です!」

 

「今すぐに試合を中止させ、生徒たちの避難を優先させろ!あと私たちも教員用のISを装備し終わり次第出撃するぞ!!」

 

「!駄目です!ピットへ向かう通路の隔壁が全て閉じられてしまっています!」

 

「3年生で精鋭部隊を編集して隔壁のロックを解除させろ!今すぐだ!!」

 

「分かりました!」

 

千冬はピット内に現れた謎の侵入者の映像をモニターで確認していた。

 

「衛宮とオルコットも避難しろ!……そういえば、衛宮はどこへ行った?」

 

「さあ?分りませんけど、もう避難していらっしゃるのではないでしょうか?」

 

「どうだか……。まあいい、山田先生!」

 

「はい?なんですか??」

 

「オルコットを連れて教員用のISの格納庫へ行ってくれ!私は後で追いつく!」

 

「分かりました!」

 

そして、セシリアと真耶はモニタリングルームを後にする。

 

「まったく……。それでは、衛宮を探しに行くとするか」

 

それに続く形で、千冬もモニタリングルームを後にした。

 

 

一方その頃、切嗣はピット搬入口で黒いISと対峙していた。

 

「……お前たちの目的は何だ?」

 

「……」

 

切嗣はISを展開し、相手の動きを伺う。すると黒いISは武器を使わずに拳を突き出してきた。切嗣はそれを両手のショートブレードで受け止める。

 

「くっ!」

 

最初は拮抗していたが、切嗣自身のISの大きさの違いからか、押し込まれ始める。

 

 

(まずい、このままでは━━━)

 

切嗣がそんなことを考えていると、突然、目の前のISが吹き飛び壁に激突した。

 

「!?」

 

「切嗣くん、大丈夫だった?お姉さんとっても心配したよ?」

 

「……更識先輩。どうしてここに?」

 

声のする方に視線を向けると、そこには水色のISに身を包んだ更識楯無が切嗣に背を向けて立っていた。

 

「簡単なことだよ。切嗣くんの後をつけ……じゃなくて、監視カメラにこの子が引っかかったからそれを頼りにここまで来たわけ。さて、大事な一年生の行事を邪魔する悪い子にはキツいお仕置きが必要ね♪」

 

「更識先輩、自分が前に出ますから援護をお願いします」

 

「あらあら、嬉しいことを言ってくれるじゃない♪でもここは私に任せて君は先にピットに行ってあげて」

 

「……大丈夫なんですか?」

 

「この学園の生徒会長というのはね、学園最強の印なんだよ♪こんなところで負けるはずないでしょ♪」

 

「では、ここは任せます」

 

切嗣は楯無に後ろを任せ、ピットへ向かう。それを見た黒いISは切嗣を追いかけようとするが━━━

 

「ちょっとちょっと。こんな美人を置いてどこに行くつもり?お姉さん悲しいなぁ」

 

蛇腹剣「ラスティー・ネイル」を構え、獰猛な笑みを浮かべた楯無が立ちふさがる。

 

 

「くそ!隔壁が閉じられているとは…」

 

切嗣は予想外の展開に困惑していた。本来ならこのまま一夏たちの援護に回る予定だったが、強固な隔壁に阻まれている。

 

(この状況を打開できる何か有効な手段はないのか……!)

 

するとコンテンダーのグリップの部分が光り出し、光が周りを包み込む。そして切嗣が目を開けると、白い空間の中にいた。突然の出来事に切嗣が辺りを見回していると、近くから声がかかる。

 

(何やってる“正義の味方”?)

 

(またこの声……お前は一体何者なんだ?)

 

切嗣が声のする方に向き直る。すると、そこには黒いコートを着た白髪の男性が立っていた。

 

(何者って言われても……そうだな、もう一人の正義の味方とでも名乗っておこうか)

 

(巫山戯た事を……ところで、この状況を何とかする方法はないのか?)

 

(……私の右手に触れてみろ。そうすればお前の望む力が手に入るはずだ)

 

そして切嗣は彼の右手に触れる。その瞬間、世界が暗転した。

 

『……それがお前の答えか』

 

『いつか地獄の釜に落ちながら、このディルムッドの怒りを思い出せぇぇぇぇぇ!』

 

『衛宮切嗣!いつかお前を呪い殺してやる!!』

 

“正義”の代償である“彼ら”の憎悪が切嗣の耳に入ってくる。思わず耳を塞ぎたくなる悪意の塊、しかしそれを切嗣は感情を殺して受け止めた。すると切嗣の頭の中に文字が浮かび上がる。

 

最適化作業終了 『■■■』セットアップ

 

切嗣が意識を戻すと、自分のISの形状が変化していることに気づく。カラーリングが黒から紫を混ぜたような混沌とした色に変わり、スラスターが背中の2機から更に脚部に2機増設され、さらに指先が血の様な赤色に染まっている。専用のディスプレイには『ワンオフアビリティ:■■■■』の文字が浮かんでいた。

 

切嗣は手の感触を確認した後、ISの腕の部分に強化の魔術をかけ、試しに隔壁を思い切り殴りつける。すると、大抵のISによる攻撃を防ぐはずの隔壁は吹き飛び、外れた隔壁には大きな凹みが出来ていた。

 

(これなら……行ける!)

 

切嗣は拳を握り締め、ピットへ急ぐ。そして切嗣がピットの入口にたどり着いた時、一夏と凰は切嗣が先ほど相手にしたのと同様の機体と交戦中であった。

 

「……やってみるか」

 

切嗣は待機状態に戻したコンテンダーを取り出すと、“切り札”を装填し謎の機体に狙いを定める。

 

 

 

「はぁぁぁぁ!」

 

一夏は相手の腕から放たれるビームを避けながら接近戦を仕掛け、凰も一夏の邪魔にならないよう龍砲で相手の動きを牽制していた。がしかし、必中のタイミングで放たれた一夏の攻撃を、目の前の相手は人間業とは思えない動きで回避する。

 

「……」

 

「嘘!?あそこからの攻撃を避けるなんて!」

 

「今のは完全に死角から斬りかかったのに、まるで完全に動きを予測しているような動き……あれは、もしかして」

 

「何!何かわかったの、一夏?」

 

「あぁ……。あれはおそらく無人機なんだと思う」

 

「無人機って……。どこの国もそんな開発に成功した例なんて聞いたことないわよ?」

 

「けど……。それじゃあ、あのまったくブレが生じない規則的な動きの説明が付かない」

 

「それで、無人機だったとしてどうするの?」

 

「無人機だったら、遠慮なく戦うことができるだろ」

 

「あんたねぇ、今の状況でそんなこと言っても全然説得力ないわよ」

 

「ひとつだけこの状況を打開する作戦がある。手を貸してくれないか」

 

鈴と一夏が通信を使い作戦の内容について会話する。がしかし、一夏が作戦について説明し終わったところで鈴が一夏に食って掛かる。

 

「馬鹿じゃないの!?そんなことして無事で済むわけないじゃない!」

 

「頼む、鈴!今の状況を打開するにはこの作戦しかないんだ!」

 

「!!もう、どうなっても知らないわよ?」

 

一夏は後部スラスター翼からシールドエネルゲーを溜め込み、凰は一夏の後ろに回り込む。

 

「…一夏、準備はいい?」

 

「ああ!いつでも大丈夫だ!!」

 

「……それじゃ、行くわよ!」

 

鈴は一夏に向け、肩の龍砲を放つ。

 

「……っぐ!」

 

一夏は龍砲によって加速しつつ、更にイグニッション・ブーストを使い相手に接近する。

 

無人機は腕からビームを繰り出そうとするが、

 

「……遅い!」

 

凄まじい速度で接近した一夏に構えていた右手を斬り落とされる。しかし、無人機は取り乱すことなく無事な方の左手で一夏を横から殴りつけた。一夏は吹き飛ばされながらも笑みを浮かべる。その視線の先には、主力武器であるスターライトmkIIIを構えたセシリアが映っていた。

 

「━━━狙いは?」

 

「完璧ですわ!」

 

セシリアの掛け声とともに大小のビームが雨あられのように無人機に降り注ぐ。そして大きな爆煙をあげて無人機は地面に叩きつけられた。

 

「やったか!?」

 

「一夏、危ない!」

 

鈴の声に一夏が反応すると、無人機が左手からビームを一夏に放とうとしていた。がしかし、パンッ!と言う一発の銃声が聞こえた後、無人機は一瞬不気味な光を発して停止してしまう。

 

「今のは……?」

 

一夏は銃声が聞こえた方を見たが、そこには誰もいなかった。

 

 

 

無人機が機能を停止したのを確認し、切嗣はコンテンダーを胸ポケットにしまうと、搬入口から立ち去ろうとした。がしかしその途中で

 

「衛宮!……あれを止めたのはお前か?」

 

千冬と遭遇してしまう。

 

「……僕が来た時には一夏があのISを止めたところでした。おそらく、一夏の攻撃でエネルギー切れを起こしたんじゃないですか?」

 

二人の間に沈黙が流れる。がしかし、先に口を開いたのは千冬だった。

 

「……まあいいだろう。私はこれからあの馬鹿どもを回収しに行くが、お前はどうする?」

 

「少し疲れたので先に教室に戻っておきます」

 

切嗣はそう言うと出口へ足を向けるが、後ろから千冬の声がかかる。切嗣が何気なく振り返ると、そこには頭を下げる千冬の姿があった。

 

「衛宮」

 

「……?」

 

「お前のおかげで私の大事な弟が怪我をせずに済んだ。礼を言わせてもらう」

 

「……失礼します」

 

切嗣は千冬に頭を下げると、その場をあとにした。




切嗣のISの名前についてですが、今現在いい案が思い浮かばずに少々難儀しています。もし、誰か良案を持っていたら自分のところまで連絡していただけると嬉しいです。因みに切嗣のISの第一形態ですが、イメージとしては武装錬金に出てくる鷲尾が部分展開した所+なのはのクロノを2で割ったのを想定してもらえればいいと思います。


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第八話 入院

文章書くのが、こんなに難しいとは……orz


試合後、一夏は凰の龍砲を背後から受けた事による全身打撲で学園内の病院に入院する事になった。やることのない一夏が窓の外を眺めていると、病室のドアが開き箒と鈴が入って来た。

 

「一夏、お見舞いに来てやったぞ。体調はどうだ?」

 

「おお、箒か。わざわざありがとな」

 

「ちょっと!私がいることも忘れないでよ」

 

「悪い悪い。凰も来てくれて嬉しいよ」

 

「べ、別にあんたが心配で来た訳じゃないんだから!」

 

相変わらずの鈴の調子に一夏の表情に自然と笑顔がこぼれる。

 

「鈴さんこんなこと言ってますけど、学校では一夏のことを心配していて私たちも大変だったのですから」

 

すると再び病室の扉が開き、今度はセシリアと切嗣が一夏の病室に入ってきた。

 

「ちょ!?それは言わない約束でしょ!?」

 

「具合はどうだ、一夏?」

 

「まあ、なんとか。とりあえず医者の話では全身打撲らしい」

 

「それで大丈夫ですの?」

 

「全身打撲と言っても3~4日ほど安静にしていれば大丈夫らしいから、そんなに心配する事ないさ。それより切嗣━━━」

 

「自分に攻撃をしようとしていたISがいきなり機能停止したことについてはどう思う?」

 

「「!?」」

 

その声がした方を見ると、いつのまにか千冬と真耶が入口に立っていた。

 

「ダメですよ、いきなり会話に入り込んで生徒を驚かすなんて」

 

「いや、一夏の反応があまりに分かりやすかったものでな。ついイタズラをしてしまった」

 

「いたずらって……まあ、いいや。ところで切嗣はどう思う?」

 

「すまないが、僕もそんなにISのことについて詳しくないからなんとも。セシリアはどうだ?」

 

「私もなんとも言えませんわ。攻撃態勢に入っていたISが急に停止するなんて普通では考えられませんもの」

 

「どうせ、エネルギー切れか何かでしょ。そんなにこだわることでもないと思うけど」

 

「そんなことより、今日の数学の時間にさ……」

 

その後、学校の様子などの話をして時間を過ごした。

 

「……とりあえず、一夏くんが元気そうで何よりです。では私たちも帰ることにしましょう、織斑先生」

 

「っと、もうそんな時間か。お前たちも織斑の休養を邪魔しないように早めに切り上げて帰るんだぞ」

 

「さて、僕たちもそろそろ帰るとしようか、セシリア」

 

「そうですわね。それでは一夏さん、お大事に」

 

そうして切嗣たちは病室をあとにした。

 

 

IS学園には有事の場合に備え、地図には記載されていない隠しスペースが学園内のあらゆる場所に存在する。その一部である地下室に千冬と真耶はいた。

 

「今回のISにについてですが、操縦者は確認されませんでした」

 

「……やはりそうか。それでその無人ISの状態はどうなっている?」

 

「片方のISですが、我々が駆けつけたときにはすでに機能停止状態で、外装部分が完全に吹き飛んでおりかなりの衝撃が加わったことが

容易に想定できます。次に、織斑君たちが戦った無人機についてですが……」

 

真耶がなにか言いづらそうにしている。がしかし、黙っていても何も解決しないので千冬は真耶に話をするように促す。

 

「ですが、なんだ?」

 

「……左手の回路に深刻なダメージがあり、修復不可能なレベルになっていました。あと、度合いは全然違うのですが、同じような症状がISコアの回路部にも見受けられました」

 

「……深刻なダメージだと?」

 

「はい。回路の部分が完全にショートしており、まともに機能しない状態になっています。それと、現場にこのような物が落ちていました」

 

そう言って、真耶はポケットから袋に詰められた一発の銃弾を取り出した。

 

「これは……。なるほど、そういうことか」

 

「どういうことですか?」

 

「いや、別に大したことはない。それより、コアについて何かわかったことはあったか?」

 

「はい。やはり使われていたコアはどの国家にも登録されていない無登録のコアでした」

 

「……」

 

真耶の声に千冬は反応しない。

 

「?どうしたんですか、織斑先生。何か思い当たることがあったんですか?」

 

「いや、ない。今はまだ━━な」

 

不意に視線を感じ千冬はおもむろに後ろを振り返るが、そこには消化器が置いてあるだけだった。

 

「今度はいきなり後ろを振り返ったりして、何かあるんですか織斑先生?」

 

「いや、私の勘違いだったみたいだ。気にするな」

 

「?分かりました」

 

2人は再び視線を元に戻す。その様子を消火器に搭載された小型のカメラはしっかり捉えていた。

 

 

試合の3日後、一夏は学校に復帰した。

 

「全身打撲って聞いてたけど、大丈夫?」

 

「無理しないで体調悪かったら保健室に行きなよ」

 

「あぁ……。私の財産が……。かくなる上は織斑君を」

 

一夏は早速クラスの女子に囲まれてるが━━━

 

「……お前たち、さっさと席に付かんか」

 

「「はい!」」

 

千冬の一言によりみな急いで席に着いた。

 

「はい、それでは早速新しいクラスメイトを紹介します。2人とも入ってきてください!」

 

真耶がそう呼びかけると、2人の生徒が教室に入ってきた。

 

「シャルル・デュノアです。3人目の男性IS操縦者ですがよろしくお願いします」

 

「「……キ、」」

 

「き…?」

 

「きゃあぁぁぁ!!なんてかわいらしい!?イケメン二人組の次は美少年だなんて♪」

 

「なんという……眼福♪」

 

ちなみにシャルルは照れた表情をする。その一方で銀髪の女性は沈黙を貫いていた。

 

「きちんと自己紹介をしろ、ラウラ」

 

「了解しました、教官」

 

「私はもうお前の教官ではない。ここでは先生と呼べ」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

「……そ、それで終わりですか」

 

「以上だ」

 

「それでは、デュノアさんとボーデヴィッヒさんは織斑くんの近くの席にお願いします」

 

「━━━織斑、一夏」

 

ラウラはまっすぐ一夏のところまで歩いていくと、一夏の頬を思い切りひっぱたいた。

 

「いきなり何するんだよ!」

 

「ふん!貴様さえいなければ教官はモンド・グロッソで2連覇を達成していたはずだ!」

 

「そこまでだ、ラウラ。これ以上クラス内での暴力沙汰を見過ごすわけにはいかん」

 

「教官に救われたな、織斑一夏」

 

そう言うと、ラウラは指定された席へと座る。

 

「……で、ではHRを続けますね━━━」

 

こうしてHRの時間は過ぎていった。

 

 

HRが終わり一夏と切嗣が一時間目の用意をしていると、シャルルが話しかけてきた。

 

「織斑くんに衛宮くんだったよね、僕の名前はシャルル・デュノア。同じ男子だしこれから宜し━━━」

 

「悪いけど、早くしないと一時間目が始まっちまう。切嗣、デュノア、更衣室に急ぐぞ!」

 

「了解」

 

「う、うん」

 

3人は急いで教室を出て、更衣室に向かった。

 

 

更衣室に着くと切嗣と一夏はさっさと着替え始める。その様子をシャルルは頬を赤くしながら見る。

 

「そ、そんな。いきなり脱ぐの!?」

 

「何言ってんだよ、別に男同士だし気にしないだろ?」

 

「…そう、だね。それで着替えるから向こうを向いてもらえるかな?」

 

「変な奴だな。まあ、いいけど」

 

「……」

 

「ちょっと衛宮くん、返事は?」

 

「切嗣ならさっさと着替えてグラウンドまで行ってしまったぞ」

 

「えぇ!?衛宮くん、もう着替えたの?」

 

このあと、一夏は着替えるのに手間取り授業に遅れたためシャルルと一緒に千冬から出席簿による一撃を受けていた。

 

「では今回はISを使っての実戦訓練を行ってもらう。凰、オルコット、前に出て来い」

 

「「はい!」」

 

(大体、専用機持ちとはいえ、なぜ私が前に出なければならないのでしょう)

 

(面倒くさいわね)

 

凰とセシリアがそんなことを考えていると、千冬が二人に小声で話しかける。すると凰とセシリアは切嗣と一夏を見て急にやる気を出し始めた。

 

「なお、今回凰とオルコットの相手は……」

 

「ちょっとどいてくださぁぁぁぁぁい!」

 

アリーナ中に響くような轟音を立てて、ISを装着した真耶が着地する。その様子を生徒たちは温かい目で見守っていた。

 

「山田先生に行ってもらう」

 

「そんなぁ、所詮私なんて代表候補生止まりですよ」

 

「あの、二人対一人で戦って大丈夫なのですか?」

 

「何、心配するな。お前らでは山田先生には勝てない」

 

「!言いましたわね!手加減なしで行きますわよ、凰さん!」

 

「もちろん!」

 

そうして鈴&セシリアVS山田先生の戦いが始まった。

 

「デュノア。山田先生が乗っている機体について解説してみろ」

 

「はい。山田先生が乗る機体は正式名称『ラファール・リヴァイブ』デュノア社が制作した第2世代ISで、量産ISとしては最も遅くに開発されたISですが、操縦者を選ばない操作性と汎用性に優れています」

 

「おぉ、流石はデュノア社の御曹司」

 

「……デュノア社の御曹司か」

 

シャルルの発言に切嗣と一夏は関心を寄せていた。

 

「ではデュノア。それを踏まえたうえでこの戦いどうなるか予想してみろ」

 

「オルコットさんも凰さんも専用機持ちですが、連携がうまくいっていないようです。

凰さんが接近戦を仕掛けようとすると、オルコットさんの射撃が当たりそうになり思い切って仕掛けることができていません。逆にオルコットさんのビット兵器による攻撃の最中に凰さんの龍砲を撃つ事で、オルコットさんの攻撃がほとんど通らないようになってしまっています。このままでは……」

 

「「きゃあぁぁぁぁぁ!!」」

 

真耶の誘導に引っかかった2人にグレネードが直撃し、2人は地面に墜落した。

 

「ちょっと、鈴さん!貴方、私がブルーティアーズで相手の動きを牽制してる途中に龍砲を撃つのはやめて頂けませんこと?」

 

「なによ!あんたの下手な射撃のせいで私が接近戦を仕掛けることができなかったじゃない!!」

 

「なんですって?」

 

「なによ!やる気!?」

 

臨戦態勢になる二人の頭に必殺の出席簿チョップが振り下ろされる。

 

「お前たち、喧嘩をするなら後にしろ。他の奴らも教員の強さを十分に理解しただろう?これからは教員に対し、敬意を持って接するように」

 

あとは、ISをしゃがませた状態で設置し忘れた生徒を一夏が箒と凰の目の前でお姫様だっこして載せると言う暴挙に出たため、袋叩きに会った事を除き授業は滞りなく進んだ。

 

 

昼休み、一夏と切嗣たちはシャルルを誘い食堂でご飯を食べていた。一応ここに来るまでに壮絶なシャルル争奪戦が繰り広げられていたのだが、切嗣の機転(一夏を生贄にする)によりシャルルと切嗣、オルコットは無事に食堂にたどり着いた模様。

 

「へぇー、デュノアくんってあのデュノア社の御曹司だったんだ」

 

「ま、まあそうなるかな。そんなことより僕は衛宮くんの話とか聞いてみたいな」

 

「そうね。実は私も衛宮自身の話とか聞いたことないから聞いてみたいかも」

 

「僕の話なんて何も面白いことはないんだが━━━」

 

「お前たち、ここにいたのか」

 

「織斑先生、どうしたんですか?」

 

「実は、お前と一夏の部屋のどちらかにデュノアを入れなければならなくなったのでな。取り敢えず今この場でどちらの部屋を開けるのか決めろ」

 

その言葉に反応するように一夏と切嗣が手を挙げた。

 

「とりあえずこれ以上箒に迷惑をかけないためにも、俺が……痛っ!なにするんだよ箒!!」

 

「いや、ここは僕のほうが……」

 

「よし、それじゃあジャンケンで勝負しよう。勝っても負けても恨みっこなしだぜ」

 

「あぁ、そうしよう。……それではじゃんけん━━━ポン!」

 

「なん……だと……!?」

 

「……ふぅ。やれやれだな」

 

「……一夏。先ほどのお前の発言と行動についていくつか聞きたいことがある。放課後に剣道場まで来い」

 

「今回ばかりは私も貴女に同情するわ」

 

「ではデュノアは衛宮と同室とする。デュノアは放課後私のところまで鍵を取りに来るように」

 

そう言って千冬は食堂の入口へと歩いて行った。

 

「…はい、分かりました」

 

「これからルームメイトとしてよろしく頼む」

 

「う、うん。よろしくね、衛宮くん」

 

そして2人は握手を交わす。しかし、その時切嗣の表情がかすかに曇ったことに気がついた人間は誰もいなかった。

 

 

深夜、シャルルは切嗣が寝ているのを確認し部屋のドアを開けて外に出る。切嗣はその様子を見届けると、携帯に登録してある『生徒会長』の欄を押した。数回のコール音の後、電話の相手が出た。

 

「やぁ、きりちゃん。どうしたの、こんな時間に?ひょっとしてお姉さんの声が聞きたくなったのかな?」

 

「楯無先輩、貴女に頼みたいことがあるのですが」

 

切嗣は不審に思っている人物の名前を挙げた。

 

「……あぁ、デュノア社の“ご子息さん”でしょ。お姉さんもあの企業に関して、あまりいい噂を聞かないんだよね。いいよ、調べておいてあげる。そのかわり」

 

「そのかわり、何です?」

 

「君がISに発砲した銃弾のことについて詳しく教えて欲しいのだけど」

 

「……それはまだ出来ない。それをあなたが知ろうとするなら、僕はあなたを殺さなければならなくなる」

 

「へぇ。えらく物騒なことを言うんだね、きりちゃんは」

 

しばらく電話越しに緊張が走る。しかし、先に折れたのは切嗣の方だった。

 

「……分かりました。では何か僕についての情報でどうです?」

 

「さっすがきりちゃん♪きりちゃんなら何かいい案を用意してくれるとお姉さん信じてたよ♪それじゃあ、結果を楽しみに待っていてね♪」

 

「ええ、それでは」

 

そう言って切嗣は通話を切る。

 

「シャルル・デュノア……」

 

そう呟く切嗣の瞳は暗い夜の闇を映し出していた。




なぜ、切嗣の銃弾一発でISのコアに損傷が出来たかについてですが、少し補足説明をさせていただくと、切嗣の起源弾のこの世界における有効判定としてIS装着状態時に起源弾を受けた場合、ISが強制解除状態になります。なお、この状態では絶対防御は発動しますが、その戦いが終わるまでの間、再びISを装着することは出来なくなくなります。そして絶対防御が発動した状態で起源弾を受けた場合、絶対防御が解除され、絶対防御を突破した起源弾に撃ち抜かれることになります。色々突っ込みどころがあると思いますが、出来るだけ見逃していただけると助かります(汗)


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第九話 疑惑

おかげさまで、お気に入り登録が200件を超えました。こんな駄文でも読んでくださる読者の方がいらっしゃると思うと、モチベーションも上がってくるのでこれからも宜しくお願いします。


3日後、切嗣とセシリアが教室に着くとクラスメイトたちが切嗣のもとに集まって来た。どうやらクラス内では、ある行事について話が盛り上がっているらしい。

 

「衛宮くんはもう誰と組むとか決まってるの?」

 

「もしよかったら、私と一緒に……」

 

「……何の話をしているんだい?」

 

「えぇ!?衛宮くん、あの噂知らな……むぐっ!」

 

「噂?何か変な話でも流れているのか?」

 

「い、いやぁ別にたいした事じゃないよ?本当に。私たちが言いたかったのは近々学年別のツーマンセルトーナメントが開催されるって事でさ」

 

「ツーマンセルトーナメントですわよ、切嗣さん!是非私と一緒に出場して優勝を勝ち取りましょう!」

 

セシリアが切嗣にくっつきながら話しかける。一方の切嗣もいい加減になれた様子でセシリアに返事をする。

 

「いや、ちょっと待ってくれ僕は━━━分かったよ、セシリア。一緒に出場するからそんな恐い顔でこっちを見るのをやめてくれ」

 

セシリアから発せられる無言の圧力に切嗣は屈する他無かった。そして自分の望む答えが得られたためか、セシリアはいつもの端正な顔立ちに戻っており、先程まで発せられていたオーラは跡形も無く消え去っていた。

 

「もう、切嗣さんたら素直じゃないんですから♪」

 

「あーあ、もうコンビが出来上がっちゃってたよ」

 

「パートナー選びどうしよっかな」

 

「……」

 

「そんなことはどうでもいい。お前ら、指導されたくないのなら早く教室に入れ」

 

「「!?」」

 

切嗣たちを取り囲んでいた女子たちが後ろを振り向くと、そこには魔王(千冬)が出席簿を持って立っており、教室に戻る以外の選択肢は用意されていなかった。

 

 

 

昼休み、切嗣たちは男子3人で屋上で食事をしていた。そしてお弁当の話題になったところで、一夏が切嗣に話しかける。

 

「なぁ切嗣、前から思ってたんだけどお前は自分で弁当を作ったりしないのか?」

 

「……弁当か。そういえば、そんなこと考えたこともなかったな」

 

「自分で料理とか作ってみろって。うまく作れると案外楽しいもんだぜ」

 

「……まあ、考えてみるよ」

 

「いきなりで申し訳ないけど、少し話を変えてもいいかな」

 

すると突然シャルルが話に入り込んできた。

 

「二人はなぜ女性しか使えないはずのISを操作することが出来るようになったの?」

 

「なぜって……。俺はIS学園に間違って入り込んで、ISに触れたら起動したとしか」

 

「僕も、一夏と同じでISに触れたら偶然起動しただけだからな」

 

「しかし、何でいきなりそんなことを聞くんだ?シャルルだって同じ条件だろうに……」

 

「―――」

 

一夏の質問にシャルルは一瞬、沈黙する。

 

「ま、まあ……そうだよね。僕ったらなんでこんな変な質問しちゃったんだろう……」

 

「おいおい、大丈夫か?もしかして体調が悪いとか?」

 

一夏が心配そうな表情を浮かべながら手を額に当てようとするが、シャルルは慌てて手でそれを制止した。

 

「ほ、本当に大丈夫だから!心配しないで!」

 

「まあ、シャルル自身がそういうなら大丈夫なんだろうけど……体調が悪くなったら、遠慮なく声を掛けてくれていいからな」

 

「ありがとう……もしそうなった時はお願いするよ」

 

「おう!まかしとけ!」

 

「……」

 

「しかし、偶然……ねぇ。そんな都合よく起こるものなのかな」

 

「?何か言ったか?」

 

シャルルが何か口走ったものの、一夏には聞こえていなかったらしく

 

「いや、なんでもないよ。それで二人のISの装備に関してなんだけど━━━」

 

そうして自分たちのISの話をしているうちに昼休みの時間は平和裏に過ぎていった。

 

「あの反応、やはりクロか……」

 

たった一人を除いて。

 

 

放課後、HRが終わり切嗣が帰る準備をしていると、切嗣の携帯が鳴る。ちなみにこの携帯は楯無が切嗣に支給したものであり、盗聴の心配の無い専用の回線が用いられている。

 

「やあ、きりちゃん。今から時間ある?」

 

「えぇ、大丈夫ですよ」

 

「それじゃあ突然で悪いんだけど、今から生徒会室まで来てくれるかな?」

 

「……分かりました」

 

切嗣は携帯の通話ボタンを押した。

 

「切嗣さん……」

 

「すまない、セシリア。今から生徒会室まで行かないといけなくなったので、先に帰っておいてくれ」

 

「生徒会長に呼ばれたのですか……仕方ありませんわね。それではごきげんよう、切嗣さん」

 

「また明日」

 

切嗣はセシリアと別れたあと、生徒会室に向かった。

 

 

「……それで、僕に何の用ですか?」

 

「まあまあ、そうあせらないで。ここはお姉さんと親睦を深めようでは「大した用事でなければ、僕は帰らせていただきます」そんな硬いこと言わないでさ」

 

「……で本当の用事はなんなんですか?」

 

「実はきりちゃんから受けていた調査だけど、結果が分かったの。かなりセキュリティが堅かったから、多少てこずったけどね」

 

「……続きをお願いします」

 

「実はデュノア社長には息子は存在しなかったの。その代わりにシャルロット・デュノアと言う娘がいるらしいんだよね」

 

「……つまり学園にいるシャルル・デュノアはシャルロット・デュノアであるということか」

 

「まあ、そうなるかな。しかし情報を渡しておいてなんだけど、随分と落ち着いているんだね」

 

「なんとなくそんな感じはしていたので。しかし、なぜデュノア社長は自分の娘の性別を偽ってまでIS学園に入学させたんでしょう?」

 

「……これはあくまで私の推測だけど、デュノア社はこのところ会社の業績が低迷しているらしく、フランス政府からの援助が受けられなくなるみたい。だからシャルロットちゃんを男として入学させることで、きりちゃんや織斑くんに近づいてISの情報を聞き出そうとしているんじゃないかしら」

 

「では、シャルル・デュノアの動向に関して僕はどう動いたほうがいいですか?」

 

「取り敢えずきりちゃんはシャルロットちゃんの制服にこれを仕掛けておいてくれる?」

 

楯無は切嗣に学園の制服のボタンのような物を渡す。

 

「これは?」

 

「それはね、うちの諜報員がよく使うボタンに偽装した盗聴器なの。とりあえずきりちゃんはシャルロットちゃんが制服を置いて出かけた隙にボタンを交換しておくだけでいいから」

 

「……了解」

 

そう言って切嗣は生徒会室から立ち去ろうとするが、楯無に呼び止められる。

 

「ああ、それと約束の事だけど」

 

「?僕に関する情報のことですか」

 

「そうそう。その情報はいつ頃教えてもらえるのかな?」

 

「取り敢えず、一段落ついてからだと助かるのですが」

 

「うん、いいよ。きりちゃんの話、楽しみにしてるから」

 

切嗣は後ろを振り返らずに手を振りながら、生徒会室の外へ出ていった。

 

 

深夜、切嗣が寝ているのを確認するとシャルルは外に出た。

 

「もしもし、社長ですか。こちらシャルル・デュノアです」

 

「遅い!ただでさえ何もできないお前が電話ひとつまともに出来なくてどうする!」

 

「す、すみません」

 

「まあいい。それで、衛宮切嗣および織斑一夏のどちらかと接触することに成功したのか?」

 

「はい。織斑一夏はまだ厳しいですが、衛宮切嗣に関しては同じ部屋になることに成功しました」

 

「よし、ならば次は衛宮切嗣のISを一時的に盗み出し、データをこちらに転送しろ」

 

「そ、そんな。僕が言われていたミッションは男子IS適合者に接触して、ISの情報を聞き出すだけのはずです」

 

「ええぃ、うるさい!フランス政府から援助も途絶えかけている今、悠長なことをしている暇などないのだ!機械の操作方法はお前に渡した機械についている。期限は三日以内だ。それまでにこちらにデータを送信しろ」 

 

「っ!……分かりました」

 

「お前の行動に社運がかかっているんだ!必ず成功させないとたたでは済まさんからな!!」

 

「……失礼します」

 

シャルルは通話を切ると、ため息をつきながら自分の部屋へと帰っていった。

 

 




いやぁ……何というか、シャルロットの父親が清清しいまでのクズになっちゃってますね。もし何か意見感想などありましたら、書いていただけるとありがたいです。それでは


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第十話 暗躍

翌日、切嗣は再び楯無に生徒会室に呼び出されていた。

 

「いやぁ、何度も呼び出してごめんね。実は昨日きりちゃんが仕掛けた罠に早速獲物が引っ掛かってさ♪」

 

「……ほう」

 

「どうやら私の推理通りだったみたい。もうお姉さん探偵とかになれちゃうかも♪」

 

「だったら僕の役は、探偵の天敵である怪盗ですね」

 

「何言ってるの、きりちゃんは名探偵である私の忠実な助手に決まっているじゃない。ホー○ズとワ○ソンみたいな」

 

「……ものすごい違和感しかない」

 

「それはきっと気のせいだよ」

 

口ではこの人には勝てない。切嗣はため息を着きながら話題をそらす。

 

「……それで、デュノアは僕たちのISの情報を盗み出すのが目的で間違いないのですか」

 

「お姉さんの小粋な冗句に関心すら示さないなんて……。やはり私との関係は遊びだったのね!?」

 

更識は胸元をはだけさせながら、手で顔を覆ってしまった。がしかし、切嗣はおもむろにコンテンダーを取り出すと弾を装填するふりをして更識の方に向ける。

 

「ちょっとちょっと!?ここは泣いている女の子に優しく声をかけながら抱きしめるべきでしょ!?そんなんじゃ、セシリアちゃんに振られちゃうよ?」

 

「大丈夫です。セシリアは先輩みたいに変な悪戯をしないし、僕も先輩以外にこんなことはしませんから」

 

「……はぁ、まあいいわ。さっきの話だけど、きりちゃんが言ったとおりでほぼ正解だよ。ただ、相手は相当焦っているみたいでシャルルちゃんに3日以内に行動するように促していたから、この3日はシャルルちゃんから目を離さないでいてあげて」

 

「……了解。それとひとつだけいいですか?」

 

「ん?なぁに?」

 

珍しく質問を返してくる切嗣に楯無は、若干驚きを感じながら答える。しかし、次に切嗣から発せられた言葉は楯無にとっては意外なものであった。

 

「気づいているかわからないが、目の下のクマがだんだん目立ってきてる。一人でこなそうとするのはえらいと思うが、どうしても無理な場合は誰かに任せてはどうです?」

 

「それじゃあ、きりちゃんが手伝ってくれる?」

 

「……全部は無理かもしれないが、手伝えることは手伝うことにしましょう。貴女は僕にとっても大事な人物ですから。それでは」

 

そう言うと、切嗣は生徒会室のドアを開けて出ていった。

 

「……そのセリフは卑怯だよ、きりちゃん」

 

楯無は誰もいない部屋で俯き、頬を染めながらそう呟いた。

 

 

生徒会室を後にして切嗣が廊下を歩いていると、シャルルが声をかけてきた。

 

「衛宮くん」

 

「!……デュノアか。どうしたんだ、こんなところで」

 

「いや、偶然ここを通りかかったら衛宮くんがでてきたから一緒に帰ろうと思って……」

 

「そうだな。ちょうど終わったことだし帰るとしよう」

 

切嗣とシャルルは並んで廊下を歩き始める。するとシャルルが口を開いた。

 

「そう言えば、今一夏くんたちとトレーニングしてるんだけど、衛宮くんは誰とトレーニングしてるの?」

 

「僕は主にセシリアと特訓をしている。正直彼女の説明はなかなか難しいが、なんとかついていけてるよ」

 

切嗣の答えにシャルルは何か思いついたらしく、提案をしてきた。

 

「そっか。なんなら一緒に練習するのはどうかな?そうすればみんなで鍛えることが出来ていいと思うんだけど」

 

「……そうだね。じゃあ今度お邪魔させてもらおうか」

 

「うん!やっぱり訓練でも二人でやるよりはみんなでやったほうが楽しいし、何より捗るよ!」

 

シャルルは淡い笑顔を浮かべながら、下足箱へと足を早めた。

 

 

同時刻、セシリアと鈴音はアリーナで訓練をしていた。

 

「まったく、切嗣さんはいつも私を置いて更識先輩と生徒会室でなにをやっているのでしょう!!」

 

「そうよ!それを言うなら一夏も━━━」

 

20分後セシリアと鈴音は訓練を終え、ピット搬入口で帰りの準備をしていた。

 

「今日はかなり訓練に熱が入っていましたわね、鈴さん」

 

「セシリアこそかなり出来るじゃない。流石はイギリス代表候補生ってとこかしら」

 

「これがIS学園の訓練?ハッ!下らないな。まるでお遊戯会を見ているようだ」

 

「あら?貴女はドイツ代表候補生の……」

 

「何?私たち、あなたなんかに構ってる暇なんてないんだけど?」

 

セシリアと鈴は声のした方に振り返る。するとそこには、侮蔑の表情を浮かべたラウラが立っていた。

 

「ふん!どうせあの軟弱な男たちの尻を追いかけるしか能がない尻軽女のくせに、ISの訓練とは笑わせる!」

 

ラウラの挑発にセシリアと鈴は額に青筋を浮かべる。どうやら先ほどのラウラの発言は彼女たちの逆鱗に触れてしまったようだ。

 

「ねえ、セシリア。私の気のせいでなければ今、どうか気の済むまで私を殴ってくださいって聞こえたんだけど」

 

「奇遇ですわね。私もそう聞こえましたわ」

 

「お前ら如きが私と勝負しようとは……下らない。面倒だから二人同時に相手してやろう」

 

「言いましたわね?後で泣いて許しをこうても決して許しませんから!」

 

「セシリア!この巫山戯た女、さっさと潰しちゃいましょう!!」

 

 

切嗣とシャルルが校舎を出ようとした時、話し声が聞こえた。

 

「なんか第3アリーナで専用機持ちが喧嘩しているらしいよ!」

 

「うん、知ってる!その喧嘩してる子達って一年生だって!?今は黒いISの女の子が2人を相手にしてボコボコにしているんでしょ?」

 

「暇だから、行ってみようよ!」

 

「デュノア、帰るのは後回しだ。アリーナに急ごう!」

 

「うん!」

 

切嗣たちは途中で一夏と合流してアリーナに向かう。切嗣たちがアリーナに着くと、そこには予想外の光景が広がっていた。

 

「ぐっ!こんな…はずでは……」

 

「お前ら如きがこの私に勝てるとでも思ったのか?」

 

メイン武器を破壊されたセシリアと鈴は地面に叩きつけられていた。ラウラは倒れているセシリアを片手で持ち上げると、首を絞め始める。

 

「あっ……ぐうっ!」

 

「こんなおままごとの様な訓練にしか耐えられないゴミなど処分してしまうか」

 

「やめなさいよっ!」

 

鈴は肩の龍砲をラウラに向け発射するが、ラウラは片手をかざしただけで空気の破裂音が響くだけだった。

 

「なっ!?」

 

「……くだらん。その程度の攻撃、避けるまでもない」

 

ラウラはセシリアの方に向き直ると再び彼女の首を絞め始める。だがしかし、突然のシャルルの射撃にラウラはセシリアを投げ捨てた。

 

「うおぉぉぉぉぉ!」

 

そこに一夏が切り込んだが、あっけなくラウラに捕まってしまう。そのままお互いに睨み合いになった。

 

「なんのつもりだ!」

 

「それ以上、僕たちのクラスメイトに危害を加えるのは許さないよ」

 

「悪いがそこまでにしてもらおう」

 

「ちくしょう!よくも鈴やオルコットをこんな目に遭わせやがって!絶対に許さないからな!」

 

「お前らもこいつらと一緒にくず鉄に変えてやる!」

 

「どうやらドイツ人はぬるいビールを飲んでるせいか、頭の沸点も低いみたいだね」

 

「ふん!フランスのアンティークが何を言う!」

 

「そのアンティークのISの実力、試してみるかい?」

 

ラウラは装備を近接戦闘用のワイヤーブレードに変更し、シャルルも近接戦闘用のブレード『ブレッド・スライサー』を取り出す。そして二人が接近し、刃が交わろうとする寸前、

 

「二人とも、今すぐISを解除しろ」

 

千冬がIS戦闘用のブレードを展開し、二人の間に割り込んだ。

 

「き、教官!?なぜここに!?」

 

「織斑先生!?」

 

「千冬姉!?」

 

「ほかの生徒からおおよその話は聞いた。ラウラ、私はこの学園で刃傷沙汰を起こすことを許可した覚えはないぞ?話があるから一緒に指導室に来るように。ほかの生徒は大人しく自分の部屋に帰ること。なお、トーナメント開催まで一切の私闘を禁じる。以上」

 

ラウラは千冬に連れられて指導室へ歩いて行った。切嗣は急いで倒れているセシリアのもとに駆け寄る。

 

「大丈夫か、セシリア!?」

 

「えぇ、なんとか」

 

「……すまない。僕がもう少し早く来ていれば」

 

「お気になさらないでください。元はと言えば私が相手の手の内をろくに考慮せずに無茶をした結果なのですから」

 

「いや、しかし……」

 

「もう!私が気にしないでいいと言っているのですから、貴方は素直に聞いていればいいのです。そんなことより、起き上がることが出来ないので保健室まで連れて行って頂けませんか?」

 

「……わかった」

 

切嗣はセシリアの膝と背中に手を入れて、持ち上げた。俗にいうお姫様だっこの体勢である。

 

「ちょっと、切嗣さん!?一体何をしているんですの!?」

 

「何って、普通に持ち上げただけなんだが…」

 

「はぁ……。まあ、そんなことを期待するだけ無駄なのかもしれないですわね……」

 

「?何か言ったかい??」

 

「いいえ、何でもありませんわ」

 

 

セシリアを保健室に運んだあと、切嗣は自室の扉を開けたところで停止を余儀なくされた。

 

「え……?衛宮くん……?」

 

「……」

 

切嗣は無言で扉を閉めた。いくら自分の運が悪いとは言え、女性の着替えに遭遇してしまう訳が無いのだから。がしかし、切嗣がそう考えている間に扉が開き、シャルルの手が切嗣を掴むと中へと引き込んでしまった。

 

「み、見た……?ぼ、僕の身体」

 

「何のことだい?」

 

「え、だって」

 

「向こうを向いておくからそのあいだに着替えるといい」

 

「……うん」

 

切嗣はシャルルに背を向けながら、今後のシャルルの監視について考えを巡らせていた。

 

 

楯無から連絡を受けてから三日後の朝、切嗣の携帯が鳴った。

 

「もしもし、きりちゃん?」

 

「どうしたんですか、更識先輩」

 

「盗聴の記録では、今日が期限だから今日中に動くはずなんだけど…。なにか進展はあった?」

 

「ええ。デュノアは今日は体調を悪くしたらしく、今日は学校を休むそうです」

 

「わかったわ!きりちゃんはどうするの?」

 

「僕はいま学校に向かっていますが、これから折り返してデュノアに張り込みをかけます」

 

「了解!私も手伝いたいところだけど、デュノア社との交渉の準備をしないといけないから、あとはよろしくね!」

 

「……わかってますよ。それでは」

 

 

切嗣は通話を切ったあと、すぐに行動を開始した。

 

「はぁ…はぁ…まさか偽物を掴まされるなんて……!」

 

シャルルは待機状態である切嗣のコンテンダーを握り締めながら自室へと走って戻っていた。切嗣の机の中からコンテンダーを取り出し、データ通信が使える場所へとたどり着いたまでは良かった。がしかし、コンテンダーを機械に接続した瞬間、エラーの文字が表示され調べてみたところ、見た目だけを精巧に偽装したただの銃だったため、本物を探しに自室まで戻っていた。

 

(でも衛宮くんは今日は学校ではISの実技の授業はないから、持っていなかったはず)

 

「あとはここを探すだけ━━━」

 

「壁にゆっくり手をつけるんだ、シャルロット・デュノア」

 

その声にシャルルが後ろを振り返ると、そこには切嗣が銃口を向けて立っていた。

 

「……いつから気がついていたの?」

 

「疑いを持ち始めたのは最初にあったときだ。男性であれば着替えている時に同性の相手の視線を気にすることはほとんどない。それと、握手をした時。普通男性の手であれば指がもう少し太く、ゴツゴツしているはずなのに君の手からはそれが全く感じられなかった。それで更識先輩に調査を依頼したところ、この事実がわかった」

 

「……なるほどね。じゃあ、僕が君たちにどうして近づいたか理由も知っているんでしょう?僕をどうするつもり?」

 

「あぁ…。君には━━━」

 

 

切嗣から連絡を受けた楯無は放課後、切嗣の部屋を訪れていた。

 

「それでどういう経緯で性別を偽って入学することになったの?」

 

「実は僕は社長の本当の娘ではありません」

 

「つまり妾の子と言うこと?」

 

「ええ、その通りです。僕は本当の母親と二人で暮らしていたのですが、母が病気で亡くなった後、父の家に引き取られ、僕は妾の子として義母と父から冷遇されていました。僕にISの適性があるとわかった頃、第三世代の開発に大きく出遅れた会社の経営は大きく傾き、政府からの援助は打ち切られそうになっていました。そこで父は僕に男装させ、衛宮くんや一夏くんに近づきISの情報を盗ませようとしたわけです」

 

更識はシャルルの話を聞きながらも、心の中では別のことを考えていた。

 

(いくら情報がバレたとは言え、いきなり自分の詳しい素性を語りだすなんて……。そもそもなぜ自分のつらい過去の話をしているはずなのに、顔は無表情のままなのかしら?これは後できりちゃんに詳しく話を聞く必要がありそうね……)

 

「……この話がバレた以上、僕はここにいるわけにも行きません。後はフランス本国へ強制送還を待つだけです」

 

「その必要はない」

 

するとドアが開き、監視のため外にいた切嗣が中に入ってきた。

 

「……きりちゃん。いくらお姉さんでも気配を消して入ってこられたら、流石にビビるよ」

 

「それは……すまない。だがシャルロット・デュノア、君は別にこの学校を離れる必要はないんだ」

 

「……?」

 

「特記事項第21条によれば、IS学園に所属する生徒は本人の同意なしにあらゆる国家・組織の干渉を受けない、となっている。まあ、最終的に決めるのは君自身だが」

 

「僕は……出来るならこの学園に残りたいと思ってる」

 

「そうか。なら後は僕と更識先輩に任せておくといい。僕の話は以上だ」

 

そう言って切嗣は部屋を出ようとしたがシャルロットに呼び止められる。

 

「君は……僕がしたことを何とも思ってないの?」

 

「別に僕や一夏に実害があった訳ではないし、未然に食い止めることができたのだから特に問題はない。だが、僕ではなく他の誰かに迷惑をかけようとするのなら、僕は君を全力で排除させてもらう」

 

シャルロットの返事を聞かずに、切嗣はそのまま廊下に出ていった。

 

「彼は……いつもあんな感じなんですか?」

 

「ええ。私も彼が本当に笑っているところを見たことはないわ。時々見かける彼の笑顔もどこか影があるし。だから私は彼が一人ぼっちにならないようにこれからもそばで支えてあげるつもりよ。それで貴女はどうなの、シャルロットさん?」

 

「……え?」

 

「とぼけたってだめだよ。貴女がきりちゃんを目で追いかけたり、きりちゃんがセシリアちゃんと一緒にいるのを見て、ため息ついてるとこを見ちゃったんだから」

 

「……正直、自分自身も困ってます。こんな気持ちになったのは始めてなので」

 

「そう。まあ、じっくり考えたらいいんじゃない?ただし、あまり時間はないみたいだけど」

 

「!?分かりました。なら僕ももっと精進します!」

 

「頑張ってねー♪」

 

シャルロットは廊下へ駆け出していった。

 

 

夕食を食べたあと、切嗣はデュノア社への交渉材料を整理していた。するとルームメイトであるシャルロットが声をかけてくる。

 

「ねえ、衛宮くん。ちょっといい?」

 

「……?」

 

「これからは二人の時は僕のことをデュノアではなく、シャルロットと呼んでくれないかな?」

 

「理由を聞いても?」

 

「僕なりのケジメってことじゃだめかな?これからはデュノア社のシャルル・デュノアじゃなくて、一人のシャルロット・デュノアとして向き合っていこうと思うんだ」

 

「……君がそう思うなら、そうすればいいんじゃないか?」

 

「……だから衛宮くんの事も切嗣って呼んでいいかな?」

 

「好きにすればいい」

 

「ならこれから宜しくね、切嗣」

 

「……ああ。こちらこそよろしく頼む、シャルロット」

 

 

放課後、更識の携帯に切嗣から放課後に生徒会室でシャルロットの事についての話をする旨の連絡が入ったため更識は生徒会室で切嗣を待っていた。

 

「遅れて申し訳ない、HRの終わる時間が遅くなってしまったもので」

 

数分後、切嗣がシャルロットを連れて生徒会室に入ってくる。

 

「いいえ。こっちも今来たところだから」

 

「そうですね。では本題に入りましょう」

 

「ええ。それじゃあ早速だけど、あなたはあの時シャルロットちゃんに何をしたの?とて

もじゃないけどあの時の反応は普通の人間の反応じゃない」

 

「それに関しては見せたほうが早いでしょう。……シャルロット、僕の目を見て嘘偽りなく質問に答えてくれ」

 

「え?……はい」

 

目を合わせた途端、座っているシャルロットの頭が下を向いて、項垂れてしまった。再び顔を上げた時には無表情になっており、目には光が無くなっていた。

 

「これって……催眠術ってやつ!?」

 

「みたいなものです。取り敢えず普通なら絶対に喋らないはずのことを聞いてみて下さい」

 

「それじゃあ━━━」

 

楯無の質問はシャルロットのスリーサイズから始まり、果てには専用機ISの装備の設計にまで及んだ。普段であれば、拷問にでもかけられない限り絶対に漏らすことのない情報まで、スラスラと答えるシャルロットの姿に楯無は若干の恐怖を覚える。

 

「それにしてもこの力、本当にすごいわね。私も頑張れば身につけられるかしら?」

 

「代償として、自分が持つすべてを手放す勇気があるのなら」

 

「何それコワイ!?ていうかそんな恐ろしいことをしてまで手に入れなければならない力ってなに?」

 

「自分の目的のためにどうしても必要だっただけですよ」

 

楯無はしばらく切嗣の表情を伺っていたが、いきなり笑い始める。

 

「……何がおかしいんです?」

 

「いやいや、比較的平和な時代に生まれた私たちの世代の中に、貴方みたいな目をしている人間がいることがおかしくてつい笑っちゃったんだ。この際だからはっきり言っておくけど、貴方は人間として最も大事な何かがかけていると思う。だから私は貴方を放っておくことは出来ないし、出来ればあなたの抱えている心の闇を取り払ってあげたいと思うの」

 

「……貴女には関係ないことです。では僕はシャルロットの暗示を解いて帰りますので」

 

切嗣はシャルロットの暗示を解くと、すぐに生徒会室を後にした。




スピードワゴンはクールに去るぜ!ではないですが、衛宮切嗣は静かに去る的な感じでやってみたかった。今は反芻している。


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第十一話 刺客

期日までに書き終えた……のか?


夜の生徒会室。普段は誰もいないはずなのだが、今日に限って電気が付いており、切嗣と楯無がデュノア社との交渉を行っていた。

 

『巫山戯るな!そのような条件、飲めるはずないだろう!』

 

「なにか勘違いしてるみたいだから言わせてもらうけど、別に私はあなたたちがどうなってもいいし、むしろ実の娘に性別を偽らせて入学させるような腐った会社なんて潰れてしまったほうが世の中のためにはいいんじゃない?」

 

楯無の容赦無い言葉にデュノア社長の怒りのボルテージが限界を超えたようで、電話越しに猛然と食って掛かる。

 

『貴様!学園の生徒の分際でデュノア社に楯突くとどうなるか分かっているんだろうな!?』

 

「あら?ロシア代表の私に一体どうするつもり?」

 

楯無の発言で、電話越しに相手側が騒がしくなる。

 

『な!?ロシア代表だと!?まさか貴様、あの更識楯無か!』

 

「ご名答♪いくら頭の悪そうな貴方でもそれくらいのことは知ってるみたいね」

 

デュノア社長は気づかされてしまった。自分がどれほど巨大な組織を相手にしているかを。そして、それが一歩間違えば、自国政府にまで多大な被害を生み出すことになるのかを。個人のメンツか、自国政府への甚大な被害か。あとは考えるまでもなかった。

 

『くっ!……分かった。もうシャルロットには一切関わらないと約束する』

 

「いい返事ありがとう。じゃあ約束を確実に履行してもらうために、とりあえずシャルロットちゃんの身柄は私が預かることにするから。貴方は手を出さない旨を書いた誓約書を私宛に郵送してくれるだけでいいわ」

 

『……この女狐め』

 

端末の向こうからデュノア社長の悔しげな感情が伝わってくる。

 

「褒め言葉をどうも♪それじゃあバイバイ」

 

楯無は満面の笑みを浮かべ携帯の通話を切る。切嗣は通話が終わり、ゆっくり背中を伸ばしている楯無の卓越した交渉術に内心、冷や汗を浮かべていた。

 

「……なんと言うか、貴女が一番敵に回してはいけない相手だという事がよく分かりました」

 

「えぇ!?ひどいよ、きりちゃん。か弱いお姉さんにそんなこと言うなんて!」

 

「僕の知ってるか弱い女性に貴女みたいな女性はいませんから、安心してください」

 

「ま、いっか。取り敢えずシャルロットちゃんの件は解決して、きりちゃんも弄ったことだし、今日は帰りますか」

 

「……そうですね、帰りましょう」

 

切嗣と更識は戸締りをして、生徒会室をあとにした。

 

 

翌日、切嗣は自分の部屋から教室に向かっていた。すると寮を出たところでシャルロットが声をかけてくる。

 

「き、切嗣!もしよかったら一緒に学校に登校しない?」

 

「シャルロ…シャルルか」

 

切嗣はなぜシャルロットがあんなことをした自分に平然と声をかけてくるのか、理解できずにいた。

 

「嫌だったら、別にいいけど……」

 

「いや、そんなことはないが」

 

「ならいいじゃない。早く学校に行こ♪」

 

シャルロットは切嗣の左腕に自分の右腕を絡める。

 

「……これは?」

 

「ん?別に?ただの仲良しアピールだから気にしないで」

 

「……そうか」

 

「“そうか”じゃありませんわ!切嗣さん、私という存在がありながら男であるシャル

ルさんと親しくするなんて!ふ、不潔ですわ!」

 

突然後ろから聞こえた声にシャルロットと切嗣が振り返る。するとそこにはいつの間に追いついたのか、セシリアの姿があった。

 

「セシリア。何を勘違いしているのか知らないが、僕とシャルルはそんな関係じゃないぞ?」

 

切嗣がシャルロットの方を向くと、シャルロットは何か名案を閃いたようなイイ笑顔を浮かべる。直感的に切嗣はどうにかしてシャルロットを沈黙させようとしたが、時すでに遅し。

 

「え〜?だって僕と切嗣は一緒に名前を呼び合う仲じゃない?そんなこと言われるなんて思わなかったよ」

 

「な!?いつの間に!?切嗣さん、今の話は事実ですの?」

 

シャルロットの狙い通り(?)セシリアの表情に焦りの感情が浮かび上がる。

 

「あ、あぁ……」

 

「ほう……」

 

すると、いきなりセシリアは切嗣の右腕を両腕で引っ張り、シャルロットと切嗣を引き離した。

 

「さぁ、シャルルさんは一夏さんとのトーナメントに向けた演習で忙しいでしょうから私たちはさっさと教室に行きましょう?」

 

「そういう事なら……。すまない、シャルル」

 

「う……うん」

 

「ほら、さっさと行きますわよ」

 

「じゃあ、また後で」

 

セシリアは切嗣の手を握ってスタスタと歩いて行ってしまった。

 

 

HRの時間、千冬は生徒たちに話をしていた。

 

「お前たちも知っていると思うが、今週の日曜日にはトーナメントが行われることになっている。各自パートナーを作って訓練に励んでおくように。なお、どうしてもパートナーが見つからない場合、明日のくじ引きにて決めることにする。話は以上だ」

 

千冬は手短に連絡を済ませると、スタスタと廊下に出ていってしまった。一方で切嗣も一時間目の用意のため、参考書とノートを準備しようとしたところで、一夏に声をかけられる。

 

「おい切嗣、お前セシリアがトーナメントに出れないらしいけどパートナーは一体誰にするんだ?」

 

「別に、誰と一緒にしようとか決めてないな」

 

「お前なぁ……誰でも良いってのかよ?」

 

イマイチやる気がない切嗣の反応に、一夏は困惑した表情を浮かべる。

 

「そうだね」

 

「ふーん。まあ、お前がそう考えるのならそれでいいんじゃないか?」

 

そんなのんきな話をしながら、時間は過ぎていった。

 

 

昼休み、切嗣は一夏たちと昼飯を食べていた。

 

「そう言えば、切嗣さんは昼食を購買で買っていらっしゃるんですよね?」

 

「まあな。自分で料理を作れるほど手先が器用じゃないからね」

 

「よろしければ、私が切嗣さんのお弁当を作って差し上げましょうか?」

 

「……それはありがたいが、セシリアは料理を作ったことがあるのかい?」

 

「いいえ、ありませんわ。ですが、ルームメイトの方が作ってらっしゃるのを見ていたから大丈夫かと」

 

「そ、そうか。なら今度料理を作ってもらおうかな?」

 

「ええ。明日からは私にまかせてくださいな♪」

 

「ちょっと衛宮!?セシリアなんかに料理を作らせて大丈夫なの!?」

 

「……何か言いたいことがあるようですわね、鈴さん?」

 

鈴の発言が聞こえたようで、セシリアが青筋を浮かべながら鈴の方を軽く睨む。

 

「別に、衛宮に少しだけ同情しただけよ」

 

「と・に・か・く、私が明日から切嗣さんのお弁当を作ってきますから。よろしいですわね?」

 

「あ、あぁ……」

 

セシリアは話をし終えると、購買で買ったパンを食べていた。

 

 

放課後、切嗣が部屋に戻るとシャルロットではなく更識が部屋にいた。

 

「……なんで鍵をかけたはずの部屋の中にいるとかはもう指摘しませんが、シャルロットはどこに行ったんですか?」

 

「ああ、それなら本音ちゃんにシャルロットちゃんと時間を潰してくれるように頼んだの」

 

そう言うと更識は、姿勢を正す。切嗣は更識の変化に気づき同じように姿勢を正した。

 

「何かあったんですね?」

 

「ええ。実は織斑先生と山田先生の身辺を調査していたら、面白い情報を入手しちゃった」

 

「面白い情報?」

 

楯無の発言に切嗣はきな臭い物を感じながらも、続きを促す。

 

「そう。実は前回の無人機による襲撃事件で使われた無人機のコアは未登録のものだったらしいのね」

 

「……それで?」

 

「そして今現在新規のコアを作れる唯一の存在といえば……?」

 

「篠ノ之……束……!だがしかし……!」

 

「そう。彼女程の科学者が、突然IS学園を襲撃するような血迷った真似はしないだろう……でしょ?でもそれが織斑くんのISの性能調査だとしたら?」

 

「しかし、そう仮定するとしても、その根拠は一体?」

 

「これは機密事項なんだけど織斑くんのISの設計には篠ノ之束も大きく関わっているみたいなの」

 

「なるほど……。今現在、ISを自由に作れる存在は篠ノ之束一人と言う事か。非常に危険な状態ですね」

 

「まあ実質世界を一人で動かしているみたいなものだしね。で、きりちゃんはどうするの?」

 

「決まってます。もし彼女がこれ以上暴走するようなら僕の手で抹殺するだけです」

 

「そんなこと出来るとでも?」

 

「一応対抗手段はありますし、いざという時は刺し違えても止めるつもりですので」

 

すると更識は露骨に不機嫌そうな顔になり、切嗣の頬をつまむと横に引っ張り始めた。

 

「な、なにを?」

 

「あのね、君みたいな若い子が刺し違えるなんて言葉を使っちゃだめだよ?そんなことを言うきりちゃんはお姉さん好きになれないな」

 

「……分かりました。もっとも、向こうがこちらに接触してこない限り会う機会はほぼないんですがね」

 

「うん、それならよろしい♪ところできりちゃん?」

 

「なんですか?」

 

不意にドアの手前で楯無は切嗣の方へ振り返る。

 

「お姉さん部屋に戻るけど、もしシャルロットちゃんまで美味しく頂いちゃったら、スイッチ入っちゃうから気をつけてね?」

 

「怖いこと言わないでくださいよ。そんなことするつもりもないし、誰にもしてないですから」

 

切嗣の返事を聞いて安心したのか、楯無は部屋を出ていった。

 

 

翌日の昼休み、切嗣たちはセシリアの提案で屋上で食事をしていた。

 

「ふふふ、さあみなさん、私が丹精込めて作ったお弁当をご賞味あれ♪」

 

セシリアがお弁当の蓋を開けると、色とりどりの具が入ったサンドイッチがぎっしり詰まっていた。

 

「サンドイッチか……うん、見た目もかなり美味しそうだし一ついただいてみるとしよう」

 

「そうね、昨日はきつい言葉をかけてしまったけど、どうやら料理もかなりできるみたいじゃない」

 

鈴と切嗣はおもむろにサンドイッチを一つずつ取って、口の中に入れた。

 

「ど、どうでしょうか?」

 

「「……」」

 

鈴と切嗣は手元にあった自分のジュースのボトルを掴むと、一気に口の中に流し込んだ。

 

「あ、あぁ……なかなか個性的な味だと思うよ」

 

「個性的!?あの毒物が!?あんたさっきので頭やられたんじゃないの!?」

 

「ちょっと鈴さん!その言い方はあまりにも失礼ではなくて!?」

 

「なによ!あれを毒物と言わないでなんて言うのよ!?」

 

「まあまあ、そんなことで喧嘩しないで。僕も食べてみるからさ」

 

シャルロットはセシリアのサンドイッチに手を出そうとするが、切嗣がその手を掴む。

 

「やめるんだ。早まってはいけない」

 

「そ、そんなにやばいの?」

 

「……とりあえず、この弁当は僕が責任をもって処理する」

 

切嗣はサンドイッチを手に取ると、一気に口の中に押し込んだ。

 

「ちょ!?切嗣さん、そんなに一気に掻き込まなくても……」

 

「あぁ……なかなかに個性的な味だ……な……」

 

サンドイッチを飲み込んだあとで切嗣は顔を真っ青にしつつ答えるが、体はゆっくりと地面に崩れて落ちていった。

 

 

切嗣が目を覚ますと、白い天井が目に入った。どうやらあのあと、誰かがここまで運んでくれたらしい。

 

「……僕は一体?」

 

「よかった、気がついたのですね?」

 

「……セシリアか。と言うか授業はもう始まっているだろう?行かなくて大丈夫なのか?」

 

「何を言ってらっしゃるのです?今はもう放課後ですわよ?」

 

「という事は、僕は2時間もここで寝ていたのか!?」

 

「ええ……そういうことになりますわね。それと切嗣さん?」

 

セシリアは姿勢を正すと、頭を深く下げた。

 

「いきなりどうしたんだい、セシリア?」

 

「先程は私の料理のせいで大変な目に合わせてしまい、すみませんでした!」

 

「……そのことなら別にいい。君は僕のことを思って作ってくれたんだから、気にしないでくれ」

 

「しかし、それでは私の気が収まりませんわ!」

 

「そうか……それなら君に頼みたいことが一つある」

 

そう言って、切嗣は姿勢を正す。

 

「はい、私に出来ることならなんでも言ってくださいまし!」

 

「今度またお弁当を作ってくれないか?」

 

一瞬、セシリアは自分が何を言われたのかわからなかった。事故とはいえ、半毒物のような物を食べさせられた相手に、もう一度料理を作ってくれと頼むなど正気の沙汰ではないからだ。

 

「え……?それだけでよろしいんですの??」

 

「ああ。けど、今回よりさらに腕を上げないといけないからそう簡単じゃないぞ?」

 

「……分かりましたわ。このセシリア・オルコット、その役目謹んで引き受けさせていただきますわ!」

 

放課後の保健室にセシリアの声が響く。そしてこれが切嗣の容態を悪化させる要因になろうとは切嗣自身も気づくことはできなかった。




楯無さんとセシリアさんの好感度急上昇中!なおシャルロットさんは(お察しください)


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第十二話 開幕

金曜日、ついにトーナメント戦の対戦相手が発表される。ラウラとの対戦を心待ちにしていた一夏の一回戦の対戦相手はなんとラウラ&箒ペアであった。一夏の中には箒がラウラと組んだことに関する驚きとそれ以上に一回戦でラウラと当たる事が出来る事への喜びが湧き上がる。

 

「これは……千冬姉に感謝しなきゃな。一回戦でこの前の借りを返してやるぜ!」

 

「ふん、こちらこそ貴様らを私の手でつぶせると思うと力が湧いてくるわ」

 

一夏とラウラが見えない火花を散らせる一方で、シャルロットはもうひとりの対戦相手に困惑していた。

 

「にしても箒がボーデヴィッヒさんと組むとはね……」

 

「何を勘違いしている?コイツの力を借りずとも、お前らは私一人でひねり潰してやるから覚悟しておけ」

 

「そういうことだ、シャルル。悪いがこちらも全力で行かせてもらう」

 

ラウラの次にすかさず箒が言葉を続ける。トーナメントの開始が刻一刻と近づいていた。

 

 

土曜日、本来なら学校は早く終わり後は寮に帰るだけだが、多くの生徒たちは学内に残って試合の準備をしており、一夏たちも次の試合に向けてアリーナで訓練をしていた。

 

「よし、次だ!シャルル、もう一度俺に攻撃を仕掛けてくれ!」

 

「何言ってんのさ、明日は試合なんだから軽めに調整しておかないと、十分に動けないよ?」

 

「いや、相手はドイツ代表候補生に箒だからな。これくらいはやっておかないと……」

 

「一夏、それ以上はやめておいたほうがいい」

 

一夏たちが声のした方へ振り向くと、いつの間にか切嗣がアリーナへ降りていた。不満そうな表情を浮かべる一夏を嗜めるように切嗣は言葉を続ける。

 

「切嗣。いや、しかし……」

 

「もし君に勝ちたいと思う気持ちがあるのなら、今日はゆっくり休んでおくべきだ」

 

「……分かったよ。と言うか切嗣?」

 

「ん?」

 

「お前のトーナメントのパートナーは誰になったんだ?」

 

「僕は抽選で同じクラスの鷹月さんと組むことになった」

 

「そーいうことだからよろしくね、織斑くん」

 

切嗣の後ろからクラスメイトの鷹月静寐がひょっこり顔を出す。一瞬驚きの表情を浮かべる切嗣と一夏に静寐はしてやったりの表情を浮かべる。

 

「鷹月さん……いきなり後ろから声をかけるのはやめてくれと、あれほど」

 

「あはは、ごめんごめん。でも衛宮くんもこれくらいのノリについていけないとクラスに馴染めないよ?」

 

「努力する」

 

「また、その他人行儀な態度……まあいいか。それじゃあ、私と衛宮くんは明日の試合の準備が残っているからこの辺で失礼するね、バイバイ」

 

鷹月は切嗣の袖を掴むと、そのままアリーナの出口の方へと歩いて行ってしまった。後には不思議そうな表情を浮かべる一夏と少し不満げな表情で入口の方を見つめるシャルロットの姿があった。

 

「なんだったんだ、あれ?」

 

「…………」

 

「と、とにかく。もうそろそろ僕たちも上がろうか」

 

「おう。そうだな」

 

一夏の言葉に頷き、シャルロット達は搬入口の方へ戻って行った。

 

 

そして試合当日、開幕戦の一夏・シャルルVSラウラ・箒のため一夏とシャルルはピット搬入口で準備運動をしていた。

 

「よし、やってやるぞ!」

 

「そうだね!あいつをボコボコにして見返してやろうよ一夏!」

 

一夏はともかくとして、いつもよりテンションが高めなシャルロットに切嗣は一抹の不安を覚える。

 

「二人とも、そんなにテンションが高くて大丈夫なのか?」

 

「なんだよ切嗣!試合前なんだし、盛り上がって当然だろ?」

 

「そうだよ!友達をあんな目に遭わせたやつをただで済ますほど僕たちも穏やかじゃないよ?」

 

「…………」

 

「お前たち、前のやつらの試合が終わった。カタパルトに足を装着して射出する準備をするように」

 

試合終了を知らせるブザーが鳴り、切嗣たちの会話を遮るように千冬が前の試合が終了したことを伝えて来た。

 

「まあ、セシリアたちの分は僕たちが仇をとってくるから、切嗣はそこでゆっくり観戦しといてよ」

 

「安心しろって!お前らと戦う分の体力は残しとくからさ!」

 

「……頑張ってくれ」

 

「「おぉ!」」

 

そう言い終えると、一夏とシャルルはカタパルトからアリーナへと飛び立っていった。

 

 

会場への入場が終わり、一夏とシャルルはアリーナでラウラ達と対峙していた。

 

「やっとお前と対決することが出来るぜ、ラウラ=ボーデヴィッヒ!」

 

「対決だと?それではまるで私と貴様らが対等な立場のようではないか!ハッ!笑わせるな、織斑一夏!貴様らごとき一瞬でひねり潰して、教官が最強だということを証明してやる!!」

 

「調子に乗っているところに申し訳ないけど、僕たちは君を全力で潰しに行くから、覚悟しておいてね」

 

「……一応私がいることも忘れないで欲しいのだが」

 

残念なことに、箒の言葉が3人に届くことはなかった。

 

「両方共準備は出来たな?それでは━━始め!」

 

「「叩きのめす!!」」

 

千冬の合図と同時に、一夏とラウラが飛び出す。一夏は雪片弐型を構え、ラウラへの距離を詰める。

 

「馬鹿の一つ覚えのようにまっすぐしか突っ込んでこないとはな!」

 

「うるせえ!黙ってろ!!」

 

ラウラはAICで一夏を拘束すると、プラズマ手刀で一夏を切り裂こうとするが、すかさずシャルロットが援護射撃を行う。

 

「させないよ!」

 

「……っち、また貴様か!フランスのアンティークめ!」

 

「シャルル、今は箒の相手をしてくれ!こっちの援護はそのあとでいい!!」

 

「うん!わかったよ、一夏!」

 

シャルルは箒の方に向き直ると、一気に斬りかかる。箒は慌てて防御するが、少しシー

ルドを削られてしまう。

 

「くっ、接近戦しかない私にあえて接近戦を挑むとは……!」

 

「僕が近接近戦が苦手だと思った?悪いけど、僕はどの距離でもそれなりに戦うことはできるよ!」

 

シャルロットは一旦距離を開け、武装を切り替える。

 

「何をしようとしているが知らないが、その前に距離を潰せばいいだけだ!」

 

「……かかったね?」

 

その瞬間、シャルロットが不敵な笑みを浮かべる。一気に距離を詰めようと接近した箒に待ち受けていたのは、連装ショットガンによる銃弾の洗礼だった。

 

「ちっ!」

 

「悪いけど、これで終わらせてもらうよ!」

 

箒は一旦距離を開けようとするが、シャルロットは近接ブレードを一瞬で展開し間を詰める。

 

「!そんな!!」

 

「驚くのはまだ早いよ!」

 

シャルロットはスラスターの出力を一気に上げ、箒に肉迫する。

 

「な!?瞬間加速だと!?」

 

「一夏たちが訓練しているのを真似てみただけだけど……。うまくいったみたい!」

 

そしてシャルロットのブレードが箒を一閃した。

 

「シールドエネルギーがゼロになったので、篠ノ之さんは敗退となります」

 

「……くっ!」

 

場内のアナウンスに従い箒はアリーナ搬入口に移動すると、試合の行方を見守っていた。

 

 

一方その頃、ラウラは一夏をAICの結界内に捉えており決着がつこうとしていた。

 

「ちょこまかと逃げ回っていたみたいだが、これで終わりにしてやる!」

 

「くそっ!このままでは……!」

 

ラウラは右手に展開したプラズマ手刀で一夏のシールドを貫こうとしたが、それを遮るように銃弾の雨が降り注ぐ。

 

「待たせたね、一夏!」

 

「よしっ!シャルロットの方も片付いたみたいだし、これで2対1だな!」

 

「ちっ!どこまでも使えないやつめ……!」

 

「一夏、零落白夜を発動できるくらいのエネルギーは残ってる?」

 

「任せろ!まだまだ大丈夫だぜ!」

 

シャルロットの問いに一夏が親指を立てて、大丈夫なことをアピールする。

 

「それなら僕が援護するから一夏は接近戦を仕掛けて!」

 

「了解!」

 

一夏の思いに答えるかのように白式が第二形態に移行し、白式のメイン武器である雪片弐型も変形、エネルギーの刃を形成する。そして一夏もスラスターの出力を上げ、一気にラウラへと突貫した。

 

「これで決着をつけてやる!」

 

「……馬鹿め、そんな真正面から突っ込んできたところで返り討ちにしてやる!」

 

ラウラは右肩に装着しているレールカノンを構え、一日に照準を合わせようとするが、シャルロットの牽制により狙いを定めることが出来ない。

 

「一夏を撃たせはしない!」

 

「えぇい!邪魔だと━━━」

 

ラウラが気づいたときには一夏が高速でスラスターを吹かせながら目の前で雪片弐型を横凪に振るおうとしていた。

 

「馬鹿な!?早すぎる!」

 

「うぉぉぉぉぉ!」

 

それに気づき、ラウラは慌てて回避するが、避けるのが遅れたために零落白夜により大きくエネルギーを削られてしまう。

 

「貴様、よくもこの私に━━━」

 

「余所見するなんて、随分余裕があるんだね?」

 

「!?」

 

ラウラが一夏にワイヤーブレードを射出しようとした瞬間、いつの間にか武器をチェンジしたシャルロットの重機関銃が火を吹きラウラのレールカノンを破壊した。

 

「ちっ!」

 

「このままいけば勝てる!」

 

「一気に押し込もう、一夏!」

 

一瞬、ラウラの機体が赤黒く光ったが誰もそれを気に止める者はいなかった……

たったひとりを除いて。

 

(このまま私は負けてしまうのか……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!もう一人ぼっちにはなりたくない……!)

 

『Damage Level……D

Mind Condition……Uplift

Certification……Clear

《 Valkyrie Trace System》……boot』

 

通常の脳の処理能力をはるかに超える情報が頭の中に直接流し込まれ、ISのモニターに赤い文字が淡々と表示される。それはまるでラウラの思考を埋め尽くすかのように。

 

「アアァァァァァァァァァァ!」

 

そして、ラウラは意識を手放した。

 

 

その頃、観客席で試合を見守っていた切嗣だが、ラウラの機体が赤黒く光ったのを見たとたんに席から立ち上がっていた。

 

「……嫌な予感がする」

 

「どうしたんですの、切嗣さん?」

 

隣に座っていたセシリアが切嗣の方を向く。

 

「……すまないが、少しトイレに行ってくる」

 

「?どうぞいってらっしゃいまし」

 

切嗣はセシリアに断りを入れると、観客席をあとにしてアリーナ搬入口へと急いだ。

 

 

「織斑一夏!シャルル・デュノア!両名は直ちに試合を中止して退避しろ!なお教員はISを装着し、いつでも鎮圧できるように用意しておくように!」

 

千冬のアナウンスがアリーナに響く中、シャルロットと一夏は戸惑っていた。後一歩のところまでラウラを追い詰めていたが、突然ラウラが叫び声を上げたかと思うと、ISが黒い泥のように変化しラウラを覆ってしまったのだ。そしてソレは形を変えて行き、最終的に刀を持った女性の形になった。そして女性の形をした“黒い何か”はシャルロットの方に斬りかかる。

 

「え……?」

 

シャルロットが反応する前に、持っていた機関銃は両断され、返す刀で壁に叩きつけられてしまう。

 

「おい!?シャルル!しっかりしろ!」

 

「……」

 

一夏はシャルロットに大声で呼びかけるものの、シャルロットの反応はほとんどなく、心なしか顔色が先ほどに比べて、青白くなっていた。

 

「てめぇ、シャルルまでこんな目に遭わせやがって!もう許さねえからな!」

 

「……?」

 

ソレは一夏の言葉に反応するように、一夏の方に向き直る。その佇まいを見た瞬間、一夏の中で何かが弾ける。その姿が憧れであり唯一の肉親でもある“彼女”にそっくりであり、ソレは明らかに彼女の姿を模倣していたことに一夏は激怒した。

 

「うぉぉぉぉぉ!」

 

一夏は残り少ないエネルギーを使い一撃を加えようとした。が、刃が敵に当たる直前に零落白夜の効果が切れ、普通の雪片弐式に戻ってしまう。ソレは一夏の雪片弐式を叩き落とすと、片手で一夏を持ち上げ、刀を一夏の喉元に突きつける。

 

「くそ、こんな巫山戯たやつに俺は……!」

 

「……」

 

一夏は精一杯の抵抗とばかりに、眼前の敵を睨みつける。突然ソレは後ろを振り返り刀を振った。その行動につられるように一夏もソレが見ている方向を見ると、その先にはISを部分展開した切嗣の姿があった。

 

ソレは標的を切嗣に変え、切嗣に向かって突っ込んでいく。完全に展開した状態の自分たち2人掛かりですら、一瞬で蹴散らした存在。ましてや世界に2人しかいないとは言え、レベル的には学園の一生徒と変わらない切嗣が部分展開しかしていないISでソレに戦いを挑む。どう考えても無謀以外の何者でもない。しかも切嗣はISを待機状態に戻し、コンテンダーをソレに向ける。

 

「おい!なんでISを解除するんだよ!」

 

「…………」

 

一夏はこのあとに起こるであろう惨劇に思わず目をつぶりそうになる。そして、その刃が届く寸前で切嗣は引き金を引いた。

 

「アァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

切嗣の放った起源弾が“黒い何か”に接触した途端に、一夏にとって信じられないことが起こった。ソレは悲鳴を上げて崩れ去り、中からラウラが出て来たのだ。切嗣はその様子をじっと見つめていたが、ラウラが出てきて倒れたを確認するとコンテンダーに実弾を装填して銃口をラウラの頭に向ける。

 

「どういうつもりだ!こいつはもう倒れてるだろ!もう勝負は終わったんだ!」

 

コンテンダーを持った切嗣の腕を慌てて一夏が掴む。

 

「……その手を離すんだ、織斑一夏。こいつはまだ起き上がってくるかもしれない」

 

「起き上がるって……どう見ても起き上がる余力なんてないだろ」

 

「それはどうかな。本来なら念の為に頭に一発撃ち込んで止めを刺しておくべきだが……」

 

「頭にって……冗談だよな?」

 

切嗣の発言に一夏は一瞬、返答に窮してしまう。確かにその発言単体であるならば冗談であると受け流すことができたのかもしれない。がしかし、一夏はその言葉を発した時の切嗣のなんの感情も感じさせない能面のような表情に、気圧されてしまっていた。

 

「さて、そろそろほかのみんなも心配しているようだし戻るとしよう……それと織斑一夏」

 

「な、なんだよ?」

 

入口に歩きだそうとしたところで前を歩いていた切嗣が、振り返らずに一夏に声をかける。

 

「君のその甘さが、いつか君自身を殺すことにならないといいが」

 

「……え?」

 

「…………」

 

切嗣は一夏の返事を待たずに、そのまま搬入口の方へ歩いて行った。

 

 

その夜、ルームメイトが寝たのを確認すると、箒は寮を抜け出してある番号に電話を掛ける。何も出来なかった自分を変えるため、そして“彼”の隣を確保する力を手に入れるために。

 

「もすもすひねもす、みんなのアイドル篠ノ之束さんだよ~♪」

 

「……電話を切っていいか?」

 

「あ~、そんなこといけずを言わないでよぅ、箒ちゃん。それで今回はどうしたの」

 

「……力が欲しい。一夏を守れるような、そして立ちはだかる壁を粉砕することが出来る強大な力が……!」

 

電話越しの箒の発言に束のテンションはどんどん上がってゆく。

 

「……面白そうだね。詳しい話を聞かせてくれるかな?」

 

「実は━━━」

 

力を振るう者と、これから力に溺れるであろう者。両者の長い夜が過ぎて行く。




切嗣のセリフは一夏くんにとっての死亡フラグである可能性が微粒子レベルで存在する……!?そして鷹月さんのチョイ役プリェ……。ぶっちゃけ、このシーンを書くために今まで文章を続けてきたと言ってもいいくらい、書きたかったシーンです。ですが、なにか不手際がありましたらコメントを頂けると嬉しいです。


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第十三話 関心

ぬわぁぁぁん疲れたぁぁぁもう


「……ここは?」

 

気がつくと、ラウラは何もない白い空間の中にいた。ふと辺りを見回すと、輪郭はぼやけているものの黒いコートを着た切嗣が立っている。

 

「衛宮……切嗣……!」

 

「……」

 

ラウラは切嗣を睨みつけるが、切嗣はそれに反応することなくラウラに背を向けて歩き出す。

 

「貴様……待て!」

 

ラウラは走って切嗣を追いかけ肩を掴もうとしたその瞬間、周りの景色は一変し、いつの間にかラウラと切嗣は海の上に浮かんだボートの上にいた。そして彼らの少し先には飛行機が飛んでいる。

 

「……!……。」

 

「私を無視するとはいい度胸だな?」

 

ラウラは切嗣を後ろから殴りつけようとするが、ラウラの拳は切嗣の体をすり抜けてしまう。

 

「!?これは、もしや……奴の記憶……なのか?」

 

ラウラの言葉に切嗣が反応することなく、状況は進む。切嗣はスティンガーミサイルの照準を飛行機に合わせると、インカムで誰かと会話を続ける。

 

「……ああ、僕も……を……と思っている」

 

そう呟いたあと、なんの感情も篭っていないガラス玉の様な瞳で照準を定めた切嗣はスティンガーミサイルの発射装置の引き金を引きミサイルを放つ。放たれたミサイルは飛行機に吸い込まれるように飛んでいく。ミサイルが着弾し、エンジン部が大爆発を起こした飛行機はバランスを崩してそのまま海上へと落下していった。

 

「!!お前、なんという事を……」

 

ラウラはそれ以上言葉を続けることが出来なかった。なぜなら目の前の切嗣がミサイルの発射装置を落とし、床に膝をついて涙を流していたのだから。

 

「見ていてくれたかいシャーレイ……今度もまた殺したよ。父さんと同じように殺したよ。キミの時みたいなヘマはしなかった。僕は大勢の人を救ったよ……」

 

切嗣の慟哭はまだ続く。まるで自分の中にある後悔に似た”何か”を必死に振り払うように

 

「ふざけるな!ふざけるな!馬鹿野郎!!」

 

切嗣が叫び終えるのと同時に周りの景色が暗転し始める

 

「待て、衛宮切嗣!私はお前に━━━」

 

 

「!?あれは……夢……?」

 

ラウラが再び目を覚ますと、そこには見慣れた白い天井が広がっていた。

 

「ここは……保健室か」

 

「……目を覚ましたようだな、ラウラ。お前は織斑・デュノアと戦い、暴走したところを衛宮に止められた。そして保健室に運び込まれ、私がお前に付き添っていた。今の説明に関して何か質問は?」

 

近くから聞こえた懐かしい声にラウラが視線を移すと、千冬がベッドの横に腰掛けていた。

 

「教官……。いえ、何も」

 

「そうか。お前のISについてだが、コア内部にVTsystemが搭載されていた。この名前に聞き覚えは?」

 

「ありません」

 

聞き覚えのない言葉にラウラは首を横に振る。すると千冬は大きくため息をつき、説明を始めた。

 

「━━━だろうな。このシステムは簡単に言うと、操縦者の技量に関係なく、過去のモンドクロッソ優勝者の動きをそのまま再現することのできるシステムだ」

 

「……それが今回の自分の暴走と関係があるのですか?」

 

ラウラの反応に千冬の眉がピクリと反応する。そして千冬の表情には明らかな嫌悪の表情が浮かんでいた。

 

「それが操縦者にどのような影響を及ぼすか、身をもって体験したお前に分からないはずはないだろう」

 

「!!」

 

異常な量の情報による脳への負担、及び、人体の限界に近い動きをすることによる身体への過剰な負荷。代表候補生であり、同時に軍人でもある自分ですら意識を手放してしまうほどの身体への影響を普通のIS操縦者が行使してしまった場合……それを想像したラウラは思わず息を呑む。がしかし、

 

「……そう、ですか。ですが私にはもう関係のないことです」

 

千冬に帰ってきたのは意外な返答だった。

 

「なぜだ?」

 

「……私は教官の強い姿に憧れ、いつか教官のようになろうと自分なりに努力を重ねてきました。しかし、結果として私は彼らに負けてしまった。ISにそのようなものが積まれていたとは言え、負けは負け。負けてしまった私に価値などない。なので体が動くようになったら、本国に帰還するつもりです」

 

千冬は黙ってラウラの言葉を聞いていたが、ラウラがしゃべり終えるのと同時に口を開いく。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

「!」

 

「お前にとっての強さとはなんだ?」

 

「それは……どんな敵をも打ち倒す力だと思います」

 

千冬の問いにラウラは迷いなく答える。

 

「力……か。私はお前に自分の考えを押し付けるつもりはないが、お前が力=強さという考

えである限り、織斑やシャルル、そして衛宮たちに勝つことは難しいだろうな」

 

「つまり教官は力だけが全てではないと?」

 

ラウラの問いに千冬は不敵な笑みを浮かべながら、答えを返す。

 

「……さあな、それは自分で考えろ。とにかくこの学園でお前にとっての強さを見つけることができない限り、本国に帰っても結果は変わらないことは理解しておけ。それでは私は教室に行かねばならんのでな、これで失礼する」

 

「はい。付き添っていただきありがとうございました」

 

千冬はラウラの返事に頷くと、保健室を出ていった。

 

「……衛宮……切嗣……奴は一体……?」

 

一人残されたラウラは保健室で先ほどの出来事について考えていた。

 

 

「答えろ!ラウラのISを破壊したお前のあの銃弾は一体なんなんだ!?」

 

「……」

 

翌日、切嗣は千冬に呼び出され指導室に来ていた。沈黙を貫く切嗣に、千冬の言動もだんだんエスカレートしてゆく。

 

「……だんまりか。いい度胸だな?」

 

「答える必要はありません」

 

「ほう?お前が喋らないのならば直接その体に聞いてもいいんだぞ?」

 

「“体に聞く”とはあまり穏やかな交渉の仕方ではないと思いますが……」

 

「だったら早く私の質問に答えるんだな。私も生徒相手に体罰を使いたくはない」

 

千冬の発言に、切嗣は相変わらずだんまりを続ける。そして業を煮やした千冬が立ち上がったその時、勢いよくドアが開き楯無が入ってきた。

 

「かつて“ブリュンヒルデ”と呼ばれた織斑先生ともあろうお方が生徒に体罰をしようとするとは……」

 

「更識か。誤解の無い様に言っておくが、私は別に自分のクラスの生徒に適切な指導をしようとしていただけだ」

 

「ええ、“適切な指導”なら私もいちいち口を挟んだりはしません。しかし、先生は体罰を行使してまで生徒の個人情報を無理やり聞き出そうとしていた。これは生徒の代表である生徒会長として見逃すわけにはいきません。先生には申し訳ないですが、これから彼には事情を聞かねばならないので彼を生徒会室に連れて行きます。いいですね?」

 

「……いいだろう。好きにするといい」

 

「ご協力感謝します」

 

切嗣を連れて指導室を出ようとする楯無に千冬が言葉を投げかける。

 

「しかし、衛宮が他の生徒に害悪をなそうとするのなら私は容赦するつもりはないからそのつもりでいるように」

 

「安心してください。その時は私が責任を取りますから」

 

千冬の険しい表情を交えた警告に楯無は笑顔で返すと、切嗣を連れて指導室を出て行った。

 

 

生徒会室に入ると、楯無は入口の鍵を閉める。

 

「……単刀直入に言うよ。きりちゃん、お姉さんにまだ隠してることがあるでしょ?」

 

「……虫のいい話に聞こえるかもしれないが、もう少し話すのは待ってもらえませんか?」

 

真顔でそう尋ねる楯無に対し、切嗣は話すことを遠まわしに拒否する。すると楯無は寂しげな表情を浮かべながら、言葉を続けた。

 

「……正直厳しいって言いたいところだけど、きりちゃんなりの考えがあってのことだろうからもう少しだけ待ってあげる。その代わり、お姉さんの頼み事を聞いてくれるかな?」

 

「あまり無茶なことは勘弁してもらいたいが……」

 

「うん、そんなに難しい仕事じゃないから安心してくれていいよ。それで内容というのは━━━」

 

 

 

数時間後、切嗣はドイツ上空にいた。

 

「あと10分後に目標上空に到達します」

 

「了解。ハッチに移動する」

 

降下する準備をしながら、切嗣は生徒会室での楯無との会話を思い出していた。

 

「いい?今回の作戦はVTsystemを研究していた研究所を研究員ごと抹殺すること」

 

「抹殺とは穏やかじゃないな……それに、いくら違法な研究を行っていたとは言え、そんなことをして大丈夫なんですか?」

 

楯無の口から出た不穏な言葉に切嗣は怪しむような視線を送る。

 

「VTsystemの研究だけなら抹殺はいらなかったんだけどね。他にも人体実験とか人道に背くような行為をしていたみたいだし、ドイツとしてもこの研究所の存在が明らかになれば、国際社会での地位の低下は免れない。それはドイツ本国にとっても避けたい事態だからね」

 

「……つまり、口封じということか」

 

「ぶっちゃけると、それで正解かな。今回きりちゃんはこの兵器を使うことになるんだけど」

 

すると更識はある一枚の写真を切嗣に見せる。そこには携行タイプのミサイルが移っている。

 

「……これは?」

 

「燃料気化爆弾。揮発性の高い燃料を散布して大爆発を起こして地上の建物などにダメージを与えるミサイルだね。ただしこのタイプは無誘導型だからある程度目標まで接近しないと正確に当てることはできないの。そしてコア登録されているドイツ国内のISやロシア代表の私が動くと事後処理が面倒なことになるから……」

 

「なるほど。そこでどの国家にも所属していない僕の出番というわけですね」

 

「そういうことだね。きりちゃんはドイツ空軍の輸送機で目標上空まで接近、上空からISで降下して既定の高度に達したところで爆弾を射出、あとは離脱してくれればいいから」

 

「了解」

 

 

 

「目標上空です」

 

機内に搭載してあるスピーカーのアナウンスで切嗣は思考を今の状態に戻す。

 

「了解。衛宮切嗣、出撃する」

 

切嗣はハッチを開くと、目標に向かって空から降下を始める。索敵用のレーダーを欺くための高高度からの降下。防寒着と酸素マスクを装備しているとはいえ、パラシュートをつけずにそのままダイブする事で切嗣の体にはかなりのGがかかる。

 

「━━━っぐ!」

 

「既定の高度に到着しました。速やかにISを展開し、爆弾を射出してください」

 

通信回線からの指示を聞き、切嗣はなんとかISを展開すると、背中に搭載したミサイル射出ユニットを構えた。目の前に表示される画面に対象を捕捉完了したことを知らせるメッセージが表示される。

 

「━━━ターゲットの補足完了。爆弾を射出する」

 

射出ユニットの引き金がいつもより心なしか重く感じられる。“あの頃”以来、久しぶりの正義の味方としての活動。切嗣は思考のスイッチを切り替えた後引き金を引く。爆弾は寸分の狂いもなく目標に向かって飛んで行き、建物に着弾、直後に巨大な炎の柱が立ち上り、あたりを焼き尽くした。

 

「……目標の完全破壊を確認」

 

「了解。速やかに帰還してください」

 

切嗣はスラスターの出力を上げると、急いでその場から飛び去った。

 

 

翌日、切嗣は教室で想定外の事態に陥っていた。

 

「衛宮切嗣!放課後私と(演習を)しないか!」

 

「……!?」

 

「切嗣さん……?これはいったいどういうことですの?」

 

「……違うんだ、セシリア。今のはラウラの言い間違いであって決してそんな意味ではない━━━」

 

右隣にはすごくイイ笑顔を浮かべながら凄まじい威圧感を放つセシリア、そして左隣には額に青筋を浮かべながら、口元だけ無理やり笑みを浮かべるシャルロットに囲まれていた。

 

「何を言っているんだ衛宮は。私が言い間違いなどするはずなかろう」

 

「頼むからボーデヴィッヒは黙っててくれないか?話がややこしくなる」

 

うっかりを超えて、最早意図的にやっているとしか思えないラウラの爆弾発言に切嗣の精神はどんどん削られていく。

 

「おりむーも大概だけど、きりちゃんも隅に置けないね」

 

「布仏さんもいちいち煽るようなことを言わないでくれ。じゃないと僕が大変なことになるんだ」

 

「誰が・どう・大変な目にあうか私に詳しく教えていただけませんか、切嗣さん?」

 

「嫌だなぁ、切嗣。僕たちがそんな乱暴な事をするわけないじゃないか」

 

切嗣が振り返ると、セシリアとシャルロットが額に青筋を浮かべ、握りこぶしを作りながら切嗣の後ろに立っていた。彼女たちの背後に青白いオーラが見えるのは気のせいかもしれない。

 

「さて、きりちゃんをいじるのも程々にしておかないと可愛そうだし、やめておこーっと」

 

本音は切嗣とセシリア達の反応を見て、満足した様子で自分の席へと戻っていった。

 

 

放課後、千冬は地下室で篠ノ之束と連絡を取っていた。

 

「やあやあ、ちーちゃんから私に電話してくるなんて珍しいね」

 

「……私はお前に聞かねばならないことがある。ドイツ代表候補生のISに積まれていたVTsystemを作り上げたのはお前か?」

 

「……ぷっ、くくく!」

 

「何がおかしい!私の生徒が犠牲になりかけたのだぞ!!」

 

通話口から聞こえてきた笑い声に千冬は思わず声を荒げる。

 

「いやー、だって私は完璧を求める天才科学者だよ?あんな欠陥だらけのくだらないシステムなんて作るわけないじゃん!ちーちゃんが私のことそんな風に思ってたなんて心外だなー」

 

「……では、お前はあのシステムに関しては一切関係ないのだな?」

 

「うん、私は何も知らないよ。と言うか、ドイツ国内のあれの研究施設はもうすでに消滅しちゃってるでしょ?」

 

「なんだと!?」

 

「あれ?ちーちゃんでも知らないことってあるんだね。実はその研究施設は数時間ほど前に“謎の大爆発”を起こして研究員ごと消滅したよ。因みに現場周辺の空域で未確認機の反応があったけどね」

 

「未確認機の反応……だと?」

 

“未確認機の反応”と言う言葉に千冬は顔をしかめる。この状況で未確認となると考えられるパターンはごく僅かになる。

 

「そうそう。そのISが現れて数十秒後に研究所が大爆発を起こしたんだよー」

 

「……あの時……衛宮と更識は……しかし……」

 

「そんでさ。ちーちゃんはその事についてなんか心当たりはある?」

 

「…………」

 

「もしもーし。ちーちゃん聞こえてる?」

 

「あ、あぁ。すまん、少し考え事をしていた」

 

「……ひょっとして疲れてる?なんなら私が開発した新型のマッサージ機を━━━」

 

「ものすごく嫌な予感がするからやめておく。では私はまだ仕事が残っているのでそろそろ通話を切るぞ」

 

「はいはい。そんじゃ、まったねー」

 

千冬は束の言葉に脊髄反射で返事を返すと通話を切り、携帯をポケットに直し込む。

 

「衛宮切嗣……一体……何者なんだ」

 

暗がりの中、誰もいない地下室に千冬の声が響いた。




最近、地の文がうまく書けなくなって来ている気が……す……orz


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第十四話 平穏

今回は、編集の都合上かなり短めになってしまいましたorz


ある日の放課後、切嗣はラウラと二人でアリーナでの演習を行っていた。切嗣は近接戦闘をしながらラウラの実力を測っていたが、何か思うことがあったらしく、おもむろに武器を収納するとラウラに話しかける。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。君はどうもISの性能に頼りすぎているところがある」

 

「……どう言う意味だ?」

 

切嗣の言葉にラウラは顔をしかめる。どうやら切嗣の発言が彼女の琴線に触れたらしい。

 

「君の大まかな過去の話は織斑先生から聞いた。君は幼い頃から戦闘訓練を受けていたのだろう?それなのにそれを戦闘に生かしきれていないのは勿体無いと思ってね」

 

「……お前に私の何が分かる」

 

「何?」

 

ラウラから発せられる殺気混じりの視線を切嗣は真顔で受け止める。

 

「お前に私の何が分かると言ったのだ!大体、私は努力してここまでのし上がって来たんだ。それを何も知らないお前にどうこう言われる覚えはない!!」

 

切嗣はラウラの独白を黙って聞いていたが、ラウラが話し終えたあとに口を開いた。

 

「……確かに僕が軽々しく踏み込んでいい領域ではないかもしれない。ただ、君に知っておいて欲しいのはどんな努力を積んで強くなったとしても死んでしまえばそれで終わりだということだ。実際、戦いなんてものはその場の状況だけでなく、その前の準備も重要になる。もし、僕が君と本気で殺し合いをするなら、もっと卑怯な手段で実力を発揮できないようにするが」

 

「卑怯な手段……?」

 

「例えば、君の部下や知り合いを人質にしたり、君が潜んでいる場所をその場にいた人ごと纏めて吹き飛ばしたり、な」

 

「なっ!?」

 

切嗣の意味深な発言にラウラは思わず息を呑む。「家族や知り合いを人質にする」少なくともそのような発想を普通の男子高校生が思いつくことはありえない。

 

「そんなことをして、ただで済むと思っているのか……?」

 

「……確実に目標を仕留めきれるなら、そうするだろうさ。それが他人から下衆・外道と罵られるような手段でもね」

 

「…………」

 

最近届けられた報告の中に、自分のISに搭載されていたVTsystemを開発していた研究所が謎の大爆発を起こし、研究員もろとも吹き飛ぶ、と言う事件があったことをラウラは思い出した。

 

「あの事件の犯人は……もしかしてお前なのか?」

 

それは不意に口から出た言葉。あるいは冗談の類。少なくともそのような、大それたことを事をIS学園の一生徒でしかないはずの衛宮切嗣に出来るはずはない、と言うある意味で確信めいた思いがその言葉には篭っている。

 

「さて……なんの事かな」

 

「そうか……何でもない。忘れてくれ」

 

その言葉にラウラは安堵する。がしかし、その一方でラウラは切嗣の表情がごく僅かに曇っているのに気づくことはなかった。

 

 

「ところで、話は変わるがお前は一体『切嗣さん!もう演習は終わりましたの?』!?」

 

ラウラの発言を遮るように、セシリアがアリーナの搬入口のところからプライベートチャンネルで通信回線を開く。

 

『……セシリアか。一応一通りの戦闘訓練は済んだところだ』

 

『そうですか。でしたら今から私の部屋に来ませんか?この前美味しい茶葉が手に入ったところなのですが……』

 

『紅茶か……分かった。今から着替えてくるから入口で待っててくれ』

 

『はい!分かりましたわ!』

 

セシリアは通信を切ると、上機嫌な様子で入口へと走っていく。

 

「さて、そういうわけだから僕はこれで帰らせてもらおう」

 

「……あぁ」

 

「ではまた明日」

 

そう言うと、切嗣はISを解除し搬入口の方へと歩いて行った。

 

セシリアとのお茶会を終えた切嗣が部屋に戻り、ドアを開けると、何故か部屋の電気が消えていた。

 

「シャルル、いないのか?」

 

「……切嗣、ドアを閉めて部屋の中に入ってきてくれないかな?」

 

「……わかった」

 

切嗣はドアを閉め、自分の椅子に腰掛ける。

 

「明日、みんなに本当の自分の事を話そうと思うんだ」

 

「……そうか」

 

シャルロットは何も言わない切嗣の態度に疑問を覚える。

 

「切嗣は何も言わないんだね」

 

「……君自身が後悔のない選択をすればそれでいいと思う」

 

「そうだね。もし明日みんなに本当の自分を知ってもらって、それでみんなに受け入れてもらえなかったらその時は━━━」

 

「別に今そんなことを考える必要はないんじゃないか?」

 

「どちらにせよ、今日が一緒の部屋で居られる最後の日なんだよ」

 

「……そうだな」

 

そう言うと、切嗣はおもむろに立ち上がり部屋の電気を付け、戸棚にしまってあるポットと二つのカップを取り出してお茶を作り始める。数分後、二つのカップには琥珀色の紅茶が注がれていた。

 

「……ありがとう、美味しい。」

 

「ちょうどセシリアに貰っていた茶葉があったのでね。賞味期限が近かったし、僕だけじゃ飲みきれそうになかったから、君にも飲んでもらおうと思ったのだが。口に合ったようで何よりだ」

 

「ふふっ、そういう事にしておこう」

 

「…………」

 

シャルロットの言葉に切嗣は気まずそうに黙り込んでしまう。そんな切嗣を見てシャルロットの顔に笑みがこぼれる。切嗣の一見そっけない態度の裏側にある、彼なりの心遣いにシャルロットは少なからず心を動かされていた。

 

「もしよかったら、一緒に食事でもどうかな?」

 

「……悪いが、このあと予定が━━━」

 

「またまた。そんな態度とってばっかりだと、ろくなことにならないよ?」

 

「……分かった。準備をするから少しだけ待っていてくれ」

 

切嗣はシャルロットの言葉に観念したようで、トランクから着替えを取り出すと、準備を始めた。

 

 

シャルロットとの食事を終えた後、周囲に誰もいないことを確認して切嗣は楯無と電話でやり取りをしていた。

 

「━━━それで、あの事件と篠ノ之博士の関係について何かわかったんですか?」

 

「……いいえ。初めに起こった無人機事件以降、関係者を色々調査して回ったけど証拠らしいものは出てこなかったわ。証拠らしいものは、ね」

 

更識の意味深な発言に切嗣は違和感を覚える。

 

「それはつまり?」

 

「……どうやらきりちゃんの推測通りみたいだよ。あの無人機に使われていたコアは未登録のもので、世界でコアを作れるのは篠ノ之博士一人。ここから導き出される結論は━━━」

 

「━━━篠ノ之博士こそが黒幕、と言う事か」

 

二人の間に緊張が走る。が、先に口を開いたのは楯無だった。

 

「まあ、そうであったとしても今のところ私たちにどうこうできる力はないんだけどね」

 

「……ええ。今のところは、ですね」

 

そんな話をしながら、時間は過ぎていった。

 

翌日、また新しい転入生が入ってくるとのことで、切嗣たちの1組はちょっとした騒ぎになっている。

 

「この時期にまた転入生が来るらしいよ!」

 

「……そう言えば、デュノアくんはどうしたのかな?」

 

「また男性の適応者だったりして」

 

そんな中、真耶が教室に入ってくる。

 

「皆さん、静かにしてください。今日は皆さんに新しい転入生を紹介したいと思います」

 

「…………」

 

山田先生の声に教室が静まり返る。

 

「━━━静かになりましたね。それでは、入ってきてください」

 

「はい!」

 

元気のいい声と共に教室のドアが開く。皆ドアの方を見ていたが、自分が見ている光景が信じられないようで誰も声を発することはなかった。そして、その転入生(?)は教壇の上に立つと挨拶をはじめる。

 

「フランス代表候補生、シャルロット・デュノアです!これからよろしくね♪」

 

「「えぇぇぇぇ!?」」

 

「……はい。シャルルさんはなんと女性でした!なのでこれでまた部屋割りの変更をしないといけないです……」

 

真耶は深い溜息を着くと、出席簿を開く。がしかし、それを遮るように生徒から手が上がる。

 

「先生ぇ~」

 

「?どうしましたか、布仏さん」

 

「シャルロットさんが女性ということは~、えみやんはシャルロットさんと同棲していたことになるんじゃないですか~」

 

「「!!」」

 

そして、切嗣の審判の日は始まる。




なんだこのシチュエーション!?(驚愕)


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第十五話 逃走

ちかれた


「裁判長、判決を」

 

裁判官である布仏がセシリアに判決を委ねた。するとセシリア裁判長は何のためらいもなく宣言する。

 

「死刑ですわ」

 

「ちょっと待てくれ!それはいろいろとおかしい!」

 

切嗣の意見を遮るように法廷の扉が開き、打鉄に身を包んだ箒が入ってくる。

 

「モッピー知ってるよ、衛宮を殺せばBADエンドは回避出来るって」

 

「ご協力感謝致しますわ、モッピーさん」

 

「モッピー知ってるよ、実は衛宮はとんでもなく腹黒だって」

 

箒は切嗣の所まで来ると、打鉄の唯一の武器である刀型ブレードを上段に構える。

 

「待て!こんなのぜったいに間違っている!!と言うかお前は誰なんだ!?」

 

「モッピー知ってるよ、これで私の望むEDを迎えることが出来るって」

 

「やめろぉぉぉぉぉ!」

 

 

 

「━━━━はっ!?」

 

気がつくと、切嗣は布団の上で寝ていた。

 

「……夢だったのか」

 

切嗣は夢だと気づき、ため息を漏らした。がしかし、不意に右腕に違和感を覚える。どうやら切嗣の右手は何か柔らかいものを握っているらしい。軽く握ってみた。

 

「……ひゃん♪もう、切嗣さんったら……」

 

すぐ傍から聞こえてきた声に、切嗣は頭から冷水をかけられたような気持ちになる。そしてぎこちない動きで自分の右側をゆっくりと振り返ると、そこには幸せそうな顔で寝息を立てるセシリアの姿があった。

 

「この状況……何かがおかしい」

 

切嗣は辺りを見回してみる。この部屋は一人部屋であり、ほかに誰もいないはずである。がしかし、切嗣のすぐ横にはセシリアが添い寝している状況がある。切嗣はセシリアの胸から手を離すと、ゆっくり手を引っ込めようとする。がしかし、

 

「……おはようございます、切嗣さん」

 

セシリアに捕まってしまった。

 

 

「全く!隣で私が寝ているからといって、いきなり胸を揉むのは紳士の振る舞いに反していますわ!」

 

「……返す言葉もない。が、どうしてセシリアがこの部屋にいるんだ?僕は確かに鍵を閉めたはずなんだが……」

 

「それは私が貴方を迎えにきた時にピッキ……偶然空いていたから入っただけです。これに懲りたら、次からは気をつけてくださいまし!!」

 

「……申し訳ない」

 

「まあ、切嗣さんがどうしてもとおっしゃるのなら……」

 

「?何だって?」

 

「!別に何も言ってはおりませんわ!!」

 

妙に頬を赤くしているセシリアに疑問を感じながらも、切嗣は朝の準備を始めた。

 

 

放課後、切嗣は人気のなくなった靴箱で一緒に帰るためにセシリアを待っていた。

 

「……なかなか来ないな」

 

切嗣がそんなことを呟いていると、階段からラウラが降りてくる。そしてラウラは切嗣に気づくと、すぐに駆け寄ってきた。

 

「……お前に話がある」

 

「生憎だが、僕は君と話すことはない」

 

「お前は一体何者なんだ?少なくとも私が見てきた人間のなかで、お前のような目をした人間はほとんどいなかった」

 

「……」

 

「いくら私が暴走状態であったとは言え、IS相手に生身で確実に当たる距離まで引き付けて銃を撃つ。そんな狂気じみた事が出来るのは熟練の軍人か━━━」

 

「僕は熟練の軍人なんかじゃない」

 

「━━━凄腕の殺し屋。私はおそらく後者だと当たりをつけているが」

 

(なるほど。この女……僕の過去を探ろうとしてしているのか。これは放置しておく訳には行かないな)

 

切嗣はおもむろに胸ポケットに手を入れると、コンテンダーを取り出して銃口をラウラの方に向ける。

 

「━━━悪いことは言わない。命が惜しければ、これ以上僕のことを嗅ぎ回るのは止めることだ。でないと、不慮の事故で流れ弾が当たってしまうかもしれない」

 

「……ッ!」

 

男の目は一般人の目ではなく、間違いなく人を殺した事がある目であった。そんな男の近辺を不用意に探ろうとする。ここに来てラウラは自分がどれほど愚かなことをしていたのかを認識したのか、この後、脳漿を撒き散らしながら床に倒れこむ自分を想像し、思わず唾を飲み込む。

 

「こらっ!学校内でそんな殺気を出しちゃダメだって、お姉さんあれほど言ったでしょ!!」

 

しかし、ラウラの想像したような血生臭い展開は訪れなかった。バシッ!と軽い音がして、いつの間にか切嗣の後ろに扇子を持った楯無が立っていたのだ。

 

「会長!しかし彼女は……!」

 

「違反行為にデモも体験版もないわ!きりちゃんは今から生徒会室に来ること!」

 

更識は切嗣の手を掴むと、靴箱から出ようとする。がしかし━━━

 

「……僕も子供じゃないんだから、手を握るのはやめてくれ」

 

瞬間、切嗣とラウラは周りの温度が数度下がったような錯覚に陥る。どうやらこの凍てつくようなオーラは切嗣の手を握っている楯無から発せられているようだ。

 

「……どうやらきりちゃんには女性の接し方について、私が手とりナニ取り教えてあげる必要がありそうね」

 

「……あれ?今何かおかしい用語が入ったような」

 

「きっと気のせいだよ!ね、ラウラちゃん?」

 

「……!……!」

 

ラウラは首を縦に降るしかなかった。ここで返事を間違えて会長に瞬殺されるなど、絶対に避けなければならない事態なのだから。

 

「さぁて、これからお姉さんと楽しい生徒会室デートと行こうよ、きりちゃん?」

 

「……了解」

 

切嗣は生徒会室へと連行されていった。この後、さらに待ちぼうけを喰らったセシリアにもたっぷりと油を搾り取られる切嗣の姿があったとか。

 

 

7月下旬、切嗣はシャルロットと臨海学校の準備をするために都市部まで来ていた。

 

「さぁ!水着を選ぶのを手伝ってもらうよ、切嗣!」

 

シャルロットは切嗣の腕を掴むと、水着売り場に入っていこうとする。

 

「待ってくれ、シャルロット!流石にこれはまずいんじゃないか?」

 

「何を言ってるんだい、切嗣は。一緒に見てくれないと自分にあった水着を選べないでしょ?」

 

「っく!だからと言って、僕が一緒に来る必要はないだろう!」

 

その瞬間、シャルロットの手が万力のように切嗣の腕を握る。

 

「ちょ!?痛っ!痛いから放してくれないか、シャルロット」

 

「……君という男は。前から一夏と同じ匂いがするとは思ってたけど、ここまで朴念仁だったとはね……気が変わったよ」

 

「よ、良かった。僕のことを放してくれるんだな?」

 

「今日一日、この状態で切嗣と一緒に街を歩くことしたから」

 

シャルロットは切嗣に向かって満面の笑みを向けるが、切嗣からするとそうではない。

 

「ま、待つんだシャルロット。それ以上はいけない!」

 

「~~♪」

 

シャルロットは渋る切嗣を引きずりながら、お店の中に入っていった。

 

 

「疲れた……」

 

お店に入って二時間、切嗣はシャルロットの買い物に付き合わされ続けていた。

 

「━━━切嗣、この青い水着とオレンジの水着、どっちがいいと思う?」

 

「流石にこれ以上は勘弁してくれ。僕の精神衛生上、非常に宜しくないんだ」

 

「……これしきのことで参るなんて、まだまだ先は長いよ?」

 

「━━━分かった。付き合おう」

 

切嗣は気を取り直すと、シャルロットに付き合うために彼女のほうを向こうとした。その瞬間、強烈なめまいが切嗣に襲い掛かる。

 

 「!?っぐ!」

 

「ど、どうしたの!?切嗣!」

 

「……すまない。少しふらついただけだから、もう大丈夫だ」

 

「少しふらついただけだって……かなり顔色が悪いよ。少しどこかで休んだら」

 

「いや、大丈夫だ。昨日少し夜ふかしした分が来ただけだろう」

 

「━━━もういいよ。お店の入口にベンチがあるから先に行って待ってて。僕何か飲み物を買って来るから」

 

「あぁ。本当にすまない」

 

シャルロットは溜息を着くと、自動販売機のある方へ走っていった。切嗣はベンチに腰掛けると、背もたれに寄りかかる。

 

「……はぁ。どうやらいつもの夜ふかしが祟ったのかな」

 

「こんなところで何をしているのだ、お前は」

 

「……ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 

「まあ待て、私もこんなところでお前と殺りあおうとは思わない」

 

思わぬ相手との遭遇に切嗣は思わず身構えるが、ラウラは両手を上げ敵意がないことを示す。

 

「……何が狙いだ?」

 

「ん?」

 

「とぼけるな。今日僕に近づいたのも何か目的があっての事だろう」

 

「いや、特に目的はないのだが……」

 

「……そうか。なら別の場所に行ってくれないか?僕は君と話すことなどない」

 

「……少し驚いた。お前のような奴でも感情を表に出すことはあるのだな」

 

ラウラは驚いたような顔をしているが、その表情に切嗣に対する恐怖はない。

 

「まあいい。とにかく僕の邪魔をしないでくれ」

 

「……分かった」

 

ラウラは切嗣の隣に腰掛けると、切嗣にスポーツドリンクを渡す。

 

「……受け取れ。お前、相当疲れてるだろ?」

 

「この状況で僕が君からの差し入れを素直に受け取ると思うかい?」

 

「……安心しろ、毒は入っていない。なんなら私が目の前で飲んでやろうか?」

 

切嗣はしばらく考えていたが、せっかくの気遣いを無駄にする訳にも行かないので、礼を言うとジュースを受け取る。プシュッ!と言う小気味よい音と共に冷たさが渇いた喉を潤す。

 

「……ありがとう

 

「気にするな。別にたいしたことではない」

 

「……そうか」

 

しばらく二人の間に沈黙が流れるが、それを破ったのはラウラだった。

 

「……今からしゃべることは私の独り言だ。黙って聞き流してくれて構わない」

 

切嗣は黙って頷く。

 

「私はドイツ軍の研究所で最強の兵士を育成するプロジェクトの実験体として作られた。所謂、試験管ベイビーと言うやつだ。そこで私は当初、優秀な成績を収め周囲から期待をかけられていた。がしかし、」

 

そこでラウラは俯くと、切嗣の方に向き直り左目の眼帯を外す。そこには右目とは違う金色の光を放つ目があった。

 

「この“ヴォーダン・オージェ(オーディンの眼)”と呼ばれているISとのシンクロ率を上げるための目の移植手術を受けた私は、結局目を制御することが出来ず、今までの能力を引き出すことができなくなった。その後は云うまでもない。無能な私は周囲から見放され、落ちこぼれの烙印を押された」

 

「…………」

 

「そして、その結果を見せつけられ自分自身に絶望しかけていた時、私の前に現れたのが教官だった。教官は自暴自棄になりかけていた私を奮い立たせ、ドイツ代表候補生に名前を連ねることができるところまで私を引き上げてくださったんだ!そんな教官の姿に私は憧れ、教官のように強い存在になろうと今日まで努力を重ねてきた……が、それも所詮は夢物語だったのかもな」

 

「お前がかなりの実力者であるとは言え、ISの操縦時間でははるかに私の方が上回っていたはず。そしてそれをいとも容易く覆されるようでは、私はやはり出来損ないに過ぎないのだろう……」

 

気がつけば、ラウラは目から涙を流していた。それに気づいたラウラはあわてて手で涙を拭おうとするが、横からハンカチを差し出される。そしてハンカチを差し出した手を視線で辿ると、そこにはそっぽを向きながらハンカチを差し出す切嗣の姿があった。

 

「お前……」

 

「気にしなくていい。これはジュースの分だ」

 

「……ありがとう」

 

ラウラは切嗣からハンカチを受け取ると、涙を拭き始める。切嗣はその様子をしばらく眺めていた。が―――

 

(敵であるはずの僕に自分の秘密を打ち明けるのか……。彼女の話が本当か嘘かは分からないが、仮に敵対しているのならわざわざ僕とこんな話をする意味も無いだろう……)

 

切嗣は相変わらずハンカチで涙を拭いているラウラを確認する。

 

(学園内での彼女の行動などを確認してみたが、計略に長けている様には見えなかった……そんな彼女にだけ秘密話させるのもな……まあ、こんなことを考えてしまう時点で僕も半端ものなのだが)

 

切嗣自身、肉体年齢に呼応して精神年齢が少しずつ下がって来ているように感じていたのだ。そしてそんな自分に嫌気が差したのか、切嗣はため息をついた後にようやく重い口を開いた。

 

「……とある男の話をしよう―――」

 

「―――!」

 

ラウラはハッとしたように居住まいを正す。

 

「彼は子供の頃、研究者の父親と一緒に、とある島で決して裕福ではないが充実した生活を送っていた。そんなある日、父親の研究の手伝いをしていた少女があるウイルスに侵されてしまう。彼女は苦しみながら少年に自分を殺して欲しいと頼んだ。しかし彼は自分にとって大切な人だった彼女を殺すことができず、その場から逃げ出すことにした。結果としてウイルスは島中に蔓延し、島は生き地獄と化した。これは後でわかることなのだが、ウイルスは彼の父親が作り出したものだった。そして、彼は父親がこの事件に懲りることなく研究を続ける気だということを知り、父親を射殺した」

 

「……!父親を……自分の父親を殺したというのか……?」

 

ラウラの言葉には答えずに切嗣は先を続ける。

 

「そして、その騒動の最中に彼は一人の女性と出会い、その人に引き取られた。彼は己の夢を、理想を叶えるために彼女の元で過ごし彼女の仕事を手伝うようになった」

 

「理想?なんだそれは?」

 

「━━━彼はただこの世の全ての人が幸せであってほしい、そう願ってやまなかった。だが、彼は悟ってしまった。この世のすべての生命が犠牲と救済の両天秤に乗っているのだと。決して片方の計り皿をカラにできないと理解した時、彼は天秤の計り手たろうと志を固めた。より多く、より確実に一人でも多くの皿の乗った方を救うと。しかしそれは一人でも少なかった方の皿を切り捨てる事と同じことだ。彼は誰かを救えば救うほど、人を殺す術に長けていった」

 

「しかし……もし、お前が、いやその男が少ないと判断した皿の方に知り合いが、さっき言っていた女が乗っていたらどうするんだ?」

 

「……たとえそうなっても彼は迷うことなく少ないほうの皿を切り捨てるだろうね。その人の犠牲で多くの人が救われるのなら彼はためらわない。島でウイルスが蔓延した時、彼がもし少女を殺していたなら島中の人間がウイルスに感染することはなかった。あの時の失敗を繰り返すわけにはいかない」

 

ラウラは切嗣の発言に疑問を覚え、切嗣の方を見る。すると切嗣の顔からは生気が抜け、顔色はさきほどよりも悪くなっていた。

 

「お、おい!?大丈夫なのか?」

 

「……あぁ、気にしないでくれ。よくあることだ」

 

「よくある事だと!?お前の身体は一体どうなってるんだ?」

 

ラウラは両手で切嗣の頬を包むと、強引に自分の方に向かせる。切嗣は手を振り払おうとしたが、その手はラウラの手に軽く触れただけだった。

 

「……お前は私に介抱されるのは嫌かもしれないが、病人を放ってはおけないのでな。悪いが、お前をこのまま病院まで連れて行くことにする」

 

「……やめてくれ、そんなことをされては(精神的に)やられてしまう」

 

「えぇい!いいからお前は黙って私についてくればいいんだ!!」

 

ラウラは切嗣を背負うと、入口の方へと歩き出す。そこで切嗣の意識は途絶えた。

 

 

切嗣が目を覚ますと、白い天井が目に入った。

 

「切嗣、気がついたんだね!?」

 

シャルロットが身を乗り出すようにして、切嗣の顔を覗き込んでくる。

 

「……すまない、本当は君と一緒に臨海学校の買い物をするはずだったのに」

 

切嗣が申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「……頭を上げてよ。別に買い物はまた今度行けば良いし、今は身体を治すことが先決だよ」

 

「……しかし、それでは君に申し訳が━━━」

 

切嗣が続きを言う前に、シャルロットの人差し指が切嗣の唇に触れた。

 

「……ストップ。もし僕に何らかの負い目を感じているのなら、体調が良くなった時にでもまた一緒に買い物に付き合ってくれる?」

 

「あぁ、分かった」

 

「それじゃ、僕はもう帰るね。また学校で」

 

シャルロットはスキップをしながら、病室を出て行った。切嗣は一息つくと、病室のロッカーに向かい話しかける。

 

「……いい加減そこから出てきたらどうだ、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

「…………」

 

するとロッカーが開き、中からラウラが出てきた。

 

「…………」

 

「……何をしている?」

 

「……いや……その……」

 

「……とりあえず、運んでくれてありがとう。しばらく休んだら体調も良くなるだろう」

 

「そうか。ならしっかり休んでおけ。私もしばらくしたら部屋を出ていこう」

 

すると、ラウラも近くに置いてある椅子に腰掛ける。

 

そうして夏休み前の最後の週末は過ぎていった。




またイチャラブ(?)か、壊れるなぁ……


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第十六話 因果

締切に間に合わせれば、高い評価をいただけるんですか?━━━あぁ、考えてやるよ(やるとは言ってない)


1学期の最終日、明日からは夏休みということもあり、帰りのHRの時間になる時には、1年1組は歓声に包まれていた。

 

「……では、これにて一学期の授業を終了とする。皆、夏休みだからといって羽目を外しすぎないように!」

 

「「はい!!」」

 

「ねえ、織斑君は夏休みは何か予定とか入ってるの?」

 

「もしよかったら私たちと……」

 

「何を言っているんだ!一夏は私と━━━」

 

女子に囲まれ、質問攻めに遭っている一夏たちを尻目に切嗣はカバンに教科書を詰めると、教室を後にした。

 

(さて、これからどうしたものか……)

 

切嗣が考え事をしながら歩いていると、聞き慣れた声と共に急に視界が塞がれる。

 

「だーれだ?」

 

「……会長。何やってるんですか?」

 

切嗣が自分の視界を塞いでいる相手にそう呼びかけると、視界が戻ってくる。そして切嗣が振り向くと、そこには楯無と虚が立っていた。

 

「え~、せっかくお姉さんが絡んであげたのに、真面目に返すなんて!きりちゃん面白みがないよ~!そう思わない、虚ちゃん?」

 

「……そうですね。せっかくの会長の好意を無駄にするとは……それに加えてかなりの朴念仁の様子。いっその性転換でもしてしまってはいかがでしょう?」

 

楯無と虚の攻勢に、若干押され気味の切嗣。

 

「ちょっと待ってくれ!どうして僕がそこまで言われなきゃいけないんだい?訳がわからない」

 

虚は相変わらずの切嗣の様子を見て、ため息をつく。

 

「お嬢様、敵は相当の手練です。心して挑んだ方がいいですよ」

 

「え?ここで私に振る!?」

 

切嗣は急に話を振られて焦っている楯無を珍しく思いながら、そんな二人のやり取りをぼんやりと見つめていた。

 

「さて……衛宮くん。実は貴方に見せたいものがあるんだけど」

 

虚の声に切嗣は、耳を傾ける。

 

「僕に見てもらいたいもの……ですか?それは一体?」

 

「それをここで見せることは出来ないから、私たちについてきて」

 

「大丈夫だよ、きりちゃんを取って食べるようなことはしないから」

 

「貴女にそれを言われてもさっぱり信用できないのですが……」

 

「まあ、会長のことはさておき、ついてきてくれる?」

 

切嗣は虚の言葉に頷くと、彼女たちとともに歩きだした。

 

 

車で移動すること数時間、切嗣たちは倉持技研内部の試作武装品の格納庫に来ていた。

 

「じゃーん、きりちゃんに見せたかったのは、これ!」

 

楯無が武器を覆っていた布を取ると、そこには青と銀のカラーリングデザインの盾がついた大きめのシールドスピアがあった。

 

「これは……シールドスピア?そんな大掛かりな武器は自分には」

 

「まあまあ、そう話を急がないで。……ちょっと待っててね」

 

楯無は近くにいた研究員に話しかける。話を進めるうちに研究員はものすごく嫌そうな顔をしたが、楯無が何かを見せたところで、途端に首を縦に振った。

 

「……一体何をするつもりなんですか?」

 

「それは見てのお楽しみという事で♪」

 

楯無の言葉に切嗣は疑問を感じつつも、切嗣は状況を見守っていた。すると、シールドスピアの前に巨大な装甲板が設置された。

 

「さて、この装甲板は各国の軍事ISに使われている複合装甲板で、普通のISとは比べ物にならないくらいの防御力を誇っているわ。そしてそれを今からこれをデュノア社の技術を参考にして作ったこの“カリバーン”で撃ち抜きます♪」

 

楯無の一言に切嗣は驚愕の表情を隠さない。勝手にデュノア社の技術が使われているのはもちろんであるが、軍事用ISの装甲板を通常のISの武器で破壊しようとしているのだから、当然ではある。

 

「待ってくれ!確かにシールドスピアは強力な武器だが、いくらなんでも軍事用ISの装甲を撃ち抜くのは通常の兵器ではまず無理だろう」

 

「それはどうだろうね?じゃあ始めてください」

 

楯無が準備を完了した研究員に呼びかける。すると五角形の盾が赤黒く光りだし、バチッ!と言う音がした直後、装甲板に盾から出た鋭利な刃が突き刺さり反対側まで貫通していた。

 

「!?」

 

切嗣は目の前の状況を理解できずにいた。楯無はそんな切嗣の肩に手を置くと再び語り始める。

 

「どう?これがきりちゃん用に新しく作った物理シールド兼高機動用スラスター『プライウェン』とシールドスピアの『カリバーン』。なかなかの出来だと思わない?」

 

「……なぜ僕にこんな物を?」

 

下手をすれば、ではなく正真正銘、確実に相手を殺すための兵器。かつ、嫌でもあの“騎士王”を連想せざるを得ない名前。

 

(冗談にしても、ここまで来るともう笑えないレベルだな……)

 

切嗣は心の中で毒づいた。そんな切嗣の様子を不審に思いながらも、楯無は会話を続ける。

 

「簡単な話だよ。きりちゃんにはこれからもっと危険な任務についてもらわなきゃいけなくなるだろうし、最悪相手を殺さなきゃいけなくなるだろうからね」

 

「……なるほど」

 

切嗣があっさり理解した事に楯無は軽い恐怖を覚える。そんな楯無の様子に疑問を持ったのか、切嗣は楯無に話しかける。

 

「どうしたんです?」

 

「……いや別に。ただ、きりちゃんは今日も平常運転だなぁと思っただけだよ」

 

「褒め言葉として受け取っておきます」

 

「では衛宮くん、この武装を貴方のISにインストールしますのでこっちに来て」

 

虚の言葉に切嗣は頷くと、二人で格納庫の入口の方へ歩いて行った。

 

 

二日後、切嗣は新しい武装である『カリバーン』の動作確認テストのため、再び倉持技研の演習場に来ていた。

 

「それでは衛宮くん、始めてください」

 

「……了解」

 

切嗣はISを展開し、念のため身体に強化の魔術をかける。そして目標の複合装甲板に向けて『カリバーン』を射出した。

 

「……本当に、この威力には驚かされるわね」

 

虚が穴の開いた装甲板を見ながら、そう呟く。

 

「えぇ。ただ一歩間違えたら危うく肩が外れるところでした」

 

「……やはり課題はあの反動」

 

「そうですね。あれをどうにかしないと、1対多数時の戦いの時がきついですね」

 

「なるほど、分かりました。開発担当ともう一度話し合っておくわ」

 

虚はそう言うと、開発担当と話し合いをするため演習場をあとにした。

 

 

実験が終わり、楯無たちと一緒に帰るまで時間があったので、切嗣は研究所内を彷徨いている。すると格納庫に灯りがついているのが見えたため、切嗣は吸い寄せられるように格納庫の方へと足を進めた。

 

「……これは?」

 

切嗣が格納庫のドアを開けると、隅の方で楯無(?)がISを整備していた。

 

「……会長?こんなところで何やってるんですか?」

 

「……」

 

がしかし、楯無(?)は答えない。その状況に切嗣は違和感を覚える。普通、楯無であればほぼ確実に何らかの反応を見せるはずだが、目の前の女性は全く反応しない。ふと切嗣は、一度更識家の屋敷で見た楯無に似た女性を思い浮かべた

 

「……もしかして、会長の妹さんかい?」

 

「……」

 

切嗣が再び声をかけると、目の前の女性はめんどくさそうに切嗣の方に振り向いた。

 

「……一体何ですか、衛宮切嗣さん。私は自分のISを整備するので忙しいので、特に用がないなら話しかけないでくれませんか?」

 

「……邪魔をしてしまったみたいですまない」

 

取り付く島もない。切嗣は何事もなかったかのように入口の方へ歩き出すが、楯無(?)が声をかけてきたので、そちらの方へ振り向く。

 

「……簪」

 

「……?」

 

「更識簪。それが私の名前」

 

「名前を教えてくれてありがとう」

 

「……別にいい。私はただ、貴方に“会長の妹”と呼ばれるのが嫌なだけだから」

 

「そうか」

 

そう言うと、簪は再びISの整備に取り掛かる。切嗣はそれを見ながら、入口へと歩いて行った。

 

 

帰りの車の車内で、切嗣は楯無に格納庫での出来事を話す。すると、楯無はため息をついて塞ぎこんでしまう。不思議に思った切嗣は虚に話しかけてみた。

 

「……一体どうしたんですか、会長は」

 

「そっか。衛宮くんはまだ妹の簪ちゃんのことは知らなかったのね」

 

「妹?」

 

「……実はあの子は日本代表候補生なの。本人もかなり優秀なんだけど、いかんせん会長が突出しすぎるから、いつも会長の影に隠れてしまっていてね。会長自身は仲良くしたいようだけど、そのせいで妹さんの仲は冷え切ってしまっているの。貴方も彼女と同じ1年生だから、もしよかったら彼女と仲良くしてもらえると助かるのだけど」

 

「……事情はわかりました。自分も出来るだけ彼女に関わるようにしてみます」

 

「ありがとう、助かるわ」

 

すると、隣にいた楯無が急に切嗣の手を握りしめてくる。驚いた切嗣は慌てて手を振り解こうとしたが、楯無の目が潤んでいるのを見えたため、途中で断念した。

 

「きりちゃんにこんなことを頼んで申し訳ないんだけど、あの子のことよろしく頼むね」

 

「……分かりました。会長のために頑張りますよ」

 

「!!」

 

そう言われた楯無は頬を赤くして、思わず俯いてしまう。切嗣はそんな楯無の反応に首をかしげていたが、自分が何を言ったかに気づくとそれっきり気まずそうに黙ってしまった。

 

「……もういっそのこと、この二人爆発しないかしら……」

 

虚はそんな二人を呆れた様子で見つめていた。




そう言えば、楯無さんの中の人(有力候補)=シャーレイだったような……まあ、多少はね?


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第十七話 臨海学校

(銀の福音編)はい、よーいスタート(棒)


8月上旬、切嗣たちは臨海学校のためバスに乗って移動していた。室内にはクーラーが完備されており、生徒たちは快適なバスの旅もとい束の間の平和を過ごしている……訳でもないらしい。いつものように(?)一夏と切嗣の周辺は常に緊張状態にあった。

 

「一夏の隣は私がもらうんだから!」

 

「何を言っている!お前は2組だろ!早く自分のクラスに戻れ!」

 

「何よ!大体、あんた一夏の最初の幼馴染だからって調子に乗ってるんじゃないの?」

 

「そういうお前こそ!私よりも長く一夏と過ごしていたからといっていい気なっているんじゃないか?」

 

例によって困惑する一夏を尻目に、二人の争いはどんどんエキサイトしていく。その様子は、まるで水と油。こと、一夏のことに関して、決して譲歩することはない。このまま戦況(?)の悪化を見ているしかないのか……周りの生徒達も固唾を呑んで見守る。がしかし、意外なところから救いの手が差し伸べられた。

 

「お前たち、私からの制裁を受けたくないのなら今すぐに争いを中止しろ。なお、罰として織斑は私の隣に来るように」

 

「「そんな無茶な!?」」

 

「……分かった、千冬姉。俺、箒たちの邪魔にならないようにそっちに来ておくよ」

 

「学校では織斑先生と呼べといっただろうが……まあいい、取り敢えず今のは勘弁しておいてやろう」

 

結局、一夏は千冬の席へと保護(という名の移動)され、後には鈴と箒が残される。鳥と貝の争い。やはり軍配は漁夫(千冬)に上がった。二人に残された選択肢は━━━

 

「……とりあえず、私たちも座ろう」

 

「そうね」

 

一時休戦、そうするしかない。二人は、気まずさを感じて空いている席に着いた。

 

 

一方で切嗣の方は割とあっさりと決まった。というより、林間学校が始まる数日前から決まっていた(無論、切嗣は知らない)らしく段取り通りにセシリアが最初に切嗣の隣に来る。

 

「━━━では、最初は私が切嗣さんの隣でよろしいですわね?」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「僕も異議なし」

 

ちなみに配置であるが、窓側に切嗣が座り、その隣にセシリア、そして後ろの席にラウラとシャルロットという感じになっていた。

 

「ところで切嗣さん、私、今回は気合を入れて水着を選んできましたの。楽しみにしていてくださいまし♪」

 

「あ、あぁ……。楽しみにさせてもらうよ」

 

「「…………」」

 

セシリアはここぞとばかりに、切嗣の腕に胸を押し付けるようにしてくっつく。がしかし、それを黙って見ているほど大人しい二人ではない。ラウラはシートの隙間から手を入れると、切嗣の背中を指で思い切りつねる。

 

「痛っ!?」

 

「?どうなさいましたの、切嗣さん」

 

「いや……なんでもない」

 

切嗣は何をするんだとばかりに、ラウラに非難の視線を向けるが、ラウラは何食わぬ顔で切嗣の方に視線を向けてきた。

 

「?どうしたんだ、切嗣?私の顔に何かついているのか?」

 

「…………」

 

疑わしきは罰せず。切嗣はため息をつきながら、顔を前に向けた。とそこで━━━

 

「まもなく、当バスはサービスエリアに入ります。ここでの停車時間は20分となっておりますので、買い物などをなされるお客様は遅れることのないようお願いします」

 

サービスエリアに到着したことを示すアナウンスが流れる。そしてバスが停車した途端、ラウラがセシリアに話しかける。

 

「次は私の番だ。早く代わってくれ」

 

「ちょ、ちょっと!分かりましたから、そんなに急かさないでくださいまし」

 

セシリアが席を開けると、間髪いれずにラウラが切嗣の隣に入り込む。どうやら切嗣に休む時間は与えられないようだ。

 

「次は私の番だぞ、切嗣!どんどん私に話しかけるがいい!!」

 

「……早く目的地に着かないかな」

 

切嗣が窓の外の景色を見ながら、そう呟く。どうやら先はまだまだ長い様子である。

 

 

目的地である海岸沿いの旅館に着くと、旅館の前に整列した。

 

「ここが、これから数日間私たちがお世話になる旅館だ。間違っても騒いだりして迷惑をかけないように。それでは女将さんに挨拶をする。気をつけ、礼!」

 

「「よろしくお願いします!!」」

 

「はい、こちらこそよろしくお願いしますね。私、この旅館で女将をしております久宇です」

 

「……では、荷物を自分の部屋に置いたら夕御飯までの時間は自由時間とする。各自節度を持って行動するように!」

 

「「はい!!」」

 

男女比率の関係上、切嗣は一夏と二人部屋になっていた。与えられた束の間の休息。

 

「ふぅ、お互い男子同士短い時間だがよろしく頼むわ」

 

「……あぁ。こちらこそ」

 

一夏と切嗣は部屋に着くと、窓際の椅子に座ってお茶を飲んでいた。するとドアの外がにわかに騒がしくなる。

 

「切嗣さん、そこにいるのは分かっていますよ!早く入れて下さいな!」

 

「一夏、早く海に行くぞ!」

 

「何やってんだよぅ、切嗣!早くしないと遊ぶ時間がなくなっちゃうよ?」

 

「……あと3分以内に出て来い、切嗣。さもないと強制的に突入を開始する」

 

切嗣と一夏は外の面子をどうするかを話し合っている。やむを得ないとばかりに準備を始める切嗣に対し、一夏は中々用意をしようとしない。それを見た切嗣は、このあと一夏に降りかかるであろう災難を避けるために、一夏に進言する。

 

「一夏。僕は面倒なことになる前にさっさと済ませておいたほうがいいと思うが……」

 

「何言ってんだよ、切嗣。もうすでに面倒なことになってるだろ?……そうだ!俺は部屋で休んでおくからお前が外に行けばいい!!」

 

そんな頓珍漢な発言をする一夏に、切嗣はため息をつきながらも忠告をする。

 

「何寝ぼけたこと言ってるんだい一夏。いいからさっさと海水浴の準備をするぞ」

 

「えぇ〜?お前一人だけ行けばいいだろ?」

 

「……分かった。今のセリフをそのまま篠ノ之と凰に伝えておこう」

 

「だぁ!分かったよ!さっさと準備していこうぜ!」

 

箒と鈴のイイ笑顔を思い出したようで、一夏は急いで海水浴の準備を始めた。

 

 

切嗣たちが浜辺に着くと、数十人の生徒たちが浜辺でビーチバレーをしたり水遊びをしている。そして切嗣と一夏は、水着に着替えに行った女性陣のために、パラソルを敷いて場所取り係をしていた。

 

「おぉ!おりむーにえみやんだ~!やっほ~!」

 

友人たちと水遊びをしていた本音だが、切嗣たちに気がつくと、急いで走って来た。

 

「……本音さんたちも海水浴をしにきたのかい?」

 

「そうそう。えみやんたちも暇だったら一緒に遊ぼうよ~」

 

「……こっちのほうが楽しそうだし俺たちも一緒に混ぜてもらおうぜ、切嗣」

 

またしても、危険な発言をする一夏に切嗣は絶対零度の視線を浴びせる。

 

「……君は何を言っているんだい、一夏。僕たちは篠ノ之たちからここで待っておくようにと言われたばかりだろう?」

 

「っと、そうだったな。そういうわけで、悪いが俺たちは箒たちと先約があるから一緒には遊べないんだ」

 

「……先約があるならしょうがないかぁ」

 

「私たちを放置して何処に行ってるの、布仏さん」

 

「これはお仕置きが必要ね」

 

いつの間にか、布仏は他のクラスの女子に両腕を抱えられている。どうやら、さきほど本音が放置してきたメンバーたちのようだ。

 

「あちゃー、ばれたか。そういう訳だから、また後でね~」

 

本音は一緒に遊んでいた生徒たちに引きずられながら、捕らえられた宇宙人のように去っていく。

 

「……なんだったんだ今のは?」

 

「さぁ?」

 

残された切嗣と一夏は首をかしげながら、それを見ていた。

 

「お待たせしました」

 

切嗣たちが振り向くと、そこには水着に着替えたセシリアたちの姿があった。因みにセシリアの水着は青のビキニ、シャルロットはオレンジ、ラウラは黒、鈴は赤、箒は白である。彼女たちが自分の機体の色を意識したことは言うまでもない。

 

「ど、どうでしょうか、切嗣さん?」

 

「せっかくの海水浴だから、僕も結構頑張ってみたんだけど……」

 

「……何か言ってくれ、一夏」

 

「私たちがこんな格好をしてるのに、一夏は何か気の利いた一言とかないわけ?」

 

「なんで俺だけなんだよ!?」

 

「だって衛宮はセシリアたちの担当だし……」

 

「……そうだな。一夏にはほかにも答えてもらわなければいかんことがあるし」

 

「お、お手柔らかにお願いします……」

 

 

一方で切嗣もセシリアたちにがっちり捕まっていた。どうやら逃がすつもりはないらしい。

 

「さあ、切嗣!この前の分も含めて私たちに付き合ってもらうよ?」

 

「え!?この前の分って……二人とも私の知らない間に何があったんですの?」

 

「素直に答えるんだ、切嗣。そうすれば楽になれるぞ?」

 

シャルロットのきわどい発言に、セシリアとラウラの様子が大きく変化する。

 

「……ちょっと待ってくれ。別に僕とシャルロットの間には何もないし、この前だって一緒に臨海学校の服とかを買いに行っただけなんだ」

 

「買いに行っただけって……それってデートと何が違うんですの?」

 

セシリアの一言でシャルロットと切嗣の動きがピタリと止まる。

 

「嫌だなぁ、セシリア。僕たちはただ一緒に買い物をしただけだし、君たちの思っているようなそんな深い仲には“まだ”発展してないよ」

 

「まだ……ねぇ?」

 

セシリアは口では納得したような感じだったが、目ではシャルロットの様子を疑っていた。一方、言い切ったシャルロットは頬を赤らめながら、切嗣にぴったりと寄り添う。

 

「……シャルロット。照れ隠しに僕の足を踏むはやめてくれないか?いくら裸足とはいえ、かなり痛いんだが……」

 

「でーと?それはどういうミッションだ? 敵は? 地形はどうなっている?」

 

「ラウラさんは静かになさっていてくださいまし。この話し合いが終わったら教えて差し上げますわ」

 

「……むぅ。何か仲間はずれにされた感じがする……」

 

切嗣とシャルロットはそんなラウラの様子を微笑ましく感じていた。

 

「なんか揉めるのが馬鹿らしくなってきたな。すまないシャルロット、僕が変な言い方をしたばかりに」

 

「いやいや、僕の方こそ照れ隠しとは言え切嗣さんの足を踏んでしまい、本当にごめんね。こんなことで喧嘩するなんて、いつもの僕たちらしくないよね」

 

「私も、うかうかしていられませんわね……」

 

セシリアの独り言は幸い誰にも聞かれることはなかった。

 

 

「切嗣さん。日焼けどめのクリームを背中に塗って頂けませんか?」

 

「あぁ、構わないよ」

 

一段落ついたところで、セシリアが早速切嗣に攻勢を仕掛ける。セシリアは切嗣の隣に来ると、クリームを渡して、うつ伏せになり、背中の部分の紐を解いた。すると、セシリアのキュッと引き締まった背中が浮かび上がる。

 

「それでは、お願いしますわ」

 

「……分かった」

 

切嗣はセシリアの背中にクリームを数滴垂らして、まんべんなく塗り始める。途中でセシリアが悩ましい声を上げたりしたものの、切嗣は手を止めることなく黙々と作業を遂行した。

 

「終わったよ、セシリア……って、なんでそんな不満そうな顔をしているんだい?」

 

切嗣は作業が終わったことをセシリアに伝えるが、当のセシリアは不満そうに切嗣を見つめる。

 

「……はぁ。ありがとうございます」

 

セシリアはため息をつきながら棒読みとしか思えない声で返事をする。そして背中の紐を結び直すと、上体を起こした。

 

(ひょっとして、切嗣さんはこういった事には慣れていらっしゃるのかしら?)

 

一人考え事をしているセシリアを尻目に、一連の行動を見ていたシャルロットとラウラが日焼け止めを持って、切嗣に詰め寄る。

 

「セシリアにも塗ったんだから、僕達も塗ってもらえるよね?」

 

「そうだぞ切嗣。私に塗らないで、誰に塗るというのだ」

 

「……少し待っていてくれ」

 

切嗣の夏の試練が始まる。

 

 

夕食の時間、自由時間のあいだにジャンケンで決まった通りに、切嗣の隣にはシャルロットとラウラが座っていた。セシリアとシャルロットはお箸を使うのが苦手らしく、なかなか食事を食べれないでいる。

 

「……違う、シャルロット。お箸は中指をあいだに入れて親指と人差し指で動かすんだ」

 

「切嗣は簡単に言うけど、これはかなり難しいよ?と言うか、なんでラウラはそんなに上手にお箸を使えるのさ?」

 

「……なに、簡単な話だ。私はドイツで織斑教官から1年間ISの訓練を受けていたから、その過程でお箸の使い方も習ったんだ」

 

シャルロットの問いにラウラは誇らしげに答える。

 

「くっ、ジャンケンで負けたばかりに……」

 

そんな3人の様子をセシリアが少し離れたところで悔しそうに眺めていた。

 

 

夕食が終わり、お風呂に入った後、一夏と切嗣は浜辺を散歩している。

 

「……色々あったが、やはり仲間がいるのはありがたいことだね」

 

「どうしたんだ切嗣?いきなりそんなことを言い出すなんて……何か悪いものでも食べたのか?」

 

「一夏にそんなことを言われるとは……どうやら僕もかなり重症らしい」

 

「どう言う意味だよ!?」

 

切嗣と一夏はそんなことを話しながら浜辺を歩いていると、地面から大きな兎の耳を模した何かが生えていた。その横には「引っ張ってね♪」と書かれた看板が置かれている。

 

「……一夏、どうする?」

 

「引っ張ってみるか?」

 

「……だな」

 

切嗣と一夏はその耳の片方づつ持つと同時に引っ張る。その瞬間、耳の生えていたところに巨大な人参が落ちた。一夏と切嗣は待機状態のISを構え、いつでも迎撃が出来るように戦闘態勢をとる。緊張の一瞬━━━すると、人参の扉の部分が開き、中から兎の耳をつけた女性が出てきた。

 

「は~い♪世界で二人だけの選ばれし男性諸君。私が世界一の天才科学者、篠ノ之束さんだよ。よろしくね♪」

 

「束さん、こんなところで何やってるんですか!?」

 

「…………」

 

篠ノ之束。現存する全てのISコアの開発者。ISに関する情報は全て彼女が握っており、彼女が一言「もうISのコアや新世代機の情報を提供するのをやめる」と言うだけで、ほぼ確実に世界中でパニックが起こりうる。一人の身勝手な都合により、振り回される世界中の人々。一人と世界。より多くの人間を救う”彼”が、迷うことはない。切嗣はコンテンダーに弾丸を装填すると、銃口を束の方に向けた。一方で銃口を向けられた束は先ほどの笑みを崩してはいないものの、彼女と切嗣の間の空気が緊張したものに変わる。

 

「……もう、きりきりったらこの私に銃をむけるなんてぇ♪……なんのつもり?場合によっては、プチっと殺っちゃうよ?」

 

すると束の後ろから、突然無人ISの腕のようなものが出現し切嗣に狙いを定める。一方でそれを見た一夏の表情が驚きに変わった。それも当然なのかもしれない。自分たちを追い詰めた相手、それが幼馴染の姉のものだと知ったのだから。

 

「なんで……束さんが“それ”を持っているんです?」

 

「…………」

 

おそらく束が指示を出せば、切嗣がISを展開する前にビームが切嗣の体を射抜くだろう。がしかし、切嗣はなんの感情も感じさせない昏い目で束を見据えながら、返事をする。

 

「篠ノ之束、“おふざけ”も大概にしておいた方がいい。もし今度あのような巫山戯た真似をした場合は……分かっているな?」

 

「面白い冗談を言うんだね、きりきりは」

 

一瞬、切嗣と束の間に緊張が走った。しかし、切嗣はコンテンダーを下ろして胸のホルスターにしまうと、束に背を向けて旅館の方へと歩き出す。もちろん、背後からの奇襲の警戒は怠らない。

 

「……警告はした。では僕は先に戻っているよ」

 

「お、おい!切嗣!」

 

切嗣は一夏の言葉には答えずに旅館に戻っていった。

 

「束さん、さっきの切嗣の反応はいったいどういう事なんだ?そもそも“おふざけ”って?」

 

「ごめんね。いっくんの質問に答えてあげたいのは山々なんだけど、今回は箒ちゃんにプレゼントを渡さないといけないから……また後で」

 

束はものすごい速さで巨大人参の中に戻ると、そのままドアを閉めてしまった。

 

「何なんだ一体……」

 

残された一夏は一人で旅館の方へと歩いて行った。

 

 

━━━同時刻、ハワイ沖ではアメリカ・イスラエル軍によるISを使った軍事演習が行なわれていた。

 

「ではこれより、第3世代型軍事IS『銀の福音』を用いた演習を行う。ナターシャ・ファイルス及びイーリス・コーリング両名は既定高度まで速やかに上昇せよ」

 

「「了解!」」

 

通信回戦からの指示にナターシャとイーリスは元気よく返事を返す。この二人は同じ『地図にない基地』の出身であり、親友同士である。

 

「ナタル!それじゃ、一気に加速しようかね?」

 

「……ごめん、イーリ。少しシステムに障害が出ているみたい」

 

「何?大丈夫なの、それ?」

 

「ちょっと待って……なにこれ?いったいどういう事?こ、これは━━━!!?」

 

突然、ナターシャが上昇するのをやめ、空中に停止する。

 

「お、おい。どうしたんだよ、ナタル?早くしないと上官に怒られるぞ!」

 

イーリスが回線を使ってナターシャに呼びかけるが、ナターシャからの返事はない。そして、ナターシャは態勢を入れ替えると、どこかに飛翔を始めた。

 

「おい!ナタル!聞こえてるなら返事をしろ!それ以上先に行けば、領空侵犯になるんだぞ!早く戻ってくれ!!」

 

イーリスの懸命な呼び掛けにも関わらず、ナターシャの駆る『銀の福音』は制止を振り切り、境界線を超えて飛び去ってしまった。

 

「……イーリス・コーリング、大至急本部に戻れ。これから緊急の対策会議をはじめる」

 

「……了解」

 

「……くそっ!どうしてこんなことに……」

 

イーリスはナターシャの飛び去った方角を見ながら悔しそうに呟いた。

 

 

銀の福音が動き出す10分ほど前、千冬と箒たちは旅館の外で束たちと話をしていた。

 

「……何しに来た」

 

「やだなあ、ちーちゃん。私が愛しのちーちゃんに会いに来るのに理由なんているだろうか、いや━━━━痛い痛い、アイアンクローはやめて」

 

千冬は束の頭を掴んでいた手を離す。

 

「……まあいい。それで本当の用事はなんだ?」

 

「うん。実は箒ちゃんにプレゼントを用意したんだ♪」

 

「プレゼント……だと?」

 

「そうそう。箒ちゃんにプレゼントするのは……これ!」

 

束が指を鳴らした瞬間、空から赤い“何か”が降ってきた。

 

「!?これは……?」

 

「第四世代型IS『紅椿』。現在、世界のどの国のISを凌駕する性能を秘めているんだよ~♪さあさあ、箒ちゃん。試しに装着してみてよ♪」

 

箒は束の言葉に頷くと、ISを装着する。

 

「……さて、それでは箒ちゃんのお披露目と行こうか♪」

 

「……篠ノ之箒『紅椿』、出る!」

 

その瞬間、箒の姿は一瞬で見えなくなる。

 

「……なんですの、あのスピードは」

 

「あれが、第四世代の性能……!」

 

「……正直、相手にしたくないな」

 

目の前で圧倒的な性能の違いを見せつけられた切嗣たちの反応は様々だった。

 

「どう♪これが天才科学者束さんが作り上げた傑作機『紅椿』。……驚いた?」

 

「お前は一体、何をしようとしているんだ……?」

 

「やだなあ、ちーちゃん。そんな怖い目でこっちを見ないでよ。今からちょっとした性能実験をしてもらうだけだから」

 

束の言葉を裏付けるように、千冬の携帯が鳴る。

 

「もしもし織斑です。……えぇ、そうですが……何ですって!?……はい、はい。では専用機を持つ生徒に伝えておきます。……それでは」

 

「……どうしたのちーちゃん、なんだか顔色が悪そうだねぇ?」

 

「……一夏は箒に連絡してすぐにこちらに戻ってくるように伝えろ。ほかの専用機持ちは話があるから私の部屋に来い」

 

白々しい様子で千冬に声をかける束に対し、千冬は内心毒づきながらも急いで一夏たちを集める。

 

「織斑先生。何があったんですの?」

 

「事情は後ほど説明する。私について来い」

 

「頑張ってねー、ちーちゃん♪」

 

「……っ!」

 

千冬たちは束の方を一瞥すると、急ぎ足で旅館の中に入っていった。その際、切嗣が“なんの感情も感じさせない”目で束を見ていることに気づいたのは、ラウラとシャルロットの2人だけであった。




10秒で思いついた小ネタ

きりつぐはたてなしからにげだした。しかし、まわりこまれてしまった。
たてなしのだきつく。
きりつぐのSAN値にかいしんのいちげき。きりつぐのかおがやわらかいものでつつまれる。きりつぐはめのまえがまっくらになった……
………
……


楯無「━━━と言うゲームを考えたんだけど」
切嗣「そんなことして、誰が得するんですか(ジト目)」
楯無「それはもちろん━━━わ・た・し(ドヤ顔)」
切嗣「…………」



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第十八話 撃墜

ファッ!?(驚き)


切嗣たちが教職員用の部屋に入ると、そこには大量の資料や機械が運び込まれ、さながら小さな司令室と化しており、真耶もすでに待機していた。千冬は切嗣たちに席に着くように促し、全員が席に着いたのを確認すると、重い口を開いた。

 

「……これからお前たちに、特別任務を与える」

 

「特別な……任務ですか?その内容は一体……?」

 

質問をするセシリアに、千冬は首を横に振る。

 

「悪いが、これは重要機密扱いの情報だ。従ってお前たちが任務を受けるつもりがないのなら、話をすることは出来ない。そしてもし外部に漏れることがあれば、お前たちにはそれ相応の処分をくださなければならなくなる。今の話を聞いて、任務を受ける気が無くなった者はいないか?」

 

千冬の問いに全員が力強く頷く。それを確認しつつ、千冬は話を続ける。

 

「……お前たちの意見は分かった。それでは話を続けよう。実は先ほど、ハワイ沖で演習中の第3世代型軍事用IS『銀の福音』が暴走し、現在は海上を日本に向かって航行中だそうだ。我々の任務は航行中の『銀の福音』に接近し、これを捕獲・もしくは撃墜すること。作戦開始時刻は今から二時間後とする。それまで各自心の準備をしておくように、解散!」

 

千冬が部屋を出ていった後、切嗣たちはお互いのISの性能の確認を始める。真っ先に意見を出したのはセシリアであった。

 

「……それで今の私たちの兵力を分析すると、遠距離タイプが私とラウラさんと切嗣さん。そして近接近タイプが一夏さんと箒さんと鈴さんで、オールレンジタイプがシャルロットさんになりますわね」

 

「そうだな。だから基本的な戦法としては、僕ら遠距離組が援護射撃を支援しながら近接近組がヒット&アウェイを繰り返すことになる」

 

「……だがしかし、敵が射撃型の場合はどうする?いくら我々の援護射撃があっても、相手は軍事用ISだし、装甲も速度も桁違いのものがあるぞ」

 

切嗣の案にラウラがすかさず反論する。

 

「いい質問だね、ラウラ。その場合は僕も近接近に加わる。そしてシャルロットも加えて5人での近接近戦に持ち込むつもりだ」

 

切嗣はラウラの頭を撫でる。ラウラはくすぐったそうにしながらも、切嗣の好きにさせていた。がしかし、セシリアが待ったをかける。

 

「……こほん!なるほど。近接近5射撃2の近接近メインに切り替えるわけですね」

 

「あぁ、そういうことだ。質問がないのならこれで大まかな役割分担は済んだし、後は各自で武装のチェックをするなりしておけばいいんじゃないか」

 

「……待て、衛宮」

 

切嗣が立ち上がり、部屋を出ていこうとしたところで箒が声をかける。

 

「……接近戦に関しては私と一夏が入れば十分だ。敵は軍事ISで移動速度もかなりのものだし、正直スピードで劣るお前たちと一緒に戦うのは私と一夏にとって足枷にしかならない」

 

第四世代機と言う強大な力を手に入れたことで慢心したらしく、箒はいつもに比べて饒舌になっている。この失敗が許されない状況で、連携を乱しかねない言葉に切嗣は一抹の不安を覚えていた。

 

「……分かった、好きにするといい」

 

「待ってください、切嗣さん!」

 

切嗣の後を追いかけるように、セシリアやシャルロット達も部屋を出ていった。切嗣たちが出て行ったところで、一夏が箒に食ってかかる。

 

「……箒。あんな言い方しなくてもいいだろ!」

 

「私は事実を言ったまでだ。敵は第3世代型とは言え軍事用ISであり、セシリアたちが近接近戦に加わったところでスピードについてこれない奴らを、私たちがかばいながら戦わなくてはいけなくなる。軍事用IS相手にそんな無謀な真似はできない」

 

「……あっそ。じゃあ勝手にすれば?私は私でやらせてもらうから」

 

「接近戦は私と一夏に任せておけ。お前は私たちの援護に回ってくれればいい」

 

「ふんっ!」

 

そして鈴も不機嫌そうにしながら自分の部屋に帰っていく。一方、別の空き部屋にて切嗣たちは会議を開いていた。念のため、ラウラが盗聴器や隠しカメラの存在を確認したが、幸いそのようなものが仕掛けられていなかった。

 

「箒さんはあんな風に言ってらっしゃいましたけど、大丈夫なのでしょうか?」

 

セシリアが心配そうに、切嗣に話しかける。予想通り、切嗣から帰ってきた返事は決して芳しいものではなかった。

 

「正直、今の篠ノ之は自分の実力を過大評価しすぎていると思う。あの慢心が事故に繋がらなければいいが……」

 

切嗣たちは、心配しながらも黙々と状況の分析に勤んでいた。

 

 

午後8時20分、少し早めに集合した専用機組は緊張した面持ちで出撃の合図を待っていた。すると、ほどなくして千冬が現れ、作戦について話し始める。

 

「……先ほど、教員たちで話し合った結果、高機動戦闘が可能なオルコット・衛宮・篠ノ之の3名で高速移動中の『銀の福音』に接敵して相手を迎撃。可能であれば捕獲を担当してもらうことにする」

 

「その決定、待った!」

 

千冬の発言に、束がすかさず反論する。千冬は嫌そうな顔をしながらも、束の意見に耳を傾けた。

 

「……またお前か、束。今我々は急いでいるんだ、巫山戯るのはその格好だけにしてくれないか」

 

「もうっ!ちーちゃんにそんなことを言われるなんて束さん傷ついちゃうよ……。でもこれを聞いて同じことを言えるのかな……?」

 

「……何が言いたい?」

 

「……実は箒ちゃんのISはパッケージ換装なしでそのまま高速戦闘が出来るんだよ♪」

 

束の思いがけない発言に、千冬は驚きの表情を浮かべる。

 

「なんだと!?……その設定にどれくらいかかる?」

 

「15分もあればイケるかな」

 

「分かった。では内容を変更し、織斑と篠ノ之両名が敵戦力との交戦及び可能であれば捕獲を担当。残りのメンバーは指示があるまで待機しておけ」

 

「「了解(しました)!!」」

 

「……悪いな箒。少しの間だけ頼むぜ!」

 

「女の上に男が乗るなど私の矜持が許さないのだが……仕方ない。今回は特別だぞ?」

 

作戦の都合上、移動の全てを箒に任せるので、一夏は箒の背中に乗る形になる。

 

(しかし、箒のやつは大丈夫なのか?何かあったら俺がフォローしないとな)

 

一夏の思いを知ってか知らずか、箒は話を続ける。

 

「それにしても、たまたま私たちがいたことが幸いしたな。私と一夏が力を合わせれば出来ないことなどない。そう思わないか?」

 

「あぁ、そうだな。しかし、先生たちも言ってたとおりこれは実戦なんだ。何が起こるかわからないから、十分に注意して━━━」

 

「無論、分かっているさ。ふふ、どうした?怖いのか?」

 

「そうじゃなくてだな━━━」

 

「安心しろ。お前を目標まで運んでやるから、大舟に乗ったつもりでいろ」

 

箒のセリフに一夏は不安を隠せないでいた。すると一夏のプライベートチャンネルに千冬からの通信が入る。

 

「お前たちも知っての通り、今回の作戦の要は一撃必殺だ。短時間での決着を心がけろ」

 

「了解」

 

「それと、篠ノ之はどうやら専用機を手に入れたことで浮かれているらしい。いざとなったらお前がフォローしてやるように。では健闘を祈っているぞ」

 

「分かりました」

 

一夏は通信を切ると、離陸時の衝撃に備える。

 

「では、始めろ」

 

千冬の合図で一夏と箒は一気に急上昇する。箒は一夏を載せているにも関わらず、ものの数秒で高度500mに達した。

 

「衛星とのリンクを確立……情報照合完了。目標の現在位置を確認━━━一夏、一気に行くぞ」

 

「お、おう!」

 

箒はそう言うなり、紅椿を加速させる。一夏はその凄まじい加速に驚いているが、急に箒から目標を発見したとの報告が上がる。

 

「見えたぞ、一夏!目標との接触まであと10秒」

 

一夏は戦闘に備えるべく、自分の武器である『雪片弐型』を握り締めた。

 

 

敵が見えた瞬間、一夏は零落白夜を発動。瞬間加速も発動し一気に間合いを詰める。がしかし、一夏の刃が銀の福音に触れそうになった瞬間、福音は最高速度のまま一夏の方に反転し、後退の構えを整える。

 

「敵機確認。迎撃モードに移行。“銀の福音”稼働開始」

 

福音から聞こえてきた抑揚のない機械音声が聞こえた瞬間、福音は体を一回転させ零落白夜の刃をあと数ミリという所で避ける。

 

「箒、援護を頼む!」

 

「任せろ!」

 

零落白夜を発動しているため、時間がかかれば不利になることが分かっている一夏は一気に福音に斬りかかる。しかし、福音は一夏の剣をすれすれのところで避ける。

 

「っち!」

 

残り時間が少なくなり、焦った一夏の刀が大振りになる。そしてそれを福音は見逃しはしない。福音の背中についている銀色の翼の装甲の一部が翼を広げたように開く。そこには開いた砲口があった。

 

「!?しまっ━━━」 

 

砲口から打ち出された高密度のエネルギー弾は白式の装甲に着弾した瞬間、一斉に爆発する。一夏はダメージを喰らいながらもなんとか態勢を立て直す。

 

「箒、左右から攻めるぞ。左を頼む!」        

 

「了解した」

 

箒と一夏は回避行動を取りながらも連射をやめない福音に左右から斬りかかるが、福音の背中のスラスターは多方向推進装置らしく、複雑な動きで一夏たちを翻弄する。

 

「一夏!私がやつを引きつける!」

 

攻撃が当たらない現状に業を煮やした箒は二刀流で斬撃と刺突を繰り出す。紅椿の性能を存分に使った箒の猛攻にさすがの福音も防御を使い始めた。

 

(これはいけるか!?)

 

一夏は一瞬だけ笑みをこぼすが、そこに福音の反撃が待っていた。

 

「La……♪」

 

甲高い機械音声がしたかと思うと、ウイングスラスターが開き36門の砲口が姿を現す。そこから大量のエネルギー弾が発射された。

 

「やるなっ……!だが、甘い!」

 

箒はそれを紙一重で避け、迎撃をする。刹那、福音に隙ができた。しかし、一夏は福音に攻撃せず、零落白夜と瞬間加速を使いながら海面方向に向かう一発の光弾を切り裂く。一夏の予想外の行動に箒は戦闘中であるのにも関わらず、一夏に説教をすることに意識を取られてしまう。

 

「何をやっているんだ、一夏!どうしてせっかくのチャンスだったのにアイツを攻撃しなかった!?」

 

「船がいるんだ!海上は先生たちが封鎖したはずなのに━━━」

 

「巫山戯るな!だいたいこの海域は現在封鎖中のはずだ!そんな所で漁をしている連中のの事など知ったことではなかろう!だいたいお前は━━━」

 

「箒!危ない!」

 

一夏の声に箒が振り返ると、そこには全ての砲口を箒の方に向けてエネルギー弾を発射する福音の姿があった

 

「くっ、間に合え━━━!!」

 

一夏は残りのエネルギー全てをスラスターに落とし込み、箒と光弾の間に入り込む。その瞬間、一夏の姿が爆炎に包まれる。そして、それが収まったのと同時に一夏は煙を纏いながら海上に向かって落ちていった。

 

「一夏ぁぁぁぁぁ!!」

 

箒は慌てて一夏のところに降下し、海上に叩きつけられる寸前で一夏を拾い上げる。

 

「大丈夫か、一夏!?」

 

「……」

 

箒は一夏の脈を計るが、かなり浅くなっており、出血しているためか、顔色も悪くなっている。

 

「よくも私の一夏を!許さんぞぉ!」

 

箒は安全な場所に一夏を退避させると、赤椿の要である展開装甲をエネルギースラスターモードに切り替え、一気に福音に斬りかかる。がしかし、福音はそれをあざ笑うかのように巧みに箒の斬撃を回避する。

 

「えぇい!一夏の仇!」

 

「……」

 

そこで流れを切るかのように、箒に緊急通信が入る。

 

「……篠ノ之、そこまでだ。今すぐ戦闘を中止し、織斑を回収して今すぐこちらに戻って来い」

 

「しかし!」

 

「……私に同じことを言わせるな」

 

「……分かりました」

 

箒は作戦を中止し一夏を回収すると、宿泊地の方へと飛び去っていった。本来ならば、暴走している銀の福音がここで追撃を仕掛けてくると予測されたが、不思議なことに箒が追撃を受けることはなかった。まるで操り人形のように、福音は箒が飛び去ったのを確認すると、箒達に背を向け再び航行を開始した。

 




「締切相手に勝てるわけないだろ!」

作「馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前(強がり)」


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第十九話 正義

工事完了です……


「嘘っ!こんなのって……ない、馬鹿やってないで早く起きなさいよ一夏!」

 

箒が一夏を抱えて旅館に帰り着いたところで、真っ先に鈴が飛び出してきた。すでに話を聞いていたようで、彼女の目は真っ赤になっており、どんな心境で一夏達の帰りを待っていたかは容易に想像がつく。

 

「すまない、本当にすまない。私のせいで……」

 

箒は壊れたテープレコーダーのように、謝罪の言葉を繰り返す。自分の油断で一夏に命に関わるような怪我を負わせてしまった。その事を深く後悔している箒に、まともな会話をさせようとする事自体、酷なことなのかもしれない。

 

「お前ら……そこをどけ、今の私は最高に機嫌が悪い」

 

激情を押し殺した千冬のドスの利いた声に鈴と箒は思わず飛び退く。千冬は一夏の状態を確認すると、自分の部屋に運ぶように指示を出す。自分の唯一の肉親が怪我をしたのにも関わらず、黙々と作業をこなしている姿をセシリアは呆然と見ている。

 

「一夏さん……そんな」

 

「一夏ぁ……こんなことになるなんて」

 

「……」

 

「専用機組は後ほど私の部屋に来い、今後のことについて話がある」

 

その場にいた専用機組にそう告げると、千冬は足早に、旅館の中へと入っていった。

 

「……じゃあ、僕たちも部屋へ行こうか」

 

シャルロットがそう呼びかけ、専用機組も旅館の中に入っていく。

 

「セシリア」

 

「?どうしたんですの、切嗣さん」

 

「……悪いが、少し気分が悪いのでトイレに行ってくる、と先生に伝えておいてもらえないか?」

 

「……分かりましたわ。では私たちは、先に先生のところに行っておりますので」

 

「……すまない」

 

切嗣はセシリアに返事をすると、誰もいなくなったところを見計らい外に出る。そしてあたりに誰もいないことを確認すると、楯無に電話をかける。数回の呼び出し音のあとに、楯無が通話に出た。

 

「……もしもーし、きりちゃん?どうしたのこんな時間に?ひょっとしてお姉さんの声が聞きたくなったとか?」

 

「……あながち間違ってないです」

 

「きりちゃんが私のボケにツッコミを入れてこない……これはかなり重症だね。一体何が起こったのか話してくれる?」

 

「……分かりました。実は━━━」

 

切嗣は今日の出来事を楯無に全部打ち明ける。楯無はそれを黙って聞いていたが、切嗣が話し終わったところで口を開く。

 

「━━━なるほど。その話を聞く限り、ほぼ確実に篠ノ之博士はクロだね」

 

「ですね。なのでこの事件が終わったら、本格的に彼女への対策を検討する必要があるかと」

 

「……それにしても『銀の福音』はかなり厄介な相手だよね。どうやって倒せばいいのかな……?」

 

受話器越しに楯無の悩んでいる声が聞こえる。

 

「……実は倒す策はある。がしかし、これは一番最後に使うつもりです」

 

「きりちゃんがそういうってことは、本当に最悪の手段なんだね。聞くのが怖くなってきたよ」

 

切嗣の言葉の中に出てきた最終手段。その言葉に、楯無は嫌な予感を感じずにはいられない。

 

「……この策を使えばほぼ確実にあのISの暴走を食い止めることは出来るでしょう。しかし、同時にアメリカ軍やイスラエル軍から付け狙われることにもなりかねません。なので会長に事前に連絡をさせてもらいました」

 

しばらく楯無からの返事はなかった。が電話の向こうで大きく息を吸う音がした後、スピーカーからは堂々とした楯無の声が聞こえた。

 

「……IS学園生徒会長更識楯無が生徒会の名において貴方に特別任務を与えます。どのような手段を講じても構いませんので、『銀の福音』を止めてください。なお、私たちがバックアップに回りますからそのつもりで」

 

「……了解」

 

「安心して。貴方がどんな判断を下そうとも、私が全力で守り抜くから」

 

「……ご助力感謝します。それでは」

 

「気をつけてね」

 

切嗣は通話ボタンを押して、携帯を閉じると旅館の中に入っていった。

 

 

「失礼します」

 

切嗣が部屋の中に入ると、当然のことながら部屋の中の雰囲気はかなり沈んでいた。

 

「すみません、トイレに行っていたので遅れました」

 

「トイレにしては随分と長かった気もするが……?まあいい。今後の予定についてだが━━━山田先生、説明を頼む。私は少し席を外す」

 

千冬は真耶に説明を任せると、部屋を出る。その際、ハンカチを持っていたのを切嗣は見逃さなかった。

 

「はい。『銀の福音』は篠ノ之さんたちを退けた後、さらに日本へのコースを通過しております。なので貴女たちはこれ以上の追撃を停止し、待機しておいてください」

 

真耶の言葉にシャルロットや鈴は衝撃を受ける。要は何もせずに作戦終了宣言を出されたのだ。専用機持ちとして、これほどの屈辱はそうないだろう。

 

「そんな!?なんでですか!?私たちだって待機している間に高機動用パッケージに換装してあるんです!納得がいきません!」

 

シャルロットの言葉にほかの専用機持ちも頷く。真耶はその様子を見ると悔しそうな表情を浮かべる。どうやら彼女自身も

 

「……『銀の福音』の最高速度は通常ISの最高速度の4倍であり、先ほどの戦闘が福音に接近できる唯一の機会でした。その機会が失われた今、我々にはどうしようもありません」

 

「なら、福音はどうなるんです!?まさかこのまま放置するということにはならないですよね?」

 

「……その件に関しては私から説明しよう」

 

「「織斑先生!?」」

 

頃合いを見計らったかのように、千冬が部屋の中に入ってきた。因みにその目は泣き腫らしたかのように、真っ赤に腫れていたがそれを指摘する者は誰もいなかった。

 

「先ほど米軍司令部から通達が入った。それによると、アメリカ軍側には軍事ISを一撃で破壊する秘密兵器があるらしい。だからそれを使ってあのISを破壊することにしたようだ」

 

「!そんな!それじゃあそのパイロットは……」

 

「当然、死ぬ」

 

千冬の口から語られる言葉に、セシリア達は沈黙を余儀なくされる。

 

「そんなのって、ない……」

 

「これはすでに決まったことだ。お前たちはきちんと自室で待機しておくように」

 

「「……」」

 

「……分かったのか?」

 

「「はい」」

 

「……ではな。私たちはまだ事後処理があるから、お前たちは早く自分の部屋に戻るように」

 

千冬は専用機組を教員用の部屋から追い出すと、部屋のドアを閉めた。

 

 

「そう言えば専用機持ちはどうしてます?」

 

「多分部屋にいると思いますが……どうかしたんですか。織斑先生?」

 

「山田先生は専用機組を監視しておいてください。あいつら、いつ飛び出して行くかわかったもんじゃないですから」

 

「そうですね、分かりました」

 

 

その頃、当然のように箒の部屋には切嗣を除く専用機持ちが集まっていた。

 

「ここで私たちが行かなくてどうすんのよ!?」

 

「そうは言っても……もう私たちが出撃しても間に合わないんだろう?行くだけ無駄だ」

 

その瞬間、沈黙を破るように鈴が箒の頬をひっぱたいた。叩かれた箒は一瞬呆然とするが、自分が何をされたかを理解したところで、鈴に猛然と食ってかかる。

 

「何をするんd「あんた何言ってんの!?私たちが一夏の仇を取らないで誰が取るのよ!まさか、第四世代を持つ自分が無理なのにお前たちにできるわけがない、なんて考えてないでしょうね!?大体、あんた私たちの事なめすぎじゃない?そんな半端な気持ちしか持っていないのなら、あんたに一夏を想う権利はないわ!……もっとも、お姉さんの陰に隠れてばかりのビビリちゃんにそんな勇気があると思えないけど……」……ない」

 

「え?」

 

怒涛のように捲し立てる鈴に対し、箒はしばらく沈黙を保っていた。がしかし、それで終わる箒ではない。

 

「そんなことない!一夏を想う気持ちは決して誰にも負けない!」

 

「……なんだ。あんたもそんな顔出来るんじゃない」

 

鈴の言葉に、箒は自分がうまく煽られたことに気がつくが、不思議と怒る気はしていない。

 

「……目標の場所はここから30キロの地点だ。ちょうど件の兵器の最大射程距離の境界といったところか。私たちでアレを止めるぞ!」

 

「盛り上がってるとこに申し訳ないけど、先生がこっちに来てるみたいだよ?」

 

会話に混ざらず、ラウラたちと一緒に外の様子を伺っていたシャルロットが状況を報告してきた。どうやらゆっくり話している時間はないらしい。

 

「それじゃあ、行きましょうか?」

 

「「おう!」」

 

セシリアたち専用機持ちは急いで準備を整えると、宿舎を出発した。

 

数分後、切嗣はなんとか職員達に見つからないように外に出て、楯無と電話で話し始める。

 

「━━━それでターゲットはその座標にいるんですね?」

 

「えぇ。ラウラちゃん達の服に仕込んでおいた盗聴器で確認したし、実際に衛星を使って確かめたから間違いないわ」

 

衛星を使って確かめる。あまりのスケールの大きさに、切嗣は驚きを隠せない。

 

「……了解。では今からその付近で待機しておきます」

 

「無事に帰ってきてね」

 

「……わかりました。では後ほど」

 

切嗣は通話を切ると、即座にISを展開し目標付近に向かって飛び出した。

 

 

「…………」

 

海上200m。そこで静止していた『銀の福音』は、まるで胎児のような格好でうずくまっている。

 

「━━━?」

 

不意に福音が顔を上げる。次の瞬間、超音速で飛来した砲弾が頭部を直撃、大爆発を起こした。

 

「初弾命中。続けて砲撃を行う!」

 

5キロ離れた場所に浮かんでいるIS『シュバルツェア・レーゲン』とラウラは、福音が反撃に映るよりも早く次弾を発射した。その姿は通常装備と大きく異なり、80口径のレールカノンを二門左右それぞれの肩に装着している。さらに遠距離からの砲撃・狙撃に対する備えとして4枚の物理シールドを展開している。がしかし、福音はラウラの予想よりも早く凄まじいスピードでラウラに接近してくる。

 

「ちぃ!」

 

攻撃力を高める反面、機動力を犠牲にする砲戦使用のラウラに対し、福音は距離300mを切ったところでさらに急加速を行いラウラへと右手を伸ばす。がしかし、ラウラは不意に笑みを浮かべる。

 

「━━━セシリア!!」

 

伸ばした腕が突然上空から降りてきた機体によって弾かれる。ブルーティアーズによるステルスモードからの強襲だった。ビットはすべて収納され、スラスターとして機能しており500kmでの航行を可能にしている。そしてセシリアが手にしている大型BTレーザーライフル『スターダスト・シューター』はその全長が2mもあり、ビットの分の火力を補っている。そしてセシリアは最高速の状態から一気に反転、福音を狙い撃つ。

 

「敵機Bを確認。排除行動へ移る」

 

「遅いよ」

 

セシリアの射撃を避ける福音を、突然現れたシャルロットが襲う。ショットガン2丁による至近射撃を受け、福音は姿勢を崩すが、即座に姿勢を立て直すとシャルロットに向かって「銀の鐘」による反撃を行う。がしかし、その攻撃はシャルロットの前面に展開する実体シールドとエネルギーシールドによって弾かれてしまう。

 

「悪いけど、この『ガーデン・カーテン』は、それじゃ落ちないよ」

 

さらに高機動射撃を行うセシリアと距離を置いての砲撃を行うラウラも加わり福音は消耗し始める。

 

「優先順位を変更。現空域からの離脱を最優先に」

 

福音は全方向にエネルギー弾を放つと、全スラスターを開き強行突破を試みる。

 

「させるかぁ!」

 

不意に海面が膨れあがり、そこから飛び出してきたのは箒が駆る『紅椿』とその背中に乗る鈴の『甲龍』だった。

 

「離脱する前に落とす!」

 

鈴は福音に接近する『紅椿』から降りると、即座に機能増幅パッケージ『崩山』を展開。両肩の衝撃砲に加え、新たに増設された2門の砲口が姿を現す。そして計4門の砲口が一斉に福音に向かって火を吹き、赤い炎を纏った弾幕が福音に降り注ぐ。

 

「やりましたの!?」

 

「まだよ!」

 

鈴の渾身の一撃を受けてなお、福音は機能を停止していない。

 

「“銀の鐘”最大稼働、開始」

 

その瞬間、エネルギー弾の一斉掃射が始まった。

 

「くっ!」

 

「箒!僕の後ろに!」

 

前回の失敗を踏まえ、箒は素早くシャルロットの後ろに隠れる。だが、防御パッケージを搭載したシャルロットにもエネルギー弾の一斉掃射は確実にダメージを蓄積させていく。

 

「それにしても……これはちょっと、やばいかも」

 

そうこうしている間に、物理シールドが一枚破壊される。

 

「ラウラ・セシリア、お願い!」

 

「言われなくても!」

 

「お任せになって!」

 

セシリアとラウラが左右に別れ、福音へと交互射撃を行う。そして足が止まったところに直下から鈴の双天牙月による斬撃、それからの衝撃砲が福音に迫る。鈴はエネルギー弾の弾幕を受けながらも、その斬撃が福音の片翼を奪い取る。

 

「はっ、はっ、どんなもんよ━━━ぐっ!?」

 

福音は片翼を失いながらも、すぐに体勢を立て直すと、鈴の左腕に向かって回し蹴りを放つ。脚部スラスターで増幅された一撃は鈴の左腕の装甲をたやすく破壊し、海へと叩き落とす。

 

「鈴!おのれ━━━!!」

 

箒は両手に刀を持つと、福音に斬りかかる。箒の急加速に一瞬、反応が遅れた福音の肩に刃が食い込んだ。しかし、福音は左右両方の刃を手のひらで握り締め、箒は刃を押し込もうと腕に力を込めるが、そこに福音の翼の砲門が狙いを定める。

 

「箒!武器を捨てて緊急離脱をしろ!」

 

ラウラがすかさず忠告を入れる。箒は武器を放さず、砲門がエネルギー弾を発射した。その瞬間、

 

(ここで引いては、何のための力か!)

 

箒は体を一回転させ。すると、その想いに応えるように爪先部分の展開装甲がエネルギー刃を発生させた。

 

「たぁぁぁぁぁ!」

 

そして踵落としの要領で箒の斬撃が決まる。ついに両翼を失った福音は、崩れるように海面へと堕ちていった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……やったか!?」

 

「これは……お前ら、下を見ろ!」

 

ラウラの言葉に箒たちが福音の落ちた海面に目を向けると、そこには自らを抱くように青い雷を纏った福音が数メートルくらいの高さで静止していた。

 

「キアアアアア!」

 

「まずい……来るぞ!」

 

福音は獣のような雄叫びを上げると、凄まじい速度で箒たちに襲いかかった。

 

 

 

気がつくと一夏は、白い砂浜にいた。辺りを見回すと白いワンピースを着た少女と白い鎧を着た女性騎士が立っている。

 

「ここは……どこだ?」

 

「ここは貴方の夢の中だよ。貴方は敵のISにやられて先程まで生死の境をさまよっていたの」

 

「そんなことはどうでもいい!俺はすぐに起きないといけないんだ!ここから出してくれ!」

 

「……その前にお前に聞いておかなければいけないことがある」

 

すると今まで黙っていた女性騎士が口を開いた。

 

「お前は何のために“力”を欲するんだ?」

 

「……そんなの決まってるだろ。みんなを守るためだよ」

 

「その“みんな”を守ったとしても、貴方にはなんの見返りもないんだよ?」

 

「仲間を助けるのに、見返りなんていらないだろ」

 

しばらく一夏たちの間に沈黙が流れる。が女騎士は急に笑顔になると、一夏に返事をした。

 

「……いいだろう、お前には新たな“力”を授けよう。だが急ぐことだ、さもないとお前の仲間を守りぬくことができなくなるだろうからな」

 

「今度はこんなところで出会わないように気をつけてね♪」

 

「あぁ!俺、これからも頑張っていくから!」

 

 

「はっ!?」

 

一夏が目を覚ますと、布団の中だった。

 

「こんなことをしていられない!急がないと!」

 

一夏は窓から飛び降りると、空中でISを装着して空へと飛び立っていった。

 

「全く、あの馬鹿者共が。……山田先生?」

 

誰もいなくなった部屋を見ながら、千冬はため息をついた。

 

「はい?」

 

「米軍側にもう少し件の兵器を使用するのを待って欲しいと伝えてくれ」

 

「えぇ!?そ、そんなの無茶ですよ!?」

 

「頼む、この通りだ……!」

 

千冬は真耶に深々と頭を下げる。

 

「わ、分かりましたから頭を上げてください、織斑先生!なんとか交渉してみますから……!」

 

「すまない、よろしく頼む」

 

頭を上げる千冬の顔には、してやってりの笑みが浮かんでいるように真耶には思えた。どうやら彼女の受難はこれから始まるらしい。

 

 

その頃、セシリア達を取り巻く戦況は絶望的なものになっていた。第二形態移行を完了した福音は圧倒的なパワーとスピードを誇り、まず機動力が劣るラウラが狙われ全身から生えたエネルギー翼からの猛烈な弾幕を受け海上に叩き落とされた。

シャルロットはラウラを救出しようとするも、エネルギー弾に攻撃を弾かれ、逆に弾き飛ばされてしまう。

セシリアも凄まじい速度で接近されたあと、近距離での一斉掃射を食らい撃墜。そして仲間を撃墜され、正常な判断を失った箒はエネルギー刃を展開し接近戦を挑むも直前でエネルギーが切れ、あえなく捕まってしまった。しかし、そこに白い装甲のISがものすごい速さで近づいてくる。第2形態『雪羅』へと移行完了した織斑一夏であった。

 

「やらせるかよぉぉぉ!!」

 

(一夏が駆けつけてくれたんだ!!)

 

近づいてくる一夏の声を聞き、箒は安堵して目を閉じる。

 

 

ドスッ!

 

不意に何かを突き刺すような不快な音が聞こえた後、ギギギッと鈍い音を立てて箒を掴んでいた手が離れる。目をつぶっていた箒が目を開けると、そこには手をだらりと下げ、胸から刃を生やした福音の姿があった。

 

「な、何が起こったの……?」

 

「分からん……。だが何か嫌な予感がする」

 

鈴の問いにラウラが答えるが、いつの間にかその表情は険しいものになっている。

 

「あれ?これって絶対防御が発動するんだよね?」

 

「いや、これは織斑が使っているのと同種の武器で刺されたのだろう。おそらくもう手遅れだ」

 

「ゴフッ」

 

ラウラの言葉を裏付けるように、パイロットの口から大量の血が吐き出される。出血量と傷口の大きさから、助かる可能性が無いことが容易に伺える。先程まで、自分たちを殺そうとしていた敵。それが、あっけなくやられてしまった事にセシリア達は衝撃を隠せない。

 

「そ、そんな!?じゃあ、あのパイロットは……?」

 

「………」

 

ラウラは首を横に振る。一夏を含め、ほかの専用機持ちは目の前で起こっている事態に理解が追いつけないでいた。そして、パイロットに刺さっていた刃が引き抜かれると、支えを失った身体はISを装着したまま海の中へと吸い込まれるように落ちていく。

が、誰も福音の方に見向きもしない。そのような事が瑣末な事に思えるくらい衝撃的な光景が目の前に広がっていたのだ。何しろ福音のパイロットを殺害した犯人が

 

「衛宮……切嗣……!」

 

「……」

 

彼らのよく知るもう一人の男性適合者だったのだから。




ちかれた……(小声)


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第二十話 分裂

どうすっかな~、俺もな~……


「━━━こちらコードE。目標の撃墜に成功した、これより帰還する」

 

「……分かった、すぐに旅館まで戻って来い」

 

「━━━了解」

 

呆然としている一夏達を尻目に切嗣は千冬との交信を終えると、スラスターを吹かせながら旅館の方へと飛び去っていく。目の前で起こった人が死ぬと言う事態。その影響は十代の少年少女の心に、少なからず影を落とす。

 

「……皆さん、私たちもそろそろ参りましょうか」

 

「……あぁ」

 

「…………」

 

しばらくその場から動けずにいた一夏たちだが、セシリアの声で正気を取り戻したかのように、旅館の方へと戻っていった。

 

 

切嗣はISを待機状態に戻すと旅館の方へ歩いていこうとしたが

 

「待てよてめぇ!」

 

振り向いた瞬間に一夏に胸ぐらを掴まれる。『誰も傷つけない、全てを守りぬく』信念を持った少年にとって、目の前で起こった自分の行動の結果を肯定することは難しいのかもしれない。一夏は己の信念のもとに切嗣を糾弾する。それが、自分のエゴによるものであるとは気づかずに。

 

「なんであのパイロットを殺した!?あのまま俺に任せてくれたら間に合っていたかもしれないのに!」

 

「……君は随分とおめでたい思考だな、織斑一夏。『間に合っていたかもしれない』?巫山戯るな、君のそれはエゴに過ぎない」

 

「だからと言って、殺すのは……」

 

「殺すのはやりすぎだ、とでも?では聞くが、君はあの状態で絶対の自信を持ってあのISをパイロットを殺さずに無力化する事が出来たと言えるのかい?」

 

「そ、それは……」

 

一夏は切嗣に言い返すことが出来ない。操縦者一人と福音の予想進路上にある都市の人々。もし、あの場で一夏が銀の福音を撃墜し損ねていた場合、その後の被害は一桁だけで済むことはない。『より多くの人を救う事』を信条としていた切嗣にとって、考えるまでもないことである。実際、一夏が第2形態移行を済ませていたとはいえ、銀の福音までの距離はかなり開いており、尚且つ第2形態移行を完了し更にパワーアップした敵に、確実に零落白夜を当てて相手を殺さずに無力化するなど正直無理難題と言わざるを得ないのだから。

 

「少なくとも、僕にはあれ以上の策は思いつかなかった。だから僕はギリギリまで君達が戦っているのを待ち、その上で定められていた境界を割ってきた敵を撃墜した」

 

「……それでも、俺はお前のやり方を認めるわけにはいかない……!」

 

切嗣は自分の胸ぐらを掴んでいる一夏の手を、強引に振りほどく。そこに宿るのは明確な拒絶の意志。そして襟を整えたところで、侮蔑のこもった目を一夏に向ける。

 

「……悪いがこれ以上君と話すつもりはない。僕はこれで失礼させてもらうよ」

 

切嗣は一夏に背を向けて旅館の方に歩き出した。がしかし、一夏からすると議論を途中で止められており、逃げたとしか思えない。心の中で渦巻く激情を持て余した一夏は、背中を向けている切嗣に向かって罵声を浴びせた。

 

「待てよ、この人殺し!」

 

その瞬間━━━バシンッ!一夏の頬から乾いた音が響く。気がつけばラウラは一夏にビンタをしていた。

 

「貴様!自分が何を言っているのかわかっているのか!?」

 

ラウラは、そのままの勢いで一夏に掴みかかる。

 

「よくもクラスメイトに対してそのような暴言を吐けたものだな?なんなら二度とその口を開けなくしてやろうか?」

 

「なんだと!?おれだって━━━」

 

セシリアたちが一夏とラウラ双方の気を収めようとしたところで━━━

 

「━━━そこまでだ、馬鹿者めが。今から、お前ら全員大広間に来い」

 

千冬が一夏とラウラの間に割って入る。そして一夏の手を掴むとそのまま旅館の中へ入っていく。それに続くようにセシリア達も千冬についていった。残された切嗣は千冬のあまりの行動の速さに目を奪われていたが、

 

「━━━衛宮くん、貴方には私から話があります」

 

真耶の言葉に頷くと、2人は切嗣の部屋へと歩いて行った。

 

 

「━━━以上で私の話は終わりです。なお勝手に部屋を抜け出した罰として、衛宮くん達には反省文+特別トレーニングが課されることになりました。よろしいですね?」

 

「……分かりました」

 

「では後ほど衛宮くんには、念のため体に異常がないかの検査を受けてもらいますから、今度こそ大人しくしておいてください」

 

「━━━大丈夫ですよ、僕は特に怪我はしていないですから」

 

「…………」

 

切嗣は問題ないとばかりにアピールするが、真耶の目が据わっているのを見て首を縦に振る。今の真耶の表情を端的に表現すれば、『イイ笑顔』が一番しっくりくる。その状態の真耶に対し、ごまかしきれるほど切嗣は空気が読めないわけではない。

 

「━━━では、私はこれから織斑先生のところに戻りますので、衛宮くんは安静にしておいて下さいね」

 

真耶は切嗣が了承したのを確認すると、足早に千冬たちのところに戻っていった。

 

 

一方一夏たちには千冬の“教育的指導”が待っていた。大広間に付いた後、千冬に正座するように言われ、始めたのが約30分前。そろそろセシリアの顔が青ざめてきているのが限界の合図だろう。

 

「あの~、織斑先生?そろそろこの辺にしておいてあげたらどうでしょう?けが人もいるみたいですし……」

 

「……っち、しょうがない。全員足を崩していいぞ」

 

千冬の一声に、部屋の中から安堵の声が上がる。どうやら30分間の正座は、どんなに鍛えていても十代の少女たちには堪えるらしい。

 

「ではこれから男女別で診察をするので、全員服を脱いでください。━━━わ、分かってますね、織斑君?」

 

一夏は山田先生の言葉に頷くと、扉の方へ向かう。その際、千冬が一夏に小さい声で何かを呟いたが、一夏は反応を示さずに扉を開け廊下に出ていった。

 

廊下に出てしばらく歩いたところで一夏は先ほどの出来事を思い出していた。

 

『随分とおめでたい思考だな、織斑一夏』

 

『それは君のエゴに過ぎない』

 

「くそっ!」

 

あの時何も言い返せなかった自分自身への怒りから、思わず壁を殴りつける。ゴッ!と言う音と共に手に痺れが走るが、今の一夏にとってさほど重要なことではない。そして一夏の長い夜は続く。

 

 

その頃、切嗣は携帯を持つと旅館の外へ出る。そして近くに誰もいないのを確認してから、楯無に電話をかけた。

 

「もしもーし、どうしたのきりちゃん?何か調子悪そうだね?ひょっとして作戦が失敗したとか?」

 

「……いえ、作戦は成功しました。ですが……」

 

「その反応、何かあったんだね?報告を聞かせてくれる?」

 

切嗣の反応に何かが起こったことを察した楯無は、切嗣を落ち着かせるようにゆっくりした口調で話す。電話越しの切嗣は沈黙していたものの、しばらくして話し始めた。

 

「……予想外の事態が起こったため、やむを得ず目標を撃墜しました」

 

「予想外の事態……?」

 

切嗣の『予想外』と言う言葉に、嫌なものを感じながらも楯無は続きを促す。

 

「軍事機密の保持を目的としたあちらの都合により、銀の福音の破壊指令が発動され、こちらの包囲網を突破した福音が本作戦の行動限界域に到達しました」

 

「━━━それで?」

 

切嗣から語られる作戦の全容。懸命に福音を止めようとした一夏たちであったが、圧倒的な性能差の前に善戦するも、押し切られてしまう。そして、ワンオブアビリティ「■■■■」を発動し相手の背後に回り込んだ切嗣が福音の心臓に刃を突き立てることで、ひとまずの終息を見た。がしかし、切嗣の様子は変わらない。

 

「━━━きりちゃん、お疲れ様。よく頑張ったね」

 

「いや、自分にはそんなことを言われる資格なんてありませんから」

 

あくまでも距離を置きつつ、自分を卑下する切嗣の姿勢に楯無は電話口に聞こえないようにため息をつく。

 

「それと……無事で本当によかった。じゃあまたね」

 

「ご心配を……おかけしました」

 

切嗣は通話を切ると、しばらくの間その場から動かずに空を見上げていた。

 

 

同時刻、束は海岸にて先ほどの戦闘シーンを空中投影されたディスプレイを使って眺めている。先程までの嬉々とした表情はなく、ディスプレイに映る彼女の表情からは何も読み取ることは出来ない。

 

「なるほど、なるほど。紅椿の稼働率は……まあ、こんなもんかな。余計な邪魔が入っちゃったし」

 

束はディスプレイを強めにスライドさせ、別なウインドウを呼び出す。そこには白式の性能データが記載されていた。

 

「それにしても、白式の性能には驚かされるなぁ。まさか操縦者の生体再生まで可能とはね」

 

「━━━あぁ。まるでお前が心血を注いで完成させた一番目の機体である『白騎士』のようだ」

 

千冬が森の中から音もなく現れる。たがその端正な顔立ちは若干歪んでおり、言葉の端々に怒気をはらんでいた。

 

「会いたかったよ、ちーちゃん」

 

「……奇遇だな、私もお前に用がある」

 

千冬は束との間を少し開け、地面に腰掛ける。そして千冬はひと呼吸おいて口を開いた。

 

「……どういうつもりだ?お前の“性能実験”とやらのせいで人一人が犠牲になったんだぞ?」

 

「?だから何?私は別にちーちゃんやいっくんに箒ちゃんがいれば、ほかの連中のことなんてどうでもいいんだけど?」

 

「…………」

 

千冬は束から帰ってきた返答にしばし言葉を失う。がしかし、千冬はこれが束の本質であったことを思い出し、会話を続けた。

 

「……そう言えば、あの黒いの本当にウザイよね?爆発してくれないかな」

 

「黒いの……あぁ、アイツの事か」

 

黒い機体と言われ、千冬の頭にある人物が浮かび上がる。がしかし、台所やお風呂場などの水場に生息する最凶の生物と、同様の呼び名をつけられた彼に千冬は内心、同情する。

 

「大体あのISのコアってどういう経緯で“アレ”に渡っちゃったんだろ?倉持技研からコアを盗み出した泥棒さんはもうこの世にいないのに」

 

「……そう、だったな」

 

二人の間に沈黙が流れる。がしかし、すぐに束が質問を投げかけてきた。

 

「ねえ、ちーちゃん。今の世界は楽しい?」

 

「そこそこにな」

 

「そうなんだ」

 

すると二人の間に吹いていた風がさらに強く唸りを上げる。その中で束がなにかつぶやいて……忽然と姿を消した。

 

「…………」

 

千冬は息を吐き出すと、砂浜を歩き始める。その口元から漏れる言葉は、潮風に流れて消えた。




更新が遅くなってしまい、すみません。自分の中であれこれ考えた結果、切嗣のISの名前は「Nameless hero」で正式に決定しました。これからも拙い文章ですが、読んで頂けるとありがたいです。


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第二十一話 胎動

連載速度が亀速になってすみません。結構展開に難産していました(汗)


一夏たちが解放された後、千冬と真耶は事後処理のために機材を運び込んだ管制室(仮)に戻っていった。一方切嗣は一人、誰もいない空き部屋で灯りを消してゆっくり月を見上げていた。すると、突然誰かがドアをノックする。

 

「━━鍵は空いている、入ってきてくれ」

 

「し、失礼します……」

 

するとドアノブが静かに回り、セシリアが静かに入ってきた。切嗣は、目の前で人を殺した自分に対し何か言いたいことがあるのだろう、とあたりをつける。セシリアは部屋の灯りをつけずに、そのまま部屋の中央に来たところで、畳の上に腰を下ろした。セシリアのような西洋女性が畳の上に正座をしている光景は、かなりシュールな構図になっている。がしかし、今の彼女にはそれを感じさせない“重み”がある。

 

「━━━少し、よろしいでしょうか?」

 

「……あぁ」

 

暗い部屋の中、ぼんやりとしか相手が見えない状況ではあるが、切嗣は目の前に座る彼女から、ただならぬ気配を感じている。その証拠に、切嗣は気づかずに自分のつばを飲み込んでいた。

 

「━━━大変、申し訳ありませんでした!私達がもっとしっかりしていれば、貴方を悪役にせず福音を止めることができた筈ですのに!!」

 

「…………」

 

そう言うやいなや、セシリアは畳に手を付き、頭を垂れた。いわゆる土下座の姿勢である。切嗣はしばらく沈黙していたが、小さく息を吐くと、セシリアに声をかける。

 

「頭を上げてくれ。別に君が謝る必要はない」

 

「ですけど!」

 

「君たちは福音を止めようと、必死に戦っていた。その一方、僕は戦いにもろくに参加せず、最後に止めを指しただけ。そして誰かが、あのパイロットの責任を背負わなきゃならない。だったら簡単な話だ。どこの国家にも所属せず、いざとなれば切り捨てることが出来る誰かが“哀れなパイロットを殺した悪い奴”になればいい」

 

切嗣はそう言うと、セシリアの肩に手を起き、ゆっくりと体を起こさせる。セシリアは一瞬ビクッと体を震わせたものの、そのまま逆らわずに体を起こす。

 

「もしや、切嗣さん━━━それはあまりに酷すぎますわ!」

 

「何も言わないでくれ。これでいいんだ」

 

切嗣の言わんとする事に気づいたセシリアだったが、切嗣からの鋭い視線に口を閉じてしまった。切嗣は視線を逸らすと。窓から差し込む月の光を眺める。

 

(さて、どうしたものかな……)

 

内心、一夏たちとどう接するかで頭を抱える切嗣の心の中とは裏腹に、その日の夜の月は欠けるところのない綺麗な満月であった。

 

 

様々な禍根を残しつつ、臨海学校が終わり、切嗣たちは学校に戻るためバスに乗って学園へと戻っていた。バスの中は臨海学校を終えた生徒たちが疲れて眠っているが、一部の生徒たちの間ではそうではないらしい。セシリアは早々に切嗣の近くに陣取ると、マシンガンさながらの勢いで話しかける。

 

「━━━ところで、切嗣さんは残りの休みはどうされますの?」

 

「……特に何も考えていないが」

 

すると、セシリアがシャルロットとラウラに切嗣に気づかれないように、小さくサムズアップをする。がしかし、せっかくのワンチャンス。それをはいどうぞ、とライバルに譲ると言う選択肢は、彼女たちには存在しない

 

「!もしよかったら私と一緒に、ロンドンへ参りませんか?貴方に必要なことは心を休める事ですわ」

 

「抜けがけは許さないよセシリア!切嗣、僕と一緒にフランスに行かない?」

 

「皆、何か勘違いしているようだが、切嗣は私の嫁だからな。従って切嗣は私と一緒に過ごすのだ」

 

ラウラの発言にセシリアとシャルロットの空気が一瞬凍る。

 

「……切嗣さんは、そういう体型の女性が好みでしたの!?」

 

「そっか……これは是が非でも、連れて行かないといけないね」

 

何やら闘志を燃やす二人に、切嗣は待ったとばかりに反論する。

 

「……何を考えているのか知らないが、僕にはそんな趣味は無いから安心してくれ」

 

「「怪しい……」」

 

彼女たちから視線を逸らすように窓の方を向いた切嗣を2人はジト目で見つめる

 

そんな切嗣たちを少し離れた席で一夏は嫌悪と憎悪のこもった目で睨みつけていた

 

 

数時間後、切嗣たちを乗せたバスが学園に到着した。そして切嗣は外に降り立つと同時に身体に衝撃を感じて自分の右腕を見ると、制服の胸元のボタンを開けた楯無が右腕を自分の胸に押し付けている。

 

「おかえりなさいませ、ご主人様♪」

 

「……なぜここに」

 

「せっかく可愛いメイドがお迎えに来たのに、ご主人様のいけず!」

 

「貴女にそう言われても、冥土としか聞こえませんよ」

 

「冥土だなんて、ひどい」

 

楯無は目のところに手を当てると、鳴き真似をはじめる。もちろん切嗣も楯無の嘘泣きであることには気づいているのだが、どうしても反応せずにはいられない。

 

「分かりましたよ。今度先輩が好きなものなんでも奢りますから泣き止んでください」

 

そのセリフを聞いた瞬間、楯無は満面の笑顔を浮かべる。ここで切嗣は選択肢を誤ったことに気づくが、時すでに遅し。

 

「ありがとう♪なら、今からきりちゃんの奢りでおいしいパフェでも食べに行こうよ、」

 

あまりに急な展開にセシリアたちは呆然としていたが、このままでは切嗣をテイクアウトされてしまうと感じた3人は慌てて楯無と切嗣の間に割って入る。

 

「ちょっと!?いきなり切嗣さんを持っていかないでくださいませんか?」

 

「何?私はきりちゃんと大事な話があるんだけど」

 

「な、なら仕方ありませんわね」

 

楯無の堂々とした態度にセシリアは納得しそうになるが、シャルロットがすかさず切り込む

 

「いやいや、会長はさきほどパフェを食べに行くとか言ってましたよね?」

 

「ソ、ソンナコトイテナイヨ」

 

「あからさまに目を逸らしたな」

 

「逸らしましたわね」

 

「━━━会長、目を見て話してくれませんか?」

 

窮地に立たされた……楯無!そこに通りかかる……本音!そのとき楯無に電流走る!圧倒的……奇策……!戦況を一気に覆す……渾身の策……!!

 

「本音ちゃん!」

 

「どうしたんですかぁ、会長?」

 

「私が逃げるために時間を稼いでくれたら、会長権限で授業中以外だったら好きな時にお菓子を食べていいことにしてあげる!」

 

「!!」

 

まさかの会長権限(という名の令呪)を行使し、本音(サーヴァント)を盾にする奇策。その瞬間、楯無とセシリアの間に本音が立ちはだかる。心なしかその小さな背中からは何かを守り抜くという強固な信念がにじみ出ている。

 

「ところで会長ぉ〜?」

 

「どうしたの、本音ちゃん?」

 

「時間を稼ぐのはいいんですけど~、別に3人を倒してしまっても構わないんですよね~?」

 

「本音ちゃん……うん、遠慮はいらないよ。ガツンとやっちゃって」

 

「りょうか~い。ではでは、ご期待に応えちゃうとしましょうか~」

 

本音を挟んで楯無とセシリアの間に緊張が走る。そして次の瞬間━━━

 

「それじゃ逃げるよ、きりちゃん!」

 

「え?ちょ、ま━━━」

 

楯無は切嗣の右手を掴むと全速力で駆け出した。そしてそれに反応するようにセシリアたちも楯無たちを追いかける。が、そこに本音が立ちはだかり

 

「ここから先へは私を倒して━━━あぅ」

 

ラウラのチョップで、一瞬にして決着がつく。肉食動物が草食動物に負けることはない。不変の真理。

 

「よし、急ぐぞ!」

 

「えぇ!急ぎましょう!」

 

「……ごめんね、本音ちゃん」

 

頭を押さえて涙目でうずくまる本音を尻目に、3人は再び楯無たちの追跡を開始した。

 

 

楯無と切嗣はセシリア達を撒くため遠回りして、生徒会室へと戻って来ていた。楯無はドアを開けると、切嗣を押し込めるようにして中に入り、急いでドアを閉める。

 

「ここまで来れば、大丈夫よね?」

 

「……ところで、いつまで僕の手を握ってるんです?」

 

「あぁ……ごめん」

 

楯無は自分が切嗣の手を握っていることに気づき、慌てて手を離す。そんな珍しい楯無の様子を切嗣は不思議そうに眺める。

 

「……こほん。なぜ私がきりちゃんを拉致━━━もとい、付いてきて貰ったかにはちゃんとした理由があるんだよ♪」

 

「━━━どんな理由ですか?」

 

「ずばり、あのままきりちゃんを放置しておくのは危険だったからかな」

 

「それはつまり、男性IS操縦者として、ですか?」

 

「いや、そうじゃなくてさ。……きりちゃんは今の自分の表情を鏡で確認した?」

 

「いえ、特には」

 

「そこに鏡があるから見てみるといいよ。かなり危ないことになってるから」

 

そう言われて切嗣は鏡を覗き込む。ほんの一瞬、切嗣は自分の目を疑わざるを得なかった。何故なら、そこには“あの頃”の自分の顔が映っていたのだ。呆然としているところに後ろから声がかかる。

 

「どう?驚いた?これが今の君だよ。流石にそんな顔をしてるきりちゃんを放っておくわけには行かなくてね。ここまで連れてきちゃいました♪」

 

「……すまない」

 

「別にいいよ、私も君に話したい事があったし」

 

「話?」

 

ふと楯無の雰囲気が真剣なものに変わるのを感じ、切嗣は彼女の方に向き直る。楯無は大きく息を吸い込んで話を始めた

 

「……カリバーンを渡した時にはつい言っちゃったけど、きりちゃんはこれからもこんなことを続ける気なの?」

 

いつになく真剣な楯無の問。そこに切嗣は想いを載せて答える。

 

「生憎と、僕にはこれ以外の選択肢がないですから」

 

しばらく考え込む楯無。そして、自分の膝をたたいて気合を入れたところで、ゆっくりと確認するように返事を返す。

 

「……分かったよ。なら、私がきりちゃんの支えになってあげる」

 

「それは……どういう?」

 

「別にそのままの意味だよ?誰かさんは危なっかしくて、とてもじゃないけど一人にしておくことなんて出来ないからね」

 

じっと切嗣から目を逸らさずに話をする楯無の表情から確かな意思を読み取った切嗣は、思わず苦笑いを浮かべる。それに気づいた楯無は切嗣に問いかけた。

 

「どうかした?」

 

「いや、貴女の表情に昔の知り合いの面影を見たものでね。気にしないでください」

 

切嗣の言葉に楯無は言いようのない違和感を感じたものの、すぐに思考を切り替える。

 

「……まあいいや。これ以上追求するときりちゃんのSAN値が凄い事になっちゃいそうだし」

 

「そうしてくれると助かる」

 

「それにしても一夏くんと何かあったの?彼、貴方のことを親の敵を見るような目で見てたわよ?」

 

「━━━あぁ、その事なんですが」

 

切嗣は『銀の福音』を一夏の目の前で撃墜したこと、そしてその後、一夏から詰め寄られたことを楯無に打ち明けた。楯無は静かに話を聞いていたが、切嗣が話し終わると小さくため息をついた。

 

「……なるほど。貴方がなぜそんな状態で冷静でいられるかとか何ちゃっかりラウラちゃんをゲットしているのかとかは、もう突っ込まないけど、それにしても一夏くんの目の前で殺っちゃったのはまずかったね。かなり怒ってたんじゃない?」

 

「それは……誰かがやらなければいけない事ですから。しょうがない」

 

「━━━あのね、」

 

「「そこまで(だ)ですわ!!」」

 

生徒会室のドアが開き、セシリア達が中に入ってきた。どうやら先程まで探し回っていたらしく、うっすらと汗をかいている。

 

「「生徒会長、これはいったいどういう事(ですか)ですの!?」」

 

「あちゃ~、もう来ちゃったか。やっぱりモテる男は違うね~きりちゃん」

 

「…………」

 

非難の視線を向ける切嗣に対し、楯無は笑みを崩さずにウインクを浮かべながらわざとらしくドジっ子アピールをする。

 

(切嗣さんはあんな風におっしゃっていましたが、あのような悲しい顔しているのを放っておくわけには参りませんわ……)

 

(とにかく一度、切嗣に話を聞かないと……切嗣が喜んで人を殺すなんてありえないよ)

 

(切嗣が見せたあの表情……。夫として私に出来る事をしなければ)

 

三者三様。考えに若干の違いがあるとは言え、セシリア達の切嗣に対する気持ちは、そう簡単に崩れ去るものではないらしい。

 

 

イーリス・コーリングはナターシャの葬儀が済んだあと、休暇を利用して所属基地である“地図にない基地”の近くの教会へと足を運んでいた。理由はひとつだけ。ナターシャの事件の時に何も出来なかった自分の事を懺悔するためである。

 

「……さて、それじゃあ行きますか」

 

イーリスが教会に入ると、中の様子がいつもより騒がしいことに気づく。近くにいた信者に話を聞くと、最近この教会に日本から新しい神父が赴任してきた、とのことである。アメリカで日本人の神父が説教をするのは珍しいことらしいのだが、その神父は流暢に英語を話し、聖書の一節をまったく見ない状態で正確に暗誦することができたため、その才を認められ教会の上役補佐として就任することになったのである。

 

「あれが噂の神父ね……まあ、別に誰でもいいのだけれど」

 

イーリスは胡散臭そうな目で神父を見る。確かに流暢に英語を使い、老若男女問わず、誰にでも優しく接しているようであるが、軍属であるイーリスには彼の表情はどこか違って見えていた。

 

「失礼。神父様、このあと懺悔をしたいのですが、お時間はよろしいでしょうか?」

 

「あと2~3時間ほどで礼拝をする人もいなくなるだろうから、その時にもう一度訪ねて来て下さい」

 

「分かりました」

 

一通りやり取りを済ませると、イーリスは時間を潰すために教会の外へ出る。今日一日は緊急時の招集がかからない限り、門限までに基地に帰還すればいい。彼女は少し遅めの朝食をとりに、近くのレストランへと入っていった。

 

 

2時間後、イーリスが再び教会を訪れると、室内は2時間前の状態が嘘のように伽藍堂になっていた。ほどなくして、祭壇の横の扉から例の神父がゆっくりと姿を現す。

 

「きっかり2時間後ですね。別に少し遅れて来てもよろしかったのですが」

 

「いえ。自分から頼んでおいて時間に遅れるのは軍隊に属している人間として、ありえないことですから」

 

「……ほう。すると貴女は軍人ですか?」

 

「……そのへんも含めて今からお話しようと思っているのですが、よろしいですか?」

 

「えぇ。ではこちらに」

 

神父とイーリスは懺悔室へ移動し、イーリスは事件についてプライバシーに配慮しつつ語り始めた。

 

「━━━なるほど。結局、その少年のお陰で被害は最小限で済んだわけですね」

 

「はい。ですが、私が彼女を早いうちに止めておけば彼女は死ぬこともなかったはず……」

 

「━━━もし、よろしかったらその少年の名前の教えていただけますか?」

 

「えぇ。確か彼は衛宮……切嗣と言う名前だったかと」

 

「…………」

 

その時、神父の口元が僅かに歪んだことに彼女は気づかなかった。

 

翌日、国防省はイーリス・コーリングの失踪および凍結が決定された銀の福音が消失したことを正式に大統領に報告することになる。




日本から来た神父……一体何峰なんだ……。


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第二十二話 輪舞曲

亀並の更新速度の遅さ、たまげたなぁ……。


9月3日、二学期最初の一夏たちの実戦練習は1組単独での演習で始まった。がしかし、千冬に選ばれた一夏と切嗣の間には非常に険悪な雰囲気が流れている。

 

「衛宮、俺は絶対にお前には負けない!」

 

「…………」

 

激しい憤りを隠そうともしない一夏に対し、切嗣は無言で胸のホルスターからコンテンダーを取り出してISを起動させ、装着した状態で対峙する。

 

「二人とも、準備はいいな?それでは━━━始め!」

 

千冬の合図で一夏が切嗣に向かって斬りかかる。

 

(どうしてこんなことに……)

 

セシリア達は二人が戦う姿を心配そうな目で見つめていた。

 

 

時間は数時間前に遡る。臨海学校での一件以来、切嗣と一夏の中は最悪な状態にあった。二人とも表立って争うことはないのだが、冷戦状態になってそのせいでクラス内は重苦しい雰囲気に包まれていた。そして福音の事件は当事者のみが知る事実であり、口外することを許されていないためにクラスメイト達もうかつに切嗣と一夏の間に踏み込むことが出来ずにいる。

 

4時間目が終わり、切嗣が昼ごはんの準備をしていると、前の席の一夏が切嗣に話しかけてきた。

 

「衛宮……5時間目の授業はたしか実戦演習だっただろ?そこで俺と戦え!」

 

「一夏……お前!」

 

唐突な一夏の切嗣への挑戦に対し、箒が横から口を挟む。いくらこの重苦しい雰囲気を打破するとは言え、一歩間違えればさらなる関係の悪化が避けられない状態になってしまう。そんな箒の心配を知ってか知らずか、一夏はさらに語気を荒げる。

 

「止めないでくれ、箒!俺はこいつを倒さなきゃいけないんだ!」

 

「……分かった」

 

切嗣は、一夏に承諾の旨を伝えると、席を立ち少し離れたところにいたセシリアに声をかける。

 

「……セシリア、待たせてしまってすまない。この時間は急がないと席がなくなってしまうから、急ぐとしよう」

 

「……え、えぇ」

 

切嗣は困惑するセシリアの手を取り、背後から殺気に近い視線を浴びながら食堂へと歩いて行った。

 

「あの野郎……!絶対許さねぇ……!」

 

そして一夏も次の時間に向けて闘志を燃やしていた。

 

 

結局、切嗣とセシリアは席が空いていなかったため、屋上で食事を取っていた。ただ、鈴や箒と言ったいつもいるはずの面子がいないため、雰囲気が若干暗くなっている。

 

「……ところで切嗣さん。織斑さんとの関係はどうしようもないのですか?」

 

「残念ながら、それに関しては僕にもどうする事も出来ない。僕自身あの判断は間違っていなかったと思うし、その結果一夏と対立してしまうのなら、それもしょうがない」

 

「だからって、それでは━━━」

 

「すまないが、今回ばかりはな」

 

そう言いながら、切嗣は購買で買ったハンバーガーとコーラを口の中に流し込む。いつもなら、一夏が切嗣にもっと健康に気を使え、と小言を並べるタイミングである。がしかし、そこに一夏のツッコミが入ることはない。

 

「また……一学期みたいにみんなで笑い合いながらご飯を食べることはできないのでしょうか?」

 

「さぁ、どうだろう……」

 

セシリアは購買で買ったサンドイッチを食べながら寂しそうに話を聞いていた。

 

 

そして時間は一夏と切嗣による一対一の演習に戻る。

 

「うおぉぉぉ!」

 

一夏は一刀のもとに切り伏せるべく、切嗣に切りかかる。切嗣はナイフ型ブレードと見えないように装備していたスタングレネードを取り出すと、栓を外し、ギリギリまで引き寄せたところで一夏の目の前に投擲した。

 

「っ!!」

 

一夏は慌ててそれに気づき避けようとしたが、目の前でスタングレネードが爆発し、視覚と聴覚をやられてしまう。

 

「くそぉ!」

 

一夏は視界が塞がれたため、闇雲に刀を振り回す。切嗣は冷静に一夏の後ろに回り込むと、IS仕様に口径などを改良されたKORD重機関銃を構えて、一夏に向けフルオートで引き金を引く。

 

「っち!」

 

闇雲に突進したせいで少々痛い目にあったが、そこで我を失う一夏ではない。数発喰らったところで、スラスターを吹かせて距離を開ける。

 

「…………」

 

切嗣はさらに、視力が回復していない一夏に向かい、銃弾の嵐を浴びせる。がしかし、一夏もなんとかジグザグに動くことで被弾を最小限にとどめた。

 

「正面から勝負しようとせずにコソコソと背後に回りやがって!この卑怯者!」

 

「……そう言っている間は、君は誰も守れない」

 

「なんだと!?ふざけやがって!」

 

切嗣の煽りに激昂した一夏に反応するように、白式が第二形態移行を始める。一夏は左手の多機能武器腕「雪羅」を構えると、切嗣に向かって荷電粒子砲を撃つ。

 

「ちょこまかと逃げんじゃねえ!」

 

切嗣はなんとか避けていたが、一夏の放った内の一発が切嗣の足の部分を直撃し、足が止まってしまう。

 

「くっ!」

 

「くらえ!」

 

一夏は瞬間加速を使い、一気に間合いを詰める。

 

「うおぉぉぉ!」

 

切嗣は装備していた機関銃を解除すると、近接戦用のナイフ型ブレードを取り出す。そして、もうひとつの手に持っていたグレネード(?)を再び一夏に投擲した。

 

「二度も同じ手を喰らうかよ!」

 

一夏は目を閉じながら、剣でグレネードを切り裂く。そして来るであろう視覚・聴覚への妨害に備えるがなかなかそれは来ない。切嗣はその間に一夏の武器を手刀で叩き落とすと、背負投げの要領で一夏を地面に投げ飛ばす。そして仰向けに倒れている一夏の首筋にナイフを突きつけた。

 

「ぐはっ!」

 

「……これで僕の勝ちだ」

 

「そこまで!」

 

二人の戦いは、一夏の僅かな隙をついた切嗣の勝利に終わった。

 

 

「くそっ!」

 

「織斑、先ほどの授業態度について個人的に話があるから、授業が終わったあと職員室まで来るように。あと衛宮も山田先生に話をしてもらうから、そのつもりで」

 

「了解」

 

「……はい」

 

千冬にそう伝えられたあと、切嗣と一夏はそれぞれ別のパートナーと組んで演習の続きを行なっていた。

 

放課後。職員室の真耶の机のところで切嗣と真耶は5時間目の演習の件について話をしていた。

 

「それでは衛宮くん、詳しく事情を話してください」

 

「……織斑と喧嘩になりました」

 

「私が聞いているのはなぜそうなったかと言う事です」

 

「……それは答えられません」

 

「それが先生のお願いでもですか?」

 

真耶の問いに切嗣は黙って頷く。対する真耶は右手を額に当てて頭を左右に振っている

 

「……分かりました。それでは衛宮くんには明後日までに反省文の提出を求めます。いいですね?」

 

ため息をつきながら処分の内容を伝える真耶に、切嗣は一礼すると職員室を後にした。

 

 

「失礼しました」

 

「なんか暗い雰囲気漂わせてるね。どうしたの、衛宮君?」

 

切嗣は職員室を出たところで、後ろから声をかけられた。

 

「……楯無先輩ですか。別になにもないですよ」

 

切嗣は振り返らずに答える。すると、楯無は背後から切嗣にタックル気味に抱きついた。切嗣は不意を突かれ、少し前のめりになる。

 

「……なんですか、一体」

 

「いや、こうすれば元気が出るかなと思ってさ」

 

「そう言う会長はいつにも増してテンションが高いですね」

 

切嗣が若干の皮肉を込める。がしかし、楯無は何事もなかったかのようにそれを無視した。

 

「そりゃあもう、明日重大発表があるからね」

 

「明日は、確か全校集会……」

 

「大正~解~♪そこで面白いことを発表するから楽しみに待っててね」

 

笑顔の楯無を見て切嗣に嫌な予感が走る。がしかし、楯無は切嗣からパッと離れると、あっという間にその場から立ち去っていた。

 

 

翌日、SHRと一時間目の半分の時間を使い、学園祭の準備についての全校集会が行われた。

 

「それでは、生徒会長から説明させていただきます」

 

生徒会役員が会長を呼ぶ。すると楯無が席を立ち、壇上に登った。

 

「どうも、はじめまして。いろいろなことがあって挨拶が遅れてしまいました。この中の何人かは名前を知っていると思うけど、私の名前は更識楯無。君たちの生徒の長よ。それでは今月の一大イベントである学園祭のことについて説明するわね。例年、出し物に関しては各部活動ごとの催しごとを出して、それに対して投票を行い、上位組には部費に特別助成金が出る仕組みでした。ですがそれでは面白くないので、今年は━━━」

 

一旦話を切って、楯無は一夏と切嗣の方を見る。彼女の表情を見た瞬間、切嗣の脳裏に電流が走る。

 

(まずい、楯無先輩をどうにかせねば……!)

 

切嗣は目で会長を制止しようとするが、時すでに遅し。

 

「催しごとを文化部門・運動部門の二つに分け、それぞれの一位のところに衛宮くんと織斑くんを入部させることにしました」

 

「「な、なんだってー!!」」

 

そうして学園全体での男性操縦者を賞品とする争奪戦がここに勃発した。

 

 

その日の放課後の特別HR。クラスではどの出し物にするかで議論が紛糾していた。というのも━━━

 

「織斑一夏のホストクラブ!」

 

「織斑一夏とツイスター!」

 

「衛宮切嗣とポッキーゲーム!」

 

上がってくる意見は全て一夏か切嗣関連の事柄であるため、なかなか話が進まない。無論、やられている本人からすると溜まったものではない。切嗣とクラス代表である一夏は当然の如く反発した。

 

「却下」

 

「無理だ」

 

しかし多勢に無勢。二人の反抗に対し、たちまちクラス全体からアウェーのスタジアムかと勘違いしてしまいそうなレベルでのブーイングが上がる。

 

「えぇぇぇぇぇ!?」

 

「訳が分からない。こんな事をしても誰も得しないだろうに……」

 

切嗣の発言にすかさずクラスメイトの女子生徒数名がツッコミを入れる。

 

「私得ではあるわね!」

 

「そうだそうだ!女子を喜ばせる義務を全うしろ!」

 

「助けると思って!」

 

切嗣と一夏は千冬に視線を送るが、すでに千冬は教室をあとにしていた。流石はブリュンヒルデ、危機回避能力も並外れたものである。

 

「山田先生!こんなおかしな企画はだめですよね!?」

 

「えぇ!?そこで私に振るんですか!?そうですね……私、ツイスターはアリだと思いますよ?」

 

「やったー!山田先生のお墨付きが出た!!」

 

真耶の提案を認める発言により、流れは一気に決定の方向に傾き始める。この流れに、切嗣と一夏は少し焦りを感じていたが、そこに流れを変える救世主が登場する。

 

「メイド喫茶はどうだ」

 

ラウラの一言にクラスの全員が固まる。いつもと同じ口調であったものの、普段とのギャップに全員が驚く。

 

「客受けはいいだろう?それに、飲食店は経費の回収が行える。確か、招待券制で外部からも入れるはずだから、休憩場としても需要も見込めるはずだ」

 

「み、みんなはどう思う?」

 

「いいんじゃないかな?料理のできる一夏には厨房を担当してもらって、それが無理な切嗣にはフロアを担当してもらえば」

 

シャルロットも賛成の意見を出す。どうやらほぼメイド喫茶で確定したようだ。

 

「メイド服はどうしよう?私、演劇部の衣装係だからどうにか出来るけど……」

 

「それなら心配ない」

 

またもやラウラの発言にクラスの注目が集まる。

 

「メイド服ならツテがある。衛宮と織斑の執事服も含めて貸してもらえるか聞いてみよう━━━頼んだぞ、シャルロット」

 

「う、うん。一応聞いてみるけど、無理でも怒らないでね」

 

シャルロットの発言にクラス中から『怒りませんとも』と声が上げる。こうして『メイド喫茶』改め『ご奉仕喫茶』が開かれることになった。

 

 

会議終了後、一夏は千冬にクラス会議の報告をしていた。

 

「と言う訳で、一組の出し物は喫茶店になりました」

 

「また無難なものを━━━と言いたいところだが、どうせ何か企んでいるのだろう」

 

「いや、その……コスプレ喫茶、みたいなものです」

 

「立案は……どうせ田島やリアーデとかその辺りの騒ぎたい連中だろう?」

 

「実は……意外なことにラウラが提案したんですよ」

 

「ラウラが……?」

 

千冬は一瞬きょとんとした顔をしたあと、二度ほど瞬きをして、それから盛大に吹き出した。

 

「ぷっ……ははは!ボーデヴィッヒがか!それは意外だ!あいつがコスプレ喫茶を提案するとはな」

 

「やはり意外ですか?」

 

「それはそうだ。私はあいつの過去を知っている分、おかしくて仕方ないぞ。あいつがコスプレ喫茶……ははっ!」

 

その瞬間、一夏の雰囲気が少し変わる。それに気づいた千冬も笑うのをやめて真剣に話を聞く姿勢をとった。

 

「ラウラの過去……ですか?もしよかったら教えてください、織斑先生」

 

一夏は千冬に頭を下げる。がしかし、帰ってきた返答は意外なものだった。

 

「そうか……お前はまだ知らなかったのだな。悪いがこれは個人情報なので、原則としてお前達に教える事はできん。どうしても知りたいのなら、ラウラ本人に聞いてみることだな」

 

ラウラに直接話を聞く。少し前であれば、それも可能であっただろう。がしかし、切嗣と対立している今となっては、その手段を使うことは出来ない。一夏の心に到来するのは失ってしまった物への虚しさ。

 

「……分かりました」

 

「質問はそれ以外にないな?ならこの申請書に必要な機材と使用する食材を書いておけ。一週間前には提出するように、いいな?」

 

「分かりました」

 

「まて、織斑」

 

「何ですか?」

 

千冬は教室を出ようとする一夏に声をかける。その手には1枚のチケットが握られていた。

 

「学園祭には各国軍事関係者やIS関連企業など多くの人が来場する。基本的に一般人は来場不可だが、生徒一人につき渡される一枚のチケットで入場できる。誰に渡すか考えておけよ?」

 

「あ、はい。それでは失礼しました」

 

一夏は千冬に一礼すると職員室をあとにした。

 

職員室を出てすぐのところで、楯無が手をひらひらとさせて壁に寄りかかりながら声をかけてきた。

 

「やあ」

 

「……貴女は確か、生徒会長の」

 

「そう。生徒会長の更識楯無だよ、織斑一夏くん」

 

「そうですけど……俺に何か用ですか?」

 

「部活のことで話があるんだけど……ちょっと生徒会室までいいかな?」

 

あからさまに警戒する一夏に楯無は両手を挙げて何もしないとアピールする。一夏は少し考えていたが、生徒会長が変なことをする訳はない、と判断すると首を縦に振る。

 

「よかった……それじゃあ今から一緒に━━━」

 

「覚悟ぉぉぉぉぉ!」

 

廊下の向こうから粉塵を上げる勢いで女子生徒が竹刀を持って襲いかかってくる。

 

「あ、危な……!」

 

すかさず間に入り込もうとする一夏を楯無は手で静止すると、楯無は前に出る。

 

「迷いない踏み込み……いいわね!」

 

楯無は右手に持っていた扇子で女子生徒の竹刀を受け流し、左手で首筋に手刀を叩き込む。そして相手が崩れ落ちるのと同時に今度は窓ガラスが割れ、矢が飛んできた。

 

「今度は何だ!?」

 

矢は確実に楯無の顔面を狙い打ってくるが、楯無は何でも無いかのごとく避けなる。

 

「ちょっと借りるね」

 

先ほどの女性が落とした竹刀を蹴り上げて空中で掴むと、それを弓を撃って来ている生徒に向かって投擲する。竹刀は弓女の眉間に当たり、彼女を沈黙させた。

 

「もらったぁぁぁぁぁ!」

 

今度は近くにあった廊下の掃除道具入れから3人目の刺客が現れる。その生徒の両手にはボクシンググローブが装着されており、軽快なフットワークとともに体重の乗ったパンチを繰り出してきた。

 

「うん……元気そうだね。ところで織斑一夏くん」

 

「は、はい?」

 

「IS学園の生徒会長という肩書きはね、ある一つの事実を証明しているんだよ」

 

楯無は半分開いた扇子で口元を隠しながら、一夏を話を続ける。無論、その間も女子生徒による拳の嵐は続いているが、楯無は最低限の動きでそれを見切り、躱す。

 

「生徒会長、すなわちすべての生徒の長である存在は━━━」

 

業を煮やした女子生徒が振り抜きの右ストレートを放つ。楯無はそれを円の動きで避け、足で地面を蹴り、身体を宙に浮かせる。

 

「最強であれ」

 

そして、閃光のような蹴り抜き。楯無の一撃で脳を揺らされた女子生徒は登場したロッカーの中に叩き込まれて、沈黙した。

 

「ざっとまあ、こんなものか。そういう訳で私と一緒に生徒会室まで来てくれるかな、織斑一夏君?」

 

「え、あ、はい」

 

一夏は差し出された手を取ると、そのまま導かれるように生徒会室に入っていった。

 




更新が大幅に遅れてしまい、すみませんでしたm(_ _)m
今後も、おそらく月一になってしまうこともあるかもしれませんが、必ず更新していくので、これからもよろしくお願いします。


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第二十三話 戯曲

やべぇよ、やべぇよ……


楯無と一夏が生徒会室に入ると、そこには意外な光景が広がっていた。

 

「ただいま」

 

「えっと……こんにちは」

 

「お帰りなさい、会長」

 

「わー……おりむーだぁ……」

 

「ほら、しっかりしなさい。お客様の前よ」

 

一夏が見たもの。それは生徒会室の机でうつぶしている本音とそれによく似た姉(?)の姿であった。

 

「えっと……のほほんさん、眠いの?」

 

「うん……。深夜……壁紙……収拾……連日……」

 

「あら、あだ名で呼び合うなんて相当仲がいいのね?」

 

お茶の準備を3年生に任せて、2年生でありながら会長の座に収まっている楯無の姿は一夏の目からはいろんな意味で別次元の存在に感じていた。

 

「あー、いや、その……本名を知らないんで」

 

「ええ~!?」

 

一夏の言葉に本音は大声を立てて起き上がる。

 

「ひどい、ずっと私のことをあだ名で呼ぶからてっきり好きなものと……」

 

「いや、その……ごめん」

 

一夏が本音に頭を下げると、ちょうどそこにティーカップを持ってきた3年生(?)が口を挟む。

 

「本音、嘘をつくのはやめなさい」

 

「てひひ、バレた。わかったよー、お姉ちゃん~」

 

「お姉ちゃん?」

 

「ええ。私の名前は布仏虚。妹は本音」

 

「昔から、更識家のお手伝いさんなんだよー。うちは、代々」

 

一夏は頭を整理する。メガネをかけてしっかりしてそうな方が姉の虚であり、ダボダボの袖をしているのがクラスメイトである本音、という事を理解するのには数秒ほど時間を要した。一方、楯無は虚の注いだ紅茶を飲んだあと、カップをお更に置いて話を始めた。

 

「さて、ではこれから織斑くんの部活について話したいんだけど、大丈夫?」

 

「えぇ。後は自分の部屋に帰るだけですし……」

 

「ありがとう。じゃあ、まず織斑くんに聞きたいことがあるんだけど?」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

楯無は虚が渡してきたプリントを確認しながら、一夏に話しかける。

 

「貴方、部活に入ってないでしょ?」

 

「ええ、まあ」

 

「実はその事で前から生徒会に苦情が来ていてね。だから生徒会は君をどこかに入部させないとまずいことになっちゃったのよ」

 

「それで学園祭の投票決戦ですか……」

 

一夏にとってはまさに寝耳に水の話だが、どうやらこれは決定事項らしくどうしようもないらしい。

 

「その代わりと言ってはなんだけど、交換条件としてこれから学園祭までの間、私が特別に訓練してあげましょう。ISも、生身もね」

 

「遠慮します」

 

「そう言わずに。あ、お茶どうぞ。美味しいよ」

 

「……いただきます」

 

茶葉のいい香りが鼻腔をくすぐる。一夏は一通りそれを楽しんだ後、適度な熱さの紅茶をゆっくりと飲む。

 

「美味しいです」

 

「虚ちゃんの入れるお茶は世界一だからね。ほら、ケーキもあるわよ」

 

目の前に差し出されるのは生クリームのたっぷり乗ったいちごのショートケーキ。ケーキの甘さと紅茶の良い香りが心をリラックスさせる。そしてケーキを食べ終わったところで楯無は再び一夏にコーチの件を打診する。

 

「そして私の指導はいかが?」

 

「いや、それは遠慮しておきます。大体、なんで俺に指導してくれるんですか?」

 

「ん?それは君が弱いからだよ」

 

一夏の眉がぴくりと動く。どうやら楯無の言葉が気に食わなかったようで、一夏は大きく息を吐くと真っ直ぐに楯無の方を見つめる。

 

「それなりには弱くないつもりですが」

 

「ううん、弱いよ。無茶苦茶弱い。だからちょっとでもマシになるように私が特訓してあげるという話なんだけど」

 

「それなら会長お気に入りの衛宮にでも特訓してあげていればいいじゃないですか。俺には必要ないですよ」

 

すると楯無の口から笑いが溢れる。もっともその笑いからは侮辱の感情しか伺うことが出来ない。

 

「なんにも分かってないみたいだね、織斑くん。貴方程度の腕前で衛宮くんをどうにかしようなんて面白すぎて、お姉さんへそでお茶を沸かしそうになっちゃったよ」

 

あっさりと自分の実力を否定された一夏。ここまで言われて引き下がるわけには行かない。一夏はおもむろに席から立ち上げると、楯無の方を指差す。

 

「……分かりました。それでは勝負しましょう」

 

「うん、いいよ」

 

楯無がにこりと微笑む。その笑顔を見たところで一夏は自分が罠にかかったことにようやく気がついた。

 

 

「えーと……これはどういう?」

 

「胴着と袴だね」

 

「知ってますよ、それくらい」

 

あの後、一夏と楯無は畳道場で向かい合っていた。どうやら本音と虚は生徒会の用事があるようでこの場にはいない。

 

「ルールは簡単、君が私を床に倒せたら君の勝ち。私が君を行動“不能”にしたら私の勝ち」

 

「なんでそこを強調……と言うか、一体何をする気なんです?」

 

「何って……一夫多妻去勢拳だけど」

 

「何ですかそれ!?」

 

「君が勝ったら教えてあげよう……まあ私が勝つんだけどね」

 

「……行きますよ!」

 

「いつでもどうぞ」

 

楯無の挑発に完全に乗ったらしく、一夏は道場で習っていた通り、摺足で間合いを詰め、楯無の腕を取ろうとするが━━━簡単に返され、地面に強かに叩きつけられる。一瞬息が止まり、肺の空気が吐き出されたところで頚動脈に手を当てられる。

 

「まずは一回目」

 

一連の動作により、自分を簡単に殺せることをアピールされた一夏は素早く立ち上がると、距離を開ける。

 

(この人、かなり出来る……!千冬姉を相手にする位の心構えで行かないと……!)

 

迎え撃つ構えをとる一夏に対し、楯無が口を開く。

 

「どうしたの?来ないなら━━━こっちからいくよ?」

 

楯無の動きを感じ、一夏が防御を取ろうとした瞬間━━━一夏の目の前に掌打を放つ楯無の姿があった。楯無が行ったのは、古武術の奥義の一つ「無拍子」。誰もが無意識のうちに刻んでいる律動を相手に感じさせず、また感じることなく律動の空白を使う高等技術である。そのため、一夏が楯無を認識した頃には、既に間合いに入られていることになる。

 

「しまっ━━━」

 

まず、肘・肩・腹に軽く3連打。そして一瞬筋肉が強ばったところで、両肺に掌打が叩き込まれた。

 

「がっ、はっ……!」

 

肺から強制的に空気が吐き出された事で、一夏の意識が一瞬途切れそうになり━━━

 

「足元に気をつけて」

 

畳に背中から叩き付けられていた。加えて、投げ飛ばす際に、指で関節の数カ所をやられたようで、すぐに体を起こそうとしても、起き上がる事が出来ない。

 

「はい2回目。まだ続ける?君の言う衛宮君との真剣勝負ならもう2回は死んでるよ?」

 

一方の楯無はほとんど呼吸を乱しておらず、襟元一つ乱れていない。ならば、せめて一糸は報いようと一夏は全身に力を込め、跳ね起きた。

 

「まだまだ、やれますよ」

 

そう答えるものの、一夏の身体は先ほどのダメージもあり思うように動かない。

 

「いいね。頑張る男の子はお姉さん好きだよ」

 

「そりゃどうも」

 

震える足に叱咤し、なんとか立ってはいるものの、一夏から見た微笑みを絶やさない楯無の姿は、深い森の霧━━━一夏の心の中に漠然とした恐怖を呼び起こす。

 

「すぅ━━はぁ━━」

 

大きく深呼吸を2回。一夏は意識を冷たく、そして低く集中させていく。

 

「なるほど、それが君の本気だね」

 

「…………」

 

二人の間に流れる一瞬の静寂。先に動いたのは一夏だった。

 

(先輩の『静』を上回るほどの『動』で攻める━━━篠ノ之流裏奥義『零拍子』!!)

 

「……ほう」

 

今までとは違う一夏の動きに一瞬驚いたようで、楯無は動きを合わせるために半歩下がる。その着地する寸前を狙い、一夏は楯無の腕をとって力ずくで投げ飛ば━━━すことは出来なかった。

 

「ガハッ」

 

今度は前のめりに畳に倒された。またしてもむせ返ってしまい、意識が持って行かれそうになるのを堪え、一夏は再び立ち上がる。

 

「うおぉぉぉ!」

 

最早、どんな形でもいい。彼女に一撃を与える。そのことだけを考えているため型などを考慮する理性は、とうに一夏の頭からは飛んでいた。走りながら付いた勢いで楯無の道着を掴んだところで━━━

 

「きゃん♪」

 

「なっ!?」

 

胴着の中から、箒に勝るとも劣らない高級そうなシルクのレース下着が出現した。その瞬間、一夏は周りの空気が一気に数度下がったような錯覚に陥る。確かに現在は9月頃であり、少し肌寒くはあるものの、瞬間的に温度が下がることなど普通はありえないはずなのだが……。

 

「……そう言えば、織斑一夏くん。君の敗北条件はなんだったっけ?」

 

「えっと……僕が行動不能になることです」

 

「そうだったよね~、つまり君を“不能”にすればいいんだよね?」

 

楯無から発せられる巨大なオーラに押され、一夏は反射的に胴着から手を離す。その瞬間、楯無の左足から閃光の様な蹴りが一夏の“大事な部分”に向けて発射される。

 

「━━━まずは金的ぃ!」

 

「くっ、間に合え!」

 

一夏はとっさに足を内股にする。今出来る防御の中で最も“大事な部分”を守るのに適した防御である。がしかし、楯無の蹴りはその防御を容易く揺るがす。

 

「━━━次に金的ぃ!」

 

2発目。楯無の一撃はついに一夏の内股の防御を破壊。残されるのは、無防備になった“大事な部分”のみ。

 

「懺悔しやがれ、コレがトドメの金的だぁーー!」

 

その直後、道場に一夏の断末魔が響き渡った。

 

 

「う、うぅ……」

 

一夏が目を開けると、そのには見慣れた保健室の天井が広がっており、視界の端に一夏の方を見つめる本音の顔があった。

 

「お~、目が覚めたみたいだね~。会長~、織斑くんが目を覚ましましたよ~」

 

「良かったぁ、どうやら無事にすんだみたいだね」

 

「お、俺は……負けたのか」

 

「うん……全体的に見れば、ね。但し、最後のあの粘りには驚かされたよ」

 

敗北に打ちひしがれる一夏の頭を楯無はゆっくり撫でる。一瞬一夏に緊張が走るが、楯無の行動に害意がないのが分かると、その緊張を解く。

 

「それで、トレーニングの話は考えてくれたかな?」

 

「……はい。約束通りトレーニングの話、受けさせていただきます」

 

すると、楯無は優しい笑みを浮かべながら右手を差し出してくる。

 

「それじゃあ、学園祭までの短い間だけど付いてきてね、織斑一夏君」

 

「よろしくお願いします、更識先輩!」

 

一夏は自分の左手を出し、握手をする。ここに新たな師弟関係が生まれた。

 

 

「では、挨拶も済ませたことだし、早速行きましょうか?」

 

「行くって、どこにですか?」

 

「それはもちろん、第3アリーナに」

 

 

一夏と楯無が第3アリーナに着くと、すでに先客がいた。セシリアとシャルロットである。2人は今日は箒とトレーニングをするはずの一夏がなぜ会長とここに居るのかを疑問に思ったようで、一夏に問いかける。

 

「あれ?一夏?」

 

「一夏さん、今日は箒さんと一緒に第4アリーナで訓練するはずなのではなくて?」

 

「えっと……それは、その」

 

セシリア達の問いかけに一夏は黙り込んでしまう。はっきりしない一夏の態度にセシリア達は苛々を募らせる。

 

「はっきりしませんわね……」

 

「だいたい一夏はいくらなんでも優柔不断がすぎるんじゃない?傍から見ていて箒や鈴が可哀想になってくるよ」

 

「そ、そんなこと━━━「まあまあ、あんまり織斑君を虐めないであげてよ。ついさっき私にボコボコにされたばかりなんだし」更識先輩!?」

 

一夏とセシリアたちの間に楯無が割り込む。楯無からの予想外の援護射撃に一夏は内心、感謝していた。

 

「会長がそう言うなら……ってボコボコ?何をしたんですの?」

 

「うん。ちょっと織斑君の実力がアレだったから、私が直々に特訓をつけてあげようかと思ってね━━━」

 

すると、楯無が何かを思いついたようにポンと手を叩く。

 

「そうだ。ちょうど代表候補生のセシリアちゃんにシャルロットちゃんもいることだし、二人とも『シューターフロー』で円状制御飛翔をやって見せてよ」

 

聞きなれない言葉に一夏は首を傾げる。一方、セシリアとシャルロットは楯無の意図が掴めずにいた。

 

「え?でもそれって、射撃タイプの戦闘動作じゃないですか?」

 

「やれと言われたのでやりますけど……それが織斑さんの役に立ちますの?」

 

「ヒントを上げるとすると……織斑くんの第2形態には新たな能力が追加されていることかしら」

 

楯無の言葉にセシリアが反応する。どうやら楯無の言いたいことがわかったらしい。

 

「そういえば織斑さんの第2形態には荷電粒子砲が追加されてましたわね……。そして荷電粒子砲は連射できるタイプの武器ではなく、むしろ系統的にはスナイパーライフルに近い。このことから連想されるのは━━━織斑さんは射撃が苦手であり、それを補うために近距離で相手に当てる訓練……でよろしいでしょうか?」

 

「流石はセシリアちゃん!イギリス代表候補生の肩書きは伊達じゃないね」

 

楯無が扇子を開いてセシリアを褒める。するとセシリアはなぜか顔を赤くしながらも、準備を始めた。

 

「━━━さて、それじゃあセシリアちゃん達の準備も済んだみたいだから、しっかり見ておくように」

 

ISを装着したセシリアとシャルロットがアリーナ・フィールドに立つ。

 

『じゃあ、始めます』

 

『織斑さん、どうぞしっかり見ておいてくださいな』

 

リヴァイブ・カスタムⅡとブルーティアーズがそれぞれ向かい合う。しかし、動き出した二機は間合いを開け、壁を背に、銃口を向け合ったまま右方向に円軌道を描いて動き始めた。

 

『いくよ、セシリア』

 

『ええ。いつでも宜しくてよ』

 

徐々に加速し始めた二機は射撃をはじめる。円運動を行いながらも、不定期に加速することで射撃を回避する。それと同時に自らも射撃をしながらも、減速することなく円軌道を描く。

 

『流石セシリア……出来るね』

 

『シャルロットさんこそ。第二世代型とは思えない機動ですわ』

 

そのようなやりとりを繰り返しながらも、二人の攻防を激しくしていく。その一連の行動を一夏は驚いた顔をしながら、見ていた。

 

「これは……」

 

「織斑君にもすごさがわかったみたいだね。あれが、射撃と高度なマニュアル制御を同時に行っているんだよ。しかも、回避と射撃の同時に意識を裂きながら、ね。機体を完全に自分のものにしていないと、なかなかうまくいかないんだよ」

 

機体制御のPICは本来は自動制御になっている。しかし、その場合の細かな動作が難しくなってしまう。そしてマニュアルの場合、細かな動作が可能になるものの、普段の動作にプラスして機体の制御まで行わなければならなくなる。求められるのは冷静な判断力、そして二つの事を同時に考える事ができる高度な思考。一夏は突きつけられた課題に頭を抱える。

 

「君にはね、経験値も重要だけどそう言った高度なマニュアル制御も必要なんだよ。分かった?」

 

「は、はい!」

 

「うわぁ……私たちを除け者にして何やってんだろあの二人」

 

「やはりあんな人に切嗣さんを渡すことは出来ませんわ!」

 

楯無は一夏の耳に息を吹きかけながら喋りかける。それを生温かい目で見つめるセシリアとシャルロットであった。

 

 

一夏が楯無の訓練を受けている頃、千冬達はイーリスの上官からにわかに信じ難い報告を受けていた。

 

「━━━福音が消失した……ですって!?」

 

「声が大きい!これは第一級の機密事項だぞ!!」

 

「……すみません。しかしあれは凍結が決まり、格納庫に厳重に保管されていたはずでは?」

 

千冬の顔に驚愕の表情が浮かぶ。凍結された軍用機及びそれを運用可能な代表操縦者が行方不明、とあってはそれも仕方がない事だろう。因みに、事態を重く見た大統領はCIAに情報統制を要請。その甲斐あってか、今のところ情報を知っているのは極一部の人間に収まっている。

 

「あぁ……“敵”であればどのような相手であれ、私達も不覚を取らないつもりだった」

 

意味深な言葉に千冬は疑問を覚える。

 

「敵……であれば?」

 

「…………」

 

帰ってきたのは沈黙。気まずい雰囲気を打破すべく千冬はさらに、問いを投げかけるが━━━

 

「悪いが、これ以上は何も話すことはできない」

 

返答は明確な拒絶。しかし、その声はかすかに震えており、信じられない何かが起こった事が千冬にも理解することができた。

 

「……分かりました。この件に関しまして、私たちが関与するわけにも参りませんので、そこはよろしくお願いします」

 

「君たちには迷惑のかからないようにするから、安心してくれ。それではな」

 

そこで通話が切れる。千冬はどうしようもない胸騒ぎを覚えながらも、受話器を置いて窓の外を眺めていた。




一身上の都合により、7月中の投稿は出来そうにないですorz


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第二十四話 凶兆

お待たせしました。投稿を再開させていただきます。


一夏と楯無の放課後の演習が始まって以降、切嗣と楯無の交流は殆ど無くなっていた。学園祭を一週間後に控えたある日、授業が終わり切嗣はカバンに荷物を詰めると教室を後にする。がしかし、廊下に出たところで楯無に呼び止められた。

 

「お久しぶり~」

 

「……どうも」

 

「あれ、反応薄くない?そんな反応されると、お姉さん悲しいな~」

 

「それで僕に何の用です?」

 

「え~?用事がなければ話しかけちゃいけないの?」

 

「急いでいるので」

 

話をしている途中、唐突に楯無が切嗣にアイコンタクトを送ってくる。

 

(……ここで話すべき話題じゃないんだよね。一旦場所を変えよう)

 

(了解)

 

切嗣が楯無のアイコンタクトに小さく頷く。

 

「そんな生意気な態度をとる生徒にはお説教をしないとね……ほらいくよ~」

 

「分かりましたよ……」

 

切嗣は楯無に手を引かれながら、生徒会室に連行されていった。

 

「今日は布仏先輩もいないみたいですし、僕がお茶を入れてきます」

 

「きりちゃんがお茶~?なんか一服盛られそうで怖いな~」

 

「……本当に入れていいですか?」

 

「ごめん、冗談だから。それは勘弁して」

 

切嗣はお茶の準備のため、お湯を沸かし始める。そして待つこと数分、ごく普通のインスタントの紅茶が楯無の前に出てきた。楯無は訝しげにお茶を少しだけ啜るが、何もないのを確認するとそのまま飲み始めた。

 

「よかった~、特に異常はなかったみたい」

 

「……それで、僕を呼び出した理由というのは?」

 

「うん。実は、今度開かれる学園祭の中に“亡国機業”の工作員が入り込むかもしれないと言う情報を掴んだの」

 

「……亡国機業?」

 

「そう。亡国機業と言うのは約50年前からある秘密結社で、その行動・存在理由・規模など全てが謎に包まれた組織。まあ簡単に言えば、セシリアちゃんを拉致し、それを助けに来たきりちゃんを殺そうとした奴らだね」

 

「そんな組織がなぜ?」

 

それを聞いた切嗣の表情が僅かに曇るが、楯無は何事もなかったかのように話を続ける。

 

「おそらく、男性IS操縦者であるきりちゃんや織斑君のISを狙っているんじゃないかと私は踏んでいるの。実際、各国で亡国機業による軍事基地への襲撃でISが強奪される事件が頻発しているしね。だから━━━」

 

「世界で2人しかいない男性操縦者のひとりである織斑一夏をけしかけ、自分で自分を守れるように彼の心身を鍛える事にした━━━違いますか?」

 

切嗣の先読みしたような指摘に楯無は扇子で口元を覆い隠しながら答える。なお、扇子には達筆な字で「不機嫌」を書いてある。当初、切嗣もコロコロ変わる扇子の文字に驚いていたものの、だんだんと慣れていき、今ではほとんど驚かなくなっていた。

 

「人の話を先読みしちゃう子はお姉さん嫌いだな~」

 

「……すみません」

 

「嘘嘘、冗談だよ。それで本題に入らせてもらうけど、学園祭の時だけで良いから、きりちゃんに織斑くんの護衛を頼みたいの。もちろんきりちゃんと織斑君の今の状態は把握しているし、無理そうなら遠くから監視するだけでいいよ」

 

「……分かりました」

 

「さっすが、きりちゃん。いつもありがとね」

 

楯無はいつもの通り切嗣に抱きつこうとするが、途中で切嗣に肩を掴まれ止められてしまう。切嗣は楯無の目元をじっと見つめながら口を開く。

 

「あ、あれ?どうしたのきりちゃん?まさかお姉さんのあまりの美しさに言葉を失っちゃったかな?」

 

「……会長、きちんと睡眠をとってますか?」

 

「何を言ってるのかな、きりちゃんは。お姉さんはいつもどおり元気いっぱいだよ?」

 

「…………」

 

切嗣は無言で楯無の額に手を当てる。楯無は恥ずかしさのあまり、慌てて切嗣の手を払いのけようとするが、切嗣が言葉でそれを制す。

 

「じっとして下さい」

 

「随分と大胆な真似をするんだね。きりちゃん」

 

「脈拍の若干の乱れ、そして目の下のクマ……やはり寝不足ですね。申し訳ないですが、会長には少しの間休んでいてもらいます」

 

「え、それはどう言う……!」

 

不意に楯無の視界がぼやけ、同時に足元がふらつき始める。そして楯無が倒れそうになったところで切嗣は彼女を両腕で支えながらゆっくりと地面に下ろした。

 

「きりちゃん、いったい何を……」

 

「実はさっきの紅茶の中に保健室から拝借した睡眠薬を入れさせてもらいました」

 

「馬鹿な……対暗部用に訓練を受けた私が気づかなかっ……な……て……」

 

切嗣は楯無の意識が堕ちたのを確認し、彼女を抱きかかえて生徒会室のソファーの上に寝かせる。そして自分の制服の上着を楯無にかけると、椅子に座って自分の紅茶を飲み始めた。

 

数分後、クラスの掃除を終えた虚が生徒会室に入ってきた。彼女は無防備にソファーで寝ている楯無の姿を見て、驚いた表情を浮かべる。少なくとも彼女の知る更識楯無は生徒会室で寝るなどありえなかったからだ。

 

「お疲れ様で━━━お嬢様!?大丈夫ですか!?」

 

「……大丈夫です。かなり疲れているようだったので、少しの間だけ薬で眠らせてもらいました」

 

虚は切嗣の方に向き直る。切嗣を見るその目には明確な敵意を宿していた。そんな視線を向けられた切嗣は苦笑混じりに状況を説明する。

 

「衛宮君、一体お嬢様に何をしたんですか!?事と次第によっては許しませんよ!?」

 

「……すみません。実は、更識先輩は寝不足だったみたいで。このままでは業務に差し支えるだろうと思い、少しの間だけ眠ってもらうことにしました」

 

「私からも会長に何度か休むように伝えておいたのですが……ありがとうございます」

 

「……僕はもう自分の部屋に戻りますが、先輩が起きたらもっと自分の体をいたわるように伝えておいてください」

 

切嗣は残った紅茶を飲み干すと、そのまま生徒会室をあとにする。後に、切嗣は最悪のタイミングで廊下に出てしまったことを理解することになる。

 

 

ちょうど切嗣が生徒会室から出る直前、一夏は楯無と訓練の内容を相談するために生徒会室の前に来ていた。そして、ドアを開けようとしたところで生徒会室から出てきた切嗣と鉢合わせになる。

 

「……っ!」

 

「…………」

 

一夏にとっては、今最も顔を合わせたくない人物。できるだけ視線を合わせないようにドアに手をかけたところで、背後から声をかけられた。

 

「生徒会長は今学園祭の書類を捌くのに忙殺されている。悪いが、後にしてやってくれないか」

 

「……俺と会長の訓練だ。お前には関係ないだろ」

 

切嗣が訓練の邪魔しようとしていると考えた一夏は、その言葉を無視してドアを開けようとする。がしかし、次に切嗣からかけられた言葉に一夏は向き直らざるを得なくなった。

 

「自分が強くなるためには、相手のことはお構いなしか。君はもう少し他人のことを考えたほうがいい」

 

「なんだと?」

 

「強くなるために他人の手を借りるのはいいが、それで他人を振り回すのはやめろと言ってるんだ」

 

切嗣の言葉に対し、一夏は激しい憤りを覚える。目の前の相手は、自分のように必死に訓練をしている訳でもない。にも関わらず、常に実力は一夏よりも上であると評価されている。その現状に一夏は不満を募らせていたのである。そして、切嗣の一言でついにその導火線に火が付く。

 

「卑怯な手段しか使えないお前に一体何が分かるんだ!?なんの苦労も知らないお前なんかに「━━━生徒会室の前で騒ぐのはやめてもらえないかしら?って衛宮君と織斑君じゃない?一体どうしたの?」……」

 

すぐ傍から聞こえた声に切嗣と一夏が振り返ると、そこにはドアの隙間から顔を覗かせている虚の姿があった。

 

「生徒会室の前で騒いでしまいすみませんでした。それでは失礼します」

 

一夏の言葉を黙って聞く切嗣だったが、虚の言葉に返事をしたところで去って行った。

 

「……それで、織斑君は生徒会室に何か用でも?」

 

「えっと、更識先輩に練習をお願いしていたのですが……」

 

「ごめんなさいね。会長は少し体調を崩して休んでいるところなの」

 

「そうですか……。分かりました。では更識先輩によろしくお伝えください」

 

残念そうな顔を見せたところで、一夏は虚に頭を下げて生徒会室を後にした。

 

 

━━━同時刻、中南米メキシコ山中の廃墟

 

「ここは……つぅ!」

 

暗闇の中でイーリス=コーリングは目を覚ました。見回せば見覚えのないボロボロの小部屋、逃げ出すことのないように手や足に付けられた拘束具、そして体に残る謎の倦怠感と激しい頭痛。ここから導き出される答えは━━━

 

(拉致された……か)

 

イーリスが思考の海に沈んでいるところに、部屋の外から足音が聞こえて来る。やがて足音は部屋の前で止まり、黒いカソックを纏った男が部屋の中に入って来た。

 

「目が覚めたようだな━━━イーリス=コーリング」

 

「…………」

 

イーリスは目の前の男に明確な殺意を持って睨みつける。一般人であれば、気絶してもおかしくないほどの威圧感を込めたイーリスの視線。しかし、男はそれを受けても眉毛ひとつ動かそうとしない。ここに来て、イーリスは自分を攫ったであろうこの男は只者ではないことを改めて思い知った。

 

「中々に迫力のある目をしているな━━━流石は国家代表のISパイロットと言ったところか」

 

「…………」

 

「だんまりか。やれやれ、困ったものだ━━━こちらから無理やり喋らせても面白みがないのだがな……」

 

男は口元を僅かに歪めながらそう呟く。そして、どこから取り出したのか謎の赤い液体が入った注射器に針を取り付け始めた。

 

(あの薬はおそらく自白剤━━━あれを私に注射することで、無理矢理口を割らせようとしているのだろうが、無駄なことだな)

 

イーリスの自信はそれなりに根拠のある物である。彼女も軍人である手前、毒物や薬への対処法も指導されており、その中には男が打つであろう自白剤も含まれていたのだ。がしかし、ここで彼女は重大なミスを犯してしまう。それは目の前の男を只の軍人崩れのテロリストであると侮った事だ。そのことを知ってか知らずか、男は彼女に質問をする。

 

「お前が捕らえられている間に、仲間がどうしているのか知りたくないか?」

 

「!?」

 

嘘か本当かは分からないが、目の前の男は自分の同僚がどうなっているのかを知っているらしい。今の状況を鑑みれば、男の提案を拒否しようが賛同しようが状況は変わらない。そうなれば、イーリスが取るべき選択肢は一つしかなくなる。

 

「……詳しく教えろ」

 

「『教えろ』……か。随分と荒っぽい言葉遣いなのだな」

 

「生憎、誘拐犯に使う礼儀など持ち合わせてないんでね」

 

「……まあいい。がしかし、話をするよりもお前自身の目で見たほうが早いだろうな」

 

「……?……!!」

 

そう言うやいなや、男は測ったような正確さで注射針を彼女の血管に差込み、赤い液体を彼女の体内に注入した。そして、注入作業を終えて注射針を引き抜いたところで、彼女は急な眠気に襲われ始めた。

 

「な……何を……した?」

 

「…………」

 

彼女の問いに、男は何も答えない。そうしているうちに、彼女の目の前に懐かしい所属基地の光景が浮かび上がってきた。そして入口では、同僚たちが彼女に向かって手を振っている。彼女は仲間たちのもとに駆け寄っていき、一番近くにいた親友に向かって━━━ISのブレードを振り下ろした。

 

「「……うわぁぁぁぁ!!」」

 

周りから響き渡る助けを求める叫び声や悲鳴。自分の意志とは反対に、仲間に向かってブレードを振り下ろす自分。それから間もなく、彼女の周りには斬り殺された仲間の死体の山が出来上がる。

 

「こんな幻覚……惑わされないぞ!!」

 

彼女は正気を保つべく、自分に悪趣味な幻覚を見せているであろう存在に向かってそう叫ぶ。

 

「どうして、イーリス。貴女のこと、信じていたのに……」

 

「何でこんな恐ろしい事を……」

 

斬り殺されたはずの仲間の死体が自分に向かって話しかけてくる。幻覚であろう、と分かっていても何も感じずにいられない。そのまま意識が遠のいて行き━━━

 

「━━━はっ!?」

 

「気がついた様でなによりだ、このまま壊れてしまうだけでは面白みに欠けるのでな」

 

「貴様ぁぁぁ!!」

 

ようやく現実に戻ってきた。そして目の前には、自分にこんな悪趣味なものを見せた男の姿。すかさず、イーリスは殴りかかろうとするが、拘束具により体を拘束されており、それは不可能となっている。それを理解していても、イーリスは目の前の男に対し今までに感じたことのないほどの憎しみを抱かざるを得なくなっていた。

 

「私を利用して何を起こそうとしているのか知らないが、お前の思い通りになるほど私たちは甘くはないぞ!!」

 

「私たち……か。どうやらお前は何か勘違いをしているようだな」

 

そう言うと男は持っていたカバンを開き、その中身をイーリスに見えるように置いた。

 

「━━━これは?」

 

「お前が搭乗した銀の福音の記録映像だ。自分の目で確かめてみるといい」

 

「!?」

 

イーリスは目の前のモニターに写る映像に注目する。そして映し出された映像には、放たれる銃弾をあざ笑うかのように避け、切り刻まれる仲間の兵士達の姿が残されており、モニターの搭乗者を示す部分にはイーリスの名前があった。

 

「私の言葉を理解したか、イーリス=コーリング。お前の帰るべき場所など存在しない。他ならぬ自身の手で消してしまったのだからな」

 

「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!」

 

認めたくない残酷な真実を突きつけられ、否定の言葉を繰り返す事で必死に自分を守ろうとするイーリス。がしかし、男はそんなイーリスの行動がないかのように言葉を続ける。より確実に彼女を堕とすために。

 

「さて━━━では仕上げと行こうか」

 




大変お待たせして申し訳ありませんでした。ようやく仕事も一段落ついたので、これからは安定して文章を投稿できるようになると思います(汗)

(注)自分なりにもう一度練り直した結果、納得が行かないところがあったので訂正しました。


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第二十五話 開戦

これは何だ~?参考資料として押収するからな~(簪の制服姿を見ながら)


学園祭当日。生徒たちのボルテージは最高潮に達していた。

 

「うそ!?一組で衛宮くんの接客が受けられるの!?」

 

「さらに料理は織斑くんの手作り!」

 

「それに開催されているゲームに勝ったら写真を撮ってくれるんだって!イケメンの執事が2人……これは行くしかないわね!!」

 

特に男性操縦者を2人抱える1組の『ご奉仕喫茶』は大盛況のようで、一夏たちは朝から大忙しであった。がしかし、実際のところは切嗣と一夏がメインで動いており、ほかのクラスメイトはそれを楽しそうに眺める構図になっているのだが。

 

「いらっしゃいませ。一名様ですね、どうぞこちらへ」

 

切嗣が微笑を浮かべながらお客を席に案内する。一方で案内された生徒は頬を赤らめながら切嗣のあとに従っていた。クラスメイトの中でも特にこの状況を楽しんでいるのがシャルロットであり、切嗣に衣装を褒められたことが嬉しいらしく、朝からずっと上機嫌である。なお、切嗣が料理を作れないため、一夏とシャルロットが一つの枠をローテーションで回していた。

 

(学園祭か……まさか僕がこんなことを経験する日が来ることになるとはな)

 

切嗣が一人感傷に浸っていると、不意に誰かに肩を叩かれた。セシリアである。

 

「切嗣さん……申し訳ないのですが、外の人たちの応援に向かってくださいませんか?」

 

「分かった」

 

廊下のスタッフは列の整備の他、待ち時間へのクレームにも対応しているため、必然的に消耗が激しくなる。

 

「はい、こちらただいま2時間待ちとなっております」

 

「大丈夫ですよ、学園祭が終わるまで営業しておりますので」

 

「……なにか手伝えることは?」

 

「ああ、ありがと……って衛宮くん!?ダメだよ、こんなところに出てきちゃ!」

 

切嗣は外にいた鷹月に声をかける。が鷹月は切嗣の姿を見たとたん、教室の中に押し込もうとする。すると、近くにいた生徒が切嗣の姿を見つけて騒ぎ出し始めた。

 

「あれ、衛宮くんじゃない!?」

 

「そうよね!?私声かけに行ってこようかな!?」

 

「お、お客様!ほかのお客様のご迷惑になりますので、列を乱すのはやめてください!」

 

「ほら!早く教室の中に戻って!!」

 

切嗣は急いで教室の中に戻っていった。すると、赤いチャイナドレスを着た鈴が切嗣に話しかける。

 

「あ、あの!一夏いる?あいつにテーブル案内して欲しいんだけど」

 

「……少し待っててくれ」

 

切嗣は近くにいたシャルロットに一言声をかける。するとシャルロットは頷いて調理場の中へ入っていった。しばらくすると、シャルロットの代わりに一夏が出てきた。

 

「お待たせいたしました、こちらへどうぞお嬢様……って何やってんだお前?」

 

「う、うるさい!うちは中華喫茶やってんのよ!」

 

「ああ、あれか。たしか飲茶ってやつだろ」

 

「そうよ!大体あんたのせいで私がウエイトレスやってると言うのにほとんどお客が来ないんだからね!」

 

「それはすまん……と言うか、その髪型とかドレスもいつもと違っていいと思うぞ?」

 

「もう!と、とにかく!案内しなさいよ!」

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

「お嬢様って……まあ、そんな設定なんだろうし、仕方ないわね。そう、これは仕方がない事なんだから」

 

なぜ2回同じことを言ったのか理解できない一夏は、そのことに疑問を感じながらも鈴を席に案内する。ちなみに内装に関してはセシリアがこだわりを持ったため、調度品が学園祭のレベルを逸脱したものばかりになっており、ほかの生徒たちはそれを壊さないように慎重に料理を運んでいた。

 

「それで、ご注文はなんになさいますかお嬢様?」

 

「そ、そうね……」

 

鈴がどれを注文するかで迷っていると、横からメイド服を着た箒がイイ笑顔をしながら一夏と鈴の間に割って入る。

 

「お客様、他のお客様もいらっしゃいますのでご注文は早めにお願いします」

 

「あら?誰かと思えば……ただのウエイトレスじゃない。このお店はお客に食べるものすらゆっくり選ばせてくれないの?」

 

刹那、二人の間に火花が散る。そして一夏は2人の間で状況を見守っていた。

 

 

━━━同時刻 校舎入口付近

 

美しい金髪の女性とふわりとしたロングヘアーの女性が立っていた。

 

「ちっ、やはり衛宮切嗣が張り付いていやがるか」

 

一組の様子を覗き込みながら、ロングヘアーの女性が呟く。すると隣にいた金髪の女性がそれを嗜める。

 

「あら、巻紙さん。そのような下品な言葉を使うのは感心しなくってよ」

 

「……あ~あ、すいませんねぇ。大体、こんなのあたしの性に合ってないんだよ。直接乗り込んでぶっ飛ばせばいい話じゃねえか。そもそも本来ならMが止めを差しておけば、こんなことにならなかったのに……」

 

「まあまあ。織斑一夏はそれでいいとしても、近くにいる衛宮切嗣は良くわからない武器を持っているみたいだし、一筋縄では行かないでしょう。とりあえず、私が衛宮切嗣を引きつけておくから、貴女は織斑一夏をお願いね」

 

「へいへい、了解しましたよっと」

 

ロングヘアーの女性がそうぼやくと、二人はその場から離れた。

 

 

数時間後、ようやく長蛇の列が捌けたため、1組の生徒たちはしばらくの間休憩をとることにした。

 

「織斑君に衛宮くん、お疲れ様。しばらくの間休憩にするから他のお店を回ってきていいよ♪」

 

「一夏!一緒にお店を回りに行くぞ!」

 

「お、おい箒!落ち着けって、そんなに急がなくても!」

 

一夏は箒に連れられて、教室の外に出ていった。

 

「切嗣さん、私たちもほかのお店を回りませんか?」

 

「一緒に回ろうよ、切嗣!」

 

「私と一緒に行くぞ、切嗣!」

 

「……すまない。実はすでに他の人と一緒に回ることになっているんだ」

 

「な!?他の人って誰ですの!?」

 

「…………」

 

切嗣はセシリアの質問に返答せずに教室から出て行く。セシリア達が慌てて後を追うが、廊下に出た時には、既に切嗣の姿をなかった。するとラウラが何やら思いついたように語りだす。

 

「……手分けして探そう。セシリアとシャルロットは向こうの方を、私はこっちを探す」

 

「何を言っていますの?ラウラさんとシャルロットさんがあちらを、私はこちらを探しますわ」

 

セシリアとラウラがどう別れるかで揉め出す。するとシャルロットが唐突に話に割り込む。

 

「二人とも落ち着きなよ。それなら一人ずつ別れて探せばいいじゃない。そうすれば公平になるし」

 

シャルロットの言葉に2人の動きが止まる。

 

「そ、そうですわね!私としたことが……」

 

「そうだな。では先に見つけたものだけが休み時間を一緒に過ごすことにしてはどうだ?」

 

「分かりましたわ!お互い恨みっこなしですわよ!」

 

「それじゃあ、また後で!」

 

シャルロットの合図で3人が別々の方向に走り出す。一方で廊下の掃除道具入れの中に隠れていた切嗣は3人が去るのを見届けると、ロッカーの中から出てきた。

 

「3人には悪いが、一夏の後を追いかけないと━━━」

 

「ロッカーの中から出てくるなんて……やはり男性操縦者は変わった人たちみたいですね?」

 

「!」

 

切嗣はゆっくりと後ろを振り返る。するとそこには金髪のロングヘアーの女性が立っていた。女性は微笑みを浮かべながら切嗣に話しかける。

 

「衛宮切嗣さんですね?少々お時間よろしいかしら?」

 

「……急いでいるので」

 

「まあ、そう言わないで。今なら貴方のISに搭載するビーム兵器のサンプルをご用意できますが」

 

「…………」

 

切嗣は彼女の声を無視して先を急ごうとしたものの、しつこく食い下がる彼女に根負けする形で外に出た。楯無からの依頼もあり、切嗣はわざと彼女の後ろにつくと、彼女の様子をじっくりと観察する。

 

(よそ見をせずに、背筋と手首をしっかり伸ばした状態で歩いている。よく訓練された歩き方だな……これはほぼ“黒”と見ていいのか)

 

すると、不意に前を歩いていた女性が立ち止まる。どうやら近くに座る席を見つけたらしい。

 

「そこに座りましょうか?」

 

「……」

 

切嗣は女性が座ったのを確認し、安全を確認しながらゆっくりと腰を下ろす。女性は切嗣が席に着いたのを確認して、話を再開しようとしたが、その途中で切嗣が話を遮って質問する。

 

「それで、さきほどのビーム兵器の話なんですが━━━」

 

「……いい加減に猿芝居をやめたらどうだい?『亡国機業』?」

 

「━━━何のことでしょうか?」

 

「とぼける気かい?そんな場慣れした歩き方をしておいて……」

 

一瞬、切嗣と女性の間に緊張が走るが、女性はゆっくり手を上げると害意がないことを示す。

 

「……いつから気がついていたの?」

 

「答える必要はない」

 

切嗣は周囲から目に入らないように銃を取り出すと、女性の方に向ける。がしかし、女性は銃を向けられても平然としていた。

 

「別に私を撃つのは構わないけど……貴方、織斑一夏くんのことを見ていなくて大丈夫なの?」

 

次の瞬間、近くで破裂音が鳴り響く。相手から目をそらしてはいないものの、動揺を隠せていない切嗣の携帯に着信が入る。切嗣は相手に銃を向けたまま、通話ボタンを押した。

 

「もしもし、きりちゃん?理由は後で説明するから3階の会議室に急いで!」

 

「……了解」

 

切嗣は電源ボタンを押して通話を切る。すると先ほどの女性は既にISを部分展開していた。

 

「……そこをどくんだ」

 

「そういうわけにも行かないのよ……と言いたいところだけど、今回の相手は貴方じゃないの!」

 

そう言い終わるやいなや、女性はその場から後ろに跳ぶ。すると銃を連射するような音が響き、先程まで女性が立っていた場所には大量の銃痕が残っていた。

 

「きりちゃん!ここは私に任せて、早く行って!」

 

「…………」

 

切嗣は聞こえてきた声に頷くと、ISを装着し、会議室へと急ぐ。一方先ほどの女性は切嗣の方には見向きもせずに、楯無と対峙を続ける。

 

「追わなくていいの?」

 

「えぇ。私たちの目的はあくまで織斑一夏又は衛宮切嗣の所持するISを強奪すること。そのため私が厄介な相手である衛宮切嗣を押さえておき、その間に仲間が織斑一夏からISを強奪。その後は逃げるだけよ」

 

「……この状況で逃げられるとでも?」

 

「さあ……どうかしら」

 

学園最強VS亡国機業。長い戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。

 

 

遡ること20分ほど前。一夏と箒、そして鈴は約一時間ほど休暇の時間をもらったため、学園内のほかのクラスの出し物を見て回っていた。

 

「しっかし、こうして見ると学園祭とは行ってもほかの学校とは規模が違いすぎるわね」

 

「その点に関しては同感だ。正直、我々自身、持て余しているところがあるからな」

 

「……確かに。俺たちが通ってた普通の学校とかじゃ、考えられないイベントとかあるし」

 

そこで一夏は一旦喋るのをやめ、鈴と箒をジト目で見つめる。

 

「何よ?私たちがあんたに何かしたって言うの?」

 

「……別に。ただ、男女の比率が違うってだけで、こんなに大変になるものなのか。と思っただけさ」

 

「「…………」」

 

一夏の発言に何か思い当たることがあったらしく、鈴と箒はすぐに反論することが出来なかった。それも当然だろう。実際、一夏も男性操縦者と言うところを除けば、ごくごく自然な男子学生なのだ。それが突然、女性ばかりのところに放り込まれ、周りからは奇異の視線を浴びせられる。そして、その視線に耐えながらの学園生活。普通の神経では、まず務まる事はない。

 

「……すまない、一夏。私たちは自分たちでは気づかないところで、お前にストレスを与えてしまっていたのかもしれない」

 

「私も。好き勝手な事ばかり言って、ごめんね」

 

(やっちまった……。よりによって鈴や箒の前でこんなことを言ってしまうなんて!)

 

一夏は沈んでしまった空気を何とかするべく、思考を巡らせる。すると、ビーズのアクセサリー販売の看板が目に入った。

 

「!わりい、ちょっと買いたいものがあるから、先に歩いててくれないか?」

 

「……そ、そうだな。私たちは、先に行っておくぞ」

 

「必ず追いついてきなさいよね!ほったらかしにしたら、絶対に許さないんだから!」

 

一夏の言葉になんとなく違和感を感じながらも、鈴と箒は先に歩いて行った。一夏は二人の姿が見えなくなったところで、二人に買うつもりでいるアクセサリーを見に行こうとするが、不意に誰かに肩を叩かれて後ろを振り返る。するとそこには、黒髪をセミロングの長さまで伸ばしたキャリアウーマン風の女性が立っていた。

 

「あの……織斑一夏さんですか?」

 

「はい……そうですが、貴女は?」

 

「お忙しいところ、すみません。私、こういうものなのですが」

 

一夏は差し出された名刺に目を通す。名刺にはIS装備開発企業『みつるぎ』渉外担当 巻紙礼子と書かれていた。

 

「それで、巻紙さんは俺に一体何の用ですか?」

 

「実は私達『みつるぎ』は今回、新たにビーム兵器の開発に成功いたしましたので、是非とも最初の男性操縦者である貴方に見てもらいたいのですが」

 

(またこの手のセールスか……)

 

一夏は内心毒づく。実際、一夏のところにはISの武装関連の商談が山のように来ており、このようなセールスは学園祭中も、幾度となく経験していた。

 

「━━━急いでいるので、失礼します」

 

いつものように断ってから、そのまま立ち去ろうとしたところで━━━

 

「衛宮切嗣に勝ちたいとは思いませんか?」

 

「!?」

 

後ろからかけられた言葉に思わず振り返る。

 

「……どういう意味ですか?」

 

「少なくとも、今現在の貴方では彼に勝つことは出来ないでしょう。しかし私達の開発した武器を見ていただけたなら━━━」

 

切嗣との確執。自分より強大なライバルを倒せるかもしれない手段。通常なら笑って聞き流す言葉なのだが、今の一夏を振り向かせるには十分な言葉だった。

 

「……詳しい話を聞かせてください」

 

「ここでは話しづらいので、どこか人に聞かれない場所に案内してくださいませんか?」

 

礼子の言葉に一夏は首を縦に振ると、人気のない校舎の会議室の方へと歩き出した。

 

 

会議室に着いた一夏は、話を聞かれないように扉を閉め、礼子の方に向き直る。

 

「それで、その武器とは一体どんな武器なんですか?」

 

「……てめえの持ってる白式を寄越しな、糞ガキ」

 

「……え?」

 

お淑やかな口調からの突然の変化に、一夏は戸惑いを隠せない。

 

「な、何を言っているんですか?」

 

「あ~……まだ気づかねぇのか」

 

唐突に礼子と名乗った女性が一夏のお腹に、挨拶がわりの蹴りを叩き込む。

 

「ゲホッ、ゲホッ……あ、貴女は一体」

 

「てめえのISを頂きに来た謎の美女です、よ!」

 

そう言い終えると、女は倒れている一夏にもう一度蹴りを叩き込む。蹴られたことによる激しい痛みで、ようやく一夏は自分が「敵」に狙われていることに気づいた。

 

「くっ……『白式』!」

 

一夏はとっさに緊急展開でISスーツごと呼び出し、制服を粒子分解、ISに再構成する。そのためエネルギー使用量が通常より増加するが、それを気にしている余裕はない。

 

「そう来るのを待ってたぜ!」

 

礼子……もとい謎の女は蛇を連想させ切れ長の目を歪ませた。

 

「ようやくこいつを使うことが出来るからなぁ!」

 

「!?」

 

スーツを引き裂き、女の背後から出た黒と黄色の蜘蛛の足の様な爪が飛び出した。

 

「くらいなっ!!」

 

すると、鋭利な爪の先が開き、中から銃口が姿を見せる。

 

「くそっ!」

 

一夏はとっさに足のスラスターを開き、天井に向かって緊急回避を行う。そして天井にぶつかったところで『雪羅』をクロウモードで起動し、女に斬りかかる。

 

「はっ!やるじゃねーか!」

 

女は一夏の斬撃を後ろ飛びでかわしながら言葉を続ける。

 

「なんなんだよ、あんた!?」

 

「あ?知らねえのか、悪の組織の一人だよ!」

 

「ふざけるのも大概に━━━「ふざけてねえよ!ガキが!秘密結社『亡国機業』の一人、オータム様だ!!」」

 

オータムは完全展開状態になると、PICを使った細かい動きで一夏の攻撃を避けながら、装甲脚に取り付けられた銃口から実弾で反撃する。八門から繰り出される銃撃を真上に飛んで交わした一夏は、天井で逆さまの状態から相手の懐に飛び込む。そして同時進行で構成した雪片弐型を握り、斬りかかろうとするが━━━

 

「甘ぇんだよ!」

 

八本の装甲脚が斬撃を受け止めてしまう。完全に刀身を挟み込まれているため、身動きが取れない一夏に、オータムは即座に構成したマシンガンの弾幕を浴びせた。

 

「ぐぅ!」

 

何発かシールドバリアを貫通した銃弾が、一夏の体に衝撃を与える。肉体は絶対防御で守られているものの、その痛みを消すことはできない。

 

(このままでは……まずい!)

 

そう考えた一夏は、一旦武器を離す。そして左足で相手の銃口を蹴り飛ばし、そのままの勢いで装甲脚から雪片弐型を取り返す。

 

「ハハハ!やるじゃねえか、糞ガキ!」

 

「うるせえ!!」

 

室内での戦闘と言う事もあり、障害物が多くなっているものの、一夏は楯無との訓練で身につけたマニュアル操作を駆使して、回避と接近を同時に行う。

 

「うおぉぉぉ!」

 

「おっと!危ない危ない」

 

がしかし、その攻撃も尽くオータムに躱されてしまう。どうやら背中から伸びた装甲脚がそれぞれ独立したPICを展開しており、蜘蛛を連想させる素早くしなやかな動きで一夏を翻弄する。一方で、一夏も降り注ぐ銃弾の雨を円状制御飛翔でかわしつつ、反撃のチャンスを伺っていた。だが━━━

 

「そうそう、良い事を教えてやるよ。第2回モンド・グロッソでお前を拉致したのもうちらの組織さ!ハハッ、感動のご対面ってやつだ!!」

 

オータムの一言で均衡が崩れる。怒りの感情に身を任せ、冷静さを欠いた一夏をオータムが処理するのは造作もない。正面から突っ込んできた一夏をエネルギーワイヤーにて拘束。そして4本足の装置を一夏のISに取り付ける。ここまでに10秒もかからなかった。

 

「それじゃ、てめーのISにサヨナラしろよ!!」

 

「なっ!?……あぁァァァァ!!」

 

その瞬間、一夏の身体に電流に似たエネルギーが流される。身を裂かれるような激痛、それが全身に襲い掛かってきた。

 

「さて、もう終わりか」

 

「おらぁ!」

 

電流が止まったところで、一夏はオータムに殴りかかる。が━━━

 

「ISのないお前なんか、相手になんねー……よっ!」

 

難なく躱され、またもお腹に蹴りを叩き込まれる。その痛みに一夏は言い様のない喪失感の正体に気づく。そう、一夏の白式が消え去っていたのである。

 

「俺の……ISが、ない!?」

 

「お前の探してるISはこれの事だろ?」

 

得意げに笑うオータムの手にしているものは菱形立体のクリスタル。紛れもない白式のコアであった。

 

「もうすぐ死ぬテメーの冥土の土産に教えてやるよ!さっきの装置はな、剥離剤つってな、ISを強制解除できる代物なんだよ!」

 

そう言いながら、オータムは倒れている一夏の身体に更に蹴りを加える。一夏は悔しさのあまり、オータムを睨みつけるが、そんな事でどうにかなるわけではない。

 

「あ~あ……もういいや。とりあえず、死んどけ」

 

オータムは一夏の額にマシンガンの銃口を突きつけ、引き金に手をかけ━━━

 

「君がな」

 

「!?」

 

引き金を引くことはなかった。自分たち以外誰もいないはずの会議室。そこでオータムに向けられた圧倒的な殺意。彼女がそれに気づいたときには、銃を所持していた右腕の肘から下が無くなっていたのだ。

 

「あぁぁぁぁ!?なんだこりゃあ!?」

 

「!?」

 

先程まで自分を殺そうとしていた相手。がしかし、すでに彼女は右肘から下を失っており絶対防御が発動しているものの、出血は依然として止まる様子はない。一夏は目の前で起こっている非日常の出来事をただ傍観していた。

 

「くそっ、どこから入ってきやがった!出てきやがれ!ぶち殺してやる!」

 

「……潜入している工作員の情報を教えろ。そうすれば、『僕は』君を殺さない」

 

すると、誰もいないはずの会議室のロッカーの影からコンテンダーを持った衛宮切嗣が顔を出す。いつもと変わらない佇まい。がしかし、一夏の目には全く違う存在に写っていた。まるで、一切の感情を無くし、忠実に任務をこなすロボットのように。

 

「誰がてめえなんかに喋るかよ!」

 

オータムは、あえてまだ血の出ている右腕を振るう。そして血で目くらましをした後、何とか一夏のコアを持って逃走しようと考えていた。が、しかしそれを見抜けない切嗣ではない。

 

「……っ!」

 

すかさずオータムとの距離を詰め、右腕を掴みながら、大外刈りの要領で地面に叩きつける。そして叩きつけられた衝撃で動けないでいるオータムに銃口を突きつける。

 

「……大人しく質問に答えろ。三度目はない」

 

「……ちっ。流石はドイツの研究員を建物ごと抹殺しただ━━━ぐあぁぁぁ!?」

 

切嗣は、思い切りオータムの傷口を踏みつける。傷口から響く激痛のあまり、オータムは最後まで言葉を発する事が出来ない。

 

「ちくしょおぉぉ!舐めた真似しやがって!!」

 

「「!?」」

 

しかし、そこで簡単にやられるほど彼女は弱くなかった。オータムは渾身の力を振り絞って身体を起こし、無理やり自分のISである「アラクネ」を再起動する。そして、切嗣と一夏がアラクネの再起動を確認した瞬間、会議室内で爆発が起こった。

 

(くっ、間に合え!?)

 

爆発が起こる直前、切嗣は条件反射で近くにいた一夏に飛びつき、物陰に隠れた。爆発が収まった後、切嗣が物陰から先程までいた場所を確認するが、そこには血まみれになった白式のコアがあるだけで、オータムの姿はなかった。

 



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第二十六話 天秤

作者「ああ逃れられない!(締切)」


「……逃げられたか」

 

切嗣は、まだ血だまりが残る場所を見ながらつぶやく。完全に相手の隙を突いた奇襲。そして、相手を仕留めるか最悪でも身柄の拘束。そこまでは、切嗣の描くシナリオ通りだった。誤算があったとすれば一夏。一度奪われた白式のコアを拾い上げ、再びオータムを追撃すべく壊れた窓から外に出ようとするが、そこに切嗣が待ったをかける。

 

「……どこに行くつもりだい?」

 

「あいつを追いかける。邪魔をしないでくれ」

 

「やめておけ。君が行ったところでどうにもならない」

 

「なんだと?」

 

切嗣の言葉に一夏が向き直る。その顔には、切嗣に対するはっきりと不快感が現れていた。

 

「聞こえなかったのかい?君では役に立たな「うるせぇ!」……」

 

「いちいちそんなこと言われなくったって、今の俺じゃあいつに勝てないことぐらい分かってる!! けど、俺はお前とは違う!俺は目の前にいる悪を自分より強いからという理由で見逃すようなことは絶対にしたくない! 」

 

「……そうか。だが、君の都合など知ったことではないんでね。ここで止めさせてもらう」

 

切嗣の言葉を無視して、窓から飛び出そうとする一夏。がしかし、どこからか伸びてきたワイヤーが一夏の体を拘束する。そしてそのワイヤーを射出した相手は━━━

 

「凄い音がしたから、それを辿ってここまで来てみたが……一体ここで何があったんだ、切嗣?」

 

先程まで切嗣を探していたはずのラウラであった。但し、先程までの学園祭を楽しむ一学生の雰囲気はそこにはなく、ISを部分展開している彼女はまさに“兵士”としてのオーラを醸し出している。

 

「実は、ついさっき織斑が亡国機業の連中から襲撃を受けたんだ。そこに僕が駆けつけ、追い払うことに成功したのだが━━━」

 

そこで切嗣は、一旦話しを切り地面に落ちた血まみれの何かを拾い上げる。それを見た一夏はハッと目を逸らし、ラウラは顔をしかめる。

 

「”これ”の持ち主には、隙を突かれて逃げられてしまったよ。全く、とんだ失態だ」

 

切嗣が拾い上げたもの。それは、オータムの右肘から下の部位であった。オータム自身が生きているとは言え、切り落とされた人の腕を何でも無いもののように拾い上げる切嗣に、一夏は今更ながらショックを受けていた。あまりにも見慣れないモノを見てしまったせいか、呆然としている一夏に代わりラウラが切嗣に質問を浴びせる。

 

「━━━それで、切嗣はこの後どうする?」

 

「流石に、これを持って学園の中を歩くわけにもいかないからね。千冬先生か生徒会長あたりに連絡をつけようかと思っていたところだ」

 

「近頃の生徒さんは、随分と場慣れしとるね」

 

「「!?」」

 

不意に近くから聞こえてきた声に、切嗣達は驚いてしまう。

 

「あぁ、警戒させてしまったようだ。私はこの学校の用務員をやらせてもらっとる轡木十三と言うものです、一つ宜しく頼みます」

 

「あ、あぁ……こちらこそ」

 

「よろしくお願いします」

 

「…………」

 

ぎこちないながらも、轡木と握手を交わす二人とは対象的に、切嗣は沈黙を保ったまま、その様子を見つめる。やがて、自分への視線に気がついたようで、轡木は切嗣の方に向き直った。

 

「一つ、宜しくお願いしますね」

 

「どうも……」

 

差し出された轡木の手を、握る。彼の目の前には、どこにでも居そうな初老の男性。しかし、切嗣は男性の態度に疑念を抱いていた。

 

(目の前には、血溜まりと誰かの腕を持った生徒。普通であれば、先程の一夏同様に恐怖の感情を浮かべるのが自然なはず。しかし、この男は、そういった様子を一切見せずに自然な態度で僕達に話し掛けてきた。警戒をしておくに越したことはないだろう……)

 

そんな切嗣の様子を知ってか知らずか、男性は切嗣に再び話しかける。

 

「あの……私の顔に何かついてます?」

 

「あっ……いえいえ、初めて用務員さんをお見かけので、よく顔を覚えておこうかと思いまして」

 

 

「そうですか……ところで、この腕はどうします?」

 

轡木からの質問に切嗣達は何も答えることが出来ない。轡木は黙ってその様子を眺めていたが、タイミングを見計らって、話を切り出した。

 

「もし、宜しければ私がビニール袋に入れて回収しておきましょうか?」

 

「……よろしくお願いします」

 

半ば強引に押し切られる形で、切嗣は轡木にオータムの腕を渡す。腕を受け取った轡木は、それを丁寧にビニールに詰めると、その場を後にした。

 

「何だったんだ、あの人は?」

 

「分からん。が、あの人が纏う空気は決して唯の一般人のそれではない、と言うのは確かだな」

 

「…………」

 

三者三様の反応を示した所で、ラウラは本来自分が何故、切嗣を探していたのかを思い出した。

 

「そうだ!思い出したぞ切嗣。私はお前を探していたのだ!」

 

「?」

 

「先ほど生徒会長から連絡があり、侵入していたと思われる亡国機業の工作員が撤収したらしい。私達も警戒のために学園の中を見回ることにするぞ」

 

「分かった」

 

わざとらしく一夏に聞こえるくらいの声で切嗣に呼びかけるラウラ。ラウラは一夏が抵抗しなくなったのを確認、縛っていたワイヤーブレードを回収して、切嗣の手を握るとそのまま会議室を出ていった。

 

 

ーーー同時刻、南米コロンビア

 

そこに広がるのは広大なジャングル。アマゾン川の流域に広がる自然豊かな土地。その一角に、決して自然の物ではない、人参の形をした謎の造形物が地面に突き刺さっていた。

 

「あ あ、せっかくいっくんの強化イベントを起こす為に、色々準備をしたのになぁ……。また『コイツ』に邪魔されちゃうなんて、いくら温厚な束さんでも流石に我慢出来なくなっちゃうよ」

 

巨大な人参の形をした移動型ラボ『吾輩は猫である』の中、束は親指の爪を咬み、不快感を露わにしながら目の前のモニターを見つめていた。そこには、自らのISを展開し、一夏を手玉に取って戦う切嗣の姿が写っている。

 

「もういっその事、コイツのコアを暴走させ、事故に見せかけて殺しちゃおっかな ♪流石は天才科学者束さん、冴えてるな ♪♪」

 

「……マスター。彼を殺すのは、まだ時期尚早では無いでしょうか?」

 

「……くーちゃん。でも、これ以上『あのコア』をこんなヤツに好き勝手されるのは、束さん我慢ならないんだよねぇ……そうだ!!」

 

良いことを思いついたとばかりに、束が手を叩く。一方、それを見たクロエに悪寒が走る。

 

「ごめんね、くーちゃん。ちょっとそこまで、コイツを拉致しに行って来てくれない?」

 

「……マスター。私が見たところ、彼はまだ何かを隠しているように思います。敵の実力を知らぬまま、闇雲に突撃させるのは愚かかと」

 

クロエの私見を受け、暫く黙り込む束……がしかし、その目には底知れない何かを孕んでいた。

 

「……大丈夫だよ。今までアイツの映像データを基に、スペックの測定とかしてきたけど、あれじゃせいぜい第2.5世代が良い所。私がクロエちゃんに渡したIS『黒鍵』との間にはどう足掻いても埋められない性能差があるし、戦闘能力でも、アイツがくーちゃんに勝てる要素はない」

 

束がそう言うのには、れっきとした根拠がある。彼女ーーークロエはドイツで密かに行われていた最強兵士育成計画の唯一の成功例であり、かつ『オーディンの目』の移植成功により更に身体能力を強化することに成功したのである。故に束がそう言うのも無理はない。クロエは、暫く考えた後に首を縦に振った。

 

「ありがとねくーちゃん!それでこそ、私の助手!!」

 

調子良く彼女を煽てる束に、内心呆れながらもクロエはIS学園に入り込む為の計画を練り始める。

 

 

学園祭が終了したあと、十蔵に呼び出された楯無は用務員室の前に来ていた。

 

「失礼します」

 

「鍵は空いていますよ」

 

中から答えを聞き、楯無は用務員室の中に足を踏み入れる。部屋の中はきちんと整理されており、床にもゴミひとつ落ちていない。

 

「わざわざお呼び出てしてすみませんね」

 

「いえいえ。他ならぬ轡木さんから来て欲しいと言われれば、すぐにでも駆けつけますよ。ところで、例の物ですが……」

 

「ここに」

 

楯無の言葉に、十蔵は頷くとそばに置いてあった少し大きめのクーラーボックスを机の上に置く。そしてボックスの蓋を開けると、その中には氷に包まれたオータムの右手が入っていた。それをしばらく見つめていた楯無であったが、ふと何かを思いついたようで、十蔵に交渉し始めた。

 

「これを私の方で預からせていただいてもよろしいですか?」

 

「何故です?」

 

「私が更識楯無だから……では駄目ですか」

 

一瞬、二人の間に沈黙が入る。がしかし、最初に沈黙を破ったのは十蔵であった。心なしか硬い表情をする楯無に十蔵は苦笑いを浮かべながら返事をする。

 

「……なるほど。蛇の道は蛇という訳ですね」

 

「ありがとうございます、轡木さん」

 

楯無は、十蔵からボックスを受け取り自分のそばに置く。それを確認した一段落着いたとばかりに、笑みを浮かべる。

 

「さて、堅苦しい話もここまでにしてそろそろお茶にしませんか?」

 

「……そうですね、頂きます」

 

いつもなら二つ返事で承諾するはずが、若干渋った事に疑問を覚えた十蔵は楯無に問いかけてみることにした。

 

「ひょっとして、体調が優れないのですか?」

 

「いえ━━━少しお茶に関して色々あったものですから……気になさらないでください」

 

「そうですか……もし、体調が優れないのでしたらあまりご無理はなされませんように」

 

「ありがとうございます」

 

楯無はいつも通りの微笑を浮かべながら返事をする。そんな彼女にはぐらかされる形となった十蔵はそれ以上の追求を諦めることにした。

 

 

学園祭が終わり、片付けをしている切嗣とラウラのもとへラウラから話を聞いたセシリアとシャルロットが駆け寄って来た。

 

「━━━それで、切嗣さんは大丈夫でしたの?」

 

「あぁ。私が責任をもって休み時間中切嗣の側に付き添っていたから心配ないぞ!」

 

「それはよかった━━━なんて言うと思ったかいラウラ?なんで君は切嗣がそんな状況になっていたのに、それを僕たちに報告しなかったの?確かに見つけた者勝ちとは言ったけど、それとこれとは話は別でしょ?」

 

シャルロットの鋭い指摘にラウラは思わず黙り込んでしまう。そんなラウラの事を不憫に思ったのか、切嗣が二人の間に割って入る。

 

「まあ待つんだ、シャルロット。ラウラが来てくれたおかげで一夏が暴走せずに済んだし僕も無事に済んだ。だから、あまりラウラの事を責めないであげてくれ」

 

「切嗣がそう言うなら……でも、これだけは覚えておいてね切嗣。君が思っている以上に、僕たちは君の事を大切に思っているんだ。だから心配をかけるのはこれっきりにして」

 

「……善処する」

 

シャルロットは切嗣の手を両手で包みながら心配そうな表情で切嗣を見つめる。そんなシャルロットの視線に気まずいものを感じたようで、切嗣は視線を逸らしながら返事をする。

 

「あのね切嗣、君ってやつはほんとにもう……いいこと思いついた。明日は確か学園祭の次の日だから学校は休みだよね?ちょういい機会だし、二人で遊びに行こうよ!━━━もちろんこの前のこともあるし、断らないよね?」

 

「うっ……」

 

シャルロットの隙のない攻勢に終始押される切嗣。がしかし、それを見逃すほど残り二人のセンサーは鈍ってはいない。

 

「切嗣さんは今日の疲れが溜まっていらっしゃるでしょうから、まだ今度にして差し上げませんか?……もちろん私が起こしに行かせて頂きますけど」

 

「いやいや、セシリアもシャルロットも今日の学園祭で疲れただろう?ここは私が━━━━」

 

「何言ってるんだよ、ラウラ。君こそ大変だったでしょ?ここは僕に任せて━━━」

 

「いや、ここは私が━━━」

 

(これはまずいことになったな……)

 

切嗣は3人が争っている隙にその場から背を向けて立ち去ろうとしたが、直後に凄まじい力で肩を掴まれる。切嗣が恐る恐る振り返るとそこには━━━

 

「どこへ行かれるおつもりですの?」

 

「僕たちから逃げようなんて……」

 

「これは“教育”が必要だな……」

 

光の消えた目で切嗣を見つめる3人の修羅の姿があった。

 

 

翌朝、切嗣は凄まじい寝苦しさに目が覚めた。

 

「うぅ……今何時だろう?」

 

時計を見ると時刻はまだ朝の6時半。休日の起床時間にしては異様に早い時間帯。どうやら原因は切嗣の周辺から発せられる暑苦しさにあるようだ。

 

「それにしても……なんでこんなに暑苦しいんだ?」

 

切嗣は左右に目を向ける。右隣にセシリア。胸元のはだけた水色のパジャマから露出している肌が何とも言えない色気を醸し出している。左隣にシャルロット。オレンジ色のパジャマ姿で切嗣の腕に胸を押し付けるようにしてくっついていた。そして、不自然に膨れ上がった布団の中。ラウラが一糸纏わぬ姿で切嗣の上に覆いかぶさっていた。

 

「目の錯覚に違いない」

 

切嗣は目の前の事態を錯覚と結論づける。そして、いつも通りに体を起こそうとしたところで、自分の周りから聞こえる規則正しい寝息に一気に現実に押し戻された。

 

「なんでさ……」

 

どうしようもないシチュエーションの前に、切嗣の呟いた言葉は誰の耳にも届くことはなかった。

 

 

「なんで皆さん、切嗣さんの部屋に集合していますの!?大体、ここは個室のはずですわよ!?」

 

「これはおかしなことを言うな、セシリア。切嗣の部屋の鍵が空いているのなら、見回りのために中に入るのは当たり前の行動だろうに」

 

「いやその理屈はおかしいと思う……昨日最初に切嗣と約束したのは僕なんだからさ」

 

起きて早々、セシリア達は切嗣をめぐって喧嘩を始めた。その様子を傍で見ていた切嗣はため息をつきながら天井を見つめる。どうやら、彼の平穏が訪れるのはまだ遠いらしい……。

 

 

「実は、相談があるんですが……」

 

「どうしたの?私でよければ話くらいは聞くよ?」

 

いつもの楯無との訓練。その休憩時間に一夏は楯無に相談を持ちかけた。

 

「俺は衛宮と何が違うんですかね?」

 

「色々あると思うけど、特に戦闘経験かな?詳しくは知らないけど、彼は学園に来る以前にどこかで傭兵か何かをした経験があるみたいだし……下手したら戦闘に関しては私よりも経験があるんじゃないかしら」

 

「いやいやいや、それは流石に言い過ぎじゃないですか?」

 

「ま、真相は彼以外誰にもわからないんだけど━━━」

 

おどけた顔をしながら、彼女は一旦言葉を切る。

 

「でも、少なくともISの知識に関しての勉強は相当やりこんでたみたいだよ?」

 

「と言うと?」

 

「これは衛宮くんのルームメイトだった本音ちゃんから聞いた話なんだけど、彼、毎晩寝る間も惜しんでIS関連の参考書を読みふけっていたらしいのよ」

 

「…………」

 

そこで、一夏は切嗣が一時期目の下が真っ黒になっていたことを思い出す。一夏自身、当時はそこまで切嗣の事を気にかけていなかった。がしかし、臨海学校直前に切嗣が体調を崩して入院した事を考慮すれば合点がいくのだ。

 

「それと、君は衛宮くんについて少し誤解してるところがあるね」

 

「誤解……ですか」

 

楯無が何を言っているのか分からずに、怪訝な顔をする一夏。

 

「ほら、夏休みの件だよ。あそこで衛宮くんがとった対応を貴方は許す事が出来ない……違う?」

 

「それは……」

 

違う、と言う事は出来ない一夏。事実そこで起こった出来事は、彼が切嗣との交流を断つ大きな原因となっているのだから。

 

「ISの強さを表す言葉として、『ISは一機で一つの都市を壊滅させることが出来る』と言う言葉があるよね?そして私たちはそれを賢く使うためにここでISに関する事を学んでいる。私は衛宮くんが取った行動も君の考え方もどちらかが正しいなんて決めることは出来ない、と思うの。ここで君に質問するね。一夏くんのクラスメイト10人がいて、そのうち4人が感染症に掛かったとするわ。その子達を救う方法はあるにはあるけど、助かる可能性はかなり低く失敗すれば残りの6人も死んでしまう。一方で4人を犠牲にすれば確実に6人は助かる。さて、君ならどうする?」

 

「…………」

 

いつもと変わらない微笑を浮かべた楯無からの予想外の質問に一夏は黙り込んでしまう。楯無は考え込む一夏の様子をしばらく眺めていたが、答えが出てきそうにないため、再び一夏に話しかける。

 

「はい、タイムアップ。こんな意地悪な質問をしちゃってごめんね。けど、これで君と衛宮くんの違いがはっきりしたでしょ?彼なら今の質問に対し4人を切り捨てる方法を取る、と答えたはず。現に夏休みにもそうした訳だし」

 

「……そうですね」

 

「君が彼にどういう感情を抱いているのか、私は詳しく知らない。けど、“正義”は一つだけじゃない。『正義の反対は悪』なんてそんな簡単には片付けられないの。正義の反対にあるのもまた別の正義。だから、私は彼だけを正しいなんて言うつもりはないけど、君が大局的に物事を見ることが出来る“目”を養ってくれる事を願ってる」

 

「……しばらく考える時間をください」

 

そう言い残し、一夏はアリーナを後にした。

 

 

9月27日。その日は一夏の誕生日であった。そして、ちょうどその日は学校が休みであり、親友である五反田弾の家で箒と鈴を招いて誕生日会が行われていた。

 

「「一夏!誕生日おめでとう!!」」

 

「ありがとう、みんな!俺のためにこんな誕生日会を開いてくれて。ほんとに感謝してるよ」

 

「何水臭いこと言ってんだ、一夏。ダチの誕生日をみんなで祝うのは当たり前のことだろ?うちの妹なんてお前の誕生日だからって普段しないのに、メイクなん━━━いてっ!何すんだよ蘭!」

 

最後まで言い終わる前に、弾の頭に鈍い衝撃が走る。もちろん、誰の仕業かは言うまでもない。

 

「バカお兄は黙ってて!!━━━すみません、一夏さん。見苦しいところを見せてしまいました」

 

「一夏が来ただけでこの変わりよう……ったく、自分の妹ながら恐し「何か言った?」━━━別に何も」

 

妹である蘭からの威嚇に弾は黙り込んでしまう。そして、唯一の障害である兄を封じた彼女は一気に攻勢を仕掛ける。

 

「そう言えば一夏さん!私も来年には、IS学園の生徒になれるかもしれません!」

 

「それは本当か!?」

 

「そうなんですよ!この前の適性検査でISの適性Aが出たんです!なので、後は来年の試験に合格出来れば━━━」

 

そこで蘭は言葉を切って、コップにジュースを注ごうとしたが肝心の中身がなくなってしまっていた。

 

「あれ?ジュースがもう無くなっちゃった……」

 

「俺が買ってくるよ」

 

「いえいえ、うちのバカお兄に買わせに行かせますんで一夏さんはゆっくりしてて下さい」

 

「お前なぁ……」

 

すかさず兄である弾に買いに行かせようとする蘭。しかし、一夏もゲストとして招いてもらっている身とはいえ、あまり負担を増やさせる訳には行かない。

 

「大丈夫だって。そこの自販機までだし、すぐ戻ってくるから」

 

「え、ちょ━━━」

 

「私も━━━」

 

蘭や箒の返事を聞かずに一夏は弾の家を後にする。目指すは歩いて3分のところにある自販機。駆け足で来た事もあり目的の自販機には1分以内についた。そして自販機でジュースを買い、弾の家に戻ろうとしたところで

 

「織斑一夏だな?」

 

「!?」

 

待ち伏せていたMと遭遇することになる。




もし、オータムと一夏の戦いを士郎or切嗣が見ていたら━━━

士郎(クラスメイトの一夏が危機に陥っている……助けなきゃ!!)

切嗣「(第四世代の操縦者が!)」)

おそらく思考回路はこうなるかと……


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第二十七話 変化

暑い晩夏の夜、加速した妄想はついに危険な領域へと突入する……!!


「お前……何者だ?」

 

「私はお前だ、織斑一夏」

 

「こんなところで禅問答をしてるほど暇じゃないんだけどな……」

 

そう軽口を叩きつつ眼前の相手を観察する一夏。見た目は少女時代の千冬と完全に一致している。その事に戸惑っている一夏に構うことなく、まどかは邪悪な笑みを浮かべながら胸のポケットから拳銃を取り出し一夏に向けた。

 

「私が私であるために……死んでくれ」

 

「な!?」

 

引き金を引くまどか。そして突然の出来事に対応が遅れた一夏。しかし、発射された弾が彼を打ち抜くことはなかった。何故なら━━━

 

「一夏に何をする!?」

 

自らのISである紅椿を部分展開した箒が一夏とまどかの間に割って入ったからである。

 

「箒!!どうしてここに!?」

 

「嫌な予感がして、お前の後をつけていたんだ。まさか本当にその予感が的中するとは思わなかったがな……」

 

一夏の言葉に返事をしながら目の前のまどかを睨みつける箒。箒とまどかの間に走る緊張の一瞬。しかし、先に銃を下ろしたのは以外にもまどかであった。

 

「……余計な邪魔が入ったか。だが覚悟しておけ、織斑一夏。私は必ずお前を殺しに行くぞ」

 

そう言い残し、まどかの姿は夜の闇へと消えていった。

 

「一夏!!」

 

「助かったぜ、箒」

 

まどかの姿が見えなくなったのを確認した箒はすかさず一夏に駆け寄る。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。そんな箒の様子を見て、一夏は極力いつもの様に振舞おうと務める。

 

「本当に無事でよかった。もう心配をかけないでくれ」

 

「そんな悲しそうな顔してると、いつもの凛としたかっこいいお前の顔が台無しだぜ。箒」

 

「~~~!何を言っているんだ馬鹿!!早く弾達のところへ戻るぞ!!」

 

頬を赤らめながら、一夏の手を引く箒。そんな箒の様子を不思議に思いながらも一夏は会場である五反田家へと戻っていった。

 

 

学園祭が終わり、一夏は楯無に呼ばれて生徒会室に来ていた。

 

「━━━それで、俺にしか頼めない用事って何ですか?」

 

「まあまあ、取り敢えず席に座って。取り敢えず美味しいお茶とケーキがあるんだけど、どう?」

 

「……はぁ。頂きます」

 

妙にそわそわしている楯無の様子を訝しみながらも、一夏は席に着く。数分後、一夏の目の前には美味しそうなロールケーキと心地よい香りを放つ紅茶が置かれていた。

 

「━━━で、話と言うのは?」

 

「ほ、ほら。紅茶も冷めちゃったら美味しくなくなるから早く飲んで!」

 

「……はい」

 

やたらと低姿勢な楯無の態度に、一夏もうすうす何かあると感じ始めていた。

 

「どう?ケーキと紅茶の味は?ちゃんと私が足繁く通って確かめた美味しいところの物なんだからね!」

 

「確かに美味しいですけど……会長。何か後ろめたいことがあるんじゃないですか?」

 

「!?」

 

ギクッと効果音が付きそうな勢いで楯無の体が硬直する。まるでイタズラをした子供が親に自分のイタズラを見つかってしまった時の様に。そしてその好機を見逃すほど一夏も馬鹿ではない。

 

「……そろそろ本当のことを話してくださいよ、会長!」

 

「……そうね。それじゃあ、一夏くん」

 

楯無は、先程までの対応がまるで嘘であるかのように素早く佇まいを直す。そして、一夏の前で勢いよく手を合わせ━━━頭を下げた。

 

 

「妹の事をよろしくお願いします!」

 

「……え?」

 

突然の出来事に間の抜けた声しか出せない一夏。どうやら一夏の受難はここから始まるらしい。

 

 

「妹さん……ですか?」

 

「……そう。名前は更識簪。容姿は私に似て美人だよ♪」

 

そう言って、楯無は携帯を開き画像を一夏に見せる。そこには確かに楯無と似た雰囲気を持っているものの、若干雰囲気の暗さを感じさせる少女が写っていた。

 

「とまあ、冗談はここまでにして。これは私が話したって誰にも言わないで欲しいんだけど、うちの妹って暗いのよね~」

 

「えらくバッサリ言いますね」

 

「まあ、隠してもしょうがないしね。それで本人の実力なんだけど━━━」

 

そこで楯無は一旦言葉を区切る。そして次に楯無の口から飛び出した言葉に一夏は耳を疑うことになる。

 

「かなり出来るよ。それこそ日本代表候補生になれるくらいに」

 

「日本代表候補生!?すごいじゃないですか!?」

 

楯無の口から飛び出した日本代表候補生と言う言葉に敏感に反応する一夏。それも当然といえば、当然のことなのかもしれない。なんといっても自分たちの祖国である日本の代表候補生なのだから。

 

「まあ……そうなんだけど、さ」

 

どこか落ち込んだ雰囲気を見せる楯無。その意味は次の言葉で明らかになる。

 

「本来なら専用機持ちになるんだけど……持ってないんだよね、専用機」

 

「……はい?」

 

専用機持ちのはずなのに専用機を持っていない。その矛盾に一夏はしばらく理解が追いつかない。

 

「つまりどういうことですか?」

 

「妹の専用機の開発に携わっているのは倉持技研……そして貴方と衛宮君のISの開発元も━━━」

 

「倉持技研。つまり俺と衛宮のISの整備により人数が割かれ、簪さんの専用機の開発が遅れているってことですか」

 

「そういう事。だからうちの妹のクラスである4組は専用機が必要となる大会には出場していないの」

 

なるほど、と一夏は内心納得する。確かに、専用機持ちであるはずの代表候補生が練習機で試合に出場するわけにはいかないだろう。

 

「それで、妹を頼むというのはどういう事ですか?」

 

「これは一般生徒には開示されない情報なんだけど、最近君が襲われた亡国機業によるISの強奪事件が頻発しているの。それを受けて我が校でも、各専用機持ちのスキルアップを図るべく、全学年合同によるタッグマッチを行うことになったの」

 

「まさか、その頼むというのは━━━━」

 

そこで楯無は再び一夏に手を合わせる。

 

「そう、お願い!そこでうちの妹と組んであげて!!」

 

妹の事を頼まれているとは言え、こう何度も生徒会長である楯無に頭を下げさせるわけには行かない。

 

「……分かりました。その簪さんには会長から頼まれたと言うのは伏せて、俺から誘えばいいんですね?と言うか、なぜこんな回りくどい真似を……」

 

「それは、その……」

 

そこでまたしても言い淀む楯無。ここに来て一夏は簪と楯無の間にある可能性を見出す。

 

「ひょっとして、仲が悪かったりとか……」

 

「う……」

 

露骨に落ち込む楯無を見て、一夏は自分の推理が事実であったことを察する。それと同時に一夏の脳裏にある姉妹の姿が思い浮かぶ。言うまでもなく箒と束である。姉妹間の不仲を解消しようと策を講じる姉と反発する妹。そんな姉妹を見て来た一夏に、楯無の依頼を拒否すると言う選択肢は存在しない。

 

「……とりあえず、俺の方から自然を装って接触してみますね」

 

「お願い。でもあの子結構気難しいところがあるから、言葉には気をつけてね?」

 

「了解しました。出来る限り最善を尽くすように頑張ります」

 

「!ありがとう!!」

 

こうして、一夏は楯無の依頼を引き受けた。それがどんな結果を招くことになるかも知らずに。

 

 

とある高級マンションの一室。そこの窓にはカーテンが閉じられ、中の様子を伺うことはできない。そこに腕を切断されたオータムの姿があった。

 

「くそっ!」

 

グラスに注いだワインを飲み終えたオータムは空になったグラスを壁に投げつける。粉々に砕け散るグラス。そしてまた新しいグラスを探して、そこにワインを注ぐ。一夏のISを強奪する作戦が終了して以来、この光景は日常になっていた。

 

「そこまでにしておきなさい、オータム。これ以上は体に良くないわ」

 

再びワインを煽ろうとするオータムの肩にスコールが手をかける。その動作からは仲間以上の親しみが感じられる。がしかし━━━

 

「っ━━━!!」

 

オータムは肘から下が無い右腕でスコールの手を振り払ってしまう。バシッと乾いた音が響き、スコールはため息をつきながら叩かれた手を戻した。

 

「━━━す、すまねぇ。こんなことになっちまうなんて……」

 

「しょうがないわ。隙を見せていたとは言え、私達亡国機業の幹部である貴女の腕を切り落とすほどの実力の持ち主なんですもの。貴女が生きていてくれただけでも私は嬉しいわ」

 

「スコール!私は、私は━━━」

 

自分の不甲斐なさに耐え切れなくなったオータムの目から大粒の涙が流れ出す。しかし、その涙が頬を伝うことはない。目尻から流れ出した涙は頬を伝う途中でスコールの指によって掬われる。

 

「すまない、本当にすまない……」

 

「今はゆっくり傷を癒すことに集中して。私には貴女が必要なのだから」

 

スコールはもう片方の手でオータムを抱き寄せる。一瞬、ビクつくオータムだったがスコールに抱き寄せられた事で安心したのか、一分もかからずにそのまま眠りについた。

 

「衛宮切嗣……私の大切な存在を傷つけた貴方を、決して許しはしない」

 

眠りについたオータムをベッドまで運び終えたところで、スコールは心底忌々しそうに彼女の倒すべき相手の名前を口にした。

 

 

学園祭から数日が経過したある日の放課後。HRが終わり、切嗣は教室を出たところで廊下の掲示板の前に人だかりが出来ていることに気づいた。

 

「……専用機持ちによる全学年合同タッグマッチ?」

 

「そうですわ!私と切嗣さんで張り切って優勝を目指しますわよ!!」

 

「いや、まだ誰と組むかすら考えていないんだが……」

 

目を輝かせながら力説するセシリアに若干引き気味の切嗣。一方で切嗣がまだフリーである事を聞いた生徒たちはすぐさま切嗣に駆け寄る。

 

「え、何?衛宮くんまだ誰と組むか決まってないの?」

 

「なら私と━━━「私を捨てる気か、切嗣!」「だめだよ切嗣。君は僕と組むことが決まっているんだから」!?」

 

取り巻いていた生徒たちの中から聞き覚えのある声が聞こえた為、切嗣がそちらの方に振り向くと、そこには額に青筋を立てながら凄くイイ笑顔を浮かべるシャルロットとラウラの姿があった。

 

 

一方で、一夏もパートナー探しに奔走していた。

 

「えっと……君が更識簪さん、だよね?」

 

「…………」

 

鈴や箒からの誘いを断り、簪をパートナーに誘う一夏だが、予想通り簪からのリアクションは芳しいものではなかった。一夏の問いに首をわずかに縦に振るだけで答える程度。どうやら道のりはまだまだ険しいらしい。

 

「俺の名前は織斑一夏。よろしく」

 

「……知ってる」

 

「知ってるのなら話は早いな。今度のタッグマッチだけど、俺と一緒に組んでくれないか?」

 

「……嫌」

 

帰ってきたのは小さい声であったものの明確な拒絶。流石に楯無からの頼みであるとは言え、こうも取り付く島もない状況では突破口は開けない。

 

「まあまあ。そんなこと言わないでないさぁ、頼むよ~」

 

「……大体、なぜ私に頼むのか理解出来ない」

 

「え~と、君の専用機が見てみたいから、じゃだめかな?」

 

「っ!」

 

その言葉を聞いた瞬間、簪は思い切り一夏の頬を打っていた。パン!と乾いた音があたりに響く。楯無から口には気をつけて、と言われた直後の失敗。一夏が自分の言動を反省している間に、簪は走り去ってしまった。

 

 

「そう言えば、何で妹さんは整備課に専用機の完成の手伝いをしてもらわないんですかね?」

 

「それは多分、私が一人で自分のISを組んだからじゃないかな」

 

「自分でISを組み上げたんですか!?」

 

一人でISを組み上げる。それなら確かに自分の完全オーダーメイドの機体を作り上げることができる。しかし、その為には凄まじい才能と知識がなければそれを成し遂げるのは不可能になるのである。

 

「まあ、七割方完成していたから簡単だったけどね。それにしても、あの子が一夏くんの頬を叩くなんて。そんな非効率な事しないはずなのにね……ひょっとしてお尻でも触った?」

 

「そんなわけないじゃないですか!」

 

楯無の冗談を真面目に返す一夏。

 

「でも、そう考えると一夏くんは案外脈ありなのかも……」

 

「またその手の冗談ですか。もう騙されませんよ」

 

「当たって砕けろ、よ。もう一度行ってきなさい」

 

「この状況でその選択肢は絶対に嘘ですよね!?」

 

「……まあ冗談なんだけど」

 

「…………」

 

楯無の掴みどころのなさに、何とも言えない気持ちになる一夏。そんな一夏の気持ちを知ってか知らずか、楯無は更に言葉を続ける。

 

「とにかく、簪ちゃんの事よろしく頼んだわよ。それと機体の開発も手伝ってあげて」

 

「……分かりました」

 

「じゃ、後はまかせたわね~」

 

そう言うと、楯無は軽やかな足取りで一夏の部屋から去っていった。

 

 

一夏が簪に接触を始めてから、まもなく一週間が経とうとしていた。時間を見つけては声を掛けてくる一夏とそれを頑なに断り続ける簪。その二人の行動が周囲の注目を浴びる様になるまでに、そう長い時間はかからなかった。

 

「ねぇねぇ、聞いた?一夏くん、今度の専用機タッグマッチに四組の更識さんを誘っているらしいわよ?」

 

「うん知ってる!でも、当の本人は一夏くんの事を避けてるみたいなんだよね~。この前も食堂で何か揉めてたみたいだし……」

 

「あの子、自分に相手を選ぶ権利なんてあると思っているのかしら……」

 

「ちょっと、いくらなんでも「っ!!」!?」

 

噂話をしていた女子の横を簪は逃げるように通り過ぎる。明らかなお節介と謂れのない中傷。そして何より、彼の周りには専用機を持った幼馴染が居ると言うのに、どうして自分に声を掛けてくるのか。その事で彼女の頭は一杯であった。

 

(いい加減……放っておいて欲しい……!!)

 

簪は何も言い返せない自分への苛立ちと誰にも悩みを打ち明けられない苦しみに苛まれていた。そこに遭遇してしまった一夏には━━━

 

「お~い、更識さん。一緒にタッグを組もうぜ」

 

「やめてよ!!私は貴方なんかと一緒に組みたくないの!!」

 

簪からの強烈な拒絶が待っていた。休み時間の廊下に響き渡る簪の大声。注目を浴びる形となってしまった簪は自らの軽率な行いを猛烈に後悔する。

 

「……そっか。ごめんな、何回もしつこく声をかけちまって。もう更識さんの邪魔はしないよ」

 

「……」

 

そう言い残し、簪に寂しそうな背を向けて廊下を歩き始める一夏。

 

(またやっちゃった。お節介とは言え、彼にあんなに辛く当たっちゃうなんて……。やっぱり嫌われちゃったよね。ごめんなさい……織斑君)

 

もう二度と話す事のないであろう一夏に、簪は心の中で静かに謝罪の言葉を口にした。

 

 

(お願い、今回こそは……)

 

放課後の第六アリーナ。簪はモニターを確認しながら自機である打鉄弐式を装着し、試運転を行っていた。徐々に高度をあげ、学園の象徴とも言えるタワーの外周を巡る簪。そして簪の目に映る夕日。

 

「……綺麗」

 

一瞬、周りの風景に心を奪われる簪。そして歯車は動き始める。

 

「!?」

 

襲ってきたのは想定外の衝撃。突然の事態に動揺しつつも、機体の異常を確かめる簪。原因はすぐに判明した。右脚部スラスラーが爆発し、それにより姿勢制御装置が機能しなくなっていたのだ。

 

(このままじゃ……いけない!)

 

何とか空中で体勢を立て直そうとする簪。しかし、その努力を嘲笑うかの様に地面に向かってスピードを上げながら落ちていく機体。

 

『もう助からない』

 

『結局、何も出来ないまま自分は死んでいくのか』

 

「っ!!」

 

そんな後ろ向きな感情が彼女の心を埋め尽くしていく。そして地面に落下する直前、絶対防御があるとは言えただでは済まないであろう衝撃を想像し、思わず目を瞑る簪。しかし、その衝撃は想定していた弱く中々地面に落ちる様子はない。何が起こったのかを確認するために簪は目を開ける。するとそこには━━━

 

「大丈夫か、更識さん!?」

 

白式を展開し、必死で自分を支える一夏の姿があった。

 

「……なんで、助けたの?」

 

「困っている女の子を助けるのに、理由なんていらないだろ?」

 

「!!」

 

彼にとっては何気ない一言。しかし、その言葉は凍ったままの彼女の心を大きく動かす。それはいつか夢にまで見た光景。ピンチに陥った自分を颯爽と救ってくれる正義の味方。少なくとも今の彼女には、一夏の姿はそう映っていた。その事を知ってか知らずか、頬を紅潮させている簪に一夏は容態を尋ねる。

 

「?大丈夫なのか?」

 

「……大丈夫……だから、その……顔が近い」

 

「わ、悪い!!」

 

簪の言わんとしていることに気付いて、彼女から顔を離す。ちなみに一夏はお姫様抱っこの状態で簪を支えていたため、恥ずかしくなった彼女は一夏の腕からすり抜けるようにして床に足を下した。

 

「なんか……ごめんな、更識さん?」

 

「簪でいい」

 

「そっか……なら、俺の事もこれから一夏って呼んでくれよ」

 

「……考えとく」

 

そう言うと、彼女はどこか嬉しそうにしながらアリーナを後にした。




おそらく、今回以降簪がキーパーソンになるかもしれません……。


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第二十八話 凶刃

投稿が遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。これからは一定のペースでの投稿が出来るようになると思いますので、よろしくお願いします。


翌日、一夏は一週間後に迫ったタッグマッチに向けて簪の説得をするべく、再び4組に来ていた。

 

「簪さん、一緒にタッグマッチに出てくれないか?」

 

「……いいよ」

 

「だろうな~、でもそこをなんとか「だから……いいよ、と言っている」本当か!?」

 

簪からの意外な言葉に一夏は驚いた。今まで尽く断られ続けていたのにも関わらず、ようやく同意を得ることが出来たのだからそれも当然なのかもしれない。

 

「自分から提案しておいてなんだけど、どうして組んでくれることになったんだ?」

 

「……何となくだけど……君となら……上手くやっていけそうな気がする……から」

 

「そ、そっか……ありがとな」

 

少し頬を赤く染めながら、上目遣いでそう返してくる簪に一夏は思わず見とれてしまった。

 

「━━━ところで、タッグを組むのが決まったけど、簪の機体の細かい設定とかどうしよう?」

 

「…………」

 

実はそのことに関して、彼女自身、自分のISに搭載するデータが不足していることを自覚しており、どのようにして入手すればよいのか思案していた。

 

「っと、実はこんなものがあるんだが……」

 

「?」

 

あからさまに落ち込む簪を見て、おもむろにポケットに手を突っ込む一夏。そして、ポケットから出してその手にはISデータに関する大容量記憶媒体が握られていた。

 

「とあるISに関するデータ。よかったら使ってみるか?」

 

「……ありがとう」

 

(ごめんな……簪)

 

ほほえみを浮かべながら、記憶媒体を受け取る簪。一方で罪悪感からか、そんな簪から向けられる笑顔を直視することができない一夏は、心の中で簪に謝罪する。『とあるISのデータ』。その表現は正しい。がしかし、誰のものかが明かされていない。後にそれが原因で、ひと波乱起きる事になる。

 

 

「よかった、簪ちゃん喜んでくれたみたい」

 

「貴女という人は……」

 

二人の様子を覗き見ながら話をする切嗣と楯無。ほっと一息とばかりに安堵の表情を浮かべる楯無に対し、その様子を冷ややかに見つめる切嗣。切嗣は当初一夏を通じて簪に楯無のISである『ミステリアスレイディ』のデータを渡すことに難色を示していたが、楯無の強い要望により実現することになった。

 

「もしも妹さんにバレた時は、どうするつもりですか?」

 

「……この事は私達3人しか知らないし、この中の誰かが漏らさない限りバレることはないから大丈夫だよ」

 

「…………」

 

楯無からの返事を聞きながら、切嗣は2人の様子を遠くから眺めていた。

 

 

「やぁ」

 

「……どうも」

 

放課後、教室を出て剣道部の部室に行こうとしていた箒に楯無が声をかける。

 

「ちょっと話したいことがあるんだけど……少し時間大丈夫?」

 

「部活があるので、あまり長くは……」

 

「そこは大丈夫。手短に終わらせるから」

 

手短に済ませると言う言葉を聞き、箒は一旦荷物を廊下の棚の上に置く事にした。

 

「それで、私に用というのは」

 

「私と一緒に専用機のタッグマッチに出場してもらえないかしら?」

 

「……お気持ちは大変嬉しいのですが、私は一夏と組もうと考えておりまして」

 

突然の申し込みだったこともあり、丁重に断りを入れようとする箒。しかし、楯無からの次の一言が箒の態度を一変させる事になる。

 

「その一夏くんが私の妹と組むことになったとしても?」

 

「……何ですって?」

 

楯無の言葉で額に青筋を浮かべる箒。どうやら一夏が自分に何も言わずに勝手にパートナーを組んでしまったことに腹を立てているらしい。

 

「一夏ぁぁぁ……」

 

「そして私も可愛い簪ちゃんの為にも、一夏くんとくっつくのは阻止したい━━━ねえ、私達協力しあえると思わない?」

 

不気味な笑みを浮かべながら握手をする楯無と箒。ここに異色のタッグが結成された。

 

 

「……どうかしたの?」

 

「いや、何故か悪寒がしたからさ」

 

「おりむーは歩くフラグ製造機だからね~、またどこかで誰かにフラグをたてちゃったんじゃないかな」

 

そうとは知らない一夏たちはISの整備のため整備科志望の本音の申し出によりメンテナンスを頼んでいた。

 

「ところで、かんちゃん。打鉄弐式の火器管制システムと制動システムってどうなってるの~?まだ完成してないなら私が手伝おうか~?」

 

「……二つとも私がやらなきゃ意味がない。……だから、本音は「シールドエネルギーの出力調整でしょ~?」……ありがとう」

 

「はいはい、任されましたよ~っと」

 

慣れた手つきでパネルを操作する本音。その様子を後ろから眺める一夏だったが、ふと誰かの視線を感じそちらの方に振り返ると、そこには一夏を冷ややかな目で見つめる簪の姿があった。

 

「……私の親友を変な目で見ないで」

 

「それは言いがかりだろ?別にそんな目で見てないぜ?」

 

「おりむーのえっち~。面白そうだから、明日箒ちゃんに教えておこっと♪」

 

「な、のほほんさんまで!?」

 

簪に突然指摘されたことに驚いた一夏の反応が面白かったようで、この後整備が終わるまで一夏は本音に弄られ続けることになる。

 

 

簪とのタッグマッチまで残り3日。簪との演習でISエネルギーの効率的な運用方法を学んだこともあり、一夏の動きも洗練されて来ていた。そんな折、簪はタッグマッチのパートナーである一夏を労うために調理場でクッキーを作り、寮にある一夏の部屋まで持って行こうとしていた。

 

(味見もしたし、一夏くん喜んでくれるかな……)

 

少し頬を赤らめそんな事を考えながら歩いていると、いつの間にか一夏の部屋のすぐ近くまで来ていた。がしかし一夏の部屋の前まで来たところで部屋の中から姉である楯無の声が聞こえたため、簪は部屋に入るのをやめ中の話に聞き耳を立て始める。

 

(姉さん……なんで一夏くんの部屋に……?)

 

「━━━良かった、上手くいったみたいね。私のデータは役に立ったでしょ?」

 

「今だから言えますけど、正直あのデータを渡すときは、少し勇気が必要でしたよ」

 

「まあまあ、いいじゃない。結果として簪ちゃんからの好感度も上がったみたいだし」

 

(好感度……?どういう……事……)

 

簪の戸惑いをよそに会話は進んでいく。

 

「先輩の頼みとは言え、今のままじゃ簪の事を騙してるみたいで……」

 

「騙してるなんて失礼な!あの子にも男友達が出来て、貴方も美人な私の妹とタッグを組める。良いことづくめじゃない」

 

(何……?一夏くんは姉さんの頼みで私と組んだって事……?それじゃあ今まで浮かれていた私って……)

 

思わずクッキーが入っていた袋を強く握り締める。思い切り握り締めたためか中のクッキーが砕けてしまうが、今の彼女はそんな事など気にもならない。

 

(馬鹿みたい……。もう……訳が分からない)

 

粉々になったクッキーの入った袋を一夏の部屋の前に落とすと、彼女は何事もなかったかのようにその場をあとにした。

 

 

(結局、私は姉さんに追いつくことは出来ないんだ……)

 

一夏の部屋の外で聞いてしまった楯無と一夏の会話。逃げるように部屋に戻った簪は一人ベッドにうつ伏せになっていた。

 

『貴女は何もしなくていい』

 

『私が全部してあげる』

 

『だから貴女は━━━』

 

(嫌だ、その先は聞きたくない!!)

 

彼女の心の中に入り込む絶望という名の闇。その声は簪の意思に反して、濁流のように彼女の心の拠り所を飲み込んでゆく。

 

『専用機さえ自作することが出来れば……』

 

彼女の最大の目的すらも姉の梃入れによって藻屑と消えてしまった今、彼女の心境を推し量ることは出来ない。簪はベッドの毛布を頭からかぶる。目の前の現実を否定するために。そして、自分の心の中に巣食うどす黒い“何か”に飲み込まれぬように。

 

『だから貴女は一生、私の影に隠れてなさいな』

 

 

早朝、簪は重く感じられる体を何とか起こそうとする。目覚めは最悪と言っても過言ではないだろう。それでも彼女は起き上がらなければならなかった。何故なら今日は、簪にとってはデビュー戦になるのだから。

 

(……体が重い……でも、起き上がらなきゃ)

 

どうにか身体を起こし、隣で寝ているルームメイトを起こさないように用意していた制服に袖を通す。そうしてあらかた準備が整ったところで、不意に誰かが部屋のドアをノックした。

 

「簪、起きてるか?」

 

「!?」

 

一夏の性格から予想しうる行動であったものの、簪にとって昨日の今日で会いづらい相手であることは変わりない。簪は大きく息を吸い込んで、気持ちを落ち着かせる。そして、カバンを持ち忘れ物が無いかを確認しドア越しに返事をする。

 

「……ちょっと待ってて、今行くから」

 

「おう」

 

思考を切り替えるべく、簪は大きく深呼吸をする。そうして彼女は一夏に会うべくゆっくりドアを開けた。

 

 

楯無によるタッグマッチの開会式の挨拶が行われ、早速対戦相手が開示される。そしてそこには━━━

 

「嘘……こんな事って……」

 

『更識簪&織斑一夏VS更識楯無&篠ノ之箒』

 

何としても超えなければならない相手が表示されていた。

 

「あちゃ~、まさか一回戦からたっちゃんに当たるとはねぇ……」

 

「えっと……黛先輩、でしたっけ?」

 

不意に後ろから聞こえてきた声に一夏が振り返ると、一学期の学内新聞の取材時に自分たちの写真を撮影した黛の姿があった。

 

「こりゃあ、一夏君に賭けていた子は少なからず落ち込んじゃうかも……」

 

「何と言っても“学園最強”ですからね……。無論、負ける気はありませんが」

 

「おぉ、随分と強気な発言だね?その根拠は?」

 

「やってみない事には分かりませんから」

 

黛からの発言に堂々と答える一夏。そんな一夏の発言に関心を持った黛が彼に詳しく話を聞こうと近づいたその瞬間━━━アリーナに凄まじい衝撃が走った。

 

 

「一体何が起こっているんだ!?」

 

「何者かがアリーナに侵入したようです!監視カメラからの映像を転送します」

 

アリーナに備え付けられた管制室。そこでは学園への謎の侵入者への対応に追われていた。千冬の判断で既に警報を発令し、生徒たちの避難誘導もおこなっているものの、後手に回らざるを得ない。

 

「映像が来ました。これは……あの時の無人機でしょうか?」

 

真耶からの質問に千冬はしばし考え込む。一見すると前回と同じ無人機ではあるが、宙に浮いている謎の物体から新型機の可能性が高いと千冬は判断した。

 

「詳しくはしらんが、あれは前回の機体の新型だろうな」

 

「新型……ですか?」

 

「あぁ。おそらく奴はかなりの改良を施されているに違いない。生徒たちには間違っても交戦しないように厳命しておこう。制圧部隊はセキュリティロックの解除が終わり次第、単独ではなくツーマンセルで突入するように」

 

「分かりました!他の先生たちにもそう伝えて来ます!!」

 

真耶は千冬にそう返事をすると、そのまま急ぎ足で管制室を出て行った。

 

「……やってくれたな」

 

管制室に残った千冬は小さい声でそう呟く。幸い、千冬の声がだれかの耳に入ることはなかった。

 

 

 

目を瞑り何とか立ち去ってくれる事を願う簪。しかし無情にも目の前の無人機は一歩一歩簪に向かって近付いてくる。そして無人機は簪が装備していた薙刀を片手で叩き落とし、恐怖のあまり動けないでいる簪に向かって左手をかざした。ISを装着した状態のシャルロットの腕を焼くほどの威力を持った熱線が放たれれば、まず無事に済むことはありえない。

 

(助けて、一夏くん……)

 

「やらせるかよ!」

 

懐かしい声が聞こえたところで、目の前から放たれていたプレッシャーが遠ざかる。簪が恐る恐る目を開けると、そこには白式を展開し簪と無人機の間に割って入る一夏の姿があった。どうやら一夏は両手で構えた雪片弐型で相手の左腕を弾いたらしい。

 

「……本当に来てくれたんだ」

 

「あぁ。これ以上誰も傷つけさせない」

 

「!!」

 

小さい頃から憧れていた、画面の向こう側で颯爽と現れて人々の窮地を救う完全無欠のヒーロー。そして自分の危機に現れてくれた一夏。無意識のうちに彼女の中でその姿が結びつこうとしていた。

 

「くらえっ!!」

 

一夏は右腕に展開した雪邏から荷電粒子砲を無人機に向けて放つ。しかし、敵はそれを見切っているかのように身体をわずかに反らすだけで避けてしまう。そして一夏がビームを打ち終えるのと同時に踊りかかってきた。楯無との訓練の成果もあってか、一夏は慌てることなく雪片弐型を展開し無人機との鍔ずり合いを行う。がしかし、一瞬の拮抗の後にだんだんと体の大きさもあってか一夏が押し込まれ始める。

 

「このままだときついな……楯無先輩!」

 

「了解!」

 

一夏の声に答えるように無人機に向かって大量の弾幕が降り注ぐ。一歩間違えれば一夏にも当たりかねない状況。しかし、楯無の放つ銃弾は弾幕から逃れようと回避行動を取る無人機を的確に撃ち抜く。本人の努力にもよるが、彼女の場合それに加えて有り余る才能により、最小限の労力で最大限の効果を発揮している。その事実を簪は改めて痛感せざるを得ない。

 

(また『姉さん』なの……?)

 

自分が足を引っ張ることを恐れて参戦することが出来ない簪。そんな彼女の思惑をよそに戦いは進む。

 

「いくぞ!」

 

高速で無人機に接近した箒の二刀流による斬撃で無人機は右腕のブレードを弾かれ大きく体勢を崩す。そこに楯無のランスによる一点突破の一撃。咄嗟に無人機は左腕でガードするがそこに箒のブーストが加わり勢いを増したランスは無人機の左腕の装甲を大きく削る事に成功した。

 

「よし!これなら━━━行ける!!」

 

「一気に畳み掛けちゃえ!」

 

左手の装甲を大きく削られ、いくらか驚異が少なくなったはずの無人機。しかし━━━

 

「馬鹿な!?」

 

驚きの声を上げたのは一夏。反撃の時間を与えないように楯無の銃弾による援護を受けつつ、瞬間加速を使い無人機に突撃を仕掛けたのだが、一夏が無人機の側に近づいた瞬間、無人機は信じられないような反射速度で斬撃を受け流し、一夏の腕を掴む。一方腕を掴まれた一夏はなんとか脱出を試みるが、無人機が一夏を手放すことはない。そして無理やり一夏を手元に引き寄せたところで、一夏の腹部に強烈なボディーブローを放つ。

 

「ごほっ!?」

 

胃からせり上がってくる嘔吐感をなんとか押さえつける一夏。だが、無人機の攻撃はこれだけで終わらない。突然、一夏に撃ち込まれた左腕の拳が光を放ち始める。

 

(これはやばい!!)

 

左腕から熱線が放たれる直前、一夏は身体を捩る事で回避を試みる。そのおかげで直撃は避けられたのだが━━━

 

「ぐあぁぁぁ!!」

 

完全に避けらなかったらしく、腹部の右半分が焼け爛れてしまっている。一方無人機はもう一夏に用はないとばかりに、満身創痍の一夏を放り投げた。床に叩きつけられ、ピクリとも動かない一夏。それを見た更識姉妹の反応は大きく違った。

 

「あ……あぁ……」

 

恐怖で足が竦んで動けないでいる簪と

 

「…………」

 

静かにランスを構え、相手を睨みつける楯無。

 

「━━━━」

 

刹那、楯無の姿が消える。いや、消えたと錯覚してしまうほどの速さで無人機に接近する楯無。それに反応する形で無人機も左腕から熱線を撃とうとするが

 

「遅い」

 

無表情の楯無が発射口にランスを突き立てる。発射口を塞がれ行き場をなくしたエネルギーがどうなるのか。結果は言うまでもない。その瞬間、無人機の左腕が吹き飛んだ。

 

「…………」

 

爆発の衝撃を避けるために後ろに飛んで距離を開ける楯無。対する無人機の左腕は外装が完全に吹き飛んでおり、だらんと垂れ下がっている状態である。一見すると最早死に体。しかし、今の楯無には欠片の油断もない。再びナノマシンを制御し穂先を再構成する。

 

「死になさい」

 

そう言うやいなや再度無人機に躍りかかる楯無と箒。

 

「なっ!?」

 

その穂先が突き立てられようとした瞬間、無人機はボロボロの左腕を盾がわりして防ぎ、右腕で反撃してきた。楯無はそれを寸前で回避すると、再び鋭い突きを入れる。それを防ぐ無人機。目まぐるしく入れ替わる攻防。わずかな時間の間に彼らは数合以上切り結ぶ。ISによる補助があるとは言え、人間である以上体力の消耗は避けられない。僅かながらも徐々に疲弊する楯無。そしてそれを黙って見ている無人機ではない。そして痺れを切らした楯無の突きを右腕のブレードで受け流しつつ接近、懐に入ったところで回し蹴りを放つ。その攻撃を身体を逸らすことでどうにか回避する楯無。しかしこのやり取りを境に状況は一変する。左手を失っているとは言え、片腕のブレードを駆使してクロスレンジの戦いを行う無人機をランスで相手にする上でリーチを潰されるのはかなりのマイナスになってしまう。

 

(これは……マズイかも!!)

 

先程とは違い防戦一方になっている楯無。そんな楯無とは反対に勢いを増す無人機の斬撃。そしてついに無人機が楯無の右腕を切りつけた。

 

「ぐっ」

 

どうにか痛みを堪えて、距離を開ける楯無。どうやら傷は思ったよりも大きく無いようだが、腕に力が入らなくなっており武器を取り落としてしまう。そこに襲い掛かる無人機のブレード。無手の彼女に凶刃が迫る。

 

「させるかぁ!!」

 

「!」

 

しかし、その刃は彼女に触れる寸前に何者かによって防がれる。倒れたはずの一夏である。一夏は歯を食いしばりながらも無人機と鍔ずり合いを繰り広げる。既にエネルギーは底をつきかけており、パワーアシストも受けられない状態。にも関わらず、一夏は腹部から走る激痛を堪えつつも反撃の好機を伺っていた。

 

ゴーレムと一夏の斬り合いは予想以上に長引いている。と言うのも、腹部の大火傷を負っているはずの一夏の奮闘により戦いは膠着状態に入ろうとしていたのだ。がしかし━━━

 

「ぐっ!!」

 

大振りになった一夏の斬撃を回避したゴーレムの放った回し蹴りが一夏の負傷した部分を直撃した。痛みを必死に堪える一夏だが、それを見逃す相手ではない。

 

「このっ━━━」

 

ゴーレムは明らかに先程よりも鈍くなっている一夏の攻撃を身体を僅かに動かして避けた後、再び同じ場所に残った腕で拳を叩き込んだ。

 

「……すまん箒。後は任せた」

 

「任されたぞ、一夏」

 

「!?」

 

一夏の身体が崩れ落ちる刹那、ゴーレムの後ろに紅椿を纏った箒が超高速で接近。装備した雨月をがら空きになっているゴーレムに向かって振り落とした。

 

「━━━!!」

 

しかし、ゴーレムの反応速度はそれ以上に速く、残った腕で箒の斬撃を受け止められてしまう。が、そこで止まるほど箒の一撃は軽くはなかった。

 

「私が、一夏を、護って見せる!!」

 

ブレードを持つ腕に渾身の力を込める箒。そして、箒の雨月を受け止めていたゴーレムの腕に亀裂が生じた瞬間ーーー

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

箒の雨月が縦に一閃。その威力は、ガードしていた腕ごとゴーレムの装甲を紙のように切り裂く。そして、分厚い装甲の奥から動力源であるコアが露出した。

 

「そして、これでチェックメイトだよ」

 

そう言って楯無は『何か』を剥き出しのコアに向かって投げつける。そして、それは吸い込まれる様にしてコアに向かって飛んでいき、大爆発を起こした。普通の攻撃では傷一つつかないほどの強度を誇るレアメタルで作られたISコア。爆発の煙が無くなった後、其処には原型を留めないくらいに吹き飛ばされたゴーレムの身体と一目で修復不能と分かるくらいに破壊されたコアがあった。

 

「……これで私達の勝利、って訳ね」

 

「えぇ。急いで一夏を病院に運びましょう」

 

そう言うと、箒は急いで端末を取り出し電話をかけ始めた。楯無も一夏の意識の確認をする為に、呼びかけを行っている。一方でコンビであった簪は慌てて一夏に駆け寄ろうとするが、

 

「下がってて!!」

 

楯無にそう言われてしまい、側で一夏の意識が回復するのを祈っているしかなかった。

 

 



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第二十九話 接敵

すみません、編集の都合上いつもよりかなり短めになってしまいました。


一夏と楯無が無人機と奮戦している一方で、切嗣も侵入者との戦いに巻き込まれようとしていた。

 

学園内での行事が行われている時を狙った様に起こる襲撃事件に対し、切嗣はアリーナのメンテナンスルーム付近で待機していた。程なくして突然鳴り響くアラート音と勝手に閉まり始めるシェルター。

 

(やれやれ、次はどんな相手が来ることやら……)

 

自律起動するゴーレムにISを纏った侵入者。前回の襲撃を踏まえても、あまりの襲撃の多さに内心苛立ちを露わにする切嗣。がしかし、間もなく何者かがメンテナンスルームに侵入して来た。

 

(相手はどうやら一人。少し様子を見るか……)

 

そんな切嗣の思惑を知ってか知らずか、侵入者は切嗣の存在に気づかない様子で、持っていたカバンの中からノートパソコンを取り出し、学園内のサーバーにアクセスし始めた。

 

(やはり僕の存在には気づいてないみたいだな)

 

切嗣は胸のホルスターからコンテンダーを取り出し、出来るだけ物音を立てないようにしながら侵入者の背後に回り込む。

 

「……やはり現れたか、衛宮切嗣」

 

「!!」

 

そう言い終えたところで、侵入者のキーボードを打つ手が止まる。

 

「……今から僕の質問に答えてもらう。君に拒否権はない」

 

いきなり自分の名前を読んだことに内心驚きながらも、侵入者の様子を確認しつつ尋問を始める切嗣。

 

「もし私が黙秘したら?」

 

「心配しなくていい。その時は君の頭に大きな穴が開くだけだ」

 

「……そう」

 

目の前の侵入者に動揺は見られない。どうやらこういった状況には慣れているらしい。その事により一層警戒を強める切嗣。

 

「お前は篠ノ之束の部下なのか?」

 

「……答えるつもりはない」

 

「どこで僕の情報を手に入れた?」

 

「マスターから貴方に関してのパーソナルデータは入手済みだ。貴方は私がゴーレムを陽動に使い、本命であるここに乗り込んでくることを想定していたはず。それを見抜いていたマスターは敢えてその作戦に乗ることで、単身向かって来るであろう貴方を討つことにした」

 

「……もし僕が複数人で待ち伏せしていたらどうするつもりだったんだ?」

 

「その時は仲間を排除してから、貴方を相手にすればいいだけの話。いくらか腕に覚えがあるみたいだけど、IS学園の一生徒である貴方たち相手に不覚を取るとは思えないから」

 

そしてゆっくり切嗣の方に振り返る侵入者。その黒と金の眼が切嗣の方に向いていた。

 

「そういう訳で、マスターの命により貴方を拉致させてもらう」

 

「やはりアリーナでの破壊工作はあくまで囮、と言う訳か」

 

「それを今からやられる貴方に言う必要はない」

 

「……来い」

 

目の前から消える侵入者。すかさず切嗣は後ろに蹴りを放った。

 

「!?」

 

思わず防御する侵入者。明らかに隙を付いた筈であった。しかし、それを見切ったかのような切嗣の反撃に驚かざるを得ない。

 

「今の攻撃を見切られるなんて……」

 

「この程度の速さなら……見切れる」

 

「実戦経験はあるようだな。やはり貴方はマスターにとって危険な存在。全力で行く」

 

互いに距離を開ける二人。しかし、依然として互いの間合いに入っている事に変わりはない。

 

「ふっ!」

 

「!!」

 

次に仕掛けたのは切嗣だった。相手の側頭部を狙ったハイキック。すかさず女性は腕で防御しようとするが、途中で蹴りの軌道が変わる。彼の本当の狙いはそこではなかったのだ。

 

「くっ!?」

 

切嗣の蹴りが侵入者の膝に当たる。切嗣の放った蹴りは的確に膝の靭帯を損傷させていた。想定外の苦痛に対し、思わず苦悶の表情を浮かべる侵入者。しかしそれで攻撃の手を緩める切嗣ではない。足に意識を集中させたところで、ガードが緩んだ頭部へのハイキック。何とかガードしたものの、ガードをその衝撃を殺しきれずに頭部にダメージを負ってしまう。

 

「その圧倒的な近接戦闘能力。貴方は一体……」

 

「もう一度聞く。お前は篠ノ之博士の部下か?」

 

「答える訳にはいかない……!!」

 

痛む身体を動かしながら、切嗣に攻撃をしかける侵入者。だが、損傷した膝を庇いながら戦っているためか、威力のある打撃が撃てない。一向に有効打が撃てない事に焦ったためか遂にパンチが大振りになってしまう。無論、それを見逃す切嗣ではなかった。

 

「!?」

 

相手の伸びきった腕に自分の左腕を絡みつかせる切嗣。途端に驚愕の表情に変わる侵入者。そうして、前体重になっている相手の頭を上から思い切り地面に向かって押し付ける。空中で一回転する侵入者の身体。そして、勢い良く地面に叩き付けられた。

 

「がっ!!」

 

「……」

 

何とか受け身は取ったものの硬い地面に叩き付けられた為か、衝撃で動けないでいる侵入者に切嗣は銃口を突きつけた。

 

「これが最後のチャンスだ。お前は篠ノ之博士の部下なのか?」

 

「……」

 

切嗣はなんの感情も感じさせないガラスの様な眼で眼前の侵入者を見据える。切嗣から放たれる圧倒的な殺意を受けた為か、思わずつばを飲み込む侵入者。

 

「答えないのか……なら」

 

「!!」

 

撃鉄を起こし、引き金に手を掛ける切嗣。がしかし━━━

 

「なに!?」

 

戦いは意外な形で終わることになる。突然吹き飛ぶ入り口のドア。そこから姿を現したのは、いるはずのない二体目の無人機であった。

 

「二体目……だと!?」

 

切嗣の困惑をよそに左手から熱線を放つ無人機。やむを得ず物陰に避難した切嗣の近くに熱線が当たった。そのため一瞬侵入者の姿を見失ってしまう。そして視界が戻った時には、既に侵入者の姿はなかった。

 

「僕もぬるくなったものだ……くそっ!!」

 

破壊されたドア付近を確認しながら、切嗣は自嘲気味に呟く。彼の言葉尻からは普段の冷静さは影を潜めており、侵入者を捕縛できなかった自分への怒りがあった。

 

 

翌日、簪は一夏のお見舞いをする為に街の病院に向かったが、集中治療室にいる為に面会を断られてしまい、途方に暮れながら帰路についていた。

 

(結局、あの時私は何も出来なかった。私には姉さんのような実力も無く、かと言って一夏くんの様な勇気も無い。こんな私って……生きている意味あるのかな)

 

そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にか公園に来ていた。携帯を確認してみたところ寮の門限までにはまだ時間があったため、簪は近くのベンチに腰を下ろす事にした。

 

そうしてなんとはなしに辺りを見回していると、公園の入り口から黒いカソックを纏った聖職者と思しき男性が歩いてくるのが見えたため、ふと興味を持った簪はその男性を注目し始める。

 

男性は暫くそのまま歩いていたが、簪の視線に気がつくとゆっくり彼女の方に歩いて来た。男性は簪のベンチの所まで来ると彼女に話しかけ始めた。

 

「失礼、隣に座ってもよろしいですか?」

 

「え、はい……どうぞ」

 

了承を得たところで、男性はベンチに座った。そして長い沈黙。それに耐えきれなくなったのか、簪が場所を変えるべく立ち上がろうとしたところで、男性の方から話しかけてきた。

 

「貴女は……何か悩んでいる事はないですか?」

 

「!!」

 

突然の質問に、簪は思わずビクリとしてしまう。がしかし、これは自分の問題であり、他人に話せる事柄ではない。それが見ず知らずの者であるのなら尚更だろう。

 

「いいえ……別に。それに、あったとしても貴女に話すつもりはない」

 

「……」

 

知らず、言葉がキツくなってしまう簪。元々切嗣がISを起動させた時点で、既に簪は日本代表候補生になっていたのだ。にも関わらず、楯無との訓練や彼自身の常軌を逸した鍛錬により、僅か数ヶ月後には学園内でも屈指のIS操縦者になっていた。ロシア代表の姉だけでなく、つい数ヶ月前まではISと言う言葉すら知らなかった男性。そのような人物にすら実力で抜かれてしまった自分自身への憤怒もあったのだろう。冷たく突き放してしまった事に、若干の罪悪感を覚え、そのまま立ち去ろうとした簪の背中に男からの言葉が投げかけられた。

 

「では、貴女は自分自身を変えたいと思いませんか?」

 

「どういう、事?」

 

男性の意味深な言葉に耳を傾ける簪。がしかし、男性は簪の言葉に答えることなく席を立ち上がると入り口の方へと歩き始める。

 

「待って!!」

 

「……」

 

気づけば、簪は男性の背中に向かって呼びかけていた。この男は心の問題を解決する鍵を持っているかもしれない。簪にとってその様な重要人物を逃す訳にはいかない。男は振り返ると、簪に向かって何かを投げてよこして来た。どうやら名刺らしい。裏返してみると、何処かの住所が書いてある。

 

「これは……?」

 

「私はいつもその場所にいる。何か聞きたい事があればそこに来ると良い」

 

そう言い残し、男性は今度こそ簪の方を振り向く事なく歩いていく。空は茜色に染まり、太陽は傾きかけていた。

 

「いけない。そろそろ帰らなくちゃ」

 

今度こそ、簪は学園への帰途についた。

 



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第三十話 分水嶺

すみません。手を骨折してたので、更新が遅れてしまいました。


(油断があったとは言え、私があんな一方的にやられるとは……)

 

学園から脱出した後、ゴーレムに抱えられる形で上空を飛行しながら、クロエは今回のターゲットである衛宮切嗣について思い返していた。身体面でのスペックだけを比べるのなら、プロジェクトにより強化されたクロエの方に分があったのかもしれない。念のため、切嗣のプロフィールを確認したクロエが持った印象は“いくつか不明な点があるものの、多少実戦を経験した傭兵程度の戦闘能力を有する学生”であり、年齢的にも若いため挑発して冷静な判断力さえ奪ってしまえば苦労する事はないはずであった。しかし蓋を開けてみると、先手を打つべく後ろに回り込むまでは良かったのだが、簡単に反応されてしまい、奇襲は意味をなさなかった。

 

(次に会う時は、必ず―――)

 

言うまでもない。同じ相手に2度も土を付けられるなど、彼女の中ではあってはならない事なのだから。

 

『―――前方ヨリ敵機接近。迎撃モードに移行』

 

「!?学園からの追手は振り切った筈。これは一体……」

 

彼女の声に反応する事なく戦闘態勢に移行するゴーレム。そんなゴーレムの反応に困惑しつつもクロエも急いでISを展開する。すると、それを待っていたかの様に一機のISが急接近して来る。目視できる距離まで到達した時点で、特徴的なタイガーストライプのカラーリングから米国所属の「ファング・クエイク」だと言う事が判明した。がしかし━━━━

 

「うおぉぉぉぉ!!!」

 

「な!?」

 

そのISを見た時、クロエは驚きを隠せなかった。何故なら、そのISは失踪していた筈のアメリカ国家代表であるイーリスのものであり、機体を駆っているのも他ならぬイーリスだったのだ。何故このタイミングでアメリカ軍のISから襲撃を受けるのか。突然の襲撃に困惑しながらも思考を巡らせるクロエ。

 

(なぜこんなところで米国の国家代表が襲撃してくるの……?少なくとも私がいるこの場所は日本の領空であり、このような場所で襲撃をすれば米国の仕業だという事がすぐにバレてしまうはずだろうに……。先の福音事件で危うく大きな犠牲を出しそうになってしまった米国がこのタイミングでそんな危険な事をするだろうか━━━いや、どう考えてもそれはない)

 

突然の襲撃にも関わらず、冷静に応戦するゴーレム。だが━━━

 

「喰らえっ!!」

 

「―――!!」

 

彼女のISであるファング・クエイクの拳がゴーレムのボディーに突き刺さる。そこからのナイフによる斬撃の嵐。いくらゴーレムが機械の身体とはいえ、確実にゴーレムの装甲にダメージを蓄積させていく。

 

「まだまだぁ!!」

 

「―――!!」

 

彼女が最も得意とする近接戦になっているためか、何とか拮抗させているものの徐々に押され始める。束が開発したこのゴーレムⅢはシールドビットを搭載しているものの、クロスレンジでの戦いとなっているためにそれを使う利点は失われてしまっていた。反撃とばかりにゴーレムの振るうブレードがイーリスのいる場所を切り裂く。

 

「おせぇんだよ!!」

 

が既に彼女はそこにはおらず、お返しとばかりにゴーレムの顔面にナイフが突き刺さる。ナイフが突き刺さり、頭部から火花を散らせるゴーレムⅢ。ゴーレムであるから良いとしても、普通のISならどうなっているだろうか?言うまでもなく即死である。如何に絶対防御があるとは言え、故意に殺しに行く残虐な攻撃。ここに来てクロエはある違和感を覚えていた。確かにイーリスは近接戦闘を得意とするパイロットである事には変わりない。目前でゴーレムが放つ熱線を、僅かに身体を動かしながらゴーレムの顔面に強烈な蹴りを放つ姿はまさに彼女にしか出来ない芸当と言っても過言では無いだろう。がしかし―――

 

「がぁぁぁぁ!!」

 

「―――」

 

はたして彼女は雄叫びを上げながら一方的に相手を殴りつける様な獣じみた好戦的な女性だっただろうか。目を血走らせながら、相手に襲い掛かるその姿は正しく理性を失った獣にしか見えない。イーリスの詳しい事情を知らないクロエであるが、米国国家代表であるはずの彼女がそのような狂気じみた行為をするのか。ここでクロエの脳裏にある可能性がよぎる。洗脳、或いはマインドコントロール。空想じみてはいるものの、可能性は大いにありうる。そう考えたクロエは―――

 

「―――!」

 

相手をゴーレムに任せ、その場を離脱する事にした。もしゴーレムのコアが奪われそうになった場合には、最悪コアごと機体を自爆させることで情報の流出も防ぐことが出来るため、ゴーレムに任せても大きな問題はない。それに国家代表であるイーリスを襲撃役に使うのだから、彼女の背後には大掛かりな組織の関与が疑われる。情報の流出を恐れて彼女に時間を裂いてしまい、疲弊したところを狙われれば元々切嗣との戦いで負傷しているクロエが捕まってしまう事は避けられないだろう。そんな事はあってはならない。クロエの判断はこの時点においては正しかったのだ。そう、この時点においては。

 

先ほどの強襲を受け、ISを使い飛行しながらの逃走に限界を感じたクロエは地上に降りて姿をくらますことにした。確かに、上空を飛行するより地上に切り替えたほうが、逃走経路としては有効性が高いかもしれない。

 

(とりあえず、急いでこの場所から立ち去らないと)

 

無事に機体を着陸させたあと、周囲に人が居ない事を確認してISを解除しようとしたところで━━━

 

「少し付き合ってもらおうか?」

 

「誰!?」

 

何者かが声をかける。声の聞こえた方向にクロエが振り返ると、そこには黒いカソックを纏った聖職者らしき男が立っていた。一見すると、ごく普通の聖職者にしか見えない。がしかし、束の側で手足となって動き、様々な人物を見てきたクロエの第六感が目の前の男性は“相当な手練である”と告げていた。その事に警戒感を顕にするクロエ。

 

「…………」

 

「そう怖い顔をするな。ほんの少し時間をくれればいいだけだ」

 

「!?」

 

最早、話すことなどない。間違いなく目の前の男は危険だ。捕まってしまったら、どんな目に遭うかわかったものではない。そう考えたクロエは

 

「!!」

 

一瞬で自分の武装であるナイフを取り出し、目の前の相手に投擲する。周囲に人がいない状況とは言え、ここで銃器を扱えば関係のない第三者にまで被害が及んでしまうかもしれないのだ。自分の妹と幼馴染の姉弟以外は全てどうでもいいと言い切るマスターの篠ノ之束であるが、少なくともクロエは関係のない第三者まで巻き添えにする事を良としていなかった。しかし、目の前の男は別である。男から発せられるオーラは間違いなく“こちら側の人間”のものだ。このまま放置してしまえば、どのような形で束の邪魔をしてくるか分かったものではないのだから。が、この直後にクロエは信じられない光景を目撃する事になる。

 

「くだらんな」

 

投擲された筈のナイフが弾かれていた。男は先ほどの場所から一歩も動いていない。そして結果としてナイフは弾かれて地面に刺さっている。男の様子を観察していたクロエは、どのようにして男が自分のナイフを弾いたのかはすぐに分かった。

 

(あれは……“剣”?)

 

いつの間にか、男の手には細い剣のようなものが3本握られていた。形状から分かることは、どうやら刺突用の剣らしい。

 

(あんな細い剣で私のナイフを弾いたのか?)

 

「なるほど。流石は篠ノ之束の部下、と言ってやりたいところだが……まるで話にならんな。まだあの男の投擲の方が早かったぞ」

 

「!?」

 

束の部下である事を的確に指摘され、一瞬驚きの表情を浮かべるクロエ。

 

「カマをかけてみただけだったのだが。その反応……間違いないな」

 

「……どうして私が篠ノ之束博士の部下だと?」

 

「説明してやれ、イーリス」

 

男は振り返らずにもう一人の共犯者であるイーリス=コーリングに呼びかける。すると、見る限り誰もいない筈の空間からISを纏ったイーリスが現れた。

 

「何で気配を殺しステルスまで掛けてる私の事が分かるんだい、マスター?」

 

「あまり時間はないのだ、早くしろ」

 

「……分かったよ。そもそも、あんたのISってコア登録されてねえだろ?」

 

「…………」

 

イーリスからの直球な質問に対し、黙秘を貫くクロエ。そんなクロエの態度に苦笑いを浮かべながらもイーリスは説明を続ける。

 

「……まあいいや。話を続けるぜ?あたしたちアメリカ軍の上層部は、確認されている467個のコアがどの国家及びどの組織に属しているかについての情報は一部を除いてほぼ掴んでる。そしてその一部ってのも、あんたらのボスである篠ノ之束か最近ちょくちょく動き回ってる亡国機業のふたつだけ。となると後は二つに一つって訳さ」

 

(イーリス=コーリングがなぜこの男と行動しているかは分からない。だが、いずれにしてもこの状況……早く抜け出さなければ)

 

イーリスの話を聞きながら、どのように脱出するかを考えるクロエ。自分のISである『黒鍵』のワンオフアビリティである『ワールド・パージ』を使えば、相手に幻覚を見せることで脱出する事も可能だろう。がしかし

 

(この男達に手の内を明かす訳には……)

 

機密を保持するうえで、相手に自分のワンオフアビリティを知られるわけにはいかないのだ。となれば残る道はただ一つ。

 

(強行突破しかない!!)

 

そう覚悟を決めイーリスの方に目を向ける。そして自分の武装であるサブマシンガンを呼び出そうとしたが━━━

 

「ガッ!?」

 

次の瞬間には壁に叩きつけられていた。その後、一瞬遅れてクロエの顔面のすぐ側に突き刺さる細剣。一瞬自分に何が起こったかを理解出来ないクロエ。やがて遅れてやってくる激痛。信じられない事だが、どうやらクロエは自分にそばに刺さっている剣に当たって吹き飛ばされたらしい。

 

(訳が……分からない)

 

クロエがそう思うのも無理はない。その男が使ったのは鉄甲作用と呼ばれる、極一部の代行者と呼ばれる聖職者のみが使う純粋な技法によるものであり、物体を投擲する時に特殊なやり方で投擲することで、その物体が相手にぶつかった時に凄まじい衝撃を発生させるというものだ。

 

「なに人の獲物に手を出してんだよ、マスター」

 

「気にするな、肩慣らしをしただけだ」

 

イーリスと男の間に一瞬気まずい空気が流れる。が、先に折れたのはイーリスだった。

 

「ったく、しょうがねえな」

 

「……ここに長居するわけにもいかん。その女を黙らせろ」

 

「りょーかい」

 

そう聞こえた瞬間、狙いすましたかのようにクロエのみぞおちに突き刺さる拳。クロエの意識はゆっくりと闇の中へ落ちていった。

 

 

「━━━さて、そろそろアジトに戻ろうぜ?」

 

「…………」

 

気絶したクロエを抱え上げながらマスターである男性にそう呼びかけるイーリス。がしかし、男はなかなかその場所から動こうとしない。そのことを不審に思ったイーリスが男に再び声をかける。

 

「……マスター?」

 

「イーリス、お前はその女を連れて先に戻っていろ」

 

「マスターはどうすんだよ?」

 

質問に答えるかのように、イーリスの方に振り向く男。その口元が微かに歪んでいる。男から発せられる何とも言えない空気に、若干引き気味になるイーリスだった。

 

「……いやなに、面白い置き土産を残していこうと思ってな」

 




オリジナル展開って難しいっすね……


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第三十一話 歯車

またもや編集の都合で短い投稿になってしまいました……。


襲撃の翌日、切嗣は朝早くから生徒会室へと続く廊下をゆっくり歩いていた。そして生徒会室についたところで、ドアを一定のリズムで3回ノックする。やがて中から鍵の開く音が聞こえ、楯無が顔を出した。

 

「そろそろ来る頃だと思っていたよ、きりちゃん」

 

「お待たせしました、楯無先輩」

 

切嗣は生徒会室に入ったところでドアを閉める。その様子を見てどうやら今の切嗣にいつもの冗談は通じないのでは、と楯無は判断する。

 

「密室プレイ……か。きりちゃんには悪いけど、初めてはもっと良い場所がいいんだよね」

 

「━━━今回の襲撃について、僕なりに考察してみたのですが。どうやら今回の襲撃もやはり篠ノ之束が絡んでいるようです」

 

「完全に無視か……ひょっとして、きりちゃんカルシウム不足?」

 

緊張した場を和ませるべく、楯無はいつも通りの軽い冗句を飛ばす。がしかし、当の切嗣は何事もなかったかのように話を進める。そんな切嗣の様子にため息をつきながらも楯無は思考を切り替えた。

 

「生憎そんな話に付き合っている余裕はないので。ところで、布仏先輩の姿が見えませんがどうかしたんですか?」

 

「あぁ、虚ちゃんには防諜対策をしてもらってるとこだよ。ここのところ、学園内に何度も侵入者が入ってきてるからさ。まるで何者かが手引きをしているように、ね」

 

「……なるほど」

 

そう言って意味深な笑みを浮かべる楯無。どうやら彼女の方でも既に対策を講じているらしい。たびたび学園内に侵入され情報の流出を抑えなければならない現状では、スパイなどへの対策を講じることが急務となっていた。

 

「では、きりちゃんがどうしてそう考えたのか根拠を聞かせてもらおうかな」

 

「僕がそう判断したのかについてはいくつか理由があります。まず一つ、学園内への襲撃時に用いられたのはいずれも無人機。そしてそれを開発している国家は存在しない。そもそもそんなレベルの兵器が作れるのなら、わざわざこの学園に生徒を送り込む必要はない。諜報活動を行わせるにしても、もう少し任務に適した人材を用意するでしょうから」

 

「確かにそうね。この学園でそんなことが出来そうな生徒たちと言ったら、私たちぐらいだし」

 

そう言っておどけた顔をする楯無。彼女は対暗部専門の暗部として暗躍する楯無は秘密裏に生徒たち一人ひとりの細かい背景を調べ上げ、その全てを把握している。その調査の結果、束に連なるスパイと思しき人物は生徒の中には見つかっていなかった。

 

「二つ目、僕が相対した侵入者の存在。彼女は襲撃が始まってからの僅かな時間で、僕が潜んでいるメンテナンスルームに入って来た。タッグマッチが行われていたアリーナはかなりの広さがあり、あの僅かな時間でメンテナンスルームに到達するには、建物の構造を把握していない限りまず不可能です」

 

一旦話を区切る切嗣。どうやらここから話す内容が肝心らしい。

 

「━━━続けて」

 

「そして三つ目、ハッキングの痕跡。襲撃の後、先輩に教えてもらったアクセスコードで学内のサーバーにアクセスさせてもらった結果、明らかに不審なプログラムを発見しました」

 

切嗣はおもむろに携帯を取り出し、ある写真を楯無に見せる。そこにはパソコンの画面が映し出されており、その中のファイルの一つに「ちーちゃんへのお土産」と言う名前のファイルが存在していた。

 

「これは……犯行声明か。舐められたものだね」

 

楯無は思わずため息をつく。ここまで堂々と襲撃が行われながらも、それに反撃することすらままならない今の現状を鑑みればその反応も当然なのかもしれない。そんな楯無のようすを見ながらも切嗣は話を続ける。

 

「とにかく、早急に篠ノ之束を無力化するか、最悪でも拘束しなければこの一連の襲撃は収まらないでしょう」

 

「そうね。ちょうどこっちも篠ノ之束博士の拠点を探るべくうちの人間を総動員して調査をさせてるところなんだけど、結果が出るまではこうして耐え忍ぶしかないんだよ……本当に悔しいけどね」

 

そう言って包帯が巻かれた自分の腕に目を落とす楯無。どうやら、少なからず無人機による襲撃から生徒である一夏を守りきれなかったことに責任を感じているようである。度重なる学園への奇襲に妹との決定的な確執。彼女自身、決してそんな様子を見せないが、心のどこかで誰かに助けを求めているのかもしれない。しばらく楯無の様子を観察していた切嗣であったが、楯無が露骨に落ち込んでいるのを見て、椅子から立ち上がりゆっくり楯無に近づくと彼女の手を自分の両手で包み込む。

 

「……どういうつもり?こんなことされたら、お姉さん勘違いしちゃうよ?」

 

「僕でよければ話ぐらいは聞きますよ?」

 

「ありがとう。それじゃあ、ちょっとだけお姉さんの愚痴に付き合ってね」

 

楯無の言葉に首を縦に振る切嗣。それを見て楯無はゆっくり語り始めた。

 

 

「自分を変えたい、か……」

 

自室の天井を見上げながらそう呟く簪。一夏のお見舞いに行った後、公園で出会った男性からかけられた言葉だ。全くの赤の他人からの言葉。くだらない、と一笑に付す事は出来たかもしれない。しかし、今のままでは楯無に届かないであろうこともまた事実である。

 

「姉さんに……勝ちたい……」

 

その言葉を拾ってくれるであろう者はいない。いつもであれば本音が一緒にいて話し相手になってくれるはずなのだが、彼女は姉の虚に呼ばれて学園内の防諜対策を行っていた。

 

「やっぱり本音ちゃんも姉さんの味方なのかな……」

 

一人で考え込んでしまっているせいか、思考がどんどんマイナスの方向に行ってしまう。自分と違いクラスのマスコット的な存在であり、常に友人に囲まれている本音が簪には羨望の対象として写っていた。実力では簪の方が勝っていても、本音には人望がある。実力では姉に圧倒的な差をつけられ、私生活でも本音以外にまともな友人を作ることが出来ない自分に簪は希望を見いだせなくなっていた。

 

「このまま終わるなんて……絶対に……嫌!」

 

まるで何かに突き動かされるように簪はスカートのポケットから携帯を取り出し、名刺にある番号に電話をかけはじめた。

 

クロエからの反応が途絶えた最終地点において、束は少量の血痕と銃弾の薬莢を発見する。現場に残っていた薬莢は大口径の銃弾のものであり、血痕は検査の結果クロエのものと一致した。束がクロエに課した任務は『衛宮切嗣の拉致』であり、それが失敗して切嗣がクロエを無力化するべく銃弾を放ったとすれば辻褄が合う。

 

「あ~あ、ゴキブリはゴキブリらしくコソコソ隠れていれば楽に殺してあげたのに……。もういいや、潰そっと♪」

 

そう言って束は落ちていた薬莢を靴の裏で思い切り踏みにじる。束にとって、織斑姉弟と自分の妹以外はほぼ全て有象無象に過ぎないにしても、自分の助手であるクロエに手を出されたことが彼女の逆鱗に触れたようだ。彼女の口から出る言葉には、いつも以上に毒が篭っている。

 

「コアを暴走させて殺すのは簡単なんだけど……万が一他の奴に止められたりしたら生き残っちゃうかもしれないしなぁ……」

 

しばらく思考を巡らせる束。あの男が人を殺すことを躊躇わないことは、福音を暴走させた時に分かったことである。もし仮にほかの人間のコアを暴走させたとしても、それが止められないと分かったら速やかに最小の犠牲を払って事態を収束させるに違いない。故にあの男に人質は通用しない、と言う結論に束は至った。

 

「となれば、やはり圧倒的な物量で迎え撃つのがいいかなぁ~。大量に投入した束さんの傑作の前で“突然”アイツのISを跪かせた状態で停止させ、自分の無力さを感じさせながらじっくり追い詰めて嬲り殺す。……うん、これで決まりかな。やっぱり邪魔なゴミには速やかに消えてもらわなきゃ。大体、私の作り出した舞台にあんな汚物がいること自体間違ってるんだよ」

 

どうやら、どんな風に切嗣を殺害するのか結論が出たらしい。束は凄惨な笑みを浮かべながらその場をあとにした。

 




今年の投稿は以上です。来年もよろしくお願いします。


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第三十二話 始動

新年初投稿です。今年もよろしくお願いします。


襲撃の一週間後、楯無は誰もいない生徒会室で一人黙々と作業を続けていた。学校の運営に関する事案は放課後までにすべて終わらせており、彼女が扱っているノートパソコンには篠ノ之束が潜伏してると思しき場所が記入された地図や調査員たちからの情報を整理した図表などが移されている。

 

「さて、もうひと仕事っと」

 

固まった筋肉を解すために椅子に座ったまま伸びをする楯無。時計の針はとっくに消灯時間である22時を回っているが、誰からも咎められることはない。

 

「えっと……何なに?」

 

手元に置いてある封筒から報告書を取り出す楯無。前回の報告書で、束が潜んでいるであろう拠点をいくつか割り出すことに成功したものの、それ以降手詰まりになっていたため楯無はあまり期待せずに書類に目を通す。がしかし、その報告書を読み進めるにつれ楯無の表情に笑みが浮かびあがる。

 

「ふ~ん……これは誘ってるつもり、かな」

 

報告書に書かれていたのは組織のメールボックスに差出人不明のメールが送られてきた、という報告であった。普通ならメール爆弾やスパムとして中身を確認しないまま捨てるところなのだが、更識家で活用するサーバーには一般回線とは異なる通信回線が使われており、普通のサーバーからアクセスすることはまず不可能である。そこで念のため、専用の回線に接続されていないダミーのパソコンに転送して中身を確認したところ、赤い印がつけられたどこかの地図が添付されていたらしい。報告書を確認した楯無はすぐさま地図に記載されていた地名を調べはじめた。

 

 

「チェチェン共和国……ですか」

 

「そう。うちのサーバーに送られてきたメールの送り主のIPアドレスを逆探知していったら、その場所に行き着いたの」

 

学園への襲撃から二週間後の週末、切嗣は楯無とともに更識家を訪れていた。なぜ、学園内ではなく更識家なのかと言うと、楯無が切嗣に「絶対に誰にも話を聞かれることのない場所で話したい」と持ち掛けたことで更識家にある地下シェルターで話をすることになった。ちなみにこのシェルターに出入りするには専用のコードを知っておく必要がありそれを知っているのは当主である楯無を含めて5人しかいないため、ここでの会話が外に漏れることはほぼ皆無とのことである。

 

「通常のハッカー攻撃であれば、相手に自分の居場所を逆探知されるのを恐れるはず……がしかし、こいつはわざわざ自分の居場所がここだと言わんばかりに逆探知が終了するのを待ってから接続を切っている。これはなんらかの罠と見た方がいいんじゃないでしょうか?」

 

切嗣は楯無に罠の可能性があることを進言する。もし束確保のためそこに精鋭部隊を差し向けたとして、それが第3勢力のトラップであった場合、その勢力に利する形になってしまうのは避けねばならない。

 

「……まあ、この資料がなければ私もその可能性を信じただろうね」

 

そう言うと、楯無は切嗣にある資料を見せる。その資料に乗っている写真を見て切嗣は驚かざるを得なかった。

 

「ここに写っているものって……」

 

「うん。きりちゃんも分かっているだろうけど、学園を襲撃した無人機と同型の機体だね。この写真はうちの信頼できる調査員が現地で撮った写真だから間違いないよ」

 

切嗣に語り掛ける楯無の顔には笑みが浮かぶ。ここにきてようやく篠ノ之束捕縛への道のりが大きく進展し始めた。

 

 

「更識家と学園の精鋭部隊による篠ノ之束捕獲作戦……だと?」

 

「そうです。私、更識楯無と彼、そしてラウラさんで篠ノ之束のアジトを強襲。身柄を確保したのち、迅速にその場から離脱します」

 

そう言って楯無は切嗣に視線を向ける。切嗣はその視線にこたえるように首を縦に振った。

 

「馬鹿馬鹿しい。何を言い出すかと思えば……本当にくだらない。アイツがそんなことを考慮していないわけがないだろう。加えて言うなら、その場所は内戦が勃発している地域だぞ?そんな危険な場所に生徒を送り込むなんて無茶な真似を容認することなど出来ん!」

 

更識家で話し合った日の翌日、生徒会室で楯無と切嗣は千冬に作戦を提案したが、案の定千冬から帰ってきた反応は否定的であった。

 

沈黙する切嗣と楯無に向かって千冬は吐き捨てるように呟く。紛争地帯のど真ん中に学園の生徒を送り込むなど、どう考えても無茶以外の何物でもないのだから。

 

「まだ大まかな作戦しか提案していないのに話も聞かずダメ出しとは……よほど織斑先生は自分の立場を失うのが怖いんでしょうね?」

 

「ほう、言うようになったな更識楯無。学園最強と言うお山の大将になって少し図に乗っているようだが……その鼻柱を今ここでへし折ってやってもいいんだぞ?」

 

「…………」

 

不敵な笑みを浮かべる楯無に対し、露骨に怒りの表情を見せる千冬。一瞬生徒会室を険悪な雰囲気が包み込む。

 

「―――なら、こうしてはどうでしょう?」

 

切嗣は唐突に椅子から立ち上がり、生徒会室のドアを開く。するとそこには―――

 

「……またお前か、織斑」

 

「…………」

 

一夏と箒の姿があった。いきなりばれるとは思っていなかったのか、驚きを隠せない二人に対して切嗣は黙々と話を続ける。

 

「篠ノ之束捕獲の際、相手がどんな妨害工作をしてくるかまったく予想できません。ひょっとしたら、こちらが手も足も出ずに一瞬で殺されるかもしれない。がしかし―――」

 

そこで切嗣は不敵な笑みを浮かべる。どうやらここからが本題らしい。

 

「篠ノ之箒を連れていけるのなら、どうにかなるかもしれない」

 

「「!?」」

 

切嗣の提案を聞いた二人の反応は別々であった。楯無はその手があったかとばかりに驚きの表情を浮かべるが、千冬は切嗣に嫌悪の視線を向けてきた。

 

「貴様、篠ノ之とあいつが姉妹だという事を利用するつもりか!?そんなことをすればあいつがどんな危険な行動に出ると思っている!!」

 

「……がしかし、それは同時に篠ノ之束にとってのウィークポイントにもなりうる。もし僕たちの説得にやつが応じない場合は篠ノ之を殺すと言えば、やつは素直に従うしかない」

 

「そんなことを私が許すと思っているのか?」

 

射殺さんばかりの視線をぶつける千冬に対し、正面から睨み返す。

 

「許す許さないの問題じゃない。篠ノ之束はやってはいけないことをやりすぎた。ならば、誰かがそれを止めなければならないでしょう」

 

「「…………」」

 

一瞬、沈黙が流れる。針の穴を通すほどのごく僅かな可能性。失敗すればより多くの人間が傷つくことになる。がしかし、箒に迷いはなかった。

 

「その役目、引き受けさせてもらう」

 

「「!?」」

 

驚きの表情を浮かべる千冬と一夏。一方、箒は話を続ける。

 

「正気かよ、箒!!こいつはお前を人質にして束さんを捕えようとしてるんだぞ!?」

 

「そんなことは分かってる。がしかし、本当ならもっと早くこうするべきだったんだ。自分の実力不足なのを姉にぶつけて、いつのまにか私は姉に頼りきりのまま自立できなくなっていた。今のままじゃ自分の足で一歩も前に進むことすら出来なくなってしまう。そんな弱い自分はここで断つ」

 

一夏の問いに淡々と答える箒。そして、その目に迷いはない。こうなってしまえば一夏のとるべき選択肢は一つになる。

 

「……分かった。箒が行くなら俺も行く。こんなやつに箒の姉さんを任せるわけにはいかないからな」

 

「……そうか」

 

切嗣に対して、一夏は露骨に敵対心をあらわにする。その姿からは、自分の大事な幼馴染を守り抜くという彼なりの正義感が感じられた。

 

『これは言っても聞かない……よね?』

 

『……ですね』

 

切嗣の方を見る楯無に対して、切嗣は首を横に振る。このまま断ってついてこられるよりは、目の届くところに置いておいた方がいいと判断した結果であった。

 

「……決まりですね、織斑先生」

 

「……あぁ、勝手にしろ。後始末はこっちでどうにかしておいてやる―――ただし」

 

「「?」」

 

「死ぬことだけは絶対に許さん。身の危険を感じたのなら、すぐに撤退。これが全員守れないのなら、お前たちを行かせることは出来ない。分かったな?」

 

「「了解しました!!」」

 

こうして3日後、楯無以下5名による篠ノ之束捕獲作戦が開始されることになった。

 

 

(あいつらには困ったものだ……)

 

誰もいない校内を見回りながら千冬は今回の作戦について考えていた。篠ノ之箒を利用した束捕獲作戦。束が興味を示している数少ない人物を人質に据えることで束に投降を促すというもの。がしかし、それは同時に諸刃の剣であり、失敗すれば束からの恐ろしい報復を受けることになる。

 

(こんなチャンスはおそらく明日一度きりだろう……頼むぞ、更識!)

 

廊下の窓から外の様子を見る千冬。彼女の思いとは反対に月は雲に隠れてしまっていた。

 

 

(明日は箒を助けて束さんも救い出す。絶対にあんなやつの好きにはさせねえ!!)

 

自分の部屋で横になりながら決意を新たにする一夏。今回の作戦はかなり厳しいものであり、下手をすれば全員死ぬかもしれないことも事前に聞かされていた。

 

(なら、誰も傷つかないハッピーエンドってやつを俺が作り出してやる!そして、衛宮に自分が間違っていたことを認めさせてやるんだ!!)

 

一夏は拳を天窓から見える空を掴むように突き出す。その目には一点の曇りもなかった。

 

 

同時刻、寮の屋上にてタバコを吸う切嗣の姿があった。入学する前に楯無には学内での禁煙を義務付けられていたが、ひとりで外出した際にこっそり仕入れていたのだ。

 

「…………」

 

切嗣は、肺の中に煙を取り込みながら大きく深呼吸をする。切嗣はこの世界にきて以降、できる限り禁煙するように動いていたが、頻発する学園への襲撃に溜まっていくストレスを処理するためになくてはならないものになっていた。

 

(……相手は“天災”と呼べるほどの存在だ。今の僕たちの戦力じゃ到底勝ち目はないだろう……)

 

ふと夜空を見上げる切嗣。IS学園は山の中にあるため空気が澄んでおり、そこには満天の星空が浮かんでいた。

 

(がしかし、あの女は篠ノ之箒に対しては親愛の情を向けている。ならばそこを利用するだけなんだが……果たしてどうなることやら)

 

「やっぱりここにいたんだね、きりちゃん」

 

「……驚かさないで下さいよ、更識先輩」

 

屋上に通じる非常階段から姿を現したのは楯無であった。彼女は切嗣に近づくと、一瞬で切嗣のポケットからタバコの箱とライターを取り上げる。

 

「やっぱりタバコを吸っていたか、この不良生徒め。おしおきするから目を閉じなさい」

 

「…………」

 

切嗣はため息をつきながらしぶしぶ目を閉じる。一応殴られることも考慮し歯を食いしばっておくことも忘れない。がしかし―――

 

「んっ……」

 

襲ってきたのは頬への柔らかい感覚。切嗣は予想外の行為に動揺を隠せないでいる。

 

「頑張れるおまじない、受け取ってくれた?」

 

楯無は棒立ちの切嗣を抱き寄せながら言葉を紡ぐ。そしてある程度時間がたったところで、さっと切嗣から離れた。

 

「……大丈夫だよ。わたしときりちゃんがいれば、この作戦は必ず成功するから」

 

「…………」

 

楯無からの言葉に笑みを浮かべる切嗣。それは決していつもの『作られた笑顔』ではなく『本心からの笑顔』であった。

 

 

ラウラが切嗣から作戦を聞かされたのは作戦が始まる2日前の事であった。唐突な提案に戸惑いを隠せないラウラであったが、切嗣が言ったある一言がきっかけでこの作戦に加わることを決意した。

 

(『冷静な判断力がある君が一番信頼できる』……か。おおっぴらに人に言える職業ではなかったんだがな。切嗣に頼りにしてもらえるのは私としてもうれしい限りだ。明日はやつのためにも勝たなきゃいかんな)

 

「どうしたのラウラ?なんかうれしいことでもあった?」

 

思わず笑みを浮かべるラウラを不思議に思ったシャルロットが声をかけてくる。

 

「別になんでもない。今のこの生活がこのまま続けばいいなと思っていただけだ」

 

「ふ~ん……変なラウラ」

 

しばらくラウラの様子を観察していたシャルロットであったが、次の日が平日という事もあり、早々にベッドに潜り込んだ。

 

「お休み、ラウラ」

 

「……あぁ、お休み。シャルロット」

 

一方、ラウラも明日に備えて覚悟を胸に秘めながらベッドに潜り込んだ。

 

 

(……あんなことをいってしまったが、姉さんは大丈夫なのか?ひょっとしたら捕まってひどい目に合わされるかもしれない……。)

 

作戦を明日に控えた深夜。箒は一人考え事をしていた。篠ノ之束。篠ノ之箒の姉であり、天才と呼ばれている女性。また、ISの生みの親にして、今の状況を作り出した元凶である。

 

(明日こそ姉さんを捕まえたら、もう二度と放してやるものか……!!)

 

箒は窓から見える空に誓いを立てる。

 

もう二度と家族と離れ離れになることのないように。

 

そして、それぞれの思いが交錯する。

 




感想にあった切嗣がタバコを吸うシーンを使わせていただきました。こんな感じで、どんどんご意見ご感想があれば、提案していただけると作者のモチベーションアップにもつながるのでよろしくお願いします。


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第三十三話 狩人

またもや編集の都合で若干短めになってしまいました。


「あの地図に記された地点まであと10分ってところか……」

 

切嗣たちは民兵やロシア軍に敵だと判断されないよう、レーダーに映らない低空度で飛びながら目標まで接近していた。

 

「……そうだね。しかし妙だと思わない?一応、ロシア軍側に誤認されないように識別コードを与えられたのはいいけど、民兵たちから一切攻撃を受けないなんて……」

 

5人の小隊の中央で索敵を担当する楯無が殿である切嗣に対し、プライベートチャンネルで疑問をぶつける。民兵側陣地の勢力圏であるはずの現在地に至るまでの間、切嗣たちは一切民兵の姿を目撃していない。というより一切人の姿がなかったのだ。

 

「なんか胡散臭いな……皆、用心しておこう」

 

「その前に、味方に後ろから攻撃を受ける可能性を考慮しなきゃいけないけどな」

 

「…………」

 

楯無とともに索敵を担当するラウラは待ち伏せの可能性を考慮し周りに呼びかけるが、嫌悪感を露わにする一夏とそれを黙殺する切嗣との間でムードが険悪なものに変わりつつあった。

 

(まずいわね……もう少しで接敵するところなのに、チームワークが乱れたところを狙われたりでもしたら―――)

 

「更識隊長、これは―――」

 

楯無の悪い予感が的中したかのごとく、切嗣からの通信が突然途絶える。楯無のモニターに映ったのは、飛行する姿勢のまま地面に向かって落ちていく切嗣の姿であった。

 

「切嗣!!」

 

「慌てないでラウラちゃん!箒ちゃんを確保して!!私が彼の救出に向かう」

 

「了解!!」

 

楯無はすぐさまラウラに指示を与えると、落ちていく切嗣に向かって急降下を開始した。指示を受けたラウラは即座に箒の腕を掴もうとするが―――

 

「なっ!?」

 

突然一夏と箒のスラスターが火を噴き、目的地に向かって飛翔を始める。明らかな束による妨害工作。咄嗟にラウラは通常では考えられない指示を出した。

 

「篠ノ之、私を信じてISを強制解除しろ!!」

 

「!分かった!!」

 

ラウラはスラスターの出力を最大にし、一気に箒の下に回り込む。そして紅椿を強制解除した箒が落下していき、間一髪のところでラウラの手に収まった。

 

「どういうことだよ!なんで箒のISを解除させた!?」

 

「簡単なこと。お前と篠ノ之のコアには篠ノ之博士の仕掛けた細工が仕込まれている。だから篠ノ之のISを解除することでそれを無効にしただけだ」

 

「じゃあ、俺も―――」

 

すかさず一夏もISを強制解除を試みるが、すでに通信以外のコントロールが出来なくなっていた。

 

「くそっ!」

 

「慌てるな。お前はしばらくコントロールをそのままにしておけ。篠ノ之博士のこと、悪いようにはしないはず。あとは私たちに任せておけ」

 

ラウラにプライベートチャンネルで諭されながらも、一夏は悪あがきをしていたが、コントロールを取り戻すのが不可能であることが分かり再びラウラにチャンネルを開く。

 

「……分かった。箒を頼む」

 

「了解した」

 

ラウラは一夏との交信を切ると、急いで楯無の元へと急行した。

 

 

「マズいな」

 

「うん。考えられる限り最悪の状態だね」

 

切嗣と楯無は自分たちを取り巻く状況を見ながらそう呟く。落ちていく切嗣を楯無が地表すれすれでキャッチ。そこまでは良かった。がしかし、楯無たちを囲むように現れたのは優に30を超える大量のゴーレムであった。

 

(動けない僕と彼女の二人だけでこの数を抑えるのは、不可能だな……)

 

知らずに眉間にしわを寄せる切嗣。ここまで来れば、自分たちは相手の術中に完全に嵌っていたことに自覚せざるを得ない。そもそも民兵側の人間が一人もいない時点で別ルートを探すべきであったのかもしれない。

 

「よく聞いて、きりちゃん。私が何とか隙を作るから、安全な状態を作れるようにしておいてね」

 

「……信じていますよ、更識隊長」

 

二人の間にそれ以上の言葉は必要ない。場数こそ少ないものの、苦楽を共にした彼らはお互いを信頼していた。

 

「行くよ!!」

 

楯無は切嗣を抱えたまま、後ろに飛ぶ。突然の奇行に一瞬動揺するゴーレムたちだが、すかさず腕を楯無に向けて熱線を発射しようとする。が―――

 

「そんなことはお見通しだよっと♪」

 

楯無は気づかれないように仕掛けておいたトラップ、つまり霧状にして散布したナノマシン入りの水を用いて水蒸気爆発を起こした。だが、その程度の威力では、束の用意したゴーレムには傷一つ付けられないことは楯無しも知っている。むろん狙いはそこではない。

 

「―――」

 

一瞬視界を奪われたゴーレムたちは上空からの反応を捕え、すかさず熱線を放つべく腕を空に向ける。すると、そこにはISを形成しているほぼ全ての水を一点に集中させ形成した、巨大ランスを地面に向けて放とうとしている楯無の姿があった。

 

「これなら、ちょっとは効くよね?」

 

「―――!?」

 

そして、そのランスの先端が無人機に触れた瞬間―――辺りを凄まじい熱と衝撃波が襲った。

 

 

「あ~あ……。その黒いやつだけ放置しとけば、お前は助けてあげたのにねぇ……」

 

モニター越しに戦闘を眺めていた束は思わず愚痴をこぼす。なぜ縁も所縁もないこの男にロシア国家代表の更識楯無がここまでするのか、束にはよく分からなかった。あらゆる国家の機密サーバーにアクセスして、『衛宮切嗣』に関する情報を探ってみたものの、更識楯無との結びつく証拠は一切出てこない。しかし、一方で更識楯無は自分の助手であるクロエ=クロニクルを拉致した犯人である衛宮切嗣のスポンサーとも呼べる存在であることも事実である。

 

(……まあいいや。とりあえずいっくんを確保できたし、箒ちゃんもあいつらの清掃が完了次第、あの出来損ない人形から奪い取ればいいからね)

 

一旦、疲れた目を回復させるため目薬を差す束。その際にモニターから目を逸らしてはいるが、切嗣たちには自ら開発したプログラムを用いて、ゴーレムを自動操作している。相手の戦力を分析し、その行動すべてを読み込みながら作戦を立てる。それをすべて一人で行えるが故に、束はまさに天才と呼ばれる存在なのだろう。外の状況をプログラムに任せ、自分でコーヒーを入れる束。クロエが行方不明になって以降、身の回りの世話をしてくれる人がいなくなったため、全て自分で行わなければならなくなっていた。

 

コーヒーを飲んで一服していた束のもとに部下であるクロエからの通信が入る。束は急いで通話ボタンを押した。

 

「もしもし!?大丈夫だった、くーちゃん!?」

 

「……えぇ、なんとか隙をついてやつのところから逃げ出してきました。ただ、その際に少し深手を負ってしまいまして……」

 

束は入り口にクロエの姿を確認した上で、備え付けてある高感度センサー及び生体認証のチェックになんら異常が見られなかったため、クロエに次の指示を出す束。

 

「治療するからすぐに入って来て!キーのパスワードはいつもと同じやつにしておくから!!」

 

クロエ本人であるのなら、あまり手間取ることなく入って来れるはずである。もしどうにかしてクロエ本人の生体データを獲得できたとしても、2人しか知らないパスワードを入力出来なければ、入ってくることは不可能。即座に待機中のゴーレムの餌食となる。

 

ほどなくして研究室のロックが解除され、血まみれになったクロエが入ってきた。

 

「任務を果た……せず、申し訳……ありません……でした。マス……ター」

 

クロエは傷ついた体を動かしゆっくり束のもとに近づくが、途中で軽い段差に躓きよろけそうになってしまう。束は、自分の服が汚れるのも構わずにクロエに駆け寄った。

 

「もう大丈夫だよ、くーちゃん。くーちゃんを捕まえてたクズどもは、皆まとめて束さんが排除するからね♪」

 

その言葉に安心したのか、顔を伏せるクロエ。そんなクロエを束はゆっくり抱えて、シャワールームに連れて行こうとするが―――

 

「いえ、その必要はないです。マスター」

 

「え?」

 

クロエの違和感に気づいたところで、束は右わき腹に熱いものを感じた。思わずクロエを抱えていた手を離してしまうが、自身のわき腹から来る熱さの原因を知るために確認した束の目に、信じられないものが写っていた。

 

「なんで……私を刺したの、くーちゃん」

 

「…………」

 

「なん……でよ!?黙ってたら……分かんない……でしょ!?」

 

束のわき腹に刺さっていたのは刃渡り15センチ以上のコンバットナイフであった。束は激痛に耐えながらクロエを叱責するが、クロエは一向に口を開こうとしない。

 

(幸い急所は外れてるけど……このままじゃ危ないかも。とりあえず、くーちゃんはゴーレムに拘束させるとして……この状況、どうしたものかな?)

 

徐々に薄れゆく意識の中、満身創痍の束の前に現れたのは―――

 

「よくやったぞ、クロエ=クロニクル」

 

「ありがとうございます。マスター」

 

クロエに恭しく首を垂れさせる、黒いカソックを纏った男であった。

 




ここからオリジナル展開に入ってくる予定です。これからもよろしくお願いします。

PS 作者「篠ノ之束と衛宮切嗣の戦いは激しくなるといったな……あれは嘘だ(ゲス顔)」


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第三十四話 混沌

タイトル通りの展開に持って行けていればいいのですが……


切嗣たちがゴーレムと交戦している頃、箒とラウラは上空で待機しながら地上付近で行われている戦闘を注視していた。少し前まで、地上から100メートル付近で高度を保っていたが、楯無の放った『ミストルティンの槍』により、衝撃波が発生したため、150メートル付近まで退避していた。

 

「会長の援護に行かなくていいのか、ラウラ?」

 

ラウラの腕に抱えられながら箒が尋ねる。確かに状況だけを見れば、数十体のゴーレムを相手に2人で戦うよりは、ラウラも加わり3人で応戦した方が戦況もましになるかもしれないは事実であった。

 

「……更識隊長は、私に『篠ノ之箒の確保を優先しろ』と言われた。だから私自身、本当は加勢をしたいのは山々だが、ここから次の指示を仰ぐしかない。それに私が加勢することにより、お前が敵側に捕えられてしまえば、篠ノ之束に対する切り札を2枚とも失うことになってしまうこともありうる」

 

「……そうか。お前がそうすべきだと思うのなら、私は何も言わないでおこう」

 

「あぁ。そうしてもらえると助かる」

 

そう言うと、ラウラと箒は再び戦況を見守ることにした。やがて機動力が確保出来ていない切嗣に攻撃が集中し始める。遮蔽物を利用しつつ、なんとか攻撃を回避する切嗣だが、長くはもたないことは火を見るよりも明らかであった。

 

「……すまない篠ノ之。切嗣を援護するために少しやつらに近づくが、大丈夫か?」

 

「私はお前の指示に従うといった。お前に任せる」

 

「ありがとう」

 

箒の言葉に感謝しつつ、ゆっくりと目標に近づくラウラ。がしかし、箒を抱えながら射撃を行うしかないため、いつも以上に周りの条件に気を使わなければならない。そして標的を確認しようとしたところで―――

 

『ラウラ!応答してくれ、ラウラ!』

 

「「!?」」

 

一夏からの通信が入った。

 

 

「機体のコントロールが戻った……だと?」

 

『あぁ!!よく分かんねえけど、今は普通に動けるみたいだ』

 

「?……敵の様子がおかしい、ちょっと待て」

 

一夏からの通信に答えるべく一旦視線を外したラウラと箒だったが、改めて敵全体の様子を見渡して、あることに気がつく。

 

(敵が……停止している?)

 

先ほどまで、切嗣たちに猛攻を加えていたはずのゴーレムたちがそのままの体勢で停止していたのである。その事に何か引っかかるものを感じながらも、ラウラは一夏と会話を続ける。

 

「……一旦、更識隊長のところまで移動するぞ」

 

『了解!』

 

通信を切ったラウラは切嗣たちがいると思われるところへ降りて行った。

 

 

一夏と箒、そして切嗣のISの動作確認が済んだところで、5人は再び隊列を組んで目標地点へと向かうことになった。

 

「しかし、なんで俺たちをあそこまで追い詰めておいて、急に行動停止したんだろう?」

 

「……私にも訳がわからないが、姉さんの身に何かが起こってる気がする」

 

一夏の質問に、言いようのない不安を感じた箒は焦る気持ちを抑えながら、小隊の先頭を務めていた。

 

 

「ここが、束さんのアジトなのか……?」

 

箒とともに先に到着した一夏が研究所と思しき建物を見ながらそう呟く。見た目はまさに廃墟であり壁には銃弾や砲撃の跡が点在するこの場所は、事前に研究所であると教わらなければ、まず分からないだろう。

 

「何かトラップがあるかもしれない。更識先輩たちが到着するまで待機していよう」

 

「……分かった」

 

一夏は箒の忠告に頷くと、切嗣たちを待つことにした。

 

 

一夏たちと合流した切嗣たちは、トラップに注意しつつ通路を進む。どうやら束がいるであろう研究室に続く通路は、すべてロックが解除されているようである。此処に至って、切嗣たちは待ち伏せされていることを確信し、いつでも奇襲に対応できるように心の準備をしていた。

 

『どうやらここが、束さんがいる研究室みたいだな』

 

通路の一番奥にあるドアを確認しながら、一夏が小声で呟く。と言うのも、これ以外の部屋のドアは完全にロックされており、かつ開けた空間にそのドアが存在していることから、ここに研究室があることが推測できたのである。

 

『じゃあ、作戦通りに頼むわね』

 

『『了解』』

 

ラウラのレールカノンで入り口を破壊した後に、一夏と箒が突入。そして敵の虚を突いたところで、ラウラが突入し再びレールカノンを射出し、目標を鎮圧。そして後詰の切嗣と楯無が討ち漏らした敵を掃討する。これが今回の作戦の概要である。

 

『レールカノン射出まで5.4.3.2.1―――発射』

 

ラウラの砲撃により、入り口には大きな穴が開く。そこから一夏と箒が突入した。

 

 

「「……え?」」

 

突入した二人の前には不可解な光景が広がっていた。部屋の中には照明が灯っておらず、部屋の様子を伺い知ることは出来ない。一夏と箒はISに搭載された高感度センサーを用いて、360度の視界を確保しながら慎重に進む。そして、入り口から10メートルほど来たところで、照明が作動し、部屋のある一点に光が集中する。その光の先にいたのは―――

 

「た……束さん!?」

 

「姉さん!!」

 

十字架にロープで磔にされている、天才科学者こと篠ノ之束であった。慌てて駆け寄る一夏と箒。顔色は青白く変化、そして右わき腹から大量に出血が続いており、一刻の余裕もないことは容易に理解できた。

 

「……て」

 

「!? 束さん! 待っててください。今助けますから」

 

すかさずISを解除し、持っていた小型のナイフで束の手足を拘束している縄を切り始める一夏。一方で、箒も束の傷の具合を確認し、どのような応急処置を行うかを検討していた。がしかし―――

 

「逃げて、二人とも!」

 

「!?」

 

その瞬間、まるで生きた昆虫を標本として釘で刺すかのごとく、束の胸から銀色の刃が生える。

 

「あっ……がっ……」

 

束の口から僅かに空気が漏れ、身体が小刻みに震える。そしてその震えが収まったところで、束の頭が重力に従い完全に下を向いた。箒と一夏は自分の親しい人の返り血を浴びながら、その最後を目撃してしまったのである。

 

「そんな……姉さん?起きてよ、姉さん!?姉さん!!??」

 

「さっき束さんにこの剣を投げたお前だろ!!出てこい!!」

 

突然の出来事に取り乱しながらも必死に束の死体に縋り付く箒に対し、前方に人影を見つけた一夏はすぐにISを装着し、溢れ出す殺気を必死に抑えながら大声で叫ぶ。すると、その人影はゆっくりと動き出し、一夏たちのいる光が当たっているところまで歩いてきた。

 

「その通りだ、少年。その女を殺したのは私だ」

 

「なんで……なんで私の姉を殺した!?理由があるのなら言ってみろ!!」

 

箒が肩を震わせながら男に質問する。顔は俯いていて表情を読み取れないが、手から出血するほど強く拳を握りしめているのを見れば、箒が男に対してどれほどの感情を抱いているのがよく分かるだろう。それに対して、男は額に手を当てながらわざとらしくため息をついた

 

「……これは困ったな。私としたことが理由を考えていなかった。明日までにはふさわしい理由を決めておくとしよう」

 

「!貴様ぁぁぁぁぁ!!」

 

その瞬間、箒の中に溜まっていた感情が爆発した。箒は一瞬で男との距離を縮め、その首を叩き落さんとばかりに刀を横一線に振るおうとしたが―――

 

「よせ、篠ノ之!!」

 

後から入ってきたラウラがワイヤブレードを射出し、箒を捕まえて近くに引き寄せる。

 

「止めるなラウラ!わたしはこの男を斬らねばならないんだ!!」

 

箒はワイヤーに巻かれながらも、ラウラに怒りをぶつける。目の前には自分の肉親を殺した憎むべき相手がいる。その相手を自分の手で裁くのを邪魔されれば、箒でなくともそうなってしまうのは仕方のないことなのかもしれない。

 

「馬鹿者!怒りに任せ、何の考えもなしに敵に突っ込んでどうする!!」

 

「!!」

 

箒は自分が危険な行動をしていることにようやく気付いたのか、慌てて相手との距離を開ける。一方で、ラウラは相手を睨みつけながらも、注意深く相手を観察する。あの天才科学者を葬り去った実力、そしてISと生身で対峙しても決して動揺しない強靭な精神力を兼ね備えた男。いずれにせよ強敵であることには変わりない。そこから一対一の勝負に―――とはならなかった。

 

「っ!!」

 

何かに気づいたようにラウラとの距離を開ける男。一瞬遅れて、先ほどまで男が立っていた場所には大量の銃弾がばらまかれていた。

 

「やはり来ていたか……衛宮、切嗣」

 

「……言峰、綺礼!!」

 

自分に銃弾を放った相手を見ながら、男は微笑みを浮かべる。衛宮切嗣と言峰綺礼。これが宿敵同士3度目の邂逅だが、微笑みを浮かべる言峰に対し、信じられないものを見たような驚愕の表情を浮かべる切嗣、と表情は全く対象的であった。

 

「なぜお前がここにいる!?」

 

「そうだな……。さしずめ、神のお導きといったところか」

 

真面目に答える気のない綺礼の回答に対し、切嗣は静かに相手を睨み付ける。

 

「……まあいい。なぜお前がここにいるのかは分からないが、これ以上の災いをもたらす前にお前との因縁を断ち切る」

 

「さて、そう簡単に上手くいくかな?」

 

「何?」

 

口元を歪めながら笑みを浮かべる言峰の言葉に警戒感を露にする切嗣。

 

「こっちの準備は終わったぜ、マスター」

 

「ご苦労だったな、イーリス」

 

「「!?」」

 

その二人の間に走る気まずい空気を壊すかのように、イーリスは綺礼の後ろから音もなく現れる。言峰側の人間の登場に身構える切嗣たちであったが、楯無の反応は全く異なるものであった。

 

「イーリス=コーリング!?なぜ貴女がいるの!?」

 

「……お前の知り合いか、イーリス?」

 

「ロシア国家代表の更識楯無だ。直接、顔を合わせたことはない」

 

「……排除するか」

 

そういうや否や、言峰はカソックに仕込んだ黒鍵を取り出し構える。その場に再び緊張が走る。がしかし―――

 

「せっかちすぎだよ、マスター。もう準備は終わってると言ったでしょ?」

 

「??」

 

イーリスの曖昧な言葉に切嗣は疑問を浮かべるが、次の瞬間には、その疑問は雲散霧消することになる。突然壁に穴が開き、外で停止していたはずの最新式のゴーレムたちが乱入してきたのだ。ゴーレムたちは一糸乱れぬ動きで言峰と切嗣たちの間に割って入り、切嗣たちの前に立ちふさがる。

 

「!?」

 

「……なるほど、これはなかなか愉快なものだ。では先に失礼させてもらおう」

 

言峰とイーリスは穴のところまで歩いてゆくと、その場に待機していたゴーレムの手のひらに乗る。一方、切嗣たちは目の前にいるゴーレム数体のせいで、うかつに言峰を攻撃できないため、言峰たちを黙って見ているしかない。逃走の準備を終えた言峰だが、何かを思い出したかのように切嗣に語り掛けてきた。

 

「今回はあの時より“駒”の数が多いようだな」

 

「……どういう意味だ?」

 

「その意味は貴様自身が一番判っているのではないか、“魔術師殺し”」

 

「…………」

 

笑みを浮かべる言峰に対し、切嗣は何も答えない。一瞬の沈黙の後、言峰は自分の話は終わったとばかりにゴーレムたちに守られながらその場を去る。そして、その場に残ったのは―――

 

「――――」

 

物言わぬ篠ノ之束の死体と、

 

「魔術師殺し……?」

 

切嗣に懐疑の視線をぶつける仲間たちであった

 




正直な話、ここから先はかなりの鬱展開になる予定です。ですので、ヒロインズとのイチャラブ展開を想像されている方はお気を付けください。


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第三十五話 序章

また編集の都合で極端に短くなってしまいました。申し訳ありません。


学園の指示により、束の葬儀はIS学園が所有する施設で執り行われることになった。なお、この式は束の死を外部に漏らさぬように千冬や一夏、そして箒などの親しかった人物のほかには切嗣や楯無などの作戦に携わったメンバーだけが参列を許されている。

 

「……姉さん、起きてるんだろ?もう十分寝たんだから、早く起きないと体が無くなってしまうぞ?」

 

「…………」

 

箒は未だに束の死が受け入れられないのか、遺体の入った棺の傍でずっと声をかけ続けている。本来であれば箒が喪主を務めなければならないのだが、学園に戻って来てからというもの、ずっと遺体の傍から離れようとしないために、千冬が箒の代わりを務めていた。

 

「参列者の方は献花をお願いいたします」

 

千冬の司会進行のもと、式は滞りなく進んでいく。

 

 

「待てよ、てめぇ!!」

 

葬式を終え、会場を後にする際に事件は起きた。

 

「……放してくれないか?君と話すことなど何もない」

 

「お前が無くても俺にはあるんだ!!」

 

「…………」

 

このままでは埒が明かないと判断した切嗣は一夏の方に向き直る。そこで二人の視線が交わる。先に口を開いたのは一夏であった。

 

「これから聞くことがある。俺の質問に正直に答えろ」

 

「……答えなかった場合はどうするつもりだい?」

 

「その時は、お前を然るべき場所に突き出してやる!!」

 

「…………」

 

一夏の頑なな態度に、切嗣は何を言っても無駄だと判断して首を縦に振った。

 

「お前はあの男と知り合いだったのか?」

 

「あぁ」

 

「……だったら、なんで俺たちにアイツの事を教えなかったんだ?」

 

切嗣からの答えに納得したのかは分からないが、一夏は次の質問を投げかける。

 

「……本来なら奴はすでに死んでいるはずだったから、教える必要はないと判断した」

 

「…………」

 

切嗣からの答えに、あごに手を当てながら一夏は吟味する。しばらくして、一夏は顎から手を降ろし、切嗣に最後の質問を投げかける。

 

「では最後の質問―――“魔術師殺し”ってなんだ?」

 

「―――!!」

 

一夏の核心を突く質問に切嗣の表情が険しくなった。そんな切嗣の表情を見た一夏は切嗣が動揺していると判断する。

 

「答えられないのなら俺が言ってやるよ―――お前はあの名前通り、たくさんの人を殺してきた。そしてやつもその犠牲者の一人なんだろ?」

 

切嗣自身、『僕が殺した筈のアイツが世界を超えて現れた』と言ってしまえば楽になるだろう。だが、そんな馬鹿げた話を信じる人物はこの場には存在しない。そのことを踏まえ、切嗣は無駄に混乱させるべきではないと判断する。

 

一夏の言葉に対し、あくまで切嗣は沈黙を貫く。そんな切嗣の態度が気に障ったのか、一夏の言葉もどんどんエスカレートし始める。

 

「そして、あいつはお前と敵対していた束さんに目を付け、束さんを騙し討ちにした。つまり、お前のせいで束さんは死んだって訳だ」

 

「…………」

 

「どうした?反論出来るんならしてみろよ、この殺人鬼!!」

 

切嗣の思惑に気が付かないまま、沸点を超えた一夏の感情が爆発する。まずはだんまりを決め込む切嗣の口を開かせるべく、思い切り拳を打ち込もうとしたが―――

 

「そこまでよ」

 

「!?」

 

一夏の拳は切嗣に届く手前で、二人の間に割り込んだ楯無の手によって阻まれる。

 

「落ち着きなさい、一夏君。よりにもよって葬式の帰りに我を忘れて人を糾弾するなんて、あなたの取った行動は人として最低のものよ」

 

「先輩!ですけど、こいつは「いい加減にしろ!一夏!!」!?」

 

なおも切嗣に突っかかろうとする一夏の言葉を遮るかのごとく、千冬が声を張り上げた。葬式の帰りに喧嘩が始ったとなれば、千冬が怒るのも無理はないだろう。

 

「これ以上、この場で騒ぐことは私が許さん。一夏には個人的に話があるから後ほど学園の職員室まで来るように。更識は衛宮と言峰と言う男の関係について、どんな手段を使ってもいいから必ず聞き出せ」

 

「……分かったよ、千冬姉」

 

「了解しました、織斑先生。と言う訳で、とりあえず生徒会室まで戻ろうか、衛宮君?」

 

「…………」

 

千冬は2人の意思を確認した後、施設の出口に向かって行った。楯無も切嗣の肩を引きながら、あらかじめ用意していた車のところへ向かって行く。そして一夏もしばらく眺めていたが、箒を介抱すべく急いて斎場へと戻った。

 

 

学校に戻った切嗣に対し、さっそく楯無による生徒会室での取り調べが始まった。

 

「―――それで、『魔術師殺し』って何?」

 

「どうしても答えなくてはいけませんか?」

 

「答えたくないなら無理に答えなくてもいいよ?そのかわり話すまではここから出られないけど」

 

「……それって『尋問』じゃないですか」

 

「受け取り方は人それぞれだよ?私はきりちゃんと楽しくおしゃべりがしたいだけだし」

 

「…………」

 

ここで切嗣は思考を切り替える。ここで大事な協力者である楯無と敵対関係に陥ってしまった時のリスクと素直に自分の素性を楯無に伝えた時のリスクを考慮した場合、間違いなく後者を選んだ方がリスクが低いのは言うまでもない。そして前者の場合、全世界を敵に回すことも考慮しなければならないのだ。それに後者の場合であれば、楯無は切嗣が見せた魔術に対してある程度の理解があるため全く信じてもらえないわけでもないのだから。

 

「……致し方ないですね。貴女には言葉で伝えるより事実を見てもらった方が良いでしょうから」

 

「?どういうこと?」

 

「………」

 

楯無の質問を切嗣は答えずに懐からコンテンダーを取り出す。そして素早くナイフを取り出し自分の指先を切ってから、その血をISの待機状態であるコンテンダーのグリップ部分に垂らした。

 

「!?」

 

それを見た楯無は目を疑わざるを得なかった。なぜなら切嗣の指先から流れた血が令呪を象ったコア部分に触れた瞬間、その部分が赤く光り始めたのだから。

 

「嘘!?こんなことって……」

 

「……ここで貴女に最後の警告をします。今から僕の過去を貴女に見せますが、この内容はあまりに刺激的であり、精神に異常をきたしてしまうかもしれません。それでも大丈夫なのであれば、この赤く光っているコアの部分に手を触れてください」

 

切嗣のいつも以上に険しい表情がその危険性を物語る。普通であれば間違いなく尻込みする状況である。がしかし、切嗣に楽しい学生生活を送らせると誓いを立てた楯無に一切の迷いはなかった。

 

「私が、きりちゃんのすべてを受け止めてあげるから」

 

楯無はいつも通りの不敵な笑みを浮かべながらコンテンダーの発光している部分に手を触れた。こうして楯無は掛け値なしの地獄へと足を踏み入れることになる。

 



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第三十六話 悪夢

今回は楯無視点で書いております。


私は、気が付くと広い砂浜に一人で座っていた。突然の事態に一瞬焦ったものの、彼と言うフィルターを通して彼の記憶を辿っていることを思い出して周りの状況を把握することにした。ちなみに砂浜に降り注ぐ日光に海特有の潮の香も感じられることから五感も共有しているらしい。

 

「探したよ、ケリィ」

 

後ろから聞こえてきた声に振り返るように視線が移動する。するとそこには、白色のワンピースから小麦色の肌を晒した女性がこちらに近づいてきた。

 

「どうしたんだいシャーレイ?そんなに急いで」

 

私の意志とは関係なく彼は目の前の女性を気遣う言葉をかける。どうやら彼は目の前の女性とかなり親しい仲のようだ。

 

(あちゃー……若い時からこんな美人さんがそばにいたなんてね。こりゃ、対策を練る必要があるかも)

 

私がそんなことを考えている間も二人の会話は続く。

 

「先生に貴方を呼んで来てって言われたの」

 

「父さんが僕を……?」

 

「そうだよ。だからほら、一緒に行くよ?」

 

そういうと、シャーレイは彼(私)の手を取り砂浜を駆けて行った。

 

 

トラックに揺られること10分。ようやく私たちは目的地に着いたらしい。トラックから降りたところで、目の前に小さなログハウスが目に入った。入り口では中年の男性がこちらの方に向かって手を振っている。どうやらあれが“先生”と呼ばれた男性だろう。彼とシャーレイは男性の方へと近づいていく。

 

「すまないね、シャーレイ。わざわざ切嗣を呼びにいってもらって」

 

「いいんですよ、先生。私も先生の研究を手伝わせてもらってる訳ですし」

 

「―――それで、用事ってなんだよ?」

 

二人が仲良くしゃべっていることが気に食わなかったのか、会話を遮るように彼が“先生”に質問を投げかける。

 

「そうそう、ちょうどご飯が出来上がったところだったんだ。もしよかったらシャーレイも一緒にご飯を食べていきなさい」

 

「いいんですか!?ありがとうございます!!わたし、先生の作る料理が好きなんです!!」

 

“先生”に昼食をごちそうしてもらえるのがそんなに嬉しかったのか、シャーレイは勧められるまま、ログハウスの中に入っていく。そんな彼女についていく形で彼も玄関へと足を進めた。

 

 

ビデオの早送りのように彼らの何気ない日常の風景が流れていく。彼らの会話を聞いている中で分かったことなのだが、シャーレイは相当頭が良いらしい。“先生”のやっている大学レベルの研究内容を把握し、極たまにであるが研究に役立つ助言を行うこともあった。彼女はいろんな意味で好奇心旺盛のようだ。

 

 

再び彼視点の状態に戻った時、私たちがいたのはあの時の海岸であった。すぐ隣にシャーレイが座っている。夜の砂浜で二人きり。これは彼がシャーレイに何か重要なことを告白するに違いないと私は推測し、一言も聞き逃すまいと聞き耳を立てることにした。

 

「………」

 

「ケリィはさ、どんな大人になりたいの?お父さんの研究を引き継いだとしたら、それをどんなふうに使ってみたい?」

 

「!!」

 

彼女は澄んだ瞳でこちらを見つめている。一方で彼はその目力に押されてか、なかなか言葉を返すことが出来ない。

 

「君の力が世界を変えるんだよ?」

 

「……分からない、そんな先のこと」

 

「じゃあ、ケリィが大人になったら、それを君の近くで私に見せて」

 

「……勝手にしてくれ」

 

しどろもどろになりながら、彼は答える。気のせいかもしれないが、私には先ほどの彼女の言葉に妙な引っ掛かりを覚える。

 

「さて、そろそろ冷えてきたし、帰ろうか?」

 

「……そうだね」

 

その言葉につられるように、シャーレイと彼はそのまま砂浜を後にしようとする。が、シャーレイは突然何かを思いついたようで、ポケットに入っていた小さなナイフを彼に差し出した。

 

「はい。これあげる」

 

「?これは?」

 

「お守り。ケリィに何かいいことがありますように、って祈りをささげておいたからね」

 

そう言うシャーレイの顔には微笑みとともに一筋の涙が浮かんでいた。

 

 

再びいくつもの風景が早送りで流れていく。どこにでもありふれた日常。しかし、その日常が長く続くことはない。

 

 

「はっ、はっ、はっ……!!」

 

再び彼の視点に戻った時、彼は町のはずれを疾走していた。どうやら誰かを探しているらしい。すると視界の隅にいつも見慣れている鶏小屋が写る。その中で鶏以外の何かが動いたので、彼は鳥小屋の中を確認することにした。

 

「探したよ、シャーレイ。一体どこ「うっ……うぅぅ……」……に」

 

彼はその光景に目を疑う。小屋の中には首を掻き取られた鶏の死体が無残な姿で散乱しており、その中でシャーレイが倒れていた。

 

「うっ……」

 

小屋に近づいた瞬間、彼は顔をしかめた。そこ発せられる血のにおいに混じり、独特の腐臭が立ち込める。間違いない。彼女は既に死んでいる……筈なのだ。

 

「シャーレイが……死んだはずなのに、動いてる!!」

 

ここが現実でなくてよかった。暗部としての訓練の一環で、様々な死体を見ることはあったけど、こんな気味の悪い遺体を見る機会はそうそうないのだから。普通に見ていたのなら、おそらく私は嘔吐していただろう。

 

「タリナイ……タリナイノ……」

 

「そんな……シャーレイが死徒になるなんて……」

 

ソレは鶏の死体の中からゆっくりと起き上がり、こっちにフラフラしながら近づいてくる。死徒と言う聞きなれない言葉に疑問を抱きつつも、私はその状況を見守るしかない。

 

「コンナ……ニワトリノ……チ……ダケジャ……カワキガ……オサマラナイ!!」

 

ソレはどんどんこちらに近づいてくる。そして彼の体に触れるギリギリのところまで来たところで、ソレは涙を流しながら訴えかけてきた。

 

「オネガイ!イマナラ……マダ……マニアウ!ワタシヲ……コロシテ!!」

 

「む、無理だよ!そんなこと出来るわけない!!」

 

「オネガイ……ダカラ!!ワタシガ……ワタシデアルウチニ!!」

 

「―――」

 

ソレからの願いに対し、彼は―――

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

目を背けた。それは普通なら当然の選択だし、何より自分の姉のような女性を殺すことなど、少年の彼には出来るはずもない。その時の私はそう思っていた。

 

生ける屍と化した彼女から逃れた彼は、いつも彼女と過ごした海岸まで行き、そこにいた教会の神父に事情を話した後で、その場にへたり込んでしまった。

 

 

どれくらい時間が経っただろう。彼はのろのろと立ち上がると、町の人たちに助けを求めるべく町の方へと歩き出す。そして村が一望できる高台まで来たところで、彼は再び信じられない光景を目撃した。

 

「やめてくれ!!」

 

燃え盛る建物から逃げ惑う町の人々と、

 

「…………」

 

それを虫けらのように殺してまわる黒服の集団。

 

(強盗……にしては手際が良すぎるわね。何か目的があってこの村の人たちを殺しているんだろうけど……目的が分らないわ)

 

「うそ……だろ?」

 

「ところがどっこい。嘘じゃないんだよなぁ、これが」

 

「!?」

 

不意に背後から聞こえてきた声に彼が慌てて振り返る。するとそこには―――

 

「2・3答えてほしい質問があるんだけど……いいよね、坊や?」

 

こちらに銃を向けながら、不敵な笑みを浮かべる銀髪の女性の姿があった。

 

 

(聖堂教会に魔術協会……か。まあ、皆殺しにするという点ではどっちもどっちだけど。それにしても、切ちゃんショックだったろうな。こんな若い時期に初恋(?)の人の悲惨な最期を目の当たりにしたんだから)

 

私は内心、幼い彼の境遇に思いを馳せていた。ナタリア=カミンスキーと名乗った彼女は、『魔術協会』から派遣された魔術師を狩る賞金稼ぎということらしい。その彼女の話によれば、『魔術』は秘匿されるべき事柄であり、それを決して一般人に見せてはならない。そして見られた場合には、その情報がそれ以上広がらないように目撃者の殺害を含めた様々な『処置』を講じる団体とのことだ。

 

(しかし、皆殺しとはやることがえげつないわね)

 

そんな私の思考とは別に彼と彼女の会話は進んでいく。

 

「―――それで、僕はいったいどうすればいいんですか?」

 

「とりあえずこの地獄を作り出した魔術師について心当たりがあるのなら教えてくれ」

 

「……分かりました」

 

そう言うと、彼は魔術師である自分の父親についての話を始めた。ナタリアは話を聞き終えたところで、眉間に皺を寄せる。

 

「……ありがと。一応あんたにもこれを渡しとくよ」

 

そう言うと、ナタリアはもう一丁の拳銃を取り出し彼に手渡す。コルト・ガバメント、この銃には見覚えがある。第一次大戦前に開発されたオートマチックの拳銃でありながら、開発以来ほとんど設計が変わっていないため、使用者に合わせて様々なバリエーションを加えられる汎用性の高い拳銃だ。

 

「……これは?」

 

「護身用だよ。あんたがそいつから報復を受けた時のためのね」

 

「……分かった」

 

彼はゆっくりと立ち上がると、今回の事件の仔細を確かめるべく、叔父がいるログハウスへと歩き出した。

 

 

父親のログハウスに帰り着いた彼は、そこにいた父親の矩賢にシャーレイの死徒化について質問した。そして帰ってきた答えは予想通り―――

 

「あぁ、シャーレイの事か。彼女の事は実に残念だ……。あれほど、あの新薬には手を付けるなと言っておいたのに……。しかし、あの試薬ではまだまだ完全な死徒になれないことを身をもって示してくれただけでも良しとしよう」

 

「………」

 

シャーレイの死徒化に関わっていたことを認めるものであった。その話を聞き終えたところで、彼はズボンの後ろポケットに隠した拳銃のグリップを握り締める。間違いない。彼は自分の叔父を殺すつもりだ。

 

「父さんは……このあとどうするの?」

 

「とりあえず、もう間もなく聖堂教会や魔術協会の連中がここを嗅ぎ付けて来るだろうから、ぼちぼち逃げる準備をするぞ。お前も急いで準備しなさい」

 

矩賢は悪びれた様子もなく、まだ実験を続けるつもりらしい。

 

「うん……分かった」

 

そういうや否や、彼は矩賢に気づかれないようにゆっくりとポケットから拳銃を取り出す。幸い、矩賢は机の上に置いてある書類を片付けるのに夢中なのか、彼の様子に気づくことはない。彼は震える手でゆっくりと銃口を父親に向ける。一連の事件の首謀者とはいえ、彼の父親代わりであることには変わりない。そして彼は―――

 

「がはっ……」

 

「………」

 

躊躇いながらも引き金を引いた。予期せぬ背後からの銃撃を食らった矩賢はゆっくりと前のめりに倒れこむ。そして彼は倒れた矩賢に近づき、物言わぬ肉体に向かって、さらに数発撃ち込んだ。

 

こんな若いころに自分の父親を殺すなんて、誰が想像しただろう。あまりに酷すぎる。南の島で平穏な生活を送っていた彼にいったい何の罪があってこんなことになってしまったのだろう?義憤のような感情を抱きつつも、私はその光景を呆然と眺めるしかない。しばらくして彼は慌てて銃から手を放そうとするが、緊張しているせいか手が自由に動かない。そうこうしている内に、ナタリアが小屋の中に入ってきた。彼女は震える彼から銃を取り上げると、自分の胸元に抱き寄せ、彼の頭をゆっくり撫でながら今後の事について話し始めた。

 

 

そしてまた、ビデオを早送りするかのようにナタリアと彼の生活場面が流れていく。どうやら、ナタリアは魔術協会から討伐命令の下った魔術師を始末する、殺し屋としての一面を持っていたらしい。そうして、彼女と行動を共にするうちに、彼は自分の理想があくまで幻想であることを知り、一人でも多くの人を救う『機械』としての衛宮切嗣を確立していったんだと思う。それと同時にナタリアと彼の関係に若干口惜しさが残る。薄れゆく意識の中で、なぜ彼の大変な時に私が傍にいてあげられなかったのか、という思いを抱きながら私は意識を手放した。

 

 

視界が彼の視点に戻った時、彼は海上に浮かぶ小さなボートの甲板にいた。彼の耳につけられているイヤホンからナタリアの声が聞こえてくる。詳しいことは分からないが、今回の仕事もいつもと同じ仕事だ。概要としては目標となる魔術師を無防備になる航空機の中での暗殺。そしてそれ自体はすぐに成功したようだ。そこまでは良かったのだが、問題はその魔術師が人を死徒に変えてしまう蜂を使っていたために、その蜂が機内で暴れ出し、ナタリア以外の乗客乗員全員が死徒と化す地獄になってしまったらしい。

 

(上手く着陸できれば、せめてナタリアだけでも助かるかもしれない)

 

私は祈るようにその場の状況を見つめていた。

 

『ニューヨークまであと二時間か……退屈だな。話し相手になってちょうだい、坊や』

 

『分かったよ、ナタリア……それじゃあ、質問していいかな?』

 

『いいよ、あたしの歳以外なら何でも答えてあげる』

 

『……なんであの時、僕を助手にしてくれたんだい?僕自身、この仕事に才能があったように思えないんだよ』

 

『……あぁ、それはね―――』

 

そこから彼とナタリアが組んだ理由が明かされた。話を纏めると、彼女も彼が持つ狂気じみた思想に気が付いていたらしい。そして、それを放っておくことはできなかったそうだ。

 

『やっぱり、あんたは優しい女性なんだね』

 

『何馬鹿なこと言ってるんだよ』

 

やがて、彼の視界にナタリアの操縦するボーイング787の姿が映る。すると、彼はナタリアとの通話を続けながら、おもむろに黒い大型のケースのふたを開ける。その中には―――

 

(スティンガーミサイル!?)

 

それを見た瞬間、彼の取る行動が分かってしまった。

 

(やめて!!)

 

私の声が彼に聞こえることはないと分かっていても、叫ばずにはいられなかった。彼は最愛の人を自ら手放そうとしている。機内の蜂や死徒が外に解き放たれれば、空港は地獄と化すことは避けられない。だからって、全く知らない多くの人たちを救うために自分の最愛の人を殺さなければならないなんて、間違っている!

 

『ありがとう、ナタリア』

 

『―――え?』

 

その言葉を最後に、彼は無線のスイッチを切る。そして、再び照準をナタリアの操るジャンボ機に合わせ、引き金を引いた。放たれたスティンガーミサイルはまっすぐ目標に向かって飛んでいき、エンジン部に直撃。そして間もなく、ジャンボ機は大爆発を起こして海上に向かって落下していった。

 

「見ていてくれたかい、シャーレイ?今度は君の時のようなヘマをしなかったよ。僕は多くの人の命を救ったんだ」

 

不意に視界がぼやける。どうやら彼の目から涙が流れているのだろう。彼は決して機械なんかじゃなく、紛れもない血と涙の通っている人間なんだ。そうして彼はもっていたスティンガーミサイルの発射装置を取り落すと、膝から崩れ落ちるように地面にへたり込む。

 

「ふざけるな!……ふざけるな!……馬鹿野郎!!」

 

彼は首を垂れながら、自分の拳を何度も何度も甲板にたたきつける。いくら木製の床板とはいえ、何発も殴っていれば当然皮は向け、痛々しい傷口が手のあちこちに出来上がる。だが、彼はそんなことには構わずにまるで自分自身を罰するかのようにそれを続けていた。

 

「こんなことをするために……僕は……正義の味方を……目指したわけじゃ……なかったのに……」

 

彼の独白を聞き、私は彼の本質を理解した。彼は自分の願望に対して純粋すぎたのだ。そして、その願いをかなえるために誰よりも自分を厳しく律し、命の天秤の測り手たろうとした。そういう精神的な点では彼も一夏くんと同じく、純粋な子供なのかもしれない。彼と一夏君の大きな違いを挙げるとすれば、「心と身体を切り離す感覚」を持っているか、そうでないかだろう。本来なら、それは極一部の人間しか持ちえない特別な感覚であり、それを私たちのような人間が持っていること自体が異常なのである。私が彼に出会った際に、何故か彼に惹かれたのもこれが原因なのかもしれない。

 

 

しかし、この時の私はここがまだ彼の抱えている心の闇のほんの一部分でしかないことに気づかされようとは、思いもしなかった。

 




投稿が遅れてすみませんでした。もろもろの事情により、投稿速度が遅れてしまっていますが、絶対に放置することはないので、これからも片手間にでも見て頂ければ幸いです。


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第三十七話 地獄

(二次創作SS)流行らせコラ!


ナタリアとのつらい別れを見て、これが彼の抱える闇なのだ、と私は認識していた。しかし、その場面が終わった後もまだ回想が続いている。本来ならば、現在の彼の年齢とほぼ同じであるはずこの場面で終わりのはずなのだ。にも拘らずまだ回想は続く。

 

(おかしい……この時点で彼の年齢は16~17歳だったはず。なのに、なぜこの記憶は続いてるの?)

 

そんな私の中に芽生えた疑問とは関係なく場面は進んでいく。ナタリアを失った直後、彼はしばらく紛争地帯に身を置いていた。そして彼は魔術使い、あるいは正義の味方として彼は1を捨て9を助けること、により一層特化していくことになる。ターゲットが人ごみの中に紛れるのなら周囲の人たちもろとも爆殺し、人質をとるのなら人質ごと抹殺する。

 

彼は決してどんな誘惑や罵倒にも負けず、自分の仕事を黙々とこなしていた。全てはより多くの人を救うために。当然そんな彼のやり方は認められるはずもなく、いつしか彼は『魔術師殺し』と言う蔑称で呼ばれるようになっていた。

 

(これが『魔術師殺し』の背景……)

 

やはり私はショックを隠せない。私も暗部として仕事をしていく中で、人を殺めたことはあったが、彼が殺してきた人数は私なんかの比じゃなかった。ただひたすらに理想を追い求めながら、少しでも多くの人を救うために、彼は人々を殺し続けていたのだ。

 

そんな彼に転機が訪れる。うわさを聞きつけたドイツの富豪であるアインツベルン家が破格の契約金で彼を雇うことになった。そしてその条件と言うのは―――

 

(60年に一度開催される、何でも願いをかなえる力を持った聖杯を巡って争う『聖杯戦争』……ね)

 

正直胡散臭い話だ。がよく考えてみると魔術があるのだから、そんな話があってもおかしくはないのかもしれない。結果として彼は婿養子として迎えられ、その家の”女性”であるアイリスフィールと婚約し、子供をもうけた。

 

(あれ?私の知る彼の見た目ってどう見ても17歳よね?ひょっとして、まさかの学生結婚!?しかも子供まで!?それに奥さん美人すぎでしょ……。でも彼の見た目はすでに20代後半……これは後から彼に話を聞かなきゃ)

 

頭の隅でそのようなことを考えながら、私は彼の記憶をたどっていく。

 

 

聖杯戦争が始まる数ヶ月前から、彼は自分の妻であるアイリスフィールとともに、敵となりうるマスターに関する資料を調べ、個別の対策について作戦を練っていた。

 

「言峰綺礼……こいつは危険人物だ」

 

彼は資料をみながらそう呟く。篠ノ之博士を謀殺した男。どうやら彼と言峰の出会いはこの時点から始まっていたようだ。

 

(この時からすでにヤバいやつとして認知されていたのね……。これからはこいつと戦わなきゃいけなくなるんだろうけど……正直こんなやつ相手にしたくないなぁ……)

 

彼の言葉を聴きながら、私はいずれ戦うことになるであろう男の名前を心に刻み付けることにした。

 

 

アインツベルンの敷地内にある教会の一室のようなところで、彼は水銀(?)で魔法陣のような物を作っている。その様子から察すると、霊的な何かを呼び出すつもりなのだろう。

 

「アイリ、その聖遺物を陣の中心においてくれ」

 

「……分かったわ」

 

アイリと呼ばれた彼の奥さんは、彼の言葉に頷くと、陣を壊さないように慎重に移動し、陣の中心に聖遺物と呼ばれた剣の鞘を祭壇の上に置く。そして準備が整ったことを確認すると、彼は呪文を詠唱し始めた。

 

「―――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うのならば応えよ」

 

詠唱が始まり、魔法陣の中心が光り出す。成功すれば聖遺物に関係のある英雄を呼び出すことが出来るらしいが……どこまで信憑性があるかは分からない。私は半信半疑でその様子を見つめる。

 

「―――汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

詠唱が終わった。すると突然陣の中心から風が吹き荒れ始め、視界が奪われる。そして風がやんだ後、陣の中心にいたのは鎧を纏った端正な顔立ちの少女であった。

 

「こいつが……アーサー王、だと?」

 

思わず彼の口から言葉が漏れる。私も内心同じ反応だった。こんな少女があの“アーサー王”だなんて、にわかには信じることが出来ない。が、少女は彼の言葉に反応することなく、まっすぐ彼のほうを向いて口を開く。

 

「―――問おう。貴方が、私のマスターか」

 

「………」

 

彼女の言葉に彼は答えを返すことなくその場を後にする。なぜ彼はセイバーに声をかけなかったのか、このときの私には分からなかった。

 

 

初めてセイバーを召喚して以降、彼は露骨にセイバーを避けるようになったようで、聖杯戦争の舞台となる日本の冬木市に行くときですら、妻であるアイリにセイバーのことを任せ、自分は先に部下である舞弥とともに現地入りを果たしている。

 

 

聖杯戦争が始まると、彼は敵が拠点にしている大きなホテルの外で舞弥と連絡を取りあっていた。

 

「―――では、手はず通りに」

 

「了解」

 

彼が通話を終了した瞬間、付近のホテルの一室から火の手が上がり始める。いくら相手が潜んでいるとは言え、本当に火災を起こす気なのだろうか。私が考え事をしている間も状況はどんどん進んでいき、出口から出てくる宿泊客が居なくなったため、全員外に出てきたかを確認するべく従業員が宿泊客リストで点呼を取り始めた。

 

「……頃合か」

 

彼はそう呟くと、携帯でどこかに電話をかける。その瞬間、地下駐車場に仕掛けていた爆弾の起爆装置が作動、瞬く間にビルが煙の中に包まれ、瓦礫の山へと変貌を遂げてしまった。幸いなことに宿泊客(ごく一部を除いた全員)はビルの外に退避していたために爆発に巻き込まれることはなかったが、敵の魔術師がどうなったかは分からない。

 

(ホテルの中にいる人ごとビルを爆破するんじゃないかと思ったけど……どうやらその心配はなかったみたいね)

 

「……僕もぬるくなったものだ」

 

冗談も休み休み言え!と毒づきつつも内心私は胸をなでおろしていた。少なくとも、私が見たナタリアと別れてすぐの彼ならば、躊躇なく宿泊客ごと相手を抹殺していただろうから、それに比べれば幾分マシなのだから。

 

 

今度は彼(アインツベルン)が所有する城にて、先日戦った魔術師との戦いが繰り広げられていた。

 

正統派(?)である敵の魔術師に対して、彼はあくまで銃器などを駆使しての戦いを貫く。初めこそ彼を侮っていた敵も、コンテンダーの一撃を肩に受け、全魔力を自分の魔術礼装に注ぐ。それこそが彼の狙いであるということに気づかずに。

 

(あの魔術師にとってはきりちゃんは相性最悪なんだろうけど……それにしても戦上手だね)

 

ケイネスと呼ばれた敵の魔術師は良くも悪くも純粋(?)な魔術師であったためか、予想外の事態などに対して、かなり弱いらしい。案の定、頭に血が上った相手は彼の放った起源弾に対し―――

 

「馬鹿め!二度も同じ轍は踏まんぞ!!」

 

起源弾を弾くのではなく、礼装であるスライムのような何かを用いて受け止めた上で、包み込んで防ぐ、と言う戦法をとった。この戦法は一般的な銃弾に対しては有効だったのかもしれない。しかし―――

 

「うぐあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

起源弾が礼装に包み込まれた途端、その効果により体内の魔術回路がズタズタに引き裂かれ、いびつな形で再結合が行われる。その負荷は魔術回路を行使していればいるほど効果が大きいらしく、最大限に魔術回路を活用していたケイネスは、暴走した魔力に体を蝕まれ、口から大量に吐血した後、地面に倒れ伏した。それと同時に魔力供給が切れた礼装も形を失い、床に飛び散る。

 

冷酷無比な殺し屋。それがこの戦いを見たうえでの彼に対する印象であった。周到に準備した上で、相手に本来の力を出させないようにし、焦れた相手が隙を見せたところを容赦なく叩く。本当に彼が味方でいてくれてよかった。もし彼が敵対していたら……目の前に倒れ伏しているケイネスの姿が将来の自分の姿になっていたかもしれない。

 

「あ……うぅ……」

 

「………」

 

すでに虫の息であるケイネスに止めを刺すべく、もうひとつの愛銃であるキャリコM950を構え、彼に向けて引き金を引く。が―――

 

「させるかっ!」

 

「!?」

 

その銃弾は突然現れたランサーが槍を回転させることですべて防がれてしまった。

 

「…………」

 

「今ここで俺が貴様を殺すことは容易い。が、今回は騎士王の気高さに免じて、殺すのは勘弁しておいてやる。せいぜい自分のサーヴァントに感謝することだ」

 

切嗣を睨みつけながら、ランサーはケイネスを抱えあげると、窓ガラスを突き破って外へと脱出していった。

 

 

それから始まるキャスターの討伐。彼はキャスターのマスターの性格を予想し、混乱時に人通りの多い場所に出てくると考え、海魔の出現ポイント付近に待機していた。そして予想通りにキャスターのマスターと思しき人物が現れたため、スナイパーライフルで肝臓部に2発の弾丸を撃ち込んで射殺。いつもどおりに彼は仕事をこなす。

 

 

再び場面が変わり、今度は視点が室内に移る。が、瓦礫が散乱していることから私は廃墟であると結論付けた。出来る限り音を立てないようにして廃墟の中を進んでいく。すると前方に車椅子に乗った金髪の男性を発見する。間違いない、ケイネスだ。どうやらこちらの様子には気づいていないらしい。彼は気づかれないように懐からメモ用紙を取り出してケイネスのほうに向けて、投擲。投げられた紙はゆらゆらと飛んでいき、ケイネスの足元に落ちる。

 

「……?」

 

ケイネスは紙を拾い上げ、ゆっくりとこちらに向き直る。そして彼が抱えている人物に目を向けた瞬間、驚愕の表情を浮かべる。

 

「ソラウ……!!」

 

彼が抱えている人物。それはケイネスの許婚であるソラウだった。彼女はケイネスから令呪を奪い取った後、舞耶に拉致されたうえで片腕の肘から下を切り取られ、意識を失っているみたいだ。

 

彼は謎の図形や文字が書かれた羊皮紙をケイネスに渡す。どうやら何かの契約書らしい。その内容に目を通し終えたケイネスの表情は苦悶に満ちている。

 

ケイネスは再び考え込み始めるが、どうやら相当迷っているらしい。その後、しばらく考えていたケイネスであったが、覚悟を決めたようで、署名欄に自分の名前を書き始める。

 

 

―――サインが終わり、彼は契約書(?)を受け取る。そして、ケイネスは自分の手の甲にある令呪を使って最後の命令を出した。

 

「ランサーよ……令呪をもって命ずる―――自決せよ」

 

「がっ……!?」

 

その瞬間、私は自分が目を閉じていなかったことを後悔した。ランサーの槍が自身の体を貫いたのだ。ランサーの表情を見る限り、まったく想定外の事態であったことは容易に想像できる。そして、自分の身に起こったことをようやく理解したランサーは辺りを見回し、憎むべき仇敵を見出した。

 

「貴様らは、そんなにも!そんなにも勝ちたいか!そうまでして聖杯が欲しいか!この俺がたった一つ抱いた祈りさえ踏みにじって!貴様らは!何一つ恥じることはないのか!」

 

ランサーはなおも言葉を続ける。時折見せていたクールな表情は鳴りを潜め、周りにいる全員にありったけの恨みをぶつけながら……消滅した。

 

(これは……なかなか精神的にキツいなぁ。騎士道を重んじるランサーにとって、彼のとった行動は決して許せる行為ではないんだろうけど、この戦いはルールのある“決闘”ではなく、なんでもありの“戦争”なのだからしょうがない……)

 

「これで……お前は私たちに手出しは出来ないのだな?」

 

私がそんなことを考えている間にも、場面はどんどん進んでいく。ランサーが消えて呆然としながらも、ケイネスは彼に契約が履行されたかを確認する。

 

「あぁ……これで“僕には”君を殺せない」

 

彼は口にタバコを加えると、ライターで火をつける。その視線の先にはスコープの光が見えている。

間違いない、彼は部下を使ってケイネスを殺すつもりようだ。彼は肺で煙草を味わった後、口から煙草を離す。それが合図となり、ケイネスとソラウの身体に舞耶のステアーAUGから放たれた5・56mm弾が無数に穴を開けた。

 

「僕には、な」

 

その狙撃によりソラウは致命傷を負って即死したものの、残念ながらケイネスはそうはならなかったようで―――

 

「頼む……殺してくれぇ……!!」

 

地面に這い蹲りながら、ケイネスは自分を楽にしてくれるように彼に懇願するが、彼の返事は明確な拒絶であった。

 

「……それは出来ない契約だ」

 

そのやり取りを見ていたセイバーであったが、ケイネスの様子をみていられなかったらしく、彼の首を剣で刎ね、殺害した。

 

「衛宮、切嗣――今ようやく、貴様を外道と理解した」

 

セイバーは仇敵を見るような視線を彼にぶつける。サーヴァントとして本来のマスターとまともにコミュニケーションをとることすら叶わず、しかも騎士道に則った戦いすら目の前で汚されてしまっては、セイバーが彼に怒りをぶつけるのも無理はない。

 

「道は違えど目指す場所は同じだと、そう信じてきた私が愚かだった……。私はこれまで、アイリスフィールの言葉であれば信に足ると、その思って貴様の性根を疑うことほしなかった。だが今はもう、貴様のような男が聖杯を以て救世を成すなどと言われても、到底信じるわけにはいかない」

 

「答えろ切嗣! 貴様は妻すらも虚言で踊らせてきたのか? 万能の願望機を求める真の理由はなんだ!?たとえ我が剣が聖杯を勝ち取ったとしても、それを貴様の手にも託す羽目になるのだとしたら、私は……」

 

(暗部の長として、様々な経験を積んできた私ですら、思わず嫌悪感を催すほどの倫理観を度外視した恐ろしく効率的なやり方。彼の内面を知らない人物であったのなら、彼の事を冷酷な殺人鬼とでも称すでしょうね。しかし、私は短い期間であったにせよ彼とともに過ごしたし、彼の優しさを知ってる。そんな彼が喜んで人を殺しているように見えるの……!?)

 

確かに彼がセイバーに対して無視を貫き、冷たい態度で接していることにも大きな問題があるだろう。それでも、私は何も知らずに彼の事を罵倒するセイバーに対し、苛立ちを抑えきれない。

 

 

「―――そういえば、このやり方を君に見せるのは初めてだったね、アイリ」

 

彼はアイリスフィールに声をかける。あくまでセイバーはいない者として扱うつもりのようだ。

 

「マスターを殺すだけでは別のマスターが、そのサーヴァントと再契約する可能性がある。だから、マスターとサーヴァントを同時に始末しなければならない」

 

「それは私ではなく、あなたの言葉として直接セイバーに伝えてあげて!」

 

アイリスフィールが声を荒げて彼に反論する。このままでは空中分解が避けられないであろう状況を鑑みれば、当然の反応か。

 

「……いいや。“栄光”だの“名誉”だの、そんなものを嬉々として持て囃す殺人者には、何を言っても無意味だ」

 

「我が眼前で騎士道を汚すか、この外道!!」

 

(外道……か。まあ、“騎士王”としてのセイバーには彼や私のような狡賢いやり方は気に食わないんだろうけど、それにしても、頭が固すぎるような……)

 

「騎士なんぞに世界は救えない……。こいつらは、戦いの手段に正邪があると言って、まるで戦場に尊いものがあるように演出してみせるんだ。そんな歴代の英雄たちが見せる幻想で、一体どれだけの若者たちが“武勇”だの“名誉”だのに誘惑され、血を流して死んでいったか……」

 

「幻想ではない!!たとえ命のやり取りであろうと、それが人の営みである以上は、法の理念があるのだ!!さもなくば戦火の度に、この世に地獄が現れることになる!!」

 

セイバーの口から「地獄」と言う言葉が聞こえた瞬間、彼の口から呆れた様子のため息が漏れた。彼自身、もうまともにセイバーと会話する気はないのだろう。

 

「―――ほらこれだ。聞いてのとおりさ、アイリ……。この英霊様にとって、戦場は地獄よりマシなものだそうだ……。冗談じゃない、あれは正真正銘の地獄だ……。戦場に希望なんてない、あるのは掛け値なしの絶望だけ。敗者の痛みの上にしか成り立たない、“勝利”と言う名の罪科だ。なのに人類は、誰もその真実に気づかない……。いつの時代も勇猛果敢な英雄様とやらが、華やかな武勇で人の目を眩ませ、血を流す邪悪さを認めようとしないからだ……」

 

そこまで言って彼はセイバーに背を向ける。

 

「人間の本質は、石器時代から一歩も前に進んじゃいない!!」

 

これこそが彼の偽らざる本心だろう。何故なら、彼は人類が作り出した戦場と言う名の地獄をいくつも見てきたのだから。そして、それを半ば肯定するようなセイバーの台詞。彼にとってセイバーはまさに対極の存在なのだ。故に、彼がセイバーを毛嫌いするのも無理はないのかもしれない。

 

「……それじゃあ切嗣。あなたがセイバーに屈辱を与えるのは、英霊に対する憎しみのせい?」

 

「まさか、そんな私情は交えないさ。僕は聖杯を勝ち取り世界を救う。そのための戦いに、最も相応しいやり方で望んでいるだけさ。……正義じゃ世界は救えない。そんなものに僕はまったく興味はない」

 

彼はそこまで言った後、迎えに来た舞耶の車に乗り込むべく、ドアに手をかけた。そんな彼の背中にセイバーは声をかける。

 

「……分かっているのか、切嗣。悪を以って悪を断とうとするのなら、その怒りと憎しみは、また新たな戦火を呼ぶことになるのだぞ」

 

セイバーの言葉にドアを開けようとする彼の手が止まる。それを確認したのか、セイバーはさらに言葉を続ける。

 

「衛宮切嗣……。かつて貴方が何に裏切られ、何に絶望したのかは知らない。だがその怒りや嘆きは、明らかに正義を求めたものだけが抱くものだ。若き日の本当の貴方は“正義の味方”にあこがれていた。世界を救う英雄を誰よりも信じ、欲していたはず―――違うか?」

 

「終わらぬ連鎖を終わらせる……。そして、それを可能にするのが聖杯だ。僕がこの冬木で流れる血を、人類最後の流血にしてみせる。そのためなら、たとえこの世すべての悪を担うことになろうとも構わない―――それで世界が救えるのなら、僕は喜んで引き受けよう」

 

彼は一旦、セイバーを一瞥したうえで、再びドアを開けながら返答を返す。いや返答と言うよりも、むしろ宣言のほうが近いだろう。

 

人の力だけではなしえない恒久的平和という奇跡をなしとげるために聖杯を勝ち取る。そのためには自分が犠牲になろうとも構わない。そんな彼の決意は確かに尊いものに違いない。

 

しかし、彼は気づいているのだろうか?自分が犠牲になることで悲しむ人がいることに。再び彼に会ったら、自分がどれだけ周りの人から想われているかを教えてやろう。私は心の中でそう決意した。

 



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第三十八話 犠牲

やっぱり僕は、王道を往く……ラブコメ派ですかね(ノンケアピール)


 聖杯戦争も佳境に入ってきたようで、ついに聖杯として機能していたアイリスフィールが負荷に耐えられなくなり、満足に日常生活を送ることすら不可能になっていた。

 

そこで切嗣は今まで拠点としていた城から住宅地の中にある武家屋敷に拠点を移したのだが、それを目敏く発見したライダーがアイリスフィールを拉致し、その過程で護衛についていた彼の相棒である舞耶が命を落としてしまう。

 

(……また彼の親しい人が死んだ。後何回、彼は大切なものを失えばいいんだろう?そもそも何故彼ばかりが失わなければならないの?正義の味方を志したから?それとも少数を切り捨ててきたからか?)

 

(……なるほど、確かに彼は正義の味方として“より多くの人間を救うために少数の人間を殺すこと”を繰り返してきた。当然見返りなどなく、代わりに向けられるのは侮蔑や畏怖の混じった視線と声。しかし、それは避けようのない犠牲であり、曲がりなりにも大勢の人間を救ってきた彼に対して向けられるべきではないはず!そして何故彼も辛いはずなのに、黙ってその悪意を受け入れようとするの!?)

 

「行きましょう、切嗣……」

 

「………」

 

そう言って、二人は別行動で目的地に向かう。アイリスフィールがいなくなった後も他のサーヴァントを探す作業を続行していた切嗣であったが、市民会館から聖杯戦争に勝利したことを意味するのろしが上がったため、真相を確かめるべく市民会館に出向く事になったのだ。

 

「では、私は地下駐車場から捜索します」

 

「………」

 

市民会館に着いたところで、セイバーは地下駐車場へと進む。そして切嗣も、あたりを警戒しながら封鎖されているはずの市民会館へと足を進めた。

 

会館の内部を進んでいくと、まだ工事中というところもあってか、通路には資材などが置かれている。そして彼は通路の先に、倉庫を発見した。

 

他の部屋はすべて鍵が掛かっていたのに、そこだけドアが開いている。どうやらここがあたりの部屋らしい。

 

彼はトラップなどに警戒しながら、ドアを開けて中に入った。そして部屋の中ほどまで来たところで照明が点灯し、中の様子が明らかになったのだが―――

 

(言峰綺礼!!)

 

やはりこの男がいた。彼の予想通り、言峰はここまで生き残っていたのだ。一瞬の静寂が辺りを包む。先に動き出したのは言峰だった。彼はどこからともなく取り出した細い剣のようなものを取り出すと、その刀身を膨張させながら、こちらに突っ込んできた。

 

「―――」

 

彼は無言で起源弾を装填したコンテンダーを構えると、言峰に向かって発射する。そして起源弾は確かに言峰の持つ剣に着弾したのだが、ただ刀身が吹き飛んだだけで言峰自身には何の影響も及ぼしていない。

 

「―――!!」

 

言峰は彼の懐に潜り込み上段への蹴りを放つが、彼はそれを驚異的な速さで避けると、キャリコで反撃しながら間合いを開ける。しかし、言峰はまた新たな細剣を取り出すと、すべてはじき落としてしまった。

 

(うそ!?9ミリ弾とはいえあれだけの量の弾丸を弾くなんて……)

 

そしてお互いに距離が開いたところで、彼がコンテンダーを装填しようとした瞬間、言峰は一瞬で間合いを詰めて渾身の一撃を心臓に向けて放った。一瞬、視界がブラックアウトしたところを見るとおそらく致命傷となるはずだったのだが―――

 

「!!」

 

彼は突然起き上がると、言峰に向かってキャリコをフルオートで発射する。私にはよく分からないが、一瞬であの一撃を治癒したらしく、言峰がこちらに接近する前に高速でコンテンダーに銃弾を装填すると、再び言峰に向かって発射する。今度はライフル弾による一撃。キャリコの弾丸と同等と思って突っ込んでくればそこで終わるのだ。

 

「―――ぐっ!!」

 

「!?」

 

私は今目にした光景が信じられなかった。こともあろうに、言峰は自分に飛んできたライフル弾を片手を犠牲にして、軌道をそらしたのだ。

 

その後の攻防は私の目には早すぎて断片的にしか捕らえ切れなかったが、彼は言峰に接近した後、コンテンダーのグリップで言峰の右腕を殴打し、使用不能にした。

 

そこまではよかったのだが、止めを刺すべくナイフで切りかかる彼を言峰は左手一本で防ぎきり、彼に距離を避けさせると、逃げることが出来ないように細剣を左右から投擲し、自分も弾丸並の速度で彼に接近した結果―――両者とも天井から降り注ぐ赤黒い泥の様なものに飲み込まれてしまった。

 

 

(アイリスフィール!?彼女は死んだはず……なぜ?)

 

再び視界が元に戻ったとき、私は不可思議な光景を目の前にしていた。隣には彼のことを心配しながら死んでいったはずのアイリスフィールが存在しているのだ。困惑する私の意思とは関係なしに、アイリスフィールは語り始める。

 

「きっと来てくれると思ってたわ、切嗣。貴方ならきっとここにたどり着けると信じてた」

 

「アイリ……ここは、どこだ?」

 

「ここは貴方の願いが叶う場所……貴方の求めた聖杯の、内側よ」

 

「これが……聖杯?」

 

(……これが願いを叶える万能の願望機ってやつ?まったく、イイ趣味してるわ)

 

見渡す限りの腐敗した死体の山と、謎の黒い泥が辺りを覆いつくしていた。これを彼を通じて見ていたことが私にとっての幸運に違いない。もしそのまま見ていたのならば、私は数秒も持たずに発狂していただろうから。

 

「そうよ。でも怖がらなくていい、これはまだ形のない夢のようなものだから。まだ生れ落ちるのを待っているのよ?ほら―――あそこを見て?」

 

「黒い太陽?―――いや、あれは孔か」

 

ふと上を見上げれば、ちょうど太陽があるであろう位置に謎の黒い球体が存在していた。誰が見ても一目で分かる、あれは相当ヤバイ代物だ。

 

「あれが聖杯。まだ形を得ていないけれど、もう器は十分に満たされているわ。後は祈りを告げるだけでいい。どんな願いを託されるにせよ、それを成就するに相応しい姿を選び取る。そうやって現世での姿形を得ることで、あれは初めて外に出て行くことが出来るの」

 

「………」

 

「―――さあ、だからお願い。早くあれに形を与えてあげて?貴方こそ、あれのあり方を定義するに相応しい人間よ。切嗣、聖杯に願いを告げて」

 

「……お前は、誰だ?聖杯の準備が整ったのなら、アイリスフィールはもう存在しないはずだ!だとしたら貴様は―――いったい何者だ?」

 

聖杯の完成とともに人格は削除され、聖杯として機能する。それがホムンクルスとしてのアイリスフィールの運命。

 

「私はアイリスフィール。そう思ってくれて何の問題もない「はぐらかすな!答えろ!!」……」

 

「そうね、これが仮面であることは否定しないわ。私は誰か既存の人格を殻としてかぶった状態で泣ければ、他者と意思の疎通が出来ない。貴方に私の望みを伝えるなら、こういう姿をとるしかないの―――でもね、私の記録したアイリスフィールの人格は、まぎれもない本物よ?彼女の消滅する寸前、最後に接触したのは私なの。だがら私はアイリスフィールの願望を受け継いで、かくあって欲しいと言う願いを体現することこそ、私の本分なのだから」

 

「―――つまり、お前は……聖杯の主なのか」

 

「ええ。その解釈は間違っていない」

 

「馬鹿な!!聖杯はただ―――純粋無色の力でしかないはずだ!それが意思など、持ち合わす筈がない!!」

 

私も彼が告げられた内容を聞いていたが、そのようにしか言われていなかった。それがいつの間に意思を持ち合わせたのだろう?

 

「以前はそうだったのかもしれない―――でも今は違うの。私には意思があり、望みがある。この世に生まれ出たい、と言う意思が」

 

「そんな!……おかしい、何かがおかしい!もしそれが事実なら、これは―――僕が求めていたような都合のいい願望機などではない……であれば、聖杯は僕の願望をどうやって叶えるつもりだ?」

 

彼の言うとおりだ。誰かの意思の混じった聖杯で、どうやって聖杯の所有者の願いをかなえるつもりなのだろう?

 

「そんなことは切嗣……貴方なら誰よりもよく理解できてるはずじゃない?」

 

「なんだと?」

 

「貴方と言う人間は、そのあり方そのものが限りなく聖杯に、そう、私に近いの。だからこそ、今私とつながっていても、理性を保っていられる。普通の人間なら、あの泥を浴びた時点で精神が崩壊しているわ……世界の救い方なんて、貴方はとっくに理解しているじゃない?だから私は、貴方がなしてきた通り、貴方のあり方を受け継いで、貴方の祈りを遂げるのよ」

 

(彼のなしてきた方法は『より多くの人間を救うために、少数の人間を切り捨てる』と言うものだった。ならば……いやこれはまだ私の推論に過ぎないのだから、先入観を持って聞くべきじゃない。)

 

「何を―――言っている?答えろ!……聖杯は何をするつもりだ?あれが現世に降り立ったら、一体何が起こるんだ!!」

 

「はあ……仕方ないわね。じゃあそこから先は、あなた自身の内側に問いかけてもらうしかないわ」

 

彼女はため息をつきながら、めんどくさそうに彼に言葉を投げかける。すると、目の前に謎の風景が映し出された。そしてどこからともなく、『声』が聞こえてくる。

 

『大洋に二艘の船があり、片方の船に300人、もう一方の船に200人の、総勢500人の乗員乗客と衛宮切嗣。仮にこの501名を人類最後の生き残りと設定し、それから衛宮切嗣のロールプレイを以って、以下の問題に答えることとする』

 

「……!?」

 

『二艘の船底に、同時に致命的な大穴が開いた。船を修復する技術を持つのは、君だけ。片方の船を修復する間に、もう一方の船は沈没する―――さて、君はどちらの船を治すのか?』

 

どちらを選んでも、犠牲は避けられないのだ。ならば、彼の選ぶ答えは―――

 

「……当然、300人の船だ」

 

そうなるだろう。そして『声』は質問を続ける。

 

『君がそう決断すると、もう一方に乗った200人が君を捕らえ、先に自分たちの船を治すよう要求してきた―――さあ、どうする?』

 

「それは……」

 

彼は自分を拘束する200人に向けて持っていた機関銃の引き金を引く。ほどなくして200人の抹殺が完了した。

 

『正解だ。それでこそ衛宮切嗣。そして生き残った300人は傷ついた船を捨て、新たな二艘の船にそれぞれ200人と100人で分乗して旅を続ける。しかし、またしても二艘の船底に同時に穴が開いたため、100人が君を拉致し、先に自分たちの船を治すよう要求してきた―――さあ、どうする?』

 

「そんなのは……だが!!」

 

再び彼は機関銃の引き金を引き、100人を切り捨てる。がしかし―――

 

『正解』

 

「馬鹿な!?何が正しいものか!!200人を生かすために300人を犠牲にしたのでは、天秤の針が合わなくなってしまうだろう!!」

 

その通りだ。その場だけの計算なら多数を救ったことになるが、総量で見れば、生かした人数とそれをなすための犠牲の数があべこべになってしまう。こんなやり方は間違っているはず……なのだ。

 

『その計算のやり方は間違っている。では、問題を続けよう―――』

 

『声』はまだ天秤の問題を述べ、彼はそれを感情を殺しこなしていく。

 

―――120人と80人―――

 

死んでいく人々の恐怖に駆られた表情や断末魔の叫びがどんどん心の中に蓄積されていくのが分かる。

 

―――80人と40人―――

 

正常な思考の持ち主であれば、この問題を投げ出すのだろうが、この天秤の守り手である彼にはその選択肢は無い。かと言って自分の境遇を嘆くことすら許されないという地獄。

 

―――50人と30人―――

 

そんな中に彼はいるのだ。

 

「これが……聖杯のやり方なのか?」

 

『そうだ。聖杯は衛宮切嗣の知るやり方でしか願望を成就することは出来ない』

 

「ふざけるな!!そんなもの、一体どこが奇跡だって言うんだ!?」

 

全世界規模での多数を救うための少数の抹殺。“全人類が平和であってほしい”と言う純粋な願いのために少数を切り捨て、聖杯による恒久的平和を目指してきた切嗣にとって、『声』から聞かされる聖杯の真実はそのすべてを打ち崩すものとなったに違いない。

 

『奇跡だ。かつて君が志し、ついに個人ではなしえなかった行いを、決して人の手では及ばぬ規模で完遂する。これが奇跡ではないとしたら、一体何なんだ?』

 

『―――では、問題を続けよう。生き残った5人は傷ついた船を捨て、新たな二艘の船にそれぞれ3人、2人に分かれて分乗しながら航海を続ける。しかし―――』

 

私はここであることに気づいた。少ない船に乗っているのは父親である衛宮矩賢と彼の師であるナタリア。そして彼の乗る3人の船には彼の娘であるイリヤスフィールと妻のアイリスフィール、それに聖杯戦争をともに戦った舞耶が、それぞれ分かれているため、どちらかを選ばなければならなくなってしまうのだ。自分が殺した親しい人をもう一度自分の手で殺さなければならない。

 

「………!!」

 

不意に視界がぼやける。おそらく彼が泣いているのだろう。親代わりをしてくれた人か、自分の妻子と相棒か。究極の選択。彼は―――

 

「うおぉぉぉ!!」

 

彼はナイフを持って“親”を斬殺し、妻子と相棒を選んだ。理由はそちらのほうが人数が少なかったから。ただそれだけ。そこに私情を挟むことは許されない。

 

「それでは航海を続けよう。残った3人は傷ついた船を捨て新たな2艘の船に1人、2人で分乗し、航海を続ける。しかし、同時に船底に穴が開いてしまう―――さて、どうする?」

 

「僕は……!!」

 

彼はナイフを用いて1人の相棒である舞耶を斬殺する。これで残ったのは妻子のみになった。

 

「貴様は、全人類を相手に“これ”を行うのか?それが僕の理想の成就だと?」

 

『そうとも。君の願望は、聖杯の形として再現される。衛宮切嗣、まさに君こそこの世すべての悪”アンリ=マユ”を担うに相応しい』

 

「うっ……くっ……あっ」

 

これ以上、『声』が何も言わないことを考えると、どうやらここで問題は終了したらしい。そこで目の前の惨状が消え、アインツベルン城内の寝室に舞台は戻った。

 

「おかえりなさい、切嗣♪」

 

「イリヤ……アイリ……」

 

『そう。その2人こそ、もはや天秤に乗せるまでも無い等価の価値。498人の命と引き換えに守られた“最後の希望”だ』

 

「切嗣♪やっと帰ってきたのね♪」

 

「―――ね?理解したでしょ、切嗣。これが聖杯による願いの成就。だから貴方はただ“妻を蘇らせ、娘を取り戻せ”と祈るだけでいいの。聖杯の無限の魔力の前では、造作も無い奇跡だわ。後に残るのは幸福だけ」

 

「すべてが滅んだ死の星に、残された最後の人類として、私たち3人の家族は末永く幸せに暮らし続けるの」

 

「………」

 

彼は奥歯をかみ締めながら、イリヤに近づく。そして彼女と同じ目線になるように身をかがめて、頭を撫でながら語りかける。

 

「もう……胡桃の芽を探しに行くことも、出来ないね」

 

「ううん、いいの」

 

イリヤは切嗣に笑いかける。彼の思考パターンから、次に彼がどういう行動に移るかを理解してしまった私には、その笑顔を直視することが出来ない。

 

「イリヤはね、切嗣とお母様さえ一緒にいてくれば、それでいい」

 

「……あぁ……うあぁ……」

 

彼は一頻り嗚咽を漏らしたところで、イリヤのほうに向き直る。間違いない。彼は“仕事”を行うつもりだ。

 

「ありがとう……。父さんもイリヤが大好きだ。それだけは誓って……本当だ!」

 

彼は右手を自分の胸ポケットにいれ、コンテンダーを取り出すと、銃口をイリヤの喉元に突きつけ―――

 

「さよなら……イリヤ」

 

「―――え?」

 

引き金を引いた。当然至近距離で撃ったのだから、イリヤは肉片や血しぶきを撒き散らしながら、その場に倒れ付してしまう。血の海に沈む遺体の頭部は完全に吹き飛び、もはやこの遺体がイリヤのものか分からなくなっていた。

 

「イ……いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!何を!?貴方、何を!?」

 

発狂したアイリスフィールがイリヤの遺体に駆け寄る。そして彼は血まみれになったコンテンダーをポケットにしまうと、イリヤの遺体にしがみつくアイリスフィールを突き飛ばして馬乗りになり、彼女の首に手をかけた。

 

「聖杯は……あってはならないものだ……!!」

 

彼は声を震わせながら、彼女の首を絞める。本当は殺したくないという躊躇いと危険な聖杯を現世に下ろさせてはならない、という感情の交差がありありと伝わってくる。

 

「貴方……どうして、聖杯を……私たちを……拒むの?……私のイリヤ……そんな……どうして……?」

 

血管をすべて圧迫され、徐々に顔を紫色に変化させながら、アイリスフィールは喉から声を絞り出す。成人男性が全力で首を絞めているのだ、相当苦しいに違いない。

 

「60億の……人類と……家族2人……!!」

 

(もういやだ。なんで彼が……彼ばかりが……こんなに苦しまなければならないの?こんなの、辛すぎて……見ちゃいられない)

 

私は目の前の光景から目を背けそうになる。がしかし、これは彼が私だけに見せてくれた彼の心の闇なのだ。そして苦しいのは彼も一緒であるはず。だから私が目をそらす訳にはいかない。そう思うと、少しだけ気持ちが楽になる。

 

「……呪ってやる。衛宮切嗣……。お前を、呪う……。苦しめ……死ぬまで……呪う……!!絶対に……許さない……!!」

 

おそらくアンリマユが出てきているのだろう。それでも彼の手が決して緩む事はない。

 

「僕は……お前を殺して―――世界を……救う!!」

 

彼は渾身の力をこめて彼女の首を絞め上げる。そしてまもなく、ゴリッと言う音とともに彼女の首が折れ、彼女は動かなくなった。そこであたりの光景がゆがみ始める。どうやらアイリスフィールが死んだ事で、聖杯自身が衛宮切嗣から拒絶された、と判断したのだろう。

 

「世界」は彼にばかり汚れ役を押し付け、ただ救われるのを待ち、それが終わった後には非難の声や侮蔑の視線を浴びせる。

 

そして彼はこれからも、一人傷つきながら黙々と世界を救い続けなければならない―――ふざけた話だ。私がこれを知った以上、そんなことはさせない。彼の鋼のような意思を変えさせるのは不可能だろう。ならば、誰かが彼の刀となり、盾となって彼をあらゆる危険から守る必要があるだろう。

 

(例え世界中の誰もが貴方の敵になろうとも、私が貴方をあらゆる危険から守リ抜いてみせる)

 

変わり往く光景を眺めながら、私は決意を固めていた。

 

 

次に視界が確保されたとき、目の前には倒れ伏す言峰の姿があった。彼はコンテンダーに弾丸を装填すると、ゆっくり言峰に近づく。

 

 

すると、突然言峰が目を覚ます。そして上体を起こし、ゆっくりと立ち上がろうとしたが、背後で銃口を突きつけられていることに気がつくと、手を上げる。

 

「……随分と、あっけない幕切れだな」

 

「………」

 

「最後の最後で聖杯を拒むとは……愚か過ぎて理解できん!貴様は誰よりも聖杯を求めていたはず!なのに何故だ!!」

 

「……お前はアレを最後まで見たのか?」

 

「無論だ!あれが……あんなものが、この世に生まれ出たのなら……おそらく私が抱き続けてきた迷いに解答を出すことが出来るかもしれない……!!」

 

言峰は対峙していたときとは違い、熱く語り始める。当初、私は彼がアンリ=マユに触れた事で、精神的におかしくなってしまったのではないか、と推測したが、どうやらそうではないらしい。どうやら彼はアンリマユに対し、なんらかの“ヒント”を見出したようだ。

 

「アレがもたらす物よりアレによる被害のほうが大きい……ただそれだけのことだ」

 

「ならば私に譲れ!―――お前にとっては必要の無いものなのかもしれないが、私にとっては必要なものなのだ!!」

 

言峰は事の重大さが分かっているのだろうか。彼が自分の妻子を手にかけてまで防いだ人類への脅威を、自分勝手な考えの下に再び出現させようとしているのだ。私は言峰に殺意すら覚えたが、残念ながらここで彼に手を出せないため、黙ってみているしかない。すると彼はコンテンダーの照準を言峰の心臓部に合わせる。

 

「頼む!殺すな!あれは自らの誕生を望んでいる!!」

 

「………」

 

命乞いをする言峰に対し、彼は無言で引き金を引く。銃口から放たれた弾丸は寸分違わず言峰の心臓を撃ち抜き、言峰はここで絶命した。

 

 

その後、彼はなんとか倉庫の中から抜け出し、泥を発生させた聖杯がある大ホールの入り口にたどり着いた。

 

「―――!!」

 

「――!―――!!」

 

中からセイバーと誰かの争う声が聞こえる。間違いない。ここに聖杯はある。切嗣は中の様子を伺いながら、音を立てないようにゆっくりとドアを開けて中に入る。どうやらセイバーと金色の男は言い争っているせいか、切嗣の存在に気づかない。そして切嗣は最後の仕上げにかかった。

 

「令呪をもって命ずる―――セイバーよ、宝具を用いて聖杯を破壊せよ」

 

「「!?」」

 

セイバーは突然現れたマスターからの命令に戸惑いながらも、サーヴァントを拘束する令呪の縛りにより、宝具であるエクスカリバーを展開し、上段に振り上げる。しかし、もう1人の金色の男はそうではないようで―――

 

「貴様―――雑種の分際で、この俺とセイバーの婚約を邪魔立てするか!!」

 

「切嗣!貴方は誰よりも聖杯を欲していたはずだ!!なのに何故!?」

 

怒りをあらわにしながら、背後から様々な武器を出現させて彼に狙いを定める。一方のセイバーは、必死で令呪の縛りに抵抗しているようで、何とか宝具を振り下ろすまいと粘っていた。そんな2人を無視しつつ、彼は命令を実行しようとしないセイバーに向かって令呪を翳し、再び命令を下した。

 

「重ねて令呪をもって命ずる―――セイバーよ、宝具を用いて聖杯を、破壊しろ」

 

「やめろおぉぉぉぉ!!」

 

セイバーは拒絶の意思表示をしながらも、宝具を振り下ろす。そして大ホールは光に包まれた。

 

 

その直後、私はおぞましい光景を目にすることになる。宝具により破壊された聖杯の中から大量の泥が噴出し、辺りを覆い始めたのだ。

 

「!?」

 

彼が見ている間にも、泥は宝具により破壊された建物から外に漏れ出し、火砕流の様に付近を焼き尽くしながら、建物ごと飲み込んでゆく。ようやく泥の流出が終わり、彼は外の状況を確かめるために、外に出たのだが―――

 

「馬鹿な……こんな、馬鹿な!?」

 

外には地獄が広がっていた。泥が通過した場所はあらゆるものが炎に包まれ、辺りには人々のうめき声や泣き叫ぶ声がこだましている。もちろんそのこと自体もかなりショックな出来事であったのだが、それ以上に、空にありえない光景が広がっていたのだ。

 

(黒い……孔?)

 

街が泥に飲まれながら焼き尽くされる一方で、空に開いた黒い孔からはさらに大量の泥が降り注ぎ、生き残った人もその泥に焼き尽くされ、1人1人と確実に焼死していく。

 

(きりちゃん!急いで!!)

 

私の声が彼に聞こえないことは分かっていたが、それでも私は彼に呼びかける。一人でも多くの人間をこの忌まわしい人災から救うために。その声が届いたか分からないが、彼は町のほうへと駆け出し始めた。

 

 

「誰か!誰かいませんか!?」

 

炎に包まれた街で彼は生存者がいないかどうか呼びかけるが、どこからも返事は返って来ない。そのため、彼は人がいるかもしれない場所を捜索し始めた。

 

「おい!!大丈夫か!?」

 

不意に瓦礫に埋もれた人の下半身が目に入ったため、彼はその瓦礫をどけたのだが、残念ながら上半身は炭化しており、すでに息絶えていた。

 

「あ……あぁぁぁ!!」

 

仕方が無かったとはいえ、彼の判断のせいで、何の関係もない市民が大量に命を落としたのだ。彼はうめき声を上げながら、その死体を見つめるしかない。

 

 

私は彼が生存者を捜索している最中に、ありえないものを目撃した。

 

(嘘でしょ……?なんであいつらが生きているの?)

 

他でもない。言峰と金色の男だ。そんな中でふと言峰の視線がこちらを向く。

 

(やばい!この状況で襲い掛かられたら、間違いなくこっちがやられる!!)

 

私は思わず緊張するが、恐れていた事態は起こらなかった。なぜなら―――

 

「………」

 

彼が何事も無かった様に言峰を無視して捜索を再開し始めたからだ。それにやる気をなくしたのか、向こうから仕掛けてくることも無く、付近の捜索を終えた彼はその場を後にした。

 

 

見渡す限り、焼き尽くされた瓦礫と炭化した死体の山が続く。そしてあたりに立ち込める死体のたんぱく質が燃える際の悪臭。これまで彼の記憶をたどって行く中で、あらゆる状態の死体を見てきたが、これはトップクラスに入るモノだろう。それだけ私の印象に残るものだったのだ。

 

「………」

 

彼はそんな地獄で生存者を探し続ける。おそらく生存者の有無は絶望的だろう。しかし、ここで諦めることは彼には許されない。間接的とはいえ、この状況を引き起こした原因である彼には。

 

「うっ……うぅ……」

 

すぐ近くの瓦礫の中からわずかにうめき声が聞こえたため、彼はそちらのほうに振り向く。そこにいたのは比較的外傷の少ない少年だった。しかし、動けないでいるため、このままでは炎に巻き込まれて死んでしまうだろう。

 

「………」

 

「!!」

 

少年の手が地面につく寸前で、彼は少年の手を握り締める。そして彼は涙を流しながら、少年に向かって生きていてくれたことへの感謝を述べていた。自分の犯した償いきれない罪科からその少年が生還してくれたことが、彼にとってどれほど助けになったか計り知れない。

 

 

そのまま彼の見せる光景がめまぐるしく動いてゆく。

 

その後、彼は保護した少年を自分の養子として迎え、彼が聖杯戦争で拠点として使い、泥の火災から奇跡的に焼け残った武家屋敷に居を構えることにした。

 

ようやく生活が落ち着いてきたため、彼は義理の息子の世話を自分の屋敷の近くに住んでいた藤村組の娘に任せ、彼は自分の愛娘であるイリヤスフィールを取り戻すべく、単身ドイツのアインツベルン城に乗り込もうべく何度も足を運んだ。

 

しかし、時のアインツベルン家当主であったユーブスタクハイトは、聖杯戦争に敗れた彼をアインツベルンの関係者とは認めず、周りの森の結界を発動させ、城へ入らせることを拒んだのだ。

 

全盛期の彼であればともかく、聖杯戦争で浴びた泥の影響により、精神的にも肉体的にも著しく衰弱した彼に、結界を突破できるだけの力は残されていなかった。

 

娘を取り戻すことを諦めた彼は、海外に行くことをやめることにした。一時は廃墟と化した街も、藤村組などが積極的に動いたこともあってか、驚異的な速さで復旧していき、5年後には泥に飲み込まれる以前の状態と大差なくなっていた。

 

その一方で、彼の身体はアンリマユの影響により確実に蝕まれていき、数年もしないうちに1人では日常生活を送ることの出来ない身体となってしまった。

 

 

「―――子供の頃、僕は正義の味方になりたかったんだ」

 

ある満月の夜、自分の死期が近いことを悟った彼は屋敷の縁側で、息子に自分の胸のうちを語ることにした。と言うのも、少年が自分を救った彼に憧れて、彼と同じ道を歩もうとしている事に気がついたからだ。本当ならここでとめるべきであったのかもしれない。が、しかし―――

 

「うん。しょうがないから、俺が変わりになってやるよ」

 

息子の返事はやはり硬いものであった。彼がなんと言おうとも、息子は自分と同じ道を邁進していくのだろう。私もこの少年と話す機会があれば絶対止めてやるのに、と内心後悔の念を抱く。

 

「そうか……」

 

彼のまぶたがゆっくりと落ちていく。もう目前に死が迫ってきている。

 

「あぁ、」

 

彼は最後に力を振り絞って―――

 

「安心した」

 

そういい残し、短い生涯を終えたのだ。

 

 

それと同時に彼の視界が暗黒に染まる。それと同時に自分の意識がどこかへ引っ張られはじめた。ようやく現実に戻るのだろう

 

そこで、私は意識を手放した。




おや、たてなしのようすが……!?


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第三十九話 再起 

艦これのイベントで烈風を載せたRJを失って、しばらくの間喪に服してたので投稿が遅れました(号泣)


楯無が目を開けると、目の前に切嗣が座っていた。楯無の意識はいつの間にか生徒会室に戻っていたらしい。

 

「大丈夫ですか?」

 

「……えぇ、なんとか。いろいろショッキングな物を見ることになっちゃったけどね」

 

「……」

 

楯無は切嗣に向けて笑顔を作るが、その顔にはいつもの覇気が感じられない。そしてそんな楯無を切嗣は心配そうに見つめる。しかし、このままでは埒が明かないと判断したのか、楯無は無理に話を進めることにした。

 

「こほん……それじゃあ、率直な質問をさせてもらうわね。衛宮切嗣、貴方は一体何者なの?」

 

「それは貴方に見せた通りです……。あの時、僕は確かに一度死に、再び目が覚めたらどこかの公園で倒れていました」

 

「………」

 

楯無は切嗣の言葉を吟味する。楯無は彼の記憶のおおよそ全てをトレースしたが、その際に見聞きしたことは全て過去のことであった。

 

かつ、冬木市で起こった大火災はかなりの大規模なものであったのだから、その事実は確実にテレビやインターネットで流れているはずである。しかし現実に、楯無はそのような事実をこの世界において一切目にしていない。

 

「―――今から話すことを真面目に聞いてね?」

 

「………」

 

いつにも増して、真剣な顔をする楯無の言葉に切嗣は黙って頷く。そして彼女は大きく息を吸った後―――

 

「貴方って、平行世界の人じゃないの?」

 

切嗣に向かって一切の考慮を省いた質問を繰り出す。

 

「僕自身、なぜこうなっているのかよく分かりませんが……その可能性が一番かと」

 

それに対する切嗣からの返答は肯定。

 

「可能性が一番高い、ね。……なるほど、貴方の今までの来歴を見せてもらって貴方と言峰綺礼との関係性は分かったし、これ以上質問すべきことも無いから、尋問は終わりにするね」

 

楯無は切嗣にそう告げたところで、尋問の報告書を作成するために自分のノートパソコンを立ち上げ始める。その佇まいからは先ほどまでの剣呑な雰囲気は感じられず、元のIS学園の生徒会長に戻っていた。

 

「では、失礼します」

 

「……ちょっと待って。最後に一つだけいい?」

 

「?」

 

席を立ち、生徒会室を後にしようとする切嗣の背中に、楯無は言葉を投げかける。

 

「えっと……その……貴方は私より年上、なんだよね?」

 

「?……あぁ、別に今までどおりで構いませんよ」

 

「そっか……うん、ならそうさせてもらうわ。とりあえずみんなの前では今まで通りと言うことで」

 

「了解しました」

 

楯無が自分の正しい年齢を知ってしまったせいか、妙にかしこまっているのが切嗣にとって可笑しかったようで、切嗣は楯無にばれない程度に微笑を浮かべながら会釈をして生徒会室を後にした。

 

 

「これが、衛宮の事情聴取の全容か……」

 

楯無の作成した報告書に目を通しながら、千冬がそう呟く。そしてある程度目を通したところで、千冬は楯無に質問を始めた。

 

「ところで、この供述にある言峰綺礼と衛宮の関係についてだが―――もう少し詳しく説明してもらおうか?」

 

「彼は裏社会で『魔術師』と呼ばれる凄腕の暗殺者に対抗する殺し屋であり、言峰綺礼は彼に壊滅させられた“組織”の復讐のために、彼を執拗に付け狙っている。これが事の真相です」

 

もちろんこれは楯無の考えた嘘なのだが、切嗣が拷問でもされない限り第三者が彼の過去を知ることが出来ないため、楯無の言葉の真偽を千冬が知ることは実質不可能と言っても問題は無い。

 

「……対暗部のスペシャリストであるお前がそう言うのなら、分かったと答えるしかないだろう。それで衛宮を引き続きこの学園においておく以上、その責任はすべてお前が背負うことになるが、それでいいのだな?」

 

「はい、その条件で構いません」

 

楯無は一切の躊躇いもなく頷く。千冬はそんな彼女の様子をじっと見つめるが、彼女の目に宿る強い意志を感じ取ると、内心ため息をついた。

 

「……分かった。では、衛宮についてはお前に一任する」

 

「寛大なご処置に感謝いたします。では私は生徒会の仕事がありますので」

 

「あぁ。ではまたな」

 

「失礼いたしました」

 

 

楯無は席から立ち上がり、そのまま教室を後にした。

 

「これで頭痛の種がまた一つ増えたか……」

 

そんな楯無の様子を見ながら千冬はためいきをつかずにはいられなかった。

 

 

束の葬式から数日が経過したある週の土曜日―――箒は学校の中庭で、1人ベンチに腰掛けながらため息をついていた。あまり好感を持っていなかったとはいえ、実の姉を突然奪われてしまったのだ。そしてそれを誰にも打ち明けることさえ叶わない。

 

「隣……いい?」

 

「?……あぁ、別に構わないが」

 

ふと声が聞こえたため、箒は顔を上げる。するとそこには専用機持ちのトーナメントの際に、相手になった簪の姿があった。

 

「篠ノ之博士の事……聞いた」

 

「!!誰かが口を滑らせたのか!?」

 

「……」

 

情報漏えいの可能性を示唆するような簪の発言に一気に警戒心を強める箒。しかし、簪はそれはないとばかりに首を横に振る。

 

「……いいえ。姉さんが電話で誰かと話をしているのを……偶然……聞いただけ」

 

「そうか。なら分かると思うが、しばらく1人にしてほしい」

 

「……分かった。では……少しだけでいいから……私の話を聞いてほしい」

 

「いいだろう」

 

箒は軽く頷く。自身、正直なところ早く一人きりになりたかったが、簪の想いを無碍に扱うわけには行かない。

 

「私は……貴女のように……篠ノ之博士の妹でもなければ……第4世代のISを……持っているわけでもない。だから……私には……篠ノ之博士の仇を討ちたくても討つ事ができない」

 

「……」

 

「それが……とても悔しい……」

 

「―――こう言ってはなんだが。何故、私の姉にそこまでの想いを持ってくれるんだ?別に面識があるわけではないだろうに……」

 

「篠ノ之博士は全てのISにとっての母親とも呼べる存在であり……この世界の希望だった。そんな博士を殺した男を……許す訳には……いかない」

 

簪の話に箒は途中で言葉を失ってしまう。ISの母である束を殺した言峰綺礼は、全てのISパイロットにとっての共通の仇となっているのだ。そして、普段はあまり感情を表に出さないはずの簪ですらその表情は悔しさに歪んでおり、言峰への報復を望んでいる。

 

(私は……このまま何もせずにいてもいいのか……。姉さんを殺したあの男を放置したまま……)

 

箒は険しい表情で考え込む。そんな彼女の心を見透かすかの如く、簪は言葉を続ける。

 

「もし……それが出来る方法があるのなら……私がそれを実行してみせるのに……」

 

「!!」

 

(彼女とはあまり面識が無いはずなんだが……。こんな彼女ですら、私の姉のために仇討ちをしようとしてくれている……ならば私のなすべきことは1つ―――)

 

「よし!!」

 

「?」

 

箒は自分に喝を入れるように、声を上げて立ち上がる。

 

「考えてみればこんなところでへこんでいる場合ではなかったな!たった今から、私はやるべきことが出来た!!」

 

「そっか……」

 

心なしか簪の顔に笑みが浮かぶ。どうやら箒が立ち直ったのを喜んでいるらしい。

 

「私を元気付けてくれてありがとう!それじゃあ、また!!」

 

「うん……またね」

 

簪に別れを告げ、箒は剣道場へと足を速める。簪はそんな箒を眺めていたが、いつの間にか、その表情は穏やかなものとなっていた。

 

 

一夏は1人、部屋で自分を取り巻く現状について思い悩んでいた。自分の目の前で起こったもう一人の姉とも呼べる人の「死」とその時に何も出来なかった自分。

そのときの「自分の周りの全てを守り抜く」と誓った一夏の心に大きな影を落としている。

 

(また守りきれなかった……銀の福音のパイロットや束さんも……。俺はこのまま……失い続けるしか出来ないのかよ……!!)

 

悔しさのあまり、無意識のうちに拳に力が入る。

 

(このままじゃ、いずれ箒や鈴も―――)

 

一夏の脳裏によぎるのは血まみれの幼馴染たちの傍で、不敵な笑みを浮かべる言峰の姿。

 

(そんなこと―――させるかよ!!)

 

一夏は拳を思い切り壁に叩きつけた。思い切り壁を殴ったせいか、その手には強い痺れが走るが、彼がその様子を気にする様子は無い。

 

(誰よりも……強くなってやる……!!)

 

一夏はいずれ戦うことになるであろう言峰の顔を思い浮かべながら、強く決意を固めた。

 

 

その次の日、一夏は楯無との訓練のために第3アリーナを訪ねていた。幼馴染の姉を目の前で殺され、その犯人に対して何も出来なかった自分と決別するために。

 

「さて……それじゃ、訓練を再開する前に一言だけ言っておくね」

 

「?」

 

お互いにISを装着して向き合った状態、一夏は楯無から唐突にプライベートチャンネルでの通信を受ける。

 

「君も知っての通り、これから私たちは強大な敵に立ち向かわなければならなくなった。そして敵は手段を選ばずに私たちに攻撃を仕掛けてくる。だから君には短期間で戦力として使える様になってもらなきゃいけない―――分かるわね?」

 

「……」

 

楯無の言葉に一夏は黙って頷く。彼女の言葉から察するに前回よりも訓練はきついものになるのだろう、ということは確かだ。

 

「そんなに身構えなくても大丈夫だよ。“彼”もこの訓練を乗り越えたんだから、貴方が彼よりも実力があるのなら出来るはず」

 

「……分かりました!やってみせますよ!!」

 

楯無の口から出た“彼”と言う言葉。それが誰を指すか分からない一夏ではない。すかさず一夏は引き受ける。そしてその直後、自分が選んだ選択肢を猛烈に後悔することになった。

 

「―――じゃあ今から数分間、私が君を本気で殺しにかかるから、頑張って生き延びてね?」

 

「!?」

 

そういうや否や、一夏の目の前から楯無の姿が消える。ここに一夏の地獄の特訓が幕を開けることになった。

 

 

「あれ~?かんちゃん、今日はお出かけしないんだね~?」

 

その日の午後、本音はルームメイトである簪がいつもなら出かけているはずの時間帯に残っていたため、何気なく問いかけた。

 

「うん……。今日は、特に用事は無いから……」

 

「そっかぁ~……。ひょっとして、いい人でもいたりするの~?」

 

「いや、そんなのじゃ……ないから……」

 

「ふ~ん……?かんちゃんがそう言うのなら、そう言う事にしておきますか♪」

 

「だから……違うって言ってるのに……」

 

本音の冗談に簪は苦笑しながら答える。その反応を見る限り、その行動が簪自身にとって何かしらプラスに働いているようだから、あえて注意する必要も無い。本音はそう結論付けることにした。



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第四十話 静寂

翌週の月曜日。切嗣は楯無としばらく会っていないことに一抹の寂しさを感じつつも、つかの間の学生生活を満喫していた。そんなある日のこと。

 

「―――さて、そろそろいくとするか」

 

切嗣は、いつも通りHRが始まる20分前に自室を出るべく扉を開けたところで―――

 

「おはよ、きりちゃん♪」

 

「……おはようございます、会長」

 

笑みを浮かべる楯無と鉢合わせすることになった。どうやら楯無は切嗣が出てくるのを待っていたようだ。突然の出来事に対して困惑する切嗣に対し、楯無は手に持っていた風呂敷に包まれた何かを切嗣に手渡す。

 

「はいこれ、お弁当」

 

「え?」

 

「え?じゃなくてさ、君はいつも購買のパンで済ませてるでしょ?これからはきちんと食生活を改めなきゃいけないよね?だからこれからは私が君のお弁当を作ってくることにしたから、よろしく」

 

楯無は切嗣にそう告げ、急ぎ足で学校のほうへ向かう。一方で残された切嗣はしばらく呆然としていたが、あまり時間が残っていないことに気づいて教室に急ぐ。が、その出来事はこれから起こる事件(?)の前触れであることに、このときの切嗣は気が付いていなかった。

 

―10分休み―

 

「衛宮君、ちょっといいかしら?」

 

「!?」

 

授業終了のチャイムがなって、10秒もしないうちに1組の入り口に楯無が現れたことに教室が

騒がしくなる。

 

「会長?どうされたんですか?」

 

そう言いながら楯無についていく切嗣の後姿を見つめる3人の人影。言うまでも無くセシリアとシャルロット、ラウラである。

 

「「「切嗣(さん)……」」

 

 

―中休み―

 

「衛宮く~ん、ちょっといい?」

 

「今度はどうしたんですか、会長?」

 

傍から見れば、中休みになった途端にいきなり現れる会長と渋々それに付き合う後輩、と言う光景にしかならないのだろうが―――1組のある3人にとってはそう見えないようで……。

 

「「「ぐぬぬ……!!」」」

 

彼女らのフラストレーションは着々と溜まっていた。

 

 

そして迎えた昼休み。相変わらずチャイムが鳴ってから凄まじい速さで現れる楯無であったが―――

 

「衛宮く「切嗣さん!一緒に屋上でご飯を食べますわよね!?」……ほう?」

 

そうはさせないとばかりにセシリアとシャルロット、そしてラウラが切嗣を取り囲む。

 

「会長は生徒会の仕事で忙しいでしょうし、邪魔をしては悪いから僕たち4人でご飯を食べますよ!!」

 

「そうだな!会長も私たちにかまっている時間は無いだろうから……いくぞ、切嗣!!」

 

シャルロットの提案にすかさず便乗するラウラは切嗣の手を握って、この場から離脱しようとする。このまま放置していれば、どうなるか目に見えているため、楯無と切嗣が2人きりになるのを阻止しようとする。が―――それに気づけない楯無ではない。

 

「いやいや、生徒会の仕事は放課後だけで十分事足りるから大丈夫……それよりも、屋上より生徒会室のほうが快適に過ごせると思うから、一緒に5人で生徒会室で昼食にしよう♪」

 

「―――そうですね、それがいいかもしれません」

 

「!?」

 

切嗣の答えに、楯無は満足そうな笑みを浮かべる。一方セシリアたちはショックを隠せていないようで―――

 

(一体どういうことですの!?この前からあの二人、とても仲が良くなっているようですけど!?)

 

(僕に聞かれても……ラウラは何か知らない?)

 

(……すまないが、私にも分からない)

 

困惑する3人を尻目に楯無は切嗣の手をとると、生徒会室のほうへ歩いていった。

 

 

「さて、衛宮君。あれを出して」

 

「……はい」

 

「「「???」」」

 

生徒会室についたところで、切嗣は机の上で風呂敷の中身を空ける。するとそこには大きな重箱があった。

 

「これは……すごいですわね」

 

「なんと……まさか切嗣がこのようなハイクオリティーのお弁当を作ってくるとは……」

 

「…………」

 

それに対するセシリアたちの反応は三者三様であったが、シャルロットはあることに気が付くと楯無に質問をぶつける。

 

「会長はお弁当はどうされたんですか?」

 

「私は衛宮君と一緒に、このお弁当を分けるつもりだけど?」

 

「そうですか……。では、もう一つ質問をしてもいいですか?」

 

「いいよ」

 

そこでシャルロットの目つきが鋭くなる。どうやら決定的な何かを見つけてしまったらしい。その様子を不安そうに見つめるのはセシリアとラウラ。しかし、その不安はすぐに解決することになる。

 

「どうして……お箸が一膳しか入っていないんですか?」

 

「「!?」」

 

「…………」

 

シャルロットが見つけたもの。それは、本来なら2膳いるはずのお箸が1膳しか入っていない、という事実であった。楯無はその質問にしばらく沈黙を保っていたが―――

 

「あ~!!私としたことがお箸を入れ忘れるなんてー……私ったらついやっちゃった♪―――と言う事で衛宮君、私が貴方の分をとってあげるね♪」

 

「「「なっ!?」」」

 

不敵な笑みを浮かべながら、質問の答えを口にする。もちろん、そんなことは許すまじ!とセシリアたちが詰め寄ろうとするが―――

 

「三人とも、足元に何かいるみたいだけど大丈夫?」

 

「!?」

 

楯無からの唐突な質問に慌てて3人は足元を確認する。そして3人の意識が完全に床に向いた瞬間―――楯無は凄まじい速さで重箱を開け、お箸を取ると、ある行動に出る。

 

「はい、エビフライをどーぞ♪」

 

「むぐっ!?」

 

切嗣の口に放り込まれるエビフライ。それが戦闘開始の合図となった。

 

 

「なるほど……まんまとしてやられましたよ、会長」

 

「いやだなぁ……私は、偶然、お箸を入れ忘れただけ、だよ?」

 

楯無の先制攻撃(?)の後、真っ先に口を開いたのはシャルロットであった。敵意をあらわにするシャルロットに対して、楯無は不敵な笑みを崩さない。

 

「なら、今度はこっちの番……ですよね?」

 

「何?言っておくけど、生徒会室でのリアルファイトはご法度だよ?」

 

「いえいえ、そんな物騒なことはしませんよ―――とりあえず、彼のお箸をとってこなきゃいけませんよね?と言うことでラウラ、ちょっと行って来てくれないかい?」

 

「何故私が……」

 

シャルロットの提案に不満を漏らすラウラ。しかし、シャルロットがラウラの耳に何かを耳打ちした途端―――

 

「分かった。すぐにとってくる」

 

今までの反応が嘘のように、急いで生徒会室を出て行った。セシリアと楯無は突然のラウラの行動を怪しむ。

 

「さてと……ところでセシリア」

 

「?何ですの?」

 

この場面でいきなり自分に話を振られたことに、セシリアは困惑せざるをえない。

 

「この前、僕たちにセシリアの料理を振舞ってくれたことがあったよね?あれを会長にも味わってもらったらどう?」

 

「それはいい考えですわね!!実は私、あれからさらに料理の練習をしてまいりましたので、是非とも会長に味見していただきたいですわ♪」

 

「!?」

 

ここに来て、切嗣はようやくシャルロットの狙いに気づく。セシリアの料理は、なまじ匂いも見た目もほぼ完璧であるため、飯マズであることを見抜くのは困難を極めていた。切嗣があれこれ考え事をしている間に、セシリアは弁当箱のふたを開けると、中身を楯無に見せる。

 

「へぇ……見た目も良い感じなんだね。私も、ちょっと食べてみていい?」

 

「もちろんですわ!!」

 

さらに悪いことに楯無がセシリアの料理に興味を持ってしまったため、切嗣はなんとか楯無を静止させようとするが―――

 

「―――!」

 

シャルロットの鋭い眼光に切嗣はその事実を告げるのを躊躇ってしまう。そして―――

 

「いただきま~す♪」

 

正真正銘のダークマターが楯無の口の中に放り込まれる。その数秒後―――

 

「馬鹿な……自分の弁当に毒を仕込むなんて……一生の不覚っ」

 

楯無の上半身が机に倒れ伏す。それを見つめるセシリアとシャルロットの反応はまったく異なるものであった。

 

「また上手く作れませんでしたわ……。やはり、私には料理の才能はないのでしょうか……」

 

目に見えて落ち込むセシリアと―――

 

「…………♪」

 

計画通り、とばかりに悪魔の笑みを浮かべながら、切嗣の隣に陣取るシャルロット。

 

この後、切嗣は食堂からお箸を取ってきたラウラとシャルロットに世話を焼かれながら、自分のお弁当を食べることになった。

 

 

翌日、切嗣たちは2組と合同で実戦演習をするためにアリーナに集合していた。

 

「では、これから両方の組から立候補したメンバーで1対1の戦いをやってもらうが……誰かいないか?」

 

「はい!私にやらせてください!!」

 

千冬の言葉に鈴がすかさず手を上げた。その表情はやる気に満ち溢れており、誰にも負けないと言う強固な意志が表れている。

 

「分かった……。では2組は凰として、1組からは誰が立候補するんだ?」

 

「私に……やらせてくれませんか?」

 

千冬の呼びかけに意外な人物が反応する。

 

「篠ノ之……お前、大丈夫なのか?無理しなくても良いんだぞ?」

 

「……はい。もう大丈夫ですから、ここは私にやらせてください」

 

「……分かった。では2人ともISを装着して準備が出来次第、模擬戦を開始する」

 

「「了解しました!!」」

 

千冬の言葉に箒は力強く答える。そんな箒の態度に若干の違和感を覚えつつも、塞ぎ込んでいた箒が自ら授業に意欲的に参加するのを止めるのも忍びないので、箒にやらせてみることにした。

 

 

(なかなか……やるじゃない!)

 

鈴は箒と対峙しながら、内心でそう呟く。開始早々、鈴は近接戦用の双天牙月を呼び出して箒に斬りかかった。そしてそれに応じる形で箒も、自分の武装である雨月と空裂で受け止める。

 

(もらった!!)

 

すかさず鈴は腕部に搭載されている衝撃砲を撃つ。しかし―――

 

「うそ!?」

 

箒は鈴の行動を先読みしていたかのごとく、スラスターを用いて鈴の側面に回りこんだ。そんな箒の行動に慌てて鈴は対処しようと試みるが、

 

「胴ががら空きだぞ!!」

 

「ぐっ!!」

 

箒の雨月が反応が遅れた腹部装甲に斬りつけた。装甲の上からの攻撃とは言え、衝撃を完全に殺しきれる訳ではない為、思わず胃の内容物が漏れそうになる。しかし、箒の攻撃はそこで止まらない。

 

「―――」

 

「っ!!」

 

一度目の斬撃を浴びせた後の、反対側に回り込んで空裂による追撃。最初の斬撃で体勢を崩された鈴の脇腹に激しい衝撃が襲い掛かる。

 

「なめるな!!」

 

が、それでやられる鈴ではない。二発目の攻撃を受けた後、すぐさま体勢を立て直して箒から距離をとる。

 

(あの2発の攻撃でシールドエネルギーの4割を持っていかれるなんて……本当に馬鹿げた機体ね……)

 

鈴はシールドエネルギー残量を確認しながら、心の中で毒付く。いくらまともに2発の直撃をもらったとは言え、それだけでシールドエネルギーの4割を持っていかれれば、そんな反応をするのも無理は無い。

 

そして、それからは箒の独壇場となった。両手に装備した雨月と空裂を用いてのヒットアンドアウェイ戦法を多用してくる箒に対して、鈴は防戦一方にならざるを得ない。

 

「ちょっとはあんたも食らいなさいよ!!」

 

散々箒にしてやられ、もう少しで完封されそうになっている鈴が直線を描きながら向かってくる箒に苦し紛れの衝撃砲を放った。今までの箒の反応を見る限り、普通に避けられるはずだったのだが……

 

「うぐっ!!」

 

不可視の砲弾が箒を直撃する。本来ならば予期せぬ攻撃に対して、よろけるなり減速するはずなのだが、箒はそのどちらでもない行動を取った。

 

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

箒はありえないことに直撃弾を受けても、スピードを落とさないまま鈴に斬りかかる。ありえない箒の動きにまたしても反応が遅れる鈴とスピードを維持して突撃する箒。

 

「試合終了!勝者、篠ノ之箒!!」

 

決着は一瞬で付いた。大振りになった鈴の牙月を掻い潜った箒の斬撃が、鈴のISの装甲を斬りつけて鈴のシールドエネルギー残量が0になったため、千冬が試合終了の合図を出したのだ。

 

千冬はそして箒の勝利に沸く1組のメンバーと負けた鈴を励ます2組のメンバーたちを見ながら、内心では箒の異質な戦い方を案じていた。

 

 

同時刻、アマゾン川流域にあるうち捨てられた巨大な廃墟。見た目は完全に廃墟と化した建物だが、その地下に言峰たちの研究施設が作られていた。周りの森に囲まれており、かつこの付近は地元民たちも気味悪がって近づかないため、秘匿性も十分に保たれている。

 

「あ~……めんどくせえなぁ、この作業」

 

言峰たちのキーボードを叩く音が響く中、イーリスが思わず不満を漏らす。束の行っていた作業のほぼ全てを3人でこなさなければならないと言う苦労もあるが、それ以上に他のISパイロットに比べて好戦的な彼女は、所属部隊でもデスクワークよりも実戦の経験が多かったためか、デスクワークはあまり得意ではない。

 

「無駄口叩いてる暇があったら、私とマスターにコーヒーでも注いで来て下さいよ」

 

そんなイーリスのぼやきに、すぐ側で仕事をしていたクロエが反応する。表立っての戦闘よりも裏で暗躍する事を得意とするクロエとその間逆のイーリス。当然、2人の中は相当ギクシャクしている。

 

「あ?そんなものは新米がやるに決まってんだろ?お前新米なんだから行って来いよ」

 

「何で貴女よりも忙しい私が行かなきゃいけないんですか?―――ああそうか」

 

そこでクロエは不敵な笑みを浮かべる。どうやら何かを思いついたようだ。

 

「近接戦闘しか能が無い筋肉馬鹿さんには分かりませんでしたね、これは失礼しました」

 

「……上等だよ、表に出な!一撃でダウンするその貧弱な身体がちょっとでもマシになるように、海兵隊仕込みのCQCを叩き込んでやるよ!!」

 

お互いに気に食わないせいか、即座に机を叩いて立ち上がる2人。そしてその場に一触即発の空気が漂う。

 

「……マスター。あたし外でこのもやしを潰す用事が出来たから、少しの間だけ1人で仕事しておいてくれない?すぐ戻ってくるからさ」

 

「すみませんマスター。私も外でこの駄肉を捌かないといけないので、少し席を外させてください」

 

2人は外で決闘する許可を取るべく黙々とキーボードを叩いている言峰の背中に声をかけた。そしてそんな2人に対し、言峰はため息をつきながら懇々と説教をする。言峰陣営の前途は良好……とはいかない様だ。

 

「この現状……どうしたものか」

 

言峰は束の死の詳細を記した報告書を作成しながらそうぼやく。幸か不幸か、その声は誰にも聞かれることは無かった。



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第四十一話 混乱

※この小説はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。


「一体どうなっているんだ!?何故篠ノ之束が死んだ情報が流れている!?」

 

「これ以上情報が触れないように、大至急箝口令を敷け!!」

 

「誰がどこからこの情報を発信したのかを至急特定しろ!!」

 

米国ホワイトハウス入り口のすぐ横にあるマップルーム。そこに大統領をはじめとするアメリカの閣僚たちが大慌てで篠ノ之束の死亡した情報流出への対応を行っている。独自の情報網により、いち早く束が死亡したと言う事実を確認したアメリカは、世界中に広まる前に情報を封じ込めようとしていたのだ。

 

「この情報が事実として世界に広まってしまえば、大変なことになるぞ……」

 

大統領のメディア向けスピーチ文章を考えながら、あるスピーチライターが世界の行く末を案じるように呟く。しかし、その懸念は予想をはるかに超えるスピードで世界に広がろうとしていた。

 

 

「―――篠ノ之博士の案件については、以上の方針でよろしいですね?」

 

「「了解しました」」

 

翌日、職員室で急遽行われた臨時会議の結果、束の件が広がらないように箝口令が敷かれる事となった。そして有事の際の最高指揮権を有する千冬もこの会議に参加している。

 

「この情報を受けて各国政府が黙っているはずはない。今頃国連本部で会議が行われているだろうが、果たしてどうなることやら……」

 

 

千冬の懸念も虚しく、国連本部での会議は収拾が付かない状態となっていた。

 

ネット上で出回っている束の噂によりISコアがこれ以上製造されない可能性があると知ったISコア所持数が少ない国々が、ISコアを多数所持するアメリカなどの先進国にISコアを再分配する議案を提出したのだ。しかし、それに応じられない先進国側が拒否権を発動したため、国連加盟国全てが現体制を維持しようとするアメリカを中心としたアラスカ条約機構(ATO)とIS再分配を要求する中国などを中心とした反アラスカ条約機構(AATO)に二分され始めてしまったのである。

 

 

加えて束が死んだと言う情報は生徒たちにとってはよほどショックであったらしく―――

 

「昨日、ネットの掲示板で見たんだけど―――」

 

「篠ノ之博士が何者かに殺されたって本当なのかな?」

 

「まあ、所詮ネットの情報だから話半分で聞いておいた方が良いと思うけど……」

 

各学年の生徒たちの話題は束の話で持ちきりとなっており、生徒たちへの箝口令も実質無意味なものとなっていた。

 

 

「切嗣さん……。この後。お話したいことがありますので、放課後屋上に来ていただけますか?」

 

「分かった」

 

セシリアは生徒会室での昼食を終えて、教室に戻る切嗣に声をかけた。一方で切嗣もいつもとは違うセシリアの様子に、何かを察してセシリアの願いを承諾する。

 

そして授業が終わり、切嗣はセシリアに会うべく屋上に向かった。屋上のドアを開けると、少し離れたフェンスのところにセシリアが立っている。心なしか、切嗣の目にはその姿がどこか儚げに写る。

 

「―――それで、話と言うのは?」

 

「実は私……先ほど本国からの帰還命令を受けたために……一旦、国に帰らなければならなくなりました」

 

「!!」

 

束の死に関する情報がネット上に流出してから、わずか半日も経たないうちにセシリアへの帰還命令が下ったことに切嗣は内心驚きを隠せない。

 

(これは本格的な防衛戦力確保のための召集だから、おそらく彼女が再びここに戻ってくる可能性は限りなく0に近いと見るべきだろう……)

 

「そんな心配そうな顔をしないで下さい!メンテナンスと伝えられているので、すぐに戻ってまいりますから、安心してくださいまし!!」

 

セシリアはさっと近づき、不安そうにしている切嗣の頬に軽く口付けをする。

 

「それでは、これで失礼いたしますわ」

 

そう言うと、セシリアは屋上の入り口へと走り去ってしまう。そんな彼女の背中を、切嗣は黙って見送るしかなかった。

 

 

セシリアが切嗣に本国に帰還することを告げる一方で、鈴も一夏に帰還命令が出たことを伝えていた。

 

「それは……本当、なのか?」

 

「…………」

 

一夏の言葉に鈴は黙って頷く。そんな彼女の反応に一夏は露骨に落胆する表情を浮かべた。

 

「だ、大丈夫だって!!担当官も定期メンテナンスって言ってたし、すぐに戻ってこられるわよ!!」

 

「そう、だよな」

 

「もう!しっかりしなさいよ!!あんたがそんなだったら、せっかく元気を取り戻した箒がまた調子悪くなっちゃうでしょうが!!」

 

相変わらず暗い雰囲気を出す一夏を元気付けるために、鈴はあえて檄を飛ばす。

 

「……分かったよ。けど、なるだけ早く戻ってきてくれよ?お前が居なかったら寂しいからさ」

 

「!!何言ってんのよ……馬鹿。安心しなさい、すぐに終わらせて戻ってきてあげるから」

 

一夏の思わせぶりな台詞に、鈴は一瞬ドキリとしてしまう。しかし、一夏にそんな気は無い事は分かっている為、照れ隠しで誤魔化した。

 

 

臨時総会から数日が経過したある日の深夜。

 

「本部長!現在、我が軍のデーターバンクが何者かにハッキングを受けています!!」

 

「何!?急ぎ外部からのアクセスを遮断しろ!!」

 

米国、ヴァージニア州アーリントン郡ペンタゴンの地下にある統合指令本部。本来であれば陸・海・空軍はそれぞれ個別の指揮系統に属するのだが、国連が実質二分した事により、有事の場合に備えて指揮系統を一つに集約されていた。

 

彼らのデータバンクに収められているデータは、米軍所属IS全ての航続距離から装甲に使われている素材の成分表、そして搭載されている兵器の情報など、国防の心臓部と呼べるものであるため、それを他国に知られれば、世界中に展開している自国の軍隊が危機に晒されてしまうのである。

 

それを防ぐためにも、彼らはデータバンク内への侵入を防ぎつつ、どこから攻撃を仕掛けられているのかを見極めなければならない。

 

「本部長!もう少しで相手の位置情報が分かりそうなので、大型モニターに画面を転送します!!」

 

「よし、やってくれ!!」

 

室内の中央部に設置された大型モニターに画面が表示された。相手は複数の国のサーバーを経由して攻撃を仕掛けてきていたため、彼らはそれを逆探知し、相手の正体を割り出そうとしている。その結果、ダミーサーバーを突破する事には成功したのだが……

 

「中国……だと?」

 

そこに表示されたのは、現在、米国と一番冷え込んだ関係となっている国の名前であった。

 

「本部長!相手からのアクセスが途絶えました……」

 

その場に流れる重い沈黙。そして、それを破ったのは現場の指揮を任されている本部長だった。

 

「―――さきほど中国サーバーから、我が軍の極秘データバンクが攻撃を受けたため、現在被害を確認中である。国防長官にそう報告しろ」

 

「了解」

 

本部長は一番近くにいた少尉に長官への報告を命令すると、これから起こるであろう事態に頭を悩ませていた。

 

翌日、事態を重く見た米国大統領は戦争への準備段階を最低レベルの5から4に引き上げた上で、駐中国大使を通じて正式に抗議を行ったが、中国側が自国の潔白を主張したため、両国の外交関係は過去最低レベルに落ち込んだ。

 

 

目まぐるしく変わる世界情勢の波は、確実にIS学園にも忍び寄る。

 

「お疲れ様です、会長」

 

「急ぎの用件と言う話だったけど、何かあったの?」

 

「……」

 

放課後、生徒会室で待ち合わせていた楯無はシャルロットの様子がおかしいことに気づいた。するとシャルロットは返事の代わりに、側においてあったファイルの中から一枚の紙を取り出して楯無に見せる。

 

「これは?」

 

「フランス政府からの帰還命令書です。昨日送られてきたようで、部屋のポストに入れられていました」

 

「……」

 

その言葉を聞いた楯無はゆっくりその内容に目を通す。最初こそ見落としが無いように気をつけて読んでいたが、読み終えた後の楯無の表情は険しいものとなっていた。

 

「シャルロット・デュノア及びその専用機のメンテナンスのための帰還命令……か。貴女はどうしたい?」

 

「私は……帰りたくないです。帰ったら、父と顔を合わせないといけないですから」

 

そう語るシャルロットの表情はいつにもまして真剣なものとなっている。

 

「分かったわ。なら、私が貴女の希望を叶えてあげる」

 

「本当ですか!?でも、そんなことをしたら会長に迷惑がかかるんじゃ……」

 

「大丈夫よ。お姉さんに任せなさい♪」

 

そう言って楯無はシャルロットに微笑みかけた。そしてシャルロットが生徒会室から出て行ったところで、楯無は目的の場所へと電話をかける。

 

 

「貴女がフランス代表候補生シャルロット=デュノアの担当官の方ですか?」

 

「確かに私が彼女の担当官ですが……貴女は誰ですか?」

 

数回の呼び出し音の後に、目的の人物が電話に出た。

 

「これは失礼。私、IS学園生徒会長の更識楯無と申します」

 

「……IS学園の生徒会長が私に何の用でしょう?IS学園と政府とは、原則として相互不干渉のはずですが?」

 

どうやら電話口の相手は楯無を警戒しているようで、言葉の端々に刺々しさが混じっている。

 

「原則としては、そうですね。しかし彼女から『父親の虐待にあっている』と言う報告を受けましたので、念のために彼女の身柄をこちらで預からせていただけませんか?」

 

「それは民事の事案であるため、その事案について私どもが関与することはありません。そして貴女方には代表候補生を所属国家に安全に帰還させる義務があります」

 

「つまり代表候補生と専用機はどうあっても返還しろ、と?」

 

楯無は相手の意思を再確認するように、同じ質問を繰り返す。そこで相手が身柄の保護に同意すれば良し、同意しなければ“切り札”を切るつもりでいた。

 

「それを拒まれるのなら、フランス政府として日本政府に抗議させていただきます」

 

「なるほど。ところで話は変わりますが、貴女はそちらの現大統領が選挙の際に相手陣営への盗聴を行ったと言う話はご存知ですか?」

 

「どこでそんな話を!?そんなの、根も葉もない出鱈目です!!」

 

楯無は、電話越しに相手の動揺を感じ取る。そして、楯無はそんな相手を見逃すほど甘くは無かった。

 

「出鱈目……ですか?こちらにはその際の“証拠”もあるのですが……」

 

「!!私たちを脅しているのですか!?」

 

「いえいえ、そのような真似はいたしません。ただ、そちらが無理やりシャルロット=デュノアを返還させようとするのであれば、この資料が“手違いで”そちらの有力メディアに送られてしまうかもしれません……」

 

「!!」

 

担当官は頭を抱える。国連が二分し政府が積極的に国民を導かねばならない状況で、もしこのスキャンダルが流れてしまえば、国民の政府への信頼は失墜し大統領が辞任する羽目になってしまう。そうなれば自分自身も職を追われることは避けられないし、最悪の場合、関係者からの粛清にあうかもしれない。代表候補生1人と政府の信頼、どちらかを選ばねばならなかった。

 

「……2、3日中に閣僚会議にて結論を出すので、それまでお待ちいただけますか?」

 

「良い返事を期待しております。それでは」

 

楯無は通話ボタンを切ると、一息つく暇も無くとある人物へとメールを送った。

 

 

3日後、シャルロットは楯無から帰還命令についての追加連絡があったと言う話を聞き、生徒会室に来ていた。

 

「お疲れ様。とりあえずそこの椅子に掛けて」

 

「はい」

 

シャルロットは楯無に促されるまま、近くの席に腰掛ける。楯無はシャルロットが腰掛けたのを確認すると、入り口に鍵を掛けたうえでカーテンを下ろした。

 

「貴女の処遇について、フランス政府と交渉した結果―――貴女自身はIS学園に留まって良いことになったわ」

 

「私自身は……ですか?」

 

「そう、貴女だけ。とりあえず貴女の専用機は一旦本国でメンテナンスのために引き取られることになったの」

 

「本当ですか!?ありがとうございます!!―――しかし」

 

そこでシャルロットは気になったことがあったようで、楯無に質問をぶつける。

 

「何故、政府はこの時期に僕のISを返還させるのでしょうか?メンテナンスならここにも整備科の人たちだっているのに……」

 

「詳しいことは分からないけど、専用機の整備を学園でやってしまったら、そのISの性能が流出が起こる可能性もあるから、それを警戒してるんじゃない?」

 

「……そう、ですね。あまり深く考えないようにしてみます。それではこの後、用事がありますのでこの辺で失礼します」

 

楯無の説明でシャルロットは一応納得したのか、楯無に一礼するとそのまま生徒会室を出て行った。

 

 

その日の夜、切嗣は夕食を食べた後に消灯の時間までかなり時間があったために部屋でコンテンダーの整備をしていた。

 

「これでよし、と……」

 

整備用のオイルを塗り、全てのパーツを組み終えたところで誰かがドアを叩く音がしたため、切嗣はドアを開ける。

 

「こんばんわ、切嗣。ちょっと話があるんだけど、中に入ってもいい?」

 

切嗣のドアを叩いたのはシャルロットであった。

 

「構わないよ」

 

切嗣はシャルロットを室内に入れると、念のためにドアを閉める。

 

「それで、話というのは?」

 

「切嗣は僕の帰還命令の件について、会長から話は聞いてる?」

 

「あぁ」

 

切嗣の返事に、シャルロットはわずかに顔をしかめる。切嗣は何か知っているのではないか、と言う疑念がシャルロットの中で確信に変わった。

 

「なら僕の言いたいことは分かるよね」

 

「…………」

 

「どうしてもISを回収しなきゃ行けない事情でもあるのかな?ひょっとして、セシリアと鈴が相次いで帰国したことや校内で流れてる噂と何か関係があるんじゃないの?」

 

「―――」

 

シャルロットの指摘に対し、切嗣は頭を悩ませる。シャルロットの質問にイエスと答えるのが一番簡単な解決法であるが、それをやってしまえば関係者への箝口令に違反することになってしまう。しかし、上手くはぐらかそうとしてもシャルロットであればいずれ真相にたどり着くのは間違いない。そんな状況で切嗣は―――

 

「身勝手な話だが……今の僕には“いずれ真実が分かるから、それまで僕を信じて待っててくれ”としか言えない」

 

現状維持を選択した。真実を知っているのを否定せずに、シャルロットが危険な目にあうことを防ぐのには、一番マシな選択肢なのかもしれない。

 

「そんなの……ずるいよ。そんな風に言われたら、僕は君を信じるしか出来ないじゃないか」

 

「……すまない」

 

切嗣はシャルロットに頭を下げる。両者の間に気まずい沈黙が流れるが、先に動いたのはシャルロットであった。

 

「はぁ……分かったから頭を上げてよ、切嗣」

 

「…………」

 

切嗣はシャルロットに促されるまま、頭を上げる。それがシャルロットの本来の目的のための布石であることを知らないまま。

 

「はむっ……」

 

「!?」

 

顔を上げた切嗣の目と鼻の先のところにシャルロットの姿があり、ようやく切嗣が彼女の思惑に気づいたが、時すでに遅し。切嗣が反応するよりも早く、切嗣の口はシャルロットの口によって塞がれていた。

 

「!?~~~!!」

 

一方で切嗣は突然の状況に困惑しながらも、何とかシャルロットを引き剥がそうとするが、それを阻止するようにシャルロットの両腕が切嗣の首に絡みついて来た。

 

「―――ぷはっ」

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

十数秒後、ようやく満足したのか、シャルロットの唇が切嗣の唇から離れる。

 

「一体何を「今回は切嗣に免じて、これで手打ちにしておいてあげる」!?……」

 

シャルロットは若干皺が付いた襟元を直しながら、切嗣の言葉を遮るように言葉を重ねた。そんなシャルロットの行動に切嗣は呆然としていたが、シャルロットは素早く格好を整えると部屋の入り口に向かう。が、扉を出る直前で何かを思い出したのか、シャルロットは切嗣の方に振り返った。

 

「あぁ、それと―――」

 

「?」

 

「さっきのは僕のファーストキスだから、安心してね♪」

 

「なっ!?」

 

「それじゃあ、また明日」

 

そう言うと、シャルロットは今度こそ部屋から出て行く。そしてその後に残された切嗣は―――

 

「…………」

 

一晩中、今後の対応に頭を悩ませることになった。

 



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第四十二話 決断

お待たせしました。


「報告!我が艦の前方10キロにて所属不明ISの反応を確認!警告を発したのですが、それを無視してこちらに向かって直進中してきます……どうします?」

 

「空母『キティーホーク』よりISを二機発艦させ、目標の撃墜を許可する。各艦は総員戦闘配置に付け」

 

「了解」

 

中国との関係悪化に伴い、日本海付近に展開しているIS二機を主力とする米海軍第7艦隊は、突如襲撃してきた謎のISと交戦に入ろうとしていた。

 

 

 

「所属不明ISはこちらのレーダー網を掻い潜って中国軍基地のある方角へと逃亡した模様。そして先ほど発艦したISについてですが、所属不明ISとの交戦状態に入った後、レーダーから消失し行方が分からなくなっているようです」

 

「馬鹿な!?こちらの主力ISだぞ!?それが訳の分からないISに後れを取るとは……」

 

「「………」」

 

艦隊旗艦の作戦司令室。つい数分前までまで所属不明ISとの交戦を想定し、綿密な会議がなされていたが、キティーホークからの連絡により、場の空気は重苦しい物となってしまっている。艦隊の主力IS2機が10分もかからずに撃墜されたことを考慮すれば、そうなるのも無理はないのかもしれない。

 

「ISが撃墜されたと思しき場所に救助ヘリを飛ばし、急いでパイロットを回収。その後、我が艦隊は最寄の基地へ帰投せよ」

 

「了解しました。その様に各艦に通達します」

 

近くにいた下士官に指示を下した後、司令官は今後起こりうる事態に頭を悩ませていた。

 

しかし、第七艦隊所属のISが所属不明機に撃墜させたニュースは即座に、全米中に広まることとなる。その上で事態を重く見た政府はデフコンレベルを3に上げたうえで中国政府へ最終警告を行うも、当の中国政府側は相変わらず自国の関与を否定するだけであった。

 

 

セシリアが本国に帰国してから、数日後の夕方。ラウラの元に軍上層部からの暗号文が送られてきた。

 

「!!」

 

ラウラに届いた暗号文の内容。それは彼女への帰還命令であった。本来ならば、軍属である彼女にとっては迷うべきではない事案のはずだが、ここに来て彼女に疑問が芽生え始めている。

 

(私は本当にこのままでいいのだろうか……?切嗣たちをそのままにして帰国してしまっても……)

 

ラウラの抱える迷い、それは切嗣との関係である。作戦に携わったラウラたちよりも早く、セシリアたちの母国であるイギリスと中国は代表候補生をメンテナンスと言う名目で本国に帰国させた状況を見ている限り、最悪の事態はそう遠くない時期に起こりうる、と予測出来る。そしてラウラ自身も一旦本国に帰還してしまえば、切嗣と再会できる可能性はほぼ絶望的になる。

 

(国か言峰の確保……か。どちらかを取れば、どちらかを捨てなければならない。今までの私なら迷わず国に帰っていたはずなのに……つくづく自分が嫌になる)

 

ラウラは送られてきた暗号文を乱暴に机の中にしまい込んだ。

 

 

 

帰還命令が届いてから2日後。ラウラはルームメイトであるシャルロットが専用機に変わる代替機の換装のため楯無たちと外出している間に、自分の部隊の副官であるクラリッサに連絡を取っていた。

 

「私は本国に帰還しなければならないのだが、内心ではあいつの傍に一緒にいたくて……なんていえば良いのか、自分でも訳が分からなくなっているんだ」

 

「…………」

 

「国か切嗣の支援……。私は一体……どうすればいい?」

 

「……隊長」

 

「?」

 

受話器の向こう側でクラリッサは黙って話を聞いていた。しかし、ラウラが話を終えたところでようやくクラリッサを重い口を開く。

 

「もっとしっかりしてください!隊長のそんな情けない言葉、私たち聴きたくないです!!」

 

「!?」

 

普段とは違うクラリッサの雰囲気に、ラウラは思わず萎縮してしまう。

 

「隊長はいつも通り本当に自分がやりたい様に、行動してくれればそれでいいんです!後は私たちで何とかしますから!!」

 

「ちょっと待て!!それではお前たちが―――「「私たちがどうしたんです、隊長?」」!?」

 

クラリッサの言動は、一歩間違えれば軍への裏切り行為誘発だ。回線が盗聴されていた場合には、軍事裁判に掛けられても文句は言えない。

 

「……お前たちは、私が好きに判断しても良いのか?もし私が命令を拒否してしまったら、お前たちもただではすまなくなる可能性もあるんだぞ?」

 

ラウラは通話に割り込んできたクラリッサ以外の隊員たちに尋ねる。が―――

 

「「―――ぷっ」」

 

「?」

 

「何言ってるんですか隊長。そんな事で私たちがどうにかなるわけ無いじゃないですか」

 

「そうですよ!いざとなったら、捕縛に来た憲兵隊と刺し違える位の覚悟は出来てますし」

 

隊員たちから返ってきた答えは、ラウラにとって意外なものであった。自分に好きなようにして良いと言うのはもちろん、クラリッサにしか教えていないはずの想い人のことを他の隊員が知っていた事も含めて。

 

「クラリッサ、お前……」

 

「堅いことは言いっこなしですよ隊長。“家族”に隠し事は無し、じゃないですか」

 

受話器の向こう側にいる“家族”からのエール。ここまでお膳立てされて、ラウラは何も出来ない人物ではない。

 

「そう、だったな。……本当にありがとう、お前たちが私の部下でいてくれたことを誇りに思うよ」

 

「何を言ってるんですか、最後の別れになるわけでもないのに。それよりも、シュヴァルツェ・ハーゼ の隊長としてターゲット(切嗣)を必ず仕留めてくださいね!期待してますよ!!」

 

「?あぁ……必ず(言峰綺礼)を仕留めて見せよう」

 

微妙なすれ違いに気が付かぬまま、ラウラは端末の通信ボタンを切る。その表情は先ほどまでとは違い、晴れ晴れとしたものとなっていた。

 

 

 

 

同日、深夜2時ごろ。中国上海にある人民解放軍のレーダー基地が何者かによって襲撃を受けていた。

 

「基地内に進入した所属不明ISは我が軍のレーダーや武器弾薬庫を破壊しつつ、歩兵部隊と交戦中!なお、詳しいことは分かりませんが、我が軍側に多大な被害が出ている模様です」

 

「ふざけた真似を!すぐにISを向かわせろ!奴をここから生かして返すな!!」

 

「それから、すぐに未確認機の所属を割り出すんだ!」

 

「了解!」

 

基地の中央に位置する司令棟の作戦室では、基地のトップである大校を筆頭とした参謀たちが侵入者を撃退するための作戦を練っていた。が、ISを出撃させてからわずか数十分後、彼らの元に信じられない情報が飛び込んで来ることになる。

 

「こちらのISが全滅……だと……?」

 

「はい!撃墜または通信封鎖にかかっているものと推測されますが、交戦中と思われる地点で全てのISからの信号途絶を確認しています。なお、未確認機は我が軍のISが機能停止した事を確認した後、東へと飛び去っていきました」

 

「東……か。それは本当に間違いないのだな?」

 

「はい。未確認機の反応は東海(東シナ海)を最後に途切れています」

 

上海から東シナ海を挟んだ先にあるのは、幾つもの米軍基地を抱える日本。そうすると、襲撃犯の所属が徐々に絞り込まれてくる。

 

「司令、分析班から未確認機の所属が判明したとの報告が入りましたので、スクリーンに転送します」

 

「よくやった!すぐに出してくれ!!」

 

間もなく、画面に報告書の内容が映し出されたのだが―――

 

「アメリカ軍所属……ファング・クエイク、だと……」

 

彼らの思惑は、最悪の形で的中してしまう。アメリカ軍所属ISによる人民解放軍への襲撃。これが意味するのは間違いなく―――

 

「宣戦布告……だろうな」

 

「……はい」

 

司令官は大きく息を吸って、気持ちを落ち着かせる。自分の言葉で部下の運命が決まるため、慎重にならなければならない。そして彼は決断を下す。

 

「この事実を至急、軍総参謀長に報告。同時に被害状況を確かめ、復旧に掛かれ」

 

「「了解」」

 

命令を受けた部下たちが動き出した。間もなく戦いの火蓋が切って落とされる。

 

 

 

総参謀長が上海基地からの報告を受けてから、数時間以内にAATOに属する全国家の首脳を交えての会談が開かれることになった。

 

「……二日後の明朝に宣戦布告後、米軍基地が集中する沖縄、そして台湾とフィリピンに潜伏させている工作員たちを一斉蜂起させた上で、一気に軍事基地を制圧。後はそれぞれに新政府を樹立した後、軍隊を派遣し占領する。これが今回の作戦となります」

 

「なるほど。これならこちらの被害を最小限にして太平洋進出を目指すことが可能になるでしょうな」

 

「現在の欧米主導のアラスカ体制を打倒し、新たな枠組みに基づく再分配を行うしか、我々には残されていませんから」

 

今回の作戦内容を説明する中国高官の説明に、各国の首脳が賛同の意思を示す。全てはアラスカ体制打倒のために。これから48時間後にはISコアを求める各国の牙が日本に突き立てられることになる。

 



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第四十三話 勃発

「ATOとAATOが開戦しただと!?それは確かなのか?」

 

「はい!今日の未明、学園長に内閣官房長官から直接、中国がアメリカに対して宣戦布告を行ったとの連絡が入ったとのことです。なお、まだ未確認情報ではありますが、すでに沖縄にて米軍及び自衛隊と、中国を主力とした多国籍軍の戦いが始まっているようです」

 

授業の準備を終えて、教室に向かおうとしていた千冬は真耶からの突然の報告に頭を悩ませる。世界が二つの陣営に分かれて緊張状態が続く中での、両陣営への破壊活動。束亡き今、その状況を影で操る人間となれば、最早1人しかいない。

 

「言峰綺礼め……!!」

 

「言峰……綺礼?」

 

千冬の言葉に真耶が反応する。束が綺礼に暗殺されたと言う事実は、千冬を除けば学園長夫妻および作戦に関わったメンバーしか知らないためか、何も知らされていない真耶は千冬が何故その名前を忌々しそうに呼ぶのかを理解することが出来ない。

 

「……いや、なんでもない」

 

「そうですか?それなら良いんですけど……」

 

千冬の言葉にどこか腑に落ちない物を感じながらも、真耶はそれ以上追求しないことにする。

 

(これ以上時間を掛けてしまえば、戦争による犠牲がさらに増えるだろう……。だからと言って何か方法があるわけでもない……私は一体どうすれば―――!!)

 

その時、千冬の脳裏にある案が思い浮かぶ。

 

「……山田先生。私は急に用事を思い出したから、今日のHRは君に任せる。ではまた後ほど」

 

「えっ!?」

 

千冬は真耶に出席簿を預け、ある場所へと急ぐ。一方で、真耶は突然のことに戸惑いながらも、急いで準備に取り掛かりはじめた。

 

 

その翌日、切嗣と楯無たちは千冬に呼び出され、生徒会室で待機していた。

 

「そう言えば、『中国が沖縄に攻め込んでいる』と言う話を聞いたんですが、ここは大丈夫なんでしょうか?」

 

「……大丈夫だよ。今は米軍と自衛隊が協力して中国軍と戦っているから、もう少しすれば沖縄から中国軍を撃退できるはず」

 

「そう、ですか。それなら良いのですが」

 

(なんて言ったけど……実際はそうでもないんだよね)

 

楯無は心の中で呟く。テレビでは放映されない話であるが、現地の諜報員によると中国軍は民間人と同じ服装をしているために見極めることが困難になっており、『確実に撃破してはいるものの、損害が増えている』と言うのが事実のようだ。

 

(これも全てあの男のシナリオ通りなんだろうけど……。それに他の国が便乗する形でドンパチ始めちゃったからなぁ……。ほんと、サイアク)

 

「「…………」」

 

その場に重たい沈黙が流れる。ただでさえ犬猿の仲である一夏と切嗣が同席している状況に加え、

連日のテレビで放映される戦場の映像は、少なからず彼らの心に暗い影を落としていた。

 

「―――遅れてすまない。いきなりで悪いが、これから作戦会議をはじめる」

 

「織斑先生、ラウラは来ないんですか?」

 

「ラウラにはドイツからの帰還命令が下っているはずだ。だから、召集をかけていない」

 

「……分かりました」

 

千冬の言葉に納得したのか、一夏はそれ以上の追求をしないようだ。

 

「ちなみに更識先輩はロシアの国家代表でしたけど、大丈夫だったんですか?」

 

「私の方は大丈夫だよ、ちゃんと許可もらったし」

 

楯無は切嗣の質問に軽い口調で答えると、千冬に会議を始めるように合図をする。それを受け、千冬はドアを閉めると、コンソールを操作しブラインドを全て閉じる。これで生徒会室の中の様子は、本人たちが口外しない限り、一切外に漏れることは無くなった。

 

「では、議題を話す前に言っておこう。これから話す内容は極秘の内容であるため、万が一外部に漏れた場合には、重大なペナルティーを負ってもらう。この説明を聞いて、会議に参加する気がなくなった生徒は遠慮なく出て行ってもらって構わない。―――誰もいないか?」

 

千冬の言葉に納得したのか、誰も席から立とうとしない。それを確認し、千冬は議題について話を始めた。

 

「……分かった。さて、今回の議題だが―――」

 

そこで千冬は手に持っていたリモコンを操作する。すると、天井からスクリーンが下りてきた。そしてそこにある男に関する資料が浮かび上がる。それが誰を指すのかは言うまでもない。

 

「言峰綺礼!」

 

「―――!!」

 

思わず感情を露にする一夏に対して、箒は無言で画面を睨みつける。

 

「……おそらく、一連の騒動の背後にいるのはこの男で間違いないだろう」

 

「「…………」」

 

そんな2人の様子を見ながら、千冬は話を続ける。一方で、楯無と切嗣は相変わらず沈黙を守ったままだ。

 

「このまま奴を放置しておけば、犠牲が悪戯に増えていくのは目に見えている。故に私は、学園の有事指揮権を任されている身として、ある作戦を実行することにした。……更識、説明を頼む」

 

「一連の事案を受けて、私たちは学園長の許可の下、織斑先生を指揮官とした部隊を編成することに決まりました。そして私たちに与えられた任務ですが―――」

 

そこで楯無は一旦間を空け、信じられない言葉を口にする。

 

「一連の事件の首謀者であろう言峰綺礼の拘束、となります」

 

「……まさかと思いますが、このメンバーだけ言峰綺礼と戦わなければならないのですか?」

 

楯無の言葉に切嗣が反論する。何といっても世界中を手玉に取っていた天才篠ノ之束を暗殺するほどの実力を持った相手と交戦する危険性を、身を以って経験した切嗣からすれば、到底実現不可能な任務としか聞こえないだろう。が―――

 

「人の話は最後まで聞かなきゃだめだよ衛宮君?私は別にこの任務をこのメンバーだけで行うとは一言も言ってないんだから」

 

「?」

 

彼女の言葉の意味を掴みかる一夏は、困惑した表情で楯無を見つめる。

 

「さきほど説明した任務はあくまで最終目標です。そしてもし仮にその段階まで漕ぎ着けた場合には、学園からの人的支援が得られる、と織斑先生から確約して頂いており、私たちの当面の目標は言峰綺礼の居場所の捜索、と言うことになります。―――ここまでで何か質問は?」

 

「「…………」」

 

楯無は一旦言葉を切り、一夏や切嗣たちの反応を伺う。が、その言葉に納得したのか、誰からも質問の手が挙がることはなかった。

 

「では、質問も無いようですし、今回の会議はここで終わりにしようと思いますが―――よろしいですか、織斑先生?」

 

「あぁ、私からも伝えることは特に無い」

 

「分かりました。それでは今後の予定は追って連絡しますので、今回の特別会議を終わりにします。皆さんお疲れ様でした」

 

そう言い終えると、楯無はコンソールを操作しスクリーンを元に戻し始めた。

 

 

その日の深夜。千冬の見回りが終わった後も、切嗣は自分の部屋でベッドに座って待機していた。

 

(直接部屋に来るから待ってて、と言われてしばらく待っていたが……これは間違いなく約束を忘れているな)

 

会議が終わった直後、切嗣はすれ違いざまに楯無からメッセージが書かれた紙切れを手渡されていたが、千冬が見回りを始める前に楯無が姿を現さなかったため、今日彼女が部屋に来ることは無いだろうと考えていた。

 

「!?」

 

しかし、そんな切嗣の予測を裏切るかのように部屋の天井付近に何かが蠢く気配が生まれる。そして間もなく、天井の板が外された。もしかすると、言峰が送り込んできた刺客の可能性も十分にありうる。切嗣は口の中に溜まった唾を飲み込みながら、気配のする方にコンテンダーの銃口を向ける。

 

「―――驚きました?」

 

「まったく、貴女も人が悪い。話があるのなら、今日の放課後にでも呼び出しに来てくれれば良かっただろうに……。それと、敬語は使わなくていいと言ったはずですよ」

 

天井の板から顔を出したのは、切嗣がもっとも良く知る人物であった。

 

「あははっ、ごめんごめん。どうしても今日中に、きりちゃんにはロシア政府のことを伝えておかなきゃと思って……」

 

「……ちなみに、どんな手段を使ったんですか?」

 

「一応担当官とも話をしてみたんだけど、ぜんぜん話にならなかったから……。直接大統領に話をして、了承してもらっちゃった」

 

「了承してもらったって……そんな簡単に了承してもらえるものなんですか?」

 

切嗣の言葉はもっともだ。国家代表が帰還命令を無視したとなれば、国家の面子にもかかわる事態は避けられなくなってしまうのだから。

 

「もちろん、最初の方は頑として了承してくれなかったよ?でも、私が黒幕を捕らえた暁にはアメリカ主導の現世界情勢を大きくロシア側に有利に運べるようになる、と言う旨を丁寧に説明したら、すんなり了承してくれたんだ♪」

 

「……なるほど。と言うことは、ロシア政府として今回は中立を保つことになるんですね」

 

「その通りだよ、きりちゃん。流石は私の相棒♪」

 

そう言って正面から抱きつく楯無を、切嗣は両手で引きはがず。

 

「何よもう。そんなに私とスキンシップをとるのは、嫌?」

 

「別にそんなことは言ってないですよ。ただ、貴女は僕に何か隠し事をしてますよね?」

 

切嗣の言葉によほど心当たりがあるのか、楯無は切嗣から視線を逸らす。そんな楯無の様子を見て、切嗣は軽くため息をつきながらも言葉を続ける。

 

「大体、貴女は分かり安すぎるんですよ」

 

「きりちゃんにそんなことが分かるの?私の癖を知ってるわけでもないのに」

 

すると、切嗣の言葉が気に食わなかったのか。楯無は不機嫌そうな表情を浮かべながら反論してきた。

 

「知ってるに決まってるじゃないですか」

 

「え?」

 

「どれだけの時間、貴女のそばで行動を供にして来たと思ってるんです?それだけ長い時間一緒にいれば、癖のひとつや二つ見抜けるようになりますよ」

 

「~~~!!」

 

切嗣のストレートな言葉に、楯無は背中を向けてしまった。一方で切嗣はしてやったりの笑みを浮かべる。

 

(普段からかってくるのに、こっちが乗り気で調子を合わせたら、これだ。これに懲りて少しは自重してくれるといいが……)

 

そんな切嗣の思惑を知ってか知らずか、楯無は切嗣の方に向き直ると、切嗣の胸にタックル気味に飛び込む。突然の楯無の行動に、切嗣は楯無に押し倒されるようにベッドに倒れこんでしまう。

 

「一体どうしたんで「きりちゃん、私の事からかったでしょ」……」

 

「……沈黙は肯定とみなすよ?」

 

「…………」

 

なおも沈黙を保つ切嗣に、楯無は大きくため息をつきながら、切嗣の方に寄りかかる。

 

「しょうがない。これは私を傷つけたきりちゃんにおしおきが必要だね」

 

「?」

 

なぜかイイ笑みを浮かべながら語りかけてくる楯無に、切嗣は不穏な空気を感じ取ったが、時すでに遅し。

 

「じゃあ、罰ゲームの内容は……今日はこのまま私と一緒に添い寝すること。いい?」

 

「何馬鹿なことを言ってるんですか、まったく……。今日はもう消灯時間を過ぎちゃってるから、貴女はそこで寝ておいてください。僕は机にうつ伏せで寝ますから」

 

「……ほう?私のお願いが聞けないの?なら明日、シャルロットちゃんとラウラちゃんにきりちゃんと一緒の部屋で熱い夜を過ごしたよ~って言っちゃうから」

 

「!?」

 

楯無の言葉に切嗣は慌てふためく。もし楯無が、ラウラとシャルロットにその事を喋ってしまえば、切嗣のことを特別に親しく思っている彼女たちのことだ。無論、修羅場だけではすまなくなる。切嗣一人の我慢とラウラ・シャルロット・楯無の友情。ここでどちらを取るのかを迷うほど、切嗣は愚かな人間ではない。

 

「……分かりましたよ。それでは失礼します」

 

「そうそう、分かればよろしい♪」

 

切嗣の言葉に満足した様で、楯無はベッドの中に切嗣を誘い込むと、両手両足を蛸の様に絡ませた。すると、自然と切嗣の腕にやわらかい二つのものが押し付けられる形になる。本来なら11月と言うこともあり、季節は冬に突入している筈なのだが、どうやら切嗣の夏はまだまだ終わりそうに無い。

 

 

「自分にも出来ること……ね」

 

「………」

 

作戦会議の翌日。楯無はある人物に呼び出され、生徒会室で話をすることになった。

 

「……簪ちゃん。貴女のISパイロットとしての実力は、私から見ても十分にあると思う。でも、それはあくまで競技としてのISの話であって、実際の戦場で必ずしもその能力を発揮できるとは限らない」

 

「そして、その部分は戦場において決定的な命取りになるの。例えばISに付いている絶対防御だけど、これを発動したからと言って必ず『死』から逃れられるわけじゃない。絶対防御を発動している状態でも、相手の首の骨を折れば相手を殺すことは可能なのだから」

 

「………」

 

楯無の言葉に、簪は沈黙せざるを得ない。確かに彼女は日本代表候補生と言う類稀な才能の持ち主であることには違いないが、実戦を経験していない彼女を戦場に送り出すことに楯無も強い抵抗を感じている。

 

「そんな地獄に私は貴女を……妹を危険な場所に立たせたくないの」

 

その言葉が楯無の偽らざる本音なのだろう。好き好んで肉親を戦場に立たせようとする人間など、存在しないのだから。

 

「それでも」

 

「?」

 

「それでも……私は……皆のために……助けになることをしたい!もう……目の前で人が傷つくのを……見たくは無いの!!」

 

「………」

 

簪自身、一夏がゴーレムに傷つけられながら必死に戦っている中で、何も出来なかった自分に少なからず思うところがあるのかもしれない。一方で、楯無としても、素直に首を縦に振るわけにはいかない。

 

(簪ちゃんが気にしているのは十中八九、あの時の一夏君の事なんだろうなぁ……。本当は有無を言わさず拒絶するのが上策なんだろうけど……。でも、せっかく歩み寄って来てくれたのを断って、余計に関係が悪くなるのも嫌だし……)

 

妹の命か関係の悪化。どちらかを取らなければならない状況に置かれた楯無は悩んだ。

 

「皆のために……尽くす事が出来れば、それで……」

 

簪のいつも以上に真剣な表情に、楯無の心は大きく揺さぶられてしまう。今まで疎遠だったのにも関わらず、危険を承知でわざわざ志願してくれた妹の提案を断れるほど非情になれるはずも無く。

 

「……分かったわ。なら、これから簪ちゃんには私の下で働いて事になるけど、大丈夫?」

 

「!ありがとう、お姉ちゃん」

 

「!!」

 

楯無の提案に、簪は涙を浮かべながら感謝の言葉を述べる。ここに簪が楯無陣営に加わることとなった。



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第四十四話 獅子身中

日米連合軍と中国率いる多国籍軍との戦闘が始まってから、一週間。多くの生徒が本国に帰国している状況を受け、学園での授業は一時的に停止せざるを得ない状況となっていた。しかし、そんな中でも学園内のアリーナでは楯無と一夏の特訓が続いている。

 

「もうへばってしまったの?立ちなさい、一夏君。訓練は始まったばかりよ」

 

「!まだまだ!!」

 

楯無の攻撃を受け、ダウンしていた一夏は立ち上がる。ISの防御のお陰で大きな怪我はしないとは言え、訓練中に楯無の攻撃を受け続ける一夏の体には、小さな痣や打撲跡などが出来ていた。

 

一夏はメイン武器である雪片弐型を正眼に構えて楯無と対峙する。構えを取る一夏に対して楯無は腕をだらんと下げたまま、ランスを構えようとしない。

 

(こんなにゆったりとしているのに、隙がまったく見つからない……!)

 

しかし、そのような体勢をとっていても、一切の隙が生じない。一夏は楯無を攻めあぐねてしまう。

 

「来ないなら、こっちから行くよ?」

 

「!?」

 

そんな中、不意に楯無の姿が視界から消える。と同時に、一夏の首筋に寒気が走った。一夏はその感覚を信じて。振り向きざまに刃を振るう。その瞬間、首筋付近を狙い澄ました楯無のランスと刃が交差する。

 

「すばやい反応だよ、一夏君。やっぱり最初に全力で相手したのが良かったのかも♪」

 

楯無が最初に一夏に課した訓練。それは全力の楯無相手に制限時間の間、生き延びると言う過酷なものであった。案の定、一夏は楯無になす術も無く撃墜されたが、そこで得た経験は決して無駄にはなりえない。しかし、楯無と一夏の間に存在する実力差は如何ともしがたいようで、満身創痍でぼろぼろの一夏に対し、楯無はうっすらとしか汗が滲んでいないのが現状である。

 

(訓練が始まって、一週間。ようやく楯無先輩の動きが少しだけ見えるようになって来たが、まだまだこんなもんじゃあいつには勝てないじゃないか!くそっ、俺は―――)

 

「駄目だよ、戦いの最中に意識をそらせちゃ」

 

「!?」

 

不意に楯無が力を緩めたため、相手に体重を預けるように鍔摺り合いをしていた一夏は上体を崩されてしまう。無論、そのような隙を楯無が見逃すはずも無く―――

 

「えいっ♪」

 

雪片を持つ一夏の腕に、楯無の手が添えられる。そのまま楯無の手が一回転し、気がついたときには時すでに遅し。一夏は小手投げの要領で地面にうつ伏せで倒されていた。そこから何とか脱出しようとする一夏の首筋に楯無が手を添える。もちろん、一夏の片腕は楯無のもう一方の手に掴まれているため、反撃に転じることは出来ない。所謂詰み、である。

 

「はい、これで本日二回目ね」

 

「…………」

 

まもなく、一夏にとっての正念場に差掛かろうとしていた。

 

 

 

「一夏君、ちょっと待って」

 

「?」

 

実戦演習が終了し、寮に帰ろうする一夏の背中に楯無は声をかける。

 

「貴方、何か悩んでることがあるんじゃない?」

 

「……別に、何もありませんよ」

 

「嘘、貴方は何か悩んでいることがある。しかし、他の人にその話を打ち明けることは出来ない……違う?」

 

「!!……」

 

楯無の指摘に一夏は黙り込んでしまう。周りの状況が目まぐるしく変化する中で、自分だけが取り残されていっているのではないか。その疑念が一夏の心の中に少なからず影を落としていた。

 

「なら、私がその悩み事に対するアドバイスをあげよう」

 

「…………」

 

一夏は楯無の言葉を聞き逃さぬよう注意深く楯無の話を聞く。今の自分にとっての悩みを解決出来るかもしれないのだから、当然の反応だろう。

 

「貴方は前よりも、確実に強くなってるよ。それは私が保証する」

 

「……気休めはやめてくださいよ。相変わらず先輩にはボコボコにやられるし、訓練が始まってから一週間以上経つのにまだ一撃も当てられないじゃないですか」

 

「じゃあ、それが嘘でないことを証明してあげる」

 

「!?」

 

そう言うや否や、楯無は一夏に接近し、側頭部目掛けて閃光のようなハイキックを放つ。訓練前の一夏なら確実に直撃は避けられないである。が―――

 

「くっ!!」

 

一夏は辛うじてその攻撃をスウェイで回避すると、一旦距離を取りファイティングポーズをとった。

 

「いきなり何をするんです!?」

 

「今のが証拠。私の攻撃を見切れたでしょ?」

 

「!?それは……そうですけど……」

 

楯無の言葉に頷きながらも、一夏の表情は晴れない。そんな一夏の様子を見つつ、楯無は話を続ける。

 

「もし君が今までと同じなら、私の今の一撃で地面に倒れていたはず。しかし、現に君は倒れずに私の前に立っている」

 

「…………」

 

「どうしても成果が信じられないのなら訓練を辞めても良いよ?その代わり、その時点で私は君を“彼”に劣る人間だと判断しちゃう事になるけど」

 

「それだけは嫌です!!」

 

楯無の発言に一夏はすかさず反論した。自分とは相容れない主張の“彼”に勝ち、考えを改めさせる。その目標こそ、一夏が激しい訓練をこなす原動力となっているのだ。絶対に逃げるわけにはいかない。

 

「そう決めたのなら、最後まで自分を信じなさい。そうすれば、きっと上手くいくから」

 

「!」

 

楯無は微笑みを浮かべながら、一夏の心を解すように語り掛ける。なぜそう断定できる、と言ってしまえばそれまでだが、国家代表の肩書きを持つ楯無の言葉は一夏の心に大きく響いた。

 

「ありがとうございます!楯無先輩!!俺、絶対に強くなりますから!!」

 

一夏はそう言うと、自分の部屋で今日の反省点を洗い出すべくアリーナを後にする。

 

「頑張りなさい、少年」

 

そんな一夏の背中に向かって放った楯無の言葉は、誰に聞かれること無く冬の寒空へと消えていった。

 

 

最初の会議が始まってから3日後、切嗣たちは千冬の指示により再び生徒会室に集められていた。

 

「定刻になりましたので、第二回の会議を始めます。それでは、スクリーンに注目してください」

 

司会進行を勤める楯無が手元のノートパソコンを操作し、スクリーンにプロジェクターの映像を投影させる。

 

「この写真は襲撃された人民解放軍の研究所から脱出するISの写真です、これを拡大してみます」

 

楯無はマウスでプロジェクターの写真を拡大する。するとそこには、アメリカ国家代表であるイーリスのファング・クエイクが映し出された。驚きのあまり呆然としている一夏たちを尻目に、楯無は話を続ける。

 

「この機体の特徴的なカラーリング及び形状からイーリス=コーリングのものである、と断定できます。そして彼女は言峰綺礼の元で活動している」

 

「なるほど、これで戦争の直接的な引き金になった事件の犯人は分かった。しかし、問題は―――」

 

楯無の言葉に返事をしながら、千冬はメンバーを見渡す。今現在ドイツに帰還しているはずのラウラを除外して考えた場合、直接的な戦力となるのは僅か5人となる。悪戯に消耗させるわけには行かない。

 

「彼らの潜伏している場所が分からない、と言うことですね」

 

「そうだ。奴らが犯人であると言う証拠があったとしても、肝心の身柄を押さえなければ意味が無い」

 

「「…………」」

 

楯無の言葉に千冬が同意する。身柄を確保しない限り、事態は悪化するしかないのだから。そしてその場に再び沈黙が訪れる。が、その沈黙を破ったのは意外な人物であった。

 

「それなら、奴らが起こしたと思われる事件について、我々が現場を調査してみるのはどうでしょうか?そうすれば、何か分かるかもしれない」

 

箒の心の中で、少しでも早く自分の手で姉の敵を討ちたいと言う気持ちが逸っているようだ。が、そのような意見が採用される筈も無く―――

 

「無理だ。現在5名しかいない状況なのに余計な事に人材を割く訳にはいかない」

 

「私もそう思います。もし我々が動く状況になるとすれば、それは敵勢力の概要及びその拠点を全て把握し終えてからが一番かと」

 

楯無と千冬によって、即座にダメ出しを受けることとなった。

 

「せっかく箒が前向きな意見を出したのに、そう無碍に扱わなくてもいいじゃないですか」

 

「良いんだ、一夏。……変なことを言ってすみませんでした」

 

「お前たちが抱えている束を失った悲しみは、私にも良く分かる。だがらこそ、あいつの敵を討つためにも冷静にならなければならないんだ……分かってくれるか?」

 

「「……はい」」

 

生徒会室に流れる緊張を解すかのように、千冬は一夏と箒を諭す。

 

「―――では、次に亡国企業の動きに関してですが、」

 

こうして、二回目の会議の時間は淡々と流れていった。

 

 

「なぜ誰も行動しようとしない!?このままではより一層状況は悪化するだけなのに!!」

 

会議が終わり他のメンバーが居なくなった生徒会室で、箒は簪に愚痴を零していた。

 

「会議ですでに決まったことだから……。しょうがない……」

 

「敵の位置を掴んだら次第即座に叩く!取り逃がした後で後悔しても遅いだろう!!」

 

何とか箒を宥めようとする簪の対応に反比例するかのように、箒はどんどんヒートアップしていく。

 

「貴女の言いたい事は……分かる。でも……相手の情報の無いまま闇雲に突っ込んで自滅……何て事態になったらそれこそ終わり……。だから……情報の無い今の段階では……私たちは機会を待つ以外に……選択肢は……ない……」

 

「それは、そうだが……!!」

 

簪の言葉に思うところがあったようで、箒はそれっきり黙り込んでしまう。

 

「これ以上あれこれ考えても……きっと悪い方向にしか考えられない……。だから、貴女は一旦部屋に戻るべき……だと思う……」

 

「あぁ……そうすることにしよう」

 

生徒会室の戸締りを終え、箒は簪に付き添われながら自分の部屋へと戻っていった。

 

 

会議終了後、千冬は会議で決まった事案を学園長に報告するべく学園長室前に来ていた。

 

「―――以上が、今回の会議の内容となります」

 

「なるほど、了解しました。では引き続き、彼らの足取りを追ってください。その後、最終確認が取れ次第、学園から貴女方への支援を出すことにします」

 

「……支援の方をもっと前倒しにして頂くわけにはいきませんか?正直、このままでは満足な捜索活動が出来かねますので」

 

学園長の悠長な答えに対し、千冬は思わず学園長に詰め寄る。裏で更識家の人間が動いているとは言え、猫の手も借りたいくらいに人員が不足しているのだ。使える人材を少しでも多く確保しようとするのは当然の流れと言えるだろう。

 

「私個人として、そうしてあげたいのは山々なのですが……。これだけ状況が悪化してる中で貴女方に人材を回すことは不可能なんです。加えて、教職員たちの間でも現体制に不満を持つ者たちが不穏な動きを見せておりますので……」

 

「…………」

 

しかし、千冬の願いは聞き届けられることもなく、帰ってきた答えは『不可能』であった。

 

(こんな時こそ学園内の教職員たちが一致団結しないでどうするんだ!?このままでは、いずれ学園自体も空中分解は避けられなくなる!!)

 

思わず右手の拳に力が入る。もしIS学園が空中分解を起こしてしまえば、無論その問題は日本国内に収まらず、世界規模での混乱を誘発する事になってしまう。それだけは避けねばならない。

 

「それでは、失礼いたします」

 

「織斑先生、よろしく頼みますよ」

 

「…………」

 

千冬は学園長に返事をしないまま学園長室を出る。しかし、そのままの状態を維持するわけにも行かないため、一旦外に出るべく玄関へと足を進めた。

 

 

開戦から2週間が経過した12月上旬のある日の深夜。楯無は一人、生徒会室で各国に潜入した工作員から届けられる報告書に目を通していた。

 

「これは……いったい」

 

楯無はここ数日の数名の工作員からの不可解な報告に眉をひそめる。

 

「う~ん……?」

 

不意にマウスをクリックする楯無の手が止まる。直後、楯無は何か閃いたのか、すさまじい速さでキーボードを叩き始めた。

 

 

「やっぱり、こいつらか……」

 

楯無はそう呟く。同僚などの証言を照らし合わせた結果、いずれも何も無い筈の場所で青や黒と黄色のISを目撃した、と言う事実が出て来たのだ。そこに何か違和感を感じた楯無が亡国企業幹部が所持しているISの写真を添付して返信したところ、ほぼ全員がそのどちらかの機体を目撃した、との連絡を寄越してきた。

 

(まさか亡国企業の幹部自ら出張ってくるとはね……。これは、彼らが捜索している周辺に言峰のアジトがあると見るべきなのかしら?)

 

普通に考えれば篠ノ之束が死んだのなら、その技術を奪うべく行動を開始したと見るべきなのだろうが、楯無にはどうも何かが違うように思えてならない。

 

(今まで各国の目を欺いてのIS強奪事件や軍事施設への襲撃を行っておきながら、わざわざ私たちに見つかる様に行動する訳はないし……もう少し様子を見たほうが良いかも)

 

亡国企業のISを目撃した地域の工作員へは周辺の捜索を、それ以外の地域へは引き続き言峰一味捜索を続けるように指示を出した後、楯無は別の作業に取り掛かる。どうやら楯無の休息の時間はしばらく訪れそうにないようだ。

 

 

 



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第四十五話 兵貴神速

「198……199……200!」

 

会議の翌日、箒は朝から剣道場で黙々と素振りをしていた。と言うのも、まったく改善されない状況に耐えかねている彼女は、こうして道場で素振りをすることで気持ちを何とか押さえ込むことが習慣となっている。

 

「今日はここまでにしておくか……」

 

素振りを終えた箒は木刀を部室に戻し、自分の部屋に帰るために道場の入り口に向かう。が、入り口では複雑な表情をした簪が待っていた。

 

「やっぱり……ここにいたんだ……」

 

「……簪。どうして私がここにいると?」

 

「ちょっと前に……貴女が道場の方へ歩いていくのが見えたから……。これを……貴方に渡そうと思って……」

 

そう言って簪は手に持っていたスポーツドリンクを渡す。

 

「あ、ありがとう」

 

「いいえ、どういたしまして……」

 

箒は簪の態度に困惑しながらも、素直にドリンクを受け取ると、早速口をつけた。そうして、箒はドリンクを飲み終えたところで簪に質問を投げかける。

 

「ところで、今日は一体どうしたんだ?」

 

「なぜ……そう思うの?」

 

「いつものお前らしくないと思ってな……」

 

「そう……」

 

箒の言葉に簪は返事を言い淀んでしまう。そんな簪の様子を見た箒は何かあったのではないか、と疑問を持つ。

 

「よっぽど言いにくいことなのかもしれないが、とりあえず私に話してみてくれないか?友達として何か力になれるかもしれない」

 

「…………」

 

箒の言葉に簪はしばらく迷っていたが、ようやく話す決心が付いたようで箒の方に向き直る。

 

「お姉ちゃんたちが……言峰が潜伏していると思しき場所を……見つけたみたい」

 

「それは本当か!?……しかし、なぜお前がそんな情報を?」

 

箒の言葉は最もだ。作戦の内容は千冬以下、前回の会議に参加したメンバー以外知らないはずなのだから。

 

「実は、姉さんたちの話を偶然立ち聞きしちゃってね」

 

疑いの視線をぶつける箒に対し、簪はまっすぐ相手の目を見て話しかける。一瞬2人の間に緊張が走るが、簪の真剣な眼差しに屈したのか、箒が先に口を開いた。

 

「……大切な友人なのに、疑ってすまなかった」

 

「別に構わない……。私が貴女の立場でも、同じような態度をとると思うし……」

 

「しかし、ついに言峰を討つ時が来たのか……腕が鳴る!!」

 

簪からの予想外の報告に、箒は気持ちを昂ぶらせる。ついに姉の仇討ちが出来るとなれば、それも当然かもしれない。

 

「ううん……。まだその情報が正しいかどうか分からないから……きちんと確認が取れてから動くみたい……」

 

「確認だと!?そんな事をしている間に奴が場所を移してしまったらどうするんだ!?また初めからやり直しじゃないか!!」

 

「そう……だよね。でも……私たちには……そうするしか……」

 

「くそっ!」

 

手を伸ばせば届くであろう位置に仇敵がいるのにそこに手を伸ばすことすらままならない。そして、やる気が無いとしか思えない学園上層部といつまで経っても重い腰を上げようとしない仲間。そんな状況に晒されていれば、自ずと箒の我慢が限界を迎えてしまう。

 

「―――なんだ、実に単純なことだったんだ」

 

「?」

 

「もう他のメンバーの事はあてにしない。私一人であの男を探し出す」

 

「!?」

 

突然の言葉に対し、簪は説得を試みる。

 

「……やめておいた方が良いと思う。ただでさえ情勢が不安定になっているのに、一人で行動するなんて……死にに行くようなものだから……」

 

「私だって、今から取る行動がどれほど危険かはよく分かっている」

 

「なら……なんで……」

 

「あの男は、私の姉を、世界の可能性を、そしてISの母とも言える人を殺したんだ!だから私が全人類に変わってあの男に正義の鉄槌を下してやる!!姉からもらった、この『紅椿』で!!」

 

「…………」

 

そう言うと、箒は左拳を勢い良く簪の前に翳す。そこには太陽の光を受けて輝く一対の金と銀の鈴が付いた赤い組み紐があった。そんな箒の姿を見て、簪は悟った。最早、箒の目には言峰への復讐しか写っていない。もし仮に、この場で止めることが出来たとしても、すぐに彼女は出奔するだろう。ならば、簪のやる事は一つ。

 

「それなら、私は姉さんたちに届いた情報を、出来るだけ貴女に届ける……」

 

「しかし、それではお前にも迷惑が……」

 

「大丈夫……。私も一応貴女たちの仲間だから、お姉ちゃんたちの話を知っていても怪しまれることは無い……」

 

「……すまない。恩に着る」

 

すかさず箒は簪に頭を下げた。それに対し簪は箒の手を取り両手で包む。

 

「頭を上げて……。別にそこまでお礼をされる事なんて……」

 

「そんなことはない!お前は私の大切な恩人だ!!」

 

自らの謝意を表すかのように、箒は自分の手を包む簪の手を強く握り返した。簪は、そんな箒の様子に戸惑いながらも言葉を続ける。

 

「なら、お礼の変わりに言峰を討って欲しい……。私は、貴女ならそれが出来ると信じてる……」

 

「分かった!必ずこの手で奴を仕留めて見せよう!!」

 

そう言い残し、箒は仇討ちの準備のために自分の部屋へと駆け出す。その十数時間後、箒は自分の部屋に書置きを残し、IS学園から姿を消した。

 

 

 

3回目の会議が終わってわずが2日後、総指揮官である千冬をはじめとするメンバーは再び生徒会室に集まっていた。

 

「篠ノ之が消えた!?それは本当なのか!?」

 

「そうなんだよ、千冬姉!今朝、あいつの部屋に行ったら部屋の荷物が無くなってて……。そして部屋にこれが……」

 

千冬は織斑先生へ、と書かれた封筒を空けて手紙に目を通す。が、最後まで文章を読み終えたところで、千冬は手紙を机に叩きつけてしまう。

 

「あの……馬鹿者めが……!!」

 

「それで、手紙には何と?」

 

怒り心頭の千冬に対し、切嗣はいつも通り冷静に質問を投げかける。そんな切嗣に対し、千冬は手紙を掴むと、返答とばかりに切嗣に投げてよこした。

 

『勝手な真似をして本当に申し訳ありません。姉さんが殺されて以降、自分なりに考えていたのですが、もうこれ以上は待っていられません。なので、自分の手であの男を捕まえてきます。

PS.一夏へ 私は必ず戻ってくる。だから戻ってきた暁には、是非ともまた私の料理を食べてほしい』

 

「まったく、随分と馬鹿な真似をしてくれたものだ……」

 

「私のせいだ。私があいつの事をきちんと見てやらなかったせいで、こんなことに……」

 

「いや、千冬姉のせいじゃない。俺が箒のことをきちんとフォローしてやらなかったから……」

 

千冬と一夏は自己嫌悪に陥ってしまう。しかも、一夏が千冬のことを名前で呼んでいるのを千冬が咎めない辺り、箒の出奔は2人にとって相当ショックな出来事なのだろう。一方、楯無はそんな2人の様子を黙って見守っていたが、これ以上は埒が明かないと判断し、ついに口を開いた。

 

「……彼女のことはとりあえず放置しておきましょう。それよりも、もっと重要な案件がありますから」

 

「ちょっと待ってくれよ!!それじゃ、あいつの事はもう見捨てるってのかよ!?」

 

楯無の言葉が癇に障ったのか、一夏は即座に楯無の元に詰め寄る。

 

「落ち着きなさい、一夏くん。誰もそんな事言ってないでしょう?彼女はあらゆる手段を使って連れ戻すつもりよ。だからと言ってすぐに彼女を連れ戻すことは出来ないし、彼女に割ける人的余裕はない。今の私たちは地道に出来ることをやっていくしかないのよ……」

 

「…………」

 

一夏は楯無の言葉に納得したのか、おとなしく席に戻る。

 

「……取り乱してすまなかった。更識、話を続けてくれ」

 

楯無は千冬の言葉に頷くと、手元のコンソールを操作してスクリーンを下ろす。そして間もなく3人の女性の画像が映し出された。

 

「こいつら……!!」

 

「…………」

 

「そう、貴方たちも既に知ってると思うけど亡国企業の幹部と推測されるメンバーね。左から順にオータム、スコール、Mと呼ばれています。彼らは各国の国家代表レベルの操縦技能を持ちながらも用心深く、常にツーマンセルで行動していたのですが―――」

 

そこで楯無は一旦言葉を区切って、手元のノートパソコンを操作した。すると画面が切り替わり、スクリーン上には様々な印の付いた地図が表示される。

 

「数日ほど前から単独行動をしているようです。ちなみに青色の印が“M”の目撃された地点であり、ここ最近はスコットランドで地元の過激派と接触しています。この状況であれば衛宮君の言っていた各個撃破案を採用出来ると私は考えますが……如何ですか、織斑先生?」

 

「その作戦を行うとしても、だ。……更識、このメンバーでそれが出来ると思うか?」

 

「彼らが3人揃っている状況であれば、このメンバーではまず無理でしょう……。ですが、この“M”単独であれば……勝機はあります」

 

「ほう……。ならば当然、その根拠はあるのだな?」

 

「Mを相手にする場合、彼女の持つサイレント・ゼフィルスはオルコットさんのブルー・ティアーズの発展系で武器も基本同一であり、ある程度攻撃パターンが予想出来ます。加えて彼女は組織の中でも戦闘などの実働部隊として幅広く活動し各地で目撃されており、この中では彼女が一番捕獲できる可能性が高いと言えます」

 

「……なるほど、楯無の意見は分かった。しかしそいつは組織でも実働部隊に所属する人物なのだろう?そんな人物と連絡が取れなくなれば当然敵も血眼になって探し出そうとする筈……それはどうするんだ?」

 

Mを捕縛したとしても、それを奪回されてしまえば元の木阿弥となってしまう。それ以外にも学園側の戦力概要が漏れてしまう、と言う恐れもあるため、千冬の懸念する部分はとくに慎重に吟味せねばならない。

 

「それは問題ないかと」

 

「衛宮……なぜそう言い切れる?」

 

「僕たちはスコットランドに入国後、Mが潜伏していると思しき地点にて待機。我々が動いていると悟られないようにした上で、Mを襲撃し制圧。その後速やかに予め決めておいた合流地点へ向かった上で、スコットランドから離脱する。こうすれば、隠密裏に対象を連れ出すことが出来ます」

 

「Mを襲撃し制圧……と言ったな?それはどうやる気だ」

 

楯無が言っていたように、相手は少なくとも国家代表レベルのIS操縦者である。そのような相手を襲撃した上で、制圧するなど並大抵の計画では出来るはずもないのだ。

 

「Mは常に車を使って移動していることが確認されています。故に、Mの乗った車両が通過する地点にて待機し、車両が通過するところを狙撃。その後、Mが無事であった場合にはわざとこちらの陣地まで引き込んだ上で、敵を罠に掛ける。こうすれば、近隣住民にも被害を及ぼすことなく敵を無力化することが出来るかと」

 

「この作戦が成功すれば、我々にとっても大きな一歩になります。どうか」

 

「なるほど……。では織斑、お前はどう思う?」

 

ここで千冬は今まで沈黙を保っている一夏に質問を投げかけた。いきなりの質問に一夏は若干驚いた表情を浮かべながらも、さっと思考を切り替え重い口を開く。

 

「俺も、これ以上不必要な犠牲を増やさないためにやるべきだと思う」

 

「これで3対1……ですね?」

 

「……」

 

楯無の確認に千冬は渋々頷く。これを以って、学園の精鋭たちによる本格的な軍事作戦が開始されることとなった。

 



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