とある冥闘士の奮闘記 (マルク)
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はじめまして、マルクです。色んな方の作品を読んでるうちに、自分も小説を書いてみたくなりました。小説投稿なんて人生初なもので、キツイ感想はできるだけ避けて欲しいです。今まで勇気が出なかったのも、批評が怖かったこともありましたから。
では、こんな駄文ですがどうかよろしくお願いします。


 

 

 

 

 

ここはどこだろう?仕事の帰りで電車に乗っていたら、日頃の疲れによって眠ってしまったとこまでは覚えているんだが。気がついたら真っ白な空間で横になっていた。

 

 

「おお、ようやく目を覚ましてくれたか。後はお主だけなのに、ちっとも起きんから無理やり起こそうかと思とったんじゃが。」

 

声のした方に目を向けると、白い衣を羽織った髭を生やした老人が佇んでいた。

 

「あのー、ここが何処だか教えてくれますか。私は電車に乗っていたはずなんですが。」

 

とりあえず現状を把握する為、気になる点を解消しよう。

 

「誠に気の毒じゃが電車は儂のミスで事故に遭ってのう、お主は既に死んでおる。此処はあの世とこの世の中間地点と言った方がお主には分かり易かろう。」

 

まさかとは思ったが想像通りの答えが返ってきてしまった。

 

「となるとあなたは神様か天使様という事ですか。一般人でしかない私に御足労頂き有り難うございます。」

 

言いたい事は色々あるが、とにかく『目上の方には礼儀正しく』を信条として行動しておいた。社会人の悲しい性である。

 

「意外と冷静じゃの。ほとんどの人間は激昂して突っかかってきたのじゃが。」

「ジタバタしても仕方ないかと。あなたに私を生き返らせてくれる力があるなら、起きる前に使って元の場所に放置しておけば、神の存在を認識されることもない筈ですから。」

 

俺はそう言って神(自称)の疑問に答える。

 

「フォッフォッフォッ。その通り、儂には生き返らせる力などない。神といっても死神じゃからな。一方的に奪うだけよ。」

 

満足そうに笑っているが、俺はその言葉に胃が痛くなる。死神かい!!ますます言葉づかいに神経を使わなくては 。

 

「死神であるあなたが私に何の御用でしょうか?」

「うむ、お主が死んだのは此方でも予定外の事故でな。これから別世界に転生してもらう。」

「ちなみに事故とは?あと私以外にも乗客がいた筈なんですが、彼らはどうなったんですか?」

 

 

まさか自分だけ特別扱いじゃないだろうな。なら気まず過ぎるぞ!!他の方々に申し訳が立たない。

 

 

「安心せい、あの電車の乗客だけではなく車掌、運転手含めて転生させておるわい。お主が最後の一人という意味よ。」

 

それは良かったけど、いくら終電近かったとはいえ結構な数になるぞ。皆納得していたんだろうか?

 

「大丈夫だ問題ない。天才テニス少年から魔法先生まで選り取り見取りじゃったからのう。」

 

ドヤ顔でキメ台詞を言う死神の顔に拳を入れようか一瞬考えてしまったが、話を聞いて少し呆れてしまった。どういう理由でその世界を選んだか一発で分かったよ!!

 

「電車の方は儂のクシャミで脱線事故じゃ。最近、花粉症がきつくて敵わん。幸いと言ってはイカンのじゃろうが、電車に乗っていた者達以外で死傷者はおらんよ。」

 

それを聞いて安心したが、脱線事故に気づかず眠り続けていた俺って一体……。

自分のあまりの間抜けぶりに死にたくなる。(もう死んでるけどね。)

 

「話を戻すがお主は何処の世界に行きたい?アニメやゲームの世界が人気じゃがのう。」

「でしたら聖闘士星矢 Lost Canvasの世界で冥闘士になりたいです。」

「頭は大丈夫かの?」

 

いきなり頭の心配をされたよ!!

 

「何故敗北する側に転生するのか理解できんのじゃが。ここは普通、黄金聖闘士になって無双してみたいとか言うところじゃろ?」

神のもっともな言葉に俺は答える。

 

「一度死んだ人間が蘇るという設定だからハーデス側が自然かと思います。それにサーシャは好きだけど、アテナは少し苦手なんです。」

「どういう意味じゃ?」

 

死神が不思議そうに首を傾げる。正義側のトップを苦手と言うのだから当然の反応である。

 

「星矢にハマってギリシャ神話を読んだ事があるんですが、アテナは結構すごい性格してるんです。」

「あー、それは否定できんのう。神話の女神はほとんど気が強いし…。」

 

死神はしみじみと頷く。どうやらアテナの所業はこちらでも有名らしい。

 

例を挙げればメデューサの1件がある。

アテナとポセイドンがある都市で勝負を行った。『勝者の方の神が都市の領有を得られる』という内容である。ポセイドンは塩水の泉を作り、アテナはオリーブの木を作った。そして民はアテナを勝者とし、都市名をアテネ(アテナイ)とした。その結果に不満を持っていたのが、ポセイドンの恋人メデューサである。メデューサは美しい人間の女性であり、特に髪が自慢であった。その為、メデューサは『私の髪はアテナよりも美しい』と自慢してしまう。それに怒ったアテナはメデューサの髪を蛇に変え、姿さえも醜い怪物に変えてしまい、神々すら羨む美貌は見た者を石に変えてしまう異形に変わってしまったのである。これがゴルゴンの誕生である。その事についてメデューサの姉でもあるステンノとエウリュアレは元に戻して欲しいと訴えるが、アテナはその二人すらゴルゴンに変えてしまったのである。諸説は色々あるが、アテナのせいでゴルゴンに変えられたというのはどれも同じだった。

 

そういう訳で気の強い城戸沙織の方がある意味アテナの性質を正しく受け継いでいるのかもしれない。彼女はまさしく女帝だしね。それに比べてサーシャは気の優しい娘なので好感が持てる。

 

「星矢の話がどれだけギリシャ神話に基づいているかは分かりませんが、ハーデスが極悪人とされているのは少し残念なんです。」

 

ハーデスは神々の中でもまともな性格をしていたからな。

 

「つまりハーデスを更生させる為に転生するのか。それも面白いのう。」

「いえ、それもできたら良いなと考えていますが、本当にやりたい事は別にあるんです。」

 

そうハーデスの考えを、たかが一介の冥闘士が変えられるとは思えない。だからあの世界では元の世界ではできなかった事をしたいのだ。

 

「ほう、良ければ教えてくれんかのう。」

「ええ、それは……。」

 

 

 

 

 

 

 

「ますます面白い!!お主は頭がイカレとる。お主のような奴は初めて見たわい。」

 

俺が理由を話し終えると、死神が珍しいものを見たと豪快に笑う。

 

「転生するならオリジナルの冥闘士がいいです。原作キャラの代わりなんて荷が重いですから。」

「それなんじゃが、冥闘士になりたいならならまずこれを書いてもらおうか。」

 

そうして渡されたのは社会人なら見覚えのある、あの書類である。

 

その名も履歴書。

 

「何で!!何で履歴書?普通、無条件で願いを叶えてくれるものでは?」

 

確かに企業や組織に自分を売り込む為には必要だけど、転生で書かせられるとは思わなかったよ!!

 

「お主は神がどうやって力を得るか知っておるか?」

「いえ、分かりません。」

「神は信仰によって力を得るのじゃ。つまり知名度が高い神ほど強く、権力もあるので…。」

「無名の神のあなたはハーデスに履歴書を渡す橋渡ししかできないと。」

「Exactly(その通りでございます)!!」

 

再びのドヤ顔に苛立ちながらも、大人しく履歴書に書き込んでいく。それを見つめながら死神の話は続いていく。

 

「まあハーデスも転生者をほとんどアテナの方へ取られておるから検討してくれると思うぞい。転生者の信仰もポイントに入るからのう。彼も物語の中とはいえ自分の分身が嫌われて苦労しておるようじゃ。」

 

「ハーデスって何人もいるんですか?」

「元となったハーデスと様々な物語で登場する架空のハーデス達じゃよ。神は様々な形で人に知られておるが、モデルがおらんとそれも生まれないじゃろ。儂が渡すのはオリジナルの方じゃ。そしてオリジナルが原作のハーデスや双子神に働きかけるといったところかの。」

「オリジナルは分身体を止められないんですか?」

「その世界で何千年も生きとるせいで、既に確固たる自我を持ち手が付けられんらしい。もう一人の自分というより兄弟という表現が良いじゃろう。」

 

最後に一番気になる点を聞いてみる。

 

「もしハーデスが私を不採用としたら?」

 

 

「ただの凡人としてその世界で一生を過ごす事になるのう。」

 

 

その言葉にショックを受けながらも、根性で気を取り直した。たとえ冥闘士になれなくても聖戦に参加せずにすんで良いじゃないかと。

 

「分かりました。その条件で宜しくお願いします。」

「良いんじゃな。最悪、せっかくの第二の人生を何の変哲のない人生で終わるかもしれんぞ。」

「それならそれで縁が無かったと諦めますよ。今この状況だけでも凄く贅沢な立場なんですから。」

 

そう、一度死んだのに再びやり直せる機会を得たのだ。これ以上を望めば本来罰が当たるというもの。

 

「分かった。では第二の人生を生き抜くがよい。」

 

 

 

 

 

 

 

光の粒子となって消えた一人の人間を見送った死神に、声をかける者が現れた。

 

「すまないな、つらい役目を任せてしまって。」

「気にするな。いつも言っているように、お前にできない事があれば俺がやるだけだ。」

 

死神が先程までとは異なる若々しい声で答える。

 

「お前も優しい奴だな。死の痛みを感じぬように眠らせるとは。」

「あの者は数少ないこちら側の信仰者だ。それなりに便宜を図るさ。」

 

そう言いながら新たに現れた男に死神が不満そうに語る。

 

「しかし最近の無名神は酷いな。今回は徒党を組んで転生させる為の事故を起こしたぞ。」

「数さえ揃えれば私達も手出しできないと考えたのだろうな。」

「愚かな連中だ、その程度で俺達に敵うと考えるとは。」

 

そうこの事故は死神達の目を盗んで人間を殺し、神々の間で流行っている転生を行う為に無名神が引き起こしたものである。だがそんな真似は許されない自分達は魂を管理する神なのだから。

 

「奴らによって死んだ者達は、悔しいがこのまま転生しておくしかないな。」

「ああ、俺達でも死人を生き返らせることはできないからな。ちっ、無名神達が邪魔さえしなければ間に合っていたものを。」

「気を落とすな、前向きに考えよう。そのおかげで、運良く信仰者があの世界に転生できたのだ。」

 

今回の事故で自分達の信仰者がいたのは、まさしく不幸中の幸いだった。

どうせなら正体を晒したかったが、できない理由があった。

神々の間では信仰だけでなく神秘性もポイントに入るからである。神秘性とは文字通り神秘的な存在を意味する。

 

例えばAという神がいたとしよう。この神が人間の前で土下座などの情けない姿を見せれば、その神の威厳や尊厳が無くなるのが分かるだろう。人間がそのA神を自分達よりも格下の存在と認識してしまうからである。つまり信仰が『量』なら神秘性は『質』をあらわす。一度崩れたイメージを元に戻すのは至難の業である。故に名のある神は姿を偽ることが多い。

 

 

 

「変えられると思うか?あの方を。」

 

その言葉に男は目を閉じしばし考える。

(彼には彼の目的があるのは分かる。だがそれでも私達は……。)

 

「何はともあれ賽は投げられたのだ。ならば我らにできるのは、信じる事だ。」

「もう俺達にはどうしようもないか…。」

 

悔しそうに死神が俯く。本来自分達がやるべき事を人間に丸投げしてしまったのだ。

 

「心配するな、彼なら向こうの私達の分身と上手くやってくれるさ。」

「だと良いがな。」

「では早速、主の元へ戻ろう。今回の一件の報告をせねばなるまい。」

 

そうして二人は自分達のいるべき場所へ帰って行った。

 




最初はこんな感じですが、どうでしょうか?反応が怖いですが感想お待ちしております。


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prologue01

お気に入り登録数26件!有り難うございます。

感想を書いてくれた方も、大変嬉しかったです。


  

 

 

 

そこは美しい場所だった。

 

 

色とりどりの花々、黄金の果実が生っている木、いたるところでニンフ達が楽しそうに笑

っている。およそ人が想像できない程の『美』がそこにはあった。

 

ここはエリシオン。飢えも争いも無い極楽浄土であり、神々に愛された英雄達の魂が暮らす世界である。

 

だがしかし、そんな楽園の中で一際輝きを放つ者達がいた。

 

その容姿は奇跡を持って生み出された芸術品としか思えない程であり、見た者の視線を決して放させない魔性の魅力があった。

 

二人は銀の円卓に向かい合い盤上の駒の動きを眺めていた。

 

 

二人はどちらも同じ顔をしている。異なる部分を探そうとするならば頭髪の色と額のチャ

クラぐらいだろう。一人は銀髪に五芒星、もう一人は金髪に六芒星。ともに神父のような

黒衣を身に纏っていた。

 

 

 

 

「そろそろ聖戦が始まるな。さて、今回はどういった戦になるのやら。前回はアテナの結界によりハーデス様は不覚を取られ、最後の最後で我らの存在を向こうに知られてしまったな。何らかの対策をとられていると考えるのが自然だ。」

 

金髪の男が注意を促すが、銀髪の男は知ったことかと切って捨てる。

 

「そう警戒する必要はあるまい。所詮神に人間が刃向かう等、無駄なことよ。俺には何度も痛い目にあっても懲りない人間をどう絶望に落とそうか考えているというのに、お前は相変わらず慎重だな。」

 

「その人間にハーデス様は敗れたという事を忘れるな。敗北から学ばねば同じ過ちを繰り返すようになる。それでは人間と何も変わらない。」

 

「ふん、まあいい。難しい事はお前に任せるとして、そろそろまたゲームをしないか。」

 

銀髪の男がもちかけてきた話しに心当たりがあるのか、金髪の男は眉を顰める。

 

「チェスではなく、聖戦時にいつも行うあれか。」

 

それはいつからか始まったのか覚えていない、神ならではの遊戯。

 

「そう。互いに好きな人間を一人だけ冥闘士にし、どちらの冥闘士が長く生き残れるかだ。」

 

 

 

神にとって腐るほどある人間の命など、退屈凌ぎの玩具に過ぎない。狐狩り等で人間が動物の命を娯楽に使っているのに、神が人間という動物の命を娯楽に使い何が悪いのかというのが彼らの言い分である。

 

 

ある人間は言う。『人間の命を獣と一緒にするな。人間は他者を傷つける悪人もいるが、他者に優しく接する善人もいる。』

 

それに対し神は答える。『今まで共に暮らしてきた獣が死んだ時は家族、親友が死んだ時と同じほど悲しむ事ができるお前たちが何を言う。命は等価値であり、人間と獣という種族で命を差別するお前達の心こそが醜いのだ。』

 

だが神は気づかない。己も神族と人間という種族で差別している事を…。

 

そして人間も気づかない。神は人間に優しくし、救ってくれる存在なのだと一方的な価値観を押し付けてしまっている事を…。

 

 

結局のところ心を持っているせいか、神と人間は似ているのかもしれない。互いに自分の都合の良いように物事を解釈してしまう。

 

 

神はかつて生物を作った事により、全ての命を平等に見る事ができるだけなのに…。

 

人間は強者と弱者をはじめとした様々な差別により、神という存在に縋っているだけなのに…。

 

 

 

「勝った方は次の聖戦で、一度だけ負けた方の言い分を無視して行動できるだったな。前回はお前だったな、タナトス。だが本来、冥衣自身に選ばせる事を我らが無理やりやらせるとはな。好みではない人間を依代にしなければならない冥衣が哀れに思えるが…。」

 

「何を言う。冥衣もそれを纏う人間も神が選んだのだ。誉れに思われることはあっても、それを嘆く者はおるまい。」

 

『死を司る神』タナトスはどこまでも不遜な態度を崩さず己の半身を諭そうとする。

 

「まあいい。それでタナトスよ、お前は決めたのか。」

 

「ああ。俺好みの奴を見つけたよ。そっちはどうだ。」

 

「まだ検討中だ。候補はいるが、この者を巻き込んで良いものか迷っている。」

 

いつもと違う金髪の男の思案顔に、タナトスは純粋に驚いた。

 

「ほう、前回俺に負けたのが悔しかったのか?ずいぶん時間をかけるな。どんな奴か興味が湧くが、精々好きなだけ悩むがいいさ。今回のゲームも俺が頂くぞ。」

 

 

 

そう言うと銀髪の男は神殿の中に去っていった。一人残された金髪の男は懐から一枚の紙を取り出し、そこに書かれた一人の人間について思いを馳せる。

 

「この者が冥王軍に何をもたらすのか分からない。吉と出るか凶と出るか。」

 

そうつぶやくと、次に彼は自分が仕える冥王について考える。

 

「あの方はこの先永遠に考えを変えられないのだろう。ならば外から新しい風を取り入れば少しは違うのではないだろうか。」

 

 

 

周囲は彼を非情な神としている。その通りだろう。人類全てを死に追いやろうとしているのだからその評価は正しい。だからこそ人間も神々ですら『悪』とみなしている。

 

しかし彼にも事情はあるのだ。上辺だけの情報で『悪』と決めつけることこそが『悪』ではないのか?そしてその事を理解してくれる者達のなんと少ない事か。何故あのお方がここまで苦しまねばならぬのだ。そしてそんな状況を変えられぬ我が身が、何よりも恨めしい。故にこの者ならばあるいはと期待してしまう。自分で調べ、その者を理解してくれようとしているこの者ならば、我が主を変えることはできずとも心に何かを残してくれるのではと。

 

 

 

己の主の未来に心を痛めるその金髪の男こそヒュプノス、『眠りの神』として冥王ハーデスに仕える双子神の一柱である。

 




次回から本編が開始します。

どうか応援よろしくお願いします。


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01/転生先は……

少しずつお気に入りに登録してくれる方が増えて嬉しいです。

現在53件!!

この期待に応えられるよう頑張ります。


 

 

どうも無事に転生できたようです。時代は18世紀、江戸時代徳川幕府が治める町のとある武家の次男坊として第二の生を受けました。

 

外国に転生したらどうしようかと不安だったが、日本に生まれて良かった。

 

贅沢を言うなら、現代と比べて蛍光灯も無ければエアコンも無い。今まで当たり前に有った物が無いというのは不便極まりないものだった事ぐらいである。

それでも人は慣れる生き物である。1年もすればなんとか落ち着いてきた。

 

 

さて現在の俺の年齢は7歳。武家の生活はそこそこ恵まれている方である。立派な屋敷に3食の食事、熱い風呂、清潔な布団がある。

 

 

うん、ゴメンなさい。そこそこではなく、かなり恵まれていますね。

 

ただ問題が無い訳ではない。躾が特に厳しいところがまさにそれだろう。日の出と共に起床し、剣術の鍛錬、走り込み、朝食後も勉学に乗馬、午後は道場と様々な習い事がある。

まあ、なんとか耐えています。今回の肉体は前世の物よりもややハイスペックのようで、かなりの高さの木の上から落ちた時も掠り傷程度で済むぐらいには頑丈だったし、剣術も同世代では兄以外負け無しだし、大人には勝てないが相手の太刀筋を予測し躱す位はできる。

 

そんな自分の容姿はと言うと、

 

「行人(ゆきと)ーー。そろそろ道場に行く時間だよーー。」

「はーーい、今行くよ兄上ーー。」

 

背中まで伸ばした長い黒髪を紐を使って後ろで結び、切れ長の目のせいかどこか刀剣を思わせる。『リングにかけろ2』の志那虎 伊織や『星矢ND』の以蔵にそっくりと言えば分かり易いかもしれない。ちなみに兄の名は歩(あゆむ)と言い、薄く茶がかかった髪に、穏やかな眼差しから生まれる容姿は優男で通用するだろう。こちらは河井 響や『B'T-X』の高宮 鋼太郎だな。

 

春とはいえ、まだ冷たい風に耐えながら道場に行く為に大通りを歩いていくが、途中でつい愚痴をこぼしてしまう。

 

「あーあ、明日のこの時間はまた勉学かー。体を動かす方が気楽で良いんだけどなー。」

 

この時代の文字は読めなくもないが、先生の教える字は達筆過ぎて一から学びなおさないといけないのだ。

 

「あはは、文武両道。立派な武士になるには頭も必要だからね。行人なら大丈夫さ、すぐにものにできるよ。」

 

ホントにできた兄である。前世でも俺には兄がいたが、つくづく自分は兄弟に恵まれているようだ。

そんな感じで二人でお喋りしながら歩いていると、あっという間に道場に着いてしまった。

 

 

道場に着いたら、まずは今日も有り難く使わせてもらう為に挨拶から始まる。

 

「「よろしくお願いします!!」」

 

さあ、気合を入れていこう。

 

 

「素振り300本始め!」

 

師範の号令により鍛錬が開始する。

 

風切り音と共に振るわれる竹刀。その度に重なる掛け声。踏み込む事で軋む床の音。どれもが心地いい。前世は学校の授業でしか取り組んでいなかった剣道が、今世では最高の楽しみに変わったのだから人生は分からない。

 

 

しばらく稽古を続けて、貴重な休憩時間中に床や壁のひんやりとした感触に浸っているところへ、兄上が何と無しに聞いてきた。

 

「そういえば行人は将来の夢とか考えた事はある?」

 

「どうしたの急に?」

 

「僕は長男だから家を継ぐ事になるけど、行人はそうもいかないだろ。だから少し気になっただけさ。」

 

そうこの時代、長男は家督を継ぐのが義務付けられている。つまり次男坊でしかない自分にはある程度の自由があると言えば聞こえは良いが、要するに必ず家から出て独立しなければならないのである。

 

「さすがにまだ決めていないよ。今はまだ立派な武士になる為に精進するだけだよ。」

 

そう当たり障りない返事をする。実際、冥闘士になる為に転生したのに未だその兆しすら現れない。さすがにまだ子供の俺に冥衣を纏わせるとは思わないから、あと10年は経たないと採用か不採用かの結果は分からないだろう。先が長いな!!

 

「まあ、まだ若いんだし焦る必要はないよ。父上達は武士にすることに拘っているけど、僕はそれが行人のやりたいことなら他の道を目指しても良いと思っているよ。好きなことじゃないと長続きしないからね。」

そう言って、兄は先輩達の方に目を向ける。つられて俺もそちらに目をやる。

 

 

誰もが必死の形相で剣を振るっている。自分こそがこの国を支えるんだという気迫が伝わってくる。だがここにいる何人が夢を叶えられるのだろうか。

前世でも友人が何人かいたが、幼い頃の夢を叶えられることができた奴は一人もいなかった。しかも俺は日本の未来を知っている。このままいけば刀の、いや武士に未来は無いということを。

 

「僕も剣の稽古は好きだけど、異国の様子が気になるな。刀や槍では鉄砲には勝つのは難しいことは過去の記録を紐解けば分かるのに、いまだに日本は剣の方に重きを置いている。きっと異国では鉄砲を改良して、弱点を克服しているはずなんだ。このままで良いとは思えないよ。だから行人が武士以外の道を選ぶなら、むしろ安心するんだ。」

 

相変わらず兄は先を見る目が凄い。全て正解である。『ひょっとしたらこの人も転生者?』と思っていた時期があったが、どうも違うらしい。兄上マジパネェ。これならお家の将来は安泰だろう。

だが気になるのはこちらも同じだ。そこまで見通しておきながら、自分の身の上を不幸とは思わなかったんだろうか?長男というだけで将来を周りに決められていた兄。正直この人は前世の記憶持ちの俺でも、文武どちらも敵わないほど優秀である。そんな彼は俺に嫉妬などはしていないんだろうか?

 

「兄上は別の道を探そうとはしないの?」

 

「僕は跡取りだからね、そうもいかないよ。」

 

こちらを見向きもせずに答える。兄としての意地なのか、本当に気にしていないのか、その表情からは特に負の感情は感じられなかった。その後は休憩時間が終わるまで、俺達は一言も喋らなかった。

 

 

 

 

 

「「「「「有り難うございました!」」」」」

 

そして日が西に傾いて夕暮れに差し掛かり、稽古が終わったので帰り支度を始めようとした時にヤツが現れた。

 

「たのもーーーーー!」

 

突如響いた大声により、周囲に動揺が広がる。

 

「一体何事だ?」

 

先輩の疑問に答えるかのように、招かれざる客はさらに言葉を続ける。

 

「誰もいねぇーのかい?ここらで一番デカい道場だって聞いたんで、道場破りに来てやったぜ。まさか逃げねーよな、お侍様方?」

 

 

 

『逢魔が時』という言葉を御存じだろうか?

別名で『大禍時(オオマガトキ)』とも言い、1日のうちで禍々しい時とされている。それは何故か。

昼から闇夜への橋渡しの時間とは1日の終わり、遊び友達との別れ、そして夜に活動する為に魔物が人前に姿を現そうとする時間だからである。この時間は現世(うつしよ)と常世(とこよ)の境が無くなるのかもしれない。

 

 

 

そして今日、俺は悪魔に逢った。

 




突如現れた訪問者、原作ファンの方なら分かると思います。

日本人で悪魔のあの方です。

感想お待ちしております。


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02/悪魔(前編)

お気に入り件数65件!!

登録してくれた方も、読んで下さった方も有り難うございます。

今回ちょっと話が長くなったので、前編と後編に分けることにします。


 

 

竹刀や防具を持って道場の門に向かう途中で兄が不安そうに聞いてきた。

 

「良いのかな?僕達だけ先に帰ってしまって。」

 

師範達に勝負を挑んだあの男を心配しているのだろう。

 

「まあ見取り稽古というものが世の中にはあるけど、小さい子供達にはまだ早いという事じゃないかな?」

 

そう、俺達年少組は先輩達から先に帰宅するよう指示を受けたのだ。

そもそもあの男があんな事を言わなければこんな事態にはならなかったのに。

 

あれはほんの数分前の事だった…。

 

 

 

 

「俺達全員と勝負したいだと?」

 

道場破りに来た男の提案に先輩達が驚いている。

それはそうだろう。ここの者達はピンキリあるとはいえ相当な実力者揃いなのだ。町一番の道場という肩書は伊達ではない。なのに一番の実力者の師範とだけ戦うだけではなく、門下生全員を相手にするとこの男は言ったのだ。

 

「ああ、師範とは名ばかりのヨボヨボのジイさんに勝ったところで、齢のせいにされちゃたまんねえだろ?だから全員って言ったんだよ。」

 

さも当然とばかりに男がニヤニヤ嗤いながら肯定する。見たところ、まだ17か18歳位の若造だというのにすごい自信である。      

 

そんな男の様子に本気と受け取ったのか師範が応える。

 

「貴方の意見は分かりました。しかし、こちらにも都合がございます。ここは希望者のみ参加、この後急ぎの用事がある者やまだ幼い者達は先に帰宅させてもよろしいか?」

 

その眼光には異論は認めないと言わんばかりの気迫が込められていた。さすがは師範、あからさまな挑発に乗るほど安くはないようである。

 

「その位ならいいぜ。普段世話になっている人間が血祭りにされているところを見て、心に傷ができちまったら可哀そうだもんなァ?」

 

この男はどこまでもマイペースのようだ。

それに呼応するかのように先輩達の怒りのボルテージが上がっている気がする。ただ、師範や師範代を始めとしたトップクラスは冷静に流している。こんな大人に自分もなりたいな。

 

「さあ皆さん、時間の都合の悪い方も子供達も早く仕度を済ませてください。特に子供達は家で親御さんが心配していますよ。」

 

師範の言葉に俺達は慌てて帰り支度を開始する。

 

そして冒頭に戻るのだが…。

 

 

 

 

「まあ兄上が心配するのは分かるけど、これは自業自得だと思うよ。あそこまで言うからにはそれなりの覚悟があるからだと思うし。」

 

「そうだけど…。」

 

なお相手を気遣えることができるのが兄の美徳だろう。しかし、あの男どこかで見たことがあるような……。

そうして門をくぐろうとした時に、事態は急変した。

 

 

 

「ギャーーーー。」

 

突如道場の方から悲鳴が聞こえてきたのだ。

 

「え?何?何が起こったんだろう?」

 

兄の疑問などお構いなしに次々と悲鳴は続いていく。そのどれもが違う声だった。

それが意味していることはただ一つ。あの場所で惨劇が起こっているという事だ。

 

兄もその結論に至ったのだろう。荷物を放り出して来た道を戻っていく。

 

「兄上待って、行っちゃダメだ!」

 

その背中に俺は慌てて追いかける。師範達が敵わない相手に俺達が行ってもどうしようもないというのに。それでも兄は見過ごせないのだろう。理不尽な暴力を誰よりも嫌う人だから…。

 

 

 

 

道場に戻った俺達は入り口からコッソリと中の様子を窺った。そこには辺り一面に血飛沫が飛んでいる床に倒れている門下生達と、木刀を構えて対峙している男と師範代、そして傍らで見守っている師範である。

 

 

「ハッ、所詮この程度かよ。大した事ないんだな侍様ってのもよー。」

 

男の言葉に応えず、師範代は木刀を正眼に構えからすり足でジリジリと近づいていく。

 

「ハァッ!!」

 

裂帛(れっぱく)の気合いと共に師範代から鋭い斬撃が放たれるが、男はそれを無造作に躱して相手を蹴り飛ばした。あの細身の体の何処にそんな馬鹿力があるのか、師範代は壁に叩きつけられてしまった。今の動きを見ても分かるように男は『剣術』を競い合う気はサラサラ無く、何でもありの実戦形式で戦っているようである。これなら門下生の大半が慣れない戦い方なので勝機は十分あるだろうが、男のソレは『お前達の努力は実戦では無駄なのだ』と相手を小馬鹿にする為に行っているように思える。

 

師範代がヨロヨロと立ち上がり、諦めずに木刀を構える。その眼はまだ死んでおらず、闘気も微塵も衰えていない。

 

「いい加減しつけーな。今ので大人しくしてりゃ、床にお寝んねしているコイツ等みたいに無様な負け方だけはしなくて済むんだぜ?」

 

男は言いながら、倒れている門下生の頭を踏みつける。

 

「弱きを助け強きを挫く、それが……大和魂!!」     

 

これだけは譲れぬと男を睨みつけながら師範代が吼える。

 

 

大和魂は特攻精神と勘違いされやすいが、実際は違う。大和魂は世界基準と異なる日本基準、つまり日本人の美徳そのものを指す言葉だ。  

日本人として生まれた事を誇りに思うが故に生まれた思想。それを支えにして圧倒的強者に立ち向かう彼こそ理想の武士だろう。

 

 

「やれやれ、精神論だけで勝てりゃ苦労しねーよ。そんなあんたには非情な現実で目を覚ましてやらねーとな。」

 

だが今回は相手が悪すぎた。相手の男はそんな崇高な思想を噛み砕くことを至福とする『悪魔』だ。

 

壁を背にして師範代の構えが上段の構えに移った。自分からは攻撃が当てられない以上、相手から攻撃を繰り出される時が唯一のチャンスと踏んだのだろう。狙いはカウンターだ。

 

ダンッ!!

 

悪魔はその誘いに受けて立ち、あまりの強い踏み込みに床板が砕けてしまった。それによって生み出されたスピードはまるで疾風である。

 

「面ッ!!」

 

悪魔が間合いに入った瞬間、師範代の木刀が落雷の如く振り下ろされる。

その一撃が悪魔に触れるか触れないかというところで、信じられない出来事が起こった。なんと悪魔が木刀ごと師範代を斬ったのだ。初動が遅れていたにもかかわらず悪魔の斬撃の速度は師範代のそれを上回り、更に木刀で物体を斬るという離れ技を成し遂げた。

師範代がうめき声一つ上げずに倒れ伏し、悪魔が愉悦に酔いしれる。

 

「さーて、前座はこれで仕舞いだ。そろそろ本命に相手してもらおうか?」

 

雑魚はもう喰い飽きたと言わんばかりに木刀を突きつける。

 

「君の纏う空気を感じもしやと思ったが、やはり悪鬼羅刹の類だった様ですね。」

 

「へえー、ここまで弟子達をやられておきながら意外と冷たいんだな。それともアンタにはその程度の価値しかなかったってのかい?」

 

「弟子達に帰宅準備をさせている時に師範代が言ってくれたのですよ。『自分達ができるだけ手の内を曝け出させてみせますから、後はお願いします。』とね。」

 

「良い弟子じゃねーの。でもそれも無駄な努力で終わるけどなァ。」

 

「物体を斬ることができる君の得物に対し、木刀ではこちらが不利なので真剣を使わせてもらいますよ。」

 

「お好きにどーぞ。つーかここまでヤられてそこの真剣を使わねーなら、それは竹光かテメエは腰抜けとみなしているとこだぜ。」

 

悪魔はそう言いながら、道場の奥で掛け軸の下で飾られている真剣に目をやる。

 

俺達は実際に真剣を師範が使うのは初めて見るので、その実力は未知数だ。だがそれでも悪魔には通用しないだろう。今の一撃でハッキリした。悪魔は小宇宙(コスモ)を使っている。そしてこの時代の日本人で小宇宙に目覚めている男と言えば、天魁星(てんかいせい)メフィストフェレスの杳馬(ようま)もといカイロスしかいない。だとすると最悪の状況である。原作でもラスボスに近い存在のあの男がただの人間に負けるはずがないのだ。止めようかどうか迷っていると師範がこちらに振り向いた。

 

「歩君、行人君どうか止めないでくださいね。」

 

俺達は気づかれていたことにも驚いたが、師範の表情に何も言えなかった。

 

これから死ぬかもしれないというのに、優しく微笑んでいたのだ。

 

 

『剣を扱う以上、いつ死んでもおかしくありません。剣は人殺しの道具であり、それを扱う人間は人殺しです。ひょっとしたら殺した人の遺族に道中刺されるかもしれません。自分の家族にその矛先が向けられることもあるでしょう。自分が忘れていた頃にふとそれはやってきます。だからこそ皆さん、その場の選択肢を間違わないようにしてくださいね。』

 

 

師範の道場理念である。二兎を追うもの一兎をも得ずと言えばいいか。『どんな綺麗事を述べようが武士として生きる事を選んだのならば、その者だけでなく関係者も安息の場など無く常在戦場を心がけよ。武士は忠誠と誇りに殉じる生き物であり、それを周囲の人間にも強要してしまう場合がある。』との事だろう。武士という人殺しの仕事を選んだ者の業(ごう)なのだ。

どんな人生を送ってその思想に辿り着いたのか分からない青二才の俺達には、師範を止める資格が無かった。

 

 

Saide:Ayumu 

 

どうしよう。師範と男が戦おうとしているのに、打開策が思いつかない。このままでは道場の看板が持っていかれるのは時間の問題だろう。師範がいくら強くてもあの男に勝つところが想像できない。僕たちが加勢したところで高が知れている。かと言って町奉行所に助けを求めることも難しいだろう。道場の誇りをかけた戦いに第三者に助けてもらうと一生物の恥となり、どのみち道場はおしまいだ。

 

打つ手が無いと諦めかけていた時に、行人が話しかけてきた。

 

「兄上、今すぐ町奉行所に行って人手を借りてきて。」

「ダメだ、それは僕も考えた!この戦いに助けは借りられない!」

「違う!よく見て。みんなまだ息がある。」

 

その言葉にハッとし、見てみると確かに呻き声などが聞こえる。

 

「この人数だから、お医者様は最低でも2人は必要になる。それも腕の良い人が。もうすぐ完全に日が落ちるし、この町を誰よりも知っている人達にお医者様を呼んでもらった方が早いよ!」

 

「だけど行人はどうする?」

 

一番気がかりなことを聞くと、とんでもない応えが返ってきた。

 

「師範が敗れたら…、次は俺が戦う。」

「無茶だ!お前に何ができる。町奉行所にはお前が行くんだ。ここは僕が…。」

「兄上は跡取りだろ。優先順位を間違えちゃダメだ。」

 

行人の言っていることは悔しいほど正論だ。だが、僕は兄なのだ。弟が生まれた時にこの子に恥じない兄になってみせると誓った以上、軽々しく納得はできない。

そんな僕の心情を察したのか、行人が話を続ける。

 

「兄上、足の速さも兄上の方が速いだろ。俺が無茶をする前に戻れば問題ないよ。」

 

安心させる為なのか笑顔を見せる行人に師範と同じ覚悟を見た。自分の頭の冷静な部分が結論を急げと訴えてくる。これ以上モタモタしていれば本当に時間が無くなる。僕は行人を信じ、僕にできることをするしかない。

 

「分かった。急いで戻るから……早まるなよ。」

 

そうして自分の無力さを噛みしめながら僕は道場を後にした。

 

走りながら行人の事を考える。普段は僕の方が適切な判断を下せるのに、こういった緊急事態の時はいつも行人の方が的確だった。だがそうして下される提案はどれもが行人が危ない橋を渡るものばかりである。

 

(行人、ひょっとしてお前は自分の命を勘定に入れていないのか?)

 

自分の考えが杞憂で終われば良いと祈りながら、歩は町奉行所へ行く足を速めた。

 




訪問客の正体は天魁星のカイロスでした。やはりヒントが分かりやす過ぎましたかね。

中々話が進まなくてすみません。(汗)

次回はできるだけ早く書き上げるようにします。


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03/悪魔(後編)

お気に入り件数82件!!

この作品を読んで下さって、有り難うございます。

そして早く上げると書いておきながら、遅れてしまい申し訳ありません。
やはり文章が長くなってしまい、前編後編では無理が出てきてしまいました。
その代わり今回は、初の2話同時投稿にしました。

どうかこんな駄文ですが宜しくお願いします。


 

Side:Master

(さて、ああは言ったもののどうしますかね。)

 

目の前にいる男は、間違いなく今まで戦ってきた者の中で最強であろう。しかも純粋な技術以外に何か隠し玉を持っている。真剣を持ったところでこちらの不利に変わりはない。だが敵前逃亡する気は微塵もない。それどころかこの男と戦うことに血沸く自分がいるのを感じるのだから、つくづく自分は救われない男である。全力をぶつけても壊れない相手とは、運命の赤い糸で結ばれた者のようにも思える。

 

 

「どーしたジイさん。敵討ちのはずだろ?何笑ってんだい?」

 

痺れを切らしたのか男が問いかける。

 

「いえ、貴方のような強者に立ち会える自分は幸せ者だと考えていただけですよ。」

 

そんな私の言葉に男は呆れ、

 

「俺は自分が壊れている自覚はあるが、テメエも大概だねェ。」

 

お互いひとしきり笑った後、剣を構える。

 

「見せてもらうぜ、テメエの剣。」

「どうぞ存分に御覧になってください。」

 

四の五の考えるのは止めよう。せっかくの機会なのだ。自分の最強の技で斬って捨てるのみ。

 

 

 

 

 

師範の取った構えは、刀身を鞘に納めた状態で右足を前に出し腰を落としたものだった。

 

「おもしれェ、居合抜きかい?」

 

『居合抜き』とは、刀身の鞘走りにより斬撃の中では最も速いスピードを出すことができる剣技である。真剣にあって木刀に無い物、それは『鞘』だ。師範は真剣の利点を最大限に生かす選択をした。奇しくもそれは師範の最強の剣技であった。

 

「んじゃ、こっちも。」

 

悪魔も木刀で同じ構えにしたことで、さすがの師範も動揺する。

 

「私と同じ?」

「ああ、打ち合おうぜ。」

「良いでしょう、受けて立ちます。」

 

有利なのは自分の方だと言い聞かせ、気を取り直す。

 

道場内の空気が張りつめていく。あまりの闘気のぶつかり合いに、行人の喉はカラカラに乾く。そんな喉を潤すためにゴクリと唾を飲み込んだと同時に、二人が動いた。

 

ギィィィン!!

 

真剣と木刀により甲高い音が響き渡る。結果は互角。行人は木刀で居合を行った悪魔に驚いたが、師範の技量にも驚いていた。

 

「ヒュ~、ヤルじゃん。悪かったなァ、ナメてたのは俺の方だったわ。まさか俺の木刀に傷をつけるとはねェ。」

 

悪魔が木刀に目をやる。よく見てみるとわずかに切れ込みができていた。

 

小宇宙は気や魔力とは違い、防御力を上げることは不可能である。

聖闘士も冥闘士も攻撃力は超人的だが、身体は常人より鍛えられているとはいえ肉体は生身の人間と変わらない。だからこそ聖闘士も冥闘士も聖衣や冥衣によって己の体を守っているのだ。

今回の結果は小宇宙によって木刀の強度を上げることができなかったから起こったのだろう。師範の技量と真剣の組み合わせが、悪魔と木刀(小宇宙による攻撃力強化)の組み合わせを上回ったのである。

 

「しかも、あの一瞬に3回も斬るとはねェ。ホントに人間?」

 

その言葉に同意する行人は決して悪くないだろう。

 

「それを見切っている貴方に言われたくありませんね。『奥義 飛燕剣』を使って斬れなかったのは初めてですよ。ですが次はありません。」

 

『飛燕剣』は神速の速さで抜刀して人が瞬きをする間に三度以上抜き打ちを行う剣である。師範はこの技を現役から引退する直前に会得したが、老いた体では負担がかかり過ぎる為に封印せざるを得なかった。だが、師範はこの技を使うことに躊躇いなど無い。道場を守る為に、弟子達の仇を討つ為に、そして悪魔に勝つ為に今一度その封印を解く。

 

「へェ~。そいつはどうかなァ。」

 

懲りずに悪魔が居合いの構えに入り、それに応じる師範。再び道場に緊張が走る。自信タップリの悪魔の表情に行人は胸騒ぎがしたが、止めることを許されない以上祈る事しかできなかった。

 

日がゆっくりと西に沈むことで、道場内が少しずつ闇に落ちていく。

そして完全に闇が空間を支配した瞬間、再び2人が同時に踏み込み一瞬で距離がゼロになる。先程の再現かのように剣を抜き放とうとし……

 

 

斬ッ!!

 

だが今度は結果が違った。

 

 

抜刀しきる前に師範の体から赤い鮮血が舞っていた。

 

「バ、馬鹿な…。何故?」  

「答えはカンタン、相手が速いならそれ以上の速さで動けば良いだけってコトよ。」

 

悪魔が行った事は酷く単純である。ただ小宇宙を一度目の時よりも多めに込めていただけなのだ。ヤられた方にとってはこの上ない悪夢であろう。戦闘中に敵のスピード、パワー、得物の切れ味が変わるのだ。師範の敗因は、一度目の打ち合いで頭に叩き込んだ敵の戦闘力がこれ以上強くならないと思ったことだろう。

 

「さて、テメエに一つ聞きたいことがあるんだけど良いかい?」

「ウグッ、……な、何ですか?」

 

抜けかけていた真剣が盾になって砕けてくれたおかげで、致命傷にはならなかったが重傷には変わりなく苦痛に耐えながら師範が聞き返す。

 

「テメエはコスモを…と言っても分からねェか、宇宙もしくは生命力を感じたことはあるかい?」

「ハ?何のことですか?」

 

期待していた反応と違っていたため、悪魔は首を傾げる。

 

「あら?俺の勘違いか?一瞬感じたと思ったんだけどな~。」

 

小宇宙の目覚め方は複数ある。

師範はそのうちの一つ、厳しい修行や死地を何度も潜り抜けてきたことにより後天的に身に着けていたのかもしれない。しかし、それを知覚する前に実戦から離れてしまったのだろう。

 

「まァそれならそれで良いか。そういや、まだ名乗ってなかったな。俺の名を冥土まで持って行きな。」

 

「俺の名は杳馬(ようま)、天魁星メフィストフェレスの杳馬だ。ジイさん、テメエはかなり強かったぜ。」

 

杳馬が看板を取る為に出口に向かおうとすると、行く手を阻む者がいた。

 

「待ってください、門下生はまだ俺がいます!俺に戦わせてください!」

 

防具を身に着け、竹刀を持ち杳馬に行人が訴える。

 

 

 

「おいおい弟クン、自分が何言ってるのか分かってんのかい?怪我じゃ済まねェんだぜ?」

「行人君、止めなさい!君が敵う相手ではありません!」

 

2人の言葉は嫌というほど分かるが、自分の大好きな場所が無くなってしまう以上戦わないという選択肢は、行人の頭の中には無かった。

 

「俺だって武士の端くれです!このまま見過ごす事なんてできません!」

 

「ん~、そこまで言うなら相手してやるけど。条件を出させてもらうぜ。」

 

杳馬が折れて条件を持ちかける。

 

「さっきお兄ちゃんが出て行ったろ?制限時間はお兄ちゃんが帰ってくるまでの間でどうだい?」

 

杳馬の出してきた条件は次の通りである。

一つ、時間内に降参したらその者の負け

一つ、時間内に歩が帰ってきたら行人の勝ち

一つ、時間内に相手を戦闘不能(気絶、死亡などを含む)にしたらその者の勝ち

一つ、杳馬は剣しか使わない

 

あまりの破格の条件に行人が怪しむ。

 

「俺は有り難いんですが、どうしてここまでしてくれるんですか?」

 

「いやいや、結構キツイと思うぜ。俺に殺される前にお兄ちゃんが帰って来てくれると良いけどなァ?肉が裂けても、骨が折れても優しいお兄ちゃんは帰らない。さて、弟クンはお兄ちゃんを恨まずにいられるのかなァ?」

 

つまり、杳馬は行人と歩の兄弟の絆を試そうとしているのだろう。降参すれば、命は助かるがプライドは壊れる。だが殺されれば文字通り命は無い。杳馬にとってはどちらでも自分が楽しめるから、この条件にしたのだろう。

 

「どんなに貴方が強くても、自分から勝負は捨てません!」

 

悪魔の誘惑に負けないように自分を鼓舞する。

 

「んははは。いいねェ、その言葉忘れんじゃねェぞ。」

 

そんな遣り取りの下、行人と杳馬の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 




因みに師範が使った技は、『SAMURAI DEEPER KYO』に出てくる爾門というキャラが使っていたものです。

杳馬の口調がかなり難しく苦戦しています。(あの芝居がかかった口調が中々再現できないww)

次回、初っ端から強敵と戦う事になった主人公。彼の苦難はここから始まります。





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04/予兆

6話目投下!!


 

 

「このっ!」

「ほらほらどうした。オニさんコチラ、手の鳴る方へ♪」

 

当たり前の話だが、さっきから何度も攻めているのに行人の剣が掠りもしない。そればかりか、杳馬はその場から一歩も動いてすらいない。誰が見ても実力差は歴然である。行人がそこそこの強さを持っているとはいえ、それは子供達の中での話。師範を含めた大人達を、汗一つかかずに倒した杳馬の敵ではないのだ。

 

「ほいっと。」

 

隙を見て、すれ違いざまに杳馬に木刀で足を引っ掛けて転ばされる。まるで相手にならず、行人の中に屈辱と怒りが生まれ、自然と動きに焦りが表れる。すでに杳馬による心理戦は始まっていた。斬撃を行わずに行人の自滅を誘うことで、怒らせて体力と精神の消耗を狙っているのだ。そうやって頃合いを見て、疲れ切った行人の心に『闇の一滴』を落とせば杳馬の勝利はほぼ確定である。絶望した行人を倒す事で幕を閉じるが、杳馬は更に別のことを考えていた。

 

(ボロボロにされた弟クンを見て、怒り狂ったお兄ちゃんの相手をするのも悪くねェな。)

 

対する行人はそんな杳馬の思惑など百も承知だった。

 

(相手が舐めきっている間に勝機を探さないと!)

 

一瞬で距離を詰められる以上、この男に守りに入った戦いでは逃げ切る事は不可能。向こうの攻撃は間違いなく斬撃が飛んでくるので、こうして自分から攻めて転ばされる方が喰らうダメージが少ないのだ。(精神のダメージはその比ではないが)重たい防具を身に着けて勝負を挑んだ事も、この戦法を選ばせることに一役買っていた。

 

数える事が馬鹿らしくなるほど転倒が続いて、とうとう壁に激突した。その衝撃で掛け軸と真剣と共に飾られていた脇差が床に転がるが、行人は敢えて無視した。

 

「おやおや、そこの脇差は使わねェのかい?」

 

「俺の腕力じゃ重くて逆に邪魔になりますよ。だから……こうします。」

 

掛け軸の方を投げつけ、目くらましにする。

 

「おっと、良いねェ。そうやって足掻く奴は嫌いじゃねェぜ。」

 

木刀で掛け軸を払い、杳馬が次の攻撃を待ち受ける。行人は地面を這うように身をかがめて杳馬の足元に迫っていた。己の体の小ささで攻撃を当て難くしようと必死な姿に杳馬はつい笑みを零す。

 

『こいつの絶望する顔を見てみたい』

 

兄が戻ってくる事を信じて足掻くその姿に、杳馬はいつしかそんな暗い思いを抱くようになっていた。

 

 

足元からの一撃も跳んで躱されてしまい、中空からの杳馬の反撃を自ら転がって躱す。

 

そんな攻防が続くも行人の足が遂に止まった。全身から汗が噴き出て肩で息をするその姿は酷く弱々しく、序盤の勇ましさは欠片もなかった。無理もないだろう。ここまで全力で動き、体と精神のダメージに杳馬からのプレッシャーという様々な要因により体力が限界に近づいていた。これ以上動けば起死回生の一撃を放つ体力すら失うだろう。

 

「どうした弟クン?来ないならこっちから行くぜ。」

 

目の前にいた杳馬が消え、背後から殺気を感じた行人は慌てて前方に跳んで躱そうとするも、背中に掠り道着が破けてしまった。その所業に寒気を感じながらも諦めずに構えを取る。

 

「あれから随分時間が経ったけど、そろそろ諦めたらどうよ。降参すればこんな辛い思いしなくて済むんだぜ?」

 

杳馬が降伏を促し、行人の心に闇の一滴を染み込ませようとしてくる。

 

「謹んで遠慮します。」

 

「いい加減認めろよ?人間は自分の身が一番可愛い生き物なんだよ。他人の幸せよりもまずは自分の幸せが最優先。それは決して恥じる事じゃねェ。人間として正しい行為だ。何たって人間とは『醜い存在』だからなァ。テメエのお兄ちゃんだって例外じゃねェ。自分の為なら弟だって平気で捨てられるんだよ。」

 

「ゴチャゴチャうるさい!!言ったはずだぞ、自分からは勝負を捨てない!それとも俺が怖いから降参してもらおうと思っているのか?それに俺はな、暴力を振るって自分の言い分を正しいと思わせるような奴は大嫌いなんだ!!」

 

激昂して悪魔の誘惑を無理やり振り払う。恐怖が無い訳ではないのだろう。足や剣先は震え、出した声すら上擦っていた。だがそれでも勇気を振り絞って足掻くその姿は、確かに杳馬に立ちふさがった師範達を連想させるものだった。

 

(そうだ。ここで屈したら何の為に転生したのか分からない。俺には欲しいモノがあるんだ。こんなところで死んでたまるか!二度と暴力に屈してたまるか!)

 

 

「んはは、言ってくれるじゃねェの。でも、俺もそろそろ飽きてきたし終幕といこうか。」

 

杳馬は笑う。この少年の心は折れない事を悟ったのだ。自分の思い通りにいかなかったが、それもまた良し。これがあるから人間は面白いのである。ならば望み通り最後まで相手してやるのが筋ではないか。

 

止めを刺すために、杳馬が一歩ずつ行人に近づいてくる。床が軋む音がまるでカウントダウンの如く奏でていた。だがここで異変が起こる。

 

「ありゃ?」

 

一瞬、たった一瞬だけ杳馬の視線が足元を向いたのだ。そこには掛け軸とそれによって覆われていた一部分だけ窪んだ床があり、自分の足が嵌ってバランスを崩させたのである。その場所は杳馬が師範代を倒した一撃を放つ為に踏み抜いた場所だった。

 

(今だ!もうこれが最後のチャンスだ!)

 

行人は転ばされながら、この窪んだ床の正確な位置を探していたのだ。掛け軸を投げつけたのも即席の罠を隠す為に必要だったからである。これが昼間ならばまず通用しなかっただろうが、現在は夜で道場内は闇で包まれている。更に小宇宙は身体能力を強化し常人を超えた反射神経をもたらしても、無機物の罠を見抜くような力はない。

 

行人は全身を弓のように振り絞り渾身の『刺突』を放つ。

行人は自分の容姿を見た時から使ってみたい技があった。それは志那虎伊織の必殺技である『雷光流転剣』である。(剣で放つ場合と拳で放つ場合の2パターンある)この技は一瞬のうちに剣で5発の突きを繰り出す技なのだが、そのスピードはペガサス流星拳の約半分の速さを誇る。小宇宙の概念が無い世界なのにこれなのだ。どれだけ出鱈目な技なのか分かるだろう。故に行人が剣術で最も修業したのが『刺突』である。まだ1発もその領域に達していないが、いずれ完成させてみせるという行人の決意は固い。そして修業の成果により、師範から様々な条件の下に禁じられる程の危険な技になった。

 

一つ、相手が行人より強者かつ年上である事

一つ、相手が防具を着ている事

一つ、師範の立ち会いが必要である事

 

といった具合だが、今回はその禁を破ることにした。

 

(殺らなきゃ殺られる!)

 

たかが竹刀と侮る事なかれ。『牙突』で有名な新撰組の斉藤一は晩年、竹刀で宙吊りの缶を貫通させたという。竹刀にはそれだけの攻撃力があるのだ。

 

行人の剣先が杳馬の喉元に真っ直ぐ向かっていく。そして触れるか触れないかのところで杳馬が動いた。

 

なんと後ろに仰け反る事で必殺の一撃を回避した。

 

「くたばっちまいな、糞餓鬼。」

 

下にいる杳馬に胴体を切り払われ、行人の体が宙に浮きそのまま杳馬の体を飛び越える。

 

「~~~~~ッ!!」

 

あまりの激痛に床の上で悶絶する行人を尻目に杳馬が勝ち誇る。

 

「中々良い一撃だったぜ。テメエに残っているものといや奇策しかねェからな。声を出さずに放ったのも評価してやる。ただ、その行動は俺に気づかせないようにする為だったんだろうが……」

 

 

殺 気 を 出 し て ちゃ 意 味 が ねェ だ ろ ?

 

 

行人は杳馬が指摘した箇所を聞いて納得し、自分への怒りを抱いた。

 

(俺はなんて馬鹿なんだ。最後の大事なところで致命的なミスをするなんて。)

 

修業不足など言い訳にもならない。その選択肢を選んだ以上、成功させねば意味が無いのだ。未熟な己を恥じながらも剣を支えに立ち上がり、構えながら杳馬を睨みつける。せめて心までは負けてやるもんかと意志を込めて…。

 

「餓鬼にしちゃ楽しめたぜ。じゃあな、これで仕舞いといこうか。」

 

杳馬が行人の脳天に向かって唐竹割りを放つ。

行人はその光景を睨みつける事しかできなかった。木刀が自分に振り下ろされていく。心臓の鼓動があらゆる雑音を遮断するほど高鳴り、全神経が絶体絶命の危機を察知し研ぎ澄まされていく。すると突如不可思議な現象が起こった。

 

ゴウッッ!!

 

一陣の風が吹いたかと思った次の瞬間、あれだけ苦労していた杳馬の動きがスローに見えていた。それはひょっとしたら走馬灯という現象に近いのかもしれない。行人は無意識のうちに、死の瞬間に今までの人生を振り返ることができる時間を杳馬の動きを見切る事に使っていた。

 

(体が鉛のように動かない。これじゃ躱すことも反撃もできないじゃないか!)

 

せっかく見切れたのにこれでは意味が無い。諦めかけていた時に、一つの案を思いついた。自分の持ち技の刺突である。これなら正眼の構えからも放てないことはない。だが普通に放っても躱されるだけだ。ならば……

 

 

Side:Youma

(ちょっと勿体無かったかな?)

 

子供で俺に勝負を挑んできた奴なんて初めてだったから、この戦いが終わる事に物悲しさを感じちまう。実際、この餓鬼は俺が驚く程粘りやがった。普通だったら胴に与えたダメージで泣き叫んでも可笑しくないのに、耐えて俺を睨みつけてきやがる。もし不満があるとすればこの餓鬼が弟の方だという事だな。お兄ちゃんの方ならもっと容赦無く痛めつけられるんだが。

 

そもそもここへ杳馬が来た理由は、魔星に目覚めた事で得た力の肩慣らしの為である。今回の聖戦で必ず我が兄クロノスに復讐し、神の座に帰り着いてみせる。再びカイロスとしての生を取り戻すのだ。そんな決意を抱いて行動していたのに、偶然にも互いを思い合う兄弟を見つけてしまった。仲の良い兄弟を見ると、どうしてもいつもの悪戯心が出てしまう。何故なら自分を人間に堕としたのは他ならぬ兄だったために、杳馬の兄嫌いは相当なものだった。

 

(これで仕舞いだ。死にはしないが、頭を強く打ちつけられちゃただじゃ済まねェだろうなァ。)

 

行人の頭目掛けて下される木刀を見ながらそんな事を考えていたが、杳馬の感覚が警鐘を鳴らし始める。早く止めを指せと。

 

(ん?この感じは……。)

 

それは自分達の間では馴染み深いものだった。行人の体からほんの僅かだったが、確かに小宇宙が感じられたのである。元とはいえ神である自分だからこそ気づけた位の微量さだった。

 

死に直面する事で小宇宙に目覚める者が極稀に現れる。聖闘士の修業も基本はこれを元にしている。死と隣り合わせの厳しい修行で、所謂『火事場の馬鹿力』的な形で小宇宙を引き出すのだ。行人に起こっていた状況はそれに一致していた。

 

だが行人の竹刀は杳馬に向いてはおらず、その剣先は木刀のただ一点を狙っていた。師範がつけた傷である。そして杳馬の膂力から生まれた力で竹刀に叩きつけるという形になった。

 

バキッ!!

 

鈍い音と共に杳馬の木刀に亀裂が走り、折れた剣先が宙を舞う。重力に従って落ちてきた剣先は回転しながら……

 

 

行人の頭上に直撃した。

 

疲労がピークに達していた行人にその衝撃は凄まじく、床に大の字になって気絶してしまった。

 

「は?」

 

杳馬は呆気に取られて目が点になっていた。今、奇跡のカウンターを成功させたとは思えない末路である。

 

(あ…ありのまま今起こった事を話すぜ。俺は餓鬼の脳天に木刀を叩きつけたと思ったら、気が付いたら木刀は折られていて、負けを覚悟したんだが次の瞬間、餓鬼の方が倒れていた。何を言っているのか分からねェとは思うが、俺にも何故こうなったのか分からねェ…。頭がどうにかなりそうだった…。催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃ断じてねェ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…。)

 

どうにかパニックの頭を落ち着かせて、出口の方に目をやる。月明りが闇を切り裂き、中から現れたのは複数の大人を引き連れて向かってきている歩の姿だった。しかしその歩達はまるで彫像の様に固まっていた。

 

(コイツらはどうしようか。)

 

実は歩達はとっくの昔に戻っていたのである。思ったよりも早く帰還された事に気づき、面白くない杳馬は『時を止める』能力で歩達を足止めして制限時間を延ばしていたのだ。いつもならイカサマに気づかない方が負けなのだという理屈で押し通すが、今回は状況が違った。

 

自分の攻撃方法である木刀は折られ、制限時間は過ぎており、しかも行人への闇の一滴は不発に終わった。格下と思っていた人間にここまでヤられて敗北を認めなければ、自分は本当に負けず嫌いの子供である。

 

 

 

(そういや俺は飽きれるほど生きてきたけど、何かを育てた事は無かったなァ。)

 

 

血の匂いの立ち込める闇の中、白い三日月の上に爛々と輝く赤い星が二つ倒れている行人の体を照らしていた。

 




最近現実の方が忙しいので、少し更新が空くかもしれませんがどうか楽しみにしていてください。


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05/旅立ち

2週間以上も空いてしまい申し訳ありません。(汗)


見てみるとお気に入り登録件数122件!!

まさか100件突破できるとは思ってもみませんでした。

一応、完結を目指しているので応援よろしくお願いします。


 

 

 

俺の目が覚めた時、早速一騒動が起こっていた。

兄上が連れてきた医師達の見立てでは門下生達の大半が剣士として再起不能との事だった。今はまだ門下生達は意識を失っているのでその事実を知らないが、いずれ話さなくてはならない事を考えると胸が痛む。あれほど鍛錬に打ち込んでいたにもかかわらず、その道が突然失われてしまったのだ。彼らはこれから何を支えに生きていけばいいのだろう。杳馬に勝利したにもかかわらず、支払った代償はあまりにも大きすぎた。荒事に関わる以上、いつかこうなる事は予測できた事である。だが、彼らの身を案じて悲しむ事は間違いじゃないはずだ。戦わせなければ良かったと後悔する事が間違いなのだ。彼らの武士の心を侮辱しない為に、俺はただその辛い現実をあるがままに受け止める事しかできなかった。

 

 

師範も必死で医師達を連れてきた兄上も、悔しさを隠せず肩を落としている。せめて自分にもっと力があればと…。

 

「いや~、残念だったなァ。まァ、こんな事もあるさ。生きているだけ儲けもんだろ?」

 

この事態を引き起こした張本人が俺達を慰めてくる。悪気があるのか無いのか分からないが、今は黙っていて欲しい。どんな言葉をかけられても、慰めにすらならないのだから。

 

「今回は俺にも責任があるしなァ。条件次第なら俺が治してやっても良いぜ?」

 

しかし、杳馬から続けて発せられた言葉に全員顔を上げる事になった。

 

「その前にまず、俺の身の上から話しておこうか。」

 

 

 

杳馬の話は一般人には荒唐無稽な話だった。

自分はとある神に仕える戦士であり、あと十数年以内に地上の覇権を掛けた神々の戦争が起きる。その戦争に参加する仲間に俺を加えたいので、これから自分と修業の旅に連れて行きたいとの事である。

 

普通なら一笑される話も、先程人知を超えた動きをしてみせた杳馬が言うと否定できなかった。

 

 

「待ってください。何故まだ子供の行人を選ぶんですか?普通、大人を選びませんか?」

 

理不尽な取引に兄が抗議する。

 

「お兄ちゃんの疑問は尤もだな。実はその戦士達の間で使われている特殊な力に、弟クンは目覚めてしまったのさ。」

 

砕ッ!!

 

兄の疑問に答えながら、折れた木刀を指先を当てただけで粉々にしてしまう。

 

「この力を小宇宙(コスモ)と言い、コレを用いれば拳で空を裂き、蹴りで大地を割る程の力を手に入れられる。ただ問題があってなァ。目覚めさせようと思ってもできない奴の方が圧倒的に多いんだ。だから弟クンは貴重なのさ。」

 

杳馬の言葉に兄は何も言えなくなる。恐らくまた自分が代わりになろうと考えたが運の要素が強く、あまりのハードルの高さに自分では不可能だと結論を出したのだろう。

 

 

「その神々は地上の覇権を握った後、何をするのですか?戦う目的を知りたいのですが…。」

 

再び肩を落とす兄を余所に、師範が疑問をぶつける。

 

「片方は現状維持。人間の善性を信じ、何も行動しない神だなァ。もう片方は人間をこのまま放っておく訳にはいかないと考え、安らぎを与えようとしている神だ。ちなみに俺が仕えているのは後者の方さ。」

 

うん。言い方が悪いだけで嘘は言っていない。だけど原作知っている身としては『もっと詳しく説明したら?』と抗議したい。おーい、アテナがまるでニート神に聞こえるぞー!そしてハーデスの与える安らぎの形は『死』なんだけど…。まあ、真実を知っている理由を尋ねられたらアウトだから言いませんがね。

 

「後者はともかく、前者の神は果たして存在する意味はあるのでしょうか?」

 

前者の神のあまりの悠長な姿勢に、師範が頭を抱える。戦場で人の醜い部分を少なからず知っている為に『神などこの世にいない』と諦観していたというのに、神は実際は存在していた。だがそれも有名無実化しているという体たいらくなのだから、仕方が無いかもしれない。

 

「一応言っておくが人間の問題は人間で何とかしろっていうだけで、神話時代の魔物が人を襲わない様に狩ったりしているぞ。」

 

さすがに哀れに思ったのか、杳馬が敵であるはずの神のフォローに入る。

 

それでも師範は考え込んでしまう。

 

「どうする?数多い門下生の人生か、子供一人の人生か好きな方を選びな。」

 

杳馬が選択を迫る。どちらを選んでも、師範は苦痛を強いられる悪魔の選択を……。

 

「テメエが拒否したとしても、俺が力ずくできたら守り切れるのかい?」

 

黙り込む師範に杳馬が止めのダメ押しとばかりにIFの話を挙げる事で、師範はその固く閉ざされた口を開いた。

 

「……それでも私自身は反対です。だけど行人君、君自身はどうしたいんですか?君の人生です。私達が勝手に決めていい物じゃない。最後に決めるのは君自身ですよ。」

 

「俺は強くなりたいです。日本は泰平の世になり、刀を振るう機会が少なくなってきました。これでは俺の技を完成させる事は難しいと思います。だから杳馬さんの特訓を受けたいです。いえ、どうかお願いします!俺を鍛えてください!」

 

その問いに対し、俺は頭を床に擦り付けて懇願する。俺の欲しいモノは『強さ』が必要不可欠なのだ。この機会を逃すと俺はきっと後悔するだろう。万感の思いを込めて杳馬に向かって頭を下げ続ける俺を見て、堪らず兄が声を上げる。

 

「何故だ!何故いつもお前が貧乏くじを引く様な真似をする!父上達には僕は何て言えばいいんだ!」

 

「父上達には俺から話すよ。そして兄上、勘違いしないでくれ。俺は欲しいモノがそこにあると思うから行くんだ。周りに流されてこの道を選んだ訳じゃない。心配してくれて有り難う。」

 

俺はそう言い、兄にも頭を下げる。転生して得た新たな家族だが、やはり簡単には馴染めなかった。でも兄ができるだけ自分に構ってくれたおかげで、そんな事も無くなった。兄が俺に接してくれた時間に、家族の暖かさを感じたからだろう。こんな形で家を出る事になるとは思わなかったが、どうか俺の分まで頑張って欲しい。

 

 

 

その後家に戻り、心配してくれている家族に事の顛末を話した。当然、父には説教と拳骨を貰い反対されたが、それでも説得を続けた。神の存在を信じない両親は、杳馬に会ってもらい普通の人間ではないという事を実感してもらった。(具体的には『時間を巻き戻して』門下生達の怪我を治しているところを見てもらったのである。)そして師範も説得に加わり、杳馬が邪魔する者は皆殺しにしてでも我を通す危険人物という事と、それを可能にする力がある事を伝えたらさすがに何も言えなくなり、最後には渋々頷いてくれた。

 

思い立ったが吉日という杳馬の提案により、俺はその日のうちに旅立つ事になった。

説得に旅支度などをしていたせいで、現在は草木も眠ると言われる丑の刻である。(人目に付きたくないとの事なので逆に都合が良いかもしれないが…。)

俺達は道場の敷地内で一旦集合し、それぞれ別れの挨拶を交わした。

 

 

 

 

 

「辛くなっても挫けるなよ。そして必ず生きて日本に帰って来い。」

 

「うん。俺は必ず帰ってくるよ。兄上も俺がいなくても負けないでくれよ。」

 

兄の言葉につい涙腺が緩んでしまうが、ここは堪えて笑顔で別れよう。もしこれが今生の別れになるのなら、笑顔の自分を覚えていて欲しいから。

 

「行人君、君にはこれを渡しておきます。」

 

師範が俺に信じられない物を渡してくる。

 

「こ、これって師範の脇差じゃないですか!破門された以上、俺はもう刀を持てませんよ。」

 

例えどんな理由があろうと師範との約束を破った俺も、あの後ただでは済まなかった。『罪には罰を』という事で、破門されてしまい剣を振るえなくなったのである。

 

「物は使いようですよ。これはあげるのではなく、貸すだけです。だから返しに来る為に必ず生きて帰ってきなさい。」

 

これは楔という事か。

俺が生き急ぐ生き方をするので、師範は死ねない理由を与えようという心算なのだろう。師範の思惑に気づいた俺は、その心遣いに感謝し受け取る事にした。

 

「分かりました。必ず返しに帰ります。師範もそれまでお元気で…。」

 

 

「んじゃ、そろそろ行きますか。」

 

別れの挨拶を一通り終わらせた事を確認した杳馬が出立を告げるが、兄が疑問を投げかける。

 

「しかし、どうやって異国まで移動するんですか?海路を使うとか?」

 

「そんな物よりももっと良いモノがあるんだよ。」

 

杳馬が両手を合わせると眩い光が迸り、その光の中から一頭の翼を携えた白馬が現れた。

 

「これはまさか、『天馬』……ですか?」

 

この場にいる全員が、目の前にある神秘の美しさに見入っていた。空想でしか存在を許されなかった生き物が現実に現れるという奇跡に呆然とするしかなかったのだ。いち早く現実に戻った師範が非常識な出来事の感想を述べる。

 

「もはや何でもアリですね。やはりこれも小宇宙の恩恵なのですか?」

 

「いいや、コイツは俺の相棒みたいなモンだなァ。ほらボーッとしてないで、さっさと乗った乗った。」

 

言われて正気に戻った俺は慌てて天馬の背中に跨り、続いて杳馬が後ろに乗る。

 

「振り落とされないようシッカリ掴まってなァ。んじゃ、出発~~ッ。」

 

そうして春先の日本の夜空を、とある町から一筋の流星が駆けていった。

 

 

 

 

 

Side:Master

(どの子も大きくなっていくものですね。別れの日がこんなに早く来るとは…。)

 

辛い戦いに身を投じる事になった弟子から、私は視線を下に向ける。

そこには砕かれたまま鞘に納まっている刀があり、これを手に入れた時のことを思い出した。

 

 

 

 

いつも世話になっている親方に重大な決心を伝える為、彼の工房に訪れた時の事である。

 

「侍を辞めて、道場を開く?あんだけ人を斬ってきたお前さんが何言っていやがる!」

 

「もう決めた事です。私は刀を置きますよ。妻と子を失って、続ける意味はありませんから。いえ、愛する者ができた時にこの道を選ぶべきでした。」

 

戦場から命からがら帰宅してみれば、待っていたのは物言わぬ愛する者達の躯(むくろ)だった。私は何の為に戦っていたのだろうと、己の剣の無力さと武士の生き様に嫌気が差してしまったのである。

 

「お前さんが不在の時を狙って襲われたって聞いちゃいるが、勿体無ぇな。その腕も錆びついちまうのか。」

 

「戦場で何度も死ぬほどの大怪我をしてきたのに、家族の死はそれ以上の苦痛なんですよ。せめて未来を担う若者達に、私の経験を生かすことができればと思いました。」

 

「やれやれ、この業界も知り合いが少なくなってきやがるなぁ。天下泰平の世になり戦が随分と減っちまって良い方向に進んでいるんだろうが、俺達には生きにくい世になっちまいやがった。倅が出ていくのも分かる気がするぜ。」

 

親方の話で聞き逃せない言葉が出てきた。

 

「そういえば、お子さんの姿が見えませんね。てっきり出かけているだけと思いましたが…。」

 

いつもは元気な笑顔で迎えてくれる、あの青年が見当たらなかったのだ。喧嘩でもしたのだろうか。

 

「『自分の理想の刀を作りたい。その為には異国の剣についての知識も必要なんだ。だから俺は日本を出るよ。親父、今まで育ててくれて有り難う。』だとよ。まだまだ教え足りない事が沢山あったていうのに、最近の若い連中は…。」

 

よっぽどショックだったのだろう。一言一句その当時の遣り取りを覚えているようである。

だがその理由なら分かる気がする。若者なら自分の夢を見つけたら追いかけずにはいられないだろうから。

 

「親方にそっくりじゃないですか。『一生に一度の人生なんだから、納得できるまでその道を歩み続けろ。』というあなたの教えに影響されたんですよ。きっとね。」

 

「分かっちゃいるけどよ。ハァ~。」

 

理想と現実は違う。夢見がちな彼の事が心配なのだろう。私ももう少し早く気づければ、家族を失わずに済んだかもしれない。

 

「まあ今はお前さんの話だ。道場を開くって言うなら、何も無いって訳にもいかねぇだろ?」

 

そう言いながら、奥の方から何か布で包まれた長い物を持ってきた。

 

「倅が最後に仕上げた作品だ。俺とお前さんとの仲だからな。コイツを置いておいてくれねぇか?」

 

親方の話を聞きながら布を解くと、見慣れた物が現れた事で驚愕した。

 

「真剣ですか?しかし私は…。」

 

「かーっ!男が細けぇ事を気にしてんじゃねぇ!だったら使わなきゃ良いだけの話じゃねぇか。いいか、コイツはお前さんだから渡すんだ。お前さんなら俺が、倅が納得できる使い方をしてくれると信じたからだ。だから……どうか受け取ってくれ。」

 

今まで聞いた事の無かった親方の悲壮な声に、私は何も言えなかった。妻と子に先立たれた身としては決して他人事では無かったので、その心遣いを有り難く受け取る事にしたのだ。

 

「分かりました。有り難く頂戴します。」

 

 

 

そして今回、この刀の分身である脇差を携えて弟子が旅立つ。

 

(あなたの父親が渡った外の世界に、一羽の雛が巣立ちます。どうか彼の力になってあげて下さい。)

 

そう脇差に祈りながら流れ星を見送っていたが、ふと気になる事が出てきた。

(しかし『聖剣や神剣のような魔を断つ剣』を作りたいと言っていた彼の刀が、悪魔と言っていいあの男と戦う事になった私の下にあったのは、これも運命……なのでしょうか?)

 

初めて振るったが、恐ろしいほど自分の手にしっくり馴染んでいた。きっとあの刀でなければ、老いた体で飛燕剣を放つ事はできなかっただろう。彼と数奇な運命に感謝し、私は家路につくのだった。

 

 

 

 

 

 




現実の方の忙しさのせいで、またしばらく更新が空きますがどうかお許しください。

次の更新は最短でも3月くらいになると思います。


改定後:とりあえず改定してみました。色々ツッコミ所があると思いますが、どうか大目に見てください。(話の続きが書けませんので。)


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06/修行(前編)

更新が1か月近く遅れて申し訳ありません。現実で色々ありました。(祖母の他界、スタッフの一人が入院とか)

気が付いてみればお気に入り件数が144件!!
私の駄文を楽しみにしてくれて有り難うございます。

今回は私の独自の考え方が書かれているので、不快に思われる方が出てくるかもしれないのでどうかお許しください。


 

 

 

 

 

古代ギリシャ神話にハーデスという神が存在する。

天界のゼウス、海界のポセイドンに並ぶ実力者で冥界と死者を総べる神である。悪霊や悪魔も彼を恐れ、その名を聞いただけで震え上がってしまう程の力を持つ。ハーデスは罪を悔い改めない人間の醜さに耐えきれず、断罪する為に地上へ侵攻を開始する。

そんな彼を守護する魔星を宿星とする108人の戦士達がいる。その数は天に36星、地に72星。魔物や精霊の形を模した鎧である冥衣(サープリス)に身を包む彼等こそ冥闘士(スペクター)。ハーデスに絶対の忠誠を誓う戦士である。

 

 

 

そんなハーデスに対抗する神が存在する。その名はアテナ。

大神ゼウスの娘である彼女は、甲冑を纏った成人した姿で生まれた。彼女は同じゼウスの子供である『破壊、殺戮、狂乱』といった戦場の闇を司るアレスとは異なり、『栄誉、計略、守護』といった戦場の光を司る神である。

神々と数々の死闘を繰り広げる彼女だったが、彼女は決して一人では無かった。彼女にも己を護る者達がいたのだ。

その名を聖闘士(セイント)。北天に29南天に47、そして北天と南天を分ける黄道にある12の星座。彼らは各々の守護星座を持ち、星座を模している聖衣(クロス)を身に纏って戦う。この世に邪悪が蔓延る時、必ず現れると言う希望の闘士である。

 

 

 

 

 

おはようございます、こんにちは、こんばんは。日本を文字通り飛び出して、修業の旅に出た行人です。今の俺の状況を説明すると……。

 

「おい、ちゃんと聞いてんのかァ?小宇宙とは何か説明してみろ。」

 

目の前にはどこから持ってきたのか、黒板の前でチョークを片手に立っている杳馬の姿がある。

 

 

分かりますか?俺はとある土地で只今座学をしています。原作でも魔鈴が星矢にやっていたけど、この人の場合は違うのである。

なんと実技よりも座学の時間の方が長いのだ!!(比率にすると7:3くらい)

 

 

杳馬もとい師匠の話では

『日本語しか話せない様じゃ、後々苦労するだろ?今のうちに小宇宙の概念だけじゃなく、異国の言語や文化、神話、雑学、etcを習得してもらうぜ。』との事である。

 

今後の生活の為にも俺は大人しく受けているのだ。英語は割と楽(らく)にできているが、ギリシャ語やドイツ語になると結構キツイ。頭を切り換えるのが大変だから、同時進行で教えるのは止めて欲しい。この人は俺に何か国語覚えさせる気なのだろう。それでも授業についてこれるのは俺がまだ子供だからかもしれない。確か子供の方が大人の時よりも記憶力が良いという話を聞いた事がある。

 

 

「この世界は『大宇宙』という元々一つの塊だった。それが約150億年前に起きた『ビッグバン』という大爆発により、星雲、銀河、星、そして生物へと分裂していった。つまり我々の肉体は大宇宙の一部である『小さな宇宙』という事である。これが『小宇宙(コスモ)』と言われる所以である。神に仕える戦士達は己の小宇宙を感じ取り、更に燃焼させる事で破壊の究極である『原子を砕く攻撃』を可能とする。その他にも光速の拳、絶対零度の凍気、空間移動などの超常現象を引き起こす事ができる。」

 

師匠の質問に答えると、満足したのか授業が再開される。

ああ、早く小宇宙を自在に使いこなしたいなぁ…。こんな事で強くなれるんだろうか?

 

 

そんな半信半疑で修業を続けてある日の事…。

 

師匠に言われて小宇宙を燃やした時に異変が起こった。

 

いつものように小石が散らばる地面の上で座禅を組み、一度深呼吸をしてから自分の中に意識を集中させる。心臓の鼓動の高鳴りが少しずつ大きくなり、それとは逆に周囲の音が聞こえなくなる。しかし次第にその鼓動音すら聞こえなくなってきた。

 

「よしよし。その調子で意識を内側に向け続けろ。体の中に生命エネルギーが満ちているのが分かるはずだ。」

 

師匠の言葉に従って必死に探してみる。

 

内へ、内へ、ひたすら内へ……。

 

すると、それらしきモノを見つけた。

光の粒子が何千、何万と其処に漂っており、まるで暗黒空間に浮かぶ星々の様だった。

 

(これが……小宇宙。)

 

この光景を見ていると、これを内包する自分の体が宇宙の一部と言う意味が良く分かる。その幻想的な光景に目を奪われているところに、師匠の声で現実へと戻される。

 

「次の段階に進むぞ。そいつを泉の状態、つまり『銀河』にして少しずつ汲み上げて、それをまた少しずつ飲み干せ。最後はその水を全身に張り巡らせるイメージだ。」

 

師匠の言う通りにすると体が炉の如く熱くなり、あらゆる感覚が研ぎ澄まされていった。

全身で空気の流れを感じ取る事で、虫や鳥、草花などの周囲の情報が頭に流れ込んでくる。目を開ければ、遠くに飛んでいる鳥の羽の枚数すら数えれそうだ。

 

精度が上がっているんだろうか?なんだか前よりも鮮明に、長時間持続できているような気がする。さっきの小宇宙も星の数が増えていたような……。

 

「あのー師匠。なんだか前と比べて小宇宙の量が増えている気がするんですが?」

「そりゃ増えてないと逆にマズイだろ?俺の修行が無駄だった事になっちまう。」

「ですが聖闘士の場合ですけど、小宇宙を高める訓練って命懸けの修行が必要のはずですよね?俺はここに来てから座学が中心だったのに何故でしょうか?。」

 

具体的な例を挙げるならば、断崖絶壁でポールに足を引っ掛けて腹筋千回とかね。

 

「分からない事がありゃ、すぐ人に聞くのはテメエの悪い癖だぜ。少しは自分の頭で考えるこった。」

 

そう言われて考えるが、なにせ情報が少なすぎる。ウンウン唸っていると、見兼ねて師匠が助言を出す。

 

「小宇宙を燃やすのに必要なモノってな~んだ?」

「不屈の闘志や強い決意とか?」

「ブー、不正解。」

 

掠りもしない自分の答えにヘコみながらも、原作を思い返して再挑戦する。

 

「第七の感覚(セブンセンシズ)?」

「う~ん、半分正解だなァ。」

 

この線であっているなら、もっと深く考えてみよう。

俺が師匠の剣を見切った時、無我夢中だったからあまり覚えていない。ただ睨みつけていただけだ。

 

睨む。

 

じっくり見る。

 

集中?

 

「集中力……ですか?」

 

単なる思いつきなので、恐る恐る師匠に尋ねてみる。

 

「ピンポ~ン。大~正~解♪」

 

「いいか?小宇宙と言っても第七の感覚(セブンセンシズ)という『感覚』を使って引き出している。感覚なんだから研ぎ澄ます事が可能だ。それには何が必要かって?集中力、

concentration(コンセントレーション)しかねェだろ。」

 

遠くを見るには目を凝らせばいい。

小さな音を拾う為には耳を澄ませばいい。

 

集中力を研ぎ澄ますには、命懸けの修行は必ずしも必要ではない。座学でも十分可能なのだ。

 

そう説く師匠に俺は頭をハンマーで殴られたような感覚を覚える。さすがは(元)神族。

こんな発想は思ってもみなかった。

 

ただし小宇宙を引き出す程の集中力は尋常ではない。その事について聞いてみると…。

 

「俺との一戦で最大の難関である『小宇宙の覚醒』はクリアしたからなァ。ジイさんに話を聞いたんだが、瞑想も稽古に取り入れていたのが良かった。そして、ここに来てからも燃やし方は教えていたし、きっと無意識に使っていたんだよ。」

 

なんとなく誤魔化された気がしないでも無いが、とりあえず理解はしておいた。

 

 

 

Side:Youma

(ふぅ~、危ねェ危ねェ。うっかり自分からバラしちまうとこだったぜ。)

 

相変わらず我が馬鹿弟子は変なところで勘が良い。まだ自分じゃコントロールできねェから、俺がサポートしていたなんて事が知られたら意味が無ェもんなァ。

 

『ヒーリング』と言う小宇宙の波長を相手の波長に合わせて自己治癒力を上げる方法がある。

杳馬の行っていた事とはこのヒーリングの応用である。座学中に行人の『集中力』を杳馬の小宇宙を使い増幅させ、行人が自身の小宇宙を引き出しやすいようにしていたのだ。口では簡単に思われるこの方法も、実際に行うと恐ろしく難易度が高い事が分かる。未熟とはいえ本人に気づかれないように、小宇宙の量を調節しないといけないからだ。多過ぎては気づかれるし、少な過ぎては効果が出ない。針の穴に糸を通す程の緻密なコントロールが要求される。

 

杳馬の自論だが、人間とは堕落しやすい生き物だ。一度でも楽を覚えてしまうと甘えが出てきて、それから抜け出す事は中々できない。要するに『自分の力で小宇宙を燃やしているのだ』と行人の脳を騙す必要がある。故に杳馬は修業効果が半減してしまわない為に、この事実を教える気は無い。行人が自力で小宇宙を燃やす事ができるようになれば話は別だが……。

 

 

 

「でも聖闘士は何故まだ死と隣り合わせの修行法をしているんでしょうか?安全に強くなった方が都合が良い筈なのに…。まだ誰もこの事に気づいていないからですか?」

 

「おい。疑問を持つのは良いが、すぐ人に聞くなって言っただろうが。俺が言った事もう忘れたのかァ?テメエは何でだと思う?」

 

また頭を捻って考え込む馬鹿弟子を見ていると、なんだかこっちまで疑問が湧いてきた。

 

こいつは決して頭が悪い訳じゃねェ。少しヒントを与えればすぐさま答えを導き出す。なのにこいつは自分の答え、考え、意見、意志をノーヒントで語る事はほとんど無ェ。まるでヒントで相手の考え方、物差しを量っているようだ。つまり、相手が期待している答えを出さないといけないと恐れているようにだ。もしそれが本当なら、こいつは正解しか周りから求められていなかったって事になる。間違い、誤る事は許されない。大人ならそれは仕方ねェだろう。自分や家族を養う為に戦士は命、商人なら財産を賭けて戦わなければいけねェからだ。

 

だが、俺はそれを否定するぜ。そんなものは理想論にすぎねェからだ。現実を知らねェ餓鬼の戯言だ。現実ってのはデカい『壁』だ。人はその壁の向こう側に行こうと、あの手この手を考えて道を選ぶんだが、壁がデカすぎて上手くいかねェ。だから強引な方法を取ろうとする。そして最悪、見当違いなトコに出ちまう。誰だって間違う時がある。道を踏み外す時がある。そう、神ですら堕ちる時があるように……。『大人なんだから間違った事をすんじゃねェ』って言う奴は、今まで運良く間違わずに済んだ奴か、自分が間違えている事にすら気づけなかったタダの馬鹿さ。

 

 

要は大切なのは間違えないようにする事じゃなくて、間違えた後に何をするかが重要なんだよなァ。

 

 

こいつの生き方はある意味不幸と言っていいかもしれねェ。間違う事がある程度許されるのは子供の間だけだ。そして、相手好みの意見は処世術として身に着ける必要がある技術だが、生産性が無ェ。互いの意見がぶつかり合い、新たな第3の考えが生まれる事があるからだ。だから俺はこいつに教えておこう。『テメエはどう思う?』と逆に聞き続けて、こいつに自分の意見を語る事の大切さを。間違いを恐れるなと。間違えたからこそ見えてくるものがある事を……。

 

 

 

 

 

聖闘士と冥闘士の違いは何だろう?『聖闘士にあって冥闘士に無い物』は何かを考えてみよう。

 

聖闘士にあるモノと言えばアテナ?でも、アテナは年端もいかない子供を戦場に出しているので、あまり関係が無い気がする。

 

あとは……。

 

「聖衣?……そうか!!」

 

その言葉を呟いた途端、暗雲立ち込めていた頭の中に急に光が射しこんだ。

 

「いくら聖闘士の資質を高めたとしても、人間の守護星座は生まれた時に決まっている!聖衣争奪戦で敗れたら、その人がどれだけ一般聖闘士並みの実力を持っていても雑兵として務めなければならないって事ですね!!」

 

守護星座が決まっている以上、他の聖衣の争奪戦に参加しても意味が無い。何故ならこの安全な小宇宙の修行法で聖闘士候補生の質や数を増やしても、聖衣の数が増える訳では無いから聖闘士になれない人間が圧倒的に増えてしまうのだ。

 

俺の答えにニヤリと笑みを浮かべて、師匠が自身の答えを語る。

 

「勘の良い奴ならこの修行法に気づいている筈だぜ?だが公表はできない。それは何故か?苦労して聖闘士級の実力を身に着けたのに、たった一度の争奪戦で負けたせいで雑兵として過ごす事になるからさ。さ~て、普通の人間はそんな扱いに耐えられると思うかなァ?」

 

「……難しいと思います。むしろ聖衣を奪おうと闇討ちや暗殺して空きを作ろうとしそうです。聖衣が装着者に選んでくれるかは分かりませんが…。」

 

七つの大罪の一つ、『嫉妬』にどれだけの人間が抗えるだろうか。抗えない者の方が多いと俺は判断する。抗えないからこそ、弱いからこそ、『普通』なのだから。

 

争奪戦に勝ち抜いた後の聖衣による選定も、『星矢Ω』の聖衣の扱いを考えれば楽観視はできないだろう。もしかしたらそんな者達すら選んでしまうかもしれない。

 

 

「だろうなァ。それに聖闘士になるのを諦めて、暗黒聖衣(ブラッククロス)なんてパチモンに手を出す奴も出てくると思うぜ?そうなったら前からは聖戦で戦う神、後ろからはグレた雑兵達で挟み撃ちって訳だ。聖闘士の数が揃っても敵さんも増えちまうなら、意味が無ェだろ?」

 

そんな危険性を孕んでいるからこそ、命懸けの修行でふるいにかけるのだろう。早めに脱落し、違う職業を選ぶのも一つの手だからこそ。

 

 

「だからこの修行法はよっぽどの事が無い限り、表に出る事はありえ無ェ。それこそ聖闘士の中でも最強を誇る『黄金聖闘士の全滅』とか起きない限りはなァ。」

 

他人の不幸は蜜の味と言わんばかりに、アテナ軍の裏事情を悪魔が嗤う。

 

そして、そんな厳しい試練を乗り越えてきた者達が晴れて聖闘士になれるという事か。敵の強大さを改めて思い知り、俺はより一層修業に打ち込むのだった。

 

 

 

 




無印星矢から星矢Ωになって、聖闘士の低年齢化とゆとり世代の理由を考えてみたらこうなりました。

皆さん思うところがあるでしょうが、どうかご容赦ください。

現代っ子が無印星矢の修行法に耐えられる根性を持っているとしたら、転生前も相当優秀な人間だったんじゃないかと思ったものですから。(一応、この主人公の前世は凡人としています。)

このままだと主人公は戦力に不安があるので、強化プランは考えています。


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07/修行(後編)

お気に入り登録件数が152件!!

更新が遅くて済みません。(汗)
自分の考えている事を文章にする事がこんなに難しいとは…。定期的に更新できる方々の文才が羨ましいです。

それでは9話目投下!


Side:Yukito

俺は今日も師匠の授業の合間の休憩時間に、体を横たえ青空を泳ぐ雲を眺めながら、これから身に着ける戦闘スタイルをどうしようかと悩んでいた。

 

 

冥闘士の弱点とは何なのかと問われれば、個人的にはやはり『冥衣』だと思う。

 

本来、冥衣には魂が宿っている。冥衣が依代となる人間を得る事により冥闘士は誕生するのだ。冥衣にとって人間は部品(パーツ)でしかなく、冥衣こそが冥闘士にとって『本体』なのだ。その後、冥衣は装着者の肉体を作り替えてしまう為、どんな人物でも装着可能であり、修業や資格は不要である。ただ纏わせるだけで、最下級の冥闘士ですら速度が音速を超える力を持つ事ができる。そして例え装着者が死亡しても、また新たな人間に冥衣を纏わせば、冥闘士の補充ができるのだ。

 

これだけの利点がある冥衣は、聖闘士の聖衣と比べてかなり異質で、優れた防具と言えるかもしれない。

 

だが、俺は少~~し不安がある。

 

要は、『本体』である冥衣で相手の攻撃を受ける事になる訳だ。

 

無理だろッ!!何で弱点が『防具』なんだよ!!こんなモノで聖闘士の、特に『黄金』の攻撃を受けてたら命が幾つあっても足りんだろうがッ!!

 

そんな俺はなんとか対抗策を考えてみた。

 

志那虎伊織を代表する技の一つに『神業ディフェンス』というものがある。それは敵の攻撃が、伊織の体をまるですり抜ける様な錯覚を起こす程で、紙一重の『見切り』があって初めて成功する代物だ。しかも攻撃だけでは無く、『返り血』すら躱してしまう。

 

俺もこの技を再現できないか何度も試したが……ゴメン、小宇宙を使っても俺には無理です。

何度も同じ敵と戦う機会があれば、俺もその敵の独特のリズムを読み取る事ができるかもしれないが、伊織は初見の攻撃すら対応してみせたのだ。(まあ、物語の後半になると通用しない強敵がチラホラ出てきたが…)

だけど、冥闘士や聖闘士は守りをほとんど冥衣、聖衣を頼みにしている。今後の戦いに備えて、『防御(ディフェンス)』はどうしても必要だ。なにか代わりになるものは無いか考えていると、気になる事が出来た。

 

 

不思議に思った事は無いだろうか?何故、元々人間の中にある小宇宙、気、魔力と言う『生命エネルギー』と置き換えていいモノが他者とは言え、同じ人間という生命体を傷つけてしまうのかを…。

 

 

俺はその疑問に対し一つの仮説を立ててみた。生命エネルギーは同じ波長のモノは一つも無い。だからこそAのエネルギーがBの体に接触した時、免疫反応の様に『異物』とBの体が判断してしまい傷ついているのではないか。

それならば、Bの体にある生命エネルギーの波長をAに合わせてやれば、エネルギーは自分の肉体だと錯覚を起こしてダメージは0(ゼロ)になるんじゃないか?

 

 

目指す防御スタイルはソウルイーターのシュタイン博士が使う『波長合わせ』だ。この事を師匠に自慢げに話したら、有り難いお言葉を貰ったよ……拳骨と共にね。

 

 

 

「馬鹿かテメエは!!そんな欠陥防御術が実戦で使えると思ってんのか?俺が良いと言うまで封印だ!封印!」

頭を押さえてうずくまる俺はシクシクと泣きながら頷くのだった。

師匠は悪くない。『欠陥』と言っていたので、この防御術が持つ致命的な弱点を見抜いたのだろう。この防御術は相手の攻撃が届く前に敵の小宇宙の波長を見切り、自分の分を調節、対処しなくちゃならない。しかも失敗したら攻撃を無防備で受ける事になるというオマケ付き。こんな無謀な事をする位なら、小宇宙を高めて躱すスピードを上げた方が現実的だろう。

 

とどのつまり、俺の見切りを上回るスピードの攻撃やフェイントに弱いのだ。

 

悔しいが、光速で動ける黄金聖闘士には全く通用しない自信が俺にはある。

だが黄金聖闘士と戦う事になる可能性を考えれば尚更、普通の方法では彼等には勝てない筈だ。冥衣の防御力も小宇宙を増幅する機能も、黄金聖衣の方が上である限り…。

幸い『封印しろ』と言っていたので、修業そのものを禁止されている訳では無い。いつか実戦で使える日を夢見て、修業だけはしておこう。

 

~side out~

 

 

 

Side:Youma

(んはははは。やっぱ、コイツ拾って正解だったわ。)

 

面白ェ。青銅が黄金を倒すと言った下剋上は、数が少ないが過去に確かにあった。だがそれは、『攻撃する一瞬にどれだけ相手を上回る小宇宙を爆発させられるか』という『量』の話になる。だがコイツは『質』の方から相手を攻略しようとしていやがる。こういう発想は大事にしねェとなァ。

 

 

結論から言っちまったら、一応コイツの仮説は正しい。特定の人間を探す時は小宇宙の波長を探索するッてのが常套手段だからなァ。もし実践できりャ、冥衣無しで鉄壁の防御力を誇る戦士が出来上がるわけだが……ハッキリ言って、問題は山積みだ。

 

黄金の動きを見切れる程の『光速の見切りの速さ』、波長を自由自在に変化させる事ができる『器用さ』、この技が通用しない攻撃に対しての『対策』と言った問題をクリアさせねェと、とても使いモノにならねェ。おおっと、相手にこの技の原理を知られねェようにもしとかねェとなァ。攻撃が当たる直前で、波長を変えられたりしたらどうする心算(つもり)だったんだか…。

 

~side out~

 

 

杳馬は行人にああは言ったが、実のところ内心狂喜していた。今までにない攻略法は、杳馬自身も大いに興味がある。こういう新しい発想は小宇宙に慣れ親しんだ者にはできない事だった。こうして杳馬は行人に対する鍛え方について、着々と計画を立てていくのであった。

 

そして幾日が経ち、思いも寄らない事態が発生した。

それは行人が聖闘士候補生の半分程度には小宇宙を高められると判断したので、杳馬と軽~い組手をした時である。

 

 

「だ・か・ら、何度言わせやがる!何で小宇宙を燃やせねェんだよ!」

 

「無茶言わないでくださいよ!小宇宙を燃やす為に『内側』に意識を集中しながら、敵の動きに対処する為に『外側』に意識を傾けるなんて芸当は、左を向きながら右を向けって言っている様なもんですよ!」

 

2人は絶賛スランプ街道まっしぐらであった。

まあ、教える事が初めての杳馬にしては、今までが不自然なほど上手くいき過ぎていたのだが…。

 

(やべェ、どーしよう。コイツ正拳突きの様な単調な動きなら問題無ェのに、本格的な戦闘になると急に集中力が落ちやがる。)

 

この事態はよく考えれば当然の結果だった。

元とはいえ小宇宙を扱える事が前提で生まれてくる神族は、修業せずに呼吸をするかの如く小宇宙を扱えるのだ。杳馬は小宇宙を扱えないという苦労をした事が無かったのである。

しかし、人間でしかない行人は0(ゼロ)から学ばなければいけない。小宇宙をただ燃やすのと、実戦で自在に使こなす事は似ているようで別物なのだ。座学で『覚える事』と『解ける事』は異なる様に……。

 

天才と呼ばれる者達の中で、教える事に向いている者は極僅かとされている。

何故できないかが天才には分からないからである。

弟子が何に対して躓いているのかを、苦労せずにクリアしてしまった天才には理論的に説明する事が出来ない。

 

よって現在、天才と言って良い出自の杳馬は行人の課題をクリアさせる説明が思いつかなかった。

 

 

だがこのままで終わらないのが、杳馬クオリティである。

普通の環境では小宇宙の必要性はあまりないから、燃やさない時間帯がある。

ならば……、

 

 

『普通じゃない』環境に行けばイインジャネ?

 

 

どこぞの年齢詐称疑惑のあるテニス部部長の様な、極論過ぎる逆転の発想で解決策を思いついたのであった。

 

 

(そうだよ!小宇宙を常に燃やさないといけねェ環境で生活すりャ、嫌でも身に着く技術じゃねェか!う~~ん、流石は俺♪)

 

 

そんな物騒な事を考えている事はおくびにも出さずに、行人に旅仕度をさせる。

 

「よし、馬鹿弟子よ。修業地を変えるぞ。お引越しするから仕度しなァ。」

 

「はぁ、分かりました。ですけど何処に行くんですか?どんなところか気になるんですが。」

 

杳馬の突然の提案に頷きながらも、行人は鍛えられた直感で嫌な予感がしていた。目の前の悪魔は『何か』を隠していると…。

 

「言っちまったらツマンねェだろ?着いてからのお楽しみって奴さ♪でもテメエがどうしてもって言うんなら、簡潔に言ってやろうかなァ?」

 

「是非お願いします。」

 

「教えるのがメンドイ。ハイ終わり。」

 

「ちょっと!答えにすらなってないんですけど!」

 

「自分で良~く考えてみるこった。自分に足りないモンが何なのか分かりャ、すぐ分かる話なんだからなァ。ほら油売ってる暇があるんなら、さっさと仕度しに行って来い。」

 

これ以上の問答は無駄だと言わんばかりに、寝泊まりしている建物に行くよう促す。

 

その後、師匠の様子からしてとんでもない修業地を予想した行人は、遺書を書く為の紙と筆を荷物の中にしっかりと入れて置くのであった。

 




書き足りない描写が少しあるので、ひょっとしたら修正するかもしれません。

次回から主人公の強化プランが始まります。


更新速度がなんとか早くなるよう頑張りますので、どうかこれからも応援をよろしくお願いします。


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08/地獄(前編)

お気に入り件数202件!!
す…凄い、まさかこんな日が来るとは。登録して下さった皆様には、感謝しきれないほどの気持で一杯です。
大変お待たせして、申し訳ありません。筆が思うように進まず、書いては消してを繰り返していました。
GWの前後がとても忙しく、中々書く時間が取れなかったというのもありますが…。
ああ、文才と時間が欲しい。(泣)




前回の杳馬の言葉を覚えているだろうか?

 

『言っちまったらツマンねェだろ?』という部分に注目してほしい。

 

修業地を除き、日本以外の土地はほとんど知らない行人に、その場所の名前まで秘密にするのを不思議に思うだろう。これはその土地名に『不穏な』単語があるからだと行人自身は睨んでいる。授業で異国の言語を学んでいた為に、気づかれる恐れがあるから言えなかったのだろう。

 

そして、その答えは現在の行人の視界を埋め尽くす『赤』が雄弁に語っている。大地は荒れ果てて、空からは燃える岩が隕石の如く振ってきては地面を抉り取る。彼方から聞こえてくる、その岩を吐き出しているであろう音はまるで怪物の遠吠えの様だ。

 

そう、この場所は『デスクィーン(死の女王)島』と呼ばれる赤道直下の南太平洋にある島。

 

 

愛する弟(瞬)の為なら大海、冥界、エリュシオン、遂には過去という時間の壁すら越えて助けに現れ、冥王に向かって往復ビンタをぶちかます事ができる男。

 

『聖闘士星矢』の屈指のチート戦士、『鳳凰座(フェニックス)の一輝(いっき)』の修業地である。

 

 

到着してこの光景を見た行人の感想はただ一言、

 

「ここは……地獄だ」

 

としか言いようが無かった。嫌な予感は何故かよく当たる己の直感が恨めしい。

しかも目の前には、この島の住民だったと思われる大量のバラバラ死体が転がっており、この気温のせいで放たれる異臭が、行人達の顔を顰(しか)めさせる。倒壊した家屋の間から生えて、力なく項垂れている腕が悲壮さを漂わせていた。

 

(何、これ?島に着いた途端、出迎えてくれたのが死体なんて幸先が悪すぎるだろ!この惨状を作った奴の頭をカチ割って、中を見てみたいよ!)

 

未だかつて味わった事の無い濃密な『死の香り』に、行人は口を抑え胃の中身をぶちまけそうになるのを必死で堪える。

 

 

「う~ん、こいつは放っておくと疫病が起きちまうかもしれねェなァ。仕方ねェ、適当な場所を見つけて埋めちまうか。探すついでに死体も集めとくぞ」

 

せっかく来たのに思いも寄らない事態に眉をひそめながら、まずはこの遺体を弔おうという杳馬の提案に、行人は喜んで飛びついた。幾らなんでもこのまま放置というのは、死者に対する冒涜でしかないからである。

 

 

 

 

戦ったのであろう農具の残骸を握ったまま絶命している男

 

この世のモノとは思えない程恐怖に満ちた顔をしている老人

 

愛らしい顔立ちをしていた筈の頭を失った子供

 

逃げようとしていたのか海岸近くで胸を貫通された女

 

 

散策を続ける程、様々な遺体と出会う。まともなモノは一つも無く、老若男女例外なく皆殺しにされていた。  

 

 

そして降り注ぐ火の雨を躱しながら、ようやく安らかに眠れそうな場所を見つけた行人達は、家屋から木材やスコップ等を拝借し、墓を作り始めた。

 

この時、遺体の一人一人の口の中に貨幣を入れて置く事を忘れてはならない。

 

 

ギリシャ版の三途の川で有名な『ステュクス河』。

 

ここでは『渡し守のカロン』が獣の皮を縫い合わせた小舟を使い、毎日無数の死霊を冥界に連れて行く。

残酷で無慈悲(良く言えばプロフェッショナル)な彼は河岸で亡者を厳しく選別し、条件を満たさない死霊は絶対に乗船を認めない。無事に冥界まで乗せてくれる条件というのが、『死後、口の中に渡し賃として支払う為の1オロボス貨幣を入れてもらった状態で、墓に埋葬された者』というものだ。これを満たさない者は、この世でもあの世でもない存在としてステュクス河の岸辺で200年間順番待ちをしないと、舟には乗れないのである。

然るべき作法に則って死者を埋葬するという行いは、あの世への旅仕度を整えるという意味を持つので、決して疎かにしてはならない。

 

 

今回、手持ちの路銀ではとても足りなかったので、貨幣は家の中にあった故人の物を使用した。(決して、杳馬が出し渋った訳では無い)

 

 

 

 

 

苦労して全員の埋葬が終了し、ようやく一息つこうとした時に杳馬が突然あらぬ方向に向かって声を張り上げた。

 

「おい、そろそろ顔ぐらい見せろや!いくら俺が良い男だからって、ストーカーに好かれて喜ぶ趣味はねェんだよ!」

 

するとどうした事か、あれ程力強く脈動していたこの島から音が消え去った。まるで何かに怯えるかのように……。

 

「ククッ、気配や殺気は隠していた筈なんだがな。それに気づくとはお前ら、一体何者だ?」

 

杳馬の言葉に反応して現れた男は、不可思議な鎧に身を包んでいた。

ヘルメット型のヘッドパーツ、上半身を覆うチェストパーツ、背中からチラチラ顔を出す3本の尻尾のようなモノという特徴があるが、行人が何より注目したのは『色』だった。

 

その色は、光すら飲み込んでしまいそうな深い闇の色である『漆黒』。

 

行人はその鎧に心当たりがあった。

かつてアテナの聖闘士を目指していたにも関わらず、聖闘士の力を表面だけしか会得できずに聖闘士の称号を得られなかった者や、聖域(サンクチュアリ)の掟に背き、私利私欲にその闘技を振るってしまったが為に聖闘士の称号を剥奪された者がいた。彼らは当然聖衣を纏う事は許されず、聖衣の代わりにあるモノを纏っていた。形状こそ自分の守護星座と同じだが、色だけは異なっており何故か『漆黒』に統一されていたという。

あまりの悪逆非道により、アテナの愛からも見捨てられた者達であるその名は……。

 

 

「あの程度で?あの程度の隠行を見破っただけで、もう俺達警戒の対象なわけ?一回修業し直した方が良いぜ。ああ、そっかァ。修業してもこのレベルだから、聖闘士にいつまでもなれねェんだなァ。その無能ぶりに同情してやるぜ、暗黒聖闘士(ブラックセイント)さんよ」

 

 

本日も杳馬節はフルスロットルである。男から立ち昇る小宇宙が僅かに強まるも、すぐに落ち着きを取り戻した事から、かなりの実力者という事が窺い知れる。

 

 

「フンッ。この暗黒鳳凰座(ブラックフェニックス)のグスタフを前にしてその態度は褒めてやる。聖域が送り込んできた聖闘士かと思い様子を窺っていたのだが、そうでもなさそうだな」

 

挑発する杳馬を余所に、行人は突如現れたグスタフと名乗る男に問いかける。

 

「ここの島民を殺したのは貴方ですか!?どうしてこんな事ができるんです!?」

 

原作知識により答えを知っているとはいえ、行人は聞かずにはいられなかった。同じ人間であるにも関わらずここまで容赦なく殺せる者を、同じ人間だと本能で認めたくなかったのである。未だに前世で身に着けた価値観に彼は苦しめられていた。

 

「小僧は黙っていろ!!お前らは俺の質問にだけ、答えさえすれば良いんだ。さて、お前らがここに来た理由を教えてもらおうか?」

 

だがそんな行人も小宇宙を乗せた恫喝により、体を硬直させられる。もしこれが常人ならば、腰を抜かして戦意喪失は免れなかったであろう。

 

それに対し、庇う様に前に出た杳馬は言われた通り素直に返してやった。ただし、『真面目』にでは無かったが…。

 

「観光」

 

「ふざけるな!!どこの世界にこんな場所を観光に来る馬鹿がいる!!」

 

さすがのグスタフもこの返答は無視できずに、怒り出す。

 

「んははは。でもさァ?本当の事言ったって、それが嘘か真かなんてどうやって見極めるワケ?それともテメエは人が言った事、そのまま鵜呑みにしちまうのかい?ハッ、こいつは驚きだ。立派なのはデカい体だけで、おつむの中は子供のままときたもんだ。親御さんが草葉の陰で泣いてるぜ。『おおグスタフ、いい年した大人が自分の頭で物事を考えられない脳筋だなんて、情けないと思わないの?なんて親不孝な子なんだい。お母さん恥ずかしくて、ご先祖様に顔向けできないわ』ってなァ」

 

芸細かく裏声を使いながら泣き真似を始めるが、そのセリフは弟子の心にも深刻なダメージを与えていた。冥闘士という胸を張って自慢できない職業を真剣に目指している自分を、前世の両親はどう思うだろうと不覚にも考えてしまったのだ。

 

(ヤメたげてよお!もう彼の、いや俺達のライフはゼロなんだよお!)

 

「良いだろう。ならば死ぬ程の苦痛を与えて、命乞いで出た言葉を真実としよう」

 

ハッキリ視認できる程の小宇宙が高まっていく。その顔は能面のように無表情だが、額に浮かび上がった血管を行人達は見逃さなかった。内心が怒りで満ちている事が分かる。あれでは例え真実を語ったところで、最後は用済みとして殺されるのは必至だ。

 

 

(おい、馬鹿弟子。俺の念話が聞こえてたら、三歩後ずさりしなァ)

 

急に頭に響く師の声に驚きながらも、行人は大人しく指示に従う。それを確認した杳馬は小宇宙を使った念話で、グスタフに気づかれないように話を続ける。

 

(やれやれ、その様子なら頭の方は冷えたようだなァ。あちらさんをワザワザ怒らせた甲斐があるってもんだぜ)

 

(はい?どういう事ですかソレ?)

 

杳馬がグスタフを怒らせたのは、ただ戦闘で自分に有利にさせる為だけではなかった。

行人がグスタフに食って掛かるのを見て冷静ではない事を見抜き、このまま戦闘を見せたところでほとんど頭には入らないだろうと判断したのだ。

 

怒りの感情で支配されている人間は、他者が怒っている姿を見ると大抵は冷静になるものである。

 

怒りや憎しみの表情は『鬼』を彷彿とさせる。しかし、人は鏡でもなければ己の顔を見る事はできない。だからこそ人は他者の憤怒の姿を見る事により、己の心に住まう『鬼』という醜さを思い知るのだ。

 

 

事情を説明された行人は、師のふざけた態度にそこまで深い意味が隠されていたとは露知らず、己の道化ぶりに気づく。

言われた通り、確かに自分の中にあった暗黒聖闘士に対する怒りが霧散していたのである。今回、改めて師の底知れ無さを実感する事となった。

 

 

(何をやってるんだ俺は!もうここは戦場なんだぞ!)

 

小宇宙を扱えるようになって、強くなったと思っていた。だが実際はどうだ。挑発された訳でもないのに、戦闘とは別の事で勝手に怒って冷静さを欠く姿は、釈迦の掌の上で得意ぶる孫悟空のようだ。

 

意気消沈した弟子の心情などお構いなしに、杳馬は話を進めていく。

 

(良いか?今から小宇宙を使った戦い方を見せてやる。こんなチャンス滅多に無ェんだから、しっかり学びなァ)

 

 

今から始まる戦いこそ、日本で見たモノとは異なる、『聖闘士星矢』という世界の真の姿。いずれ自分が到達しなければならない領域。

 

 

(落ち込むことは何時だってできる!せめてこの戦いを目に焼き付けて、少しでも自分の糧にしてやる!)

 

待ち望んでいた戦いに備える為に、気持ちを入れ替える。眼に小宇宙を集中し、一挙手一投足に気を配るが、心のどこかでふと思った。

 

(まさか、この状況すら師匠の計算通りじゃないよな?)

 

汚名返上しようと、いつも以上に気合が入っている己の集中力。それによって生まれる小宇宙もかつてない程の高まりをみせていた。

 

自分が師に追いつける日は、果たしてくるんだろうか。

 

 

 

今まで沈黙していたデスクィーン島が戦の号砲をあげる。

空に次々あがる轟音をBGM、吹き上がる溶岩を背景にして、グスタフが駆け出す。

それを不敵な笑みで待ち構える杳馬。

 

 

冥闘士と暗黒聖闘士。

共にアテナと敵対しているが、両者は理由が違い過ぎた。

 

片や、人間の醜悪さに耐えきれないので滅ぼそうとする者

 

片や、清廉な生き方ができずに己の欲望のままに力を行使する者

 

 

 

この世の地獄と呼ばれる灼熱の島、『デスクィーン島』。

ここに、決して相容れない者同士の戦いが開幕した。

 

 

 




おそらく、修行地の予想が当たっていた方々が結構おられると思います。

次回をお楽しみください。



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09/地獄(後編)

更新が遅くて、誠に申し訳ありません。
体調を崩してしまい、朦朧として書いていたのが拙かったようで、何度も書き直す事になりました。
皆様、夏風邪には御注意してください。

お気に入り件数も279件!! 300件まであと少しのところまで来ました。

これからも応援よろしくお願いします。



「ウオォォォォォォ!!」

 

雄叫びと共にグスタフの剛腕から繰り出される拳が、杳馬のニヤついた顔面目掛けて叩き込まれる。拳速が速すぎて行人でも腕から先の拳の部分が霞んで見えない程の一撃だった。あれを喰らえば骨折どころでは済まずに、首なし死体が一つ生産されることは火を見るより明らかである。

 

「なっ!?」

 

「ありゃ、この程度? それとも手加減してんのか? 余裕だねェ~」

 

だがこの男は常人ではない。人間に堕とされた身とはいえ、杳馬は冥闘士(スペクター)でも屈指の実力を誇る男である。グスタフの拳は無造作に挙げられた片手一本によって防がれていた。

 

杳馬の素性を知る者からすれば当然の出来事だが、グスタフが驚愕していたのはもっと別のところだった。

 

(馬鹿な!? 今、こいつは何をした!?)

 

流石に一撃で倒せると思う程、己の技量に自惚れている訳では無い。あそこまでデカい口を叩く以上、多少は苦戦するかもしれないという予感はあったが、これは想像の範疇を超えていた。そう、小宇宙(コスモ)を扱う者だからこそ、これを認める訳にはいかない。

 

 

小宇宙(コスモ)を使わずに防がれるという事態を……

 

 

熟練者ならば小宇宙(コスモ)を使いバリアを張る事ができる。

 

小宇宙(コスモ)を集中させて防ぐ方法だってある。

 

しかし、それらだとどうしても互いの小宇宙(コスモ)が干渉しあうはずなのに、そんな気配はまるで無かったのだ。拳から伝わってきた固い壁の感触の正体が一体何なのかが分からなければ、ダメージを与える事ができない。

 

 

「おやおや、もうお終いかい?やっぱ大した事無ェんだなァ。威勢が良いのは図体と口だけか~」

 

「クッ、ほざくなぁぁぁぁ!!」

 

何かの間違いだと言わんばかりに攻撃を再開する。今度は蹴りも加えた連続技だが、結果は先程と同じだった。拳も、蹴りも片手で防がれて全く通用しない。杳馬が攻撃を受け止めて生じる突風が、虚しく荒野から砂埃を巻き上げ続けた。

 

(クソッ! 一体どんなトリックを使っている!!)

 

あまりにも得体の知れない敵に不気味さを感じながらも攻撃の手は一層激しさを増していき、さながら暴風と化していった。

 

 

そんなグスタフとは対称的に杳馬の内心は冷ややかなものだった。

 

(こんなモンかなァ。やれやれ手加減も楽じゃねェなァ、ったく)

 

その気になれば瞬殺するなど朝飯前だが、今回はそのような真似は許されない。今後の行人の組手で、どの程度の力加減が必要になるか分からない杳馬は基準となる物差しが欲しかった。そんな時に現れたのが目の前のグスタフという男である。この男の強さを参考にすれば、少なくともやり過ぎる事は無いだろうと踏んだのだ。

 

 

更に、物は試しと弟子の防御(ディフェンス)を自分流にアレンジしてみたのだが、思っていたよりもきわどい。だが、これからの修行法のヒントは手に入れたのだから良しとしておいた。

 

(欲しいモノは手に入った事だし、可哀そうだが精々最後まで踊ってもらおうかねェ)

 

 

「そろそろこっちから攻めても良いよなァ!!」

 

杳馬が迫りくる拳の中から一つを選び、その腕を掴んで後方に背負い投げる。グスタフはなんとか空中で体勢を整えようとするものの、追撃としてやってきた杳馬の跳び蹴りが許さない。

 

「ぐはっ!?」

 

鳩尾に打ち込まれた体は20メートルほど吹き飛ばされ、小高い岩山に身を埋める事になった。激痛が体を襲うが気にしている暇はない。

 

グスタフが意識を己の体にやった僅かな間に、死が目前に迫っていた。傷ついた体に鞭を打って起き上がり、杳馬の反撃に備える。

 

「コイツはオマケだ! とっときなァ!!」

 

杳馬から先程のお返しとばかりに拳の雨が降り注ぐ。始めは一つ一つの拳を見切っていなしていたグスタフだが、その表情が徐々に強張っていく。

 

拳速が少しずつ上がっていき、対処がそれに比例して困難になっているのである。

杳馬の意図に気づき、あまりの恐ろしい企みに戦慄した。

 

(こ、この小僧……俺を嬲り殺しにする気か!?)

 

マッハ1…マッハ2…マッハ3…マッハ4…

 

死に物狂いでこの拳から逃れようとするが、苦労して一撃を防いでも次弾がそれ以上の速さでやってくるので抜け出せない。始めにあった余裕はもはや無い。

躱し切れずに棒立ちになったグスタフには、死神の鎌(デスサイズ)が己の命を刈り取る為にゆっくりと近づいてくるのを感じていた。

打開策を考えている間に無情にも速度の上昇は続き、マッハ8を超えた辺りで遂に防御が限界を迎える。

 

「グァァァァァァッ!!」

 

拳が打ち込まれるたびにグスタフの身体が後退するが、背後にある岩山のせいで後方に吹き飛ぶことができず、前方からの集中砲火を受け続けなければならなかった。

 

 

――ツ……ナエ

 

――ツミヲツグナエ

 

空耳だろうか。離れて見守る行人には、この島で殺された者達の怨嗟の声が聞こえるような気がした。

 

暗黒聖闘士(ブラックセイント)は欲望のままに生きる事を良しとする者達である。

 

成程、確かに欲は大切だ。

財欲、支配欲、性欲、権力欲、生存欲といった具合に、どれもが人間に無くてはならないモノである。これが無い人間はもはや人間ではないのかもしれない。だが、だからと言って免罪符になるわけではない。それでは獣と大して違わないではないか。欲望はあくまでエネルギー源でしかなく、その後に行う行動こそが問われるのだ。大切な者を守りたいと思うのも欲だし、死にたくないと思うのも、理性的に生きたいと思うのも欲だ。しかし彼らは、それを己の正当化に使う。酷い者は教会の神父などを毛嫌いし、あまつさえ殺してしまう者もいるくらいだ。

 

そんな彼らの犠牲者の為に、悪魔が鎮魂歌を奏でる。

悪魔の磔刑(たっけい)によって生じる鳳凰の苦悶の声と打撲音が、怨念で満ちた死者の霊魂を鎮め、一人また一人と天へと帰す。

 

今まさに、灼熱地獄は悪魔によるコンサートホールと化した。

 

限界など知らぬとばかりに拳速がヒートアップしていく。それにつられるかのように、弾幕もその様相を変えていった。

 

最初は拳の雨。雨から豪雨。豪雨から嵐。そして最後に迎えた先は……。

 

(こ、これはっ!?)

 

グスタフは薄れゆく意識の中で、杳馬の拳の軌跡が無数の閃光を描くのを目撃する。

小宇宙の真髄とされる第七感覚(セブンセンシズ)に目覚めた者のみが引き起こす事ができる奇跡の技が、そこにあった。背にしていた岩山がその凄まじい衝撃に耐えきれずに崩壊し、彼の身体は遥か彼方へと吹き飛ばされる。

 

「グッ……お…おのれ…!」

 

守護星座に不死鳥を持つ者としての矜持か、それでもグスタフは立ち上がる。

暗黒聖衣(ブラッククロス)の大半の破損と引き換えに、ギリギリのところで意識をつなぎとめる事ができたが、次に同じ攻撃を喰らえば命は無い。かといって逃げ出すという選択肢も取れない。わずか1秒で、地球を7回半動ける速度を持つ男に背中を向けるというのは愚策の極みだ。

 

勝てないし、逃げられない。

 

まさしく王手(チェックメイト)に嵌ってしまった。

 

「どうよ、流星拳の味は? さあて大ピンチだけど、どうする暗黒聖闘士(ブラックセイント)さんよ? こんなモンが全力な訳ねェよなァ。もっと必死になれよ、自分の命が懸かってんだぞ。男だろ? 次、半端なモン見せるようなら――――本気で殺しちまうぞ」

 

杳馬が最終通告を告げたと同時に殺気が放たれる。それを受けたグスタフは己の体が惨殺される光景を幻視した。

 

(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!)

 

心が恐怖一色に染まるが、なお正気を保っていられるのは経験のおかげだった。

 

――グスタフはコレを知っている。

この生きながら蛇に飲み込まれる蛙のような気持ちを知っている。

 

まだ怖い者知らずの若造だった頃、興味本位でとある組織に戦いを挑んだ事があった。

結果は惨敗。その組織の長が纏う、同じ人間とは思えないような空気に圧倒され、気がついた時には彼の前に跪き、命乞いをする自分がいた。本能がアレには勝てないと認めてしまったのだ。その後、彼の配下に加わる事でなんとか生き永らえる事が出来た。最初の頃は憤りを感じ、いつか寝首を掻いてやると息巻いていたが、時の流れと共にそれも消えた。今では彼の手足に堕ちた事に喜びを感じさえしている。

 

立派な負け犬だった。

しかし何の因果か、それを払拭する機会がここにある。この男を倒し、首領(ドン)に出会う前の自分に戻ってみせよう。

 

 

光速拳によってボロボロにされた身体に再び活力が戻る。

 

――心の小宇宙(コスモ)を燃やし、奇跡を起こせ

 

何故か、事ある毎にそう説いていた師の事が頭に浮かんだ。厳しいだけの師と過ごした辛かっただけの修業時代。例え乗り越えたとしても、待っているのは黄金聖闘士(ゴールドセイント)ですら死亡するという聖戦だ。こんな事に自分の人生を食い潰されるのは我慢できなかった。故に逃げ出し、暗黒聖闘士(ブラックセイント)となった。だというのに……。

 

(不思議なモノだ。最後の最後で縋るのが、かつての師の言葉とは…)

 

「いいだろう。ならばとくと味わうがいい!!」

 

グスタフから小宇宙(コスモ)が膨れ上がり、拳から炎が発生する。それと同時に周囲の気温が少しずつ上昇していった。燃え上がる腕を杳馬に真っ直ぐ向け、グスタフが死の宣告を与える。

 

「受けろ、デスクィーン島の地獄の炎を! デスクィーン・インフェルノ!!」

 

紅の炎が疾走る。

 

あまりの高熱により灼熱の大地ですら燃やされ……いや溶かされてしまい、決して消えない深い傷をつけていった。

 

全ては怨敵を殺す為に…。

 

そして爆炎が杳馬を包み込み、炎の着弾により巻き起こる熱風で一際大きな砂塵が周囲を舞う。

 

骨すら残さない己の技の功績に満足し、グスタフは勝利を確信する。

 

「クッ、ククッ、ハーッハッハッハッ。勢い余って殺してしまったが、まあいい。こっちの小僧に話を聞くと……な、なんだとッ!?」

 

「やれやれ、あんだけ発破かけてこの程度かよ。期待外れもいいとこだぜ」

 

魂を凍りつかせる様な冷たい声が焦土と化した地に響く。聞こえる筈がない声に振り返った彼は信じ難い光景を目にした。

 

炎の中から姿を現す杳馬。

衣服には焦げ跡一つ付いていない姿に彼の自尊心(プライド)に罅が入り始める。

 

 

だが、その絶望から救ったのは組織の任務で修羅場を乗り越えてきた事で得た直感だった。

己の放った技は決して無駄ではない。おかげで爆炎を阻んでいた見えない壁が、トリックの正体を見破るヒントだという事に気づく事が出来たのだ。正体さえ分かれば、戦いようがある。

 

そして、外から師の戦いを見ていた行人も同時に気づいた。

 

杳馬は攻撃が当たる直前に、手前の空間を時間停止の能力で『盾』に形成していたのである。時が止まっているが故に、体までダメージを伝える事が出来ない。グスタフが気づかなかったのは、盾が必要最小限の面積しかなかったからだ。

 

この盾はまさに理想の剛体である。空間の壁は振動せず、熱も音も通さない。これを超える事は至難の業だ。

 

もはやグスタフの勝機は風前の灯だと誰もが判断した。

 

 

「面白い技を使うな。『空間』を操るとはこのグスタフ、思いもよらなかったぞ」

 

 

――――訂正しよう。グスタフの勝機は『完全』に消え失せた。

 

((違ェよ!!))

 

そしてこの時、確かに師弟の心は一つになった。

 

グスタフの名誉の為に付け加えるが、彼の勘違いも仕方が無いと言えなくもない。空間に作用している事は間違ってはいないし、何より『時間』を操れるという途轍もない発想に辿り着ける者が何人いることやら……。

 

特に行人は原作知識があるからこそ見抜けたのだ。

 

 

「今度こそ地獄へ送ってやる。喰らえ、このグスタフの最強の技! インフィニティ・プロミネンス!!」

 

咆哮と共にグスタフの拳が大地に突き刺さる。するとその一撃が引き金となり、デスクィーン島の火山活動が最大級で発動した。

 

地割れを起こす程の地震と共に、至る所で複数の火柱が天を衝く。そして次の瞬間、その火柱が鞭のようにしなり、杳馬へと襲い掛かってきた。

 

「うおッ、よッ、ほいッ。うへッ、怖ェー怖ェー。なんだよ、ちゃんと良い(モン)があるじゃねェか」

 

口では危なげに言いながらも、杳馬は器用に炎を躱していく。彼はこの技の特性を高く評価していた。先程とは異なる全方位(オールレンジ)攻撃。前方に盾を作ったとしても、この技なら後ろから攻撃されるので無意味だからだ。しかも足場は地震によってまともに立つ事ができず、頭上からは常に降り注ぐ火の岩がある。

デスクィーン島の地形すら利用したこの技は、並みの聖闘士(セイント)では太刀打ちできない代物だった。

 

だが、それすらもこの悪魔には通用しない。

 

「な…何故当たらん!?」

 

敵を一向に捉えられず愕然と声を上げてしまうグスタフに、杳馬は冥土の土産に教えてやる。

 

「残念だったなァ! そいつは複数の敵に対して使うべき技なんだよ! それで敵に止めを刺した事は何回ある!? 身の丈に合わない技は邪魔でしかねェぞ!!」

 

火柱の数が増えれば当然操作も困難になる。故に攻撃速度が遅くなってしまい、至極躱しやすい技になるという欠点が生じたのだ。杳馬の最高速度は光速、そして能力を応用すれば空中に足場を作れるので相性が極めて悪い。

最後に、この技は島に赴任されてから身に着けた技だ。人間に使用するのも、今回が初めてである。グスタフの最大の不幸は仮想敵になってくれる人間がいなかった為に、技の欠点に気づく機会を得られなかった事だろう。

 

「さーて、そろそろ用済みの役者は退場を願うぜ!」

 

杳馬が懐に手をやり愛用の懐中時計を操作する。すると先程まで意志を持っているように動いていた炎が、突如活動を停止した。

 

そう、これこそが彼の切り札。

 

盾にも矛にもなる、己が神であった事を証明する至高の力にして残滓。

 

「こ…これは、まさか時間を……」

「じゃあな、暗黒聖闘士(ブラックセイント)さんよ。お勤め御苦労さん。俺の手に掛かる事を、あの世で自慢するんだなァ」

 

杳馬が指差して狙いを定める。あらゆるモノは決して抗う事の出来ないものがある。それが『時間』だ。それを征する者は全てを征すると言っても過言ではないだろう。そして今回、狙う先はグスタフの肉体が経験した『時間』。

 

「リワインド・バイオ!!」

「ギャァアアアアァァァァァァ!!」

 

技が発動したと同時に、グスタフの時間が逆行する。身長が、手足が縮み、肉体がどんどん若返っていく。成人…青年…少年…幼児、遂には胎児以前にまで時を戻されてしまい……。

 

 

一人の暗黒聖闘士(ブラックセイント)は断末魔の雄叫びを上げながらこの世から消滅したのだった。

 




今回の遅筆の理由の一つに、杳馬とのパワーバランスをどうしようかというものがありました。
少しグスタフを強くし過ぎましたかね?

次回もよろしくお願いします。


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10/目的

ようやく次話が書きあがりました。

この話もとうとう10話です。

暑い日が続きますが、体調にはお気をつけてください。


一歩一歩、焦土を踏みしめながら杳馬が凱旋してくる。

その悠々とした態度からは、この程度の戦果は全く誇るに値しないと言わんばかりである。

 

圧倒的な強さだった。

決して弱くないであろう敵を、ただの一撃も許さずに撃退した杳馬の実力。それは行人を畏怖させるのに充分なモノであった。

 

(なんて力……ここまで差があるモノなのか!?)

 

そんな弟子の心情などお構いなしに、杳馬が早速感想を聞いてきた。

 

「さァて、人生初の小宇宙(コスモ)を使った戦闘はどうだった?」

「どうって、ただ凄かったとしか……」

 

予想はしていたが聞きたい答えではなかったので、杳馬は改めて言い直す。

 

「オーケー、俺の聞き方が間違ってたなァ。テメエだったら、俺をどうやって倒そうとした?」

 

先程の戦いで行人にして欲しかったのは、己より強い敵と遭遇した場合にどう戦うか、頭の中でシミュレーションする事である。偶然、相対した敵が自分より強いからといって、そう簡単に逃げ出していたら戦士は務まらない。戦う事が仕事なのだ。せめて、相手の情報をできるだけ引き出すか、援軍が来るまで粘らないといけない。

 

少しばかり考えた後、行人は自分なりの答えを語り始めた。

 

「……最後の技ですが操作性を高める為に、あらかじめ本数を絞って攻撃しています。そうやって師匠を岩山まで追い詰めた後、上から全ての鞭を振り下ろします。ですがそれは囮で、本命は真下に忍ばせていた一本です。それを上に気をやっている師匠に向かって襲わせますね」

 

地下にはマグマが流れているので、小宇宙(コスモ)が感じられても多少は隠れ蓑の代わりになるかもしれないという考えだ。杳馬に通用する云々は置いておいて、これが行人の思いついた精いっぱいの策である。

 

「まァ、そんなトコが無難だろうなァ。足りないモノがありャ、他で補うっつうテメエの判断は間違っちャいねェぜ。……で、だったらそれを実行するのに必要なモノは何だか分かるか?」

 

小宇宙(コスモ)を高めるというよりも、研ぎ澄ます技術……になると思います。」

 

 

攻撃力を高めるには大きく分けて二種類の方法がある。

 

一つは小宇宙(コスモ)を高める方法。

一般的にはこれが最も広く知られている。『聖闘士星矢』という物語の中では、基本これをより高めている方が勝利している。

ただし、そんな簡単に高められれば誰も苦労はしない。

例えるなら、小宇宙(コスモ)の量が『プール』位の量しかない青銅聖闘士(ブロンズセイント)が、『海』位の量を持つ黄金聖闘士(ゴールドセイント)まで高められるのかという話だ。常識的に考えればどう見ても不可能だろう。

 

よって、少ない小宇宙(コスモ)で勝利する為に、二つ目の方法が派生したのは火を見るより明らかであった。

 

二つ目は小宇宙(コスモ)を研ぎ澄ます方法。

かいつまんで言えば、対象物に接触する部分だけ強力であれば良いのである。高める事が出来なくても、上手くコントロールして薄く研ぎ澄ませば、拳に込められた小宇宙(コスモ)は剃刀のように変化し、原子を『砕く』のではなく『斬る』又は『貫く』攻撃を可能にする。

 

 

つまりバケツいっぱいの水をそのままぶつけるよりも、固めてからぶつけた方が痛いという事だ。

 

このように、使用している小宇宙の量は同じでも、使い方次第で殺傷力が格段に変わってくるのである。(それでも、会得する為には血の滲むような訓練が必要になるが……)

 

 

「そうそう。高めちまうと攻撃力が上がるが、今度は隠密性が犠牲になる。どこから来るのか丸分かりだ。だから研ぎ澄ませて切れ味を上げちまえば、ドリルのように楽に地中を掘り進める事ができるワケだなァ」

 

 

弟子がちゃんと考えて見ていたようで無駄な時間にならずに済み、杳馬はホッと安堵した。これなら修業密度を、数段高めても問題ないだろう。コイツ、結構頑丈だし。

 

 

そんな師のよからぬ考えを察知し、行人は悪寒に体を震わせるのだった。

 

 

 

 

グスタフを倒した後、探索を再開した行人達はある一軒家を発見した。今まで見てきた家屋と異なり、比較的造りが新しい建物である。ココこそ、彼が寝泊まりしていた場所に違いない。

 

屋内を調べると意外と小奇麗に片付いている。食卓、台所、本棚、寝所などといった生活に必要な最低限のモノが揃っていた。

 

その中で行人達は真っ先に本棚を漁り始めた。グスタフが何の目的でこの島にやって来たのか、情報収集する必要があったからだ。そして見つけたのが、彼が書いたと思われる日記である。

 

その内容というのが――

 

 

 

『今日も何もない一日だった』

 

『夕方、雷が鳴った』

 

『暇だ。何時になったら帰れるんだろう』

 

『イタリアに帰りたい。イタリアのピッツァが食べたい』

 

『カテリーナから手紙が届いた。嬉しかった。内容は別れ話だった。泣いた』

 

 

――という、なんとも哀愁漂う内容だった。

 

 

「んははははっ!! イーッヒッヒッヒッ! は、腹が……よじ…れるゥ~~!!」

 

「師匠っ、不謹慎ですよ! 他人様の日記を勝手に読んでおいて、笑わないでください!!」

 

 

この日記は行人の涙腺を緩めたが、何故か杳馬にはツボにはまったらしい。どういう神経しているんだと行人は絶対零度の視線で訴えるも、諦めて再び日記の方へ視線を落とす。

 

 

『それもこれもユドのせいだ。あのクソ犬が調子こいて島民を皆殺しにさえしなければ、拷問という手が使えたのに…。聖域(サンクチュアリ)の連中よ、早く来い。止まった俺の時を動かしてくれ』

 

 

時を動かすどころか、時を止める男がやって来るとは夢にも思わなかっただろう。つくづく報われない男である。後で彼の分の墓も作る事にし、パラパラとページをめくり続ける。

 

後半になると罵詈雑言がページに埋め尽くされており、真っ黒に染まって目も当てられない。まるでサイコホラーの一場面(ワンシーン)を見ているようだった。

 

やはり手がかりになるのは冒頭の部分だろうと思いながら、あるページで行人はめくる手を止めた。

 

 

 

『アレを回収するよう任務を言い渡されたが、難航している。管理者の住居を捜索しようにも、情報漏洩を防ごうとしたのだろう。建物ごと焼却されて、めぼしいものは残されていなかった』

 

行人はこの部分がどうも気にかかった。この土地で価値があるモノといえば一つしか思い浮かばない。そして、彼が『任務』でこの地に訪れていたとすれば、命令を下した者達がいるという事になる。そこから考えられるのは――――

 

 

(修業しないといけないけど、厄介事が起きそうだなぁ。はぁ、不幸だ……)

 

思わず溜息を吐いても罰は当たるまい。まだこの島に来て一日目なのだ。初日からコレでは前途多難だろう。

 

これから起こるだろう我が身の不幸を呪いながら、いまだにバンバン床板を叩きながら笑い転げる罰当たり者を正気に戻すべく、日記を丸めて彼の頭目掛けて振り下ろすのであった。

 

 

 

 

アドリア海に浮かぶ都市ヴェネチア。

 

この地は『アドリア海の真珠』、『水の都』の異名で知られている世界でも有数の観光名所である。

 

だが、どんなに光で満ちた場所もその光が強い程、闇もまた濃くなるものだ。その証拠に町の一角には、地元の人間ならば近づかないのは暗黙の了解とされている場所があった。

 

見た目は豪邸だというのに、館から漂う不穏な気配が館を魔窟に変えて台無しにしている。

ここにまつわる噂は裏社会の住人ですら震撼させた。

 

 

 

 

――――曰く、敵対した者は異常な死に方をする

 

――――曰く、摩訶不思議な力を持つ

 

――――曰く、彼らは人では無い

 

 

奇しくも、それらの噂はあながち間違いではなかった。

そして今、その噂の元凶となった人間が眠りから目覚める。

 

 

 

「グスタフが死んだな」

 

金貨が撒き散らされた寝台から一人の男がゆっくりと起き上がる。白髪の頭髪は結い上げられており、顔の右側についた十字の傷痕が痛々しいが、そこから放たれる眼光は野獣の如くギラついている。男は外套からお気に入りの葉巻を取り出して一服し始めた。

 

一仕事終えた自分への褒美があるというのは素晴らしい。あの仕来りと節度しかない聖域(サンクチュアリ)では、こんな事すら満足にできなかっただろう。あるとすれば労いの言葉と僅かな休息くらいだ。あの老人どもからすれば、女神(アテナ)から与えられたモノは全てご褒美になるのだろうが、自分は違う。

 

 

『褒美とは、その人間にとって価値あるモノでなければいけない』

 

 

赤子に金貨を与えても、ただのキラキラ光るだけの板としか認識できないだろう。

 

――俺は違う

 

字も読めない人間に本を与えても、薪に火をつける為の火種にするくらいだろう。

 

――俺は違う

 

成果を上げさえすれば、金、酒、女などのそれに見合った様々な報酬を与えてきた。その結果は今、目の前の光景が物語っている。

 

 

 

『苦労して得た力を己の幸福の為に使って何が悪い。自分の技は、自分の為に使うべきだ』

 

 

彼らは聖人じみた生き方よりも、人間としてこの世を楽しむ事を選んだのである。

 

女神(アテナ)ではなく、ただの人間である自分に忠誠を誓ったのだ。

 

 

やはり連中と袂を分かって正解だったと、男は肺に充満している紫煙を吐き出す。

 

煙の先にはテーブルに着いた男達が宴を各々に楽しんでいた。

 

 

 

 

「……という事は、ようやく聖域(サンクチュアリ)もあの島の現状を把握したという事ですね。ククッ、満足に任務を果たせなかった奴だが、最後の最後で役に立ちましたな」

 

両脇に美女を侍らせ、大物が釣れたと黒い肌に片眼鏡をかけた男の表情が喜色に染まる。

 

 

「つまらん。刺客の首でも取ってくれば見直していたものを……。やはりあの小僧は役立たずよ」

 

眼前に広がる豪奢な料理を頬張りながら、巨漢の男が厳しい評価で切って捨てる。

 

 

「その通り。聖闘士(セイント)如きに遅れを取るようでは話にならない。私達の顔に泥を塗ったも同然さ。フッ、死んでも私の美を汚そうとするとは、是非とも彼には地獄で苦しんで欲しいものだね」

 

賛同するのは芸術家が作成した彫刻の如し風貌を持つ麗人。その見た目とは裏腹の冷徹な心でかつての仲間の不幸を願う。

 

 

「そこまでにしておけ。かつて共に戦場を駆けた仲なのだ。ここは奴の為に冥福を祈ろうではないか?」

 

そう言いながら仲間を諌めるのは、僧侶服に身を包む髭を蓄えた男。だが手に握られている酒瓶と嘲笑のせいで、本心から語っているわけではない事を周囲に伝えていた。

 

 

 

部下達の反応を一通り聞き終え、白髪の男がこれからの方針を決める。

 

「なんにせよ、聖域(サンクチュアリ)が動いた事でようやくアレを手にする機会ができた。この機を逃すな。アレは奴等よりも俺達にこそ相応しい。そう我々暗黒聖闘士(ブラックセイント)にな!!」

 

首領である彼の背後には、オブジェ形態の暗黒聖衣(ブラックロス)が鎮座されている。その祭壇をモチーフにした形状は、聖闘士(セイント)を束ねる教皇を補佐する者が纏う事を許された物だった。

 

 

――かつて聖域(サンクチュアリ)から一人の男が追放された。

 

彼は聖闘士(セイント)の最高位である黄金聖闘士(ゴールドセイント)にも匹敵する実力を備えながらも、危険な思想を持つが故に師の手により野に放たれる事となった。だが彼の思想は衰える事は無く、むしろ枷が無くなり一層激しさを増すようになる。

 

『罪から出でし所業は、ただ罪によって強力となる』

 

彼の掲げるこの信条とカリスマに心酔した者達が次々と集い、作り上げた組織は急速に成長を遂げていった。

 

―――その名を暗黒(ネーロ)

 

構成員の幹部クラスには暗黒聖闘士(ブラックセイント)で固められており、聖域(サンクチュアリ)への反逆を企てる者達である。

 

 

人間の業より生まれし闇の戦士達が動き始めた。

 



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11/苦行

年内に書き上がって良かった。

見苦しい言い訳ですが、遅れた理由にスランプとパソコンが壊れてデータが消滅してしまい、ショックから立ち直るのに時間がかかったというものがあります。(泣)
誠に申し訳ありません。


お詫びという訳ではありませんが、今回の話は少し長めに作っております。

こんな駄文ですが、どうぞ応援よろしくお願いします。  


まだ朝日が昇るのに数十分の時を要するというのに、海岸には一つの人影があった。

 

天からの燃える岩石を懸命に躱しながら、己の持つ体力を振り絞って駆けていく。砂浜に足を取られて転倒しそうになっても、岩が体に直撃しても、動きを止めることは許されない。

止めた瞬間にそれ以上の苦痛を味わうのだから――――

 

「あ痛っ…………ぎにゃああああっ!? 燃える、燃えるぅうううう!!」

 

「ほらほら、どうした!! 準備運動で、もうへばッちまッたか!?」

 

ゴロゴロ転がって背中についた火を消そうと必死の行人には、発破をかける師の言葉に反応する余裕など無かった。そんなものがあれば、四肢を動かすエネルギーに変換したほうがよっぽど己の為になる。

 

行人は頭上と真下に全神経を集中しながらのジョギングという苦行を味わっていた。

 

 

 

 

島に着いてからの修業は苛烈を極めた。原作に出てきたような、死と隣り合わせの実技の修業が大半を占めるようになったからだ。

 

デスクィーン島に来た以上、環境を最大限に活かした修行法をやっておいて損はないので、行人も賛同したのだが…………正直見通しが甘かった。

 

 

小宇宙(コスモ)を高めて全身に湛えると、気温の温度差は勿論、放射能の中ですら活動可能になる。だが、未熟な行人は島の気温を完全に遮断するには至らない。

よって既に全身が汗だくで、脱水症状を起こしかけていた。

 

この島の外周を太陽が昇る前に300周しなくてはならず、1秒でも間に合わなければ水分補給は“コップ一杯”という(ペナルティ)があるのだから堪ったものではない。

 

 

(ああ、○ーラー○リンクが欲しい。ここで生活していると、一輝の異常性が理解できるよ。小宇宙(コスモ)に目覚めていない状態でよく生き残れたな、あの人)

 

未熟ながらも小宇宙(コスモ)を使っている自分でさえ辛い環境で、ただの子供だった一輝は見事に聖闘士(セイント)の資格を手に入れるまでに成長したのだ。

 

そんな規格外の男と比べる事こそおこがましいのだろうが、やはり悔しさを感じずにはいられない。一輝も行ったデスクィーン島での修業をなんとしても乗り越えねば、聖戦で死ぬ事になるだろう。         

 

 

しかしこんなものはまだ序の口で、その後も行人の苦行は続く。

 

 

 

 

ジョギングの後は火山の頂上までハイキングである。

 

ただし、背中に成人の身長よりも巨大な岩を背負ってだ。更に、その岩の上には腰掛けて水を美味しそうに飲む杳馬の姿があった。

行人の体から流れ落ちた汗が、乾いた大地に染み込む暇もなく蒸発していく。気温に対して量が少ないのは小宇宙(コスモ)の制御が上がっているからなのか、それとも汗を流すことができないほど消耗しているのかは、行人自身にしか分からない。

 

 

杳馬曰く“小宇宙(コスモ)の爆発力、持久力を高める”為の修業なのだが、火口に向かって登れば当然“気温の上昇”、“急な傾斜角度”、“低酸素症”がセットで行人を苦しめる。

 

つまり、終点(ゴール)に近づくほどこの修行はキツくなる仕組みだ。

 

考案者の鬼畜度合いがお分かり頂けることだろう。

 

「ヒイッ…ヒイッ! し……死ぬっ!」

 

「ダイジョ~ブ、安心しろ。そう言って死んだ奴ァいねェよ……多分な。

ほらよ。これならヤル気も出んだろ?」

 

少しずつペースが落ちていく弟子を慰める為に、杳馬はほんの少しだけ慈悲をくれてやる事にした。

 

 

師の言葉に思わず顔を上げた行人は目にする事となる。

 

 

ユラユラと宙吊りにされている“水筒”を…。

 

文字通り喉から手が出るほど切望しているそれを、人参の如くぶら下げられては行人も黙ってはいられない。

 

「止めてっ、くださいよ! 俺っ、はっ、馬っ、ですか!?」

 

杳馬の笑えない冗談に堪りかねて、息も絶え絶えに抗議する。今の苦しみを忘れさせてくれるものならば何でも良かった。にもかかわらず、そんな行人の思いを踏みにじる行為に怒りが沸々と湧いてくる。

吐き出された二酸化炭素と入れ代わりで酸素が肺を満たすが、その度に熱が水分を奪い、先ほど潤した喉に渇きが戻っていく。

 

(ほんの少しでも期待した俺が馬鹿だった! 怒らせることが目的かよ!?)

 

(ついでに煽り耐性も身に付けてもらおうかねェ)

 

何気ない会話の中に含まれている悪魔の罠に涙し、行人は一歩一歩確実に距離を詰める作戦を断念した。急いで頂上に着かねば、喉の渇きが限界にきてしまう。

 

「うがあぁああああああっ!!!」

 

師への怒りをエネルギーに変えて、先程よりも数倍の速度で駆け上がる。八つ当たりとして、不自然なほど背中の重石を揺らしながら…。

 

「馬におなりなさいってなァ! んはははは!」

 

だが杳馬はその乗り心地を気にした様子もなく、むしろ楽しませてしまい、無駄に体力を使うだけという悲しい結果に終わるのだった。

 

 

 

「さ~て、そろそろアレをやるぞ」

 

頂上に着いたら杳馬のお気に入りの修業のお時間である。

 

その名も『シャボンランチャー』。

 

吹き矢の銃身を少し短くした筒を石鹸水に浸し、口から息を吹き込む事で無数のシャボン玉が生成された。それらは風に乗って行人にそのまま襲い掛かる…………のではなく、約10メートル手前で一時停止した。

 

行人は杳馬からの合図を確認し、そのシャボン群に向かって全力疾走で飛び込んだ。それと同時にシャボン玉に時が戻る。

 

一つ、二つ、三つと体に触れる直前で躱していく。どうしても当たりそうな物は波長を合わせて対処するのだが―――

 

「ぶほっ! あがっ!!」

 

いつも対処が追い付かずに途中で失敗してしまう。

 

勿論、これらはタダのシャボン玉ではない。杳馬の小宇宙(コスモ)が込められており、行人の突進のスピードも合わさることで、鉄球並みの破壊力を持つ。

 

「とっとと起きなァ! グズは嫌れェなんだよ!!」

 

「ふぁい! ふぉ……ふぉういひど、をねがひひまふ!!(はい! も……もう一度、お願いします!!)」

 

口の中が切れたようで、錆びた鉄の味が舌を刺激する。肋骨も罅が入ったのだろう。少し体を動かすだけで電流が走ったような激痛が起きる。

 

しかし、行人は泣き言をほざくような醜態を晒したくはなかった。これからの戦いを考えれば、この程度の痛みは蟻に噛まれた程度でしかない。これに耐えられずして何が戦士か。

 

眼で修業の続行を促す行人を見て、杳馬も次のステップへと進めることを決意する。

 

そして再び放たれるシャボン玉に行人が飛び掛かるのだが、今度は少し趣向が異なっていた。

 

これは杳馬の『お気に入り』という事を忘れてはならない。この修行の恐ろしさはこんなモノではないのだ。

 

「第二陣いくからなァー! ちゃんと躱せよー!」

 

そう注意を促した後、杳馬は時間を停止させてから動けない行人の周りに、もう一種類別の波長を持つシャボン玉を送り込んだのだった。

 

後はもうお分かりだろう。時が動き出し、雨あられと行人に向かって襲い掛かるのだった。

 

この修行で鍛えられるものは“回避能力”、“小宇宙(コスモ)の波長を切り換える速度”、そして“打たれ強さ”である。

 

元々、シャボン玉は速度が風頼りなので滞空時間が長い。第一陣を行人が躱している間に、異なる波長の小宇宙(コスモ)を込められたシャボン玉を飛ばすことで、行人は2種類の波長を同時に対処しなければならなくなる。この時に自分の小宇宙の波長をAからBへ、BからAへと素早く切り換えし続けることができればダメージを受けることはなく、防御術(ディフェンス)は成功とみなされる。

 

 

「おふっ! ちょっ!? あべしっ!! ぶっぎゃあぁああああっ!!!」

 

 

しかし、まだまだ先は長そうである。豚の様な悲鳴を挙げながら、行人は成す術もなく弾幕を受けて失神したのだった。

 

(あ~あ、首が変な方向に曲がってやがる。骨折でもしたか?)

 

弟子の一大事だが、この男に常識は通用しない。行人の体の怪我を己の能力を使用する事で、最低限の治療だけ済まして叩き起こす。

 

「ほれッ。治ったんだから、続きを始めるぞ!!」

 

「は……はい。すみません」

 

行人が本当に例の防御術(ディフェンス)を身に着けてしまえば、痛みとはほぼ無縁の戦闘が多くなるだろう。もし、そんな行人がこの防御術(ディフェンス)が通用しない敵の攻撃を受けてしまえば、経験した事がない激痛が原因で、小宇宙(コスモ)を燃やす為の集中力を失う恐れがあった。だから今のうちに痛みに慣れさせて、打たれ強くしているのである。

 

シャボン玉の回避に成功しても、失敗しても弟子が成長することに変わりはない。

 

杳馬の修業には無駄がなかった。

 

ただ一つ注意しなければならない事といえば、行人のモチベーションを維持させ続ける事だろう。

 

どんなに効率の良い修業でも、慣れてくれば必ず“飽き”がくる。修業を継続するのは当たり前のことだが、ただ漫然と行うようでは効果も半減してしまう。常に自分には何が足りないのか模索し、どんな時でも向上心を忘れないこと。

 

それこそが一流の戦士に必須の条件だと杳馬は考えている。

 

 

 

その後、筋力トレーニングに組手などを行っているとあっという間に時が経ってしまった。

山頂から帰宅すれば、火を起こす為の“薪割り”を行う事になっている。ただし、斧といった刃物の使用は禁じられているので――――

 

「でやぁああああ!!」

 

振り下ろされた行人の“手刀”により、バキッと音を立てて薪が二つに分断された。

 

「お~い。さっさと風呂に入りてェんだけど、まだァ?」

 

「す、すみません! もうちょっと、あともうちょっとだけ待ってください!」

 

風呂桶片手に苦情を出してくる杳馬の言葉に、行人は焦り始める。研ぎ澄ました小宇宙を手刀に込めて斬るという一見単純に見えるが、制御(コントロール)がとにかく難しい。たった一撃繰り出すのに数分の時を要したのに、焦燥感で乱されてはまともに放つ事ができなくなるのだ。

 

 

先程の手刀も成功したとはいえない。薪の切断面をよく見やると、斬ったというより、力任せに叩き斬ったという表現が正しいかもしれない。小宇宙(コスモ)を使用しても、大工道具の(かんな)以下の切れ味しか出せていないという事実に行人はかなりショックだった。

 

(我ながら呆れるほどの才能の無さだな。聖戦まで間に合うのかな)

 

思考がマイナスに傾く行人だが、初めに比べれば大分マシになった方である。最初は割る事すらできずに粉砕してしまい、薪が全滅してしまったので再び一から集め直さなければならなくなった。その日は結局成功できず、罰として海で行水させられたのは、今でも苦い記憶である。

 

言い訳をするならば“研ぎ澄ます”というイメージが漠然とし過ぎて、要領が掴めなかった事が一番の問題だった。最初は取り敢えず小宇宙を掌に集中させてみたのだが、それは『砕ける』という形で表われたのである。

 

『このままでは弟子育成に失敗したと判断した師に殺される』と考えた行人は、頭脳をフル回転させ必死に使えるモノを探した。

 

そして――――――――――――――――――見つけた。

 

何の事はない。それは行人のすぐ傍にあったのだ。

 

行人が命の次に大事にしなければならないモノ。

 

 

 

 

 

 

 

師範の『脇差し』である。

 

 

これに行人の小宇宙(コスモ)を流し込み、刃渡りに染み渡る小宇宙(コスモ)の流れを己の頭に叩き込む。更にその状態を維持したままで、何度も何度も素振りを行い、肉体に斬る動作を刻み付けた。

 

その結果、とうとう成功したのだ。

さすがに綺麗に割ることはできず、途中で手に引っ掛かって細かい木片が突き刺さったが、皮が引き裂かれ血だらけになったが、そんな些細な事は行人にはどうでも良かった。

 

薪が砕けずに『両断された』という事実が、その痛みを忘れさせてくれたのだから…。

 

 

この出来事は行人に僅かながら自信を与え、その後も少しずつ斬れ味を増していく事となった。

 

 

 

最後は案山子にグスタフの暗黒聖衣(ブラッククロス)を着せて、正拳突きを1万本である。破損していた筈の暗黒聖衣(ブラッククロス)は、杳馬の能力により修復されて傷一つ残っていない。

 

「せいっ! せいっ! せいっ!」

 

「素手で暗黒聖衣(ブラッククロス)くらいは砕けるようになっとけよ。現存する防具の中でも、ソレの強度は下の方なんだからなァ」

 

聖衣(クロス)の形をしていようが所詮は紛い物。本物と比べればどうしても、その質は劣るものだった。そんな暗黒聖衣(ブラッククロス)すら砕けないようでは戦術の幅はかなり限定されてしまう。なんとしても聖戦が始まる前にその域まで到達させなければ、行人の生存率は絶望的である。

 

冥衣(サープリス)を使えばソレも解決するんだろうが、あんまり気が進まねェんだよなァ)

 

肉体を作り変えてしまう冥衣(サープリス)なら纏うだけで青銅聖闘士(ブロンズ)級の力が手に入るが、杳馬はそれを実行するのは早すぎると考えている。

 

近頃の冥闘士(スペクター)の『質』、特に精神(メンタル)に該当する部分の低下は杳馬の目から見ても、かなり悲惨だった。

 

冥闘士(スペクター)の中でもトップクラスの実力者である三巨頭はまだ良い。

だが明らかに実力が劣っているにもかかわらず、強気の姿勢でいられる下級冥闘士(スペクター)が多過ぎるのは問題だ。

 

以前、小宇宙(コスモ)には集中力こそが重要だと説いた杳馬だが、実はあの時ほんの少しだけ嘘をついていた。

 

聖闘士(セイント)達の間では『心の小宇宙(コスモ)を燃やせ』という言葉が存在する。

 

これは憤怒、悲哀、狂気、憎悪、嫉妬、軽蔑、勇気、恐怖、忠誠、焦燥といったように集中力は精神状態と密接な関係がある事を意味している。

 

聖闘士(セイント)に脳k…もとい感情的な人間が多いのは、こういった原因があった。プラス思考で、感情豊かな人間ほど戦士の資質に恵まれていると言って良いかもしれない。そしてそれは冥闘士(スペクター)も例外ではない。

 

 

格上の敵を前にして、負ける事を前提にした考えは負け犬の思考パターンではあるが、いくらなんでも限度というものがある。無用心に勝負を挑んでは敗北する者が後を絶たないのだ。

 

冥闘士(スペクター)には『死』がないからこそ生命を無駄遣いしても問題ないという思想は、彼らの思考力を著しく低下させてしまっているような気がしてならない。

 

もう少し考えて戦えば結果も違うかもしれないのに、蛮勇な戦法を続ける彼らは杳馬にも理解不能の存在である。

 

(これもお手軽に力を手に入れた事による弊害ってヤツかねェ? 冥王様も哀れなもんだよ、ホント)

 

 

 

『何かを手に入れた時、それは予め持っていた何かを捨てた時である』

 

 

人の可能性に限界は無いと聖闘士(セイント)は言うが―――

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

人間は腕が二本しかないので、それ以上の物を持つ事ができないように。ただ本人が気づいていないだけで、何かを犠牲にしているのは間違いない。

 

人間には限界があるのだ。

 

 

――――人よりも良い点数を取る為に勉強すれば『時間』を犠牲にしなければならない。

 

――――空腹を満たす為に食事すれば『軽さ』を犠牲にしなければならない。

 

 

だからこそ目の前で修業に打ち込む行人を見ていると、杳馬はその未来に期待が膨らんでいく。

これは実験なのだ。聖闘士(セイント)並みに鍛え上げた人間に冥衣(サープリス)を与えれば一体どうなるのか。

 

 

 

冥衣(サープリス)に備わる力だけしか得られないのか、下級冥闘士(スペクター)達と同じく欠陥持ちで終わるのか、それとも――――

 

 

行人が何を犠牲にしてしまうのか分からないが、できるだけ代えのきくモノにしてやりたいというのが杳馬の師としての考えだった。

 

(まあ、そんな先のことは置いとくか。早く強くなってくれねェかなァ。折角見つけた『お宝』が使えねェだろうが)

 

ふと、杳馬は懐にある物に視線を落とす。それは行人の就寝中に、島を探索して見つけた管理者の住居から持ち出した物だ。住居が燃え尽きていようが、そんなものはこの男の前では何の意味も成さない。時を逆行させられた住居は、暗黒聖闘士(ブラックセイント)よりも遥かに恐ろしい存在に、そのあるべき姿を晒される事となった。

 

残念ながら宝そのものは無かったが、それに代わるものを収穫できたのは僥倖といえる。

使い道は既に決めてあるが、それはもう少し先の話になるだろう。

 

 

 

 

地獄のような日々が続く中、食事が終わって一服している時に、行人は以前から気になっていた事について杳馬に問いかけた。

 

「師匠、何か俺に隠している事ってありませんか?」

 

「あァ? あるに決まってんだろ。誰にだって触れられたくない事の一つや二つや三つ、無えわけがねェ。急にどうした?」

 

 

世の中には、親しい間柄だからこそ言えない事がある。それは恋人だろうが親友だろうが変わらないと杳馬は語る。極論ではあるが、その点については行人も同意見である。特定の人物に対して『全て』を知りたい、もしくは知ってもらいたいという人間はかなり愛の重い人物だろう。だからこそ前世でも、相談する事柄によっては相手を変えるようにしていた。

 

しかし、行人が言いたかったのはそういう事ではない。

 

「師匠、俺達がこの島に来て結構な日が経ちましたよね。未だに暗黒聖闘士(ブラックセイント)がやって来ないんですが? これについて説明を求めます」

 

小宇宙(コスモ)の使い手ならば最低でも音速(マッハ)で移動できるので、数日もすれば新たな刺客が来ると思っていた行人にはこれは異常事態である。間違いなく目の前の男が、既に何か行動を起こしたと考えるのが自然だ。

 

「さァ? 何のことだか分からねェなァ。それに、アチラさんが俺達に気づいていない可能性だってあるんだぜ。

な・の・に、俺を疑う理由。ちゃ~んとあるんだろうなァ?」

 

確証がなければ、どんな推論も妄想と変わりない。他人を疑うならば根拠を述べなければならないのだ。師である自分に対してそれを行うなら、相応の覚悟はできているんだろうなとほのめかす。

だが行人は勝算もなしにこんな暴挙には出ない。自信があるからこそ行動に移したのだ。

 

あくまで白を切る杳馬に止めを刺すべく、椅子から立ち上がった行人は『あるモノ』に向かって歩き出す。

 

「確証ならありますよ」

 

そう言いつつそれに手をかける行人を見て、杳馬の眉がわずかに反応する。

 

 

 

 

 

「この魔法陣っぽいのは一体何なんでしょうかねえ! しかも俺のベッドの真下!! 

最初に何処で寝るのか決める時、床で寝ようとしてた俺にベッドを譲ってくれたのは師匠じゃないですか!? これで疑わないほど俺も馬鹿じゃないですよ!!」

 

ベッドを持ち上げると、床には幾何学的模様の円陣が描かれていた。紫水晶(アメジスト)色の淡い光を放つそれからは、杳馬の小宇宙(コスモ)が感じられる。これを突き付けられては杳馬も観念したのか、降参と言わんばかりに両手を上げる。

 

「分かった。分かったからそう睨むなよ。確かにそいつを作ったのは俺だ。

これも教訓だよ。灯台下暗しって言うだろ? 物事を一方的に考えるんじゃなく、多角的に考えろって事だ。しっかし、気づくのにずいぶん時間が掛かったなァ」

 

命令に従うだけの下っ端で終わる人間ならば必要のない能力(スキル)だ。しかし自分が鍛える以上、行人をそんな出世の見込みのない窓際族で終わらせる気はない。上に立つ人間ならではの考え方を仕込みたかったのである。

ただ、勘の良い行人なら1週間もすれば異常に気づくと杳馬は思っていたので、この結果は正直意外だった。

 

師の言い訳に、行人は理解を示すが感情の整理が追い付かず、悔しく歯軋りしながら追求する。

 

「ぐぬぬ! それで? まだありますよねえ? 位置についての説明はしてくれましたけど、それで誤魔化そうとしていませんか!? 

魔法陣の『効果』について一言もありませんよ!?」

 

痛いところを聞かれて杳馬は舌打ちする。かといって、素直に説明してやるのもどうかと考えたので逆に聞き返した。

 

「テメエの事だ。 どうせその辺りも予想がついてんだろ? 採点してやるから、いっちょ語ってみろや」

 

「…………これは恐らく結界の類と考えられます。暗黒聖闘士(ブラックセイント)の島への侵入を防いでいますからね。そして師匠の能力も考慮に入れると、時間の流れを制御しているんじゃないですか? 

例えば…………島の外と比べて内側は『時間の流れが遅い』とか」

 

ハーデスもアテナも人間の肉体で結界を作り出していたので、恐らく杳馬も可能なのだろうと行人は考える。

 

「へェ、90点てとこだなァ。もっと早く気づいてりャ、残りの10点やってもよかったんだが……で、そこまで分かっているのに何で黙ってた?」

 

「日頃の素敵な修業のせいで、そこまで考える余裕がなかったんですよ!!」

 

いつも一日の課程をこなしては気絶するかのようにベッドに倒れこむという生活なのだ。できる事なら、この島についてもっと調べたいという気持ちはあっても、修業の所為で体力を根こそぎ奪われてはできる訳がない。

結界の場所を見つける事ができたのも、夜中にトイレから帰った時にベッドの下から光が漏れている事に気づいたからという偶然の賜物(たまもの)だった。

 

「そうかそうか。じゃあ、今は()()があるって事だなァ?」

 

「いえっ! そういう事では「明日からはもう少し厳しく逝ってみようか」ちょっとぉおおおおおおおおお!?」

 

良い事を聞いたと喜ぶ杳馬を見て、行人の顔が青褪める。ああなったら何を言っても無駄だというのは嫌というほど思い知っているからだ。

 

(墓穴を掘ってしまった。なんか評価が上がるような事をすれば、酷い目に合っているような気がする)

 

まさか自分には呪いでもかかっているのではないかと行人は邪推してしまう。

 

 

 

上機嫌の杳馬と鬱の行人。

 

これが二人のデスクィーン島でのいつもの光景であった。

 

 

 




独自解釈がかなり入っていますが、いかがでしょうか?

感想お待ちしています。

次話は年内に投稿できるよう頑張ります。


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12/試練

どうも、お久しぶりです。マルクです。 
年内に書き上げるつもりが、既に4月半ば。気がついたら星矢Ωも終了してしまい、誠に申し訳ありません。

ようやく仕事に余裕ができたので、書き上げる時間が取れました。


いつもは行人の悲鳴や苦悶の声が響き渡るデスクィーン島だが、今日は様子が異なっていた。

 

行人の目の前には、修業で世話になっている巨岩がある。杳馬と共に自分を苦しめる憎たらしい岩でも、今日でお別れとなると何とも言えない感情が湧きあがる。知らず知らずのうちに、彼自身気に入っていたのかもしれない。

 

だが、師の命令は絶対である。

 

己の成長を確かめる為に岩への思いを振り払い、自身の小宇宙(コスモ)を限界まで燃焼させる。全身に漲る小宇宙(コスモ)を拳というただ一点に集中させ、岩に向かって全力で正拳を突き入れた。

 

「はあぁぁぁぁぁっ!!」

 

その小さな拳から爆音が発生し、辺り一面に鳴り響いた。石の飛礫が無数に飛び散って島の地表に転がる小石と混じり合い、どれが巨岩の石なのかもはや判別できない。

 

行人の視界を塞いでいた岩は木端微塵に粉砕されたのだった

 

「ふむ、まあまあってところか。小宇宙(コスモ)の扱いも大分上手くなったじゃねェか」

 

「ハァ、ハァ……あ、有難うございます。これも、師匠のご指導のおかげです」

 

試験官の眼で様子を見ていた杳馬には、今の一撃がただ小宇宙(コスモ)を込めただけのものではない事を見抜いていた。拳が岩に接触(インパクト)する直前で、行人は拳に乗せた小宇宙(コスモ)()()させたのである。

行人の小宇宙(コスモ)はお世辞にも大きいとはいえない。元々、好戦的な性格ではないからなのか、転生者だからなのかは分からない。修業してもこの部分だけが伸び悩んでいた。

聖戦では行人程度の使い手など腐るほどいるだろう。火力不足という欠点を補う為に、彼が自力で編み出した技である。他にも、必要時にだけ高めていれば、常時高めている場合に比べて肉体の負担は格段に減るので、疲労しにくいという利点がある。

 

 

一応これは高等技術に該当するのだが、杳馬は教えた覚えはない。

 

(何気に高等技術使ってんのが気になんだけど。ああっ!? 小宇宙(コスモ)が小せぇから制御(コントロール)がし易くなってる訳か! へぇ、やるじゃねぇか)

 

 

行人の特性はひたすら小宇宙を高めてぶつけ合う特化型ではなく、細かい制御に長けた万能型なのだろう。

 

どちらが戦闘に向いているのかと問われれば、杳馬は間違いなく前者を推す。

 

 基本性能の向上という事は速度、攻撃力の上昇を意味する。敵がどんな小細工を練ろうと、それを強引に打ち破るという不条理を実現できるからだ。そもそも、超スピードの攻撃が飛び交う中で、悠長に思考している暇などある筈もない。それ故に、特化型こそが戦闘において最も安定した力を引き出すとされている。

 

 

単純なヤツこそ強い(シンプル イズ ベスト)

 

 この理論を実践しているのが特化型なのだ。

 

 

 

 それに対して万能型は、空間移動や幻術、霊魂の使役などの魔法のような現象を使いこなす。

 

 小宇宙(コスモ)という不可思議な力をフルに活用しているおかげで『殴る』、『蹴る』が主体の特化型とは異なり、戦闘以外にも応用が利く。ただし万能であるが故に特化型には力負けし、同じ万能型の敵にはより優れていないとやはり敗北してしまう。

 

 

 しかし、必ずしも特化型に劣っているわけではない。杳馬自身もどちらかといえば万能型に当て嵌まる。脅威の制御力で『時』を操る杳馬を力技で破るのは、並大抵の相手では不可能だろう。

 

――――要は使いようである。

 

 一度嵌れば強力になるが、使い手が未熟だと器用貧乏で終わる危険性がある非常に難しい型なのだ。

 

(できれば特化型の方を期待していたんだが、これはこれで悪くねェか。小狡い頭を持ってるコイツにはちょうどいいだろ)

 

 行人の最大の武器は“発想力”である。

 今までにない防御術(ディフェンス)のやり方を思いついた事が何よりの証拠だ。常人なら実現させるのに多大な労力を要する技も、万能型ならばそこまで苦労せずに済む。

 

 

(さ~て、体は出来上がったわけだしアレの使い時かねェ。ちょいと不安要素はあるが、まァ大丈夫だろ)

 

 ここの生活も悪くはない杳馬だが、そろそろ新たな刺激が欲しくなった。ある程度の変化がないと、人は駄目になってしまうという話は神族にも当て嵌まるらしい。

 

前菜(オードブル)が終わったところで、いよいよお待ちかねの主菜(メインディッシュ)の御登場だ。気合入れなァ」

 

 そう言いながら彼が用意したのは、行人が目にした中では最硬を誇る物質。

 

 行人はソレを見て眉を顰める。何度も拳を打ち付けては、皮が剥がれて血が滲み、酷い時は骨折までした。ハッキリ言って自信がない。ただの岩石とは違い、この世界にしか存在しない物質なのだ。“できる”というイメージが湧いてこない。

 

 

 

――――――失敗したらどうしたらいい。

 

――――――今までの自分の努力が無駄に終わるのではないか。

 

 

 不安が鎖となって行人の五体を縛り付ける。

 

 先程の巨岩とは比べ物にならない強敵。

 

 

 

 

「次は“暗黒聖衣(ブラッククロス)”を砕いて見せなァ」

 

「…………はい。分かりました」

 

 行人が出した答えは“前進”だった。

不安が拭えた訳ではない。だが、それでもやるしかないのだ。杳馬という男に目をつけられた時点で、行人は彼の期待に応える以外で命を永らえさせる方法はないのだ。

 

 

 

 

 

 二人がデスクィ―ン島で生活を始めて2年の月日が経とうとしていた。

 

 

 

 

 結果は――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――()()に終わった。

 

 なんとか罅を入れる事はできたがそれだけである。貫通するには至らず、案山子は無傷だ。原作に突入する前に転生人生終了という事実に行人は泣きたくなった。

 

(ハハハ…………まあ、所詮こんなもんだよな。いくら漫画の世界でも、ここは現実なんだから。どんなに頑張ったところで、俺なんかが割って入る事ができるはずがない。

享年9歳……………………短かったな、俺の人生)

 

 いっそ切腹でもしてやろうかなどと自暴自棄になりかけていると、杳馬が声をかけてくる。

 

「お~い。ショックなのは分かるが正気に戻りなァ。罅は入れたんだから、半分合格ってことにしておいてやる。

ただそうなるとだ。残り半分の為に、『追試』をしてもらうぜ」

 

「ほ、本当ですか…………って追試?」

 

「おうっ。試験に不合格しちまった不出来の弟子に最後のチャンスをくれてやる。涙流して感謝しろや」

 

 杳馬にしても、この2年が無駄に終わるのは正直癪だった。折角長い時間かけて育てたのだ。そう簡単に見切りをつけたくはない。どのみち一度はチャンスをやる積もりだったので、この展開は特に問題ではなかった。

 

 杳馬の言葉に行人の眼に光が戻ってくる。しかし、首の皮一枚で繋がったという事実に楽観視はできない。なんとしてもここで結果を出さなければ、最悪の結末を迎える事となる。

 

 

「さて、今から追試の内容を説明するからなァ。今度は失敗すんじゃねぇぞ」

 

「は、はい! 頑張ります!!」

 

 

 もう失敗は許されない。120%の力を出し切って、必ず合格する事を心に誓う行人だった。

 

 

 

 

 夜の帳が落ちたと同時に、追試が開始された。

 

 日の出前に『あるモノ』を杳馬の下に届けるというのが試験の内容である。

 足に小宇宙(コスモ)を集中させ、行人は渡された地図が指し示す場所に向かう。時間に余裕があるとはいえ、あの師の事である。それだけ陰湿なものが用意されているのだろう。できるだけ早く目的地に着いて時間を節約しても損はないと判断した。

 

 

 火口へと至る道の途中で深い谷がある。地図によれば、その谷の壁面に横穴がある事になっているが、上から覗くだけではよく見えない。仕方がないので行人は、壁にへばりつきながら探す事となった。

 

「……え? うわぁあああああああああああ!?」

 

 岩壁が脆い部分に手をかけてしまい、行人の体は地表に向けて落下していった。なんとか阻止する為に手探りでしがみつけられる箇所を探すが、自重を支えきれる程のものが見つからない。僅かに失速したに過ぎず、落下は続く。

 

 夜の暗さも相まって、谷底がどうなっているか分からないが落ちれば死は免れないだろう。

 

「っ! これで、どうだっ!!」

 

 だが、行人もこの2年間を無駄に過ごしてきたわけではない。

 懐から取り出したモノを壁に突き刺す事で、己の体を固定したのだった。

 

「くっ……ね、念の為に、持ってきておいて良かった」

 

 行人が取り出したのは『木片』である。

追試が始まった直後に、真っ直ぐ火山には向かわずに薪拾いで訪れる林に寄り道し、武器に使えないかと調達していたのだ。そのままでは鈍器程度にしか使えないが、行人は手刀で鋭利な棒手裏剣の形状に加工した。先程は、これに小宇宙(コスモ)を纏わせて攻撃力を高め、ザイル代わりにしたのである。

 

 その後、無事に横穴を発見することに成功した。思っていたより谷底近くにあったので、大幅な時間短縮になったのは行人には有り難い。好調に課題をクリアしていき、行人の中に少しずつ自信が戻りつつあった。

 

 横穴はかなり大きく、それこそ車が通れる天然のトンネルのようだ。明かりが無いので、行人は恐る恐る闇の中へ歩みを進めていく。

 

 

――――鍾乳石から滴り落ちる水音

 

――――闇に潜む蝙蝠の鳴き声

 

 

 鋭敏になった五感が拾う周囲の情報が脳に届き、心の奥底から恐怖という感情を汲み上げる。暗闇に目が慣れるまでは我慢するしかない。特に分岐点もなく一本道のようで、迷う心配がないのが救いだった。

 

 

 

 

 

 どれくらい歩き続けただろうか。闇の中では時間の流れが数倍遅くなるという。こんな時計も無く、星も見えない状況におかれて、行人の体感時間は狂い始めていた。進めば進むほど熱気により息苦しさが増してくる。この事実から少なくとも、火山の方に向かって歩いている事が分かった。

 

「あれ? 行き止まり!? 嘘だろ!!」

 

 先のことも考えて休息を取ろうか迷っていたが、行人の歩みは唐突に終わりを迎える。彼の前には分厚い岩壁が広がっており、空気の通る隙間すらない。

 

(一か八か壁を壊そうか? いや、崩落の危険も考えると迂闊な真似はできない。さっき使った木片をスコップ代わりにしてもいいけど、どれだけ時間がかかるか…)

 

 最悪の事態は、自分が間違った横穴に入ってしまった場合である。幾つも穴があるとは思えないが、一つしかないとは誰も言っていない。偶然見つけた横穴を前にして、探していたものだと安易に思い込んだ行人の失態だった。

 

 

 戻るべきか、進むべきか“選択”をしなければならない。

 

 

(どちらを選んでも危険(リスク)がデカ過ぎる! 違っていた場合、とんでもない時間と体力を浪費(ロス)する事になるぞ。

諦めるな、行人! まだだ! まだ何か見落としているところがあるはずだ!!)

 

 自分を勇気づけながら、行人は気が狂ったように壁を(まさぐ)った。こんなところで終われない。終わるわけにはいかないのだ。諦める事などいつでもできるのだから…。

 

 

 

 

 

「あった! きっとこれだ! これが鍵なんだ!!」

 

 行人の願いが神に通じたのか、手先すら見えないような暗がりの中で一枚の紙切れが貼られているのを目にする。

 

 その紙にはギリシャ語でただ一言こう書かれていた。

 

 

 

 

──――Αθα(´)να

 

 

 

 ある時は邪悪なものを封印し、またある時はそのものを邪悪から阻んだという聖なる守り。

 

女神(アテナ)の護符だった。

 

 護符に息を吹きかけてみると、パタパタとその身を揺らして封印の効力が尽きかけている事を行人に教えてくる。それを確認した行人は手の震えを堪えながら、破らないように慎重に剥がした。符が壁から離れると同時に、行人を畏れさせていた神々しい小宇宙(コスモ)が消えて壁に亀裂が入る。そして、重苦しい音とともに光と熱風が行人を出迎えた。

 

 

 現れたのはマグマの海。上を向くと噴煙の切れ目に僅かに星空が見える。火山に近付いているどころか、その中心部である火口まで来ていたようだ。

 

 続いて視線を前方に戻すと、一本の細い道が伸びている。かなりの年月が経っているらしく、道の途中で足場が崩れて無くなっていた。距離は目算で約100mといったところか。

 

 更に目を凝らすと、マグマの中で顔を出している四角い物体を発見する。それは星明かりによって青銅色(ブロンズ)に輝き、行人に己の存在を知らしめていた。

 

 

 遥か神話の時代より聖闘士(セイント)が身に纏う“聖衣(クロス)”は、己にふさわしい所有者が現れるまで、ある箱の中で眠りにつくという。その物体を人々は畏敬の念を込めて聖衣箱(クロスボックス)と名付けた。

 

 

 箱の表面には、何の星座が収められているのかを表す彫刻(レリーフ)が掘られていた。

 

 そこに描かれていたものは――――――――

 

 

 

 

 

「…………不死鳥」

 

 行人の口からポツリと言葉が漏れる。

 

 その聖衣(クロス)は88ある星座の中でも最強を誇り、また装着者もそれに見合う強力な小宇宙(コスモ)の持ち主である事が求められた。あまりにも厳しい条件故に“ある男”以外、一人として主を選ばなかった孤高の聖衣(クロス)

 

 

――――――男の名は一輝

 

 

 幾星霜の時を超え、“鳳凰星座(フェニックス)聖衣(クロス)”が世に現れたのであった。

 

 

 

 

 

 暫く聖衣箱(クロスボックス)の美しさに目を奪われていた行人だが、首を振って己を正気に戻す。

 

 目的の物を発見したのはいいが、この後が問題である。道が途中で途切れている以上、この赤い海に体を沈めなければならない。小宇宙(コスモ)を使用すればできなくもないが、地上で使用していた程度の量では心許無い。今までの中でも極限に高めなければ攻略は難しいだろう。

 

「はぁ、結局は頭じゃなく力技が大事って事か」

 

 いかにも聖闘士(セイント)らしい攻略法に、行人は呆れてしまう。どんなに『知識』、『技』を極めようとも、最後はそこに落ち着くのがこの世界の常識なのだろう。しかも自分が一番苦手とする技能が必須というところに、世界の悪意を感じる。

 

 

(この際だから、アレを試してみようか?)

 

 それは世界に対する行人なりのささやかな反逆。窮地に立たされたせいで、思考が麻痺しているのかもしれない。普段なら湧かない反骨心が、ここにきて生じてしまった。

 

 

 

 聖闘士(セイント)の中には万能型の代名詞と言って良い、小宇宙(コスモ)の運用法が存在する。それは小宇宙(コスモ)によって『原子の()()()()()』というものだ。

 

 

 

 あらゆる物質を構成している原子は、それぞれが常に乱雑に動いている。これが激しく動けば動くほど温度が上昇し、逆に動きが鈍くなればそれだけ温度は低下する。

 

 温度とは原子の動きの激しさを表す尺度。そして今、この局面で必要とされるのは原子の動きを止める『凍気』。

 

 

(原理は『波長合わせ』と同じで、小宇宙(コスモ)制御(コントロール)だから自信はある。だけど……)

 

 態々相手の思惑に乗って苦手分野で挑まなくても、得意分野で攻略すればいい。そう考えながら行人は改めて周囲を見渡した。

 

 

――――煮え滾るマグマ

 

――――高熱による視界の揺らぎ

 

――――今にも崩れそうな足場

 

 

 問題はここが『地獄の釜』という表現が相応しい場所という事である。

 

(こんなところで凍気を作るって、正気か俺よ? い…いや、弱気になるな! これも試練なんだ! あ、でも念の為に練習しないと…)

 

 攻略の糸口は掴めた。しかし、だからと言っていきなり硫酸のプールに飛び込む人間は果たして利口な人間と言えるだろうか。

 

 答えはNOだ。飛び込む前に練習の一つぐらいは必要だろう。上空を見て制限時間の確認を忘れない。

 

 

「ふぅ、ふぅ……うぉおおおおおおおおおお!!!」

 

 行人は呼吸を整え、足元から拾い上げた小石の原子の動きを止め始める。

 

 

 

 高めた小宇宙(コスモ)と凍気という二重技で勝負に出た。

 

 

 

 

 その頃、地上にいる杳馬は小宇宙(コスモ)を探知する事によって、行人が目的地まで辿り着いた事を察知していた。

 

「お~お~、ようやくご到着か。ヒヤヒヤさせてくれるぜ」

 

 先程からチマチマと小宇宙(コスモ)の高まりが、杳馬の肌を(くすぐ)っている。行人が足掻いている証拠に安堵するが、動き出す様子がない。その事から不出来な弟子が、また思考に没頭しているのだろうと予想ができた。

 

(思慮深いって言やぁ聞こえは良いが、そういう奴はいざって時の決断力に欠けんだよなァ)

 

 

―――――どうやら我が弟子は()()()に合わなければ理解できないらしい。

 

 自分がどんな状況に置かれているか分かっているなら、決して取ってはならない行動というものがあるというのに、現在の行人はそれを実行していた。

 

「怨むんなら油断していた自分を恨めよ。さぁて、そろそろ俺も準備をしておこうかねェ」

 

 この後に起きる展開に、杳馬はほくそ笑みながら小屋へと歩を進めていくのであった。

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ……やばい。やっぱり無謀すぎたか…っていうか石が濡れているのが氷が溶けたせいなのか、俺の汗のせいなのかすら分からん!!」

 

 行人の掌の中には小石がグッショリと濡れている。小石を無造作に投げ捨てて、いい加減動こうかと考えたその時―――――

 

 

 突如、地震が発生して行人の身体を揺らした。

 

 規模も時間もほんの僅かだったが、この島で生活していた行人には噴火の前触れだと悟る。

 

 

 

 デスクィ―ン島が宝物を狙う盗賊に『死』を与えようとしているのである。

 

 

 

(しまったぁあああああ!! 追試の制限時間に気を取られて、噴火の事を忘れてたぁあああああ!!!)

 

 島で暮らしていて噴火音が聞こえない日など無かったので、これは少し考えれば予想できる範囲の事態のはずだった。だが、不合格のショックや暗中模索などの度重なる不運で、思考に余裕が無くなっていたのである。後悔しても時すでに遅し。この様子では残り時間は10分もあるまい。

 

 

 

 意を決してからの行人の行動は迅速だった。

 

助走の為に来た道を少し戻って身を屈め、両手を地につける。陸上競技で使用されている“クラウチングスタート”の姿勢をとった。

 

On your mark(位置について)get set(よーい)……」

 

 闇に包まれた洞窟の中に行人の声が響き渡る。この行為は決して無意味な行動ではない。反響する人間の声を聴く事によって、逸る心を平常に戻しているのだ。僅かな間でも『孤独』を忘れさせ、脳は『これはいつも行う修業の延長なのだ』と錯覚を起こしていた。

 

行人は無意識で一種の“自己暗示”を行っていた。

 

 

 

go(スタート)!!!」

 

 

 下半身の筋肉から生み出されたエネルギーが地に伝わり、踏みしめる度に身体を加速させる。その勢いを殺さずにマグマの中を漂う聖衣箱(クロスボックス)に向かって跳躍。絶妙な力の制御(コントロール)により、箱を跳び越えるようなミスを起こさず、対象物の手前に着水する事に成功した。

 

 

 この一連の動作は、先程までの躊躇ぶりからは想像できない程、非常に滑らかだった。杳馬が見ていたら『もっと早くやれ!!』と説教と拳骨が炸裂していただろう。

 

 

(ぎゃああああああああ!! 熱い!! 熱いっていうより痛いぃいいいいいいいい!! 死ぬ、死ぬ、死ぬ!!! 

誰か助けてぇええええええええ!!!)

 

 

 全身を襲う激痛の中、失いかける意識を必死で繋ぎ止める。人間の皮膚は45度以上の温度で熱傷ができるといわれている。ちなみにマグマの温度は火山によって異なるが、平均的に約1000度。そんなものに身を浸しているにもかかわらず即死していないのだから、行人ももはや人間ではない。

 

 根性でマグマの中を泳ぎ切り、なんとか聖衣箱(クロスボックス)まで辿り着いた。岸まで運ぶ為に、いざ箱を持ち上げようとすると、何かが鎖で巻きつけられている事に気づく。

 

(何だこれ!? 銀色の板、いや箱? こんなの聞いてないぞ!!)

 

 大きさは聖衣箱(クロスボックス)に比べてはるかに小さく、縦20cm、横5cm程度のものだ。それの正体について一瞬思考を巡らすも、時間が惜しいので後回しにした。

 

 

 手刀で鎖を断ち切って小さい方の箱を懐に仕舞い込み、体を岸に向けて来た道を逆戻りしていく。努力の甲斐もあり、ようやく残り5mを切る。このまま無事に脱出できるかと期待した行人だが、やはり現実は残酷だった。

 

 

 人間の努力を嘲笑うかのように、再度自然の驚異が彼を襲う。

 

 

 

 2回目の地震は1回目よりも長く、大きく、そして――――――恐ろしかった。震動によって崩れた無数の岩の欠片が、マグマに落ちて水面に幾重もの波紋を作る。身体に打ち付けられる波を感じながら、行人は最悪の未来図を思い描く。

 

(また地震が! 限界だ!! このままじゃ間に合わない!!)

 

 今からこの場を脱出しても長い洞窟が、更にその先には渓谷が待っている。だというのに行人は未だにマグマの中だ。それでも彼は腕が千切れんばかりに必死で岸を目指す。たとえ悪あがきだとしても、これが最善の選択だと判断したが故に…。

 

 

 

 そして遂に―――――タイムリミットが訪れた。

 

 

 

 

 デスクィ―ン島の怒号が大地を揺るがし、憤怒は天を灼く。島が流す血液が地表の生命を奪い尽くそうとする様は、まさしく世界が灰燼に帰すとされる怒りの日(ディエス・イレ)と呼ぶのに相応しい。

 

 

「いよッ! た~~まや~~~~!! か~~ぎや~~~~!! な~んちゃって」

 

 外界で巻き起こる大災害も何処吹く風と、小屋の中では最高の見世物(ショ―)を肴に酒宴を行う悪魔が一人。

 

「あ~あ~、モタモタしてっからこうなんだよ。こういうのは……早く! 正確に! やらねぇと意味がねぇってのに」

 

 かなり無茶な要求をしている杳馬だが、これは真実だった。

 

 敵とは生き物であり、考える事が出来る。こちらが思考している間は、相手もまた思考しているのだ。常に停滞しているはずがなく、こちらの思考を読み取った上で攻撃を仕掛けてくる。だから戦況は刻一刻と変化するのであり、対応しきれない者から死んでいく。

 

 敵より二手、三手先を読み取る技能(スキル)こそ、万能型である行人が身につけなければならないもの―――――――――――――――なのだが、結果は残念な形で終わった。

 

 この島で2年も過ごしていたにもかかわらず、“噴火”を忘れるとは言語道断である。

 

「う~ん、ちぃっとばっかしハードルを上げすぎたか? でも必要だしなァ。

まァ……人間なんだし、最初はこんなモノなのかねェ」

 

 やはりもう少し精神面(メンタル)を重点的に鍛えておくべきだったと、弟子の仕上がり具合に杳馬は頭を痛める。頭痛を酔いで誤魔化そうと、彼はボトルの中の残り少ない酒をグラスに注ぎこむ。喉を流れてきたアルコールが、肝臓で分解されて体を火照らせる。大脳の麻痺と共に、集中力の低下が始まるが杳馬は気にしない。いざとなったら、能力(ちから)を使って代謝機能を促進させれば問題はなくなる。

 

「んッ!? おいおいおい、本気(マジ)かよ。あいつどうやって……」

 

 何かを感じ取ったのか、島のとある一角の方へ視線を移す。眼を見開いて見つめる彼に、先程のおちゃらけた様子はない。自分の感覚が伝えている出来事に確信が持てないのだ。

 

 あの杳馬が、である。

 

「…………ああ、()()いうことね。本当(ホント)に飽きさせねぇ奴だよ、テメエは」

 

 食い入るように見つめていたが、ある事実に思い至って表情に笑みが戻る。くつくつと笑う姿は、楽しい玩具を手に入れた子供のようだ。

 

「あれまァ、(ブツ)も手に入れて安心してんだろうけど、良いのかねぇそれで?」

 

 追試は戻ってくるまでが追試である。そして、追試が通常の試験より簡単だとは限らない。

 

 それが意味する事は――――――――――――――――

 

 

 

 

 杳馬が見つめていた一角では他とは違い、奇妙な現象が起きていた。

島を侵食していくマグマの一部分が盛り上がり、中から人の手が現れる。続いて現れたのは人間の顔――――言わずと知れた行人だった。

 まだ火の手が回っていない高所に避難する為に、行人は岩壁を片腕でよじ登る。もう片方の手には、命懸けで手に入れた聖衣(クロス)の肩掛け用のベルトを掴んでいた。登り切った後、自分が引き起こした奇跡に声を上げて笑う。

 

「は……ははっ。あはははははははっ! ぐっ! うっ、ううっ! さ……さすがに、今回は、死ぬかと思った」

 

 腹筋が働いたと同時に、体が激痛に苛まれる。己が全身大火傷をしていた事を思い出すが、大して気にならない。

 

 この世界が与えた理不尽を自分の力で捻じ伏せてやれたのだ。僅かとはいえ、それは確かに行人の勝利の証といえよう。

 

(急ごしらえの策で不安だったけど、上手くいってよかった。さあ、早く戻らないと…)

 

 あとは帰るだけだと考えれば、疲労している体も不思議と軽くなる。ラストスパートをかけようと腰を持ち上げた時――――――――――――――――

 

 

 

「――――――やあ、少年。今夜は良い月だね」

 

 

 

 聞き慣れない声が周囲に木霊する。轟々と噴火音が響く中だというのに、不思議とその声は一言一句、行人に届いていた。

不意を突かれた行人は冷や水を浴びせられたような気分になる。この島には自分と杳馬の二人しかいない。だから今の声は杳馬のものでなければおかしいのだ。声の主を確認しようと、行人はバッと上を見上げる。

 

「さっき、君が使ったのは『波長合わせ』かい? それも()()()に合わせていたね。なるほど、それならば高熱も苦にならない。熱に耐えたのではなく、熱を発する物とひとつになったのか。

そして、小宇宙(コスモ)を高めると軽くなる聖衣(クロス)の性質を利用し、聖衣箱(クロスボックス)を浮き輪代わりにするとは驚いたよ。あとは溢れ出すマグマの流れに乗ってしまえば、自動で外に脱出できる。

まだ幼子とはいえ、絶体絶命の状況でも諦めぬ姿勢は実に良い。だからこそ、僕は見事と賛辞を贈るよ」

 

「!?」

 

 

 其処には先のグスタフと同じく、漆黒の鎧を纏う若い男が木の枝に佇んでいた。血のように赤い月の光によって、アームパーツに付属した獣を思わせる爪が妖しく輝く。

 

「はじめまして。そして――――――さようなら。苦労して手に入れたというのに悪いけど、鳳凰星座(フェニックス)聖衣(クロス)は僕が頂くよ。

この暗黒山猫座(ブラックリンクス)のヴァレリーがね」

 

「…………暗黒聖闘士(ブラックセイント)か」

 

 血を吐くような声で、行人は男の正体を口にする。距離が開いていたにもかかわらず、火口での行人の行動を正確に把握していた事から、ヴァレリーと名乗る男は感知能力に長けているようだ。 

 

(俺の隠行じゃ逃げても無駄か。誤魔化しきれない。分が悪いけど…………迎え撃つ!!)

 

臨戦態勢を崩さない行人に、ヴァレリーが襲い掛かる。

 

 

 結界が消えた事により、本来の時を刻み始めたデスクィ―ン島に招かれざる来訪者が現れる。敵は未熟者だろうが容赦しない、本物の戦場を潜り抜けてきた戦士。実力差は歴然なれど、行人は生きる為に立ち向かう。

 

 

 

 今宵、伝説の聖衣(クロス)を賭けた死闘が繰り広げられる。

 

 




書きあがったのは良いが、次回は何時になるんだろう。

1年以上経っているのに、まだこれ序盤なんですよね。(汗)
早く他の原作キャラと会話させたいな。


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13/禍月

夏に書き上げる予定が、秋になってしまいました。

やはり、戦闘描写がかなり難しかったです。

格上の敵に創意工夫して勝利することは王道なのですが、いざ書いてみるとどれほど大変な作業なのかがよく分かります。(主人公最強物が流行るわけですね)




 

 

「アハハハハハッ!! ほらほら、どうしたんだい!? 逃げてるだけじゃ、僕には勝てないよ!!」

 

獲物を仕留めんと、山猫の爪が縦横無尽に振るわれる。迫りくる爪を躱そうとするものの、行人の動きに合わせるかのように軌道が変化して逃げられない。そこまで傷は深くないが、それはヴァレリーの手加減によるところが大きい。

遊ばれていることは素人目から見ても明らかだ。

 

「でやぁあああっ!」

 

 負けじと行人も反撃の拳打を放ってはいる。だが、暗黒聖衣(ブラッククロス)によって阻まれて、ヴァレリーにまで届いていない。それどころか打ち込んだ行人の拳の方が傷んでいた。

 

 

(俺の拳は! 小宇宙(コスモ)は! どうしてこんなにも弱いんだ!! 

まず、あの暗黒聖衣(ブラッククロス)を何とかしないといけないのに、それすらできないなんて…)

 

 

一撃も有効打を当てられない己の非力さに、行人は憤りを感じずにはいられなかった。身体に裂傷が刻まれるたびに相手の力量が伝わり、心に諦観の二文字が浮かび上がる。まるで血と共に希望も流れ落ちていくように……。

 

抵抗する行人の思いも空しく、彼の修業着は少しずつ真紅に彩られていく。革製のプロテクターなど気休めにもならず、既に原形を留めていない。聖衣(クロス)の有無が如何に戦況を左右するかを、身をもって知ることとなった。

 

(いけない、弱気になるな。この程度の敵すら倒せないなら、聖戦に参加する意味がないだろ!!)

 

 

 いくら嘆いたところで現状は変わらない。

 

前世には戻れず、今世の家族の元にも帰れない。行人には、もはや身一つしか残されていないのだ。

 

 

 戦局はヴァレリーに有利に働いている。しかし、彼はひと思いに決着を着けようとはしなかった。

何故かというと、島に到着したら得体のしれない力が働き上陸ができないので、船上で何日も過ごすハメになったからである。

 

首領(ドン)からの催促が何時やってくるのか分からず、昼間は恐怖に怯え、夜は船酔いと悪夢に苦しめられるという毎日。行人にはたっぷりと絶望を味わって貰わなければ、気が済まなかったのだ。

 

 

鳳凰星座(フェニックス)聖衣(クロス)は使わないのかい? 

誰もが存在を知っているのに、目にした者はいない伝説の聖衣(クロス)。希少価値なら黄金聖衣(ゴールド)すら超える至高の一品。

僕が記念すべき最初の一人になれると思っていたんだけどね」

 

 

聖衣(クロス)が言ってるんですよ! 『この程度の敵すら倒せないようでは、我を纏う資格なし』ってね!」

 

 挑発を挑発で返す行人であったが、心臓が早鐘のように脈打つのを感じていた。今の敵の言葉の裏に隠された意味に気づいたからだ。

 

 小宇宙(コスモ)増幅器(ブースター)の機能を持つ防具――――聖衣(クロス)を纏うことこそが、ヴァレリーとの実力差を埋める唯一の手段。それなのに、生身で戦い続ける人間は、愚者か勇者のどちらかだろう。

 

 

 

――――()()()()()

 

 

 

反抗的な態度で返されても、ヴァレリーの表情は涼やかだ。むしろ憐れみの視線を向けながら訥々と語りだす。それは行人にとって『死刑宣告』と言えるものだった。

 

「フフッ、強がりは止めておくといい。少なくとも僕には通用しないよ。さて……君の不可解な行動だけど、その聖衣(クロス)についての知識があれば(おお)よその見当は付く。

 君は使わないんじゃない。使いたくても使えないんだろう?」

 

ヴァレリーの推論に無表情を貫く行人ではあるが、小宇宙(コスモ)の乱れまでは隠せず、平静を装っているだけだと教えてしまう。己の考えに確信を強めたヴァレリーは更に話を進める。

 

 

「その聖衣(クロス)があった場所は火口の中。この状況なら小宇宙を高めることで攻略しようと考えるのがセオリーだ。

聖衣(クロス)の中でも鳳凰座(フェニックス)は特に強い小宇宙(コスモ)が必要になるからね。

()()()()()()()()()()()()

 

 

 行人はその言葉に悔しく歯軋りする。ヴァレリーの言う通り、最後の試練で求められていたのは、マグマの高熱にも耐えうる莫大な量の小宇宙(コスモ)

 

聖衣(クロス)は余人が考えているほど万能な武具ではない。たとえ手に入れたとしても、それに見合った力量が無ければ逆に聖衣(クロス)に振り回されてしまうという落とし穴があるのだ。

 

 

 

それを正道ではなく、『波長合わせ』などという邪道を用いた卑怯者を、鳳凰座(フェニックス)聖衣(クロス)は決して認めないだろう。

 

 

(……正解…。あとは相応しくない者が開けると、不吉な事が起きるからというのもあるんだけどな…)

 

 

聖衣箱(クロスボックス)にはパンドラの箱(パンドラボックス)という別名が存在する。

 

パンドラの箱とは、ギリシャ神話にある『この世の全ての災いが封じ込められた箱』だ。

プロメテウスが火を盗み出して人類に与えたことに腹を立てた大神ゼウスは、人類に『災い』をもたらす為、神々に『女性』を創るよう命じる。誕生した彼女はパンドラと名付けられ、神々から『知恵』、『美貌』といった様々な贈り物を与えられたのだが、その中の一つに『箱』はあった。

 ある日、決して開けてはならないと忠告されていたにも拘らず、彼女は好奇心を抑えきれずにとうとう箱を開けてしまう。最後は世界中に災厄が降り注ぎ、人類は苦しむこととなったという伝説だ。

 

 

 聖衣(クロス)という神聖な存在は、おいそれと人目に晒して良いものではない。

 

 然るべき時、然るべき理由で、正しい者以外がこの箱を開けた場合は相応の罰が下されることとなる。そういった伝承があるからこそ、聖衣箱(クロスボックス)はパンドラボックスとも呼ばれるようになったのだ。

 

 

 そもそも冥闘士(スペクター)になる為に転生した行人に、アテナの加護を受けた聖衣(クロス)が力を貸す確率は限りなく低い。

 

 

 

聖衣(クロス)を渡して許しを請うかい? 社会勉強も兼ねて、腕の1本は置いていってもらうけどね」

 

「冗談じゃない!」

 

 ヴァレリーの提案を蹴り飛ばし、行人は拒絶の右拳を打ち出す。再び腕を使って防御(ガード)されるが、動きを読んでいた行人はそのまま腕を掴み、己の体を持ち上げて顔面に水面蹴りを浴びせる。

 

 その攻撃を首を反らしただけで回避したヴァレリーは、力任せに振り解く。そして空中に投げ出されて攻撃を躱せない行人に向かって、彼の爪が振り下ろされた。

 

「そらっ!」

 

「ぐはっ!?」

 

 間一髪のところで、行人は体を捻り背にある聖衣箱(クロスボックス)を敵に向けた。楯代わりにされた聖衣箱(クロスボックス)暗黒聖衣(ブラッククロス)の爪と激突し、金属音と共に生じた火花が周囲に飛び散る。

 

止めとして放ったはずの一撃は、使命を果たせずに終わることとなった。

 

ヴァレリーは行人の聖衣箱(クロスボックス)の使用法に再び驚く。女神を守る為に創造された聖衣(クロス)。中身が使えないからとはいえ、こうもぞんざい扱う者は初めて見たからだ。

 

「中々やるね! だけど……詰めが甘いよ!!」

 

 攻撃を防いだのは評価できても、背を向けているせいで敵の動きを確認できていない。すぐさま攻撃を爪から足へ切り換えて、今度は音速(マッハ)の打撃が行人を襲う。軽い体重では抗えるはずもなく、遥か彼方へと吹き飛ばされてしまった。

 

 

 

着地点にあるものを見て、行人は愕然とする。

 

(ヤバい! 狙いはこれか!!)

 

 眼下にはデスクィーン島名物の『赤い海』。

 

この中に落とされれば、水の抵抗によって速度の低下は避けられないだろう。急いで這い上がろうとしても、そんな無防備な姿を黙って見ているほどヴァレリーは甘い相手ではない。

 

 

――――海中に落とされた時点で、行人の命運は尽きることとなる。

 

 そう結論付けた行人は体を捻じり何とか食い止めようとするものの、再び背中に衝撃が走る。

 

「無駄な足掻きを!!」

 

「うわぁああああああああっ!?」

 

 止めの駄目押しとして放たれたヴァレリーの一撃により、今度こそ行人は絶望の海へと叩き込まれてしまう。

 

 空を彩る火柱から火の粉が舞い散る。周囲に舞うそれは蛍の如き儚さで、美しく闇へ溶けていった。

 

まるで首領(ドン)積尺気(せきしき)を思わせるような光景に、ヴァレリーは苦虫を噛み潰したような顔になる

 

 

古来より、蛍は動物の魂がこの世に現れた姿といわれている。

 

――――肝試し然り

 

――――お盆然り

 

何故よりにもよって夏に霊に纏わる話が多いのかというと――――古来、墓地に飛ぶ人魂は、死体が分解されて生じるリンが原因ではないかと考えられていた。偶然にも同じ時期に羽化を迎える蛍が飛び交う光景は、先人達には肉体を失った死者が現世に帰ってきたように見えたのだろう。

 

 ヴァレリーはかぶりを振って意識を現実に戻す。未だにマグマの液面には変化が見られない。いつ行人が飛び出てきても迎え撃てるように、彼の準備は万端だ。

 

 

(さあ、早く出てきたまえ。まさか溺死などという、つまらない幕切れにはしないでくれよ)

 

 

それから10秒、20秒と待ち続けるヴァレリーの期待に反して、一向に行人は上がってこない。訝しむヴァレリーは、行人の現在位置を確認する為に小宇宙(コスモ)の探索を開始した。

 

(やれやれ、無駄なことを…。僕から逃げられると思っているのかい?)

 

 強者に出会った弱者が逃亡を図るのは賢明な判断だ。

 

しかし、ヴァレリーは聖衣(クロス)の探索ができるほど優れた感知能力を持つ男。彼にとって、未熟な行人の小宇宙(コスモ)を見つけるなど造作もない。

だからこそ、行人の選択は明らかに失策―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――のはずだった。

 

「…………ん? こ、これはどういうことだ!?」

 

 信じられないとばかりに、ヴァレリーの眼は大きく見開かれる。戦闘が始まって以来、初めて見せる彼の動揺。

 

 

――――有り得ない

 

――――何故

 

 

 なんと、行人の小宇宙が()()に分裂していたのである。それも1つ2つではなく、最低でも6つは感じ取れた。

 

 

まさかの事態にヴァレリーの頭は混乱する。これが東洋の神秘と名高い“分身の術”かと思いきや、すぐにその可能性を否定した。そんな便利な技があるならば、とっくに使っていたはずだ。

 

――――ではどうやって?

 

頭の中で様々な方法を模索するも、あの状況で自分を出し抜く手段が思いつかない。それが意味することは、ほんの一瞬とはいえ戦士としてヴァレリーを上回ったということになる。

 

 そうこうしているうちに、行人の小宇宙(コスモ)はヴァレリーからどんどん遠ざかってゆく。その速度は緩慢だが、確実に距離を引き離していた。せっかく見つけた聖衣(クロス)を見失う訳にはいかず、ヴァレリーは動揺する心を抑えながら後を追う。

 

「シャアァアアアアッ!!」

 

 彼の手が鉤爪状になり大気を抉り取る。すると空気と空気の間に溝が作られ、炎を切り裂く真空の刃となって標的に向かう。

 

刃が正確に着弾したと同時に反応は消失。しかし、死体が上がって来ないところを見るとハズレだということが分かる。残りの確率は5分の1。そのどれかにいる行人の命を奪う為に、再びヴァレリーは斬撃を放つのであった。

 

 

 

 

 

 

ヴァレリーとの戦場から少し離れた林の中、行人は屈辱の敗走を余儀なくされていた。

 

「はぁ、はぁ……。クソッ!! なんて……情けない…」

 

 初めての戦闘ということもあり、自分なりに足掻いた小1時間。得られたのは、自分ではヴァレリーに勝てないという非常な現実だった。

 

2年の月日で培ったプライドはズタズタにされ、微塵も残ってない。

 

(畜生! あんなに修業したのに、全然敵わない! あの苦労は全部無駄かよ!!)

 

巨大な敵を前にして、頭では逃亡を拒んでも、体は勝利よりも生存を優先させようと動く。そんな醜い自分に吐き気を催しながらも、彼の足はこの島で最も安全な場所へと向かっていた。そこには行人が知る限り、“最強の男”がいる。

 

 

 この試験を冷静に振り返ってみると、行人が敵を倒す必然性はない。あくまで合格条件は聖衣(クロス)を持ち帰ることだと言ったのは、発案者自身である。

 もし試験の意義が、己の力量と戦況を照らし合わせた上で、適切な判断を下せられるかが問われているのだとしたらどうだろうか。

 

 

 敵を倒そうと死力を尽くすこと自体が間違い、と考えられなくもない。

 

 

 先程の攻防の最中にも、行人は状況を好転させようと必死で頭を働かせていた。そしてマグマに落とされて肝を冷やすが、相手から姿が見えないという点を利用して一つの策を思いつく。

 

隠し持っていた棒手裏剣を水中でバラ撒き、マグマの水流に乗せて(デコイ)に使用したのだ。ヴァレリーの感知能力を逆手に取ろうと、棒手裏剣には行人の小宇宙(コスモ)が込められている。

 

普通なら小宇宙(コスモ)を常に流し続けなければ、あっという間に枯渇して高熱により燃え尽きてしまうが、今回はそのような事態が起きていない。もし、ヴァレリーが壊さなければ数分は持ちこたえていただろう。     

 

 では、何故そんなことができたのかというと、棒手裏剣が()()だったことが大きな要因だ。

 

聖闘士(セイント)の……いや、神の戦士達の血液には小宇宙(コスモ)が含まれている。ヴァレリーとの戦闘により行人は全身血塗れだ。流れ出た血液の一部が懐に溜まり、植物である棒手裏剣へと染み込んでいたのである。

 

皮肉なことに、ヴァレリーは行人に逃走手段を与える形となってしまった。

 

 

 その後は(デコイ)に紛れて自らもマグマの流れに乗り、ここまで逃げてきたのだ。カラクリを見破られるのも時間の問題だろうが、とにかく距離を取りたかった。あのまま勝ち目のない戦いを続けるより、こちらの方が遥かに生存率が高いからこその選択である。

 

 この聖衣(クロス)を杳馬に渡してしまえば、後は行人の知ったことではない。追ってきたヴァレリーは、杳馬の手によって八つ裂きにされることだろう。

もし、何故敵を倒さずに逃げてきたのかと問われれば、あらかじめ条件を正確に設定しなかったことを理由に開き直るまでである。

 

 

 杳馬の元までかなりの距離があるが、ヴァレリーよりも行人の方が近い。全小宇宙(コスモ)を足に集中させた上での疾走ならば20秒、いや16秒で辿り着けるだろう。  

ただし、小宇宙を高めれば当然ヴァレリーにも気づかれてしまうので、これも決して安全な策とは言い難い。

 

(……でも、暗黒聖衣(ブラッククロス)を破る方法が見つからない以上、こっちの方が何倍もマシだ!)

 

 覚悟を決めて、いざ行動に移そうとした行人の隣の樹木に、風切り音を上げて何かが突き刺さる。

 

「なっ……なんでこれが!?」

 

 その正体は鮮血に染まった棒手裏剣であった。根本までめり込んでいることから、それが恐ろしい膂力で放たれたことを表している。先程、(デコイ)に使ったはずのこれがあるということは―――――――――――

 

 

 襲撃者を確認しようと、飛んできた方向に振り向く。

 

 

 

 

しかし、そこには誰もいない。

 

 

困惑する行人に頭上から一つの影が飛来した。

 

「っ!? くそっ!!」

 

 奇襲を仕掛けてきたのは、やはりヴァレリーだった。どのような方法で捕捉されたのか分からない行人は心を乱されて、反応がワンテンポ遅れる。回避を諦めた行人は、死を免れる為にまた一つ手札(カード)を切らざるを得なくなった。

 

「おおっ!? 今度は小宇宙(コスモ)を使った障壁とは、中々芸達者じゃないか!!」

 

 自分の爪を防いでいる不可視の壁の正体に気づいたにもかかわらず、ヴァレリーは尚も攻撃の手を緩めない。彼には自信があったのだ。落下のスピードと体重を乗せた一撃ならば、こんなもの大した障害にならないと……。

 

「くっ! うぉおおおおお!!」

 

 それを見越して行人は爪が食い込んだままの障壁を、横回転させていなすことで危機を脱する。地に叩きつけられるところをヴァレリーは爪を引き抜き、後方に跳躍して距離を取る。そして、そびえ立つ()()を踏みつけて再び行人に襲いかかった。

 

「とくと見よ! 山猫(リンクス)が描く、禍月(マガツキ)を!!」

 

 ヴァレリーから放たれる小宇宙(コスモ)が真紅に輝き、光が腕を伝って右爪に集中する。(あか)い残光が弧を描く姿は、まさしく夜天を斬り裂く三日月の如し。

 

突如出現した紅い月が醸し出す妖美さに、死地に立たされている行人は不覚にも見惚れてしまう。

 

「クレッセント・リンクスクロー!!」

 

 これまでに見た中で最速の攻撃を前に、行人は奇襲時と同じく障壁を張って防ごうとする。しかし、真紅の爪の前には紙切れ程度の抵抗力しかなく、障壁ごと右腕が斬り裂かれてしまった。

 

「あ……あぁああああああああああああああああああ!!!」

 

 絶叫が木々の中に響き渡る。二の腕を深々と裂かれ、傷口の下から白い何かが見えたのは気のせいだと信じたい。

 

「ああ、良い声だ。だけど……足りないよ。まだ君の眼は死んでないね。出し惜しみせず、全力できたまえ」

 

 

 死を覚悟した者の眼には、言葉では表すことができない輝きが出ることをヴァレリーは経験により知っていた。だからこそ、行人が切り札を隠し持っていることに気づいたのである。

切り札を敢えて出させるヴァレリーだが、勝機は彼の方にあった。腕を痺れさせることすらできない行人の技などたかが知れている。暗黒聖衣(ブラッククロス)を壊せるとは思えない。ならば、行人の心を折る為に危ない橋を渡るのも一興と考えたのである。

 

 確かにヴァレリーの推察通り、行人には切り札が残されている。小宇宙(コスモ)の恩恵によって、ようやく形にできた“とっておき”だが、迂闊に使うわけにはいかなかった。

 

 

 何故なら、聖闘士には“1度見た技は2度と通用しない”というジンクスが存在するからだ。

 

 

おそらく、体内の小宇宙(コスモ)の流れを読み取り、技の原理を理解することで可能としているのだろう。

暗黒聖闘士(ブラックセイント)は落ちぶれたとはいえ聖闘士(セイント)のはしくれ。同じことができると考えるべきだ。撃つ前に、絶対躱せない状況を作る必要があったのである。

 

 

「フフッ、何をためらっているんだい? 運が良ければ、僕を倒せるかもしれないのに…」

 

「ぐっ、ううっ……ヒトの腕に、デッカい傷つけた上で、よくもいけしゃあしゃあと……。恥ずかしく……ないんですか!?」

 

「全然、全く、これっぽっちも思わないよ。

いくら僕でも保険ぐらい賭けておかないと、こんな見下したような真似はしないさ。むしろ、君を高く評価しているからこそだと受け取ってほしいね」

 

 力、速度(スピード)、そして経験でもヴァレリーが勝っている。更に暗黒聖衣(ブラッククロス)という絶対的優位性(アドバンテージ)があるにも拘らず、この用心深さ。彼の実力の高さがうかがい知れる。

 

利き腕を潰された状態で撃ったとしても、本来のものと比べれば威力と速度(スピード)の半減は免れない。ただでさえ勝率が低い相手に、不完全な切り札をどうして撃てようか……。

 

 

「その余裕、後悔させてみせます……」

 

 

 かといって、良案が浮かぶわけでもない。行人に残された道は、ヴァレリーの言う力技による真っ向勝負しかなかった。

 

決着をつける為に、行人は木を背にして腰を落とし構えを取る。師範代が杳馬相手に見せた戦法で、技を最大限に引き出すことに専念する。

 

行人の内在する小宇宙(コスモ)から、生半可な技ではないことが離れているヴァレリーにも理解できた。

 

(でも、僕を凌ぐ大きさではない。所詮は半人前ですらない候補生。これがこの少年の限界か…)

 

 期待していたほどのモノではなく、失望したヴァレリーは再び爪を構える。数多の命を奪い、彼に勝利をもたらした山猫(リンクス)の爪。今宵、新たな犠牲者を生む為に、その身を真紅に染めていく。

 

 そして、高めあった小宇宙(コスモ)が同時に放たれた。

 

 

「雷光流転拳!!」

 

「クレッセント・リンクスクロー!!」

 

 

音速を超えて互いの秘拳が交差する。衝撃波により大気が震え、島が奏でる爆音を掻き消して、一瞬の静寂を与えたのだった。

 

 

 

 




貧相な戦闘描写で申し訳ありません。これが私の限界でした。(泣)


次話は少し文字数が短くなる分、早く投稿できるかもしれません。


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14/演出家

明けましておめでとうございます。

年内に書き上げる予定だったのに、間に合わず申し訳ありません(泣)


気がつけば、お気に入り件数が着々と増えていることに感激です。

相変わらずの遅筆ですが、どうか今年もよろしくお願いします。


 

 

 

 

 行人とヴァレリーが雌雄を決しようとしている頃、島の一角で異常事態が起こっていた。

 

 ヴァレリーと共に島に侵入した暗黒聖闘士(ブラックセイント)達である。

 

 島に2つの小宇宙(コスモ)の存在を確認した彼らは、チームを2つに分けることにした。

 小さい方には1人で十分とヴァレリーが、大きい方には残りが全員でかかるという方針である。

 

 

 簡単な任務のはずだった。敵は動こうとせず、室内に入っても毛布を頭からかぶった姿を見て、彼らは臆病者と蔑んですらいた。

 

 それが致命的な誤りだと気付きもせずに―――――――

 

 

 毛布を剥ぎ取ると、そこはもぬけの殻だった。同時に小宇宙(コスモ)も消失し、敵の姿を完全に見失う。

手で触れてみるとぬくもりを感じることから、ついさっきまで誰かがいた事が分かる。小屋の出口は1人が塞いでいるので、室内にいるのは間違いない。室内を捜索しようと一歩足を踏み込んだ時に、()()は起こった。

 

 

 突然部屋の照明が消えて暗くなる。予期せぬ事態に彼らは驚く暇もなく、先程の小宇宙(コスモ)が発生した。

 

 波長は消失したモノと同一なのに、今度の小宇宙は(コスモ)手の平を返したかのような異質さを放っている。

 

 まるで……遠吠えだけで、犬や猫ではなく、神話の魔獣だと即座に分かるようかのように…。

 

 命の危機を感じた全員が脱出しようと出口へ向かうと、目の前で番をしていた暗黒聖闘士(ブラックセイント)の体が、正中線に沿って縦に裂ける。血を噴水のように撒き散らす仲間を見て、誰もが慌てて足を止めてしまう。

 

 捜索隊のリーダーを務める暗黒銀蠅座(ブラックムスカ)のラドルが指示を飛ばして、互いを背中合わせにして敵を探す。視界が悪いとは言え、室内は狭く、隠れられる場所は限られている。なのに、見つけられない。

 

 

――――小宇宙(コスモ)

 

――――視線

 

――――気配

 

 

 自分達以外に何者かが潜んでいることを裏付ける要素がこれほどあるというのに、姿だけが確認できない事態に、焦燥感に駆られていく。

 

 とうとう静寂に耐えられなくなった1人が、再び出口に向かって逃亡を図る。あとほんの数cmで外に出られるというところで―――――――――――――――――――――――――――――――何の前触れもなく、今度は首が胴体と別れを告げた。

 

 

 その光景を見ていた大半がパニックを引き起こした。目の前で殺されたのに、どんな攻撃を受けたのかすら認識できなかったからだ。いつ、どんな方法で殺されるか分からない。 

 ここまでくると相手が人間なのかすら疑わしくなってきた。何かが原因で、神代の怪物が住み着いたということもあるかもしれない。

 

 無情にも時だけが進んでいき、神経を高ぶらせている暗黒聖闘士(ブラックセイント)達の間に疲労が溜まっていく。このまま全滅することだけは避けようと、ラドルが1つの策を講じた。

 

 各自が小屋の壁を壊して自分用の出口を作り、そこから強行突破するというものだ。

 

 小宇宙(コスモ)の反応から、襲撃者は1人しかいないことは分かっている。

 ならば…360度、別々の方向へ逃げ出す者への対処は難しいはずだ。何人か犠牲になるだろうが、これが一番生存率が高い。

 

 彼の提案に反論する者はいなかった。

 

 襲撃者が誰を標的に選ぶか分からない以上、危険性(リスク)は全員が背負っている。なにより、この正体不明の敵を相手にして、『犠牲を伴わず全員が助かる方法を考えろ』などと泣き言をほざく者はいない。

 

 そんな御都合主義を期待するくらいなら、自力で奇跡を起こそうと行動する程度には、彼らは現実というものを知っていた。

 

 最低でも1人が助かり、組織へ報告できさえすれば一先(ひとま)ず自分達の役目は終わる。あとは相応しい者が選抜され、無念を晴らしてくれるだろう。

 

 合図と共に、作戦が実行される。脇目も振らず一斉に駆けていく中、ただ1人動かない男がいた。この作戦を立てたラドルである。

 

 社会のつまはじき者同士、彼は部下に対しそれなりの愛着を持っていた。彼らを捨て駒にしようとは思ってはおらず、部下が命を懸ける時は、自分も命を懸けるつもりでいた。

 

 ではどうして動かなかったのかというと、彼自身にも分からない。

足が石のように固まってしまって、動けなかったのだ。ラドルの異変に気付かずに、仲間達が我先にと外に向かう。

 

 

 

 そして――――――全員が()()に頭部を破裂させた。

 

 

 脳漿がぶち撒かれて崩れ落ちる部下達を見て、ラドルは己の浅はかさに後悔する。この絶望感は首領(ドン)と対峙した時に似ているが、本質が全く違う。

 

 暴力や殺気をぶつけることで恐怖させる首領(ドン)が支配者なら、この敵は観客に対して恐怖劇を展開している演出家のようだ。恐れおののく自分達の姿を、舞台裏という安全圏からせせら笑う姿が目に浮かぶ。

 

 仲間を全て失ったというのに、敵についての情報は何1つ入って来ない。人種、性別、能力……数え上げたらキリがない。

 

 聖戦以外ではまともに戦う機会が得られない聖域(サンクチュアリ)聖闘士(セイント)と違って経験が豊富とはいえ、小宇宙(コスモ)も使えないような格下ばかりを相手にしてきたラドルには、腕を磨く機会が少なすぎた。

 

(光速拳のような超速度(スピード)じゃない! 幻術でもない! オレは一体、何と戦っているんだ!!)

 

 敵の不気味さに、静寂から生じる耳鳴りが激しさを増す。呼吸が荒くなり、一筋の汗が頬を伝って血で穢れた床に滴り落ちる。ただ立っているだけだというのに、この異常空間のせいで体力と精神力が恐ろしい速さで摩耗していくのを感じる。

 

 次に狙われるのは、生き残っているラドルしかいない。今度攻撃を仕掛けられれば、彼は部下達と同じ結末を迎えることとなる。

 

こうなればできる事はただ一つ、()られる前に()るしかない。部下が死んでしまったからこそ生じた選択肢を、彼は選んだ。

 

 

「誰だか知らんが、あまりいい気になるなよ。暗黒聖闘士(ブラックセイント)の恐ろしさを思い知らせてくれる! サンドストーム・デストラクション!!」

 

 

 ラドルが小宇宙(コスモ)を燃焼させて放った技によって、大気が渦巻き状に立ち昇り、小屋を中から破壊した。その突風は土埃や砂だけでなく、家具、材木――――室内にあった全てを巻き込んで、ミキサーのようにかき回していく。

 

 どこに潜んでいるか分からないなら、丸ごと吹き飛ばせばいい。

 

 屋内にいたのは間違いない。逃げた様子もなかった。この技で倒せないまでも、ダメージは通ったはずである。

 

 今のうちに船に戻ろうとラドルは動き出す。

 

「なっ!? ぐぁああああああああああ!!!」

 

 だが、彼が相手にしている敵は一筋縄ではいかない。ラドルの右足の甲が針のようなもので地に縫い付けられてしまう。

 

「こ…これは一体……」

 

 気配も音も無く突如現れたその針は、奇妙なことに何もない虚空から生えていたのだ。拘束から逃れようとと躍起になっているラドルの前に、一人の男―――――――――――――――杳馬が姿を現した。

 

「無駄無駄……そんなんじゃ、ソイツは外せねぇよ」

 

「き、貴様か…さっきからコソコソ隠れていたのは! よくもオレの部下を殺してくれたな!!」

 

 ついに正体を見せた怨敵に食って掛かるラドルだが、動きを封じられているので睨みつけるくらいしかできない。ラドルの表情から考えを読み取った杳馬は、安心して目的を遂げられることに安堵する。

 

「さて…助かりたきゃ、俺の質問に正直に答えてもらおうぜ。まずは最初の質問だ。テメエらはどこから来た?」

 

「クソやろ「答えが違う」うがぁあああああああ!!」

 

 自分勝手に話を進めようとする杳馬に罵倒で応えようとすると、容赦なく新たな針が飛来して今度は腕を貫く。

 

「困るねェ、暗黒聖闘士(ブラックセイント)さんよ。立場ってのが分かってねぇようだから言わせてもらうぜ。いいかい? 

身動きできない。助けてくれる仲間もいない。詰んでるんだよ。テメエにできることといったら、餌を見せただけでヨダレ垂らす犬のように、俺の質問に答えるだけなのさ。 

Do you understand(理解したか)?」

 

 杳馬の言葉は正しかった。だが、正しいからこそラドルには余計に腹立たしく聞こえる。なんとしても一泡吹かせてやらねば気が済まなかった。

 

(ふぅん。やっぱリーダーを任されるだけあって、しぶといねぇ。三下ならゲロってるとこだけどなぁ)

 

 いまだに戦意を失わないラドルに杳馬は感心する。矜持(プライド)もなく、ただ金や女目当てで裏社会に入った人間なら、他者を生贄にしてでも助かりたいと考えるものだがラドルにはそんな素振りが見られない。やはり、腐っても聖闘士(セイント)なのだろう。

わざわざ手の込んだ演出をしてまでリーダーを焙り出したところまでは上手くいったが、この様子だと情報を引き出すのは時間がかかりそうだった。

 

「ひょっとして、俺のバカ弟子の相手してる奴を期待してんのかい? だったら無駄だぜ。気づいてんだろ? そいつと2人がかりでも俺には勝てないって…」

 

「グ……それは、どうかな。ヴァレリーを侮っていると痛い目にあうぞ。あいつは俺達の中で最も強い。命の危機があるとしたら、お前の弟子の方だ」

 

 杳馬の推測をラドルは強気の姿勢で返すが、内心はかなり苛立っていた。ヴァレリーの実力は大体3番手程度だ。彼がこの場にいても犠牲者が増えるだけで好転するとは思えない。むしろ、弟子が死ぬことを前提とした推測に寒気がした。これでは弟子の窮地を救おうとこの場を離れるといった事態は期待できない。

 

「へぇ、じゃあ一つ賭けをしてみねぇか? テメエも2人の小宇宙(コスモ)は分かるな? どっちが生き残るか、賭けようぜ…」

 

「俺が勝ったらどうするんだ?」

 

「その時は生かして解放してやるよ。どうせ俺とは戦わずに逃げるんだろ? 負け犬らしく、ご主人様に泣きつくといいさ」

 

 ここで生還しても、任務失敗という事実は変えようがない。首領(ドン)自らの手で殺される可能性が高いのだ。どう転ぼうとラドルに待っているのは『死』あるのみ。

 

 杳馬も裏社会の厳しさは知っている。特にギャングやマフィアのように組織で動いている者達にとって、任務失敗は面子を潰したも同然なのだ。それなりの罰は覚悟しなければならない。

 自身の能力を看破される心配もない。そもそもラドルがなんと報告するか気になるくらいだ。『気がついたら仲間が死んでいたんです』とでも言おうものなら、間違いなくラドルは正気を疑われて殺されるだろう。

 

 そこまで考えたからこそ、杳馬は賭けをしようと言い出したのである。

 

「……俺はヴァレリーが勝つ方に賭ける」

 

 歯痒い思いをしながらもラドルは悪魔の誘いに乗った。今自分が死ねば、成す術もなく殺された仲間達の無念はどうなる。この場にいないヴァレリーは杳馬の恐ろしさを知りもしないのだ。

 

(せめて……お前だけでも生きろ)

 

 今回の任務失敗の責は自分にあると言えば、首領(ドン)もヴァレリーを適度に痛めつけることはしても、殺しはしないだろう。生き残りさえすれば、強くなった彼が杳馬を討つという未来も有り得るかもしれない。リーダーとして部隊の全滅だけは――――犬死にだけは許せなかった。

 

「オーケー。じゃあ、俺はバカ弟子の方だ。おっ!? そうこう言ってるうちに決着がつきそうだぜ」

 

 杳馬の言葉に小宇宙(コスモ)を探ると、2人が大技を撃とうと高まっていくのを感じる。やはりヴァレリーの方が大きい。これなら自分の勝利は揺るがないと胸をなでおろすラドルだったが――――――

 

 

 

『ラドルよ。しくじったな…』

 

 

 聞き覚えのある声が彼の脳裏に響いた。

 

恐怖で歯がカチカチと音が鳴りそうなのを彼は必死に堪える。よくよく考えれば当然のことだった。ラドル達がアジトを出立してから数日が経過している。彼らが恐れる“あの男”が痺れを切らして出向きに来ても、何ら不思議ではない。

 

――――時間切れ

 

 自分の命運を悟ったラドルは、最後の悪足掻きを決行する。杳馬は弟子の戦いに気を取られて、明後日の方向を向いている。好機は今しかない。

 

ラドルは己の片足を切り落とす。

 

 小宇宙(コスモ)の異変を感じ取った杳馬が振り向く。そして、足を失ってでも攻撃を繰り出そうとするラドルを見て、顔が驚愕に染まる。そんな杳馬の様子に、ラドルはほんの少しだけ気を良くした。

 

 

(そうだ! その顔が見たかったんだ!!)

 

 

「あァあああああああああああァ!!!!」

 

 喉も裂けんばかりの雄叫びを上げながら杳馬に突貫する。通常攻撃が効かないなら『音』はどうだろう。生物である限り、常に空気と接触している。これを利用し、声にありったけの小宇宙(コスモ)を込めて怨敵にぶつけた。

 

「ちぃっ!?」

 

 さすがに効果があったのか、耳を塞ぎながら杳馬の体はふらついている。耳の中には平衡感覚を司る器官があるので、ラドルの声で麻痺してしまったのだ。反応が遅れた杳馬はラドルの組み付きを許してしまう。そして次の瞬間―――――――――

 

 

 2人は青い炎に包まれるのだった。

 

 

 

 

 行人とヴァレリー―――2人の影が重なっている。互いの腕が相手の胸に刺さっており、ピクリとも動かない。まるで彼らだけ時の流れから取り残されたかのように……。この状態がいつまでも続くと思われたが、片方に動きがあった。

 

 もう一方の影に寄り掛かり、そのままズルリと崩れ落ちる。勝者である影も無事ではないようで、肩で息をしており膝が震えていた。

 

 勝者の影は周囲を見渡し聖衣箱(クロスボックス)を見つけ出す。先程の技のぶつけ合いの衝撃で吹き飛んでいたようだ。所どころ土埃で汚れているが、流石は聖衣(クロス)を守護するだけのことはあり、軽く手で払っただけで簡単に汚れは落ちた。

 ようやく目的を遂げたことに対してホッと一息ついている彼の下に、突如小宇宙(コスモ)の波動が届いた。

 

(2つの小宇宙(コスモ)が、いきなり現れた小宇宙(コスモ)によって掻き消された!?)

 

 異常事態を発生させた原因に心当たりがある彼は、聖衣箱(クロスボックス)を荒々しく拾い上げて急いでその場を離れていく。

 

 

 後に残されたのは―――――――――――衝撃波で薙ぎ倒された木々、亀裂が入った大地、そして……左胸に深々とつけられた爪痕から血を流す()()だけだった。

 

 

 




杳馬の方にも天罰が下りました。

戦場には観客席という安全地帯は存在しませんからね。


次回もどうか楽しみにお待ちください。



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15/反撃開始

更新が遅れて申し訳ありません(泣)

GW中も少しずつ書いていたのですが、とあるキャラの掛け合いがかなり難しかったです。なるべく雰囲気を崩さないよう気を使ったつもりですが自信がありません。もしお気を悪くされたら、どうかお許しください。


 

 

 都会ではまずお目にかかることができないだろう満天の星々。夜空を彩るそれらの下には子供達の一群がワイワイと騒ぎながら見上げていた。

 

「こら、皆! 楽しみなのは分かるが、これも大切なお勉強なんだから静かに!!」

 

 子供達に向かって、引率している教師が声を張り上げるものの大して効果がない。それもそのはず、子供達にとって今日は特別な日だった。

 

 何故ならここは『自然の家』

 

 科学によって守られた都会から離れた、自然豊かな地。自然の中で集団生活を行い、心身を鍛え上げて健全な子供達を育成することが目的の学業である。その目玉の一つに数えられる『天体観測』――――――それが■■には以前から楽しみだった。

 

 ベランダや本で眺めることしかできなかった星々が、視界を埋め尽くしている。そしてこの授業では念願の望遠鏡を覗けるのだから、■■の心はかつてないほど浮き立っていた。

 

 ■■の年齢は幼く、親から貰えるお小遣いも僅かしかない。

 

 どんなに星好きでも、天体望遠鏡など子供の■■には夢のまた夢の存在だ。アルバイトもできない■■が購入するには、それなりの時間が必要となる。

 よしんば買えたとしても、あんな巨大で、部屋の空間(スペース)を取るような物を親が許すはずがない。

 

 結局、一人暮らしするまで諦めるしかなかったのだ。

 

 

「よし。次は…。■■ッ! お前の番だ」

 

「は、はい!」

 

 いよいよ■■に順番が回ってくる。砂がついた腰を掃いながら教師に望遠鏡に触れないよう念を押されて覗き込む。

 

「わぁ…」

 

 思わず感嘆の息が漏れた。星々の中に浮かぶ目的の惑星。その巨大さと横向きの(リング)によって、光を発する周囲の星よりも際立っていた。

 

「これが土星…」

 

 表面には色違いの横縞模様がある。本によると土星を囲む(リング)は氷の小片や岩石の集合体らしいが、残念ながらこの望遠鏡ではそこまで判別できなかった。

 

「■■、もういいだろ。後がつかえているんだから、早く代わってやれ」

 

 教師からの催促により、望遠鏡を後にする。少し名残惜しいが望遠鏡は複数設置されているので、そちらを見ることにしたのだ。

 

 ■■の足取りは軽く、興奮が抑えきれないでいる。あの幻想的な光景がまた見られるのだ。用意された望遠鏡はそれぞれが異なる星に向けられていた。

 

 次の星はどんな姿を見せてくれるのかと頭の中で想像しながら、■■は足を速めるのであった。

 

 

 

「……ッ!? ゲホッ! ゲホッ! う……う、ウォエエエエエ!!!」

 

 胸に受けたダメージを堪えきれずに、行人は嘔吐した。吐瀉物が大地を汚し、鼻につく異臭が意識を覚醒へと導く。何か懐かしい夢を見ていた気がするが、激痛で吹き飛んでしまった。

 

「ハァ、ハァ……よく…生きて…」

 

 よく生きていられたなと言いたいのに、肺を痛めているのか上手く声が出せない。

 

 暫く安静にして痛みが和らぐのを待つ。数分が経過し、ようやく痛みが落ち着いたので次は応急処置に取り掛かる。

 

 修業中に負傷してもすぐに手当てができるよう、行人は腹部にさらしを巻くようにしている。包帯代わりに使えるからだ。

 

 傷を確かめようと上着を脱ぐと、懐から一つの物体が転がり落ちる。ゴトリと音を立てたそれを見て、行人は合点がいった。

 

「そうか…これのおかげ、だったのか…」

 

 彼を救ったのは鳳凰座(フェニックス)聖衣(クロス)と共にあった『箱』である。ヴァレリーの襲撃で、行人自身も存在そのものをスッカリ忘れていたものだ。

 

「助けてくれて有り難う。そして、忘れててゴメン…」

 

 感謝と謝罪を箱に送り、行人は箱につけられた傷に触れる。美しかった無地の表面には大きな亀裂が入り、中身が露出していた。気になった行人は、慎重な手つきでそれを取り出す。

 

「え? こ…これって…」

 

 

 

 島のある一角に、暗黒聖闘士(ブラックセイント)を運んだ帆船が泊まっている。船上では、ヴァレリーがかつてないほど苛立っていた。

 

「師弟揃ってやってくれる! よくもこんな真似を…!」

 

 甲板に広がる血だまりの中に、船番を任せた船員が躯となって転がっている。勿論、下手人はヴァレリーではない。彼が行人と戦っている間に、杳馬が彼らを殺していたのだ。

 

(これでは船を動かせない! 嫌でも奴の! 首領(ドン)のいるところに行かなくてはならなくなった!!)

 

 弟子が敗れた後、師が始末をつけるつもりだったのだろうか…。そして先の小宇宙(コスモ)の動きから、もうこの怒りをぶつける相手がいないことは分かっている。代わりに、現在最も会いたくない男がいるであろうことも…。

 

 聖衣(クロス)を入手したとはいえ、首領(ドン)自ら足を運んでいることから相当お怒りのようだ。更に、仲間の小宇宙も感じられないことが己の推論に信憑性を与えていた。

 

「落ち着けヴァレリー。なんとか上手い言い訳を考えるんだ。首領(ドン)を納得させる言い訳を…っ!? ぐ…ゴフッ!」

 

 興奮したせいで、先ほど受けたダメージがヴァレリーの体に蘇る。口から血を吐き、血痕が床に染みを作った。

 

(このダメージ……使い手が未熟で助かった。あの若さで音速(マッハ)の拳を放てるとは…)

 

 口元を拭いながら、行人の技について振り返る。

 

(確か、ライコウルテンケンと言ったか。一瞬で5発撃ち込んできたが、その全てが()()狙い……成程、よく考えている)

 

 人体急所とされる顎、心臓、鳩尾、両脇の合計5ヵ所。全小宇宙(コスモ)が綺麗に均等されており、全ての拳が音速(マッハ)を維持していた。これならば小宇宙(コスモ)尽きるまで放つせいで、速度にバラつきが出る“流星拳”よりも優れている。 

 しかも“流星拳”は弾幕を作る事、平たく言えば“数撃ちゃ当たる”に重点を置いているので、命中率も悪い。

 

 それに比べて“流転拳”は、足りない破壊力を与えたダメージで補うという、行人自身の力量を良く捉えた技だった。

 

 そこまで考えて、ヴァレリーは体に付けられた傷痕をそっとなぞる。暗黒聖衣(ブラッククロス)には穴こそ開いていないものの、罅が入っていた。

 

(侮っていた積りはなかったんだけどね。もし彼が聖衣(クロス)を纏っていたら、どうなっていたかな…)

 

 胸中に僅かな安堵感と寂寥感を抱き、彼はこれからの事態に頭を悩ませるのであった。

 

 

 

 生者(せいじゃ)が死を迎えた時、その魂はどこに向かうのか。この問いに対し、多くの者が『天国』と答えるだろう。魂は重力という鎖から解放され、空へ向かい神の治める国に運ばれるはずだと。しかし、実際は異なる。

 

 魂は天とは真逆の地下深くにある冥界へと向かう。そこでは裁判官によって生前の罪を暴かれ、罪の重さに見合った地獄へと落とされるのだ。死後に待つのは、決して安息の地ではない。

 

 その冥界に行くには必ず通過しなければならない箇所が存在する。『黄泉平坂(よもつひらさか)』と呼ばれるその地には、意志を失った亡者達がある一ヵ所に向けて歩を進めている。

 

 彼らが目指しているもの――――『死界の穴』。冥界に繋がる大穴に落ちれば二度と現世に戻ることはできない。

 

 そして現在、その危険極まりない場所に一人の男が立っていた。

 

 外套(コート)を羽織り、葉巻をくわえながら亡者達を眺める姿は、あまりにも異様だった。亡者ではありえない強い意志が込められた目つき。その堂々とした佇まいには王者の風格を漂わせている。誰もが嫌悪感を抱く光景にも、男の心は波風一つ立つ事はない。

 

 なぜなら、彼にとって死とは身近なものだからだ。

 

 武力、知力、権力、財力…この世に存在する力をいくらかき集めようとも、生命ある者は必ず死ぬ。子供でも知っている常識だが、皆がその事実を忘れて――――いや、眼を背けて生きているのだ。背けたところでどうしようもないというのに、何故そうしてしまうのか男には疑問だった。

 

(ひょっとしたら、生存本能とやらが関係しているのかもしれないな…)

 

 もしそれが事実だとしたら、実に愚かなことだと男は考える。

 

 怖いものは怖い。これを否定する気はない。醜いものには視線を向けることすら億劫だ。では、そうしたところで何かが変わるだろうか。それは問題の後回しと言えないだろうか。

 

 

 速く走りたいという願いから“馬車”が生まれた。

 

 海を渡りたいという願いから“船”が生まれた。

 

 森羅万象を解き明かしたいという願いから“学問”が生まれた。

 

 死を免れたいという願いから“医術”が生まれた。

 

 

 世界は人間の欲望によって形成されている。

これは、己の欲の赴くまま生きることこそ人の本性という証明に他ならない。

 

 そう結論付けた男が選んだ道は、実に人間的なものだった。

 

 

“生きている間にこの世を存分に楽しもう”

 

 

 どうして己を殺してまで、他者に尽くさなければならないのだろう。自分の人生を背負えるのは自分だけだというのに…。

 

 

「人間には2つのタイプが存在する。主人に媚びへつらい、おこぼれを貰いながら細々と生きる『奴隷』。その奴隷共に仕事を与えて、自分が啜った美味い汁の()()()を褒美として渡す『王』。

社会は利用する者とされる者で成り立っている。こう考えると、人間とは本当に高尚な生き物なのか疑わしくなると思わないか?」

 

 外套の男が虚空に問いかける。すると空間の一部が歪曲して、中から杳馬が現れた。ラドルの特攻の余波により衣服は至る所が焼け焦げているものの、それを着込んでいる彼の肉体は無傷だ。

 

「前者は兎も角、後者のような奴を王様とは言わねぇよ。外道がお似合いさ。手下が命張って戦ってる最中に、敵諸共吹き飛ばすドコかの誰かさんとかなァ」

 

「あの状況下で特攻を選んだのはラドル自身だ。大方、部下を殺された恨みで一矢報いろうとしたんだろう。随分と恨まれてるじゃないか…」

 

「ハッ! よく言うぜ。紛れもなく、テメエの教育(しつけ)の賜物だろうがよ。

あいつの眼……あれは恨みっつうより、何かを守ろうとしている眼だったぜ」

 

 棘のある会話の応酬を繰り広げながら、両者の小宇宙(コスモ)が高まっていく。互いを排除しようとぶつかり合い、間に挟まれた空間が軋んで悲鳴を上げている。

 

 杳馬の言葉に対し、外套の男はただ笑みだけを返す。それだけで杳馬は全てを悟った。

 

 ラドルの命令に部下が迷いなく従っていた事から、彼の人柄が伝わってくる。己の命運を他者に委ねるには“信頼”という感情が必須だ。部下達にそれがあったラドルはかなり慕われていたのだろう。組織を束ねる者として、自分の地位を脅かしかねない存在は面白くあるまい。

 

 ではどうする。

 

 簡単だ。殺せばいい。

 

 任務上で戦死させてしまえば、恨みは殺した敵へと向かう。例え自分に向かったとしても、当人の能力不足とでも言えば正当性が保たれる。

 

「やれやれ、死んでくれて都合が良いってかァ? 随分と器が小っせぇじゃねぇの」

 

「別に俺自ら手を下しても構わんさ。だが、敵討ちを一々相手にする程こちらも暇ではない。ならばせめて……恨める相手ぐらい作ってやる(・・・・・)のが情けというものだろう?」

 

 その恨める相手というのは勿論、敵討ちが可能な人間が良い。そうすれば当人は恨みを晴らせ、組織は任務を達成でき、どちらも幸せになれるからだ。討たれた人間以外ではあるが…。

 

「……訂正するぜ。テメエは外道なんてお上品なもんじゃねェ。下衆野郎だ」

 

「人に説教できる立場か? 冥闘士(スペクター)の分際で…」

 

 男の口から冥闘士(スペクター)の単語が出た瞬間、杳馬から笑みが消えた。

 

「何を驚く。積尸気も使わずに、この地に来る方法など限られている。更に付け加えれば、今回の聖戦の相手は冥王ハーデスと聞く。

 その配下である冥闘士(スペクター)が聖戦前に活動するというのは、予測範囲内の事態だろう…」

 

 冥衣(サープリス)には現世と冥界を行き来する機能を備えている。黄泉平坂も例外ではない。男の言う通りの方法で杳馬は窮地を脱したのだが、彼が注視したのはそこではなかった。

 

 聖闘士(セイント)の育成法は師の方針に依存されている。常識的に考えれば、皆が平等の教育を得る形が好ましい。戦う相手は人間を超越した存在なのだから、過去の経験を生かす為にも包み隠さず教えるべきだろう。

 

 しかし、聖闘士(セイント)の場合は違う。

 

 その闘法は精神と密接な繋がりがあるが故に、心の乱れが直接的(ダイレクト)小宇宙(コスモ)に影響してしまう。

 実力を発揮できずに戦死させたくない、又は敵に恐れをなしての脱走を防ぐという考えもあり、伝えるべき事を伝えずに、敢えて偏った知識を与えてしまう師も決して少なくない。

 

 ただでさえ聖闘士(セイント)一人育て上げるのに、多大な時間と労力が必要なのだ。

 

 余計なことは考えず己の命を女神(アテナ)の為に捧げる狂信者こそ、強力な小宇宙(コスモ)を生み出すと考えられている。

 

 それらを踏まえた上で、眼の前にいる男を見てみると――――

 

 

 荒くれ者共を纏め上げる“カリスマ”

 

 杳馬を前にして一歩も退かぬ“度胸”

 

 それらを裏付けるように鍛え上げられた“肉体”

 

 敵に対する“正しい知識”

 

 

 どれもが高水準でまとまっていた。間違いなく最高の環境で教育を受けていた事が分かる。ここまでの逸材となると、自ずと師を務めた人間も想像がつく。

 

(考えられるとすりゃ、黄金聖闘士(ゴールド)か教皇。あとは……)

 

 杳馬が男の師について推理していると、男の持つ葉巻から“青い炎”が立ち昇った。

 

「貴様が何者であろうと、暗黒聖闘士(おれたち)に喧嘩を売った事に変わりはない。弔い合戦ではないが、俺が直々に相手をしてやろう。

 暗黒(ネーロ)が首領、暗黒祭壇座(ブラックアルター)のアヴィドがな!!」

 

 そう言い放ち、男――アヴィドの背後から一体の暗黒聖衣(ブラッククロス)が出現した。分解した暗黒聖衣(ブラッククロス)を纏うことで、アヴィドの威圧感が跳ね上がる。彼の姿はさながら、魔道に堕ちた人――――“魔人”を彷彿とさせた。

 

「へェ、テメエが頭目(アタマ)か。こいつは良いや。さっきの連中じゃ歯ごたえがなくってさァ。いっちょ遊んでくれや。簡単に壊れんじゃねぇぞ!!」

 

 杳馬も己の武具を、半身を呼び寄せる。現れ出たのは円盤上に腰掛ける悪魔のオブジェ。悪魔はシルクハットを被り、左右非対称の針を持っている。円盤から伸びる蜘蛛の巣状の針はローマ数字で時計順に並んでいた。アヴィドの時と同じ様にそれらが分解し、杳馬の体を包み込む鎧と化した。

 

「それが冥王より賜りし鎧――――噂に名高い冥衣(サープリス)か…」

 

 色彩は暗黒聖衣(ブラッククロス)と同じく黒に近いのに、決定的に違う部分があった。それは暗黒聖衣(ブラッククロス)が光を飲み込む漆黒なのに対し、冥衣(サープリス)は宝石のように光を放っているところだ。

 

 一説には冥界の鉱物で作り上げられたといわれているが、神の加護を受けているものとそうでないものの差なのかもしれない。

 

「そういや、こっちも名乗っておこうか。天魁星メフィストフェレスの杳馬だ。別に覚えなくても良いぜ。

テメエはここで死ぬからなァ!!」

 

「フンッ。何千年経っても女神(こむすめ)一人討ち取れんくせに、デカい口を叩くじゃないか。

流石は負け犬……よく吠える!!」

 

 

 杳馬とアヴィドが同時に踏み込み、拳をぶつけ合う。激突する光速拳によって空気が弾け飛び、大地が鳴動する。

 

 

 魔に堕ちた神と魔に堕ちた人。

 

 悪魔と魔人の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 杳馬とアヴィドの戦闘が始まった頃、行人も再戦を望むべくヴァレリーの下へ辿り着いていた。

 

「出てこい、ヴァレリー!! もう一度…俺と勝負しろ!!!」

 

 呼びかけに反応し、船室の扉が開かれる。

 

「……悪運が強いんだね。僕の技を受けて生きているとは思わなかったよ。あのまま逃げようとは考えなかったのかい?」

 

「あいにく、ウチの師匠はスパルタでね。自分の命惜しさに聖衣(クロス)をみすみす奪われたなんて知れたら、それこそ殺されるんだ」

 

聖衣(クロス)が互いの生命線となっている以上、生き残るには勝利しかない…ね。でも、できるかな? 実力は既に見切ったよ。その上で敢えて言わせてもらおう。

 君の勝率は0%だ!!」

 

 行人に才が有るか無いかを問われれば、ヴァレリーは有る方だと答える。少なくとも行人位の年齢で、聖衣(クロス)を纏わず音速(マッハ)に到達した候補生は数える程度しか覚えがない。余程、良き師に恵まれなければここまで練り上げる事はできなかっただろう。しかし、それらを考慮しても行人はヴァレリーに勝てる道理はない。

 

 行人の小宇宙(コスモ)が小さ過ぎるのだ。

 

 雷光流転拳(切り札)を放っても暗黒聖衣(ブラッククロス)を破壊するには至らない威力。防御や回避がいかに上手くても、敵は倒さない限り襲ってくる。その敵を倒す“攻撃力”が弱いという事が戦士としては致命的だった。

 

「勝負は断る。僕には何のメリットもない。結果が分かり切っているとはいえ、疲れるのはゴメンだよ。気が変わる前に視界から消えたまえ。

ああ、君の師のことなら心配しなくていい。どうやら、僕達の首領(ドン)によって消されたようだ。これなら、(ペナルティ)が下る事もないだろう」

 

 そう言いつつ、ヴァレリーは子犬を掃うかのように手を振るう。間違いなく起きるだろうアヴィドの折檻に備えて体力を温存しておきたいのに、一銭の得にもならない労働をしたくないのだ。

 船内に戻ろうとするヴァレリーを、行人の次の言葉が歩みを止める。

 

「これを見ても同じ台詞が言えるか?」

 

 行人が取り出したのは例の箱。箱の傷でヴァレリーは己の拳が防がれたカラクリを知る。そして、箱の中が空洞になっていることも…。

 

 続けて行人が取り出したのは、一冊の書物だった。

 

聖衣(クロス)と共に隠されていた鳳凰座(フェニックス)の2大拳――“鳳凰幻魔拳”、そして“鳳翼天翔”の秘伝書だ!! 俺はこれを賭ける!!!」

 

 書物の正体を聞いてヴァレリーの顔色が変わる。一瞬行人のハッタリを疑ったが、可能性としてはあり得ない話ではなかった。

 

 よくよく考えれば鳳凰座(フェニックス)には不可解な点が幾つかある。鳳凰座(フェニックス)聖闘士(セイント)になれた者はいないのに、技である幻魔拳の方は伝説として語り継がれているところがその一つだ。

 

 技を伝承する人間がいるか、文献として形に残していなければこうはなるまい。もしこの仮説が正しければ、伝承する人間というのは島の管理者の一族。文献を隠すとなると聖域(サンクチュアリ)かデスクィーン島が候補に挙げられる。

 

 聖衣(クロス)だけでなく魔拳も手に入れたとあれば、アヴィドの怒りも静まるかもしれない。そう考えたヴァレリーは行人と戦う事を決意する。

 

 

「面白い! その決闘……受けて立とう!! そして、ありがとうと礼を言わせてもらおうか。

聖衣(クロス)だけじゃなく、秘伝書(お土産)までくれるんだからね!!」

 

 合意を得られたことを確認し、行人は秘伝書を箱に戻して岸へ向かって放り投げる。

 

「秘伝書はあそこだ! 俺を倒してから取りに行け!! そして…」

 

 次に行人は血染めの上着を脱ぎ捨てた。

 

 負傷した胸や腕、そして右拳にさらしが巻かれているだけで、何かを隠し持っているようには見えない。懐から色々取り出してきた行人も、さっきの秘伝書で打ち止めのようだ。

 

「これで俺は丸腰だ!! この五体で勝負してやる!!!」

 

「……少年、良い事を教えてあげよう。逃げる時は小宇宙(コスモ)を消したり、周囲に同調させる必要はない。小宇宙(コスモ)()()に注意を払うんだ。

終点(ゴール)に真っ直ぐ向かっていたり、敵から離れようと動いていれば目立って仕方ないからね…」

 

 突然ヴァレリーは先程の追跡劇のネタ晴らしを始める。あまりの唐突な話題の切り替えに通常ならば矛盾を感じるが、この行為には重大な意味があった。

 

「アハハハッ、君のしようとしている事なんてお見通しだよ! 東洋のことわざで“窮鼠猫を噛む”というのがあると聞く! 君がやろうとしているのはそれだろう!? 

だから秘伝書や丸腰をアピールする事で、自分を追い込んでいる!! だったら僕は君の疑問を解消して、心の負担を軽くするまでさ!!」

 

 得意げに語るヴァレリーに行人は心の中で『ああ、やっぱりな』と、どこか他人事のように呟いていた。

 己の策などヴァレリーが相手では浅知恵でしかない事は、先刻承知している。策が通用しようがしまいが、やるべき事は変わらない。

 

『目の前の敵を倒して、聖衣(クロス)を手に入れる』

 

 その不断の覚悟のおかげか、今度は小宇宙(コスモ)が動じずに済んだ。

 

「何を言っても無駄だ! もう俺には通用しない! あなたを倒して聖衣(クロス)も秘伝書も守り抜く!! それはもう先約済みなんだ!!!」

 

 鳳凰座(フェニックス)を纏う人間は既に決まっている。その者は弟との再会を心の支えに生き地獄を味わう事となる。その地獄から抜け出す条件が聖衣(クロス)を持ち帰る事なのだ。遠い未来にいる彼の為にも、行人は勝たねばならない。

 

「よくぞ吠えた! ならば、もはや問答は無用! いざ!!」

 

「尋常に!!」

 

「「勝負!!!」」

 

 

 飛び掛かる行人と迎え撃つヴァレリー。

 

 

 鳳凰座(フェニックス)争奪戦は最終局面を迎えるのだった。 

 

 




今回は杳馬とアヴィドの会話が一番苦労しました。放っておくと会話が止まらないし、アッサリ終わらせるわけにもいかない。どこで区切ったら良いか、頭が痛かったです。


デスクィ―ン島編は、あと2話位で終わる予定です。ダラダラ長引かせてすみません。どうかもう暫くお付き合い下さい。


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16/死闘

明けましておめでとうございます。
まだ覚えていて下さる方がいる事を信じて書いております。マルクです。

後2話でデスクィーン島編を終了させると宣言してしまった事もあり、かなり文章量の調節に苦労しました。
かなり詰め込んでしまった気がしますが、大目に見てくれると幸いです。

それではどうぞお楽しみください。



 甲板上を行人が一陣の風となって駆け抜けていく。その軌道は愚直な一直線。最短距離にして最速の攻撃も、ヴァレリーの動体視力にハッキリと捉えられていた。

 

(フフッ。活きこんでいるのに悪いけど一撃で死んでもらうよ)

 

 敵の速度(スピード)を目測し、頭の中で数回シミュレートを行いタイミングを計る。拳が届くのにゼロコンマ数秒と掛からないのに、小宇宙(コスモ)によって思考速度を加速させたヴァレリーにはそれだけの事を行う余裕があった。

 

 だからこそ――

 

「なっ!? ゲフッ!!」

 

 この結果に彼は驚きを隠せない。

 

 ヴァレリーの目前で行人の動きが急加速し、顔面に有効打(クリーンヒット)を許してしまったのだ。

 

「おぉおおおっ!!」

 

 思いもよらぬ一撃によろめくヴァレリーは胸ぐらを掴まれて、行人の飛び膝蹴りによって顎を打ち上げられる。頭を強く揺さぶられ膝をつき、意識が朦朧としているところへ今度は右肘が振るわれた。

 

 刀剣を思わせる一閃を、ヴァレリーは相手の懐に飛び込み寸でのところで躱す。しかし完璧とは言えず、パキンッという音と共に頭部を守っていた暗黒聖衣(ブラッククロス)のマスクが剥がされてしまう。

 

「チッ、調子に乗るな!!」

 

 落ちたマスクを見てヴァレリーの眼が変わる。瞳の奥には反撃された敵に対して、慢心を捨てきれなかった己に対して怒りの炎が灯っていた。

 

 音速で間合いを詰めたヴァレリーの拳が行人の腹部に深々と突き刺さる。そのまま蹴りで行人を吹き飛ばすと、宙に浮いた彼の頭を掴んで甲板に叩き付けた。

 

「…ガッ!? このっ!!」

 

 常人が受ければ死亡確実の連撃だが、行人はそれに耐えきり拘束から逃れるという偉業を成し遂げて見せる。距離を取られたヴァレリーはというと、己の掌を開閉して行人に触れた時に感じた違和感について考察していた。

 

(今の感触、また障壁を張っているのか!?)

 

 感触からすると“膜”とでも言おうか。行人の体を薄い防御膜が覆って、ダメージを和らげているのだ。

 

さらに――

 

(拘束を振り解いた時にみせた小宇宙(コスモ)の動き。瞬間的に爆発させた事による、身体能力の向上といったところか。厄介ではあるが、タネが分かればやりようはある。   

向こうが高める瞬間を見計らって、こちらも高めれば良い)

 

 思わぬ反撃に混乱していた頭も、分析を続ける事で冷静さを取り戻していく。防御膜の方も、ダメージを完全に遮断する事はできないので、手数を増やせばいずれ力尽きる。早めに決着を着けたかったが、こうなっては仕方がない。目の前の小さな戦士がどう抗うか、試させてもらおう。

 

「さぁ、今度はこちらの番だ。最後の晩餐をご馳走してあげるよ!!」

 

 行人の動きを一つ残らず見過ごすまいと、全身に小宇宙(コスモ)を漲らせながら黒き野獣が襲いかかった。

 

 

 

 黄泉平坂にて杳馬とアヴィドが小宇宙(コスモ)を込めた拳を、蹴りを、意地をぶつけ合う。2人の拳が激突し、冥衣(サープリス)暗黒聖衣(ブラッククロス)が火花を散らす。

 

「んははははっ! 聖闘士(セイント)になれなかった落ちこぼれのわりには粘るじゃねェか! お山の大将気取るだけのことはあるぜ!!」

 

「フンッ、修行に耐え切れず逃げ出した奴らと一緒にするな! 俺は思うがまま力を振るう為に暗黒聖闘士(ブラックセイント)になったのだ! 聖衣(クロス)にしても、あれは俺が譲ってやったにすぎん!!」

 

 光の奔流が大気を切り裂いて疾走する。命を刈り取る閃光は、衝突すれば星屑となって黄泉平坂を彩る“華”と化す。

 

 もしこの戦いを第三者が観戦していれば自ずと次の言葉が頭に浮かぶだろう。

 

 千日戦争(ワンサウザンドウォ―ズ)――――聖闘士(セイント)の頂点に位置する黄金聖闘士(ゴールドセイント)同士が戦った時、たとえ千日経とうと決着がつかないという膠着状態を指す言葉。異常なのは、両者が聖闘士(セイント)ではない身でありながらその現象を引き起こしている事だ。これは彼らの力量が黄金聖闘士(ゴールドセイント)に匹敵する事を意味していた。

 

 体術では互角とみた彼らは、拳を打ち付けた反動を利用し一旦距離を取る。

 

積尸気鬼蒼炎(せきしききそうえん)!!」

 

 アヴィドから放たれるのは、自然界には存在しないはずの蒼い炎。召喚した霊魂を種火とし、葉巻の先端から発せられる燐光で燃焼させて作り上げた()()()()炎である。

 

「流星拳!!」

 

 迎え撃つ杳馬の技は小宇宙(コスモ)を込めた拳の弾幕。一見簡素な技にも思えるが、流星拳は込められた小宇宙(コスモ)次第で無限に変化するという特徴を持つ。それ故、基礎的な技だというのに聖闘士(セイント)の間でも愛用者は少なくない。黄金聖闘士(ゴールドセイント)にはこの技を極め、己の必殺技にまで昇華させた者もいるくらいだ。神族の杳馬が使えば、その威力は絶大である。

 

 紫水晶(アメジスト)の流星群と煉獄の蒼炎によって轟音と衝撃波が生じ、亡者が悲鳴を上げながら吹き飛ばされる。心を持たない彼らが悲鳴を上げる姿は、まるで死を拒む生者のようだ。金も、知性も、愛する者も、命も失ってしまった。だというのに、この上“魂”すら失わなければいけないのかと…。

 

 

「おいおい、鬼蒼炎ってのは魂を焼くだけのはずだろ? それ以外のモンも燃やすんじゃねェよ。自然には優しくって教わらなかったのかい?」

 

 鬼蒼炎が飛び散った箇所は凄まじい熱量によって焼き砕かれていた。数多くの聖闘士(セイント)を見てきた杳馬であったが、彼もここまでの積尸気使いは数える程度しか覚えがない。

 

「十分優しいだろう。冥闘士(スペクター)というこの世に湧き出た(ゴミ)を掃除してやっているのだ。素直に受けてくれれば全て燃やして、この世からもあの世からも滅してやる」

 

 己の技を流星拳という基礎中の基礎で防がれたというのに、アヴィドはさして気にした様子はない。それどころか挑発で返すほどの余裕を見せている。

 

 しかもその内容というのが――

 

(転生することすら許さねェってか? 人間如きが生意気な…)

 

 今日出会ったばかりのアヴィドは勿論、杳馬の事情など知る由もない。杳馬がクロノスによって人間の生を何度も繰り返している事など想像すらできないだろう。先の発言も、冥闘士(スペクター)を粛清するという意味でのものだと考えられる。

 

 しかしそんな事、杳馬にはどうでもいい。

 たかが人間が神である自分を『完全消滅』させると宣言したのだ。どれほど才溢れる人間だとしても、目上の者への畏敬の念を忘れてしまえばゴキブリ以下、塵芥も同然である。

 

「ちょっと褒めた程度で図に乗るんじゃねェよ。どうやらテメエには、世界の広さっつうのを教えなきゃいけねェようだなァ」

 

「ほう、それは楽しみだ。敗北の経験しか持たん冥闘士(貴様ら)が一体何を語るのか興味がある。ぜひ、ご教授願おうか…」

 

 アヴィドが言い終わるや否や、杳馬が時間を止めようと懐中時計を取り出す。そして力を解放しようとした瞬間――蒼い炎が杳馬を包み込んだ。

 

「んなっ!?」

 

 杳馬は一瞬何が起きたのか分からなかった。蒼炎からアヴィドが何かをしたのだという事だけは分かる。混乱する杳馬などお構いなしに1撃、2撃と次々と爆炎が撃ち込まれていく。アヴィドはというと手元を軽く動かしているだけだ。

 

  そう、ただ葉巻の炎を地に落としているだけなのだ。

 

 地面に落ちると同時に炎が地を走り、杳馬の足元で爆発を生じていたのである。

 

「『積尸気魂葬波(せきしきこんそうは)』――霊的な物を火薬とし爆発させる技よ。誇ってもいいぞ? 大抵の奴は鬼蒼炎(きそうえん)だけで死んでしまうからな」

 

「地面が導火線になってるって事は…。テメエ…まさか!?」

 

 杳馬の疑問に答えるかのように足元の岩肌が一変する。浮かび上がるのは無数の人間の顔。どの顔も苦悶の表情を浮かべ、悲鳴を上げている。その阿鼻叫喚の様相は、杳馬ですら思わず眉をひそめてしまうほど凄惨なものだった。

 

「ククッ。お前の読みどおり、この一帯は俺が積尸気を用いて作り上げた土地よ。なかなか面白い趣向だろう?」

 

 デスクィーン島に入れなかった間、アヴィドはただ何もしなかったわけではない。黄泉平坂を経由しても侵入できない謎の結界。結界を張った者が島にいる以上、戦闘は避けられぬと考えたアヴィドは対策を練っていたのだ。それがこの魂葬波(こんそうは)による零距離攻撃である。

 霊魂を操る積尸気使いならば『魂の物質化』が可能だ。葉巻や外套(コート)と同じように、自分に有利な戦場(フィールド)を作ることなどアヴィドには造作もない。

 強力な技ほど発動にはそれなりの時間を要する。敵の能力が分からずとも、発動前に叩いてしまえば無いも同然。

 

「名付けて『積尸気爆砕陣(せきしきばくさいじん)』と言ったところか。さて、お前の魂は何発耐えられるかな!!」

 

 魔人による爆炎地獄が、悪魔の身を炎で包み込んでいった。

 

 

 

「…あ、ガッ……」

 

 甲板に倒れ伏す行人をヴァレリーは見下ろしている。追撃ちをかけてもできるが、彼には行人に対してある疑念が生まれていた。

 

「少年、君はどうしてこの世界に飛び込んできたんだい?」

 

「な…にを、言って…」

 

「君の体術は実によく鍛えられている。まだ幼いのに音速拳を会得している事から半端な努力じゃなかっただろうに…。でもだからこそ分からない。君…人を殺した事がないだろう?」

 

「っ!?」

 

「よしんばできたとしても倒すだけで、それ以上はできない。小宇宙(コスモ)から君の心情が伝わってくるよ。“恐怖”という感情がね」

 

 ヴァレリーの推理は的を得ていた。

 銃や刀剣ならば、使い手にその気がなくても容易く対象を殺害することができる。確実な信頼性と安定した戦闘力。それこそが武器の強みだからだ。

 それに対し戦闘に小宇宙(コスモ)が関わると、『意思を込める』という余計な過程(プロセス)を経なければならない。込められた意思の強さに比例して、拳に重さが生まれるので不安定極まりなかった。

 

 そんな伸び悩む行人を見かねて、杳馬は小宇宙(コスモ)を高めるコツを伝授していた。

 

『憎め』

 

 神である杳馬は人間を殺すのに躊躇しない。ゴキブリを殺して罪悪感を感じる人間がいないように、殺人を犯して苦しむ神など精神異常者とすら考えている。生来の莫大な小宇宙(コスモ)とブレない精神(こころ)こそ、杳馬をはじめとした神族の強さの真髄である。

 

 けれども行人は人間。その方法は当て嵌まらない。それゆえに杳馬はひたすら敵を憎むよう説く。極一部の例外を除き、傷つけられて喜ぶ人間はいない。烈火のような怒りと表現されるように、炎を連想させる“憤怒”と“憎悪”ほど攻撃的で戦向きの想い(ちから)はないのだ。

 

 行人自身、別に不殺(ころさず)を誓っているわけではない。杳馬の教えを実践しようにも、心のどこかで無意識にブレーキをかけてしまうのだ。敵を一人の人間と認めたまま殺害する。口で言うのは簡単だが、実践するのは一流の軍人でも至難の業とされている。

 

「君の拳には芯がない! 敵を殺すという気迫が感じられない!! そんな半端な覚悟で倒されるほど、僕は甘くないぞ!!」

 

 これが手本だと言わんばかりに、ヴァレリーの蹴りが行人の体を甲板にめり込ませる。

 

「グェッ!?」

 

 背中に衝撃を感じながら、行人は拳を真下に打ち込み床板を破壊する。ヴァレリーの蹴りの勢いを利用した一撃は凄まじく、両者は船室まで落ちていった。

 船室の中は闇で満ちており、上から差し込む星明かりだけが唯一の光源だった。そこは恐らく食堂かキッチンなのだろう。漂う香りが行人の空腹感を刺激する。

 

 現在地を確認した行人は目についたテーブルクロスを抜き取りヴァレリーに向かって放り投げる。純白の布地がすぐさま爪によって引き裂かれるものの、行人が身を隠すには十分な時間だった。

 

「それで隠れたつもりか!!」

 

 小宇宙(コスモ)を頼りにヴァレリーは爪から真空の刃――“かまいたち”を飛ばす。テーブルを真っ二つにされて、再び行人は姿を晒してしまう。続けて次弾を飛ばそうと振りかぶったところに、ヴァレリーは突然技を中断し、明後日の方向へ裏拳を繰り出した。

 

ガシャン

 

 拳が砕いた物の正体は、食卓に並べてあった“皿”だった。あの一瞬の隙を突いて行人は皿をフリスビーの要領で飛ばしていたのである。その軌道は恐ろしい回転速度によって曲線を描き、敵の首を落とそうしていたのだが、ヴァレリーはそれすら破って見せた。

 

「このっ!」

 

 通用しないと理解していても、行人は背後の食器棚から皿を取り出して飛ばし続ける。音速拳が使えるといってもそれは小宇宙(コスモ)を最大限に高めた場合だ。常時出せるわけではないので、遠距離攻撃をしたい時は物を投げつけるくらいしかできないのだ。

 

「ハッ、御者座(アウリガ)の真似事かい? 足元にも及ばないよ!!」

 

 複数の飛来物をものともせず、皿を砕きながらヴァレリーが迫ってくる。

 

「くそっ!」

 

 次に行人が飛ばしたのは純銀に輝く鋭利なナイフ。先ほどの皿とは違う直線軌道による攻撃だ。皿とナイフが同時に別方向から襲うものの、敵は行人の想像以上の行動で防いでみせた。

 

「無駄なんだよっ!!」

 

 ヴァレリーは飛んできたナイフを掴み取り、それを用いて皿を斬り裂いてそのまま行人へ投げ返す。左肩に生じた焼けるような痛みで残りのナイフも落としてしまい、行人は最初と同じ丸腰と化した。

 そこへ間髪入れず、ヴァレリーの掌底が肩のナイフに叩き込まれる。

 

「ガァああぁぁああああああああ!?」

 

 柄までめり込んだナイフは、肉を突き破り白刃の刃を後ろの壁に打ち付けた。行人は虫の標本のように縫い止められ身動きできなくなる。

 止めの一撃として行人の腹部に向かって左拳が撃ち込まれた。薄い防御膜を貫き、爪が体に突き刺さる。

 

「…ガフッ!?」

 

 傷口から流れる鮮血が爪を伝って滴り落ちていく。体を支える両足は今にも崩れそうだ。血が、力が、小宇宙(コスモ)が抜けていく。視界は霞み、行人にはもうヴァレリーの姿が捉えられなくなっていた。いかなる技を駆使しても目の前の敵には届かない。その事実は行人の心に重く圧し掛かり、遂に瞳に絶望の色が浮かび上がる。

 

――殺った

 

 その色を確認したヴァレリーは心の中で勝利を確信した。後はほんの少し力を込めるだけで決着がつく。しかし、彼の思惑を嘲笑うかのように運命の女神は行人に味方した。行人の右拳がヴァレリーの爪を破壊したのだ。

 

「バカな!?」

 

 もはや“死に体”の行人にそこまでの力が残されているはずがない。しかも打ち込んだのは負傷している右拳。信じられないといった表情でヴァレリーは見つめるものの、とある一点に目が留まった。

 

「その握り…空手の拳の型の一つ“一本拳”か!?

 

 中指を突出させて、人差し指と薬指を両脇から押さえる。更に親指を添える事で安定性を上げていた。この状態――中指の第二関節での突きを“中高一本拳”と呼ぶ。まさかこの辺境の島で、最凶の貫手の一つに数えられる拳を見られるとは夢にも思わなかった。

 面ではなく点による一撃。打撃箇所は爪という装甲が薄い部分なので横からの衝撃には非常に脆い。

 

(でも、それだけじゃ説明できない! これは指先に小宇宙(コスモ)を集中させないと実現できない戦法だ!)

 

 小宇宙(コスモ)の総量で勝る者を破るにはそれしかないとはいえ、指という極めて矮小な部分に留めるのはかなりの技量が要求される。一歩間違えれば拳が使い物にならなくなる危険性があるからこそ、一本拳は()()なのだ。

 ヴァレリーですら暗黒聖衣(ブラッククロス)がなければ、そこまで緻密な制御はできない。それができるという事は、制御力だけなら黄金聖闘士(ゴールド)とは言わないまでも、白銀聖闘士(シルバー)級はあるとみていいだろう。

 

 改めて行人の異常性が際立つ。

 

 戦士というには逃亡してしまうほど臆病で、弱い割には時折ヒヤリとする場面が多々ある。まるで得体のしれない何かが殻を破るかのような錯覚を起こす。

 

「ど…し、た。俺、は…まだ……生…て…」

 

 肩のナイフを抜き取り壁にもたれかかる姿はあまりにも弱々しく、勇壮とはほど遠い。だが睨みつける眼には生気が戻り、ヴァレリーも僅かに気圧される。そんなヴァレリーの心情など気にも留めず、行人は再び“あの技”の構えを取った。

 

「『雷光流転拳』!? この期に及んで最後に縋るのがそれとは…。僕を侮辱しているのか!!」

 

 流転拳の恐ろしさは先刻味わったばかりだが、それは初見だったからだ。技の特性を見破った以上、その恐怖も半減してしまっている。だからこそ、いつまでも破られた技にこだわる行人の姿がひどく見苦しく感じた。

 

「いいだろう! ならば、その技と共に潔く散るが良い!!」

 

 戦士の誇りを刺激され、黒き野獣が激昂しながら地を駆ける。その右手が真紅に輝く事から最強の技である『クレッセント・リンクスクロー』を放とうとしている事が分かる。

 

「おォおおおおおおおおおっ!!」

 

 残された力を全て振り絞ろうと行人が吼える。背にしている壁に()を強く打ち付け、ヴァレリーに向かって特攻した。その速度はヴァレリーにも匹敵するほどのものだった。それもそのはず、これこそ『瞬動術』という足の裏から気を爆発させてロケット噴射の如く移動する歩法である。瞬動術によって音速に達した行人は最後の流転拳を解き放つ。

 

「くらえっ!!」

 

「甘い! そうくると思っていたよ!!」

 

 そのような荒業を目の当たりにしたヴァレリーであるが、彼の心は動じない。今までの行人の行動パターンから、素直に向かってくるわけがないと警戒していたからだ。それは功を奏し、彼は行人の片足に集中する小宇宙(コスモ)を見逃さなかった。

 

さよなら(アデュー)、少年! クレッセント・リンクスクロー!!」

 

 リーチでは大人のヴァレリーに分がある。短い行人の腕をあっさり飛び越えて、流転拳が届く前に凶爪が額に直撃した。狙うなら的が大きい(ボディ)が常識。

 しかし、既に2回も仕留め損ねている。だからこその頭部(ヘッド)狙い。脳を破壊されて生命活動を維持できる生物は存在しない。

 

「…なん…だと……?」

 

 目の前の現実を受け入れられずに、思わず声を漏らすヴァレリーを誰が責められようか。

 

 鋼鉄すら両断する爪がその切れ味を発揮する事無く、行人の皮膚の上で止まっていたのだ。我が眼を疑うヴァレリーに、爪が行人の小宇宙(コスモ)の状態を伝えてくる。

  

 

「僕と同じ波長だと!? 波長合わせを防御術(ディフェンス)に利用したのか!!?」

 

 呼吸法を始めとした戦闘に使う技術には、独特のリズムが存在する。それは小宇宙(コスモ)も例外ではない。一つとして同じものはなく、戦士一人一人が全て異なるものを持つ。付け加えると、達人であればあるほどこのリズムは安定しているものだ。

 波長を合わせてしまえば、物理攻撃も放出攻撃も使い手を傷つける事は叶わない。

 

「獲ったぞ。俺の距離を…」

 

 ヴァレリーが下を向くと、爪を払いのけて一歩間合いを詰めた行人がいた。波長合わせというイカレた防御術(ディフェンス)を目の当たりにして動揺した時点で、この事態は決まっていた。

 

 もう躱す暇はない。

 

「断ち斬れ、俺の小宇宙(コスモ)!! 雷光流転拳!!!」

 

 肩に風穴が空いて左腕が使えない行人は、右拳を叩き込む。場所は左胸――心臓である。

 

(耐えろ! これに耐えさえすれば僕の勝ちなんだ!)

 

 てっきり無防備の顎狙いと考え守っていたヴァレリーには当てが外れたとしか言いようがないが、これは僥倖だった。

 

――残り、4発

 

「あァあああああ!!」

 

 次弾が放たれる。恐らく次は腹部(ボディ)。ここを打たれると体がくの字に曲がり、頭が下がるので行人にも狙いやすくなる。

 

「グッ、ハッ!?」

 

 ところが打たれたのはまたしても心臓だった。この2撃目でヴァレリーは行人の思惑に気づく。

 

(一点集中狙い!? まさか5発全てが!!)

 

――点滴、岩を穿つ

 

 どんな硬い物体も、何度も打ち続ければいつかは砕くことができる。小宇宙(コスモ)で障壁を張ろうとしても、行人の拳の方が速い。続けて3、4発と打ち込まれるたびに暗黒聖衣(ブラッククロス)に異変が生じる。

 

バキッ

 

 あらかじめ付けられていた罅が大きくなり、とうとう暗黒聖衣(ブロッククロス)が剥がれ落ちてしまう。こうなれば己の肉体を信じるしかなかった。所詮は子供の拳。自分なら耐えられる――そう信じるしかない。

 

 そして、剥き出しになった心臓めがけて最後の5発目が放たれる。

 

「これで、最後(ラスト)だァあああああ!!」

 

「ウグッ! ウぅうう!!」

 

 筋肉を引き締め5発目に耐え抜いたヴァレリー。己の体に賛辞を送り一息ついたところへ、再び衝撃が生じる。突き刺さったままの行人の拳から存在しないはずの6発目が放たれたのだ。

 

「グァアあああああああああ!!?」

 

 今までとは全く比較にならない6発目。それこそ小型の炸裂弾が爆発したような一撃である。その威力は暗黒聖衣(ブラッククロス)のチェストパーツを8割は吹き飛ばしていた。

 

 『炸裂拳(バーストナックル)』――試験時に使用した行人のもう一つの技である。行人は雷光流転拳と炸裂拳(バーストナックル)を組み合わせて暗黒聖衣(ブラッククロス)を破ったのだ。

 

 

 

「ハァ、ハァ……や、やったのか? 本当に?」

 

 動かないヴァレリーを確認しても、行人は自分の勝利が信じられずにいた。なにせ相手は小宇宙(コスモ)を操る人知を超えた存在だ。少年時代に、『誰がこんな男達を倒せるんだ』と思いながら漫画を読んでいたのは今でも覚えている。なのに――転生者が、この世界にとって異物(・・)でしかない自分が成し遂げられるとは思えなかったのだ。

 

「お…お、おォおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 行人の勝ち鬨に呼応するかのようにデスクィーン島の噴火が勢いを増す。噴火は止まることを知らず、次々と上がり空というキャンバスを染め上げる。もしかしたらそれは行人という異物(イレギュラー)にたいしての祝砲だったのかもしれない。

 

 

『ようこそ。この優しく、そして残酷な世界へ』

 

 

 どこからかそのような声が聞こえた気がした。

 

 ようやくこの世界に住人として認められた気がした。

 

 そう結論付けた瞬間、気が抜けたのか行人は吐血する。そう言えば腹に穴が空いたままだった事を他人事のように思い出し、視線を下に向ける。

 傷口から出血が止まらずに血だまりが広がっていく。これはマズいと思う間もなく膝が砕け落ちて身を沈めてしまう。血を流し過ぎたのか四肢が動かせない。脳に回す血も少なくなっているのか、思考力さえ上手く働かなかった。

 

 せっかく認められたのにこんな所で死ぬのかという思いはある。でも、こんな終わり方も自分らしくて良いのかもしれない。

 たった一度しかない人生を全力で生き抜く事こそ人間の本懐。それに反して転生という道を選んだ時点で、行人は人間の屑の烙印を押されても仕方のない存在なのだから…。

 ヴァレリーを倒し鳳凰座の聖衣(フェニックス)を守り抜いただけでも儲けもの、そう考えるべきだろう。

 

 

 ほんの僅かな達成感を胸に、行人の意識は闇の中へと消えていった。

 

 

 

 

 




行人、辛勝!!

最後で少し鬱展開が入ってしまい申し訳ありません(汗)
この主人公、少し自虐癖がありますので…。


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17/聖闘士の資質(前編)

えー長らくお待たせして大変申し訳ありません。とうとう1年以上更新が空いてしまいました。しかも1話でまとめきれませんでした(泣) 
今回はとにかく戦闘描写が難しかったです(現実の忙しい事も理由の一つですが)
それもこれもチート級の技を持つ『あの2人』が悪いんですよ(責任丸投げ)

あと忠告を一つ…。今回は話の都合上、アンチ(?)描写があります。蟹座ファンの方は御注意ください。それでも構わんという剛毅な方…どうぞ御覧ください(ガクブル)




 

カツン、カツン…

 

 

 甲高い金属音が響き渡る室内には二人の人間がいた。一人は金槌とノミを振るう老人、もう一人は手首から血を流して静かに相方の作業を見守っている若者。

 二人の前には一体の聖衣(クロス)が鎮座している。激戦を潜り抜けてきたのであろう。ところどころの部品(パーツ)が欠損してかろうじて原型を保っていた。

 

 男達はそんな聖衣(クロス)に再び生命の炎を灯すべく、一心不乱に作業を続けていく。小宇宙(コスモ)がふんだんに含まれた血液を浴びせたところへ、ノミと金槌が振り下ろされる。一振りする度に聖衣(クロス)から星屑が舞い、傷を少しずつ癒していった。

 

 数時間かけて作業を終えると、今まで血を与えていた男は一礼して聖衣(クロス)と共に館から去っていった。その様は一羽の若鷹が飛び立つようで、見る者の心を引き付ける。しかし、見送った老人の表情には逆に影が差していた。

 

「さっきの男――あ奴が生きておれば同じくらいの年齢じゃったな…」

 

 誰ともなしにそう呟きながら老人は窓辺に腰掛ける。傍らにある容器に水を注ぐと、星明かりで照らされた大地を肴に晩酌を始めた。グビッと杯を傾け喉を潤し、火照った体を冷ます。彼の胸中は達成感のほかに、どこか虚しさを感じていた。

 

 それもそのはず、聖衣(クロス)を修復したという事は、先程の若者は戦場に戻る事を意味する。もう何回繰り返したのか数えていない。あと何回聖戦を繰り返せば平和がくるのだろう。それを実現するのに、あと何人の命が犠牲になるのだろう。いつしか老人はそのような疑問を抱えるようになった。

 

(いかんな。若くないせいか、どうも最近弱気になっておる。これではセージの奴に笑われてしまうわい)

 

 教皇となってアテナの代わりに地上を守り続ける。そんな重責を担わせてしまった弟に、老人は後ろめたさを感じていた。かといって、教皇になりたかったわけでもないので修復師の道を選択した事に後悔はない。やるせない気持ちを抱えて生きていくしかないのだ。

 

(せめて聖戦の生き残りがもう一人いてくれたら、こんな思いはしなくても済んだのかもしれんのう)

 

 教皇の仕事とは聖域(サンクチュアリ)の管理だけではない。ローマ教会を初めとした宗教団体や諸外国との政治のやり取りも含まれている。その激務をこなす彼の下に、各地で出奔する邪神退治や若い聖闘士(セイント)の育成を肩代わりしてくれる存在がいれば、まさしく『教皇の片腕』となってくれていただろう。

 老人は教皇代理という地位に就いているものの、あくまで教皇に何かが起きた時の保険(・・)という意味だ。表立って聖闘士(セイント)達を陣頭指揮する者とは立場が違う。 

 そもそも老人は既に高齢で現役を引退している。老兵がいつまでも居座っては若い芽が芽吹くことは決してない。自分達の守り抜いた時代で生まれた子に託すのが筋だろう。

 

 老人の口から溜め息がこぼれる。

 

『分かったのだ…。どこまで行っても私は人間…愚かな本質は変えられん。だからこそ…世界と私には導きが必要だったのだ…!』

 

 最後までいがみ合っていた戦友(とも)の声が――

 

『250年だ…ずっと信じた…。世界はいつか平和になると、思い描く理想を人々は求めていると。だが――だが250年の疑念は深まる。人間とはもともと悪性なのではないかと…』

 

 まだ若い老人達に理想を託して逝った恩師の声が――

 

 

 老人――白銀聖闘士(シルバーセイント)祭壇座(アルター)のハクレイの心に重く圧し掛かる。

 

 

 聖戦で大勢の命が散った。確かに気の合う者達だけではなく、不仲な者もいた。だが、そんな彼らを一つにまとめていたのは希望があったからだ。

 

 この聖戦の先には平和な世界が待っている。一途にそう信じて戦い…死んでいった。

 

 だというのに結果どうだろう。自分達が守り抜いた命を、同胞である人間が奪っていく。己の努力を侮辱するに等しい行為を彼らは許せなかったのだろう。彼らの出した結論は武力を持って人類を矯正するという暴挙だった。その時の戦いは歴史の表に出てはならない影の歴史として、ごく一部の者にしか語る事は許されていない。

 

 あれから月日の経つ事200余年――世界はいまだに変わらない。

 

 女神(アテナ)を失った後も必死で守り続けたこの世界。

 

 いつか、やがていつかは理想の世界が来る。人の心に悪はあっても、それは善悪の狭間でもがいているにすぎぬと信じて…。

 

(そう、人間とは尊いのじゃ)

 

 その信念を胸に祭壇座(アルター)のハクレイは生きてきた。

 

 聖戦後も本来の修復師としての業務だけでなく、後進の育成にも努めてきた。自分達の思いを受け継ぐ後継者を育てる為に…。

 

 そうして日々を過ごしていくハクレイの下に、とある少年の噂が届く。ある日、教官が候補生達の前で技を実演した時にそれは起こった。

 

 積尸気鬼蒼炎(せきしききそうえん)の威力を見て、候補生達から『凄い』、『かっこいい』などの称賛の声が上がる中で、たった一人だけ彼はこう声を漏らしたという。

 

『おい。今の技を使うのにアンタは()()犠牲にしたんだ?』

 

 彼の言葉に、称賛を受けて得意げになっていた教官は凍り付く。他の候補生達はというと、何のことを言っているのか理解できないらしく怪訝な様子で二人のやり取りを見つめるだけだった。

 

 この時点で少年と候補生達との間に決定的な差ができていた。

 

 鬼蒼炎という技は、召喚した()()に燐気を用いて引火して蒼炎を作り出す。つまり、生者を守る為に魂を――守るべきはずの()()の魂を焼き殺さなければならなかった。

 現世で死を迎えて常世に行き、再び現世に還る。これぞ輪廻転生という魂の循環のメカニズム。それは水の流れによく似ている。海水が日光で蒸発し、雨となって地上に降り注ぎ、最後は河を辿って海へと戻る。

 しかし、魂そのものを消滅させてしまってはこのシステムが成り立たない。更に、強靭な魂を持つ敵を破壊するには、要する人魂の量が倍増するのだからバランス崩壊が起きやすいという一面も無視できない。

 

 これほどコストパフォーマンスのかかる技ならば失伝してもおかしくないのだが、今でも残されているのは勿論理由がある。

 人類の守り手である聖闘士(セイント)の敵は、何も人間だけではない。聖闘士(セイント)は魔獣、邪霊、そして悪神といった人知を超えた存在と相対する必要がある。そして怪物達の中にはただ殺しただけでは死ぬ事が無いモノがいた。

 肉体を失ったとしても魂が無傷な場合、ある程度の時間があれば復活してまた人々を脅かしてしまう。そんな人外には『封印』する程度しか対抗策が無く、何人もの聖闘士(セイント)がやるせない思いを抱きながら帰還を余儀なくされていた。

 助けた人々にもたらした平和を仮初のモノにしない為に、先人が苦節の末に編み出した技こそ『鬼蒼炎』なのだ。

 

 生者を守る為に死者を犠牲にしなければならないという矛盾を孕んだ闘士。

 

 そういった背景があるせいか、積尸気使い――特に使い手の中で最高峰ともいえる蟹座(キャンサー)はアテナ軍の中では異色の存在として扱われている。双子座(ジェミニ)乙女座(バルゴ)という最強(クラス)がアテナ軍の切り札(エース)と評されるのに対し、いつしか皮肉を込めてこう呼ばれるようになった。

 

 鬼札(ジョーカー)、と…。

 

 このような事情があり、積尸気使いはそのバランスを破壊しかねない存在なのだ。本来ならこれ見よがしに使用していいものではなく、ハクレイも聖域(サンクチュアリ)にいる双子の弟も、現役を退いてからは滅多な事では使わなくなった。

 誰もが技の見てくれに心奪われる中、ただ一人『本質』に目を向けた少年。出来事の経緯を聞いたハクレイは運命じみたものを感じてならなかった。

 

 人類の守護者と称される聖闘士(セイント)にも問題はいくつもある。美辞麗句で飾り建てても所詮は『軍隊』であることに変わりない。そこには階級という縦社会が存在し、厳しい上下関係がある。超人的な力を身につけてしまった事で、能力に差がありすぎると人間関係に溝ができやすいのだ。特に黄金聖闘士(ゴールド)とそうでない者の差は著しい。

 

 だからこそ教皇補佐である祭壇座(アルター)の本来の使命とは、そんな両者を繫ぎとめる事にこそあると彼は解釈している。

 

 ハクレイは少年の中にアテナ軍が掲げる大義に惑わされる事のない信念を感じた。それは己の道に疑問を抱く聖闘士(セイント)達を導く事になるだろうと…。

 

 祭壇座(アルター)はこの少年にこそふさわしい。

 

 善は急げと言わんばかりにハクレイはそのまま少年を直弟子として引き取った。一介の聖闘士(セイント)ではなく、自身の後継者とするためにだ。そうしてハクレイの指導を受けた少年は異例のスピードで上達していった。まるで砂漠に水が染み込んでいくようだったと人は言う。

 だがハクレイは少年を見誤っていた。少年の芯――信念は彼が予想していた物を遥かに超えていたのだ。

 

 目を閉じると少年との最後のやり取りが、今でも鮮明に思い出せる。

 

 

『まるで妻は浮気などしていないとひた向きに信じる夫のようだな。流石は我が師――俺にはとてもできない事をやってくれる』

 

『師よ。少しは女心というものを学んではいかがかな? 女という生き物は基本的に我が儘な生き物よ。浮気の理由も夫に飽きたから、寂しかったからなどの自分に都合のよい逃げ道を用意している。ここで信じているから何もしないという選択肢は、女共をつけあがらせるだけでしょうに…』

 

『女共は知りたいのですよ。自分は愛されているのか否かを…。追求しなければ夫は自分に関心が無い、つまりいてもいなくてもどうでも良い存在なのだと判断するでしょう。

 俺はそういう(サイン)は見過ごせんクチでな。二度となめた真似ができないよう思い知らせなければなりますまい』

 

『簡単ですよ。ある時は言葉で、またある時は拳を叩きつければ良い。それだけで捨てられた子猫のようにしおらしくなる。人間も同じように扱えば良いでしょう…』

 

 

 苦悩の末に導き出した結論(人間は尊い)を一蹴し、かつての戦友(とも)と同じく武力を用いるべきだと説く少年に、ハクレイは思わず手を挙げてしまう。そこから二人の破局までは時間がかからなかった。売り言葉に買い言葉の大喧嘩が始まり、小宇宙(コスモ)の応酬までして周囲を更地にするまで止まらなかった。遂にハクレイは少年に破門を言い渡し、少年もそれを受け入れてこの地を後にした。

 

 師としてはのたれ死んでいないかと心配の一つでもするべきなのだろうが、ハクレイは少年がしぶとく生きているだろうと確信していた。腐っても教皇代理である自分が見込んだ逸材が、惨めに世を呪いながら死んでいくとは到底思えない。

 

 聖闘士(セイント)になれなかった候補生は雑兵として務めなければならず、それを拒むのなら小宇宙(コスモ)の秘匿性を保つ為にも殺すのが師としての最後の務め。

 しかし、ハクレイにはどうしてもできなかった。まだ幼かった頃、未来の族長候補として弟と共に鍛えられていた彼に聖闘士(セイント)になるよう薦めてきたのが他ならぬ族長だったからだ。

 

 長の言葉通り、聖域(サンクチュアリ)での生活は新鮮だった。

恩師ができ、仲間ができ、そして好敵手(ライバル)もできた。何よりアテナと聖闘士(セイント)がいかに人間に無くてはならない存在なのかを知ることができた。彼らと共に生きた日々は、今でもハクレイの中で大きな財産となっている。

 

(長の言葉がなければ、ワシは惰性で長という地位を継いでおったかもしれんな)

 

 少年を破門したのも、そういった経験に基づいての判断だった。あの少年の器は聖域(サンクチュアリ)にも、この地(ジャミール)にも納まりきれるものではないと考えたからこそ…。

 

「『黄金(ゴールド)から逃げた貴方には分からない』…か。フフッ、懐かしい台詞じゃな」

 

 若造の時ならいざ知らず、今や聖域(サンクチュアリ)の重鎮の一人となった自分に面と向かって言う者が現れるなど露程も思わなかった。その物怖じしない姿が昔の自分と重なり、ハクレイの顔に笑みがこぼれる。

 

「アヴィド――お前の目にこの世はどう見える…」

 

 人里離れて建てられた館の周囲は一面岩場しかない。だが遥か彼方にチラホラと小さく光が見える。まるで星のように美しく輝くそれらの一つに己の馬鹿弟子もいるのだろうかと考えながら、ハクレイはまた杯を傾けるのであった。

 

 

 

「チッ!」

 

 魂葬波による炎と暴風が、杳馬の接近を阻もうと吹き荒れる。けれども先程からその炎は一撃も彼を捉える事が出来ていなかった。いずれも紙一重でかわされている。

 

「おいおい期待外れさせんじゃねぇよ! さっきから外してばっかじゃねぇか! もっとしっかり狙いなァ!!」

 

 時間を操る杳馬でも、さすがに予知能力までは持っていない。そんな彼がどうして正確に躱せるかというと、ごく単純なトリックだった。

 

 杳馬は敵の動きではなく、殺気を感じ取っているのだ。

 

 どんなに小宇宙(コスモ)感じ取りにくくさせようとも、意思の力を込めなければならない以上殺気だけは隠し通せない。しかもアヴィドの殺気は常人の域を超えており、狙いも正確だ。殺気が増す瞬間を狙ってその場を移動する――ただそれだけで簡単に躱せてしまう。

 

「そらよ!」

 

 杳馬の飛び蹴りをアヴィドが腕で受ける。それを狙い通りと、杳馬は足を腕に引っ掛けてそこを起点に曲芸師の如く我が身を回転させた。その動きにより遠心力が上乗せされて、アヴィドの後頭部目掛けて裏拳を叩きこむ。

 首を前に倒し回避するアヴィド。空振りしたせいで上体が前のめりになり、杳馬に隙が生じる。

 

「ムン!」

 

 アヴィドの指が握りしめる4本の葉巻。それが杳馬の背中で魂葬波となって炸裂した。

 

「がッアぁアアアアアアア!?」

 

 単発でさえ厄介な魂葬波が4発同時に撃ち込まれ、さしもの杳馬も苦悶の声を上げながら元来た道へと吹き飛ばされる。

 

「これで終わりだ…」

 

 アヴィドが指をクンッと上にあげると隆起した地面が獣の顎を模して獲物に喰らいつく。咀嚼を繰り返し余韻に浸る獣に向けて、飼い主の必滅を込めた号令が飛ぶ。

 

「積尸気魂葬波!!」

 

 蒼き閃光が迸り、一瞬この場から音が掻き消えた。粉塵の中より現れし光柱が、悪魔を浄化せんと空に十字を刻む。誰が見ても勝敗は決した――そう思えた。

 

 

 

「お~怖ッ! 葉巻吹かして余裕こいてると思ってたら、それも人魂で作ってんのかよ!? 悪趣味な野郎だぜ」

 

 だが、悪魔は生きている。

 

 先の一撃はたとえ師であるハクレイでさえ受ければ致命傷は免れないだろうとアヴィドは自負している。それを受けてなお平然としている敵を見て、咥えている葉巻がギシリと軋む。

 

(こいつ…本当に人間なのか?)

 

 冥闘士(スペクター)の天敵とされる魂への攻撃。それにここまで耐えられるとなると、さしものアヴィドも疑念を抱かずにはいられない。ここまで頑強な魂を果たして人間が持てるものなのかと…。

 

(これが冥闘士(スペクター)……老いぼれ共が警戒するわけだ。三巨頭ですらない雑魚にここまで手こずるとは…)

 

 一見アヴィドが優勢に見えるが、実際のところ杳馬の方に分がある。魂葬波を撃てば撃つほど、縛砕陣を構成している人魂の量は減少する。いくら攻撃を当ててもダメージを与えられないのならば消耗するだけだ。弾切れを起こして陣を維持できなくなるのも時間の問題だった。杳馬の隠している力の正体が分からない以上、それは得策ではない。

 

 かくいう杳馬もアヴィドの実力を高く評価していた。

 

 目の前の男は明らかに黄金聖闘士(ゴールド)級。それも聖衣(クロス)を纏ってもいないというのにこの強さを維持しているのだから驚きである。もしアヴィドが黄金聖衣(クロス)得ていたとしたら、杳馬も“真の姿”を晒す事態になっていただろう。

 

 深追いできずお互いに攻めあぐねいている中、杳馬が問う。

 

「しかし分からねェな。テメエはなんでそこまで鳳凰座聖衣(フェニックス)に拘る? 纏えねェ聖衣(クロス)なんざ置物にしかならねェだろう。それとも何か? 聖闘士(セイント)に未練はないっつうのはブラフで、実は未練タラタラってオチか? 随分と女々しい野郎だなァおい」

 

 グスタフ、ラドル…すでに何人もの命が鳳凰座(フェニックス)の為に失われている。彼らの力量(レベル)を考慮したところ、どう見繕っても割に合わない計算だ。暗黒(ネーロ)の規模は知らないが、あれだけの人材を“安い犠牲”とみなすアヴィドの鳳凰座(フェニックス)への執着は異常である。

 

「纏えるかどうかなど俺には些細な問題よ。この世で究極の欲とは何だと思う? それは『不死』よ。この世でいくら財を成そうと…武を極めようと…覇道を進もうと…俺達には生命という限りがある。それが永遠(・・)に続けられるとしたらどうだ…」

 

 アヴィドはそう言うと、葉巻を一息吸い紫煙を吐き出す。

 

「かつて俺の師はこう言っていた。『我らの内なる小宇宙(コスモ)は無限だ』とな。事実、これだけはその通りだと俺も思っている。

 人間の小宇宙(よくぼう)に限りなど――無い!」

 

 そう言い放つと、アヴィドは手にした葉巻を空に掲げる。すると二人の周囲にいた亡者達が身を震わせ、人魂へと姿を変貌させた。それらは彼の頭上に集結し一つの個を形成する。

 

「欲望のままに小宇宙(ちから)を振るい、世界を蹂躙し尽す! あれは暗黒聖闘士(おれたちに)こそ相応しいと思わんか! そして、これが俺の手にした力だ!!」

 

 積尸気によって強制的に集められた人魂に向けて、葉巻から燐気が放たれる。生成された物体は例えるなら『蒼い太陽』と言えばいいだろうか。本来光の差さない黄泉平坂を蒼く染め上げる様は、アヴィドの宣言通り彼の色で塗り潰されたかのようだった。

 

 そして、杳馬はまだこれが悪夢の序章でしかない事を思い知る。

 

 遥か彼方より一つまた一つと、空を覆い尽くさんばかりの数の人魂が太陽に引き寄せられていく。

 燃え盛る炉に薪が放り込まれるように、人魂を取り込む毎に太陽はその大きさを、熱を、光を増していった。さらに――

 

 

アァアアアァツイィイイイ…アァツィイヨウォオオオオゥウウ…

 

オガァアアァアザァン…ダヂゲデ…オガァアアアァザンン…

 

ゴォメンナザイィイイ…ダレカ…ダレガァアア…ア、アア…

 

 

 耳をつんざく絶叫が黄泉平坂に木霊する。老人、若者、子供、異なる言語の悲鳴も混じっている。ありとあらゆる人間の魂が、アヴィドという魔人ただ一人の手によって火炙りに処されているのだ。

 その場にいるだけで正気を失いそうになる光景を、杳馬はただ無表情で見つめている。

 

「ハハハッ、気に入らんか? 俺には聖歌隊のコーラスに聞こえるんだがな! 見るがいい! これこそ俺の力! これこそ積尸気の真髄よ!! 他者を喰らい、己の糧とする!!!

 億の魂で倒せぬなら兆を! 兆の魂で倒せぬなら京を! 京の魂で倒せぬなら垓を! 足りんというのなら、足りるまで注ぎ込むまでだ!! なにせこの地には魂が腐るほどあるのだからな!!!」

 

 積尸気使いの対神用奥義『積尸気転霊波(せきしきてんりょうは)』――聖戦で散った聖闘士(セイント)達の魂を集結させて敵にぶつけるというハクレイが編み出した大技。強い小宇宙(コスモ)を持つ聖闘士(セイント)の魂を使用しているだけあって、その威力はまさしく最終奥義の名を冠するにふさわしい。

 

 腹立たしい事に、アヴィドにはどうしてもこの技が使えなかった。

聖闘士(セイント)ではないどころか、守るべき人間をぞんざいに扱うアヴィドの呼び掛けに応える闘士などいるはずもない。師に匹敵するほど小宇宙(コスモ)を高めれば解決すると思っていただけに、これは彼にとっても誤算だった。ならばどうするかと思案の末に編み出したのが、今放とうとしている技である。

 

 その名も『積尸気滅塵波(せきしきめつじんは)』。

 

 転霊波に比べてはるかに大量の人魂を要するが故に、現世では作るのに時間が掛かってしまうのが難点だ。けれども、魂の残数や技を撃つのに要する体力を考慮すればこの場では最も適している技だった。

 

 絶体絶命の状況にもかかわらず、杳馬はというと何一つ反応しない。

 アヴィドの蛮行を止めもせず、非難するわけでもない。ただ何の感情も示さず、彼が準備を整えるのを待っているだけだ。

 

 その余裕の姿勢が癪に障るのか、アヴィドはある事を口に出す。

 

「ああそういえば、お前の弟子がヴァレリーを倒したようだな…」

 

「あん?」

 

「安堵しているようだが、師弟揃って肝心な事を忘れていないか?」

 

 アヴィドの意味深な言葉を、杳馬は頭の中で反芻させる。恐ろしい思考速度で今までの言動からヒントを探していく。

 そして――

 

「ッ!? てめえ!」

 

 弾かれたように飛び出して杳馬が跳びかかるも、いつの間にか左手に持っていたアヴィドの葉巻によって魂葬波を浴びせられる。

 

「大人しくそこで見ているがいい。お前の弟子が死ぬ様をな!!」

 

 

 

「う、グッ…い、生きて…る?」

 

 傷の痛みを堪えながら、行人がゆっくりと起き上がる。腹部の傷口を見てみると不思議な事に血が止まっていた。

 

「ようやく起きたか。“真央点”を突いたとはいえ、手遅れと思っていたよ…」

 

 声をかけられた方を見やると、ヴァレリーが壁にもたれ掛るようにして座っていた。

 

「あ…あなたが助けてくれたんですか。なんで敵の俺を?」

 

「礼なら僕じゃなく、それに言うんだね」

 

 言われるがまま行人が視線を向けると、今の位置からやや3mほど離れた場所。辺り一面に広がるはずの血溜まりが、その地点から広がる事なく止まっていたのだ。

 

「まさか!?」

 

 この不可解な現象に心当たりがある行人は注意深く床を調べ始める。すると案の定、不自然な切れ目を見つけた。床板を剥がすとそこには、探し求めていた鳳凰座(フェニックス)の聖衣箱が丁重に保管されていたのだ。

 

鳳凰座(フェニックス)が出血多量で死なないようにと、君の血を押し止めていたんだろうね。恩返しのつもりじゃないかな?」

 

「そうですか…」

 

 助けるつもりが逆に助けられてしまったという話に、行人は内心複雑な思いを抱く。

 

「では約束通り、これは俺が貰います」

 

「好きにしたまえ。このダメージ……暫く動けそうにない。でも…そう上手くいくかな?」

 

 ヴァレリーの言葉を不審に思い、行人は周囲を確認する。

 

「そういえば、何だか――暑…い!?」

 

 気づけば室温がジワジワと上昇しており、まるでサウナ特有の息苦しさを感じさせていた。慌てて部屋のドアに向かい、扉に触れないように掌を掲げる。そうして扉から伝わってくるのは、異様に猛り狂う小宇宙(コスモ)の波動だった。

 

首領(ドン)鬼蒼炎(きそうえん)さ。この船はもうすぐ燃え尽きる…僕も…君も…。そうして燃え残った鳳凰座(フェニックス)首領(ドン)が悠々と持ち去るだろう」

 

「そ…そんな。仲間がまだ生きているのに!!」

 

「さあ? 『死人に口なし』ってやつじゃないかな。子供に暗黒(ネーロ)が負けたなんて事実を残したくないんだろう。君には悪いけど、ここで一緒に死んでもらうよ…」

 

 言い終えるとヴァレリーはそっと眼を閉じて自身の半生を思い返す。孤児院で資質を認められ、聖域(サンクチュアリ)に招かれた幼少期。異国人と迫害されながらも、研鑽を積んだ少年期。聖衣(クロス)を賭けて、朋友と殺し合いをしなければならなかった青年期。

 

(我ながら碌でもない人生だ)

 

 一体自分はどこで間違えてしまったのだろうか。もしこれが女神(アテナ)のお導きだというのなら、聖闘士(セイント)などこの世から消えてしまえ。

 例えそれで人間が滅びたとしても、それはそれで仕方がないだろう。神々の怒りを買わずに生きるには、人間は醜悪すぎたのだ。

 

 自分を初めとした、これほど大勢の人間の命を犠牲にしなければ維持できない平和に価値があるとは思えない。だからこそ、アヴィドの言葉は麻薬のように心を蝕んでいった。

 

『“神”にとって人間など、放っておいても次から次へと生まれてくる存在よ…。アテナもまた“神”の視点でしか物事を捉えきれんからこそ、聖闘士(セイント)も…それを目指す人間も…どれだけ死のうがその犠牲の重さについて真に理解する事はできん。だから行いを改める事ができず、悲劇は何度も繰り返される。

 どんなにお優しかろうが、神は神でしかないという事だ…』

 

 兵士を使い捨てにするというならアヴィドもいい勝負だが、人間(じぶん)を理解してくれる点がアテナより勝っていた。彼女はただ悲しむだけで、醜いモノなど受け入れられないだろう。

 

 だって彼女は神だから――

 

 だって神と人間とでは見ているものが違うから――

 

「…っグ!」

 

 思い出すだけで(はらわた)が煮えくり返りそうになる。気を紛らわそうと行人の様子を見やると、そこには天井に向けてコーヒーカップを投げ飛ばす姿があった。

 

「でぇえええぇい!!」

 

 カップは2人が落ちてきた穴を飛び越えて、船のメインマストに到達する直前で四方から伸びてきた鬼蒼炎により炭すら残さず焼き消されてしまう。

 

「クソッ!」

 

 脱出口を探そうとしても無駄だ。この鬼蒼炎の包囲網からは逃げられない。ヴァレリー達もこの事態を考えていなかったわけではない。不要とみなされた仲間が突然発火した鬼蒼炎で燃やされていく。そんな光景を何度も見続けた彼らは、そのトリックが首領から渡された金貨を初めとした報酬(・・)によるものと推理した。だからこそ首領の用意した船には手を付けず、互いに金を出しあってチャーターしたものに乗り込んで任務に就いたのだ。

 しかし結果はこの様だ。首領(ドン)によって造られた金貨は暗黒(ネーロ)だけでなくヴェネチア中に広まっており、ヴァレリーが雇った船員にも出回っていた。死体安置所がある後方から火が迫ってきているので出火元はそれで間違いないだろう。絶望で項垂れるヴァレリーに、行人が話しかけてくる。

 

「あ…え~と、ヴァレリー……さん。何か秘密の脱出口とかありませんか?」

 

「ハッ! そんな都合のいいモノ有るわけないだろう。有ったらとっくに僕が使っているさ」

 

 行人の問いを鼻で嗤いながら、夢も希望もない答えをヴァレリーが返す。すると今度は、彼が予想もしなかった提案をしてきた。

 

「ヴァレリーさん、恥を承知の上でお願いします。俺に力を貸してください。ひょっとしたらここから脱出できるかもしれません…」

 

 そう言われつつ己の前に置かれた“あるモノ”を見て、ヴァレリーは眼を見開く。成程、それ(・・)なら鬼蒼炎を攻略できるかもしれない。

 

「…一応聞くけど、どうやって知ったんだい? 話したことは無かったはずだよ」

 

「最後の一撃を受けた時、小宇宙(コスモ)を通してあなたの記憶が流れ込んできたんです」

 

 それを聞いたヴァレリーは思わず顔を顰める。小宇宙(コスモ)とは、いわば剥き出しの魂だ。小宇宙を高めれば高めるほど、そこに込められた思いも強くなり感じ取り易くなる。狙ってやったのかは不明だが、感知能力の高い行人はそれを拾ってしまったのだろう。

 

「何が…見えた?」

 

「多分…聖闘士(セイント)関連は殆ど。暗黒(ネーロ)の事から聖域(サンクチュアリ)の事まで…」

 

 そうして一呼吸置くと、行人は言い難そうに続けた。

 

「そして――あなたが暗黒聖闘士(ブラックセイント)になった理由です」

 

「なら返答は分かるだろう。“お断りだ”…助かりたければ自分で何とかするんだね」

 

「勿論タダとは言いません! 手伝ってくれるのならばこれ(・・)を貴方に差し上げます!!」

 

 そう言い放ちドンッと置かれたのは、先程まで二人が命懸けで取り合っていた物――鳳凰座の聖衣(フェニックス)だった。

 

「ッ!? 正気か君は! 自分が助かりたい一心で聖衣(クロス)を手放すというのか!!」

 

 行人の常軌を逸した行動に、ヴァレリーは傷が痛むのも構わずに声を荒げる。聖衣(クロス)とはただの防具ではない。アテナが人類に残した大いなる遺産なのだ。それを自ら暗黒聖闘士(ブラックセイント)の手に委ねるという行人の感性は狂っているとしか言いようがなかったからだ。

 

聖闘士(セイント)とは! 聖衣(クロス)を守る為に存在するのではありません!人間(・・)を守る為に存在するんです!! ならば今ここで聖衣(クロス)を使って俺達の命を救う事の何が悪いんですか!?」

 

「青いな…少年。聖衣(クロス)とは、聖闘士(セイント)を一人でも多く生き残らせようとアテナが慈悲を込めて与えたもの。替えは無い。新造する事もできない。なのに、僕に渡すというのかい? 二度と君の下へは戻ってこないぞ」

 

「その時は…地の果てまで貴方を探し出しますよ。そして改めて貴方に決闘を申し込みます。さっきの戦いで勝敗は1勝1敗…。今度こそ決着をつけましょう」

 

 自分を見つめる真っ直ぐな瞳。幼いからこそ持ちうる事ができる輝きは、穢れた暗黒聖闘士(ブラックセイント)には眩しすぎ、せめてもの抵抗と不機嫌そうに目を逸らす。

 

(チッ! 現実を知らぬ子供め…)

 

 行人の言い分はともかく、戦士として納得いく決着をつけたいという考えは悪い気はしない。しばし考えた上でヴァレリーは答えを出す。

 

「……まぁ良い。僕もできる事なら死にたくはない。だが、確率は良くて2割にも満たない。失敗に終わっても恨まないでくれよ」

 

「大丈夫ですよ。鬼蒼炎で死ねば魂そのものが消えて無くなるんです。だったら恨む事も苦しむ事も無いでしょう」

 

 どこかピントのズレた慰めの言葉で思わずヴァレリーが笑ってしまう。それを見てキョトンとするも、行人も吊られて声を上げて笑った。

 死がすぐそこまで迫っている危機的状況で緊張感のない笑い声が木霊する。敵同士だというのに、屈託なく笑い合える事にヴァレリーは内心驚いていた。ひょっとしたら、人が解り合えるというのは自分が考えているよりももっと簡単な事なのではないだろうか。

 

 不思議とヴァレリーはそう考えてならなかった。

 

 

 

 船尾から船嘴に向けて蒼き炎が行軍する。理不尽な暴力に船は為す術なく、大海に身を委ねようと傾きだす。

 極上の獲物にありついた獣の如く、蒼炎は次々と船室を貪っていった。そして、とある一室へと辿り着く。中から感じ取られるのは(エナジー)という生者しか持ちえないもの。それに気づいた蒼炎は更に勢いを増す。

 扉に喰いつき、最後の護りを破った蒼炎が目にしたのは2人の人間。背にはヴァレリーを、胸には聖衣箱(クロスボックス)を背負う行人の姿があった。背後から手渡されたものを受け取り、行人はそれを飲み干す(・・・・)

 

「ホーリースパウト!!」

 

 一気に吐き出されたものは聖人の血とも称される水――葡萄酒。ヴァレリーによって小宇宙(コスモ)を調節されたそれは聖の属性を帯びた水へと変質し、死して苦しむ魂を積尸気から解放したのだった。

 

 

 




念の為に言っておきますが、鬼蒼炎の解釈は私独自のものという事を忘れないでください。
何度アニメや漫画を見直しても、人魂召喚→鬼蒼炎の流れだったんです。まあマニゴルドが燃やしていたのは悪人の魂だったんでしょう…多分。



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