波旬兄弟と蓮親子がネギまの世界へ (死神一護)
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必読

最初は軽い注意書きで申し訳ありません。



~注意事項~

 二次創作小説は昔某サイトで暇つぶしに書いていただけですので、恐らく更新は不定期です。

 波旬兄弟とは坂上覇吐と第六天波旬で、蓮親子はメルクリウスと藤井蓮です。

 神咒神威神楽に登場するウザキャラで有名な第六天波旬ですが、本作で登場する波旬はあの波旬であって波旬ではありません。あそこまでヒッキーと言うことと、チートって訳ではないということです。口を開いただけで宇宙破壊ですから、そんなキャラをネギまの世界に登場させたら一話で終わってしまうからです。

 上記と同じでDies iraeの藤井蓮も藤井蓮であって藤井蓮ではありません。能力面や性格は同じですが、オリ設定が入ります。

 勿論、残り二人もそんな感じです。女神は登場しません。おまけとして登場するくらいです。故、おまけとして獣殿や夜行、赤騎士などが、本当におまけとして出るくらいです。

 俗に言う異世界移転ではなく、初めから両者、ネギまの世界に居たという設定です。

 始まりは大戦で、ラカンは既にナギ達の仲間入りで、ガトウが入る前です。

 

 矛盾、オリ設定、キャラ崩壊、駄文などが許せる方に限ります。

 

 ではでは、よろしくお願いしますm(_ _)m




何か言いたいことや、感想があれば遠慮せずにどうぞ。

ただ作者は豆腐メンタルです。


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第一歌劇【始まり】

ニートのウザさとヒッキーのウザさを表現するのが難しいですorz

改めて正田卿の凄さが分かった気がします。
まだ一話目なので、それほど話は進みません。
ではでは超駄文ではありますが、読みたい方はどうぞ。



 大分烈戦争――魔法世界には南の古き民である「ヘラス帝国」と、北の新しき民である「メセンブリーナ連合」の二つの大国が存在した。

 南の古き民であるヘラス帝国には元々住んでいた亜人種が多く、北の新しき民であるメセンブリーナ連合には旧世界――俗に言う人間世界――から移住してきた人間が多くを占めていた。

 両国はうまく共存し成り立っていたが、ある秘密結社により戦を煽られ……遂に大戦争が発生したのだ。

 それが大分烈戦争。人間世界で言う世界大戦だ。

 勿論、魔法世界の住人は苦しみ、恐慌状態に陥った。戦争など、誰も望んでいないのに。魔法による争いはあらゆる国、地方で火種を生み、苛烈さは日に日に悪化の一途を辿った。

 しかし世の中は広い。そんなものを一切受けない者達も居た。

 

 戦争などどうでもいい、それどころか他者を嫌悪し自己愛の究極系のような者が存在する。

 名は波旬。誕生時から異端児と謂われ、危険極まりない存在。

 異端児と言われる原因は、誕生の時から三つ目と言う異形と言うこと。更には生まれた時から産声一つ上げなかったということだ。だが三つ目と言うことなら亜人の血がどこかで混ざったということで済む上、産声の件も魔法世界では特筆して気にすることではなかった。

 そう、一番の要因は別にあるのだ。

 それは一つ。誕生時から徹頭徹尾自分のみを愛し、他の物は森羅万象三千大千世界全て嫌悪怨恨の対象だった。それが異端児と言われる要因だ。

 危険と言われる要因だが、これは簡単だ。

 俺は俺ゆえ唯一絶対。

 まるでこの渇望が具現化したかのように、本当に己の身で全てを終焉させることのできる力を持っているのだ。

 

 そしてそんな波旬には双子の弟がいる。

 名は覇吐。外見は波旬と似ておらず普通の人間で、性格も全くの逆。特に性に関してはどこぞの魔法使いより上であり変態な人間だ。

 ただ似ている点はと言うと、強いという一点のみ。本当に双子かと疑いたくなるが、この強いと言う点は本物で事実兄弟喧嘩でも波旬と拮抗するほどだ。

 

 その兄弟はメセンブリーナ連合の小さな村で生まれ、現在は独立できる立派な青年だ。

 独立できる……そう、波旬は光の如く独立したのだ。普通なら生まれて直ぐ一人になるはずだったが、親がそれを許さなかった。親にも波旬を生んだ責任がある。その責任を果たすため、波旬をなるべく成長させてから独立させたのだ。だが波旬は何度も親に逆らい、村から立ち去ろうとしたが、その度に弟の覇吐と喧嘩が勃発し、最終的に波旬を村に留まらした。本来なら波旬の圧勝なのだが、何故か覇吐だけには圧されてしまう。原因は不明だ。

 だがそれも昔の話。今では一人で独立できるようになった波旬は戦争中にも関わらず、深き森を悠々と歩いていた。

「あぁああ、ようやく一人になれる」

 波旬は長年夢見ていた展開が叶い、一人を謳歌できると思っていたのだが――

「……ようやく一人になれるのによォ……何で塵が俺に付いて来てんだよォォォオオオ!!」

 そう、波旬の直ぐ後ろには付き人よろしく、弟の覇吐が付いて来ているのだ。

「ウゼェくれェ永い時を我慢して我慢して我慢してェエ、ようやくゴミ屑共から離れることが出来ると思ったのによォ、何でテメェだけしつこく俺に纏わり付くんだァッ!?」

 振り向き様に拳を覇吐に叩き込むが、軽く躱す。もう覇吐にとって、兄の行動など手に取る様に分かるのだ。ただ今の拳の風圧により、周りにある森の木々が次々と粉砕されていく。本来なら風圧で覇吐の全身がズタズタになった上、吹き飛ばされるのだが、余裕の態度で覇吐は答える。

「そうかっかするなよ兄弟。母ちゃんが心配だってことで、俺を付けたんだ。譴責するなら俺に頼んだ母ちゃんにしやがれ」

「うるせェエ! んなもんに素直に従ってんじゃェ! だからテメェはいつまでたっても俺の成り損ないなんだよォ!」

「あ! 今の聞き捨てならねぇぞこのバカ兄貴! 何の教養も受けてねえくせによ」

「何だァ? 俺とやるってのかァ? 俺の成り損ないのくせによォ」

「上等だぁぁあああ! やってやらぁぁアアアア!!」

 短気な覇吐は背負っていた大剣を抜き、己の兄に斬りかかる。躊躇いも何もない。

 対する兄波旬も弟の覇吐に躊躇いなく殴りかかる。波旬の武器は己自身だ。

「このうんこ頭ぁぁぁああああ!!」

「この腐れ塵屑ゥゥゥウウウウ!!」

 瞬間、一発の衝撃が発生し、その余波により地図すら変えてしまう程に大地が破壊された。

 そして再び二撃目――次はお互いが全力になり、

「曙光曼荼羅ァ――八百ォォ万ゥ!」

「卍曼荼羅ァ――無量大数ゥ!」

 

 こうして大戦以上の被害が出るであろう兄弟喧嘩が始まったのだった。

 

   (∴)

 

 

 時を同じくして連合側の本国首都に、ある二人の人物が歩みを進めていた。

 一人は見た目普通の青少年であり、特に何の特徴もない人間だ。目立つ服を着ている訳でもなく、武器すら持っていない。

 ただもう片方は、異風と言う異風をビュンビュン吹かせていた。

 黒マントに、女のように長い髪。顔も特筆すべき点はないが、普通ではない何かがあると凡人でも分かってしまえるオーラを纏っているのだ。常に薄気味悪い笑みを絶やさず、周りの視線など意に介さずに首都の街内を進む。

 青少年の方は周りの視線が鬱陶しいのか、とりあえず真っ直ぐ周りを見ないで歩む。

 対する不気味な男は、まるで視認している位相が違うのか、上述通り全く気にしていない。

 そんな中、周りのことなぞ気にせずに、やや後ろを歩く青少年に語りかける。

「正直、荒事は苦手だが、これも女神マルグリットの願いだ。叶えない訳にはいかないだろう?」

「もう何回も聞いたよ。いや、何回も聞き返したい。どうして、こんな理由でこんなとこに来たんだよ?」

 黒マントの男に呆れ半分、失望半分で質疑する。

「愚問だな。女神であられるマルグリットがモニターを介して私に願望したんだ。戦争なんて早く終わってほしいとな。故、それを叶えるのは至極当然、当たり前のことだ」

 女神マルグリッドとは魔法世界一であろうアイドルだ。その美しさは例え人種違いであろうとも魅了し、老若男女問わず、絶大な人気を博している。

 そして黒マントはそのマルグリッドのファンであり、彼女のグッズ類は何からナニまで全て所有している。

 例えば普通に一般発売しているグッズは店舗買収し、出演コンサートなどは全て特等席+録画。そして此処から先があり得ない領域だ。彼はマルグリッドが居た空間の時間を停止させ、その空間を切断し所有しているのだ。

 文面だけでは訳が分からないだろう。簡単に言うと、マルグリッドの居た直後の残り香のある空間をいつでも体感できるようにしているのだ。勿論、それだけではない。マルグリッドの足跡からマルグリッドの触った物まで時間軸から切り離し、所有している。もう変態も逃げ出す変態である。

「さぁマルグリッドの夢を叶えるため、この下らぬ戦争に終止符を打とうではないか。マルグリッドが願うのなら、例えこの身が滅びようとも叶えてみせる自信がある」

「こいつを親だと信じたくない」

 ちなみにモニターを介してと言ったが、それは黒マントに言ったのではなく、モニターの前のみんなに言ったのだ。まぁ当然だ。

「さて、これから向かうは連合の本国中枢のような場所だよ。そこで私とお前は連合の仲間入りと言う訳だ」

「そんなうまくいくのかよ? 俺達みたいな怪しい奴をそう簡単に受け入れてくれるとは思わねえんだけど。最悪、監獄送りもあり得る」

 まぁ10対0、一切合切全て黒マントが怪しいのだが。

「心配には及ばん。私の実力を見せてやれば、赤子の手を捻るより簡単だ。それに言っただろ? 女神の願いを叶えるのは私にとって名誉ある至高の職務。その為なら、どんな試練であろうとも光の速度で突貫しよう」

 事実、確かに実力なら魔法世界最強だろう。

 前述で述べた通り、時間軸を簡単に操れ、空間すらも好きにできる。ただ、ほとんどの術の行使が女神へのストーカーに使われているため――術の無駄使いも甚だしい――全く魔法世界に知られておらず、無名も良いところなのだ。

「てか何で、連合側に付くんだ? 別に付かなくても単体で充分だろう?」

 ふと、生まれた疑問を吐く。

 それに黒マントの男が適当に答えた。

「まぁ連合側に付かずとも良いのだが、マルグリッドは現在連合側に滞在し、尚且つ連合の出身だ。故、連合側に付いた方が好都合であり、マルグリッドを直接護れるチャンスがあるかもしれない」

「あー、そうかよ」

 聞くまでもなかったか……と、心の中で呟く。

「あぁマルグリッド、我が女神よ。このような戯事(戦争)に心を苦しめていると思うと、私もとても苦しい。故に一刻も早くこの茶番を終わらせ、あなたの笑顔を拝まなくてはならない。それこそ私の求める渇望だ」

「うぜ」

 やや後ろを歩いていた少年は、ポツリと毒づき、やや後ろからかなり後ろに位置を変えた。

 何故なら――

「あぁマルグリッド、あなたに恋をした。あなたに跪かせていただきたい、花よ。あなたの為なら私は手となり足となり――」

 一人で、まるで祝詞のように歌いだす黒マント。こんな奴と一緒に歩きたくない。

 もう変態を超えた、言葉では表現しきれない〝変〟だ。目立つどころの問題ではない。

 その証拠にあら当然。連合の兵士だろうか、町民の誰かが通報し、取り押さえられてしまった。

 少年はやれやれと頭を抱え、兵士達に事情を長々と説明する羽目になった。前途多難だ。

 

 だが、これが後に『紅き翼(アラルブラ)』の一員として、人々から称えられるようになるのだった。




感想、ありましたらどうぞ。


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第二歌劇【出会い】

エクシズ様、AST様、軍勢様、赤の人様、感想ありがとうございます。

今回はネギまのキャラを登場させました。時間があまりなかったため、誤字脱字があるかもしれません。




 《1》

 

 メセンブリーナ連合の本国首都であるメガロメセンブリアにやって来た二人の人物。

 一人は魔法世界最強であろう人物――黒マントことメルクリウス。

 一人はそのメルクリウスの息子である――藤井蓮。

 二人はこの戦争の中、メセンブリーナ連合に付くため本国まで足を運んだ。

 運んだのだが……メルクリウスの女神に対する奇行により、連合側の兵士に拘束されてしまったのだ。まぁ遅かれ早かれ怪しさだけで捕まっていたであろうが。

 その時に藤井蓮は事情を適当に兵士に説明をしたが、メルクリウスの怪しさにはどんな言葉を適切に並べても効果はなく、最終的にメルクリウスだけ連行されてしまった。本来ならメルクリウスの力で楽々どうとでも出来たのだが、何もしなかったとこを見るに恐らく何か考えがあってのことだろう。

 そんな訳で、蓮は一人、街中に残されてしまったのだった。

 藤井蓮――イケメンに部類されるであろう顔立ちに、どこか女性めいた顔立ちもしている。

 そんな藤井蓮は連行された片割れに対して呆れていた。

「いつかは通報されると思ったけど、まさかこんな早く通報されるなんてな」

 街中を適当に逍遥としながら、連行されたメルクリウスに対してため息をつく。

 日時は昼頃。

 戦争中にも関わらず街は活気であり、戦争と言う雰囲気を醸し出してはいない。

「さて、どうするか」

 多分だが、どこかでメルクリウスが動き出すだろう。それを合図に自分も動けば良い。てかそうするしかできないし、それ以外する気が起きない。

 だったら今この瞬間、自分なりの日常を過ごそうと思う。

 藤井蓮は誰よりも〝今〟を大切にする。しかし、この〝今〟とは何の変哲も刺激もない平凡な日常のことを指す。それを円環の如く繰り返す日常……藤井蓮はこの刹那を何よりも愛しているのだ。

 それ故、面倒事や揉め事に争い事などの非日常を嫌う。この戦争も明らか日常から掛け離れた非日常だろう。だから蓮自身も――メルクリウスとは理由が全く違うが――この戦争がとっとと終わることを願っている。

 だけどまさか、自分自身から戦争に参加する羽目になるとは思ってもいなかった為、現在はどちらかと言うとご立腹状態だ。

「時間も時間だし、まずはどこかで飯でも食うか」

 現在は昼時。まだ昼食を摂っていないが故、少しだけ腹が空いている。

 街中の本格的な散策は後にし、先に食事をすることにした。

「とは言っても、どこで食うかな。無駄に沢山あるし」

 流石は首都と言ったところだろうか。

 様々な飲食店が建ち並んでおり、なるべく安価で腹を満たせる店に行きたい蓮に取っては面倒なのだ。

 通貨だが、父親に当たるメルクリウスがアイドルのマルグリッド関連に時間のほとんどを費やしている為、ニート状態も良いところだ。……ダメ親父の典型である。その為、お金がほとんど無いのだ。先でメルクリウスはマルグリッドのグッズを大量に所有していると言ったが、新商品が発売するや否や何処からか不気味なくらいの大金を持ってくるが、この件には触れないでおいている。

 そして蓮は自分の金を稼ぐため、適当な店の手伝い(俗に言うバイト)や、小さい村の依頼(竜退治など)などをして生計を立てている。

 特に悪竜退治なんかでは大量の賞金を稼ぐことが出来ていた。故に蓮の懐は暖かいのだが、もしもの時の為になるべく多く残しておきたい。金は貯金派だ。

「安い飯屋はっと」

 歩みを進めながら色んな飲食店を見ていく。

 そんな時だった――

 

「おい、そこの貴様」

 

 ふと、背後から誰かに声を掛けられた。

 声音からして女。それも少女くらいの幼い声だった。

 迷子かと思い、後ろを振り返った藤井蓮の目に映ったのは、目立たない外套で全身を包み、フードを深く被った少女だった。

 迷子……ではない。

 ……異様だ。外套で姿を隠しても、その異質性までは藤井蓮の目から隠すことが出来ない。

 まず感じたのは魔力。隠しているつもりだろうが、蓮ほどの実力者ならそれを見通すことが可能だ。そしてこの目の前の少女の魔力はそこらの魔法使いより桁外れに高いのだ。

 次に感じたのは異質性。ただ魔力が高いだけではなく、別の何かを感じる。それが何なのかは分からないが。

「随分と面白い魔力をしているな。貴様、何者だ?」

 少女がフードの影から鋭い眼光を発し、上から目線で尋ねてきた。

 その質問に、蓮は少し訝しむ。

 ――こいつは、俺の力に感づいたのか?

 今まで蓮の未知なる力に感づいた奴など、ごくごく少数である。

「他人のことを聞く時はまず自分からだろう」

 少女の眼光……並の者なら怯み上がるであろう威圧感だが、蓮にはそのような威圧など通じず、逆に言い返した。

「ほう、この私の圧迫に一切慄かないか。やはり、ただ者ではないな。良いだろう、教えてやる。私の名は――」

 少女は笑みを零しながら、悠然と名乗る。

 

「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――知らないとは、言うまいな」

 

    ( `Д´)=>)3')シンニアイスルナラコワセェ

 

 蓮が少女――エヴァンジェリンと対峙している頃、大人しく連行されたメルクリウスは兵士達を束ねる兵士長に会っていた。

 何やら豪勢な甲冑を身に纏っており、若干ながら凄みがある。

 確かに戦いの長には相応しい人物だろう。

「ふむ、お主が通報された者か」

 物々しい態度で目の前に立つ黒マント――メルクリウスに語りかける。

 現在メルクリウスは軍備施設の一室に居た。外の綺麗な景色が存分に見れるようにか、まるで一流ホテルの一室のような感じがする部屋だ。軍備施設のような重苦しさが全くない。

「如何にも。ですが私はあなた方の思うような怪しい者ではございませんよ」

 慇懃な態度で答えるメルクリウス。怪しさ満載だ。

「どちらかと言いますと、私はあなた方の味方側になります。ああ心配せずとも、敵国の諜報機関や密偵などではございませんので安心してくれたまえ」

 そのセリフに兵士長が眉を顰める。

 この怪しい者が、急に自分達の味方と言いだしたのだ。一体、何を言いたいのか、いまいち解せない。

「我らの味方とな。それは今日から我々と共に戦うということかな」

「然り。その為、この地を訪れたのですが、まさかこのような粗放な扱いを受けるとは思いませんでしたよ。随分と暇なようだ」

 物々しい態度とは逆に、戯れているような口調で答える。

 その態度に苛立たないのは、流石は兵士長と言ったところだろう。

「ふむ、ではお主の名を聞こうか」

 最初は間者と一瞬だけ疑った兵士長だが、直ぐに氷解した。

 もしこいつが間者なら、こんな通報されるレベルの目立った姿で首都には来ないだろう。だが、目立つと言う行為が布石かもしれない。こいつ自身が欺瞞に満ちた存在なら、危険だ。即刻排除したいところだが、本当にただ入隊したいだけかもしれない。

 それに男には黙っているが、この部屋には数々のスパイを見破る魔道具が設置してある。それが反応しないのを見るに、恐らくそういった者ではない可能性が高い。

 なら、後は示してもらう他ない。

「カール・クラフト=メルクリウス。無名の魔法使いですよ」

「そうか。確かに聞いたことのない名だ。……と、申し遅れた。私は第二師団長を務めるギルベルトと申す」

 お互い名乗る。

 そして再び兵士長ギルベルトが質疑する。

「メルクリウスよ、お主が本当に我が連合の兵になるのなら、その忠誠を見せてみよ」

「良いでしょう。して、その内容とは?」

 常時、慇懃な態度で兵士長に答え続け、遂に最後の言葉を吐く。

 こんなに早く最後に至るのには、理由がある。端的に言うと、一人の魔法使いにそれ程時間を費やしたくないからだ。今は戦争中。無駄な時間は災禍を漏洩させる。

「現在、優秀な戦士であるナギ・スプリングフィールド、フィリウス・ゼクト、青山詠春、アルビレオ・イマ、ジャック・ラカンの精鋭五名が連合側で起きている、謎で奇怪な戦を抑制しに向かっている」

 連合側で起きている戦……奇しくもそれは波旬と覇吐の単なる兄弟喧嘩なのだが、遂に国が動き出す程のレベルに達しているようだ。

「お主には、そこへ向かってもらう」

 

    (∴)

 

 ほぼ同時刻、ナギ一行はその戦の地へ赴いていた。

 場所は連合南部、エリジウム大陸のケルベラス大樹林だ。広大な大樹林で、人間世界のアマゾンなど目じゃない広さと自然を誇る。綺麗な湖や滝などもあるが、野生の飛竜や魔物も沢山いるため、危険が伴う場所だ。

 現在、そんな場所で戦をしている馬鹿共を抑制するため、ナギ一行は向かっているのだ。

「ったく、帝国からの侵攻を阻止し破壊した途端にこんな任務かよ。良い加減、少しは休暇がほしいぜ」

 ナギは飛行しながら愚痴を零す。

 実際、アルギュレー・シルチス亜大陸侵攻の阻止任務をほとんど休み無しでやり通し、結構疲労も溜まっていたのだ。愚痴の一つや二つ、仕方ないだろう。

「フフ……まぁそう言わずに。これも裏を返せば、私達は随分と連合側に信頼されていると言うことですよ」

 アルがナギを慰めるように言う。

「なら、信頼されすぎるってのも困りもんだな。こんなことなら任務の一つや二つは失敗しておくべきだったか?」

 冗談のようで冗談ではないように言うので、対処に困る。

 瞬間、後ろから張り手よろしく後頭部をドスンと叩かれた。

「いてぇっ! 何しやがるジャック! 効果音がドスンだったぞオイ!」

 涙目で叩かれた後頭部を摩りながら、ラカンに怒鳴るナギ。

 ラカン――ヘラス族の傭兵剣士。今はナギ達と共に戦う一人である。筋肉体質であり、それに見合った実力を持つ。ナギとはライバルと言う仲だ。

 そして叩いた本人であるラカンは笑いながら答える。

「無駄だぜナギ。俺が居る限り、例えどんなことがあろうとも、失敗なんて二文字は存在させねえよ!」

「あぁ、何言ってやがる! 今までの任務のほとんどの功績は俺のお陰じゃねえかよ!」

「はぁ!? 嘯ってんじゃねえぞ! 俺が居なきゃ今頃お前なんざ、病院のベッドの上でおねんねなんだぜ!」

「ああ! だったらてめぇなんて俺が居なきゃ今頃棺桶の中で永眠してるぜ!」

「言うじゃねえかよ。だったらお前なんざ今頃天国に――」

 ラカンとナギが見苦しい争いをしている中、詠春は頭を抱えていた。

 ――これから戦場に行くというのに、一体何をしているんだこの二人は?

「緊張感がないのじゃ。いつものことじゃよ詠春。気にするな」

 詠春の心中を察し、ゼクトが言葉を吐く。

 ゼクト――身体は10歳前後といった少年だが、齢は百を超える。ショタジジイと欲に言う。しかも彼はナギの師匠でもあり、最強に部類される魔法使いだ。

「そうなんですがね。しかし戦いの前の緊張感は、戦士にとって大切なもの。……そう、この二人は戦士にとって大切なものを一切分かっていないんだ。何度この二人に言っても分かろうとしない」

 詠春は頭を痛め、

「たく、こうなったら、ちょうど良いでしょう」

 急に声色は氷点下に変わり、

「ブチ殺……間違った。粛清しましょう」

 瞬間、詠春が野太刀――夕凪を抜き闘志を燃やす。

 詠春――神鳴流剣士の使いであり、実力はラカンにも劣らない。別称は鍋将軍であり、鍋を詠春と食す場合、詠春に逆らうことができない権力を持つ。

 そんな詠春が刀を手に、一閃……ラカンとナギの合間に斬り込む。

「うおっ、何しやがる詠春! 危ねえじゃねぇか!?」

 ナギが少し後ずさりながら喚声を上げる。

 後少し前に動いていたら、今の一太刀で真っ二つだったのかもしれないのだ。

「フ……フフ……前々から思っていたのですよ。お前達には少し、否徹底的に灸を据えた方が良いとな!」

 黒い影が詠春の面を覆い尽くした。

 どうやら頭が沸騰したようだ。

「おいおい待てよ。今は身内で争ってる場合じゃないだろう」

 対してラカンが随分と理屈にあった発言をする。

 流石のラカンも詠春の恐ろしさは熟知している。逆に言えば弱点も知っているが、同じ手が何度も通じる相手ではないだろう。故、もし暴れたら止めるのに手こずる。

「遅い。反省なら後でしろ」

 言った刹那、詠春がナギとラカンに襲いかかった。

「一度熱くなった詠春は止められませんね」

 アルが微笑みながら、三者の争いの光景を眺める。

 アルビレオ――年齢不明。後記より600は超える。悪ふざけが好きで、何を考えているか分からない。慇懃な態度を取るが、その裏かなりエッチな性格をしている。

「阿呆共が。詠春まで暴れては、意味がないじゃろうに。斡旋すると思ったが、まぁ半分は予想通りかの」

 ゼクトは無表情で、バカを見るような目でバカ共を見る。

 それにアルが楽しそうに答える。

「まぁよろしいではないですか。ちょっとした休暇ですよ」

 

 

 《2》

 

 藤井蓮はメルクリウスから何らかのアクションが起こるまで、自由気ままに街を散策していた。途中、現在が昼頃だと気づき食事を摂るため、飲食店を探し歩いていた。そんな時だった――

 蓮に普通ではない、ある少女が接触してきたのだ。

 一体誰なのかも、何の目的があって接触してきたのかも不明。

 そんな怪しい少女と蓮は現在……流暢にも同じ飲食店のテーブルで食事を摂っていた。

「……ん」

 蓮は適当に皿に盛られた料理を食しながら、目の前の少女を見る。

 フードはさっきよりも浅くなった御蔭で顔は見える。外套で隠れて分からないが、恐らく金髪のロングだろう。本当、まるで人形のような美しさがあり、欠点がまるで無い。顔立ちと体格からするに10歳程度だろうが、何らかの魔法か特性でこんな姿になっているのだろう。何故なら――

 エヴァンジェリンと、この少女は名乗った。エヴァンジェリンと言えば魔法世界では「闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)」、「人形使い(ドール・マスター)」、「不死の魔法使い(マガ・ノスフェラトゥ)」、「悪しき音信(あしきおとずれ)」などの様々な異名を持ち恐れられている。しかも600万の賞金首でもあり、まず魔法世界では知らぬ者が居ない程の悪名高い魔法使いだ。そういうのに全く興味のない蓮でも知っているくらいなのだ。

 だが、そんな賞金首がこんなとこで、しかも自分に声をかけてくるとは、一体どういう了見なのだろうか?

「なぁ、流れで一緒に食事をしているけど、一体俺に何の用なんだ?」

 蓮は口の中の食物を飲み込み、エヴァンジェリンに向かって口を開く。

 対するエヴァンジェリンはステーキを一口サイズの大きさに切り、それを頬張る。そして咀嚼した後、胃に通し、蓮の質問に答える。

「ふむ、当然の質問だな。だが、今は食事を楽しもうではないか。食事中に、そのような質問に回答を出すのは好きではないのでな」

 再び肉を慣れた手つきで切り、口に運ぶ。

「……なら食事中に話すに相応しい話題を出してやるよ」

 蓮はお冷を一飲みし、口を開いた。

「お前の趣味は何だ?」

「……随分と面白くない話題だな」

「良いから答えてくれよ。お前みたいな遍歴の持ち主が何を嗜むのかに興味があるんだ」

「成程、まぁ興味を持つのも無理はないだろうな」

 最初は陥穽に巧く陥れるつもりの質問が来るかと思ったが、随分と唖然とさせる話題を持ち上げたのに多少驚いたエヴァンジェリン。

 この程度なら答えてやっても良かろう――と、エヴァンジェリンは飲み込み答える。

「そうだな、最近は旧世界の日本と言う和の国に興味がある。日本の景色……あれは中々捨てたものではない。この私の心を和ませてくれるからな。他にも日本独特の茶や囲碁も愛好している」

「日本か、聞いたことのない国だな。そんな良い場所なのか?」

「ふむ、まぁ悪くはないとだけ言っておこう。興味があるなら一度行ってみると良い。さて、次は私が質問をしようか。逆に貴様の趣味は何だ?」

 質問返しとはこのことだ。

 蓮は特に趣味が無いため、答えれるとしたら一つだけだ。

「小遣い稼ぎ……かな。暇な時に適当な店の手伝いとか、小さな村の依頼を受けて賞金稼ぎ何かをしているくらいだ」

「ほう、小さな村の依頼は大抵危険な物が多いと聞くが?」

「まぁ悪竜退治や盗賊退治あたりは危険だろうな」

「成程、確かに危険だ。して、その依頼成功率は?」

「今のとこは100%だ」

 軽い調子で蓮は答える。

 悪竜退治なんかを単体で成功させる魔法使いはそう多くない。故、それだけで蓮の実力は推測できるだろう。

 エヴァンジェリンはそれを聞き、笑みを零す。

「フフ。やはり、ただ者ではないな小僧」

 エヴァンジェリンはナイフとホークを置き、布巾で軽く口元を拭う。

 食事が終わったようだ。

「さて、食事も終えたことだし、先の質問に答えてやるとしよう」

 先の質問……それは自分に一体何の用なんだと言う問いだ。

 食事中には答えたくないとのことだったが、食事が終わったため答えてくれるようだ。

「貴様に接触した理由はただ一つだ」

 エヴァンジェリンは一拍の間を置き、口に出す。

 

「貴様は――メルクリウスと言う男を知っているか?」

 

 その質問に蓮は眉を顰めた。

 自分の親父と言う点もあるが、それ以上に少女はメルクリウスの名を口にした途端、一瞬だけ殺気を放っていたのだ。

 まるでメルクリウスが忌名でもあるかのように。

 恐らく自分が一瞬だけ眉を顰めた為、少女エヴァンジェリンは何かに感づいたであろう。正直に自分の親父と言うのは危険だと察知した蓮は、途端に出た嘘を答える。

「知っている……と言いたいところだが、生憎と名前しか聞いたことはない」

「……本当に、それだけか?」

「何でそこまで追求する?」

「私にとって、あの男は私の全てを狂わせた奴だからだ」

「……どういう意味だよ」

「いや、知らないのなら話す意味はなかろう」

「だったら、どうして俺に接触したんだよ。メルクリウスって奴のことを聞きまわるなら、俺なんかと食事する意味なんて無いだろ?」

 メルクリウス……自分の父に当たるアイツがエヴァンジェリンに何をしたのかは分からないが、それを聞くためだけに自分と食事をしたと言う理由だけでは全く釈然としない。

 他に理由があるはずだ。

「そうだな、今のはちゃんとした回答にはなっていないだろう。まぁ答えなど簡単だ。奴が貴様にソックリだったからだ」

 その台詞に、蓮の心の中で何かが壊れる音がした。

 ――似ている? あの変人と自分が似ている……?

 確かに父に当たる人物だから多少似ていても仕方ないと思っていたが、正面からいざそう言われると落ち込み度合いが洒落にならない。

 だがそこで表情に出したら何かを勘付かれかねない。故、外面には出さず内面で盛大に落ち込む。

「まぁ他人の空似と言うやつだ、気にすることはない」

「あ、ああ、そうだな。気にすることなんて……ないよな」

 そうだ、気にすることなんてない。例え似ていても、あくまで外見であって質は全く違う。

 人付き合いは良いとは思わないが、小さな村での依頼を成功する毎に色んな村人と信頼関係を得ることは出来ている。あんなアイドルの尻ばかりを追いかけている親父とは違うのだ。

「……貴様、先程から随分と心を乱しているようだが、もしや何か知っているのではないか?」

「ッ!」

 ――しまった、動揺しすぎたか!?

 蓮は強引に、あくまで平静を装いエヴァンジェリンに向けて咄嗟の言葉を吐いた。

「いや、ちょっとある事を思い出したんだ。昔、村人からメルクリウスって野郎に苦しめられた人が居るって話を小耳に挟んだことがあったなって」

「そうか、その人には多少同情するな。あの男は正に下衆と言う単語が服を着て歩いているような奴だ。この私ですら吐き気を覚えさせるほどのな」

 どんどんメルクリウスが悪者になっていく。

 だがまぁ、元々良い人間ではなかったから、全く心が痛まない息子――蓮であった。

「……なぁ、お前はメルクリウスに何をされたんだ?」

 ここまでメルクリウスを憎んでいるには、何かとんでもない理由があるのだろう。

 そうでなければ、魔法世界の大犯罪者に恨まれることなどないはずだ。

「ふむ、貴様にこれ以上のことを言う筋合いは無い……が、そうだな、貴様、明日時間はあるか?」

「え、多分……」

「そうか。もし時間があれば、明日の夕刻に本国東の外れの広場に来るが良い。面白いものを見せてやる」

「面白いもの?」

 では……と言い、エヴァンジェリンは立ち上がる。そして伝票を持ち、

「ここの支払いは私がしておこう。勝手に食事を共にした埋め合わせだとでも思ってくれ」

 男らしい台詞を残し、そのまま行ってしまった。

 一人残った蓮は、さてどうしたものかと頭を悩ます。

 恐らく時間はあるだろう。そして気になる。あの魔法界で恐れられるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルに自分の親父であるメルクリウスが一体何をやらかしたのかが。

 だが相手は大量殺人鬼。もし、無いと思うが、エヴァンジェリンが自分を殺そうと襲いかかってきても、対抗できる自信は充分にある上、最後に言った面白いものってのも気になる。

 日常を非日常に自分から変えてしまうのも癪だが、時既に遅い。

 だったら――行ってみる価値はあるだろう。

 

 こうして、藤井蓮の心は決まったのだった。

 

   (∴)

 

 ナギ達が喧嘩という休暇を始め、約一時間……

 ようやく歩みを再び進め、抑制の任務を再開した。

 距離にして後数百Km。普通なら何日と掛かる距離だが、この五人からしたらそんなに無駄な時間なぞ掛からない。

 故――到着までに言うほどの時間はかからないってことになるのだ。

 

「……島がなくなってやがる」

 まず皆が感じたのは敵の恐ろしさ。まだ通達されてそれ程の時間は掛かっていない。なのにエリジウム大陸に沢山点在する小島が次々と無くなっているのだ。

 元は無人島だった為、人身による被害はないだろうが、放っておけばエリジウム大陸そのものが危うくなる。

 これは急いで抑圧せねばならない。

 そして同時に五人は見た。

 一つの島で戦り合う二人の男。

 一人は赤毛で麻呂眉が特徴的の、体格の大きい男。片手には自分の背丈くらい大きい大剣を手に持っている。魔法界では見ない豪奢な服装をしている。

 もう一人は、片方とは対照的な痩身の男。緩やかな白い衣だけを身に纏い、金髪の髪が炎の如く逆だっている。そして何より目に付くのは、額にある三つ目の瞳。三つ目なら魔法界では珍しくないが、あれからは何か得体の知れない何かを感じる。

 そんな二人が、二人だけで一対一の戦いをしているのだ。

 魔力は感じない。あの赤毛の方からはとんでもない魔力を感じるが、逆に痩身の方からは一切何も感じないのだ。

 解せない。あれは一体何だ?

 五人は今まで出会ったことのない未曾有の敵を前に、臨戦態勢に入る。

 そう、分からないのなら、戦って知れば良い。

 

 ――さぁ、任務開始だ。



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第三歌劇【波旬VSナギ一行】

AST様、紅 幽鹿様、感想ありがとうございますm(_ _)m

駄文です。
これを書いているとき、波旬VSメルクリウス・蓮・覇吐・ネギまキャラ総軍の構図が頭に展開されました。



 メルクリウス――愛するアイドル・マルグリッドの為、戦争を終結させようと動いた魔法使い。

 そこでマルグリッドの出身滞在の場であるメセンブリーナ連合に付くため、本国首都であられるメガロメセンブリアにまで息子を道連れにしやって来た訳だが、自らの奇行により幸先が悪く連合側の兵士に捕まってしまった。

 そして、捕まった先でメルクリウスは兵士長の軽い尋問により、これより自国側に起きている戦を抑制しに向かうことになったのだ。

 

 抑制場所は連合南部、エリジウム大陸。大陸の周りには沢山の無人島が点在し、その無人島群を破壊しながら戦が行われているらしい。

 勢力は不明。数も敵勢力か否かも全てが未確認。

 その場には現在、少数精鋭の五人が向かっている。

「……とのことだ、我が息子よ」

 と、メルクリウスは息子――藤井蓮に事の事情を説明した。

 あれからメルクリウスは息子の元に向かい、これからのことを適当に言ったのだ。

「はぁ~、いきなり面倒事か。しかも結構な遠出ときた」

 蓮は深くため息をつき、空を仰ぐ。

 雲は自由だ。いや、風に支配されていると言って良いが、同じ日常を円環できている。蓮はそんな人生を願っているのだが、目の前の男が台風の如くそれらを乱していくのだ。

 現状の藤井蓮はそんな感じだ。

「案ずるな我が息子。そのような距離、時間軸を多少弄れば一瞬のことさ」

「そういう問題じゃねえんだけどな」

 その間も蓮は考える。

 メルクリウスは一体、あのエヴァンジェリンに何をしたのだろうか?

 一度は問いただそうかと思ったが、この男のことだ。どうせ忘れているのだろう。

 例え覚えていたとしても、この男が素直に吐くとは到底思えないし、どうせ明日になれば分かるのだ。なら、ここは聞かないでおいたほうが良いだろう。

「では、向かおうか。女神を咲かせる礎を創りに」

 

   (∴)

 

 ――あぁ、うるさい、うるさいぞ。塵芥が何か分からないことを囀っている。

 波旬VS覇吐の兄弟喧嘩を止めるべく、ナギ一行はまず適当な攻撃魔法を放ち、動きを抑制した。

 覇吐はその攻撃魔法により素直に攻撃を止め戦闘意欲が無くなったのだが、対する波旬は塵が湧いて出てきたような怒りに苛まれた。

 その後、ナギ一行は二人に対し、何かを言っているようだが、波旬には何を言っているのか分からない。

 認識としては、塵芥が何か意味不明なことを呟いている程度。

 故、耳に入ってうるさい。

 ――黙れ黙れ黙れ、あぁああ、うるさいぞ。俺以外の人間が、俺に語りかけてくんじゃねェ。

 波旬は自分以外の物を、森羅万象三千大千世界全てを忌憚する。

 故、これから行われることは決まっている。人が塵掃除するのと同じことだ。

 

 ――滅尽滅相ォォーー!

 

 自分以外の物、全てを滓も残さず消し飛ばす。

 それが波旬の渇望であり、道理だ。だが、その渇望は人間なら誰しも少なからず抱くであろう。しかし、こいつの場合、質が悪く、それが究極系にまで達しているため、救いようが微塵も無い。

「ッ!」

 波旬の異変にまず反応したのはナギとラカンだった。

 今、二人に事の事情を説明した上で尋問しようとしていた詠春。赤毛はまいったなと、困り果てていたが、対する金髪の方は何も聞いていなかった……と言う態度だったのだ。

 それ故、ナギとラカンは金髪の男だけを注視していた。否、違う。あの男からは何か感じてはならない、形容しがたい力を感じ取っていた。

 これはナギやラカンのような野生の本能に近い性質があったからだ。

 だからだ。だから……

 

 波旬の初撃から、奇跡的に、本当に奇跡的にみんなを命の危機から救い出せた。

 

 ナギとラカンは殴るに近い行為で、荒くも仲間三人を危機的射程から吹っ飛ばし、二人も緊急回避を行った。

 見えなかった。反応できなかった。兆しすらなかった。

 あの三人が、連合屈指の戦士である三人が、全く一切合切反応できなかったのだ。

「ッ! 一体何だ今のは!?」

 ナギが恐怖の表情を露にしながら叫ぶ。

 本当に、今の一撃を避けきっていなかったら、五人全員、恐らく跡形もなく消し去っていた。

 命の危機。

 今までナギは何度とその危機から回避し、勝利を掲げてきた。だが、今回は違う。

 こいつは、敵国よりも桁外れに恐ろしい。化物……何て安い単語では表現しきれないくらいだ。こいつと戦うくらいなら、敵国相手に一人で挑んだほうが、何千何万倍と生きて勝利の二文字を提出できる確率が高いだろう。

 そんなレベルの相手だ。

「考えるのは後だバカ野郎ッ!」

 ラカンが比較的冷静に、金髪男を観察する。

 あれには勝てないと、戦ってはいけない、同じ次元にいてはいけない、逃げろ逃げろ逃げろとラカンの全細胞が警報を響かせている。

 対する三人はいきなりのことに、当惑していた。

 何たって、三人は感知できていないのだ。今の波旬の初撃に。

「おい、ナギにラカン、何をするんだ!」

 詠春は二人に怒鳴るが、二人は反応しない。

 それに対し二人の態度がおかしいことに気付き、詠春は改めて状況の異様さに感づく。

 アルもゼクトもほぼ同時に、現状がただ事でないことに感じ取る。

「どうしたのじゃ?」

「お師匠、注意してください。あの金髪の男は危ない。危なすぎる」

「危ない? 要領を得んの」

「とりあえず危ねえ! 一旦引くぜ! 下手に戦えば、全滅は免れねえ!」

 恥も外聞も気にせず退却。

 ここまで取り乱したナギを、他のメンバーは見たことがなかった。それが故、今この場が、どれほど危険なのかを明快に物語っている。

 そんな中、覇吐は――

「おいバカ兄貴! 何いきなり喧嘩売ってんだよぉ! 相手は国の恐らく偉いお方だぞ! 旅立って数日で指名手配なんてやめてくれよぉ頼むから!」

 必死に波旬を羽交い締めにする。

「テメェ何気持ち悪ぃ身体で俺に触れてんだァ!」

 波旬がじたばたと暴れる。それだけで震度7。マグニチュード8.0くらいは計測されてもおかしくはない。

 それを覇吐は気合気概だけで抑えきっているのだ。流石は兄弟である。規模が違う。

 だが、それも直ぐに終わった。

「離せェェェエエエエエエ!!! 穢らわしいんだよ畸形がァァァァアアアアア!!」

「うおぁぁああああああああ!!」

 背負投げの要領で、魁傑の覇吐を投げ飛ばした。

 それも運の悪いことに、

「あいたッ!」

「ぶへぇ」

 放出されたミサイルよろしく覇吐に激突した詠春は、濁った声を上げそのまま地へ倒れてしまった。

「あぁああ、そうだ、そうなんだよ」

 波旬は自虐するかのように呪いの言葉を吐く。

「俺以外、消えてなくなれ。宇宙(ここ)には俺だけ在ればいい」

 波旬の未知なる力が文字通り膨れ上がる。

 その密度、ナギ達のような高位魔法使いでなければ存在そのものが滅されている。だが、その密度にあくまで耐えているだけなので、未知なる力がナギ達を覆滅しようと圧を常時浴びせかけられている状況は変わらない。少しでも気を抜けば、その時点で終わる。

「オオオオオオオオオオオオオオ!!」

 真っ先に動いたのはラカンだった。

 恐らくもう逃げられない。例え勝利の女神が自分たちに微笑もうが、神が味方しようが、あれからは逃げられないし勝てない。

 ならすることは一つだ。否、悪あがきに等しいが、もうこれしかない。

 一瞬でも、ほんの刹那でも、隙を生みそこから逃げ出す。それしかできない。

 ――『千の顔を持つ英雄(ホ・ヘーロース・メタ・キーリオーン・プロソーポーン)』

 ラカンのアーティファクト。無数のあらゆる種類、大きさの武器がラカンの周りに現れる。

 透かさず烈風のように、ラカンが大きい剣を質量なぞ無視し、波旬に飛来させた。

 大剣の弾幕。これを目の当たりにすれば、どんな者も腰を抜け大剣のシャワーを浴びることになるだろうが、相手が相手だ。そんなこと、一切考えない。

 乱れ打つ大剣が大地を吹っ飛ばし、島を破壊する音響が流れる。土煙が激烈に覆い、波旬が視界から遮断される。

「今だ! 引くぞ!」

 ここは敢えて逃げると言う単語は吐かない。それはラカンが最後に残した矜持だろう。

 だが――

「くくく、うははは、あはははははははは!」

 悪魔の笑い声が、世界に木霊する。

 瞬間、波旬を覆っていた土煙は強風に煽られるように晴れ、そこから無傷の波旬が姿を現す。

「なんだ今のはァ、玩具の武器か? テメェは玩具で誰かに戦いを挑むのかァ? 随分と戯れが好きなんだなァ、呆れかえるぜ」

 嘲りにも似た調子で、ラカンの矜持を悉く破壊していく。

 波旬に取っては塵掃除。例え神だろうが、覆滅したいと思えばしてしまえる領域に立つ男だ。そんな男に、一人の魔法使いが勝てる道理など何処にも存在しない。

「おうちに帰って醜く遊んどけよガキ、そっちの方がお似合いだぜ――うわはははははははははははは!」

 相手は塵掃除をるする程度の認識だが、ナギ側は宇宙の存亡が懸かった戦いのような心理状態にある。そんな中で、万善に戦うのは厳しい。

「詠春を担いで下がってろジャック! 行くぜアル!」

「ええ」

 ナギとアルが前に出る。

 あれに普通の手段は通じない。小細工を仕掛けるのが賢明なのかは分からないが、今はこの戦法で行くしかない……と、ナギは付け焼刃で思いついた作戦を実行に移す。

「百重千重と重なりて走れよ稲妻(ヘカトンタキス・カイキーリアリス・アストラプサトー)――」

 普段のナギならメモ帳を見ながらの詠唱になるのだが、敵が膨大すぎるためのプレッシャーか、頭の中に自然と詠唱が浮かんできた。

 故、発動に時間が掛からなかった。

「『千の雷(キリアキプル・アストラペー)!!』」

 波旬に強力な雷撃が直撃する。今の雷撃一発で巨人体を十体以上なら軽く倒せてしまえるクラスだ。

 だが波旬はそこまで矮小ではない。

「ああ……今のが全力か?」

 無傷。汚れすら付着していない。

 もう、今になっては驚かない。もはや当然の理として捉えてしまえる。

 そして、これでは終わらない。

 ――瞬間、波旬の真上に巨大な暗黒球体が現れた。

 あれは重力を内包した球体。アルが得意とする重力魔法だ。

「目障りだぞ。消えてなくなれ」

 纏っている質量だけで、重力魔法を糸も容易く消滅させてしまった。

 これが波旬。自己愛に満ちた存在。自分以外の存在など全てが塵。それは人間だけではなく、森羅万象のモノ全てに当てはまる。勿論、魔法も例外ではない。

「まだだ! 俺の魔力! 全部テメエにぶつけてやらぁぁあああ!!」

 ネギは攻撃を止めることなく、雷撃魔法を瀑布の勢いで連射する。

 一発一発がそこらの魔法使いの総合魔力値に匹敵する程の力を有している。しかも威力は下手に拡散させず、一点に威力を留めた連撃。

 更に、追撃をかけるようにアルも動く。

 重力魔法による総攻撃。重力を内包した暗黒球体を無数の小惑星の如く点々とさせ、そこから流星群のように降り注いだ。

「熱くなりすぎですよナギ。まぁ、あれを前に冷静でいられる方がどうかしていますがね」

 鼓膜を裂くような、爆発にも似た轟音が島に響く。

「チィッ、舐めんなよナギ! 俺がこの程度で引くと思ってんなよゴラァッ!」

 ああ、分かっていたさ。ラカンはこの程度で心が折れたりしないことを。

 千の武器をラカンは今まで以上に早く、更に効率よく操り攻撃に加わった。

 ドゴォォオオオオン!!――と、凄まじい破壊音は上げ、今ので島が半壊する。

 それ程の攻撃でも波旬は……

 無傷なのだ。大陥没した立ち位置に、宙に佇むように立っている。陥没した大地には、滝のように海水が轟々と流れている。

「滓共が。群れてもこの程度。あぁ宇宙にはこの程度の矮小な雑魚しか存在しないようだなぁ。良いぜ、俺の天狗道の完成は思っていた以上に早く進行しそうだ」

 天狗道とは波旬の夢。それは一言で言うと、自分以外の森羅万象滅尽滅相。もしこんな夢を叶えてしまえば、全てが終焉を迎える。他人が発せば妄想に等しいが、波旬程の力と極大の自己愛が言えば、笑い話では済まない。

 だが波旬には邪魔な弟――覇吐がいる。何故か、覇吐にだけは手こずる。原因は勿論不明だ。

「はっ、舐めんなよ。お師匠!」

「分かっておる。そう急かすな」

 そう、今までの攻撃はあくまで時間稼ぎ。

 本当の目的はここにある。

「封印と結界の二重奏じゃ。舐めるなよ小童風情のガングロ。ワシの今までの轍に、お前のような阿呆は幾人と見てきたわ」

 ゼクトが余裕の笑みを浮かべ、数々の魔法陣を曼荼羅のように展開していく。

 封印の魔法陣と結界の魔法陣……そして更にはもう一つ、隠し玉も用意してある。

 これぞ三重奏。例え相手がどれほど強くとも、これから逃れることはできない。出来るはずがない。

 空間の趨勢が一気にナギ達へと傾いた。所詮は数年しか生きていない波旬。ゼクトは波旬より何倍も場数を踏んでいる上、経験値も高い。

 例え相手がどれくらい強かろうとも、ゼクトにその対策手段が無いわけがない。

「行くぞ。今瞳に映る光景が、お前の最後じゃと思え」

 ゼクトは小声で、何かを呟く。だがその言葉が何て言っているのか分からない。まるで位相の違う言語のように。

「――『不変銀河(アエテルヌ・ギャラクシス)』」

 永久時間停止の宇宙が波旬を包み込む。

 これはゼクトの持つ封印系最強の魔術。これに包まれたら最後、永劫解くのは不可能であり、封印された対象は不変の時間の中を永遠に眠り続ける。

 そしてまだ終わりはしない。

「――『罪人の煉獄なる祭壇(クリミ・プールガートリーウム・オン・ヴォモス)』」

 紅き閃光が迸り、波旬の周囲を取り囲む。

 念入りに叩き込むは結界魔術。波旬を結界内に閉じ込め、封印そのものにも結界を張ったのだ。この結界は単なる力や結界破壊などでは破壊不可能。故、やろうと思えば死ぬまで対象を閉じ込めることが可能だ。

「……それだけじゃないぞ」

 ラスト……ゼクトが魔法陣に付加させた力。

 それは波旬の持つ力という力の概念を全て消滅させる魔法。上記二つの魔法は禁忌に値するが、この付加魔法も禁忌に入るであろう魔法だ。

 相手の持つ異質な力を含めた全ての力の概念を覆滅する。喰らえば、死は免れない。生命力も何もかも含まれているからだ。

 

 ――瞬間、波旬が暗黒の宇宙に飲み込まれて消え去った。




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第四歌劇【任務終了】

軍勢様、AST様、ブラッディ様、感想ありがとうございますm(_ _)m

今回は結構無理矢理感があります。
とりあえず早く書かないとと思い書きました。まぁ戦いも終わりは随分と静かと言うか、呆気ないということですね。

それに早く日常パートをゆっくりと書きたいですし(;´Д`)
まぁ最後だけ衝撃の展開にはなりましたが。


《1》

 暗黒の宇宙と共に消え散った波旬。

 暗黒宇宙とは不変の銀河を意味し、それが非物質だろうがなんだろうが、全ての存在を永遠の宇宙に封印する奥義の中の奥義であり、禁忌の中の禁忌でもある封印魔法。

 そんな魔法を放ったにも関わらず、全く緊張が解けない。解けないのだ。

 理由は簡単だ。何故なら――術をかけた本人であるゼクトが、恐怖の色に染め上げられていたからだ。

 本人なら分かる。結界の様子が、封印の様子が。

 そう、分かるからこそゼクトだけが慄いているのだ。それはまるで殺したはずの人間に、殺されかけているような……そんな感覚だろうか。いや、否だろう。それを水準にしてしまったら、その何十倍と言った方が正しくなる。

 本当の恐怖。自分の何十年かけたであろう本気が、力作が、全て指一本ほどの軽さで否定されるような、圧倒的な力。

 ――こいつに挑んでは駄目だった!

 ゼクトがそう思った矢先――。

 

 ピキッと、ガラスが割れるような音が、静寂な空間に響き渡った。

 

 瞬間、波旬の居た空間から波旬が硝子の破片をブチ破るかのように現れた。

 表現としては一番わかりやすいだろう。端的に言うと封印と結界、更には付加させていた魔法全てが波旬に通じず、そのまま破られてしまったのだ。

 驚くべきか、恐怖すべきか、唖然とするべきかどうか、一切何もわからなかった。

 そんな中で、波旬が呆れるが如く突破を切る。

「時の不変? 不壊封鎖の結界? 概念削除? なんだそれは? なぜそんなに小賢しい」

 波旬はまるで全魔法使いの誇りや努力を穢すように言葉を紡ぐ。

「弱いからだろ。弱いから、そんな小難しい魔法を使わなければ、何もできない。あぁぁああ、小さい小さい。見えないぞ、踏みつぶそうか?」

 波旬の咒がこの世の総てを蹂躙する。その一言一言が他者全てを滅するかのように人々が、大地が、天が、空間が、時間が、生きとし生ける全てのものに終焉を与えようとしている。

「俺の天狗道は俺のみで完成する。すなわち、簡単だろう。おまえたちの入り込む隙間なぞ何処にもない」

 故、滅尽滅相。

 自分以外のものは消えてくれ。簡単だ。何も難しいことは言っていないだろ?

 波旬の理想郷はそこにあるのだ。

「まずいの。あれに対抗する手段が無くなってもうた」

 ゼクトが諦めるに近い発言をする。

 傷一つ、汚れ一つ、あの波旬に付けていない。

 まさに絶望。

 これほど絶望という言葉が似合う場面なぞ存在しないだろう。否、他の事象で絶望という単語を使うのなら、現状、絶望と言う単語を軽く凌駕している。

 そんな状況で、ナギは、

「諦めるかよ。最後まで、自分と仲間達を信じて、戦うぜ」

 最初は引くこと前提で話を進めようと思っていた。だが、もう看過できない。あれを生かしておけば、仲間が、世界がが危ない。

 ここで、例え最悪の結末になっても、悪あがきをしてでも喰い止めねばならない。

「よく言った……と、言いたいところじゃが、さてどうしたものか」

 ゼクトは先の魔術で、ほとんどの魔力を使い切った。

 それにナギも、アルもラカンも同じだ。総攻撃(詠春除く)の際に魔力の限界値を超えている。もう、何もできない絶体絶命のピンチに等しい。

「増援に期待……したくねえが、するしかねぇか」

 苦いものを噛み締めるように、ナギは呟く。

 例えどれだけの増援がきたところで、勝てるかどうかも分からないが。

「さぁ終わりにしようか」

 呪言のように呟く波旬。

 塵掃除に手間取るだけ無駄だ。直ぐに終わらせよう。茶番は終わりだ。

「ッ!!」

 ナギ達が終わりかと思ったその瞬間――

 

「Sic itur ad astra

 Sequere naturam」

 

 まるで恒星が爆発したかのような明光と共に、轟々と燃え盛る無数の流星が波旬へと降り注いだ。

 落下していく隕石が、波旬ごと貫き、星に多大なダメージを与えながら、大海原の青い海を蒸発させていく。地盤を貫き、一発一発が底の見えない地獄の穴を作り上げていく上、海水の猛烈な水蒸気が爆風で吹っ飛んでいっている。

 その上、近くに佇立しているナギ達への被害を最小限にまで抑えていた。これはまるで神が成せる所業の如くだ。

「な――ッ! 何だぁ!?」

 ラカンが吹き飛ばされてもおかしくない爆風に耐えながら大声を上げる。

 絶体絶命……そんな中、運良く隕石が波旬に落下したのだろうか?

 いや有り得ない。そんなもの宝くじ一等を連続で何百回、ロイヤルストレートフラッシュを百回連続で引き当てるに等しい運気だ。

 なら一体――

「遅れて済まない……とは言うまい。私はイレギュラーだ。そのような言葉、適切ではないだろう。いや、考え方を変えれば一番正しいのかもしれないな」

 諧謔を弄するのが好きそうな口調で、まるで耳元で言われているかのような感じで、誰かの声が聞こえた。

 ナギ達は異常な魔力を感じる方を向く。声がどこから聞こえるのかは分からないが、魔力なら一箇所に感じる。それ故、そこに何かいるのだ。

「やぁ諸君。――今宵の恐怖劇(グランギニョル)を始めようではないか」

 

   (∴)

 

「……詰まらんな。この国は」

 メセンブリーナ連合本国首都の昼の街を犯罪者であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが、靴音を上げながら堂々と歩んでいた。

 平和ボケ……していると言うのだろうか。戦争中だが、そんな雰囲気をエヴァンジェリンの眼には映っている。

 そんな時、エヴァンジェリンは一つのモニターに目をやった。

 街の大型建造物に大きく魔法製のモニターが展開されているのだ。

 モニターには女性の司会者がぺちゃくちゃと戦争の状況を適当に語っており、その隣には渋いおじさんが無表情で座している。見た目通り、恐らく気難しい性格だろう。

「現在、壮絶な戦火があらゆる場で上げられており――」

 嘘か本当かも分からない、疑惑に満ちた口調だと、なんとなくエヴァンジェリンは思う。

 戦争中の公共的な情報は、自軍を優位な旗色に見せる生き物特性の嘘が存在する。それは住民感情を安心させるためだろう。だがそんな嘘も恐慌に陥らさせないための、宥恕になってしまう。

 下らない――と、エヴァンジェリンは一蹴する。

 正直、こんな戦争に興味はないし、どちらが勝とうが知ったことではないのが、エヴァンジェリンの心情だ。

「こちらが真新しい映像です」

 連合側の魔法使いが、敵国の軍勢に凄まじい威力の魔法を放った映像だった。

「激烈な威力ですね。ゲストのマッキーさん、今の映像を見まして、どういう感想を抱きましたか?」

「すごく……一撃必殺です」

 ……と、その瞬間、臨時ニュースよろしく、モニターの画面が急遽入れ替わった。

 その映像は、上空から俯瞰的に映されているのか、まず海が見える。そして凄まじい水煙がある一点を全て覆っていて見えない。

「……」

 釘付け、とまでは言わないが感興をそそったのか、何となくモニターを眺める。

 レポーターが何やら言っていたが、映像が始まって直ぐ何かの異変なのか、映像が途切れた。

「何だ……?」

 周囲の者共同様、多少訝しむが正直どうでも良いので、エヴァンジェリンはモニターから目を離し、歩みを進める。

 後少し、映像が流れていれば、自分の怨敵であるメルクリウスが画面に映ったのだが、運良くか運悪くか、そういう展開にはならなかった。

 そして犯罪者が街の無辜の者共に、自然に溶け込む。

 それは不自然でなく必然かのように思えてくる。平和ボケと思ったのは、あながち間違いではないのかもしれない。

「……さて、明日は楽しめるかな」

 何て独り言を呟き、エヴァンジェリンは消えた。

 

 

《2》

 ナギ達のピンチを救ったのは、黒マントの男だった。

 影が薄くも濃くも見える、判然としない男――メルクリウス。その傍らには、面倒くさい状況に巻き込まれた被害者のような感覚で佇む藤井蓮の姿もあった。

 そう、二人の救援によりナギ達は九死に一生を得たのだ。

「あ、あんたらは?」

 ナギは吃驚の表情で、二人に声を掛ける。

 あんな大魔法、見るのも初めてだが、それ以上に驚くはその男の異常性だ。

 金髪の男を目の前にして、全く心が揺らいでいない。それどころか、こんな男がまだこの世界にいたのかと言う驚き。

 相手の敵もそうだが、嫌でも世界が広いと思わせる瞬間だった。上には上がいる。中々、真に迫った言葉だ。

「今日本日から、連合側に付くことになった者だよ。まぁ自己紹介は後にしようではないか。そんな悠長な戯事をしている場合ではなさそうだ」

 メルクリウスは波旬に目をやる。

「……うざい、うざいぞ。何だ、何でこんなに群がる」

 あれほどの攻撃を受けて、波旬単体には傷一つ付いていなかった。

 怪物化物悪魔神様死神反則怪異……何て言葉では片付けられないモノ。世界の言語では表現しきれない何か。

「俺は一人になりたいって言ってんだろうが。言葉が通じんのか滓共」

 頭痛にも似た苦悩に波旬は怒りを爆発しかける。

「加減をしたとはいえ、無傷か。これはこれは、中々愉快なニンゲンと言ったところか」

 波旬を前に、メルクリウスは余裕の態度で対峙する。

 相手の力量は測り終えているのか、次は周りの人間達を観察する。

「あれと戦うのは、些か歌劇として面白味に欠ける。故、ここは脇役に任せるのが適任だろう」

 まるで自分が脚本家のように、戦いという歌劇をわざとらしく他の者に演じさせようとしている。

 そして目に映ったのは、波旬の弟――覇吐だった。

 今は詠春と絶賛気絶中だが、攻略法としては一番のキーアイテムだろうと、メルクリウスは思う。

 故にすることは決まっている。

「我が息子よ、あの赤毛の青年を叩き起こしてはくれないか?」

 と、傍らに立つ自分の息子――藤井蓮に指示する。

「いや、そんなこと自分ですれば良いだろ」

「私がそのような、痴呆な真似事を行えば私のファンが悲しむ」

「……お前にファンなんかいねえよ」

 恐らく世界中の誰一人も。つかマルグリッド以外眼中にないだろう……とは突っ込まない。

 蓮は溜息をつきながらも、横たわっている赤毛を叩き起こしに行く。

 その間に――

「滅尽滅相ォォーー」

 波旬が動いた。

 視界に収まっている塵屑を、滓も残さずばら撒こう。

 右腕を軽く振るう。それだけで半壊した島が、文字通り消し飛んでしまった。

 圧――魔法でも気でも、特殊な異能でもない。ただの力。それのみで島を粉々に打ち砕き、神の天罰のような一撃を発した。

「チィッ!」

 ナギ達はその風圧から何とか、空中回避を行う。

 もし対物・魔法障壁(アンチ・マテリアル・シールド)と咄嗟の防護魔法を展開していなければ、体中の内蔵器官細胞が全てズタズタにされた上、消滅していたであろう。

「詠春!」

 気絶中の詠春が頭から消えていたせいで、護りに行けなかった。

 ナギは詠春を探すため、周囲を見渡し、

「こいつ、あんたの仲間か? だったら受け取ってくれ」

 メルクリウスと共に現れた少年が、詠春と赤毛の男を担いでいた。詠春一人ならまだしも、自分よりも明らか大きい覇吐まで担いでいるのだから驚きだ。だがここは魔法世界。特に驚きはしない。

 蓮はナギに向けて、まるで転がってきたボールを投げ渡す気軽さで詠春を投げる。

「うおっと!」

 まさか投げられるとは思わず、ナギは驚きながらも詠春を両腕でキャッチする。詠春に意識があれば涙目確実だろう。扱いが酷い。

「さて、次はこいつか」

 蓮は空いた片手で覇吐の頭を叩くが、一向に起きない。もう二、三発叩くが、それでも起きない。

 ――死んでるのか?

「どうしたのかね、我が息子よ」

 蓮の様子を見兼ねたメルクリウスが語りかける。

 適当に蓮が説明し、瞬時にメルクリウスが結論を出す。

「なら致し方ない。少々、荒事にはなるが、奔流に身を任すも一興だろう」

 物語構成に必要な起承転結。

 中でも承転は、流れと山場を司る最も重大な点だ。そこを何の練りもせず、なすがまま進ませるのは正直嫌いなメルクリウス。

 だがまぁ、現状そうせずにはいられないだろう。

「この男を起こしている間に、どうにかしてあの男を止めてみせよ」

 メルクリウスがナギに、ラカンに、ゼクトに、アルに言う。

「仕方ないの。残り少ない魔力じゃが、悪あがきには丁度良いわ」

 ゼクトがそれに真っ先に答えた。

 事実、メルクリウスの案は範疇の外だったが、確かにあの赤毛の青年はあの金髪の男と拮抗する状態にあった。故、あの赤毛ならあいつを止めることができる。

 と、メルクリウスに促される形で悟った。

「お師匠……よっしゃ、なら俺も行くぜ!」

 ナギが再び気合を入れると同時に、担いでいた詠春を落としてしまった。

「あ……詠春ー!」

 ナギは慌てて海に落ちそうな詠春を拾いに行こうとするが――

「駄目ですよナギ。親愛なる仲間を海に落とすなんて」

 何らかの魔法なのか、落下していた詠春が重力の法則に囚われず、ふわふわと気絶しながら浮いている。

 それを行ったのはアルだ。いやホント、詠春の扱いが酷い。

「詠春の心配なら大丈夫ですよ。こうやって浮かしておきますから、全力で最後の力を振り上げましょう」

 蝋燭の火は消える間際に、一番の光を見せる。

 今がその時なのだ。

「よおし、どこの誰かは知らねえが、テメエの策に賭けるぜ」

 ラカンは手に一際大きな大型の剣が握られている。

 攻略法がわかれば、少しは気持ちが楽になる。気を抜くのとは違い、戦を有利な心理状態で挑めるのだ。

「再戦の号砲だ、クソ野郎!」

 ラカンは凄まじい魔力を一本の剣に注ぎ込み、自分の十倍以上の大きさに変形させる。

「必殺――『斬艦剣』!」

 巨大な剣と化した武器が、勢いよく波旬へと振り下ろされる。

「何だ? 目障りだぞ、消えてな――」

「テメエが消えな! このナルシスト!」

 波旬が圧をぶつけようとした刹那、ナギが波旬の四方に雷の槍を展開させていた。

 一発一発が要塞破壊級。故、これが正真正銘、最後のナギの魔法だ。

「『雷星の槍(トニアステリアス・エン・ランケス)』!」

 星を貫く死槍が、波旬の動きを一瞬だけ止める。その一瞬で、波旬の身体を四方から穿った。

 その刹那には、ラカンによる斬艦剣が波旬を暗い海に沈める。

 だが、これで波旬を倒せていないことなぞ百も承知。

 その為、攻撃を止めることは許されない。

「重力魔法は、中々連続での使用は疲れますね」

 重力の星が海に星跡を付けていく。

 膨大な魔力が、破壊の演奏を奏でていく。

 その音色を聞いているメルクリウスは、

「いやはや、中々良いものだ。美しい……とは言わぬが、賞賛すべき歌劇だ。たまには付け焼刃も悪くないな」

 それはまるで脚本めいた物言い。

 三流役者だが、これは磨けば中々面白いかもしれんと、メルクリウスは内心思う。いずれは一流を顕現させるやもしれんとな。

「――――」

 ゼクトが凄まじい速度で、何かの詠唱を唱える。

 人間では聞き取れないほどの周波数を帯びた声音。静謐感すら感じるであろう、それから放たれるゼクトの最後の攻撃魔法――

「『天災の福音(アドウェルス・エーワンゴスペル)』!」

 瞬間、魔力からあらゆる天災が発生した。竜巻、地震、津波、台風、雷、吹雪、砂嵐などの概念が一つの塊を形成し、人類を救済する福音が塊から轟く。

 それは救済なのかも疑わしいが、確かに自然は救われるかもしれない。人間は究極を付ければ謂わば星の敵。それを救うと言う考察により完成された魔法なのかもしれない。

 その一撃――ゼクトは波旬の存在感を感知し、そこに放った。単純な威力なら被害がかなり広がるが、あれは拡散させずに威力を一箇所に絞った魔法。故、単体でなら壊せないものなぞ存在しない。

 ――一閃の光と同時に、鼓膜を破壊しかねない爆発音が轟いた。

 それは今までの轟音以上……凄まじいものだった。

 それが故だろう――ついに覇吐が目を覚ました。

「……んあ、ここは何処だ?」

「ようやく目を覚ましたか。ほら、降りろよ」

 目を覚ました直後、蓮は覇吐を下ろす。

 寝ボケていても、ここが空中ということは理解できていたのか、空中浮遊を簡単に行っていた。

「おお、すまねえな……で、あんた誰だ? つか、何だこの状況?」

 さっきまであったはずの島が消えており、何やら知らない人まで増えている。

 そして、記憶を失う前のことをゆっくり思い出し――

「やべぇ思い出しちまった!」

 思い出したくなかったような感じで言った。

「そうだそうだ、確かあのバカ兄貴、国に喧嘩吹っ掛けようとしてやがったんだった!」

 頭を抱えながら言う。

「なぁ兄ちゃん! この辺にガングロのうんこ頭みたいなの見てねえか!? とりあえず自分しか愛せない変態なんだけどよ!」

 覇吐は蓮の両肩を掴み、強く問いかける。

「いてぇよ、まず手を離せよゴリラ」

 蓮は覇吐の手をどけ、質問に答える。

「お前の兄なのかどうかは知らないが、多分あの海の底だ」

「海の底?」

「……あぁ、面倒だな」

 とりあえず蓮は適当に事情を説明する。

 すると覇吐は、

「分かった。さんきゅう、とりあえず皆は早く此処から去ってくれねえかな」

 何て言った。

「うちのバカ兄貴は一度暴れると抑制が効かねえんだ。他者を嫌うからな。だから、あいつから離れてくれれば即解決なんだよ」

 まぁ理には適っているだろう。

 波旬の視界から消えれば、一時は解決する。

 そこにメルクリウスは、いきなり割って入った。

「なら、そのお言葉に甘受するとしよう。今の彼らでは死にに行くものだからね」

 ここでナギ達が死ねば、連合側に付くことができなくなるかもしれない。その計算を入れた上で、メルクリウスはそれに承知した。

「ああ、悪かったな。後は任せてくれ。なるべく暴走させないようにするからよ」

 今のナギ達では反論できない。しかも詠春は今の轟音でも寝ている。眠りは深いタイプなのかもしれない。

 

 そんなこんなで、この任務の幕は下ろされた。とても静かに、静寂に。今までの戦いが嘘かのように、呆気なく終わったのだった。

 だがまだ、起承転結の結が付いていない……後日談と言う感じで語ろう。

 

 カール・クラフト=メルクリウス及び藤井蓮は無事、メセンブリーナ連合に付くことに成功した。

 そしてこれからの任務、ナギ達と一緒に繰り出すことにもなったのだ。

 めでたしめでたし……とはこのことだ。

 だがメルクリウスはそうはいかなかった。

 本国首都に戻ってきた際、こんな新聞を手にしたのだ。

『歌手や女優として絶大な人気を誇るアイドル――マルグリット・ブルイユとカリスマ系として頂点に君臨する男優――ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒがまさかの熱々カップルか!? 共演映画であるDies irae~Also sprach Zarathustra~がきっかけか!?』と言う記事。その証拠としてマリィ(愛称)とハイドリヒが一緒に歩いている写真が一面を飾っている。

 それを見たメルクリウスは、

「こんな展開は断じて認めん!」

 と言い、ラインハルト暗殺作戦を目論んだのだった。



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第五歌劇【吸血鬼との約束】

エクシズ様、AST様、ビッグバン蓬莱様感想ありがとうございますm(_ _)m

藤井蓮のCV,先割れスプーンさん(鳥海浩輔)とエヴァンジェリンCV,松岡由貴さんから蓮はCV,神谷浩史さんに、エヴァンジェリンはCV,坂本真綾さんに変わった感覚になってしまった
今回は無駄が多いと言うより、設定を加えるため話が逸れに逸れまくってしまいました・゜・(ノД`)・゜・


《1》

 時は次の日。

 抑制任務を終えた次の日。その日の夕刻に、藤井蓮は行くとこがあった。

 そこは首都の東の外れの広場。外れなだけあって、本当に人がいない。結構広いのに。

 そして此処はエヴァンジェリンと約束した場所だ。約束とは二つ。

 一つ目はメルクリウスとエヴァンジェリンの因縁について。二つ目は大犯罪者が言う面白いものを見せてもらうため。

 平穏を願う藤井蓮なら、こんな約束はしないが、もう手遅れなので乗ったのだ。

「やぁぼーや。待たせてしまったね」

「待たせてしまったか……もう日、沈んでんだけどな」

 と太陽が沈んでいった方を指差す。既に太陽は地平線の彼方に沈んでおり、夜といっても過言ではなかった。

「随分と時間にルーズっぽいな」

「おいおい私のことを勝手な偏見で見るなよ。そもそも夕刻と言っただけで、微細な時間を決めた覚えはないが」

「夕刻と言ったら普通、日が沈む前に来ないか?」

「それは価値観による。日が沈んだ後に来る者もいるだろうしな」

「いや、夕刻ってのは黄昏を指すだろ。この場合は日が沈む当たりに来るのが常識だ。しかもお前、日が沈んだ後っつうか、もう夜だしよ」

「……ぐー」

「寝たふりをするな」

「ZZZZZ」

「マジで寝るな」

「ふむ、そもそもからして、吸血鬼の常識と人間(?)である貴様の常識を同じ括りに入れるなよ」

「だったら俺は、永遠に吸血鬼と分かり合える未来は来ないだろうな」

 いやもうマジで。

 自分の中にあった吸血鬼像に新たな一ページを刻んでおこう。

 吸血鬼は時間を守らないと。

「つか吸血鬼って血とか飲むんだよな」

「まぁそうだな。吸血鬼と言えば血だろうよ。ああ心配せずとも良い、貴様の血を飲もうとは思わんからな」

「それが賢明だな」

 藤井蓮の血は、血であって血ではない。

 そんなものを飲めば――

「お腹を壊しそうだ」

「そんなレベルなんだな。それはそれで傷付く」

 本当にこいつは吸血鬼なのか? と思ってしまう。

 大犯罪者も素はバカっぽいのかもしれない。

「まぁ私も犯罪者だ。少しは警戒しておれよ」

 エヴァンジェリンは幼女体で、何とも不気味な発言をする。

 そう、見た目は幼女だが大勢の人間を殺した殺人鬼なのだ。警戒するのは当たり前の領域だ。

 実力なら蓮が上だろうが、戦闘経験は相手が上。その点を加算すれば危険に値するだろう。

「分かっている。言われるまでもない」

「なら良い。最近の魔法使いどもは少女だからと言って、甘く見る滓共がいるからな」

「……そういやお前って何歳なんだ。やっぱ百歳とかいってるわけ」

 不意に気になった疑問。

 やっぱり吸血鬼なら、結構歳はいってるのだろうか?

 その質問に対し、エヴァンジェリンは、

「女性に年を聞くのは無礼だろうに。まぁ良いだろう。もう歳を気にするガキではないし。五百歳だ」

 と、ごく普通に年齢を答えた。

 五百歳……まぁ勿論だが蓮は驚かない。

 自分の身内に年齢不詳の親父がいるのだ。この程度で驚いていては、精神が持たない。

「五百歳か……これが巷でよく聞くロリババァってやつか」

「随分無礼極まりない言葉じゃの。流石の私もババァと言われるとご立腹じゃぞ」

「あからさまに年寄り口調になるなよ。お前実は結構ノリが良い奴か?」

「否定はしないが肯定もせんぞ。何せ私は吸血鬼だからな。場によってあらゆる存在になる」

 確かに吸血鬼だから、狼になったり蝙蝠になったりするだろう。だからってノリは関係ないのでは。

「まぁあれだ、お茶の間の代表格で人気を持っていたシュピーネとか言う奴みたいな感じだ」

「あー、何か見たことあるな。あの変顔の男だろ?」

 いつだっけ? お昼に良く見る、結構名高い司会者と聞いたことがあるな。

 まぁ興味はないけど。

「ふむ、あ奴も私と同じであらゆる場で人変わりを起こすだろ?」

「そうなのか?」

「ああ、自分より格上が現れた時はペコペコと、自分より格下が現れたら傲慢に、しかもそいつを使って下克上を企てようとする、中々めずらしい阿呆な多面策士だな」

「そういう奴って、色んな物語に登場するけど、大抵が登場→御託→バトル(この場合口論などもあり)→殺されるだからな。あんまり良い役回りじゃねぇんだよ」

 実質、損な役回り、要らない役回り、演出的役回りという、悲しいポジションでしか見たことない。

 そのシュピーネって司会者は、いずれ悲しい結末を迎えるだろう。

「成程な。しかし、それだと私はいずれそういう展開を迎えると言うことか。他の要素だと愛称が多いとこか。シュピーネは形成さんとか形成(笑)とか、シュピ虫などと色々な呼ばれ方をされとるやつだ。まるで私のようだなと、見ていると毎回思う」

「いや、シュピーネはファンからの愛称だが、お前の場合は畏憚だからな」

 ダイヤモンドと塵くらいの差がそこに存在する。

 しかも大犯罪者であるお前が、悠々とテレビを楽しむのかよ――と、蓮は内心思った。

「しかしよく考えてみろよ藤井蓮。シュピーネと言えばお茶の間の代表格であり、お昼の顔でもあったんだ。故、分かるだろう。破滅するにしても、あの時は誰よりも絶頂にいたわけだ。それはすなわち、そういう愚か者も誰より優れていた時期はあったわけだ」

「既に過去形かよ」

「ああ、何やらラインハルトと言う男優を貶めようとしたものの、大失敗に終わり、今は芸能界で仮死状態になりつつも生き延びているらしい」

 噂では、その矮小さ、道化っぷり、小物感が買われているとか……とエヴァンジェリンは言う。

 まさに自業自得だ。シュピーネの批判が凄いかもしれない。てか既に悲しい結末を迎えていた。

「それにしても、芸能界に詳しいな。吸血鬼、いや、お前はいつも何して暮らしてんだよ?」

 こいつの暮らしには常々気になっていた。

 大犯罪者であり吸血鬼でもあるエヴァンジェリンだ。更にはあのクソ親父であるメルクリウスにナニかをされ、あそこまで恨んでいるのだ。生活に異常を来たしていても十分あり得る。

 興味本位と、不謹慎だが気になった。と言うより前から気になっていた。

「芸能界に詳しいか……。ただ暇な時に見ているくらいだぞ。その他は旧世界でたわいの無い趣味を嗜んでいるから、人並みかそれ以下だな」

「ふーん。まぁ俺よりかは詳しいか」

 テレビとか見ないし、見ている暇はあまり無い上、変態が常にマルグリッドの出る番組と、録画した番組を視聴しているため、テレビを見る暇などない。

「そういえば、貴様は友達がいないんだな」

「何で勝手に決めつけるんだ」

 言っていることは正しいが、認めたくないし自覚したくない。

 そもそも魔法学校とかに通っていないし、ほとんど自給自足だから、友達を作る暇もなければ遊んでいる暇もあまりないのだ。

「居ないんだろ? 分かるぞ。貴様からは私と同じムードを漂わせているからな」

「それ自虐的に受け取れて仕方ないな。暗に自分も友達いない悲しい人と言う情報を漏洩しているように聞こえる」

「私は目を逸していないだけだ。だが貴様は友達が居ないことから必死に目を逸らし、友達という概念を頭の辞書から消しているように見える。どうだ、あっているだろ?」

「……」

 なぜだろう、さっきから話が色んな方向に進み混乱しそうだ。

 それに藤井蓮は別に友達が要らないわけではない。前述通り作る暇もない上、人付き合いがあまり良い方ではないのだ。まぁ自分の父親が変態ストーカー。もしかしたら、これでも盛大なくらいマシなのかもしれない。

「答えない。じゃあ逆に聞くけど、何でお前は友達を作らないんだ?」

 とりあえず逆に聞いてみる蓮。

 それに対しエヴァンジェリンは弄れた形で答える。

「友達を作ると大切なものが増えるから。私を超える者がいないから。吸血鬼強度が下がるから。自分が甘ったれになる危険性が生じるからなどなどだな」

「あー、そうなのか」

 随分と虚しい吸血鬼だ。

 まるで道を踏み外した、ひねくれたガキと何ら変わらない。

「友達などは要らんが……あれだ、その、奴隷は欲しい」

「真っ直ぐな目で俺を見て言うな。まるで俺を奴隷にする気満々のようだぞ」

「え……ダメなのか!?」

「何で驚く! 逆に俺が驚いちまう!」

 するとどうだろう。

 大犯罪者である吸血鬼様が涙目で、上目遣いで蓮を覗いてきた。

 本当にこいつ、噂に聞くエヴァンジェリンなのだろうか? ……と藤井蓮は思いに思う。

「ダメなのか?」

 一部の趣向の持ち主なら一発KOの感じで、エヴァンジェリンが自分の少女体型を駆使し言い寄って来るが、

「悪いな。俺は俗に言うロリコンって奴じゃないんだよ。そんな可愛い感で言い迫っても通じないぞ」

「く、少しやるようだな、我が眷属」

「既に奴隷にされているのかよ! いや待て、まだ俺は何もしてないぞ!」

「甘いな藤井蓮。通じないぞと言うことは、どうにかしたら通じるということだ。故に、面倒だからその過程を省いて、私の奴隷ということにしたのだよ」

「その過程がかなり大切なんだけどな」

 つか何だ。

 言葉のキャッチボールが上手く言っていないのは、気のせいなのだろうか。

「別に良いだろ? 500年の長い年月、私は一人ぼっちだったのだ。もう、強がりは止めて、友達が欲しいんだよお兄ちゃん!」

「だから俺にそんな責めは……ん、強がりを止める?」

 それは、友達を作るということか?

 奴隷ではなく……なら、

「まぁ友達なら良いぜ。友達なら、俺がお前の初めての友達になっても良い」

「ほ、本当か?」

 うるうるした瞳で、エヴァンジェリンが再度聞いてくる。

「ああ、本当だ。マジだ。ただし、これからは俺のことを、お兄ちゃんと言うように」

「ふむ、致し方ない。これからは藤井蓮のことを、お兄ちゃんと呼ぼう」

 ――ちなみに藤井蓮はいきなり変な嗜好に走ったわけではない。

 吸血鬼は一説でによると、ちょっとした隙で相手を完全な従僕にできるらしい。その対処法として、一つの命令に従わしておけば、その隙がなくなると聞いた覚えがあっただけだ。ちなみに、この命令に頷かせるのが困難なのだが、何を思ってかこの吸血鬼様は簡単に了承しやがった。

 この説はガセの可能性が高いのか、単にエヴァンジェリンがバカなのかの二択だ。恐らく今までのやり取りを考察する限り、後者の可能性が高い。

「500歳からお兄ちゃんと呼ばれるのも、何かいたたまれないな」

 友達からお兄ちゃんと呼ばれるってのも、何だかおかしいしと思う蓮。

 そして再び疑問が生まれた。

「そういや500歳って言ってるけど、本当は何歳なんだ? ぴったりってことはないだろ?」

「そうだな、まぁこの歳になると、年齢など全く気にならなくなるからな。ざっくり言っている」

「だよな。大体、何歳なんだ?」

「多少前後あるが、今は恐らく597歳と5ヶ月15日だ」

「サバ読みすぎだろ! しかも凄く明細に記憶しているし」

 しっかり600歳と言って欲しい。若作りにも程がある。

 魔法界でも真似できる人はいないだろう。

「まぁお兄ちゃんよ、それくらい軽く寛容に受け入れる器を持てよ。それだとお兄ちゃんではなく、弟に変わるぞ」

「まぁ元々既に弟なんてレベルじゃないけどな」

 約500歳以上の歳の差兄妹なぞ聞いたことない。

 強いて言うならご先祖様と子孫だ。

「まぁ私が生まれた時代では、兄弟姉妹の概念なぞ存在しなかったからな。随分と新鮮な風に聞こえるよ」

「そうなのか。まるでお婆ちゃんの豆知識だな」

「誰がお婆ちゃんじゃ!」

「ノリ良いなやっぱり」

「ちなみにその豆知識は嘘じゃ」

「何でそんな嘘をつく!」

「私の茶目っ気を盛大に披露したまでな」

「お前本当に犯罪者かよ」

 犯罪者と言うより、もうただのガキだ。600年の間、一体何していたのだろうか?

 未だにキャラが定まっていないのだろうか。

「犯罪者犯罪者と言われているがな、私としては若干ながら不快なんだぞ」

 と、何やら真面目な話を開始する。

「そもそも私が吸血鬼になった時、人間には誰一人迷惑は掛けんかった。だが、当時の旧世界では魔女裁判とか言う下らぬ式があったため、歳をとらない私は目を付けられ狙われた。それに抵抗するため殺し続けたんだ。いわば正当防衛と言う奴だな」

 殺した私にも否があるのも否めんが──と付け加えた後、更に言う。

「そこで私は、こちらの世界に移動したんだ。だが当時は生きるため殺さなければいかん時代だった。故、ああ分かるだろ。軽く察しろ」

 自虐的に言う。

 蓮は野暮な口は挟まず、聞き入っていた。

「その後が今の結果だよお兄ちゃん」

 如実にエヴァンジェリンは語り終え、蓮はどう言い返そうか悩む。反駁する余地が無いのだ。だからって慰めの言葉も言えない。

 最終的に何で急にシリアス的な展開になったんだろうと言う、疑問が生まれただけであった。

「だからあまり私のことを犯罪者と言わないで欲しい。そもそも犯罪者という定義が人によって違うだろ? 例えば干しているパンティーを盗むとそれは犯罪だ。女子が学校の教室で着替えているのに、間違えて中に入ってしまった男子、それは犯罪にはならないだろ? 私が思うにやっていることは後者の方が犯罪的に重いと思うんだよ」

 いきなり何やら語りだした。本当、色んな方向に話が行く。

 それよか吸血鬼がパンティーなんて単語を使うな。

「まぁ後者の方がやってることは危ねえが、あくまで不可抗力だろ? 意図的ではない。それとは逆に前者は意図的にだ。これを踏まえたら前者の方が犯罪的に重いんじゃないか?」

「まぁな。だが私の考えはこうだ。前者はパンティーを盗んでいるだけ。だが後者は女子の下着どころか、素肌の全てを下手したら見ているわけだ。これはもう後者が犯罪だろ?」

「……確かに、犯罪の定義は人それぞれだな。我執に囚われるのは良くないってことか」

 とりあえず、これからエヴァンジェリンのことを犯罪者って言わないでおこうと心に誓った藤井蓮。

「――と、そろそろ場面移動しようか。こんな下らない会話で現状の平均文字数を超えておる」

「おい、そういうメタ発言はやめろ」

 

 

《2》

 報告上、昨日の抑制任務はこう言う結果に終わった。

 敵勢力ではなく、連合側のただのいざこざでした。これで解決したのだ、戦争様々である。

 ただ当事者からしたら、これはかなり立つ瀬がなかった。特に変にプライドの高いナギにラカンは、それが許せなくて仕方なかったのだ。

 だがそれは無理なのも理解している。蟻が人間を超えるためにどれだけ努力したところで勝てないように、人間がどれだけ努力しても神には勝てないのだ。それはそんな次元の話し。

 波旬も覇吐も、蓮もメルクリウスもその神の座に立つ領域の存在。上には上がいると言う言葉がロジックとするなら、その一番上の座がそいつらに当たるだろう。

 その神の領域に立つ藤井蓮、メルクリウスがナギのパーティーに入ったのだ。これ以上、頼もしい奴はいないだろう。

 いないのだが――やはりナギとラカンは釈然といかなかった。

 説明し難い何かが、あるのだ。

 

 ――そんなナギやラカンが苦悩している中、メルクリウスはラインハルト暗殺計画を実行に移そうとしたのだが、それは止めることへとなった。

 ラインハルトを殺せば、マルグリッドは悲しむだろう。それは手段として、あまりによくない。

 例え全世界の人間が悲しもうと歯牙にも掛けないだろうが、マルグリッドだけは別だ。マルグリッドが悲しむくらいなら、全世界(女神除く)の人間が悲しみにうち震える方が万倍もマシだ。

 だったら、もう方法は一つだ。

 これから先、マルグリッドが出演する大作映画……Dies iraeの新作映画の脚本家になれば良い……と言う諸々色々な過程があり、そういう結果へと行き着いたのだ。

 前の映画、Dies irae -Also sprach Zarathustra-は複数の脚本家のいざこざにより詰まらぬ映画となった。その証拠に、この映画を楽しみにしていた客は冷めたようだ。だがメルクリウスはマルグリッドと言う花が添えられたことにより、大作映画の領域にまで昇華されたが、そんな冷めた客がいることが許せないし、それを作り上げた脚本家達が憎かった。

 故、簡単だ。自分が脚本家となり、万象歴代映画すべてを超越する物語を書き上げる。

 それがメルクリウスの目標となった。

 ちなみに作成は戦争が終わり、帝国と連合が再び良好となった時に実現するらしい。故、とっとと戦争を終わらせようと意気込むメルクリウスだった。

 

   (∴)

 

「さて、此処がそうだ」

 吸血鬼――エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルに連れられてきたのは、一つの孤島……だったはずだった。

 誰も寄せ付けないためか、妙な結界が張られている以外、何の変哲もない無人島。

 それなのに藤井蓮は今、無人島とは思えない場所に佇んでいるのだ。

 そこはとてつもなく高い塔の上。その塔の上が高級な五つ星レベルのリラクゼーション施設になっており、塔の周りは地平線の彼方まで、まるで無限に広がっている大海原。

「……随分と、変わった魔法だな。いやホント、驚いたよ」

 無人島に来るや否や、藤井蓮は何やら怪しげな、大きい水晶玉の前に立たされた。そして気付いたらあら不思議、このような場所にいたのだ。

「ここは別荘だ。南国リゾート風だぞ。名称はEVANGELINE'S RESORT」

 蓮が茫然としている中、エヴァンジェリンは歩き出しながら言葉を吐く。EVANGELINE'S RESORTとは本当、そのままの意味である。

 その後ろに続きながら目は辺りを見渡し、耳はエヴァンジェリンの方に向ける。

「ここは私の特殊な空間でな。異空間とでも思ってくれた方が良いだろう。説明が面倒だからな」

 曖昧適当に言いながら、話を進めていく。

 一応、言われたことを理解しながら、蓮はそれを元に色んな憶測を建てるが的外れかもしれない。無駄かもしれない。無駄だ。

「この空間の一番の特色を話そう。此処は“外部での1時間が此処では1日相当”なんだよ」

「何だそれ? この場は外とは時間概念が違うのか?」

「まぁな。詳しい説明は面倒だから省くが、此処なら何日いても外では数時間程度しか経っていないことになるんだよ」

 つまり、ここで5日間過ごしても、外では5時間しか経っていないことになる。修行や勉強、休暇なんかにはもってこいの場所だ。

「……此処が、お前の言ってた面白いものって奴か?」

「ああ、そうだよお兄ちゃん。面白い、いや、気に入ってもらえたかな?」

「端に凄いと思っただけだ。けど俺としては中々良い場所だよ」

 何の変哲もない日常を謳歌する藤井蓮からしたら、ここは素敵な所だ。

 ――まぁあのクソ親父なら簡単に作れるだろうが。

 メルクリウスは何かと色んな秘奥義が数多にある。こう言う場も簡単に作ってしまえるだろう。だから感心具合が減ってしまう。

 と、藤井蓮はエヴァンジェリンに付いていく形で歩んでいたため、いつの間にか建物の中へと入っていた。

 魔法界でも中々お目にかかれない、一世代前の今では重宝されるような外装内装だ。所々にヤシの木が生っている。南国風をイメージした結果だろうか?

「そこに座ると良い」

 そう言って、エヴァンジェリンは一式のテーブル椅子を指差す。

 言われた通り、蓮は椅子に腰を下ろした。そこは南国リゾートの醍醐味というか、とても素晴らしい場所だった。

 食事中に景色を存分に味わえるようにか、海を一望できるようになっている。

 その反対側に、エヴァンジェリンも椅子に腰を下ろした。丁度、向き合う形だ。

「さて、そろそろ話そうか。これからの“私とお兄ちゃんの活動について”」

「はい?」

 何か、いつの間にかある活動を一緒にすることとなっていた。

「我々がこれから行うは――」

 そして言った。

 

「メルクリウス暗殺作戦だ」

 

 それは何とも、どう反応して良いか分からない台詞。

 言うことがあるとすれば、奇しくも前話と同じ展開になっているのだった。



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第六歌劇【繋ぎの物語】

AST様、ビッグバン蓬莱様、64dd様、junq様、感想ありがとうございますm(_ _)m
多忙により遅くなりました。だから超駄文です。

これを書いている時にCS版・神咒神威神楽のOPが公開されていたΣ(゚д゚lll)
しかも12秒あたりに波旬VS三柱バトルCGが! 波旬が化物すぎるけど。
けど燃えますね。曲は前のより断然好きですO(≧▽≦)O 獣殿の後ろ姿は萌えました(≧∇≦)/
それよかDies iraeしかプレイしていない方が見たら確実に夜刀様がラスボスに見えてしまいすねヽ(*´∀`)ノ


と、前書きが長くなりました。
では、読みたい方はどうぞ。


《1》

 太陽に照らされた森の中……

 坂上覇吐は迷子になっていた。

 連れである兄とはぐれ現在進行形で困っている――兄からすればフィーバー――状態である。このままだと母さんに叱られるなんて問題より、身内の人間が賞金首になりかねない。いや、もうなっていてもおかしくないのだが。

 まぁそれだけは阻止せねばと、覇吐は兄を探しているのだ。

(……あの野郎が居るとことすれば、やっぱり何もないとこだよな。つうことは、町とか村にいる可能性は皆無。だったら人の居ないとこを探せば良いんだが、そんな場所ありすぎるしな)

 ちなみに波旬は国のお偉い方――ナギ達が退いた後に海からプカプカと無傷で浮いてきた。あの時は髪がわかめみたいに爛れていたせいで笑えたし、ある意味で怖かった。あの時の兄の形相は半端なかった。

 まぁあれ程の攻撃を受けて無傷な兄貴の姿が一番怖い。よく一人で俺の夢は天狗道を完成させることとかほざいていたが、あながち夢物語で終わることは否定できなくなってきた。

「つか、見つけた時には即身仏になってそうだな」

 と冗談めいたことを言ってみたが、リアルに笑い話で済まないことを自覚した。本当に。

 覇吐はちょっとマジで捜索を開始する。

 今は深い森の中を邁進しており、手掛かりはまるでゼロ。そも現在は戦争中だ。下手にうろうろするのも危ういだろう。

「あれ、八方塞がりってやつじゃね?」

 何て考えに至った。

 事実、八方塞がりだ。探し回れば軍に目をつけられ、探さなければ兄の即身仏が完成する。天狗道が完成する前に完成する。

「これは……詰んだな」

 何て諦めた直後、覇吐の目の前に、まるで初めからそこにいたかのような錯覚を覚えさせる、一人の小柄な人物が立っていた。

 深くフードを被っているせいか、性別すら分からない。

 覇吐は若干驚いたが、平然と目の前の人物に話しかけてみることにした。

「何だこのチンチクリン、じゃねぇや。あんたは……俺に何か用なのか?」

 第一声に失礼な発言をしたが、気にせず相手に尋ねた。

 その人物は男とも女ともとれる声音で言う。

「貴君に興味と言うより、少し用があっての。何、面倒事だ。心配いらん」

 などと言ったのだった。

 

   (∴)

 

(一人だ、俺は一人になれた。

 目障りな糞忌々しい畸形が俺から剥がれ落ちた。ああ身体が軽い。軽くなったぞ。――俺は一人だ!

 ようやく一人の世界に浸れる。天狗道の完成はまだ先になるだろうが、今は一人だ。一人であり独りなんだ。誰も居ない、この寂静に満ちた世界。何て清々しいんだ。

 終には平穏、というやつに至る。

 起伏は要らない。真っ平らで良い世界。色は一つ、混じるもの無し。

 俺は俺のみで満ちる無謬の平穏だけが欲しい。

 それに至るためなら、全てを潰そう。生き物も、大地も、草木も、海も、空も、世界も、宇宙も、全て総て消し潰す。そこに俺の求めるものがあるのなら。

 ……なのにああ何故なんだ。

 さっきから誰かが俺を見ている。常に煩わしい視線を俺に向けて、それがへばり付いたかのように無くならない。

 気持ち悪い、気持ち悪いぞ。何故、俺の不快感ばかり増すんだ。

 どいつだ、どこのどいつ何だ。見つけ出して滓も残さずバラ撒いてやらァ)

 

   (∴)

 

 ……メルクリウス暗殺計画。

 とりあえずメルクリウスを見つけ出して殺そう……何て安直な計画だ。実践的でない。

 あれからもう数日が経った。エヴァンジェリンとは特殊な魔法道具で連絡がいつでも取れるようにし、藤井蓮達はアルギュレーの辺境の地に追いやられた。

 エヴァンジェリンとは中々会える日はできなかったが、魔法道具を回線代わりにいつでも会話はできる。それに一度会えば別荘で何日も一緒に過ごせた。日常を。自分の日常を。

 故、そこが蓮の極楽の地へとなった。勿論、友達だから友達なりの付き合いもする。二人だけ……と言うこともなかった。チャチャゼロと言う危なっかしい性格の人形や、他にも沢山のメイド人形が居た。当然だが、普通の人形ではない。まるで人間のような独立した魂が宿る人間のような人形だ。

 ただ、一番大変だったのが、メルクリウスと言う存在を隠すこと。自分の父親と言うこともあり、悟られたらまずいし、自分で口を割ってしまいそうになる恐怖もある。

 仲間に隠し事なんてなしと言うセリフがあるが、全否定せざるを得ないし、あの台詞を認めない。この場合は隠し事ではなく嘘と言う単語が適切だろうが。

 そんな藤井蓮は現在、溜息をつきながら――次なる任務先へと足を運んでいた。

 場所は巨大要塞グレート=ブリッジ。連合の喉元とも言える場が帝国に陥落させられた。そこでグレート=ブリッジを奪還するべくナギ一行が動いたのだ。

 ナギ一行――ナギ、ラカン、ゼクト、詠春、アル、蓮、メルクリウスの七人だ。

 ここから先の物語は地の文で語ろう。

 前線に復帰するなり八面六臂の善戦。全員が全員、適材適所に動き敵を殲滅。

 この決戦により一気に連合は大逆転。敵軍を帝国に押し戻し、そのまま帝国領内へ躍進する。これは後世に熱く残るものとなり一つの伝説を生んだ。

 この時点で既にナギのファンクラブが出来ており、ラカンはもっと前から出来ていたと主張しているが確認は出来ていない。

 ちなみに不謹慎だが、巷では七人の人気ランキングまで作られていたのは有名な話だ。

 そして敵国から最も恐れられていたのはメルクリウスだ。ナギも蓮、ラカンなども敵国では勿論恐れられていたが、一番はメルクリウスだろう。

 ナギは『連合の赤毛の悪魔』と、蓮は『連合の永遠の刹那』と様々な異名で恐れられている。

 その中で群を抜いているメルクリウスは『水銀の蛇』、『水銀の王』、『永劫回帰の具現』、『占星の神』、『因果律の針時計』、『ニート』など語ると切りがないくらいだ。エヴァンジェリンにも匹敵する。

 ただメルクリウスは全くそんなことを気にせず、奪還作戦後は新作『Dies irae~Acta est Fabula~』の脚本作りに没頭していた。まだ脚本家に決まったわけでもないのにだ。

 そして……奪還作戦後の諸々の戦いの後、蓮は再びエヴァンジェリンに会いに行った。

 

   (∴)

 

「お兄ちゃん、私は遂にメルクリウスの手がかりを見つけたぞ」

 別荘に来るや否や、エヴァンジェリンは度肝を抜くような発言をしてきた。

 蓮はあくまで平静を装い、

「ふむ、今日の連合側の情報紙(新聞のようなもの)を暇つぶしに見ていたら、こんなものが挟まっておった」

 そう言って、一枚の黄色い紙を見せてきた。

 題名に連合の勇者七人の人気ランキング発表なんて書かれている。

 見てみると一位『ナギ・スプリングフィールド』、二位『アルビレオ・イマ』、三位『藤井蓮』と勝手なベスト3に入賞していた。

 そして蓮は驚いた。

 別にこんなランキングが勝手にされていたことにも、ベスト3に入っていたことにも驚いたわけでは決してない。

 7位(つまり最下位)に堂々とメルクリウスと書かれていたのだ。

 これは本当、色んな意味でヤバい。

「何やら連合側で戦場の中、貢献した七人の魔法使いのランキングらしいのだが、この一票も入っていないメルクリウスと言う男がメッチャ怪しいのじゃ!」

 若干興奮気味に言うエヴァンジェリン。

 ちなみにベットの上であぐらをかいているため、ワンピースの下が見えかねない。てか見えた。

「これは早急に確認すべきだ。……と思ったのだが、お兄ちゃんは確か連合側で戦っているのだろ? メルクリウスのことも勿論知っていると見る」

「……そうだな、知っているには知っている」

 やはり触れてきた。

 蓮は冷静に、言葉を紡ぐ。

「けど名前が同じってこともあるだろ? 一概にそいつがお前の怨敵って決めつける訳にはいかないからな」

「確かにその可能性も無きにしも非ずだが、私は確実にこいつだと思う。何故ならこいつには票が一票も入っていないからじゃ」

「……」

 否定できない自分がいる。

 てかそこで確証されてしまうメルクリウスもメルクリウスだが。

「まぁ外見さえ確認できたら良い。そやつの外見は変わっているかもしれんが、雰囲気さえ確認できれば直ぐに分かる。私の目にこんがり焼きついておるからな」

 ちなみに外見はロン毛のボロッチーワンピースみたいな格好だったと言った。

 昔から変わっていないようだ。こりゃ見たらイチコロだ。ちなみにそのランキングにはベスト3までしか写真が載っていない。

「仕方ない。確認しに行くとするか」

 そう言って、エヴァンジェリンはベットの上に立ち上がる。

 同時にワンピースがバッサーとなり中身全開。藤井蓮の動体視力ならカメラの連射機能の如く全てを記憶できるが、そんなことを気にしている場合ではない。

「ちょっと待てよ。もしそいつが正真正銘のメルクリウスだったら、流石のお前でもヤバいんじゃねえか? 何たってお前を吸血鬼にするほどの力を有していたんだろ? 相手の力が未曾有過ぎるだけに、危険が伴いすぎる」

「何だ、心配してくれているのかお兄ちゃん」

「当たり前だろ、友達なんだから」

「そうか、分かったよ」

 どうにかメルクリウスを確信しに行くという残酷な選択肢は排除できた。

 もしそうなったら、メルクリウスはメルクリウスで何をするか分からないし、自分の正体も漏れかねない。

「だが今はそういう結末で済むが、これからはどうする?」

「これからって?」

「メルクリウスをどう斃すかじゃよ。あいつは未曾有だが、手をこまねいている訳にもいかん。何か打倒策を練らねば」

 まぁそうなる訳だ。

 メルクリウス相手に、単に強いだけでは不可能だろう。魔力が高い、力強いなんてレベルなら化物ってだけで済む。メルクリウスを表現するなら、超越者……何て単語でも良いが、それだと安いだろう。この世の神とでも表現したほうがしっくりくる。あんな神嫌だが。

「ふむ……そういえば私はまだお兄ちゃんの力量を知らないな」

「そうだろうな。戦ったことないし」

 身体力を見せたといえば、チャチャゼロの初撃を回避したことくらいだろう。それ以外は一切何も見せていない。

 だが恐らく今回の連合の勇者と言うもので、藤井蓮のことが書かれていたため、気になったのだろう。

 何て言うか、吸血鬼の興をくすぐってしまうとは思わなかった……と蓮は思う。

「どうだ、一本――私と勝負してみないか?」

「勝負?」

「うむ、案ずるな。別に殺し合いをするってわけではない。遊び感覚でだ」

 遊び感覚――吸血鬼からすれば遊び感覚でも、一般人からすれば殺し感覚と何も変わらないだろう。

 まぁ一般人からすればだが。

「そうだな……お前が良い子にしてたら戦ってやるよ」

「そうか! なら私は今日から良い子になるぞ」

 キャラ定まらないなこいつと蓮は対処に困ったふうに思う。

 ちなみに今日から良い子も一つの作戦だ。こうしておくことによって、メルクリウスという存在をエヴァンジェリンから取り除ける。数日間(この別荘では)くらいしか持たないだろうが、その間にメルクリウスの対処法も考えておける。

 これぞ策士だ――と蓮も思っていた時期があった。

 

 

《2》

「お兄ちゃん、今洗い物を終えたぞ」

 手や顔に泡を付けたまま、吸血鬼――エヴァンジェリンは椅子で適当に雑誌をめくる藤井蓮のもとにやって来る。

 その姿は初めて食器の洗い方を知った少女のようで、何とも愛らしかった。実際、今しがたエヴァンジェリンは自分たちの食べた食器やらを、メイド人形の指導のもと行っていたのだ。

「ふむ、初めての食器洗いはなかなか手こずった。そこらの魔法使いより強敵だったわ」

 皿洗いに負ける魔法使い。エヴァンジェリンらしい感想である。

「次は掃除というものを習得してくるつもりだ。では早速行ってくる」

 何て、まるで無邪気な少女のように何処かの掃除に向かった。

 ――もしかして、あいつのキャラがおかしくなったのって俺のせい?

 などと思ってしまう。思わざるを得ない。

「御主人ヲ調教スルノモホドホドにシテクレヨ」

 と、片言なのかそうでないのか理解しがたい声が蓮の耳に入った。

 藤井蓮はその声の主を直ぐに判明させる。と同時に、目の前の椅子に堂々と座っていた。

 そいつはまるで小さな人形のような外見。目は虚空を見ているようで、見ていないような分かりづらい人形。まぁただの人形なら前者なのだが、生憎とただの人形ではない。

 チャチャゼロ――エヴァンジェリンとドール契約した最初のミニステル・マギ。そして連を危うくナイフで刺し殺そうとした人形。蓮の眼からは呪いの人形と変わらない。

「調教とか、そんな風に言うなよ。何か悪いことしてるみたいに聞こえるからな」

「悪イコトトハ一言モ言ッテナイゾ。逆ニ良イコトカモシレン」

「そう言ってもらえると嬉しいが、何が良いことなんだ?」

「ソレヲ聞クナヨ。シリアスハ苦手科目ナンダ」

 ゴスロリ衣装に身を包んだ人形が一丁前にシリアスなんて単語を使う。まぁ生きている年月で言うとチャチャゼロが上だろうが。

 それより、良いこととは何だろう。気になる藤井蓮である。

「デ、実ノトコロドノクライ強インダ?」

 チャチャゼロは次の話題を出す。

 その話題はエヴァンジェリンと初めて会った時と同じ内容だ。そんなに気になるものだろうか。

「御主人ガ言ウニハ、カナリ強イッテイウ曖昧ナコトクライシカ聞イテナイカラヨ。チナミニオ前ガココニ初メテ来タ時ナイフデ襲ッタノモ、強イカ強クナイカヲ確認スルタメナ」

「それを確認するためだけに殺されかけたのか」

 もしあれで死んでいたら笑い話にもならない。

「オ前ハ気ニナラナイノカ? 御主人ノ強サッテヤツ?」

「全然気にならないけど」

 藤井蓮は戦いとかを嫌う。平凡に、何の変哲もない日常の円環。それのみを求め続ける蓮にとって戦いとは無粋なものだ。

 今回のエヴァンジェリンの頼みは本当に仕方なしという感じだ。

「ヘェ、オ前ミタイナ奴ハ気ニスルタイプト思ッタンダケドナ」

「俺のどの辺が?」

「顔トカ」

「……なぁ、俺ってそんなに戦い大好き狂戦士に見えるのか?」

「見エナイコトモナイ」

「……そっか」

 泣けば良いのかこの場合と、蓮は苦悩する。

「ソレジャア俺ハ御主人ノトコニ行ッテクルゼ」

 チャチャゼロの身軽に椅子から下りる。まぁ人形だから身軽なのは当たり前か。

 そしてそのままチャチャゼロが行くかと思えば一言、言い残した。

「マァ俺ハ、オ前ト御主人ノ戦イヲ楽シミニシテイルカラヨ、期待ニ答エテクレヨ」

「はぁ……」

 蓮は溜息をつきながら、どうしたものかと頭を抱えたくなる。

 

 その後、藤井蓮とエヴァンジェリンは別荘で戦いを行うこととなる。

 

   (∴)

 

 ――何故、エヴァンジェリンがメルクリウスを憎んでいるのか……。

 それは簡単だった。

 エヴァンジェリンも十の歳までは普通の人間だったのだ。

 だが、十の誕生日の日、ある男に突然、何の予兆もなく吸血鬼にされてしまった。その男が――まぁ言うまでもなく連の父であり女神ストーカーでもある変態ことメルクリウス。

 何故、何の目的があってメルクリウスがエヴァンジェリンを吸血鬼のしたのかは不明。

 どうせ聞いたところで忘れているだろうし、ただの遊び感覚だった可能性もある。メルクリウスにとってはだ。

 だがだ。エヴァンジェリンは吸血鬼にされた時――実は復讐を果たしていたと思っていたらしい。

 吸血鬼の能力で皮肉にも吸血鬼にした本人を八つ裂きにしたと思っていた。しかしそこまで甘くなかった。

 メルクリウスを八つ裂きにして数日間、まるで嫌がらせかのように何かが脳に直接囁いてきていたのだ。その正体がメルクリウスのものだと断定するのは、そう遅くはなかった。

 故、メルクリウス――自分を吸血鬼にした男はまだ生きていると判断した。ちなみに嫌がらせのような声は、まるで飽きたかのように、いつの間にか消えていたとか。何て言っていたかはうざいので忘れたらしい。ちなみに四六時中だったとか。

 メルクリウス超うぜぇぇぇ!!――とこの時、蓮は内心叫んだ。

 しかしもう過ぎ去った物語。今更どうこう出来ないだろう。

 

 できるとすれば――メルクリウスに復讐するくらいだ。



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第七歌劇【各々の動き】

AST様、ハロルド様、感想ありがとうございますm(_ _)m
結構遅くなりました。多忙な為。しかも最後の方はむちゃくちゃかな。


ネギまは未回収の伏線が多いですので、そこらはボク独自の考えで回収していきます。


《1》

「う~、つ、疲れたぞお兄ちゃん」

 吸血鬼少女――エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルはお気に入りの天蓋ベットで横たわった。

 あれから食器洗い、部屋掃除、洗濯、植物への水遣り、料理まで様々な仕事をこなしてきたのだ。いつもなら魔法でどうこうできてしまえるのだが、慣れないことをすると、流石の吸血鬼も疲れ果ててしまう。

 元よりこのような広い別荘を、一日で上記の事をしようと思うと丸々一日は消費してしまうであろう。だがそこは、吸血鬼の身体力とメイド人形の手伝い及び適切な指導により一日でやってしまえた。

「慣れないことを無理してするからだろ」

 呆れ半分に――藤井蓮は言葉を投げかける。

 まさか本当にあんな約束を鵜呑みにし、更にはここまで真面目に働くとは思ってもみなかった。まるでゲームを買ってやると約束をした親の気分だ。

「しかし、私は一度、お兄ちゃんと一戦交えたいのだ。なら、どんな試練でも乗り越えてみせるさ」

 疲れの色MAXでエヴァンジェリンは蓮に答える。

 今まで吸血鬼がここまで疲れた姿を拝見した者は、この世の中にいるだろうか?

(下手な約束、するんじゃなかったな)

 何て後悔する。

 もうメルクリウスの対策云々の問題なぞ、蚊帳の外にやってしまっている。

「とりあえず早く浴場に行ってこい。そして今日は早く寝ろ」

 何て親めいな台詞を言う蓮。

 エヴァンジェリンはそれを聞き、

「後で入る。今は少し休ませてくれ」

 本当に疲れているご様子。このまま寝ても不思議ではないが、疲れた汗を拭き取らないと風邪を引いてしまう恐れがある。

 仕方なく蓮は、

「分かったよ。じゃあ先に入るから、ちゃんと後で入れよ」

 と母親のような台詞を言い残し、蓮は浴場へと向かった。

 

   (∴)

 

 別荘の浴場は南国リゾートに見合った作りをしている。装飾も広さも申し分ない。しかも周囲にはヤシの木を生やしている。

 藤井蓮が初めてこの浴場を見たとき、純粋に驚いた。いつもは普通の、別に広くも狭くもない語るに語れない浴場に入っていたため、これほど広い浴場は驚かずにはいられない。

 そして驚きの次に抱いた感情は、こんな広くなくても良いよな? と言う疑問だった。確かに広い浴場ってのは、どこか貫禄を感じるしこの別荘には釣り合っている。だがエヴァンジェリン一人のためにこの広さは異常だ。

「一日デ御主人ノ人格ニ異変ヲ生ジサセルトハ、中々ノヤリ手ダナ」

「どんな褒め言葉だ。別に俺はそんなつもりで言った訳じゃない」

「謙遜スルナヨ。調教ノ腕ハカナリノ物ダゼ」

「あー、もう好きに言え」

 蓮は何を言っても無駄だと思い勝手にさせる。

 現在、藤井蓮はバスチェアに座り、チャチャゼロに背中を泡の篭ったスポンジで洗ってもらっている。

 こいつに背後を取られているのは何処か不安があるが、流石にここでは何もしないだろう。

 正直一人で浴場でゆっくりしたい派の蓮だが、エヴァンジェリンがそれでは駄目だと主張した。理由を聞いてみると、一人で背中とかどうやってきれいに洗うんだとかだった。

 確かに魔法とか使っても、背中をちゃんと洗えないが、一般人は一人で洗っている。ここらは価値観の違いだろう。そこで女型のメイドドールと一緒に入ることになったのだが、流石にそれはヤバいと言い仕方なしに性別の概念がないチャチャゼロとなった。だがやはりチャチャゼロも外見が少女と変わらないため、どこか忸怩としている。

 ちなみにチャチャゼロも裸だが、人形なため、しかも中性なため特に描写すべき点はない。

「そういえばチャチャゼロは、メルクリウスって野郎のことを知ってるのか?」

「イイヤ、知ラネェヨ。ソノ男ガ最後ニ御主人ト会ッタノハ、事実御主人ガ十ノ時ダカラナ」

「そうか。じゃあチャチャゼロは別にメルクリウスのことをどうとも思っていないんだな」

「ソウダナ、ドウデモイイ存在ダ」

 と言うことは、現状この場でメルクリウスを恨んでいるのはエヴァンジェリンのみとなる。

 この場ではだが。世界中を探せば、大変なことになる。

「タダ、少シハ感謝ノ念ヲ抱イテンダゼ」

「は?」

 耳を疑った蓮は、もう一度聞き直す。

「ダカラヨ、感謝シテルッテ言ッテルンダ」

「いや待て。それは無い絶対に無い。あいつが誰かに感謝されるなんて、世界が引っ繰り返っても有り得ない」

「? 何ダ、随分トメルクリウスノコトヲ知ッテル風ニ言ウナ」

「え、ああ……あれだ、メルクリウスって奴からは悪い酷評しか聞かなかったからな」

 ――危なかった。

 あと少しで、自分がメルクリウスのことをバリバリ知る者だとバレるとこだった。

 蓮は胸を撫で下ろし、悟られないため話題を変える。何で感謝しているか気になるが。

「そう言えば、エヴァンジェリンって風邪とか引くのか?」

「魔力ガ弱ッタ時クライダナ」

「そうなのか、なら安心か」

 エヴァンジェリンは汗をかいたまま、疲労しきった体でいた。そのまま寝たら風邪を引く恐れがあったが、大丈夫かもしれない。

「何デソンナコトヲ聞クンダ?」

「慣れないことして疲れていたからな。あんな状態で、しかも汗をかいたまま寝たら風邪を引くかもしれないだろ」

「マルデオ母サンミタイナコトヲ言ウナ」

「せめてお兄さんにしてくれ」

 男なのにお母さんは嫌だ。

「まぁエヴァンジェリンが風邪を引かないのは良かったけど、やっぱり浴場にはちゃんと入って欲しいよな。体とか汚いし。あのまま寝てしまったらどうしよう?」

 何て心配をしてしまう。

 友達を案ずるのは当たり前のことだろう。

 

「お兄ちゃんよ、その心配はいらん。何故なら今、私も浴場に推参したからだ」

 

 瞬間だった。

 出入口から浴場の湯気に包まれた、一糸まとわぬエヴァンジェリンが堂々と入ってきた。

「ッ! エヴァンジェリン……!」

 突発的な登場に蓮は驚く。

 白い肌に、全く実っていない果実を連想させる容姿、端的に言うと出ているところが出ていない体だ。幼女体とまではいかないが、少女体? なのかな。

 肩から腕、そして胸……お尻へかけて、優しい曲線を描く身体のラインが否応なく目に入る。

 可愛らしい胸は、あまり成長しておらず、その一方でお尻の丸みが際立っている気がする。

 そして下腹部は……自主規制。

「ふふ、嫌だなお兄ちゃん、そんなに見つめられると照れるぞ」

「ッ、ち、違う! つうか堂々と入ってきたやつに言われたくねぇ!」

 顔を赤らめながら蓮は言う。

 と、エヴァンジェリンは何の恥じらいもみせず、蓮の言葉を無視して口を開く。

「この前見た書物に、友達同士背中を洗いっこすると、友情をより深められると記されていたのだよ。故、問われる前に答えておこう。私はお兄ちゃんと友情を深めるため、浴場に今入ってきた」

 ないに等しい胸を張りながら、羞恥一切なしに言う。

 何とも男らしい。

 いや女だけども、性的刺激があまり無いのは、蓮が少女愛好家ではない証左にもなる。

 だが、やはりエヴァンジェリンは女だ。あまり女に対しての免疫が無い蓮にとって、例え外見が少女でも、どこか激するとこはある。

「いやお前、羞恥心ってやつはねぇのかよ」

「羞恥心? 年下のお兄ちゃんに見られたところで恥ずかしくもない」

 年下のお兄ちゃんとは、随分と妙なニュアンスだ。

 てかエヴァンジェリンより年上など、この世にいるのだろうか。……メルクリウス以外に。

「さぁ背中の洗いっこをしようではないか、お兄ちゃん」

「既にチャチャゼロに背中は洗ってもらったから」

「なら前を洗おう。ごしごしと、綺麗にしてやる」

「前?」

 想像してみる蓮。

 すると、まぁ規制されそうな絵面が展開されたため、首を横にふる。

「駄目だ。明らか場面的にヤバい」

「心配するな。もう隠す仲でもないだろう?」

「曝け出す仲にもなった覚えはない」

「ああ言えばこう言うの。なら私の背中を洗ってくれ。それなら良いだろ?」

「まぁ、その程度なら」

 大丈夫だろう。

 妹の背中を洗うだけと考えたら健全だ。いや、妹の背中を洗うなんて須くして当たり前の所業の一つ。何を恥じることがある。

 何て言葉が蓮の頭を支配してしまった。

 エヴァンジェリンはバスチェアに座る藤井蓮の前にバスチェアを持っていき座る。

「……」

 目の前に白い肌で、まるで人形のようにシミも何もない美しい肌、柔らかそうな身体がアップで映らせる。

 特にこの幼そうな肩甲骨が何とも可愛らしい。

「ふむ、洗って良いぞ」

「ああ」

 蓮は泡のたったスポンジを手に、エヴァンジェリンの小さい背中にあてがう。

 まるでガラス細工を取り扱う慎重さで、ゴシゴシと非常に優しく丁寧に、上下にスポンジを動かす。

「結構あれだな、普通の少女と変わらないよな、お前の肌って。弱々しくもどこか強い芯の通ったっていうか、吸血鬼独特の美しさって言うか」

 蓮はどこか変な語彙になりつつも、エヴァンジェリンの肌の綺麗さには本当に見蕩れている。

 と、蓮が心奪われていると自然に擦る力が強まり、

「はふぅ、ん、んあ、あぁん」

 何て艶かしい声をエヴァンジェリンは上げた。

 それに対し蓮は驚き、

「な、何変な声出してんだよ」

 少し顔を赤らめて言う。

「いきなり力を強く入れるからだろ。さすがの私もビビッたぞ」

 まぁ半分マジ、半分わざとだがと、エヴァンジェリンは心中呟く。

 今のエヴァンジェリンは何故か蓮を弄りたくて仕方ないのだ。

 そんなことを知らない蓮は、

「わ、悪かった。次はもう少し優しくする」

 と、再びエヴァンジェリンの背中をスポンジで目に見えない汚れを落とす。

 弄りたくて仕方ないエヴァンジェリンは再び同じく艶かしい声を、半分は本気で上げる。

「あ、あん……ふあっ、あぁぁ」

「だから何なんだよその声は! 結構優しくしただろ?」

「だって、気持ちよかったんだもん」

「何がもんだ。アタマ大丈夫かお前」

 つかキャラ崩壊というより、キャラが全然定まってねぇしと、蓮は毒づく。

 そんな中でもエヴァンジェリンの背中を洗っているのは、蓮が律儀だからだろう。

「もういい、お前が何を言っても突っ込まねぇ」

 こいつはどうせ何を言っても基本効かないことを把握している蓮は、止めるのを諦め背中を洗うことに集中する。

 だがエヴァンジェリンは蓮の言葉など知らぬ風に、まだ続ける。

「ひゃあんっ、んや、あ、あんっ……お、お兄ちゃんの好きにして、いいよ。どんな風にされても、感じるから」

 これの何がタチ悪いかと言うと、半分は本気で感じているとこだ。

「あぁ、やぁっ……ああぁぁぁああああん!」

「…………」

 こいつ、規制くらわないかなと、蓮は心底願ったのだった。

 

   (∴)

 

 時刻不明……坂上覇吐は、何やら薄暗く静謐に満ちた寂しい空間にいた。遺跡なのか、石造りが目立つ場で随分と古びている。

 目の前にはフードを深く被った少女のような者がおり、そいつが黙々と奥の方へと歩み続ける。

「……なぁ、あんた一体俺を何処に連れて行きたいんだ?」

 覇吐はここに入ってからの沈黙に耐え切れず、口を開いた。

 此処に来るまでは、「我に付いてこい」や「我の目的の成就は、世界を護ることと同義じゃ」などと一方通行の如く会話が紡がれていた。だが此処に入るや否や、急に黙りだしたのだ。

 そんな顰蹙な展開のせいで、覇吐は言った。

 しかし予想外にも、フードの少女は逡巡なく答える。

「我の現状の維持区……と言っても分からんじゃろ? 案ずるな、もう直ぐ着く」

「本当にもう直ぐかよ。入って一時間は経つぜ」

 覇吐は思った。

 こいつは婆口調だ。外見年齢と精神年齢は大幅に違う亜人だろう。

 そうなら、こいつの言う直ぐは1時間を経つかもしれない。年寄りの直ぐは若者からしたら遅い。

「おい。今とても失礼なことを考えなかったか?」

「! いや、何も考えてねぇぜ。そのフードの下が気になるなと思っただけだ」

 内心読まれ、覇吐は少しギョッとする。

 そして途端について嘘で誤魔化す。

「フードの下? 成程、確かに気になっても仕方がないか」

 そう言って、少女はフードに手をかける。

「別に隠す必要ないしの」

 と、フードを掴んだ手を引っ張り下ろし、少女の顔がさらけ出される。

 若干ピンク色を帯びた赤色の髪に、翡翠色の大きな瞳が覇吐を見た。

「これが我だ。しっかりと脳裏に焼き付けておけよ」

「…………」

 覇吐は予想に反して、心を奪われてしまった。

 見た目は少女だが、その威圧感は王妃を思わせる程のオーラを発している。

 顔立ちは整っており、修正点が一切思いつかないくらいだ。

「それと自己紹介がまだじゃったの」

 少女は歩みを止め、覇吐の方を向き名乗る。

「墓所の主であり――ウェスペルタティアの者じゃ」

 これが覇吐とウェスペルタティアとの邂逅となる。

 そしてこの展開が、これからの物語を大きく変えることとなる。

 

 

《2》

「彼がガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグです」

 紅き翼の一人――アルビレオ・イマが一人の中年男性をメルクリウスに紹介した。

 タバコを咥えており、メガネを掛けている。無精髭を生やしており、どこか警察の警部さんの匂いを漂わせている。

「そしてこの少年がタカミチ。ガトウの弟子らしいです」

 ガトウと呼ばれた中年の傍らに、どこかガトウ似の少年が立っている。

 だが正直、メルクリウスはこんな二人などどうでも良いので、心底適当に答える。

「私はメルクリウス。適当に覚えておくと良い」

 まるでそこに自分がいないような、空虚な形で言った。

 事実、メルクリウスにとって、この二人の存在……否、マルグリッド以外ただの目障りな存在でしかない。

「これからは仕事を共にする仲になるだろう、俺の方もよろしく」

 ガトウは会釈だけする。

 どうせ握手を交わそうにも、目の前の男はそれに答えないだろうと思ったからだ。

「して、早速で不躾だが、一つ聞いて欲しい」

 ガトウはメルクリウスに言うことがあった。

 既にナギ達には言い終えたこと、それをメルクリウスに言う。

 それは――

「秘密結社『完全なる世界(コズモエンテレケイア)』について」

「……」

 完全なる世界――現状、未だ謎に包まれた組織。まだ憶測になるが、組織の者が連合・帝国の中枢に入り込んでいると思われる。これが戦争が続く原因。そう、戦争があると儲かる奴らが作った組織だと。現在はこの程度の詳細しか分からないが、日に日にそれが確証に近づいている。

 だがメルクリウスにとっては、本当に他人事。

 完全なる世界? 頭に留めておく価値もない程度だ。

「この事をもう一人の少年にも伝えて欲しいんだ」

 ガトウが言う。

 そのもう一人とは藤井蓮のことを指す。

「ああ、会ったら伝えておこう。では、私は多忙なため失礼するよ」

 慇懃な態度で、メルクリウスはその場から去っていく。

 多忙と言ったが、それはストーリー制作のため。次作、Dies iraeの為だ。

 だが戦争が終わらないければ上映されないため、戦争に対して若干奮起しているのもある。もしそうでなければ、ガトウなどに会いにこないだろう。

「師匠、僕はあの人が苦手になりました」

「いきなりだね」

 突然、弟子のタカミチがそんなことを言った。

「あの人は見るからに怪しい。多分、あの人に命を助けられても好感は持てないと思います」

「確かに俺も、辛気臭い男ではあると思うが、見た目で判断したら駄目だろう。ちゃんと皆で笑い合える男かもしれん」

 メルクリウスが皆と笑い合っている姿を……想像できないのはどうしてだろうか?

 未知すぎるからだろう。

「では俺たちも引き続き『完全なる世界』について調査を進めよう。全てが終わる前に」

 

  (∴)

 

 蓮は浴場から出ると、完全にのぼせてしまっていた。誰かさんのせいでだ。

 同時にエヴァンジェリンも蓮を弄るので必死になり、同じくのぼせてしまった。これは自業自得だ。

 チャチャゼロはチャチャゼロで、いつの間にか浴場から上がっていた。何やらしていたが、気にはしなかった。

「う~、あ、熱いぞ」

 エヴァンジェリンがソファに横になり、グッタリとしている。

 湯気がたっており、どれくらい長く浴場にいたかを物語っている。

「お前がバカな真似するからだろ」

 蓮も同じく体から湯気が立ち込めている。

 これは決して湯に浸かり過ぎたせいではない。女に免疫がない蓮に対し、エヴァンジェリンの艶かしい声を聞き続けたせいだ。初心に近いだろう。

「後悔している。まさかここまで疲れるとは思わなかったんだ」

 エヴァンジェリンはゆっくりと腰を起こし、ソファにもたれる。

「それじゃあ、私はもう疲れたから、寝てくるとする」

 ゆっくりとエヴァンジェリンは立ち上がろうとする。

 その瞬間……チャチャゼロが二人のもとにやって来た。

「ヨォ御主人、藤井蓮。チョットイイモノヲ持ッテキタゼ」

 と、片手に持っている黒い録音機のような物を見せつける。

 そして間髪いれず、それのスイッチを入れた。

 ザザザと言う機械音と共に、そこから藤井蓮とエヴァンジェリンの声が聞こえてきた。

『もう少し優しくする』

『あ、あん……お、お兄ちゃんの好きにして、いいよ』

『そうかよ、じゃあ好きにする』

『ひゃあんっ、んや、あ、あんっ……ああぁぁぁああああん!』

 浴場でのセリフを音声編集して作られた声だった。

 しかも背景音や音量調整なども巧く作り変えられている。まさに超技術だ。

 蓮はそれを聞かされ顔が青ざめた。

「ドウダ、音声ダケ聞イテルトヤバイダロ?」

「……何が目的だ?」

 これは脅迫に間違いない。

 こんなものを流出させられた暁には、もう街を堂々と歩けない。

 紅き翼の一人がロリコン疑惑……などと言う噂が出回る。こんなことになったら、日常には永遠に帰れないだろう。

 最初は壊そうとも思ったが、恐らくバックアップは既にあるだろうから、意味はない。

 そしてチャチャゼロがその目的を言った。

「御主人ト戦エ」

 それがチャチャゼロの目的だった。

「ソウスレバ、コノ録音機ハ永遠ニ封印スル」

 とのこと。

 蓮は仕方なく溜息をつきながら首を縦に振ろうとした瞬間――

「おいチャチャゼロ。私はそんなことをしてまで、お兄ちゃんと戦いたくないぞ」

 まさかのエヴァンジェリンから援助がきた。

「私は私の力でお兄ちゃんを頷かせる。そんな醜い手など使わずにな」

「……」

「それにそんな手を使えば、友情に罅が生じる。私はそんな下らぬことで、お兄ちゃんとの絆を崩したくないのじゃ」

「エヴァンジェリン……」

 何か少し感銘を受ける蓮。

 まさかここまで自分のことを大切にしていてくれているとは思わなかったのだ。

「仕方ネェナ。今回ハ諦メルカ」

 今回はとは、まだ諦めていない証拠だ。

 また何をされるか分かったものではない。

 故、蓮は無意識に笑みを浮かべながら、エヴァンジェリンに言う。言ってしまった。

「しょうがない。明日、お前と一戦交えてやるよエヴァンジェリン」

 それを聞いたエヴァンジェリンは、

「ま、待て。私はまだ何も良い子になってないぞ」

 当惑した面持ちで言う。

 だが蓮は、

「いや、お前は既に良い子だったよ。だから約束通り、交えてやる」

 エヴァンジェリンはポカンとした顔になり、どう答えて良いか分からなくなった。

「何だよ、嫌になったのか?」

「い、嫌なわけないじゃろ! ただ嬉しすぎて答え方が見つからなかったのじゃ!」

 声を荒らげて言った。

 老人口調になったのは、本当にノリなのだろうか?

「じゃあ明日、下の浜辺でな」

「うむ、分かった」

 

 ――こうして明日、藤井蓮とエヴァンジェリンが模擬戦を始めるのだった。



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第八歌劇【刹那VS吸血鬼~水銀】

多忙だったため遅くなりました。遅くなった割に、話はほとんど進みませんm(_ _)m

一応、後3話までに、麻帆良学園篇に移行する予定です。
そして、この小説を書いているとき、ネギま25巻231時間目のアルの黒スーツ姿が、どこぞの血を武器に使うチートキャラそっくり。


 真祖の吸血鬼であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは、魔法界でも上位に君臨する強者。

 魔力は勿論のこと、一番注目すべき点は身体力にある。

 並みの魔法使いならエヴァンジェリンが魔法を使うまでもなく瞬殺可能。更にそれから魔力を行使すると反則レベルの力を有する。

 明確な弱点は勿論ない。いや、確認されていないのだ。

 そして更に言うには負け無し。

 今まで数多の人間や魔法使いに死と隣り合わせの殺し合いを続けてきたが、一度も負けていない上、かすり傷すら負った試しが無いのだ。

 吸血鬼成り立ての頃はまだまだ身体の扱い方など分からず、死にかけたことがあったが、戦闘の仕方を覚えてからは無双に等しい。

 故、ちょっとした攻撃が普通の魔法使いからしたら死に値するほどの力を持っているのだ。

 

 そんな吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)を相手に、これから藤井蓮が模擬戦を始める。

 

   (∴)

 

 別荘の浜辺――海水浴をするならこれほど打って付けの場は滅多にないだろう。

 だがこの場で行われるは戰。

 海水浴なんて遊びではない。戦いという干戈を交えるのだ。

 向かい合う藤井蓮とエヴァンジェリン。友と友。ツァラトゥストラと真祖の吸血鬼。永遠の刹那と闇の福音。

 並みの者なら干渉することすら許されない戦い。

 それが化物を超越した者。一つの戦争レベルの戦いなのだ。

「ふむ、では始めようか」

 何やら動きやすそうな、黒い露出度の高い際どいドレスを身に纏っている。

 とても戦いをする前の者の衣装とは思えない。

 だが蓮も蓮で、普通の私服。同じくとても戦い前の衣装とは思えない。

「いつでも、好きにしろ」

 両者、構えなし。

 そもそもこの二人に構えなんて言う概念は持ち合わせていない。

 何故なら――

「そうか、なら」

 構えなど意味を持たないから。

 この二人は始まりと同時に瞬間的速さで動くからだ。

 先手はエヴァンジェリン。まるで距離を縮めたかのように、一瞬で蓮の背後を取っていた。

 そして放たれるは岩をも軽く打ち砕く、閃光のような蹴り。

 常人ならこの一撃で終了だろう。しかし藤井蓮は常人ではない。何たってメルクリウスの息子であり、紅き翼の一人でもあるのだから。

「ッ!」

 蓮は空間をも引き裂きかねない蹴りを、身を翻して躱す。

「流石だな。だが、まだまだ続くぞ」

 躱されることを既に予測していた。故に、継続的に続く攻撃は万事に等しい。

 電光石火の如く放たれる吸血鬼の攻撃。目視不可の雷撃のような速さで繰り出される、一発一発が必殺になる連撃を、藤井蓮は全て紙一重で避けきる。

「ほう、やるな」

 エヴァンジェリンは賞賛の声を上げる。

 吸血鬼の力を自在に操れるようになってから、無双ゲームのように敵を薙ぎ倒してきた。だからこそ、戦いに飽いていた。弱い敵を蹂躙するだけのゲームなぞ、何が面白い。

 故に、だからこそエヴァンジェリンは人生に飽きかけていた。だが、世界は広いと今ここで実感したのだ。

 蓮は、藤井蓮は強い。自分と互角か、それ以上に。

「だから、掛かってこい! お兄ちゃんの力を見せてくれ!」

 エヴァンジェリンは攻撃を制止し、旋転しながら後退する。

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック――氷の精霊17頭 集い来たりて敵を切り裂け(セプテンデキム・スピリトゥス・グラキアーレス・コエウンテース・イニミクム・コンキダント)」

 始動キーを解除し魔力回路を開くと同時に、唱えるは魔法の呪文。

 放たれるは敵を討つ魔法。

「『魔法の射手・連弾・氷の17矢(サギタ・マギカ・セリエス・グラキアーリス)』!」

 鋭い氷の矢が、藤井蓮に殺到する。

 数にして17。魔法学校でも習うような攻撃魔法だが、エヴァンジェリンほどの魔法使いが使えば相手を殺めることも可能だ。

「生憎、俺はそう言った魔法が苦手な質なんだよ」

 藤井蓮は基本、魔法を使わない。

 それが故、対魔法の力も勿論心得ている。

「血 血 血 血が欲しい ギロチンに注ごう 飲み物を ギロチンの渇きを癒すため」

 唱えるは自分の力を活動させる祝詞。

「欲しいのは 血 血 血」

 膨れ上がる殺意の魔力が、横溢した分だけ何かを放出せんとしている。

「『マルグリット・ボワ・ジュスティス』!」

 それは不可視の切断現象を発生させ、飛来する氷の矢を纏めて一刀両断する。

 切ると言う概念に特出した力。これは魔法とは一味違う攻撃であり、故に魔法障壁などの展開系防御魔法などは意味を持たない。

 それを本能的に理解したエヴァンジェリンは、

「成程、初見の頃から感じていたが、お兄ちゃんは普通の魔法使いとは何段も違うようだ」

 笑みを零しながら、ようやく全力で戦える相手を見つけたと言う鋭い目つきへと変わる。

 自分と戦える相手なんて、もうこの世界には十人といないと思っていた。しかし、こうも簡単に自分と拮抗できる相手と、友と出会えたのだ。

 ようやく、生きている実感が湧いた。

「お兄ちゃんの力を分析したいのもあるけど……今、この一瞬を楽しみたい。だから、最後まで付き合ってくれよ、お兄ちゃん!」

 奮起する。興奮する。

 これこそ戦いの醍醐味。天井知らずに上がるエヴァンジェリンの魔力。

「行くぞお兄ちゃん! 今、私の全てを曝け出してやる!」

 膨張しきった魔力がエヴァンジェリンから顕現する。

「来たれ氷精 闇の精 闇を従え吹けよ常夜の氷雪(ウェニアント・スピーリトゥス・グラキアーレス・オブスクランテース・クム・オブスクラティオーニ・フレット・テンペスタース・ニウァ-リス)」

 エヴァンジェリンの周囲で渦巻く暗黒の激流。

 そこから放たれるは、

「『闇の吹雪×16(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス・セーデキム)』!」

 奔流する闇の吹雪。

 手加減無用の攻撃。否、藤井蓮を前に手加減をすれば一瞬で負けてしまうだろう。

 故に常時本気、死ぬ気で戦ってこそ、楽しめる相手だと判断した末の決断だ。

「チッ、規模がでけぇ!」

 藤井蓮は疾風のように駆ける。

 闇の吹雪が浜辺を抉り、破壊のみを実行していく。

「甘いぞ――お兄ちゃん!」

 だがその魔法はあくまで布石を投じた程度。

 狙いは蓮が避けた後の一瞬の隙――

「――ッ」

 投擲される鋭い爪。

 猛獣のようになったエヴァンジェリンの刃のような爪が、藤井蓮へ襲いかかる。だが、それを蓮は右腕で何とかガードする。

 しかし吸血鬼の膂力は藤井蓮を超えるため、防御が貫かれ吹き飛ばされた。

「ガッ」

 藤井蓮は海の方まで軽く吹き飛んだが、直ぐ様態勢を立て直し……海の上に立つ。

「まだまだ行くぞ!」

 海の方面へと吹き飛ばされた藤井蓮へと飛行し、そのまま攻撃に入る。

「来たれ氷精 大気に満ちよ 白夜の国の凍土と氷河を(ウェニアント・スピリトゥス・グラキアーレス・エクステンダントゥル・アーエーリ・トゥンドラーム・エト・グラキエーム・ロキー・ノクティス・アルバエ)」

 エヴァンジェリンの手に氷が張られる。

「『こおる大地(クリュスタリザティオー・テルストリス)』!」

 世界が凍る。

 藤井蓮の目の前の空間が平等に全て凍てついていく。

「速いっての」

 藤井蓮は不可視の切断現象を発生させる。

 まるで颶風の刃、鎌鼬の勢いで放たれる切断は物質ならあらゆる物を例外なく切る。

 故に目の間に迫って来ていた氷の世界は必然的に、切断させる。

「さぁ見せてくれ、お兄ちゃんの力を。まだ何かを隠しているのだろう!」

 三次元空間の大気が氷点下にまで下がっていく。

 藤井蓮の力を見たい……その欲望がエヴァンジェリンを動かす。欲望が怒涛の嵐を生み出し、休むことのない攻撃の嵐を作り出すのだ。

「『氷神の戦槌(マレウス・アクィローニス)』!」

「しま――ッ!」

 氷の惑星がエヴァンジェリンの掌の上に創り出され、それを蓮の背後から放つ。

 蓮はこおる大地に意識がいっていたため、それに反応することができなかった。故に巨大な氷塊は藤井蓮に吸い込まれるようにして墜落する。

「クッ!」

 かなり強引に身体を捻り、真横に跳ぶ。だが完全に避けきることは出来ずに、肩が脱臼したかのような痛みに襲われる。

「まだ本気を出してはくれんか。なら――これでどうだ」

 瞬間、横に跳んだ蓮の足元に魔法陣が現れた。

「これは……ッ?」

 パキパキと、蓮の手が凍っていく。それが徐々に全身を蝕んでいくところを見るに、最終的に全身が氷漬けになるのだろう。

「『凍てつく氷棺(ゲリドゥス・カプルス)』。さぁ、速くしないと、私の圧勝で終わるぞお兄ちゃん」

「……面倒な友達を持ったな俺も」

 一瞬にして下半身が凍りながらも、蓮は冷静に笑みすら零しながら、自分に宿る力を顕現させる。

 ――そうか、ならもはや迷いはない。お前に俺の力を見せてやる。

 

「形成――

 時よ止まれ(Verweile doch)――おまえは美しい(du bist so schon)」

 

 そうして右腕にギロチンが落下した。

 黒色の異形と化し、肘あたりから鎌のような形の黒刃が伸びる。

 これはギロチン。処刑道具であり、人を殺すためだけに存在する力。それ以外に使い道はなく、故に殺す面に異常なまでに特筆している。

 そう、例え相手が不老不死だろうとそれは変わらない。

 首を刎ねられれば神だろうが殺せる異常な力。

 それがメルクリウスにより与えられた力であり、この世に生を授かると同時に一心同体として産まれた畸形の力でもある。

「…………」

 エヴァンジェリンは驚愕のあまり、瞠目のあまり絶句する。

 内に渦巻く殺意の奔流、未知に満ちた嵌入しない魔力。

 解らないが故に面白い。解らないが故に楽しめる。解らないが故に本気を出せる。

 なら――

 エヴァンジェリンも真剣の本気を使う。

「解放・固定(エーミッタム・エト・スタグネット)――『千年氷華(アントス・パゲトゥー・キリオーン・エトーン)』」

 エヴァンジェリンの掌の上で渦巻く、膨大な魔力。

 まるで氷の宇宙が掌の上で収まっているような感覚すら覚える。その密度、一度放てば半永久的な凍結は免れないだろう。

 エヴァンジェリンはその力を――

「掌握(コンプレクシオー)」

 握りつぶした。否、取り込んだのだ。

 これがエヴァンジェリンの真骨頂。

 闇の魔法に部類される、危険極まりない魔法だ。

「術式兵装(プロ・アルマティオーネ)――『氷の女王(クリュスタリネー・バシレイア)』」

 纏うは氷。

 今エヴァンジェリンンは氷の化身と成り、同時に総合的力も急増した。

 これでお互い本気と言って良いだろう。

「それが、エヴァンジェリンの本気か」

「然り。私が何百年と生きる中で、まだ数度しか行使していない稀覯な魔法だ」

「そいつはまた、レアな物を俺は見てるってわけだ」

「まぁな。どうだ、凄いだろ?」

「少しは驚いた」

「少しじゃ済まないぞ。見せてやる――私の本気を!」

 激突する。

 今、最強と最強が本気の戦いを繰り広げる。

 

   (∴)

 

 あれから数刻、ナギとラカン、アル、詠春はガトウに連れられ本国首都にやって来た。

 そこで待っていたのはウェスペルタティア王国の王女――アリカ・アナルキア・エンテオフュシア。

 アリカ姫――ウェスペルタティア王国の王女。帝国と連合、二つの巨大勢力に挟まれ翻弄され続けた。そして彼女は自ら調停役となり戦争の終結を願ったが、それは叶わなかった。故に、ナギ達に助けを求めてやって来たのだ。

 戦争の集結が叶わなっかた訳……それは『完全なる世界』の仕業。

 そこでいよいよ『完全なる世界』を捨て置くわけにはいかず、独自にナギ達は内偵を開始することにした。

 しかしラカンやナギは密偵に向いていないため除外。メルクリウスは連絡がいかないため除外。

 それから数日の時が流れ――この時、藤井蓮は別荘――ガトウが遂に『完全なる世界』の尻尾を掴んだ。

 そいつは執政官――メガロメセンブリアのナンバー2までが『完全なる世界』の手先へと化している。そしてその情報を掴んだ瞬間に――街を連れ回されていたナギと、連れ回していたアリカが襲撃された。

 しかしながらナギは紅き翼の実質リーダーと言っても過言ではない人物であり、アリカ姫は頭の回る姫様だ。故、二人が手を組み襲撃してきた敵の下部組織を壊滅させた。

 そして遂に重要な証拠を入手し帰ってくる。詠春には酷く怒られたが。

 後にアリカ姫は帝国側の第三皇女しに単独で向かう。

 

 最後に――そのことをガトウはマクギル元老院議員に伝えた。

 この後、大仕事が紅き翼に待っていると知らずに。

 

 

《2》

「ザジ・レイニーデイとザジ・レイニーデイで双子の姉妹か……て、分かりづらいわ!」

 静謐な空間に――坂上覇吐の大声が木霊する。

 現在、ウェスペルタティアの者と言った少女に連れられ何やら隠し場所めいた広い空間にいる。

 少女が言うには、世界最古の都である王都オスティア空中王宮最奥部――『墓守り人の宮殿』ってとこらしい。そこがどれだけ凄く、ヤバい場所なのかは覇吐は知らない。

 そしてその覇吐の前には二人の、褐色の少女がいる。

 瓜二つの外見であり、同姓同名。口癖がポヨと付く方が姉という事は分かったが、それを除いてしまえば見分けが全くつかなくなる。

「…………」

 ――胸も、腰のくびれも、身長も全部同じだな。双子か……何かそそるな。今宵の夕飯は姉妹丼かな?

「気持ち悪いことを考えてるなポヨ」

「え、いやいや考えてないぞ。双子だから、何かそそるなとか、挟まれてみたいなとか思っちゃいねぇぞ」

「図星どころか、全てを曝け出しちゃってるよ」

「あ、いけね。ギリギリセーフ」

「セーフじゃないだろ」

 ――まぁあれだ。ポヨでこれからは見分けを付けよう。

「自己紹介はもう良いか? そろそろ本題に入りたいのじゃが。時間は惜しいのでな」

 少女が話に割って入る。

 フードを取った少女の顔立ちは、どこかフィリウス・ゼクトを連想させる。まるでゼクトが長髪になったかのような面持ちだ。

「ああ、良いぜ。俺もそろそろ聞きたいとこだったしな」

「ふむ、まずは……そうだな」

 沢山話す事柄があるのか、何から話すか悩む少女。

 そして、悩んだ末、予想の斜め上をいった。

「お前の兄――波旬と言うものについて語り聞こう」

 

   (∴)

 

「――と言う訳で、藤井君を探してきてほしい」

 ペラペラ述べた後……青山詠春は、メルクリウスにそう言った。

 一通り、今までの惨事を述べ、これから元老議員の元に行くのだが、同じメンバーの消息を確認しておきたいのだ。

 メルクリウスは多少悩んだ後、

「承知しよう」

 とだけ言い、メルクリウスは藤井蓮を探しに行った。

 詠春は踵を返し、

「……つかめん男だな。まるで霧か何かに話しかけているような、滑稽な姿を想像してしまう」

 何て思った。

 

 しかし、この命が後々、藤井蓮を修羅場へと変える。

 

   (∴)

 

 時系列的に、エヴァンジェリンVS藤井蓮が終結した別荘。外の世界ではナギとアリカ姫が襲撃された辺り。

 破壊された建物は魔法により直ぐに修復され、現在は晩飯の時間。

 二人は無傷の状態で、食事をしている。

「お兄ちゃんはあれだな。優しすぎるな」

「は? 何の話だ?」

「とぼけるか。模擬戦の中、お兄ちゃんは私に危害が及ばぬよう、配慮しながら戦っていただろ?」

「誤謬に等しい間違いだな。吸血鬼相手にそんな配慮できる訳がないだろ」

 吸血鬼相手に手を抜くに等しい戦いぶりを出来るなんて、かなりの実力者でない限り不可能だ。

 しかし――

「しかしだ。事実、お兄ちゃんは私に傷一つ付けていないぞ。あの激戦の中、私と拮抗した戦いの中で、その行為は神業と同等の所業だ」

「買い被りすぎだ。俺はそこまで強くないし、相手を配慮するほど器用でもない」

「そうか、私の目にはそうは映らなかったが」

 エヴァンジェリンは脇に置いていた、グラスに入った赤ワインを飲みながら、

(それに、お兄ちゃんめ、まだ私に何か力を隠していたっぽいしな)

 なんて考察をした。

 

   (∴)

 

 時系列的にメルクリウスが詠春から藤井蓮を探し出す任を請け負った時、

 彼は既に藤井蓮の居場所を把握していた。

 だが特に手を出す必要はなかったため、詮索も何もしなかった。故に、藤井蓮の居場所は知っているが、そこに自分を憎む相手がいるとは知らない。

 しかし今回は正式に頼まれたため、仕方なしに藤井蓮のもとへ行くこととなった。

「成程、我が息子は随分と面白い場所にいるようだ」

 

 こうして、近々メルクリウスとエヴァンジェリンが対峙することは言うまでもなかった。

 



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第九歌劇【水銀との対峙と覇吐の紳士道】

AST様感想ありがとうございますm(_ _)m
今回は予想以上に話が進みました。あと一話で学園篇に入れるくらい。
タグにないPARADISE LOSTのネタを使ったけど、神様シリーズだから良いかな? ドラマcdネタも入ってます。

あと、本編で誤解されそうなので言います。
ボクはホラー映画が大好きです。スーパーナチャラルとか死霊館シリーズとか。


《1》

「死ねェェェェエエエエエエ! メルクリウスゥゥウウウウ!!」

「随分と元気な女子だ。しかしそのような抱擁、私は受け付けんよ」

「抱擁? ほざくなよクソ魔法使いがッ! これをどうみたら抱擁に見えると言うんだ!」

「ハハハハハ、そのような稚拙に等しい突進、それ以外に何がある」

「クソ、この人を……否、吸血鬼を小馬鹿にした声調に台詞、忘れたくても忘れることなぞ無理だな! だが貴様を殺せば、過去を一つ清算できるのもまた一つ。故とっとと死に晒せ!」

「吸血鬼と言う者は、皆総じて私を嫌うようだ。昔遊んでやったどこぞの中尉も、私を酷く憎んでいた」

「ウガァァアアアアアア」

 

 ……いきなりで申し訳ない事この上ないが、現在ある二人が大喧嘩(?)をしている。

 ある二人と言いつつ、一人は既に名前を出してしまっているし、もう一人の方も吸血鬼と言うヒントを与えられている。

 しかも一人は相手をかなり恨んでおり、もう一人はそれ相手に遊んでいる。

 ここまでヒントがあれば、もう誰だか分かるだろう。

 そう……吸血鬼と言っているのが、真祖の吸血鬼であり大犯罪者――エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

 そして吸血鬼に殺されそうになっているのが――カール・クラフト=メルクリウス。

 現在、エヴァンジェリンが本気でメルクリウスを殺そうとしているのだが、メルクリウスは不敵にも似た笑みを浮かべながら、全ての攻撃を軽く躱している。こんなこと、普通の魔法使いなら瞬殺KOだが、生憎とメルクリウスは普通ではない。

 故、当たらない。

 もはや戯れ合いのようにも映ってしまうかもしれない。

 そんな有り得ない光景がエヴァンジェリンの友達であり、メルクリウスの息子でもある――藤井蓮の目に映っている。

 藤井蓮は頭を抱えながら溜め息混じりに呟く。

「何で、こうなったんだ……?」

 

   (∴)

 

 メルクリウスとエヴァンジェリンが対峙する前――

 蓮はいつも通り別荘で日常と言うなの日常を過ごしていた。

 日常……そう日常なので、特に描写すべき点が一切無いわけだが、メルクリウスと対峙するちょっと前の日常を軽く描写しよう。

「ふむ、最近面白い映画が無いな」

 ソファにゴロ寝をしながら映画鑑賞中のエヴァンジェリン。

 吸血鬼どころか、もはや少女とも思えなくなった。この姿はアレだ……弛んだ主婦だ。

 現在見ている映画は、戦争前に公開されたDies irae -Also sprach Zarathustra-だ。

 評価は今一の作品。無駄に公開前の予告ムービーに力を入れ過ぎ、一部からは詐欺と言われた。作品としては脚本家を複数使って作られたとしか思えない一貫性のない作品になってしまったらしい。しかも伏線が残したまま終了した為、叩かれてもいる。

 しかし出演者は豪華だったため、次作完結作を製作中とか何とか。

「このDies iraeと言う映画、悪くはないのだが、何故に大隊長戦をあれ程萎えるオチを付けたんだ。キャラ崩壊も良いとこじゃ」

「…………」

 キャラが未だに定まっていないお前がそれを言うかと、蓮は心の中で密かに思う。

 時々ババァ口調になるエヴァンジェリンでした。

「この赤騎士が倒された時のぎぃいいああああああああああああああああああ!は黒歴史だな」

 見終わったのか、テレビを消し感想を述べると立ち上がった。

「よし、少し外に出ようか。ビデオショップに行き、映画のビデオでも借りようではないか」

「ああ分かったよエヴァ」

 大犯罪者であり、真祖の吸血鬼様であられる方の発言とは思えないが、もう突っ込むまい。

 ちなみに藤井蓮はエヴァンジェリンのことをエヴァと言うことにした。

 あ、何故かって……長いから。

 思えば久しぶりに外に出る。

 正直に言えば、エヴァンジェリンと模擬戦をしてから一度も別荘から出ていない。故に、何ヶ月も別荘に滞在していたことになる。

 見方を変えればニートと同義だ。

 

 ――そんな訳で、外であるメセンブリーナ連合の小国へとやって来た。謂わば地方都市。

 本国の首都ほどの賑わいはないが、充分だろう。

 しかし戦争中にも関わらず、こうして平和ということは被害などあまり受けていないからだ。

「無辜の民とは言え、戦争中だぞ。少しは警戒意識を持ったらどうだと私は常々思う」

 確かにその通りだ。

 いくらこのような地方都市めいた場所で、尚且つ狙われないからといって、ここまで平和状態で良いのだろうか。

「人は日常の円環を自然と守ってるんだよ。だから、こうして戦争から目を逸らして生活してるんだろ」

「お兄ちゃんらしい台詞だな。日常を愛し、非日常を嫌う……他人から詰まらない人間と言われたことは何回ある?」

「言われたこと前提かよ」

「まさか言われたことが無いと言うのか。あっ、そっか、お兄ちゃんはそう言ってくれる友達がいなかったな」

「お前は人の心を抉るのが好きなのか?」

「好きか嫌いかで問われれば、好きと言わざるを得んな」

「そうか、多分お前は友達が減るタイプだから気をつけろ」

 もはや自虐に等しい言葉を言い合っているようにも見える。

「案ずるなよ。私の友達は、お兄ちゃんだけだ」

「…………」

 急に、ちょっと嬉しいことを言うから困る。

「ほう、照れてるのか?」

「照れてねえよ」

「ハハーン、お兄ちゃんは本物のツンデレと見たぞ」

 ツンデレと言う単語を使うとは、随分と現代の俗語が浸透した吸血鬼だ。

 書物に登場する吸血鬼は狡猾であり、カリスマ性が溢れていたりするが、目の前の吸血鬼はどうにもそれに当てはまらない。

 ギャグ漫画なんかに出てくるダメな吸血鬼が適切だろう。

 初めて会った時の面影が一切ない。

「ふむ、その解釈で行くと、お兄ちゃんは嬉しくて仕方ないのだな。可愛いやつめ」

「ああもう好きに解釈しろ」

 何て、ショップに行くまでにバカな会話が繰り広げられていたのだった。

 

 ――ビデオショップにて。

 元来魔法世界風に言い換えると正式名称は違うが、ここはビデオショップorビデオと代弁している。

 店内の広さはまぁまぁ。広いとも狭いでもない中途半端な広さ。

 しかし店内にはギッシリと棚に様々なビデオがジャンル別に並べられている。在庫には問題ないようだ。

 エヴァンジェリンは既に見たい作品を決めていたのか、直ぐに自分の見たいジャンルのコーナーに行きビデオを手に取り見る。することが速い。

「私が見たDies iraeの前作であるPARADISE LOSTを見たいのだがな……」

 何やら天使の羽が生えた金髪の女の子がプリントされているビデオケースを見ている。

 どうやらDies iraeの前作であるようだ。

「何だよ。見たいんなら借りたら良いだろ」

「いやしかし、どうも私は不快で仕方ない」

「は?」

「ふむ、この作品に登場するサタナイルとアストの関係が私とお兄ちゃんにそっくりで仕方ない」

「…………」

 そも藤井蓮はDies iraeどころか、それの前作PARADISE LOSTすら見たことは当然、情報すらほとんど知らないのでどう口出しして良いのか分からない。

 噂ではサタナイル役の人と脚本家である堕天奈落氏二人でストーリーを完成させた裏話もあるのは豆知識。

「まぁ見なかったら見なかったで後悔しそうだから、これを借りるとしよう」

「それが無難だろうな」

「……お兄ちゃんは何も借りないのか?」

「まぁ特に見たいもんとか無いからな。映画とか、そもそもテレビじたい見ないし」

「なら私のオススメを見てみると良い。うむ、それが適任じゃな。この私の映画通を舐めるなよ。A級映画からC級まで網羅してるわ」

 この吸血鬼は暇があれば映画を見ているらしい。

「ただしホラーは見んな。何せ安っぽい物が多いからの」

 同時に今、ホラー映画ファンを一気に敵に回した。

 まぁそもそも自分が吸血鬼と言うホラー物だし、見ないのが普通かと蓮は思う。

 リアルホラーは言うことが違う。

「私のオススメはな……」

 この後、映画通の独特のお勧めものを役一時間に渡って聞かされた。

 

「さて帰るか」

 とエヴァンジェリンが言った頃には両手で借りたビデオの袋を持たなきゃいけない状況となっていた。

「お前、何本借りたんだ?」

「15程度だ。多くも少なくもない量だな」

 世間では多いです。

 15本も映画見たら大体、29時間くらいか。まぁ別荘で見たら時間の概念が変わるから時間的には心配ないか。

「SF、アクション、コメディ、恋愛、ミステリーあらゆるものを借りたぞ」

 ホラー除いて。

「しかしふむふむ、龍水店長(仮)おすすめ今年大注目の映画『夜行が観光するイルミナティ』が気になるの」

「どんな映画だよ。明らか駄作臭がするぞ」

「言っただろ。私は例えC級映画すら愛する寛容の持ち主だと」

 自分の好きなことだけは寛大な対処をするようだ。

「それに自慢じゃないが、世間でクソ漫画やクソゲームと言われている物も愛している」

 本当に自慢じゃない。

 知らなかっただけで、精神的には見た目と比例するかもしれない。

 そんな少女と言う概念が当てはまるエヴァンジェリンが、メルクリウスを酷く憎んでいるとは思えない。

 もし吸血鬼なんかにされていなかったら、平和に楽しく生涯を過ごせたかもしれない。それをブチ壊したのが自分の父親。

 複雑な立ち位置だ。

 

 ――蓮とエヴァンジェリンは別荘に帰ると、何やらメイド達が騒いでいた。

 慌ただしく、騒然と。

 蓮とエヴァンジェリンは首を傾げ、建物内に入る。

 メイド達が必死に止めようとしたが、エヴァンジェリンの一言で全員静まった。故、カリスマ性があるにはあるし、威圧感もある。どうやら場によって吸血鬼魂が復活するようだ。

 そして二人はその災禍の中心へと行くと……

「随分と待たせるな、我が息子」

 そこにはメルクリウスが佇んでいたのだった。

 

 

《2》

 ――と、回想終了。

 そして諸々(この諸々が大切なのだが)あって冒頭の展開になったのだ。

「遂に、遂に見つけたぞメルクリウス。貴様は殺す。生きて帰れると思うなよ」

 隠蔽に内包されていたエヴァンジェリンの魔力が、別荘中を流出していく。

 爛れた魔力は殺意に満ちており、その圧迫感に常人なら失神してしまいかねないほどだ。

 しかしメルクリウスは、

「吸血鬼は二言目には殺すか……一貫して面白味がないな。故に言おう、詰まらんと」

 平然と、まるで目の前の相手はただの戯言を言う少女かのように。

「それに私は我が息子を迎えに来たまでだ。お前に用はない」

「お兄ちゃんが貴様の息子だと。成程、現実逃避はせん。貴様とお兄ちゃんは似ているからな。しかし、私とお兄ちゃんには絆と言う物が深く刻まれておる。だから、そんなこと心底どうでも良い」

「成程成程。憐憫な感情だ。我が息子とそのような関係とは。私とは趣向が違うようだ」

 まるで憐れむかのように、藤井蓮を見て言う。

 その間にエヴァンジェリンは、

「故にとっとと死ねメルクリウス! 貴様の存在は魔法世界の、いやこの宇宙の汚物だ!」

 水銀の蛇を引き裂こうと、鉄より固く、刀より鋭利な殺意の爪が電光石火の如く踊り狂う。

 既に速さは音速の壁を通り越している。

 しかしメルクリウスにとって速さの概念など一切意味を持たない。

 故に――

「戯れに付き合っている暇はないのだよ。お前が誰だかは知らんが、私は我が息子を連合の主国へと連れて行かねばならない。ああ案ずるなよ、我が息子なら好きな時に好きなだけ貸してやる」

「自分の息子を物扱いか? 私も悪の魔法使いと自負していたが、貴様はそれの次元を軽く超えて、糞の領域だな。ああもうあれだな、貴様を殺す理由がまた一つ増えたぞ」

 やはりと言うか、メルクリウスはエヴァンジェリンのことを一切知らなかった。

 しかしそれに対しては殆ど怒らず、自分の友達を穢されたことに対して静謐なる赫怒を内に留めた。

 それはエヴァンジェリンにとって自分の過去の悲劇より、藤井蓮と言うたった一人の友達を大切に思ったが故の事だ。

「我が友を愚弄した罪は、万死に値する!」

 手に握るは氷の宇宙。

 そこから発せられるは――術式兵装『氷の女王』。

「さぁ永遠の眠りから貴様に死をくれてやる!」

 膨大な氷の世界が、水銀という名の汚物を浄化せんと喰らいつく。

 それを歯芽にもかけず、水銀の蛇は自分の息子に言葉を放つ。

「ああ面倒だ口で説明しよう。連れて行かなくとも、お前が明日自らの足で行けば良いだけの話だからな」

 飛来する闇の氷。

 当たれば永劫凍結は免れないが、そんなことはどうでも良いように告げる。

「明日……紅き翼は戦争終結へと最後の戦場へ出るとのことだ。しかと伝えたぞ」

 そう言うと、メルクリウスはまるで空間に溶け込むように姿を消した。

 それに対しエヴァンジェリンは一瞬茫然自失となるが、直ぐ様気を取り直し蓮へと駆け寄る。

「チッ、メルクリウスの奴逃げおったは。ふんっ、私を恐れて逃げたのだな、随分と腑抜けのようだ」

 自分がメルクリウスのことを隠していたのを咎めるのでもなく、そう言う。

 蓮はそれに対し、罪悪感をお覚え、

「わ、悪いエヴァ。俺は……」

 謝ろうとした瞬間――

「謝罪は聞かんぞ。私とそこらの女子を一緒にするでない。たかがその程度のこと。私は別に怒ったりもせんし嫌ったりもせん」

 エヴァンジェリンは淡々と、自然に口から出る言葉で紡いでいく。

「人は不味いことを隠したりもする。それは仕方のないこと。後はそれを聞いて受け入れるかどうかだ。それで受け入れなかったらその程度。しかしな……」

 最後に、エヴァンジェリンはまるで本当の友情を此処に誕生させるかのように言った。

「私とお兄ちゃんの絆は、その程度では揺るがぬ。それが私がお兄ちゃんに対する友情の証というやつだ」

 蓮はそれを聞き、少し……否、かなり嬉しくなり、エヴァを……

 

   (∴)

 

(よっしゃおらあああぁぁァァッーーーー!)

 湯船覗き見大成功と同時に歓喜の内心夕日に向かって大叫び。

 こんな中高生がしそうなことをするのは他でもない――坂上覇吐。

 性欲界紳士道の益荒男である。つまり変態野郎。

 覇吐は瞳には現在、湯気により淫靡な形で見えるザジ姉妹の入浴姿。

 バレたら即死刑だが、益荒男(変態)はそんなミスを犯さない。否、現状それ以上のことすら考えている。それは――

 覇吐妄想世界へ

ザジ妹「な、私達が入浴中だと言うのに正々堂々入ってくるとは、流石は益荒男」

ザジ姉「思った以上に勇敢、少しは見直したポヨ」

覇吐「ハッ、俺にとってお前達は可愛い子猫ちゃんと同じだ。例えお前達がどれだけ猛々しい虎を飼っていたとしても、俺は全てを受け入れる寛大な心の持ち主だぜ」

ザジ妹「私達を子猫と表現するか、随分と可愛らしく見てくれているのね」

ザジ姉「でも、私達はそんなに可愛くないポヨ。だって――」

覇吐「おっと、それ以上は無しだぜ。言っただろ、俺から見ればお前達は可愛らしいただの子猫ちゃんだと。故にまずは愛でよう。そして、俺が総てを綺麗に浄化してやるよ」

ザジ妹・姉「は、覇吐さん」

覇吐「おっと、迂闊に触れちゃいけねえや。俺に近づきすぎると火傷するぜ、子猫ちゃん方」

ザジ妹「本当……こんなに熱い」

覇吐「だろう? あんたらがそうさせてるんだぜ。全く、罪な子猫ちゃんたち……だが、その目が俺を――惑わせる」

ザジ姉「だ、ダメポヨ。私達はそんな……」

覇吐「怖いんなら、目を閉じてな。見てるのは、あのお月さんだけさ」

ザジ妹・姉「覇吐……」

覇吐「ザジ……」

ザジ妹「私達を……」

ザジ姉「抱いて……」

ザジ妹・姉「覇吐の熱さを感じたい」

 妄想終了――

(最高。最高。超最高! 一点の曇りなし欠点なしじゃねえか!)

 欠点だらけの暗雲と気づかない覇吐。

(名付けてお風呂でばったりヌキヌキポン大作戦っ!)

 ヌキヌキポンと言う単語は覇吐が生み出した変態用語。

 意味は……ご想像にお任せします。

 覇吐は脱衣所に突入(侵入)し、衣服を脱ぎ捨て下半身にタオルを巻く。この間、わずか十秒。

「行ってまいります、お母さんっ」

 故郷のお袋に、覇吐の名前はこれから覇吐・レイニーデイになることを誓いつつ……いや、この場合はザジが坂上の家紋の下継ぐのか、そんな細かいことはどうでも良い。

 許せおっかさん。俺は嫁を二人貰う罪な男になるかもしれんと、謝罪を入れつつ――いざ尋常に、お風呂の中へと逢瀬仕るため、引き戸に手をかける。

「尋常に……」

 勝負の時――

 力一杯、引き戸を開け放ち、桃源郷の中へと入る。

 そこには……

 湯煙の先に、白い肌、かきあげた髪に美しいうなじを持つ、

「何だテメェ」

 良い男に出会った。

「なんてこったい」

 この展開、予想できたやつ何人居る?

 

   (∴)

 

「ふざけんな俺の夢を返せよぉ! 気合入れてシミュレーションを何回も考えて挑んだ計画だったんだぞ!」

 あれから覇吐は急いで元の場に帰り、ウェスペルタティアの少女に半泣き状態で猛抗議を繰り広げた。

 入浴上の出入り口にはある仕掛けが施されていたらしく、無断で入ろうとすればランダムで何処かの男湯に送られる仕組みになっていた。魔法万々歳である。

「貴様の変態行動は看過できんからな。何だ不満か? 次は王室にでも送りつけてやろうか? そうすれば即座に拘束されるぞ。一生、女体が見れんと知れ」

 少女は脅しながら、とんでもないことを言った。

 一生女体が見れない=無間地獄に等しい覇吐であった。

「して、ザジ姉妹が来る前に話しておこうか。覇吐よ、貴様の兄である波旬についてじゃが……アレは一体なんじゃ?」

「何だって言われてもな。ヒキニートな兄としか言えねえよ」

 これが覇吐視点から見た波旬。

 しかし……

「いや、あれはそんな巫山戯たものではない。歴代の全魔法使いでも、あれだけ異例で異質なもの、悪いが私でも見るのは初めてじゃ」

「そうか? 俺にはただのうんこ頭のガングロ野郎としか思えねえよ。ちょっと力の使い方がおかしいけどな」

「そのちょっとで、下手をすればこの魔法世界……否、この宇宙すら破壊しかねんのだぞ」

「おいちょっと待て。それは言い過ぎだろ。確かにあいつの力はヤベェよ。けど俺は兄貴と五角くらいは戦えてるつもりだぜ。そう考えると、俺にもそれくらいの力はあって当然だろ。だけど俺にそんな力は勿論皆無だ」

「成程、貴様も少し異質のようだ。過去に前例がないだけに、氷解はできんな」

 覇吐はどうも釈然とせず、何をそんなに焦っているんだと疑問が浮上する。

 そんな中、少女が結論づけるように言った。

「この先、貴様の兄は全世界のものを敵に回すぞ」

 と告げた。

 

   (∴)

 

 あれから藤井蓮はメルクリウスに言われた任務の件で外の世界へとやって来た。

 話を聞くに『完全なる世界』が総てを暗躍しているらしく、もはや魔法世界すら支配していると言っても過言ではないらしい。

 そして事の経緯――アリカ姫、執政官、ガトウなどなど――を聞き、これから何をするかも聞いた。

 まずガトウとラカン、ネギが執政官のことをマクギル元老院議員に執政官のことを告げた瞬間、ナギが何かに気づきマクギル元老院議員の頭を魔法で燃やす。

 瞬間、それはマクギルではなく『完全なる世界』の者だと判明。

 しかし不運にもマクギルの声音を使い、紅き翼が反逆者と連合側に伝わる。

 故に、ああ分かるだろう。

 味方だった連合側を追われ、紅き翼は首都を離れた。その時、メルクリウスは内心涙目である。

 罠にはめられ連合からも帝国からも追われる身となった紅き翼は、古代遺跡が立ち並ぶ『夜の迷宮』へアリカ姫の救出へと向かう。

 と同時に一緒に監禁されていた連合側の第三皇女も救出。

 アリカ姫に総ての経緯を伝え、連合にも帝国にも自分の国であるオスティアにも味方がいないことを言う。

 それを聞いてアリカ姫は冷静にこう言い返す。

「主と、主の紅き翼は無敵なのじゃろ?」

 ここでナギはアリカ姫の盾となり剣となる。

 そして世界を救うことを約束する。

 さぁここから反撃が開始だ。

 だが生憎と誰が敵で誰が味方なのかも分からない。

 故、その辺の判別は頭脳労働班に任せた。幸いなことに姫様達のおかげで仲間も徐々に増えた。

 肉体労働班は敵と分かった組織を一気にブッ倒す。

 だが倒した敵は『完全なる世界』でも雑魚の中の雑魚。本当の敵は、紅き翼を貶めた男だ。

 そいつを探す過程で敵を薙ぎ倒していき……遂に敵地の本拠を見つけた。ちなみにその過程はラカン曰く映画なら三部作、単行本なら14巻分並の死闘だったらしい。

 そして敵の本拠地だが、そこは世界最古の都、王都オスティアの空中王宮最奥部――『墓守の宮殿』。

 

 ――ここで遂に、ラストバトルが始まる。



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第十歌劇【序幕の終焉】

屑兄さん様、AST様、HUWA様、Y.T様、ぐっちょん様、aaaa様、感想ありがとうございますm(_ _)m
とりあえず大分裂戦争は終了です。

07年版の蓮の詠唱が妙に好きです←物語上、出てきます。

そして次回からは麻帆良学園篇で、ネギが主人公です。勿論、彼らも登場します。




《1》

 『完全なる世界』の本拠地である――墓守り人の宮殿。

 ここに来るまでに、既に二人の姫のおかげで帝国・連合の混戦部隊もでき上がっていた。

 しかしながら帝国・連合の正規軍の助力は不可能であり時間オーバーだった。時間オーバーと言うのは、敵の目的である〝世界を無に帰す儀式〟を始めているから。故、世界の鍵『黄昏の姫巫女』は現在彼らの手にある。

 今から始まるは最終決戦。

 相手は『完全なる世界』。主力は1(プリームム)、アートゥル、セーデキム、クゥィンデキム、デュナミス。

 そうして始まる大決戦。

 1はナギが。アートゥルはラカンが。セーデキムはゼクトが。クゥィンデキムは詠春が。デュナミスはアルが。

 始まった戦いは誰にも止められなく、どちらかが倒れるまで止まらないだろう。

 そんな戦いの中――メルクリウスと藤井蓮は、墓守り人の宮殿を散策していた。

「……良いのかよ、戦いに参加しなくて」

 蓮が自分の前を歩くメルクリウスに投げかける。

 現在、豪奢な廊下を歩いており、成程宮殿という名がお似合いの場所だ。

「一対一の戦いに横槍を投げるような、興の覚めることはせんよ」

 先程から爆発音や雷音などが聞こえて来る。それだけで今どれ程、凄まじい戦いが行われているかが分かる。

「それにな――」

 メルクリウスは続ける。

「ここには随分と、面白味のある者が居る。故、そろそろ出てきて欲しいのだがな」

 言った瞬間だった。

 ズズズと、空間から何の予兆もなく、一人のフードを深く被った誰かが現れた。

「成程、既に貴様からは筒抜けじゃったか。流石、読めん男よ」

 声音からして女。体躯からして少女。

 その少女が二人に向けて言葉を放つ。

「メルクリウスと、それに造られた藤井蓮か。貴様らも、アレを抑えに来た口か?」

 現れるや否や、いきなりそんなことを口にする。

 それに対しメルクリウスは、

「アレとは、一体何のことかな。私は任務のため、ここに参ったに過ぎん」

「ほう、そうか。本当に読めん男じゃ。ここで戦っているのは『完全なる世界』と紅き翼と呼ばれる者達じゃな」

 先からずっと伝わる地震。否、揺れ。

 その空中都市の揺れが、どれだけの戦いを起こしているかを物語っている。

 これは、そろそろ決着の時だろう。

「して、お尋ねしようか。君は一体誰だい?」

「そうじゃな、名乗っておこう。いや、既に貴様は私が何者かを憶測じゃが建てているのじゃろう。恐らくそれが正解じゃ」

「そうか分かった」

 と言ったきり、その人物の名を言わないメルクリウス。

 その自信はどこから来るのだろうか。

「つか誰だよ?」

 誰なのか一切分からない蓮は静かに叫ぶ。

 メルクリウスは言わなきゃ分からんのか口調で言った。

「アリカ姫の曾祖母であり、ウェスペルタティア王国の初代女王アマテルと言う者だろ。ああ下らん、私にとっては心底どうでも良い存在だ」

「いやどうでも良くないだろ。てか何で分かってんだよ。お前もしかしてアリカ姫のストーカーか?」

「何故私があんな小娘のストーカーをせんとならん。私は永劫マルグリットのストーカーであり続けるよ。那由他の果てまでストーキングしよう」

 大切な伏線回収場面だったのだが、メルクリウスの変態台詞により矮小となってしまった。

 しかもそんなことは本当にどうでも良かったのか、そこには触れずに話を進める。

「それに私が面白味を感じたのはそこではない。お前が此処に居る理由だよ。誰にも感知されずに、独断で此処まで来たのは、一体何故だい?」

「言ったじゃろ。アレを抑えに来たと」

「アレとは?」

「本当に知らんようじゃな。なら言おう。奴らから〝始まりの魔法使い〟や〝造物主〟と言われている者が、この地に現れる」

「何だ、アレとはあの詰まらん者のことか」

「知っておったのか?」

「記憶に残滓のように残っている程度だ。成程、『完全なる世界』はあれが率いているのか」

 メルクリウスは納得したかのように、窓から外を見る。

 そこには1(プリームム)がナギによって倒された光景があった。どうやら1を倒したようだ。

 その後ろからも続々と他の紅き翼が現れたくる。この戦いは、無事勝利に終わるらしい。

「フィリウス・ゼクト……か」

 同じくその光景を見ていた少女が、ゼクトの姿を見て呟いた。

 知り合いのようだが、それを問う前に……それが現れた。

 

 ――『完全なる魔法使い』の親玉であり黒幕。〝始まりの魔法使い〟〝造物主〟が。

 

   (∴)

 

 造物主の初撃は、紅き翼を一掃する程の桁違いある魔法使いだった。

 ゼクトの持つ最強防護もまるで薄い壁の如く粉砕され、窮地に陥った。

 故にメルクリウスと藤井蓮が動き出そうと思ったのだが、一人の男が立ち上がり造物主に戦いを挑んだ。

 その男は紅き翼のリーダーであるナギ・スプリングフィールド。更にナギに続いて立ち上がったのがフィリウス・ゼクト。

 この二人であの造物主に挑もうと言うのだ。

 ラカンですら俺には絶対に勝てないと思わせた相手であり、アルもあれを倒すのはこの世界の誰でも不可能と推測させた程の者。

 しかし何と驚いたことに――ナギは勝った(笑)!!

 流石のメルクリウスも唖然というより、アレも堕ちたなと言う面。

 だが予想外のことに、ナギからの念話で事態の趨勢が一気に揺らいだ。

 そう、既に世界を無に帰す儀式が完成されてしまっていたのだ。

 世界が終わる……しかも造物主はゼクトの身体に乗り移っていた。

 全てが終わったと思ったその時だった……アリカ姫とガトウを乗せたメガロメセンブリア国際戦略艦隊旗艦。そして第三皇女を乗せた北方艦隊。

 全艦隊が光球(儀式場から広がる終焉)を取り囲み押さえ込む。

 魔導兵団 大規模反転封印術式を展開させ全魔法世界を救い出す。

 これで完璧だと思われたはずだった……

 

 

《1》

「こいつだ、こいつが俺に触れている。

 見つけた。見つけた。見つけた見つけた見つけた見つけた見ツけた見ツケタァァーー!!

 こいつさえいなければ、俺は俺で満ちているから、俺以外のものはいらない。

 ――滅尽滅相ォォーー」

 瞬間、凶刃が振り下ろされた。

 

   (∴)

 

 振り下ろされた凶刃は乗り移った造物主……つまりゼクトに襲いかかった。

 引き裂かれるゼクトの身体と造物主の魂。

「な……ッ!?」

 目を見開くナギ。

 この一瞬で一体何が起きたというのか、ナギの頭には回らなかった。

 現れるは、昔任務で相手した男――波旬。

 ナギでもゼクトでも、ましてやアル、ラカンでも全く一切合切歯が立たなかった相手。

 そいつの急な登場に、ただただ目を丸くするしかなかったナギ。否、満身創痍のナギにはそれ以外の道筋など存在しない。

「なん……だと……!」

 ゼクトの身体に乗り移った造物主が苦悶の声を上げながら振り向く。

 そこには炎のように逆だった金髪に、三つ目の少年――波旬が存在していた。

「貴様は……まさか、この私に気付いたと、言うのか……ッ!?」

 造物主は朦朧とする視界の中、波旬を睨みつける。

 現し身を変えようにも、その魂ごと引き裂かれたため微弱な魔法すら使えない。

 ……そう、造物主が何よりも恐れていたのがこの男、波旬だ。

 故に常に波旬を監視し、行動を探っていたのだが、儀式中はそれを許されず間隙が生まれていた。

 そこを突くかのように、波旬は姿を現したのだ。最も忌避すべき敵が。

「ああうるさい、うるさいぞ。塵が、俺をじろじろと気持ち悪い目で見やがって、臭いんだよ消えてなくなれ」

「ガ……ッ!」

 膨れ上がる波旬の殺気に、ゼクトの身体に乗り移った造物主が悲鳴を上げる。

 それを黙って見ていられるはずも無く、ナギが動く。

「お師匠! テメェ今直ぐお師匠から離れやがれ!」

 動こうとするも儀式が始まっているせいで魔力は勿論使えず、既に造物主との戦いで立つことすらままならない。

 故に叫ぶしかできない。

 そんな自分が悔しくて仕方なかった。

 このままだと間違いなくゼクトごと死んでしまうのは目に見えている。

 絶望の光景が頭を過ぎった瞬間だった。

 

「Ira furor brevis est.

 Sequere naturam.」

 

 波旬の後方から音も振動も発さないまま、星を焼き焦がすほどの業火が弾けとんだ。

 ――超新星爆発とまではいかなくとも、その規模は惑星を凌駕する程の大熱波。魔法なんて枠組みでは測れないのは、瞭然にして愚問。これを魔法などと言う枠組みに入れてしまえば、他の炎熱系魔法など塵芥程の価値しかなくなる。

 しかしその攻撃は抑えられていたのか、波旬とそれに重なるゼクトを吹き飛ばすほどで済んだ。

「お師匠!」

 ナギは飛んでくるゼクトの身体を抱きつくように自分の両腕で把捉する。気絶しているらしく、瞳を閉じられている。だが流れる血の量は止まらない為、早急に手を打たねばならない。

 まずは直ぐ様、安全圏へと移動しゼクトを無事救出した。

 念話でどうにかして、アルに救出してもらうよう手筈を建つ。

「では――」

 光球の外から、一人の男の声が響き渡る。

 声の主は既に分かっていた。

 自分自身認めたくなく、紅き翼の最大戦力であり規格外の魔法使い――メルクリウスだ。

「今宵の恐怖劇(グランギニョル)を始めようか」

 まるで無に帰す儀式など意に介さず、水銀の蛇が姿を現す。

 メルクリウスもあくまで魔法使い。故に儀式が始まったこの場で魔法は使えるわけがない。

 しかし、ああそれがどうした? そんなもの、私が認めんよと言わんばかりに否定され、自分の魔法を行使する。

 飛来するは一発の彗星。儀式の光球すら引き裂き、吹き飛ばされた波旬の脳天から爆散させる。

 だが波旬にとっては、

「何だお前?」

 彗星が波旬に当たると同時に、彗星そのものが波旬の質量に耐え切れず木っ端微塵に破壊された。

 これには流石のメルクリウスも多少驚きはしたものの、

「成程、初見の時から感受していたが、その滅尽滅相の法則……あまり好まんな。いや、それ程までに他者を嫌悪するは異質異物であり許されたものではない。故、ここで滅びろ」

 恐らく何百何千と生きてきた中で、メルクリウスが窮地に立たされたことなど一度もないだろう。

 しかし今回の戦いは、下手に打てば不味いと、メルクリウスが思っているのだ。

 これはメルクリウスをよく知る者なら有り得ない感情。水銀が追い詰められている状況なんて、この世にあって良いのだろうか?

 そして天井知らずに膨れ上がる水銀の法則が、場の世界法則すら塗り替えるよう広がる。

 現状ここを支配しているのはメルクリウスと言って良い。

 故に世界を無に帰す儀式など認められず、ここで一旦だが停止する。だが元の眩しいほどの好球は展開されたままであり、戦いの場としてはあまり適していない。

 だがメルクリウスや波旬にとってそんなことは何の障害にもならない。

「小賢しいぞゴミ風情が。俺は俺だけで満ちる無謬の平穏が欲しいんだよ。なのに、ああ、なぜなんだ。テメェらは俺の邪魔ばかりいて楽しいのか? 醜いぞ消えてなくなれよ、この宇宙には俺だけ存在していれば良いんだよ」

 言葉を吐くに連れ、波旬の獄殺の法則も同時に場を侵食していく。

 それはメルクリウスの比ではなく、もはや無意識。自分一人、真っ平らな大地に色は一つ。故に光球にも翳りが出始め、後数言何かを口にすれば、否メルクリウスの法則が流出していなければこの場は既に滅尽滅相の法に従うよう、万象全てが掻き消されていたのは必然だったであろう。

 しかしこれでも、まだ波旬は戦いの態勢にすら入っていない。もし臨戦態勢に入れば、この魔法世界そのものが消え去るかもしれない。

 それに些か戦慄を覚えたメルクリウスだが、

「阿鼻叫喚とはこのこと。だが、マルグリットの生きる世界に、お前のような役者など要らんよ。故に退場願おうか」

 愛するマルグリットが幸せに暮らすこの世界を、波旬のような塵に消されてはならない。

 マルグリットの平穏を脅かしてはいけない。故、それの障害になるものは逡巡せず消し飛ばそう。一方的愛かもしれんんが、それがメルクリウスがマルグリットに対する愛だ。

 だからこそ、今直ぐ後出しなしに覆滅しようと動く。

「Et arma et verba vulnerant Et arma」

 奏でるは自分の力を解放する始動キー。

「Fortuna amicos conciliat inopia amicos probat Exempla」

 紡がれる祝詞は自分の渇望した願いが言葉という形となり顕現したもの。

 しかし矛盾するが如く、彼は自分の渇望の本質が何なのかを気づいていない。故に予想して想像して推測することはできる。ただ、諦観してそれが何なのかが判然としないのだ。

「Levis est fortuna id cito reposcit quod dedit

 Non solum fortuna ipsa est caeca sed etiam eos caecos facit quos semper adiuvat」

 徐々に現れる異様な光輝に満ちた双蛇。

 それは宇宙すら覆い尽くさんばかりのカドゥケウス。

 今までは力の一端すら見せていなかったのが容易に理解できる。

「Misce stultitiam consiliis brevem dulce est desipere in loc」

 それ故、死ぬことなど有り得ない。

 こんなところで死ぬ結末など認められない。

「Ede bibe lude post mortem nulla voluptas」

 故に滅びろ。勝つのは私だ!

 

「Acta est fabula」

 

 今ここに神の如き力が降臨した。

 手加減は無用。

 そして、

「さぁ、至高の歌劇に花を添えろよ。我が息子よ」

 メルクリウスの言葉と共に現れる藤井蓮。

 右腕からは処刑のためだけの殺人道具、ギロチンを携えて現れた。

「ったく、一々俺を呼ぶな。まぁ流石のお前でも、あれを相手取るのは一人じゃ無理ってことだな。言っとくが俺の力はまだ完全じゃない。だからフォローなんか期待するなよ」

 敵である波旬を見て感じた感情。

 それは敗北であり、絶対的な滅尽。

 なぜメルクリウスが自分を読んだのかが一瞬で理解できた。

 初めて会った任務ではあまり感じなかったが、こうして対峙すると分かる。あれとは戦ってはいけない、戦えば即座に消し飛ばされると。

 この時、蓮は初めて死を予感した。

 だが逃げては駄目だと、細胞に訴えかける。もし逃げ出してしまえば、あれは自分の大切なものを悉く滅殺されると思ったからだ。

「ったく、俺の日常が遠くなってるような気がする」

 藤井蓮から広がるは時間停止の法則。

 これこそ藤井蓮が渇望する力が顕現したものに等しいだろう。

「我が身 地上の生活の痕跡は(Es kann die Spur)」

 それは藤井蓮の始動キー。

 まだ自分の力の深淵が見えていないため、水銀のような完全な力は行使できないが、これでもほぼ全能に等しい力はあるだろう。

「幾世を経ても滅びるということがないだろう(von meinen Erdetagen)」

 それは日常を愛する祝詞。

 何よりも平凡な日常を愛し、特筆して他者よりも詰まらない夢だが、藤井蓮はなによりもそれを愛している。

 故に誰よりも今を愛し、そして友を愛す。

「そういう無上の幸福を想像して(Im Vorgefuhl von solchem hohen Gluck)」

 蓮にとってそれが至高だから。

 それだけは誰にも潰させないし否定させない。

「今 私はこの最高の刹那を味わい尽くすのだ(ich jetzt den hochsten Augenblick. Genies')」

 誰よりも今を最高に堪能し、この幸福感を忘れない。

 そして数少ないが、自分の帰りを待っている友を見捨ててはならない。

 だからこそ、生きて帰る。例えこの身が滅びても、彼女のもとに帰るため。

 この時、気づきていたが目を逸していた感情が一気に芽生えた。

 ああ、俺は――

 

「時よ止まれ おまえは美しい(Verweile doch, du bist so schon!)」

 

 そうだ、俺は彼女を愛している。

 この平凡な日常の中で、俺は彼女と一緒にいたい。そしてこの刹那を永遠に味わいたい。

 それこそが、藤井蓮の力。

 刹那を愛する者の強みだ。

 だが――

「下らん、何の茶番だこれは?」

 その一言により全てが全否定され引き裂かれた。

 波旬――自分こそ唯一絶対。

 相手の感情や事情など知ったことではないし、興味もないのは然り。

 故に最強。

 メルクリウスや藤井蓮では到底敵わない深淵に座す境地。

 それを既に二人は頭で理解してしまった。

 だが、紅き翼は二人だけではない。

 ――瞬間、光球の外からナギの連絡を受けラカン、アル、詠春が参上した。

 既に満身創痍の三人だが、メルクリウスの力により魔力はおろか、体力やケガといった傷が何一つない。

「よぉメルクリウス。テメェ、まさかこうなることが分かってて、戦いに参加しなかったのか?」

 ラカンがメルクリウスに向けて言う。

 両腕が造物主の初撃により消し飛んでいたが、水銀の力により治っている。いくら魔法の常識すら通じない男だからと言っても、ここまで一瞬で出来たら神と変わらない。

「知らぬよ。私はサシの戦いに水を差すほどウザい人間ではない」

 どの口が言うのかと、ラカンは思うが口には出さない。

「しかし、私達までも強化させてもらえるとは、随分と窮地なようですねメルクリウス」

 アルがいつもの表情を崩さぬまま言う。

 そう、メルクリウスの力により紅き翼は現在更なる境地に立てている。水銀や蓮とまではいかないが、充分戦える力はあるであろう。

「何、少々歌劇に面白味を与えたまでだ。我々は紅き翼だろう。故、共に戦うは然りと言うものだ」

 返す言葉は確かに理に適っているが、言葉の本質はそうでない。

 だがしかしアルはそこには敢えて突っ込まなかった。

「で、倒す相手はあれか」

 詠春が波旬を見る。

 もし水銀に援助されていなければ、波旬の密度により身体が持たなかっただろう。

 それを実に感じた詠春は刀を構え、即座に臨戦態勢に入る。

「下手に手を出さない方が良いと助言しよう。あれに算段無しに突っ込めば終わりだ」

「そんなことは、言われるまでもない」

 そんな中、ナギも後から現れる。

 水銀の力は癪だが、今はそれ無しには波旬に到底勝ち目がないことも理解できている。

 だから、

「紅き翼は負けない。さぁ、最後の戦いを始めようじゃねぇか!」

 自分の矜持だけは捨てない。

 さぁ始まるは紅き翼VS波旬。

 魔法世界の将来をかけた、真の戦いが始まる。

 

 こうして紅き翼の最後の戦いが始まった。

 

 しかしこの戦いが歴史の表側に残ることはなく、裏側の片隅にだけ残る存在となってしまったのだった。

 故に深くは記さない。否、物語の進行の中で徐々に明かされるであろう。

 物語の序幕は終了だ。

 これにて歌劇の終幕(アクタ・エスト・ファーブラ)。

 

 そしてこれから始まるは新世界の物語。

 

 

《2》

 戦後幾十年。

 旧世界に置いて、麻帆良学園都市と言う半端なく広い学園都市がある。

 その中の一つに麻帆良学園本校女子中等部が存在し、そこにはありきたりな通学が始まろうとしていた。

 そんな中に一人、赤毛で、眼鏡をかけており、大きいリュックサックを背負った十歳くらいの少年が居る。

 

 彼の名はネギ・スプリングフィールド。

 物語第二幕における主人公であり、魔法先生である。



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第十一歌劇【麻帆良学園】

コズミック変質者様、AST様、ヅレツレ愚者様、カルボキシル様、感想ありがとうございますm(_ _)m
遅くなりました。多忙に多忙を重ねるくらい多忙な為。しかも文字数は今までより少ないです。故に、下手に読まないほうが良い。次の話が完成してからの方が良いかも。

それと現在、正田郷が全巻買われたBLEACHの主人公の母――黒崎真咲の女子高生時が可愛すぎる。強くてかっこいいいなんてエレ・龍明姐さんじゃないですかヽ(・∀・)ノ まぁ正田郷ご愛読のジャンプは銀魂とBLEACH以外興味がないんですよねボクは





 麻帆良学園都市――幼等部から大学部までのあらゆる学術機関が集まってできた都市。これらを総じて麻帆良学園と言う。故に分かってほしい。大学まで揃っているということは、それなりの面積を持っているのだ。その敷地面積は「さんぽ部」なんてものが出来るほどに。

 そんな広大な面積を誇る学園都市の一角、この学園の長である――近衛 近右衛門が座す部屋に一人の赤毛の男が猛抗議していた。

「だから、俺に保健体育を担当させるべきっしょ! 女体に関してならどの先生方より上っすよ!」

 何て、新章始まった瞬間の第一声とは思えないセリフだ。

 しかもセリフから予測するに、この発言をしているのは先生なのだろう。自ら保健体育をしたいと言い、女体に詳しいと言うとは、随分と危ない先生というか弾劾すらする気をなくす。

「じゃから、なんべん言えば分かる。学園の先生方全体で覇吐先生には保健体育はさせてはならないと暗黙の了解があるのじゃよ」

「言ってる時点で暗黙じゃないし!」

「それにの、学園の女子から覇吐先生にいやらしい視線を向けられると苦情がきておる」

「誤解っすよ! 俺は別にそんな視線を女には向けてねぇっすから!」

 ……赤髪の先生もとい、坂上覇吐は学園長に見苦しい反論をする。

 突拍子なくて申し上げないことこの上ないが、波旬の弟であり紳士の道を歩む益荒男こと坂上覇吐は何の因果か麻帆良学園で先生を勤めている。

 担当教科は体育のみの見習い先生。それに対して今まで不満だらけだったのだが、まぁ仕方ない。

 本来なら男子の方専門だったのだが、ザジの申し出もあり女子中等部の方で働けている。

 ……恐らく突っ込みたいであろう、何で覇吐が麻帆良で先生などしているのか。

 それを語るには少々時間を遡らなければいけない。

 一言でいうなら、覇吐はザジ(妹)が麻帆良に入学すると同時に、特別配偶と言う名のもと先生という形で学園の出入りと給与を得ているのだ。

 もちろん、先生という形なので上述の通り先生もしている。ただし教員免許は持っておらず、採用試験にも受かっていない。

 だが、この学校には魔法使いの先生や生徒が複数在籍しているため、覇吐のような魔法世界出身者でも旧世界の学校の先生ができる。ただ覇吐は免許や試験にも受かっていので、あくまで肩書きだけの本当の意味で特別待遇を受けているのだ。麻帆良学園さまさまである。

「絶対いつか保健体育の先生になってやるっすから!」

 何て捨て台詞を吐き、学長室を後にする。

 覇吐は学長室を後にすると、直ぐそこに麻帆良学園中等部2-Aのザジ・レイニーデイが待っていた。

「やぁ覇吐先生。どう、やっぱり断られた? と、聞くまでも無いね」

 顔に手を当て、ガックリモード。数にして既に10回以上だろう。

「何が駄目なんだ。もしかして俺って無意識に変態臭を漂わせているのか。それとも俺が女の子にセクハラまがいなことをするとでも思われているのか」

「免許や資格の問題だろ」

 何て覇吐の疑問の呟きに対し、真面目に答えたザジ。

 まぁそこが一番の問題であり、問題がそこしかない。

 と、そこに――

「どうしたんだい覇吐先生」

 眼鏡をかけ、無精髭を生やした2-A担当教師――タカミチ・T・高畑だ。

 過去の戦争時代、ガトウの弟子であった少年だが、現在では教師を勤め無精髭を生やしている中年親父と化している。

 それに対し覇吐の外見は不変だ。ちなみに服装も、あの派手な着物のままだ。まぁ麻帆良は少し変わっているため、着物が豪奢程度ではあまり目立たない。

「また玉砕されたんです高畑先生」

「あー……その、懲りないですね覇吐先生は」

 代弁してザジが言うと、半呆れながら言う高畑。

 諦めない、その言葉だけが覇吐を動かしているのだろう。

「まぁ覇吐先生。明日から新しい新任先生がやって来るのですから、そんな態度ではいけませんよ」

 そう、明日から新任教師、高畑の跡を継ぐ2-Aの先生がやって来るのだ。

「聞いた聞いた。はぁ~、どうせ男なんだろ。しかも、あの男の息子だって聞いてるし」

 盛大な溜め息と同時に、心機一転、とりあえず明日に向けて勇往邁進しよう。

「とりあえず、女たちが風呂に入ってるとこに邁進してみるか」

「邁進するベクトルが違うぞ。そんなことをすれば学園を追い出されるどころか、警察機関に捕まる」

「甘いな。バレなきゃ問題ねえ」

「先生の発言とは思えない」

「それを聞いてしまった僕はどうしたら良いんだろう?」

 苦笑いを浮かべる高畑。

 現在は放課後と言う時間帯。故に特に部活の顧問などを努めていない上、特に会議もないため覇吐は自由時間。

 さて、この自由時間をどう活用しようかと悩んでいるうちに、一つの提案が浮かんだ。

 明日はあの男の息子が麻帆良の新任教師として来る訳だから、ここは一丁何か手土産を渡すのが筋ってもんだろ。

「よし、これから新任教師のために適当な土産でも買いに行くか。ザジ、お前も付き合え。一人じゃ寂しいからな」

「覇吐にしては良い提案だね」

「おい、学内では先生を付けろ」

 そう言って、二人は学園都市の外に行こうと邁進した。

 

   (∴)

 

 時を同じくして、麻帆良学園都市内――女っぽい顔をした男が悠々毅然と女の子たちが沢山歩く廊下を歩いていた。

 先生なのか生徒なのかと聞かれれば、生徒と答えるのが適切だろう。

 だが生憎と生徒ではない。なら先生か、と言いたい所だが、実は先生でもない。

 謂わば、学園専属の警備員と言う役職。

 夜になれば、その暗雲世界に紛れてどこぞの西の式が侵入したり、ただの不法侵入者が現れたりする。それを削除するのが警備員の勤めだ。

 その警備員の正体が何の因果か――紅き翼の一人である藤井蓮だ。

 戦争の後に一体何があったのかは当事者達以外、知る由もないが麻帆良で働いている。

 現在、藤井蓮は今日の警備の打ち合わせを覇吐先生としに行く予定なのだが、どうしてか何処にもいない。

 覇吐も蓮と同じく警備の仕事が週に何日かある。

 今日は本日の警備が何人か用事のため休むため、場所が空き空きになるのだ。故に覇吐と打ち合わせの約束をしたのだが、案の定、やはり忘れていた。

 今日の警備に入っている先生及び生徒を含めて五人。

 藤井蓮、坂上覇吐、桜咲刹那、龍宮真名、龍明先生。

 他の人と打ち合わせをしても良いのだが、生憎と桜咲という子と龍宮という子とは対面はあるものの会話をした事もなければ、連絡先すら知らない。龍明先生に至っては詐欺師に騙され、金持ち男に弄ばれたせいか鬱気味で、いつも家に帰ってスナック菓子を食べているとのこと。

 そんな先生に連絡を取るのも、何だか気が引けて出来ない。

 故に覇吐なのだが、打ち合わせそのものを忘れ放棄したため溜息も良いとこだろう。

「たく、まぁ警備の時間になってからでも良いか」

 どうせ探したところで、あの自由奔放な奴とはエンカウント出来ないだろう。RPGで言うはぐれメタルだ。

 そんなことで、現在在住しているエヴァンジェリン宅――ログハウスに帰ることにした。

 

   (∴)

 

「あれ、何かを忘れている気がする」

 学園都市内であらゆるショップが揃う地区を邁進する覇吐とザジ。

 そんな中、覇吐は何かを忘れているらしく――勿論、蓮との打ち合わせ――頭を悩ませるが、一切心当たりがないのはどうしてだろう?

「まぁ思い出せないってことは、そんなに大したことじゃねぇってことだな」

 と納得する。

「で、新任教師には何を買って上げるつもりなの?」

「そうだな、確か10歳くらいって聞いてるし、ここは男への道を歩ませるためにアダルいたいっ!」

 言い切る前にザジに足を踏まれた。しかも可愛らしい踏み方ではない。ピンポイントに小指部分を的確に狙ってかかとで踏まれた。

「幼気な少年にそんな物を土産として渡そうとするな」

「そんな、その年くらいじゃないのか、性への目覚めは」

 苦い顔をしながら驚く。

「こうなりゃ、もっと世間の保健体育を勉強するしかないな」

「さりげなくセクハラ発言だよ」

「そうだな、やっぱりまずは発育から勉励すべきだよな」

「さりげどころか、もはや完全なセクハラ発言まで昇華された」

「そういえばこの学園の中等部って無駄に発育良いよな。特に2-A」

「そんな目で今まで女生徒たちを見ていたのか」

「男なら誰でもそんな目で見てんだぜ。逆に、そんな目で見てなかったら病気だなと言っていい」

 そんな会話をしながら、周りの色々な店舗を見ているが、どうにも土産と言う土産がない。ないと言うより、それらしい物が選べない。

 故に考える。

 謂わば土産=新任祝い的な感じだ。

 なら食べ物が良いのか、それとも生活品が良いのか、一周回って魔法道具か。

「いっそ何かストレス解消物が良いのか。先生って職業は思ってる以上にストレスが溜まるからな」

「おお、覇吐にしては中々良い提案だな。して、そのストレス解消品とは?」

「やっぱりアいたいっ! まだ頭文字しか言ってないじゃん! クソッ……真面目に言うと映画か?」

「何の?」

「ほらあれ、魔法世界で超人気になったDies irae~Acta est Fabula~。蓮の親っさんが脚本家を務めた映画だよ。あれ、蓮の親っさんが脚本家をして公開した途端、爆発的人気が出たらしいぜ」

 故にDies irae Also sprach Zarathustraは黒歴史として、劣化版として、ネタとして残っている程度。それ程までにActaは物凄い人気だったらしい。

 それなら新任祝いとしても良いだろう。

「あっ、そういえば、あの藤井蓮の父親は今何してるの?」

 とザジが覇吐に聞く。

 これで分かるように、二人は藤井蓮の父親――メルクリウスを知っている。

 それに覇吐はメルクリウスとメル友でもあるのだ。どこか気が合うのだろう。主に変態という面で。

「ああ、あいつは確か造物主ってのが消滅した為、現在それを引き継ぐようにアーウェルンクスシリーズとか制作してるらしいぜ。それで映画同様、何故か聖槍十三騎士団を作るとか言ってたな」

「13人造るってことだよね? 良いの、そんな生命を愚弄しているようなことをして?」

「さぁな。いや、駄目だろうな。けど、あいつもあいつで考えがあってのことだろう。これから起こるかもしれない、いや起こる大決戦に向けての」

「…………」

「と、何故か辛気臭い話になっちまったな。さて、んじゃ新任祝いはDies iraeって映画にするか」

「だが残念。Diers iraeは魔法界の映画なので、旧世界の機器では再生不可」

「何!? そうなのか!」

「常識」

 映画は諦めるしかない。

 なら他には――

「だめだ見つからねえ! 助けてザジえもん!」

「なにそのちょっと有り得そうな名前。だったら覇吐は、はば太くんかな」

「それも軽くありそうな名前だな。だったら姉の方はザジミちゃんになるのか」

 何だ、このありそうな設定は。

「でザジえもん、土産は何が良いかな?」

「分からない」

「頼りねえ! ドラえもんの名を冠しているくせに何も出来ねえのかよ!」

「けど最近のアニメドラえもんはのび太くんを甘やかしていないんだよ。テンプレ防止のためだって」

「止めろ、国民的アニメに対してそんな言葉を使うな! あれはテンプレしてこそ面白いアニメなんだよ!」

「けど声優変わってから――」

「それ以上言うな!」

 何だろう、何で国民的アニメのことについて語っているのだろうか?

 魔法世界の者が。

「お、そうだ、いっそのこと何か歓迎パーティをやるってどうだ。そうだな、羽を伸ばせるように魔法使いのもの限定でさ」

 魔法使いは人間に魔法使いとバレてはいけない決まりがある。

 故にそんな場では羽を伸ばせないだろう。だから魔法使い限定のパーティーなら例え何を口走っても心配なしだ。

「おーはば太にしてはナイスアイデア。本当にはば太にしては」

「何でそこを強調すんだよ」

 つか、いつまでそのネタを引っ張るのだろうか?

「して会場は?」

「決まってるだろう。あの吸血鬼宅だ」



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第十二歌劇【第二歌劇の始まり】

《1》

「ハァ、ナギの息子の歓迎パーティ? 残念だが、私はそこまで暇ではないぞ」

「いや絶対暇じゃん! これ以上ないくらい暇じゃん!」

 ソファに寝転びながら、TVゲームをしている真祖にして最強の吸血鬼――エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルはそう言った。

 100人が見たら100人が暇だろって突っ込むような姿で言い切った。

「黙れ変態糞虫が! 私は今、ゼ○ダの伝説に激ハマなのだ。これ以上喚くと殺すぞ! くそっ、貴様のせいで小さなカギを取り忘れたじゃないか」

 本気で怒られた。

 まずい、このままだと確実に断られる。

 一体どうしたらと――体育教師補佐の坂上覇吐が苦悩苦心している間に、エヴァンジェリンはゲームに戻る。本当に吸血鬼か?

「くそ、こうなりゃ俺の秘策、ザ・土下座を使うか」

「一生秘しておいて」

 覇吐の隣で冷たい声を返したのは2-Aであり魔法界生まれのザジ・レイニーデイ。

 褐色の肌に、無表情と無感情が顔を彩っている少女。性格は完全に覇吐とは逆だろう。

「それにこの吸血鬼、確実に人に土下座をさせることが趣味の一つって言っても過言じゃないし」

「とんでもねえな。しかしそんな奴も人に土下座をするのが趣味のような奴には会ったことねえだろうぜ」

 何て言ってるが、勿論覇吐の趣味が土下座なんて嘘です。

 しかし、ああここで引き下がるは男の矜持が廃れるってもんだ。

 今ここに紳士道益荒男VS真祖吸血鬼の戦いが幕を開けようとしている。

「よぉ吸血鬼、んな冷てえこと言うなよ。ここは人類みな兄弟ってノリでいこうじゃねえか。助け合おうじゃねえかよ」

 どこぞの通信教育の剣道で三級の腕前の剣士の台詞だ。

「人類みな兄弟だと。笑わせるなよゴミ風情が、世界の醜さを全く知らない貴様如きが、この人類を、助け合いなどと言う甘い戯言で片付けようとするな」

 睨まれた。

 人を視殺できるかもしれない勢いで、ものすっごい瞳で睨まれた。

 だが覇吐は負けない。ここで引いたら一生こいつには勝てない。

 故に対抗する言葉を覇吐だけに吐く。

「だったら世界こそが俺の敵だな」

「おい、私の好きな映画の台詞を引用するな。……さっきから貴様、私に喧嘩を売っていないか?」

「いやいや待て待て。俺は喧嘩腰じゃねえぞ。逆だ逆。俺はお前と友情を同時に築きあげたいんだよ」

「私と友情だと? 舐めているのか。私が真に友情を築くはお兄ちゃんのみだ。それ以外はいらん消えろ。ゴ○マのようにフルボッコしてやる」

「駄目だ。完全にお兄ちゃんっ子だ。ヤンデレの度合いに近づいてやがる」

 藤井蓮に心より合掌。

 そして諦めよう。これはもう駄目だ。

 完全にここは二人の愛の巣と言っても過言ではない。動く人形とかロボはいるが。

「こうなりゃザジえもん、他を探すぞ」

「まだそのネタ引っ張るんだね」

 と、エヴァンジェリン宅を出ようとした瞬間――ちょうど藤井蓮が帰宅した。

 

   *

 

「今日の警備の任、坂上先生と龍明先生、藤井さんの三人と私達二人のようですね」

 麻帆良学園中等部2-A、桜咲刹那が確認を取るように言う。黒い長髪をサイドテールに結っている、見た目は普通の少女だ。

 その言葉を聞き及ぶは同じく2-A、龍宮真名。ザジと同じで褐色の肌に、長い黒髪をしている。随分と大人びており、本当に中学生かと突っ込みたくなる程の美人であり高身長だ。

「龍明先生は最近鬱気味だから仕事に支障をきたすだろう。故に実質4人と思ったほうが良い」

 真名は達観して言う。

 任務までに、仕事までにある程度の憶測をたて挑む。それが当たり前であり必然。

「では龍明先生の警備場を、誰かが補う必要がありそうですね」

「ああ、そこを誰が補うかだな。私が穴埋めしても良いが、他の二人の意見も仰ぎたい」

「それに今日の仕事は本来の人数より何人か休むため、もとからかなり空いている状態でもある。今回は一人一人が広い範囲を警備しないといけない」

 元来、そのことについて覇吐と蓮が打ち合わせをする予定だったのだが、覇吐がドタキャンに近い行為をしたため直前で決めなければいけない。

「まぁそのへんは年配である坂上先生か、藤井さんが解決してくれているだろう」

 と、真名はそう思ってしまった。

「……前々から思っていたのだが、なぜ坂上先生はあんな派手な着物を着ているのだろうか?」

 ふと、真名がそんな疑問を呟いた。

 確かに派手で豪奢。その上、煙管を加え履いているは下駄だ。まるで一昔前の衣装。

 この学園は個性的な人が多いが、覇吐の格好は浮いているかのように目立つ。

「随分と急にと言うより今更ですね。私はそんなことより坂上先生のあの魔法……なのかは判然としませんが、先生の力には興味がありますね」

「坂上先生の力? ああ、あの相手の力を押し返すような力か。私も詳しくは知らないが、多少興味はあるな」

 まぁ悪く言うと、それ以外興味が無いということなのだが。

 そして真名は続ける。

「後、何やら坂上先生は学園の生徒から妙な噂が流れているのを知っているか?」

「いいえ、存じ得ませんが」

「そうか。いや何、下らぬ他愛も無い噂なんだがな。真の敵は身内にありと言うが、中々どうして馬鹿にできない言葉だよ」

「……一体、何の噂なんですか?」

「それはな――」

 と、ちょうど狙ったかのようなタイミングで二人の前に女生徒達が通りかかった。

 そこで凄まじいタイミングでその噂を言っていた。

「また私、坂上先生に胸元をいやらしい目で見られたわ」

「本当に嫌よね~。私なんてお尻をジロシロ舐め回すような目で見られたの。本当に、キモいよね坂上先生は」

 二人の前を通りかかった女生徒が坂上先生に対する苦情を吐いていた。

 それを聞いた二人は、

「……真の敵は身内にありですか。あながち間違いではなさそうですね」

「刹那、まだ情報源は確かではないんだ。早合点はよくないと思うぞ。まぁしかし、否定はできないが」

 だって、真名も被害者の一人なのだから。

 

   (∴)

 

「…………」

 現在、エヴァ宅で覇吐は正座をさせられている。

 キチッと、少しでも態勢を崩せば叱責より先に拳が飛んでくるようなプレッシャーが、覇吐を襲っていた。いや、拳よりギロチンが降ってきそうだ。

 謂わば、正座という名の斬首台に縛られている感覚がする。

(それが一番しっくりくるな)

 ……そろそろ足が痺れてきた。

 が、崩せない。崩してはならない。例えこの場でとんでもない美人が現れても、動いてはならない。

 何故なら目の前に、若干怒りに満ちた男――藤井蓮が居るからだ。

 本当、リアルにギロチンが飛んできそう。

「俺は別に怒ってはいない。ただな、約束を破るってのはどういう了見だ?」

 見た目は本当に怒っていない。逆に温厚そうなイメージがある声調に言葉だ。

「それに見合った理由と、連絡を寄越さなかった理由を一応聞いとこうか」

「よし来た。今回はちゃんとした理由があるんだぜ」

 何故か覇吐は勝気な表情となり、

「明日、この学校に新しく来る先生に向けてよ、歓迎祝いの土産を買ってやろうと思ったんだよ。そしたらまぁ頭から清々しいくれぇに、約束のことが飛んじまってたわけだ」

 理由を述べた。

 簡潔に、何一つ隠さずに言い切った。

「新任教師? ……ああ、ナギの息子か。そういやそんな連絡が入ってたな。確かネギ・スプリングフィールドだったか。まだ10歳くらいの子供だって聞いてるな」

「そうそう。そいつの歓迎土産を買おうと思って街中闊歩してた訳だけど、これがまた中々見つかんなくてよ。んで、最終的にパーっとパーティーを行おうって結論に至ったんだ」

「そこでパーティ会場に打って付けの場所、ここを選んだって訳か。確かにここなら魔法関係の話をしても問題ないからな」

 先読みをするが如く、蓮が言ってくれた。

 話が早いとはこのことだ。

「だがここは駄目だ。エヴァはナギのことが大嫌いだからな」

「は?」

 中々稚い理由を聞いて、覇吐は唖然とする。

「過去に何があったのかは言わないが、エヴァはナギのことを復讐したいくらい憎んでいるんだよ」

「おいお兄ちゃん! その話はするなと言っているじゃないか! 私がナギに完敗したなんてバレたら世間の恥だ!」

「おい自分でバラしてるぞ」

 いきなりエヴァンジェリンが割って入ったかと思うと、刹那も驚く速さで全てを明かした。

 それを直ぐさま自覚したエヴァは、

「くっ、しまった。私としたことが! 貴様謀ったな!」

 と言い、正座する覇吐を指差す。

 とんだ責任転嫁だ。甚だしすぎて返す言葉も見つからない。

「とまぁそういう訳だ。エヴァはナギに完敗して以来、嫌悪しているから、ここでは無理だ。一応、末代まで恨んでやるって言い張ってたからな」

「…………」

 想像してみる覇吐。

 エヴァがナギにフルボッコ→涙目で負け犬の遠吠え……真祖の吸血鬼も落ちたものだ。

「おい貴様、今何を想像した」

 こめかみをピクピクさせながら、エヴァが言った。

 どうやら覇吐の心を読んだらしい。何てこったい。

「チッ、もういい、私は今から自分の部屋でロック○ンでもしてストレス解消してくる」

 恐らくこれ以上この場にいたら、自分で墓穴を掘ってしまうと思ったのだろう。長い金髪を揺らしながら去っていく。……黄金の吸血鬼?

「……それじゃあ、ついでに今日の警備任務について打ち合わせをするぞ」

 今日の警備はしっかりと話し合わないといけない。

 他の魔法先生方は用事などで休み、最終的に蓮、覇吐、刹那、真名、龍明だ。しかも龍明は最近鬱気味なので恐らく任務に支障をきたすだろう。

 故に実質四人と思った方が賢明だ。

「学園都市は広い。そこを四人で警備するのは面倒で大変だ」

 蓮が色々と面倒そうに発言する。

 確かに、こんな広い学園都市を四人で警備しろと言われれば、中々無理な話だ。

「だからこそ、上手く一人一人が動かないといけない」

 そうしないと警備に穴が生じる。

「と、似合わないことを言ってみたが、お前なら数人分カバーできるだろ? その体、飾りじゃないだろうからな」

「ああ、いいぜ。俺が欠如した連中の分も埋めてやるよ」

 この際だから、エヴァンジェリンにも、ここにいるザジにも手伝ってもらえば効率が良いのだが、まぁ断られるだろう。

 故に、こういう時にしか役に立たない覇吐の舞台となる。

「その代わり、後で俺と一緒に新任教師の歓迎事について相談に乗ってもらうぜ」

 しかし目的は忘れず、そう言い切ったのだった。

 

   (∴)

 

「――たく、何で俺がこんな広範囲を警備しないといけないんだよ」

 静寂な夕闇の中、坂上覇吐が不満を呟く。

 それに対し、何故か隣にいるザジが答えてくれた。

「はば太(覇吐)が自分で言った。新任先生の歓迎事を一緒に考えてくれる代償に」

「そのはば太(覇吐)ってクズを今すぐここに呼んでくれ」

「何様のつもりですか?」

「ザジえもん風情がこの俺を舐めてるのか? この世界の中心はこのはば太のものだと知れよ」

「えっと……このノリにはいつまでお付き合いしたらいい?」

「そんなもの適当に流してくれ」

「やれやれ、毎日自分を中心に生きているね」

「褒めすぎだ」

「全くこれっぽっちも褒めてませんよ」

 とバカな会話を繰り広げる。

 現在、警備の時間になり覇吐とザジは広範囲の見回りをしている。

 しかし嬉しいかな、今のところ学園に特に変わった異常は見られない。

「つか、そもそも別に今日侵入者なんかが来るとは限らねえよな。打ち合わせがどうとかって大げさなこと言ってたが、侵入者が現れなかったら今までの時間返せって話だよな」

 愚痴る覇吐。

 しかも特に時間は使っていない。

「でも、こういう時に限って何か事件が起きる。これ王道」

「同時にフラグを建てやがったな」

 もし何かが起きたら、ザジを一発殴り責任を押し付けよう。

 ――警備すること数十分。

「…………」

「…………」

「……………………」

「……………………」

「いや何かしゃべれよ! つか本当に何も起きねえのかよ!」

「覇吐うるさい。今何時だと思ってるの?」

「あ、すいません」

 ………………

 …………

 ……

「なぁ、俺的に今の状況、色々と大丈夫なのかと真剣に思ってきたんだが」

「大丈夫。これが本当のリアルテイストだから」

「リアルねぇ」

 あれ、よく理解できないぞと頭を悩ませる覇吐。

 てか本当に侵入者が一人も現れない。

 これでは自分のかっこいい姿が全国の女性に伝わらない。

 そんなことを思っていた瞬間だった――

 

 学園都市の一区画である森林から、殺意にも似た気を感じ取った。

 

 ザッとザジに何も言わずに、その場に駆ける。

 当然だがザジも覇吐に付いていく。

 距離にしておよそ1kmとないだろう。故にそこまで辿り着くのに二人なら一分と満たない。

 陸上選手も涙目になる速さで到着した二人が見たものは……

「私は六条。西の大陰陽師――六条シュピ虫。以後お見知りおきを、麻帆良学園の先生に生徒さん」

 出会い頭に名乗られた。

 イケメンとは口が滑っても言えないような、残念な顔。魔法界にいる芸能人、シュピーネにどこか似ているような顔つきをした着物姿の男が一人いた。

「何、この物語の一話目で主人公に真っ先に倒されそうな雑魚キャラは」

 ザジが相手の姿を見て、まずは率直な感想を述べる。

 随分とまぁ緊迫した雰囲気にはなれない相手だ。

「言いすぎだぞザジ。そういうキャラって、後々も何だかんだで登場してツンデレながら主人公の手助けをしてくれるパターンもあるんだぜ」

「それはそれで迷惑。あんなのに手助けされたくない」

「……同感と言わざるを得ない、この虚しさ」

 初対面にも関わらず罵倒される六条。何とも悲しい男だ。

 しかし相手は敵。そろそろ雑言を止め、語りかける。

「よぉあんた、悪いが大人しく出て行ってくれねえか。ここは学園都市だぜ。無垢な子供たちが平和に楽しく生活する世界でよ、不法侵入なんて無粋じゃねぇか」

 テメェなんか、子供の悪影響にしかなんねぇぜ……とまで言わないのは、覇吐の優しさだろう。

「ほう、この私に意見するか小童。それがどれ程の無道な行為か自覚しとるかの」

 常時上から目線であり、人を見下す=息を吸うのと同じくらいの範疇なのだろう。随分と腹が立つ着物不細工男だ。

「時代が違えば、即打ち首だぞ貴様。時代に助けられたの」

「うっわ、何か無性に腹立つんだけどこいつ」

 波旬とは違う苛立ち。

 あいつはあいつで喧嘩などしてきたが、こいつだけは自分の中では心底救いようもない馬鹿だ。

「地に這い蹲るのがお似合いだ。卑賤な下郎」

 懐から一枚の符を取り出す。

 あれは式神を顕現させる特殊な霊符だ。

 自分以外の存在を召喚し、使役し、扱う。異物召喚の特殊な力を使う、陰陽師の十八番芸。

 瞬間、即的に何かを唱えたかと思うと、符が変化したかのように物凄く大きな蜘蛛へと変わった。大きさで言うと建物二階分程度。幅はそれに見合う程度で、何より気持ち悪い。

 その大蜘蛛の上に六条が佇む。

「でけぇな。つか顔に似合って、中々気持ちの悪い式神を連れてるじゃねぇかよ」

 背負っている大剣を手に持ち、六条に向けて構える。

「おっしゃ、来いよ侵入者! この俺、坂上覇吐がテメェの相手してやるよ!」

 

 

《2》

 覇吐&ザジと六条が対峙したのを、一人……いや二人が建物の屋上から眺めていた。

 2-A 出席番号15番、京都神鳴流の剣士である桜咲刹那。

 と、

 同じく2-A 出席番号18番、龍宮神社の巫女(スナイパー)である龍宮真名。

 この二人がその光景を高見の見物と洒落込んでいるのだ。

 本来ならちゃんと警備任務をしないといけないのだが、ある侵入者用の特殊結界を張っているため、何と侵入者などと言う不埒な輩がいれば直ぐに察知できる。ちなみにこのことについては、仕事が始まる約一時間前に学園長から二人に言われた。

 だったら学園を警備する人間など要らないのでは? と聞きたくなるだろうが、今回は特別だ。

 何たって警備する人間が少ないのだ。これくらいしてもらって当然だ。

 まぁ消費する力が半端ないため、こういった例外なる日でなければ使えない。

「坂上先生に、この特殊結界の件を伝えなかったのは、このためなんですね」

 刹那が遠目で覇吐を見ながら、隣に立つ真名にそう言った。

「ああ、その通りだよ刹那。理解が早くて助かる。やはりな、坂上先生の力をこうして直接見たかったんだ。お前も興味あるんだろう、坂上先生の力に」

 実際にこの目ではっきりと、坂上覇吐の力を見たかった。

 例え先生に隠し事をしてでも。

「まぁ確かにそうですが、しかしこれは不正行為に近いですよ」

「女子中学生だ。不正行為をしてなんぼだろ。大人になったら、そう簡単には出来ないからな」

 ちょっとした可愛いらしい不当な手段。

「真名、まさかいつも大人に見られる嫌味か何かですか?」

「何でそうなるんだ? 確かに映画に入場する際、大人料金取られたりして少しばかり悲しい思いをしたのは確かだが、別に八つ当たりめいたことをした訳ではない」

 少し饒舌になった真名でした。

「――おい」

 不意に、達人レベルの二人に気配すら感じさせずに一人の男が背後に立ち声をかけた。

 バッと勢いよく後ろを振り返ると同時に、戦闘態勢に入るが……

「藤井さん、でしたか」

 臨戦状態を解き、ほっとする。

 そこには同じく警備任務をしている藤井蓮が居た。

「何をしてるんだお前たち? こんなところで、サボりか?」

「い、いえ違いま――あれ、そうなります……ね」

 蓮の質問に刹那が即座に否定しようとしたが、改めて思うとサボりと変わらなかった。

「まぁ別にサボったくらいで叱るつもりも無いし、俺も人のことを言える立場じゃないから言わないが、ここで何を見ようとしていたのかは聞かせてくれよ」

 一応、藤井蓮も特殊結界の件は知っている。

 だが張っていても、それぞれの持ち場は決めていた。そこから二人が急に離れて、同じ場所で合流したのを察知した蓮はこの場へと駆けつけたのだ。

「私と刹那は少し坂上先生の力に興味があり、ここから隠れて見物をするつもりでした」

 と、真名が隠さずにそう言った。

「坂上の……」

 蓮は目線を遠くの、覇吐の居る方へと持っていく。

 そこには巨大な蜘蛛の乗った男と覇吐が対峙していた。

「あれか。また随分と弱そうな奴が侵入してきたな。あの程度なら、坂上一人で十二分だろう」

「確かに相手の実力は雑魚に部類されるでしょう。ここから一発狙撃しただけで終わりそうな相手だ」

「まぁ態度だけは誰よりも傲慢ですが」

 蓮と真名が六条を嘲罵し、刹那は溜息をつくかのように言った。

「しかしあんな雑魚相手でも、坂上先生の力を少しでも拝見できれば嬉しい限りだ」

 

   (∴)

 

 その頃、覇吐VS六条の戦いが幕を開けていた。

 天から降り注ぐは槍。否、槍ではなく大蜘蛛の口から放たれた粘液による糸の槍だ。

 糸を上空で槍のように形成し、文字通り豪雨のように降り注ぐ。

「チィッ!」

 それは全てを射殺す魔の弾雨。

 覇吐の頭上へと飛来した夥しい数の糸の槍は、大地を抉り、木を破壊し、襲いかかってくる。

 無情に、無慈悲に、情け容赦なく。

「少しヤベェな! つか、蜘蛛って口からより尻から粘液吐くんじゃねぇのかよ!」

 毒づく覇吐。

 次々と絶え間なく降り注ぐ糸の槍は、隙など全く生じさせない。

 大剣で弾きながら突き進むのも良いが、あの糸は元を言えばベタつく粘液だ。今は鉄の強度を誇っているが、下手に弾いて大剣に絡み付く危険性を孕んでいる。

 故に大剣を使用するのは賢明でない。

 ふと、ザジが心配になり一瞥するかのように見てみると、どこにもザジが居なかった。恐らく上手く逃げたのだろう。

「ふむ、さっきまでの威勢は虚勢を張っただけだったのか?」

 六条はまるで不格好に踊り狂う子を見るかのような、嘲笑混じりに言葉を吐いた。

「滑稽よの。何たる愚弄、何たる脆弱っぷりだろうか。このような詰まらぬ存在が、麻帆良を警備しているとは、呆れてものも言えぬは。趨勢気していたが、憫笑すら溢れるほど落ちたか」

 六条の言葉にだんだん苛々してきた覇吐。

「さて、そろそろこのような詰まらぬ戰、終わらせるとするかの!」

 言うと同時だった。

 豪雨のように降り注いでいた糸の槍が、まるで意思があるかのように覇吐を四方八方から襲いかかった。

 隙間もなく、回避不可の攻撃。

「馬鹿な――」

 誰もが終わりだと思ったが……

「とかいう三下御用達の糞台詞――」

 大剣に文字通り力を纏うと同時に、カラクリのように刀身が折れ組み変わる。

「言うわけねえだろ、相手見て物言えタコがァッ!」

 20の刃節に分かれ、まるで鞭のようになった大剣を振るった。

 弐の型である20の刃に分裂し、射程は変幻自在に伸縮する蛇腹剣。

 それにより糸の槍が潰され、破壊され尽くす。勿論、糸など覇吐の力の前に絡みつくなど有り得ない。

「な、なな、ななななな何だと!?」

 醜く驚愕の表情を浮かべる六条。こっちの面の方がよっぽどお似合いだ。

「よぉあんた、この程度の力で麻帆良に侵入してくるなんて哀れすぎて言葉が出ないぜ」

 窮地が逆転し、余裕な態度で話す覇吐。

「俺がちょぉっと、やられてる振りしたらいい気になりやがって。調子に乗りすぎるのは、あまり良くないぜオイ」

 逆に六条は焦燥と憂虞、忸怩と言った感情が入り乱れていた。

「直ぐに倒しちまったら、何か可哀想だから活躍の場を与えてやったが――」

 再度構え、

「やっぱテメェは見た目通り、やられ役がお似合いだわ」

 弐の型、蛇腹剣を振るい大気を引き裂きながら、そのまま大蜘蛛を諸共一閃。

「ヒィッ!」

 大蜘蛛が黒い粒子となり消滅し、上に乗っていた六条が情けなく落っこちる。

 ああ無様すぎて言葉が出ない。

「つう訳で、寝とけ」

 ゴツンと、大剣の刀身で六条の頭を軽く叩き昏倒させる。

 とりあえずこいつは後で学園長に任せようと覇吐は決めた。

 

   (∴)

 

 その戦いの一部始終を見ていた三人は――

「…………」

 言葉が出ない。

 と言うより、相手が弱すぎて何て言ったら良いか分からない。

 当初の目的であった覇吐の力の正体も分からないまま、大蜘蛛の男は無残に散ってしまったのだ。

「どうやら、案外物事は上手くいかないように世界は出来ているらしい。残念だ」

 真名が少し悔しそうに言った。

「まぁいつでもチャンスはありますよ。同じ学園の者なのですから」

 それに対して、ほんの少しだけ慰めるように言う。

 確かに機会など、これから何回もあるだろう。

「だが、その機会よりも先に、もしかしたら坂上先生がセクハラ行為で警察に捕まる可能性も有り得る。故に一回一回を大切にしたいと思っていたんだよ」

 中々リアルな話が出た。

 否、もしかしたら真名は悟ったのかもしれない。

 既に覇吐にはそういった噂(真実)が流れているのだから。

「……やはり、配下がいましたか」

 唐突に、刹那がそう呟いた。

 その言葉の真相を、二人もほぼ同時に察知する。

 何故なら特殊結界に反応があったから。複数人、恐らく六条の部下が麻帆良学園に侵入してきた。自分らの大将がやられたのを同じく察知したのだろう。最早、強襲に近い。

「行くぞ。こればかりは、物見遊山に洒落込めないぞ」

 蓮が啖呵を切る。

 本当にサボリになってしまう。

 学園長のじじぃが煩いだろう。

「はい、言われるまでもなく」

「そのつもりですよ、藤井さん」

 刹那と真名が頷くと同時に、建物の屋上から三人が動いた。

 向かうは烏合の衆の雑魚どもへ――

 

 

《3》

 六条の部下が待機していたのは、六条が現れた方角から東の場。

 そこには広場があり、昼間は学生たちがボール遊びなどをしたりしている愉快爽快な場所なのだ。

 しかし一転して夜になると、街灯もないため月明かりのみの薄暗い寂しい感じがする場所へと豹変する。

 静寂な空間に響く、複数の乱れた足音。

 こいつらが六条の部下たちだ。一人一人は六条以下の雑魚に等しいが、複数集まれば塵(ゴミ)も積もれば山となるかのような感じだ。

「――ここから先へは通さんぞ、愚鈍な侵入者ども!」

 その前に桜咲那が立ちはだかり、向かってくる敵に向かって叫ぶ。

 それに続いて藤井蓮と龍宮真名も現れた。

「通りたいというなら、私たち三人を退けてみろ!」

 愛刀である『夕凪』を引き抜き、威圧感のある瞳で連中を睨む。

「何だ、随分と気合入っているな桜咲。まぁ別に構わないんだが、肩に力を入れすぎるなよ」

 横目に蓮が呟く。

 懐かしい夕凪を見れて、少し感慨深いものを感じたのは内緒だ。

 そしてそのことについてだが、詠春は刹那に藤井蓮が昔、自分の仲間だったことは告げていない。

「敵の数はおよそ20といったところですね。この程度なら、10秒で片付く」

 真名が敵の数をこの暗闇の中で把握した。

 恐らくこの中で一番、目が効くのは真名だろう。流石はスナイパーである。

「さて藤井さん、一気に決めますか。あなたの実力は学園長から少しばかり聞いています。とても強いらしいですね」

「別に強くはない。学園長が勝手に言ってるだけだ」

 謙遜する蓮。

 その間に、六条の配下どもが再び動き出した。

「――来ましたよ!」

 刹那が構えると同時だった。

「あぁもう嫌だ。疲れた。頭グリングリンする」

 まるで場違いな、鬱病中の御門龍明先生が放浪者のように現れたのだ。

「何でなの、何でこうなったの。詐欺師に騙され、金持ち男に弄ばれ、嫁ぎ遅れた末にようやく教師になれたのに。ああ何で、どうしてこうなったの。ただ私は、陰陽師なんて言う世界から解脱したかっただけなのに。そもそも、私は生まれてきた場所が駄目だったんだ」

 周りが全く見えていないのか、ふらふらと千鳥足より頼りない足取りで歩を進める。

 そして流石、名門御門なのか遅れたが、周囲の異常な気にようやく気付いた。

「ああ、まさか私を追ってきたの! そうなのね、そうに違いないわ! だから嫌なのよ、名門の家ってやつは!」

 まるで狂ったかのような声を上げる龍明。

「もう嫌、もう嫌! もう沢山だわ!」

 瞬間、自分の不幸を相手にぶつけるが如く、龍明が力を発揮する。

「こうなったら全てを燃やす。燃き尽くしてやる!」

 六条の配下に向けて、

「神火清明、急々如律令」

 陰陽の呪を唱えると、紙吹雪のように炎精の霊符がいくつも敵の方に舞った。

 それを見定め、

「――オン」

 瞬間、炎の華が咲き乱れるが如く、大火力の爆破が起きた。

 鼓膜すら潰しかねない音圧が静寂を消し、赤い紅い熱気を帯びた炎が暗闇を照らし尽くす。

 今の一撃による衝撃に敵陣が全員呆気もなく吹っ飛ばされた。これが鬱真っ盛り中の御門龍明先生の力である。

「…………」

 その光景に、蓮たち三人は茫然自失としていた。

 いや、まさか龍明先生がここまで強いなんて思ってもみなかったからだ。

「あー何だ、とりあえず侵入者は全員撃退か」

 とても呆気なく。

「……一応、殺さない程度には加減されていたみたいです」

 こちらに吹っ飛んできた敵に近づき、刹那が生死の確認を取った。

 数日は起きない程度のレベルだ。

「炎も草原などに引火せずにいる。これは驚きだ。並ならぬ才能と練度によって成せる技だな」

 真名も感心せずにはいられなかった。

 と、龍明は再びフラフラ状態で何処かに歩き出してしまった。とてもあんな力があるとは思えない、覇気の無さだ。

 そして同時に朝日が昇り始めてきた。

「……朝か。仕事の終わりか」

 明るい太陽が上がる、警備の仕事が終わる合図だ。

「これで日常に帰れる」

 蓮は誰よりも日常が大好きだ。

 警備の仕事も日常に入る域だが、やはりこうして普通の人間と違う陰陽師なる者と戦うのは日常ではないだろう。

 故にあまり好きではない。

「――さて、学園長に報告して帰るか」

 こうして警備任務が終わったのだった。

 

   (∴)

 

「まだこれは終わっちゃねえ!」

 蓮がエヴァンジェリン宅に到着し、出入り口の扉を手にし入ろうとした瞬間だった。

 覇吐が後ろから参上した。

「何だ坂上か。何か用か?」

「何か用かじゃねぇよ。ほらあれだよあれ。明日来るネギの歓迎……って今日じゃねぇか! まぁ歓迎するのはどうせ夜くらいになりそうだから、まだ時間はあるけどな。いや待て、よくよく考えると夜じゃなくてもいいんだよな、歓迎の仕方によっては」

「一人芝居なら他所でやってくれ。じゃあな」

「いや待てよ。一応約束したろうが。一緒に考えてくれるってよ」

「あー、何かそんな約束したな。分かったよ、考えておいてやる。だから早く帰れ。お前、今日も教員の仕事があるんだろ」

「あ、そうか。んじゃ約束忘れるなよ」

「分かったから、とっとと帰れ。俺は眠い」

 上手く追い返した蓮はそのままエヴァ宅へと入る。

 また面倒な約束をしてしまったと軽く頭を抱える。しかし約束は約束だ。承諾した以上、破るわけにもいかないのだ。

「うにゅ、お兄ちゃん、帰ったのか」

 帰るとエヴァンジェリンが目覚めたとこなのか、寝巻き姿で二階から下りてきた。とても眠そうだ。

「ああ、おはよエヴァ」

「うむ……」

 すっ、エヴァが蓮に抱きつく。

「ふふふ、こうしてハグすると落ち着くよぉ、お兄ちゃんだぁい好きぃ」

 と言って頬をすりすりとしてくる。

 こいつはこいつで日に日に幼女化が進んでいるような気がすると、蓮は再び頭を抱えることとなった。初めて会った時とはえらい違いだった。

 ――どうしてこうなったのか?

 

   (∴)

 

 朝――

 麻帆良学園の生徒たちが登校する時間、スピーカーから大放送が流れた。

「学園生徒のみなさん。

こちらは生徒指導委員会です。

今週は遅刻者ゼロ週間。

始業ベルまで10分を切りました。

急ぎましょうーー」

 朝、通勤ラッシュも真っ青になるほどの勢いで、麻帆良学園の生徒たちが駆ける。

 一人一人が戦場を駆ける戦士のような面持ちだ。

 そんな中に随分と不釣りあいな赤毛の少年が一人、驚いた表情で声を上げていた。

「わわわ何コレ!? スゴイ人! これが日本の学校か――」

 ――この少年こそが英雄であるナギ・スプリングフィールドの息子……ネギ・スプリングフィールドである。

 

 第二幕の歌劇は全て、ここから始まる。



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第十三歌劇【麻帆良学園にネギ登場】

遅くなって申し訳ない限りですm(_ _)m
色々多忙なのと、先にもう一つの作品の方を完結させようと急いだ結果、かなり遅くなりました。
少し内容が薄いです。そこも大変申し訳ないですm(_ _)m 次からは一気に展開を進めたいです←希望的観測(つд⊂)

あと、相州戦神館學園 八命陣が凄く面白かったので、次話からネタ程度で出したいと思います(>_<) 甘粕と神野、聖十郎が好きです
てか、この作品に一言。
「いくら何でもCS化が早すぎ!」←絶対にCS化は内容的に無理だと思っていたのに(´Д⊂ まぁCSの方の新OPは楽しみかな。


《1》

 第一印象――対象者と接して最初に受けた感じと辞書にも載っている、とても大切なことだ。

 将来を決するであろう就職の面接や学校の試験での面接、新しい学校でのクラス、更にはバイト先や合コン、新しく入る部活やサークルなんかでも第一印象で決まったりするくらい大切だ。

 とにかく大切で大事で、枢要な点なのだ。

 第一印象により、こいつはこんな人間なんだろうと、相手の脳に強く書き留められてしまう。丁重に保護付き保存され、上書きが難しくなる。

 故に第一印象で失敗し、頭を抱えた人間は何人も居るだろう。

 しかし嬉しいかな。大人と言う奴は、第二、第三を積み重ねることによってその人への対応を変えたり、例え第一印象が最悪で生理的に合わなくても社交辞令めいた対応により仲を強引に繋げたりもできる。

 仕事先で自分の上司や部下に対する第一印象が最悪でも、第二第三で変えることによって、まるでハッキングしたかのように保護付きで保存されたデータが簡単ではないが上書きはしてしまえる。つまり大人は臨機応変に、人が変わってしまえるのだ。例えば恋人関係の時はとても仲が良かったが、結婚したら性格が豹変した事例もその一種だ。

 では逆に無垢で感慨深い子供ならどうだろう。

 例えば常に笑顔で優しいお兄さんなら、この人は僕の味方でいつも優しくしてくれる人だと保存されるだろう。

 しかしその真逆、怖面でガサツなお兄さんなら、この人は僕の敵で近寄りがたい、てか怖くて近くに居たくないと保存されるだろう。

 しかも子供は対象者の第一印象を善悪と、見分けやすく管理しやすく整理する……と、著名人が語っていた。

 まさにその通りだ。

 一度、子供に懐かれれば、それは思春期が来ても続くだろう。逆に恐怖されれば同様に長続きするだろう。

 子供のスペックは低いが故に、要領もそれ相応に少ない。しかしそれ故、きちんと単純に分別され、書き換えが出来ないレベルで保存される。

 だが、これはあくまで平均的な子供。

 第一印象が悪い――主に暴力的でいじわるな――お姉さんがいたとする。

 しかし、その第一印象を払拭するくらいの出来事があれば、上書きは可能だ。だけどそれはとても難しく、大変な道のり。

 けど――相性と言うやつで、簡単にもなったりする。

 

 by.坂上覇吐

 

『これは、そんな序章の物語』

 

   (∴)

 

「――て言う第一印象がどうこうだよレポートを提出すれば、少しは俺の印象変わるかな? こう教育者に見えるだろ?」

「どういう意図で一晩も使って書いたか知らないけど、文が支離滅裂で何を伝えたいのかがいまいち分からない」

「……セリフが痛い」

 早朝――麻帆良学園内にある外のカフェで、朝食を摂りながら保健体育の補佐、坂上覇吐は徹夜で書いた第一印象の論文めいた用紙を、相方である中等部2-Aザジ・レイニーデイに見せていた。

 ザジはその論文を数十秒で読み終え、無表情で叩きつけた。さながら出版社に持って行った漫画の原稿用紙を叩きつけるがごとく。

「けど、まぁ良いとこは突いてると思うよ。第一印象は大切」

 と、コーヒーを啜りながら言う。

 少しは褒めてくれるのが、ザジの優しいところだ。アメとムチの使い上手だ。

 そしてふと、覇吐はあることが気になった。

「なぁ、ザジ。お前って俺の第一印象ってどんな感じだった?」

「変態」

 即答された。

「ちなみに姉さんも変態って言ってた」

 一刀両断された。

「もっと言うとアマテルも変態だって」

 十字固めされた。

「もっともっと言うとクラスのみんなも変態って言ってたよ」

 覇吐のHPは0になった。

 もはや救いの余地ゼロだ。

「で、これはどういう意図で書いたの?}

 叩きつけた論文用紙をヒラヒラさせながら問う。

 覇吐の心情など知ったこっちゃない感じだ。

「ん、そいつはこれから、つか今日来る新任教師――ネギ・スプリングフィールドに渡すためだぜ。ほら、第一印象って大切だろ。だからこれを渡して、第一印象がどれだけ大切かをだな――」

「そんな下らない塵紙を渡さなくても、ネギと言う新任教師はそれくらい理解してると思う」

 遂に塵紙とまで言われた。

 もういっそチリ紙交換に出してしまおうかと思った。

「さて、そろそろ学校に向かわないと混雑しそうだから、行こうか」

 ザジがコーヒーを飲み終えて、ついでと言わんばかりに塵紙(第一印象の論文)を丸めて外に設置されているゴミ箱にポイと投げる。

 そして見事に入った。

 同時に覇吐の徹夜の努力と時間がゴミ箱行きと同義になった。果てしなく悲しい。

「ん、けどまだ時間は結構あるぜ」

 心が一瞬折れかけた覇吐だが、この程度で折れていてはザジと共にいれない。

 故に平常心で言った。

「忘れたの変態先生。今は面倒な生徒指導委員会が遅刻者ゼロ週間なんてことをしてるから、早く行かないと生徒ラッシュに飲み込まれるのよ」

「今サラッと変態先生って言ったな」

 否定は出来ないが。

 そう、今現在麻帆良学園都市では遅刻者を出さないための企画が挙がっているのだ。遅刻したらもれなく委員会からイエローカードが進呈される。

「ああ思い出した。確かそうだったな。思い出すのに少し苦労したぜ」

「私は人ゴミに飲み込まれるのは嫌いだから、早く行こうか。そんなことも言うまで思い出せなかった馬鹿先生」

「どんどん辛辣になっていくな」

 二人は他生徒たちより、一足早く中等部へと向かった。

 

   (∴)

 

 同じく早朝――エヴァンジェリン宅の木造建築の家で、藤井蓮はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと朝食を摂っていた。

 摂っていた、と言っても既に食後のティータイムだが。

「……ふむ、そう言えば今日はあのナ……いや何でもない」

「ナギの息子、ネギがここに来る日だな」

 エヴァが怨敵である名を口にするのを躊躇ったが、蓮が普通に躊躇いもなく言った。

「くっ、お兄ちゃん。私の前でその名前は出さないでくれ。あの憎い奴の面を思い出す」

「そうだったな、忘れてたよ」

「本当かいお兄ちゃん。もしかして、先ほど聞いた変態教師のしょうもない約束でも気にしているのかな? それで私の前でタブーを言ってしまったのか?」

 急に饒舌になるなよと内心思う蓮。

 最近、と言うより前々からエヴァが時々、蓮の前だけ限定で性格が変わったりすることがある。昔からキャラが定まっていない様子とは思っていたが、どうやら蓮の前だけでらしい。

「いや、まぁそれもあるかな。一応約束は約束だから」

 変態先生――坂上覇吐と藤井蓮は昨日、ある約束をした。

 約束とは、今日この麻帆良学園にやって来る新任教師――ネギ・スプリングフィールドへの歓迎事について相談に乗ること。

 考えておいてやると、覇吐には言ったものの何も考えていないのが現状である。

「お兄ちゃんともあろうものが、あのような変態教師との約束を律儀に守るとは、人の鏡というか何と言うかじゃな」

 朝の紅茶を喉に通しながら、若干呆れ気味に言う。

 約束は約束だ。あの時、軽い気持ちで約束事を交わしてしまったのは否定できないが、一度してしまった約束を破るのはどうも癪だ。

 しかし何も考えていないのもまた事実。

 歓迎事を考える……最初は大してこともない約束だと思ったが、今にして思えばなかなか頭を使う。

 そもそも藤井蓮は――何度も言うようで申し訳ないが――人付き合いがあまり良い方ではない。と言うより悪いし向いていない。故にこのような事柄を決めるのは苦手分野に部類されるだろう。

「歓迎事か……なぁ、何かいいアイデアとかないか?」

 蓮は同じくこう言ったベクトルにあまり向いていないエヴァに、何となく聞いてみる。

「興味がないな。考える気力も起きん」

 とまぁ、予想内の返答が来た。

 エヴァもエヴァで初めて会った時、自分から友達がいないと堂々と大らかに公言していた。だから、期待するだけ損だったし、期待すらしてはいなかった訳だが……もしもと言うこともあったかもしれないと言う、藁にもすがる気持ちだったのだ。

「それに、お兄ちゃんがそこまで深く考えなくとも、あの変態教師がある程度考えているだろうよ」

「それもそうだな」

 軽くエヴァに言い聞かされたが、良かったのだろうか?

 

 

 

《2》

 麻帆良学園都市――幼等部から大学部までのあらゆる学術機関が集まってできた都市。これらの学術機関を総称して麻帆良学園と呼ぶ。

 この学園には普通の人間以外に、魔法使いや吸血鬼、人造ロボ、止めには幽霊なんかが通っている始末。とてもファンタジー極まる学園だ。

 そんな学園に、本日より新しい先生がやって来る。

 見た目は子供、頭脳は大人?、その名はネギ・スプリングフィールド。

 そんな外見100%の子供――というより子供――が、さながら雪崩の如き勢いで駆ける学園の生徒たちに呑み込まれようとしていた。

「わっ、わわわ、何このたくさんの人!? こ、これが噂に聞く通勤ラッシュ!!」

 目をくるくる混乱させながら、ふと自分の懐中時計をチェックし、己も急がなければいけない現実を思い出す。

「いけない僕も遅刻する! 初日から遅れたらまずい!」

 ザッと、地面を蹴り駆ける。しかしその速さは、まるで地面を滑るように走っており、周りの生徒たちを追い抜いていく。だがこれはネギの身体能力が凄いと言う訳ではない。見る者が見れば、何故このように早いのかが一目瞭然だ。

 

「――魔法か」

 

 その姿を見た一人の男が、誰にも聞こえないように呟く。

「……あれが、ナギの息子か。確かに面影は十分にあるな」

 学び舎の2階の窓から、遠目に、まるで監視するが如く見据えている。少し、どこか懐かしさの孕んだ声音だ。

「どう、彼を見た率直なご感想は?」

 男の横に、高畑が立つと同じくネギに視線を投げる。

「どうって言われてもな。確かに才能は感じるよ。けど、まだまだ子供だ」

 男――藤井蓮は特に興味なさげに、高畑の質問に答えた。

 面影は似ているが、実力で言えばナギの足元にも及ばないどころか、それを例えに出して良い次元ではない。

 まぁ、まだ子供だから仕方ないのかもしれないが。いや――仕方なくはない。蓮の主観から回答を出すなら。

「あはは、蓮さんの評価はやっぱり厳しいな。けど時代が僕たちとは違いますからね。そこは仕方ないんですよ。――あ、明日菜君に絡まれちゃってるね」

 そんな会話をしている間に、ネギが高畑の担当するクラスの生徒――神楽坂明日菜に見事なアイアンクローを決められていた。それを明日菜と同じクラスの近衛木乃香が必死に仲裁に入っている。

「何か、余計なことでも言っちゃったかな」

 

   (✝Д✝)

 

 ネギは急ぐ中、占いの話をしている二人の女生徒を見かけた。

 ここでネギは良心から一人のツインテールの女子――神楽坂明日菜に失恋の相が出ていることを丁重に教えてあげた。しかし余計なお世話っだたらしく、明日菜から頭を鷲掴みにされ釣り上げられたのだ。ここは女心を理解できていなかったネギの方が悪いだろう。

 そしてそれを仲裁しようとしているのが近衛木乃香。明日菜とは同学年で、同じ寮部屋の女の子だ。

「このこの、今すぐ取り消しなさい、失恋の相のことを!」

 アイアンクローに更なる力を加えながら、少し半泣き状態で訴えかける明日菜。

「あかんて明日菜。子供にそんなことしたら」

 黒髪ロングヘアーの少女、木乃香が宥めるように止めようとしている。しかし効果は一切ない。

「だってこいつ、いきなり失礼じゃない。こういうガキは一度しっかり言う必要があるのよ」

「まぁまぁ、大人気ないで明日菜。可哀想やん」

「あたしはね、子供が大ッ嫌いなの。だからこの程度、罪悪感なんて一切感じないわ」

「いや、少しは感じたほうがええよ」

 傍から見たら児童虐待だ。いや既に通報されていても、特におかしくない次元だ。

 と、そこに一人の――変態先生こと坂上覇吐が何の前兆もなく現れた。

「おい明日菜ちゃん。そこまでにしろ、本当に暴行罪で訴えられるぜ」

「坂上先生は猥褻罪で訴えられそうだけどね」

 覇吐のセリフをそのまま言い返してやった明日菜。言い返せない。ここで言い返せない先生もどうかと思うが、それ以前にそう思われている先生は社会的にピンチだ。

「…………」

 少しショボくれる覇吐。

「おはようございます坂上先生」

 対する木乃香はちゃんと挨拶をする。

「ああ、おはよう木乃香ちゃん。ちなみにさ、俺って猥褻罪で起訴されそうに見える」

 覇吐はテンション下げ下げで尋ねてみる。

「そんなことあらへんよ。覇吐先生はちゃんとした先生だと思うよウチは」

「だよなだよな! うん、俺もそうだと思ってたぜ!」

 テンションが復活する。何とも鬱陶しい。

「てなわけでよ明日菜ちゃん。その辺にしといてやれよ、こいつは今日からこの学校で働いてくれる新任教師なんだからよ」

「「え?」」

 覇吐の台詞に、二人が目を丸くした。

 その拍子に明日菜が驚きのあまり手を緩めネギから手を離す。

「なぁ、ネギ君」

「あ、あなたは?」

 少し目を回しているネギは、覇吐を見て尋ねる。

「おう、俺か。俺は坂上覇吐。ここで保険体育の補佐をさせてもらってる先生だ。よろしくな、新人さん」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 と、ネギが頭を下げた途端、

「ちょっと坂上先生! 今の話どういうこと!」

 明日菜が下げたネギの頭に手を強く下ろし、そのままネギを圧潰す。

 しかしそんなこと眼中に入れない。今は、なぜ、このような小さな子供が新任先生なのかという疑問だ。

「それは、僕から話すよ。明日菜君」

 学び舎の2階の窓から、高畑が顔を出して言った。

「た、高畑先生!? お、おはよ……」

「久しぶりタカミチー!」

 明日菜が愛する高畑に毎朝のように送る挨拶を、ネギがかき消すかのように元気な声で高畑を呼んだ。

 それに対し明日菜はまたもイラっときたが、それよりも……

(し、知り合い!?)

 まさかこんな子供と高畑先生が知り合いだったことに、驚愕を隠せなかった。

「麻帆良学園へようこそ、ネギ先生」

 高畑が微笑みを浮かべながら言った。

「ほ、ほんとに先生なん?」

 覇吐の言葉だけでは半信半疑だったのか、改めて少し驚く木乃香。

 ネギは心地よく、答える。

「はい。この度。麻帆良学園で英語の先生をやることになりました、ネギ・スプリングフィールドです。よろしくお願いします」

 

   *

 

 そして所変わって学園長室――

 そこにはネギだけではなく明日菜、木乃香、覇吐がいる。

「学園長先生、一体どういうことですか!?」

 開口一番に、なぜかジャージ姿に変身した明日菜は抗議するかのように、学園長に言葉を投げかける。

 ちなみにあの後、ネギの担当するクラスが自分のところになるわ、ネギのクシャミで服が吹き飛ぶわで、散々な登校時間を送った明日菜である。

「まぁまぁアスナちゃんや、少し落ち着きんなさいや。しかしの、修行のために日本の学校で先生を……それはまた大変な課題じゃの」

「は、はい、よろしくお願いします」

 自信が少しなさそうに、ネギは弱々しく言った。

 やっぱりどこか辛いのだろう。

「ならば、まずは教習実習かの。今日から3月までじゃ。ダメだったら故郷に帰らねばならん。もちろん二度目のチャンスはない。覚悟はあるかの?」

「はい、やります。やらせてください!」

 ネギが決心して言う。

 明日菜も木乃香も話の内容がちんぷんかんぷんだ。

「うむ、分かった! では今日から早速やってもらおう。指導教員はそうじゃのぉ――ふむ坂上先生にやってもらおうか」

「おう、任せとけ!」

 学園長が指導教員に覇吐を指した。

 もともと打ち合わせでもしていたのか特に驚かない覇吐は、快く了承した。

「つうわけでよろしくなネギ先生よ」

「は、はい、お願いします!」

 握手を交わす二人。

 お互い赤毛に赤毛。きっと何か縁がありそうじゃと、学園長は内心思う。

「そうそう、もう一つ。このか、アスナちゃん。しばらくネギ君をお前たちの部屋に泊めてやってくれんかの」

「ゲ!」

 いきなり振られて、更なる不幸になりそうな成り行きに明日菜は濁った声を上げた。

 同じくネギもどこか少し嫌そうに見える。

「そんな、学園長! あたしは絶対に嫌ですよ!」

「ええやん明日菜。この子、かわえーよ」

 声を荒らげて反対する明日菜とは対照的に、木乃香は普通にOKを出す。

 そしてラストに「仲良くしなさい」と言う、学園長の一言により渋々口を閉じた。

 

   *

 

 色々と挨拶も終わり、遂にネギが自分の受け持つクラスに向かおうという時――

「あんたなんかと一緒に暮らすなんて、お断りよ! じゃあ私、先に行きますから先生!」

 明日菜がそんな言葉を残して、先へ言ってしまった。木乃香も追いかけるように、先に行く。

「ひ、酷いですねあの人。あそこまで言わなくてもいいのに」

「まぁ思春期にありがちなことだ。あまり気にすんなよネギ先生」

 ネギがしょんぼりとする中、適当にフォローする覇吐。

 現在は、二人でネギが担当する2-A組に向かっている。

「確かに明日菜ちゃんの第一印象は最悪だったと思うけど、それが全てじゃねぇ。だからまぁ、俺から言えるのは、自信を持て。不安だろうけど、自信を持ってやればきっとどうにかなるさ多分」

 少し言っていることは意味不明だが、これが覇吐なりの言葉だ。そして奇しくも徹夜で考えたレポートを参照としていたりする。

「さぁ、ここが2-Aだぜ」

「ここが……」

 2-Aの目の前まで到着すると、緊張が一気に溢れ出るネギ。

 そんなことを他所に、覇吐は教室の扉を開けた。

 

 ――麻帆良学園女子中等部2-Aへ、ようこそ。



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第十四歌劇【歓迎会】

とりあえず、一言。
本当に遅くなってしまって申し訳ございませんでした!
理由は、とりあえず書きません。正直、八命陣の続編である万仙陣を発売当日にプレイして、全クリをするくらい時間に余裕はありましたが、色んなゲームに嵌って書けませんでした。

今回の話は繋ぎみたいなもので短いです。次からは、色んなキャラ単体とネギor覇吐を絡ませていきたいと思います。

とりあえず、本当は超反対なんだけど――『Dies irae』アニメ化おめでとうございますO(≧▽≦)O
そんな訳で、アニメ化に際してこの小説の投稿も、なるべく早めていきたいとは思います。

まぁ、そんなことよりキーラ三姉妹とのイチャラブでも見るか(阿片スパァ
?「おまえがそう思うのならそうなのだろうよ。おまえの中ではな。それが全てだ」


「あ……ヤベ」

 保健体育の補佐である坂上覇吐はゾッとした。

 本日より麻帆良学園女子中等部2-Aを担当することとなったネギ・スプリングフィールドは、最大のミスを犯そうとしていたからだ。

 ミス、と言うのは簡単に言うと一般人の前での魔法の行使。

 一体どんな魔法を? なぜ使ったのか?

 その理由は、日本学園ではよくある歓迎もしくはイジメor面白などで使われる戦略的罠――黒板消し落としである。

 方法はとてもシンプルで、教室の引き戸の上に黒板消しを挟んでおくだけ。そうすることにより、引き戸を開けた瞬間、黒板消しがちょうど頭の上に落ちてくるのだ。

 そんな罠を2-Aの個性豊かな生徒たちは仕掛けていた。

「――――」

 ネギはそんな罠を仕掛けられているとは知らず、普通に引き戸を開けた。

 しかしここで覇吐が驚いたのは、ネギは頭の上に落下してくる黒板消しを何と魔法を行使して、すんでのところで停止させたのだ。それはさながら、黒板消しの時間を止めたが如く。

「うぉぉおおおお足が滑ったーー!!」

 そして状況説明をするより、覇吐がわざとらしい台詞を吐き、そのまま目の前でバカをしているネギを蹴り飛ばした。

「うあぁぁあああああ!!!」

 ドゴォンと言う効果音付きで、教卓まで蹴り飛ばされたネギは打撃を受けた尻を摩りながら涙目になる。

 覇吐の履いているのが下駄と言うこともあり、かなりのダメージだ。

「「「…………」」」

 そんな光景を呆然としながら見ていた2-Aの一同は、ネギの姿を確認すると焦りの色を見せながら近寄る。

「きみ大丈夫?」

「痛かったね。よしよし」

「ごめんね、担任の先生だと思って」

 と、生徒たち一同がネギに安否を心配しつつ、

「ちょっと覇吐先生、こんな小さい子を蹴ったでしょ!?」

「え、ホンマに?」

「うあ、先生最低ー」

「先生、それは流石に酷いかも」

「ドン引きです覇吐先生」←ザジ

 と、罵倒を受ける覇吐。

 正直なところ、覇吐は間違ったことはしていないのだが、第三者視点から見れば大男が子供を蹴ったシーンにしか映らない悲しさ。

(クッ、これが益荒男の定めか!?)

 と、心の中で血涙を流しながらバッシングを受け止めるのであった。

(……しょーもない)←エヴァ

 

   (∴)

 

「え~、今日からこの学校で英語を教えることになりましたネギ・スプリングフィールドです! 三学期の間ですが、よろしくお願いします!」

 一旦仕切りなおし、生徒たちを席に付かせると、ネギはみんなに自己紹介をした。

 それに対し、生徒の皆様はキョトンとする。

「え、えっと覇吐先生、どういうことですか?」

 そんな中、生徒全員の心を代表するように出席番号3番――朝倉和美が覇吐に問いかける。

「ああ。これから2-Aを担任するネギ先生だ。みんな仲良く――どわぁ!」

「「「きゃあーーー!! かわいい~!!」」」

 覇吐の言葉を聞くや否や、生徒たちがネギに詰め寄る。その際、横に立っていた覇吐は突き飛ばされた。

「何歳なの~!?」

「えうっ! その10歳です!」

「覇吐先生と同じ髪の色だけど、まさか兄弟なの!?」

「いえ、それはないです」

「どっから来たの!? 何人!?」

「ウェールズの山奥の」

「覇吐先生に変なことされなかった~!?」

「いえ、何もされてないです」

「今どこに住んでるの!?」

「いや、まだどこにも」

「覇吐先生って変人だよね~」

「え、そ、そんなことは」

「お前ら、間間に俺を貶めるような質問してるなよ」

 一斉にネギに質問の集中砲火を浴びせる。

 そのついでと言わんばかりに覇吐はディスられる。溜まったものでない。

「やってらんねぇぜ、たくよ」

 

(そしてその後、雪広あやかや神楽坂明日菜と一悶着が有り、授業も色々とトラブルがあった為、ほぼ出来なかったと)

 ネギの授業が終わり、覇吐は一人学園内の廊下を歩く。

 あの後の授業の光景や、やり取りを見ていたが、ほぼ委員長と明日菜の2-A伝統の珍闘を繰り広げたのみ。

「まぁ予想はしてたけどな。つうか、それよりも――」

(ネギ先生の歓迎会をするにしても、特に案もねえしな。あれ、そういやアイツも案を考えてくれるって約束したっけ?)

 ネギ先生の歓迎会について、一緒に考えてくれると約束してくれた……藤井蓮。

 しかし今にして思えば、藤井蓮はあまり騒がしいことが好きそうじゃないし、こういうことは苦手そうに見える。

 故に――

「駄目そうだな。あいつの案は聞くだけ無駄なように思えてきたぜ。もし考えていたとしても、つまんねぇ案しか出てこなさそうだしな」

 何て悪態をつく。

 本人に訊かれたらボコボコにされても仕方ない風評被害だ。

「けど、もしかしたら、すっげぇもしかしたらだけど、何かとんでもねぇ案を考えてそうだな」

 廊下を歩きながら、独りごちる。

「覇吐先生、廊下で歩きながらブツブツ呟いていると気持ち悪いから止めてください」

 と、そこに覇吐の相方であるザジが現れた。

 途端に悪態を突かれた。

 心が痛いが事実だ。

「お前は少しくらい俺に対して何か褒めのセリフとか、良いこと言えねえのか?」

「え、いいとこですか? いつも女性のお尻ばかり追いかけて、鼻の下を伸ばして、学園なのに派手な着物とゲタを履いたブツブツ何かを言ってる変態先生のいいところをですか?」

「グッ、的確に突いてきやがるじゃねぇか」

「その上、女子更衣室まで覗いたり、シャワー室を覗いたり。止めに女の子の歯ブラシを舐め回したり(チュパ音あり)、寝巻きをクンカクンカしたりと。思い返せば本当に最低ですね。どこぞのストーカー野郎を超えてますよね」

「グッハ! やるじゃねぇか。俺の心にこんなにダメージを与えるなんてよ」

 と、精神的なダメージを喰らった覇吐は煙管(タバコ)を取り出して吸おうとする。

「学園内でタバコを吸うな馬鹿先生」

 次いで、煙管を咥えたところに凄まじいアッパーを受けた。

 お陰で歯槽に多大なダメージを負う。少し血が出た。

「イテェ、精神的にも肉体的にも痛手を受けちまった」

 口を押さえながら涙目になる。

「そんな訳で覇吐先生のいいところが思いつきません」

「…………何か辛い」

 そして二人で廊下を歩いていると――

「お、蓮さんじゃないっすか」

「坂上か」

 藤井蓮とエンカウントしてしまった。

 傍に吸血鬼のエヴァジェリンがいないところを見るに、恐らくこれから夜の警備に関することでも何か決めに行くのだろう。

 まぁ興味ないが。

「お、そうだ」

 ここで、先のことを思い出した。

「なぁ蓮さん。先の約束だけどよ、ネギ先生の歓迎会。何か良い案とか出たか?」

「ん、ああ、そうだな。まぁ、少しくらいは」

「お、マジで。どんな案っすか?」

 期待はしていないが、ここは聞いてみるのが筋。つうか、自分で約束しといて聞かないのは失礼に値する。

 それに、藤井蓮みたいな人間に限って、とんでもない案を秘めているのかもしれないと……覇吐は考えを改めていた。

 そして蓮は、重苦しそうに口を開く。

「……ロリータファッション歓迎会とか」

「は?」

 藤井蓮のセリフに覇吐は何かを聞き違いたかのように、呆然となる。

 同じくザジも予想外の案に、少し引いた。

「いや、ほら2-Aの女の子たち全員にロリータ服を着ての歓迎会とか。結構、思い出に残るんじゃないか?」

「は、はぁ……」

 予想の斜め上というか、下というか。

 ああ確かに、とんでもない案を秘めていたよと考えが確かになった覇吐。

「と、とりあえず俺の出せる案はこの程度しかない。まぁ最初は、確か魔法関係を気にせずに話せる面子ってことだったけど、流石に何も思いつかなかったんだよ」

「……い、いや助かるっすよ。その案……使えたら使います」

 と、最後は聞こえないように小声で言う。

「まぁネギ先生の歓迎会は、2-Aのメンバーも参加させたほうがいいんじゃないか。影でコソコソ歓迎会をしたってバレたら、後々うるさいと思うぞ」

「そうっすね。やっぱそっちの方が――」

 その瞬間だった。

「聞いちゃったよ覇吐先生ー!」

「ネギ先生の歓迎会とは、聞き捨てならないにゃ~!」

「はい、とても素晴らしいお考えだと思います」

「ウチらもよければお手伝いしますよ」

 ……と、そこに2-Aの佐々木まき絵、明石裕奈、大河内アキラ、和泉亜子が蓮との会話を偶然聞いてしまったのか、アタックを掛けてきた。

「お、お前ら。何でここに!?」

「いや~、部活に行く途中だったんだけど、そんな話を聞いちゃ素通りするわけにはいかないよ」

 まき絵が答える。

 そう、彼女ら四人は運動部系の部活に所属しているのだ。故に仲が良いのは必然で、途中までの道のりが一緒だったのだろう。

「で、どんな歓迎会にするの?」

「そうだな、まだあんま決まってねぇんだけど」

 裕奈の質問に、覇吐は答える。

「とりあえず2-Aみんなでしようかなと思ってんだよな。場所はそうだな、教室でどうだ?」

「お、いいですね! じゃあ早速――」

 パチパチと、手馴れた感じでまき絵が携帯を弄っている。

 そして――

「はい、今2-Aみんなにメール送ったから。これで大丈夫ですよ覇吐先生」

「行動早いな。つか、まだ全然何も決めてないぞ」

「大丈夫。何たってうちのクラスには――」

 

「なんですってぇぇぇええええええええ!!」

 

 ドドドドドドと、凄まじい足音を轟かせ、ご近所迷惑な声を上げながらこちらに近づいてくる。

 その正体は……

「覇吐先生本当なんですか!? ネギ先生の歓迎会をすると言うのは!?」

 とんでもない形相で、なぜ自分の居場所が分かったのかを尋ねたいが、そこに雪広あやかがやって来た。

「お、おう。その予定では、ある」

 あやかの半端ない圧迫感に蹴落とされる覇吐。

「ではこの私、○○(とんでもない金額)までなら予算を投入しますわ! だから、ぜひ私にネギ先生との特別サプライズを!」

「いいんちょー、何一人で浸ってんのよ。ネギ先生は、みんなの先生だよ」

「それに、予算凄いし。どんだけ派手にするつもりよ」

「ウチ的には、もっとほのぼのとした歓迎会の方がええな」

「何でしょう。このままですと、財力に物を言わしたストーカーになりそうですね」

 と、アキラが真髄を突いた発言をした。

 いや、本当単純に怖い。

「お、なになに」

 メールの返信がいくつか来たのか、まき絵が携帯を開く。

「あ~、何かみんな盛り上がってるみたいで、もう教室の飾りつけとか、お菓子やドリンク買い集めてるみたい」

「さすが、こういうイベントは本当にみんな行動早いね」

「まさかもうそこまで進んでいるとは。こうなれば私、残り僅かな時間で、ネギ先生の銅像の手配を業者にしてきますわ!」

 そんな訳で、苦悩して考えていた歓迎会の案は意味をなくした。

「けど覇吐先生。何か歓迎会の内容考えてた感じやったけど、いいんですか?」

 亜子が尋ねてきた。

 まぁ正直、何も思いついていなかったから、特に問題はないが。

「ああ、構わねえよ。だけど、蓮さんの考えてくれたゴスロリファッ――」

「何か言ったか坂上。ん?」

 と、殺気を込めた微笑みを見せる蓮。

 やはり他の人に聞かれるのは嫌だったのだろう。

 覇吐は冷や汗をかきながら、途中で言葉を止めた。

「え、ゴスロリ?」

「いや、何でもねえ!? マジで」

「そうです。覇吐先生の考えてた案が、2-Aのみんなにゴスロリファッションを着せて行う、最低な企画だっただけです」

 横から、ザジがとんでもないことを吐いた。

 勘違い100%な台詞を。

「え、あ、そ、そうなんや」

 と、明らかドン引いた亜子に、覇吐はなぜか心を痛めた。

「これで藤井さんの矜持が守られましたね」

「代わりに俺の矜持がズタズタだけどな」

 

 そんな訳で、今日も覇吐先生は平常運転だったのだった。

 

   (∴)

 

 そして数時間後――

『ようこそ♡ ネギ先生ーッ』

 ネギ先生の歓迎会が教室で開催された。

 みんな飲んで食ってのバカ騒ぎ。

 そんな中、図書委員こと宮崎のどかが何やらプレゼントを渡していた。何かあったのだろうか?

 そして本当に、あの短時間であやかはネギ先生に銅像をプレゼントしていた。これが財力に物を言わせた力なのだろう。

「で、何で俺まで付き合わされているんだ」

 と、蓮はドリンクを飲みながら居心地悪そうに言う。

「いやいや、やっぱ一緒に企画を考えてくれたんすから、ここはパーっとやってくださいよ」

「ネギ先生の歓迎会だろ。俺の歓迎会じゃないだろうが」

 空になった蓮のコップを見るや否や。覇吐は透かさずジュースを注ぐ。この辺は素晴らしい社交性である。

「あはは、まぁまぁ蓮さん。ここは一緒に歓迎してあげようじゃないですか」

「ええ、その方がよろしいと思いますわね」

 と、蓮の隣に座る高畑先生としずな先生が言った。

「はぁ、俺はこのあと、警備の仕事なんですけどね。あまり騒がしいところで、体力を使いたくないんですよ」

「心配はいりませんよ。今日はなんたって、最強の用務員である大獄さんも担当ですからね。例え何があっても一撃必殺ですよ」

「そ、そうか」

 とりあえず、頷いておく。

 そこに――

「あ、これは幻のイケメン青年である藤井蓮さんじゃないですか!?」

 と、朝倉和美が蓮を発見し、声を上げる。

「うあ、本当だ! 久しぶりに見た!」

「え、私はよく校内で見かけるよ」

「私は数ヶ月ブリに見たよ」

「僕は生で会うのは初めてだよ」

「……人を珍しい生き物みたいに言うな。失礼って言葉を知らないのか?」

 蓮はため息をつき、視線を掻い潜るように移動する。

 そして、そのまま退室しようとしたが、

「何だ藤井さん。せっかくの催しなんだから、ゆっくりしたら良いではないか」

 同じ警備の仕事に携わっている、龍宮真名に止められた。

「お前な。俺はこう言う賑わった場所が、あまり得意じゃないんだよ」

「それは私も同じです。しかし私も耐えているんですから、一緒に頑張りましょう」

「刹那……お前まで」

 更に同業者である、桜咲刹那にまで止められた。

「てか、お前の場合、どこぞのお嬢様から目が離せないからだろ。俺まで道連れにするな」

「なッ! ふ、藤井さん! 何をいきなり……」

「たく、いい加減正直になったらどうだ? 近衛木乃香に向けて」

「や、止めてください! そ、そんな簡単にはいかないんです……!」

「そうか? 簡単だと思うけどな」

 そんな、ほのぼのなトークをする二人。

 それを遠目で見ていたエヴァが、嫉妬の念を募らせていた。

(くっ、お兄ちゃんめ。他の女にちやほやして! 刹那め……覚えておけよ)

 何故か復讐を誓うエヴァ。

 ちなみに遠くない未来、とある祭りで復讐劇が起こるのは、察しがつくだろう。

「へぇ、二人とは仲がいいんですね、藤井さんって」

「いいな~、私も紹介してほしいな~」

 と、2-Aは藤井蓮とネギの人気が高い。

「……どうして、俺の人気は出ないんだ?」

 それを悟った覇吐は首を傾げる。

「え、だって覇吐先生は下心丸出しだし」

「ルックスが古風すぎてついて行けないし」

「へ、変な考え持ってるし。流石にロリータファッションは、どうかと……」

「いや、それ! 俺の考えたものじゃないし!」

 覇吐が訂正しようにも、日頃の行いから信じてもらえない。

「え、なに亜子。その話、詳しく聞かせて~」

「やめろー! これ以上、俺の名を穢すなー!」

「大丈夫、これ以上は穢れないから。もうみんな、理解してるから」

 最後に言ったザジのセリフに、覇吐はシュンとした。

 救いがない。これはこれで悲しい結末である。

「……ネギ先生。実はね、この歓迎会の企画者は覇吐先生なんだ。だから一言、お礼を言ったらどうだい?」

 そんな光景を遠目で見ていた高畑は、ネギに声をかけた。

「え、そうなんですか。だったら早くお礼を言ったほうがいいですね」

 ネギは覇吐のもとまでいき、暗くなっている覇吐に声をかけた。

「覇吐先生。今日はこんなパーティーを開いて頂きありがとうございます。今日は色々あった一日でしたが、覇吐先生がいたからこそ乗り切れたと思います。これからも、いっぱいご迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします」

「うっ、そ、そうか」

 今日は、自分の好感度を下げてばかりの一日だったが、まるで天使のようなネギの笑顔に、一気に曇が晴れたような気がした。

「俺も、ダメなところが多いからよ。まぁ先生としては先輩だし、こういうことは不安にさせるから言いたくはねぇんだけど。俺もお前に負けないくらい迷惑をかける。だから、その時は出来る範囲でいいからサポートしてくれよ」

「はい。ではお互い、切磋琢磨しましょう。そして助け合いましょう。僕もその方がいいですし」

「ああ。これからも、よろしくなネギ先生」

 と、手を差し出す。

「はい。よろしくお願いします覇吐先生」

 そして同じく手を差し出し――握手を交わす。

 これぞ絆を紡いでいく始まりの話。

 繋いだ手を離さないように、これから二人は頑張っていく。苦難を乗り越えていくのだ。

「あ……」

「こ、これは……」

 と、2-A一同が二人に視線が集中し――覇吐は歓声が上がると思ったが、予想を最悪な方に反した声が上がった。

「覇吐先生×ネギ先生の完成だー!」

 何て声を真っ先に上げたのは早乙女ハルナだった。

 それに呼応するように、他の一同からも、そんな腐った声が上がる。

「――いや何でそうなるんだよぉぉおおお!!」

 

 そして覇吐の絶叫が学園中に響き渡ったのだった。



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第十五歌劇【喫茶店で触手】

初の三作同時投稿!
更新遅いくせに、なぜか禁書×正田作品とかの新作を書き始めたバカです(´・ω・`)

今回は100%変なノリで書いてしまったので、あれ、こんな作品だったっけ? てなるやもです。ですので、暖かい目で見てください。

にしても、最近地震が多くて怖い関東地区(´・_・`) でかいのきたら最悪……


《1》

「へぇー、また明日菜ちゃんに怒られたのか? 確かに授業の間、何かすげぇイライラしてたからな」

「はい。けど、根はとても良い人だし、今日のことは全部ぼくが悪いんです。朝起きたらアスナさんのベッドに転がり込んでいた上、アルバイトまで遅刻しちゃって、授業では恥ずかしい思いを――」

「お、おう。もうそれ以上言わなくていいぞ」

 本日の授業を終えたネギと覇吐は、学園内を歩いていた。

「それに、あの後の授業はずっと睨まれっぱなしだったし」

「だからもういいってよ」

 鬱真っ盛りの五月でもないのに五月病になってしまったネギを、覇吐はどうにか励まそうと頑張る。

 事の経緯はネギの重い口から出た通り、神楽坂明日菜との人間関係だ。

 昨日、ネギがこちらに就任兼、衣食住を行うのに対し、寝泊りする部屋を学園長の権限で明日菜と木乃香の部屋に指名された。そして勿論のこと子供嫌いの明日菜はネギを嫌悪していたが、色々なやり取りがあり明日菜との関係も良好となったのだ。

 しかしどうしてか、本日もトラブル続きで、再度関係が険悪ムードを漂わせてきている。

「それに、俺なんていつも相方に物理精神共に苦痛を与えられてるぜ。その程度でへこたれてちゃ、これからやっていけねぇぞ」

「覇吐先生の相方? それって誰ですか?」

「あ~、そういや言ってなかったな。お前のクラスに影と幸の薄そうなザジ・レイニーデイっていう、ヘンテコな女がいるだろ。一応俺、あいつの保護者ってことになってんだ」

「そうだったんですか。でも保護者って言っても親子ではないですよね? 外見も性格も似てませんし、覇吐先生は何か独身っぽいですし」

「お前今、サラッと酷ェこと言ったな」

 恐らく素で、何の悪気も無しに言ったのだろうが、これは無意識に人を傷つけるタイプかもしれないと、覇吐は内心思った。

(そういや、まだネギには俺が魔法世界出身だって伝えてねぇな。まぁいいか)

 本当は最初のうちに魔法関係のことを話そうとは思ったが、何だかんだで忘れてしまっていた。

 それだったら思い出した今、話せば良いのではと思うだろうがネギには目の前の問題解決を優先したほうが良さそうだと覇吐は先輩らしく考える。

「まぁ一つ言えるのは明日菜ちゃんの問題もそうだけど、しっかり他の生徒にも目を向けた方がいいってことだ。明日菜ちゃんのことばかり考えてっと、不平等に感じる生徒もいるからな」

「はい、そうですね」

 何て会話をしながら、二人の先生は学園内を歩む。

 ちなみに覇吐はここで初めて、ああ俺って先輩なんだなって実感が沸いていた。

「だから、他の生徒たちにも積極的に……おっ、ちょうどいいところにいるじゃねぇか」

 遠目に、三人の女生徒の姿を覇吐の鋭い眼光は捉えた。

 そこには2-Aの宮崎のどか、早乙女ハルナ、綾瀬夕映の仲良し三人組が文字通り姦しい状態で歩いている。

「よっしゃ、じゃあこっちから声かけてみろよネギ。知ってると思うが、生徒とのコミュニケーションは何よりも大事なんだぜ。こいつはナンパと同じだ。自分から行動を起こさねぇと、何も進展しねぇからな」

「は、はぁ、分かりました。確かに、他の生徒にも積極的に話しかけるべきですよね」

 ちなみに覇吐はナンパしまくってはいるが、進展はゼロである。

「あ、こんにちわ。綾瀬さん、早乙女さん、宮崎さん」

 駆動するのが早いネギは、三人の生徒に近づき挨拶をした。

「お、ネギ先生。こんにちわ!」

「こんにちわです」

「ど、どうも」

 しっかりと挨拶を返してくれる生徒たち。

「いや~、ネギ先生がうちの学園に来て、話題の的ですよ。小さな可愛い先生がやって来たってことで。しかも覇吐先生と××要素まであるし。いや~、薄い本が厚くなりますね」

「え、薄い本? 何ですかそれ?」

「知りたいですか? いいですよネギ先生。では、この私が隅から全部――」

「こらこらハルナ。変なこと言わないです」

「変なこと? ああ、そうだよね。やっぱり噂の青年――藤井蓮×ネギ先生だよね。覇吐先生とじゃ、やっぱり変よね。何ていうか、合わないみたいな?」

「違うのです。変なことを教えるなっていうことです」

「えー、この大日本帝国にいるなら、当然知っておかないといけないことじゃない」

「日本はまだそこまで腐っていないのです」

「???」

 途中から理解できないトークを繰り広げるハルナと夕映。

 ネギはとりあえず、この国にはまだまだ未知の文化があるのだなと思った。

「そうだ、ネギ先生。それよりさ、見て見て」

 そして二人の背中に隠れるようにしていた宮崎のどかを、ハルナが引っ張り出し。

「え、あ、ハルナ……」

「隠れてたら見えないよ」

「そうです、のどかはハルナと違って可愛いのですから。自信を持つのです」

「今けっっこう、ひどいこと言ったねゆえ吉君」

 ネギの前に出てきた宮崎のどかは、髪を切ったのか少し目を出している。

「どうどう、可愛いでしょ? 私の自慢の彼女は」

「はい。髪型変えたんですね。とても似合ってますよ」

 瞬間、ブワッとのどかの顔が爆発したかのように赤くなり、恥ずかしさのあまり逃げるように走り出そうとするも……

「待てよのどかちゃん」

「キャゥ!」

 走り出した、のどかの頭を鷲掴みにする覇吐。本当に容赦がない。

「ここで、逃げたらもったいねぇじゃねぇか。見てたら分かるぜ。つうかバレバレ。のどかちゃん、お前さん、ネギ先生のこと――」

「キャアアアーーーー!!」

 それ以上言われたら、もう二度とネギ先生の前に立てない。

 そんな思いを内包した、のどかが少し暴れたら偶然にも足が覇吐の摩羅にクリティカルヒットした。

「うぉおお、マジキタ……」

 その隙に、のどかは逃げてしまった。

「いやー、今のは覇吐先生が悪いよ。もし、私がのどかの立場だったら同じことしてるもん」

「デリカシーの問題ですね」

「ご、ごめん……」

 素で謝った覇吐であった。

 

   *

 

「ふ、ふふふ、これは使えるわね」

 そんな光景を森の影から見ていた一つの影。

「彼を追って幾星霜……これは絶好のチャンスね。にしても、本当にあれが魔法使いなのかしら? 隙だらけだし、股間蹴られただけで悶絶とか、まぁそれは仕方ないか」

 そして見張り、動く。

 まるで自分が、物語の黒幕にでもなったような気分になった。

「あはは、これは一歩前進の予感。彼が好きだから、彼が振り向いてくれるなら手段は選ばない。例え、どんな汚い手段を使ってでも。くくく、あはは、ははははは」

 声を抑えながらも、天に向かって雄叫びにも似た声を上げた。

 ああ、麗しい。これが恋焦がれたものの物語――恋する少女の気持ちなのね、と思う。

「さぁ、始めるわよ。そして逃がさない。私の愛しい愛しい少女物語。甘いあま~い愛の――ってあれ、いない!」

 一人、酔い浸かっていた影は、既に標的の姿を逃がしてしまっていた。

 

   (∴)

 

「つか、追いかけなくて大丈夫だったのか?」

「うん。メールしといたから。返信もあったし」

 あれから数分後、覇吐とネギ、そして何故かハルナと夕映は学園都市にある喫茶店にいた。

 理由は単純に流れで。

 ハルナが現在書いている漫画(同人誌)に関して、覇吐に色々昔から聞きたかったらしい。そして、のどかはあの後は特に問題もなく図書室にいるらしい。頭を冷やしたいそうだ。

 てな訳で、今は四人で喫茶店にいる。

 ちなみにネギは給水器に全員分の水を確保に行っていた。

「後でちゃんと、のどかちゃんには謝っとくか。デリカシーってやつ?」

「自分でデリカシーっていう人、なかなかいないよ。それより覇吐先生、私漫画を描いてるのは知ってるよね。そこで次の同人誌の案なんだけど、何かいいのない? 覇吐先生なら何か凄いアイデアもってそうなんだよね」

「そんなことかよ。まぁ、一緒に考えなくもないが――」

「皆さん、これすごいですね!」

 と、ネギの何か期待に満ちたような声が聞こえたので、全員がそちらを向くと、

「この装置、ボタンを押しただけで水がいっぱい出るんですね」

 給水器の周りに、たくさんの水の入った紙コップがあった。

「それ給水器って言ってな。つかおい、出しすぎ。どんだけ飲むつもりだよ! 水でお腹いっぱいになるわ」

 とりあえず、入れた分は責任を持って飲むのがマナー。故に、結構な量の紙コップがテーブルの上を支配した。

「ごめんなさい……珍しかったので、ついやってしまいました」

「まぁ、仕方ないよネギ先生。夕映がしっかり飲んでくれるから」

「何を言っているです。ちゃんと教えなかった覇吐先生のせいです」

「そこで俺に予想外の責任転嫁!」

 四人席に着くと、とりあえず紙コップの水を飲む。

「でもこれがいわゆる、クールジャパンなんですね。いや~、凄いです」

「間違った日本を覚えた外国人だぜネギ先生」

「え、そうなんですか。けど日本にはサムライ、ニンジャ、スモウ、スシ……そして今尚セップクがあると聞いてます」

「誰だ、こんな間違った日本を教えた奴は!?」

「けど、これはこれでいいかも。天然少年先生。色々と受けるかも」

 ハルナが何やらメモっていた。

「と、そうだった。で、覇吐先生。次の作品は少年教師と、ゴツイ変態教師ものにしようと思うんだけど、どうかな?」

「何かさっきも似たようなことを聞いたような気がするんだが」

「もっと具体的に言うと同じ赤毛……あれ、これって兄弟設定もいけたりできる!」

「それは絶対にやめろ」

 ……何の会話をしているのだろうと思うネギ。

「普通に純愛系とか描かないのか?」

「う~ん、それも描くんだけど。流石にそろそろ飽きてきたし。それにそっち系は触手モノとかのファン層も多いからね。なかなか純愛系って描けないのよ」

「じゃあいっそ、主人公が少女で触手が幼馴染の物語とかどうだ? まぁ流石にねぇか」

 と、覇吐が不意に思いついた案を言ってみたが、想像して笑えてきたので最後に否定してみたが……

「その案、貰った!」

 ハルナが目を輝かせて言った。

 いや、マジで、結構ありえないよ。

「いや~、流石は覇吐先生。そんな斬新なアイデアが出てくるとは流石。変態師匠と呼ばせて頂きます」

「それは止めて。せめて紳士に改変してくれ」

「変態は否定しないのですね」

 とりあえず夕映はネギに変な知識を植え付かせないため、別の会話を試みる。

「そういえば、ネギ先生は給水器をご存知なかったそうですけど、田舎から来た感じなのですか?」

「はい。都会とは全く縁もないところから来たもので。まだまだ知識不足なんです」

「そうなのですか。でも外国から一人でここまで来るなんて凄いのです。私なら確実に迷子必須なのです」

「いえいえ、そんなことないですよ。僕も一人の力では無理でしたよ。日本の皆さんが優しく、場所とかを教えてくれたお陰ですから」

「けど、凄いのです。尊敬できるのです」

「あはは、そんな。けど、僕もまだまだ勉強以外のことは知らないことが多いですので、よろしければ色々教えてください夕映さん」

 瞬間、夕映は一瞬だがドキンとした。

 それが母性本能を擽られたのかどうかは定かでないが、少し面映くなった。

 だが、ネギは知らない。夕映がクラスでも相当なバカの部類――バカ五人衆と呼ばれていることなどは。

 ちなっみに隣では、触手がパンを咥えながらとか、転校生だとか、触手と相合傘だとか、なかなか気持ちの悪い会話が繰り広げられている。

「でもまぁ、実際に触手を見ないとな~って、最近思うんですよ。こうウネウネした、タコとかウナギとかと違った……」

「そうだな。お、ちょうどこんな感じか」

 と、覇吐は自分を巻いているスライムのような触手を見た。

 …………え?

「な、なんだこりゃ!?」

(これは、魔法!?)

 ネギはそれを見た瞬間、それが魔力による力のものだと理解した。

 しかし、下手に動けない。ここで何か打てば、周りにも被害が出るし、魔法の存在がバレてしまう恐れがあるのだ。

「す……!」

 ガタンと、ハルナが立ち上がる。

 ネギと、そして覇吐は危ないと感じた。急な動きは敵を刺激してしまうため、ハルナが襲われてしまうと思ったのだが……

「すごい、こんなところで実写触手が見れるなんて!」

 間違った方向に感動を示していたのだった。

 少しは自分の心配をして欲しいと思う覇吐。

「ぱあ」

 瞬間、四人のテーブルの前に、一人の少女が現れた。

 見た目は10代の可愛らしい少女だが、見る人が見れば何百と言っている齢の少女だと気づくだろう。内包されている魔力も凄まじく、今のネギでは足元にも及ばないレベル。

 長い緋色の髪を揺らし、格好はまるでコスプレのような昔のナチスドイツの軍服で身を包んでいる。

「あはは、ビックリした? 楽しそうだったから、ついチョッカイかけちゃった。ねぇ、わたしも混ぜてよ」

 妖艶な態度を見せながら、凄まじい圧迫感を宿している。

 ネギはその魔力に押しやられ、冷や汗をかきながら足はガタガタ震え、夕映に至っては今にも倒れてしまいそうだ。

 それだけの殺人的なプレッシャーが、こんな少女に宿っているのだ。

 しかし、とある二人は……

「おい、コスプレ少女に逆ナンされちまったぜ」

「すごい精細に編みこまれた軍服! これは凄いわ!」

 覇吐は感じ取った魔力を意にも介さず、ハルナは少女のプレッシャーなどシカトして軍服に目がいっていた。

(とりあえず、ここは不味いよな)

 覇吐はここが喫茶店なのを思い出し、魔法界で頑張って覚えた念話を少女に送る。もう、この少女が魔法使いなのは疑いようもない。

『おいおい嬢ちゃんよ。流石にこんなところでの魔法の行使はおイタが過ぎるぜ』

『あ~ら、そんな心配。少しは自分の心配したら? けど大丈夫よ。この場所は端の席だし、障害物の陰になっていて、案外見えない位置だから』

『痴漢の常套手段!?』

 念話は終了。

 とりあえず、一般人に見られずに済みそうだ。

「ねぇねぇ、これって何で出来ているの? 何かプヨプヨするけど、もしかして凄い素材使ってるの?」

 と、興奮気味のハルナ。この一般人は色々と大丈夫そうだ。

「覇吐先生、感触とか締め付け具合はどうですか!? 気持ちいいですか!?」

「いや、普通に気持ち悪い」

 例えるならミミズが這いつくばっている感覚だ。

「でも惜しい! これがネギ先生なら絵になったのに、覇吐先生だと悍ましいだけだ!」

「ご尤も!」

(何なの、この二人の余裕?)

 少女は首をかしげる。

「けど、魔法使いがそちらには二人もいるのに、指一本出せないなんてね」

「え……?」

 少女の発言にネギは、唖然とした。

 ――二人とは、それは自分と……一体?

「おい、嬢ちゃん。それはまだ内緒の方向なのに、なに先走ってるんだよ」

 ゾゾゾと、覇吐は人間が変わったかのように凄まじい瞳で、少女を見る。

 瞬間、その圧迫感に蹴落とされてしまいそうになった。

 ……いや、そもそもだが、覇吐は自分で答えを言ってしまったようなものになってしまったのだ。

(――え、覇吐先生が魔法使い? そんな、まさか!?)

「え、魔法使いって、それって童貞ってこと? まぁネギ先生は仕方ないとして、まさか覇吐先生まで」

「いや、違うから! そういう意味じゃないから!?」

 なんてハルナは吐き違える。

「つか、どっかで見たことあると思ったら……お前、確かルサルカ・シュヴェーゲリンだな」

「へぇ、よく知ってるわね。わたしの名前。まぁあっちの世界では有名だもんね」

 そう、彼女の名前はルサルカ・シュヴェーゲリン。

 エヴァと双方を成すほどの悪名高い魔法使いだ。賞金首にもなっており、金額は日本通貨で戦車が買えるレベルだとか。

「そんな有名人が何の用だよ? まさか、俺たちのような人間を襲って楽しんでるのか? 拷問とかでも有名だったっけ?」

「残念ながら、今日は違う用事。そうね、一言で言うなら……今わたし、恋の最盛期なの」

「……は?」

 悪名高い魔法使いとは思えない単語に、覇吐は拍子抜けした。

 そして考える。

 この場に男は二人。つまり自分たちに襲いかかってきたのは、自分かネギ先生に好意を向けているということか?

 流石に外見は可愛らしいものの、来歴はとんでもない魔法使いだ。

 しかし可愛い。まだ成長しきっていない胸。滑らかな髪にクリッとした瞳。少し力を入れたら折れてしまいそうな華奢な肢体。そそるものを感じる。

 いや、決して覇吐はロリコンではない。強いて言うならオールラウンダーだ。

「俺なら、もっと熱い告白が良かったぜ」

「は? なに言ってるの。あなたな訳ないでしょ」

 どうやら違ったらしい。何か恥ずかしい。

 では、もしかしてネギ先生か。

「おいおい、齢百以上のBBAがショタは止めたほうがいいぜ。流石の俺でも引くわ」

「だから、なに勝手に変な考え膨らましてんのよ」

 ルサルカは少しイラっとしたらしく、覇吐を巻いている触手を動かす。

「くっ、なにしやがる……おぃ、着物の中は、ダメ……」

 なぜ触手が勝手に動いているのかは一度頭の外に置いて、ハルナは少し考えていた覇吐×触手はやっぱり絵面的にアウトだなと一つ学んだ。

「わたしが恋焦がれているのは、蓮君よ。知っているでしょ、あなた達なら」

「蓮って、藤井蓮のことか? お前、アイツに恋してんのかよ」

「ええ、そうよ。何か近くに邪魔な吸血鬼がいるけど、あんなやつ軽く捻って、わたしのものにしちゃうんだから」

「……いや、止めておいたほうがいいぜ」

「どうして?」

「藤井蓮と吸血鬼の少女はラブラブだからな。下手に水差すと、なにされるか分からねぇぜ」

「ふん、だからこその、あなた達なのよ」

 そこでルサルカはここに来た目的を話した。

「あなた達なら、あの吸血鬼の弱点とか知ってるんでしょ? 包み隠さず教えなさい。あの吸血鬼を亡きものにして、悲しみに満ちた蓮君をわたしが優しく包むの。そうすれば蓮君もイチコロよ」

「そんな上手くいくとは思えねぇな。世の中、そんな甘く出来ていないぜ」

 ナンパ失敗率100%の男が言った。

「まぁ、上手くいかなくても、あの邪魔な吸血鬼さえ排除できればいいわ。ほら、早く教えなさい。さもないと――」

 スっと、覇吐にだけ見える位置に、何やら携帯を持ってくる。いつの間に契約したのだろうか?

「――――!」

 そこには、予想外のものが写っていた。

 それは図書室にいるであろう宮崎のどか……と触手。

 その触手がのどかに巻き付かれており、宙に浮いている。周りに生徒が写っていないのは、人払いかなにかしているのだろう。

「この大切な少女が、あられもない姿になっちゃうわよ」

「テメェ……流石にそれはやりすぎだぜ」

「下手に動かないでね。動けば、この少女が苦しむ、いえ、快楽に溺れることになるわよ」

 携帯を閉じて、ルサルカは不敵に笑う。

 今すぐこの触手を引きちぎってやりたいが、動けば色々と終わりだ。

 何やら隣ではハルナがメモ用紙と向き合いっぱなしだし、夕映はどこかで緊張の糸が切れてしまったのかテーブルに突っ伏して気絶している。ネギはネギで、いつでも魔法を行使できるように、懐に手を伸ばしてステッキを握っている。

 しかし、これは完全に八方塞がりだ。打つ手がない。

「ほぉら、早く教えなさい。そうすれば、この触手で気持ちいいことしてあげるわよ。本来は趣味じゃないんだけど、今日は特別。触手で気持ちよくなるのって、堪らないわよ」

「はっ、そんな簡単に言うとでも……」

 瞬間、ルサルカは触手を更に動かす。

「あっ、あっ……ら、らめぇ」

 何て声を出す覇吐。

 ネギですら、目の前の少女より悪寒を感じた。

「ね、教えてくれたら、もっと気持ちよく――」

 ルサルカがそう言った刹那だった。

 

「なに負かされてんだよ、坂上覇吐」

 

 そこに都合よく、藤井蓮とエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが現れた。

「うわ、流石にキモイな。その姿は」

 エヴァが触手に包まった覇吐を見て言った。

「とりあえず写真に抑えてザジにでも送っておくか。アイツへの貸し作りも悪くない」

 パシャパシャと、携帯で今の覇吐を撮る。随分とまぁハイテクだ。

「いや、マジ止めて! アイツにこれ以上、弱点作りたくねぇ!」

 と、悲鳴を上げる覇吐。

 しかし吸血鬼は容赦なかった。

「レン君……」

 ポツリと、ルサルカが藤井蓮を見て呟く。まるで何十年ぶりに会えた愛しい彼氏と再会したかのような表情で。

「会いたかったよーレン君! わたしを抱きしめてー!」

「まさかここまでストーキングしてくるなんてな。その執念には天晴れだよ」

 抱きついてきたルサルカの頭頂部に軽く拳骨をかます。

 随分と痛かったのか、悶絶するルサルカ。

「あと、この学園の生徒に手を出すな。あとあと面倒だからな。とりあえず図書室の宮崎のどかは助けておいた。あんな魔力ビンビンな触手、気づかれないとでも思ったか?」

「くっ、流石はわたしのレン君。わたしに気づかれないように触手を消すなんてね」

「いや、お前のものじゃねぇよ」

「そうじゃ。お兄ちゃんは私のものじゃ」

「一応、お前のものでもねぇよ」

 エヴァが対抗するように言った。

「ちっ、忌々しい吸血鬼め。今すぐ、わたしがあの世に……」

「なるほど、それが目的か」

 ガシリと、蓮はルサルカの顔面を容赦なく鷲掴みにした。さながらアイアンクローだ。

「悪いが、俺の大事なものに手を出されるのは許されない性分なんでな。ここで、今すぐにでも捕まえて、魔法界の牢獄に強制送還させてやる」

「そ、そんな~。わたしは単にレン君が好きなだけなのに。たったそれだけなに、何でいっつも、わたしはこんな幸薄い展開になるのよ~」

 と、嘘泣きかマジ泣きか分からない勢いになる。

 流石にそんなことをされれば、周りの一般人に注目されてしまう上、自分が泣かせたみたいになるので蓮はどうしたものかと思案する。

 そこでエヴァが「ふむ」と言い、

「お兄ちゃんを好きになる気持ちは大いに分かる。そこは共感しよう。お兄ちゃんのような素晴らしい男は、古今東西いないからな」

 まるで自慢するように言い放つ。

「それに嫉妬した貴様は、私を殺してお兄ちゃんと引っ付こうとした。確かに、私が逆の立場だったら、貴様のような真似をするかもしれん。故に愚策愚行とは言うまい」

 そこでエヴァが優しい笑みを浮かべ、

「だからチャンスをやろう」

 ルサルカの肩に手を置く。

 そして言い放った。

「私の家で下僕として従え。それが唯一の救いだ」

「え……?」

 天使のような微笑みから発せられたとは思えないほど、残酷なことを言った。

 流石の蓮も耳を疑った。いや、もしかしたらこれが本性なのだろうと、悟った。

「さぁ、お兄ちゃん。彼女を連れて行こう。みっちり教育せねばならんからな」

 承諾もなにも、ルサルカの意見も聞かずにズルズルと連れて行かれた。

 そして三人は、呆気にとられるくらい、スムーズな流れで退店していった。

「えっと、とりあえず、この触手ほどいてくれない」

 

 そんな覇吐の虚しいセリフだけが、空間に木霊したのだった。

 

   (∴)

 

 あの後、夕映は保健室に連れて行かれ、ハルナはそれに付き添った。ハルナ曰く貧血かな? とのこと。実際は違うが。同じく、のどかも保健室に連れて行かれていた。

 そして、もう夜も近くなり人通りもなくなってきた道を、覇吐とネギが歩く。

 沈黙、何て会話すれば良いのか分からない。

 だって、ルサルカのせいで、別に隠していたわけではないが自分が魔法使いだということがバレたから。

 何て切り出せばいいのか、覇吐が考えていると……

「あの、覇吐先生って魔法使いなんですか?」

 ネギから口を開いた。

 それに一瞬、ビクンとする覇吐。

 しかし冷静に返す。

「ああ、隠してて悪いな。どう言い出せばいいか分からなくてよ」

「いえ、いいんです。僕もそんなものですから。そこで一つ、質問なんですけど、知っていたらでいいので、教えてくれませんか?」

「あ、まぁ、答えれる範囲ならな」

「はい……覇吐先生は」

 そして、言った。

 

「僕の父さんの行方を、ご存知ですか?」

 

 今まで、誰もつつかなかったことを、ネギは質問した。

 

 ここから――物語は歯車は回り始めるのだった。



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第十六歌劇【お互いの悩み】

数年ぶりの投稿です。
遅くなり大変申し訳ございません。待っていてくださった方がいるかは分かりませんが、もしいらっしゃいましたら嬉しい反面、申し訳ない気持ちで一杯です。
読んでくだされば幸いですが、相も変わらず駄文です。

次回はなるべく早く更新したいと思います。

黒白のアヴェスターが凄く楽しみな金曜日です。
ちなみにUQ HOLDERはまだ途中までしか読んでいないです。


《1》

「ほらほら、ここの汚れが取れてないわよ。もっとしっかり目を開いて掃除しなさい」

「ルサルカさん、モップはもっと腰を使って、あと床を濡らしすぎないようにお願いします」

「おいルサルカ。朝の食器洗いはお前の担当だって昨日話しただろう。早く終わらせとけよ」

「全く、掃除もまともにやれないようでは、私のメイドとして不相応ね。これからが心配で仕方ないわ、このダメイド魔女」

「掃除用具の使い方も一から教えませんといけません。マスター、学校終わり少々お時間を頂く許可を下さいませ」

「そうだな、メイドとしての仕事を会得してくれたら、こっちの仕事も減るし良いんじゃないか?」

 朝のエヴァ宅では下僕もといメイドとして居候することとなったルサルカは、エヴァや絡繰茶々丸、そして愛しい藤井蓮よりお小言を頂いていた。

 白と黒を基調としたよくあるメイド服を着たルサルカは、三人の問答無用な言葉に頭を混乱させている。

「あぁ、もうイヤー! こんな生活! 私はただ蓮きゅんとラブラブでエッチな生活を送りたかっただけなのに~~~~!!」

 持っていた雑巾を床に叩きつけつつ、涙目でルサルカは蓮に抱きつこうとする。

「ヒステリーかよ。おいこら、鼻水垂らして近寄んな」

「おい私のお兄ちゃんに気安く近づくな! そして淫らな発言をするな!」

「これがいわゆる不倫というものですねマスター」

「誰だ茶々丸にこんな言葉を教えた奴は!?」

「私は不倫でも構わないわ! 必ず蓮きゅんを寝取ってみせる!」

「さっきから私のお兄ちゃんをきゅん付けするな、いい年して、この年増魔女め!」

「年増って、あんたにだけは言われたくないんですけど!」

 朝からほんわかな空気を展開するエヴァ宅。

 先日の喫茶店にて、エヴァンジェリンの下僕もとい下婢となったルサルカはハウスメイドのいろはを昨日、茶々丸に叩き込まれた。だが反日程度の時間ではほとんど身に付かず、おぼつかない一方である。

「全く、数百年も生きてこの程度のこともこなせないとは、今までどうやって生きてきたのやら」

 まるで煽るようにため息をわざとらしくつきながら、呆れ顔となるエヴァンジェリン。

「カッチーン! そもそも家事スキルのレベルを高望みしすぎなのよ! 言っとくけどね掃除は人並みにはできるし、料理だって得意だと自負してるんだから!」

「確かに料理の腕前は目覚ましいものでした。高評価に値します」

 ルサルカの発言に、肯定の意を示す茶々丸。

「まぁエヴァに比べたら掃除、炊事、洗濯は圧倒的にマシだしな」

「わ、私は高貴な吸血鬼だから良いんだ!」

「へぇ、これはこれは高貴な吸血鬼様はメイドに全てお任せでいらっしゃるから、なぁんにも出来ないんですね~。麻帆良学園じゃなくてフィニッシングスクールにでも悠々と通ったら? まぁその間に蓮きゅんは私がもらうけど」

「こいつを魔女裁判にかけてやりたいんだが、どこに手続きすればいい?」

 眉間に青筋を立てるエヴァンジェリン。

「そもそもきゅん付けなど古い! いつの時代の言い回しだ全く。私のようにしっかり時代の波に乗れないようでは、程度が知れるわ年増陰険魔女め!」

「うわっ、まるで自分は乗れているかのようなこと言ってるわ。自分でそんなこと言ってるようじゃ、まだまだ年寄り思考ね。普通はね、そんなこと自分で言わないの? 分かる? 本当に乗れている人はね、そんなこといちいち口に出して言わないのよ。まぁ私は時代の最先端を行ってるから、これ以上あなたを陥れるようなことは言わないけどね」

「おい年増陰険淫乱魔女が早口で何か言ってるぞ。お兄ちゃん訳してくれ」

「はぁ!? 全然早口じゃないんですけど! これだから年寄りは。耳が遠くなったんじゃないの?」

 そんな犬猿の仲な二人を蓮は、頭を抱えながら大きくため息をつく。

 ――こんなやり取りがこれから毎日続くのか? 朝っぱらからこんなやり取り、面倒くさくて絡まれたくない。

 とりあえずコーヒーを飲んで、少しでも頭が冴えるようにしようと思い、冷蔵庫の中の市販のブラックコーヒーに手を掛けようとした途端……

「蓮さん大変だ! 俺、もうどうしていいのか分からねえ!!」

 ノックもせず、我が家の玄関を蹴破る勢いで坂上覇吐が現れた。

 それにカチンとくるも、蓮は平常心で応対する。

「おい、もっと静かに入って来い。そうでなくても今ここは、野生の獣が二匹いがみ合ってるんだからよ」

「「誰が野生の獣よ!?」」

 と、エヴァンジェリンとルサルカが同時に突っ込む。息ぴったりだったため、仲がいいのか悪いのか分からない。

「わ、悪ィ。ちょっと焦っちまってよ」

「おはようございます覇吐先生。コーヒーでもお入れ致しましょうか?」

 慇懃な態度で茶々丸が言うも、

「こんな男に飲ませるコーヒーなどない。風呂の残り湯でも飲ませてやれ」

 エヴァンジェリンが酷いことを言う。

 もはや覇吐など人間扱いさせてもらえないエヴァ宅。みんなの浸かった湯船の湯を飲ませようとするあたり、ゴミ処理係もいいとこである。

 しかしそれを聞いた覇吐は真顔で、

「…………ああ、それでいいぜ」

 などと、ほざいたのだ。

 その返答に対し全員があっけらかんとする。

 蓮は誰よりも早く、覇吐の考えを読み取った。

 ――恐らく、女性陣の浸かったお湯を飲みたいとかいう変態思考。少し間があったのは蓮も入っただろうから悩みはしたものの、女性陣の方が割合が多い為、OKしたのだろう。

 気持ち悪く、ドン引きなことこの上ないが、それこそが坂上覇吐。性欲界紳士道を邁進する益荒男である。

「はい、かしこまりました。直ぐにご用意いたします」

「いや用意しなくていいから!」

 茶々丸の行動を蓮は静止させた。

 自分の父親、メルクリウスにも負けず劣らぬ変態ぶりは自明の理。何とも教育に悪い男である。

「つうか、要件を言え。お前をここに置いておくと茶々丸の教育上よろしくない」

「酷いことをサラッと言いますね。そんじゃあ言わせてもらいますね。俺、ネギ先生にアイツの父親のことを喋っちまった!」

 狼狽した様子で話す覇吐。

「学園長にも話すなって言われていたのによ。俺ってば、魔法世界出身ってこととかナギの知り合いってことをコロッと話してよ。やべぇよ、これじゃあ俺の夢、保健体育の先生になる夢も遠のいちまう!」

 わたわたしながら話す覇吐に対して、蓮とエヴァンジェリンは心底興味なさげな表情となっている。ルサルカに至っては既に話すら聞いていない。

 蓮はコーヒーを飲みつつ親切に答える。

「お前の夢はどうでもいいとして、別にそんぐらいいいだろ。それで今の仕事を首になってニートになるわけじゃないしな。それに遅かれ早かれいつかバレるんだから問題ないだろ。逆になんで黙っとかなければいけないんだって話だ」

「そうだけどよ。学園長に媚売っとかねえと俺の夢は叶えられないだろうし」

「間違えなく媚は売れないし誰も買わねえよ」

 消極的に蓮は言い、そのふざけた夢をどう粉々にしようかと悩み始める。

「おいお兄ちゃんよ。どうだ、ここは一つこの下郎に貸しでも作らんか?」

「は?」

 急なエヴァンジェリンの提案に、間の抜けた声を上げる蓮。

「いや何、簡単なことだよ。この吸血鬼である私と、ネギのぼーや、一つ遊んでやろうと思ってな。この下郎に貸しを作ったところで何の価値もないだろうが、暇潰しにはちょうど良い」

「いや本当にメリットがねぇな」

「しかし私が戦ってはつまらん。ここは適役、というより最初の仕事を年増陰険足引BBAに任せるとしよう」

「ちょっとそれ私のこと!?」

 ルサルカが突っ込む。どんどん自分に対する悪口が増していく。

「……てか、今のどういう意味?」

「だから、貴様がネギのぼーやと戦うんだよ。一回で聞き取れ」

 つまりネギとルサルカを戦わせる。

 

 そんな話がネギの知らぬところで進んでいたのだった。

 

 

   (∴)

 

「覇吐先生、大変なことになりました」

「ああ、俺もだ」

 校舎外にて、坂上覇吐とネギ・スプリングフィールドがガックリしていた。

 夕焼けの空の下、儚い茜色に染まった光景にお似合いな二人は、それぞれの悩みを打ち明けていたのだ。

「このままだと僕、この立派な先生にもなれずにクビになるかもしれません~」

「おう、俺もこのままだと立派な保健体育の先生になれねぇ」

 項垂れる二人はそれぞれ事情を言うと、ネギはふと気になる。

「あれ、覇吐先生はどうしてなれないんですか? 僕は課題に失敗したら終わりですけど、覇吐先生は努力すればなれるのではないですか?」

「こっちにも大人の事情ってのがあるんだよ。それに、お前のその課題だって、生徒を信じて諦めずに頑張れば突破できるだろ」

 ネギ先生は午前の時間に、学園長への最終課題が出された。

 現在、ネギ先生はあくまで教育実習生という身の上。よって、出題された課題をクリアしなければ正式な先生として認められないのだ。

 その課題の内容は――

「僕も何とかなりそうだとは思ったんです。課題はあくまで……次の期末テストで僕のクラスが最下位を脱出する、というものでしたから。ですが、今日の授業で確信しました。本気でマズいんです! このままだと僕、故郷へ強制帰国されてダメ先生、ダメ魔法使いになっちゃいます!」

「心配するな。俺にはお前の比なんかじゃねえダメ兄貴がいるからよ」

「覇吐先生は兄弟がいらっしゃるんですね。どんな人なんですか?」

「どんな人……」

 その問いに答えを窮する。

 自分の困った兄こと波旬。一言で答えるなら自分大好きマン。数十年前、各国各魔法使いたちに多大なご迷惑をかけた、口が裂けても自慢の兄とは言えない人物。

 結果、少しだけ脚色して答えることにした。

「そうだな、カレー大好きインド人とでも思っていてくれや」

「カレーが好きなんですね。ですがインド人なんですか?」

「掘り下げようとするなよ。今は目先の問題を解決するのに専念しようや」

 これ以上深く追及されたら、また墓穴を掘りそうになるので覇吐は話題を戻す。

「さてと、ネギ先生はこの後どうするつもりなんだ? 察するに問題はバカレンジャー(明日菜、まき絵、楓、古菲、夕映)だろ」

 そう、意外にもネギ先生のクラス2-Aは学年トップが三人いるものの全体の平均が低く、特にバカレンジャーと呼ばれる5人は酷くテストの点数が低い。

 よって学年最下位なのである。

「はい、そうですね。最初は僕の魔法でどうにかしようと思ったんですが、アスナさんからもっと生徒たちのことを考えてほしいと言われまして……」

 途端、ネギが言い淀み始めたかと思うと覇吐があることに気づいた。

「そういやお前、その手首に付いてる黒い線模様はなんだ?」

「あ、気付きましたか。もっと早く言うつもりだったんですが、なかなか言い出せず……」

 ネギの手首には三本の黒い線が腕輪のように三本引かれており、それぞれにⅠ、Ⅱ、Ⅲと数字が刻まれていた。

「これはですね、三日間ぼく自身の魔法を完全に封じ込める魔法なんです。つまりこの三日間、期末テストまで僕は魔法を一切使えません」

「おいおいマジかよ」

 ようするに、今のネギ先生はただの頭の良い子供と変わらない、と言う事だ。

「僕はアスナさんに気づかされました。生徒の力を信じる。僕は一教師として、安易に魔法に頼らずにいきたいんです」

 決心した表情で言うネギに、覇吐はとても眩しく感じた。自分の下心バリバリの邪な夢が浄化されそうになったのだ。

「あ、そう言えば覇吐先生のお悩みは何でしょうか? よければ僕が力になりますよ!」

「ああ、いやいい。俺の心配はせず、お前は目先の事だけを考えてろ」

 自身の悩み事が、ネギに間違ってナギの知り合いだと言ってしまった事。それにより学園長に目を付けられ、己の野望である保健体育の先生になるという道が更に遠のく恐れがある事。それこそが悩みなのである。

 それプラスで、新たな悩みと言うか、問題ができた。

 朝、助力を得ようとエヴァンジェリン宅に乗り込んで、ナギの事をネギに告げてしまったという旨を説明した。そしてエヴァンジェリンから出た案がこうである。

『ネギのぼーやには近々こちらから遊んでやるつもりだった。ちょうどよいから、そこの足引きBBAにそれを任せるとしよう。そしてぼーやには、こちらから補足を加えといてやる。ナギの件は私が暇つぶしに貴様に話してやった。故にナギのことを知っていたのだと。学園長にも適当に言えば片はつく。これは貸しだ。近い未来、貴様には私の手足となってボロクチャに働いてもらうから、そのつもりでいろよ。ちなみにこの約束を取り消したり、無かったことにしたら、それはそれで貴様には物理的にボロクチャになってもらうからヨロシク』

 若干、脅迫じみた形でエヴァンジェリンがアシストしてくれることとなっている。

 助かるには助かるが、ネギには色々と迷惑をかけそうだし、結果的にエヴァンジェリンが色々と暴走してしまったら自分が責任を負いそうだし、本当に事がうまく運ぶかもわからないしと、苦悩が尽きないのだ。

「さて、男二人がいつもでもここで黄昏てるのも絵にならねえし、そろそろ帰るぜ。ネギ先生はこの三日間大変だと思うし、こんなところでへこたれてる場合じゃねえだろう」

「はい、そうですね! 僕も僕なりに、生徒たちと向き合って頑張りたいと思います!」

 こうして二人は互いに目標に向けて歩みを進めるのだった。

 

   *

 

「さて覇吐先生、言い分は何も聞くつもりはない。じゃから、少し手伝ってもらう」

 歩みを進めようとした覇吐の足を止めたのは、頭が上がらない学園長である。

 あの後、帰宅してエロ本を参考資料に保険の勉学に励もうとしようとしたが、その前に学園長からの呼び出しコールを受けてしまった。嫌な予感をこれでもかと孕みながら、学園長室へ足を運んだ覇吐だったが、その予感は的中していたのだ。

「お主がネギ先生にナギのことについて話したのは知っておるぞ。まぁ話したと言っても、あくまで知っている、ということだけでそれ以上のことを話していなかったのは僥倖じゃったが」

 入るや否や、胸を突き刺すような言葉を頂戴した。

 弁明の余地なし。

 嫌な汗をかいた覇吐に対し、学園長は言葉を紡ぐ。

「別に責めるつもりはない。知ったところでそこまで困る事でもないゆえな。じゃが、ワシとの約束事を破ったのもまた事実。ケジメはつけてもらうぞ覇吐先生」

「何なりと親父」

 なぜか極道じみたやりとりとなったが、覇吐の心臓は不安で鼓動が早くなっている。

「さてそのケジメじゃがの、覇吐先生にはワシが用意したゴーレムを操作してもらう」

「ゴーレム?」

「うむ、図書館島の地下に準備してあるのじゃが、そこで色々と問題を出してほしいのじゃよ」

 ゴーレム? 問題? 一体何を言ってるんだこのジジイと思う覇吐。

 学園長の意図を読みかねていると、水色の綺麗な水晶を机の上に学園長が置いた。

「どうやらネギ先生のクラスの生徒達が、どこから情報を仕入れたかは知らぬが、図書館島の地下に眠る魔法の本を入手して賢くなろう……などと言う、とても教師として看過できん事をしようとしておるのじゃ」

「はぁ……」

「そこで少しお灸をすえようと思う。何も知らずに来た生徒たちに、魔法の本の門番としてゴーレムを配置する。それを覇吐先生が操作して邪魔をするのじゃ」

「ふぅん……」

「しかし、ただ邪魔をするのでは教育者として不十分じゃ。邪魔の仕方、なのじゃが生徒達には問題を出していこうと思う」

「へぇ……」

「数々の期末テストの範囲の問題を出して、生徒たちに一致団結して踏破してもらう。頭も良くなる上、生徒たちの絆もより一層深まると言うわけじゃ。ふむ、流石はワシ、なかなかの策士じゃろ?」

「そうっすね」

 相槌が適当になる。

 色々とツッコミたいところがあるし、こんなこと引き受けたくない。というか図書館島の地下は様々な罠があったりと危険だから、教育者なら止めるよう注意しろよと指摘したい。

 だがここで強く諫言すれば、自分の立場が危うくなる恐れもある。

 よって、覇吐は渋々だがそれを了承することとした。

「分かりましたよ学園長。そんじゃあその依頼、ケジメとして立派にやり遂げて見せるぜ」

「うむ、お主ならそう言ってくれると思っていたぞ。では、これを熟読しておくように」

「何んすか、それ?」

 机の上に、数冊の教科書が置かれる。

「何を言っておる。期末テストから出題する問題を考え出さんといかんじゃろ。ゴーレムで問題を出すのじゃから、覇吐先生もしっかり期末の範囲は勉強しないとの」

「えー! マジっすか!? 学園長が抽出して俺に教えてくれんじゃないんすか!?」

「愚か者め、それをワシがしたらお主に頼んだ意味がないじゃろうが」

「俺がそんな、国語やら数学やら英語やら小難しいもん分かるわけないでしょうが!」

 一応教育者の身分から出るような言葉ではない台詞を口にする。

 実際、覇吐にそこまでの教養はない。

 学園長はため息をつき、困ったように頭に手をやる。

「全く、少しは教員らしく自己スキルのアップに努めてほしいもんじゃわい。仕方ないの。問題に関しては、しずな先生と考えてもらおうかの」

「マジすか!? あのヌキヌキポンな見目麗しいしずな先生とですか! こりゃ俄然やる気が出るってもんですよ流石は学園長!」

「嘘じゃよ馬鹿者め! お主は今から神多羅木先生(グラサンの強面)と共に考えてもらう」

「俺はいつかあんたに復讐してやる」

 上げてから一気に奈落に落とされた気分となった覇吐は、こうして学園長の頼みを嫌々ながら聞くこととなった。

 

 

《2》

 覇吐は学園長室を出た後、神多羅木先生と別室にて早速教科書から問題を抜粋していた。

 正直なところ、あんなヤクザみたいなおっさんと二人きりの空間は空気が重い上、疲労感が尋常ではない。夕刻から夜にかけて行われた作業は、切りのいいところで小休憩とし、神多羅木先生は煙草を一服、覇吐は夜風に当たるため外に出ていた。

 外に出ると同時に携帯電話(学園からの支給品)を取り出し、自身の相方であるザジ・レイニーデイに電話していた。

「もう限界だよザジちゃん! 俺どうにかなっちゃいそう! あんなおっさんと二人きりなんて、もう脅迫を受けている図にしかならない!」

『知らないし興味もない』

「冷たい! けどそんなザジちゃんが好き!」

『気持ち悪い。分かった何があったか聞いてあげるから、その気持ちの悪い声音はやめて』

「ありがとう! やっぱり俺のザジちゃんは最高だぜッ!」

『…………』

 プツンと、通話が切られた。

 プー、プーと、空しい電子音が静寂な夜に小さく響く。

「……切りやがったアイツ! こうなったら何度もかけなおして――」

 と、その時だった。

 言いえぬ剣呑な雰囲気を感じ取ると、次には暴虐じみた殺気が襲ってきた。

 勉強はからきしだが、戦闘という面においては達人を上回る覇吐。それを感じるや否や後方に跳びのき、その殺意の正体を目にする。

 その正体は影。

 街頭に照らされていたおかげで直ぐに理解した。影のようなものが生き物のように動き、自身を喰らうが如く迫ってきていたのだ。影を使った魔法、それを使用した刺客を覇吐は知っていた。

「おいおい、こんな学園内でんな殺気ムンムンに出してよ、出すなら色気だけにしとけ」

 余裕の笑みを浮かべて言う。実際、今のを回避するなど造作もない。

 そして、覇吐の目の前に一人の少女が現れた。

「あんたみたいな野獣に色気なんて出すわけないでしょ。野獣は野獣らしく、大人しく狩られてなさいっての」

 冷徹な物言いをする少女の正体は、ルサルカ・シュヴェーゲリン。現在、エヴァンジェリン宅で雑用をやらされている小間使いだ。

「野獣とは酷ェ。だがまぁ男はいつでも性欲の野獣だからな」

「本当にキモイわねアンタ。私でもドン引きよ」

「けど心配するな。俺はどれだけチンチクリンでも受け入れる寛容な心の持ち主だ。あんたが俺と一夜を共にしたいってんなら、それを拒むつもりはねぇよ」

「なに一人で酔ってんのよ。私があんたに靡くと思ってるのかしら?」

 もはや殺気はどこへやら。ルサルカは意欲を失った表情となると、ビシッと人差し指を覇吐に向けながら言った。

「アンタのせいで、よく分からないガキと戦う羽目になったのよ。それに関して文句を言いに来たの」

 ああ成程と、覇吐は理解する。

 今日の朝、エヴァンジェリンがルサルカにそんなことを言っていた。確かにあれは自分のせいだと、反省はしていないが頷く。

「そういやそうだったな。けどそいつはあんたのところの主が決めたことだろう? 俺に文句言われても困るぜ」

「あんたが面倒事を持ち込んできたんでしょう! そんな時間があるなら、私はもっと蓮きゅんとイチャイチャできたっていうのに!」

「そいつは残念だったな。そして諦めろ。俺だって本当なら今頃、お色気ムンムンな姉ちゃんが一杯載った写真集を眺めていたんだ。それが何の因果か、強面のおっさんと密室で問題を作り、今は色気がほぼないあんたと駄弁ってる。つまり、俺とアンタは今、同じ穴のムジナって訳だ。ここはお互い仲良くいこうじゃねぇか」

「あんたのそれは全部、自業自得でしょうが!」

 怒りを爆発させたルサルカが、再び影のようなものを操り覇吐を襲う。

 もはや投げ槍めいた攻撃だが、並の魔法使いなら一瞬で影に食われてしまう勢いである。しかし覇吐はそれを軽やかに回避すると、ルサルカに背中を向け、

「おっと悪い、そろそろ休憩が終わる時間だ。遅れるとあの強面に何言われるか分からねえからな。少ししか付き合えねぇで悪い」

 逃げ出した。

「あっ、ちょっと待ちなさいっての!」

 ルサルカが追いかけようとするが、

「俺を口説きたいなら、もっと色気ムンムンになるんだな。そうすりゃもっと付き合ってやるよ」

 などと言い残し、覇吐は脱兎の如くその場を後にしたのだった。

 

   *

 

 ――あれから再び神多羅木先生と問題を作成し、遂にそれが終了したのだ。

 抜け殻のようになった覇吐が机に突っ伏していると、神多羅木先生は「お疲れ」とだけ言い帰っていった。そして入れ違うように、そこに学園長が入ってきたのだ。

「ふむ、ようやった。しかし本番はこれからじゃぞ覇吐先生」

「え?」

 突っ伏した状態で顔だけ学園長に向ける。

「事態は次へ次へと進んでおる。端的に言うと、既に図書館島に2-Aの生徒達とそしてネギ先生が乗り込んでおる」

「ネギもかよ」

「うむ、恐らく魔法の本に興味を持ったか、生徒たちが心配だったからじゃろ。さて労いの一つも上げたいところじゃが、早速ゴーレムの操作に取り掛かってもらうぞ。準備はよろしいかの?」

「このまま寝かせてほしいけど、そうはいかねぇよな」

 覇吐は重い体に力を込めて立ち上がる。

「そんじゃあ一丁、揉んでやるか」

「お主がそれを言うとセクハラに聞こえるの」

 こうして、早くもゴレーム操作と生徒一同に問題を出す時が来たのだった。

 

 そしてネギ一行はと言うと。

 バカレンジャーの5人とシェルバ&地下連絡員として木乃香、のどか、ハルナ、そして付き添わされたネギ先生という布陣である。

 地上班であるのどかとハルナを残し、いざダンジョンとなっている図書館島の地下へと向かった行ったのだ。

 しかしネギは魔法が使えないゆえ、こういったダンジョンでは足手まといにしかならない。

 魔法も使えないまま、藤〇〇探検隊の如く地下へ地下へと生徒たちが突き進んでいったのだ。

 数々の罠、道なき道を歩み、苦難の先に見えたのは――物凄くRPGでボスが出てきそうな場所だった。

 そしてその先に、古びた本が一冊あったのだ。ネギ先生が「あれはメルキセデクの書! 最高の魔法書で、確かにあれならちょっと頭を良くするくらい簡単ですよ!」と言う台詞が発破となり、バカレンジャーが一斉に本に向けて駆け出したのだ。

 そこで遂にゴレーム(覇吐の遠隔操作)の出番がやってくる。

『待ってたぜ嬢ちゃん諸君! このさかッ――痛い! あ、すんません間違いました。このゴーレムがいる限り、魔法書はそう簡単に渡さねえぜ!』

 本の前に立ちはだかるゴーレムに、一同驚愕とする。

「せ、石像が動いた!?」

「おおお!!」

「どことなくこのノリに見覚えがあるでござるな」

 バカレンジャーが驚く。

『どうしても欲しいってんなら、この俺が必死で考えた問題に答えてもらうぜ!』

「も、問題?」

『第一問! デデン! Difficultの日本語訳は!?』

「えー何ソレ!?」

「どういうことなのよ!?」

 ゴーレムの急な問いかけに、騒然とする一同。それに対しネギ先生は冷静にみんなに言う。

「皆さん落ち着いてください! きっとゴーレムの問題を解いていけば、この罠も突破できるはずです。床がツイスターゲームのように文字が刻まれているので、それを踏んで答えればいいはずです!」

「そんなこと言われたって!?」

「ディフィなんちゃらって何だっけ!?}

『答えを教えたら失格だぜ』

「あう、え、えっと、easyの反対です! つまり、簡単じゃないってことですよ!」

 若干、答えを教えたのと同義のようなネギのヒントに、バカレンジャー一同が察する。

 各々が協力して、む、ず、い、と手をつけた。

『むずいだ……まぁいっか。正解だ!』

「やったー!」

「これで本GETだね!」

『よし二問目いくぜ! CUTの日本語訳は?』

「二問目!?」

「ちょっとちょっと聞いてないわよ!?」

『誰も一問だけなんて言ってないぜ。ほらほら、別のところに手を付けたら失格だから気をつけろ』

 そうしてゴーレムの問題が続くこととなる。

 次々と出される問題。ツイスターゲームの要領で答えていくため、バカレンジャーの足や手の位置は滑稽な人形のように面白おかしくなる。

「あたたたたたっ!」

「キャーーーー!」

「い、いたいです……」

「死ぬ死んじゃう~~!!」

『……何だこれは、すげぇエロスを感じる。……待てよ考えるんだ俺。こういう時こそクールに、頭を冷やして考えろ。次の問題次第ではもっとエロく、否パンツ丸見えになるんだ! よし、ここは益荒男として必ず成就させねえと。俺には今、試練が課せられているんだ!』

 声高らかにゴーレムが天に拳をかかげた。

「……何か最低なこと言ってるんですけど」

「やはりこの感じ、とても見知っているような気がするでござるな」

「とにかく早く次の問題を出して~!」

 もう限界に近いバカレンジャー達は、次の問題を催促する。

『ん、ああ、そうだな……』

 ここでゴーレムは頭をフル稼働。

 どこに手や足を持っていかせれば見えるか、どこを誰が離して誰が持っていくか、自分の角度や予測などを交えつつ計算する。問題を考える時よりも知恵を絞った結果、ゴレームの目が光った。

『よっしゃ、じゃあ最終問題いくぜ! 最終問題――夜這いの日本語訳は!?』

 ゴーレムの問題に対し、一瞬の沈黙と静寂。そして次の瞬間には羞恥心による怒号が飛び交った。

「そんなの分かるわけないでしょ!?」

「セクハラなんですけど!?」

「最低ですね……」

「この石像ぶっ飛ばしたいアルね!」

「やはりこの石像は覇吐先生に似ているでござるな」

 バカレンジャーから罵声を頂き――一人には正体を看破され――そして気づく。

 怒りで床についていた手や足をもうどけてしまって、崩れてしまっていることに……。

「「あ」」

 真っ先に傍目から見ていたネギと木乃香が気づいた時には時すでに遅く、ゴーレムは持っているハンマーを振り上げた。

『悪いな嬢ちゃんたち、失格だぜ』

 そして勢いよく振り下ろされる。

 破壊力は抜群らしく、ツイスターゲームをやっていた床はいとも簡単に崩れたのだ。そして奈落の底に落ちるように、バカレンジャー及びネギと木乃香は更に地下へと落ちていったのだった。

『……くそッ、残念だったぜ』

 ゴーレムは遺憾の意を示しながら、悔し涙を流した。

 

   *

 

「……とりあえず手筈通り事を進めたぜ学園長」

 覇吐は一服しつつ、学園長室にてソファに深くもたれかかった。

 場所は学園長室。その客用のソファに座りながら、テーブルに置かれた水晶を見つめる。どこか悲嘆な気持ちになりつつ、これでケジメは終わったのだと安堵の気持ちにもなった。

 学園長は椅子に座りながら事の経緯を見届け、初めて労いの言葉を投げかける。

「ようやってくれたわい覇吐先生。ワシだったら最後の問題を解いてもらい、それだけで終わるところじゃった」

「はい? どういうことすっか?」

「ワシがもし問題を出していたら、最後はDISHを日本語訳にしろという問いを行い、それでこの話は終わっていたであろう。それではあの生徒たちは成長せん。もし間違えたら地底図書館まで落とす。そして予め用意しておいた全教科のテキストや食材、キッチンやトイレ、日常品を使ってもらい、テスト期間までそこでみっちり勉強をしてもらう。それでこそ生徒たちは成長するってもんじゃからの」

「DISHなら普通に答えられただろうしな。つまり俺の独断が功を奏した訳だな」

「問題は最低じゃったがの。まぁ災い転じて福となすじゃな」

「いや俺って災い扱いなんすか」

 一服付くと、覇吐は立ち上がる。

「さて、俺はそろそろ帰らせてもらうぜ。これでもう大丈夫なんだろう? 俺の事も、それにネギ先生のことも」

「ふむ、ネギ先生が付いていれば、あそこで授業もできるじゃろうしな。恐らくワシが出した課題も制覇できるじゃろう」

「そいつは良かった。じゃあ帰らせてもらうぜ」

「お疲れ様じゃ。後のことはワシに任せておれ」

 そうして覇吐は学園長室を後にした。

 もう外は深夜となる時間帯。外に出た覇吐は、自分を心配してくれているだろう、いてくれたら嬉しいザジに連絡を入れようとしたが、もう時間が時間だしやめることにした。

 ――とにかく早く帰って寝よう、慣れないことをして疲れがたまっている。

 そう思った矢先だった……。

 夜道を一人歩いていると、一人の女性がこちらにやって来たのだ。

「あらぁ、これはこれは逞しい方ですね。こんな夜遅くに出歩いているなんて、警備員か何かですか?」

 それは赤毛の艶やかなロングヘアーに、深紅の魅惑に満ちたドレスを身に纏った女性。出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる、まさに端麗で麗しい女性だった。

 瞬間、覇吐の全身に電流が走る。

「なぁにー! 目の前にヌキヌキポンみてぇな姉ちゃんがッ!」

「あらやだぁ、不粋な殿方ですこと」

「い、いや……」

 覇吐は文字通り背筋を真っすぐに伸ばし、髪形を纏め、

「あなたはどこの麗しいお姉さんでしょうか?」

 自分が出せる最高のイケメンボイスで、相手の顔を見つめる。

「うふふふ、今宵のような静かな夜に野暮な質問はやめましょう」

「それもそうでございます。しかし、一体何の用でこちらに?」

「それは、私の口から言わないといけないのかしら?」

「い、いいえ。これは無礼でした。ごほん、麗しのお姉さん。ここに酒はありませんが、一緒に月明かりの下で耽溺してみませんか?」

「あらぁ誘っているのね。そうね、あなたが極上の酒のお味を教えてくださるのですか?」

「はい。この夜の益荒男と呼ばれたい覇吐。酒も甘いものも好きな両刀使いでございますゆえ」

「それは随分と逞しいこと」

「というわけで――お姉さん!!」

 地面を蹴り、今日一の速さで目の前に女性に飛びつく。

 先までの覇吐からは一転、いつものテンションに戻っている。つまり性欲の権化たる覇吐が我慢の限界となったのだ。

「――かかったわね、この変態!」

 しかしそれが罠。

 魅了という罠に簡単に引っかかった覇吐は、女性の足元から伸びた触手めいた影の怪物に捕まってしまったのだ。

「な、なにッ!? こいつは、いやこの影はまさか!?」

「よくもさっきは逃げてくれたわね。けど、こうして誘惑したら簡単に捕まえられたわ。単細胞で本当に助かったわよ」

 ボンッと煙が女性から上がり、見えなくなる。そしてそこからルサルカが現れたのだ。

「お、お前は!? まさかこの俺を騙したのか!?」

「ええ、その通りよ」

「くそッ! 俺の純情を弄んだってのか。酷ェ、そこまでするのかよ!」

 ドバッと涙を流す覇吐。

「ふんっ、さっきチンチクリンって言った罰よ。それに色気ムンムンで行ったら付き合ってくれるんでしょ? だからご要望に応えてあげたのよ」

「ならせめて色気ムンムンのさっきの姉ちゃんの姿でお願いします!」

「うるさい、立場を考えなさいっての。ほらッ!」

 覇吐を縛っている黒い影のような触手を蠢かし、締めを強くしていく。

「あはん、だめッ、癖になりそう……ッ!」

「きも、まぁいいわ。時間の無駄だし、私の要件に速やかに答えなさい」

「はい……」

「この私が戦わされるネギなんちゃらフィールドについて、どんな奴か教えなさい。あと、その父親のナギってやつもこともね」

 

 こうして、ネギの知らないところで物語が動き出していくのだった。



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