同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語 (lumis)
しおりを挟む

出会い
回想前、川内型の3人~生徒会長



【挿絵表示】

リアルプレイにて那珂を一度轟沈させているため、この物語ではそんな初代那珂を書いています。
初代那珂はリアルプレイでは運良くクリティカルをバンバン発揮して本当に活躍してくれたので、そんな彼女を
具現化させるために話を考えてみました。

艦娘(になった少女)たちは実在したらこんな感じなんだ!身近にいそうだな!という感覚を味わっていただきたいため、
オリジナルの本名・学校生活・友人関係を作って日常生活をリアルに描いています。
可能な限り原作に近づけていますが、かなり性格の違う艦娘も出てきます。ご了承ください。
初代那珂は、"まだ" お団子ヘアをしていません。


 トラック泊地支援の特別任務から1ヶ月ほど経ったある日。慌ただしかった特別任務の余波もすでに収まり鎮守府の様子は落ち着いていた。特別任務では夕立が死亡を懸念するほどの轟沈を経験するなどいくつか問題もあったが、夕立も無事生還し、それらは無事解決していた。

 

 ある日、提督は川内型軽巡洋艦を担当する3人を呼び寄せた。

 

 

 鎮守府の本館内および敷地内に放送音が響く。

「これから名を呼ぶ方々は、執務室に来てください。那珂、川内、神通」

 

 那珂は特に仲の良い軽巡や駆逐艦の子と本館裏の広場で雑談、川内・神通の二人は工廠に隣接する出撃用水路のとなりの演習用のプールで練習していた。

 

 しばらくして執務室の扉がノックされ、3人が入ってきた。

「どうしたの?司令官?」と川内。

「なになに?あたしたちにご用事?」と那珂。

「あぁ、突然呼び出してすまない。外の動きも落ち着いたし、時間のある今のうちに話しておきたくてね。今回は真面目なお話なんだ。ちょっと外に行こうか。」

 

 そう提督は言い、総秘書艦席にいた五月雨にあとの執務を任せる合図をして川内たち3人を連れて執務室から出て行った。

 

 提督が3人を連れてきたのは、本館となりにある倉庫……のとなりにある、資料館。資料館はたまに一般公開され、一般市民が見学できる施設になっていたが、その日は休館日で扉はしまっている。鍵を開けて裏口から入り、3人をある部屋に連れてきた。

 

「ここって資料館だけど、何するの?」

 ここまで一切説明なしで来たので川内が当たり前のことを尋ねた。

「この部屋って立入禁止なはずですが?」

 資料館の管理を担当したことのある神通は、招かれた部屋が普段は秘書艦たちですら立入禁止な部屋であることを指摘した。

「こんな密室でナニするつもり?わかった!きっと4ぴ」

 よからぬことを口走りそうになった那珂の頭を川内がはたいて強制的にセリフを止めた。

 

 

「ここはさ、ある理由で使われなくなった艤装を保管しておくところなんだ。」

 そう言って提督が指さした保管スペースには、何人かの名前と艤装、それに関する資料と思われるフォルダが書棚にあった。それを順に目で追っていくと、そこには那珂の名前があり、艤装はなかったが資料がいくつか書棚に置かれていた。

 

「あ、あれって私の担当艦じゃん!なんであるの?」と那珂。

「!?」

 純粋に質問する那珂とは違う反応を見せる川内と神通。

 

「ここはね、殉職した艦娘たちの艤装や資料を保管しておく場所なんだ。那珂には着任時にも話したけど、那珂には前任者がいたんだ。」

「あー、知ってるよ。って、前の人死んだの?」

 那珂がさらに質問をして、ふと川内と神通のほうを見ると、二人は苦痛を顔に浮かべている。

 

「これから話すことは、必須ではないけど那珂には知っておいてほしいこと。川内と神通には、トラウマを掘り起こすようでつらいかもしれないけど、忘れてほしくない出来事だ。」

 と提督が言うと、川内が声を荒らげて言った。

「忘れるもんですか!!あたしは光主さんのこと絶対忘れない。」

「……私もです。」

 川内が口にした"光主さん"。その人は、鎮守府Aの初代那珂を担当した少女だった。本名を知っている通り、川内と神通は彼女のことをプライベートでも知っていた。というか、同じ学校の先輩であり、同じ艦娘部所属だったのだ。

 

「光主さん?って誰?」

「那珂、あんた同じ学校の人なのに知らないわけないでしょ。」

「内田さん、那珂はあのときまだ入学してなかったから……」

いきり立とうとする川内を、神通は川内の本名を呼んで諌めて止めた。

 

「あ……そっか。知らなくて当然かぁ。光主那美恵ってうちの生徒会長で、うちの学校の艦娘部の部長だった人よ。」

 川内が那珂に説明をする。

「ふーん。あたしの前の那珂の人って生徒会長だったんだぁ。」

「えぇ。彼女は艦娘としても生徒会長としても、常に全力で活動なさっていました。私達の一番身近な尊敬できる人です。」と補足する神通。

 

 同じ学校の生徒同士である程度補完しあったことを確認し、提督が続きを話し始めた。

 

--- 1 生徒会長

 

 光主那美恵はある高校の生徒会長を勤めていた。彼女は学校の成績良く、スポーツも万能で性格は少々軽いところはあるが明るく嫌味がない。校内でも男女ともにそれなりに人気がある、非の打ち所がないまさに文武両道、パーフェクトに近い少女だった。彼女は祖母が大昔にある小学生集団の指導者、のちにアイドル活動をしていたことを知り、自身もアイドルを目指すべくまずは身の回りのことから完璧にと努力を重ねていた。

 が、同じことの繰り返しで機械的に過ごす毎日、そろそろ新しい要素を欲していた。

 

 そんな彼女が艦娘のことに興味を持ったのは、となり町で鎮守府Aが開設され、そこで艦娘の募集が行われていることを耳にしたからだ。これまでも日本全国には多くの鎮守府と称する、艦娘の基地が設置されていたことは知っている。彼女らが深海凄艦と呼ばれる正体不明の謎の怪物と戦っていることも。が、内陸では影響はなかったため、興味を持つ必要がなかった。

 なので本当にたまたま、偶然、自身が興味を持つタイミングと鎮守府Aで艦娘の募集がされたタイミングが合わさったのだ。

 

 興味を持ったことに対しては妥協なしで本気で取り組む彼女は、鎮守府Aにまずは見学に行くことにした。

 

 那美恵が鎮守府Aに見学申し込みの連絡をすると、電話に出たのは非常に若い声だった。彼女自身と同じ年頃、もしくはもっと若い娘だろうか、那美恵は声の主に少し興味を持った。その後見学の予約を取り付け、当日となり町にある鎮守府Aに足を運んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

できて間もない鎮守府

 那美恵は電車に乗り、となり町で降りた。駅や町中では鎮守府がどうのこうの艦娘がどうのこうのという触れ込みや雰囲気はない。まだ町の人は自分らの町で鎮守府の運用が始まったことに気づいていない人がほとんどである。

 腕に付けたスマートウオッチで地図とルート案内を確認した。40年以上前の骨董品に近い物だがまだ運営会社もあるので使える。祖母からもらったそのスマートウオッチを彼女は非常に気に入っていた。那美恵は物持ちがよい。

 

 鎮守府Aがあるという場所まで来た。

 そこには○○建設という看板とともに、ところどころ工事中になっていた。発注元は防衛省鎮守府統括部となっている。まだ工事中なのかよ!と那美恵は突っ込んだが、ちゃんと案内がされていた。工事中の区画と区画の間を抜け、本館と思われる町の町民会館くらいの小規模の建物の前に辿り着いた。そこが鎮守府Aの中心地と判断した。

 ちなみに道路を挟んだ向かいには本館よりも立派そうな建物がある。そちらは直接海に面していた。何か港だろうか。那美恵はそれ以上の興味を示さなかった。

 

 決して長くも広くない表門から建物までの道を通り、本館と思われる建物の前まで歩いてきた。開けていいのかどうか那美恵がマゴマゴしていると、本館と思われる建物の右手裏から一人の少女がやってきた。紺の制服を着ている。自分と同じ学生なのだろうか。それともここの職員の人?などと、那美恵の色々疑問はつきない。

 彼女は那美恵に気づくと、トテトテと走って近づいてきた。

 

「もしかして、見学の方ですか!?ようこそ鎮守府Aにいらっしゃいました!私、秘書艦の五月雨っていいます。これから鎮守府の中を案内しますね!あと提督にもぜひ会ってください!」

 可愛らしい声の少女。この少女があの電話の主だと那美恵は気づいた。彼女が艦娘だ。しかも秘書艦。

 初々しくて頼りなさげに見えるが、きっと彼女は凄腕の艦娘に違いないと、那美恵は勝手に想像する。

 

 

 那美恵が来た鎮守府Aは、開設されてからまだ2~3ヶ月しか経っていない。所属する艦娘はまだ7~8人足らずでそのうち五月雨と同じ学校の生徒が3人いて計4人、他の学校の学生が1人、通常の艦娘が2人という構成だ。

 

 鎮守府内を案内される間、五月雨と那美恵は自身の学校のことについても会話していた。

「へぇ・・・光主さんの高校ってとなり町なんですかぁ!近くていいですね~私なんかそのさらに2駅行ったところの中学校なのでここへの勤務ちょっと大変なんです。」

 不満を漏らしているはずなのだがまったく不満気ではない。くったくのない笑顔で五月雨は言う。彼女の本名は早川皐月(さつき)という。

「早川さんの中学校からだとそのくらいかかるよね~。ところでさ、あなたはどういう艦娘なの?」

 

 その質問に五月雨はすぐに答えた。

「実は私、ここの鎮守府の最初の艦娘なんですよ!提督と一緒にここに配属になったんです。いわゆる初期艦というやつです。」

「え!?最初は提督と二人っきりだったの? じゃあ何かも大変でしょ~?」

 那美恵はそれを聞いたら誰もが思うであろう疑問を投げかけた。

 それに対して五月雨は答える。

 

「はい!最初のうちはなんとかやれてたんですけど、私だけじゃ辛くて、そうしたら提督がうちの学校と提携するようにしてくれて。学校で仲良い皆を誘って艦娘部を作って、今は時雨ちゃん。あ、時雨ちゃんは本名も時雨って言うんですよ!夕ちゃん、真純ちゃん。この三人と仲良く分担してやってます。あと一人いるんですけど、まだ艤装の配備が間に合っていなくてなんていう艦娘になるのかわからない友達もいます。

 友達いると言っても秘書艦は私だから結局私のお仕事と責任になっちゃうんですけどね~。あとは黒崎先生。先生は羽黒っていう艦娘なんですよ!まだうちの鎮守府には来てないんですけどね。」

 必要以上のことをペラペラしゃべりまくる五月雨。他の学校の生徒や新しい人が来るのが相当嬉しい様子を見せている。

 

 

 その後那美恵は提督と会い、真面目な話、鎮守府Aを取り巻く環境、今の状況、今後の予定を聞いた。提督はあまりパッとしない人だったが、話しぶりや熱意は伝わってきたので印象はよいと那美恵は感じた。

 提督は普段はIT企業に勤務しているため、鎮守府と本業の仕事は5:5で来ている。今は自分と秘書艦五月雨と時間を分けあって鎮守府内の管理をしているが、将来的には秘書艦を役割ごとに分割して回せるようにしたいと那美恵に今後の目標も話す。そのためには採用する艦娘を増やしたいとのこと。

 なので那美恵が艦娘になってくれるなら大歓迎という状況。もちろん艤装との同調試験があるから本当に入れるかどうかは誰にも分からない。

 

 艦娘制度には学生艦娘という、学校と鎮守府が提携して人員を一気に集めて教育し戦力とする運用があった。提携した学校には国から補助金が出て、その学校の知名度なども上がる。学生艦娘にはそれなりの制限もあるが学校と鎮守府2つに守ってもらえる。なるほど人を集めるという点に関しては学校単位なら普通に募集するよりも人が集まりやすいかもしれないと、彼女は納得した。

 那美恵はこの鎮守府の様子を聞いて、協力したいと思うようになった。ここなら学校以上に大きなことができそうだと。

 

 彼女はもし自分が艦娘になれなかったときのことも考え、今後自分の学校でも艦娘を増やして鎮守府Aに協力しようと思い、提督に自分の高校と艦娘制度として提携して欲しいと願い出た。

 

 学校と鎮守府が艦娘制度で提携するには、その学校に艦娘部の設立が必要となる。そして3人以上の人員と、顧問の先生には職業艦娘あるいは艤装の技師免許を持ってもらう必要がある。

 那美恵は生徒会長をやっているので、どうにか学校側に掛けあってみると提督に約束を取り付けた。

 後日、学校には提督も赴いて学校側と話をするとのこと。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

那珂との出会い

 学校との提携の話を進める一方で、那美恵は一応普通に艦娘の試験を鎮守府Aに受けに言った。たまたま、新しい艤装が配備されたのだ。軽巡洋艦那珂、川内の艤装だ。

 学校が鎮守府と提携するにしろしないにしろ、艦娘に興味を持ち始めたので自分を試す意味も込めて、試験を受けに行った。

 

 一般常識や最低限の学問知識の筆記試験、運動能力の試験そして、艤装との同調試験があった。筆記試験も運動能力の試験もなんなく合格し、那美恵はいよいよ本物の艤装を目にし、同調と呼ばれる、いわばその機械とフィーリングが合うかどうかの最終試験を行うことになる。

 

 那美恵は艤装に使われている技術の仕組みをまったく知らないが、次の内容のように簡単に教わった。

 艤装には海上で多彩な活動ができるように様々な機能や情報がインプットされている。その情報を人体に伝達させてあたかもなにも装備をせずに直接行っているかのようにスムーズに高度な活動できるようにするために、その艤装からの伝達を受け入れられる健康的な精神や性格の持ち主である必要がある。深海凄艦と呼ばれる化け物には、同調を通して放つ武器でしか、致命傷を与えられないということ。

 昔のアニメや特撮にあった、パワードスーツやヒーロースーツと同じか、と那美恵は考えておくことにした。中の仕組みや技術的なことには大して興味がない。彼女にとって大事なのは、今艦娘になれるかどうかだけだ。

 

「それでは○○番、光主那美恵さん、艤装を装備してください。」

 鎮守府Aの技師だか整備士の人が案内する。那美恵はまず川内の艤装を装備した。整備士が艤装のスイッチを入れる。艤装の稼動状態が高まるとともに、那美恵の身体に軽い電撃のようなものが走った。とても恥ずかしい感覚だったが、彼女はそれを我慢した。

 

 同調率の結果が出された。軽巡洋艦川内の艤装との同調率は、91%。十分すぎるほどの合格圏内だ。その時点で試験を終えても良かったのだが、彼女はまだ試していない那珂の艤装も試したかったので整備士に申し出た。

 

「あの。那珂の艤装も試させて下さい!」

 整備士は承諾し、次は軽巡洋艦那珂の艤装との同調試験が始まった。

 

 エンジンがかかってないにもかかわらず、不思議な感覚を覚え始めた。なんだこの感覚はと。そして整備士がスイッチを入れ艤装との同調が始まった。

 

 

ドクン

 

 

 さきほどの川内の艤装よりも、はるかに強い電撃のような感覚が全身を駆け抜けた。腰が砕けそうになったが、耐える。身体が燃えるように熱くなり、艤装をつけていないかのような一体感を覚えた。あとで下着を替えなければと思った。

 その直後、整備士が声を上げて驚いた。

 

「うわっ!98%!?なんだこの数値・・・やべぇ!」

 那珂の艤装との試験結果は、さきほどの川内の艤装をはるかに超える合格圏内であった。その異常に高い数値を確認した整備士は近くにいた係員に話をし、誰かを呼びに行った。那美恵はその光景を特に気にせず、試験を終えて待機室に戻る準備をする。

 ちなみに他にも受験者はいたが、他の受験者は合格圏内の同調率を示せず不合格だった。結局のところ、艦娘になるには最後にこの同調という相性をチェックする試験があるため、あまり自由に人を増やせない存在なのである。

 

 

 係員と整備士から光主那美恵の那珂との同調率を聞いた提督は同じく驚いていた。そばにいた五月雨も口に手を当てて驚きを隠せないでいる。

「98%!?すごいな・・・他所では改二の艤装でやっと95,96%だというのに、彼女はそんな数値なのか!」

「あの人、すごい相性ってことですよね!私はついこの前の定期チェックで91%が最高でしたもん。」と五月雨。

 

 同調の試験の結果等は大本営にも報告するようになっており、その旨報告して、提督は光主那美恵を軽巡洋艦那珂として迎え入れることを即決した。

 

 光主那美恵は那珂として鎮守府Aで活動することが決まった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

着任~提携ならず

 着任が決定し、那美恵は提督から直々に合格の連絡を受けた。その日は学校で午前の授業が終わり、お昼を食べている最中だった。生徒会とは関係ない普段仲の良い友人たちとしゃべりながらお昼を食べていると、那美恵の携帯が鳴った。

 

「はぁい。」

「もしもし。私、鎮守府Aの提督の西脇と申します。こちら光主さんの携帯電話でしょうか?」

「あ、西脇さん?はいそうです光主那美恵です。」

 相手は鎮守府の総責任者ということと、電話越しということで普段のノリは控えめに提督に挨拶をする。

 

「光主さん?この前受けていただいた試験ですが、あなたは合格です。正式な案内は後ほど致します。あなたには軽巡洋艦の艦娘、那珂として着任してもらうことになるから。これからよろしく頼むよ。」

「ホントですか!?やったー!こちらこそ~!よろしく西脇さん!」

 

 その電話でのやりとりを聞いていた友人たちは興味津々で那美恵に尋ねてきた。

「ねぇねぇなみえちゃん。電話の人誰?彼氏?」

「えー、どうだろ~?将来そうなるかも~な人かな~」

 那美恵の普段のノリをわかっているのか、友人たちは冗談だと捉えて話を進める。

「なにそれw ね!ね!どんな人?何歳?」

「うーんとね。33とか言ってたかなぁ」

「うわっおじさんじゃん!で、どういう人なの?」

「うーん、ある意味、社長職な人かなぁ。あたしその人のところに挨拶しにいくの。」

「えー!玉の輿!?マジで?」

「挨拶に行くとか結婚かよ~」

 

 キャハハと、黄色い声を上げて那美恵の話を聞いて笑って楽しむ友人たち。

 あえて艦娘とか、鎮守府などとは言わずに話を進める那美恵。本当は話したかったのだがまだ着任しておらず、艦娘部を立ち上げるための準備もこれからというところだったので、状況をわきまえて伏せることにした。

 

 

--

 

 那美恵は連絡された日に鎮守府Aに赴いた。その日は正式な着任日ではないが、事前の準備で書類なり確認すべきことがあるため那美恵は呼び出された。

 

 その日は執務室ではなく、小さな会議室に西脇提督、五月雨、時雨、那美恵の4人が集まった。

「これから軽巡洋艦那珂の着任に向けた準備をします。必要書類はのちほど書いてもらうとして、那珂含めて川内型の艦娘には制服が支給されるから身体測定をしてもらうよ。」

「はぁ、制服ですか。……って身体測定?えー提督に測ってもらうの~?」

 もちろん冗談で言ったのだが、那美恵は両腕で自分を抱きしめるような仕草でイヤンイヤンと上半身を左右に振り、おちゃらけた。

 

 女子高生が苦手なのか、それとも若い子にそういう冗談を言われることが苦手なのか、提督は照れながら反論する。

「そ、そんなわけないだろ……。本当にやっていいなら、やってあげるけどいいのか~?」

 かなり精一杯の冗談で那美恵にノってきた感じがする提督。無理しちゃって……と那美恵は思った。そんな提督の様子を五月雨と時雨はジト目で無言で睨みつけている。

 それに気づいた提督はゴホンと咳払いをして続ける。

 

「君の身体測定は五月雨と時雨にやってもらうから。終わったら3人で執務室に来てくれ。」

 そう言って提督はそそくさと会議室から出て行った。

 

 

 女3人だけになった会議室で那美恵の身体測定が始まる。が、3人共気恥ずかしいのか、なかなか始める一声を出せないでいる。さすがに那美恵も恥ずかしく、普段のおちゃらけた雰囲気が急になくなった。

 

 最初に五月雨が口を開いた。

「それじゃあ、光主さんの測らせていただきます。ええと、改めて。五月雨っていいます。秘書艦やってます。」

「時雨といいます。さみ……五月雨とは同じ学校の同級生です。」

「私は光主那美恵といいます。これから那珂になります。よろしくね、二人とも!」

 

 年下の女の子に自分の体型を測られる妙な感覚を覚える那美恵、学校が違うとはいえ学年が上のいわゆる先輩の体をお触りして彼女の体型を測る五月雨と時雨、三人ともなんとなく無言で作業をした。

 

 身体測定が終わり、執務室に戻った3人。提督は那美恵に書類を書かせ着任に向けて準備を進めさせる。那美恵が書類を書き終わったら、提督は秘書艦の五月雨と一緒に大本営(防衛省艦娘統括部)まで行き那美恵の着任の届けを出しに行く。時雨は出かけている間の代理の秘書艦として鎮守府にいてもらうために、五月雨から引き継ぎを受けていた。

 

 

--

 

 その後3~4日ほどして、那美恵の体型にあった艦娘那珂の制服ができあがった。鎮守府Aに届けられ、鎮守府から那美恵へと連絡が行った。翌日に那美恵は鎮守府に行き、制服を受け取って試着する。

 那美恵が更衣室で着替え、会議室に行くと、そこには先日身体測定を手伝った五月雨と時雨の他、二人の同級生の顔もあった。プラス、提督や他の艦娘も顔を見せている。人が少ないので、みんながみんな新しい艦娘の事が気になっているのだ。

 

 誰ともなく声が漏れる。

「うわぁ~華やかな制服!」

「どぉーかな、みんな?」

 初めて着る学校以外の制服に戸惑いつつも、軽くポーズを決めたりスカートをたくしあげてクルッとまわったりとちょっとしたアイドルばりの仕草をする。着て数分後にはもう着こなしている様子だった。

 

「光主さん、すごく似あってます。ポーズもなんだかアイドルみたいに決まってます。」と艦娘の一人。

 五月雨たちとは制服が異なる中学生と思われる学生艦娘の子は、しゃべりこそしないがその艦娘の言葉に同意している様子で、コクコクと頷いている。

「そりゃあたし、もともとアイドル志望ですもの。こういう着こなしもしっかりやるよん。」

 那美恵の言葉に皆アハハとにこやかに笑って反応する。その笑いには納得の意味がこもっていた。

 

 

「私の五月雨も制服ありますけど、可愛さが全然違いますよ~いいなぁ~」

 と五月雨もちょっとうらやましげに感想を言う。

 

 那珂の制服にそれぞれの反応を見せる艦娘たちに提督は解説をし始める。

「元になった軍艦那珂とその姉妹艦はね、150年ちかく前の第二次世界大戦で、日本海軍の軍艦のうちでもかなり活躍した軽巡洋艦らしいんだ。それにちなんで那珂や姉妹艦の艤装装着者の制服は明るい色で華やかなデザインにしたんだそうだ。○○っていう有名デザイナーのデザインらしい。

 見た目の美しさもそうだけど、機能性にも優れていて、艤装の機能を補助する小型チップを入れる専用のポケットもたくさんついているんだ。」

 那珂の制服の説明書を読みながらその場にいる皆に説明する提督。

 

「艦娘専用の制服があるのってうらやましいっぽい~そういうかわいいの着たいよ~」

 悔しそうに不満を漏らす夕立。白露型は初期艦である五月雨以前の連番の姉妹艦は服装自由となっている。そのため夕立たちはとくに考える必要もない学校の制服で来ている。

 

「いいじゃない夕ちゃん。思い切って可愛い服で来ちゃえば。私なんか制服固定されちゃってるもん~」

 友達たちが学校の制服できてるのに自分だけが艦娘指定の制服なことに不満を持っている五月雨であったが、それは夕立からすると、学校以外の制服を着れるだけでも逆に羨ましい存在なのである。

 

--

 

 そして那珂の着任日、生徒会の仕事は副会長らに任せて早めに鎮守府に来た那美恵は更衣室で那珂の制服を着、ロビーに皆と一緒に集まった。まだ建物のところどころが建設途中の鎮守府Aでは、着任式などをするための講堂もないため、一番広いロビーで行うことになっていた。

 

 

「なんかドキドキするー」

「君は生徒会長やってるんだっけ。普段は今の俺みたいに前に立って何かする立場だから今日は逆だね。」

 那美恵は提督と軽い雑談をする。

 

 ロビーには五月雨たち他の艦娘もいる。各自プライベートの予定もあるため、何人かは不参加だ。

 

「ねぇ提督。なんでロビーなの?会議室でもいいんじゃない?あっちのほうがいいと思うんだけどなぁ。」

見学時に会議室があるのを知っていた那美恵はなぜ会議室ではなくロビーを着任式の場に選んだのか提督に尋ねた。

「本当はさ、執務室で着任証明書渡してハイ終わり、でもいいし、会議室でやってもいいんだけど、俺はこういう儀式を通じて雰囲気とか、気持ちを大切にしたいんだよね。それにロビーでやるのは、これからその人がこの鎮守府に通って艦娘として活動し始めるというスタート地点になるからさ。だから本人が嫌がらなかったら、こうして着任式を開いているのさ。光主さんみたいにノってくれる娘は大歓迎だよ。」

 提督は嬉しそうに言う。提督の言うことが示すように、鎮守府Aでは今までほぼ全員にこうして着任式をやって気持ち新たに艦娘の仕事を彼女らができるよう、計らっているのだった。初期艦である五月雨以外、時雨たちは全員こうして着任式を開いてもらっている。

 

 頃合いになり、本館のロビーにてささやかながらも、本人らの気持ち的には大規模な、艦娘那珂の着任式が執り行われた。

 

 

「光主那美恵殿、あなたを鎮守府Aの軽巡洋艦艦娘、那珂としてここに任命し、着任を許可致します。

 これからあなたには深海凄艦との戦いに参加していただくことになります。怪物との戦いはあなたにとってつらいものになるでしょう。ですがあなたは一人で戦うわけではありません。ここに、そしてここに今いない人もいますが、あなたには同じ艦娘の仲間がいます。うちは激戦区の鎮守府ではありませんが、ここにも深海凄艦の魔の手は迫っています。

 どうか日々精進し強くなり、仲間たちとともに、暁の水平線に勝利を刻みましょう。我が鎮守府に、そして俺の仲間たちにどうか力を貸してください。」

 

「はい。頑張ります。これからよろしくお願いいたします。」

 真面目な着任式、普段のおちゃらけは一切なしに真面目に取り組む那美恵。その雰囲気と表情を一番近い位置で目の当たりにした提督には、彼女から本気が伺えた。

 

 

 

--- 5 提携ならず

 

 一方で那美恵の高校では、なかなか艦娘部の発足と鎮守府との提携の話が進まないでいた。学校側がそれほど乗り気ではないのだ。原因の一つに、職業艦娘にさせられる、志願する女性教員がいないのと、技師免許を取得したいと願い出る教員もいないのだ。もう一つは、生徒を戦いに巻き込みたくないという校長の考えがあった。

 大昔、那美恵たちの学校の近くにあった小学校(20xx年現在ではすでに廃校になって久しい)では、ある集団との戦いに生徒が巻き込まれた。撃退はしたが、その小学校で苦い思い出をした経験者の一人とされるのが校長だった。

 そういう苦い体験を言われては提督も無理に学校側を誘い続けるわけにも行かず、提携の話は消えそうになっていた。那美恵と提督は、そういう反応を示す校長らを説得出来るだけの材料をまだ用意出来ていなかったということも、その現状を生み出す一要素になっていた。

 

 那美恵は納得がいかなかった。せっかく艦娘になれたのに、活躍して自分の学校の知名度をあげたり、補助金をもらって学校のために尽くしたいと思っていたのに、それがかなわない。

 本当のところは、戦うヒロインとかアイドルとかそんなことを想像していたが、今はそういう個人的な思いは優先させるべきではないとして那美恵は真面目に前者の気持ちでどうしようと考えあぐねていた。

 

 

 那美恵は生徒会長の立場を利用して、部発足のために署名を集めるようとも考えたが、まだなりたてで活躍していない以上はたんに署名を呼びかけても、心からの署名収集にはならない。学校内では自分に人気があることは自覚していたが、それを笠に着てやりたくはない。人気や職権濫用はダメだ。

 

 しばらくは普通の艦娘として、学校とは切り離して考えて艦娘の活動をすることにした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

嫉妬する同僚

 那美恵は生徒会の仕事も忙しかったが、その合間や休日で鎮守府Aにある演習用のプールで訓練を続けた。提督からは休日の鎮守府勤務は学生は禁止と言われたが、どうしてもと願い出た。熱心な那美恵に心打たれたのか、提督は自分も休日出勤するその付添という形で那美恵を出勤させることにした。

 

 演習用のプールで海上を進む練習、砲雷撃する練習、その他立ち居振る舞いを何度も練習する日々が続いた。

 もともと運動神経がよく、アイドル目指しているためダンスの心得があるなど、立ち居振る舞いの自信やセンスがあった那美恵は、自身の能力を活かしてあっという間に鎮守府Aの艦娘の中でもトップクラスの艤装の操縦の実力者になっていた。

(とは言え那珂を入れてもまだ10人もいない集まりである)

 

 

--

 

 鎮守府Aの最初の軽巡洋艦である五十鈴こと五十嵐凛花は、那美恵と同じく自分の学校で艦娘部が作れなかったため、普通の艦娘として所属している身だ。あとから入って自分を超える実力を発揮し始めた那珂に嫉妬していた。

 

((なんなのよあの子・・・。私の方が先に入って軽巡として司令官に大事に思われてたのに、なんであんなにメキメキと上達できるのよ。納得行かないわ。))

 

 五十鈴は提督のところに行き、那珂について聞くことにした。提督と秘書艦である五月雨以外には、着任した新艦娘の試験結果等の詳細は知らされていない。そのため五十鈴は那珂がとんでもない同調率とセンスの持ち主であることを知らなかった。

 

 

 執務室には提督だけがいた。そのため五十鈴はすぐに質問し始めた。

 

「ねぇ司令官。なんで那珂ばかり訓練施設使わせてるんですか! わ、私はいいとして五月雨たち他の子だって使いたいでしょうし。ちゃんと配分考えて下さい!」

 実はそんなに那珂に専有されてもいないのだが、使用頻度は確かに多かったため、五十鈴はあえて誇張して言うことにした。でないと理由付けに困るし、単に嫉妬していることが提督にバレてしまうことが恥ずかしかった。

 

 そんな五十鈴の裏の気持ちを知ってか知らずか、提督が答えた。

「そんなに使わせてたっけか? だとしたらすまなかった。五十鈴、君にも早く強くなってもらいたいからね。今度からきちんとみんなが使えるようにするよ。」

 

 素直に謝ってきた提督に、五十鈴はドギマギして横髪をクルクルといじりつつ言葉を返す。

「わ、わかってくださったなら、いいです……。」

 

 五十鈴に謝ったあと、提督は思い出したことがあり、五十鈴に熱い口ぶりで説明し始めた。

「そうそう、君には言ってなかったが、那珂はちょっとすごい子でね。彼女は早めに実戦に出してみたいんだよ。実はね、同調率の試験が98%で合格だったんだ。」

 その数値に五十鈴も驚いた。なんだそのとんでもない数値は。自分でさえ92%程度だったのに、おかしいと。

 

「それ、本当なんですか?信じられないわ……。って! それが那珂って人に訓練施設を使わせる理由ですか!? 私……たちのことはどうでもいいんですか!?」

「いやいや、どうでもいいとは言っていないぞ。ただ……」

 続けようとする提督の言葉を遮って、五十鈴は思うところがあるのか、提督に提案をした。

「あの、司令官。那珂と演習させて下さい。いわゆる練習試合というやつです。」

 

 なんだかんだで自分のほうが(わずかだが)経験があり分があると五十鈴は考えていた。以前提督から、うちの鎮守府に配備される艤装は特殊であり、自分の気持ちしだいで性能を発揮できると教えられていた。同調率が違っても艤装さえ使いこなせばどうにかなる。新人である那珂を見返せるというもくろみだ。

 その裏では、実力を見せて司令官に振り向いてもらおうという気持ちもわずかにあったりする。

 

 まだ人が少ない鎮守府なので仲違いされると困るが、駆逐艦達に対するよい刺激にもなるだろうと考え、提督は五十鈴と那珂の演習を許可した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

発揮された実力

 提督から、同じ軽巡仲間である五十鈴との演習があると聞かされた那珂は、実質初めての戦闘に胸の鼓動の高鳴りを感じていた。戦いは特に好きでも嫌いでもなかった那美恵だが、今は那珂。世界を救うために戦う艦娘なのだ。ただの○○高校生徒会長ではない。肩書や立場がはるかにすごいことになるこれからに鼓動の高まりが止まりそうにない。

 

 その初めての活動が五十鈴との演習だ。彼女のことまだよく知らないので好きでも嫌いでもないが、熱いところもある那美恵は、この演習を通じてきっと仲良くなれると思い込んでいた。

 

 演習日当日は土曜日。五月雨達も学校が早く終わるためかなり早い時間には鎮守府に出勤し、訓練施設の中の演習用プールの脇にみなで集まっていた。

 

 本館よりも立派な工廠で五十鈴の艤装と那珂の艤装がギリギリまで整備されている。光主那美恵と五十嵐凛花は提督に連れられて工廠の前まで来た。

 

 

 凛花はチラチラと那美恵を見ている。というより、睨みつけている。

((なんだろう~やりづらいなぁ~なんであたし睨まれてるんだろう・・・))

 ほぼ話したことが無いため、那美恵が凛花の思いには気づくはずもない。ただ単に意味もなく睨みつけられている。

 

 艤装を身につけて同調を開始する。そして演習用プールへと続く水路に身を乗り出すと、二人とも沈まずに水面に浮いた。さながら船のように。

 その瞬間、那美恵は軽巡洋艦艦娘那珂、凛花は軽巡洋艦艦娘五十鈴に気持ちを切り替えた。

 

 本当の戦闘ではないため、積まれた砲弾には弾薬の代わりにペイント弾が入っている。爆破時の影響範囲を再現するため、ペイント弾は相手に命中して破裂したときに、同じ程度の範囲に飛び散るような設計になっている。

 それから、この頃の鎮守府Aではまだ教育の環境が整っていなかったのでまだ那珂には教えられてなかったが、使われる艤装は精神を検知する艤装そのものである。

 

 

 

 五十鈴とは真向かいの水面に浮かぶ那珂。先日からの心のワクワクが止まらない彼女は、試験の時に感じた以上の一体感を持ち始めていた。

 

 

 深呼吸をして呼吸を整え終わると同時に、提督から演習開始の合図が出される。

 

 

「てっー!」

 

ドゥ!!

 

 先手を打ったのは五十鈴であった。

 五十鈴はまっすぐ那珂目指して進んで10mを切ったところで単装砲を打ち込んだ。那珂は身を低くしてそれを右に避け自身も単装砲を撃つ準備をする。

 

 五十鈴は那珂が右(五十鈴から見て左手)に避けるのを横目で確認するのと同時に下半身をねじって身体をこれまでの進行方向とは逆にし、その最中に右腰についていた魚雷発射管から魚雷を、那珂がこれから到達するであろうポイントめがけて発射した。

 

 一方の那珂は五十鈴の初撃を回避し終わる頃。五十鈴が予想した通りのポイントに到達したので五十鈴はニヤっと笑ったが、その前に那珂の4基の魚雷発射管には3本の魚雷のエネルギー残量がないように見えた。

 

ドドドォォーン!!

ドパーン!!

 

 

 水中で魚雷同士が衝突した音が聞こえた。何本か偶然にも相殺されたのだ。

 魚雷はダメだったが、単装砲を持った右手がすでに那珂の方を向いている。一方の那珂の単装砲はまだこちらを向く準備ができていないようで、明らかに五十鈴のほうが引き金を引くタイミングが早い。

 

 しかし五十鈴が撃つより早く、那珂はなぜか残りの1本の魚雷を宙に向けて撃った。そして次の瞬間、その魚雷が水面に触れる前に片足をかけたのだ。五十鈴はあっけにとられて引き金を引くのを忘れた。

 

 

 艦娘の兵装が持つ魚雷は実弾形式ではなく、20xx年ではすでに実用化されてかなり経っている、高圧縮の光と熱のエネルギー弾形式だった。そのため普通は足など人体が触れたらその部分は焼けただれて溶けてなくなるか、吹き飛ぶ。しかし艦娘の艤装はエネルギー弾への防御対策もされており、あたっても実弾が当たったかのごとくその部分に傷がつくか、破損して表面の素材が吹っ飛ぶ程度だ。

 もちろん演習用なので魚雷も安全面を考慮されて、低温の爆風しか起きない程度に威力が抑えられてるが、それでも爆風に当たれば煽られて身体も吹き飛ばされる。

 

 

パァン!!!

 

 破裂音とともに爆風が巻き起こる。

 魚雷に足をひっかけた那珂が上空へ吹き飛ばされるのが誰の目にも見えた。

 

 

 予想外の行動に五十鈴の思考と対応は追いつかない。五十鈴の身体は那珂を狙うために当初の進行方向とは逆を向いており、方向転換の影響で身体が斜めになっていた。

 それは、上空からでは面積が広いただの的と化しているのに本人はまったく気づいていなかった。

 

 那珂は引き金を引きかけていたすべての14cm単装砲を、その広い的めがけて打ち込んだ。

「それーっ!!」

 

 

ドン!ドン!ズドン!!ドン!!!

 

 

 それは艤装の設計上制限された数を超える量とスピードだった。普段とはケタ違いの轟音が演習の場に響き渡り、提督や五月雨たちは思わず耳を塞いだ。

 

 バッシャーンと那珂がよろけながら水面に降り立つ。一方の五十鈴は身体の半分以上にペイント弾のペイントがかかっていた。

 

「そ、それまで!」

 提督が終了の合図を出して試合を終了させた。

 

 那珂の砲雷撃の様子を見ていて提督と五月雨は気づいた。艤装の動的性能変化が起きたのは那珂のほうだ、と。のちに提督がそう名付けるようになる、精神状態を検知してその性能を変化させる艤装の機能は、演習前から気持ちが高まっていた那珂に答える形になったのだ。

 

 那珂は水上でくるりと一回転し、ポーズを決めてニコッと笑った。その笑顔は提督に向いていた。

「イェイ! ええと……那珂、スマイルってところかな?」

 

 

 一方、体中がベトベトになった五十鈴は水面に倒れて浮かんでいた。何が起こったのか一瞬理解できなかったが、負けたと悟った。相手、那珂の砲撃の量はあきらかに通常の量を超えており、艤装の扱いも負けたと気づいた。喪失感極まりなくぼーっとしている彼女の顔には、べっとりと白いペイントがついていて間抜けな美少女っぷりを演出していた。

 青空を見ていた五十鈴の視界に顔が飛び込んできた。那珂だ。手を伸ばして五十鈴が起き上がるのを手伝った。

 

「……私の負けね。いいわ。認めてあげる。あなた面白いわね。」

「やっと笑いかけてくれた~!五十鈴ちゃん演習前からずーっと睨んでくるんだもの。怖い人だと思ったよ。でもあなた良い人ね。これから仲良くしてね!」

「えぇ、こちらこそ。この鎮守府でたった二人の軽巡で、私の初めての軽巡仲間だもの。」

 

 プールサイドまで戻ってきた二人は握手をして改めてお互いを認め合った。その様子を提督は納得した様子で温かく見守っている。五月雨たち駆逐艦の子らは、自分らより高性能・高可用性の艤装に選ばれた、歳が近い身近な先輩が二人もできたので二人を取り囲んで全員で喜びを表しあっていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間:裸の付き合い

 演習が終わり、五十鈴はペイント弾により体中ベトベト、那珂はそれなりに動いたので汗をかいていたのと、演習用プールに浸かったので身体の感覚が気になっていた。なので艦娘に対して認められた入渠と呼ばれる、休憩をとることにした。

 

 入渠には2種類の意味がある。艦娘が装備する艤装・兵装のメンテナンスという機械的な作業と、艦娘の心身のケアを図る運用だ。

 職業艦娘と呼ばれる艦娘以外は定期的な給与は出ない(出撃手当など、不定期・一時的な金は出る)ため、その分の艦娘のメリットとして、鎮守府内の施設の充実、あるいは鎮守府の置かれる町の地域の民間施設・商業施設との提携により、それらの施設で破格の優待を受けられるようになっている。

 大きな鎮守府では鎮守府内に入浴施設、商業施設、果ては美理容施設が整っているが、鎮守府Aはできたばかりでそのたぐいの施設はなく、当分はそういった施設が敷地内に作られる予定もない。

 これから那珂たちが行こうとしている施設は、艦娘なら無料で入れる優待がある。

 

「ねぇねぇ五十鈴ちゃん。近くのスーパー銭湯行こうよ。確か線路挟んだ駅の向こう側にあるはずだよ。」と那珂。

「行きたいのはやまやまなんだけど……あたしペンキがべっとりなんだけど!このまま町中歩くのは勘弁よ!」

 誘っておいてなんだがそりゃそうだ、と那珂は頷いた。

 

 その様子を見かねて提督が言った。

「五十鈴、せめて工廠の中の特殊洗浄水で洗い流してから出かけなさい。」

 ペイント弾を扱う以上は最低限、洗い流せる設備はあるのだ。

 

 そう言って提督は工廠を離れた。後ろには五月雨を始めとして時雨たちもついて本館へと戻っていった。工廠には(整備士を別として)那珂と五十鈴が残るかたちとなった。

 

「洗い流すの、手伝うよ?」と那珂。

 

 その後ペンキを洗い流し、外にでるのに恥ずかしくない程度の格好になった五十鈴は那珂と二人でスーパー銭湯に行く準備をした。その際、提督から五月雨たちも連れて行ってくれとお願いされたので、駆逐艦4人を連れて計6人編成でスーパー銭湯へと出撃していった。

 

 

--

 

 夕方に差し掛かろうとする時間の少し前、スーパー銭湯にはまだほとんど人がおらずほとんど6人の貸切状態と化していた。衣類を脱いで全員浴場に入る。

 

「あれ、凛花ちゃん?女同士なんだから隠さなくてもいいじゃない!」

 と、那美恵は凛花が前を隠すために胸元からたれかけていたタオルを剥ぎとった。

「!!!なにすんのよ! 返してよタオル!」

凛花は顔を真赤にして怒る。

 

 手ですぐ隠されてしまったが隠しきれてないそのボリュームに、負けた……と那美恵は心のなかで舌打ちをした。

 そんな那美恵は前を隠そうともしない。一方で皐月たちは全員隠したまま。さすがに中学生には羞恥心もあって酷かと思い、那美恵は彼女らのタオルは剥ぎ取ろうとはしなかった。

 

 身体を洗ったり湯に浸かり、会話をする。

 

--

 

 そのスーパー銭湯は4~5種類のお風呂があり、那美恵たちはそれぞれ湯に浸かっている。たまたま那美恵は移動した先の湯に、夕立こと立川夕音が一人で入っていて二人っきりになった。

 那美恵も夕音も普段はストレートヘアで肩の下、二の腕の中間付近まで長い。二人とも頭上で束ねてタオルでくるんで縛ったり、専用の髪留めをして湯に浸かる。

 ふと、那美恵は以前夕音がオシャレしたいと言っていたのを思い出したので、それについて話してみた。

 

「そういやさ、夕音ちゃん。」

「はい?」

「この前オシャレしたいって言ってたよね?もしするとしたらどのへん?今イメージあるのかな?」

 

 那美恵がそう尋ねると、夕音はタオルでくるんだ髪が崩れないように抑えながら頭を左右に揺らした後、こう答えた。

「んーとね?服でもいいんだけど、別の服着てくるとね、出撃するときにそのお洋服破けたら補償しなくちゃっていけないからって提督にいちいち言わなきゃいけないんです。そーいうの面倒っぽいから、やるとしたらヘアスタイルにしよっかなって思ってるの。」

「髪型かぁ~夕音ちゃんはどんな髪型にしたい?」

「んー。ストレートはそのままにしたいかなって。」

「ストレートはそのまま? そーなるとワンポイントつけるくらい?」

 那美恵がそう言うと、夕音はタオルで包まれた髪を端から少し引っ張り出し、那美恵に髪型のイメージを伝える。

 

「前か横髪をね、なんかこう……ピンっとハネさせたら変わってて面白いっぽい?」

 那美恵はふぅん、と相槌を打った。すると夕音が那美恵に聞き返してきた。

「那珂さんはあたしやさみより短めだけど、そのままストレートにするんですか?」

「え?あ~。考えたことなかったなぁ。」

 那美恵は髪留めで湯より上にある自身の髪をところどころひっぱったりかき分けたりする。その様子をじーっと夕音は眺めている。するとなにか思いついたような表情になり、那美恵に近づいて密着してきた。

 

 

「那珂さん最初に制服着てきたときさ!アイドルっぽかったから、アイドルっぽいヘアスタイルにしてみたらどーですか?ストレートより絶対よさ気っぽい!」

「……そっか。何も普段の髪型で艦娘やる必要なんてないんだよねぇ?」

「そーそー。せっかくあたしたちすごいことやれるんだし、普段とは違うオシャレして艦娘やりたい~」

 夕音からの意外な提案に、まったく考慮に入れていなかった艦娘としての姿を考え始める那美恵。

 

「うーんそうだね~。髪型でいい案あったら今度教えて。夕音ちゃんたちくらいの若い子の流行知りたいし~。」

 那美恵が最後に茶化すように言うと、夕音もそれに乗った。

「うん!例えばポニテとかお団子ヘアとかウェーブとか、那珂さんの髪の量なら大丈夫っぽい? その時は那珂さんたち高校生のヘアスタイルやファッションも教えて!」

 

 ところで近づかれたとき那美恵は気づいたが、この立川夕音、五十嵐凛花より劣るが、胸のボリュームが中学生4人の間じゃ一番、そしてもしかしなくても那美恵自身よりでかい。肉付きも程よい。

 この娘、栄養全部胸に行ってるんじゃねーのと、どうでもいい感想を那美恵はひそかに抱くのであった。

 

 

--

 

 ノーマルタイプのお風呂に全員で浸かっているときのこと。

 

「ねぇ、凛花ちゃんはどこの高校なの?」

 と那美恵に対し、答える前に凛花は質問で返した。

 

「……その前にさ、あなたさっきからふつーに本名で私の事呼んでるわよね。艦娘名で呼ばないの?」

「えー、鎮守府を出たらあたしはお互いを本名で呼び合って仲良くしたいなぁ。だから全員の本名を提督から聞いておいたんだよ。よろしくね、皐月ちゃん、時雨ちゃん、夕音ちゃん、真純ちゃん。」

 そう呼ばれた4人は「はぁ」と勢いのない返事で返した。

 

 皐月は駆逐艦五月雨、時雨は駆逐艦時雨、夕音は駆逐艦夕立、真純は駆逐艦村雨担当だ。4人共同じ中学校の同級生である。もう一人白浜貴子という子がいるのだが、彼女は艦娘部の部長でありながらまだ同調で合格できる艤装に巡り合っていないため、鎮守府には来ていない。

 仲間はずれは可愛そうだなぁ、と那美恵は感じていた。

 

「んでさ、凛花ちゃんはどこの高校?」

「私は○○高校よ。」

「うっそ!?結構名門のところじゃない!凛花ちゃんすごいねー」と驚く那美恵。

「……そうでもないわよ。ふつーよふつー。」

 謙遜してるのか、凛花はそう答えた。

 

 お互いのことを話し合うと、意外と境遇は似てるのだなと那美恵は思った。五十鈴こと凛花も学校で艦娘部を設立して学生艦娘を集めて活動したいと思っていたが、学校側に拒否されてしまった。そのため普通の艦娘として鎮守府Aに応募し、五十鈴として採用されたのだ。

 彼女が話すことによると、やはり顧問になるべき教員が、職業艦娘になったり艤装の技師免許を取るのを渋っていたのだ。

 

「そういえば、皐月ちゃんたちは艦娘部作れたんだよね?先生の協力あったの?」

 話題を皐月たちにふる。すると時雨が答えた。4人の中では一番しっかりしてそうな子だと那美恵は感じた。

 

「うちは最初にさみが、ええと皐月が初期艦として艦娘になって、うちの学校に相談をもちかけたんです。で、たまたま先生の中に職業艦娘になってもよいという黒崎先生という先生がいらっしゃるんですが、その人が職業艦娘の試験を受けに行ってくれたんです。無事なれたのでうちの学校で艦娘部が作れたというわけで。

 僕達はもともと友達で、さみがやるなら自分たちも揃ってやりたいね、って話し合って部に参加したんです。」

 それに続いて村雨こと真純が言う。

「ですから私達って、さみと黒崎先生が揃っていなかったらこうして艦娘にならなかったかもしれないんですよ~」

 

 皐月たちの学校にはやる気ある人が揃っていた。生徒がやる気あっても教師がやる気ないとダメなのだな、と那美恵は痛感した。うちの学校もどうにかせねばと密かに思いを強める。

 

 

--

 

 那美恵はふと、皐月たちにこんな質問をしてみた。

「ね?みんな。みんなは何回出撃したことある?」

「私は4回です。」と皐月。

「僕は2回です。」と時雨。

「同じく私は2回よ。」と五十鈴。

 続いて夕立と村雨が答えた。

「あたしは1回!」

「私も1回です~」

 五月は初期艦五月雨として最初からいるだけあって、今のところすべての出撃任務に加わっている。その次に一番の仲良しの時雨、違う学校だが唯一の軽巡だった五十鈴が続く。

 

「ね?深海凄艦と戦うのって、怖くない?」

 それは艦娘として戦う少女たちにとって、根源とも言える、第三者が抱く当然の質問だった。

 五月は時雨たちと顔を見合わせて、そののち答え始めた。

「私も最初は怖かったです。けど、同調していざ深海凄艦と会って戦ってみると、その怖いっていう感じがあまりしなくなるんです。きっと艤装が私達のそういう怖いって感情をうまくカバーしてくれるのかなぁと思います。

 ……まったく怖くなくなるわけじゃないですけど、そういう気持ちの部分でも艤装に守られているから、艦娘っていうただの少女でも戦えるんだなぁって思います。不思議に出来ていますよね~。」

 

 一番経験がある五月の言葉は、彼女のぽわ~っとした雰囲気に似合わず、那美恵の心になんとなく重く響くものがあった。それは時雨たちも那美恵と同じ気持を抱いているように見えた。

 その後五月から話をさらに聞くと、彼女は鎮守府A着任以前、初期艦研修で限りなく本物に似せたダミーの深海凄艦と数回模擬戦闘をしているとの過去の経験を明らかにした。採用されて実戦にいきなり挑むことになりやすい普通の艦娘や学生艦娘とは異なり明らかに利がある。頼りなさげに見える五月が艦娘五月雨として普通に戦えるのは、初期艦として艦娘としての経験が一歩抜きん出ているおかげもあるのかと、那美恵は思った。

 

 

 

 その後6人は思い思いの会話をし、心身ともにリラックスして疲れを癒やした。

 

 スーパー銭湯を出て鎮守府へ戻る道すがら、6人は駅に隣接しているデパートでお菓子などを買い込み、鎮守府へ戻った。その日は6時過ぎまで鎮守府内でおしゃべりをして6人は家に帰っていった。

 提督は最初のうちは同じ部屋で6人の様子を見て時々会話に参加していたが、付き合いきれないと言って部屋から出ていき鎮守府内の見回りをしに行った。

 提督は責任者であるため、全員が帰らないと鍵を閉められないので最後まで残るはめとなった。

 




世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing

挿絵原画。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=51252949

ここまでのGoogleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1lSrLjZg0y_rgb_Sah7qP43M2BhmuQcwW4Xd_otNO_js/edit?usp=sharing
好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鎮守府の日々1
出撃に向けて



【挿絵表示】

軽巡洋艦艦娘、那珂となった光主那美恵は、初めての出撃任務に参加する。



リアルプレイにて那珂を一度轟沈させているため、この物語ではそんな初代那珂を書いています。
初代那珂はリアルプレイでは運良くクリティカルをバンバン発揮して本当に活躍してくれたので、そんな彼女を
具現化させるために話を考えてみました。

艦娘(になった少女)たちは実在したらこんな感じなんだ!身近にいそうだな!という感覚を味わっていただきたいため、
オリジナルの本名・学校生活・友人関係を作って日常生活をリアルに描いています。
可能な限り原作に近づけていますが、かなり性格の違う艦娘も出てきます。ご了承ください。
初代那珂は、"まだ" お団子ヘアをしていません。


 ある日、鎮守府Aに出撃任務が舞い込んできた。内容自体は護衛任務メインで難しくはないが期間的にボリュームがある。まだ人が少ない鎮守府Aにとっては十分ずっしりした出撃内容だ。提督と五月雨が執務室で作戦会議をしていると、そこにノックをして那珂が入ってきた。初めての出撃任務ということで、先にどういうものか知っておきたいと思ったためだ。

 会議中だったが特に人を制限していなかったので提督はせっかくなので那珂を作戦会議に混ぜることにした。

 

 出撃任務の内容は次の内容のものだった。

 となりの港町では北陸へのフェリーが出ているのだが、鎮守府A寄りの途中の航路で最近深海凄艦らしき影が増えているとのこと。鎮守府Aの担当海域中を通るフェリーの護衛、および敵集団を確認次第撃退。依頼された期間は1週間。つまり毎日出撃だ。

 

 提督と五月雨が考えていた案は、フェリーのダイヤが往路復路それぞれ一日2便のため、その時間の手前にフェリーの航路に出て行ってポイントを決めてそこで監視するものだけのだった。基本的には問題なさそうに思えたが、那珂はフェリーの航路と運行会社の資料を見せてもらって確認し始めた。

 

 

「ねぇ提督。深海凄艦が増えてるって言われたポイントってどのあたり?」

 那珂は提督に尋ねた。

「運行会社の方からの報告によると、このあたりだ。」

 

 

 提督が指さしたのは本土よりも近くにある無人島のほうが距離的に近い航路だった。フェリーの航路の側(と言っても数キロは離れているが)には無人島がある。

 

 無人島寄り、という点が気になった那珂は提督に、無人島周りの探索もしようと提案した。しかし提督はまだ人が少ないし、五月雨たちの体力的な面も考えると、1週間を決めたポイントで監視するのが一番無難にこなせるからいいのではと言う。無人島付近探索は乗り気ではないようだ。

 これだからやる気のない大人って……と若干苛ついたが、那珂は食い下がる。

 

「提督、この出撃任務って、護衛任務がメインじゃないとあたしは思うんだよね。これもしかすると、近くに敵集まってるんじゃないの?そこ発見して親玉つぶさないと、この手の依頼ずーっと続くかもよ?」

 那珂は的確な指摘をする。提督も無人島は気になっていたが、そこまで視野に入れて考えてる余裕がなかった。提督は那珂の提案を聞くことにした。

 那珂によると、毎日計4回のフェリーの護衛と監視はそれはそれでいい。鎮守府Aの担当海域を過ぎ去る数分間の仕事だ。ただそれだけでは足りない。それさえ終われば時間はあるから、残った時間で無人島付近の探索をする。

 

 学生艦娘に許された勤務時間があるのであまり夜遅くまではできないし、夜戦になるとまだ未経験の鎮守府Aの面々では危険すぎると判断する。できて最長で午後7時くらいまで。日は落ちるのが遅い季節なのでその時間は薄暗い程度だ。

 

 ただ五月雨たち中学生の体力的な面と家に帰す時間も考えると、午後6時くらいまで。なお、普通の艦娘として採用されている那珂自身と五十鈴はその制限はない。(立場上は学生だが)が、提督はおそらく同じように扱っているだろうから自身らも無理はできない。

 那珂が考える編成は二段式だった。フェリーの護衛は旗艦五月雨、時雨、夕立の三名で行う。村雨はいざというときの待機メンバーとする。無人島付近探索は旗艦軽巡洋艦、もう一人軽巡洋艦、そして駆逐艦2名で行う。

 

 フェリーは往路と復路合わせて午前2便、午後2便のダイヤなので、午前と午後の便の間に無人島付近探索メンバーは先行して無人島付近へ行く。もちろん各自学校があるため、都合がつくメンバーだけでもよい。

 途中お昼休憩や燃料の補給を挟むことも考えると、最初の調査は軽めで一旦本土に戻る。その後調査結果をまとめるなどしつつ、午後の護衛が終わったら無人島付近探索メンバーと合流し、メンバー4人で向かって残りの調査。

 

「悪いけど五月雨ちゃんはこの時点で鎮守府に帰ってきてね。あなた大事な秘書艦だし、提督と一緒に通信を受ける役目も果たして欲しいんだ~。」

「はい。わかりました。」

 テキパキと案を発表する那珂。明るく軽くちゃらけることのある彼女が的確な指示を考えて出している。さすが生徒会長を務めるほどの能力の持ち主だと、提督と五月雨は感心した。

 

 そこで五月雨が感心まじりにふとこんな提案をした。

「那珂さんすごいですね……私じゃこんなことまで考えられないですよ~。私なんかより那珂さんが秘書艦になったほうがいいんじゃないですか?」

 提督はちょっと考えこむ仕草をして、軽く頷いていたように那珂には見えた。しかし那珂は反論する。

 

「五月雨ちゃん。それは違うな~。あたしがまだ着任まもないってのもあるけど、あたしは秘書艦って柄じゃないんだ。なんていうんだろう、あたしはまわりを巻き込んで何かを進んでしたいタイプなんだ。

 それに秘書艦ってさ、提督のサポートをするんでしょ?じゃあ提督の代理、鎮守府の別の顔ってことだよね?それは鎮守府開設時からいる五月雨ちゃんだからこそやれることだと思う。

 ぶっちゃけ、出撃任務の作戦立案とかはやれる人がやればいいわけで、全部秘書艦である五月雨ちゃんがやる必要なんてないよ。」

 

 五月雨を諭したと思ったら次は提督にも視線を向けつつ那珂は続ける。

「提督あなたもそうだけど、一人では能力に限りがあるんだから一人で背負い込む必要はないと、生徒会長やっててあたしは思いまーす。あたしだって目の届かないところは副会長や書記に任せっきりだもん。」

 

 

 ぺろっと舌を出して最後におちゃらける那珂。そういう那珂こと那美恵はなんでもできると皆から思われているが、実際のところ、それはできることとできないこと、限界との線引をきっちりしているためた。少しでも可能性を感じたら本気で取り組むが、彼女は線引した先に興味を持てなかったらとことんやらない主義だ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初出撃

 艦娘の出撃任務は、近隣企業や団体が鎮守府に直接依頼する内容のほか、大本営から依頼される内容の2種類がある。鎮守府に直接依頼される内容による出撃任務は、学生艦娘であろうとどんな内容でも参加させることができる。(ただし学校側の部の顧問の先生の許可を得る必要はある)

 

 今回、鎮守府Aに舞い込んできた出撃任務は、フェリーの運行会社からの依頼によるものだった。そのため鎮守府Aの艦娘たちは作戦を立案した那珂の言うとおりのメンツで出撃することになった。

 

 那珂の立案通り、フェリーの護衛と警備は五月雨、時雨、夕立の三人が毎日行った。1回あたり数分気を張ればいいため、彼女らの疲れは大して出ていない。1回だけ、はぐれ深海凄艦と思われる駆逐艦級が顔を出したが、無事にフェリーが担当海域から過ぎ去った後であったため五月雨たちはなんなく撃破できた。

 

 一方の無人島付近探索メンバーは、旗艦那珂、五十鈴、村雨、夕立の4人で行った。状況に応じて夕立および村雨は時雨と交代する。五月雨は那珂の指示どおり、フェリーの護衛が終わったら鎮守府に戻り、提督と一緒に那珂たちの報告を待つことになる。

 

 

--

 

 那珂も学校があるため、日中は毎日出撃できるわけではない。風邪など病欠を装って休み、鎮守府に出勤する。いつか正当な理由で堂々と休める日がくればいいなと彼女は不満とも取れる希望を持ちつつも、それ以上の不満は持たずにその日も鎮守府へ午前のほどよい頃合いに出勤してきた。

 

 その日、那美恵が鎮守府に出勤すると、艦娘の待機室には五十鈴と村雨がいた。手はずどおり、五月雨たちは午前の部ということでフェリーの護衛に出ていて不在だ。

 

「おはよ~五十鈴ちゃん、村雨ちゃん。」

 鎮守府内なので艦娘名で呼ぶ。

「おはよ。」

「おはようございますぅ~」

 

 那美恵はその後更衣室に行き、艦娘の制服に着替えてきた。気持ちはすでに那珂に切り替わっている。待機室に戻ってきた那珂はしばらくは五十鈴・村雨と雑談に興じる。

 

「ね、ね。初めての出撃の時ってどお?ドキドキした?」

「そうね。でもやってみると意外とあっさりと終わるわ。」

「私は今回2度めなので、まだドキドキすると思いますぅ。」

 

【挿絵表示】

 

 那珂は五十鈴と村雨の回答を聞いて、安心する反面、心の高揚感が湧いてくるのを感じていた。

 

 しばらくして午前のフェリーの護衛が終わった五月雨たちが帰ってきた。夕立を少し休ませた後、那珂たちは出撃のため工廠にある出撃用水路に向かっていった。

 

 

 工廠内の端にあるゲートを抜けると、屋内から出撃する艦娘用の出撃用水路が3つある。それは外の出撃用水路とつながっている。那珂はどっちから出撃すればいいのか五十鈴や工廠の人に聞いてみた。

 

「どっちでもいいのよ。私や村雨さんたちの艤装は同調してないと地上では歩くの大変だから、屋内からしてるわ。」

 

 4人それぞれ艤装を装着し終わる。五十鈴の言葉どおり、五十鈴自身のも、村雨・夕立の艤装も大きいため、3人共屋内からの出撃だ。那珂はというと、3人より比較的外部ユニットが少なく、身軽なため同調してなくても多少は歩いて外に行くのに支障がない。しかし今回は初めての出撃ということで、五十鈴たちと同じく屋内から出ることにした。

 

「那珂さん、お先にどうぞ。」

「那珂さんの初めて、見た~い!」

 村雨は丁寧に先を譲り、夕立は無邪気に那珂の反応を見たがる。

 

「じゃあ那珂。私と一緒に出ましょ。」

「うん。よろしくね!」

 五十鈴が那珂を誘うので、那珂はそれに快く承諾して頷いた。

 

 

 同調を開始し、完全に艦娘に切り替わった二人は、水路の水に浮く。不自然な波紋が湧き上がって続いた後、おさまる。艦娘の艤装が装着者と、水に完全に適応した証だ。

 二人がいざ出ようとすると、スピーカーから女性の声と、そののち男性の声が聞こえてきた。男性の方は提督だ。

 

「第一水路、艤装装着者、ゲート、オールグリーン。軽巡洋艦五十鈴。第二水路、艤装装着者、ゲート、オールグリーン。軽巡洋艦那珂。それでは各人発進して下さい。」

 事務的な言葉ののち、提督の声が響く。

「五十鈴、那珂。無事を。暁の水平線に勝利を。」

 それは旅の安全を祈る掛け声や仕草のようなもの。ただ那珂はいきなりそんなこと言われてポカーンとする。辺りを見回す那珂を見た夕立と村雨はすかさず教える。

 

「那珂さーん!今のはね。いってらっしゃいとかそんな意味のことっぽーい!」

「着任式もそうだけど、西脇提督ってこういう儀式的なこと好きな人だから付き合ってあげてくださいー!」

 

 那珂はなるほどと納得したが、少々恥ずかしい。とふと隣の五十鈴を見ると、掛け声とともに真っ先に出撃していった。

 

「暁の水平線に勝利を!」

 五十鈴は提督の言葉を受けて、真剣な面持ちで水上の歩を進め、徐々に速度を上げて工廠内の水路を進んで屋外に出て行った。その様子を見て、那珂も同じようにする。

「暁の水平線に……勝利を~!」

 

【挿絵表示】

 

 恥ずかしさもあいまって少し声がうわずってしまったが、気にせず那珂は足を蹴りだし、水路を進み始めた。

 

 しばらく水路を進んだ後、海上に出た那珂と五十鈴は合流した。その直後、外まで聞こえるスピーカー音から、若い女の子の声で、先ほどの提督のセリフと同じ内容が発せられた。

 

「ます…村雨ちゃん、夕立ちゃん、無事に!暁の水平線に勝利を。」

 うっかり本名を言いかける間違いをする、おっとり風味だが弾んだ可愛らしい声は間違いなく五月雨の声だと那珂は気づいた。那珂が五十鈴の方を見ると、彼女は補足説明した。

 

「旅の安全を祈るあの行為と同じものよ。うちの提督も律儀よね。ま、私はこういうの嫌いじゃないし提督のやることには賛成だからいいけどね。」

「今の声は五月雨ちゃんだけど、誰がやるとか決まってるの?」

「提督が主ね。だけど気づいた人が自由にやってよいって言ってるから、今のところは五月雨がノって声出してるわ。」

「ふ~ん。じゃあ場合によってはあたしや五十鈴ちゃんがすることもあると?」

「そうね。そうかも。」

「うーん。あたしも嫌いじゃないけどちょっとはずいかなぁ。」

 

 二人がそう会話していると、ほどなくして第一水路から夕立、第二水路から村雨が姿を表して、水路を辿って那珂たちのいる海上に出てきた。

 

4人揃ったことを確認し、那珂は旗艦として号令を出した。

「五十鈴ちゃん、村雨ちゃん、夕立ちゃん。じゃあ行こ!!」

「「「はい!」」」

 

 

--

 

 無人島探索の最中、無人島の本土よりの海岸の岩礁付近で立ち止まって休憩する4人。

「ごめんねみんな~。余計な仕事増やしちゃって。」

「いいわよ。私は護衛だけよりこうした調査ができるほうがやる気でるし。」

 那珂の弁解を五十鈴がフォローする。

「あたしもこっちのほうが楽しい~!なんか、ちょっとしたハイキングとかパーティーっぽい~!」

 夕立もやる気まんまんだ。

「私もどちらかというと動きたいほうなんですぅ。」

 実は結構なお嬢様である村雨こと真純も、アクティブなことが好きな質なのか、やる気がある。

 

 交代で参加する時雨はそんな友人二人とは違い消極的だ。彼女は慎重派であり、あまり活発な性格ではないためだ。そのため鎮守府で五月雨と待機している間のほうが楽しそうな雰囲気を出していた。

 五月雨はというと、調査など積極的に動く作戦にやる気があるにはあるのだが、おっとりした性格がそのやる気に追い付かないことがしばしばあるため、傍から見てるとちょっと危なっかしい行動をしたりする。

 本人的には今回の那珂の指示はどっちでもよかった。つまりそんなに気にしていない。

 

 先頭に立って進む那珂に、五十鈴が聞いてきた。

「ねぇ那珂。あなた今回が初めての出撃で、初めて深海凄艦と出会うと思うけど、大丈夫でしょうね?」

「う~ん。前に五月雨ちゃんも言ってたし、多分大丈夫なんじゃない?ま、どのみちあたしはちょっとやそっとじゃ驚かないよ~」

 その場で海面をクルリと回って仲間からの不安を取り除くよう振る舞う那珂。実際、那珂はその高い同調率によって、モノに対しての恐怖心が他の艦娘以上に鈍くなっている。

 

「ま、あなたがどう思ってるか知らないけど、同調してれば怖くなくなるのは確かだしね。信頼しておくわ。」

 五十鈴は那珂に一声掛けて鼓舞した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初遭遇

 月火水と、無人島付近の調査は何事も無く過ぎ去った。那珂が気になったことは杞憂に終わるのだと本人は感じていた。それならそれでいいかと。

 しかし五月雨たちが護衛の途中で遭遇した深海凄艦の出た日、つまり木曜日。その日の夕方の無人島付近の調査は那珂たちにとっても違う結果が待っていた。

 

 その日の夕方も午前と同じように出撃した那珂・五十鈴・村雨・夕立らは、無人島の本土よりの海岸線に沿って岩礁付近を大きく迂回し、裏側、つまり本土とは逆の海岸付近を探索しようとしていた。

 

 その途中、裏側に近いあたりの岩礁の岩にまぎれて、明らかに魚などの普通の海洋生物でない姿を発見した。

 

「え゛?なに……あれ?」

 那珂が裏声気味に一声出して驚く。

 数にして3匹。その姿は巨大な奇形の魚、カニ、そしてその両方が混じったような、並の人間なら生理的に受け付けぬ嫌悪感が湧きそうなグロテスクな姿形をした個体、その3匹である。

 

「あれが、深海凄艦よ。」

 五十鈴は鋭い目つきで3匹の深海凄艦を睨みつけて教えた。駆逐艦の二人も五十鈴の後ろでえぇそうですと言って頷いている。

 

【挿絵表示】

 

 那珂は一瞬だけ吐き気を覚えたが、すぐにそれがおさまる。その際、頭の先からつま先までを涼しい風がスッと貫通していくような、妙な感覚を覚えた。

 目を閉じて胸に手を当てている那珂の様子を見て、五十鈴は肩を叩いて那珂を振り向かせ、コクンと頷いた。那珂も頷き返す。

 

 

「……よし、みんな行くよ!!」

 

 

 那珂たち4人は3匹の深海凄艦に立ち向かっていった。那珂は初めての集団戦にもかかわらず、3人に素早く指示を出していく。

 

「私と村雨ちゃんは真正面から、五十鈴ちゃんと夕立ちゃんは大きく迂回して反対側から、挟みこむように一気に近づくよ。」

「「「了解。」」」

 

 那珂と村雨は、五十鈴たちが目的の方向と距離に行くまで、ゆっくりと進んでいく。やがて五十鈴たちが那珂たちよりはるかに前、深海凄艦の背後の一定の距離のポイントまで到達し、那珂に合図を送ってきた。それを那珂は確認し、合図をしかえす。

 4人共急速に速度を上げて深海凄艦に近づく。やがて3匹の深海凄艦はそれに気づいて那珂たちと五十鈴たちの合間を縫うように移動し始めた。

 

 那珂と五十鈴はほぼ同時に掛け声を上げて、砲撃を開始した。村雨と夕立もそれに続く。

「てーー!」

「そりゃーー!!」

 

ドゥ!!

ドン!ドン!

 

 

 3匹いずれとも那珂の下半身と同じくらいの大きさではあるが、その巨体に似合わぬ素早い動きで那珂たちの砲撃をかわしていく。しかしちゃんと狙って撃てばまったく当てられぬほどのスピードと避け方ではない。しかし気を抜いて目を離すと見失う。全体的な身体能力が向上する艦娘でさえそうなるのだ。並の人間やその人間たちが扱う武器ではほぼ確実に当てられず、見失い、そして気づいたら体当たりや体液等の様々な攻撃でやられる。

 

 魚のような個体が村雨のほうにまっすぐ突進し、やがてトビウオのように海面からジャンプして体当たりをしてきた。

 

「あ、きゃあああぁ!!」

ドン!ドン!ドドン!

 

 村雨は悲鳴をあげながら単装砲を可能な限りの連続発射で打ち込む。

 

バチン!ズシャ!

 

 かなりの数打ち込み、そのうちの2~3発が、魚のような個体の深海凄艦のところどころに当たり表面の鱗や肉を吹き飛ばしていく。しかしそれでも死ぬ様子はなく、体当たりの勢いは殺せずに村雨に当たる。

 

バチン!!!

 

 胸元手前の村雨の70cm付近で火花が飛び散り、魚のような個体は弾き飛ばされた。艦娘専用の電磁バリアの効果の一つだ。

 

 弾き飛ばされていく魚のような個体を側にいた那珂はすかさず自分の単装砲を近距離から連続発射して魚の頭や尾びれなど各部位を吹き飛ばす。やがてそれが海面に着水する頃には、深海凄艦だった肉片と化して、バラバラになって浮かぶ。那珂はその肉片をじっと眺めたのち、念のためそれらを再砲撃して砕いておいた。

 

 

--

 

 一方の五十鈴たちはカニのような個体と、もう一匹の個体と戦っていた。五十鈴は連装砲で、夕立は単装砲でそれぞれの個体を狙って撃つ。

 

ドン!ドドン!

ドゥ!

 

 それぞれの個体はそれをかわして五十鈴と夕立の周りをぐるりと回る。それに合わせて夕立は何度も砲撃をするが当てられない。

 

「このっ!このおぉー!当たれ!当たったっぽい!?……ダメだぁ~!」

「夕立、無駄に弾を撃たないで。弾薬とエネルギーを早く消耗するわ。」

「けどぉ~!」

 

 砲撃をやめて文句を言う夕立が五十鈴の方を向くと、カニのような個体が浮き上がり、泡のようなものを吹き出して夕立めがけて飛ばしてきた。

 

 

 ゴポゴポ、ブクブクと泡が宙を舞い、夕立の近くまで来ると、村雨の時と同じように火花と破裂音が発して響いた。

 と同時にその泡が夕立の電磁バリアに当たった時、同時に発した火花により発火して大きな火炎となってあたりに広がった。

 

「きゃっ!」

「うわぁ!!」

 

 突然巻き起こった火炎に五十鈴と夕立は二人とも驚いて後ずさる。まさか間近で火が発生するとは思わなかったのだ。

 

「この泡燃えるっぽい~!?」

「……っ! 夕立、あの泡が私達のバリアに当たるのも危険そうよ。かわさないと。」

 五十鈴が注意喚起すると夕立はそれに頷いた。

 

 だがその火炎に驚いたのは五十鈴たちだけではなく、2匹の深海凄艦もだった。火炎が広がった瞬間、五十鈴たちの前後に位置取る形になっていた深海凄艦らは、動きを止めて同じように後ずさっていた。

 そのため五十鈴たちはそれに気づくと、2匹の間、横へと素早く移動し囲まれた状態を脱することができた。

 

 

 その様子を見ていた那珂たち。すでに魚のような個体を倒して、二人のところに近づく途中で火炎を見ていた。そして五十鈴たちと同様に動きを止めていた深海凄艦をも。

 那珂はその一瞬の状況を見逃さなかった。

 

「村雨ちゃん。あたしがなんとかして二人を急速離脱させるから、一緒に魚雷、雷撃するよ。いい?」

「はい。わかりましたぁ。」

 

 那珂が言い終わる前に五十鈴は自主的に深海凄艦の間から離れたため、那珂は五十鈴たちには一声大声で叫ぶだけにした。

 

「五十鈴ちゃーーん!もっと離れてー!」

 その声に気づいた五十鈴は

「は?」

とだけ言い終わるがはやいか、那珂と村雨が離れたポイントから雷撃を同時にした。

 

パシャン!

ドシュウゥーーー……

 

 

 那珂と村雨が魚雷を撃った位置は、きちんと当てられる射程距離内であった。二人の撃った魚雷は海中50~80cmまで沈んだあと、那珂たちの向く方向へ斜め上、つまり海面に向かって急にスピードを出して浮上しながら進んでいった。

 そして……

 

 

 

ズガン!

ドパン!!

ザッパアァーーン!!

 

 

 那珂と村雨の撃った魚雷は、村雨のは奥の複合的な個体に、村雨の数歩分後ろにいた那珂のは手前のカニ型に命中してそれぞれ綺麗に爆散させていた。

 

 爆発の影響で少し水しぶきを浴びていた五十鈴と夕立は、那珂たちに近づいたのち、2~3文句を言いつつも、勝利の喜びと那珂たちのナイスサポートを評価した。

 

「やるじゃない、那珂。初戦闘で見事な勝利よ。誰も怪我してないわ。」

「あたしと五十鈴さんは火浴びそうになったり水しぶき浴びたりでびみょーに精神的ダメージ受けたっぽいけどぉ~。」

那珂たちと評価する五十鈴と、冗談めかして先ほどまでに遭遇した状況を挙げて文句を言う夕立。誰に怒っているわけでもなく、彼女は別に本気で言っているわけではないのは他の三人はわかっていた。

 

「那珂さん、初めての戦いで私達に指示出して動けるようにしてくれるなんて、すごいですよぉ~。なんでなんですかぁ?」

 村雨が那珂に尋ねる。

「え~?生徒会長やってるからね。その辺りは得意かも。まー人動かすのって学校でも戦場でも多分同じことだと思うな~。」

 那珂は軽快に口を動かして教えた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初勝利、気になること

 那珂の初戦闘はなんなく勝利であった。那珂は確かに怖くはなくなったが、深海凄艦のその生体が気になった。

 その深海凄艦の生体が(一般的には教えられていないとはいえ)子魚のような特徴と、蟹の幼体のような特徴を持っていたように見受けられたからだ。大きさは普通の魚類とは違うとはいえ、あきらかに成長途中だ。撃破する前にところどころ観察していた那珂はふとそう感じた。

 

 無人島裏側から本土よりの方に戻る途中。駆逐艦の二人と五十鈴が勝利に喜んでいる最中、旗艦である那珂は三人から少し遅れて進みつつ、観察結果を思い出して考えていた。

((もし深海凄艦も成長するのなら、あれらは子供?だとすると親の深海凄艦がいるかもしれないってことだよね。まっずいかなぁ~……))

 

 

「ねぇ、みんな。ちょっと早いけど今日は引き上げよっか!深海凄艦を3匹も倒したし、今日のノルマ達成ってことでさ!」

 那珂がそう提案すると、五十鈴たちは那珂の提案に疑問を抱かず賛成する。

「ちょっと物足りないけど、あなたがそういうなら従うわ。」

 駆逐艦の二人も賛成した。

 

 那珂はその日、午前からの無人島付近探索で燃料と弾薬の補給をせずに午後の調査をしてしまっていたことを思い出した。月火水と何事もなかったので、週の折り返しもすぎて少し安心していたためだ。もし親の深海凄艦がいるとしたら、帰りの燃料も考えると、今遭遇すると危険かもしれない。

 駆逐艦二人は(那珂が以前聞いたところによると一応は出撃を経験しているとはいえ)まだ戦闘に慣れていない様子が伺え、かなり無駄撃ちが多かった。おそらく二人の弾薬のストックはもうほとんど残ってはいないだろうと那珂は推測した。

 

「ねぇ五十鈴ちゃん。あなたの弾薬とか魚雷のエネルギー、ストックどのくらいある?」

 駆逐艦二人に聞こえないよう、こっそり五十鈴に尋ねた。

「え?私は……このくらいよ。」

 

 艦娘はなんらかのスマートウェアを着用することが推奨されており、電子管理された弾薬や燃料の情報をスマートウェアごしにアプリで確認することができるようになっている。

 五十鈴がつけているスマートウォッチを見せてもらう那珂。彼女はまだかなり弾薬と魚雷のエネルギーが残っているようだった。

 

「ちょっと気になることがあるからさ。……ってことで。」

 那珂は五十鈴に気になっていたことを話した。そして弾薬や燃料が残り少ないであろう駆逐艦担当の中学生二人を鎮守府に戻すことにした。残りの調査は軽巡の二人であと少しだけするから先に戻っていなさい、と言われた駆逐艦二人は先輩のいうことならと、特に疑問や不満を抱かずに帰っていった。

 

 そして無人島の本土寄りの海岸には那珂と五十鈴の二人だけが残るかたちとなった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夜戦

「……で、どうするの?また無人島の裏側まで行くの?」と五十鈴。

「うん。さっき深海凄艦と戦ったポイントの近くまでは行きたいかな~」

 

 進む間、那珂から懸念していることを聞く五十鈴。

「深海凄艦の子供ねぇ。そう考えると親が近くにいるかもしれないってのはわかるわ。ていうか、あんたあの戦いの中でよく見てるわねぇ……」

 那珂の観察力に感心する五十鈴。えへへそれほどでも~とおどけて照れ笑いする那珂。五十鈴は、那珂がおちゃらける表面の態度とはうらはらに観察力と真面目な思考、その根の部分を特に感心していた。

 

 

 日が落ちてきた。

 

 時間を確認すると6時を少しすぎる頃になっていた。目的のポイントまで来てあたりを見回したが特に異変はない。五十鈴が無駄な心配だったのよと言って帰ろうと提案するが、那珂は何かを考えているのか離れようとしない。

 

 ふと、那珂は日中の深海凄艦のことを思い出した。あの深海凄艦は目が光っていた。日中だったため皆特に気にはしていなかったが、幼生体だろうが成体だろうが、おおまかな特徴は同じだろう。あれが探照灯と同じ役割を持っていたとしたら、目立つために戦闘においては弱点となりうるにもかかわらず、生物的な特徴として深海凄艦のいずれもが持っていたとしたら、逆にそれを利用できるかもしれない。

 もしかしたら当たり前だが夜になったら寝ていて出てこないかもしれない。それならそれで仕方ない。敵は生物であって兵器を持つ人間ではないのだから。などと頭のなかで考えを巡らせる。

 

「ねぇ五十鈴ちゃん。しばらくは水面を見てて。このあたり一帯。」

「へ?海面ってこと?なんの意味があるの? ……まあいいけど。」

 五十鈴は意味がわからなかったが、あの那珂がいうことだ、なにか意味がきっとあるのだろうと納得し、それから数分間は軽く移動しつつ、海面を見ていた。実際には海面のその先、海中に目を光らせるのだ。

 

 

 

--

 

 すっかり夜のとばりが落ちていた。ちょっとした明かりでもわかるくらいだ。那珂と五十鈴はあれから30分くらいは何も起きない海面を見続けていた。やや飽きて二人ともあくびをしたそのとき、海中の奥で光る何かが見えた。

 

 

 

「「!!」」

 

 

 

 海中で光々と光るものはそんなにない。つまり深海凄艦の可能性が高い。そう考えた那珂は五十鈴に急いで指示を出した。

「五十鈴ちゃん、わるいけど静かに離れて!できれば10m以上。私はここで海面を蹴りまくって波紋立てまくるから!」

「え?え?なんで・・」

「急いで~!」

 

 五十鈴は那珂の指示どおり離れる。そのさなか、那珂がさらに指示を出した。

「あたしが合図したらー、魚雷をあたしのポイントめがけて撃ってーー!」

「は?何言ってるのよ!? そんなことしたらあんたに当たりかねないでしょ!」

「いいからー!」

 普段の様子からはうってかわって鬼気迫る様子の那珂に驚く五十鈴。とにかくそのとおりにすることにした。

 

 那珂はその間足を海面から上げては下ろして、海面を蹴る仕草をする。波紋がたつ。バシャバシャと音がたつ。つまりものすごく目立つ。海中にある光は時々その光量を減らしてチカチカしているが、だんだん大きくなってきたのがわかった。那珂の足元めがけて何かが浮き上がってこようとしてる。

 

 その様子を斜めから見る形になっていた五十鈴にも次第にはっきりわかるようになっていた。そして理解した。那珂は囮になろうとしているのだ。五十鈴は那珂の考えをやっと理解した。

 生物ならだいたいは目立つものに注目する。しないのは偏屈なやつくらいだ。深海凄艦も生物なら、気配や音のするほうに近寄ろうとするに違いない。そのもくろみは当たったのだ。那珂が音を立てまくる一方で一切音を立てず、息を殺してその場でじっとする五十鈴。

 

 次第に近づいてくる光。その光の主は、深海凄艦だった。

 まだ数mはあるが、あと少しで深海凄艦が海面から出ようとしていた。那珂はまだその場でバシャバシャと海面を蹴り続けていたが、すぐに五十鈴に向かって合図を出した。

 

 

 五十鈴は那珂からは気づいてもらえないがコクリと頷いたのち、叫んで……。

「いっけぇーーー!!!」

 

ドシュウゥゥーーー

 

 

 魚雷を発射した。それは特に異常な高速というわけでもなく、制限を越えたエネルギーがこもっているわけでもない、普通に発射された魚雷だった。精神の検知による性能変化は起きていなかったがそれなりに速度はあった。

 

 魚雷は海中の中を進み、深海凄艦が海面に出ようとするポイントめがけて大体似た速度で弧を描くように浮き上がっていく。那珂はタイミングを見計らって、海面を思い切り蹴って側転するかのように離脱した。

 その直後。

 

 

 

ズドオォォォ!!!

 

 

 爆音と、バッシャーンと水がおもいきりはじけた音が混ざって響き渡った。合わせて爆発で波が立ったので那珂と五十鈴は波に足を取られそうになったが姿勢を低くしてスケートを滑るように波に合わせて海上を移動したので倒れることなく済んだ。

 

「やったわ!かなりでかい深海凄艦だけど倒したわ!私達の勝利よ!」

 爆発のポイントから約10mほど離れた位置にいる二人。五十鈴が喜んで那珂に近づこうとすると、那珂はそれを制止した。

「ちょっと待って!まだだよ!」

 

 と言い深海凄艦に近づいていき、自身の魚雷を身をかがめて海面ギリギリにして撃ち込んだ。そうして発射された魚雷は海中にそれほど沈むことなく、ズズッと動いて逃げようとする深海凄艦に目指して進み、再び大爆発と大波を立てた。

 

 今度こそ勝利だ、と二人は感じた。那珂は五十鈴のほうを向き、最初の演習時の時にしたポーズを決めた。

「イェイ! 那珂ちゃん勝利のスマイル~!」

 

 アイドルばりにポーズを決める那珂は、彼女がみんなに話していたように、アイドルを意識したポーズで様になっていた。

 

「あんたねー、もしかして手柄横取りー?ひどくないー?」

「そんなことないよぉ!あいつがまだ生きてそうだったから追撃しただけだもん。」

 那珂の読みは当たっていたのだが、せっかく自身が攻撃して倒したのにもう一度するなんて……と感じた五十鈴は少し距離を開けている那珂に不満をぶつける。那珂はそれを手と顔をぶんぶん振って否定した。

 

 ふと五十鈴は、那珂の左腰についている魚雷発射管が背後を向いていたのに気がついた。

 

 

--

 

 

 

 その直後であった。

 

 

ズザザバァーー!!!

 

 

 那珂の背後から黒い影が海面から飛び出した。1匹目の深海凄艦とは別に、もう一匹上がってきていたのだ。完全に那珂の視界の外からの浮上であった。このままでは那珂がやられると五十鈴は焦って足で海面を蹴りだして進もうとする。

 

 

 が、当の本人は慌てる様子もなく、落ち着きはらって、深海凄艦をちら見するように首と頭だけを背後に少し回した。その直後那珂は背後に向けていた魚雷発射管から2本のうち1本の魚雷を発射した。海面に向けてはいない。海上から完全に外に出た深海凄艦の身体めがけていた。

 

 

 あれじゃ魚雷じゃなくて普通のミサイルじゃないの!と五十鈴は心のなかで突っ込んだ。

 

 

 物理的な砲弾ではなくエネルギー弾である艦娘の魚雷は海水に触れると急速に縮む性質がある。その際化学反応を起こして爆発を起こす性質が生まれ、光と熱を直接発する部分が物などにあたって光の照射口が遮られるか、もとの形状が崩れて凝縮された光と熱が拡散されると、爆発を起こす。縮む間は猛スピードを伴ってある進行方向に進む。

 もともとが強力な光と熱のエネルギー弾である魚雷は、ある程度縮んだところでその威力は多少残る。艦娘の魚雷の飛距離とエネルギー弾の収束した後の威力のシミュレーションからすると、深海凄艦に致命傷を与えるには十分な威力が残るとされていた。

 

 

 

 そんな魚雷を水に当てずに直接生物に当てればどうなるか。相当な大爆発を起こして吹き飛ぶに違いないと五十鈴は想像した。今までそんな奇抜なことをした艦娘は、艦娘制度が始まって10数年経つが居なかった。人体にあたると光と熱で消し飛ぶから安全面を強く考慮されてためでもある。

 だが那珂こと光主那美恵は奇抜な発想でそれをしてしまった。

 

 那珂が空中で撃ったエネルギー弾の魚雷は、海中を進むよりかははるかに遅いスピードで深海凄艦の身体にあたった。空中で普通に発射してはそんなに飛距離が出ないため、当てようと思ったら自身と相手の距離が3~4mは近づいていないといけなかった。

 

 魚雷があたった深海凄艦からはシューっという音とともに表面が焼けただれる臭いがした。しかしそれだけであった。直後破裂する音がして熱風と煙が辺り一面に吹き荒れた。

 つまり、深海凄艦に多大なるダメージをあたえるはずもなかったが、めくらましやひるませるくらいには役に立つ。

 

 それを那珂は見届けた直後、左腕をフルに使って魚雷発射管を回転させつつ、全身を深海凄艦のほうへ向けて方向転換した。魚雷発射管が深海凄艦の方まっすぐに向いてすぐ、少し怯んでいた深海凄艦に向けてもう一本の魚雷を、先ほどと同じく空中めがけて発射した。

 

【挿絵表示】

 

 深海凄艦に当たるより前に片手で何かを投げる仕草をしたのが五十鈴には見えた。

 

 

ズガアァーン!!

ズドドォーーーン……

 

 

 先ほどと同じように単に破裂して熱風が出るだけかと思われたが、全く違う光景が目の前に展開された。なんと、大爆発を起こして深海凄艦が吹き飛んだのだ。もちろん間近にいた那珂も吹き飛ばされたが、華麗な身のこなしで空中で方向転換し、なんとか着水していた。

 深海凄艦は直接魚雷があたって爆発したため、身体の大半が吹き飛んでいた。もちろん即死である。

 

 一連の様子を五十鈴はポカーンと口を半開きにして眺めていた。吹き飛ばされていた那珂は五十鈴の後ろにいた。

 

「あ、あなた……一体何をしたの……?」

「え?魚雷撃っただけだよ~」

 吹っ飛んできた拍子で四方八方に散らばっていた髪を人差し指と中指で梳かして普段の髪型へと整えながら、あっけらかんと答える。いやそれだけじゃないだろう、と五十鈴は気づいていたことを口にした。

「いえ、あんた2本目の魚雷が当たる前に何か投げたでしょ?あれ何?」

「海水だよ。といってもほんの少ししか手元に残っていなかったけどね。」

「海水って……なんで?」

「1本めの魚雷見たあとにもしかしたらって思ってね。ビンゴだったみたい~」

 くるりとその場で回ってケラケラ笑って答える那珂。

 

 その後の那珂の説明によると、艦娘の使う魚雷がエネルギー弾形式なのはわかっていたが、その仕組がたまたま気になった。エネルギー弾なのに海中を進んで爆発するなら空中で撃ったらどうなるか?結果は先程の通り。

 

 それを目の当たりにした瞬間、エネルギー弾たる魚雷はきっと海水の中に存在するなんらかの成分と化学反応を起こして爆発する仕組みを生み出すに違いないと瞬時に推測した。人体なら吹き飛ぶのに深海凄艦はなぜ焼けただれる程度なのか気にはなったがそれはひとまず置いておき、2発目の魚雷を発射する前に事前に海水を片手ですくい上げ、深海凄艦に命中する前に海水が魚雷にあたるように投げたのだ。

 

 海中と同じ条件に達した魚雷は深海凄艦に命中して、さきほどの通りになった。ただ異なるのは、海水には一瞬しか当たっていないためその威力は減退せずに済んだ。

 とっさの行動すぎて、五十鈴には那珂が何かを追加で投げたところまでしかわからなかったので、彼女の説明を聞いて驚きを隠せなかった。

 

 瞬時の判断でそこまでわかる・できるこいつは一体何者なんだと五十鈴はただただ驚くばかりであった。そして、あぁ、この光主那美恵という娘は、きっと将来自分なんか肩を並べるのも申し訳ないくらいのすごい艦娘になるかもしれない、と嫉妬とも憧れとも、尊敬とも取れる複雑な感情が湧き上がるのを感じていた。

 

 その後、成体である深海凄艦2匹を撃破したのが決め手だったのか、週が終わるまでは深海凄艦は一切現れることはなく、那珂にとって初めての出撃任務は大成功に終わった。それは鎮守府Aにとっても大成功となった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間:鎮守府のある日々

 最初の出撃任務が終わり、しばらくは本格的な出撃のないのんびりした日々が続いた。もともと激戦区の担当の鎮守府ではないため、鎮守府Aは戦いのための鎮守府というよりも、周辺海域の警備・防衛・地域からの海域調査の役割がメインなのだ。とはいえ深海凄艦が担当海域に出没することもあるので撃退もしばしばするし、海上警備がらみの依頼もたまに入ってくるので那珂たちはそれをこなす。

 本格的な出撃任務はないとはいえどのような任務でも仕事は仕事。那珂は一切妥協せず計画を練り、まだ人が少ない鎮守府Aの艦娘たちを捌く。学校の生徒会の仕事もあるため身体が2つ欲しいと思うこともあるが、那美恵は艦娘の仕事も学校の仕事もなんなくこなしていく。

 率先して働くとはいえ、秘書艦は五月雨である。那珂はあくまで彼女のサポートとして付き、作戦の立案・設計を助けた。最初の出撃で提督と五月雨から厚い信頼を得たためだ。五月雨にとっては別の学校の人ではあったが、十分すぎるほど頼れる先輩で、彼女の生徒会の仕事のテクを少しずつ学んで成長に役立てる良い機会となった。

 

 

「那珂さん、この場合の任務の進め方ってどうすればいいんですか~?」

 アップアップした様子で軽い涙声になりながら、五月雨が那珂に助けを求める。それを落ち着いた様子かつ明るく弾むような声で答える。

「それはね……こうするんだよ~。五月雨ちゃん、学校の成績も良いし物ごとの飲み込みも早いんだから、もうちょっと落ち着いて考えるようにすれば、あなたならこのくらいはすぐ対応策思いつくようになるはずだよ~。頑張って!」

 

 那珂こと那美恵は人のフォローも上手かった。そんな光景がほぼ毎日目の前で繰り返され、提督はそれを温かい目で見守る。その様子は仲の良い先輩後輩のようでもあり、姉妹のようでもあった。

 ときおりそんな提督の視線を茶化すかのように、

 

「提督ぅ~那珂ちゃんに見とれるのはいいけどJKに手を出したら犯罪だよ~」

 

と言い、提督を慌てさせた。

 

 なお、いつからか彼女は自分の艦娘名をちゃん付けで口にするようになっていた。相当気に入っている様子が伺えた。

 

 

--

 

 ある日、作戦任務の資料整理が終わり、提督と執務室で二人っきりになっている那珂。

「あたしね、アイドルになりたかったんだ。」

 彼女は突然そう口にした。秘書艦の五月雨はその日は学校の行事に集中するため不在。時雨たちも同様で、鎮守府には那珂、五十鈴など、五月雨たち以外の一部の艦娘しかいない時であった。

 

「アイドル?過去形ってことは今は違うのか?」

「うーんと、ちょっと表現違うかな。今は艦娘もやり始めちゃったし、純粋なアイドルは無理かなって諦めたってこと。もともとおばあちゃんがアイドルやってたそれへの憧れだけだったんだけどね。でも今はその代わりね、艦娘アイドルっていうの考えてるの!どうかな提督?」

 そんなもの初めて聞いたぞと呆れる表情をして提督は突っ込んだ。

 那珂は自身の考えているアイドル像を語りだした。艦娘として、闘いながら、時には市民の前で明るく歌って踊れる、少しくらいあざとくて憎まれ口を叩き叩かれてツッコミしあう、戦いの時とはうってかわってゆる~い態度のアイドル。

 

「まあでも、光主さんなんでもできる娘だし、可愛いし、那珂としてもこのところ大本営から好評価って言われてるし。今後の艦娘としての活躍次第ではその夢、叶えられるかもな。」

 さらりと、何気なく可愛いという言葉を入れてきやがったよこの人。ふつーの人っぽいけどあなどれね~と心の中で那珂はドギマギしつつ、ほんの少しだけ鼓動が速くなったのを感じた。大丈夫。きっと顔には出ていない……はず、とも。

 

「えへへ、ありがとー。それでね、艦娘アイドルになったらこの鎮守府を日本で、ううん。世界で一番有名な鎮守府にしてあげる!」

「夢がでかいなー。もしそうなったら、俺は君の最初のファンになりたいな。」

「もちろんそのつもり!ファンクラブナンバー000の名誉をあげる!んで、かつ提督はあたしのプロデューサー!」

 

「俺プロデューサーかい!だったらどうプロデュースするかな……。君の髪型をもっと可愛く個性的なものに変えるのもいいかな?」

「ほう?ズバリ言うとなんですかな、プロデューサー?」

 

 

 腕をくんで笑みを含んだ目で提督を見ながらその回答に期待をする那珂。提督も同じく腕をくんで少し大げさに悩んだすえに、答える。

「そうだな。頭の上でなんかこうクルクルっとまとめて整えるやつ。アレ。」

 髪型のボキャブラリーがないのでうまく言えない提督。那珂もそれだけじゃ全然わからない。なので今現在ストレートにおろしている髪を使って提督に聞いてみる。

 

「こう?」後ろ髪を一気に束ねてポニーテールのようにする那珂。

「いや。そうじゃない。」

 

 次に髪を両サイド耳の上あたりで束ねる那珂。

「こう?」

「うーん。惜しい。」

「惜しいってなにさw」

 

「じゃあこう?」

 髪がぐしゃぐしゃになるのが嫌なので、那珂は右半分の後ろ髪と、左側の横にかかる髪だけを手に取り、それを無造作にくるくる束ねてまとめ、それを後頭部の右上あたりに持ってくる。

「そうそれだ!」

「提督。これってね、シニヨンっていうんだよ。つまりお団子ヘア。……こういうの好きなの?」

 

 ややジト目になりつつ那珂は提督に確認する。それを受けて少し焦りつつも、自分の好みをペラっと喋ってしまう提督。

「いやまぁ、俺としては五月雨や今の那珂のようなまっすぐな髪がどっちかっていうと好きだけど、そういう変わり種もいいねということで。って何言わすんだ!?」

「自分で言ったんじゃんw ふぅん。提督はこういうもの好きなんだ。ふーん。」

「那珂は嫌か?」

「めちゃくちゃ嫌ってわけじゃないけど、まとめ方によっては子供っぽく見えちゃうのがね~。でも提督が言うんだったら、今度試しにお団子ヘアにしてきてもいいよ。」

 まとめた髪を下ろして手櫛で整えながら那珂はそう言った。

「お、君も実はまんざらでもないってことか~」

「エヘヘ~。未来のプロデューサーの貴重な意見ってことでさ!」

 

 

 などと、那珂のアイドルの夢にノって冗談を交えて語らう。

 実現は難しいことと二人とも頭の中でわかってはいたが、夢を語るのは自由だ。軽い冗談なら意外とノリがいい提督は那珂の言葉にノリノリで冗談めかして言った。

 祖母がアイドルだったという彼女。提督はアイドルだったという彼女の祖母のことは時代が古すぎてわからなかったが、なんでもできる彼女が尊敬するくらいだ。きっとすごい人物だったのだろうと推測するにとどめておいた。

 

 光主那美恵という少女は人に自分がまじめに努力している光景をあまり見られたくなく、普段皆がいるところでは明るくお調子者っぽく少しおちゃらけている。それは学校でも鎮守府内でも同様だ。ただ一部の親友や責任ある場、鎮守府の責任者であり一番身近な大人である提督の前では、普段の陰の自分の様子を見せることもしばしばある。提督は那珂こと那美恵の素顔・人となりを知る数少ない人物となる。

 

 おちゃらけていたかと思うと、ふと真面目な面を見せる那珂。

「まあ、日本や世界一目指すとかそういうのは置いといたとしてもね、あたしはやれる・やりたいと思ったことには本気だよ。その過程でそういうのができるならいいし、そのためにやらなきゃいけないこともわかってるし。」

 光主那美恵という娘はそういう娘なのだとわかるようになっていた提督。

 

 

 

--

 

 那珂が言うやらなきゃいけないこと、提督はそれを察した。那美恵の高校との提携だ。今の彼女は普通の艦娘であり、バックアップはこの鎮守府A一つでしかない。

 その状況をどうにかしてあげないといけない。少女たちを支える存在は多いほうがいい。

 

 鎮守府と学校が提携するのは人員を集めやすいからというだけではない。那美恵や五十鈴こと五十嵐凛花らのように、学生でありながら諸事情で普通の艦娘として応募して採用される少女がいる。他の鎮守府でもその傾向がある。

 普通の艦娘では彼女らの身の安全を保証する、その他バックアップを直接するのは鎮守府である(場合によっては国である大本営)。ただあまりに年齢が低い学生らが普通の艦娘として採用されすぎてしまうとその鎮守府や国の管理が行き届かなくなるおそれがある。そういう時のための学生艦娘制度だ。

 

 学校と鎮守府が提携することで、その関係内で採用された少女たちを守ってあげられるのは鎮守府だけでなく学校もということになる。日常生活への支障もカバーできる。学校側にはその見返りとして国から補助金が出る。国としては様々な要因で危険にさらされかねない人の身の安全を、鎮守府と学校の2つに補助金さえ出せば任せられるのである意味楽な運用と責任転嫁が約束される。

 

 

 彼女が語る艦娘アイドルというのも本気だろうが、光主那美恵という娘が自身のアイドルという夢だけで自分の高校との提携をさせたいわけではないだろうと、提督はなんとなく感じるところがあった。彼女の真意までは知る由もないが、それはそれとして提督自身としては、学生を守るすべを増やしたいという学生艦娘制度本来の在り方として、提携をなんとか取りつけたい考えである。

 

 鎮守府Aはまだ出来てまもない小さな鎮守府である。最初に提督が提携を取り付けた、五月雨こと早川皐月の中学校の提携は学校側と教職員の身の回りに理解者が多かったおかげもありうまくいった。偶然とはいえ姉妹艦の白露型の艤装との同調に合格したのは皐月の親友たちだった。ここまで含めて、最初の学校との提携としては大成功だったのである。

 

 まだ鎮守府Aには着任していないが、皐月たちの学校にいる職業艦娘になった黒崎理沙という先生、彼女は重巡洋艦艦娘羽黒として国に登録されており、学校付きの職業艦娘のため、本業への支障を考慮して異動や派遣の運用からは免除されている。提督はいずれ鎮守府Aで羽黒の募集枠を用意できれば即時採用するつもりだ。

 黒崎理沙の例からわかるように、学生艦娘たちが所属する鎮守府に、顧問の先生である職業艦娘が直接所属していなくてもよい。つまり制度的には、生徒の保護を直接任せる名目上の責任者が作れればよい。それは学校側にとっても同じ捉え方であるはずなのである。

 

 那珂に正解を確認するかのように提督は語りかけた。学校のことなので本名で呼ぶ。

「光主さん。君がもう少し那珂として活躍したら、タイミングを見計らってもう一度学校に提携を掛け合おうと思う。今はまだ、那珂として周りに名をあげることに集中してくれればいい。あとは俺がやるよ。」

 そう提督が言うと、書棚の方を向いていた那珂は振り向いてニコッと笑って感謝を示した。

「ありがとね~提督。あたしができそうにないところはお任せしちゃうからね。頼りにしてるよ~」

 

 手のひらをグーパー閉じたり開いたり繰り返しながら、那珂は言った。そして彼女は、提督に対してこう思っていた。

 

 最初にこの鎮守府に見学しに来て会った時から少し経つが、この人は優しい。人がまだ少ないせいかもしれないが、自分たち一人ひとりを見ようとしてくれている。五月雨ちゃんたちからの慕われ具合を見る限り、思春期の彼女らと提督の年齢から考えると彼は彼女らのために相当尽力したんだろう。

 優しくて真面目な反面、作戦立案まわりはちょっと苦手そうだ。IT業界に務めている人たちって、頭ものすごい良さそうな感じするけど?

 他の鎮守府の提督がどうかは知らないし興味はない。自分にとっては彼だけが提督という存在で、現場で唯一頼れる大人、親しい仲間の一人だ。

 

((まぁ提督が苦手そうなところはあたしがサポートしてあげればいっか。))

 

 

 

 那美恵が鎮守府Aに着任してから、1ヶ月半ちかく経っていた。

 




世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing

挿絵原画。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=51478070

ここまでのお話のGoogleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1xL9Myvu61zZKwYF8Vwy-xESTbbjdHtIxsf8sY6E6uM0/edit?usp=sharing
好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鎮守府の日々2
初の合同の出撃任務



【挿絵表示】

那珂たちは、隣の鎮守府との初の合同出撃任務に参加することになる。

リアルプレイにて那珂を一度轟沈させているため、この物語ではそんな初代那珂を書いています。
初代那珂はリアルプレイでは運良くクリティカルをバンバン発揮して本当に活躍してくれたので、そんな彼女を
具現化させるために話を考えてみました。

艦娘(になった少女)たちは実在したらこんな感じなんだ!身近にいそうだな!という感覚を味わっていただきたいため、
オリジナルの本名・学校生活・友人関係を作って日常生活をリアルに描いています。
可能な限り原作に近づけていますが、かなり性格の違う艦娘も出てきます。ご了承ください。
初代那珂は、"まだ" お団子ヘアをしていません。


 那珂にとって最初の出撃任務からしばらく経った後、鎮守府Aにとって初めて他の鎮守府との合同出撃が発生した。といっても対等な参加ではなく、あくまでその鎮守府の艦隊の支援という立ち位置だ。隣の担当海域の鎮守府との合同で、日本本土から少し離れた、どこの鎮守府の担当でもない海域に集結しているとされる深海凄艦の集団の撃破だ。この任務は西脇提督が隣の鎮守府に掛けあって実現した。

 

 

 艦娘の出撃任務の別のパターンは、大本営から発せられる内容による出撃任務である。

 この任務の場合、学生艦娘はその艦隊に職業艦娘が入っていないと、中規模以上の任務にはつけないようになっている。(この場合の職業艦娘は、部の顧問たる先生でなくともよい)

 その理由は、大本営からの任務の場合しばしば日本本土を離れた海域への本気の出撃になるからだ。学校側は、その出撃に関して責任をきちんと負えると証明できる立場の人間(この場合は職業艦娘)がいないことには生徒の身の安全を委任できないとしているためだ。

 なお、普通の艦娘はこの種の制限は一切ない。

 

 今回は東京都からの依頼ということで、中規模だが国からの依頼ではないため職業艦娘等の諸々の制限はなく、当初から考えていたメンバーで参加することができる。旗艦五月雨、時雨、夕立、村雨、五十鈴、そして那珂の6人だ。

 隣の鎮守府からは吹雪、深雪、白雪、天龍、龍田、そして羽黒の6人。鎮守府Aの面々は初めて見るわけではないが、新鮮で珍しいと感じる、重巡洋艦の艦娘がいた。(なおその羽黒担当者は五月雨達の黒崎先生とはまったくの別人である)

 

 提督は作戦の草案時点では旗艦を那珂にと提案したが、那珂はそれを断った。他の鎮守府との合同ということなら秘書艦であり鎮守府の別の顔である五月雨を売り込むべきで、自分を売り込むべきではないという態度を崩さなかったからだ。

 その代わり那珂は五月雨に、自身が考えうる限りのサポートをすると約束した。五月雨が旗艦として実際にどれくらい実力を発揮するか知る由もないが、聡明な彼女のことだ。焦ってパニクってドジやらかさなければ、そつなくこなしてくれるだろうとふんでいた。

 なお、提督からは現場での指揮全権は五月雨と那珂に分担で委任された。

 

 

 目的の海域付近までは海上自衛隊から1隻の護衛艦が用意され、そこに両鎮守府からの艦娘計12人(と整備士など数人)が乗り込んで行くことになる。

 

 

--

 

 今回は合同任務であるため、鎮守府Aからの出撃ではなく、一旦海上自衛隊の基地へと集合する手はずになっている。那珂たちが所属する鎮守府Aから目的の海上自衛隊の基地までは車でスムーズに行けたとしても40~50分かかる。普通なら1時間は超える。午前8時少し前、鎮守府Aの工廠前に6人+提督、工廠長が集まっている。

 提督は大きめの車を借りてみんなを送っていこうと提案したが、那珂や夕立、村雨は突飛な提案をして提督を困らせる。その提案とは次の内容である。

 

「てーとくさんてーとくさん!せっかくあたしたち艦娘なんだし、海自の基地まで海を進んで行きたいなぁ~。」

 その提案に真っ先に乗ったのは、那珂と村雨であった。

「おぉ!夕立ちゃん。それいいねぇ~なんか本格的に艦娘してる気分になれるね~。」

「それいい~!私はゆうの提案に乗るわ~。」

 

 ノリノリな3人に対し、残りの3人、五月雨、五十鈴、時雨はテンションが低く乗り気でない。

 

「それ、どうなんでしょう。提督?」

 五月雨はチラリと提督を上目づかいで見上げる。旗艦である五月雨が心配する理由を提督は察している様子。

「あぁ。勝手に海自の港湾施設に艦娘が入って行くとめちゃくちゃ怒られる。というか、任務があるとはいえ無断入港は禁止。ヘタすると自衛隊と関係ない民間出身の提督の俺でも、首が飛ぶ。んで本業の会社にもめちゃ迷惑がかかる。」

 

「えーダメなの~?じゃあ近くまでならいいでしょ?それもダメっぽい?」

 それに反論したのは時雨だ。

「近くまでって。僕達艦娘が上陸してただで済む場所ってあのへん無い気がするよ……。」

 時雨も五月雨・提督と同様の心配をしていた。それは五十鈴もだった。

「任務前に海自の人に怒られるようなことはいやよ?おとなしく提督に送って行ってもらいましょうよ。」

 

 

 提案した3人(主に夕立)はブーブー文句を垂れるが、提督の一言でおとなしくなる。

「どうせ行くなら現地まで俺が送って行って見送ったほうが君たちも安心できるだろ?せっかくの初めての合同任務なんだ。提督の俺にも最初くらいは雰囲気だけでも参加させてくれよ。」

 

 夕立の頭を撫でながら言った。そしておとなしくなった3人を含め、提督は借りてきたトラックに全員を促す。

「さ、せっかくトラックも借りてきたんだし、艤装運び出して乗ってくれ。」

 

 

 6人は整備士に手伝ってもらい、各自の艤装をトラックの荷台に乗せ、自分たちは提督の運転する車に乗った。なお、トラックは工廠長が運転し、提督の車に続く。

 

 

--

 

 海上自衛隊の基地に到着した。門のところで提督は今回の合同任務の旨を伝え、艦娘制度上の深海凄艦対策施設の責任者および、艦娘責任者の証明証を見せ許可を無事もらい、基地内に入る。隊員の案内により車は護衛艦があるところギリギリまで進んでもいいことになった。まずはトラックだけ先に行かせ、提督の車は駐車場に置き、7人揃って護衛艦のところまで歩いて行った。

 

 隣の鎮守府の艦娘たちはすでに揃っており、都の職員や海上自衛隊の隊員と話をしている。そこにいるのは艦娘6人だけで、隣の鎮守府の提督の姿はない。

 提督は駆けて行き、到着した旨伝える。鎮守府Aの6人を預けるため五月雨たち6人を側に寄らせて紹介する。

「この度はうちの者たちを宜しくお願い致します。○○鎮守府の艦娘の皆様の活動のご迷惑にならないようしっかり注意をしておりますので、どうか宜しくお願い致します。」

 提督の丁寧な挨拶に、都の職員および同行する士官、護衛艦の艦長も挨拶を返す。

 

 鎮守府Aのメンバーの艤装も護衛艦にすでに積み終わり、出港間近となった。提督と、トラックを運転してきた工廠長が艦娘たちに一言ずつ言葉をかけ、彼女らを元気づける。

 

「じゃ、6人とも。行ってらっしゃい。俺らはここまでだから。あとは適時電話なりメールなり入れてくれれば。今日は俺ずっと鎮守府いるからさ。あ、そうだ。泊まりになるかもしれないから寝間着は持ったか?あと洗面用具も……」

 さながら、提督は心配症の父親っぽく、娘たちを見送る光景になっている。

「提督、少し離れるっていっても日本なんだからさぁ、そんなに心配しないでって。あと海の上じゃ電話通じないでしょ。通信くらいはさせてもらえるんじゃないの?」

 那珂がツッコミを入れると、提督はハハッと笑う。

 

「なんだかてーとくさん。パパっぽい~。パーパ!行ってきま~す!」

 夕立が冗談を言うと、他の艦娘らからアハハと笑いがこぼれた。夕立の冗談にノッて村雨と五月雨も提督に声をかけた。

「パパぁ!行ってきますぅ~」甘えた猫なで声で言う村雨。

「パ…お、お父さん!行ってきま……す……!」続いて五月雨は、ノったはいいがやはり恥ずかしさの方が前面にあるのか、照れ混じりに言った。

 この3人は違う反応こそすれど、ほぼ揃ってノッて来ることがしばしばなので提督には想像できた。わかってはいたが、提督は対応しきれずに照れまくりながらリアクションした。

「むず痒いし外でそういうこというのやめなさい。俺困っちゃう。」

 3人ともクスクスとさらに笑う。

 

 

 提督は気を取り直して6人に言葉を言い直す。

「ともかく、君たちの無事を信じてるから。思う存分活躍してきてくれ。」

 

「「「「「「はい。」」」」」

 

【挿絵表示】

 

「それじゃ、暁の水平線に勝利を!」

「「「「「「暁の水平線に勝利を!」」」」」」

 

 鎮守府Aで出撃時に言われる旅の安全を祈る掛け声を提督が言うと、那珂たち6人も同じ言葉を同時に言い返した。そして6人は隣の鎮守府の艦娘の後に続いて乗り込んでいった。

 その場には提督と工廠長、数人の海上自衛隊の隊員が残るだけとなった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

出港

--- 1 出港

 

 護衛艦の中では基本的にはそれぞれの鎮守府のメンバーで固まって過ごす。合同の任務のため作戦会議がある際は鎮守府Aからは旗艦五月雨と那珂が、相手からは旗艦天龍と龍田がその場に集まった。

 今回の任務はあくまで隣の鎮守府が主体なので、相手の天龍から作戦の説明があり、たまに補足として東京都の職員が口をはさむ程度であった。なお相手の龍田はまったく口を開かない。

 

 事前に東京都の調査により、深海凄艦が集結しているとされるポイントは大体絞りこまれていた。そのため単純にそこに向けて隣の鎮守府の艦隊6人(以後「隣艦隊」)で進撃、彼女らから離れて鎮守府Aのメンツがついてくるという作戦で行くという。順当にいって彼女らが深海凄艦を撃破すれば、鎮守府Aの一同が活躍する出番はなく終わる。

 

 

 相手の進め方を聞く。五月雨は那珂に耳打ちしアドバイスを求める。那珂がアドバイスしたとおり鎮守府Aの艦隊の作戦中の動き方を説明した。相手の出方を聞いて那珂が瞬時に思って五月雨に伝えたのは次の行動だった。

 

 隣艦隊から離れて追従する際、真後ろではなく、左右に3人ずつ分かれて従う。

 那珂の目的は、隣艦隊が撃破しそこねた深海凄艦を片方ずつで撃破、あるいは左右挟み撃ちで撃破するというものであった。もちろん那珂は相手の性格や様子を伺うため、目的の真意までは五月雨に言わせなかった。

 

 しかし相手側はあまり鎮守府Aのことには興味がない様子を見せる。隣艦隊の天龍は相当自信があるようで、自分らが全部撃破するから現場でのその他の行動は全部任せると言う。一方の龍田は那珂たちを見ようともしない。大人しい人なのか、天龍と同じく那珂たちに興味がないのか、その程度しか判別つかない。

 

 

 那珂や提督からあなた(君)は鎮守府の別の顔だから売り込んでおけと言われていた五月雨は、なんとか自分らを意識してもらおうと食い下がって自分たちの考えた作戦行動をもう一度説明しようとする。

 

「あの……!でも!もしそちらが撃ち漏らしたら大変ですし。こうすることで私達もやっと支援できますので!」

 

 

 だが彼女が発したこの一言が、相手の気に触れてしまった。

 隣艦隊の天龍は机をバン!と叩き、五月雨に対して威嚇するように怒りを込めて反論した。

 

「おい、あんたさ。あたしらが責任持って撃退するって言ってんだよ。それが信用出来ないってのかよ!?見たとこあんた中学生だろ? あたしは高校生、年上! それに艦娘としても練度たけーんだよ。

 経験少ねぇ駆逐艦が旗艦の鎮守府はこれだから……どーせ提督もたかが知れてるんだろうな。こっちこそあんたらを信頼できなくなるってんだ!そもそも支援ってのは……」

 

【挿絵表示】

 

 さらに続けようとする天龍のスカートをクイッとひっぱり、龍田が何か耳打ちして止めた。荒ぶろうとしていた天龍がピタリと止まる。天龍はチッと舌打ちして苦々しい顔をするがもう度が過ぎる反論をする気はなかった。

 打ち合わせは終わりとして早々に部屋を出て行く天龍。無言で五月雨と那珂に謝罪の意味を込めたお辞儀をして静かに部屋を出て行く龍田。そんな二人を見届けた五月雨と那珂は数秒前まで作戦室だった、護衛艦のその部屋に取り残された。

 

 その直後、五月雨はぐすっと鼻をすすり涙声になって那珂の胸に飛び込んだ。これまで人に怒鳴られたことがなかった彼女にとっては、相手の気に触るような発言をしてしまったとはいえ、突然相手に怒鳴られてやり込められて相当ショックだった。

 

「よしよし。落ち着いてー。もう大丈夫だからね~。何もあんなに怒鳴ることないのにねー。」

 那珂は五月雨の頭を撫でて慰める。その心中では、天龍がちらりと言った「提督もたかが知れてる」の発言に怒りを覚えていたが、表面には出さなかった。

 

 

 

--

 

 作戦室だった部屋を出て鎮守府Aの他のメンバーが待機している部屋に戻ってきた二人は、作戦の全体と自分らのすべき行動を残りの4人に伝えて確認し合った。

 特に問題ないので全員賛成で内部の打ち合わせは終わった。なお、実行時の分隊のメンバーは次のようになった。

 

・左:五十鈴、五月雨、村雨

・右:那珂、時雨、夕立

 分離するタイミングは隣艦隊の6人が進んだ後、旗艦五月雨の判断に一任された。

 

 時雨はふと、五月雨の目尻が赤くなっていることに気づいた。

「ねぇさみ。目がちょっと赤いけど何かあったの?」

「え?うー、えーっとね。」

 

 五月雨が言おうかどうか迷っていると、那珂がフォローに入って代わりに説明した。

「ちょっとね。あたしのサポートが足りなくて、相手の天龍さんに怒鳴られちゃったんだ。五月雨ちゃん、びっくりしちゃったよね。ゴメンね~」

「そうなんだ。あの天龍さん見るからに怖そうだったもんね。さみ大丈夫?」

「……うん。もともと私の不注意だったんだし、でも那珂さんがいたからもう大丈夫!これもお仕事だもんね。」

 明らかに空元気のガッツポーズをする友人を見て時雨は思うところはあるが見守ることにした。

 

 あとで一部始終を那珂から聞いた五十鈴は、やはり仲間思いの部分があるのか、ひっそりと提督の悪口を言われたからなのか。だったらガンガン撃破しそこねてもらって、ぐうの音も出ないほど自分らがきっちり後始末してあとで嫌味を言ってやろうじゃないの、と言った。同じ気持だったのか、那珂もそれに賛成して首を縦に振った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

作戦開始

 偵察機を飛ばして周辺の様子を確認しようと、那珂は開始直前の最終打ち合わせで提案した。しかし隣艦隊の天龍と龍田は持ってきていないし、そんなもの必要ないという。万が一の備蓄として東京都職員が持ってきていたので、那珂はそれを使わせてもらうことにした。

 

 

 艦娘が使用する艦載機の元になったドローンは、出始めた50~60年前には巨大なものであり、玩具だった。世界中の企業により改良が進み、軍事、政治運用が世界中で定着していった。そして20xx年では超小型の装置になっており、何か別のものに取り付けることでそれを即時にドローン化できるものが主流になっている。それをドローンナイズチップと呼ぶ。

 艦娘の使う艦載機、偵察機もそのドローン化装置、ドローンナイズチップにより、様々なものに取り付けてある程度自由に運用することができる。

 また、空母艦娘たちが使う艦載機と、それ以外の艦娘が使う艦載機は構成が異なっている。後者のほうが簡素な作りなのだ。

 

 

 今回那珂が東京都職員から借りた偵察機は、その装置を取り付けた、はたから見れば玩具同然の飛行機だ。調査用のためドローン化装置とカメラユニットがついているのが特徴だ。都の調査用のもののため、有効範囲は10kmほどしかない。高機能な物の場合は現代の無線通信規格が指し示す限界値の25kmという離れた場所にも飛ばせるようになっている。

 また、ドローン化装置は有効範囲の限界の4~5mにまで達したら、強制的に帰還するようになっている。それを超えると操作が効かなくなるための保護機能だ。

 

【挿絵表示】

 

 那珂は艦娘の艦載機、偵察機の運用方法を教科書と提督から借りた本数冊を読んだだけでまだ使ったことはなかったが、だいたい理解していた。それを艦娘用のスマートウォッチで認証し、情報を同期したあとその偵察機を飛ばした。

 

 偵察機から届く映像を那珂のスマートウォッチにつないだ透過モニターごしに見る那珂自身と五月雨、そして天龍・龍田。10kmより4~5m手前までの範囲では深海凄艦の影は見当たらない。

 方向を変えて10kmギリギリまで再び飛ばす。それでも見えない。

 

 三度飛ばす。三度目の正直という言葉通り、那珂は違和感のある影を見つけた。護衛艦のある位置から3~4km行ったあたりだ。日中なのと接続している外部モニタは小型かつ透過しているので見づらいが、深海凄艦特有の光る目をどうにか確認できた。それも複数ある。

 

「ここから南南東の方角かなぁ。かなりの浅いところにいるのかな?浅瀬になっているのかも。」

 那珂が確認した状況に予想を交えて言うと、天龍が反応した。

「よっしゃ!ここまではっきり場所がわかったんならあたしたちが確実に仕留められるな。よし龍田。うちのやつらに出撃準備させようぜ。」

 確かに出撃の頃合いである。那珂もそれに賛成した。隣艦隊の天龍と龍田はメンバーのところに戻っていった。

 

「那珂さん。私達も準備したほうがいいですよね。」と五月雨は那珂に同意を求める。

 それに対して那珂はコクンと頷き、那珂たちも仲間のところへ戻ることにした。

 

 

--

 

 隣艦隊の6人が護衛艦から身を乗り出して、海面へと降りていく様子を甲板で見届ける6人。艤装と同調を始めて海上に出た隣艦隊の6人はほどなくしてスピードに乗りあっというまに護衛艦から離れていく。大体100~110mくらい離れたタイミングで、那珂たちも艤装の同調を開始し護衛艦から降りて海上へと出て行った。

 

 何もない海上で那珂たちからは隣艦隊の6人はかろうじて黒い点で目視出来る程度。やや曇ってきている。

「なんだか雨降りそうですね。天気の悪い日の戦いって初めて……」

 と五月雨が心配を口にする。那珂や五十鈴たちもそれに頷いた。

 

 

 目的のポイントに隣艦隊の6人が到着した模様。深海凄艦が出てきたのか、戦闘が始まった様子が伺えた。敵の集団は駆逐艦級x3、軽巡級x2、重巡級x1と、隣艦隊の戦力と同種類(実際には様々な生物の寄せ集めなのであくまで想定される戦闘能力の種類による分類)だ。

 

 五月雨は全員に合図し、予定通り3人ずつの分隊に分かれることにした。

 自信家でプライドの高そうな隣艦隊の天龍のことである。もし支援と称して目的のポイントでの戦闘に加わりに行ったら怒る可能性がある。そうすることで隣艦隊の和を乱す可能性があるので、那珂は五月雨に気になったとしても絶対に前に出るなと忠告して分かれた。

 

 隣艦隊の戦闘開始から十数分経った。まだ終わっていない。そこで隣艦隊の天龍から通信が入った。自分たちの艦隊の羽黒が攻撃を受け、艤装が大破したという。戦線離脱させるために護衛として迎えに来て欲しいとのこと。

 通信を受けた旗艦である五月雨は那珂にもその通信を転送し、どちらの分隊が行くかを相談した。那珂は五月雨らに行ってくれとお願いとも取れる、実質的には指示を出して五月雨たちの方の分隊を隣艦隊の側に行かせた。

 

 五十鈴、五月雨、村雨は距離を詰めて隣艦隊の戦闘海域まで近づく。向こうからは吹雪に連れられて羽黒が近寄ってきた。隣艦隊の羽黒は聞くところによると、今回が初出撃で練度が一番低い艦娘とのこと。

 

「すみません鎮守府Aの五月雨さん、うちの羽黒の護衛よろしくお願いします。」

 そう一言お願いして、隣艦隊の吹雪は戦線に戻っていった。

 

 羽黒は艤装が大破し、同調率が著しく下がっていて海上で浮かぶのがやっとの状態だった。そのため五月雨と村雨は彼女を両脇から支えて浮かぶのを手伝う。

 艤装の同調が安定していれば装着者の腕力や耐久力が向上するので、100kg程度の重さの物であれば、二人がかりでなら問題なく支え持って海上を移動することができる。

 

 一人欠けた状態で隣艦隊がやりきれるかどうか、五月雨は五十鈴に不安をもらす。彼女らが吹雪から聞いた戦況だと、出撃前の嫌味ではないが後方支援でもっと近づいて援護しなければ多分厳しいだろうと五十鈴は想像した内容を語った。

 

 

 羽黒の護衛と護衛艦への連れ戻しは村雨一人が引き受けることになり、五十鈴と五月雨は那珂たちと分かれたポイントまで戻ってきた。那珂たちはあれから隣艦隊のとの距離をやや詰めている。

 五月雨は那珂たちに通信し羽黒を護衛艦まで連れ戻したことと戦況を伝えると、那珂は後方支援のためもう少しだけ距離を詰めようと持ちかけてきた。五十鈴と五月雨もそれに賛成して左右横幅を保ったまま隣艦隊に近づく5人。

 

 

--

 

 近づいていったその時、隣艦隊の5人の後方、鎮守府Aの5人の前方から新たに4体の深海凄艦が海中から浮上してきた。それをまっさきに確認した五十鈴と五月雨。

 

「背後から深海凄艦!?隣の鎮守府の人たち気づいてないわ!行くわよ、五月雨!」

「はい!頑張ります!」

 五十鈴が五月雨に合図する。一方離れた位置にいる那珂たちも深海凄艦に気づき、時雨と夕立に合図をした。

「あいつらをやっつけるよ。二人とも、準備はいいかな?」

「はい!やれるだけやります!」

「はーい!ワクワクするね!」

 時雨と夕立は違う反応を見せるが、戦いに対する意欲は同じだ。

 

 まだ村雨が戻ってきてない五十鈴では戦力的に不利と判断し、那珂は自分らが隣艦隊と距離を詰めて新手の深海凄艦と隣艦隊の間に入るようにすると指示を出す。時雨と夕立はそれに頷き、3人は速度を上げて進む。

 那珂からその旨通信を受けた五月雨は了解し、五十鈴に話して深海凄艦の集団の真後ろに来るように針路を横に向けつつ移動することにした。そのうち後方から村雨が戻ってきたのを確認した五月雨と五十鈴は3人に戻ったところで、改めて速度を上げて深海凄艦、そして那珂たちとの距離を詰めていく。

 

 五月雨から通信を受けていた隣艦隊の天龍は、自分らの戦況が好転していないからそちらは任せるとし、新手の深海凄艦の撃破は鎮守府Aの6人の任務とするように指示を出していた。

 

 

 

--

 

 新手の深海凄艦は重巡級x1, 軽巡級x3と、数は少ないが那珂たちにとってはやや重量的に上の相手である。いずれも各部位が巨大化しており魚やカニの奇形、砲の発射管のようなものが融合されている個体もいる。

 

 

 深海凄艦はちょっとやそっとの銃撃や爆発を怖がらないタイプが多い。そして巨体に似合わず異常に小回りが効く動きをするため、普通の護衛艦の射撃や軍艦からの砲雷撃では当たらない。そして同調をした上での砲雷撃しか効果は望めない。同じように小回りが効く艦娘の武装でやっと対応ができる。しかし護衛艦などの普通の砲撃よりも艦娘の扱う砲弾や魚雷は小さく(圧縮技術により同程度の威力になるとはいえ)威力は低いため、数人の艦娘でそれ以下の数の深海凄艦を撃破するのが常となっている。

 

 深海凄艦の行動パターンは大体が体当たりや体液を放出して艦娘の服や艤装を溶かしたり破壊してくる。鎮守府Aのメンツも隣艦隊の者たちもまだ遭遇したことはないが、激戦の海域では人型の個体もかなり前から確認されてきている。人型は、どこかから奪ってきたとされる銃や砲筒を持っている。見た目がただ人に近いというだけで、明確な理性はなく人語をしゃべらないので紛らわしい。見た目を気にして人型の個体への攻撃をためらう艦娘も多い。

 

 

--

 

 新手の4体を挟み撃ちの形で囲んで距離を詰めていく6人。横から大きく回りこんでいたので那珂たちはすでに深海凄艦に気づかれていた。那珂たちめがけて4体の深海凄艦が泳いで突撃していく。それをまずは単装砲、連装砲で威嚇射撃するように打ち込む那珂、時雨、夕立。

 向かいから進んできた五月雨たちは威嚇射撃の邪魔にならないよう、スピードを落として一定の距離を保つ。

 

「個体の戦力的にあたしたちのほうが不利だから集中して各個撃破狙うよ、いい?」と那珂は時雨たちに指示を出した。

 五月雨たちに対しては通信で自分らの行動方針を伝えるのみ。

「……ということだから、そっちも無理しないで確実な撃破を狙ってね。五月雨ちゃんの判断に任せるよ?五十鈴ちゃんは彼女の判断を助けてあげてね。」

「わかったわ。任せて。」と五十鈴。

 

 4体の深海凄艦は那珂たちのほうに向いていて五月雨たちのほうにはまだ気づいてない。五月雨は自分たちはどう行動するか悩んだ。未だ少ないが重要な経験を思い出し落ち着いて考えた結果、五十鈴のアドバイスもあり、那珂たちと同様に各個撃破を狙うことにした。まずは軽巡級。五月雨たちも1体の軽巡級めがけて威嚇射撃を行ない注意を引きつけた。

 その間、那珂たちはすでに軽巡級と戦っていた。

 

 

--

 

 軽巡級の1匹が夕立めがけて突進してくる。

 今まで戦った駆逐艦級とは体の大きさが異なっていたため夕立は一瞬腰が引きかけたが、相手をよく見てかわした。突進してきた軽巡級が通り過ぎたのを時雨と那珂は確認してその個体に少し近寄って互いの単装砲と連装砲で狙う。鋼鉄のように硬い鱗がカツンカツンと砲弾を弾く音を響かせる。普通に砲撃したのではほとんどダメージを与えられそうにない個体だ。

 

「夕立ちゃん、雷撃を低めにお願い!」

 那珂が指示を与える。

「低めってどういうことぉ?あたしよくわかってないっぽい~!」

「夕立ちゃんの装備してる魚雷発射管なら、足はちょっと濡れるかもだけど、しゃがんで発射管を海面ギリギリにして撃つの。こうすることでエネルギー弾の魚雷はほとんど海中に潜らずに進むから相手を狙いやすくなるはず。

 こういう撃ち方は夕立ちゃんや時雨ちゃん、村雨ちゃんしかできないからお願い!」

「わかった。やってみるー!」

 

【挿絵表示】

 

 那珂の指示通り、夕立はふとももに装着している魚雷発射管を前方に向けつつしゃがむ。しゃがみすぎると艤装の浮力が効かない体勢になってしまうため片膝立ちが限界だ。立たせてるほうの足を伸ばして斜めになるようにし( /z のような体勢)、伸ばした方の足の魚雷発射管から魚雷を発射した。

 

 夕立が発射した魚雷は那珂のもくろみどおり、海面に非常に近い浅さの海中をさきほどの軽巡級めがけて進んだ。海中に深く沈むタイムラグがない分、スピードを出して軽巡級がそれに気づいてかわすよりも早く命中し大爆発を起こした。なお浅めで撃っていたため、爆発時におこる水しぶきは軽くて大量のしぶきが深海凄艦の方向に巻き起こっていた。

 その軽巡級のバラバラになった破片を確認すると、3人は那珂の周辺をうろうろしていた軽巡級にターゲットを切り替えた。

 

 五月雨たちも軽巡級の装甲に苦戦していた。しかし硬いところばかり思われた皮膚の隙間に柔らかい部分があるのを発見したのでそこを集中的に狙ってもだえ苦しませて弱らせたあと、五十鈴と村雨のW雷撃で無事に仕留めていた。

 

 一方で隣艦隊のほうの戦況は駆逐艦級は倒していたが、やはり相当硬い重巡級と軽巡級に苦戦していた。新手と彼女らが戦っている数合わせて、残り5体。重巡級x2, 軽巡級x3。

 

 

 そのとき、戦闘海域に雨が降り始めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

弱まる艦娘たち

 戦場の並びとしてはこうなっていた。(深海凄艦=敵)

 

前方:

 敵重巡級x1

 天龍(小破)、吹雪、深雪(小破)、

 白雪(中破)、龍田

 敵軽巡級x2

後方:

 那珂、時雨、夕立

 敵重巡級x1、敵軽巡級x1

 五十鈴、五月雨、村雨

 

 

「あ、雨だ……」と五月雨。

「ちょっとまずいわね。」と五十鈴も何かが気になった様子。

 

 一方の那珂たちも。

「雨かぁ。このまま長引くとまずいかもね。」と那珂。

「なんで?」

 とよくわかってない様子の夕立。それに対して那珂が説明をした。

 

「艦娘の艤装からは電磁バリアが出てるでしょ。それは雨みたいな継続して水がかかる状況だと効きが弱くなるってさ、提督から借りた本にあったから。」と那珂。

「そーだっけ?あたしよく覚えてないっぽい。」

「僕ら艦娘にとっては大事なんだからさ……ちゃんと覚えておこうよ。」

 曖昧な発言をする夕立に時雨が突っ込んだ。

 

 

 艦娘の艤装は、様々な攻撃をしかけてくる深海凄艦に対抗するために専用の最新型の電磁バリアが組み込まれている。2000年代も50~60年経つ頃には、かつて映画やアニメなどで登場したような完全な電磁バリアとはいかないものの、かなり近い形で現実のものとなっている。

 深海凄艦が放つ特殊な体液や砲弾のようなものは装着者の100cm~50cm以内に近づいた時点で高確率で破壊・消滅させて直接被弾する危険性をかなり減らせるようになっている(すべてではない)。深海凄艦の体当たりなど物理的な攻撃に対しては直接的な効果はなく防ぎきれないが、触れれば多少は弾いたり、電流でビリっとしびれさせてひるませる程度には有効である。

 

 艤装の電磁バリアの装置から放出される電流を安全に受信するチップを衣類に仕込み、その箇所を部分的な電磁バリアにさせられる仕組みも採用されている。

 そのため(一部の艦娘では制服が支給されているが)艦娘の着用する服は基本的には動きやすいもの、チップを取り付けられるだけの布地があるなら自由とされている。(戦闘中の衣類の破損を補償するため(特に学生艦娘)どういう服を着て出撃するかを事前に申請する必要がある)

 

 ただし艦娘の艤装の電磁バリアには弱点もある。水しぶきなど瞬間的に濡れる程度であればすぐに電磁バリアの機能は復活するが、雨天などの継続して濡れるシーンでは電磁バリアは受信するチップ等含めてショートするおそれがあるため自動的に無効化されるか、最小限の出力にまで落ちるようになっている。

 大体の艦娘は雨天時の防御能力の減退までは知らないという人がほとんどだが、勤勉な人物であればそこまで調べて艦娘をするので一部の艦娘たちはそれを踏まえて出撃任務等に挑んでいる。

 

 

 

 鎮守府Aの場合だと、那珂、五十鈴、五月雨、時雨の4人がそれに気づいていた。

 

 

「隣の鎮守府の人たち、もちろん知ってますよね……?」

 不安げに五月雨が言う。

「さあね。自信家の人があちらさんにはいるようだから私達が余計な口出ししなくていいんじゃないの。」

 五十鈴は冷たく言い放つ。

 

「隣の天龍さんたち、大丈夫かなぁ?」

 五十鈴とは違い、隣艦隊の心配をする那珂。

「一応通信して確認しておいたほうがいいのでは……?」

 時雨も心配になったので提案した。

 

 

 気になって那珂が天龍と龍田に通信してみると、天龍は息を飲むような様子をしたのが呼吸で読み取れたので、おそらく知らなかったか忘れていたことが伺えた。一方で龍田は知っているようだった。それから隣艦隊の状況を聞くと、小破2人、中破1人とのことだった。防御能力が弱まってしまっているこの状況は、隣艦隊にとってはかなりまずい状況なのは瞬時に理解できた。

 

 早く隣艦隊の支援に行ったほうがよいのはわかっていたが、那珂はひとまず自分たちに任された敵を倒すのが先だと判断し、五月雨にそう伝えた。

 

 

 五月雨から通信があり、どちらを撃破すべきかと那珂は聞かれたので那珂は五月雨を学ばせるためにあえて突き放すようなアドバイスをした。

「うーんとね。五月雨ちゃんたちとあたしたちと、深海凄艦の距離あるでしょ?目視でいいからさ、どっちがどういう位置関係か判断してターゲットにしてみよっか。」

 そういうと五月雨は少し考えたのち、軽巡級を狙うと言ってきた。

「わかった。じゃああたしたちは大きい方を引きつけて2匹の距離を離すようにするから、その間に速攻で撃破できるようにしてみてね~」

 

 五月雨たちが軽巡級を狙うというので、那珂たちは重巡級に射撃をして引きつけることにした。時雨、夕立とともに五月雨たちとは逆方向に行くようにポイントを慎重に絞って射撃する。弾薬の残量も気にしなければならないのであまり多く撃つことはできない。

 那珂たちは数発だけ重巡級の本体を狙ってみたが、やはりカツンカツン!と弾く音しか聞こえない。装甲である鱗だが甲羅だかソレが軽巡級以上に硬いのが見受けられた。

 

 

 射撃を行なっていると、突然重巡級が口を大きく開け、舌を筒のように丸めて何かを吐き出してきた。それは吐き出すというよりも、発射や砲撃したという表現がふさわしい行動であった。

 

 

ボフン!!!

 

「!!」「!!」「!!」

 

 

 重巡級の突然の行動に回避行動を忘れる那珂たち3人。狙われたのは……時雨だった。自分に向かって何かが飛来してくるのがわかった時雨。そのままでは真正面からその何かが当たる。その何かはよくわからないが艤装のバリアが弱まった今、素肌と距離が近くて薄い学校の制服にあたるとまずいと直感で時雨は感じ、とっさに背をむける。その何かに対して、背中の艤装を向ける形になった。

 

 時雨を助けようと移動しかけた那珂と夕立だったが距離的に二人とも間に合わない。夕立のほうが近いとはいえ、彼女も時雨に対して何かをしてあげられるほどの近さではなかった。が、夕立は時雨を突き飛ばすか最悪かばうために距離を詰めようと試みる。

 

 時雨が背を向けるのと、夕立が近づいたのはほぼ同時に行われた。

 そして当たる直前時雨がふと横に視線を送ると、かなり近くに夕立が近寄ってきていることに気づいた。

 

 

ズガアァァーーン!!!

 

【挿絵表示】

 

 

 重巡級の筒上の舌から発射された何かは時雨の艤装に当たった瞬間爆発を起こした。その場には爆風が吹き荒れた。爆風で吹き飛ばされたのは直接当たった時雨だけでなく側まで接近していた夕立もで、二人とも海面に横たわるように着水する。

 

 直接被弾した時雨の艤装は表面の装甲が砕け散り、めくれ上がって内部構造もところどころ破壊されていた。艤装のコアと魚雷発射管の連動ができなくなっており全基使用不能、艤装の浮力を発生させる装置の一部も故障し、移動に支障はないが時雨は海面に浮かびにくくなってしまった。中破と判定されうる状態である。時雨本人は肉体に当たらないようにしたのが幸いしたのか、目立った外傷はなかった。背中から吹き飛ばされたときに衝撃で首を強めに曲げてしまったことによる軽いむち打ちと、強く海面に倒れた衝撃で軽い打ち身をした程度だった。

 

 一方夕立は爆風で吹き飛ばされ、なおかつはじけ飛んできた時雨の艤装の破片がスカート付近と片足の魚雷発射管にあたった。かろうじて残っていた電磁バリアで当たる速度は少しだけ落ちたがその衝撃で魚雷発射管は足から外れて無くなっていた。そしてスカートは破けてふとももがあらわになり、かすめた部分からは血がにじみ出ている。こちらは小破と判定されうる状態となった。

 

 夕立はすぐに起き上がって移動できたが、時雨は艤装の浮力が効くぎりぎりの体勢でしゃがんだまま立とうとしない。

「時雨!時雨ってば!大丈夫?ねぇ!」

 

 夕立が必死に呼びかけると反応はするが意識が朦朧としている様子。急いで那珂に大声で知らせる。通信するのを忘れるくらい夕立は慌てていた。

「那珂さん!どぉーしよぉ!!時雨が死んじゃうよぉー!!」

 

 爆風の影響を多少受けていた那珂だったが時雨が吹き飛ばされた位置まですぐに辿り着いた。

「時雨ちゃん、大丈夫?死んでない?」

「だいじょう……ぶです。ふたりとも、僕を勝手に殺さないで……ちょっと頭がふらふらするだけだから。」

 

 二人の状態を把握する那珂。夕立は1基の魚雷発射管が吹っ飛んでなくなっただけで健康状態も良さそう、まだ戦えそうだと把握したが、時雨は艤装は実質的には大破同様、本人の健康状態も思わしくなさそうで、戦闘続行は不可能と判断した。

 

「うーん……夕立ちゃん。時雨ちゃんを連れて護衛艦に戻ってくれるかな?」

「え、はい。それはいいけど、それじゃあ那珂さんは?」

「あたしは一人でも大丈夫。適当にあしらって五月雨ちゃんたちと一緒に残りを倒しておくよ~」

 さっさと行けといわんばかりに、手をひらひらさせて時雨を早く連れ帰るように夕立を促す。

 

 爆発音を向かい側で見聞きした五月雨から通信が入る。爆発から少し経ってから通信を入れたということは、その最中までは五月雨たちは軽巡級とのまさに戦闘まっただ中ということが伺えた。今は落ち着いたのだろうと那珂は推測した。

「ついさっきものすごい爆発音しましたけど、大丈夫ですか?」と五月雨。

 

「うん。時雨ちゃんが中破したの。敵の砲撃食らっちゃって。」

「え!?中破ですか!?だ、大丈夫なんですか……!?」

 一気に取り乱して五月雨が聞き返す。

「落ち着いて五月雨ちゃん。本人に外傷はないから。だけど意識がちょっとふらふらして危なそうだから護衛艦に引き返すように指示したよ。夕立ちゃんも小破してるから彼女に護衛してもらって一旦二人とも下がらせるから。ところでそっちの小型のやつはどーお?」

「問題ないわ。倒したから安心して二人を戻らせて頂戴。」

 返事をしたのは五十鈴だ。

 

 残った重巡級は那珂や五月雨たちの周りをぐるりと大きく回ろうとしている。そのため逆の方向から時雨と夕立を逃がすことにした。念のため隣艦隊の天龍にも通信する。自分らにも中破のやつがいるから下がらせたいが、素早い軽巡級に回りこまれてて逃がせそうにないとのこと。手が空く艦娘がいるなら自分らのほうの撃破を手伝って欲しいとお願いしてきた。

 彼女らはまだ、重巡級と軽巡級に苦戦しているのだ。軽巡級のほうは1匹倒していた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

撤退戦

 那珂は五十鈴、五月雨、村雨とともに重巡級の注意をひきつけ、夕立と時雨を逃がすことに成功した。というよりも、重巡級の深海凄艦は時雨たちに興味を示さず、悠然と那珂たちの周囲を回るだけ。あれ以来攻撃を仕掛けてこない。これを好機に那珂たちは攻撃を仕掛けたかったが、装甲と思われる鱗や甲羅のようなものが硬すぎて単装砲・連装砲では歯が立たないのだ。無駄弾を撃つのはやめている。

 

「あんなアホみたいにでかい生き物がこっちに何も仕掛けてこずに周りをうろちょろするだけなんて、ほんっと気味悪いわね……」

 心底嫌そうに五十鈴が言う。

「あいつらが”今から攻撃するぞー”とか言ってくれればありがたいんだけどね~」

「那珂さん、あいつらがしゃべれるわけないじゃないですか~」

 ありえない冗談を言う那珂に村雨が突っ込んだ。

 

「あはは……」

その光景を見て乾いた笑いをする五月雨。

 

 

「ねぇ那珂。どうするのよあいつ。普通の砲撃じゃ全然傷つきやしないんだから、魚雷でやる?」と五十鈴。

「うーん、そうだねぇ~……」

 考えこむ那珂。

 

「……でも魚雷だと相当うまく狙わないと当たらないんじゃ……」

 不安を口にする五月雨。それに頷く村雨。

 

 4人にあまり悠長に考えていられる時間はない。雨が降りだして以降隣艦隊の5人もさらに戦況が思うように進んでいない。向こうの駆逐艦3人は龍田から防御能力の低下を聞いたのか、怖がって腰が引けてしまっている。3人をかばうように天龍と龍田が前に出て重巡級と軽巡級を射撃している。

 那珂たちを囲うように泳いでいる重巡級が隣艦隊と戦っている2匹に合流してしまうと彼女らがさらにピンチになってしまう。

 

 ふと、那珂は思った。バラバラに戦うくらいなら、いっそのこと深海凄艦3匹をまとめてしまえばどうかと。数が多ければ勝てるというわけでもないが、9対3なら攻撃の作戦を立てようがある。もちろん敵がまとまることで自分たちの一角となる誰かを集中攻撃されるおそれもある。雨が降っている今、自分たちはただ海上を進むだけの普通の女の子同然の防御能力しかないのだ。軽い体当たりを食らっただけでも致命傷になりかねない。

 

 こうも思った。自分らの使う艤装、鎮守府Aの艦娘たちに配備される艤装は特殊なものであると提督から聞いていた。事実、最初に五十鈴との演習時に感じた艤装との妙な一体感、そして(あとから提督から聞いてわかったが)艤装の本当の力の発揮。

 艤装の本当の力を発揮できれば、自分、いや鎮守府Aの4人なら一気に戦況をひっくり返せるのでは?と。

 

 しかしその本当の力とやらの出し方がわからない。どうやればできるかはっきり覚えてないし、提督からそのあたりのことをきちんと聞いていない。思いを巡らせていくうちに、最初に艤装の本当の力を発揮できたのは五月雨だと提督が言っていたことを那珂は思い出した。

 

「ねぇ五月雨ちゃん。あなたが最初に艤装の本当の力を発揮できたときはどういう気持ちだったか覚えてる?」

 那珂は五月雨に尋ねた。

「え?なんですか、突然?」

 いきなり尋ねられて目をパチクリさせて?な顔をする五月雨。そんな彼女に那珂は説明をしてさらに尋ねる。

 

「提督から聞いたんだけどあなたが最初だったんだよね?うちの鎮守府の艤装のあの力を発揮できたのって。その時どういうことを思ったのか、覚えてる範囲でいいの。思い出してみて。」

 そこまで説明込みで尋ねられてやっと五月雨は理解した。

「ええと……あのときはー……時雨ちゃんたちが危ない目にあいそうになったから、無我夢中で魚雷撃ったことだけしか覚えてないです。ごめんなさい。」

 

 

 それだけでは不確かだ。そう那珂は思った。が、ポイントがなんとなくつかめた。仲間を大切に思うことか。

 さっきの夕立ならば時雨をやられた悔しさで、雷撃させればもしかしたら重巡級を簡単に撃破できる状態だったのかもしれないと那珂は少し後悔した。今そんな強い思いを抱くには色んなものが足りない。

 状況が膠着する中、那珂は思いを巡らせる。艤装の本当の力を発揮させられるだけの強い思い。最初の自分の演習を思い出す。ワクワクドキドキして挑んだ五十鈴との演習。それと、五月雨が時雨たちを大切に思ってのとっさの行為。共通点はなさそうで、さらにあれこれ考えている時間が今はもったいないと判断し、一旦考えるのをやめた。

 

 那珂がそう考えている最中、五十鈴が那珂にどうするか催促してきた。

「ねぇ那珂ってば!ホントにどうするのよ!雨もそうだけど、私達の艤装の燃料もそろそろヤバイのよ。一旦引き返して体勢を整えたほうがいいと思うわ。」

 

 そう言われて那珂は自分のスマートウォッチで艤装の状態を確認する。弾薬=少、燃料=少、魚雷のエネルギー=十分、艤装の健康状態=正常、同調率=96.95%、バリア=Disabledという状態だ。

 

 五月雨も五十鈴に続いた。

「私も一旦引き返したほうがいいかなと思います。隣の鎮守府の人たちにもそう言いましょう?」

「でもあの人達は戦っている深海凄艦が邪魔で思うように逃げられないんでしょ?あの人達を支援しないと……」

 村雨が現状を見据えてそう指摘する。

 

 隣艦隊の5人が2匹の深海凄艦から逃げられない理由の一つに、不幸にも2匹がさきほど時雨がやられたような、何かを放出して砲撃してくるタイプの深海凄艦なのだった。まさに艦船同士の砲撃さながらの戦闘がこれまでに繰り広げられていたのだ。

 それから那珂たちのそばには、あれ以来攻撃しようともせず那珂達の近くをうろちょろしているだけの不気味な重巡級がいる。

 

「わかった。戻ろ。旗艦の五月雨ちゃんに従うよ。ただ……せめてもう一体は倒したいかな~。考えがあるの。」

 

 

--

 

 そう言って那珂が五月雨たちに説明したことは次の内容だった。

 自分らの周囲を回っている重巡級は様子を見つつ無視する。隣艦隊が戦っている深海凄艦にターゲット変更。隣艦隊が逃げられるように援護する。隣艦隊が無事に逃げはじめたら後追いで自分たちも帰る。帰還中、敵が追いかけてきたり距離を見計らって一斉に雷撃する。

 

 五月雨は旗艦として那珂の考えを受け入れ、その旨隣艦隊の天龍らに連絡する。天龍もそれに了解し、撤退の意をメンバーに伝えた。

 

 うろちょろしている重巡級は無視し、前方の戦闘海域に進むことにした那珂たち。ひとまずそれは成功した。重巡級は那珂たちが離れてもその場をウロウロしている。そして隣艦隊と彼女らが戦っている深海凄艦をはっきり目視できる距離まで近づいてきた。

 五月雨は天龍らに自分たちの威嚇射撃の方法を伝え、1匹でも引きつけられたらその隙に逆方向から逃げるよう提案した。それを聞き天龍たちは撤退の準備をし始める。

 

 

「狙うならあのちっこい方にしよう。弾薬多い娘誰?」那珂が尋ねた。

「私です。」

 皆各自のスマートウェアで確認して見せ合い、村雨が答えた。

「じゃあ村雨ちゃん、あたしが狙いつけて教えるから、そこめがけて単装砲何回か撃ちこんでね。あと念のために雷撃もしてもらうかもしれないから、心の準備だけしておいて。」

 那珂がそう伝えると村雨は頷き、二人は隣り合って横に並び、軽巡級に狙いを定めた。五十鈴と五月雨は両人の脇にいる。そうしてる間にも、軽巡級は天龍たちに付かず離れずで何かを発射して天龍を攻撃している。彼女らと軽巡級がはっきりと離れるのを待つ。

 

 

 軽巡級が方向転換して天龍らから離れたのを那珂は確認した。

 

「今だよ!村雨ちゃん!あいつの頭の左っかわ狙って!間違って当たっちゃってもいいから!」

 合図とともに村雨が軽巡級めがけて砲撃した。

 

 

ドン!ドン!

 

 

 当たっちゃってもいいからの言どおり、軽巡級の左側頭部と思われる部分に当たったがやはりカツン!と弾かれた。それに気を引かれた軽巡級は那珂たちのほうに向かって進みつつ、何かを発射してきた。引きつけるのには成功したのだ。

 その隙に五月雨は天龍たちに向けて手で合図をして逃げるよう促した。

 

 今回は事前の情報もあったため、発射された何かを4人は回避した。軽巡級はその後も連続で発射してきたが那珂たちはいずれもなんとかかわす。

 

 発射された何かをかわしつつ那珂は村雨に近寄り、村雨に次の攻撃を指示する。

「待って待って村雨ちゃん。あなたの雷撃であの軽巡級を倒すよ、いい?」

「えー!?また私ですか~?」

 少し怖がっていた村雨は不満を言うが、那珂はそれを聞かない。

「これから教えることはね。時雨ちゃん、夕立ちゃん、村雨ちゃんの艤装でしかできないの!私や五十鈴ちゃん、五月雨ちゃんの艤装では体勢や狙い的に厳しいのよ~だからもう少しだけ頑張って!」

 

 那珂は五十鈴と五月雨に通信し、少しの間射撃等しないよう伝える。そしてすかさず村雨に、さきほど夕立にさせたような体勢をするよう指示し、軽巡級を真正面に引きつけるように村雨の背後に立って自身の連装砲で注意をひきつけ始める。軽巡級がまた何かを発射してきたらすぐ避けられるようにしておき、軽巡級が近づくのを待つ。

 

 村雨が向いている方向、射程方向の直線上に軽巡級が入った。しかしすぐはずれ、蛇行しながら近づいてくるので何度も直線上に入ってくる。那珂は次に直線から外れた時が狙い目だと判断した。

 そして軽巡級が直線上からはずれ、再び村雨の真正面に入ろうとする手前で。

 

「村雨ちゃん、2本発射して!」

 那珂の合図を受けて、村雨は魚雷を2本発射した。1本は予備として撃たせた。狙い通りに魚雷は進み、村雨の直線上に入ってこようとした軽巡級に1本めが当たった。

 

 

【挿絵表示】

 

ズドドォーーーン!!

 

 

 夕立に撃たせた時と同じく、海面にかなり近い浅さで真っすぐ進んだ魚雷は狙いつけやすく、今回も命中した。しかし当たりどころが甘かったのか、魚雷の爆発で軽巡級は宙を舞うように吹っ飛び2本目は空振り。吹っ飛んだことが幸いしてしまったのか、致命傷を与えるには至らなかった。

 

 空中に投げ出された軽巡級が着水すると、致命傷ではないにしろかなり苦しいのかもがくのみ。そのとき、動けないように見えていたため、五月雨は村雨の雷撃に喜び近寄ろうとする。

「真純ちゃーんやったねー!倒したねー!」

 

 

 慌てて那珂が五月雨を制止する。

「ちょっと待って五月雨ちゃん!近寄ったらダメ!そいつまだ動けるんだよ!」

 那珂たちの位置からは軽巡級がもがくのが見えていたが、五月雨はそれが見えていなかった。那珂が懸念した通り、軽巡級は海中に逃げて体勢を取り直そうと動き始めたところだった。

 

 そのさなか、結果的には当たらなかったが軽巡級は横たわった状態でありつつも五月雨めがけて何かを発射してきた。

 

ボフン!!

 

 

「きゃっ!」

 

 

 那珂の警告を受けずに近寄っていたら、命中して大怪我をしていたかもしれない。五月雨は注意を受けてそのまま進むのをやめており、すんでのところでその何かをかわしていた。とはいえバランスを崩して横から海面に倒れる形になっていたので海水を少し飲んでしまっていた。

 ちなみにおりからの雨により、制服はもちろんのことすでに下着までびしょ濡れだったので、今更身体がさらに濡れようがもはや気にするところではなかった。

 

 

--

 

 五月雨がなんとかかわしていたその光景にほっとしつつも、危なっかしい行動した五月雨への呆れとも心配ともとれる感情と、やはりあいつは狙ってきたかという軽い怒りが混じっていくのを那珂は感じていた。その瞬間は本人は気づいていなかったが、艤装がその怒りと心配という人を思う気持ちを検知して、動的性能変化が発生していた。

 

 砲撃は効かないとわかってはいたが、軽く頭にきていたため那珂は連装砲で砲撃する以外のことを考えていなかった。

 

 

ドゴゥ!!ドン!ドン!

 

 

その軽巡級めがけて砲撃したとき、普段よりも高出力で発射されたため那珂は気づいた。艤装の本当の力を発揮できたのだと。

 

 高出力で発射された那珂の連装砲の砲弾はカツン!とは弾かれず、ドン!という鈍い音の直後に軽い爆発を起して軽巡級に命中してダメージを与えることに成功した。

 同時に撃たれた2発めも同じように命中し、軽巡級の目を潰す。

 さらに連装砲を撃ちこむ。いずれも同じように軽巡級の鱗・甲羅のような装甲を突き破って身体に突き刺さるように当たり、内部で爆発を起こす。もはや軽巡級は動けない様子だった。

 

 それを確認すると、那珂は再び村雨に魚雷を低めに撃つよう指示を出した。トドメをさすのだと村雨は理解する。

 

 

「これでトドメよ!」

 撃破予告をしつつ先ほどの撃ち方通り魚雷を発射し……

 

 

ズドドオォーーーーン!!!

 

 

 那珂の狙いと、村雨の予告どおり魚雷は横わたって動けない軽巡級の身体の大部分を吹き飛ばすように炸裂し、爆発と波しぶきを起こした。

 

 改めて確認するまでもなく即死である。

 

 

--

 

 軽巡級を倒してしまった那珂と村雨のことを天龍は逃げつつ見た。というよりも那珂を見ていた。自分たちが連装砲で何度やっても弾かれてダメージを与えられなかったのに、鎮守府Aの那珂のはなぜ弾かれずに炸裂するように当てることができたのだ?そんな疑問を感じていた。何が違うのかと。

 

 旗艦はあのぽわんとした雰囲気の五月雨という艦娘だが、実質的にはあの那珂がリーダーだろうとも推測し捉えていた。仲間への的確な指示あってこそのあの撃破なのだろうと。那珂自身は変なテンションと明るさがあるのをこれまで垣間見ていたので、そんな雰囲気とは裏腹にどうもすごそうなやつだと。

 天龍はそんな鎮守府Aの那珂が気になり始めていた。

 

--

 

 軽巡級を倒し、残すところはあと重巡級2匹となった。しかし鎮守府Aの面々は重巡級の深海凄艦と対峙したことはなく、さすがの那珂でも艤装の本当の力をもってしても倒せるか不安であった。それに今は天候も各自の状態もよろしくない。

 

 那珂たちも無理せず、素早く撤退することにした。

 

「あたしたちも撤退しよ!五月雨ちゃん、みんなをまとめて!」と那珂。

「はい。みんな!私達も撤退します!縦一列の並びでお願いします!」

 

 隣艦隊の天龍たちに続き、那珂たちも護衛艦に至る海路を全速力で戻る。

 

 帰路につくさなか、その周辺には那珂たちの周囲をうろうろしていた不気味な重巡級のキュイーという鳴き声だけが雨の中かき消されかねない小ささで寂しげに響きわたっていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仲直り

 護衛艦に戻った全員は被害状況を確認した。

 隣の鎮守府の艦隊は次の通り。

 旗艦天龍(小破)、龍田、吹雪(小破間近)、深雪(小破)、白雪(中破)、羽黒(大破)

 

 鎮守府Aの艦隊は次の通り。

 旗艦五月雨、五十鈴、時雨(中破~大破)、夕立(小破)、村雨、那珂

 

 

 護衛艦の臨時の会議室には天龍、龍田、五月雨、那珂、五十鈴が集まった。全員あらゆる艤装のパーツは帰還後のメンテのため外して身軽になっている。隣の鎮守府側としては短髪の少女がいる。角のような艤装の部位と眼帯型のスマートウェアを外しているため印象が異なるが、間違いなく最初に五月雨を恫喝したあの天龍である。

 龍田も独特な艤装、王冠型の部位を外しているため、装着者本人の印象がストレートに伝わってくる。背格好は天龍より低く、鎮守府Aの中学生のメンツで一番低身長の五月雨とほぼ同じだ。身長の低い高校生は普通にいるだろうから、自分らと同じ、天龍と近い年代の学生かもしれないと那珂と五十鈴は想像した。彼女に関してはそれくらいしか判別できない。

 

「被害状況はこの通りか。うちらで戦えるのはあたし、天龍と龍田の2人だ。他のやつらはビビっちまってダメだ。もう戦闘に参加させらんねぇ。」

「私達は、那珂、五十鈴、ます……村雨、そして私五月雨の4人です。」

 

「ちょうど6人か。」と天龍。

「大本営が取り決めた艦娘の艦隊の推奨構成人数ピッタリね。」

 教わったことを思い出すように五十鈴も言う。

 

 天龍は頭を掻きながら五月雨たちに近寄り、口を開いた。

「あのよー……なんつーか。あんたらの支援がなかったら死ぬかもしれない轟沈が待ってたわ。天候のことまで頭になかったしよ。助かったぜ。」

 五月雨たちからは怖そうに見えた彼女が、鎮守府Aの面々を見直したのか素直に謝ってきた。わずかに照れを見せるその様子を見た那珂と五十鈴は、天龍が間違いなく自分らと同じ学年だと再認識した。

 

【挿絵表示】

 

「ちょうど6人だしよ、その6人で臨時で艦隊組まねぇか?あとはデカブツの2匹だけだろ?こっちには軽巡が4人もいるんだ。ま、なんとかなるだろ?」

 となりにいる龍田も黙ってコクリと頷いた。

 

 五月雨は那珂と五十鈴に視線を送り、どうしようかと目で訴えかけた。

「わたしは賛成よ。」

「じゃあ……はい! 私も賛成です。」

 五十鈴が賛成の意を示したので五月雨も賛成する。そして那珂も笑顔で天龍と龍田に向かって意を示した。

 

「うん、賛成かな!」

 

「改めてよろしくな。あたしは○○鎮守府、軽巡洋艦艦娘の天龍だ。○○鎮守府の今回の旗艦だ。」

 天龍が丁寧に挨拶をしたのでこれまで黙っていた龍田も挨拶をする。

「……同じく。私は……軽巡洋艦艦娘の……龍田です。」

 龍田はものすごくとろっとしたしゃべり方で、ぼそぼそと自己紹介したので那珂たちはあまりよく聞き取れなかったが、とりあえずよしとしておいた。

 

「私は鎮守府Aで秘書艦やってます駆逐艦、五月雨です。今回の旗艦です。よろしくお願いします!」

「同じく、鎮守府Aの軽巡洋艦、五十鈴よ。よろしく。」

「同じくー。鎮守府Aの軽巡那珂でーす!」

 

 残りの深海凄艦撃退に向けて、臨時で2つの鎮守府の艦娘たちによる艦隊が組まれた。

 

--

 

「ところでさ、臨時で組むのはいいんだけど旗艦誰がするの?」

 気になっていたことを五十鈴は全員に尋ねた。その場にいた全員が考えこむ。

 

 ふと天龍が提案した。

「あたしはそっちの那珂ってやつがいいと思う。さっきの戦場でチラリとしかみてねーけどよ、あんた実は結構頭切れるだろ?はっきりいってそっちの五月雨よりも旗艦に向いてると思うぞ?」

 ズバリ言われて五月雨はショックを受けたが、那珂のほうがすごいのは事実だったのでうつむきつつもゴメンナサイと小さな声で謝った。

 

「いやいや。別にあんた自身を責めてねぇよ。俺は冷静に見てそう思ったから言っただけだし。なぁ龍田?」

 同意を求められて龍田は頷いた。隣艦隊の天龍は歯に衣着せぬ言い方をする人物らしいと、那珂たちは理解する。

 

「でも、私も那珂さんが旗艦がいいと思います。私、人をまとめあげるのやっぱムリです……。」

「仕方ないわよ。五月雨は優しすぎるしのんびり屋だもの。それに本格的な戦闘の経験が私達にはまだまだ足りない。」

五十鈴が慰める。

 

「あのさー、あたし五月雨ちゃんや五十鈴ちゃんよりも艦娘のキャリア短いんだけどー、そこ忘れてないよね~?」

 そういやそうだった!と五十鈴と五月雨はハッと口に手を当てて気づいた。

 

 

 結局その場にいた4人の賛同を得たので、那珂は仕方ないなーなどと口元を緩ませて言いつつも旗艦をする意思を示した。

 こうして、臨時の艦隊が編成された。

 

 

 その日は雨が上がるまで待つことになった。その間各自艤装のメンテナンスを同行している技師に頼んだり、雨で濡れた衣服を乾かすなどして身の回りを整えたり、休憩を取った。

 

 雨があがったのは夜となった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

反攻

 夕方頃、会議室には艦隊メンバーの6人が集まっていた。

「気象庁の発表によるとこのへんの雨はもうすぐ止むそうだ。雨がやんだら、即出撃するべきだとあたしは思うんだが、あんたらはどうよ?」

 天龍は那珂たちに提案した。

 

「もうすぐ夜ですよ。となると夜戦になってしまいます。」

 まだ夜間の戦闘を経験したことがない村雨が不安げに言う。同じく夜戦の経験がない五月雨も頷いた。

 

「いいじゃねーか夜戦。この中で夜戦を経験したことがあるのは?」

 そう天龍が尋ねる。自身も手をあげ、那珂たちの反応を伺う。他のメンバーでは那珂、五十鈴の二人が手を挙げた。

 

「3人か。まー、順当なところだな。でよ、旗艦さん。あんたは賛成?反対?どっちよ?」

「そうだねー。あまりこの場に長くいるのもまずいと思うからね~。この護衛艦が狙われちゃうかもしれないし。とすると……」

 那珂が言おうとしたその先の言葉は、五十鈴が補完した。

「早期決着ってことよね?上等上等!」

 五十鈴の方を見てコクコクと笑顔で頷く那珂。

 そんな五十鈴を見て天龍はどうやらフィーリングが合ったらしく、親しげに触れてきた。

 

「お、あんたも話がわかる口?いいねぇ~気に入ったぜ!」

「へ?あ、あぁ。どうも……」

 聞いていた態度からは全然違う様子だったので、五十鈴は意表を突かれた感じで気の抜けた返事しかできなかった。

 

 

--

 

 真っ暗でだだっ広い洋上での夜戦ということで、細かく作戦を立てても動けない可能性がある。洋上での夜戦となると、基本的には相手の位置が把握できていることが前提の、本物の艦同士で行うものである。それを、軍艦をもとにした艤装を装備しただけの人間と、大きさがマチマチの海の怪物が距離感もわからないのに行うのは、無謀にも等しい。

 以前那珂と五十鈴が経験した夜戦は内陸に近い海で行われたことと、深海凄艦の出てくる場所がかなり絞られていたからうまくいった。

 

 とはいえ今回那珂は日中、戦闘海域から護衛艦に戻る前にスマートウォッチでGPSの緯度経度を確認してメモしていた。そのため日中に重巡級がいたポイントをすぐに皆に知らせることができた。

 天龍からは、帰る途中なのによくそんなことに気がつくなと感心されて、エヘヘと照れ笑いを見せる那珂。

 

 位置の問題は解決可能とふんだ6人だが、本格的な夜戦となると今回は大洋のどまんなかであり、周りには明かりが一切ない環境である。外を確認する6人。ライトが必要だと判断した。

 

「く、暗いですね……ちょっと怖いなぁ……」

 五月雨は怖がる。そんな五月雨を五十鈴はフォローした。

「普通の人間は夜にこんな海のど真ん中にいたりしないからね。誰だって怖いわよ。」

 

「あたしはそうでもないよ。なんかね、ワクワクするんだぁ!」

「あたしもそうだ!なんか悪いことしに行くようで楽しみだぜ!」

 那珂に続いて天龍もノリノリでそんな発言をする。二人はアッハッハと笑い合う。

 そんな二人の様子を見て天龍の隣にいた龍田はハァ……と溜息を付くのみ。口数も表情も少なげな彼女から唯一読み取れる、呆れたという感情であった。

 

 五月雨と村雨はアハハと苦笑いをするのみ。

 五十鈴はそんな二人を見てこう思っていた。この二人、プライベートで友人同士だったら相当ウマが合ってただろうなぁと。

 

 ちょっとだらけそうになった雰囲気を那珂は作戦会議に引き戻す。

「それじゃあ、日中戦ったポイントまでの移動はこうしよ?あたしが探照灯を持って先頭を進むから、それ以外のみんなはスマートウォッチで時々バックライトを付けて確認しあうだけね。はぐれそうになったら必ず点灯させて素早く振ること。それが、誰かになにかがあったということを知らせる合図ね。」

 

 全員それに賛成した。

 

 

--

 

 夜7時過ぎ。都からの任務で特別な措置が図られていたので、学生艦娘でも7時以降も艦娘の仕事が許可された。その旨各鎮守府の提督にそれぞれの旗艦の艦娘から連絡をし、提督から各艦娘の家庭へと連絡が行った。夜の戦闘の仕事に不安になる親もいたが、東京都からの仕事ということと、海上自衛隊の護衛艦と隊員が付いているというハクがついていたのでしぶしぶながらも納得をしてもらえることとなった。

 

 

 甲板に出る6人。周囲には護衛艦の甲板照射灯の光だけが唯一確認できる人工的な光だ。それ以外は月明かりだけ。あと1時間ほどたてばさらに暗くなる。護衛艦から離れれば人の目だけではほとんど作業はできなくなる。

 

 わずかな光だけでも深海凄艦の注意を引いてしまう可能性があるため、那珂は護衛艦の艦長らに、甲板照射灯を護衛艦本来の警戒態勢に最低限必要となる一部を除いて、ほとんど全部消すようにお願いした。自分らから合図するまでは消してもらう。注意をひくのは自分たちの持つ光だけにしたいのだ。

 

 

「じゃああのポイントまで行くよ。みんな、準備はいいかな?」

「あぁ、いいぜ!」

「……(コクリ)」

「ええ、いいわ。行きましょう。」

「はい。了解ですぅ。」

「はい!頑張ります!」

 

 

 6人は艤装の同調を開始し、護衛艦から身を乗り出して海上へと降り立った。日中も静かだったが夜となるとさらに静けさが増す。約2名以外はなんとなく恐怖を抱いていた。

 

 夜の洋上では艦娘たちの海の上を波を切って進む音だけが響き渡っていた。みな無言で進む。

 

 ふと五月雨が口を開いた。

「やっぱり夜の海の真っ只中は怖いですね……」

 はぐれていないということを確認するかのように少し声を大きくして不安を語った。

「夜の外出楽しいけどなぁ~。五月雨ちゃんは学校の修学旅行とかでみんなで夜外に抜け出したことない?」

と那珂。

「ええと、まだ修学旅行に行ったことないんです。」

「けど今年行くんですよ、さみも私も時雨たちも~。」

 五月雨の代わりに村雨が答えた。

 

「そっかぁ~じゃあ楽しんできてね!夜の外出とか絶対楽しいよ~」

「といってもまだ先の話ですけどね。」

 耳にかかった髪を指でサッとかきわけながら五月雨はそう返した。

「あんた学校の生徒会長でしょ……学校違うとはいえ模範になるべき生徒がなに後輩たぶらかしてるのよ。」

 五月雨たちをサラリとそそのかそうとする那珂に五十鈴がツッコミを入れた。テヘペロの仕草をして茶化してごまかす那珂。

 

 

 夜の怖さを紛らわすために雑談をしながら目的のポイントまでの残りの海路を進む6人。

 するとある距離から、キュイーという鳴き声が聞こえてきた。それは6人全員の耳に入ってきた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

激戦

 鳴き声が聞こえた瞬間、6人は立ち止まる。

 

「これ……なに?なんの音?ていうか声?」

 五十鈴が真っ先に疑問を口にした。

 先頭に立っている那珂が探照灯を角度を広めて当たりを照らす。那珂には聞き覚えがあった。

 

「みんな、陣形展開して警戒して!」

 那珂が真面目に全員に指示を与える。

 輪形陣になって周囲に気を張りながら進む6人。那珂は進む方向に探照灯を当てている。

 

 GPSで日中に確認したポイントまで辿り着いた。キュイーという鳴き声は、存在するであろうと推測された浅瀬のある当たりから聞こえてきた。キュイーという声にまじって、ゴプ……ゴプ……という濁った音も聞こえてくる。それらはすべて海中から聞こえてくるようだった。

 

「あそこか?あのあたりから聞こえてくるぞ。なんだ……?」

「都の職員の人に海底地図見せてもらったけど、GPSのあのあたりって洋上だけど確かにかなり水深が浅くなっているのよね。間違いなくあのあたりに何かあるわね。」

 さらに警戒する天龍と、推測する五十鈴。駆逐艦2人は軽巡の3人の後ろでゴクリと唾を飲んで身構えている。

 

 

 那珂が探照灯をわずかに動かしたその時、音が聞こえてきたあたりから何かが3つ、海面を波立てて浮き上がってきた。

 

 

ザバァ!!!

 

【挿絵表示】

 

 

 それは、日中に遭遇した重巡級の2匹と、日中にはいなかった大型の深海凄艦だった。その姿は人間など一噛みで2~3人は"噛み砕け"そうな肥大化して口に収まりきらない歯と、巨大な双頭、皮膚から飛び出た管のようなものが6~7本ある奇形のサメのような存在。前者の2匹も那珂たちより大きく威圧感があったが、それらのさらに数倍は大型の深海凄艦。それでも重巡洋艦級と判定されうる個体である。

 

 

 暗いので目を凝らして見る6人だが、那珂が探照灯でひと通り照らしたので全員その姿を確認することができた。

「な、なにあれ……!?初めて見ますあんな大きな深海凄艦!」

「なんなのよあれ……」

 五月雨と村雨はあきらかに日中の重巡級より大きな姿の深海凄艦に驚いて腰が引けている。

 

 天龍はすぐに自身のスマートウェアで何かを確認し、口を開いた。

「……あれだ。あれが親玉だ。うちの提督からもらった指令データにある特徴そのまんまだ。2つ飛び出た頭。ホントに気味わりぃ姿のやつだ!」

 

 那珂は全員に素早く指示を出した。

「全員少し下がって雷撃の準備をして! 敵がどう動くかわからないから先手を打つよ!」

 

 那珂は村雨以外のメンバーを、(隣艦隊の天龍と龍田がいるため)通常の魚雷の射程距離分下がらせ、いつでも雷撃できる準備をさせた。自身は横に並ぶように村雨のそばに移動する。

 那珂の持つ探照灯にはまだ3匹がくっきりと照らされて姿を確認できている。那珂は合図を送った。

 

「村雨ちゃん以外は全員雷撃して!」

 那珂は村雨には魚雷を浅く沈ませる、相手に命中しやすい撃ち方をさせる予定だった。

 

 その合図とともに五十鈴、五月雨、天龍、龍田は自身の持つ魚雷発射管から魚雷を放った。通常の撃ち方のため、エネルギー弾形式の魚雷はある程度海中まで沈んだ後、縮みだしたのち急に速度を出してまっすぐ斜め上に浮上しながら泳いでいく。距離的に、ほぼ3匹の真下に当たるように近づいていき……

 

 

 

ズドドォーーーン!!!

 

 

 多重音になった魚雷の爆発音が響き渡った。すさまじい水柱が立ち、水しぶきが辺り一面に散っていき艦娘たちの顔や肌に当たる。

 

「やったか!?」

 天龍はそれを見て口に出した。

 しかしその場に横たわるように浮かんだのはサメの奇形型の重巡級の1匹の肉片だけで、あとの2匹の姿はなかった。

 

 

「ちっ、1匹だけかよ。あとのやつらはどこだ!?」

「潜って逃れたのかも。気をつけてみんな!」

 那珂の探照灯に照らされたその様子を見て天龍と五十鈴が警戒を強めて周囲を見渡す。

 

 慌てて那珂は探照灯を左右に動かして範囲を変えて照らすが、親玉の双頭の重巡級ともう一匹の重巡級の姿を完全に見失っていた。

 那珂の想定が正しければ、2匹の深海凄艦は那珂自身に向かってくるはずである。しかし海中を見ても深海凄艦の目は判別できずわからない。

 

 ふと那珂は探照灯を海中に向けて照らしてみた。艦娘という人が持つがゆえの行為であった。海面では反射して見えないが、少し離れている村雨の位置からだとごく浅い海中なら、その光でかろうじて確認できた。

 

「あ!1匹真下に来てま……」

 

 村雨が気づいて言葉を最後までいうがはやいか、1匹の深海凄艦が那珂と村雨の中央辺りから浮き上がって空中に身を出してきた。

 

 

ザッパァーーン!!!!

 

 

 隣り合って並んでいたとはいえ少し距離があったにもかかわらず、飛びだしてきた深海凄艦は十分に那珂と村雨に食らいつける大きさだった。双頭の重巡級だ。

 

 

 

 那珂は浮き上がった時にできた大波の流れに身を任せて後退したため、双頭の重巡級をなんなく回避できた。

 一方の村雨は一瞬回避が遅れ、片方の足の魚雷発射管をかすめるように触れてしまったためその魚雷発射管が弾き飛ばされて破壊されてしまった。村雨自身は避けたというよりもその衝撃で弾き飛ばされ、実質無事に後退できていた。

 

 突然のことにあっけにとられた他の4人。はっと気づいて五十鈴は那珂に近寄っていく。五月雨は若干混乱しているのか、とっさに双頭の重巡級に向けて単装砲で何回か砲撃する。

 

「あ……ああああぁ~~!」

 

ドゥ!ドゥ!!ドドン!!

 

 

 

 が、その直線上には五十鈴がいた。

 

バチン!バチン!

ドシュー……ボン!

 

 

 と、五十鈴のバリアが五月雨の砲弾を消し飛ばす音と火花が散った。数発のうち一発は、五十鈴を通りすぎて何かに命中して爆発していた。

 

「ちょ!?五月雨!私が前にいるのよ!撃たないでよ!!」

 バリアが砲弾を弾いたため被害はなかったが、自身の真後ろで電磁波による破裂音とバチバチと飛ぶ火花を見聞きして驚いた五十鈴が振り向いて五月雨に抗議した。

 

「あ!!すみません!ゴメンなさい!!」

 五月雨は謝って慌てて単装砲を下ろし、五十鈴に遅れて移動して那珂たちの方に向かう。

 

 

--

 

 その光景をところどころ起きた光で見ていた天龍と龍田は……。

「あーあ。何やってんだよあの五月雨ってやつは。夜なんだから気をつけろっての。」

 呆れてそう言いながら、那珂たちのほうに向かおうとする。

 

 

 その時、天龍と龍田の前にもう一匹の重巡級が突然海面に姿を表した。それは、彼女らが日中に対峙した重巡級だった。暗かったが月明かりで照らされたそのグロテスクな造形の一部を目の当たりにして、二人にははっきりわかった。

 

「あぁ、てめぇか……日中のデカブツ。」

 

【挿絵表示】

 

 天龍は重巡級を睨みつけて更に続ける。

 

「日中はなかなか近寄れなくて思うように傷めつけることができなかったけどよ。こんだけ近くなら、あたしと龍田のマイホームだっつうの。」

「……それをいうならホームグラウンド。さらにいえば"間合い"というべき。」

「う、うるせぇ!そんなことはどうでもいいんだよ!」

 

 かっこ良く決めたつもりが、言い間違いと言葉の誤用で龍田から2回ツッコミが入って照れ混じりに怒る天龍。

 

「おーーい旗艦さんたちよ!そっちの獲物はあんたらに譲るぜ!」

 そう那珂に言い放ち、天龍と龍田はその重巡級と戦い始めた。夜だったので那珂たちからはほとんど見えなかったが、その声のすぐあとにザシュ!という何かを斬る音がしたので、天龍たちの戦いも始まったと気づいた。

 

 

 

--

 

 もう一匹の重巡級のことは天龍らに任せて那珂たちは双頭の重巡級をどうにか倒そうと模索する。

 那珂たちの位置は、次のようになっていた。

 

村  双頭の重巡級  

          那

       鈴

       五

 

 村雨が他の3人とやや離れている。村雨は自身の被害状況を3人に伝える。片足の魚雷発射管が取れてなくなってしまっていること、それ以外は無事だということ。

 那珂はそれを確認し、胸をなでおろした。そして、頭の別の部分ではさきほどの五月雨の何気ない砲撃の結果を思い出していた。

 

 五十鈴を誤射してしまったが、そのうち一発は、五十鈴ではなく別の何かに当った音が聞こえたのだ。那珂はとっさに想像を張り巡らせ、確証を得るために少しだけ双頭の重巡級の正面になるように移動し、当たったであろう部位を探すために探照灯を直に当てた。

 

 

 那珂はそれを見つけた。そしてすぐさま3人に伝える。

 

「みんな、あの2つ頭のでっかいヤツには、普通の砲撃が効くよ!あたしが照らし続けるから、みんなで撃ちまくって!」

「わかったわ!」

「はい!」

「わかりましたぁ!」

 

 那珂に近づこうとしていた五十鈴と五月雨は那珂から距離を置き、双頭の重巡級を半周取り囲むような位置取りをした。

 

村  双頭の重巡級  那

 

   鈴    五

 

 村雨は移動しなかったため、探照灯が当たった双頭の重巡級めがけていち早く単装砲で砲撃し始めた。続いて那珂、五十鈴、そして五月雨も砲撃を始めた。

 

ドンッ!!ドン!ドドン!!

ゴッ!!

ドカン!!

バーン!

 

 単純な爆発音に混じって、装甲らしき皮膚や鱗を弾き飛ばす音が聞こえる。4人の耳には確実にダメージを与えている音が聞こえてきた。

 

 何発か当たると双頭の重巡級は苦しみもがいている様子を見せ、そして砲撃から逃れるように移動を始める。図体がでかいので移動しても那珂の探照灯にすぐに当てられる。那珂たちの陣形を崩そうとするかのように一角である五月雨の方に向かってきた。

 

「わ!わ!どうしよ!?」

五月雨がどちらの方向に避けようか迷っていると、五十鈴が叫んだ。

「五月雨!私の方に逃げて来なさい!」

 

 その言葉を聞いて五月雨は五十鈴の方に進もうとした。移動し始めるのが遅かったので、双頭の重巡級の突進にかなり近い位置での回避となった。そのため双頭の重巡級が突進してきたときに出来た大波に足を取られ、日中と同様に身体の横から海面に倒れこむ形で身体の半身を濡らしてしまった。

 

「ふえぇ~ん。またびしょ濡れだよぉ……」

「それくらい我慢しなさいな。それよりもまたあいつを囲むように位置を取るわよ。そうでしょ!那珂!」

 

 最後に五十鈴は大声で那珂に確認を求めると、那珂は探照灯を縦に振って答える。頷いたという印だ。

 

 元々五月雨がいた位置からぐるりと大きく方向転換をして那珂の方にむかってくる双頭の重巡級。探照灯を照らすために那珂も合わせて方向転換をする。それに合わせて他3人も双頭の重巡級を狙える位置に移動した。

 

 

 

「さー、来なさいな~一番の見せ場なんだからさ~!」

 あたかも挑発するように那珂はひとりごとを言う。もちろん深海凄艦に聞こえたところで理解されないので挑発の意味は全くない。

 

 

 那珂に近づいてくる最中、双頭の重巡級は身体のいたるところに開いているすこしだけ管状のものが飛び出た穴から、一斉に体液らしき"何か"を発射してきた。それの第一波が着水した。那珂たちはいない、何もないポイントである。激しい水しぶきを立てて爆発を起こした。

 

「うわっとっとっと!あっぶなぁ~」

「きゃっ!」

 幸いにも4人とも当たらずにすんだが、その威力は肌で感じた。当たってしまえば艤装の電磁バリアでも防ぎ切れるかどうか怪しいとふむ。

 

 

 "何か"の発射の第2波が来た。今度は那珂達の位置にかなり近い場所に飛んできたのでそれぞれその場から移動して避ける。

 

 続いて第3波、第4波。あたり一面に"何か"の爆発で起きた水柱が立ちまくる。水柱という障害が夜間の視認性の悪さに拍車をかける。

 

「っ……!これじゃあせっかく砲撃が有効だってわかっても思うように攻撃できないわ。狙いにくっ……」

 "何か"の爆発と水柱を避けながら五十鈴が愚痴る。

 

 発射している間も双頭の重巡級は少しずつ移動していた。まったく狙えないわけではなかったが、水柱にあたると砲弾の速度が若干落ちるので、当然威力も落ちる。人の当然の反応として水柱を避けようとしてうまく狙えなくなる。直接本体をしっかり狙える状況でないとしっかりダメージは与えられそうにないことは明白であった。

 

 爆発と水柱を避けているためすでに当初の陣形は崩れている。しかしながら探照灯を持っている那珂を狙って近づいているであろうことだけは全員わかっているので、それだけが頼りだった。

 狙える位置に近寄ろうとするも、第5波、第6波が飛んできて4人の進路の邪魔をする。これがこのまましばらく続くのなら埒が明かないと4人は思っていた。

 

 

--

 

 しかし那珂だけは別のことも思っていた。発射してくる"何か"が体液のようなものだとすると、いくら巨大な生物であっても、連続で放出するのには限界があるはず。一度に大量の体液を放出しているから、そのうち弾切れならぬ体液切れを起こすはず、と。

 

 那珂の考えがあたっていたのか、最初のうちは短い間隔で発射していた"何か"は、第7波、第8波、第9波、第10波と連続で発射されていくうちに、その間隔が長くなってきていることがわかった。すかさず那珂は3人に指示を出す。

 

「みんな!少し距離を開けて魚雷を撃ちこんで!急げば次の攻撃が来るまでに間に合うと思うからぁー!」

 

 その意図はわからないが、那珂が言うことなら確かだろうと五十鈴たちは信頼した。そのためその指示が伝わってすぐ、3人とも普通の魚雷の撃ち方に必要な距離まで後退し、魚雷を撃つ準備をし始める。

 

「「「了解!」」」

 

 そして第11波となる複数の"何か"が発射された。それが3人のところまで届くかなり前、五十鈴たちは一斉に魚雷を双頭の重巡級めがけて発射していた。

 那珂は双頭の重巡級が動かないよう、あえて探照灯をその場で上下左右にぐるぐる動かして自分に注意を引きつけて、魚雷が到達すると思われるギリギリまでその場にとどまり、頃合いを見計らって急速に後退した。

 そして……

 

 

ズド!ズドドオォーーーーン!!!

 

 

 3人が発射した魚雷は双頭の重巡級に全弾命中した。尾ひれ、脇腹、片方の頭と、破裂により原型をとどめないほどえぐったり、尾ひれ付近に至っては完全に吹き飛ばしていた。

 

「やったぁ!気持ち良いくらいめいちゅー!みんな!あとすこしだよ~!」

 探照灯を持っていない方の腕でガッツポーズをして喜び叫ぶ那珂。

 

 しかしそのとき、すでに瀕死と思われたが、双頭の重巡級は最期の力を振り絞ったのか半分潜りかけていた半身をさらに沈ませ完全に海中に潜り、速度をあげて前方にいる那珂めがけて急浮上した。

 

ザバアァァア!!!

 

 

 海面に勢い良く飛び出したので、上にいた那珂はポーン!とボールを投げたかのように空中に放り出された。

 

「ひゃあああ!!!」

 

 

「那珂!!」

「那珂さん!!」

「那珂さん!!」

 

 

 3人が那珂の名を叫んだ。空中に投げ出された那珂は約2回転し、持っていた探照灯の照射がその回転に合わせて辺り一面に当たる。少し離れた位置で戦っていた天龍たちはその意外なところからの照射により、那珂の身に何かがあったことを察知した。

 

 空中に放り出された那珂を食らうべく破壊されていないほうの頭部で口を開けて真下で待ち構える双頭の重巡級。そのまま那珂が落ちれば、誰の目にも死亡という、最悪の事態が待っている……はずだった。

 

 

 しかし那珂よりも先に、双頭の重巡級めがけて落ちてきたものが2つあった。

 一つは想定されたよりも低速な魚雷(の元となるエネルギー弾)と、もう一つはその真上に続く海水の水滴である。那珂は探照灯をその時は真上に向けて持っていたため、他のメンバーは落とされたものを誰も確認できなかった。海水の水滴が魚雷のエネルギー弾に浸透し、急速に縮みだしてスピードを上げて落ちていく。

 

 そして双頭の重巡級は大きく開けたその口で、那珂ではなくその落ちてきた魚雷をまっさきに飲み込んだ。そして……

 

【挿絵表示】

 

 

ゴアッ!!!

……バァァーーーン!!!

 

 

 那珂以外の3人が確認したのは、海中・海上で見るよりも大規模で激しい爆発と爆炎で、その直後飛び散った双頭の重巡級"だった"肉片。爆炎の光で辺りが一瞬照らされたことで全員が目の当たりにした。

 

 3人と、離れたところで戦っていた天龍たちは何が起きたかわからなかったが、五十鈴はすぐに察しがついた。那珂がまたあの奇抜な撃ち方をしたのだと。普通の艦娘ではまず思いつかない、やらない。それをやってのけるのは那珂だけ。

 五十鈴はやれやれという呆れを込めて口の端を上げて苦笑いをした。表情はそうだったが、心のなかでは彼女が決めた勝利によりにこやかな笑顔をしていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

勝利の帰還

 探照灯の光が海上に落ちてきた。那珂は双頭の重巡級だった破片の上に一旦着地し、その後よろけるように着水した。敵の撃破をわかっていたので、次に那珂が発した一言は、五十鈴が聞き覚えのある一言だった。

 

 

「いえ~い!那珂ちゃ~んスマイルぅー!」

 那珂はその場でくるりと回転してポーズを取った。夜間で誰からも見えてないそのポージングに対して、五十鈴が大声でツッコミを入れた。

 

「探照灯で自分を照らしなさいな!それじゃあせっかくの決めポーズも誰も見えないわよ!」

「アハハ、確かに!」

「那珂さぁ~ん! こっちきてもう一回ポーズしてくれないと~」

五月雨は心から笑い、村雨は五十鈴につづいてツッコミにノる。

 

 

 天龍たちはその少し前に重巡級を倒しており、那珂たちが勝利したのがはっきりわかると、那珂たち4人のもとに近寄っていった。

 

「よぉ、そっちも片付いたようだな。」

「えぇ、那珂が最後に決めてくれたわ。」

「探照灯が宙に舞ったと思ったら大爆発を起こしたって……あいつは一体なにをやったんだ?」

 

 天龍が五十鈴にそう質問をすると、離れたところで探照灯をくるくる回して五月雨と村雨の二人と一緒になってはしゃいでいる那珂を見て、こう言った。

「講習や教科書どおりにしか扱わない私たちじゃ、思い浮かばないような魚雷の撃ち方よ。ほんっとあの娘、いい発想してるし、いろんなものによく気づく人だわ。」

 ふぅん、となんとなく察しがついた天龍は納得したという表情をした。

 

「五十鈴ちゃん!天龍さん!」

五月雨たちと一しきり喜び合った那珂が五十鈴たちのいる場所に来た。

「おー、那珂さん。やったようだな。」

「うん!バッチリね~。」

 

 軽々しく勝利の言葉を述べているが、五十鈴はやや納得していない様子を見せる。

「ちょっと那珂!あんた、あのふっとばされるのも、前みたいな魚雷の撃ち方するのも、すべて狙ってやってたの? どうなのよ!? 下手したらあんた……あのまま食われてたかもしれない最悪の事態だったのよ!?」

 五十鈴はついつい激昂してしまった。そんな様子を見た那珂はやはり軽々しく五十鈴に説明する。

 

「まっさか~。狙ってやってたわけないじゃない!さすがのあたしも実は本気で焦ってたよ?」

手をブンブンと顔の前で振って否定する那珂。

「じゃあ……」

「魚雷をとっさに撃てたのも、水しぶきが近くを舞っていたのも、化学反応ぉ?してお口に飛び込んでいったのも、すべて偶然。今回は、ホントに運がよかっただけ。いや~参ったね~。」

 事実那珂は本気で焦り、恐怖を感じていたが、機転だけは聞かせるだけの冷静さがあった。

「偶然って……それでもその判断、すごすぎる。私じゃ……きっと出来ずに喰われて死んでたかもしれない。」

「はぇ~。すべて偶然で片付けちまう那珂さん、あんた只者じゃなさすぎるわ。こういうのなんつうんだっけ龍田?」

「…脱帽した。」天龍のすぐ後ろに佇んでいた龍田は一言で天龍に回答した。

「そうそれ!脱帽したわ。」

 

【挿絵表示】

 

 

「も~三人共おおげさ~! でも死んでたかもしれないってのはホント、ありえたかもしれない。そんな心配させたのはゴメンね、五十鈴ちゃん。」

 身体を揺らしておどけながら口を動かしていたが、最後に五十鈴に真面目に謝った。

「べ、別に本当にあんたの心配してたわけじゃ……!」

 五十鈴はテレビドラマや漫画でよくある紋切り型の照れの仕草をして那珂に言葉をかけた。その真意では本気で心配していたという意味がこもっていたのに、那珂は気づいていた。

 

 

--

 

 その後、撃破証明のため天龍は自身の眼帯型のスマートウェアで双頭の重巡級だった肉片のうち、その形がわかるような部位を撮影した。

 一方の那珂たちは周囲に新手の深海凄艦が近づいていないかどうかを確認し、安全を確保して最後の一仕事をする天龍と龍田を警護した。

 

「終わったぜ。さ、帰ろう。那珂さんよ、指示を出してくれや。」

 天龍は背伸びをしながら那珂に催促する。

「うん。よーしみんな。敵倒したし、帰るよ!」

 

 各々その指示に返事をし、那珂を先頭としてその場から離脱、6人は護衛艦のもとへ帰路についた。那珂から連絡をもらって、甲板照射灯が全部つけられて目立っていた護衛艦がすぐに見えてくる。

 

 

 護衛艦に戻り、那珂と天龍は待機していた艦娘たちに勝利と事の顛末を伝えた。隣艦隊の艦娘たちも鎮守府Aの時雨と夕立も、まるで自分のことのように喜び、戦闘から帰ってきてヘトヘトな6人にねぎらいの言葉をかけた。

 そしてその場での報告会をもって、2つの鎮守府それぞれ所属の艦娘たちによる、臨時編成の艦隊は解散した。

 

 

 護衛艦はその海域から一旦離脱し、自衛隊隊員や艦娘のもろもろの作業のために再びしばらく停止したあと、本土へ向けて進みだした。艤装を外して普通の少女に戻った各々は休憩したり食事をとったり、旗艦を務めた艦娘らはそれぞれの鎮守府に向けての報告メールを作成する。そうこうしていると、時間はすでに0時を回っていた。日本本土まではまだあと2~3時間ほどかかる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間:深夜の少女たち

 鎮守府Aに向けての報告メールは、最初は五月雨が意気込んで作成していたが、そのうち船を漕ぎだしたので、隣にいた那珂は肩を叩いて彼女を現実に戻す。

 

「五月雨ちゃん、続きはあたしが作っておくからさ、あなたはもう寝ていいよ。」

「ふぇ……?あ、すみません……眠いではす……」

「ホラホラ。眠さが文章に出てるよ。あばばばっっっっhghghghとか素敵な文章が混じってるし~」

 五月雨がコックリコックリして適当に打ってしまった文章にクスリと笑いつつ指摘する那珂。

 寝ぼけていて言動が怪しくなっている五月雨を寝具に誘導し、那珂は彼女を寝かしつけた。

 

((くぅ~なんかかわいいなぁ~。妹いたら、こんなふうなのかな~))

 

 別種の何か趣向が芽生えそうな気持ちを感じ始めていた那珂はブルブルと頭を振り雑念を振り払って、五月雨から引き継いだ書き途中の報告メールの映るノートPCに向かった。

 

 

--

 

 一方別の部屋ですでに寝ていた五十鈴は、天龍に"叩き"起こされていた。

 

「ょぉ~ 五十鈴さんや起きてるか?」

気持よく寝入っていたところを叩き起こされてたため、五十鈴の顔には普段絶対他人には見せない素の怒り顔がにじみあがっていた。

 

「あ゛ん゛だねぇ……!起きてるかじゃなくて起こされたわよ゛!!」

 怒る五十鈴をサラリと流して天龍は続ける。

「まぁまぁ。あんたと那珂とで飲みたいんだよ。どうだ?」

「わたしたち未成年でしょ!? あなた何考えてるのよ!」

 当たり前のことを言い怒る五十鈴。

 

「実はあたしさ、二十歳超えてるんだぜ。」

「いやいや、聞いてるわよ。あんたも高校生だっていうじゃないの。」

「別にあたしたちは本当の兵士ってわけじゃないし、ここ学校じゃないんだからさぁ。ほら!少しくらいやろうぜ? 一度さ、勝利の祝い酒ってやってみたかったんだよ!」

 アルコール度数がものすごく低い、この時代の若者の間で流行っている、未成年でも飲めるジュースのようなお酒の銘柄の缶をチラリと五十鈴に見せる。さすがにガチで本当のお酒を飲みたいというような人物ではなさそうなのは、半分眠っている五十鈴の頭でも理解できた。五十鈴は眠い目をこすりながら色々突っ込もうと思ったが、頭が働かないし多分今のこの少女に何を言っても無駄だと悟った。流れに身を任せることにした。面倒だったので着がえず、持ってきて着ていたパジャマのまま。

 

「……わかったわよ。付き合えばいいんでしょ。じゃあ那珂のところに行きましょ。」

 

 部屋を出て、那珂のいる部屋に向かう五十鈴と天龍。

「ところであなたの側にいた龍田って娘は?どうしたのよ?」

「あー、あいつはあたしの従妹なんだ。中学生を誘うのはちょっとなぁ。」

 中学生も高校生も大して変わらねぇよとツッコミを入れようとしたが、五十鈴は諦めて適当に相槌を打つのみにした。

 

 

--

 

 報告メールを打ち終わり、ぐっと背筋を伸ばして背伸びをする那珂。その時ガチャっとドアが開いた。ドアの方を見ると、天龍と五十鈴が顔を表した。

 

 

「よ!那珂さん!起きてたか?」

「うん、ちょうどいま報告メール終わったところだよ。」

「そりゃあいい。実はこんなもの持ってきてるんだ。聞きゃあ3人とも同じ学年だっていうじゃない。同い年の女3人でちょっと飲もうぜ?」

 五十鈴に見せたように、ジュースのようなお酒の缶をチラチラ見せる天龍。

 

「あー、あたしそういうの飲んだことないんだけど、大丈夫かなぁ?」

「大丈夫大丈夫!さ、飲もうぜ。」

 そう言って缶を早速開けようとする天龍を那珂は一旦止める。

 

「待った待った。後ろに五月雨ちゃんたちが寝てるの。飲むんだったら誰も居ないところに行こ!」

 天龍と五十鈴はそれに頷き、そうっと今の部屋を出て行った。

 

 

--

 

 3人が来たのは甲板だった。護衛艦には少なからず海上自衛隊の隊員も乗り込んでいるため、見つからないように甲板に出て、人にみつからなそうな設備の陰まで来て座り込んだ。

 

 

プシュッ

 

 

「さー、あたしたちの大勝利に、かんぱい!」

「かんぱーーい!」

「……乾杯」

天龍が乾杯の音頭を取り、那珂と五十鈴がそれにノる。

 

「あら、これ結構イケるわね。私はこの味とアルコールの弱さなら好きかも。」

「あたしも前にダチとこれ飲んでさ、気に入ったから今回こっそり持ってきちまったんだ。」

 五十鈴は初めて飲むアルコール飲料を気に入った様子を見せ、天龍は持ってきた経緯を口にする。ただ、一人だけ違う様子を見せたのは那珂だ。

 

「うぎぃ……あたしは苦手だわこれ~。飲めないこともないけど……お酒ってこんな味なのぉ?」

「ハハッ。こんなの大人に言わせるとお酒に入らないんだと。」

「CMとかで見たことはあるけど……進んで飲みたいとは思わないなぁ。……あ、これ果肉?ちょっといいかも。」

「まぁせっかく開けたんたし、この1本みんなで飲みきろうぜ。」

 

【挿絵表示】

 

 将来アルコールを飲む大人になるのに一抹の不安を覚える那珂だったが、ジュースみたいなお酒ということでまったく嫌でもなかったので、天龍の言うとおりせっかく開けて分け合った1本を飲み切ることにした。

 

 天龍と那珂、そして五十鈴は静かな海の潮風に当たりながらチビチビと飲み、それぞれの鎮守府のことや自身の学校のことなどを語り合う。

 

「へぇ~あんたらの鎮守府ってまだ出来て4ヶ月くらいしか経ってないのか。うちはできてから4~5年経つっていうぜ。」

「そちらって艦娘何人いるの?」

気になったことを那珂は聞いた。

「あんまそのあたりのこと提督や総務の人話してくれねーけど、大体60~70人はいるんじゃないか。鎮守府のいたるところで見るし、訓練も一緒にするし。さすがに全員は見たことねーや。そっちは?」

「うちはまだ9人よ。ここに来てる6人と、あとは鎮守府に待機してる3人。」

 天龍からの質問返しに答える五十鈴。

 

「天龍ちゃんのところって大きいんだね~。ね?仲良い艦娘って何人くらいいる?」

 那珂も天龍に質問をする。

「あ?うーん、龍田とあと駆逐艦の何人かくらいだな。ぶっちゃけ艦娘同士で仲良くするって、プライベートでも知ってない限りはしないのが普通らしいぜ? 駆逐艦のやつらも、あたしの行ってた中学のやつらで一応顔見知りだし。」

 

 五十鈴はさきほど天龍が何気なく言った龍田のことを聞いてみた。

「ねぇ、龍田さんってさっき従妹って言ってたけど、詳しく聞かせてくれない?」

「あ~。龍田もあたしが行ってた中学校の生徒で、今回の吹雪たちの同級生なんだ。けど一人だけ軽巡洋艦担当。さすがあたしの従妹だけあって素質あると思ってるよ。」

 

「へぇ~従姉妹同士で艦娘か~。なんか縁あるんじゃない?」

「さ~ね。あたしあまりそういうの気にしないんだけど、龍田とは普段から仲良くしてるし、一緒で良かったと思ってるよ。」

 

「ね?ね? 天龍ちゃんたちの本名教えて!」

 那珂は天龍たちともっと仲良くしようと思って何気なく聞いてみた。天龍は快くそれに答え、従妹の龍田の本名まで口にする。さらには吹雪たちの本名を言い出しかけたが、全員の本名を聞くのはプライバシーの問題もあるため、さすがの那珂もその先は丁重にことわりを入れて聞くのをやめておいた。

 

「ま~ガチで仲良いやつっつったらあたしは今回参加してるメンバーと、残りの吹雪型の担当になった中房の娘たちくらいだなぁ。他は……ま、仕事の付き合いってやつ? なんか大人っぽい発言じゃね、今の!?」

「アハハ!なんかそんな感じだよね~。」

天龍が最後におどけて発言すると、那珂はそれにノった。

 

 

「うちはそう考えると、全くの知らない者同士だけど、比較的みんな仲良くしてるわね。提督がそうしたがりな人なようだし。」

「それは言えてるかもね~。」

五十鈴の発言に那珂が相槌を打った。

 

「まー、9人じゃなぁ。そっちも早く人増えるといいな。」と天龍。

「増えてもあの提督が人回しきれるかどうか怪しいけどね……」

「あはは……それは言えてるかも~」

皮肉をいうように五十鈴が言う。那珂もノる。

 

「人少ないから今は秘書艦の五月雨ちゃんと、みんなでわけあって仕事したりしてるよね。」

 何気なく今の状況の一片を語る那珂。

「へ!?そっちの鎮守府じゃ秘書艦の艦娘以外にも鎮守府の仕事させてんのか!!?」

「だって人少ないもの。」

 那珂の答えたことを反芻するかのように同じ言葉を使って答える五十鈴。

「いやまあそりゃそうだろうけどさ、どんだけダメな提督なんだよ……」

 

 呆れるように言う天龍に、那珂と五十鈴は顔を見合わせ、同じようなことを言った。

 

「「あまり、よそにうちの提督のこと変に言われるのはちょっとね……」」

 

「あ……わりぃ。うちじゃあ平気で提督や大本営のことあれやこれや言ってるやつ多いし、そういう雰囲気あるからつい。鎮守府の運用って、提督の性格にすごく左右されるっていうしな。あんたらがかばうくらいだ。そっちの提督は良いやつなんだろうな。」

 

 

「良い人っていうか……なんだろうね、五十鈴ちゃん?」

 急に那珂から振られて焦りを隠せない五十鈴。

「へ!?あ、あぁ~え~っと……ってなんで私が答えなきゃいけないのよ! あなた答えなさいよ!」

「もー、五十鈴ちゃんは恥ずかしがり屋だなぁ~ ……ぼそっ(提督のことになると)」

「なんか言った?」

なんであんたが私の気持ち知ってるのよと焦りや憤りの混ざった睨みをギロリと那珂にぶつける五十鈴。カマかけて言ってみただけなのに当たりかぁ~と内心気づいた那珂。全然恐ろしくはないがわざと焦る仕草を見せておいた。

 

「あ、あはは~ ま~頼りなさげってのはあるけどね~。真面目だけど気さくで、あたしたちのことよく見てくれている人かなぁ。けど人さばいたりするの苦手そうだから、助けたくなっちゃう。生徒会長やってるあたしの経験が役に立てればな~って思って、提督や五月雨ちゃんのこと助けてあげようと思ってるの。結構好きで気に入っているんだ、今の立ち位置。」

「あんたは素直に話せて羨ましいわ……」

軽快に答える那珂を密かに羨ましがる五十鈴だった。

 

 

--

 

 五十鈴は艦娘自体のことを聞いてみた。

「ねぇ。そちらの鎮守府に五十鈴や那珂を担当してる人っているのかしら?」

「ん?えーっと……すまねぇ。あたし知らねぇや。さっきも言ったけど、プライベートでも知り合いじゃない限りはうちの鎮守府じゃあ、あまり仲良くしないし。訓練とかで五十鈴や那珂って人と一緒になったことないけど、60~70人もいりゃあ、多分いるんじゃないかな?そっちには天龍っているのか?」

「いえ。うちにはまだ天龍は来てないわ。」

 

「そっか。天龍ってさ、艤装面白いんだぜ? 眼帯型のスマートウェアと、センサーだか通信のアンテナがついた角みたいな機械と、剣が配られるんだ。眼帯や角はよくわかんねぇけどかっこいいからいいし、剣はさ、接近戦だぜ接近戦!あたし天龍になれてすっげぇ楽しいもん。」

 

「天龍ちゃん、なんだか戦うの楽しそ~。」那珂はクスクス笑みを漏らしながら言う。

「なんていうかゲーム感覚だなぁ。」

「ちょっと不謹慎な気もするわね……。」

 天龍は自身の感覚を述べる。その発言に生真面目な五十鈴は語気弱めに突っ込んだ。

 

「あたしはあんまそういうの気にしないからいいんだよ。」

 手を振りながらしゃべる天龍から返ってきたのは彼女の大雑把な性格を表す一言だった。

 

 

 そういえばと、那珂はあの戦場でどういう戦い方をしたのか天龍に聞いてみた。何かを斬る音は、天龍の艤装の付属品の剣によるものだったのかと。

「あぁ。接近戦だったら砲雷撃よりもあたしや龍田の武器のほうがはるかに強いぜ。あのでかいやつだってスパッと斬れるもん。」

 

「へぇ~。艦娘で接近戦かぁ。ちょっとおもしろそ~。」

 那珂は少し興味ありげに感想を口にした。

 

「でもそんなことより、あんたのほうが普通にすげーよ那珂。頭も切れるし、奇抜なことして勝てるしでおもしれぇわ。あたしホントは細かく作戦立てるの苦手でさ、ガンガン押したいタイプだから、あんたみたいな頭良さそうな人尊敬するわ!」

 

「いや~それほどでも~。生徒会やってるから人をさばくのは少しだけ得意で、それに艤装つけてるとものすんごく身軽になれるからやってるだけで、あたしなんかまだまだだよ~」

 

「謙遜謙遜! あんたのこと、うちの鎮守府や知り合いにも話しておくぜ。他の鎮守府に名や顔を売っておけばもっといろんなことできるようになるぜ?面白くなるぞ~!」

「うーん。それは嬉しいけどね。まー適当にやっておいて~」

 

((ホントなら最初は五月雨ちゃんの顔を先に売っておきたいんだけどなぁ……))

 お願いはしてみたが、若干困惑した表情を浮かべている那珂であった。

 

 

--

 

 那珂は天龍の学校のことについて聞いてみた。

「ね、天龍ちゃん。あなたの高校はどんな感じ?艦娘部は?」

「あたしの高校はふつーだぜふつー。偏差値もふつーで別に進学校ってわけでもないし。あと艦娘部はないよ。あたしは普通の艦娘としてうちの鎮守府に所属してるんだ。」

 那珂は自分の今置かれている状況を話した上で、天龍に自分の学校に艦娘部をつくろうと考えたことはなかったか尋ねた。

 

「あたしさ、学校で艦娘部つくろうと思ってるだけど、なかなか学校側がうんって言ってくれなくてさ~。提督もあたしのためにいろいろやってくれようとしてるんだけど、思うようにいかなくて……。他の学校ではどうかなって聞きたかったんだけど。」

 那珂の事情を聞いてうーんと考えこむ天龍。

「わりぃけど力になれそうにないなぁ。あたしは艦娘部作ろう入ろうとか、そもそもそのあたりのことまったく知らなかったし。うちの鎮守府もいろんな学校と提携してるらしくて、ごそっと一気に駆逐艦の艦娘たちが入ったことがあったらしいけど、少なくともうちの高校はなかったわ。」

 

 続いて五十鈴が尋ねる。

「ねぇ天龍さん、あなたはどうして艦娘になったの?」

 

「あたしはたまたま艦娘の特集やってた雑誌見て興味持ってさ、試しに受けに行ったら天龍の艤装の同調ってのに合格したのさ。ま、艦娘になろうなんて人それぞれだけど、みんなそんなもんじゃね?まぁ他の人がどうだこうだってあんま気にしないけどさ。少なくともあたしは天龍の艤装がすんげぇカッコ良かったから、見た目で選んだってタイプだよ。」

 言い終わると天龍は缶に口をつけてコクッと一口二口、紙コップに入った飲料を喉に通した。

 

 

「まぁ……ね。私もなんとなく興味があったってだけで、戦いたいとか世界を救いたいとかそんなことは考えてなかったわ。でも私は自分が同調に合格した五十鈴に、なんらかの縁があったと思いたいわ。150年前の第二次世界大戦で実在した軍艦五十鈴のこと調べて色々歴史知ることができたし。そういう興味の広がりやそれを通した出会いとか、心境の変化とか、そういう変化があったと思えるだけでも艦娘やってる意義はあると思うの。」

 真面目に自分の思いを語る五十鈴の言葉を真面目に聞く天龍と那珂。

 

「あたしもただ興味持ったってだけだから人のこと言えないけど~。五十鈴ちゃんの考える方向性、真面目だなぁ~。」

自身の真意のことは棚に上げて、那珂は五十鈴をからかった。

「あんただって結構真面目じゃないの!照れ隠しにおちゃらけとかよくやるわほんっと……。あんたの発想力っていうか色々できるっていうのもおかしすぎよ。それに聞いたわよ提督から。なんなのよ同調率98%で合格って。それもう人じゃなくてほとんど軽巡洋艦那珂ってことじゃないの。」

「あ……シーッ!シーッ!」

 那珂が珍しく人前で本気で慌てた様子を見せて内緒という仕草をする。

 

 しかし隣艦隊の天龍は、同調率について特に気にしていないのか、わかっていないのかその数値を聞いてもふぅんと適当な感心の言葉を漏らすだけ。その様子にほっと胸をなでおろす那珂だった。

 

 

 

--

 

「いつかそっちの鎮守府に遊びに行きたいな。今度案内してくれよ。」

 色々話をしあううちにすっかり仲良くなった天龍が那珂たちにそう話を持ちかけた。それに対して那珂も快く返事を返す。

「うん、いいよ。じゃああたしたちもそっちの鎮守府に招待してよ。他のとこがどんな運用されてるのか気になるし。」

「あぁいいぜ!そんときは他の娘たちも連れてきなよ。」

「……ふぁぁ~。私も行ってみてもいいわよぉ……演習でもなんでも……」

 五十鈴はもともと寝てたところを起こされたので、酔いの効果もあり眠気がぶり返してうつらうつらとしながら一応話にノる。そんな様子をみた天龍と那珂は顔をクスっと笑う。

 

「五十鈴ちゃん眠そ~」と那珂。

「わりぃ。さっきあたしが叩き起こしたからだわ。ゴメンな! 少しお酒入ったことだし、もう寝よっか?」

 五十鈴に謝った後、あくびをしながらストレッチするかのように身体を伸ばして天龍が言う。

 

「そーしよー。さすがにあたしも眠いよ。それに明日……っていうかもう今日だけど、早朝に鎮守府に帰らなきゃいけないし、寝とこ!」

 那珂が締めた後、三人はその場から立ち上がり甲板の一角を後にした。

 

 

 こうして軽巡洋艦兼高校生の少女3人の、洋上での密かな飲み会はお開きになった。それぞれの寝室に戻った3人は、出入口のところで一言お休みと挨拶を交わして別れた。

 護衛艦の中で彼女らに割り当てられた寝室は4人部屋で、那珂は五月雨・村雨・夕立と同じ部屋。五十鈴は時雨、隣の鎮守府の吹雪・白雪と一緒の部屋だった。天龍は龍田・深雪・羽黒とである。

 それぞれが部屋に戻ると、当然だが同宿者は深い眠りの真っ最中だった。酔いが回っていた3人は寝具に入ると、数分も経たないうちにスヤァ……と静かな寝息を立てて残り少ない眠りの世界に落ちていった。

 

 ただ一人、天龍の担当であった少女だけは寝る前に一つのことを頭で反芻しながらの眠りへの旅立ちとなった。

「同調率、98%か……。高ければ高いほど良いって提督が言ってたから、すんげぇ数値なんだろうな。帰ったら聞いてみるか……。」

 

 

 

 

 その後護衛艦が港に到着したのは午前3時過ぎ。任務終了のため退艦することになり、強制的に起こされた艦娘たちのうち、アルコールが入っていた3人は、少しだけ頭痛に悩まされてそれぞれの鎮守府への帰路についた。

 




世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing

挿絵原画。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=51859050

Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/19B-o6t2XbMbOEymPqZnKBS8NbUMZQGBLDQJZY2Eipn0/edit?usp=sharing
好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学校の日々1
早朝の帰還



【挿絵表示】

合同任務から帰還した那珂たち。しかし帰還と同時に新たな問題が発生。
那珂の新たな戦い?が始まる。



 護衛艦が日本本土の港に到着したのは午前3時過ぎだった。乗り込んでいた鎮守府Aの艦娘6人と隣の鎮守府の6人は退艦し、海上自衛隊の港湾施設の一角に降ろされて集まり、荷物をまとめて帰りの身支度を整えた。

 

 人には言えない理由で頭痛がする那珂、五十鈴、天龍の3人、そして他の面々はそれぞれの鎮守府に帰るため6人ごとに集まっている。

 ほぼ全員眠い目をこすりながら、帰宅するまでが遠足(or 旅行 or 仕事)であるというどこかで誰かが言っていたような文言を必死に思い返して、睡魔と戦っている。

 

 鎮守府Aの面々が集まっている場所では……。

「みんな~……これから帰りますよ~。眠いけどあと少し頑張りましょ~。」

 すさまじいまでの眠気により、普段に輪をかけておっとりしたしゃべり方と空気になっている旗艦五月雨が必死に号令をかける。彼女が5人を見回すと、普段はしゃきっと真面目な五十鈴や、友人の時雨までもぽけ~っとしている。そして那珂に至っては目をつむっている。本気で寝ているわけではないことだけはその様子から読み取ることができた。

 

「那珂さん、五十鈴さん。どうされたんですか?普段ならこういうときでもその……しっかりなさっている気がするんですが。」

 普通に心配して声をかける五月雨。

 

「え?あぁ~気にしない気にしない。さすがのあたしでも朝は弱いんだよぉ~」

「同じく。ちょっと頭痛いからそっとしておいてくれると助かるわ……」

 目をつむったまま手を目の前で振り、問題ないことをアピールする那珂と、片手で頭というより額を抑えている五十鈴。

 そんな二人を見て五月雨は?がたくさん浮かんだ顔になっていた。

 

「はぁ……。ところでどうやって帰ります?同調して海渡って帰ります?それとも歩いて鎮守府までか、タクシーに来てもらうか……」

 

 出撃回数が一番多い五月雨は出撃後の振る舞いに少々慣れているのか、皆に提案をする。

 

「さみ〜、さすがにここから歩いてはありえないっぽい!」

「あはは…そっか、そうだよね。」

 夕立が適切なツッコミをいれる。それに続いてしっかり者の時雨がその提案に反応した。

 

「さみ、僕は艤装が壊れてて調子悪いから、できればタクシーか何か別の方法がいいかな。」

 艤装が中破~大破している時雨は艦娘として当然の移動方法を拒否する。それは艤装が大して壊れていない他の面々も、疲れと眠気で賛成だった。

「でも、この時間って公共機関まだやってないんじゃないの?」時間的に当然の指摘をする村雨。

「うへぇ~、あたしもうクタクタで歩けないっぽい~ それに同調してない艤装持っていくの重くて嫌~」

 夕立は目をこすりながら愚痴る。

 

 

 中学生組のやりとりを惚けながら見ていた那珂は頭をふらふらさせながらふと隣の鎮守府の面々の方を見てみた。するとなんと、天龍達6人の前に自衛隊の車両らしき車が停車し、それに乗り込もうとしていた。

 隣で同じ光景を見ていた五十鈴が一言口にした。

 

「隣の鎮守府ってああいうコネだかなんだかがあるのね。大所帯な鎮守府のところの艦娘たちはいいわねぇ……」

「自衛隊の送迎付きですか~。うちじゃありえないねw」

 羨ましさが迸る五十鈴の一言に激しく同意した那珂。那珂は五十鈴の一言に頷いて失笑した。

 そして気を取り直すかのように五月雨らの方を振り向いて音頭をとる。

 

 

「ま、いつまでもここにいたら怒られちゃうし、みんなで分担して艤装運ぼ?今日も学校だし早く鎮守府帰ろう~」

「ホントよ。泊まり込みの出撃は学校ないときにしてほしいわね。」

 文句を言いつつも高校生という年長者らしく、思考の切り替えはしっかりさせる那珂と五十鈴。頭が冴えてきたのか表情からは眠気は消えている。

 一方の中学生組の五月雨たちは、那珂と五十鈴が何気なく言った最後の一言に、疑問を顔に浮かべた。

 五月雨が質問した。

 

「あれ?那珂さんたち今日学校なんですか?私達は今日お休みなのでゆっくりできるんですよ。」

「え?マジ!?創立記念日かなにか?」

「いえ。学生艦娘には認められてるお休みだそうです。泊まりを伴う出撃や遠征任務の次の日は代休がもらえるんです。だから私達みんな、ね?」

 

 五月雨が時雨たちに同意を求めると、時雨たちは3人共、ウン、と頷いた。

 那珂は五月雨たちの説明を聞き目を点にして呆けた。五十鈴も知らなかった様子を見せ、口をパクパクさせて声が出せないほど驚いた様子を見せている。その様子を見た時雨は確認する。

 

「もしかして……那珂さんたち知らなかったんですか?」

 時雨の一言に那珂と五十鈴は言葉なくコクリと頷いた。

 

 そしてトドメは村雨が刺した。

「那珂さんと五十鈴さんって……普通に採用された艦娘なんでしたっけぇ?」

 

 その一言で五十鈴は声を荒げて言った。

「……そうよ!私達二人とも、普通に採用された艦娘よ!悪い!?」

 なぜか逆切れをする五十鈴に村雨たちはハッと驚いた後苦笑いするしかなかった。

 

「あたしたちそのあたりのこと、提督から教えてもらってないよ~」と那珂は半泣きになる。

 

【挿絵表示】

 

 

 時雨と村雨たちが告げたその事実に、那珂と五十鈴は唖然としたり半泣きになったり激昂したりと忙しい反応をあたりそこらに示して喚き散らす。そして普通の艦娘にはそんなデメリットがあるのかと、声にこそ出さなかったが、悔やむことしかできなかった。

 

「とにかくぅ!あたしと五十鈴ちゃんはマジで帰らないとまずいから急いで帰ろ!?」

 那珂は艤装を装備し始め、同調するのも忘れて駆け足になる。五十鈴も似たような状態になりつつあった。

「そうね。……そうね。ええと。この時間ここからだとどうすれば……!?」

 

 つまり、二人とも混乱していた。

 普段は冷静だったり、着任時からすごい判断力と発想力で鎮守府Aの面々を驚かせた那珂と、最初の軽巡担当である五十鈴の慌てようを見た五月雨たち中学生組は、普段とは立場が逆になっていることになんとなく優越感を持った。

 

「あたしたちはの~んびりかえろ、さみ、時雨、ますみん。」

 無邪気に発言する夕立だが、急いで帰る必要がある高校生二人組の話は別としても、夜明け前の深夜に、年若い少女たちが関東の南西の端にある海上自衛隊の基地から帰る足に困っている事実は変わらないのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

艦娘から日常の少女へ

 那珂と五十鈴が焦りを感じて率先して帰ろうと五月雨たちを引っ張って帰ろうとすると、海上自衛隊の基地の正門を通って、駐車場を突っ切って進んでくる一台のワンボックスカーを見かけた。その車は駐車場脇の歩道を歩いている那珂たちの近くで止まり、運転手と思われる人物が顔を出した。

 

 それは、6人全員が知っている人物だった。その人物は助手席の窓を開け、身体を伸ばしてその窓から外を見る姿勢で6人に声をかけた。

 

「よぉ!無事帰還してるな。遅れてすまない、迎えに来たぞ。」

 

「「「「「「提督!!」」」」」」

 

 

 眠気と疲れにまみれていた6人全員の顔が一斉にほころんだ。艤装を手に持っていたり、わざわざ同調して背負って歩道を歩いていた那珂たちは知っている顔を見つけたので取るものも取り敢えず、提督の車が留まった駐車場のところまで、歩道との間にある草地を駆け抜けて駆け寄った。

 

 同調して自身の艤装と、時雨の代わりに壊れた艤装を腕に抱えて持っていた五月雨も駆け寄っていた一人だが、草地を駆け抜ける最中に足を取られて転びかけた。

 

「きゃっ!」

 五月雨が片手に担いでいた時雨の艤装は五月雨の腕からすっぽ抜け、提督の車めがけて宙を舞った。

 

ドスン!!

 

「うわぉ! あぶねぇ!!」

「ぎゃーー!?」

「あっ、提督、ゆうちゃんゴメンなさい!!」

 

 時雨の艤装は提督の乗ってきた車スレスレの場所に落ちていた。あやうくぶつけそうになっていた状況に五月雨だけでなくその場にいた全員があっけにとられる。提督は車の中から冷や汗をかいていた。それから我先にと駆け寄っていた夕立も艤装が近くに吹っ飛んできたために、同じく人一倍冷や汗をかいて呆然としていた。

 夕立は五月雨に文句を言った。

 

「さみってば!同調しながら陸でコケないでよぉ!! こんなもの飛ばして危ないっぽい!!」

「ゆうちゃん~ゴメン~!」

 

 五月雨の必死の謝罪を聞いてもなおプリプリ怒っていた夕立だったが、すぐに興味が移り変わり、提督の乗ってきた車と提督の方を振り向いて提督に話しかけた。

 

「まぁいいや。それよりもてーとくさん、お迎えありがとー! その車行きとは違うっぽいけどてーとくさんの?」

 夕立は飛び跳ねて喜んで助手席の窓に顔を突っ込み、提督に顔を近づけた。

「いや、親の借りてきたんだ。俺小さいのしか持ってないし、今回はトラック借りられなかったからさ。でもまぁ、これくらいの車なら6人全員乗れるだろ?」

 

「私達はいいですけど……私や時雨、夕立の艤装は大きいから乗せられますか?」

 村雨が夕立の後ろから車を覗き込みながら、艤装のことを気にして尋ねた。

「詰めればなんとかなるだろ。まぁ少しの間だ。」

 軽く答える提督。それに対して夕立がゆったり乗られなくなるなどブチブチ文句を垂れるが、提督は夕立の扱いに慣れているのか軽く頭を撫でてサラリとスルーする。

 夕立は途端にエヘラエヘラと顔をにやけさせておとなしく下がった。

「狭くなるけどちょっと我慢してくれ。さ、俺積み込むからみんなは乗ってくれ。」

「「「「「「はーい。」」」」」」

 

 提督は車を降りて艦娘たちの艤装を車に積み始めた。村雨の心配したとおり、3者の艤装はかなりスペースを取ったがパズルのように詰め込み、座席は前から2・3・2人になることでなんとか全員・全部車に入った。

 艤装と同席になるという割を食ったのは、夕立と那珂だった。

 

「いやまぁ、じゃんけんで負けたからいいっちゃいいんだけどさ、花の女子高生が鉄の塊に頬ずりしながら座ってるってどういうことなのさ?」

 最後尾から静かに文句を垂れる那珂。それに助手席に座っていた五月雨が助け舟を出す。

「あの……、私代わりましょうか?」

「いいよいいよ!五月雨ちゃんに座らせるくらいならあたしは艤装に頬ずりしつづけるさぁ!!」

 おどけつつも五月雨を気遣って言葉を返した那珂。深夜~早朝のためかいつもよりテンションがおかしいことに他の6人はなんとなく気づいたが、皆あえて突っ込まずに苦笑いだけしてスルーした。

 

 同じく艤装に頬ずりしそうな形になっている夕立はすでにうとうとしかけている。

「ふわぁ~むにゃむにゃ……あたしは気に…しないから平気っぽぃ……。」

「うんうん。ゆうはもう寝ちゃっていいよ。」

 夕立の前の座席に座っていた時雨は夕立をあやしながら彼女を一足先に眠りに誘った。

 

 その後数分間はワイワイ雑多な事を話していた艦娘たちだったが、

「さ、行くぞ。みんな寝てていいぞ?鎮守府着いたら起こしてあげるから。」

の一言により、先に眠りについていた夕立に続いて残りの5人も、それぞれの席で思い思いの眠りにつくことにした。

 

 提督が車を動かして、海上自衛隊の基地の正門に戻る頃には、艦娘たち6人はスヤスヤと寝息を立てていた。

 少女たちの寝顔をミラー越しに見ていた提督は、6人を起こさないような小声で労いの言葉をかけ、車の運転に集中することにした。

 

「フフッ。よっぽど疲れてたんだな。安心しきった寝顔だわ。みんな、ご苦労様……。」

 

【挿絵表示】

 

 

--

 

 提督の運転する車が進むこと50~60分ほど。早朝の道路は空いていてスムーズだったが、それでも海上自衛隊の施設のある地から鎮守府Aのところまではそれなりに距離があるため、そのくらいはかかっていた。

 鎮守府Aに着く頃には午前5時を回りそうな時間帯になっていた。

 安心しきって爆睡していた6人を提督はそうっと起こし、車から降りるよう促す。6人は寝ぼけまなこで車を降り、しばらくその場で頭をふらふらさせながら棒立ちしていた。

 

 提督は艤装をのせたまま車を工廠まで動かし、そこで荷降ろしした。提督とともに夜勤をしていた整備士の数人は提督が来たことに気づくとすぐに近寄り、提督から艦娘たちの艤装を受け取って運びだした。

 

「時雨の艤装はほぼ大破か。夕立のと村雨の艤装は魚雷発射管がない。五月雨のは…なんだこれ?内部に少し浸水してる? みなさん、詳しいチェックお願いできますか?」

 見た目でざっと判断した提督は整備士にその後のメンテナンスを任せることにした。整備士たちは「はい。」と快く返事をしてそれぞれの艤装を運び入れて工廠内に戻っていった。

 なお、工廠長たる人物の姿は、まだなかった。

 

 

 

--

 

 先に鎮守府の本館の前まで戻ってきていた那珂たちは、やっと(物理的・精神的に)重荷がおりたことで安心している。

 

 が、のんびりしていられない二人がいる。那珂と五十鈴だ。提督が本館の前まで戻ってきたので二人は駆け寄って行って提督に話をした。

 

「提督。五月雨ちゃんたちは学校休めるって本当なの?」

「ん?あぁ、そうだよ。学生艦娘は出撃任務のあとは学校の授業半日免除か、泊まり込なら全休できるんだ。あ!お前たち……!」

 那珂たちに説明しながら、提督はハッと気づいた。

 

「そうよ。私達は普通の艦娘としているから休みなんてもらえないのよね?」と五十鈴も確認する。

「あちゃーそうか、そうだったわ。普通の艦娘にはそんな待遇ないんだよ。職業艦娘と学生艦娘はあるんだけどな。君たちも相当疲れているだろ? 休みたいよなぁ……」

 五十鈴の確認に提督は答えつつ、那珂と五十鈴の体調や気持ちを心配し始める。

 

 提督は那珂こと光主那美恵、五十鈴こと五十嵐凛花の着任の形態について簡単に説明した。

「普通の艦娘の人だと、職場や学校、親御さんに言う権利とか権限は俺にはないんだよ。だから本人が学校や職場に相談してやりくりしてもらうしかないんだ。」

 提督の権力ではどうにもならないことがわかると、五十鈴も那珂も休めるかもという一筋の希望はすぐに諦め、今日いかにして学校に行くかという思考に切り替える。

 

「まぁ、仕方ないです。私は普通に学校に行きます。一度家に帰りたいけど、電車が……」

「あたしは割と近いからいいけど、五十鈴ちゃんどうするの?」

「いやまぁ、普通に電車でしょ。」

 

 3人が思案してあれこれ話していると、その様子が気になったのか五月雨たちが話しかけてきた。

「あの……提督?もしかして那珂さんたちって。」

 五月雨が想像したことを口にすると、提督は正解とばかりに頷いた。五月雨は那珂と五十鈴のことを自分のことにように心配し始めた。

 

「お二人これからおうちに帰るにしても、まだ電車動いてないんじゃないですか?」

「そ~そ~。それが問題なんだよねぇ。」

 那珂は五月雨の心配に頷いて問題点をハッキリとさせた。

 

 

「とりあえずご両親にはそれぞれ連絡してくれ。始発がまだ始まっていないから途中まで俺が二人を運ぶよ。」

 提督は那珂と五十鈴にそう言うと、五月雨の方を向いて頼み事をした。

「五月雨たちは学校休みだから、まだ鎮守府にいられるだろ?」

「はい。」

「じゃあ俺二人を送ってくるから、その間4人で留守を頼む。」

「わかりました。お任せ下さい!」

 

 五月雨の元気な返事を聞いた提督は彼女らの喜ぶ補足をした。

「そうだ。待機室の冷蔵庫に全員分のジュースとお菓子とパンを買ってあるんだ。」

 

「えーー!?てーとくさん優しぃー!!大好き!!」

夕立は手をパタパタさせてはしゃいで喜びを全身で表した。隣にいた時雨は夕立をなだめて落ち着かせて提督に感謝の言葉を述べる。

「ありがとうございます提督。あとでいただきます。」

 

「喜んでもらえて何より。那珂と五十鈴の分のジュースを誰か取ってきてくれないか?二人はこれから帰るから、せめて飲み物だけでも、な?」

 時雨たち全員に向かってお願いをしつつ、手前にいた那珂と五十鈴に対しウィンクをした。

 

「あ、じゃあ私取ってきますぅ。」

 そう言って素早く本館に入って行ったのは村雨だ。

 

「提督は優しいね~。これから帰るあたしたちにもくれるなんて。ありがと。」

「ありがとうございます、感謝するわ提督。」

 那珂はわざとらしく腕を組んでおどけながら最後は素の声質で感謝の言葉を伝える。五十鈴は提督の仕草と優しさに照れまくったのち、横髪をクルクルいじくりながら冷静を装いながら感謝を伝えた。

 

「まぁ、ホントは全員鎮守府で休憩して各自適当な時間に解散するものだとばかり思っていたんだけどな。那珂たちの事情まできちんと考慮できていなかった俺が悪いといえば悪いんだ。次このような出撃任務があるときはきちんと考えてあげるよ。」

 

「いやぁ、あたしたちも着任時の注意事項とか制度のことちゃんと見てなかったのが悪いんだし、提督のせいだけじゃないよ。もうあたしたちも気にしてないから、提督もあまり考えすぎないでね?」

「あぁ、そう言ってくれると助かるよ。」

 

 しばらくして那珂と五十鈴の分のジュースの缶を持って村雨が戻ってきた。村雨は那珂たち二人に缶を手渡し、別れの挨拶を交わした。

 

「気をつけて行ってきてくださいね。」

「うん、ありがとね村雨ちゃん。」

 

 そして提督と那珂、五十鈴は本館の玄関口から離れ、正門に向かって歩き出した。数m離れたところで提督は大きめの声で再び五月雨たち4人に念押しした。

 

「それじゃあ、留守を頼んだぞー!」

 

「はーい!いってら~」

「わかりました。」

「お疲れ様でしたぁ。」

「3人ともお気をつけてー!」

 夕立、時雨、村雨、五月雨はそれぞれ返事をして見送った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

帰宅

 鎮守府に戻る最中よりも人が少なくなった車中、わずかな道のりだが提督はお互いの眠気防止に那美恵に戻った那珂、凛花に戻った五十鈴と雑談しながら二人を始発の電車が始まる時間に間に合うように駅まで送っていった。

 

 那美恵は多少遠慮したのか、駅につく手前で提督に声をかけた。

「提督、あたしはここまででいいよ。もうそろそろ始発始まるし、家まであと少しだし。凛花ちゃんを送ってあげて。」

 提督はミラー越しに那美恵を見て言葉を返す。

「そうか?だったら光主さんこそ家まで送ってあげるのに。」

 提督の案に凛花が乗った。

「そうよ。私こそ電車で行ったほうが確実だもの。あなたこそ提督に送ってもらいなさいよ。」

 

「ていうか提督に自宅の場所教えてないし。知られたらはずいなぁ~ってw」

 わざとらしく照れたあと那美恵は反論した。

「あんたね……そんなこと言ったら私だって。あっ、でも知られて嫌とかそういうわけじゃなくて、あの…お部屋片付けてないから恥ずかしいってだけで……!」

 那美恵の思いをふくらませて受け取って展開する凛花はだいぶ勘違い気味の恥ずかしさを示す。

 面白いくらいに真っ赤になって慌てる五十鈴を見て那珂はクスクス笑う。提督は頭に?を浮かべてポカーンと見ている。

 

「凛花ちゃ~ん。まさか提督を家まであげること考えてたのぉ~?大胆な女子高生じゃのう~!」

「!! そ、そんなことあるわけないじゃない!!」

 キャイキャイとお互いを茶化しあってはしゃぐ二人を見て、女子高生に囲まれるおっさんのいづらさを味わいつつ提督は二人に催促をした。

 

「おーい二人とも。ホントにどうするんだ?」

 

 うーんうーんと唸り声を上げて悩む那美恵。そして出した答えは。

「じゃあ間をとって、二人とも電車で帰ろー。提督だって今日会社あるんでしょ?」

「残念でした。俺今日は午前休もらってるから、半日は自由なんだ。」

「う~ずるいぞ~社会人~」

「私達も気軽に休みたい……」

 二人がふざけてうらやましがって文句を言っていると提督は車を止めた。駅前のロータリーに着いたのだ。

 

「ほらほら。さっさと電車乗れって。間に合わなくなるぞ?」

 提督は手を払って早く改札を通るよう促す。

 五十鈴も車を降りて、那珂と一緒に朝の駅の改札口へ向かう。その最中、那珂は提督の方を振り向いて叫んだ。

 

「そーだ提督。あとで鎮守府行った時、話したいことがあるから時間ちょうだい~」

 

【挿絵表示】

 

「あぁ、わかった。別に無理して今日でなくても明日でもいいぞ?」

「はーい。その時は連絡しまーす。」

 提督は二人に手を振り、那珂と五十鈴は提督に向けてお辞儀をしてお互い別れた。

 

 そして那珂こと那美恵は自分の家のあるとなり町の駅で降り、五十鈴こと凛花は自宅のある駅まで電車を乗り継ぐ。

 那美恵は学校のある駅を過ぎ、自宅のある街の駅で降りることにした。

「それじゃあ凛花ちゃん。またね。」

「えぇ。お疲れ様。」

「おつかれ~。うっかり寝過ごすなよ~。」

 

 扉が閉まる直前に凛花を茶化す那美恵。電車の中にいる凛花は手でシッシッと言うかのように払って返事とした。

 二人とも自宅に戻り、遅刻ギリギリだったが無事に登校できた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カミングアウト

 無事に家についた那美恵は、時間を見るとすでに6時を回る頃だった。事前に連絡を入れていたおかげか、那美恵の母は那美恵が念のためドアのチャイムを鳴らすとすぐに出てきて娘の顔をマジマジと見つめた。娘が仕事とはいえ朝帰りをするなどと、心配に心配を重ねた表情でもって那美恵を抱きしめた。

 

「お母さん~あたしは大丈夫だから。心配しないでって言ったでしょぉ?」

 

 いくら国(の末端の機関)の管理が行き届いたとされる職場とはいえ、怪物と戦う艦娘になって、夜通しで戦っている娘を心配しない親など絶対にいない。前日に提督から連絡を受けた那美恵の両親も、しぶしぶながらも了承した一家のうちの一つなのだった。

 とはいえ那美恵の両親、特に父親はそれほど心配していなかった。

 那美恵の父は昔歴史に名を残しかけた偉大な母親に育てられた息子であり、母親の性格をしっかり遺伝して無駄に明るくお調子者、それでいて母親を超えるなんでも出来るまさに"出来る男"だ。社会に出て、子供ができて脂の乗った年代になった彼は、今や仕事も家族サービスもバリバリこなすダンディなおじさまを地で行く人物となっている。

 那美恵は偉大な祖母、明るくお調子者で何でもできる父親の影響を多大に受けて育った。お調子者で気楽な性格、何でもそつなくこなしてしまう才能の遺伝のため、母親の心配などぞどこ吹く風な態度でこれまでの17年間過ごしてきた。父親はそんな娘の性格や能力をわかっているがゆえ、無駄な心配をしないで那美恵を信じて自由にさせている。

 

 これまで那美恵の母親は心配事といっても、せいぜい学校の行事で遅くなったり、休日に地域のボランティアなどで遠出するときにするくらいであったが、娘が艦娘になってからのこの3ヶ月近く、今までとは比べ物にならないほどの質と量の心配をすることになった。今回の泊まりでの出撃任務で、母親の心配は最高潮に達したのである。

 とはいえ娘が頑として譲らずやろうとしている艦娘の仕事を無下に反対するほど子供の意志を尊重しないわけではない。むしろお国のために働いていることが将来安定した生活の構築につながるかもと密かに期待をかけている。決して娘である那美恵には明かさないでいるが。

 

 親の役目としてとりあえず口をすっぱくしてクドクドと心配を口にする母親に那美恵はハイハイと適当に聞き流しつつ、家に入りサッとシャワーを浴びてまだ少し早い時間のために一眠りすることにした。

 今更娘のやることに反対はしないが、今日び戦死するなどという一般人の生活からはありえない死に方をしないでほしい、それだけが心の底から常にする最大限の心配であった。それから女の子であるので大変なところに傷をつけて将来に影響を残さないでほしいとも。

 

 一方の那美恵は朝の僅かな時間ではあるがすでに寝息を立てていた。護衛艦内での眠り、提督の車の中での眠りとは比較にならないほどの安心した眠りであった。

 そのため、普段学校へ行く時間ギリギリになっても起きてこないことを心配した母親がたたき起こしに来てようやくうっすら目を覚ますくらいである。

 

 完全に安心しきって深い眠りについていたため母親からうるさく言われても半分くらい眠っている那美恵。朝ごはんをのんびり食べながら、時計を見ると、普段なら家を出てだいぶ経つくらいの時間になっていることにようやく焦りを感じ始めた。まだしていなかった登校の準備を慌ててして学校のかばんを持ち、ボタンを留めきってないブレザーを羽織って家を飛び出していった。

 

 那美恵の家からは、地元の駅より電車で2駅のところが学校である。

 

 

--

 

 

「会長、今日はギリギリの登校でしたね。どうしたんすか?」

 

 お昼休み、生徒会室でヘタっている那美恵を見て男女二人いる書記のうち、男子生徒が尋ねた。彼は教室の窓際から、走って登校してきた那美恵を見ていたのだ。

 彼は三戸基助、書記だ。軽い口ぶりと態度でひょうひょうとしたところがあるが、那美恵からの信頼は厚く、気を許す男子生徒の一人だ。

 

「うん。ちょっとね~昨日から泊まりで艦娘の仕事でさ。今朝帰ってきたの。」

「え!?会長艦娘やってるんすか!?」

「そーだよ。」

「よくなれましたね……あれなれる人少ないって聞きますけど?」

 三戸が質問をした。

 

 世間一般的な認識はそうなのか、と那美恵は思った。実際艦娘の試験を受けに行くと、試験が難しいから競争率が高いというよりも、最終試験である艤装との同調のチェックで、波長が合わずに合格できない受験者がほとんどなために競争率が高いという結果となる。

 ただ、世間ではどのみち競争率が高い職業・仕事・イベント事と認識されているのだった。

 

 実情を事細かに話そうと思ったが、疲れていたのでその場では適当な返事だけして、那美恵は机の上でへたり続けた。

「……うん。まぁね~。でも面白いよ~。いろんな人と出会えるし、ストレス発散になるしいろいろ優待もらえるし。まぁ戦うのは大変だけどね……」

「ストレス発散になるっていってるわりには今の会長疲れてるじゃないっすかw」

 

 三戸の鋭いツッコミに那美恵は彼の肩を軽く叩き、少し甘えた感じでぐずって返す。

「う゛う~!昨日今日は特別なの!正しい手順踏んどけばホントなら今日休めるはずだったのに~!完全にあたしのミスだよぉ~。 三戸くんあたしを癒やせよ~!」

普段に輪をかけてボディタッチをしてくる生徒会長たる那美恵につっつかれてドギマギする三戸は反応に困りつつも、

「ははっ、触り返していいなら触っちゃいますけど?」

と言い返し、那美恵からの無言の自発的な拒絶を得た。

 

 那美恵はその後もう一人の書記、女子生徒に向かっても愚痴を漏らした。

「ねぇわこちゃんどー思う!?あたし今の生活続いたら過労死しちゃいますよ?」

 

「はぁ、そう言われましても……そうなんですかとしか……。」

 向かい側に座っているわこちゃんこと、もう一人の書記兼会計で女子生徒の毛内和子は前頭部につけた髪留めあたりの髪を撫でていじりしつつ、適当に相槌を打った。三戸と同じ書記の彼女は物静かな性格だが、仕事などやるべきことに関してはキビキビ動く少女だ。三戸と同じくらいに那美恵の信頼は厚い。

 

「それにしてもミスって言いますけど意外っすね。会長なら艦娘というのになっても完璧にバリバリ活躍して周りの人巻き込んで引っ張っていってるイメージありますけど。」

「あ、さりげなくひどいこと言われてる気がするー。三戸君から見てあたしってどういうイメージなの~?」

「いやいや。会長はミスとは無縁な人なのに何かあったのかなっていう心配をしてまして……。」

 三戸は照れながら那美恵をフォローするかのように返す。

 

「あたしだってミスの一つや二つするよ~。今回のはミスっていうよりも、あたしの努力が足りなかったからで……あ、となるとやっぱりミスでいいのかな?」

 那美恵の言い訳と自己問答をなんとなくただ眺めている書記の二人。那美恵は時折クネクネと身体をひねったりしかめっ面をするなどして、傍から見ると何を考えてやっているのかわかりづらいアクションを起こしている。三戸と和子も会長である那美恵を最初見た時は頭の弱い人か!?と思ったが、それはまったく的外れの感想であることをすぐ後に知った。

 二人は生徒会に入り、那美恵の巧みなまでの仕事っぷり・人さばきを目の当たりにして、一瞬で考えを改めてさらにそれを飛び越えて那美恵の性格や振る舞いにも心酔するようになった。あの性格や振る舞いも、慣れれば別段鼻につくわけでもなく、本気でイラッとするわけでもない。きっと天才であるがゆえの表裏一体の行動なのだろうとあきらめにも似た感覚を覚えたのだった。

 

「ホントに何かあったんですか?私達で良ければ伺いますよ?」

 と和子は心底心配そうに那美恵を見つめる。

「おぉ!?マジ~?」

「完璧な会長が見るからに弱気を吐いていれば、どうしても気になります。」

 

 最初はあの会長のことだから、特に話半分で聞いていてもいいだろうと和子はなんとなく思っていたが、ガチでやるときと普段のおちゃらけのどちらなのか判別がつかなかっため、気になってきたのだった。

 それはもう一人の書記の三戸も同じ様子だった。

 二人が興味を向けてきたのでシメシメと思い、那美恵は話を持ちかけてみた。

 

「せっかく艦娘やってるってカミングアウトしたんだし、ちょっといいかな、みんな。放課後時間ある? 話したいことあるの。」

「俺は別にかまいませんよ。」

「私もです。どのみち生徒会室には来ますので。」

 那美恵の提案に快く承諾する三戸と和子。

「あとは副会長かぁ~。ま、同じクラスだからあたしの口から言っておくよ。二人はじゃあちゃんと放課後、お願いね。」

「「わかりました。」」

 

 約束を取り付けると那美恵は再びぐったりとだらしなく机に突っ伏した。その様子をみた和子は無駄とわかってはいたが一応注意してみた。

 

「会長…そんなふうに机にビッタリ頬を当ててるとだらしないですよ。それから顔に跡ついちゃいますよ。」

 和子の心配は一応受け取りつつ、突っ伏したまま手をひらひらさせて適当な相槌を打った。

 

 

 

--

 

 その日の放課後、生徒会室には那美恵の他、副会長の女子生徒と書記の二人という4人が集まっていた。その日は生徒会の仕事はなく、付き合いのある別の友人と帰ろうとしていた副会長の女子生徒だったが、会長からのお願いということでその友人には断りを入れ、しぶしぶながら生徒会室に姿を現すことになった。

 

 一番最後に入ってきた副会長の女子生徒はバッグをテーブルの足元に置き、一息ついたのちに口を開いた。

「で、話ってなに?」

 副会長の女子生徒がぶっきらぼうに質問する。それに対しタイミング良く連続で頷きながら那美恵は答えた。

 

「うんうん。実はね、書記の二人には話したんだけど、あたし実は艦娘やってるんだ~」

「ふぅん……って!?なみえあんた艦娘やってるの!?」

 副会長は那美恵を名前で呼んで素で驚く様子を見せた。

 

「清々しいまでの驚き方ありがと~みっちゃん!実はそうなんだよぉ。」

 

 那美恵がみっちゃんと呼んだ副会長の女子生徒は、実は那美恵の親友である中村三千花という名の少女である。想定通り驚いてくれた彼女に対して那美恵はペロッと舌をだして親指を立ててグッ!のポーズをし、軽くツッコミ混じりの返事を返した。

 

 親友の那美恵から艦娘という存在の名を聞いた三千花。決して全く知らないわけではなく、三戸や和子と同程度の認識であったため、物珍しいと世間的には評価される艦娘に親友がいきなりなったことに本気で驚いたのだった。しかしそこは那美恵のことを知ってる親友である。すぐに友人としての納得の様子に反応を切り替えた。

 

【挿絵表示】

 

 

「よく艦娘なんてやれるわね……ってなみえなら不思議でもなんでもないか。でもなんで?どうして急に?」

「急ってわけでもないけど、始めてからもうすぐ2ヶ月経つよ。」

「私に相談もなしに……少しくらい打ち明けてくれたっていいじゃないの。」

 親友である那美恵がこの2ヶ月近く、自分に黙って物珍しい艦娘として活動していたことに心配の気持ちを多分に含んだ憤りの念を抱いて三千花は那美恵に食って掛かった。

 それを受けて那美恵は両手を合わせてオーバーリアクション気味に謝るポーズをした。

 

「ゴメンって。これから話してあげるから許して~。」

「はぁ……。今回呼んだのは艦娘のこと話したくてしょうがなかったのね?」

 三千花が那美恵の気持ちを察するかのように発言すると、那美恵は特に口を開かずコクリと頷いて肯定した。

 

 その後那美恵は事の発端と、これまでの艦娘としての活動をかいつまんで3人に説明しはじめた。

 

「ふーん、なるほどねぇ。艦娘って人たちが戦ってるとはなんとなくわかってはいたけど、そういう風になってるんだ~。」と三千花。

 

「海が危険だとは結構前から言われてましたけど、海なんてめったに行かないし普通に俺らには影響なかったから知らなかったっすね。」

「そういえばうちの母が以前言ってました。20年位前とは比べ物にならないほど海産物の値段上がってるって。私達の生まれてない時代からだから……。これも深海凄艦という化け物のせいなんでしょうか?」至極真面目に状況を分析する和子。

 

 三千花と三戸、和子は三者三様の反応を示したが根本の驚き様は一緒だった。彼女らは那美恵という身近に艦娘になった存在を通して、改めて昨今の海の状況とそこから影響してくる日常生活について思い知ることとなった。

 

「あの、会長。艦娘らしいなんか格好とか活動?の様子の写真見せてもらえないっすかね?」

「おぉ!三戸くん乗り気だね~。実はあるんだよぉ~。」

 

 三戸は艦娘としての那美恵の様子を知りたくてたまらなかった。那美恵はもともと見せたくてたまらなかったため、三戸の反応は想定していた通りの嬉しい反応なのである。つまりお互いの欲求が一致したのだ。

 那美恵はその言葉待ってました!と言わんばかりに早速携帯電話を取り出し、今回の出撃の際に依頼元の東京都と隣の鎮守府の艦娘から出撃の記録としてもらっていた写真や動画のいくつかをスクリーンに映しだして三戸たちに見せた。

 

「はい。これがあたしの艦娘としての格好だよ。それからね~こっちは同じ鎮守府っていうところに所属している娘たちで、こっちは今回一緒に活動した隣の鎮守府出身の艦娘。○○高校の人で、同学年の子だったんだよ。すっかり仲良くなっちゃった。」

 那美恵は次々に写真を見せる。三千花・三戸・和子はそれを興味津々に覗きこんで食い入るように見つめた。

 

「へぇ~艦娘ってこんな感じで活動してるんだ~。なみえカッコいいじゃん!」

「会長かっけぇ~!あ、それとこの娘かわいいっすね?この娘も……」

「会長の着てるのって艦娘の制服なんですか?かっこ良くて可愛いです。私は一番好きかもしれません。」

 

 三千花、そして書記の二人はそれぞれの反応を見せた。おおむね好印象だ。携帯電話に映しだされる写真に見入る3人の様子に鼻高々にして少しふんぞり返り、控えめな主張しかしない胸を強調して那美恵は誇らしげな顔をした。

 

「話も聞いたしあんたの活躍もわかった。けど、それだけじゃないでしょ?」

「さっすが副会長兼親友のみっちゃん。わかってくれてる~?」

 阿吽の呼吸のように反応のやりとりをする三千花と那美恵。二人の様子を見て三戸と和子はワンテンポ遅れて「え?え?」とキョロキョロして二人の様子を確認した。

 

「長年友人やってりゃわかるわよ。あんた、お願いごとしたいんでしょ?」

 

 書記の二人も決して那美恵とは浅い関係ではない。生徒会メンバーとしても、普通の先輩後輩の関係として健全で、わずかな付き合いではあるが頻繁に接するためかなり密な関係だ。しかし三千花と那美恵は10年来の友人関係であるため雲泥の差。

 三千花は那美恵の行動が何を表すものなのか、察しがつきやすい。

 

 

 

--

 

「うん。実はさ、鎮守府Aとうちの学校を提携させて艦娘部を作りたいの。」

 ストレートに内容を伝えた那美恵。

 その一言で済ませた内容を聞いて、どう反応すべきか3人は途端に困って黙りこむ。数分とも感じられた約1分の沈黙の後、副会長の三千花が口火を切って指摘してきた。

 

「部活ねぇ。普通に先生に許可もらって作ればいいだけなんじゃないの? なんでそこで鎮守府っていうのが関わってくるの?」

 

 またしても想定したとおりの反応を三千花がしてきたので那美恵は勢い良く頷いた。

 

「その言葉待ってました!このあたりのこと、簡単に説明するね。」

 那美恵は改めて調べておいた、学生艦娘の制度について説明をした。

 

・学生艦娘制度自体について

・普通の艦娘、職業艦娘それらと学生艦娘の違い

・鎮守府や国にとって学生艦娘を取ることのメリットとデメリット

・学校側のメリットとデメリット

・学生(生徒)のメリットとデメリット

 

 那美恵はこれらを簡単にまとめて三千花らに説明した。泊まりの出撃任務の翌日および朝慌てて登校してきて一切準備をしていない那美恵だったが、何も知らない一般人になんとなく知ってもらえる程度の説明は出来たと心のなかで自負した。

 

「……という感じかなぁ大体。出撃から帰ってきたばっかりで全然資料ないから、今度提督に相談してもっと詳しく教えてあげるね。」

 

 本当にざっと説明しただけだが、三千花たちはなんとなく理解できた様子を見せた。確認するように三千花は内容を反芻し始める。

「なるほどね。学生艦娘ねぇ。国から艦娘専用の装備が出てるからおいそれと勝手に人を増やしても行き渡らない。自由に艦娘を増やせないのね。だから鎮守府が学校と提携して、まとめて人を採用したり適切に人数を調整するってことなのね。」

「そうそう、そんな感じ。」

 那美恵は頷いた。

 

次に和子が質問してきた。

「ところで……高校生はなんとなくわかるとしても、中学生が戦うってどうなんでしょう? それに深海凄艦という化け物と戦うことって、会長も含めてみなさん怖くないのでしょうか?」

 和子は艦娘自体の年齢・年代のことや深海凄艦の怖さを気にしている。

 那美恵は彼女の質問に対して、自身の体験も交えて答えた。

 

「その辺の艦娘の年齢問題は、私達がまだ生まれてない頃の艦娘制度の初期に結構論争になったらしいよ。どう解決したかはあたしは知らない。今度提督にもっと聞いておくよ。それから艤装つけてるとね、不思議とそういう怖さがなくなるんだぁ。あたしも他の艦娘から聞いたときはにわかに信じられなかったけど、実際体験すると確かに怖くなくなったの!」

 

 机に身を乗り出してその時のいわば不思議体験を力説する那美恵。3人がビクッとしたのに気づくとすぐに座席に戻り、普通のテンションと口調に戻って言葉を続けた。

「ま、別に接近戦するわけじゃないし、遠くから砲雷撃するっていう環境のおかげもあるんだろうけどね。」

 語りながら、その怖さが減る・なくなるという感情の操作について気にかかるものがあるが、今は触れるべきではないとして心のなかで思うだけにしておいた。

 

「ふぅん。他の人も?」

「うーん。ま、そこは人それぞれだと思うな。」

 

 三千花の一言の疑問にも答えると、那美恵は再びその場に立って机に両手を付き、前のめりになるように乗り出して3人に、自身の目的を改めて語りだす。今度は先程よりも勢いを弱めに立ち上がった。

 

「それでね、私が所属してる鎮守府Aってまだ出来て間もないの。別にそれだけってわけでもないんだけど、とにかくそこに協力してあげたいの。」

「それが、部を作ってその鎮守府っていうところと提携結ばせたいってことなんすね?」

 書記の三戸が確認してきたので、それに頷く那美恵。

 

「なんとなく興味持ったから始めてみた艦娘だけどさぁ。有名になって目立てるんだよ?それに今なら自分たちが鎮守府の運用に大きく関われるって、なんかワクワクしない? ただの学生がだよ、国や世界を守る鎮守府に大きく役に立って、世界的に有名になれるかもしれないんだよ?」

 

 熱をあげて語る那美恵だが、三千花の反応は思わしくない。

「理想が高いなぁ。なみえ自身はそれでいいかもしれないけど、他の人を誘うんだったらもうちょっと砕けないとみんなついていかないと思うよ。」

 

 決して全て否定されたというわけではないが、自身もまずいと感じている点を親友に突かれたのは痛かったので、那美恵は少し弱めに出ることにした。

「うん、それは自分でもわかってるの。だから協力してほしいの! 別にみっちゃんとか書記のあなたたちに一緒に艦娘になってほしいとかそういうことは言わないよ。強制するものでもないし、これは完全に私のわがままだから生徒会本来の仕事とは関係ない。ぶっちゃけ私利私欲のために生徒会を利用しようとあたしがしてるだけだから、無視してくれてもいいよ。」

 

 那美恵は何段にも重ねて断りを入れてさりげなく協力を求めた。

 そんな那美恵に対して先ほどの三千花とは違う反応を見せたのは和子だった。

「でも、学外の団体との協力っておもしろそうです。生徒会の活動としても、うちの学校の名を広める、課外活動の一環としては良いんじゃないでしょうか。バックに国が関わってるということなら、その鎮守府っていうところも信頼できるでしょうし。私個人としては会長に協力したいです。」

 

 書記の和子は少し協力的な方向に向いてきた。しかし見つけた問題点も指摘してきた。

「けど、このことをどうやって学校に伝えて説得して、なおかつ生徒にもわかってもらうかですよね。」

 

 那美恵は和子の指摘することにウンウンと頷く。

「そうなんだよ~。前に鎮守府Aに見学に行った後ね、教頭と校長先生に提督とじかに会って話してもらったんだけどさ、その時はダメだったんだよね。」

 那美恵が最初の説得に失敗していたことを暴露すると、まさかと思った想像を三千花は口にして確認する。

「あんたまさか一人で校長に話しつけに行ったんじゃないでしょうね?」

「うん、そーだよ。」

 さも当然かのように返事をする那美恵。三千花は右手で額に手を当てて呆れた様子をする。

 

「さすがのなみえでも単独で教頭と校長相手は無理よ……。なんでその時せめて私に話してくれなかったの?」

「うーん、その時はまだ艦娘着任前だったし。正直みっちゃんに話しても状況変わると思わなかったから話さなかったのよ~」

那美恵は対親友であってもサラリと悪びれもなく言い放つ。

「……あんた、変なとこでものすごくクールに振る舞うよね……まぁいいけど。」

 三千花は親友のそんな態度に深くツッコむのを諦めて、彼女の次の言葉を待った。

 

 那美恵は気を取り直し、空気を変えるために3人に目的のためすべきことを語った。

「ともかく。あたしがやらなきゃいけないことは2つあるの。一つは校長の許可を取り付けること、それからもう一つは艦娘になってくれそうな生徒を2人以上集めること。」

 三千花らはやることと言われた2つのことを聞いて相槌を打った。

 

「その2つの問題はわかるけど、生徒を集めるのって言っても普通に集めてたんじゃダメなんでしょ?」

 三千花が改めて問題点を確認する。

 

「うん。艦娘になるには同調のチェックで合格しなきゃいけないの。なりたいって思ってもなれるわけじゃないし、その逆だってありうるんだ。だから、数撃ちゃ当たるやり方で、なるべく多くの人に興味をもってもらって、とにかく大勢の人を集めなきゃダメだと思う。」

 

「なんか……聞く限りだと艦娘になってくれる人集めのほうがめちゃくちゃ大変じゃないっすか?」

「うん。そうだと思うよ。」

 那美恵は三戸の感想に頷いた。

 

「相当運というか相性が良くないとってことですよね?」

「そーそー。あたしはほんっと運と相性がよかったってことなんだと思う。いわゆるラッキーガールってやつ?」

 

 和子の感想にも頷いて真面目に肯定する那美恵。最後におどけてポーズを取りながら言葉を締める。3人ともサラリとスルーしたことに那美恵は少しだけグサッとキた。

 コホン、と咳払いをして那美恵はお願いの言葉を口にする。

 

「無理強いはしないよ。でもどっちかだけでも協力してくれたら、嬉しいな。」

 

 腕を組みながら数秒間誰にも聞こえないくらいの唸り声を発して考えこむ三千花。顔を上げて那美恵の方をまっすぐ見た。その表情は、那美恵がこれまで何度も見てきた表情だった。

 

「仕方ないわね。親友の頼みじゃあ無視なんてできないわよ。それに面白そうだし。」

 那美恵のやることに度々振り回されてきた三千花だったが、そのたびに彼女のやることに間違いはなくむしろ正しく、そしておもしろい経験ができていたことを思い出したのだ。

 今回も口では渋りながらもやる気を見せて彼女に協力することにした。

 

「みっちゃん~!」

 ぱぁ~っと顔をさらに明るくして素直な喜びを見せる那美恵。

 

 

 那美恵の話を聞いて少し考え込んでいた三戸がふと提案してきた。

「あのー会長。その試験って鎮守府でやらないといけないんすか?」

「およ?どーいうこと?」

 三戸の質問の意図がつかめず聞き返す那美恵。三戸は那美恵の反応を見た後説明し始める。

 

「えーっとっすね。たとえばその鎮守府ってところの人に学校に出張してもらって設備とか持ってきてもらって、興味ある生徒に受けてもらうとか?」

 妙なところで機転の利く考えを発する三戸。それに賛同したのは和子だ。

「あ、それいいと思う。もしそれができるなら、チラシ作って学内に貼れば自然と人集まるかもしれないし。会長、いかがですか?私も三戸君の案に乗ろうと思うんですが。」

 チラリと三戸の方を見て頷いた後、賛同の意を表した。

 

 那美恵もその案は頷いた。しかしそれと同時に気になる問題があった。

「確かにその案いいね~。だけどそれができるかどうかはあたしじゃ判断つかないなぁ。今度鎮守府行った時に提督に聞いてみる。」

 

 三戸の最初の案は保留になった。そのため三戸はさらに別のことを提案した。

「……となるとあとやれることは、俺たちで先にチラシでも作っておきましょうか?」

 それには副会長の三千花が冷静に答えた。

「いえ、まだしないほうがいいと思う。どう転ぶかわからないし、私達今なみえから艦娘の話パッと聞いただけだもの。もうちょっと情報ほしいわね。」

「あー確かにそうっすね。」

 三千花が書記の三戸の先走ろうとする案に待ったをかけ、自身らの持つ現状の問題点を挙げる。三戸はそのことに納得した様子を見せた。

 

 

 

--

 

 そこで那美恵は3人に提案した。

「ね、ね!みっちゃん! それに三戸くんと和子ちゃんも、まずは一度鎮守府に見学しにこない?百聞は一見にしかずだよ!」

「えー!私達が鎮守府に!? ……部外者だけどいいの?」

 突然の那美恵の提案に、三千花が当然の心配をする。

「マジっすか!?ホントにいいんっすか!?」

 三戸は急にハイテンションになり聞き返した。

 

「だって、ここまで話したんだもの。みんなにも実際の鎮守府とか艦娘とか見てもらわないと協力する実感湧いてこないでしょ?」

「まぁ、それはそうだけど。」なおも良い反応をしない三千花。

逆の反応をするのは三戸だ。客観的に4人を見ても、テンション高く反応しているのは三戸だけだ。

「ほぉ~! 直接色々見せてもらえるなら最高っす。生艦娘とか、くぅ~!ワクワクだ~」

 あまりにテンションが変わっているので和子が一言でツッコミを入れた。

「……変な考えてますね?」

 三戸の(男としてはある意味当たり前な)反応を、和子は敏感に察知してギロリと睨みをきかせた。

 

 3人を代表して三千花が改めて那美恵に返事をした。

「提督って人や艦娘の皆さんのお邪魔にならないんであれば、行ってみましょうか。ね?」

 三千花は三戸と和子に視線で同意と確認を求めた。二人は「はい。」と返事を返した。

 

「じゃあ今度鎮守府に行った時に、あなたたちの見学のことも話しておくよ。それまではこの話はこのメンバーだけの秘密ね。いいかな?」

 

「わかったわ。」

「了解っす。」

「はい、わかりました。」

 

 

--

 

「はぁ~。疲れた~。」

 3人から賛同をもらった那美恵は緊張の糸が途切れたのか、昼間のように力なく机に突っ伏すようにへたり込んだ。それは、同じ学校内でようやく協力者を得た喜びと安堵感、そして今朝方まで出撃任務で外出していたがゆえの疲れが複合的になったものであった。

 親友の様子を見るに、本気で疲れているのだと気づいた三千花はねぎらいの言葉をかける。

 

「本当につらそうね。お疲れ様。そんなにハードワークだったの?」

「いや~今回は特別だったんだよぉ。昼間三戸くんと和子ちゃんにも話したんだけどさ、ちゃんと手順踏んで学生艦娘になっておけば、今頃は家でゆっくりのんびりお休み中でしたってことですよみちかさんや。」

「なみえが弱音を吐くなんて……なんというか珍しいわ。でも嫌ではないの?」

 三千花の質問に那美恵はテーブルに突っ伏しながら口をわずかに動かして答える。

「嫌じゃないよ。むしろ好き。なんだかんだで楽しいもん。学校外のいろんな人と出会えるのがいいかなぁ。」

「へぇ~。」

 疲れを見せてはいるが、本気で嫌ではなく表情や態度の端々で肯定的な様を見せる親友を見て、三千花は静かに興味をたぎらせるのだった。

 

 

 その後30分ほど生徒会室でおしゃべりしあう4人。最初に三戸が帰り、次に和子が友人と帰り、最後に那美恵と三千花が残った。

 

「お~いなみえ。本気で寝ないでよ!そろそろ帰ろうよ?」

「う~~~ぃ~~~~。」

「コラっ!女の子がヨダレ垂らしながら唸り声出すな!」

 しゃべるのも億劫になっていた那美恵は気づいていなかったが、声を出してなんとか反応を示そうとしていたら、よだれを少し垂らしてしまっていた。三千花はそんなだらしなくなっている親友にピシャリと注意をして彼女を起こした。

 

 普段の那美恵の行動の仕方を知っている三千花が怪訝に思うくらいの動きでその後もダラダラと歩いて那美恵は生徒会室を出る。鍵を閉めて三千花と二人で帰路につくことにした。

 

 下駄箱までの道のりも那美恵の足元はふらふらとしている。

「ねぇなみえ。ホントに大丈夫?なんだか飲んだみたいに千鳥足になってるわよ?」

「だいじょーぶだいじょーぶ。別に飲んでるわけじゃないよ。疲れてるだけだって。」

「…にしても急にあなたフラフラになってない?身体大丈夫?」

 

 親友のしつこいくらいの心配の言葉に那美恵は普段の調子で三千花の背後に周り、髪の毛を引っ張って茶化す。

「ちょ!なみえ!何すんのよ!」

「心配性のおじょーさんはこうするとやわらかーくなるんだよねぇ~そりゃ!」

「ふぁ……!あっ……やめっ!」

 校門を出るまでの道のり、那美恵は三千花をいじってイチャイチャしながら進む。一瞬三千花は小走りになるが、那美恵は歩幅を合わせないでわざと歩き、彼女の髪を指と指の間に挟み込んでサラサラっと撫で回す。校門までの間は部活動をしている生徒くらいしかいないので人は少ない。その寂しげな空間に三千花の嬌声が一瞬響いた。

 似合わぬ声を上げてしまったと気付き、三千花は那美恵の方を振り向いて割りと強めのげんこつで彼女の頭を小突いた。

 

コツン!

 

「……いったぁ~。ぐーはやりすぎじゃないですかね、ぐーは……みちかさんや。」

「人がせっかく真面目に心配してあげてるのにそんなことするからよ。」

「それにあたし疲れ気味なんですが。」

「そんだけ元気なら心配ないわね。」

 親友の突き放すような態度に本気ではない怒気を含んだ声で言い返す那美恵。当然、三千花はそれを見破って、あくまで冗談を諌めるように言い放った。

 

「ふぅ……ゴメンねみっちゃん。」

那美恵は一息ついたあと、ふいに真面目に返す。

 

「まぁ、冗談は置いといて、疲れてるってのはホントだよ。」

「ほらやっぱり無理してる。ふざけてないで真面目に帰りましょうよ。」

「うんまぁ、それだけじゃないんだけどね。なんだかさ~、安心しちゃったってもあるかなぁ。」

「安心?」

 

「うん。今までいろんなことやってみっちゃんには助けてもらったけど、今回のこの艦娘のことだけは、きっと今までとは比べ物にならないくらい大きなことになる予感がしたから、言い出せなかったんだ。」

 急に真面目に返されて三千花は内心慌てたが、表面上は冷静に返した。

「……にしたって、ずっと付き合いのある私にもわからないくらいに黙ってるなんて。いくらんなんでもやりすぎよ。」

「ゴメンって。みっちゃんは常日頃真面目だし変に心配症なところあるから、余計な心配かけたくなかったの。でも今回打ち明けられてよかったよ。ずっと黙ってるなんてやっぱあたしには無理だわ~。話せて、安心したってこと。」

 

 真面目に三千花に話していたかと思うと、途端にいつもの調子に戻る那美恵。顔と上半身は進行方向に戻っていた。

 

「まぁ、なみえにはなみえの事情とか考えあるのわかってるし、私達に打ち明けたんだから今まで溜めこんでた分、これからは私達を頼ってよ?」

 眉をひそめた心配顔から、表情を解きほぐす三千花。彼女は那美恵が急に疲労困憊になった理由がなんとなくわかった気がした。

 普段茶化されているので、たまにはと思い三千花は那美恵の頭に手を伸ばして軽く撫でてみた。

 

「おぉ!?みっちゃん!?どしたの突然?」突然のことにビクっとしてのけぞる那美恵。

「なんとなくね。たまにはあんたを労ってあげる。」

「んふふ~。みっちゃんに頭ナデナデしてもらうのすんげー久々。」

 ニンマリと笑顔になった那美恵は、三千花のするがままに上半身を少しかがめて三千花のするがままにさせた。ただその表情は隠しきれていない疲れもあってか、普段より硬いものであった。

 

 お互いの酸いも甘いも知っている二人は、基本的には那美恵がまず何かを思いついて突っ走り、三千花がその後を追いかけて周囲を気にかけフォローをし、時には突っ走りすぎた那美恵を諌めるというパターンでともに過ごしてきた。那美恵は三千花がいるからこそ、必ずいつかは現れてくれると信じてるからこそ突っ走る事ができ、三千花は那美恵がそういう性格だったからこそ、そんな親友を制御できる出来る人間になろうとし那美恵に近い成績や運動神経の良さ、そして人間関係を手に入れてきた。

 二人の行動パターンはもはや何物にも代えがたい関係を築き上げていた。

 

 

 その後二人は学校を出て駅へと向かい、電車に乗る。歩幅が狭くなったりと安定しない那美恵を気遣ってか、三千花はペースを常に合わせて歩く。

 家は同じ駅で降りて改札口を出て、別々の方面だ。那美恵の様子を心配に感じ続けていた三千花だったが、那美恵がどうしても一人で大丈夫と言い張るため、不安を残したままであるが駅前で別れた。

 

 那美恵は確かに疲れてはいたが、俄然やる気になってきた。一人ではどうにもならない。協力してくれる仲間がいればやれる。その限界は限りなく広がる。それは生徒会の活動を通してもわかっていたが、今回改めて思い知った。

 今の自分の生活もこのまま泊まり含めた出撃任務があるとさすがに辛くなる。それはこれから部を作って艦娘になってもらう生徒も同じはずだと那美恵は思った。

 だからこそ、鎮守府と学校の提携はきちんとせねばならない。自分が実情を体験して初めて提携することの大切さを理解したのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間:那珂の休日

 翌日、那美恵は学校を休んでしまった。緊張が解けたからなのか彼女は突然ドッと疲れが出始め、朝起きるには起きたが、とても学校へ行って何かをできる体調ではなかった。その後半日以上も熟睡してしまった。

 

 昼過ぎに起きた那美恵は、ようやく体調がかなり回復したのを感じた。まだだるさは残っているが、起きてご飯を食べる・シャワーを浴びるくらいはできそうだと。

 那美恵の母親はパートを休んでいた。娘の看病をするためだ。那美恵が1階の居間に姿を現すと、「おそよう」と茶化した言葉を口にして、お昼ごはんを用意し始めた。

 その間にシャワーを浴び、頭を完全に目覚めさせた那美恵は気分が乗ってきたのか、鼻歌と、その流れで流行りのアイドルグループの歌を口ずさみ始めた。気分ノリノリでお風呂タイムを満喫している。体調はほとんど回復していた。

 

 テレビ番組を見ながら少し遅いお昼ごはんを食べ始めた。那美恵の母親は娘のスタミナを復活させるために肉を使った料理を出した。普段は比較的小食な那美恵だったが、長時間の睡眠と疲れが取れた後だったためか、この時ばかりは普段の倍近くもぺろりと平らげた。

 

 その後居間にあるソファーでゴロ寝しながら携帯電話を見ると、三千花からメッセンジャーアプリで通知が来ていたのに気づいた。それを開くと、真っ先に心配の言葉が飛び込んできた。那美恵は返事を出して無事を知らせる。

 ふとメールアプリのほうを見ると、なんと五月雨と五十鈴から来ていた。鎮守府にいる艦娘のたちとは仲良くなってすぐに連絡先を交換していたためだが、仕事で普段会っているのでメールやメッセンジャーを出す機会をこれまで逃していたのだ。

{IMG11114}

 

 五十鈴こと五十嵐凛花からは次のような文面で届いていた。

「こんにちは、那珂さん。そっちはどう? 私は昨日はあの後学校に行ったのはいいけど、あまりに疲れていたので早退してしまったわ。私が艦娘してることを知ってるのは友人2人だけだったから、他の人にうまく言い訳してもらうのに大変でした。今日は言い訳を手伝ってもらったお礼に友人にお昼をおごっているところです。」

 

 メールの受信日時を見ると、12時24分と、だいぶ前だと気づいた。

「凛花ちゃんも大変そ~だなぁ。ってかメールでは口調丁寧だしw ちょっとおもろ~。」

 凛花からのメールに返すことにした那美恵は寝っ転がっていたので打ち込むのが面倒くさくなり、電話で話し合うかのように音声入力で3~4文喋って入力した。

「凛花ちゃんこんちは~。あたしは昨日は頑張って放課後まで出たよ!んで今日は疲れちゃったからお休み。また今度鎮守府でね!」

 

 五十鈴からのメールに返信し終わると、那美恵は次は五月雨からのメールを開いて見始めた。

「那珂さnおはようございます。昨日はあのあと大丈夫でしたか?私達は昨日はあのあと提督がお昼をごちそうしてくれたんですよ!エヘヘ~嬉しかったですよ。それからですね・・・」

 那珂の心配というよりも、自身らの先日のその後の行動を長々と書き連ねていた。ところどころ誤字誤変換があるなど、うっかりミスは彼女らしいと那美恵はニンマリと萌えながら画面に表示された文面を眺めていた。

 

 五月雨や時雨たち、五十鈴たちとは艦娘という仕事上の付き合いではあるが、お互い学生という立場上どうしても仕事というよりも学校という垣根を超えた学生同士の仲の良い関係という感覚を那美恵は感じていた。

 艦娘としての付き合い、隣の鎮守府の天龍が言っていたことを思い出した。プライベートで知り合いや、よっぽど仲の良い間柄でない限り、基本的には艦娘同士は付き合わないと。

 鎮守府Aはまだ人が少ない。それゆえ那美恵は全員と仲良くしたかった。今後人が増えたとしても、その思いは変わらないだろう。せっかく自分が加わって活動している艦娘の活動の場所たる基地、鎮守府にいるのだ。他の鎮守府とは違う演出をしたり、関係性を築きたい。那美恵はここまでの体験を思い返してそう考えていた。

 

 五月雨のメールにはやや返事を書きづらかったため、適当な挨拶を2~3語含めるだけにしておいた。

 

 ひと通りメールやメッセンジャーの確認が終わると那美恵はまた一眠りつくことにした。その後休んではいたが普段通りの生活をし、夜になりふと提督に話したいことを思い出したので、提督にメールを出すことにした。

 

「西脇さんへ。この前ちょっと言った、お話したいことがあるので明日鎮守府で聞いてもらってもいいですか?」

数分後提督から返信が来た。

「OK けど夕方会社戻るから早めに。」

 

 あっさりとした返信に那美恵は苦笑した。

「タハハ。提督ったらそっけない返信~。長文書くの苦手なのかな?」

 

 (学校外の)男性とメールやメッセンジャーをやりとりするのは那美恵は初めてだったので、大人の男性ってこんなものなのかとなんとなく思い、返信はしないでその時のやりとりを終えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見学に向けて

 

 次の日、学校は時間割が少ない日のため早く学校を出ることができた。前日に提督にメールをしたところによると、その日は夕方までは鎮守府におりそれ以降は会社に戻るという。那美恵は授業が終わると生徒会室への顔出しは適当に済ませ、都合に間に合うようにすぐに鎮守府へと向かった。

 

 那美恵が鎮守府に到着すると五月雨たちがすでに来ていた。彼女たちは本館の玄関の付近の掃除をしていた。学校の体操着やジャージを着て掃除に取り組んでいる。

 那美恵に気づいた五月雨と時雨が離れたところから会釈をした。

 

「あ、五月雨ちゃん。提督はまだいる?」

那美恵が尋ねると五月雨はすぐに軽やかに返事をした。

「はい。いますよ。でももうすぐ会社に戻られるそうです。何かご用事ですか?」

「うん、ちょっとね。ありがと~」

 

 玄関付近の掃除をしている五月雨たちの間を通り過ぎ、那美恵は本館に入って脇目もふらずに提督のいる執務室へと向かった。執務室に入ると、提督はすでに出る準備をしていた。

「あ、提督!もう出ちゃうの!?」

「あぁ、ゴメンな。話あるんだっけ?」

「うん。あのね。今度学校の生徒会の人を鎮守府に招待したいんだけどいいかな?見学させたいの。」

 

 提督は会社へ戻る身支度を整えながら那美恵の相談に答える。

「あぁ、いいよ。一般人の見学とかそのあたりは五月雨に任せてるから彼女に話をつけておいてくれ。日にちは……工事の打ち合わせとかもあってバッティングするとまずいから、こっちで候補日を決めてあとで知らせるけどそれでいいか?」

「うん。そのあたりは適当にお願い。あ、あとね?」

「すまん!もう出ないと本当に会社に間に合わないんだ。続きはまた今度な!」

 

 那美恵はさらにお願いをしようとしたが、提督は会社へ戻る時間がかなり差し迫っている様子で、那美恵の言葉を遮って急ぎ足で執務室から出て行った。

 

「会社との兼務って大変そ~。ま、あたしたち学生もそーだけど……」

 那美恵は提督が閉め忘れた執務室のドアをぼんやりと眺めつつ、ぽつりとつぶやいた。

 

 

 

--

 

 玄関先に戻ると五月雨たちは掃除をまだしていた。まだ小さく狭い施設や敷地とはいえ一般的に見ればそれなりに広い。五月雨たち中学生4人ではそう早く終わるものではない。その様子を見た那美恵は五月雨に見学の話を話す前に、彼女らの仕事を手伝うことにした。

 

「みんな!あたしもお掃除手伝うよ?」

「那珂さん!那珂さんが手伝ってくれるなら鬼に金棒っぽい!」

 まっさきに夕立が振り向き反応したので、那美恵は逆に言葉を返した。

「それを言うなら夕立ちゃんに魚雷ってところでしょ~?」

「那珂さんお上手ですぅ~!」と村雨がヨイショする。

夕立は

「那珂さん魚雷っぽい?むしろあたしが魚雷になって突撃したいっぽい!」

などとよくわからないノリ方をしてその場の笑いを誘った。

 

 

 その後那美恵は制服の上着を脱ぎ、セーターとYシャツ、そしてスカートだけになった状態で五月雨たちから掃除用具を借りて掃除に加わった。

 

「じゃあ那珂さんはますみちゃんとお願いします。」

 掃除の音頭は時雨が取っていた。

「村雨ちゃんだね。おっけ~。」

 

那美恵は村雨とともに、時雨から任された範囲の掃除を始めた。しばらくして那美恵は何気なく感じた疑問を投げかけてみた。

「ところでさ、いつもこういう活動のときは4人の中では時雨ちゃんが仕切ってるの?」

 

【挿絵表示】

 

「学校では、ホントは白浜さんっていうもう一人友人が僕達を仕切ってることが多いです。」少し離れたところにいる時雨が答えた。

「あ~確かそっちの中学校の艦娘部で一人だけまだ着任できてない娘だね?」

 那美恵は以前聞いたことを口に出して確認すると、五月雨・夕立・村雨たちは苦笑いをしながらもコクリと頷いた。

 

「別に着任してなくたって来たっていいんじゃない?どーせ人少ないんだしあの提督なら怒らないでしょ?」

「提督というよりも彼女に問題がある気がします……。一応誘ってはいるんですけど、彼女意地っ張りなところがあるから何度誘っても来ないんです。だから僕達早く彼女に会う艤装が配備されないかなぁ~って待ってるんですよ。」

 那美恵は何気なく思ったことを述べ、時雨がそれに答える。五月雨たちはというと、白浜という子のことをよく知っているのか、彼女のことをワイワイと語りはじめた。

 

 雑談が多くなり始めたことに少し危機感を覚えた那美恵は掃除が終わらなくなるといけないと思い、適当に盛り下がってきたところで一声号令をかけ、自身らは先程の時雨の指示通りの分担で掃除をしながら、件の同級生のことを引き続き聞いた。

 五月雨たちが評価するその白浜という娘の人となりも気になった那美恵だが、それよりも彼女らの中学校の艦娘部の有り方や、白浜という娘の置かれた状況のほうが気になっていた。これから艦娘部を設立するために調査し、活動するにあたって参考になるかもしれないと考えていた。

 

 那美恵が加わって数分後、玄関まわりとロビーの掃除を終えた5人は掃除用具を片付けてロビーの一角で休憩をすることにした。

 提督という男性はいるがその場には女しかいなかったため、五月雨たちはロビーの端っこで堂々とジャージや上着を脱ぎ、学校の制服に着替えた後のんびりし始めた。

 那美恵は4人からは1テーブル隣のソファーに座って髪を整えたり携帯をいじっていた。タイミングを見計らい、五月雨に声をかけた。

 

「そーだ五月雨ちゃん。ちょっとお願いがあるんだけどいい?」

「はい?なんですか?」

 

【挿絵表示】

 

 コクリと飲みかけていたお茶のペットボトルを置いて時雨たちのほうから那美恵のほうに振り向いた。

「あのね。うちの学校の人達に鎮守府を見学させてあげたいんだけど、いいかな?」

「えぇ、いいと思いますけど、提督はなんて?」

「提督は五月雨ちゃんに任せるって。」

 

 提督から任されてるという信頼感に五月雨は顔を少しだけほころばせたがすぐに真面目な顔になり、那美恵からの見学の相談を快く承諾した。

「わかりました。一応誰が来るか来たかメモしてますので、あとで一緒に執務室に来てください。」

「りょーかい!」

 

 休憩を終えた5人は時雨・夕立・村雨は艦娘の待機室へ、那珂と五月雨は執務室へとそれぞれ向かった。那美恵は見学の人数、見学メンバーの名前や学校名などを書類を書こうとしている五月雨に伝える。

 

「……っと。はい。OKです。日にちは?」

「日にちは提督が都合の日を伝えるから待てって言われたの。」

「そうですか。じゃあ私からはここまでです。提督から連絡もらったら、お伝えしますね。」

「うん。お願いね~。」

 

 その場でできることを済ませた那美恵はその日はそれで終わった。翌日提督は鎮守府へ出勤してきたときに五月雨と話し合い、自身と五月雨の都合が良い日を決め、それを那美恵に伝えた。

 

 

 

--

 

 翌日、日中にメールで日どりの連絡を受けていた那美恵は放課後に生徒会室に行き、見学の日取りの候補日を早速三千花ら生徒会のメンバーに伝えることにした。

 

 生徒会としての本来の作業があったため、それらをひと通り片付けてから話を持ち出すことにした。那美恵は全員の作業の手が落ち着いたのを見計らって大きめの声で注意をひくように口を開いた。

 

「みんな、作業は落ち着いたかな?」

「はい。俺は大丈夫っす。」

「私も…この書類を確認し終えたら大丈夫です。……はい。」

 三戸と和子が返事をした。

 三千花は少し離れたところで生徒会顧問の先生と話しているため那美恵はすぐには声をかけられなかった。しばらく3人で三千花のほうを見ていると、ようやく話が終わったのか三千花は会釈をして先生から離れて那美恵たちの方に近づいてきた。顧問の先生は三千花との別れ際に、職員室に戻っているからとそれだけ伝えてサッと生徒会室から出て行った。

 

「おまたせ。」

「うん。鎮守府見学の件なんだけど、○日と○日、それから○日がOKなんだって。何日がいい?」

副会長の三千花、書記の三戸と和子は特にバラバラに異なる日にちをいうことなく、3人共同じ日にちで都合が付くことを那美恵に伝えた。

 

「日にちは問題なしだね~。じゃあ提督にメールしちゃおう。」

 自身らの都合がよい見学希望日を早速提督と五月雨に伝えることにした。その場で自身の携帯電話で提督と五月雨にメールをする。

 

 その30秒後には提督からxx日了解、という5文字だけのメールが届いた。

「提督返信はやっ!」

「もうOK来たの?」三千花が尋ねる。

 

「うん、○日で行けることになったよ。じゃあみんな、その日土曜日だから午前の授業終わったら生徒会室に一旦集まって、それから行こう~!途中でお昼食べたりもしよっか?」

「あー、まあそれは適当にしましょう。」

 那美恵のついでの提案をさらっと受け流す三千花。

 

 

 一応生徒会の公的な課外の交流活動の一環としての参加にするため、那美恵は書記の二人に指示を与える。

 

「そうそう。三戸くん、和子ちゃん。課外活動の報告書の作成、お願いね。ガッツリしっかりと!それを先生方への説得材料にするんだからね。」

「わかりました。」

「了解っす。」

 

 那美恵の指示を受けた三戸と和子は承諾した。気を利かせた三戸は那美恵に報告書についての提案をする。

「そうだ会長。どうせ報告書作るなら、写真はもちろんだけど、動画録ってそれも資料に含めましょうよ。そのほうが説得力増すんじゃないですかね?」

 

 三戸の提案を聞いた那美恵はなるほどと感心した。ただし自身では判断つかないことは付け足しておいた。

「うん、そうだね。艦娘の訓練の様子とか、あとは提督から説明受けてる様子とか録ればいいかも。ただ一応国の組織に関するところだから、録っちゃダメってところもあるだろうし、そこは確認しておくよ。」

 

 見学時の学校側としての役割を決めた那美恵は、その日は艦娘関連の話題は終わりとして、各自自由に話したり友人を待たせているからとサッと帰ったりした。

 

 

 こうして数日後、見学日を迎えることとなった。

 




世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing

挿絵原画。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=52481149

ここまでのGoogleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1ALBsWahuMrxJfcVWA-nisXWJsZMtlvw8iNgfhCYhMCk/edit?usp=sharing
好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学校の日々2
見学当日



【挿絵表示】

鎮守府Aにて軽巡洋艦艦娘、那珂となった光主那美恵。これから本格的な活動になるかもしれないことを考慮して、自身の高校と鎮守府Aとの提携を目指そうと考え始める。
 自身が生徒会長であることから、まずは生徒会メンバーに鎮守府Aの見学を勧める。無事に見学の申し込みを取り付けた那美恵たちは、見学日当日を迎える。


 土曜日、午前の授業が終わり生徒会室に集まった那美恵たち4人は、生徒会備品のタブレット端末やデジカメ等を持ち早速鎮守府へ向けて学校を後にした。

 

 学校のある町の駅から電車に乗り、ゆられること数分、となり町の駅で降りる4人。駅で降りて改札を抜けると、見覚えのある顔が向かいのコンビニの前にいた。それは駆逐艦時雨担当の御城時雨(ごじょうしぐれ)だ。

 

「あ、時雨ちゃーん!」

「那珂さん、こんにちは。あ、そちらは……」

 那美恵は駆けて行って時雨の手を掴みブンブンと振りの大きい握手をする。時雨はその握手に少し戸惑いの表情を見せたがすぐに笑顔になり挨拶を返す。そして駆けて行った那美恵のあとから来た3人に気づいた。

 

「うちの学校の生徒会のみんなだよ。今日は鎮守府を見学させたくてね。連れてきたの。」

「あ、さみに話してたのはそのことだったんですか。」

「うん。ところで時雨ちゃんはここでどうしたの?人待ち?」

「はい。ゆうが買い物してるので。」

 時雨は視線を背後にあるコンビニの入り口に向けながら言った。その直後自動ドアが開き、夕立こと夕音が外に出てきた。

「あ゛ー、一番くじ外したっぽい~。ぬいぐるみ欲しいのに~……あ!那珂さん……と誰?」

 コンビニから出てきた夕音はブチブチ文句を垂れている。前半の愚痴らしきセリフは無視し、那美恵は改めて生徒会メンバーを紹介することにした。

 

「せっかくだし二人には先に簡単に紹介しておくね。こっちはあたしの高校の生徒会のメンバー。」

「副会長の中村三千花(なかむらみちか)です。」

「書記を担当しています、毛内和子(もうないわこ)です。」

「同じく書記の三戸っす。よろしくっす。」

 三千花たちは目の前の中学生二人に挨拶と自己紹介をした。それを受けて時雨たちも、先輩にあたる人たちなので丁寧に自己紹介で返した。

「僕は御城時雨といいます。○○中学校の2年生です。鎮守府Aの駆逐艦時雨を担当しています。」

「あたしは立川夕音(たちかわゆうね)っていいます。同じく○○中学校の2年で、駆逐艦夕立を担当だよー!」

 

【挿絵表示】

 

 

 落ち着いた佇まいで会釈をして自己紹介すると時雨と、元気よく片手を前に出して無邪気に自己紹介する夕立。二人の中学生艦娘の紹介を受けて、三千花たちも改めて挨拶をする。

「うおおぉ!!生艦娘!中学生!ボクっ子!最高~!」

 なお唯一の男である三戸は二人の紹介を受けて(小声で) 興奮していた。そんな傍から見たら恥ずかしい態度を取る三戸を見て呆れるを通り越して逆に心配をし始めた和子が彼をなだめる。

「三戸君落ち着いて。傍から見るとただ単に中学生に興奮してる男子高校生でしかないから。結構危ない人に思われますよ?」

 

 那美恵の少し後ろでそんなやりとりが行われている様を見た時雨と夕音は気にはなったがどう反応していいかわからず、とりあえず那美恵のほうだけを見ることにした。那美恵も三戸の反応にすぐに気づいたので一応断っておいた。

「あ~、後ろは気にしないで。初めて見る艦娘に少し興奮してるだけなの。」

 

 そして気を取り直すようにコホンと咳払いをして続ける。

「二人もこれから鎮守府行くんでしょ?その前にみんなでお昼食べていかない?」

「はい。僕達もちょうどどこかで食べていこうと思っていたところなんです。」

「わーい!いこ~いこ~!」

 時雨と夕音は都合が悪いわけでもないので賛成した。

 

「みっちゃんたちもいいでしょ?」

「うん。いいわよ。」

「生艦娘と合コ……」

「はい。……三戸君はいいかげん落ち着きましょうか(怒)。私達年上ですよ?」

 三千花たちも賛成した。まだ興奮しているクドイ三戸を見て和子が少し声を静かに荒げて叱った。

 

 4人+2人が入ったのは近くのファミリーレストラン。そこでは艦娘の証明カードを見せれば、艦娘本人と5名の同行者までが半額になる優待を受けられる。そのレストランは鎮守府個別ではなく、防衛省の艦娘統括部と提携しているためすべての鎮守府の艦娘が優待を受けられるようになっている。

 食事中はお互いの学校のことや、時雨たちからは艦娘の活動について彼女らから話せる範囲で語られた。そして6人は食事が終わり、改めて鎮守府へと歩みを進め始めた。

 

 

--

 

 歩きながら那美恵は時雨に他の娘のことを尋ねた。

「そういえば五月雨ちゃんや村雨ちゃんは?」

「あの二人は同じクラスなんですけど、何かクラスの用事が残っているとかで僕らだけ先に来たんです。それまでは秘書艦お願いって言われてるので、やれることがあれば僕が代わりにやります。」

「そ、りょーかい。」

 

「ねぇ御城さん?その秘書艦っていうの大変?」

 三千花が時雨のほうをチラリと見て尋ねた。

「えぇと……僕はさみ、五月雨からたまに引き継いで代わりに秘書艦するんですけど、意外とやることあって面倒な内容だったりと、覚えることやることいっぱいでホント大変です。どうもさみと提督の頭のなかでは大抵のことは固まっていてわかっているみたいであの二人はスラスラやってますけど……。まぁ、さみは成績良いし頭いいのは知ってるんですが、のんびり屋で時々おっちょこちょいなのによくやれるなぁと思いますよ。」

 

 その愚痴に那美恵はウンウンと頷く。

「わかる。わかるよ~。頭の中で自分なりの手順や流れがしっかり描けてるんだろうね。だから性格云々は関係なしにスラスラやれちゃう。そういう人ってたまにいるよね~。」

「まるっとあんたじゃないのなみえ。その五月雨って娘、あんたと似てるの?」

 三千花が聞くと、代わりに時雨がその質問に答えた。

「アハハ。那珂さんとは違いますね。那珂さんみたいにおどけたり底抜けに明るくはっちゃけるさみなんて想像つきませんよ~。」

 

 なんとなく皮肉とも自分を馬鹿にされてるようにも思えた那美恵は全く本気でない軽い怒り方で三千花と時雨に反論する。

「ちょっと~なんかまた私馬鹿にされてない~?みっちゃんは仕方ないけど、時雨ちゃんに言われるのはちょっとびっくり~」

 口をつぼませて拗ねる仕草をする那美恵。それを見て時雨はやや焦りを見せて弁解する。

「あ……すみません、悪い意味じゃなくて……」

「うぅん!時雨ちゃん可愛いから許しちゃう~。あとみっちゃん!五月雨ちゃんにしつれーだよ!本人に会ったらその可憐さに萌えて土下座するがいいわ~」

 もちろん本気で怒ったわけではないので那美恵は時雨をすぐに許しつつ、親友の三千花には辛辣な言葉を浴びせた。

「何よそれw でもあんたが言うくらいだから相当可愛い娘なんでしょうね。期待するわよ。」

 

 那美恵たちがそんなやりとりをする一方、ふと三戸や和子の方を見ると、二人は夕音と仲良さそうに話している。主に三戸と夕音がウマが合った様子でほぼ同じノリで会話している。和子は二人が(主に三戸が)暴走して変に騒いで町中で他人(や夕音)に迷惑をかけないかどうか、キモを冷やしながら二人の間に入ってツッコミ役を担当していた。そんな光景がそこにあった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見学(序)

 鎮守府の表門に到着した一行。ところどころ工事中のため、土曜日にもかかわらず建設会社の社員や大工らが作業をしている。那美恵と時雨、夕音は挨拶をして工事現場の間を通り抜けて、通用口を通って三千花らを本館へと案内した。

 

 那美恵と時雨、夕音は本館の玄関に沿い、三千花らと向かい合うように立った。

「「「ようこそ、鎮守府Aへ!」」」

 

 出迎えされた形になった三千花らは様々な反応を示した。

「へぇ。ここが鎮守府ってところなのね。思ったより大きそう。」

「おぉ!ここが艦娘たちがたくさんいる基地!楽しみっすね~」

 三戸は落ち着いたのか、普通に見るのが楽しみそうな反応をしている。

 和子は先の二人の同意のため相槌を打ち、タブレット端末に向かってメモを書いている。

 

「まだ工事中のところがあるのでお見苦しいとは思いますけど、ゆっくりしていってください。那珂さん、僕たちは先に更衣室行って準備してますので。」

 そう言って時雨は会釈をして、夕音とともに本館の中に入っていった。

 

「なみえは行かなくていいの?」

「ん~? でもみっちゃんたちいるし今日は一緒にいようかなぁと。」

「会長、気にせずに艦娘の制服に着替えてきて下さい。会長の行動も報告書の大事な記録になりますので。」と和子。

「俺たちここで待ってますよ。」と三戸。

 

 3人から促されたので、那美恵は着替えてくる間3人にロビーで待っているよう案内した後、時雨たちを追いかけて更衣室に向かった。

 

 

--

 

 数分後、三千花らの前に那美恵たちが姿を現した。

「おまたせ~。今からあたしは軽巡洋艦那珂なので、気軽に那珂ちゃんとでも呼んでね~」

 華やかな制服になって姿を表した那珂とは異なり、学校の制服のままで登場した時雨と夕立を見て、三千花は自然と疑問を口にする。

「あれ?二人は艦娘の制服じゃないのね。」

 

「はい。白露型の艦娘は、五月雨以前の姉妹艦の担当者には決まった制服がないんです。だから普段も出撃の時も服装自由なんです。」

 時雨がそう説明した。

「立川さんもそうなの?」と三戸。

「ここでは夕立って呼んでくれてもいいっぽい~。そうでーす。あたしも時雨と同じく服自由なの。今度ね、学校と違うオシャレしようと思ってるの。」

 服装についての話が一角で続いている間、那珂は見学を開始する旨伝えにその集団から抜け、提督のいる執務室に向かった。

 しばらくして那珂が一人の男性を連れてきた。ロビーにいる三千花らの前に立つと、自己紹介をしてきた。

「ようこそ、○○高校生徒会のみなさん。俺が鎮守府Aの総責任者、通称提督を勤めております、西脇と申します。よろしくお願いします。」

 

 三千花らは大人が出てきたので改まって自己紹介する。

「私は○○高校生徒会副会長、中村三千花と申します。この度は鎮守府Aの見学をさせていただくことになりまして、お忙しい中本当にありがとうございます。」

 代表的な挨拶は副会長の三千花がし、書記の二人は普通に自己紹介するのみにした。

 

 お互い挨拶と自己紹介交わした後、提督は時雨に五月雨の様子を伺う。

「五月雨は間に合ってない?」

「すみません提督。まだ学校の用事が……」

「そうか。じゃあ仕方ない。来るまでは時雨、君が秘書艦として○○高校の皆さんを案内に付き合ってくれないか。」

「はい提督。でも僕と夕立は○時から護衛任務で行かなくちゃいけないからあまり長い時間は……」

 

 提督と時雨が話し合っている中に那珂は割り込んで提案した。

「ねぇ提督。時雨ちゃんたちの任務の時間がもうすぐなら、あたし案内全部受け持つよ?どうせうちの生徒に案内してあげるつもりだったし。」

「……いや、せっかく同じ学校のお仲間が来てるんだし、那珂は今日は学校側の立場で参加してくれ。どのみち五月雨が来れば任せる予定だったから、それまではそうだな……じゃあ俺が全部、直接見学の案内するよ。時雨たちは任務の時間までは自由だから好きにしてくれていい。」

「「はい、わかりました。」」

 時雨と夕立は返事をして、那珂たちに会釈をして別れ、階段を登っていった。

 

 

--

 

 提督を先頭にして、鎮守府内の案内と見学が始まった。なお、動画による撮影は、工廠の一部以外ならOKの回答をもらっていたため、那珂は書記の二人に動画での撮影もするよう指示した。

 

 三千花らの見学コースは次のように進む。

1,本館内部

2,本館周辺敷地と施設

3,工廠・出撃用水路・訓練施設

4,艦娘らによる出撃の様子や演習の再現

5,説明(今後の鎮守府の展望)

6,質疑応答

 

【挿絵表示】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見学(本館)

 まずは本館の見学ということで、提督は今全員がいるロビーから開始してすぐに2階へ三千花たちを案内した。各部屋を案内してその役割を解説する。いくつか部屋が紹介される間、書記の二人は解説をメモしたりデジカメで撮影している。副会長の三千花は那珂と会話をはさんで各部屋を熱心に見ている。

 

 一般的に雑誌等で紹介される、艦娘と彼女らの勤務する華やかな鎮守府と称される基地はかなり目立つ大きなところである。それに比べて鎮守府Aはぱっと見それなりの広さなのだが、全国・全世界の鎮守府(基地)としてみると小規模だ。人数に見合ったといえば聞こえはいいが、それでも不釣り合いな感じは否めない。三千花らの第一印象は意外と"しょぼい"だった。本館自体は工事中の部分が多く、使える部屋が少ない。が、それでも使える部屋の中でも空き部屋が多いことに気づいた三千花は提督に尋ねてみた。

 

「あの、ずいぶん空き部屋がありますね。」

「そうですね。まだ人も少ないから使い切れていないのが現状なんです。用途は考えているので、もっと艦娘や職員が増えたら活用できるんだけどね。」

 提督は三千花からの質問に現状を自ら笑ってけなすような口調で説明し、展望を述べた。

 

 

--

 

 2階を案内したら次は3階へ。3階は提督が執務をする執務室と、隣接する部屋、そしていくつかの部屋がある。そのうち一つは艦娘たちの待機部屋、座席のある部屋だ。そこにはさきほど別れた時雨と夕立が出撃前に一息ついていた。提督と那珂の一行に気づく時雨と夕立は座りながら手を振ったりお辞儀をした。

 提督が入り口付近でその部屋の紹介をしていると、夕立がスクっと立ち上がり、提督の側に駆け寄ってきて補足説明をした。

 

「あたし達の学校は艦娘部の部室がないから、実質ここが部室みたいなもんなんだよ!広々~っと使えるっぽいし、お気に入り~!」

「こら、夕。僕らの学校以外の子も一応いるんだから恥ずかしくないようにしてよね。」

 はしゃぐ夕立を時雨が注意する。その様子を見て提督はハハッと笑い、三千花らに冗談めかして一言付け足した。

「まあ、このように自由に使ってもらっています。学校の延長線上と捉えてもらっていいかもしれません。」

 

【挿絵表示】

 

「学生以外の艦娘はいらっしゃるんですか?」

 三千花が質問をした。

「あぁ。あとで紹介するけど工廠というところに一人、それから今日は来てないけどもう一人。その人は近所に住むご婦人でね、俺や五月雨・時雨たちが不在の時によく代わってもらっているんです。」

 来てない人のことを細かく言う気はない提督はそれ以上の紹介はせず、艦娘の待機室の案内を終えて次へと促した。

 

 

--

 

 ある部屋の前を通る一行。三千花がここは何の部屋か提督に尋ねた。その部屋は那珂は覚えがあった。

「あぁ、ここは会議し

「あー!ここって、着任前にあたしが身体検査されたところだよね~。……提督に!」

 ふざけてとんでもないことを知り合いの前で言い放つ那珂。彼女が言った瞬間、書記の2人は頭に!?を付けたような表情で提督の方を見る。

 提督は慌てて弁解、というよりも那珂を叱りつけるように声を荒らげた。

 

「コラコラ!そういう冗談はやめないか!誤解されたらどうするんだ!?」

 驚いた表情になっている書記の二人とは異なり、三千花は落ち着いているが半笑いになっている。

「あの、西脇提督。私はわかってますから。なみえはこーいうこと平然と言ってのけることたまにあるんで。なみえのお守り、大変でしょ?」

 提督は那美恵のことをよくわかっている生徒がいることに安堵し、少しオーバーなリアクションでホッと胸をなでおろした。

 

「えぇと、中村さんだっけ?あなたは那珂……光主さんとはお友達かな?」

「はい、昔からなみえのこと知ってるんで大抵のことはわかりますよ。私がいるんで何かおかしなこと言われても安心して下さい。ちゃんとツッコミますんで。」

 それは頼もしいな、と微笑しながら提督は口にした。三千花もそれに釣られてニコッと笑う。その提督と友人の掛け合いを見た那珂は、二人が少しだけ仲良さそうにしている様子に少しだけイラッと感じるものがあったが、それがどちらに対してかまでは意識していなかった。

 

 

--

 

「ここが艦娘たちの更衣室です。仮で使ってもらっているだけだけど、電気も水回りも来てるのでね。人が増えたら壁ぶちぬいて広くすることも考えています。」

「ね、提督。中も紹介しよーよ?」

「いや、俺は入れないぞ? というかもし人がいたら俺捕まるぞ。」

「人少ないんだからいないって。さ、はいろ?」

「……あとでお前が案内しなさい、那珂。」

 

 さすがの提督も那珂の冗談・小悪魔の囁きを未然に防ぐことができた。三千花が提督に向かって小声で呼びかけて同情の意味を込めてグーサインをすると、提督は三千花に苦笑で返した。

 

 もちろん那珂も本気ではなかったので、提督が言い終わったあとはえへへと笑うだけで反論やさらなる茶化しはしなかった。

 

 

--

 

 ひと通り提督による案内が終わり、本館のロビーに戻ってきた一行。

「……と、ここまでが鎮守府の本館の紹介です。隣には現在拡張工事中の区画もあるので、最終的には約3倍の広さになる予定です。」

「その頃までには艦娘もせめて3倍に増えるといいね~」

 那珂は期待を込めて提督の言葉にツッコミをした。

 

「おいおい他人ごとじゃないぞ。人増やすためにも、光主さんの学校と提携結んで一人でも多く採用したいんだから。君のがんばりにもよるんだぞ?」

「は~いがんばりま~す。」

 気の抜けた返事を提督に返す那珂。

 

「さて、退屈な本館の紹介はここまで。ここからがきっと学生のきみたちも見て楽しい、参考になる場所が多いと思うから、期待してください!」

 口には出さなかったが、三千花も書記の二人も本館の内部はそれほど興味が持てなかった。あまりにも空き部屋がありすぎる。活用しきれてないというのがよく分かる状態なのだ。書記の和子がメモした文章でも、本当に当たり障りのない紹介に対する文章やフレーズが羅列されるだけだったのだ。三人とも提督の言葉にグッと期待を持ち始めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見学(倉庫群~グラウンド)

 本館の外に出た那珂たちは、提督の案内にしたがって本館の周辺を回り始めた。鎮守府Aは北向きに本館の玄関が向き、その他の施設が本館の背後に来るように設置されている。本館の正面は表門があり、表門に向かって歩いた場合の左側、つまり本館の左側では大規模な工事が2箇所で行われている。反対側は植林された木々のある、自然のスペースとなっている。木々の間にはテーブルやベンチが置かれており、憩いの場としても活用される。

 工事区画のある方は、提督の話にでてきた本館の拡張工事の区画及び別館目的の棟と、もうひとつは倉庫目的の施設だ。倉庫目的のほうは本館とは敷地内を通る道路(4輪車禁止)を挟んだ先にあり、奥に向かって細長い工事区画になっている。その先には海がある。

 

 いずれも防衛省の鎮守府統括部の発注の元、必要な施設をあらかじめ建ててもらっている形となる。提督は発注元たる防衛省の代理の責任者となり、現場での実際の管理を一任される。他の新設鎮守府・小規模鎮守府よりも破格の対応を受けているように思える鎮守府Aだが、実際は市や国と共用の施設が大半であるため、艦娘制度用の設備としては本館と工廠内の出撃用水路、そして訓練施設のみである。

 

 提督は本館の拡張工事区画の脇を通って案内し、倉庫目的の工事の場所に那珂たちを連れてきた。

「ここはいずれ倉庫になるところです。国や市と共用なんですけど、自由に使えるスペースを割り当てられているので、俺はここに資料館も作るつもりです。提督になってまだ日が浅いから、俺もまだまだ知らないことが多いからね。俺自身がまず知って、それから一般の人にも気軽に俺たちのことを知ってもらえるようにしたいんだ。」

 

 手を両腰に当てて、提督は真面目に語りだした。

「世界中の海に化物が現れて制海権が失われつつあって久しいのにほとんどの人は無関心なのはどうにもね……。やつらと戦えるのが、艤装という機械に選ばれた艦娘という数少ない人間ということももっと知ってほしい。自分たちの安全を守るために、必死に戦っている人がいるんだということを、一般市民にもっときちんと知ってもらいたいんだ。一介の会社員である俺ができるのは、今の立場を利用したこれくらいだからね。それから……」

 

 これから建設される建物とその役割について、自分の素性のことも交えて熱く語る提督。その語り口調からは、パッとしない容貌からは想像できないほどの熱意・秘めた思いが垣間見える。

 そうやって熱く語る提督を那珂は特に熱いまなざしでじっと見て、語られる言葉を自身の胸に響かせていた。その親友の普段とは違う様子に気づいたのは、その場では三千花だけであった。

 

 

--

 

 倉庫付近を道路に沿って歩いて進み、一行は海岸沿いへ来た。

 海沿いには、人工の海岸と、物資運搬用の小さな港湾施設がある。その港湾施設は倉庫群や本館とはやや離れたところにあるため、提督は海岸に沿って伸びる遊歩道の途中まで進んで紹介した。その港湾施設は鎮守府・艦娘だけでなく、民間船舶にも開放されているが、基本的には防衛省や企業が使うことを念頭に置いて作られている。さすがにタンカーとまではいかないが小規模の護衛艦なら2隻同時に停まっても航行に余裕があるくらいには整っている。60~80年前には北寄りにあったが現在では鎮守府に近い位置に移設され、大幅に拡張されていた。

「ここは港湾施設になっています。わかりやすくいうと、うちだけでなく防衛省や提携企業も使える港です。実際にはうちの所有ではなく、管理を委託されている形になっています。」

 そう説明した提督の指さした先の港は、今は何も停泊していない状態だが、那珂や三千花らにとっては十分広すぎてどこまでが鎮守府の敷地なのか分かりづらかった。

 

 鎮守府のある一帯は、大昔(60~80年前)には海浜公園が隣接された人口の海岸と、民間の船舶業者が所有する敷地などがあった。付近には少し離れて隣の駅との境目あたりに大型のショッピングモールや別の公園、そして病院などがある。途中は住宅街、そしてこの時代にはすでに存在しないが、鎮守府Aの目の前の区画にはかつて県立高校があった。今その広い区画には小さなショッピングセンター街ができていた。地域活性化のために海岸沿いの区画には長い年月の間に様々な施設が建てられたものの採算がとれずに最終的には売却され大半が国に戻っていた。21世紀も終盤となった現在では、その広いエリア一帯はいくつかに分割され、それぞれ別々の目的に使われている。その内の一つに鎮守府Aが開設された。

 

 やっとそれらしい説明の施設の見学ができているためか、三千花や書記の二人は積極的に質問をし、提督から丁寧な回答を受けている。一方の那珂はというと、自身の時とは見学のルートが異なっていたため途中の倉庫や港湾施設は初めてだったが、グラウンドの先の海岸沿いは二度目でありすでに馴染みがある。

 再び見る景色に思いを馳せる。

 海を眺めると、ワクワク心踊る気持ちになったり、心穏やかに休める気持ちにもなる。海はすべての生物の生まれ故郷とも言え、本来はもっと近しい存在のはずなのに、そこを荒らしている異形の存在のために海からあらゆる生物が遠ざけられてしまっている。やつらのために、人は海に触れにくくなり、いつしか自然と興味を失って、今では一般人は海に近づくことを忘れてしまっていた。このままではいけないはず。

 

【挿絵表示】

 

 提督の考えには賛成だ。あの人がそういうふうにするならば、自分は艦娘として、他の艦娘にはできないことを行なって、人々に海を思い出してもらい、楽しく過ごしてもらえるようにしたい。

 三千花らが提督に話す一方で沈黙を保っていた那珂はそのように思いを巡らせていた。

 

「じゃあ、次行こうか。次は……おーい那珂。なにポケッとしてるんだ?」

「へ? あ!はーい! いきましょいきましょ~」

 思いをはせる時間が少し長かったためか、提督の掛け声に一瞬気づくのに遅れた那珂は珍しく素で慌てて、提督らのもとに駆け寄っていった。

 

 

--

 

 一行は海岸沿いを倉庫のあったほうとは逆の方向に進む。そこは昔から存在する人口の海岸だ。海水浴に適した水質ではないため、泳ぐことはできないが環境保全と景観保持のために70~80年以上前の形が保たれている。

 そして港・倉庫群、本館の中間には多目的に使えるグラウンドがある。ここでは艦娘たちの訓練のほか、地域住民や企業・団体に貸し出す目的に設置されている。(ただし海に非常に近いため、災害時の避難場所としては不向きとしてその目的からは除外されている)

 

 海岸を背に、那珂たちはグラウンドの端に立って提督からの説明を聞いている。

「グラウンドもせっかく大本営に用意してもらったのに、今は完全に遊ばせている状態でね……。ときどき五十鈴という艦娘や夕立たちが運動するのに使うくらいかな。」

 閑散としたグラウンドの様子を見て、三千花は提督に提案も兼ねて質問をした。

「あの、西脇提督。もしですよ?うちの高校と提携できた場合、このグラウンドをうちの高校の生徒が使ってもいいのでしょうか?」

「その辺の運用はまだしっかりとは考えていないんだ。だから提携してる学校に対してはある程度自由に使ってもいいよと開放してもいいね。その辺は責任者である俺次第だから、アイデアがあればどんどん言ってくれたら助かります。」

 提督をどうにかすれば、どうやら自由に使えそうだと三千花や書記の二人らは湧き立った。

 

「ねぇ提督。五月雨ちゃんたちの中学校にはここ使わせてないの?」

 那珂は気になって聞いてみた。

「一応自由に使ってもいいよと言っているんだけど、彼女らはここの使い道までは頭が回らないみたいなんだ。」

「そりゃあ、4人じゃ広すぎるもんね……。あと提督。対外的に言えるくらいに運用固まっていないと、五月雨ちゃんたちの学校も使わせてって言い出しづらいと思うよ。そこは文書化なりまとめておいたほうがいいと思うな。」

「う……たしかに。」

 

 那珂の指摘に提督は図星を付かれた様子を見せる。さらに那珂が畳み掛けるように指摘をする。

「五月雨ちゃんも提督と似たとこあるみたいだけどさ~、二人とも頭の中だけで残しておかないで、私や時雨ちゃんだけでもやれるように知ってること手順書みたいにもっと書き残しておいてね。」

 もはや那珂に頭が上がらない状態になってしまった提督は那珂のいうことにはい、はい、と答えるだけになった。

 

 その様子を見た三千花は、那美恵にやりこめられる大人も可哀想だなと思った。と同時に、西脇という人は那美恵から認められているとも思った。それは、ちゃらけている普段の仕草や振る舞いとは裏腹に、何事もそつなくこなせる、本気で物事に取り組むときの彼女の観察力や行動力を一番良く知っている親友の三千花だからこそ傍から見て感じとれることであった。

 取り組むとなったら全力で、一人でもやれる那美恵だが、興味のない、できないと判断した物に関してはあっさりと手放して他人にすべて任せる。それ以外は一人でやろうとする那美恵だが、提督に対する態度が普段他人に見せるそれと違うと三千花はなんとなく気づき始めた。甘えてるというか、尽くそうとしている。親友があそこまで他人(しかも学生ではない大人の男性)に何かを促すのが珍しいと感じていた。

 提督と那美恵の付き合いがどのくらいの深さなのかそこまでは知らない三千花だが、着任してから2ヶ月程度と言っていた那美恵と提督のわずかな掛け合いを見て、お互いある程度信頼を得合っているのだなと捉えた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見学(工廠)

 グラウンドを横切り東門から出ると、道路を挟んだ向かいに工廠や訓練場、出撃用水路のある、艦娘にとっては必須となる施設が揃う区画になっている。

 

 門をくぐり入るやいなや、提督が三千花らに一言注意する。

「ここからは俺が指示した場所でのみ、撮影をお願いします。あなた方も勉強されてきておわかりでしょうが、国家機密・防衛上の機密になる部分が少なからずあるので、くれぐれも注意して下さい。まあぶっちゃけ俺もよくわかっていないんだけど、どれがまずいかは一応聞いておいたから、君たちも気をつけてくれよ。」

 

 機密、という言葉と先ほどとは空気の違う注意をしてきた提督のセリフにより三千花らはゴクリとつばを飲んで気を引き締める。しかし提督が普段のくだけたしゃべりになったことにより、一瞬硬直しかけた雰囲気も砕かれ、三千花らは気が楽になった。

 

 まず提督が案内し始めたのは工廠。

 鎮守府Aの工廠では艤装の開発・製造は行われておらず、最大でも艤装で使う装備の開発だ。普段は各機器のメンテナンスがメインである。その他、新装備の研究開発が限定的ではあるが行われる。

 そんな工廠の長として紹介されたのは、造船所を持つある製造業の会社の女性社員である。彼女もまた艦娘として採用されていた。その会社は大本営自体と提携してるため、各鎮守府に専属の技師兼艦娘として配属される。ただし戦闘には参加しない、非戦闘員型の艦娘である。

 

「お、明石さん。ご苦労様。」

「あ、西脇提督!お疲れ様です。」

 

 提督から明石と呼ばれた女性がつなぎ風の作業着の格好のままで工廠の入り口に来て、挨拶を交わす。

「こちら、鎮守府Aの工廠長で、○○株式会社からの派遣で工作艦の艦娘である、明石です。」

「初めまして。ただいまご紹介にあずかりました、工作艦明石です。本名は明石奈緒(あかいしなお)といいます。25歳で女真っ盛りです。」

 

【挿絵表示】

 

「……まぁ、なんだ。彼女は本名も明石といって、読み方は違うが同じ漢字なんです。うちの艦娘たちの艤装のメンテは彼女が面倒みてくれているんだ。那珂はもう何度かお世話になってるからいいよな?」

「明石さん、いつもありがとー!」

「いえいえ。どういたしまして。」

 

 明石と一緒に、その会社からは実際の技師が数名派遣されている。その日は2人ほど来ているため、彼らも挨拶をしてくる。提督以外に出てきた大人たちに挨拶をし返しつつ、書記の三戸が提督に質問ともつかぬ感想を口にした。

「艦娘以外の人も普通にいるんすね。俺てっきり艦娘しかいないのかと思ってました。」

「工廠とか一部の施設ではね。国から預かってる設備では国が提携している団体や企業から派遣されてくる人が職員として担当しているんだ。それ以外の場所では、おおよそ学校と似たようなものと思ってくれていい。学校だって生徒と教師がメインだろ? それが鎮守府では俺、提督と那珂たち艦娘なんだ。」

 提督の追加の説明に合点がいった三戸はすぐにメモに書き留める。

 

「工廠のことは明石さんのほうが詳しいから、彼女にバトンタッチ。明石さん、よろしくお願いします。」

「はい、任されました。」

 提督は明石に向かって任せたという意味を込めてハイタッチするような仕草をした。

 工廠のことを語る明石の説明は、那珂や三千花らにとっては専門用語が飛び交うちんぷんかんぷんな内容だった。始まって数分で書き留めるのに追いつけなくなった書記の二人はメモを書くのを諦め、動画と音声による録画に切り替えている。

 

「ねぇ……ねぇ、なみえ。あの人の言っていることわかるの?」

 眉間に若干シワを寄せて悩み顔の三千花が小声で那珂に尋ねた。密やかに聞かれた那珂は、三千花に向かってニンマリと笑顔であたまを横に振って返した。

「だったらあの明石って人にもっとわかりやすい説明にしてってお願いしてよ……。これじゃ報告書で工廠のことうまく書けないよ。」

 近くにいた書記の二人は三千花のその不満に激しく同意したようで那珂と三千花の方をむいて無言で首を縦に振る。

 

「大体の役割がわかればいいわけで、別にすべてわかって書く必要もないと思うけどなぁ。まーでもさすがにこんだけわからないとちょっとね~。」

 そう言って那珂が明石に向かって文句を言おうとすると、先に提督が口を挟んだ。

 

「ちょいちょい、明石さん。話が専門的な内容になってきてるぞ。相手は学生さんなんだからわかりやすい説明で頼むよ。」

「え?あぁ……失礼しました。つい熱が入ってしまいまして。……もしかして提督もご理解が?」

「俺はIT関係だもん。近い技術職だからってくくらないでください。製造業の内情なんて知らないよ。」

「わかりました!じゃあ提督とは今夜コレしながら、技術談義に花を咲かせまsh」

「それはいいから!今はお客様の前だろ……。」

 くいっとお猪口で酒を飲む仕草をして提督をさり気なく誘う明石、それに真面目に提督は突っ込んだ。

 

 何やらただならぬ発言を聞いた気がするが、脱線して見学の時間を長引かせたくなく、また提督と明石さんを変に困らせるつもりもなかったので、那珂はその場では二人の様子をじっと見てるだけにした。

 

 

 

--

 

「コホン! それでは説明を噛み砕いてさせていただきます。」

 そう言って明石が改めて始めた説明は先程よりも幾分わかりやすく、書記の二人もその場でのメモが少し捗ってきた。

 工廠の役割について聞いた三千花ら3人。三戸がこんな質問を投げかけた。

「あの、明石さん。この工廠で、艦娘の装備とか以外のものも作ったりするんすか?」

「え?どういうことかな?」

 三戸の質問の意図が見えず明石は聞き返す。

「あーえぇと。艦娘の艤装以外の機械も作れるなら、周りの会社や市民の役に立てるんじゃないかな~って思っただけなんっす。あまり深い意味はないっす。」

 自分でもパッと思いつきで言ったことだったらしいが、そのアイデアは明石と提督に響いた。

 

「なるほど。例えば機材の修理を請け負うとかそういうこともできれば、この工廠を変に遊ばせておかずに済むな。明石さんの会社というか、明石さんたちって、艤装以外のものも取り扱いはできる?」

「えぇ。私は艦娘の艤装専門ですけど、会社に言ってその分野の技師を集めて担当させることならできるかと。実際ここに来てる私以外の技師って、彼らの専門って別の機器だったりするんですよ。

 ですから彼らの専門的な機材の取り扱いができるなら、私達のモチベあがりますし、実地研修にもなって会社にも話を取り付けやすいかもしれませんね。」

 

 思わぬアイデアに乗り気な提督と明石。明石は三戸に感謝を伝えた。

「ありがとうね、君。さすが男の子だね! こういう機械いじりとか、コッチ方面もしかして好き?」

「あ……はい! わりといろいろと好きです!」

 那珂・三千花・和子の3人は、そう言う三戸の視線が明石の首から下の体のボリュームのある部位を泳いでいるであろうことが容易に想像できたので、左右後ろから鋭い視線を送りつけておいた。が、三戸はそんな視線なぞ気にしていない。大人の女性がいたので少々舞い上がり気味なのだ。

 

 明石はゆったりした作業着にもかかわらず膨らみを隠し切れていない自身の胸が、目の前の青年に対する武器になっていることなぞ微塵も意識していなかった。色気よりも食い気(技術や機械)。そのたぐいに興味がありそうな人には純粋に迫ろうとするのが、鎮守府Aの明石担当、明石奈緒であった。

「そっか! 就職するときはぜひうちの会社に……」

「コラコラ。こんなところで無関係な青年を勧誘しないでくれ。」

 

 提督は説明が脱線している明石を諌めて元に戻させた。三戸がニヤケ顔で那珂や三千花らのほうに戻ると、やっとこの段階で鋭い視線が激しく突き刺さってきて気まずさを感じ取った。

「提案したところまではよかったんだけどね……」

「三戸君はああいう大人の女性が好きなのか~そうかそうか~」

 鋭い視線のあとに続いたのは、三千花と那珂からの嫌味混じりの言葉だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見学(出撃デモ)

「……ということで、工廠の案内を終わりたいと思います。○○高校の皆さん、お疲れ様でした。服や頭は入り口でさっとホコリを払って行ってくださいね。そのままだと汚れちゃいますよ。」

 明石からの工廠の説明が終わった。このあとはどこへ行くのか三千花らが楽しみにして待っていると、提督は明石と何かを話し始めた。二人は時々視線を那珂のほうへ向けている。那珂はその視線に気づくと?を頭に浮かべた。那珂本人にも何が始まるのかわかっていない。

 明石と話し終わった提督が口を開いた。

「さて、次は訓練施設と出撃用水路を見ていただきます。まずは出撃用水路から行こうか。」

 そう言い終わると、提督は那珂に向かって言葉を続ける。

 

 

「じゃあ那珂。出撃してくれ。」

 

 

 

「……へっ!? 今!?」

「そう。今。」

 口を開けてポカーンとする那珂。提督は一言で肯定し、そんな那珂の表情を気にも留めない。

「き、聞いてないよー!!」

「そりゃ、君には話してなかったし。」

「うう~ずるい~! ひどいよ提督ぅ~!」

 

 事前に教えてもらっていなかった突然の出撃の指示に不満ブーブー垂れてぐずる那珂。その不満を見透かしていたのか、提督は那珂をうまく言いくるめる。

「何言ってんだ。今後はもしかしたら緊急の出撃だってありうるかもしれないんだぞ?その時のための練習練習。あと学校のみんなにかっこいい出撃を見せるいい機会じゃないか。」

 ニヤニヤしながら指を指して言う提督の説得にノって、三千花や書記の二人も追い打ちをかける。

 

「そうよなみえ。あなたの出撃見せてよ。」

「そうっすよ!会長のかっこいい出撃みたいっす!」

「会長、これもちゃんと録画しておきますので、頑張ってください!」

 そんな三人と提督をジト目で睨む那珂。提督と明石は学校の三人に輪をかけてニヤニヤしている。こいつら図りやがってゆるせね~という心中な那珂だったが、出撃シーンは確かにいい報告材料になるだろうと考えて無理やり自分を納得させることにした。

 

「わかった~わかりました!やりますよやればいいんでしょ~。」

「じゃ、那珂ちゃん。こっち来て艤装つけましょ~。あ、学校の皆さん、艤装身に付けるところも撮影しておいたほうがいいですよ。」

 明石は那珂を工廠へ再び入るよう促し、那珂はそれについて行った。

 

 

--

 

 工廠の一角で那珂が艤装をつけ始めた。その様子を書記の三戸と和子はタブレットとデジカメでそれぞれ撮影をする。

「うぅ~……。なんか見られたらいけない部分撮られてるみたいで恥ずかしいなぁ~。アイドルの裏っかわって撮られるもんじゃないっておばあちゃんも言ってたぞ~」

「頑張れ、未来の艦隊のアイドルさん。」

 以前那珂が言っていた艦隊アイドルにわざと触れて提督がからかうと、那珂はプリプリ怒って恥ずかしがる。

 

 珍しく素で恥ずかしがっている親友の様子を目の当たりにした三千花は提督のそばに行って提督に打ち明ける。

「なみえの本気で恥ずかしがるところ、久々に見ましたよ。西脇提督、あの娘の今の様子結構貴重ですよ~。」

「ははっ。そうなのか。じゃあ俺はじっくりネットリと眺めておこうかな?」

「提督さんも好きですね~」

 肘で提督の腕をつっついてお互い笑い合う提督と三千花。そんな二人の様子に気づいた那珂はグッと睨みつけたが、二人はそんな視線は気にも留めない。那珂は諦めて本気でため息をつきつつ、艤装の装着を続ける。

 

 数分後、那珂は艤装の装着が完了した。艤装を身につけた那珂に三千花が質問する。

「ねぇ、艤装って重くないの?」

「ううん。そんなに重くないよ。那珂の艤装は制服以外で外側で身に付ける物少ないからね~。」

 装着した本人に続き、明石が補足説明をする。 

「艤装はね、担当の艦によって形も大きさもまちまちなの。那珂ちゃんの艤装は、軽巡洋艦の艦娘の艤装の中でも、とにかく身軽さ・細かい作業ができるよう行動力重視で作られているのよ。その分防御が弱いけどバリアを出力する受信チップは多めだし、今のところうちの那珂ちゃんならそれを補って余りある性能発揮して活躍できてるし、ベストフィットしてると思いますよ。」

 

 那珂の艤装は見るからに重量ありそうな白露型(五月雨以前)と違い、その制服も艤装の一部とされているため、外部ユニットたる機器が少ない。そのためいざというときに身代わりにできる外装が少なくベースの防御性能が低い。その分装着者の身体能力をフルサポートして自由に動いて活動しやすく設計されている。奇抜な動きをすることのある那珂にとってはふさわしい艤装と制服なのだ。

 

「へぇ~そうなんだ。普段と何が違うの?」

 と三千花が那珂の肩や腕に触れる。それに続いて和子も那珂の腕や腰、腰に付いている魚雷発射管に触る。(三戸はさすがに触れるのをためらった)

「今は同調してないから普段のあたしそのままだよ。だけど同調始めると、あたしはスーパーガールになるのだ~」

 両腕でガッツポーズをする那珂。那珂と三千花がふざけあっていると、ここでもやはり明石が補足説明をする。

「3人とも。那珂ちゃんが同調始めたら彼女にうかつに触れちゃダメです。那珂ちゃんや川内っていう姉妹艦の制服含めた艤装はね、ほぼ全身電磁バリアで身を固めるから、素肌以外のところ触ったらダメ。本人が意図的に機能をオフにしてくれないかぎりは本当に危ないからね。あと、装着者本人の腕力や脚力も大幅にアップするから、同調し始めたら周囲に気を配るよう、注意しています。」

 

 明石の言葉には真剣味がある。本当に危ないのだと、三千花らはその空気だけでも艤装の取り扱いの注意具合を感じられた。

「とはいえ今日はデモンストレーションなので、電磁バリア関係はこちらで機能をオフにしちゃいます。だから安心して那珂ちゃんにペタペタ触ってもいいですよ。」

 明石の一言にホッとする三千花ら。

 

「じゃ、那珂ちゃん。出撃行ってみようか。今日はどうする?屋内からやる?それとも外からする?」

「撮影してもらいたいので、今日は外の水路から行ってみま~す。」

 

 出撃用水路は2段式になっている。艤装が運び出せるくらいの重さなら自力で運び、外の出撃用水路の脇で艤装を身につけ同調開始して水路から海へと出て行く。それ以外の大きさやその他条件によっては、工廠の中にある屋内の出撃用水路から出られるようになっている。艤装を外まで運び出さずともクレーンで運ばれてくる艤装を一人ひとり順番に身につけていくことにより流れ作業で連続してスムーズな出撃に臨める。ただ、厳密な条件分けではなく、あくまでも目安である。

 水路は全部で3つ。屋内と屋外は別々というわけではなく、すべてつながっている。そして3つの水路は小さな湾へと流れ出て、さらには川へと出て、最終的には海へと流れていく。

 

 一行は工廠の最南の扉から出て外の出撃用水路に向かう。

「結構軽やかに歩くのね。」

 三千花は那珂が思ったより軽やかに歩く様を見て感想を述べた。

「あたしはね。けどさっき会った時雨ちゃんや夕立ちゃん、もう一人村雨っていう娘は、駆逐艦っていって、あたしとは種類が違うんだ。その娘たちの艤装はかなり大きいの。だから時雨ちゃんたちは同調して周りに気をつけて歩いて外の水路に行くか、屋内で艤装装備させてもらって出撃するの。そのままでも歩けないこともないみたいだけど、中学生の力じゃ同調してないと相当つらいみたい。」

 那珂は艦娘たちの出撃時の苦労を語る。三千花はそれを聞いてふぅんと、艦娘になる人たちって大変なのねとさらなる感想を口にした。

 

 

--

 

 外の出撃用水路に着いた那珂は水路の脇のスロープから降りていく。スロープの先には水路、小型の湾へとすぐに流れ出る。スロープから足を出す前に那珂は同調を始めた。三千花らは一体いつ同調するのかワクワクしながら待っていた。傍から見ると、艦娘が同調し始めたかどうかはわからないので三千花らは全く気づいていない。

 那珂は三千花らがきっとわからないだろうと察して、足を水路に浮かべる直前に上に向かって手を振って叫んだ。

 

「みっちゃーん、みんな~! もう同調し始めたから、水に足をつけまーす! スロープ途中まで降りてきていいから、ちゃんと撮影してねー!」

「え?もう同調してるの? ……全然わからなかったわよ!」

 少しだけ文句を言いながら、三千花ら3人はスロープを降りて途中まで進んだ。那珂とは1m弱離れている。

 

 近くのスピーカーから明石の声が発せられた。

「第一水路、艤装装着者、ゲート、オールグリーン。軽巡洋艦那珂、それでは発進して下さい。」

 そのあと、提督の声も響いてきた。

「軽巡那珂、暁の水平線に勝利を。」

 那珂も真面目にその言葉を反芻する。

「暁の水平線に勝利を。」

 それは、鎮守府Aでは出撃時にたまに言われる、いわば旅の安全を祈る行為と同様のものである。掛け声をかけるのは何も提督に限ったことではなく、気になる人がいればその都度誰かがする流れである。

 

 那珂の足元に、波紋が立ち始める。ボートなどでモーターのあたりでよく見る波紋だ。波紋がある程度湧き上がったあと、それらはすべて静かに消え去った。すると那珂は水面をまるでアイススケートをするかのようにスイ~っと進み始めた。三千花らにとって(一般人や艦娘自体も)その仕組みはわからないが、その艤装が人間を船なしで海上を自在に移動させる素晴らしい機械なのだと改めて思い知った瞬間だった。

 

「もっとすごい出撃かと思ったけど、これはこれで不思議な感じで感動だ……」

 三戸は目を輝かせて、そのすべてをデジカメで撮影し続ける。

「会長、スケート選手みたいで素敵です。」

 和子は頬を少し赤らめて羨望の眼差しで那珂を見ている。

 やがてスロープのところからは那珂が見えなくなったので三千花は見える場所に行こうと二人を促して駆け出す。3人はスロープを上がりきると、工廠のほうとは逆の海に向かって水路沿いを走っていき、工廠の敷地を出て那珂が見える位置にたどり着いた。

 

「お~い!みっちゃーん!」

 水路を出て海岸線から少し離れたところで那珂は三千花たちに手を振った直後、思い切りしゃがんで力を溜めるような仕草をして、そして掛け声とともに飛び上がった。

 

「う~~~てりゃーーー!!」

 

【挿絵表示】

 

 

 艤装との同調により脚力も向上していた彼女は常人よりも、しかも常識で考えれば人間がジャンプすることなどありえない海面からジャンプした。その跳躍力と高さに、三千花たちはみな那珂のいる空中に向けて首を引いて見上げる。

 

「は、ははは……会長すげぇや。なんだあれ。」

「あんなに高くジャンプするなんて……普通の人間では考えられませんね……。」

「ちょっとなみえったら、いくら艦娘になってるからってはしゃぎ過ぎのレベルを超えてるわよ……。」

 三戸、和子、そして三千花は目の前で行われた艦娘らしいアクションその2を見て、呆れと感心が混じった感情を持って感想を口にしあった。

 そして那珂はゆっくり、そして少しずつ加速して海面に勢い良く着水した。

 

「あ、会長パンツ丸見えだわ~~」

 何気なく三戸がつぶやいたその一言に素早く反応した三千花と和子はギロリと睨みつけた。

「っと思ったけど見てません見てませんー」

 三千花ははぁ……と溜息を一つつき、那珂に向かって大声で注意した。

「ちょっとーーーー!!なみえーーー!!あんたの見えてるわよーーーー!ここからだとーーー!」

 あえて何が、というのは友人の名誉のためにも三千花は言うのをやめておいた。着水して方向転換した那珂は三千花の言うことがわからなかったのでそのままサラリと流すことにした。そのため那珂の本日の下着は、三千花・和子・三戸など、極々一部の秘密となった。

 

 三千花らが工廠とは逆の海沿いの道路脇に姿を表したのを確認し、那珂はスィ~と小船かサーフィンように近寄り三千花らに手を振った。お返しにと三千花、三戸、和子の3人も手を振り返し、三戸と和子は手に持っていたデジカメやタブレットを掲げて撮影しているという意思表示をする。

 3人のうしろにはいつの間にか提督と明石も来ていた。

「さ、存分に撮影してくれ。彼女が艦娘の正しい知識を普及するための礎になるなら俺にとっても、彼女にとっても願ってもないことのはずだ。」

 そう言って提督が指さした先にいる少女の水上移動とその立ち居振る舞いはそのすべてが優雅で美しく、その場にいた全員にとってその少女が夢見たアイドルそのもの、注目を浴びるにふさわしい存在に見えた。

 

 

 

--

 

 その後、三千花らは那珂にポーズをとらせたり、ある程度の距離を移動してもらいその様を撮影した。

 

「いや~艦娘ってすごいわ。知ってる人がやってるだけに感動も倍増っすわ。」

 三戸が素直な感想を口にする。それに和子と三千花も頷く。

 提督が3人の真後ろまできて、自身の感想を述べた。

「そうだろ。俺もさ、五月雨っていう艦娘の初めての出撃の様子や深海凄艦との戦いの様子を見た時感動したよ。ただそれと同時に、あんな化け物と戦うことになる人達を自分が果たしてまとめ上げることができるのか、不安も感じたね。」

 

 言葉の途中で表情を暗くする提督。三千花らは、身近な大人がふと漏らした不安を耳にして、その方向を振り向く。

「俺にとってはさ、艦娘っていうのは特別な存在じゃなくて、ともに過ごす・戦う仲間として考えたいんだ。もし他の鎮守府のように本当の軍よろしく俺が上官で、艦娘をただ戦わせるだけの部下というふうに捉えたらきっと俺は何もできなくなってしまうと思う。もちろん戦うのに統率力は必要だ。けど俺にはまだまだ力も理解も足りない。正直、俺は本業の会社で別にリーダーやったこともなく平々凡々に過ごしてきた会社員でさ。人をまとめ上げるというのがわからないし、組織を運用することの実感がないんだ。33のいい年こいたおっさんだけど、まだまだ学ばないといけないことだらけさ。」

 三千花らは黙って提督の言葉に耳を傾け続けた。

 

「ところで君たち、江戸時代にあった、○○○って組知ってるかな?」

 唐突に関係ないことを聞かれて三千花らは?と思ったが、とりあえず提督の質問に答えた。

「はい。日本史の授業で習ったことあります。」

 

 三千花らが知っていることを確認すると提督は続けた。

「身分に関係なく、志ある者は誰でも同志として扱う。その分それ相応の覚悟を決めなければいけなくて内情は賛否両論あったらしいけど、統率が取れてて当時かなり実用的な組織だったそうだ。俺はそういうのに憧れてね。光主さんを含め、五月雨や時雨たち、明石さんや他の艦娘ら、そしてこれから入ってくる人たちを、志あれば等しく共に戦っていく仲間として迎え入れたい。ただ年齢差や経験はどうしようもないから、時には娘みたいに、時には友人、時には妹や姉、そして人生の師のように、その人との関係性をなるべく大事にして接していきながら、この大事業をともに乗り切りたい。けれどもその人の生活があるから、まずは普段の生活を第一に大切にさせる。その上で海や世界を守りたいという志ある人なら、少なくともうちの鎮守府では誰でも運用に携われるようにしたい。みんなでこの鎮守府を運用して戦っていきたいんだ。」

 

「「「提督……」」」

「このこと、那珂や他の艦娘たちには内緒で頼むよ。」

 またしても熱く語ってしまった事に気づき、提督は恥ずかしそうにもこめかみ辺りを掻くのだった。

 

 提督から思いを聞かされた三千花は、自身が今まで見知った艦娘の世界のことを思い出しつつ、その内容と提督からの話を頭の中で照らしあわせていた。

 

 雑誌で紹介されている艦娘たちはみな華やかで多くの人の目に留まりやすい。未だ侵攻続く世界の海を荒らす化け物を倒すために戦う艦娘たちは強くて可愛いあるいは美しい存在として興味惹かれている。ただ大多数の一般人にとってみれば、自分たちには関係ない世界での話・テレビに映るアイドルや俳優のような手の届かない存在だという扱いに近いのが現実である。しかも芸能人などのように一般的に考えて怪我や死亡事故のような危険性が低い現場ではない。表向きに知られる憧れだけでその思いを終始させる人がほとんどなのだ。結局のところ、現実味がないという一言で片付く存在なのだ。

 しかしその裏では、こうした大人たちが彼女たちのために環境を整え、見えない部分を必死になって支えている。裏を知ると途端に見方が変化するのは艦娘界隈でも同じである。

 

 戦っているのは艦娘だけではなかったのだと、三千花らはそれらを少し理解できてきた。

 

 世の常で、中にはふんぞり返って堕落した末に艦娘たちに手を出す提督、ブラック企業のような運用をして艦娘をこき使うをする提督もいる。しかしこの提督はきっと違うと三千花は感じた。初めて会って間もないにもかかわらず、心の中を三千花たちにさらすほどの馬鹿正直な誠実さを持つ人、西脇提督。普通の人達が艦娘になるように、彼もまたいきなり提督になった普通の人だった。

 

 三千花らは、この大人も自分たちと同じく悩んで試行錯誤して日々を過ごしているのだなと、身近に感じ始めていた。特に三千花は、あの出来る親友の琴線に触れる何かがこの大人の男性にある。だからこそ、親友はこの西脇提督という人を助けて尽くそうという気持ちになっているのだろう、きっと目の前の男性には那美恵が必要で、那美恵にも西脇提督が必要なのだと想像した。

 生徒会の面々も、その度合は違えど少なからず近い気持ちを抱き始めていた。

 

 しかし三千花には不安もあった。

 現実的に考えて、ただの高校生である自分たちがこの大事業に本当に貢献できるのか。また、貢献するだけの価値や将来性はあるのか。西脇提督に、親友を本当に託してもいいのか。

 三千花の心にあるのは、友人那美恵のために何かをすること。祖母が偉大だった那美恵は昔からとにかく無茶をした。偉大な祖母と父親に鍛えられたおかげで、那美恵はその無茶をそのたびに切り抜け、新たな世界を築き上げてきた。そして側には必ず三千花がついていた。だから三千花は那美恵の能力も無茶も限界も把握していた。

 

 三千花が自分の立場としてできるのは、学校から艦娘を提供できる環境を作るよう学校に働きかけること、それに協力することだ。自分が艦娘になろうという思いもないわけではないが、那美恵が艦娘部の存在を生徒会メンバーと切り離して作ることを考えていることは明白だった。その先に続くのは、新たなつながりなのだ。

 それゆえ三千花ら自身が艦娘本人になるわけにはいかない。親友を支える立場に徹する。結果的に艦娘と深海棲艦の戦いという大事業に貢献することができれば十分なのだ。三千花はそう思った。

 すべては親友である那美恵のため、というのが大前提であった。

 

((私にできるのは、どのような形になったとしても、なみえを信じて協力するだけ))

 

 

「おーいみっちゃーん!みんな~! そろそろ上がっていーい?」

「えぇ!いいわよ~! ありがとー!色々堪能したわ~!」

「えへへ~」

 左手で頭の後ろを掻いてにこやかに笑った後、那珂は元来た水路に入った。明石は彼女の艤装解除を手伝うために駆けて行って工廠に戻った。上がるために外の水路ではなく、那珂はそのまま水路を進んで工廠の中に入っていった。それを歩きながら見届けた三千花らは少し歩幅を広く歩いて工廠の入り口へと急いだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五月雨と村雨、到着

 3人が工廠の前まで戻ってくると、そこには長い髪の少女がぽつんと立っていた。誰かを待っている様子が伺えた。お互いに気づいた当人たちは、特に言葉を発するわけでもなく軽く会釈をする。

 3人の後ろから来た提督に気づくと、その少女はまっしぐらに提督に駆け寄ってやっと声を出した。

 

「あの、提督! 遅くなってゴメンなさい!」

「あぁいやいや、大丈夫。それよりも自分の用事はもう大丈夫なのかい、五月雨?」

「はい!今日は私や真純ちゃんのクラスが体育館とかの掃除担当だったので……。でもちゃんと終わらせてきたので!」

「そうか。ご苦労様。」

 提督はそう言ってねぎらいの言葉をかけながら五月雨の頭を軽く撫でた。五月雨は知らない3人がいたので恥ずかしげにしながらもニンマリと喜びを顔に浮かばせる。

 

「紹介しよう。こちら、光主さんと同じ高校の生徒会の皆さんだ。さ、自己紹介を。」

 促された五月雨は改めて三千花らに向いて自己紹介をし始めた。

「あの! 五月雨っていいます。鎮守府Aの秘書艦です。」

 

【挿絵表示】

 

「五月雨、自己紹介はもうちょっと詳しくしようか。」

「え?あ……はい。」

 提督から指示を受けた五月雨は三千花らの方に向き直して自己紹介を続けた。

「早川皐月(さつき)っていいます。○○中学校の2年生です。実はですね、私この鎮守府の一番最初の艦娘なんです!それでですね!うちには私と同じ学校からなんと! 3人も艦娘になっていましてですね!それというのが……」

 ついでに仲間の紹介をしようとしたが、その前に三千花が正解を言ってしまった。

「あ、知ってるよ。時雨ちゃんと夕音ちゃんでしょ?」

「俺達、来る途中に会って一緒にきたんすよ。」

 

「え……そうだったんですかぁー。」

 自慢気に友人を紹介しようとしたがすでに知られていたため顔を赤らめたのち、シュンと凹む五月雨であった。

 三千花らと五月雨が自己紹介しあっているうちに工廠から那珂と明石が出てきた。五月雨が出勤してきているのに気づいた那珂は時雨のときと同様に駆けて行って彼女の手を掴んでブンブン大きく振って挨拶をする。

「あのぅ、那珂さん。もしかして……見学ほとんど終わっちゃいました?」

 五月雨はおそるおそる今の状況を那珂に尋ねた。

「大体ねー。まーでもここからは五月雨ちゃんも一緒にいこ?」

 下手に包み隠さず正直に言ってしまうと五月雨が凹むと思い、続きがあることを匂わせつつのフォローをした。那珂の気づかいを理解しているのかいないのか五月雨は普段どおり元気よく返した。

「はい!よろしくお願いします!私、頑張っちゃいますから!」

 

 那珂と五月雨の掛け合いを見ていた三千花は、清純そうな容姿にぽわ~っとした雰囲気、そして挙動にいちいちドジっ子臭のするその様に、来る前に那美恵が言っていた言葉を思い出していた。

 友人のあの様子を見ると、女同士だけどあれは惚れる。いや、惚れるというよりも母性本能というか姉ごころ、言い換えれば妹萌えのような感情を掻き立てられるそんな娘だわ。あとで那美恵に土下座なりして謝りたい。

 そんなことが三千花の頭の片隅に浮かんだ。

 

 那珂や三千花らが様々な反応を見せつつ小休止がてらおしゃべりしている中、提督は再び明石と何かを話し始めた。五月雨はそれに気がついて、提督のそばにチョコンと立って静かに話を聴き始めた。

 その後、五月雨からえー!?という間の抜けた悲鳴が飛び出して那珂たちの耳に飛び込んできた。何事かと聞き耳を立てる那珂。あと残すは訓練施設だけなので、そこに関することだろうと思っていたところ、それは正解だった。

 提督から発せられた言葉は那珂と五月雨をまたも驚かす。

 

「見学の最後として、ちょうどここに艦娘が二人揃ったことだし、○○高校のみなさんにはぜひとも艦娘たちの演習試合を見ていただこうと思います。」

 そういう提督のそばでは若干涙目になっている五月雨が那珂に視線を送った。那珂は五月雨の視線を見て?を頭に浮かべ続けている。そんな五月雨をよそに提督は言葉を続ける。

「本当なら団体戦でやったほうが見応えがあるんだけど、なかなかどうして、五月雨も意外と根性ある娘でね、那珂と五月雨ならきっと皆さんの参考になる試合になると思います。」

「あの……提督。せめてますm…村雨ちゃんも連れてきていいですか? 私一人で那珂さんとは……。」

 提督は不安がる五月雨の提案を聞き入れることにし、本館にいる村雨を呼び出した。

 

 

--

 

 数分後、工廠に村雨が姿を現した。

「ねぇ提督さぁん。本館に時雨たちの姿が見えないんですけど?」

「ん?あぁ。俺たちがほかを見学してる間に出撃したんだろう。」

「そうですかぁ。あと本館今誰もいないんですけどまずくないですかぁ? 今日は妙高さんも出勤してきてないようですし。」

 そう村雨が言った妙高は、鎮守府Aの唯一の重巡洋艦の艦娘である。那珂は偶然にも会うタイミングがなかったのでどういう人なのかわからずじまいでこの2ヶ月経っていた。

 

「あ!そうか。そりゃまずいな。」

 村雨から本館の様子を聞いた提督は顔を明石のほうに向ける。

「明石さん。このあとの演習試合の段取りとかお願いできるかな? 俺本館に戻ってなきゃいけないからさ。」

「はい。任されました。こっちは私が仕切っておきますからお戻りになられて結構ですよ。」

「ありがとう。……それじゃあみなさん。演習試合が終わったら本館に戻ってきて下さい。それで俺から最後の説明と質疑応答で、見学を終わりたいと思います。」

「「「「はい。」」」」

 

 挨拶もほとほどに、提督は人が誰も居ない状態の本館に駆け足で戻っていった。その様子を那珂ら7人は眺めていた。

 

「で、私なんで呼ばれたんですかぁ?」

 当然の質問を誰へともなしに投げかける村雨。それに五月雨が答えた。

「あのね真純ちゃん。これから那珂さんと演習することになったの。私と組んでくれないかなぁ?」

「え゛、 今から!?  また急ねぇ……。いいわよ。協力したげる。」

 驚いたが、さすがに五月雨一人で那珂と戦わせるのも酷だと思い、村雨はニコッと笑ってOKを出した。友達が快く承諾してくれたので五月雨は胸元に手を当ててホッと一安心する。その様子を見て明石が音頭を取り始めた。

 

「村雨ちゃんも了承したということで、じゃあ3人とも。艤装付けて演習場に行って下さい。」

「「「はい。」」」

 明石を先頭に那珂・五月雨・村雨は工廠に入っていった。それに続いて三千花らもついていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見学(演習)

 訓練施設はおもに演習用のプールが大半を占めており、開閉する可動型の壁で仕切られた隣には空母艦娘用の艦載機の発射練習場がある。この2つはすべての鎮守府に設置が義務付けられており、鎮守府Aでも所属人数や本館の大きさに似合わぬしっかりとした設備が用意されている。

 ……が、艦載機の発射練習場は工事中である。また、鎮守府Aでは通常の演習用プールと空母艦娘用の施設は共用であり、壁を外せば一つの巨大なプールとなる。最優先に建設されたのは通常の演習用プール側だ。

 演習用プールは出撃用水路と同様に、工廠あるいは外から演習用水路が用意されている。演習する者はその水路から発進してプールへと入る。これは義務ではなく、あくまで出撃時と同様の雰囲気を味わうための設備であって、艤装が持ち運べる艦娘であれば、直接に演習用プールに行ってもかまわないことになっている。

 

 再び工廠に入って再び艤装を装着する那珂と、その日初めて艤装を装着する五月雨と村雨。那珂は一度外した艤装をまた装着しなければいけないその段取りの悪さにやや不満を抱いていた。

「またつけなきゃいけないのかぁ~。ねぇ明石さん。どうせ艤装つけなきゃいけないならさっき艤装外す前に言ってよ~。」

「ゴメンねー。提督とも演習しようねって前に話してたんだけど、相手をどうするかまでは決めてなくてね。とりあえず五月雨ちゃんにとしたんだけど。まぁその場で決めたからちょっと段取り悪くなっちゃったわね。」

 正直に言って謝る明石。

「私達こそゴメンなさい……。ホントならもっと早く来て提督と打ち合わせできてればよかったんですけど学校の用事があったので。それに私も本当にやるとは思ってなくて気が抜けてました~。」

 別に五月雨のせいだとは誰も思っていなかったが、五月雨が謝ってきたことで全員苦笑するしかなかった。

「ま、いいよいいよ。」

 艤装の装着がいち早く終わった那珂は五月雨を慰め代わりの一言をかけた。そしてこれから始める演習に対して五月雨たちに発破をかけた。

「さぁ、やるからにはうちの学校の人たちにちゃんと見せられる演習にしないとね。本気であたしにかかってきていいからね。」

 続いて艤装の装着が終わった五月雨・村雨も意気込みを見せた。

「はい!よろしくお願いします!」

「はい!負けませんよぉ~」

 

 

 

--

 

 那珂たちは演習用プールに向かって専用レーンの水路から発進した。それを見届けたあと、明石と三千花ら4人は訓練施設に正規の入り口から入り、観客席のような感じになっているプールの脇のスペースへと入った。そことプールとの間には少し高めの仕切りがあり、明確にエリアが分けられている。プールは本格的な戦闘訓練にも対応可能にするため、一般的な50mプールには届かないが近い広さで作られている。(ただし鎮守府Aの演習用プールは空母艦娘用の訓練設備と共用のため単独では25mプールほどしかない)

 

 プールに浮かぶ3人が端にいる三千花ら3人を確認する。明石はそのスペースからプールサイドへと上がり、那珂たちに向かって合図をした。

 

「じゃあ3人とも。準備はいいかな?」

「「「はい。」」」

「今回はわかりやすくするために特別ルールです。少しでもペイントがついたらその人は轟沈ね。小破判定も、中破判定も一切なしだから、艤装の健康状態の表示は無視してね。」

 

 明石が今回の演習についてルール説明をした。通常の演習はペイント弾の付き具合によって小破・中破・大破を判定する。ペイント弾の特殊な染料により、艤装の健康状態が擬似的に変化するような電磁バリア代わりのチップを衣類に取り付けることになっている。

 那珂たちはその特別なチップを今回もつけてはいるが、素人の見学者にわかりやすくするため、また通常の演習だと平気で20~30分経ってしまうため長々とやらずにすませるために、明石は特別ルールをその場で決めた。

 

 その説明を聞いて那珂・五月雨・村雨はそれぞれ異なる思いを述べる。

「一撃必殺ってことかぁ~明石さんまーたすんごいルール決めるなぁ~。まーでも面白いからいっか。」

 後頭部をポリポリ掻きながら那珂。

「ふぇ~ん!あたし絶対すぐに当たっちゃうよ~。真純ちゃん、先に負けたらゴメンね~。」

始まる前からすでに負ける気マンマンの弱気な五月雨。そんな友人を鼓舞するように村雨はフォローする。

「まだ始まってないのにやめてよー。きっと意外に勝てたりするわよ。なんとかなるから頑張りましょ?」

 

 3人とも異なるタイミングで深呼吸をした。開始前のおしゃべりが終わって一拍過ぎたことを確認し、明石は振り上げた手を、叫びながら下ろした。

 

 

「それでは始め!!」

 

 

 合図をしたあと、明石はすぐさまプールサイドから降りてプール脇のスペースに戻って三千花らに解説をし始めた。

 

「あのぅ、明石さん。この演習って本当に弾撃つんですか?危なくないんですか?」

 初めて見る者ならば抱く当然の質問を三千花がした。それに対して明石は首を横に振って答えて三千花らを安心させる。

「いいえ。演習で使うのは専用のペイント弾なの。実弾ではないから安心してくださいね。でも実際の砲雷撃の影響範囲がわかるように、ペイント弾の中のペイントは飛び散る範囲をシミュレーションして設計されているの。だから万が一こっちに飛んできちゃっても最悪服が汚れるだけで、怪我はしません。」

 

 明石の説明をメモに取る書記の二人をよそに三千花はさらに質問をした。それは親友を心配した言葉だった。

「2対1なんてなみえは勝てるんでしょうか?」

「どうかな? 一瞬で勝つかもしれないし、負けちゃうかもしれません。今回は特別ルールで、少しでもペイントがついたら負けというようにしていますから、あなた達から見たらもしかすると拍子抜けするかもしれませんね。ただ実際の深海凄艦との戦いって、いろんな条件によるから、こういったルールをたまに設けてやったりするんです。」

 明石の談で、勝負はおそらく一瞬で決まると聞いた三千花ら。そう聞いたので一切目を離すことなく、那珂となっている親友を見続けることにした。少し遠いので表情はわかりづらいが、真剣な顔になっていることが容易に想像できた。

 

 

--

 

 那珂はゆっくりと片手を水平に上げて腕に取り付けられている連装砲を五月雨たちのほうに向けた。まだ撃つ気はない。五月雨たちも手で持っている単装砲を那珂の方に向ける。対峙した状態でそのまま撃てば、両者ともペイントが付く未来が容易に想像されるが、3人共そんな安易な演習を展開する気はない。

 那珂はゆっくりと右手に進む。視線と腕は五月雨と村雨の方に向けたまま。それに追随して五月雨と村雨も那珂のほうに単装砲を向けたまま方向転換し始める。一番離れている村雨は五月雨と横並びになるように少し長めに移動した。

 

【挿絵表示】

 

((さーて、どうしようかなぁ。とりあえず連装砲同時に撃って二人の次の動きを見るかなぁ?五月雨ちゃんにはあたしの戦略や考え方を前々から少し教えてるから、対処されちゃうかな?))

 

 一方の五月雨は次のように考えていた。

((那珂さんのことだから、きっと突飛なことをしてくるはず! 普通に考えてたらきっとすぐ負けちゃうなぁ。どーしよ……))

 

 五月雨は小声で村雨に動きの指示を出す。

「村雨ちゃん、全速力で横にうんと離れて。違う方向からそれぞれ撃てば、那珂さんだって同時に対処できないはず。」

「……わかったわ。」

「じゃあ……いこ!」

 

 那珂がとりあえずの砲撃をするより前に五月雨と村雨は動き出した。五月雨の合図とともにそれぞれ違う方向に進み、村雨は大きく那珂の背後に回るかのように速力を上げて水上を進む。五月雨はほんの少し動いたあとに単装砲で那珂を狙って撃った。

 

 

ドゥ!!

 

 

 那珂は村雨の方を見ながら、二人の間にできた大きなスペースに向かって姿勢を低くし五月雨の砲撃をすんでのところで交わしながら急速にダッシュしはじめた。その際、両腕を五月雨と村雨それぞれの方向に伸ばし、各腕についている連装砲と単装砲を同時に別々の方向めがけて砲撃をしていた。

 

ドン!ドン!

ドパン!!

 

 自身が撃ったあとに那珂の腕の動きをまったく予想していなかった五月雨は、かわさなければと頭が働いて体を動かそうとしたが、その前にすぐにペイント弾が当たって、制服にベットリと付着していた。身体が仮にすぐに動けたとしても、五月雨の性格では那珂のトリッキーな動きは到底対処できなかった。

 

 川内型の艤装による攻撃はその他の艦娘にとって対処しづらい。それは那珂が装備する連装砲、単装砲は制服の腕部分、グローブカバーに直接取り付けるタイプで、手に持つわけではないからだ。トリガーはグローブカバーの手のひらに存在する。実際に装着者が撃つときは手のひらにある任意の指を曲げてトリガーたるスイッチを押し、最後に親指の付け根にあるメインスイッチを押せばグローブに取り付けられた装砲が火を噴く。

 明らかに狙う行為が見える一般的な銃や艦娘の連装砲・単装砲とは違い、腕を動かすだけで狙う方向を自由に決められ、なおかつ引き金を引く仕草がわかりづらい。装着者にトリッキーな動きをされると、相手としては撃たれるタイミングがまったくわからなくなる。川内型の装備も、五月雨の判断を狂わせる材料だった。

 

 五月雨、轟沈。

 

 

「ごめーん!真純ちゃん!私もうやられちゃった~!」

 胸元をペイントで汚した五月雨がそう叫ぶと、離れたところから那珂を狙おうとしていた村雨は那珂からの砲撃を交わしながら呆れて返事をした。

「えぇ~!?さみ早すぎるわよ~!!」

 

 

 単装砲は那珂の方に向き、頭と首は五月雨のほうに向けて見ている村雨だったが、那珂の叫び声で視線を那珂のほうに戻した。

「村雨ちゃん!敵は目の前なんだよ!!」

 

 異常な速度で村雨に迫っていた那珂は村雨から2~3mのところまですでに迫っていた。左腕を体に沿うように前に突き出し、連装砲の砲筒を前に向け、右手はくの字にに折って体の側面にくっつけながらの接近である。

「ひっ!」

 ほとんど目の前に迫られて頭が真っ白になる村雨だったが、かろうじて単装砲の引き金だけは引くのを忘れなかった。

 

ドン!

 

 

 これなら当たる!そう村雨は確信した。

 

 

 が、みてもらうための演習とはいえ那珂は本気だった。速度があったので右足で海面を真横に蹴り上半身を少し左に傾けただけですぐに1m以上も左に避けることができた。その際前に出していた左腕は左に振り出し、村雨を狙うのはくの字に折った状態のまま前に付きだした右腕の単装砲に切り替わっていた。

 

ドゥ!!!

 

 

 那珂は村雨ら駆逐艦娘たちが撃った直後によくする硬直の間を狙った。狙われた本人たちはそんなことに全く気づいていなかったのである。そのため村雨の砲撃を避けながら那珂が撃った単装砲の砲撃は綺麗に村雨の胸元に当たり、村雨の学校の制服をペイントでベットリと汚していた。

 

 村雨も轟沈である。

 

【挿絵表示】

 

 

 なお、那珂は避ける途中その行動が側転のようになっており、海面ギリギリで一回転する形になっていたため、水面に足から着水することができず思い切り右肩からプールに体を突っ込んでしまった。艦娘たちの艤装で浮力が効くのは足につけた艤装(一部は別の部位の艤装も)なので、それ以外の部分から水に入ると普通に沈む。

 水中に潜ってしまったあと、慌てて足を水底に向けて浮力を使って水面に飛び出して立つことができた。

 

 五月雨と村雨の体にペイントがついていることを確認した明石は合図を出して演習を終了させた。

「はい!それまで!」

 

 

--

 

 三千花らはあっけにとられていた。どういう戦いが繰り広げられるか楽しみにしていた。が、なんか気づいたらもう終わってた、という感覚である。

 

「あ、あの……明石さん?何が起こったのか私達全然わからなかったんですけど……?」と三千花。

「あー、早すぎてわからなかったですか? 私もさすがにここまで早く終わるとは思ってなかったです。那珂ちゃんほんっと強いな~。」

 さすがに早すぎて焦った明石は、プールサイドに出て那珂たちにルール変更を伝えた。

「ゴメーン、三人とも~! さすがに終わるの早すぎるー。ルールちょっと変更します。もうちょっと弾当たってもOKにします!」

 

 終わろうと明石達の近くのプールサイドに移動しかけていた那珂たちは顔を見合わせた後、それぞれ片手でOKサインを出してプールの中央に戻っていく。

「よかった~。私なんか宣言どおり真っ先にやられちゃいましたからね……。」

「でも実際私達リアルな戦闘だったら結構マジな致命傷よね~。それにさみはいいけど、私は学校の制服よごれちゃったわ!」

「あはは……あとで工廠で洗って乾燥機借りよ? 夕方までには乾くよ。」

「チャンス到来だね~二人とも。今度こそあたしをぜひとも撃破してね~。」

 中学生二人のやりとりを遮って那珂は挑発する。決して好戦的な性格の二人ではないが、余裕かましている那珂に対し少しイラッときてやる気を見せ始めた。

「さみ、こうなったら作戦なんてなしよ。那珂さんを絶対見返すんだから!」

「うん。もう何がなんでも当てよう!」

 

 

--

 

 その後展開された那珂vs五月雨・村雨の演習は、明石が決めたもう2~3発当たったらアウトのルールも早々に形骸化した、ほとんど通常の演習モードになっていた。つまり、ひたすらガンガン当たり、当てられの乱戦状態である。艤装の健康状態が、那珂たちのつけたスマートウェアの通知にガンガン伝わる。小破・中破と変化し、弾薬やエネルギー率も変化を見せるが戦っている当の本人たちはいちいち表示を見ていられない状況であった。繰り広げられていた演習は、三千花ら傍から見ても砲雷撃による戦いが繰り広げているということがわかりやすい展開だった。言い換えると、戦略なしの単純な押し合いだ。

 

 書記の二人はプールサイドに出て、デジカメとタブレットで撮影を再開した。わかりやすく面白い戦いになっていたので、近寄って全編録らないともったいないと感じていたのだ。

 一方で三千花は、最初こそかわしまくっていたが次第に色とりどりのペイントがついていく親友の姿を見て、心配の気持ちなぞどこかに捨て去っており、ケラケラ笑いながら楽しんで応援しながら見るようになっていた。

 明石は最初から変にルール決めずにやっておけばよかったなと、提督から任されて意気込んで演習を仕切ってはみたが、至らぬ部分があったのを反省していた。そして頃合いを見計らい、すでに勝敗がわからなくなった演習を止めることにした。

 

「はい!それまでー!それまでそれまでー! ストーップ!」

 

 やや興奮気味になって周りの声が聞こえなくなっていた那珂ら3人は、明石の叫びの最後の方でやっと気づいて動きを止めた。その時の姿は、顔から膝の辺りまで至るところペイントでベットリの状態である。

 ハァハァと息を荒くしている3人は、誰ともなしにクスクス、アハハと笑い始めた。そして明石や三千花らの待つプールサイドへと移動していった。

 すさまじい姿になっている3人を見て、明石は演習の終わりを仕切った。

「3人ともお疲れ様です。結局普通の演習になっちゃったね。段取り悪くてゴメンなさいね。」

「ううん!むしろこの方が楽しかったから問題な~し!」

そういう那珂の顔は口のあたりにペイントがついていて、若干しゃべりづらそうにしていた。

 

「お疲れ、なみえ。それに五月雨ちゃんに村雨ちゃん。」

三千花もねぎらいの言葉をかける。

「なんかスポーツやってみるみたいっすね。」

 三戸が素直な感想を述べる。すると和子も頷いて同意した。

「関係ない人から見ればそう見えるかもしれませんが、実際の深海凄艦との戦いはいろんなケースがありますから、こういう乱戦もたまにはアリなんです。……正直私の段取り悪かったですね。ゴメンなさい。」

 言い訳をしてはみたが、段取りの悪さはごまかせそうにない。そう悟った明石は正直に謝った。

「いえ、明石さん。そんなことないっすよ。明石さんが俺たちのために演習を再開してくれて参考になりましたし、結果オーライっす。」

「ありがとう~三戸君。そう言ってもらえると助かるわ。」

 謝る明石に対し、三戸は励ましの言葉をかけてフォローをする。そんな彼の心の中は、大人の女性を励ます俺カッコいい!だった。

 

 

--

 

 演習は終了した。再戦したために三千花ら生徒会メンバーにとって良い記録ができたのは確かで、三戸と和子が再生した画像や動画を全員で確認したところ、激しい砲撃音や艦娘たちの掛け声もしっかり録音されており、リアルな映像になっていた。那珂たち演習した3人はもちろんのこと、三千花ら生徒会メンバーとしても大満足の映像資料となった。

 

「じゃあ戻ろっか、五月雨ちゃん、村雨ちゃん。」

「「はい。」」

 演習用プールから水路に入り、一足先に工廠に戻る那珂ら3人。一方の三千花らは訓練施設の正規の出入り口から出て、別ルートで工廠の入り口まで戻ってきた。

 明石は艦娘たちの艤装解除を手伝いに工廠へと入る。しばらくして工廠の中から4人が姿を表した。その姿はすでに工廠内で洗浄した後であり、服こそまだ乾ききっていないが、ペイントは大半がすっかり落ちてそれなりに綺麗な容貌に戻っていた。

 

「ふー、さっぱり!」

「なんだか疲れちゃいました。ちょっと休みたいですね~。」

「考えたら私とさみは学校の掃除もやってきてるから疲れ倍増よぉ。」

 綺麗な格好になって工廠から出てきた3人を三千花らは出迎えた。

「おつかれ、なみえ。二人とも。」

「みっちゃーん!ありがとー」

「ちゃんと綺麗になってきたわね。さっきのままで出てきたらどうしようと思ったわよ。」

 まゆをさげて困り笑いをしながら那珂は返事をする。

「さすがにあのままだとねー。まだちょっと服が生乾きで気持ち悪いから早く着替えたいよ。」

 

 わざとらしく服を引っ張り、臭いを嗅ぐ仕草をする那珂。三千花や書記の二人はそれを見てクスクスと笑う。

「良い映像録れましたし、もう着替えてきていいのでは?」

 和子がそう提案すると、明石もそれに賛成した。

「あとは本館戻って提督のお話聞くだけですし、今日のお仕事なければいいと思いますよ。それから私はここでお別れです。皆さんお疲れ様でした!」

 

 

「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」

 

 一行は見学の最後の工程をこなすため、本館へと戻ることにした。なお明石は自社の仲間とともに通常業務に戻っていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間:見学(更衣室)

 本館へと戻ってきた6人。那珂・五月雨・村雨は提督のところに行く前に着替えることにした。

 

「じゃあ私達着替えてきます。」

 五月雨と村雨は三千花らに会釈をして更衣室に向かっていった。

「そんなに急がないからのんびり着替えてきていいよ。」

 三千花がそう言うと、ふと那珂が言い出した。

「そーだみっちゃん。更衣室一緒に来ない?中を案内するよ?」

「いや、見てもいいけど、更衣室なんてどこも変わらないでしょ?」

「気分の問題だよ!それに新しい建物だから更衣室綺麗で使いやすいんだよ~。あ、和子ちゃんもどう?」

 

「いえ私は遠慮しておきます。私はメモや写真を整理しておきますので。」

「そ。」

 

 和子と那珂のやりとりを見た三戸はポツリと呟いた。

「会長、俺には聞いてくれないんすか?」

 その瞬間三戸以外の3人はジト目になって三戸を睨みつける。

「捕まってもいいならどーぞ~。」

 いつものちゃらけたノリで那珂は三戸に促すが、その言葉が軽いなんてもんじゃない鋭く突き刺さる刃物のように三戸には感じられたため、ブルブルッと頭を左右に振った。冗談でもそういうことをいうものじゃないと思い知った彼だった。

 那珂は三千花を連れて、更衣室へと本館の廊下を進んでいった。

 

 

--

 

 更衣室は2階の端にある。2階のフロアに上がると少し離れたところに五月雨と村雨がいたので、早足で進んで那珂と三千花は彼女らに合流した。

 

「あ、中村さん。どうされたんですか?」

「うん。なみえがどうしてもっていうし、せっかくだから代表で見学しにきたの。」

 

 ほどなくして更衣室についたので五月雨が開け、他の3人を先に入らせて最後に自らが入ってドアを締める。

 

 更衣室は12畳ほどの広さで、左右合わせて10人分のロッカーがまばらに並べられている。広さとロッカーの数は合っておらず、余白のほうが目立っている。入り口近くの一角にはリビングで使うようなテーブルと椅子がいくつか設置されている。メイクなど身の回りのことするための鏡もある。内装はおとなしめだが女性受けしそうなデザインである。

 

「ささ、みっちゃん、じっくり見学していってね。」

「って言われてもねぇ。とりあえずあんたたちが着替えるまで座って待ってるよ。」

 そう言って端にある椅子に三千花は座った。那珂・五月雨・村雨は三千花から離れて自分たちのそれぞれのロッカーのところに行き、制服を脱ぎ始める。

「じゃああたしも着替えちゃいますかね~」と那珂。

 

 

 三千花は更衣室全体をサッと眺めて、誰に聞くわけでもなく質問をした。

「この更衣室ってさ、廊下や他の部屋とは壁紙とか違うけど、誰が作ったの?」

 那珂は知らないので黙っていると、五月雨が口を開いてそれに答えた。

「私です。」

「五月雨ちゃんが?」

「はい。あ、でも私が作ったんじゃなくて考えてお願いしただけなんですけど。まだ提督と私しかいない頃、いくつかの部屋の内装のレイアウトを任されたんです。でも私だけじゃセンスとか物の配置とかわからなかったので、時雨ちゃんや真純ちゃんたちに相談してですけど。その頃からそれとなく鎮守府のことを教えてました。」

「中学生に部屋のレイアウト任せるなんて、提督も太っ腹というか思い切ったことするね~。」

 感心する那珂。

「ここって中高生にとっては学校以上に良い経験の場になるんじゃないの?もっと人ややること増えたら結構良いと思う。」

 三千花は五月雨らの経験を聞いて、鎮守府が興味深いところであることを再認識して感心する。

 

 そののち2~3言葉を交わしあうと話が途切れたので、三千花は那珂の着替えをジーっと見ることにした。那珂はベルトを外し、橙色の服を脱いだ。それはその下のスカートをところどころカバーするように長く、ワンピースに近い形状になっている。その下は学校の制服のものとはデザインの異なるシャツと厚手のインナー、そして茶色のスカートだ。さらにその下は那美恵私物の下着である。たまに(偶然)みかける薄い黄色地のものが那美恵のものだったなと印象に残っている三千花だが、今日は白なんだなとボケ~っと眺めつつ思った。

 その視線に気づいた那珂は少し恥ずかしげに振り向く。

 

「みっちゃ~ん。ずっと見られてると、さすがのあたしもはずいよ~。」

 私物の下着だけになった那珂が文句を言う。

「あぁゴメン。どういう構造の服になってるのかな~と思ってさ。なるほどそうなってるのね。」

「あたしよりも五月雨ちゃんの制服のほうがみて楽しいと思うけどな。不思議な構造してるよ~。」

「へぇ~」

 

 と、三千花の視線の矛先を五月雨に向けさせる。標的になりかけている五月雨はビクッとして思わず那珂と三千花のほうを振り向いた。さっきまで那珂をジーっと見ていた三千花の視線となぜか那珂の視線までが自分に向いているのに気づいてしまった。

「うぅ~なんで私に振るんですか~見ないでください~」

 そういう五月雨は上着はすでに脱ぎ、胸当てを脱ぎ終わるころであった。あとはその下のノースリーブワンピースを脱げばその下は……という状態である。

 

「いいじゃない~、まだワンピース着てるんだし。それよりも五月雨ちゃんの服の構造説明してよ。初めて会った時からそれ気になってたの~。」

 おいでおいでをしながら那珂は、気になってしょうがない五月雨の制服をどうにかしていじくろうという魂胆で顔をにやけさせていた。

 この約2ヶ月、頼れる先輩那珂と仲良くなって安心しきっていた五月雨だが、普段の調子づく様+たまに悪乗りするところがある人なのだと、改めて思い知ったのだった。

 

「中村さ~ん。黙って見てないでこの人どうにかしてくださいよぉ~。」

 ゆっくりと近づいてきている那珂に対して身構えつつ、那珂の友人である三千花に助けを求める五月雨。さすがの三千花も他校の中学生相手に友人が暴走するのを黙ってみているつもりはなく、よっこらしょっと席を立って那珂に近づき、彼女のおでこをペシリとはたいて注意を促した。

「あいたぁ!」

「ホラホラ。五月雨ちゃん嫌がってるでしょ。それに早く着替えなさいよ。毛内さんたち待たせてるんだからね。二人も今のうちにさっさと着替えちゃってね。」

 

【挿絵表示】

 

 

「はい。ありがとうございます。」

「私はもう着替え終わりましたー。」村雨はバンザイして着替え完了を3人に知らせた。

 そんな村雨は五月雨が那珂と着替えの攻防をしている間にせっせと着替えを進めていたのだ。

「あえ!? もう終わったの?」

「さみが那珂さんとふざけてのんびりしてるからよ。」

 五月雨にツッコミを入れる村雨の格好は、中学校の指定のジャージ姿だった。彼女は学校の制服で演習したため、今まで着ていた服がまだ乾ききっていないので仕方なくジャージを着たのだ。

 

「私、工廠行って制服もっと乾かしてもらってくるから。」

「うん。わかった。またあとでねー。」

「えぇ。時雨たち戻ってきたらみんなでスーパー銭湯寄って帰りましょ~。」

 五月雨と簡単に約束を交わし、村雨はそう言って更衣室からいち早く出て行った。

 

「……そんじゃまあ、私達も着替え、早く済ませちゃいますか。」

「そうですね……。」

 那珂は高校の制服に、五月雨は中学校の制服にそれぞれ着替えて更衣室を後にし、和子たちの待つロビーへと戻った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見学(最終)

 着替えが終わった那美恵たちはロビーに戻ってきた。五月雨は更衣室を出たところで那美恵たちと一旦別れて、提督を呼びに執務室へと向かっていた。

 ロビーでは、メモや写真の整理が終わって退屈そうにしている和子と三戸の姿があった。二人ともロビーのおしゃれなソファーで少しだらけて座っていたが、那美恵と三千花が来たのに気づいて和子は立ち上がる。

 

「あ、会長、副会長。」

「わこちゃんおまたせー」那美恵は右手を上げて和子に返事をした。

 四人揃い、ソファーのあたりに集まった。

 

「副会長、更衣室はいかがでした?」

 和子は三千花に尋ねてみた。

「よかったわ。内装のデザインは五月雨ちゃんに任されていたみたいで、カワイイデザインになってた。ちょっと興味深い話も聞けたから、あとでメモ書いておくから整理しておいてくれる?」

「はい、わかりました。」

 

「あー、更衣室見学したかったな~」

「三戸くん、ほんっとにいいかげんにしましょうか。」

 目を細めて冷たい視線をぶつけて静かに怒りを伝える和子。冷ややかなツッコミすぎて三戸はビクッと引いてしまった。

 和子の怒りをなんとかやりすごすべく、三戸は話題を振る。

「そ、そういえばあの五月雨って娘はどっか行ったんですか?」

「うん。提督呼びに行ったよ。」さくっと那美恵は答える。

 

「しっかしあの西脇提督も羨ましいっすよね~。身近に時雨ちゃんや夕音ちゃんみたいな可愛い中学生を4人もはべらせて。男なら夢の職業っしょ!?」

 煩悩丸出しで三戸はこの鎮守府の、総責任者である西脇提督を引き合いに出してうらやましがる。話題を変えてやり過ごしたつもりが、かえって火に油を注いでしまった。今度は那美恵も和子に加わる。

 

「あーのね……提督と一緒に仕事したからわかるけど、あれだけ歳の差ある人間を仕事で使うのって相当大変なんだと思うよ。提督の思いなんて聞いたことないしわかんないけどさ、提督はやましいこと考えないってあたし信じてるし、そんな暇ないと思う。あたしは提督のそういう誠実っぽいところ、s……」

頭をブルブルっと振ってその続きを発した。

「信頼してるんだからね。」

 

 那美恵が普段のおちゃらけなしで真剣に三戸に反論する。親友が珍しく怒気をまとっていることに少々驚いた三千花は那美恵をなだめつつ、三戸に釘をさした。

「まぁまぁなみえ落ち着いてよ。三戸くんはここ来てから舞い上がってるだけよね? なみえも毛内さんもそこ分かってリアクションしないと、疲れるだけよ。あと三戸くんはホントに反省なさい。」

「は、はい……。」

 

 3人を注意しつつ、三千花はさきほど親友が那珂として出撃デモしていたときに、提督から聞いた胸の内の言葉を思い出していた。

 

 人を使うのが苦手だと弱音を吐いた西脇提督。艦娘を娘や姉妹、友人のように接したいと言っていた提督。三戸が言い含めたように、提督も男なのだから少しはそういうことを考えることもあるだろう。けれどそこは大人なのだから、三戸とは違い言動にすら分をわきまえているはず。

 三千花はそう捉えていた。そして彼女は素の那美恵と違い、男は少しは下心もないと信頼できないと考えている。適度な、分をわきまえた付き合い。あまりに過ぎるのは三千花とて嫌いだ。

 さて素のところは純情な親友が果たしてこの先提督とどう関係進展するのか、三千花はなんとなく気になっていた。

 

 

--

 

 4人で話していると、提督と五月雨がさきほど那美恵たちが降りてきた階段とは別の階段から降りてきた。階段のふもとで五月雨と何か話し、そのまま反対方向へ行きある部屋に入っていった。一方の五月雨は那美恵達のいる場所に近づいてきて、4人を案内し始めた。

 案内されて那美恵たちが入ったのはロビーにほど近い会議室である。提督は入ってロビーに近い方の横のテーブル側に立ち、三千花を反対側に座るよう促す。那珂はあえて提督の横、五月雨の隣に座ることにした。

 全員座ったところで見学最後の工程を始めた。

 

「さて、ひと通り見ていただきましたが、いかがでしょうか?」

 感想を求められて三千花がそれに答えた。

「はい。今回は大変参考になりました。貴重なお時間を割いて頂いてありがとうございました。」

「それでは最後の内容として、これまで歩きながら話した鎮守府や艦娘制度の内容についてまとめてお話します。」

 そうして提督から、見学中に話された内容のまとめや、艦娘制度の具体的な内容と実情が語られた。三千花や書記の二人はそれを熱心に聞き、メモにまとめる。

 

「そうそう。これは最初に話しておくべきことなんでしょうが、鎮守府というのは正式名称ではないんですよ。」

「えっ?」

 提督が思い出したように言ったその一言に、三千花だけでなく三戸と和子も似たような一声をあげた。

「正式名称はもっと長いものなんです。"深海凄艦対策局および艤装装着者管理署"と言います。国の公式文書でもっぱら使われる正式な略称は、深海棲艦対策局○○支部というものです。」

 

「そうなんっすか!?それじゃあ鎮守府っていうのは?」

と三戸は何か感じるところがあるのかすぐに質問する。

「あぁ。国や公式文書ではそれらを使わないといけないのだけど、行政と実際の現場によくある齟齬みたいなものでね、それが本制度にもあるっていうことなんだ。もうすでに御存知の通り、現場である私や艦娘たち担当者は"鎮守府"という150年前にあった旧帝国海軍の基地の名称を使ったりします。」

「はは……正式名称言ってたら長いですしねぇ~。でもその鎮守府っていう言い方で国とかで通じるんすか?」

「あぁ。普通に通じるよ。もうお役人さんも慣れてるみたいだしね。」

 

 三戸に続いて和子が質問をする。

「あの……それでは艦娘というのは?」

「はい。それも現場での略称です。正式な略称は艤装装着者。もっとちゃんとした名称もあるのですが、我々現場の管理者には艤装装着者という名称でよいと教えられてます。で、もっと略して艦娘。これもまぁその、国の人に対して使っても普通に通じます。艦娘という言い方の由来は俺は知らないけれど、他の鎮守府の管理者も皆そういう言い方をしていたので、俺も倣っているんです。」

 

「それじゃあ提督というのも……?」三千花が恐る恐る尋ねる。

「そうです。管理者である俺は、正式には深海棲艦対策局支局長、あるいは管理署○○支部の支部長という肩書です。これも現場では鎮守府という言葉のつながりに倣って提督、とか司令官などと自由に呼ばれているらしいから、これも俺は他の鎮守府に倣っています。」

 

 提督の説明が終わると、なぜか那美恵がドヤ顔で三千花らに言った。

「艦娘の世界の言い方おっもしろいでしょ~?国の正式名称センスないんだなぁって思うよね。だって使ってないんだもん。鎮守府と艦娘って言い方最初に編み出した人に拍手だよ~。」

 言い終わるやいなや空打ちで拍手をする。

 向かい側でおどけている親友(先輩)を見て苦笑いする三千花ら3人。代表して三千花がツッコんだ。

「なんでなみえがそんなに得意げなのよ。」

 親友のツッコミに那美恵はエヘヘと笑うのみだった。

 

 提督自身、制度にかかわる組織や役職の呼び方は教わったことだけでありこの時説明した以上のことは知らないのだった。深く突っ込まれても困るため学生たちが深く突っ込んでこないか心の中で身構えていたが、当の本人たちは関係ない方面で話を展開させていた。

 手を軽くパンパンと叩いて注目を引き、話を再開した。

「本当なら見学の最初にお話するべきことなんでしょうけど、まず皆さんには鎮守府の実際の設備や様子を見てもらいたかったのでね。見てもらいつつ、その都度その場に合った内容をお話したほうが記憶に残してもらいやすいかと思ったのです。」

 

 提督は自身も学生の頃は大人の長々とした話を黙って聞かされるのが嫌で、そういった思いを今の子供たちにしてほしくないという思いからそうしたのだと、三千花らは聞かされた。

「さて、他に質問等あればお答えします。何かありますか?」

 いくつか気になることがあったので三千花たちは質問し、提督から回答をもらった。

 

 

--

 

 そこでふと、那美恵は聞きたかったことを思い出した。

「そうだ!提督。聞きたいことあったんだ。あたしからもいーい?」

「あぁいいよ。」

 提督は横にいる那珂のほうを向いて返事をした。

 那美恵が尋ねたのは、自身の学校で同調のチェックをさせてもらえないかいう内容であった。発案者は三戸だったので那美恵は彼にまずは言わせ、それに補足する形で口を挟んだ。

 

「なるほど。学校に機材を運んで、学校で同調のチェックをさせたいと。」

「そうなの。あたし含めて、艦娘になりたいって人は、普通は工廠で艤装を試着して同調をチェックするでしょ?でもそれだと、多くの人に鎮守府に足を運んでもらわないといけないし、フィーリングが合うのはその中でも一握りだとするとさ、学生艦娘を目指すんだったらかなり無駄が多いと思うの。もし艤装を鎮守府外に運び出せて、試験の時と同じように外でも同調チェックができるなら、学校にいながらより多くの人に適性がある・フィーリングが合うかどうかを手軽に試してもらえるでしょ?」

 

 那美恵の説明を聞いたのち、腕を組んで考えこむ提督。

「うーん。そのあたりの規程は大本営から特に言われてない点だなぁ。普通に考えたら艤装はモロに軍事機密に触れそうな物だろうし、持ち出しは出来ない気がするが……。すまん。今それに回答することはできないな。あとで大本営に聞いてから回答するよ。那珂に連絡すればいいかな?」

「あたしとみっちゃんに教えて。」

 

 提督から艤装持ち出しについて大本営に聞いてもらうことにした。那珂は三千花に目配せし、連絡先を提督と秘書艦の五月雨に伝えた。

 

 

--

 

 そして見学は全工程が終わり、提督から締めの言葉が出された。

「それでは○○高校のみなさん、お疲れ様でした。これで見学会を終わりたいと思います。小さい敷地とはいえ、設備もそれなりにあるのでお疲れでしょう。これは俺からの気持ちです。飲み物を買っておいたので、よろしければ持って行って下さい。」

 そう言って提督は数本の缶やペットボトルの飲み物を袋から出して見せた。那美恵たち4人分には多すぎる本数だ。

 

「あの、提督。多くありませんか?」

 五月雨がそう尋ねると提督は答えた。

「五月雨、君たちの分もだよ。あとは……時雨と夕立が帰ってくれば渡せるんだけど、まだ護衛任務はかかりそうだし、あとで渡しておいてくれるかな?」

「提督……!ありがとうございます!わかりました。」

 

「提督ぅ~良い人だなぁ~惚れてまうやろー!」

「今頃気づいたか!?もっと褒めてくれてもいいぞ~」

 普段のノリで那美恵が冗談めかして提督を立てつつ言うと、提督もそのノリにノッて返してきた。その掛け合いをみて隣にいた五月雨はクスッと笑う。三千花らも釣られて微笑んで反応し、その場は和やかな雰囲気に包まれ、見学会の最後を彩った。

 

 

--

 

 時間にして午後4時すぎ。三千花らは帰ることにした。ロビーまで全員で歩きつつ会話をしあう。

「なみえ、あなた今日は艦娘の仕事はないの?」

「んー?出撃もないはずだし、みんなといっしょに帰れるよ。」

 

 那美恵のごく簡単な説明に、提督が付け足す。

「那珂には出撃も頼みたいことも特にないから、本当に帰ってもいいぞ。せっかく学校のみんなと来てるんだからね。もし頼みたいことあってもここにいる五月雨にガツンと頼んじゃうから、どのみち安心して帰ってもらえるよ。」

 提督は言葉の途中で五月雨の肩に手を置いて彼女に少しだけ意地悪なことを言った。

「提督~それじゃ私がもっと忙しくなるんですけど~!?」

 またしても不意に標的になった五月雨は少し半泣きになりつつ、提督の腕を押して愚痴もぶつけた。

 

 結局那美恵も三千花らと一緒に帰ることにした。その日その時間、鎮守府には提督と五月雨、村雨が残り、時雨と夕立の帰還を待つことになった。那美恵は艦娘の制服をきちんと洗うために一旦更衣室に戻って制服を取り出し、再び三千花らと合流して鎮守府を後にした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

高校生は思う

 

 鎮守府からの帰り道、那美恵たちは駅前の全国チェーン店のコーヒーショップに入り、一息つきはじめる。

 

「さて、今日は半日使って鎮守府を見てもらったわけだけど、どうだった?率直な意見を聞かせて。」

 那美恵が他の3人に感想を求めた。すると最初に三千花が口を開いた。

「興味深いしなみえ含めて応援したいとは思うけれど、ちょっと先行き不安ね。」

「え?何が?」

「運用がってこと。うちの学校と提携できたとして、少し増えたからといってあそこの鎮守府を良くするのに貢献できるとはとても思えないわ。まぁ、鎮守府の運用とかそのあたりまで私達が気にするところではないんだろうけど。それに私達学生をバックアップしてくれる先として学校を説得できるほど頼れるとは思えない。」

 三千花が辛辣な意見を口にする。それは、那美恵もうすうす感づいていることだった。

 

「まぁ、今日のことは毛内さんと三戸くんが撮ってくれた写真や動画とメモを元に報告書作るわ。でもそれでも校長たちを説得できるかどうか……。」

「みっちゃん厳しいなぁ~。タハハ……」

 信じていた親友に厳しい言葉を浴びせられ、不安を耳にしてさすがの那美恵も表情を暗くする。

 

【挿絵表示】

 

「あと大人が西脇提督だけというのもやっぱり無理があると思う。」

「明石さんとかいるじゃないっすか?」

「えぇと。そうだけどそうことじゃなくて。鎮守府の顔として対外的に交渉する人、管理する立場の人がってこと。なみえ、あなた以前も西脇提督と一緒に校長を説得したって言ってたわよね?」

「うん。」

 三戸の指摘をそれはそうと受けつつ流して、三千花は那美恵に尋ねた。

「私達から見れば誠実で良い人だとしてもさ、大人同士で交渉してもらうんだとしたらあの人一人だと厳しいんじゃないの?」

 

 那美恵は目を細めて表情をやや暗くして説明し始める。

「うーん。でもあのときはあたしもまだ正式に艦娘に着任前だったし、今回みたいに説得材料集めきれなかったからだと思うの。けど今回は違う。あたし一人ではできなかったことをみっちゃんたちが協力してくれる。きっと説得させられるよ!」

 最後に明るさを取り戻して希望を述べると、それでも不安なのか三千花が食い下がる。

「そりゃ私も協力はするけどさ、なんか精神論的でなみえらしくないよ。なにか自信の持てる確証があるなら別だけど。」

「うん。実はね。あのとき校長の昔の思い出の一言で提携の話が立ち消えになったけど、あの時あたしと提督、あと提督が準備してきたっていうなんか国からの資料だけで、結構いい線イケたんだよ。まだ経験ほとんどないあのときでさえイケそうだったんだから、今回はきっともっとうまくいけるってあたしは確信してるの。」

「イケるって言われてもねぇ……。」

 三千花はよろしくない反応を示す。

 

 最初に説得した当時の話を思い出しながら那美恵はさらに続ける。

「それにね、校長が言う戦いの思い出。あたしは心当たりがあるの。多分、うちのおばあちゃんが経験した昔の戦いのこと。おばあちゃんはその当事者の一人だったから。校長とうちのおばあちゃんは歳が結構離れてるから、校長は本当は昔のその小学校で起きた戦いや騒動に、巻き込まれていないんじゃないかって思ってる。年代が違いすぎるんだよ。多分、校長はうちのおばあちゃんと同じ世代か、近い世代の人たちから伝え聞いたことをただ単に言っているだけだと思う。実感のない戦いの思い出だけで、てきとーに拒否してきたんだと思う。あたしはそれがどうしても頭の中にひっかかってたんだよね。」

 

「……そこまで知ってるんならその時適当に言いくるめればよかったじゃないの。」

 三千花は校長の弱点かもしれないそのポイントを、狡猾なところがある親友が狙わなかったことを不思議に思った。三千花の意見に那美恵は至極穏やかに言い返す。

 

「あたしたちにとってはウソとしか思えなくてもさ、校長にとってはきっと大切な、記憶だったり思い出なんだろうって思うの。そういうの汚したらいけないじゃん?」

「うーん、まぁね。」三千花が相槌を打った。

「例えるなら、あたしや五月雨ちゃんたちがこうして深海凄艦と戦った記憶と思い出だって、みっちゃんたちからすれば実際に経験してなくても、知り合いが経験してきたことだから自分たちもそうだったんだ、少なからず関わったことがあるんだと誇れるくらいには将来本物の思い出になるかもしれないでしょ?もし数十年経って、三千花おばあちゃんのいうことはウソじゃん!何もやってなかったじゃん!とか孫とか周りの人に悪く言われたらどう思う?」

 

 三千花は眉をひそめ、那美恵を睨むような視線で言い返す。

「……そんな先のことなんてわからないわよ。」

「あたしだったらショック受けるかも。光主那美恵65歳、孫からやり込められてショックでひきこもる。的な。」

「はぁ……なによそれ。」

 那美恵の言い出した妙なナレーション風味のセリフに、三千花は素早くツッコミを入れた。

 

「まぁあの時は突くことができなかったその点、今回は狙ってみよっかなぁと思ってる。」

 一息ふぅ、とついたのち、那美恵は考えを述べた。

「……狙うだけの何か確信があるのね?」

「いやまぁ、ホントに狙うか狙わないかは別として、校長と接する上で大事なポイントなんだろうなって気はする。そこまでわかっただけでも前回のは得るものがあったかなぁって。」

「……あんたもしかして、最初から探るために?」

口元だけニンマリさせて那美恵は三千花が想像したことを含めた言い方をした。

「あたしね、やれるって確信が持てないときはやらないんだ。みっちゃんわかってるくせに。」

 

 三千花はため息をついて、カフェオレを一口含み、口を潤した後言った。

「はぁ。結局私達はあなたがイケるって確信を掴めるようになるために利用されてるってわけね。私はもうそういうの慣れてるからいいけどさ、毛内さんと三戸くんは全然ついてこれてないみたいよ?どうすんのさ。」

「そんな言い方はひどいよぉ~。あたしはみんなに協力してもらってるって意識だよ。利用してるなんてひどい。」

「はいはい。ひどくないひどくない。」

 

 

--

 

 それぞれ飲み物を飲んで、口の中を潤したのちに議論を再開した。口火を切ったのは那美恵だ。

「あのね。今回の報告書なんだけどさ、マイナスに関わりそうな要素はあえて書かないでほしいの。」

 驚いて三千花は那美恵に詰め寄る。

「ちょっと!それじゃ事実隠蔽じゃないの?それはダメよ!」

 頭を横に振って那美恵は三千花にその真意を語りだした。

「うん。だけどあたしの考えではそうは思わないんだ。必要悪っていうのかな? 致命的じゃない限りは、校長先生たちが"今"知る必要のないことは書かない・教えないべきだと思うの。その逆で、今だからこそ知るべきこともあるだろうからそこはきちんと伝える。物事を有利に進める上での駆け引きはするべき。きっと提督はバカ正直に言っちゃうかもしれないけど、そこはあたしが提督にも言い含めておくから、みっちゃんたちもお願い。」

 

 三千花は親友の目と表情が本気であることにすぐに気づいた。こうなると三千花の意見も効かなくなる。たまに見る那美恵の狡さ。三千花は心臓がきゅっと詰まる感覚を覚える。

 一方で三戸と和子は真面目に会長と副会長が議論しているので、まったく口を挟めないでいた。ただ空気を読んで黙って二人の議論を見ていることしかできなかった。

 

「ええと、結局俺達はどうすれば……。」

 そう言ってあたふたする三戸とは異なり、和子は至って冷静に那美恵たちに反応を示した。

「会長たちの思いがどうであれ、私はお二人のおっしゃることを信じて従うだけです。鎮守府との提携が学校を良くするって会長が確信しているのであれば、私も学校を良くしたいと思ってますし。私個人としては意外と面白そうだと思ってますから会長に全力で協力するまでです。だから、なんでもおっしゃってください。」

「わお!わこちゃんクールデレ~!」

 両手をピストルのように構えて和子を指さして突っ込む那美恵。その仕草に和子は頬を引くつかせたがすぐに表情を戻して呆れ顔で那美恵にツッコミ返した。

「んもぅ……。クールデレとかやめてください。大昔の白骨化した死語ですよ。それ。」

 

 雰囲気が少し柔らかくなってきたのを見計らって三戸も口を挟み始めた。

「んで俺達は一体どうすればいいんっすかぁ~?もっと明るくサクッと行きましょうよ!艦娘とか鎮守府って賑やかで和気あいあいとしてそうだからノリ良くいきたいんっすよ。」

「うん。そうだね。明るくいこー!あたしに続く生徒たちが明るく気持ちよく参加できるようにしないとね。三戸くんはわこちゃんと一緒に報告書をしっかり作ってね。期待してるよ!」

 那美恵は三戸に向かってウインクして鼓舞し、気持ちと空気を切り替えさせた。

「は、はい!」

「はい。わかりました。」

 三戸と和子の返事を聞いた那美恵と三千花は議論を締めた。

 

 それぞれ、飲みかけの飲み物を飲み干し、コーヒーショップを後にした。

 帰り道、三千花は改めて那美恵に言った。

「一度協力するって言った以上は協力しつづけるけどさ。鎮守府の現状をしっかり見なよ。西脇提督にもちゃんと言っておいてよ? なんだかんだ対策したとしても、私達は最終的には西脇提督の交渉術に頼るしかないんだから。」

 

「はいはーい。」

 返事をする那美恵はいつものちゃらけた明るさの人物に戻っていた。

 




ここまでの挿絵や全文のまとめです。
pixivやtinamiでも小説公開しておりますのでお好きな場所でご覧いただければと。

挿絵原画。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53906929
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1O0HNLvGEGPSH5zB6e6x8vHW5eYZRmmObBn-nmJW6Si8/edit?usp=sharing
好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学校の日々3
交渉に向けて



【挿絵表示】

 生徒会メンバーである三千花、和子、三戸に鎮守府を見学させた那珂こと光主那美恵。彼女たちは鎮守府と艦娘に触れて様々な思いを胸にした。そして、いざ高校と鎮守府の提携を目指すために、校長との打ち合わせに臨む。

※ここからしばらくは艦これ要素の薄いほぼオリジナルキャラと展開が続きますのでご了承ください。艦娘=武装装着した人間説を取っているため、彼女らの本当の日常生活を見てみたいという方々に楽しんでいただけたらと。



 鎮守府に見学に行った翌週から、那美恵たち生徒会メンバーは通常の生徒会業務をする傍ら、鎮守府見学の報告書を作成し始めた。主に書記の和子と三戸が写真・動画を選んで文章を書き、レビューを副会長の三千花が、最終レビューを生徒会長の那美恵が担当して作業する。

 文章力などは三千花が得意ということもあり強いため、最初のレビューでは三千花が内容は別として全体的な構成をチェックし、肝心の内容のほうは那美恵が艦娘としての立場を踏まえてチェックするという流れである。内容的に足りなそうな点は、那美恵が提督や五月雨にメールで確認し、もらった回答をそのまま書記の二人に伝えて完成度を高めていった。

 

 生徒会の仕事である程度書類の作成能力は付いていると本人たちは思ってはいたが、それはあくまでも学生同士のレベルでの話である。そのため不安を感じた那美恵と三千花は、無理を承知で西脇提督にも第三者からの視点として内容を見てもらうように依頼することもあった。(なお提督はさらに明石や妙高など、歳の近いほかの人にも見せてチェックしてもらっているが、それは那美恵たちがあずかり知らぬところである)

 

 立場の違う大人がそれぞれ密かにチェックした甲斐あり、報告書は無事に完成した。完成した報告書は改めて提督に見てもらい、那美恵はその後迎える校長先生との打合せに向けて提督と話す内容のすり合わせをする予定を取り付ける。

 

 

--

 

 完成した報告書を手にし、那美恵と三千花は教頭経由で校長先生に、再び鎮守府Aの西脇提督と話をしてもらえないかどうか交渉しに行くことにした。放課後に職員室に赴き、教頭に相談することにした。

 

 那美恵は自身が艦娘になってからすでに2ヶ月ほど経っており、ある程度活動していることを教頭に伝えた。そして和子たちが作成した報告書も教頭に見せて反応を伺う。

 教頭は報告書や那美恵が隣の鎮守府や東京都からもらっていた写真をしばらくじっと読んで見入っている様子を見せた後、顔を挙げて那美恵に微笑み、よく頑張りましたね、の一言を発した。

 

 もともと教頭は、鎮守府が国に関わる組織という前提のために乗り気で那美恵に協力的だった。だが学校の意思は校長の決定が全てなので、それ以上は言えなかったのだ。

 それから今回教頭は意外な事実を口にした。実は教頭の孫娘も、別の鎮守府で艦娘をしているというのだ。最初に那美恵が交渉しに行った時に教頭が自身の身の回りのことを話さなかったのは、那美恵自身がまだ着任してまもないということで、様子を伺うためでもあった。

 那美恵が艦娘として実績をあげたことで、教頭は那美恵が単なる興味本位や浮ついた気持ちで艦娘制度に関わり、学校との提携を望もうとしているわけではなく、本気で望んでいるのだということを確認した。最後に教頭は、君たちを値踏みしてるのは私だけではないはずですよ、と一言ポツリとつぶやいて那美恵たちとの打合せを締めきった。

 

 

 那美恵たちは学校内に頼れる協力者を教師陣の中に得たという心強さを感じることが出来た。

 あとは校長を落とすのみだと、意気込む那美恵と三千花。

 

 教頭へ話の取り付けに成功し、職員室を後にした二人。

「まさか教頭先生のお孫さんも艦娘だったとはね……。」と三千花。

「うん。世間は狭いっていうべきなのかな。意外な形で艦娘って世の中にいるんだね。あたしだけが特別なんて思わないでよかったよ。」

 那美恵も頷いて相槌を打ち自身の感じたことをも明かす。

「なんか私、気が楽になってきたわ。」

「およ?どうしたみっちゃん。かなりノリノリぃ~?」

 両腕を挙げてグッと背伸びをして今の気持ちを吐露する三千花を、屈んで下から見上げる那美恵。

「いやさ。私が変に現実的に考えすぎたのかなって思ってさ。うちの学校でも艦娘制度に関われる下地がすでにできていたのかと思うと、まじめに考えてた自分がちょっと馬鹿らしく思えてきてさ。」

「ん~。でもあたしはみっちゃんに相談して、みっちゃんから考え聞けてよかったと思ってるよ。みっちゃんの真面目な考えや見学の時の協力がなかったら、多分教頭ですら落とせなかったと思ってるもん。」

 

「あんた……その落とすって言い方やめときなさいよ。あと、ありがとね。私がなみえの歯車の一つのよーに役に立てたのなら光栄だわ。」

 わざとらしくなみえの両頬を軽くひっぱり、感謝を述べる。

「い、いひゃいいひゃい~」

 

「でもまだよ。まだ校長っていうラスボスがいるから、最後まで気が抜けないじゃない。……まぁなみえのことだから大丈夫だとは思うけどさ。」

 なんだかんだ言って自分を信じてくれる親友に対し、エヘヘと笑って那美恵はそれ以上の言葉を発しなかった。その後生徒会室に戻った那美恵たちは書記の二人に教頭とのことを話し、先行き好調の状況を伝えた。

 

 

--

 

 那美恵らが教頭に話を取り付けた後、教頭は那美恵たちから話を聞いたこと、自分は協力する意思があることなど校長にその旨伝える。教頭自身の熱意ある説得の甲斐あり、校長は穏やかな雰囲気で頷き鎮守府Aの提督と再びの打合せに承諾した。

 打合せが決まったことは教頭から直接那美恵たち生徒会メンバーに話が伝えられた。そののち提督からも打合せについて同じ内容が伝えられる。大人たちの準備も整った。

 打合せは3日後の15時からに決まった。その日は平日だが校長の計らいにより那美恵と三千花はその時間の授業は免除され、校長・教頭・提督の打合せへの同席が許可された。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

交渉

 交渉日当日、15時少し前に那美恵と三千花は校舎を出て校門前で提督らを待っていた。ほどなくして那美恵たちの高校の校門を通る部外者の影が4人あった。その姿が見えた時、那美恵はそのメンツに少し驚きを示した。

 

「あれ?提督だけじゃないんだ。」

「あぁ。メンツは多いほうがいいと思ってね。3人連れてきた。」

 

【挿絵表示】

 

 

 そう言って提督が向けた視線の先には、工廠長の明石、重巡妙高、そして秘書艦五月雨の姿があった。

 

「今回は微力ながら皆さんの役に立てるよう振る舞いますね。光主さん、よろしくお願いいたします。」

 非常にゆったりした話し方で、物腰穏やかに自己紹介する妙高。

 那美恵は妙高とは面識がなかった。提督の談によると、年齢は提督より上で既婚者、実質的には影の秘書艦でその実見えないところで頼っている女性なので、同席してもらうことにしたという。今回は五月雨の代わりに秘書艦という名目での同席だ。

 

「那珂ちゃん…と、ここでは那美恵ちゃんね。よろしくね。技術的な説明ならお任せください!」

 明石は艦娘の装備や戦闘面でもし質問された場合の技術的な説明をするための要員としての同席である。なおかつ国が直接提携して艦娘制度にかかわっている製造業の有名な会社の社員ということで、ハクも期待してのことだ。

 

「那珂さん! 私も那珂さんの学校の役に立てるよう、精一杯頑張りますね!」

 五月雨は初期艦として、学校提携の前例の当事者として、それから純粋に艦娘の実務である深海凄艦との戦いに従事する担当者としての立場での同席だ。なお、この日のために五月雨の中学校へは提督が話をつけている。中学校側からは弊校の例が参考になって、他の学校との提携が進んで最終的にはお国のためになるなら喜んで早川皐月を貸し出します、という快い承諾を得ていた。もちろん同時間帯の授業は免除である。

 

 

--

 

 那美恵と三千花は4人を校長室にまで案内した。コンコンとノックをし校長から一言あった後、那美恵はドアを開けて提督らを中に入れた。

 

「校長先生、鎮守府Aの提督方をお連れ致しました。」

 普段とは違い、丁寧な言葉遣いで案内する。

 

「はい。ありがとうございます。」

 校長は那美恵の祖母とまではいかないが、綺麗に歳を取った初老の女性という雰囲気を醸し出している。那美恵に丁寧にねぎらいの言葉をかけると、校長は提督に近づいた。提督は軽く会釈をした後挨拶の言葉を発した。

 

「ご無沙汰しております。鎮守府Aの西脇です。」

「お久しぶりね、西脇さん。3ヶ月ぶりくらいかしら? どうぞおかけください。」

 提督らをソファーに座るよう促す。提督らはお辞儀をしてソファーの前に立つ。座る前、自己紹介する前に校長を気遣う話題を振る。

「だんだん気候が変わっていて暑くなりましたが、お身体にお変わりはありませんか?」

「えぇ、おかげさまで無事に過ごしております。西脇さんは?」

「はい。本業ともども健康に気をつけて過ごしております。あの、お話を始める前に私どもの担当者を紹介させていただいてもよろしいでしょうか?」

「えぇ、お願い致します。」

 

「……じゃあ妙高さんから。」

 提督が促すと妙高は半歩前に出てお辞儀をして自己紹介をし始めた。

「はい。私、鎮守府Aの秘書艦を務めております、重巡洋艦妙高担当、黒崎妙子と申します。本日はよろしくお願いいたします。」

 次に明石が同じような作法で自己紹介をする。

「私は工作艦明石担当、明石奈緒と申します。鎮守府Aの工廠長を担当させて頂いております。それから私、○○株式会社より派遣という形で鎮守府業務に携わっております。」

 そして最後に五月雨こと早川皐月が挨拶をした。

「私は駆逐艦五月雨を担当しています、○○中学校2年の早川皐月と申します。」

 

 最後の人物の紹介に疑問を持った校長は提督に尋ねた。

「そちらの女の子は……何か特別な担当されているのですか?」

「いえ。ただこの五月雨は初期艦という、国に認定された鎮守府Aの最初の艦娘です。以前お話しさせていただいたかと思いますが、鎮守府Aと初めて提携していただいた○○中学校様の生徒でして。ご参考までに同席させたいのですがよろしいでしょうか?」

「えぇ、かまいませんよ。」

 

 それぞれの自己紹介が済んだので、校長に促されたとおり提督らはソファーに座った。

 

 

--

 

 2~3当り障りのない話題で会話してその場の雰囲気を潤した後、提督は本題を切り出し始めた。

「御校の生徒さん、あちらにいらっしゃる光主那美恵さんに艦娘になってもらって2ヶ月ほど経ちました。」

 提督に言及され、那美恵は校長に向かって会釈をする。

 

「その間いくつかの出撃任務に携わってもらいました。いずれも怪我なく無事に任務遂行し、優秀な戦績を上げてもらいました。我々としては彼女の参加で非常に助かっております。彼女の活躍は他の鎮守府や防衛省でも少しずつ話題にあがるようになっております。おかげさまで市や県からの依頼だけでなく、企業・団体からの依頼任務も徐々にではありますが増えてきました。」

 まずは那珂となった那美恵のこれまでのことを報告し褒める。そして一拍置き、提督は言葉を続ける。

 

「それでですね、我々としても引き続き光主さんには艦娘として働いてもらいたいのですが、何分私どもの鎮守府はまだ小さく、人が集まっていないために、任務を請け負ってもなかなか数少ない彼女たちでは捌き切れないのが現状でして。那珂を始めとして他の艦娘たちの功績のかいあって、おかげさまでだんだん我が鎮守府も知名度があがってきております。そのため懸念しているのは、今後任務が増えることによる、艦娘たちの普段の生活への支障なんです。これは今現在、とくに那珂として活躍してもらっております光主さんに強く当てはまることでして。もし、このままの人数で任務が増えますと、私どもだけでは艦娘たちの普段の生活の支援が行き届かなくなる恐れがあります。私個人としても、艦娘になる人たちの普段の生活が第一と考えております。そのために艦娘が普段の生活で所属している学校様や企業様に協力していただけるよう、提案させて頂いております。つきましてはバックアップに協力していただけないか、本日お願いに伺った次第であります。」

 

 交渉事に慣れていないために途中早口になりつつも必死に、慎重に提督は校長を説得しに言葉を選んで進める。一方の校長は提督から手渡された資料と、教頭経由で那美恵たちから受け取った鎮守府見学の報告書を数ページ読むために提督から資料へと静かに視線を動かした。

 沈黙が続く。さすがの那美恵も今回は口を挟むタイミングや雰囲気ではないために、黙って提督と校長の雰囲気を見守るしか出来ない。

 

 しばらくして校長が口を開いた。

「西脇さんのお気持ちや熱意は確かに伝わりました。……前回来ていただいたときよりも、言葉がしっかりなさっていますね。この2~3ヶ月で、きっとうちの生徒がお役に立てる何か出来事があったのかしら。」

「へ?あぁ、えぇ。光主さんはさすが生徒会長もされているだけあって、恥ずかしながら彼女から学ぶところは私にも多々ありまして。」

 提督は照れくさそうに、正直にありのままの今の気持ちを伝えた。すると直後、提督には校長の頬が少し緩んだように見えた。

 

「西脇さんのことはわかりました。あとは……。」

 提督の心境を確認した校長は言葉の最後のほうで言いかけて一旦止め、那美恵のほうを向いた。

「光主さん、ちょっとこっちへいらっしゃい。」

 校長は那美恵を呼び寄せた。那美恵と三千花は教頭とともに、校長・提督らのいるソファーとは離れたところに立っていた。そのため那美恵は返事をしたのち、校長のとなりまでしずしずと歩いて近寄った。

 

 

--

 

「はい。」一切のふざけはなしにあっさりとした返事をする那美恵。

 

 那美恵がとなりに来たのを確認し、校長はその少女にある質問をした。

「率直な気持ちを聞かせてね。光主那美恵さん、戦いは怖くない? ……それから、戦いは楽しい?」

 那美恵は途中までの質問なら聞いた瞬間に答えようと口から返事を出しかけたが、一拍置いて校長の口から発せられたさらなる質問のために、それを飲み込まざるをえなかった。言葉を脳が解析し終わって単語の意味を理解した瞬間に冷や汗が出る。校長の真意がわからなくなり、那美恵は急いで考えを巡らせる。

 

 戦いは怖くはない。艤装の影響もあるため、深海凄艦という化け物と対峙してもそれなりにやれる。しかし、楽しいかと言われると、正直のところわからない。どう答えるのが校長にとって正解なのか?校長が経験していないと思われる戦いの思い出に沿えるような、否定的な回答をすればいいのか、それとも真逆のことで、楽しい・世界のために戦えるというポジティヴな意思表示をすればいいのか。

 そもそも、今まで自分は深海凄艦との戦いに何を思ってきたのか。那美恵はそこから思い直す必要と感じた。艦娘の目的は、世界中の海に蔓延った深海棲艦を撃退する、それが仕事である。鎮守府に協力するとか運用を手伝うなどそういったことは、深海凄艦との戦いという仕事のための単なるお膳立ての一要素でしかないのかもしれない。艦娘の仕事は1にも10にも化け物との戦いなのだ。それが自分達の覚悟を決めた唯一の仕事のはず。

 そう心の中を見つめなおすと、那美恵は途端に深海棲艦や戦いについて恐怖心が湧き上がってきたのに気づいた。そして那美恵の口からは、当初頭にあったこととは逆の言葉が出て、自分の正直な思いを明らかにしていた。

 

「……怖いです。よく考えたら深海凄艦との戦いは怖くて仕方ありません。心から戦いが好きな人なんて、あたし含めて今の日本にいるはずがありませんし。」

 

 

 出始めた那美恵の言葉をゆっくりと何度も頷いて噛みしめるように聞く校長。

「そう。でもあなたは艦娘になって、この2ヶ月近く戦ってこられたのよね?怖いはずが、なぜかしら?」

 

「それは……。」

 つまった言葉、それをどう言おうか那美恵は考えた。その時、ある存在が頭に浮かんだ。尊敬する祖母、そして提督の顔だった。決して向かい側に提督がいるからとかそうわけではない。

 

 那美恵の祖母は92歳の大往生であった。祖母の大活躍は70~80年以上も前の出来事で、当時を詳しく知るものはもはやほとんどいない。それでも最近あったことのように熱く・目を輝かせて明るく語る祖母のことは、本人とその話両方ともに孫娘の那美恵は大好きで、それが自分自身のことであったかのように深く思い入れがあった。

 当時の大人たちが苦戦する中、子供であった那美恵の祖母たちは機転を効かせて大人を助け、戦いを勝利に導いた。問題児も多かった(彼女の祖母自身も勝ち気で目立ちたがり屋など問題も多かった)という当時のその小学生を、クラスメートたちを率先してひっぱって指揮していったのが彼女の祖母だった。

 那美恵の完璧を目指す信念、そして誰かを引っ張ったり、アイドルのように振る舞って世間を明るく賑やかにさせたいという思いの根源は、祖母にあった。

 

 そして提督。鎮守府を出れば普通の男性である。世が世なら那美恵は彼と絶対出会うことはなかったであろう。そんな人物西脇栄馬と触れ合った2ヶ月弱、基本的には頼れる大人だが、この人は自分がついていないとダメかもしれないと、思えるような面を那美恵は提督に少なからず見いだしていた。

 それなりに清潔感ある身なり・普通にアラサーのおじさん・やや挙動不審な点もあるがいいとこお兄ちゃんと言ってあげてもいい話しかけやすい雰囲気の男性である提督、西脇栄馬。IT業界に勤めてるそうだが、言葉の端々に文系の匂いがし、様相に似合わぬ熱い思いを語るときもある提督。自分と似たところがあるかも……と那美恵はなんとなく思っていた。フィーリングが合うなぁと感じるときもあった。自分に似てないけど似ている。

 そう思いを馳せられるゆえ、那美恵は提督自身にところどころ欠ける要素を、自分が補完してあげて彼の完璧を自分が演出したい・支えてあげたい・尽くてあげたい、引っ張っていってあげたいと思うようになっていた。

 その根底にあるのは理屈ではない、心の奥から沸き上がる感情。

 

 頭に浮かんだ二人に対する気持ちが那美恵が艦娘としてこれまでやってこられた原動力だったと、落ち着いて考えた彼女の頭で浮かんでまとまっていた。言葉に詰まって数分にも感じられた約1分弱の後、那美恵は校長に答えを告げた。

 

「……それは、恐怖よりも強い憧れと譲れない信念と、誰かのために尽くしたいという気持ちがあるからです。あたしは戦うために戦ってるわけじゃないですし。普段の生活を大切にしたいし、誰かのその生活をも大事にしたいから。心に強く思うからこそ、自分が信じるもののために心を熱く燃やせるから、だから怖くても平気なんです。あたしは戦えるんです。」

 

 

 そこまで言って、那美恵は突然提督のほうを向いて尋ねた。

「ねぇ提督。うちの鎮守府に配備される艤装ってちょっと特殊なんでしょ?」

 突然話を振られた提督は、あぁ、といつも那美恵に返す口ぶりで返事をし、艤装のことならと明石の方を向いて合図をする。

 

「光主さんが艤装について触れられたので、少しだけ補足させていただきます。艤装は、インプットされた膨大な量の情報により、一般的な機械よりも人間に対して高度で身近な存在となっています。いわばそれ自体が人を選ぶ生き物みたいになっています。ですので同調といいましてそれを扱える、簡単にいえば艤装とフィーリングの合う人を見つけないといけないんです。さらに鎮守府Aに配備される艤装は、新世代の艤装のテストも兼ねておりまして、それは人の思いによって、艤装の性能を変化させる機能を実装しているんです。未だテスト段階ですので他の鎮守府には知られていませんが、より装着者と一体化させて、その人の強い思いを実際の力として具現化とさせることができるんです。ですので、光主さんが持つ強い思いは、大げさかもしれませんがきっと技術の発展、しいては世界の平和へとつながると思います。」

 技術大好きな明石は自分の得意分野ならとペラペラ解説するが、その内容を理解できた学校側の人間はいなかった。明石の話を聞いて校長はそうですかとだけ言い、那美恵がこれから紡ぎだす言葉を聞くために彼女に視線を戻した。那美恵は校長が戻した視線を受け、せっかく解説してくれた明石の話を受けてうまく話をつなげなければと思案し、回答を再開する。

 

「校長先生、あたしは最初こそは単なる興味でしたけど、着任してからのこの2ヶ月、思いはきちんとしたものになってきてると実感しています。そしてその思いは、うちの鎮守府の艤装によって、実際に深海凄艦を倒す力として、あたしやここにいる五月雨ちゃ……さん、他の艦娘仲間たち、それから提督を助けてくれました。きちんと心に思えば、うちの鎮守府ではそれが力になる。だから怖くても戦えるんです。」

 

 那美恵は深呼吸をした。そして微笑みながら続ける。

 

「あたしはこうして艦娘として今日まで無事にやってこられたけど、それはあたし一人の力じゃない。あたしは一人でなんでも出来てきたと思っていましたが、それは周りの密かな支えがあったからこそなんだと気づきました。あたし一人ではどうしようもできない状況でも仲間がいれば解決できるかもしれない。これからも怖い思いはするかもしれないけど、仲間が集まればやりきれる。あたしには仲間が必要なんです。うちの学校からも艦娘として一緒に戦ってくれる仲間が欲しいんです!」

 

 那美恵はこれぞと思って用意してきた策を使う間がなかった。校長に対しては提督のほうが効果てきめんだったのだ。結局素直に自分の感じたまま思ったままのことを話すしかなかった。事前に那美恵は提督に話をすり合わせようと言い、マイナスになる部分は書かないから言わないでとお願いをしていたが、提督はバカ正直に、策を弄するのは嫌いだと言い結局那美恵のその願いだけは聞き入れなかった。この校長に対しては、提督のような誠実さでないと立ち向かえないと那美恵は気づいた。

 

 那美恵は口から自分に似合わぬセリフを吐き出し続けながら頭の片隅でこうも思っていた。

((結局あたしは提督を自分色に染めて影響を与えるつもりが、逆に提督の影響を受けてバカ正直になってきてる。こうして、学校は違うけど後輩の五月雨ちゃんのいる前でアホみたいにまじめに自分の思いの丈を吐き出しちゃってる。そりゃ真面目な会議の場ではあたしだって形だけはちゃんと振る舞うけど、こんな素直になっちゃうのは本来のあたしじゃない。真面目ちゃんはあたしのキャラじゃないんだよぉ。ちっくしょ~提督めぇ。いつか絶対、あなた……をあたし色に染めてやる。))

 

 

--

 

 那美恵からも思いや考えを聞いた校長は最後まで彼女の言葉を噛み締めてじっくり味わうように、頷いて聞き入っていた。その様子は最初から最後まで変わらぬ校長の態度である。そして校長は那美恵の言葉を評価した。

「そうですか。光主さんの気持ち、大変よくわかりました。あなたのお気持ちは本物のようですね。」

「え?」

 那美恵は聞き返す意図ではないが、一言だけ声に出していた。

 校長は数秒の間を作り、再び口を開いた。

「私の考えでは、正直申しましてあなた方を化物と戦わせることに反対です。そのための許可など学校として生徒に承認することはできません。」

「!!」

 ピシャリと校長は反対の意思を示した。那美恵と提督はビクッとするが、その後の校長の言葉によりこわばらせた態度をわずかに和らげる。

 

「……でもそれはお二人の言葉を聞くまでのことです。あなた方のお気持ちを聞けて、私は考えを改めようと思いました。」

「校長……!それじゃあ!?」

 那美恵が乗り出そうとすると、校長はその反応を気にせず言葉を再開する。

「えぇ。ですがその前に、私はみなさんに正直に言わなければいけないことがあります。あなた方の気持ちだけ聞いて私のことを話さないのは卑怯ですものね。それに今この時が、きっと話すべき時なのだと思ったのです。光主さん、私が時々みなさんの前で話すお話、覚えていますか?」

 校長が件の話に触れてきた。那美恵は考えていた対策をどうするか瞬時に思い出し始める。が、那美恵の行動を待つ気はない校長は話を続けた。

 

「あの話はね、実は私の体験談ではなくて、私の憧れの人たちのことなの。」

「憧れ……の人ですか?」

「えぇ。それはあなたもよくご存知で、尊敬している人よ。」

 校長のその言葉に那美恵は一瞬眉をひそめて自身が考えていたことの正解を確認しようと脳裏に思い浮かべる。校長がわずかに口元を緩ませて言及した人物は、那美恵の想像通りの人だった。

「それはね、あなたのお祖母様のことです。」

 校長の口からはっきりと実体験ではない、その体験の主のことを聞いた那美恵は唾を飲み込み、校長の話の続きを待った。

 

「あなたのお祖母様とその世代の方々の経験は、今の私たちにとってもおそらく大事なことだから、どうしてもどんな形であっても伝えたかったのです。」

「おばあちゃんの経験が……ですか?」

「えぇ。ようやくあなたたちに話すことができます。」

 

 校長はかつて起こった事件の当事者である那美恵の祖母たちから伝え聞いたことを語り始めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

校長の語りと祖母の記憶

「第二次大戦から70年あまり、日本において世界で初めて人ではない外的要因との本物の戦いがあったそうです。」

 

 その言葉を皮切りに校長が語った内容は、那美恵の知らぬ祖母の姿が垣間見える内容だった。

 

「あなたのお祖母様方は、その戦いに関わった大事な経験と記憶を持つ人達でした。当時は愛称もつけられるほどの伝説の小学六年生集団として人々から注目されるほどだったのに、全てに片がついた後、何故かある時期を境にパタリと人々の間から存在の記憶は途絶えてしまったのです。何があったのか、何があったがためにあなたのお祖母様たち彼女ら経験した事件が封殺されてしまったのか。そして彼女らがその後どういう人生を送ったかは、光主さん。少なくともあなたのお祖母様のことはあなた自身がよく知っているわね。」

 

「はい。」那美恵はすぐに返事をした。

 

「私が光主さんのお祖母様を知ったのは、昔の教師の先輩がその当時の事件を知って、調べた中で紹介されたときでした。その時は私もまだ教師として若かりし頃だったので、その事件のことはまったく知らずとても新鮮なもので熱心に聞き入りました。ただその時私はお祖母様やご学友の話を、ご老人たちの語るあやふやな体験談として捉えていました。」

 説明の最中、自身の思いを正直に白状する校長。

 

「そのまま時は流れ、私も教師としていくつかの学校で経験を積み、気がつけば40代になっていました。今からおよそ20年前のことです。あなたのお祖母様の話は普段の仕事の忙しさで記憶の片隅に行っていました。今にして思えば、このまま思い出すことなんてきっとないだろう。そう思っていた矢先、あることがきっかけでふと思い出しました。いえ、思い出さざるを得ませんでした。」

 那美恵は静かにコクリと唾を飲み込んで聞き入る。那美恵がチラリとソファーの向かいに視線を移すと提督たちも真剣に耳を傾けて聞く姿勢を崩さないでいる。

 

「そのきっかけは、今から30年前に初めて姿を現した、深海棲艦と呼ばれることになる突然変異の海の怪物です。」

 自身らが知っている単語が出てきたので那美恵はもちろん、提督や明石たちも目を見張った。

「深海棲艦……」

 那美恵が言葉を漏らすと校長は言葉なくコクリと頷いた。

 

「実はわたしは、深海棲艦と戦うことになる艤装装着者と名乗る人たちを遠目で見たことがあるのです。」

「あの!それってまさか初期の艦娘ですか!?」

 居ても立ってもいられなくなった明石が身を乗り出して勢い良く尋ねた。

「えぇおそらく。」

「……でもあの当時……まだ一般には……」

 自身の知識と照らしあわせてブツブツとひとりごとを言う明石。校長は明石のことを気にせず言葉を続けた。

 

「深海棲艦が初めて確認された30年前から時代は経てその10年後、私は教職者研修の一環で、海上自衛隊のある基地の敷地内で行われた、米軍後援、防衛省と総務省・厚生労働省の共同プロジェクトとされるある活動の開幕式に出席しました。私達教職者の他にも別の職種の代表と思われる集団もその開幕式に参加していたようでした。私達の前、式の舞台の中央には男女、歳もバラバラでゴテゴテと機械の塊や銃と思われる物を身につけて立っていました。中にはどう見ても小学生にしかみえない年端もいかない少女・少年も混じっているように見えました。 あの当時私たちは何が何やらまったく理解が追いつかずただ参加していただけでしたので何が起こるのだろうと式を最後まで見ていたところ、私たちはとんでもない発言を政府の人間から聞きました。そんな武装した少年少女たちが、海に現れた怪物を退治にしに行くというのです。私たちは唖然としました。非難の声すら上げられないほど驚いた我々でしたが、その瞬間私の頭には昔聞いた、封殺された事件と関わった小学生集団の話が頭に蘇りました。」

 

【挿絵表示】

 

 その話に那美恵や提督は驚きを隠せないでいる。明石はさきほどの独り言をまだ続けて、校長の口にする話に何か思いを巡らせている様子をしていた。

「それが……最初の艦娘だったんですか?」と那美恵。

「えぇ。当時説明を聞いたときは、"艤装装着者"と聞きました。まだ艦娘という表現はない頃ですね。そんな彼ら彼女らが海に身を乗り出して海の上を滑っていく姿も私たちは目にしました。不思議な光景でした。きっとその場に居た誰もがこれから起こることを何から何まで不思議に思ったことでしょう。昔ゲームや漫画で見たような怪物が本当に現れる事自体理解の範疇を超えていましたので、参加していた面々には正しい理解をできた人間などいなかったことでしょう。そんな中、私の頭の中では違う思いが大部分を占めようとしていました。なぜ国は、あんな若い少年少女を怪物との戦場に送り込むのだろうと。第二次大戦以降争いらしい争いを一切経験してこなかった日本で育った私達一般市民には、到底納得いく想像や回答を見出すことは出来ませんでした。ただ一つの手がかりといいますか、何かこの状況に一石投じるにはあの事件の話を再び聞くしかないと思い浮かべました。」

 

「また……おばあちゃんに話を聞きに行ったんですか?」

「えぇ。今度は最初は私一人で光主さんのお祖母様にお話を伺いに行きました。何度か足繁く通いやっと私は彼女たちと話をさせていただけるようになりました。私はまず深海棲艦のこと、艤装装着者の事を話しました。光主さんのお祖母様方は深海棲艦のことをご存知だったようで、話はスムーズにつながりました。どうやらお祖母様を始め封殺された事件の関係者の一部には深海棲艦と艤装装着者の話は伝えられていたようなのです。どういう意図で事件の関係者に話したのかはわかりかねますが……あなたのお祖母様やその後聞きに行った元ご学友の方々は、揃って一つだけ心境を吐露してもらえました。」

 

「それって……」那美恵はそうっと尋ねる。

「昔(の自分たち)を思い出すようだと。そして彼ら彼女らが活躍した未来、自分たちと同じ運命を辿りはしないかと心配なさっていました。きっと自分たちの頃と当時の艦娘となった少年少女たちを重ねたのでしょうね。」

 祖母が艦娘(艤装装着者)と深海棲艦のことを自分が生まれる前から実は知っていた。そのことに驚きを隠せない那美恵。

 

「そして少しずつお祖母様方から当時の話を聞き出すことが出来ました。大変な事態になっているにもかかわらず感慨深く思い出に浸った様子を見せるあなたのお祖母様は、気が強そうでハツラツとしたご様子で、その表情は非常に勝ち気でエネルギッシュでした。お年を召したとは思えないものでしたよ。昔を思い出してそのようなご様子で語った時のお姿が、お祖母様が小学生だった頃の戦いの中でみせていた姿の一片だったのかもと思いました。その後語っていただけた話によると、お祖母様はもともとクラスメートの数名が事件に巻き込まれたのを聞いて、自ら進んで関わったそうです。身を隠しながら紛争をすり抜ける毎日、ただの小学生である自分たちに何ができるかわからなかった。決意したはいいけれど、もどかしかったそうです。当時大人たちは統率に欠け敵の目をかいくぐって勝手に他地方に逃げたりバラバラに立ち向かって死傷者を出したりと、子供ながらに不甲斐ない様を見て感じていたそうです。その時、どこからか謎の機械を持った男性……いえ、性別すら不詳の人物が現れて不思議な機械を託していったといいます。誰も思い当たるフシがない人物だったそうで、大人たちは不審がったそうですが、お祖母様たち子どもたちは藁にもすがる思いでその人を信じてその機械の使い方を実戦で学び続け、大人たちの危機を救って少しずつ認められていったそうです。危険だとわかっていたけれども壊された自分たちの日常生活を取り戻すために、周りの人々を救うために耐え忍んだといいます。ただまぁ子供だったのでカッコつけて目立ちたいとか、そういった子供らしい欲もあったとか。」

「アハハ……なんだか他人事とは思えないです。さすが私のおばあちゃんといいますか。そっくりですね。」

 校長の最後のセリフに那美恵は注目して軽い口ぶりになって反応した。シリアスな話ではあったが、那美恵の反応に釣られて校長もにこやかな表情をして那美恵に返した。

「フフッ、そうね。でもどちらかというと、あなたがおばあちゃんに似てるというべきかしら。」

「うっ……そ、そうですよね~!」おどける那美恵。

 

「その後、お祖母様たち小学生から拡大して中学生・高校生と協力者は広まっていき、全員が一丸となって奮闘したおかげで、人外を撃退し、被害はその地域だけで済んでそれ以上は広がらずに事件はかたがついたそうです。と、ここまで話しましたが、光主さんは大体はご存知ですよね?」

「ええと、はい。でも知らないところも結構ありました。というかあたしがおばあちゃんから聞いた時は小さい頃だったので……多分忘れてたこともあったかと。」

「そうですか。それではこれから続けることも光主さんにとってはご存知のこと半分、初めて知ること半分かもしれませんね。」

 そう那美恵に対して言葉をかける校長。そして続けた。

 

「ようやくすべて撃退して事件が片付きました。その地域だけとはいえ、大勢の人が怪我をし死んでいき、その爪あとは多大なものであったそうです。その後国や県から表彰されると思っていたところ、真逆の対応をされたそうです。その地域の学生全員に精神分析の検査がなされ、人外の敵が残していったものなど事件の痕跡あるものはすべて政府やアメリカが没収していきました。アメリカの手回しで国際的なニュースにこそなりませんでしたが、国連の安全保安局まで通じて持ちこまれて、秘密裏に議論が設けられ事件が起きた日本のその地域には徹底した言論統制、そして不必要に話題に触れた者に対しては弾圧に近い処罰がくだされたそうです。そのせいでその事件から1年ほど立つ頃には、人々の記憶からなくなり、完全に闇に葬られた形の事件となりました。」

「そんなことが……まったく知らなかったです。おばあちゃんはそんなことまで語ってくれませんでした。」

 苦虫を噛みつぶしたような険しい顔になっていた那美恵の吐露に校長は頷いたのち述べた。

「おそらくですが、孫娘のあなたには戦いの辛い面までは聞かせたくなかったのだと思いますよ。」

 校長の言葉は、那美恵自身も今にして思えばそうだったのだろうと想像できるところであった。祖母の密やかな気遣いを想像して今は亡き祖母に心の中で感謝する那美恵だった。

 

「お祖母様やご学友の方々は悔しかったそうです。単に活躍をひけらかしたいわけではない。自分たちの存在を通して初めての人外との接触や辛い事件を知って欲しかった。私に語る時もその声色の変化でわかりました。トラウマにも近い感情を抱かせてしまったことに私は申し訳なく思いましたが、それでもお祖母様方は話してくださったのです。関係者の大半の人が精神的に病んだり弾圧に耐えかねて密かに引っ越して行方をくらます中、唯一のちのちに残る形で夢を叶えて精力的に活躍をなさったのが、光主さん、あなたのお祖母様なのです。」

「……はい。知ってます。」

「封じられた栄光を蒸し返すのは一旦諦め、自身の夢だったアイドルを目指して奮起して数年かけてアイドルの下積みからのし上がったそうです。一世を風靡したとは言えない、それなりの人気でもって活躍した普通のアイドルだったそうですが、それでも光主さんのお祖母様は念願叶って掴み取った夢を徹底的にやりぬいたそうです。そして彼女も年を取り、アイドルから舞台女優に転身し、50代で引退したそうです。それなりの地位と名声を手にしたことで、非常に充実した引退後の生活を送ったそうです。」

 校長の語る祖母像を那美恵は半分ほどは本当に知らなかった。祖母があえて語らなかった点もあるのかと、校長の言葉を聞いて初めて気づいたのだった。

 

「彼女が50代になる頃には政府もだいぶ人が入れ替わり、封殺された事件を知る者・関係者への弾圧をする者はもはやなくなっていました。お祖母様は様子を見て事件の真相を語ろうとしたそうですが、誰がどこで見聞きしているかわからない、平和一色なその時代、あえて語っていらぬ遺恨や災いを呼び覚ます必要もないだろうとして事件のことは胸にしまったそうです。しかしその事件のことを連想してしまう出来事が今から30年前に発生したのです。」

 そこまで校長が語って触れた話を聞いて、那美恵や提督の頭の中で話の糸がつながったと感じた。

「それが……深海棲艦の出現と初めての艦娘なんですね。」

 那美恵が発言する前に提督が口にして正解を求めた。校長は頷いて続ける。

 

「えぇ。すでに70代の高齢になっていた彼女のもとにどこからか話を聞きつけた記者や元政府の高官と名乗る人物が度々訪れたそうです。私と同じように考えた人がいたということなのでしょうね。なんらかの参考にしようとした、しかし彼らは心のどこかで彼女らの関わった事件を不審に思い、信じていなかったのでしょう。聞きに来る人達の中の態度に現れるそういう気持ちに気づいたあなたのお祖母様や、催促されて仕方なしにお祖母様が紹介した元ご学友とその世代の方々は、語ろうとしていた口を再び閉ざしてしまったそうです。」

「そんなことが……。」

 那美恵は校長の語る祖母と祖母のまわりの出来事に驚きを隠せないでいる。校長は那美恵の相槌を受けて語りを再開する。

 

「あなたなんか生まれてない頃ですよ。西脇さんだってまだ学生の頃の話でしょうし。」

「あ……はい。恥ずかしながらそんな昔にはまったく興味がなかったですし存じ上げませんでした。」

 提督が自身の当時の境遇を白状すると、近い世代の妙高や明石も頷く。フォローとばかりに明石は補足した。

「一般に艦娘……艤装装着者のことが知られるようになったのはその20年前の開幕式からもっと後の時期だったはずです。ですから提督や妙高さんらがご存じないのも無理はないかと思いますよ。」

 

 明石の解説に相槌を打って校長は再び口を開いた。

「そういう態度の悪い前例があったために、最初私はお祖母様たちに断られていたんです。でも熱意を持ってあなたのお祖母様や当時のご学友の方々に頭を下げてお願いして回りました。これからの世代の子供達に教えるべき、伝え継いでいくべき世の中の真実、その好例だと説得してね。私達の思いが通じたのか、重い口を開いて丁寧に語ってくれました。その戦いであなたのお祖母様をはじめ、多くの人の心に深い悲しみや怒りといった遺恨、そして被害者を残したこと、封殺されて語ることすら許されなかった思いを語っていただけました。彼女らの中には心に溜め込みすぎたために心身を病む方もおり、心の中では辛い記憶であっても吐き出して誰かに知っておいてもらいたいという本音があったそうです。ですから私はそういう気持ちを汲んで、我々教師が実名は伏せてこの事件の真相と、ここから見い出せる命や絆、日常生活の大切さを、深海棲艦と戦うことになるかもしれないこれからの子どもたちに説くことの決意を表しました。同じ境遇にはさせない・あなた方に辛い思い出を蒸し返させない、未来は必ず私たちが守りますと。私がそう言ったときのお祖母様方は今でも忘れられないくらいの満面の笑みでした。すごく安心したという表情を浮かべていらっしゃいました。」

 

 那美恵は、祖母が決して語らなかったいくつかの事実を校長から聞くことができた。校長は那美恵の祖母らの体験を自分の手柄かのように捉えていたのではなかった。むしろ那美恵の祖母らを守りながら後世にまでその話を伝えるために、陰ながら支えていたのだ。祖母がその体験を話すときは明るく楽しそうに話していたが、実のところ話すのも辛いこともあったのかと、那美恵は気軽に考えて憧れて話をせがんでいた自分を恥じた。

 

 

「ですが私にとっては実感のない借り物の体験談であり、本当の記憶ではありません。ですから当事者がどういう思いで戦いに携わったのか、推し量ることはできても正しい理解はきっとできていないでしょう。多分、今回も同じです。」

 那美恵はなんとか言葉を紡ぎ出そうとするが、それが出てこない。那美恵たちがリアクションできないその様子は校長の語りをさらに続けさせる要素になっていた。

「その当時のことを聞いた時ですら、私たちにとっては理解の範疇を超えたとんでもない出来事でした。ですからその当時の教師は貴重な記憶をとにかく語り継いで事件を風化させないことで守ってきました。それと同時に深海棲艦と戦おうとする艤装装着者になろうと安易に考える子どもたちに命の大切さを説いてきました。私達の役目は今後も変わらないでしょう。ですが私達が語り継ぐのにはいずれ限界が来ます。だから30年前からの深海棲艦の出現、20年前から始まった艤装装着者と深海棲艦との戦い。艤装装着者……艦娘たちの戦いの記録・記憶も、次の世代の誰かが同じように語り継いで守っていかなければならないと思うのです。もしかしたら深海棲艦根絶後に、光主さんのお祖母様方が経験したような弾圧めいたことが繰り返されるかもしれない。次世代にまた戦いがありその時また子どもたちが安易に危険に身を乗り出すかもしれない。そう考えると怖いとは思いませんか?」

 那美恵たちはもはや言葉なく頷いて同意を示すのみになっている。

 

「お祖母様や私の世代ではやりきれなかったことを、光主さん、あなただけではなく西脇さん、そしてそちらのお三方、あなた方の世代が担うべきなのだと思います。光主さん。私はね、ただむやみに反対していたのではないのですよ。あなたは生徒会長として、あの方のお孫さんとして評判負けすることなく、学内外で評判良いのは知っています。あなたは大変出来る方です。いつかあなたもお祖母様のように何らかの大事に巻き込まれるか憧れるかして、関わる未来が待ち受けているかもしれない。あなたがあの方のお孫さんだということを知った時、なんとなく感じていました。でもそれがまさか私の任期中、あなたの高校在学中になるとは思いもよりませんでした。あの人のお孫さんが、軽い気持ちで艦娘と深海凄艦の戦いに関わっているのだとしたら、傷ついたり下手をすればあなたが戦死してしまった時に、あの人やご両親に申し訳が立たないと思っていたからです。」

 

 一呼吸置いて、校長は続けた。

「ですから私は語り継いだ記憶と私の信念に従って一度は拒みました。でも……先ほどのあなたと西脇さんのお気持ちを聞いて、私はあなた方を信じて託してもいいかもしれないと思いました。ですから私が過去にあなたのお祖母様から伝え聞いたこと、そして深海棲艦と艦娘のことを話しました。」

「校長先生……。」

「光主さん、あなたはきちんと意識し、周りに良い影響を与えて過ごしてきたんですね。3ヶ月前に西脇さんと一緒に私を説得しに来たときのあなたとは、まるで違うとひと目でわかりました。」

 

 珍しく照れまくり、恥ずかしそうに那美恵はつぶやいた。

「そ、そうなんですか……?」

「えぇ。私はこれでも何百人・何千人の生徒をこれまで送り出してきたんですよ。生徒の些細な違いくらいわかります。この2~3ヶ月の間の艦娘の経験は、あなたにとって本物になれるよい経験だったのですね。」

 

「エヘヘ。ちょっと恥ずかしいです……。」

 那美恵は照れ隠しになにか言おうとしたが言葉が出てこない。校長はゆっくり目を閉じつつ語り、そして開いてまっすぐ那美恵を見る。

「憧れた人のお孫さんが、彼女と同じように戦いに加わり、記憶を紡いでいく……。運命と言ったらかっこよすぎかしら? 光主さんのお祖母様が打ち明け私たちが語り継いできた記憶はもう本物の歴史に乗ることのない失われた記録になってしまうでしょうが、あなたたちのは違います。世間に艦娘のことがある程度知られている現在、ありえないと思えてしまう戦いを本当に経験している当事者なんです。歴史に残り得る戦いだから、あなたたち自身でしっかり決着をつけてそして語り継いでいって下さい。世界中の海が荒らされているのですからね。」

 

「はい。あたしは西脇提督のもとで、やりきってみせます。」

「校長先生、俺…いや私も、彼女たちが安心して安全に戦い、そして無事に帰ってこられて心休める場所にできるよう努めます。あと、語り継ぐのもお任せ下さい。ですので……」

 提督が校長の返事を急くと、その前に校長が一言を発した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

待ち望んだ言葉

「西脇さん。鎮守府Aとの提携、承知いたしました。」

 

「!!」

 待ち望んでいた言葉が、那美恵や提督たちの耳に飛び込んできた。

 

 

「私達があなた達の関わる戦いで携われるのは、もはやこれしかないのだと痛感しております。事件の記憶を語り継いで子どもたちに命の大切さを説くならば、今こそ私達教育に携わる者たちは艤装装着者、艦娘になる学生たちを私達が持つ権威・権限で守ることなのだと思います。西脇さん、戦いに従事するかもしれない学生たちを守るその制度に、我が校も加えて下さい。よろしくお願い致します。本校から協力させる生徒の身の上のことは、本校が責任をもって引き受けます。」

 

「校長先生!こちらこそ、よろしくお願い致します!!」

 提督はソファーから立ち上がり、深く頭を下げて校長に感謝の意を表した。提督が立ち上がった後、すぐに妙高や明石そして五月雨も同じように立ち上がって頭を下げた。

 

「私や西脇さんを始めとして今生きている日本人はほぼ全員が、戦いを経験していない世代です。ですからうかつなことを言ってしまえば、150年前の太平洋戦争や70~80年前の戦いを経験された方からすれば的外れで逆鱗に触れかねない実態の伴わぬ言葉になってしまうかもしれません。これから戦いに関わる方々の意識を削いでしまうかもしれません。戦いには怪我も死もついてまわるはずです。特に深海凄艦という化け物と戦うのです。ですから私からあなた方にかけてあげられる言葉は、無理はしないで、自分たちの命や生活をまず大切に、ということです。」

 

 校長の言に反論して、というよりフォローするかのように明石が説明しだした。

「あのですね!艤装は装着者の安全を守るために長年改良されてきています。その結果死亡事故は今ではほとんどなくなりましたのでそこは安心していただけたらと!」

 

 そういう明石に対して校長は頭を横に振り、彼女の言を指摘し始めた。それは当たり前の内容だった。

「明石さん、そうはおっしゃいますがね。私は艤装という機械のことは正直全然わかりませんけれど、人の作るものに絶対とか完璧はありえないと思いませんか?」

「そ、それは……そうですけれど……。」

 反論できずに言いよどむ明石。

「私はですね、学生には常日頃、完璧を目指す・信じるのではなく最高の妥協点を見出して物事と付き合っていけと説いています。私達人間が欠点だらけなのです。そんな私達から創りだされる物だって欠点はありえます。明石さんには申し訳ないですが、その艤装もきっと同じはずです。」

 技術者として、人間として痛いところを突かれ続けている明石は言い返せずに校長の言葉を受け止めた。明石の表情を伺いつつ校長は言葉を続ける。

 

「なるべく怪我しない、極力死なないためにも、自分とその艤装の限界を知って、過信しないで付き合っていってほしいのです。そうでないと、過信してしまったその人には不幸しか待っていない。そんな気がするのです。」

 

 技術畑で育ってきた明石、そして提督は本業での経験上それをわかっていた。そのため言い返すことはできなかった。二人とも自身らの経験を頭に思い浮かべていた。エンドユーザーに若干の違いあれど顧客に不安をいただかせない・気持よく目的を達成してもらうために、プログラムも機器であっても相当な時間をかけてテスト、そしてバグ取りをする。特に明石は、装着者の命に関わる機器を製造・管理を担当する重要な立場の会社の人間なので、まだ入社数年しか経っていない彼女とはいえ、その数年揉まれた経験でやっと身にしみて理解できるようになっていた。

 

 

--

 

「西脇さん、約束してください。光主さんやこれから艦娘になるかもしれない子供たちをどうかその一番身近な立場の人間として、あなたの権威や権力でもって守ってあげて下さい。そしてこれから艦娘になるであろう人には、きちんとその目的を理解し意欲のある子たちだけを迎え入れて下さい。そうでないと後々つらくなるのはその子らだけでなく直接の責任者である西脇さん、あなたもなのですよ?」

「は、はい……。」

 提督は30をすぎてまさか学校の先生から叱咤されるとは思わず、額の汗を拭いつつ頼りなさげな声で返事をするしかできなかった。

 

 校長は那美恵、そして那美恵の近くによっていた三千花の方を向いて二人にも叱咤する。

「光主さん。学校の生徒会の仕事も普段の学生生活も大変でしょうけど、あたなが選んで進む道だからしっかりやり遂げるのですよ? 弱音は吐くのはかまいません。でもそれは、もっとも心から信頼できる人の前でだけになさい。あなたの普段のキャラクターは、そうではないのでしょ?」

「あー、エヘヘ。はい。」

 普段の自分を見透かされたかのように言われ、那美恵は困り笑いしかできないでいた。校長はニッコリと微笑んで那美恵を見、そして次は三千花に視線を移した。

 

「……それから中村さんでしたか。」

「はい。」

「副会長として、会長の補佐引き続きよろしくおねがいしますね。光主さんが安心して艦娘として戦えるよう助けてあげて下さい。」

「はい。わかりました。なみえとは親友ですので、もとよりそのつもりです。」

 そういう三千花の目は、強い意志が見て取れる引き締まった表情の一部であり、凛々しいものになっていた。三千花が那美恵の親友だということを知ると、校長はニコっと笑い三千花に言った。

「そうでしたか。光主さんのお友達でしたか。でしたらそれ以上は申しません。きっとわかっているでしょうから。」

「あの……校長先生のお話、大変感銘を受けました! だから、私は校長先生のように那美恵のしてきたこと、これからすることを、周りの人に伝えていこうと思います。」

 三千花から決意を聞くと、校長は静かに頷いた。

 

 そして校長は提督の方に視線を戻し、提督に再び依頼の言葉を発した。

「改めまして西脇さん。わが校と提携していただけますよう、よろしくお願い致します。」

「こちらこそ、よろしくお願い致します。」

 

 提督と校長は強く握手をし合った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大団円

 握手をするために立ち上がっていた提督と校長が校長室のソファーに腰掛けると、空気は一気に変わり、全員の緊張の糸がほどけたように開放的になった。

 

「なみえーー!!よかったじゃない!」

「うわぁ!みっちゃん!?」

 急に三千花に抱きつかれ、驚きを隠せない那美恵。親友がそんなに感情を露わにするのは珍しかったからだ。一方で提督は先程までの硬い表情から打って変わって安堵の溜息をついていた。そして側にいた五月雨たちと喜びを分かち合っている。

 

 那美恵と三千花は提督のほうに向き、今後のことに触れた。

「提督、これからうちの学校と、よろしくね!」

「あぁ。こちらこそ、うちの鎮守府のこれからに協力してくれ。期待しているよ。光主さ……いいや。那珂。」

「うん!任せて!」

 

 提督と声を掛け合ってニコニコしていた那美恵はふと思い出したことがあり、妙高の隣にいた五月雨に向かって言った。

「あーそういえば五月雨ちゃん。」

「はい?」

「ここで!あたしが!話したこととか!あたしの態度は!ぜーーったいに!時雨ちゃんたち他の子には言わないでよぉ!?」

 那美恵は、顔を五月雨におもいっきり近づけて目が笑ってない笑顔で釘を挿す。

「アハハ……はい。もちろん言いませんよ~。」苦笑いしながらたじろぐ五月雨。

 皆に今回の恥ずかしい自分の様を知られたくないための念押しだが、基本真面目で口が固い五月雨のことだからこれで大丈夫だろうと、那美恵はひとまず安心することにした。

 

 続けて五月雨が気になったことを口にした。それは一同がすっかり忘れていたことでもあった。

「ところで、これから那珂さ……光主さんたちはうちの学校の時と同じように、顧問になる先生と、艦娘になってくれる生徒を探すことになるんですよね?」

 

 五月雨の素朴な疑問に真っ先に表情を変えて反応したのは那美恵だ。

「あ。そうだ!顧問になってくれる先生も探さなきゃいけないんだ!!」

 自分としたことが、艦娘になってくれる生徒と校長のことだけしか考えていなかった!と、那美恵は我ながら呆れた。

 

 その様子を見てフフッと笑みを漏らした校長は教頭を近くに呼び寄せ伝えた。

「教頭先生、後日臨時で職員会議を開きます。さしあたってはのちほど先生方に、鎮守府Aと提携する旨、簡単に伝えておいて下さい。正式な案内は私から会議の場で改めて伝えます。艦娘部の顧問になる意志のある先生を再び募りましょう。」

 そして校長は提督の方を向き、提携に際して必要な書類や手続きの確認を求めた。提督は防衛省からもらっていた学生艦娘制度の別の資料を取り出し、校長に見せて確認してもらうことにした。

 

 

 提携を決めたことで、那美恵の高校は以後、自身の学校から艦娘を輩出したときにその学生の普段の生活を支援するための規則や運用を設けることが推奨される(義務ではない)。それは鎮守府としては直接関与しない部分のことである。

 そして鎮守府は大本営(防衛省)と総務省・厚生労働省にこの事を連絡し、補助金申請書類を学校の代わりに提出し、与えるところまでを提携の業務とする。

 

 

 

--

 

 打ち合わせが終わり、那美恵と三千花は提督たちを案内して校長室を出て玄関へと向かった。

 

「今日はありがとう。俺の力だけじゃこの交渉は絶対成り立たなかったよ。那珂……いや光主さん、君の本当の思いや周りの方々との関係性に助けられた。」

「アハハ、なんか改まって言われるとはずかしーね。ううん、どーいたしまして。」

「それにしても君のお祖母さんがあんな経験をされていたなんてね。今回は興味深いお話を聞かせてもらったよ。」

「エヘヘ。あたしも知らなかったおばあちゃんの話が聞けたからよかったと思ってるよ。」

 提督が先刻の打ち合わせ時の那美恵の祖母の話題に触れる。提督の言に那美恵がやや固めの笑い顔をしていると、提督の言葉に五月雨や明石たちが乗ってきた。

「そーですよねぇ!校長先生の言葉じゃないですけど、光主さんが艦娘になったのって、なんだか運命っていうのもうなづけますよね!私そういうの好きです。」五月雨は素直な興奮で目を輝かせて弾んだ声で言った。

「こちらの校長先生もすごいです!だって初期の艦娘をご存知なんですよ!20年前当時はまったく知られてなかったはずのプロジェクトの開幕式に招かれていた一人だったなんて恵まれすぎてますよ!うちの会社でも当時の艤装装着者関連の出来事を見聞きしてる人いないのに……。校長先生にお話また伺いに来たいですね~。提督、今度私もまた同行しちゃいけませんかね?」

「明石さんは絶対暴走してしゃべりまくるからダメ。」

「え~~純粋に私は知識欲と技術欲なんですけどね~~。ま~いいですけど。」

 明石も五月雨とは違う意味、自身が胸に秘める欲でもって興奮で胸を踊らせながら提督に詰め寄る勢いで喋る。が提督は明石の自身への付き添いという名の乱入を未然に防ぐためピシャリと拒絶した。提督からの警めに明石は口を尖らせてスネてみせるも、すぐに思考を切り替えて話題を締めるのだった。

 校門までの僅かな距離、校庭など回りには体育の授業のために他の生徒がおり見ているが那美恵らは一切気にせず打ち合わせ時の事にすれて会話をして歩を進め、そして校門まで来た。別れの言葉の前に再び軽く雑談をする。

 

「それじゃあ、またな。ほんっとありがとう。」

「だから~。いいって別にぃ。あたしのほうこそ提携してもらえて助かるんだから。感謝を言いまくりたいのはあたしのほうなんだよ?提督にはいつかお返ししないとね~。那珂ちゃんとしてイロイロサービスしちゃおっかなぁ~?」

「君のことから変なよからぬこと考えてるんじゃないか不安になってしまうなぁ。せめて次こちらに来た時の案内はしてもらいたいな。」

「うん。まっかせてよ。あたしがまた懇切丁寧に案内してあげるよ?また皆で来てよ。艦娘部絡みなら学外の人でも問題ないでしょ~し。」

 両手を後ろで組み前かがみになって上半身を近づけ、那美恵は意地悪そうに上目遣いで提督を茶化した。

「ハハッ。あぁ、その時はまたよろしく頼むよ、那珂。」

 すると提督は那美恵の口ぶりに苦笑しつつも言葉を返し、そしてちょうどいい位置にあった那美恵の頭に手を添えておもむろに軽く撫でた。

 

 

「!!」

 

【挿絵表示】

 

 

 提督のゴツゴツとした手が那美恵の頭をそうっと2~3度左右往復する。それに合わせて那美恵の髪が僅かにたゆんで乱れる。予想だにしていなかった目の前の異性の行為に那美恵は瞬時に目を点にして顔をゆでダコのように真っ赤にした。そして提督を上目づかいで黙って見上げる、というよりも睨みつけた。まさかそんなことをされるとは思っていなかったため、完全な不意打ちであった。

 那美恵が今まで見たことないような照れ具合をしたのを目の当たりにし、提督はうっかり五月雨や夕立らにするように自然にしてしまったことに気づき、那美恵にすぐに謝った。

「あ……すまない!うっかり。」

「う、ううん……わざとじゃないんなら、いい。気にしない……でいてあげる。」

 睨んではみたが那美恵の態度は照れによって非常に柔らかいものであった。心臓の鼓動は破裂するのかと思うほど早まっていた。片手はスカートをギュッと掴み、もう片方の手では胸元に手を当てて密かにセーターを握りしめる。那美恵は顔が熱くなり心臓や心がふつふつと燃えるような思いを沸き上がらせていた。

 左後方では三千花もその突然の出来事を間近で見て唖然としていた。それ自体にも驚いていたが親友が本気の本気で照れていることにも驚きを隠せないでいた。10数年も付き合いがある間柄であったが、三千花は目の前の那美恵の軽さ・おちゃらけさよりも遥かにしおらしさ・こいつもこんなに乙女チックに振る舞えるんじゃんとツッコみたくなるような生娘のごとく恥じらう様を見たのは初めてだった。普通に恥じらう程度であれば今までも見たことがあったが、この場で親友の身に起こったことは、初めての春ゆえのことなのかもと感じていた。

 

 当事者とその周辺がドギマギして微妙な間の沈黙を作っているその端で、見ていた妙高が提督に諫言する。

「提督、その……子どもたちの頭を撫でるの、お控えになったほうがよろしいかと思いますよ?家族以外の人に頭触られるの嫌な子いるでしょうし。……五月雨ちゃんはどう?」

 急に振られた五月雨は照れつつも、提督のその仕草についてフォローする。

「あぇ!? ええと私は……嫌ではないので~アハハ。」

「まぁ五月雨ちゃんの歳ぐらいだったらまだいいかもしれませんけど、さすがに光主さんくらいの高校生の娘を撫でるのはどうかと。」

 普段であれば軽口を叩く那美恵は顔をまだ少し赤みを帯びさせ、言葉を出せないでいた。そんな那珂を見て妙高は素で気にかけていた。傍で見ていた明石が妙高にまぁまぁ、とだけ言ってなだめ、そして那美恵の代わりに軽口を叩く。

 

「提督、私の頭はどんどん撫でてもいいですよ? むしろ撫でてくれると新装備開発のグレードがアップする特典が付きますよ。」

 明石が本気なのか悪乗りなのかわからない口ぶりで提督を茶化すと提督は

「いやいや。さすがにあんたにはやらないぞ?どんなプレイだよ。」

と一蹴する。その場には苦笑いが広がったが妙高の視線はまだ温かくはなく、それにすぐに気づいた提督は一言謝した。妙高がフゥ…と一つため息をついて表情を柔らかくして口の両端を緩やかに伸ばして上げたのを見て、提督や他のメンツはようやく雰囲気が落ち着いて戻ったと察した。

 

 そして提督らは校門を一歩、二歩とまたいで歩道に出た。那美恵と三千花は校門の手前の校庭側に立っている。

「じゃあまたねー提督!またあとで鎮守府行くからー!」

「あぁ。次の任務は五十鈴や時雨たちでなんとか回すから、那珂は自分の学校の艦娘部設立に専念してくれていいぞ。」

「ありがと!」

「それじゃあまた後日こちらに伺うけど、その時はよろしく。…あぁ、それとこの前質問してきたことな、大本営から回答来たぞ。条件付きでOKだと。詳細はあとで教えるから。」

 提督は思い出したことを別れ際に口にした。それは見学時に那美恵がしていた質問への回答であった。那美恵はそれに大きく頷いて承知する。それを別れの合図と受け取り、提督ら4人は高校の校門から離れ歩道を歩いていった。那美恵と三千花は提督らが見えなくなるまでそこで見送った。

 

「最後に提督が言ったことって、艤装のこと?」

「うん。どうやら学校に持ってきてもいいみたいな言い方だったよね~。すべてがうまく事が運びそう~」

 踵を返して校舎へ戻る那美恵と三千花。那美恵の足取りは非常に軽いもので傍から見る浮き足立っているようだった。それを見て三千花は一言発する。

「ねぇ、なみえ。」

「うん?なぁに?」

  親友の表情を見た途端、三千花は言おう・尋ねようと思っていた言葉を飲み込むことにした。親友の見せた笑顔があまりにも眩しく、あえて触れるのは野暮なことだと気づいたのだった。

「うーえっとさ、まぁ、いろいろよかったね、順調で。」

「ん~~? たま~にみっちゃんの言いたいことわからんときあるけど……まいいや。うんうん、順調そのものだよぉ~~。早くわこちゃんと三戸くんにも伝えたいねぇ。」

「うん、そうだね。」

 三千花と那美恵は軽いやりとりをしながら、校舎に入っていった。

 

 

--

 

 那美恵と三千花が校舎に戻って提督らが帰ったことを伝えるために校長室に戻ると、そこにいたのは校長のみだった。

「校長先生、西脇さんたち帰りました。」

「そう。お見送りご苦労様でした。それでは授業に戻りなさい。」

「「はい。」」

 

 那美恵と三千花は挨拶をして校長室を出ようとする。ふと那美恵は立ち止まり、校長の方を向いておそるおそる声をかけた。

「あの……校長先生?」

「はい、なんですか?」すでに椅子に座っていた校長は顔を上げて那美恵に視線を向けた。

「ええとあの~。祖母のこと、あたしが知らないことたくさん教えていただきありがとうございました!今思えば、おばあちゃんからもっと色々聞いておけばよかったなぁと思いました。そうすればおばあちゃんのこと、小さい頃にもっともっと好きになれたかもです。でも、今日の打合せで聞けてもっと好きになりました。」

「フフッ。お辛い記憶でも、孫娘のあなたにとっては大事なお祖母様の一部ですものね。私もいつかあなたに話してあげられたらなと思っていたので、今日の打合せは良いきっかけでしたよ。」

「あのぉ……またいつか、おばあちゃんのことお話聞きに来てもいいですか?」

「えぇ構いませんよ。」

 校長の許可を得て那美恵はパァッと表情を明るくして満面の笑みになる。

 

「「失礼しました。」」

 那美恵と三千花は退室の挨拶をして、今度こそ校長室を退出して教室へと戻っていった。

 

 

--

 

 校長と提督の交渉は無事に終わった。那美恵たちは残りの授業に戻りそして放課後、生徒会室にて書記の二人に結果を伝えた。

 

「マジっすか!?うおおーさすが会長!!」

 書記の二人、三戸と和子も喜びに沸き立つ。

「二人ともほんっとにありがとー!二人の報告書がなかったら絶対うまくいってなかったよぉ~!」

「よかったぁ……会長と提督のお役に立てたのなら、私達も協力した甲斐がありました。」

 那美恵は三戸と和子の手を握ってブンブンと振り喜びを伝えた。和子は握られていない方の手で胸をなでおろして静かに喜びを表した。

 

「きっと会長と提督さん、すんごい巧みな交渉術で校長を打ち負かしたんっすね?あ~~俺もその場にいたかったなぁ!」

 三戸は腕を組み虚空を見ながら言った。交渉の内容が気になったのだ。そんな三戸の暗黙の催促にビクッとする那美恵、そしてそんな那美恵をチラリと意地悪そうな視線を送る三千花。

「うん。那美恵の言葉、すっごかったわよ。西脇提督も見とれちゃうほどだったよ~」

「みっちゃぁん!!」那美恵は口をとがらせて三千花を睨みつける。

「アハハ。ごめんごめん。」

 友人のことだから多分言わないとわかってはいたが、那美恵は語気を荒らげて半泣き状態で軽く怒って三千花を制止した。なぜ会長が怒るのか、書記の二人はサッパリ変わらずに?な顔で二人を交互に見渡すのみであった。

 

「な、何かあったんすか?」気になる三戸。

「うーん。那美恵の名誉のためにもノーコメントってことで。」

「……何かあったんですね。まぁ細かいことは私達も聞きませんけど。」

 一応形だけはノーコメントを貫く三千花だが、その言い方ではさすがにナニかあったのですと言わんばかりなので、和子は気づいたが察するだけにしてそっとしておくことにした。

 

 頬をぷくーっとふくらませてふくれっ面で三千花を睨みつける那美恵だったが、すぐに冷静になり、口を開いた。

「わこちゃんありがと。そうしてくれると助かるぅ。……さて、でもこれで終わったわけじゃないよ。むしろこれからだよ。」

 

 那美恵へのからかいはほどほどに、三千花も気持ちを切り替えて頷く。書記の二人もそれに続いた。

「えぇ。艦娘になってくれそうな人を集めなきゃいけないのよね?」

「うん。やっと、これから○○高校艦娘部が動き出すんだよ。みんな、生徒会の仕事もあるけど、できたらあたしにきょうry

 

 那美恵の言葉を途中で遮って、三千花や三戸、和子は彼女にその意思を伝えた。

「なみえ、私はあなたに協力し続けるよ。あなたがもういいって言うか、死ぬまで協力してあげるんだから。覚悟しなさいよね?」

「うちの高校から会長以外にも艦娘が……くぅ~なんかワクワクする!俺も全力で協力しますよ?」

「私もです。艦娘部がうちの高校の伝統になれば、学校もきっとさらに良くなりますし。私達も有名になれるかもしれませんよ?」

 

「そうなったらなみえ。おばあちゃんと同じ夢、歩めるかもよ。小さいころからの夢だったでしょ?」

「……うん。そーだね。でもそのためにあたしはまだまだ那珂としてあの鎮守府で活躍しないといけない。夢のために戦うにせよ、世界のために戦うにせよ、あたし一人の力じゃ続けられない。一緒に戦ってくれる仲間が必要なんだもん。夢は戦いが終わってからでもいーかなって、さっき校長が話してくれたおばあちゃんの話で思ったの。もちろん艦娘の活動する間に、努力に見合うだけの報酬として、アイドルや女優になれればっていうのが、今想像するベストかなぁ。」

 三人にそう語る那美恵の表情は僅かに憂いを含んだ、どこかさみしげな色を見せる笑顔だった。

「会長だったら、艦娘やりながらアイドルってのもふつーに実現できそうでおっそろしいなぁ~。そうなったら俺ら、アイドルの知り合いってことだし。」

 三戸はアイドルという言葉に乗って想像をしてみるのだった。

 

 和子は今後の展開について那美恵に確認した。

「会長。それで艦娘部設立に向けて今後はどうしましょう?」

「そうそう。それだよわこちゃん。今日は始まりの始まりってだけだしね。」

「俺達だけですぐできそうなことってないっすかね?」と三戸。

 那美恵はうーんと唸りながら3~4秒して答える。

「先生たちのほうの都合もあるだろーし、今は何もないかな。」

 

 その日は校長を説得して鎮守府Aと高校が提携できる決まった日なだけであり、艦娘部設立はこれからが本番だということを改めて意識した4人。夕方にかかるその日のその時間、それ以上の進展はなかった。やることはないがために、那美恵と三千花はまだ冷めやらぬ興奮の発散のしどころを見出せないででいる。これ以上話していても冷静になれないと判断し、一息ついてクールダウンするために帰宅の途につくことを決めた。

 帰路、久々に生徒会メンバー4人で一緒に帰り道をのんびりと歩む。どうしても興奮収まらない那美恵は3人を途中にあるカラオケ店に誘い、しばし気分を発散させた後帰宅した。

 

 その日の夜、那美恵はまだ興奮が冷めていなかったため、中々寝付けないでいた。そのため翌日は珍しく寝坊し、慌てて朝ごはんを口にして飛び出す光景が繰り広げられるのだった。

 




ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ
下記のサイトもご参照いただけると幸いです。

世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=54937625
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/170UyW8or5B6s5BXO_O86hFux3NPMwpouahOTtYrr97E/edit?usp=sharing
好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

艦娘部勧誘活動1
艤装の持ち出しについて



【挿絵表示】

 自身の高校と鎮守府の提携が決まり、制度に則って堂々と艦娘部を立ち上げるという目的を果たした那美恵。ようやく那美恵の、那珂の、そしてまだ見ぬ川内型の艦娘仲間の本当の物語の始まりが目前に迫りつつあった。
 喜んでばかりもいられない。本当の戦いはこれからである。那美恵たちは艦娘部の勧誘活動をせねばならない。そのための準備の一環として、艦娘と艤装の話を詳しく提督らから聴くためにまずは三千花とともに鎮守府に赴くことにした。



 校長と提督の打ち合わせから1週間と3日ほど経った。いざ艦娘部を設立できるとなると準備が忙しくなり、那美恵はその間生徒会の仕事・部設立の学内の準備・鎮守府への掛け合いの3つをほとんど並行して行う日々を過ごす。

 提督から艦娘としての通常任務や出撃任務は控えられていたのと、もともと鎮守府Aは出撃任務自体が少なかったのが那美恵にとって救いであった。学生の身であるため、実際の作業は放課後の数時間で行うことがほとんどである。ため息をつく暇もない時間が続く。

 そんな忙しくなる日々の前、打ち合わせがあった翌々日のこと。

 

 

--

 

 那美恵は高校の授業が終わったあと、生徒会室への顔出しを軽くしてからすぐに鎮守府Aに向かった。目的は、以前質問した艤装の持ち出しに関する回答を聞くためだ。なお、学校側の代表として三千花も連れて行こうと思い提督に連絡すると、OKが出たので二人揃って学校を発った。

 

 その日鎮守府にはめずらしく全員が揃っていた。五月雨たちと五十鈴らは艦娘の待機室に、先日那美恵の高校に来た妙高は提督とともに執務室にいる。那美恵はノックをして執務室に入り、二人に挨拶をして提督に近寄った。三千花は執務室の前で待たせている。

 

「提督、昨日言ってた質問の回答聞きに来たよ。あと三千花連れて来たんだけど、入れていーい?」

「あぁ、どうぞ。」

「みっちゃん、入っていいって。」

「失礼します。」

 

 三千花が執務室に入ると、提督と妙高はにこやかな顔で彼女を迎え入れた。三千花は来賓扱いということで提督はソファーに案内し着席を促す。ほどなくして妙高がお茶を出してきた。

 

「あの、私ここまで案内されてもよかったんでしょうか?那美恵、那珂の関係者とはいえ一応部外者ですし。」

「いやいや、那珂の関係者だからこそいいんだよ。それにこれから伝える話はあなたにも一応知っておいてほしいからね。」

 

 三千花ははぁ…と返事をして、提督が話しのため準備が終わるまで待つことにした。

 その間那珂は何かすることはあるかと提督に尋ねたが、特にないので三千花と一緒に座っているようにと提督から指示を受ける。その提督は妙高に何か指示を出していた。

 

「提督。今日は五月雨ちゃん秘書艦席にいないのね。どーしたの?」

「ん?あぁ。今日は俺は朝から鎮守府勤務でね。五月雨は学校で外せない用事があったみたいだったから、急遽妙高さんにお願いしたんだよ。」

 その日は妙高が秘書艦なのであった。その妙高が内線で呼び出したのは工廠長の明石だ。

 

 明石は数分後、執務室にやってきた。メンツが揃ったので提督は明石を那美恵と三千花の向かいのソファーに座らせ、自身も明石の隣に座って話し始めた。

「さて、那珂から預かっていた質問を大本営、つまり防衛省の鎮守府統括部に問い合わせてみた。その回答が来たよ。」

「うん。」「はい。」

 那美恵と三千花は頷く。

 

「条件付きでOKとのことで、その条件とは……。」

「条件とは……? もったいぶらずにサクッと教えてよぉ~」

 那美恵は提督にやや甘えた声でせがむ。提督は少し溜めた後その条件の内容を口に出した。

「本人が同調して使える艤装ならOKとのことだ。」

「自分が?」

 那美恵は片方の眉を下げて怪訝な顔をして、提督の言葉を聞き返した。

 三千花は明石の方に視線を向けて言った。

「それって……?」

 それに気づいた明石は三千花のほうをチラリとだけ見てすぐに提督の方を向き、続きを促すべく小声で催促する。それを受けて提督は小さく咳払いをしてから続きをしゃべりはじめる。

「言葉通りの意味だよ。本人が同調して使える艤装なら持ちだしてもいいということだ。」

「いやいや、同じこと2回も言わなくてもわかってるって。あのさ、それじゃさ。意味……なくない?詳しく教えてよ?」

 那美恵の語気が荒くなり始める。提督の言い方にやや苛ついる様子が伺えた。

 

「今現在の艤装装着者に関する法律では、鎮守府つまり深海棲艦対策局および艤装装着者管理署の支部・支局外への艤装の持ち出しについては特に明記されていないんだ。」

「へぇ~そうだったんだぁ。じゃあ今は問題ないんだよね?」

 那美恵が期待を持って言うと提督と明石は明るくない表情になった。

「それが……そうでもないんだよ。だから持ち出していいよという簡単な話じゃなさそうなんだ。」

 とバツが悪そうな提督。提督の言葉の続きは明石が続けた。

「いわゆるグレーっていうことなの。艤装の任務以外での鎮守府外への持ち出しについては艦娘制度当初から特に定められてなかったみたいなの。」

「うん。そんでそんで?」

 那美恵は軽いツッコミで聞き返した。明石はそのツッコミ混じりの相槌を受けて続ける。

「ちょっと歴史のお勉強になるけどゴメンね。付き合ってね。……20年前に誕生した艦娘こと艤装装着者。彼ら彼女らの使う艤装は武装としても内部で使われている電子部品としても一級品のいわゆる金のなる木のような存在で、初期の数年では一部の鎮守府で国外への持ち出しがあったのが発覚したの。それを重く見た当時の政府は国内はまだしも国外に技術A由来の日本独自の設計による艤装が国外に渡って不意な技術流出があってはならない、ということで国外の無断持ち出しは禁止にと、法改正で決まったの。国外への持ち出しこそ禁止になったけど、法の施行当時まで、鎮守府外・国内の非戦闘地域への持ち出しについては特に誰も問題視しなかった。というよりもすっぽり抜け落ちていたらしいの。その後問題提起されたんだけど……。今回提督が防衛省に行って確認して、それでお偉いさんも思い出す羽目になって慌てて提督に臨時で言い渡したらしいのよ。」

 

「でも国内はおっけぃなんでしょ?」

「うーん。どうでしょね。提督からお話聞いて私も気になってうちの会社の艤装開発設計部の上司や関係部署にその辺りの法律関係のこと聞いてみたんだけどね。そのことについては取り決められてないから製造担当の企業である自分らでは判断しかねるって誰もが言うのよ。」

 

 続いて提督が説明を引き継いだ。

「銃や刀など、一般的な武装・武器なら銃刀法に照らし合わせるのが当然なんだけど、艤装はあまりにも特殊なケースすぎて従来の銃刀法に合わせるのはどうかという議論がその後あったそうなんだ。その議論を持ちだしたのは艤装を開発した当時の企業の集まった団体だそうだ。一般的な銃刀法には当てはまらないことと関連して国内の非戦闘地域への持ち出しについても問題提起がなされたらしい。与野党全政党、関連団体他巻き込んで相当揉めたそうで、現在まで何度か艤装に関する法の改正が持ちだされたんだけど、結局国内の戦闘・非戦闘地域への持ち出しの規定については見送られたらしいんだ。俺も法律について詳しいわけじゃないから、知り合いの弁護士事務所に頼んでやっとこさ調べてもらって知ったことなんだけどさ。」

 提督は手元の資料から一旦顔を挙げて那美恵たちサッと眺め、そして再び資料に目を向けて再開する。

 

「もともと日本国における艦娘……艤装装着者と深海凄艦に関する法律は20数年前の成立当時に大揉めに揉めてやっとこさで強引に成立させた、今にしてみれば結構穴の多い法らしい。なにせ今までありえなかった人外との戦いに対応するものだからね。とはいえ明確に敵に対して軍事力を行使するってことに敏感な人達が騒いだことも影響したそうで、結局2度目以降の法改正も見送られて議論も続いたまま。だから日本国の法としては国外禁止止まりということ。でもだからといって国内の自由持ち出しが公的に認められたわけではないんだ。非戦闘地域への持ち出し禁止の根は張られているかもしれない微妙な状態ということ。今は国内外の情勢の別問題もあって表沙汰にならなくなったけど、実は現在も関係各位と話をすりあわせて議論を続けている議員さんもいるとか。」

 

 いつの間にか視線は下、つまり手持ちの資料に向いていて、眉間にしわを寄せて難しい顔をして話していた提督だが、那美恵らのほうに視線を戻して表情を和らげた。

「……ま、そのあたりの詳しい事情は又聞きになってしまうからツッコまないでくれ。だから黙ってやろうと思えば、どこにだって持って行けてしまうんだ。」

 那美恵は法が絡んだ内容に興味なさそうな反応をし、提督をただからかうのみ。一方の三千花は内容に少し興味がある様子を見せる。

「艦娘と深海凄艦に関する法絡みの話って大変だったんですね……。知らなかったです。今回西脇提督が防衛省に聞いてわかったことですけど、もしかしたら艤装を黙って自由に持ち出してる鎮守府は今でもあるかもしれませんよね?」

「多分、あるだろうねぇ。」

 提督は予想を答えた。

 

 法律でその部分に言及する条文がなければ、抑止力がないために倫理的には禁止と思える行為を堂々とする輩は少なからずいるのが世の常である。艦娘の艤装は他の機器とは違い、技術A由来の同調という人と機械のいわゆる相性診断で明確に使用者を判別するため、持ちだされても使えない可能性が大きく悪用される危険性は低い。ただし分解されればその価値はまったく違うものになる。横流しして海外に艤装を持ち出すのに一役買っている鎮守府もある。そうして流れた先では、結果的には他国の役に立つ場合もあるが大抵は闇の世界行きである。つまりは分解され貴重な部品として売られてどこかの団体の財布を潤したり軍備の増強に繋がるなどだ。2080年代の今でも闇の世界は昔からあいも変わらずなのだ。

 表沙汰にならないのは、艤装があまりにも特殊なケースすぎるため、鎮守府が隠してしまえば鎮守府を管理する国(政府)としては法律にないがために調査し、情報開示さす強制力がないのである。

 

 鎮守府Aを任されている立場の西脇提督としては、法にないとはいえさすがに勝手に持ち出すようなことはしたくない、仮にでも大本営からそう言われたなら筋を通してそう扱いたいという考えである。

 

「まぁ法改正まわりは議員の先生方に任せておくとしても、実際の法律がどうであれ一度問い合わせた以上は従いたいというか従わないと気まずいからさ。俺らとしては防衛省のお偉いさん方から急の言いつけとはいえ、それにキチンと従って成果を出しておけばさ、持ち出しをうまく容認してくれる勢力の議員の方々の力にもなれるだろ?だから……」

「だからつまり、あたしは那珂の艤装しか持ち出せないってことだよね?」

「あ……。まぁ。そうなるな。」

 苛つきがさらに強まっていた那美恵は先程よりも言葉の勢いが荒々しくなっていた。それに気づいた提督は気まずそうに返す。

 提督からの返しの一言を聞くと、那美恵はソファーから急に立って激しくまくし立てた。

 

「それじゃあ意味ないじゃん! 那珂はあたしが使ってるんだよ!?他の艦娘用の艤装じゃなきゃ!」

「いやまあ、そうなんだけどさ……」

 提督は那美恵をなだめようとするが、那美恵は収まる気配がない。

 

「これから配備される艤装勝手に持ち出させてよ!法律にないんだったらいいでしょ!?政治家さんの事情なんてあたし知らないもん!これから艦娘になってもらえそうな人のための艤装を持ち出せなかったらまったく意味ないよ……。」

「一応大ほんえ……防衛省のお偉いさんとの決まりだからさ・・」

「だから法律にないそんな口約束なんか反故にしてうちらも持ちだしちゃえばいいって言ってるの!」

 

 那美恵が激昂する理由。それは同調できる艤装、つまり自身の担当である那珂しか持ち出せないという本来の希望とはかけ離れたことをその場しのぎで適当としか思えない条件をしてきた大本営に対して、そしてそれを承諾してしまった提督の甘さに対してであった。那美恵の中では法や政府のやりとり云々は眼中になく自身の目的のためということで、提督や明石にとっての向いている視野が異なっていた。

 

「那美恵、落ち着きなさいって。西脇提督もきっと立場上つらいはずなんだから。」

「そんなことわかってるよ。」

 三千花の制止も一言で振りほどき、那美恵は再び提督に詰め寄る。

「提督さ、大本営からそういう条件の言い方されて、はいわかりましたって下がってきたの?」

 

 強い剣幕で迫る那美恵にあっけにとられ提督は無言で頷く。それを見て那美恵は呆れたという意味で大きくため息をつき、ソファーに倒れこんだ。

「はぁ……甘い人だとはなんとなくわかってはいたけどさ、しっかりしてよぉ! あたし……たちの頼みの意味をもっと理解してから大本営と交渉してよ! もしここで余計なこと聞かなきゃ、ううん。うまい条件を取り付けられれば、あたしの高校だけじゃなくて、今後他の学校に対しても正しい手続きで持ち出せて、もっと効率よく艤装とフィーリングが合う人を探し出せるかもしれなかったんだよ?提督が言うところの味方になってくれそうな議員さんの力にだってもっと適切になれるかもしれないんだよ!?」

 

【挿絵表示】

 

 若干ヒステリックな口調で詰め寄られ、提督は一言で謝した。

「すまなかった……。」

「せめて大本営に話に行く前に私たちにもっとちゃんと意見を求めて欲しかったよ……。」

 那美恵のその消え入りそうな覇気のぼやきを聞いた提督はもはやはっきりとした言葉が出ず、ただただ態度で謝ることしかできずにいた。那美恵はその様子を見て怒りが通り過ぎたため、一旦深呼吸をして気持ちを落ち着かせることにした。

 

 那美恵は、提督に対してこう思った。

 自分と同じように根元では責任感があって物事に対して真摯に取り組む人だが、詰めが甘い。あと基本的には議論が苦手な人なんだろう。以前親友が評価していたように、この提督の運用の仕方で果たして大丈夫なのか。親友の言っていたことは当たりなのかもしれない。この提督のもとで艦娘が安心して働けるようにするためには、細かいところでしっかり立ち居振る舞えるようにさせないとダメだ。そのためにも自分が、そして自分ではわからない分野ではこれから採用される別の艦娘で補ってあげるようにさせないといけない。

 

 提督の頭の中でぼんやりと浮かんでいる、様々な仕事を多くの艦娘たちにさせて分担して運用させたいとしていた考え。それは提督の代わりに、那美恵の頭の中でその意義と形がはっきりした姿で生み出されつつあった。それは今後、多くの鎮守府の内、鎮守府A独自の運用にまでなる。

 

 

--

 

 那美恵は思考を切り替えてある考えを提督と明石に打ち明けることにした。座りながら前のめりになり、テーブルに手をついて提督たちを上目遣いで見るような体勢になる。

「言われちゃったもんはしょうがないや。今回は提督の顔を立ててあげる。今後どこかでまた大本営にきちんと交渉してもらうとして、今さっき思いついたことがあるの。明石さんも聞いてください。いーい?」

「え?あーはい。なんですか?」黙っていた明石は一言返事をする。

 

「まずこれから配備される予定の艤装は何があるの?それ教えて?」

 提督は後ろにいた妙高と隣にいた明石と顔を見合わせる。しかし妙高はわからないので頭を横に軽く振る。明石は直近では確か神通が……とだけ言い、それ以上は自分まで情報が降りてきていないのでわからないとつぶやいた。その辺りの情報は正規の秘書艦たる五月雨に管理を任せているためだ。その資料にあたるものがどこにあるのか五月雨以外は誰も知らない。

 しかたなく提督は五月雨を呼び出す。ほどなくして五月雨が執務室に入ってきて、秘書艦席からある資料を取り出して提督に渡した。

 

「ゴメンなさい。そういうお話になるとは知らなくて、この資料わかりづらい場所にしまってました。」

「いやいい。大丈夫。」

 五月雨を優しくフォローした提督は彼女から手渡された資料を確認し、そしてそれを那美恵に伝えた。

「1週間後に軽巡洋艦神通、その後同じく軽巡洋艦長良、名取。未定となっているが夏までに駆逐艦黒潮、重巡洋艦高雄。直近ではその5機が配備される予定だ。今うちにある誰も担当していないストックの艤装が川内だけ。だから直近では川内と神通がうちに配備されるぞ。あくまで予定であって、時間的な話は多少ずれるかもしれないけどな。」

 

「あとは神通かぁ……。」

 それを聞いた那珂は小声でひとりごとを言い、その後思いついたことの続きを語り始める。

「率直に言うとね、川内と神通の艤装、あたしにちょーだい。」

 

「へっ!?」

「えっ!?」

 提督と明石はほぼ同時におかしな声をあげた。そして提督は反論する。

「な、何言ってるんだ!?光主さんには那珂の艤装があるだろ!」

 

「うん。けどあたしは川内にも合格しているんだから、川内になってもいいでしょ? あたしさ、実は最初に艦娘の試験受けに来た時に、同調のチェックで川内の艤装に91%で合格していたんだ。」

 最後の説明は三千花に対しての言だ。

「え?そうだったの? じゃあなみえは川内でもあるんだ?」

 三千花が率直に尋ねると那美恵は頭を振ってそれに答える。

「ううん。あたしはあくまでも艦娘那珂だよ。試験の時あたしはその後那珂の艤装と同調のチェックしてもっと高い数値で合格したからそっちを選んだの。」

 

「そうか。川内の艤装とも同調で良い数値出してたのか。那珂の同調の数値に注目しすぎてすっかり忘れてた。というか一人で複数の艤装に合格するのってありえるのか?」

 提督は明石の方を向いて彼女に質問する。明石は片頬に手を当てて悩むポーズをしつつ答える。

「えぇと。ありえないことではないと思いますけど、多分まれです。」

 そう一言言った後に続けた明石のは説明を続けた。

 

 艤装にインプットされる艦の情報は膨大なものである。人格を有することができるほどに高密度な情報がインプットされたメモリーとそれを処理する基盤が搭載された艤装とフィーリングが合い同調できた場合、姉妹艦であったりその艦と深く関わりのある別の艦の情報がインプットされた艤装でもフィーリングが合う可能性は少なからずありうる。

 ただ一般的には一つの艤装で同調して合格したら、その艤装装着者=艦娘として採用されて試験は終了する。そのためそれ以上別の艤装でチェックされることは、本人がはっきりと望んで言い出すかその他特別な条件下でないかぎりは行われない。

 とはいえほとんどの受験者は、用意された艤装の同調すべてに不合格となるのが常であるため、1つに合格するというスタート地点に立てない。そもそもの可能性がない。

 受験時、川内の艤装で合格した後に那珂の艤装をも願った那美恵は最終的に両方で同調できたので、まれだと判断されるのである。

 

 

--

 

「百歩譲って川内はいいとしても、神通はまだうちに正式配備されていない。だからくれと言われても……。」

 提督は尻窄みの言葉になりながらも反論し続ける。那美恵は現状を踏まえて、妥協案を提示した。

「ま、神通の艤装はまだ可能性の域出ないから半分冗談として、川内は欲しいな。そのあたりの法律だったり規約はないから判断できない?」

 

 判断に困ってうつむきがちな提督の代わりに明石が答え始める。

「えぇとですね。艤装の装着者と艤装の担当に関することは別に法律じゃなくて、あくまで制度内で定められる運用です。各鎮守府に向けて推奨される運用であって、厳密に制限されていることはなかったはずなんです。だから鎮守府で独自運用したとしても、大本営は大目に見てくれると思うんです。」

 

 希望的観測で明石は言うが、最後に付け足した。

「……私今なんの資料もなくものすごく勝手なこと言ってますから、あまり真に受けないでいただきたいですけど。ただ技術者側から見たら、那美恵ちゃんみたいな例はどんと来いって感じですね。むしろ那美恵ちゃんをあれやこれやいじったり解剖したり調査したいくらいですよ~。」

 付け足しがやや危ない方向に行きつつあったので、最後の方のセリフについては提督たちはあえて無視しておいた。明石は提督らの反応に気づいたのか、顔のニヤケをやめて続きを語る。

「……コホン。提督、推奨されているというだけの以上は、うち独自の運用を適用してもいいと思うんです。今さっき言いましたけど、那美恵ちゃんみたいな一人で複数の艤装と同調できる例は冗談抜きで、私達艤装開発・メンテする立場としては、嬉しい存在なんです。」

 明石は技術者的な面で、那美恵の今回の提案を認めて欲しいと暗にほのめかした。

 

 

「明石さんがそこまで言うならいいか。ただし神通は届いてから同調のチェックで合格できなかったらすまないがナシだ。そこだけは守ってくれ。」

「やった!! うん。おっけーオッケー!」

 那美恵は提督の言葉を聞いて両手でパンッと手を叩いて声を上げる。

「ただ俺が少し気になるのは、複数の艤装を同調して使いまわして本当に大丈夫かという点なんだが……。」

「まぁ、使う本人は異なる艤装の同調をするので精神的に疲れるかもしれませんから、その点は那美恵ちゃんは気をつけて那珂ちゃん、そして川内ちゃんになっていただくべきかと。」

 提督は装着者である那美恵をやや心配し始める。明石も心配ながらも艤装の技術者らしいフォローの言葉を発した。そんな提督と明石から承諾の意を受けた那美恵は頭を振って、自身の狙いの真意を話し始めた。

「あー、二人ともちょっと勘違いしてる? あたしね、別に本気で川内や神通という艦娘になる気はないよ。」

「「?」」

 提督と明石は?な顔をして那美恵を見る。

「自分が使える艤装じゃなきゃダメって防衛省の偉い人が言うならさ、一度同調してあたしのものにしておけばあたしが自由に持ち出せるでしょ?」

 

 提督らはなるほどと相槌を打った。

「そーやって理由付けできるなら、糞真面目で律儀な提督だってすっきりOK出せるでしょ。」

 言葉の最後の方はゆっくりねっとりとした口調でもって皮肉気味に提督に視線とつきだした唇を向けて那美恵は言った。提督はその仕草の真意に気づいてかいおらずか、こめかみをわざとらしくポリポリと掻いて口を開いた。

「……さすが光主さん。わかってらっしゃるわ」

「エヘヘ~。提督の真面目さなんてすーぐにわっかりますよぉ~~だ。提督の顔立ててあげるんだから感謝してよね?」

 那美恵は、提督が何か物事に対して正当な理由、筋がはっきり見いだせないと動けないという、誠実であるがゆえの融通の効かない点を察していた。

 

 

--

 

 那美恵と提督が話している姿を、妙高と並んで後ろに立って見ていた五月雨がポツリとつぶやいた。

「提督のことわかってるなんてすごいですね~。私なんか最初からいるのにあまり……。」

 それが聞こえたのは妙高だけだったので、妙高は五月雨の肩を抱いて、彼女に顔を横から近づけてささやく。

「五月雨ちゃん、人それぞれなんだから。あなたはあなたのペースで提督のお側で一緒にお仕事をして、彼の役に立って支えてあげればいいのよ。」

 と小声で、まるで母親が娘に言い聞かせるような雰囲気を出して言葉をかけていた。

 

--

 

 そんな五月雨たちの小さなやりとりに気づくはずもない提督は、那美恵をべた褒めして彼女を照れまくらせていた。

「光主さんはすごいわ。機転が効くというか発想がすごいというか。ほんっと助けられてる。」

 横髪をくるくるいじりながら那美恵は言葉を返した。

「いやだなぁ~提督ぅ~。あたしおだてても何も出ないよぉ~?ちょうきょ…支援してあげてる甲斐あるなぁ~」

「……おい待て。今調教って言いかけなかったか?」

「気のせい気のせい。」

 

 那美恵の冗談で言った一言を問い詰めようとした提督はツッコミを入れる。そんな提督からのツッコミに那美恵は手のひらをブンブン振って一応否定するのだった。

 

 

--

 

「そうだ。今日時間まだあるか?」

 提督は那美恵に尋ねた。

「うん。あるよ。みっちゃんも大丈夫だよね?」

「えぇ。大丈夫。」

 

 那美恵たちの返答を受けて提督は続ける。

「今から工廠に行って念のため川内の艤装の同調チェックしてみるか?」

「え!?今から持ち帰っていいの?」

「……いや、確認するだけだよ。それに今から持ち帰っても大変だろ。」

「そっか。エヘヘ~」

 提督がもう持って帰れる手はずをしてくれるのか素早いなと那美恵は勘違いしてしまった。提督の言葉を受けて明石は準備してきますと言い、先に工廠へと戻っていく。

 

「じゃあこの場での打合せはお開きとして、工廠に行こうか。光主さんたちは当然行くとして、五月雨、付いてきてくれるかな?」

「え?私も行っていいんですか?」

「あぁ。今日の秘書艦の仕事は妙高さんに全部任せてるからさ。五月雨には後学のために一緒に見ておいてほしいんだ。」

「はい。わかりました。」

 元気よく返事をする五月雨。那美恵はそれを微笑ましそうに眺めた。

 その後荷物をまとめて那美恵と三千花も執務室を出る準備をする。数分後提督、那美恵、三千花、そして五月雨は遅れて工廠へと足を運んだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

艤装を試す

 工廠についた4人は、先に戻っていた明石が出してきた軽巡洋艦川内の艤装を目の前にしていた。

「これが川内の艤装です。まぁ那珂とは姉妹艦なので、細かな違いはあれどほとんど同じです。ちなみにネームシップです。」

 そう説明して川内の艤装の各部位をキュッキュと撫でる明石。新品なので丁寧に扱っている様子。

 

「あたしは川内の同調に合格しているから、いまさら試験みたいなのしないよね?」

 那美恵は提督の方を向いて尋ねる。提督はそれに対して頷いた。本当にただの動作チェックをするだけと那美恵たちに説明をした。

「じゃあつけまーす。」

 那美恵は明石に艤装の装着を手伝ってもらい、数分後装着し終わる。ちなみに高校の制服のままである。

 

「じゃあ那美恵ちゃん。同調始めて。」

「はい。」

 那美恵は目をつむり呼吸を整える。頭の中に那珂のときとは違う何かの情報・記憶の情景が浮かび上がっては消える。さながら走馬灯のように。ほどなくして体中の関節がズキッとしたあと、全身の感覚が人間光主那美恵のものとは違うものに変化した。

 その瞬間、那美恵は軽巡洋艦艦娘、川内へと切り替わった。

 

「……なみえ、同調終わったの?」

「うん。今のあたしは川内だよ。」

 

 川内となった那美恵をまじまじと眺める三千花。一般人から見て、違いなぞ全くわからない。しかし装着している本人とて、明確な違いはわからない。

「ふぅん。わからないわ。私じゃ全然違いがわからない。なみえはなにか違うってわかるの?」

「ぜーんぜん。同調したときに那珂のときとは違うイメージっていうのかな? 頭のなかに流れ込んでくる感じがしたけど、それ以外は特に変わらないなぁ。あ、でも……那珂の時よりなんとなく艤装が重い感じがする。那珂のときの身軽さっていうのがないよ。なんでだろこれ?」

 

「それは同調率の違いですね。」明石がサラリと述べた。

「同調率の違い?」

 三千花が聞き返した。

「はい。艤装の元になった技術Aを使った機器はみんなそうなんですけど、同調率が高ければ高いほどより体に馴染んで、何もつけていないかのように身軽に感じられながらも、本来の人体の限界を超えた動きができるようになるんです。その逆で、同調率が低いと、馴染んでないということになるので、その分機器本来の重量の一部が感じられてしまうんです。那美恵ちゃんがちょっと重いと感じるのは、那美恵ちゃんにとって那珂の艤装がものすごく軽く感じるくらいに体に馴染んでいるからですね。だから那珂より同調率の低い川内だと重く感じてしまうんですよ。」

 

 そう明石が解説をする脇で、そのことを意に介さないでその場でクルッとまわったり、パンチやキックをする那美恵。それを三千花や提督らは2m程彼女から離れて眺めている。

「そうなんだー。まーでも艦娘としての仕事に支障はなさそうかな~」

 那美恵のパンチやキックではその筋のプロさながらにシュバッ!という風を切る音がハッキリ聞こえる。三千花はそれを耳にした瞬間に2mからもう少し後ずさりながら言う。

「なみえ……あんたどんだけ恵まれてるのよ。それにしても、艦娘の制服じゃなくて学校の制服で動いてるのっておかしく見えるわね。」

 言っておいてハッと時雨たちのことを思い出した三千花だったが、幸いにもその場に居るのは彼女らの友人五月雨だけだったので、彼女をちらっと見てホッとする。五月雨はなんで三千花に見られたのかよくわかってない様子で、その視線に気づくと三千花に会釈して微笑みかえした。

 

「ちなみに……今の那美恵ちゃんと川内の同調率は、91.25%です。もうふつーーーに合格してて当たり前の数値ですね。那美恵ちゃんすごいですね~」

 明石は艤装のチェック端末で確認しながらウンウンと感心している。

 もう十分だとして那美恵は艤装を外す旨明石に伝え、同調を切断して艤装を外した。外し終わった後、彼女の頭にふと考えが浮かんだ。

 

 

--

 

「ねぇみっちゃん。みっちゃんもどーお?川内つけてみない?」

「へっ!?私が!!?」

 突然の親友からの提案に完全に声が裏返る三千花。

「ねぇ提督、明石さん。いいかな?ちょっと試すだけ。ちょっと入れるだけだから!」

 

「……女の子がそういう言い方するもんじゃありません。……まぁせっかくだからいいじゃないかな。明石さん、中村さんにもやってあげて。本人がよければだけど。」

 提督の前半の言い方に女性陣は?な顔を一瞬浮かべその意味をまったくわかっていない様子を示したが、気にしないことにしすぐに普通の表情に戻る。

 そして三千花はわずかにまごついた態度を取りながらも承諾した。

「うーーん。まぁ、少し試すだけなら。私も少し興味ありますし。」

 側で目をキラキラさせて期待の眼差しで見ている親友の視線に耐えられそうになかったのだ。

 そして明石の手伝いで三千花は川内の艤装をつけ始めた。しかし三千花は同調の仕方が全然わからない。おそらくわからないだろうと思っていた那美恵は三千花に近づき、顔を近づけて耳打ちしてコツを教えた。

 

「そういえば中村さんは同調するの初めてでしたね。ではこちらで遠隔でスイッチ入れるので、あとは……あ、那美恵ちゃんが教えてあげたんですね?ではそのとおりにしてください。」

 明石はチェック用の端末でササッとタッチしていじり、川内の艤装の電源を入れた。あとは装着者が精神を落ち着けて同調をするだけとなる。装着者の三千花は深呼吸をし、無心になって落ち着く。その後、三千花は那美恵から教えてもらった方法でなんと同調できてしまった。

 

 

「あ、なんか。感覚が変わりました。え……?な、なにこれ?あ、あ、あぁっ……!」

「ヤバ。肝心なこと教えるの忘れてた。」

 那美恵は万が一同調出来てしまった場合、初めての同調時に催す恥ずかしい感覚のことを伝えるのを忘れていた。三千花の様子を見るに、同調出来てしまったがゆえにその恥ずかしい感覚に襲われてしまっている様子が伺えた。

 時すでに遅しということで苦笑いを浮かべる那美恵。

 三千花はビクビクッとした直後すぐにへたり込み、顔真っ赤にして立ち上がろうとしなくなってしまった。

 その様子に提督以外のその場の人間は那美恵と同様にハッと気づいて三千花に駆け寄った。提督は装着して初同調した人しかわからぬ感覚のことをフィルターがかかった又聞きでしか知らない。なぜ三千花がへたり込んだのかわからず、思わず尋ねてしまった。

 

「ん?どうした中村さん?具合でも悪i

「わあああぁぁ!!!提督はちょっと黙ってて下さいーー!!」

「提督はあっち向いてて!!」

 それを五月雨と那美恵が大声で遮る。五月雨は駆けて行って提督の体を方向転換させようと押し出した。

 

【挿絵表示】

 

--

 

「うっうっ……ううぅ。」

「ゴメン……みっちゃん。その、それのこと言うの忘れてた。テヘ!」

 ポリポリと眉間を掻いたのちに後頭部に手を当てて軽い謝り方をする那美恵をキッと睨みつける三千花。頬は赤らみ、その目には怒りと恥ずかしさがないまぜになったような色を見せている。異性が見たら思わず興奮して様々なモノが沸き立つような表情になっていたため、これはまずいと感じた那美恵や明石が好奇の眼差しから三千花を守るために提督を必死にガードする直線上に立ちふさがる。

 一方の五月雨は盾になっている那美恵と明石の背後で三千花の側に座って語りかけた。

「初めての時は……あの、みんなそうなりますから。私なんか初めての同調でその……思わずゴニョゴニョして思いっきり泣いちゃいましたから。大丈夫ですというのもなんですけどとにかく大丈夫です!」

 自身の体験を思い出したためやや頬を赤らめる五月雨は優しく言葉を三千花にかけた。年下の女の子に慰められる形になった三千花は涙目になって思わず五月雨に抱きついてしまった。

「五月雨ちゃん、ありがと……。」

 

「あの……俺もうそっち向いていいんですかね?」

 那美恵たちとは逆向きの提督が背中から問いかけた。

「提督はあとでお仕置きね。」

「そうですねー。少々無神経ですね~」

「なんでだよ!?」

 那美恵と明石が提督に無実の罪を着せてツッコミを入れた。

 

 

--

 

 三千花が川内の艤装と同調できてしまったので、明石は同調率を確認する。

 

「中村さんの川内の艤装との同調率は81.17%です。ギリギリですが合格範囲内です。どうします?このまま川内ちゃんとしてやってみませんか? ねぇ提督?」

「そうだな。俺としても勧めたいな。光主さんと仲の良いあなたが那珂の姉妹艦をやってくれるといろいろ助かるシーンもあると思うんだ。中村さん、どうかな?」

 

 三千花はしばらくの沈黙ののち、口を開いた。

「なみえがやってるって知ってから、艦娘に興味はあるといえばあるんですけど、私がやるのはなにか違うなーと思うんです。それに私はなみえと違ってはっきりした意欲を持つことはできなさそうですし。多分なみえも私が艦娘やるのを求めてないと思うんです。そうでしょ、なみえ?」

 

 同意を求められた那美恵が答える。

「うん。そうだねぇ。まさかみっちゃんが同調クリアできるとは思わなかったから驚いたけど。」

 提督はそれに食い下がる。

「もしかして二人とも、中村さんの同調率が低いこと気にしてたりするのか? だったらそれは……」

 

 提督の言葉を遮って那美恵は首を横に振って答える。

「ううん。別にそういうことを言っているんじゃないの。同調率はひとまずの結果でしょ?あとは本人の訓練とやる気次第で今後どうにでもなんとでもなるって思うし。あたしはね、全く知らない新しい人を探して艦娘部の仲間に入れて広げてみたいんだ。知り合いだけで固めるんじゃなくてぇ、色んな人を仲間に入れるの!そのほうが絶対うちの鎮守府面白くなるって思うから。そしてみっちゃんにはね、うちの学校からそういう面白くなる人を探したり陰でサポートしてくれる立場にいて欲しいの。」

 

 那美恵が話している間、提督と明石は顔を見合わせたり頷いたりするも言葉を挟まずに那美恵の想いを聞き続けている。三千花はその言葉を聞いて、親友が同じ思いであったことに安堵して目を閉じつつ口元を緩ませた。三千花自身まったくやる気がないわけではなかったし実のところ艦娘には少なからず興味があったが、親友のやることを叶えてあげるにはいつも一歩引いてきた。今回もそうすべきだと判断していた。

 那美恵の考えと三千花の意思の向く先が固まった。そのことを理解した提督と明石は少々もったいないと思っていたがそれを表には出さず、本人たちの意思を尊重し三千花を艦娘に誘うのをやめた。

 最後に三千花は提督と明石をフォローするために言った。

 

「でもまぁ、こうして艦娘になる一歩手前を経験出来たのはよかったと思いますよ。学校で艦娘部設立を手伝うのに役に立つかもしれません。」

「そーそー。もしかしたら学校でみっちゃんには川内の艤装つけて何かやってもらうかもしれないしね~」

 三千花が綺麗に締めて終わらせようとしていたところに、那美恵は茶化しを入れてその場を和ませた。

 結局三千花の艤装の試験はなかったことなり、純粋に彼女の経験のためだけの数分となった。そして川内の艤装は正式に、ただし一時的に那美恵のものとなった。後日川内の艤装は那美恵らの高校に輸送され、艦娘部設立までは生徒会管理のもと、校内での同調のチェック用の機材として高校内で使用されることになる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

艦娘部設立準備

 鎮守府に行った翌日から那美恵は三千花、書記の二人とともに生徒会室で艦娘部設立および部員募集の紹介の企画を考えはじめた。せっかくやるのであれば大イベントよろしく開きたいところだが、那美恵たちはその規模も考える必要があった。どうせならまずは提督にも付き添ってもらって学校の皆に見てもらいたいという那美恵の考えに三千花らも賛同した。開始日は学校側と正式に契約を交わしに提督が高校を訪れる日を狙うことに決まった。

 提督が正式な契約を交わしに来るのは2週間後と那美恵は教えてもらっていたが、なぜそんなに期間が開くのか、那美恵は提督と教頭経由で校長に聞いてみた。

 

 学校側では艦娘部を通して保護者・責任者となって、提督と直接接触する代表としての顧問をなによりも優先して決めるのが、学生艦娘制度の学校提携の前提条件である(どの職業艦娘になるかは別として)。そのための準備期間なのだ。顧問となる教師は教頭と校長で選出する。

 なおこの取り決めは厳密なものではなく、高校側が鎮守府A、提督に願い出た一応の期間である。

 

 那美恵たちは部員集めに専念するようにお達しを受けており、当面は那美恵たちは顧問のことを気にせず自分たちのペースで宣伝・部員集めに集中することにした。

 

 

--

 

 いくつか案が出ては消えていき、那美恵達の間で揉まれてアイデアが形作られていく。そうして最終的に4人全員納得した企画は、那美恵のこれまでの経験を説明したミニ企画展を開き、興味を持った人には川内の艤装で同調のチェックを案内するというものであった。

 

 生徒会室での打合せの最中。

「なんか文化祭の展示考えてるみたいっすね。」

「同じようなものだと思いますけどね。」

 三戸が一言思ったことを述べると、それに和子が相槌を打って感想を言った。

 

「この案、占いの館みたいなそんな感じもするよね~。」と那美恵。

「あ、それあるっすね!」

 三戸はノリノリで那美恵の感想に乗る。

 

「いっそのこと相性占いみたいにして艤装でビビッと来たらてきとーなこといい並べて占いにしちゃおっか? 占い師役はぁ~、恥ずかしい思いして81%でめでたく川内に合格してたみっちゃ」

 自身の恥ずかしい経験に触れた悪ふざけアイデアを止めるべく、那美恵が言い終わる前に三千花は顔を赤らめながら彼女の両頬をひっぱった。

 

「な~み~え~! そういうこと言うんだったら91.25%で夢はアイドルのあんたがやりなさいよぉ……!」

「いひゃい!ほめん!ほめん!みっひゃん!(痛い!ごめん!ごめん!みっちゃん!)」

 ギャグアニメよろしくパチンと音が鳴るかのような頬つねりの手離し方をして、三千花は那美恵を叱り、そっぽを向いてしまった。

 

 

--

 

 ヒリヒリする頬を撫でながら涙目の那美恵はまとめに入る。

「じゃあこの内容でやろ!使う部屋は……どこがいいかな?」

「この生徒会室でいいんじゃないっすか?」

「うーん。それだと生徒会的に見られたりいじられたらまずいものもあるから止めたほうがいいと思う。」

 那美恵の質問に提案した三戸を、和子が的確な指摘をして考えなおさせる。

 

「それじゃあ視聴覚室とか借りますか?」

 次の案として三戸が口にしたことに、那美恵たちは好印象を示し始めた。

「それだ!それだよ三戸くん!」

「視聴覚室か、なるほどね。もしそこが無理でも生徒会権限で借りられる別室でもいいわね。毛内さん。生徒会で借りられる部屋は何があるかすぐにわかる?」

「ちょっと待って下さい。……こことこことここです。」

 

 那美恵は三戸に賛同し、それを受けて三千花が和子に実際に使えそうな部屋の確認をさせる。和子が見せた、生徒会として借りられる部屋の情報は視聴覚室を含め4つだった。その後先生たちに相談をすると、放課後なら視聴覚室を生徒会として一定期間まとめて使ってもよいとのこと。那美恵はさっそく放課後の視聴覚室をしばらく生徒会権限で借りるようにした。

 

 

--

 

 那美恵たちは4人で分担して展示の資料やパネル作成やネタ整理をする毎日を過ごすこととなった。その間でも、生徒会本来の仕事や授業の課題や宿題もあるため、さすがに忙しくて艦娘のほうは無理だと感じた那美恵はある日の学校の帰り道、こっそり提督に連絡する。

 すると提督は出撃任務や依頼任務は他の艦娘たちに割り振るので、そちらは存分に集中していいと言い、那美恵を労い励ます。言葉の最後には、展示楽しみにしているよとの一言も。携帯の画面越しではあったが、提督の真面目で余計な飾りのない素の優しさにグッとキた那美恵。心やすらぐ思いを感じつつも、その表情には頬がひくつくほどの喜びが隠しきれずに全面に表れていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

生徒たち、教師たち

 作業すること数日、人数的な面もあり、あまり大規模な展示にはできなかったが、パネル数枚、配布用の説明資料多数、写真や映像を表示するためのタブレット2台を設置しての展示規模になった。視聴覚室は仕切りによって4部屋に分割できるようになっているため、そのうちの一部屋を展示に、もう一部屋に川内の艤装を置いて、同調を試せるように各展示を取り付ける。

 提督が来る日の前日までにリハーサルと称して一度全ての展示を取り付け、4人と生徒会顧問の先生の5人で練習が何度か行われた。

 

「……ということです。」

 副会長である三千花によるパネル紹介がやや小声で行われている。別の一角では書記の二人が配布資料の枚数チェック、それから写真や動画用のタブレットのコンテンツ表示の最終チェックをしている。

 そのまた別の一角では生徒会顧問と那美恵により、翌日以降の展示の手順や終了時の撤収のてはず、スケジュールの確認が行われていた。

 

 その前の日には、那美恵から各学年の学年主任を通して各組へ、艦娘部設立のための部員募集展示の宣伝用資料が配布、あるいは高校のウェブサイト、SNSの高校のページにて掲載が進められており、事前の宣伝への根回しも抜かりはなかった。

 

 

--

 

 一方で教師側では、提督が校長に交渉に来た翌日から、ある一つの話題である種不穏な空気になっていた。艦娘部の顧問にすべき教師を選出しなければならないためだ。国とは言うが、鎮守府と名乗るよくわからない団体と学校が提携するのに、なぜ部活が必要で学校側の責任を一手に任されなければいけないのだと、教師たちには不満や疑問の声を上げる者もいる。校長と教頭から説明があったにもかかわらず、彼らの態度は2~3ヶ月前となんら変わっていなかった。

 艦娘というのが何をするのか、漠然としかわかっていない教師ばかりのため、押し付け合いにすら発展しないほど、?が頭に浮かんで思考停止になりかけている状態である。30年前以前の海の様子と今の様子を知る、一定の世代の教師は初期の艦娘のことを多少知っているためか、あんな危険な戦いに関わりたくないという考えを持っている。

 

 そんな中、ほとんどすべての教師が艦娘部という新設の部の顧問にふさわしいと推薦という名の全員一丸の押し付けにより選ばれたのが、教師になってまだ2年目の、ある女性教師であった。

 その女性教師は教師陣では一番年下だ。いまだフレッシュさを前面に押し出して精力的に活動している、誰からも頼られている熱血教師……と自分では思っているが、その実生徒たちからの評価は本人の思い込みとは全然違う方向に振り切れている。本人の能力的には良い物を持っているのだが、それを発揮できるだけの考えや立ち居振る舞いができていないのが、ウィークポイントな教師だ。

 

 その教師の担当は1年生の国語の副担当。1年の学年主任と教頭から呼び出され、艦娘部の顧問になってほしいという依頼を受けた。

 その瞬間彼女は、ついに自分が教師仲間からも頼られる時がキター!!と心の中でファンファーレを鳴らして喜びに心沸かせた。それはやや、というかモロに表情に表れているのに本人はまったく気づいていないが、ともかく喜びに沸いた表情でもって、二つ返事で艦娘部顧問を承諾した。

 

 

--

 

 別の日、生徒会室と視聴覚室を行き来して展示の最終準備をしている那美恵たち。視聴覚室で那美恵と三千花の2人が作業していると、学年主任の先生ともう一人、女性教師が視聴覚室の扉をノックして入ってきた。

 

「あ、先生。何か御用ですかぁ?」

 那美恵は学年主任に尋ねる。

「光主さんに伝えたいことがあって来ました。よいですか?」

「はい。」

 返事をして学年主任の先生らを招き入れた那美恵。そして学年主任の先生は那美恵たちにもう一人入ってきた先生を前に出して紹介してきた。

「このたび新設される艦娘部の顧問が決まりました。関係各位への案内は後日しますが、先に光主さんに紹介しておきますね。」

 学年主任のセリフのあとに、もう一人の教師が自己紹介し始めた。

 

「はじめまして!1年生の国語の副担当をしてる、四ツ原阿賀奈(よつはらあがな)です。光主さんたちは確か2年生だったよね?だから会う機会はなかったと思うから、これからよろしくね!!」

 無駄に声甲高く元気いっぱいに自己紹介してきた四ツ原先生を目の前にして、那美恵と三千花はその妙な気迫にあっけにとられつつも、至って平穏に挨拶しかえした。

 

【挿絵表示】

 

「「よろしくお願いします。四ツ原先生。」」

 担当の学年が違うとはいえ生徒によろしくと言われて嬉しくて仕方がない四ツ原先生は満面の笑みでその大きい胸を張って那美恵たちに挨拶しかえし、頼れるお姉さん・先生であることをアピールする。

「まっかせなさーい!先生が顧問になるからには、もー!ビシビシ部活指導するからね~!」

 なんとなく妙な感覚を覚えた那美恵と三千花は四ツ原先生とその場でそれ以上話をする気はなく、適当に話を流したのち、作業の追い込みがあるからと強制的に話を終わらせた。

 

 

「なんか変なテンションの先生だったわね……。なみえあの先生のこと知ってる?」

「ううん。だってあたしたち2年だし。直接授業習わないでしょ。」

「そうだよね。特に噂とか2年生の間では聞かないから、あの先生どういう先生なのかサッパリ。だけど……」

 三千花は言葉の先を言わずに那美恵をジーっと見つめる。見つめられて眉をひそめて?な顔をする那美恵だが、冗談っぽく頬を赤らめて照れるフリをする。

「やだぁ~なになにみっちゃん?急に見つめられるとほれてまうやろー」

 

「気づいてるんでしょ?せっかく私がフったんだからそれにノッてよね。……こっちがはずかしいわ。」

「はーいはい。で、なぁに?」

「……気づいてないのかい。あーもう。……なんとなくだけどさ、あの先生なみえに似てない? 変なテンションとか。」

「へ? ……ひっどーい!あたしあんなに無駄に大声出すテンションしないよぉ!」

 

 親友からの突然のからかいに対し、頬をふくらませてプリプリと怒る那美恵。自分がからかうのはいいが、他人、特に親友からからかわれるのは少々許せないところがある。

「ゴメンゴメン。許して、ね?」

「ブー。帰りに何かおごってくれたら許してあげるよぉ。」

 三千花とは逆のほうを向いて声だけで反応する那美恵。

「はいはい。おごるから機嫌直しなさいよ。」

「やった!だからみっちゃん大好きー!」

 

 もちろん本気で怒ったり嫌がっていたわけではない。三千花が折れたとわかるとコロッと態度を変えて彼女の腰回りに抱きついて那美恵は甘える。10秒くらい抱きつかれてさすがにうっとおしくなったのか、三千花は那美恵の額を押してなんとかまとわりつきを解除する。

 二人ともひとしきりイチャイチャ(那美恵が一方的に)したあと、この場での作業を終えて生徒会室に戻っていった。

 

 

--

 

 生徒会室に戻った那美恵らは、書記の三戸と和子に、艦娘部の顧問が決まった旨、その顧問が四ツ原阿賀奈という先生であることを伝える。すると1年生である二人は顔を見合わせ、苦笑を顔に表しながら那美恵と三千花に告げた。

 

「あがっちゃn……じゃなくて四ツ原先生を押し付けられたんすか? はぁ……。」

 三戸は素っ頓狂な声をあげて本気で驚いている。

「あの先生、悪い人ではないんでしょうし、普通に教え方うまいし頭良い人だと思うんですけど、ちょっと……。」

 和子は静かに言うが、その言葉は語尾を濁している。

 

 二人の言葉が要領を得ないのに思い切り気になった那美恵と三千花。顔を見合わせ、再び三戸たちの方を見て問い詰めることにした。

「わこちゃんわこちゃん。ちょっと…なぁに? 四ツ原先生ってどういう人なの?」

「あの、その。あの先生、何をするにも空回りというか、それでいて面倒見が良いから正直言いまして……」

 

 その続きは三戸がハッキリ・ズバリ言い放つ。

「いらぬおせっかいなんっすよ。おれら男子生徒の間の評価じゃあ、四ツ原先生は童顔でかわいいし、おっp……ふくよかだし、天然入ってて結構ツボなんすけど、度がすぎる世話やきなところあるんすよねぇ。それでいて俺ら生徒の間の問題をとりなそうとしてよくわかんねぇ方向に持って行って結局失敗することもしばしばで。頭は良い人だっつうのはわかるけど、なんというか抜けてるっていうか」

 

 那美恵と三千花は三戸の言いたいことがわかった。三千花がそれを言い当てる。

「つまり考えがちょっと足らない人なのね。必要以上に頑張っちゃう人、言葉悪くいえば無能な働き者ってところかしらね。」

「あぁそれそれ。そんなところっす。」

「副会長、そんなにぶっちゃけてそれさりげないどころか普通に失礼だと思いますけど……。」

 珍しく言葉がきつい三千花のセリフを聞いて、和子はツッコむ。

 

 那美恵は腕を組んでうーんと唸りながら感じたことを口に出した。

「頭良いというのは勉強ができるとか自分の得意分野でのことなんだろうねぇ。頭強い弱い・思考とは別のベクトルだろ~し。」

 三戸たちの話を聞いて、ますます、自分とは全然違うだわ~と密かにツッコミを何もない宙に入れておいた。

 

「ヘタに動かれると厄介そうな人ね。なみえ大丈夫? 割りと苦手なタイプでしょ、自分のペースを乱されそうで。」

「う~~ん。そこはまぁ先生なんだし、うまく接するよ。ただ普通の部活と違って、顧問の先生も艦娘になる可能性が大だから、鎮守府内で変に動かれるとまずいかも。提督がなぁ~、三戸くんたちみたいに四ツ原先生にメロメロになったりしないか心配。」

 

 

「え゛?」

 

 

 三戸は何の脈絡もなく自分に振られて焦る。そんな様子の三戸を見て、那美恵は意地悪そうな表情で三戸に少し詰め寄ってさきほどの彼の語りの一部にツッコミを入れはじめた。

 

「さっき言いかけたのって、ここでしょ~?」

 那美恵は控えめな胸を張りながら自身の胸を指さして三戸に向かって言った。

「え!?あーその、いや~アハハ……」

「男の子はやっぱここがええのんかぁ~。ん?ん?」

 

 男同士で下ネタ話をするのは気が楽なので楽しいが、気さくな人とはいえ生徒会長である女の子から言われると、三戸もどう反応すればいいか困ってしまう。

 困りながら愛想笑いしてうやむやにしようと言葉を濁しながら彼が思ったのは、"違います!そんな小さいのじゃない"という、うっかり口にしてしまえば那美恵だけじゃなくその場にいる2人の女の子からも非難轟々にやりこめられること必至の大変失礼極まりないことだった。

 

「あーもうなみえ。せっかくわたしも毛内さんも突っ込まないようにしてたのに、なんであんたは余計なのに触れて脱線するのよ……。」

 三千花は那美恵の悪い癖を親友として厳しく咎めた。那美恵はエヘヘと照れ笑いをしながら後頭部をポリポリと掻いたのち、気を取り直して言葉を続けた。

 

「まぁ。まだどうなるかわからないし、なんとかなるとは思う。どのみち今度提督がうちの学校に来て正式に提携の契約するときに顔合わせするはずだし、その時にあたしたちの知らない意外な事実が出てくるでしょ。お楽しみお楽しみ~。」

 

 やや心配される先生が顧問になったが、那美恵は楽観的に考えることにした。これでようやく足回りが揃った、本当のスタートだと。そして物と人は使いようだと、すでに接している提督と自分の関係性のように、きっとうまく影響を与えあって力になってもらえるかもしれないと考える。

 なお那美恵が気をつけようとしているのは、その人のプライドなり、大事にしている部分は尊重しておだてつつ、うまく支えてあげることだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

正式な提携成る

 提督が高校に来て提携を正式に契約する日が来た。その日提督は14時頃高校に訪れることになっている。那美恵は提携の仲立ちをした生徒側の代表として一連の式に参加することになっているため、先日と同様に授業は別の時間帯へということで免除。そのため校門まで行って、そこを通ってくる提督を待っていた。

 

 数分後、その日来たのは提督と五月雨だった。

「あれ?五月雨ちゃん? 今日学校は大丈夫なの?」那美恵は二人に尋ねた。

「はい。提督が学校に話してくれたので。」

 そう言うと五月雨は隣にいる提督を見上げる。提督はその視線を受けて補足した。

「うちの正式な秘書艦は五月雨だからね。彼女の学校からまたOKをもらっているよ。」

 

 提督は五月雨の自分寄りの肩を軽く叩き、言葉を続ける。

「今までは対外的な面を気にしてしまって妙高さんに代理を頼んでたけど、これからは早川さんとしての都合がつくならば、こうした交渉事や公的な式の場になるべく出てもらおうと思ってね。もちろん秘書艦が違えばその時のその艦娘に出てもらうことになるけどね。」

 

 那美恵はふぅんと、相槌にも満たない一言を出す。その心のうちでは、提督は彼女の成長を期待しているのだなと察した。挨拶もほどほどに那美恵は提督たちを校舎に、そして校長室に案内した。

 提督と校長は数日ぶりの再会ということで軽く挨拶を交わす。次に教頭から提督に、一人の教師が紹介された。那美恵は先日会ったことのある、四ツ原阿賀奈だ。阿賀奈は先日那美恵らに挨拶したテンションそのままで提督に挨拶をし始める。

 

「はじめまして!四ツ原阿賀奈といいます。○○高校の1年生の国語の副担当をしています!このたびはぁ、艦娘部の顧問になりました!あなたが提督さんなのですね。これからうちの生徒をよろしくお願いします!」

「こ、こちらこそよろしくお願い致します。」

 弾んだテンションで自己紹介をし、最後に責任ある役を任された立派な教師であることを意識して伝えるために彼女は提督に一言言って締める。

 提督は先日の那美恵たちとほとんど同じリアクションをする。ただ違うのは、那美恵たちが自分らの反応をうまく隠せたのに対し、提督は隠しきれずに少し戸惑った反応を表現してしまったのだ。そんな提督の態度を阿賀奈は、自分の教師としての威厳がありすぎて相手が怖気づいて戸惑っているのだと勘違いしていた。

 怖気づいたというのはある意味間違ってはいなかった。

 

 戸惑いつつも提督は阿賀奈にお辞儀をして挨拶を締めることにした。

 

 

--

 

 そしていよいよ提携の締結をする段になった。校長と提督はソファーに腰掛け、教頭・阿賀奈は校長の、那美恵・五月雨は提督の背後に立ち、校長と提督が書面にサインを交わすのを見届ける。

 校長がサインをしたのち、書類を提督のほうに丁寧に、音を立てずに回して渡す。提督はそれを受けて自身もサインをし、国から発行してもらっていた鎮守府の印鑑を押した。その瞬間、その書面は日本国において那美恵の高校が、鎮守府こと深海棲艦対策局および艤装装着者管理署という、国がバックボーンの艦娘制度特有の末端機関を経由して、日本国と結んだ有効な契約の証となった。

 

「この書類を防衛省と総務省および厚労省に提出します。補助金の連絡は総務省の艤装装着者生活支援部から届く予定です。」

「はい。」

 提督は補助金の受渡に付いて簡単な説明をし、校長はそれに頷いた。その後艦娘制度に直接絡まない対外的な話をかわしたのち、提督と校長は改めて挨拶をしあう。

 

「これから、御校の生徒の皆様のお力をいただくことになるかと思います。よろしくお願いいたします。」

「こちらこそよろしくお願いいたします。お国の、しいては世界のために本校の生徒が力になれるよう、教育により一層励みます。」

 提督と校長は強く握手をし、ここに締結の式は締まった。

 

 

--

 

 緊張の空気がなくなった校長室では、軽く言葉をかわしあえる空気に戻っていた。

「ふぅ。これで光主さんもやっと楽になれるかな?」

 呼吸とともに緊張を吐き出して楽になった提督は斜め後ろをむいて那美恵に一声かけた。那美恵はソファーの背もたれにのしかかって提督の背中越しに顔を近づけて言う。

「まだまだ、これからだよ。これから忙しくなるし楽しくなるんだと思うな。……提督、本当にありがとーね。」

 満面の笑みで那美恵は提督に言い、そのあと視線を提督を挟んだ五月雨のほうに向けて続ける。

「五月雨ちゃんにもよろしく言わなくちゃね。これからうちの学校から人行くと思うから、秘書艦の五月雨ちゃんにはビシビシ突っ込んできてほしいし。」

「い、いえ。ビシビシなんてそんな。先輩方に。」

「何言ってるの!艦娘としては五月雨ちゃんは一番の先輩なんだよ?頑張っていこーぜ~!」

 那美恵は最後に軽く茶化しを入れて五月雨を鼓舞した。

 

 そののち、那美恵は阿賀奈に呼びかけた。

「四ツ原先生、ちょっとよろしいですか?」

「ん?なになに?先生に頼み事かなぁ?」

 阿賀奈は校長の座るソファーの背後、テーブルを回りこむように提督の席のほうに行こうとしたが校長からソファーに座るよう促され、校長に隣のソファーに座った。そして頼み事をされるという期待の眼差しで提督らに視線を集中させる。那美恵と五月雨も提督の両脇のソファーに座り、打合せする体勢に入る。

 

 その後の話は校長と教頭には直接関係なくなるが、教頭は孫娘が艦娘をやっていることもあり、また校長はこれから発足する艦娘部のことを少し知っておこうと提督らの話を静かに聞いておくことにした。

 これから那美恵が話そうとしていたことは、艦娘部に関することでさらに言えば阿賀奈に直接関わることであった。那美恵は提督に耳打ちして伝えると、そのことならと提督は那美恵の代わりに自分が阿賀奈に伝える役を買って出た。

 

「えぇと、四ツ原先生。」

「はい!」

「艦娘部の顧問になっていただけたということで、先生にはこれから、職業艦娘の資格か、艤装取り扱いの免許を取得して、技師として鎮守府に出向していただくことになります。その点はご理解いただけてるということでよろしいでしょうか?」

「……へっ?しょくぎょーかんむす?ぎそーとりあつかい?」

 阿賀奈は目を丸くして見るからに全くそれらの内容がわかっていない様子を見せる。事実、教師陣はおろか那美恵からもその辺りの説明をまだ受けていないので、なにそれおいしいの?という状態である。

 その様子を見た那美恵は焦り、教頭の方を向いて教頭に尋ねた。

 

「あのぉ。教頭先生。まさかとは思いますけど、このこと全く話されていません……か?」

「おぉ。すみません。忘れていました。」

 大事だが細かいことなので教頭らが忘れるのも仕方ないかと那美恵はしぶしぶ納得する。しかしこれを話さないことには下手をすると四ツ原先生の気が変わってしまうかもしれない、そう那美恵は危惧し始める。

 

「四ツ原先生。艦娘部って、普通の学校の部活動とは仕組みが違うんです。先生にももしかすると艦娘になって活動してもらわないといけないかもしれないんです。……ちなみに艦娘って何のことかご存知ですか?」

 そう那美恵が説明して尋ねると、阿賀奈はまん丸くなった目を戻して反応した。

 

「もー!光主さん。先生をなんだと思ってるんですか~。艦娘くらい先生知ってますよぉ~。アレでしょ?面白い格好して海を泳ぐ人たちのことでしょ?そういう競技なんでしょ?先生泳げないけど頑張りますよぉ~。」

 フフンどうだ!とばかりにドヤ顔して説明する。が、その内容は海しか共通点がない。ほぼ100%間違っている。

 提督と那美恵、そして五月雨はお互い顔を見合わせ、ダメだこりゃと目尻をおさえたり、こめかみを掻いたりして呆れてしまった。

 

 

--

 

 提督は阿賀奈にひと通り説明をした。ところどころで元気よくはい!・うんうん!と頷く彼女だったが、絶対理解できてないというのが誰の目にもはっきり見えた。提督もかなり噛み砕いて優しい言葉で説明するも、ここまで理解の悪い人への説明には手を焼いている様子を見せる。

 その様子を見た五月雨と那美恵は密やかに声をかける。なぜか五月雨は口をひくつかせて笑いを堪えている。

 

「提督、あの……フフッ……大丈夫ですか?もっと説明をどうですk……プフッ」

「うーん、説明下手なのかもしれないな。俺自信なくすわ。……ってなぜに君は笑いを堪えてるんだ?」

 

 誰かから少しでもツッコまれるとおもいっきり吹き出してしまいそうなので、五月雨はソファーの背もたれ側を向いて提督に寄りかかり、顔を自身の腕と提督の腕の間に隠す。笑いに耐えながら彼女が小声で弱々しくひねり出したセリフが、あの先生の反応がいちいち面白い、というものであった。つまるところ四ツ原阿賀奈の一挙一動は五月雨の笑いのツボに入ってしまったのである。

 そんなツボに入って過呼吸気味の五月雨を見て那美恵はまたしても妙な感覚を覚えて萌えかけたがここは校長もいる真面目な場、自分まで砕けてしまうのはダメだと思い、五月雨のことは無視して提督に真面目に助言する。

 

【挿絵表示】

 

 

「ねぇ提督。あたしから説明し直すよ?それでも無理そうだったら、艦娘部宣伝のために作った展示を見せに行くからさ。」

 提督は視線だけでOKを那美恵に送って彼女に後を任せることにした。なお、五月雨はまだツボに入っており、提督の腕に顔を隠してプルプルと肩を揺らしている。提督と那美恵は五月雨のことは放っておくことにした。

 

「先生、あのですね。少し誤解を招くかもしれませんけど、一言で言うとあたしたち、戦争に行くんです。戦争といっても戦うのは人じゃなくて、化け物相手ですけど。」

「え……戦争?誰と?なんで?」

「深海凄艦という、海の化け物です。」

「しんかいせーかん?」

 このまま何も見せずに説明してもダメだと那美恵はすぐに悟り、仕方なくその場での説明を途中で止めることにした。那美恵は提督に隣接している方の手の指で提督のふとももを軽くつつき、目をつぶって何も言わずに頭を横に振る。提督はそれを見て、さすがの那美恵も諦めたかと把握した。

 

「えーと、四ツ原先生。多分実際の映像や写真を見ていただいたほうがわかりやすいと思うので見てもらえますか? あたしたち、艦娘部の部員集めのために展示作ったんです。ぜひ顧問の四ツ原先生に目で見てわかってもらたらなと。」

「えぇ。わかったわぁ。じゃあ先生その展示しっかり見てあげる! 任せて!それ見てしょくぎょーかんむすになればいいんでしょ?」

「……はい。おねがいします。」

 

 そのまま展示のある視聴覚室へと行こうと思ったが、さすがに次の授業からは出ないとまずいと判断し、提督らと阿賀奈、そして校長たちにその旨話して、続きは1時間半後の放課後に行うことにした。

 

「提督、ゴメンね。四ツ原先生へはあたしやみっちゃんたちから説明してなんとか理解してもらうから。あと提督たちもぜひ展示見ていって!」

「あぁ。俺もその展示行って宣伝に手伝えばいいんだろ?」

「うん。お願い。」

「私もお手伝いします!」

「うん。五月雨ちゃんもよろしくね!あなたがいれば色々い~宣伝になるかもしれないし。」

 

 那美恵は不穏な含みを持たせてしゃべったが五月雨はそれに気づくべくもなく、コクリと頷いて那美恵に微笑んだ。自身が授業に出ている間、提督らをどうしようと気にかける那美恵だが、それについては教頭が解決策を提示した。

 

「光主さんが授業に行ってる間は……そうですね。四ツ原先生、西脇さんと早川さんお二人に校内を案内してあげてください。」

「はい!私本日は担当ありませんので、提督さんの案内、やらせていただきます!!」

 

 案内くらいなら問題ないだろうと那美恵は判断し、提督と五月雨を阿賀奈に任せ、授業へと戻っていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

展示開始

 那美恵が提督らと一旦別れて1時間半後、チャイムが鳴り放課後が訪れた。阿賀奈に校内を案内された提督と五月雨はほぼ問題なく一連の見学を終えて、一旦来客用の部屋に案内されて一息ついていた。

 那美恵と三千花は教室を出て廊下の途中で話しだす。那美恵は三千花に提携の締結の時の様子を話して情報共有する。大体の内容は問題無いとふむ三千花だったが、厄介そうな問題に頭を今から抱えた。もちろん、艦娘部顧問の四ツ原先生である。

 

 二人は職員室へ向かって歩きながら会話する。

「なるほどね、多分というかほぼ確実に理解してもらえなかったと。そういうこと?」

「うん。そーそー。まさかあそこまでとはあたしも思わなくてさー。五月雨ちゃんなんかどうもツボに入ったのか、笑いこらえるのに必死で見てるこっちまで辛かったもん。……めっちゃ可愛かったけど。」

 五月雨が可愛いのは当然と納得し、思考はすぐに当面の問題に切り替わる。この後の展示の開始と、艦娘部顧問の阿賀奈へ理解させることだ。

 

「今日は初日だし、ともかく展示を好スタートさせるのを優先しない?あの先生に教えるのも大事だけどさぁ。」

 三千花は那美恵に提案する。

「そうだねー。けどあまり先送りにもできない問題だと思うんだよねぇ。四ツ原先生のことも。だからあたし考えたの。先生には、他の生徒と同じ立場で展示をひとまず見学してもらうの。」

「全く同じ立場?」

「うん。だから先生が川内の艤装で同調試したいっていえばやらせてあげるし。多分あの先生さ、口でどこまで説明しても理解してもらえないと思う。あの人自身の目や耳で実際に経験してもらわないと。ダメなんだろうって気がしてきた。実感が沸かないから、理解が及ばなくてポカーンとする確率が他の人より高いだろうなぁ。」

 

 さすが親友は観察力がある、と三千花は感心した。今すぐにではないだろうがそう時間かからずに、四ツ原先生を手懐けられるのではとも。

 

 

--

 

 那美恵たちが職員室へ行くと、提督らは来客用の部屋にいると言われたので次はその部屋に向かった。部屋に入ると、笑い声が。提督と五月雨のほか阿賀奈がいる。笑い声は主に五月雨のものだった。

 

「あ、光主さん、中村さん!聞いて聞いて!早川さんったらね、私のジョーク全てに笑ってくれるんだよ!も~この娘いい子すぎて可愛い~。うちの末の妹みたい!お持ち帰りしたいよぉ~!」

 

 一方の提督は疲れた、という表情を那美恵と三千花だけにチラリと見せた。それだけで那美恵はこの1時間半の提督の苦労がかいま見えた気がして提督に同情せざるを得なかった。黙ってその表情を見せてきた提督を、那美恵と三千花はちょっとだけ可愛いと密かに感じた。

 

「提督と五月雨ちゃんと打ち解けられたようで何よりですよ~先生! じゃあその調子で展示も見ていただけますか?」

「うん!任せて!」

 那美恵がうまく間を取りなしたことで、提督と五月雨は阿賀奈から解放された。一行は那美恵と三千花の案内で、視聴覚室に行くことにした。

 

 廊下にて。提督が那美恵の肩をつついて彼女を振り向かせる。

「光主さん、うまいこと空気変えてくれて助かったよ。あの先生、結構話すのが好きな方なんだね。まーよくしゃべるしゃべる。そして五月雨に絡む絡む。」

「アハハ。あたしもあの先生のことまだよくわかってないから、お互い色々とがんばろーね。」

 最後に肘で提督の横っ腹をつついて締めた。

 

 一方で二人の後ろでは、阿賀奈にまた捕まった五月雨が彼女の一言一句にキャッキャと笑い、それをとなりで三千花がヒヤヒヤしながら見ている光景があった。

「五月雨ちゃん、表情筋壊れたりしないかなぁ?」

 どうでもいいことを心配する那美恵であった。

 

 

--

 

 視聴覚室に着くと、すでに書記の二人がいて部屋を開けて待っていた。

「お、二人とももう来てるね。よしよし。」

「会長。と、西脇提督。こんにちはっす。五月雨ちゃんもこんにちは。」

「西脇さん、五月雨さん、ご無沙汰しています。」

 三戸と和子は二人に挨拶をした。それに提督たちも返事をする。

「はい。こんにちは。今日はよろしく頼むよ。」

「こんにちは!うわぁ、展示すごいですね~」

 

 

 提督ら二人に続いて最後に阿賀奈が視聴覚室に入ってきた。

「お~これが艦娘の展示?みんなよく調べたね~すごいすごい!先生感心しちゃう。」

 阿賀奈も展示に素直に驚いている。

 

 那美恵と三千花は書記の二人と集まり、展示の手順の最終確認をする。それから阿賀奈のことを話す。

「……ということだから、いい?二人とも。」

「了解っす。」

「わかりました。」

 

 そして那美恵は阿賀奈を呼んだ。阿賀奈は軽快な足取りで那美恵たちのほうに近づいていく。

「先生、ちょっとよいですか。」

「はい。なぁに?なんでも言ってごらんなさ~い。」

 

 那美恵の考えでは、阿賀奈には一般生徒と同じ立場で今日は展示を見てもらう。良くも悪くも阿賀奈には艦娘に関する知識がなさすぎた。知識ゼロから見てもらい自分で理解してもらうしかないとふんでのことだ。先生という立場を強く意識しすぎてる彼女を傷つけないよう、それをオブラートに包んで那美恵は伝えた。

 

「先生、さきほどもご説明しましたけど、先生にはあたしたちの作ったものを評価していただきたいんです。」

「作ったもの?あー、この展示だよね?」

「はいそうです。いきなり数分で艦娘の何たるか言われたってさすがの先生でも実感沸かないかなとあたしたち反省したんです。あたしも艦娘になる前に鎮守府で説明受けた時、ちんぷんかんぷんでしたから。先生のお気持ちわかるんです。いかがです?」

「う~~ん。そう言われると、そうかなぁ。先生としたことが、あなたたちのこと理解しようとして焦ってたから実はさっきの説明、よくわかんなかったの。でも安心して!あなた達の展示見て今度はしっかりお勉強するわ!」

 

「そう言っていただけると助かります~。まずは展示をご覧になって頂いてそれから後日先生にはお手すきのときにあたしか、もし都合がつけば鎮守府に案内しますので提督から改めて話をしてもらいますので、確認していただければと。」

「うん。わかったわ!じゃあ先生は何すればいいの?」

「はい。まずは展示をご覧になって頂くだけで結構です。部員が集まるまでか視聴覚室が借りられる間はこの展示し続けるので、いつ見に来て頂いても結構です。」

「それだけでいいのね!まっかせなさーい!」

 

 阿賀奈がだんだん那美恵に懐柔されてきた、その場にいた阿賀奈以外全員がそう感じ取るのは容易かった。その後阿賀奈は那美恵から、その日は自分の側にいて見守っているだけでいいと言われおとなしく那美恵に従っていた。

 これで那美恵たちは、展示の紹介・案内に際して自分たちのペースを守れる確証を得た。

 

 

--

 

 放課後30分過ぎた。視聴覚室の外に出て出入口のところでは書記の二人が呼び込みをしている。視聴覚室の中では那美恵と三千花、それから阿賀奈が所定の位置に立ち、提督と五月雨が手持ち無沙汰に展示を眺めている。

 しばらくすると、数人の女子生徒が視聴覚室の前に来た。廊下にいた書記の二人と会話をし、入るよう勧められて入ってきた。初日初めての入場者である。ちなみに那美恵たちと同じ2年生だ。

 那美恵たちは案内係に完全に気持ちを切り替えて彼女たちに展示を紹介し始めた。

 

【挿絵表示】

 

 

 三千花による説明、実際艦娘になった那美恵からの実体験の話、各種パネルと映像資料。それらを女子生徒らに見聞きしてもらう。

 

「でね、今日は特別ゲストで、その鎮守府というところのトップの人と、あたしの同僚の艦娘の子にも来てもらってるの。」

 那美恵が触れてきたので提督と五月雨は女子生徒らに自己紹介をする。

「初めまして。ただいま紹介にあずかりました。俺が鎮守府Aの総責任者、西脇と申します。今日は光主さんたちの展示を見に来てくれてありがとう。」

「初めまして!私、五月雨っていう艦娘を担当しています、○○中学校2年の早川皐月といいます。先輩方に私達のこと、少しでも知ってもらえたらと思ってます!先輩、よろしくお願いします!」

 

 女子生徒らは明らかに学校の生徒ではない、かなり年上の少しカッコいい男性と、妙に母性本能をくすぐられる年下の可愛らしい女の子に色めき立つ。

 彼女たちの興味はその二人に移り、那美恵たちの作った艦娘の展示はすでに興味なしという状態だ。提督と五月雨は女子生徒らに詰め寄られ、戸惑いつつ彼女らから質問攻めを受けている。

 

 その様子を見た那美恵と三千花は表面上はにこやかにしているが、内心頭を抱えていた。

 

 結局その女子生徒らは提督と五月雨から艦娘の話を聞くも、興味を継続させる気ほとんどなしという感じで視聴覚室を出て行った。

 

「いやぁ、まいったね。あまり興味持ってもらえなかったか。」

 提督は後頭部を掻いて一言呟いた。隣にいた五月雨はマスコット人形のようにいいように扱われ、顔は笑顔だったがその表情には苦笑と気恥ずかしさと疲れが入り交じっていた。

 そんな二人の様子を見た那美恵は……。

 

「とりあえず提督はあとでお仕置きね~。」

「なんでだよ!? 中村さん、光主さんに何か言ってやってくれよ……」

 那美恵の冗談を受けて三千花に助けを求める提督。だが彼女の反応は提督が期待したものとは少々違った。

「すみません、西脇さん。鼻の下伸びてるように見えたので……私からしても弁護の余地なしです。」

 三千花の助け、得られずであった。

 

 

--

 

 その数分後、何人か立て続けに見学者が来た。女子生徒一人、男女生徒数人、別の女子生徒数人……というように、初日としては見学者の入りはよかったものの、思うような進展はなかった。展示は興味深そうに見る生徒がほとんどだったが、川内の艤装を試すというところまで興味を発展させる生徒はいなかった。

 

 人足が途絶え、時間も5時過ぎになった。校内の活動および部屋の使用は終わる頃である。那美恵たちは立ちっぱなしだったのでひとまず座り、一息つくことにした。

「ま、初日でこんだけ人が入ればいいほうかなぁ。興味は持ってもらえなかったようだけど。」

「皆やっぱり他人ごとってことなんでしょうね。」

 那美恵と三千花は素直な感想を吐き出す。そして那美恵は提督の方を向き、申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べた。

 

「ゴメンね提督。せっかくこんな時間まで居てもらったのに、あまり良い活躍させてあげられなかったよ。」

「いや、気にしなくていいよ。ここでの主役はあくまでも君たちだからね。」

「でも普段のお仕事よろしかったんですか……?」

 三千花が心配を口に出し、那美恵もそれに頷いて二人で提督を見上げる。

「あぁー。まぁ、俺の本業のことは気にしないでいいって。今日は鎮守府業務に集中するために時間取ってるからさ。それに十数年ぶりに他校とはいえ高校入って色々見られて感謝したいくらいだよ。」

 

「わたしが案内してあげたんだよ!提督さんに喜んでもらえてなによりで~す!」

 自分の存在をアピールすべく、阿賀奈が提督と那美恵の間に割りこむように顔を出してきて言った。それに関して提督は普通に感謝を述べて阿賀奈を喜ばせ彼女の自尊心を満足させた。

 

 那美恵の想定では、もう少し人が継続的に集まったところで提督に言葉を述べてもらい、その流れで川内の艤装を試したい人の挙手を確認し、体験会に切り替えて皆でワイワイ楽しみながら艦娘という存在に触れてもらいたかったのである。

 部員勧誘といっても、川内の艤装で同調のチェックをしてもらうところまでいかないと意味が無い。だが自身もつぶやいたとおり、あくまでも初日だ。那美恵たちは教師陣を通してパンフレットを配り展示の案内をしただけで、さすがに全校生徒にいきなり気づいてもらえると思うほど彼女は楽観視していない。

 

 

--

 

 これ以上見学者が来るのを望めないとふんだ那美恵は、全員に号令をかけた。

「よし、みんな。今日は展示終了しよ。おーい三戸くーん!わこちゃーん戻ってきていいよ~」

 

 那美恵は廊下にいた三戸と和子を視聴覚室の中に呼び戻し、言葉を続けた。

「今日はお疲れ様。初日は**人でした。まーこんなもんでしょ。」

 続けて三千花が音頭を取る。

「明日からまた張り切っていきましょう!」

「「はい。」」

 三戸・和子は威勢よく返事をした。

 

「うんうん。青春だね~先生も張り切っちゃうよ~」

 よい雰囲気で終わりたかったが、阿賀奈の意気込みを聞いた瞬間、全員が先延ばしにしたかった問題を思い出す羽目になった。顔を見合わせる那美恵と三千花。三戸と和子は四ツ原先生と関わりたくないのか、すでにすべてを我らが生徒会長に一任したい気持ちになって那美恵を見つめる。

 3人の視線を受けて、那美恵は阿賀奈に告げる。

 

「四ツ原先生、この後少しお時間よろしいですか?」

「うん?なぁに?」

「今日の展示は一旦終わりで、あたしも帰るまで時間あるので、先生に艦娘のことについてもう少しだけご教授させていだたければな~っと。いかがですか?」

 阿賀奈は巨乳の前でやや苦しそうに腕をくんで少し考えた後ハッ!とした顔になり、那美恵に返事をした。

 

「ゴメンね~。せっかくの光主さんのお願いなのに、先生この後国語担当の先生と打合せあるのすっかり忘れてて。だから今日は無理。ほんっとゴメンねぇ。」

 性格に難ありでも、そういえばれっきとした教師だったんだと、那美恵や三千花らはそういう感想を持った。甚だ失礼な感想ではあるのだが、口に出していうわけでもないのでオッケィだろうという前置きも含めて。

 

「それじゃあ先生。この資料と前に作った報告書のコピーお渡しします。お時間のあるときでよいのでそれを読んでおいていただけると助かります。それからこれは、前に鎮守府で撮影した動画ファイルのURLです。○○ Driveっていうオンラインストレージサービスにあるので、これも目にしておいていただけますか?」

「うん!わかったわ!これってアレね?先生への宿題ってことよね?」

「え?あーえぇ~まぁ。そんな感じですけど、気軽に捉えてもらえればOKです~」

「いいのいいの!生徒から宿題出されるのも、きっと先生を頼ってのことなんだから、先生頑張っちゃうわ!」

「宜しくお願いします。」

 

 顧問の阿賀奈への教育は、ひとまず自習という形で収めることになった。そういうことならばと提督は職業艦娘についての案内資料を阿賀奈に手渡し、これも目を通しておいてくれとお願いをした。

 那美恵と提督から課題を渡された阿賀奈は、歳の近い(7~8歳上だが)男性にも、生徒にも頼り(という名の調教)にされていることに、心の中で一人沸き立っていた。その様子はもろに表面に表れていたが、那美恵たちは先生の名誉のためにも無視しておいた。

 

 時間も時間なのでそれで7人はお開きとした。阿賀奈は職員室へ戻っていき、提督と五月雨は帰ろうとする。

「そぉだ!提督!せっかくだし、一緒に帰ろ?みっちゃんたちもさ。どぉ?」

「俺は構わないよ。五月雨は?」

「はい。電車も途中まで同じでしょうし。」

提督と五月雨は快く承諾する。

 

「お二人が良いというんでしたら私も。というか私は那美恵と帰り道ほとんど一緒だしね。」

 という三千花とは逆に、書記の二人は申し訳なさそうに那美恵に断りの意を伝える。

「すんません。俺、別の友だちと帰る約束してるんで。展示片付けたらすぐに出ちまいます。」

「私は図書館寄りたいので、今日は失礼させていただきます。」

「そっか。うん。おっけーおっけー。」

 

 そして視聴覚室の片付けを始める6人。展示を生徒会室に戻すためだ。

「よし。俺も手伝うよ。どれ運べばいいかな?」

「私も、頑張っちゃいますから!」

「そんな!西脇さんたちはお客様なんですからいいですよ!」

 三千花が当たり前の対応をするが、那美恵の二人に対する扱いは違う。

「よ~っし。じゃー提督にはガンガン働いてもらおっかな?五月雨ちゃんはいいんだよ~。あたしの側にいてくれるだけで癒されるから~」

 真逆の対応を見せ、どのみち働かせる気マンマンな那美恵であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

放課後

 パネルをはずし、資料をフォルダにしまいまとめる。高い位置にあるパネルは提督と三戸がはずし、それを那美恵たちがまとめる。五月雨は書記の和子とともに配布資料をまとめる作業をしている。

 

「はいそこの男子~。次は視聴覚室の仕切り閉まって~!」

 那美恵が冗談交じりに提督と三戸に指示を出し、二人はそれにおとなしく従う。

 

「三戸くん、彼女は学校では普段こうなのかい?」

「まーやる時と普段の差が結構あるんで驚く人も多いっすけど、こんなもんですよ。俺らはもう慣れっこっす。」

「ははっそうか。指導力もあっていいねぇ。なんなら光主さんに提督代わってもらいたいくらいだよ。」

「それ面白いっすねぇ~!じゃあ提督、代わりにうちの学校に来ますか?」

「おぉ、30すぎの高校生だけどいいなら行くぞー。……女子、可愛い子結構いるね?」

「……提督さんもお好きで……。あ、もちろん男同士の秘密にしとくっすよ。」

 提督と三戸は意味深な頷きをし合う。離れたところにいる女性陣にはうっすら聞こえる内容だったため、目ざとく反応した那美恵が二人にツッコんだ。

 提督ら二人は雑談を交えながら数枚の仕切りを動かし、使っていた小部屋2つを解体する。次第に視聴覚室は元の大部屋へと姿を戻していった。

 

 男同士仲良さそうに作業しているのを見て、那美恵たちはクスクス笑ったり、冗談を交えている。そこに展開されているのは、(2名違うが)普通の高校生たちの放課後の日常の光景だった。

 

 

--

 

 書記の二人と三千花が生徒会室に戻っている。視聴覚室にいるのは那美恵と提督、そして五月雨の3人となった。

「それじゃあ私、生徒会室に行ってきますー」

 そう言って部屋を五月雨は部屋を出て行こうとした。が、那美恵は彼女が生徒会室の場所知らないだろうということを真っ先に気にして慌てて声をかける。

「ちょ!五月雨ちゃん?うちの生徒会室の場所知らないでしょ?」

「多分大丈夫です~!中村さん見つければいいんですから~」

 変な自信を持って出て行く五月雨。提督と那美恵が呼び戻そうとする頃には廊下を進んで階段まで行ってしまっていた。

 

「だいじょーぶかな、五月雨ちゃん。」

「……いや。多分ダメだろ。あとすこし片付ければ俺らも一緒に行ったのにな?」

「うん。そーだね。」

「まぁ迷うと言っても限られた校内だろうし、あまり心配しなくてもいいかもな。」

「もうちょっとしたらあたしたちもいこっか!」

 提督と那美恵はクスクスと笑いあって残りの作業を片付けるべくペースを上げ始めた。

 

 

 

--

 

 沈黙が続いた。歳が離れてるがゆえ、提督が那美恵と話すには共通しているもの、つまり鎮守府や艦娘に関することでしか話題を保つことが出来ない。いい歳した大人が未成年である女子高生と静かな空間でいるのは少々気まずいと提督は感じていた。なんとか話題をひねり出そうとする。

 提督はふと、那美恵から以前お願いされていた、艤装について思い出したので彼女に伝えた。

 

「そうだ、那珂。神通の艤装のことなんだけどさ。」

 那美恵はピョンと効果音がするかのように飛び跳ねて提督に近寄った。

「うんうん!神通の艤装がなぁに!?」

 いきなり肩と肩が触れるくらいおもいっきり近くに寄られて提督はビクンとたじろいだが、すぐに平静になって言葉の続きを言う。

「そろそろうちに届く頃なんだけど、少し遅れるみたいなんだ。もしかしたらその後の長良と名取と一緒になるかもしれないんだ。もうちょっとだけ待ってくれるか?」

「なぁんだ。そんなこと? うん。別にいいよ。だったらその後の長良と名取の艤装も一緒にぃ~」

「それはダメ。約束は約束です。……いいな?」

 那美恵は後頭部をポリポリと掻いてペロッと舌を出しておどけてみせた。

 

 そして二人は片付けの続きを再開する。会話のネタがなくなったのでなんとはなしに手をぶらぶらさせて立ち位置をゆっくり先ほどの位置に戻していく。

 

 

--

 

 再び続く沈黙。季節は初夏に近づいており、窓を開けていないと部屋はわずかに蒸し暑く感じてしまう時期であった。視聴覚室の窓のうち半数は開いており、開けていた窓から扉へと風が通過して、涼しさとともに那美恵の髪を軽くなびかせる。

 

 

 風下にいた提督の鼻を、那美恵の髪のほのかな匂いがかすめ撫でる。新陳代謝激しい10代の少しの汗臭さと、それ以上に感じる不思議な香り。それは決して自分自身ではわからない、その人の生活によってついた香りだ。

 

 提督は決して口には出さなかったが、その彼女の匂いは決して嫌ではないと感じた。まじまじと嗅ぐなんて変態的なことは絶対にしないが、五月雨たちとも違う香り。那美恵の普段の軽い性格、時折見せる根の真面目さと強さ、すべてが五月雨たち中学生よりも年上の、成長した少女の証というもの、そういう印象を受ける香り。大人びた・大人であろうとする匂い。嫌な匂いなどとんでもない評価を下せない、好ましくグッとくる匂いだった。

 

 那美恵よりはるかに年上である提督だが、そんな自分をやり込めることもある光主那美恵。提督も男だ。決して下心がないわけではない。女性経験が多いわけではないがそれなりにある。那珂となったこの光主那美恵という少女は提督にとって決してものすごくタイプというわけではなかったが、この2~3ヶ月、影響を受け続ければ捉え方も変わるものである。本人は絶対にやらないと言っているが秘書艦として側に居て欲しい気もするし、バリバリ現場に出撃や他の鎮守府へ支援に行って大活躍してほしい気もすると提督の頭の中で案がせめぎ合うこともある。

 

 ともあれこの場では提督は年甲斐もなく、この少女と二人っきりの時間をあとすこしだけ続けて、青春したいぜとロマンチックなことを考えていた。

 

 

--

 

 那美恵は提督の視線に気づいていた。ジロジロというわけではなく、多分自分を気にかけて視線を時折チラチラとさせていたのだろうと把握していた。鎮守府でないところ、自分の学校といういわばホームグラウンドで、本来いることはありえない人との二人っきりの空間。

 

【挿絵表示】

 

 提督は自分のことをどう思っているんだろうとふと那美恵は疑問に思った。

 自分は学生で、提督は大人だ。彼はきっと女性経験もあるだろう。自分は艦娘の一人、よくて知り合い、妹扱いどまり。彼にはきっとこの先も多くの艦娘との出会いが待っていることだろう。普通にプライベートで付き合ってる人がいるかもしれない。

 自分は、おそらく提督を色んな意味で気にし始めている、それは紛れもない正直な気持ちだと気づいている。それを表に出すのはさすがに恥ずかしいけれど。少し頼りないところのあるこの大人の男性を助けてあげたいという思いやる気持ちがまずは強い。ただそれが世間一般でいうところの恋愛につながるかは正直わからない。相手の思いが聞けたら自分の気持ちもハッキリするのだろうか。彼、提督の気持ちが知りたい。

 アイドルの夢を以前教えた。冗談を加えてはみたが、きっと提督はなんらかの形で本当に自分を支えてくれるだろう。真面目で律儀な彼を見ていればそう確信できる。彼を支えた分だけ見返りとして支えてもらえるのか、それともお互い同時に支え合っていった上でその高みにたどり着けるのか。どういう関係に至れるのかは想像つかない。

 そういえば全然関係ないけれど、おばあちゃんがおじいちゃんは小学校時代の同級生で、頼りないところもあるけれどいざというときはできる男でしっかりしてたって言ってたな。提督みたいな人かな?

 頭の中がモヤモヤしはじめた。今はただ、あの鎮守府の力を付けるのを手伝うだけにしよう。自分の余計な悩みで艦娘としての本業をおざなりにしたくはない。自分の手で、提督を実力ある鎮守府のトップに仕立て上げて、仲間を集めて、深海凄艦と戦って勝利して世界を救う。その過程で艦娘アイドル、あの鎮守府の別の顔として存在感をアピールできればいい。まずは仲間を集めなければ。さんざん提督にお願いし、こうして学校と提携してもらったのだから。

 

 那美恵の思いは自身の提督への思いから、これからの展開に切り替わっていた。

 

 これから先の部員募集、それは艦娘部としてやるべきかもと考え始めていた。ここまでは生徒会という力を利用して事をなしてきたが、提携も成り、顧問も(問題はありそうだが)決まり、あとは部員を集めるだけ。どう考えてもこれ以上は生徒会のメンバーにやってもらうべきことではない。自分一人での力ではここまで進めることはきっとできなかっただろうから、それは親友の三千花、書記の三戸、和子に対して感謝に絶えない気持ちで満ちている。

 けどこれ以上彼女らの協力を受け続け、新部と生徒会を混同して私物のように扱っていると思われたくない。そうなってしまうと、三千花らにも迷惑をかけ、生徒会本来の仕事に支障が出かねない。

 那美恵は熟考をそこで締めくくった。

 

 那美恵は、そろそろ生徒会長である自分と、艦娘部創立メンバーである自分を分けて活動すべきと感じ、それを言い出すタイミングを気にし始めていた。

 

 

--

 

 お互いが数分間それぞれの想いを巡らせていたとき、視聴覚室に三千花が入ってきた。

 

「あれ?二人ともまだ作業やってるの?もう持っていくものあと少しでしょ? ……ん?なんかあった?」

 三千花が入ってきた時、提督と那美恵の距離は極端に近くはなかったのだが、それぞれ勝手な思いを抱いていたため、急に現実に戻されて慌ててしまっていた。その様子を一瞬見た三千花は、視線を二人の間を行き来させ、きっと何かあったんだなと勝手に察することにし、あえて触れないでおいた。

 

「あぁ。スマンスマン。これを包んだら終わりだよ。……あれ?中村さん。途中で五月雨見なかった?」

「え?五月雨ちゃん?いえ。見ませんでしたけど。どうしたんですか?」

 

 危惧していたことが現実のものになってしまった!と那美恵と提督は顔を青ざめさせて慌てた。二人から事の次第を聞いた三千花は二人と同じように慌てる。

 その後急いで視聴覚室を出て那美恵を先頭にして校内を探したところ、棟と棟の間の空中通路の端で半べそをかいていた五月雨を発見。4人で生徒会室に無事戻れることになった。

 

【挿絵表示】

 

 道中、那美恵は五月雨に優しく諭す。

「ねぇ五月雨ちゃん。慌てないでいいからね?違う学校なんだからさ、あたしたちの作業が終わるまで少し待つか、あたしを引っ張ってくれてもよかったんだよ?」

「ふぇぇん。ゴメンなさい~!」

 知り合いに会えた安堵感からか、那美恵にガシっと抱きついてしばらく離れようとしない五月雨。その小動物のような様に、直接抱きつかれている那美恵はもちろんのこと、隣を歩いている三千花も心の中では五月雨に対して萌え転がっていた。

 

 

--

 

 生徒会室に最後の荷物を置き終わり、初日の展示の片付けが全て終わった。三千花は書記の二人をもう作業はないとして、すでに帰らせていたため、生徒会室にいるのは一緒に帰る4人のメンバーだけになっていた。

 生徒会室の鍵を閉めて、すべてOKのサインを出す那美恵。それを確認して4人は下駄箱まで行った。提督と五月雨は来客用の下駄箱に行き、靴に履き替えて外に出た。那美恵たちもほぼ同じタイミングで履き終えて外に出て、4人は校門へ向かって歩みを進める。

 

 

 校門をまたぐ4人。それと同時に、那美恵が再び提督らに声をかけてねぎらう。

「提督、五月雨ちゃん。今日はいろいろありがとーね。○○高校代表の生徒会長として、正式にお礼申し上げます。」

「いや。こちらこそ。」

「えへへ。改まって言われると恥ずかしいですね~。」

 二人の返事を聞いた後、那美恵は一呼吸置いて、改めて口を開いた。

「それからこれは、生徒会長としてじゃなくて、○○高校艦娘部部員として。提督、五月雨ちゃん。これからあたしは生徒会の皆さんの力を借りつつ部員を集めて、それから先生に職業艦娘になってもらって、近いうちに鎮守府Aに皆揃ってお世話になります。その時改めてよろしくお願いします!」

 

 那美恵は気持ちを切り替えて挨拶をした。隣にいた三千花は、親友の発した"艦娘部部員として"の一言に、これまで生徒会メンバーとしてやってきた自分らにとっては違和感がある、複雑な思いを抱いていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間:帰り道

 那美恵たちの高校から駅までの帰り道。女子3人はあれやこれやとワイワイ雑談し、男である提督は蚊帳の外で後ろを歩くという状態が続いた。さすがにひとりぼっちでは可哀想と那美恵は判断して、途中どこかファミレスかカフェによってお茶していこうと提案した。3人共それに賛同。時間はすでに6時を過ぎていたが、提督という大人もいるし問題ないだろうとふむ。

 

 入ったのは昔から変わらぬ全世界チェーン店である有名なコーヒーショップだ。さすがに世界規模のチェーン店となると、鎮守府はおろか大本営としても艦娘の優待目的の提携は難しいのか、艦娘の入渠優待は得られなかった(アメリカの艦娘には優待が効く)。そこで提督は3人におごることにした。

 

「みんな今日はご苦労様。ここは俺がおごるよ。だからなんでも好きなの頼んでいいぞ。」

「いぇ~い!提督太っ腹~!」

「本当にいいんですか、西脇提督? 私まで?」

「あぁどうぞどうぞ。」

 那美恵たちから2歩ほど離れた位置で提督を黙って見つめる五月雨。遠慮している様子が伺えた。五月雨の方を向いた提督は優しく声をかける。

「……五月雨、君もだよ。遠慮しないでいいから。」

 提督から言葉をもらうと、五月雨はニンマリと笑顔になって小走りで駆けて那美恵たちの後ろに並んだ。

 

 

 全員飲み物といくつかのパン・スナックを注文し、それらを持って適当な4人席に座った。提督をと思ってお茶をしにきたはずが、そこに展開されたのはやはり少女3人の長々とした雑談。中高生と提督では歳が離れすぎているため、提督が普段の会話に混ざるのはどうしても難しい。仮に提督が同世代の高校生であったなら、こんな魅力的な少女3人と一緒にいることなんてまずありえないしかなわない、彼女たちを束ねる立場だからこそ今(話題に入れなくても)こうして一緒に混ざっていられる。

 現状で十分満足しちゃう提督であった。

 

 女3人で雑談に興じる那美恵たちだったが、もちろん提督のことは忘れていなかった。というより、ついさっき思い出した。あぁ、そこにおっさんいたんだっけと。提督の心、艦娘知らずといったところで、当然提督が抱いている居づらさなぞ少女たちが理解できるはずもない。それは一番長く一緒にいる五月雨も、艦娘でない普通の女子高生の三千花とて同じであった。

 そしてようやく提督に振られた話題は、提督の身の上話である。どこに住んでるか、プライベートでは何しているか、そして恋愛話などである。特段かっこいいわけではないが普通に好印象の、歳相応か少し若く見える提督をネタにし、色々興味津々に話題を振り少女たちは会話(という名の一方的なおしゃべり)に興じ続ける。

 

 知らない人がこの4人を見たら、なんだあの男、(はたから見れば)JK三人に囲まれてくそうらやましいぞこんちくしょうめ!という印象を持つかもしれない状況だった。が、当の本人からすれば、艦娘制度にかかわっていなければこうして違う年代の人たちと接する機会なぞ、自分の人生にはなかったから嬉しい半面と思う反面、正直気恥ずかしくてつらいという心境であった。周りの痛い視線をなんとなく察した提督は、心の別のところではそんなに痛い視線送ってくるならてめぇらいっぺん代わって居心地の悪さを味わってみろよ、と密かに反論を抱えていた。

 

 そんな心のなかのツッコミでさえ、傍からすると贅沢な悩みなのである。とはいえこうして女の子たちと一緒にいるのは提督としては決して悪い気はしない。

 今後艦娘が増えて、いろんな年代の人が門をくぐるかもしれない鎮守府。提督は自分の管理する場所と艦娘に対して思った。

 艦娘になる人たちの素の姿とこうして、鎮守府外で膝を交わしてお茶をし(会話になるかどうかは別として)雑談に興じるのは、艦娘とのコミュニケーション、その人の人となりを知って仲間意識を高め合うにいいかもしれない。今後機会があれば、五月雨はもちろんのこと、時雨や夕立、村雨、五十鈴、もう一人駆逐艦娘、既婚者だが妙高、そして分野は違うが同業に近い立場の明石と、サシで(酒・お茶を)飲む時間を設けてみよう。

 そう考えを抱くのであった。

 

 

--

 

 1時間ほどコーヒーショップで楽しんだ4人。時間はすでに午後7時を回っていた。那美恵たちは高校生のため多少問題無いが、中学生の五月雨がこの時間まで外にいるのは一般的な風紀上あまりよろしくない。提督は念のため3人に自宅に連絡を入れさせる。五月雨に対しては電話を替わり、彼女の母親に、自分が責任持って見送る旨を伝える。ちなみに提督は五月雨こと早川皐月の母親とは面識がある。

 

 その様子を見ていた那美恵はやはり茶化し気味の言葉を投げかける。

「提督はやさしーねぇ。五月雨ちゃんを家まで送ってあげるんだぁ~。」

「そりゃあ大事な秘書艦だし、この歳だしな。俺も一応保護者なんだからきちんとせんとまずいだろ。」

「はいはい。五月雨ちゃんがうらやまし~。あたしやみっちゃんも保護してくれてもいいんだよぉ~? 五月雨ちゃんとは3つしか違わないんだから」

 両肩をすくめてやれやれという感じでオーバーアクションで茶化しながらねだる那美恵。その仕草を苦笑を交えて眺める五月雨。三千花はそんな親友の態度に苦笑していた。

 

「わかったよ。降りる駅まではきちんと見ていてやるから。ほらさっさと駅まで行くぞ?」

「はーい。」

「「はい。」」

 

 そして那美恵と三千花は2つ先の駅で降り、そのまま乗り続ける提督と五月雨を駅のホームから手を振って見送った。

 

 別れ際。

「送り狼になんなよ~提督ぅ~」

「んなことするか!お前……あとでおぼえておけよ。」

 最後まで茶化す那美恵。一方の純朴な五月雨は送り狼の意味を理解できておらず、?な顔で提督と那美恵の顔を見渡して聞き返そうとする。慌てた提督は軽い五月雨にやんわりとした口調でもってはぐらかす。すでにホームに降りていた那美恵に対してはそれまでの弱い勢いを一気に加速して拳を振り上げて軽く叱る仕草をした。当の那美恵本人はそのアクションにアハハと笑ってサラリと流し、やがて閉じた電車の扉ごしに提督に手を振り、三千花とともに駅舎へと歩いて行った。

 




ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ
下記のサイトもご参照いただけると幸いです。

https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=56445198
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/10kvpxnywZy-2OIIulvZl_6tVMcFPggx7G2TDUEJz3lI/edit?usp=sharing
好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

艦娘部勧誘活動2
展示(2日目以降)



【挿絵表示】

 艦娘部のメンバー集めのため、勧誘活動にあけくれる那美恵。生徒会メンバーと協力してアイデアを練り、艦娘の世界を一般人たる生徒や先生に見せて部員になってくれる人=艦娘になってくれる人を求める。
 そんな日々のさなか、那美恵は三戸が連れてきた友人の一人、とある少女と出会う。



 翌日放課後。初日と同じように那美恵たちは生徒会室から展示用のパネルや資料を運び出し、視聴覚室に持ってきて展示を開始した。なお、2日目からは提督や五月雨は来ないので、ここからは自分たちの力だけで勧誘するしかない。ただ、工廠長であり工作艦明石だけは川内の艤装のメンテや確認のために今後都合が付けば来校すると連絡を受けていた。

 

 2日目は、初日に来た生徒が感想を周りに話してくれたおかげか、見学しに来る生徒が少しだけ多かった。ただお目当ては提督と五月雨、という女子生徒が多く、2日目はいないとわかると見るからに話半分で説明を聞いて帰るか、すぐ帰ってしまうかのどちらかであった。

 

 人が途切れた時間帯。那美恵と三千花が一言ずつ感想を交える。

「なんだかさ、提督と五月雨ちゃん、思った以上に人気だよね。」

「えぇ。まさかいないって答えた瞬間あそこまで露骨にがっかりされて帰られるとは思わなかったわ。」

 二人ともため息を同時につく。

 

 そして視聴覚室が借りられる限界時間に達した。その日は初日より多かったものの、やはり興味を持続させてくれる生徒はおらず、川内の艤装を試してもらうまでに至らなかった。

 顧問の四ツ原阿賀奈は姿を一切見せなかったことに一瞬疑問を持った那美恵たちは、片付けをしている最中に三戸たちに尋ねた。

「四ツ原先生、今日は来なかったけどどうしたんだろ?三戸くんたち、何か聞いてる?」

 仕切りを動かしつつ三戸が首を振った後答えた。

「いえ。何も聞いてないっす。別のクラスでは普通に授業担当で来てたらしいっすよ。」

 

「まぁ先生なんだし、忙しいんでしょう。来ない日だってあるわよ。」と三千花。

「そーだね。」那美恵もすぐに同意した。

 彼女の性格が性格なだけに、来なかろうがそれほど気にするところではない4人であった。

 

 

--

 

 片付けがほとんど終わり、視聴覚室の鍵を締める際、那美恵は妙な視線を感じた。それは視聴覚室のある近くではない、少し離れた階段あたりから感じる。

 

((誰?なに?みょーな視線が……))

 

 その視線の感じるほうに顔を向けると、誰も居ない。いたのだろうが、距離があるのですぐに隠れられたらわからない。それ以上は気にしないでおく那美恵であった。

 

 

 

--

 

 3日目。提督と五月雨がいないが、それでも人は2日目並に来た。ただやはり誰も川内の艤装を試してみたいというところまではいかない生徒ばかりだった。その日は金曜日ということもあり、学生とはいえ花の金曜日を謳歌したい学生が多く、さっと見たらすぐに帰る生徒がほとんどであった。那美恵たちは2日目同様、頭を悩ませていた。

 

「うーん。このままだとまずいね。あたしの見通し甘かったかも。」

「まだ3日目よ。まだ全校生徒の十分の一も来てないわ。」

「この時期で3日間で14分の1もくれば十分すぎると思うな。明日と明後日土日挟んじゃうと話題途切れて一気に人が入らなくなる可能性あると思うの。そうするともう見学者は望めないかも。始める日取り、気にしておくべきだったなぁ~あたし焦ってたよ。」

 さすがに3日目をすぎると、文化祭でもなんでもない時期の展示、人の興味は1週間が限界だろうと那美恵は判断し、やや焦り始める。それにこの日が終わると、土(午前授業)、日を挟んでしまう。興味が薄れるのが早まる可能性が大きい。

 珍しく弱気な親友の言葉を聞いて、途端に自身も不安になる三千花。

「じゃあどうするの?どうにかしないと。」

 

 那美恵は再びう~んと悩み始める。そしてふと思いついた表情に切り替わる。

「そだ! 明日は土曜日で、半日ある日でしょ?明日は視聴覚室を飛び出して、実際に艤装を動かすのを見てもらおう!そのほうがみんなの興味をグッと引くかもしれない。」

 親友の考えを聞いた瞬間、三千花は嫌な予感がバリバリした。意を決して続きを聞くことにする。

「……実際に動かすのね。それ、誰が、動かすの?」

 

 三千花の質問を聞いて、那美恵はいやらしい満面の笑みを表して、答えを告げる。

「そりゃあもちろん。……ね!」

 露骨に嫌な顔をして三千花は那美恵に詰め寄って文句を言う。

「あんたが!やりなさいよ!ね!」

「うわぁお!まだ誰がやるって言ってないじゃん!」

「あんたのその顔が私って言ってるようなものよ。私は嫌だからね!?」

 

 親友のマジ嫌がりを目の当たりにして、本当は自分がやるつもりだったのだが親友の勘違いを汲んであげることにし、それを踏まえて那美恵は改めて答えを告げた。

「はいはい。じゃあ私がやるよ~。ま、どのみちみっちゃんじゃあ艤装同調できただけで動くのとかできないだろうから、あまり良いデモにならないだろうし。」

「本当ね?」

「ホントホント。マジ。けどあたしが艤装つけるのは手伝ってね。」

「まぁ、それくらいなら……」

 那美恵が本当に自分がやるという意志をみせたので協力程度ならと、短い後ろ髪をさらっと撫でながらしぶしぶ三千花は納得した。

 

--

 

 翌日の艤装デモはプールで行うことにした。那美恵と三千花は展示を三戸と和子にひとまず任せ、午後5時過ぎに学年主任の先生に、プールの使用許可を得に行った。消火用の水を張ってはいるが、汚れが残っていて入れないと言う。那美恵は、プールに入るわけではなく、艦娘だから水の上に浮かぶので問題ないと説得する。あまりよくわかっていない学年主任は自己責任ならOKとし、那美恵たちに許可を与えた。

 なお、その後にこの夏の体育の授業のためについでにプール掃除を依頼されてしまった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

艤装デモ

 翌日土曜日になった。

 

 2000年代も70~80年経った那美恵たちの時代になると、かつて存在した学校の完全週休二日制・学校週五日制度は、学生の学力低下などの問題により見直しがされて久しく、学校によっては一月に1回週休二日、隔週で週休二日制を取るなど、学校ごとに必要単位の調整のために運用が求められ、殆どの学校では完全週休二日制はなくなっていた。那美恵たちの高校は隔週で週休二日制だ。

 毎週土曜日が休みだったのは新しくても40~50年も前の話で、那美恵たちはおろか、提督や明石たち、下手をすれば校長の学生時代であっても毎週土曜日休みだったというほうがすでに珍しい制度になっていた。

 今現在学生である那美恵たちは何の疑問も不満も持たず、自身の学校に定められた土曜日授業に出席している。

 

 金曜日の夜にSNSの高校のページの案内にて、翌日土曜日に艤装のデモを行うことを那美恵が書き込んでいたので、それを知る生徒はそれなりにいることになった。

 そして土曜日の授業がすべて終わり、那美恵たち生徒会メンバーは視聴覚室組とプール組で分かれてその日は作業することにした。那美恵と三千花はプールに、三戸と和子は視聴覚室の展示およびプールへの案内である。

 

「会長たちいいな~羨ましいっすよ。プール入りてぇな~」

「三戸くん、あんな汚い状態のプールに入りたいならどうぞ~。あたしはその上に浮いて三戸くんを眺めるだけだし~。」

 三戸がプールに行く那美恵たちを羨ましそうにしてひがむと、当の那美恵はしごく現実的なツッコミをして返した。

 

「三戸くん。デモが終わったらプール掃除するから手伝いに来てね?掃除するときなら水浴び放題だし、水着見放題だよ?」

「よっし!それだけでも十分っす。適当に友人募っていいっすか?掃除するなら人多いほうがいいっしょ?」

「ま、そのへんはてきとーによろしくぅ」

 

 艤装を運び出すのに4人全員でプールまで行った後、三戸と和子は視聴覚室へと戻り、那美恵と三千花はプールの入りうちで見学者を待つことにした。

 

 

--

 

 デモ間近の時間になると、土曜日もお昼をすぎる時間にもかかわらず意外にも今までよりも人が集まってきた。その中には何人か教師もいる。さらにその中には、前日まで顔を見せなかった四ツ原阿賀奈もいた。阿賀奈は那美恵と三千花のところに近寄り、久々に声を掛け合う。

 

「光主さん!中村さん!2日ぶりね。」

「先生!2日間どうされたんですか?少し心配したんですよ~」

 那美恵が阿賀奈にそう言うと、生徒に心配されるということを頼りにされてると脳内変換したのか、ニンマリした顔で阿賀奈は釈明し始める。

 

「先生ね。この2日間で光主さんたちからお願いされたとおりにもらった資料読んで勉強してきたのよ!」

 マジでこの先生勉強してきたのか、と素直に驚く那美恵と三千花。そして阿賀奈はその場で覚えてきたことをペラペラ披露し始めた。

 さらに那美恵らを驚かせたのは、阿賀奈が披露した知識はまさに大正解で、那美恵が直接的にはノータッチな職業艦娘まわりの運用も説明してきたことだ。那美恵と三千花は先日までの阿賀奈の印象はどこへやら、一気に見直した。

 

「先生さすがですね~。このあたりのことなんか、2~3ヶ月艦娘やってるあたしですら知りませんよ!すごいです!」

「ふふ~ん!先生昔からお勉強得意だったんだから!光主さん、これからはもっと頼っていいのよ~!」

 

 那美恵が想定したとおり、阿賀奈は自分で見聞きしようとした物事ならば覚えられる人だった。裏を返せば、人の話を聞くことができない、聞いても理解する気がない(本人にそういう意識がないにもかかわらず)質の人なのだ。

 ともあれ正確な知識を得てきた阿賀奈は、那美恵にとって頼るに値する可能性ができた。

 

「先生ね、提督さんに言われた通り、今日はこれから防衛省に行って職業艦娘の試験の申し込みしに行くのよ!その前に光主さんたちのギソーのデモ見ていこうと思って来たの。先生、光主さんたちのカッコいいところしっかり見てあげるからね!」

「先生~!ありがとうございます!じゃあせっかくなので、あたしが艤装付けるの手伝ってもらえますか?」

 手伝って下さいの一言に満面の笑みを浮かべる阿賀奈。二つ返事で那美恵のお願いを聞き入れた。

 

 

--

 

 艤装のデモをする時間が来た。那美恵は阿賀奈とともにプールサイドに行き、日よけのところに置いていた川内の艤装を装着し始める。那美恵は艤装の各部位の説明を交えながら阿賀奈に装着を手伝ってもらい、ほどなくして装着が完了した。当初手那美恵の艤装の装着を手伝う予定だった三千花は、プールの入り口で見学者の案内をしている。そしてプールサイドには十数人の見学者が各々好きな位置に立ったりしゃがんだりして位置取りした。見学者の準備も万端である。

 

 那美恵は日よけのところから出てきて、見学者に近寄る。まだ同調していないので、艤装の重量がダイレクトにのしかかり歩く速度を遅くする。数歩歩いた後、那美恵は声を張って見学者に挨拶し始めた。

 

「え~、本日は皆様、艦娘部のデモにお集まり頂いてまことにありがとうございます。あたし、光主那美恵はこの場では生徒会長ではなく、艦娘部部員としてここにおります。今日は生徒会副会長の中村三千花さん、それからこの度艦娘部の顧問になっていただいた四ツ原先生に協力してもらっています。」

 

 那美恵に振られてその場で会釈をする三千花と阿賀奈。それを確認した後、那美恵は挨拶を続けた。

「それでは艦娘について簡単に説明します。といってもここだと熱いしあたしもこういったものを身につけているので、本当にごく簡単にです。」

 

 身につけた艤装を見せつけるように動かしたり、腰や腕を振って重そうな演出をしてウケを狙う那美恵。配布資料に書いてある説明をもっと短くまとめて本当に簡単に、かつ本当に知ってほしい要点だけを那美恵は説明する。まだ同調していないので突っ立っているのはややしんどいが、その表情は見せないようにしている。

 

「それでですね、艦娘になるにはこの艤装との同調が必要になります。これは言い換えると艤装という機械とフィーリング、つまり相性ですね。相性が合うかどうかが大事です。誰もが同調できるわけではないんです。恋愛でもそうですよね~? 例えばあたしはT君と気が合って付き合いたいと思うのに、まったくそりの合わないA君とあたしが付き合ってしまうようなものです。きっとすぐに別れます(笑)」

 

 身近な喩え話を入れてさらに笑いを誘いつつ、わかり易く説明を続ける。

「で、あたしは本来は軽巡洋艦那珂という艦娘なんですが、ここにある艤装は姉妹艦の川内というものです。あたしは罪な女なので、那珂とも川内とも同調できちゃったんです。けどあたしの心は那珂のもの。誰か川内ともっと気が合う素敵な人はいないかしら!? ということで、先日から展示して皆さんに艦娘のことを知ってもらい、川内になってくれる人を探しているんです。」

 

 途中、両腕で自分を抱きしめてくねくねしたり、一人芝居をはさみながら説明する。するとプールサイドから笑い声が聞こえたり、なるほどと頷く生徒や教師がちらほらいる。つかみはOKだと那美恵は判断する。

 

「と言っても、いきなり川内の艤装を試してもらうのはみなさん何があるかわからないし怖いと思うので、今日はあたしが川内の艤装を付けて、艦娘とはどういうことができるのかを、身を持ってみなさんにお見せしたいと思います。それでは中村さん、例のものを。」

 那美恵は三千花を近寄らせ鉄の板を持ってこさせる。同調した後に使う目的だ。三千花は両手で持ってくるが、普通の女子高生にはつらい重さのため、フラフラヨタヨタと足元おぼつかずにようやくといった様子で那美恵の側に到着した。

 

「あたしはいまこうして川内の艤装を身につけていますが、まだ同調していないので、あたしはただのか弱い少女です。ですが、同調すると、とてもすごいことができます。」

 しんどそうに鉄の板を持ってきた三千花を下がらせ、自身は同調を開始する。

 

「では同調始めます。特に見た目は変わらないのであたしを視姦しても意味無いですよ~」

 ふざけたあと、真顔になって精神を落ち着けて那美恵は同調を完了させる。その直後、那美恵は艦娘川内になった。

 

 

--

 

「……はい。私は今、川内という艦娘になりました。」

 プールサイドからはえぇ~だのわかんない~だの声が聞こえる。すでに想定済みの反応なので、那美恵はすぐにわかりやすい実例をする。

「では同調するとどうなるのか、まずはこの鉄の板でご覧頂きたいと思いま~す。」

 

 そう言って那美恵は三千花がやっとの思いで持ってきた鉄の板を、ひょいと軽々片手で持ち上げた。その瞬間、プールサイドの見学者の間でおぉ~!という歓声が一気に響き渡る。そばでひときわ大きな歓声で驚いているのは艦娘部顧問の阿賀奈だ。三千花も水の上を進む以外の、直接的に艦娘化の効果がわかる行為をする那美恵の姿を見たので驚きを隠せないでいる。

「この鉄の板、普通の女子高生な中村さんにはひじょ~に重かったのですが、川内になったあたしにとっては、ベニヤ板か発泡スチロールのように軽く感じます。」

 その後見学者から鉄の板を持ってもらう人を募り、実際にその鉄の板が重いものであることを証明する。

 

「このように、艦娘になれると、力がひじょ~にアップします。今のあたしはボクシングや格闘技のチャンピオンよりもきっと強いかなぁって思います。ま、さすがにそこまでは試したことないのでわかりませんけど。ただ日常生活に限ったら、相当持て余すくらいのパワーアップをします。危険なので、艦娘は原則として海の上で深海凄艦と戦う以外のことはしません。それでは艦娘とっておきの、水上航行をしたいと思います。」

 

 艦娘になったあとの注意事項を含めつつ説明を続け、デモンストレーションのメインに移るために、那美恵はプールの水面に足を乗せる。足を漬けるのとは明らかに違う波紋が波立つ。片足が浮くのを確認した後、もう片足を水面に乗せる。これで那美恵の両足はプールに浮いた。

 那美恵自身、もしかすると鎮守府内の水路やプール、もしくは海でしか浮かばない仕組みだったらどうしようと内心不安の気持ちがあったが、なんなく浮くことができたので密かにホッと胸を撫で下ろす。

 

 

【挿絵表示】

 

 見学者は那美恵がプールに浮く姿を見た瞬間、さきほどの鉄の板の時よりも大きな歓声を挙げた。明らかに普通の人ではできない行為をやってのけているからだ。

 

「はい。浮きました。こうして水の上で船のように浮くことが、艦娘にとって基本中の基本なんですよ~。それではこのプールを移動してみたいと思います。」

 そう言って那美恵はプールの端から中央に進む。汚れが浮いたプールの水に波が立ち、汚れがかき分けられる。それはプールサイドから見る人たちでも、水の上を何か異質な存在が進んでいることがはっきりわかる現象だった。プール中央に到達した那美恵は、2~3言雑談まじりの解説をしながら、今度はプールの上を縦横無尽に移動し始めた。のろのろゆっくり進むときもあれば、ダッシュするかのように急速にスピードを上げてプールの端から端、50mを移動したりと。

 

 そしてひと通りの水上でのパフォーマンスが終わり、元いたプールサイドに戻って上がる頃には、見学者の歓声は拍手を伴って大盛況も大盛況。盛り上がりも最高潮に達していた。

 そして那美恵は同調を切断し、艦娘川内から人間那美恵に戻った。

 

「ふぅ……。とまあ、艦娘になるとこのように水上を移動し、深海凄艦と戦います。実際は専用の銃や腰に付いている魚雷を使って、遠距離から攻撃するので、本当に戦うためには多少訓練は必要です。」

 

 一説明終えて那美恵は阿賀奈と三千花を呼び寄せて艤装を外す。そののち艤装を一旦まとめて側に置き、見学者との質疑応答を設ける。

 

 見学者からは深海凄艦と戦うのは怖くないのか、艦娘になったらどのくらい出勤しないといけないのか、給料は出るのかなど、提督からある程度聞いておいた内容で答えられる範囲の質問が出てきたので、那美恵はそれらに的確に答えていく。

 そして川内の艤装で同調を試してみたい人を募る。那美恵はもちろんのこと、三千花も心臓がキュッと詰まる思いで見学者の挙手を見守る。

 すると、十数人いるうちの、6人が手を挙げて、同調を試してみたいという意思表示をしてきた。中には那美恵と同じクラスのクラスメートもいる。男子も2人おり、様々な反応を見せている。

 

 那美恵と三千花は明石から聞いておいた通り、川内型の艤装のコアとなる腰の背中側に装着する箱状の部位を生徒の腰にベルトとともに当てる。そして三千花はタブレットに入れておいた艤装の同調チェック用のアプリを起動し、川内の艤装を認証させて、電源をつけた。

 那美恵は装着する生徒それぞれに初めて同調する際のコツと注意事項を伝え、万が一同調成功しても驚かないように気をつけさせた。

 

 一人目の女子生徒、同調率24.53%、不合格。

 二人目の女子生徒、同調率54.10%、不合格。

 三人目の男子生徒、同調率41.66%、不合格。

 四人目の女子生徒、同調率73.91%、不合格。

 五人目の男子生徒、同調率 9.15%、不合格。

 六人目の女子生徒、同調率64.64%、不合格。

 

 このような結果となった。一人だけかなりいい線いった73%台の数値を叩き出した女子生徒がいた。その子は那美恵のクラスメートだったが、合格は81%以上なので当然不合格になってしまった。本人はこれで艦娘になれるの!?と興奮気味だったが、合格範囲のパーセンテージを伝えると、がっかりしておとなしくプールサイドの端に戻っていった。

 

「え~、今回勇気を出して同調を試していただいた6名の方は残念ながら同調がうまくいかなかったということになりました。このように、艦娘になるには、艤装との相性が大事なんです。合格圏内になるには精神状態や健康など色々条件もあります。また、もしかしたら別の艦娘の艤装なら、今回の6名も合格できるかもしれません。こういう条件があるので、艦娘は自由に人を増やせないんです。やるぞぉ~!っていう意欲ある人でも、艤装の同調に成功しないとダメですし、その逆でまったくやる気ないけど、艤装との同調に合格できる人が世の中にはいるかもしれません。」

 

 那美恵は胸に手を当てながら続ける。

「なのであたしとしては、一緒にこの学校で艦娘として戦ってくれる人を見つけて部に入ってほしいんですが、同調を試してもいいっていう人が集まらないことには、調べられないんです。ですからどうか皆さん、協力してください!もちろん仮に同調成功しても強制ではありません!必ずなってもらうことはないので、お気軽というのも変ですけど、試しにきてほしいなっていうのがあたしの素直な思いです。」

 

 思いの丈を見学者にぶつけた後、那美恵は締めた。

「どうか、よろしくお願いします!本日はデモ御覧頂いて本当にありがとうございました!」

 見学者に向けて深々とお辞儀をする那美恵。合わせて三千花と阿賀奈もする。

 見学者からは大きな拍手をもらって、艤装デモは幕を閉じた。

 

 

--

 

 見学者は全員プール施設から出て、日よけのところに那美恵達3人は座りながら雑談している。

「あー、緊張したぁ~。ドッキドキだったよあたし。」

「なみえ生徒会長なんだからこれくらいなんてことないでしょ?何を今更。」

「いやいや。てきとーに生徒代表やってるときと、あたしがやりたいことのためにやるときの人前での演説は全然ちがうよ。」

 さらりと生徒会長時の本音をさらけ出す那美恵。親友の三千花はそれを逃さない。

 

「あ、今生徒会長は適当って言ったわね?それがあんたの本音かー。」

「テヘ、バレた?」

 那美恵と三千花はイチャイチャする。

 

 そして一緒にいた阿賀奈が今回の感想を口にした。

「今日はおもしろかったよ~!二人ともご苦労様!先生もものすごくためになったよ! 先生もはやく職業艦娘になって光主さんと一緒に海の上歩きた~い!」

「アハハ。あたしも期待してますよ、先生!」

 那美恵は普段の軽いしゃべり方を交えて先生である阿賀奈に接する。

 

「じゃあ先生、これから職業艦娘の試験の申し込みしに行くね? あなたたちはもう今日はなにもないんでしょ?」

「はい。あとはあたしたち、○○先生からプール掃除お願いされてるのでそれするだけです。それ終わったら帰りま~す。」

「そう!お昼も過ぎてるから、休憩挟んでからプール掃除頑張ってね!」

「「はい。」」

 

 そう言って阿賀奈は重そうなお尻を上げて立ち上がり、プールサイドを歩いてプール施設から出て行った。

 

 ふたりきりになったプールサイドの日よけ。那美恵と三千花はお互い素直な感想と展望を語り合う。

「今回はすごく好評だった気がしない?」

「そーだねぇ。結果はアレだったけど実際に生徒に同調試してもらえたし、これで来週も興味を持続させてくれればいいんだけどなぁ。」

「きっと、大丈夫よ。」

「おぉ!?みっちゃんすんげー前向きで優しいぞ!大好き~」

 三千花から優しい言葉をかけられて、ふざけつつ三千花に抱きつく那美恵。しかしプールサイドは暑い。三千花は2秒以内に那美恵の頭を押して彼女をひっぺがした。

 そしておでこを撫でながら那美恵はこの後の予定を確認した。

 

「そんじゃま、今日のところはこれでよしとしますか!さーてみっちゃん、お昼買いに行こ?」

「えぇ。その前に毛内さんと三戸くんに報告に行かなくちゃね。」

 

 那美恵と三千花は艤装を台車に乗せてプールから運び出し、校舎に戻って視聴覚室へと仕舞いに行った。そののち、書記の二人と合流した那美恵たちはお昼休憩をとった後、依頼されたプール掃除をしに再びプールへと出向くことにした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プール掃除と友人

 プール掃除に行く途中、三戸は友人を呼びに行くために那美恵たちから一旦別れた。

 那美恵と三千花、そして和子の3人は先にプールへと戻り、機械室の鍵を開け排水口の栓のロックを解除した。ほどなくして機械室の外、プールの地下でズゴォォォという音が聞こえ始める。

 そのまま10数分待つ那美恵達。外はじんわり暑く、そして暇なので機械室の入り口付近の日陰になっているところでボーっと待つ3人。

「そういやさ、三戸くん友人呼びに行くって言ってたけどさ、この時間残ってる生徒なんているのかなぁ?」

「まー、普通に考えていないでしょうね。」

「部活やってる人は残ってますけど、みんな部活動で忙しいですよね。」

 那美恵の素朴な疑問に、三千花と和子は現実的な反応で答える。

「ね!ね!今のうちに着替えておかない?」

「そうね。だけど……ホントに水着着るの?てか水泳の授業なんてまだないから持ってきてないわよ?」

「私もです。普通に体操着でやればいいのでは?」

 那美恵が提案すると三千花と和子に冷静に突っ込む。

「やだなぁ~二人とも。さすがのあたしもマジで水着着るとかないよ~。あの場はああ言わないと三戸くんノッてこないでしょ?あと彼地味に人脈広いから、友達連れてくればいいなぁ~っていう期待も込めてだよ。」

 あっけらかんと言う那美恵。実質、三戸を騙しているが大した問題ではないだろう、三千花はそう思い納得の表情を見せて頷いた。

 

 そして3人はプール備え付けの更衣室に行き、それぞれ着替え始める。

「あ、そだ。あたしはせっかくだから那珂の制服着てやろっかな?これなら濡れても汚しても問題な~し。ね?みっちゃんも制服着てやらない?」

「やらない。」

 即答する三千花。

「はえーみっちゃん即答かい。いいじゃん別に恥ずかしい思いしないし、ただ服着替えるだけだよ?」

「い、や!」

 チラチラっと制服のスカートを掲げて見せるが、一言ずつ強調して着用すら拒否する三千花の反応に、仕方なしに那美恵は着せるのを諦めた。

「それそもそもあんたの那珂の制服じゃないの!?あたしとサイズ合わないでしょ?」

「ぶー。そんなにサイズ違わないでしょ!」

「少なくとも上はきっつくなると思う。」

「ぐっ、ぬぬぬ。いいよわかったよ。一人で着るよ……。」

 持ってきたバッグに入っていた那珂の替えの制服をそっとしまう那美恵。三千花はやや寂しそうな親友の横顔を見て、服くらいなら付き合ってあげればよかったかなと思ったが、うっかり気を緩めるとしつこい場合があるのでこの場はあえて拒否の態度を貫くことにした。

 結局那美恵は那珂の制服、三千花と和子は体操着という格好でプールサイドに再び姿を表した。

 

 

--

 

 プールサイドに出て半分くらい減ったプールの水を眺めていると、プール施設の入り口から三戸が数人連れて入ってきた。女子1人、男子3人という構成だ。

「おまたせしましたっす、会長。4人集まったっす。」

 そう言って三戸が紹介したのは、同じ1年生の比較的よくつるむ4人だった。那美恵と三千花はよろしくーと挨拶するも、和子だけは違う反応を見せている。

 

「あ……内田さん。」

 彼女がそう呼んだのは、三戸が連れてきた友人の紅一点だ。そう呼ばれた少女は内田流留(ながる)といい、きりっとした目つきにミディアムな髪、中性的な印象を残しつつもいかにも気が強そうな美少女という雰囲気を醸し出している。

 そんな少女は男子たちの先頭に立って姿を現す。

 

【挿絵表示】

 

「こんちはー。ってうお!生徒会長いるじゃん!」

 流留は三戸に詰め寄って軽口で抗議し始める。

「おーい三戸くん。2年生いるならいるって教えてよ。しかも生徒会長だし。」

「ゴメンゴメン。別に言わなくても大丈夫かと思ってたよ。」

 軽いノリで三戸が言うと、さほど気にしていないのか、流留や他のメンツもすぐに直前のノリに戻る。

「ま、いいや。来ちゃった以上は手伝うけどさ。さっさと終わらせて皆で遊びに行くよ?」

 

 流留たちが近寄ってきたので那美恵と三千花は挨拶をかわす。しかし和子だけは反応が違う。少しおっかなびっくりな態度で那美恵と三千花の間に移動する。その様子に気づいた那美恵はどうしたのか尋ねた。

「およ?わこちゃん。どしたの?」

「……!あ、その。いいえ。なんでもないです。」

 那美恵は和子の様子をそれ以上気に留めないが、三千花は和子の様子が気になっていた。

 

 

--

 

 プール掃除のために計8人がプールサイドに思い思いのポーズで立つ。那珂の制服を着た那美恵が7人の前に立ち、音頭を取り始める。

「もーすぐ水が引くから、そしたらとりかかるよ。みっちゃんと三戸くんは外の水道の蛇口にホースつけて、水を流す係ね。で、内田さんたちは三戸くんに従ってその側をデッキブラシでおもいっきりゴシゴシと。もーガンガンやっちゃって。三戸くんの持つホースは長いからどんどんプールの先まで進んでいっちゃっていいからね。」

「はい。わかりましたー。」

 やや気だるそうに流留が、続けて他男子生徒たちが真面目に返事をする。そして那美恵は三千花と和子のほうを向いた。

「そんで、あたしとわこちゃんはみっちゃんが水をかけるところひたすらゴシゴシやるよ。みっちゃんのホースのほうが短いから、あたしたちのほうがプールの前のほうを重点的にやります。」

「「はい。」」

 那美恵は三千花から、和子の様子が気になる。どうも内田さんたちと混ぜるな危険ということを聞いており、その意を汲んで三千花・和子・那美恵の3人組になるように構成を指示した。

 まもなくプールの水が完全に引く。各自デッキブラシを持ったり、蛇口にホースを取り付けるなどして準備をする。各自の配置に付く最中、生徒会長である那美恵の格好が気にかける人物がいた。内田流留その人だ。

 

「ねぇ生徒会長。その格好なんですか?」

「ん?これ? これね、艦娘の制服なんだよ。あたし艦娘やってるから。さっきまでここでデモンストレーションしてたんだ。」

「へぇ~艦娘やってるんですか。」

 やや興味ありげな様子を見せる流留に、なんとなくクるものがあった那美恵はこそっと勧誘してみる。

「ね!ね!内田さん。内田さんは艦娘興味ある?」

「え?艦娘? うーん。よくわかんないし、別にいいや。」

「そっか。」

 那美恵に似た感じで、あっけらかんと答える流留。那美恵はその答え方を気にしつつもその場ではすぐに口を閉じて話題を終わらせた。

 その様子を見ていた三千花は、那美恵を引き寄せて彼女に問いただす。

「なみえ。あの内田って子艦娘に誘わないの?」

「えー。うん。今はね。」

 那美恵の頭は今はプール掃除を済ませることが占めており、今本気の勧誘なぞする気はさらさらない。三千花は親友の考えが何か別にあるのかとなんとなく察し、それ以上気に留めることはしなかった。

 

 

--

 

 プールの水が引いたので、8人はプール内に降り立って掃除をし始めた。三千花が水をまくところに那美恵と和子が、三戸が水をまくところに流留たち4人が集まって作業をする。その2つのグループは端と端にいるので距離がある。

 プール掃除を進めながら、三千花と那美恵は和子に、さきほどの態度の理由を聞き出し始める。

「ねぇ毛内さん。さっき内田さんが来た時にあなたビクついてたけど、何かあったの?」

「そーだ。そーそー。どうしたの?」

 三千花と那美恵が尋ねると、和子はやや俯きになり下唇を上唇でグッと抑えて口を真一文字につぐんだ後、口をモゴモゴさせ、チラチラっと流留の方を遠めで見て確認してからゆっくりと口を開いた。

「実は、あの内田さん。1年の女子の間ではあまり評判よくないんです。」

「「評判?」」

 那美恵と三千花がハモって聞き返す。

 

「はい。私は違うクラスなのであくまで噂程度でしか知らないんですけど、よく男子と一緒にいるそうなんです。それだけなら別にいいとは思うんですけど、彼女と同じクラスの女子の話だと、いろんな男子とよくつるんで、周りに男子がいない時間はないってくらいだそうです。どうも色目使ってるからだの、男遊びするその……不良だからだの思われてるそうで、本当のところはわからないですけど、とにかく私達他の女子からすると、印象悪い子、怖い子、評判最悪な子なんです。」

 

 つまりは色恋沙汰で素行が悪い子なのか、と那美恵と三千花は和子の話を聞いて真っ先に思った。さらに和子から話を聞く。

「評判悪くしてる例の一つで、ある女子が密かに思いを寄せてる男子がいるんですが、その男子も例に漏れず内田さんと結構仲良くしちゃう人で、内田さんも見せつけるようにその女子の前でイチャイチャするんです。それを見てたその女子の友達が激怒しちゃって……。」

 まだ恋愛経験のない那美恵も三千花も恋愛が絡む話となると年頃の女の子らしく、和子の話に興味津々で聞き入る。

「え~、内田さんってその男子と付き合ってるの?」

 那美恵が尋ねると、和子は頭を横に振る。

「いえ。付き合ってるとかそういうわけではないみたいです。ただその子の友達からの話だと、その子の気持ちをどこかで知って、それでもてあそぶようにその男子と仲良くして見せつけてるんだって。内田さんの取り巻きの男子の中にその男子が入るようになったのって、その子が友達に気持ちを打ち明けて相談した後くらいから急になんだそうです。あまりにもタイミングがよすぎるって、勘ぐってるみたいなんだそうです。」

 

 和子でさえ、又聞きでしかない内田流留の恋愛与太話。那美恵は色々妄想しているようでふんふんと聞いているが、三千花は仔細を聞いて一蹴する。

「なにそれ。噂が噂を呼ぶじゃないけど、どこにも確かな要素ないじゃない。くっだらない。」

「でも直接内田さんと関わりがない私みたいな違うクラスの女子は、聞こえてくるそういう話だけでも近寄りたくない、関わりたくない、そういう印象の人なんです。」

 和子に対してではなく、その話自体に対して嫌悪感を三千花は湧き上がらせる。彼女の握るホースの先からは、勢いを増した水流が2~3m先のプールの底面にビシャビシャと当たっている。

「どういうつもりで男子とつるんでるのか知らないけどさ、誤解を招くことようなことしてる内田さんが悪い。けど、きちんと確認せずに陰で噂するのもどうかと思うわ。それに毛内さんもそんな噂なんかでビクついてたらダメよ?」

「は、はい。それはわかってるんですけど……。」

「まーまー。みっちゃんそーいううわさ話や不真面目な関係やごちゃごちゃしたこと嫌いだもんねぇ。」

 

 那美恵の問いかけに言葉を出さずに三千花は微妙な頷きをし、親友に対して口を開いた。

「なみえだっておんなじようなもんでしょ。純愛至上主義なお調子者さん」

「ぶー!みっちゃんいじわる~」

 デッキブラシで三千花を突こうとする那美恵にすかさずホースの水で反撃する三千花。

「きゃ!やったなぁ~」

 

 

--

 

 和子から話を聞いてあれやこれや雑談しつつふざけつつも掃除を続ける3人。もちろん離れたところにいる三戸と流留たちには聞こえないように声のボリュームを下げる配慮をしている。

 

「ねぇなみえ。私さっき内田さんを艦娘に誘わないのって聞いたけど、やっぱ前言撤回。あの子はやめなさい。」

「およ?なんで?」

 那美恵と和子に対し背中を向け、二人とは違う方向にホースで水を巻き始める。二人に顔を見せずにいる三千花の眉間には皺が寄っている。そしてその理由を口にした。

「真意がどうであれ、ああいう良くない噂が立つ子は側にいさせるべきじゃないよ。」

「みっちゃん……。」

「私はなみえがああいう子とつるむのは……よくないと思う。なみえのためにならない。」

 

 三千花の背後でデッキブラシを持った那美恵と和子が黙って立っている。手の動きは止まっていて、掃除という行為をなしていない。

「みっちゃんさ、今自分が矛盾してるのわかってる?」

 那美恵の一言にくるりと体の向きを変えて振り向いた三千花。那美恵は口だけを笑いを含んだ、見透かしたような表情だ。

「今のみっちゃんはさ、みっちゃんが嫌ううわさ話で判断する人、そのものだよ。それになんであたしが内田さんを誘う前提なの?」

「!! いや……私は、あなたからそういう素振りを感じられたから……。」

「だから、なぁに?」

 

 那美恵から心を突くような一言。三千花は親友のその見透かしたような問いかけに怯んだ。その影響で右手に持ったホースの水はゆるやかな水流になっている。しばらくの沈黙のあと、三千花は照れ混じりに口を開いて白状した。

 

「確かに、そうね。私もあの子のうわさ話だけで判断しちゃってる。けどそれを承知で白状するわ。もし内田さんが艦娘部に入ったら、きっと取り巻きの男子も入ろうとするかもしれないし、そうなるとなみえ、あなたの目的が……」

 うつむき加減で言葉が途中で途切れる三千花。口を挟まずに三千花の次の言葉を待つ那美恵と和子。

「その……さ。あんたは孤立して、目的を果たせなくなって、内田さんと大勢の男子のためだけの部活になって、その……万が一にでもなみえが危ない目にあったらどうしようって……思ったのよ。」

 言い終わった三千花の視線は那美恵に向かいまっすぐ差している。2~3秒の沈黙のあと、それを那美恵の笑い声が打ち破った。

 

「プッ!アハハ~!みっちゃん!考えすぎぃ! いくらなんでも妄想広げ過ぎだよ~。フフッ」

 その瞬間三千花は顔を赤らめて怒りながら那美恵に詰め寄る。

「ちょ!笑うことないじゃない!私は万が一のことも考えて心配してあげるのに!!」

「会長、さすがに笑うのはどうかと……」

 せっかく心配してくれた三千花のことを笑う那美恵に対しさすがに気まずく感じた和子は三千花の方を心配げにしてフォローに回った。

 

「はーいはい。みっちゃんは優しいね~そーいう心配してくれるところ、あたし好きだなぁ~」

「勝手に言ってれば?ふん。」

 真面目に心配していた思いを笑われて三千花はプイッとソッポを向く。

「ゴメンねみっちゃん。心配してくれてありがと。この感謝はホントだよ?」

「会長も副会長も、与太話に影響されて喧嘩しないでください。」

「うん。わかってるよわこちゃん。みっちゃんが本気で怒ってたらあたしも手つけられないくらいだから。ま、でもみっちゃんには悪いけど、わこちゃんから話聞いて、内田さんのことちょっと興味湧いてきたなぁ。」

 

 そう那美恵が言うと、三千花は那美恵をキッと睨みつけた。

「だから怒んないでってば、みっちゃん。あたしもみっちゃんと同じくさ、内田さんをうわさ話だけであれこれ判断したくないんだって。もーちょっと彼女の情報手に入れてから艦娘部に勧誘するかどうかは決めるよ。」

「……なんで内田さんなの?うちら2年だし、ほとんど全く接点ないでしょ?なんでいきなり気になり始めてるのよ?」

 那美恵は腕を組んで冗談半分本気半分で悩む仕草をしてう~んと唸ってから答えた。

「なんかね、さっき話しかけられたとき、ビビッと来たっていうのかな? 不思議な感じ。……とかなんとかかっこいいこと言っちゃうけど本音はね、せっかく今日会った新しい人だから一人でも多く艦娘のこと見てもらいたいってだけなんだけどね。全然深い意味ないよ。」

 

 三千花は那美恵の言い方に含みがあるのに気づいた。ただ那美恵が良く含ませて語るのをよく知る三千花はそれを頭の片隅に置いておくことにし、一言言うに留める。

「もーいいわ。なみえが誰勧誘しようが私がとやかく言う権利ないし。怒ってるわけじゃないけど、なみえの好きにやってみればいいよ。私はそれを見守るから。」

 事実、三千花の怒りはすでに収まっていた。親友が望んで作った部だから勧誘の方針に口出しはしない、本人の好きなようにやらせてみる、それを陰ながら支えていくことが自分の役目だと再認識している。

 

「わこちゃん、あとで内田さんのお話、知ってる限りでいいから教えてね。とりあえずうわさ話であってもあたしは知っておきたいんだ。お願いね。」

「はぁ。私が知ってることであれば。でもだったら三戸くんから聞いたほうがいいのでは?あの様子見ると、三戸くんも内田さんの取り巻きになってるっぽいですし。」

「まーそれはあるかも。じゃあ、あとで聞いてみよっと。」

 和子の返しを聞いた那美恵はグッとガッツポーズを作って相槌を打った。

「それはいいけどさ、掃除再開しましょうよ。私たちほとんど手止まってるし。」

 三千花の指摘に那美恵と和子はギクリと体をこわばらせる。掃除のカタチをすでになしていないこの現状はさすがにまずい。ブラシを動かし始めた三人あふと三戸たちの方を見ると、水を掛け合ったりデッキブラシでカチャカチャ遊んでいる光景がそこにあった。つまり、8人ともプール掃除なぞすでに放棄状態である。

 

 

--

 

 その後掃除のスピードアップを図った那美恵はプールの前方を終わらせ、長いホースを持つ三戸をプール中央に徐々に進ませてその周りをブラシがけする。

 中央、後方と一通りブラシがけし終わり、プールの汚れ・ゴミは左右の端に集められた。それらを後方から前方に向けて一気に掻いて前方の一箇所にかき集める。

 そこまでするのに30~40分かかっていた。

 

「ふぃ~。汚れとれたしゴミ完了~。さ、三戸くん。このゴミ上げて。」

「えぇ~俺がするんっすか~」

「頑張れ男子!」

 那美恵が発破をかけると、流留もそのノリにノッて三戸や他の男子に指図する。

「あたしたちにドロッとした汚いの触らせるつもり~? さ、○○君たちもはよ!」

 

 促された三戸以外の男子生徒もしぶしぶながらもゴミまとめとプールサイドへ揚げるのに取り掛かり始める。

 その間に那美恵たちはプールサイドへ上がり、ゴミ捨て用のビニール袋を持ってきて、三千花と和子に持たせてそこに男子がまとめあげたゴミを入れさせた。

 

「みんな、お疲れ様~。内田さんたちもわざわざありがとうね!あなたたち学校にまだ残ってたんだ?」

「○○君の部活終わるの待ってたんです。って言っても一度学校出てお昼みんなで食べてた時に三戸君から連絡もらったもんで。○○君の部活もまだかかりそうだったらちょうどいいねってことで。だからぜーんぜん問題ないですよ。」

 カラッとした素直なしゃべり方の流留の言に那美恵はなるほど、と頷く。

 

「何かお礼したいな。何かごきぼーはある?」

「いいですってそんなの。欲言えばこれから遊ぶお金ほしいな~とか。もちろん冗談ですけど。」

 流留たちは早く遊びに行きたいのか、那美恵のお礼の提案を本当に断り、足を洗い流したあと早々にプールから出ていった。なお、三戸もついていこうとしたが、展示の片付けもほどほどにプール掃除に来てしまっていたため、 那美恵たちに首根っこを掴まれるかのごとく止められた。

 視聴覚室に戻った4人は展示の片付けの残りを進めた。20分くらいかかった後、展示もようやく片付いていつもどおりの視聴覚室が眼前に広がる。4人は荷物を置いてある生徒会室に行きやっと一息ついた。

 

「さて、じゃあ俺みんな待たせてるんで、帰るっす。じゃあお先に失礼しま~す。」

 と言って素早く出ていこうとする三戸を那美恵は再び呼び止めた。

「ちょっと待って三戸くん!聞きたいことあるの。内田さんのことなんだけど、来週でいいから彼女のこと三戸くんたち男子の視点からいろいろ教えて欲しいの。いいかな?」

 那美恵の突然のお願いに戸惑う三戸だが、特に断る理由もなかった彼は一言で了承し、生徒会室から出て帰っていった。

 

「これで下準備おっけーかな。」

「ねぇなみえ。ホントに内田さん誘うの……?」

 那美恵の言葉に反応した三千花はさきほどの心配を思い出して確認した。

「心配しないでって。とりあえず情報収集だよ。あとはまぁ、流れ次第かな。」

 那美恵は三千花の気遣いを十分わかっていたが、ピンとキたもの・人に対してはどうしても興味を持ちたくなる性分なのだ。だが今はまだ、親友への配慮の気持ちのほうが優る。

 三千花は親友の物言いにため息をつくしかなかった。

 

「さーて、そろそろ帰ろ? 今日はわこちゃんも一緒に帰れる?」

 気持ちを切り替えて那美恵は帰り支度と帰り道の提案をする。三千花も親友に合わせて気持ちを切り替えて頷いた。

「はい。今日はご一緒できます。」

「よーし。じゃあ三人で帰り甘いもの食べてこー!」

 和子も那美恵の提案を承諾し、すべての用事を済ませた3人は15時に近くなった時間にようやく学校を出ることが出来た。3人ともが持った共通の思いは、長い土曜日だったという感想であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

気になる少女のこと

 週が明けた月曜日。昼休みの時間帯、那美恵は三千花と一緒に生徒会室で昼食を進めていた。そこにノックをして入ってきた人物が一人。

 生徒会書記の一人、三戸である。

 

「あ、会長、副会長。こんにちはっす。」

 那美恵は一口お茶を飲んで、口に含んだ食べ物を飲み込んだのち三戸に返事をする。三千花は“ん”とだけ発して、箸を持っていない方の手を揚げてそれを返事をする。

「三戸くん。どしたの?」

「会長、内田さんのこと知りたいって先週言ってましたよね?だから伝えに来たっす。」

「あ~そういやそんなお願いしてたね。今の今まですっかり忘れたよ~。」

 左掌にげんこつにぎった右手でポンと叩き、わざとらしく思い出した仕草をする。

「今いいっすか?」

「今私達食事中なんだけど?」

 三戸の確認の問いかけにネチッとした言い方で答えたのは三千花だ。眉間にしわを寄せて眼光鋭くして三戸に言い放つ。

「まーまー。あたしは別にいいよ?」

「私が嫌なの。食べてる時にああいう子の話なんて聞きたくない。」

 

 正反対の反応を目の当たりにし、三戸は戸惑いを隠せないでいる。二人の異なる反応を目の当たりにして話していいのかどうか戸惑っている。

「えーと、副会長、なんか内田さんのこと、えらく嫌ってる……ので?」

「まぁね~。みっちゃんはだらしない人嫌うからねぇ。ホラホラみっちゃん。噂を信じちゃいけないよ~。ちゃんと男子からも聞いておかないと。意外に良い人かもしれないって。さ、三戸くん。遠慮なく話してくれていいよ。」

「はい。それじゃ……」

 那美恵は三戸から、内田流留のことについて、実際に彼女に接する男子視点での彼女について聞くことにした。なお、那美恵の側にいる三千花は私は聞く気ないですよという意思表示代わりのだんまりを決め込んで黙々と食事を続けている。

 

 

--

 

 三戸が話す、男子視点からの内田流留の素性。それを那美恵はゆっくりと聞き出す。

「じゃあまずは、内田さんのスリーサイズから!」

「……マ、マジで?」

 いきなりとんでもない質問が目の前の少女の口から飛び出してきたので三戸は驚きのあまり聞き返した。三戸のオロオロした様にニンマリとした表情だけで返事を示す那美恵。

「じ、冗談っすよね~そうっすよね~! それに俺が知ってたら激烈に大問題だし。」

「ゴ~メンゴメン。」

 横で那美恵のふざけた質問を聞いてた三千花は、男子にそういうこと聞くなと鋭くツッコんだ。

 

「じゃあ内田さんと男子が一緒につるんでるのはなんで?」

「つるむっつうか、内田さんとは単純に趣味の話が合うんっすよ。だから普通に内田さんに近寄る男は多いっすよ。」

「趣味?」

 那美恵は一言で聞き返す。

「はい。彼女、ゲームも漫画やアニメもスポーツも見るしやるし、とにかく趣味が男っぽいんですよ。だから俺達の話によく首突っ込んでくるんっす。話が合うから楽っていうか、俺達も自然と内田さんを受け入れちゃうんっすよ。で、気がついたら内田さんとこに男子生徒が集まってるっというわけ。」

 

 そういう三戸の答えに少し疑問を持つ那美恵。

「そういうのって別に男っぽいって言わなくない?あたしもみっちゃんもスポーツはもちろん漫画やゲームも少しは見るしやるよ。ね、みっちゃん。」

 那美恵の言葉に三千花は声を出さずにコクリと頷く。三戸はそれの反論を受けていやいやと頭と手を振る。

「いやいや、内容が男が見るような少年漫画やゲームばかりなんっす。例えば会長たち、○○○○っていうゲーム知ってます?××っていう漫画は?」

 そんなのしらん、とばかりに那美恵と三千花は首を横に振る。それらはこの時代の男性の間ではよく知られ、遊ばれている作品である。女性はというと男兄弟のいるのであれば影響されて見るかもしれない、特に女子高生にとってはその程度のものである。

 

「趣味の内容がってことね。なるほどー。それじゃあ男子が話しやすいわけだ。」

「でも、本当にそれだけなの?三戸君たちが彼女と接するのって。」

 三千花が疑問を投げかける。

「あれ~?みっちゃん実は気になってたんd「うっさい。」

 那美恵が言い終わる前に三千花は一言突っ込んで那美恵をいじけさせた。三千花の質問を受けて三戸はその意図がよくわからず聞き返す。

「ん?どうしたんすか?」

「土曜日ちょっと見ただけだけど、内田さん結構綺麗な子だったでしょ。それでなおかつ趣味が合うなら、絶対言い寄る男子がいそうな気がするの。そういう恋愛がらみでってこと。どう?」

 

 三千花から補足説明を受けて三戸は顎を親指で抑えて考える仕草をして、そののち答えた。

「あー。まぁぶっちゃけみんな内田さん目当てだと思いますよ。いくら話が合って男勝りな感じって言ってもやっぱ女の子相手ですし。普通だったら男同士でくっちゃべってますもん。」

「だから三戸くんも他の男子みたいに内田さんとよく一緒にいるんだぁ~」

「そういや三戸君が内田さん連れてきたんだよね。ということは集団の中では仲良いほう?」

 見透かしたように那美恵は三戸に一声切り込んでみた。続いて三千花も気になってきたのか、三戸に鋭く切り込む。二人の口撃に対し照れと焦りが混じった表情で顔を赤らめつつ、三戸は二人に弁解した。

「いやいや!俺はただ男の友人にプール掃除のこと話したら、たまたま内田さんが一緒にいたみたいで。まあ俺もそれなりに内田さんと話しますけどぉ!くぁwせdrftgyふじこlp@」

 語尾がモゴモゴとよくわからない言葉を喚いて言い訳とする三戸。焦るその様子を見て那美恵と三千花はクスクスと笑いあう。

「照れちゃって~三戸くんかわいいな~」あくまでからかう言い方の那美恵。

「俺はぁ、光主那美恵さんと中村三千花さんが好きなんですよ~(キリッ)」

 

 三戸もただで済ます気はなく、那美恵と三千花という生徒会のトップ2に反撃を試みた。二人が昼食で使用している机の中央付近に右腰を寄りかけ、わざとらしく目を細めて那美恵と三千花に流し目を送る。

 が、学校でもトップクラスの強者の那美恵とその友人には冗談めいた告白や誂いからかいなんぞ全く通用しないのは明白だった。

 ただ、いきなりフルネームで呼ばれて那美恵と三千花はきょとんとした程度で、再び失笑で一瞬の沈黙を破る。

「ウフフ。はいはい。三戸くんは私達のことが好きなんだよね~わかってる。わかってるよ~」

「私達二人同時なんて、三戸君そんなキモの座った人だったんだ(笑)」

 三千花からも自然な笑みがこぼれた。那美恵も三戸も珍しいと感じる、三千花の感情である。三戸は、意図せず結果的につかみはOKな状態だった。

 

 

--

 

「それじゃ次の質問。いい?」

「ふぅ……。はい。いいっすよ。」

 3人共気を取り直す。

 

「内田さんに兄弟姉妹はいるのかな?」

「さぁ~。少なくとも俺は内田さんの家のこととかはまったく話す機会ないっすからねぇ。俺は、ないっすけど、多分他の連中なら話したことあるやついるんじゃないっすかねぇ。」

「わかったわかった。強調しなくていいからw そこは本人にいずれ聞けばいいことかな。ともかく、内田さんは男子と趣味が似通っていると。そこがポイントなのね。つまり、1年女子が噂してるようなことは男子代表の三戸くんから聞く限りでは見えてこないわけだ。うんうん。なるほど。」

 

 一人で納得した様子の那美恵を見て三戸は女子の噂って?とよくわかっていない表情で聞き返すが、那美恵は女子の間柄のことだからと、三戸に教えなかった。

 那美恵は三千花の方を向いて彼女の反応を待つ。それにすぐに気づいた三千花は音の高い咳払いを軽くして、那美恵に言った。

「なぜ私を見るのよ?」

「いや~みっちゃんの内田さんへの印象変わったかなぁ~って。」

「まぁ……男子視点からの彼女を知って多少はね。でも女子視点の内田さんの話が気になるわね。」

「それは言えるね。どこまでいっても男子と女子は分かり合えないところ、あるのかなぁ~?」

 両手を頬に添えて、偽りの照れ顔をして冗談めかして言う。

 

「……で、なみえがそれを知ってどうするのか教えてよ。それによっては私達の手伝い方も変える必要があるよ。」

 那美恵は三千花の言葉を受け、少し考えるために沈黙する。時間を確認するとすでに12時45分を回っている。そろそろ教室に戻る頃合いである。

「よし。作戦思いついた。三戸くん、男子が知ってるゲームでさ、例えばプレイする人がヒーローやヒロインに変身して戦うゲームで有名なのって何がある?」

 唐突な質問を受けて、三戸は腕を組んでうーんと唸った後、思い出した中でいくつかのゲームのタイトル名を口にしてみる。が、もちろん那美恵と三千花からしてみると何言ってんだこいつと突っ込みたくなるくらいわからない作品ばかりである。が、那美恵にとってはそれは問題ではない。

 

「……っていうくらいっすかね。」

「わかんないけどわかった~。」

 三戸の挙げた例に素直に感想をいいつつ相槌をうつ那美恵。

「ゲームのことなんて聞いてどうするの?」

 三千花が二人の方を、主に那美恵の方を見て尋ねた。

 

「うん。好きそうなゲームになぞらえてさ、艦娘の展示や艦娘に興味を持ってもらうのってどうかなって思ってさ。」

「ゲームに?」三千花が聞き返した。

「そーそー。どんな形にせよ興味を持ってもらわないと始まらないからさ。」

 那美恵の考えていることに三戸はピンと来た様子。那美恵が説明する内容を聞いてそれは確信を得た。

「そういうことっすか!だったら任せて下さい。なんとか宣伝してみます。内田さん、多分興味持ったらすぐに来ると思いますよ。」

「お、三戸くんやる気ぃ!いいねいいね~。じゃあ任せたよ。」

 那美恵は三戸にあとは任せたという気持ちを込めたウィンクをする。

 

 その後一通り話し終えた三戸は一足先に生徒会室を出ていった。生徒会室には那美恵と三千花だけが残る。三千花は親友に内田流留を気にかけるその意図を聞きたかった。

「なみえ、この前も聞いたけどさ、なんで内田さんを急にそんなに気にするのよ?」

 時間も時間だったので、弁当箱を片付けつつ、二人は会話をする。

「あの時言ったのはどっちもホントだよ。ビビッと来たのもホントだし、単純に艦娘の展示を見てもらえる人を増やしたいってのも。それに第三者からだけど話を聞く限りだと、影響力高そうな人だから、そういう人を味方につければいいかなって。」

「影響力があるって……彼女は男子だけよ。女子からは噂の限りだと誤解を受けてるから、それを解決して女子にも影響与えるのは私達の手じゃ厳しいよ。人生相談でもないしお悩み相談するわけでもないんだから。」

 生徒会室を出て鍵を締める。そして教室に向けて歩きながら会話を続ける那美恵と三千花。

 

「そりゃああたしも内田さんの誤解を解いてどうのこうのまで面倒見る気はさらさらないよ。そんなことあたし興味ないし。彼女が艦娘に興味を持ってくれれば、それでいいよ。」

「……うん。それでこそなみえだわ。私はてっきりあんたが相当深く内田さんに思い入れてるのかと思ったけど。」

 三千花の自身への評価に那美恵はエヘヘと苦笑した。

 

 そんな親友の様子を見て三千花は密かに別のことも思っていた。

 親友にとって、あの西脇提督が大いに興味を引く存在だというのは理解できた。だからこそ親友は彼をこれからも支えていくのだろう。一方で、内田流留という少女はどうだ?

 親友は彼女に興味を持ち始めている。ビビッとキたといういわゆるフィーリングが本当に合ったとなれば、いずれ西脇提督に対してと同じように彼女に尽くそうとするだろう。一方で興味を完全に失ったら見向きもしない。親友たる光主那美恵はそういう人間なのだ。

 自分は二人をどう間を取り持つべきか。どちらが本当に親友にとって良いことなんだろうか。

 

 那美恵自身もまだ完全に振りきれてないが、三千花もまた、どう振る舞うべきか考えあぐねていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

艦娘になってしまった少女

 その日、内田流留はいつものように休み時間には同じクラスの仲の良い男子生徒たちと、昨日のテレビがどうの、最近プレイしたゲームはどうの、好きなプロサッカーチームの試合がどうだっただのペチャクチャと話していた。そうして気の置けない男子とおしゃべりをしている時間は、彼女にとっては空気を吸うかのように自然で気楽に過ごせる時間である。

 彼女にとって、同性つまり女子同士のおしゃべりや交流は退屈そのもの、面倒くさい人間関係を考慮しなければいけないので窮屈だった。趣味が合えば話さないこともないが、そんな女子はいた試しがなかったので極力かかわらないようにしている。その点男子生徒は、気軽に趣味のバカ話だけでどこまでも接することできるし、流留を受け入れてくれる。相手がどう思っているかは彼女にとって関係ない。あくまでも自分が楽しくて、自分を受け入れてくれる関係がそこにあればいい。

 

 成績はよくないが身体を動かすこと、スポーツは見るだけでなくやるのも好きで得意な彼女は、部には入っていないが、応援と称して仲の良い男子生徒の助っ人として臨時で入って参加することもしばしばある。趣味の話が合うだけでなく、そうした助けを求めてくる生徒を助けてあげる飾らない素直な行為は、男子生徒たちの心を掴むようになっていた。助けるのはあくまでも気の合う生徒たちである。

 それゆえ男勝りな娘だとかサバサバしてるなどと評価されることがある。が、決して男子そのものの立ち居振る舞いというわけではなく、女であるのでそれなりにオシャレにも興味はあるし、人に不快に思われない程度には身だしなみには気をつける。しかし必要以上のオシャレはしない。そうして取捨選択したオシャレが結果的には他人から見るとセンスが良いという評価をくだされることもある。

 が、あくまで流留としては必要以上の女性らしさを演出したりはしない。

 

 彼女を巡っては女子生徒・男子生徒の間で思いのすれ違いや一悶着があるのだが、流留は気にしないし、そもそもそういうのに疎いので気がつかない。そういう鈍感さが彼女の見えないところで多々問題を起こしているのだが、彼女がそれを知る由もない。

 

 

--

 

 午前の授業が終わりお昼。いつも彼女は仲の良い男子生徒たちと学食に行き、お弁当を買って教室に戻ってきて食べる。教室には他の派閥的なグループもあるが、表面上は互いに気にしていない空気がある。

 

 流留は数人の男子生徒と会話を楽しみながら食事をする。話題はサッカーなどスポーツだ。

「……でさ~その新しく入った○○選手、あたしは最近注目してるんだよね~。Aくんはどう?」

「あ~その選手いいよね。俺は××選手もいいと思うけど。」と男子生徒B。

「俺もその選手に最近注目してるぜ。その人、前は△△っていうチームでMVP取ったんだけど、内田さん知ってる?」

 男子生徒Bはそれなりの反応を返す。一方で同意を求められた男子生徒Aは流留の気をさらに引くために追加情報を教えた。

「えー!?マジで?ねぇねぇ!その試合見たかったなぁ~」

 流留の反応を見て、これはイケると思ったのか男子生徒Aはさらに情報を口にする。

「俺その試合録画して持ってるからさ、今度内田さんに共有するよ。○○Driveのアカウント持ってる?」

「うん。」

「そしたらそこに動画アップしておくからぜひ見てみてよ。」

「Aくん、ありがとー!」

 流留はきりっとした目を笑みで緩ませてはにかみ、男子生徒Aに礼を言った。男子生徒Aは流留の気を引けたことでBに対してさりげないドヤ顔で誇った。

 昼食を取りながら雑談に興じる流留と男子生徒たち。そんなお昼休みの光景であった。

 

--

 

 次の授業が終わり、流留が別のクラスの男子生徒と話そうと教室を出て向かおうとする途中、一人の男子生徒から話しかけられた。違うクラスだが、彼女が接する男子生徒の中ではそれなりに交流のある、三戸基助だ。

 

「あ、内田さん。今いい?」

「ん? あぁ三戸くん? なぁに、どうしたの?」

「うん。実はさ、内田さんに話したいことがあってさ。今時間いい?」

 これから別の男子生徒のところに向かう途中ではあったが、別にその男子生徒と約束を取り付けていたわけでもなく、休み時間を潰せるだけの時間を取れるなら誰でもいいと流留は思っていたため、三戸の話を聞くことにした。

 二人はお互いのクラスの教室から少し離れたところの、階段の向かいの窓際に寄り添って話をすることにした。同じ1年生の生徒はもちろん、たまに上級生も近くを通る場所だが、二人とも気にしない。

 

 

「そういやこの前のプール掃除は手伝ってくれてありがとう。内田さんたちが来てくれたおかげで早く終わったよ。会長たちも喜んでたよ。」

「あ~。どういたしまして。」

 会話の潤滑油代わりに最初に一言感謝の言葉を述べた後に、三戸は本題を切り出した。

 

「ところでさ、内田さんは艦娘って知ってる?」

「艦娘?ううん。名前は聞いたことあるけど全然わかんない。それがどうしたの?」

「俺さ、会長……立場上は生徒会長としてじゃないけど、とにかく会長が艦娘部というのを作ったから、その宣伝に協力してるんだ。」

 流留は三戸からの誘いの言葉を聞いて、先日プール掃除の時、全員の音頭を取っていた光主那美恵という2年生の先輩のことを思い出した。おかしな格好をしていた人だと。あれはコスプレなのだろうかとその程度しか気にかけてなかったが彼女にしては珍しく、なんとなく気を引かれた同性である。

 

「あ~もしかしてプール掃除の時にいた変なカッコしてた生徒会長だよね。あの人が?」

「うん。それで勧誘のために展示を見に来てくれる人を増やしてるんだよね。それでもしよかったら内田さんにも艦娘部の展示を見に来てほしいと思ってさ。どうかな?」

 流留は艦娘のことは全然わからないので特段興味があるともないとも言えず答えようがなかったので、うーんと言葉を濁す。よくわからないがなんとなく気にはなるので三戸の更なる説明を聞くことにした。

 

「俺一度会長やその艦娘の人たちのこと見たんだけど、艦娘ってさ、○○っていうゲームみたいに普通の人間がヒロインになって戦う感じなんだ。まさにそのゲームが現実になったようだったよ。すげーとしかもう表現出来なかったもん。」

 一度プレイして前にハマったことがあるゲームの名が出てきたので流留は少し気になった。

「え~そんなゲームみたいなのが?ホントかな~?」

「マジマジ。内田さんなら展示見るだけでも絶対楽しめると思うんだよね。どう?放課後視聴覚室で俺たち展示をしてるからさ、もし気になったら来てみてよ。動画もあるし、艦娘が使う装備も展示してるからかなり参考になると思うんだ。」

 三戸とはそれほど熱く話すことはなく、接する多くの男子生徒のうちの一人だったが、曲がりなりにも生徒会に身を置く人物。他の男子生徒よりかは信頼できるとふんだ流留は、その現実離れしたゲームような現実の存在が気になり始めたので、うんと返事をして三戸の話に乗ることにした。

 

「OK!しばらくは放課後毎日展示してるから、いつ来てくれてもいいよ。」

「せっかくだから今日行くよ。どーせいつも○○くんや△△くんたちとしゃべって帰るだけだし、特に用事もないから。あたし手ぶらで行っていいの?何か持ってくものある?」

「いんや。普通に来ていいよ。じゃあよろしく。」

 会話と言いつつも自分のお願いだけしていき、三戸は自分の教室に戻っていった。流留は窓際に一人きりになる。

 

((艦娘かぁ。ま、見るだけ見てみよっと。))

 その後彼女は教室に戻り、残りの休み時間を別の男子生徒と雑談して時間を潰すことにした。

 

 

--

 

 放課後、すぐさま教室を出て帰る者、教室に残って雑談し続ける者、部活に行く者と、生徒たちの行動は様々である。那美恵と三千花は艦娘部の展示のため、生徒会室に向かうために教室を出た。1年生である三戸と和子も、お互い違うクラスながら同じように生徒会室へ向かう。

 その頃、1年生の流留は教室に残って数人の男子生徒と雑談をしばらくしていたが、用事があると言って男子生徒の輪の中から一人離脱して、あるところへ足を運んだ。

 

 那美恵たちは4人揃ったところで、先週までと同様にパネルや資料、そして川内の艤装を運び出して視聴覚室へ向かった。土曜日の艤装のデモを行なったおかげか、視聴覚室前には数人がすでに展示の開始を待っている。それを見た那美恵と三千花はひそかに手を合わせて喜びを表し合った。

 展示見学者をひとまず外で待たせ、那美恵たちは急いで展示の設置を始めた。

「いや~まさかの効果ですよ、みっちゃんさん。」

「ホントよね。百聞は一見にしかずってことね。デモやってよかったじゃない!」

 パネルや資料を並べつつ二人は話す。それを視聴覚室の仕切りを動かしつつ聞いていた三戸が会話に入り込む。

「俺も会長の艤装デモ見たかったなぁ~会長の麗しい姿を一目見られたらなぁ。」

「私も見たかったです。」

 三戸に続いて和子も実は思うところは同じらしく、希望してくる。そんな書記の二人の様を見て那美恵は苦笑しつつ、二人を慰めつつ提案した。

 

「また近いうちにやったげるから、その時は一緒にね!」

「私と四ツ原先生だけ見る形になって、二人にはなんか申し訳ないことしたわね。」

 三千花は肩をすくめつつ言い、三戸と和子に謝った。

「いえ、気にしないでください。私達は鎮守府で一度しっかり見てますから。」

 そう言って和子は副会長の三千花をフォローする。

「じゃあ次やるときこそみっちゃんに艤装つけて動いてもらおー。」

「……あんた、あの時私に艦娘になってほしくないって言ったの嘘なの?」

「もちろんホントだよ~。でもちょっと試すだけならいいでしょ?ね?ね?」

 親友のどうしてもやらせたい欲求バリバリの言い方を聞いて、三千花は半分諦めた。一度従ってやってみれば那美恵の気が収まるかもしれない。三千花は肯定とも否定ともつかない曖昧な返事で那美恵の反応を受け流すことにした。

 展示の準備が終わり、その日の展示がスタートした。

 

 

--

 

 先週よりも大盛況っぷりに那美恵たち4人は驚いたが、それぞれ役割を決めていたのでいつもどおり見学者を捌く。そして先週までと違ったのは、艤装の同調を試したいという生徒がいたことだ。その日は結果10数人来て、4人同調を試した。

 いずれの生徒も合格水準の同調率を出せなかったが一人だけ、合格レベルの生徒がいた。

 

 放課後の1時間少々ではあるが、10数人の見学者が来て、それぞれ思い思いに艦娘のことを見聞きして帰っていった。那美恵と三千花による説明も回数を繰り返して慣れてきたのか、わかりやすさと説明のスピードが安定して、誰が聞いてもある程度分かってもらえる口調になっていた。艦娘である那美恵はもちろんのこと、艦娘でない三千花もあたかも自分が艦娘であるかのように熱を込めて説明をする。

 表で案内役をしていた三戸は、日中に流留を誘ったことを思い出していた。彼女は(男)友達が多いし、なんだかんだで都合があって今日は来られなかったのだろうと。会長である那美恵に任せてくださいと大見えきったはいいが、目的の生徒に来てもらえないのは(那美恵も三千花もそんなことは気にしない性格なのは三戸自身もわかってはいたが)少々気まずく感じる。

 展示を締め切る10分前。厳密な時間ではないしその時間に先生が来るわけではないが、一応借りている時間はその時間までなので、生徒会自ら破る訳にはいかない。見学者の大半がいなくなり、視聴覚室付近は静かになった。和子は艤装デモや資料配布の手伝いのため視聴覚室におり、廊下には三戸しかいない。三戸は大きく背伸びをし、自分も視聴覚室に入ってそろそろ展示片付けの準備を手伝おうかと思って扉の方に方向転換したとき、少し離れた階段の辺りから一人の女子生徒が小走りで近づいてきているのに気づいた。

 内田流留である。

 

 流留は少し息を切らしており、三戸の前で胸に手を当てて呼吸を整えた後ようやく口を開いた。

「ゴメンゴメン、遅れて!もう展示終わっちゃった?」

「いいや。ギリギリだけどまだやってるよ。そんな走ってくることないのに。どうしたの?」

 三戸は、小走りではそこまで息切れしないだろうとなんとなく違和感があったので彼女に尋ねてみた。が、流留はちょっとねと言葉を濁すだけで、三戸にそれ以上の説明をしようとしない。三戸もそれ以上は聞く気はなく、すぐに思考を切り替える。

「じゃあ、中見ていく?今なら他の見学する人いないからゆっくりできるよ。」

「OK~。じゃあ三戸くんも一緒に来て。どうせもう人来ないんでしょ?」

 流留から見学の付き添いをお願いされて、本人的には内心鼻の下が少し伸びた状態な気持ちになって、快く承諾して二人で視聴覚室に入った。

 

 視聴覚室に入った三戸は那美恵たちに声をかけた。

「会長、次の見学者の方っす。」

「こんちはー」と流留。

「こんにちは~。あ!あなたは確か……内田さんだったよね?」

 那美恵は自分が三戸づてに来るように催促してはいたが、そんな素振りは一切感じさせず、今初めて来てくれたのに気づいたというふうに振る舞う。当然そんな策略なぞ流留が気づくわけがない。

 

「内田さん、艦娘に興味あるの?」那美恵は入って早々の流留に尋ねる。

「うーん。よくわからないんですけど、三戸くんに誘われて、なんだか面白そうだから見るだけみてみようかなって。」

 流留自身の興味のレベルはそう大して変わっていない様子が伺えた。誘われたから来たということは、少なからず揺れ動いたのだろうと那美恵は想像してみる。早速那美恵は流留に直接説明することにした。

「おっけ~じゃああたしが説明してあげる!」

「よろしくお願いしまーす、会長。」

「内田さ~ん?今のあたしは生徒会長じゃなくて、艦娘部部員の光主那美恵なんで、そこんところよろしくね~。」

 流留が何気なく言った会長という言葉を頭をブンブンと振って那美恵は否定する。

「へ?あぁ……はぁ。」

 流留は生徒会長である那美恵のことをほとんど知らなかったので、そのずいぶん砕けた感じに少し戸惑いを隠せない様子を見せて適当な相槌を打った。

 

 

--

 

 那美恵が説明し紹介する艦娘の内容に、流留は驚きを隠せないでいた。あっけにとられるその様は、口が半開きになっていた。

「……でね、あたしは隣の鎮守府の天龍って人たちと大きな深海凄艦を倒したんだ。」

 那美恵の説明の後半は彼女の体験談だったが、流留は説明のほとんどが耳を右から左へ素通りして抜けていくような状態に陥っていた。近くにいた三戸の言葉によるとゲームのようなことが現実に起こる仕事場とのことだったが、本当にそんなわけが……と最初こそ疑っていた。しかし那美恵の説明を聞くうちに疑う気も失せるほどの内容が流留の視覚・聴覚などの感覚に飛び込んできた。

 流留は「ホントだったらやってみたいねぇ」などと冗談混じりに軽く考えていたのだが、実際に目の当たりにすると人間の心理的な流れなのか、その気は収縮してしまう。

 

 そんな呆けた様子の流留のことが気になったのか、那美恵は説明を一旦中断して彼女の状態を確認した。

「ねぇ、内田さん?どーしたの?」

「へ!? え? あー、その……なんか現実離れしすぎて頭が真っ白に。」

 流留は左手で頭を抱えるように額を抑えて、戸惑う様子をその場にいた全員に見せている。

「うんうん。わかるよ。最初はそうなるよね~」

 あっけらかんと言う那美恵に三千花は突っ込んだ。

「あんたは絶対戸惑ってないでしょ。私達もそりゃ驚いたけど、なみえっていう良くも悪くもすごい例がいたから感覚が鈍ってただけでさ。内田さんの反応こそが一般の人の反応よ。」

「いやいや。あたしだって最初は戸惑ったよ~。そりゃもう脱兎のごとく!だよぉ~」

 那美恵は冗談とも本当ともつかない言い方で自身の時の経験を語る。三千花は親友の言が、半分はその場の空気を和ませるための冗談だと察していたので必要以上のツッコミは野暮として、一言で終わらせた。

「はいはい。言ってなさいな。」

 

 今の流留にとっては、那美恵と三千花、つまり生徒会長と副会長の妙に親しげなやりとりさえ気にならないほど、ここの展示の内容で受けた衝撃を収められないでいる。この人たちはこんな現実離れした出来事を本気で平気で受け止められているのか。こんなことを本気でこの高校で広めようとしているのか。ありえない。ついていけない。

 流留は今まで、楽しければそれでいいと適当に過ごしてきた。勉強は苦手で成績は並だが、ルックスや運動神経には自信がある。別にそれを笠に着てるわけではないが。彼女の生き方の根底にあるのは日常生活。そしてその延長線上。その生活を崩したくない。いくら艦娘がゲームみたいに振る舞えて楽しく活動できたとしても、日常生活から逸脱した世界に足を踏み入れてまでしたくないと思っている。

 このままこの場にいたら、艦娘にさせられてしまうんだろうか。ふと彼女の脳裏にそんな心配がよぎる。

 

 流留が呆けていると、那美恵は次の説明をし始めた。

「まぁびっくりするのは仕方ないよね。けど現実にこういうことがあって、あたしや内田さんたち、一般人の日常生活を密かに守っている人たちがいるというのだけは、頭の片隅にでも置いておいてもらえると、嬉しいな。」

「はぁ……。はい。それはわかりました。」

「でね。内田さんがもし冷静になった後も艦娘に興味があるなら、一緒に艦娘やってほしいんだ。」

 

 来た。

 

 流留はそう思った。しかし彼女が口を挟む前に那美恵が言葉を続ける。

「でもね、艦娘が装備する艤装っていう機械があるんだけど、艦娘になるには同調っていって、それと相性がよくないと艦娘になれないんだ。だからなりたい!って言っても艦娘になれるわけじゃないし、気が乗らない~って人が実は相性バッチリで艦娘になる素質あったりと、誰もが必ずなれるわけじゃないの。だからあたしはこの学校で一人でも多くの生徒に同調を試してもらって、艦娘になってもいいって人を探しているんだ。でね、よかったら内田さんにも、同調を試してもらいたいの。どう?」

 誰でもなれるわけではない。流留はその一言で安心感を得た。そしてその安心感は、一つの返事を生み出した。

「まぁ、試すだけなら……。」

 流留のその一言を聞いて那美恵の表情はパァッと明るさを増す。

「よ~しっ!じゃあ三戸くん、一名様を川内の艤装の間に案内して~!」

「よろこんで~」

 那美恵は飲み屋の店員のような軽いノリで三戸に指示を出した。三戸も似たノリで那美恵の指示に従い、流留を案内させた。

 

 

--

 

「内田さん、こっち。こっち来てくれる?」

 三戸を先頭に、流留、その後ろに那美恵と三千花が続く。

 川内の艤装を置いてある視聴覚室の区画は展示の区画より小さめに仕切られており、5~6人が入るともう限界の広さだ。区画の中央には、机の上に置かれた川内の艤装が静かに佇んでいる。

「さ、これが艦娘が身に付ける、艤装っていう機械だよ。」

 前に出て一言紹介したのは那美恵だ。流留は、そう言って紹介された艤装を見て、現実離れした存在である艦娘のことを、ようやく現実のものとして受け止めようという気になった。

「これが……艦娘の。」

「そ。じゃあ早速つけてみる?」

 コクリと頷いた流留の意思を確認した後、那美恵は川内の艤装のベルトとコア部分の機器を手に取り、流留の腰に手を回して装備させる。近くにいた三千花は少し駆け足で展示の部屋に戻り、艤装のリモート接続用のアプリを入れたタブレットを手にとって再び那美恵達の前に来た。その間、那美恵は流留に注意事項を小声で教える。

「もし同調できちゃったときにはね、……シたときと同じような恥ずかしい気持ちよさを感じちゃうかもしれないから、気をつけようがないけど心構えだけはしっかりね。裏を返せば感じちゃったら、内田さんは同調できたってことだから。自分でも判断つくと思う。」

 生徒会長の口からとんでもない言葉を聞いた流留は思わずそれを大声で復唱しようとした。が、それを那美恵と三千花に全力で制止された。

「オ、○ナ……っ!? フゴッ」

「わーわー!口に出したらいけませーん!」

「ちょ!ちょっと内田さん!男子もいるんだから!!」

 

 そばにいた三戸はポカーンとしている。当然なんのことだかわかっていない。艤装を試させるときは必ず那美恵と三千花の二人が担当していたため、三戸はさきほどの那美恵のノリに乗って入ってきたとはいえ、初めて誰かが艤装を試すその場に立ち会うのだ。

「……わかりました。確かに気をつけようがないですね……。」

 全然まったく関係ないところで恥ずかしい言葉が出てきたことに流留は驚いたがひとまず平静を取り戻し、その後教えられた同調の仕方を頭の中でじっくり何度もシミュレーションし始める。

「同調始めてもよさそうだったら声かけてね。電源はみっちゃんがリモートでオンにするから。そしたら教えたとおりにしてみてね。」

 那美恵が最終確認を含めた説明をした。その後、その場にはしばしの静寂が漂う。

 

 

--

 

 流留は教えられたとおりに心を無にして落ち着かせる。心をからっぽにとはいうが易し行うは難しだ、と自身にしては柄にもない高尚な表現を頭の中で反芻していた。からっぽになったと心に思わせて無にしてみることにした。

 心の準備ができた流留は那美恵に合図をした。

「いいですよ。お願いします。」

 流留の言葉を聞いて那美恵は三千花の方を見る。流留の言葉は当然近くにいた三千花の耳にも入っていたので、那美恵と目配せをしたのち、三千花は手に持っていたタブレットのアプリの画面にて、川内の艤装の電源をオンにした。

 

ドクン

 

 流留は腰のあたりから二方向に電撃のようなものがほとばしるのを感じた。一つは頭の先へと、もう一つは下半身を通りすぎて足の指まで。那美恵の言ったとおりの感覚を得た。確かに似ており、気を抜くと高校生にもかかわらず、側に男子がいるにもかかわらず、粗相をしてしまいかねない感じだった。しかし流留はその感覚を必死に我慢する。

 その感覚がようやく収まったと思ったら、次は全身のありとあらゆる関節がギシッと痛み、よろけて片膝立ちになりかける。流留が完全に倒れこむ前にすぐ近くにいた那美恵は彼女の肩口を支えてあげるために近寄った。流留はというと、関節の痛みが収まると頭のてっぺんから踵までを、ひんやりして冷たく細長い鉄の棒を埋め込まれたような不思議な安定感を覚える。

 そして最後、流留の脳裏には突然何かの情景が大量に流れこんできた。

 

【挿絵表示】

 

 

 それは遠い何処かの海、闇夜に照らされる一筋の光の先に向かって自身と仲間が砲撃する一人称視点の光景だったり。

 それは仲間とはぐれて小さな艦と一緒に海を漂う高空からの光景だったり。

 それは仲間が遠く離れた、点々とした光の集合体に向かって砲撃している最中、別の仲間と何かを運ぼうと死に物狂いで波をかき分けて進む第三者視点の光景だったり。

 止めに、あちこち穴ぼこだらけ、炎上している自身の身体を必死に我慢して円運動をしながら応戦するも、敵の放つ恐るべき一撃必殺の52本が次々に襲いかかり、微光射す朝の海のやや濁った海中から見た最期の光景。

 

 どれもこれも、今までの人生で見たことなんてない、ましてやゲームですら見聞きしたこともない、リアルすぎる光景だった。そしてありえないはずなのに、まだ顔も見ぬ、素性も知らぬ少女?たちが側に近寄ってきて親しげに並走する光景が浮かぶ。

 いつかあった過去と未来なのか。脳の記憶保持のキャパシティが限界を超えて頭が爆発しそうになり、流留は耐えられなくなって思わずよろけてしまった。

 その様子は、那美恵から見ても、今よろけた少女がどうなったかを察することが出来た。

 

 内田さんは、川内の艤装との同調に成功した!!

 あたしは、艦娘の艤装とやらに選ばれた!?

 

 タブレットで電子的にその状況をチェックしていた三千花がはっと息を飲む。

「内田さんの、川内の艤装との同調率は88.17%よ。私よりも高いわ。なみえ、これって……」

 数値を聞いて、那美恵は飛び跳ねて喜び、流留と三千花の肩を抱き寄せて更なる喜びを表した。

「うん!! 合格! 内田さんなれるんだよ! 軽巡洋艦艦娘、川内に! やったぁ~~!!」

 飛び跳ねて素直に明るく喜びを表す那美恵と、対照的に微笑んで静かに喜んで那美恵を見つめる三千花。そして、そんな二人を複雑な表情で見る流留がいる。まさか自分が艦娘に合格できるとは……。流留はさきほど艦娘の世界のことを知った時以上の衝撃を受けていた。

 そんな彼女の気持ちを落ち着かせる間もなく、那美恵は勧誘の攻勢を強めることにした。

「やっと出会えたよ。うちの学校で、艦娘になれる人に! あたしね、実は言うとプール掃除の時に初めてあなたを見た時に、何かピンと感じるものがあったの。直感ってやつ? 内田さんが今日見学しに来てくれたのは運命だったのかもって今、すごく嬉しいの!」

「はぁ……」

「ね!ね? 内田さん。こうして出会えたのも縁かもだし、あたしと一緒に艦娘やってみよ?」

 那美恵は興奮を抑えきれない様子で流留を艦娘へと誘いかける。珍しく、目の前の少女の様子がどうだとか、観察がままならない状態になっていた。そのため流留の表情が思わしくないことに那美恵は気づかない。

 

 流留は同調率というものに合格という評価を受けて戸惑う。自分が肯定の返事をしてくれると信じて熱い眼差しで見つめる那美恵が側におり、そのさらに横では冷静そうな三千花がいる。流留は妙な威圧感を(勝手に)感じていた。

 押されすぎていて何と言えばいいか混乱しかけたが、ようやく一つの言葉を絞り出した。

「とりあえず、外していいですか?」

「おぉ!?そーだねぇ。コアユニットだけ付けて同調しつづけると疲れが早いって明石さん言ってたし。」

「じゃあまたこっちで電源切ればいいのね?」

「うん。お願いねみっちゃん。」

 那美恵から合図を受けた三千花はタブレットのアプリから艤装の電源をオフにした。流留は今の今まで全身に感じていた妙な感覚がなくなり、元に戻ったのを実感する。元に戻ったはずなのに、身体が重い感じがする。そして同調する前に言われた通り、アノ感覚が下半身にかすかに残って猛烈に恥ずかしい。

 はぁ、と一息ついてベルトを外し、那美恵に艤装のコアの箱を手渡す。

 

 

--

 

「ねぇねぇ?どうかな?艦娘、やってみない?」

 なおも尋ねてくる那美恵に、やや疲れた表情で見上げて流留は言い返してみた。

「それは……生徒会長や上級生として言ってるんですか?」

「えっ!?」

 まさかそんな返し方をしてくるとは思っておらず、那美恵は珍しく素で呆けてしまった。だがすぐにいつもの調子に戻り、言い方を変えて流留を誘う。

「いやいや。あくまでも艦娘部部員としてだよ。もちろん強制じゃないから、あたしからはあくまでも誘うことしか出来ないから、最終的な判断は内田さんに任せるよ。」

 とは言うが、流留にしてみれば、光主那美恵という人は生徒会長としての影響力が強すぎる。そして、思うように増やせない、相性があるという艦娘と艤装の関係、やっと見つけた自分(流留)という存在、きっと彼女はなんとしてでも誘ってくる気がしてならない。

 退屈を凌ぐために適当に楽しさを求めて過ごしてきたが、あくまで日常生活の範囲。ただでさえ、視聴覚室に来る前に自身に似合わぬ心かき乱される出来事があったのに、これ以上壊されたくない。艦娘なんて非常識な世界は、自分には無理だ。

 日常を壊したくなかった流留の心は決まった。

 

 

「ごめんなさい。あたし、無理です!」

 

 

その一言だけ言って、流留は那美恵と三千花をかき分けて、脱兎のごとく視聴覚室を駆け出て行った。

「あ! ちょ! 内田さん!?」

 那美恵の呼びかけも意味をなさず、声はその場に響いただけだった。視聴覚室にはあっけにとられた那美恵達3人、そして廊下には早足で出てきた流留に呆然とする和子が残る。

「せっかく艦娘になれる人見つけたのになぁ~」

 後頭部を掻きながら流留がいなくなった視聴覚室の区画で宙を見つめる那美恵。驚いた和子も艤装のある区画に入ってくる。

「どうかなさったんですか?内田さん走って出て行っちゃいましたけど?」

 異変を感じたのか、和子がその場にいた3人に訊いてみた。

「うん。内田さん、同調率合格したんだけどね、やりたくないって出て行っちゃったの……。」と那美恵。

「だから言ったでしょ。なみえだけ理想に燃えてやる気みなぎってたって誰もついていけないって。内田さんの言い分わかるわよ。なみえはさ、やっぱ生徒会長としての存在が強すぎるのよ。実際に誘われたらあれが普通の反応よ。」

 と三千花は親友に厳しく諭す。

「え~……それじゃあ、誰誘ってもあたしにはついてこないってこと? うー……」

「そ、そこまでは言わないけど、もっと違う切り口からの誘い方にしないと。それにさっきのあんた、興奮しすぎて押しすぎだったわよ。ちょっと珍しかったけど。」

 泣きそうな顔になり那美恵は俯いて表情を暗くする。三千花は、親友の那美恵が弱気を見せはじめ本気で凹んでしまったことに焦ったのか、思いやり半分指導半分のフォローをする。が、那美恵の表情は暗く落とされたままだ。

 

 

--

 

 二人の側にいた三戸は、会長に言われたとはいえ、自分が進んで流留を誘ってきたこともあり少々責任を感じていた。艦娘になれる素質があったにもかかわらず結果的に流留は断り、せっかく得られるはずだった艦娘仲間を失ったという事実に今まで見せたことのないショックを受けている那美恵のその様は、さすがの三戸も心苦しかった。

 自分が、内田流留と光主那美恵の橋渡しをするのだ。いや、しなければならないと彼の中には強い決意が湧き上がった。

 

「会長!副会長!俺ちょっと追いかけて内田さんと話してくるっす。任せて下さい!」

 左腕でガッツポーズをして、そばにいる1つ年上の女の子二人を元気づけて三戸は視聴覚室を出ていこうとする。

 

「ちょ!三戸君!?どうするのよ!?」

 反応して呼び止めたのは三千花だ。那美恵はまだ俯いたままでいる。

「内田さんを誘ったのは俺だし、なんとかしてみますよ!」

「違うよ三戸くん。内田さんを誘おうとしたのはあたし。三戸くんを使ってあたしが誘ったんだよ。だから三戸くんはこれ以上何もしてくれなくていいんだよ?」

 那美恵はうつむいたまま涙声で三戸に言う。三戸はこれはますますヤバイ、なんとかせねばと燃える。

「いや。直接交流あるの俺だけだし、俺がなんとかしなくちゃいけないんっすよ。」

 

 妙にやる気にも燃えている三戸の姿を見て、那美恵と三千花、和子は少しだけ彼の見方を変えた。やる気に燃えた三戸は3人の声を聞いても今度は足を止めずに視聴覚室を出て流留を追いかけていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

内田流留という少女

 視聴覚室出て、小走りで流留は廊下を進んでいた。とくに目的地はない。苦虫を噛み潰したような表情で歩みを進める。彼女がそういう表情をしているのは、何も視聴覚室での出来事のせいだけではなかった。

 

 

--

 

 流留が視聴覚室へと向かう前、彼女はしばしばつるむ男子生徒の一人から呼び出されていた。その男子生徒は吉崎敬大という、同学年の生徒である。彼は性格は明るく、少し適当ですっとぼけたところがあるがそれも良い味を出している人当たりのよい優しい好青年だ。女子から人気がありよく言い寄られている。女子同士の話や"そういう"事に興味はない流留の目から見ても吉崎敬大はイケメン、つまり好い男に見えた。しかし流留にとってはつるんで趣味やバカ話をする男友達の一人でしかなかった。

 それゆえ呼び出されたのも単に暇つぶしの雑談をするだけなのだと思い、全く何も気にせず彼から呼び出された場所へと足取り軽く赴いた。

 吉崎敬大はその場所で天を仰いだり腕を組んでソワソワして流留を待っていた。彼女が来たのがわかると眉間に寄せていたシワを消して表情を柔らかくし、流留に近づいて話しかけた。

 

「や!ながるん。こんなところに呼び出してゴメンな。」

「いいっていいって。それよりもなぁに?なんか面白いことあった?」

 流留は仲の良い男子生徒の一部からは、ながるんというニックネームで呼ばれている。

 流留は雑談か、何か面白い出来事を聞かせてくれるのだと流留は思っていた。一方で吉崎敬大は流留の中性的な声質だが可憐な可愛さを感じる声による言葉を受けて、しばし俯いた後深呼吸をしてじっと流留を見つめた。そしてやや大きめの声で自身が胸のうちに抱えていた言葉をひねり出した。

 

「俺、ながるんのこと好きなんだ。付き合ってくれ!」

「……へっ!?」

 吉崎敬大からの突然の告白。予想だにしていなかった相手の行為と好意。その場には流留の変に裏返った声の一言が響く。

「ちょ、敬大くん!? へっ……じょ、冗談はよしてよ~。なになぁに?あたしにドッキリ仕掛けてどういうつもりぃ~!?そこの陰からいつものやつら見てるんでしょ~?」

 

 突然の告白に流留の思考は混乱する。照れ隠しもあり呼び出された場所の近くにある物陰や木の後ろをわざとらしく見に行くなどして動き回る。その間も吉崎敬大は動かないで突っ立ったままだ。

「ははっ……」

 当然ながらあたりには流留と敬大以外誰もいなかった。さすがの流留もこれは本気の告白だと気づかざるを得なかった。今まで平穏でなんの波もなく過ごしてきた流留の日常に、初めてヒビが入った瞬間であった。

 

「ながるん!」

 吉崎敬大は動きまわる流留の方を向いて呼び止めた。その声に流留の動きは緩やかになり、ようやく立ち止まる。

「……なんで? なんでなの? なんであたしなのよ! さすがのあたしでも知ってるよ。敬大くん、女子に人気あるじゃん! あの子達じゃなくて、なんであたしなのよ!?」

「ながるんは他の女子たちとは違う。俺はながるんがいいんだ。好きなんだ。」

 他の女子達とは違う、普通ならば君だけは特別という意味合いにとれるその言葉は少なからず異性を意識させる効果がある。その一言に流留は違和感を覚えた。それは違和感というよりも、自分があると信じて疑わないものが崩れていく。それへの畏怖の念とも言えた。

 

 流留はあとずさった。その反応を敬大は見て歩幅を合わせて近づいてくる。もう一歩下がる。敬大は2歩近づいてくる。

「やめて。あたしはそういうの望んでない!あたしはみんなと適当に雑談して遊べればそれでいいの!だかr

「だったら馬鹿話して遊ぼうぜ!それは今までと変わらないことを約束する。みんなの前では今までどおりしよう。その上で、俺と付き合ってほしいんだ。ながるん……いや、内田流留さん!!」

「そんなこと言われたら……絶対みんな今までどおりじゃいられなくなるよ……。なんでコクってくるのよ……。」

「今までどおりでいられるって。ここには俺とながるん以外誰もいない。他の奴らにこのことなんて話すわけねぇし誰にも知られずに済むって。」

「そんなの当たり前でしょ。告るのにわざわざ他人に言うやつなんでいないよ。」

 

 さらに口論を続けようとしたその時、さきほど流留が照れ隠しに見渡した物陰よりさらに離れた陰で、物音がした。

 

「誰だ!?」「誰?」

 

 微かに走っていく足音が響いたことに二人とも冷や汗が出る。流留は吉崎敬大に詰め寄った。

「ちょっと敬大くん!本当に誰もいないんでしょうね!?」

「いねぇよホントだよ!」

 敬大は頭をブンブンと横に振ってハッキリと否定する。

 

「なぁ、ながるん。頼むよ。付き合ってくれよ!」

 気を取り直してなおも食い下がる敬大に、流留は再三繰り返して断る。

「だから。あたしはいつもどおりの生活で話の合う人達と馬鹿やれればそれでいいの。誰かと付き合うとか、そういうの求めてないの!あたしの日常に波風立てないでよ!今日の事は忘れてあげるから、あたしに近寄らないで!」

 

 流留はダッシュしてその場を離脱し始める。それを敬大は強い口調で呼び止めた。

「ちょっと待てよながるん! 近寄らないではひでぇだろ。それにどこ行くんだよ?」

「……ゴメン。さすがに言い過ぎた。告ったのは忘れてあげるから、敬大くんも今日のことは忘れて今までどおり振る舞って。それからあたし今日は別の用事あるから、急いでるからもう行くね。」

 

 流留はダッシュほどではないが小走りでその場から離れた。その場には、吉崎敬大がポツンと残されるのみになっていた。

 

 

--

 

 視聴覚室から出て思い返しながらあてもなく歩く流留。気づくと別の棟にいた。少し戻って空中通路のところで立ち止まり、手すりによりかかって思いにふける。

 いきなりやってきて自分の日常を壊そうとする、男子生徒からの突然の告白と、艦娘という非日常の世界とも思える存在。そして艦娘になってしまった自分。いや、まだなっていないのか? あくまで資格がある、ということなのだろうか。流留は自身の素質にも混乱していた。

 今日一日で日常が破壊されかねない重しがのしかかってきたことに流留は憂鬱になっていく。

 とりあえず告白は断り、艦娘への誘いも(生徒会長たちの反応を見ずに)断って帰ってきた。今の彼女には、逃げることしかできなかった。

 

 

--

 

 彼女が日常生活にこだわるのには、彼女の人となりに影響を与えた従兄弟たちの事情が関係していた。流留には兄弟姉妹はおらず、一人っ子であったために従兄弟たちがその代わりをして彼女に小さい頃から接していた。流留は従兄弟たちを”にいやん”などと呼びまるで実の兄弟のように接して育つ。かなり歳の差のあったそんな従兄弟たちに接するうちに、流留はおよそ女の子らしい趣味は身につかず代わりに男っぽい趣味が身につき、従兄弟たちと遊ぶ間に負けずとも劣らぬ勇ましい性格になっていった。

 

 そんな気の置けない従兄弟たちとの楽しい日々が続いた。流留は周りが年上だからということもあり、すべてを安心して委ねて、接することができた。常に流留のことを気にかけてくれて、何をしても自分の味方でいてくれる、心から信頼できる存在。だから思う存分やんちゃもした。

 ある種、流留は他人に究極的に依存しやすい質だった。彼女にとって日常生活とは、従兄弟たちとの時間がすべてであった。そんな従兄弟たちとの時間も、小学校高学年の途中までだった。

 

 保健体育で教わった男女の体の違い、そして成長していく自分の体つき。周りからの扱いの変化。かなり年齢差があって年上だった従兄弟たちも成長し、それぞれの道へ進んだこともあり今までどおり接してくれなくなった。従兄弟たちと遊ぶ時間が減り、もともと一人っ子の流留は一人で遊ぶ時間が増えた。

 従兄弟たちとの接し方の結果、小学校の頃から男子生徒と遊ぶようになり(小学生の頃ならば男女問わず遊ぶことは世間的にもそれなりにあろうが)、流留は従兄弟たちの代わりとなる存在の拠り所を同世代の男子に求めた。

 

 完全な代わりとはならないが、同じ男友達ならば同じような日常を取り戻せるだろうと思いあくまでも男友達と接し続けた。とはいえ、趣味や気が合うなら同性の友達でもよかった。しかし小学校低学年~高学年、そして小学生時代のクラスメートの大半がそのまま揃って入った中学校時代初期まで、固定された交友関係のせいで同性の友達らしい友達ができないいままでいた結果、彼女は実質一人ぼっちとなった。一人ぼっち自体は、彼女にとって大した問題ではない。

 

 流留は中学に上がった時からぐんと成長し、男子のみならず同性でも目を見張る中性的な美少女に変貌した。勉強は得意ではなくむしろ苦手。しかし可愛くて気さく、それを笠に着ず等しく(男)友達に接する。助けを求められればすぐに駆けつける少し世話焼きな性分。そんな彼女が人気者になるのはたやすく、そして人気者に取り巻く環境の常である、アンチな生徒も大勢生まれた。

 中学時代、彼女にとってはそれなりに酸いも甘いもあった充実した時期だった。心身が成長する過程、男友達は思春期まっただ中で流留と接するのを恥ずかしがる者もいたが、基本的には仲良く接してくれた。

 人気を妬んだ女子にいじめられることも少なからずあったが、小さい頃から従兄弟たちの影響を受けてたおかげでやや男勝りに育った流留には、なぜか同性のファンがつき、味方も多かった。

 

 しかしなんとなく足りない感覚が中学校最後の時期まで続いた。

 

 そして高校入学。実家を離れて親戚の家に厄介になり、別の市立の高校に入った。それが今流留がいる高校である。今までの交友関係はリセットされるが、新しい交友関係を作ればその足りないものが補完されるかもしれない。そう信じて高校入学してからすぐに自分の普段の趣味全開で積極的に男子生徒に話しかけ、趣味の合う人を見つけ、雑談したり遊びに行く関係を築き上げていった。

 形は違い、足りないものは補完できなかったがそれでも自分が作ってきた一応の日常。

 

 高校生ともなると誰もが今までとは違う意識が芽生えていた。将来の進路、恋愛感情はより複雑な物になり、本気で一緒にいたいと思う感情。今までの夢絵空事とは違い、具体的な形を伴った将来の夢を追いかける思いや意欲。

 流留は将来のことを真剣に考えたことなく、誰かを好きになるという感情も芽生えなかった。あえて言えば、もはや年末年始でさえ滅多に会わなくなっていた従兄弟のことが好きという程度。友達の男子生徒たちは女である自分と仲良くはしてくれているが、なんとなく違和感があったのでそんな感情を抱くには至らなかった。

 その違和感は、この日流留が当事者になった男子生徒からの告白と、艦娘への誘いでハッキリ彼女も理解した。

 

 みんな成長している。何かに一生懸命になろうとしている。だから精神の真なる部分では幼い流留にはどうしても彼(女)らとは馴染めない一線があったのだ。単なる男友達と思っていた吉崎敬大は単純な友達関係から一歩進もうと迫り、生徒会長たちや三戸は、世界を救うというとんでもない非日常の世界に首を突っ込んで大人たちと一緒に活動している。

 形の上だけでは理解はできるが、流留自身はそれを本気で理解して、受け入れるだけの心の成長ができていなかった。彼女の日常を刻む歯車は、従兄弟たちと接していた小学校高学年の頃の思い出と感情で凝り固まっていて止まったままだったのだ。

 流留は、今の日常でならいくらでも張り切って馬鹿やって熱血やって過ごせる自信はあったが、もう高校生。自分の生き方を真剣に考え、変えなければいけない時期が見え隠れし始めているのにようやく気づいた。

 が、今まで信じていた日常がどうにかなってしまう。そんな恐れが彼女を縛り続ける。

 

 自分はどうすればいいのか。心かき乱された今の状態で、果たして明日から今までどおりの日常生活を送ることができるのだろうか。そんな不安が流留の頭をよぎり続ける。

 

 普通の朝が、遠くへ消えていく。

 

 

 そんな予感がした。

 

 

 

--

 

「あ、いたいた。内田さん!」

 思いにふけっていた流留の前に現れたのは、さきほど視聴覚室にいた同じ学年で生徒会書記の三戸だった。少し涙目になっていた自分の顔を見られたくなく、反対側を一瞬向いて目を拭いた後、あっけらかんとした様子で三戸の声に反応した。

 

「三戸くん。なに?」

「いや、何じゃなくてさ。さっきの艦娘のこと。」

「あぁ……。いきなり飛び出して行ってゴメン。」

「いやいや。すぐに受け入れてじゃあやりましょうってのは無理だとは、さすがの俺でもわかるよ。それにあの会長、自分がやり手すぎるのイマイチわかってないところあるからさ。まぁ、ついていけないってのもわかる。」

 後頭部をポリポリと掻きながら三戸は照れ混じりに流留をフォローする。三戸は流留の隣にやってきたが、少し距離を開けて同じように手すりに体重をかけて寄りかかった。

「でも驚いたっしょ?あんな世界があるっての。」

「……うん。三戸くんからゲームに似たって聞いた時は、正直話半分だったの。ホントにそんなことありうるわけないって思ってたからさ。けど、あれって現実なんだよね?」

「うん。俺も初めて会長以外の艦娘見て、実際にその人達が演習とはいえ戦う姿を見て驚いたもん。本当にこんな出来事がってさ。あ、そうそう。そこの鎮守府にいる艦娘ってさ、中学生もいるんだ。中にアホっぽいけど可愛い子がいてさ~」

 いきなり訳の分からない方向に話を進めだす三戸を流留はジト目で見る。その視線に気づいた三戸はコホンと咳払いをして話を元に戻す。

 

「……ともかく。俺らよりも年下の中学生ですら艦娘になって戦えるんだから、きっと内田さんだって大丈夫だと思うんだよね。」

 三戸はそう言って戦いを怖がったと判断した流留を慰める。が、流留の反応は違う。

「ゴメン。そういうことじゃないんだ。実はね、視聴覚室に来る前に……」

 流留は言いかけたがすぐに口をつぐんで止めた。全然関係ない三戸に話すべきことではないし、多分身の上を話されても彼自身困ってしまうだろうとなんとなく気が引けたのだ。頭を振ってセリフをキャンセルする。

「ううん。なんでもない。」

 三戸は?な表情を作って「ふぅん」と言うだけで首をつっこもうとはしなかった。

 

 これまでの人生で、心の中をさらけ出して話せる人なぞ、従兄弟たち以外に流留にはいなかった。そのため三戸には言えない。三戸を納得させられるだけの弁が足りなかった。

「あたしの中でちょっと整理がつかないから。もうちょっと待って、とだけ生徒会長に伝えておいて。」

「へ? あ、うん。わかった。じゃあ正式な回答は保留ってことだね?オーケー。」

 三戸は流留の言い淀む姿が気になり、深く聞こうとはしないでおいた。流留は三戸からの確認にコクリと頷いて、手を振って空中通路のもう半分を進み、その場を離れた。

 三戸も彼女からの一応の返事を聞けたので、「じゃあね」とだけ彼女の背中越しに伝えて視聴覚室へと戻ることにした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間:報告

 視聴覚室の片付けが終わり、那美恵たちは艦娘部顧問の四ツ原阿賀奈を呼びに職員室へと行った。艦娘部顧問が決まって以降は、視聴覚室の借り出しの責任者は艦娘部顧問の名義で行っていたためだ。

 

「はい。ごくろーさま。で、どうどう?なにか進展あった?」

興味ありげに聞いてきた阿賀奈に、那美恵と三千花は嬉しそうに伝える。

「はい!先生聞いて下さい。なんとですねぇ、川内の艤装に同調出来る人ついに現れたんです!」

「えー!?本当?先生もなんだかうれしい~。それで誰だったの?」

 

 人物の名前を言おうとした那美恵だったが、とたんに表情を暗くする。普段は明るい印象しかないことで学校の誰からも知られている生徒会長である那美恵が暗くしていることに、さすがの阿賀奈も気になった。

「どうしたの?何かあった?先生になんでも言ってご覧なさい?」

 

 阿賀奈は那美恵の隣に居た三千花に目配せをするが、三千花は頭を軽く横に振って那美恵の肩に手を置くだけ。その様子を見て阿賀奈はますます何かあったのだなと察した。那美恵自身が答えるのを待つ。

 

「実は……」

 

 那美恵から、今日のその時の状況を聞いた阿賀奈。彼女が凹む理由を理解した。

「そっか。そういうことだったんだ。うーん。それは残念だけど、彼女にもそれなりに思うところがあるはずだし、多分いきなり言われて混乱してるだけだろうから、そこは気長にね。その辺りは光主さん自身も中村さんもわかってるでしょ?」

 那美恵と三千花はコクリと頷いた。ついでに二人が感じたのは、四ツ原先生がすごく先生らしいことを言ってくれてるという事実への驚きであった。

「先生だってあなた達から話を聞いた時驚いたもん。けど、あなたたちは私にお勉強する時間をくれたでしょ? それで先生はね、やっと心の整理が出来て受け入れることができたんだもん。だから職業艦娘の試験も受けに行こうって意欲が持てたんだし。だから内田さんにも少し時間を与えてあげてね?」

 

「「はい。」」

「よし。よろしいよろしい。」

 自分でも先生らしいことを言って生徒を元気づけている今の様子を誇らしく思い、椅子に座った状態ではあったがふんぞり返って軽くドヤ顔をしてみる。が、那美恵たちは全くなんの問題もなく、スルーする。

 

 ふと、那美恵は阿賀奈が職業艦娘試験を申し込みに行ったことを思い出して聞いてみた。

「そういえば四ツ原先生。職業艦娘の試験ってどうなりました?いつなんです?」

「うん。なんか定期的に行われてるらしくてね、直近では今週末にあるらしいから、その日で申し込んだの。先生のほうは何の問題もないはずだから、あなたたちは勧誘活動頑張ってね。決して無理に誘っちゃダメだよ?」

 

 確かに阿賀奈のほうはもう何の問題もないことがわかっていたので、那美恵たちは安心して返事をすることができた。あとは、自分たちの活動だけだと把握した。

 

「そうそう。このことは先生から提督さんに話しておくね。こういう連絡行為も艦娘部顧問の役目らしいから。」

「はい。お願いできますか?」

「まっかせなさ~い!」

 

 せっかく一緒になれそうだった艦娘になれる人を一旦は失って、意気消沈する那美恵。今の心境のまま、提督に自分の口から伝えるとおかしな口調で変に心配かけてしまうと思った。自分の巻いた種の出来事だから、弱音は吐きたくない。艦娘のこととはいえ、学校内でのことなので提督に余計な気苦労をかけさせたくない。提督には、正式に揃った○○高校艦娘部部員、川内・那珂 ・神通で揃って報告にしに行きたい。そう那美恵は決意を胸にしていた。

 

--

 

 帰り道、三千花と一緒に帰路についた那美恵は他愛もない話題でおしゃべりをしながらの歩であった。那美恵の口からは、艦娘関連の話題は一切出ない。

 そのあまりにも極端な話題そらしに三千花は僅かに心労を覚える。このオチャラケて明るくて果てしなく強い親友は、その実あまりにも脆い面がある。そのことをわかっていたので、三千花は励ましの言葉をかけようと思って口をそのために動かしかけたが、地雷に踏み込みそうな気がした。こういうとき親友たる自分はあれやこれやと口うるさくせずに、必要なポイントだけでフォローすべきなのだ。

 三千花はすぐにつぐみ、那美恵が出す話題の相槌打ちにその労力を傾けた。

 

 

--

 

 その後、阿賀奈から報告を受けた提督は、秘書艦の五月雨と最近よく代わっている妙高、そして明石にメールを転送し那美恵の高校での状況を伝えておいた。

 

五月雨からのメール

「そうですか。うちの中学とは違ってちょっと大変そうですね・・・那珂さん大丈夫でしょうか?私心配です(>_<)」

 

妙高からのメール

「他人ごとのような言い方で申し訳ないですけれど、なんだか青春という感じですね。那珂さんには暗い印象は似合わないので、無理せず頑張って欲しいですね。」

 

明石からのメール

「私たちはすでに艦娘の世界に飛び込んでるから感覚が麻痺してるのかもしれませんね~。まさに一般の人の反応って感じです。まぁ気長に待つしかないのではないでしょうかね?」

 

 提督ら鎮守府Aの面々は直接的には外野なので、形の上での心配しか出来ない。

 那美恵たちはもちろんだが、提督たちも、新たな艦娘川内・神通の着任までは、もうしばらく焦らされる羽目になる。

 




ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=57550092
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1JBzoKSKuLH4xyue-UHvoGQuedNoZsWxmJczcXU7-VWI/edit?usp=sharing
好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

艦娘部勧誘活動3
壊れ始める日常


 艦娘の資格を有していた内田流留。しかし彼女はその現実を受け入れられないでいた。自分の日常を守るためにひとまず忘れることにしたが、忘れる努力をする前に艦娘どころではない事態に巻き込まれて、忘れることすら忘れてしまうほどの悪声狼藉の立場に立たされる。


【挿絵表示】



 翌日以降、1年生の間では一つの出来事と噂が漂った。それは、内田流留が女子に人気の吉崎敬大に告白して、見事振られたという話である。

 流留が登校して教室に入ると、今までもよそよそしかった女子がさらによそよそしくなっているのに気がついた。その態度には、刺々しい視線による圧迫感もあった。しかし女子からの反応には慣れていた流留は大して気にもとめず、いつもどおり着席し授業の準備を整えたのち日課となっていた仲の良い男子生徒のところに行き朝の挨拶をする。

 

「おはよー。○○くん、○○くん、みんな。」

「え、あぁ……おはよう。」

「お、おはよう。」

 

 男子生徒もよそよそしくなっていた。挨拶を返した男子のうちの一人が、小さめの声で流留に訊いてきた。

「なぁ内田さん。敬大に告ったってマジなの?」

 

 その一言に流留は片方の眉を下げて激昂しかけ、逆に聞き返した。

「なに……それ。誰から聞いたの?」

「いや~、女子たちの間じゃもう話広まってるぜ。てかマジなの?」

 流留は頭を振る。

「そんなわけない!だって敬大くんの方から告ってきたんだもの。」

 

 つい、流留は喋ってしまった。この場に吉崎敬大がいない(クラスが違う)ことは幸いだと思ったが、それは逆に状況を悪化させてしまう結果となる。クラスの大半が流留の方に視線を向けてきた。わりと大きめの声で言ってしまったのでクラスの女子にも普通に聞こえてしまったのだ。そして流留の側に数人の女子が詰めかける。

「ちょっと内田。適当なこと言わないでよ。あなたが敬大くんに告白したの、私達知ってるんだからね。」と女子A。

「は?そっちこそ適当な事言わないでよ。当事者はあたしだったんだから。あたしが言うからにはこっちが本当の話よ。」

「ふ~ん。どのみち告白は本当だったんだ、その口ぶりからすると。」

「……!!」

 

 流留はしまったと思い苦々しい顔をした。その様子を見て別の女子生徒Bは攻勢をかける。

「否定しないところを見るとマジなんだね。」

 女子たちは顔を見合わせてクスクス笑ったりため息をついたりしている。

「敬大くんに告るなんてなんてことしてくれたのよ。私達は敬大くんに迷惑がかからないように適度に距離を保って彼に接するようみんなで取り決めてきたのに、あんたが告ったせいで私達の均衡壊れるじゃないの。どうしてくれるのよ!」

「んなこと知らないって!あんたたちが勝手に決めたことでしょ。あたしには関係ないしファンクラブごっこならよそでやってよ。」

 手でシッシと払って女子生徒AとBの攻勢を手荒くあしらう流留。だが女子生徒たちも負けてはいない。別のことも持ちだして流留をやり込めようとしてきた。

 

「敬大くんもそうだけど、Cくんとベタベタするのもアレでしょ?あんた実は私達の友達の想いを知っててやってるでしょ? CくんやDくんを好きって子の気持ちを弄ぶためにわざと男子とつるんでるんだ。」と女子A。

「あんた恋愛に興味ないふりして男子に近づいて色んな男子をひっかけてるでしょ。確かに内田さん、あんたルックスいいし男子から多少は人気あるのは認めるけど、そういう色仕掛けめいたことして色んな人の気持ちを弄んでかき乱すの、正直言ってうざいのよ。何時の時代の性悪気取りなのよ、え?」

 別の女子生徒も加わってきた。

 

 その後他の女子生徒からも堰を切ったように今まで流留に感じてきた気持ちが飛び出して流留にぶつけられていく。どれもこれも流留にとっては嘘っぱち、尾ひれがついた出元の分からない内容でしかなかったが、彼女らにとって自分らの和を乱す悪と認識したものには必要十分な口撃材料だった。

 

 

 チャイムが鳴る。流留のクラスの担任が前の扉から入ってきた。国語の担任の教師である。教室の後ろからは副担任である阿賀奈が入ってきてホームルームが始まった。

「はいはい。ホームルーム始めるぞー。おいそこ!おしゃべりはやめて早く席に着きなさい。四ツ原先生、彼女らを座らせて下さい。」

「はぁい。ホラホラ、あなたたち早く席に座りなさい。」

 

 先生が来たために女子生徒たちは流留への口撃を一旦ストップさせる。何人かは舌打ちをして自身の席へと戻っていく。流留も気分がムシャクシャするが、授業が始まるのでイライラを我慢して着席するために自席に戻った。

 

 

((これだから!!女子同士の交流は嫌なのよ!どいつもこいつも誰が好きだとか誰ちゃんのためにとかお友達ごっこして。みんな自分勝手。))

 

 方向性は違えど、実際自分勝手さに関してみれば彼女も人のこと言えた義理ではないが、他人に猜疑と嫌悪の念を抱いているうちは自分のことは棚に上げて気づかないのが人の常。彼女も同じだった。

 

 

--

 

 

 途中の休み時間の間、いたたまれなくなった流留は教室を出て適当に他クラスの男子生徒と話そうとするが、尾ひれがついた噂はすでに他クラスにも及び、今まで流留に接していた男子生徒は面と向かって拒絶する男子生徒はいなかったが、理由を付けてその場を離れる者がほとんどであった。彼らは女子から手厳しく注意を受け、流留を見捨てる態度を取り始めた。

 

 1年の大半の女子が、同性と仲良くせず男子生徒とばかり仲良くする変わりものの美少女、内田流留に対してよろしくない感情を持っていたことが、この数時間で衆目にさらされた結果となった。この話は、一部の生徒を伝って上級生の一部の耳にも入っていった。それは那美恵たちも知ることとなる。

 

 流留は当事者の吉崎敬大に話をして誤解を解いてもらおうとしたが、午前中のすべての休み時間に彼はおらず、また彼のクラスの女子にあしらわれて話すことかなわずにお昼を迎えた。

 

 さすがの流留も普段仲良く接している男子生徒の空気の違いを感じ取ったのか、その日は一人で昼食を取ることにした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

生徒会の反応

 

「ねぇ、なみえ聞いた?内田さんの話。」

「うん。今朝来たらもうその話題で周り持ちきりだったもん。びっくりしたよ~。」

 那美恵と三千花は自身の、2年生の教室で話していた。途中で二人と仲の良い女子が那美恵の席に近寄り、その話に加わる。

「1年の吉崎くんって確かにカッコいいし人気あるらしいから、告りたくなるのも無理ないよね~。でも1年の間じゃ告白はしないさせないっていうのが不文律だって聞いたよ。内田って子も可哀想に。振られた上にそれ破ったからこの有り様じゃあ仕方ないよね。」

 その後も噂を聞いてきた那美恵のクラスメートが様々な話を那美恵と三千花に語りかける。二人はそれにうんうんと頷いて話と雰囲気を合わせて話を聞いてはいたが、内心は別の感情を抱いていた。

 

 

--

 

 お昼休み、弁当を持ち生徒会室へ行って二人で食べる那美恵と三千花。真っ先に飛び出た話はやはり内田流留のことだった。

 

「内田さんのこと、すんごいことになってるねぇ。」と那美恵。

「休み時間を経るたびに話の内容が膨れ上がってるのはビックリね。あそこまで尾ひれがつくって言葉がぴったりな状況も見事すぎてなにも言えないわ。」

 うわさ話が嫌いな三千花は表情をわざと苦々しくして言った。それになみえは相槌を打つ。

「うんうん、ここまで来ると清々しささえあるよね~」

 

 昼食の弁当を口に運びながら三千花が問いかける。

「そもそもおかしくない?彼女、昨日は視聴覚室に艦娘の展示見に来たわよね。吉崎って男子生徒に告白する時間なくない?」

「視聴覚室に来る前に何かあったんでしょ~。そんな素振り全く見せなかったけど、もしかして告白があったから少し気持ちが落ち着かなかったのかも。」

 

 那美恵が昨日のことを思い出して彼女の気持ちを推し量る。その言葉に三千花も頷いて那美恵の想像を補完した。

「確かに。彼女ほとんど上の空だったもの。あの時はてっきり艦娘のことに驚きすぎてああなったのかと思ったわ。」

「うんうん。あ! もしそうだったのならみっちゃん、昨日のあたしへの言葉謝ってよー!」

「え?いやーそれは……。でも一般の人がいきなり資格あるって言われて迫られたらああなるのは明白じゃないの?あれはあれで正しい注意だと思ってるから私は謝らないわよ。なみえも少しは反省なさい。」

「ぐぬぬ。また泣くぞ~」

 那美恵はおどけて泣いてみたが、三千花はまったく動じなかったのでおとなしく箸を進めた。三千花はそんな那美恵の様子なぞ意に介さず自分が気になったことを彼女に訊いてみた。

「ねぇ、内田さんの告白、あれどう思う?」

「どうって……告白自体はしたか、あるいはないけどそれに勘違いされることがあったというのが想像かなぁ。」

「私もそう思う。どのみち当事者の内田さんと吉崎って人は晒し者になってるんだから可哀想よね。」

「まぁね~。でもあたし達が何かして解決できる問題でもないし、関わらないほうがいいとは思う。」

「そこはなみえも貫き通すのね。」

 

「うん。だってさ、いくら内田さんが艦娘になれる人だからって同情して彼女を助けるために首を突っ込んだらさ、少なくともあたしだと、生徒会長が関わってきた!何かあるのか!って余計にこじれそうじゃない?」

「確かに。なみえじゃ影響力でかすぎだわ。個人で関わったって言っても多分人はそうは思わないでしょうね。」

「うんうん。それに艦娘のことと彼女のプライベートのことはまったく関係ないし、返事は保留って言ってきた以上はあたしは事を見守ることしかできないかな。これは内田さんの問題だしね。」

 

「……本音は?」

「噂に悩んで弱ってる彼女に手を差し伸べてつけこんで惚れさせてチョメチョm」

 那美恵が言い終わる前に三千花は彼女のおでこをペシリと叩いて不穏な案をストップさせた。

 

 

--

 

 しばらくすると生徒会室に別の生徒が入ってきた。書記の三戸と和子だ。那美恵が二人の表情を見る限りは、二人も内田流留のうわさ話を聞いてやってきた口であったのは明白であった。

 

「会長!副会長!内田さんのこともう耳にしてますか?」

 入ってくるなり二人の姿を見た三戸が口から発した。

「うん。2年の間でももう広がっちゃってるよ。」

「内田さんって、やっぱり昨日の内田さんのことですよね?」

 和子も心配そうに確認してくる。

 

「で、どうします?」

「うん?どうするってどーいうこと?」

 三戸が那美恵に確認するが、その意図はまったく伝わっていない。普段察しがいい那美恵でも三戸の言いたいことがわかっていない様子だった。那美恵の呆けた顔を見て、改めて説明を加える三戸。

 

「内田さんをどうにかして助けるんっすよね?」

 そういうと三戸は期待の眼差しで那美恵に視線を送る。が、那美恵の発した言葉は三戸の期待をひとまず裏切るものだった。

「ううん。助けないよ。だってあたしたちには関係ないし。」

 

 三戸は那美恵の言葉を聞いた途端に長テーブルにのしかかるように強めに手を置いて那美恵に反論した。

「!! え……何言ってんすか会長? 十分関係あるっしょ? だって艦娘になれる人なんっすよ!?」

「三戸くん、落ち着こ。」

「いやいや!会長が望んだ人じゃないっすか!なんで助けないんっすか!?」

 三戸の言葉には三千花が反論した。

 

「三戸君。落ち着きなさい。」

「そうです三戸君。これは私でもわかることですよ?」

三千花と和子になだめられてようやく落ち着く気になった三戸。軽く深呼吸をした。その様子を見て三千花は改めて反論する。

 

 

「なみえも私も実のところ、なんとかしてあげたいの。だけどね、なみえはもちろん私ですら仮に動いて彼女を助けたとなったら、ものすごく目立つのよ。個人で動いたつもりでも生徒会が動いたと思われてしまうの。わかるでしょ?」

 三千花の言葉を受けて和子も自身が想定していた考えを述べる。

「一個人の私情に生徒会が関わったと思われたら問題が多いですね。それでなくても私達はまだ内田さんとは同調率という点でしか繋がりがありませんし。傍から見たら無関係なのになんで生徒会が?と変に思われてしまいます。」

 

 三戸は理解は出来たが納得いかない。苦々しい表情にそれがハッキリ現れている。

「でも……俺は、会長と内田さんを俺の手でつなぎとめてあげたいんっす。せっかく見つけた艦娘仲間になれる人なんだし、彼女が困っているのをここで見捨てたら、彼女学校に居づらくなってクラスの雰囲気だって悪くなるままだろうし、それになにより会長の望みが叶わなくなるのが俺自身つらいんっすよ。せっかくここまで関わったんだし。」

 

「三戸くん……ありがとう。でもそこまで君が責任感じてしまうこと、ないんだよ?」

 那美恵は優しい口調で三戸をささやきかける。彼は那美恵がお願いした内田流留への勧誘、それを通した繋がりの構築に責任を感じていた。その責任感の前では、那美恵の優しい言葉でさえそれほど意味をなさなかった。那美恵は気づいたが、三戸をいたわらずにはいられなかった。

 いたわりつつも、那美恵は三戸を諭す。

「内田さんのことはね、きっと君もわかってるだろうけど彼女自身の問題なんだよ。だから彼女が決着をつけるべき問題。それにまだ昨日の今日で半日なんだし、当事者同士の動きを様子見たほうがいいと思うな。」

 

 那美恵の言葉を聞いて三戸は落ち着きを取り戻していく。

「わかったっす。もうちょっと周りの様子を見ます。」

「うんうん。そーして。……で本音は?」

 

「内田さんが困っているところに手を差し伸べて弱みに付け込んで恩を売って艦娘になってもらって会長に喜んでもらいたいっす。」

 三戸の発した言葉を耳にした3人は1~2秒してからプッと吹き出した。真っ先に吹き出したのは、珍しいことに三千花だった。

 

「フッ……!なにそれ三戸君!?アハハ~誰かさんとほとんどまったく同じこと考えてる~!」

 三千花はそう言いながら那美恵のほうを向いた。見られた那美恵は

「ギクリ」

 と口から擬音を発しながら引きつった顔をした。

 

「いや~あんたら気が合うわね。良いコンビになりそうだわ~」

 誰が、とは口にせず、那美恵と三戸を交互に見ながら三千花はツッコミを入れる。

「みっちゃ~ん?」軽いしかめっ面になって那美恵は唸る。

「アハハ。ゴメンゴメン。それよりなみえ。せっかくだからなんか案出してあげたら?」

 

 三千花の促しに那美恵は深くため息をつく。素の行為ではなくわざとらしいオーバーリアクションなのは誰の目にも明らかだった。

「はぁ~……。ま、いいけどさ。でもこれは内田さんのプライベートの話だから、あくまでもってことでお願いね。」

 那美恵のもったいぶらせた発言に三戸は表情を明るして反応する。

「え?え? なんすか?何かいいアイデアが!?」

「アイデアというか、あたしたちは表立って動くべきではないから、二人にはそれとなーく情報収集をお願いしたいってこと。」

「俺や」「私がですか?」

三戸と和子は声を揃えて聞き返した。

 

「うん。でも……二人を監察方みたいに使うようで申しわけないなぁって気が引けちゃってさ。」

 那美恵が心配するのは、二人を使いっ走りか完全な部下であるかのように扱ってしまうことだった。

「なぁんだ。そんなことっすか。」

「会長、そんなの今更ですよ。私達は次の生徒会を継がなくちゃいけないんですから、どんどん指示してもらってよいと思います。」

「三戸くん……わこちゃん……。」

 

 那美恵は書記の二人が少しだけ頼もしく思えた。

 

 

--

 

 気を取り直して、那美恵は二人に自身の考えを打ち明ける。

「まだ半日だし、さっきも言ったけど当事者たちの対応を待つのが先というか当たり前。その上で、三戸くんとわこちゃんには、男子と女子の視点とグループというか集団の中での内田さんと吉崎って人の情報を集めて。生徒会が探ってるって思われると今後やりづらくなるだろうから、二人の交友関係の範囲内でいいからね。まずは情報集め。2~3日したら教えて。」

「「はい。」」

 

 那美恵は三戸にはもう一つ指示する。

「三戸くんは内田さんとそれなりに仲良いって言ってたから、場合によってはガツンとアタックして直接聞き出しちゃってもいいと思う。」

「あ、でも会長。内田さんと仲良い1年の男子たちには、内田さんとは距離を置けって女子から脅し的なお願いされてるんっすよ。女子もそうなんだよね、毛内さん?」

「うん。そういえばそう。私も他の子から言われたけど、適当な返事して流しておきました。」

 三戸と和子の回りにも、流留を無視しろ・敵対しろという女子間の連絡が回ってきており、着実に内田流留包囲網は広まりつつあるのだ。

「めんどくさいわね。小中学生じゃないんだから……。」

 眉間を抑えて1年女子の対応に呆れる三千花。

「まー、全員そんなお願い聞くわけじゃないっすからね。俺は元からそんなの無視するつもりでした。」

 三戸の言葉に和子も頷く。

 

「じゃあこれが最後。この情報収集は、あくまでも三戸くんとわこちゃんが勝手にやってるってことにして。これを念頭に置いて立ちまわってね。」

「「はい。分かりました。」」

 

 内田流留のプライベートの問題に、生徒会が裏で解決の支援を試みる計画が動き出そうとしていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

追い詰められる少女

 

 流留はお昼休み中にも吉崎敬大を探したが見当たらず、誰にも頼ることができなくなっていた。あてもなく校内を歩く彼女の姿は、1年女子の間では、代わりの男子を探して歩いてると悪言をつかれてしまう始末。仕方なく吉崎敬大のメッセンジャーサービスのアカウント宛にメッセージを残すことにした。

 

 午後の授業が過ぎ、途中の休み時間。流留は携帯電話をチェックすると、吉崎敬大から返信があった。

「大変なことになっててゴメン。誤解解くのは無理そう。」

流留は返信する。

「敬大くんの言うことなら聞くんじゃないの?なんとかしてよ。」

すぐに返信が来た。

「ムリムリ。俺が話しても聞く耳持たん女子ばっか。何もかも都合の良いように取られてる。しかも午前中は女子から呼び出されて告白受けまくっててうぜーことになってる。ヘトヘト(~O~;)」

「そう。女子の間じゃ敬大くんへの告りに不文律があるらしいからそっちはしばらくすれば落ち着くんじゃない?」

「マジか。そっちは?」

「午前中までのとおり。女子の間のいじめって、男子のより陰湿なのね~。あたしじゃなかったら大変なことになってたよ。あたしはこういうの慣れてるからいいけどさ。」

「ゴメン。用事できた。まああとd」

 

 敬大からのメッセージは途中で途切れ、メッセンジャー内での会話は中断した。

 

((まあ、人のうわさなんて2~3日ほうっておきゃ収まるか。中学の頃の似たような問題あったときもすぐ収まったし。ここであたしが慌てて何かしすぎたら余計長引かせるだけだし。))

 流留は過去似た経験をしていたが、持ち前の豪胆さで切り抜けていた。

 

 

--

 

 放課後になった。流留は携帯電話を見ると、メッセンジャーに敬大からメッセージがあったのに気づく。

「放課後、B棟校舎の屋上入り口で待ってる。」

 それを見た流留は早速行ってみることにした。

 

 

 そこでは敬大が物陰に隠れるように待っていた。

「何……してるの?」

 少々情けない様子の彼を見て流留は聞いた。流留の声を聞いて吉崎敬大は顔を上げて確認した後立ち上がり、辺りを見回す。

「いやさ。朝から俺って見ると告りにくる女子ばっかで大変だったんだよ。今も女子の目をかいくぐってやっと一人になれたんだよ。」

「人気者は大変なんだね。」

「うっせぇ。まー、女子にそんな不文律があったなんて知らなかったし、俺が撒いた種だから自業自得なんだけどさ。」

 ほとんど同時に二人はクスクスと笑い出した。

 

 二人は状況を確認し合った。

「俺はもう一度みんなに話して誤解を解いてみようと思うんだ。その時はさ、ながるんにも一緒にいてほしいんだ。」

「あたしが一緒にいたら……まずくない?」

「それはどうなるかわからないけど、一人より二人のほうが説得力はありそうだろ?」

 

 敬大の案を聞いてうーんと唸り考えこむ流留。それよりもと流留は提案し返してみた。

「それよりもさ、この話、誰かがわざと漏らしたと思わない?そいつを探し出すべきだと思うな。」

「もしかして、あの時の足音の主か!?」

「うん。そうそう。」

 

「それは無理じゃね?証拠も何もないし。」

 言いながら敬大は立ち上がる。手を腰に当てて俯いて流留に視線を向けたのち、苦々しい顔をして言葉を続ける。

「とはいえ足音の主が事実を曲げて広めたのは十中八九確かだろうな。けど噂がここまで広まった今、大元のそいつを探しだして懲らしめても解決しきれない気がする。くやしいけどそいつはもう放っておいて誤解を解いて回ったほうが俺はいいと思う。」

 

 流留は彼を見上げていて首が痛くなったのか、自身も腰をあげて膝立ちになり、すぐに立ち上がって階段の手すりによりかかる。

 

「……結論がでないね。」

「あぁ。」

 

「あたしはさ、もういっそのことこの話題は無視して放っておいたほうがいいと思う。騒いだら騒いだだけ逆効果。敬大くんは……人気があるし普段通りしていればそれでもう問題なくなると思う。」

「そういうもんかな?」

「そういうもんよ。」

「でもながるんは?」

「あたし?あたしも基本は無視するからいい。こういうの慣れてるし。」

 流留のその一言に敬大は一抹の不安を覚えたが、流留の性格は理解していたつもりなのでそれ以上気にしないように感情を抑えた。

 

「ゴメンな、ながるん。俺が告白したせいでこんなことになって。」

「いいって、もう。」

「さすがにこんなことになって、ながるんに迷惑かけてまで付き合ってもらいたいとは思わない。」

「……。」

「少なくとも、高校にいる間は俺はもうながるんに迫ったりはしない。俺は本気で好きだから、これ以上迷惑をかけたくないんだ。」

「敬大くん……あたしは前も言ったけど、君の気持ちには答えられないから、そうしてくれると助かる。」

 敬大の言葉を額面通りに受け取る流留。その言い方を目の当たりにして敬大は口を開きかけたが、すぐに閉じ、その小さな動きを流留に悟られないようにした。

 その日は結局二人とも確たる対応策は出ずにいたため、ひとまず噂話しには無理を決め込むようにした。

 

 

--

 

 一方の那美恵たちはというと、流留のことも気にはなるが表立って気にかけるわけにはいかないため、その日もいつもどおり放課後に艦娘の展示を行なった。

 前日よりは少なかったがそれでも6~7人来る盛況さであった。同調は、流留が合格したとはいえもしかすると他にも同調できる生徒がいるかもしれない。可能性は多いに越したことはないということで希望者に同調を試してもらったのだ。

 

 結果、2人試して2人とも不合格。

 その内の一人は、前日も試した女子生徒であった。その生徒は前髪が長く、後ろは長い髪を雑に縛っただけの、お世辞にもオシャレとはいえない、オドオドした態度でメガネを掛けた少女であった。いかにも目立ちたくないですといった風貌で、那美恵はひと目で気づいていた。

 

「あれ?あなた、確か昨日も試しに来たよね?」

「!! あ……はい。すみません。」

「ううん。いいよいいよ。でも結果は同じだと思うよ? それでもいい?」

「あ、ええと……はい。試したいんです。」

 

 自信なさげな様子でその少女は那美恵に頼んで食い下がる。頭をポリポリと掻きながら那美恵はそれに承諾し、彼女に川内の艤装を試させた。

 結果は32.18%と、不合格であった。その結果を受け、しょんぼりと(那美恵にはそう見えた)帰っていくその少女。

 

「あ、名前聞くの忘れた。ま、いっか。」

 2回試しに来たその少女のことを、那美恵はそれ以上は気に留めなかった。

 

【挿絵表示】

 

 

--

 

 翌日・翌々日にもなると、先の話としての噂の拡大自体は収まっており、流留に対する扱いは1年女子の間ではほぼ確立されていた。男子の方はというと、多数の女子と1人の女子どちらを敵に回すかを天秤にかけろと暗に女子達から迫られ、情けないことに大半の男子がその判断を決めていた。そしてその決断は吉崎敬大にも及んでいたが、敬大はあくまでも誤解を解くために反発する。しかし女子の捉え方は変わらない。

 

 登校してきて日課である同じクラスの仲の良い男子に朝の挨拶をするも、誰も挨拶を彼女に返さなかったその態度に流留はイラッとした。そして周りを見渡すと、離れたところにいるクラスの女子(の集まりのいくつか)が笑いをこらえている。無視をした男子はものすごく気まずそうに極力視線を流留に向けないよう努めて男同士で話を続けるフリをしている。

 

 流留は、彼らが自身に対して怖がっているわけではなさそうということをなんとなく察していた。が、察したところで流留は言わずにはいられなかった。

「あのさぁ……。Aくん、Bくん。そんなビクビクしないでさ、挨拶くらい返してよ。そーいうの見ててイライラするんだよね。」

「あ、あぁおはよ、内田さん。」

「ちょっと話してて気がつくの遅れたわ。おはよう。」

 

 流留を無視しきれない男子生徒は一応反応を返す。直接的な怖さは、気の強い性格の流留のほうが上だからだ。そういう態度は他の男子も同様だった。皆が女子との不和を望まない選択をしたためである。どこにもぶつけようがないもどかしさを感じたままひとまず挨拶は終わりとし、流留は黙って自席に着き授業の開始を待つことにした。

 集団イジメとなりつつあるこの空気は、静かに校内を侵食し続ける。

 

 

--

 

 休み時間数回、ある写真がこの時代の若者に人気のSNS内で出回っていることが判明した。出回った範囲は、流留のいる高校の生徒間の範囲だ。

 流留はそのSNSを、仲の良い男子生徒とつながるために少しは使っていたが、その写真は回ってこず、目の当たりにすることはなかったので別のクラスの男子生徒から言われて気がついた。ある休み時間中、流留は他の女子の視線や陰口はまったく気にせずいつもどおり別のクラスの男子生徒と雑談しようと足を運んだ。

 その教室に入って男子生徒に近づくやいなや、男子たちは慌てて流留の側に行き彼女を一旦教室から外に出し、廊下で小声で話しかけた。

 

「内田さん、あの写真気づいてる?」

「は? あの写真って何?」

「やっぱ知らないのか……。ながるんと敬大の写真が○○内で出回ってるんだよ。」

別の男子生徒は額を少し掻いて状況説明を補完する。

 

「これだよ、これ。」

 

 そういってその男子生徒から流留は写真を見せてもらった。その写真は複数あるがいずれも、先日吉崎敬大と流留が屋上入り口で話していたときの写真だった。共有された文章にはこう書かれていた。

 

「振られた内田流留がまーた敬大に迫ってる~!土下座かよ~」

「敬大くんその日何度目の女子からの告白なんだろー?最後がこいつって敬大くんもかわいそ~敬大くんにマジ同情(ToT)」

ひどい文章や別の写真のアングルとなると

「迫ったあげくにフェ○かよ!?なんなのこの女!頭おかしいんじゃないの!?」

「実は流留に近寄った男子全員色仕掛けされてたりww この淫乱女に」

「さすがにフェ○はないっしょww みんなエロフィルターかけて見過ぎwww 単に抱きつこうとしてるんでしょ?どのみちうぜーことに変わりないわ~」

 

 などと、またしても尾ひれがついたものだった。しかも今度は確実に誤解されやすい状況証拠たる写真付きで、SNSで出回るという履歴が残る形での噂の流布なので前日以上にまずくなるのは明白だった。無視を決め込んだばかりの流留はさすがにこれは無視しきれない・自分の手にはもう負えないことになりつつある恐怖を感じ始めていた。

 

「これ……誰が撮ったの……誰が書いたの……?」

 男子生徒たちに問いかける流留の声は震えていた。彼女の質問に男子生徒たちは答えるには答えたが、彼女の慰めにもならない回答だった。

「共有されまくってて誰が誰から受け取ったとか誰が送ったかもうわからなくなってるんだ。」

「さすがにながるんがフェ……校内でそんなことしないとは誰もが信じてるけど、敬大と会ったのは確かなの?」

 

 何が気に入らないのか、やり方が汚すぎる。そう憎しみの思いが湧き上がると同時に流留の心は一気に限界に近づいた。泣きそうになるのをこらえ、声をゆっくりと重々しくひねり出して答える。

「敬大くんから呼び出されて……こんな嘘っぱちの話、どうにか……誤解を解かないといけないよねって話してて……。敬大くんから告白されたのが本当で、敬大くんからこんなことになってゴメンって謝られて……」

 女子達から厳しく言われていた男子生徒たちだったが、普段気が強く自分たちと楽しそうに話していた彼女がこれほどまで追い詰められ、震えて泣きそうになっている様を目の当たりにし、広められた噂話、張本人、そして女子に従おうとしていた自分たちに辟易し怒りさえ感じていた。

 

「うん。だろうと思った。ハッキリ言って女子共の話ひどすぎるぜ。」

「あぁ。なんでここまでしてながるんを貶めたいのか嫌うのかムカつくわ。」

「女子ってこえぇ……」

 別の男子生徒がふとこんなことを提案した。

「上級生や先生の耳に入るのも時間の問題だろうからさ、いっそのこと生徒会に相談してみたらどうだ? 1年の○組に三戸と○組に毛内さんっているだろ? あの二人、先日からどうもこの噂話を探ってるようなんだ。もしかしたら生徒会が助けてくれるかもしれないよ?」

「正直内田さんと付き合いある俺たちの中でも、内田さんにこうして面と向かって協力できるやつらはもうほとんどいないし俺たちだけじゃ限界だ。こんな写真付きの嘘話が広がって先生たちにまで伝わって悪化する前に頼るべきだよ。」

 

 生徒会と聞いて流留は思い出した。三戸から話を聞いた件のこと、彼らが関わっている艦娘のことを。おおよそ自分とは縁がない、非日常の世界に首を突っ込んでいる人たち。生徒側の最高権力者集団。全生徒に知れ渡る、性格は明るく少し砕けすぎるところがあるが成績優秀・運動もできる文武両道な生徒会長、光主那美恵。

 流留は自分と彼女らに、縁がないために頼るのをためらった。明らかないじめとはいえまだ2~3日しか続いてない状況。自分でなんとかできると高をくくってるところもあったためだ。

 だがせっかく提案してくれた男友達の思いを無駄にしないためにも、ひとまず感謝の意を伝えて気持ちの整理も兼ねて考えることにした。

 

「ありがと。そうだね。相談してみるのもアリかも。ちょっと考えてみる。」

「早いほうがいいと思うよ。SNSのアカウントはやめておいたほうがいいから、これ。三戸のメアド。毛内さんのは知らんからとりあえず三戸に話してみたら?」

「わかった。」

 

 そう言って流留は三戸の連絡先を聞き、その場は一旦自分の教室へと戻ることにした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

相談

 翌日昼休み、生徒会室には那美恵たち4人が揃って昼食を取っていた。件の話は三戸達を通じて那美恵たちの知るところとなった。写真付き・ひどい共有文章とともに広まりすぎた状況に、さすがに那美恵も頭を抱えて、一つの判断をせざるを得なかった。

 

「これは、思った以上にまずいね。」

「ひどすぎる。いくらなんでもここまで書かれたら内田さんが可哀想すぎるわ!あからさまに適当な写真と適当な文章だし。」

 SNS内で流された数々共有文章と数カットの写真付きの投稿を見る4人。那美恵は戸惑いの表情を見せ、普段冷静な三千花も怒りを露わにしている。

「もちろんこんな文章全部ウソに決まってるっすよ。」

 と三戸も険しい表情をして強くまくし立てる。

「私達女子の間でも、これらの文章での共有に関しては同情派が増えてます。いくらなんでもやりすぎだと。明確ないじめとなれば先生たちや私達生徒会が黙ってないって言われ始めてます。」

 和子は女子界隈の話をする。

 

「先生たちや3年の先輩たちの耳に変な形で入ると何かとまずいから、もうあたしたちは暗躍して探ってる場合じゃないね。これは明らかな集団いじめだよ。それが分かった以上、生徒会として動いてきちんと対処しよう!」

 那美恵のその一言に、その場にいた全員が頷いた。

 そうして那美恵が3人にまず指示したのは、次の内容だった。

 三千花には○○高校生徒会代表として、そのSNSの運営会社に例の写真付きの投稿すべての削除を願い出ること。権威が足りないのであれば、生徒会顧問に事情を話すのも仕方なしと。

 三戸と和子には書面にて、ここ最近個人を根も葉もない噂で集団で陥れる行為が横行している、各自冷静な判断で対応すること、と表向きは穏やかな文面で注意を促す。

 そして裏の根回しでは風紀委員会および放送部を通じて、当事者たちと第一次の影響範囲と思われる生徒たちに直接アプローチし、しっかり耳を傾けて勝手な判断で個人を攻撃しないことを注意して回る。今度は生徒会としての正式な行為なので、那美恵は二人に堂々と立ち振る舞ってもよいと指示を出した。

 噂の出処がわからない以上は明確な犯人を探しだすことはできないため、生徒会としてはそれが限界だ。

 

 昼食を早々に食べ終わり、それらのことを話して決めていると、三戸の携帯電話からアラームが鳴った。彼は気づいてチェックをすると、すぐに顔を見上げ那美恵たちに視線を配って口を開いた。

「会長、みんな。なんと、内田さんからのメールっす。」

「え!?なんて?」

 

 彼女の方からコンタクトがあるのは意外だと、那美恵も三千花も和子も驚きの表情をして三戸に聞き返した。三戸は失礼かもと考える間もなく一言一句そのままメールの内容を読み上げた。

「三戸くん。突然メールゴメンなさい。個人的なことで悪いんだけど、相談したいことがあります。できれば、三戸くんだけで。放課後生徒会室に行きます。」

 

「三戸くんだけ、ね。同性の私達は信頼されてないということなのかな?」

 三千花がやや寂しげな声で言った。

「無理ないと思います。」

 気持ちを察し一言で済ます和子。

「相手から来たならチャンスだね。放課後はあたしとみっちゃん、わこちゃんはいつもどおり艦娘の展示をしよ。三戸くんはここに残って、彼女の望み通りのシチュにして話を聞いてあげて? 三戸くんは今日は内田さんの対応に専念すること。おっけぃ?」

「はい。了解っす!!」

 

 生徒会としての対応は各自する。まずは自ら飛び込んできた当事者たる内田流留への直接のフォローをするため、那美恵は三戸に指示を出した。

 

 

--

 

 ここ数日の校内の空気はある一点を除いて普段の空気を取り戻し始めていた。その違う一点とは、誰も流留を気に留めようともせず、いない者として扱うようにしている点。つまり無視という集団イジメの一定段階に入った形になる。

 校内の空気感は流留にとって苦痛以外の何物でもなかった。当事者としては嘘っぱちでも、どうとでも捉えられる確固たる証拠の写真が出回ったことで女子たちの態度は無視という基本姿勢にプラス、絶対的な嫌悪が出始めた。彼女らは、SNSで出回った文章をそっくりそのまま受け取って、それが現実のものだと信じて疑わない。

 

 男子は、あまりにもかわいそうな流留に味方するために態度を改める者もいたが、女子に準ずる態度が大半であった。中には流留に好意を寄せていた者達もいた。彼らは普通の女子とは違う立ち居振る舞いをし、自分たちに話をしっかり合わせてくれ、きさくで飾らない可愛さ、恋愛沙汰の噂がなかった彼女を信じていた。そんな彼女が吉崎敬大と(振られたという噂とはいえ)良い仲であった・普通の女子と同じだったという信じていた理想を裏切られたショックの反動で、女子からの注意を受ける前から流留と距離を置く者もいた。

 もはや誰が一番の原因と確たる存在かを突き止めることのできない、集団イジメそのものの構図が完全にできあがっていた。内田流留に興味が無い生徒や最初に噂を流したと思われる生徒たちとは関係ない生徒たちは、このことをいじめとしてすら認識しておらずサラリと流して普段通りの生活をする生徒もいる。変に関わったり、噂を伝える立場になったりと傍観者にすらなりたくない考えだ。

 

 先日以来流留と吉崎敬大は一切接触しなくなった。というよりもできなくなっていた。もはや二人が弁解して回ったところで収まる状況ではなく、いかようにでも誤解できる状況証拠の写真が出回っては、お互いがお互いの首を絞める形になることを恐れたために、二人ともあえてお互いを無視・無関係として思い込むことにしたのだ。ただ流留が知らないところでは、敬大は密やかに弁解を続けて誤解を解こうと努力をしていたが、実を結ばずにいた。

 人気のある吉崎敬大は、自身の弁解というよりも女子達の都合の良い解釈によって誤解は早々に解け、むしろ内田流留の色仕掛けの主たる被害者として同情を集めさらに人気を集めていた。結果的に誤解は(彼一人としては)解けたとはいえ本人が望んだ結果ではなく、さらに女子から言い寄られる慌ただしい状況に辟易する。元来他人が思うほど気が強くなく流されやすい敬大は、流留のことは思い続けるも周りの空気に流され影響され、本当のことを信じてもらえない交友関係・女子たちに嫌気が指していた。

 一方で一度は強く想った相手のこと、どうにかして解決の手をと思う辛抱強さだけは忘れずに過ごしていた。

 

 流留は、明確な味方がいなくなり孤立していた。

 写真と投稿を目の当たりにした日はあまりのショックで帰路を歩く足が異常に重く感じた。次の日の今日は気持ちが落ち着いたのかまだましだが、それでも気が重く、今までの日常で振舞っていた溌剌さがとてもではないが出せない。

 お昼休みに流留は生徒会書記の三戸にメールを出した。味方がいない今、もはや頼れるべきところにおとなしく頼るしか無いと思った。あるいは、こんな日常などもういらないという決意を固めるに十分な状態になっていた。

 放課後になって人気が少なくなった頃を見計らい、生徒会室へ歩みを進める流留。三戸から来たメールにてOKをもらっていた。

 

「わかったよ。ちょうど会長たちは視聴覚室へ艦娘の展示しに行くはずだし、俺は理由つけてサボらせてもらった。あ~もちろん内田さんのことは言ってないからね。」

 

 流留は生徒会室の前に来た。ノックをするのにためらう。が、こんなところを誰かに見られたらまたあらぬ噂を流されてしまう。辺りを見回したあと、急ぎ短く2回ノックをする。中からは男の声が聞こえた。三戸の声だ。流留はその声に従い、生徒会室へ入った。

 

 

--

 

 生徒会室には三戸しかいなかった。

「や。内田さん。どうしたの? 相談したいことって?」

 ややお調子者でひょうひょうとしたところのある三戸が、普段の口調で流留に尋ねた。

 

「三戸くん、もう知ってるよね。あたしのこと。」

 流留は10秒ほど沈黙していたが、やがて口を開いた声のトーンを普段より2割ほど落として言う。合わせて生徒会室の戸をそっと締めた。

「うん。噂ものすんごい広まり方だったからね。」

 

 また沈黙が続く。次に口を開いたのは三戸だった。

「実は俺と毛内さんはさ、内田さんたちの噂の出処を探ってたんだ。」

「そっか。」

「……驚かないの?」

「他の人からそれとなく聞いてたから。それで、何か分かった?」

「ゴメン。ほとんどわからなかった。力になれなくてゴメン。」

 座りながら三戸は頭を下げて流留に謝った。流留は両手を前で振って三戸の謝罪をやんわりとなだめる。

「いいっていいって。ただの高校生だもん。そんな調査大変だろうし、あたしなんかのために生徒会に動いてもらうのも気まずいし。」

「そうは言うけど一応生徒会にいる身としてはさ、生徒のギスギス感が出て学校の集団生活に影響が出るとまずいからさ。このままひどくなると上級生や先生たちの耳にも入っちゃってもっとややこしいことになるだろうし。」

「そういう仕事面での心配ってことね……。」

「あ、いやまぁこれは会長や副会長の言ったことの受け売り的なことだけどさ。でも同じようなこと思ってるのは本当だよ。」

 三戸の言葉を聞いて流留は安堵感と事務的な感覚での虚しさを感じた。

 

「で、内田さんの相談は?」

「あのね、生徒会の力で、あの…投稿、噂の広がりを防いで欲しいの。」

「うん。……えっ、それだけ?」

「それだけ。」

 

 流留は本当は言いたいことが山ほどあった。が、まだ言い出す勇気がないし、それらを適切に言うだけの言い回しも思いつかない。

 三戸は流留の願いを聞いて打ち明けた。

「そのお願いに関しては大丈夫。会長も事態を重く見たみたいで、こう対応しろって指示受けてっから。さすがに名前を挙げての注意はプライバシーもあるからそこはボカすけどね。」

「うん。ありがとう……」流留は手を胸に当てて一息ついた。

 

 普段は気が強く活発でカッコいいと可愛いが両立している流留が、ひどく小さく弱々しく見えた。言い方を変えれば、しおらしく見え、そこらにいるか弱い少女のようだと、三戸は感じた。いわゆるギャップ萌えを密かに感じていた。

 が、そんなことは口が裂けても言えないシリアスな空気なのでなんとか三戸は自重する。

 

【挿絵表示】

 

 

 流留はゆっくりと口を開いて、言葉を紡ぎだして自分の気持ちを述べた。

「あたしは、こういう周りからの勝手な言い分には慣れてるからいいんだけどね……。あたしの周りの人にまで迷惑かけちゃってるみたいで辛くてさ……。」

 

 さすがの三戸も、流留のその言葉の半分に嘘が入っていたのに気がついた。それは、小動物のように怯える今の彼女の姿を見ればとてもそうとは思えないくらい、態度と吐露した気持ちに乖離が見られたからだ。

 まがりなりにも流留に普段接する男子生徒の一人として彼女を見てきた三戸は、言わずには居られなかった。

「ねぇ内田さん。本当のところはどうなんだ? 悪いけどさ、今の内田さん見てるととても平気だとは思えないんだわ。せっかく生徒会を頼ってくれたんだし、内田さんは艦娘の艤装と同調できたんだし、できれば助けたいんだ。それは本心からそう思ってるよ。」

 

 三戸はうっかり口を滑らせ艦娘のことに触れてしまった。流留のためにと思って接するように務めていたつもりだったが、艦娘のことを含めて言ってしまえば、関係が無ければ助けるつもりはなかったのかと思われてしまうのではとすぐさま不安になる。

 が、流留の反応は良い意味で三戸の予想を裏切るものであった。

 

 三戸の言葉を受け、しばらく沈黙していた流留だったが、俯いていた頭を急に挙げて三戸の顔を見て言い出した。

「!! 三戸くん!それ! それよ!」

「へっ!? な、何が?」

 

 予想外の反応をする流留の言葉に三戸は驚いた。そんな三戸の様子をよそに流留は言葉を続けた。

「あたし、艦娘になる!」

「えぇ!!? ってマジ? ていうかなんで今このタイミングで!? ちょ、まっ!」

「三戸くん驚きすぎ。落ち着いてよ。」

「あぁゴメン。でもなんで?」

「うん。急にやりたくなったから。」

「理由になってないじゃん……。どうしてか言ってくれないとスッキリしないよ。」

 

 そりゃ当然だと流留は思った。本当の理由や目的を三戸にそこまで言う義理はないし、自身の根源たる心がそう叫んだ感じがするのだから理性ではどうしようもない。ただそれを、彼女は適切に表現するほど言葉はうまくない。

「あたしのボキャブラリーだと上手く説明できそうにない……けど、本当に急にやりたくなったの。だから三戸くん、お願い! ってこれは生徒会長に言わないとダメかな?」

 

 まっすぐに三戸を見る流留のきりっとした目。意志を固めた表情が伺えた。三戸は流留の数日ぶりに男勝りなカッコいい女子の姿を見た気がした。惚れてまうやろ!と心のなかで三戸は叫んだ。

 彼女の真意を知る由もない三戸は、その目を見てそれ以上の理由を聞くのを止めた。

「艦娘のことはわかったよ。話を戻してさっきの内田さんの相談のことなんだけd

「それはもういいの!!!」

 

 意志を固めた凛々しい表情から一変し、目を瞑って表情をゆがめて俯きつつ語気を荒らげて叫ぶ流留。片足でドスンと強く踏む音が響いた。

「とにかく、生徒会にお願いしたいのはみんなを落ち着ける一言注意を出してくれればそれでいい。あたしの対応はしなくていい。気にしないで! そして……あたしを艦娘にしてください。お願い……します。」

 

 言葉の最後のほうに行くにしたがって流留の声は涙声になっていた。三戸は瞬発的に怒った流留の様子が、さきほどまでの弱々しい怯えた姿に戻っていくのを目の当たりにした。

 そんなに人の心を察するのが得意でない三戸でも、今の彼女は何かから目をそらそうとしているのがわかったが、それを指摘されるのさえ彼女は拒んでいるように見えた。怒鳴られた時にビクッとした三戸は、それ以上彼女に突っ込むことはできずただ一言言った。

「わかったよ。これ以上は言わない。内田さんの気持ちの本当のところは……もう気にしないでおく。あと、艦娘のことは後で会長に伝えておくよ。それでいいんだね?」

「えぇ。ありがと!!」

 

 生徒会室での二人のやりとりはこうして若干のモヤモヤを残し流留の突然の艦娘部入部の決意をもって締めくくられようとしていた。

 流留から釘を差されたが、当然三戸は流留に感じた違和感などを那美恵たちに告げるつもりでいた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間:謎の見学者

 一方視聴覚室での艦娘の展示をする那美恵たち。一人足りないということで、艦娘部顧問の阿賀奈に手伝ってもらっていた。

 見学者は全員帰り、落ち着いた頃の会話である。

 

「三戸くん、大丈夫かなぁ~」

 那美恵が一言で心配する。そばに居た三千花がチラリと那美恵を見て言った。

「なんだかんだで三戸君のことは大丈夫だって信頼してるんでしょ?」

「えへへ。まぁね。」

 そこに阿賀奈が入り込んでくる。

「なになに?三戸君がどうかしたの!?」

 さすがに先生相手では内田流留周りのことを言うのはまずいと思い、那美恵は適当な事を言ってごまかした。

「いえ。ちょっと別用で生徒会室にこもって仕事してもらってるので。ヘマやらかさないかちょっと心配になったもので~」

 

 阿賀奈は特に興味無いのか、ふぅんと言うだけでそれ以上那美恵たちに絡もうとはしなかった。代わりに、今日の展示の状況の感想を口にした。

「そろそろ1週間経つけど、意外とまだ人来るわね~。先生驚いちゃった。」

「やはり土曜日のデモが効果あったんだと思いますよ。月曜からこんな感じでしたから。」

 三千花が阿賀奈に同意した。

 

 この日は5~6人見学者が来て、そのうち2人が同調を試した。そんな見学者の話題。

「ところで、あの子また試しにきたわね。なんなのかしら?」

 三千花がそう言及した子、それは先日から立て続けに来ている女子生徒だった。

 

「うんうん。今日もチェックして33%で不合格だったし。」

「ねぇなみえ。艦娘の艤装って、何度やっても同じ結果なのかな?」

 多少の誤差はあれど、その生徒の毎回の結果が気になった三千花は那美恵に尋ねてみた。

「あたしもそんな詳しいわけじゃないからなぁ~明石さんならわかるかも。」

「西脇提督じゃなくて?」

「うん。艤装のことだったら提督なんかより間違いなく明石さんでしょ~。」

 

「それはなみえから聞いてもらうとして、もし同調率が劇的に変わることがないなら、毎回試しに来ても無駄だから早々に諦めさせたほうが彼女のためじゃないの?」

 三千花はそう提案すると那美恵は頷いてそれに賛同した。そしてその女子生徒の気になった動きを挙げてクスクスと笑い合う。

「うん、そうだねぇ。あの子、他の生徒がいるときにこそっと入ってきて一人になった後に同調試すの申し出てくるのが面白くってあたし笑いそうになっちゃったもん。」

「あ~確かに前も昨日もほとんどまったく同じパターンだったよね。本人あれで目立ってないつもりなのかしら?」

「逆に印象強く残るよね~」

「えぇ。」

 

 そして那美恵が時計を見ると展示の限界時間に達していた。廊下から和子が戻ってくる。

「どうかなさったんですか?」

「え? うん。今日も来たあの子、一体なんなんだろ~な~ッて話してたの。」

「さっちゃんのことですか?」

「「「さっちゃん?」」」

 

 和子が何気なく発した名前のような言葉に、和子以外の三人は声をハモらせて聞き返した。その反応を意に介さず和子はサラリと答える。

「はい。神先幸(かんざきさち)、私はさっちゃんって呼んでます。」

「友達?」

「はい。同じクラスで、周りからは地味子って呼ばれてますけど。」

「また絶妙に特徴を突くようなひどいあだ名だなぁ~」

 那美恵が神先幸の呼ばれ方を少し気にすると、それに対して和子が言った。

 

「本人もわかってるらしいんですけど、気にしてない様子です。」

「アハハ。んで、その神先さんってどういう子なの?わこちゃんは前から友達だったの?」

「高校入って隣の席同士だったので話すうちに仲良くなりました。さっちゃん地味で目立たないけど良い娘ですよ。この前の中間テストでも1年生で10位以内で頭けっこういいんです。恥ずかしがり屋で目立つの嫌いらしくていつも俯いてますけど、人の細かいところに気がついてさり気なく指摘してくれるし、まめな性格で優しい娘です。」

 

「へぇ~。もう3~4回は艦娘の展示見に来てるけど、艦娘に興味あるのかな? 同調も3回ほど試しているし、艦娘になりたいのかも。」

 那美恵はなんとなくその神先幸が気になってきた。地味で目立たないとはいえ、さすがに何度もくれば否応なく目立つ。本人がそのことをわかっているかどうかまではわからないため特に考慮に入れない。那美恵の質問に和子は一応答えるがあまり適切な返事にはならなかった。

「さぁ……私が艦娘の展示を手伝ってるって話した時は特に反応してくれませんでしたし、てっきり興味ないものかと思ってました。さっちゃんの趣味って読書や散歩が好きとかそのくらいしか話してくれないので。」

 

「散歩が趣味な女子高生って……。なかなか渋そうな子ね。」

 三千花は途中でクスリと微笑し興味ありげな反応を示す。

「ま、あそこまで艦娘に興味示してくれるのはあたしにとっては嬉しいことだよ。川内の艤装とは相性悪いのは残念だけど、いつかフィーリングの合う艤装に巡りあわせてあげたいなぁ。」

 

 

 那美恵がそう言うと、三千花はあることを思い出したのでそれを口にしてみた。

「そういえば、軽巡洋艦神通とかいう艤装ってどうなったの?あれから1週間以上は経ってるし、もう鎮守府に配備されてるんじゃないの?」

 那美恵はそのセリフを聞いてハッとした表情をした。

「あたしとしたことが、すっかり忘れたよ……。」

「まぁこのところ色々あったからねぇ。」

 親友の気持ちを察して声をかけてあげる三千花。二人の掛け合いを見た阿賀奈が質問してきた。

 

「ねぇねぇ。じんつうのぎそうってなんなの?先生にもわかるように教えてよ~」

 阿賀奈の質問には三千花が答えた。

「はい。なみえが西脇提督と約束してたんです。新しい艦娘の艤装が配備されたらもらうって。」

 

 さすがに三千花の説明だけではわからないと思い、那美恵が事の顛末を交えて説明しなおした。

「……というわけで、直近で配備される艤装を予約してたってことなんです。うちの高校の艦娘部のために無理やり約束して優先させちゃました。てへ!」

「あ~。光主さんずる賢いんだ~。」

 

 阿賀奈から冗談めかして突っつかれ、那美恵はエヘヘと笑って済ませた。そのとき三千花もその場にいてわかっていたので、阿賀奈に冗談交じりに那美恵の様子を教えた。

「そうなんですよ先生。なみえってば、西脇提督を脅してまで艤装ガメようとしたんですよ。叱ってあげてくださいよー。」

 それを聞いた阿賀奈は那美恵に向かってわざとらしく怒った。

「光主さん、めっ!大人を脅したらいけないんだよぉ~!」

「んもぅ!みっちゃんも先生もやめてよ~~」

 

 

 すぐにふざけあう那美恵と三千花(主に那美恵からだが)に、はぁ…と溜息を付いて冷静に眺める和子。彼女は、友達の神先幸が本当に艦娘に興味があるなら、どうにかして力になってあげたいと頭の片隅で考えていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

生徒会の対策

 展示終了の時間が訪れた。那美恵たちは展示を片付けて帰ることにした。3人とも三戸のことは気にはなるが、生徒会室に3人揃って戻る頃にはさすがにカタはついているだろうと捉えていた。阿賀奈とは視聴覚室の片付けが終わった後に別れた。

 

 最初に運ぶものを生徒会室に持って行って、那美恵達3人が生徒会室の扉を開けると、同時に生徒会室から出ていこうとする流留と鉢合わせになった。

 

「うあっ!?」

「きゃっ!」

 

 先頭にいた那美恵と部屋から出ていこうとしていた流留は同時に驚いてのけぞる。そして那美恵が真っ先に反応して口を開いた。

 

「あれ、内田さん? 生徒会室から出てきてどうしたの?」

 生徒会室から内田流留が出てきたことに驚いてみせた那美恵は本人に問いかけた。

 

「あ、生徒会長!? あの~ええとー……。」

 流留は言い淀んでまごつき、部屋の中にいた三戸をチラリと見て視線を送った。その視線を受けて、三戸が代わりに答えてくれるものと彼女は思ったが、三戸のしゃべりは違うものだった。

「内田さん、いいんじゃね? 直接本人に言えばさ。」

「うー……それはそうだけど。」

 

 普段のハツラツさはなく、ソワソワする流留。そんな様子の流留を見て那美恵は流留を一旦生徒会室内に入るよう促し、提案した。

「とりあえず部屋に入って待っててくれるかな? お片づけした後ゆっくりはなそっか。」

「……はい。」

 

 生徒会長である那美恵の言うことにおとなしく従い、流留は生徒会室に戻って三戸のとなりに座って待つことにした。

 那美恵たちはその後せわしなく生徒会室と視聴覚室を行き来して展示道具を片付けている。最初は三戸も黙って座っていたが、再び戻ってきた三千花にどぎつく注意を受け慌てて視聴覚室へと向かって行った。

 

「あの……あたしも手伝いましょうか?」

「ううん、内田さんはいいのよ。どうせすぐ終わるし、これ生徒会の仕事のようなものだから。」

 三千花は頭を振り、流留をそのままにさせて再び視聴覚室へ戻っていった。一人取り残される流留はぼうっとしてるしかなかった。

 

 

--

 

 数分後、ようやく生徒会の4人が生徒会室に戻ってきた。5人になったところで、続きが話された。

 それは三戸が対応した事の確認の意味をこめた繰り返しだった。

 

「改めて内田さん、お久しぶり。元気にしてた?」

「……。」

流留は落ち着いた様子でいる。が、那美恵から話しかけられても口を開こうとしない。

 

「内田さん。」

 三戸が一言名を呼んで促す。すると流留はようやくしゃべりだした。

「生徒会長にお願いがあります。あたしを、艦娘にしてください。鎮守府っていうところへ連れて行ってください。お願いします。」

 流留の口から発せられたのは、それだけだった。彼女が今置かれている状況については触れられなかったのに那美恵は気づいたがあえてそれを指摘はせず、片腕をおもいっきり揚げてガッツポーズをしつつ一言返事を返す。

 

「おっけぃ!やっと決心してくれたんだね!嬉しいよ~」

 

 那美恵の表情はにこやかに、一方で艦娘になることを決心した流留の表情は目を細めて暗い表情をしたまま。その二人の様子をみた三千花は那美恵があえて触れなかった流留の今の状況について我慢できずに指摘する。

「艦娘になるのはいいんだけど、内田さん。あなた、今自分がどういう状況に置かれているかわかってる? なんで今このタイミングで艦娘に? 私はちょっと理解できない。説明してくれない?」

 那美恵とは違ってビシビシと突っ込む三千花。流留はさきほど三戸に対してそれ以上は言わせず、言わなかったことを、ここでも同じようにするつもりでいた。

 

「そんなの、副会長には関係ないじゃないですか。あたしは艦娘部に入りたいってことを伝えるためだけにこうしてここにわざわざ残ったんですから。」

「!!」

 流留の言い方と態度に激昂しかかる三千花。それを那美恵が手で遮って止める。

 

「まぁまぁみっちゃん。艦娘になってくれるって言ってるからとりあえず今はそれでいいとしよ?その他のことはきっと三戸くんと話したんだろうし。ね? ね?」

 

 そう言って那美恵は三千花と流留に目配せをした。異なる対応を見せる那美恵と三千花を流留はこう思った。ちゃらけているけどなんか適切に配慮してくれる良い先輩と、いかにも真面目ぶってそうでつっかかってくるおせっかいな先輩。

 流留は中村三千花という先輩とは気が合わないと直感した。

 一方でそれは三千花にとっても同じだった。自分の現実が見えていないのか見てないのか、突然関係ないことを言い出す今ある意味ホットな1年生。きちんと振る舞う気がないのか。

 到底自分とは気が合いそうにないと。

 

 牽制しあっている二人を見て那美恵は虚空を見上げながら「んー」と喉を震わせて唸ったのち、つぶやきだした。

「これはあたしのひとりごとね。あたしは、助けをきちんと求めてきた人はなんとしてでも助ける。そうでない人には、まわりを取り繕う程度に助けるだけ。あたしってなんてクールなんだろ~!?」

 

 突然わけのわからないことを言い出す那美恵に流留は怪訝な表情をして静かに驚いた表情を見せた。三千花は、おそらく自分と内田流留に対して言ったであろうそのセリフの意味するところを理解し、はぁ、と溜息をついた後に那美恵に向かって言った。

「わかったわよ。なみえの判断とやりかたに従うわ。でもお昼にみんなで決意したばかりなのに、どうなっても知らないわよ?」

 

 

 三千花の忠告とも取れる愚痴を那美恵は手をひらひらさせて受け流して、次の一言で話を進めることにした。

「よっし。じゃあ時間も時間だし、最後に内田さんに川内の艤装との同調、もう一度試してもらって今日は終わろっか。そしたら内田さんはもう帰っていいよ?」

 

「はい……えっ? また、その機械試すんですか?」

 軽く返事をしたあとに流留は最初に同調したときのあの恥ずかしい感覚を思い出して頬を赤らめた。その様子を見て那美恵は流留の耳元に顔を近づけ、そうっと小声でフォローの言葉を囁いた。

「だいじょーぶだいじょーぶ。あの感覚は最初だけだから。多分もう起きずにすぐに艤装と同調出来るはずだよ。ささ! レッツトライ!」

 告げられた後の流留の耳は赤みを帯びてその身は熱を帯びていた。

 

--

 

 軽い那美恵に促され、一同は生徒会室に保管するために持ち運んできた川内の艤装からコアの部位とベルトを取り出し、那美恵はそれを流留の腰にまこうとした。

 

「会長、あたし自分で巻きますよ。」

 そう言って流留は自分でベルトを腰に巻いた。制服のスカートにもベルトがあり、艤装のベルトはそれよりも若干幅と厚みがあるので、制服のそれよりも少し上あたりで巻くことにした。

 

「じゃあ呼吸をして落ち着けて。この前あたしが教えたやり方覚えてる?」

「……いいえ。」

「アハハ。正直でよろし~。こうするんだよ。じゃあやってみよ?」

 

 流留は深呼吸をして、同調する準備が整った合図を那美恵にする。それを受けてタブレットを持った三千花がアプリから川内の艤装の電源を入れようとする。

 

「? え? あれ? ちょっとなみえ。なんかConnection Errorとか出るんだけど。これ何?」

 三千花が異変を訴えた。那美恵は三千花に近寄り彼女の持っていたタブレットのアプリの画面を見る。すると、確かに英語でエラーメッセージが長々と表記されている。那美恵はその英文を読んでみた。

「え~と。起動のためのバッテリー残量が不足か、電源ユニットが接続されていません? 通信ユニットと電源の接続に異常がなんたらかんたら。」

「……え?」

「え?」

 読み上げた那美恵に一言で尋ねる三千花。それに一言で返す那美恵。つまり二人ともわけがわからないという状態になった。

 

「な、何が起きたんですか?」

 互いに聞き返し合う那美恵と三千花を目にし、状況を分かってない流留がハッキリ質問する。書記の二人ももちろんその状況をわかっていない。

「そういえばなみえ。艦娘の艤装って、電源とかはどうなってるの?」

「え、ええと。あの~。アハハハ。多分電気?なんだろーけど、わかんな~い。」

 本当にわからないので仕方ないと思いつつも茶目っ気混じりで謝る那美恵に、三千花は想定を交えて言った。

「そういえば学校に持ち運んでから一度も電源をどうのこうのしたことなかったわね。もしかして、今までバッテリー充電してなかったの!?」

「……はい。」

 非常にか細い声で那美恵は返事をした。

「マジで!? 川内の艤装、バッテリー切れ起こしてるじゃないの!?」

 

 三千花の叫び声を聞いてやっと理解が追いついた書記の二人も口を開いた。

「夢の永久機関搭載の最新機器とかじゃないんっすね……。」と三戸。

「1週間も充電しないで保っていたのがもしかして不思議だったんでしょうか? 艤装って電池保ちいいのか悪いのかわからないですね……。」

 和子も思ったことをツッコミ風に口にした。

 

 

 バッテリー切れ

 

【挿絵表示】

 

 

 川内の艤装は那美恵たちの高校に持ち込まれてから1週間以上、一度も充電されていなかったのだ。その状態を呆けて見ていた流留は三戸になにかヒソヒソと話し、誰へともなしに提案する。

「充電ならコンセントとか無いんですか? それかUSBとタッチ充電とかもダメなの?」

「そんな……携帯電話じゃないんだから。」三千花が突っ込んだ。

「多分、工廠にある電源設備じゃないとダメなんだろ~ね。あぅー。」那美恵は凹んだという表情をして俯く。

 

「これじゃあ明日の展示は艤装なしでやるんすか?明日も試しに来る人いたら気まずいっすね。」

 三戸が懸念した事に那美恵・三千花・和子は一人の少女のことを真っ先に連想した。が、色々可哀想だが無理だと判断するしかない。

 

「提督か明石さんに連絡しておくよ。さすがに運べないから翌日以降に取りに来てもらお。」

 連絡は那美恵がすることにし、結局翌日の艦娘展示は急遽中止することにした。どのみち生徒会メンバーはあることを集中して対策しないといけない。

 期せずして出来た時間を手放しに喜べない那美恵たちだったが、艦娘部入部の意思を見せた流留に、入部届けを出してもらう必要もあるので、時間ができたのは良いことだと納得することにした。

 

 

「内田さん。あとで入部届け出してね? 艦娘部の顧問は四ツ原先生だから。」

「えっ? あがっちゃんが顧問なんですか? え~……。」

 流留の素直な反応に那美恵や三戸が笑う。そして三戸が流留に言い放つ。

「やっぱそれが普通の反応だよなぁ。まぁでもあの先生。俺らが思ってるより優秀な人っぽいから心配しなくていいんじゃね?」

「三戸くん……あなた艦娘部と直接関係ないからって適当なこと言って無理やり納得させようとしてない!?」

「し、してない!してない!」

 

 きりっとした目をさらにキリッとさせて三戸に睨みを効かせて言う流留。その視線にドキッとした三戸は慌てて頭を振る。そんな三戸をフォローするように那美恵は言って流留を平和裏に納得させた。

「ま、でも艦娘のことすぐに覚えてわかってくれたし、良い先生なのは確かだよ。アレな性格みたいだから1年生のあなたたちはなんか避けてるようだけど、気楽に接してもいいかもね。」

「はぁ……。」

「ま、ともかく入部届けを出してくれたら、それで晴れて内田さんも艦娘部の一員だよ。そしたら今度帰りにでも一緒に鎮守府行こっか!提督にも会ってほしいし、鎮守府気に入ってくれると嬉しいな。」

「はい!それは早くにしてもらえると嬉しいです!」

 その後、流留は生徒会室を出て帰っていき、生徒会室にはいつもの4人が残った。

 

 

--

 

「……ということなんっす。」

「そ。内田さんはそう言ったんだ。」

 生徒会室に残った那美恵たちは三戸から内田流留本人が相談してきた内容について聞いていた。流留が生徒会4人の前では決して話さなかったことのほぼすべてを、三戸は彼女に悪いと思いながらも、生徒会メンバーとして仕方なしに生徒会長たちに伝えた。

 

 

「俺も彼女の真意がわからないんっすけど、とりあえずは俺達がやろうとしていたことと内田さんの相談内容が合致していたからいいかなと思ったんす。」

「で、三戸君が話している途中で突然彼女は艦娘になりたいと言ってきたと?」

 三千花からの確認に三戸は頷いて答えた。

「はぁ……。あの子の思考がまったくわからないわ。なみえも結構飛ぶところあるけどあの子も負けず劣らずね。」

「あれー、誰かからさり気なく貶められているような気がするぞー」

 三千花はそのぼやきを無視しておいた。

 

 無視されたので那美恵は仕方なしに真面目に話を進めることにした。

「……ま、彼女の望みに一致してるところは早めにやっとこ。昼間指示したとおりにみっちゃんはSNSの運営会社に連絡、三戸くんとわこちゃんは案内の資料作って、口頭で言ってまわれるところは言ってみんなに注意喚起する。場合によっては先生方に相談するのも仕方ないや。あたしたち生徒だけで解決できるのにも限界あるし。」

 

「えぇ、わかったわ。内田さんの考えや態度も気にはなるけど、あくまでも周囲の噂による騒ぎを潰す、そういうことよね?」

 三千花の確認に那美恵はコクリと頷いた。

「じゃ、今日は解散。すっかり遅くなっちゃったからみんな揃って帰ろー」

 気がつくと18時をすでに過ぎていた。那美恵の一声で全員帰り支度をし、男子の三戸を先頭に4人は珍しく揃って下校し帰路についた。

 

 

 

--

 

 その日の夜、那美恵は艦娘の展示を中止する旨をSNSの高校のページに書き込んでおいた。

 合わせて提督に川内の艤装のことについてメールし、提督経由で明石に伝えることにした。その後、提督から転送されたメールを受け取った明石は那美恵に直接メールをし、艤装の状態を一度確認しに行く旨を伝えた。那美恵はそれを承諾した。とはいえ学外の人間が学校に入るには学校側の許可が必要なため、正式な連絡は後日することになる。

 

 

 

--

 

 翌日。

 お昼に生徒会室に集まった那美恵達4人+生徒会顧問の教師は、内田流留付近の件について対応策の最終調整をしていた。なぜ生徒会顧問の先生がいるのかというと、三千花がSNSの運営会社に連絡する前に、やはり学生だけでは不安に思ったため仕方なく顧問の先生に事の次第を伝えたためだ。

 

 

 顧問の教師は、内田流留本人の言い分をきちんと聞いて証拠として書き起こすか録音しておかないと何の解決もならないと生徒たちにアドバイスをした。那美恵たちの対策に諸手を挙げて賛成したわけではない。顧問としても、あまり大事にさせる気もないので当事者同士で解決して欲しい考えである。ただ肝心の当事者同士の根本の話が見えない以上はどうしようもない。どのように解決するにしても、なんとかして当事者の口から証言を取っておくべきだと、那美恵たちはアドバイスを受けた。

 

 直接流留から相談を受けた三戸が顧に言う。

「でも先生。内田さんが話したがらないというか触れてほしくない様子なんっすよ。だから俺もそのときそれ以上突っ込めなくて。」

「私達もそのことを受けて、じゃあなみえ…会長の考えたことで対応すればいいかひとまずいいかなと考えていたんです。それではダメなんですか?」

 三千花が顧問の先生に補足説明をしたのち聞き返す。三千花の問いかけを聞いて顧問は答えた。

 

「ダメではありませんけれども、それが内田さん本人が望む対応だったとしても、相談を受けて対応する以上は彼女の言い分をきちんと聞いておかないと、あとで困るのはみなさんですよ。あなた達は何一つ確実な要素なしで動こうとしていませんか?」

 先生のいうことももっともだと那美恵は思った。やはり強引にでも先日聞き出しておくべきだったかと反省する気持ちを抱く。

 

「先生。彼女のことはあとで聞き出すとして、あたしが考えた対策はいかがですか?ちょっと心配になっちゃいました。」

 顧問は頭をやや傾けて目をつむって数秒したのち、那美恵の不安に答えた。

「そのでまかせと思われるの内容の投稿を消してもらう依頼をするのは有効でしょう。本当に全部消してもらえるかどうかはわかりませんが、連絡してみる価値はあります。これは明らかに個人への誹謗中傷ですからね。ただ校内への掲示の文章はすこし変えたほうがよいですね。」

 

 和子が家で考えて打ち出してきた書面の内容に添削が入る。掲示の文章は和子が引き続き作成し、顧問の教師がレビューを行うことになった。那美恵と三戸は、流留と直接コンタクトして聞き出す役割。三千花は顧問の教師とSNSの運営会社に連絡する。

 

 

 

--

 

 放課後になり那美恵たちは再び生徒会室に集まって作業の続きを行なった。先生が加わったこともあり和子や三千花の作業は捗っている。

 掲示用の文章は噂などという言葉は使わず、最近SNSなどのサービスで学外にも見えるような形で生徒間の誹謗中傷が行われてる旨に触れ、その手の行為を行なっているのを発見した場合は学年主任および生徒会から厳しく注意、場合によっては厳罰に処すという構成の内容になった。その内容で学年主任の先生にも確認してもらうことになった。学年主任へは、風紀の管理のための定期的な掲示としてどうか、という相談で話が通されたために、流留への集団イジメは気づかれずに済んだ。そしてその文面で学年主任からOKが出たので、学年主任および教頭の印が押されてその文書は公的な文書に变化する。それと同時に風紀委員へも個人の名は伏せて提示され、公的権力によって学内の集団イジメの空気という害毒を中和させる準備が整っていった。

 校内の各掲示板への掲示およびSNSの高校のページの連絡欄に同文面のPDF版が添付された。

 

 SNSの運営会社への連絡のほうは、サポートセンターからの素早い連絡があった。サポートセンターによると、そういう事情であれば対応してもよい。すべての投稿には、その共有元となる元投稿が紐付けられており、すべて追えるようになってためにこの発端である人物を特定することもできるがどうするか?と説明と確認が来た。それを追えば誹謗中傷の投稿を流した最初のユーザーアカウントがわかるのだ。

 

 那美恵たちの高校の生徒間に出回った投稿は再共有を繰り返されて入り組んだ膨大なものになっており、普通に対応したのではもはや対処のしようがない。そのため三千花と顧問の教師はそこまでの調査をサポートセンターに依頼した。連絡は生徒会顧問の先生の名を挙げ、自分ら側の箔を付けることにした。

 サポートセンターから聞いた内容を三千花は那美恵や三戸たちにも報告し、うまくいけばいじめの犯人を突き止めることも不可能ではないと、希望を持たせた。

 

「それが本当なら、ますます内田さんからこれまでの本当の事情を聞いておかないとね。」

 パソコンを操作する三千花ととなりにいた先生の向かいの席に座っていた那美恵はそう言う。

「どうします?早速内田さん呼び出しますか?」

 那美恵の隣にいた三戸は携帯電話を手に取り、那美恵と三千花に合図を送る。

 那美恵はもともと連絡してもらうつもりだったが三戸から流留の様子を聞いていたので、おそらくどこかしら同校の生徒の目がある場ではきっと彼女の本心を聞き出せないだろうとも思っていた。

 

「よし。三戸くん。内田さんに連絡取っておいて。都合があえば明日の放課後にでも生徒会室に来てもらお。」

「はい。了解っす。」

 那美恵からのGOサインが出たので、三戸は早速流留にメールした。

 

「内田さん。ちょっと話したいことがあるから、時間あるとき生徒会室に来てくれない?」

 ほどなくして彼女から返信が来たので三戸は読み上げた。

「なに?艦娘のこと?何かあった?わかった。すぐ行く。」

 

「すぐ行く!?」三戸は思わず最後の言葉を2度読み上げた。

 数秒後生徒会室の扉がコンコンとノックされた。那美恵がどうぞと促すと、扉を開けて流留が入ってきた。全員、いくらなんでも早すぎだろ…と心のなかでツッコミを入れた。

 

 

「アハハ。三戸くん、もう来ちゃったけど、よかったかな? ちょうど一人で校内ブラブラしてたから暇でさ……」

 流留は三戸と隣にいた那美恵をチラっと見ながらそういった。そして三戸の奥にいた生徒会顧問の先生に気づくと、慌てて取り繕う。

「あ!先生……! ゴメンなさい!今はさすがにダメだったよね?じゃあまた今度……」

 そう言って踵を返して出ていこうとする流留を、三戸ではなく那美恵が呼び止めた。

「ちょっと待って内田さん。先生、みっちゃん。あとは任せていいかな?」

「え? えぇ。いいわよ。こっちはこっちで作業続けるだけだから。三戸くんも連れて行くんでしょ?」

 三千花は頷いて承諾し、那美恵の考えを察して確認する。すると言葉を発さずに那美恵は頷き返した。

 

 

 三戸と一緒に何かを話すのかと思っていた流留は、那美恵も加わりそうな雰囲気を目の当たりにして、少し戸惑いと拒絶の色を見せ怪訝な顔をする。そんな様子を気にせず那美恵は彼女と三戸を生徒会室の隣の資料室へと連れて行くため促した。

「内田さん、三戸くん。隣の部屋にいこっか。あっちでなら色々3人で話せるよ。ね?」

「了解っす。内田さん、いいかな?」と三戸も確認混じりに促す。

 その二人の仕草を見て流留は、不安に感じるも黙って頷いて二人の後ろに付いて資料室に向かった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼女の胸中

 資料室に流留が入ると、扉の隣で待っていた三戸は彼女が扉から離れたのを確認してから扉を閉めた。そして自身もあとに付いて行って資料室の開いているスペースに立った。

 すでに那美恵と流留は椅子を見つけて座っている。三戸は二人の境目に椅子を持ってきて座る。ちょうど三角形に位置取りする形となった。

 

「さて、今日内田さんに来てもらった理由はわかる?」

「そういう確認いいですから目的だけ言って下さい。」

 流留は那美恵に突っかかってくる。が、那美恵は特に意に介さず言葉を続けた。

「わかった。今日来てもらったのはね、艦娘のことではないんだ。三戸くんに話してくれた、相談のことなの。」

 

 その言葉を耳にした瞬間、流留はビクッとして一瞬で表情をこわばらせた。

「相談してくれたことはね、今着々と対応中です。あなたのご希望どおり……に本当になるかどうかはみんなの反応次第だけど、あたしたちに出来る最善のことはするつもり。そこでね、最善の結果を生むためにはね、あたしたちにはどうしても足りない情報があるの。」

 那美恵は一息置いた。流留はゴクリと唾を飲んで言葉の続きを待つ。三戸も同様の様子で生徒会長の言葉を待っている。

「あなたの口から、あなたに起こったことを教えて欲しいんだ。」

 

「!!」

 触れてほしくないところに触れてきた、流留はそう感じた。それを悟ったかのように那美恵は続ける。

「もちろんプライバシーもあるし、あなたが言い出しづらいこともあるかもしれないね。だから無理にとは言わないよ。それに聞いたとしても、それを無理やり今回の解決策に絡めたりはしない。」

「……。」流留は口を真一文字に閉じて聞いている。

 

「あたしたちはね、せっかくあなたから相談を受けたんだから、あなたの味方でいたいの。あたしたち2年生にも聞こえてくる噂や例の投稿、あまりにひどいと思ったもん。けど、実際のところは知らないからなんとも言えないんだよね。あなたのために動きたくても、あなたの周辺の本当のことがわからないから本当の解決ができないの。このある種矛盾、わかってもらえるかな?」

 

 那美恵の問いかけに対し、コクリと頷く流留。しかし反論する。

「……けど、あたしは、言う必要はないかなと思ってます。あたしの味方をしてくれるのは嬉しいし生徒会の力で上からガーッと押さえつけてくれればそれでいい。あたしのこと助けてくれるってなら、少しはあたしの気持ちを察してくれてもいいんじゃないですか?」

「なんで? 言わないとさ、誰もあなたの本当のことわかってくれないよ?あなたが正しいならそこはきちんと言うべきだと思うよ?そうでないと、内田さんはあんなひどい誤解をされたまま。嫌でしょ?」

 

 正論だ。流留はそう思った。

「別に……もうどうでもいいです。きっと嫉妬した馬鹿な女子たちがやらかしてくれたことなんで。そういう輩は無視するに限りますし。」

 

 そう言い放つ流留は、たしかに自分にとってはもはやどうでもいいことと捉えていた。これからまだ2年と少し高校生活は続く。かなり堪える噂と投稿だが、1年生の生活が過ぎればきっと自然に収まる。周りは所詮愚かな凡人の同性だ。今までの経験則で、噂なんてすぐに立ち消えるとわかっている。だが見た目で証拠が残るSNSの投稿はまずい。だからこそすぐに目につかない程度に収めてくれさえすればそれでいい。

 一方で、自分の根源でもあった日常を壊してくれた同級生のいる高校での、これ以上の日常なぞもういらない。どうせ今の人間関係が固まってしまえば、あたしが今まで接してきた(男)友達はいなくなるも同然なのだから。あたしはきっとボッチになる。ボッチ自体は自分にとっては大したことではない。あたしが恐れるのは、かつての日常を模した日常が脅かされること。だからあたしは決めたのだ。自分でも矛盾しているかもと思うけれど、どうせ壊されるならこれ以上学校で、理想だった日常を作る気などないということ。

 戦いという同じ目的のために集まり、人間関係でいざこざが起こらなそうな艦娘としての生活とその先に、望みをかける。新しい出会いを求める事自体には抵抗は一切ないから艦娘の世界に飛び込まない手はない。

 

 流留は黙ったまま心にそう思った。流留の沈黙を視界に収めたままの那美恵はさらに突っ込む。

「はぁ……あのね。そう達観するのは勝手だけどさぁ。あたしの気持ちを察してくれっていうのはさ、長年付き合いのある人同士だからこそできるんだよ? 高校入ってたかだか数ヶ月程度かそれ以下の周りの人が察してくれるなんて自分勝手なこと、まさか思ってないよね?だとしたらそういう考えはやめたほうがいいよ。」

 さらに那美恵の口撃が続く。

 

「あとね、なんで本当のことを知ってもらうのをそんなに恐れてるの?」

 那美恵は流留が肩をすくめて縮こまっている様子をを見ていた。那美恵はそんな彼女の態度を見て、確実に何かあると気づいた。流留はまったく意識していなかったが、自分の決意とは裏腹に秘めた感情が態度に表れていたのだ。

 

「ちがっ! あたしは怖がってなんか!」

「じゃあ話して。でないとあたしたちはあなたを助けないよ。」

 実質脅しである那美恵の言葉を聞いた流留と三戸はそれに反発する。

 

「!!」

「会長!それじゃあ脅しっすよ!それはいくらなんでも……」

「まぁ、それは冗談としてもね。今すぐでなくてもいいから、本当のこと話して。こう言ったら反発食らうかもしれないけど、あたしはあなたに縁を感じたの。縁がなければあたしは生徒会長として当たり障りないことしかやらないと思う。なんの縁かは……きっとあなたならすぐに気づくと思う。縁を感じたからあなたをなんとしてでも助けたい。」

 

 流留は反論した。

「あたしのこと何も知らないくせに、勝手に縁なんて感じないでくださいよ!生徒会長はあたしの味方なんですか?それとも? 正直言って、生徒会長の態度見てるとわからなくなってきます。」

「お互い様だよ。あたしはあなたのことがわからない。ほとんど初対面だし、あなたが言うところの察してくれだなんてとてもできない。何も知らないんだから知ろうとするしかないじゃない。」

 

 那美恵は背もたれにグッと体重をかける。椅子が地面に擦れてキシッと鳴った。一旦上を向き、一拍整えた後続ける。

「それにね、あたし思うんだぁ。血のつながりよりも、旧知のつながりよりも、初めて会った人に一瞬で深いつながりを感じることって、ある気がするの。」

「それが、あたしとの縁だっていうんですか?」

「うん。で、その縁は見事繋がりを示してくれた。……それが、艦娘になれるという資格。」

「艦娘……」

「あなたも何か思うところがあったから、いきなり艦娘になりたい!って三戸くんに打ち明けてくれたんだよね?それだって、縁なんだよ。」

 

 那美恵の言葉の途中で小さく頷き、口を開かない流留。

 

「無理強いはしないよ。あなたが気持ちを落ち着けてから、ハッキリと真実は○○だから助けてくださいってあたしを頼ってくれるのを待ってる。あたしはね、あなたには気持ちよく高校生活と艦娘生活を謳歌してほしいの。」

「生徒会長……。」

「どーかな?あたしは女だから信用できない?三戸くんから同じこと言ってもらったほうがよかった?」

 

 流留は数秒沈黙の後、頭を振って那美恵に向かって口を開いた。目の前の生徒会長の語る言葉は意味がわからない・時々厳しく肌に当たる感じがする。しかしなんとなく心まで突き刺さり響くものがある。流留にしては珍しく、話してると気が楽な、心が暖かくなれる同性。縁と言われても正直実感はないし、その場のノリで言っているだけなのかもしれない。本当になんとなく、わずかではあるが、この人なら安心できるかもと流留は心を揺さぶられ始めていた。

「いいえ。そこまで言ってくれるんなら、少なくとも生徒会長は信用します。でも…それでもまだあたしは、すみません。100%は学校のみんなを、同性を信じられない。あたしの……日常を壊した同性が……憎いです。日常を壊されたくない……怖い。」

 流留は言葉の最後に表情を歪めて感情を露わにする。

 

 那美恵はその微妙な仕草を逃さない。すかさず反芻した。

「日常?」

 流留はしまったと思い、ハッとした。しかし遅い。彼女の右前にいる生徒会長は興味津々に視線を送ってくる。流留は言葉に詰まる。 ついに本音の一部が漏れてしまった。

「えと……あの……。」

「んふふ~。それがあなたの本心、なのかな?」

 那美恵はニンマリした顔で流留を見つめる。

「な、なんですかそのいやらしい顔……?」

「ううん。少しでもあなたが本当の気持ちを出してくれたのがうれしくって。」

「うぇ!?」

 たじろぐ流留を目の当たりにして那美恵はアタックを弱めない。

「話すと、きっと楽になると思うよ。さぁさぁ白状しちゃえ~~。」

 

 人を食って掛かるその態度、流留はそういうのが嫌いだった。

「そ、そういう言い方やめてください。」

「エヘヘ。ゴメン。調子に乗っちゃった。でもあなたの本心がほんの少し見えてね、あたし嬉しいんだよ。これは本当。その……さ、あなたのその日常とやらに、三戸くんは入っているのかもしれないけれど、そこにあたしも入れてくれないかな?」

「え!?」

 

 那美恵の言い回しに流留は激しく心揺さぶられた。光主那美恵その人の普段の調子や態度はこちらの調子が狂わされるものがあるが、それは心から嫌というのではない。不思議と心落ちつき、引き寄せられていく。その喜なる感情を伴った戸惑いが流留に一言だけの口を開かせる。

「あ、あたしの……日常?」

「うん。あなたの~日常を、ちょっとだけ非日常にしちゃったりするかもだけど、それはとっても楽しくてあなたなら気に入ってくれるってほしょ~するよ!」

 あるときはお調子者っぽく、あるときはまじめに全力で取り組む、自分らの高校のすごいと評判の生徒の筆頭。そんな光主那美恵を慕う人は多い。

「うりうり~。ど~ですかぁ、今あたしを買ってくれればお買い得だよぉ~。」

 那美恵は相手の脇腹をつつくかのごとく肘を連続で突き出す。当然位置関係からして流留には当たっていない。

「ちょ、会長。説得するのかふざけるのか……。」

 三戸がアタフタとするが那美恵は一切気にしない。

 

 もし初めて同性の友達を作るなら、この人ならば気が楽で安心できるのかも、この人になら自分の思いを打ち明けてもいいのではないか。

 自分に親身になってくれているというなら、この人に甘えたっていいのではないか。

 頼れる年上の人。

 

 冷静に考える。艦娘になるのなら、少なくとも流留にとって光主那美恵という存在は卒業までずっと近くにいる存在になる。従兄弟たちのように一緒にいられるかもしれないし自分を裏切らない。助け続けてくれる。

 そう思考が方向性を定めた流留の心は動き始め、欠けていた何かを掴めそうな気がした。

 

((光主那美恵さんに、あたしの日常にいてもらいたい。いてもらえたら、学校でのこれからの日常を我慢して過ごせるのなら……))

 

 そして流留の心は、その根底から決まった。

 決意した瞬間、彼女の目からはポロポロと涙がこぼれ落ち始めた。そこまでの刹那、傍から見れば突然流留が泣き出したように見える。それを見て慌てる那美恵と三戸。

「あーあー!内田さん泣いちゃったじゃないっすか!会長が冗談めいた事言ってからかうからっすよ!」

 三戸が那美恵に突っ込むように責め立てる。三戸が煽ったので那美恵はさらにうろたえて三戸と流留の顔を何度も見返す。

「え?え?え? あたしの言葉そんなにきつかったかなぁ!?あたしまずいこと聞いちゃった? ゴメンね~!!」

 

 那美恵は椅子から腰を上げて流留に寄り添い、肩に手を当てつつ近くで謝り続ける。

「ゴメン! あたしったら、まだそんなに親しいわけじゃないのに、触れられたくないことだってあるよね?だかr

「いえ。そんなんじゃないんです。」

 流留は鼻をすすり、涙を拭ったあと、言葉を続けた。

「色々考えちゃって。あたし……。」

「内田さん?」

 

「生徒会長。あなたのこと、信じてもいいですか?」

「……うん。あたしがどこまであなたの力になれるかわからないけど、あたしが守ってあげる。信じて。」

「じゃあ、艦娘になったら、一緒にいてくれますか?」

「え?あぁうん。そりゃあもちろん! あたしは1年早く卒業しちゃうけどそれでもいいならね~」

「それでも、いいです。鎮守府ってところにいけばいつでも会えるんですよね? 頼ってもいいんなら、とことん頼っちゃいますよ。ホントにいいんですね?」

 那美恵はコクリと頷いた。

 

「うん。なにがあっても、あたしはあなたの味方だよ。学校内でも学校の外でも、できるかぎり守ってあげる。だから安心して。あ!でもただじゃ頼らせないよ~。その対価は身体で支払ってもらうからね~」

「え゛!?」

 流留は軽く引いた。三戸は何かを妄想してしまったのか頬を赤らめてポカーンと見ている。普段那美恵の態度や一言にすかさずツッコミを入れてくれる親友は隣の部屋なので、ボケが宙ぶらりんになる。

 

 仕方なくツッコミ説明を交えて話を戻す。

「身体って何やねん!って突っ込んでくれないとぉ~。」

「へ?あ、あぁ~はい。すみません。」

「まぁいいや。つまりね。鎮守府にはいろんな学校の生徒さんが来るんだし、うちの高校の代表として恥ずかしくないようにしてってこと。ビシビシ鍛えてあげるから覚悟してよね。おっけぃ?」

 流留が納得した様子を見せると、ウンウンと那美恵は頷いた。

 それを見て誰からともなしにプッ、クスクスと笑い始める。流留はすっかり泣き止み、少し充血した目は元の白さを取り戻し、その目は下瞼が少し上がって笑みを作っている。

 

 流留は思った。生徒会長はこういう人なのだ。無条件で頼らせてくれるわけじゃない。優しいだけじゃない。お調子者なだけじゃない。言い方は軽いがその中身はきっと厳しい。安心できる厳しさ。

 きっと、光主那美恵を慕う人は、彼女の人たらしたらんところに惹かれるのかも、そう流留は感じた。

 

「会長になら、あたしの本当のことを話します。あたしの日常を、助けてください。それから、友達になってください!」

 

 

--

 

 そう言って流留は、これまで自身に起きたことを語り出した。彼女が語り始め二人の少女の隣にいた三戸がふと時計を見ると、資料室に入って話し始めてから30分ほど経っているのに気がついた。流留は、ものすごく安心した表情で、(主に那美恵に対して)自身のことを語り続けた。

 

「そっか。そうだったんだ。女子って怖いよね~。あたしだって女だけど。」

「そうだったんだ。敬大のやつがもともと。でもそれ俺聞いてよかったのかな……? あぁいや、敬大の告白を他人に漏らすつもりないけどさ。」

 那美恵が苦虫を噛み潰したような表情で同情混じりに感情を漏らす。一方で三戸も苦々しい表情をしていたが、仮にも友人の告白の真相を知ってしまったことで戸惑いを隠せないでいる。

「アハハ、なんか友達の事密告したようでゴメンね。そんなつもりなかったんだけど、敬大くんが告ってきたことは本当だからさ。」

「あ~別にそれはいいよいいよ。でも内田さんが女子たちが噂するようなことをしてなくてよかったよ。」

「あたしの事、本当に信じてくれるんだ……。」

「当たり前じゃん。内田さん嘘言えるような人じゃないし。」

「アハハ……ありがとね。三戸君が友達として残ってくれてよかったかも。」

 見つめ合う流留と三戸。いい雰囲気になりかけたのを那美恵が破る。

「うおぉ~い、ふたりとも? あたしお邪魔っぽい?良い雰囲気な感じなところ悪いですけどぉ~~?」

「「!!」」

 見つめ合っていた二人はアタフタとして那美恵に視線を向け直す。

「アハハ、ゴ、ゴメンなさい。そ、そんなつもり全然ないですからぁ~!」

 そのつもり、本気で何も思ってないことが彼女の口ぶりと振る舞いに感じられた三戸はややガッカリして頭をガクッと垂らした。那美恵はそんな二人の反応にクスクスと微笑んでから続ける。

 

「でも、みんな勝手だよねぇ。」

「ほんっと、そう思いますよ。まぁあたしも人のこと言えないですけど。でも○○たちの口ぶりにはイライラしましたもん。」

 那美恵の言葉に同意しつつ、再び自分の境遇の一部を語る流留。苛立ちも復活させてしまい下唇を強く噛み締める。

「人ってさ。誰もがね、自分が見たいと欲する現実しか見れないもんなんだよ。つまり都合の良い現実しか見ないの。」

「あ~分かる気がします。」

「俺もわかるっす。」

 流留と三戸は那美恵の言葉に激しく頷いて納得の様子を見せる。

 

「ま、これは大昔の本に書いてあったことの受け売りだけどね。で、自分が見たくない・見る必要が無い現実も見られる人こそが、いわゆる天才とか、デキる人ってこと。」

「ふぅん……。」

 流留はものすごく感心した様子で聞き入っている。

 

「……でね、都合の良い現実から一歩距離を置いてその現実の本当の姿を見ようとする努力、これが大事なんだってさ。だから今回のことだって、噂話は真に受けないように心がけたもん。みっちゃんと一緒にね。」

 

「……あの副会長ですか?」

「うん。あの副会長ってみっちゃんが周りからどう思われてるのかわからないけどぉ~。」

 那美恵のさりげないツッコミに流留は慌てて取り繕う。

「えっ、あーえーと。あたしが単に感じただけなんですけど。副会長さん、厳しそうだし糞真面目で固そうだなぁ~って。」

「内田さんにかかるとみっちゃんもそうなっちゃうか~。ま、友人としては否定しないけど。でもみっちゃんも悪気があってあなたに突っかかったりしてるわけじゃないのは、わかってあげて。ね?」

 

 那美恵は言葉の最後にウィンクをしながら流留に視線を送った。それを見て流留は少しだけ苦い顔をしながらも頷く。

「でもな~、なんとなく、副会長は苦手かもです。」

「アハハ。ま、根は乙女ちっくで良い娘だからそんなに嫌わないでいてあげてね。彼女もあなたのこと本気で心配してくれてたんだし。」

「はい。」

 流留は申し訳無さそうに頷いた。

 

「それで続きだけど、たまには自分が見たい現実を見るのも大事。そうじゃないと疲れちゃうでしょ?そのバランスが大事だって思うの。だって人間だもの~って頭ではわかってるけど、あたしもまだまだね、絶賛しゅぎょー中です!」

 ふざけて敬礼して言葉を締める那美恵。

「へぇ……。そんなことまで考えてるなんて、生徒会長はやっぱすごい人だわ~。」

「いやいや! あたしだって結構自分が見たいと望む現実しか見てないところあるよ~!ガンガン失敗してるし人を傷つけちゃうことあるし。」

 那美恵は両手を前に出して頭と手のひらを激しく振って否定した。

 

 

 流留と那美恵の間にはすっかり打ち解けた雰囲気があった。もともと流留は社交性があり、一旦話し込めば大抵の人とは仲良くなれる自信と気質があった。それは今までは趣味がらみであったが、目の前の生徒会長とは、心の底から仲良くなれそうと確信を得ていた。それは、かつて自分の一番大事だった人たちと同じ程度に彼女の中では一気に格上げされていた。

 

「どーお?少しは気が楽になった?」

「はい。なんだか、スッキリしました。やっぱ同性の友達っていいですね。なんで今まで作ってこなかったんだろうって、今ものすんごく思いました。」

「アハハ。うんうん。苦しいことは溜めない・諦めないで出してスッキリしちゃおーね。内田さんとはもうお友達だよ?」

「はい。それじゃあ改めてお願いします。あたしを助けて下さい。」

「はーい。喜んで。そんであたしに具体的にしてほしいことは?」

「それは……」

 

 一通り流留から思いを聞き終えた後で那美恵はようやく彼女の要望を聞いた。その内容は期待していた内容とは異なったのに当惑する。

「え、ええと……本当にそれだけでいいの?」

「はい、それでいいです。あたしは失ったものに興味ないですから。それに、あたしが騒ぐことでまた余計ないざこざ作りたくないので。だから、適当に収めてくれればよくって。あたしはこれからの日常を作ることに集中したいから。」

 そう言って流留はまっすぐに那美恵に視線を向ける。その眼の色に那美恵は彼女の強がりを見たが、それと同時に剛とした本気を見た。多分、この内田流留という少女は強固なまでに頑固だ。一度決めたら意志が強い。それがどれだけ問題を起こしてきた、あるいは巻き込まれてきたのか那美恵は知ることはできないが、この良くも悪くも強い意志ある彼女は危なっかしいと思うのに難しくなかった。それはこの数十分話を聞いて打ち解け合った中でも理解できる。

 眼力が強い。那美恵もそれなりにキモが座っていて視線を合わせるのに苦ではないが、この少女の強さはすごい。

 根負けした那美恵はいったんまぶたを閉じて瞬きする。そしてゆっくり口を開いた。

 

「ふぅ……。内田さんは強いなぁ。」

「へ? そ、そうですかぁ?」

「うん。なんとなくそう思ったよ。その強さは色々厄介そう。でもあたしはそんな内田さんのこと、好きになれそう。」

 流留は那美恵の言葉を理解できずに頭にたくさんハテナを浮かべて眉をひそめる。

「アハハ、ゴメンねワケのわからないこと言って。とにかく言いたいのはね、あなたの気持ちを尊重しますってこと。あなたのご希望にとやかく言わないで、望むようにしてみせるから、それは安心して。まぁ、後は内田さん次第ってことになるけど、本当にそれでいいのかなって最終確認。」

「えぇ~と、はい。お願いします。」

「そっか。さて、一通りあなたの事聴き終わったから、みんなの前に戻れそう?」

「はい!」

 

 少女二人が見つめ合い何か理解し合ったように和やかになっていく空気を感じる、唯一男子の三戸は微笑ましく二人を見て頷いていた。というより、今この空間が彼にとっては猛烈に幸せ空間だった。

 なにせ普通にしていれば校内でも一二を争う(と勝手に思っている)美少女二人と密室に3人きりなのだから。加えてどこからともなく漂ってくる良い匂い。間違ってもそんなことは口に出して言えないと自重する三戸だが、察しの良い生徒会長からツッコミが入る。

 

「三戸くん……?なぁにそのにやけた顔?なんというか、すんごい」

「キモいよ?」

 那美恵の視線の先にいるおかしな存在に気づいた流留が言葉を補完してWツッコミとなった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一応の収束

 隣の部屋から笑い声が聞こえてきたのに三千花は気づいた。どういう話の流れになったのかわからないが、きっと親友が内田流留と上手いこと打ち解けられたのだろうと直感した。

 しばらくして生徒会室と資料室の間の扉がキぃっと音を立てる。3人が生徒会室に再び姿を表した。三千花はその3人の顔・表情を見て、その直感が確信に変わった。

 

 最初に一声あげたのは流留だった。

「ふぅ~~~!あ~スッキリした~!」

 肩をコキコキ回したり首をクルクル回して動かしてストレッチ混じりに声を出す。

 

「も~三戸くんったら激しいんだからぁ~。あたしも内田さんもヘトヘトだよぉ~」

「ちょ!!なに人聞きの悪いこと言ってんすかぁ!?」

 両頬に手を当ててウソの照れをする那美恵のシモネタ気味な冗談に手を振って全力で否定しつつ慌てる三戸。そんな三戸をジト目で三千花と和子が睨みつけた。

「いやいや!二人が頭に思い描いてることなんてしてないから!!ホントにあったらそりゃ嬉しいけど!」

 

 そんなのわかってるわよと三千花たちは三戸の弁解を一蹴し、今回の問題たる那美恵と流留に視線と声を向ける。

「そのスッキリした様子だと、内田さんの本当のことは聞き出せたみたいね。」

「うん。バッチリ。それに内田さんはあたしのこと信じてくれるって言ってくれたんだよぉ。」

「そ。じゃあ私達にも情報共有してもらえるのかな?」

「うーん。それはどうだろー? 一応内田さんのプライバシーもあってぇ~」

 那美恵がもったいぶらせて話さないでいると、流留は那美恵に向かってコクリと頷いて言った。

「会長、もう別にいいですよ。」

 彼女のその表情はにこやかさが完全に復活していた。

「そぉ? じゃあみっちゃんたちにも話しちゃうよ。それとも自分の口から言う?」

「あたしから言います。」

 流留はシャキッと答える。

 

 そして流留の口から、先ほどと同じ内容がその場にいた全員に向けて語られることとなった。その内容は、三千花と和子、そして生徒会顧問の先生を安心させ、またそれと同時に噂や投稿の張本人に対し改めて憎しみを抱かせる内容だった。

 

 

--

 

「わかったわ。内田さん、相当つらかったでしょうね……。周りからそんな風に思われて揶揄されて無視されたら、私だったら絶対耐えられずにどうにかしてたと思う。あなたよく爆発したりせずに平静を装っていられたわね。はっきり言ってすごい。その度胸羨ましい。」

「いやぁーそんな褒められると、照れます。」

 まさか三千花から評価されるとは思っておらず、照れを隠さない流留は横髪を指でクルクルかき回す。

 

「そんなあなたに朗報があるの。ねぇ内田さん。犯人探しして、徹底的に解決してみる気、ない?」

「えっ!?犯人わかるんですか?」

 流留は生徒会室の中央の机に身を乗り出してその意志を表した。

「えぇ。あなたと吉崎くんを盗み見たっていう人はわからないけど、噂というか、SNSのほうは元の投稿者を今運営会社の人に調べてもらってるから、きっと犯人がわかると思う。」

 三千花から提案をされて流留は、しばし首をかしげたり俯いたりして考え込んだが、やがて答えを出した。

「うーん。ま、いいです。どうせ時間が経てばみんな忘れるし、生徒会のほうで覚えてもらえればそれで十分です。」

 まだ逃げるつもりの姿勢でいるのかと三千花は流留に対して感じ、言葉強く言い返す。

 

「けどね内田さん。一度犯人をきちんと突き止めて処罰しないと、また同じことの繰り返し起きるよ?無視すれば解決するって思うのと、泣き寝入りはまったく別物なんだから。」

「あたしは……あたしを信じてくれる人が一人でもいればそれでいいんですよ。あとはどうでもいい。言わせたいやつには言わせておけばいいんです。」

「でも……」

 三千花は食い下がるが、その言葉を遮って流留は続ける。

 

「それに今回は敬大くんっていう相手が悪かったんですよ。好きって娘多いみたいだから、多分ヤキモチ焼かれてハメられたんです。もう敬大くんとはお互い話さない関わらないって決めたから、そのグループの娘たちもそのうちコロッと忘れると思うんです。どのみちあたし、もう無視されてますけどね、ヘヘッ!」

 普段の明るくハツラツな様子で鼻息粗めに皮肉を込めて笑う流留。

 

 流留のその様子を目の当たりにした三千花は那美恵の側に寄り腕を掴んで部屋の隅に引っ張っていき、彼女に耳打ちした。

「ねぇなみえ。あなた内田さんを説得出来たんじゃないの?本当のこと話してくれたのはいいけど、今回のいじめに対する態度というか考え方があんな感じだと、根本からの解決にならなくない?」

 三千花の指摘を受けて、んーと唸ったのち那美恵は三千花に言い返す。

「あたしも一回は確認してみたんだけどね。彼女がそれでいいって言って真剣に見つめてくるからさ、あたし根負けしちゃった。」

「なみえが先に視線をそらすって……内田さんって、噂に違わず気が強い娘なのね。」

「でも内田さんはね、周りの人と仲が悪くなるのを怖がってるんだと思う。恨みを買いたくないんだと思う。デリケートな面もあるんだよきっと。」

「でもだからってこのまま上辺だけの対応みたいで終わるのは私たちとしても気まずくない?」

「みっちゃんはちょっと忘れかけてるかもしれないけど、あたしたちがやるのは彼女からお願いされたこと。生徒会として風紀を乱さないよう注意を呼びかける対策をするのと彼女のお願いが大体一致してるからそれをするわけでさ。犯人探しは一理あるけど、それやったら無視・気にしないを決め込んでてもどうしても気になっちゃうのが人間だよ。悪い感情残しちゃう気がするから、あたしはそこまではやらないほうがいいと思う。あくまでこちらからの提案ってだけにしとこ?」

「そんな……それじゃ再発を防げないじゃない……。」

「今回はそれでいいとしてさ、彼女が今以上のことをお願いしてきた時に、何かしてあげよ?」

 那美恵の言葉に納得の行かない様子を見せる三千花だったが、一つため息をついて気持ちを切り替えた。

「……わかった。けどなにか起きてから次の対応っていうのは後手であってあまり良くないよ。だから最初の投稿者だけはあたしたちでしっかり情報保管しておきましょう。次に同じ問題が起きそうな噂が漂ったらそれを切り札にするのよ。それをどうするかはなみえに任せるわ。」

「サラリと重大な情報預けようとするねぇ~みっちゃん。ま、いいや。内田さんを守るためだからね。あたしにお任せあれ。」

 那美恵は拳を胸に添えて張りながら言った。

 

 

--

 

 ふたりが部屋の真ん中の机の側に戻ってくると、三戸がどうしたのかと尋ねた。

「ううん。ちょっとね。みっちゃんと今後のことについて確認し合っただけ。」

 那美恵は頭を振って三戸に回答した。

 そして那美恵は三千花の顔をチラリと見た後、まばたきだけで頷いてから流留に視線を向けて口を開いた。

「内田さん、じゃああたし達の提案は今回はやらないということで、いいのかな?」

「はい。ありがたいけどそれはそれで。あたしが望むのは最初に言ったことと、早く鎮守府に連れて行って下さいってことだけでよろしくです。」

「おっけぃ。じゃあそれ以上はあたしも何も言わない。内田さんとの話はこれまで!」

 那美恵は流留の方から三千花、三戸、和子のほうに視線を戻して言う。

「みんな、掲載の準備はできてるよね?あとはSNSの運営会社からの連絡待ち。投稿データの証拠がもらえるならきっちりもらっておいて、その後全部消してもらう。それで、内田さんからの依頼作業は完了。」

「えぇ。」

「了解っす。」

「わかりました。」

 

 その後生徒会顧問の先生と和子は掲示用の文章をコピー機で刷ってきた。時間にして17時を過ぎた頃。校内にはほとんど人の影はない。貼り付けに行くには人に見られず、集中できていい頃だ。

「会長、校内の掲示板はこれだけあるので、4人でやればすぐ終わると思います。」

と和子は数を数えながら言った。

「先生も手伝いますから、5人ですよ。」

「あの!あたしも手伝いますよ!」

 流留も声を揚げた。それに対して三千花が断りを入れる。

「いや、内田さんは別にいいのよ。あなたに関係あるとはいえ、これはあくまで生徒会としての仕事だから。」

「いえいえ。張り紙くらいは手伝わせて下さいよ!今はなんだか、少しでも動きたくてしょうがなくって。」

 

 ポジティブな方面で食い下がる流留の勢いに負け、三千花は那美恵がコクリと彼女が頷いたのを確認すると、流留の参加を承諾した。

「わかったわ。じゃあ内田さん。貼り付けるの手伝ってください。」

「はい!」

 

 6人で行なった校内の掲示板への貼り付けは、それなりに大きい校舎2棟あるにもかかわらず10分もかからずに終わった。そして那美恵質6人は再び生徒会室へ戻ってきて、作業の完了を報告し合った。

 掲示がどれほどの効果があるかは流留は想像つかない。しかしやっと信じられる人ができた、壊れた日常の代わりになりうる生活が目の前に迫ってきているという安心感と期待感が、彼女にもとのハツラツさと元気を取り戻させつつあった。

 

 

--

 

 翌日・翌々日になったが、校内の空気はそれほど変わっていなかった。ほのめかした程度の内容では効果が望めないと那美恵たちの誰もが感じたが、SNSの方に目を向けると、空気が一変していた。

 やはり流留には回ってこなかったが、それらの投稿を見たという彼女に味方する数少ない男友達、彼らにつながる数人の女子生徒たちから人づてで話を知ることになる。

「あの掲示板ヤバくない?先生たちにこのSNS見られたかな?」

「あの投稿消さないとまずくない?」

「心配することないっしょ。単なる脅しっしょ。それにウチラだって回ってきたの再共有しただけだし。それにしても誰やったんだろ?」

「流留と吉崎くんが相談しに行ったんじゃないの? でも敬大くんは先生たちからも評価いいしチクるなんてしない人だし。きっとあの内田流留がしたんだよ。男子とばっかいて態度でかくて成績悪いやつ。マジうぜぇ」

「でもそんなやつがいじめられてますなんて言ったって誰が信じるのよ?問題ないって。」

「そーそー。それに全員がマジで処罰されるなんて現実的にありえない。」

「そもそもこの写真だれが最初に投稿したの?何組のやつ?」

「そいつだけ処罰受けるだけっしょ。あたしたちにはかんけーないよね~」

「どのみち内田流留ネタ、もー飽きたからどうでもいい。どのみちあんな変人無視するに限るわ~」

「・・・でも○○くんにも手を出してたようならあたしは絶対許さない。追い詰めまくってやる。」

「まぁその時はその時でいーんじゃない?またどこかからいいネタ写真流れてくればサイコーだよね~。」

「ね~」

「ね~」

 

 様々な反応はあれど、確実に掲示は人々の心に影響を与えていた。そしてこの手のいじめをかつて中学時代に受けたことがある流留の経験則は、ある意味当っていた。

 さらに翌日になると、実際の学校生活の雰囲気でも、もはや流留の写真ネタに関することはすでに遠い昔のような、古いネタ扱いになっていた。流留がふんだように、もともとが吉崎敬大の取り巻きによる行為だったために、流留と吉崎敬大の関係がまったく話題にあがらなくなると、流留へのいわれなき誹謗中傷もあっというまに鳴りを潜めることとなる。ただしそれは完全に無関係の一般生徒の話であり、流留に想い人を盗られたと信じて疑わない一部の女子生徒からは引き続き静かに恨みを持たれることになる。

 わずか数日程度とはいえ、一度根付いた当事者への印象はなかなか拭い去れない。もともとが同性との交流がほとんどなく男子生徒とばかり接していた変わり者の流留である。ただの生徒の誹謗中傷よりも印象付けが強い。そのためしばらくは同性たる女子たちからの誤解が完全に解けることはなかった。

 

 誤解が完全に解けるまでは女子たちはもちろん、流留の取り巻きだった男子、密かに想いを寄せていた男子たちからも、噂や投稿による流留の印象は根強く残り続け、流留はなんとなく避けられる日々が続く。

 流留はこの日以来(三戸以外の)男子生徒と話すのを控え、普段は誰とも話さない孤立した存在となっていく。ただ変わらないのは、変わり者の美少女であること。態度の一変した彼女に興味を抱く者も少なからず出てくるが、先の噂話の影響もあって、彼女に直接コンタクトを取ろうとする者はいない。

 

 そして変わったのは、新たに彼女の心の拠り所となった、光主那美恵と艦娘部の存在である。かつて流留が小さい頃から追い求めてきた安心できる・依存できる従兄弟たちの影、その代わりにと求めて作ってきた日常は、彼女の変化とともにゼロクリアされた。それでも原点である従兄弟たちの影を捨てきれない彼女は、新たな拠り所として1年年上の光主那美恵と艦娘部、そしてまだ見ぬ艦娘の基地、鎮守府に希望を託すのだった。

 




ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=57887818
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1-zfUclczT1yLjhF43Nf1fsa0-85SAM0uXrOow0qoSK8/edit?usp=sharing
好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

艦娘部勧誘活動4
川内の艤装


 艦娘部に正式に入部して心機一転、艦娘の世界に入り込むことになった内田流留。川内となれる部員を得て、すでに艦娘である光主那美恵は喜びも程々に、いよいよ次なる艤装、神通になれる生徒を探すことにした。その人物とは・・・?
 そしてついに、流留は鎮守府なる基地と艦娘たちを目のあたりにする。

【挿絵表示】



 流留の問題が一応の収束を見た次の日。生徒会本来の仕事も適当に片付いて落ち着きを取り戻した生徒会室。那美恵は大事なことを思い出した。それは、エネルギー切れを起こした川内の艤装のことである。

 明石には学校から来校の許可をもらっておくから待っててと伝えたその日から数日経っていた。これはまずいと思い、那美恵は学年主任を経由して教頭・校長に明石の来校の許可を貰いに行った。

 

 教頭から許可をもらい、改めて明石が来る予定の日程を聞くように言われたので、那美恵はすぐさま明石に連絡を取る。ほどなくして明石からメッセンジャーで連絡が来た。

 

「明日でいかがですか?ついでにちょっとよい連絡があります。それを早く伝えたいのです。」

「おっけーです!じゃあ学校に伝えておきまーす。伝えたいこと、なになに!?」

「それは、ひみつ、かな~(*´艸`*)」

 

 軽い文面で締められた明石のメッセージを見て那美恵は頭に?を2~3つ浮かべた。あの明石のいうことだから自身が知らぬ機械面で何かワクワク胸躍る事でもあったのだろうと、思うに留めることにした。

 足取りは行きより多少軽く、那美恵は職員室から生徒会室への廊下の歩みを進める。生徒会室の扉を開けると、三千花と流留がすぐに駆け寄ってきた。

「ねぇねぇ、どうでした?明石さんっていう人はいつ頃来られるんですか?」

急く流留に対し三千花は落ち着きはなった口調で那美恵に尋ねる。

「どうだった?先生方の許可は……なんかそのニンマリした顔は……もう聞かなくてもわかったからいいわ。」

「え~~~みっちゃんに聞いてもらわないとシックリこないよぉおお!!」

 スイッチが微妙に入った那美恵は中腰で三千花に擦りよって両手を伸ばす。三千花はため息をつきつつその手をパシンと弾いて答えを求める。

「あ~もう。あんたは妙なところでふざけるのやめなさい!いいからさっさと言え。」

 眉間にしわを寄せて厳しくツッコむ三千花。親友がキレるのはいつものことだが、今回はそのキレツッコミ具合に本気の苛立ちが見え隠れしたため、那美恵はつきだしてつぼめた唇を真一文字に戻し、にやけて細めた目を普段の大きさに戻して口を開いて再開した。

「はいはい。おっけぃですよ。まぁある意味あたしの顔パスってやつ?教頭先生もサクッと頷いてくれたよ。そんでね、明石さんは明日来るってさ。」

「明日って……また即決したわね。明石さんってそんな思い切りのいい人だったの?」

「さぁ~? あたしとしては早ければ早いほうがいいから、明石さんナイスッって思ったよ。」

 三千花も那美恵もこの場にいない人物への意味のない問いかけは早々に止め、明日の明石の到着を期待してその日の残りの時限を過ごすことにした。

 

 

--

 

 翌日、昼休みの時間が過ぎて間もない頃、那美恵の高校の校門をとある車がくぐり抜けた。時間はお昼頃と聞いていた那美恵は授業が終わると自身の昼食の弁当を三千花に預けさっそうと教室を飛び出し、校舎を出て校門のそばで待っていた。

 そしてその車が明石のものだと気づいた。那美恵が駆け寄ると、車の前方のミラーが開いて中の人物が指と声で合図をした。

「やっほ!那美恵ちゃん。工作艦明石、到着しました!」

 車の窓越しに那美恵に挨拶をした明石を見て、那美恵は満面の笑みで車の中にまで顔をつっこまんばかりに乗り出して出迎えた。

「明石さんいらっしゃ~い。駐車場はこっちですよ。案内します。」

 那美恵の案内で駐車場に車を停めた明石は、車両の後部に積んでいた大小あるいくつかの包を那美恵に見せる。

「これ、なんですか?」

「これはね、艤装の交換部品と工具箱。あとこっちは艤装のコアの交換用バッテリー。ま、燃料みたいなものね。あとこっちは……ま、それは落ち着いた場所で、ね?」

 那美恵が尋ねると、明石は最初はすらすら答え、あとはもったいぶらせた笑い方をして言葉を濁す。

 

 那美恵は台車を持ってきて、機器の入った包と箱を載せて明石を案内し始めた。

 お昼時、廊下を歩く生徒は非常に多い。ただでさえ那美恵は普通にしてても目を引く。そんな生徒会長が生徒でない、しかも大人の女性を連れて歩いているのは非常に注目される。キョロキョロと若干挙動不審になる明石は那美恵に弱々しく尋ねた。

「な、那美恵ちゃん?なんか私、浮いてますよね~。お姉さんなんだか恥ずかしいです……」

「恥ずかしがるなんて明石さんもまだまだだなぁ~あたしは見られるのなれっこですから。気にしないでください!」

「気にしないでって言われてもねぇ……」

 事実那美恵は平然としている。時折他の生徒から声をかけられ、那美恵は挨拶を返したり冗談めかしたツッコミを返すなどして大半の生徒に素早く対応している。そんな気さくで気の利く彼女を感心した様子で明石は見ていた。

 

 明石の現在の格好は女性用のビジネススーツである。工作艦明石の制服はあるにはあるが、あの制服は公共の面前ではさすがに恥ずかしいと本人は感じていた。鎮守府や出動海域では非常に動きやすくて丈夫、汚れを気にしないで済むが、25歳の明石奈緒は一般人の目の前でミニスカを履く勇気はなかった。

 ぱっと見大人の女性が!と校内ではヒソヒソ騒がれるが、格好が格好なので、すぐに生徒は興味を移り変える。

 

 

--

 

 那美恵と明石、そして台車はエレベーターを使って上部の階に上がり、そして生徒会室に辿り着いた。川内の艤装は生徒会室に保管しているためだ。

 ガラッと戸を開けると、そこには三千花ら生徒会の面々がいた。プラス、三戸の隣には明石が知らない顔がそこにあった。

「おまたせー。明石さん連れてきたよー。」

 那美恵が三千花らに報告すると、三千花たちは明石に挨拶をした。

「お久しぶりです。明石さん。副会長の中村三千花です。本日はご足労いただきありがとうございます。」

「書記の三戸っす。いや~明石さんに会えるなんてなんだかいいっすねぇ~」

「同じく書記の毛内和子です。本日はよろしくお願いします。」

 

 すでに知っている顔に明石は挨拶し返す。が、唯一知らない顔がいるので少し戸惑った様子を見せた。

「こんにちは!皆さん元気にしてましたか? ……えっと。あちらの娘は?」

 那美恵は台車を部屋の脇に置き、その足で三戸の隣にいた娘のところに向かい、彼女の肩を抱いて明石の前に連れて来て紹介した。

 

「紹介するね!こちら、内田流留ちゃん。なんとですね~、この度、川内の艤装と同調できたその人です!!」

「は、初めまして。内田流留です。合格しちゃいました。んで、艦娘部に入ることになりました。」

 ぎこちない様子でお辞儀をして明石に挨拶をする流留。それを受けて明石も自己紹介し返す。

 

「あら!あなたがですか!? はい初めまして。私は鎮守府Aの工廠、つまり艤装のメンテをするところですね。そこの工廠長をしております、工作艦明石こと本名明石奈緒、25歳独身です!」

 あっけらかんとした言い方の中にも大人としての立ち居振る舞いが感じられる明石の自己紹介に、流留は少し圧倒されつつも、初めて見る那美恵以外の艦娘と鎮守府の存在に感動を感じざるを得ない。

 

「ど、どうも。よろしくお願いしまっす……」

 最後にどもりつつも流留は緊張を伴った挨拶を返した。

 

 

--

 

 挨拶もほどほどに、那美恵たちは川内の艤装を部屋の広い場所に運びだし、さっそく明石に診てもらうことにした。

 

 明石は持ってきた工具箱をあさり、いくつかのチェック用の機器を川内の艤装のコアユニットに接続して状態を確認し始めた。

 その様子はただの高校生である那美恵たちにはさっぱりである。そのため明石の作業をじっと見ているしかできない。明石は途中で顔を上げ、那美恵たちに一言言って促す。

「あの、みんな。私のことは気にせずにお昼食べてていいですよ?」

「それだとなんだか明石さんに申し訳ないですし……。」

 三千花が申し訳なさそうな表情で明石に言う。だが明石は手に持った工具をぷらぷらと振ってまったく気にしない様子で返す。

 

「学生さんはそんなこと気にしなくていいんですよ~。」

「はぁ。それでは……。」

 それではということで明石に断った三千花は那美恵たちに目配せをし、明石が作業をするかたわらで昼食をとることにした。

 

 

【挿絵表示】

 

 昼休みも半分を過ぎた頃、早めに食事を終えていた三戸と流留は明石のそばで彼女の作業の様子を眺め見ていた。明石は若手ながらさすが製造会社の技術者なだけあって、川内の艤装をテキパキと確認していく。そんな彼女に流留は質問してみた。

 

「あの、明石さん。そういう機械いじりって、女性がするのって抵抗とかないんですか?周りから何か言われたりとか。」

 明石は手を止めず視線は艤装に向けたまま流留の質問に答える。

「いいえ。むしろ艦娘の世界では重宝されるのよ。艦娘は圧倒的な女性の職場だからね。同じ女性の技術者は相談しやすいとかなんとかで、うちの会社でも何かと女性の技術者を近年では多く採用して育成して、工作艦明石として派遣されることが増えてるの。」

「へぇ……」

「まあ、そもそも機械触るの好きっていう人しか集まらないから、むしろ充実した職場ですよ。私、従兄弟たちの影響で昔からプラモ作ったり、電子工作するの好きだったの。あと下に妹がいるんだけど、あの子も私に負けず劣らずね。」

 

「あ!あたしもプラモづくりとかそういうの好きです!」

 流留は思わぬ形で自分に似た境遇の人を見つけ、明石に一瞬で心惹かれる。それはどうやら明石も同じだった様子。明石は顔を上げて流留を見る。流留はパァっと表情を明るくした。

「あら!そうなの!?じゃあ○○は?」

「はい!知ってますしたまに作ります。」

「じゃあ△△は?」

「作品は見たことあります!」

 

「あらやだ!内田さんだっけ?流留ちゃんでいいかな?」

「あ、えぇとはい。なんとでも。」

「私ね、会社の人や提督以外で話の合う人欲しかったのよ!艦娘の中に工作とかそういう趣味のわかる人がいるなんてもうさいっこう!」

「あたしもです! 生徒会長!あたしなんだか鎮守府が楽しみになってきましたぁ!」

 明石の言葉に同意しその勢いで、まだご飯を食べていた那美恵に向かって腕をブンブン振って喜びを伝える。那美恵はウンウンと頷く。

 

「流留ちゃん、あなたならきっとうちの妹とも話が合うはずよ。妹にもいつかうちの鎮守府に艦娘試験受けさせるつもりだから、もし艦娘になれたら仲良くしてあげて! 今もたまーにうちの鎮守府に妹来るのよ。その時に改めて紹介してあげる!」

「はい!」

 

 

 すっかり趣味で意気投合する流留と明石を見て、那美恵と三千花は微笑ましく思った。

「二人が話してることあたしゃぜーんぜんわかんないけど、ともあれ明石さんと話が合うなら何よりだねぇ。」

「私もさっぱり。内田さん、今までで一番良い笑顔なんじゃない?」

 那美恵と三千花のそばにいる和子もそれに頷いた。

 

「俺もわかるっすよ明石さん!俺も仲間にいれてよ内田さぁ~ん!」

 意気投合して関係が進んでいく流留と明石の様子を羨ましく思ったのか、必死に自己アピールをする三戸。そんな三戸に流留が突っ込んだ。

「アハハ。三戸くん必死すぎぃ~。わかったわかったよ。」

 流留は三戸の肩をバシバシと叩いて今この場の逆紅一点をかまってあげるのだった。

 

 

--

 

「さて、メンテおわりました!」

 流留たちと話しつつも作業を続けていた明石がそう宣言した。時間にして12時45分すぎ。那美恵たちも昼食を食べ終わり、各自思い思いのことをしていた。明石の言を受けて、那美恵たちは視線を明石に向け近寄る。

 

「ありがとうございます、明石さん。で、川内の艤装が動かなかったのってなんだったんですかぁ?」

 那美恵がそう質問すると、明石は川内の艤装のコアユニットを手に持ち、回答し始める。

 

「うん。バッテリー切れと、あともう一つ問題があったの。それは中のケーブルや部品をちょこっといじっておいたからもう問題ないはずですよ。」

「ありがとうございます。変な問題とかなくてよかったですよ。」

 と、流留は感謝の言葉を述べた。

 

「それとですね、同調できる人を見つけたなら、もう鎮守府に戻してもいいんじゃないかな?どうですか?」

 そう提案する明石。彼女のいうことももっともだと那美恵は思った。しかしそれではあと残り、神通の艤装が届くまではタイムラグができてしまう。一旦艦娘の展示をやめれば生徒たちの興味はすぐになくなってしまうかもしれない。那美恵はそれを危惧している。

 

「うーん。そうしてもいいんですけどぉ。次は神通の艤装で同調出来る人も探したいんです。そのためには早めに神通の艤装も持ってこられるようにしないと。今やってる艦娘の展示で艤装の展示に合間が空いちゃうと、みんな興味途切れたりすると思うんです。そうなるとちょーっと探しづらくなるかなぁって。」

 

 那美恵の心配をよそに明石はニコニコし始めた。那美恵が明石の様子を訝しむと彼女はコホンと冗談らしく咳払いをして、自身の持ってきた数々の包の中から一つのものを那美恵たちの前に差し出した。

 

 

「「? なんですか、これ?」」

 ほとんど同時に那美恵と三千花が質問をした。

 

 

「実はですねー。なんと!神通の艤装のコアです!神通の艤装一式、鎮守府にもう届いてるんですよ。予定より遅くなったみたいなんですけど、ようやくです。」

 

 明石の言葉を聞いた瞬間、那美恵は飛び上がって喜びを表した。

「えぇーーー!!?ホントですかぁ~~~!? じゃあこれ……あ!あたしまだ同調試してないですよ!」

「えぇ。実は提督にナイショで、持ってきちゃいました。コアユニットだけでも同調は試せるし、これくらいなら、ね?」

「ほほぅ。明石さん、あんたも悪よのぅ~」

 

 冗談めかして明石の肩を軽く叩いてツッコミを入れる那美恵。明石もそれにノる。

「いえいえ。那美恵ちゃんほどじゃないですよ~。」

「法律にないからって、この二人はこんなことしててホントにいいのかなぁ……?」

 二人の様子を見て三千花は頭を抱えて不安を感じるが、彼女のそんな心配は、那美恵たち二人にはまったく響かない。

「というわけで那美恵ちゃん。前にあなたが言ったとおり、早速神通の艤装との同調、試しちゃってください。こっそり持ってきたとはいえ、これで同調できれば万事OKだし、ダメだったら一応持ち帰らないといけませんので。」

「はい。……でもそろそろお昼休み終わってしまうんです。放課後ってことじゃダメですか?」

 那美恵の提案に明石はアゴに指をあてて首を傾けて考える仕草をしたのち、答えた。

 

「私はかまいませんが提督にバレるとまずいんで。じゃあこうしましょう。放課後試してダメだったら、帰りにでも鎮守府に返しに来て下さい。私今日は18時すぎまで工廠にいるんで待ってますから。同調できたなら、何か適当に一報入れてくれるだけでいいです。」

 

「わかりました。あ、それと川内の艤装、コアユニット以外は持ち帰ってもらってもいいですか?」

「え?いいけど、なんでコアユニットだけは残したいんですか?」

「はい。内田さんに、もう一度ちゃんと同調をさせてあげたくって。」

 那美恵はそう言い視線と身体を合わせて流留に向けた。それに気づいた流留は確認する。

「会長……いいんですか?」

「いいもなにも、あなたはもうすぐ川内になるんだから、自分の担当艦の艤装を確認しておきたいでしょ?」

「それはそうですけど、明石さん。いいんですか?」

 流留は明石の方を向いて目で疑問を投げかけた。

 

「うーん。そういうことなら、OKです。じゃあ川内の艤装のコアユニットは後で返しに来て下さい。」

「はい。一度内田さんに試してもらったら、今日帰りに内田さんと一緒に鎮守府に行きます。川内の艤装と、神通の艤装交換っこということで。」

 

 明石は那美恵の話を承諾し、試すことになる中心人物である流留もそれに承諾した。

 

 

--

 

 お昼休み終わる間近、那美恵たちは川内の艤装を運び出し、駐車場に止めている明石の乗ってきた車に積め込みに行った。

 

「みんな、運ぶのありがとうございますね。」

「いえいえ。どういたしまして。」

 那美恵たちはそれぞれ返事をした。

「それじゃ、またあとで鎮守府で会いましょう。流留ちゃんも、早く鎮守府に来てくださいね~」

「はい!」

 

 機材を積み終わった車は明石の運転によって高校の正門へと進み、鎮守府へと帰っていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神通の艤装

 明石から(こっそりと)神通の艤装のコアユニットを受け取った那美恵。これで生徒会室には艤装が2つ存在することになる。時間も時間なので那美恵たちはそれぞれの教室に戻り、午後の授業を受け始めた。

 

 その日の放課後。夕方、那美恵達は生徒会室へと集まった。流留は生徒会メンバーではないのでそう何度も生徒会室に行くのをためらって校内をぶらぶらしつつ、三戸とメッセンジャーにて会話をしていた。だが部室のない艦娘部としては今は仮に生徒会室を使おうと那美恵から言われて来るように勧められていたため、やや申し訳無さそうにしながらも少し遅れて生徒会室へと入っていった。

 

 その日はコアユニットだけとはいえ一応艤装が二つある状態なので那美恵たちは艦娘の展示もするつもりである。ただ川内は流留が同調できたということで、これ以上展示で使うつもりは那美恵にはなかった。そして、川内の艤装はこの日中に流留に再度同調を試させて返しに行く。

 

 遅れて生徒会室に入ってきた流留は、那美恵がすでに準備をして待っている事に気付いて慌てて駆け寄った。

「あ、生徒会長。遅れてごめんなさい。」

「いーよいーよ。それじゃ、さっそくはじめよっか。」

「はい。」

 

 二人が同調を試し始めるのと同時に三千花たちは艦娘の展示のパネル運び出しを終える頃だった。その様子を見た流留は那美恵に聞いてみた。

 その質問に、三千花たちを特に気にかけるわけでもなく普段通りの軽い口調で那美恵は答える。

「あ~。みっちゃんたちには展示を優先してやってもらうの。んで、あたしと内田さんは同調を試した後、その足で鎮守府に行くよ。内田さんは都合はいい?」

「はい。大丈夫です。でも副会長たちに任せたままでいいんですか?」

「だいじょーぶじょーぶ。これでも一週間ほどすでに展示してるんだもの。あたしたちは気にせずいこー。」

 

 那美恵の口ぶりからはなんの心配もないという雰囲気が感じ取れたので、流留はそれじゃあと、もう何も気にせず川内の艤装との同調をし始めることにした。

 

 

ドクン

 

 

 前回、流留が最初に同調した時のような恥ずかしい感覚は起きなかったが、近い感覚に襲われた。下半身に熱が集まっていくのを感じる。それはすぐに収まったので事なきを得たが、もしこの場に男子である三戸がいたら少々気まずいことになっていたかもしれないと流留は余計な心配をした。

 

 那美恵は流留の様子を見て、まったく問題なく同調できていると把握した。タブレットのアプリで数値を見ると、90.04%と、若干数値が上がっていた。

 その上昇は、流留の心に以前は引っかかっていた日常の崩壊への恐怖や変化することの恐れというネガティブさが消滅した(無意識に心の奥深くに隠した)ことで精神力を安定させ、同調率を高めたのだった。

 このあたりの真相を流留はもちろん、那美恵ですら知る由もなかった。

 

「うん。内田さんは90.04%、なんか上がってるし問題ないね。あとはこれを提督に伝えに行けばあなたは晴れて川内だよ! 艦娘になれるんだよ。」

「あたしもやっと艦娘、そして鎮守府に行けるんだぁ~。」

 流留は喜びをうっとり顔から垂れ流している。

「内田さん、よだれよだれ!女の子がはしたないよ!」

 那美恵から指摘されて流留は慌てて口元を人差し指で拭った。

 

 

--

 

 流留の同調が終わったので、次は本題である神通の艤装との同調である。那美恵は三千花たちに持って行かせずに手元に残しておいた神通の艤装のコアユニットをベルトと一緒に腰に巻いた。流留にはタブレットを持たせて、最初の同調のために電源をつけさせる。

 

「会長。じゃー電源つけますよ~。」

「はい。おねがい!」

 

 流留は教わったとおりにアプリ上で神通の艤装(のコアユニット)の電源をオンにした。そして今まで那珂と川内の二つの艦娘の艤装の同調に成功しているという那美恵の様子の変化を楽しみに眺めた。

 那美恵は呼吸を整え、精神を落ち着ける。これまでの2つの艤装のときと同様に腰のあたりから上半身と下半身に向けて電撃のような感覚が走りぬき、そののち関節にギシッとした痛みを感じた。それらは一瞬である。そこまでの刹那、那珂とも川内とも違う情景が頭の中に浮かんでは消える。そこまでは今までの同調と同じだった。が、突然那美恵の思考が乱され、頭痛が呼び起こされる。今までよりも重い情報量が脳に貯まる感覚を覚えた。

 途中で那珂との初めての同調の時に見た情景、川内との初めての同調の時に見た情景が混じる。いくつもの既視の情景が走馬灯のように脳裏をうつりゆく最後、那美恵が見たのは、目前に2つの光る目のようなものを持つ化物と対峙する自分視点の誰かであった。それは艦船ではないことは確かで、その誰かが左腕をあげると、腕の先にあるべき手のひらがなく、脇腹から大量の血を流す姿だった。

 不吉なモノを垣間見たためか、それとも新しい艤装と同調を試しすぎたためかわからないが、頭に異様な激痛が走り吐き気を催して膝をガクッとついた。

「い、痛っ! ……頭が痛いよぉ!!!」

 思わず那美恵はへたり込んで土下座のような体勢になるも、肩で息をしながらなんとか完全に倒れるのを防ぐ。

「会長!大丈夫ですか!!?」

 初めて見る那美恵の苦しむ姿にうろたえる流留。タブレットを机に置いて那美恵に近寄って肩を支えようとする。

 しかしそれを那美恵は思い切り振り払った。

 

「あ、あぶない!内田さん……近寄らないで!!」

「きゃっ!!」

 

 普通の女子高生の力であれば思い切り振り払ったところで相手は大した衝撃にはならない。が、このとき那美恵はすでに艦娘神通になっており、コアユニットから伝わる軍艦の情報による力は、それを受け止め、うまく制御する艤装の他の部位がないために、ダイレクトに腕に伝わっていた。肩に触れようとした流留を”文字通り”思い切り弾き飛ばした。

 

バン!!!

ズルズル……

 

 流留は生徒会室の宙を舞い、天井近くの壁に激突したあと、滑り落ちるように地面に落ちていった。瞬間、流留は呼吸困難に陥るが、すぐさま呼吸を取り戻した。

 

「かはっ!はぁ!はぁ! 生徒会長!? これ……一体!?」

 

【挿絵表示】

 

「お願い……タブ…レットから電源を……落として。あたしじゃ制御できない……!」

「は、はい!」

 那美恵はうずくまったまま、苦しそうな口調で流留に向かって声を弱々しくひねり出した。それに流留はすぐさま返事をした。流留は先ほど机に置いたタブレットを手に取り、アプリ上で電源をオフにする。すると那美恵の身体、腰のあたりからシューという音がしたのち、那美恵の表情が柔らかくなり、平静を取り戻したように見えた。

 

「はぁ……はぁ……。あ、ありが…と。」

 

 

--

 

 流留も驚いたが、それよりも一番驚いたのは那美恵だった。今まで数回艤装と同調してきたが、こんなことは初めてだった。最初は神通の艤装と同調していたつもりなのに、急に那珂や川内のときに見た記録の情景が頭に浮かんできた。ごちゃ混ぜになったその直後に激しい頭痛がした。普通の同調の仕方ではない、そう感じるのは容易かった。

 しかしこのまま一回で終わらせる気など那美恵には毛頭ない。

 

「会長、大丈夫ですか?」

 心配そうに流留が那美恵に近寄る。肩には触れようとしない。

 

「内田さんこそ、今さっき思い切り吹き飛ばしちゃってゴメン。」

「いいですって。それよりもさっきのとんでもない力って……?」

「艦娘はね、同調が成功すると身体能力が著しく向上するの。それを人体に負担がかからないように適切に制御してくれるのが、他に装備する艤装の部品なんだって、明石さんが言っていたの。ただ、今はコアユニットしかない状態だったから、多分きっとパワーアップした力が直接発揮されちゃったのかもね。あたしとしたことが、一度はちゃんと教えてもらっていたのに、そのことすっかり忘れて危ない状態で試してたよ……。」

 

「艦娘って、想像してたより危ないんですね。」

「まぁ普段はこんな陸上のどまんなかで艦娘になることないから、今回は例外だと思うよ。ふぅ…さて、もう一度試しますか。」

 

 那美恵の何気ない一言に流留は驚いて聞き返した。

「えぇ!? また試すんですか!? たった今危ない思いしたばかりでしょ!?」

「だから試すんだよ~。たまたまかもしれないし。それにこんな大事な経験、1回で終わらせるわけにはね~。ということで電源オン、お願いね?」

 

 那美恵の決意は固かった。しかし流留は心配してそれを止めようとする。

「いや……やめときましょーよ。あたしまたふっとばされるの嫌ですよ。」

「内田さんはあたしに近寄らなきゃいいんだよ。さ、お願いお願い。」

 

 流留は渋りつつも仕方ないなと思い、タブレットを手に取り準備をする。那美恵からは1m以上離れている。

「じゃ、電源つけますよー。……はい。」

 

 

ドクン

 

 

 那美恵はまた腰のあたりから痺れる感覚が伝わるのを感じた。再びきしむ全身のありとあらゆる関節。すぐに収まるのも先程と同じ。そしてここから。軍艦神通の記録の情景が再び頭に浮かんでは消え、那美恵の表情を歪ませる。

 しかし今度は、余計な情景が混じらずに収まった。

 2度めにして、ようやく那美恵は正常な状態で、軽巡洋艦艦娘、神通になった。

「えーっと。同調率?ってやつは、93.11%。これ、高いんですか?あたしの川内よりは高いんだと思いますけど。」

「ふぅ……。あたしが川内の艤装試した時は、91.25%だったから、川内よりかは高いね。那珂の98%よりは低いけど。」

「はぁ。」

「ともあれ、93%もあるんだから、あたし普通に神通にも合格ってことかな。……内田さんも試してみる?」

「えー、うー。はい。」

 言い淀んではみたが、実のところ他の艦娘用の艤装に興味があった。流留も神通の艤装との同調を試したところ、彼女の数値は42.09%と、不合格まっただ中のレベルであった。

「いいも~んだ。あたしには川内の艤装があるんだから。」

 残念そうな表情をしながら、流留はぼそっとつぶやいた。

 

 

--

 

 那美恵も流留も艤装のコアユニットを外し、椅子に座ってタブレットのアプリの画面を眺めながら話す。

「あたしが神通の艤装との同調に合格できたから、これで神通もあたしのもの。だから、神通の艤装を外に持ち出せるようになりました。これで展示を続けるのにも困らなくなったわけだ。ウンウン。」

 那美恵は腕を組みながら連続で頷いた。その様子を見て流留が尋ねる。

 

「じゃあこれからは神通の艤装との同調に合う人を探すってことですよね?川内はこれから返しに行くんってことでいいんですか?」

「うん。そーだね。ただ今日はさっきのあたしのことも気になるから、鎮守府には2つとも一旦持ち帰って、明石さんに調べてもらおうと思うの。だから今日は艦娘の展示は艤装なしでやってもらう。」

「なるほどー。」

「それじゃ内田さん。帰り支度して。みっちゃんのところに寄ってこのこと伝えたら、そのままあたしたちは鎮守府に行くよ。直行直帰ってやつ~」

「直行直帰ってなんかOLみたいですね~。」

 

 アハハと笑いあいながら、那美恵たちは生徒会室を出て視聴覚室へと向かった。

 視聴覚室では、2~3人の見学者が今まさに見学している最中だ。

「あ、なみえに内田さん。同調のほうはどうだった?」

 パネルの解説は和子に任せて、三千花は那美恵と流留に近寄って尋ねた。

 

「うんあのね。内田さんは問題なく合格。んで、あたしも神通の艤装に、93.11%で合格~!これで神通もあたしのものだよ~」

「へぇ~よかったじゃないの。これであなた、川内型の艤装すべてに同調できたってことね。すごいわあんた。」

「エヘヘ~!もっと褒めて褒めて~!」

 腰を曲げて姿勢を低くし、頭をなでてもらう体勢のままズリズリと三千花に近寄る那美恵。正直気持ち悪い動きだったので三千花は彼女の頭を撫でずに軽く叩くだけにとどめておいた。

 

 那美恵はあえて、最初に神通を試した時の異常のことは言わなかった。流留はそれに気づき、那美恵になんで言わないのかと小声で尋ねた。すると那美恵は流留の手をひっぱって部屋の端に言って自身の口に指を当てて内緒ということの理由を伝えた。

「みっちゃんに余計な心配かけさせたくないの。だから、さっきのことは、コレ、でね。お願いね?」

「えー、友達なら言えばいいのに。まーいいですけど。はい。秘密ですね。はい。」

 

 三千花の側に再び近寄る那美恵。三千花は那美恵にこの日の展示はどうするのか確認した。那美恵はそれに軽快に答える。

「うん。あたしと内田さんはこれから鎮守府に行ってそのまま帰るから、みっちゃんたちは展示の方、後片付けまでおねがいできるかな?」

「えぇ、いいわ。それで、神通の艤装はどうするの?」

「それなんだけどね、一応合格したってことを実物見せながら報告したいから、今日は川内の艤装と一緒に持って行くね。展示でまた試してもらうのは明日からってことで。もし同調試したいって子が来たら伝えておいて。」

「了解。」

 

 三千花は特に疑問を抱かずに那美恵の案に同意した。不安要素を一切伝えられていないので当然なのだが、那美恵のポーカーフェイスと、口ぶりのうまさで、さすがの三千花も那美恵の神通の時の異変を察することはできなかった。そのため疑問を一切抱かず、展示の案内に戻っていった。

 那美恵と流留はカバンを持ち直して視聴覚室の出入口へと歩いていき、残る三千花たちに挨拶をしてその日は別れた。

「じゃ、お疲れ様~。またあしたね。」

「お先に失礼しまーす。三戸くん、展示がんばりなよ~」

 

 三戸にだけは名指しで言葉をかける流留であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二人で行く鎮守府

 那美恵は神通の艤装のコアユニットを、流留は川内の艤装のコアユニットをそれぞれ紙袋に入れて手に下げて、高校から駅までの道をテクテクと歩いている。高校~駅間は、歩きでおよそ10分。途中にはアーケード街があり、通学路の一つはその中を突っ切って設定されている。様々な店が構えるアーケード街、学生たちにとっては誘惑も多い。買い食いはもちろん、ガッツリと買い物をして帰宅の途につく学生も多い。

 

 すっかり仲良くなった那美恵と流留は、ペチャクチャとおしゃべりをしながらアーケード街を進む。趣味は全然異なるものの、感性はどことなく似ているとお互い直感した二人。

 流留はもっと早く艦娘に出会っていれば、この素敵な生徒会長、先輩ではあるが友達になれたのかもと、少しだけ後悔した。

 

「ねぇねぇ会長。何かちょっと食べて行きましょうよ!」

 流留は、よく男友達と行っていた店とは違う店の前で那美恵を誘いかけた。それは、今まで同性の友達がいなかった流留にとっては行きたくても行きづらい、憧れとも言える、女子高生に人気のあるスイーツショップだった。しかし那美恵は頭を振ってそれを拒否する。ちゃんとした理由がある。

「だーめ。今日は鎮守府に行くんだから。早く行かないと帰っちゃう人もいるんだよ。内田さんにはなるべく多くの艦娘に会ってもらいたいの。我慢してね。」

「え~。会長はここ寄ったりしないんですかぁ?JKに人気だって聞きますよ。あたし、女子高生の集まる店、憧れてたんです。今まで男友達としか一緒にいなかったから。」

 

 最後のセリフを耳にすると、那美恵は心臓をキュッとつままれる感覚を覚えた。流留の人となりの一片を知った気がした那美恵はそれとなく話題に乗りかけた。

「入ったことあるよ。オススメメニューは○○で……って。今は鎮守府が優先!これからはいろんな年代の人と鎮守府で付き合うことになるんだから、これから、これからだよ。」

「はーい。」

 流留は那美恵のフォローの意味に気づかずに、ただ不満気味な返事をするだけだった。

 

 

--

 

 電車に乗り数分。となり町の駅にて二人は降りた。ちなみに那美恵達の学校へはこの駅からもバスが出ており、この駅の周辺に住む学生もいる。ただ基本的には学生向きの街ではなく閑静な住宅街のため、駅前には取り立てて目を引くものはない。

 

「鎮守府はこっちだよ。」

「へぇ。商店街のある改札とは違う方に行くんですかぁ。」

「そ。歩いて大体20~30分程度。時間があるときは歩くけど普段はバス使うかな。」

「はぁ……。だったらバス使いましょうよ。」

「そーしたいんだけどぉ、今日は内田さんの案内記念ってことで、この街案内を兼ねて歩きましょー。」

「え~~、面倒くさいなぁ。まぁいいや。途中でなんか面白い店とかなんですかねぇ。」

 

 てくてくと鎮守府への道のりを歩きながら話す二人。

 

「途中にレストラン、それからコーヒーショップの○○があるよ。あとは……駅から離れちゃうと、せいぜい鎮守府の近くにある小さめのショッピングセンターくらいかなぁ。」

「ゲームセンターとかTVゲームの店は?」

「あたし興味ないからわかんなーい。」

「くっ、ぬぬぬ。いいですよ。あとで明石さんに聞きますから。」

 

 流留の質問や不満を適当にあしらいつつ那美恵は先頭に立って歩いていると、バスの停留所から見知った顔の少女が降りてきて、那美恵たちと視線が絡まった。

「あ!凛花ちゃん!! おひさ~!!」

「那珂。お久しぶり。……あら、そちらの人は?」

「うん。うちの学校の後輩。んでね!なんと、この度軽巡洋艦川内に合格した子なんだよー! ほら内田さん。艦娘の先輩に挨拶挨拶!」

 突然知らぬ少女と話しだした那美恵をポケーっと見ていた流留だが、急に挨拶をふられたのでとにかく挨拶をすることにした。

「はい。あたし、内田流留といいます。○○高校1年です。艦娘部に入りました。えー、この度、川内っていう艦娘に合格しました。よろしくお願いします!」

「初めまして。私は○○高校2年、五十嵐凛花よ。鎮守府Aの軽巡洋艦五十鈴を担当しています。よろしくね。」

 凜花は丁寧な仕草と言葉遣いで流留に挨拶を返した。

 

 3人は停留所の真中で会話していたので一旦道の端に行き、会話を再開する。

「凛花ちゃん今日はどうしたの?」

「私? 私は昨日今日と出撃任務だったのよ。これから帰るところ。」

「あー。凛花ちゃんのとこは艦娘部ないから、じゃあお休みして……?」

「えぇそうよ。このために学校2日も休んだのよ!ねぇ那珂、聞いてくれる!? なんかね、不知火のところとも学校提携してたっていうのよ提督!知らぬ間に! なんなのよ!私のところは無視かよって話よ。ったくもう。立て続けに休んじゃうと授業に追いつけなくなるから困るのに言うに言えないこの気まずさ、あなたならわかるでしょ!?」

「アハハ……うんうんわかるよぉ~」

 

 堰を切ったように凛花は愚痴をこぼし始め、那美恵と流留にぶつけまくる。相当溜まっている様子が伺えた。学校提携してやっと軌道に乗りだした那美恵は不満を吐き出す凛花の手前上、色々言い返しづらい状況だった。

 凛花の愚痴の嵐のまっただ中にいながらふと、那美恵は不知火のことが気になった。自分の着任式のときにいたのを思い出した。彼女も中学生とのことだが五月雨たちとは違う学校らしく、鎮守府Aには一人で来ていた。どうやら同じ学校の艦娘仲間はいないとの話だった。那美恵は不幸にも彼女と出撃任務をする機会がなくこの数ヶ月過ごしてきたため、不知火のこと、彼女の学校のことはまったくわからない。

 

「まぁまぁ。きっと提督は順番決めてるんだよ。うちの高校でしょ?それからその不知火さんの学校でしょ?きっとこれから凛花ちゃんのために動いてくれるんだよ。期待して彼を待っててあげたら?」

「へ? 私の……ために!? も、もし考えてくれてたんなら、まぁ、もう少し待っててあげないこともないわね。えぇ。提督もお忙しいでしょうし仕方ないわ。」

 那美恵の言い方により凛花は妙に提督を意識し始め、モジモジしながら自分で納得した様子を見せる。

「そーそー。」

「ふぅ……。そういえばあなたはどうしたの?まだ任務はないんじゃないの?」

 落ち着きを取り戻して冷静になった凛花が那美恵に質問してきた。

「うーんとね。川内の艤装をこれから返しに行くところなの。提督に頼んで学校に持ちだしてたから、そろそろってことで。」

「ふぅん。艤装って外に持ち出せたんだ。」

「まー色々あってね。というわけでこれから、艤装を返すのと合わせて川内になる内田さんを連れて、提督と明石さんに会いに行くの。」

「なるほどね。あ、でもね。今日午後提督いなかったわよ。午後は五月雨が提督の代理でひーこら言ってたわ。行くなら明石さんだけじゃなくて五月雨のところにも顔出してあげたら?」

 

「あちゃー。提督いないのかぁ。せっかく新たな美少女を紹介してあげよーかと思ったのにぃ。ね、内田さん?」

「へっ!? な、なに言ってるんですか会長!」

 後頭部に手を当てておどけて残念がったかと思うと、隣にいた流留の方へ上半身だけ振り向いて視線を送る。自身が意識していなかったタイミングで話を触られ、途端に顔を真赤にして慌てふためく流留。彼女は、那美恵がこういう人をからかうお調子者なところの真髄をまだ把握しきれていない。

 流留のその様子を見てアハハと笑う那美恵と、どう反応したらよいのかわからず戸惑いの表情を見せつつ苦笑いする凛花。からかわれてると流留は気付き、那美恵に文句を言って怒る。

「ゴメンゴメン。今日のところは五月雨ちゃんと明石さんで我慢してね。」

「もー。どーでもいいですってば。」

 

 まだ頬を赤らめつつそっぽを向く流留と、彼女の肩に手を置いて弁解する那美恵。凛花はそんな二人の様子を見て、ため息混じりの笑いをこぼす。

「やっぱり、同じ学校の生徒同士って、いいわね……。」

「ん?なんか言った凛花ちゃん?」

「ううん。さ、二人はさっさと鎮守府行っちゃいなさい。早くしないと五月雨も明石さんも帰っちゃうわよ。」

「うん。いそごーいそごー。」

「はぁ。雑談で時間取られた気がする……。」

 

 自分で話を広げておきながら急かして鎮守府に行こうとする那美恵に、流留は少し呆れたという表情でツッコミにも満たない返しを口にするだけにしておいた。

 

「じゃあまたね。」

「うん。またね、凛花ちゃん。」

「失礼しまーす。」

 

 数分間雑談をしていた3人は別れ、那美恵と流留は鎮守府への道を急いだ。

 

 

--

 

 那美恵たちが鎮守府についたのは17時を回った直後であった。まだ外は明るいが、夕方の雰囲気が人々を家に帰る雰囲気にさせる。まったく逆方向に歩いてきた二人はなんとなく気まずさを感じたが、それもすぐに気にしなくなる。

 

「さ、着いたよ。ここが、鎮守府だよ~。」

「へぇ~!ここが艦娘の基地なんだ!! うわぁ!うわぁ!すっごーい!」

 

 何がすごくて流留を興奮させるのかその勢いに若干引き気味の那美恵だが、その喜びがまったくわからないわけでもない。

 那美恵自身は鎮守府にも確かに最初驚いたが、それよりも本気で驚いてワクワクしたのは、出撃任務、そして初めて深海凄艦と対峙したときだ。鎮守府自体は割りとすぐに冷静に見られるようになってたなと、ふと思い返した。

 

「じゃあまずは執務室にいこ。今日は提督いないっていうから、代わりに五月雨ちゃんに会ってね。」

「その五月雨って人はなんなんですか?その人も艦娘?」

「うん。うちの鎮守府の一番最初の艦娘だよ。これがまた可愛らしくていい子なんだよ~!あとね、秘書艦っていって、提督を色々サポートしているの。鎮守府内では提督の次に偉いんだよ。」

「はぁ~じゃあ会長みたいにすごい人なんでしょうね。」

「すごいっていうかね~まぁある意味ドジっ子臭はすごいけど。おっとりやだけど頭良いし可憐で可愛いし、きっとこれからすごくなるかもしれない子。年下だけど仲良くしておいて損はないよ。」

 

 熱を込めて五月雨を紹介する那美恵だが、流留の反応はいまいちよろしくない。

「私はどうせならその提督って人に会ってみたかったのになぁ。」

「アハハ。まぁ内田さんとしてはやっぱりまだ男の人のほうがいい?」

「そうですね。まだ同性はちょっと。」

 仕方ないねと頷きつつ流留に理解を示し、那美恵は鎮守府本館に歩を進め、扉を開けて入る。そのあとに流留も続く。

 

 夕日が差し込む時間帯、ロビーは室内の明かりが強く辺りを照らし、夕日はグラウンド寄りの窓から差し込んで数m分床の見た目の色を変えるのみだ。ロビーには誰も居ない。

「誰も、いないですね。」

 ポツリと流留がつぶやいた。その一言は閑散としたロビーの雰囲気に寂しさをプラスする。すかさず那美恵は言い訳のようなフォローをする。

「まあ、まだ人少ないしね。内田さんを入れてやっと9人だし。あ、明石さん入れると10人かぁ。ともかくね、人少ないし艦娘以外の職員って言ったら工廠にいる整備士さんとか技師さんくらい。あと、たまに清掃業者の人がくるくらい。」

「なんか、思ってたより現実的な基地なんですね、鎮守府って。」

「どんなの想像してたの~?」

「いやぁ、アニメとか漫画のヒーローたちの基地のようなものっそメカニックな施設があったり、いっそ地下にあるのかと思ってました。」

「アハハ。現実はこんな感じだよ~」

 

 那美恵は歩きながら手を広げてクルリとまわり、辺りを指し示す。那美恵と流留はおしゃべりしながら階段を上がって上の階に行き、そして執務室の前に来た。

 

 

--

 

 コンコンとノックをする那美恵。すると中から女の子の声がした。

 

「どうぞ。」

「失礼します。」

 那美恵は真面目な口調で返し、そして扉を開けて中に入った。

「あ!那珂さん!数日ぶりですね!」

 流留は執務室なる部屋に入って真正面ではなく、脇にある机と椅子にいるちんまい少女を目の当たりにした。彼女は那美恵に気づくと、席を立って小走りでそばに近寄っていく。

 那美恵はというと、相変わらずの愛らしさを放って近づいてくる五月雨を那美恵は抱きしめたい衝動を抑え、右手で敬礼するように前に出して普通に挨拶を返した。

「やっほ、五月雨ちゃん。元気してた?」

「はい!那珂さんこそ、あれから艦娘部の展示いかがでしたか?」

 

 五月雨がいきなり核心をついてきたのでそれならばと、那美恵は本題に入ることにした。

 

「うん。今日はね、うちの後輩を連れてきたの。さぁ、五月雨ちゃんに挨拶して?」

「○○高校1年、内田流留です。川内と同調できたから、これからは艦娘としてよろしくお願いします!」

「はい!私は○○中学校2年の早川皐月(はやかわさつき)って言います。この鎮守府では駆逐艦五月雨を担当しています。それと秘書艦です。よろしくお願いしますね!」

 

【挿絵表示】

 

 

 元気よく深々とお辞儀を流留にする五月雨。長い髪が両肩からサラサラと滑り落ちて前に垂れる。髪が肩口までしかなく短い流留はそれを見て、長くて綺麗だけど手入れが大変そうだなぁとどうでもいいことを頭に思い浮かべていた。

 その前に、流留は握手をしようと手を前に出していたのだが、五月雨が先にお辞儀をしてしまったので手が宙ぶらりんになる。五月雨が上半身を揚げて姿勢を元に戻すと、彼女はやっと流留の手に気づいて慌てて手を差し出して握手を交わす。彼女の顔は少し朱に染まっていた。

 

 挨拶した五月雨は那美恵と流留をソファーに促した。二人とも座らず荷物だけをソファーに置き、那美恵は五月雨に確認しはじめた。

「あのさ、うちの学校の子が一応同調できたわけだけど、提携してる学校の生徒を艦娘にするのって、具体的にはどういう手順を踏めばいいの? あたしは普通の艦娘として採用されたからわからなくって。」

 那美恵の質問を聞いて、五月雨は少し得意げな表情になって解説し始めた。

「そうですね。学生艦娘制度で提携してる学校から艦娘を採用するときはですね、いつもやってる筆記試験はありません。同調できたという証明さえあればOKなんです。」

「なるほどね。一般の艦娘とは試験がないってところがポイントなのね。」

 

「はい!それでですね、ここからが大事なんです。同調できたということを、提督か工廠の人たちが同調率を確認して初めて、艦娘になる正式な許可を貰えるんです。」

 五月雨の説明の数秒後、那美恵はゆっくりとしゃべりながら確認する。

「ええと。つまりあたしが内田さんの同調率を確認したところで、それは正式な判定ではない、意味がないってこと?」

「はい。」五月雨はサラリと肯定した。

 

 それを聞いた那美恵は、額に手を当て、しまったぁ!という表情をした。流留は二人のやりとりをポカーンと見ている。つまりよくわかっていない。那美恵はそんな呆けている流留のほうを向き、説明した。

「内田さん。つまりね、提督か明石さんの前でもう一度同調してもらわないといけないの。」

「ふぅん。そうなんですか。」

「ゴメンね。二度手間三度手間になっちゃって。」

「いいですって。もーあんな恥ずかしい感覚がないなら何度だって試しますから。」

 

 流留のその発言を聞いて、那美恵だけでなく五月雨もウンウンと頷かざるを得なかった。

「アハハ…同調の試験はもう一度受けてもらいますけど、身体は一度同調できてるからもう大丈夫だと思いますよ。」

「ねぇ。五月雨さんもやっぱり初めてのとき、あの感覚あった?」

「……はい。」

 流留のカラッとした聞き方に、五月雨は恥ずかしそうに答えた。

 

「そっか。艦娘になる人はホントにみんな感じちゃうんだ。はぁ……」

 同調の仕組みは全然わからない流留だが、みな同じ経験をするのかとわかると、なんとなく自分が本当に艦娘の世界に足を踏み入れていることの実感が湧き始めるのだった。

 

「も、もうそれはいいよね? さて、あとは明石さんのところに行って続きをはなそっか。内田さん、行くよ?」

「え? あぁ、はい。」

 初同調のときの感覚の話題を自身が望まないタイミングであまり続けたくない那美恵は早々に本来の話題に矛先を戻そうと流留の服の裾を軽く引っ張った。それに気づいたのと、先輩が話題を変えたので流留はおとなしくそれに従うことにした。

 五月雨は二人が出ていこうとする後ろ姿を軽く手を振って見送った。

「はい、行ってらっしゃ~い!」

「そういえば五月雨ちゃんは何時までいるの?」

 執務室の扉のノブに手をかけ、開ける寸前に那美恵は五月雨のこの後の予定を尋ねてみた。するとン~と小声で唸った後に五月雨は答えた。

「あと20分くらいしたら帰ります。実は待機室に時雨ちゃんたちを待たせるので。本館は私達で戸締まりしちゃうので、那珂さんたちは工廠に行くんであれば、忘れ物無いようにしてくださいね。」

「おっけぃ。わかった。じゃあそっちはお任せしちゃうよ。」

 特に用事はないのだが、五月雨たちしかいないとなると本館の戸締まりのことが気になる。那美恵はその心配で尋ねたが、時雨たちもいるとなれば問題無いだろうと察して執務室を後にした。

 

--

 

 本館を出て工廠まで来た那美恵と流留。工廠の入り口はまだ大きく開いている。夕日が差し込んできているが、工廠の入り口付近はまだ電灯がついていない。

 那美恵たちはスタスタと工廠に入っていき、いまだ作業中の整備士たちに迷惑がかからないよう避けて中を進む。那珂として那美恵はすでに顔を知られているため、夕方の挨拶をしてくる整備士もいた。那美恵は挨拶し返し、彼(女)らに明石の居場所を聞いてさらに進む。

 明石は工廠内の一角にある事務所のような部屋で数人の技師と話していた。会議中かと思い、那美恵と流留が外から彼女らを眺めていると、外に見知った少女2人がいることに気づいた明石が話を中断して戸を開けて出てきた。

 

「あら?二人とも。どうしたの?」

「はい。川内の艤装を返しにきました。」

「あーはいはい。そうでしたね。そういえば神通の艤装はどうなりました?」

 当然聞かれるであろうことを聞かれた。先の体験により少し言いよどむ那美恵だったが、黙っていても仕方ないので、答えることにした。

「あたしは93.11%で神通と同調できたんです。ですけど……」

「え!?那美恵ちゃん神通とも同調できたんだ!!すっごいわね~。でも、なに?」

 軽く深呼吸をしたのち、那美恵は意を決して続きを口にした。

「それがですね。2回同調を試しまして、1回目にちょっとおかしな現象になったんです。2回めは問題なく同調できたんですけどね。」

「おかしな現象?」

「はい。」

 

 那美恵は神通の艤装との1回めの同調のときに起きた異常を事細かに説明した。途中で突然思考が乱されるくらいの脳への情報の流れ込み、そして激しい頭痛。途中で入り混じった那珂と川内の記録の情景のことも覚えていることはすべて話した。

 明石はそれを聞いてしばらくは呆然としていたが、眉間にしわを寄せて那美恵たちから視線をずらして何かを考え始めた。そして彼女は那美恵に近づいて口を開いた。

「ちょっといい?神通の艤装と一度こちらで通信するよ。」

「通信するとなにかわかるんですか?」

 まずは神通の艤装のコアユニットを那美恵から受け取ろうとする。

 

「うん。コアユニットにはね、数回分の同調の記録がされるの。そこで正常だったか、エラーがあったかをチェックできるようになってるのよ。」

「へぇ~。でもあたしたちが借りたタブレットのアプリではその時のエラーしか見られませんでしたけど?」

「そりゃあ、同調の連続した情報は一応機密に近い情報だもの。管理者権限のないアプリでは履歴は見られないようになっています。那美恵ちゃんたちに貸したのは一段階低い、利用者権限のものなのよ。」

 そう言いながら明石は那美恵たちを事務所に案内し、事務所内においてあったタブレットを手に取り神通の艤装のコアユニットを近づけて画面を操作しはじめた。

 同調の履歴情報を参照し始めると、最新より一つ前の履歴がUnknown Errorとなっていた。本来参照されるべきログが、アルファベットにもかかわらず、激しく文字化けを起こしてまったく読めない状態になっていた。それをまじまじと見た明石はため息を一つついた後、側にいた自社の技師に指示を出し、何かを持ってこさせた。

 それは、神通の艤装のコアユニットと同型の箱であった。接続するためのケーブルがついている。それを見た那美恵は何をするのか聞いてみた。

 

「一旦このコアユニットの情報を全部コピーします。神通を形作ってる艤装の情報もコピーするから少し時間かかるから、ちょっと待っててね。コピーし終わったら、申し訳ないんだけど、また那美恵ちゃんには神通の艤装と同調してもらいたいんだ。いい?」

 もともと神通の艤装との同調を見せびらかす目的もあったので那美恵は快く承諾したが、明石からの要求は少々数が多かった。

「いろいろテストケース、つまり試すパターンを増やしてやりたいから、時間かかると思うの。今日はもうこんな時間だし、那美恵ちゃんたちもあまり遅くなる前に帰りたいでしょ?私達も定時退社したいし。それでね、もし那美恵ちゃんの都合がつくなら、明日午前中付き合ってくれない?」

 

 那美恵は自身の想像よりもおおごとになりそうな予感がしてきて不安がのしかかってくる感じがしたが、仕方なしに承諾する。学校へは阿賀奈経由で、艦娘部の大事な仕事があると連絡することにした。

 艦娘部としても、顧問の阿賀奈としても、学校との折衝を含んだ艦娘関連の初作業であった。

 

 

 

--

 

 那美恵はもう一つ話さなければいけないことがあった。

 それは川内の艤装と同調できた流留の、本当の試験のことである。学生艦娘の同調の試験について五月雨から聞いたことを明石に伝えると、明石はそういえばそうだったと笑いながら口にした。

 

「あ~そういえばそうでした。学生艦娘でも普段は鎮守府に来て試験してもらってたからすっかり忘れてました。今回は外に持ち出すっていう初の事例だから運用がまずかったですね~。」

「やっぱり外持ち出しっていろいろ問題あるんですね……。あたしとしたことが、もっと色々確認してから言い出せばよかったなぁ。」

「でも事前に同調できたかどうかがわかるのは良いポイントだと思いますよ。私達や提督の業界でいえば、単体テストと運用テストみたいなもんでしょうね~。」

 

 明石は業界でしか使われないような単語を言い出し、那美恵たちの頭に?を浮かばせる。が、那美恵たちは彼女が伝えたいことはなんとなく分かる気がした。

 

「じゃあせっかくなので、明日は流留ちゃんにも午前中来てもらいましょうか。それで改めて同調の試験。いいですか、流留ちゃん?」

「はい!全然問題ないです!」

「じゃあ明日は駅で待ち合わせしよっか、内田さん。」

「はい。」

 

「じゃあ二人とも、9時過ぎに鎮守府に来てください。多分明日は提督いらっしゃると思いますので。」

「ホントですか!?」

 

 明石の想像で言った言葉にすぐさまに反応したのは流留だった。だが明石は提督のスケジュールを知らないので、そんな期待の眼差しで見られても困ってしまう。一応明石は流留にすぐさま断っておくことにした。

「あ~、提督のスケジュールは五月雨ちゃんが覚えてるはずですのでそれはあとで確認しましょうね。」

 結局その日は那美恵たちは神通の艤装を預け、翌日の約束を取り付けるだけに留めることとなった。その後工廠の入り口で明石と別れ、本館に戻った二人だがすでに鍵がかかっていた。あれから確認やら話し込みで、すでに30分経っているのに那美恵は気づいた。

 連絡はあとでメールかメッセンジャーですればいいと思い、特段やることがなくなったため那美恵は流留に提案してみた。

 

「ねぇ内田さん。もー誰もいないけど、鎮守府の他の場所見ていく?」

「いいですねぇ!夕方の海ってなんかかっこ良くて好きなんですよ!見ましょう見ましょう!」

 

 

--

 

 閉まっている本館を離れ、工事現場の隙間を抜けて倉庫群に来た二人。鎮守府に来た時よりも強く朱が辺りを支配していた。二人ともなんとなく無言でテクテクと歩く。向かう先は倉庫群の先にある海だ。

 小さな港湾施設の手前に辿り着いた二人。那美恵が口を開いた。

「ここはこの地元の浜辺・海浜公園だよ。あっちがね、鎮守府Aの港だよ。近くの会社や団体とか海自、あとは……たまに民間人にも開放されてるらしいよ。」

「へぇ~! 海自って聞くと、なんか身が引き締まりませんか?」

「え?」

 

「だってさ、あたしたち、と言ってもあたしはまだ正式には艦娘じゃないですけど、艦娘が本当に国に関わる組織なんだなって実感湧いてくる感じです。海自と関係深いんですよね?」

 流留の素朴な質問だった。一度艦娘として海自と連携したことあるので、両者がなんだかんだいっても切っても切り離せない関係なのかもと思うところがあったので、那美恵は素直にその気持ちを流留に伝える。

 

「多分ね。あたしもそんな詳しいわけじゃないけど、一応海自の人と出撃任務したことあるし。」

「え!?マジですか!?すっごーい!」

 素っ頓狂な声を上げて驚きを見せる流留。周囲に人はいないので響き渡った叫び声がなんとも夕暮れ時の海辺の寂しさを増長させる。那美恵はそんな驚きを見せる流留に一言伝えた。

「あのさ。展示の説明の時、一度説明してるんだよ。覚えてない?」

 那美恵から指摘されると、恥ずかしそうに申し訳なさそうに流留は弁解した。

「あの時はすみません、ぼーっとしてて頭に入ってこなかったもんで覚えてなかったです。」

「あ、そっか。そうだったよね。ゴメンね、嫌なこと思い出させて。」

「ううん。いいですって。もうどうでもいい過去のことですし。」

 

 思わず触れてしまった、先の流留の問題の発端たる告白直後の出来事。那美恵は流留がまだ心のどこかでその時の心の乱れを気にしているのだろうかと、なんとなく心配をしていた。しかし、流留の口ぶりからはそのような不安げな様子は見られない。あまり裏表がなさそうな彼女のこと、おそらく本当にもうどうでもいいのだろうと、那美恵は納得することにした。

 

「はぁ~!気持ちい~! 早く海に出たいな~!!」

 突然流留は背伸びをして叫び声を上げた。夕暮れ時の静かな海、叫びたくなる気持ちもなんとなくわかる気がする。那美恵は後輩のはしゃぐ姿を見てクスリと微笑んだ。

「アハハ。正式に艦娘になったら、一緒に外に出てみる?」

「はい!その時はお願いします!」

 女二人の夕暮れ時の海辺での会話はそのあと数分続いた。鎮守府を離れる頃にはすでに18時を回っていた。遠目から見て工廠にはまだ明かりが灯っている。まだ誰かしらいるのだろう。

 あえてまた立ち寄る気もなく、二人は駅に向けて歩き帰路についた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神通受け取り

 翌日、那美恵と流留は9時手前に鎮守府のある町の駅の改札口付近で待ち合わせした。

 

「おはよ、内田さん!準備おっけぃ?」

「はい。問題ないでっす!」

 

 軽く言葉を交わし合った後鎮守府に向けて歩いて行く。鎮守府に到着した二人はまず本館に入り、執務室を目指す。後ろから流留がついてくる。

 コンコンとノックをする。すると、中からは男性の声が聞こえてきた。

「失礼します。」

 那美恵は丁寧に言い扉を開けて中に入る。

 

「おはよ、提督!」

「おぉ、光主さん。その後はどうだい?そっちの状況ちゃんと聞いてなかったから心配でさ。」

「うん。ついにね、川内の艤装と同調できた生徒見つけたよ。んで、ちゃんと艦娘になる意思も。さ、内田さん自己紹介自己紹介!」

 

 流留はついに待ち焦がれた、提督なる存在を目の当たりにした。そこに立っているのは、彼女にとっては見知らぬ男性ではあったがどことなく懐かしい感じのする人だった。

 思わずどもりながらしゃべるかたちになる。

 

「あ、どうも!……じゃなくて初めまして。あたし、内田流留っていいます。○○高校1年です。この度川内の艤装と同調できて、川内になりたいと思ってます。よろしくお願いします!」

「はい。初めまして。君なんですね。川内の艤装に合格できたのは。いや~うれしいよ軽巡が増えるのは。どうか、俺たちの力になってください。」

「はい!」

 

 ものすごく舞い上がり気味の返事をする流留。それを脇で見ていた那美恵は、その反応に怪訝な様子を感じるも、特にそれ以上は気にしないでいた。

 ひと通り互いの挨拶が終わって落ち着いた空気になった頃を見計らって那美恵は前日のことを提督に伝えた。すると提督は大体ほとんど明石と同じ反応を示し、二人にこう言った。

「あ~そうか。そうだったな。きみが突飛な提案するもんだから俺もそれに引きずられてすっかり忘れてたよ。五月雨の指摘がなかったら危なかったわ。五月雨のいざというときの仕事っぷりに感謝感謝。」

「も~しっかりしてよ。普段のドジっ子は五月雨ちゃんだけで十分だってぇ。」

「ハハハ、ゴメンゴメン。」

 

「で、どうすればいいの?内田さん、今日中に同調の試験させてもらえるの?」

「あぁ、それは大丈夫。今から工廠行って明石さんと俺とでチェックするよ。それを今日中に大本営に連絡する。学生艦娘制度内のことなら多分すぐに承認されると思うから、そしたらすぐに準備に取り掛かれるよ。」

 提督の説明に那珂は思い出したことを茶化し気味に反芻する。

「準備ってことは、つまり内田さんのボティチェックするんだよね?」

「……その言い方はやめなさい。身体測定って言いなさい。」

「アハハ。まだあたしの時の根に持ってる?せっかくだから今度こそ提督自ら内田さんの身体測定してあげれば?」

「だーから、そういう冗談はやめてくれy

 

 

「え!?提督に何かしてもらえるんですか?お願いします!!」

 

 

 

 提督と那美恵の掛け合いを話半分で聞いていた流留はそれを真に受けてしまった。というよりその辺りの事情がよくわかっていないがための発言だ。

「えっ?あ、あのぉ内田さん?そんな真に受けられても逆に困るんですけど……?」

 てっきり突っ込んでくれるかと思いボケてみたのだが、真に受けられて那美恵は慌てた。提督はなおいっそう慌てる。

「う、内田さん?」

 流留はキラキラした目で提督を見ている。提督はもちろんのこと、那美恵もどことなく調子が狂ってしまった。

 

「ちょっとすまないね。」

 そう言って提督は那美恵の肩を軽く叩いて流留から少し離れたところに引き寄せる。そして小声で流留のことを尋ねた。

「なぁ。あの子ちょっとアレなのか?天然入ってたりする?」

「ううん。そんなことはないはずだけど……あ!もしかして。」

「何か思い当たることがあるのか?」

「実はね…」

 

 那美恵は先日流留より直接聞いた彼女自身のことで、一つ関係しそうなことを思い出しながら提督に打ち明けた。

 それは、先日まで関わっていた流留の集団いじめのことだった。実のところ流留がさきほどのような態度を取った原因は、そのいじめのときの体験だけではないのだが、那美恵は流留から彼女の本当の身のうちをすべて聞いたわけではないので、今このときは学校での出来事をオブラートに包んで伝えるのみにした。それを聞いた提督は苦々しい顔をして、流留をチラリと眺め見た後言った。

「そうか。そういうことがあったのか。もしかしてそれで同性不信気味で、余計男性に過剰に接するようになりかけているのかもしれないな。ただ、どうもそれだけじゃない気がするな。」

「どういうこと?」

 提督の懸念が気になったので那美恵は尋ねる。

「いやな?さっきから俺を見る目がちょっとキラッキラしてるんだよ。なんだか妙に期待されてるというか、もしかして……惚れられたとか。」

 提督の最後の一言を聞いて、瞬間那美恵はポカーンとし、数秒後に思わず失笑して提督の肩をパシパシと叩いてツッコミを入れた。

 

「プッ!アハハ! ちょっと提督、自意識過剰~!それはどーだろ?いくら彼女でも、提督にぃ~」

 

 離れたところでケラケラと笑い始めた那美恵を見てビクッとする流留。二人が何を話しているのかよくわからずあっけにとられている。肩をパシパシ叩かれた提督は少し赤面して那美恵に言い返す。

「いや、俺はそんなつもりじゃ……」

「じゃあどーいうつもりなの?」

 那美恵は口を尖らせ少しかがんで提督をやや下から見上げるように返す。提督は赤面しつつ那美恵から視線を少しずらして拗ねたような口調で答えた。

 

「ともかく、なんか気になったんだよ。」

 

 気になった。その一言に、那美恵は心にズキッとくる。

「ん。いいよ別に。提督がどう思おうがお任せするよ。けどね、うちの後輩を傷つけたら、許さないからね?ただでさえ先のようなことがあったのに。艦娘の世界でも何かあったら彼女本当に苦しんじゃうもん。提督はあたしたちみんなを気にかける立場なんだから、誰か一人にかまけたりしたら、ダメだよ?」

「あぁ、わかってるって。」

 二人が長々と離れたところで話しているので、いい加減苛立たしくなってきた流留は二人に向かって叫んだ。

「ちょっと二人共!いい加減あたしを仲間はずれにするの、やめてもらえます?」

「あぁ、すまんすまん。」

「ゴメンね、内田さん。」

 提督と那美恵は慌てて流留のそばに小走りで駆け寄っていった。

 

「……コホン。内田さん。さすがに俺が女の子であるあなたに触るのは問題あるんだよ。それはわかるよね?高校生だもんな?」

 提督から直接指摘され、初めて流留は自分の発言の取られ方を理解した。瞬間、ボッと音が出るかのように顔を真っ赤にして提督に言い訳をして謝り始める。

「あ!いや!あの……そういうことじゃなくて、アハハ……そ、そうですよね~あたしったら初対面の人に何言ってんだろ……。」

 手でうちわのようにパタパタと仰いで顔のほてりを和らげようとする流留。その様子で、どうやら素による発言だと察した那美恵。過去に流留に何かあったのだろうかと想像するが、それをわざわざ彼女に聞くのもはばかられるので、心に思うだけで黙っていた。

 それから提督はあえて流留の様子に触れず話を進める。

 

「……というわけで内田さんの身体測定は光主さんかあとは……明石さんか妙高さんにでも頼むから。その時になったら指示します。」

「「はい。」」

 

 気を取り直した提督の指示に那美恵と流留は真面目に返事をした。そして3人は流留の同調の試験のため工廠に向かった。

 

 

--

 

 工廠に着くと、明石はちょうど出入り口に立って搬入した資材の確認をしているところだった。彼女は提督や那美恵に気づくと作業の手を休めて3人に声をかけてきた。

 

「おはようございます、提督。それに那美恵ちゃん、流留ちゃん。来てくれたんですね~」

「おはよう、明石さん。」

「おはよ!明石さん~」

「おはようございます!明石さん!」

 

 提督が真っ先に明石に近寄り、目的を伝える。

「明石さん、今大丈夫かな?」

「えぇ、大丈夫ですよ。」

「あぁ。多分知ってるんだろうけど、この度光主さんの高校で学生艦娘の候補がいるんだよ。」

「存じています。そちらにいる流留ちゃんですよね。昨日いらっしゃったので話を先に伺っておきましたよ。」

「そうか。それなら話が早い。早速だけど内田さんの同調の試験をしたいんだ。準備してもらえるかな?」

「はい。了解です。」

「あぁ、それとこの前神通の艤装届いたろ?いい機会だから光主さんに同調のチェックをしてもらおう。」

 

 提督の一言を聞いて、そういえば内緒でこっそりと持ち出したことを思い出して明石はドキッとした。それは那美恵も同じだったようで、明石と那美恵は提督から少し離れたところに駆けて行ってひそひそ話し始めた。もちろん口裏を合わせるためである。

 お互い、提督に話せない事情を持っているためだ。

「ねぇ那美恵ちゃん。私がこっそり神通の艤装を持ち出したこと、提督に話してないですよね?アレ、内緒にしてね?」

「もちろん言うわけないじゃないですか。あたしだって昨日の同調の異常を提督に知られたくないんです。だから明石さんこそ、黙っていてくださいね?」

 

 お互いの利害が一致したので、二人は無言で頷いて提督の側に戻っていく。そして明石は提督の言ったことに賛同した。

 

「了解しました!那美恵ちゃん、神通の艤装と同調できるといいですね~?」

 明石のそのセリフに流留が反応して明石に対して言った。

「なに言ってるんですか、明石さん。昨日来て話したじゃないですk ムゴゴゴ!!

 

 途中で流留は那美恵に口を塞がれ、言おうとしたその先の言葉を言えなかった。詳しいことはわからないが、言ったらまずいことがあるのだなと、流留はなんとなく察した。3人の少し変わった様子を見て提督は怪訝な顔をしつつも、明石が同意したためにそれ以上は気に留めず、あとの準備作業を全て任せることにした。

 

 

--

 

 明石は一旦工廠内に戻っていき、先日返却された川内の艤装一式と試験用の端末を持ってきた。端末を手にしてそれを操作したあと、流留に向かって促した。

「それでは流留ちゃん。一応決まりですので、もう一度艤装を身につけてもらえますか?」

 そう言って明石が手で指し示した艤装に流留の心は高揚感に包まれた。展示の写真で見た艤装(の各部位)。それらが全て揃っている、艦娘の艤装の本来の姿を形作る物。流留はゆっくりと川内の艤装に歩み寄り、各部位をまじまじと眺める。後ろから那美恵が流留に声をかける。

 

「全部装備するのは初めてだっけ?」

「はい。」

「手伝うよ?」

 流留はコクリと頷いた。那美恵に手伝ってもらい、流留は川内の艤装全てを装備した。

 

「それでは同調、いってみましょう。」

 明石が指示を出した。流留は心を落ち着かせ、これまでに教わった方法でゆっくりと同調をし始める。この瞬間、流留は見た目にも初めて軽巡洋艦川内になった。

 コアユニットだけをつけていたときよりも、全身の感覚が異なる。軍艦川内のあらゆる情報が、適切に各部位に伝わった証拠でもある。ゆっくりと目を開けて、後ろにいた那美恵や少し離れたところにいた提督や明石に視線を送った。

 

「同調率は、90.04%です。問題ありませんね。」

「おめでとう、内田さん。あなたはこれで本当に合格です。この記録はすぐさま大本営に送信するから、今日中にも続報を伝えられると思います。」

「は、はい……。」

 

 川内はあっさりと同調の試験が終わったことに拍子抜けし、へたり込む。

「ちょ!内田さん、だいじょーぶ!?」

 那美恵が駆け寄るが、川内はすぐに立ち上がって那美恵に笑顔を見せて無事を伝えた。

「大丈夫ですよ。なんかあっさりした感動っていうんですかね、拍子抜けしちゃって。」

「そりゃね~これで計3回も同調を試してるんだものね。まさに三度目の正直ってやつですよ~内田さ~ん。」

 茶化すようにわざと敬語を混ぜながら那美恵は川内となった流留に声をかける。川内はその一言にハハッと笑った。その笑みには、やっとだ、という安堵感が含まれていた。

 

「あの。これで動きたいんですけど、いいですか?」

 かねてより艦娘の状態で動いてみたくて仕方がなかった川内はそんな提案を誰へともなしにしてみた。それには提督が答えた。

 

「気持ちはわかるけど、もうちょっと待ってほしい。」

「え~、ダメなんですか?」

「あぁ。大本営から承認されないとね、万が一内田さんの身に何かがあったときに、安全を保証できないんだ。俺としても事故を起こした鎮守府のダメ責任者になりたくないからさ、頼むよ?」

「はい。じゃ待ってます。」

 

 不満気味な川内だったが提督の言うことに素直に従うことにし同調を切った。川内はその瞬間、艦娘川内から内田流留その人に完全に戻った。

 流留が同調を切ったので明石も端末側から艤装の電源を切断する。そして流留に艤装を外すよう指示を出した。流留の艤装解除は那美恵が再び手伝うことにし、二人は取り外す作業をし始めた。

 その間明石は提督と話し、川内の正式な着任準備のてはずを相談した。

 

 流留が艤装を全て外し終わった頃には提督と明石の話も終わっていた。そして提督が流留と那美恵に伝える。

「この後の流れなんだけど、光主さんも聞いておいてほしい。それを四ツ原先生に伝えて欲しいんだ。いいかな?」

「はーい。わかりました。」

 那美恵が返事をした。

 

「大本営から承認されたら、川内の制服を作るために身体測定をしてもらいます。それを大本営の艤装装着者統括部に伝えると、後日制服が届くからそれを内田さんに試着してほしいんだ。で、問題なければ着任式を開きます。これは光主さんは出たことあるからわかるよな?」

「うん。アレを内田さんにもやるんだよね?」

「あぁ、そうだ。それを持って、内田さんは鎮守府Aの軽巡洋艦川内に正式になるんだ。」

 

「着任式?」

「うん。うちの鎮守府ではね、艦娘が着任すると着任式を開いてくれるの。その場で着任証明書をもらうと、晴れて鎮守府Aの艦娘になれるの。ま、といっても強制じゃなくて自由参加で気持ちの問題だから、あまり深く考えることないよ。」

 提督の代わりに那美恵が説明すると、流留はかなり乗り気で答える。

「へぇ~。あたしそういうの結構好きです。なんか熱いですよね。これから戦うんだって感じで。熱血ですね~。」

 

「よかったね~提督。内田さんも着任式やってほしいってさ~」

 流留に頷いたあと那美恵は提督に向かって茶化し気味に言うと、提督は笑顔で返した。

「あぁ、乗ってくれるなんてうれしいよ……。」

「提督ってば、ほんっとそういうこと好きだよね~」

 子供みたいな無邪気な笑顔で喜ぶ提督に、那美恵は再び茶化しつつも、その笑顔に心臓が跳ねる感じがした。流留はというと、那美恵と提督のやりとりをぼーっと眺めている。

 

「川内についての説明はここまで。着任式にはできれば四ツ原先生にも出てほしいから、その辺伝えておいてくれ。」

「はい。りょーかい。」

 

 

--

 

 提督は川内着任についての説明を終えると、気持ちを切り替えて次は那美恵の方を見て次の話題を口にした。

「それじゃあ次は、神通の艤装、行ってみようか。」

「は、はい。」

「じ、じゃあ那美恵ちゃん、早速艤装つけてみましょっか?」

「はーい!」

 明石と那美恵はやや慌てた様子で反応した。

 

 那美恵は明石の側にあった神通の艤装に近づいていく。足元にあるという距離まで近づいたのち、明石に先のことを小声で確認する。

「昨日の件、あれどうなったんですか?」

「うん。今解析してるからもう少し待ってね。もしかすると1ヶ月くらい必要になるかも。これから同調してもらう際の結果もログに取るから、艤装はガンガン試しちゃってね。」

 

 明石のやや専門的な言葉を聞いて、ログというものがよくわからないと感じつつもそのあたりは自分は気にせず明石に任せればよいと信頼しきっていたので特に気にしないことにした。そして早速神通の艤装を装備し始める。

 那美恵が神通の艤装を装備し終え、明石にむかって合図を送ったのを明石は確認した。明石が何か操作したのを見届けると、那美恵は同調を開始した。

 

ドクン

 

 3度目の同調となると、ある程度覚悟はできている状態であったが、それは杞憂に終わる。2回目とまったく同様に、至って問題なく同調は成功した。

 今回は、93.99%と、前回よりも上がっていた。その数値を見た提督は、那美恵がついに川内型の艤装全てに同調できたことに本気で驚き、すぐに喜びを表した。

 

「おぉ!!光主さんすごいな!? 那珂と川内だけでなくて、ついに神通にも合格だ!!すごいじゃないか……」

「えへへ~なんか一人で3つなんて申し訳ないけどね~。」

「いやいや。本当に一人で3つの艤装と同調できるなんて艦娘制度始まって以来の快挙じゃないか?」

 提督の言葉に続いて明石が調子よくしゃべりだした。

「すごいですよね~那美恵ちゃん。これを大本営や他の鎮守府に知らせたら、きっと有名になれますよ!」

「有名に?」

「えぇ。那美恵ちゃんの夢もあながち夢でなくなるかもしれないですよ。せっかくだから、もう1回念押しで試してみましょうか。ほんとに本当の結果かどうか。」

「おいおい。同調は何度やってもそう大きく変わるもんじゃないって明石さん自分で言ったじゃないか。」

 明石の提案にツッコむ提督。

 

「エヘッ。それはそうですけど、これはすごいことですし、ほっぺたつねるのと同じようなことですよ。さ、那美恵ちゃん。もう1回いってみましょ?」

「あっ、はい。」

 ウィンクをする明石の意図に気づいた那美恵は一拍置いてから返事をして、一度切った同調を再びして、明石にその結果を保存してもらった。

 

「93.99%。もー完璧です。絶対有名になれますよ、那美恵ちゃん。私も会社とかで推しておきます。」

「アハハ。明石さん、あまり強引にはやらないでくださいね~。」

 明石の妙な強引さに押されつつも那美恵は言葉を返した。

 

 ただ口では遠慮気味に言ったが、アイドルになれる・有名になれる、それは那美恵にとって心の底から嬉しいことだった。が、正直喜ぶことはできないでいる。それは、1回目の神通の艤装の時に発生した異常が頭の片隅にちらついていたからだ。専門的なことはわからないが、このことがよそにも知られてしまえば有名になるのではなくさらし者になるのではないかと危惧するところもあるからだ。

 ただ表面上は、提督と明石にむかって笑顔で返すことにした。

 

「夢かぁ~。なーんか複雑。」

 艤装を外しながらつぶやく那美恵に明石は近づいて言葉をひっそりとかけた。

「あの……那美恵ちゃん。提督がいらっしゃるので、必要なテストはまた後日ということでお願いしますね?」

「あ、はい。」

 急に現実に戻されたような感覚を覚えた那美恵だが、確かに今このときは夢よりも、自分の身に起きかけたことの確認が先だった。その後那美恵は明石から指示を受けた日、つまりは提督がいない日に明石に付き合い、必要な同調のテストをしてデータを預けることになる。

 

 

 

--

 

 那美恵が神通の艤装との同調に合格したということで、川内のときと同じく、提督の許可をもって、初めて鎮守府外への持ち出しができることになった。今回は正式なお達しということで、那美恵も明石もホッとする。

 時間にして10時すぎ。このあと那美恵と明石は川内の制服のために流留の身体測定をすることにしそれを書類にまとめた。その後執務室に戻っていた提督に報告した。

 

 その日に終えられる作業を終えると、時間は12時ちかくなっていた。さすがに那美恵と流留は学校に行かないといけない。念のため那美恵は阿賀奈に連絡を取ると、気を利かせてくれたのか、午前中いっぱいということで、艦娘の課外活動のため学校側から許可を得ているという。そのため那美恵たちは安心して登校することができた。

 鎮守府を出る前に明石から神通の艤装のコアユニットを受け取り、最後に執務室に行き提督に挨拶をしてから学校に向けて出発した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

艦娘になろうとする少女

 那美恵と流留はお昼時、約40分弱かけて鎮守府から高校へと登校してきた。艦娘たる少女たちが自身の学校に遅刻しても怒られずに済むのは、大本営(防衛省・厚生労働省・総務省の艤装装着者制度の担当部署をまとめた呼称)および鎮守府と、各学校の制度内における提携により、少女たちの学生生活の保障がされるからである。

 そのため二人は堂々と午後登校をすることができた。

 

 那美恵は手に紙袋をぶら下げている。それは午前中に同調の試験をして合格した神通の艤装のコアユニットだ。2度もこっそりと同調してすでに合格圏内の同調率を表していたのだが、怪しい問題があったため工作艦明石に相談したのち、改めて提督と明石の前で同調の確認をする羽目になっていた。

 3度目の正直ということわざがあるように、3度目の同調にて初めて(提督の許可を得て)公式に鎮守府外に持ち出せるようになったのだ。

 

 那美恵と流留が高校のある駅につき、途中にあるアーケード街を歩いている頃には、すでに12時30分をすぎていた。そのため通学路途中でパンや飲み物を買ってから学校へと戻っていった。校舎に入ると二人はその足ですぐに生徒会室へと向かった。神通の艤装を保管するためだ。

 校内はお昼を食べる生徒、校庭で遊ぶ生徒各々自由に振舞っているため、午後からの登校をしてきた那美恵と流留を特に気に留めない。ただ生徒たちが唯一気になったのは、なぜあの内田流留が俺達(私達)の生徒会長と一緒にいるのだろうと怪訝に思うくらいである。明らかな集団いじめは鳴りを潜めたとはいえ、一度根付いた印象により、実は流留へのいじめの根はわずかだが残っているのに那美恵も流留も気づいていない。

 ただ艦娘部に入った今は、先の対応もあって人々は気に留めない=実質的な無視という周りからの扱いは流留にとってむしろ好都合になっている。つまり気楽に艦娘の仕事に集中できるということである。

 

 二人が生徒会室に入ると、三千花と三戸、そして和子というおなじみの顔ぶれがあった。午後登校ということを三千花は那美恵と同じクラスかつ生徒会というために聞いていたので事情をわかっていた。一方の三戸と和子は知らされていなかったのであとで三千花から聞いてやっと事情を把握していた。

 

「おそよう二人とも。もう艦娘の用事は済んだの?」

 やや皮肉混じりの朝の挨拶をして三千花が尋ねた。

 

「うん。こうして神通の艤装も今度は提督から正式に許可もらって戻ってきたぜぃ!」

 那美恵は手に持っていた紙袋を掲げて示す。それを見た三千花らは思い思いの反応をする。

「おお!これで展示に新しい艤装が使えるんっすね!今度はどんな子が同調できるんっすかね~?」

「三戸くんも楽しみぃ?」

 三戸の反応を見て那美恵が心境を聞いてみると、それに勢い良くはい!と三戸は答えて期待を大きくかけるのだった。

 

--

 

「そういえば昨日の展示の時も来たわよ、あの子。」

「え?また?」

 

 三千花が触れた”あの子”、それは以前より何度も川内の艤装との同調を試しに来ている、神先幸。和子の友人その人だ。一度同調できずに帰ったと思えば、翌日、翌々日、そして次の日と、何度も同調を試しに来るその少女、那美恵達はその少女のことをかなり気にかけていた。何度も同じことを試しにくればいいかげん覚えてしまい、気にするなというほうが無理な話だ。本人が気にしている以上に実は目立っている。

 神先幸は和子が語るところによると、成績はかなり良いが物静かで目立たない娘。友人の和子に対しても彼女は口数少なく人見知り、心の内をあまり明かさないことから、捉えどころがない少女だ。

 

「彼女なんて言ってた? 艤装ないって言ったんでしょ?」

「えぇ。ただ顔色一つ変えずにそうですかってポツリと言ってさっさと出ていってしまったわ。」

「さっちゃんが無愛想で申し訳ありません。」

「なんでわこちゃんが謝るのさww」

「いえ。友人としてはなんか申し訳なくて。」

 

 和子としては彼女の唯一の友人として、せめて先輩たちましてや生徒会長と副会長という生徒側の最高権威者トップ2に対してはきちんと接してほしいと思っていた。実のところ、幸の無愛想とも取れる態度による人間関係のいざこざが起こりそうな場合には、陰ながら和子がフォローをしていたのだ。和子は生徒会だけでなく、変わり者の友人に対してもかなり気を使うシーンがある日々を送っていた。

 そんな人知れず苦労人の和子は、幸のことがかなり気にいっている。幸がどう思っているかは和子は知る由もないが、友人のために苦労をするのがなんとなく性に合っている気がしているので、気を使ってフォローする行為も和子としては全然まったく嫌ではなかった。

 

「彼女、多分今日も来ますから今日は艤装があるって教えたらきっと喜びますよ。」

「神先さんの喜ぶ顔、いったいどんなんなんだろうね~?」

「感情あまり出さなそうだから想像つかないわね……。」

「あの、その神先さんって?」

 

 幸の事情をまったく知らない流留が質問した。そういえばそうだったと那美恵は丁寧に説明してあげることにした。

「……というわけなの。」

「へぇ……じゃあその神先さんは艦娘になんとしてでもなりたいってことなんですかねぇ~?」

「多分ね。直接本人から聞いたわけじゃないからホントのところはどうだかわからないけどね。」

「ふぅん。聞く限りだと変わり者っぽいなぁ~」

 

 流留が言ったその一言、彼女以外の全員が心の中で”あんたも大概変わり者だよ”とツッコミを入れた。もちろん口には絶対に出さない。那美恵から見ても流留も神先幸も同じ程度に変わり者と思っている。さらに三千花からすれば、那美恵も流留も神先幸も3人とも十分変わり者だろとツッコミを入れるに十分な存在であった。

 

「ま、今日の展示で期待しよ。内田さんも今日から手伝ってくれる?艦娘の展示。」

「へ?あ~まあいいですけど。でもあたしがいて大丈夫なんですかね?」

「なーに言ってるの!内田さんはもう立派な艦娘部の部員なんだよ!?この展示は主催艦娘部、共催生徒会っていう名目なんだから。部員である以上はきっちり手伝ってもらいます。いい?」

「あたしはてっきり鎮守府内でしか活動しなくていいのかと思ってましたよ……。」

 

 その日から艦娘の展示には流留も参加することになった。ただし、流留は未だ生徒たちからの印象が回復しておらず気まずいだろうということで、パネル等の運び出しと、艤装の同調の手伝いのため別区画で待機することになった。つまりなるべく他生徒と接触させない。

 

 

--

 

 午後の授業が始まり、各々普通に授業を受けそして放課後になった。那美恵たちは生徒会室に集まり、艦娘の展示の一式を視聴覚室に運び始めた。もちろん流留も一旦生徒会室に来ての作業だ。

 全て運び出し終わりその日の艦娘の展示が始まった。

 さすがに1週間以上経つともはやほとんど人は来ない。どうやら那美恵は自身が危惧したとおり、生徒たちの艦娘への興味は途切れてしまったと判断せざるを得なかった。その日は30分以上待っても誰も来ない。

 

「ねぇみっちゃん。昨日は何人来た?」

「えぇと、3人ね。もちろん神先さんも入れて。もうそろそろ人来なくなるかもしれないわね。」

 

「そっかー。人来ない日が2~3日続いたら、もうやめよっか。」

「いいの?まだ神通になれる人いないでしょ?」

「いいかげんに視聴覚室を借りるのも限界だろうし、艦娘部の部員必要人数3人集めの猶予期間も限界だから、あとは直接めぼしい人に話しかけて地道にアタックしていくしかないかなぁって思ってるの。」

「まぁ、なみえがそうしたいならいいわ。そうなっても私達も手伝うからさ。」

「ありがとみっちゃん!」

 

 そう話していると、その日最初で最後の見学者が来た。

 

 外から和子の声が那美恵たちの耳に飛び込んできた。そのため誰が来たのかが一発で理解した。

「あ、さっちゃん。今日も来てくれたの?」

「…あ…もにょもにょ……うん。」

 

 相手の声は小さすぎて那美恵たちからは全く聞こえなかったが、和子の相手への呼び方で、神先幸が来たのだと判明した。

「……いい?」

「うん。いいよ入って。」

 そうして入ってきた神先幸。那美恵たちは直接しっかり話したことはなかったが、和子からそれとなくいろいろ聞いていたため、ニコニコしながら幸を迎え入れた。

 

「神先さんだったよね?」

「!! ……はい。……ゴメンナサイ。今日も来ま……した。」

「そんな遠慮しなくていいからさ。今日も試すんでしょ?艤装の同調。」

 那美恵のその確認に、幸は言葉を発さずにコクンと頷いて肯定した。

「今日の艤装はね、この前までの艤装とは違うよ。神通っていう艦娘用の艤装なんだよ。だから遠慮せずガツンと試しちゃってね!」

 

 そう言って那美恵は艤装のある区画に案内した。幸はかれこれ数回は同じことをしているので、別に案内されなくても一人で行けるとわかってはいたのだが、勝手にスタスタ行くわけにもいかずおとなしく那美恵の案内に従った。

 

 

--

 

 艤装のある区画には流留がいた。幸は彼女のことを周りから聞こえてくる噂によって知っていた。だが自分とは見た目の印象も住む世界も違う人だと思っていたので、正直なところ先の噂話や流留への集団いじめには無関心、ノータッチだった。そもそも人付き合いが苦手なため、仮に一緒にいたとしても絶対に話さないであろうと思っていた。

 そんな自分とは違う人が側にいる。なんでいるのか不思議に思っていると、那美恵はそれを察したのか説明してきた。

 

「そうだ。神先さんに紹介しておくね。彼女はね、この前まであった川内の艤装に同調して、正式に艦娘になることになった、内田流留さんだよ。」

「はじめまして。同じ一年の内田流留よ。今度艦娘川内になるんだよ。」

 

 幸はそれを聞いて愕然とする。艦娘に先になってしまった生徒がいた。てっきり何度も試し続ければいつかは艦娘という存在になれると思っていたところに、先を越されてしまった。そのことにショックを受け心臓がキュッと縮み込む感覚を覚える。

 目の前にある艤装は違う艤装だと生徒会長が言った言葉を頭の中で噛みしめる幸。この際、艦娘になれるなら何でもいいやと諦めにも似た感情が首をもたげていた。

 

「あ……どうも……よろしく…おねがいします。」

 その場にいたということで挨拶をかわし、それが一通り済んだのを見届けると、那美恵は幸を神通の艤装の前へと促した。

「それじゃあ神先さん、さっそく前みたいに艤装を身につけてみよっか。」

 幸はコクリと頷き、那美恵の指示通りに神通の艤装のコアユニットとベルトを身につけた。ふと、心を落ち着かない、妙な気持ちになった。艤装とやらの電源は入っていないはずなのに、幸は身につけた瞬間から、この前の川内の艤装のときとは明らかに違う感覚を感じ始めた。

 

「それじゃあ、電源つけるわよ。」

 艤装の同調チェックの際のアプリの操作は三千花の役割になっていたため、那美恵たちから少し遅れて艤装のある区画にやってきた三千花は自然とすぐさまタブレットを手にとり、幸の準備が終わるのを待っていた。

 そして三千花はアプリから、神通の艤装の電源を遠隔操作でつけた。

 

 

ドクン

 

 

 幸は、全身の節という節がギシリと痛むのを感じた。しかしそれは一瞬。それが収まると同時に上半身と下半身に電撃が走ったような感覚を覚え、特に下半身に熱がこもるのを感じ、恥ずかしくなってくる。誰にも見られたくない。

 

 

 瞬間。あぁどうせ試すなら、お手洗いに行っておけばよかったなと、後悔した。

 

 

 その直後に頭の中に流れ込んできた大量の情景。

 午後11時過ぎという夜の海、右に旋回し続けたら仲間にぶつかってしまったとある光景、

 銃を持った多くの人を、遠く離れたある泊地に運ぶ自身と数多くの小さな艦のいる第三者視点の光景、

 とある泊地で、回りで騒ぐ銃を置いた人たちと銃を持たない人を静かに見つめ、ただひたすら戦の命を待ち続ける自身のいる自分視点の光景、

 止めに、超高出力の光を放ち続ける自分に向かってくる中空からの燃える弾と海を進む一撃必殺の何かを見、身体の真ん中から砕かれ引き裂かれた自分、最期に見えたのは何も見えぬ夜の海の光景。

 

 他にも細かな情景が様々な視点で飛び込んで頭痛を引き起こす。頭が割れそう。そして下半身が濡れて気持ち悪い。Wで気持ち悪い。今の自分の身に起きた異変・異常を止めたくても止めるすべがわからない。

 幸はただひたすら、顔を真赤にさせて俯き、異常が収まるのを黙って待つことしかできないでいる。

 

【挿絵表示】

 

 

 幸の異変に那美恵、流留、三千花はすぐに気づいた。タブレット上の数値は、87.15%と、合格圏内なのは間違いない。しかしそれを喜べない状況がそこにあった。3人とも同じ感覚を覚えたことがあったので同情にも似た感情を浮かべる。どう見ても神先幸のはかなりひどい。幸の足元にはポタポタと滴が落ちてきて止まらない。

 

「あ、あたしとりあえず拭くもの持ってくるね!」

「あたしも行きます!」

 

 慌てた那美恵のあとに流留が付き従って区画を出て行く。三千花はその場に残り、幸のフォローにまわる。那美恵は視聴覚室を出る前に和子に幸が粗相をしたことを、三戸に気づかれないように伝えていった。

 

 二人が何を話したのか気になった三戸は和子に聞いてみたが、和子は珍しく声を荒げて言い返した。

「いいですか三戸くん。君は何があっても絶対に視聴覚室には入らないこと。いいですね!?あと何も聞かないこと!」

「えっ? な、何があったのs

「いいから廊下に立っててください!」

「は、はいぃい!!」

 

 和子の凄みのある声に仰天した三戸はその場、つまり廊下に突っ立っていることしかできなかった。

 

 

--

 

 しばらくして那美恵と流留が雑巾とモップとバケツを持って視聴覚室に入っていくのを三戸は横目で見る。何も聞くなと和子から注意をされていたので黙っていたが、そもそも那美恵も流留も三戸をスルーしていたので尋ねることはできなかった。

 

 視聴覚室の中、幸は半べそをかきなが何度も那美恵達に謝る。それをいいからいいからとフォローしながら床を拭く那美恵達。和子は幸の肩を抱いて彼女を必死に慰めている。

 幸は以前、最初に同調を試す際に恥ずかしい感覚を感じるかもしれないということを聞いて覚えていたはずだったが、川内の艤装の時は同調できない日が続いたのですっかり失念していたのだ。

 

 幸は和子から体操着を持ってきてもらい、下を履き替えてしばらくしてやっと気分が落ち着いてきた。そして那美恵たちの掃除の方も終わり、ようやく本題に入ることができた。

「ええと、神先さん。以前あたしが伝えたこと覚えてるかな?同調できるとどうなるかって。」

 那美恵から確認されて幸は赤面させつつもコクンと無言で頷いて答えた。

「もうわかってると思うけど、神先さんは、合格です!神通になることができるんです!やったねさっちゃん!」

 那美恵は合格を伝えると同時に勝手にあだ名で幸を呼んだ。

 

 一方の幸は先刻の粗相のインパクトも含め、同調して艦娘になれるという現実に驚きを隠せないでいた。何度も試せばいつかはと思っていたが、艤装とやらの種類が変わった途端にまさか本当に同調できるとは思わなかった。心のどこかでは艦娘とはどうせ非現実の存在なのだと疑っていたからかもしれない。

 だが現に、今艦娘である生徒会長光主那美恵、そしてすでに艦娘になってしまった同級生、内田流留がいる。幸自身は艦娘になりたくて何度も試してきた。それがいざ叶うと分かると、その先の思考が続かない。

 もともと口ベタな幸は、結果がどうであれ、普段の口調での返事しかできなかった。

 

「あ……う……はい。よろしくお願いします。」

 

 

 その返事を聞いた瞬間、那美恵は叫び声をあげて飛び上がって喜びを表した。

「やったーーーーー!!!やっと、やっと!三人集まったーー!!うぅ~うれしいよぉ……。」

 

 

 歓喜のあまり那美恵は下級生がいるにもかかわらず、泣き出してしまった。それは、ついに自分の高校から正式に制度に則って艦娘が誕生することになるからだ。そばにいた三千花も親友の涙につられて涙を浮かべている。さらに流留ももらい泣きをしている。ただ彼女の場合は那美恵の夢や目的を分かっていないため、本当にただのもらい泣きだ。

 

「うぅ~、よかったですね、会長。なんだかよくわからないけどすぐに次の艦娘になれる人が見つかって何よりですよ!」

「よかったわねなみえ。これであなたの目的が叶うわ。あとは四ツ原先生に連絡して、正式に艦娘部発足だよね?」

「うん。そうそう。あ、その前にこれだけはきちんと確認しておかないとね。」

 

 そう言って那美恵は幸に向かってあることを確認する。

「ねぇ神先さん。艦娘部に入ってくれない?艤装と同調できたのだから、入ってくれるとあなたの学校生活も艦娘生活もどっちも安心して過ごせるようになるんだ。どうかな?」

 

 それを聞いた幸はうまく言葉を紡ぎ出せないでいたが、十数秒後にやっと落ち着いて返事をすることができた。直後の心境はどうであれ、彼女の決意するところは決まっていた。

「は…はい。それ……もよろしく、お願いします……。」

 

 那美恵は彼女がきちんと返事をするのを待ってあげた。そしてやっと聞けた返事を受けて、再び叫び声を上げて喜びを示した。

「いぇす!!いぇす!!三千花さん。やりましたよ~ついにわたくし光主那美恵、やり遂げましたっすよ~!」

 

 その喜びを親友の三千花に向けておもいっきりぶつける。その矛先となった三千花は那美恵からまとわりつかれて少々うっとおしいと思ったが、過剰に喜ぶのも無理もないかと今回ばかりはスリスリしてくる親友の思うがままにさせてあげることにした。

 

 

--

 

 神先幸から入部の意思をしかと確認した那美恵は、職員室に行き阿賀奈を呼んでくることにした。阿賀奈はすぐに那美恵についてきて、視聴覚室へと姿を表した。

 

「ホントに部員3人揃ったのね!?」

「はい!あとはこのことを先生が鎮守府へ伝えてくださればうちの高校の艦娘部、正式に発足ですよ~!」

「よかったわね~光主さん!先生も顧問として嬉しいわ~。で、新しい部員というのが1年生の神先幸さんね?」

 

 阿賀奈から名前を呼ばれて幸は緊張しながら返事をする。

「は、はい!」

 

 噂では変な先生と聞いてはいるが、幸にとってはどのような素性の人であっても先生は先生。敬う対象の一人。そして自分は誰からも印象が薄いと自覚しているが、そんな自分をひと目見ただけで一発で名前を言って呼んでくれた四ツ原阿賀奈を、信頼できそうな先生と瞬時に認識した。

 

「じゃあ先生これから提督さんに連絡しちゃうね?他になにか伝えることはなーい?」

「あ、そうだ先生。これは先生に伝えてくれって言われたんですけど、今度、川内になる内田さんの着任式があるんです。先生の都合を聞いておいてくれと言われたんですけど、いつ都合がよろしいですかぁ?」

 

 那美恵は午前中に鎮守府に行ってきた時に提督からお願いされたことを阿賀奈に確認した。すると阿賀奈はいつでもよいとの返事をしてきた。

 それを受けて那美恵はそのことも阿賀奈の口から提督に連絡してもらうことにした。

 

 今日という日は那美恵たちにとって大きな動きのある日だった。一度に、正式に、2つの艤装の同調の合格者が出たのだ。那美恵は鎮守府外への持ち出し目的のための同調なのでカウントしないとして、鎮守府で川内の艤装と流留、学校で神通の艤装と幸。流れが自分の思うがままの展開になってきているのを那美恵は感じ始めていた。

 放課後に神通と神先幸の同調が成功したので、後日鎮守府で彼女は再び神通の艤装と同調を試すことになる。その時を持って幸も正式に鎮守府Aの艦娘として認められる。

 着任式は川内と神通の二人同時になるだろうと那美恵は想像した。そうなると自分の時以上に盛り上がる。いや、自分が盛り上げないといけないとある種使命感に駆られた。

 

 その日は阿賀奈から鎮守府に連絡してもらうことにし、後で阿賀奈からその後の流れを教えてもらうことにした。

 艦娘の展示もこれで役目を終える。学生艦娘制度に必要な艦娘部、そしてその部に必要な最低部員数3人と顧問の教師。いずれも揃ったためだ。展示物はこのままゴミとして捨ててもよかったのだが、せっかくの出来だから取っておきましょうと阿賀奈が言ったため、しばらくは生徒会室で保管することになった。

 

 学生の文化祭レベルの内容と演出ではあるが、その出来を提督や鎮守府Aの他の面々が認めたため、 そののち、 展示の一式は鎮守府Aで公式に引き取り、艦娘の活動を世に伝える資料の一つとして保管されることになる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三人で行く鎮守府

 ついに那美恵の高校から3人の艦娘が揃うということで、那美恵は翌日の放課後に鎮守府に行こうと流留と幸を誘った。流留は一度行っているので別にいいと言ったが、那美恵はそんな意見は無視して流留を強制参加させた。一方の幸は初めての鎮守府ということで、どもりながらも行く意思を伝える。

 三千花らは艦娘部の勧誘活動から解放されたため、先日をもって艦娘部と生徒会の協力関係は一旦終了と区切りをつけて那美恵たちとは以後別行動をすることになる。その後は親友の那美恵からの要請で協力したり、一緒に鎮守府に行って用事を手伝うだけとなる。

 

 翌日土曜日の放課後。那美恵は授業が終わったらすぐに行く旨を流留と幸に伝えていた。一旦生徒会室に二人を呼び出して集まって準備を整えた後、鎮守府へ向けて学校を出て駅へと向かう。三千花らは提督や五月雨によろしくと言い那美恵たちを見送った。

 

 

--

 

 

「内田さんはこれで2回目だけど、さっちゃんは初めてだから、ドキドキするでしょ?」

「は……はい。あの…その…そのさっちゃんという…のは?」

 先日より何かとさっちゃんと呼ぶ那美恵に幸は戸惑った。生徒会長というすごい人とはいえ、面識がなかったのでいきなり親しげに呼ばれるのは違和感がある。そんな幸の様子を察してか、那美恵は一言断った。

「あ、そういうふうに呼ばれるの嫌だった?やっぱり苗字で呼んだほうがよかったかな?」

「う…え……と。あの、別に……どう呼んでいただいても…いいです。」

 

 先輩でもあったので幸は那美恵に妙な威圧感を感じており、逆らわないことにした。ただ冷静に考えると、呼び名はどうでもよかった。

「じゃあ今日から神先さんはさっちゃんで。あ、でもこれから神通になるんだから、神様とか?」

「う…あ……えと。」

 調子に乗って呼び名を変える那美恵に流留が突っ込んだ。

「会長、それじゃかみさまですよ~!もっと普通に呼んであげないと。」

「エヘヘ。そっか。それじゃあ、普段はさっちゃん、艦娘のときは神通ちゃんとかじんちゃんだね。」

 不満はないのか幸はコクンコクンと二度頷いた。隣でその様子を見ていた流留が那美恵に再び口を開いた。

「会長。どうせならあたしも何かあだ名で呼んでくださいよ。神先さんだけあだ名はずるいよ!」

 その意見にわざとらしくハッ!とした表情で口に手を当てておどけてみせる那美恵は、オーバーリアクション気味に腕を組んでうーんうーんと唸り、思いついたという表情に切り替えて流留を新しい呼び名で呼んでみせた。

 

「普段は流留ちゃん。艦娘のときはかわうちゃん。」

 那珂の発案に流留は一瞬目を点にして呆け、そしてツッコむ。

「……そりゃ川内ってかわうちとしか読めなかったっすけど、もはや別物じゃないですか!」

「うーん。注文多いなぁ~内田さんは。じゃあふつーに川内ちゃんで。」

「まぁそうなりますよね。」

 

 二人のこれからの呼び名を決めた那美恵は、逆に自分の呼び名を求める。

「じゃあ二人ともこれからはあたしのこと生徒会長とか会長って呼ぶのやめて。これからは同じ艦娘仲間なんだし、もっと気軽にあたしのこと呼んで欲しいな。」

 

 那美恵はそうは言うが、流留も幸も那美恵の学年と学校内での立場がどうしても頭にちらつき、気軽に呼ぶには躊躇してしまう。だが那美恵はどうしても会長以外の呼び名で呼んで欲しいという目で訴える。二人はそのわかりやすい視線に負け、両者一致でこう呼ぶことにした。

 

「じゃあ普段はなみえさん。艦娘の時は那珂さん。」

 さん付けかよ……と那美恵は少し不満を持ったが、自分の校内での影響力からして1年生の二人からすればこれが限界かと納得し、OKサインを出した。

「うーん。まぁいいや。それで。じゃあこれから電車に乗って鎮守府に行くよ、流留ちゃん、さっちゃん。」

「「はい、なみえさん。」」

 適当な雑談を交えつつ、気づいたら駅前までたどり着いていたので3人は電車に乗り、となり町にある鎮守府Aへ向かっていった。

 

 

 

--

 

 鎮守府Aのある町の駅についた3人。那美恵の案内のもと、流留と幸は町の周辺施設の案内を受けながら鎮守府までの道のりをてくてくのんびりと歩き続けた。やがて工事現場によくある仕切りが見えてきた。鎮守府Aのある区画まで辿り着いた証だ。

 

 2回目である流留は初回と同じようなリアクションで鎮守府の区画をキョロキョロしながら進む。一方で幸は、ノーリアクションで周りをほとんど見ずに先頭を進む那美恵の方向だけを見て進んでいる。そんな幸の様子を見かねて流留がツッコミを入れる。

 

「ねぇさっちゃん。せっかく鎮守府に来たんだからさ、もっと周り見たらどう?結構面白いよ?」

「え、あの……えと。いいです。」

 

 さらりと言う幸。そのあまりにクールで現実的で味気ない一言に流留はカチンときた。

「さっちゃんさぁ。それじゃ楽しめないでしょ?せっかく学校とは違う場所に来てるんだからもっと周りを見ないと。面白いものも見過ごしちゃうよ?」

 

 流留はもっとキョロキョロしようと幸を促すが、彼女はそれでも周りを見ようとしない。黙りこくって那美恵のほう、つまりこれから行こうとしている方向だけをまっすぐ見つづけたまま。一切視線を外そうとしない。その様子を見た流留は呆れた表情ではぁと溜息をついて、それ以上は言わないことにした。

 

 

 那美恵は鎮守府の本館へと歩いてきた。後ろからなんだかんだ話しながらついてくる二人を特に気に留めない。那美恵は、自分や三千花たちとは違う内田流留と神先幸という、どことなく凹凸がありそうな二人をこれから艦娘をするにあたり、教育のしがいがありそうだと楽しみでワクワクしていた。

 本館の玄関についた3人。ちょっとした市民会館ほどの大きさとはいえ、鎮守府の本館を目の前にして流留はもちろんのこと、さすがの幸も建物の前まで来ると、味気ない感想は鳴りを潜め、心臓の鼓動が早くなって緊張して畏怖の一言が飛び出る。

 

「ドキドキ……します。」

「でしょ~!?でしょ?この前初めて来た時あたしも同じだったもん。あたし艦娘って全然知らなかったけどさ、人知れず戦ってる人たちがこんなところにいるなんて知って、もうドッキドキだもの。ねぇ、さっちゃんは艦娘って知ってたの? 艤装の同調を何度も試しに来たようだったらしいけど。」

 

 流留が幸の身の上を聞こうとしたが、幸は口を開かず視線を地面に向けてしまう。それを見た流留はまたしてもため息をついて呆れ顔になってしまった。

 

 

--

 

 季節はすでに夏に入りかけており、汗が筋を成して滴り落ちる程度に暑くなってきていたため、室内に入って3人はやっと落ち着いて安堵の息を漏らす。まだ人が少ない鎮守府Aではあるが、勤務する人間のために人が入りそうなところだけはエアコンが効いている。つまりロビーと、艦娘待機室、そして執務室の3部屋だけだ。

 

「ふぅ。暑かった~。エアコン効いててよかった~。」

「あたしはこれくらいの暑さが好きだなぁ~。」

「……。」

 黙っている幸もフェイスタオルで頬や額を拭ってその暑さを示している。那美恵もハンカチで汗を拭ってパタパタと手で仰いでやっと手に入れた涼しさを堪能している。流留は汗をかいてはいるが、至って平気な顔をしている。

 

 

「早速だけど二人には提督に会ってもらいます。流留ちゃんは一度会ったことあるからもう大丈夫だよね?」

「はい!」

「……はい。」

 

 那美恵は執務室のある3階へと二人を引き連れて執務室の前で待機させた。コンコンとノックをして那美恵は室内からの返事を待つ。やがて男性の声で「どうぞ」と声が聞こえた。

 那美恵は来る前に確認しなかったが、どうやら提督がいることがわかった。今度から来る前に一報入れて確認しないとなーと思いつつ、扉を開けて中にいる提督に向かって挨拶をした。

 執務室には提督だけがいた。

 

「こんにちは提督。また来たよ!」

「いらっしゃい、光主さん。昨日四ツ原先生から連絡受けたよ。ついに3人目も揃ったんだってな?」

「よかった。ちゃんと連絡受けてたんだ。」

「あぁ。ともあれこれで光主さんの高校との学生艦娘の提携は完全に成ったな。俺も肩の荷が降りたよ。」

「うんうん。あたしもやっと安心して那珂としてお仕事に集中できるよ。」

「ははっ。よろしく頼むよ。そうそう。3人目の子を紹介してくれないか?」

「もちろんそのつもりで今日は来たんだよ。さ、挨拶挨拶。あちらにいらっしゃるのが、鎮守府Aの提督こと責任者の西脇さんだよ。」

 

 那美恵と提督と呼ばれた男性のやりとりをぼーっと見ていた幸はいきなり自分に振られたので一瞬慌てるが、すぐに冷静さを取り戻して那美恵の言うとおりに挨拶をし始めた。

 

「あの……神先幸と申します。わ、私は……今回神通の艤装と同調できました。艦娘部の部員にもなりました。よろしくお願い致します。」

 生徒会長の那美恵よりも偉く、四ツ原先生よりも敬うべき対象と判断した幸は口調を意識して挨拶を口にし始めた。普段のドモリや自信の無さをなるべく出さないためと心がけたが、結局普段通りの口ぶりになってしまった。

 

「はい。よろしくお願いします。私は鎮守府Aの総責任者、みんなには提督と呼ばれてます、西脇と申します。公式には支局長という役職です。この度はうちの鎮守府に来てくれてありがとう。神先さん、あなたにはこれから神通の艤装との同調をまた試してもらいます。俺や工廠の者達が確認して正式にあなたは合格です。すでに結果は出ているとのことで、あくまで俺の目であなたが本当に同調できてるねというただの確認です。よろしいですか?」

 

 提督から同調の再確認の話を受けて幸はコクリと頷く。了解したという意思表示だ。

 

「それじゃあみんなで工廠に行こう。」

 提督はそう3人に言うと、すぐに机の上にある電話で内線で明石に連絡した。そして那美恵たちとともに執務室を出て、本館から工廠に場を移した。

 

 

--

 

 工廠へと来た4人は明石とひとまず会い、しばらく工廠の入り口で話をしていた。すると工廠の奥から4人の少女、女性が出てきたのに那美恵たちは気づいた。それは、五月雨を始めとして、時雨・妙高・不知火の4人だ。いつも五月雨たちが一緒にいる夕立・村雨を含めた4人ではないのが那美恵は気になる。

 

【挿絵表示】

 

 

「あ!那珂さん!みんな!」

「おぉ!!五月雨ちゃん、みんなお帰り~。」

「那珂さん、こんにちは。」と時雨。

「こんにちは。ただいま帰還いたしました。」丁寧な口調で軽く会釈する妙高。

 一番後ろにいた不知火はペコリと無言でお辞儀をして挨拶するだけだった。4人はそれぞれの挨拶をして那美恵たちからの出迎えに対応する。

 

 

「どしたの?今日は出撃?」

「はい。無人島付近に新手の深海凄艦がいると通報を受けたので、海上警備を兼ねてです。」

 旗艦五月雨の代わりに時雨が答えた。

 

 さらに那美恵は先に気づいた二人がいないことを聞いてみた。

「夕立ちゃんや村雨ちゃんがいないけど?」

「あの二人は今日はちょっと……体調が悪くて待機室で休んでます。待機室行かれなかったんですか?」

 五月雨が少し言いづらそうに答える。

「あ~まっすぐに執務室に行っちゃったから気づかなかったよ。」

 二人の体調の意味を察した那美恵は提督がいることもあり、それ以上は聞かないことにした。

 2~3会話したのち、五月雨たちは那美恵の後ろにいた新顔の二人に気づいた。五月雨は流留のことはすでに知っていたがもう一人は知らない。時雨と不知火にいたってはどちらも知らない。一人だけなら五月雨たちもすぐに対応できるが、二人もいるとなんとなく聞きづらい。五月雨も時雨も積極的な性格ではないためなんとなく萎縮してしまう。

 それを察してか、鎮守府Aの最年長者である妙高が話題の助け舟を出した。

 

「そちらのお二人が提督がおっしゃってた、那美恵さんの学校から今度艦娘になる生徒さんなのですね。」

「そうです!みんなには紹介できてなかったよね。ささっ。」

 那美恵は流留と幸を促して前に押し出し、全員の前で自己紹介をさせた。

 

「初めまして!あたしは○○高校1年、内田流留といいます。この度正式に川内になることが決まりました。よろしくです!」

 元気よく、ハキハキと自己紹介をする流留。

 

「あ、あの……○○高校1年、神先幸と申します。これから神通にならせていただきます。よろしく…お願い致します……。」

 

 幸本人的にはまともな自己紹介をできたつもりであったが、聞いている側からするとぼそぼそと小声になっていたので聞き取りづらい印象をほぼ全員が持った。初見の五月雨・時雨・不知火は正直名前聞き取れなかったが、3人共それを口に出すような積極的な性格をしていないため、それとなくニコッと笑顔で会釈するだけにした。そんな幸を那美恵がフォローする。

 

「あのね、うちの神先幸は、実は昨日神通と同調出来たばかりなの。だからこれから提督に見てもらって、正式な合格をもらうの。鎮守府来たのも他の艦娘見るのも今日が初めてでさ、まだ全然慣れてないからまた後でみんなに改めて自己紹介させるよ。今日はこれで、ね?」

 

 那美恵のフォローを理解した妙高や提督は五月雨たちに合図を送り、これから用事があるからと彼女らを先に本館へと戻らせた。工廠前には大人たちと那美恵たち高校生の3人が残った。

 

 

--

 

 出撃メンバーで唯一残った妙高は提督に何かこのあと手伝うことはないかと確認したが、提督は彼女も疲れているであろうこと、それから主婦であるためこれから家事もあるだろうからと下がらせることにした。

 

「それでは申し訳ございませんが、お先に失礼致します。」

「お疲れ様。」

 妙高は提督らその場にいた面々に上がる旨の挨拶を言い会釈して本館へと戻っていった。提督は妙高に家事もあるからと言っていたのを耳にし、那美恵はすかさず聞いてみた。

 

「ねぇ提督。妙高さんって、家事やってるって……もしかして結婚してるの?」

「あぁ。そうだよ。」

「えっ!?提督の……奥さん?」

 

 那美恵の発言にその場にいた全員が凍りついた。提督も凍りついたがすぐにブルブルと頭を振ってそれを否定する。

「いやいや!俺が妙高さんと結婚してるわけじゃないぞ! 妙高さんが、一般男性と結婚してるってだけだぞ。 って同じ一般人なのにそういうふうに言うのも変だがとにかく。妙高こと黒崎妙子さんは、近所に住む主婦なんだ。もともと鎮守府A開設時に近所だからと何かと世話焼いてくれてさ、せっかくだから艦娘試してみませんかって妙高を受けてもらったら高成績で合格したから、それ以後縁あって交流があるんだ。」

 

「へぇ~ご近所さんだったんだぁ。まぁ、提督が結婚してたらおかしいもんね~。」

「おい…さりげなくひどいぞ。俺だって……まぁいいや。ツッコむのは疲れるわ。」

 

「ぶー!かまえー!」

「おいおい、後輩がいる前だぞ?」

 提督の腹に向けて至極軽いパンチを当てて不満をぶつける那美恵。そんな彼女に対し提督は彼女の後ろにいた流留たちを出汁に諌めようとする。

 

「あたしはいつだって正直に生きてるんですー!流留ちゃんたちがいようがいまいが提督にかまってほしいときもあるんですよ~だ。」

 そんな那美恵のおそらく素であろう態度を見た流留は呆れるどころか、逆の態度を取り始めた。

「なみえさんはいいなぁ~。提督。あたしとも後で遊んでくださーい。」

「へっ?内田さん!? あ、あぁ~。うん。後でね。」

 流留のお願いには少し表情と態度を変えて苦笑しつつもOKを出す提督。それを見た那美恵は提督をギロッと睨み、自分の場合と全然態度が違うことに腹を立て、スローな口調で提督に言い放つった。

「あたしのときと接し方違くない?」

「違わない違わない。ほら、神先さんが呆れてるぞ。もっとしゃんとしなさい。」

 

「「はーい。」」

 

 那美恵と流留は同じような間の伸びた返事で提督に返した。事実、幸はほとんど初対面な3人のやりとりをポカーンと見ていた。

 

 

 

--

 

 工廠内に戻って準備をしていた明石が再び姿を表したので、那美恵たちは気を取り直して幸の同調の試験を開始することにした。幸の艤装の装備は那美恵がメインで手伝い、流留は艤装を運ぶのを手伝った。そうして幸は、神通の艤装をフル装備した形になった。

 

「どう?さっちゃん。艤装をすべて装備した感想は?」那美恵が聞いてみる。

「え……と。あの、腰のあたりが重いです。」

「アハハ。川内型の艤装は腰回りに機器が集中しちゃうからね~。でも大丈夫。同調しちゃえばまったく問題なくなるから。」

「……はい。」

 幸が腰回りを重そうにフラフラしているのを流留が支え、那美恵が明石の方を向いて合図をした。

「それじゃあ神先さん。私達の準備は整いましたので、いつでも同調始めてかまいませんよ。」

 明石のその言葉を受け、那美恵と流留が見守る中、幸は目を閉じて静かに同調をし始めた。

 

 

 先日と似た感覚が全身を包み込む。今日はあらゆる用事を済ませておいたので何が起きても大丈夫と幸は思い込んでいたがやはり不安は残っていた。しかしとにかく同調を始めなければ進まないとして覚悟を決める。

 ほどなくして節々がギシリと痛み、すぐに消える。それだけだった。思い出すだけでも逃げ出したくなるような先日の恥ずかしい感覚・催しは一切感じることなく、全身の感覚が人間のものとは違う感覚に切り替わったのがわかった。

 

 幸本人のその把握と同時に、明石が口を開いて結果を発表する。

「神先さんの神通の艤装との同調率、87.15%です。」

 

「おめでとう、神先さん。これであなたも正式にうちの鎮守府の艦娘です。」

 提督が幸をまっすぐ見ながらやや大きめの声で伝えた。

 

 ついに認められた3人目の艦娘、神通。幸は那美恵と流留から拍手を送られ顔を真赤にして恥ずかしがったが、それは今まで生きてきた中で負い目引け目を感じての恥ずかしさではない、一番気持ちが良い恥ずかしさだった。

 幸は弱々しい声ながらもその場にいた皆に一言の簡単な感謝の言葉を述べた。それを聞いた那美恵は満面の笑みを浮かべ、流留はやっと初めて感情を出したかと、少し呆れ混じりの表情でやはり満面に近い笑みを浮かべている。提督と明石は頷いてその様子を見ていた。

 

 

--

 

 

「よかったね、さっちゃん。これであなたも正式に艦娘だよ!これでうちの高校から、代表であたしたち3人が艦娘なんだよ。すごくない!?」

「……は、はい。」

「なみえさん!あたしもその気持ちわかりますよ。これであたしたち、世のため人のために戦うヒロインなんですよね!?」

「アハハ。そういえばそうだよね~。」

 たどたどしくひそやかな声で同意する幸と、熱く思いを打ち明ける流留。まったく異なる二人の反応だが、どちらも艦娘になれることを喜ぶ思いは等しい。

 

「なんかカッコいい名乗りとか考えません?」

「アハハ。まーそれは今後ゆっくり考えるとして、まずは二人の着任式。そうだよね、提督?」

 流留と幸と喜びを分かち合いつつ、次なる作業へと思考を切り替える那美恵。それを提督に確認すると提督は頷いて答えた。

「あぁ。内田さんの川内の着任式をやろうと思ってたけど、タイミングがいいね。神先さんと合わせてやろう。内田さんと神先さんの着任式は同時だ。」

 着任式と聞いて、幸はよくわからず?な表情を浮かべる。そして那美恵を見る。その視線にすぐに気づいた那美恵は流留の時と同じように着任式について幸に説明をした。提督も補足説明し、続いて今後のスケジュールについて3人に伝える。

 

「それじゃあ神先さんには書類に必要事項を記入してもらうから、後で執務室に来てください。」

「……はい。」

「でその前に、光主さんと内田さんは、神先さんの身体測定をしてあげてください。器具は1階の倉庫に閉まってあるから。適当な部屋開けていいからそこでね。」

「提督ぅ。どうせならいっs

「それは、なしの方向で。」

「ちっ。先手を打たれたわ。」

 いいかげん提督は那美恵の言わんとすること、茶化しの仕方がわかってきていたので素早く返すことにした。

 

 

--

 

 日が落ちるのが遅い夏の時間なので19時近くになってもまだ明るい。鎮守府には那美恵たち高校生3人はもちろんのこと、五月雨たち中学生も普通に残っておしゃべりをしたり遊んでいる。(帰ったのは妙高と不知火の二人だけである)

 夏休みが目前に迫っているこの時期、鎮守府は学生の立場の艦娘たちの一種のたまり場にもなる。気の置けない者同士が集まっていれば時間など気にせず遊び続ける。国の組織に関わっているという意識は、防衛や戦闘という要素からは一般的には一番遠いであろう立場の女子中学生・女子高生にとって誇らしく、遅くまで外にいても堂々と振る舞えるといういわば箔・免罪符となるのだ。

 ただ時間は間違いなく夕方~夜が迫ってきているため、提督や成人の艦娘は未成年の少女たちの責任者として彼女らを安全に退館させなければならない。残っている大人は提督と明石、そして明石の会社の技術者2~3人である。

 

 那美恵と流留は幸の身体測定を終わらせ、幸を執務室に連れて行き書類記入のフォローをした。那美恵のフォローは的確で幸にとって十分すぎるため、途中で流留はやることがなくなり暇を持て余し始めた。せっかくなので提督と雑談をするために提督の席へと近づいていく。

 

「ねぇ西脇提督。提督は何が好き?」

「へ?なんだい突然。」提督はPCから顔をあげて流留を見た。

「いやさ、ゲームでも漫画でもなんでもいいんだけど。」

「あぁ。そういうことか。って言っても内田さんみたいな女子高生にわかるかな?」

 

 そう言って口火を切って話し始めた二人。提督は目の前にいた女子高生から繰り出される話題が、かなりモロどんぴしゃな趣味なので釣られてベラベラしゃべり始める。途中でやりすぎた!?と思い流留の顔色を伺うが、彼女がその内容についていくことができているのに驚いた。世代が違うため流留がわからないネタもあったが、彼女はおおよそ理解できていた。

 流留はというと、提督から繰り出された話題のポイントをつくネタを返したことにより、提督をノリに乗らせて大きく喜ばせる。提督が我に返ってふと時計を見ると12~3分少々熱中して話し込んでいるのに気がついた。

 流留は最初は提督の席の向かいに立っていたが、ネタを交わすたびに近づいていき、最終的には提督の座席の隣、デスクの左のスペースに片手で体重をかけてよりかかっていた。つまり提督の横に急接近していた。

 

 

「ちょーーとぉ!!お二人さん!何密着して話してるのさぁ!?」

「うわあぁ!!」

「きゃっ!」

 そんな二人をジト目で睨みながら二人の間に顔をグイッと割り込ませたのは那美恵だった。そうっと背後から近づいて二人がいつ気づくか黙っていたが、まったく気づく様子を見せないのに業を煮やして後ろから大声で叫んだのだ。

 提督も流留も一気に汗をかいてバクバクしている心臓を抑えつつ背後を振り返り那美恵を見る。

 

「な、なんだよ光主さん。」

「なんだよじゃなーい! こちとら作業終わったのに何二人しておしゃべりに熱中してるのさ!」

「ははっ、ゴメンゴメン。」

「もう!さっちゃんから早く書類受け取ってよ。」

「はいはい。わかったよ。」

 提督が正面に向きを戻すと、幸がじっと提督の方を見て立っていた。

「あの……もしかして、さっきからずっと立ってた?」

「はい。」

 幸はコクリと頷いて返事をする。提督は気まずそうにコホンと咳払いをしてから幸が手に持っていた書類を受け取った。

 

 

 ざっと読んで内容を確認する提督。ところどころで頷く。そして顔を上げて幸を見た。読んでいる最中に那美恵も流留も幸の隣に戻っている。

「よし。問題ない。これは提出しておきます。後日艦娘の証明証が届くからそれを着任式の時に渡します。それと、うちの鎮守府としては着任証明書というのを渡してこの2つをもって、正式に鎮守府Aへの着任とします。あと二人には制服が届くから、それが届いたら試着してもらいたいのでその時また来てください。それまでは光主さんに付き添いという形であれば鎮守府に自由に出入りもらってかまいません。まぁ夏休みも近いだろうし、よければ五月雨たち中学生と仲良く付き合ってあげてください。」

「「はい。」」

 3人の返事を聞いたところで提督は両手を叩いて終了を合図した。

「今日の用事はここまで。3人共ご苦労様。」

「ふぃ~何事もなく終わったね~。」

 那美恵はぐっと背筋を伸ばして疲れたという意思表示をした。幸も動きは小さいながらも同じように背筋を伸ばし、緊張し続けて硬くなっていた身体をほぐす。

 流留は真面目な話は終わりとわかった途端に再び提督の側に行き、さきほどの雑談の続きをしようとする。

 3人が思い思いの行動をし始めてしばらくすると、提督が一つ提案をした。

 

「3人とも。このあと用事はあるかな?」

「え?あたしはないよ。」

「あたしも特には。」

「……私も、ないです。」

「そうかよかった。神先さんも加わって光主さんの高校との艦娘の提携もなったということでさ。ささやかながら食事を御馳走したいんだ。いいかな?」

「えー!?提督ふとっぱらぁ~」と那美恵。

「マジですか!?ラッキー!」

「え、えと…あの、よろしいんですか?」

 流留と幸も同様に喜びを交えて驚く。

 

「いいのいいの。おじさんに大人しく奢られなさい。」

「自分でおじさんって言っちゃってるしw」

 那美恵がそういうと、幸は苦笑しつつも提督の奢り発言に喜びを見せる。流留はもっと正直に喜びを見せた。

「おじさんっていうよりお兄さんで素敵だよ提督!じゃあ早く行きましょうよ!ねぇねぇ!」

 流留はすぐ隣りにいた提督の腕をがしりと両腕で組んで激しくボディタッチをする。提督は腕に当たる流留の双丘の膨らみを感じてしまい、たまらんという状態で鼻の下が伸びかけたがさすがに分をわきまえ、シャキッとするべく背筋を伸ばしながら流留をなだめる。チクチクと那美恵からの鋭い視線があたっていたが、あえて無視した。

「まぁまぁ。まだ五月雨たち中学生組も残ってるし、まだ俺出られないからもうちょっと待ってくれ。」

 

「だったらさ、五月雨ちゃんたちも一緒に連れてったら? 3人におごるのも3+4人に奢るのも社会人なら大して変わらないよね~? どぉどぉ?」

 ある種悪魔の囁きのような提案をする那美恵。提督としては金銭的な問題は確かにないので話に乗ってもいいが、かなり年下の娘7人を引き連れて食べに行くなどそこまで肝が座っているわけではないので少し尻込みをした。この際仕方ないとして、大人代表追加として明石を誘うことにした。

 明石は飲みに行くと高確率でハメをはずしてエンドレスにしゃべり続ける。趣味ネタが似通っている提督でも飲みの席後半ではおっつけなくなるほどだ。しかし今日は飲ませず、学生たちの付き添いとするから大丈夫だろうと提督は踏む。

 

「それじゃあ、俺だけだとちょっとなんだから、明石さんも誘っておこう。」

「おぉ!?今日の提督なんかすんげーふとっぱら!見違えたよ!」

 

 早速提督はその旨を待機室でおしゃべりしている五月雨と工廠にいる明石それぞれに内線で伝えた。すると五月雨たちも明石も多少驚きを見せたがすぐにその誘いに乗ることにした。

 その日は那美恵達3人、五月雨たち4人、明石と彼女の会社の技師1人の計2人、そして提督の総計10人で揃って帰ることになった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間:艦娘たちの語らい

 一同は本館のロビーで集まることにした。ちょうど19時になる頃合い、執務室の戸締まりをした提督と付き添いの那美恵がロビーに来ると、五月雨たちと先に行かせた流留と幸が集まって話をしている。幸は明らかに話の輪に加わることができていないが、うっすらとはにかんでいるので雰囲気は楽しそうだと那美恵も提督も感じた。幸の態度を多少知ってる那美恵は、少し時間はかかるだろうがこの分であれば、幸もすぐに鎮守府に慣れ、みんなと仲良くなれるだろうと期待を持つのだった。

 

「おまたせ。あとは明石さんたちだけかな?」

「はい。そうです。」五月雨が答えた。

「そういや五月雨。更衣室とかその辺の戸締まりは大丈夫かな?俺が入ったらまずいところ。」

「今日は窓とか開けてなかったと思いますけど……ちょっと不安なので見てきます!」

 そう言って駈け出してロビーから離れていく五月雨。

「あ!さみちょっと待って!僕も行くよ。」

 心配になった時雨が彼女についていった。

 

 

--

 

 五月雨と時雨が更衣室や女子トイレの戸締まりを確認しに行っている間、残りの6人はロビーで会話をしたりぼーっとしたりして待っていた。しばらくして明石と技師の女性が本館へと入ってきた。

「お待たせしましたー。おお、ロビーまだ涼しいですね。助かりますね~。」

 明石と技師の女性はパタパタとフェイスタオルで仰いで涼しさを味わう。夏場の工廠は非常に蒸すため、明石たち職員は長時間の作業は控えて工廠内の事務所に入ることが多い。

「お、明石さんに○○さん。今五月雨と時雨が戸締まり見に行ってるからちょっと待っててください。」

「はい了解です。今のうちに涼んでおきます。」

 

 しばらくして五月雨と時雨が階段を降りて戻ってきたので提督はロビーのエアコンのコントローラーのある場所まで行き、エアコンの電源を切って、本館内の空調設備をすべて落とした。

 提督がロビーの裏の部屋からでてきたのを全員が見届けると提督が辿り着くのを待たずに全員玄関から外に出る。提督はそれに合わせてロビーの電灯を消して非常灯だけにし、最後に外に出て玄関の鍵を締めた。ロビーは真っ暗ではなく非常灯だけが薄ぼんやりと、辺りを照らしきれない弱い光を発していた。

 

 

--

 

「よし、みんな行こうか。何が食べたい?」

 

「豪華なフランス料理~!」

「はったおすぞ?」

「エヘヘ~」

 提督がみんなに意見を求めると、すぐさまそれに冗談で返す那美恵。提督が期待通りのツッコミをしてくれたので満足気な顔をして周りを見渡してくるりと回転する。

 五月雨や時雨など数人は那美恵がおそらく何かしら荒唐無稽な冗談を言うだろうなとわかっていたため、苦笑するだけである。

 

「コホン!気を取り直して、みんな何食べたい?といってもこの人数だから豪華なものは奢れないぞ?」

 

 那美恵達高校生組や五月雨達中学生組はわいわい話し出した。一行は本館前から正門のところまでをのんびりと歩きつつ、そんなおしゃべりを楽しむ。門を抜けて道路沿いの歩道を歩きながら、明石と技師の女性は提督からの質問に分をわきまえた要望を伝えた。

「普通にファミレスでいいんじゃないですか?中高生がいなければ飲み屋に行きたいですけど、さすがに今日は……ダメですよね?」

 技師の女性もそうですねと言って頷く。

「みんなはどうかな?ファミレスでいいかい?」

 明石たちの提案を受けて改めて提督は学生たちに尋ねた。

「あたしはいいよ~。」と那美恵。

「あたしも食べられるならどこでも。」と流留。

「私もそこでいいですよ。」と五月雨。

「いつも行ってるファミレスですよね?いいんじゃないですか。」と時雨。

「そーいえばあそこのファミレス、夏の新メニュー出てたっぽい?食べてみたいよ~。」と欲望丸出しの夕立。

 幸と村雨も口にこそ出さないがコクコクと頷いて承諾する。

 全員の意見が決まったところで提督は号令かけて、皆を駅までの途中にあるチェーン店のファミリーレストランに連れて行くことにした。

 

 

--

 

 10人揃ってファミリーレストランに入った。今回は誰も艦娘の優待特典を使わない。提督が本気で奢ると宣言したからだ。

 9人は思い思いの料理を注文した。たくさん頼むと息巻いてはみたが、なんだかんだで皆少食気味だったり、遠慮した結果となった。せいぜい2~3人で1つずつのサラダを追加で頼むくらいである。

 各自の料理が運ばれてくる。そんな中、明らかに量が多い料理が二人の目の前に配膳された。夕立と流留である。その量には頼んだ本人たちも驚いたが、周りの8人はもっと仰天した。遠慮せずにガッツリとした料理を頼んだ二人にツッコミが入る。

「お、おい二人とも……そんなに食べられるのか?」と提督。

「あたしは大丈夫だよ。昔から結構量食べて育ったから。」

「あたしは育ち盛りだからぜーんぜん平気っぽーい!」

 遠慮という言葉を全く知らないのかとばかりの言い草に幸と時雨がツッコミの言葉を入れる。

「……内田さん。普通、こういうときは……遠慮したほうがいい……よ?」

「ゆうも!君はしょっちゅう提督にねだってるじゃないか。少し我慢を覚えなきゃ。」

 

 二人のツッコミはどこ吹く風、流留も夕立も一切気にせず料理を口に運び続ける。食事中は茶化しもふざけも一切しない那美恵は流留を見て一つため息をついたのち、食事を再開した。

 

 

--

 

 食事も一段落し、艦娘たちは別腹と言わんばかりに食後のデザートを注文し、そしてドリンクバーを往復し始める。食事を少なくしたのはこのためだったのかと提督は思ったが、メインの料理を普通にガッツリ頼んだ流留と夕立も他の娘と同じ行動を取り始めたため、提督の予想は外れた。

 甘いモノは別腹、二千年代も70~80年経っても、女性たちには当てはまるのだった。

 

 デザートが届き、各々おしゃべりしながら食べ始める。時雨と五月雨、夕立と村雨は隣同士で自身のデザートを分けあって食べている。那美恵と流留・幸はお互いあまりまだ知らないため分け合うということはせず普通に会話をしてデザートと一緒に堪能している。提督や明石たち大人勢もデザートを頼んだが、提督らは特に会話をすることもなく、若い子たちを眺め見ながら静かにデザートを口に運んでその場の雰囲気を調味料として味わっている。

 ふと、流留がポツリと呟いた。

「なんだか、艦娘って言っても、こうしてると普通の人たちなんですねぇ。」

「およ?どしたの流留ちゃん突然。」

 隣にいた那美恵がすぐに反応した。それにつられて提督や五月雨たちも流留に視線を向ける。皆の視線が集まったが流留は特に気にせず続ける。

 

「いやぁ。あたしさ、自分の生活とは全然違う環境ですごい人達がバリバリ活躍してるのが艦娘の世界なのかなぁって思ってたの。なみえさんのあの展示見て、深海凄艦っていう怖そうな化け物と戦う写真が異様に印象強く残っちゃって。そんな化け物と戦う人たちなんだから、きっとどこかの軍や自衛隊みたいなところなのかなぁって。」

 

 流留の素直な感想。それに提督が答えた。

「うちは最前線じゃないからのんびりしてる方なんだよ。深海凄艦の侵攻が激化してると言われてる九州や和歌山あたりの鎮守府に所属する艦娘たちは大半が職業艦娘で、皆すごい屈強だったよ。俺は管理者研修のとき防衛省の人たちに連れて行ってもらったことあるけど、雰囲気がまるで違ったよ。」

「へぇ~!そうなんですかー。」

 と流留は相槌を打った。

「あぁ。うちの鎮守府でさすがにあそこまで徹底するのは無理だろうと思う。それから俺の考えは甘いかもしれないけど、艦娘というのは艤装と同調すれば普通の人の数倍は強くなるからさ、その担当地区に応じた艦娘の運用、教育の仕方があっていいと思うんだ。もちろん最低限の教育はするけど。」

 

 提督の言葉を聞いて皆今後のことに不安を持っていたのか、質問や感想を言い始める。最初に口を開いたのは時雨だった。

「でも提督。一応ひと通りの訓練したとはいっても、やっぱり戦うのそれなりに怖いです。なんだかんだでしっかりした訓練や勉強できてるとはどうしても思えないです。よその鎮守府の時雨や五月雨がどうなのかはわからないけれど、少なくとも僕たちは……中学生だし、那珂さんや五十鈴さんだってまだ高校生ですし、なんというかこのままでいいのかなって疑問に思います。」

 

 提督は言葉を発さずに相槌を打つ。次に村雨が自身の気持ちを打ち明ける。

「うちの鎮守府、10人くらいしかいませんけど、本当に私達だけでこの先大丈夫なんですか?いくら最前線じゃないって言っても、最近立て続けに出撃や警護の任務があって今はさみや私達が毎回出てるじゃないですかぁ。私達一人ひとりの力が十分足りてるとは思えないですし、もっと艦娘増えないと私達の負担が増えます。今だと一人欠けても任務が進められなくなっちゃうと思うんです。」

 

 村雨の不安に提督が答える。

「村雨、君の不安ももっともだ。この1ヶ月ほど、かなり君たちの負担が大きくなっていることは本当申し訳ないと思ってる。ちょうど任務が舞い込む数が多いタイミングというのか時勢というべきなのかな。今が落ち着けばまたのんびりできるはずだよ。それに今回、光主さんの学校から内田さん、神先さんの二人が加わることで、だいぶ変えられると思うんだ。二人は高可用性な軽巡洋艦担当になる。駆逐艦の君たちの負担も減るだろうし、作戦の幅も広がるはず。もちろん二人にはこれからしばらく訓練を受けてもらって早く慣れてもらっての話だが。」

 

 提督の言葉の中で触れられたので流留は口を挟んだ。

「ねぇ提督。その訓練、どのくらいかかるの?」

「えーっと。各艦の種類に応じた基本訓練の内容が提示されてるんだ。光主さんもそれをこなしてもらって今の那珂になってる。光主さんは確か2週間ほどだったっけ?」

 

「うーんとね。あたしは実質的には1週間と3日だよ。」

「へぇ~那珂さんそれくらいで訓練終わったんですか?」

 感想を言ってきたのは村雨だ。

「そーだよ。そういえば村雨ちゃんたちはどのくらい?」

「私たちは揃って訓練して、みんな2週間でしたよぉ。」

 村雨から確認の視線を求められた時雨と夕立は互いに顔を見合わせながら訓練に費やした期間を打ち明ける。五月雨はそもそも初期艦で訓練内容が異なるので口を挟まずに黙っていた。村雨たちの言葉に提督が補足する。

「駆逐艦と軽巡洋艦じゃ必要な基本訓練が違うからね。一概には言えないけど、毎日みっちりというわけじゃないから、駆逐艦で約2週間というのは普通かな。那珂の1週間と3日はちょっと早いと評価されるレベルかな。」

「ふーん。なみえさんで1週間と3日かぁ。あたしたちだとどのくらいになるのかねぇ?」

 流留は幸の方を見ながら自分らがかかる訓練時間を想像する。当然何もわかっていないので想像できるはずもなく、同意を求められた幸は無言で首を傾げるだけであった。

 

「ねぇ提督。なんだったらあたしが二人の面倒見るよ?」

二人の様子を見ていた那美恵が提督に提案した。

「あぁ。そうしてもらえると助かる。それで訓練が終わったら、軽巡洋艦の君たちをリーダーにして、駆逐艦の五月雨たちをつければ2部隊ほどにわけて運用できるようになる。そうすれば出撃任務もかなりやりやすくなるかな。……本当は小回りの効く駆逐艦を増やしたいんだけど、艤装の配備が希望通りには来なくてさ。」

 

「次に配備されるのなんだっけ?」

 那美恵がそう提督に聞くと、提督は五月雨に視線を送り答えを求めた。それを受けて五月雨は飲みかけていたジュースのグラスを置いて呼吸を整えた後、提督の代わりに答える。

「ええとですね。もうすぐ軽巡洋艦長良と名取、その後駆逐艦黒潮、重巡洋艦高雄です。大本営の方からちょろっと聞いたんですけど、その後はもう一つ重巡洋艦、それから時期はわかりませんけれど、空母の艦娘の艤装が行くかもよと言われました。」

「一気に4人?6人?かぁ~。どんな人が同調できるんだろ、楽しみぃ~!」

 那美恵が期待を持って言葉を弾ませる。だが提督の心境は複雑だ。

 

「気軽に言ってくれるけどな、募集かけて採用試験するのしんどいんだぜ? その間明石さんたち工廠の人たちの作業も時間割いてもらわないといけないし、広告出すのだってもらってる予算からやりくりしないと。経理ができる人を艦娘に迎え入れたいくらいだよ……。」

「アハハ……管理職って大変なんだねぇ。」

 那美恵がそう茶化すと、それまで不安げな気持ちにより表情を暗くしていた時雨や村雨たちはやっと表情を柔らかくし、笑顔を見せた。

 

「ねぇなみえさん。またうちの学校でその4~6人の艦娘の募集引き受ければ?」

 流留がそう提案した。

「あ~それいいかも。どう提督?」

 

 那美恵は提督の心境を知って少しでも彼の負担や悩みを減らせればと、先の川内・神通と同じやり方で艦娘探しを引き受けるつもりで流留の提案に乗ることにした。が、提督は首を横に振ってそれを拒んだ。

「いや、俺の考える艦娘になって欲しい人・タイプがあるんだ。せっかくの提案申し訳ないんだけど、今回は普通に採用したいんだ。ゴメンな。」

「ううん。いいですって。あたしもなんとなく言っただけですし。」と流留。

「あたしも流留ちゃんの案いいかなぁ~って思ったけど、提督の考えが一番だからね。また今後もらえるんならお願いってことで。」

「光主さんには、内田さんと神先さんの教育を再優先にお願いしたい。そしてタイミングが合えば、出撃任務や依頼任務の現場に早く復帰してほしい。」

 提督の考えを聞いた那美恵たち3人はそれぞれのタイミングで頷いた。

 

 それを見ていた中学生組の一人、夕立が訴えかけるように声を上げた。

「前に合同任務から帰ってきた後からの約1ヶ月、那珂さんがいなくてあたしたち大変だったんだよぉ~!頼れる人五十鈴さんしかいなかったしぃ、あたしたち4人でさぁ~。」

「ゴメンね~。でも妙高さんと不知火さんがいるじゃない。あの二人は?」

 

「妙高さんはママっぽいから、むしろ鎮守府に居てくれたほうがうれしいっぽい。ぬいぬいこと不知火ちゃんは別の中学校だし、あまりあたしたちと話してくれないし、正直あの子よくわからないっぽい。てかてーとくさん、ぬいぬいをあまりうちらと組ませないよね?わざと?」

 夕立が鋭く指摘すると、提督は焦りつつ答えた。

「いやそんなつもりはないんだが、彼女は一人で来てるし他校の生徒と一緒だと気まずいかなと思って。」

 

「提督。それは余計な配慮だよ。せっかく同じ鎮守府に勤めてるんだし、僕たちはできれば出撃のときだって仲良くしたいよ。」

「私もそう思います。私にとっては初めての艦娘仲間ですし、今回久々に一緒に出撃できて嬉しかったです。不知火ちゃん無口ですけど楽しそうでしたし。」

 時雨の意見に五月雨が賛同する。

 

「そうか。じゃあ今度から編成はもっとみんな均等になるようにするよ。」

「ねぇ、あたしもその不知火さんと出撃してみたいな~。妙高さんとも。提督。あたしたちの方ともお願いね?」

 那美恵も時雨達の意見に賛成だった。今まで駆逐艦といえば五月雨たち白露型の艦娘としか仕事をしたことがなかったためだ。

「あぁ。わかってるって。」

 提督は時雨たちだけでなく、那美恵からも押される形になり、彼女らをなだめるようにその要望を承諾した。提督は、川内と神通の着任式が成ったら、そのタイミングで全員参加の親睦会を開こうと考え始めた。

 

 

--

 

 その後20~30分会話が続き、頃合いを見て提督は全員に号令をかけお開きとさせた。レストランを出て駅に向かう一行。その間も五月雨や時雨たち中学生の間、那美恵たち高校生の間でぺちゃくちゃおしゃべりが続いていた。提督や明石、技師の女性は子どもたちの様子を後ろから眺めて、静かに2~3の会話を交わすのみである。

 駅のホームで電車を待つ間、那美恵はふと思いついたことがあり提督に話しかけた。

「ねぇ提督。流留ちゃんやさっちゃんは当然だけど、あたしもなんだかんだで鎮守府のみんなをみんな知れてないと思うの。」

「うん。」

「それでね、もし提督がノってくれるんならの話なんだけど、いつかのタイミングでみんなでパァ~っと飲んだり食べたりして親睦を図れる場を作らない?」

 那美恵の発言の鋭さに驚いた提督はすぐに言葉を返す。

「おぉ。実はさ、俺もそれ考えてたんだよ親睦会。そうかそうか。光主さんもそういう考えしてくれたのか。」

「え?提督も考えてたんだぁ。あたしたち気が合うねぇ~?」

 那美恵は提督の腰を自身の左肘で軽くツンツンと突っついて口でも物理的にもツッコミを入れる。提督はややのけぞり気味になりながら、側にいた明石や流留たちに聞こえるように返す。

「そうだなぁ。気が合う人がいるってのはいいもんだわ。ぶっちゃけ俺、艦娘制度の中では知り合いいないしさ、こう見えて寂しいんだぜ? 明石さんは同じ技術系で話題合うし気楽なんだけど、この人暴走すると手を付けられないしさ。たまに何考えてるかわかんねぇ人だし。」

「あらあら?私の右隣りで何か失礼な事言ってる人いますね。誰でしょうか?」

 わざとらしく明石は顔をキョロキョロさせて最後に提督を笑みを含んだ睨みを向ける。

 

「おや、聞かれてしまったかな? それはそうと、ほかは歳の離れた娘ばかりで話も合わないし。でも内田さんは俺と趣味ドンピシャっぽいから、実は内心かなり嬉しかったんだよ。」

「アハハ。あたしもまさか提督が同じオタ趣味な人だなんて思わなかったですよ。これからの鎮守府勤務楽しみです!」

 流留は提督や那美恵の前に幸と一緒に立っていたが、クルリと後ろを向いて提督に向かって言った。

「そして真面目な考えるところ、そこでは光主さん。なんか君とフィーリングが合いそうな感じがするんだけど、こんなこと言ったらおかしいかな?俺自意識過剰かな?」

「ううん。そんなの気にしないでいいよ。提督ちょーーっと頼りないところあるけどそれがいい味だってみんな思ってるだろーし、気が合うならあたしも遠慮なく提督にツッコミ入れられるからオールオッケーですさ、西脇さんや。」

 フィーリングが合いそう、はっきりとそう言われ那美恵は内心ドキドキしつつ、照れをひたすらに隠して普段通りの茶化しで提督をからかって会話の収束先を綺麗にそらしてまとめる。

 やはりこのおっさんは自分で恥ずかしいこと、相手をドキッとさせる発言してる意識あまりないのか?と那美恵は呆れて失笑する。

 

「言ってくれるね……。まぁいいや。内田さんや明石さんも、親睦会開くのにはどうかな?賛成してくれるかな?」

「いいと思いますよ。私の同僚の○○さんとか、なんだかんだであまり艦娘の子たちと話したこと無いって人いますし。」

「あたしも賛成ですよ。ワイワイ騒ぐの大好きです。」

 

「賛同者がいてくれるなら助かるよ。それじゃあ日取りは追って伝える。それまでにアイデアとかあったらくれるとうれしいな。」

 提督の言葉に那美恵は間延びした声で同意の返事をした。

「はーい。ところでさ、五月雨ちゃんたちには賛同求めなくていいの?」

「あ~、まぁ彼女らはいいだろう。聞かなくても五月雨は多分同意してくれるだろうし。時雨たちも反対はせんだろう。」

 提督の言い方が少し気になった那美恵。流留や明石は気づいていない様子だったので那美恵はそれを表現を隠してつぶやくのみにした。

「そっかそっか。あの子たちを心から信頼してるんだね、提督は。」

「ん?あぁ、まぁそんなところかな。」

 

 しばらくして電車がホームに到着したので乗り込んだ一行は、それぞれの自宅へと帰っていった。

 

 




ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=58796377
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://drive.google.com/open?id=1kOxdS2Bs8Mniye_Gmvs4KvOC9DS0k3cCY3hAqzrINB0
好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

川内型誕生!
艦娘部と生徒会


 ついに必要最低人数に揃い、艦娘部が正式発足した。那美恵は川内に合格した流留、神通に合格した幸を連れ、鎮守府へと赴く。二人の着任式が、そして鎮守府Aの今後を担う川内型艦娘の物語が、ようやく始まる。

【挿絵表示】



 川内と神通の着任式は、次の週の土曜日に行うことになった。幸が同調の試験に合格した日からだいぶ空くが、提督の都合、五月雨たちの都合、そして那美恵たちや顧問の阿賀奈の都合上仕方なくの日取りとなった。

 それまでの間に流留と幸には川内と神通の制服が届く手はずになっているため、それを試着するために鎮守府に寄る必要がある。

 

 前の週が開けて2日ほど経った日、那美恵たち3人は阿賀奈から呼び出された。艦娘部としての部室は彼女らの高校には存在しないため3人は一旦生徒会室の前で集まり、それから職員室へと向かう。

 コンコンと職員室の扉をノックし、那美恵は一言断ってから入る。阿賀奈は自席から手を振って那美恵たちに合図を送っていた。

「先生、何かあったんですか?」

 3人は阿賀奈に近寄り、那美恵が開口一番質問した。すると阿賀奈はニッコリと笑って答える。

「提督さんから連絡あってね、川内と神通の制服ができたんだって!内田さん、神先さん。二人の艦娘の制服よ。楽しみよね~。」

「えっ!?あたしたちのですか!!?」

「でね、時間のあるときに試着しに来てだって!」

 

 流留は素直に声を上げて喜ぶ。幸も声こそ上げないが、顔をあげて息を飲む動作をしたため、那美恵はひと目で気づいた。

 制服の試着と聞き流留はワクワク心踊り始めた。ついに漫画やアニメのようなヒロインになれる自分が目前に迫ってきていると、気持ちが高ぶって仕方がない。

「うわぁ!うわぁ!すっごーく楽しみ!ねぇなみえさん。今日帰りに鎮守府寄りましょうよ?」

「先生もみんなの艦娘の制服姿、生で見てみたいなぁ~。」

「じゃあ先生も一緒に!」

 流留は興奮の勢いそのままに阿賀奈を誘うが、阿賀奈はクビを横に振った。

「ざんねーん。先生すぐには帰れないのよぅ……。」

 その直後、流留の隣にいた那美恵からも断りの言葉が発せられた。

「流留ちゃん、あたしも今日は生徒会の用事で行けないんだ。明日なら大丈夫だから、明日行こ?さっちゃんもいい?」

 

 幸はコクリと無言で頷く。流留は待ちきれないという様子を全身(主に拳で)で表しながらも、我慢することを伝えた。

「はい……わかりましたよ。明日っていうことで。」

「明日かぁ。明日なら先生も早く出られるかなぁ~無理かなぁ~」

 阿賀奈は自分のスケジュール帳を開いて予定を確認しつつ呟いている。

「先生、試着の日もいいですけど着任式の日、忘れずに鎮守府に来てくださいね?」

「わかってますって光主さん。先生ちゃーんと覚えてるんだから、ね!」

 結局その日は那美恵たちは誰も鎮守府に足を運ばず、知らせを聞くだけにとどめておいた。

 

 

--

 

 翌日の放課後、那美恵たちは一旦生徒会室に集まり、それから鎮守府へと行くことにした。川内と神通の制服の話を那美恵は三千花らに話していたので、三千花たちは流留たちの着任の準備が順調に進んでいることを自分たちの事のように喜んだ。

 特に三戸は流留、和子は幸に対して喜びを伝える。

 

「いや~内田さん。よかったね~艦娘の制服。」

「うん!今から楽しみ!」

「俺も見に行きて~な~内田さんのあんな姿こんな姿とかー」

「三戸くん何言ってるのさ~。あたしの見るくらいならなみえさんやさっちゃんのほうが見て楽しいよきっと。」

 そう言う流留だが、三戸からすれば素の美少女度としては流留がトップだと評価している。もちろん彼は男同士でしかそんなことは話さない。もし女性陣の前でうっかり口を滑らそうものなら那美恵たちからの株を落としそうだし、目の前の少女からすら危ないと直感し自制した。

「いやいや、内田さんはもっと、気づいたほうがいいよ。」

 三戸の言葉を理解できず、?な顔をする流留。自制した結果、このセリフが彼の限界だった。

 

 一方の和子と幸は流留たちよりも静かに喜んでいる。

「さっちゃんの制服着た姿、私も見たいな。あとで写真で送ってね?」

「……うん。なみえさんに撮ってもらったら送る……ね。」

 コクリと頷いて和子の言うことに承諾する幸。言葉少ないが、唯一の友人の和子への精一杯の歓喜をともなった返しである。

 

 知り合い同士のやりとり見ている那美恵と三千花。三千花はふと気づいたことを口にした。

「ねぇなみえ。内田さんも神先さんもお互いやなみえのこと名前で呼んでるけど、あれなに?」

「うん。これから艦娘部としてやっていくからさ、もっと仲良くしたいって願いも込めて先輩後輩じゃなくて、名前で呼び合うようにしたの。」

「そっか。なみえらしいといえばなみえらしいなぁ。」

「エヘヘ~」

 那美恵ははにかんでしばらく流留たちを見た後、三千花に向かって言った。

「身近な知り合いが学生とは違う存在になるってさ、やっぱ不思議に感じるものなのかな?」

「ん?どうしたの?」

 

「流留ちゃんは三戸くんがきっかけに、さっちゃんはわこちゃんがきっかけに艦娘の世界と出会ったでしょ?自分たちがきっかけで知り合いが知らない世界のヒロインになる。それはとんでもない世界の存在で、危ない目にあうかもしれない。普通に生きる人達からすれば現実味のない、ありえないものと感じるかもしれない。けど艦娘は間違いなく現実のもので、そんな特別なものじゃない、日常の延長線上にある、少し不思議な存在。現実と非現実が混ざるヒロインに、知り合いがなるんだよ? 不思議に思わざるを得ないでしょ、って思ってさ。」

 那美恵が感慨深く思いを打ち明けると三千花は相槌を打った。

「お、なみえ真面目モード?」

「んもう、みっちゃん!あたしだって真面目に語りたい時もあるんだよぉ~」

「アハハ、ゴメンゴメン。」

 

 ふぅ、と三千花は一息つく。視線は那美恵から流留たち4人に向けた。

「私だってさ、あんたが艦娘になったって前に聞いた時、内心飛び上がりそうなくらい驚いたんだよ。それになんで友人の私になんの相談もなくやりはじめたんだって。話には聞いてた艦娘になみえがなるって、確かに現実味なかったけど、あのとき私達を見学に連れてってくれたでしょ。」

「うん。」

「それで私達は艦娘が本当に今あるものなんだって、理解することができたよ。それと同時に、誇らしいって思ったわ。」

「誇らしい?あたしを?」

「えぇ。そりゃあ不思議にも思ったけど、私はそれよりもなみえを誇らしく思ったよ。あんたの言葉を借りるなら、現実と非現実が混ざるヒロインに、なみえがなる。校長を説得したときのやりとりじゃないけどさ、数年後、数十年後、私の知り合いは世界を救ったヒロインなんだって言えたら、すごくない?私は誇りに思うよ。私はなみえの功績を語り継ぎたい。これまであんたを手伝ってきて、私はそう本当に思えるようになったわ。」

「みっちゃん……へへっ、なんか嬉しいやらむず痒いやら。今まで色々ありがとね。そしてこれからもよろしくね?」

「うん。なみえたちは思う存分艦娘の仕事やってね。校内のことや学校と鎮守府の間のことは任せてくださいな、生徒会長。」

 三千花が笑顔とややさみしげな表情がない混ぜになった表情でわざとらしく会釈をして那美恵を鼓舞した。それに対し那美恵はともすれば不謹慎ど真ん中の冗談を交えて明るく返す。

「はーい。副会長にお任せしちゃいます。まぁ~あれですよ。あたしがうっかり戦死しちゃったら骨拾ってくれよな~」

「バカ!縁起でもないこと言わないの!」

「エヘヘ~」

 

 最後は茶化し茶化されながらお互いの今後を鼓舞しあう那美恵と三千花。適度におしゃべりが一区切りついた後、那美恵は最後に提案した。

「ねぇみっちゃん。」

「ん?なに?」

「流留ちゃんとさっちゃんの着任式、見に来ない?」

「え?私達艦娘じゃないし、もう鎮守府に勝手に入ったらまずいんじゃないの?」

「へーきへーき。あの提督だもん。そんなきっちりした制限決めてないって。あとであたし提督に話つけておくからさ。ね? 四ツ原先生も来る予定だし、みんな揃っていこーよ?」

 

 那美恵からの提案は、以降艦娘の世界とは関わりがなくなる三千花らにとっては最後の繋がりとも思える場とイベントであった。三千花は躊躇したが、親友そして自分たちの努力と人々との繋がりによって得られた二人、内田流留と神先幸の3人揃った○○高校艦娘部メンバーの門出を祝うにはふさわしい場だと思った。三千花は三戸と和子に声をかけて聞いた後、その提案に乗ることにした。

 

「ねぇ三戸君!毛内さん!」

「「はーい。」」

「今度の土曜日さ、私達も鎮守府に行って、内田さんと神先さんの着任式見に行かない?」

 三千花の誘いを聞いて三戸と和子は驚きの表情を浮かべ、一瞬顔を見合わせて少し戸惑った。

「えー、でもいいんすかねぇ?俺たちもう艦娘のみんなとは関係ないっしょ?」

「私はさっちゃんが心配ですし見に行きたいのはやまやまですけど……。」

 おおよそ同じ心配を浮かべた二人に対し、三千花は説得の言葉を連ねた。

「那美恵が西脇提督に話をつけておいてくれるって言うし、私達が艦娘の皆さんに関われるのってもうこれが最後かもしれないでしょ?だったら三戸くんも毛内さんも、せっかくの友達の門出を祝ってあげないと、ね?」

「まぁ、そういうことでしたらいいですかねぇ。会長、ちゃんと言っといてくださいよ!」

「はーいはい。任せといて。」

 

「じゃあなみえ。土曜日だよね、一緒に行けるのかな?」

「そーだね。あたしと流留ちゃんとさっちゃん。そしてみっちゃんに三戸くんにわこちゃん、そして四ツ原先生。7人揃って行こうね!」

 

 そして那美恵たち3人はしばらく経ってから下校し、その足で鎮守府へと向かった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

川内型揃い踏み

 鎮守府に到着した那美恵たち3人はすぐさま本館の執務室へと向かった。那美恵はノックをして中から聞こえてくるはずの声を待ってからドアを開ける。聞こえたのは女の子の声。執務室にいる女の子なぞ、那美恵は一人しか知らない。つまりは五月雨だ。

 

「あ、那珂さんこんにちは。」

「五月雨ちゃんこんにちは~。あれ、提督は?」

「今日はもう会社に戻られましたよ。」

「え~!?川内と神通の制服届いたっていうから来たのにさぁ~。もう帰っちゃうなんてそっけないなぁ。」

「提督って会社員なんですか?西脇提督って提督じゃないんですか?」

 五月雨と那美恵はすべての事情をわかっているがために話をどんどん進めているが、まだよくわかっていない流留と幸は提督が会社うんぬんと言われて?な顔をする。

 

「あー、二人にはまだそこまで話してなかったっけ。艦娘制度の提督、つまり管理者ってね、公務員や自衛隊だけじゃなくて、民間人からも選出されるんだって。その大勢のうちの一人が、西脇さん。例えるなら、40年以上前まであった裁判員制度みたいにね。って言っても今はその制度ないから、私もおばあちゃんに昔聞いただけなんだけどね。とにかく、全国民の中から選ばれて運用されるらしいよ。」

 那美恵から説明を聞いた流留と幸はたとえがよくわからんと思いつつも、自分たちがこれから所属する鎮守府と呼ばれる艦娘の基地の総責任者、西脇提督のことをわずかに知り、捉え方を深めた。

 

「へぇ~本業のほうと行き来するなんて、提督も大変だなぁ~。」と流留。

「いないことも多いから私も秘書艦として頑張らないといけないんです。」

「うんうん。五月雨ちゃんはもっと大変だもんね。偉いぞ偉いぞ~。」

 流留は提督に感心し、那美恵は五月雨の頭を優しく撫でて褒める。撫でられた五月雨ははにかんで照れ顔になった。

 大体事情がわかってきた流留はまとめるとともに感想を述べる。

「つまりはこの鎮守府って、マジで西脇提督と五月雨さんの二人で回ってるってことなんだね~。人は見かけによらないねぇ。すごいわ二人とも。」

「エヘヘッ。それほどでもありませんよ~。わたしなんかまだまだですから、みんなの協力がないと。だからお二人の着任、待ち遠しいんですよ私も!」

 照れながらも謙遜と相手を持ち上げる五月雨。素直な期待感が伺えて那美恵はウンウンと頷いて達観してみせたのだった。

 

 

--

 

「そうだ、五月雨ちゃん。川内と神通の制服届いてるって聞いたけど。どこにある?」

「あ、はい。ちゃんと仕舞ってますよ。」

 五月雨は秘書艦席の背後にある棚から紙袋を取り出し、机の上に置いて中身を出した。

「これが川内で、これが神通。はい、内田さん、神先さんどうぞ。」

 五月雨は流留と幸にビニール袋で圧縮して包まれているそれぞれの制服を手渡す。それを受け取った二人は思い思いの感情をもって制服を眺めている。クリーニングしたてのような、新品のような独特の匂いが二人の鼻腔をくすぐる。流留は数秒眺めたあとにすぐにビニールを破り、制服を取り出してバサッと広げて全体を見た。

「うわぁ~これがあたし専用の川内の制服かぁ~!カッコイイなーー!すごいすごい!」

 

 一方の幸は流留が制服を取り出したのを見てから自身もビニールを破いて制服を取り出した。直接感想こそ言わないが、一瞬漏れた笑みから嬉しさが垣間見えた。その様子を那美恵と五月雨も笑顔で見ている。

 

「ねぇねぇ五月雨さん!これ今着てもいい?」

「はい、どうぞ。2階に更衣室あるのでそこで着替えてきて下さいね。」

 五月雨がそう促すと、那美恵が引き継ぎ流留と幸を更衣室へと案内した。

「更衣室案内したげる。こっちだよ。」

 

 更衣室は2階の端、東寄りの階段の隣の部屋だ。執務室や待機室のある3階から東寄りの階段へと向かって降りて更衣室にたどり着いた。那美恵が更衣室の扉を開けて流留たちに入るよう促すと、流留と幸は更衣室のチャーミングな壁紙にまっさきに反応した。

「なんか……更衣室えらくカラフルですね。」

「そーでしょ?これね、五月雨ちゃんがデザインしたんだって。」

「へぇ~。あの子こんな壁紙作りも出来るんですね~。」

「もちろんやったのは業者さんだよ?」

 那美恵からツッコミが入って流留は焦りつつもごまかそうと手をパタパタと仰いで言い訳をする。

「ンフ! も、もちろんそんなのわかってますよ~。こういう、デザインを考えるのすごいなぁ~~。」

 焦り具合から多分本当に勘違いしていたのだなと気づいたが、那美恵は突っ込まないで着替えを促した。

 

「さ、二人とも着替えちゃって。」

 そう言いながら那美恵が更衣室のロッカーを見渡すと、自分のロッカーの隣にあるロッカーに、流留と幸の名札が入っていることに気づいた。どうやら更衣室の準備もできているようだとわかってホッとする。

「はーい。じゃ早速。」

 そう言って流留は自身のロッカーに寄り、着替え始めた。幸も同様に自分のロッカーに近寄る。しばらくロッカーを眺めた後、扉を開けて制服をひとまず掛け、自身の学校の制服に手をかけた。

 二人が着替える間、那美恵は鏡の置いてあるテーブル傍のイスに腰掛けて二人の様子を眺めることにした。

 

 流留が学校の制服のシャツを脱ぎ、ブラを露わにする。

 でけぇ。でかいぞこの娘。もしかしなくても普通にあたしよりでけー!と那美恵は顔は涼しげに、内心発狂するくらいに驚く。着痩せするタイプかい!とも思った。見たところフルカップブラ。明らかにかなりでけぇ証拠。

 冷静に分析する那美恵の眉間には皺が寄っていた。

 一方の幸もシャツを脱いで上半身を露わにする。ブラジャーならば必然的に飛び込んでくる肌の割合は少なく、代わりに薄いピンク地が目に飛び込んでくる。那美恵は幸の胸元からスカートの中へと仕舞われているソレを舐め回すように見た。ふぅ……と一安心。流留のブラに対し、幸は肌着、ニットインナーだ。その膨らみはわずかに見える程度。

 那美恵は1/2カップブラ。世間的にも主流で、最近買った黄色地のデザインの可愛いヤツ。ふふ、サイズでは流留ちゃん“には”負けてるけど、センス的やその他総合的には後輩たちに勝ってるぜぃ!と謎の思考を張り巡らせる。

 正直暑さで頭が参っている感も否めない。

 

【挿絵表示】

 

 

--

 

「流留ちゃん胸おっきいね~。あたし負けたわ。」

 那美恵は思わず口に出してしまった。それを聞いて流留はとたんに真っ赤になり、胸元を腕とこれから着ようとしていた制服で隠す。

 

「ちょ!ちょっと何見てるんですかなみえさん!! あたしの見たって仕方ないでしょ~!」

「いやいや流留ちゃん。あなたそんなにスタイル良くて、めちゃ可愛いならさ、ちゃんと流行のファッション覚えて服とか着こなせば、同性からも絶対モテるようになるよ。」

「うーーあんま女子女子らしいことは苦手なんですよぉ。スタイルだってあんま気にしたことなかったし……。」

 言葉を濁し始める流留に対して那美恵は視線をジッと向けて言った。

「流留ちゃん私服のセンスも結構いいよね? 流留ちゃんの私服姿一度見たけどさ、実は女子力密かに磨いてたり~~このっこのっ!」

 那美恵からフォローという名の茶化しを受けて、釈然とした態度を崩そうとしない流留。困惑の表情を浮かべたままの流留は思いを吐露し始めた。

「いやいや。そんなことないから。スタイルはまぁ……ふつーに運動とかしてるだけだし、甘いもの好きじゃないから間食しないとか一応食生活は気をつけてるだけ。ファッションだって雑誌に載ってるのでピンと来たもの選んでるだけだし。それに可愛いファッションしても男子にモテるだけでしょ?」

「いや~それは偏見というか間違ってるというか。ステキなファッションして、それに憧れるのは男の子だけじゃないよ。私もああなりたい!って、一種のアイドル的に憧れるのが女の子だよ。」

「アイドルですか?」

「そーそー。憧れね。だ~か~らぁ~。スタイル実はめちゃ良かった流留ちゃんに、あたしもたった今憧れちゃいました~!」

 わざとらしく自分の胸を寄せて強調する那美恵。その直後流留の胸を指差して言った。

「う~、なんか違和感しかないなぁ。やっぱ、女子らしくとか苦手。てか、女子男子って意識すると調子狂いそう。ゴニョゴニョ…… 」

「ん、おお!? なになに?」

 ぶっきらぼうに言い捨てる流留に、那美恵は身を乗り出すように近づいて問うた。

 

「あたしは趣味とかでバカ話できる人と適当にやれればそれでよくって。ぶっちゃけ男子だろーが女子だろーが誰でもよかったんです。ただ、あたしのコアな趣味についてこられたのは男子だったってだけで。性別意識の意識はないつもりでした。そこで性別を意識して振る舞っちゃうと、なんか違うんだよな~って気がして。」

「うーん。なるほどねぇ。それじゃああえて男子側の意見を解説してあげます。……あぁ、これは三戸くんから聞いた意見ね。」

 那美恵は心の中で(話しちゃうけど三戸くんゴメン! )と謝りつつ、述べ始めた。その突然の打ち明けの方向性に首を傾げる流留だが、聞く姿勢は保っている。

「流留ちゃんみたいに可愛い子が自分たちに話を合わせて接してくれるから、嬉しくてつるんでた面もあるんだって。でもね……」

「やっぱそうなんだ~~~。はぁ……。思い返すと今まで接してくれた男子って、あたしの思いとは関係なく結局あたしが女だからチヤホヤしてたんですかねぇ。……そう考えるとあたしの求めてた日常ってなんだったんだろうなぁ~。」

 那美恵が言葉を続けるのを遮るように流留はため息を吐いてすぐさま反応した。思わず飛び出る小愚痴。

 

 流留は小さいころ従兄弟たちと遊んでいた頃のことをふと思い出した。あの頃は男女の違いなぞ意識したことがなく、周りの人間と接することができていた。

 しかし今は違った。那美恵の言葉を受けて思い返すと、たしかに男子は自分に対してチヤホヤしていたのかもしれない。流留としてはチヤホヤされることに悦を感じていたこともあるが、決して自分のルックス面としてではなく、趣味で気が合うためでしかないと思っていた。自分が美貌に恵まれている、とはまったく思ったことがないわけではない。男子と接する上での態度、そして話はほとんどしなかったが女子からの羨望の念でなんとなく感じていた。しかしそれを得意げに武器にしたつもりはまったくなかった。

 心身ともに成長して中性的な美少女になった流留に日常接する男子は、思春期であるがゆえに否が応でも意識してしまっていたのが実情であった。女子も、流留のような美少女が男子をまるで手玉に取るかのようにはべらせて遊んでいる、そう勝手に思い込みそう信じて嫉妬の念を蓄積させていたことが現実だった。

 流留自身としては趣味での交流を広げた結果、内容が濃すぎたのか、流留の周りには男子しかいなくなっていただけなのだが、周りはそうは思っていなかった。流留はそんな周りからの念に気づいていなかった。

 

 結果として構築した、気のおけない男子たちとの付き合いは流留にとって生命線ともいえる日常の根本であった。それがギクシャクして、消滅してしまう事態だけは避けたい。 だから極力男子に合わせる。男子の気持ちを察する。そう思い込むことに徹し、無意識で男子とつるむようにしていた。自身さえ気をつけておけば、周りはきっと自分を見捨てないでいてくれる。いつまでも気軽に付き合えるかもしれない。

 そう心がけて頑張ってきたはずなのに、気づいたら同性から疎まれ、イジメを仕掛けられ、一番懸念していた事態になった。結局、自分が気をつけたところで、それは自分勝手なだけで、周りには伝わっていなかったのかもしれない。

 流留に告白してきた吉崎敬大、そしてよくつるんでいた男子生徒。今にして流留が思うところによると、普段とは違う視線を感じていたが、そういう思いは一切をシャットアウトしてきた。あくまで自分が大事。相手がどう思っているかなど、考えてこなかった結果が先の出来事。

 細かく考えないようにしていた。そんな思いから逃げても問題ないと考えていた。それが流留の振る舞い方だった。

 

 影を落とし始める流留に那美恵が遮られていた言葉を続ける。

「ちょっとまってまって。話を最後まで聞いてよ。確かに流留ちゃんがすごく可愛い女の子だから接してたってのあるかもしれない。けどね。三戸くんもそうだと思うけど、今まで男子が流留ちゃんと仲良くやれてたのは、可愛い女の子が自分たちに親しげに接してくれるってだけじゃないと思うの。」

「それって……?」

 

「流留ちゃんがただ可愛いだけじゃない。趣味やフィーリングが合うから、流留ちゃん自身に魅力が揃ってたからこそ、みんな接してくれてたんだと思う。それが人望とか、そういうたぐいのもの。それが大事なポイントなんだよきっと。普通に可愛いだけだったら、あたしやさっちゃん含め他の女子生徒と同じ接し方しかしなかったはずだよ。」

 

 流留は那美恵の言葉に頷くなどのリアクションを取ることをせず、ただひたすら耳を傾けている。

「ただね……あなたのお友達関係が男子だけってのはちょっと極端すぎて女子からは良い感情持たれてなかったのかもしれないのは事実だね。ちょっとつらいかもだけど、言うよ。流留ちゃんは、今まで偏りすぎてた。それはハッキリ言える。」

「う……。」若干俯く角度を深める流留。

「あなたの学校生活はあんなことになってしまったけど、これはある意味チャンスだと思うの。」

「チャンス?」

「うん。艦娘部に入るって決めたことも合わせてね。リセットされたって思えば、新しい環境で、新しい交友関係を築けるチャンスなんだよ。ただそのためには、流留ちゃんは一度ちゃんと自分の女子力を磨いておかないと。」

 一拍置いて那美恵は続ける。

「艦娘の世界って圧倒的に女性社会らしいし、今の流留ちゃんにとっては同性と付き合わなくちゃっていうまだ不安があり得る世界だと思うけど、 趣味が合う明石さんや男の人だけど西脇提督がいる。自分の得意分野で艦娘の世界でも交友関係を増やしていくのもアリだけど、もっと同性が憧れる女の子として、自分を磨いて生きたって、誰も何も文句は言わないし、気にしたりしないよ。流留ちゃんにはそれができる、そうあたしは信じてる。自分の魅力を増やして成長することで、今後の学校生活を持ち直せるかもしれない。当然艦娘としても強くなれるかもしれない。これからは男子だけじゃなくて同性、ううん。もっと色んな人にステキな貴方を見せてもいいと思うの。」

 流留は那美恵の言葉を聞く傍から強く噛み締めていた。

“偏っている”

 同性の友達が今までできなかったことから、それは痛感した。けれど、趣味で繋がれるのはどうしても捨てられない。

 自分にとって交友とは何か。女子らしくってなんだ。キャピキャピすればいいのか。いや、さすがにそれは違うのはわかる。

 自分らしく生きた結果が今までの人生ならば、どうするのがこれからのためになる?

 

 難しい。何かしようにも、女子らしくするための知識も材料も足りなすぎる。

「わかりません。何をどうすればいいのか、今のあたしには。だから……」

「だから、教えてあげる。もちろんあたしだけじゃないよ?五月雨ちゃんたちもいるし、これから入ってくる人たちもいる。流留ちゃんは社交性高そうだから、とにかくいろんな人にガンガンアタックしていくのがまずは大事かなって思う。きっとみんな、親身になってくれるよ!」

「……はい。あーーー!変に小難しく考えるのはあたしの性に合わない! なみえさんの期待を裏切るようだけど、あたしはやっぱ趣味が合う人がいい! まずはそれで切り込んでみて、他の事はそれから考えます。とにかくアタックすることだけはわかりました。」

 片手で髪の毛をくしゃくしゃと乱し、思考をリセットすべく頭を振る。流留は那美恵に今まとめた思いを告げる。すると那美恵はニッコリと微笑んで言った。

「うん、まぁ。切り口はそれでいいと思う。とにかくこれからだから……ね?」

 うっすらと苦笑いを浮かべてはいたが、那美恵は流留の決意たる言葉に相槌を打つのだった。

 

 

--

 

「それじゃーつぎはさっちゃんかなぁ。」

 今まで蚊帳の外で話題に入れなかった(というよりも流留の話題だったため入る必要がなかった)幸は、那美恵から急に振られて焦った。すでに神通の制服のインナーウェアを着ていたが、下半身は学校の制服のスカートを脱いでまだ下着という状態である。

「え? え? ……私?」

「そーそー。さっちゃんのことまだなーんも知らないし。わこちゃんからそれとなく聞いてはいるけど、それも全てじゃないだろーからね。本人の口から、きちんと聞きたいでーす。」

「そうですねぇ。さっちゃんのこと色々知りたいな。例えば……どうして艦娘になろうって思ったの? あたしはイジメがきっかけで逃げてきた口だけど。」

 

 那美恵と流留から畳かけられるように急かされた幸は眉を下げて困惑の表情を浮かべる。二人は期待の眼差しで幸を見つめる。どうしようか迷っていると、那美恵が自身のことを言い始めた。

「まー、さっちゃんだけに言わせるのもなんだから、あたしがどうだったか教えてあげるね。あたしはね、学校のこと、生徒会のことばかりの毎日で飽き飽きしてたんだ。夢だったアイドルになることも毎日の忙しさでぜーんぜん近づけなかったし。どうにかしたいなーって思ってた時に、たまたま雑誌で鎮守府Aの艦娘の募集広告を見つけたの。そしたら、川内と那珂の両方に受かっちゃった。それで、なんか惹かれた那珂になって、今現在も邁進中です!」

 非常に軽い口調で自身の身のうちを明かす那美恵。そして最後の締めの言葉も軽い口調、テンションで発した。

 

「だから、高尚なこと考えて艦娘になったわけじゃないんだぁ。どお?普通でしょ?てへ!?」

 那美恵の告白を聞いた幸は最後の問いかけには愛想笑いをして返答を濁す。那美恵が艦娘になった経緯を噛みしめるように脳に刻み込む。それなら自分の目的はきっと恥ずかしいものじゃない、この人たちならきっと笑わない、粗相をしてしまった自分のことを一切茶化さずに片付けを手伝ってくれた那美恵たちを、信じて打ち明けても良いかなと幸はそう思い、口を開いた。

 

「わ、私は……今の自分を、変えたくて……」

 幸ははっきり言ったつもりだったが、自信の無さと不安げな感情が表れてしまい言葉の最後にいくにつれて声がくぐもってしまう。当然最後の方の言葉は那美恵も流留も聞き取ることはできない。

 ただ、二人とも急かすことはせず、期待に満ちた眼差しを向けるのみだ。ひとまず口をつぐんでしまったが、仮にも同じ艦娘という存在になるために集まった者同士。幸は勇気を出して再び口を開けて続けた。

「今までの自分が嫌で嫌で……変えたいと思ったんです。」

 やっとはっきり伝えられた幸の言葉は、少し離れた場所で座っている那美恵にも確かに聞こえた。幸の言葉を聞いて那美恵は具体的な事を聞き出そうと優しく聞き返した。

 

「自分を変えたくてかぁ。うんうん。なんかわかるよその気持ち。で、どうしてそれが艦娘だったの? 何かきっかけがあるのかな?」

「えぇと。……はい。私は……これといって趣味もないし、運動も得意なわけじゃなくて、得意といえば学校の勉強くらいで。普段の生活で自分を変えられるようなものが……今の生活で思いつかなかったんです。」

 那美恵と流留は相槌を打つ。流留は着替えを進めながらの相槌だ。

 

「近所で艦娘になったという人がたまたまいまして……その人は艦娘になってお給料がものすごく高くなって、いろんな地方場所に行けるようになって、前のその人とは雰囲気が見違えるようになったんです。うちの近所だけじゃなくて町内でも有名人になるくらいになったんです。」

「へぇ~。じゃあその人に憧れて?」

 那美恵が質問すると、幸は頭を振った。

「はい。その人はもともと明るくて近所でも優しくて気の利く女性だったので、憧れといえば憧れでしたけど……私は別に有名になりたいわけじゃないし、お金ももらいたいわけでもなくて。その艦娘というのが、自分を変えるのに良い方法なのかなということをなんとなく感じたんです。」

「自分を変えたいねぇ~。さっちゃんは口数少ないし何考えてっかわかんなかったけど、結構アグレッシブだなぁ。意外と熱血?」

 流留がそう感想を述べた。それを受けて幸は言い返す。

 

「そんな……私、そういうつもりじゃ……。」

「自分が嫌だったから変えようと艦娘部の展示見に来て、同調何度も試して合格勝ち取ってここにいる。さっちゃんは今の時点でも十分変われてると思うな。」

 那美恵がそう評価する。それは的確なものであったが、幸の表情は曇ったままだ。

「それじゃ……まだダメな気がするんです。近所の女性のことがすごく印象強かったので、自分もそのように変わりたいんです。私の今までの生活だと無理でも、まったく接点がなかった艦娘になるなら、今こうしている自分もまったく違うものになれるかもと思ったんです。そんな気がするから、今のままじゃまだまだ嫌なんです。」

 

 饒舌に語る幸の内に秘める思いを知った那美恵と流留。自分らと経緯とやり方は違えど、実は彼女は熱い人物なのだと認識するのにもはや時間がいらなかった。

 幸をフォローすべく那美恵が再び口を開いた。

「そっか。じゃあこれから、自分の思うままに艦娘の世界で動いてみるといいよ。基本的なことはあたしも教えるけど、五月雨ちゃんたちも提督も教えてくれるし、慣れてくればさっちゃんの望みはきっと叶うと思うなぁ。」

 那美恵がそう希望を含ませて言う。そしてさらに続ける。

 

「でもねさっちゃん。性格から何からなにまで変わる必要ないと思うな。なんていうのかな……自分らしさ? 自分じゃ悪くて嫌だと思っても、他の人からすればその人の良さかもしれないでしょ? まー、それを見極めるのはさっちゃん自身も、あたしたちだけでもダメだろうから、それはのんびり見出して必要なところだけ変えていけばいいと思うよ。」

 

 幸はコクリと頷いた。

 幸の話が一段落する頃には、流留はすでに着替え終わっていた。あとはベルトを締めてアウターウェアを整えるだけである。一方の幸はこれから橙色のアウターウェアを着るところである。幸が話している間に流留は着進めていた。

 

 

--

 

「なるほどね。二人のことやっとわかってきたよ。あたしたちこれから仲良くやれそうって確信得たよ。なんたって同じ学校の生徒で、なおかつ川内型っていう似たような艦に選ばれた繋がりだもん。これで仲良くできないわけがないよ。ね!ね!そう思わない?」

「はい! なみえさんの言葉、ありがたいです。信じてついていきますよ。」

「……私も、です。」

 流留と幸も、身を乗り出さんばかりの勢いで語る那美恵と同じ気持ちそして確信を得ていた。

 

 幸も着替え終わり、流留と幸は背格好や体型はやや違えど、二人ともほぼ同じ姿になった。それは、川内型の艦娘の制服のなせる効果である。ここで那美恵も着替えれば3人揃うが、那美恵本人はその日着替える気はさらさらなかった。

 着替え終わった二人の様をマジマジと見る那美恵。着慣れていない感も相まって流留と幸は恥ずかしがっている。

「ハハッ。いざ着替えると、まーだ恥ずかしい感じしますね。なんかコスプレみたい。」

「まだ……しっくりこないです。」

 流留は胸元を隠すように両腕で自身を抱きしめるような仕草をし、幸はもともと引っ込み思案で自信なさげな態度がさらに悪化したように身をかがめて姿勢を悪くしてしまう。

 そんな二人を見て那美恵はフォローするついでに提案をした。

「いやいや似合ってるよ二人とも。これで艤装すべてつければ完璧だけど今日は制服までね。さーて、その姿でいっちょ出歩いてみますか!」

 

「えっー出歩くの!?なみえさんに見せたからもういいんじゃないですか!?」

 流留が拒否を訴え出ると幸もコクコクと素早く頷く。しかしそんなわがままを許す那美恵ではない。那美恵がニンマリと嫌らしい笑顔になっていくのを流留と幸は見てしまった。

「あたしだけ見たって仕方ないじゃん。ホントは提督に見て欲しかったけどいないし、せめて五月雨ちゃんには見てもらお? ほらほら、試着なんだからフィット感を秘書艦さまにお伝えしないといけないでしょー?」

 那美恵は流留と幸の手を引っ張った。着替えも終わり、見せに行かなければならない。気恥ずかしかった流留と幸だが、やや諦めの表情を浮かべ引っ張られるがまま、那美恵に付き従って更衣室を後にした。

 

 

--

 

 再び執務室に来た3人は早速中にいた五月雨に、流留と幸の川内と神通としての姿を初お披露目した。入ってきた3人の姿、特に流留と幸の姿を一目見て沸き立つように五月雨は席から立ち、跳ねるように机を迂回してトテトテと駆け寄ってくる。

「うわぁ~!すごく似合ってます! 那珂さんもよかったですけど、お二人もいいですね~。」

 二人の艦娘の正装の様を喜び素直に褒める五月雨。

「寸法は大丈夫ですか?なんかあったら測りなおして制服直してもらうので遠慮せず言って下さいね。」

 

 流留と幸は服をところどころクイッと引っ張ったりだぶついたところ、きついところがないかどうかをひと通り確認する。

「うん。大丈夫かな。」

「私も……大丈夫です。」

「二人ともこれでバッチリ~」

 那美恵が二人の背中をポンと叩きながら一言念押しした。

 

「それじゃあ写真とろ?五月雨ちゃんも入ってさ。」

 那美恵はそう言って学校のブレザーのポケットに入っていた携帯電話を取り出して流留たちにプラプラとかざして見せる。二人ともそれぞれの友人に見せる約束をしていたので快く承諾した。

 流留だけ、幸だけ、流留と幸、那美恵・流留・幸、五月雨・流留・幸、4人は思い思いの組み合わせで写真を撮った。

 

「よーし。満足ぅ~。」

「なみえさん。あとであたしの携帯にも写真送っといてくださいよ?」

「あ……あの、私もお願いします。」

「あ、那珂さん。私にもください!」

「おっけぃおっけぃ。それじゃあ早速送っちゃうよぉ~。」

 そう言って那美恵は流留、幸、五月雨3人のメールアドレスにさきほど撮った写真を添付して早速送信した。流留と幸は携帯電話を更衣室に置きっぱなしのためすぐには確認できなかったが、五月雨は秘書艦席の上に置いてあったためすぐにピロロロと通知音が鳴り、写真を確認できた。

 

 写真を送った那美恵は流留たちを連れて更衣室へと戻ろうとしたが思い出したことがあるので扉の手前で立ち止まり方向転換して五月雨に問いかけた。

「あ、そうだ五月雨ちゃん。一つ聞いていい?」

「はい。なんですか?」

「あのね、二人の着任式にみっちゃんたち、つまりうちの高校の生徒会のメンバーも参加させたいんだけど、ダメかな? 記念に同席してもらいたいんだけど……。」

 那美恵から問い合わせを受けて五月雨は数秒考え込んだ後答えた。

「わかりました。提督にあとで確認しておきます。多分大丈夫だと思いますから、中村さんたちには先に連絡しておいてもらってかまいませんよ。」

「おぉ! さすが秘書艦さんだ~頼もしいぜぃ~。」

「エヘヘッ。那珂さんに頼られるってなんだか嬉しいですっ!」

 

 那美恵の言葉を額面通り素直に受け取り、素直に満面の笑みで喜ぶ五月雨。茶化し混じりの五月雨への言葉は、彼女の自尊心を満足させるものになった。

 聞くものも聞いたので那美恵たちは五月雨に別れの挨拶をし、流留と幸を連れて更衣室へと再び案内した。途中にある艦娘の待機室に寄ろうと奈美恵は思ったが、もし全員いようものなら今日中に二人の制服姿を見てしまうことになり、着任式の楽しみを減らしてしまう可能性があるためあえて寄らずにまっすぐ更衣室へと戻った。

 当初の恥ずかしさはどこへやらと、騒ぎたい気分になっていた流留が案の定寄ろうと言い出したが、那美恵は彼女の要望を却下した。

 

 

--

 

 更衣室に戻る途中、唯一会ってしまったのは夕立こと立川夕音だ。ちょうど女性用トイレから出てきたところを那美恵たちは見つかってしまった。

 

「あーー! 那珂さんのお友達が制服着てるー!」

 

 指さしながら夕立は大声で叫んで小走りで那美恵たちに近づいてきた。那美恵はそれを人差し指で内緒の仕草をしながらそれ以上叫ばせるのを静止する。

「夕立ちゃん!しーっ!しーっ!みんな来ちゃうでしょ!?」

「え~、別にいいじゃん!川内さんと神通さんになるんだっけ?カッコいいっぽい~!那珂さんもよかったけど二人とも決まってるよ!」

「アハハ。ありがとう、夕立ちゃん。」

「あの……ありがとうございます。」

 

 流留と幸は苦笑しながらも感謝を述べる。一方の那美恵はこれ以上知られてしまうとまずいとヤキモキしながら夕立に説明する。

「あのね夕立ちゃん。流留ちゃんとさっちゃんのこの姿さ、みんなには着任式の日に見てもらいたいの。今この場で見ちゃうとさ、みんなの楽しみが減っちゃうでしょ?」

「え~そうかな~?あたしはいいものは何回見ても楽しめるっぽい。気にしないよ?」

 夕立は思ったままのことをスパスパ口に出す。が、それは那美恵の思惑にはそぐわない。

「夕立ちゃんが良くても、他の人は違うかもしれないでしょ? あたしは皆を驚かせたいの。だから皆にはまだ内緒ね?」

「うー。まぁ那珂さんがそこまで言うならわかったっぽい。」

 

 口では理解したことを言っても、頭では納得いってない様子の夕立。那美恵は夕立が本当にわかったかどうか不安になったがとりあえずよしとしておいた。

「それじゃあ二人を連れて行っちゃうから、夕立ちゃん、また今度ね。」

「はーい。」

お互い手を振ってそれぞれの場所に歩を進めて別れた。

 

 

--

 

 更衣室に戻った3人は誰が早いか、大きく息を吐いて安堵の表情を浮かべあう。

「はぁ~なんかどっと疲れちゃった。」と那美恵。

「それはあたしらのセリフですよ。たった二人とはいえ、違う学校の子たちに艦娘の制服姿見られるなんてドッキドキでしたよ~。」

 幸もコクコクと連続して頷いて流留の意見に賛同した。

「でも見られることの練習にはなったでしょ?」

「あ~まぁそれはそうですけどね。」

 那美恵の指摘はズバリ当たっていたので歯切れの悪い言い返し方で反応する流留。

 

「あたしの計画ではまずは提督と五月雨ちゃんに見てもらって、他の子たちには着任式の時に初めてすべて見て知ってもらうっていう考えだったの。」

「はぁ。あたしはどっちでもよかったですけど。」

「私は……見られるのは一回で済ませたい……です。」

「結果的には提督じゃなくて夕立ちゃんに見られちゃったんだけど、あの子結構口軽いらしいから、ちょっとだけ心配なんだよねぇ。」

「いいんじゃないですか?どのみちもうすぐ見られるんですし。」

「あたしにはあたしの考えがあるんだけど……流留ちゃんたちがいいって言うならいいや。」

 

 那美恵が納得の意を見せたので、流留と幸は艦娘の制服を脱ぎ、ロッカーに閉まってある学校の制服を取り出して着替え始めた。

 夏本番の夕方。日は少し落ちたとはいえ暑さは辺りを支配している。更衣室内はさきほど那美恵たちが来た時にエアコンを付けておいたので涼しく快適だったが、廊下を歩いている間に那美恵たちは汗をかいてしまっていた。

 

「汗かいちゃったし、今日どこか寄って涼んでく?それともまっすぐ帰る?」

「なんか飲んで帰りたいですね~。さっちゃんはどう?」

「私も、賛成です。」

 二人の賛同を得られたので、那美恵は号令をかけた。

「よっし!じゃあ着替え終わったら途中のファミレスに寄っていこー!」

 流留と幸が着替え終わった後那美恵は執務室にいる五月雨に一言行って鎮守府を発ち、途中にある、普段鎮守府Aの面々がよく使うファミリーレストランで30分ほど飲みながら涼んで3人はそれぞれの家へと帰っていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

着任式当日

 着任式当日になった。その日は土曜日だ。土曜が休みの学校もあるのだが、那美恵たちの高校は土曜日も授業はあり半日で終わる。授業が終わると同時に同じクラスにいた那美恵と三千花は帰り支度を素早く済ませて生徒会室へと向かう。

 前日までに阿賀奈や1年生組全員に連絡を済ませていたので、生徒会室でしばらく待つことにした。

 

 

「いよいよだね、川内と神通の着任式。先輩としてはいかがですか?」

 三千花が珍しく茶化すようにマイク代わりのげんこつを那美恵の口元に持って行き尋ねる。

「ん~そうですね~。あたし主役じゃないけどドッキドキですよ。初同調したときのように恥ずかしいことになったらどうしよーとか思っちゃってますよ。だからみっちゃん、側にいてぇ~!」

 くねくねしながら今の気持ちを口にすると、最後に那美恵は三千花に抱きついた。

「あ゛~暑い! 真夏に抱きつくんじゃない!」

 ペチン!と那美恵のおでこはいい音を立てた。

 

 しばらくすると三戸が入ってきた。

「お疲れ様っす~。」

「三戸くん~1年生組だと君が一番乗り~!」

「うおっまじっすか! なんか本人たちよりワクワク楽しみにしてるみたいだなぁ~俺。」

 後頭部を頭をポリポリと掻きながら三戸は生徒会室に入り、那美恵たちの向かいの席に行ってバッグを置いて座った。

「いいんじゃない?外野が盛り上げたほうが内田さんたちも喜ぶわよきっと。」

「そーそー。あと三戸くんは提督を除いた唯一の男子なんだから、頑張って盛り上げてくれないと!」

「俺責任重大じゃないっすか!!」

 三戸と那美恵・三千花が冗談を言い合いながらしゃべっていると、続いてその数分後には和子・流留・幸が生徒会室に入ってきた。

 

「お疲れ様です。あ、三戸くん、先に来てたんですね。」と和子。

「おっつかれ~。おぉ、三戸くんもう来てるし。はや~。」流留は胸元をパタパタさせながら入ってくる。

「……お疲れ様です。」

 最後に入ってきた幸は至って涼しい顔をさせて一言言い、生徒会室の戸を閉めた。

「あとは……四ツ原先生が来れば皆揃って出られるね~。」

「少し待ってましょ。」と三千花。

 

 那美恵たちは生徒会室でそれぞれ適当に時間を潰した。

 

 

--

 

 開けた窓の側に立って風に当っていた三戸が流留や幸に話しかけた。流留たちは椅子に座っている。

 

「そういえばさ、内田さんと神先さんの艦娘姿、バッチリ見たよ。いや~眼福眼福。」

 やや下心ありな目線で流留たちを見る三戸に流留が反応した。

「どう?カッコ良かった?あたし決まってた?」

「うん。カッコ可愛いって言えばいいのかな。とにかくグッとキたよ。」

「う~可愛いって……あたしはカッコいいほうが~。」

 

 可愛いと言われ慣れていないのか、流留は三戸からの評価に鈍い反応しか見せない。その表情には照れなどは一切含まれていない残念そうな表情。三戸は彼女の反応を見て付け足す。

「あーいやいや。どっちかっていうとカッコいいと思うよ。あとは艤装フル装備した姿見てみたいなぁ~。絶対カッコいいよ!」

「それいいね! どうせならその姿見てもらいたいなぁ。」

 三戸の方を向いていた流留が正反対の位置にいる那美恵に視線を移して那美恵に言った。

「ねぇなみえさん。着任式終わったら艤装全部装備して海出られるのかな?」

「うーん。どうだろう。提督に言えば出させてもらえるんじゃないかなぁ。記念の日だし、それくらいは許してくれると思うよ~。」

 

 回答ともつかない那美恵からの想像を聞いた流留は三戸の方を再度向いた。

「三戸くん!もしOKもらえたら、フル装備川内になったあたしをちゃーんと撮ってよね?」

 ウィンクをして三戸にお願いをする流留。三戸はそれを受けて親指を立てて了解のサインを送った。

「うん。OK! 任せてくれよ。」

 

 

--

 

 三戸たちが話しているその端で、和子と幸は静かに話していた。二人の話題もやはり先日撮った幸の神通の制服姿やこの後の着任式である。

 

「さっちゃんどう?今ドキドキしてる?」

「……うん。それなりに。」

「そっか。そうそう、さっちゃんの神通の制服姿、なかなか可愛かったよ。」

 幸は無言でコクコクと頷いた後ぼそっと呟いた。呟いたその表情には密やかな笑みがあった。

「……ありがとう。」

 

「さっちゃんさ、どうせ普段と違う格好になるなら髪型変えれば? 前髪煩わしくない?」

 和子からの指摘を受けて、長い前髪で隠れて見えづらい表情を悩み顔に変化させて数秒悩む。前髪で隠れてなくとも和子以外の人にはその表情から感情は見えづらい。

 

「でも私……流行りのヘアスタイルわかんないし、多分似合うのなんてないよ……。」

「そんなことないと思うけどなぁ。ちょっとゴメンね?」

 

 和子は一言断って、幸の顔に両手を近づけ、彼女の顔の左右にかかっていた前髪をそうっと優しくかき分けて顔のすべてを外に出す。幸の素顔が露わになった。

「前髪をこうやってはねるようにパーマ当てるだけでも違うと思うな。私もあまりヘアスタイル詳しいわけじゃないからこれくらいしか言えないけど……。あとは会長や内田さん、鎮守府にいる他の艦娘の人たちに意見求めれば似合う髪型探してくれると思うよ。」

「……うん。」

「思い切ってイメチェンしちゃえば一気に変われるよ。頑張ってね。」

「……ありがと、和子ちゃん。」

 

 ほのかに周囲を花が舞い散ってそうな雰囲気でおしゃべりをする幸と和子。その二人を少し離れた場所で見ていた那美恵は三千花に小声で話した。

 

「さっちゃんってば前髪上げると印象すっげー変わるね!?」

「そうなの?」

「さっきわこちゃんが彼女の前髪クイッと手櫛で分けてたのちらっと見たの。そしたらすげー可愛いの!」

「へぇ。……ってあんた三戸くん並に興奮してるわね。」

 やや興奮気味になっている那美恵に突っ込んだ。

 

「あんたは漫画かドラマのヒロインかよ!って話っすよ、みちかさんや。根暗な少女が突如イケイケの美少女にって。」

「あんた……テレビの見過ぎ。そしてさりげなく悪口言ってるわよ。まあでも神先さん自信なさげなのは仕方ないとしても、前髪くらいきちんと分けたらいいのにね。」

「そーそー。さっきちらっと見たさっちゃん、かなりイケてそうなのにもったいないよ。なんとか口説いて食べちゃいたいくらい。」

 そのセリフを那美恵が言うと、また那美恵のおでこがペシリといい音を立てて叩かれた。

「だから、そういうおっさん臭い茶化しはやめなさいっての。」

「うぎぃ。でもホントに可愛かったんだよぉ。でもね、お胸の大きさはあたしが勝ってるんだよ?」

 

 その一言に三千花がやや引き気味で那美恵に向かって呟きそして詰め寄った。

「あんた……彼女に何したの? てか何見てるのよ!?」

「誤解だぁ~。ただ鎮守府で着替えてる時に見てただけなんだよぉ~。」

 弁解をする那美恵を三千花はおでこを指で押しながら問い詰める。

「なみえのことだから見ただけじゃ終わらないでしょ。何したの?」

 両手を目の前でブンブン振って否定する那美恵に対して疑いの視線を返す三千花。那美恵が次に言うセリフにまたも引くことになる。

「さっちゃんに対しては何もしてないよ。流留ちゃんは胸大きかったので思わずおっぱいにズームインしてしまいました、はい。」

カメラで覗きこむような感じで那美恵は流留の代わりに三千花の胸を凝視した。

「……あんたは……。」

 

 三千花が呆れ顔で力なくツッコむと、向かいの席にいた流留が少し頬を赤らめて那美恵たちの方を見ていた。那美恵の声が大きかったので普通に聞こえていたのだ。さらに窓際にいた三戸もなぜか顔を赤らめていた。彼は気まずそうに那美恵と流留に視線を行ったり来たりさせている。

「なみえさーん?いくらあたしとはいえ男子のいる前で自分の胸の話されると恥ずかしすぎて嫌なんですけどぉ~!?」

「ア、アハハ……そーだよねぇ~。」

「まったくもう!なみえはへんなとこ無神経だよね! そういうところこれから気をつけなさいよ?」

「はーい……気をつけます。」

 

 流留の代わりに那美恵を叱責した三千花は軽いチョップを当ててその場を締めた。

 なお三戸は那美恵の発言を反芻しようとして流留にキッと睨まれて咎められた。女子同士のそういう開けっぴろげな話に慣れてはいない流留。男子とそういうネタ話をするほど心許してベッタリしていたわけでもなく、三戸にそういう目で見られたら今後どうしていいかわからないのだった。

 

 

--

 

 20分少々那美恵たちが生徒会室でしゃべっていると、那美恵の携帯にメールが来た。阿賀奈からだ。

「お、四ツ原先生からだ~。なになに?出られる準備できたけどどこかで集まるの?だってさ。ここに来てもらっていいよね?」

「いいけど、職員室は1階でしょ?だったら私達がここ出て下駄箱に行けばいいんじゃない?同じフロアなんだし。」

「そーだね。じゃあこっちから行くって伝えとく。」

 那美恵が一旦提案するが、それを三千花が現在の状況を踏まえて対案を出す。那美恵はそれに従うことにした。那美恵がメールを送信し終えたことを三千花らに伝えると、それぞれ出る準備をし始めた。

 

「よっし。じゃあいこっか。」

 

 那美恵の一言で6人は生徒会室から廊下に移動し那美恵が鍵をかけたのを見たのち、1Fにある下駄箱へと向かった。下駄箱に着くと、職員用の下駄箱の側に阿賀奈が立っていた。那美恵たちをその場で待っていたのだ。

 

「あ、来た来た。光主さん!みんな!」

「先生、お待たせしました~。」

「この7人で行くのね?」

「はい。」

「じゃあ光主さん、鎮守府まで案内してね!」

 

 那美恵と阿賀奈のやりとりを確認すると、途中で他のメンツは先に下駄箱まで移動して靴を履いて校庭へと出始めた。ほんの少し遅れて那美恵と阿賀奈も校庭へと出て残りの5人の集まっている場所へと姿を表す。

 

 

 高校から駅までそれぞれ思い思いの会話をしながらの道中。三千花は那美恵に着任式のスケジュールを確認した。

「ねぇ、着任式って今日の何時から?」

「えーっとね。えーっとぉ……」

「14時からだよ!」

 那美恵が答える前に答えたのは阿賀奈だ。

「先生ちゃーんと覚えてるんだから、ね?」

「さすがですねー先生。あたし時間のことはすっかりど忘れしてましたよ~。」

「先生に感謝しなさいよね、なみえ。」

 

 阿賀奈が先生らしいところを見せようと発言し、那美恵が本気が嘘か判別しづらいボケをかまし、最後に三千花が親友にツッコミを入れる。

 そんな光景が展開されているその後ろでは、1年生組の4人がしゃべっている。三戸と流留は最近のゲームの話題を明るく弾むような口調でやりとりし、和子と幸は身の回りの雑多な話題をひそやかな声と口調で穏やかにしゃべりあっていた。

 

 

--

 

 のんびり歩いて駅についたのは13時。電車に乗っている時間ととなり町の駅から鎮守府Aまでの徒歩の時間を合わせると30分程度かかる。そのためお昼を食べるにはもう早くはないが、遅すぎるという時間でもない。絶妙な時間だ。

 

「みんな、お昼どうしよっか?」那美恵が全員に聞いた。

「あー。なんだかんだでもうこんな時間ですよね。どっかで食べていきます?」

 流留が真っ先に提案した。

「とりあえず提督にお昼適当にするって連絡しておくね。」

 そう那美恵は言って提督に向けてメールを送った。

 

 一行はちょうど来る頃だった電車に乗り込み、のんびりと揺られていく。途中で那美恵の携帯に通知が届いた。那美恵はバッグの外ポケットから携帯電話を取り出してスクリーンを見ると、提督からのメールだった。

「あ、うーんとね。みんないいかな?」

「どうしたの?」

 隣にいた三千花が那美恵の声に振り向いた。

「あのね。着任式が終わったら、鎮守府に所属する艦娘全員揃って懇親会するらしいから、お腹すかせて来いだって。提督からのメール。」

「西脇さん太っ腹ね。じゃあお昼は食べないでも大丈夫なのかな?」と三千花。

「へぇ~艦娘みんな揃うんですね。楽しみだなぁ~。」

 流留は素直な期待を述べる。それに賛同するかのように幸もコクリと頷く。

 

「全員! ということは夕立ちゃんこと立川さんも来るってことっすよね? うおぉ!!」

「まーた三戸くんは……。そんなに夕立ちゃんのこと好きなんですか?」

 艦娘全員と聞いて自身の勝手な欲望をたぎらせる三戸、そんな彼に和子が突っ込んだ。和子のジト目付きのツッコミを受けて三戸は慌てて弁解する。

「いや~好きっていうか、パッと見た目清純でお嬢様っぽいのに、口ぶり幼くてアホの子っぽくてなんか妹みたいというか、ペットとして欲しいっていうか……」

 

 弁解になっていない三戸の発言は和子だけでなく、和子の隣にいる幸、そして三千花をドン引きさせた。3人共ジト目で三戸を睨みつけている。那美恵と流留はその発言にプッと吹き出しケラケラ笑っている。彼の考えていることなどお見通しといった様子だ。

「三戸くん……あなた先生いる前でよくそこまで言えますね……。」

「え?あぁ!あがっty、四ツ原先生いたんだっけ!」

 和子の指摘にハッと気づく三戸。教師がいることを本気で忘れていた。当の阿賀奈本人は生徒たちの集団から少し離れたところをポケーっと立っていたため、よくわかっていない様子で三戸に言った。

 

「へっ、三戸くんはその子が好きなのね!わんこっぽくて?わかったわ先生応援したげる!仲取り持ってあげるわ!」

「ああああぁ~先生!冗談っすから真に受けないでくださいよ~!」

 三戸は阿賀奈の不穏なやる気の方向性に最大限の危機を覚えたのですぐさま阿賀奈に詰め寄る仕草をしてその場で弁解し直した。が、三戸の言葉を受けてもなお無駄に食い下がろうとする阿賀奈はその後も2~3問答やりとりしてようやくおせっかいを諦めた。

 

 

「三戸くんは好きな娘がたくさんいて面白いね~。」

 最後に那美恵が一言で茶化した。

 

 

 

--

 

 わずか数分間の電車内でのやりとりが終わる頃にはとなり町の駅にまもなく到着する頃だった。那美恵は6人を案内すべく先頭に立って歩く。時間があればのんびり歩いていくことも問題ない距離だが、この日は途中バスを使い、最寄りの停留所で降りて鎮守府までの道のりを徒歩で進んだ。

 

 13時をすぎて日中まっただ中。湿度は少なく、カラッとした暑さと照りつける太陽の光が一行の体力を奪う。ほぼ無言で歩みを進めていた一行だが、それなりに会話をする。

 

「そういえばまだ鎮守府に来たことないのって、先生だけなんだっけ?」

 那美恵の何気ない疑問を受けて阿賀奈が答える。

「そうね。私一度も来たことないわ~。今回が初めてよ!」

「そうですか~。じゃあぜひのんびり見学していって下さい!」

「そうさせてもらうわ~。けど夏じゃなければゆっくり見るんだけどね~。こうも暑いと建物の中入ってゆっくりしたいわ~。」

「アハハ。じゃあ室内だけでも。」

 

 ふと、三千花が阿賀奈に尋ねた。

「そういえば、先生って職業艦娘の試験受けに行ってどうなったんですか?合格して艦娘にならないとまずいのでは?」

 三千花の質問に待ってましたとばかりに、阿賀奈は目を輝かせて素早く反応した。

「んふふ~。よくぞ聞いてくれました!先生ね~いつ言おうかな~って思ってたけどタイミング掴めなくてね~。」

「え?え?え? 先生何に合格したんですかぁ!?」

 先頭を歩いていた那美恵が振り返って阿賀奈に詰め寄って尋ねる。

 

「聞いて驚かないでよ~。先生ねぇ……なんと! 軽巡洋艦阿賀野に合格しましたー!」

「「「「「「おぉーー……お!?」」」」」」

 

【挿絵表示】

 

 

 6人ともとりあえず驚いてはみたが、全員?な表情で顔を見合わせる。誰が口火を切ろうか迷っていたところ、6人の心境をズバリ那美恵が口にする。

「先生、その……軽巡洋艦阿賀野ってなんですか?」

「え? え……と。えーと。えーとね? んーーーーー。先生もよくわからないの。」

 

「わからないんかぃ!」

 先生なのにもかかわらず那美恵は阿賀奈の肩を軽く叩いて鋭いツッコミを入れた。

「一般の人でも知ってそうな艦の艦娘って募集されてなかったんですか?」

 三千花もツッコミを入れる。

「え~だってだって~。他の艦娘の募集もあるにはあったの。戦艦っていう艦娘の艤装の試験。でも戦艦ってなんだか怖そうだったしぃ、軽巡洋艦ならなんかふわふわ軽くてなったら楽しそうじゃない?」

 

「えー……?」

阿賀奈以外全員、呆れたという面持ちで微妙な反応しかできないでいる。当の阿賀奈は生徒の反応なぞ気にせずウィンクをして続けた。

「それに名前もなんだか私の阿賀奈とすっごーく似てるし。それでね、軽巡洋艦阿賀野の試験受けることに決めたの。」

 試験を受けて合格してくれたことは嬉しく思う那美恵たちだが、正直反応に困る艦だった。

 

 

--

 

 那美恵達の時代ともなると、第二次大戦などのことは一部を除いてほとんど全く一般人からは忘れ去られている。戦後も110年経つと、国民の意識もその手を狂信する輩も表面上はほとんど一掃されていた。那美恵たちの時代から遡ること40~50年前のことである。

 それは一部の国が崩壊したり国同士の完全な手打ちが決まったことで、敗戦した国、勝利した国という意識付けから、過去そういう歴史があっただけの普通の国という意識に変わった影響でもあった。領土問題等はあいかわらず残る地域もあったが、それらの一部はその後深海凄艦が現れて甚大な被害を受け、支援した国がかつて自分らが侵略した国だったということで、新たな関係が築かれることになる。

 当時の軍事に関することは、150年以上昔のものとなると機密でもなんでもなく、ただ歴史上ある時点に存在した武器・乗り物にまつわる情報でしかなくなった。かつては軍艦をネタにしたテレビ番組や漫画・ゲームもあったが、時代が中途半場に古くなり、各メディアでもほとんど全く取り上げられなくなった。

 

 艦娘制度という独自の体制下で軍艦の情報が取り上げられたのは、那美恵たちの時代からさかのぼること20年近く前のことで、世間的には久しぶりとなっていた。化け物に対抗するために特殊な機械を装備して戦う人たち。海で戦うことになる彼ら・彼女らの装備する武装とコードネームとして旧海軍の軍艦・海上自衛隊の護衛艦と同じ流れで名前をつけたのは、艤装の元になった技術Aを研究し、世界に先駆けて人間サイズの艤装を開発して世に送り出した日本の技術者集団だった。彼らのなかに軍事オタクあるいは海自の関係者・研究者がいたのだ。

 そんなごく一部の人たちや、一般人の軍事オタクやゲーム等で知る機会がなければ知らぬ旧海軍の軍艦名を使った艦娘の存在は、この時代の人間にとっては完全に未知の存在であり新鮮そのものだった。

 

 

--

 

「ち、ちなみにその戦艦ってなんっていう名前だったんすか?」

「あ!あたしもそれ気になります!」

 三戸が興味ありげに阿賀奈に聞き、流留もそれに乗る。それを受けて阿賀奈は右頬に指を当てて眉をひそめながら必死に思い出し、その名前を口にした。

「確かね、戦艦大和っていうのと、戦艦扶桑っていうの。」

 

 

「「ええーーーーー!!?戦艦大和!?」」

 さらりと言い流した阿賀奈の発言を聞き逃さずに取り上げたのは、三戸と流留だ。

 

「三戸くん。大和って……だよね?」

「うん。あれ。」

 

 小声でひそひそ話しあった流留と三戸は再び阿賀奈の方を向いて彼女にツッコミをしたのち説明し始めた。

「先生。すっげーもったいないっすよ!艦娘の大和が軍艦のほうと同じかどうかわからないっすけど、元にしてるんなら絶対最強の艦娘でしょ!?」

「そうそう。あたしも三戸くんも艦隊のゲームやったことあって知ってるから言えるけど、大和になってたら間違いなく先生英雄ですよ。ヒーローですよヒーロー!」

「え?そーなの? ……そんなこと言われると先生なんだかもったいないことしたみたいじゃないのぉ……。」

 

 盛り上がる三戸と流留をよそに那美恵たちはその状況にいまいち乗り切れていない。

「日本史の授業で大和って聞いたことはあるけど、そんなにすごいんだ。へぇ……。」

「なみえすっごく興味なさそうだよね。」

 白けた顔で那美恵は三戸と流留をぼーっと眺めている。そんな親友の隣で同じくいまいち興味なさげな表情で冷静にツッコむ三千花がいる。

「うん。ぶっちゃけ興味なし。」

「ホントにぶっちゃけたわね。まぁ私もあまり興味ないから同じだけど。」

 

 和子も幸も同様の様子だったようで、無表情になっていた。

 

 興味ない那美恵だが、艦娘の事情を踏まえてなんとなく思ったことを口にする。

「でもさ、戦艦大和がすごい船だったなら、職業艦娘で戦艦大和もすごそうだよねぇ。」

「そういうものなの?」

 三千花が尋ねた。

 

「いやわかんないけど。性能がすごいならそんな艤装は燃費もすごそうって話。それに担当する人もめっちゃ高給取りになりそうじゃない? もし先生がそんな艦娘になってたら、維持も大変そうだし、うちの鎮守府の予算使い果たして破産するかも~。提督ショック死しちゃったりぃ?」

「あぁそういうことね。確か職業艦娘って給料出るんだっけ。」

「そうそう。先生は儲かるけど、我らが西脇提督の胃はきゅ~っとなっちゃうかもね。」

 艦娘の展示を経てある程度事情をわかっている三千花が那美恵に確認混じりの相槌を打つ。那美恵は親友の反応に対して、普段誰かをからかうときにするようないやらしい笑顔で頷いた。

 

 一行が鎮守府Aに辿り着いたのは、13時を20分回って少し経つ頃だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

着任式直前

 

 鎮守府Aの本館に着いた那美恵たちはひとまず暑さを逃れるため早々にロビーに入った。那美恵は提督を呼ぶために執務室へと向かった。この日の主役である流留と幸はどうすればいいのか手持ち無沙汰でボーっとするか、友人たちと雑談するしかなかった。

 那美恵が行こうとすると、阿賀奈が呼び止めた。

「ちょっと待って光主さん。挨拶しなくちゃいけないから先生も一緒に行くわぁ。」

「はい、お願いします先生。」

 

 5人を待たせて那美恵は阿賀奈を連れて執務室へと向かった。3Fに上がり執務室の扉をコンコンとノックをすると、男性の声でどうぞを聞こえてきた。那美恵と阿賀奈は丁寧に「失礼します」と断って扉を開けて執務室に入った。

 するとそこには提督、五月雨、妙高の3人が揃っていた。

「お、光主さんいらっしゃい。」

「提督、みんな連れてきたよ。連れてきてよかったんだよね?」

「あぁもちろんだよ。」

「提督さん!ご無沙汰しております。○○高校の教師の四ツ原阿賀奈です。この度はうちの生徒がお世話になります!」

「四ツ原先生、ご無沙汰しております。その後はいかがですか?職業艦娘のほうは?」

 阿賀奈は待ってましたと言わんばかりに、先ほど那美恵たちに見せたそのままの反応で提督に向かって示した。

「うふふ~。やっぱり提督さん気になります?なりますよね~?」

「へっ? えぇまあ。そりゃあ学校提携で必須のことですし。」

 

 一瞬たじろぐ提督。その様子を見て阿賀奈は満を持してとばかりに大きめの声で提督に伝えた。

「実はですね、この度軽巡洋艦阿賀野に合格しましたー! いかがですか、提督さん!?」

「おぉ!?軽巡洋艦ですか! いいですね、軽巡洋艦の艦娘。一人でも多く欲しいところなんですよ。」

「ホントですかぁ!?」

「はい。うちに阿賀野の艤装が配備されたら、先生に真っ先に連絡致します。楽しみにしていてください。」

「はい!! 楽しみに待っています!」

 

 最初から最後までハイテンションで提督に向かっていった阿賀奈。本人としては提督が驚き、期待を込めてくれたので満足も満足。大満足なのであった。

「本当なら四ツ原先生も艦娘として着任できれば完璧だったんだけど、阿賀野はうちにはまだ配備されないので今回は生徒さんだけということで。」

「それは全然かまいません!まずはうちの生徒をよろしくお願いいたします!」

「こちらこそ、これからお力を借りるのでよろしくお願いいたします。」

 

 提督と阿賀奈は社交辞令的な言葉を交わし合う。秘書艦の五月雨と妙高は提督の後ろでその様子をにこやかな表情で眺めていた。

 

 

--

 

「それでは内田さんと神先さんには着替えてもらって、艦娘の待機室に行ってもらって下さい。今日はうちの鎮守府の艦娘たちは全員揃ってますので、時間までは皆と自由にしてもらってかまいません。」

「わかりました! 光主さん、みんな連れていきましょう!」

 

 阿賀奈は提督からこの後の流れを聞いた後、那美恵に向かって指示を出した。那美恵は快く返事をする。

「はーい。先生も一緒に行きましょうよ~。みんなを紹介しますよ?」

 

 那美恵が阿賀奈に一緒に行こうと提案したが、それを提督が一旦制止した。

「ちょっと待って。四ツ原先生にはこの後ちょっと話があるから、ここに残ってほしいんです。」

「え?私にですか?なんですか?」

「今後の御校との連携についてお話しておきたいことがあるので。」

「あ~。わかりました!私も教師ですから、それなら仕方ないですね~。」

 

 阿賀奈から了承を得た提督は上半身の向きを変えて五月雨と妙高に向かって指示を出す。

「五月雨、君は一緒に待機室に行って時雨たちを連れてロビーで着任式の準備をしてくれ。着任証明書とか、台を持って行ってほしいんだ。」

「はい。わかりました。」

「妙高さんは着任式の後の懇親会の準備を進めておいていただけますか?手伝っていただいてる大鳥さんは今って……」

「はい、承知いたしました。大鳥さんは娘さんと一緒に必要なものの買い出しに行ってもらってます。もう少ししたら戻ってくると思います。」

 

 提督と妙高が触れた"大鳥さん"。那珂はその人達のことを知らなかったので五月雨に小声で聞いてみた。

「ねぇねぇ五月雨ちゃん。」

「はい?」

「大鳥さんってどなた?艦娘?」

 五月雨は頭を横に振って返した。

「いえ。妙高さん…黒崎さんのご近所の方です。うちが出来た当初から黒崎さんと一緒に何かとお手伝いをしてくださってる人です。」

「へぇ~そうなんだ。」

 

 そう言って那美恵はクスっと笑った。

「どうしたんですか?」と五月雨。

「ううん。なんだかここって、バリバリ戦闘する鎮守府じゃなくて、ご近所さんとも付き合いがあるアットホームなところだなぁって思ってさ。」

「あ~そうですよねぇ。」

「戦いから帰ってきた艦娘が癒やされる場所って感じがしそう。好きかも。」

「私も好きな雰囲気です。」

 

 クスクスっと笑いあった後、那美恵と五月雨は提督に一言告げて執務室を後にした。

 

 

--

 

 ロビーで待っていた三千花たちはしばらくして五月雨と一緒に来た那美恵が視界に入ったので声をかけた。

「あ、五月雨ちゃん。こんにちは。」

「はい!中村さん、皆さん。こんにちはー。」

 

「みんな、これから待機室行くよ。その前に流留ちゃんとさっちゃんは先に更衣室行って制服に着替えてきて。あたしも後で行くから。」

「「はい。」」

 那美恵は流留と幸に指示を出して二人を先に行かせた。

 

 その場には那美恵と三千花ら生徒会メンバー、そして五月雨だけとなった。

「あのさ、なみえ。私達も?」

三千花が当然抱く質問を聞いてきた。

「うん。みっちゃんたちも待機室へどうぞってこと。もちろん唯一男子の三戸くんもOKだよ。」

「うおっ!?俺もマジでいいんすか!?艦娘の花園…みなさんがいらっしゃる素晴らしい場所へ?」

「会長。私達はいいとしても三戸くんはまずいのでは?興奮止まらなそうですよ?」

 全員心配した点は一緒だが三戸は興奮し、和子は興奮している隣の黒一点を心配にプラスして那美恵に訴える。

 

「さすがに三戸くんだけハブってここにいさせるのもかわいそうでしょ?それに三戸くんには書記として着任式の撮影もしてほしいの。おっけぃ?」

「は、はい。」

「それから今回三人とも初めて会う艦娘もいるから、ちゃーんと挨拶してね? うちの高校として恥ずかしくないように。いい?」

「わかりました!」

 

 三戸の威勢のよい返事を聞き、那美恵たちは艦娘の待機室へと足を運んだ。三千花と和子はなんとなく不安を持ったが、那美恵が問題なしとふんだので100%ではないがとりあえず納得して了承した。

 

 

--

 

 流留たちは更衣室へ着替えに行っているため途中で那美恵も入り、自身も着替えていくから五月雨に三千花らを連れて先に行ってくれと頼んで任せた。

 三千花は一瞬不安に感じたが、時雨たちとはすでに面識があるため、気まずい空気にはならないだろうと考えを改め、五月雨の案内に続いていった。

 

 更衣室に入った那美恵は、流留と幸がすでに着替え始めていたのを見て、自身もロッカーの前に行き着替え始めた。

 

「なみえさん、今日は着替えるんですね?」と流留。

「うん。さすがに今日は艦娘として参加しないとね。川内型揃い踏みだよ。」

 揃い踏みと聞いて流留は身が引き締まる思いがした。背筋がピシっと自然に伸びる。

 

「どしたの?」

「いや、なんか自分の艦娘名をガッツリ呼ばれてる気がして。」

「そういやそうだよね~。なんかね、何々型って、ネームシップっていう艦らしいよ。」

「はい。知ってます。」

「知ってんの!?」

 

 流留は自身が知っていることを説明し始めた。

「あたしはゲームで知った口なんですけど、軍艦って姉妹艦があって、たくさん作られたそうですよ。んで、ネームシップというのは最初に作られたベースとなる艦、いわゆるお姉さんなんです。」

「へぇ~そうなんだ。あたし船とか軍隊とか興味ないから知らなかったぁ。そういう言い方するんだってただなんとなく使ってたよぉ。」

 

 万能な生徒会長でも知らないわからないことがあったことに驚き、そんな彼女に勝てる要素があったことを誇らしく流留は思った。

「なみえさんでも知らないことあるんですね~。」

「あたしをなんだと思ってるのさ~。普通のJKだよぉ?」

「ハハッ。なみえさんに教えられることがあってなんか嬉しいですよ。」

「そりゃあね~。流留ちゃんはこれから川内ちゃんになるんだし、"お姉さん"ですもんね~。あたしとさっちゃんのお姉さんなんだからあたしたちより頑張ってもらわないと。ね?さっちゃん。」

 幸は無言でコクコクと頷いて賛同した。

 

「うーなみえさんに頼られるのは嬉しいやら恥ずかしいやら。ものすんごいプレッシャーなんですけど。」

「気にしない気にしない~。」

 

 ブーブーと不満を漏らす流留をサラリとやり過ごす那美恵。それを見ていた幸がクスリと笑みを漏らす。凸凹あるが、数日前に出会ったばかりとは思えないほどの仲の良さを醸し出す3人。先輩後輩としても、艦娘としても、プライベートとしてもすっかり仲良くなっていた。

 着替え終わった3人は更衣室を出て、先に三千花たちが向かっている艦娘の待機室へと行った。

 

 

 

--

 

「おまたせー!川内型3人、ただいま入りましたー!」

 

 那珂たちが入ると、そこにはちょうど待機室から出ようとしていた五月雨と時雨、席に座ってる夕立・村雨、4人から離れたところで座っている不知火。そして五十鈴がそのとなりの席に座っている。艦娘たちからは離れたところ、扉付近に三千花ら一般人が立っているという構図だ。

 

「なみえ。内田さんと神先さんも。着替え終わったのね。」

「うん。みっちゃん、ちゃんと挨拶した?三戸くんは大丈夫?」

「えぇ。ちゃんと見張っていたから大丈夫よ。」

「そ。」

 

 那珂は三千花に確認し終わった後、スタスタと部屋の中を進み五十鈴の元へと来た。同時に不知火も視界に入る。

 

「五十鈴ちゃんおひさ!」

「えぇ。お久しぶり。」

 先日鎮守府までの道中で会ったばかりだが、鎮守府内で艦娘としては久方ぶりだったのでハイタッチをして再会を喜ぶ二人。五十鈴は知り合いが来ている那珂に対し素直に喜べないところがあったが、ともかくも笑顔で返す。

 五十鈴と笑顔で再会を喜び合ったあと、那珂はそのまま横に視線を移す。不知火が目に入ってくる。不知火も那珂もお互い気になっていたが、面識がない者同士、視線を合わせづらいところがあったのでなんとなく外し合っていた。だが那珂は進んで話しかけた。

 

 

「不知火さんだっけ?初めまして。中々一緒に仕事する機会がなかったから、これが初めてだよね?あたし、軽巡洋艦那珂やってる光主那美恵です。女子高生です。よろしくね!」

 

 那珂から自己紹介をされて不知火は勢い良く席から立ち上がり、自身も自己紹介をし始めた。

 

「私、智田知子(ちだともこ)といいます。○○中学2年です。駆逐艦不知火をやらせてもらっています。……よろしくお願い致します。」

 おとなしそうな雰囲気。幸と似てると那珂は思ったが、その口調は幸とは違い、ハキハキとしたものだ。

「うん。よろしくね!」

 

 那珂につづいて流留と幸も五十鈴と不知火に挨拶と自己紹介をする。これで鎮守府Aの艦娘たちは全員面識ができた。

 

 

「いや~ついに揃ったね。鎮守府Aの艦娘全員。妙高さんと明石さん入れると11人?」

「そうですね。ただ明石さんはちょっと特殊なので実質10人です。」

 那珂の感想と確認を受けて五月雨が答える。

 

「10人超えるって多い方なの?少ない方?」

 流留が誰へともなしに質問すると、それには那珂が答えた。

「以前隣の鎮守府の人に聞いた時はあっちは60人超いるっていうから、うちはまだ少ない方だと思うよ。ね、五月雨ちゃん?」

 以前天龍に聞いた人数を答え、詳しいことを確認しようと視線と身体の向きを流れるように五月雨の方に向ける。

 

「あ~えーと。そうだと思います。私、他の鎮守府の人数とか気にしたことないので。」

「五月雨ちゃ~ん。せめて近隣の鎮守府の情報は収集して整理しておこうよぉ。頑張ってよ、秘書艦さん!」

 五月雨が曖昧な答えを言うと、軽く諫めつつも厳しくならない口調で那珂はアドバイスを口にした。五月雨は横髪を摘んで撫でつつ

「エヘヘ。はい……。」

と照れ混じりに返事をした。

 

 

--

 

 その後、五月雨と時雨は5分前くらいになったら全員ロビーに来てくれと案内だけ残して、着任式の準備のためにロビーへと先に向かって部屋を出て行った。とはいえ時間はすでに13時45分を回ったところ。ここでおしゃべりするのもロビーでおしゃべりするのも変わらないということで、那珂は全員に向かって提案した。

 

「ね、みんな。どうせあと少しだし、全員でもうロビーに行っちゃおうか?」

 それに真っ先に五十鈴と三千花が賛同する。

「そうね。早め早めが肝心だわ。」五十鈴は至極真面目な反応を見せる。

「私もなみえに賛成。どのみち時間あと少しなんでしょ?」三千花は親友の言葉に流れを任せるかのように賛同した。

 

「おっけ~。他のみんなもいい?」

 夕立らや三戸と和子も返事をした。それを聞いた後、那珂は流留と幸の方を向いて強めの口調で声をかけた。

「流留ちゃんとさっちゃん、二人は主役なんだから早めの行動お願いね~。」

 いきなり名を呼ばれて一瞬反応が遅れる流留と幸だが、那珂の指示にシャキッとした返事で返す。那珂はそれを見てウンウンと満足気に頷いた。

 

 待機室に残っていた者たちは全員廊下に出て、階段を降りロビーへと足を運んだ。ゾロゾロと人が現れたことに先に降りていた五月雨と時雨は驚いたが、時間を見るとすでに10分前ということで納得の様子を見せ、ペースを上げて着任式の準備を終わらせた。

 

「それじゃあ私、提督呼んできますね。」

 そう言って五月雨は執務室のある3Fへと一人で向かっていった。

 

 手伝いをしていた時雨は終えると夕立たちの集まる場所に歩いていき、一息つくためにソファーに腰を下ろした。那珂を始め他のメンツもロビーにあるソファーに腰掛けたり、ブラブラ歩いてロビー内や外にある運動場を眺めたりしている。

 那珂は三千花・流留・三戸とおしゃべりをしていたが、側にいたはずの幸がないことに気づいた。辺りを見回すと、本館の裏にある運動場を大きな窓越しに和子と一緒に見ていた。隣にはなぜか不知火もおり、3人揃って黙ってジーっと見ている。

 

 和子や幸が何かしゃべっていたとしても、二人の元々の声量のせいもあり、那珂と三千花のいる場所からは聞こえない。3人の中では一番積極的にしゃべるし動く和子が隣の幸の方を向いて口を動かす。幸は和子の方をチラッと見てかすかに口を動かす。そののち幸は不知火の方を向き、和子がしたのと同じように何かを口にした。不知火も先ほどの幸と同じように隣を向き、かすかに口を動かす。

 那珂たちのいる位置からはやはり聞こえないが、彼女らなりに何かを楽しんでいる様子だけは那珂も三千花も理解できた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

着任式

 那珂がふと時計を見ると、あと2~3分で14時という時間になっていた。ほどなくして近くの階段を提督と阿賀奈を連れて五月雨が降りてきた。

 

「みなさーん。お待たせしました。これから着任式を行います~。内田さんと神先さんはこっち来てくださーい。」

 

 ロビーに足を踏み入れた五月雨が号令をかける。提督は五月雨に合図をして着任式の行われるロビーの一角、先ほど五月雨たちが準備をしていたテーブル付近に立つ。

 そこは、那珂が着任式をしてもらったときと同じ場所だった。

 

「流留ちゃん、さっちゃん。さあここからはあなたたちが本気の主役だよ。あとは提督と五月雨ちゃんの指示に従ってね?」

「「はい。」」

 

 那珂は二人に声をかけて背中を押し、ロビーのある一角に集まった皆の中央に誘導する。全員の前、つまりその場の真ん中に今回の主役が姿をあらわすと、ざわついていたその場が静かになった。

 流留と幸の周りにはさきほどまで一緒にいた那珂、三千花、三戸、和子の同高校の生徒、教師の阿賀奈。五十鈴、不知火、そして少し遅れて工廠よりやってきた明石。その面々の向かいには五月雨、時雨、夕立、村雨の白露型の4人。そして懇親会会場の会議室より遅れてやってきた妙高がその後ろに4人の保護者かのように立っている。なお、手伝いに来ている大鳥親子は関係ないのでそのまま会議室で懇親会の準備続けていた。

 

 学校の行事と違う空気が張り詰める。流留も幸もその普段しないレベルの空気により強い緊張感を抱いている。そんな流留と幸の正面には提督が立っている。流留と幸はいよいよこれから、艦娘になるのだという意識を改めて持った。

 提督はニコリとわらいかけ、そして口を開いた。

 

「それでは内田流留さん、神先幸さん両名の、着任式を行います。」

「「はい。」」

 二人は真面目に、そしてハッキリと返事をした。返事を聞いて、西脇提督は艦娘たちの管理者・上官として真面目な面持ちで着任の儀を進める。

 

「内田流留殿、神先幸殿。あなた方を軽巡洋艦型艤装装着者、通称艦娘川内、神通としてここに任命し、着任を許可致します。そして……光主那美恵殿。」

 提督は最初の一文の最後に突然那珂の本名を口にしてその場の全員の視線を那珂に集めさせた。さすがの那珂も突然のことで慌てふためく。

 

「へ?へ? なんであたし?」

「光主さん、二人の後ろへ来てください。」

「? は、はい……。」

 

 困惑した様子の那珂が流留と幸の間の真後ろに立った事を見ると、提督は言葉を続けた。

 

「あなたの尽力により、我が鎮守府と○○高校の提携が成りました。もちろんあなただけでなく、そちらにいらっしゃる○○高校生徒会の皆さんのお力添えもあってのことです。あなた方のおかげで、大事な生徒さんが二人も艦娘として着任していただけることとなりました。まこと感謝に絶えません。鎮守府……もとい正式名称、深海凄艦対策局および艤装装着者管理署千葉県○○支局・○○支部、支局長および支部長、西脇栄馬より正式に感謝を述べさせていただきます。」

 提督は鎮守府と提督と呼ばれるものの正式名称で丁寧なお礼を述べた。それは国が決めた長くて味気ない名称だった。しかしあえてそれをこの場において正式名称に触れることで、目の前の少女達がどういう組織に入るかというのを現実のものにさせたい目的を持っていた。現場の各責任者および艤装装着者はほとんどのケースで通称で呼ぶものであるため聞き慣れない言葉ではあるが、艦娘になった者は自然と身が引き締まる思いをする。

 

「これからあなた方3人には侵攻止まぬ深海凄艦という怪物との戦いに従事していただくことになります。……大人としてあなた方のような少女たちに戦ってもらうのは非常に心苦しいものがあります。テレビのヒーローのように私があなた方の代わりに戦って守ってあげられればと思うこともあります。ですが私は艤装を使えず戦うことができません。だから私にできるのは、艤装に選ばれて怪物と戦うことになるあなた方をあらゆる手を使って支援、つまりバックアップすることです。

 私を無責任な大人だと思うかもしれません。ですが外に出て戦うあなた方を、疲れて帰ってきたあなた方を、優しく迎え入れて心身ともに癒やしを与えられる場所、そして安心して皆と交流できる日常の延長線上たる場所を提供することはできます。あなた方の戦い、そして生活を助けたいのです。それだけは心の奥底に留めておいてくれると幸いです。

 

 軽巡洋艦川内になる内田さん、神通になる神先さん。あなたたちには五月雨、那珂、そして五十鈴とともに鎮守府Aの中枢を担っていただきたい。俺があなた達に望むのは、すべてをまとめあげる統率力、恐れず果敢に立ち向かう勇気、冷静な立ち居振る舞い、皆を励まし元気づける明るさ、そして知恵と策を生み出す豊かな発想力です。どれか一つ欠けてもいけない。5人がそれらすべてを持ってくれるなら助かりますが、無理に求めません。足りない部分を互いにかばいあって運用していければと思います。

 

 先の5人だけではありません。時雨、夕立、村雨、不知火、妙高。そして将来あなた方に続く新たな艦娘たち。あなた方もうちの鎮守府の大事な一人ひとりです。俺一人だけでは鎮守府を回すことはできません。作戦をミスすることもあります。あなた方に理不尽に厳しく当たってしまうこともあるでしょう。俺はあなた方が思っているほどできた大人・人間ではないのです。だからこそ、みんなの力が必要なのです。

 あなた方は一人で戦うわけではありません。今だってこれだけの艦娘仲間がいるのです。助け合い、励まし合い、時には厳しく衝突してお互い競い合って精進していってください。そして人々の生活を脅かす深海凄艦を、根絶やしにして平和を取り戻そうではありませんか!皆で一丸となり、暁の水平線に、勝利を刻みましょう!!」

 

 最後に発した掛け声は、その場にいた艦娘なら誰もが己の着任式のときに聞いたことのある一言であった。それは西脇提督という人物が気に入っている言い回しでもある。

 おっとりしていてドジだが純真で優しく聡明、周りを癒やす存在感の五月雨、少々幼いが天真爛漫で恐れを知らない夕立、物静かで思慮深く慎重派、皆の陰のまとめ役である時雨、鋭い指摘をして皆を現実と向き合わせる事が多い、結構なお金持ちの家のお嬢様な村雨、寡黙で冷静沈着な不知火、真面目で努力家な五十鈴、近所の主婦で提督と近い年代の、おっとりしているが皆を優しく包み込む母性を醸し出す最高齢艦娘の妙高、皆立場も性格も感じ方も異なる。

 提督の言葉は特段寒くもなくバカ受けしているわけでもなかった。しかしほどよくロマンに浸った彼のその言い回しは、艦娘としての彼女らの上長である西脇という者の人間性を好意的に捉えさせる一つの要素となっていた。

 

 一拍置いた後に提督は締めた。

「この言葉を持ちまして、川内と神通の着任式とさせていただきます。ただ今回はそれだけではありません。二人が加わったことで、当鎮守府の所属艦娘は10人超えました。一つの節目として、この時、この日を、このメンバー同士で大切にしたいと思っています。……これからもよろしく頼むよ、みんな。」

 

--

 

 提督からの非常に長い言葉だった。長かったが、流留と幸は慎重な面持ちで飽きることも眠くなることもだれることもなく、提督の発するセリフをしかと耳に詰め込んだ。二人ともその長い言葉から、目の前にいる西脇という男性の持つ思いを感じ取ることができた。

 場所が場所なら、おそらくこの人は生徒のあらゆる思いに応えてくれる熱血教師にもなったであろうとか、自分の弱点を認められる素直な人、それを踏まえて自分らに協力を求めてくるほど頼りなさそうだが純粋で人の良い人だなど、感じ方は異なるが流留と幸の感じ取り方が向かう先は共通していた。

 提督の言葉を受け、川内となった流留、神通となった幸は深くお辞儀をして返事を返す。

「よろしくおねがいします!この川内に任せて下さい!」

「……新参者ですが、軽巡洋艦の艦娘として精一杯頑張ります。よろしくお願い致します!」

 二人の返事は強い決意がこもっていた。今回ばかりは幸も可能な限りの声量で勢い良く返事をする。

 二人の言葉の後、自然と拍手が湧き上がった。

 

 

--

 

 そして二人の間におり、位置的には提督の真正面に立つ形になっていた那珂は自分の時とは違うそのセリフを聞き、新鮮に感じつつも今まで彼に対して感じていた感情を思い返してより一層たぎらせる。

 提督はカンペ等は一切見ずに長いセリフを発し、視線は言及したその人らにしばしば向けられた。が、基本的には那珂、川内となった流留、神通となった幸の3人に向けられており、主役は川内と神通だけではなく、那珂を含めた川内型3人としていたことが伺えた。そんな捉え方の中で、那珂は言葉の一つ一つをかみしめていた。

 素直で純粋に突き刺さった言葉。しかし悪く言えば自信がなさげで考えが幼稚なところがあるがゆえにストレートに伝わってしまう言葉。自分ら艦娘となった少女たちを鼓舞し、大切な人と思ってくれているような言葉。

 言葉の一つ一つが那珂の心に突き刺さってくる。

 

 着任してからの今までのことが思い出される。自意識過剰かもしれないが、今こうして提督の言葉を聞けるのは、自分の行動があってのことかと那珂は思った。見ず知らずの後輩だった流留と幸がここで自分の前に立ちこれから人々と世界のために戦おうとしているのも、自分の行動が縁になってのことなのだと自信を持って言える。

 那珂として、光主那美恵としての行動一つ一つが、西脇提督率いる鎮守府Aを形作ってきた。自分の行動が役に立ったのかもと思いを巡らせた途端感極まり、提督を見る彼女の瞳はいつの間にか潤んでいた。茶化す者が茶化されてはいけないと、目の潤みを指を使わないで必死に抑えようとする。

 

 那珂の真正面にいる提督が那珂の様子に気づくが、彼はそれを見なかったかのように視線を逸らす。那珂はすぐにうつむいて左手の人差し指で潤んだ目をこすって拭いとった。そのおかげか、それとも流留と幸の死角となったため皆が気付かなかっただけなのか、那珂の感極まって涙を浮かべた表情は提督以外の誰にも気づかれずに済んだ。

 

 

--

 

 着任証明書を流留、そして幸に手渡す提督。二人が定位置に戻ったのを見届けると、両手でパンッと威勢のよい音を出して掛け声をかけた。

 

「さて、堅苦しい式はこれで終わりだ。みなさん、お付き合いありがとうございました。」

「ありがとうございました!!」

 全員周りの人それぞれに向かって感謝の言葉を掛け合い、川内と神通の着任式は締められた。

 

 ガヤガヤと全員声を出し始める。

 

 川内はおもいっきり背筋と腕を伸ばしてストレッチする。神通は胸に手を当ててホッと溜息をついて安堵の表情を浮かべる。那珂はそんな二人の肩を叩いて自分のほうに振り向かせた。その後二人に声をかける。

 

「お疲れ様、川内ちゃん、神通ちゃん!さ?張り切って色々頑張ってこ~ぜ~!」

 振り向いた二人は那珂に微笑みかけた。川内に至っては那珂にヒシッと抱き着いて現在の心境を暗に伝えようとしている。那珂はその気持ちを察したのか、川内と神通の手を握りしめグイッと引っ張りお互いの顔を近づけさせた。そして3人だけに聞こえるくらいの小声で励ましの言葉をかけた。

 

【挿絵表示】

 

「これでゴールじゃないからね。これから始まりなんだよ?あたしが引っ張りこんだんだから、あたしが責任持って二人を立派な艦娘にしたげる。あたしはね、川内型のあたしたち3人が揃ってこの鎮守府の裏の顔になることが狙いなんだ。」

 励ましの言葉のあとに、いきなり野望にも似た目標を語られて戸惑う川内と神通だったが、この生徒会長の言うことだからそのまま受け入れ、信じてもよいだろうとふんだ。

 

「裏の顔って?」川内は何気なく尋ねた。

 すると那珂は何か企んでいますよと誰が見てもそう見える表情をした。

「うん。表の顔は提督と五月雨ちゃんの二人。これはきっと今も昔もこれからも変わらないと思うの。変えてはいけないものだとあたしは思ってるのね。だからぁ、私達は裏で好き勝手やらせてもらって、二人を陰で支える最強の存在になって周りをアッと言わせてやろうと思ってるの。」

 

 那珂の狙いがある一つの思いにつながっているとなんとなく気づいた川内と神通。ただ今この場で深く突っ込んで話すことではないとして相槌を打つだけにしておいた。だが那珂の考えは活発な性格の川内、そして自分を変えようとして艦娘の世界に飛び込んできた神通の琴線に引っかかった。

「いいですね~。なみえさ…那珂さんの考え、あたしは乗りますよ。面白いことが待ってそうだし!」

「……私も、どこまでもついていきます。」

 那珂は二人の反応を見て満足気にコクリと頷いた。

 

 

--

 

 その場で各々がおしゃべりをしはじめやや収拾がつかなくなってきたため、提督は次のプログラムを発表すべく再びパンッと手を叩いて全員に促した。

 

「それではみなさん。今回は特別、一つの節目ということで、懇親会の場を設けました!会議室に飲み物や軽食ですが食べ物を用意いたしました。そちらに移って歓談を楽しんでいただければと思います。」

 提督の言葉に夕立や村雨は率先して黄色い声を上げて盛り上げ、五月雨と時雨も控えめながらその空気に乗る。那珂たちも提督の方を振り向いてやいのやいのと声をあげる。妙高は会議室にいる大鳥親子に伝えるために一足先に会議室へと向かっていった。それを提督は見届けた後、再び音頭を取った。

 

 提督を先頭に、五月雨たちや那珂たちはロビーから移動し始めた。懇親会の会場である会議室は、ロビーに一番近い部屋だ。提督は会議室と呼んでいるが、実際はオフィス用品店から長机を取り寄せて並べただけの多目的ルームといったほうが正しい。施設の広さの割には人も使い道もまだまだ不足しているため、使い切れていないのが現状なのである。

 

 そんな鎮守府Aの本館のとある会議室の一室で、総勢11名+αによる懇親会が催され、その日はすでに見知った者同士、初めて会う者同士、まだあまりお互い知らなかった者同士食事を取りながら交流を深め合った。

 




ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=59765870
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
ttps://docs.google.com/document/d/1GYVIk6nW689WpZE7-FBXM0-S3yhMEiF69NMX84If5V4/edit?usp=sharing

好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大幕間:懇親会!
懇親会開始


川内と神通の着任式後、鎮守府に関わる関係者揃って懇親会が始まった。乾杯の音頭を提督が取ると、那珂たちを始めとしてそれぞれ歓談を始めた。

【挿絵表示】



 懇親会会場に移動した一行は、会議室で色とりどりの料理と飲み物が用意されていることに驚いた。

 

「うわぁ~すんごい料理とお菓子の数。提督よくこんなに用意したねぇ?」

 那珂が感心すると、提督は皆を手招きでテーブルの周囲に案内しつつ答えた。

「半分は買ってきたお菓子や料理で、もう半分は、妙高さ……黒崎さんと大鳥さんのお二方のお手製料理だ。お二人がうちの近所にいてくださってよかったよ。本当にありがとうございます。」

 提督は那珂たちに向かって答えた後に妙高と大鳥親子に向かって感謝の言葉を述べた。言葉を受けた3人はゆっくりと会釈をした。

 

「よろしければ、ぜひ。」

 大鳥婦人がその場にいた全員に向かって遠慮がちに言葉をかけた。続いて妙高も言葉丁寧に促す。

「私のも皆さんのお口に合うかどうかわかりませんけれど、腕によりをかけたのでぜひ召し上がれ。」

 

 那珂は近くにいた時雨に妙高のことを聞いてみた。

「ねぇねぇ時雨ちゃん。」

「はい?」

「前に提督が言ってたけどさ、妙高さんって鎮守府のご近所に住んでいる人妻なんだよね?」

「人妻ってなんか言い方が……えぇそうです。」

「ふーん、お子さんは?」

「すみません。そこまでは……。」

 那珂は密やかな声で確認のため時雨に問いかけるが、最後の質問で彼女はつまってしまう。

「そっか。ありがと!」

 

 時雨から情報を聞き出した那珂はやっといつもの調子でその場を賑わために茶化しの言葉を発した。

「さっすが妙高さんと大鳥さん!妙高さんはさしずめお艦ってところですかぁ~!?」

 突然妙な言葉が聞こえてきて言われた妙高はもちろんのこと、提督や他のメンツも驚きの声をあげる。

 

「な、那珂さん……おかんって?私まだ子供いないんですよ。」

「違います違います!軍艦の艦のほうで、お艦!だって妙高さんも艦娘でしょ~?」

「あ~なるほどって。那珂さんったらもう……お上手なんだから。」

 妙高は口に手を当てて口元を隠しながら上品に笑う。提督はもちろん中高生の艦娘たちですらはっと息を飲んでしまう、妙齢の艦娘の微笑む様だった。妙高に釣られてその場に笑いが漏れる。これから歓談を進めるにあたり掴みはバッチリ、相応しい雰囲気が完成した。

 

「さ、みんな、コップ配るから好きな飲み物注いでくれ。」

 提督がそう合図すると時雨、続いて五月雨、そして大鳥婦人の隣にいた娘の少女が率先して動いて、全員に紙コップを配り始める。3人から紙コップを受け取った各々は好みの飲み物を注ぎ、乾杯の準備が整った。

 

「それでは、今回着任した川内と神通を祝って、それから、今後の鎮守府と艦娘みんなの良き関係が長く続くことを祈って、かんぱーい!!」

「かんぱーい!!!」

 提督が乾杯の音頭を取る。残りのメンツはその場で飲み物を入れた紙コップを軽く掲げて乾杯をし合った。

 時間は14時半を回った頃。艦娘同士、関係者同士による飲食を含めた楽しい歓談が始まった。

 

【挿絵表示】

 

 

--

 

 提督は明石含めた工廠の技師3人組と、那美恵たちの高校の教師、阿賀奈と一緒に飲食とおしゃべりを楽しんでいる。

 

「ホントならお酒があると嬉しいんですけどね~。」

 明石と技師の数人は愚痴にも満たない希望を口にした。提督はそれにツッコミを入れる。

「明石さん……一応勤務中でしょ。経費でお酒なんか買えないって。」

「も~冗談ですよ~提督。飲むつもりなら最初から自前で持ってきてますって。ねぇ○○さん、××さん?」

 明石は同僚の技師に同意を求めて、ケラケラと笑いあった。

 

「あの~あかしさん?それともあかいしさん?」

「本名は明石 奈緒であかいし なおです。艦娘名は明石であかしなんです。はい、なんでしょう?」

 阿賀奈が名前を確認すると、明石は本名と艦娘を交えて簡単に紹介した。

「じゃあ明石さん。うちの高校の生徒たちがこれからお世話になります。よろしくお願いいたします~。」

「あぁ~お任せ下さい。すでに那美恵ちゃん…那珂ちゃんとは仲良くしてますので。」

「光主さんは~あの娘面白いですよねぇ。きっとみなさんのお役に立てるのでぜひ使ってあげてくださ~い。」

阿賀奈は自身の高校の生徒たちを任せるよう熱願する。が、声の軽さのためにせっかく吹かせた教師風がいまいち決まらない。提督や明石たちはうっすら苦笑いをするに留めて話の流れを変える。

 

「ところで、先生は一体どんな艦娘になるんですか?」

 明石は話題を変えて質問した。

「うふふ~聞いていただけるの待ってたんですよぉ~。実はですね~、軽巡洋艦阿賀野に合格したんです!」

「阿賀野ですか!?それめちゃくちゃ新しい艦の艤装ですよ!?つい4~5ヶ月前に運用開始されたもののはずです!」

「えっ!?そうなんですか!?阿賀野って、私の名前と似ていて運命感じちゃったんですよね~。」

「あ、それは私と一緒ですねー。わかりますわかります~。これって運命なのかな~って思ってますよ私も!」

 自分の名前と艦娘名に運命を感じた者同士通ずるものがあるようで、明石と阿賀野はアハハウフフと笑いあっている。

 

 明石のことが少し気になった阿賀奈は、どういう人物なのか質問してみた。

「明石さんはなんで艦娘の艤装にお詳しいんですかぁ?」

 明石はその言葉を聞いた瞬間に興奮し、鼻息荒く阿賀奈に説明しだす。

「えぇ。実は私たち、艤装開発・製造を請け負ってる会社の一つ、○○重工業のものなんです。私達は派遣というかたちで鎮守府Aにお世話になってるんです。ちなみに艤装に関する情報は毎日仕入れてるので、聞いていただければ何でもお答えしますよ!」

「へぇ~!明石さんって○○さんの社員さんなんですか~おいくつなんですかぁ?」

「私25です。」

「あら!私もですよぉ!同い年の人いて嬉しいぃ~!」

 阿賀奈は明石の業種とその自信に満ちた話しっぷりに感心し、そして自身と同年代たるその存在に喜びを感じていた。阿賀奈の感心と歓喜を適度に受け入れ受け流して、明石はさらに続ける。

 

「それでですね。私、工廠長任せてもらえてるんです。今の会社と現場、天職ッて感じです。それでですね……」

 気分が乗ってきたのかクドクドと全然関係ないことを次々に口にし始める明石。その内容が全然わからない阿賀奈はポカーンと口を開けて笑顔で明石を見たまま固まっている。

 提督や同僚の技師は「また始まった」と溜息をついて目を覆う。さすがに阿賀奈のような雰囲気の人に明石のヲタトークは厳しすぎると思い、提督は同僚の技師に目配せして助け舟を送り出した。

 

「奈緒ちゃん。奈緒ちゃん。先生困ってるよ~一杯飲んで落ち着こ?」

同僚の技師の女性が声をかけ、それを見たあと提督も明石に注意を喚起する。

「はいはい。そこまでそこまで。明石さん現実に戻ってこーい。」

「へっ?何です……あーやっちゃいましたか私?」

 提督と技師たち2人、計3人はウンウンと頷いた。

 3人から指摘されてようやく喋りをストップする明石。飲み物を一口コクリと口にして気分を落ち着かせた後、改めて阿賀奈に質問した。

 

「し、失礼しました。私ったら得意分野になるとどうしても止まらなくて……。それで、先生はいつこの鎮守府に着任されるんですか?」

「まだ阿賀野は配備されないよ。」

 代わりに提督が答えた。その後阿賀奈が個人としての思いと教師としての思いを述べる。

「最新の艤装というなら嬉しいし生徒たちと一緒に着任したかったんですけどね~。でも提督さんがおっしゃるんならまだなんですよね~残念ですけど、今はあの子たちが提督さんのお役に立てれば私も鼻高々で満足です!」

「阿賀野、私も早く艤装いじく……整備に携わりたいですね~。提督、上にぜひお願いしていただけますか?」

「おいおい。俺にそんな権限ないって。来るときには来る。我慢しなさい。これ提督命令。」

「アハハ」

「ウフフ」

 

 提督が冗談めかして命令口調で言うと、明石たちは吹き出して一切真面目に取り繕うとはしなかった。もちろん互いにわかっていたゆえの会話であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五月雨・時雨・夕立・村雨たち

 五月雨達は大鳥婦人の娘を取り囲んでおしゃべりに興じている。

 

「ねぇさつきちゃん。」

「え?なぁに高子ちゃん?」

 大鳥婦人の娘が五月雨を本名で呼ぶ。最初の艦娘であり大鳥親子とは提督ともども他の皆より面識がある五月雨は彼女と最も親しい。五月雨は大鳥婦人の娘へ向いた。

 

「みんなお友達同士で艦娘のお仕事って、どう?楽しい? 学校では人気とかある?」

 一般人の純粋な質問を受け、五月雨は時雨たちと顔を見合わせて答え始める。

「ん~そうだね~。仕事って言っても、私達にとってみれば部活動そのままって感じだから、時雨ちゃん、ゆうちゃん、ますみちゃんたちと一緒にお仕事出来て楽しいよ。学校で人気って……どうなんだろ?」

 最後の問いかけに対し五月雨は再び時雨たちに視線を向けて返事を確認しようとする。それを受けて時雨たちも口を開いて答え始めた。

「艦娘部作って最初の頃は学校中で注目されたけどすぐに落ち着いたよね。だから今も特別目立ってるわけでもないし、みんなもう日常になった感じかな。」と時雨。

「でも私達の活動は新聞部がすぐに取り上げてくれて、毎回みんな興味津々に読んでくれてるから、密かに注目されまくってるかもしれないわねぇ。」

 村雨も時雨に続いて、自身の中学校の事情を伝える。

「そういや白浜さん、その新聞見るたびにグヌヌって言って拗ねてるっぽいけどね~。」

 夕立は自身の中学校の艦娘部にいるもう一人に軽い口ぶりで触れ、オチをつけたのだった。

 

 大鳥婦人の娘、高子はそれを聞いて質問した。

「その白浜さんってだぁれ?艦娘?」

「私達の艦娘部の部長で、私達の友達。白浜貴子ちゃんっていうの。」五月雨がまず最初に答えた。

「私と同じ名前なんだぁ。」

「漢字は違うわよぉ。」

 五月雨からの回答を聞いた高子が自身の名と同じだとどうでもいい感想を発すると、村雨は空中で字を書いて違いを知らせて促した。

 

 引き続き五月雨が白浜貴子についての紹介を再開した。

「でも一人だけ合う艤装がまだ見つかってないから、うちの鎮守府に来てないの。」

「一番お姉さんっぽいんだけど、ヘタするとゆうを差し置いて一番子供っぽいからね、白浜さん。」

「ウフフ、それは言えてるかもねぇ。」

 五月雨がその友人を説明すると、時雨は夕立を引き合いに出して白浜貴子を冗談めかして評価し、村雨はそれに同意した。そのとき、食べ物を取りに行って口に入れて戻ってきた夕立が自分に触れられたのを耳にして、時雨と村雨に文句を言った。

 

「フグァ!もぐもぐ!!もがふごご!!」

 時雨は額を抑え、ジト目で夕立に突っ込んだ。

「……そういうところが子供っぽいって言ってるんだよ、ゆう。」

「アハハ……貴子ちゃんもああいうところ、あるもんね~。」

「そうそう~。」

 五月雨と村雨は時雨のツッコミにウンウンと頷いて激しく同意していた。高子はそんな4人の様子を見て苦笑いしつつ、仲の良さを見て羨ましいと感じていた。

 

 

--

 

「ねぇ高子ちゃんの中学校は艦娘部ってないの?」

 何気なく五月雨は聞いてみた。高子は頭を振って返事をする。

「多分ないと思う。あんまりわかんないなぁ。」

 

「高子ちゃんは何部に入ってるの?」時雨も高子に質問した。

「私は弓道部入ってたけど……1年の終わりでやめちゃった。」

「そうなんだ。何か理由あるの?」

 時雨のさらなる質問にやや影を落としながら答えた。

「お姉ちゃんの真似で始めたのはいいんだけど、才能ないって先生や同じ部の先輩から言われて……辛くなって、それで。」

 少々地雷に踏み込みそうな答えが返ってきたので時雨はまずいと思い、村雨と見合わせて話題を変えることにした。なお、夕立は皿いっぱいに持ってきた料理をモグモグしている最中のため一同は無視した。

 

「ねぇ高子さん。あなたも艦娘やってみたら?」

「私が!?」

「うん。2年生の途中から何か部に入るのって時期的にもう気まずいだろうし、だったら例えばこの鎮守府で艦娘になれば、私達と楽しくやれると思うの。どう?」

 村雨が提案すると、高子はゆったりした口調で歯切れ悪く返事をする。

「う~~ん。お姉ちゃんが職業艦娘っていうのになったから興味はあるといえばあるんだけど……。」

「「「えっ!?お姉さん艦娘なの!?」」」

 何気なく触れた姉の存在に五月雨たちは驚いて聞き返した。

 なお夕立は(以下略)

 

「うん。お姉ちゃん大学生でね。この前、県のなんかの募集に行ったら、それでこの前なったって。」

「な、なんていう艦娘?」

「えーっとね。空母っていう種類の、たしか祥鳳っていう艦娘だって。」

 

【挿絵表示】

 

 五月雨が聞くと高子は思い出すような仕草をした後答える。時雨と村雨はその回答を聞いて?を顔に浮かべた。

「空母って……なんだろう?」

「さぁ~私達駆逐艦って種類だから違うのだとは思うけれど。提督に聞く?」

 

 その場にいた4人+1人は誰も空母という種類がわからなかったのでいまいちピンとこない。そのため少し離れたところで明石たちと雑談していた提督に向かって聞いてみた。

「ねぇ~提督さぁ~ん!」

 村雨が大声で叫んで提督を呼んだ。那珂や妙高たちも反応を示すが、言葉が提督に限定されているためすぐに自分らの話に戻る。

 

 

「なんだー?」

 提督は明石たちに手で謝る仕草をして離れ、村雨たちのいる一角に近づいていった。

 提督が来たので一同を代表して時雨が聞いてみた。

「あのね提督。高子ちゃんのお姉さんが祥鳳っていう空母の艦娘らしいんだけど、空母って何?」

「えっ?大鳥さんの上の娘さんって艦娘だったのか!?」

「はい。そうなんです。」高子が答える。

 

「そうか。空母っていうのは戦闘機とか飛行機を載せる船のことでね、艦娘の世界ではドローンナイズされた空飛ぶ物を自在に操る艦娘のことなんだ。」

「「「ドローンナイズ?」」」

五月雨・時雨・村雨は同時に反芻した。

 

「あぁ……駆逐艦担当の君たちは知らないか。色んなものに取り付けて飛行できるようにする装置のことだよ。それを取り付けたのが、艦娘の世界では攻撃機とか、偵察機として扱われるんだ。そして実際の船としての空母よろしく、空母艦娘も攻撃機や偵察機を発艦させて操り、深海凄艦を離れたところから攻撃して戦える、スペックの高い種類だよ。うちにはまだ着任してないけどな。」

「へぇ~じゃあ私達駆逐艦よりも強いんですかぁ?」と村雨。

「スペック上はね。ただ俺は空母の艦娘を管理したことないから本当のところはどうだか。というか五月雨、君は初期艦研修の時に駆逐艦だけでなく他の艦種も一通り教わったって聞いたけど?」

 

 提督は説明をした後にふと気づいて五月雨に指摘をする。直後はポカーンとしていた五月雨だったが、すぐに顔を真赤にして慌てた様子を見せ始める。

「あ、アハハ……あのぉー。ゴメンなさい、忘れちゃってました。」

「な~んだ!さみったら、実は教えてもらってたのぉ?それ早く言いなさいよぉ。」

 村雨が肘で五月雨の二の腕や脇を突っついてすかさずツッコんだ。

「うぅ~、だから忘れてたんだってばぁ。」

 五月雨は困り笑いしながら村雨のツッコミをなんとか逃れようと身をモジモジと小刻みに動かす。時雨や高子はそのやり取りを見てアハハと苦笑いをして眺めて傍観している。

 提督も五月雨たち女子のイチャイチャ空間にまったりと飲み込まれようとしていたが話の流れを本来の流れに戻した。

「そうそう。操れるっていえば、那珂も一応艦載機を使うことができる艦娘の種類だったな。」

 

 提督は以前報告を受けた合同任務の時の那珂の行動を思い出した。鎮守府Aとしては当時は常備していなかったため持たさせられなかったため、那珂は任務のとき都の職員からドローンナイズドマシン、つまり超小型の飛行機を偵察機としてを使った。

 那珂から詳しくその時の状況を聞くために提督は那珂を呼んだ。

 

「お~い、那珂。」

 突然呼ばれた那珂は提督の方を振り向いた。

「は~い!なぁに提督?」

「ちょっといいかな?」

 那珂は三千花らと話していたがそれを中断し、飲み物を入れた紙コップだけ持って提督や村雨たちのいる一角まで歩いてきた。

「どしたの?」

「那珂は以前の合同任務のときに、偵察機を使ったって報告してくれたよな?」

「あ~うん。東京都の人から借りたよ。それがなぁに?」

 

「こちらの大鳥さんのところの大学生の娘さんがね、どうやら艦娘らしいんだ。それも空母の。」

「空母?確か艦載機使える艦だったよね。ってかその人も艦娘なんだ!?」

「あぁ。それでさ、那珂も操ることができる艦娘だろ? みんなに説明して欲しいんだ。」

 提督は五月雨や高子らを手のひらで指し示す。そう促された那珂だったが少々困惑気味だ。

「って言われてもなぁ~。あたしだってすべてわかってやったわけじゃないよ?本読んだことを試しただけだし。」

 そう言って那珂は合同任務の時につかった偵察用の艦載機たるドローンナイズされたおもちゃの飛行機を使った時の状況を説明した。その当時側にいた五月雨だがきちんと見ていたわけではないのでその説明に興味津々で聞き入っている。説明が終わると、五月雨はもちろん提督含め全員拍手をした。

 

「やめてよやめてよ!提督も拍手しないで!恥ずかしい!」

「いいじゃないか。俺も実際に動かした艦娘のこと聞けて嬉しいんだよ。それが那珂ならなおのことさ。」

「う~~~あとで覚えてろよ提督ぅ。」

 自分が意図せぬ注目を浴びて恥ずかしがる那珂だったが、求められた説明は最後まできちんとした。那珂から艦載機を扱うことについて聞いた一同は思い思いの感想を述べる。

 

「すごいね那珂さん。あと空母の人もそういうことができるなら無敵じゃないかな?」

「うんうん!うちにも空母の艦娘来てほしいわよね~。」

 時雨と村雨は素直に感想を口にした。

「なんかどういう話題っぽい?あたしも欲しい~。」

「ゆうちゃん……話聞いてないなら変な入り方しないほうがいいよ……。」

 夕立はようやくモゴモゴした口が落ち着いていたのか、さきほどまで全然聞いていなかった提督らの話に突然入ってきた。そのため話題に乗り遅れたがとりあえず欲しがるという反応を示してみたのだった。それに五月雨が弱々しくツッコミを入れる。

 

「お姉ちゃんもそういうことできるんですね~。すごいなぁ~私もそういうことしてみたいなぁ~。」

「ははっ。なんなら高子ちゃんも、うちの艦娘の試験受けに来てみるかい?」

「私なんか……お姉ちゃんやそちらにいる那珂さんみたいにすごくないし。」

 高子が羨ましそうに言葉を漏らしたのを聞き提督は彼女に誘いかけてみた。が、自信ないのか返事は芳しくない。

 

 それをそばで聞いていた夕立が無邪気に提案に乗った。

「あたしたちみたいな駆逐艦なら一緒にやれるっぽい?ねぇ高子ちゃん、一緒にやろーよ?」

 それに時雨が乗る。

「そうだね。まあ駆逐艦とも限らないけど、高子ちゃんに合う艤装が配備されるといいね。」

「うーん……機会があったら。」

「じゃあその時は、お母さんを連れて正式に試験受けに来てくださいね。」

 提督はややからかうように高子に誘いの言葉をかけた。高子は家族以外の大人から冗談めいた言葉をかけられて照れくさそうに「はい。」と答えて俯いた。

 五月雨は目の前にいる高子のことも気になるが、それよりも自分らの方の友人の白浜貴子のほうが心配で気になっていた。

 

 

「それはそうと。那珂だけじゃなくて、川内と神通も艦載機を使うことができるから、当面は3人がうちの最大のホープだな。」

 提督は何気なく那珂、そして離れたところで学校の友人と話に興じている2人を眺めて展望を口にする。

 那珂は口に出して返事こそしなかったが提督からその言葉を聞いて頷く。連装砲・魚雷でただ戦うだけではない、現状、川内型の3人にしかできないとされる艦載機の操作、その方面でも川内と神通の二人を教育し、適切な活躍ができればとなんとなく考えを膨らまし始めていた。

 

 ひと通り話すと、提督はその場を離れて明石たちのいる場に戻っていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

那珂と五十鈴

 那珂も五月雨たちの場から離れて三千花らのところに戻った。

 

「なんだったの、西脇さんと五月雨ちゃんたち?」

「うん。ちょっとね。艦娘の装備についての話だった。」

「ふ~ん。」

 

 特に細かく言う必要もないだろうとふんだ那珂は三千花の質問に簡単に答えるだけにした。

 

 那珂たちはやはり身内の高校生で固まって会話に興じている。五十鈴も少し話すうちに同学年の三千花とも打ち解けあい、お互いの学校のことや趣味のことについて喋り合っている。

 一方で1年生組の川内、神通、三戸、和子は、唯一残った中学生の不知火こと智田知子を囲んで話している。不知火は神通・和子の近くにいることで妙な安心感を醸し出していた。話すよりも黙ってそばにいるだけで良いという雰囲気だ。ロビーで少し話した時以来、彼女は神通と和子の側にすぐに近寄っていた。

 

 そんな5人を2~3人分離れた位置で見ている那珂たち高校2年生3人組。

「不知火さんさ、なんだか神通ちゃんとわこちゃんにベッタリだねぇ~。」

「そうね。私もなんだかんだであまり話したことなかったから、彼女のことよく知らなかったけど……ああしてるとちょこんとしていて可愛いわね。」

 

「ねぇ、なみえ、それに五十鈴さん。」

「なぁに?」「何かしら?」

「私イマイチわからないんだけど、艦娘同士って仲良くしないものなの?」

 三千花の問いに那珂と五十鈴は顔を見合わせ、そして那珂がクスッと笑みを含んで答えた。

「そんなことないよ。あたしは五十鈴ちゃんはもちろん、他の子とも仲良くするし。」

「けど不知火さんとは……その、話したことなかったんでしょ?」

 本人に普通に聞こえてしまう距離にいたため、三千花は肝心の部分は小声で、そして言い方を変えて再び問いかけをした。その問いには五十鈴が答えた。

 

「いくら仲良くするしないといっても、私達はお互い普通の生活もあるし、結局のところ提督から出撃や遠征任務のスケジュールもらって動くから、どうしても一緒にならない・なれないケースも出てくるわ。それが彼女ってところかしら。」

「ま~つまるところ提督の編成のせいってことですなぁ~、ね、五十鈴ちゃん?」

「ん!ま、まぁそうね。……そうね、提督のせいよね。」

 一瞬言葉につまる五十鈴を見て那珂は瞬間的にいやらしい顔をする。真向かいにいた親友はそれを見逃さないが、あえてそれに触れなかった。

 

 二人の回答を聞いて三千花はさらに尋ねる。

「そうなんだ。改めて思うんだけど、西脇提督のやってることっていまいちわからないなぁ。なんだっけ、正式名称?さっき着任式のとき長い役職名言ってなかった?」

「ん~あたし初めて鎮守府来た時に説明受けたけど、本当は支局長とか支部長とか、総責任者とか総管理者とかなんとか?」と那珂。

「そうそれ。それなのにIT企業の人?」

 三千花は疑問を投げかけた。すると五十鈴が話に乗ってきた。

「彼は普段のIT企業のお仕事と国のお仕事の二足のわらじを履いてるのよね。突然管理者に選ばれたって聞くし、苦労が耐えないと思うわ。」

「昼間はパソコンに向かってお仕事、夜は鎮守府で艦娘たちの面倒……西脇栄馬の実態やいかに!?」

 那珂は提督を茶化した冗談を口にしてわざとクネクネと悶える。それを聞いた三千花と五十鈴は苦笑しながらも那珂の冗談に揃ってツッコミを入れた。

「なみえったら……それじゃ西脇さんどんな変な人なのよ!」

「よ、夜の面倒ってあんたねぇ……冗談にも言い方ってもんがあるでしょう?」

 三千花は至って冷静に、五十鈴は那珂の言い方に良からぬ妄想を一瞬してしまい少しドモリつつも冷静にツッコんだ。

 

 

--

 

 その後3人はとりとめもない流行の話題や日常の話題で盛り上がる。そのうち三千花が思い出したように鎮守府の話題を口にした。

 

「そういえばさ、前に提督から説明受けたけど、艦娘や鎮守府って言い方、現場の人が使いまくって広まったんだっけ?」

 艦娘の世界に顔を出しているとはいえ一般人である三千花。彼女の発言に那珂と五十鈴は知っている限りのことと自身の感じ方をひと通り述べ始める。

 

「そうそう。本当の名前は長ったらしくて味気ない呼び方よねぇ。私は艦娘になった当初、他の鎮守府の艦娘とたまたま接する機会があってその時にその人たちに聞いてみたんだけど、みんな鎮守府っていう昔の海軍の基地?の名前で呼ぶのは、そのほうがカッコいいし一発で似たような存在感やその役割を表現できるからなんですって。」

「へぇ~。そうなんですか。それじゃあ艦娘っていうのは?」と三千花。

「艦娘って言い方の由来は複数あるらしいわ。一つは艤装っていう艦船のデータを入れた機械を装備をする人、つまり艦の名を受け継いでその役割を担う人。だから艦になった女、または娘っていうじゃないかって。艤装と同調できるのは圧倒的に女性が多いかららしいわ。あとは大昔に流行ったゲームで、似たような言葉が使われていたって。死語にもなったその言葉を掘り起こして流用したんじゃないかって。もうネットでも探すのが困難なくらい文献が残っているかどうかもわからない、古いゲームらしいわ。まぁ私としては前者のほうが有力だと思うけどね。」

 五十鈴の長々とした説明に三千花はなるほど~という表情をして感心して頷いた。

 

「へぇ~って五十鈴ちゃんすんげぇ知ってるね。驚き~。」

 五十鈴が説明している様子を見て那珂も素直に感心していた。五十鈴は照れくさそうにしながらも説明を続ける。

「ンンッ!あんたに褒められると調子狂うわね……。あたしはあんたと違って普段から真面目に調べ物したり頑張ってるんだから。……ともかくも、他にも由来みたいなの聞いたんだけど、どれも艦娘制度が始まった当初から使われてたそうよ。多分時期的な話だけは本当なのだと思うわ。」

 

 五十鈴の想像混じりの説明を聞いた三千花は呆れた様子で感想を口にした。

「今じゃ雑誌とかネットでも普通に現場から広まった言葉使ってるのよね。最初に艦娘って使った人すごいね。」

「うんうん。今じゃ普通に艦娘って言葉使ってるしね~。もしホントだったら、『あたし艤装装着者になって、深海凄艦対策局および艤装装着者管理署○○支部に着任して活躍するんだ~』とか言ってたのかと思うと舌噛みそうで大変~笑っちゃうよね~。」

 長々とわざとらしく正式名称を使う那珂の言い回しに三千花と五十鈴はほぼ同時に似たようなツッコミをする。二人からツッコミを受けて満足気な那珂は両腕を後頭部に回して組みながらエヘヘと笑ってごまかした。

 

 

--

 

「ま~あたしたちはそんな艦娘になりましたが、五十鈴さんや。」

「なによ?」

「真面目な五十鈴さんは今気になってる人、いらっしゃるのでしょーか?」

 

 急に話題を変え、姿勢を前かがみにして上目遣いで五十鈴の顔を覗き込む那珂。二人の間にいた三千花は親友が時折人を多大にからかう時のいやらしいニヤケ顔になっていることに気づいた。と同時に嫌な予感しかしない。

 このままでは五十鈴の危険が危ない!などと三千花は悟ったがとりあえずそのまま見ていることにした。

 

「え……何よ突然!?」

「え~あたしたちは艦娘である前にぃ~、花の女子高生ですし、ねぇみちかさんや。」

 同意を求められて三千花は心臓が一瞬跳ねた。

「私に同意を求めないでよ!それにその言い方、いちいち古いのよ。」

「え~だっておばあちゃんやママが女子高生だった時に使ってたって言い方さ、逆に新鮮じゃない? それはそうと。みっちゃんも気になるでしょ? 艦娘の恋愛事情。」

 

 親友が言葉巧みに誘いかけるのを聞いて、三千花は実はそれなりに気になっていた。艦娘というよりも、艦娘になった他校の生徒の素行が気になっているというほうが正しい。三千花には那美恵、あるいは後輩の流留や幸がいる。その二人であってもそれほど知っているとは言えないが、せっかく知り合えた同学年の五十鈴こと五十嵐凛花についてもうちょっと知りたいと思い始めていた。

 そんな思いが湧き上がっていたため、那珂の言うことに微妙な反応を示し始めす。三千花は心のなかで、"五十鈴さん、ゴメンなさい"と謝りつつ今の考えを口にした。

 

「んーと。ええと。そう言われてみるとそ、そうかな?せっかくこうしてお招き頂いてるんだし。なみえ以外のか、艦娘の方のこと知りたいかな……?」

 親友からその言葉を聞き出したその瞬間、那珂はしてやったりの薄らにやけた顔になる。三千花だけでなく五十鈴もその表情の示さんとするものを感じ取るのは難くなかった。

 

「じゃあちょっとこっちこっち。」

 那珂は三千花と五十鈴を手招きして会議室の端っこに連れて行った。そうすることで川内たちのいる場所とも、五月雨たちのいる場所ともほぼ等間隔で間が開くことになった。

「なになに?なんなのよ端まで来させて。」

 五十鈴は那珂の意図がわからずに問いただしながら移動する。三千花はもうどういう展開になるのか想像がついていたためあえて何も言わずに親友の動きに追随する。

「じゃあ準備おっけ~ということで。五十鈴さんにインタビューです!」

 那珂は箸をマイクに見立てて箸頭を五十鈴の口元に近づけた。

 

「あ、あんたねぇ~何のつもりよ!?」

「え~、アイドル目指すたるもの、街行く人や他の艦娘の皆さんにも積極的に話しかけられないといけないでしょ?あたしが艦娘アイドルになるための練習だと思ってさぁ。付き合ってよ?なぁに、恥ずかしいのは最初だけだよ。」

 

【挿絵表示】

 

「アイドルって……。」と五十鈴は呆れて一言。

 那珂は五十鈴の反応なぞ気にせず続ける。

「うちのみっちゃんなんか長年あたしに付き合ってくれたおかげで今じゃ黙ってたってペラペラ語ってくれるんだよぉ~。そりゃもうあんなことやこんなことまで恥じらいなんてなんのそn

「コラ!ホントだと思われたらどうするの!?」

 言葉の途中で三千花から怒られて遮られ、たじろいで見せる那珂の仕草は誰が見ても演技丸出しだった。いつもの調子でエヘヘと笑ってごまかすのみ。

 

 五十鈴はそんなやりとりをする二人を見て額を抑えてため息一つついた後、三千花に向かって労いの言葉をかけた。

「中村さん、那珂…那美恵の友人やってるの大変でしょ?」

 それはねぎらいというよりも同情の念が強い言葉だった。三千花はコクリと頷いて返事をする。

「アハハ……なんというか、はい。よそ様に申し訳ないというかなんというか。」

「お気持ち察するわ。私にもそれなりに変わり者の友人いるけれど、那珂ほどじゃないわ。」

「まぁ、これでも10年位付き合いあるんで。なみえの手綱の締め方とでもいったらいいのかな。わかってくれば楽して頼もしい娘なんで、どうかよろしくお願い致します。」

「フフッ。わかってるわよ。こっちでは任せて頂戴。」

 二人は学校と鎮守府、お互いそれぞれの場所で那珂の手綱を締めるべき似た立場なのかもと共通認識を得て、分かり合っていた。

 

「ブー!二人とも勝手にわかり合わないでよぉ!!インタビューの途中だぞ~」

 那珂はやはり演技丸出しの憤慨する仕草でもって三千花と五十鈴に文句を突きつける。

「え、それ続けるつもりだったの? ちょっと中村さん、彼女に何か言ってあげてよ。」

 五十鈴は話題をはぐらかすつもりで確認の言葉を投げかけた。しかし三千花の反応は芳しくない。

 三千花はそれとこれとは別、と言わんばかりに先ほどの分かり合えた感情とは違う感情でもって五十鈴に向き合い、そして視線を外した。五十鈴はそれを見て頭に?がたくさん浮かび困惑する。

 五十鈴の混乱を察知した那珂は彼女の様子を一切に気にせずインタビューごっこを再開した。

 

「むふふ~。じゃあ改めて聞きます。五十鈴さんは今気になってる人はいるのでしょーか?」

 親友のサポートを受けて那珂は改めて手に持った箸の頭を五十鈴に向けて問いかけた。

 五十鈴は深く大きくため息をついた。この女、この表情ということは、きっと何を言っても茶化す気満々だなと悟った。ならば逆に驚かせてやれという考えが五十鈴の頭の中に浮かぶ。

 そして目を細めて視線を下向きにしながら答え始めた。

 

「わかったわよ。答えればいいんでしょ答えれば。……いろんな意味であんたが気になってるわよ、那珂!」

「ドキッ!! 五十鈴ちゃんそーいう趣味だったの!?あ、あたしにはまだ早いよぉ~。五十鈴ちゃん不健全~!」

 頭をブンブンと横に振ってわざとらしく拒絶と照れを演出する那珂。ただ五十鈴の回答は那珂にとっては予想の範囲内である。平然と五十鈴の回答に鋭く反論した。

 

「も~五十鈴ちゃんったら。それは反則ぅ。ダーメ!ちゃんと答えなさい!」

「だ、誰が真面目に答えるのよこんな場で!」

「すみません五十鈴さん。この娘こういうノリになったら止まらないんで、ノってあげてください。」

「ちょっと中村さん!?あなたちゃんと那珂の手綱締めてよ!」

「大丈夫です。締めるときは締めるんで。」

「今が締め時じゃないの!?」

 五十鈴の叫び(周りに人がいるので小さな声だが)は那珂と三千花の耳から耳へと素通りしていった。観念したのか五十鈴は半泣きになりながらも答えた。

 

「私の学校、女子校だからそういう人なんて外でもない限りできないわよ!!」

 五十鈴の心の叫びであった。それを聞いた那珂はその回答を受けて言い回しを変えて再度問いただそうとした。

「ん~そっか女子校だったよね○○高は。そうですか~。だったらねぇ、将来的に五十鈴ちゃんがその巨大なおっぱいでぇ~、落としたい人を…あいたぁ!!」

 

 五十鈴に比べて遥かに"ない"自身の胸を両脇から押して寄せてナニかをするアクションを取りつつ、視線をこの部屋にいるアラサー男性にチラリと視線を向けつつも質問しようとしていた那珂だったが、言い終わるが早いか三千花が那珂の頭をチョップで叩いた。

「さすがに今のはダメ。セクハラ。五十鈴さん確かにその……だけど。てかなみえさぁ、内田さんにも神先さんにもそうだけど、どれだけ胸見てるのよ? ……もしかしてコンプレックス?」

 

 三千花が鋭くツッコむと那珂は凍るようにピタリと止まった。今度のその態度にはいつものおどけた様子がない。三千花は親友ではあったが、親友の(密かな)コンプレックスまでは知らなかったのだ。

「う…え~っと。その……。アハハ!」

 目が泳ぎまくっているこの反応はマジか、と三千花と五十鈴は驚きを通り越して呆れてしまった。

 

「なるほどね。そうなのね。ふ~ん、これはいいこと知ったわ。感謝するわ中村さん 。」

「いえいえどうしたしまして。手綱ってこういうふうに締めていけばいいんですよ、五十鈴さん。」

 五十鈴は三千花に視線を向けてウィンクをし、三千花はニコリと笑って返事を返した。

 二人は那珂がこれまで見せたようないやらしい顔をして逆に那珂に向け始めた。

 

 

--

 

「それじゃあ次はあんたの好きな人を言ってもらいましょうか。」

 目を細めて艶やかな仕草で視線を送る五十鈴。

「てか五十鈴ちゃんまだ言ってないじゃ~ん!?」

「あんたのそのうすらとぼけた顔見てたら言ったら負けな気がするから言わない。」

 那珂が困り笑いをしながら五十鈴を指差して言うと、五十鈴はプイとそっぽを向いて言った。

 

「ずりぃ! じゃああたしも! それにア、アイドル目指すたる者、恋愛は

「なしとか家族が好きとかはナシだからねなみえ。それこそずるいよ。」

 先ほどの態度とは打って変わって本気のうろたえ方をする那珂。わざとらしく身体をクネクネするが、本気の照れ隠しも交えてのことだった。

「う~みっちゃんずりぃ~。さすがあたしの親友や~。てかあたしと一緒に五十鈴ちゃんの気になる人聞き出してくれるんじゃなかったのさ!?」

 本気半分嘘半分の半泣きしながら那珂は三千花に食って掛かった。それを三千花は慣れた扱い方であしらう。

「私はなみえに一矢報いるためならなんだってするわよ。それになみえの好きな人も気になるのよねぇ~~。」

 

 逆の立場になってしまい逃げ場がなくなった那珂は、あくまでケロッとした軽い口ぶりで観念して答えることにした。

「はいはい。あたしは提督が好きだよ。これでいいんでしょ?」

「ウソくさ……真面目に答えなさいよ。」

 あまりにもあっさりと答えてきたので五十鈴はそれを一蹴する。

 

「え~だって好きってのはホントだよ?あたしのこと色々見てくれてるしぃ~、彼もあたしのこと好きな気配あるっぽいしぃ。両思いってやつ?」

 わざとらしく頬に指を当ててぶりっ子よろしく答える那珂に呆れる五十鈴。

「あ~もういいわ。あなたもマジで答える気がないのだけはわかったわ。」

 そう言う五十鈴ではあったが、心の奥底ではホッとする安堵感と心に霧がかかったような不明瞭感を抱いていた。那珂の告白が本当ではないことを祈りつつ。

 

 一方で三千花は、親友の答えを茶化す気にはなれなかった。これまでわずかではあるが西脇提督と那珂(那美恵)のやりとりを目の当たりにして、度合いはどうであれ、その思いは限りなく真実になりうるかもと気づいていた。

 口では一矢報いるなどと言ったが、本気で親友のその手の思いをバラして辱める気は三千花にはなかった。そのため五十鈴の言い方に合わせることにした。

 

「なみえはほんっと適当だよね。親友の私も呆れるくらいよ。」

「エヘヘ~。」

 那珂は親友の察しに気づくことなく微笑むのみだった。

 

 ふと那珂が視線の向きを変えて提督を見ると、先程明石のところに戻ったはずがすぐ側、つまりは先ほど自分たちがいたところで残りのメンツと話に興じているのに気づいた。

 

((まずっ!?今の聞かれた!?))

 那珂につられて視線を向けた三千花と五十鈴も似た反応を示した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

川内・神通・不知火たち

 川内と神通は三戸と和子、そして不知火と話していた。川内は夕立と同じく皿いっぱいに料理を盛って手に持って食べながら会話に参加している。

 

「内田さん結構食べるよなぁ。女の子でその量って珍しくない?」

 三戸は同意を他の女子3人に求めると、その意見に賛同したのか3人共コクコクと頷いた。

「え~そうかなぁ~。あたしは普通に食べてるつもりなんだけどなぁ。てか三戸くんもっと食べなよ。君だって食べるでしょ?」

「いやまあそりゃ食べるけどさ、さすがの俺もこういう他の場じゃ遠慮するって。内田さん遠慮しなさすぎ。」

「あたしは無駄に遠慮したら負けと思ってるから。それにこれから鎮守府はあたしの居場所でもあるんだし、いいじゃん。」

 流留のついこの前までの状況を知っている三戸と和子は川内の言い分に歯切れ悪く相槌を打った。当然、川内がその手の細かい仕草や思いに気づくわけもない。

 咀嚼し終えると不知火の方を見て質問した。

 

「ところで不知火さんだっけ。どこ中?」

 非常にぶっきらぼうな言い方で川内は黙りこくっていた不知火に尋ねる。傍から聞いて言い方が気になった神通だったが、同じような無口なタイプの不知火は言い方なぞまったく気にすることなく、数秒してから口を開いてハキハキと答え始めた。

「○○中学です。2年です。」

「ふーん。艦娘になって長いの?」

「はい。私は五月雨のすぐあとなので。」

 

 川内が話題の口火を切ったため、和子も話題に乗ることにした。

「そうなんだ。五月雨ちゃんの後ということは鎮守府Aでは2番めに長いってことですよね。なにげにここにいらっしゃる艦娘の皆さんのほとんどの先輩なんですね。」

 和子の感想に神通も相槌を打つ。言われた当の不知火は褒められていると捉えたのか照れて遠慮しがちな返事を返す。

 

「いえ。まだまだ若輩です。まだ精進あるのみ、です。」

 不知火が発した言葉、その言い回しに高校生4人はまったくもって彼女の遠慮や照れなどを感じ取れないでいた。むしろ、年代の割に固い言い方だという感想しか持てなかった。

 誰もが思っていてあえて言わなかったことをズバリ口にしてしまったのは川内だった。

「不知火さんかったいなぁ~言葉遣いなんだかババくさいよ~!もっとゆるく行こうよ。あそこでキャイキャイ話してる五月雨さんたちみたいにさ。」

「!!?」

 和子と神通はもちろん、三戸も気にはなったその言葉遣い。ただ不知火のことをほとんど全く知らないため、あえて触れて反応を得る必要もないだろうと思って言わなかったことを、川内はサラリと言ってツッコんでしまった。

 さすがに3人も呆れたというより逆に反応に困る羽目になった。

 

 神通は川内の服のスカートにあたるアウターウェアを軽くクイッと引っ張って注意した。

「んっ、さっちゃん何?」

「内田さん。そういう言い方はちょっと……」

「え~だって不知火さんホントに固いじゃん。今の言い方時代劇とかでもたまにしか聞かない言い方だよ。」

「それは……人それぞれだから。」

 それ以上は言葉がうまく出てこず、口ごもってしまう。そんな神通を見かねた三戸が代わりに川内を叱責した。

「内田さん内田さん。さすがに歯に衣着せなさすぎだよ。もうちょっとオブラートに包もうよ。相手は中学生だぜ? な、神先さん?」

 神通は三戸のフォローを得てわずかに自信を持ち、川内に言葉ではなく目で訴える。

 以前の神通こと幸からは到底考えられぬ、他人への気にかけだった。別段迫力らしい迫力はなくつつけば簡単に退せそうな雰囲気で弱々しいものだが、思うところがあったのか川内は神通の目を2秒ほどジッと見た後態度を変えた。

 

「ん~わかった。さっちゃんがそういうならあたし言い過ぎたのかも。ゴメンね不知火さん。気にしないでね。」

 川内は後頭部をポリポリ掻いて不知火のほうに頭ごと視線を移して謝った。不知火は言葉こそ発さなかったが、頭をブンブンと横に勢いよく振って態度で気にしてないですという意思表示をした。

 

 

 その空気が悪いままだと気まずいと思い、三戸が話題を逸らすために改めて声を誰へともなしにかけ、話し始めた。

「そ、そういえばさ、智田さんの中学校って艦娘部はあるのかな?」

 不知火は一瞬頬をピクッとさせたあと、聞こえないくらいの音で口の中から息を吐き出した後答え始めた。先ほどまでの川内や和子という少し年上の同性への応対とはうってかわって戸惑いの色が見えていた。

 

「ええと。あります。この前司令に提携してもらって、友達と。」

 不知火は説明する内容を必死に考えながらしごく冷静に言い放つが、実際は焦りがあった。そのためか発した説明が断片的になる。声は張っていたため聞き取りやすいものの彼女のポーカーフェイスぶりはほぼ完璧で、実際は説明に戸惑っていたことなど三戸を始め和子・川内・神通が気づくはずもない。高校生組の間では、必然的に彼女の印象は次のもので共通した。

 

 

 口下手

 

 

 それは不知火こと智田知子の世間的(自身の中学校とその周辺)からの評価と一致していた。本来の感情を読みづらい分、彼女が発した言葉が余計にストレートに足りなさを感じさせてしまうのだった。

 さすがに彼女が実際に発した言葉から物事を察するのは無理だと悟り、まず三戸は和子に視線を送り支援を求める。和子はそれに気づき、不知火との会話の主導権を握って進めた。

 

 

「そうなんですか。不知火さんのところもあるんですね。お友達は何人艦娘部にいるんですか?」

「…5人です。」

「5人ですか!うちの艦娘部より多いです!うちはあそこでこそこそ話してる那珂こと光主那美恵という人と、ここにいる川内こと内田流留、神通こと神先幸の3人なんですよ。」

 不知火は和子から説明返しをされてコクコクと頷いた。

 和子は続いて質問する。

 

「お友達は5人が部にいるんですね。じゃあ艦娘になってるのは何人いるんですか?」

「……私だけです。」

「不知火さんだけですか。不知火さんはこの鎮守府で艦娘になって五月雨ちゃんの次に長いんですよね。その間自分の学校から一人で大変だったのではないですか?」

 不知火は無言で頷く。

 

「そうですよね。不知火さんは普通の艦娘?それとも学生艦娘ですか?」

「はじめは…普通の艦娘でした。」

「私達も会長から艦娘のこと色々聞いてやっとわかってきたんですけど、普通の艦娘だと学校の授業とのやりくり大変ですよね?それで学校と鎮守府の提携を西脇提督にお願いしたんですか?」

 

 和子の一つ一つの質問に答えていく不知火だが、この質問に対しては初めて(本人的には)長々と回答した。

「私は別にそうでもなくて、陽子と雪がずっと学校にお願いしてて、この前司令が来て提携してくれたのです。」

 また断片的になってしまっており、なおかつ新たな人物名が出てきたため、和子はそれを一つ一つ噛み砕くように聞き出す。

 

「えーっと、不知火さん自身はそんなに気にしてなかったですか?」

 不知火はコクリと頷く。

「で、その陽子さんと雪さん?というお友達は気にしていたと。まだ艦娘になってないお友達がどうして気にしてたのでしょうか?」

 不知火は首を傾げよくわからないという意思表示をした。和子はこの聞き方ではダメだと悟り聞き方を変えた。

 

「不知火さんは艦娘のお仕事と授業がバッティングしたときはどうしてましたか?」

 不知火は目をぱちくりさせ、数秒して答えた。

「志保と…桂子先生に頼みました。」

 また新しい人物が出てきた。これは面倒になってきたと和子は内心思ったが口に表情にも出さずに落ち着いて聞き返した。

「お友達と……先生ですね。その二人に代返というんでしょうか。相談したということですか?」

「……はい。話して休ませてもらいました。」

 

「なるほど。じゃあ先程の陽子さんと雪さんは、不知火さんのことを志保さんと桂子先生から聞いていたから気にして学校提携をお願いしていた、こういう感じでしょうか?」

 和子の長めの確認に不知火はまたしても首をかしげるが、何かに気づいたのかわずかにハッとした表情になり(和子と神通しか気づかなかった)、返事をした。

「はい。多分。」

 

 そこまで聞いてやっと和子以外のメンツはハァ…と息を吐き出して感想を言い合った。

「毛内さんすごいなぁ。よく聞きだせるよね。」

 三戸が素直に感心する。和子は少しだけ照れて前頭部につけている髪飾り付近を撫でた後答える。

「似た友人そばにいますからね。お手の物です。」

 そう言いながらチラリと神通を視線を送る和子。その視線の先に気づいた三戸は

「あぁ~納得納得。」

 とだけ言い、誰が好例だったのかには言及しなかった。

 

 神通は友人の視線には気づかず、不知火に対して感想を口にしていた。

「色々……大変なんですね。艦娘と学校の両立って。不知火さん…偉い。」

不知火は頭をブンブンと思い切り横に振り、そして一言だけ神通に向かって言葉を発した。

「神通さんも、きっとやれます。」

 

 違う学校とはいえ後輩、しかも自分に似た雰囲気の少女に鼓舞されて神通は心の底から嬉しさがこみ上げてくるのを感じた。艦娘になっていなければ自分には話せる後輩なんて絶対できないだろうと思っていた。自分を変えるために艦娘になった効果が、早速あったかもと、心の中でわずかに微笑んだ。

 ただ、傍から見ると二人とも黙りこくったまま見つめ合っているようにしか見えない。

 この二人、将来的には鎮守府Aで一二を争う、何を考えているのかわかりづらい二人組の誕生であった。

 

 時折口に料理を運びながら聞いていた川内は箸を休めて、同じく感想を口にした。

「なんか面白いね。艦娘って言ってもやっぱ普通の人の集まりなんだな~って改めて思ったわ。色んな人いて楽しいかも! いつかあたしたちもこうして新しく入る人に話す日が来るのかなぁ~。ね、さっちゃん?」

 神通はコクリと頷き、展望を語る。

「うん。自信持って話せるように……なりたい。」

 

 そう口にした神通の思いは、川内はもちろんのこと、艦娘になってない普通の立場の人間である三戸と和子も通ずるものがあった。三戸は流留を、和子は幸がそうなるよう、陰ながら支援していこうと密かに決意をしていた。

 

 

--

 

 一同が引き続き話そうとしていたその時、神通の顔と表情がこわばっていることに気づいた和子が友人の視線の方向、つまり背後を振り向くと、そこには提督がいた。残りの3人も一斉に振り向いて提督を迎える形になった。

 

「提督(司令)!」

「や!楽しんでる?」

 提督は紙コップを片手に持ち、もう片方の腕でシュッと前に手首を振る仕草で挨拶をして近づいていた。

 

「提督、明石さんたちのほうはいいんすか?」と三戸。

「あぁ。あっちはあっちで勝手にやってるよ。それよりも若い子と話したくてね。」

「提督おじさんくさ~い!」

 川内は軽い口ぶりで茶化す。

「おいおい。まだ俺33だぜ?十分イケてるだろ?」

 提督の口ぶりに川内や三戸は失笑する。本気でからかいの念を含んでいるわけではないのは提督自身にも分かった。

 和子と神通、不知火も一瞬クスッと笑うがその様子を隠し、すぐに提督をフォローする。

「はい、西脇さんはイケてると思いますよ。」

 神通と不知火は和子の言葉にコクコクと頷いて同意する。

「ハハッ。ありがとう。ところで割り込んで申し訳ないんだけど、どんなこと話してたのかな?」

 提督が誰へともなしに聞くと、それには和子が答えた。

「不知火さんの学校とも提携したって聞いたんですけど、それ本当なのでしょうか?」

「あぁ本当だよ。時期的には……そちらの高校に最後にお邪魔した翌週だったかな。ね、不知火。」

 提督の確認に不知火はコクリと頷く。

 

 提督が最後に和子達の学校に来たのは、学校提携の正式な書面での調印と艦娘部勧誘の展示の記念すべき初日であった。それを思い出した三戸と和子は事情をわかっていたので相槌を打つ。一方で川内と神通はその当時まだ艦娘の"か"の字も触れていない頃だったため、よくわからず口を挟めずにいる。

 

 それを見た三戸は二人に向かって解説した。

「あのさ、西脇提督がうちの高校に来たのって、うちの高校と正式な提携をした日なんだ。んで、艦娘部の勧誘の展示を始めた日。」

「あっ、そうなんだ。じゃああたしらが知らなくて当然かぁ~。」

 川内と神通は納得したという様子を見せた。

 

「でもうちでさえ会長が最初にお話持ちかけてから3ヶ月ほどかかっていたのに、よく急に翌週に不知火さんの中学校にいけましたね?」

 和子が聞くと、提督はその当時のことを思い出しながら語った。

「急でもないんだよ。不知火の中学校とはもともと、五月雨たちの中学校との提携が成った直後に、あちらから話をもちかけられたんだ。」

 和子達4人は黙って提督の話に耳を傾けている。

 

「当時は俺も鎮守府の責任者になったばかりで色々管理面でまだ勝手がわかっていなかった頃だからさ、五月雨…つまり早川さんたちの中学校でさえやっとこさだったのに、先方から話を持ちかけられて、ある意味手間が省けて楽だ思ったけれど、とても次の提携やよその学校から艦娘を迎え入れる体制を整えられてなくてね。それで止むなく返事を保留にしていたんだ。」

 

「提督…てか責任者ってのも大変なんっすねぇ……。」

 と三戸は同情にも似た感想を口にする。提督は三戸の言葉にフフッと笑った後説明を再開した。

 

「当時は五月雨の後に白露型と呼ばれる姉妹艦の艤装が立て続けに配備が予定されていてさ、姉妹艦なら五月雨になった早川さんの学校の生徒さんに着任させてあげたいと思っていたんだ。そうしたらいきなりまったく関係ない型の艤装が配備されたんだ。そこで不知火…智田さんの学校の生徒さんで試しにどなたか試験受けてみませんかと提案したんだ。提携はうちの運用が固まってないから、とりあえず普通の採用でいかがですかってことで。そうしたら、お友達とこぞって試験受けに来た智田さんだけが不知火に合格したというわけさ。」

 

 

「へぇ~それで五月雨さんたち白露型の艦娘の中に一人だけ陽炎型の子がいるんだね~」

「お?不知火が陽炎型ってことわかってるってことは、川内はもしかして軍艦のこと結構知ってる口かい?」

 川内が現状を確認して述べると、提督は川内の口ぶりに関心を示す。

 

「あたしだけじゃないですよ。三戸くんも知ってます。二人ともゲームで知ったんですけどね。」

「そうか。その手の知識があるのは助かるよ。」

 川内と三戸の思わぬ知識に感心を示した提督。そして続きを語り出した。

 

 智田知子が不知火に合格したことで、彼女の中学校は鎮守府との提携に俄然やる気をみせるのだが、提督は運用や交渉の手順がいまだ固まっていないことを理由に彼女の中学校へ提携は保留にさせてくれと再び断っていたのだ。

 

「……それから7~8ヶ月経つ間、早川さんの学校から生徒さんを迎え入れて着任してもらえた。そして普通に応募してきた五十鈴…五十嵐凛花さん、妙高になった黒崎さんとわずかだけど中学生以外の人を迎え入れて、俺も艦娘の責任者として運用がわかってきた。そして光主さんが那珂として着任して、今に至ると。」

 

「で、うちの高校なんすね!?」

 三戸が確認する。

 

「あぁ。正直言って、光主さんの着任とそちらの高校との提携話はタイミングがよかったんだ。俺も経験積んでようやく鎮守府の管理や艦娘の運用にも慣れてきた。光主さんは那珂としてよく働いてくれるし、アイデアもたくさんくれる。そして彼女は艦娘の活動と普段の生活で問題点と新しい運用の仕方を見出してくれた。」

「新しい運用?」

 三戸と和子、そして川内がハモった。

 

「三戸君と毛内さんは知ってると思うけど、艤装を鎮守府外に持ち出して同調を試す、このことだよ。」

「あ、なるほど。そういうことっすか。」

「三戸君たち君たちの行動も大変参考になったよ。提携を望む学校側でやる気のある生徒さんがこうして大人がやることを助けてくれるんだって。そして俺も自信がついたって言えばいいのかな。それで不知火と話して、保留にしていた彼女の中学校への返事を復活させて、無事に提携を取り付けたわけさ。実は一番時間がかかってるんだ。」

 

 提督は照れくさそうに鼻の頭を軽くこすって再び口を開いた。

「俺が自信ついたのは、光主さんがいてくれたからってところかな。突飛な発想でかき乱してくれるときもあるけど、俺や五月雨では思いもつかなかったことを教えてくれる。本当、助かってます。あ、これ、あそこにいる3人には内緒ね?」

 

 提督は人差し指を口の前に出して内緒の仕草をして三戸たちに念押しをした。三戸たちは深く相槌を打って、目の前のおじさんの密かなお願いに「はい」と小声で答えた。那珂たちはなにやらワイワイキャッキャと話していて夢中のようで提督が三戸や和子、不知火たちと話していることに気づいていないようであった。

 

「提督、もしかして会長みたいな人がタイプなんっすか?」三戸がにやけ顔で提督に尋ねた。

「な、何を言ってるんだ!違う違うそうじゃないよ。仕事上のベストパートナーっていうのかな?」

「あ~、提督赤くなってる~!」

 提督は顔を朱に染めながら平静を装って必死に言い訳をする。ただどう見ても落ち着けていない。それを見て川内が茶々を入れてからかった。

「お、大人をからかうんじゃない!」

「アハッ!提督ってばかわいいー」

 再びからかおうとする川内に対し提督は手刀をする仕草をして諌めようとするが、まったく迫力も説得力もない仕草になっていた。

 

 

--

 

 提督が落ち着いたのを見計らい、三戸は提督に尋ねた。

「ところで提督。不知火さ…智田さんが不知火になったってことは、五月雨ちゃんのとこと同じように姉妹艦になれる子をそこの中学校から着任させるつもりなんすか?」

 三戸の予想は当っていたのか、提督は彼の言葉を受けて答えた。

 

「あぁそのつもりだ。そうできればいいなと考えてるよ。」

 

 その答えを聞くと三戸と川内は顔を見合わせ小声で言葉を交わす。そののち川内が提督に向かって言った。

「提督さぁ、そうすると智田さんの学校から結構大勢入ることになるかもしれないけど、大丈夫なの?」

「ん?どういうことだい?」

 川内の言葉に三戸が続いた。

「陽炎型って、姉妹艦めちゃ多いんすよ。艦娘の姉妹艦が軍艦の方の姉妹艦と全く同じかはわからないっすけど、もし同じだとしたら大勢着任させることになるのかな~って思ったんすよ。うちの高校の艦娘部の川内型3人どころの話じゃないっす。」

 三戸の説明に提督は軽く呆けた後しかめっ面になって言葉に詰まり、考え込んだのち口を開いた。

 

「それは俺知らなかったよ。……そんなに多いのかい?」

「「はい。」」

 川内と三戸の返事がハモる。

 

「もし全艤装分の艦娘が着任したら、それだけで今のこの鎮守府の人数超えるっすよ。」

 と三戸はトドメにも等しいセリフを突きつけた。

 提督は軍艦の情報をもとにした艤装装着者、艦娘の種類について知らない点が多かったため、三戸や川内の言うことがピッタリ当てはまるなら、管理が大変になるかもと途方に暮れる。だが極めて平静を装ってこの場にいる学生たちに展望を述べる。

 

「ハハッ。まあそうだとしても、一気に全姉妹艦の艤装が配備されるわけじゃないからね。増えたら増えたで考えるさ。そうなったときは川内、君の持ってる知識で色々アドバイスほしいな。助けてくれるかな?」

「えっ、あたしなんかでいいんですか?」

「三戸君でもいいんだが、艦娘ではないしそのたびに連絡してアドバイスいただくのも申し訳ないからさ。二人は同じくらい艦隊の知識あるみたいだし、川内がいてくれると助かるんだ。」

「アハハ~。まだ艦娘として活動してないのに頼られるのってなんか不思議な感じ。うんいいよ。那珂さんほどとはいかないだろうけど、ゲームで得た知識なんかでいいならどんどんあたしを頼ってよ。」

「あぁ。よろしくな。」

 提督は川内に笑顔で声をかける。川内も、これまでの日常で趣味話を語り合っている時のような心から嬉しそうな笑顔になっていた。

 

「じゃあ若い子同士でごゆっくり。」

「提督?」一言で尋ねる川内。

「トップたるもの皆の様子をちゃんと見ないとな。ってことで別の島へ。」

 

 川内が見つめる提督は紙コップを持っていない方の手をひらひらさせて身体の向きを変えて別の集まりの方へ足を動かした。

 川内は提督と以前話したような趣味の話でもっと盛り上がりたかったが、(三戸は別として)不知火や和子たち話の合わなそうな人もいたことと、タイミングを逃したためこの場で会話を続けることはできなかった。

 

 

--

 

 提督と川内、そして三戸が仲良さそうにしていたのを見て一人だけ距離を感じていた神通は気付かれないように和子の後ろ隣に来ていた。和子は途中で気づいたが特に触れる必要もないだろうと思い神通を側にいさせた。

 ただ和子は、提督が川内に頼るような言葉をかけたその直後、斜め後ろからか細い声の

「いいなぁ~…」

という言葉を聞いてしまった。チラリと和子が斜め後ろに視線を送ると、長い前髪で隠された顔の奥の神通の瞳が半分ふさがっているのが見えた。川内が艦娘として活躍する前から頼られ自信をつけているのに対し、神通は真逆を行きそうだと感じた。

 このままではこの友人は思うように活動できないかもしれない、どうにか彼女のためになることをしなければと、和子は密かに思った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

提督と艦娘たち

「今の…聞かれちゃったかな?」

「どうだろ?うちら小声だったから大丈夫なんじゃない?」

 普段の様子と裏腹に本気でさきほどの自分の発言に対する反応を気にする那珂。三千花は無事であるだろうと想像して平然と適当なフォローをする。

 

 五十鈴は何度かチラチラと背後の提督を見るが彼と川内や神通たち5人が気づいた様子はないとふんで一息つく。

「って、なんで私までドキドキしなきゃいけないのよ!」

 努めて小声で那珂に怒鳴る五十鈴。

「知らないよぉ~。勝手に五十鈴ちゃんドキドキしちゃってさ~。あたしの発言のほうが聞かれたらまずいよ~。」

 またしてもわざとらしくクネクネと身体をツイストしておどけながら恥ずかしさをアピールする那珂。三千花も五十鈴もその行動にはもはや触れずに那珂の言い分だけに反応して返す。

 

「あんたこそいつもの冗談なら平気でしょ?」

「だから言ってんじゃん。ホントだってぇ~。」

「……え?ほ、本当…なの?」

 五十鈴は上ずった声になって那珂に確認する。那珂は大きくコクンと首を縦に振った後、声に出した。

「ホントホント。那珂ちゃん嘘つかない。」

 

 那珂の言い方と態度には普段のおちゃらけが混じっている。五十鈴は那珂の今の言葉さえ、本当かどうか怪しいとふむ。つまり、那珂の告白はすべて信用出来ない。判断しかねる。一緒に艦娘の仕事をし始めてある程度経つとはいえ、五十鈴は那珂のことを大して理解できていない。真面目な点では信じる・頼るに値すると思っているが、普段の様はからっきしである。

 

 疲れる。

 五十鈴の心境はこの一言に満ちた。真面目に振る舞うときは割りと好きになれるが、目の前の少女は妙に他人の感情や思いを察するのが得意ときている。自分の思いに感づいていておちょくるためにわざと発言している可能性も否めない。

 中村三千花という彼女の同級生は、よくこんな人と幼い頃から付き合えるものだ。きっと彼女なりの苦労があったからこその今なのだろうが……。いっそのこと光主那美恵使用マニュアルでもいただきたいものだ。

 そう頭の中で思いを張り巡らせる五十鈴。

 

 とりあえずは、真に受けないこと。五十鈴は三千花からそれとなく聞けたその忠告を念頭に置いて那珂に反応することにした。

 五十鈴はジーっと那珂を真正面に見つめる。那珂はまさか五十鈴が黙ってじっと見つめてくるとは思わなかったので少し焦りを見せた。

「な、なに五十鈴ちゃん?あたしのこと見つめちゃって。」

「……ま、いいわ。そういうことにしておきましょ。」

「?」

 

((もし本当だったら、一番やっかいなライバルだし、嘘だったら私の気持ちを弄ぶ那珂を許すことはできない。))

 

 

--

 

「あ。」

 三千花が少し上ずった声で一言だけ発した。

「どしたのみっちゃ……あ!?」

 那珂と五十鈴は三千花と向きあうように立っていた。それは川内たちに背中を向ける形になっており、そこから近づいてきた提督にすぐには気づけなかった。三千花が一言発した拍子に振り向くことで初めて後ろに迫っていた気配に気がついた。

 

「や!3人は何を話してたのかな?」

 

 五十鈴は心の中で思いを張り巡らせていた直後、那珂は自身の発言の後だったため提督の何気ない語りかけにすぐには対応できない。二人とも「あ。ええと……」と焦りで言葉を濁している。

 そこで至って平常心な三千花が助け舟を出して先に対応した。

 

「ガールズトークですよ。だから西脇さんは聞いたらいけません。」

 決して強い言い方でもなく、本気で言ってるわけでもないがピシャリとした言い方の三千花の一言。

「ありゃ。それはおじさんにはつらいな。それじゃあ引き続きお楽しみくださいな。」

 提督は肩をすくめて軽くおどけて冗談を言いながら踵を返し、食べ物を置いてあるテーブルのほうに向かっていく。

 提督が背を向けたので視線が交わう心配がなくなりホッと胸をなでおろした那珂らはいつもの調子で提督に一言だけ茶化し混じりの声をかけた。

 

「自分でおじさん言わない~!提督十分若いよ!ちょっと歳の離れたお兄ちゃんで通じるって~。ね、五十鈴ちゃん。」

「へっ!?あ、そ、そうね。そうよ提督。……私はどっちでもいいけど。」

「ははっ、ありがとう。」

 五十鈴は急に振られて焦りつつも平静を取り戻しつつ同意する。最後の一言は非常に小さな声でモゴモゴ言ったので提督"には"聞こえなかった。

 

((てか五十鈴ちゃん、分かりやすすぎるよぉ~!さすがにこんな五十鈴ちゃんはいじったらかわいそうか~))

 

 なお五十鈴の頬は少し赤らみ、引きつっていた。対する那珂は赤らめてはいなかったが、引きつるというよりも頬の感度が少しだけ高ぶっていて、誰かに触れられたら非常に危ないところであった。

 

 

--

 

「あ~今度はマジでビックリしたね~。」

 那珂は自身の胸元に手を当ててホッと撫で下ろす。五十鈴もそれに倣って行うが、ノリツッコミのような態度になってしまった。

「ホントよ……ってだからなんで私まで!ち、違うんだからね!?」

「五十鈴ちゃん逆ギレかぃ。わけわかんないよぉ。」

 

 三千花の目の前でそんなやりとりをする那珂と五十鈴。三千花はそれを眺めていた。自分と那美恵とは違い、かなり凹凸あるコンビだが、五十鈴こと五十嵐凛花ならば、なんだかんだで良き付き合いをしていけるだろうと評価した。

 

 ただ五十鈴があまりに感情出しすぎ、反応しすぎなところが気になっていた。そこを親友である那美恵に突かれすぎないか、それだけが目下最大の心配事である。

 そんな、ついでの心配をする三千花であった。

 

 

--

 

 ひと通りのグループに顔を出して語らった提督は飲み物がなくなった紙コップを手に、中央にあるテーブルへと近寄った。テーブルの端、川内たちがいる方向とは対角線上の逆の場所では妙高と大鳥婦人がおしゃべりをしている。妙高と歳は近いとはいえ、さすがに主婦の井戸端会議に首をツッコむほど空気の読めない野暮な男ではない。

 まったくの同業ではないが近い業種のためにお互い理解のある明石たちのところに戻って会話に参加してみようかと思ったが、見るとかなり会話が弾んでいるようでとても提督が話に入れる雰囲気ではなかった。

 冷静に考えると提督はボッチだった。会社や地元に戻れば気楽に会話できる友人や同僚はいるが、この場では友人と呼べるほどの知り合いはいない。仕方なしに皿を手に料理を2~3取って適当な椅子に座って食事を再開した。

 もともとそれほど社交的ではない西脇提督は、自分で懇親会という場を設けてこの雰囲気を作っておきながら、この空気にやられて若干胃が痛かった。

 

 提督の様子に最初に気づいたのは妙高と大鳥夫人だった。近くにいるのでさすがに二人は気付き、提督に近寄って話しかけた。二人ともおっとりしているが気が利くため、話題は当り障りのないところで、鎮守府Aの艦娘10人突破の祝いの言葉や、今後の出撃や遠征任務のことを持ちかける。

 

 

 

--

 

 提督が愛想笑いをしながら話していると、そこに夕立が突撃してきた。彼女は料理を取るために中央のテーブル側に来ていた。提督が一人で食べているのチラリと見て、夕立の対提督レーダーがうなりを上げて彼女にビビッとさせた。つまるところ、彼女の行動はいつも突発的な思考によるものだ。

 

「てーとくさ~~ん!!」

 

 ガバッという効果音がリアルにしそうな勢いで夕立は提督の座る椅子に飛び込んでぶつかりそうになるが、ブレーキをきかせて寸前でピタリと止まる。

「うお!?あぶないな夕立は。なんだなんだ?」

「お食事するならあたしがあ~んしてあげるから、あ~んしかえして。一緒に食べよ? ……あー!?」

 

 夕立は提督の肩と腕をつかみながら無邪気に誘いかける。だがその刹那、いきなり素っ頓狂な声を上げた。

「てーとくさん、ポテト取ってる~!!」

「そうだけど、それがどうしたんだ?」

 提督が手に持つ皿にフライドポテトが入っており、なおかつテーブルのほうの大皿にフライドポテトがすでにないことを現実として理解した夕立は地団駄踏んで怒り始める。

 

「それぇ!あたしがぁ!最後にたべよーと思ってたのぉ~~!!」

「えー、そんなの知らんよ……。」

 駄々っ子のように怒る夕立に提督は呆れつつもやりすごそうとする。提督のすぐ側で見ていた妙高は彼女に優しく声をかけて慰めた。

「夕立ちゃん。また今度作ってきてあげるから、今日は我慢して。中学生なんだから我慢できるでしょ?」

「う゛~~でも食べたいんだもん……」

 今にも泣き出しそうな表情で提督の手に持つ皿rを見つめる夕立。提督はハァ…と溜息一つ付き、皿を夕立の前に差し出した。

 

「ほら。いいよ食べても。俺まだ箸つけてないからさ。」

 その瞬間、夕立の表情はパァッと明るくなり、提督が差し出した皿と提督の顔を交互に見て一言口にした。

「ほ、ホントにいーの?もらってもいいっぽい!?」

「そんな顔されたんじゃ譲らないわけにはいかないだろ。」

 提督は困り笑いをしながら皿を持っていないの方の手で夕立の頭を軽く撫でた。

「わ~~い!ありがとてーとくさん!大好き大好き!」

 提督は夕立に許可を与えると、彼女はすかさず提督の皿から自分の皿にポテトを移し替え始めた。

 

 年の割に精神的に幼い夕立。五月雨たちの学校のメンツの中では身体の発育はかなり良いが精神年齢の幼さが天真爛漫ぶりに拍車をかけていて、提督と妙高らアラサー組にとっては手のかかるでかい娘なのである。

 

 

--

 

 

「あっ!ゆうちゃん!また提督におねだりしてるー!」

 夕立の行為を斜め後ろから見てそう言ったのは五月雨だ。先ほど夕立が地団駄踏んで怒りだした時にその光景に気付き、いち早く近寄ってきていたのだ。

 

「ん?さみも食べる?」

「私はいいよ……。それよりも提督を困らせたらダメだよー。」

「だってさぁ、提督がポテト独り占めしたんだもん。」

 

「してない。してないぞ!?」

 五月雨は夕立の言葉を受けて提督の方を見ると提督は頭を振ってそれを否定した。なんとなくわかっていた五月雨は夕立の手をクイッとひっぱり連れて行こうとした。

「も~ゆうちゃんは我慢しなきゃ。同級生として恥ずかしいよ?」

「ドジっ子なさみに言われたくなーい。」

 

 五月雨のツッコミにぷいっとそっぽを向いて言い返し、夕立はポテトを盛った皿を手にして時雨たちのいる場所へスタスタ歩いていった。その場に取り残された五月雨は提督の方を振り返りお辞儀をする。

「提督。ゆうちゃんがご迷惑かけてほんっとゴメンなさい!大丈夫でした?」

「あぁ気にしないで。俺も気にしてないからさ。」

「でもお食事が……。」

「大丈夫大丈夫。まだあれだけあるんだし。まぁ本当はじゃがいも料理好きだったから全部譲ったのはちょっと残念だけど。」

 

 提督が何気なく口にした好みを聞いて五月雨はきょとんとした表情になる。

「提督、お芋好きなんですか?」

「うん。子供っぽくておかしいかな?」

「いいえいいえ!素敵だと思います!あ!違くて、おかしくないと思います!」

 微妙なフォローをする五月雨。

「ありがとう、五月雨。」

「エヘヘ。じゃあ失礼します。」

 微笑みながら軽く会釈をして五月雨は夕立を追いかけて時雨達の元へ戻っていった。

 

 

--

 

 一部始終を見ていた大鳥夫人は苦笑いしながら感想を述べる。

「西脇さんも大変ですね。いろんな子の面倒見ないといけないなんて。」

「ハハッ。さしずめ父親か兄か学校の先生になった気分ですよ。」

「でも皆楽しそう。ここがきっと安心できる場所だからなんでしょうね。」

「そう思ってくれてるといいんですけどね。今はまだ10人程度だからいいですけど、今後艤装が配備されたら人増やさないといけないし、その時俺がみんなの面倒見切れるかどうか。」

 

 提督の思いを耳にして妙高と大鳥夫人は相槌を打った。

「そうですよね。提督だけでは大変でしょうし、私のような者でよければどんどんご指示ください。子供好きなので、今のあの子たちくらいの子でしたら喜んで協力いたしますよ。」と妙高。

「ありがとう、妙高さん。助かりますよ。」

 

「あの…西脇さん。素朴な疑問よろしいでしょうか?」

「はい、なんでしょう?」

 大鳥夫人は申し訳なさそうに遠慮がちに提督に声をかけた。夫人が質問してきたのは艦娘のことだった。大鳥夫人の質問の意図に気づいた妙高は婦人に確認する。

「大鳥さん、もしかして艦娘にご興味が?」

「興味といいますか、提督の今のご様子見てると子どもたちのお世話大変そうなので、もっとお手伝いできればいいなと思いまして。下の娘の高子も中学生になって、それほど手がかからなくなってきたので、パート代わりにと思いまして。」

 

 大鳥夫人は、主婦友の妙高が艦娘として鎮守府に通い、艦娘らしいアクティブな活動からご近所様よろしくお手伝いさんのように振舞っているのを見て興味を持ち始めたのだった。その思いを打ち明けられた提督は、艦娘としての活動が完全なパート代わりになると思われると肩透かしを食う面もあるので、給与など金銭的な面を含めて説明した。するとそれでも納得したのか、大鳥夫人はかまいませんと意を表してきた。

 それならば今後お願いしますと言い、提督は一息ついた。ただひとつ、必ずしも希望の艤装との同調ができるとは限らないことを念を押しておいた。

 

 説明が落ち着いたところで、提督はふと思い出したことを口にした。

「ところで大鳥さんの上の娘さんは、すでに職業艦娘と伺ったのですが、本当ですか?」

 さきほど五月雨たちと一緒にいた大鳥高子から聞いたを提督は改めて確認するため問うた。大鳥夫人の側にいる妙高も初耳であり、尋ねるような表情で夫人に視線を向ける。

 

 大鳥夫人は最初は何のことかわからない様子であったが、思い当たる節があるのか微かに頷いて答え始めた。

「もしかして、あの子のバイトのことかしら? あの子ったらちゃんと話してくれないからわからなかったわ……。えぇ、今思うとそれらしいことを言っていた気がします。」

 

【挿絵表示】

 

「鶴喜(つるぎ)ちゃんももう大学生ですし、夜遅くなることも多いでしょうから心配でしょ?」

「えぇ、普段は活発なんですけど、私に似ておっとり屋なところがあるので何かとねぇ……。」

 妙高は大鳥夫人の上の娘を知っているのか、名前で呼んで夫人の普段の苦労を想像して声をかける。大鳥夫人も苦笑いしながら妙高に応対した。

 提督は夫人二人の井戸端会議の雰囲気に若干飲まれつつも、冗談を交えて考えを述べた。

「その……娘さんの鶴喜さん?もいつかうちの鎮守府に着任していただけると運用者の立場としては嬉しいですね~。」

「あらそうですね!西脇さんとは面識ありますしこれだけ近くなら娘を安心して預けられますし、親子ともどもお世話になれるなら安心して勤められます。」

 

 大鳥夫人は両手を叩いて提督の何気ない希望に賛同し、にこやかにしていた。

 

 

--

 

 五十鈴と三千花を話している間、那珂は離れたところで妙高・突っ込んでいった夕立・五月雨と何か話している提督のことが気になっていた。視線を送るわけでもなく、あくまで頭の中で意識しているだけである。

 そのため若干上の空になってしまっており、三千花から注意されてしまった。

 

「…ねぇ!なみえ聞いてる?」

「ふぇ!?あ、なぁに?ゴメン。ボーっとしてたよ~」

 横にかかる髪をサラサラと撫でながら弁解する那珂。

「とか言って、あんたまた何か茶化すこと考えてたんじゃないでしょね?」

それを見た五十鈴は那珂の普段の行動パターンを想像して冷やかす。

 

「ひっどーいなぁ~五十鈴ちゃん。あたしそんな毎日毎時毎分そんなこと考えてないよ!」

 那珂は小指と薬指で軽く五十鈴の肩を何度も突きながら言い返した。

「いたっ!いたい!そこ素肌だからやめてよ。あんたの爪当たってるのよ!」

 

 突付き突かれる那珂と五十鈴を見て三千花はプッと吹き出す。その吹き出し音を聞いた那珂と五十鈴は目を白黒させて見合う。

「ど、どしたのみっちゃん!?」

「な、なにかしら!?」

「ううん。ゴメン。二人のやりとり見てたら思わず。」

 那珂と五十鈴は顔を再び見合わせて頭に?を浮かべる。那珂はその後自身もニカッと笑って三千花に返した。

「みっちゃんが何気なく笑うなんて珍しー。」

「珍しいってなによー。それじゃ私が全く笑わないみたいじゃない。」

「エヘヘ。ゴメンゴメン。みっちゃんは笑わなくても可愛いよ~。」

 五十鈴とは違い、親友に褒められて悪い気はしない三千花。

「はいはいありがとね。なみえだって十分イケてるよ。」

「フヒヒ~。またみっちゃんから褒められちゃったぜぃ。」

 ニンマリとする那珂。五十鈴はそんな二人の親友としての掛け合いを見て遠い目をしながらも微笑んでいた。

 

--

 

 ふと三千花は鎮守府に来る前に那珂が川内と口約束していたことを思い出し、確認してみた。

「なみえさ、そういえばなんか忘れてない?」

「ん?なにが?」

「……忘れてるわね。まぁ私としてはどうでもいいんだけどさ。なみえ、内田さんと約束してたでしょ?」

「約束ぅ? ……あっ!」

 

 那珂はハッとした表情になった。三千花の指摘通り、すっかり頭の片隅に追いやっていたのだ。

「そうそう。そうだよ。あたしとしたことがぁ~~!」

「どうしたの?」

 わざとらしく頭を両手で抱える那珂に五十鈴が質問した。

「着任式が終わったらさ、川内ちゃんと神通ちゃんに記念に艤装フル装備させて同調やらせてあげたいねってこと。ここ来る前に話してたの。」

「へぇ~。いいじゃない。訓練してないから動けないでしょうけど、いい記念にはなるわね。」

 仔細を聞いた五十鈴は那珂の言に賛同した。

 

「お~い!川内ちゃん!神通ちゃぁ~ん!」

 那珂は先ほどまでいた場所、川内たちが今もおしゃべりしている場所にスタスタ歩きながら声を上げて二人を呼ぶ。

 

 

 那珂が自分たちの集まりのすぐ後ろまで近づいてきたので体ごと振り向く川内たち。

「はい。なんですかぁ?」

「あたしすっかり忘れてたよ。二人の艤装フル装備お願いするの。」

 那珂から言われて初めてハッとした表情になる川内。神通は前髪で隠れているが、似た表情をしている。つまり二人とも今の今まで頭の片隅に欠片ほども残っていないほど失念していた事が伺えた。

 

「あ~~あたしも忘れてました。自分でお願いしといてなんですけど。」

「あたしも川内ちゃんもうっかりしてたね~~」

アハハと笑い合う那珂と川内。

「じゃあお願いしちゃいましょうよ。」

「うん。そーだね。」

 神通は密かにノリ気ではなかったが、彼女の要望はは乗り気になっている那珂と川内の耳には届かない。川内の賛同を得た那珂は二人でその足で今度は提督のところに行った。

 後ろからは神通がもそっとした仕草でついていった。

 

 

--

 

 一方の提督は妙高と大鳥夫人との話が途切れる頃だった。主婦らと合う話題なぞ彼の頭の引き出しにはないので内心焦っていたが、そこに助け舟が来た。

 那珂である。

「提督。ちょっとお願いがあるんだけど、今話せますかー?」

 妙高と大鳥夫人が側にいたため、那珂は普段の軽い調子を少し抑えて淑やかに提督に話しかける。

 少なからず嬉しく思った提督は快く返事をして反応する。

「あぁいいとも。どうしたんだ?」

 提督の座っている椅子のすぐそばに那珂と川内、その後ろには神通が立っている。

「あのね。川内ちゃんと神通ちゃん、今日正式に着任したでしょ。それでね、初日の記念に艤装全部装備して海に出させて欲しいの。どうかな?」

 

 那珂の提案を聞いて提督は眉間にしわを寄せて表情をこわばらせる。那珂はそれを見てなにかまずいこと言ったのかもと不安を身にまとう。

 提督は川内とその後ろにいる神通をチラリと見て口を開いた。

「それはダメ。二人ともまったく訓練を受けてないからまともに動けないと思うから危ないよ。軽い気持ちでOKを出して初日に大怪我でもされたら、俺は責任者として失格だ。お互いの身を守るためにも、基本訓練をこなすまではダメ。」

 

「え~~!?あたしが監督役で側にいても?」

「ダメ。」

「じゃあ身につけて写真取るだけ。ね?ね?」

「……まぁ、それくらいなら。」

「やった!!!やったよ川内ちゃん!神通ちゃん!」

「やったぁ!」

 

 提督からしぶしぶの許可をもぎ取ると、那珂は川内と神通の手を取ってブンブンと振って喜びを伝え合う。海に出るのではなく装備をするだけであればと神通もわずかに乗り気になった。

 当事者以外の妙高が不安に感じて提督に尋ねた。

「提督、本当によろしいのですか?」

「まぁ、身に付けるくらいだったら。」

 そう妙高に言い訳的に言い返し、そして川内たちの方に向いて改めて言い渡した。

「でも同調するのもダメだからな。地上で同調してうっかりにでも地面や周りの施設壊したら大事になりかねないからな。」

 提督の許可する範囲は神通は自身の望む範疇の事だったため、僅かに表情を柔らかくして頷いた。

 

「え~~、同調したらいけないのぉ?せっかくスーパーヒロインの川内ちゃんと神通ちゃんを見たかったのにぃ。」

「あたしもスーパーパワー出してるところ見てもらいたかったのに~~。」

「そんなの基本訓練した後ならいつでもさせてあげるから。今回はそれで我慢してくれ。」

「「はーーい。」」

 

 同調すらしてはいけないという提督の許可に不満を持つ那珂と川内だったが、基本訓練とやらをクリアすればいつでもさせてもらえるという言を聞き、おとなしく従うことにした。

 これから始まる夏休み、早めに訓練を終わらせて、川内と神通にガンガン海に出て艦娘になった実感を得てもらおうと密かに頭に思い浮かべる那珂であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

終演

「さて、宴もたけなわではございますが、このあたりで懇親会を一旦閉めさせていただきます。」

 提督の音頭の声が響き渡る。

 時間にして16時。夕方にさしかかっている。片付けの時間や、主婦組の妙高と大鳥夫人からすると、家事に戻らないといけないため、タイミング的にはちょうどよい。

 

「ねぇてーとくさん!余ったお料理はどうするのぉ?」

 夕立が声を張って質問した。

「そうだなぁ。食べられそうなものは食べきってもらって、あとは処分するか。」

「もったいなーい!」

「そうだよ提督もったいない!」

 夕立の声に続いたのは川内だった。鎮守府Aのメンツでよく食べる2人の言い分だった。

 

「って言われてもなぁ。」と渋る提督。

「ねぇねぇ!パックない?あたし持ち帰りたーい!」

「夕立ちゃん、それいいねぇ!!」

「エヘヘ~でしょ?でしょ?」

 こと食事周りの事に関すると、同じノリでどうやら波長が合うと直感した二人。パックに入れて持ち帰りたいと言い出す二人に突っ込んだのは、夕立に対しては時雨、川内に対しては神通だった。

 

「ゆうったら食い意地が張ってるんだから控えてよね。」

「私も……時雨さんに同意です。」

「さっちゃんさぁ、そんなこと言ったって、食いきれないから捨てちゃうなんてもったいないじゃん。これ生活の知恵だっての。」

 川内の言い分にも一理あるのですぐさま意見を引っ込めて俯いて神通は大人しくなってしまった。

「そーだそーだ!川内さんの言うとおりっぽいー!」

「はぁ……ゆうったら。わかったよ。」

  夕立はノってガッツポーズをすると、時雨もしぶしぶ折れることとなった。

 

「それでしたら家からちょっと包むもの持ってきますね。」

「えーと。大鳥さんが戻ってくるまでは片付けられるものだけ片付けておこうか。」

「はい!」

 大鳥夫人はすぐに気を利かせて必要な物を取りに自宅に戻っていった。提督の一言に全員返事をし、片付けを始めた。

 

 

 

--

 

 片付けを始めてから十数分して大鳥夫人がラップやプラスチックのパックを持って戻ってきた。片付け自体は椅子や長机を並び替える程度で済んだので全員早々に作業が落ち着いていた。

 夫人が持ってきたラップやパックは持ち帰りたいと率先して言っていた川内と夕立、そしてさりげなく希望してきた那珂や五月雨・村雨らが受けとリ、お菓子や余った料理を入れていった。

 持ち帰りきれない余ったものは男子の三戸と提督になぜか促されて集中し、二人は困り笑いをしながらも食べることで処分とした。

 

 片付けが終わり、懇親会の会場は普通の会議室にその姿と役割を戻した。この後は各自自由解散となる。妙高と大鳥夫人は提督とその場にいた全員に会釈をして自宅へと帰っていった。五月雨たちは大鳥夫人の娘、高子を連れて待機室に戻って行った。その場には那珂たち高校生組と教師の阿賀奈、唯一の中学生不知火、明石たち工廠の技師組、そして提督が残った。

 

「それじゃあここ鍵締めるけど、那珂たちは本当に艤装装備するのか?」

「うん。そのつもりだよ。ねぇ?」

 那珂は隣にいた川内と後ろにいる神通に目配せをして同意を求めた。二人はコクリと頷く。

 

 提督は苦々しい顔を保ったまま、明石たちに向かってお願いをした。

「明石さん、四ツ原先生、すみませんが那珂たちの監視役お願いできますか?」

「えぇ。いいですよ。どうせ私は改修中の武装のメンテもまだ残ってますし。」

「はい!任せて下さいー!」

 一同は提督の合図で廊下に出る。全員が出て会議室が空っぽになると提督は鍵を閉めた。 そして明石たち技師3人と教師の阿賀奈に任せるよう願い入れて執務室へと向かおうとする提督。その様子に反発したのは川内だった。

 

「え~!提督見てくれないの?」

「いや、俺やることあるからさ。だから明石さんたちに任せたんだよ。」

「でも~、新しい艦娘のかっこいい姿を見てくれたっていいじゃん。」

 川内が提督に食ってかかると、提督は怪しい口調で反論した。

「訓練のときに君たちのあんな姿やこんな恥ずかしい姿いくらでも見られるから、楽しみはあとに取っておくよ。三戸君もどうせ二人のフル装備の姿見るなら、そっちのほうがいいだろ?」

 同じ男として同意を三戸に求める提督。

「えっ!? 今俺にフるっすかぁ~!?」

 全員の視線が三戸に集まり、三戸は冷や汗を垂らす。すべては三戸の答えに委ねられた。そして三戸が出した返事は次のものだった。

「お、俺も……内田さんと神先さんのかっこいい姿とかエロい姿両方とも見たいかなぁ~なんて……ハハハ。うっ!?」

 言い終わるが早いか、三戸は周囲の女性陣、特に中高生組の軽蔑的な視線を浴びまくる。一方で大人の女性陣の同様の視線を浴びたのは提督だった。

 

「まーったく、男ってみんなこうなのかなぁ……?」と那珂はジト目を提督と三戸を交互に向けながら言い放つ。

「…提督のそういうところ、あまり好かないわ……。」小声で五十鈴が照れながらボソッと呟く。

「三戸くんもあたしのことそういうふうに見てたんだ……はぁ。」川内はジト目をしながら大きくため息をつく。

「さっちゃんをそんな目で見ないでくださいね、二人とも。」

 和子は神通を三戸と提督の視線からかばうように立ちふさがった。当の神通は顔をやや赤らめて和子の後ろで俯いていた。

 

「提督さんったら……、うちの生徒を変なことしたらめっ!ですよ~。」

 阿賀奈は失笑しながら、教師風を吹かせてオーバーリアクション気味に提督を注意する仕草をした。

「提督、もし対象が五月雨ちゃんたち中学生だったらアウトですからねぇ~?」

 明石は提督の側に行き肘打ちしながら茶化して言い放つ。明石の同僚らも提督を茶化す。

「アハハ。西脇さんったら。清い高校生を変な道に誘い入れないでくださいね~?」

 

 提督と三戸は一様の反応を示す女性陣のため気まずい空気に押しつぶされそうになっていたが、どうにか踏ん張って耐えた。

 そして那珂が流れを締める言葉を発する。

 

「まぁいいんじゃない?提督には後でた~っぷり見ていただくとして、今回はあたしたちだけで行こ!」

「ま、那珂さんに免じて許してあげるわ。三戸くん、ちゃんと写真撮ってよね?変なポーズなしだよ?」

「わかってるって!させないさせない!」

 頭をブンブンと振って否定する三戸。

 

 気を取り直して提督は明石と阿賀奈に再三のお願いを口にした。

「じゃあ俺はホントに行くから、明石さん、四ツ原先生、後はよろしくお願いします。」

「「わかりました。」」

 

 明石たちの返事を確認したあと、提督は途中の階段まで那珂たちとともに歩き、そして階段を登って執務室へと向かっていった。一方の那珂たちは、全員揃って工廠へ行くことにした。

 直接関係ない五十鈴と不知火も一緒だ。五十鈴は那珂と三千花に、不知火は神通に従う形でついて行った。

 

 

--

 

 16時すぎ、夕方にさしかかっているとはいえ日差しは強く照りつけ、コンクリートの地面づくしの工廠付近は反射熱で熱が逃げないため、立ち止まっているのはやや危険な暑さであった。そのため一行は明石の案内のもと、工廠の中、空調が効いている一角に集まってそこで待機することにした。

 

 しばらくして明石が台車で那珂・川内・神通の艤装を運んで持ってきた。

「あれ?3人分ある。あたしのも?」

「そうですよ。だってどうせなら川内型3人揃って装備して撮ってもらったほうがいいでしょ?」

 明石の配慮で川内と神通だけでなく、那珂も艤装をすべて装備することになった。

 

「せっかくなので五十鈴ちゃんと不知火ちゃんのも出してきましょうか?」

「いいえ。遠慮しておきます。だって、せっかく揃った3人の邪魔をしたくありませんし。」

「私も遠慮しておきます。」

 明石の追加の提案で五十鈴と不知火の艤装も用意されようとしたが、二人はそれを断った。五十鈴はプライベートでは完全に部外者・別の学校の人間であるため、、那珂(実際は川内の思いつきでだが)が望んだ3人揃っての記念撮影、それを邪魔する無粋なことはしたくなかった。不知火も神通たちの晴れ姿を邪魔したくないという思いは一緒だった。

 

「それじゃあ、3人とも艤装つけちゃいましょう。」

 明石の合図と案内でもって那珂たち三人は工廠の一角で、五十鈴たちや三千花たちが見ている前で艤装を装備し始めた。

 三千花たち高校の生徒会組は那珂が一から艤装を装備するところを見るのはこれで二回目だ。川内と神通が一から装備するのを見るのは全員初めてである。一度フル装備しているとはいえ、那珂と違い二人は明らかに装備の手順を手間取っている。

「那珂さ~ん、これはどこにつければいいんでしたっけ?」

 川内はやや泣き声で那珂にすがる。一方の神通は黙々と艤装を手に取り撫で回している。彼女は艤装の仕組みを身に付けながら調べているのだ。

「これはね~ここの留め具を一旦外してからこうやってつけるんだよ~。ん?神通ちゃんはだいじょぶ?」

「……はい。なんとなくわかりました。」

「おぉ!?さっちゃんよくわかったねぇ!あたしこういうの苦手だわ。プラモとかだったら得意なんだけどなぁ~」

「……内田さん、落ち着いて。ちゃんと手に取ってこうやって……見ればわかるから。」

 

 那珂から装備の仕方の手ほどきを受けた川内と神通はあーだこーだと言いながらお互い話し合って艤装を装備を終えた。神通は、川内とはかなり普通に話せるようになっていた。

 

 数分後、先に装備が終わっていた那珂のあとようやく神通、その次に川内の装備が完了した。今までは制服だけで同じ姿であったが、ここにいるのはフル装備した3人。

 ほぼ同じ姿になった3人を見て、その場にいた誰もが歓声をあげた。それは、今までは那珂だけしか見られなかった、軽巡洋艦の艦娘の中でもっとも軽装なタイプの艦娘であった姿、それが三人キレイに揃っているという不思議な感覚から来るものだった。

 

「あ…アハハ。二回目だけどなんか感動!同調しないと重いなぁ。三戸くん!早く早く写真撮って!!」

「はいはい。そんな慌てなくても。まずは会長と神先さんと一緒に撮ろうよ。」

「そっか。せっかくの川内型の記念だもんね。」

「そうそう。」

 早る川内の催促をなだめる三戸。3人揃っての撮影がまず最初というのは、那珂や神通、それから三千花たちの意識としても一致していた。

 

 同調してはダメという提督の言いつけを律儀に守ると、軽巡洋艦艦娘の中では軽装とはいえ、女子高生が身につけるものとしては十分に重量がある川内型の艤装。体力がある那珂や川内はまだましなレベルで動けるが、おとなしくて運動らしい運動が習慣になかった神通は、初めて自分で装備した(装備自体は二度目だが)艤装の驚きの重量に動けず、その場で目を白黒させている。

 その様子を見た那珂はさすがに彼女にはつらいと感じ、監視役の明石に提案する。

「ねぇ明石さん。あたしはまだいいけど、神通ちゃんは相当辛いみたい。一瞬だけ。一瞬だけ同調させてもいい?」

 明石も神通の様子が気になっていたので提督に内緒で同調させるべきかどうか迷っていた。が、那珂からの懇願を受けて押し返しきれずに決断した。

「うーん。提督には内緒ですよ。あの人ああ見えて怒るとめちゃくちゃ怖いですから。特に今回は3人の身を心配して指示したことですから、守らなかったと知られたら……。」

「うん。わかった。川内ちゃんも神通ちゃんも、みっちゃんたちもこのこと内緒ね?」

 

 各々頷いて意識合わせした。全員から賛同を得られると、那珂は一足先に同調することにした。

「いい、二人とも。同調の仕方はもう大丈夫だよね?艤装を装備してるからっていっても、まったく変わらないよ。ただね、艤装が全体的にエンジンみたいな動作音するからビックリすると思うけど、気にせず同調し続けてね。そんじゃまあ、あたしからいきまーす!」

 

ドクン

 

 

 宣言したあと川内たちから1m弱離れてから、呼吸を整えた後同調した那珂。腰につけたコアユニットが精神状態を感知し、その他の艤装のパーツに同調したという人体の情報を伝達する。

 艤装がかすかに動作音をさせる。

 次の瞬間、光主那美恵は軽巡洋艦艦娘、那珂に完全に切り替わった。

 

「ふぅ。じゃあ二人とも、やってみて。」

「「は、はい。」」

 

 顔を見合わせる川内と神通。なんとなしにアハハと笑いを漏らす。とりあえず二人は那珂のしたとおりにすることにした。

 川内は神通から1m弱距離を置く。そこは那珂や明石、三千花たちからも十分離れた場所だ。川内が移動したことで、神通も他のメンツからは十分離れた距離になった。

 

「それじゃあ、内田流留、行きます!」

 宣言通り先に同調をし始める川内。

 呼吸を落ち着ける。その後川内は同調し始めると、那珂と同じく腰につけたコアユニットがその同調したという情報を感知させる。コアユニットがそれをその他の部位の艤装に伝達し、装着者の精神状態と各部位の艤装がシンクロし始めた。

 次の瞬間、内田流留は完全に軽巡洋艦艦娘、川内に切り替わった。

 それは、光主那美恵がなった川内、中村三千花がなりかけた川内とも異なる、これからの鎮守府Aを担う、本当の艦娘川内だった。

 

「……ふぅ。あー、動きたい動きたい動きたいー。」

「川内ちゃん。同調したら地上ではむやみに動かないで。ホントに普通の人の数倍以上にパワーアップしてるんだからね!」

 那珂のかなり真面目な質の声が響く。川内は腕を動かしたり足を蹴り出そうとしていたが、その声に驚き、寸前で止まる。

 多分この生徒会長も怒らせるとかなり怖いのではとなんとなく察した。

 

「はーい。じゃああたしの同調は終わりました。次はさっちゃんね。頑張ってよ!」

「はい……。」

 神通は弱々しく返事をした。

 

 

--

 

 那珂と川内の同調する様子をマジマジと捉える神通。見た目は変わらないが、はっきり感じ取れた。今自分の側にいる那珂と川内は、一般的な人間とは呼べない存在になった。人ならざる者と言ってしまっても過言ではないかもしれないと神通はうつむきながら、心の中で思う。

 昔艦娘になったという近所の女性も、こうして変身したのかと思うと、途端に怖さが湧き上がる。外見は変化がないのに、中身がまったくの別物になるということ。

 自分を変えたいと願って志願し、そして艦娘部として加わり正式に着任した。それはもしかしたら、考えの甘い迂闊な行為だったのかもと思考がネガティブな方向に及ぶ。

 神通の精神状態は不安定だったが、彼女は頭を軽く振り、思考を切り替えたつもりで同調し始めた。

 

ドクン

 

 神通の精神状態がコアユニットに伝わる。コアユニットがその精神状態を感知して各部位に伝達し始めた。前回と同じ感覚が一瞬全身を支配する。コアユニットからその他の艤装のパーツに、幸としての精神状態と意識、その状態を媒介として、軍艦神通のありとあらゆる情報が流れ込んで馴染んでいく。

 先ほどの那珂の説明通り、各部位の艤装からかすかに響く動作音が神通の耳に入ってくる。自分で一から装備した艤装と同調できている。先程までの妙な恐怖やネガティブな思考が消えた。そう感じた。

 次の瞬間、先の二人と同様に神先幸は、軽巡洋艦艦娘神通に完全に切り替わった。

 

 

--

 

 これで、同調した完全な川内型艦娘が一同の前に揃った。最後に同調した神通は先二人のような一息をつくことなく、黙ったまま立っている。

 

「神通ちゃんには特別にかるーく腕や足を動かすのを許したげる。やってみて。」

 那珂の指示を聞いた神通は、本当にそうっと腕を上げてみた。前回の時はほとんど動くことなく同調を切って戻ってしまったが、今回は違う。そうっと動かしたつもりの腕振りが、ボクサーがジャブを打つかのようにシュバッと風を切る音を立てた。神通は今までの自分とは違う感覚で行動を起こしたことに驚きを隠せない。それで満足した神通は那珂に伝える。

 

「全部装備した艦娘って、こういう感覚なんですね……。すごい……。」

「喜んでもらえてなによりだよ。まだ動くのに慣れてないだろうから、一旦同調切って。重くてしんどくなるだろーけど、写真撮るから場所移動しよ?」

 

 そう言った那珂は光主那美恵だった頃となんら全く変わりなくテキパキ動いて移動し始める。一方の川内と神通は那珂の言いつけどおり同調を切っていたため艤装の本来の重さがのしかかっていた。三千花や和子・三戸からすると少々面白いくらいにスローな動きで移動しようとしている。

 

「プッ。フハハハ!なんだよ内田さんその動き!面白すぎだよ!」

 三戸は思わず笑いを漏らしてしまった。そんな彼に川内はキッと睨みをきかせる。本当は冗談っぽく腕をあげたかったが、そんなことをする気も失せたので表情だけで怒ってみせた。

「さっちゃん……ゴメンね。面白い……!」

 和子は両手で口を塞いでうつむいて肩をプルプルさせながら笑っていた。そんなに友人の姿を見て俯いてショック隠せないでいる。

 

「そういえば、私も一番最初の頃はあんなだったわ。提督に大笑いされたの思い出しちゃった。不知火はどうだったのかしら?」

 五十鈴は遠い目をして自分の訓練初日の様子を思い出していた。聞かれた不知火もコクリと頷いて思い出すように言った。

「……似たようでした。」

 

 すでに艦娘である二人も似たような状態であったことをポロリと打ち明ける。そのことは一番近くにいた三千花や三戸の耳に真っ先に入ってきた。

「五十鈴さんもそうだったんですか?想像したら……笑ったらいけないんでしょうけど、フフッ。ゴメンナサイ。」

「中村さんにまで笑われるなんてショックだわ……。それはそうと、私のことは本名で呼んでもらってもどっちでもかまわないわよ。」

「え? ……それじゃあ私のことも、気軽に名前で呼んでもらってもいいですよ、凛花さん。」

「了解よ。三千花さん。」

 懇親会でたくさん話して打ち解けたためか、五十鈴は三千花と軽く冗談を言える仲にまで進展していた。そのため五十鈴は自身の本名で呼ぶことを三千花に許す。それを受けて三千花も逆に自身を苗字ではなく、名前で呼ぶよう願い入れて返事とした。

 

 それを側で見ていた三戸はすかさず話に割って入る。

「じゃあ俺も五十鈴さんのことそう呼んd

「申し訳ないけどあなたは勘弁して頂戴。」

 言い終わるがはやいか、五十鈴から口調は丁寧だが鋭い拒否の言葉が三戸に突き刺さる。五十鈴と三戸の関係のなさからして、当たり前の反応だった。

 

「おーい、あたしたち準備おっけーだから、早く写真撮ってよ~。」

 那珂が三千花たちに催促の言葉を投げかける。カメラを持っていた三戸がそれに反応した。

「はーい。了解っす。そこでいいんすね?」

「三戸くん!早く早く!」

 カメラを掲げながら数歩進んで近寄る三戸が再確認すると、那珂のとなりにいた川内が両手で手招きをして三戸を急かした。三戸はそんなに急かさんでもと文句を言ったその顔はにやけていた。

 

「じゃあいくっすよ~。はい。一足す一は……」

「にっ!!」

 

 言葉を発したのは那珂と川内だけだったが、黙っていた神通も、珍しく和子以外の人でもわかるくらいのはにかんだ表情を浮かべていた。その後、那珂だけ、川内だけ、神通だけ、川内と三戸、神通と和子、仲の良い者同士で撮りあって、川内型艦娘の真の姿を青春の思い出の一つにした。

 川内と神通はこれからの艦娘生活に期待と不安を持ちながらこれからに臨む決意をした、三千花、三戸、和子の三人は大事な友人が少しだけ遠い世界に行くことに一抹の寂しさを覚えつつも門出を祝った、大切な土曜日となった。

 




ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=60415549
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/14ngeBtlJ5dP9crGfubou04K_9I7fLAnjHMeqpi0grmo/edit?usp=sharing


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

川内型の訓練0
夏休み開始


 流留と幸が艦娘川内と神通になるための基本訓練が始まった。まず二人は艦娘とは何かの座学・基礎体力を測るための体力測定から始めた。那珂は二人の監督となり、育成に臨む。

【挿絵表示】



 川内と神通の着任式を終えた翌週月曜日は那美恵たちの高校の終業式の日だった。翌日からは、1ヶ月と少しの長い夏季休暇が始まる。那美恵はもちろんのこと、流留と幸の二人も、この夏休みを艦娘の活動に費やそうと考えていた。

 終業式が終わると、生徒会は一学期の生徒たちの総まとめとしての申請書類・報告書の整理や教職員への報告に追われることになる。普通の生徒たちが午前中で早々に帰るのに対し、お昼すぎまで残ることになっている那美恵たち。さすがに艦娘部のほうに気が回らない那美恵は、生徒会室の扉を元気よく開けて入ってきた流留と彼女に付いてきた幸に、珍しく慌ててイッパイイッパイという様子を見せて言い放つ。

 

「ゴメンね二人とも。今日はあたしたち、生徒会の1学期最後の仕事でめちゃ忙しいの。だから鎮守府へは行けそうもないから、もし行くなら二人で勝手に行っちゃって。二人とももう正式に艦娘だから、いつでも好きなときに鎮守府行ってもいいからさ。よろしくね!」

 

「あ……はーい。」カラッとした返事で流留は返した。

「……和子ちゃん……も?」

 幸は那美恵のことよりも、友人の和子の方を気にかけていた。

 

「うん。どっちかというと、三戸くんと私のほうが激務なので。」

 そう言い終わると資料の校正や確認で忙しいのか、和子はすぐに視線を手元に戻す。幸は友人の姿を見てそれ以上口を挟むのをやめた。

 会計も兼ねている三戸は電卓を叩いたり資料に書き込んだりとせわしなく視線を動かしていた。チラリと見える横顔が凄まじく真面目な表情をしていたため、さすがに空気を読んだ流留は三戸に声をかけるのをやめて呆けた顔で眺めるだけにした。

 

 那美恵も早々に目の前の資料の確認と捺印のために視線を戻した。流留と幸はここにいるべきではないと判断し、那美恵たち4人の邪魔をしないよう、小声で話を合わせて生徒会室を出ていった。

 

「さっちゃん。あたしたちだけで今日は鎮守府行こうか?」

「……はい。」

 

 行く前にせめて顧問の阿賀奈に一言断ってからいこうと幸が密やかな声で提案したので二人は職員室に行き、阿賀奈に会うことにした。

 職員室の戸をノックして断ってから入り、阿賀奈の姿を探していると別の先生が話しかけてきた。誰を探しているのか尋ねられた流留は正直に伝えた。するとその教師は、阿賀奈など若手の教師は終業式の会場の片付けをしているという。

 さらに何の用か尋ねてきたが、流留達は急ぎの用事ではないのでいいですと断って職員室を後にした。

 

「なんか、みんな忙しいんだねぇ……。」

「そう……ですね。」

「あたしさ、今まで先生のこととか生徒会のこととかまったく気にしたことなかったからさ、終業式の日がこんなに忙しいんだって知らなかったよ。あたしら普通の生徒が早く帰れるのに、大変だよね~。」

 幸は流留の気持ちの吐露にコクリと頷いた。

 

 結局流留と幸は二人で鎮守府に行くことにした。

 

 

--

 

 学校から駅へ、電車に乗って鎮守府のある駅へ向かう二人。駅の改札口を出て周りを見渡すと、お昼時のためか人が多い。学生は夏休みに入る頃だが、会社員など勤め人は普通に平日なのだ。

 

「そういえばさ、西脇提督って会社員だとか言ってたじゃん。」

 幸はコクリと頷いて黙って流留の言うことの続きを待つ。

 

「あたしたち学生が夏休み入ってるのに、会社でも仕事して、鎮守府でも仕事して、マジ大変そうだよね~。」

 

 一拍置いて流留は再び口を開く。

「……あたしさ、小さい頃一緒に遊んだ従兄弟の兄ちゃん達いるんだけどさ。大分歳離れてたから、あたしが中学行く頃にはもう働きだしちゃってほとんど会えなくなっちゃったんだ。会いたいって思った時にはいつも仕事仕事。イラッとしたけど、それと同時に働くのって大変なんだなぁって思ったよ。といってもあんま実感ないからホントにただ漠然に思っただけなんだけどさ。」

 幸は話の筋が見えず、前髪で隠れた顔に?を浮かべた表情をする。

 

「つまり何が言いたいかっていうとさ、なんかいろいろと思い出しちゃって、提督のこと従兄弟の兄ちゃんみたいに思えてくるんだ。これ他の人には内緒だよ?さっちゃん口硬そうだから言うんだからね?」

 照れ笑いを交えながら語る流留。幸は突然流留から妙な独白を聞いて困惑するも、なんとなく話がわかってきたことと、信頼されたことに嬉しさを感じたので了解代わりの頷きを2回した。

 

「従兄弟とは今も全く時間も都合も合わなくて会えない分、代わりに提督を……そのさ、いたわって喜ばせてあげられたらなって思うんだ。どうかな?」

 目を輝かせて自分の思いを打ち明ける川内。それは那美恵と凛花が抱いているものとは、方向性が違っていた。

「うん。それ……いいと思います。」

 ようやく言葉に出して相槌を打った幸。流留の考えと思い、経緯はどうであれ、自分たち艦娘の上司にあたる西脇栄馬という人の労をねぎらうのは良いことだと幸は賛同した。

 

「といってもさ、あたしにできることは何かって考えたらさ、趣味が合うからせいぜいその話で気を紛らわせてあげるくらいかな。何か物あげたりするのはなんか違う気がするしさ。」

「……内田さんの思うままに、やってあげるのが一番いいと思います。」

「そっか。そう言ってくれると自信付くわ。ありがとね、さっちゃん。」

 

 流留の突然の思いの吐露。幸は心の奥底では流留に若干の苦手意識があるのを感じていたが、この同級生の人となりを知り、同級生として・艦娘の同期として、なんとかやっていけそうと実感を沸き立たせた。

 

【挿絵表示】

 

 このことは流留から信頼されて言われたとおり、誰にも言わないことを心に誓う幸であった。

 

 

--

 

 喋りながら歩き、気がつくと鎮守府の手前の交差点まで来ていた。そのまま進み、二人は鎮守府の本館手前の正門にたどり着いた。

 

「そういえばさ、なみえさんの案内なしで二人で来るのって初めてだよね。」

「はい。」

 

「なんか、一人前の艦娘って感じしない?」ニンマリとした顔で自信のある表情をした流留は隣を見て言った。

「あ……実は私も……。」

 流留の考えていたことは幸も考えていたので、打ち明け合うと二人はなんとなしにクスクスと笑いあった。

 本館の手前まで来ると、笑いあっていた二人は気を引き締めあう。

「さて、なみえさんの言ってたように、鎮守府に一歩入ったらお互い川内と神通だね。」

「……はい。」

「じゃあ行こう、神通。」

「はい、うち……川内さん。」

 那美恵と決めた通りの呼び名、それを使う。

 

 流留は頭の中で切り替えができており、幸を初めて神通と呼んだ。しかしながら彼女とは異なり幸は言い慣れず気持ちの切り替えも完全にできていなかったのか、流留を本名の苗字で呼びかけてしまう。

「ちょっと神通、ちゃんと切り替えてよね。」

「よく、川内さんは……気持ちの切り替えできたね。」

 川内はフフンと鼻を鳴らして答えた。

「だってあたし、ゲーム好きだし、こういうロールプレイングゲームみたいな成りきりも一度マジでやってみたかったんだもん。だからこういうの平気だし結構ノリノリなんだぁ。艦娘ってあたしにとって天職になるかも?」

 

 やはり自分とは異なる。神通は川内に対して改めてそう感じた。自分では思うようにやれないことを平然とやってのける。那珂といい川内といい、どうしてこうもアッサリやれるのか。

 艦娘に正式に着任したとはいえ、気持ちを完全に切り替えられない神通は少し自信をなくしかけた。彼女は自分を変えたいを願ったのだが、元来持つ自信のなさがどうしても邪魔をする。神通は川内のように、艦娘になるにあたってこれまで在った自身の何かを犠牲にして完全に吹っ切れるには至っていないのだ。

 

 

 

--

 

 話しながら本館に入り、足を運ぶは艦娘の待機室。二人は那美恵のように、いきなり提督に会いに執務室に行くという考えにはまだ至らない。

 そんな二人が待機室で目にしたのは、不知火と夕立という珍しすぎる組み合わせだった。夕立はいつもの中学校の制服ではなく私服だ。一方の不知火は先日川内たちが見た姿であり、五月雨たちの中学校のものとは異なる、彼女の学校指定の制服と思われる格好だった。

 

「こんちは、二人とも。」

川内は軽い口調で話しかける。

 

「こんにちは~川内さん、神通さん!」

「……こんにちは。」

 

 4人ともそれぞれ挨拶しあい、適当な席に座って落ち着いた。川内と神通は真っ先に夕立の私服が気になっていたので尋ねてみた。

「ねぇ夕立ちゃん。」

「はーい?」

「なんで私服なの?学校は?」

 川内からの質問を受けて、夕立は待ってましたとばかりにドヤ顔で答え始めた。

「エヘヘ~。実はねぇ、うちの学校、先週の土曜日に終業式だったの!だからもう夏休みなんだよ~。羨ましいっぽい~?」

「そうなんだ~でもうちらだって今日終業式で、実質今から夏休みだし!」

 川内の言い返しに神通はコクリと頷いて同意した。

 二人の薄いリアクションを見た夕立は思い通りに行かなかったためか、唸って悔しがる。

「キーーー!二人ともつまんないっぽい!ぬいぬいもあんま悔しがってくれなかったし、後は五十鈴さんだけが最後の希望っぽい!!」

「……これでもかなり羨ましいと思ったのですが。」ボソッと不知火がつぶやく。

 言われた時、不知火は相当悔しがっていたのだがポーカーフェイスすぎて夕立には不知火のリアクションがまったく理解できなかったのだ。

 

「え、不知火ちゃんにもまさか同じこと……したの?」

 川内の確認に夕立がコクリと頷くと、不知火は表情一つ変えずに同様にコクコクと頷いた。その揃った様子に川内と神通はアハハと苦笑いをするしかなかった。

 今まで口を開かなかった神通がようやく開き、不知火に質問をした。

「あの……、不知火さんのところは、まだ学校あるのですか?」

 夕立が私服でいれば否が応でも気になってしまう対比の服だ。神通の質問に不知火は一拍置いて答えた。

 

「うちは明後日です。」

 

 大事な単語をすっ飛ばされて一瞬理解が追いつかず、えっ?と眉をひそめる川内と神通。つまり明日終業式で、明後日から夏休みなのが不知火こと智田知子の中学校のスケジュールだということを数秒遅れて理解できた。

 

「そ、そうなんだー。あと1日大変だねぇ。」と川内。

「そうすると……今日はなんで鎮守府に?」

 何かを気にし始めた神通がさらに不知火に質問する。

 終業式を迎えてない以上、不知火(の学校)はまだ普通の授業がある日なのになぜ来ているのか。こうしてお昼すぎに鎮守府に来ているということは、特別な事情があることが予測される。

 

「今日は出撃です。」

 不知火がぼそっとした声で言った。誰ととは言わない言葉足らずだが、この場を見るに誰でも察しがつく。不知火の言葉足らずを夕立が補完した。

「今日はねぇ、ますみんとぬいぬいと3人で出撃なんだよ~。」

 

「お二人はなぜ?」と不知火。

「ええと、私たちは……初出勤をただなんとなく、したかったからなんです。」

「本当は那珂さんと来る予定だったんだけどねー。あの人忙しくて来られないというので先に来たの。」

 夕立と不知火はふぅんと頷くだけで、それ以上話が続かなかった。その場には普段は話をなんとなく適切に広げてくれる那珂・時雨・村雨がいないためだ。その空気に若干焦る神通。一方で川内はその空気を別段気に留めていない。もう一人気に留めていないのは夕立だった。白露型の少女たちの中ではボケ担当なその少女が空気を読んで何かをするということはまずあり得なかった。

 

「そ、そういえば夕立さん。」

「はーい?」

「いつも一緒にいる……時雨さんや五月雨さん、村雨さんたちはどうしたんですか?」

 手持ち無沙汰にペットボトルをピシピシと弾いていた夕立は神通に問いかけられてその手を休めて反応する。

「ん。ますみんは今てーとくさんのところに任務聞きに行ってるよ。さみと時雨はお家の用事で今週はパスだって。二人はいきなり夏休み楽しんでるっぽい~。」

 セリフの最後はやや表情を不満げにして声に表していた。

 

 夏休みともなると、各々普段の生活のスケジュールが劇的に変化するので会いやすくなる反面、家族旅行などでいなくなると当分は会えなくなる。艦娘の世界とはいえ、基本的には日常と変わらないのだなと神通は感じた。

 

「五十鈴さんと妙高さんは正直よくわからないから置いとくとして、五月雨さんや時雨さんまでいないと、なんか来ても面白くないねぇ。夕立ちゃんたちはこの後出撃しちゃうんでしょ?」

「うん。ますみんが戻ってきたら多分すぐっぽい。」

 川内は感じていたことを正直に述べると、夕立が想像で説明をしそれに不知火が頷いた。

 

「そっか。そしたらあたしと神通だけじゃん。あ!そうだ神通。執務室に行ってみない?提督に会いに行こうよ。」

 川内の思いつきを聞いた神通は賛同しようと思ったが、夕立が言っていたことを思い出し、ひとつのことを察して頭を振って拒否した。それを見て目をぱちくりさせている川内に説明した。

 

「ちょっと……待って。村雨さんと提督は……今作戦会議中なのでは? 会議の邪魔をしてしまうのはいけないかと……。」

「そっか。そうだね。邪魔はいけないよね。うんわかった。」

 神通から咎められて、川内はさきほど生徒会室で目の当たりにしたことを思い出した。那美恵たちは皆忙しそうにしていた。邪魔してはいけないと判断して出てきたというのに、同じことでうっかり提督の邪魔をしそうになってしまったと感じ、声のトーンを下げる川内。神通のとっさの判断により、川内は思いとどまることにした。もし神通が気づかなければそのまま執務室に突撃していたところであった。

 

 ずっとただ待っているのも退屈と感じた川内は、お昼ごはんを食べに行こうと提案した。今度は神通も賛同したので昼食を買いに鎮守府を後にした。

 なお、夕立と不知火はすでに昼食を済ませたというので気兼ねなく川内と神通は昼食を取りに出かけた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

平穏な初日

 鎮守府に一番近いコンビニで昼食を買って川内と神通は鎮守府の艦娘待機室へと戻ってきた。するとそこには先ほどいなかった村雨がおり、夕立と不知火に何かを伝えていた。

 

「……というわけよ。二人とも大丈夫?」

「はい。問題ないです。」

「はーい。おっけーおっけーっぽい~」

 

 村雨は二通りの反応を目にして、最後の夕立に対しては額を抑えて再度言った。

「ゆう……本当にあなた大丈夫なのね?」

「え~なんで疑うの~?」片方の頬をふくらませて不満げに夕立は反論する。

「返事くらいちゃんとしてよぉ。旗艦としてはあなたの反応不安になっちゃうのよ。」

「あたしちゃんと返事したんだけどな~。」

「はぁ。さみや時雨の苦労がなんとなくわかった気がするわ……。」

 今回初めて旗艦を務めることになる村雨は、よく旗艦を務める五月雨や時雨の苦労を実感できた。そんな苦労は知らんとばかりに爛漫に振る舞う、頭を悩ませている張本人たる夕立は村雨の悄気げる態度をケラケラと笑うのみである。

 

 川内と神通は3人が話していることはよく聞こえなかったが、村雨の仕草だけは分かった。なんとなく苦労していると。

「村雨ちゃんだっけ? こんちはー、どうしたの?」

「あ、川内さん。こんにちは~。私今回初めて旗艦務めるんですけど、メンバーをまとめるのって大変だなぁ~って思いましてぇ。」

 

「あ~、あたしたちまだ艦娘になったばかりで知ったような口聞いちゃうけど、なみえさんが生徒会長やったりするようなもん?」

 川内の例えを村雨は理解できた様子で、頷いて肯定した。

 

「まぁ、出撃頑張ってね。3人だけなんでしょ?」

「はい。それでは行ってきますぅ~」

 那珂とはまた違うタイプの気さくであっけらかんとした性格の川内の言葉に、村雨はニコッとはにかみながら言葉を返し、夕立と不知火を引き連れて待機室を出て行った。

 村雨たちが部屋を出る前に川内が聞きだしたところによると、鎮守府Aの担当海域の外れにある湾内に、海に付きだした形で存在する公園、そこから見える範囲に最近深海凄艦らしき影が確認されたという。偵察任務メインの出撃とのこと。

 説明を聞いて、部屋を出て行く3人の背中を見ていた川内と神通はどちらともなしにため息を漏らして今の気持ちを吐き出した。

 

「出撃、いいなぁ~。早く外に出て戦ってみたいなぁ~。」

「わ、私も……いつか戦っても平気なようにしたいです。不知火さんたちに笑われたく……ない。」

「うん。そうだね。二人で訓練頑張ろうね、神通。」

「はい。」

 

 

--

 

 三人がいなくなり、待機室には川内と神通の二人だけになった。買ってきた昼食をテーブルに置き、 (主に川内が一方的に)おしゃべりしながら食べ始めた。

 口を二通りの目的で動かす川内と食べるためだけに動かす神通。神通は川内の話す内容を口を挟まず食べながら聞いている。川内の繰り出す話題はゲームだのアニメだのフィギュアの工作だの、およそ一般的な女子高生らしからぬ内容だったため、正直なところ神通にはサッパリであった。ただ一つ、工作物に関しては若干の興味を示すものの、それでも口を挟まず、ただ眉と目をわずかばかり反応させて相槌を打つのみである。

 ひとしきり話して満足したのか、川内はクライマックスとばかりにスポーツドリンクをゴクゴクと喉を鳴らして豪快に飲み干して食事を終えた。男子高校生さながらの仕草である。川内の食事は始めてから10分程で終わっていた。

 

「ぷはーっ!はー、ごちそうさまでした。」

「……川内さん、食べるの早いです。喋りながら……なんで早いんですか?」

「えっ、そうかな?あたし普通に食べてるだけなんだけどなぁ。」

 

 川内は椅子の背もたれに思い切り体重をかけてふんぞり返って言葉を返す。対する神通はまだ食事が終わっていない。彼女はチョビチョビと少量ずつ食べているためだ。川内から見るとイラッとするほどスローペースな食べ方だが、世間的には一般的な女子高生の食べ方の範疇で、さらに言えば大和撫子!と言いたくなるほどの上品な食べ方であった。

 

「てか神通の食べ方がノロノロすぎるんだよ。もっとサクッと食べなよ。」

「……食事は、その人の素が出る行為の一つです。どんな時でも恥ずかしくないようにしろと、ママから教わっているので……。」

 川内にしとやかに語る神通は再び食べ物を口に運び始めた。川内はその様をボケ~っと眺めることにした。6~7分ほど経ってようやく神通の食事が終わった。

 

「……ごちそうさまでした。」

「神通さぁ、普段のお昼間に合ってる?」

「? はい。普段は和子ちゃんと一緒なので、お互い同じくらいですが。」きょとんとした表情で答える神通。

「あぁ……まいいや。」

 和子と聞いて、似たもの同士なら気にならんだろうとなんとなく理解した川内はそれ以上ツッコむのをやめた。

 

 

--

 

 食べ終わった神通は、着任式のあの日から川内に対して思っていたことをおそるおそる聞いてみた。

「あの……川内さん。聞いてもよろしいですか?」

「ん?なぁに改まって?」

 

 深く深呼吸をする。そして神通は口を開いた。

「川内さんは、同性と接するのは苦手とおっしゃってましたけど、なみえさんや私は……いいとして、村雨さんたちは大丈夫なんですか?」

 

 神通からの素朴な疑問だった。川内はん~~と虚空を見つめて考えたのち、答える。

「あたし、同性と話すのそんなに苦手でトラウマってわけじゃないよ。あたしは、典型的な女子同士のいじめをするような性根の腐った馬鹿女が嫌いってだけ。まぁそれ以外でも話合わなきゃガッツリ苦手だと思うけど。あたし、思ったことわりとすぐ口に出しちゃうタイプだから、苦手な人は苦手だって馬鹿正直に言っちゃうと思う。」

「では五月雨さんたちは……?」神通はそっと尋ねた。

 

「ん~~。とはいえ五月雨さんたちくらいの年下なら、平気っぽい。でもなみえさんや神通以外の人とは、ちょっとだけ我慢してるってか踏ん張ってるっていうか、ともかくなんか違うっていう感情は持ってるかなぁ。」

 なるほどと神通は相槌を打った。川内の苦手だというタイプを述べる時の彼女の表情はやや険しく、そのときのセリフには、熱がこもっていた。

 

「あたし頭悪いし人の感情とか察するの得意じゃないからさ。変に考え過ぎたりあとでクヨクヨするの面倒だから、あまり物事深く考え過ぎないようにしてるの。あたしにつっかかってくる奴らは大抵あたしのことひがんでる性根の腐ったやつらだったし、そういう奴らは無視が一番。あたしはそうやって今まで自分の身を守ってきたんだもん。あとは艦娘の世界にそういう人がいないことを祈るだけ。まぁでも同じようなことが今後もあれば、あたしは艦娘の世界であっても同じ対処するかなぁ。だって気にしても自分だけ傷つくんだよ?損じゃん。」

 

 川内の語る思いはある意味で順当な対策で、視点を変えてみると逃げだと神通は思った。だが臭いものに蓋し、根本的な解決をしなくても人は生きていける、見ないということは逃げではなく生きるための選択肢でもあるのかと、神通は目の前にいる、明るく竹を割ったような振る舞いをする中性的な美少女、自分の同期である川内こと内田流留を見てそう感じた。

 

 以前川内は、自分は嫌なことがあって(艦娘の世界へと)逃げてきたと言っていたことを神通は思い出した。本人的には逃げてきたという捉え方なのだろうが、それでも神通にとっては覚悟を決めて逃げるという選択肢を取った、勇猛果敢な人物だと感じた。逃げただけあって、きっとあの学校では彼女にとっては何も変わらないのだろうが、それを無視し耐えるに見合うだけの生きる価値を、彼女は艦娘の世界に見出したのだろう。自分を変える一手。

 

 神通は、自身のことに目と耳と心を向けた。

 

 あらゆる目立つことから逃げてきた。逃げたというよりもあえて見ずに平々凡々と生きてきた。

 川内のような起伏の激しい生き方をしてきたわけではない。今こうして艦娘の世界に足を踏み入れてはいるが、流留のような覚悟と選択肢を選んだわけではない。ただなんとなく自分を変えたいと願っただけの目的意識に薄いかもしれない自分なのが、神通を名乗っている自分なのだ。生徒会長光主那美恵のような万能な完璧超人なぞ程遠い。彼女があまり大した理由を持たずに艦娘の世界に飛び込んだと言っていたのを思い出したが、きっとそれは嘘。きっとすごい目的を持っているに違いない。

 勉強はそれなりに得意だけれども、それ以外、運動などは得意ではない、人に自信を持って言えるだけの趣味もない、平凡な生き方をしてきた自分。情けなく思えてくる。

 

 自身と全く違う那美恵と流留という人が側にいるため、神通は自分を情けなく感じ更に自信をなくし始めていた。何か劇的な出来事を経験したい。神通が唯一願うのはそれだけであった。

 

「お~い?神通? さっちゃんや~?どうしたのボーっとして。」

「……えっ!? あ……。」

「あたしの話、重かった?悩ませるつもりはなかったんだけどなぁ。」

 後頭部をポリポリかきながら謝る川内。事実、川内には本当にそんなつもりなく、ただ口にしただけである。

「え……と。わた、私は……」

 神通は自分も何か語らなければ、同期の話を聞いたのだから自分も何か語らなければずるいと思い、言おうかどうか葛藤する。

 それを川内が遮った。

 

「あぁ、言わなくていいよ。別に聞きたくないわけじゃないけどさ、さすがのあたしでも神通が言いづらそうってくらいはわかるのよ。たかだか数日接しただけのあんたが何を知ってんだって思われるかもしれないけどさ、無理して言わなくていいってことね。心の底から自分から話したくなった・話せるようになった時に打ち明けてくれればいいや。あたし頭悪いからなんのアドバイスもできないと思うけど、黙って聞くくらいはしてあげるから。ね?」

 

 那珂こと那美恵と違うタイプで心優しい目の前の少女。神通は、今はその突き放したような彼女のぶっきらぼうで男っぽい優しさに救われた思いがした。黙って聞いてくれる、側にいてくれる。唯一の友人だった和子とはまた違うタイプだが、ある面では似てる川内こと内田流留。先のような苦い出来事を経験してこの場にいる川内ならば、心許せるにふさわしい。それに同学年という点も外せない好条件だ。

 自分にないものを持っていて、自分の側に静かにいてくれる。

 少し気恥ずかしさもあるが、幸いにも顔は長い前髪で隠れている。神通は実際の顔は照れを浮かべながら、言葉は静かに感謝を返した。

 

「うん。ありがとう……川内さん。」

「いいっていいって。」

 

 

--

 

「さて、二人ともお昼終わったし、今度こそ提督のところ行こ?」

「……はい。」

 今回は神通も気になることは解消されたので川内に全面的に賛同した。ゴミを片付け待機室を後にし二人が執務室の前に行くと、ちょうど提督が扉を開けて出てきたところだった。

「おぉ!?二人とも。来てたのか。」

 

「はい。こんにちは提督。」

「……こんにちは。」

「あぁ、こんにちは。えーっと、那珂は?」

 挨拶をして真っ先に那珂のことを聞く提督。それに対しては川内が説明をした。

「なみえさんは生徒会の仕事が忙しくて多分来られないと思います。あたしたち、初出勤ということで二人だけで来てみたんです。」

「そうか。君たちは訓練前だし任務も何もないから、適当にゆっくりしていってくれ。」

 

「ねぇ、あたしたちの訓練は?」

 川内は気になっていたことを聞いた。川内から訓練を催促された形になり提督は頭をポリポリかきながら戸惑いつつも答えた。

「まだ二人に言えるほどスケジュールできてないんだ。本当は監督役の那珂が来たら打ち合わせしようかと思ってたんだけど……仕方ないからあとで俺の方から連絡してみるつもりだ。だから、訓練の説明は後日ってことで。」

 

「な~んだ。つまんないの。」

「……川内さん。その言い方は……。」

「だってホントだし。これじゃ初出勤で来ても何にもすることないから来た意味ないじゃん。」

 

 不満たらたらで愚痴を漏らす川内と、それを注意して抑える神通。

 提督はその様子を見て、二人の人となりが少し分かった気がして微笑ましく思った。が、やることがないと言われると心苦しくなる。訓練を受けさせてない以上はうかつに同調させるわけにも、戦闘訓練として演習を勧めるわけにも行かない。艦娘名を名乗っているだけのまだ一般人同然の女子高生二人なのが、目の前の川内と神通なのだ。

 何か話題を振らなければと考える提督。すると川内が先に口を開いた。

 

「ねぇ提督。これから何するところだったの?」

「ん? これからお昼買いに行こうと思ってたんだ。そうだ!二人とも良かったら一緒に行かないか?」

 提督のせっかくの誘いだったのが、二人はバツが悪そうな表情をする。

「ゴメンね。あたしたちついさっき食べたばかりなんだ。」

 なんともタイミングが悪い3人であった。

 

「じゃあ俺お昼買ってくるから、二人ともよかったら執務室にある本でも読んでてくれよ。艦娘や深海凄艦に関する資料が揃ってるから、訓練を始める前の予習ってことでさ。」

 提督がそう提案すると、二者二様の反応を目の前の女子高生は見せた。

「え~~!あたし本読むの苦手なんだけどなぁ。」

「本……あるんですか!?私、それ読みたいです。」

 

 面倒臭がる川内と、本と聞いてやる気を見せる神通。提督はその様子を見てまた一つ、二人の人となりがわかってきた気がした。

「うんまあ、あとは適当に任せる。俺が帰ってくるまで留守番しててくれ、な?」

「はーい。いってらっしゃーい。」

「(コクリ)」

 

 

 川内と神通は昼食を買いに行く提督を見送ると、すぐに執務室に入った。執務室には当然誰もいない。

 秘書艦席は机の上が綺麗に片付けられており清潔感が溢れている。デスクカバーの中には海をモチーフにした絵が挟まれていた。そして一輪の花が小さな花瓶に刺してある。秘書艦は五月雨だということを思い出した二人はそれが彼女の趣味なのかと想像する。

 秘書艦席の後ろには3個ほど本棚がある。とはいっても全棚が本で埋まっているわけではなく、隙間がまばらにある。あとは荷物入れの棚やロッカーがあった。

 次に二人が提督の執務席に目を向けると、そこには机の上にノートPCと書類が何枚か、そして机の脇には筆記用具や文房具を入れると思われる小棚があった。他には趣味と思われるペットボトルのおまけのフィギュアがいくつか並べられている。配置が縦一列や横一列ではなく、意味ありげな配置になっていた。秘書艦席とは違いやや雑多だが西脇提督の人となりがわかる、整えられた机だ。

 

「あ、このフィギュア、あたし一個持ってる。提督も集めてるんだ~。」

「……川内さん、知ってるの?」

「うん。コンビニでこれ見たことない?今キャンペーンやってるんだよ。」

 川内の説明を聞くがさほど興味がない神通は適当に相槌を打って返事をするのみにした。

 

 提督の執務席の後ろにはガラス張りの戸が付けられた、本棚くらいの背の高い棚がある。そこには西脇提督が写った写真や五月雨が写った写真、二人が写った写真が写真立てに飾られていた。他にはこの鎮守府、正式名称の書かれたブロンズの盾が静かに鈍い光をたたえ、公文書と思われる書面が埋め込まれている。

 

"208x年1月8日 ○○県○○市○○区○○設置

 深海凄艦対策局オヨビ艤装装着者管理署千葉○○支局・支部 以下ヲ命ズル

  ア 深海棲艦(ソノ他類推サレル不明海洋害獣生物)ノ駆除

  イ “ア” ニ対応スル人員(以下、艤装装着者)ノ採用・教育・訓練

  ウ “イ”ノ艤装装着者ノ教育

  エ ・・・

  ・・・・・・

 

 防衛省 深海凄艦対策局オヨビ艤装装着者管理署統括部 部長(局長) ○○○○ 

 防衛省 艤装装着者統括部 部長 ○○○○

 防衛大臣 ○○○○

 総務省 艤装装着者生活支援部 部長 ○○○○

 厚生労働省 艤装装着者生活支援部 部長 ○○○○"

 

 仰々しく記された文面を見てゴクリと唾を飲み込んで圧倒される二人。

「なんかこういうの見ると、あたしたちすんごい組織に入ったんだなって実感湧くねぇ。」

「……はい。不思議な感じです。」

 

「あとこの隣の写真さ、提督すんごい硬い表情、おっかしぃ~!」

 数人の男性と一緒に写っている提督の写真を見た川内はプッと笑い始める。それがどういう集まりの写真なのかは二人にはわからなかったが、少なくともこの艦娘制度に関する人たちの集まりなのだろうと察した。

「あ、これ提督と五月雨ちゃんが写ってる。お?五月雨ちゃん中学校の制服着てるー。この姿見たことないから新鮮だな~。」

「これ、本館の正門のところでしょうか?」

「そう言われるとそうだねぇ。でも本館まだ変な柵っていうか網がかかってる。工事中だったのかな?」

 提督と五月雨が写った写真は、鎮守府Aの本館の正門の前で撮られたものであった。神通が写真の日付を見ると、前年の12月20日とある。さきほどのブロンズの盾よりも前の日にちになっていた。

 

【挿絵表示】

 

 

「人に歴史あり、ですね……。」

「ん?」

「いえ、私達の知らない、人の歴史を見るのって、面白いと……思ったんです。」

「ん~。そう言われると確かにね。この二人まだ固い表情してるから、きっと出会ったばかりの頃だったんだろうねぇ。会社員と中学生、不思議な組み合わせ~。」

 

 提督と五月雨が写った写真などを見てあれやこれやと想像しながらおしゃべりをする川内と神通。提督がいないのをいいことに、本よりも執務室にある様々なものを興味津々で見て回っている。川内と神通の二人は、本よりもむしろ部屋の中のものを見て回るのが、共通して楽しめることだったのでノリノリなのであった。

 

 ひと通り見て回った川内と神通は最後にソファーに座り、入り口付近に立てかけてある壁掛けタイプのテレビに注目した。

 この時代のテレビは、かつて存在したようなブラウン管や液晶一体型の機器そのものではなく、専用のスクリーン用のシートおよび好みの壁の四隅に取り付けてその四隅の中に映像を映しだすという、超小型の機器(群)になっている。機器の投影範囲には性能差があり、執務室にあるテレビ(の装置)の間隔は長辺が140cmあった。2020年代に革新的な形式の製品が発表され、それから2030年代にもなると、スクリーン一体型のテレビは一気に廃れてサイズ拡大競争もリセットされ、テレビは進化をやり直していた。流留たちの時代ではこの形こそがテレビという常識である。執務室にあるサイズのテレビは大きい(幅)でも圧倒的な美麗さで大抵の材質の壁でも綺麗に映る高性能タイプだった。

 

 なんとなくテレビをつける川内。月曜日のお昼すぎ、テレビ番組は特に興味を引くものは放送していない。チャンネルをを切り替えてみると、ちょうど映画が放送されていたので二人はそのまま映画を見ることにした。

 

 

--

 

 しばらくすると提督が手に袋を下げて執務室に戻ってきた。

「お、なんだ。テレビ見てたのか。」

「うん。見たらダメだった?」と川内。

 

「いや、別に構わないよ。それと……はい。二人にジュースとお菓子。好み知らないから適当だけどいいかな?」

「やったぁ!ありがとー提督!!」

「……ありがとうございます。わざわざ。」

「いいっていいって。今日は退屈させちゃって悪いからさ、せめてお詫びにってことで。」

 

 提督は袋をさげたままソファーの間のテーブルの前に立ち、二人のために買ってきたジュースとお菓子を取り出して渡した。川内がそれとなくチラリと袋を見ると、その中には焼肉弁当と執務席の机の上にあったペットボトルの蓋のフィギュアがおまけに付いたお茶が入っていた。

「あ~提督。それまた買ってきたんだ。集めてるの?」

「気づいたのかい。うん、なんとなく集めてるんだ。川内も?」

「あたしも一個持ってるよ。けど今回のキャンペーンは好きなキャラいないからパス。」

「そうか。俺はこの作品好きだからなぁ~」

「それじゃさ!この前のコラボにあった作品は……」

 

 話がノリだした川内は提督とフィギュアの話からそのコラボ作品のアニメの話に移った。提督は執務席に戻り弁当を開けて食べ始め、会話相手の川内はソファーに座りながら提督の方を見て話を再開した。提督はウンウンと相槌を打ち、時々自ら話を振って川内の話を盛り上げる。

 

 神通はその話についていけないので黙って見ているだけである。ただ彼女が感じたのは、その様子がさきほど川内が打ち明けた提督への思いが実行に移されている、ということであった。

 あまり深く物事を考えないであろう川内は本当にただなんとなく、話題のキーとなるおまけ製品を見つけたから話し始めただけなのだろう。

 意図せず自分の望んだ通りの展開をできていることを羨ましく思い、いつか自分もそういう会話を艦娘の誰かと楽しみたい、そう願う神通であった。

 

 

 提督はひと通り食べ終わり、片付けをした後二人に対して話しかけた。

「そういえば何か本は読んだかな?」

「え?あ~うん。ま~色々見させてもらったよ。色々と。」

「えっと……あの、見させてもらいました。さ、参考に……なりました。」

 

 二人は焦りつつも答える。提督は特に深く尋ねる必要もないだろうと感じそれ以上話を広めるつもりなく、言葉を続ける。

「そうか。いずれもっと関連資料集めて図書室作るつもりだから、もし本好きなら協力してほしいな。その時はよろしく頼むよ。」

「「はい。」」

 

 提督の何気ない将来の希望に、元気よく返事をして答える二人。その後川内と神通は提督から艦娘制度のことについて簡単に説明を受けたり、提督の労をねぎらうつもりで雑談などをして過ごし、16時前には鎮守府から帰っていった。

 

 

 

--

 

 終業式であった月曜日、那美恵は生徒会の仕事でてんてこ舞いで結局鎮守府に行くことができなかった。生徒会の仕事がようやく片付いた午後突入後1時間半ほど経った頃、時間的に余裕はあるにはあったのだが、肉体的にも精神的にもヘトヘトになった那美恵は同じく疲れきっていた三千花や三戸、和子ら同生徒会メンバーと一緒に帰り、遅めの昼食をとってそのまま帰宅していたのだった。

 

 その夜、那美恵は提督から連絡を受けた。内容は川内と神通の訓練のことであった。

「こんばんは那珂。川内と神通の基本訓練について、話したいことがあります。明日は都合大丈夫でしょうか。」

 おっさんらしい、硬い文章である。それに対し那美恵は普段の口調と同じ雰囲気の文章で返信した。

 

「おっけ~ですよ♡ 今日は鎮守府に行けなくてゴメンねm(__)m 二人は今日はどうだった? と・く・に、川内ちゃんが迷惑かけなかったかなー?」

 数分して提督から返信がきた。それを読む那美恵。那美恵の文面の影響からか、文調は砕けていた。

「おー。特には。それから二人には気持ち良くしてもらって助かったよ。」

 いきなり出てきた想像だにせぬフレーズに、那美恵は思わず文面を二度読みした。

「き、気持ちいい……?な、なにそれぇーーー!?」

 

 提督から来た返信の最後の文章に那美恵は頭にたくさん!?を浮かべて混乱し始めた。一体何が気持ちよかったというのか。那美恵は混乱しすぎて自室で一人慌てふためき、やがてあらぬ妄想をしだす始末。

 

「も、もしかして何も知らない二人をいいことにイ、イケないことしちゃったんじゃ……!?」

 頭をぶんぶん振って変な考えを振り切る那美恵。

「いやいや、あの西脇さんだもん。そんなことしないはず。ってそんなことってなんやねん!」

 セルフツッコミをするほどまだ混乱している。

 尋ねようにも夜遅くいため提督の都合を考え、また自身の心境も落ち着いていないので返信するのはやめておいた。明日鎮守府に行ったら直接問いただしてやろうと心に固く決意する那美恵であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

訓練に向けて

 翌日火曜日、夏休み初日となって気分が一新された那美恵は流留と幸に連絡を取り、今日は鎮守府へ行くと伝えた。

 

「おはー!今日はあたし朝から鎮守府行くよ。二人はだいじょーぶ?」

 すぐに流留と幸から返信が来た。

「おはようございます!あたしも朝から行けますよ~」

「おはようございます。私もこれから出発します。どこかで待ち合わせでもしますか?」

 

「それじゃー、○○駅の改札出たとこにしよ?10時半でいいかな?」

「OKです。」

「はい。了解いたしました。」

 

 朝9時頃、那美恵は起きて朝ごはんをゆっくり食べたあとのメールのやりとりをする。流留と幸もほぼ同じようで夏休みだというのに早起きしているのであった。

 待ち合わせを取り付けた那美恵たちは間に合うように朝の身支度をして自宅を出て向かっていった。

 

 

 那美恵が駅(鎮守府Aのある駅)の改札口を出て見渡すと、まだ流留と幸はいないようだった。時間は10時20分。那美恵は、時間は決めたよりも早い時間に行って確実に皆を待つタイプなのだ。

 30分になった。駅構内から人がぞろぞろ降りてくる。ちょうどそのダイヤの電車が停車していたのだ。その人の中に前髪を思い切り垂らして顔を隠した少女が歩いてくる。神先幸だ。

 那美恵は彼女に気づくと、まだ距離があるにもかかわらず声を上げて呼び寄せた。

 

「お~い!さっちゃ~ん!ここだよ~!ここここ!」

 那美恵は人の目なぞ一切気にしない質だが、幸はおとなしい性格のためモロに気にする。那美恵が声を上げた瞬間、周りの人間は那美恵や自分たちの側にいるであろう呼ばれた"さっちゃん"なる人物がどこにいるかキョロキョロする。とはいえ皆特に興味を持続する気もないのかすぐに自分たちの目的のために視線を本来の方向に戻してスタスタと立ち去る。

 そのため幸が那美恵の側に行く頃には周りの人間はすでに気にしていない様子だった。

 

「……お、おはよう…ございます。」

「うん。おはよー!」

「あ、あの……」

「ん?どーしたの?」

 

 幸はもじもじしながら数秒してやっと言葉をひねり出す。

「あまり……離れたところから呼ばないで……ください。」

 幸の必死の懇願に那美恵は目をパチクリさせたあと、困り笑いしながら弁解した。

「アハハ~ゴメンゴメン。さっちゃんこういうことされるの苦手だった?今度から気をつけるね。」

 

 幸はフゥ、と溜息を軽くついて那美恵の側に寄った。

 

 

--

 

 待ち合わせ時間から15分ほど過ぎてようやく流留が改札口を通って出てきた。

「すみませ~ん。二人とも。遅れましたー。」

 本気で謝っている様子ではなく、特に悪びれた様子もなく那美恵たちに近寄ってくる流留。

「流留ちゃんおっそ~い!待ち合わせを15分も過ぎてるよ?」

「だからゴメンなさいってば。夏休みなんだから少しくらい……ね?」

 

 那美恵は時間にルーズなのは嫌いなのだが、本気で怒るわけでもなく軽く冗談を飛ばして流留を注意するに留めておいた。

「も~流留ちゃんはスペイン人かよって話ですよ。」

「えっ?なにそれ~~」

 意味がわからずツッコミ返す流留に、二人の端で黙っていた幸が那美恵の代わりに説明した。

「あの……ラテン圏の人って、結構普通に待ち合わせ時間に遅れることがあるらしいんです。なみえさんはそれで皮肉って……いるのかと。」

 

 説明されてもなにそれ?となお聞き返す流留に那美恵と幸は暑さも相まってそれ以上詳しく解説する気は失せたので放っておいて鎮守府への道を進んだ。

 後ろからはスペイン、という言葉だけを取り出して連想した流留が

「スペインか~あの有名なご飯なんでしたっけ~?パエリア?一度食べに行きたいなぁ~」

 という単純な欲望丸出しの言葉をダラダラ垂れ流していた。

 

 

--

 

 鎮守府に着いた3人は早速本館に入り、那美恵は流留と幸を引き連れて執務室へと向かった。執務室のドアを叩き、断りを得て那美恵はドアを開けて入った。

 

「おはよ!提督。」

「おはよーございます、提督!」

「おはようございます。提督。」

「あぁ、おはよう三人とも。」

 挨拶も早々に那美恵は早速本題に入ろうと提督に話を切り出す。

 

「連絡受けたけど、訓練のお話だよね?」

「あぁそうだよ。昨日は光主さん来なかったから話せなくてさぁ。」

「別に先に二人に話してよかったんじゃないの?」

「いや……そういうわけにもいかないだろ。俺は一応君を監督役として頼ってるんだから。」

 頼ってる、はっきりとその言葉を聞いた那美恵はドクリと心臓が跳ねる思いがしたがそれを隠して受け答えをした。

「そっかぁ。あたし頼られちゃってますかぁ!そう言われたら仕方ないよね~……あっ!」

 おどけて言葉を続けようとしたとき、ふと昨晩やりとりしたメッセージのことを思い出した。

 

「どうした?」

「昨日の!メール!!」

 突然憤怒した那美恵のことを理解できず呆ける提督。そんな提督に向かって那美恵はさらに詰め寄る。

「気持ちよかったってどーいうこと!? 昨日流留ちゃんとさっちゃんに何したのぉ!!?」

「へっ!? 昨日って……」

 一人で憤怒して一人で提督に思い切り詰め寄る那美恵を見てあっけにとられる流留と幸、そして詰め寄られている被害者の提督。この少女は何をこんなに怒っているんだとチンプンカンプンになっている。

「何を言って……あっ、昨日のマッサージのことか、もしかして?」

「……え?」

「え? いや、だからマッサージ。二人がさ、仕事お疲れ様って言ってマッサージしてくれたんだ。俺はいいって言ったんだけど川内がどうしてもっていうからさ。なぁ?」

 

 同意を求められた流留はウンと頷いて答える。

「はい。西脇さん、提督の仕事も会社の仕事も大変そうだなぁ~って思って。んで昨日はやることなくて神通と暇してたんで、マッサージしてあげたんです。それが何か?」

 流留からなんの意図も感じられない説明を受けて那美恵は目を白黒させてポカーンとし、フリーズしてしまった。3~4秒して解凍された那美恵は引きつった笑いをしてしどろもどろになりながら言葉を発する。

「あ、あぁ~アハハ。そ、そっか。提督お仕事尽くめで大変だもんねぇ~。な、流留ちゃんやさし~な~!五臓六腑に染みわたるでぇ~アハハハ~!」

 

 那美恵がなぜ慌てふためくのか理解できてない流留と提督。一方の幸は黙って見てはいたが、那美恵が何を勘違いをしたのかを察した。高校では完璧超人で皆から慕われてる生徒会長光主那美恵という先輩も、場所が変われば人の子なのだなと愉快に感じた。とはいえこの察した思いをこの場でしゃべるほど空気の読めない、また人を辱めるほどの度胸は持ちあわせてはいない。

 そんな幸だが、那美恵が勘違いしてまで秘める真の思いまでは気づかずにいた。

 

 

--

 

「コホン!まぁ提督も?お疲れでしょうけど!やるべきことはみんな揃ってしっかりやりましょー!」

「え、あぁ。そうだ……ね。」

 なんとか気を取り直して話を戻す那美恵に、提督はまだあっけにとられつつも相槌を打って続くことにした。

 

 那美恵と流留、幸の3人は一旦艦娘の制服に着替えてくると言い執務室を出て行った。数分して再び執務室に現れた3人は、那珂、川内、神通に切り替わっていた。再開する頃には那珂も提督もすっかり気を落ち着かせており、すぐに本題を切り出した。

 

「じゃあ3人とも、ソファーに座ってくれ。」

「「「はい。」」」

 提督は執務席の机の引き出しから数枚の資料を取り出して自身も3人の向かいのソファーに座った。そして口を開いた。

「川内と神通の訓練についてだけど、那珂の時と同じようなカリキュラムで行う予定だ。3人とも川内型の姉妹艦ということで、訓練も同じで済む。だから今回は俺の代わりに那珂が監督役、つまり二人を見て進行を調整する役目を担って欲しい。ここまではOKかな?」

「はい。だいじょーぶだよ。」

 那珂は返事をし、川内と神通は黙って聞いている。

 

「それから、基本訓練の最中は手当が出ます。これは学生艦娘の二人も同様。」

「手当?つまりお給料もらえるの?」

と川内が真っ先に尋ねた。

「あぁ。学生艦娘制度内で採用された艦娘には、通常の艦娘や職業艦娘ではもらえる任務等の実働に伴う手当はすべて学校の部に一旦入り、学校側でやりくりされる。つまり実質的に学生艦娘には一時手当は直接行き渡らない。その代わりの授業免除や代休等の公的な支援が約束されるんだ。これは国の防衛にために働いたという観点でのお話。その前段階の艦娘として着任直後の基本訓練、これはあくまでも自分のために行う行為であり、これに関しては学生艦娘の運用は当てはまらない。あらゆるタイプの艦娘で、基本訓練の間は日給を与えられるんだ。その人の大事な時間を費やして国の防衛のために働けるようにするための絶対に必要な訓練をしてもらっているから、それに見合うだけの手当が出るということ……です。」

 

 提督の話を聞いて川内と神通は那珂の顔を見る。那珂は自分のことを暗に尋ねられていると察し、答えた。

「うん。あたしも基本訓練の時お金もらったよ。あたしは土日分を除いた1週間つまり5日と3日訓練した扱いになってたはずだから、合計6万4千円もらったかな。」

「ろ、6万!?」

「……訓練してお金もらえるなんて……。」

 川内と神通はそれぞれ違う驚き方をする。それを見て提督は補足した。

 

「艦の種類によって一日あたりの手当額も、その対象となる期間も違うんだよ。例えば駆逐艦白露型は3000円、重巡洋艦妙高型は12000円、後うちにはいないけど、戦艦金剛型は20000円という具合。重巡洋艦や戦艦になれば艤装の扱いは難しくなるから、その分の手当ということ。そして期間もダラダラやってひたすらもらえるわけじゃない。それは当たり前だな。軽巡洋艦の川内型と長良型という艦は最長3週間まで手当が出る。川内型と長良型の艤装は、最大でも3週間で艦娘、つまり艤装装着者としては十分慣れられるという想定なんだ。だからそれを越えてしまったら適正に見劣りとして手当は出なくなるペナルティ。ただ訓練中の怪我等のための保険は鎮守府全体でまとめて入ってるからそれは気にしないでくれていい。」

 

「ほぇ~~。なんか本格的に働くッて感じ。」

「…はい。」

 川内と神通は説明にあっけにとられる。

 

「訓練中はお給料出るということは四ツ原先生経由で君たちの高校にも話をつけてるから、ご家庭には自分たちで話しておいてくれ。一応変な出処のお金じゃないってことを君たち自身の口から……ね?」

「「はい。」」

 給与面の話のあと、川内と神通は提督から基本訓練のカリキュラムの資料を提示された。そこには次の項目が並んでいた。

 

・一般教養(座学)

・艤装装着者概要(座学)

・川内型艤装(無・改)基礎知識(座学)

・川内型艤装(無・改)装備・同調

・川内型艤装(無・改)進水・水上移動

・川内型艤装(無・改)腕部操作

・川内型艤装(無・改)脚部操作

・川内型艤装(無・改)スマートウェア操作

・川内型艤装(無・改)バリア操作

・川内型艤装(無・改)レーダー操作

・川内型艤装(無・改)魚雷発射管操作

・川内型艤装(無・改)艦載機(ドローンナイズドマシン)操作

・川内型艤装(無・改)出撃訓練(屋内・屋外・水路以外)

・川内型艤装(無・改)防御・回避(バリア訓練含む)

・川内型艤装(無・改)単装砲砲撃訓練

・川内型艤装(無・改)連装砲砲撃訓練

・川内型艤装(無・改)機銃訓練

・川内型艤装(無・改)雷撃訓練

・川内型艤装(無・改)艦載機・対空訓練

・深海凄艦デモ戦闘1/2/3/4

・自由演習

……

 

「こ、こんなに多いんですか!?」

 カリキュラムの多さに驚き慄く川内。

「実際には2~3組み合わせて1つの訓練で終わらせられたりするから、多くても内容はあっさりしたものだよ。他の艦種ではカリキュラムが少なくても一つ一つめちゃくちゃみっちりやるのもある。川内型は数は多いけど、那珂も比較的あっさり終わったし、君たちも問題無いとは思う。」

 

「……とは申されましても、私、体力が……心配です。」

と不安を口にする神通。

「あ~、基礎体力はまぁ、必要だとは思うからそれは合間を縫ってやってくれ。同調では腕力・脚力や敏捷性は高まるけど、持久力や基礎体力までは増えないからね。それは普段から気をつけてとしか言えないな。」

 神通の不安を耳にして対応しきれていないフォローをする提督。

「あたしは体力は自身あるからそこは平気かな。心配なのは、全部覚えられるかなってとこなんですよね~。身体動かす訓練はいいけど、学校の授業みたいに本読んだり座って何かするの苦手なんすよね、あたし。」

 一方の川内は後頭部をポリポリかいて苦々しく思いを口にする。

 

「進め方は基本訓練の管理者、つまり那珂、実際のカリキュラム調整は君に一任するよ。いいね?」

「はーい。わかりました。任せて。」

 那珂から快い返事を聞いた提督はニコッと笑って頷き、念押しして那珂に言った。

「スケジュールを作ったら後で俺に提出してくれ。確認するから。それから明石さんにも話を通してあるから、今後はいつ工廠に行って艤装を装備してもらっても構わない。先日は同調しないでってお願いしたから不満だったろうけど、今日からは、明石さんと那珂の監視のもとならいつ同調してもいいから。ただ地上では周りに気をつけてやってくれ。」

 

 先日は、という言葉を聞いた3人はドキッとしたが、那珂も神通もポーカーフェイスを保ってなんとか普通に返事をした。ただ川内だけは焦りの顔をしたままだ。那珂は肘でつついてわざとらしく大きめの声で注意を促した。

 

「川内ちゃん!神通ちゃん!そういうわけだから!このまえ!同調できなかった!分!今日からガンガンして慣れていこうね!!?」

「へっ?あ~は、はい!わかりました!」

「……はい。承知しました。」

 焦りを隠しきれず返事をする川内と、いたって平静を保って返事をする神通、二者二様であった。

 

「ところで君たち夏休みだっけ?」

「「「はい。」」」

「休みたっぷりあるだろうし、早めに終わらせてくれればいつでも任務を任せられるから、頑張ってくれよ。とはいえ夏真っ盛りだから、熱中症には気をつけて。個人的には13時以降の日中はぜひとも避けてほしい。うっかり倒れられたら管理者として俺マジで困るのよ。もちろん君たちへの心配が先だけどさ。」

 基本的な注意をしつつ、最後はおどけてみせる提督。その言葉に3人はクスッと笑いつつも、真面目に返事を返した。

 その日から川内と神通の、本物の艦娘になるための訓練が始まった。

 

 

--

 

 提督から訓練の事前説明を受けた3人。那珂は執務室の秘書艦席を借りてカリキュラムの確認を始めた。川内と神通は那珂についていき、那珂のやることをじっと見ている。

 それに気づいた那珂は、二人にピシャリと言い渡す。

 

「カリキュラムはあたしが責任持ってきっちり決めてあとで二人にも確認してもらうから、二人はいつでもできそうな"一般教養"と"艤装装着者概要"をやっておいて。」

「……やっておいてって言われても。何をどうすればいいんですか?」

 川内の返しに神通もコクリと頷いて那珂に尋ねた。

 二人の言い分ももっともだと思い那珂は提督の方を見つめた。提督は那珂の視線に気づいて那珂に助け舟を出す。

 

「後ろの本棚に国から指定された教科書があるからそれ読んで。別にテストするわけじゃないから、暇な時に読んでおいてくれれば構わないから。」

 それを聞いて安心した3人。川内と神通はそれらの教科書を本棚から引き出し、ソファーに座って読み始めた。

 

 

--

 

 那珂は自身の基本訓練の頃を思い出しながら、カリキュラムの羅列された資料とにらめっこしながら考えにふける。ざっと決める分には決められるが、川内と神通の能力的な問題もある。まずはそれを確認しなければならない。

 座学やシミュレーション的な訓練は室内でいつでもできる。那珂は非常に真面目な顔をして考える。チラリと提督のほうを見ると、提督はPCに向かって何かを打ち込んでいる。那珂はすぐに視線を戻して手元の資料を見直す。

 

「ねぇ提督。」

 那珂は再び視線を上げて提督を呼んだ。

「ん?なんだい?」

「あたしがやったときの資料って、秘書艦席の後ろの本棚に今もあるの?」

「あぁ。まったく変えてないから、全部あるはずだよ。」

「そっか。ありがと!」

 

 自身が使った時の資料の場所を確認した那珂はカリキュラムの資料にメモ書きを始めた。夏休みはたっぷりあるが、長々と訓練をさせるわけにもいかない。先ほど聞いた給料の話もあるが、二人の体力や興味の持続を考えると、自身の時と同じか、少し日数をプラスした2週間が的確と判断する。本を読む座学はこの2週間繰り返しやってもらうことにして、早々に二人にさせるべきは基本的な動きだ。艤装の装備や同調を再優先で行い、その後進水、出撃で基本的な動きを完璧にマスターさせる。その後、シミュレーション訓練に戻り、腕部や脚部、その他装砲の操作や訓練とする。

 

 最後は食事でいえばメインディッシュ、あるいはデザートたる深海凄艦とのデモ戦闘。那珂自身のときも行ったもので、小型ボートの上に、かなり耐久力のある深海凄艦の模型が乗っかっているものだ。それは自動運転でペイント弾を投げて迫ってくる。那珂は最初それを見た時は思わず笑ってしまったが、提督に真面目にやれと注意されたのと思い出した。

 最重要拠点ではない鎮守府に配備される訓練用の機材は質が若干落ちる。場所によっては捕獲した深海凄艦をそのまま使うところもあるがそれはかなり限られた場所だ。

 モロに首都圏近郊な鎮守府Aではそういうたぐいのガチの訓練はかなわない。

 

 それで訓練にならない場合は自分自身が深海凄艦役となって二人に演習を何度もさせればいいだろうと考えた。慣れてない二人に本気でやる気もないが、わざと負けてやる気もない。自身だってできたんだからこのくらいはあの二人もきっとできるはずと、那珂は信じていた。

 1時間ほどみっちり練って考えて調整したカリキュラム案を提督に報告することにした。

「……うん。なるほど。それはそういう根拠で考えてるんだね。」

「そ。あとこれはね……」

 お互い顔はかなり接近していたが話が真面目な問題だったので、那珂も提督も一切気にはしない。

 

 

--

 

 那珂が真面目に考えている間川内と神通は借りた教科書を読んでいた。早々に飽きかけていた川内はじっと真面目に読み耽る神通に小声で話しかける。

 

「ねぇ。ねぇってば神通。」

「……!? は、はい。なんでしょうか?」

「そっちって、面白い?」

「この教科書ですか?」

「うん。それ。」

「ものすごく面白いです。以前の艦娘部の展示の比ではないかと。とても……参考になりますよ。」

珍しく興奮気味に言葉を出す神通を見て川内は興味を惹かれかける。彼女が読んでいるのは艤装装着者概要のための教科書だ。一方で川内が手に取ってしまったのは一般教養向けの教科書である。

 

「そっち一緒に読ませてよ。てかあたしのこっちの本さぁ。ぶっちゃけ中学の時の社会科の教科書みたいな内容なんだもん。面白くないよ~。」

「……むしろそういう艦娘以外の知識のほうが大事な気も……はい。一緒に読みましょう。」

「やったぁ!」

 

 川内は手に持っていた本を閉じてテーブルに置き、神通に半身をくっつけて密着して彼女が手にとっている教科書を読み始めた。

 

「せ、川内さん……暑いです。そ、そんなにくっつかなくても……こうして真ん中に置けば……見えますので。」

「え? あぁゴメン。よく○○くんたちの漫画読ませてもらう時にこうしてたからつい。」

 

 鼻で吹き出しながら笑って少しだけ神通から離れて座り直す川内。

 神通は何気なく川内がポロリとこぼした過去のことが気になった。彼女は男子と密着して何かしてたのかと、思わずギョッとする。そんな態度を取っていれば、かつての噂どおりの誹謗中傷が生まれてしまうわけだと、川内をなんとなく気の毒に感じてしまった。

 

 川内が神通と一緒に艤装装着者概要の教科書を読み始めてから十数分経った。川内もようやく興味を持続していた。川内は三戸と同じくゲームや漫画・アニメで旧日本海軍や各国の艦隊を覚えたため、それらに近い情報が出てくると"おぉ~"だの、"なるほどあれはこうやって艦娘制度に出てくるのかぁ!"と、声を上げて感心しながら読みふけっている。

 一方の神通は趣味らしき趣味がない分、読書はジャンルを問わず手を付けていた。さすがに艦娘の本は興味はあれど手に取る勇気がなかったためにほとんど読んでこなかったが、軍艦や艦隊に関する本はサラリと読んだことがある程度。その方面の知識では川内のほうが卓越しているのかと彼女に感心した。

 ただ、神通は勉強では負けていられないと、密かに闘志を燃やすのであった。

 

 

 二人様々な反応を示しながら教科書を読み、ふと神通が時間を気にして時計を見ると1時間ほど経っていた。ふと提督の執務席のほうを見ると那珂が提督のすぐ脇に居り何かを話していた。カリキュラムの準備が進んでいるのだろうと踏み、すぐに視線を本の方に戻した。

 

 次に神通が顔を上げて時計を見た時は、読み始めてから2時間経っていた。とっくにお昼をすぎている。神通が顔をあげたのでつられて川内も視線を本から離して部屋全体に向ける。その頃には那珂は秘書艦席に戻り、提督はPCに向かって別の作業をしていた。

 ずっと同じ姿勢で本を読んでいたため身体が硬くなってしまった二人はグッと背伸びをした。

 

「はぁ~~~!ずいぶん読んじゃったね。それ確かに面白いわ。」

「……はい。」

「そーいう本だったらあたしも真面目に読めそう。ねぇ!提督!」

 

 PCから目を離した提督が川内を見た。

「ん?なんだい?」

「この本さ、持ち帰ってもいい?結構面白かったよ。普段本読まないあたしでもバリバリ興味持って読めたもん。」

「あ~、別にいいけどそれ1冊しかないから、適当にコピーしていってくれ。」

「わかった!ありがとね。」

 

 提督から了承を得た二人は本を持ち帰ることにした。提督と川内のやりとりを聞いて視線を上げた那珂は川内と神通の方を見てニカッと笑いながら語りかける。

 

「どう?二人とも。お勉強できた?」

「はい!これならカリキュラム一つ今日終わりですよねきっと?」

「アハハ。一般教養と艤装装着者概要はもうクリアってことにしておくから、繰り返し読んでお勉強し続けてね。それ以外はこのあと説明するから。」

「はーい。」

「……はい。」

 

 那珂はグッと背筋を伸ばした。

「んん!! はぁ~久々に真面目に考えたら疲れちゃった。もうお昼だよね。どうするみんな?」

「よし。今日は俺がおごってあげる。」

 提督はリラックスしはじめる3人を見て、そう宣言した。

 

「えっ!?いいの?」と那珂。

「うわーい!やったぁ! 提督ふとっぱらぁ!」

「……申し訳ないですけど。」

 バンザイをして思い切り川内は喜び、一方で神通は申し訳なさそうにするが、実のところ好意に甘える気満々である。

 

「いいっていいって。他の子は……五月雨と時雨はご家庭の旅行で今週は来ないし、今日は村雨たちも任務ないから来ないだろうし。留守番は明石さんに任せて行ってしまおう。」

 

「アハハ。明石さん仲間外れ~。」

「いいんだよ。あの人は会社の人と来てるんだし。」

 那珂と提督は遠回しに明石を茶化す。そして那珂たちは提督に率いられ、昼食を取りに鎮守府を後にした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間:将来

 那珂たち3人を連れた提督は近くの居酒屋に連れて行った。まだお昼の定食メニューは続いている時間だ。4人は店に入り座敷席に案内された後、それぞれ好みのメニューを頼み待つことにした。

 

 冷水をコクッと口にした後、那珂が喋り始めた。

「提督はこの店よく来るの?」

「あぁ。お昼もよく使うし、夜もたまに明石さんたちと……って何言わすんだ。」

「自分で言ったんじゃん!へぇ~明石さんたちとここでよろしくしちゃうんだぁ~」

 わざとらしくニヤケ顔で提督を茶化し始める那珂。

「よろしくって……明石さんだけじゃなくてたいていは技師や事務員さんたちと一緒だぞ?君が考えてるようなやましいことはないからな?」

「「「アハハ」」」

 

 那珂と提督のやりとりに一同は笑い合い、しばらくして届いた料理を堪能した。

 昼食を一番早く食べ終わったのは川内だった。その後提督、那珂、神通と続いた。那珂と神通は僅差だった。

 

「川内は食べるの早いなぁ。俺も大抵早いと自負していたけど、女子高生ってこんなに食べるの早いのか?」

 提督の素朴な疑問に那珂と神通が揃って答えた。

「ううん。川内ちゃんが早すぎなだけ。男子みたい。」

「……先日も、川内さんはお昼食べ終わるの、早かったです。」

 

「えぇ~!二人ともなんでそんな息ピッタリ!?ひどいですよ~!」

「だって、ねぇ~?」

「……はい。」

 早いのは事実だったので、那珂も神通も顔を見合わせて失笑するしかなかった。

 

「まいいや。ねぇ提督。ドリンクバー頼みたい。」

「居酒屋にそんなものねぇよ。帰りに飲み物買ってあげるからそれで我慢しな。」

「はーい。」

 

 その後もなにか思いついたように口を開いては提督に何か買ってくれだのこれが欲しいだの言い出す川内。

 提督と川内の何気ないやりとりを見ていた那珂。妙に欲望に正直なところが川内にはある。中学生組でいえば夕立と似てると気付き、提督が夕立に対して行う接し方を思い出す。本人的には至って平静を保って振舞っているのだろうが、傍から見るとデレッデレした顔になっている。あれは溺愛する娘に対する顔のようなものだと那珂は思い、心の中で苦笑した。

 夕立よりかは歳相応に精神的にも成長している川内だから、提督は夕立と川内を全く同じ接し方で接しないだろうとは思ったが、きっと提督にとってどちらも同じような存在になるのだろう、と漠然と捉えることにした。

 自分"たち"のライバルにはなり得ない。心のなかでホッと一息楽観視する那珂であった。

 

 

--

 

 その後店を出た4人はブラブラのんびりと歩きながら本館へと戻る。

「ねぇ提督。今日は会社戻るの?」那珂はなんとなく尋ねてみた。

「いや、今日は一日こっち。だから君たちは時間気にせず訓練続けていつ帰ってもいいぞ。」

「そっか。うんわかった。」

 

「そういや提督って夏休みはあるの? てか会社と鎮守府、どっちとしてあるの?」

 次に尋ねたのは川内だ。

「うーん、夏休みまだ決めてないんだよな。ちなみに鎮守府……国の仕事のほうはうちの鎮守府下では俺がすべての裁量権を持つトップだから自由。だから最終的には会社に夏休みいつ取るか言えばいいだけなんだ。」

「へぇ~。会社員って夏休み少ないんだよね?大変だねぇ~。」

「学生とは違うからね。ま、君たちも数年後働き出せばわかるよ。」

 

「働くかぁ~実感ないなぁ~。高校卒業したら、あたしどうなるんだろ……。」

 提督の何気ない返しに感慨深く感じた川内は自身の将来を気にし始める。それを見た那珂が首を傾げて尋ねた。

「川内ちゃん?」

「いやぁ、まだ高校入ったばかりですけど、高校卒業したら大学行くのか働き始めるのか、考えたら不安になりませんか?」

「う~~ん。そう言われるとまぁね。あたしは高校生活もう半分過ぎてるし、そろそろ進路考えなきゃいけない頃だもん。」

「那珂さんは高校出たらどうするんですか?」

「あたしは大学行く予定。その合間に艦娘の仕事を続けられたらなって思ってるの。川内ちゃんと神通ちゃんは?」

 

 川内はしばし唸ったのち答えた。

「あたしは……まだ考えてないです。不安に感じちゃうから、考え過ぎないようにします。」

 そう言った後、川内は何かを思いついた表情になって提督の方を向いて口を再び開く。

 

「そうだ! ねぇ提督。艦娘って普通に仕事にならないの?」

「えっ? ええとだな……職業艦娘っていうのになれば準公務員になれるし、公務員への昇格も約束されてるから安泰といえば安泰な仕事だが。」

「じゃああたしはその職業艦娘になろっかなぁ~?」

 

 川内の発言に提督が鼻で笑いながら忠告する。

「おいおい。職業艦娘は甘い考えでなれるようなもんじゃないぞ?激務だって聞くし、色んな鎮守府に派遣されるし、相当鍛えないと厳しいだろうし。」

「身体動かすのは得意だからそのへんは心配ないって。あ~、早く訓練終わらせてバリバリ活躍したいなぁ~。」

 

 提督の厳しい意見も意に介さず、自身の思いを素直にぶちまける川内。そして隣を歩いている神通の方を向いて次はとばかりに神通のことを尋ねてみた。

「神通は?」

「えっ……?わ、私?」

「そうそう。」

 

 川内の将来の考えを聞いて自身を見つめなおそうと思っていた神通は考え途中で注目されたので一瞬焦るが、数秒落ち着いたのち答えた。

「わ、私は……まだわからないです。大学……かもしれません。艦娘の仕事は続けるかどうかわからないです。」

「え~?艦娘やめるかもしれないの?」

 川内が不満タラタラに神通に言葉を投げかける。

「いや……あの、わからないです。まだ艦娘になって間もないですし。」

 

 二人の意見を聞いていた那珂が口を開いた。

「そりゃまあ二人とも訓練まだやってないからなんにも実感ないでしょ? とりあえずさ、将来は置いといてもいいんじゃない? 提督もあつ~~~く語ってたでしょ、あたしたちの日常生活がまず大事だってさ!」

 言葉の最後のほうは提督にチラリと視線を送りながら口にする。目が合った提督はやや恥ずかしそうに咳払いをして話題を締めようとした。

 

「ンンっ! まぁなんだ。艦娘の仕事は大変だろうけど、少なくともうちの鎮守府の担当海域ではそんなにしょっちゅう出撃があるわけではないし、艦娘のことに影響されずに君たちそれぞれの日常や将来のことを考える時間は存分にあるはずだ。俺はあくまでも艦娘としての君たちの管理者や保護者であって、君たちの日常には口出しできる立場じゃないから、見守ることしかできないけどさ。」

 

「でも人生の先輩として相談に乗ってくれてもいいでしょ?うちの艦娘はほとんど学生なんだし。トップの人がぁ~艦娘たちの悩みの相談に乗ってくれるフレンドリーな人ならぁ~、きっとうちの鎮守府も評判良くなって艦娘ガンガン増えると思うよ?」

 那珂はわざとらしく提督に半身を寄せ、人差し指で提督の肩をツツッと撫でる。目は笑みを含んだ上目遣いになっている。完全にからかっていると気づいたのは神通だ。川内は那珂の言葉を額面通りに受け取って、那珂にノる。

 

「そ~ですよねぇ。それいいですねぇ! あたしたちの人生相談にも乗ってくれる提督!面白いと思いますよ。あたしも話したいですし。」

「……川内さんは、提督と明石さん以外で趣味の話の合う人が欲しいだけ……なのでは?」

 神通から静かで鋭いツッコミをうけた川内は後頭部をポリポリかいてアハハと笑いながら相槌を打った。

「アハハ。川内ちゃんもそう言ってることだしぃ、みんなの相談に乗ってね!」

 二人の言葉を受けて、那珂は提督に茶化し混じりの再びのお願いを口にする。提督は女子高生2人の勢いに押されてたじろぎながらもどうにか反応して言った。

「は、ハハ。わかったわかった。わかったからそんなにくっつかないでくれよ。恥ずかしいだろ。」

 

 その後も那珂が軽く茶化し、川内がその意図にわからず額面通りにノり、たまに神通が鋭くツッコむ。そんな光景が展開されながら、4人は本館に入り、それぞれ作業の続きをし始めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

基本訓練(導入)

 昼食が終わって那珂たちは本館へ帰ってきた後、それぞれの作業の続きをした。那珂は訓練のカリキュラムの調整の続きを、川内と神通はカリキュラムの中の座学たる"一般教養"と"艤装装着者概要"を、教科書を使っての独学を再開した。

 二人は那珂と提督から、教科書を繰り返し読めと指示を受けたため、一旦その本をコピーしにコンビニに出かけ、必要と思われるページをコピーしたのち、二人で分けて読書を再開した。原本は川内の強い勧めにより、神通が持ち帰ることとなった。

 

 

 那珂は数回提督とカリキュラムの調整内容を話し合い、大体望みの形を見出した。しかしそれをそのまま実行に移せるわけではない。最終的には、川内と神通の身体的な確認が必要になるからであった。

 夏休み初日、まだ7月後半とはいえすでに夏真っ盛りの気候のため暑い。熱中症にも気を張らなくてはいけないため、その日は夕方まで川内たちには教科書を読ませることにし、那珂は16時を過ぎたあたりで一旦一人で外に行った。気候を確認した後再び執務室に行きソファーで寝っ転がって教科書を読んでいる川内・きちんと座って読んでいる神通の両人に向かってこれからの予定を伝えた。

 

「さて、二人とも。外はだいぶ暑さが和らいできたから訓練始めるよ、いい?」

「はい!待ってました!」

「……わかりました。」

 

「とはいってもね、今日はカリキュラムの内容にいきなり入るんじゃなくて、二人の体力測定みたいなことをしたいと思います。ここまではいいかな?」

「体力測定ですか。まぁあたしはいいけど、神通は運動苦手なんでしょ?」

「……苦手というか……体力が心配です。」

 川内の口ぶりは余裕を持っていて軽いが、神通は語尾を濁す。

 

「そんなだから、いきなり艤装装備してやるんじゃなくて二人の限界を知りたいの。それによってはカリキュラムをまた調整しなくちゃいけないから。二人に無理のないカリキュラムにするために、今日はこれだけ頑張って、ね?」

「「はい。」」

「それから提督。」

「ん、なんだ?」

「あたしだけだと絶対偏った見方になっちゃうから、提督も二人の様子を見て欲しいの。前に提督があたしのこと見てくれたように、二人の身体能力を計るのを助けて欲しいの。お願い?」

「あぁ。わかったよ。」

 提督の返事を聞いて那珂は提督に向かって無言でコクリと頷いた。

 

 

--

 

 16時すぎ。気分的には夕方だが、夏のこの時期晴れていれば普通に明るく、まだまだ日中という感覚だ。

 気候としては太陽がわずかに落ちてきているため暑さは13~15時ほどではなくなっている。とはいえまだ暑いことには変わりはないため、川内と神通を外に連れてきた那珂は二人に無理をさせるつもりはなかった。

 4人が出てきたのは本館裏手、つまりは本館と海岸の間にあるグラウンドだ。一般的な鎮守府よりも狭いとはいえ、都心ど真ん中の学校によくありそうな小さめのグラウンドと同じくらいの広さは確保されている。

 

「体力測定って言っても、具体的にはどんなことするんすか?」

 両手を頭の後ろで組んで歩いていた川内が開口一番質問をした。

「んーとね。あまり複雑なことやってもあたしも提督も計れないから、わかりやすいところでは、ぐるっと何周かするのと、反復横跳びとか、腕立て伏せくらい? てきとーで悪いけど、それらをできるところまで。」

「はい。わかりました。」

「……うぅ。はい。」

 ケロッとした返事をする川内と、かなり嫌そうな表情で返事をする神通。違いは明白だった。

「それじゃ最初はグルっと5周くらいしてみて。携帯でタイム計るから。」

「了解で~す。」

「……はい。」

 

 那珂と提督はそれぞれ携帯電話を出し、川内と神通のラップタイムを計り始めた。

 軽快に走る川内。それを追うように走る神通。川内の走る姿は綺麗なフォームで陸上部の部員さながらの姿であった。一方の神通は明らかに運動苦手そうな少女の女の子走りになっており、川内とはすぐに差がつきはじめた。

 川内が5周走り終わる頃には、神通はまだあと2周残っているという状況になっていた。

 

【挿絵表示】

 

「はい!川内ちゃんゴール!」

「ふぅ。タイムはどれくらいですか?」

 わずかに息を荒く吐きながら川内が那珂に近寄る。

「これくらいだよ。」

「うーん。この前の体育の時より落ちてるなぁ。」

「アハハ。まぁここは学校のグラウンドとは大きさも地面の質も違うから一概に言えないと思うけどね。でも早いね~川内ちゃん。マラソンやったらあたしより早いんじゃない?」

「え、そうなんですか?那珂さんは運動って……」

「あたしもそれなりに得意だけど、持久力は川内ちゃんに負けちゃうかもなぁ~」

 アハハと笑いながら川内のタイムと能力を褒める那珂。川内はこの完璧超人の生徒会長に勝てる要素があることを誇らしく感じた。

 

 那珂と川内が自身の体育のことについて話している間、神通はまだ走っている。速度が落ち、どう見ても体力の限界の様子が伺える。

「なぁ那珂。神通やめさせたほうがいいんじゃないか?ヘロヘロになってるぞあれ。」

 神通のタイムを計っている提督は神通を見て途端に不安になったことを那珂に漏らす。

「あと少しなんだし、彼女がもう限界って言うまでは続けます。そしたら休ませます。」

「うわぁ……那珂さん厳しいなぁ~。」川内は顔を歪めて言った。

 

 そののち神通は本気で限界を感じたのか、最後の1周の半分まで来たところで、バタリと倒れこみ、力を振り絞って手を掲げて"限界"という意思表示をした。さすがに本人から死にそうな意思表示を掲げられては続ける気が失せてしまった那珂はそこで測定を中断した。

 駆け寄った3人は神通の状態を確認する。熱中症の類の心配はなさそうだが、かなり息があがっていてつらそうな雰囲気がヒシヒシと伝わってくる。

 

「ロビーは冷房が効いてるから、そこで休ませよう。俺が運ぶよ。」

 そう言って提督は神通を正面から抱えて抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこ状態である。普段であれば抱き上げられた時点で神通は顔を真赤にさせて慌てふためいてもおかしくないところだが、その時彼女はそんな気力すら残っていない状態であったため、おとなしく提督に抱きかかえられてロビーの端にある長めのソファーに横たえられた。代わりに内心慌てふためいて身悶えして恥ずかしがったのは那珂だった。表向きは努めて冷静を装い、提督に抱きかかえられてロビーに運ばれる後輩の姿を眺めるだけだったが。

 川内は那珂の指示で執務室に一足先に戻り、置いてきたスポーツドリンクを持ってきて神通の口に運んで飲ませる役目を担った。

 

 

 数分してようやく話せるくらいにまで回復した神通。そんな彼女の手を取って那珂は一言謝る。

「ゴメンね。無理させちゃって。でもこれで今後の訓練では、神通ちゃんには無理の無い範囲でやれるカリキュラムを立てられるよ。だから、今日は我慢して限界まで走ってくれてありがとね。」

 那珂の優しい言葉に、神通は返した。

「あの……私、まだやれます。」

 神通の言葉に那珂はチラッと提督を見て目配せをした後、神通に向かって頭を振った。

「無理しなくていいよ。あたしは二人の限界が知りたかっただけだから。」

「ゴメン……なさい。私、足手まといにならないように、体力つけます。」

 まだ完全に復活していない呼吸を整えながら神通は自身の思いを口にした。

 

「もう~神通ちゃんは頑張り屋さん!負けず嫌いなところあるのかなぁ?もう~可愛いなぁ~!」

「あ、熱い……です、那珂さ…ん。」

 思わず神通をヒシッと抱きしめつつ、さりげなく的確に評価をする那珂。ムギューっと抱きしめられた神通は那珂を振りほどこうと弱々しく身を捩るが、結局人肌の熱さは取れなかった。

 

 

--

 

 神通が立ち上がって普通に歩けるくらいに回復した頃には、17時にあと数分で届く頃になっていた。

 

「えーと、体力測定なんだけど、まぁ、なんとなくわかりました。ホントはこのあと反復横跳びとかしてもらおうと思ったんだけど、状況が状況なのでやめておきます。神通ちゃんダイジョブ?」

 那珂の言葉のあと、神通はコクリと頷いた。

 

「あのー、あたしはまだまだやれますよ。足りないくらいです。」

 まだ元気いっぱいとばかりにガッツポーズをする川内。事実、彼女はまだ体力があり余っていた。そんな彼女の様子を見た那珂は俯いて考えたのち、こう彼女に伝えた。

「それじゃあ川内ちゃんだけ今日は続きね。神通ちゃんはあたしたちと一緒に川内ちゃんのこと見てよっか。」

 

 川内と神通は頷き、川内は再びグラウンドへ、神通は那珂に付き従う形で彼女の向かう方向へついていった。提督は那珂たちからやや離れた距離を保ってグラウンドに出た。

 その後、川内はもう5周し、その後反復横跳び100回、腕立て伏せ12回をこなしたところでようやくヘトヘトになって座り込んだ。これといって特定の運動部に所属していないがこれだけこなした川内。そんな彼女に対して、那珂は心のなかでこう思った。

 

((体力面はまったく問題なし。むしろあたしを超えそうで頼もしいな。もしかして……脳筋だったりするのかな?))

 甚だ失礼かもしれないと思い、口には一切出さなかった。

 

 

「はぁ……はぁ……。さ、さすがにヘトヘトだわ。提督! あたしのタオルと飲み物取ってきて~。」

「はいはい。っていうか俺、一応君たちの上司なんだけどな。」

「気にしないでいいよ!」

「それは俺のセリフだわ!」

 提督は一応文句を言うが本気で嫌というわけではない。ロビーに置いてきた3人分のタオルと飲み物をまとめて持ってきた提督は川内に確認する。

 

「ほら。どれが川内のだ?」

「ん~? あ、それとそれ。」

 川内はスクっと立ち上がって小走りで提督に近づき、彼が持っていたタオルとペットボトルのうち自分のものをサッと抜き取り、まだ提督の手に引っかかっているタオルで自らの顔を拭い始めた。

 提督は自分の手に引っかかったタオルが引っ張られ、川内が顔を思い切り近づけてきたのにドキリとした。川内は提督の反応なぞ気にせず汗を拭う。ミディアムな長さの髪が頭を振って拭う仕草に合わせて揺れる。激しい運動後のため、否が応でも汗の匂いがダイレクトに周囲、至近距離に伝わる。

 生活が生活なら女子高生とこんなに接近したり親しげに会話することなぞありえなかった三十路の西脇提督は年甲斐もなく中学生のように照れ、その照れ隠しに軽口を叩く。

「あー、人の手元にまだあるのに近くで拭くな。全部抜いてから拭け。汗臭いな。」

「そっか。アハハ!ゴメンゴメン。」

 提督の軽口を特に気に留めず素直に謝る川内。その口ぶりは人の評価など一切気にしていないのがよく分かる軽快さそのものだ。

 

「ちょーっと提督!女の子に臭いとか汚いとか言ったらダメだよぉ!デリカシーなさすぎ!」

 何気なく提督と川内のやりとりを見てた那珂は二人のその言い方と態度が気になり、二人に割り込んで入るように身体を近づけて注意しはじめた。たじろぐ提督を最後まで見ずに今度は川内の方を振り向いて叱る。

 

「あと川内ちゃん。女の子なんだから、丁寧に受け取って人の迷惑にならない距離でそういうケアしなさい!」

「え~別にいいじゃないですか~。」

「ダーメ!艦娘はうちの学校の生徒だけじゃなくていろんな人が集まるんだから、今のうちにうちの学校代表として恥ずかしくない振る舞いをしてよね?」

 

「はーい。善処しまーす。」

「はは、厳しい先輩だな、川内。」

 気怠い返事を返す川内を茶化す提督。その瞬間那珂は提督にキッと鋭い視線を送る。

「……っと。俺も気をつけます。」

 その視線がかなり真面目なモードだったので提督は本気で驚いて謝った。

 

--

 

 二人から返事を聞くと那珂は2~3歩離れてしゃべる。

「はい、よろしい。それじゃあみんな、ロビーに戻りましょ。川内ちゃんお疲れ様でした!」

「はーい。汗かいちゃったしシャワー浴びたいなぁ~。」

「……私もです。」

 那珂のすぐ後ろに来ていた神通も川内と同じ意見を呟く。

 

「ねぇ那珂さん。シャワーってどこにあります?」

 ロビーから執務室に戻る途中で川内が尋ねる。その質問には提督が答えた。

「すまん。シャワー設備はないんだ。」

 

「えーー!? じゃあ那珂さんや村雨さんたちはどうしてたの!?」

「駅の向こうのスーパー銭湯行ってたよ。」

「えーー。ちょっと面倒だなぁ」

 そう言いながら汗ばんだ感触が気持ち悪いのか、艦娘の制服の胸元の生地をパタパタ揺らして空気を通し、涼みながら川内は文句を言う。彼女の気持ちを十分理解しているのか、那珂は同意した。

 

「確かにそうだよねぇ。せめてシャワー室1つは欲しいよねぇ~。チラッ?」

 言葉の最後はわざとらしく効果音を口で発して提督に視線を送った。那珂は先頭を歩いていたため、振り返って送った彼女の視線の先に川内と神通の二人はすぐにその意図に気がついた。

 

「ねぇ提督。シャワー室作りましょうよ!」

 川内はストレートに提督に目下最重要な願い事を言った。那珂と神通も視線で訴えている。そんな3人を見て提督はドヤ顔になって口を開いた。

 

「あぁ。実は五月雨たちからもお願いされていてな。今建築業者と最終的な設計を詰めてるところなんだ。」

「えっ!?そーなの?だったら早く言ってよ~!」

 那珂は提督の側に駆け寄り肩を小突くと、川内達の方を見て言葉を続ける。

「川内ちゃん、神通ちゃん。うまくいけば訓練期間中にシャワー浴びて気持よく帰れるようになるよ!」

「ですね~!」

「……ほっとします。」

 

 3人が勝手に盛り上がるのを見て提督は苦笑しながら3人に向かって伝える。

「まだ工事計画中の別館もあるし、西にある市との共同館や別館も効果的に使えるように設計しなければいけないんだ。意見をくれると助かるよ。」

「もしかしてさっき提督がPCに向かってやってたのって……」

 那珂が想像しながら尋ねると提督は答えを発した。

「そう。フロアのシミュレーションアプリで設計考えてたんだ。」

 

 提督の発言を聞いた川内はその場にいた誰よりもノリ気になって声高らかに提督に願い出る。

「ゲームみたいで楽しそー!それ見せて!」

「あぁいいよ。」

「やったぁ!」

 

 提督と川内が妙に仲良さそうにしているのを目の当たりにし、やや不満気になる那珂。日中に二人の接し方に対して感じた妙な感覚。那珂は複雑な心境になりはじめた。

 

 川内が自身で言っていたように、あまり深く考えずに物事をする傾向にあることを那珂はわかっていた。最近の言動や行動を見てもそうだと把握している。趣味が合うから男子生徒と一緒になって馬鹿騒ぎする。ただそれだけの行動原理。流留自身にはどの男子に対しても恋愛感情はないのかもと那珂は想像した。

 男勝りとも言える少女、川内こと内田流留。ハッキリ言って黙って立っていればうちの高校でトップクラスの美少女だろうと那珂は評価している。その評価は他の生徒もそうだろうとなんとなく察していた。だからこそ彼女の何気ない振る舞いを誤解して妬む女子が多かった。そしていじめ。

 今の自分はややもすると、妬んで流留をいじめていた女子の数歩手前まで来ているのではないか。たった数日しか提督に会っていないのに、下手をすれば4ヶ月近く艦娘として在籍して提督と接している自分よりも提督と親しげに接している。那珂の心の奥底で靄が発生し始めるのを感じた。それは世間一般的には妬みや嫉妬と呼ばれる感情だった。

 このまま進めば流留をいじめる(ていた)女子のようになりかねない。だが自分は彼女の考えを聞き、彼女のことを理解した上で最大の味方としてここにいる。事の次第をわかっているから一歩を踏みとどまることができる。そう自分に言い聞かせて彼女に対する負の念を押し消す。

 那珂は二人の会話に表向きはにこやかな笑顔を向けながら観察を続けた。

 

「ねぇ提督!そのアプリってどう?面白い?」

「いや……面白いかって言われると、あくまで仕事として使ってるからなぁ。まぁ、作ったり設計することが好きな人なら、プライベートでやるなら楽しく使えると思うよ。プラモやブロック遊びと似てるな。」

「そっか。なら見るだけじゃなくてやりたいなー。」

「やらせるのはちょっとな。そのまま業者に発注できちゃうから見るだけ。」

「はーい。じゃー仕事じゃない時にやらせて?」

 

 川内は提督の忠告に素直に返事をし、汗を流したいという欲求を忘れて満面の笑みを提督に向けて会話する川内。それを見ていた神通が静かにツッコんだ。

「川内……さん。シャワー浴びたかったのでは? あまりこの状態で……男性の側にいるのはどうかと。」

「ん~~?あぁ、そっか。すっかり忘れてた。シャワーも浴びたいけど、そのアプリも見たいなぁ。どうしますか、那珂さん?」

 

「えっ!?それをあたしに聞くぅ?」

 那珂は川内・提督観察を中断してすぐさま返事をした。

「いや、なんとなく。那珂さんの言うこと聞いておけばバッチリかなぁって。」

 

 ここまでのところ、川内の提督に対する接し方は男子生徒に対してと変わらない、素直な欲求によるものだ。なんら心配することはない。だから川内を妬むのは筋違いだ。せっかくの艦娘仲間であり大切な後輩なのだ。よくないことを考えるのはやめよう、那珂はそう捉え、思考を切り替えることにした。

 とりあえずは求められた意見への回答。あまり自分を盲信されても困るが、期待に答えないわけにはいかない。

 

「う~~ん。まぁ、夏休みはまだたくさんあるんだし、今日は二人ともスーパー銭湯行って帰りなさい。」

 小さい子がお姉さん風を吹かすような仕草をわざとらしく再現して二人に指示する那珂。 ここはさっさと帰すのが吉だろうと判断した。

「は~い。わかりました。」

「……了解しました。」

 川内と神通の二人は那珂の指示に返事をして素直に従った。

 

「那珂さんはどうするんですか?」

「あたしはカリキュラム考えないといけないから残るよ。」

「えー、那珂さんもスーパー銭湯行きましょうよ~。」那珂に一緒に行こうとねだる川内。

「あたしそんなに汗かいてないし、二人のためにやることやっとかないといけないんだもん。明日からの訓練、乞うご期待!」

「アハハ。それじゃ期待して今日は帰ります。ね、神通。」

「……はい。あの……あまり厳しく方向で、お願いできれば……。」

「何言ってんの!那珂さんに任せておけば大丈夫よ!」

 神通の不安げな言い方に川内は同期の背中を軽くパシンと叩いて突っ込んでフォローをした。

 

「そーそー。だから行った行った!」

 那珂は執務室へ向かう道を逆走させるかのように川内と神通を手で払って急かした。とはいえ二人の荷物の一部は執務室にあるため一旦全員で執務室に入り、二人は持ち帰る予定の教科書を手に取り挨拶をして執務室から出て行った。

 

 出る前に日給のことを思い出した神通は川内の口を通して提督に尋ねてみた。すると提督は、早速とばかりに金庫から二人分のお金を取り出し封筒に入れ、手渡しした。川内と神通はそれを受け取ると、人生初の給料に沸き立つ。廊下に出た二人は軽快な足取りになって更衣室へと向かっていった。二人の手には8000円が入った封筒が壊れやすく大切なモノを扱うかのようにそうっと指と指の間に挟み込まれていた。

 

 

--

 

 その後川内と神通は制服から私服に着替え始めた。

「なーんかさ、那珂さんあたしたちを帰すの急かしてなかった?」

「……気にしないでいいと思います。」

「ふ~ん。ま、いいや。じゃあ早く着替えてお風呂行こ?」

「はい。」

 

 川内と神通は艦娘の制服のアウターウェア、インナーと脱いでいき、ロッカーから私服を出した。

「夏場に2枚も服着るもんじゃないね~。この制服夏の活動には向かない気がする。そう思わない?」

「でも、川内型はこれを着ないと性能を発揮できないらしいですし。」

「そんなことわかってるけどさぁ。せめて夏服、冬服とか欲しいよねぇ~。」

「……まぁ、それくらいは確かに思いますが。」

 

 川内は時々鋭い的確な指摘をする人なのだなと神通は思った。素直に感じたこと・欲したことを口に出すがゆえ、時々思考に鋭さが伴うのだろと分析した。神通はそんな彼女を羨ましく思った。色々感じたことを勝手に察し、自分が傷つかないように解釈を交えて飲み込んでしまいがちな神通。例え川内を真似したとしても、真似しきれずに終わるだろうと神通は想像し、一人で落ち込む。

 

 ふと顔を上げて川内を見ると、彼女は私服の上半身部分を着終えていた。薄い青地の長めのカットソーチュニックだ。

 神通は鎮守府に来る時にも見て思ったが、男勝りな雰囲気に似合わず服装は実に女性らしい。下は何も履いてないように見えて、ジーンズ生地のショートパンツだった。鎮守府に来る前に服装の話になり、おもむろにたくし上げてみせる彼女の仕草を見て神通は思わずドキッとした。てっきり下は普通に下着だと思い込んでいたため、見てるこっちが恥ずかしいと神通も那珂も焦った。

 正直に口に出したら川内本人には失礼な言い方だが、頭が悪いと公言していて男勝り、なのに私服へ気の使い方や細かいところは歳相応、女性らしい。そしてスタイルも良い。これだけアンバランスな味を醸し出す美少女なら、あの学校で妬む女子も多いわけだ。なるべく目立たないように地味でおとなしく、をモットーに生きてきた自分とは全然違う。

 神通はまたしても沈黙したまま他人観察・分析をしたのち思いを張り巡らせていた。

 

「ねぇ、神通さ。」

「は、はい!」

 考え込んでいた時に急に自身の艦娘名を呼ばれたため焦って川内の方を向いて返事をした。

 

「たまにっていうかしょっちゅう俯くけどさ、何かすっごいこと考えてたりする?」

「……!?」

「あぁ、気に触ったならゴメン。でもさ、気になっちゃうんだよねー。前髪たらしてるしメガネずーっとかけたままだし。あぁいや、メガネは仕方ないか。とにかくさ、何考えてるかわかんないから不安になっちゃうんだよね。」

 神通は、ズキッと心臓が痛むのを感じた。

「ご、ゴメン……なさい。」

「謝る必要ないって。あたしたちもう友達じゃん? それに艦娘としては姉妹だし同僚だし。今すぐどうってわけじゃないから、思ったことはなるべく話してよ。昨日も似たようなこと言った気もするけど、ほんっと、お願いね?」

「じゃ、じゃあ……今は、これだけ言わせてください。」

 

「うんうん!何!?」

 神通が語ると聞いて川内は身を乗り出して彼女に近づく。勢いがありすぎて鼻と鼻がくっつきそうなくらいであった。

「川内さんみたいに、お洋服のセンスとかスタイル良く大人っぽい女性に……なりたい、です。」

 

 4~5秒後、時が動き出す。

「…………え? えぇーーー!!?」

 大人しい同僚の考えていたことがまさか自身が気にしていたことだったとはつゆ知らず、驚きを隠せず後ずさる川内。

「いや、あたしそんなことないし!大人の女性って……あたしそんなことないっての~。」

 神通の言ったことを手をブンブン振りながら否定する川内。そんな彼女を見て神通はすかさずフォローをする。

「那珂さんも前に言ってましたけど、川内さんは……女性としてもっと自信を持って振る舞ってもよいかと思います。な、何をどうしたらそんなにスタイル良くて……素敵なお洋服選べるんですか?」

 先ほどまでのカラッとした元気は鳴りを潜めて神通の質問に困り笑いをしてたじろぐ川内。まだ下のショートパンツは履いてない、完全なワンピース着用状態の彼女はモジモジしながらゆっくりと口を開いた。

 

「いや……普通にご飯食べて適当に体動かしてるだけだよ。服は……あたしだってそりゃ可愛い服に興味あるし、雑誌見て適当に選んでるだけでぇ。普通の女の子っぽいことならむしろ那珂さんや副会長の中村さんにアドバイスもらったほうがいいって絶対。」

 照れまくる川内をよそに神通は胸に手を当てながら、さらに彼女の評価を口にする。

「川内さんは素敵な女の子だと思います。那珂さん……会長や副会長、和子ちゃんとは違うタイプ。また、私の憧れが増えました。」

 正直に神通が語ると川内は隠しもせず照れを表し続けながら言葉を返した。

 

「ん~~。えらく照れること言うなぁ。あたしなんか憧れにしたって……。」

「今どきの女の子のこと、教えてもらいたいくらいです。」

「いや、それ言うならむしろあたしの方こそ教えてもらいたいんだけどさ。」

 神通はほのかに笑顔を見せる。小さく、フフッと言葉が漏れたのを川内は聞いた。

「じゃあさこうしよ。那珂さんや五月雨さんたち、明石さんたちに女子とはこうあるべき!!ってのを一緒に教えてもらおうよ。きっと面白いよ? ……ぶっちゃけあたしとしては漫画やゲームのほうがいいんだけど、そんなこと言うと那珂さんに厳しく言われそうだから、こっちの方も身に付けないといけないし。」

「……はい。私も、そうしたいです。一緒に。」

 

「そうだね。頑張ろ、神通。」

 その言葉に神通は無言でコクリと頷いた。力強い頭の振りだった。

 

 その日もお互い語り合って結束をひそかに強める二人。川内のほうが先に着替えが終わっていたため、川内は神通が着替えを終えるのを待った。着替え終わった二人は艦娘の制服を包めてバッグに仕舞い、更衣室を出て鎮守府の本館を後にした。

 その後二人は初めて使う艦娘の優待特典をドキドキしながらスーパー銭湯で使い、無料で汗を流してサッパリした後帰路についたのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

まとめ

 川内たちが出て行った後の執務室、那珂は秘書艦席に座り、カリキュラム調整の作業を再開していた。すでに17時を回っている。那珂はさきほどの川内と神通の運動神経の違いを頭に浮かべていた。ハッキリ言って全然違う。凄まじく違う。

 

 次に提督が言っていたことを反芻する。

 艤装は腕力や俊敏性は増すが、基礎体力や持久力は増えない。艤装を装備して同調すれば大抵の作業はその超絶パワーアップした身体能力でもってラクラクこなせる。それは那珂自身、これまで経験ですでにわかりきっていた。

 もちろん運動神経がよい人間なら同調後の能力は比例して増すので、川内と神通では同調後にも差が出ることが予想される。ただそれでも普通の人間を超える能力を得られるので、瞬発的な行動では神通でも問題ないとふむ。しかし彼女に問題なのは、基礎体力が川内はもちろん那珂自身にも劣る点。川内が最終的にこなした運動量は、実のところ那珂自身でも問題なくこなせる量だった。それが神通は最初の走り込みの途中で限界を迎えてしまったのだ。

 

 那珂はそこが大いに気がかりだった。

 

 同調した後は地味に精神力も要する。ネガティブなことを考えすぎてたり変に気を散らしてしまえば同調率は低下し、艤装をスムーズに扱えなくなる。地上とは勝手の違う水上で問題なく動けるだけの体力とバランス感覚、そして同調率を保つための精神力。

 軽巡洋艦川内型担当となった那美恵、流留、幸と、駆逐艦白露型担当となった皐月、時雨、夕音、真純たち。学年的な能力差もあるが、軽巡洋艦と駆逐艦では、その運用の難易度も違う。艦娘の全ての艦種で同じように求められるわけではないが、艦娘としての必要な能力としては基本的な前提条件は同じだ。

 川内型は特に他の艦娘の艦種では行えないような細かく自由自在な動きが行える構造の艤装になっている。ゆえに外装が少なく、身軽さ重視となりその分防御性能が低い。カバーするのは装着者の身のこなし、バランス感覚。同じ軽巡洋艦でも特に必要となる。

 那珂こと那美恵自身は元々の身体能力やバランス感覚からして川内型艤装の艦娘には最適だった。

 

 自身の例だけでは偏った見方になってしまうが、今はそれしか判断基準がない。データが必要だと判断した。

 神通には基本訓練中、メインの訓練に支障が出ない程度に適度な体力づくりを心がけてもらう。その上で同調し、水上移動を試してもらう。それで二人の感覚をつかむ。当面はそれが優先だ。川内にはいきなり身体で覚えさせてもいいだろう。その間神通には各装備の座学やシミュレーションでとにかくイメージを掴ませる。その後実技たる実際の訓練に臨む。デモ戦闘および演習で締めだ。

 

 那珂の頭の中では二人の訓練方針が固まってきた。一度水上移動までをさせてテスト、その後いきなり実技。川内は座学は苦手そうだったので開いた時間にしてもらう。

 二人の訓練終了日には差が出るだろうと予想したが、那珂は多少はそれも仕方ないかと考える。

 

「提督、川内ちゃんと神通ちゃんの訓練の方針決めたよ。聞いてくれる?」

「ん?あぁ、いいよ。」

 那珂は秘書艦席から立ち、考えとカリキュラムの資料の2つを持って提督との打合せに臨んだ。彼女から事細かく訓練の流れを聞いた提督は、那珂を褒めながらその内容を承諾した。

 

「なるほどね。那珂は二人のことよく見てるんだなぁ。さすが生徒会長、感心するわ。」

「エヘヘ~もっと褒めてもいいんだぜぃ。ただ、どのくらい想定とズレがあるかが心配なんだよねぇ。」

「うーん。まぁそれは仕方ないさ。君は訓練の指導役は初めてだし、艦娘に訓練の指導や監督を任せる事自体、うちでは初めてだ。」

 那珂はコクリと頷く。

「今回の君のやり方がうちのやり方のよいベースになれればと思ってるから、ズレとかはちゃんとメモに残した上で進めてくれ。工廠は関連設備はいつでも、使えるように、俺から話を通しておくよ。」

「うん。お願いね。」

 

 提督から承諾を受けた那珂は思い切り背伸びをして一息つくことにした。

「ふううぅーーん!! あー、疲れた。二人とは別の意味で疲れたよー。」

「ご苦労様。精神的に疲れたかな?」

「そーだねぇ。提督にマッサージしてもらおっかなぁ~?」

「……精神的に疲れた人をどうマッサージしろっていうんだよ。」

 提督からのツッコミに笑みを浮かべて那珂は返す。

「それはもー、あたしが喜怒哀楽全部表現できるようなデートしてくれればいいんですぜ、旦那!」

「お前……それ単に自分の欲望まんまじゃないのか……。」

「エヘヘ~」

 

 提督と二人きりの会話を楽しむ那珂。艦娘部の設立に奮闘し始めてからなかなかできなかったことなので、那珂は若干の気恥ずかしさを感じるも、提督と話す喜びによる気持ちよさと楽しさのほうがはるかに勝っていた。

 その後も雑談を続け、気が付くと18時近くになっていた。

 

「お?もうこんな時間か。君はそろそろ帰りなさい。もうやることないだろ?」

「うん。そーだねぇ。……提督は?」

「俺明日一日中会社でこっちには来られないから、もうちょっとやること済ませてから帰るよ。」

「えっ、明日会社なの? ……そっか。」

「うん。だから……ほらこれ。渡しておくよ。」

 提督はしゃべりの途中で机の引き出しを開けて何かを取り出し、那珂へ向けて手のひらをつきだした。手の平には鍵が乗っかっていた。

 

「これって?」

「本館の鍵渡しておくよ。スペアキーだから気にせず持っていてくれ。君なら失くしたりしないだろうから心配はしてない。ちなみにこれ持ってるのは他には五月雨と明石さんだけ。二人が来てない時とか、それ使って入っていいよ。」

 

 那珂は提督の手のひらにある鍵を掴んで自身の手に収めた。提督から鍵をもらう、それは信頼の証でもあった。喜びのあまり顔が素でにやけそうになるがなんとか抑えて平静を保つ。

 

「おぉ~鎮守府の鍵!なんか男の人からもらうと、同棲って感じでおっとな~!通い妻的な?」

 妙な感想を口にする那珂に提督は苦笑しながらツッコむ。

「なんちゅう例えだ……。ともかく、五月雨が帰ってくるまでか訓練期間はそれ渡しておくから、自由に鎮守府に来てくれて構わないからね。俺も会社の方の仕事の都合で来られない場合もあるだろうし。」

「はい。りょーかい。大切に使わせてもらうよ~。」

 那珂は鍵をぎゅっと握りしめ、もう片方の手で提督からカリキュラムの資料を受け取り、踵を返して執務室の出入口のドアへと歩いて行った。

 

 

--

 

 ドアを開ける一歩手前で那珂は立ち止まった。心にかかった若干の靄が彼女の足をわずかに止めさせた。軽く深呼吸をする。提督には背を向けているので表情は誰にも見られずに済むため、那珂は目をそっと閉じて上唇と下唇をゆっくりと引き離して言葉をひねり出す。

 

「……ねぇ、提督。」

「ん?なんだい?」

 

 PCに向けていた顔を上げて提督は軽く聞き返す。その声を聞いて那珂はわずかに葛藤したのち、言葉を飲み込んだ。そしていつもの調子に戻る。

「ううん。なんでもない。なんかおもしろい冗談思いついた気がしたけど~いいや!」

「はぁ……なんだそりゃ。」

 今の那珂の向きでは当然提督の顔は見えない。提督も那珂の様子に気づくはずもなく、PCの画面に視線を戻して作業を再開した。

 

 那珂は提督が発するカチャカチャという打鍵音を背後にしたままドアを開け、普段のにこやかな笑顔をして振り向き、別れの挨拶をして執務室を後にした。

 

((提督に聞くことじゃない……よね。かと言って川内ちゃんに面と向かって聞くことでもないし……。いくら趣味で気が合うからって、二人共まだ出会って間もないんだし、変な勘ぐりや想像を口にするのはやめよっと。川内ちゃんはせっかく学校外で居場所を見つけつつあるんだから、あたしが和を乱したらいけない。余計なことを考えるなんて、あたしもまだまだだなぁ……))

 

 那珂は軽く頭をブンブンと振り、靄がかった負の思考を雲散霧消させる。そして二人の教育に集中することを改めて心に誓うのだった。

 

 

 

 




ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=60996599
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1_RLwNAe2eP6zGLgBm_EbuJN2UJmSYzVHIgKbgZnPo5A/edit?usp=sharing

好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

川内型の訓練1
軽巡艦娘たちの準備


 川内と神通の基本訓練は続く。最初の一週間は艦娘として基本中の基本、水上航行をひたすら繰り返し練習する。二人の運動神経が災いし差がついてしまうが、一週間の後、二人は無事水上航行できるようになるのか。

【挿絵表示】



 初日の夜、自宅の自室でのんびりしていた那美恵は流留と幸に、翌日は先に鎮守府に行っているから二人で適当に都合をつけて来るように伝えた。

 

「りょーかいです。」と流留からの返事。

「承知致しました。提督と何か打合せされるのですか?」と了承+想定をする幸からの返事。

「おぉ?さっちゃんは突っ込んでくるねぇ~。まー隠すことでもないし、返信返信っと。」

 幸の返しになんとなく感じることがあった那美恵は考えをそのまま返信する。

 

「明日は提督丸一日来ないから、あたしが朝早く行って本館開けて待ってるよ。」

「鍵いただいたのですか?」すぐさま幸からの返事がきた。

「うん。だからぁ、明日はあたしが臨時で提督かな~?提督の席にふんぞり返って座って、君たちの出勤を待ってるぞよ!」

「うわ~なみえさん提督! 那美恵提督?光主提督?素敵!」流留から返事が来た。呼び方にノリノリである。

「でしたら私達も朝早く行きますよ。朝の涼しいうちにやれることは済ませたいですし。」

「ん~まあそのへんは二人に任せるよ。」

「りょーかいです。」

「承知いたしました。」

 

 流留と幸に連絡をして同意を得た那美恵は携帯を置き、明日朝早く鎮守府に行くためにベッドに飛び込むことにした。

 

 ベッドの中で眠りに落ちるのをひたすら待っている最中、那美恵はふと思いつきベッドを出てテーブルの上にあった再び携帯電話を手にすると、再びベッドの中に潜って携帯電話をいじり始めた。

 

「こんばんわ。凛花ちゃん。そっちは夏休みはじまたー?」

 程なくして返信が来た。五十鈴こと五十嵐凛花とのやりとりが始まった。凛花とはメッセンジャーでのやりとりだ。

「えぇ。そちらはどう?」

「うん昨日からね。それでね、流留ちゃんとさっちゃんの基本訓練の監督役してるの。今日から訓練始めたんだよぉ。」

「そうなんだ。頑張ってね。」

「ねぇねぇ、凛花ちゃん今度いつ鎮守府来る?」

「7月中は任務のスケジュールないから行く機会ないわ。夏休みだし、学校も艦娘のことも忘れてのんびりしたいわ。」

「そっかぁ。凛花ちゃんもし暇そうにしてるなら、流留ちゃんたちの訓練の監督役手伝ってもらおっかなって思ったんだけど。」

「暇そうってヾ(*`Д´*)ノ" 確かに暇だけどさ。なるべく早いうちに宿題や課題終わらせておきたいのよ。でもいいわ。訓練の指導とか興味あるし。」

「おぉ、凛花ちゃんの協力ゲット! 明日どぉ?提督もいないから好き勝手できるよ?」

「え?西脇さん来ないの?」

「凛花ちゃんにおかれましては複雑でしょーけど。」

「うっさい。で、いつ行けばいいの?」

「あたし提督から鍵もらってるから、朝早めに行くつもり。凛花ちゃんはいつ来てもらってもいいよ。あたし、提督の席でふんぞり返って待ってますから!」

「鍵もらってるって・・・あんたいつの間に。それに勝手に西脇さんの席いじったらいけないわよ。」

「凛花ちゃん真面目だなぁ~ちょっとくらいいじったってあの人のことだからなんも言わないって。凛花ちゃんだってあの席に好き放題し放題だよ?」

 凛花から返信がこなくなり会話が途切れた。1分待っても来ないので那美恵は催促する。

「おーい、凛花ちゃん?」

「・・・あんたね。発想が少しキモイわよ。男子じゃないんだから。」

「キモイとか未来の艦隊のアイドルに向かってひどくねー?」

「ひどくないひどくない。明日行くのはわかったから。私がやることだけ教えて。」

「えーとね。」

 

 その後、那美恵は会話形式で進めるメッセンジャーにもかかわらず長々と訓練の方針を書いて投げたため、凛花から怒られてしまった。

 

「あんたね!長いのよ!読む気なくすっての。あーもうわかった。あんたが行く時間に私も行く。それで話を聞くから。行く時間教えて。」

「8時すぎに行くつもり。」

「8時とか早くない?」

「だってさぁ、提督が来ないってだけだし、明石さんたちとか普通に出勤してくるだろーし、鎮守府で働いてる人達に合わせたほうがよくない?」

「わかった。じゃあ駅で待ち合わせしましょ。」

「おっけー。じゃあ8時○分に。」

「わかった。じゃあお休み」

「おやすみー」

 

 凛花とのやりとりを終えた那美恵は安心して眠りにつくことが出来た。

 

 

 

--

 

 次の日水曜日、8時15分頃に鎮守府のある駅についた那美恵は改札を抜けると、すでに凛花が待っている場所に小走りで近寄った。那美恵よりも時間にきっちりしている、いざというとき真面目である那美恵に輪をかけて普段から真面目な凛花である。

 

「おはー。凛花ちゃん早いね~。」

 那美恵は片手をシュビっと上げて挨拶をしながら近寄る。

「おはよう。じゃあ行くわよ。」

「うん。」

 

 雑談をしながら鎮守府までの道を進む二人。凛花の高校も那美恵の学校と同じく、月曜日に終業式で翌日から夏休みだった。彼女が語るところによると、7月中は任務がないとはいえ、自己練習のために鎮守府には行く予定だった。やるべきことはあらかじめきちんと済ませておきたい真面目な凛花は、7月中に高校の全ての宿題・課題を終わらせて、それで艦娘としての鍛錬に臨む気でいた。何もかも忘れるとは言ったものの、やはり真面目な彼女であった。

 那美恵は凛花のようにがむしゃらにやることを済ませるタイプではなく、ペースを保って的確に物事を済ませていくタイプである。学校の宿題・課題は凛花の学校のそれと量はさほど変わらない。ただ那美恵は数が多い少ないにかかわらず、休み中変にだらけてしまわないよう課せられた宿題・課題を一定の数に分けて一定期間ごとにこなす予定だ。

 

 お互いのやり方を語り合った二人はなんとなしにクスクス笑いあった。

「私の学校の友人はみんな最後のほうで慌ててやって最後は私に頼ってくるのよ。進学校なんだからきちんとやれっていっても聞かないし。」

「へぇ~。うちのみっちゃんはねぇ、凛花ちゃんに似てるかな。いつも8月入ってすぐの頃には宿題終わったって言ってたし。多分今年のみっちゃんも同じだろーなって思ってるよ。」

「頼られたりはしないの?」

「みっちゃんも普通に成績いいしね~。他の同級生はたまに。凛花ちゃんところは進学校だから大変なの?」

「ううん。そんなの関係なく、きっと私の友人たちがみんなルーズなだけだと思うわ。」

「アハハ。大変だね~。」

 

 鎮守府の本館に着く頃にはほとんど凛花の愚痴の吐露だけになっていた。那美恵は凛花の話を適度に相槌を打って聞いていた。

 本館についた二人はまずは那美恵が一足先に駆けて行って鍵を取り出して本館の玄関を解錠して扉を開けた。二人はロビーとトイレ、更衣室、待機室と窓を開けて換気していき、最後に執務室に入る。

 

「むふふー。今日はあたしが提督だよ。というわけで凛花ちゃん。今日はあたしのこと光主提督ってよんd

「呼ばない。」

 いつもの調子でおどけつつ冗談を言った那美恵だが、超高速で返された返事を聞いてまたおどけつつ食い下がる。

「はえー。もうちょっとノってよぉ。」

「着替えに行くわよ。あと明石さんたちに顔見せておいたほうがいいんでしょ?」

「はーい。」

 食い下がってもなお受け流す凛花のスルー力に那美恵は感心しながらも軽い返事をした。先に出て行った凛花を追いかけて更衣室に行った。

 

 艦娘の制服に着替えて那珂と五十鈴になった二人は、まず工廠に行って明石たちに挨拶をすることにした。

「「おはようございます。」」

「おはようございます、早いね~二人とも。今日は出撃ですか?」

 すでに作業着になっていた明石は二人を見て尋ねてきた。それに那珂が回答する。

「いいえ。今日は提督いないので鍵もらってたので、本館開けに早く来たんです。それから川内ちゃんと神通ちゃんの訓練です。」

「あ、鍵借りたんですね、なるほど。でも五十鈴ちゃんは?」

「私は那珂たちの訓練の手伝いです。」

 

 ひと通りの挨拶を終えた後、那珂は明石にお願いをした。

「明石さん、今日は川内ちゃんたちに艤装付けて同調してもらうところまでする予定です。なにかあったらその時はよろしくおねがいします。」

「はい。了解しました。お待ちしてますよ。」

 

 明石に話を取り付けた那珂は五十鈴と一緒に本館に戻ってきた。艦娘ならば普段は待機室に行ってそこで会話なりなにか作業なりをするのだがこの日提督は丸一日不在。鍵を任されている那珂は資料が沢山揃っている執務室をずっと使おうと考えていた。

 執務室に入った二人。那珂は提督の席に置いたバッグからカリキュラムの資料を取り出し、早速とばかりに五十鈴に説明を始めた。

「じゃあ五十鈴ちゃん、訓練の内容と方針を簡単に説明しておくね。」

「えぇ、お願い。」

 那珂は至極真面目な雰囲気で五十鈴に川内たちの訓練内容とその進め方を五十鈴に説明した。五十鈴は自分のバッグからメモ帳を取り出し、那珂の語る内容に相槌を打ちながら真摯に聞き始めた。

「なるほどね。大体わかったわ。」

「でね、五十鈴ちゃんには、神通ちゃんのサポートをしてほしいの。」

「いいわよ。」

「彼女はね、ちょーっと基礎体力ないから、体力つけさせつつかなって思ってるの。ただ訓練と並行してやってると遅れちゃうかもだから、訓練のときは五十鈴ちゃんには彼女の専属講師みたいな感じで付き添ってあげてほしいんだ。五十鈴ちゃんならきっと神通ちゃんと仲良くやれると思うの。」

 那珂から指示を受けた五十鈴は了承した。那珂は彼女の反応を確認すると、その日のスケジュールを改めて五十鈴に伝える。

 

「今日のところは川内型艤装の基礎知識を覚えてもらうのと、艤装を一人でも装備できるようにしてもらうのと、同調をひたすらやって慣れてもらうところまでかな。時間はあるし、明日以降しっかりとこなしていってもらうの。そこからは二人の出来具合を見てカリキュラムの進め方を分けるつもり。」

 那珂からスケジュールを聞いた五十鈴は考えこむような仕草をしたあと、那珂に提案する。

「川内型の艤装となると私じゃ教えられることはないわね。今日のところは二人のケアに回ろうかしら。」

「うん。そのへんは任せるよ。」

 そう言った直後、那珂は思い出したように高めの声をあげて言い直す。

「あっそうだ!五十鈴ちゃんにもう一つお願いしたいこと。」

「なに?」

「付き合ってくれる日だけでいいんだけど、訓練の進捗をチェック表に記入して欲しいの。」

「チェック表?」

「うん。提督に提出するやつ。それで二人の成長度をちゃんと測るの。それに訓練中の日当を出してもらうものさしになるし。五十鈴ちゃんもしてもらったでしょ?」

「あー、あれね。あの評価って、チェック表使ってやってたんだ。知らなかったわ。」

 

 五十鈴も着任当時基本訓練をしたが、その時は提督が監督役として事を進めていた。そのため基本訓練中に充てられる日当のための評価の仕方なぞ、訓練者であった彼女が知るはずもなかった。それは那珂とて同じことだが、那珂は先日提督と打ち合わせしたときに訓練の運用の仕方を聞いていたため、川内と神通のチェック表を素早く五十鈴に見せてそのやり方を伝えることができた。

 

 五十鈴は那珂から運用周りの作業を依頼され、ただ戦いに参加するだけの艦娘としてだけではなく、この鎮守府の重要ポストにつく将来像をなんとなく思い浮かべ始めた。那珂はすでに提督からそういうポジションを期待され、足を踏み入れている。五十鈴はそれが羨ましく思った。ライバル認定している以上は自分も負けていられないと感じたため、なるべくライバルに近い場所でその相手と似た作業を行なって経験を積んでいこうと密かに決意したのだった。

 

「任せてもらうのはいいけど、付け方わからないわ。」

「あたしもチェックの仕方ぶっちゃけわからないけど、多分川内ちゃんたちが出来た!って様子になったら評価書けばいいと思うの。まー、一緒にやってこー。」

「えぇ。」

 二人とも打合せが終わり、ソファーの背もたれに体重をかけて上半身を楽にし一息つくことにした。時間は9時を回っていたが、川内と神通は来る気配はまだない。

 

 

--

 

 那美恵から鎮守府に行く時間を適当にと任されていた流留と幸は、何時に行くか前日に二人でやり取りしていた。その議論の結果、先日と同じくだいたい10時ごろに駅前で前で待ち合わせと決めた。

 鎮守府のある街の駅の改札を抜けた幸は周りを一切振り向かず、人が少なそうな一角を選んでそっと立って流留を待つことにした。先日の流れからすると、流留は絶対時間通りに来ないと想像できるため、幸は周りをキョロキョロせずに自分の世界に安心して閉じこもって待つことにした。

 念のため幸はメッセンジャーにて流留に連絡を取ってみた。

 

「内田さん、今どこですか?」

「今家出たとこ。もうちょっと待ってね~m(_ _;)m」

 

 幸は予想どおりの時間で動いていた流留を確認できた。幸は流留の自宅がどこかは知らないため、正確な時間を把握することはできなかった。流留はメッセンジャーでやりとりしたあと30分くらいして駅の改札口を通って幸の視界に姿を現した。待ち合わせの時間から30分をすぎるなど、あまりにもルーズすぎないか?と幸は内心思ったが口には出さない。

 今度から、遅れる時間を考慮して本来の30分前くらいに設定しておくべきかと幸は考えることにした。

 

 幸と流留がお互いに気づいたのはほぼ同時だった。ただその後の行動はまったく違うものである。流留は幸を見つけると、駆け足になって彼女に駆け寄り、すぐに謝った。

 

「ゴメンねー。遅れちゃった。」

 前回と同じくまったく悪びれた様子のない謝罪である。幸はすでに心の中で流留を咎めるイメージを散々こねくり回していたので実際には何も言い返す気なく、当たり障りのない言葉だけ返した。

「ううん。大丈夫……です。」

「そっか。じゃあ行こう!」

 

 のんびり歩くと20分ほどかかる鎮守府までだが、訓練の時間もあるためバスを使って行った。結局二人が鎮守府に着いたのは10時半となった。

 本館に着いた二人は早速待機室に向かう。二人とも那珂が執務室にいるという考えにはまだ至らないのだ。入ってすぐに二人はそこに誰もいない=那美恵が別のところにいると把握した。

 

「あれ?誰も……いないね。なみえさんどこいったんだろ?お手洗いかな?」

「……あっ。」

「ん?どうしたのさっちゃん?」

「なみえさん、きっと執務室です。昨日のメッセージで、提督がいらっしゃらないとおっしゃってましたし。」

「そっかぁ!さすがさっちゃん。よく覚えてるなぁ~」

 幸の一言で執務室に行くことにした流留たちは、その前に更衣室で艦娘の制服に着替えてから向かうことにした。

 

 

--

 

 執務室にいる那珂と五十鈴は訓練の打ち合わせも終わり、暇を持て余していた。これから訓練を指導する立場であるにもかかわらず、ダラダラと雑談をしていた。勝手にテレビをつけて見たり、給湯コーナーでお茶を出して飲むなど執務室を好き勝手使っていた。

 那珂もだらけ始めていたが、常に真面目姿勢な五十鈴も待ちくたびれたのか、冷房の効いた執務室で気が緩んでしまったのか大きめのあくびをしてソファーに深く座って背もたれに身体を預けて、寝る準備が整ってしまった。

 五十鈴が2回めの大あくびをしようとしたそのとき、執務室の扉が開いた。

 

ガチャ

 

「あ!那珂さんいた!おはようございます!」

「……おはようございます。那珂さん。……あっ。」

 

 川内は完全に那珂しか見ていなかったが、神通は入ってすぐに左右を見たため、那珂以外にいる人物に気がついた。

 

「……五十鈴……さん?」

 

 自分の艦娘名を呼ばれて五十鈴はすぅっと眠気が覚めて上半身を起こした。

「あら?二人とも来たのね。おはよう。」

「「おはようございます、五十鈴さん。」」

 川内と神通は執務室の中に入り、那珂たちが座っているソファーまで歩いて近づいた。神通は那珂に話しかけると同時に五十鈴にも気を回した。

「あの……那珂さん。なぜ五十鈴さんが?」

 神通の疑問に那珂は素早く答える。

「うん。実はね、五十鈴ちゃんに二人の訓練を手伝ってもらおうと思ってね。」

「ほぉ~~」

 川内は呆けた声を上げて感心の様子を見せる。

 

 那珂はソファーから立ち上がった後五十鈴の座っている隣に駆け寄ってソファーに膝立ちになり、五十鈴の肩を抱きながら言った。

「むふふ~五十鈴ちゃんはあたしたちの先輩だからねぇ~。」

 那珂のいやらしい笑いと肩たたきで嫌な予感がした五十鈴は 顔をひきつらせながら隣の那珂を見る。

「な、何よその笑いは?」

「こちらのお姉さんに身も心も委ねれば大丈夫ってもんですよぉ~。このお姉さんはおっぱいもおっきいし包容力も抜群ですよ~~……このおっぱい魔人がぁ!」

「ちょ!いたっ!なにすんのよ!あんた羨ましがるのか普通に紹介するのかどっちかにしなさいよ!」

 なんとなく茶化すつもりが言葉の最後の方に私怨を交えてしまい、憎たらしい巨大な二つの膨らみを持つ"先輩"を小突き回す那珂。そんな彼女を見ていた川内と神通は苦笑いをしながら那珂を収めようとする。

「は、はは……那珂さん、胸にコンプレックス持ちすぎでしょ。」

「(コクリ)」

「那珂さぁん。わかりましたから話進めてくださいよ。」

 

「ん~~~?こっちにも五十鈴ちゃんに負けず劣らずのおっぱい魔人がいたんだっけなぁ~~~?」

 那珂は私怨の矛先を五十鈴から川内に変え、わざとらしく目を細めて彼女の胸元を睨みつけて中腰で手をワシワシさせながら近づく。那珂の動きに気味悪がった川内は胸を両腕で覆いながら那珂にツッコんだ。

「だ~~から!やめてってばー!そういうの!」

 

 気の合う仲間が揃ったので午前にもかかわらずエンジンフルスロットルな那珂であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

基本訓練(地上を歩く艦娘)

 その後五十鈴からのチョップでようやく我に返った那珂はコホンと一つ咳払いをした後気を取り直して川内と神通に向かって訓練の内容を説明し始めた。

 

「え~、基本的にはあたしが指示した内容を進めてもらいます。んで、五十鈴ちゃんは二人のフォローに回ってもらうから、わからないことがあったら五十鈴ちゃんに聞いてくれてもいいからね。」

「「はい。」」

 

「それじゃあ、まずは工廠行って、艤装をじっくり観察してお勉強しましょ~。」

 那珂の指示のもと、一行は執務室を出て工廠へと向かった。

 工廠についた那珂たちは明石に全員分の艤装を出してもらい、まだそれほど暑くない屋外、外にある出撃用水路の側の日陰になる広い場所に集まった。

 

「これから川内型の艤装の部位の説明をするよ。細かいところはあとでこのテキスト読んどいて。あたしはこれからかいつまんで説明するから。」

 川内と神通は黙って頷いた。五十鈴も黙って那珂を見ている。

 

「まず、艦娘にとって大事な物があります。それはこのコアユニットです。」

 那珂は言いながら自身の艤装のコアユニットを手に取り掲げた。それを見て川内と神通も自身の艤装のコアユニットを触ったり手にとったりする。

 

「コアユニットの電源をONにして同調をすると、コアユニットがあたしたちの精神状態や全神経を検知します。もう同調したことあるからわかるだろーけど、全身のあらゆる感覚が変わります。そりゃーもう色んなところが敏感になってぇ~~

「ンンンッ!!」

 脱線しそうな気配を感じた五十鈴が咳払いをして那珂の軌道修正をした。

 

「コアユニットはいわば艦娘の力の源です。これがあたしたち艦娘のあらゆる力を何倍にも高めたり色んな武器を簡単に使えるようにしてくれます。これを破壊されるとあたしたちは普通の女の子に戻って、どっぽ~~んと海に沈みます。だって人間だもの。そんでね、コアユニットは艦娘の種類に合わせて装備する箇所が違います。弱点はみーんな違うところになるっていうことです。……ちなみに凛花ちゃんの装備する軽巡洋艦五十鈴のコアユニットはあたしたちのとは形が違うはずです。五十鈴ちゃん、見せてもらえる?」

「えぇ。」

 そう一言言って五十鈴は自分の艤装のコアユニットを川内たちに見せる。目にするその形は川内型のそれよりもはるかに大きい。

「それが……ですか?」

 神通がおそるおそる尋ねると五十鈴は身振り手振りを混じえてテキパキと答え始めた。

「私の五十鈴の艤装のコアユニットはね、背中から腰にかけて取り付けるこの円筒状の機械の中に内蔵されてるそうなの。この塊の中にあって頑丈に守られているのよ。」

 説明する最中、コアユニットがあると想定される部分を指差して川内たちに教える。

 

「へぇ~。あたしたちのはほぼむき出しに見えるんですけど、これヤバくないですか?」

 川内が那珂と五十鈴を交互に見て質問する。川内の様子を見て那珂は自慢げな表情で答えた。

「ふふ~ん。だから狙われにくいように腰とおしりの中間につけるようになってるの。でもなんとなく不安だよね?」

「「はい。」」川内と神通はほぼ同時に返事をした。

 

「これは明石さんから聞いたことそのまんまなんだけど、川内型艦娘の艤装は砲雷撃という形にとらわれないで自由で細かい作業が行えるように設計されたんだって。だから五十鈴ちゃんや他の艦娘とは違って、目に見える形で装備する艤装が少なくて動きやすい、身に付けていてもかなり自由に動けるの。他の艦娘が艤装自体で攻撃を防ぐなら、川内型はその身軽さと装着者の運動神経で攻撃にそもそも当たらないようにして戦うことが求められるの。だからコアユニットも動く際邪魔にならないようになるべく小さくなってて、普通にしてたら見えない位置つまり死角となるところに装備するようになってます。つまりあたしたちの頑張り次第でどうにでもなるということ。まぁ、難易度高めの艤装といえばそうかな。でも慣れれば弱みなんか見せずに済みます。」

 那珂が説明すると、思い出したように五十鈴が付け加えて語った。

「そういえばあなたの初めての出撃やその後の何度か出撃でも、めちゃくちゃトリッキーな動きして戦ったわよね。あなたとの初めての演習でも私はあなたのその奇抜な行動でやられちゃったもの。私の五十鈴の艤装ではあんな動きはできないわ。さすがというかなんというか。」

 

 初めて他人から先輩の艦娘としての実力を聞いた川内と神通は、そのすごい動きを生で見てみたいという要望だった。そして川内と神通はそれぞれ違うことを思った。

「へぇ~、攻撃は最大の防御なりみたいなものですね。あたしも好きです、そういうやり方。早く使ってみたいなぁ~!」

「わた、わたし……あまり自信ないです。身を守れるパーツが多いほうが安心できるのですが……。」

 

 二人の反応は想定済みな那珂はそれぞれに対してフォローをした。

「うんうん。川内ちゃんはきっとノッてくれるって思ってた。神通ちゃんはね~まずは体力つけよっか。きっと自信もついてきて普通に使いこなせるようになるよ。」

「そう言ってくれるのは嬉しいんですけど、やっぱり自信がない……です。艤装の仕組みとか歴史を学んでるほうが好きというかなんというか……。」

 自信のなさに満ち溢れている神通の一挙一動。しかし最後に尻窄みに口にしたことを那珂は聞き逃さなかった。二カッと神通に強く微笑んで那珂はあえて強調した。

 

「うん。さっちゃんならきっと大丈夫。きっと神通に慣れられると思うよ。」

 那珂はあえて彼女を本名で呼んだ。

 神通は、那珂のその自信はどこから来るのか根拠がわからなかったが、なんとなく彼女に身を委ねれば大丈夫だと、これまた根拠の無い安心感をほんのり抱いた。これから学べばきっとわかると、神通は唯一の取り柄らしい取り柄の勉強熱心さを強く自信を持つことにした。

 その後那珂は川内と神通に川内型の艤装の部位の説明を続けた。

 

 

--

 

「それじゃあね、次はこれ。」

 那珂が次に指し示したのは、足に取り付ける脚部のパーツだ。

「これって……確か足につけるやつですよね?」

 川内は那珂が手に取ったそのパーツを見て言った。神通は黙ってコクリと頷いて見続けている。

 

「そーそー。艦娘にとってまさに足でコアユニットの次に大事な部分だよ。」

「でも……これとかこれはどうするんですか?あたしはこっちのほうが気になるんだけどなぁ。」

 川内が不満気に指し示したり手に取ろうとしたのは、小さな装砲や接続端子のついたカバー、そして魚雷発射管である。川内は見た目で非常にわかりやすい艤装のその部分が気になって仕方なかったのだ。

 しかし那珂の方針に当てはめるとその部位に視点を当てるのは那珂の考えにはそぐわない。

 

「うーん、それらは後ね。まず二人には艦娘として当たり前で基本中の基本である、移動を先に体験して色々感じてもらいます。いーかな?」

「はい。」

「うーーーーーわかりました。」

 神通はすぐに返事をしたが、川内はまだ不満があるのかはっきりとしない返事を返した。那珂は二人の反応には特に触れずに説明を再開した。

 

「これは正式には主機関って言って、実際の船でも同じ言い方するものね。でもまぁあたしたちは足の艤装とか、ブーツとか、日常で例えやすい言い方で呼んでます。このパーツはね、まあ普通に履けばいいんだけど、川内型のこのパーツは素足だと少しぶかぶかなので、適当な靴と一緒に履くことをおすすめするね。で、このパーツは、本物の船の主機と同じく水上を滑るように進むための推進力を生み出すんだけど、艦娘の世界ではそれプラス、同調することで浮力をものすんごく発するようになってます。だって人間が二本足で水上で浮かぶなんて忍者でもないかぎり……ね?」

「あ~、忍者の水蜘蛛ですよね?」川内が例えを実際に口に出して確認する。

 那珂はそれにコクリと頷いて言葉を再開する。

「そーそー。人間に及ぶ浮力だけじゃ全然足りないので、この足の艤装が浮力をカバーしてくれます。このあたりのことはアルキメデスの原理って言って……。」

 那珂がかいつまんで原理の話をしだすと、川内は目を丸くし、神通はウンウンと頷く。反応がまるで変わったのに気づいたが、あえて説明を止めたり茶化す気はなく続けた。

「そんでもって明石さんの説明によると、考えたことをある程度理解して動いてくれるらしいの。実際使うときは前へとか、右へとか、後ろへとかその程度。あとは足の動きや姿勢で移動ができます。」

「あの。それは……五十鈴さんや五月雨さんの脚部の艤装もそうなのですか?」

 神通が質問をした。

「多分そーだと思うけど、五十鈴ちゃん?」

 他の艦娘の艤装のことは詳しく知らないため那珂は五十鈴に視線を送ると、五十鈴は了解とばかりに自身の脚部を手に取り説明をし始めた。

「そうね。私の脚部のパーツも同じよ。ちなみに私の装備する五十鈴のパーツはね、スネの下半分から爪先まで覆われる形で装備して水に浸かることになるから、実際水上に浮かんだら那珂とは少し身長差が発生するの。その分滅多なことでは転ばないし安定感があるわ。けど足を踏みしめるような踏ん張る動作がしにくくなるから未だに違和感が取れないわ。」

 説明に交えて自身の艦娘としての運用の愚痴を交える五十鈴であったが、その愚痴を那珂と川内は特に気に留めなかった。神通は五十鈴の愚痴を言う時の影を落とした表情を察して一言だけ声をかけた。

「なんと言いますか、大変なんですね……。」

 五十鈴は眉を下げて苦笑いをして神通に反応した。

 

「まー、仕組みは気になったら各自調べてみてね。あたしがしてあげるのは二人に使い方を教えることだから。ここから実地で行くよー。」

 那珂はそう言って立ち上がった。

「いきなり海に行って試すのも心配だろーから、しばらくは演習用プールでするよ。その前に、ここで履いて歩く感覚を覚えてみよっか?」

 那珂は川内と神通に向かって手で立ち上がるよう合図をして立ち上がらせる。そして自身の脚部のパーツを掴み、履き始めた。

「さ、二人とも履いてみて。それから同調して。」

 那珂が脚部のパーツを履き始めると、それを見て川内と神通も立ち上がって同じように履き始め、最後に同調をした。その刹那、3人とも完全に那珂、川内、神通に切り替わった。

「地上での歩き方はすり足を意識して歩く感じで。力や素早さの感覚が慣れないうちはさらに意識してゆっくりすり足をする感じでね。そうしないととんでもないスキップをした感じになってコケちゃうよ?」

 言い終わると那珂は歩行を実践し始めた。その歩き方はすり足という感じではなく、少々ガニ股気味になった普通の歩き方である。至極普通に歩いている様子を見て川内は何かを感じたのかニンマリとする。

「なーんだ。簡単そうじゃないですか。よし、私も……。」

 そう言って川内が第一歩を踏み出した瞬間、さきほど那珂が注意したとおり後方へ力を入れた左足、前へ出した右足は彼女が考えていた以上に距離を開けてしまった。左足で蹴る力のほうが優っていたため、川内は思い切り前へつんのめってバランスを崩して右肩から転んでしまった。

 

ヒョイ!

ズデン!!

 

「かぁ~~……いったぁ~。」

「ちょ!?だいじょーぶ川内ちゃん?」

 那珂は近寄って声をかける。

 

「すみません。力の加減が全然わかりません。」

「だから言ったのに。慣れてないんだからもっとつよーくすり足を意識するんだよ。」

 那珂と川内がそう言って話していると、二人の後方から声が聞こえた。

「こ、こうですか?」

 二人が振り返って見ると、神通がかなりゆっくりめであるが、右足を前に出し一歩、左足を前に出しもう一歩と二人に近寄ろうとしていた。

「おぉ!!神通ちゃんすごい!ちゃんとできてるよぉ~!」

 褒められて照れる神通。それでも歩みを止めずに二人に近づく。

「そ、それほども……。ゆっくり動くのは……日常的に当たり前なので。」

 神通が歩くのを見た川内は、数秒呆けていたが、すぐに我に返って眼の色を変えた。

「くっ、神通が先にできるなんて。納得いかない!あたしだってぇ!!」

 川内はゆっくりと立ち上がって、側にいた那珂に離れるよう手で合図をすると、神通と同じくそうっと一歩を踏み出し始めた。

 

「すり足で一歩、すり足で一歩ーー。」

 

 川内は先程コケた力加減を参考にして足を踏み出すがやはりうまくいかない。その後1時間ほど掛けてようやくコツを掴んできた川内は5mほどは超スローペースながら歩くことができるようになった。先にコツを掴んで歩けるようになっていた神通も大体同じくらいの成長度であった。

 すでにお昼近くになっていたが、二人とも一切やめようとせず、ひたすら超スローペースな歩行練習をしていた。事情を知らない者が見ればおかしなことをしている女子高生たちだと思う光景だ。

 

「地上であたしや五十鈴ちゃんみたいに普通に歩けるようになったらもう十分だよ。今日はそこまでを目標にやってみよっか。」

「「はい。」」

 一旦お昼休憩をはさみ、午後は暑くなってきたので本館の冷房の効いた執務室に4人でこもり座学をし、夕方になってから川内達は再び工廠脇に行って同調後の地上の歩行練習を続けた。

 

 夕方、ひたすら練習した成果が出たのか、川内はもともと運動神経が良いためか、彼女は12~3m程度は同調していないときと同様に歩けるようになった。神通というと、不安の種だった体力が影響して川内とは距離も劣る6~7mは問題ない歩行ができるようになってきた。

 那珂と五十鈴が見る二人は、最終的にはかるく駆け足くらいの移動速度をマスターできていた。二人の様子を見た那珂は満足気な顔になって二人に声をかける。

 

「うんうん。二人とももー大丈夫そうだね~。お姉さんは嬉しいですよ~。」

「アハハ。もうだいぶ慣れてきました。」

「私もです……。」

 川内と神通は微笑んで穏やかにその成果に喜びを感じていた。

 

「まー、地上であたしたち艦娘は戦うわけじゃないから、あくまでもいざというときの基本の動きとしてね。ここからが本番だよ。明日はいよいよ水上で浮かんでもらいます。」

「「はい!!」」

 そう掛け声を那珂がかけると川内と神通はハキっと返事をした。

 

「それじゃ二人とも、同調切っていいよ。お疲れ様~。」

 那珂の一声で川内と神通は同調を切り、その場にへたり込んだ。肩で息をしたり大口を開けて酸素を取り入れようとする二人の様子を見た那珂と五十鈴は二人に微笑んで労いの言葉をかけた。川内と神通も少し呼吸を整えた後に笑顔で返す。

 その後各自の艤装を工廠に運び入れ、明石に声をかけた。

 

「明石さん、艤装ありがとうございました!」

「いえいえ。ちゃんと仕舞って置きますからね。それにしても川内ちゃんと神通ちゃん、上達しましたね~。時々ちらっと見てましたよ。」

 大人が見ていたと知ると途端に照れ始める川内と神通。

「ま、マジですか~。うわぁ~なんかはずい~。」

「うぅ……はい。ただ歩いただけなのに……。」

「何言ってるんですか。小さな一歩は大きな一歩ですよ。頑張ってくださいね。」

「「はい。」」

 

 明石に労いの言葉を掛けられた川内と神通は照れてはにかみ、しばらく談笑した後、那珂らとともに工廠を後にした。

 

 

--

 

 那珂たちは本館に戻り、更衣室で普段着に着替えはじめた。川内と神通は汗をかなりかいていたため一通りタオルで吹いた後着替える。

 

「あ~、やっぱり訓練後は素早くシャワー浴びたいな~。」

 川内がそう愚痴をこぼすと、全員がウンウンと頷いた。

「確かにそーだよね~。早くシャワー室だかお風呂だか作って欲しいよね~。」と那珂。

 

「その話は私も提督から伺ったことあるけれど、一体どこに作るのかしらね?」

 五十鈴も話題に乗って誰へともなしに質問をする。

「多分すでに水回り来てるところだろーから、お手洗いの隣か更衣室の隣かなぁ?そのあたり提督以外だと五月雨ちゃんが詳しそーだけど。」

「そうね。あの子に聞いてみるのがいいかも。」

「あ、でも五月雨ちゃん、今週は家族旅行らしくて来ないんだって。だから明日提督に聞いてみよ?」

「あら、そうなの?……仕方ない……わね。」

 五十鈴の提案に那珂も川内も神通も同意の様子を見せた。

 

「ウンウン。どうせ催促するなら4人で色仕掛けすればあの人はコロッと落ちますよ~。」

 那珂が発言すると、その途中の言葉を耳にした他3人はまた始まったと思った。その後続く言葉はそのものスバリだった。

 

「五十鈴ちゃんと川内ちゃんのそのでっけぇ!タンクで!直接攻撃するでしょ~。あたしと神通ちゃんで言葉責めするでしょ~。もーイチコロでメロメロですよあのおっさんは。」

 前半は手をワシワシさせながら言い、後半は吐息を吹きかけるような仕草で言う那珂。

 

 直接的な言い方は避けたのは那珂の良心だった。それでもすぐにその比喩の表すところに気づいた五十鈴と川内は顔を赤らめて、着替え中の手に取っている私服のシャツや上着で隠す。

「も~~!那珂さんのそういうところあたし嫌なんですよ~!ねぇ五十鈴さん、この人どうにかしてくださいよぉー!」

「本当、私もそう思うわ。ねぇ、そういう下ネタ気味なおちゃらけやめなさいな。特に人を弄るようなこと。」

「そんなぁ!あたしが真面目だけになったらあたしじゃなくなるよぉ?」

 那珂は指摘されても依然として変わらずおどけ混じりの返しで五十鈴たちに応対する。

 

「別に真面目になれって言ってるわけじゃないのよ。その下ネタ気味の発言を控えればそれでいいのよ。どうしても続けるならあんた、アイドルじゃなくて芸人目指しなさい。艦隊の芸人。それなら100歩譲って許してあげないこともないわ。」

 

 五十鈴が何気なく言い放った皮肉発言は、先程まで茶化した発言をしていた少女に衝撃以上の大ダメージを与えるのに十分すぎてオーバーキルになってしまった。那珂は目を見開いて口をパクパクさせて声に出ない悲鳴をあげようとしていた。

「ちょっと(笑)。 とっさにそんな芸人っぽいリアクション取らなくてもいいのよ。冗談なんだから。」

 

「う、うぅ……うわぁ~~~ん!」

 那珂は2~3歩後ずさったのち、近くのテーブルまで駆けて行って頭を抱えて突っ伏してしまった。

 

「? 那珂さん?どうしたんですか?」と川内。

「……?」

 神通はあえて話題に入らないようにしていたが、那珂の様子が気になり心配そうな視線を送った。二人の視線を受けたのに気づいてか気づいてないか那珂はタイミングよくか細い声で心の叫びをひねり出した。

 

「芸人は……違うよぉー……。言われるまで気づかなかったよぉ……。あたしが目指すのはアイドルなんだよぉ……」

 自身の仕草やリアクション等の振る舞いが傍から見るとアイドルのものではなく、芸人寄りのそれになっていたのか!?と、那珂はアイデンティティを失いかけて先程までの勢いはどこへやら、意気消沈してぐすんと鼻声になってしまっていた。

 那珂のその様子をいち早く察した神通が駆け寄って小声で様子を聞き慰める。そののち神通は五十鈴と川内の方を向き、頭を振った。

 

「え?どうしたっていうの?」と川内。

「な、那珂?」と五十鈴。

 神通は五十鈴たちに駆け寄って行って、那珂からなんとか聞き出したその思いをやはり小声で二人に耳打ちした。神通から那珂の思いを聞いた川内と五十鈴は顔を見合わせ、呆れたという様子で言い放った。

「芸人って言われてショックだったんだ……那珂さん。」

「そりゃあね、アイドル目指してたはずが芸人さんですよねって言われたら自我崩壊しかねないわね。まあ、あの娘には悪いけど、これで弱点一つ握ったわ。フフフ。」

「うわぁ、五十鈴さんめちゃあくどい顔……。」

「……(コクコク)」

 艦娘としてのライバルの弱みを握ることに成功した五十鈴の呟いた言葉とその時の表情は、那珂の後輩たる川内と神通をドン引きさせるほどだった。とりあえず神通が察したことは、この二人には第三者に言えぬ何か因縁があるのだろうなということであった。

 

 那珂はガチすすり泣きをしていたので、五十鈴は自分の発言が予想以上の大ダメージを与えたことに責任を感じ、寄り添って頭を撫でてなだめた。

「ほーら、いい加減泣き止みなさいな。謝るわアイドルさん。」

 那珂はキッと泣きはらした顔で睨む。五十鈴はその顔を見てハァ…と一息ついて再び声をかけた。

「あとでいくらでも私達をからかっていいから。あんたあの二人の先輩でしょ?シャキッとなさいな。」

「……うん。後で提督のいる前でめいっぱい下ネタ言って口撃してやる。」

「……あんたそれやったらマジで張り倒すからね? そ・れ・以外で! それに本気で艦隊のアイドルとかそんなよくわからんもの目指すなら、せめて髪型普段と変えたり、歌の一つでもやってご覧なさいな。」

「ブー!」

 一通り慰めの言葉をかけるとそれ以上は那珂の様子を気にしなくなり、五十鈴は自身のロッカーに戻っていった。那珂は普段学校で自身のボケやアクションに応対してくれる一番身近な人と比較してしまい、やや不満気だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

基本訓練(水上移動)

 翌日木曜日、那珂と五十鈴は前日と同じ時間に来た。前日と全く同じルートで本館の窓を開けて換気していき、工廠に行って明石や技師の人に挨拶をしたのち執務室に戻ってきた。なお、提督はまだ出勤前だった。

 

 前日皆の前での取り乱し思わぬ弱点を晒してしまった那珂は駅で五十鈴と出会って本館に来る最中は妙によそよそしく振舞っていたが、五十鈴が一向にその弱点をついてこないのを見ると、すぐに普段の調子に戻って明るい態度に戻った。

 朝の一回りを終えて執務室で五十鈴と打ち合わせする頃には完全に普段の、やるときはしっかりやる真面目モードの那珂に切り替わっていた。

 

「今日の訓練は水上移動をやらせる予定。昨日の様子を見る限りだと、他に余計なことはしないほうがいいかなって思うの。どうかな?」

「えぇ。それがいいでしょうね。あとはあの二人に今日でそれだけ差が出てしまうかだけど、それによって今後の進め方も変えるのよね?」

「そーそー。それが一番気になるところ。あとは水上移動の練習での影響だけど。」

「影響?」

「今日は多分、というかほぼ確実にびしょ濡れになると思うから、昨日二人には着替えを多めに持ってくるよう伝えてあるの。」

「あ、そういうことね。なるほど。」那珂の不安点に五十鈴は納得した。

 

 

--

 

 那珂たちが打ち合わせをしている時間はすでに9時を回ってもうすぐ30分になる頃だった。

「そういえば提督、今日は何時に来るか知ってる?」

「いいえ。連絡してみたら?」

 普通ならば遅刻の時間である。しかしここは国の艦娘制度の管理署・鎮守府なのでそう言った勤務の枠組みには当てはまらない。とはいえ那珂たち二人は、自分らの上司たる西脇提督が来ないことに不安を感じていた。

 那珂は五十鈴の提案通り、すぐに携帯電話を手に取り提督にメールを送ってみた。

 

 しばらくしてピロリと次に携帯電話が鳴ったのは、五十鈴の携帯電話だった。

「私の携帯? 誰かな……はっ!!?」

 疑問を口にしながら画面を点灯させて通知を確認した五十鈴は瞬時に顔を赤らめた。そこには"西脇栄馬さん(艦娘仕事関連)"という、連絡先に登録した名前が宛先になった形でメールの通知が来ていたからだ。

 五十鈴がすぐに顔を上げ、側にいる小癪な真似をしでかした張本人を見ると、その人物はわざとらしく顔をそむけて吹けない口笛を吹いていた。

 

「あーんたねぇ……昨日の仕返しってわけね。ふーーん?」

「え?え?なんのことぉ?提督が宛先間違ったんじゃないのー?」

「……私一言も提督からメール来たって今言わなかったんだけど?」

 那珂はペロっと舌を出す仕草をして言葉なく五十鈴に返すのみにした。

 

「まぁいいわ。ともかく、提督は午後からこっちに来るそうよ。それまでは本館の管理は私たちに任せるそうよ。」

「そ、りょーかい。」

 一通り必要な確認を済ませた二人は、前日と同じように川内と神通が来るのを執務室で待つことにした。

 二人が来た時間は、前日とほぼ同じくらいだった。

 

 

--

 

 着替えて来た川内と神通が執務室に入ってきた時は、10時45分だった。午前中にこなせる時間も少なくなってきたため那珂は二人が落ち着く前に声をかけた。

 

「それじゃあ今日は、二人に水上移動をしてもらいます。これをマスターすれば艦娘の艦娘らしい動きはできるようになります。とっても大事なことだから、たっぷり時間をかけて身体に覚え込ませてね?」

「「はい!」」

 各々タオルなど必要なものを持って4人揃って工廠へと向かった。

 

 工廠前に着くと那珂は大声で中にいる人物に声をかけた。

「明石さーん!」

 しかし当の本人は工廠内の事務室にいて何か作業をしているようで聞こえていない様子だった。那珂は五十鈴たちに自分が言いに行くと合図し、断って工廠の中を進み事務室の扉をあけて中に入った。

「明石さん。」

「あ!はーい。なんでしょうか?」

 明石はテーブルに置いた図面のようなものから目を離して身体ごと那珂の方を向いた。かけていたメガネを外して図面の上に置いて聞く体勢になる。

 

「川内ちゃんたちも来たので、これから演習用プールに行って水上での訓練をさせたいと思います。」

「はい。わかりました。みんなの艤装は外にいる技師の○○さんに言って出してもらって下さい。何かあったら知らせに来てくださいね。当分は事務室にいますので。」

「はーい。それじゃあ。」

 那珂はお辞儀をして事務室から出て行った。

 

 工廠の外に出て川内たちの側に戻ってきた那珂は改めて号令をかけた。

「明石さんには連絡してきたから、これから演習用プールに向かいます。艤装は持って行ってね。あたしは全部身に付けていくけど、二人はムリしないで、辛そうだったら工廠に置いてきてもいいよ。プールで使うのは脚部のパーツだけだから。」

 那珂は皆の前に戻ってくる前に技師に艤装を使うことを伝えていたので、ほどなくして技師の人たちが台車を使って4人分の艤装を運んできた。各々それらを確認し、手に取る。

「それじゃあ私も全部装備して行こうかしら。」

 那珂と五十鈴はそう言って艤装を全部装備し始め、同調したのち演習用プールへと続く水路に向かって歩き始めた。

 二人に先に行かれて残っていた川内と神通はどうしようかまごついたのち、二人で話して決めた。

 

「えーっと、えーとどうしよっか神通?」

「落ち着いて……ください。まだ私達慣れてないですし、那珂さんのおっしゃったとおりに、足のパーツだけ持って行きましょう。」

「うん、わかった。そうしよ。」

 川内と神通は脚部のパーツを装備して同調し、工廠の演習用水路のある区画から離れて工廠を出て、演習用プールへと向かうことにした。艤装の扱いにすでに慣れている那珂と五十鈴は演習用水路へさっそうと降り、そのまま浮かんで進んでいった。川内たちはその様子を羨ましそうに数秒間眺め見ていたが、はっと我に返ってやや駆け足で(周りに気をつけながら)歩みを再開した。

 

 演習用プールについた川内と神通は先に到着していた那珂と五十鈴をプールのど真ん中に視認した。川内たちが演習用プールの敷地内に入ってきたのを見た那珂たちはスイーッとプールの水面を横切って進んでプールサイドに近寄った後上がった。

「はぁ。はぁ。昨日歩きは慣れたはずなのに……これだけの距離だと同調しながらだとまだ結構しんどいですね……。なんていうんだろ、疲れは疲れなんだろうけど。」

 川内が息を切らしながら言おうとしたこと、それを神通が補完した。しかし彼女も相当息を切らしており、かつ汗が玉のように流れ出ている。汗を拭って呼吸を整えた後言った。

「……同調してるということは、精神的にも……疲れるという……ことかと。(ゴクリ)思います。」

 

「神通ちゃん正解。艤装はね、最初に同調した時にフィットしたな!って感じるのと、それを自分の体の一部かのよーに身体に馴染んだと感じるのはまた別なの。まだ二人とも装備してるって感じがするでしょ?」

「は、はい。」

「……はい。」

 体力があり運動神経も良い川内でさえ、工廠脇から演習用プールまでの数十メートルでバテている。とはいえ彼女は身体的というよりも精神的な疲れのほうが上回っていた。神通はもともと体力がないため、精神面とダブルで疲れが溢れ出ていた。歩行に慣れたとはいえ、同調したことで超絶パワーアップした感覚と力の加減に、体力がついていけてなかった。

 

「あたしも五十鈴ちゃんも、もう一体化してるかのように艤装が身体に馴染んでるから、これだけ動けるんだよ。ここまで当たり前のように出来て、初めて艦娘らしくなるってところかな。ね、五十鈴ちゃん?」

「あなたは慣れすぎだけどね。さすが同調率98%を叩きだしただけあるわ。まぁ那珂ほどじゃないにせよ、私も物を身に付けてるという感覚はかなり薄れてるわ。さすがにこのライフルパーツは手に持つ感覚普通にあるけれど。」

 那珂も五十鈴も手足を動かしたりクルッと回ったり、ライフルを掲げたりしている。

 

「じゃー、みんな一旦同調切ろっか。……二人は、ちょっと休まないとダメかな?」

「さ、さすがにヘトヘト。休みたいです。」

「わ……私も、です。」

 那珂は側頭部をポリポリと掻いて眉をひそめ、二人の状態を見た後、しばらく休ませることにした。

 

 

--

 

 10分ほどして川内と神通の呼吸が落ち着いてきたのを見計らって那珂は説明を再開した。

「それじゃーいくよ。これから水面に浮いてもらいます。と言ってもそんな難しいことじゃないよ。同調してれば、足のパーツから浮力が発生するから、ボーとしてても思いっきり力入れて踏ん張って沈もうとしても勝手に浮くの。浮かぶんだって考えというかイメージを頭に思い浮かべること。考えたことを艤装が検知して、自動的に浮力とかを調整するんだって。あとはバランス感覚。まーこっちのほうが大事かもね。これは慣れないと時間かかるかも。」

 

 それじゃあと言うが早いか那珂は再び同調し始め、プールサイドからプールの水面へと普通に歩くような勢いで足を乗せ始めた。それを見て五十鈴も再び同調し、プールの水面へと足を乗せる。那珂と五十鈴では浮かぶ高さが変わるため、若干の身長差が発生した。

 

「よし、じゃあやろっか、神通。」

「は、はい。」

 先輩二人の様を見ていた川内と神通も同調を済ませ、数歩歩いてプールの水面に後1歩というところまで来た。そこからの一歩が二人は中々踏み出せないでいる。

 

 先陣を切ったのは川内だった。

「うーー、よし。てりゃ!」

 川内は右足を少し上げて前へゆっくり突き出して水面に下ろした。その足はまるでトランポリンか何かに足をつけたように跳ね返される感覚を覚えた。それですぐにピンときたのか、川内は続いて体重を前方にかけて左足も水面におろし、全身が水面の上にある体勢になった。

 川内は、ついに水面に浮かぶことに成功した。

「は、はは……、アハハ! うわぁ!うわぁ~! すごい!おもしろーーい!あたし、水に浮かんでるー!忍者みたーーい!」

 川内はすぐに慣れたのかその場(水上)で足を上げ下げして水の上に浮く感覚を堪能しまくっている。その最中後ろを振り返り、左手を突き出す。

「ほら神通!あなたも来てごらん!おっもしろいよ!!」

「は……はい。」

 興奮がとまらない川内の様子に若干引きつつも次は自分だと再認識し、意を決して神通は次の一歩、右足を水面に下ろした。両手は伸ばされた川内の左手をなんとしてでもつかもうと足よりも少し前に出す。川内はその手を掴み、神通のバランスを補助する。

 

【挿絵表示】

 

「いい?離すよ?」

「ま、待って……離しちゃ嫌です。もう一歩。もう一歩出てから。」

 

 神通は数秒後にようやく残りの足を水面に下ろした。川内の手を掴んでやや安心してるためか、おしりがまだプールサイド側に残っておりへっぴり腰になってしまっているが、誰もそのことを気にしないでおいた。体重をゆっくりとプール側にかけてへっぴり腰を解消していくと、彼女もようやくバランス感覚を理解したのか、川内の手を掴む強さが弱まる。川内はそれがわかって、神通の両手からそうっと左手を手前にひいて完全に手と手を離した。

 神通も、ついに水面に浮かぶことに成功した。

 

「わ、私……やりました。私も!浮かんでます!!」

 神通の感情も溢れだした。その目にはうっすら涙が浮かんでいる。側で見守っていた川内、そして少し離れたところで五十鈴と一緒にその様子をじっと見守っていた那珂もウンウンと頷き合い、その成功を自分のことかのように喜んだ。

「やったね神通!あたしたち、これで本当に艦娘なんだよね!?」

「は、はい……!実感が……うぅー。」

「やだぁ!泣かないでよ神通。あたしまで……泣けてきちゃうじゃん~。」

 感極まって揃って泣き出す川内と神通。だが、気が緩んだためか、体勢を大きく崩してしまった。

 

「「きゃっ!!」」

ドボン!!

 

「ちょ!?ダイジョーブふたりとも!?」

 初めて出せた艦娘らしい雰囲気が一瞬にして台無しになってしまった。

 水上ですっ転んでほぼ全身水に浸かってしまった二人の近くに那珂と五十鈴はスーッと近づいて二人立ち上がりをサポートする。

「気を緩めたらダメよ。慣れてないうちは特にね。ほら、一旦プールサイドに上がって。また最初からやってみなさい。」

「「……はい。」」

 一度目は水面に立つことができた川内と神通だが、午前中には水上移動までは叶わず、とにかくプールに足をつけたその場にひたすら立つ、バランスよく立つことを練習した。

 

 何度か練習を経た川内がふと質問をした。

「ねぇ那珂さん。なんとなしに足を少し動かしてますけど、このまま水面を歩いたらいけないんですか?そのほうが楽そーな気がするけど。」

「おー。よくそこに気がついたねぇ。やってもいいけど艦娘の移動としては非効率だからオススメはしないかな。」

「……なるほど。なんとなくわかりました。」

 那珂の説明にいち早く納得の様子を見せたのは神通だった。

「ん?何がわかったの?」

 いまいち理解が追いついていない川内は神通の方に振り向いて尋ねた。神通はコクリと頷いた後答え始める。

「地上で、歩くのと走る速度は違いますよね?」

「うん。」

「水上で艦娘が足の艤装を使って歩くのと進むのでは、地上のそれよりも速度が段違い……だと思います。これから私達はその速度を体験することだと思いますけれど。深海凄艦はどこに現れるかわかりません。戦ったり調べるために長距離の移動をするかもしれないです。そこで、地上よりも広く自由に動ける分、移動時間に差が出来てしまうんです。」

「あー、なるほど。やっとわかってきた。ステージクリアするのに普通にダッシュ移動すればいいものを、すり足忍び足スキル使ってクリアしようとするようなもんか。あたしは他のスポーツやゲームで例えたほうがわかるわ。」

「同じ疲れるでも効率の良し悪しがあるし。あくまで近い距離向きなのが、水上歩行ってことだよ。」と那珂。

 川内はゲームのプレイで例えてようやく水上歩行のメリット・デメリットを理解した。

 出来ることだがあえてしない水上歩行。その意味を川内と神通はそれぞれ理解したのだった。

 

 

 那珂はスイーッと二人から離れて方向転換して二人に説明を続けた。

「さて、午前はここらで終わりにする?それとも続ける?」

「うーー、ちょっと休みたいです。いいよね神通?」

「……はい。私も休みたいです。」

「よっし。それじゃ着替えたらお昼食べにいこっか?」

「「はーい!」」

 那珂の提案に気を緩めて返事をした二人はまた転んで全身を濡らしてしまった。その日何度目かの全身びしょ濡れ状態である。

 

 

--

 

 びしょ濡れになってしまった川内と神通は艤装を工廠の一角に預けたのち、演習終了後に艦娘が使うケア設備の一つ、瞬間乾燥機を浴びて艦娘の制服と自前の下着を簡単に乾かした。強力な乾燥機とはいえ、すぐに乾くものではなく、生乾きの状態になってしまっていた。完全に乾かすにはやはり脱いできちんと当てないといけないと判断した川内と神通は全部着替えるべく、一旦その状態のまま更衣室に戻ることにした。

 

「うえぇ……生乾き気持ち悪い。」

「……(コクリ)」

 気持ち悪がる二人を見ていた那珂と五十鈴はケラケラ笑いながら二人に声をかけた。

「それも艦娘の経験の一つだよ~。ね、五十鈴ちゃん?」

「そうね。私達みたいに制服が配られる人はまだましだけど、時雨や夕立たちみたいに学校の制服や私服だと毎回大変でしょうねぇ。」

「アハハ!それは言えてる~!」

 五十鈴の発言にアハハ、クスクス笑い出す那珂たち。

 その後全員着替え終わり、財布を取りに執務室へと向かった。川内と神通は鎮守府を出る前に工廠に立ち寄って乾燥機のところで制服をきちんと乾かすことにした。

 

 執務室に入るとやはり誰もいない。まだ提督は来ていない様子がひと目でわかった。

「まだ提督は来てないようだねぇ~。」那珂は軽い足取りで提督の机に近寄り、机に置いたバッグから財布を出した。

「……そうね。午後からって書いてあったけどもうすぐ1時になるのに。」

 

 五十鈴、川内、神通も秘書艦席やソファー側のテーブルに置いたバッグからそれぞれ財布を取り出して準備を整えた。

 その後4人は執務室、そして鎮守府の本館を出てお昼ごはんを食べに町へ繰り出した。4人が食事をしたのは駅前にあるファミリーレストラン。鎮守府Aの面々がしょっちゅう使うため、レストランの従業員や店長にもすでに顔を覚えられている。すでに顔馴染みとなってその度合が高い五十鈴と那珂は常連さんよろしくな挨拶をして先に入っていき、その後に川内と神通がやや申し訳無さそうに入っていった。

 4人は何の遠慮もせず艦娘の優待特典を使って格安で豪華な食事をした。(主に川内が)

 

 

--

 

 昼食が終わり4人が本館に戻ると、ちょうど提督が男性用トイレの区画から出てきたところに遭遇した。

「お、4人ともご苦労様。お昼かな?」

「「「「はい。」」」」

「そういや五十鈴はどうしたんだい?7月中は任務もないはずだけど?」

「実は那珂に頼まれて、川内さん達の訓練を一緒に監督することになりました。」

「そうだったのか。それじゃ二人でよろしく頼むよ。」

「はい。任せて!」

 久々にガッツリ声をかけられた感のあった五十鈴は少しだけ上ずった声を出しかけたが、すぐにいつもの真面目調子の声に修正して提督にその意気込みを聞かせた。

 

「提督はいつ来たの?」那珂が質問した。

「ついさっきだよ。訓練はどうかな?こう暑いと嫌になるだろ?」

 提督と那珂たちは合流して執務室に喋りながら向かう。

「大丈夫大丈夫。今日から水上移動の練習でプールにいるからなんとなく涼しく感じられるかなぁ~って。だっていつでもその場で水浴びできるし。」

 川内は気楽な回答を口にした。彼女の頭の中には制服が濡れてその後のケアが大変ということがすっぽり抜け落ちているのが容易に他の3人には想像できた。提督は事情を知らないため、川内の口ぶりに軽く吹き出すように微笑んで言葉を返した。

「ハハ。そうか。水上移動の訓練ならまぁそうなるな。もし今後どうしても暑かったら水着持ってきて適当に遊んじゃってもいいぞ。もちろん訓練終わったらだけど。」

 

「おやおや提督ぅ~?そんなこといってあたしたちの水着姿見たいのかなぁ~~?」

 那珂は屈んで上半身を低くし提督を見上げるような体勢になって茶化し始めた。その表情は提督もすでに知っているように、可愛いが小憎たらしいそれだった。

 那珂の茶化しに提督は少し慌てて言い返す。

「コラコラ。俺はただ君たちの健康を心配してだな……」

「はいはい。そーいうことにしておきましょ!だいじょーぶだよ。その時はちゃーんと提督も一緒にプールに誘ってあげるから。その時はあたしたちのしなやかで美しいJK肢体をご堪能あれ~」

「はぁ……まったく那珂は。」

 那珂の相変わらずの茶化しに提督は那珂の期待通りの反応をし、那珂を満足させるのだった。そんな二人を見た五十鈴や川内は、昨日の一連の出来事のように、下手なことを口走らないか肝を冷やしていた。

 

 

--

 

 執務室にバッグ等を置いていた那珂たちは、提督が出勤してきたということでそれらを待機室に持って行こうとしたが、提督がそのままソファーか秘書艦席にまとめて置いておいてもよいと許可したため、4人は好意に甘える事にした。

 バッグからタオルや簡単な着替えを取り出し、率先して行こうと言い出す川内。

「さーて、ご飯も食べたし、午後も行きましょうよ!」

「ちょっと待ってね。午後は今日も夕方からだよ。」

「えぇ~~!?いいじゃないですかー!」

 那珂は不満を垂れる川内に警めた。

「夏だし、熱中症にならないためにもこれだけは守ってね。一応提督とのお約束だから。責任者としては不必要に病人を出したくないそうなの。ね、提督?」

 那珂はウィンクを提督に送る。すでに執務席に座っておにぎり片手にPCに向かって仕事をし始めていた提督は喋らずにウンウンと2回頷いてその意を示した。その返しを見た川内は少し不満を残しつつも納得の様子を見せる。しばらくは不満気を残したままだったが、神通と一緒に教科書を読み始めるうちにすぐにそんな気分を雲散させて、二人でじっと没頭していた。

 

 

--

 

 その後夕方になり、那珂たち4人はその日の午後の訓練をしに執務室を出て工廠に向かった。工廠にやってきた4人は入り口付近にまとめて置いてあった自身らの艤装を技師に断って再び外に運びだす。演習用プールへは午前中に行ったとおり那珂と五十鈴は水路を通って、川内と神通は今度は腰にコアユニットを、それ以外は脚部のパーツ一式を手に持って同調せずにプールまでの距離を歩いて行った。

 先についたのはやはり那珂と五十鈴の二人だった。その後追って川内と神通は必要最低限にしたパーツを抱えてプールサイドに入ってきた。

 

「あれ?二人とも同調して来なかったの?」ひと目で気づいた那珂が言った。

「はい。だって大した距離なくてもすっごく疲れるんだもん。」

「……本来する訓練の前に……疲れたくないので。」

 

 二人の言い分ももっともだと理解した那珂は優しく言葉を返した。

「アハハ……まぁもっともだねぇ。仕方ないや。」

 那珂は二人に言葉をかけた後、早く装備をして同調するよう促した。そして説明を再開する。

 

「さて、ここからが重要だよ。前も言ったと思うけど、コアユニットと足のパーツには脳波制御装置っていって、考えたことを検知してそれを艤装の動作やバランス制御の補助に変換してくれる機械があるらしいの。だから、前に進みたいとか水面でジャンプしてちゃんと着水したいとか、今まで以上になるべく自分の動き・やりたいことをを意識すること。自分じゃ足りないバランス感覚を艤装の各パーツが補助してくれるんだって。ま、詳しいことは実際に身体で覚えていこー。」

「「はい!」」

 川内と神通は揃って返事をした。

 

「よーし。それじゃあいってみよ。色々言ったけど、つまりはスケートみたいなイメージしてもらっていいと思う。機械的なこと言うとね、あたしたち川内型の艤装の足のパーツはね、普通の船みたいなスクリューがついているわけじゃなくて、衝撃波が出る装置が内蔵されてて、そこから出る衝撃波で進むんだって。それの強弱を決めるのが、考えること・思うこと。」

「思っただけで前に進むだなんて、なんだか魔法みたいだなぁ~。それこそゲームとか、昔の人が考えてた未来の光景だよね。」

 川内が那珂の言ったことに対して感想を口にした。

 

「明石さんや提督みたいな機械やプログラム知ってる人なら当たり前のことなんでしょうけど、私達普通の学生からすれば本当、魔法かなにかよね。艦娘ってどれだけの高度な技術で成り立ってるのかしら?なんだか、提督の本業のIT関連の世界に興味湧いてくるわ。」

 川内の感想を受けて五十鈴がそう口にすると、那珂がそれに目ざとく反応して茶化し始める。

「おぉ?五十鈴ちゃんは提督自身だけじゃなくて彼のお仕事にも興味アリアリですか~?常に一緒にいたいとかそう言ったことですかねぇ~~?」

「ちょっと……あんた……!?」

 五十鈴は自身の思いを那珂が他人にわざと聞こえるように茶化して話そうとしたと感じ取り、とっさにキッと凄んで睨んだ。睨まれた那珂はハッとした表情になってわざとらしく口を塞いで弁解をした。

「おっと。なんでもないですなんでもないです。」

 その様子に川内は?を顔に浮かべ、神通は前髪の奥の隠れた顔に苦笑いを浮かべながら見ていた。

 

 

「コホン!さーじゃあ二人とも。まずは復習から。もうサクッとプールの上に浮かんでみて。」

「「はい。」」

 那珂の指示に従って川内と神通はパーツを装備して同調していた状態でプールサイドを歩き、やがてプールの水面に足をつけてそのまま一歩、また一歩と普通の人間ではありえない動きをした。二人が水面に出てきたのを見届けた那珂は再び口を開いた。

「それじゃ次の一歩進んでみましょっか。スケートを滑るような体勢で、頭のなかでは自分が進みたい速度をイメージするんだよぉ~~」

 説明しながら那珂は自身で実演してみせる。その場から半径数mを移動しながらである。

 

 那珂の実演の後、先陣を切ったのは川内だった。

「よーし。頭のなかでスピードをイメージしてぇーー、スケートを滑るように……。」

 

 川内は歩幅はそれほど極端に変えずに調整しながら前傾姿勢になって前に進み始めた。頭の中では徐行運転ばりのスピードをイメージしていたのか、進むスピードは相当遅い。が、それでも進んでいることに変わりはない。

 

「お~~こういうことかぁー!なるほどなるほど。那珂さーん。あたしコツわかりましたよー!」

 徐々にスピードを上げていき、さきほどから縦横無尽に移動している那珂のそばに近寄っていく川内。すでに那珂や五十鈴に近い速度で動けるようになっていた。

「あー、でもこれ結構疲れる。これも慣れればそうでもないんですかねぇ~?」

「うんー。そーだよぉー。」

 川内は調子に乗ってスピードを上げて進んでみたが、すぐに疲れに気づいてスピードを落としてぼやく。那珂はその言葉に相槌を打って返事をした。

 

 その様子を見ていた神通は浮かんだ時の感動もつかの間、途端に不安を表情に出していた。果たして自分にあのようにスムーズにできるのかと。

 神通の側にいた五十鈴は彼女の肩に軽く触れ、囁くように声をかけて鼓舞した。

「ここまでできたんですもの。できるわ。さ、やってご覧なさい。」

「は、はい。」

 神通は先程の那珂の説明どおりのイメージをしながら、足を前に出してみた。するとかかと辺りから衝撃波が発生したのがわかった。しかし自信がないなりに考えた彼女の進むイメージは、極端に強く早く進みたいというイメージだったため、艤装はその考えを忠実に検知してしまった。

 

ズザバァーーー!!!

「ひぐぅ!?」

 

 神通は右足に引っ張られながらそれ以外の身体はやや後方に体重がかかり、前に突き出た右足と他全身合わせて人か入という文字を描きながら水上をものすごいスピードで進み出した。変な悲鳴付きのスタートダッシュ状態だ。

 

「きゃーーーー!!!!」

「うわぁ!神通!?」

「ちょ!!神通ちゃん!?スピード緩めて緩めて!止まるイメージしなさーい!!」

 川内と那珂が水上移動を楽しんでいたポイントまで一直線に進んでいった神通は、那珂のとっさのアドバイスどおり、“急停車”するイメージをした。すると右足のパーツからの衝撃波は弱まるのではなく瞬間的に止まり、反動で神通は真正面に向かって吹っ飛んで激しく転んでしまった。

 水面とはいえ、猛スピードから一気に止まったので反動は激しく、全身を水面に叩きつける力も強烈だ。

 

バッシャーーーーン!

 

「だ、大丈夫?神通?」

「おーーい、返事して~神通ちゃん?」

「ちょっと……今の止まり方はいくらなんでもダメよ! ホラ起きなさい。全身沈んじゃうわよ。」

 遅れて近づいてきた五十鈴も神通に声をかけるが反応がものすごく鈍い。全身水面に倒れこんだ神通は足以外は徐々に沈み始めていた。意識が朦朧としていたために普通に水に浮かぶ体勢すら取れずにいるのだ。その様子に気づいた五十鈴と那珂は慌てて神通の腕を掴んでそれ以上沈むのを防ぐ。

 

「あ、ヤバ。神通ちゃん気失ってる?」

「ちょ!とりあえずプールサイドに運びましょう。」

 那珂と五十鈴に抱えられてプールサイドに上げられた神通は同調が強制切断されるほど気を失っていた。

 

「あれだけ猛スピード出たってことは、神通ってばどんなふうに考えたんだろ?」

 那珂と五十鈴に支えられてプールサイドまで行く神通をぼーっと見ながら川内はつぶやき、随伴しながらプールサイドへと向かう。

「あっぶなかったよねぇ~。あたし危うく激突してたよぉ。」

「彼女、脚を出す前に考え込んでた顔してたから、相当強く想像してたんでしょうね。きっと二人がスイスイ動いていたのを見て慌てたんでしょう。初めてなんだから慌てなくていいのに……。」

 そう言ってチラリと那珂と川内に視線を送る五十鈴。その視線に気づいた那珂は川内と顔を見合わせ、悄げた仕草をして気を失っている神通に謝った。

「うー、ゴメンね神通。あたしはすぐできちゃったからあなたのことまで気が回ってなかった。」

「あたしも二人に早く動けるようになってもらいたくて見せることばっか考えてた。ゴメンね、神通ちゃん。……幸いにも顔とか怪我してないみたいだからいいけど。」

 

 

 神通が目を覚ますまで数分かかった。その間五十鈴は一旦工廠へ行き明石を呼んで介抱を手伝ってくれるよう願い入れる。明石は念のためと救急セットを持ち演習用プールの那珂たちがいるプールサイドへと駆けつけた。

「あらあら大変!那珂ちゃん川内ちゃん、彼女の艤装全部はずしてあげて。」

「「はい。」」

 明石の指示通り二人は神通の身につけていた脚部のパーツを外し、続いてコアユニットを腰のベルトから外して側に置いた。神通を神通たらしめるものは艦娘の制服だけになっていた。ほぼ、素の神先幸状態である。

 

 那珂は神通の意識が早く戻るよう頬を優しくペチペチと叩き続けた。川内はその後ろでやや慌てふためいた様子で先輩のすることをじっと見守っている。明石も神通を診てみたが、目立った外傷はなさそうだった。思い切り叩きつけられるように転んだとはいえ水面であったのが幸いした。明石は念のため救急セットから必要そうな薬を出して神通に処置し、しばらく様子を見ることにした。

 その後神通が目を覚ましたのは約5~6分後だった。目を覚ました神通はまだ意識が朦朧とするなかで那珂たちの質問に「ふぁい」と答え、若干怪しい言動で那珂たちを不安にさせていた。

「神通ちゃん、今日はやめとこっか?」

「……すみません。……うぅ……。」

 那珂が念のため意思確認をすると、神通はそれを受けて承諾した。川内は無言で後頭部をポリポリ掻いて神通を心配そうに見つめていた。

 明石は五十鈴に呼びかけ神通の艤装を工廠に仕舞うのを手伝わせて先に戻っていった。演習用のプールサイドには那珂たち3人が残り、日陰で休ませてからその場を後にした。

 

 

--

 

 那珂たちは更衣室で着替えを済ませ、執務室に戻った。その頃には神通は見た目とその様子にはひと目ではわからないくらいには回復していたが、念のため那珂達は提督に神通が水上で転んで顔を(水面に)ぶつけたことを報告した。

 

「神通!大丈夫かい!?」

 提督は少し身をかがめて神通の顔を覗き込むように僅かに近づけて言った。

「あ……は、はい。もう、大分……意識ははっきりと。」

 自身の失態に猛烈に恥ずかしくなり、神通は提督の顔をまともに見られなくなってしまった。そんな顔を真っ赤にしてうつむく彼女の様を、那珂や五十鈴も提督と同じように心配げに見つめる。

「もう帰るかい?それとももう少し休むならソファーに横になっていいけど?」

提督は身内が怪我したかのごとく心配症な様子を見せて神通を気にかけまくる。

「神通、遠慮無く寝かせてもらえば?正直まだ少しボーッとするんでしょ?」

「……はい。それでは横にならせて……いただきます。」

 神通は川内に寄り添わされてソファーに行き、身を横たえて寝始めた。彼女の介抱は川内が受け持つことになった。

 

 その場所から少し離れたところで那珂は五十鈴と小声で話し始めた。

「今日はもう続けられないね。」

「そうね。まぁでも焦る必要はないでしょ。まだ夏休みたくさんあるんだし。」

「うーん、そうは言うけどねぇ。日当の事とは別にしても、なるべく早く全てこなさせてあげたいんだよね。水上移動までは艦娘の基本中の基本だから、2~3日中には終わらせたかったんだけどなぁ~。」

「あんた……ちょっとペースが早くない?私なんか水上移動までを5日くらいかけたわよ。」

「およ?五十鈴ちゃんそれは時間掛けすぎだよ?もしかして限界まで日当もらうつもりだったの?」

 那珂の言い草にカチンときた五十鈴はすかさず反論した。

「んなわけないでしょ!?私そんなにずる賢くないわよ!私はしっかりやった結果予想より日当もらってしまっただけよ。」

「はいはい。五十鈴ちゃんは努力家だもんね。それだけかけたから強いんだもんねぇ~」

 また那珂はいやらしい表情になって五十鈴の言に言葉を返した。完全にからかう気満々であった。

「くっ……あんたそれイヤミ?どうせ私は天才なあなたに叶いませんよ!フン!」

 

 真面目な返しを期待できないとふんだ五十鈴は拗ねて自分のバッグのある秘書艦席にスタスタ歩いていってしまった。それを追いかける那珂。

「ゴメンって五十鈴ちゃん。あたしはホラ、アレだし。同調率たまたま高かったから慣れるのも早くてあっという間に終わっただけだしぃ。」

「それが天才だって言うのよ。私の同調率は92%だったわよ。ふつーよふつー。」

「だから拗ねないでよぉ~。帰り何かおごってあげるからぁ!」

 

 その後那珂と五十鈴は神通が完全に回復するまで雑談して時間を潰した。

 

 

--

 

「ご迷惑を……おかけしました。もう帰れそうです。」

 ソファーから立ち上がって川内、那珂、五十鈴たち、そして提督に頭を下げて謝った神通。確かに顔色は(髪の毛で隠れてはいるが)問題なさそうと那珂は捉えた。が一応確認してみた。

「神通ちゃん、ホントにだいじょーぶね?無理とかしてないよね?」

「は、はい。本当に、大丈夫です。」

「うん。信じたよ。帰り道とか気をつけてもらわないと、交通事故とかシャレにならないからね。」

 那珂の本気で心配してるという声色の声掛けを聞いた神通は単純にしつこく聞いているわけではないと気づき、再び頭を下げてお礼の意味を込めた謝罪を重ねた。

 

「それじゃ提督。あたしたち帰るね。提督はまだいるの?」

「あぁ。」

「あ、そうだ。鍵返さなきゃ。」

「いいよいいよ。しばらく預けておく。俺がいないときに本館開けて入りたいだろ?前も言ったけど、訓練終わるまでは貸しておくよ。」

「それならお言葉に甘えて借りておくよ。ありがとね。」

 

 那珂は川内と神通を引き連れて執務室を後にしようとした。

「あ、そうだ。五十鈴はちょっと話があるから残ってくれ。」

「え!?な、何かしら……?」

 那珂たちと一緒に帰ろうとしていた五十鈴は立ち止まり、そうっと振り返って提督に視線を送った。突然提督に呼び止められて心臓が跳ね上がる思いで焦りを隠しきれずにいたが努めて平静を装う。

 

「おぅ?提督、五十鈴ちゃんに何の用かなぁ?気になるのぅ~。あたしたちも残ったげよっか?」

 五十鈴につづいて那珂も振り向き、いつもの調子で茶化し気味に提督に向かって言う。しかし彼が返した言葉は、那珂の想像の範疇を超えた声色の言葉だった。

「那珂たちには関係ないことだから遠慮してくれ。」

 聞いたことのないような鋭く真面目な言い方。普段の調子で反応してくると思い込んでいた那珂は途端に萎縮してしまう。

 

「へ?あ……ゴメンなさい。そ、そーだよねぇ。あたし……たちに聞かれたくないこともそりゃあるよねぇ~。那珂ちゃんちょい無神経だった!テヘ!」

 その瞬間提督が怖くなった那珂は努めて普段の調子を演じて軽い返しをした。さすがに那珂の態度に無理が感じられた五十鈴は何か声をかけようと思ったが、適切な言葉が見つからずに黙っていることしかできないでいる。

「そ、それじゃ、失礼しました。」

 那珂の態度に違和感を覚えた川内と神通だったが、さすがに問いかけたり空気を読まずに口を挟むのはよくないと察して何も言わなかった。やや慌てて退出の言葉を述べて出て行った那珂を追いかけるようにして二人も退出した。

 本館を出る頃にはいつもの調子を戻していた那珂だったが、未だ心の中の感度は荒ぶっていて落ち着かない。自身の真の態度を後輩二人に悟られまいとし明るく振る舞っていた。

 結局その日はなんとなく落ち着かない、前日・前々日より早めの帰宅となった。

 

 

 その日の夜、夕方のことが頭から離れずに落ち着かぬ時間を過ごしていた那美恵は、携帯を片手にベッドに寝っ転がり、メールアプリを開いて新規作成ボタンを押すか、メッセンジャーアプリを開いて連絡先リストから望みの相手を選ぼうかどうか迷っていた。

 考えすぎて頭が重くなったような感じがし、やがて那美恵は携帯電話を持った手を力なく落とし、ベッドに横たわった。携帯電話が手の平から掛け布団の中にコロリと落ちる。

 これまで激として怒ることがなかった西脇提督が自分に対して怒った。この数ヶ月であたしのこと多少知ってるんだからいきなりあんなに怒ることないじゃん、と那美恵は真っ先に思ったが、それと同時に不必要に首を突っ込みすぎた自分のミスをも理解していた。

 確実に自分の失態だ。鎮守府は学校ではない。提督は民間の会社員とはいえ、れっきとした国の組織に携わる管理者たる人だ。艦娘としての自分たちの上司。これまで数ヶ月在籍して活動しておきながら、それぞれの本来の立場でその人を捉えて接していた。つまりは公私混同とも言える最悪な状態。提督の普段の優しくて気さくな性格と振る舞いに甘えていた。少し控えなければ……。これは自分の落ち度。那珂の落ち度。中落ち?

 那美恵は真面目に真剣に考え思いを張り巡らせるが、完全に堅苦しい真面目さは嫌だったので自分でオチをつけて締めた。しかし虚しさだけが残る夜となった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

基本訓練(水上移動続き)

 翌日金曜日、那美恵は前日までと同じく凛花と待ち合わせて鎮守府に来た。道中、昨日提督と何を話したのか那美恵は凛花に尋ねたが、凛花は特に顔色を変えずに今は言えないと一言だけ言ってその話題を続けようとはしなかった。その様子を敏感に察したのか、那美恵は茶化すことはせず彼女の望むとおりにその話題を打ち切って別の話題で雑談を賑わせた。

 ただ一つ、凛花は提督から預かっていた言葉を那美恵に伝えた。

 

「そういえば、提督ね、昨日言ってたわよ。」

「えっ、な、何を?」

「きつい言い方してゴメンって。」

「……そんなの気にしなくていいのに~」

 エヘラエヘラと笑う那美恵の様子は、昨日の感情がぶり返して動揺を完全に隠すことができないでいた。凛花はそれを見て追加で言う。

「実はね。提督ったら自分の言い方がどうだとか全然気づかなかったようなの。だから私、本題が終わった後に言ってあげたの。少々言い方きつすぎなかったかってね。……余計なお世話かもと思ったんだけど、でもあなたのあの時の表情を思い出したら言わずにいられなかったのよ。」

「凛花ちゃん……うん。ありがとね。素直にお礼言っておくよ。」

「べ、別にいいのよ! あなたのあの時の気持ち、なんとなくわかるから。……何の気なしに普段気軽に接してた人からさ、怒鳴るではないけれどもきつい言われ方したら誰だってショック受けるわ。き、嫌われたんじゃないかって。そうでしょ?」

「確かにそうかも。でも実際あたし調子に乗ってたし。怒られても当然かなぁって反省したの。」

「あんたでも失敗と反省なんてするのね。」

「おぅ!?それはひどいぞー凛花ちゃん!あたしだって挫折と苦労を味わって今の地位に甘んじることなく日々修行に修行を重ねてd

「わかったわかったわよ。とりあえず今回のは貸しにしとくわよ。」

「うぅー、なんか高く付きそう~!凛花ちゃんには頭上がらなくなるかも~~。」

「ふふ。言ってなさいな。」

 凛花はクスッと笑って那美恵の言葉をサラリと流した。後半の那美恵の言葉は普段の調子を取り戻しつつあったからだ。

 

 

--

 

 鎮守府の本館に来ると鍵は開いてない。提督はまだ来ていない。

「提督は今日もお昼からかなぁ~?」

「そういえば、今週はもう来られないって言ってたわ。なんでも本業の仕事で開発が大詰めで忙しいとかなんとか。カタが付けば週末は顔出すかもしれないって。」

「……はぁ。提督もいそがしーねぇ。本業の方が。」

「だって本業ですもの。」簡単にツッコむ五十鈴。

「いや、そうは言うけどさー。提督も不在、秘書艦の五月雨ちゃんも不在で、艦娘もほとんどいない。うちの鎮守府ダイジョブなのかな~って思うのですよ。」

 那美恵の心配ももっともだと強く感じた凛花は自身の展望を述べた。

「まぁ……それはね。だからこそ早く艦娘増えて欲しいと思うわ。」

「そーだねぇ。ま、当面あたしは川内ちゃんたちの教育に力を注ぐっきゃないけどね。」

 

 那美恵と凛花がそんな展望を語り合いながら鍵を開けてロビーに入ると、その先のグラウンドが見える窓から人影が見えた。那美恵と凛花は顔を見合わせて恐る恐るグラウンド側の出入り口に向かっていき、扉を開けた。

 グラウンドに出ると、幸が高校の体操着を着て運動している姿が目に飛び込んできた。

 

「あれ?さっちゃん?」

「なんで彼女こんなに早く来てるのかしら?入れないでしょうに。」

「うん……。とにかく来たってこと教えたげよ。おーーーーい!さっちゃあぁーーん!」

 

 那美恵の叫びにグラウンドを走っていた幸はヘトヘトになりながらも那美恵たちの方を振り向いて返事をした。到底聞こえる距離でもなくそもそも幸の声量では近づいていても聞こえないことが多いので那美恵たちはとりあえず幸が気づいてくれたという事実だけ理解してよしとした。

 那美恵たちは幸が完全に止まったのを見届けてから近寄って行き声をかけた。

 

 幸は止まってはいたが呼吸が落ち着いていないのでしばらくハァハァと息を吐き続けて2~3分後、ようやく反応した。

「さっちゃん!どうしたの?」

「あ、あの……私。」

「うん?」

「私、朝練しようかと思って。」

「「朝練!?」」

 那美恵と凛花はハモった。

 

「はい……。なみえさんの言いつけ通り、体力つけようと思いまして。」

 幸から聞いた発言に那美恵は呆気にとられたがすぐに我に返り、次に湧き上がってきた感情を幸に思い切りぶつけた。

「さっちゃーーーん!!」

 ぶつけたのは感情だけではなく、身体もだった。

 ガシッと幸に抱きつく那美恵。幸は目を見開いた後、顔を真赤にさせて慌てふためき始めた。

「あ、あの!?なみえさん……? 私汗かいてるので……離れたほうが……!」

「さっちゃん!あなたホントーにいい子!寡黙な頑張り屋さん!!さすがあのわこちゃんのお友達だけあるぅ!!わこちゃんもそうだけど、二人ともあたしのマジ好きなタイプの子!!」

 汗まみれなので離れてくれと幸が懇願するにもかかわらず那美恵は彼女に次は頬ずりといわんばかりの密着をし続けた。その様子を見ていた凛花はやや引き気味にポツリと呟いた。

 

「あなた……両方イケる口だったりしないわよね……?」

 凛花の余計な心配は幸に萌えまくっている那美恵には届かなかった。

 

 

--

 

 落ち着いた那美恵は幸を連れて本館へと入った。まだ冷房を効かせる前だったため暑さがこみ上げてくるが、つけるとほどなくしてロビーは涼しくなった。

 

「それにしてもさっちゃんはホントに練習し始めたんだぁ。」

「……内田さんに、なんとか追いついて一緒に訓練を終わらせたいので。」

「ほほぅ。それじゃあ、頑張って毎日続けないとねぇ。てかいつの間にか流留ちゃんとかなり仲良くなってる?」

「……恥ずかしいですけれど。」

「同学年だしねぇ。ま、二人で頑張って乗り切ってね。あたしはガンガン教えてあげるだけだから。」

「お、お手柔らかに……お願いします。」

 

 その後幸が落ち着いたのを確認すると、3人は艦娘の制服に着替え、執務室へと向かった。訓練を始めるには、まだ来ていない川内が足りない。時間にしてまだ9時を回ったばかりであった。

 

「川内ちゃんはいつ来るんだろーなぁ。てか神通ちゃん早いよね?何時頃来たの?」

「私は……8時ちょっと前です。」

「7時台って……学校じゃないんだからもうちょっと遅くてもよかったのに。」

「昨日と同じように内田さんを待っていると……確実に10時すぎて時間がなくなってしまいますし、走ってるの人に見られるの……恥ずかしいです。」

 那珂が苦笑しながらもう少し肩の力を抜いて取り組んでもいいことを伝えると、真面目かつ恥ずかしがり屋な神通はもっともな事実を述べて答えた。

「いいじゃないの。やる気があって早いのはいいことよ。」

 神通の意見に賛成な五十鈴は給湯コーナーの冷蔵庫から冷えたお茶をコップに入れて神通たちに差し出しながら言った。

 

 

--

 このままただ待っていても仕方ないと判断した那珂は神通に連絡を任せ、自身は五十鈴と打ち合わせをすることにした。

 

「内田さん。おはようございます。今日は私は先に鎮守府に来ました。内田さんはいつごろ来ますか?なるべく早く来てください。待ってます。」

 

 神通はメッセンジャーで伝えた。さすがにすぐには返事はこず、川内からの返事は15分ほどしてから来た。

「おはよー。さっちゃん早いね。あたしは今起きたところだよ。そんじゃこれから支度して行くね。10時くらいになるかな。」

 準備込で10時になるならまぁいいほうかと神通は考えることにした。しかし彼女のことだから+15分程度は予想しておかないと余計な気苦労をしてしまうとも頭の片隅で思っていた。

 

「那珂さん、五十鈴さん。内田さんは10時すぎに来るそうです。」

「そ、わかった。それじゃあ神通ちゃんは教科書でも読んでおいて。」

「わかりました。」

 

 本を読むこと、座学大好きな神通は那珂から指示された課題が楽しくて仕方がなかった。身体を動かすよりもとにかく知識を仕入れたい。調べ物をしたい。自分の好きなモノを好きなだけできる。学校外でそんな居場所がある。そのことは神通に今までにない喜びを湧き上がらせていた。

 彼女もまた内田流留と同じく、最終的には艦娘の世界と鎮守府に自分の居場所を見出して安定していくことになる。

 

 

--

 

 その後流留が来たのは神通が予想したとおり、10時を15分ほど過ぎたころだった。私服のままで執務室に来たため、那珂から早く制服に着替えてこいと注意された流留は慌てて更衣室に行き、服も気分も川内に切り替えてから執務室に再び足を運んだ。

 

 川内が来たことでようやくその日の訓練開始である。那珂は五十鈴と打ち合わせていた内容を川内たちに伝える。

「今日は水上移動の続きね。昨日は神通ちゃんはちょーっとやらかしちゃったから、今日はイメージを大切にして続けてみよっか?あたしが側でみててあげるから。」

「……はい。」

「それから川内ちゃんは結構できるようになったから、引き続きそのまま水上移動の練習。しばらくは自由に動いていてもいいよ。」

「あたしはそれだけですか?」

「うん。」

 自由にしていてくれと言われて若干喜びつつもその中に不満を感じる川内。それを素直にぶつけた。

「なんか物足りないっていうかなんというか。」

 川内の文句は想定の範囲内なのか那珂はすぐに返した。

「あとでブイとか浮かべていろんな水上移動の訓練やらせてあげるからしばらく待っててよ。」

「はーい。」

 

 4人は執務室を後にし工廠へと向かった。艤装を運び出し、演習用プールに行き早速水上に浮かび始めた。川内も神通も水上に浮かぶだけならば問題なく安定した状態になっていた。

「うん。二人とも、浮かぶのは問題ないね。」

「バランスの取り方とかわかりましたし。」

「……私も、なんとか。」

 

 二人の返事を聞いて那珂はウンウンと頷き、早速指示を出した。

「それじゃ二人とも始めよー。」

 那珂は神通のそばに行き指導し始める。川内は自由にと言われた指示通り、早速だだっ広いプールをひたすら移動し始めた。五十鈴は二人を監視しつつ、当初の役目通り、訓練のチェック表をつけてまとめている。

 

 

--

 

「それじゃあ神通ちゃん。イメージの練習ね。」

「はい。」

「昨日はきっととんでもないスピードの何かを想像したんだろーけど、そうだなぁ~~。」

 那珂はどうやって教えようか、例えを考えた。

「そうだ!蛙!蛙が泳ぐのを想像してみよー!」

「……えっ?」

 きょうび蛙なぞ実際に見ることがない都会に住んでいる神通はいきなり言われた例えに困ってしまった。神通が明らかに困惑の表情を浮かべているのに気づいた那珂は乾いた笑いをして言った。

「あはは……流石に無理……かな?えーとえーと……」

 那珂が別の例えを言おうと必死に考えていると、神通は諦めたかのように那珂に提案した。

「あの……いいです。普通にのんびり歩くの想像しますから。」

 

 後輩がしっかりしていてよかった。そう切に感じる那珂であった。

 

 その後自身が宣言したようにのんびり歩く様をイメージした神通は、足元に意識を集中させ、姿勢をやや前傾にした。コアユニットからごく微弱の電流のようなピリッとした感覚が足元に流れて集まるのを感じる。相当意識を集中させていないとわからない、艤装の各パーツへの連動動作の影響。

 神通の集中力と意識はそれを感じてしまうほど相当なものだった。

 

 神通の雰囲気が変わった。那珂は気づいたので黙ってそうっと3~4歩離れて固唾を呑んで見守ることにした。

 

スゥ

 

 神通はその場から小幅で2~3歩分、非常にゆっくりとしたスピードだが進んだ。それを見た那珂はとっさに声を上げて喜びを表そうとしたが我慢して見守る。

 もう2~3歩、合計6歩ほど進みつつ、静かに那珂に向かって言った。

 

「あの……止まり方が、わかりません……!」

 そう言いながらさらに進んでいく神通。もはや自分の意識とは関係なく勝手に進んでしまい困り果てていた。

「歩くの止めるのと同じように想像すればいいんだよ~。」

 勝手に進む神通に並行して進んでいた那珂は彼女を横目で見届けながらアドバイスをする。

 

 ほどなくして神通は倒れこむというおまけ付きでその水上移動を止めた。

 

「まぁ、止まり方もしっかりイメージしないといけないよね。この辺りはスポーツやってる人のほうが感覚的にも掴みやすいと思うな。」

「うぅ……すみません……。」

 神通はびしょびしょになった服をギュッと絞りながら謝った。

 その後神通は午前中一杯かけて超スロースピード・超短距離ながらも移動開始、停止の動作をひたすら練習し続けた。その間何度も身体を水面にぶつけて濡らしていたが、練習を重ねるにつれ転ぶ回数は減っていく。

 

 那珂はそれを見て思った。

 頭でしっかり考えようとする神通はそれ自体は問題ない。むしろ真面目で慎重なその思考は今後武器になりうる。彼女自身のペースでやらせれば上手く出来る。しかし彼女に失敗を誘発するのは、彼女の思考を乱す外的影響だ。つまり那珂自身や川内など周りの艦娘。しかし実際戦闘海域に出ればそうは言っていられない。神通には水上移動の練習の他、外的要因からの影響を物ともしない、強い精神力・意識の保持が必要だ。

 一方川内は、神通とは逆であろう。彼女はまず身体で覚えようとしている。もともとスポーツが大の得意で他の部活の助っ人をしたこともあると彼女は、身体でコツを覚えれば艦娘の基本動作もあっという間だ。そして艦娘に必要なイメージすること、精神や意識を強く保持すること、むしろその辺りも我が強く、ゲーム等で慣れてるため問題ないと踏む。

 

 そこまで分析を進めた那珂は、今後のカリキュラムの進め方を調整する必要があるかもと感じていた。

 

「よーっし神通ちゃん!午前はそこまでにしよ!おーーーい!川内ちゃん!!戻ってきてー!お昼にするよー!」

「はーーーい!」

 個人練習をして荒削りながらもかなり自由にスピードを調整して移動できるようになっていた川内はスキーで雪を撒き散らして止まるかのように水しぶきを巻き上げて那珂たちの近くで止まった。

 

「あの……ね。川内ちゃん。もうちょっと静かに止まろっか。周りの人のこと、よく見てね。」

 水しぶきをガッツリと浴びて神通と同じ程度に濡れた那珂は静かな怒りをたたえながら川内に注意をした。

「あー……ゴメンなさい。気持ちよくってつい止まるのもアレで。水上スキーみたいで。」

 まったく反省の色なしで言い訳をする川内。那珂は深く突っ込んで注意する気は失せていたのでサラリと流すことにした。

 

 その後お昼休憩のためいつもどおり艤装を工廠に一旦仕舞い、お昼を食べに出かけた4人。午後の作業も前日までと同じく夕方日が落ちるまでは座学をし、夕方になってから再び工廠に向かった。

 艤装を運びだして演習用プールに集まった4人は早速続きを始める。今回は予めプールサイドの倉庫からブイを運びだして水上に浮かべるというプラスがある。

 

 

--

 

「それじゃー続きいってみよっか?」

「「はい。」」

「川内ちゃんはお待たせしました。ブイを用意したので、障害物を避けるながら移動する練習ね。あたしも一緒にやるから。」

「はーい。」

「それから神通ちゃんは午前中の続きで、自分のペースでやってみて。もうちょっとスピード出して距離進んでも大丈夫なくらいになろっか。五十鈴ちゃん、彼女の側についててあげて。」

「……わかりました。」

「了解よ。任せて。」

 

 午後は神通を五十鈴に任せ今度は川内の訓練の指導をすることにした那珂。那珂は川内に指示を出し、プールサイド脇の倉庫からブイを運びだした。

「川内ちゃん、ブイをプールに浮かべるの手伝って。」

「はい。」

 

 二人でブイとアンカーを両手に持ち、水上を移動して等間隔に放り投げ始めた。アンカーは1kg程度だったが、同調している二人にとって大した重さではない。何往復かして必要なブイを浮かべ終わった。

 等間隔に並べられたブイのある水面を眺めて那珂は川内に改めて指示を出した。

 

「さて川内ちゃん。これからあのブイを避けながら向こう側まで行って、戻る練習をするよ。」

「はーい。簡単ですよこんなの。」

「まぁまぁ。簡単だからこそきちんとやってマスターしないとね。最初はとにかく避けながらやってみよっか。まずはあたしから行くね。」

 そう言うが早いか那珂は手本とばかりにブイへ向かって移動し始めた。那珂の移動は波しぶきがほとんど立たない。両足を進行方向に一列に並べてなめらかにブイを右へ、左へそしてまた右へと避けていき、あっという間にコースの端へとたどり着く。着いたあとに那珂は片足を水面から離して片足だけになり、クルッと小さく一回転をしてポーズを取った。

 そして再び両足をつけ縦一文字に足を並べて移動し始める。ブイを今度はそれぞれ逆の方向へと避けていき、川内の側へと戻ってきた。最後もやはり小さくターンで締める。

 那珂の移動は最初から最後までほとんど波しぶきが立たず、散らばらずの綺麗な発進・移動・停止だった。

 

「さ、次は川内ちゃんだよ。」

「は、はい!」

 川内は目の前で展開された光景に見とれていた。那珂の移動は普段の彼女のチャラけた態度とはまったく違ってしとやかで美しいと感じて驚いてしまっていた。彼女が時々口に出していたアイドルばりの振る舞いだと川内は感じていた。

 少しほうけていたが那珂の合図にどもりながら返事をする。

 

「よーし。あたしも。」

 川内はゆっくり発進しはじめ、ブイへと向かっていった。そしてほどなくしてスピードに乗り、ブイをレーシングカーのドリフトよろしく大きく波しぶきを立てながら豪快に避けて次のブイへと進む。傍から見ると"避ける"と"波しぶきを立てる"が気持ち良いくらいの豪快さだった。ただし綺麗な避け方ではない。

 次のブイを逆方向に避ける。そしてまた次のブイを避けるを繰り返して川内はブイの回避による蛇行を終えた。川内の通ったあとのブイは那珂の時とは違い、ゆらゆら揺れていた。

 

「うん。お疲れ様。」

「ほら。簡単だったでしょ?これだけ動ければあたしもう大丈夫でしょ?」

「うーーーーーーん。ダメ。」

 かなり溜めたあと、那珂はハッキリと駄目出しをした。

「えーー!?なんでですかぁ!!?」

 那珂の言葉を聞いてのけぞりながら驚く川内。そしてすぐに食って掛かった。それを受けて那珂は回答する。

 

「まず動くこと自体は問題ないよ。ただね、あれだけゆらゆらさせたらダメ。あれじゃあ避けるというよりも、ブイを揺らしてぎりぎりで強引に避けてる感じになってるの。あたしたちは海の上を滑って遊ぶわけじゃないし、今後出撃したら仲間と一緒に行動するから、なるべく波しぶきを立てまくる豪快な動きは避けるべきなの。言ってることの意味わかる?」

 那珂はしごく真面目に、厳しく川内に説明する。

「……はい。なんとなく。」

 川内はさきほどの自信たっぷりな様子から一転して片頬を膨らませてつまらなそうに返事をした。

「あたしみたいにする必要はないから、もう少し波しぶきが立たないように丁寧に避けてみて。」

「って言われても……まだ慣れてないんですよあたし?」

「そこはほら、そうイメージしながらやってみて。艤装はそれに答えてくれるよ。川内ちゃん、もしかしてさっきレーシングカーとかバイクとかそういったものを想像してなかった?」

 那珂が言った瞬間、川内は軽く目を見開いて視線を宙に泳がし始めた。

「……図星なんだね。」

 ハァ、と那珂は一つため息をついてアドバイスをした。

 

「神通ちゃんもそうだったけど、あたしたち艦娘の動きはね、身体ですることだけじゃなくて、想像すること・思うことも大事なんだよ。艤装はそれを検知するようにできてるから。スポーツ万能な人でも想像力に欠けてたらダメ。逆に想像力豊かな人でも身体がついていかなかったらもちろんダメ。変に極端なイメージしちゃうと艤装の中の機械はそれに素直に反応しちゃうから、身体と心の両方で制御できるようにしないと。」

「……那珂さんはそれ全部わかってやってるんですか?」

「最初からじゃなかったけどね。あたしは教わるのが提督だけだったから、言われたことはとにかく意識してやってみて、頭と身体に叩き込んできたつもり。だからこの数ヶ月でここまでやってこられたんだと自信を持って言えるよ。」

 

 川内は那珂の話を聞いてうつむいて思った。目の前の先輩・生徒会長・友達たる人が出来る人なのは今まで接してきた中でなんとなくわかっていたつもりだった。事実、自分を説得した時、励ましたときの彼女の熱意や振る舞いは見事なものだったと実感した。ただ頭の中ではそれ以外の点は本当なのか疑惑を抱いていた点も少なからず彼女の頭の片隅にあったのだ。

 だがここに来て、艦娘としての光主那美恵の振る舞いを見て、川内は僅かな疑念をも完全に払拭させた。この人は学外でも本気ですごい人だ、そう川内は感じた。口ぶりや立ち居振る舞いは時々イラッとくる調子者だが、そうされても笑って許せるだけの実力が伴っている。

 川内はスポーツや運動神経では勝てると考えていた自分が途端に恥ずかしくなってきた。そして自身の考えが幼いことも理解した。

 

「…ゃん? 川内ちゃん?そんなに考えこまれると逆にこっちが調子狂うんだけどなー。」

「へ!? あ、あぁ。だ、大丈夫です。もう一回やらせてください。」

「ん。おっけー。川内ちゃんは身体の方は大丈夫なんだから、あとはイメージと細かい動きを丁寧にしていけばいいよ。そうすりゃあたしや五十鈴ちゃんなんかあっという間に超えられるよ~」

「ハハ……そんな日が来ればいいですけどね。」

 

 そして川内はブイに近寄って行った。那珂は小さくクルリとターンして川内と一緒にいたポイントから1mほど離れて再び方向転換して川内の方を向き、見守る体勢になった。

 

「よーっし。いっくぞー。」

 

 掛け声とともに川内はブイに向かってスピードを上げて突っ込んでいった。それから3~4回繰り返した川内の動きは、回を経ても那珂の振る舞いに近くなったとは言えない様だったが、彼女なりの配慮があったためか、ブイを避ける際に波しぶきが立つ方向を微妙に変えられるようになっていた。

 

 

--

 

 川内がブイを並べて練習している水域から離れた場所、プールサイドの側では神通が一足先に練習を再開していた。側には五十鈴が監督役として付いて見ている。川内の動きとは比べ物にならないほどのスローペースで発進、前進、停止を繰り返し練習している。

 

「大分安定して発進から停止までできるようになってきたわね。」

「……はい。でも、早く川内さんのように……なりたいです。」

「焦ることないのよ。那珂からも言われたんでしょ?周りに影響されて自分のペース崩したらダメよ。それにあなたまだ体力足りてないんだから無理したらダメ。」

「……はい。それはわかっているのですけど。」

 神通はそう言いながら水面から足を上げて方向転換しはじめ、完全に逆方向を向いてから再びゆっくり発進した。神通はまだ、滑るようなターンによる方向転換ができなかった。

 

 ふと神通は川内が練習している方をチラリと見た。その視線につられて五十鈴も見る。ちょうど、その方向では那珂がブイを避けるデモをしているところだった。

 

「さ、次は川内ちゃんだよ。」

 

 そう叫ぶ那珂を遠目で見つめる神通の瞳は潤み、頬は僅かに朱に染まっていた。川内が那珂にみとれていたように、神通もまた離れたポイントで那珂の移動の様にみとれていたのだ。

「綺麗……!」

「那珂ったら、あれはガチでやってるわねぇ。」

 サラリと語る五十鈴は、これまで共にした任務で那珂の立ち居振る舞いを見ていたため、感動こそ薄いが、その語るところは彼女のことがわかっている口ぶりだった。神通が尋ねようとして五十鈴に視線を移す。それに気づいた五十鈴は神通の方を見て言った。

「あれは本気というか見せるためというか。ともかく、今さっきの那珂は間違いなく本気の実力の一端を見せてたわ。本気でやればあそこまで素早い移動・回避と華麗さを両立させることができますよということ。」

「す、すごいです那珂さん……。」

「まぁね。あんなの見せつけられた日にはさすがの川内でもヘコむでしょうに。けど相当疲れるでしょうから那珂も滅多にしないはずよ。普段は普通に波しぶき立てるし、雑な移動だってするわ。さて、神通。あそこから読み取れることは何かしら?」

 

 急に質問をされて焦る神通は答えに詰まってしまう。答えを言えない様子の神通を見た五十鈴は別段本気で教育的な質問をしたわけではないのですぐに解答を言った。

「状況に応じて振る舞い方を変えられるようにしようというのが、私が考える正解。そして多分あの娘も暗にそう言いたいのだと思うわ。まぁ、あれだけ出来るのはさすが艦隊のアイドルになりたいっていうだけあるわね。確かダンスやったことあるって前に言ってたし、普段のお調子者に見合うだけの実力があることは確かよ。」

「……はい。私もそう感じました。それにしても……」

「うん?」

「五十鈴さん、那珂さんのことよくわかってらっしゃるんですね。」

「まぁ……ね。これでも那珂とは数ヶ月の付き合いになるし。さぁほら。あの二人は気にせず続けましょう。」

「はい。」

 五十鈴はもう少し思いを語ろうと思ったが、言葉を飲み込むことにした。

 

 那珂の華麗な移動、そしてその後行われた川内の豪快な移動の立ち居振る舞いに触発されたのか、神通はやる気を見せて提案した。

「私、もう少し速くして移動してみます。」

「ちょ、大丈夫? さっきも言ったけれど、周りに変に影響受けて自分のペースを崩すようなことはしないでよ。無理は禁物よ。」

 五十鈴の言うことはまったくもって当然だと神通は感じていた。しかし今神通の心の中にあったのは、無理や無茶ではなく、自分も早くああなりたいという、冒険心にも似た向上心だった。それは目立った事をせず無難に生きてきた神通の変化である。

 しかしそれをすべて悟れるほど神通のことを知らない五十鈴は、ただただ那珂から懸念された通りの心配しかできずにいた。ただそれでもじっと五十鈴を見つめる神通の視線と密やかな気迫でなんとなく察したのか、一言だけ言って神通の思うがままにさせることにした。

 

「……わかったわ。やってご覧なさい。」

「はい!」

 

 その後神通はさきほどまでよりも若干速度を上げて発進・移動・停止の練習を再開し始めた。五十鈴の心配は無用に終わり、その日神通はそれ以上の速度を出すことなく、一度上げたスピードを保って練習をし続けた。

 

 

--

 

 日はまだ落ちてないが、時間はすでに17時をとうに過ぎていた。定時で帰る整備士たちがプールの外から、那珂たちが見える位置まで回ってきて声をかけてきた。訓練が始まって数日経つので工廠の人間たちは那珂たちが何時までやっているのか大体見慣れてきていた。とはいえ、未成年が住宅街から離れた、海岸沿いに作られた人の少ない施設の端で夕方まで作業していることが、大人としては気になって仕方がない。一声かけられて気づいた那珂たちは彼(彼女)らに返事をする。

 

「はーい!私たちももうそろそろ終わりますのでー!皆さんはお帰りになられていいですよぉ~!」

 那珂は整備士たちに手を振って答えた。整備士たちは返事をし返したり、両手で○を作って了解したという意を伝え、そして帰っていった。

 

 五十鈴が時計を見て改めて今の時間を確認する。

「あら、もうこんな時間なのね。」

「うん。そろそろ終わろっか。二人ともいーい?」

 那珂から離れて一人でブイを避ける練習をしていた川内、スピードの増減を細かく調整しつつ直線移動を練習していた神通、二人は那珂の問いかけにそれぞれの場所から返事をした。

 那珂、そして五十鈴がプールサイドへ上がると、川内と神通もその場所まで進んで上陸した。

 

「はー、はー。あ~かなり疲れたけど充実した疲れっていうのかなぁ。かなり楽しいです!」

「いいなぁ……川内さん。私はやっとほんの少し速度上げて進むの慣れてきたところです。」

「お疲れ様。」と五十鈴。

「二人ともお疲れ様!ちょっと差が出てきちゃったけど、二人とも自分のペース保ってね。なんていうのかなぁ~艤装に自分の心の焦りとか不意な考えを察知されないように気をつけましょー!ってことで。」

「傍から聞いてると何言ってんだこいつという注意だけれど、私達艦娘にとってはよく身にしみてわかる注意だわ。」

 五十鈴が那珂の注意にツッコミ混じりの冷静な分析を加えてほんのりと笑いを誘う。4人はその後、雑談をしながらプールを後にし本館へと戻った。そして相変わらず誰も居ない本館の戸締まりをして4人揃って帰宅の途についた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

基本訓練(水上移動総括)

 翌日、土曜日も4人は前日までと同じ流れで訓練を進める。川内のほうは荒削りで細かい制御がまだできていないながらも、水上移動自体は五月雨や夕立たちと変わらぬレベルにまで達していた。神通はやる気はあって練習の密度もあるのだが、体力が足りずに思うように進めずにいる。

 

 この日も幸は那美恵たちよりも先に来て、グラウンドで走りこみをしていた。地上を歩く・走るのと水上を歩く・移動するのは何もかも感覚が異なるのが前日までに身にしみてわかってきていた幸は、その走りこみは単に体力をつけるためだけにしかならないと感じ、とにかく無理せず毎日続けられるように、周を一旦減らし、少しずつ距離を増やしていくことにした。訓練を始める前に疲れ過ぎないことを念頭においたプログラムだ。

 那美恵たちが来るまでの間、余った時間は艤装を持ってプールに行こうと考えていたが、鍵を持っているのは那美恵、工廠にはまだ明石たちが出勤してきてなかったため艤装を出そうにも出せず、暇を持て余すことになってしまった。

 

 ふと思いついたことがあり、幸は本館の裏口からグラウンドまでの短い距離にある沿道にテクテクと歩いて近寄っていった。バランス感覚を磨くならば、この縁石が使えるのではと頭に思い浮かんだのだ。試しに縁石に片足を乗せ、体重をかけてもう片足を地面から上げて縁石に乗せる。これで完全に縁石に乗った形になった。細い縁石の上、彼女は何気なく乗っただけなのでバランスが取れずにすぐに地面に降りてしまうがもう一度乗り、縁石の上を一歩また一歩と歩き始めた。

 これは使える!幸は実感とともに、何やら心にワクワク湧き上がる波のようなうねりを感じていた。つまり遊びのように楽しくなってきていた。裏口の扉に近い方から縁石に乗り、速度を毎回変えて縁石の上を歩く(走る)。そうしてグラウンドに近い方の縁石で降りる。

 それを何度か繰り返し、幸は那美恵たちが来るまでの時間を潰した。

 

 

--

 

 というような光景を、那美恵と凛花は本館裏口の扉を開けずに側の窓からじっと眺めていた。

「あれ……なにかしら?」

「うーん。ま、いいんじゃない?本人めっちゃ楽しそーだし。」

 凛花と那美恵が感想を言い合っていると、本館裏口側に戻ってきた幸と窓越しに目が合ってしまった。

 

「「「あ。」」」

 

 

 那美恵が扉を開けて声をかけようとすると、幸は耳まで真っ赤にしてグラウンドへ駆けて行き、東門のほうへと走り去ってしまった。

「あーあ。さっちゃん行っちゃったよ。そんな恥ずかしいことでもないでしょーに。」

 那美恵があっけらかんと言うと、凛花が静かにツッコんだ。

「一人の世界に没頭してるの知られたら誰だって恥ずかしいでしょうに。あんたにもそういうことあるでしょ?」

「まぁね~。そういう凛花ちゃんにもあ

「はいはいあるわよあるわよ。彼女追いかけるわよ、ホラ。」

「うー、有無を言わさずかよぉ……」

 茶化しキャンセルをされた那美恵は不満気に凛花の背後についていった。

 

 凛花と那美恵は玄関から出て、右手側をぐるりと回って駐車場の側の道路を通り、東門に向かった。すると駐車場の端でバッグに頭をうずめてうずくまっている幸を発見した。

「うわっ、めっちゃ恥ずかしがってる。あれだと余計に恥ずかしいと思うけどなぁ。」

 那美恵の意見に同意だったのか凛花は短く「えぇ」とだけ言って相槌を打った。

 二人が幸の側まで近寄ると、平静を取り戻しつつあったのか幸はゆっくり立ち上がり、那美恵に向かってなぜかお辞儀をした。那美恵はそれを受けて何を言おうか一瞬困ったが、当り障りのないところで幸の朝練を労った。

「さっちゃん。今日も朝から自主練お疲れ!えーっと、まぁアレですよアレ。あたしの指示守ってやってくれてるようで何よりですよ。うん。ドンマイ!!」

「うぅ……普通に、茶化してくれたほうが……まだいいです。」

 

 

--

 

 本館に入り、着替えを済ませた3人は執務室で話していた。

「水上移動の練習の代わりに?」

「……はい。バランス感覚を鍛える練習になるかと思って。」

 さきほど自身がしていたことの真相を打ち明ける神通。那珂はそれを聞いて苦笑いをする。

「まぁ時間が時間だったしね。明石さんたち出勤前だったなら仕方ないね。だったら今度から明石さんか誰か、一番早く来る人の時間聞いてそれに合わせて来れば?あとで時間聞くといいよ。」

「そ、そうですね……ちょっと考えてみたいと思います。」

 やや恥ずかしさを残していた神通は戸惑いながら返事をした。

 

 神通は来ているが、川内はまだ内田流留として自宅で居眠りこいている状態だとその場にいた全員が容易に想像出来ていた。ひとまず神通に連絡を入れさせた那珂は川内抜きで一足先に訓練を始めることにした。

 もちろん目的は、差がついてしまった神通へ比重を置くためだ。

 

 工廠で艤装を受け取り演習用プールにやってきた3人は早速訓練を始めることにした。しばらくは講師2人に生徒が1人というフルバックアップ体制である。

「神通ちゃん。今日は昨日よりスピードあげてやってみようか?」

「はい。」

「神通ちゃんの午前の目標はね~、方向転換ができるようにしよっか。昨日の川内ちゃんみたいな障害物避けるところまではしなくていいから、普通の速度で方向転換して移動がスムーズになるようにね。」

 那珂から本日の目標を定められた神通は昨日の那珂の様を脳裏に焼き付けていたため、やる気に燃えていた。無理はするなと言われていたが、多少無理してでも上を目指したい。大人しい性格な神通ではあるが、内に秘める思いは活発になり始めていた。

 

 神通は先日と同じ速度で発進、移動し始めた。程なくして速度をじわじわと上げる。その調整は非常に細やかなものだ。

「へぇ……川内ちゃんとは全然違う……」

 那珂は目の前でゆっくりと進む少女の動きを見て一言そう漏らした。那珂は気づいたのだ。神通の艤装の制御は五月雨たち、下手をすれば自分らと同じかそれ以上に丁寧に細かく出来かけていることに。神通の集中力はすさまじいもので、那珂と五十鈴が脇から感嘆の声を上げてもまったく動じないほどだった。

 なんだ、やればできるじゃないの、と那珂は思った。那珂がなんとなく予想したとおり、神通は一旦集中して取り組めば周りの声や動きに影響されないでやれる。そのことに気づいたので那珂は満面の笑みを浮かべ、神通の未だスローだが着実にスピードを上げて進んでいく様を眺めていた。

 

「神通ちゃん。そのまま体重を右にかけてみて。足先だけはそのままで、すねから上を傾けるイメージで。」

 那珂は神通の成長のために助け舟を出すことにした。だんだん距離を伸ばしつつある神通は先輩の言ったアドバイスどおり、スピードはそのままに、体をゆっくりと傾けた。すると神通の進行方向は右に傾きだした。

 

「あ……あ、はい。……はい。」

「そーそースキーやスケートと同じ感じでね。」

「……スキーとかスケートって……こんな感じなんですか? あ……このあとは?」

「逆に傾けてみて。……って、神通ちゃんもしかしてスポーツ全般ダメ?」

 

 神通は那珂のアドバイスどおりに今度は体を逆に傾けて進行方向を微妙に変えて進みながら答えた。

「ダメと言いますか……ほとんどやったことないです。学校の体育以外で唯一あるといえば……お散歩くらいでしょうか。」

 

 その返答のあと、プフッと吹き出したのは五十鈴だった。何事かと那珂と神通は五十鈴の方を振り向く。

「あ、ゴメンなさい。でも散歩って……。それ運動じゃないわよ~」

「五十鈴ちゃ~ん、笑ったら失礼だよぉ~」

「そう言いながらあんたもにやけてるじゃないの。」

「だってぇ~~。はっ!?」

 

 クスクスと笑いかけていた那珂と五十鈴が気づいて見た時は、神通は顔を真赤にして俯いて停止してしまっていた。

「あ!あ!ゴメンゴメン! 笑っちゃって悪かったよぉ~」

「い、いいですいいです……!どうせ、私なんか運動ダメで艦娘に向かないんです……!」

「拗ねないでよぉ~神通ちゃ~~ん。」

 

 笑われて拗ねる神通をなんとかなだめた那珂と五十鈴は改めて彼女の運動経験の無さを踏まえて訓練の進め方を話し合うことにした。

 

「コホン。えーっと、神通ちゃんが運動らしい運動の経験がないことは大体わかりました。ホントならスケートくらいはやったことあるとスムーズなんだけど、それじゃあ改めて。」

 わざとらしく咳をして話しだす那珂。言葉の途中で自身の実情に触れられたので神通はしょげたが五十鈴はあえてフォローせずに話を進めるのに任せた。

「スケートやったことあればね、体の傾きとか足の出し方とか諸々似てるから伝えやすいんだけどね。まぁスキーでもいいんだけど。」

「そうね。滑るスポーツを一度でもやったことあればイメージもしやすいし体の動かし方もすぐに対応できると思うわ。」

「……私、ウィンタースポーツだってまったくやったことありません。」

 五十鈴も那珂と同じイメージを抱いていたのでアドバイスを出したが、二人の説明を受けた神通はダメ押しでさらに自分の運動経験の無さを語って二人を悩ませる。

「うーんそこなんだよねぇ。」

 那珂は後頭部をポリポリ掻きながら悩ましい問題点を指摘した。

「ま、神通ちゃんの滑るスポーツの初体験が艦娘の水上移動ってことで、一から覚えてくれればいっか。そのうち鎮守府のみんなで冬とかにスケートやスキー一緒に行こ?」

 

 那珂は神通の前方に十分に距離を離したところまで移動する。五十鈴は神通の横に移動したのちやや距離を開けた。神通の水上移動の訓練には方向転換が加わるため、十分距離を開ける必要があった。

「それじゃあ改めて再開。さっきあたしがアドバイスしたことをすれば簡単に方向転換できるよ。普通のスケートとかと違うのは、艤装がバランス取りを助けてくれるから、よっぽど極端に変な体勢や思考をして傾けない限りは転ばないから大丈夫だよ。」

「……はい。やってみます。」

 

 神通は発進しはじめ、しばらく進んだ後に那珂からアドバイスを受けたとおりに体を傾けた。今度は、初めて意図した方向に向けて曲がって進むことができた。その次の動きとして逆方向に体を傾ける。また曲がって進む。そして最後は体をまっすぐにして直線で進み、やがて神通は止まるイメージをして動きを止めた。

 

「……はぁ。ふぅ……。もう一度します。」

 

 神通は足を水面から上げて逆方向を向き、先ほどと同じ動きをプラスして進み始めた。

 那珂と五十鈴はその動きをじっと見守っている。

 神通はさっきよりもスピードを上げ、体を傾ける。つまさきをずらさないように、右足の土踏まずを水面から離し、左足の土踏まずを水中に沈めるように重心を傾けた。スピードが早まった分、早く右斜め前へと進んでいく。安定して曲がっている感覚を覚えた。

 

 しかし疲れる。

 

 訓練で神経と体力を使っているという疲れもあったが、神通は取っていた姿勢でも疲れを感じていた。自身が告白したようにスポーツらしいスポーツをしたことがなく、身体の使い方のコツがわからない。そしてここまで神通はスキーの初心者よろしく、ずっとおしりを後ろに下げ腰が引けた状態、いわゆるへっぴり腰の状態で練習していた。

 那珂と五十鈴は気づいてはいたが、恐怖が先に来てしまう初心者の気持ちはわからないでもなく、ある程度慣れるまでは本人の好きにさせておこうと、あえて触れないでいた。

 

 疲れが溜まっていくのを感じていたが、とにかく停止するポイントまでは進もうと決め我慢して神通は移動を続けた。何回かの蛇行を繰り返してようやく停止ポイントまでたどり着いた。これで1往復した形になった。

 それを見届けた後那珂は口を開いた。

 

「うん。身体の傾けから体重のかけ方、わかってきたみたいだね。もう一回やってみよっか?」

「えっ……? あ……はい。」

 

 休む間を与えず那珂は指示を出す。神通は文句を言わずにその指示通り再びもう一往復し始めた。

 

 

--

 

 神通からメッセンジャーで連絡を受けた流留は目を覚ましてそのメッセージを見て、驚きベッドから飛び起きた。2時間半前だ。部屋の時計を見ると、すでに10時を過ぎて半近くなっていた。こうも毎日一人だけ遅いと、あの生徒会長でも激怒するに違いないと、彼女の厳しさの一旦を垣間見ていただけに想像に難くなかった。流留は急いで着替え、朝食もほどほどに家を飛び出していった。

 今からだと間違いなく11時半を超える。ヘタすると鎮守府に着く頃には昼食の時間だ。さすがにこの遅刻っぷりはまずいと流留は焦りに焦りを感じていた。とりあえずメッセンジャーで幸経由で那美恵に連絡を入れる。しかしそのメッセージを二人が見たのは、午前の訓練が終わってからのことだった。

 

 流留が想像したとおり、電車とバスを乗り継いで鎮守府に着く頃には、すでに11時35分を回っていた。時間的に那珂たちは演習用プールにいる頃だろうと想像した流留はひとまず本館に入り、更衣室で着替えて川内になり、覚悟を決めて工廠へと向かった。

 工廠に入って身近な人に艤装を取り出してもらおうとそうっと入ったところ、偶然明石と一番仲の良い女性技師に出会った。一応面識がある女性だったので川内は早速話しかけた。

 

「あのぅ。あたしの、川内の艤装出してもらえませんかぁ……?」

「あら川内ちゃん。今日は遅いのね。もう那珂ちゃんや神通ちゃん訓練始めてだいぶ経つわよ?」

「アハハ……はい。なのでこっそり艤装出してくれると助かります。」

 女性技師は川内の態度に呆れて苦笑いしつつ、望み通り川内の艤装を運びだしてきた。歳が一回り近く離れた少女を見て、こんな感じで遅刻してくる子、クラスに一人はいたっけなと思い返してなんとなく同情の念を感じていた。

 

 

 脚部の艤装だけ手に持ちプールの正面の入口から入ろうとしたが、ここは少しでも良い所を見せて先輩二人の気を引いて怒りをそらそうと企んだ。プールの正面出入り口から工廠に戻り、女性技師に断りを入れて演習用プールへと続く屋内の水路へと向かった。

 そういえば、水路から発進するのは初めてだったと気づいたが、ここまで慣れたのだ。イケるだろうとふむ川内。水路に降り立つ前に同調し、ゆっくりと水路脇の短めのスロープを歩いて水面に足をつけた。続いてもう片方の足をつけ、川内は完全に水上に立った。

 思った通り、水路といってもプールとなんら変わらないじゃないの。少し構えて考えていただけに川内は拍子抜けをした。

 

「よーっし。行っくぞー!!」

 工廠内と演習用プール、距離はもちろん何枚もの壁があるため聞こえるわけはないのだが、川内は小声で掛け声を出して水路から発進し、あっという間に屋根のある工廠から湾へと飛び出していった。

 そして川内は演習用水路を少し進んだところで横に空いた脇道に曲がり、湾とプールを遮る凹凸を越えるべくジャンプしてプール側の水路に入った。

 

 

--

 

「川内、参上しましたー!」

 

プール脇の水路から飛び出てきた川内に那珂たちはその大声に驚いて振り向いた。

「川内ちゃん!?」

「川内……さん?」

 

 驚いたあとに那珂から飛び出した言葉は、川内の想像通りの内容だった。

「コラー!!おっそーい!少しは神通ちゃんを見習いなさーい!」

「うわぁ!ごめんなさい!!」川内は頭を抱えるような仕草をしていつもの軽めの口調で謝った。

 

「いくらなんでもこうも毎日だとね……そりゃ那珂だって怒るわよ。」

 五十鈴は那珂のように怒るわけではなく呆れ返っていた。

 

「だ、だからせめてものおわびに、成長した証を見せようと思って水路使って来たんですよ~。」

 普段の彼女の態度そのままでまったく反省の色を見せていないその口ぶりに那珂はまた叱る。

「謝るんならちゃんと謝りなさい!川内ちゃん、たまには早く起きてこようって気にはならないの?神通ちゃんは早起きしてあたしたちより早く来て自主練してるんだよ?」

「え!?神通連続で早く来てるの?」

 川内は目を見開いて機敏に頭の向きを変え神通をみつめる。異様に驚く様を見せる川内の視線に気づいた神通は恥ずかしそうに顔をうつむかせ、垂れた前髪をさらに垂らして顔を隠す。

 

「う……明日から善処します。」

 さすがにこれ以上軽い態度をして先輩を怒らせては夏休みはおろか2学期始まってからの唯一の拠り所たる人との学校生活に支障をきたしかねないと本気で危険を感じた川内は顔を曇らせて再び謝った。その表情と声に本気を感じたのか、那珂は一言だけ言って訓練を再開する音頭を取った。

「その言葉、信じるからね。……さて、それじゃあ二人の本日の訓練を改めて始めたいと思います。」

 

「待ってました!」

「……(コクリ)」

 

 川内の調子良い掛け声を無視して那珂は説明を始めた。

「今日も水上移動の続き。だけど今日で水上移動自体は一旦終了して、次のカリキュラムに進もうと思ってます。だから、各自伸ばしたいところ、苦手を克服したいところ、みっちり自分たちのペースで繰り返し練習してみて。」

 

「「はい。」」

 

 その後、お昼までの数十分間、川内と神通は思い思いに繰り返し練習した。すでに自在に動ける川内は、もう一度水路からの出撃をすると言って工廠に戻り、数分して再び演習用水路から飛び出してプールに姿を表した。

 神通は、先刻までの那珂から受け取った曲がり方のアドバイスを思い返し、直線+蛇行の移動の練習を再開した。

 

 口を挟まないことにしていた五十鈴だったが、どうしても黙っているのを我慢できず、神通にアドバイスをした。

「神通、これだけ言わせて。あなた姿勢悪いからもうちょっと背筋を伸ばして、腰を前に出してみなさい。」

「え……でも、怖い……です。」

「スキーもスケートもそういう人いるんだけど、腰を引いて姿勢が悪いほうがむしろ怖くなるのよ。艦娘の艤装はスキーとかと違って姿勢低くしてもスピードに変わりはないし、バランスは艤装が調整してくれるからいいんだけれどね。でも艦娘は長時間水上を移動するし、身体面と精神面の両方で疲れが出てくるから、姿勢をなるべく普通にして余計な疲れを出さないようにしないといけないのよ。もちろん艤装の種類によっては前傾姿勢にならないといけない場合もあるけれど……少なくともあなた達川内型は直立で全く問題ないはずよ。」

「はぁ……なんとなくわかるんですけれど、どうしても……。」

 言いよどむ神通を目にして、五十鈴は彼女に近寄り、ちょっと失礼と言って神通の腰からお尻にかけての部分にそっと手をあてがって触れた後、前へとグッと押した。

 

「きゃっ!」

 

 一瞬の悲鳴とともに神通の姿勢は五十鈴や那珂と同じように、地上で普通に立っている時と同じように直立姿勢になった。

 

「地上で同調して歩いた時は姿勢良かったでしょ?怖がらずにこの姿勢でやってご覧なさい。」

「……はい。」

 

 神通は直立姿勢のまま発進した。スピードがノッてくると再び腰がどんどん引けてきてお尻を突き出した姿勢になってきたが、すぐに意識してすんでのところで腰の動きを止め、スピードを調整しながら腰とお尻の位置を戻し始める。

 直立とまではいかないが、中腰よりも角度がわずかに浅いくらいにまでは姿勢は戻っていた。そしてそのまま重心を右に左に、そしてまた右にと変えて蛇行をし、停止ポイントまでたどり着いた。再び同じことを繰り返して1往復、2往復、3往復と繰り返したところで那珂からの合図が聞こえた。

 

「はーい!二人とも。お昼にしよ。休憩だよ~」

 

 二人はまだやりたいと食い下がっていたが那珂はピシャリと注意して強制的に止めさせた。

 

 

--

 

 午後になり夕方。那珂は神通がある程度深い角度まで曲がって蛇行できるようになっていたことを確認し、ブイを使うと宣言した。ブイを4人で運び出し、那珂の指示通りにプールにアンカーを沈めてブイを所定の位置に浮かばせる。

 ブイを使って練習したことのある川内はその妙な配置に疑問を持った。

 

「あの……那珂さん?このブイの位置ってなんか意味あるんですか?この前あたしがやったときとは違うし。」

「んふふ~。よく気づきました!」

 那珂は満面の笑み(ただし若干企んだ表情)をして腰に手を当てて胸を張り、川内と神通に説明し始めた。

 

「神通ちゃんもある程度曲がれるようになったし、水上移動の締めくくりとして、このブイのコースを迷路に見立てて移動してもらいまーす。」

「「迷路?」」

 

 川内と神通が改めて眺め見たプール全体とブイの配置は確かに線で繋げば迷路のような配置になっていた。それほどブイの数があるわけではないので複雑なコースではないが、やり方によってはいくらでも複雑な移動パターンを作り出すことができそうな配置であった。

 

「あたしがコースを辿るから、二人はそれを辿ってみて。あと五十鈴ちゃん。」

「なに?」

「五十鈴ちゃんにもそのコースをお手本として辿ってもらうから、しっかり覚えてね?」

「わ、私もやるの!?」

「もち。先輩の威厳をここでみせよー。」

「はぁ……わかったわよ。やればいいんでしょ。」

 

 五十鈴の了解を得た那珂は、コースのスタートポイントと思われる場所まで移動し、しばし考えた後発進した。

 那珂の移動は以前と同じく波しぶきがほとんど立たない移動だったが、曲がるときに限って思い切り波しぶきを立てて曲がった。

「? なんで那珂さん、ところどころで波立てるんだろ?」

「気づかないの?」五十鈴は川内に問いかけた。

「はぁ。」

 気の抜けた川内の返事を受けて五十鈴の代わりに答えを教えたのは神通だった。

「私たちに、コースの形を印象づけて教えるためだと思います。」

「はい、神通正解よ。」

 

 思い切り波しぶきを立てることで那珂はコースのコーナーを強調していたのだった。本当ならば色違いのブイを使えばいいことだが、完全なコースを設置できるほどのブイの数が用意されていないのでそうする他なかった。

 

 

--

 

 3人の元へ戻ってきた那珂は念のためとして再び同じコースを辿って教えた。そして再び戻ってきた後、五十鈴に向かって言った。

「さ、まずは五十鈴ちゃん。お手本見せてあげて。」

「……やるのはいいけれど、どういう方針でやればいいわけ?」

「ん~~~それは五十鈴ちゃんにお任せしちゃう。まぁ、二人が参考になるようなことしてくれればそれでいーよ。」

「くっ……また難しい注文ね。」

 

 五十鈴は苦々しい顔をしながらもコースのスタートポイントまで移動した。発進する前に大きく深呼吸をして気持ちを整える。任せるとは言われたが、五十鈴は自由に任せるとされるのが苦手だった。

 仕方なく、自分の得意分野である記憶力と正確性を胸に発進した。

 

 五十鈴の移動とカーブでのターンは、那珂のそれを髣髴とさせる動きだった。若干の違いはあるものの、那珂の辿ったコースと軌跡をほぼそのまま辿って那珂たちの側へと戻ってきた。

「……と、こんなものかしら。」

「うわぁ~五十鈴ちゃんすげー再現率ー。」

 那珂は五十鈴の動きに始めのほうで気づいていたが、自身の辿ったコース・動き等をきっちり再現した五十鈴に改めて驚きを見せた。

 

「え?え?五十鈴さん普通に進んじゃないの?」

「……多分、那珂さんの進み方や曲がり方を忠実に再現したのかと。」

「うわぁ~よく覚えてるなぁ~。あたしもう忘れちゃったよコース。」

 川内は那珂の辿ったコースを2回だけでは覚えられていなかったので五十鈴の記憶力に感心しまくっていた。そんな川内を見て神通はアドバイスをした。

「……川内さんは、ゲームに例えればいかがでしょうか?自分の好きなもので例えたほうが覚えやすいかと思います。」

「って言われてももう那珂さんのデモ終わっちゃったし、どうしようもないよ。」

 

 神通のアドバイスを受けるも、覚えるべき内容がもうデモンストレーションされないために諦めの様子を見せる川内。そんな同期を見て神通は静かに言った。

「私が…先に行きます。」

 大人しい神通の突然のやる気発言に驚いた川内は神通を見つめて確認する。

「えっ?先に?だ、大丈夫なの?」

「大体覚えてますので。それにまだスピード出せないのでゆっくり見せられるかと。」

「うーん。だったらいいけど。」

 川内は言葉を濁しつつも、そのやる気を削がないように神通のしたいがままにさせることにした。

 

 

--

 

「それじゃ~ね~。次はどっちにやってもらおっかなぁ~~?」

 那珂は川内と神通を行ったり来たり指差しして順番を決めようとした。その最中、神通は「ふぅ」と一息ついた後、意を決して口を開いた。

「あ、あの……!私に先に行かせてください。」

「おおぅ!?神通ちゃんやる気に満ちてるねー!よっし!じゃあ神通ちゃん行ってみよっか?」

「……はい。」

 

 那珂から合図を受けた神通は緊張の面持ちで3人の前に出てスタートポイントまで移動し、発進前の深呼吸をした。そして神通はゆっくりと進み始め、コースへと入っていった。那珂は神通の動きを目で追い続け、五十鈴は記録のために携帯電話のカメラを構えて録画をし始めた。

 

 コースを進み始めた神通は直線コースはできるかぎり速度を上げて進み、コーナー直前でスピードを極端に落としつつ大きめの角度でもって曲がって次の直線や蛇行のコースを進む。途中、角度の深いコーナーで大きめの角度で曲がれそうもない箇所では徐行運転に近い速度まで落とし、水上を歩いて角度を次へと進めた。

 その動きは今朝まで曲がれずにいた運動経験のない人のものとは思えないほどの動き、そして任務遂行に支障がやっと出なくなる程度には十分移動力のある水準に達していた。

 神通の動きを見ていた那珂と五十鈴は話し合う。

 

「あれだけ動けるようになればひとまずいいんじゃない?」

「そーだねぇ。止まったりターンするときにまだどうしてもスムーズじゃないけれど、それ以外はいいよね。神通ちゃんはさ、あれは運動苦手とか音痴とかそういうことじゃないんだろうね。」

「ん?どういうことかしら?」

「運動の経験がほとんどないからただ感覚がわからないだけ。体力がないのは致命的だけど、ホントはちゃんと運動やれば結構いい線行けるんじゃないかなと思うの。あとは思い切った冒険しないだけなんだと思うな。」

 五十鈴は相槌を打って那珂の言葉に耳を傾けている。

「そんな神通ちゃんがなんで我先にって感じで一番手を名乗ったのかわからないけれど……ああいう思い切りをしてくれると今後も助かるんだけどねぇ。」

「そうね。そのほうがこちらも張り合いがあるわね。」

 

 やがて那珂たちのもとに戻ってきた神通は、せめてオリジナリティを見せようとしてスキーばりの止まり方をしようと身体と足の向きを瞬間的に変えた。すると艤装がバランスを制御しきれなかったのか、神通はミサイルのように頭から水面に突っ込んで転んでしまった。もちろん全身びしょ濡れである。

 神通が急に頭から突っ込んでいったように見えたので、那珂と五十鈴は頭に!?を浮かべて同時にツッコミを入れる。

 

「「な、なにしたかったの?」」

 

 水面から起き上がった神通は先輩二人から同時にツッコまれて顔を耳まで真っ赤にしながら弱々しい声で答えた。

「か、カーブして止まりたかった……のですけれど。」

 ようやく彼女の意図を理解した那珂はツッコミ混じりのアドバイスをして神通のコース挑戦を締めくくった。

「あのね、弧を描いて綺麗に曲がりたいならそんなまっすぐ進んでるときに急に方向変えたらダメだよ……そりゃ艤装だって制御しきれずに転ぶって。」

「は、はい……気をつけます。」

 五十鈴がピシャリと注意すると神通は頬を赤らめながら謝るのだった。

 

--

 

 神通は川内の近くへと戻り、小声で語りかけた。

「あの……いかがですか?私の進み方で覚えられました?」

「うー多分。とりあえずやってみるよ。」

 

 川内は神通の助けを借り、ゲームで例えろとのアドバイスどおり神通の動く様をゲームキャラに見立ててコースの覚え直しをした。自分の好きな分野とあらば覚えられそうな気分がしてきたが、スクリーンを見てするのと現実のものを見てするのでは当然ながら感覚が異なっていた。同僚の厚意に甘えてはみたが、正直言って無理だった。

 どうにか半分程度は覚えられたが神通が終わった瞬間、川内がせっかく記憶したコースは綺麗に雲散霧消した。 その原因は最後にすっ転んだ神通のおもしろドジだった。だが吹いてしまいましたなんて、口が裂けても言えない。

 厳密な試験でもないのでどうにかなるだろうと前向きに考えることにした川内は両頬を軽くパンッと叩き、掛け声をあげてコースの入り口に移動した。

「よし。うだうだしてても始まらない。いっくぞー!!」

 

 川内は力を溜めてダッシュするヒーローやレーシングゲームでスタートダッシュするカートを頭に思い浮かべ、艤装にその爆発的ダッシュのイメージを伝える。川内は構えて後方に置いていた左足を蹴り飛ばしたその瞬間、その足から極大の衝撃波が発生し、川内の身体は前方へと押し出された。このようなダッシュは自由練習の時に何度か行っていたため、その後のバランス取りは慣れていた川内はすぐに上半身を低くして前方に出し、スピードが落ち着いてノってきたところで姿勢をゆっくりとまっすぐに戻していった。

 

 最初のコーナーは曲がる際に見を低くして重心を下げて豪快に水しぶきを巻き上げて曲がった。そしてまっすぐ、蛇行、再び曲がり角たるコーナーを過ぎていく。

 ただし本人も不安がっていたあやふやな記憶力のため、途中の曲がり角を構成していたブイを連続で間違え、戻るたびにコースがだんだんわからなくなっていった川内はもはや正常なコース辿りを半分諦めていた。

 川内の進む様子をじっと見ていた那珂と五十鈴同じような感想を持ち同じように呆れ返っていた。

 

「あらら……川内ちゃん、もうあたしの見せたコースから完全に外れちゃった。覚えてなかったんだろーか。ありゃひでーや。あれはあれで見てて面白いけどやっぱひでーや。」

「途中までは良い線行ってたように見えたんだけどね……。しっかしレーシングカーのドリフトばりに豪快で気持ちいい曲がり方ねぇ。あれだけは褒めてあげたい。」

「アハハ、同意。でもホントならもうちょっと静かに綺麗に移動して欲しかったけどなぁ。」

「まあまあ。誰もがあなたのような立ち居振る舞いできるわけじゃないんだから。」

「うーーん。あれが川内ちゃんの個性だと思えば……とりあえずいっか。」

 

 川内の水上移動の仕方に若干の不満を残しつつも、那珂はひとまず基本としての水上移動はこれで終いとし、締めくくることにした。

 やがて戻ってきた川内はすでに大幅に間違えていたことに悪びれるわけでもなく、ケロッとした態度で那珂たちに声をかける。

 

「川内、終わりましたー。」

「はい。ごくろーさま。まぁ合格とか不合格とかいうつもりはないから。おっけーだよ。」

「やったぁ!」

 飛び跳ねて喜ぶ川内。彼女の左後ろには静かに移動してきた神通が立ち止まる。神通が背後に来たことに気づいた川内は上半身だけを神通の方に振り向かせ、小声で声をかけた。

 

「ありがとね、神通。あたし馬鹿だから余り覚えていられなかったけど、感謝してるよ。」

「い、いえ……。」

 

 川内と神通の二人が何か話しているのに那珂は気づいたが特に気に留めず、今回の練習の意図を伝えて締めくくった。

「二人には複雑な移動を今の時点でどれだけできるようになったか、その場その場に適した移動の仕方がどれだけできるかを分かってしてもらいたかったの。もちろんあたしや五十鈴ちゃんが把握するためでもあるけどね。ここまでできれば、基本としてはおっけーかな。あとは色んな状況に見立てて練習して経験積んでけばいいよ。」

「「はい。」」

 

 

--

 

「よーっし。それじゃあ、二人とも、お疲れ様。これで水上移動の訓練はおしまい。」

「はぁ~~!!やっと次へ進める~~!」

「私はもう少し……これやりたいですけれど……。」

 

 那珂の言葉を受けて川内と神通はそれぞれの反応を見せるも本気で抵抗するつもりはなく、先輩の指示に従うことにしていた。

 那珂と五十鈴は水路に向かい、川内たちに確認した。

 

「そーいえば川内ちゃんは水路使って入ってきたけど、どうだった?今度からこっちから行けそうかな?」

「はい!大丈夫です。」

「あとは……神通ちゃんだけど、どう?今帰り試しに使ってみる?」

 

 普通に今までどおり歩いてプールから帰ろうと考えて同調を切る心構えをしていた神通はいきなりの提案に戸惑う。

 

「あの……私は……海に出るのがちょっと怖いです。」

「あ~~、今までは底が見えてるプールだったもんねぇ。まぁでも細い水路だから大丈夫だよ。行ってみよ、ね?」

 神通は悩んだが、プール以外も早めに経験しておかなければ同期に置いてかれる・足を引っ張りかねないという不安を持ちだした。恐怖のほうが依然として強いが一度もたげた不安をそのままにしたくない。意を決した。

「わ、私も水路試してみます……!」

 神通の宣言を聞いた3人はうなずいたりニコッと微笑んでその意思を評価した。

 

 水路は先頭川内、那珂、神通、そして一番後ろに五十鈴という順番で通ることになった。海と川に直結している湾のため水深はさほどでもないがそれでもプールよりも深く、神通の恐怖は消えない。それが普段よりもビクビクしている様子でひと目でわかるほどだった。

 実はまだプール側の水路の途中ではあるが、すでに神通は怖がっていた。

「神通ちゃん?まだプールだからそんなに怖がらなくて大丈夫だよ。」

「……(コクリ)」

 頷くが顔は完全にこわばっている。振り向いていた那珂の背後から顔を乗り出して見せた川内が神通に声をかけて鼓舞するも、その様子は変わらない。

「神通!あたしだって午前に初めてやったけど全然変わらなかったんだから、そんなビクつかなくて大丈夫だよ。」

「彼女のいうとおりよ。プールの水だって海水だって私たちは変わらずに浮いて進むことができるんだから。艤装を信じなさい。」

 五十鈴も安心させるために声をかける。

 

 3人から励まされつつ神通はやがてプールと湾の境目の凹凸部まで来た。境目には水が混じらないようにするための壁がある。川内はそこをジャンプして飛び越え、次に那珂が続……かなかった。

 那珂は五十鈴に合図を出し、水路とプールサイドの間の壁にあるスイッチを押させた。すると壁は水路側に向かって底の部分からずれ始め、ジャンプ台のように坂ができた。

「え゛? なんですかそれ!?」

 真っ先に声を上げたのは川内だった。那珂は川内のさきほどのジャンプをここに来てようやくツッコむ。

「湾とプールの間の水路の壁は可動式になっててね、海からでもプール側からでも移動をなるべく妨げないようにスムーズに入れるようになってるの。だからぁ~、今の川内ちゃんみたいに大げさにジャンプして飛び越えなくてもいいんだよ。」

「言われなきゃわからないわよね、これ。私だって一番最初はわからずにジャンプしたもの。五月雨なんかジャンプしようとして足つっかけて転んで、壁飛び越えて湾まで吹っ飛んだことあるって言ってたし。」

 五十鈴も思い出すように自身と他の艦娘の例を語る。

「く……そういうことは訓練始める前に教えて下さいよぉ~~!」

 川内は顔を真赤にして口をタコのように尖らせてプリプリと怒ってみせる。しかし那珂も五十鈴も川内のさきほどの様を思い出してアハハと笑い合うだけだ。二人の間に挟まれた神通を見た川内は、そこに必死に笑いをこらえている同期の姿を確認してしまった。

 

 那珂から可動式の壁の使い方を教わった川内と神通は改めてその坂(となった壁)の上の移動の仕方まで教わり、一度試した。艦娘は脚力も増すためやりようによってはジャンプして飛び越えてもまったく問題ないのだが、鎮守府Aの湾とプールの設置の関係上このようなギミック付きの壁が使われる。それは艦娘たちのスムーズな移動を妨げないように密かに活躍している。

 

 

 工廠内の水路まで戻ってきた一行は工廠の陸地に上がり、それぞれの艤装を明石に頼んで仕舞ってもらった。そして工廠の入り口まで戻ってきた那珂は今後のスケジュールについて二人に伝えた。

「明日は日曜だし、お休みにしよっか。あたしも別の用事したいし二人もやることあるでしょーし。どうかな?」

「あたしは賛成です。」

「私も……です。」

 川内と神通は賛成した。

 五十鈴も賛成の意思を示し、ふぅと一息ついて確認がてら言った。

「それじゃあ明日は皆、完全にお休みってことね?」

「うん。まぁ鎮守府に来てもいいけどね。部屋もクーラーも使い放題、お茶も飲み放題だしぃ~。」

「アハハ!艦娘のあたし達って鎮守府内の施設自由に使っていいってことなんですか?」

「そーそー。せっかく揃ってるんだから特に夏休み中は使わにゃ損ってこと。」

「だったら着替えと身の回りのもの持ってきて適当な部屋借りてもいいのかなぁ~?」

 いきなりとんでもない欲望めいた言葉を出した川内に全員突っ込む。

「鎮守府に住むつもりかよぉ~」

「あなたね……鎮守府は賃貸アパートじゃなくて仕事場なのよ?」

「川内さん……それはさすがにやりすぎかと。」

 

 4人は雑談しながら本館までの道を歩き、本館へと入って更衣室で着替えて執務室に入った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間:夕暮れ時の艦娘たち

 午後5時過ぎ、執務室で思い思いにくつろぐ4人。那珂は五十鈴にここまでの訓練の状況について話し合っていた。

 

「五十鈴ちゃん、チェック表はどう?」

「えぇ。ここまではこんな感じで付けてみたわ。あとこっちは私なりの二人についてのメモ。」

「ん。ちょっと見てみるね。」

 那珂は五十鈴がつけたチェック表とメモを真面目に見始めた。五十鈴はその様子をじっと眺めている。数分して顔を上げた那珂は五十鈴に言った。

「うんうん。わかりやすくていいと思うよ。こうして改めて見ると、やっぱ川内ちゃんのほうが成長は早いね。」

「えぇ。けど神通も3~4日でここまでできたなら普通の出来だと思うし、決して劣るわけではないと思うわ。動きや調整は細かいし、私はあの慎重さを評価したい。」

「あたしもそー思ってるよ。だからこそ、来週からの艤装の武器まわりの訓練は二人のペースと性格に合った流れでやらせてあげたいの。」

「初めの頃言ってたことよね?」

 

 那珂は一旦お茶を飲み、呼吸と思考を整えてから口を開いて説明し始めた。

「うん。ここまでの訓練のやりかたを踏まえて、ちょっとやり方を整理してみるよ。あたしも実際に指導したの初めてだったから、想定通りにいかなかったこともいくつかあったよ。」

「そうなの?なんだか問題なく普通にやってこられた気がするけど。」

「まぁ~ね……。次からは一旦同じ手順で学ばせて、反応見てからその後やらせることをその時に決めていこうと思うの。二人別々のことさせるとなるとあたし一人じゃ見切れないから、また五十鈴ちゃんに頼っちゃうけど、いい?」

 那珂の方針を聞いて五十鈴は頷いて返事をした。

「構わないわよ。私も後輩育成って意味では勉強になるし。」

「でも学校の宿題は?こっちに気を取られて五十鈴ちゃんの思うようにできなかったらちょっと申し訳ないなーって、余計な心配しちゃうの。」

「あんたに巻き込まれて何日か経つんだし、今更そんな心配しないでよね。あんたらしくないわよ。」

「おおぅ? 五十鈴ちゃん最後までイッちゃう?」

「……なんかその言い方になんか引っかかるものがあるわね……。」

「気にしない気にしない~。付き合ってもらえるんならあたしはもー遠慮しないで五十鈴ちゃんに頼っちゃうよ~。」

 五十鈴は手のひらをヒラヒラさせて言葉なく那珂のお願いを承諾したという意を示した。那珂はそのようにややぶっきらぼうに振る舞う五十鈴に肩から抱きつき、一方的にイチャついて彼女の引き続きの協力を喜んだ。

 

 川内と神通は、来週から行うというカリキュラムに関する本を予習のため読むよう実質的には指示となる提案を那珂から受けた。そのため執務室の本棚から本を取り出し、どちらが読むかコピーするかという話し合いになっていた。

「うーーん。あたしは実物見て弄りたいからなぁ~。これ神通が持ち帰ってよ。あたしの代わりに読んどいて。それで月曜にあたしがわからないとこ教えてくれればいいや。」

「……わかりました。」

 神通の態度は薄い反応だったが、心の中では訓練に関する本が読めるという喜びで湧いていた。神通は本を自分のバッグに仕舞い、那珂たちの話が終わるまでソファーで座っていることにした。川内も一旦一緒にソファーに向かったが、座っているのは退屈だとしてふらりと部屋の中を物色し始める。

 やがて那珂たちの打合せが終わり、那珂は待っていた川内達に声をかけて終わったことを知らせた。立ったままだった川内は物色していた棚からサッと離れ、神通はのそっと立ち上がって那珂へと近寄っていった。

 そして4人は本館の戸締まりをして鎮守府を後にした。

 

 

--

 

 帰り道、鎮守府から北北東に行ったところにあるスーパーの前を通ると、ちょうど買い物帰りの妙高こと黒崎妙子と、主婦友である大鳥夫人、そして大鳥夫人の末の娘の高子と出会った。今週ずっと川内と神通の訓練をしていたことを那美恵が話すと、妙子は流留と幸に向かって励ましの言葉を優しく穏やかな口調で与えた。大鳥夫人も同じように励ましと労いの言葉をかける。娘の高子はその訓練の様子が気になったのか、流留たちに問いかけてきた。

 

「あの……先輩方。艦娘の訓練、大変ですか?」

 先日、懇親会の時に姿を見たが直接接触したわけではないので幸は完全に会話できない状態になっていたが、初対面の人でも気にしない流留は高子の質問に軽快に答えた。

「さっちゃんはちょっと大変そうだったけど、あたしはそんなでもなかったなぁ。運動できる人なら結構楽しく訓練できるよ。高子ちゃんだっけ? 艦娘になりたいの?」

「ええと、あのー。少し興味あります。この前さつk……五月雨ちゃんたちに話を聞いてから、一緒にやれたら楽しいのかな~って。」

 

 那美恵は懇親会の時、提督と一緒に一時だけ五月雨たちや高子と話をしていたので、彼女が艦娘に興味示しそうだという想像をなんとなくできていた。

「高子ちゃん、もし艦娘になりたいなら五月雨ちゃんともっと仲良くしておくといいよぉ~。あの子なんたってうちの鎮守府の秘書艦様だからね~。いろいろ知ってるよ~」

「アハハ。はい!」

 そして那美恵たちは高子たちと別れの挨拶をし、駅へと向かっていった。

 

 

--

 

 駅で電車を待っている間、那美恵の携帯電話にメッセンジャーの通知が入った。

「ん?誰だろー。」

 携帯電話の画面を点灯させてみると、そこには五月雨こと早川皐月からのメッセージが表示されていた。

 

「那珂さん。こんばんはー。夏休み楽しんでますか?私はですねー、今週家族旅行に行っててですね、ついさっき帰ってきたんですよ!鎮守府のみんなにもお土産買ってあるので、楽しみにしててくださいね。ヾ(*´∀`*)ノ 明日行きまーす。」

「おぉ!?五月雨ちゃん帰ってキターーー!」

 土曜日の夕方、それなりに人がいる駅の構内で割りと大きめの声を出してガッツポーズをする那美恵。そのアクションに驚いた凛花や流留は何事かと尋ねる。

「うんうん。五月雨ちゃんさ、今週は家族旅行に行ってたらしくてね、ついさっき帰ってきたんだって。」

「へ~。そういや夕立ちゃんたちがそんなようなこと言ってたっけ。あれホントだったんだ。」

 曖昧な記憶を確かめるように言う流留。それに那美恵はかいつまんで文面を口にした。

「うん。明日来るって言ってる。」

「来るって……明日はあたし達誰も行かないですよね?大丈夫ですかね?」

 流留が心配を口にした。

「あ、そっか。伝えておかなくちゃ。」

 那美恵の言葉のあと、一瞬凛花が手を上げかけたがすぐに収めた。その様子を幸は見ていたが気に留めないでいた。

 

「おこんばんは!お帰り~。今週は川内ちゃんと神通ちゃんの訓練で毎日出勤でしたよぉ~。実質あたしが提督兼秘書艦!早く皐月ちゃんの顔みたいよー(ToT) でも明日は誰も行かないと思うから、月曜日会おうね~」

 皐月からの返事はすぐに届いた。

「わかりました!それじゃあ月曜日はゆうちゃんやますみちゃんにも来るよう伝えておきますね。みんなで鎮守府で会いましょ~」

 

 夏休み突入の1週間後、ようやく鎮守府Aに艦娘が戻り始めようとしていた。

 




ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=60996599
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1BqFN2QlrX0QAELruagPG2rutTOqueGx84mApq9snSeg/edit?usp=sharing


好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

川内型の訓練2
夏休みの艦娘たち


 川内と神通の基本訓練、艤装の概要説明、そして砲撃訓練。二人は異なる反応を示しながら学習と訓練を続ける。

【挿絵表示】



 日曜日、那美恵たちは鎮守府には行かずにそれぞれ思い思いの過ごし方をした。それは艦娘の世界とは何ら関係のない、今までどおりの生活である。

 艦娘の生活も普段の生活も大事にする那美恵、学校外なので普段の生活を満喫できる流留、そして先週から本格的に艦娘の生活に足を踏み入れ始めたために今までの普段の生活に退屈を感じ始めていた幸。三人とも過ごし方はバラバラではあったが、普段の生活に新たな息吹が通るのを感じていた。

 

 日曜の夜、那美恵は居間でテレビを見ていたところ携帯電話の通知が入った。誰かと思って見るとそこには西脇提督からのメールの通知が表示されている。

「夜分遅く申し訳ない。突然だけど、明日月曜日から数日は1階女性用トイレは使えません。実はトイレの隣部屋を改装してシャワー等の入浴設備を作ることが決まったのです。俺は本業の都合上、今週前半は鎮守府に行けませんので、明石さんに現場の人との折衝を任せました。ですので君たちは気にしないでください。早く君たちに安心して訓練後にサッパリしていただきたく。これを念頭に置いて今週の訓練を進めて下さい。」

 

 見終わった頃に、今度はメッセンジャーの方の通知が入った。五月雨からだ。

「那珂さん!シャワー室がついにできるそうですよ!!楽しみですね~」

「おぉ?五月雨ちゃんの方にも連絡行ったの?」

「はい!那珂さんのほうもですか?もしかして、私達一人ひとりに知らせようとしてるんですかね~。どんだけ嬉しいでしょうか。提督ったら子どもみたい!」

 那美恵は五月雨の口ぶりに合わせて適当に相槌を打ったり言葉を返しておいてその日のやりとりは終えた。

 

 女性が多い現場、なおかつ汗をかくことが多い仕事なのでないほうがおかしい大事な設備、求められる設備。それがついに設置される。那美恵は普通に喜びを感じる部分と、これであの鎮守府もやっといっぱしの基地だと、失笑してしまう部分があった。

 ともあれこれで流留と幸に訓練後に人前に出しても恥ずかしくなく帰宅させることができる。那美恵は後輩の心配もしていた。

 

 

--

 

 日が明けて月曜日。那美恵と凛花は先週と同様に鎮守府に出勤した。すると、やはり先週と同様に幸がグラウンドを走っている光景を目の当たりにした。走っている幸が裏口から出てきた那美恵たちに気づくと、その周をやめずにそのまま走り続け、本館裏口の手前あたりで走りをやめ、ハァハァと激しい呼吸をしながら那美恵たちに近づいてくる。

 

「お、おはようございます。なみえさん。凛花さん。」

「うん。おはよーさっちゃん。」

「おはよう、神先さん。今日も早くから来たの?」

「……はい。私、一度習慣になればいくらでも続けられるので。」

 

 幸の頑張りに那美恵たちは感心しつつ、3人で本館に入った。廊下をテクテク歩きながら、先日提督が伝えてきたことを思い出してなんとなしにつぶやく。

「そーいえばさ、今日から工事だって言うけど、何時からなんだろ?」

「まだ大工さんたち来てないのを見ると、きっとこれからなんでしょうね。」

「明石さん、このあと忙しくないといいけどなぁ~。」

 那美恵が希望的観測を口にすると凜花と幸も相槌を打つ。更衣室、そして執務室までの道のりの途中、次に那美恵は先週うっすらと危惧していた事態に気づいてぼやく。

 

「さてと。一人足りないと思いますがね~、凛花ちゃんや、あの人どうしますかねぇ~~?」

 わざとらしく名前を伏せて、話題の人物の処遇をどうするか尋ねる那美恵。

「どうもしないわ。さっさと連絡しなさいよ。」

「ん~~~あたしたち先週から同じ時間に来てるんだから、いいかげん流留ちゃんも時間の感覚覚えてほしいんだよなぁ~~。」

 ブチブチ文句を言いつつも、那美恵は幸に流留へと連絡をさせた。時間にしてまだ9時になっていない。

 

「内田さん。おはようございます。今どちらですか?」

 今回は早く返信が来たので幸はやや驚いてメッセージを開いた。

「おはー。今日は頑張って早く起きたよ。今○○駅のところ。なんかね、今ちょうど夕立ちゃんと会ったよ。だから一緒にこれからバス乗ってすぐ行くよ。」

 流留からのメッセージの文面には、珍しく自分たち以外のメンバーが登場していたことに幸は更に驚いた。幸は早速那美恵たちに伝える。

 

「え?夕立ちゃんと一緒に?」

「はい。」

「なんだか珍しいわねこの時間に。あの子も任務なんかないでしょうし。」

 

 凛花の言葉に何か思い出した那美恵はすぐに触れた。

「あ、そういえば土曜日に五月雨ちゃんが帰ってきたときに、お土産あげることを夕立ちゃんたちにも話しておくって言ってたから、だから早く来たのかも。」

「だからって……。だいたいあの娘たち同じ地元なんだからそこで集まって渡し合えばいいのに。何も鎮守府に来なくたって。」

「まぁまぁ。彼女たちなりの事情があるんだよぉ~。」

 凛花が夕立たちの態度を気にかける理由の一端、それは真面目な彼女は鎮守府をあくまでも仕事場と捉えているがためのことだった。一方で那美恵はもちろんのこと、夕立たち中学生組の鎮守府の捉え方は異なっていた。

 

 

--

 

 十数分ほどして流留は鎮守府に到着した。流留は今度こそ怒られないようにまず更衣室に入り、着替えを済ませて川内になった。夕立はせっかく一緒に来たということで更衣室にそのまま付き合い、流留の着替えをぼーっと眺めている。

 

「よっし。川内参上!」

「わぁ~~~! 川内さんかっこいいっぽい!決めポーズ決めよ!」

「決めポーズ?」

「うん。テレビアニメのヒロインとかって必ずあるでしょ?川内さんなら似合いそう!」

 妙に同じ匂いを感じた川内は年下から褒められて若干照れつつも、夕立に合わせてノる。

「いいねぇ~!もしかして夕立ちゃんもアニメとかゲーム好き?」

「うん!よくね、月刊○○とか少女○○とか読むよ!アニメも。」

 夕立が打ち明けたその作品は、いわゆる少女漫画やアニメが掲載された雑誌だった。川内はそれを聞いて自分とはその好きの度合いが違うことを察した。察したし配慮もするが、遠慮はしない。

 その思いを作り出すのは、明石の時と同じく自分の趣味と合いそうな同志を見つけた時の喜びそのものだ。

 

「よーっし。それじゃあ夕立ちゃん。あたしについてこーい!」

「アハハーはーーい!」

 お互い初対面ではないがそれほど面識があるとはいえない間柄ではある。しかしながらお互いピンとクる感覚があったのか、片方のノリに乗るのは容易かった。つまり似た者同士だった。

 

 更衣室から出て階段を上がって上の階に来た二人。夕立が待機室に入ろうとしたのを川内が止める。

「ちょっと待った。那珂さんたち執務室にいるよ。ここには誰も居ないと思う。」

「え?那珂さんたち、てーとくさんがいないのに執務室使ってるの?いーの?」

「さぁ~……。本人いないんだからいいんじゃない?」

 川内の曖昧な回答を受けた夕立はそれ以上気にすることなく、開けようとした待機室のドアのノブから手を離して川内の方を向いた。そして川内は夕立を引き連れて執務室へと駆けていった。

 

 

--

 

 執務室では那珂・五十鈴・神通が訓練の打合せも早々に終わり、それぞれ別のことをしていた。そこに川内と夕立が勢い良くドアを開けて入ってきた。

 

「おっはようございます!川内参上!」

「おはよーございます!夕立も参上!」

 川内が適当なポーズを取ると、夕立がそれを真似してポーズを取り、二人揃って妙なポーズで那珂たちの前に現れた。

 

 ポカーンと見つめる那珂たち。そんな那珂たちをよそに川内は喋り始めた。

「那珂さん!今日はあたし早かったでしょ?」

「う、うん……そーだね。」

「あたしだってやればできるんだから。それに今日は夕立ちゃんっていうおまけ付きで2度美味しいですよ?さあ!!」

「あぁ、うん。うん。わかったヨ。せ、川内ちゃんもやれば早起きできるね~。うんうん。よかった。よくできました!」

「いや~それほどでも。」

 先輩から褒められて照れくさそうにエヘヘと笑う川内。

「そういえば夕立ちゃんはどうしてこんなに早く来たの?」

 那珂の問いかけに顎に人差し指を当てて唸りながら答えた。

「んーとね。さみがお土産持ってくるっていうから、先に来ちゃったっぽい。」

「にしたって、9時近くって早すぎじゃないの?」

 さきほど気にかけていたことを改めて本人に向けて五十鈴は言った。しかし言われた当の夕立本人はまったく意に介さない様子で説明を続ける。

「だってぇ~さみが来たらお土産すぐにもらえるようにしたいんだも~ん。」

 

 その行動理論がわからないが必要以上に気にすることもないだろうとし、五十鈴はもちろんのこと那珂も神通も苦笑いをして夕立を見るだけにした。

 

 

--

 

「さて、あたしたちは訓練始めるよ。」

「「はい。」」

 

 笑顔から一転して真面目モードになる那珂。その先輩を見て川内と神通も表情を切り替えた。いよいよ武器、その他艤装のパーツの説明と訓練に入るということで、川内はもちろんのこと、神通も新しい知識の入手に、心の中では沸き立つものを隠すのに必死であった。

 

「今日からはあたしたち艦娘が戦うのに大事な艤装の部位の説明に入ります。いくつか説明したあと、二人にはまず基本的な使い方を実際にいじって覚えてもらうよ。いい?」

「はい!待ってました!」

「……はい。」

 

 那珂の説明にさらに沸き立つ二人。川内は那珂に手招きをする仕草で早く工廠に行こうと急かす。

「ねぇねぇ!早く工廠行きましょうよ~!」

「まぁまぁ。そんなに慌てないでも艤装は逃げないから。」

 那珂はそわそわしだす川内と神通をなだめながら執務室を出て行く。3人に続いて五十鈴も出ようとしたその時、一人取り残される形となった夕立が五十鈴に声をかけた。

「4人とも行っちゃうの?」

「えぇそうよ。」と五十鈴。

「うーー。一人でいるのはやだなぁ~~。」

 夕立は急に寂しくなるのが嫌でたまらない様子をみせ、五十鈴に提案をする。

 

「ねぇねぇ!あたしもついてっていーい?」

「何言ってるのよ? いい、夕立。これは遊びじゃないのよ?川内たちのための訓練なんだから。」

「う~~でもぉ!! 一人じゃ退屈っぽいぃ!見るだけ!見るだけだからいいでしょぉ?」

 完全に駄々っ子が母親にねだる構図になっていた。五十鈴も夕立の扱いに困ってる人の一人だったので、こうも駄々をこねられてしまうと頭を悩ませてしまう。大きなため息をつき、仕方なく五十鈴は夕立の同行を許した。

「はぁ……わかったわ。けどこれだけは約束よ。絶対に川内と神通の邪魔はしないこと。いいわね?」

「うん!川内さんと神通さんの邪魔はしませーん!!」

 夕立からの天真爛漫さ抜群の返事を聞いた五十鈴は眉間を抑えつつ、再びため息を付いた。

 

 先に出て行った那珂たちを追いかけるように小走りで進む五十鈴と夕立。やがて本館の正面玄関を出た少し先で追いついた二人は説明をして那珂たちを納得させた。

 説明で触れられた夕立は無邪気にキャッキャと笑ってはしゃいで那珂たち4人のあとについていくのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

基本訓練(艤装説明・概要~腕部操作)

那珂と明石による艤装の説明が続きます。


- コレさえ読めばあなたも艦娘になれる・・・かも!?


 工廠に来た5人。那珂は早速明石を呼びに工廠の奥へと入っていった。明石は事務所内にいた。

 

「明石さん。」

「あ、那珂ちゃん。はい、なんでしょう?」

「これから訓練始めますので、よろしくお願いします。」

「わかりました。じゃあいつものように○○さんに艤装を出してもらってくださいね。」

「はい。……それと、お願いがあるんですけれど。」

「ん?なにかな?」

「もしお時間あるならぁ、艤装の説明で協力していただきたいんですけど。よろしいですか?」

 技術的な説明をするのが大好きな明石は那珂の依頼に身を乗り出さんばかりの勢いで二つ返事で快く承諾した。

「えぇ、いいですよ。ただ午後は提督からちょっと別件でお願いされてることがありますので、あくまでも午前だけですけど。」

「あ、はい。午前だけでも全然問題なっしです。」

「それでは、艤装のことならこの明石にどーんとお任せあれ、です!」

「さっすが頼もしい~!」

 那珂はパチパチを拍手を明石に送る。明石の強力なサポートを受けられることになった那珂はその場でガッツポーズをし、明石の手を引いて事務室を出た。事務所を出た那珂と明石は技師のもとに行き艤装を運び出してもらい、外にいた川内たちと顔を合わせる。

 明石の姿を見た川内や五十鈴はすぐに会釈をして挨拶をする。神通は隠れながらそっと頭を下げ、夕立にいたっては片手を前に出して友人と接するかのようなラフな挨拶で済ました。

 

「おはようございます、皆さん。那珂ちゃんからのお願いを受けて、今日は私もお二人の訓練にちょっとだけお付き合いします。皆さんよろしくお願いしますね!」

「はい!明石さんもいるなんて今日は頼もしいですよ~」

 川内の感想に隣りにいた神通はコクコクと頷いて同意を示す。

「それじゃあ皆、行こー!」

 那珂は全員を引き連れて工廠と演習用プールの間にあるスペースへと行った。そこはちょうどプール施設の高めの壁により、日陰ができている場所だった。そして5~6人ならばバラけて座り込んでも十分余る場所だ。全員その場に適当に座り、那珂の説明開始を待った。

 

 

--

 

「さて、今日まず説明したいのは、これです。」

 そう言って那珂は自身の着ている制服を指差した。一箇所だけでなく、様々な箇所を次々に指差していく。

「それって……今あたしたちが着てる制服ですか?」

 川内は那珂が指で掴んで指し示した部位を見て言った。神通も首を傾げて那珂を見る。

「うん。これも川内型にとっては立派な艤装なんだよ?特にあたしが説明したいのはぁーこれ。グローブ。」

 那珂は自身の左腕を真横に上げ、右手でもって左手の手のひらから二の腕にかかるグローブの口までをすぅっと撫でて示した。那珂は目を細めて艶やかを出していたが、あえて五十鈴は無視した。川内と神通はそもそも那珂の腕に注目していた。

 外したとすぐに察した那珂は聞こえないように小さくため息をつき、次は足元に置いていた部品を掲げる。

「で、これがグローブの上につけるカバー。これに主砲・副砲や艦載機を発着艦させるレーンがついたこれらのパーツをつけます。」

「こんな……小さい部分にですか?本当に、付けられるのですか?」

「うん。この後付けてみせるね。それからえーっと……五十鈴ちゃん!主砲とかって五十鈴ちゃんのも取り付けられるんだっけ?」

 軽快に返事し、そのままの勢いでパーツについてのおまけ知識を言おうとしてみたがわからないところがあり、とりあえず五十鈴に尋ねる那珂。しかし尋ねられた当の五十鈴自身も、質問にはっきり答えられるわけではなく、戸惑いを隠せないでいたためにスッと受け流すことにした。

「あんたにわからないこと私にわかるわけないじゃない。艤装のことならやっぱり明石さんに聞かないと。」

 

「そーだね。それじゃあ明石さん!お聞きしてもよろしーですか?」

「はい、できますよ。一般的に言うと互換性があるといいますね。五十鈴ちゃん、ちょっとライフルのパーツを貸してくださいね。」

 明石は一行の一番後ろに一人だけ立っていた。那珂から質問されて夕立や川内たちが座っている間をすり抜けて五十鈴のところに行き、そしてパーツを受け取る。五十鈴は明石が何をするのかわからないためとりあえず頷き、流れを任せることにした。

 明石は五十鈴からライフルの艤装のパーツを受け取ると、銃口の場所に相当するプレートに付いていた単装砲をカチリと回してから取り外した。

「お次は……そうですね~。川内ちゃん、グローブカバーを借りますよ。」

 そう言って川内の近くにあったグローブのカバーを手に取り、先に五十鈴のライフルから外しておいた単装砲を、川内のグローブカバーにあった4つの端子のうち手の甲に一番近い位置のコネクタに置き、カチリと深く回して取り付けた。

 

「はい。五十鈴ちゃんから川内ちゃんの艤装へ単装砲を付け替えました。端子が共通していますので、軽巡洋艦同士なら問題ありません。あとは一部の駆逐艦と重巡洋艦の艤装とですね。」

「おぉ~~!!」

 川内は素直に感心の声を上げ、近くにいた神通も声こそ出さないが、生で見る艦娘の艤装の取り扱いの様子に興味津々といった色の目をしている。

「はい!ほら二人とも。明石さんに拍手!」

 那珂の合図でなんとなしにパチパチと緩い拍手をする川内と神通。それを受けて明石は

「いやいや!これくらいで拍手なんてやめてください恥ずかしい! も~、ほら那珂ちゃん、バトンタッチです。続きの説明してください。」

 と言い、頬を僅かに朱に染めながら照れてはいたがほのかにドヤ顔気味だった。

 

 明石と川内たちがそんなやり取りをしていると、一人だけ駆逐艦の夕立が質疑応答に加わりだした。

「へぇ~そんなことできるっぽい? ねぇねぇ明石さん、あたしの艤装の単装砲も川内さんたちに貸して合体させることできるの?」

 その質問にも明石は落ち着いて答える。

「残念ながら、そういう単装砲・連装砲という主砲はいわゆる一体型というもので今のようなことはできないの。ですけどそのまま渡して使ってもらうことならできますよ。そこはほら。普通の銃と同じ要領です。ですから2~3回練習すれば大抵の人は問題なく使えるようになるかと。」

「あ、なるほど~。それは艦娘の艤装として共通ってことなんですね。ていうかあたしたち川内型の仕組みが特殊なのかな?」

 夕立の代わりに相槌を打ち理解を示す那珂。明石はニコリと笑って頷いた。

 

「それじゃあ、あたしと夕立ちゃんが例えば出撃して、夕立ちゃんがやられてピンチになった時は、夕立ちゃんに近寄って彼女の主砲を借りてその場であたしが敵を華麗に撃破!!することもできるってことかぁ~~」

「もー、川内ちゃんったらぁ、それって漫画ネタぁ?」

「アハハ、どーでしょう?ね、夕立ちゃん!!」

 川内は那珂の軽い問いかけを適当に流し、立ち上がってその場でポーズを取りながら想像を語り、ゲームやアニメのキャラのごとくアクションをした。すると夕立もノリ出し立ち上がってキャッキャと騒ぎ始める。

 二人とも那珂が進行のためにやんわりと口を挟んでいることを完全に無視してノリ合う。

「アハハハー!川内さんヒーロー!あたしはヒロインでお姫様っぽい~~」

「それで、あのね二人とも…」

「おぅ!あたしに任せてよ!」

「それで……ね?」

 単装砲を取りつけたグローブカバーを手に持ち射撃する真似をして遊び出した川内と夕立を見て、那珂は大きめにコホンとわざとらしい咳払いをして注意を引き冷たい視線を送る。

「コホン!!! 川内ちゃん……夕立ちゃん。あたし、説明続けていい、かな?」

「うっ……!は、はい。」

「ほら夕立、こっち来て座ってなさい。」

「っぽ~い……」

 那珂の冷やかな表情を見てさすがに五十鈴も焦ったのか、中腰で立ち上がって夕立を元いた場所へと肩を抱いて連れ戻した。

 普段ちゃらけているが、真面目モードの時に邪魔されると怒る。怒らせると怖い・ヤバイと五十鈴は直感した。人は見かけによらない、五十鈴だけでなくその場にいた面々はそう感じるのはあまりにも容易かった。

 

 

--

 

「それでは続けるね。今さっき明石さんがしてくれたとおり、主砲や副砲など武器には互換性があります。つまり貸し借りして臨機応変に戦いに臨むことが可能なのですよ。んで、あたしたち川内型ではそれら装備するのはこのグローブカバー。ここに片方につき4つまで取り付けられるの。何をつけるかは自由。全部つければ無敵なんだけど……扱いなれるまでは片方に1つずつにしたほうがいいかもね。」

 なるほどと頷いてさきほど明石が取り付けた自身のグローブカバーの単装砲を眺める川内。神通はというと、ノートを持ってきておりそれにメモ書きをしている。メモ書きを終えた神通が手を挙げて質問をした。

 

「あの……主砲はなんとなくわかったのですが、引き金はどうやって引くのですか?」

「待ってました!次その説明しようと思ってたの。神通ちゃんタイミングいいね~。実はカバーの手の平に当たる部分にね、こういった細い部品が付いてます。」

 そう言って那珂が大げさにその部位を掴んで川内達の前にグッと突き出して見せたのは、4つの隣接したボタンと少し離れた位置にある大きなボタンのあるバンド状のような部位だった。

「これらのボタンは、それぞれ端子につけた主砲・副砲や艦載機の射出機に連動してます。こうやって手につけて、押しながらこうやって動かすと、その部位の装備を動かすことができるの。」

 那珂は右腕にグローブカバーを取り付け、親指の付け根付近に位置している4つのボタンのうち一つを押して、まだ主砲などがが取り付けられていない端子部分の内部の管だけを回してみせる。

 

「那珂ちゃん。せっかくなので単装砲でも取り付けてみましょう。」

 傍から見ると説明と実演がわかりづらいことを察したのか、明石はそう提案して脇に置いてあった別の単装砲を那珂に手渡す。那珂はそれを受け取り、さきほどの明石と同様に単装砲をカバーの端子に取り付け、改めてスイッチ部を人差し指で抑えて手首を動かし始めた。すると取り付けたグローブの単装砲の砲塔は彼女の手首の角度分回転し、砲身も角度を変えて動く。それを見てようやく川内と神通はスイッチの意味を理解した。

 

【挿絵表示】

 

「人差し指から小指にかけて4本の指の付け根あたりにスイッチが来るように装備することになります。各端子に付けたパーツを動かすアクションスイッチというボタン4つで、それから人差し指の付け根の脇のあたりに来る大きめのスイッチがトリガースイッチって言って、いわゆる引き金なの。ただこれだけ押しても発射とかしないよ。4つのボタンのうち発射したいパーツに対応するボタンも合わせて押さないといけません。」

 那珂は弾薬のエネルギーが入っていない単装砲を誰もいない方向に向けて、説明どおりにスイッチを押して擬似的に発射した。

 

 

ポゥン!!

 

 

 空砲の甲高い音があたりに響いた。もちろん砲弾やエネルギー弾なぞは一切発射されていない。しかし那珂が振り向いて二人を見ると、川内と神通は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして呆けている。

 

「ちょーっとふたりとも。こんなんで驚いてたら戦いなんて勤まらないよ?」

「い、いやぁ、だって結構すごい音だったし……。」

 二人の様子を見かねた明石が二人に向かって補足を挟む。

「出撃中は耳に通信用と超至近距離の余計な雑音を防ぐための耳栓をするから、実際にはそんなに大きな音は聞こえないはずですよ。これも同調して感覚が研ぎ澄まされてるから聞こえ具合は人によるけどね。」

 那珂は明石の説明にウンウンと頷く。そしてグローブカバーの残り2つの端子に連装砲と艦載機の発射出機のパーツをはめ込んだ。

「んで、これが複数あるとします。この場合の操作は混乱しがちだからよーく練習しないといけません。あたしは……ほらこういうふうにもう使えるんだよぉ~。」

 

 得意げな表情を浮かべて那珂は右腕を真正面に差し出し、人差し指~小指の4本の指を曲げてスイッチを押し分け、手首のスナップを聞かせてそれぞれの主砲の砲身と発艦レーンを少しずつ回転させた。手の甲に近い単装砲は指先の方向に、2・3つめの端子につけた連装砲は真横に、4つ目の端子に取り付けた発艦レーンは目の前を横切る向きに方向が定まる。その仕草をゴクリと固唾を呑んで見守っている他の面々。

 その直後那珂は右手でゲンコツを握った。その瞬間……

 

ポゥン!

ポンポン!!

 

 先程川内たちが聞いたことが連続。那珂が取り付けた単装砲と連装砲から空砲から発射されて響き渡る音だ。残りの発艦レーンは艦載機たるドローンナイズドマシンを設置していないため、無反応である。

「こんなふうに、攻撃する方向をバラバラにして撃って攻撃することもできるの。これがもう一本の腕にあるんだから、まさに死角なしの無敵ヒーロー!になれるんだよ。あたしたち女だからヒロインかぁ。」

 那珂の至極簡単そうに振る舞った動きを見て、川内と神通はこんな特殊な装備を本当に使いこなせるのかと、不安と期待・高揚感がないまぜになっていた。

 そんな二人をよそに、明石が詳細に補足する。

「川内型の艦娘の艤装はね、もともとは150年前に存在した軍艦の川内型が水雷戦隊の旗艦として活躍した歴史と実績を考慮した設計思想の下、開発されたの。砲撃よし、雷撃よし、海域の立ち回りよし、艦載機の扱いよしと、川内型の担当になる人も万能選手になれるようなね。そのために艤装は他の軽巡洋艦や駆逐艦のそれよりも少々特殊な仕様と性能を持っているんです。他所の鎮守府に着任した川内型艦娘の子たちも、この艤装を使って活躍してるそうなんですよ。とはいえ本当に使いこなしてそうなのは、うちの那珂、つまり那美恵ちゃんだけだと思いますよ。」

「やだな~明石さん。照れるじゃないですか~!」

 明らかに照れていない様子でわざとらしく身体をクネクネさせる那珂。五十鈴も明石の言に乗ってきた。

「使いこなしてそうというのは確かにそう思います。だって那珂ったら、2度も魚雷を手に掴んでぶん投げているんですもの。そんな使い方艦娘の艤装の教科書に書いてなかったからびっくりしたわ。」

 五十鈴がそう呟くと明石は那珂にその行動の真偽を確認した。

「あ~そういえばそのこと、提督も驚いたそうですよ。さすが那珂ちゃん、川内型のグローブの特殊加工をちゃんと理解して使いこなしてるですね~。」

「とくしゅかこー?」

 明石が感心混じりに言及した特殊加工、那珂はそのことを頭の片隅から呼び出そうとやや上の虚空に視線を送って思案する仕草をする。が、正直明石が期待しているような理解度ではないだろうと思い、しったかしても仕方ないので、明石に説明を求めた。

「ええとですね、川内型の教科書には特殊加工としか明言されていないんですけど、実は艦娘の武器を直接手で触っていじることができるんです。例えば、那美恵ちゃんのように魚雷を手づかみにしたりね。」

「魚雷を掴む?ここにはまってるコレですか?別に普通に掴んだっていいと思いますけど?」

 川内は不思議がって問いかける。

「いえいえ。艦娘の使う魚雷は普通の艦船が使うものとは違うんです。それじゃあお次は魚雷の説明を……」

「はい!はい!あたしに説明させてください!」

「あぁはい、了解です。」

 両手を挙げて勢い良く身を乗り出す那珂を見て、明石は説明をバトンタッチした。

 

 

--

 

「艦娘が使う魚雷は、実際の軍艦が使う魚雷とは違います。」

 そう言って那珂は自身の魚雷発射管から一本魚雷を抜き取って手に取りながら説明を再開した。

「コレ見て。魚の骨だけになったような形してるでしょ?魚雷は発射して海水に触れるとね、この頭の後ろの……魚で言うとエラにあたるくぼみのところからエネルギーの光みたいなのが噴射されるの。海中に落ちたあとは基本的には一方向に進むんだけど、撃つ前にある程度方向や途中の速度を調整することができるんだよ。そしてこの先端部分が衝撃を受けたりすることで爆発を起こすんだけど、ただ衝撃与えただけじゃ爆発しないんだ。海水に触れることで爆発する要素が発生するの。それが青白いというか青緑のエネルギー光なんだよ。そうですよね?明石さん。」

 

 ここまでの説明の可不可を確認するために明石に尋ねる。それを受けて明石は那珂に向かって頷いてから説明をひきつけた。

「そうですね。那珂ちゃんよく勉強しましたね~。それじゃあ私からいくつか補足させていただきますね。いいかな、那珂ちゃん?」

 那珂はお願いしますとばかりに頷き返した。

 

「先端の突起部分の裏側から放出されるエネルギー光は、わかりやすく言うとロケットなどでいうところの噴射です。これが何を示すのかというと、海水に含まれる成分と化学反応を起こした結果なんですね。そして深海棲艦で現在わかっている生体上、やつらをひき寄せる成分を薬品の中に混ぜているので、それらが燃焼された結果でもあります。先端だけでなく、そのエネルギー光に触れても誘爆します。」

「へぇ~。すっごい。」と川内。

「ただ当てに行くだけでなく、ひき寄せて命中率を高めることができる、という仕様です。それから魚雷の注意点です。基本的には深海棲艦に効果があるように厳密に調整された破壊力を持っていますが、人体に当たっても危険です。素手や素肌でそのエネルギー光を浴びてしまうと火傷、最悪その部分が吹き飛んでしまいます。」

「えっ、吹き飛ぶんですか!? 怖い……。」

 神通が心底不安そうな声を出す。その反応をわかっているのか明石は平然と説明を続ける。

「えぇ言葉通り、えぐられたかのように肉が消えます。だから普通の艦娘の艤装は魚雷発射管から発射することしかしませんしさせません。制服が支給される艦娘の制服については万が一魚雷のエネルギーが当たっても最悪の事態にならないような加工がされています。」

 

「制服がない艦娘は?」川内が疑問を投げかける。

「あたしとか時雨とかますみんとかぬいぬいのことぉ?」

 夕立も素直に疑問を持ったために川内の言葉に上乗せして尋ねる。それに対して明石は素早く答えた。

「そういう子の場合は魚雷発射管装置と素肌との間に少し隙間ができるよう装備されるか、そもそも触れないような部位の装着で考慮されています。艤装の設計時に数百数千人ものパターンで事前に計算されてるので、体型的によほど太ってる人じゃなければ当たらないと思います。そのあたりはみなさん、艦娘の採用試験のときに体型維持を注意されてると思いますけど。」

 

「え、あたしたちそんなこと言われてないですよ。ね、神通?」

 川内がそう言い返すと神通も頷いた。その二人の反応を見て察した那珂はぺろりと舌を出して言った。

「あ、ゴメン。そのあたりのこと二人には説明してなかったよ。てかあたしも体型のことなんて単に勤務上の健康のためだけかと思ってたけど、そういう大事な意味もあったんだねぇ~」

 那珂たちのやりとりを見て明石はにこやかに笑い、そして説明を再開した。

「体型も意外と大事なんですよ、艦娘って。そしてここからが本題です。特殊加工が制服だけでなくグローブや手袋などにもかけられているのが川内型なんです。手に掴んで魚雷のエネルギーの光と熱を浴びてもまったく感じない・火傷もしない、普通の投げる道具のように持つことができるようになっているんです。他の艦種では不知火ちゃんを始めとして陽炎型の一部の艦娘のグローブ、それからあとは五月雨ちゃんと涼風という艦娘のグローブは川内型と同じく二の腕近くまでカバーできるのがポイントですね。これらの艦娘の艤装は、その活動として魚雷のような危険物を取り扱う自由な作業が行えるような設計に長けていて、そういう使い方が認められているんです。ただ、これをちゃんとわかってフルに活用してくれてる人はどうやらいないみたいなんです。みんな普通の使い方以外のことは怖くてしたがらないってことなんですかね。」

 

 明石の説明が一区切りすると、それぞれ感想を述べだした。

「へ~!さみとぬいぬいって那珂さんみたいなことできるんだぁ~。後で教えてあげよ!」と夕立。

 続いて五十鈴は再び那珂に絡めて感想を口にする。

「なるほどね。みんなやらない理由がなんとなくわかってきたわ。危険物取り扱い……ね。魚雷を掴んで投げたりとかキックして踏み台にしたりとか、普通に武器の扱い方を学んでいたらする発想がない、そんな変わった使い方なんて怖いもの。そういう奇抜な考えを実行しちゃうのはうちの那珂だけだったと。みんながしないことを平然とする、つまり変人ね。」

「エヘヘ~あんまり褒めすぎるなよ~惚れるやろ~。」

「褒めてない褒めてない。呆れてるのよ。」

 五十鈴が示したのは呆れだったが、実際は感心も混じっていた。五十鈴の言葉をツッコミとして受け取った那珂はおどけてエヘラエヘラと笑い、五十鈴にさらにつっこまれた。

 

「生で魚雷手づかみを見た五十鈴ちゃんも相当驚いたでしょうけど、後で話を聞いた私や技師のみんなはもっと驚きましたよ。まさか本当にそこまで使いこなす人がいるなんて!とね。本当、那美恵ちゃんがうちの那珂をやってくださって技術者としても最高の研究材料になってるので助かってます。感謝ですよ。」

 明石と五十鈴、そして夕立は那珂こと那美恵の鎮守府Aでの活動っぷりを知っているので、那珂の話題をネタに話に花を咲かせた。一方で学校でもまだそれほど交流の日が深くない川内と神通の二人は那珂のすごさが実感できずイマイチ話題に乗れないでいたが、那珂こと那美恵は学外でもすごい人だというのは、五十鈴たちの姿を見てなんとなく把握した気分になった。

 ただ、二人にとってすごすぎる先輩那珂はまだまだ未知の要素が多い。

 

「魚雷はさすがにこの場では発射のデモはできませんので、訓練の実技の時に確認してくださいね。」

「「「はい。」」」

 

 返事を聞いた明石は那珂へと説明の続きを促した。那珂は自分の艤装の魚雷発射管装置を両手で持ち、自分の手前に装置のお尻、つまりは発射管とは真逆の面を向けた。川内と神通は魚雷発射管装置を重そうに回転させて同じ面を探してそこに注目した。

 

「それでは続いて魚雷の撃ち方、魚雷発射管と装置の使い方するよ。魚雷を打つ時はね、この魚雷発射管のおしりにある3つまたは4つのボタンを押すの。もちろん同調してない状態で押しても発射した魚雷からはエネルギーは出てこないから、ドボンと落ちてそのまま海底へ……って感じ。この装置にも脳波制御装置がついているらしくて、発射する前に魚雷の進む方向や速度をある程度決めることができるの。提督の本業のほうでの言い方を借りるとプログラミングって言って、魚雷に動き方を覚えさせて発射して自動的に進ませるんだって。」

 川内は那珂の説明を言葉の一部で復唱するが、その口調の軽さは理解できてないという様子を見せていた。一方で神通は自分の魚雷発射管ジッと眺めている。そんな二人の反応を見て那珂は続けた。

「あとホントなら深海棲艦の生体反応を検知して自動追尾してくれるらしいんだけど、深海棲艦の生体はわからない点が多くて、自動追尾は失敗することが多いの。だからあたしたちの考えた通りの動きで制御して当てる必要があるんだよ。使い慣れれば手動でやったほうが命中率はよくなるし。」

 

 那珂の説明の後、やはりここでも明石が補足する。

「今、那珂ちゃんが説明したのが、艦娘にとって基本的な魚雷です。私達の業界での名称は"脳波制御式超小型水雷"といいます。最新のタイプでは進行方向や速度だけでなく、任意のタイミングで起爆させることができます。あと戦況によっては音響を出して跳ね返ってきた障害物との距離と位置を自動計算して追尾する従来型の誘導魚雷などもあります。ただ深海棲艦の中には音を跳ね返さなかったり雑音をやたらめったら撒き散らす個体もいるので、従来の兵器はやはり通用しないことが多いですね。それから~……」

 

 その後もノってきた明石からは様々な専門用語が混じる講釈が飛び出す。ほどなくして全員理解が追いつかなくなり、唖然とした表情を浮かべた。夕立に至っては目を点にして口を半開きにして呆けている。

 危険な流れを感じた那珂は制止すべく慌てて声をかける。

「あ、明石さん明石さん!そのくらいで結構です。そんなに言われてもわかんないですよ!」

 那珂の珍しく素に近い焦りを含んだツッコミを受けて明石は我に返り弁解した。

「あら……私またやっちゃってましたか?」

 もう余計なツッコミはするまいと明石以外の全員は言葉なくコクコクと頷いて済ませた。

 

 

 

--

 

「それじゃあ、川内ちゃん、神通ちゃん。グローブカバーと主砲と魚雷、実際にとりつけたり触ってみていいよ。教科書読みながらでもいいからね。」

 気を取り直した那珂がそう言うと、二人は早速これまで説明を受けた内容を試すべく行動し始めた。

 川内はグローブカバーを手に取り、先ほど明石が試しにはめ込んだ主砲を触ったり回そうと力を入れて触っている。川内は、ゲームやプラモ作りなど、そういった局面でも何よりもまず開封したり電源をつけ、実物を手に取ってみるタイプだった。

 一方で神通は実物を手に取るよりも先にテキストを手に取り、那珂と明石が説明した部分のページを探して読み始めた。彼女の視線はテキストとグローブカバー・主砲・魚雷発射管などのパーツを交互に行ったり来たりし始めた。

 

((うん。やっぱ想像したとおり。きれーにそれぞれ違うやり方し始めたなぁ~))

 

 二人の艤装のいじり方・実践の仕方は、那珂がこれまで想定していたようなパターンだった。ある意味安心し、ある意味で那珂は少しがっかりした。しかしながらきっと二人は学び続けたら、そのうち自身の想像から外れたことをしてくれるに違いない。那珂はそう期待を込めて見守っていた。

 

 

--

 

 川内と神通が艤装の武器パーツをいじっている間、那珂・五十鈴・夕立はその様子をじっと見ているのももったいないと思い、なんとなしに経験者組として集まりお互いをネタに話し始めた。

 

「そういえばさ、夕立ちゃんは時雨ちゃんたちとは本当に同じ地元なの?」

「うん、そーだよ。時雨はご近所さんでぇ、さみとますみんはちょっと離れてるけど同じ街に住んでるよ。」

 

 そう言って話を続ける夕立の口からは時雨たちの昔話や笑い話などが発せられ、那珂たちに時雨たちへの認識を深めるのに役に立った。すでに数ヶ月を鎮守府で共にしているとはいえ、学年も学校もそして住む場所も異なる。那珂は夕立たちについて未だに知らぬところがあるため、もっとガッツリと話して親交を深めたいと感じていた。そしてその思いは、夕立たちよりもはるかに面識がない不知火に対してもそう感じていた。

 だが、ただ仲良くおしゃべりや外出を共に楽しむのではそれではただの女子、そんな面白みのないことはしたくない。那珂は艦娘らしい仲良しを企画したかった。那珂は艦娘同士での演習を思い出す。以前見学の際にした五月雨・村雨ら、そして着任当時に五十鈴など、片方の手で数えられるほどしかしたことないのに気づいた。

 この夏休み、後輩の川内と神通の教育をしつつ、機会があればまた五月雨らと演習試合をしたいと頭の中で考えが芽生え始めた。

 

「ねぇねぇ夕立ちゃん、夏休みはどこか出かける予定とかはあるのかな?」

 夕立は那珂からの質問にんーと思い出す仕草をして数秒経って答えた。

「多分遠くは行かないと思う。特に予定ないよ?」

「そっか。それじゃあさ、川内ちゃんと神通ちゃんがそれなりに戦えるようになったらさ、みんなで演習試合やらない?」

「えっ!?那珂さんたちと!?」

「そ。あたしたち、あまりお互いに演習しあった事ないと思うの。せっかく時間がたっぷりある夏休みなんだもの。艦娘らしいことを何かして一緒に過ごしたいな~ってさ。どうかな?」

 那珂の考えを聞いた夕立と五十鈴はやや呆けた顔をしながら相槌を打ったが、すぐにその表情を同意を表す笑顔に変えた。

 

「へぇ~いいじゃない。これから人も増えるでしょうし、私達は恥ずかしくないように強くなってないといけないわ。」

「うん!あたしもいーと思うよ。というかね、あたしは川内さんたちと一緒に那珂さんの訓練受けたいっぽい!!」

「おぉ~?夕立ちゃん、ものすごくやる気?」

 夕立の一言は那珂を喜ばせ、照れさせるのに十分だった。照れを隠しつつ確認する那珂。夕立はエヘヘと笑って言葉なく肯定を示した。

「そっかそっか~。でもあたし白露型の艤装のこと知らないからなぁ~。だったら雷撃訓練とかは一緒にやってみる?」

「うん!!それなら一緒にやりたいっぽいーー!」

 元気よく手を挙げてその意志をさらに強く示すのだった。

 

 

--

 

 那珂たちが会話している間、川内と神通はひたすら自身の艤装の武器パーツを触ったりテキストを読んで熱心に勉強していた。正式に艤装をいじり回せるということで二人とも張り切りの度合いは大きいものだった。

 川内は主砲パーツをグローブカバーに取り付けては外しを繰り返し、そして手のひらのスイッチと手首のスナップで細かく動かし、おおぉ!だの、うはぁ!だのといちいち感動の声をあげている。その次に川内の興味は魚雷発射管に移った。自身の魚雷発射管装置から魚雷を抜き取り、マジマジと眺めたり、那珂がしたと想像する投げ方を再現するなど、積極的に手を使って実際の感覚を覚えようとしている。

 神通はというとまだ本格的にいじることはしなかった。主砲パーツのみを手にとって360度回転させ、テキストと目を行ったり来たりさせて観察している。ある程度テキストを読み進めた彼女は、そこで初めて主砲パーツをグローブカバーに取り付けては外し、また取り付けた。川内とは異なり、神通は主砲パーツしか注目しなかった。興味を四方八方に散らすのではなく、一つ一つその構造や感触を確認している。

 

 ひとしきり驚きと感心を終えた川内が先に声を上げた。

「ねぇねぇ那珂さん!あたしこれ撃ってみたいんだけど。いいですかぁ!?」

 

 那珂は夕立たちとの会話を中断し、川内たちに面を向けた。

「ん~。それじゃあ午後は砲撃訓練にしよっか。それまではパーツの仕組みをしっかりおべんきょーしてね?」

 軽やかな口調だがピシャリとした言い方で川内に言い聞かせた。川内は先輩の指示に素直に従うことにし再び座る。怒られたり優しく叱られる引き金がまだよくわからないが、とにかく変に先輩の考えの邪魔をするのだけはやめようと頭に刻み込む川内であった。

 

 時間にしてまだ10時前後。昼食までにはまだまだたっぷり時間はある。次のパーツの説明のため、川内と神通の様子を見計らい、声をかけた。

 

 

--

 

「二人とも。それじゃあ次の説明行くよ。」

「「はい。」」

「次はね~、これ。」

 

 那珂は自分の艤装の置いてある場所に戻り、手にとったのは細長い鉄板、艦載機の発艦レーン(カタパルト)だった。

「これはね、小型の飛行機、ドローンナイズドマシンっていう言ってみればラジコン飛行機を飛ばすためのパーツだよ。」

「「ドローンナイズドマシン?」」川内と神通はハモって聞き返した。

 

「そ。」

 那珂は艦娘が使う艦載機、ドローナイズドマシンの説明をし始めた。決して自信を持って知ってるとは言えないパーツのため、時折明石に目配せをして自身の説明の箔を求めつつ続けた。

「あたしたち艦娘が使うのはね、そんじょそこらのドローンとは違うんだって。あたしが使ったことあるのは都の職員さんから借りた調査用の偵察機で、5~6kmくらいしか飛ばないやつらしかったんだけど、本来艦載機を使える艦娘に配備されるちゃんとしたやつは、15~20kmほど飛ぶものなの。」

 那珂の説明に川内は自身の持っていた知識で確認を求める。

「え、そんなに長い距離飛ばせるんですか!?ラジコン飛行機はもっと短いですよ。」

「そーそー。艦娘が使うのは業務用のちゃんとしたものだからね。」

 那珂は一言説明を終えると明石に視線を送る。それを受けて明石は説明を引き継いだ。

 

「コホン。補足説明させていただきますね。艦娘の使うドローンナイズドマシンは、艦種によって扱える種類が異なります。那珂ちゃんやお二人が使えるのは偵察機と分類されるものです。艦載機にはドローンナイズドチップと呼ばれる心臓みたいなものがありまして、高精度のカメラなど様々なユニットを接続することができます。」

「あの……操作はどうやって……?」

 抱いていた疑問を神通が口にした。明石は専門分野ということで引き続き軽やかに答え始める。

「はいはい。それも説明いたしますよ。艦娘の使うドローンナイズドマシンにも脳波制御装置がついています。これは艤装のコアユニットでもおなじみですね。つまりは考えたことを機械が理解して自動で動いてくれるんです。那珂ちゃんは現場で一度使ったことあるからなんとなくわかってると思いますけど、右へとか左へとか、旋回とかそういう方向転換する考えだけを検知してくれる機能が偵察機のドローンナイズドチップに備わっています。目的のために放っておおまかに方向転換のイメージをして、撮影をさせて戻すのが基本的な使い方なんですけど、細かい調査をしたい場合はあらかじめ偵察機と通信を認証しておいたスクリーン機器に映像を映しだして、見ながら動かすこともできます。前回那珂ちゃんがしたのは後者のほうで、こちらのほうがより安全に確実に操作できます。」

 

「考えただけで……。艤装の本体だけじゃないんですね。」

 神通の口調は静かなものだが驚きを持っていた。

「那珂さん、そんなの使ったんだ。すっごーい。」

 川内はその仕組がわからんという雰囲気を出していながらも、とにかく驚きを示していた。

 

「ちなみに那珂ちゃんたち軽巡洋艦が一度に操作できる艦載機は1機まで。重巡洋艦は2~3機。空母の艦娘は一度に4機を扱えます。那珂ちゃんたちは扱えないので詳しい説明は省きますが、空母の艦娘が使う艦載機は攻撃能力を持つことを許された種類です。方向転換のイメージをしつつ、攻撃のイメージもしなければいけないので、扱いが難しいんですよ。ちなみに彼女たちにはメガネなどの装着型のスクリーンの着用が推奨されています。そうしないと複数機の艦載機を扱うのは果てしなく難しいですからね。」

 

「ほぇ~……。空母の艦娘ってあたしたちよりすごいんだぁ~。てか難しいんだ。あたし軽巡でよかったかも?」

「ウフフ。那珂ちゃんならもしかすると案外空母としてもやれちゃったりするかもですね。」

「いやいや!買いかぶりすぎですよ!」

 那珂が感心していると明石はヨイショ気味の茶化しをした。リアクションする那珂には半分本気の照れが交じっていた。

 

「それでは那珂ちゃん、説明バトンタッチです。レーンの存在意義と使い方はわかってますよね?」

「はい。お任せ~!」

 那珂は明石から説明のバトンを譲り受けて説明を再開した。

「あたしたちが艦載機を使う場合はね、このレーンから発射させます。このレーンは、あたしたちの艤装と艦載機の通信を認証するための装置も付いてます。だからこれなしで単に艦載機をぶ~~んと投げて飛ばしたって、それはあたしたちとはなんの関係のもない、ただのドローンになります。んで、ほどなくして墜落します。だって操作する人がいないだもん、当たり前だよね?」

 ペロッと舌を出してウインクをしておどける那珂。那珂の説明にピンと来たのか、川内が用語を発した。

「あ~、なんかわかってきましたよ。それカタパルトっすね?いわゆる射出機。」

「そうですそうです!川内ちゃん詳しいですねぇ。」明石が素直に感心する。

「アハハ。あたしプレイしたゲームでそういうの出てきたことあるので知ってるんです。」

「お~さすが川内ちゃん。ゲームがからむと物知り~!」

 川内が件の機器を知る原因を語ると、那珂も納得の表情を浮かべる。ゲームや漫画に絡めると途端に理解力が高まる、理由はどうあれいいことだ。那珂はそう感じて川内の評価を大幅上方修正し、そして続けた。

「実際に使うとね、頭の片隅に"あ、今この偵察機こうやって動いてるな~"って感覚があります。慣れてないと自分の頭の中に誰か別人の考えが混じってくるような違和感がすごくあると思うけど、まあこのあたりもやり始めれば問題ないと思う。あたしはいきなり実戦で本格的に使って内心ちょっとびっくりしたから、二人には実戦前に何度も練習してしっかり慣れてほしいな。」

 

 那珂の説明が一区切りした。川内も神通も主砲パーツとは違う未知の操作をすることになる機器の概説を受けて頭の中が整理できていないという様を見せている。しかしなんとか理解をしようと二人とも発艦レーンとサンプルの艦載機を交互に眺め続けている。

 

「これも実際に試すのは後日ってことでね。それまではちゃーーんとテキストも読んでお勉強してね」

「「はい。」」

 その後、またしばらく艦載機とレーンをいじらせた那珂は時間を見計らい、次のパーツの説明に移ることにした。詰め込み過ぎるのも二人のためにならないと判断した那珂は、簡単そうなところでスマートウェアの操作の使い方を中心に教えた。先ほどの主砲パーツを絡めて弾薬エネルギーや艤装の燃料エネルギーの確認の仕方を二人に説明し、午前中は終わりを迎えた。

 

 

--

 

 昼食のため本館に戻る那珂たちとは別に、明石は自社の社員と昼休憩を取るため工廠内に戻っていった。那珂たちはお昼は先週と同様に4人揃って行こうとしたが、今回は夕立がいる。そしていずれ五月雨と村雨も来る。那珂は本館に戻る途中で全員にお昼をどうするか尋ねた。

 

「ねぇみんな。お昼どーする?」

「またあのファミレスでいいんじゃないですか?」川内がまっさきに反応した。

「ねぇ夕立。五月雨たちはいつごろ来るの?」

 五十鈴が夕立の方を見て尋ねた。すると夕立は両腕をぐるぐると回して大きめの背伸びをして答える。

「わかんなーい。でもそろそろ来るっぽい?」

「あなたね……。友達ならせめて二人の予定くらい確認しておきなさいよ。」

 五十鈴の小言は夕立の左耳から右耳へと通り抜けていくだけだった。彼女の反応を見て五十鈴は注意するだけ無駄だと悟り、はぁ……と一つため息をついた。

「よっし。じゃああたしが連絡するよ。」

 執務室に戻ったあと、那珂は宣言通り早速五月雨にメッセンジャーで連絡を取った。

 

「こんちは五月雨ちゃん。今どこ?鎮守府にはいつごろ来る~?」

 ほどなくして返事が来た。

「こんにちは!ええとですね、今ますみちゃんと一緒に地元の駅にいます。」

「ほう。それじゃあお昼は一緒に行けるかな?」

「今からですと午後1時過ぎちゃいますけどいいですか?」

「問題なっし。あたしたちもこれから着替えて駅に向かうから、待ち合わせしよ。」

「はい。了解です!」

 

 五月雨と話をすりあわせた那珂は川内たちと一緒に外に出る準備をし、五月雨たちとの待ち合わせに待ち合うよう時間を調整して鎮守府を出発した。鎮守府前のショッピングセンターからバスに乗った那珂たちは数分後駅前についた。

 まだ五月雨たちは来ていなかった。

 

「あっついなぁ~ねぇ那珂さん。さきにファミレス入っておこーよ。」

「まぁまぁ。もう少し待ってあげよ。」

 川内が愚痴と提案を口にするが、那珂は一行がいる改札前から動かないことを決めているのかやんわりと拒否した。二人の間では神通がその様子を受けてじっとしている。

 

「ねぇねぇ五十鈴さぁん。あたし買い物してきていーい?」と夕立。

「なに買うの?」

「飲み物!」

「はぁ。行って来なさい。」

「はーい!」

 そう返事をして夕立は近くにあるコンビニへと走っていく。その姿を見て川内も名乗りを挙げて夕立についていく形で駆け出していった。

「あ!あたしもちょっと買ってくる。夕立ちゃーん、ちょっと待って~」

 

「あの二人は……なんと言えばいいのか、欲望の赴くままに行動してるって感じね。」

「アハハ。それはいえてるかもね~。」

 コンビニへと駆け込んでいった夕立と川内を横目で見て五十鈴はぼそっとつぶやいた。そのつぶやきにケラケラと笑って那珂は相槌を打ち、神通は笑いを隠すように僅かに顔を下向きにして苦笑いをした。

 しばらく経って夕立と川内がコンビニから戻ってきたのと同時に天井のその上から電車の音がゴウンゴウンとした。改札口に一同が視線を送っていると、ほどなくして見知った顔が姿を表した。

 五月雨と村雨である。

 

「おーーーい!!五月雨ちゃーん!村雨ちゃーん!」

「さみー!ますみんー!」

 まっさきに声をかけたのは那珂であった。次に夕立が親しい間柄で使われるあだ名で二人に呼びかけた。他の面々は声を出さずに軽く手を振って合図を送るのみである。

 改札を通って小走りで駆け寄る五月雨と歩幅広い歩みで近寄ってくる村雨。

 

「あー、さみ多分つっこけるっぽい。」

夕立の何気ない一言に那珂を始めとして高校生組はなにもないところでそんなまさかと鼻で笑うが、次の瞬間可愛い悲鳴が響いた。

「きゃっ!?」

 五月雨は那珂たちにかなり近寄ってきたところで夕立の言葉どおりに足をつっかけて転びそうになる。さすがに完全に転ぶところまではいかずに済んで胸を撫でおろしつつ那珂たちの目の前で歩みを止めた。その後ろからはのんびりマイペースに村雨が程よい距離で立ち止まる。二人が側に来ると夕立は隠してない聞こえやすい独り言を言った。

「さみってば期待を裏切らない良いキャラっぽいー」

「えっ?」

「ううん、なんでもないよ。こっちの話ー。」

 夕立の言葉の意味がわからずポカンとした顔をする五月雨だった。

 

 メンバーが全員揃ったことで那珂が全員に向かって声をかけた。

「あとは時雨ちゃんだけど、どうしよっか?」

「あ、あの。時雨ちゃんはお家の用事でまだ帰ってこないみたいです。だから気にしないでいいと思います。」

 五月雨が説明をすると、すぐに思考を切り替えて那珂は全員に向けて言った。

「そっか。それじゃあお昼食べて鎮守府いこっか。」

 

 

--

 

 その後おなじみのファミリーレストランに行き、思い思いの食事と会話を楽しんだ那珂たちはレストランを後にし、徒歩で海岸沿いまで進み、そのまま沿って鎮守府のある海岸沿いまで歩みを進めた。

 

 

「そういえば、那珂さん。川内さんたちの訓練を監督してるってこの前メッセージにありましたけど、いかがですか?」

 五月雨が質問すると那珂は一瞬川内たちを見た後、振り向きの勢いの反動でもって五月雨の方に向きなおしてニコッと笑って答えた。

「今のところじゅんちょーかな。そうそう。夕立ちゃんにも話したんだけどさ、五月雨ちゃんと村雨ちゃんにも今後訓練手伝ってもらいたいんだ。時間があるときでいいからさ。どーかな?」

 那珂のお願いに五月雨も村雨も一切の溜めをせずに快く返事をして那珂の気持ちを満足させた。

 

「なんか……あたしたちこのあと大変な訓練になったりしませんよね~?」

 わずかにおののく川内と、その隣でさらにうつむく神通。二人の反応を見た那珂は二人に茶化しを入れた。

「それは川内ちゃんと神通ちゃん次第かなぁ~? それにしても下の学年の先輩が大勢出来てよかったねぇ~~~」

「うっ、それはそれで気まずいなぁ。」

「は……恥ずかしくないように頑張り……ます。」

 二人の反応に那珂以外の少女たちはアハハと笑い合うが、それは暖かく見守るという意味での微笑みだった。

 

 その後鎮守府に着いた一行は五月雨たち中学生組は待機室に、那珂たちは一旦更衣室に行った後再び工廠脇へと行った。夕立は五月雨たちと一緒に向かったため、午後の訓練はいつもの4人となった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

砲撃訓練

 この日は曇り気味で日差しが弱く、耐えられない暑さと日差しではなかった。この天候を理由に川内は午後はいつもより早く訓練を再開したいと願い出ていた。那珂は五十鈴と顔を見合わせ、どうするか話し合う。

 

「どうしよっか、五十鈴ちゃん?」

「どうしようって言われても……。いつもより日差しが弱いとはいえどんな気候でも熱中症になるときはなるわよ。私は提督の指示を守りたいわ。彼に余計な心配をさせたくないもの。」

「うーん、私はどっちかっていうと今回は川内ちゃんの味方かなぁ。」

「だったらあなたの思うままにしたらいいじゃない。」

「まぁ五十鈴ちゃんの意見もわかるけどね。工廠内に屋内訓練場みたいなのがあれば一番いいんだけどなぁ~。」

「だったら行って明石さんに聞きましょうよ。」

 

 五十鈴の意見ももっともだと判断し、那珂はひとまず工廠に向かうことにした。もし自身のあてが外れて屋内訓練場がなければ、工廠の一角を借りて引き続き艤装の各パーツの説明と触ってもらう程度には進めようと考えていた。

 工廠についたが明石がいない。

 そうか。本館に行って提督の代わりに建設会社の社員や大工と話をしているのか。

 そう気づいた那珂は事務室に行って明石の同僚の女性技師に尋ねることにした。

 

「ゴメンなさいね。そういう施設は工廠の中にはないの。」

「そうなんですかぁ~。あたしたちが座って午前中みたいなこと出来るスペースがあればいいんですけれど、残念です。ところで工廠ってこれだけ広いけど、艦娘以外には何に使われてるんですか?」

 那珂がさらに質問すると女性技師はそれに軽やかに答え始める。

「艦娘以外はね、一般船舶の修理とかも一応請け負っています。その関連の設備があるからそれが結構スペース取ってるの。どうしてもっていうなら、屋内の出撃用水路の側ならいいですよ。あそこは艦娘専用のスペースだから。ただ床はちょっと汚れてるので、シートかパイプ椅子でいいなら貸すけどどうする?」

「あたしはどこでもいいですよ。」

 川内が答えると神通も頷く。後輩二人が従う意を示した為、那珂は皆の健康と訓練の早急な再開の意欲を満足にさせるためにもこの日の午後の訓練はまずは工廠内で行うことを決定した。

 とはいえ工廠内ではさすがに訓練用の弾を使ったとしても派手に行うことはできない。那珂たちが指定されたのは出撃用水路がある、艦娘専用の区画だった。水路の周りには那珂たちはまったくわからないが大事そうな機材がある。

 結局那珂と五十鈴は各装砲の具体的な紹介、水路に向けて空撃ちさせるなどの控えめな訓練とさせた。

 

 

--

 

 その後川内と神通は那珂から休憩の指示を受け、砲撃訓練を再開した。1時間ほど続けると、二人の構え方や主砲パーツの扱い方は様になり始める。その様子に那珂は満足気な視線を送った。

 ふと那珂が時計を見ると、時間は4時近くになっていた。頃合いもよいと判断し、川内たちに声をかける。

 

「よっし。それじゃあ今度はプールでするよ。実際に的に当ててやろーね。」

「的ですか?テレビとかの射撃でよく見るアレですか?」

 川内が素早く反応した。

「そーだよ。ちょっと待っててね。出してきてもらうから。」

 

 そう言って那珂は出撃用水路の区画から離れ、一人で事務室のある区画まで戻ってきた。近くにいた技師に事を伝えると仕舞ってある場所を教えてくれたので早速運び出す。

「へぇ~こういう的なんですか。」

「うん。そーだよ。あたしも訓練してた時はこれ使ってたよ。これ面白いブロックになっててね。訓練用の弾薬エネルギーや魚雷が当たるとその爆発で砕け散ることは砕け散るんだけど、組み立てればまた元通りに戻るの。つまり再利用可能な道具ってことだね。」

「へぇ~。」

 さきほどと全く同じ呆けた声をあげる川内。

 那珂が指し示した的、それは複数あったがそのいずれも形が若干異なる、所々が白黒になった金属体だ。色違いの部分がブロックになっており、面と面を別の面に触れさせることで付着し、全体としての形を変えることができるものだった。

 訓練用の弾薬エネルギーおよび魚雷に反応し、実際の効果よろしく、角度、エネルギー量等を瞬時に計算して破壊された形を取る。つまり自己分解し、個々の小さなブロックの集合体になる。実際の出撃で使われる本番用の弾薬エネルギーでも似た効果は臨めるが、的(ブロックの集合体)の耐久度の限界を超えてしまうため、破損してしまう。

 

「訓練用の弾薬エネルギーを入れてもらうから、今度こそ思いっきり撃ちまくっていいよ。」

 那珂の開放的な指示に川内はもちろん、神通も安心感と高揚感を抱く。そして4人は自身の艤装を一旦技師たちに預けて訓練用の弾薬エネルギーを注ぎ込んでもらい、的を持って演習用水路から飛び出していった。

 

 

 

 水路を伝ってプールに進入した那珂は的をプールの端に投げ置いて自身らは向かいになる逆の端に移動して川内と神通に指示を出した。

「さて、改めまして。今回はあの的を撃ってもらいます。砲撃があたしたち艦娘の最も基本の攻撃方法だから、しっかりと感覚を掴んでね。今日に限らず今後も自主練必須だヨ。撃ち方はついさっき空砲で感覚を掴んだと思うけど、実際に的を狙うのはまた感覚が違うと思うからまずは10mくらいの距離から撃ってみて。使うパーツは自由、とにかく的に当てることだけを考えて自分で撃ち方とか立ち位置とか工夫してみてね。ある程度的が砕けてきたとあたしか五十鈴ちゃんが判断したら、距離を変えてもらいます。いいかな?」

 

「「はい。」」

 那珂の指示に返事をする二人。川内は来る前に両腕にはめていた単装砲・連装砲をマジマジと見つめてすでに撃つ気マンマンでいる。深呼吸を終えた神通は左手につけた連装砲を川内と同じように眺め、僅かに高ぶる気持ちを落ち着けるべくもう一度深呼吸をした。

 

 那珂の指示後、川内と神通は自身の狙うべき的と直線上の10m手前に立った。二組の間は5~6mほど離れている。そんな二組に、川内には那珂が、神通には五十鈴が監督役として後ろから見る立ち位置になっている。

 

「それじゃあ始め!」

 

 那珂が合図をすると、早速とばかりに川内は右腕を前にスッと伸ばし、手の甲に位置する単装砲を操作し始めた。

 

「えーっと、たしかこうやってこうして……と。よし、砲身が降りてきたぞっと。そんでこうして……もう片方も。」

 川内は各部位のスイッチを押して手首をクイクイッと動かし、砲架と砲身を指先に向かせる。続いてもう片方の手のグローブに取り付けた連装砲も向きを調整する。そして左腕も前に出し右腕よりやや低くして並べ、川内は腕と腕の隙間から10m先の的を睨みつけた。両親指は人差し指の付け根の脇に軽く添えて位置を微調整する。

 そして……

 

カチリ

ドゥ!

ドドゥ!!

 

 川内が単装砲と連装砲から放った弾はまっすぐ、しかしやや角度をつけて飛んでいき、的に当たる頃には交差するように右の単装砲の砲撃は的の右側に、左の連装砲のは的の左側に当たり的の左右の一部をバァンと砕いた。

 

「よっし。まずは側面に命中か。やっぱ実際に撃てるとわかりやすくて楽しいわ~。」

 自身の砲撃が当たったことを目の当たりにした川内はガッツポーズをして鼻歌交じりに次の砲撃をすべく両腕を構えて的を狙い始めた。

 

 

--

 

 神通が何度も深呼吸をする隣、5mほどの距離があるが隣では川内がいち早く砲撃を始めていた。神通は自分も早くせねばとやや焦り始める。

 左腕をゆっくりと上げて目線に対して水平になるように動かす。神通は連装砲を左腕のグローブカバーの手首の少し手前にある2番目の端子に取り付けていた。神通は一通りの端子の試行で、手の甲にあたる1番目よりも2番目のほうが扱いやすいかもとコツを掴み始めていた。1番目の端子に取り付けては、砲架や砲身を調整する際に同時に手首が動く。そんなの欠陥ではないかと思える状態になることを神通は気にかけていた。瑣末な物事が気になる質の神通は違和感を持ったことはなるべく避ける。

 

 左腕を前方やや右、1時の方向にまっすぐ向けて中指を曲げて2番めの端子のスイッチを押し、手首をクイクイっと動かす。腕自体は目線を横切るように位置しているが、2番めの端子に取り付けた連装砲の砲架と砲身は的めがけて0時の方向を向いていた。

 再び息を吸って吐く。鼓動がトクントクンと感じられる。初めて実際に敵たる的を狙う行為。意識してしまい、どうしても緊張が取れない。

 神通が再び深呼吸すると、後方にいた五十鈴が神通に声をかけた。

「どうしたの?」

「いえ。どうしても……気持ちが高ぶって落ち着けないので。」

「気持ちはわかるわ。私だって訓練当時はものすごくドキドキしたもの。でも一度撃ってしまえば気持ちも落ち着くというか慣れるわ。さ、やってごらんなさい。」

「はい。」

 

 背中を押された感もあり神通は最後の深呼吸をした後、改めて的を凝視し、左腕を構えた。

 

 

カチリ

ドドゥ!!!

 

 

 神通の砲撃は的の右側頭部に相当する部分をかすめた。

 

「へぇ、初めてにしては良い位置ね。今の感覚を忘れないでもう一度やってご覧なさい。」

 五十鈴がストレートに褒めてきたために顔を俯かせる神通。やや頬が赤らむ。僅かに熱を帯びたためにそれに気づく。しかし照れはすぐに収まる。先輩の言うとおり忘れないうちに今さっきの感覚で撃ちたかったからだ。

 再び構える。的をまっすぐ見据えると、先程砲撃が掠めたと思われる側頭部付近から僅かに煙が立ち上がっているのに気がついた。神通は思案する。さっきの角度よりもほんの少し右下。そう確認した神通は左手のトリガースイッチを押した。

 

 

ドゥ!ドゥ!

 

バッシャーン!

 

 今度の神通の砲撃は的の左下半身を数cm離れて流れていき、プールの水面にあたって水しぶきを巻き起こした。狙いがというよりも前に伸ばした左腕の方向がほんのわずか1時の方角に寄りすぎていたためだった。しかし自分の問題に気づかない神通は五十鈴の方に振り向いて尋ねた。

「五十鈴さん、当て方とか調整の仕方で何かポイントとか……ありますか?」

「うーん。そうねぇ……。」

 

 五十鈴は神通の腕の角度のズレに気づいていた。他にも撃つ時の体勢を工夫してみることを提案し、包み隠さず伝えることにした。

 五十鈴からアドバイスを受けた神通はややうつむいて目を細める。その仕草はしょげたわけではなく、純粋にアドバイスを頭の中でとき解いて理解しようとしているためであった。そんな神通を黙って見守る五十鈴。

 ほどなくして顔を上げた神通は的の方を向き、再び構えて狙いを定め始めた。

 

 

--

 

 那珂は川内が砲撃する様をじっと見ていた。川内の砲撃は彼女が水上移動練習をしていたときのように大雑把なように見えた。しかし回数を重ねるとその大雑把さは大胆さに変化し、精度はゆるやかに上がってきていた。

((さすが川内ちゃんはゲームやってるだけあるなぁ。もう完全にコツを掴んだみたい。・・・命中した分と同じくらい外しまくってる感じだけど。))

 川内は最初はまっすぐ棒立ちで砲撃していたが、そのうち工夫をし始めしゃがみ撃ち、左右に立ち位置を変えて撃つなど様々な撃ち方を試していた。その分だけ外す回数も多かったが、いずれの撃ち方も最終的には命中した回数が外した回数を上回った。那珂は目に見えて成長していく川内の姿を大満足に感じていた。

 

((川内ちゃんの物怖じしなさと大胆さと成長度、これは絶対うちの鎮守府の強い艦娘になれるかも。あたしもうかうかしてられないや。))

 

 しばらく川内の砲撃を見ていた那珂は、一度だけチラリと川内の隣の水域で練習している神通を見た。神通の後ろでは五十鈴が那珂と同じように立って神通の砲撃する様を観察していた。ちょうどその時は神通が後ろを向いて五十鈴に話しかけて何かを相談している時だった。それを目の当たりにして那珂はわずかにコクリと頷いて納得した表情になり自身の視線を再び川内へと向けた。

 

 

--

 その後的を半分以上破壊した川内は那珂の指示でもう10m後退して20m距離で砲撃訓練を続けることにした。川内の目の前には下半身に相当する部分しか残っていない的がぷかぷかと浮いていた。それを見て気づいた川内は那珂が立っている背後へ振り向き言った。

「あのー。的あんだけ壊しましたけどどうすればいいですか?」

「おぉ!?そーそー。破壊し終わったらちゃーんと元通りに組み立てなおさなきゃいけないんだよねぇ。神通ちゃんのほうが落ち着いたら探してみよっか。」

「えー、めんどい。」

「コラ!文句垂れない。」

 

 本気で面倒くさそうに気だるく愚痴をこぼす川内であった。

 

--

 

 一方の神通は的を半分どころか前面をわずかに破壊することしかできずにいた。

 その様子を後ろから見守る五十鈴。神通の進みの遅さに気づいた那珂は五十鈴の側に移動し、状況を確認した。

 

「ねぇ五十鈴ちゃん。神通ちゃんの様子だけど……どう?」

「ものすごく時間をかけてるわ。そのせいでなかなか的の破壊が進まないでいるの。動きをつけてみたらとは提案したけど、それも実践できていないようだし。」

 五十鈴は額を僅かに抑えながら神通の背を見て語る。那珂もその視線に釣られ、しばらく神通の様子を見ていることにした。

 

 神通は左腕2番めの端子に付けた連装砲の二本の砲身の隙間から的を狙い見るようにしていた。腕の角度はこれまで数回の砲撃で感覚を掴みかけていた。そのため初めて的に当てられたときの腕の位置を必死に思い出しては固定する。それで砲撃をするが、なぜか当たらない回もあった。神通はそれが納得できず、わからないでいた。しかしそれを五十鈴に毎回尋ねるほど厚顔ではないしそんな度胸はない。それゆえ神通は最初に掴んだ感覚が復活するまで毎回集中してから撃つことにした。

 

ドドゥ!!

 

 この回は的の右半身中央付近をかすめた。脇腹に相当する部分がわずかに砕け落ちる。近い。近いが感覚が違う。神通は腕はそのままながらうつむいて目を細めて自身のいる水面をしばらく見つめていた。

 やがて自分の身体がかすかに揺れていることに気がついた。波の立たないはずのプールで揺れるのはおかしい。神通の視線は水面から自分の艤装の足のパーツに移っていた。そこで初めて足のパーツから出る波動に気がついた。

 浮力制御が相当効いているとはいえ、波の強弱に合わせ装着者の体重や立ち方、重心のかけ方を緻密に検知して浮力を調整するのが足のパーツ、艦娘の主機なのだ。

 もしかしてと思い神通は顔を上げて目を細めて的を見る。10m先の的もかすかに浮き沈みをしているのに気がつく。なるほどと、頭の中にかかっていたもやが急に開けた感覚を覚えた。深く吸い込んで吐いた呼吸が非常に気持よく感じる。

 

 一度左腕を下ろし、もう一度深呼吸をした。そして左腕をまた上げて再び2本の砲身の間から的を見据えて狙いを定める。視界が開けると同じ物を見てもこうも違うものなのかとわずかに口の両端が釣り上がりにやける。

 次の砲撃の際、神通は的が自身から見て右に僅かに傾いたのを確認すると、左腕の角度を右にごくわずかに傾けてからトリガースイッチを押した。

 

ドドゥ!!

 

ズガァ!

 

 神通の連装砲から放たれた2つのエネルギー弾は2つとも的に命中し、前面を破壊した。

 再び的の浮き沈みをじっくり観察し、再び引き金を引いて撃ちこむ。

 

ドドゥ!!

ズガァ!

 

 連続で命中した。前2回と同じくらいの時間をかけた後三度撃つ。それも命中する。

 

 後ろで神通を注視していた那珂と五十鈴は、急に神通の砲撃の命中率が高まったことに驚愕した。那珂は神通が完全にコツを掴んだことを察し、五十鈴の肩に手を置いてつぶやいて去った。

「もう大丈夫そうだね。神通ちゃんってば驚異的な観察力だよ。」

「そうね。砲撃の合間の観察がまだ長いけど、すごいわこの子。」

 素直に感心する二人をよそに、神通は後ろの二人がなぜ自分を生暖かい目で見ているのかよくわからずに背中がムズムズするような感覚を得て気恥ずかしさを増した。

 そして川内に遅れること十数分後、半分以上破壊して五十鈴から認められた神通はようやく那珂たちの次の話題に加わることができた。

 

 

--

 

「それじゃー二人とも。壊した的をなおそっか。」

「「はい。」」

 

 那珂と五十鈴が率先して的のあるポイントまで移動し、川内と神通が後ろをついていく。4人は的のあったポイントの周囲を行ったり来たりし、爆散した的のかけらたるブロック体をひたすら拾い集めた。的のかけらはそれぞれを手や足などでグッと抑えて固定すると、すぐにドンドンくっついて戻っていくが、当初那珂たちが持ってきた形に戻らない。

 厳密には戻すことはできるが、的の修復をすべく触っている人物の感性に寄ってしまう。白黒の小さなブロック体は、わずかな接面であってもまるで半田ごてで接合したかのごとくくっつく。それゆえ、その形をいくらでも変えられる。

 那珂たちが運びだした当初の形は、前回別の艦娘が使った時に組み立てた形なのだった。

 

「那珂さん……これ、前のような形に戻らないんですけど。まずくないっすか?」

「ん?別にいいのいいの。これ決まった形を持ってないから。前誰使ったかわからないけど、その人が組み立てなおしたときの形だもの。まー、好きな形を作って的にしてねってことで。」

「へぇ~!そうなんですか。」

「……便利にできてますね……でもなんだかアバウトな感じも。」

「アハハ。神通ちゃんツッコミありがと~! あたし造形には詳しくないから、二人で適当な形に作り変えちゃっていいよ。」

「って言われてもなぁ。図画工作みたいで興味あるっちゃあるけど。」

「……狙いやすい形とか……いけませんか?」

「あらなんだか珍しいわね。神通がそんな要望言うなんて。」

 五十鈴が軽く突っ込むと神通は顔をうつむかせてしまう。もちろん五十鈴は本気で冷やかし目的で突っ込んだわけではないので素早くフォローの言葉をかけて気分を戻させた。

「冗談よ。そんなに気にしないでちょうだい。」

「アハハ、神通ちゃんの気持ちもわからないでもないかな。まー、どんな形にするかはお任せするよ。」

 那珂が再び促すと、最初はしぶしぶといった様子で的の破片を戻し始めた川内と神通だったが、やがてノリだしたのか二人ともほぼ無言で工作に没頭し始めた。。

 やがて工作に満足した二人が的から離れると、そこには破壊する前とは別の形になった的が浮かんでいた。

「「……。」」

 無言で的を見つめる那珂と五十鈴。那珂はそうっと呟いた。

「まぁセンスは人それぞれだよね。うん。」

 そんな反応をする那珂に川内は説明する。

「本格的に作るならもーちょっと落ち着いた場所でやりたいですし、早く砲撃訓練再開したいのでてきとーにしました。」

 川内が素直に述べると神通もコクリと頷いて右手でサッと自分の組み立てた的を指し示した。

「うんうん。二人とも優先順位わかってるよーでなによりです。それじゃー再開しよっか。」

 

 

--

 

 新たな距離でも川内は一切気にすることなく、最初に直立、しゃがみ、左右移動しての砲撃を一通り試しながら感覚を掴んでいく。一方の神通は撃つ直前に腕をかすかに動かしはするが、身体全体は直立した状態で砲撃を続けていた。艤装の補正で視力も高まるとはいえ、成人男性の腰ほどの大きさしかない的を肉眼で的を狙って確実に当てることに二人共難儀な様子を見せていた。

 

「う~~的が大きいから当てられるといえば当てられるし結構普通に見えるけど、それでも当てるのきびしくなったなぁ~。ねぇ那珂さん。那珂さんたちはこの距離でも全部当てられるんですかぁ?」

 川内は振り向いて那珂を見て言った。

「まさかぁ。普通に数発は外すよ。艦娘の視力による狙える距離はね、もともと目が良い人もだけど艤装との同調で高まる能力で、肉眼で乳幼児サイズの敵を認識して安定して狙える距離が100m前後までらしいの。だからその限界の距離で全弾でなくても命中率を上げることはポイントなんだよ。ちなみに艤装の自動照準調整機能を使うと、もっと距離が開いても命中できるようになるよ。まぁそれも同調で視力が良くなっていることが大前提らしいんだけどね。」

「あ~。同調したら異常に目が良くなるのは最初はビビりましたよ。てか那珂さんは元の視力いくつですか?」

「ちなみにあたしは元の視力どっちも1.5だよ。ちなみに今この那珂の状態であの的はこの距離でも普通に当てられるよ。」

 そう言って那珂は自身と的の間に誰も居ないことを確認したうえで右腕を上げ1番目の端子につけた単装砲から砲撃した。その位置は川内の位置からは1.5mほど後ろであるが、腕を水平に上げて3秒もしないうちに砲撃して的の中心よりやや斜め右下に命中させた。那珂のその様を目の当たりにした川内は羨ましがって愚痴をこぼす。

「うわぁ……那珂さん構えてから狙うまでみっじかぁ!いいなぁ~あたしも視力大体同じくらいなはずなんですけどねぇ。那珂さんくらい普通に素早く当ててみたいなぁ。」

「アハハ。それは経験の差ということで。あとは視力良くなるやつグッズとかテキトーに試せば~?」

「う……那珂さんすっげぇ他人事みたいに。」

「だってぇ~他人事だも~ん。」

 那珂は右手と人差し指をクルクル回して川内を茶化しわざとらしく突き放す仕草をした。

「それじゃあ神通みたいにメガネかけよっかなぁ~。てかメガネかけるって艦娘はどうなるですか?」

「どうなるって……。別にそのまんまメガネの度分見えるようになるだけだと思うけど。でも視力自体は元のより良くなってるから外しても支障ないかな。あとは本人次第だけどね。」

「ふ~ん。でも今の神通はメガネかけてる分、あたしより有利ってことだよねぇ。なんかずるいなぁ。」

「ホラホラ。視力悪い人のことそんな風に言ったらいけないよ。割りとマジで死活問題なはずだし。」

「はいはい。わかってますって。」

 

 川内から話しかけられてつい那珂はそのままおしゃべりを続けていたことに気づき、川内に発破をかけて訓練に戻させた。その後10分ほどの砲撃訓練の後、川内と神通に指示を出して中断させた。

 

「はーい!二人とも。やめ!」

「「はい。」」

 

 

--

 

 那珂の合図に川内と神通、そして五十鈴が振り向きそして近寄っていった。

「お疲れ様でしたー。今日はこの辺でおしまいにしておこっか。どう?疲れたでしょ?」

 那珂が3人が近くに来たのを待ってからそう尋ねると、川内と神通はすぐさま愚痴をこぼし始める。

「はい。めちゃ身体を動かしたわけでもないのに、なんか疲れたっていうか。なにこれ?」

「私も……この疲れ変な感じです。」

 川内が手足をわざとらしくプラプラさせると、神通も肩をすくめて首を左右に傾けてコリをほぐすような仕草をする。

 

 那珂と五十鈴は顔を見合わせ、苦笑しながら答えた。

「それはまだ馴染みきってない証拠かな。同調してないと撃てない武器だから、使うときは精神的にも肉体的にも二重に疲れるの。これはひたすら訓練して慣れの感覚を艤装に覚えこませることで解消されるよ。同じことを同じ時間やって、疲れが目に見えて起きなくなれば、艤装が自分をわかってくれたってことかなぁ。」

 那珂に続いて五十鈴が説明を加えた。

「それが、人の心や精神状態を検知する機械・艦娘の艤装よ。私達の精神状態を覚えるらしくて、使えば使うほど艤装は馴染んでくるのよ、私たち自身が想像する以上にね。それに提督や明石さんが言ってたけど、うちに配備される艤装は精神が高揚していると普段よりも高出力の砲雷撃ができるそうなの。ゲームや漫画が好きな川内、あなたならこの意味わかるかしら?」

 五十鈴は言葉の最後に川内に確認を求めた。川内は一瞬呆けたが、顎に指を当てて数秒思案するとすぐに顔を上げて合点がいったという表情を見せる。

「あぁ~。よくありますよそういう設定の漫画とか。いわゆる真の力とかそんなやつですよね? それが現実にあるのがこの艤装なんですか!?」

 川内は具体的に漫画やアニメの作品例を挙げ、わざとらしく両腕や腰まわりの艤装のパーツに視線を向けて語った。それに那珂はコクコクと頷くが彼女が口に出した作品は川内以外誰もわからなかったので、その部分は無視してサクッと答えた。

「そ~そ~。だから常にポジティブに、前向きに振る舞うべきなんだとあたしは思います!まあでも常に張り切ってたら疲れちゃうから、毎日そう振る舞う必要はないかな。自分に嘘ついてまで艤装に勝手なあたしたち像を教えこむべきでもないしね。あたしたちがスムーズに活動するためにも、なるべく普段どーりの自分で艤装と付き合っていこうね。その上でたまには普段の自分の殻を破るくらいしてもいいと思うんだ。そうして艤装に覚えてもらえれば、少ない疲れで今までと同じかそれ以上に活動できるようになるはずだよ。」

 

「あるはずって……なんか肝心なところ曖昧じゃないっすか。」

 川内がツッコミをする。それに頷く神通。後輩からツッコまれて軽くおどけて那珂は答えた。

「おぅ!川内ちゃんいいツッコミ! ぶっちゃけあたしや五十鈴ちゃんも、まだまだ完全に慣れてるわけじゃないしね~。それに意図的に艤装の本当の力を使えたことないし。」

「いや……あんたは何回か発揮してたじゃないの。」すかさず五十鈴も突っ込んだ。

「……とまぁこんな感じで、いっつも他の人に言われて気づく感じ?」

「なんだか不安になる機能だなぁ。でもそういうの、バトル漫画のパワーアップ展開みたいで好きですよ。ある日覚醒するんだけど、最初はいつまたスーパーパワーを発揮できるかわからないっていう展開。いいなぁ~!いつか那珂さんにつづいて二人目の真の力発揮する艦娘になりたいですよ。」

 将来の展望を口にする川内。すると那珂は説明を付け足した。

「あ、ちなみにあたしはこの鎮守府で二人目だよ。うちで最初に艤装の真の力を発揮したのは五月雨ちゃん。そこんとこよろしく!」

「え!?マジ?本当なんですか、五十鈴さん?」

 那珂の白状を受けて川内は五十鈴に確認する。五十鈴は肩をすくめた後コクリと頷き、那珂の言葉に箔をつける。

「えぇそうらしいわ。私も提督や時雨たちから聞いただけだけどね。最初は信じられなかったけど、私は那珂との演習や合同任務のときのこいつのとんでもない動きや艤装の様子を目の当たりにしてそういうのが本当にあるんだって信じるに至ったわ。」

 そう静かに語る五十鈴の言葉に川内は頭をゆっくりと縦に大振りしながら感想を口にした。

「へぇ~~。人は見かけによらないなぁ。あのおっとりした感じの五月雨ちゃんがねぇ。ということは、あたしじゃなくてもしかしたらこの神通が、ふとしたきっかけで艤装の真の力を発揮できることがあると。」

「そーそー。そーいうこと。だからぁ、神通ちゃんがあたしや川内ちゃんをあっという間に追い抜いてうちのトップに立てる可能性も十分あるってこと。まぁ真の力は抜きにしても普通に強くなれば万々歳ですよってこと~。」

 那珂はその場でリズムをつけて跳ねたり指を振ったりして語る。言及されていた神通は恥ずかしげにぼそっと今の気持ちを口にするだけだった。

「わ、私は普通に強くなれればそれで……いいです。」

「あたしは真の力まで求めたいけど、まぁ今は早く訓練終わらせられればいいや。神通、一緒にがんばろーね。」

 川内はカラッとした意気込みを口にし、神通はそれにコクリと頷いた。

 

 

--

 

 那珂たちは使用した的を掴み、演習用水路を辿って工廠へと戻った。工廠に入り女性技師を呼ぶと、明石も工廠に戻ってきているのに気づいた。二人をを呼び寄せ艤装一式を外して受け渡す。

 

「はい、お疲れ様でした。今日一日でいろいろ説明しちゃいましたけど、わからないことがあったらいつでも聞きに来てくれていいですよ。」

「はーい。頼りにしてますよ、明石さん!」

「ご迷惑をおかけするかもしれませんが……ありがとうございます。」

 川内と神通が二者二様の返事を返す。那珂と五十鈴も軽い笑みで返した。

 その後艤装一式を仕舞って戻ってきた明石は歩みを緩やかに止めつつ思い出したように言った。

「そうそう。さっき五月雨ちゃんからお土産もらったんですよ。」

「え?五月雨ちゃん工廠に来たんですか?」と那珂。

「えぇ。戻ったら美味しく頂いてますって伝えておいてくださいね。」

「どーせ来たならプールに来て見ていってくれればよかったのに……。」

「きっと2人の訓練を邪魔したくなかったんでしょう。あの娘、ああ見えて結構気を使う娘ですから。」

「まーいいや。戻ったらナデナデプニプニして疲れを癒やしてもらおっと。」

 

 那珂の不穏な発言を聞いた那珂以外の4人は呆れながら突っ込んだ。

「ほ、ほどほどにね、そういうことは。」苦笑する明石。

「あんたは……あの娘に変なことしないで頂戴よ。」こめかみを抑えながら諌める五十鈴。

「動いてない那珂さんがなんで疲れるんすかー!」

 川内は別の点でツッコみ、神通は何かを妄想したために俯いて赤面していた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間:艦娘たちの休憩

 夕方4時を半分回った頃、那珂たちは工廠を後にし、本館へと向かっていた。本館に入るとひんやりとした風が那珂たちの顔を撫でる。訓練前にはロビーのエアコンはつけていなかったのにと那珂は不思議がるが、すぐにエアコンをつけてくれた人物が頭に浮かんだので納得の笑みを浮かべてその涼しさを堪能してロビーを後にした。

 

 待機室に直接向かう前に更衣室に足を運ぶことにした那珂たちは、工事が行われている1階東側の区画をロビーから遠巻きに見る。十数m離れている那珂たちのところからでも、ガガガガという壁か何かを削る作業音が聞こえてきて頭に響く。

「なんか……邪魔したらいけないね。」

「当たり前よ。別の階段から上りましょ。」

 五十鈴の言うことは尤もだとし、那珂たちはロビー中ほどの階段から上り、更衣室へと向かった。

 そして更衣室で着替え始める4人。本館へ来る前に濡れた制服を工廠でざっと乾かしていた川内と神通は、汗特有のやや不快な感覚をわずかに残していたので首周りや二の腕、脇など気になる箇所を拭いてから私服に着替える。それほど汗をかいていない那珂や五十鈴も同じようにざっと拭き、私服に着替える。

 

「さて、五月雨ちゃんたちはどこにいるのかなぁ~?」

 那珂が誰へともなしに問いかける。川内と神通は教わった通りの情報を口にした。

「きっと待機室ですよ。まさかお土産3人じめしてすでにお土産食べ終わってたり!?」

「……さすがにそんなことしないと…思いますけれど。」

 そんなことしそうなのはあなたと夕立さんだけですと神通は口に出しかけるが、あくまで思うに留めることにする。

 川内と神通が反応を見せる中、那珂は五十鈴が無反応なのに気づいた。

「五十鈴ちゃん?どーしたの?」

 そう那珂が語りかけると、五十鈴は自分の携帯電話をじっと見ているが、ほどなくして慌てて顔を向けた。

「えっ?な、なに?」

「いや……五十鈴ちゃんの反応がなくて寂しくなっちゃってさ~。」

「寂しいってあんた……。ところでちょっと私、用事を思い出したからこのまま帰るわ。」

 五十鈴はやや急く様子を見せて那珂たちに伝える。

「え?待機室寄って行かないの?お土産あるんだよ?」

「私の分は結構よ。あなたたちで分けちゃっていいわよ。ホント急ぐからゴメンなさいね。お先に失礼するわ。」

 五十鈴の反応が本気のものだとわかり、那珂は真面目に返事をして五十鈴が帰るのを見送った。

 

 先に帰宅した五十鈴に続いて更衣室から出た3人は普通の女子高生に戻っていた。更衣室から出たその足で3人は3階にある待機室へと向かった。

 

 

--

 

 待機室には予想通り五月雨・夕立・村雨がいた。

「あ!那珂さん、川内さん、神通さん!お疲れ様でしたー!」

「うぅ~ん!ありがとー五月雨ちゃーん!」

 ガバッ襲いかかるかのごとく那珂は五月雨に素早く駆け寄っていって五月雨を抱きしめ、彼女の頭を撫でる。

「うひゃぁ!ちょ、ちょっと那珂さ~ん。恥ずかしいですよ~。」

 本気ではないややノった遠慮がちなリアクションを取る五月雨。那珂と五月雨の様子を見た川内は当然のツッコミをした。

「ハハ……那珂さんさっそくやってらぁ。」

「ゆ、有言実行すぎます……。」先程と同じく顔を赤らめる神通もさり気なくツッコミを入れた。

 

「あれ?そーいえば五十鈴さんは?」夕立が首を傾げながら尋ねる。

「うん。ちょっと用事があるとかで先に帰っちゃった。だから五十鈴ちゃんの分のお土産、取っておいてあげてね?」

「あ、わかりました。そういうことでしたら、はい。」

 那珂の説明を素直に受け取って五月雨はお土産を取り分けた。

 

 

--

 

 五月雨たち中学生3人に那珂たち高校生3人で、しばらく歓談が続いた。話は川内たちの訓練の様子から各々の夏休みの予定など、多岐にわたる。

 

「砲撃はわかりやすくて楽しいけどみょーに疲れるよね。みんなもそうだった?」

 川内は五月雨たちに質問をする。それに真っ先に答えたのは村雨だった。

「えぇ。私たちも最初やったときは訓練終わりでバテバテでしたよぉ。」

「うんうん。運動してるんだけど、なんだかめちゃくちゃ勉強したあとの疲れっぽかった。だからあたしどっちかっていうと砲撃苦手。魚雷撃って派手にボカーン!ってやるほうがワクワクするっぽいし好き!」

 明るくケラケラと笑いながら言う夕立。それに五月雨も続く。

「私は初期艦研修でみんなとは別だったんですけど、同じ五月雨担当の人たちの中で私が一番ダメダメのバテバテで、みんなの足引っ張っちゃって。もっと体力つけなきゃなーってその時思いました。」

「まぁすぐに対策できるのが体力づくりだからねぇ。精神力とかそのあたりは艤装と数多く同調して慣れないとね~。それこそお・と・も・だ・ちになる感じで。」

「おともだちって……まぁおっしゃりたいことなんとなくわかりますけどぉ。」

 苦笑いしながら村雨が突っ込んだ。那珂のへんてこな例え発言と村雨の弱々しいツッコミに他のメンツはアハハと乾いた笑いを部屋に響かせた。

 

 

--

 

 女子6人集まり、夕方数十分経っても話されるのは他愛もない話題。この日も提督は結局鎮守府には出勤せずにいたため、少女たちの歯止めはそもそも存在しない。

 しばらく会話が続く中、神通は夕立がじっとこちらを見ていることに気がついた。神通は恐る恐る尋ねてみた。

「……え、えと。あの……夕立さん? な、何か……?」

「んーーーとさ。神通さんさ、前髪うっとおしくなぁいっぽい?」

「……えっ!?」

 自身の容姿のことに触れられた神通は思い切り驚いてのけぞった。夕立の言葉に戸惑い、反論せずに黙りこくってしまう。そんな後輩を見かねた那珂は助け舟を出す。

 

「髪で思い出した!そーいやあたしも夕立ちゃんに着任当時に髪型のこと言われたっけ。ねぇねぇ3人とも。艦娘と普段の髪型って意識して変えたりしてる?」

「えぇと~、私は……やろうとするとと誰かさんに怒られちゃうので、ちょっと…。」

「私もさみと一緒。怒られちゃう。けど、いつか変えてやろって思ってる。」

 五月雨と夕立はそれぞれの意見を口にする。五月雨と夕立が発言すると、なぜか村雨はギロリと鋭い視線を送った。那珂は一瞬気になったが気にせず話を進めた。

「そっかそっか。変えたいって気持ちはあるんだね。あたしも一緒。前に言われてさ、あたしもそろそろ艦娘としての自分の姿を決めてみたいんだよねぇ。だからヘアスタイル!あたしに似合うの何か考えてよ。あとこっちの川内ちゃんと神通ちゃんにも。ね?」

 突然の話の展開にあっけにとられる那珂以外の少女は数秒して反応を示した。真っ先に反応したのは夕立と川内だった。

 

「うんうん。前にあたしが那珂さんとちょっと話したことだよね。さっき神通さんのだら~っと垂らした前髪見てて思い出したの。」

「いいですね~。あたしは別にいいけど、この神通には可愛い髪型させてあげたいよ!ね、神通。みんなに考えてもらおうよ?」

 グイグイ来る夕立と川内に押される神通は戸惑いを隠し切れない。那珂の助け舟は結局はこの二人によって神通の一番苦手な空気の方向性に戻っていた。しかし彼女の心の中では、普段と違う自分という存在になんとも言えぬ高揚感が湧き上がり始めていたのを感じていた。しかし神通はそれを自分から口に出して言える性格ではない。

 皆から反応を黙って求められた数秒の後、神通はゆっくりと頭を縦にゆらし了解の意を示した。

「よっし、それじゃああたしと神通ちゃんの髪型、みんな考えて~。」

「「「「は~い。」」」」

 

 那珂の掛け声と共に、五月雨たちと川内はあれやこれやぺちゃくちゃ話し始めた。その光景はさきほどまでとまったく変わらないものようだが、今回は目的がしっかり決まっていたのでダラダラとした会話ではなく、中身のある割としっかりした話し合いだ。

 女性の最新ヘアスタイルの知識や流行があまりわからない川内はとりあえず音頭を取ってみたがすぐに五月雨たちが口に出す内容についていけなくなり、目をキラキラさせてじっと3人を見るだけになっていた。結局髪型の話題のアイデアを出して練るのは五月雨たち中学生組だった。

 

「やっぱ、那珂さんは今のストレートがいいと私は思うな~。」

「いーえ、さみ。それじゃあ変化がなくて面白く無いわよ。後ろはウェーブにして、前髪はふわっとした横分けの大人っぽい感じが那珂さんには似合うと思うわぁ。」

「あたしはね、もじゃもじゃっとした横髪に後ろはお団子ヘアがいいと思うよ。前も那珂さんあたしの意見にノリノリだったもん!」

「それじゃあ神通さんは?神通さんの髪型は二人は何がいいと思う?」村雨は対象を変えてアイデア出しを続ける。

「うーーーん。神通さんこそ前髪横分けでふわっとした後ろ髪が似合いそう。そのほうがその……絶対印象良くなると思うなぁ。」

 一瞬ちらっと神通の方に視線を送って五月雨は想像の評価を口にする。

「てか神通さんは前髪思いきって切ったらどーかな?後ろも別に今のようなロングじゃなくてもいいっぽい?」

 大胆なアイデアを出した夕立は同意を求めて神通を見る。天真爛漫で素直すぎる言葉しか出さない夕立の言葉に神通はまたしても戸惑いを示すも、なんとか自分の意見を口からひねり出した。

 

「え……と、あの。さすがに切るのはちょっと。」

「えーー。それだと前髪絶対邪魔っぽい。」

「ちょっとゆうちゃん!失礼だよ。」

 普段夕立を的確に制御する時雨がいないため、代わりに五月雨が弱々しいながらも制御するためにツッコミを入れる。が、基本的には誰のツッコミも気にしない夕立は五月雨の制御を振りきってアイデアを口にする。

「それじゃーさ、パーマは?」

「パーマか……それもいいわね。」

 夕立のアイデアに何かピンと来るものがあったのか、村雨は少しうつむいて考えた後、神通をじっと見て髪型を想像する。

「あと例えば……部分的にカーラー使って形付けるのもいいわね。でもそれだと後ろ髪が……なにか印象を変えるポイントがほしいわ。」

 

 中学生組のかなりの真剣かつ親身な議論を一歩距離を置いて見ていた那珂たちは、思いの外の取り組み姿勢だったことに驚きつつもその様子をあたたかく見守ることにした。

「うーん。なんか思った以上にすげーいい娘たちだわ。めちゃ真剣に考えてくれてるんですけど。」

「いや……那珂さんが依頼したんじゃないっすか。那珂さんがきちんと収めてくださいよ。ほら、神通もあっけにとられてないで。」

 那珂の言葉に川内はツッコんでその言葉の終わりで、隣にいた神通に軽く肘打して触れる。

「はい。でもあの……すごく感謝です。こんな私のために……。」

 神通の言葉の弾み具合が明らかに嬉しそうな反応だったので、川内はそれ以上言わないでおいた。

 

 

--

 

「あの~那珂さん。」

「はーい?」

 話し合いが終わったのか、五月雨が那珂に伝えてきた。

「アイデアなんですけど~。今日はもう遅いので、明日いろいろ試させていただけませんか?必要な道具も足りないので。」

「道具?」

「はぁい。私たちいろいろ持ってきます。」村雨がウィンクをして補足する。

 大掛かりなことにならなければよいがと内心ドキドキしつつ、那珂は落ち着いた返しをした。

「それじゃあ明日、期待してるよ。あたしと神通ちゃんの新しい艦娘っぷりをたっぷり演出させてよね。」

「「「はい。期待してください!」」」

 五月雨たちが考える新しい自身と神通、それがどんなものか、心の底から楽しみで仕方がない那珂であった。

 

 その日は6人で揃って本館を出て帰ることとなった。全員で戸締まりを確認してまわり本館を戸締まりした後、工廠へ顔を出し、明石たち技師に挨拶をして鎮守府を後にした。

 

 

--

 

 その夜、那美恵は一足先に帰ってしまった凜花に電話で連絡を入れた。

「おこんばんはー凜花ちゃん。」

「はいはい。」

「今日はなんで先に帰っちゃったのさー!いちおー凜花ちゃんの分のお土産、取っておいてもらったよ。」

「……ごめんなさいね。ホントにちょっと用事があったものだから。」

「そっか。そうそう!五月雨ちゃんたちがね、あたしとさっちゃんの新しい髪型考えてくれてるんだよ。明日その発表をしまーす。だから、凜花ちゃんもいつもどおりの時間にね。」

「ちょっと悪いんだけど、明日は訓練に付き合えそうにないわ。」

「え?どーして?」

「ちょっとね。でも鎮守府には行くわよ。」

「そっか。来てくれるんならお話できるからいいや。」

「それと一緒にも行けないわ。お昼前には鎮守府に着くと思うけれど。」

「えっ、そーなの?なんで?どーして?」

「……ゴメン。今は言えない。」

「うー。じゃあ聞かないでおく。」

「そうしてもらえると助かるわ。そうそう、提督が来るのは明日からだそうよ。五月雨から連絡もらったわ。」

「えっ?あたし具体的な日付けまで聞いてないけど!」

「提督と五月雨の気まぐれでしょ。」

「うーなんか悔しいぞ。」

「なんでくやしがるのよ……。」

「まぁいいや。彼も~来るんならぁ~、あたしと神通ちゃんの華麗なる変身、見てもらおっかなぁ?」

「はぁ……どうぞご勝手に。」

「いやいや、五十鈴ちゃんも見てよね?」

「わかったわかった。時間が空いたらね。」

 

 その後しばらくはとりとめのない話題を2~3やりとりし、那美恵と凜花の電話ごしのおしゃべりは寝落ちしかけた凜花の懇願によって終わった。

 




ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=62530088
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
ttps://docs.google.com/document/d/1IRzMcjzR8AMlWV3zxSwQg9kQui1z4jrBR9OPWg4nc94/edit?usp=sharing



好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

川内型の訓練3
雷撃訓練


 川内と神通は続く。雷撃訓練メインのさなか、訓練とは別方向の展開が那珂たち川内型の三人を待ち受けていた!それは、川内型の艦娘のあるべき姿に近づく一歩でもあった。

【挿絵表示】



 次の日、連絡通り凜花はいつもの待ち合わせの時間には来なかった。そのため那美恵は一人でいつもの朝早い時間に鎮守府のある駅に来た。久しぶりの一人での出勤とあって黙々と歩き、バスに乗り継ぎ鎮守府へとたどり着く。

 

 出勤してきた那美恵はいつもどおりグラウンドで走りこみをしている幸を見かけられるのかと思っていたが、グラウンドでは幸の姿は確認できない。本館裏口の扉付近を見ても幸の荷物は見当たらない。さすがに休みも必要かと思って幸探しをひとまず諦めて着替えに行くことにした。

 本館は元々開いており、工事の現場作業員が数人通り過ぎる。那美恵は通る人全員に笑顔で挨拶をして彼らのいる1階を通りすぎて2階の更衣室へ向かった。

 着替えて那珂になり、工廠へと明石や技師たちに挨拶をしに行く。当然工廠もすでに空いており、女性技師がたまたま外に出てきたところに出くわす。

「あ、○○さーん。」

「あら、那珂ちゃん。おはよう。」

「おはようございます。」

「そうそう。さっき神通ちゃん来たのよ。」

「え、そうなんですか。プールにいるのかぁ~?」

「違うわ。出撃用水路で空撃ちしてるわ。」

「え?せっかく的の使い方も教えたんだからもっと広いところでやればいいのに……。」

「まぁまぁ。それにしても彼女ほんっと勤勉よねぇ。声かけてあげてね。」

「はい。」

 女性技師に挨拶をして別れた那珂は出撃用水路へと向かい、神通に声をかけた。

 

「おっはよ~神通ちゃん。今日も朝から精が出るねぇ~」

 やや大きめに那珂が声をかけると、撃ち方をやめた神通が振り返って返事をした。

「はい。おはようございます。」

 挨拶を交わしあった那珂は神通とその回りをキョロキョロして尋ねた。

「今日の自主練は砲撃?」

「……はい。復習したかったので。」

「今日は何時頃からやってたの?」

「つい……20分ほど前からです。」

「そっかそっかぁ~。も~神通ちゃんはいい子でだ~いすき!」

 真面目な神通の密かな熱いやる気に那珂は満面の笑みで彼女を褒めた。那珂から褒めてもらった神通は恥ずかしそうに消えるような声ではにかみながら感謝を口に表した。

 その後水路から上がった神通は那珂に手伝ってもらい片付けを済ませ、そして二人は本館へと向かった。

 

 

--

 

 執務室へと足を運んだ二人は軽く雑談をしながら川内の到着を待つことにした。ふと那珂は思い出す。提督が今日から来ること、五十鈴が今日の訓練には参加できないこと等を伝えると、神通は相槌を打って特に声に出さずに了解する。

 その後残りのメンバーである流留が来たのは9時半過ぎのことだった。やっと学習した彼女は那珂たちのいる執務室に入る前に更衣室で着替えてしっかりと川内になって那珂たちの前に姿を現す。那珂は遅れてきた川内にもその日の提督のこと、五十鈴のことを伝えて改めてその日の訓練内容を伝えて号令をかけた。

「それじゃあ今日はメインの武器の一つ、魚雷を実際に使ってもらうよ。これは訓練用の魚雷でも結構強力だから準備がいろいろ必要なの。プールじゃ厳しいから海に出てやるよ。覚悟はいいかな?」

「はーい。あたしはむしろ狭いプールより広い海で訓練したいです!」

「私は……どっちでもいいです。」

 二者二様の反応だった。

 

 早速工廠に行った那珂たちはやっと出勤してきていた明石に話を取り付けた。

「そうですか。それじゃあ3人の艤装の魚雷発射管に訓練用の魚雷差し込んでおきますから、3人は訓練用の的を運びだしてきてもらえますか?今日はちょっと別件で忙しくなるので自分たちで準備から片付けまでしてもらえると助かりますので。」

「何があるんですか?」

「えぇ。もうまもなく新しい艤装が届くので、届いた艤装の動作確認や艦娘の採用試験の準備です。打ち合わせするので今日は提督も来られますよ。」

 那珂が軽く問いかけると、サラリと口にする明石。その説明を聞いて那珂は合点がいった気がした。しかし五十鈴がなぜ提督の出勤を知っていたのかまでは関連付けて理解するには至らしめることができそうにない。あまり気にするほどでもないとして頭のスイッチを切り替えた那珂は川内と神通を連れ、明石に促されたとおりに工廠の一角へと訓練用の的を探しに行った。

 

 的を運んでいると、神通がポソリとつぶやいた。

「あの……。もし訓練用の魚雷が的ではない別の物や場所にあたるとどうなるのでしょうか?」

 神通は抱いた疑問をそうっと那珂に伝える。

「うんまあ、それなりにぃ~事故になりますな。」

 那珂は神通たちから気まずそうに視線をそらして言った。普段はおちゃらけて不安を一切感じさせない明るさの先輩の雰囲気が変わったことに神通はもちろんのこと、さすがの川内もなんとなく違和感を持った。

「な、何か……あったのですか?」

恐る恐る尋ねる神通。それに那珂は同じような口調になって答えた。

「うん。実はね……あたし演習用プールの壁に当てて壊したことあったの。 」

「「え゛っ!?」」

 我が耳を疑った川内と神通は若干裏声気味の声をあげる。

 

「演習用プールの隣は空母艦娘用の訓練施設で、今はすでに出来上がってて問題ないんだけど、あたしが着任したてのころはまだ工事途中だったの。訓練中に方向誤って撃ちだしちゃって完成間近だった仕切りに当てて……ね。さすがのあたしも焦ったよ~。でも提督は笑って許してくれたけどさ。頬引きつってたのがすげー印象深かったよぉ~。どうもあたしの前は五月雨ちゃんたちもやらかしてたらしくて、そういう事態には慣れてたみたい。」

 静かに、淡々と述べる那珂の経験談に神通も川内も苦笑するしかなかった。しかしそれと同時に、先輩でさえやらかすのだから自分らなぞ確実だろうと恐れを抱いた。

「アハハ……。そりゃ提督も災難ですねぇ。那珂さんでもドジしたことあるのが新鮮だ~。」

「せ~んだいちゃ~ん?」

 凄む那珂。川内は悪びれた様子もなく片手を那珂に向かってプラプラさせながら軽い謝罪をする。

「アハハハ、ゴメンなさ~い!」

「……でもあたしたちも絶対誤って壊しそうで怖いです。だったら私も……海に出て訓練したいです。」

「プールの壁は一応丈夫には出来てるらしいんだけどね……。それ以来、雷撃訓練は極力海に出てやることって決まったの。」

 3人ともバイトをしていない収入なしの高校生の身であるため、ふとしたヘマで鎮守府の施設を壊して弁償、という悲劇になりたくなく、意見は完全に一致した。

 訓練用の的を台車で出撃用水路の前まで運び出す。その後明石から訓練用の魚雷の予備も受け取った那珂は二人に預けていた的と魚雷の予備を小型のボートに入れて、先に川内と神通を出撃用水路から発進させた。その後ボートを片手に持ったひもでひっぱりつつ、自身も発進した。

 湾を出た3人。着いたのは湾と川を出てすぐの、浜辺よりも手前にある堤防沿いの沿海だった。ボートを適当な消波ブロックに紐で括りつけた那珂は、その場で川内たちの方を向き説明を始めた。

 

 

--

 

「それじゃあ二人とも。これから雷撃の訓練を始めるよ。いいかな?」

「「はい。」」

 

 返事を聞いた那珂は自分の腰にある魚雷発射管の本体を手動で回し、自分が撃ちやすい向きにした。それを見て川内と神通も準備をし始める。

「二人とも、魚雷発射管の使い方はおっけぃかな?」

「昨日の今日ですし、さすがのあたしも覚えてます。」

「問題ありません。」

 それぞれの返事が返されると、那珂はウンウンと頷いて話を進めることにした。

 

「うっしうっし。それじゃー早速始めましょ。」

 那珂はボートから的を持ち上げ、その場から50mほど沖へ向かって海上を進み、的を浮かべた。そしてすぐ的の背面にあるスイッチを入れる。すると的からはわずかに電子音が鳴った。那珂が的から手を離すと、的は潮の流れに流されることなくその場に固定されたかのように浮かびとどまった。的はわずかだが小刻みに動いている。

 那珂は川内と神通に合図を送り、残りの的を自分のいるポイントまで持ってこさせた。残りの的は左右5mほど間隔を開けてさきほどと同じようにスイッチを入れて浮かばせている。その後ボートのある位置まで二人を手招きしながら戻った。

 

「それじゃあまずはあたしがお手本見せます。よーく見ててね?」

 那珂の言葉に川内と神通はゴクリと喉を鳴らした後「はい」と返事をした。

 その瞬間、那珂の表情からは普段の調子づいた軽い雰囲気は消えた。今まで見たことのない先輩の真剣味のある表情に川内と神通は息を潜める。単なる真面目とは異なる鬼気迫るものがあった。二人はまだ実感はないが、これが一度でも戦場に立ったことのある艦娘の顔なのかと想像する。

 

 那珂は真ん中の的をずっと見ていた。距離にして約50m。あまり有効射程距離が伸びない訓練用の魚雷とはいえ、 50mというのはあまりにも近すぎる距離だ。事前にインプットした制御を再現し終えたとしても外す可能性は低い。だからこそ外してしまったら後ろにいる後輩に示しが付かない。

 

 艦娘の魚雷は撃ちだすとコントロール下に入る前に軽く12~13m程度進む。実戦用の魚雷あるいは環境によりその距離は変化する。魚雷が着水すると重みや勢いにより海中に沈む。そこから急速に浮上しつつ前に進む。沈み方が深ければ浮上するためにエネルギーを余分に消費する。自然の浮力でもって浮かぶこともあるが、スタートダッシュの時点でエネルギー波を発して素早く沈んでしまうため、大体のケースで自然の浮力では足りない深度になる。

 そして制御を再現し始める際に角度により想定距離が大きく変化してしまい、結果として威力が減退した状態で無駄に距離が出てしまう。想定したコースが間延びし、命中率も変化する。また、艦娘の魚雷発射管とその装置の装備位置の影響もある。

 浅く沈むように撃つことで、沈んだ後浮かぶために消費するエネルギーを節約でき、角度・距離そして破壊力を保てる。ただし扱い易さは艦娘の艤装により差がある。一番扱い易いのが、那珂たちはまだこの時点では知らなかったが、不知火ら陽炎型の艤装、その次に五月雨以前のナンバリングの白露型向けに設計された太ももに装備する魚雷発射管装置であり、その次が腰につける川内型、向きが固定でその他外装に連なる形で腰とふとももの付根付近に位置する形になる五十鈴と続く。そして現時点で鎮守府Aに配属されている中でもっとも雷撃で調整しづらいのが、背中に背負う形になる五月雨であった。

 

 川内型の艤装をつけている那珂が浅く沈ませるように撃つには、腰を低くして身をかがめて魚雷発射管がなるべく海面に近い位置に来るようにし、真正面に近い斜め下向きに魚雷を発射する必要がある。なおかつ、魚雷のエネルギーの出力開始タイミングを早める必要もある。

 経験者といえば聞こえはいいが、光主那美恵自身が変身している那珂は激戦区担当の鎮守府に所属するような屈強な軽巡洋艦艦娘、那珂ではない。艤装の真の力を発揮できたともてはやされてはいるがよくてせいぜい1ヶ月目の自衛隊員に毛が生えた程度の戦闘レベルの艦娘となった女子高生である。

 慢心せず、とにかくやるのみと那珂は気持ちを切り替えて意気込んだ。

 口を開けて大きく深呼吸をして酸素を取り入れる。潮の香りがかすかに鼻をかすめた。口以外でも酸素を取り入れていたのに気づく。その直後、那珂は右腰の魚雷発射管を前方斜めに向けながらしゃがみこんだ。艤装の足のパーツから制御される浮力を保つために足を開いてバランスを取る。

 

「そーーれ!!!」

 

 掛け声とともに那珂は魚雷発射管の一番目のスイッチを押した。押す前にスイッチに触れながら、魚雷の軌道をわずかに右にカーブさせて進むようイメージをしていた。

 那珂の右腰の魚雷発射管から発射された1本の魚雷は海面との距離が短く、かつ斜め前に向いていたおかげで沈むよりも早く的めがけて前進し始める。魚雷は那珂がイメージしたとおりの軌跡で急速に那珂から離れていった。

 そして……

 

 

ドオォォーーーーン!!!!

ザパァァーーーーン!!!

 

 

 突然的のまわりに極大の水柱が立ち上がり、轟音が響いた。那珂の後ろで離れて見ていた川内と神通でも、魚雷が的に当たったのがはっきり理解できた。水しぶきが収まると、的は爆散しその場所には影も形もなかった。左右に離れて設置していた別の的は水しぶきと波によって当初の距離から離れていた。

 

「とまあ、上手く命中すればこんな感じ。」

「す……すごい! すごいですよ魚雷!!」

「……!(コクコク)」

 川内は鼻息荒くその感動を表現しまくる。神通は目の前で展開された出来事のあまりの迫力に言葉で表現できず、ただただ激しく頷いてなんとか感動と驚きを那珂にわかってもらおうとリアクションした。

「でも的砕け散っちゃったから組み立て直さないとねー。悪いんだけど一緒に拾って……くれる?」

「「は、はい。」」

 那珂が申し訳無さそうに懇願すると、川内と神通は苦笑しながらも頷いて快く手伝いを始めた。そうして的を復元し終えると二人を引き連れて50m手前位置まで戻り、準備をさせた。

 

 

--

 

「二人ともまずはそのままの体勢で撃ってみよっか。押す前に魚雷をどういうコースで進ませたいかを頭に思い浮かべてね。準備OKだったらポチッとな。そしたら魚雷は魚雷発射管から発射されて大体思い描いたとおりに動いて進んでいくよ。自分と当てたい敵の距離、方向や位置関係、それから意外と潮の流れも影響するから、今後出撃した時は、撃つ前にみんなで海の状態を認識合わせておくといいね。いろいろ言いたいけど、とりあえず最初の一発目は余計なこと気にせず頭にコースを思い浮かべたらすぐに押してみよう。」

「うー、実際操作するとなるとホントにできるかなぁ。なんかドキドキするな~。」

「あの……那珂さん。もし的から外れたら魚雷はどこに……行ってしまうんでしょうか?」

 その場の心境を述べる川内と異なり、神通は雷撃後の万が一の状況を気にした。那珂はそれにサクッと答える。

「エネルギーが尽きるまでひたすら前進するよ。で、もし途中で何かに当たったら大爆発。その前にエネルギーが尽きたら普通に海の底へ沈みます。そうなったらもう爆発はしません。えぇ、そりゃもう無駄に魚雷を1発失うことになりますなぁ。」

 

 那珂の普段の軽さが入った説明を聞いて神通は落ち着く。自分らが向いているのはその先に障害物がなさそうな方向。鎮守府Aからやや離れたところは工業地帯があり、まれにタンカーや企業の船が通る。今この訓練時は、沖には船は一切通っていない。神通はそこまで確認してひとまず安心することにした。ほっと胸をなでおろす仕草をすると、川内がそれが何かと尋ねてきた。

「ん?どしたの神通?」

「いえ。万が一外したときに危ないことにならないかと思いまして。」

「ふ~ん。まー大丈夫っしょ。沖のほう全然船通ってないし。」

「……そうですね。」

 神通が気にかけていたことは川内も多少頭に浮かんでいた懸念事項だった。しかし川内は必要以上に気にすることはないといった様子で視線を前方の的に向ける。続いて神通も気持ちを切り替えて的を見据えた。

 

 

--

 

 川内は一足早く的に向き直し、見るというよりも凝視していた。頭に思い浮かべるのは自身の腰右側の魚雷発射管からほぼまっすぐのコースで泳ぐ魚雷の姿。先日やった主砲パーツによる砲撃の訓練とは違い、手で狙っているという感覚がなく、頭で思い浮かべるだけのため川内は戸惑う。彼女は、思考する必要がある艦載機や魚雷がもしかしたら苦手と感じる自分がいることに気づいてきた。

「はぁ~。ゲームをプレイするのと同じ感じでやれれば一番いいかと思ったんだけどなぁ。なーんかやっぱ現実は違うなぁ。」

 頭をポリポリと掻きながら、念を込めたつもりでもう片方の手で右腰側の魚雷発射管の1番目のスイッチを押した。

 

「てぃ!! いっけぇ~!」

 

ボシュッ!!

 

 真正面に向けていた川内の魚雷発射管の1番目のスロットから、魚雷が放たれた。海中に向かってほとんどまっすぐ発射されたため、勢いは落下と潜水に向けられ、理想的なスタートダッシュにはふさわしくない状態で海面に没していった。

 

シューーーーー……

 

 海面に落ちた川内の魚雷は先端の円形の部品の裏部分から緑色の光を放ちながらほどなくして一気にスピードを上げて前に進んでいった。そのコースは川内が発射前に頭に思い浮かべていたものを再現しようとする。ただ魚雷発射管は彼女の思考を完全に読み込んで変換できなかったのか、川内が思い描いたよりも浅い角度で曲がって進み、そしてギリギリで的に当たらずそのまま的をあっという間に10m、30mと超えて次第に見えなくなっていった。

 

「あれ?当たらなかった。おっかしぃな~。もうちょっと曲がって当たるようにイメージしたはずなのになぁ。」

「イメージが足りなかったのかもね。魚雷さんが川内ちゃんをまだまだ理解してくれなかったということで。」

「理解って……なんか生き物みたい。」右頬と口端を引きつらせて苦笑いする川内。

 

 そんな愚痴にも満たない感想をいう川内に、後ろから那珂がアドバイスを告げた。

「でもこれでなんとなく感覚はつかめてきたでしょ?」

「うー。せめて魚雷発射管に入ってるあと2本は撃っていいですよね?」

 那珂は言葉に出さず、川内に向かってOKサインを出してニコッと笑いかける。川内はそれを見て鼻息をフンと一つついて再び的の方に向き直す。

 その後川内は残っていた魚雷2本を同時に撃つことにした。2本目は1本目と同じく右にカーブするコース、3本目は左に曲がり急速に右に旋回して進むイメージを明確にしてからスイッチを連続で押した。

 

ボシュッ!ボシュッ!

 

シューーーー……

 

 2本の魚雷は川内の思い浮かべたコースを忠実に再現して進んでいき、そして的の1m後ろで魚雷同士で交差するように衝突した。

 

ドッパーーン!!!!

 

 魚雷同士の爆発で激しい水しぶきが立つ。爆発の前方にあった的は激しく発生した波に揺さぶられて川内のほうへと吹き飛ばされる。

 

「あっれ!?また外した。むっずかしいなぁ?。」

 再び愚痴る川内に那珂が再びアドバイスをする。

「最初であれだけ近くで爆発させられたなら初めてとしては上々だよぉ。さ、的に当たるまでどんどんイっちゃおう。」

「はーい。」

 那珂から離れた場所から声を張って返事をした川内は一旦魚雷を補充しに那珂の側に停泊させているボートに向かい、装填してから再び位置についた。

 

 

--

 

「あれ?当たらなかった。おっかしぃな~……」

 一足早く魚雷を撃ち、ミスした川内が愚痴る。そんな姿を横目で見ていた神通は、彼女の思い切りの良さを羨ましく感じていた。砲撃はまだ手に持って扱う銃のように確かな感覚があったので慣れれば満足に扱うことができるだろうが、魚雷という一般人が扱うことはおろか日常で言及すらしない存在、しかもそれが艦娘の艤装の魚雷というさらに限定された特殊兵器を果たして自分が十分に扱うことができるのかと疑念を持った。

 先刻デモをした那珂の雷撃を思い出す。訓練用でもあのようなすさまじい威力の兵器を、実際の戦闘でもっと破壊力のある魚雷を扱うことに、張り切って訓練する意気込みよりも扱う兵器の恐ろしさが神通の思考を占めようとしていた。

 

「……なんか生き物みたい。」

 

 聞こえてきた川内のふとした言葉。神通の脳裏にその言葉が引っかかった。

 考え方を変えてみよう。

 コアユニットと同じく考えたことを理解して動く艦娘の武器の一つ、魚雷。これはペットだ。しっかり躾けて飼いならせば主人の思いを理解して動いてくれるペット。それが魚雷発射管で、魚雷はそんな愛玩するペットの行動の一つ。なんらビクつくことはない。現実のペットよろしく、この魚雷発射管と魚雷も、これから何度も使い鳴らしていけば自分の考えを理解して思いに答えてくれるに違いない。

 先輩である那珂は提督の言葉を借りてプログラミングと言っていたのを思い出した。那珂が提督寄りにプログラミングと捉えるなら、そして川内が特に考えこまず平然と扱うなら、自分はこの自分の艤装を、自分の一部・ペット・相棒として捉えよう。神通の思考はそう定まっていく。

 

「……いきます。」

 

 おそらく聞こえないであろうぎりぎりの小声で開始を口にした神通は左腰側にある魚雷発射管の1つ目のボタンを押した。川内よりは海面に沿う、つまり向いているため、シュボッっと発射された魚雷は潜水することなく海面に着水し没した。川内のと異なるのは、抵抗が少なかったのと向きが幸いしたのか、海中にそれほど沈まないうちに先端の部位から噴射のエネルギー光が発してスタートダッシュ状態になり、神通の考えたコースを限りなく忠実に再現して直進していった。

 

 しかし艤装に思いをはせすぎて的に当てるコースをきちんと考えてなかった。

 

 神通が気づいた時はすでに遅く、慌てて考えて教えこんだとはいえ魚雷は入力されたコースを早々に再現し終わり、自動で向きを固定させたまま進んでいった。神通の前にあった的の手前にたどり着く頃には、右に3~4m逸れてしまっていた。

 

シューーーーーー……

 

 

 目を細めてうつむく神通。無駄に1本失うことになってしまっていた……そう悔しがっていると、直後、彼女の対象としていた的の横で爆発が起きた。川内の的の少し先で爆発が起き波しぶきが発生していた。驚いて横を向く神通。そんな彼女の視界には後頭部を掻いて自身の行為の結果に呆れている同期の姿があった。同期たる川内は、2発動時に魚雷を撃つという先に進んだ行為をしていた。

 

 川内に促した那珂は今度は神通の方を向いて口を開いた。

「神通ちゃんはコースをちゃんと考えてなかったのかな?的から結構離れちゃったよ?」

「す、すみません……。はい。」

「うーん。まぁ初めてであそこまで近くなら良いと思うけどね。あの砲撃の時みたいな集中力と観察力なら、きっと魚雷だって同じ感じで上手く扱えるようになると思うよ。だから残りの2発、同じような勢いでいってみましょー!」

 

 那珂の言葉を聞いて神通はハッとする。てっきり川内の方しか見ていなかったと思えたのに、この先輩はちゃんと自分のことも前の訓練の結果を踏まえて見てくれていた。

「が、がんばります。」

 おどおどしながらも決意を見せる返事を聞いた那珂は微笑みながら頷いた。

 

 

--

 

 その後午前中1時間ほどの間に出撃前に装備していた合計6発の魚雷を使い果たし、予備として持ってきていた魚雷を川内は6本、神通は4本消費していた。そのうち的に命中したのは川内の2発の魚雷だった。神通はいずれの雷撃も的から外れ、惜しいところで1mまで迫る距離であった。その間に二人は那珂のアドバイスにより立ち位置を変えて練習していた。

 

「うーん。今のところ2発かぁ。でも感覚はわかってきたな。頭の中で○○BOXのコントローラを使ってるイメージも浮かべたらイケそう。」

 川内はこの時代で流行りのゲーム機のコントローラを頭の中で操作するイメージもして雷撃することで、早くもコツを掴みかけていた。

「う……私、全然ダメです……。」

「全然問題ないって。神通だって結構惜しいところまで撃てたじゃん。イケるイケるよ!」

 思わずうつむいてしまう神通。そんな同期を片手でガッツポーズをして川内が励ます。

 二人の後ろで腕を組んで見ていた那珂がこの時点の評価を口にした。

「そーだねぇ。まー、川内ちゃんはさすがゲームオタク?だけあって掴みが早く異常なだけで、神通ちゃんのほうが普通の進み方なんだよ。アレですよ。大器晩成ってやつ?」

「うおぉ~い那珂さん?あたしさり気なく馬鹿にされてません?」

「アハハ。してないしてない。キニスンナー」

「むー……」

 眉をひそめてわざとらしくむくれる川内。そんな少女の様を見て那珂と神通は口を抑えたり俯きながらアハハと和やかに笑い合うのだった。

 そんな時、那珂たちがいる海の近くの堤防沿いから自分らのものではない声が聞こえてきた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たなる出会いと変化

 三人でこの1時間弱の雷撃訓練の評価を語り合っていると、消波ブロックのある堤防の向こうから声が聞こえてきた。

「お~い。那珂。川内。神通。」

「「「?」」」

 

【挿絵表示】

 

 那珂たちがその声の発せられた方向を振り向くと、そこには提督が堤防の向こうから上半身を見せていた。

「あ!提督! おはよー!」

「おは~、提督。」

「……おはようございます。」

 それぞれ挨拶を仕返すと、その隣には那珂たちの見知った顔と知らぬ顔が2つあるのに気づく。

 

「あ!!五十鈴ちゃん……とどなた?」

「おはよう、那珂。」

 五十鈴が挨拶をし返す。その直後那珂の質問に提督が答えた。

 

「紹介するよ。こちら、五十鈴……五十嵐さんの高校の同級生、黒田さんと副島さん。」

 提督から名を触れられた二人は自己紹介をした。

「はじめまして!あたし、黒田良といいます!!りんちゃん以外の艦娘の人って初めて見ました!うわぁ!りんちゃん、みゃーちゃん、すごいよ艦娘!海の上浮いてるよ!!」

良と名乗った少女は自己紹介も早々に那珂たちの方や提督、五十鈴の方をくるくる見回してせわしなくリアクションを取っている。

「落ち着きなさい!恥ずかしいでしょ同級生として。」

良の後ろにいた五十鈴が彼女に言葉だけでピシリと突っ込んだ。

「そ、そうだよ……りょーちゃん。あ、あの……私は副島宮子っていいます。○○高校の2年です。あのあの……よろしくお願い……します…ね。」

 提督と五十鈴に隠れるように立っていた少女が弱々しいながらも同じく突っ込みつつの自己紹介をする。

 

 そんな3人の掛け合いを見て那珂は以前自分が同高校の仲間を見学させたときのことを瞬時に思い出した。

 そうか。以前は見学をさせる立場だった自分が、今度は見てもらう側になったんだ。立場の変化にわずかに寂しさを胸に感じた那珂は、表には出さずに普段の調子で見学者に対して挨拶をし返した。

 

「はじめまして!あたしは軽巡洋艦那珂担当、○○高校2年の光主那美恵です!」

「はじめまして~!同じく○○高校の1年、内田流留でーす!軽巡川内やってます。」

「は、 はじめまして……軽巡洋艦神通です。同じく○○高校の1年生、神先幸と申します。」

 

 那珂たちも自己紹介し終えると、提督が良と宮子の二人に向かって解説をした。

「さっきすごい爆発音がしたでしょう?彼女たちは今訓練中でね、雷撃といって、魚雷を撃つ訓練をしていたところなんですよ。」

 提督が説明をすると言い終わるが早いか、良がぴょんぴょんと跳ねて驚きを口にしだした。

「へぇ~!すごいすごい!あたしも艦娘やってみた~~い!ねぇねぇりんちゃん!りんちゃんもやったことあるんでしょ!?」

「えぇ、あるわよ。けど大したことないわ。艦娘になったらこれが普通よ普通。」

 冷静に応対する五十鈴だが、わずかに口の端がつり上がってややドヤ顔になっている。

「へぇ~!りんちゃんもすごいなぁ~。あたしもできるかなぁ?」

「……その前に二人は試験に合格なさいな。」

「……えっ!?やっぱり……私もやらなきゃ……ダメだよね……?」

 はしゃぐ良に突っ込みながらも返す勢いで影に隠れていた宮子に催促する五十鈴。

「当たり前じゃないの。二人が協力してくれるっていうからこうして見学させてあげてるのよ。それにね……」

 

 愚痴が止まらなくなった五十鈴は提督や那珂たちが見ているにもかかわらずクドクドと二人に向かって口撃し始めた。そんな様子を見た提督が焦って五十鈴に言った。

「お、おいおい五十鈴。落ち着きなさい。ほら、那珂たちも見てるから……!」

 

 提督が両手で勢いを抑えるような仕草でなだめる。提督と五十鈴の間に立つかたちになっていた良と宮子は親友の態度に唖然としたがすぐに苦笑いに変わっていた。ほどなくして五十鈴は提督の仕草を見てようやく収まったのか、咳をコホンと一つして再び口を開く。

「え……と。その。実はね、私の学校の友人二人にも、艦娘になってもらうために試験を勧めたの。それで今日は試験の前の見学ということで案内してるの。」

「そーだったんだぁ。五十鈴ちゃんの態度がおかしかったのってこのことだったの?」

 先刻までの五十鈴の態度にあっけにとられていた那珂だったが、彼女の説明を聞き合点がいったという表情になって言葉を返す。そして五十鈴も那珂の問いかけにコクリと頷いて肯定した。

「えぇ。黙っていてごめんなさい。あなたに触発されたんだけど、真似したとか思われたくなくて……。言い出せなかったの。」

「そっか。五十鈴ちゃんにも事情があるんだもんね。そりゃ仕方ないよ。でもこれからは五十鈴ちゃんの学校から正式に艦娘を出せるってことなんだよね?おめでとー!」

 那珂が自身の時のように五十鈴こと凜花の高校と鎮守府が提携したことを祝福するが、五十鈴はもちろんのこと提督も表情を曇らせる。その後提督が重くなった口を開いて説明し始めた。

 

「実はな、五十嵐さんの高校とは提携できなかったんだよ。」

「えっ!?」

 那珂の至極当然の反応に五十鈴はさらに表情を暗くした。良と宮子は事情がすべてが全てわかっているわけではないのか、呆けたままでいる。

 

「俺は五十嵐さんの、艦娘五十鈴としての勤務状況をまとめた上で何度か彼女の高校に接触したんだけど取り合ってくれなくてね。しまいには生徒の自己責任って言われて。単純なアルバイトとしては認めるが危険のある行為には率先して協力できないって話を聞いてもらえなくなったんだ。」

「そ、そーだったんだ。ご、ごめんね五十鈴ちゃん。無神経にお祝いしちゃって。」

 那珂の謝罪に五十鈴は頭を振った。

 

「いいのよ。うちの学校はバリバリの進学校ですもの。そんな学校で私達が艦娘になるなんて勉強そっちのけと思われても仕方ないし、自己責任と片付けられて当然よ。だから私たちは非公式でもいいから、友人たちを募って密かに艦娘部というか艦娘同好会を作って活動しようって決めたの。」

 説明する五十鈴の口調には覇気はなく、聞く者を暗くさせた。返す言葉がなくなってしまった那珂はもちろん、川内と神通も後ろで黙ったままでいる。そんな沈黙を破ったのは、この空気を作った本人だった。

「でももう決めたからいいの。まずはじめにこの二人になんとしてでもなんらかの艦娘に合格してもらう。あと何人か反応良い友人いるけど、今は無理って断られちゃった。だからまずは私達3人で艦娘になる。そして学校ではうまくやりくりして見せるわ。それに普通の艦娘だから、いただいた給料はまるまる私たちの物。深海棲艦を倒してストレス発散できてお金ももらえる、いわばやりがいのあるアルバイトみたいなものよ!」

 先刻とは違い明るさはあったが、明らかに空元気で無理しているのは誰の目にも容易に理解できた。五十鈴はどこか物寂しい雰囲気を作ってしまっていた。

 提督は五十鈴の側に寄り、彼女の肩に手をそっと置いてささやく。世間一般であれば30代の見知らぬ男性が女子高生に触れようものなら拒絶反応を示されそうなものだが、このときの五十鈴は提督の行為をそのまま受け入れた。

「こうなったのは俺の努力が足りない責任でもあるからそんなに落ち込まないでくれ五十鈴。もし二人が合格できて着任したら、任務は上手くスケジューリングしてあげるからさ。」

 提督のフォローを受けて五十鈴はゆっくりと頷いて目を閉じて一つ息を吐いた。再び目を開けた彼女からは、グズッ…と鼻をすする音がかすかに発せられた。

 

 

 その後提督と五十鈴たちと2~3会話をした那珂たちは訓練を再開した。五十鈴たちは次は工廠を見学しにいくということで堤防の向かいのフェンスに付いている扉を開けて工廠の敷地内に入り、入り口へと向かっていった。五十鈴たちの後ろ姿が小さくなり、声が聞こえなくなったところで那珂たちはそれぞれ思いを口にする。

 

「なんだか、世の中うまくいってないところもあるってことなんですねぇ……」

「うちの高校はまだ……ましだったのでしょうか……」

 そう口にする川内と神通の表情は普段とは違い眉をひそめ、遠い目をしていた。那珂は視線をすでに見えなくなっていた提督や五十鈴たちの方角に向けたまま語った。

「あたしも最初は普通の艦娘として採用されてさ、学校の出席とかは一人で密かにやりくりしてたから五十鈴ちゃんの気持ちが手に取るようにわかるんだよね。普通の艦娘として採用されれば艦娘としては鎮守府や国が守ってくれるけど、普段の生活は自分たちで自主的に管理して守らないといけない。学生の身で普通の艦娘になるかもしれない2人…五十鈴ちゃんを入れて3人はきっとこれからあたしたち以上にやりくり大変だと思う。だからさ、学校に守ってもらえてるあたしたちが早く強くなって、彼女たちみたいなことになる艦娘の仲間をカバーしてあげないといけないんだってあたしは思うんだ。二人はどうかな?」

 言葉の最後に凛々しい笑顔を二人に送る那珂。そんな熱い那珂の思いが届いたのか、川内と神通は深く頷いた。

「当然ですよ。あの人たちが艦娘になったなら仲間ですし、友達みたいなもんですよ。あたしは頑張ります。友達のためならなんだってやれるってところをみせてやりますよ。」

「私も……出来る限りサポートしたいです。」

 川内と神通の思いも限りなく同じだった。突然の見学者によって二人のやる気は完全回復を超えてみなぎる。

 

「よっし那珂さん!午前残りの指導お願いします!!あたしはまだまだやれますよ~!」

「わ、私も……お願いします。」

 二人の気迫に那珂は驚きつつも喜びで顔に微笑みを浮かべ、二人に雷撃訓練の再開を指示した。

 

 

--

 

 その後午前が終わるまで雷撃の訓練をするつもりだったが、やる気充填完了にともない魚雷の消費も早まったため、正午に届く30分前にはすでに訓練用の魚雷はボートの上から無くなっていた。

「さーて、次の魚雷魚雷っと。……あれ?ない。ねぇ那珂さぁ~ん。魚雷もうないよ。」

「二人ともやる気あるのは良いけどすっげー使いまくるんだもの。30本程度なんてあっという間だったよぉ。」

 

 手持ちの魚雷を撃ち終わり、的のその後を見る必要のない神通がボートの側に戻ってきてその様子を見て戸惑う。

「ゴ、ゴメンなさい……私も、使いすぎましたか?」

「ううん。別にいいんだよ。やる気出してくれるのはいいことだしね。弾薬や資材使いまくって実際に胃が痛いのは提督や明石さんだろーし、ただの艦娘のあたしたちは気にする必要なーし!」

「使いまくってって……。そんなこと言われると……気にしてしまいます。」

「べっつにいいんじゃない?あたしたちのために用意されてるんだろーし。遠慮したら負けだよ神通。」

 妙に不安がってしまう神通に対し、川内は遠慮をする気なぞさらさらない様子を見せた。

「アハハ。川内ちゃんくらい思い切ってくれるとすがすがしくていいよね~。あたしだって遠慮してないし。神通ちゃんもね?」

「……あの……善処します。」

 

 撃つものもなくなったので那珂たちはボートを引っ張って海から鎮守府の敷地内の湾へと戻っていった。訓練を終えるつもりがなかったので水路に入っても同調を解除せずに上陸する。

「二人ともまだ訓練したいよね?」

「「はい。」」

 艦娘の出撃用水路のある区画を出て明石のいる事務所のある区画に来た那珂たちは近くで機材をチェックしていた技師に話し、訓練用の魚雷を補充してもらうことにした。その際、神通は気になっていたことをおどおどしながらも尋ねる。

「あの……訓練用の魚雷って、やっぱりその……お高いんでしょうか?」

「えっ?どうしたの?そんなこと気にして。」

 神通の質問に技師が聞き返すと、ハッとした表情になった那珂がその聞き返しに乗った。

「あっ、もしかして神通ちゃん、さっきのあたしの言葉気にしてる?」

 技師の女性が?を顔に浮かべていたので那珂が説明すると、合点がいったのか技師は納得の表情を見せた。

 

「なんといいますか、神通ちゃんは気にしぃなのね。大丈夫よそんなこと気にしないでも。訓練用の魚雷はアルミを材料にうちの工廠の3Dプリンタでも製造できるものだから、実質高いコストは中の基盤だけ。」

「そ、そうなのですか……。」

「へ~ここで製造してるんだぁ。こういうの川内ちゃん好きそうなイメージだけど、どう?」

「うーん、3Dプリンタは興味あるけどそれほどでもなぁ。どっちかっていうと三戸くんのほうが喜びそう。あ!でもなんでも作れるんならあたしたちが希望するもの作ってもらえたりしますか!?」

「ウフフ。それはどうかな~。工廠長の奈緒ちゃんやトップの西脇さんが許可してくれればね。」

「へぇ~!好きなの作ってもらえるの、艦娘の特権にしてくれないかなぁ~?」

「川内ちゃ~ん?趣味がらみで何かよからぬこと考えてな~い~?」

 欲望丸出しでしゃべる川内に那珂がツッコミを入れる。された川内は引きつった笑いでごまかし、見ていた神通と技師の女性を苦笑させた。

 

 その後訓練用の魚雷を出力してもらった那珂たちは、訓練を再開するために再び水路に降り立った。川内と神通は様々な体勢を取ってそれぞれの魚雷で雷撃した。結果は川内は1本直接命中して的を大破、神通は魚雷のエネルギー波をわずかにかすめて的を軽く弾き飛ばす程度で終わった。

 

「はぁ~。雷撃はそんなに疲れないからいいけど、頭で思い浮かべたコースと撃つ時の体勢がなぁ~。むっずかしいなぁ。全弾命中したいなぁ~。くっそう。」

「わ、私も的にきちんと当てたいです。」

「私や五十鈴ちゃんだって全弾命中はできないよぉ。そこまでプロな戦士じゃないんだしぃ。川内ちゃんは午前中だけでも3発当てられたならもう十分すぎるほどの上達だと思うよ。神通ちゃんだって五月雨ちゃんや村雨ちゃんたちくらいには上達できてるから良いと思うな。あの子たちだって雷撃の上達は十分とは言えなそうだけど、お互い得意な分野で支えあってる感じだしね。」

「ねぇ那珂さん。魚雷の自動追尾も使ってみたいなぁ~。」と川内。

「ん~~。別にやってもいいけど、訓練用の的だと確実に当たっちゃうからあんま訓練にはならないと思うよ。まぁそこらに深海棲艦が出てきたらやってもいいよ。楽ちんだから癖になっちゃうから、あたしとしては最初はなるべく手動で制御を学んでほしいなぁ~って思います!」

「はぁ。楽したいなぁ~。」

 川内の心からの要望と愚痴に神通もコクコクと頷くのだった。

 

 そして午前中の訓練を締め切り、3人はさきほどと同じ動きで湾まで戻り、出撃用水路から工廠の中へと入っていった。空腹を感じていた三人はすぐに艤装を解除して足早に本館へと戻っていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お昼時の鎮守府

 昼食を取るために那珂たちが執務室に置いてきたバッグや財布を取りに行くと、中から話し声が聞こえてきた。

「あれ?提督と五月雨ちゃん……以外に誰かいるのかな?」

「……もしかして、先ほどの五十鈴さんの学校の……。」

 不思議に思っている那珂に神通がボソリと想像を述べた。

「あ~なるほどね。大事なお話してるとまっずいなぁ~。お財布取れないじゃん……。」

 珍しく那珂がまごついていると、そんな先輩の不安なぞ気にしないという様子で呆けて見ていた川内が前に出てきた。

「別にいいんじゃないっすか?あの人たちなら大して何も言われないでしょ?提督だってちゃんと言えば笑って許してくれるんじゃないですか?」

「……こういう時川内ちゃんの度胸は買うなぁ~。ま、マゴマゴしてても仕方ないから入っちゃおう。」

 

 コンコンと那珂がノックをすると、男性の声が部屋の中から聞こえてきた。

「はい。どうぞ。」

「失礼します。」

 那珂が丁寧な言い方で言いながら扉を開けると、そこには想像したとおり、提督と五月雨、五十鈴とそしてさきほど会った五十鈴の高校の同級生、黒田良と副島宮子がソファーに座っていた。

 

「あっ、やっぱりさっきの……」

「あぁ那珂たちか。どうしたんだ?」

「いや~お財布取りに来ました。」

 提督はハッとした表情をしたあとすぐに笑い顔になる。

「あ、そうか。俺の机の上にあったバッグはやっぱり君たちのか。それなら……」

「はい、私の机に移しておきましたよ。」

 提督の言葉は秘書艦席にいた五月雨が続け、那珂のバッグを指差して示した。那珂は猫なで声を発しながら五月雨に近づいていく。

「あぁ~ありがと~五月雨ちゃん!やっぱり愛しいぜぃ~。良い子好い子~」

「ふわぁ~!ちょ、恥ずかしいですよ~~」

「ウフフ~ヨイデハナイカ~」

 普段であればはにかむ程度で恥ずかしながらも那珂の撫で撫でなどのちょっかいを受け入れるが、今回は本気で恥ずかしがる様子を見せる。

「んもう!五十鈴さんのお友達さんが……見てるじゃないですかぁ~~」

 五月雨がちらっとソファーの方に視線を送ったので那珂も振り向いて見てみると、そこには苦笑いする提督、眉をひそめてジト目で睨んでくる五十鈴、そして目を点にしている黒田良と副島宮子の姿があった。

 

「アハハ。し、失礼しました!そ、それではごゆっくり~。」

 さすがの那珂も少し恥ずかしさがこみ上げる。普段調子でおどけながら那珂は扉近くに戻り川内と神通の分のポーチと財布を手渡した。

 そして執務室を出ようとそそくさと歩を進めると、扉に手をかけた直後五月雨から声をかけられた。

「あ!あの那珂さん!私もうちょっと秘書艦の仕事あるので、昨日の件なんですけどぉ、ゆうちゃんと真純ちゃんに待っててって伝えておいてください。」

「ん。おっけぃ。わかったよ。」

 那珂はOKサインを作って合図をし、扉を締めて執務室を後にした。

 

 

--

 

 執務室を出た那珂たちはその足で同じフロアにある待機室に向かった。そこには五月雨が言及した通りの二人となんと不知火がいた。

「お昼だけどおっはよ~3人とも。お?珍しく不知火ちゃんがいる!!」

 那珂が挨拶に加えて続く勢いで話題として触れると、不知火は席からガタンと思い切り立ち上がって挨拶をし始めた。

「……おはようございます!!駆逐艦不知火に任命されております、智田知子と申します。先輩方、本日もよろしくおn

「うんうん。不知火ちゃんとはこの前会ってるよね~?もう仲間なんだし、そこまでちゃんとした挨拶はいいよいいよ~。それに艦娘としてはむしろ不知火ちゃんのほうが先輩だしね。」

「……了解致しました。」

 挨拶を途中で那珂に遮られた不知火は、顔には出さないが明らかに気落ちした雰囲気と声になってゆっくりと席に戻っていく。そんな悄気げる不知火の肩に那珂は手を置いて微笑みを投げかけてフォローとした。

 そんな那珂と不知火の微妙な空気を察して村雨と夕立が立ち上がって近づいて来た。那珂は村雨と、川内は夕立と、そして神通は不知火と向い合う。

 

「夕立ちゃん、おっは~!」

「おっはよ~~!!川内さ~ん!訓練どぉーだった?」

「うん!今日は雷撃したんだよ。あれ難しいけど楽しいよね~!」

「うんうん!!川内さんもやっぱ雷撃好きっぽい?あたしもね、好きなんだよ~。」

「そっかそっか。午後もやるからよかったら夕立ちゃんもどうかな?」

 川内からの誘いにただの笑顔を超えて満面の笑みになった夕立はヘッドバンドよろしく頭をブンブン振ってはしゃぎながら話に乗ってきた。

 

 

--

 

「あの……こんにちは。不知火さん?」

「はい。こんにちは神通さん。」

 恐る恐る話しかける神通に対し、不知火は控えめの声ながらもハキハキと挨拶し返す。その後話す話題が思い浮かばなかったため二人はただなんとなく見つめ合い、ニコッと神通が微笑むと不知火は口だけで微笑み返す。その不自然な笑い方に神通は思わず悲鳴にも似た驚きの声をあげてしまうが、当の不知火はその反応に?を顔に浮かべるのみであった。

 その後口火を切ったのは不知火のほうだった。

「あの、当てられましたか?」

「……えっ?」

 一瞬呆けてしまう神通だが、2~3秒して目の前の少女が言わんとすることが自身の訓練のことだと気づき、確認を返した。

「あ、あぁ……雷撃の訓練のことですか?」

 その返しに不知火はコクコクと首を振って相槌を打つ。それを受けてようやく神通はきちんとした説明を返した。

「そうですね……私は、的に噴射のエネルギーをかすめるのがやっとでした。川内さんは……3発も当てられたのに。私なんかまだまだです。」

 神通が自信を卑下して言葉を締めると、数秒して不知火は口をパクパク動かして何かを言おうとしている。そのことに気づいた神通は一瞬怪訝な表情を浮かべた後、不自然な笑顔ではあるが微笑んで尋ねてみた。すると不知火は言葉途切れがちながらも答える。

「あの……苦手です、私も。好きなのは砲撃なので。だから……先輩も、頑張って。」

 口下手な不知火こと智田知子の、精一杯の励ましの言葉。

「あり、ありがとう……ね。」

「……!」

 年下の子とほとんど接したことがない神通は励まされて照れまくりながらも感謝を述べる。それに対し不知火も顔は無表情だったが、わずかに頬が朱に染まっていた。

 

 

--

 

「那珂さぁ~ん。待ってましたよぉ!」片手を挙げて那珂に挨拶する村雨。

「おまたせ~村雨ちゃん。五月雨ちゃんから話聞いてるよ。二人に任せるって。で、もしかしてそれ?」

「はぁい。家から道具持ってきましたぁ。」

 そう言って村雨がポンと蓋を叩いた箱はB5サイズの2段重ねの物だった。

「なんというか……なにこの本格的な匂いのする準備は?」

 那珂が茶化すのを忘れるほどあっけにとられていると、隣にいた夕立が口を挟む。

「ますみんのおねえちゃんは美容師ぃ?さんの卵なんだよ。だからあたしたちの間じゃヘアメイクとかファッションの道具や話題には困らないの。も~ますみん姉さまさま~。」

「ゆうはうちのおねえちゃんに対しても遠慮ないんですよ。」

 冗談交じりの愚痴をこぼしながら村雨は大げさにため息を付く。

 夕立の冗談めいた言動を聞いた那珂は、彼女が村雨とその姉を慕っているんだなと想像し、苦笑いをして受け流す。

「アハハ……なんか目に浮かぶよーだねぇ。」

「まぁ、今に始まったことじゃないからいいですけど。それよりも那珂さん!早くヤリましょうよ?」

「うんうん。でもあたしたちまだお昼食べてないから、食べてからにしよ、ね?」

「それだったら私達も一緒に買いに行きますよ。」

 那珂の促しと提案に二人はコクリと頷いて素直に従うことにした。

 

 

--

 

 その後待機室にいた6人で鎮守府近くのショッピングセンター内のスーパーに昼食を買いに行き、待機室に戻って雑談に興じながら箸を進める。しばらくすると扉を開けて五月雨が入ってきた。

「みんな~お待たせしました~。……って!もうお昼ごはん食べてる!?」

「ふぁ~い!モガモガモググ!(お昼お先にっぽい~)」

「ちょっとゆう……口に物入れながらしゃべるのやめなさいっての。」

「お~五月雨ちゃん。あたしたち先に食べてるよ。」

 食事中は口数が少ない那珂の代わりに川内がパンを持っていない方の手をシュビっと振って相槌の代わりにした。先に返事をした夕立はお馴染みの振る舞いで村雨に注意をされるが一切に気に留めていない。

「ちょ、ちょっと待っててね!私もすぐお昼ごはん買ってくる~!」

 そう言って慌てて飛び出していき、10分ほどして戻ってきてようやく6人の昼食の輪に加わった。

 

「ふぃ~おまたせ。」わざとらしく腹を撫でながらその場にいたメンバーに合図をする那珂。

「エヘヘ。私もおまたせしましたです!」那珂の仕草を真似て照れ笑いする五月雨。

「はぁい。それじゃあ那珂さん、神通さん。お覚悟はよろしいですかぁ?」

「アハハ。はーい。」

「う……お手柔らかに。あまり突飛なのは……。」

 那珂と神通からそれぞれ異なる返事を受けた中学生組は、いよいよヘアスタイル大改造作戦を決行し始めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イメチェン

「それじゃあおふたりとも、髪触りますよ~。」

「はーい。おねがいしまーす。」

「お、お願いします。」

 村雨が音頭を取ると、那珂と神通は素直に返事をした。二人は席に座り、村雨を始めとして五月雨、夕立、不知火、そして川内は二人を囲むように立っている。机により掛かるようにして立っている川内が村雨たちに発破をかけた。

「それじゃあ二人をうんっと可愛くしてあげてよね。」

「は~い。ところで川内さんもy

「あ、あたしはいいのいいの!今の髪型以外は似合わないと思うし!」

 ターゲットに川内を追加しようと怪しい視線を向ける村雨に対し川内は頭をブンブンと横に振って全力で拒否する。村雨は含み笑いをしながらしぶしぶ視線を戻した。

 那珂と神通に視線を戻した村雨は二人に代わるがわるヘアスタイルの見本のパネルを見せる。

「お二人の今の髪と特徴をおねえちゃんに伝えてアドバイスもらってます。それはそれとして、これとか~、これとか、これもいいと思うんですよねぇ、那珂さんには。神通さんは……こっちかな?」

「うわぁ~あたしもそれなりに流行には強いって思ってたけど、こんなのあるんだぁ~すっごいなぁ~。」

 那珂が素で驚きと関心を見せると、隣りに座っている神通も黙ってコクコクと頷く。二人がヘアスタイルのサンプルを眺めている間、五月雨たちは誰が誰を担当するかで揉めていた。

「ねぇねぇますみちゃん。私に那珂さんの髪のセット手伝わせて?」

「うー!ダメだよさみ! 那珂さんはあたしがやるんだから!!」

「……私は。」

 普段は様々な反応が薄い不知火が五月雨の隣で口をパクパクさせている。

「? どうしたの、不知火ちゃん?」

「わ、わた、……じんつうさんを……」

 五月雨にしか聞こえないほどの声量でもって不知火は自身の望みを耳打ちする。彼女の意を汲んで五月雨が代わりに村雨に伝えると、不知火の顔は朱よりもさらに赤く染まりあがっていた。

 

「まぁまぁ3人とも待ちなさい。ここは美容師の姉を持つこの私が指揮を取ります。異論はないわねぇ?」

「「「はーい。」」」

 姉の影響でヘアメイク全般の知識を同世代の女子よりも人一倍有しているためか、村雨が自然とリーダーシップを取り始めた。他のメンツも文句はないため頷いて素直に従い始める。

 

((なんか村雨ちゃんの意外な一面見た気がする~。そっかそっかぁ。村雨ちゃんはおしゃれ番長で一番お姉さんなのかもねぇ。))

 などと心の中で感心する那珂はニコニコして村雨たちの話し合いを眺めていた。

 

 

--

 

 その後村雨は那珂と神通に新しいヘアスタイルに関する希望をアンケート取り始める。希望を聞いた村雨は持てる知識と姉から聞いておいたメモをフル活用して 、二人の今の髪型や髪の量や状態をチェックする。五月雨・夕立・不知火の3人と川内はそれをじっと見つめるという光景がしばらく続く。

 

「那珂さんの毛質や量とご要望を聞く限りだと、クルッとまとめるシニヨンがピッタシかもですねぇ。」

「お団子かぁ~。前々から気にはなってたんだよね。それでお願いできるかな?」

「はーい。お任せあれ。」

 村雨は軽快に返事をして那珂の注文を受注した。

「さみ、それじゃあサンプルのパネルからシニヨンだけをまとめて取り出して。」

「はーい。」

「ゆうはあたしと一緒に那珂さんの髪をまとめる役。それ以外の余計なことはし・な・い・で・よね?」

「は~い。……ん?なーんかいまのますみんの言い方気になるっぽい。」

「不知火さんは神通さんの時に手伝ってもらうから、今はさみとゆうの作業を見ておいてねぇ。」

「了解致しました。」

 村雨は夕立の疑問をサクッと無視して、残った不知火への指示を出した。

 

 

--

 

「ん~~。ちっちゃいお団子2つかまるっと大きいお団子一つでまとめるの、どちらがいいですかぁ?」

「それじゃ~ね~。とりあえず両方とも試したいからお願いします。」

「了解ですぅ。それじゃあ……」

 那珂の要求を確認し、村雨は那珂の髪を梳かし始める。そして決してスムーズとはいえないながらも普通の髪の扱い方とは違う手つきでもって那珂の髪をまとめていく。村雨は那珂の後ろ右半分の髪を掴んでは離し、掴んでは離しを繰り返す。毎回手に収める髪の量が違っていた。

「ゆう、近く来て私のやること見てて。」

「はーい。」

 村雨は夕立を隣に呼び寄せ、自身の手つきをもう片方の手のひらで指し示す。

「これくらい……ね。これをこうして束ねて~、ヘアゴムでここで止めてこうして髪の先をこうやって通して……ここでまた止めるっと。おねえちゃんから教わったスタイルだと、これが一番基本らしいの。わかった?」

 村雨の手際に夕立は顔をこわばらせる。普段なら軽口で反応する友人が一切言葉を発さないのを不安に思った村雨が身を少し屈めて夕立の顔を見上げてみると、まさに目が点、という状態になっていた。

 村雨は一つため息をつく。

「……ゆうには無理なようねぇ……。」

「ム、ムリジャナイッポイ~。あたしだってヤレバデキルッポイ?」

「いいって。じゃあ私がこれからやるの近くで見ててくれるだけでいいから。」

「う……わかった。」

 村雨は夕立に片方の髪をやらせるのを諦め、自分だけで両方することにした。先刻説明した手順を自分で反芻して右側の後ろ髪、左側の後ろ髪をヘアゴムでまとめたのち、それぞれの毛束を持ち上げてクルリと巻きつけていく。

 ほどなくして、那珂のストレートヘアは後頭部に小さなお団子が2つくっついた、基本のお団子ヘアとして変身を遂げた。

 

「はい、できました。さみ、鏡立ててあげてぇ。」

「はーい。」

 五月雨は村雨の指示通り手元にあった手鏡を那珂の前に立てて差し出した。その瞬間、那珂は自分のストレートヘアが本当に綺麗なお団子ヘアに変わっていることを認識した。

 

「うわぁ~!あたしが前に自分でやったときよりも綺麗にまとまってる~~!!村雨ちゃんさすがぁ!」

 那珂は顎を引いて後頭部が映るように頭の向きを変え自信の後頭部のお団子を確認する。そしてお団子をそうっと触り、毛のまとまり具合を慎重に手の感覚で覚えようとする。

「どういたしましてぇ~。おねえちゃんから教わったことをそのままやってるだけなんですけどね。」

「うぉわ~。これ崩すのもったいないなぁ。けど崩しちゃおう。次のお団子ヘアお願いできる?」

 那珂はキャッキャと笑いながらももったいなさそうにお団子を撫でる。しかしスッパリ気持ちを切り替えて村雨にお願いをする。受けた村雨はニコッと笑いながら言葉なくコクリと頷いた。

 

 

--

 

 次に村雨がセットしたヘアスタイルは、後頭部やや右寄りの上部にに大きくお団子を一つ乗せ、横髪はかなり残して耳の前にかかるお団子ヘアだった。

「あ!これあたし好きかも!?気に入ったぁ!」

「え~!那珂さんいきなり決定っぽい!?」と夕立。

「そ、即決ですね……」五月雨も那珂の決断の速さに驚きを隠せない。

「ん~~。この一つお団子のヘアは短時間でサッとできるハーフアップで、後れ毛が色っぽさと大人っぽさを出して小顔効果もあるんですよ。那珂さんのことあらかじめ伝えておいたら、これがピッタリかもっておねえちゃん言って勧めてきました。私もどちらかっていうとこっちのほうが気に入ってくれると思ってましたよぉ。」

 村雨が自身も満足そうに語る。

 

「うわぁうわぁ!那珂さん、なんか可愛いのとちょっと大人っぽい感じ!髪型変えるとこんなに印象変わるんだぁ~!」

 机に寄りかかって一部始終を見ていた川内は自身の事のようにはしゃいで先輩の髪型を見つめては喜びを溢れさせる。那珂の隣にいた神通も息を飲むような仕草をし、ウットリしている。

「よっし!あたしこれに決めた!あ、でも一つだけ注文いい?」

「はぁい、なんですか?」

「お団子、もうちょっと右寄りにできる?あたし、アシンメトリーな感じが好きなの。」

「えぇ。わかりましたぁ。」

 

 那珂の注文を快く承諾した村雨は一旦那珂のお団子を解き放ち、同じ手順を左右の髪の比率と位置を変え、縛り上げる中心点を右寄りにして結っていった。

「はい。こんな感じでいかがですかぁ?」

「うんうん!バッチリ!!これを艦娘の時のスタイルにする!!」

「おぉ!那珂さんいいなぁ~。でも本当にお団子右っかわに一つだけでいいんですか?なんかバランス悪いとかなんとか気になんないんですか?」

 川内が素朴な疑問としてぶつけると、那珂は心境も交えて答えた。

 

「ホントは2つお団子にしてもいいんだけどね。単純にアシンメトリーが好きってのもあるんだけど……なんていうのかな。夢が全部叶うまでは、お団子一つにしておこうかなって。いわゆるダルマの目みたいな? だ~から!那珂ちゃんヘアはこれってことにするの。」

 席に座りながら最後に両手でガッツポーズをして宣言する那珂。その言葉にまわりの一同は納得と賞賛の意味を込めてクスクス・アハハと笑いあう。

「那珂さんがそれでいいならいいと思います。夢が叶うまでって、やっぱ那珂さんロマンチストだなぁ~。」

「おぅ!?川内ちゃ~ん? ……まぁいいや。村雨ちゃん、あとでちゃんとしたやり方教えてね?」

「はぁい。」

「いや~すんばらしぃ~!村雨ちゃんのちょっとどころかすっごく良いところ見たよぉ~。将来おねえさんと同じく美容師目指したら?それかうちの鎮守府のヘアメイク担当とか?」

「ウフフ。今はおねえちゃんの真似してるだけですけど、実は美容師って興味あるので。とにかく喜んでもらえて何よりですぅ。」

 那珂から褒めちぎられて村雨は普段の落ち着いた雰囲気がなく、照れくさそうにまゆをさげ目を垂らしてはにかんでいた。

 

 こうしてこの瞬間、鎮守府Aの那珂は一つお団子ヘアの髪型を持つ艦娘として確立した。

 

 

--

 

 那珂は席を立ち、その場にいた全員にチラチラ後頭部を見せながら川内の隣に落ち着いた。

「ふぅ。満足満足。」

「アハハ。那珂さんやりましたね。」

「うん!あとで五十鈴ちゃんと提督と明石さんたちに見てもらお~っと。」

「それじゃ那珂さんの次は……」

 那珂と言葉を交わあった川内は視線を前方に戻しながら次の主役に言及した。それに素早く気づいた当の本人はビクッとし、ゴクリとつばを飲む。

 川内の視線の意味を引き継いで村雨が再び音頭を取り始める。

 

「そうですねぇ。次は神通さんです。」

「……お、お手柔らかに……お願いします。」

 村雨が別のヘアゴムとブラシを手に取って準備をし始めるやいなや、ソソっと不知火が回りこんで神通の左後ろ、自身の左隣りに来ているのに気がついた。

「わっ!不知火さん。」

「はい。」

「ちょうど今こっち来てもらおうと思ってた……のよ。あなたの意見も聞かせてねぇ。」

「(コクリ)」

「ちなみにおねえちゃんからのアドバイスではね、神通さんみたいに今まで地味めでオシャレしてなくて、奥手な性格の子には、こういう大胆に可愛さを付け加えたアレンジがいいらしいの。でもせっかく私達が神通さんのヘアスタイルを変えるんだから、私たちの考えも少しは混ぜてオリジナリティを出したいわけ。」

 村雨の妙に熱い語りに不知火は普段通り黙ってコクコクと頷く。村雨は手元に集めていたサンプルのヘアスタイルのパネルを数枚めくり、コレと決めた1枚を不知火に見せる。

「基本はこれでいってぇ、ここはこうやって跳ねさせたり。そうすると神通さんは簡単に劇的に変われると思うの。不知火さんどう思う?」

 聞かれた不知火はパネルと神通の後ろ頭を交互に眺めて、やがて口を開いた。

「大きいリボン」

「え?」

「似合いそうです。留めるのに。」

 突然確とした意見を言ってきた不知火に驚いた村雨はピンときた表情に変わる。

「……そうねぇ!後ろ髪は今の無造作な結びからストレートにして、横髪と後髪を少し束ねてハーフアップにしてリボンでまとめる……と。……え?」

 村雨が間抜けな声で一言反応したその視線の先には、不知火がリボンのひもを手に平に載せていた。

「え……と、これ使っていいの?」

 村雨がそうっと尋ねると不知火はコクコクと頷く。そして村雨の目の前に、やや鈍みがかった落ち着いた緑色のリボン用のひもが差し出された。

「あ、ありがとぉ~。使わせてもらうわぁ。そうすると、あと長い前髪はどうしようかしらねぇ~?」

 不知火の妙なサポートを受け一瞬呆気にとられたが、すぐに気を取り直した村雨はスラスラとセットする方針を固めていく。が、今までの神通の良きにせよ悪きにせよ特徴でもあった一切のオシャレ要素のない、だらしなく垂らした長い前髪の扱いに悩んでいた。そんな村雨の向かいでその他のパネルを見ていた五月雨と那珂がそれぞれ気になったパネルを村雨に示し案を口にする。

「ねぇ村雨ちゃん。神通ちゃんの前髪、このセットのを混ぜたら?前髪は両サイドと一緒に後ろで束ねておもいっきりおでこ出しちゃうの。」

「それよりも、こういうカーラーとか使ってくるくるって巻き上げちゃうのがいいと思うなぁ。大人っぽくて素敵!ますみちゃん、どう?」

 那珂に続いて五月雨も自身が選んだヘアセットのポイントとなりそうな点を紹介する。そんな二人の意見を聞いた村雨は考えこむ仕草をし、次に隣にいた不知火に顔ごと視線を向けた。

 

「ねぇ不知火さんはどう思う?」

「……?……」

 尋ねられた不知火は眉間にしわを寄せ、那珂と五月雨が指し示したパネルを交互に視線を送り見る。無表情な顔にわずかに戸惑いの色が見えていた。元々からして自身もオシャレには無頓着で自然・周りに言われるがままにしていた不知火の持てる知識とセンスではこれ以上は限界だったのだ。

 その様子にすべてではないが何か不安な印象を感じた村雨は

「あ……うん。それじゃあ不知火さんの意見はさっきのリボンを採用ね。ありがとう、いいアイデアだったわよぉ。」

とだけ言って後は側で見ているように指示した。不知火は無表情のまま村雨に従って一歩下がった。

 

 

--

 

 前髪の扱いにまだ悩む村雨は直接本人に意見を求めることにした。

「ねぇ神通さん。前髪は何か希望ありますかぁ?」

「えっ? ……そ、そのまm

「そのままっていうのはなしでお願いしますねぇ?せっかく変身するんですから、思い切ってみましょうよぉ?」

 神通の保守的な希望は一瞬で村雨に切り捨てられた。退路を絶たれた神通は手元に無造作に置かれていたパネルを指差しながら弱々しい声で言っう。

「それでは……これで。おでこは……あまり出したくないので、控えめで。」

 そう言って神通が指差したのは、那珂が置いたヘアスタイルのパネルだった。前髪が長い女性向けの、両サイドと一緒に束ねてしまう形であった。そこに、神通が唯一出した自分の意見。それを踏まえて村雨はアイデアが固まったのか、神通に自信に満ちた口調で告げる。

「了解でぇす。」

 

 

--

 

 村雨は那珂の髪のセットで慣れたのか、手際がやや良くなりテキパキと神通の髪をセットしていく。両サイドの髪を人差し指と親指で作った輪っかに収まる分だけ残して残りは後頭部に向けて流し、一旦片手で両サイドから持ってきた髪を掴んでヘアゴムでまとめる。次に神通の前髪を片側だけ掴み、後頭部に引っ張られて斜め線ができている両サイドの髪にあてがう。それを何度か位置を変えて神通の右斜め前から俯瞰するように確認する。

「うーん。長さが微妙ねぇ……。横髪と一緒に編みこんでみようと思ったんだけど……。やっぱり少しハネさせるべきかしらね。……そうだ!さみ、あなたの意見一部採用よ。」

「へ?アハハ。なんだかよくわからないけどありがとー。」

 五月雨が先ほど見せた意見を思い出した村雨はそれを宣言する。友人の手際を呆けて見ていた五月雨はとりあえずの相槌を打って反応した。

 

「神通さん。ホントなら軽くドライヤーもかけて少しウェーブかけてからやったほうがやりやすいんですけど、今回は試しということでそのままカーラー巻きつけてちょっと強めに巻きつけただけにしますので。あとでやり方と注意ポイントまとめておきますから見てみてくださいねぇ。」

「……(コクコク)」

 

 

--

 

 そうしてできあがった神通のヘアスタイルは、前髪は波をうつようにふんわりと両サイドに流れ、耳の上で横髪の一部と先端数cm編み込まれてピンで留められていた。編みこみ部分は後頭部に向かった残りの両サイドの髪の下に挟まれ、型くずれしにくいように補強されている。そして後頭部は長いリボン用のひもで大きいリボンが作られ、両サイドから持ってきた横髪を束ねていた。

 

「はい。できましたよぉ。神通さん、今のご自分見てみてくださ~い。」

 そう言って村雨は鏡を立てて神通の前に置いた。その瞬間神通が目の当たりにしたのは、今まで見たことがない自分自身だった。

 今まで神通こと神先幸を特徴づけていた、だらしなくだらっと垂らしていた前髪は目にかからず、まぶたと耳の上を通って横に流されて今まで隠れていた顔の輪郭がはっきりと見えるようになっていた。前髪の一部はワンポイントかのように耳のあたりでピンッと毛先が上へと跳ねている。そして左右どちらかを向くように頭を軽く動かせばすぐに見える後頭部の緑色の大きなリボン。さきほど不知火が提案し、神通のために差し出したひもで結われたややにぶみがかった緑色のリボンが控えめな神通の性格から自然な可憐さを演出していた。

 

「これが……私?」

「そうですよぉ。あと個人的にはメガネじゃなくてコンタクトとかにすればもっと自然に馴染むと思います。」

「すごい……けど、私こんなの一人では……きっとできない。」

「それはほらぁ~。艦娘の訓練と一緒にこの夏休み中にマスターすればいいんですよぉ。普段学校に行かれる時でもその髪型なら、絶対男子が放っておかないですよぉ~?」

 髪のセットをしてくれたとはいえ年下に茶化されて神通は戸惑いの表情を浮かべる。普段那珂からされる茶化しとはまた種類が異なる印象を受けた。そう思っていると件の先輩が村雨の言葉の流れに乗ってきた。

「うんうん!やっぱ神通ちゃんはそうやって顔出したほうがいいよ!普通に可愛いいんだから、もっと自信持ってオシャレしたほうがいいと思うなぁ。村雨ちゃんの言うとおり、2学期は普段もその髪型でイッてみない?」

「ええと……あのぅ……」

 言葉に詰まり、神通は助けを求めて川内をチラリと見る。その視線に気づいた川内が口を開くが、その言葉は神通が期待したものとは異なるものだった。

「ん?あぁ、神通絶対それが可愛いよ。あたしも那珂さんや村雨ちゃんの意見にさんせーい。あたしは親友の二学期デビューを応援するよ~。」

 

 川内に続いて五月雨や夕立も表現が異なるながらも同じ流れで言葉をかけてくる。そして残った不知火も神通に向かってゆっくりと声をかけた。

「ん。オシャレ、一緒に。」

「……えっ?」

 またしても言葉足らずな彼女のセリフに神通は必死に想像を張り巡らし、それが

「オシャレを一緒に学んでしていきましょう」

だと推測して言葉を返すことにした。

「あ、あの……そうですね。一緒にお勉強して、いきたい……ですね。」

 正解だったよかった。不知火がコクコクと頭を素早く振る様を見て神通はそう思って胸を撫で下ろした。

 

 こうして鎮守府Aの神通は、ボサボサの前髪・単に2つ結んだ後ろ髪・メガネから、一気にオシャレ度アップ、神通こと神先幸の素の美少女度が引き出されるストレートヘア・ハーフアップの髪型を持つ艦娘へと大変身を遂げた。

 

 

--

 

 

 神通はゆっくりと席から立ち、風通しの良くなりすぎた頬の感触に違和感を覚えながら那珂と川内の側に歩いていく。

「アハハ。神通ちゃん、うれしそー。」

「ホントだぁ。そんな笑顔初めて見たよ。」

 那珂と川内がかけてきた言葉によって、神通は自分の顔から自然と笑みが溢れていたことに気づいた。途端に恥ずかしさが膨れ上がって俯いてしまう。

「ホラホラ!顔上げてよ。写真撮ろ?写真。」

「うぅ……」

 先輩と同期の二人から茶々を入れられてすっかり笑顔は消え、恥ずかしさで泣きそうな顔になる神通。それでも二人からのアタックは止まらない。

 そんな3人を見ていた村雨たちはコホンとわざとらしく咳をして注目を集める。

「さて、これでお二人はできました。あ・と・はぁ~~」

 言葉の最後で五月雨と夕立に目配せをして最後のターゲットに回りこませ、笑顔で見つめる村雨。笑顔というよりも含みを持たせたにやけ顔である。

「え?え?なに?ちょ!夕立ちゃん?五月雨ちゃん?」

 駆逐艦二人に囲まれた川内は一気に戸惑いの表情に切り替わって焦る。向かいに立つ形になっていた村雨は手招きをした。

「せ~んだ~いさぁ~ん?ささ、お早くこちらへ~。」

「い、いやいや!あたしはいいっての!ほら?あたしそれなりに気をつけてるし。」

 耳にかかっている左の横髪を掴んで指でまとめてみせるが内心焦りまくる川内に、茶化しの魂が疼いた那珂は村雨の勢いに加勢した。

「そーだよぉ~。ある意味あたしや神通ちゃんよりもオシャレさせなきゃいけない人がここにいましたねぇ~。ね、神通ちゃん?」

 那珂が川内の肩に手を当てながら神通に目で合図を送ると、神通もそれにノって相槌を打った。

「ちょ、神通!?あんた……!」

 自分を絶対からかいそうにない人物から攻勢。間接的ではあるがおちょくられて川内はキッと睨みを利かせる。が、神通が恐れを抱く前に那珂が盾になった。

「はいはい凄まない凄まない。それじゃあ二人とも、川内ちゃんをとっ捕まえて~!」

「「はーい!」」

 那珂の合図を得て五月雨と夕立は川内を生け捕りにした宇宙人の写真の構図のように両脇からガシッと掴み、引っ張って村雨の目の前につきだした。川内の力と体格ならば五月雨たちなぞ振り解けそうなものだが、それは起こらなかった。

 村雨が水を得た魚のように生き生きとし、目を爛々と輝かせて川内を見つめる。

「それじゃあある意味本命の川内さぁん、どんなヘアスタイルが良いですかぁ?」

「うぅ、あたしショートだから似合うのないと思うよ。」

「そこはホラ、ちゃーんとショートの人向けのサンプルのパネルも持って来てますよ。実はお姉ちゃんから川内さんみたいな人向けのアドバイスももらってるんで、バッチリですぅ。」

「うわぁ~、村雨ちゃんぬかりないなぁ。てか村雨ちゃんなんか今までとけっこー印象違って見えるわ。」

 と那珂が率直な感想を口にするとそれに五月雨たちが答えた。

「ますみちゃん、おしゃれのことになるとちょっと人が変わりますから、三人とも今後気をつけた方がいいですよー。」

「そーそー。あたしとさみなんか、長い髪だからちょっとヘアスタイル変えたいね・切りたいねっていったら、めちゃ怒られるんだよ。だからさせてもらえないっぽい。なんでよますみん?」

 夕立が自分達のことに触れて愚痴ると、川内の髪を梳かしながら村雨がサラリと答えた。

「二人はそのストレートが抜群に似合ってるんだから変えるなんてダメよぉ。あと切るのはもってのほか。」

「私だってたまには変えたいよぉ……。」

「あたしもあたしも!!」

「はいはい。そのうちもっと似合いそうなセットをおねえちゃんに相談しといてあげるから大人しくしてなさいねぇ。」

 

 五月雨と夕立を適当にあしらった村雨は本格的に川内の髪を触り始める。

「何か気に入ったヘアスタイルありましたかぁ?」

「うーん、どれもあたしにピンと来ないなぁ。」

「全部一気に変える必要はないんですよ。川内さん、髪がちょっと硬めなんで、少しのセットがよいと思います。何かワンポイント入れるだけでも気分が変わるからいかがですか?」

 村雨から簡単なアドバイスを受けて、パネルを真剣に食い入るように眺め始める川内。ショート~ミドルヘア用のパネルはそれなりに数があり目移りしはじめる。

 自分では気をつけていると言ってはみたが、実のところコレといってヘアスタイルはわからず、髪のセットを細かくできるほど女子力は高くない。ブツブツ文句を言いながらも今回ばかりは村雨に身を委ねることにした。

 

「あ~あ~。じゃあもう村雨ちゃんに任せるよ。あたしぶっちゃけ髪型知らないし。」

「そう言われてもですねぇ。希望言ってもらったほうが助かるんですけど。」

「村雨ちゃんあんだけ髪いじるの上手いならなんでもやれるでしょ?」

「いえいえ。さっきも言いましたけどおねえちゃんの真似事してるだけなんで。川内さんに似合いそうな髪型、おねえちゃんから聞いてきましたからどれがいいかくらいは……。」

 

 村雨が食い下がるので仕方なしに川内は村雨の姉のメモの中から選ぶことにした。目をつぶり、指をそれらの候補の上を行ったり来たりさせる。

「ちょっと川内さぁん。その選び方はダメですよぉ。」

「アハハ……やっぱダメ?」

 首だけで振り向いて村雨を上目遣いでチラリと見、笑っておどける川内。村雨は言葉なくメモとサンプルのパネルを指で机の上で滑らせて差し出す。それを目を細めてしばらく眺めていた川内は小声で唸った後、要望を伝えた。

「それじゃ、これ。これでお願い。」

「りょーかいですぅ。」

 

 川内が選んだのは、サイドの一部を編み込むだけのシンプルなアレンジだった。村雨は川内のことをあっけらかんとした雰囲気を持っている人としか印象を正直掴んでいなかったが、それでも川内が選んだセットはサバサバとした彼女らしいと感じるくらいには把握できているつもりだった。

 村雨は川内の横髪を人差し指と親指で作ったわっかにおさまり少し隙間ができる程度の分量を掴み、巻いて束を両サイドに作る。その2つの束の根本をヘアゴムで固定して毛先までをくるくると編み込んでいく。しかしそれをそのまま仕上げとするのではなく、毛先までを編み終わったあとに強めにキュッとひっぱったり毛束を押して髪に形を覚えさせた。その後、元の毛束2つの編み始め部分に指を入れてそうっと解いていく。

 

「川内さんの場合もホントでしたら細いカーラー使ったほうが仕上げが良くなるんですけど、今回は道具がなくてもできる方法を使いました。さて、完成ですよぉ。」

 村雨はアドバイスをしたのち完成を宣言した。目の前に鏡が出されて川内はおそるおそる自分の新しい髪型を見てみた。

「うわぁ……ってあれ?どこらへんが変わったの?」

「ウフフ。自分でやらないとなかなか気づきませんよね?軽く横向いてください。ホラ。」

 川内は村雨から促されて視線は右に向けたまま軽く左を向き鏡を見た。すると、自身の右耳の後ろぎりぎりにかかる形で普通に流れている横髪とは違う毛束がかかっているのに気づいた。

 

「あ、これ……!?」

「はぁい。正解です。いかがです?」

「なんかワンポイントって感じであたしこれ好きだわ。うん。このくらい控えめな感じならいいね。」

「川内さんはあまり突飛なかわいい系のヘアセットやオシャレは慣れてないっぽいので、控えめな可愛さアピールするセットが最適かなぁって思います。」

「アハハ……村雨ちゃんすげーわ。よくあたしのことわかるね~。」

「いえいえ。これもおねえちゃんにアドバイスもらってるだけですよ。」

 この瞬間、サイドの髪が軽く編み上げられた、男勝りな本人に合うようひかえめな演出がされた髪型を持つ、鎮守府Aの軽巡洋艦艦娘川内が確立した。

 

 那珂は川内を見つめながらさして問題でもなさそうな疑問をふと投げかける。

「でもこの髪、今さっきの川内ちゃん自身じゃないけど、他の人からはよっぽど凝視されないと気づいてもらえなさそう。」

 それに対し村雨は反論する。

「もともとそういう主張のセットなんで。でもこういうのに気づく人は川内さんのことよく見てくれてるって取れると思います。その人が異性だったら、意識しあっちゃうかも?」

 村雨の言葉には川内のヘアセットの評価に対し微妙に熱っぽさがこもっていた。しかし川内はその意味がわからず振り向いて村雨を見上げて普通に返す。

「え?村雨ちゃんなに?」

「ウフフ。川内さんもぉ、気になる異性とかいらっしゃるんでしょうかぁ?川内さん、絶対モテそうですよね~?」

 村雨ら他校の人間は川内こと内田流留のこれまでの事情を知らないが故の率直な感想だった。向かいで見ていた那珂は一瞬ハッとするが、もう過去のこと。努めてこれからの内田流留を見ていくことにしたので、目の前のやりとりを茶化さずじっと見るだけにする。

 

「うぅん。あたしなんて、男子とは馬鹿話して遊び呆けてただけだし、恋愛なんて……関係ないよ。まぁなんとなく気になる人はいるけどさ。」

「それだったら!新しい髪型をその人に見てもらいましょうよ。それでその人が気付いたらぁ……脈アリですよぉ!もっとオシャレして女子力高めてアピールしまくりましょうよぉ~。」

「い、いや。その人とは別にそういうことじゃないから!ただの知り合いのお兄ちゃん的なぁ。」

 川内の口振りを村雨は逃さない。

「そーですかぁ? でもお兄ちゃん的な存在だと思ってた人がふと気がつくと……きゃーもうたまらないシチュですよねぇ!?」

「む、村雨ちゃん!?」

 空想に興じてキャッキャと身振り手振りを交えて暴走しだす村雨にあっけに取られる川内。そんな村雨について夕立が補足的に評価を口にした。

「あ、言い忘れてたけど、ますみんは恋愛物の小説とかドラマとか漫画が大好きなんだよ。川内さんは~ネタにされちゃうっぽい?」

「アハハ……すでに遅いみたい。」

 夕立が友人の別の一面を明かし、五月雨が呆れるように村雨の今の状態を口にした。言及された当の本人は満足げに川内を見てうっとりと空想に浸っていた。

 

 

--

 

 川内型3人のヘアスタイル変更が一段落した。7人はそれぞれのヘアスタイルを再び評価しあったり、サンプルのパネルを眺め見たりして思い思いに時間を過ごす。

 

【挿絵表示】

 

「いやーまさか村雨ちゃんにこんな特技があるなんてねぇ。そういや村雨ちゃん自身の髪型もなんか普通のツーサイドアップじゃないように見えてきたよ。」

「ウフフ、これおねえちゃんがしてくれたんですよ。初めての実験台として。でも気に入ったので最近ずっとこれにしてるんですぅ。」

「ますみちゃん、1年生の終わりくらいからだったよね、それ。とっても似合ってるよ!」

「ありがとね~さみ。」

「それでね、私もヘアスタイル変えたいn

「ウフフ、ダーメ。」

「……。」

 村雨を褒めて自身の要望を聞いてもらおうとした五月雨だったが、その願いはバッサリと切り払われた。

 

 一方で神通と川内、そして不知火は隣あって座っておしゃべりに興じていた。実際は無口な二人に対してよくしゃべる川内のほぼワンマンショー状態である。

「ねぇ不知火ちゃん。君のその頭のそれは自分でつけたの?」

 川内は不知火の後頭部の結びに言及する。

「いえ。髪は苦手なので、友達がくれて。」

「ん?どーいうこと?」

「あ、もしかして今日のあたしたちみたいに友達になんかしてもらったんでしょ?」

「(コクコク)」

 川内の聞き返しに那珂が察してすかさず聞き返す。それに対してゆっくりコクっと頷く不知火。

「お互いそういうの苦手だと周りから言われて大変だよねぇ~って、あたしは同性の友達いなかったから今この時がそうなんだけど、すっごく充実してる感じ。」

 不知火の返事を受けて川内が自身の過去に無意識に触れて織り交ぜつつ自身の境遇をうち明かすのだった。

 

--

 

 歓談に興じること数刻、那珂がふと気がついて時計を見ると、お昼が終わって2時間近く経過していた。もうすぐ15時にさしかかるころであった。

「あ、もうこんな時間かぁ。ぎょーむ連絡~。川内ちゃん、神通ちゃん、あと1時間くらいしたら訓練再開だよ。」

「あ、はーい。」

「はい。」

 二人ともこの2時間ほどの空気でまったりしすぎたため内心今日の訓練はもうやる気がつきかけていた。が、そんなことをバカ正直に口にしてしまえば、真面目な時にふざけると静かに激怒する先輩がまた不機嫌になりかねないと簡単に想像ついた。そのため素直に返事をするのみだった。

 

 そんな時、待機室のドアが開いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

午後の鎮守府

 待機室の扉を開けて入ってきたのは五十鈴だった。

 

「あら、みんないたのね。」

「あ!五十鈴ちゃーん!待ってたよぉ~。」

 

 五十鈴を視認するやいなや席から立ち上がり駆け寄って行く那珂。五十鈴一瞬身構えたがすぐに態度を柔らかくして目の前の少女の変化に触れた。

「あ。あんたそれ……!」

「ムフフフ~気づいちゃった?気づいちゃったよねついに!?」

 ニンマリとして妙な中腰で五十鈴に擦り寄る那珂。五十鈴は警戒体勢を解除するんじゃなかったと悔みつつも努めて平然を意識する。

「えぇ。それだけ変わったならわかるわよ。お団子ヘアよね?結構いいじゃないの。」

「エヘヘ~五十鈴ちゃんから褒められちゃったぁ。これね、村雨ちゃんがやってくれたんだよ。あたしだけじゃなくてあの二人にも。」

 クルリと回りながらそう言った那珂が指差したその先、五十鈴は誘導されて件の二人を見た瞬間、那珂の時よりも激しく仰天した。

 

「え!?あの娘誰よ!?川内の隣にいる!!」

「エヘヘ~誰だと思う?なんとねぇ~……神通ちゃん!!」

「し、正直失礼だと思うけれど、ものすごく驚いたわ……。すっごいじゃないの!見違えたわよ。」

 

 五十鈴に素で仰天されて神通は顔を真っ赤にして俯く。そんな同期の隣で少しだけ頬を膨らませてむくれていた川内が五十鈴に一言物申した。

「あのー五十鈴さん。あたしもどこか変わったと気づいてくれないんすか?」

「……え?変わったところあるの、あんた。」

 川内から言われて五十鈴は改めて川内を見るが、正直乗り気ではないという動きと口調である。五十鈴の反応は川内の心を小破させるのに十分だった。

「うぇ~!?ひっどい!あたしだってホラ!こっち来てよく見てくださいよ!」

 珍しく立腹してみせる川内に五十鈴はおとなしく近寄って彼女の横髪を2秒ほど凝視し、ほどなくして眉を上げてハッとした表情になる。

「あ、そういうことなのね、ごめんなさい。もっと大胆に変わってたならまだしも、 離れてると気づかないわよそれ。 」

「やっぱりそうですよね……。」

「それでしたら!今からでもまた変えませんか!?」

 凹む川内に村雨が目の色を変えて身を乗り出して近寄ってきた。

「い、いい!いいって。今日はこのままでいいから。」

 川内の焦りを含んだ拒絶に、唇を尖らせて子供っぽく拗ねてみせる村雨はやや残念そうに下がった。

 

 

--

 

 五十鈴を交えて8人になった艦娘たちはまたおしゃべりに興じる。内容は五十鈴界隈のネタを皮切りに真面目がかった内容で占められていた。

「そーいや今日来たお友達二人はいいの?」那珂が尋ねる。

「えぇ。今日のところは見学だけ。でも試験を受ける意思を示してくれたから、試験の申し込みをさせて駅まで送ってきたところだったのよ。」

「そっかぁ。もし同調できればまた艦娘が二人も増えるってことだよね。楽しみぃ~!」

「まだ同調できるって決まったわけじゃないわ。けど、どうか受かってほしい。」

 そう言って五十鈴が願いと思いを込めて視線を向けたのは、那珂を中心とした高校生ら、そして五月雨を中心とした中学生らである。その視線を追って那珂はほどなくして五十鈴が言わんとしたことを察した。

「そっか。うん、まぁなんとか合格できたらいいよね。あとはぁ~……。」

 唯一視線を向けられていなかった不知火に那珂は視線を向けて言う。視線を受けた不知火本人はポケっとしたままだ。

「不知火ちゃんのところからも来れば、あたしたち鎮守府Aの艦娘は素敵なチームが出来上がるかも。そー思わない?」

 那珂はそう言いながらその場にいた全員に視線を向けて同意を求める。それでようやくその場にいた全員が思いの意味するところを理解した。その視線を受けてまっさきに頷いたのは川内だ。続いて神通、五月雨、村雨、そして夕立がコクリと続けて頷いていく。

 

「これから入るかもしれないあの二人や不知火ちゃんの学校の子たちに恥ずかしくない見本を示せるように、訓練がんばろーね?」

「はい!実は言うとさっきまであたし、やる気ゼロでだらけそうになってました。」ペロッと舌を出しておどける川内。

「恥ずかしくないように……はい。私も頑張ります。」

 

 川内と神通の告白と決意に続いて五十鈴も宣言する。

「えぇ。私もなんだかやる気湧いてきたわ。ねぇ那珂。今日は雷撃の訓練の続きこのあとするんでしょ?だったらわたしも監督役としてだけじゃなくて、参加させてもらえないかしら?」

「あ!だったらあたしもやりたいっぽい!川内さんと一緒にやりたいー!」

 五十鈴と夕立に続いて不知火もスッと手を挙げて宣言するかのように声を出して言った。

「私も、神通さんの。一緒に。」

 言葉足らずなのは相変わらずだったが不知火の意思も那珂は丁寧に受け入れた。ここまで各々の意思を確認して、那珂は残る二人を見つめる。

「五月雨ちゃんと村雨ちゃんはどーする?」

「私もみんなと一緒に訓練してみたいのはやまやまなんですけど、まだ秘書艦のお仕事残ってますのでそろそろ。」

 

「村雨ちゃんはどーするの?」と那珂。その目はレッツ一緒に訓練!と誘わんばかりにキラキラしている。

「私は帰りますぅ。」

「「え!?」」

「このあと貴子の用事に付き合う予定なので。」

 これまでの空気を砕くような村雨の発言に那珂たちはコントのようにずっこけた。村雨はそんな那珂の軽いフリは気にせずサラリと説明を加えた。村雨は自身の中学の艦娘部の部長、白浜貴子との約束を思い出したため予定を明らかにした。

「白浜さんとなんで会うの?遊ぶだけっぽい?」

「えぇ。まぁね。でもそれだけじゃないんだけどね。」

「貴子ちゃんも一応艦娘部なんだから鎮守府来てもいいのになぁ~。」

 五月雨が残念そうに言うと村雨は苦笑しながら今ここにいない人物の心境を代弁した。

「貴子はねぇ、自分だけ仲間はずれっていうのが嫌なのよ。」

「別に私達仲間はずれにしてるつもりないのにね?」

「そーそー。白浜さん勝手にそー思ってるっぽい。」

 五月雨が素直な気持ちを口にすると、夕立もコクコクと頷いて同意を示す。五月雨と夕立がそれぞれの思いを口にしたのを最後まで聞いた村雨はハァと一つため息をついて補足した。

「いや……その気はなくても"私たち"の場合、仕方ないでしょ~?だからぁ、私結構裏であの子に根回ししてるんだから。」

 目配せをした村雨の言葉の意図を理解した二人は、あ~っと曖昧な相槌を打った。

 

「その白浜さんって確か艦娘部の部長さんだっけ?」

 村雨たちのやり取りを見ていた那珂が尋ねる。

「はい。」

 五月雨が代表して返事して簡単に紹介すると、那珂はその少女の状況を踏まえて一つ案を出す。

「そっか。それじゃあ本当にベストなのは、その子も艦娘になれるのも含めてかなぁ。ねぇ五月雨ちゃん。新しく配備された艤装の試験、その白浜さんって子にも受けさせたらどーかな?」

「えっ?あぁ~そうですね。」

 提案を聞いてすぐに考えを巡らせられずにいる五月雨はとりあえずの曖昧な相槌を打つ。

 

「今日配備されたのはなんなの?」と川内。

「今日届いたのは……確か軽巡洋艦長良と名取、それから駆逐艦黒潮と重巡洋艦高雄です。」

 と五月雨は顎に人差し指を軽く当てて虚空を見るような上目遣いで思い出しながら語る。

 

「そのうちどれかには合うっぽい?」

「そうだよ。受けさせりゃいいじゃん。まとめてさ。」

 軽い雰囲気で発言する夕立と川内。そんな二人に那珂が突っ込む。

「そうは言ってもだよ? これで同調できなかったらそれぞれお友達の立場からするとけっこー辛いと思うよ? あたしたちは学校でまったくの初対面同士、たまたま同調に合格できたからいいけど。」

「……そうね。でも、その気まずさを乗り越えてなんとしてでもあの二人には艦娘になってほしいと私は思ってるから、夕立と川内の考えには半分は賛成。」

 那珂の言葉に乗る五十鈴はこれまでの皆の会話と考えを受けて自身の考えを述べた。続いて五月雨と夕立も展望を述べるが白浜貴子の性格を知っているために、良い表現をできないでいる。

「私達としても貴子ちゃんが早く艦娘になれるのを期待しているんですけど、本人をまず説得して鎮守府に来てもらわないといけませんよね……。」

「白浜さん、あたしたちが誘うとへそ曲げるから絶対来ないっぽい。」

「ま、そのあたりは私がそれとなく言葉かけて地道に説得するわ。そのための根回しなんだから。今回の試験、貴子は誘わないでおきましょ。」

 結局五月雨・夕立・村雨は話し合った結果、白浜貴子を今度の艦娘の試験に誘うのは止めることにした。あまりにも急すぎるのと、自分たちの声掛けでは当の本人の気分を乗らせるのが大変だとわかっているからだ。

 

「それじゃあ不知火ちゃんの学校から誰か誘うのは?」

 那珂が再び提案する。全員の視線が那珂のあとに不知火に集まる。が、視線が集中しても不知火は一切動揺を見せることなくポケッと無表情でそこにいる。全員が不知火が口を開くのを待った。

「……?」

「不知火……さん。どなたか誘える人……とかいませんか?」

 神通が見かねて助け舟を出して促す。すると不知火はようやく口を開いた。

「……話してみます。」

 突然提案されて実際は頭が真っ白になっていた不知火だったが、その他全員には当然そんな真実がわかるはずもなく、ただ不知火がぶっきらぼうにぼそっと答えたように見えていた。

 

 

--

 

「それじゃあ私は一足早く失礼しま~す。」

 最初に離脱を宣言したのは村雨だった。

「今日はありがとーね。あたしたち3人のヘアスタイルをセットしてくれて。すっごく感謝感謝。」

「ウフフ。どうしたしましてぇ~。私も楽しかったです。」

 那珂の感謝の言葉に対してお辞儀をして口に軽く手を添えて控えめに笑う村雨。

「じゃあね、ますみちゃん。またね。」

「まったね~ますみん。」

「えぇ。」

 五月雨と夕立らと地元で遊ぶ約束を取り付け、村雨はヘアメイク道具を片付けた後待機室から出て行った。

 

 

「それじゃあ私もそろそろ執務室に戻ろっかな。」

「そんなに秘書艦の仕事忙しいの?その割にはこの2時間ほどここにいて大丈夫?」

 素の心配をかけて那珂が尋ねる。すると五月雨は申し訳無さそうに遠慮がちに言う。

「いえ。そんな大した量でもないんですけど、今度の艦娘の試験の準備や広告出し手伝わないといけないので。」

「そっか。あたしたちにも手伝えることがあったら言ってね?」

「はい!ありがとうございます!」

 

「……そーだ!ついでにあたしたちも行こう。」

「へ? 今日いきなり手伝っていただかなくても。」

 両手を前に出して遠慮の仕草をする五月雨。那珂はそれを気にせず目的を告げた。

「いやさ、全然関係なくてゴメンだけど。あたしたち川内型3人の新しい姿をね、見せて提督をのーさつしてやろうかとねぇ~。」

 那珂はいつもどおりの軽い口調になって身体を身悶えさせておどける。それを傍から見ていた川内と五十鈴は視線をそらしたり額に指を当てて頭が痛いという仕草をし始める。

「まーたはじまった……。あんたは見せたいんですって普通に言えないの?」

 ジト目の五十鈴がツッコミを入れる。それを受けて那珂は胸を張り、人差し指を指し棒に見立てて講釈するように言った。

「それじゃ普通の人じゃん~。物の言い方でも演出しないといけないのが、アイドr

「だからあんたのそれは芸人だっての。」

「……あっ、それ言ったら……。」

 五十鈴が放った一言に神通の密かな気付きと心配するが時すでに遅く的中し、目の前にいた先輩が泣き顔で発狂する様を目にして神通も狼狽えることとなった。

 人が変わったようにぐずる高校生の那珂に五月雨たちはわけが分からず呆気にとられるが、神通がそうっと耳打ちして事実を伝えたことにより駆逐艦の3人は苦笑しあう。

 那珂が気持ちを落ちつかせるまで皆で宥めるという妙な構図が数分続いたのだった。

 

「うぅ……わかったよぉ。それじゃあ普通に提督に新しい髪型見せにいきたいだけなんです。……これでいい?」

「はいはい。……まぁ、私もまた言っちゃって悪かったと思ってるわ。」と五十鈴。

「那珂さんもソレがなけりゃなぁ~いいのに。」

 川内が誰もが思っていたことをスパっと口にし那珂をむくれさせ、那珂以外を再び苦笑いさせた。

 

 

--

 

 待機室を出て五月雨を先頭にして執務室へ向かう7人。五月雨はノックをして提督の返事を聞いてから開けた。

「失礼します。」

「あぁ。五月雨。お昼休みえらい長かったな。もう15j……」

 提督は机の上のPCの画面を見たまましゃべり続けようとする。視線を五月雨のいる扉の方を向けたその瞬間、提督は五月雨の後ろにいた同じ服着た3人の変わりように言葉を失った。

 

「……提督?」

 

 五月雨が秘書艦席に近づきながら提督に声をかけるが提督は固まったままである。他のメンツも執務室の中に入ってきて提督の反応をニヤニヤしながら見つめる。驚きの原因たる中心人物の那珂は手を背後で交差して前かがみにして身体をくねらせながら提督に近寄っていき、茶化し満点の口調で声をかけた。

「おやおや提督?どーしたのかなぁ?」

「……那珂ということは、それじゃあそっちは神通か!?めちゃくちゃ変わったな! それに川内は……ん?」

 提督は那珂と神通の変貌に気づいて再び驚いたあと、残りの一人の様子にも気づく。しかし執務席のところからははっきり認識できないため席を立って川内に近づいていく。100cmの近さで川内の前方180度ほどウロウロと見つめ始める。

 

「えっ!?ちょ……提督?」

 ひとしきり川内を観察する提督。提督の急な反応に川内は提督とは逆方向を向いて頬を赤らめて俯き続ける。ひとしきり観察し終わった提督はハッと我に返り焦って取り繕って弁解する。

「あぁ!ゴメンゴメン。こんなおっさんに近寄られてびっくりしたよな。……川内もちょっと変えたんだな?」

 提督は後頭部をポリポリ掻いて謝りながらすぐに川内から2~3歩離れながら聞きただす。

 その瞬間、川内は呆けた目で提督を見上げた。結った横髪がフワッと揺れる。

「!!」

 側にいた那珂は提督や川内を超える驚嘆の表情になっていた。神通はうつむきがちであったが同じように驚く。しかしその表情は驚きというも、川内のことを喜ぶために口を緩ませた笑顔を含んでいる。

 

((このおっさん、あっさり気づきやがった。もしかして女の扱い慣れてる?))

 当事者の二人から一歩置いて見ていた那珂の心境は穏やかではない。

 

 頬以上に顔全体を真っ赤にさせて提督を見上げる川内。

「え!?気づいて……くれたんだ。」

「いや~。那珂と神通はもう見るからに変わってたからわかりやすかったけど、君にもなんとなく違和感があったからさ。」

 その言葉に川内はタハハと照れ笑いをしておどけてみせるが顔は赤らんだままだ。その姿は誰がどう見ても乙女のそれであるとは那珂も五十鈴も気づいたが、あえて触れない。

 

 そして、提督を斜め後ろから見る立ち位置になっていた那珂が提督の脇腹後方を肘打ちして軽い口調で言った。

「提督ぅ~~!さっすが艦娘の保護者や~!わたしたちはおろか、まさか川内ちゃんのびみょーなヘアスタイルのアレンジに気づくなんてさ! んでどうなんだよぉ~あたしたちの新しいヘアスタイル。見違えたでしょ?」

 那珂の言葉に提督は振り向き、那珂と神通の二人をも見回して言った。

「あぁ。3人ともすっごく似合ってる!普段の姿から変身したなぁ~。那珂は前に話していたとおりの髪型にしてくれたんだな。なんというか、俺がなんとなく思ってるアイドルやタレントっぽくなってきていいと思う。垢抜けたっていうかな?」

「垢抜けたって……まぁいいや。提督、もしかして前に話した時のこと…?」

「あぁ、君の夢とか含めてもちろん覚えてるよ。テレビのインタビューに出しても恥ずかしくないってこった!」

 那珂は提督が覚えていたという事実に心躍る鼓動の早まりを覚える。わずかにうつむいたその顔では口元をもごもごさせてにやけを抑えるのに必死だ。しかし提督の冷やかしに対する反撃の茶化しは忘れない。

「アハハ。うれしーこと言ってくれるじゃないのさ。マジプロデュースしてよねぇ?コネとかアレとかさ~。これからのニュー那珂ちゃんをしっかり見せてあげるよぉ~~!」

「ハハッ任せてくれよ。期待してるぜ?」

 

 那珂に言葉をかけたあと提督の視線と顔の向きは川内と神通に向ける。

「川内はちょこっとしたオシャレがすごく似合ってるし、それから神通は大変身だと思う。君はそうやって顔を出していたほうが絶対魅力的だよ。自信持っていいと思うぞ。その……さ、可愛いよ。」

 “可愛い”その今までもらったことのない言葉をかけてもらって神通も初めてこの段階で頬を赤らめてハッキリとした照れの様を見せる。神通のそれは単なる恥ずかしさである。それは傍から見ていた那珂も気づくが、必要以上に気に留めない。そして那珂は神通のほうへ駆けて行き、その勢いで川内にも絡んでいって2人の肩から抱き寄せて喜びを表した。

「やったね二人とも!!こんだけ驚いてもらえればイメチェン大成功だよぉ!!」満面の笑みの那珂。

「……はい。やりました。」

「……うぇ!?あぁ、はい。……はい。」

 顔を赤らめながらもすぐに返事をした神通とうろたえる川内。二人の様子を逃さない那珂は、意外と異性との触れ合いに強いように見える神通と弱いように見える川内を微笑ましく見守る。

 3人の様子を離れて見ていた五十鈴は自身の髪をクルクル弄り、もう片方の毛束を持ち上げてちらっと眺めた。そして再び那珂や提督を見て一つため息を付く。その仕草を側で見ていたのは無表情で呆けていた不知火だけだった。

 

 

--

 

 ひとしきり那珂たちの変身を褒めて存分に照れさせた提督は、その場にいた艦娘たちに伝えるべきことを改めて伝えることにした。

「みんな……じゃないけれど、みんなに大事な連絡だ。いいかな?」

「はーい。業務連絡ってやつだよね?」と那珂。

「あぁ。まずひとつ目。もう皆知っていると思うけど、今週から本館1階の女性用トイレの隣の部屋の工事が始まりました。そのため、そのトイレはしばらく使えません。引き続き注意しておいてくれ。」

 

 提督がそう言うと、那珂たちはざわめきあった。

「シャワー室やっとできるんだよね?」

「え、うん。あぁ。シャワー、室だね。まぁ適当に期待しておいてくれ。」

 提督は一瞬言葉に詰まるも思わせぶりな言葉で締める。提督からの言葉を受けて那珂は川内と神通のほうをクルリと向く。

「うおおぉ!改めて聞くとワクワクさ倍増ですなぁ~。ねね、川内ちゃん、神通ちゃん!」

「はい!これで汗かいたまま帰らずに済みそうですね。」川内はケラケラと笑いながら言う。

「……(コクリ)」

「あんたら……一応確認するけど、駅の向こうにスーパー銭湯あるの知ってるわよね……?」

 那珂たち3人の向かいのソファーに座っていた五十鈴は川内の言い方がひっかかりツッコミを入れる。五十鈴の質問に川内と神通は頷いて回答した。

「知ってますけど~。あそこまで行くならあたしは普通にさっさと帰りたいっていうか。外でお風呂入るのめんどーっていうか。」

「川内あんたね……女子ならせめてそういうケアはしてから帰りなさいよ。」

「そーそー。川内ちゃんはもーちょっと女子的なケアをお勉強したほうがいいとはあたしも思ってたよ。今回は五十鈴ちゃんの味方~。」

 五十鈴の指摘と先輩の裏切りに川内は片頬を膨らませて反論する。

「しっつれいな~。あたしだって汗くらいはちゃんと拭いて帰ってますって。それに絶対銭湯寄らないわけじゃないし。ね、神通?」

 同意を求められた神通はビクッとした後うつむいてわずかにコクリと頭を揺らして頷いた。

 

「まぁまぁ。これからはそんな心配なくなるだろ? ちなみに工事は今週いっぱいだ。二人の訓練終了までに間に合うかわからんけど。それまでは今まで通りもうちょっと我慢してくれよな。」

「えぇ、わかってます。けれど……。」

「汗やホコリまみれの二人を下の学年の子たちや建設会社の人たちに見せるなんて恥ずかしいことできないでしょ~?」

 五十鈴、そして那珂が言葉を濁す。

「ハハッ。1階通るときや資材を置いてある近くを通るときは作業員に配慮してほしいのは何も二人だけじゃないからな。那珂や五十鈴、それから五月雨たちもだ。」

「「はい。」」

 提督の言葉に快く返事をする那珂と五十鈴。続いて他のメンツも戸惑いながらも返事をし合った。

 

 

--

 

「それじゃあ二つ目。もう大体知ってるとは思うけれど、新しい艤装が配備された。それで来週末、艤装装着者試験を開催します。」

「うん。さっき五月雨ちゃんからも聞いたよ。」と那珂。

「今回配備されたのは軽巡洋艦長良と名取、それから駆逐艦黒潮と重巡洋艦高雄だ。黒潮の分はちょっと思うところあって今回試験には出さないから、残りの3つの募集だ。川内なら元になった軍艦詳しいだろうからわかってるよな?」

 気を取り直した川内は提督の言葉に頷いて簡単に紹介した。

「うん。長良型ネームシップと3番艦、それから陽炎型3番艦、そして高雄型ネームシップだよね?軽巡洋艦五十鈴の姉妹艦と、駆逐艦不知火の姉妹艦。それに重巡洋艦。ちなみに妙高さん……黒崎さんがなってる重巡洋艦妙高とは違うグループだよ。」

「私の姉妹艦?」

「…しまい……?」

 川内の紹介に五十鈴と不知火が反応する。しかし二人とも全てが全て理解できてはいないという様子で姉妹艦という言葉だけを反芻したので川内が補足した。

「あの~、150年前の本物の軍艦の種別の話っすよ?まぁ艦娘の方もどうやら同じみたいだからそう思ってもいいかも。」

「そーすると、凜花ちゃんの友達がその長良と名取になれるのなら、なんかきっと運命って感じだよねぇ~。」

 那珂は五十鈴をあえて本名で呼んで希望を込めて発言する。

「私がなってる五十鈴の姉妹艦……か。そっか。」

 ポツリと五十鈴がこぼした言葉に那珂が反応するが、五十鈴はなんでもないとだけ言ってそれ以上言葉を続ける気がない様子を見せると、提督が話題を振った注目を引き継いだ。

 

「さらに言っておくと、ここにいる五十鈴こと五十嵐さんのご学友の二人がね、今回の試験を受けに来るそうだ。俺としてもどうかあの二人が受かってくれるといいなと思ってるよ。いろいろと……ね。」

 そう言いながら提督は五十鈴に視線を送り、自然と見つめ合う。五十鈴は言葉なくコクリと頷いて提督に合図をした。そして提督は続ける。

「とはいえ受験者募集の案内を出すのは一応制度上の決まりでね、通常の艦娘としての募集だからいつものように告知を出して受付となる。だから今日の二人以外にも受けに来る人は少なからずいると思われる。」

 

「ねぇ。もし一つの艤装に複数の人が合格できたらどうなるの?」

 率直な疑問を那珂が投げつけた。提督はコクン頷いて答え始める。

「合格できる人は本当に稀だからそんな心配はしなくていいとは思うが、本人の意思確認のため面接を行う。1回で決まらない場合は何度かすることになる。」

「ふぅん。艦娘になれるのって本当に狭い門なんだねぇ……。あたしらが合格できたのってラッキーなんだよね? それに那珂さんが3つの艤装に合格できたのも?」

「そーだね。なんかあたし一人だけ申し訳なーい感じ。てへ?」

 川内が自身の境遇に触れて感想を述べ、那珂がおどけてそれに続く。

「あんた本当に何者なのよ……。」

 と呆れ気味の五十鈴。五月雨は素直に感心を見せる。

「那珂さんすごいですよね~。」

「うんうん。あたしも夕立以外の艦娘やってみたいっぽい。」

 中学生組の駆逐艦らからも褒められ尊敬され、照れ隠しにさらにおどけてみせる那珂であった。

 

 

--

 

 試験の話題が収束したので、那珂はこの後の予定を提督に報告することにした。

「そーだ提督。今日のこのあとの訓練には、五十鈴ちゃんと夕立ちゃん・不知火ちゃんも飛び入り参加してもらうことになったから。」

「おぉ。協力して励んでくれるのはいいことだ。3人とも、先輩艦娘としてしっかり手本になってくれよ?」

「えぇ、任せて。」

「はーい。あたしは楽しくやれればそれでいいっぽい~。」

「了解致しました。この不知火、この身に代えてもy

「いやいや、そこまでかけんでいい。もっと肩の力抜いてくれていいからな、不知火は。」

 固い言い方で決意しかけた不知火のセリフを提督は優しく宥めた。

 その後提督+数人の艦娘たちは執務室で適当な話題で場を楽しんだ。その後、那珂たちは五月雨と提督を残して執務室から退室して本館を後にした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

雷撃訓練続き

 工廠に入り、自身の艤装を出してもらった那珂たちはさっそく屋内の出撃用水路から発進していった。午前中と同様に那珂は的と訓練用の魚雷を詰め込んだボートを手にしての発進である。

 午前中最後にある程度の魚雷を生成してもらっていたが、3人加わったのでそれでは足りないため、那珂は全員が装填できる分を新たに生成してもらっていた。

 

 午前中と同じ海上のポイントに集まった3人+3人は那珂の音頭の下、魚雷を充填したり的を適当な距離に置いて準備を始めた。

「それじゃあみんなちゅうもーく。人数的にちょうど良いので、二人一組で一つの的を扱ってもらいます。」

 那珂が全員に指示を出すと、川内たちはすぐに組みたい相手と話し始める。

 

「よっし、じゃあ夕立ちゃん、あたしと一緒に組もう?」

「うん、川内さんとやりたいっぽい!」

 昼間から決めていたためか、川内と夕立はお互いノリ良くハイタッチし合ってすぐに組みを決定した。

 

 一方の神通はいつの間にか自身の後ろに来ていた不知火から服の袖を引っ張られて振り向いた。

「……(クイッ)」

「……え?」

 すると不知火は目で訴えてきていた。神通自身もまんざらではなかったため、はにかみながら組むのを願い入れる。

「あ……はい。それでは不知火さん、私と……一緒に組んでください。」

「了解致しました。」

 不知火はそれに対して落ち着いた口調で静かに素早く返事を返した。

 

 那珂は五十鈴の側にスゥっと移動して側で声をかけた。

「それじゃあ五十鈴ちゃん、やろ?」

「えぇいいわよ。」

 

 

--

 

 那珂の指示で、まずは片方が少し離れたところから的の動きを見、魚雷の進路の指示を出してサポートし、もう片方が雷撃するという流れですることになった。役割を交代してもう一回行い、それが魚雷がなくなるまで行う。的は午前中のような位置固定モードではなく、浮かべたポイントからランダムに数m半径範囲内で動き回る動作モードに設定された。さらに的には自身の周囲1~2mに衝撃や光が発生すると、それを感知して逆方向に動く特性がオプションで設定されることとなった。そのため3組の的と雷撃する範囲は、午前中の訓練よりも距離を開けて行うことになった。

 

 

--

 

 那珂が開始を宣言すると、すぐに飛び出して行動し始めたのは川内・夕立ペアだった。

「よっし!まずはあたしが撃つよ!夕立ちゃん、的の誘導お願いね。」

「はーい。ガンガン行こー!」

 

 その言葉のあと、川内はその場で雷撃の準備をし始めた。右腰にある魚雷発射管を前方に回転させ、スイッチに手を乗せて雷撃の軌道を頭の中でシミュレートし始める。一方で夕立は60mほど離れた場所でちょこまか動き回る的に向かって単装砲で砲撃した。もちろん当てるつもりはなく、誘導目的の射撃である。

「てーい!!」

 

ボフン!!

 

 的の右側を単装砲の砲弾が通り過ぎるが、的は逆方向へ避けようとしない。的が避けると判断すべき距離と衝撃の強さに達していなかったためであるが砲撃した本人にはそれがわかっていない。

「あれ?避けないっぽい。なんで!?」

「夕立ちゃん。もう一発お願い。」

「りょーかい。……そりゃーー!」

 

ボフン!

 

 再びの夕立の砲撃は的の頭にあたる部分上方をかすめた。すると的はその場でググッと海中に沈もうとし始める。しかし的は必要以上に沈まないよう浮力が調整されているため、沈む勢いがすぐに鈍り始め、的は反動でプルプルと震えて今にも弾き飛びそうな雰囲気だった。

 そこで川内はタイミングを掴んだのか、魚雷発射管の1番目のスイッチを勢い良く押した。

 

「行っけぇー!」

 

ドシュ……サブン!

シューーーーーー……

 

ズバアァン!!!!

 

 的の後方で爆発し、的は前方つまり川内たちのほうへと吹き飛んできて着水した。その後的はだるまのように海面でクルクルとのたうち回る。ほどなくして動作の中心点が定まったのか、その場で再び半径数mを動き始めた。

 

「うわぁ~かすっただけかぁ。ダメだ。もう一回。」

 川内はこめかみあたりをポリポリ掻きながら悔しがる。もう一回やろうと意気込むが、それに夕立が口を挟んだ。

「ねぇねぇ!次はあたしにやらせてよぉ~あたしも魚雷撃ちたいっぽい!」

「うん、いいよ。それじゃあ次はあたしがサポートするよ。」

「よぉ~~~~っし。あたしも行っくぞ~~~!」

 

 今度はサポートする側に回った川内。夕立の行動や性格をまだ把握していないため彼女がどういう癖のある撃ち方をするかわからない。そのためとりあえず的が左右に動きまわらないよう、まずは的の左手方向に砲撃する。

 

ボフン!

 

 川内の砲撃はまだ精度が高いとは決していえないものだが、的は川内の威嚇射撃を認識し逆方向へと跳ねた。その直後川内は今度は的が跳ねて着水しようとするあたりへ向かって砲撃を繰り返す。すると的は空中で反応し、逆方向へ跳ねようとするがそれは空中では意図したとおりには動作せず、最初に跳ねた勢いを完全に殺すこととなり真下に落下した。

「あそこだよ、夕立ちゃん!」

「わかった!うーーーーりゃーーー!!」

 川内が指差すと、夕立は右足を前に突き出し、後方に置いた左足に体重をかけてしゃがみ込み、右足ふとももにつけた魚雷発射管の1つ目のスイッチを押した。

 

ドシュ……サブン!

シューーーーー……

 

バーーン!!!

 

 夕立の放った魚雷は浅く沈んだため浮上にエネルギーを割くことなく素早く的めがけて進んでいった。軌道がほぼ直線だったのは、夕立は軌道をイメージするのが苦手だったため、常にとにかくまっすぐという心情なためである。だが今回は夕立と的の位置関係と跳ねていた的が着水するまでの時間を踏まえると、ちょうどよいタイミングと向きであった。

 的は着水した部分つまり尻に相当する付近から綺麗に爆散した。

 

「やったぁ~~~!!あたしの魚雷のほうがきれーにめいちゅーっぽい!!」

 その場でジャンプして水しぶきを周りに散らしながら喜ぶ夕立。支援の位置から夕立の側に戻ってきた川内はその歓喜される様子に苛立ちと悔しさをにじむどころがモロにむき出している。

「くっそ~~夕立ちゃんに先越されたぁ。さすが先輩艦娘なだけあるわぁ。」

「よろしかったら教えてあげないこともなくてよ、川内ちゃんさん?」

 誰の真似なのか不自然な丁寧さで川内に向かって言い放つ夕立。調子に乗ってるのが誰に目にもわかった。

「く~~。中坊に負けてたまるかぁ!よっし夕立ちゃん、今度はあたしが撃つからね!」

「アハハハ~。それじゃあ先輩のあたしがサポートしてあげるっぽい~~」

 

 その後川内と夕立は再び役割交代して雷撃訓練を進めた。なお二人は探し方が下手のため、爆散した的のパーツをかき集めるのに時間がかかった。

 

 

--

 

 那珂の開始の合図を受けて、神通と不知火は静かに自分らの的の側に行き設定をどうするか相談し始めた。那珂の指示ではちょこまか動くモードなのだが、不知火にコソッと神通が打ち明けた不安により、無理せずモードを変えようということになっていた。

 

「私……まだ動く的に当てるなんてこと、絶対無理です。……不知火さんは……大丈夫?」

「神通さんの……優先すべきかと。」

「私の自由に、していいんですね?」

 不知火は神通自身の気持ちと技量を優先すべきだと暗に示してきた。頭の中で補完し念のため確認すると、不知火はコクリと頷く。そのため神通はホッと安堵の息をついて的のモード設定を変えることにした。

 神通と不知火の扱う的は移動量が最低限に設定された、ランダム移動の動作モードに落ち着いた。位置固定モードにしなかったのは、せめてものわずかな向上心による判断であった。

 

 二人はどちらが先に撃つかを決めることになり、話し合いという名の見つめ合いが続いた。このままでは埒が明かないと感じ、艦娘としては後輩だが高校生という上の学年である自分が先陣を切らないとという使命感が神通に湧き上がった。

 しかし勇気を出して年上っぽい発言をしようとして実際に出てきた言葉が次のものだった。

 

「あ、あの……不知火さんのお手本が……見たいです。」

 

 神通は目の前の少女が年下にもかかわらずうつむきがちに頼みこむ発言をした。自信の無さが滲み溢れている。ここで相手が那珂・川内や夕立であれば何かしら一言茶化しかいらぬ鼓舞が飛んでくることが予想されたが、不知火はそれらを一切しない。神通にとっては非常にありがたい反応をした。

 

「了解致しました。」

 

 落ち着いた小声でビシっと答える不知火。返事をした後不知火は的から離れるため海上を移動し始めた。神通もその後に続く。的から45mほど離れたポイントで不知火は立ち止まった。後を追っていた神通は雷撃の邪魔にならないよう、その3~4mほど不知火の左手前方で止まって不知火のこれからの動きを観察し始めた。

 

 駆逐艦不知火の艤装は夕立など白露型と似て背面に背負う形状である。しかし似ているのはそこまでで、一回り小型化しており、3本の全方向稼働可能なアームがついている。3本のアームの先には自由に主砲や副砲・魚雷発射管を装着することができる。それぞれ取り付けた後は、手袋に直接縫い付けられているコントローラたるボタンでアームを好きな角度に動かして砲撃・雷撃することができる。設計思想としては川内型のグローブ、五月雨・涼風の艤装のグローブと同様のものである。また、各パーツを手で動かしたり、備わっている本来のトリガー・スイッチで撃つことも可能である。

 艤装の形状が示すとおり、白露型のそれよりも装着者自身にアナログ的な技量必要とせずコントローラで扱うだけ済む。とはいえ不知火つまり陽炎型の艤装を取り扱う者はコントローラに頼り過ぎないよう他の艦種と同程度のアナログ操作の訓練が求められる。不知火こと智田知子も例外ではなく、コントローラによる遠隔操作・手動操作の両方学んだ艦娘である。

 

「不知火さんの、面白い形の艤装ですね。それ……どうやって使うんですか?」

 神通が尋ねると、不知火は右手の手の平を神通に向かって突き出し、手袋につけたコントローラを示した。神通はその動作が一瞬理解できず呆けたが、不知火の手にスイッチの集合体たる装置がついているのに気づいて、神通は口を僅かに開けて納得したという表情になった。自分の艤装のグローブとスイッチに似ていることがわかったからだ。

 

「撃ちます。」

 

 そう一言言って不知火は右手を下ろし、肘から曲げてくびれ付近に手の平が来る、いわゆる構えの体勢になった。視線もすでに的の方へと向いている。そして右手を握りこぶしにし、しきりに動かすのを神通は見逃さない。不知火が右手拳を動かすと同時に彼女の背面の艤装から伸びた一本のアームがウィーンという音を鳴らして動き、不知火の左脇腹に沿うように魚雷発射管が姿を現した。神通の位置からは、後頭部にわずかに見えていた魚雷発射管の影が消えたと思ったら脇腹からひょこっと出てきたように見えた。

 

 不知火は目を閉じて深く深呼吸をした。彼女がまぶたを開けた時、的は彼女が深呼吸をする前の位置から50cm程度しか動いていない。その後も半径50cmの範囲をゆっくりと移動している。離れて立っている神通は両手をへそのあたりで組んで見守っている。

 的が自身と直前上で結ばれたタイミングでコントローラのスイッチを押し、不知火は1番目の魚雷を発射した。腰の高さに浮いていた魚雷発射管から1本の魚雷が放出され、海面と平行になって宙を進み、程なくして弧を描いて海面に着水、海中へと没した。海中に潜った魚雷は化学反応を起こしエネルギー波を噴射させ、海中を進んでいく。

 そして……

 

 

 的はどれだけ待っても爆発はおろか衝撃等で揺れることすらなく平然と不知火と神通の視線の先にあった。雷撃を外したのだと二人のどちらも気づいたが、神通は気まずさのため黙りこみ、不知火本人は恥ずかしさのため普段の無口とポーカーフェイスを保つのを貫き通している。

 数秒後離れたところでザパーン!と音が響き渡ったのをきっかけとしてお互いようやく目を合わせて会話をする気になった。

 

「あ、あの……不知火さん?その……まだありますし、次行きましょう。」

 

 神通がそうっと近寄って不知火に声をかけると、不知火は普段よりもぎこちない動きでゆっくりとコクリと頷く。その表情の示す意味を完全に察することは神通にはできなかったが、多分悔しいのかもと想像するに留めてそれ以上声をかけるのをやめた。

 神通は海面を小走りして先ほどいた位置に戻り、再び不知火の方を向いて声をかけた。

 

「ほら!もう一回やってみましょう。ね?」

 神通の珍しく声量を張った言葉は不知火の内に届いたのか、数秒して不知火は深呼吸をし、一発目と同じ体勢になって身構えた。的は先ほどと同じ動きをしている。

 

 不知火は思案し始めた。

 さっきは自分と一直線になったときに撃ちだした。あれでは駄目、遅すぎた。予想して撃たなければ。かっこいいお手本を見せることはできない。

 

 無口で口下手、感情表現が苦手で糞真面目な不知火は心の中でも基本は真面目だったが、気になる人にはかっこいいところを見せて尊敬されたいというわずかな見栄や欲は人並みに持ち合わせていた。それと同時に集中し始めれば一切他人に影響されない、中学生にしては強靭な精神力も持ち合わせていた。

 的が中心から何度か離れるのを見て、不知火は的の移動速度と魚雷の速度をシミュレーションし始めた。とはいえ深く考えてイメージできるほど頭の中にデータがあるわけではない。それでも五月雨の次に長い先輩艦娘としての意地のため、数少ない経験を思い出して撃ち方のイメージを集中して固めていく。

 不知火は着任当時、訓練を提督に指導してもらいながら進めた。魚雷を撃つときは魚雷の進行方向や速度を教えこむようにイメージして撃てと提督が言っていたのを思い出す。艦娘の艤装は単なる機械の武装ではない。人の考えを理解して動いてくれるものだと。

 那珂が教わったことと大体似たような艤装の仕様のポイントを不知火も教わっていたのだ。それは一般的な艦娘の艤装の仕様ではあるが、当時の提督が特に強調して教授してきたのは、鎮守府Aに配備される艤装には特殊な仕様があるという内容だった。ただ細かいことについて不知火はわからなかったし当時さほど興味がなかったため、今までそれをなんとなく記憶の隅に追いやっていた。数少ない実際の戦闘経験ではそれを実践できていなかったことをも不知火は思い出す。

 自身の訓練当時のことを思い出しわずかな感傷に浸った後、不知火は手の平の内のコントローラーで魚雷発射管のスイッチを押し2本目の魚雷を発射させた。

 

ドシュ……サブン!

シューーーーーー……

 

 不知火はわざと魚雷が大きく迂回するようなコースを思い描いていた。そのため海中に没した魚雷はわずかな浮上とともに神通とは逆方向に向かって進み出した。彼女が思い描いたよりも浅い角度で弧を描き、的の正面ほぼ右前方斜めの角度から的へと迫っていく。

 そして……

 

 

ズガアァーーン!!

ザッパーン!!

 

 右斜め前から魚雷に襲われた的はその角度の部位から激しく爆散した。不知火は、初めて意識的に魚雷を軌道調整し、撃てたことを内心ガッツポーズをして密やかに喜ぶ。側に神通が立って見ていたことが彼女にとって良い刺激と効果になった。

 不知火によって爆散した的を離れたところで見ていた神通はその光景に息を飲んで見入り、そしてパチパチと軽い拍手を送る。

「すごいです……!不知火さん。2回目で……当てるなんて。」

 神通からの賞賛の拍手に不知火はやはりポーカーフェイスを保っているがわずかに頬が赤らみ、自慢気な表情を顔に浮かべていた。

「……いえ。神通さんも。」

 不知火は一言ぼそっと口にした後、神通に視線を向ける。高校1年の神通と中学2年の不知火この二人は体格的にそれほど差はないため、不知火の目線は極端な上目遣いなどにはならずほぼ垂直に神通の顔に向かう。

 無表情に戻っていた不知火のやや鋭い目線が物々しく感じられるが、言葉には柔らかさがある。そのため神通は不知火を見た目ではなく、彼女が発する少ない言葉から感じられる感情の色を見て判断しようという思いを抱いた。不知火の言葉を受けてゆっくりと噛み砕いた後決意を現した。

 

 

--

 

 二人は爆散した的の場所に行って部位をかき集めて元に戻し、再び雷撃する位置に戻った。今度は神通が撃ち不知火が見守る役目となる。

 神通は左腰の魚雷発射管を回し前方斜め下の水平にやや近い角度になるように手で回転させた。自身の艤装の魚雷発射管と不知火の艤装のそれを思い出して比べて思いに浸り始める。

 ロボットのアームのようなものに取り付けられていた魚雷発射管は装着者たる不知火がどんな体勢でも雷撃できるよう設計されたものだろう。自分らのグローブの主砲パーツ等と設計思想的には似ているのだろうか。ただ魚雷発射管だけを見ると位置が腰回りで固定されている自分たちのほうが撃ち方に技術と練習を要するのは想像に難くない。自分では相当練習しないとまともに当てるなんて無理だ。那珂さんと川内さんはやはりすごい。運動神経やゲーム等の経験と知識は伊達じゃないということなのだろうか。

 

 思いが広がり始めた神通は頭をブンブンと振り思考をリセットする。チラリと不知火に視線を向けた。不知火はじっと神通を見ていたため視線と視線が絡みあったのにお互い気づいた。神通がすぐに下を向いて視線を逸らしたのに対し不知火は目や頭を動かすことなくジッと見続けている。神通にとってはその糞真面目なまでの彼女の姿勢がプレッシャーになって仕方がなかった。が、それを指摘できるほどの度胸はまだない。そのため神通は仕方なく顔を上げ、離れたところでウロウロしている的をジッと見ることにした。

 

 神通はスイッチに指を当てながら、午前中の雷撃訓練と同じようにコースを思い描く。午前中と違うのは、的が半径50cm以内をゆっくりとしたスピードで動き回っていることだ。止まっていても当てられないのに果たして自分が無事当てられるのだろうか。再び思いを巡らせそうになる。

 こうなってしまったからには覚悟を決めなければ。どのみち当たらずに恥ずかしい思いをするなら早いほうがいい。前方斜めにいるあの少女ならきっと茶化したり笑ったりはしない。

 神通はそう巡らせて本当に負の方向に妄想することをストップし、残りの思考をコースの想像に割り当てた。

 

 魚雷が着水して海中に没っした後の進むコースを決めた神通は腰を下げ体勢を低くし魚雷発射管のスイッチを押した。

 

 

ドシュ……サブン!

シューーーーーー……

 

 最初は神通の真っ正面を進んでいた魚雷はわずかに右に逸れ、それから浅い角度で弧を描いてゆるやかに方向を左に戻し的に迫っていく。しかし魚雷はそのまま的の右斜め前方を素通りしてそのまま海の彼方へと消えていった。

 今度は自身が恥ずかしさで気まずくなる。神通が顔をあげることができないでいると、右前方から声が聞こえてきた。

 

「もう、一度。前の角度を……もうちょっとだけ後でずらすイメージ。」

 言葉足らずな相変わらずの不知火のセリフだったが、神通はその言葉のポイントの的確さを理解した。自身は前の動きをまったく参考にしていなかった。とにかく魚雷を放って当てることだけ考えていた。

 神通は今さっきの雷撃のコースと角度を全体的に少しだけ右寄りにして撃つことを決めた。

 

「……はい。アドバイス、ありがとう……ね。」

 

 一瞬不知火に向けた視線をすぐまっすぐ向かいに離れたところにいる的に向けた神通は、再び雷撃の姿勢を取り始めた。

 

 

--

 

 合図をしたあと、那珂は五十鈴とどちらが先に撃つか相談していた。

「さ~て、どちらから撃ちましょ~かね~、五十鈴ちゃんや。」

「そうねぇ。私からやらせて。」

「おぉ!?五十鈴ちゃんやる気みなぎってる!」

 那珂が姿勢を低くして五十鈴の顔を下から覗き込むように見る。自身がやると宣言した五十鈴は那珂の顔を気にせず奮起した勢いで那珂を見下ろしながら提案する。

「ねぇ、どうせなら的の動作モードをもっとレベルあげましょうよ。」

「ん?最高レベルっていうと?」

 姿勢を戻した那珂が確認すると、五十鈴は言葉を発する前に川内や神通たちのほうをチラリと視線を向け、すぐに戻して口を開いた。

「私たちは仮にも高可用性の軽巡洋艦なんだし、合同任務も経験してるんだし普通に動くだけの的では不足だと思うの。どうせだから応戦モードにしましょう。」

 

 そういって的に近づいていく五十鈴と後からついていく那珂。五十鈴が提案したのは、的の動作モードの一つである応戦モードであった。位置固定モード、ランダム移動モードとあり、その最高レベルである。そのモードに設定された的は事前撮影した相手を敵と認識し、海水を利用して水鉄砲の原理でその相手を狙ってくる。なおかつ一定の距離を保って相手をつかず離れずで追い回す。

「へぇ~この的そんなモードあったんだぁ。あたしはランダムな移動するモードのエリアを拡大することまでしか知らなかったよ。」

「私もついこの前知ったんだけどね。どうやら明石さんたちが改良したらしいわよ。」

「へぇ~~、そんなことできるならもっと早く改良してほしかったなぁ~。」

 

 不満で頬を軽くふくらませておどける那珂をよそ目に五十鈴は的の設定を切り替えた。そのさなか、那珂が提案した。

「ねぇ!的の認識する敵さ、あたしも撮影させてよ。」

「え?……でもそれだとあたしの番は……。」

「雷撃するのは五十鈴ちゃん。あたしは逃げるだけ。だ~から、五十鈴ちゃん、あたしを守って~お・ね・が・い!」

 ウィンクしながらクネクネと身体をよじらせてポーズを取り、ふざけきった動きで頼みごとをする那珂。五十鈴は目の前のうっとおしい動きをする少女を見てハァ……と溜息一つついたあと、仕方ないといった表情でその案を承諾した。

「わかったわ。けどそれだと的と私達にはもうちょっと広いスペースが必要よね。川内たちからもう少し離れましょうか。」

 

 そう言って五十鈴は的の設定を一度中断し、的をガシっと掴んで沖に向かって移動し始めた。那珂もそれに続く。

「ねぇ五十鈴ちゃん。あまり沖に出るとあっちの企業の工場とかの船の航路に入っちゃわない?この辺でやめとこー。」

「そうね。このあたりにしましょうか。」

 那珂の心配を受けて五十鈴は移動をやめ、ここと決めた場所に的を放り投げて浮かべた。そして的の設定を再開し起動した。すると的はヴゥンという鈍い音をさせた後、慣らし運転のためゆっくりとその場を回りだし、次第にその範囲を拡大していった。

 

「那珂。準備して。そろそろ動き出すわよ。」

「りょーかい。」

 

 的が完全に起動し終わるのを待つ前に五十鈴と那珂が一定距離あけるために的から急いで遠ざかった。

 

 

--

 

 五十鈴と那珂は横に並んで立っていた。的からは50mほど離れたポイントである。的は完全に起動が終わったのか、ゆっくりと前に進み二人に近づいてきた。ほどなくして的は急激にスピードを上げて二人に迫ってきた。

 

「くるわよ!那珂は右に避けて!」

 五十鈴は自身の身を左に傾け旋回していく。的と五十鈴は3~4m間隔を開けてすれ違った。五十鈴はその後さらに左、10~11時の方向に進み丸を描くように大きく右手に旋回していき的の後ろに回りこむ。的は小刻みに減速を繰り返し方向を調整して那珂に迫ってくる。

 その那珂は的に迫られていたが至って平然としている。スケートを滑るように海上を右手に進み、大きく緩やかに左手に弧を描いて的の後ろに回りこんだ。ほどなくして五十鈴とすれ違い彼女の背後にいる位置となった。的は標的たる二人を前方の視界から失い、一旦停止した後その場で回転し始めた。艦娘たちの足の艤装パーツと違い、的の底面はその場で回転して方向転換できるようになっている。そのため五十鈴と那珂は先ほど的が通った進路を再び通る的を見ることになった。

 五十鈴の魚雷発射管は、自身の腰回りの大型の艤装パーツから鉄管をつたって足の付根~ふともものあたりにあり真横を向いている。移動しつつ彼女は魚雷発射管の表面をそっと撫でた。まだ撃つつもりはない。

 五十鈴の艤装だと横を向かないとまともに雷撃できない。正面を向いていても撃つこと自体は可能ではあるが、放った魚雷を前方にいる敵に当てるためには、コースをより明確にイメージして魚雷発射管の脳波制御装置を伝って魚雷にインプットしなければならない。甘いイメージだと魚雷は角度浅く進み、狙った方向に行く頃には魚雷のエネルギーをその急旋回や狙ったコースの実現に大きく使ってしまい、結果として威力と飛距離が落ちてしまう。

 そのため五十鈴は落ち着いて真横を向いて撃てる状況か、動きまわる自身と的との移動の流れとタイミングを見計らって発射するしかない。

 

 直進してくる的。旋回し終わって減速していた五十鈴は再び速度をあげ、少しの距離直進した後、再び10~11時の方角に向かうため体重のかける方向を変える。今度は7~8m開けて的とすれ違った。一方の那珂は五十鈴とすれ違って彼女の背後にいる位置になった後そのまま右手へ進み、向かってくる的の左手側にいる位置になっていた。進む際、わざとジャンプをして空中でくるっと横に一回転して着水し、的の背後に回る。

 再び的が旋回するために止まるタイミングを、五十鈴は見逃さない。右腰~ふとももに位置する魚雷発射管は彼女の移動の向きのため、すでに的の方を向いている。五十鈴は急激に減速し、身をかがめて中腰になり、そして魚雷発射管の4つのスイッチのうち、2つに指を当ててイメージしたコースをインプットし、カチリとスイッチを押した。

 

ドシュドシュ……サブン!

シューーーーーー……

 

 放たれて海中に没した魚雷2本は1本は右手に浅く弧を描くように進み、もう一本は左手に弧を描くように進んだ。魚雷2本が迫り来る状況を的が検知して反応する前に、魚雷は後半急激にスピードを上げて的から向って2時と10時の方向から襲いかかった。そして……

 

 

ズガッズガアァァーーン!!!

ザッパーーーーーン!!!

 

 2発の魚雷を食らって的は激しく爆散することとなった。

 爆発を左手に見ていた那珂は僅かに減速と蛇行して進行方向を調整し五十鈴の正面で停まった。

「やったね~五十鈴ちゃん!だいしょうり~!」

 那珂はハイタッチをしようとすると、五十鈴はやや恥ずかしげに何も持っていない左手だけを目の高さにまであげて応対した。

「はいはい。次はあんたの番よ。さっさと的戻しに行くわよ。」

「むー、五十鈴ちゃんクールだなぁ~。」

 表面上は喜びもせず至って冷静を装う五十鈴に那珂はわざとらしく不満をぶつけつつ、彼女の後を追って的が爆散したポイントまで行った。二人は的のパーツをかき集めて戻し、選手交代とした。

 

 

--

 

「それじゃあ次はあたしの番ね。あたしが雷撃で、五十鈴ちゃんが逃げまわる番。おっけぃ?」

「えぇ。」

「それでね、あたしちょっと前々から考えてた攻撃の仕方あるんだけど、それ試したいんだ。」

「へぇ~。どういうの?」

 興味ありげに五十鈴は尋ねる。

「うん。あたし前に魚雷手に持って投げたじゃん。それをもっと自分のものにしてみたいんだ。」

「魚雷の投擲ってことね。もはや普通の対艦ミサイル状態だけど……まぁあんたらしくていいとは思う。具体的には?」

 五十鈴が再び尋ねると、那珂は手に魚雷を持ったフリをしてアクションを交えて説明し始めた。その説明に五十鈴はあっけにとられてマヌケな一言で聞き返す。

 

「……は?」

 

「だからぁ~。ジャンプして的を上空から狙うの。」

 那珂の説明を聞いた五十鈴は呆然としていた。なんだこの少女の思考はと、呆れてものが言えないという状態だった。

「いえ……別にいいけど、それもう海行く艦の娘じゃなくて空飛ぶ娘じゃないの!空娘(そらむす)とか造語できちゃうわよ。」

「おぅ?五十鈴ちゃん例え上手いなぁ~座布団あげちゃう!」

「なんの脈絡もなく座布団なんていらないわよ……。」

 五十鈴が例えた言葉を那珂は拍手をしながら冗談交じりに褒める。しかしながら那珂の褒め方がこの時代にそぐわない古い言い方のため、理解が追いつかない五十鈴はそれを真面目に捉えて普通に拒否して流した。

 改めて那珂は五十鈴に自身がしようとしている雷撃方法を説明する。

 

「まぁでも、そういう突飛なアイデアはあんたらしいわ。以前の合同任務の時戦った深海棲艦にやったことをやるのよね?」

「うん。」

「あの時は夜だったし私達もちゃんと見られなかったから、ぜひ見たいわね。」

「よっし。それじゃあ那珂ちゃんはりきっちゃおーっと。」

 五十鈴の期待を込めた言葉を受けて那珂はガッツポーズをして気合を入れて雷撃の準備をし始めた。

 

 

--

 

 那珂の指示で、五十鈴は的に設定をしに行った。那珂はここと決めたポイントで構えている。的からは30mほど離れた位置だった。

「これから起動するわよー!」五十鈴が声を張りながら手を振って合図をする。

「はーーい!」那珂は一言返した。

 

 電源を入れた五十鈴はすぐさま的から離れて那珂のいる付近まで戻ってきた。

「いくよ~。先手必勝っていう四文字熟語があるよーにあたしは速攻で行くから、五十鈴ちゃんは後方で待機ね。」

「はいはい。邪魔にならないようにしておくわ。」

 

 と五十鈴が言うがはやいか那珂は返事をすることなく姿勢を低くしながらのダッシュで一気に前方へと進み始めた。猛スピードで進みながら那珂は右腰の魚雷発射管から1本魚雷を手動で抜き出し手に握る。まだ海水に浸けていないのでただのアルミで出来た魚の骨状態である。もう片方の手では手の平を海水に浸け、一掴み海水をすくい上げる。当然海水は手から大量にこぼれ落ちるが、撃ち方には海水のしずく一滴でもあれば十分だ。

 両手に必要な物を手にした那珂は両足の間隔を縦に開ける。右足は思い切り前にして膝を曲げ、左足はピンと後方に伸ばして上がったかかとのためにつま先の艤装のパーツをかろうじて海面に浸けて艤装の自動調整の浮力を保っている状態である。

 針路はまっすぐ、ほどなくして的もまっすぐ迫っているのに気づいた。このままぶつかる気はさらさらなく、那珂は右足に最大限に力を入れた。

 

 次の瞬間、那珂が元いた場所付近で見ていた五十鈴は、那珂の身体が5~6mはあろうかという宙にあるのを目の当たりにした。

 当の那珂は下を見下ろすと、タイミングをしくじったことに気づいた。的がすでに自身を通りすぎようとしている。否、自身の前に進むスピードと勢いがありすぎてが自身が的を通りすぎようとしていたのだ。このまま目的通りに投げても失敗すると悟った那珂は魚雷投擲を諦めて空中で足を前方に出し、着水の準備をした。

 

((ヤッバ!駄目だ駄目だ!やり直し~))

 

 心の中ではほのかに焦りを感じたがすぐに冷静さで薄めて消した。なお、スカートが思い切りめくれ上がっていたが、この場には女しかいないので気にしないでそのままにしていた。

 

 海面が迫ってくる。前方斜めにつきだした両足で着水した那珂は落下の勢いによる水没を避けるために着水してすぐに両足を軸にして体重を前方にかけて前傾姿勢になる。そして浮かした右足を前に出して、再び水上を滑るように移動しはじめた。

 五十鈴からは何もせずに宙を舞って的を飛び越えたように見えた。勢いは一旦死んだように見えたが、那珂は着水したあとすぐには旋回せずに速度を落とさず直進し、ほどなくして反時計回りに大きく円を描くように旋回して向きを的へと順調に戻していく。

 的はある程度過ぎた後で停止しその場で方向転換して来た針路を同じコースで戻り始めた。それと同時に那珂もほぼ直進コースを進み始める。再び直線上で結ばれた形になった。

 那珂は再び姿勢を限界まで低くし、前に出して膝を曲げている右足に思い切り力を入れる。艤装の浮力調整のせいもあって水面に沈まず反発し、進んでいるにもかかわらずプルプルと足が小刻みに震えだす。うっかり気を抜いて足を左右にわずかでも動かしてしまえば溜まった反発力で身体が横にふっとばされてしまいそうだが、那珂はその足に意識を集中させてなんとか耐えた。

 そして再び宙を舞うべくその足で思い切り海面を蹴り、合わせて身体を上やや斜めへとつきだした。

 

 

 那珂の身体は先程よりも高く上がり、10mはあろうかという高さにまで到達した。そして引力に従って身体はゆっくり、次第に速度を高めて落ちていく。那珂の落ちると思われるポイントには、的が直前まで迫っていた。

 タイミングが合った。

 

「そりゃ!! うぅ~~~~~~~りゃ!」

 

 那珂は振りかぶらずに右手に持った魚雷を手首のスナップだけで放って落とし、その後左腕は思い切り振りかぶって手に僅かに残っていた海水を投げた。それらはほんの僅かな時間差で右手→左手の順に行われたため、那珂の目の前で落ちる途中の魚雷に海水がかかり、魚雷の先端の突起部分の裏から噴射のエネルギー波が出力し始めた。那珂はすかさず左腕で顔を隠し、エネルギー波による自爆を防ぐ。

 

シュバッ!

 

 鋭い音を立てて加速して落ちていく魚雷、魚雷の脳波制御装置は手に持った状態のためすでに働かず、ただ投擲の方向に沿って落ちていったため那珂の考えは混じっていない。それでも魚雷は那珂がタイミングを合わせて狙ったとおりのコースで落ち、目的のポイントにたどり着かんとする的めがけて勢い良く迫る。

 そして魚雷は的の頭上部分に炸裂した。

 

 

ズガアアアァァン!!!

 

 

 爆風が的の横だけでなく上空にも広がる。那珂は爆風に煽られてバランスを崩して残りの高さを降りてきたが、海面ギリギリでバランスを取り戻してどうにか着水することに成功する。ただし着水の衝撃で一旦は膝まで沈み足の艤装はもちろんのこと靴下までを完全に濡らしてしまった。

 濡らした感触に一瞬嫌な感覚を覚えたがそれ以上は気にせず、足の艤装の浮力調整を最大まで高めて一気に海上へと飛び上がる。

 

「うっひぃ~真夏とはいえつっめた~~!でもバッチリめいちゅ~!撃破撃破~!」

 

 ガッツポーズをしながら海上を蛇行して五十鈴のところに戻る那珂。そんな那珂をその場所から見ていた五十鈴は本当に那珂がした行動に唖然としていた。以前合同任務の際に那珂がした同一の行動は那珂が手に持っていた探照灯が一部を照らしていただけで誰の目にも直接的にはほとんど見えなかった。後に記録用に持っていたカメラでどうにか確認できたのみである。

 当時五十鈴は空でクルクル回転する探照灯と、落ちていくエネルギー波、そして双頭の重巡級の深海棲艦が大爆発を起こすそれぞれ断続的な光景しか目の当たりにしていない。本人が説明したとはいえ本当にそんなことがという思いを少なからず抱いていたが、その疑念はこの瞬間完全に消滅した。目の前に近づいてくるあの少女は本当に近い将来とんでもない艦娘になれるのでは?と希望と羨望、そして一種の不安がないまぜになった思いを五十鈴は持った。

 

「どぉどぉ五十鈴ちゃん?あのときはたまたまふっ飛ばされてやったけど、タイミングさえきちんと合わせればあたしこの攻撃方法イケると思うの。那珂ちゃんミラクル空中雷撃とか、そんなとこ?」

「……。」

 

 突飛な発想力とそれを実現させるバランス感覚と身体能力はすごいが、ネーミングセンスにはやや欠けるなと五十鈴は那珂の評価にオチをつけた。

 

 

--

 

「なに……あれ?なにあれ今の!?」

 自身の雷撃訓練と的もそっちのけで離れたところで起きた光景に唖然とする川内。彼女の問いかけに答えようとした夕立も珍しく呆気にとられていた。

「う……す、すごいっぽい。那珂さんホントにあんなことできたんだぁ……。」

 

 川内は夕立の方を向いて再確認する。

「ねぇねぇ夕立ちゃん。那珂さんがあんなことできるって知ってた!?」

「う、うん。前の合同任務の時に聞いたけど、あたし護衛艦で待機してたからあんなすごかったなんて初めて。なんかもうだつぼーっぽい……。」

 ただただ驚くことしかできないでいる二人。ただ川内の心の中では、単なる驚き以上に尊敬の念、ゲームや運動に自信があるがゆえに自身も真似してみたいという欲が湧き上がり始めていた。

 

 

--

 

 さらに離れたところにいた神通と不知火も那珂たちが訓練していた場所で起きた突然の激しいアクションを呆然と見ていた。神通が見たことがないのはもちろん、不知火も話にすら聞いたことがない那珂の突飛な行動に無表情ながらも口をパクパクさせて驚きを表していた。

「す、すごい……。那珂さんのあれ……。」

「……(コクコク)」

「不知火さんは……見たことは?」

「……(ブンブン)」

「あんな戦い方するなんて、私じゃとても追いつけません……。」

「私も。無理。」

 ようやく不知火がひねり出したその一言。神通は激しく同意の意味を込めて連続で頷くのみだった。

 

 

--

 

 自身の編み出した雷撃方法を再び試そうとする那珂は、それを五十鈴に止められた。

「ちょっと待って。もうそれやらないほうがいいわ。」

「えっ?なになになんで?」

「あれ見てみなさいな。」

 五十鈴が指し示した方向に視線を向けると、その方向では川内たち、神通たちが遠くはなれた場所からジーっと見ている。

「正直、あの子たちには刺激や影響力が高すぎるやり方よ。あんなすごいの見せつけられたらやる気に影響出しかねないわ。」

「うー、そっかなぁ? あたしは自分のベストを見せていろいろ感じ取ってもらいたいんだけどなぁ。」

「……あんたそれ今考えたでしょ?」

「エヘヘ。バレた?アドリブでぇ、口にしちゃいました!」

 五十鈴は那珂のそれらしい発言を見破った。当の那珂はごまかすことすらせずケラケラ笑っている。

「ハァ……。少なくとも今日はそれもうやめなさいよ。ああして集中力の欠如を招いてるのは確かだから。」

「まぁそれもそうだね。おーーーーい!みんなぁーーー!」

 

 那珂は五十鈴のアドバイスを受け入れ、自分らのほうを眺めていた川内たちに向って大声で語りかけた。

「あたしたちのぉーーーことはぁーーーー!気にしないでーーー。自分たちのぉーーー訓練に集中しなさーーい!」

 そんなこと言われても無理だっつうの……川内と神通は那珂からの指示を受けてすぐさまそう思ったが、あえて言うことでもないので離れた場所からなので両手で○を作ったりして同意を示した。

 指示し終わった那珂は五十鈴の方へと向き直して指をパチンと弾いて合図をする。

「そんじゃまぁ、あと2本くらいは普通に撃って終わりますかね。五十鈴ちゃんや。」

「あんたの側にいると疲れるわ……。次は私にやらせてよね。」

「はーいはい。」

 

 五十鈴のため息はこの後数回は続く羽目になった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

雷撃訓練(総括)

 その後3組は思い思いの雷撃訓練を続けた。那珂が行った突飛な雷撃は各チームに影響を与える。それを羨ましく感じた川内と夕立は那珂たちに近づき、的の設定や先程展開されたとんでもない雷撃の説明を聞いた。那珂は簡単だと言ったが到底それを真似できる練度に達していないと察した川内は羨ましかったが真似するのを諦め、普通に訓練を再開することにした。夕立も川内に準じる。

 

 ただひとつ、二人が那珂たちに負けじと試したのが的の応戦モードである。的は川内と夕立に向って突進してくるようになり、二人は的の水球攻撃をかろうじてかわしながら雷撃のタイミングを掴み交互に雷撃で的を撃破を目指す。しかし川内は動き、なおかつ攻撃してくる的に悪戦苦闘して結局0発、夕立はそれなりに実戦経験があるため、装填した合計8発のうち残っていた片足2発ずつの魚雷のうち1発ずつを見事当てることに成功していた。夕立が的を撃破する光景を目の当たりにするたびに川内はグヌヌと唸り声をあげて羨ましがり、夕立をドヤ顔にさせていた。

 

 実際の二人の身体能力として、川内は常日頃から運動神経抜群。ゲームの知識・サブカルの知識も人一倍あって順応性も高い。だが夕立も決して低くなく、むしろ中学生組、駆逐艦勢ではトップクラスの身体能力だ。しかしそれを如何なく発揮するための精神の成長ができていないのが難点だった。年齢的な差もあり全体的な能力は川内のほうが上である。

 そんな二人の決定的な差が実戦経験だった。とはいえ二人とも策の思案が苦手なため、複雑な撃ち方や行動はできない。訓練の最中ではとにかく敵(的)のいる方向に素早く撃てば当たるだろうという考えで共通して動いているのだった。

 

 神通と不知火は那珂のウルトラC級の雷撃を見て思うところはあったが、的のモードは一切変えずにその後も雷撃訓練をし続けた。二人とも思い切るという決断力に欠ける性格があるために成長度は緩やかなものだが、訓練の終わる頃には、神通は冷静さと正確さでもって最後の1発でようやく(最小限の範囲で動き回る最低レベルのモードのおかげで)的の右側面へと綺麗に命中させられるようになっていた。一方の不知火も周りに一切影響されない精神の強さと集中力でもって残り3発のうち2発を命中させていた。

 

 

--

 

 時間は17時を15分過ぎた頃。装填しておいた魚雷が尽きた川内が大声で那珂に訴えかける。

「ねぇー!那珂さーん!あたし魚雷なくなっちゃったんだけどぉー!どうすればいいですかー!?」

 その頃自身も撃ち終わった直後でちょうど魚雷が尽きた那珂は声の発せられた方向をチラリと向いた。同じく五十鈴も振り向いてほか2組の様子を気にし始める。

「おー!あたしもちょうど終わったところだよぉー!」

「ねぇ那珂。そろそろみんな終わった頃だと思うわ。一旦集まりましょう?」

「うん、そーだね。」

 

 五十鈴の提案を承諾した那珂は大声で他2組に指示を出した。川内は夕立とともに的の頭を掴んで引っ張り那珂たちの方へと移動し始めた。神通と不知火は的の破片をようやく集め終えて固めたところだったため、川内たちから遅れること数分して的を連れて那珂たちの下へと赴いた。

 

「みんな、訓練の結果はどうだったかな?」

「うー。あたしはあれから一発も当てられなかったぁ。夕立ちゃんに追いぬかれた~悔しいですっ!!」

「エヘヘ~~。川内ちゃんさんはまだまだっぽい~。もっと精進あるのみですぞー?」

 悔しがる川内に当てつけるように時代劇風のわざとらしい言葉遣いで説く夕立。フィーリングの合う川内に存分に勝てたことでこの日最高の充実感を得ていた。

 

「わたしは……1発やっと綺麗に当てることができました。……うれしいです。」

「……(コクコク)」

「不知火さんは2発当ててたので、私は参考にさせていただきました。」

 口を開かない不知火の代わりに神通が彼女の結果を皆に語る。

 

 4人の報告を聞いた那珂はニコリと笑顔になって言葉を続けた。

「うんうん。みんな違いのある成果になったようでなによりだねぇ。川内ちゃんと神通ちゃんは明日も引き続きだよ。五十鈴ちゃん、夕立ちゃん、不知火ちゃんは今日は協力ありがとーね。二人のいい刺激になったと思う。これからも暇があったら一緒に訓練してくれると助かるなぁ。」

 言葉の途中で那珂は五十鈴たちそれぞれに視線を送って頭だけ上下に動かしてお辞儀として感謝を伝えた。それに3人は思い思いの返事を返す。

「私はまた明日からあんたたちに協力してもいいわよ。」

「あたし今日はとーーーっても楽しかったっぽい!!」

「私も、大変勉強になりました。」

 

 

--

 

 6人が沖合から堤防付近まで戻り始めると、堤防のところに男女二人の影があった。提督と五月雨である。

「よぉー!みんなお疲れさん。」

「みんなー!お疲れ様でしたぁー!」

 提督は口にメガホンのように手を当てて声をかける。五月雨も同じようにし、那珂たちにねぎらいの言葉をかけた。

 那珂たちは午前の時のように堤防と消波ブロック越しに提督と五月雨に話しかける。

 

「午前と同じシチュでありがとー提督ぅ!どーしたの?」

「ハハッ。工夫がなくてすまないね。今日の分の仕事片付いたからさ。様子見に来たんだ。」

「そっか。こっちも今終わったところだよ。」

 

 那珂と提督が言葉を交わし合っている一方で、五月雨と夕立・川内が言葉を掛けあっていた。

「さみ~疲れたよぉ~~。なんか食べるものなぁい?」

「はいはい。ちゃーんとお菓子買ってあるよ。あとで食べよ?」

「お~~。五月雨ちゃん、あたしたちの分もあるかな?あたしも疲れたから甘いもの食べたいんだぁ。」

 夕立に続いて川内も欲望の赴くまま今の気分と要望を述べる。すると五月雨は苦笑しながらも川内の要望に返事をした。

「アハハ……川内さんたちみんなの分もありますよ。だから大丈b

「さみのことだから誰か一人分くらいは忘れてそーっぽい~。」

 夕立は五月雨が言い終わる前に予想してオチをつけたのだった。

 

「それじゃああたしたち工廠に戻るね。提督と五月雨ちゃんは本館で待ってて。」

 那珂が合図すると提督は敬礼のように手をシュビっと額の前で軽く振った後五月雨を連れて一足先に本館へと戻っていった。その後那珂も川内たち5人を連れて出撃用水路を登って戻った。

 自身の艤装を仕舞い本館へ戻った6人は更衣室で私服に着替えて執務室に行き、五月雨と合流した。その後那珂たちは用意されていた飲み物とお菓子類を活力の元にして執務室のソファー周りで数十分おしゃべりに興じてあう。夕立が冗談で懸念したお菓子の数不足は、○個入りの小分けのスナック菓子・チョコのセットが大半であったのと飲み物は1.5リットルペットボトルだったため、かろうじて五月雨のドジは発揮されなかった。

 しかしそれになぜか不満を持った夕立は五月雨をビシっと指差しながら軽口を叩いてからかう。

「な~んか、ヘマしないさみなんてさみじゃなーいっぽい!あんた誰よぅ!?」

「うえぇ!?ゆうちゃんなにそれぇ~!!」

 五月雨は五月雨で親友の言い振りを真に受けてオーバーリアクションで仰天してみせて夕立を満足させるのだった。

 そんな中学生組を見てクスクスアハハと笑い合う那珂たち。那珂は提督を肘でつついて五月雨を慰めるよう促して目の前の輪の中にあえて三十路のおっさんをツッコませて、なおおしゃべりの調味料に仕立てあげた。

 

 その後少女たちのおしゃべりの輪に話に混ざれなくなりその空気に耐えかねた提督は、本館の施錠を五月雨と那珂に任せてサッサと帰宅してしまった。

 そんな提督の去り際、頭の片隅で一応気にかけていた那珂は

「今度は最初から最後までちゃーんと輪に混ぜてあげるからスネんなよぉ~、お・に・い・ちゃん!」

「やめてくれって恥ずかしい!」

 お馴染みのノリの茶化しをし、顔を真赤にした提督から期待通りの返しを受けた那珂は口を波打つような形で満面の笑みを浮かべる。川内たちもまた、いっぱしの大人が少女たちにからかわれるその様を愉快に眺めていた。

 




なお、本作にはオリジナルの挿絵がついています。
小説ということで普段の私の絵とは描き方を変えているため、見づらいかもしれませんがご了承ください。
ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=63064844
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/11X2i-peFiXSH2jH5r8gG65typH2K8tEUpNqU1pZDvGM/edit?usp=sharing



好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

川内型の訓練4
四人だけの日


 川内と神通の訓練も大詰め。艦載機、偵察機の操作訓練、対空訓練。そしてバリアを使った防御と回避の訓練で二人の基本訓練は全課程を終えようとしていた。

【挿絵表示】



 翌日、那美恵が凜花と待ち合わせをしていつもの時間の9時前に鎮守府に行くと、すでに本館の扉は開いていた。

「あれ?もう開いてる。」

「昨日から提督来るようになったのだし、多分もう来てるのでしょうね。」

「あ、そっか。あ~、そうすると執務室もう使えないね~。」

「そうね。というかしれっと普通に執務室行くのやめない?私たちには待機室があるんだから。」

「エヘヘ。なんか数日執務室を我が物顔で使ってたらついつい自分の部屋みたいな感じになっちゃってさ~。那珂ちゃんうっかりしてたよぉ。」

「まぁ、設備一番充実してる部屋だものね。気持ちはわからないでもないわ。」

 凜花は那美恵の気持ちを理解できたし、実のところ便利な執務室をもうちょっと使いたいという気持ちがあった。しかしそれをそのまま口にすると隣を歩いているある意味悪魔から何を言われるかわかったものではない。結局凜花は適当な相槌を打つのみに留めた。

 その後二人は更衣室で着替え、那珂と五十鈴に心身ともに切り替えてから本館を後にした。

 

 

--

 

 工廠の事務室から出てきた明石に尋ねてから那珂たちは神通の側に向かうと、神通は演習用水路で砲撃の訓練をしていた。先日と同じ光景で訓練する後輩の姿を見て、那珂は強く感心する。

 

「おはよ~神通ちゃん。今日もここで砲撃の自主練?」

「はい。なにか……掴めそうな気がしたので、重点的にやってみようかと。」

「うわ~もう素晴らしくてあたし何もいえねーや。うんうん。神通ちゃんはそのまま突き進んでくれるといろいろ任せがいありそうだよ。」

「私もたまに自主練はしてたけど、あなたには負けるかも。」

 先輩二人からべた褒めされて神通は両腕を下ろして顔をうつむかせて照れまくっていた。

 

 その後水路から上がり、艤装を片付けようとする神通。那珂はそれを制止した。

「あ、神通ちゃん。それらそのまま端っこにでも置いといていいよ。」

「え?で、でも……。」

「今日は砲撃の訓練の続きするつもりだからね~。」

「はい。それでしたら。」

 神通は頷き、自身の艤装一式を交渉の技師たちの邪魔にならぬよう、かつ自分のものだとわかりやすくなるよう、水路の脇の段差のところにまとめて置いておくことにした。

 

 そして一旦3人は本館に戻った。執務室には行けないため待機室で川内を待つ3人。那珂は念のためとして神通に川内へと連絡を入れさせ、直接待機室に来るように伝えた。

 その後川内は20分ほど経ってから到着した。4人揃ったので工廠に向かい、入り口付近で改めて整列して那珂はこの日の訓練内容を伝えた。

「よっし。それじゃあ今日は午前中はまた砲撃訓練。もうガンガンやっちゃおう。」

「やったぁ!また砲撃!今日こそ疲れなくなるまで慣れてやるんだぁ~!」川内は鼻息荒くして意気込んだ。

「川内ちゃん頑張ってね。神通ちゃんに追い抜かされないよ~に。」

「え?ど、どういうことっすか?」

 那珂の言葉を聞いて途端に焦りを見せる川内。それには五十鈴が答えた。

「神通はね、毎日いろんな内容を自主練してるのよ。今日は砲撃をしてたわ。こういうまめなところで差はついていくものよ。」

「ま、マジで!?」

 川内が神通の方を思い切り振り向いて視線で問いただすと、神通は俯いてやや上目遣いになって照れながらコクリと頷いて言葉なく肯定した。川内はその返事を見て口をあんぐりと開けて唖然とする。そしてほどなくして川内にキリッとした表情になる。湧き上がったのは対抗心だった。

「くっ!絶対負けてられない!!」

「うんうん。そのいきそのいき。」

 

 やる気をみなぎらせる川内と、照れながらも以前とは違って態度の端々に自信を身に表し始めている神通。そんな後輩二人の姿を那珂は満足気に見つめる。

 そして4人は自身の艤装と的を運び出してもらい、演習用水路から飛び出していった。

 

 

--

 

 プールの中央に集まった4人はプールの端に的を投げ放ち準備をする。

「今日は的をランダム移動モードにしよっか。動く的を狙ってみよう。距離はぁ~そうだねぇ。最初は20mから。周囲2~3mは自由に動いて撃ってみてね。」

 那珂の説明に真っ先に色めきだったのは川内だった。川内は自身の右腕を上げ各端子を見ながら言う。

「よっし、練習しがいある!!今日は全部の端子にはめちゃおうかなぁ~。」

 川内とは違って神通の反応は明るくない。

「動く的……うぅ……苦手です。」

「え~二人の反応はごもっともです。でも実際深海棲艦は動くんだからさ。動く的に命中させられるようにしないといけないでしょ。まぁでも雷撃よりかは当てられると思うから、引き続き張り切ってまいりましょ~。」

 そんな異なる反応を示す二人に那珂はフォローすべく声をかけ、川内と神通を的に向って構えさせる。川内の背後には那珂が、神通の背後には五十鈴が立って監督することにした。

 

 

--

 

 この日先陣を切ったのはやはり川内だった。川内は右腕の4つの端子に4基の主砲パーツを取り付けている。そして各パーツの砲身を的のいる範囲に向けて全門斉射した。

 

「おぉ!?動くようになっただけで全然違う!この!この!当たれぇ~!」

 川内は最初は手の甲にあたる1つ目の端子に取り付けた単装砲のみで砲撃していたが、命中させられないことに苛立ち始め、4基全てで砲撃し始めた。4基の砲身・砲架いずれも微妙に方向を変えて的がどの位置にいてもとりあえず当たるようにしていたため、結果として毎回当たるようにはなったが外す砲撃も多いといういわば保険をかけつつの大雑把な砲撃になってしまっていた。

 那珂はその砲撃の仕方に思うところはあったがあえて注意やアドバイスをしないで黙って見ていることにした。

 

「ん?あれ?砲撃できない。弾出てこない?」

 川内は自由に撃ちまくり、しばらくして弾が出なくなったことに気がつく。右腕のパーツの異変に気づき左手首につけていたスマートウォッチでステータスを確認すると、弾薬の欄がEmptyという表示になっている。

「ねぇ那珂さーん。あたしの弾薬エネルギーなくなっちゃった。どうしたらいいんすかぁ?」

 後ろを振り向いて那珂に向って宣言+尋ねる川内。それに那珂はため息混じりに答える。

「……うん。そりゃね、4つ同時にそれだけ撃ちまくってればなくなるよ。ていうかね川内ちゃん、けっこ~無駄弾撃ってるの気づいてた?」

 この日の訓練開始当初からの川内の様子を見ていた那珂は薄々予想出来ていた展開がまさに今起こっていることに呆れながら言った。

「え?あれだけでもう無くなるんですか!? 川内型のエネルギー少なくないっすか!?」

「まぁ訓練中だし満タンではなかったにしろ、うちらの弾薬エネルギーはこのグローブカバーの生地の中と各砲のパーツ、コアユニットに予備が少しと、意外と最大量は少ないよ。……てか川内ちゃん、艤装装着者概要の教科書キチンと読んでないでしょ~?」

「へ? あ……。」

 那珂の発言を聞き、察しの悪い川内でもさすがにまずいと感じたのか歯切れ悪くなる。その様子を見て那珂はため息をついた後説明を続ける。

「まぁ川内ちゃんは実際に体験して覚えたほうが合ってるかもね。そもそもあたしたち川内型は最大火力で連発して戦うよりも、全方向に適度に攻撃して回りを支援することに長けた艦娘だからね。単純なエネルギーの量で言ったら五十鈴ちゃんの艤装のほうが多いよ。」

「うー……なんかスッキリしないというかもったいないというか。」

「……いいからさっさと工廠行って弾薬エネルギー補充してもらってきなさ~い!」

「はーい。」

 

 那珂がピシャリと注意すると、川内は特に悪びれた様子もなくその場からスィ~っと移動し、工廠へと戻っていった。

 

 

--

 

 一方の神通は動く的を目で追っていた。そして両腕を伸ばして構える。神通は左右の腕に連装砲のパーツを取り付けていた。神通は両腕を完全に同じ高さにし手を両親指が隙間に差し込める分だけ離して拳を並べたような状態にして構える。その構えをしてしばらくして気がついた。両腕で同じ的を狙う際は、1番目の端子に取り付けたほうが的の位置や距離感を掴みやすいかもと。手首の少し手前に位置することになる2番目の端子の連装砲では、視認できる位置と距離、砲身から発せられる弾の最終的な角度がやや予想しずらいと感じた。

グローブカバーと主砲パーツの紹介当時言われた、臨機応変に取り付ける箇所とパーツを変えられるように慣れようという那珂からの言葉を思い出す。

 

「いきます。」

 

 誰に向かって言ったわけでもない掛け声の後、神通は砲撃し始めた。

 

 

ドゥ!ドドゥ!

 

 

 しかし動く的はそれをかわす。かわすというよりも、当たらなかった。神通の狙いは的がそこにいたという現状を踏まえたうえでの砲撃だった。そのため当然当たらなかったが、神通はそれを理解できないでいる。

 

「くっ……。」

 

ドゥ!

 

 また外す。三度砲撃、四度、五度砲撃しても当たらない。動くだけでこれほど当たらないものなのか。いきなりではないが、今の自分には動く的は無理だ。そう悄気げる。

 その時五十鈴が後ろから声をかけてきた。

「ねぇ神通。もうちょっと自分自身に少し動きをつけてやってみなさい。あっちでしきりに動きまわってる川内みたいにね。」

 そういって五十鈴が示した方向、つまり隣を見る神通。そちらでは川内が一度に4基のパーツから豪快に撃ちだして的を攻撃している様を確認できた。プラス、川内はしゃがんだり那珂ほどではないが軽くジャンプして左右に移動しながら撃っていた。

 

「さ、さすがにあんな動きは……。」

「まあ、あの娘は少々動きすぎな感じもするからあんな真似をする必要はないわ。自分に動きをつけたうえで、相手の動く先を狙うのよ。」

「動く先……。」

「そう。あなたの撃ち方は、的がいた場所を狙っているわ。それじゃあいつまでたっても当てられない。的の動く先を予想して、そこを狙うのよ。」

「予測して……なるほど。」

「先日みたいに集中して狙えばいいというわけではないから、自分も動きつつ相手の動きも予測して素早く撃たないといけないの。それが瞬時にできるようになってこそ、深海棲艦を仕留められるのよ。」

 

 五十鈴のアドバイスに神通はハッとする。まさに目からうろこという表情を浮かべて俯く。数秒後、顔を上げて五十鈴に視線を向けた神通の顔は、目に力が入っていた。

 

「も、もう一度やってみます。」

「えぇ。」

 

 五十鈴のアドバイスを受けて神通は珍しくハキっと返事をして背を向け、再び的へと立ち向かっていった。五十鈴はそんな神通の背中を見て、数日前までへっぴり腰で水上移動もままならなかった彼女の姿がウソのようだと、そしてわずかずつではあるが那珂とも川内ともそして自身とも違う艦娘らしさが身につき始めているという好ましい評価をした。

 

 

--

 

 その後神通は五十鈴からのアドバイスを踏まえ、今まで直立で撃っていた自身の上半身をわずかに左右に反らして撃つようになった。そしてもっとも重要である予測。

 的が自身から見て左側に移動した時はすぐに撃たず、右に引き返して戻ってくるであろう位置に砲身と腕を固定して撃つようにした。逆もその然り。体勢が変わると腕への力のかかり方もや狙いの定めやすさにくさが変化したのも理解できた。ようやく撃ち慣れた感覚がリセットされたように神通は感じたが、そのリセットされた状態もすぐに自分の支配下に収めるべく、神通は目の前の状況を数秒~数十秒観察してから砲撃する。

 

 一方の川内は工廠へ戻って弾薬エネルギーを補充してもらったあと、右腕のパーツを1個減らし3つの主砲パーツで砲撃訓練の残りの時間を進めていた。パーツを3つにしたことは彼女なりの反省点を踏まえた結果で、この後の彼女の撃ち方は数分前よりも落ち着いた頻度になっていた。

 控えめになったのは一度に撃つ数と僅かな振る舞いだけで、川内のアクションは非常に忙しないものなのは一貫して変わらない。

 そんな川内の砲撃は、ゲームを得意とする彼女ならでは、那珂・五十鈴から教わるまでもなく的確な狙い方をしており、成長度は神通よりも早い。

 その後正午までの時間、川内と神通の砲撃訓練は続いた。

 

 

--

 

 午前の訓練後、本館に戻った4人は昼食を済ませ、待機室で午後の良い頃合いまで屋内作業としていた。この日執務室では提督は工事関係者と打ち合わせや諸々の確認作業をしているため、さすがの那珂も執務室に行くのをためらい、待機室で川内たちを自習させていた。

 昼食が終わり、まったりとおしゃべりをしながら4人で休憩している最中、川内はハッと思い出した表情になり隣に座っていた神通を見て言った。

「そうだ。神通さ、今日の髪型前のままじゃん。なんで昨日してもらったのにしてこないの?」

 ストレートな物言いな川内の言。神通はそれを受けて、せっかくのまったりムードの油断しきった夢心地な雰囲気から一気に現実へと引き戻されてしまう。焦りが湧き上がってきたのを感じて始め、数秒返答が出てこず口をパクパクさせた後、ようやく川内に対して言葉を返し始めた。

「え……と、あの……。あんな髪のセットやったことなくて。面倒だったので……そのまま来ました。」

 神通を除いた3人はあーっという察した・諦めたという表情を浮かべてすべてを理解した。

「それじゃあ、あたしと川内ちゃんでヘアセットやってあげよ!」

「そうそう。神通が覚えられないんだったらあたしたちがサポートしてあげるってことよ。」

 那珂たちの提案を聞いた神通は照れながらも吝かではないといった表情でコクリと頷いた。それを見た那珂と川内はニンマリとし、先日村雨が置いていった一部の道具を使ってさっそく神通の髪をセットし始めた。

 

 那珂と川内も初めて他人の髪をセットするということもあり、四苦八苦した様子を見せる。神通は自身の頭であれやこれやと騒ぎながらセットを進める二人の気配の不穏さを感じ、心中穏やかではなかった。

「あ、あの……大丈夫……ですか?」

「え!?いや!アハハ大丈夫大丈夫!神通は安心してあたしたちに任せておきなさーい。」

 カラッとした言い方で返事をする川内だが、その様子には隠せていない焦りが湧き上がっていた。続いて那珂も神通に声をかける。

「そーそー。昨日の村雨ちゃんばりにはいかないけど素敵になるように髪型再現してあげるよ!」

 那珂の言葉には焦りや戸惑いはなかったのでひとまず神通は安心することにした。

 

 ボケーっと見ていた五十鈴が時計を確認すると10分少々経っていた。神通の髪型は前髪をだらりと垂らして後ろ髪は雑に2つ結んだ状態から、ドライヤーがないために代わりに横に流した前髪を横髪と一緒にピンで留め、後頭部付近の両サイドの横髪はつむじ当たりでリボンとヘアゴムで結ってまとめられ、もともとの後ろ髪は櫛で綺麗に梳かされてストレートに降ろされた状態になった。

 

「へぇ~。昨日の神通に近くなったじゃないの。那珂たちのアレンジが加わっててなんとなく良い気がするわ。」

 見ていた五十鈴が評価すると、神通の後ろにいた那珂ははにかみ、神通を促した。

「エヘヘ。そう言ってもらえるとやった甲斐があるなぁ。ささ、神通ちゃん鏡で見てみて?」

 そう言って中は手鏡を神通の前で立てる。神通は目の前に掲げられた鏡で自身を見てみた。その髪と頭の姿形は、先日村雨がセットした姿に近いものだった。五十鈴が言ったように、先日の村雨によるヘアセットに近い状態であるが、長い前髪はわずかにたわませて横髪と一緒にヘアピンで留められているなどアレンジが若干加わっており、ドライヤーがないなりに雰囲気の再現は十分だった。

「ふむふむ。これぞ那珂・川内流、神通ヘアセットアレンジスペシャルって感じ?」

「ハハ……もうちょっと良いネーミングしましょうよ。」

 

 神通は見通しが良くなった顔の額に僅かにかかる前髪を片手でそっと撫でた。村雨が提案してセットしてくれた新しい髪型。学年的には下ではあるが艦娘としては先輩の彼女がセットしてくれたものよりも、姉妹艦であり同じ学校の先輩と同級生がやってくれた今の髪型のほうが心からこみ上げてくる嬉々とした感情が何倍にも異なるように思えた。するつもりはないはずなのに、自身の髪に関わってくれた仲間たちを贔屓してしまう自分が、そして心身ともに妙に気分爽快といった感じの今の自分が愉快に感じられた。そのため那珂と川内のやりとりの最中に口を抑えて吹き出してしまう。

「フフッ……」

 その様子を背後から見ていた那珂と川内は素早く反応して突っ込んだ。

「おおっ!?神通ちゃんどーしたの?」

「やっぱ那珂さんのネーミングセンス良くないってことだよね~?」

「いえ、そうではなくて。なんか……嬉しくて。」

「?」

 疑問符を頭に浮かべて素で惚ける川内。

「んーーー、なんかよくわからないけど、神通ちゃんが喜んでくれたならそれでいいや。」

「よかったわね、神通。」

 那珂も五十鈴も神通が笑った理由ははっきりとは分からぬが、おとなしく口数が少なく感情をあまり出さない少女の笑顔に曇りがないことだけは理解できた。那珂たちもまた、自然と口をニンマリと緩ませて満面の笑みを返すのだった。

 

 その後午後の訓練では、新しい髪型で少しだけ凛々しくなった表情で臨む神通の姿があった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

艦載機訓練

 午後の訓練開始時間になり、那珂はだらけていた川内と神通に号令をかける。

「さーて、今日の午後はお待ちかねかどうかわからないけど、艦載機の操作をやってもらうよ。」

「おー、艦載機!面白そうだけど難しそー。」

「……(コクコク)」

「直接戦うための道具じゃないけど、地味に重要だから二人ともぜひしっかり覚えてね。」

「「はい。」」

 

 

 工廠に足を運んだ4人は技師らから艦載機のサンプル機を受け取り、必要なパーツを持ってプールへと向かった。

 この日は非常にカラッとした典型的な夏の晴天日で夕方に差し掛かっているにもかかわらず、普段よりも気温が高さを保ったままだった。4人はやや早足になってプール施設の小屋に駆け込む。

 しかし雲一つない天候のため、偵察機から見る景色には期待を持つことができそうだと那珂は感じていた。

 そしてプールサイドに上がって来た4人。那珂は3人に指示をだして艦載機と発艦レーンのパーツを並べさせる。川内たちはもちろんだが、五十鈴も監督役とはいえ那珂の指示に従い作業をする。

 

「それじゃあ始めるよ。」

「「はい。」」

 

 今回は那珂自身も発艦レーンを装着した。右腕の4番目の端子につけ、それ以外は何も付けないという状態である。先輩が装着したのを見てから川内と神通も取り付け始める。二人はレーンの他に先ほどの訓練時からつけていた連装砲、単装砲パーツをつけたままであったため、別の腕のカバーの端子につけた。

 那珂は颯爽とプールの上に立ち、少し距離を開けてから川内たちの方を向いて説明を再開した。

 

「まずはあたしが使うところ見せるから見ててね。てかあたしも十分慣れてるわけじゃないから、使ってる時は話しかけないでくれると助かるかな。」

 那珂の最後のお願いに川内たち3人は頭に?を浮かべて呆けた様子で那珂を見る。那珂自身も自分の伝えたい意図は伝わっていないだろうなと察していたがあえて説明を加えずに艦載機の発艦の準備を進めた。

 

 那珂が手に掴んだ艦載機は7インチのタブレットほどの大きさの偵察機だった。右腕の水平に伸ばし、それを左手で右腕の発艦レーンに乗せてその向く先を少しずつ調整する。そして4番目の端子のスイッチを押しながらトリガースイッチを押した。

 偵察機は小さい音ではあるが本物の飛行機さながらのエンジン音を響かせた後、那珂のカタパルト上で助走をつけたあとスゥっと宙へ飛び立った。

 

「おぉ~~!!すっごーーい!!」

「……!!」

 川内と神通は主砲パーツのデモを見た時以上の感動を口ぶりから態度から何から何まで身体を使って表現する。

 那珂はチラリとだけ見てすぐに艦載機のコントロールに集中する。その実、那珂は普段の口調でのおしゃべり・茶化しをするのと艦載機のコントロールを同時にできるほどの余裕がなかった。川内たちはそれに気がついていないためその後も感動を違う表現で表し続ける。

 

 那珂は偵察機を飛ばした後、頭の中と右目の視界にぼんやりと自分の目線ではない景色が混じってくるのを感じた。偵察機が軌道に乗った証拠だった。頭を僅かに動かして偵察機を見上げながら方向転換のイメージをする。すると偵察機は那珂が頭に思い描いたとおりに方向転換をし、プールを離れて工廠との間の湾に向かっていく。

「おわ!?偵察機どこまで行くんだろ?那珂さーん!あれどこまで飛ばすつもりですかぁ~?」

 川内が質問をすると、那珂は右まぶたを下げて頬を釣り上げ、顔の半分を僅かに歪めながら川内の方を向いて答えた。

「う、うん。今、海の方へ向かっていってるから……、浜辺を……少し回って工廠の上を通って戻すつもり。」

 

 那珂の説明どおり、偵察機は浜辺の上空を飛び、グラウンドの手前までにゆっくり方向転換をして工廠の敷地の上を飛び進んでいく。やがて偵察機は川内たちの位置からはっきりと見える空に姿を表した。

「すごい……。ラジコンみたいなリモコンを使わないで……こんなことが。」

 神通が具体例を上げて感想を述べるとその言葉に川内は頷く。

 

 那珂は続いて偵察機の高度を下げるイメージをし始めた。着艦させるためだ。そのイメージの後、着艦することを強くイメージしながら再び右腕を水平に伸ばして偵察機が完全に降りてくるのを待った。あとは着艦の指示を受けた偵察機は自動で那珂の右腕にあるレーンへと戻る。自分の意識から外れた動作をしたことを確認すると、那珂はようやく表情を柔らかくして思考を自分だけのものに戻した。

 偵察機はスピードを急激に落として那珂のレーンへとコツンと乗って停止した。最後のほうはエンジンはすでに停止していたため勢いはすでに殺されておりレーンの端で綺麗に止まった。

 那珂は偵察機が完全に止まったのを確認してからそれを左手で掴みあげ、ふぅ…と一息ついた。

 

【挿絵表示】

 

「とまあ、こんな感じで動かすことができます。」

「すっげーーぃ!那珂さんすごい!あたしたちもそんなことができるんですねぇ~。」

「あの…那珂さん?一つよろしいですか?」

「うん?なぁに神通ちゃん。」

 

 素直に驚き感動する川内とは異なり、すでに感動が落ち着いていた神通は別のことが気になっていた。

「さきほどまで那珂さん、私達の呼びかけに鈍い反応でしたけれど、あれは一体?何か……あったのですか?」

「さすがは神通ちゃん。絶妙に鋭いなぁ。」

 那珂はプールを進み、川内たちのいるプールサイドへと戻ってきたのち言葉を続けた。

「今さっきまであたしの右目にはね、あたしが見ている光景とは別の景色が半透明な感じで見えてたの。2つの景色を同時に見てる感じ。だから3人を見ながら偵察機の景色を見て、あっちを操作しなきゃいけないっていうことになって手一杯でね。あたしも慣れてるわけじゃないからさすがにおしゃべりの方まで気が向かなかったの。」

「そ、それって……どのような感じなのですか?」

「うーーん。口で説明するのはちょっとめんどいなぁ。てかやってもらったほうが一番わかり易いと思う。初めてやるときはびっくりして艦載機のコントロール狂っちゃうかもしれないから、二人はしばらくは余計なことせずにとにかく飛ばすことだけを意識しよっか。」

「「はい。」」

 那珂の伝えたい事がいまいちイメージ出来ない二人は那珂の言葉の最後に同意を示し、それ以上は質問せずに頷いた。

 

 

--

 

 川内と神通もそれぞれ近くにあった偵察機をレーンに乗せ始めた。

「これって普通に乗せるだけでいいんですか?」川内が真っ先に質問をした。

「レーンの端にコネクタっぽい丸いマークがあるでしょ?それ磁石になっててね、それに近づければ艦載機はきっちり止まるよ。だからサッと使いたい時でも簡単~。」

「あ~その磁石みたいなのがカタパルトってわけっすね?」

「そーだよ。川内ちゃん復習よくできました!」

「エヘヘ~。それほどでも。」

 那珂に褒められて川内は破顔させる。そして那珂が実際に試させるよう促すと、二人はすぐさま試し始めた。二人がそれぞれ手に取った偵察機を乗せると、磁力によって偵察機が綺麗に定位置に収まる。

「飛ばすときはね、砲撃のときみたいにただスイッチ押すだけじゃなくて、水上移動するときのように強くイメージするの。偵察機が浮上するところとか、飛び立った後に飛ぶ軌道を調整することとか。きちんと艦載機がコントロールできると、レーンを装備した方の目の視界に艦載機のカメラからの光景が浮かんでくるよ。」

「う~~。なんか怖いけど、とにかくやってみるしかないですよね。よっし、やるぞー!」

 川内のセリフに黙って頷く神通。準備は二人共整った。

 

 二人は同調を開始したあと、プールの水面を少し前進し立ち止まる。わずかに足幅を開けてバランスよく立ちそして二人とも望むタイミングでカタパルトを取り付けた方の腕を前方に伸ばし、掴んでいた艦載機をレーンに乗せた。

 那珂はあえて言葉をかけなかった。すでに二人のタイミングにすべてを任せる考えのためだ。

 川内は深呼吸をする。それを横目で見た神通もつられて短めに深呼吸をしたあと、レーンを取り付けた端子のスイッチを押した。ほぼ同時に川内も取り付けた端子に対応するスイッチを押す。それをする手前、二人とも頭の中ではすでに偵察機が走りだして空を飛び始めるイメージを描いていた。

 そしてトリガースイッチを押した二人の腕の発艦レーンから、さきほどの那珂の時と似たような小さなエンジン音がしはじめる。それぞれ違うスピードではあるが偵察機はレーンを進み始め、ついに川内と神通の腕から離れて空へと駆けて行った。

 

 

--

 

((うっ……右目が……。これが那珂さんの言ってた偵察機からの映像ってやつかぁ。))

 川内はほどなくして右目に水上とは違う、空から見た光景が浮かんできたのに気がついた。彼女は右腕のグローブカバーにレーンを取り付けていたためだ。那珂の言っていたとおり川内は激しい違和感に襲われ、頭が混乱しはじめる。頭を振ってもそれは拭い去ることができず、思考がこんがらがって発狂数秒前といえる状態になった。

 

「うあぁ!! ダメだあたし……!」

 川内は右目を閉じ、集中力を欠いてしまい、精神状態を激しく乱してしまった。当然偵察機を操作するほどの思考の余裕はなくなっている。そのため川内が発した偵察機は急激に高度を下げて落ちてくる。偵察機がプールの水面に落ちる前に川内は水面に膝立ちするようにしゃがみこんでしまった。当然ひざなど素肌であり、浮力が発しているわけではないのですぐに下半身半分を水中に落とす。川内の片足はもちろんのこと、久しぶりに下半身までずぶ濡れになってしまっていた。

 

 

--

 

 崩れ落ちる川内を横目で見た神通だったが、優先度は親友への気にかけよりも自分の放った偵察機のコントロールのほうが上だった。そのため彼女は操作に再び集中する。

 神通は左腕から偵察機を放ったため左目の視界に偵察機からの映像が飛び込んで来た。右目を閉じ、左目に見える「映像」に集中する。目の前にはプールの水面が見えているはずなのに空から見下ろした光景が半透明になって見える。テレビなどでこのような特殊な映像を見たことがあったが、それが現実に見えるとここまで頭が混乱するものなのかと驚きつつもどうにか偵察機をコントロールし続ける。川内とは違い、彼女は未だ問題なく操作できている。

 

「へぇ~。」

「ねぇ川内倒れたわよ?助けに行かなくていいの!?」

「うん。」

「うんってあんた……。」

「実践中なんだから。邪魔したらダメ。」

 五十鈴は倒れこんだ川内が気になって仕方ない様子を見せて助けに行こうと提案して2~3歩足を前に出すが、那珂は頑として首を縦に振らず五十鈴を制止する。強めに制止された五十鈴はその凄みもありおとなしく歩を戻してその場で立ちすくし、黙って川内たちを見守ることにした。

 

「あの娘にはあたし以上にガンガン進んで艦娘として生き抜いてもらわないといけないから。あたしたちが変に助けてそれに依存しちゃったらいけないからね~。」

「依存って。川内なら一人でやれるタイプっぽいし大丈夫でしょ?」

「う~~ん。どう言えばいいのかなぁ。これはあたしたちの学校生活に寄るものっぽいから五十鈴ちゃんにはわからないかもだけど、あの娘はあたしたちがいるからこそ思い切って振る舞えるんだと思うの。」

「それは……。依存っていうのかしら?」

「彼女のこれまでのこと全部聞いたわけじゃないから一概に言えないけど、多分あの娘は上の立場の人に無意識に依存するタイプなのかなって思うの。あくまで勝手な想像ね?艦娘の活動は下手をすれば命に関わるから、あたしは川内ちゃんがホントーに一人でガンガンやれるか見定めてみたいんだ。いずれあたしの後を任せられるかどうかね。」

 そう語る那珂は厳しいことを言ったが、その口は笑みで緩まっていた。振り向いて言ったわけではないため、五十鈴からは那珂の表情は見えない。五十鈴は素直に感心する。

「結構深いところまで考えてるのね。わかった、わかったわよ。……あんたってみかけによらず結構厳しいのね。」

「うん??? それは褒め言葉として受け取っていいのかなぁ~?」

 まっすぐ川内たちを見ていた那珂は五十鈴の言葉にわざとらしく反応し、ねっとりとした動きで首、上半身そして視線を彼女の方に向けた。五十鈴は那珂の態度が普段の軽い様になっていたのに気づいたのですぐに感心をやめてノーリアクションを貫くことにした。

 

 

--

 

 川内が隣の水域を見ると、そこにいた神通は平然とした様子で立っている。偵察機を落とさずに完全にコントロールに成功している。プールに半身を浸してしまった川内は視線を正面に戻し、目を細めて顔を歪ませながら体勢を戻した。落ちていた自身の偵察機はうまく着水したおかげなのか、プカプカと浮かんでいた。

「くっ……なんであたしがダメで神通が。」

 身体を動かすこと大抵の事なら負ける気がしない川内は、神通に初めて負けた気がして感情が昂ぶり始めていた。再び水面に立った川内は近くに浮かんでいた偵察機を乱暴にすくい上げ、右腕を伸ばしてレーンに偵察機を設置し発射する体勢を取る。

 

「あたしのほうが絶対素質あるんだからね!!」

 川内はキッとした目でレーンが指し示す先を睨みつけ偵察機が飛び立つイメージを固めた後、レーンに対応するスイッチとトリガースイッチを押した。偵察機はブロロロという音を鳴らしてレーンの上を走り出して再び空へと飛び立っていった。

 その瞬間、川内の右目にはさきほどと同じく偵察機からの映像が飛び込む。左目を閉じて右目のみに集中する。頭痛がひどく、集中力を欠く。同調も危うくなり偵察機がふらふらし始めるのと同時に自身の足元もおぼつかなくなる。事実同調率が下がり始めていたのだ。足元が水中に落ち始めていたのに気づいた川内は奮起する。

 

「うおわああああ!!!!!」

 

 右目の端を抑えつつ大声を上げて一旦足元の艤装の操作に集中して浮力を取り戻して元の高さに浮かぶ。浮かんだ拍子に前のめりになりそうなのをバランスを取り戻して整え、体勢が戻ったのを感じるとすぐに偵察機の方へ集中する。偵察機は落ち始めていたがなんとかコントロールを取り戻す。

 すると川内の右目には自分自身が見えていた。

「あっぶない!!」

 偵察機が自分を避けるイメージをしながら川内自身は身体を偵察機とは逆方向に身を素早く動かして飛びのけた。川内自身は無事避けて偵察機も自身を回避するのに成功したがその先までは気が回らなかった。避ける際に偵察機のコントロールを一瞬失っていた。

 悲鳴をあげる羽目になったのは川内たちの後ろにいて実践の様子を見ていた那珂と五十鈴だった。

 

「うわああ!!こっちに来るよぉ!!」

「きゃー!!」

「ご、ごめんなさーい!」

 飛びのけて方向転換をした川内は後頭部をポリポリ掻きながら、後ろにいた那珂たちに謝る。その謝罪に対し那珂は声を荒げて川内に言い返す。

「それよりも偵察機のコントロールをなんとかしなさーい!」

「あぶないじゃないのよ……」

 那珂の隣にいた五十鈴は胸に手を添えて撫でおろしながら小声で愚痴る。

 

 川内はコントロールを失ってプールを越え工廠を越え、本館の敷地まで飛んでいこうとしていた偵察機に意識を集中させてコントロールを取り戻そうとする。偵察機は大きく旋回して工廠の上空に入り戻ってきた。

「はぁ……はぁ……。駄目だ。これ相当集中してないとどうにも使えないわ。あたしこれ向いてないかも。」

 頭の疲れが激しくなってきた川内はとにかく偵察機を早く戻して下ろすことに集中する。川内の偵察機はスピードを早めてプールへと戻ってくる。そうして川内は自分のレーンのついた腕を伸ばして偵察機を迎え入れようとしたが、偵察機は川内のレーンにきちんと乗らずに彼女の右胸元あたりにおもいっきり突っ込んでようやく停止した。

「ぎゃあ!」

 同調していたのと制服自体も防御力が高く丈夫に出来ていたためか、思ったより痛くないがそのショックで思わず変な悲鳴を上げ、水面に尻から突っ込んで再び下半身を濡らす川内だった。

 

 

--

 

 川内が那珂たちを巻き込んで慌ただしく偵察機の操作を行っている間、神通は黙々と自身の偵察機を操作していた。最初の頃に感じていた違和感と頭痛はすでに消え、片目の視界に混ざる半透明状の空からの景色に彼女は感動を覚えて自分の世界へと入り込んでいた。

 艦娘というものは(まだ見ていないが)深海棲艦と呼ばれる不気味な怪物とただ砲雷撃して戦うだけなのかと思っていたが、最新技術を駆使したこんな機械を操って活動することもあるのかと、新しい世界とその要素に感動していた。

 神通はもはや両目を閉じていようが開けていようが、偵察機のいる方向を全く向いていなかろうか操作することが苦にならなくなってきた。むしろ楽しいとさえ思える時間。

 

 神通こと神先幸は、昔から読書や黙々と作業する物事に関しては時間を忘れるほど熱中できる質だった。黙々とするゆえ周りからは無口、無表情の何考えているかわからない地味で変な少女と揶揄されることも多かった。川内とは違い、ゲームやサブカル、アニメなどという、特定のものに偏らずにジャンルは多岐にわたって読書をした。視覚的刺激よりも視覚以外の感覚で捉える刺激を好みとしたそのせいで散歩しながら周りに存在するあらゆるものに想像を張り巡らせ、○○があったらいいのに、××が動いたらいいのになど、漠然としたイメージではあったが黙って妄想にひたることが多かった。それゆえ歳を重ねるごとに周りから暗い性格というレッテルが重ね付けされていった。しかし周りからの評判なぞどうでもよかった彼女は周りの意見を気にせずひたすら自分の世界にマイペースに没頭した。

 集中して何かを行うという自身の性格に依るあやふやな特徴、こんなものは今も昔もこれからも自分以外のためになど絶対なることない、そう思っていた彼女だったが、もしかしたら役立てる分野がある。そう感じた神通は偵察機を操作している間は確たる自信を持っても良いかもと、すでに自信を持って思っていた。

 

 想像したとおりに艦載機を動かせる。その映像が見られる。そして将来的に艦娘仲間と出撃した時には、自分の見た光景が戦いの役に立つかもしれない。そう考え始めたらこんな自分でも役に立てる世界があることが面白おかしくてたまらない。

 両目を瞑りながら偵察機からの視界を見る。瞑ったほうが偵察機からの視界に集中できた。その最中、口は自然と両端が釣り上がって頬に僅かにえくぼができる。にこやかにしながら神通は偵察機をコアユニットとレーンを通して脳で操作する。

 プールの上空を出た神通の偵察機はすでに鎮守府の敷地を離れ、その地区に昔からある浜辺の上空を飛び、海浜病院の手前まで来ていた。艦載機の有効範囲を越えることはないので神通は楽々操作を続けている。さすがに上空からは下にいる人々の表情を確認することはできないが、偵察機の特性上複数組み込まれたカメラのうち斜め下向きについたカメラからは遠巻きに人々が空を見上げる光景が一瞬確認できる。

 

 その先に行くととなり町の海浜公園に突入してしまうため海浜病院の上空に突入したあたりで旋回させ、鎮守府の方向へと戻し始める。住宅街に突入すると色とりどりの屋根が見える。しばらく住宅街の空を飛ぶとほどなくして鎮守府近くの小さなショッピングセンターが見えてきた。さすがにその上空を真っ向から飛び続けるのは気が引けた神通はそこに至る前に右へ旋回し、早めに鎮守府の敷地内へと入るようにした。

 そうして見えてきた鎮守府Aの本館とグラウンドを確認した神通は、ふぅと一息ついて再び右へと旋回し、グラウンドの先の浜辺へと向かう。次に左に旋回し、側の川に沿って工廠の上空に入る。ようやく自分たちの姿が豆のような大きさで見えてきた。不思議な感覚だが、それもまた新鮮で楽しい。そのまま自分のレーンへと着艦させる気はさらさらないためにそのまま左に旋回し続けて工廠の上空を細かくスピードを増減させて飛び進める。わざと錐揉みした飛び方にして機体をふらふらさせ、自身の目に飛び込んでくる映像もブレさせる。そのブレる視界すら新鮮で楽しい。しかし調子に乗ってフラフラさせすぎたためほどなくして酔が回り、若干気持ち悪くなったので平行に戻す。

 

 近くを川内の偵察機が通り過ぎた。自身より速いスピードでプールへと向かっていったのが見える。自身の偵察機はそのまま本館の上空へと突入した。本館の上を3周ほどし、グラウンドに再び入り、浜辺との間の道路に沿って工廠前の湾に入った。

 そろそろ着艦させよう。神通は頭に思い浮かべた。飛ばしながら自身の身では左腕を真っ直ぐ前に伸ばし、端子のスイッチを押してレーンを回転させ、偵察機がストレートに着艦できるように調整する。偵察機自体はもはや旋回させずに湾と工廠手前を横切りプールに真横から入るような空路で降りてこさせている。

 プールに入る手前で川内がプールに半身を浸けてしまっている映像が見えた。そこで偵察機からの映像は途切れ、機体は着艦のための自動モードに入った。神通の偵察機はレーンに着艦し綺麗に減速・徐行したのち停止した。神通は左目、そして右目とゆっくりと開けていき、目の前を横切るレーンの上に偵察機が乗っかっているのを目の当たりにした。そして偵察機を軽く撫で、そうっと取り上げる。

 

 神通がくるりと身体の向きを変えて後ろにいた那珂たちを見ると、そこには川内もおり3人揃って神通を見ていた。一番に口を開いたのは那珂だった。

「お疲れ神通ちゃん。すっごい集中力だったねぇ~。初めてとは思えないほど長い時間操作してたよね。コントロールも上手かったようだし。先輩としては後輩の成長がこれほどまでなんだなって嬉しさで溢れそう。ん~~神通ちゃんは100点満点あげちゃう!」

「お疲れ様。私から見ても素晴らしかったわ。さっきの那珂の操作とほとんど変わらなかったもの。今後出撃したときの索敵が楽しみね。」

「はは。艦載機の操作、あたしはダメだわ。神通に負けたよ。」

 表現は異なるが3人から驚きと賞賛に満ち溢れた評価をもらい、神通は照れながらプールサイドへと戻っていった。

 

 那珂が改めて二人に声をかける。

「二人ともお疲れ様。今日はこれでおわろっか。」

「あたしは今日はもうやめたかったですよ。はっきり言って水上移動よりもはるかに疲れました。ぶっちゃけもう寝たいです。」

「おぅ?川内ちゃんが弱音吐くなんて意外~。」

 川内の吐露に那珂はいつもの茶化し気味の軽い口調で突っ込んだ。川内は嫌味など一切感じていなかったので素直に言葉を返す。

「そりゃあ艦載機なんてもの体験したらねぇ。艦娘って単なる運動やゲームとは違うんだなって今日一日でうんと思い知りましたよ~。」

「アハハ。艦載機の操作は今までの砲撃や雷撃と違う感覚でびっくりしたでしょ?ここまでの訓練内容いろいろやることあって大変だろーけど、復習忘れずに身に着けておいてくれるといいかな。 」

「はい!」

「……はい。」

 川内と神通はそれぞれの覇気で返事をして訓練の終了を認識した。

 

 

--

 

「そんじゃまあ、お片づけしますかねぇみんな。」

「「はい。」」

「えぇ。」

 

 那珂たちはそれぞれの艦載機とプールサイドに置いていた余ったパーツをそれぞれ抱えてプールサイドを後にした。工廠に入り明石を呼び出してそれらと自身が身に着けていた艤装一式を外して受け渡す。

「はい。お疲れ様でした。艦載機はどんな感じでした?」

「聞いてくださいよ明石さん!あれ難しいのなんのって!」

「あらら。川内ちゃんは艦載機ダメだったのかな?」

 明石に泣きついた川内を見て那珂が代わりに頷く。

「どうやらそうみたいです。まぁ無理も無いかと。」と五十鈴は苦笑いを浮かべながら明石に言った。

「そうですか~。でもせっかく艦載機を使える艦娘になってるのだから上手く操作できるようになってくれると、メンテする私達としても嬉しいんですけどね。無理そうなら補助用のスクリーン貸しますので、それ使って操作するといいですよ。ところで神通ちゃんはいかがでしたか?」

 自分に振られてビクッとした神通はモジモジしながら小声でぼそぼそと言葉を発するが、当然回りにいた人間は聞き取れるはずもなく、見かねた那珂が代わりに説明した。

「対して神通ちゃんはすっごいですよ~!艦載機の扱いだったらもうあたしを超えたかも!?結構長い時間操作してたし。」

「へぇ~!それはすごいですね。神通ちゃんは艦載機みたいな繊細な操作をするの、向いてるのかもしれませんね。二人ともこれからもがんばってくださいね。艦載機の扱いはできるようになればかなり捗りますから。」

 明石のような大人からも賞賛をもらい、途端に顔を真赤にして再び照れまくる神通であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

対空訓練

 翌日、いつもどおり早く来た那美恵と凛花はすでに開いていた本館に入り、工事関係者に挨拶をした後着替えに行った。この日も幸はすでに出勤し神通となって自主練をしに行っていると提督から聞いていたため、二人は工廠へと足を運ぶことにした。その道中、二人は上空を飛ぶ鳥を見つけた。それはよく見ると鳥ではなく、艦娘の偵察機だった。

 

「あれって……偵察機かしら?」

「うん。そーみたいだね。ということは。」

 那珂と五十鈴は顔を見合わせてお互い抱いたことを口にし、正解たる想像を述べた。二人の足取りはやや早くなり、工廠へと駆け込んでいった。

 工廠に入って近くにいた技師に確認すると、やはりすでに神通は来てプールにいると説明された。那珂と五十鈴は工廠を出てプール施設の入り口から入り、プールサイドへと出た。するとそこからはプールのど真ん中で左腕を前に伸ばして直立している神通の姿が確認できた。

 

「じ……!」

 言いかけて那珂はやめた。艦載機を使っているということは、精神集中している真っ最中ということだからだ。

 

 やがて偵察機が工廠の上空からプールの上空、そしてその先の川へとすぎていった。すると神通は頭をわずかに動かして後ろを向きかける。その動きを見て那珂と五十鈴は神通が自分らに気づいたことに気づいた。川の方へ向かった偵察機が急速に旋回して高度を落としてくる。動きからして着艦のための自動操縦になっていることがわかった。神通が偵察機の操縦をやめたことが伺えた。

 やがて神通の左腕の発着艦レーンに偵察機が停まった。するとようやく那珂たちの方を向き、声を発した。

「あ、あの……おはよう、ございます。」

「うん。おはようー神通ちゃん。今日の自主練は艦載機?」

「は、はい。勝手に偵察機使ってしまって申し訳……ございません。」

 神通は水上をスゥーッと滑りながら那珂たちのいるプールサイドへ近づいてきた。プールサイドへは上がらずに水面にいながら那美恵と話を続ける様子だった。

「いいっていいって。別にあたしに許可得る必要ないよ。だってあたしたちのための艦載機だもの。むしろ提督か明石さんがダメって言わなきゃいつ使ってもいいと思うよ。」

 神通はコクンと頷いた。

「それよりも偵察機の操作はどうなの?」

「はい。だいぶ慣れました。」

 五十鈴が質問すると、神通は自信を持ってはっきりと頷いて言葉を返した。相変わらずの優等生っぷりに那珂も五十鈴も満足な表情を浮かべた。

 

 

--

 

 その後待機室に入った3人。那珂と五十鈴は川内たちの訓練の進捗度合を確認していた。前日の例もあったため、また提督もいたため執務室で作業するのではなく、待機室で作業をすることにした。

 那珂は五十鈴とともに、残りの訓練内容について内容を詰めていた。

「ねぇ那珂、この防御・回避・バリアの確認や機銃……つまり対空関係の訓練はどうするの?もう1週間と3日だし、2週間で仕上げるなら残った訓練はつめ込まないとさばけないんじゃない?」

 五十鈴の指摘はもっともだ。那珂はうーんと唸る。

「電磁バリアは実弾使う時にやらせるとして、問題は対空訓練なんだよねぇ。あたしもぶっちゃけちゃんと受けたわけじゃないし、空から襲われることなんてないから省略していいって提督も言ってたから、カットしたいんだよねぇ。」

「提督ったら微妙にサボり屋よねぇ。私も対空訓練はうちの鎮守府に必要ないって言われたわ。けどわかっててもしっかりやりたい。という私もせいぜい機銃パーツを空に向けて撃つくらいしかしてないのだけれどね。」

「まぁ五十鈴ちゃんの頃は人ほとんどいなかったろーし仕方ないね。今だったら~、偵察機使って回避したりいろいろしてもらうとか?」

 那珂の思いつきに五十鈴はピンときたのか、その案を広げるべく自身の考えで補足した。

「それいいわね。だったらこうしたら?あなたが偵察機を飛ばして、それを川内と神通が撃ち落とす。」

「うーん、でも偵察機は攻撃機能ないからあたしはただ動かすだけになるよ?」

「突進していけばいいじゃないの。ただ動かして川内たちに向かっていけばいいんだから操作も簡単でしょ。」

「うわぁ……五十鈴ちゃん他人事だからって大胆な考えするなぁ~。」

 ジト目で五十鈴を見る那珂。そんな那珂の視線を気にせず五十鈴は小さく息を吐いて他人の心配なぞ知らんと暗に反応した。

 

「まぁでもそれでいってみよっか。どうせなら五十鈴ちゃんも一緒にやる?」

「対空訓練に関しては私たちも川内たちとほとんど変わらない経験値だし、混じっていいならやってみてもいいわ。」

「よっし。それじゃー選手は3人ということですな。ていうかあたしも対空訓練実はしてーんですけどぉ。」

「それなら神通に操作代わってもらえばいいじゃない。あの娘、ものすごく操作上手かったし。もしかしたら那珂以上じゃないの?」

「う……そんなプレッシャーされると焦るよあたし。ここは先輩として絶対負けないようにしないと!」

「一応言っておくけどあくまでも二人の訓練がメインだからね?意固地になって二人を叩きのめして勝ったらダメだからね?」

 五十鈴からの提案とツッコミを受けた那珂は動揺する仕草を見せるも、鼻息荒く意気込むのだった。

 

 

--

 

 10分ほどして川内が出勤してきたので早速とばかりに那珂は説明を開始した。

 

「それじゃー二人に今日の訓練の内容を伝えます。今日は対空訓練をします。つまり、空に向けて攻撃したり空から来る攻撃を回避する練習ね。」

「へぇ~!おもしろそ~。いいですねいいですねぇ!!」

「対空……いいですけれど、どうするんでしょうか?」

「うんうん。二人の反応はごもっともです。さっき五十鈴ちゃんとも話してたんだけど、偵察機を使おうと思います。」

「「偵察機?」」

 川内と神通は揃って首を傾げた。

「そ。あたしが操作して、三人に向けて突進させます。」

「わかりましたけど、三人って?まさか五十鈴さん……も?」

 川内は疑問を口にする。それに答えたのは五十鈴本人だ。

「恥ずかしながら、正直言って私たちも対空に関してはそれほど練度高くないの。だから那珂に頼んで私も参加させてもらうことにしたわ。」

「それでね、あたしも訓練に参加したいからぁ~。神通ちゃん?」

「は、はい?」

「途中で偵察機の操作、代わってね?それであたしがその時は訓練する側に回るの。いいかな?」

「わ……わかりました。その役目しっかり努めます。」

 神通は背筋を正して那珂の言葉にはっきりと頷いて承諾する。

「え~~いいないいなぁ。神通良い役回り~~!」

 川内がブーブーと文句を垂れると素早く五十鈴が突っ込んだ。

「あなたは艦載機の操作ド下手じゃないの。」

「う……五十鈴さんすげぇ痛いとこ突くなぁ……」

 図星のため言い返せない川内は両手で額を抑えてテーブルに突っ伏した。川内の反応を無視して那珂たち3人は話を進める。

 

「あの。一つよろしいですか?」

「ん?なぁに神通ちゃん。」

「偵察機って……1台いくら位するんでしょうか……。撃墜されてしまったらその……あの……。」

 神通が気にするところは、訓練自体の内容よりも現実的な部分だった。彼女の心配を聞いた那珂と五十鈴は苦笑してしまう。

「アハハ……。神通ちゃんは面白いところ心配するねぇ~。あたしたちは戦って金もらう立場なんだし、気にしないでいいと思うよぉ。」

「どうしても気になるなら後で明石さんに尋ねてみたら?」

「は、はぁ。」

 自身の心配は取るに足らない内容だったのかも。そう想像した神通は気恥ずかしさで俯いてしずしずと下がった。

 

--

 

 説明を終えた那珂たちは早速工廠へと向かっていった。明石に訓練の事情を話すと、明石は神通の心配も踏まえて偵察機使用の許可と説明をしたため、那珂たち4人は納得することとなった。

 プールに姿を現した4人。那珂は偵察機を右腕に付けた発着レーンに載せプールの端に立つ。対する川内たち3人は那珂とは真逆、プールの端にいる。

「それじゃー。いっくよーー!」

 片手を頬に添えて拡声した声量で那珂は合図した。川内は大声で返し、五十鈴は右手でOKサインを作って腕を挙げて合図を返す。

 

((攻撃目的の艦載機操作かぁ。空母っぽくてなんか不思議な感じ。てか……今の視界に重なって見える偵察機からの視界のまま、もし攻撃されて撃ち落とされたら……どうなることやら。))

 那珂は艦娘の艦載機操作を生身で操作する際に生じるかもしれない不安を密かに湧き上がらせていた。

 

 那珂は右腕を前に伸ばし、意識をカタパルトに載っている偵察機に向けて集中し、グローブカバーのトリガースイッチを押した。偵察機はかすかなエンジン音を鳴らしてレーンを走り空へ飛び上がっていった。

 一方反対側の川内たちは自身の装備したパーツを確認していた。五十鈴が川内と神通の前に立ち、指示を出し始める。

「那珂のことだから偵察機でも何かしら突飛なことをしてくるかもしれないわ。念のため二人とも気をつけてね。」

「りょーかいです。」

「はい。承知致しました。」

 

 意識合わせをしている3人の上空に、那珂の偵察機が迫ってきた。

「来たわよ!」

 五十鈴の声で川内と神通もとっさに構える。

 

 那珂の偵察機はまっすぐ進み、3人の最後尾にいた神通の手前で右に旋回してプールの上空を離れた。その進む先を神通は目で追う。自身らの上空を通り過ぎたと把握した五十鈴と川内は早々にプールを前進して頭と上半身だけは偵察機の向かった方向に向ける。偵察機が大きく右、時計回りに旋回し続けてプールの敷地の上空へと戻ってくる。

 その時五十鈴が指示を出した。

 

「二人とも。機銃パーツの操作開始!撃ちだして!」

「「了解!」」

 

 五十鈴の指示を聞いて川内は左腕に取り付けた4基の機銃パーツを撃つべく人差し指~小指を折り曲げてスイッチを押し、最後に親指でトリガースイッチを押した。その瞬間、非常に軽い音で機銃パーツから弾が発射された。神通も負けじと右腕に付けた4基のうち1番めと2番めの機銃パーツで銃撃し始める。

 

 

ババババババ

バババババ

 

 

 主砲パーツや副砲パーツと同じ仕組で作られている艦娘の機関銃パーツは、弾薬エネルギーを一発一発ではほとんど消費しないほどの微量で弾として撃ちだす。そのため威力は微々たるものだが連射性が非常に高い。地上で使われる火薬・爆薬のたぐいは効果がほとんどない深海棲艦に対して、艦娘の艤装で使われる弾薬エネルギーは深海棲艦の撃ちだす体液を確実に打ち消したり表面を焦がしたり抉り取って傷をつけられるようになっている。ただし機銃と主砲・副砲パーツではエネルギーの変換効率が異なるため、機銃で同じエネルギー量を費やしたとしても主砲・副砲と同等の累積的なダメージを負わすほどの威力は期待できない。そのため牽制用に広範囲に向けて撃つ使い方がもっぱらだが、本来の目的では軍艦や護衛艦の機銃よろしく対空兵装である。エネルギー量が微量なため実弾換算した際の重量が非常に軽く、高空に向けても本物の機銃に近い有効射程距離を叩き出すことができる。

 

 もともと深海棲艦の出現後に初期の艦娘が使っていた艤装には存在しなかったパーツである。超遠距離から体液を撃ちだして襲いかかる攻撃をしたり、空飛ぶ鳥や虫を使役する個体が現れたため、必要に迫られて後から実装されたのが対空兵装である。一撃が強力な主砲パーツや副砲パーツは連射ができず、質量が重いエネルギー弾となる仕様のため対空攻撃しにくく水面や水上にいる敵目的にしか使えない。連射性が高い機銃パーツは威力こそ低いが、弾幕を張るというオリジナルに近い使い方や質量が軽いエネルギー弾になるため高空まで届く。そして攻撃よりも防御や支援目的に使えるという作用のため、艦娘にとっては電磁バリアよりもはっきり意図して使えるバリアとして重宝するパーツとなる。

 しかし川内たちが立ち向かっている訓練に際しては防御としてよりも、攻撃目的で使われている。

 

 川内が機銃から撃ちだしたエネルギー弾は水平に弾幕を張って那珂の偵察機に襲いかかる。続いて神通の機銃による銃撃も川内のより低い高さで弾幕を張って襲いかかる。その2つの波を那珂の偵察機は速度を急激に速め高度を下げてかわした。プールの水面スレスレを飛んで五十鈴と川内の間を通りぬけてプールから工廠前の湾へと飛び出た偵察機は再び速度と高度を上げて左へ旋回し、反時計回りにプールの上空に飛び込んだ。

 ひたすら左手に旋回し続けて威嚇のため近づく標的は川内である。

 

「うっ、まっすぐこっち!!機銃間に合わない!?」

 方向転換して構えて撃つまでの時間がとても足りない。そう気づいた川内は射撃を諦め、上半身を爪先の方向に戻して右手の方向へとダッシュした。那珂の偵察機をギリギリでかわした川内はそのまま右手側に進み、今度は左に大きく反時計回りに旋回しつつ左腕を目の位置まで高く構える。当然偵察機はとうに過ぎ去っており、その向かう先は川内ではない。

 事前の説明でエネルギーをほとんど消費しないと聞いていた川内は、弾薬エネルギーの残量なぞもう頭の片隅にすらなくひたすら思う存分4基の機銃パーツから連射しまくる。が、川内の機銃の弾幕は那珂の偵察機にとって障害物には成り得ない。

 

 川内の付近を通り過ぎた偵察機は反転するかのように急旋回し、そのまま左手側に飛び続けて市街地側に出た。ひたすら左に旋回して飛び続ける。そうして再びプールないし工廠の敷地上空に入り、新たな標的を見つけた。

 神通である。

 神通は当初の立ち位置よりわずかに前進したが、立つ向きを変えていなかったため上半身の振り向きだけではすでに偵察機を視界に収めることができない。そのため偵察機の位置を知らせたのは五十鈴だ。

「神通!左右どちらかに避けなさい!!」

 五十鈴の声を受けてようやく神通は正面を向き、身体を右に傾けながらゆっくりと移動し始めた。その刹那、川内が叫ぶ。

 

「神通しゃがんで!五十鈴さん間近ゴメン!」

 川内の声がその場に響いた直後、機銃による掃射が五十鈴の真横1m右を越え、身をかがめた神通の上を抜け、まっすぐ飛んできていた偵察機に襲いかかる。

 

 

ガガガガガッ

バーン!!

 

【挿絵表示】

 

 

「きゃっ!!」

 川内の遠く後ろで悲鳴が聞こえ、バシャーンと何かが水に浸かる音が響いた。一方の偵察機は煙を上げてプールの水面に着水する。偵察機の撃破を確認した川内は左腕をおろして右手でわざとらしく額の汗を拭う仕草をした。

 

「ふぅ。撃墜撃ts

「ふぅ……っじゃないわよ!!川内あんたね!今私たち電磁バリアつけてないのよ!人が間近にいるのに撃ったらダメじゃないの!!」

「うわっ!だから先に謝ったじゃないっすか!」

「あんた……那珂に少し似てるわ。先輩に影響されてきてない……?」

 五十鈴が川内に詰め寄って文句を言っていると、二人に近づいてきた神通がそうっとある一点を指差した。

「あの……那珂さん、しゃがんだまま立ち上がらないんですけれど……。」

「「えっ?」」

 

 

--

 

 神通が指差す先には、水面に尻もちついた那珂がようやく身を起こして水上でしゃがんでいる姿があった。その様子が普段の彼女とは異なると察した五十鈴は真っ先に水上を駆け抜けて近寄り声をかけた。

 その光景を川内と神通が後ろから心配げに覗いている。

「ちょっと那珂!大丈夫!?」

 那珂は肩で息をして呼吸を荒げていたが、ほどなくして声をようやくひねり出した。

「う、うん。びっくりしただけだからもう大丈夫。」

「どうしたというの?」

「偵察機が撃墜されるって……想像以上に衝撃があるなって。」

「確か、偵察機の視界が自分のと重なって見えるのよね?」

「うん。やる前からなんとなく想像はしていたんだけれど、いざ目のあたりにするとちょっと……ううん。かなり心臓に悪いかなぁって。実際に艦載機に意識集中してるときに攻撃受けたらこうなるんだって身に染みてわかったよ……。」

 普段の軽さはまったく見せることなくショックを隠せないでいる那珂。その態度と言葉からさすがの五十鈴もその本気度をうかがい知ることができた。

 ゆっくりと立ち上がる那珂。そんな先輩を心配そうに見つめる川内と神通。二人に対して那珂は声をかけた。

「ちょっち心配させてゴメンね二人とも。あたしも操作している艦載機を撃墜されたのは初めてだったから驚いちゃったの。」

「ちなみにどんな感じでした?」

 川内が興味津々に乗り出す。

「まぁなんというかね~、ゲームしてて突然爆発したような画面になって、原色だけの空間に取り残される、そんな感じ。てかそのまんまだけど。けっこーびびるよ。」

 そう那珂が語るゲームとは、この時代では当たり前の技術で大昔はVRと呼ばれていた技術を使ったゲームのことだった。

「まーたえらく古いタイプのゲームを喩えに出したわね……。」と五十鈴。

「那珂さんの様子見てたらなんとなくわかります。てか……那珂さんでそういう反応するなら、神通はどうなっちゃうんだろ?」

 そう言いながら川内は後ろにいた神通の方を振り向く。釣られて那珂と五十鈴も神通に視線を向けた。3人から注目されて頬を赤らめる神通はどう返事をするか迷ったがひとまず決意を口にした。

「だ、大丈夫です。なんとかやってみせます。」

「もう一度注意しておくけど、撃墜されたときに見える映像はかなりビビるからね。気をつけてね。」

 那珂が本気で心配する様子を見せると、神通は目をつぶってコクリと頷いた。

 

 

--

 

 那珂はまだふらふらしていたのでプールサイドで休むことにし、訓練の続きは五十鈴の合図で行うことになった。那珂は状態が回復したら途中参戦すると3人に伝え、プールの真ん中に戻っていく五十鈴たち三人の後ろ姿を見送った。

「それじゃあ次は神通、あなたが艦載機操作して私たちに襲いかかってちょうだい。」

「はい。」

「神通、遠慮はいらないよ。あっという間に撃ち落としてあげるから。」

 川内から言われた言葉にカチンときたのか、神通は初めて敵対心を見せ言葉で示した。

「……ぜ、絶対に撃ち落とされません。川内さんに当ててみせます。」

 そう決意する神通。しかし相手役の五十鈴としては川内が口にした心配、という言葉の真意を探ってみた結果、確かに神通のことが心配だった。先ほどの那珂のようになったら、彼女の場合ショックで気絶してしまうのではないかと。

「ほ、本気で当てたりしたらお互い驚くでしょうから、こうしましょう。川内と私は撃ち落としたら勝ち、神通は3分間私たちの射撃から逃げ切ったら勝ち。偵察機は攻撃能力ないんだから、体当たりはなしにしましょ。あと当たり前だけど遠く逃げ回るのはなしよ。」

 五十鈴の提案に川内と神通は頷く。そして神通はプールの水門寄りの端へ、五十鈴と川内は本館寄りの端に行ってスタートポジションについた。

 

 

 

 

 神通は深く深呼吸をし、機銃を全部はずして代わりに左腕に取り付けた発着艦レーンから偵察機を素早く空へと放った。神通の偵察機は左腕の発着艦レーンから離れた後、しばらくは直進して工廠前の湾の上空に突入した後、急速に右に旋回してプールの上空へと向かった。神通のコントロール下に入ったことが伺えた。そのまま進むと五十鈴と川内の上へは彼女らの右手側から迫ることになる。

 

 

「来たわ。川内、行くわよ!」

「はい!」

 

 

 五十鈴は左手側、11時の方向へと前進し始めた。五十鈴の左数m隣にいた川内は左手側8時の方向へ向けて急速に旋回して移動する。それぞれ別の方向へと移動して神通の偵察機をかわす。

 偵察機はもともと五十鈴と川内のいた場所をまっすぐ低空飛行で横切り、そのまま右へ旋回してに1時の方向に時計回りに大きく弧を描く。そのまま旋回し続けると自身に当たるかも。五十鈴は容易に想像できた。偵察機のほうが速度があり、五十鈴の左手上空から迫ってきた。

五十鈴は右手に持っていたライフルパーツを構えた。取り付けていた機銃パーツの砲身を高くして撃ちだす準備する目的だ。五十鈴の艤装では本来は腰回りにある魚雷発射管に付属する天板に機銃パーツを取り付ける専用スペースがあるのだが、そこ以外にも機銃パーツを取り付ける端子が存在する。それがライフルパーツである。ライフルパーツにある端子は主砲パーツの他、機銃パーツにも互換性がある。今日の五十鈴は訓練開始前にライフルパーツに取り付けていた主砲パーツを外して三連装機銃パーツをつけていた。五十鈴の常識に沿うと、ライフルパーツに取り付けたほうが偵察機を狙いやすかった。

 正面に見えてきた偵察機めがけて五十鈴はライフルパーツのトリガーを引いて機銃で掃射し始めた。

 

 

バババババ

 

 

 しかし神通の偵察機は五十鈴の機銃掃射を螺旋状に上下左右蛇行しながらギリギリでかわすという芸当を見せ、五十鈴の左2~3mを過ぎていく。その先に待ち構えるのは川内だ。

「な、なんか神通の偵察機、那珂さんのより動き良くないぃ……!? ていっ!!」

 

 

バババババ

 

 

 自身の正面に迫り来る神通の偵察機を左腕の機銃4基で迎え撃つ川内。縦に移動されることを見越して左腕を縦一文字にして上から下までの4基で機銃掃射で範囲攻撃するも、川内の動きは予想されていたのか神通の偵察機は縦の弾幕を10時の方向に避け、次は左に旋回し続けて大きく川内の背後を回る。掃射をかわされた川内は上半身だけで一旦偵察機を確認した後、下半身が逆方向を無いたままであるためそのままでは左腕の機銃で狙えないために小刻みに直進移動と左旋回を繰り返した。そのうち水上移動が面倒くさくなった川内は足を上げて水上歩行で強制的に方向転換をした。

 

「うわっあぶな!!」

 川内が移動と方向転換をし終わった間近を神通の偵察機がすれすれと通り過ぎる。慌てた川内は後ろへ飛びのけて回避するとその拍子に水面に尻もちをついてしまった。濡らしたおしりをサッと拭って素早く立ち上がった川内は偵察機を探す。

 偵察機はプールの端でじっと立っている神通のまわりをクルクルまわり、何周かしたのち湾の先の川と水門へと向かう。そして急旋回して湾の上空に入ってきた。

 

「くっ、神通ってば本当に操作慣れてるわね。あの娘らしからぬ巧みな動きだわ。ハンドルを握ると性格変わるタイプなのかしら?」

「なーんかあたしたちバカにされてませんかねぇ!?むかつくー!絶対撃ち落としてやる。」

 五十鈴も川内も神通の操作テクニックに圧倒されながらも鼻息荒く意気込む。

 

 時間にしてまもなく2分を切ろうというところだった。その時、川内たちの後ろから声が聞こえてパシャっと水面で跳ねる音が聞こえた。

「よっし。あたしもふっかーつ!」

「やったぁ!那珂さん待ってました!」

「主役は遅れてくるものだからねぇ~。さーて、二人とも。あとちょっとしかないから速攻でやろう!」

 那珂の声が聞こえた川内と五十鈴は後ろを振り向いて返事をした。

「はい!」「えぇ。」

 

 

--

 

 

 那珂は川内にこう告げて側を抜き去る。

「プールの中央まで移動して。そしてあたしが合図したら構えて全基で一斉射撃して。」

「えっ?は、はい。」

 那珂は返事を聞かずに川内から離れる。

 次に那珂は五十鈴の側を通り過ぎる際、彼女にこう告げた。

「プールの中央上空までおびき寄せて。あたしは神通ちゃんに……をして動きを止めるからそこを川内ちゃんと一緒に狙って撃墜してね。」

「え!? ちょ! ……するってあんた!?」

 那珂は五十鈴の返事も聞かずに抜き去ってプールを神通のいる位置に向かって突き進む。湾にチラッと視線を向けると、偵察機は湾の上を8の字を描いている。

「五十鈴ちゃん、お願い!」

 那珂の叫びに五十鈴は素早く反応し、右手に持っていたライフルパーツをスッと伸ばした。狙いは偵察機自身ではない。

 

 

バババババ

 

 

 神通の偵察機はそれを巧みにかわし、那珂と五十鈴の思惑どおりの動きをし始める。湾の海面すれすれを飛んだ後急上昇してプールに入ってきた。五十鈴と川内の視線は偵察機をずっと捉えている。

 その時、神通の笑い声が響いた。

 

「きゃ……きゃははははは!!! や、やめ!やめてくださーーい!!」

「えっ!?な……那珂さんなにやってるんすか!!」

「え…えげつないことするわね。」

 神通は両脇をキュッと締め、脇に伸ばされていた那珂の手を止めようとして悶える。五十鈴と川内は偵察機から神通本人へと視線を向けると、そこにはなんと、神通の背後で彼女の脇や腰をくすぐっている那珂の姿があった。

 

 那珂は神通が艦載機を操作する際に目を瞑ることがあるのを覚えていた。川内と五十鈴に指示を出して偵察機の心配をしなくなった那珂は観察力のすべてを神通に向ける。

 ビンゴだ。

 那珂は偵察機から見つからないよう姿勢を限界まで低くして素早く神通の背後に回り込み、彼女の無防備な脇に狙いを定めた。

 那珂がくすぐったことにより神通の意識は自身の身体にほとんど向けられ、偵察機は一瞬コントロールを失い、せっかく上昇した高度を再び低くして急速に落ちていく。しかし着水をまぬがれ水面ギリギリを低空飛行する。

 仰天する二人をよそに那珂の声が響いた。

「一斉掃射!!」

 那珂の甲高い合図にハッと気づいた川内はすぐに左腕を縦に構えて機銃全基発射した。続いて五十鈴もほぼ正面に落ちてきていた偵察機めがけてライフルパーツを構えて引き金を引く。

 

 

バババババ

ガガガガガッ

 

ボン!!

 

 

 真横数列と背後からの正確に狙われた銃撃により、神通の偵察機はあっけなく煙を巻き上げて墜落し、プールの水面に着水する。破壊を確認した那珂は神通から手を離して左へ数歩歩いてから素早く神通からスィ~っと移動して離れて神通の正面近くに回り、彼女と対面した。

 くすぐりから開放され、脇を閉め肩を上下させて呼吸を整えてホッとする神通。俯いていた頭をスッと上げて那珂の方をキッと睨む。その目には笑い泣きの涙がうっすら浮かび頬がやや赤らんでいた。

「な……那珂さん!くすぐるの……反則です……!」

「あ、アハハハ……ゴメンね。でも操縦者を狙わないとはあたしも五十鈴ちゃんも決めてないからさ、こういうのも訓練の一環ということで。ね?」

「うーー……」頬を膨らませて不満気に怒り顔を見せる神通。

「そ、それにさ。あたしがくすぐったおかげで撃墜された時のショックを感じずに済んだでしょ?」

「それは……」

 訓練と言われてしまうと言い返せない神通は顔を真赤にして先輩の言葉を飲み込むしかなかった。その表情には不完全燃焼ですいうと明らかな不満の色を覗かせていた。

 

 

--

 

 その後那珂と神通は偵察機を交代で操作し、那珂は2回、神通は1回偵察機を破壊されて午前の訓練を終えた。訓練を終えて工廠に戻りその結果を明石に報告すると、那珂たちは苦笑いを返される。

 

「アハハ……コストは気にしないでとは確かに言いましたけど、まさか5機も壊されるとは思いませんでしたよ。」

「やっぱ高かったんですか?」

「いえいえ。那珂ちゃんたちが気にする必要はないんですよ。ただ大人的には訓練用にいくら破壊されてもいいような機材に変えるべきなのかなぁって思って。」

 明石の心配をよそにその言葉を単なる提案と捉えた川内。

「おぉ、それいいですね!的みたいに粉々に壊しても元通りにくっつけられるならやりがいある訓練になりそう!」

「そうだね。形を深海棲艦っぽく作ればリアルな訓練できそー。」

 那珂も川内の発言に乗る。そんな二人を見ていた明石はため息一つついて聞こえないくらいの独り言で愚痴るのだった。

 

 艤装を仕舞ってもらい、那珂たちは昼休憩のため本館へと戻っていった。なお、この日那珂たちは自分たち以外は明石しか艦娘に会っていなかった。提督が普通に出勤してきているためにいると思われた秘書艦の五月雨も、昼休憩を挟んで午後そして午後の訓練が終わった夕方に突入してもその姿を現すことはなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バリア・防御・回避

 翌日、いつも通り那珂と五十鈴そして神通の3人がまず出勤し、川内が遅れてくるという流れが展開された。那珂と五十鈴は朝来てから提督に挨拶すべく執務室に行くと、この日は朝から五月雨がおり、自分たちが普段見る光景がそこにあった。

 

「おっはよ~二人とも。」

「おはようございます。提督、五月雨。」

 那珂と五十鈴が声をかけ、神通がペコリとお辞儀をする。

「あぁおはよう。」

「おはようございます!今日も訓練ですよね?頑張ってくださいね!」

 ニコっと微笑んで挨拶を返す提督と元気よくおっとりした口調で挨拶を返してきた五月雨。それだけで那珂は満足だった。

 那珂が世間話代わりに昨日の様子を語ったり二人のことを尋ねると、提督と五月雨もそれぞれの事情を語り返してきた。

「そっかぁ。五月雨ちゃんは昨日は防衛省にお使いに行ってたんだぁ。」

「今度の艦娘採用試験の準備の報告をするためにです。提督の代わりに行ってきました!」

 冗談交じりに敬礼のポーズを交えてハキッと説明する五月雨。

 

「へぇ~五月雨ちゃんってば、国に対しても秘書艦の仕事しっかりアピールしてるんだ。すげぇ~。」

「エヘヘ。私なんかまだまだですよ。回りの人大人ばっかでドキドキしてほとんどしゃべれなかったですもん。」

 五月雨のどこか頼りなさげだが健気で必死にアピールする説明を聞き、那珂は素直な感想を口にする。それに対して五月雨は照れ混じりに当時の心境を明かした。

 その後提督が一言補足した。

「まぁ大本営…防衛省のほうには大淀っていう日本全国のすべての艦娘を束ねる最高位の艦娘がいて、彼女たちがフォローしてくれてるからね。俺としては五月雨が仮にドジ踏んでも安心して任せて行かせることができるんだ。結果として中学生にとってはいい経験になってると思うんだが、どうかな五月雨?」

「エヘヘ……はい!」

「なんかその言い方だと五月雨ちゃんよりも大淀っていう艦娘に安心して任せられるって思えちゃうね~。」

 提督と五月雨がまるで親子か歳の離れた兄妹のような雰囲気を醸し出している。その様子を那珂と五十鈴は微笑ましく眺めたが、那珂は細かい所で突っ込むのを忘れない。そのツッコミに提督らは苦笑いするしかなかった。

 

 

「ところで、川内と神通の訓練はどうだい?そろそろ2週間経つけど、そろそろ全体の進捗を一旦まとめてくれると助かるな。五十鈴もチェックしてくれているだろうし内容は心配してないけど、あの二人がどれくらい成長したのか気になるんだ。」

 提督が気を取り直してそう質問すると、那珂は笑顔で言葉を返した。

「うん。それじゃ今日の訓練が終わったら報告するね。今日提督は遅くまでいる?」

「あぁ。」

「それじゃあその時に。あの二人、けっこー良い感じに仕上がってますぜ、旦那ぁ~。」

「ハハッ。それは楽しみだ。期待してるぞ?」

 那珂がふざけた口調で返すと提督はその軽口に乗ってニッコリとして期待を返すのだった。

 

 

--

 

 その後4人は工廠に行き、入り口付近のスペースで訓練を確認し合った。

「それじゃあ今日は単体の内容としては最後の訓練。電磁バリアの使い方と防御と回避。それと合わせて実弾を初めて使うよ。」

「ついに本物の砲撃や雷撃ができるってことなんですね。うお~燃えます!」

 普段の軽い様子で反応した川内だったが、それを五十鈴に咎められた。

「川内、真剣に取り組んで。バリアで防げるとはいえ、当たる位置や距離・数によっては防ぎきれないことがあるのよ。深海棲艦用の実弾とはいえ人間に当たっても普通に怪我をするわ。それと今日は砲撃がメインじゃなくて、あくまでバリアや回避を練習してもらうんだからね。」

「そーそー。五十鈴ちゃんの言うとおり。まぁ怪我しても近くに海浜病院があるからすぐに診てもらえるけどね。」

「あんたね……そういう問題じゃないでしょ。先輩なんだからもうちょっと言い方ってものを……。」

「はーいはい。わかってますって。それじゃあここからはみんな真面目にやりましょ。明石さんから実弾の説明も聞かなくちゃいけないしね。」

 五十鈴にツッコまれた那珂はややぶっきらぼうに返す。そして気を取り直した那珂の号令で3人は気を引き締めた表情をし、那珂に従って工廠内に入っていった。

 

 工廠の事務室内にいた明石にこの日の訓練の内容を伝え、協力を求める那珂。明石は快く承諾して那珂に付いていって川内たちの前に姿を現した。

「そうですか。そろそろ訓練も終盤ですしね。それではみなさんの艤装に本番用の弾薬エネルギーを注入しておきます。それからこういったものを制服や艤装に取り付けてもらいます。那珂ちゃんと五十鈴ちゃんはもう十分知ってますよね?」

 そう言って明石が那珂たちに示したのは1片3cmの正方形で裏側はピンブローチ状になっている基盤だった。

「はーい。電磁バリアの受発信機ですよね。」と那珂。

「これが、コアユニットからの信号を受信してバリアを出すんですよね。」と五十鈴。

「はい。二人とも正解です。この基盤は艦娘にとって非常に大事なパーツです。深海棲艦が放つ飛来物全般を有効範囲に入った瞬間にかき消します。このパーツ1機から100~150cm先に直径40cmほどの見えない壁を作り出すそんなイメージです。」

「壁ですか?」と反芻する川内。

「えぇ。といっても本当の壁ではないですよ。レーザーパルスによって電気的に弾や深海棲艦の体液を爆破したりかき消したりする様子がまるで壁のようなものという意味で電磁バリアとなっています。海外の艦娘界隈では単にシールドと呼ばれてますけど。」

「あー!漫画やアニメでよく出てくるバリアってことですよね?あんな感じでなんでも防いだりタックルしてバリアで攻撃したり!?」

 明石からざっと説明を聞いた川内は鼻息荒くし自身の趣味で得た知識を口にして詰め寄る。それを両手でなだめつつ明石は訂正のため補足した。

「昔から漫画やアニメ・ゲームでは高機能な電磁バリアが使われてましたし、60~70年ほど前の某航空会社の特許レベルの発明により、軍事技術としての電磁バリアはその後飛躍的に進化してフィクション物のバリアに近づきましたけどね。それでもフィクションのバリアのような効果を期待しないでくださいね。私たち艦娘の電磁バリアは、地上の戦闘で使われる対兵器向けの電磁バリアと違って、未だ生体や攻撃能力の全貌が明かされていない対深海棲艦に特化させている最中の、世界最先端を行くバリバリ最新のバリア技術です。だから今は防げても新手の深海棲艦が現れてまったく未知の攻撃をしてきたら、バリアが効かない可能性は十分にあるんです。」

「それでは……気休めということも?」と神通。

「言葉悪く言ってしまうとそうですね。だから中・遠距離から攻撃して先に撃破を目指したり艤装特有の小回りの効く移動能力で回避することと合わせて身を守る必要があるんです。ですから那珂ちゃんも多分言ってると思いますけど、細かい立ち振舞いをしっかりとね。それから、これはもっとも気をつけるべき注意点です。」

「そ、それって!?」

 川内が大げさに驚く仕草をする。川内に釣られて神通はゴクリと唾を飲み込んで聴く姿勢に入る。

 

「バリアと受発信機は水に弱いんです。一瞬水が触れる程度であればすぐにバリアは再生するので問題ないんですけど、雨天時などの継続して濡れる場合は、バリアは実質消滅します。それから受発信機のバリアを発生させる口はその構造上常にむき出しであるため、濡れるとショートして人体はもちろん、コアユニットにも悪影響を与えて危険が及ぶ可能性があるんです。だから継続して濡れるシーンをコアユニットが検知すると、ショートして不意な事故を防ぐために通電をストップさせます。結果としてバリアが消滅した後、本当にバリアは使えなくなります。」

「そ、そんな弱点が……それじゃあ戦いって晴天の時じゃないとできないじゃないですか!!」

「まぁ戦況によりけりです。那珂ちゃんたちは以前の合同任務で身を持って体験しましたよね?」

 明石から確認された那珂と五十鈴は頷いて答えた。

「はい。まーいい経験でしたよ。」

「えぇ。ああいう戦いは貴重でした。」

「ということですので、おふたりとも今後の出撃時では天候にも注意を払ってくださいね。それでは私は先に準備してきちゃいますので、受発信機の取り付け位置は那珂ちゃんに聞いてください。」

「「はい。」」

 明石の説明に川内と神通はコクリと頷いた。そう言って明石は右手をプラプラと掲げて一足先にと艤装の準備をしに行った。明石から暗に引き継ぎを受けた那珂はその後明石が運びだしてきた艤装のうちの受発信機を手本として自身の制服や艤装に取り付ける。取り付け見本と説明を見聞きして川内と神通は見よう見まねで取り付け始める。取り付け終わって那珂はポソリと一言言った。

「まぁ今取り付けた位置って、あたしが勝手に考えて付けた場所なんだけどね。」

「えっ!?それ早く言ってくださいよ!!」

「……それじゃあ本当はどこに?」

 那珂が後から明かすと川内はすかさずツッコミを入れる。

「あれぇ、二人とも艤装装着者概要見たんじゃないの?川内型は取り付け位置自由なんだよ。あの教科書で取り付け位置説明していたのはあくまでも見本だし、自分の動きやすい位置に取り付けることってちゃんと書いてあるんだけど。」

 那珂のあっさりとした説明に川内は訝しげな表情を浮かべて返事を、一方の神通はわかってましたと言わんばかりの頷きをして那珂に返事をし、二人は那珂から教わった通りの取り付け位置のままにしておくことにした。

 そして各自の準備が終わり、那珂は号令をかけた。

「それじゃー今日は本物の弾薬エネルギー使って砲撃するから、施設が壊れないようにまた海に行くよ。」

「「はい。」」

 

 そして那珂は念のためということで的を1つ持ち、川内たちを引き連れ海へと出た。

 

 

--

 

 堤防前にたどり着いた那珂は川内たちの方を向いて説明を始めた。

「いきなり実弾使ってバリアを確認するのも怖いだろーし、二人は的の攻撃を受けて確認してもらいます。っとその前にあたしと五十鈴ちゃんによるデモを行います。あたしたちをよーく見ておいてね。」

 那珂の軽い言い方だが内容に重みのある言葉を受けて川内と神通はゴクリと唾を飲み込んで頷く。那珂は五十鈴に合図を送ったあと堤防から離れた。五十鈴の後ろにいる川内たちから見て25mほどの距離である。那珂は立ち止まったあと叫んだ。

「ホントは60m前後が最適な距離なんだけど、今回はバリアの効果を見せたいから、気持ち距離を縮めたよ!五十鈴ちゃーん、狙えそう?」

「えぇ!問題ないわ!」

 五十鈴の返事に那珂は言葉なくOKサインを指で作って示した後、両腕を広げて大の字になってその場に立った。五十鈴はその構えを見届けてから右手に持ったライフルパーツを前方に構える。引き金を引く前にちらりと背後を向いて川内と神通に声をかけた。

「二人とも、私の傍に来なさい。バリアは弾くと火花が散ったような見え方しかしないから。離れてるとわかりづらいわよ。」

「えー、アニメみたいに半透明な障壁が出るわけじゃないんですね……。」

 川内はやや残念そうな口調で言って五十鈴のそばに近づいて並んだ。神通も同じように進んで五十鈴の右隣に立つ。

 そして五十鈴は照準合わせのため集中した後、那珂めがけて砲撃した。

 

ドゥ!

 

バチッ!

 

 五十鈴がライフルパーツの単装砲から撃ち出すと、那珂の右胸のあたりで火花が散った。普通の人間よりも動体視力が良くなっていた川内たちは弾かれたと思われる五十鈴の弾が川内たちから見て左上に流れていったのを確認した。

 

「す、すごい!!なんか那珂さんの正面で弾が火花散らしてどっか飛んでいった!今のがバリアなんですか!?」

「えぇ。」

 五十鈴がそう返すと川内と神通は呆けた様子で那珂のほうを見返した。ほどなくして那珂がスピードをあげて五十鈴の前に戻ってくる。

「どおだった?ちゃんと弾かれてあたしは無傷だってことわかったでしょ?」

「す、すごいですよ艦娘って!普通に最強の戦士じゃないですか!?地上でも戦えちゃうんじゃ!」

 興奮気味に川内は那珂や五十鈴に迫り寄る。

「それは無理よ。明石さんも言ってたでしょ。普通の銃撃や爆撃に対抗できるわけじゃないって。」

 五十鈴が素早く突っ込むと川内はおどけて返した。

「いやぁ、わかってますけど、どうしてもそう見えちゃいませんか?」

「アハハ、気持ちはわかるよ。こんなスーパーパワーとバリアを体験したら気持ち高ぶっちゃうよねぇ。川内ちゃんならある意味憧れでしょ?漫画やアニメみたいなヒロインって。」

 那珂がそう言うと川内は何度も頷いて那珂の例えを肯定する。

「はい!そりゃあもう!あたしも早く弾いてみたい!ねぇねぇ那珂さん!次あたしたちにやらせてよ!」

「まぁまぁ。次はあたしが五十鈴ちゃんを撃つ番だから、それを見てからね?」

 せがむ川内をなだめて那珂は五十鈴の近くに寄り、肩を叩いて合図をした。

 

 そして那珂と五十鈴はバリアのデモのため再び二人で構える準備をし始めた。

「それじゃー今度はあたしが五十鈴ちゃんを撃つ番だけど、だいじょーぶかな?」

「えぇ。どんどん来なさいな。」

 五十鈴が胸を軽く叩いて弾ませて自信満々に言うと、那珂は提案する。

「じゃあね~、バリアの効果をもっとはっきり見せたいからさぁ、連続して撃ちこんでいい?」

「え? えぇ……別にいいけど、桁外れの連続砲撃なんてしないでよ?それだけはお願いよ?」

「はいはいわかってますって。那珂ちゃんその約束は守りまーす。"砲撃"はしませーん。だから五十鈴ちゃんはさっさと定位置についてよね。」

 那珂の軽い返事のイントネーションに一抹の不安を残しつつも、五十鈴は先程那珂が立っていた約25mの位置に移動した。

 

 

--

 

「それじゃー!五十鈴ちゃーん。胸から腰にかけて連続で狙うよー!覚悟はいーい?」

 五十鈴が25m位置に着いたのを確認した那珂は単装砲と連装砲、そして機銃を装着していない右腕を挙げて合図をした。五十鈴は言葉なく左手でOKサインを掲げて合図をし返す。それを受けて那珂は左腕を正面に横一文字で構え、そして掛け声とともに撃ち始めた。

「そりゃ!!」

 

ガガガガガガガッ

 

 

 那珂の左腕から放たれたのは単装砲でも連装砲でもなく、連射性の非常に高い機銃パーツだった。那珂が4番目の端子に装着した連装機銃からの高速な射撃が五十鈴の胸元を襲う。

 撃たれた五十鈴は単装砲か連装砲による連続砲撃が来ると思っていたため、想像だにしなかった弾幕に思わず少しのけぞって驚きを表す。

 

「ちょっ!!」

 しかし五十鈴の驚きは3~4秒で収まり、姿勢をまっすぐに戻す。そんな五十鈴を左腕の機銃で5秒ほど撃ち続ける那珂。機銃から放たれたエネルギー弾は実弾換算してゆうに100発を超え、五十鈴の胸の前100cmでバチバチと弾かれて四方八方に散らばっている。やがて那珂は左手の親指をトリガースイッチから離して機銃掃射を止めた。

 

「とまあこんな感じで、連続の射撃だって弾きます。」

 那珂は後ろを振り向いて川内たちに右掌で五十鈴を指し示した。川内と神通はつい先刻那珂が五十鈴の砲撃を弾いたのを見ていたにも関わらず、今回五十鈴が弾いた様に呆気にとられていた。

「な、なんか……激しすぎてまさにバリア様様って感じですね。」

「あの……五十鈴さん、本当に無事なんでしょうか?」

 まだ五十鈴が那珂の側に戻ってきていないがゆえに心配をする神通。那珂はその回答に含んだニコニコとした笑顔になって返す。

「ん~。ぜ~んぜん問題なし。多分分かりやすいリアクションしてくるから無事ってわかるよ。」

 

 ほどなくして3人の側まで戻ってきた五十鈴は那珂に詰め寄って期待通りの反応をした。

「ちょっとあんたね!機銃で撃つなんて聞いてないわよ!!」

 五十鈴の抗議に那珂は手を後頭部で組んで至って平静に、そして白々しい口調で返す。

「え~?あたし主砲で砲撃するとか言った覚えないんだけど~?」

「くっ。あんたのことだから主砲パーツ全部使って連射するのかと勘ぐっちゃったじゃないのよ!」

「五十鈴ちゃんの勝手な想像で怒らないでほし~な~。それにホラ。」

「キャッ!」

 言い返しながら那珂は不意に五十鈴の太ももに顔と右手を近づけ、人差し指で絶対領域となる素肌の部分から制服のオーバーニーソックスの膝上までをツツッと撫でる。いきなりの那珂の行為に悲鳴をあげて五十鈴はバックステップして那珂から離れる。そんな反応を気にせず那珂はすかさず言った。

 

「仮にふとももに当たっても、五十鈴ちゃんの制服も特殊加工されてるだろーから機銃の弾くらいはびくともしないでsh

「あ、あんたねぇ!!なんの脈絡もなくそういうことするのやめなさいよ!女同士とはいえセクハラよ!!」

 那珂の突飛な行為に思わずビンタを食らわそうと左手を振りかぶる五十鈴。その様子に本気の色が伺えた那珂は素で焦って両手で制止の仕草をしながら弁解の言を何度も発する。

「ゴ、ゴメン!ごめん!同調した状態でのフルパワービンタはマジ勘弁して!那珂ちゃんの首の骨折れるどころか頭が吹っ飛ぶよぉ~!」

「あんたねぇ……二人の先輩でしょ?自分の学校の生徒会長でしょ?なんでそーいうこと平気でできるのよ! ほんっと信じらんないわ。」

 五十鈴も本気で那珂の頬を叩くつもりはないため、寸止めに近い状態で止め手を下ろす。ライフルパーツを片手にもう片方の手を腰に当てて俯いて五十鈴は深くため息を付いた。

「ア、アハハ……ゴメンってばぁ。訓練の日々に一つの清涼剤を…あ、マジゴメンなさい。デコピンも今のあたしたちにはマジな大ダメージですよね? そ、それにさ、一応制服の特殊加工ってのも一度は確認したいでしょ?それをそれとなーく表しただけでそれ以上の意味はないよ?」

 那珂は途中で額を抑えながらも必死に弁解して五十鈴に説明する。五十鈴は渋々納得の意を見せ、那珂の言葉を飲み込むことにした。

 二人の側に立っていた川内と神通は先輩の奇行を目の当たりにし、目を点にして呆然とするしか出来ないでいた。

 

 

--

 

「そ、それじゃーさ五十鈴ちゃん。お詫びを兼ねて、あたしのスカート辺りに砲撃して。ここの受発信機取り除いておくから。」

「……別にお詫びでなんていいわよ。」

 五十鈴の声の温度が2~3度は下がっているであろうと感じられたため、前置き含めて那珂は真面目モードに切り替える。

「じゃあ真面目な話、あたしたちの制服の特殊加工も確認させたいの。引き続き協力して?」

「はぁ……わかったわ。」

 五十鈴の承諾を得た那珂は視線と身体の向きを川内たちの方へ向きなおして再び言った。

「制服が支給される艦娘の制服はね、誤爆や誤射されて万が一バリアを突き抜けても平気なように、あたしたち自身の攻撃を完全に掻き消すことができます。それは艤装を開発した人たちが一から十までわかっているからこそなんだろーと思うけどね。」

「あの……深海棲艦の攻撃は……どうなのでしょうか?」

 神通から間髪入れずに質問を受けた那珂は素早く返す。

「うん。神通ちゃん良い質問です。さすがに深海棲艦の攻撃も全てが全て掻き消すということはできません。でもバリアほど強力じゃあないけど、多少の衝撃や火とか酸なら十分耐えられるくらいには守られます。制服のない艦娘はちょっとかわいそうだけど、そういう艦娘はバリアの受発信機を多めに取り付けるたりとか、多分それなりの考慮がされているはずです。あたしたちのように制服がある艦娘は、バリアと制服で2段階で守られていることになります。」

 那珂の真面目な説明に川内と神通はなるほどとコクコク頷く。

 そう言い終わるが早いか那珂はスカートの中に手を入れ、裏地に取り付けていたバリアの受発信機のピンを抜いて取り外す。証明のために那珂が手の平をパッと開くと、受発信機が1個転がっていた。

 五十鈴たちの反応を待つこと無く那珂は反転しながら五十鈴に声をかけて遠ざかっていく。

「それじゃー五十鈴ちゃん、スカートのここらへんに砲撃1回お願いね?あたしもビビるから機銃掃射はなしだよ?」

「わかったけど……ちょっとあんた、そんな短い距離でいいのー?」

「だってー、スカートにピンポイントに当ててもらいたいんだもーん!サクッと当てやすくサービスでーす!」

 五十鈴が十数m程度しか離れていない那珂に尋ねると、那珂は軽い調子で答える。その発言に一瞬自身の砲撃精度が疑われているのではと余計な疑問を持ったが、必要以上に気にする必要もないだろう。そう雰囲気が感じられたため、相槌の代わりにスッと構えてみせた。

 

「それじゃあやるけど……川内と神通。よく見てなさい。私たち艦娘の制服に直接当たるとどうなるかってことを。」

「「はい。」」

 川内と神通はゴクリと固唾を呑んで那珂を見守る。

 そして五十鈴はライフルパーツを構え、先刻と同じく単装砲で那珂の左太ももにあたるスカート部分めがけて砲撃した。

 

ドゥ!

 

パァン!!

 

「ぐっ……!」

那珂のスカートの左側のたわみに当たった単装砲のエネルギー弾は衣服の皺によってぐにゃりと一瞬変化した後、四散して消滅した。水面に向かったエネルギー弾の欠片が小さい水柱を上げる。当の本人には命中時の衝撃と僅かな熱が残り、太ももに伝わっていた。五十鈴、そして後輩二人の手前、よろこけて転ぶなどというみっともない姿を晒したくないところだが、思わず1歩左足が退る。その顔には苦々しい表情が浮かんでいた。

 右足も一歩後退させて体勢を戻した後、弾を弾いたスカート部分を両手でパタパタと叩いて整える。その様子を見ていた五十鈴や川内たちが遠巻きに声をかけた。

 

「那珂さぁーん!大丈夫ですかぁー!?」

「うん!ダイジョブじょぶ!」

 川内が先に声をかけると那珂は移動しながら返事をする。

 五十鈴たちに近くに戻ってきた那珂が弾が命中した部分のスカートを掴んでたくし上げてみせた。川内と神通は身をかがめてその部分に顔を近づけて凝視する。

「ホラ。こんな感じ。」

「へぇ~。なんとなく焦げっていうか汚れがあるけどそれ以外はなんもないや。」

「あの……衝撃があったように見えましたが?」

 見たままの状態に素直に感心する川内とは違い、神通は観察していて気づいた違和感を口にする。

「おぉ!神通ちゃんはさっすが。隠せないねぇ。そーなの、すっごく痛いってわけじゃないんだけど当たった時の衝撃は確かにあったよ。それからちょっと熱かった。けどやけどってほどまではいかなかったよ、ホラ。」

 そう言ってスカートをギリギリまでたくし上げて3人にふとももの素肌を見せて示した。その思い切りの良さに五十鈴と神通はドキリとする。まったく気にせずにいる川内だけが那珂の仕草に普通に応対してみせる。

「お~。確かになんともなってない。へぇ~!艦娘の制服って普通の服みたいなのにやっぱ最新技術を集めて作られてるんですね~すっごいわ。」

 

「こんな感じで、実弾が当たっても大体は防げます。ホントなら深海棲艦の攻撃受けて本当のホントのところを確かめたいところだけど……攻撃は最大の防御なりだし、なるべくなら攻撃受けないほうがいいしね。それじゃあ二人に実際に体験してもらおっか。」

「やったぁ!あたし最初でいいですか?」

 那珂が促すと手を上げて身を乗り出す川内。一方の神通は背を丸めて小さく縮こまっている。そんな二人を見て那珂はニンマリと微笑みかけて言った。

「それじゃー川内ちゃんが最初ね。神通ちゃんは川内ちゃんがやられるところしっかり見て覚悟しといてね。」

「うぇ!?……はい。」

 神通は攻撃を受け止めなければいけないというこれからの出来事に不安を隠せないでいる。それは那珂にもすぐに伝わった。しかし特に何とフォローの言葉を投げかけるわけでもなく、そのままプレッシャーとさせた。

 

 

--

 

 那珂は訓練開始直前に言ったとおり、川内と神通のために先日から使用している自律型の的を今回も使うことにした。的の動作モードは位置固定モードで、応戦オプションを設定した。そしてターゲットを決めるため、那珂は川内を的の近くに招き、撮影し認識させる。そして的を掴んで25mほど先に持って行き、おもむろに投げ放って川内たちの側に戻った。

 

「それじゃ川内ちゃん始めるよ。的は川内ちゃんめがけて訓練用の弾薬エネルギーの弾を撃ってくるから、それをバリアの受発信機を付けた正面で受け止める感じで色々体勢を変えてバリアで弾いてみてね。」

「はい。」

 

 川内は返事をした後、那珂の指示どおり8mほど進んだポイントで立ち止まり、やや足幅を広げて的の砲撃を受け止める体勢になる。心構えも万全だ。

「そいや!それじゃあどんとこい!」

 両腕を真横に伸ばした後叫んだ川内の掛け声は的に聞こえたわけではないが、タイミング良く川内の言葉の直後に砲撃が始まった。

 

 

ドゥ!

 

 

バァン!!

 

 

「うあっ!?」

 的から放たれた砲撃のエネルギー弾は川内の胸の前100cmの宙で弾かれて四散した。目の前で強制的に見せられた一瞬の火花に川内はのけぞって思わず驚いて変な声をあげる。一方で那珂たちと一緒にいた神通も、離れているにもかかわらずビクッと上半身を揺らして驚きの反応を示す。

「おぉ!本当にバリアってあるんだぁ!すっごーい。あたし最強だわ。えぇと、今胸元のバリアで弾いたから……例えばスカートの前とか肩の辺りのバリアでも防げるはずだよねぇ。」

 すぐに驚きを収めて川内は棒立ちから体勢を変えて的の砲撃を受け止め始める。肩を前にしたり、背面を向いて左側面の腰から尻にかけてのスカート部分など、各部のバリアで砲撃を受け止める。いずれもバリアによって的の全ての砲撃を目の前100cmあたりで弾いていた。

 

 最後に川内は受発信機をつけていない手の平で砲撃の弾を受けることにした。これまでの数回で的からの砲撃の角度や威力はほぼ把握していた。右掌を前に突き出し、身体は横を向く状態になる。

 

ドゥ!

 

バチッ!!

 

【挿絵表示】

 

 

 的からの砲撃は川内の右掌で四散してすぐに消滅する。しかし手のひらに衝撃と熱がしっかり残る。しかし全く耐えられないというわけではない。そう感じた川内はふいに中学生の頃にやったことのある、飛んできた軟式ボールを素手で掴んで掌を思い切り擦りむいて怪我をしたことを思い出した。それに比べれば今はグローブ、それもただのグローブではないそれを身につけているために痛くはなく、痒みを感じる程度だ。

 砲撃の衝撃を右手に一身に受けたため、その衝撃が右手から上半身、そして両足と伝わって流れていく。よろけて海面に尻餅をついてうっかり溺れかけるがすぐに立ち上がって今の状態を思い返す。

「つぅ……。痛くはないけどびっくりして痛く感じるなぁ~。……でもできたできた。」

 川内は右手だけで弾を受けて弾いた自分の行為に、漫画に登場するヒーローの様を重ねる。最後に尻もちさえつかなければ完璧だと悔やむが、すぐに気持ちは切り替わり次の砲撃に備える。

 

「……今の川内のアレはなんなのかしら?」

と五十鈴が真っ先に開口して誰へともなしに尋ねる。

「多分ゲームか漫画のキャラっぽく受け止めたかったんだと思うよ。まぁいろんな部位で試そーとする発想はさすが川内ちゃんらしいや。」

 那珂は川内の行動力と発想力に感心を示すと五十鈴もコクリと頷いた。

 その後的の砲撃を十数発受け止めて弾いたりかき消した川内は満足し、那珂に中断を求める。

「いろいろ試してだいぶ感覚つかめたようだねぇ。」

「はい!あー楽しかった!本当の深海棲艦の攻撃もこうやって全て無効化できたらいいのにな~実際にやってみないとわからないってのがなんとももどかしいけど、まぁいいや。それじゃあ次は神通の番だよね?」

 川内は返事をして感想を述べ終わった後、神通に視線を向けて促した。促された神通は一瞬ビクッとこわばらせ、ゴクリとつばを飲み込んだあと、心構えを口にした。

「……や、やれるだけやってみます。」

「うんうん。それじゃターゲット設定するから一緒に来て。」

 

 那珂は手招きをして神通を一緒に的の側まで来させ、川内の時のように撮影してターゲット設定させて定位置に付かせた。川内の時とほぼ同じポイントに立った神通は両腕を胸の前でギュッとくっつけて身をこわばらせる。その表情には初めて攻撃を受けるということにいまだ覚悟が決まっていない、不安と恐怖が混ざっていた。

 

 

--

 

 神通がひたすら身をこわばらせて背を丸めて縮こまっていると、的は動作が完全に軌道に乗ったのか、砲撃体勢に入った。遠巻きではその様子はなんとなく形が変わった程度にしか認識できない。神通が今か今かと不安で頭がクラクラしてきたところ、的の砲撃が始まった。

 

ズドッ!

 

 

バチッ

 

「ひぐっ!?」

 的は神通から15mほど前方ではあったが、砲撃音がしてから1秒経たないうちに神通の前で火花を散らして四散した。エネルギー弾の光がいくつかに分かれて自身の目の前で上空や海面に当って消える様を見て神通は未だ恐怖と不安に支配されていたが、確かに自分に当たらずに砲撃を防げた事実に、心の奥底に光が灯ったような不思議な安堵感を得た。

 そのまま身を縮込めていると、再び的の砲撃が行われた。2回、3回、4回と続けてバリアが弾を弾くのを目の当たりにし、神通はようやく姿勢をまっすぐに向ける覚悟ができた。いざ決心した神通は次の砲撃が来る前にゆっくりと、しかし動作のつなぎ目では機敏に身体を動かして正面を向く。今までは身をかがめてたがゆえに右肩付近のバリアで受け止めていたが、今度は真正面の胸元の受発信機から発せられるバリアで受け止めてみせる、そう神通は決めた。

 そして的の次の砲撃が来た。

 

ドゥ!

 

バチッ!

 

 

 胸の前方100cmあたりで弾が弾かれて散らばる。それはこれまで4~5回目の当たりにした光景だが、今回神通が真正面を向き顔をそむけずにはっきり見た光景である。とはいえ目の前で散った火花に驚いて上半身を仰け反らせるが、目だけは閉じずに見開いていた。

 そこで安心した神通は緊張の糸が途切れる。ホッと一息ついた直後、的の不意の砲撃に完全に不意を突かれた形となって後ろへ飛びのく。そのままの勢いで海面に尻餅をついてそのまま下半身を濡らしてしまった。

 立ち上がった神通は後ろにいた那珂のほうを向き、慌てて停止の意思を示す。那珂はそれを確認して目線だけでOKを出し、的に近づいていって動作を停止させた。

 

 

--

 

「二人ともどうだったかな?」

 那珂が川内たちの前で腰に手を当てて笑顔で尋ねる。それを受けて二人は思い思いの返事をする。先に口を開いたのは川内だった。

「はい。最初はビビったけどもう慣れました。バリアってけっこー面白いですねぇ。早く実弾食らってみたいです。」

「わ……私は正面向くので精一杯でした。まだ怖いので実弾はちょっと……。」

「うんうん。それじゃあお望みどおりもうワンショット行ってみよっか。」

 その後那珂は二人に指示を与えた。川内は那珂と組んで実弾を撃ちあってバリアで弾く・制服で掻き消す確認を、まだ完全に恐怖心が消えていない神通には五十鈴が監督として付き、引き続き的の砲撃をバリアや制服で受けて確認することになった。

 

 

--

 

 川内の度胸に那珂は目を見張るものを感じる。かなり早い段階で自身の砲撃・射撃を平然と、かつ様々な体勢で受け止めて確認している。その様をみて那珂は満足気に頷いて彼女の実弾訓練を締めることにした。

 対して神通はその後も数分間は的からの砲撃を受け止め続ける。2回、3回と的の砲撃が神通の正面を襲う。最初こそ神通はバリアが弾を弾く際にいちいちビクッとのけぞらせるが極力真っ直ぐな姿勢を心がけていた。その成果があったのか神通は次第にその通りの真っ直ぐな姿勢を維持できるようになっていく。

 その心意気を五十鈴が気づいて察するのは容易かった。五十鈴から見る神通は、鈍速ではあるが回を経るごとに着実に前回から上書き保存されて中身が膨れ上がり、成長を重ねているように見えた。

 これならば大丈夫だろう。そう捉えた五十鈴は一言かけた。

 五十鈴から合格の意の言葉をもらった神通はほっと胸をなでおろす。五十鈴が的の動作を停止させて戻ってくると、神通は次なる訓練を願い出た。

「あの……五十鈴さん。私も、実弾でバリアや制服を確認したいです。」

 

 その後神通と五十鈴はお互い真向かい14~15mほどに立ち合った。五十鈴はすでに実弾で那珂を撃っていたためライフルパーツの単装砲パーツは温まっている。対して神通はこの日初めて自身の主砲パーツ、そして艤装に注入された本番用の弾薬エネルギーを使うことになる。

 ならしが必要と判断した五十鈴は神通に指示した。

「先に撃っていいわよ。私のバリアはここやこのあたりにあるから適当に狙っていいわよ。遠慮しないで。」

 そう言って五十鈴が神通に示した部分は、ロンググローブやオーバーニーソックスの端に取り付けた受発信機で守られている。バリアが唯一存在せず、制服で守られている部分は前腕部だけだ。

 

 五十鈴のバリアの位置を確認した神通は指示に従い、砲撃し始めた。五十鈴は那珂や川内と同じように一切ピクリともせずに神通の砲撃を受け止め、バリアで弾く。途中で神通がわざと狙い定めた前腕部も、グローブの特殊加工の生地でもって腕をブンと振られた勢いで弾をかき消された。

 ひとしきり神通に撃たせた五十鈴は合図をして砲撃を止めさせ、説明を始めた。

「これから実際の戦闘で使われる本番用の弾薬エネルギー、いわゆる実弾であなたを撃つけど、心の準備は大丈夫かしら?」

「……はい。だ、大丈夫だと思います。」

 ややどもりはしたが神通はその意欲を伝える。五十鈴はそれを見てコクっと頷いて承諾した。

 神通のバリアの位置は那珂のそれを参考に受発信機を取り付けたため、ほとんど同一である。それを確認して五十鈴は神通の胸や肩、大腿部を狙う。

 神通はその決意はしてみたが本物のエネルギー弾という事実に姿勢の悪さをぶり返す。

「ちょっと神通。また姿勢が。もっとシャキッとして受け止めなさい。」

「で、でも……やっぱり怖い、です。」

 その言葉に五十鈴はため息を大きくついて肩をガクリと落とす。

「あのねぇ。水上移動の時もそうだけれど、姿勢良くして真正面から受け止めないと変な場所に当たって危ないのよ?」

「そ、それはわかります。わかってるんですけど……。」

「それじゃあ腕や足だけでいいから。少しずつ進めましょう。」

「はい。」

 五十鈴の言葉どおり、その後の神通の身体はグローブや足の艤装・主機に取り付けたバリアが反応して実弾を弾くという光景が数回続いた。さすがの神通も手や足の先であればもはや驚くことなく、平静を保つことができるようになる。

「ふぅ……。一通り撃ち込んだけど、ひとまずOKと言っておくわ。」

「わかりました。」

 

 そう返事をする神通の表情は、まゆをわずかにひそめて皺を作り口を強くつぐませている。

 このまま終わる気は毛頭ない神通は言おうかどうか迷っていた。自分に度胸が足りないばかりに先輩に手間と面倒をかけてしまう。どうせかけるならポジティブ方面にかけて評価をもらって終わりたい。

 

「あ、あの!」

 

 変わってみせる、その決意を思い出した神通は意を決した。今さっき五十鈴からもらった仮初の合格を取り消してもらい、実弾を用いた訓練の続きを願い出た。

「えぇ、わかったわ。」

 神通の依頼に五十鈴はキリッとした笑みを浮かべて快く承諾する。

 その後神通はまず腕や足の先、前腕やスネ、太もも、そしてスカート部分と繰り返し砲撃を受け止め、次第に身体の中心たる体幹にたどり着く。そしてようやく真正面、胸元のバリアや制服自体で砲撃のエネルギー弾を受け止めた。その感覚を忘れないよう数回さらに繰り返す。

 

「うん。今度こそ大丈夫そうね。まだ多少のけぞったりするけど……それっ。」

 

ドゥ!

 

パァン!

 

「……言いながら撃つの、やめて……いただけますか?」

「うふふ。ゴメンなさいね。こうして不意を突かれた時にしっかり対処できるように……ね?」

「(むー)」

 評価を口にしながら五十鈴が撃ってきた弾を右腕のロンググローブで受け止める。さすがに完全な不意打ちなので言われるそばからのけぞってしまう。しかしもはや必要以上に驚いて身をかがめて妙な体勢の防御になることはない。

 冷静に受け止めて弾くことはできたし、五十鈴の言い訳にも納得できたが、なんとなくスッキリしない。せめてもの抵抗で頬を膨らませて五十鈴に睨みをきかせる神通だった。

 神通はようやく五十鈴から完全な合格サインをもらうことができた。

 

--

 

「よ~っし!二人とも、午前はここまでにしよっか。」

「「はい。」」

 那珂が合図をすると二人とも返事をして近づいてきた。今までならばどうだったかなと尋ねていたところだが、今回は尋ねるつもりはなかった。もはやいちいち聞かなくても十分だろう。そう那珂は判断して、側まで来た二人にただ晴れやかな笑顔を向けるに留めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間:お昼時の艦娘たちと提督

「あれ~提督。どーしたの?待機室にいるなんて。」

 那珂たちが昼休憩のため本館へと戻ると、待機室には五月雨となぜか提督がいた。提督と五月雨は待機室にある冷蔵庫から何かを出したり棚から盆などの道具を出している。

「あぁ那珂たちか。ちょうどよかった。ちょっと五月雨に手伝ってやってほしいんだ。」

「ん?なになに?」

 那珂が聞き返すと、提督は焦った口調から落ち着いた口調に戻り那珂らに説明をし始める。

「大工さんたち作業してる人たちにお茶を出してきて欲しいんだ。」

「すみません。私一人だと持ちきれなくて。」申し訳無さそうにペコリと軽く頭を下げる五月雨。

「あーなるほどね。うんいいよ。あたし手伝うよ。」

「それじゃあ私も行くわ。」

 那珂と五十鈴は名乗りを挙げて協力する意思を真っ先に示した。先輩のその行為に焦りを感じた川内と神通も協力しようと言葉を出すが、3人で十分だとして提督からやんわりと断られた。

 

「……申し訳、ございません。すぐにお手伝いを申し上げられなくて。」

 飲み物を乗せた盆を持った那珂たち3人の後ろ姿を見送り、部屋から見えなくなった途端にペコリと頭を下げる神通。提督はそれを遮ろうと片手を眼前に出して振る。

「いやいや、気にしなくていい。二人が残ってくれて別の意味で助かるよ。二人とも、これまでの訓練はどうかな?監督役のあの二人に言えないことも少しくらいなら聞くぞ?」

「えー、提督ってばやっさしいなぁ~。でも告げ口みたいになっちゃうし下手なこと言えないね。」

「おいおい、川内は何か不満があるのか?お兄さんになんでも言ってご覧なさい?」

「え~、じゃあにいやんに言っちゃうよ、いいの?」

 川内は前かがみになり、やや目を細めてジト目で提督を見上げて言う。すると提督は冗談めかした口調で手招きも交えて川内に囁く。その年上の異性に懐かしさを覚えた川内は口を大きく開けて笑いながら語り始めた。

 

「それじゃあ遠慮なくぶちまけちゃお。聞いてよ聞いてよにいやん!あの時ね……」

 その内容は訓練中の自分の感じ方や不意な失敗の愚痴である。川内は口調軽やかに、かつての身内に話すように親愛の表現を交えてあけっぴろげに愚痴り続ける。

「でさぁ~~その時さぁ、その拍子に転んでお尻濡らしちゃったんだよぉ~~!」

「ハハっ、運動神経のいい川内でもそういう失敗するんだな。どれ、お兄さんに見せてみなさい~。」

「や~だ!にいやんのエッチ!」

「ハハ、冗談だy」

 提督と川内はじゃれあうように身振り手振りを交えながらまるで兄妹のようにおしゃべりをし続ける。間に入れない神通がそれをジーっと眺めていたのに二人が気づいたのは数十秒経ってからだった。

「うっ!?」

「じ、神通……アハハ。俺としたことが、やっべぇやべぇ。女子高生相手に何言ってんでしょうね~?いやいや神通さん、そんな目で見ないでくれよ……。」

 若干軽蔑の色を見せていた神通の目は提督から川内に移る。川内は顔を真赤にして照れて反対側を向く。再び提督に軽蔑の視線を向けようと思った神通だったが、以前川内が語った思いをふと思い出した。この場には自分たち+提督しかいない。隠す必要もないだろうと判断して、神通は一言だけ言って提督を諌めることにした。

「あの……、お二人とも慕い合うのはかまいませんけど……そういうのはせめてこの3人の間だけに、してくださいね。」

「う……肝に銘じます。」

「アハハ……ありがとね。ねぇねぇ神通。今のあたしと提督、どういうふうに見えた?」

「どう……と言われても。……どちらかというとお兄さんと妹という感じでした。」

「そ、そっか。うん。」

 川内から印象を聞かれた神通は一瞬頭をかしげるも、川内がかねてから打ち明けていた事を思い出し、それを交えて配慮の言葉を口にした。その返しに川内は安堵の表情を浮かべて胸の前で指で器械体操するようにモジモジ動かす。

 物静かで冷静に人を見る神通の配慮。提督はその少女に頭が上がらないなと冗談めかして悄気げ、川内はある意味頼れる同僚がいるという事実を改めて感じ、乾いた笑いを発した。

 

 その後提督は少しだけ真面目な表情に戻る。

「コホン。まぁ艦娘は海上で行動する以上どこかしら濡らしてしまうものです。二人とも海上ですっ転ばないようにな? そうそう、今度設備には工廠にあるような業務用の瞬間乾燥機じゃなくて、衣類向けのきちんとした乾燥機と洗濯機を隣に置けるようにするから、今後任務で服を汚しても大丈夫なようにしてあげるぞ。だからガンガン……というのも変だけど、服の汚れとか濡らしてしまうこととか気にせず任務に励んでもらえればいいな。」

「うん、ありがとーね。ホラホラ神通、あんたも喜ぼうよ!安心して訓練できるよね!!」

 川内は喜びのその勢いを神通に向けて、さきほどまで白い目で自身を見ていた神通に強引にご機嫌取りする。川内の遠慮のなさはこれまで共にしていて大体理解できていた神通はやや鈍い反応ながらも、言葉なく笑顔でコクコクと頷いて相槌を打つのみにしておいた。

 その後那珂たちが帰ってくるまでの数分間ひたすら提督に愚痴や趣味の話を語り続けた川内は大満足して満面の笑みになっていた。その間提督は何度か神通にも訓練の感想を求めたが、その都度途中で川内が話に割り込みその主導権を奪って会話を自分好みの趣味の話題にすりかえていた。

 

 

--

 

 那珂と五十鈴・五月雨が待機室に戻ると、川内と神通は座席に座って提督と会話している最中だった。

「おまたせー。お茶出してきたよぉ。」

「あぁ、ありがとう3人とも。五月雨はうっかり飲み物落としたりしなかったかい?」

 左腕をスッと挙げて那珂たちに感謝を示す提督。ついでに五月雨をネタに場を和ませる。

「も~、提督ってば……私そんなにドジじゃありませんよぅ……。」

「コラ~提督!いい大人が五月雨ちゃんをいじめないでよぉ!」

「ははっ。ゴメンゴメン。心配しただけだって。」

 提督のツッコミに五月雨は顔をやや赤らめてシュンと頭を下げ、上目遣いになり、口を尖らせてスネた表情を見せた。そこにすかさず那珂は五月雨に加わって提督にツッコミ返す。

 

「ほーんとかなぁ~~?まぁいいや。これからあたしたちもお昼行くつもりなんだけど、提督と五月雨ちゃんはどーするの?」

 ジト目をしていた那珂だったがすぐに切り替えて本来尋ねようとしていた話題に戻す。

「あ~そうだ。那珂たちも昼食一緒にどうかな?奢るよ。」

「えっ!マジで!?やったーー!提督ってば太っ腹!奢り!おごり!」

「提督、いいのかしら?」

 真っ先に口を開いてノったのは川内。続いて真逆の反応をして遠慮がちに確認したのは五十鈴だった。それに対し提督が回答する前に代わりに那珂が回答した。

「いいのいいの。こうやって若い子と触れ合えるのは提督の特権だもんね~、ね?」ウィンクをする那珂。

「ハ……はは。さすがお見通しなようで。」

 こめかみを掻いて照れる提督。

「両手に花どころか花に囲まれてるもんね~。と・く・に!大輪の花なのがこの那珂ちゃんだけどね~。まったくぅ。ハーレムなんだから全員等しく愛して奢ってよね~提督?」

 普段通りの茶化し魂がすでに心の中で動き回っていた那珂は提督に向けて冗談を言い肘でわざとらしいツッコミを提督の脇腹に入れる。提督も普段の那珂の茶化しだとわかりきっていたが、それを事前にわかっていようが不意打ちをつかれようが、どのみち那珂の行動全てに対処できるほど若い娘のテンション慣れはしていない。そんな提督のフォローをして那珂を注意するのは同学年の五十鈴の役目となる光景もすでに馴染んできていた。

「まったくあんたは!普通に話題を締めることできないの?提督困ってるじゃないの。皆あんたのテンションにはついていくのやっとなのよ。」

「ぶー。五十鈴ちゃんはそんなカッタカタな頭とノリだからダメなんだよぉ~~。」

 口撃にカチンとキた五十鈴だったが、ここでまた反論して那珂に食ってかかれば相手の術中にはまると気付き、ハァ…と溜息をついて強制的に話題をそらすことにした。

 

「ところで本当にいいんですか?この人数ってお昼でも結構多いわよね?」

「あ~、五十鈴にはあまりご飯ごちそうしたことなかったな。俺としたことが、ゴメンな?」

「いえ、そんな……。私は別に提督にねだろうなんて。私は西脇さんに変に甘えたりできない……です。」

 五十鈴はやや俯いて遠慮がちにつぶやいた。

「五十鈴ちゃんはそーいう遠慮しちゃうところあるんだねぇ。もっとグイグイいかないと損じゃない?」

「あんたと川内が気にしなさすぎなのよ。フン。」

「ま、まぁまぁ。二人とも。せっかく提督が奢ってくれるって言ってんだもん。皆で甘えちゃいましょうよ?提督も言ってくれてるんですし……ねぇ神通?」

「ええと……私は那珂さんたちにお任せします。」

 呆気にとられつつも那珂と五十鈴を仲裁するために間に入る川内と、そこまでの度胸はなくとりあえず相槌を打って話の流れを戻そうと焦る神通。その間、五月雨はさらに呆気にとられて高校生組の様子をボーッと見ていることしかできないでいた。

「と、とりあえず行こうかみんな?ホラホラ五十鈴も機嫌直してな?」

 一番うろたえていたのは提督だ。なんとか雰囲気と話の流れを戻そうと五十鈴を宥め、那珂を軽く諭し、その場をやり過ごすのだった。

 普段よく利用するファミリーレストランまでの道中、やはり那珂と川内の茶化しはしゃぎっぷりに五十鈴がツッコみ、それを神通と五月雨が呆気にとられて苦笑いしながら見つめる構図があった。提督はさりげなく自分が話題に取り上げられることについていけず、ただひたすら相槌を打って少女たちの間を取り持つだけだった。

 

 

--

 

 昼食中は思い思いの話題で会話を交えて箸を進める一行。普段の落ち着いた状態に戻っていた那珂は川内たちの訓練内容の進捗について弾んだ口調で提督に語る。

「……ってところかなぁ。」

「そうか。もうすぐ2週間だけど、そこまで進められればあとは大丈夫そうだな。といってももうデモ戦闘と自由演習しかないからギリギリピッタリ2週間ってところか。うん。わかった。詳しくはあとでレポートにまとめて提出してくれ。」

 那珂と五十鈴は揃って返事をした。

「ねぇねぇ提督。あたしたち訓練終わったらいつ出撃とか依頼任務参加できるの?」と川内。

「うーん、今のところは月一の定期巡回任務くらいか。五月雨、今依頼ってどこかから来てたっけ?」

「えぇと……手元に何もないのですぐには。戻ったら確認しますね。」

「できればこの4人で一緒に任務行ければいいんだけどね。二人の初陣をしっかり見守りたいなぁ。」

 提督と五月雨の言葉を聞き、那珂は川内と神通に視線を向けて一言柔らかく言葉をかけた。

「私も同じ思いよ。ここまで付き合ったのだもの。後学のためにも訓練の監督役はやりきりたいわ。」

 暖かく言葉を掛けあう那珂たち4人のその光景に、提督は那珂以来久々に入った艦娘二人の、回りを巻き込んだ成長っぷりを微笑ましく眺めるのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

評価

 昼食後、本館に戻ってきた那珂たちは提督と五月雨と別れ、待機室で作業をすることにした。那珂は五十鈴とともに、提督に報告するためのレポート作りに着手し始めることにした。

「とりあえず単発の訓練はこれで全部終わってるから、五十鈴ちゃんはチェック表つけといてね。」

「えぇわかったわ。それとこの後の訓練はどうするの?あとは確かに自由演習とデモ戦闘しかないけど?」

「うーん、そうだねぇ。あたしと五十鈴ちゃんでレポートまとめないといけないから、二人には自由演習ってことで自分たちで考えてやってもらおっか。」

 提案に五十鈴が同意を示してきたので、その旨を川内と神通に連絡することにした。自習させていた二人の側に行き内容を伝える。

「もう単発の訓練はないから、二人には自由に訓練をしてもらいます。五十鈴ちゃんと話して、二人の訓練は明日の土曜日で終えることにします。んで、最後に来週の月曜日にデモ戦闘やろうかなって考えてます。たから、今日残りと明日は自分たちで考えて思いっきりやりきってね。」

「「はい。」」

 朗らかに返事をする川内と神通。その後川内はふと要望を口にする。

「って言ってもあたしたち二人だけでですか?それでもいーんですけど、付き合ってくれる相手が欲しいっていうか……ワガママですかね?」

「うーん……それもそうだねぇ。でもあたしたちはレポートまとめなきゃいけないし、他に付き合える艦娘はいないね。」と那珂。

「あとで五月雨に夕立たちにまた付き合ってもらえないか確認してもらったら?都合がつけばあの子たちもOKしてくれるでしょ。」

「そーだね。今日のところは二人だけでやってもらうことにしよ。明日はもし夕立ちゃんたちに来てもらえるなら彼女たち巻き込んで最後に大々的な総合訓練!みたいな感じでやろっか。」

「やったぁ!夕立ちゃんたちホントに来てくれたらいいなぁ!!」

 那珂の言葉に川内はガッツポーズをして大きく喜びを示す。神通も僅かな希望を胸に秘めて小さく頷いて、喜びを示した。

 

 話が固まったので早速那珂は五十鈴とともに五月雨に話をしに執務室へと足を運んだ。執務室に入ると、五月雨は提督の席に椅子を寄せて話し込んでいる最中だった。

「あ……二人とも今ちょっといい?」

「那珂か。うん。どうしたんだい?」

「えーっとまずは五月雨ちゃんに用事なのですよ。」

「私にですか?」

 そう言って那珂はキョトンとしている五月雨に視線を向けて近寄り話を切り出した。

「明日さ、また夕立ちゃんと村雨ちゃんに来てもらえるよう伝えてくれないかなぁ?また川内ちゃんたちの訓練に付き合って欲しいんだぁ。」

「それはいいんですけど、お二人の訓練もうすぐ終わりなんじゃないですか?」

「うん、そーなんだけど、自由演習ってことで二人には思う存分自由にさせたいの。それには付き合って欲しい人がいるって言うから、また夕立ちゃんたちに協力してもらえたらなぁ~って。どーかな?」

「はぁ。わかりました。訊いておきます。」

 そう返事をする五月雨。二人の流れに五十鈴が追加で提案をした。

「そうだ。不知火にも連絡しておいてもらえるかしら。あの子が来るなら神通も喜ぶでしょ。」

「不知火への連絡は俺がしておくよ。別件で話したいこともあるし。」

 五月雨の代わりに提督から承諾の返事を聞いた那珂はそのままの勢いで提督に向かって続ける。

「うん、お願いね!それからお次は提督。デモ戦闘のことなんだけどね。深海棲艦のダミーは準備してくれるのかなぁって。」

「あ、そうか。それも出しておかないとな。」

「さすがにあたしの時のようなへんちくりんな模型は……ありえないよねぇ~?」

 那珂は自身の訓練当時に使った模型の深海棲艦を思い出し、意地の悪そうな表情で提督を問い詰める。提督は片手をブンブンと軽く振ってそれを否定した。

「あの頃よりかはなぁ。もう君たちも使って知ってると思うけど、明石さんが的を改良してくれたんだ。あれを自動戦闘モードに設定すればより実戦に近いデモ戦闘ができるぞ。だから安心してくれていい。」

 提督に約束を取り付けた那珂と五十鈴は待機室に戻り、川内たちに事の仔細を伝えることにした。その内容を聞き川内たちはどうやら退屈せずに訓練を締めくくれそうだとホッと胸を撫で下ろす。

 

 その後那珂は午後の訓練の開始は川内の好きなタイミングに任せることにし、五十鈴と一緒にレポート作成を再開した。黙々と、時々五十鈴とこれまでの内容を口にして会話しながらレポートを作成している最中、川内と神通の様子を気にして時々チラリと二人の方に視線を向ける。長机の端で神通と一緒に教科書を読んでいる川内は、珍しくじっと座って筆記していた。それを目にした那珂は口を緩ませて笑顔になり、二人を暖かく見守ることにした。

 

 

--

 

 そして時間にして午後4時過ぎ、川内と神通はこれまでの訓練の時間を守るように那珂たちに一言告げて訓練を再開することにした。

「それじゃ、那珂さん。神通と一緒に午後の訓練行ってきます。」

「うん、頑張ってね。ところで何するつもりなの?」

 那珂の質問に川内は指を顎に当てて小さく唸った後答えた。

「え~っとですね、あたしは砲撃やろうかと思ってます。」

「私は……雷撃を。」

「そっかそっか。神通ちゃん、わかってると思うけど、魚雷を撃つ練習はプールでやらないでね。」

「……はい。堤防の側でやることにします。」

「神通だけ海に出すの心配だからあたしも海で訓練しますよ。一緒に同じ場所に出るなら任せてもらえますよね?」

「そーだね、そうしてもらえるといいかなぁ。」

 神通一人で海に行かすことに心配になった川内はその場で提案し、那珂を安心させた。そして川内と神通は軽く会釈をした後待機室から出て行った。

 

「二人とも、初めて会ったときとは違って、らしい雰囲気になったわね。」

「うん。それになんだか、あたしの知らないところで二人仲良くなってお互い支えあおうとしている感じがするよ。」

 長いようであっという間に過ぎていった2週間、那珂は初の監督役を勤め終わることに感慨深く思い始めた。自身の高校の後輩でもあり、自身の担当艦の姉妹艦である川内と神通の成長。あっという間だったなぁと溜息をつく。その仕草に五十鈴からババ臭いわよとツッコまれるが、他人の成長を喜ばしいと思うことがこれほど爽快で感慨深いことなのかと思ったのだから仕方がない。

 その様子が表す意味を感じ取ったなんとなく五十鈴は苦笑いをたたえて那珂を見ていた。

 

 川内と神通が自由演習として自主練をしに出て行ってすぐに、那珂は五十鈴とともにレポートの作成スピードアップさせた。二人がいなくなったため会話を挟んで進める回数が多くなる。話題は艦娘のことから始まり、次第に普段の学校生活や私生活のネタに移る。いずれも那珂が先に語りかけ、五十鈴がそれに答えるという応酬が何往復かし、二人のレポート作成の意欲の元になっていた。

 そして1時間ほど経ち、川内と神通に関するレポートはお互い確認して納得できる形となった。

「こんなものかしらね。こっちは終わったわ。どう?」

「うん。……うん、いいと思う。五十鈴ちゃんは人の能力を数値評価するの上手いんだね~。あたしも生徒会の仕事で色々やってきたけど他人の評価するのちょっと苦手だったかも。やっぱ五十鈴ちゃんに協力してもらってよかった~!」

「素直に感謝頂いておくわ。良と宮子がもし艦娘になれたら、私が監督として訓練させないといけないでしょうし、今回のことは私にとっても有益だったわ。」

「そっか……うん。そっちもうまくいけばいいね。」

 

 そして那珂たちは提督にレポートを提出しに執務室へと足を運んだ。執務室に那珂たちが入ると、提督と五月雨はそれぞれ自分のデスクで黙々と作業をしている最中だった。

「失礼します。提督、今大丈夫?」

 静かな空間だったため察して那珂が丁寧に声をかけると、提督はすぐに顔を挙げて声を返した。

「あぁいいよ。」

「川内ちゃんたちの訓練についてのレポートできたから、見ていただけますか?」

 業務上のことなので丁寧に言いながら那珂はホチキスで留めた数枚のルーズリーフとチェック表をスッと差し出し、提督の執務席のデスクの上に置いた。提督はそれを手に取り、もう片方の手でパラパラめくって斜め読みする。そしてすぐに顔を挙げて言った。

「確かに受け取ったよ。読んでおくから君たちはさがっていいぞ。今日は特に何もないだろうから、二人の訓練に引き続き付き合ってあげてくれ。」

「もち、そのつもりだよ~。」

「それでは、ご確認よろしくお願いします、提督。」

 

 那珂と五十鈴は丁寧に深々とお辞儀をして提督に再びの確認依頼の意を表し、そして執務室を後にした。

 

 

--

 

 執務室を出た那珂は五十鈴。那珂は待機室に戻ろうとしたが、五十鈴の一つの提案のために足を停めた。

「ねぇ。二人の様子見に行かない?」

「お~いいねぇ。ちょうどあたしもそれ言お~と思ってたんだよ。あたしたちってばやっぱ気が合うんだねぇ~~このっこのっ!」

「あ゛~わかったわかった。気持ち悪いから唇尖らせてクネクネしないでよ!」

 那珂のいつもどおりの余計な発言とアクションに五十鈴は頭を悩ませつつも丁寧に突っ込み、顔を近づけてくる那珂を本気で制止した。二人は軽口を叩きながら一緒に本館を出て、二人が自主練をしている堤防沿いに向けて歩き出す。

 本館裏手の扉から出てグラウンドを横切って進むと、工廠寄りの堤防の先から爆発音・砲撃音が耳に入ってきた。堤防に近寄ると、川内はかなり沖の方で的めがけて砲撃ではなく雷撃を、神通は堤防沿いの消波ブロックの側に的をくくりつけて砲撃を行なっている。

 

「お疲れさ~ん、二人とも。自主練どーかなぁ?」

 那珂の声に気づいた神通は顔の向きを的から那珂の方に向け、主砲パーツをつけていた左腕を下ろして返事をした。

「はい。今のところ順調です。」

 喋りながら神通は那珂たちの立っている堤防の向かいまで近寄った。

「神通ちゃんは雷撃やるんじゃなかったの?」

「最初は……やってました。30分ほど前から川内さんと訓練内容を交代することにしたんです。」

「そっかそっか。自分たちで考えてやってくれてるようで先輩としてはうれしーよ!」

 那珂が冗談めかしつつも本気の色を混ぜた賞賛の声を投げかけると、神通はそれを素直に受け取りわずかにうつむいて照れの様子を見せた。

「川内ちゃんは……聞こえてないのかな?お~い、川内ちゃ~~ん!」

 那珂がさきほどよりも声を張って叫ぶと、ようやく川内は顔を那珂の方に向け、雷撃の姿勢をやめて堤防に近寄ってきた。

 

「那珂さん、どうしたんですか?」

「レポート出し終えたから二人の様子見に来たんだよ。どーお?自分たちだけでやる訓練は?」

 那珂が尋ねると川内は額についた汗を左手で拭って虚空を一瞬見るため視線を上に動かした後、すぐに那珂たちの方へ戻して口を開いて答え始めた。

「そうですね~。今まで教わったことを自分のペースで進められるのってすっごく楽しいっすよ!あれですよね?こうやってやってる日も訓練中はお金もらえるんですよね?」

「アハハ。うん、提督が訓練十分と判断して終わりの判定くれるまではね。」

 川内の妙に現金な発言に那珂は苦笑いする。

「よっし。初日以来提督なんだかんだでいない日多かったし、お給料もらえなかったから待ち遠しいんですよねぇ。まぁお金だけが待ち遠しいわけじゃないですけど。」

「……(コクリ)。川内さんも私も、早く初めての任務を受けたいです。」

 川内が思いを語るとその語りを神通が補完した。二人の思いを聞いた那珂は嬉しさで顔を緩めつつも、自身ではどうにもできない現状を吐露した。

 

「うんうん、それはあたしからもお願いしておくよ。さすがに出撃や依頼任務はただの艦娘のあたしや五十鈴ちゃんじゃあ勝手に受けられないし行かせてあげることはできないからねぇ。全ては提督次第だよ。」

 那珂の言葉に全員コクリと頷いて相槌を打った。

 

「自主練は今後も各自しっかりとね。今日はどうする?まだ続ける?」

 那珂がそう促すと、川内と神通は顔を見合わせて小声で話した後、意思表示してきた。

「それじゃあ今日はもう終わります。いいよね神通?」

「……(コクコク)」

「じゃあ工廠の入り口で待ってるから一緒に帰ろっか。」

「「はい。」」

 

 その返事を聞いた那珂と五十鈴は一足先に工廠へと足を向けた。川内と神通は的を運び整理してから工廠へと戻っていった。

 

 

--

 

 工廠の入り口で待ち合わせた4人は本館に入り、帰り支度を整えてから執務室に行った。

「提督、あたしたちこれでもう帰るね。」

「あ、ちょっと待ってくれ。明日以降の予定を確認しておきたい。4人とも少し時間いいかな?」

 呼び止められた那珂は後ろを見て川内たちに目線で確認し、提督の問いかけに承諾した。執務室内に入った那珂たちはソファーにバッグを置き、提督のデスクの側に集まった。五月雨は那珂達の後ろに移動して立っている。

 

「さきほど五月雨から夕立たちに都合を確認してもらった。俺からも不知火に確認を取って、明日は皆来てくれるそうだ。」

 提督の説明に那珂と川内は喜びで黄色い声を上げる。提督はその様を見て微笑みながら続ける。

「で、明日は自由演習ということで実質最後の訓練。一日かけて集大成として仕上げてもらいたい。そして来週月曜日。その日は深海棲艦との戦闘に見立てたデモ戦闘ということで、的を最高レベルに切り替えて使って川内と神通には立ち向かってもらう。俺も観戦するから、ぜひとも二人の成長を見せてほしい。いいかな?」

「「はい!」」

 川内はもちろんのこと神通も珍しく普段の二割増しで声を出して返事をした。

 

「的とのデモ戦闘が終わったら、川内、神通。君たちの訓練全課程修了だ。そこで君たちは世間的にも晴れて一人前の艦娘となります。さきほど那珂と五十鈴からレポートとチェック表を受け取っていて大体の評価は把握してるから、これまでの日数分含めて訓練中の手当をまとめて渡すよ。最後まで気を抜かずに励んでくれ。」

 提督が言い終わると4人とも無言で立ち尽くす。それはただの棒立ちではなくゆっくりと提督の言葉を咀嚼してその身と心に刻みこむがゆえだ。提督からの案内を聞き、先に口を開いたのは川内だ。

「ついにあたしと神通も本当の艦娘かぁ~。うん、なんか……あたしの頭だとうまく言い表せないな。神通タッチ。」

「え!?え……と、その。まだ2日早いですけれど、喜びひとしおです。」

 表現したくてもボキャブラリーにない言葉が言えない川内は自分の代わりにと隣りにいた神通の肩をポンと叩いて交代宣言をする。とっさに話題を振られた神通はわずかに戸惑うがすぐにその思いを代弁する。

「あたしだって嬉しいよ~二人の成長っぷりを見たらさぁ。五十鈴ちゃんだってそうでしょ?」

「えぇ、協力した甲斐があったわ。」

 そんな二人の反応を見て那珂と五十鈴もまた、感無量といった面持ちをしながら言った。

 

 最後に、訓練とは全然関係ない五月雨も思いを打ち明ける。

「私も嬉しいです!頼れる歳の近い先輩が一気に4人になって、これからの鎮守府生活絶対楽しくなりそうです!」

「ってちょっと待ってよぉ? 艦娘としてはむしろ五月雨ちゃんのほうが一番の先輩なんだけど? むしろあたしたちを引っ張っていってよねぇ。」

「う……エヘヘ。でも学年上の皆さんですし、ちょっと気が引けちゃいます。」

 五月雨の吐露を聞いてすかさず那珂がツッコむ。そんな五月雨の言い返しに何か思うところあったのか、川内がフォローするように間に入った。

「そっかそっか。五月雨ちゃん中学生だったっけね。そんならあたし達高校生がしっかりしないと。よし。夕立ちゃんとセットで可愛い後輩のためにあたしの知識を叩き込んであげるよ。」

「うわぁ!本当ですか?何教えてもらえるんでしょ~? ……あれ、ゆうちゃんは何か関係あるんですかぁ?」

「あたしは二人にゲームや漫画やアニメを伝授してあげよう。 夕立ちゃんは結構反応よかったから。 どう?」

 

 川内が鼻息荒く五月雨に詰め寄って問うと、五月雨は川内の勢いに圧倒されながらも苦笑いをしてなぜか提督と川内を交互に見渡す。

「ア、アハハ……なんだか提督が二人になったみたいです。」

 真っ先に疑問を口にしたのは那珂だった。

「あ~そういえば提督も結構好きだよねぇ?ゲームとかサブカル。」

「あ、あぁ。結構どころかかなり好きだぞ。でもその手の話すると五月雨が苦い顔するし話に乗ってくれないしで寂しくてね。だから川内が入ってくれてすごく嬉しいんだぞ。」

 そう言って提督は肩をすくめる。

「そっか。話が合う程度で喜んでもらえるならあたし、しょっちゅう話し相手になってあげるよ?んで、五月雨ちゃんも好きになるように洗脳してあげるっと。」

「わ、私別にゲームとかアニメ嫌いってわけじゃないですよ~!提督がその……お話長いんですもん。」

 五月雨が数秒の溜めの後に明かした自身の苦い顔の原因は、提督の長話にあった。那珂や五十鈴は言葉通りの意味で捉えて愕然として提督を無言で睨みをきかせる。一方で川内はそんな二人とは違う反応と言葉を見せた。

「あ~~、あたしなんとなくわかるわ。あたしもたまにそういうところあるもん。五月雨ちゃんさ、あたしもそうなんだけど、提督もゲームとかアニメが好きすぎてさ、色々聞いてほしくってついつい長くしゃべっちゃうの。五月雨ちゃんも何か自分の好きなことの話になると結構ベラベラ一人でしゃべっちゃうことってない?」

「え? う~……そう言われると、そうかもです。」

「そういうことなの。だから提督を嫌わないであげてね。そういうわけだから、ぜひ五月雨ちゃんもあたしや提督や夕立ちゃんと同じくらいゲームや漫画にハマろう!」

「ア、アハハ……お手柔らかに。」

「おいおい川内。まぁでも、俺も身にしみてわかってるからあまりやり込めないようにな?」

 

 川内と提督、そして五月雨が急に仲良さそうに会話し始めたのを目の前にして那珂は心がいまいち晴れない気持ちを抱く。自身がさほど興味ないゆえに同等まで迫ることができない川内の得意分野。提督の得意分野。悔しいが趣味の分野では絶対的に後輩である川内に勝てない。提督との距離もきっと差をつけられてしまう。一抹の寂しさが胸を占める。

 表情に表れていないことを密かに祈りつつ、わざとらしくコホンと咳をして話の流れを強引に奪うことにした。

 

「コホン!川内ちゃ~ん?なんだか色々脱線してなーい?ホラ提督も!」

「すまん。」

「ヘヘッ、ゴメンなさ~い。」

「そーいう趣味のお話は訓練が全て終わったら勝手に鎮守府来て勝手にやってくださいな。目の前でそんなやりとりやられた日にゃあ、先輩のあたしとしてはど~~~しようもないよぉ。」

 身をかがめて提督と川内をわざとらしく見上げる。

「だからゴメンなさいってばぁ!」

「ウフフ。わかってるよ。ホントはね、川内ちゃんも神通ちゃんも鎮守府での生活にだんだん慣れてきたようであたし嬉しいんだ。だから趣味でもなんでも仲良くなれるきっかけが掴めたんなら……ね?艦娘の中で新しい交友関係ガンガン作っていっちゃってよ。」

「那珂さん……色々ありがとうございます。きっとたまに甘えちゃうかもしれないけど、これからもよろしくお願いします。」

「あ、わた……私も、もっと那珂さんのお眼鏡にかなうよう励みます。皆さんの……お役に立てるようにも!」

「二人ともそんな気張らないで、気楽に行きましょって。まずは、目の前の訓練をキッチリ終わらせることからだよ。」

「「はい。」」

 

 後輩二人の威勢のよい返事を確認した那珂は大きく頷き、満足げに笑顔になる。

「それじゃー提督、お返ししまーす。」

「あ、あぁ。わかったわかった。え~、それでは明日も気合入れて最後の訓練頑張ってくれ。那珂と五十鈴、そして五月雨も二人にぜひとも最後まで付き合ってあげるように。」

「「「「「はい!」」」」」

 

 那珂たちその場の艦娘はそれぞれの出しうる最大限の声量といきいきとした表情でもって提督の音頭にその意志を表し返した。

 そして川内と神通は実質最後の訓練日に向けて、那珂は二人の訓練の総まとめを演出すべく明日に臨む。

 

 




ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=63064844
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/12oP9d5JHYsFfnZJjaQTdxDWaewedTqptdk_TaL0JK4Q/edit?usp=sharing

好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

川内型の訓練5
少女たちの計画


 川内と神通はいよいよ最後、自由演習を迎えた。那珂は二人の訓練に、鎮守府の皆に付き合ってもらうことにした。この日、鎮守府Aの敷地や周辺では艦娘たちの姿が良く目に留まる。


【挿絵表示】



--- 1 少女たちの計画

 

 翌日土曜日、これまでと同じ時間に来た那美恵と凛花は、本館の裏手にあるグラウンドから声がしたのを聞いた。一人分ではない。本館に入り、ロビーを突っ切って進んで裏手の扉から出ると、グラウンドでは流留と幸が運動をしていた。

 

【挿絵表示】

 

 

「おぉ!?すっげぃ珍しい!流留ちゃんがこの時間にいる!!」

 那美恵が冗談めかして素っ頓狂な声を上げて驚きを表すと、流留はドヤ顔になって言った。

「ふふ~ん。あたしだってやればできるんですよ。どうですか!?」

 思い切り上体をそらして誇らしげに振る舞う流留。真夏ゆえ薄いTシャツ1枚にブラという男が見れば目の毒な流留の首から下にある大きい双丘が那美恵にも毒を撒き散らす。

 

「ふ……ふふふ。流留ちゃんそれはあたしに喧嘩売ってるってことでいいんですな?」

「えっ!?な、なんで!?」

 突然那美恵が普段の冗談めいた軽い声にもかかわらず、物騒な物事をすぐさま買い取りそうな発言をしたことに流留は素で驚き戸惑う。なぜ威嚇されているのかまったくわかっていない。流留以外の二人はすぐに気づいたため、仕方なく幸が肘でツンツンと流留をつっつき小声で教えた。そこでようやく流留は気づき、とっさに胸を両腕で隠して那美恵にツッコミを入れたのだった。

 

 

--

 

 その後流留と幸は一旦運動を終え、那美恵たちとともに本館に入って着替えることにした。

「ところで今日は二人とも普通の運動だったのはなんで?」

「はい。昨夜さっちゃんから連絡ありまして、たまには普通の運動して体力付けたいって言われたもんで。で、あたしも努力しまくって早起きして二人で来たんですよ。」

「そっかそっか。基本に立ち返ったってことね。いいねいいね二人とも。」

 那美恵の大げさな感心のリアクションに、流留も幸も苦笑いした。

 

 ボディタオルで各部の汗を拭い取り、制汗スプレーをかけている流留が、隣のロッカーの前で同じく汗を拭っている幸に声をかけた。

「あ~~しまった。まだシャワー室できてないのに今すぐシャワー浴びたい!こんな真夏にシャワーなしで運動なんてあたしたちどうかしてるわ。さっちゃんもそう思わない?」

「……(コクリ)」

 幸は言葉なく頷くだけの返事をする。二人とも運動直後のためか、程よい疲れでけだるさが残っている。

「アハハ。でも今日はお泊りだから気が楽でしょ?」

「そりゃまあ。一応着替えとかお泊り用の小物は持ってきましたけど……ていうかなんでいきなりお泊り会なんて言い出したんですか?」

 那美恵の言葉に流留はひとまず同意するも疑問を口にする。その疑問が指すのは、昨日の夜、那美恵から流留たち、そして中学生組にも送られたメッセンジャーの内容にあった。

「え~、だってさ。ただ自由に訓練を夕方までするのってつまんないじゃん。せっかくの夏休みなんだしぃ、みんなでわいわい訓練やってそのままお泊りでもして訓練以外も楽しんでみたいって思ったのですよあたしは。」

「まぁ……気持ちはわからないでもないわ。那珂が来るまでは私や五月雨たちはあまり交流らしい交流はしなかったもの。あんたが来てからよ。急にみんなでおしゃべりしたり交流するようになったのって。」

 那美恵の思いを理解した凜花は那美恵が那珂として着任する以前の鎮守府の雰囲気の一部を明かす。

「せっかく違う学校や学年、はては妙高さんみたいなある意味おかんな人もいるっていうなんたらのサラダボウルや~ッて感じなんだもん。あたしはみんなと仲良くしたいの。まだ人少ないんだし、プライベートでもね。」

「あたしもワイワイ騒ぐの好きだから昨日のなみえさんの提案聞いてすぐにOKしましたけどね。」

 流留はカラリとした言い方で言った。

「わ、私は……あのその……皆で何かするのもお泊りとかも初めてなので……」

 語尾をモゴモゴさせて言葉を終える幸。全部言われなくても那美恵らは幸が最初は明らかに乗り気ではなかっただろうと容易に想像がついた。しかし幸が那美恵の提案に承諾した以上は彼女の決心を評価したく思っていたため、幸以外の全員はみなまで言うなと察した風のニンマリとした笑顔を幸に向けることにした。

「ま、強制するのは好きじゃないからお泊まりは任意参加だったんだけど、まさかさっちゃんもOKしてくれたのは嬉しかったなぁ~。さっちゃんさ、ちゃーんと自分の目的、実現出来てると思うよ?だから今日は皆で夜まで楽しもーよ。」

「そうだよさっちゃん。あたしなんか今から夜が楽しみだもん。」

「うぅ……なんとか楽しんでみます。」

 那美恵の言葉に流留も乗る。幸は恥ずかしさでたじろぎながらもその意志を伝えた。

 

「凜花ちゃんも話にノってくれてありがとーね?」

 続いて那美恵は凜花にも感謝を述べる。

「べ、別にいいのよ。私だってこれからは……艦娘仲間を大事にしたいし。ちょうど渡りに船だと思ったもの。」

「ムフフ~。それじゃ~夜はとっことん楽しみましょ~ね~?」

「はいはい。よからぬことしたらあんた縛り付けて私たちだけで楽しむからね?」

「うおぉ~!?凜花ちゃん辛辣~。」

 凜花は真面目に返すも那美恵の反応にやはり茶化しが混ざっていることを察し、やや厳し目に突っ込んで那美恵を適度に満足させた。

 

 

--

 

 着替え終わり、那珂たちは提督に挨拶をしに執務室へ足を運んだ。しかし執務室には鍵がかかっており借りていた本館の鍵の一つで開けるも当然誰も居ない。自動的に五月雨もいないことがわかった那珂たちはひとまず待機室に戻り、雑談交じりにこの日の訓練内容を詰めることにした。

 

「それじゃあ今日の訓練のお話しよっか。」

「「はい。」」

「今日は自由演習ってことで、好き勝手やってもらっていいんだけど、さすがに全部が全部自由ッて言われたら困るよね?だからイベント的にやることを考えて欲しいんだ。どうかな?」

「はーい。それで張り合いが出るんならまったく問題なしです。」

「わ、私は何かしら課題を提示してもらったほうが……助かるので。」

 二人から承諾を得た那珂は改めて言葉を続ける。

「メインになる楽しいイベント風訓練と洒落込みたいねぇ。本当なら夕立ちゃんたちが来てから内容を決めたいんだけど、とりあえず二人の考えをまとめておこっか。それじゃー何をしたいか希望を言ってくださーい!」

 

 那珂が促すと、すぐに川内が意見を口にし始める。

「はい!あたしは、ロールプレイングゲームとかアクションゲームのようなことをやってみたいです。う~んとね、プールか海をゲームのステージばりにして途中で的や誰か他の艦娘を倒して進む、そんな感じの。例えるなら○○や□□、△△といったゲームかなぁ。」

 最初から最後まで自身の好きなゲームに喩えて説明する川内。彼女の言葉の最後の実例のゲームタイトルに那珂はもちろん五十鈴・神通もサッパリわからんというにこやかな無表情をするが、少なくともやりたいことだけは理解できたので普通の笑顔を取り戻した。

「お~、さすがゲームオタクの川内ちゃん。アイデアが冴えてる~!」

「エヘヘ。それほどでも。」

「川内さん……それあまり褒められてない気が……。」

 那珂の賞賛に川内は素直に喜ぶも、深読みした神通は最小限の小声でそれとなく呟いて教えた。ただやはり誰にも聞こえなかったために神通の発言はまったくなかったこととして表向きの話題は進む。

 

「確かに、普通に砲雷撃繰り返すよりかはよほどモチベーションも保てそうでいいわね、ゲーム方式。正直今言われた喩えのゲームぜんっぜんわからなかったけど。」

「五十鈴さんはゲームやらないんすか?」

「やらないわ。私の周りでも……いないわね。」

「そうですか~残念。普通の女子ってゲームやらないのかなぁ?」

 五十鈴の言葉を受けて川内は至極残念そうな声色でもって呟いた。それに対して那珂は一言言い返す。

「いや~あたしだってたまに携帯でやるけど、川内ちゃんのそれはガチでしょ?」

「えぇまぁ。遊ぶために遊んでますし。てかそうじゃないとゲームに失礼っしょ?多分提督もあたしと同じような言い方すると思いますよ。」

「へ、へぇ~、そんなもんですかねぇ~?」

 突然提督に言及されたためにわざとらしい敬語で那珂は言った。

「そんなもんです。ゲームやるんならしっかり楽しむためにやらないと。というわけでゲームっぽい訓練、どうですか?」

 ともかくも川内の人となりがまた一つ分かった気がした那珂たちは、当人の反応はひとまずさておき、提案には賛成できるものとしてそれぞれ賛同の意を示した。

「まぁいいんじゃないかな。文化祭の出し物みたいで準備も楽しくやれそう。」

「私も……それでいいです。」

「そうね。それじゃあ決まりね。あとは夕立たちが来てからあの子達にも確認してみましょう。」

 

 

--

 

 自由演習の案の有力候補がまとまった那珂たちは夕立たちが来るまで待つことにした。その間、那珂は提督と五月雨に連絡を取ってみる。提督からの返事はすぐには来なかったが、五月雨からの返事は1分ほど経ってからメッセンジャーで受信した。

 那珂が連絡を取ってから1時間が過ぎた。その間、連絡を提督に任せていた不知火が先に姿を現す。不知火は高校生組の那珂たちに比べ小柄な体躯に似合わず山にでも行くのかと言わんばかりの大きめのリュックサックを背負って待機室に入ってきた。そして気配の殺し方が完璧すぎたため那珂たちはすぐには気付かなかったが、いち早く後ろを振り返って気づいた神通の一言で全員小さな悲鳴を挙げて不知火を向かい入れる形になった。

 

 その後再び五月雨から那珂の携帯電話に連絡が届いた。見てみると、鎮守府のある街の駅に着いたという。その連絡から10数分してようやく五月雨らも待機室に姿を見せた。全員私服のまま入ってきて、荷物を置いてすぐさま更衣室に向かい、制服・およびジャージに着替えて再び待機室に入ってきた。

「お待たせしました~。」

「うぅん!!五月雨ちゃ~ん!土曜日もあなたの姿見ないと寂しくて寂しくて~!」

「ふわぁ!? も~~、那珂さんったらぁ~。恥ずかしいじゃないですかぁ。」

 那珂のいつもどおりの猫撫で甘え攻撃を受けて五月雨は恥ずかしがって那珂を振りほどくも、本気で嫌というわけではない。五月雨の身悶えが緩やかになったのに気づいた那珂はそこでタイミング良く彼女を解放してあげた。

「ねぇ那珂さぁん。昨日メッセージいただいたとおりお泊りの準備してきましたよぉ。」

「あたしもあたしも!鎮守府に泊まるの初めてだからなんかワクワクっぽい!」

 村雨に続いて夕立、二人が那珂に声をかける。

「うん、話に乗ってくれてみんなありがとーね。不知火ちゃんもまさかそんな……おっきい荷物まで持ってきて協力してくれるなんてほんっと感謝感謝だよ~。」

「五月雨が。」

「あ、うんうん。お泊りのことは私から詳しく不知火ちゃんに伝えておきました。」

 ぼそっと五月雨の名前だけ口にする不知火。言及された五月雨が代わりに答えた。

「ありがと。あたし不知火ちゃんの連絡先知らなかったからさ。」

 そう那珂が明かすと、不知火はリュックサックからゴソゴソと何かをあさり始めた。

 取り出したのは携帯電話である。

 不知火は携帯電話を両手に持ち 黙って那珂に差し出してきた。

「え?え~っと……教えてくれるの?」

「(コクコク)」

「そっか。うんうんありがとね。これで不知火ちゃんともお友達になれたね~!」

 那珂は川内と神通に手招きして二人にも不知火の連絡先を受け取らせた。神通は相手に聞き出す勇気がなかったために思わぬタイミングでの連絡先ゲットにほのかに頬を緩ませる。これで那珂は現在所属の艦娘全員の連絡先をゲットしたことになった。

 

 その後しばらく雑談をして場の空気を温めた一同。全員この日の自由演習(の協力)とお泊り会の準備は万全ということで、これからの出来事を想像して心躍り、全身に湧き上がる高揚感を態度に表し隠せないでいた。

 

 

--

 

 待機室には那珂たち軽巡、高校生組が4人、五月雨たち駆逐艦、中学生組が4人揃った。那珂は早速五月雨たちに彼女らが来るまでの話を説明し、意識合わせをした。五月雨たちは快く承諾の意を見せる。

 

「へぇ~ゲームっぽい?楽しそー!!」

「お! 夕立ちゃんならきっとノってくれると思ってたよ。さっすが同志!」

「どうし?」夕立が聞き返す。

「うん。だって夕立ちゃんもゲームとか漫画好きでしょ?」

 川内が自身の夕立像を打ち明けると、夕立は納得の表情をしてコクコクと勢い良く連続で頷いた。

「それでぇ、ゲーム風の訓練っていっても具体的にはどうするんですかぁ?」

「そうそう、それが大事なんだよ村雨ちゃん。それを皆で話して決めたいの。」

「ゲームですかぁ~。どんなのがいいのかさっぱり想像つきませんね~。」

 話に快諾したはいいがいまいちピンと来ていない様子を見せる村雨と五月雨。そこに提案者である川内が例を示す。

 

「ゲームって言い方でわからないなら体育祭とか文化祭でもいいよ。あたしは単にゲームが例えやすかっただけだし。」

 五月雨や村雨、夕立はいくつか競技を口にし、過去自身の学校の体育祭・運動会の思い出話に花を咲かせ始める。

 そんな中学生組をよそに神通は自身の携帯電話でインターネットを見て何かを検索していた。五十鈴はそれをチラリと見て再び那珂たちに視線を向け、そして議論に入り込んだ。

「もう午前も結構過ぎてるしあまり時間ないわよ。決めるなら簡単なものでもいいから決めましょうよ。」

 そんな五十鈴の意見に頷く那珂と神通。その時川内が再び提案の声を挙げた。

 

「そうだ!あたし達艦娘じゃん。だからさ、モチーフになった艦にちなんで海戦や作戦を再現してみない?」

「海戦?」那珂が聞き返す。

「そうです。まぁ140~150年前の出来事だから普通の人はだーれも知らないと思うけど、あたしたち艦娘のモチーフになってる艦は第二次大戦で太平洋を駆けまわって戦ったそうなんですよ。」

 川内が語りだしたので川内を除いた全員は黙って聞くことにした。それは自身の担当艦の由来に関わってきそうだという一筋の興味によって引き起こされた態度である。

「例えばですね、あたしのモチーフになった軽巡洋艦川内はマレー沖海戦やエンドウ沖海戦、ガダルカナル島の戦いとか参戦したらしいんですよ。なんか川内は夜間に米軍や英軍の艦と交戦することが多かったとか。他には兵士を島から島へと輸送する作戦とかも支援したんですって。」

「ふむふむ、それで?」

 軽快な口調で語る川内の説明に那珂は催促する。

 

「はい。つまりあたしが言いたいのはですね、ゲームなら艦隊を率いて輸送作戦を何回繰り返して運んだらミッションクリアとか、視界の悪い夜戦でどれだけ早く敵を見つけて倒せば日中よりクリアポイント高いとか、そういうのをやりたいんですよ。」

 川内の説明が一区切りして沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは神通だった。

「川内さんの……そのお話を簡単にしますと、例えば何か物を運んでどこか……例えば演習用プールに入れられたら合格とか、そういう感じで……どうでしょう?」

「サッカー、みたいです。」

 神通の例えを聞いて隣に座っていた不知火がぼそっと単語を口に出す。思わず全員不知火に視線を向けるも、不知火はまゆをピクリともせず無表情でぼーっとしてそれらの視線を受け流す。

「サッカーって……まぁ点を入れて競うとかそういう要素は似てるかもね。そうすると勝敗がわかりやすくていいと思うわ。実際の艦は人を輸送したんでしょうけど、今私たちがやれるとしたら人の代わりにボールとか、何か小物を使いたいわね。」

 不知火の発言に反芻してツッコミとしつつも五十鈴は不知火の言葉を受けて内容を掘り下げて発言した。

 

--

 

「じゃあ皆何を運びたいでしょ~か!?」

 那珂の促しを受けて一同が再び頭を悩ませ始めると、まっさきに口火を切ったのは五十鈴だった。

「私の意見いいかしら?」

「はい、五十鈴ちゃんどうぞ~。」

「輸送するのは武器なんてどう?今うちにありそうなものである程度適当な数を用意できるものといったら武器だと思うの。例えば各自の装備可能な予備の武器を陣地まで運ぶ。とか?」

 五十鈴の案を聞いて噛みしめるように那珂と川内は何度も頷く。

 那珂ら高校生組と同じように頭の中で噛みしめていた村雨が案に追加要素・代替要素を加えるべく口を開いた。

「それなら魚雷を使いませんかぁ?魚雷を適当な数生成してもらってそれを使うんです。あれならいくつでも数揃えられますし、余っても今後の出撃のためのストックでとっておけばいいんですよ。」

「おぉ~、村雨ちゃん冴えてる~!」

「それほどでも~。」

 那珂が素直に褒めると、村雨はやや照れが混ざった得意げな表情で返事をした。

「ていうか村雨ちゃんさ、魚雷が3Dプリンタで作れるって知ってたの?」

「えぇ。だって私達川内さんより前からいるんですよ。訓練の時に教わりましたよぉ~。」

「アハハ、そっか。」

 川内からの質問ににこりとして答える村雨。軽い雰囲気ながらも的確に返されて川内は口の端をやや吊り上げ苦笑いした。

 

「それじゃー運ぶのは魚雷にしよっか。本番用の魚雷だと危ないかもしれないから訓練用の魚雷ということで。」

「「はい。」」

 那珂がまとめると一同を代表して川内と神通が返事をし、輸送の対象が決まった。

 

 

--

 

 波に乗り始めた一同が訓練の主目的と詳細を詰め始めて30分経った。ここまでの流れと想定では川内が仕切るべきはずだったが、何度那珂が川内に振っても川内はなんだかんだと案を出してすぐに那珂に振り戻して確認を求めていたため、いつの間にか那珂にそのバトンが戻ってきていた。一方で書記は黙々と携帯電話とタブレットでメモを取っていた神通が一手に引き受けている。

「結構アイデア出てきたね。それじゃーみんなの案をまとめるよ。神通ちゃん手伝って。」

「はい。」

 那珂は神通がメモを取っていたタブレットを指差して神通に見せてもらい、操作は神通に任せて自身は脇からあれこれそれと編集の指示を出す。神通のまとめ方は元から整っていたため、大して時間はかからずにこれまで話し合ってすりあわせた案がまとまった形を見せた。

 

「それじゃー神通ちゃん、発表して。」

「……えっ!? わ、私が言うんですか……?」

「もち。ろん!」

 神通の恐る恐るの確認に那珂は軽快なリズムで返事をした。

 神通はてっきり先輩たる那珂がこの8人の場で発表してくれるとばかり思って安心しきっていたため、急に役割を振られて緊張で顔を強張らせる。

「みんなの前で説明をするのもある意味訓練の一つだよ。まぁ艦娘というよりは日常生活で大切なことだよね、自分の口できちんと言えるの。」

「う……はい。」

 ぼそぼそと小さな声ながらも訓練の概要が神通の口から説明され、どうにか聞き取って理解できた一同は互いに感想を述べ合う。

「わぁ~なんか簡単そうですけど、実際やったらきっと違うんですよね~。」

「まぁ分量としては妥当だと思うわ。あまりボリュームありすぎても私たち自身が内容忘れてしまいそうだし。」

「そーだよね。ま、試しにやってみよってことで。」

 ふんわりとした言い方で楽観的に五月雨が感想を口にすると、五十鈴がその内容に肯定を示しつつ慎重な面持ちで訓練に臨む決意を匂わせる。それに那珂は軽快な雰囲気で頷く。

 夕立や村雨もそれぞれの感じ方で感想を口にし、これから臨む訓練(の協力)に心を踊らせ始めた。

 

 

--

 

「それじゃー、チーム分けしよっか。」

 次の議題に移り、那珂が全員を促す。すると誰よりも先に夕立が口を開いた。

「はーい!だったらさ!ゆそーを邪魔する敵役!あたし悪役やりたーい!」

「ゆうちゃんだったらそう言うと思ったな~。」

「えぇ。私もすぐ想像ついたわ。」

 夕立が率先して役割を求めると、五月雨と村雨は苦笑いを浮かべて友人の分かりやすい行動を察した。しかし夕立は二人のそんな反応なぞ気にせずどんな役でもいいと言い放って椅子に何度も寄りかかってキコキコ鳴らす。

 駆逐艦勢の反応をよそに那珂が川内に言った。

「次はあたしから案言っていい?」

「はい!那珂さん。お願いしまっす!」川内は待ってましたと言わんばかりの勢いで身を乗り出す。

「川内ちゃんたちと五月雨ちゃんたち合わせて6人いるじゃん?ちょうど3人ずつでチーム組めるよね。チームとしては川内ちゃんと神通ちゃんは別々のチームね。」

「はぁ。それはいいんですけど、なぜに6人?那珂さんは?」

 川内が尋ねると那珂そして続けて五十鈴がその問いに回答した。

「あたしと五十鈴ちゃんは直接参加はしないほーしんで。」

 そう言って那珂は五十鈴にチラリと目配せをする。すると五十鈴がけだるい表情を一瞬作った後、口を開いた。

「これはあくまでも二人の最後の訓練なのよ。だからあなたたちが主導でやるの。二人が競いあってそれぞれの結果を出せるようにしないと。私と那珂は監督役に徹するんでしょ、那珂?」

 那珂はコクコクと頷いて肯定し補足する。

「うん、そーそー。でもただ見てるだけじゃなくて、審判役として参加程度かな。作戦行動には一切手を貸さないからね?」

 

 那珂と五十鈴のあっさりとした非参加の意を認識した川内と神通はやや不満・物寂しさを感じつつも代わる要望を口にした。

「うー、じゃあせめてあたしは夕立ちゃんとチーム組みたいよ。」

「そ、それでは私は……不知火さんと……組みたいです。」

「うん。それじゃー川内ちゃんと神通ちゃんがそれぞれの 旗艦、つまり チームのリーダーね。」

「おぉ!あたし旗艦か!なんかうれしい!」

「うぅ……リーダー……苦手。」

 那珂のさらなる提案という名の指示を受けて川内と神通はそれぞれの反応を示す。ほぼチームは確定し始めていた。あとは五月雨と村雨が余っていたが、

「五月雨、来て。」

という突然の不知火の懇願の一言が皆の輪の中に響き渡る。特に断る理由もない五月雨はそれに承諾することにした。

「あ、うん。いいよ。神通さん、私そっちのチームに入ってもいいですか?」

「え!?え……とあの、うん。いい……よ。」

「やったぁ!不知火ちゃん、一緒に頑張ろうね!」

 五月雨は夕立を挟んでその隣にいる不知火に対して腕を伸ばしてテーブルの上でブンブンと手のひらを振り、不知火に喜びと鼓舞の意を伝えた。それに対して不知火は手は振り返さなかったが無言でコクコクと頭を縦に振って相槌を打つ。

 神通はいきなりリーダーの仕事たる決断を迫られてドキリとしたが、相手が五月雨という一切毒気のない純朴な少女、かつ秘書艦として自分が知らぬ艦娘の活躍をしている先輩であるがため、その眩しさに緊張でどもりつつもどうにか最初の責務を果たした。

 

「それじゃーますみん、一緒に組むっぽい?」

「そうねぇ。そうなるわね。」

 必然的に最後まで残ったメンバーとなった村雨が夕立に確認混じりの一言を受けて川内のチームに加わった。

「となるとこれでチーム分けは決まりってことだね。」

「はい。」

 那珂の一言に川内が頷いて返事をする。これをもって訓練のチームが確定した。

「それじゃあ皆、早速工廠行こー!」

 那珂の号令に一同は気合に満ちた返事をし、そして工廠へと向かって行った。

 

 

--

 

 工廠に着いた那珂たちは事務室にいた明石と技師たちにこれから行う訓練の仔細を伝え、協力を仰いだ。説明を聞いた明石は一言感想を口にする。

「へぇ~。随分本格的な作戦に近い訓練をするんですね。感心感心!それじゃあお姉さんたちも協力しないわけにはいきませんね。」

「そうね~。初めてじゃないかしら? そういう訓練する五月雨ちゃんや五十鈴ちゃんたちの姿、そういえば見たことないかも。」

 明石に続いて同僚の技師たちも那珂たちの訓練に対する意気込みを察して評価しあう。

 明石の同僚の技師たちが口にした範囲の意味は、最初の五月雨から那珂が着任する直前の艦娘までのそれを指していた。彼女らの言葉を聞いた五月雨や五十鈴らは決まりの悪そうな顔になって明石たちから視線をそらす。それを見た那珂はからかいたくなるが、こらえて乾いた笑みを発するだけにした。

 

 軽く雑談した後、明石と技師らは那珂の依頼どおり訓練に必要とされる機材を準備し始めた。

「訓練用の魚雷を運ぶと言ってましたけど、魚雷発射管のコントロールがないままうっかり海水に浸したら危ないので、信管は生成しないでおきますね。」

 明石の配慮で3Dプリンタで生成された訓練用の魚雷は、エネルギー波を発する装置たる信管が生成されずに組み立てられた、一切爆発しないまさに魚の骨な金属物として那珂たちの前に用意された。

「あ、はーい。ありがとーございます。数もこれくらいで十分です。」

 那珂が代表して感謝を述べた。

 そして一行は出撃用水路まで行き、台車に乗せていた魚雷を小型のボートに積み各々水路から発進していった。

 

 

--

 

 出撃用水路を出て外の桟橋の側で一旦集まった那珂たちは訓練の役割を確認し合った。

「それじゃー最初は川内ちゃんチームが輸送する側ね。神通ちゃんチームは輸送を妨害する側。おっけぃ?」

「「はい。」」

「うー、あたし最初にぼーがいするほうがよかったっぽい~。」

「アハハ。まぁまぁ。交代すればゆうちゃんたちが次は妨害する側だから我慢しよ?」

 夕立の愚痴りに五月雨が眉を下げて乾いた笑いを浮かべながらフォローをした。

 那珂や川内たちも苦笑いしながらも確認を進める。

 

「川内ちゃんたちは海に出て、堤防沿いで準備してね。誰が輸送担当かはその時決めて。輸送担当になった人が3回ペイント弾で被弾するか、ボートを奪われたり魚雷にタッチされたら負けだからね。」

「はーい。」

 川内のけだるい返事が回りに響いた。那珂がウンウンと頷くだけで言葉を発さないでいると、続きの説明は五十鈴がした。

「それじゃ妨害側の神通たちへの確認よ。あなたたちは川内たちがここからいなくなったら話し合って決めてね。それと撃てるペイント弾は一人5発まで。明石さんはえらくたくさんペイント弾用の弾薬エネルギーを補充してくれたけど、決めた回数以上は撃ったらダメよ。いいわね?」

 神通が静かな口調で短く返事をして頷くと、駆逐艦らがそれに続いて返事をした。

 

「それと機銃パーツでの射撃はOKだけど、それは当たり判定にしないからあくまでも補助用ってことで。輸送側も撃っていいけど、あくまで早く輸送するのが目的だから、妨害側を轟沈扱いにするまで時間をかけるのはダメよ。いいわね?」

 引き続きの説明で念を押す。説明が一段落すると、川内を始めとして神通、五月雨たちがそれに続いて意気込みを口にしあう。

「うお~。直前でいざ説明を確認するとドキドキするなぁ~。自分たちで決めたことなんだけど、本当に上手くできるかなぁ?」

「……川内さん、私、負けませんから。」珍しく強気で川内に恐々としながらも鋭い視線をおくる神通。

「ゆうちゃん、ますみちゃん、絶対邪魔してみせるからね。」

「……沈める。」

 五月雨も同じように強気に出て夕立と村雨に言うと不知火も続き、一言だけの尖すぎる決意の言葉を発した。

 

「さみは怖くないけどぬいぬいは本気も本気で怖いっぽい~。でも勝つのはあたしたちだもんね~!」

「絶対避けきって輸送成功させるわ。みてなさいよね~?」

 夕立と村雨も負けじと対抗心をむき出しにして五月雨と不知火に鋭い視線を向けた。

 

 説明と内容の確認の締めくくりは那珂が行なった。

「それじゃー両部隊とも、心の準備はいいかな?1回目だから探りながらで悪いけど、せめて思いっきりやってね。」

「「はい!」」

 川内と神通に続いて駆逐艦の4人が改めて威勢よく返事をした。

 返事の後、川内たちは湾を出て海へ出て堤防に沿って海岸近くまで行き、消波ブロック帯まで行ってそこで3人揃って話し合いをする。川内たちには加わらないが川内側の審判役として五十鈴が数m離れた位置で彼女らの様子を眺めている。

 一方で出撃用水路沿いの桟橋付近に残った神通たちはすでにその場で話し合いを始めていた。神通側の審判役として監視することにした那珂はニマニマしながら数m離れたところにいる3人を眺めていた。否、監視というよりも、後輩や駆逐艦たちのやり方に興味津々で間近で観戦したい、つまりはスポーツ試合の観客の目つきそのものだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

午前の訓練

 海岸の端と堤防の開始地点の間には消波ブロックが積み重ねられて正方形の区画になっている場所がある。鎮守府Aの敷地内の湾や堤防沿いの海は元々は県の所有地で実際の管理はヨットハーバーの運営組織のものであった。その一帯の海浜公園の浜辺までは一般市民が自由に立ち入りできたが、元々遊泳に適した水質や地形ではないために遊泳は禁止されている。

 現代では鎮守府Aが設置されその海岸付近は国に戻り、そして最終的には国から委任される形で、名目上は県と鎮守府Aが管理する土地となっている。元々あったヨットハーバーは海浜公園の一部の施設だったが、現代では鎮守府Aが設置されたために、当地稲毛海浜公園の検見川地区だけは管理元の違う区画になり、海浜公園は実質分断された状態になってしまっている。

 

 川内と夕立・村雨は誰もいない海岸を視界に収めつつ、消波ブロックのその区画の手前で停止した。魚雷を載せていたボートを留めて話し合いを始めていた。

「さてと、あたしらはこのボートを奪われたり被弾させることなく、プールまで運べばいいわけだ。二人とも、作戦カモーン。」

「えっ!?川内さんが旗艦じゃないですかぁ。だったら川内さんがぁ……」

「川内さんが作戦考えるべきっぽい。だってあたしたち川内さんたちの訓練に付き合ってあげてるんだよー。なんたってあたしたち先輩だし~。」

 駆逐艦二人のツッコミに川内は普段の中性的な声のまま僅かに茶目っ気を交えて愚痴った。

「う!?あたし細かいこと考えるの苦手なんだよ~。」

 

 すると夕立はブーブーとわざとらしく不満を口にし、村雨はというと頭をわずかに前に傾けて脱力気味にため息をつく。そして村雨が口を開いた。

「はぁ、いいですよ。とはいえ私も作戦考えるの得意じゃないので、せめて役割分担だけは先にしましょ~。一人はボートを引っ張る輸送本体残り二人は護衛ということですけどぉ、さてどれをやりたいですかぁ?」

 言い終わるが早いか村雨の目の前の二人が一気に沸き立った。

「はいはい!それじゃーあたし護衛したいっぽい!戦いたい!」

「はいはい!それじゃあたしも!妨害するやつらをガンガン潰したい!」

 両手を上げて思い切り自分の希望を口にする夕立、それを見た川内も続いて叫ぶ。

 二人揃って同じ勢いな様を見て村雨はまたしてもため息を今度は大きめにつき、そして二人に向かって言った。

「わかりましたよぉ。それじゃあ私が輸送本体するので、二人は護衛お願いしますね。」

「「やったー!」」

 しぶしぶとはいえ承諾の意を得て川内と夕立は海上で跳ねて揃ってハイタッチをして喜びを表した。村雨の心境は、まじめに付き合うと気苦労が耐えない友人が二倍・気疲れも二倍、そんな心境であった。

 

 3人の作戦はとりあえず護衛の川内と夕立が揃って壁になって前へ前へと出るのみ。旗艦の川内は掛け声をあげる。

「さてと、それじゃあ行きますか。川内抜錨!」

「ばっびょー?」夕立が呆けた声で反芻する。

「あぁうん。船とかの用語ね。錨を挙げて出航することだよ。こういう用語使うとホントに艦隊になった気がしない?」

 川内が得意げな口調で夕立へと質問の回答をすると、夕立と村雨は呆けた相槌を打った。それにはもちろん感心の意が込められているのは明白だった。

「川内さん物知りなんですねぇ~!」

 村雨が軽い拍手を送ると川内は後頭部をポリポリと掻きながら言った。

「いや~あたしの知識は大体がゲームか漫画絡みで得たもんだから、物知りなんて照れるわ~。でもかっこいい言葉多いの知ってるし、こんな知識でいいならどんどんあたしに聞いてよ!」

 自分より年下、中学生の二人に自分の知識を感心されて気を良くした川内は鼻を高々と伸ばすがごとくドヤ顔になり、背筋をピンと伸ばす。その仕草で図に乗ってるということを察した二人はあえて首を突っ込まずに乾いた笑いだけを流してその場をやり過ごす事に決めた。川内は年下の二人の表向き感心し続ける様にさらに鼻を高くしてふんぞり返った。

 そして雑談もほどほどに、川内たち3人は消波ブロックの側から移動し始めた。

 

 

--

 

 川内を先頭として2番めに夕立、最後尾にボートを引く村雨という順番で堤防に沿って河口目指して進む。途中まで進んだとき、夕立がふと上を見上げて何かに気づいた。

「ん~~?ねぇ川内さん。あれなぁに?」

「え?」

 夕立に尋ねられた川内が視線を上空に向けると、そこには先日まで自身が四苦八苦してとうとうまともに操作することを諦めた物体が飛んでいることに気がついた。それと同時に操縦者の意図にも気がつく。一瞬にして顔色を変えて川内は後ろにいた二人に指示する。

「やっば!あれ神通の操作する偵察機だよ。まずい、うちらの隊列とか動きが丸見えだわ。神通のことだからうちらのことあれで偵察して、なにか作戦でも立ててるに違いない。二人とも、スピード上げて一気に行くよ、いいね?」

「「はい。」」

 川内の真剣味のある焦りを見て駆逐艦二人は精神状態を普段の出撃時のそれに切り替えた。

 

 

--

 

 堤防と道路、そして工廠の敷地内の3つを挟んでその先の桟橋沿いにいる神通たちは、偵察機を飛ばして川内たちの動向を探ることにした。小さな範囲とごく簡単な作戦による訓練とはいえこれまで苦労して行ってきた訓練の総仕上げ、甘く見て手を抜くことはできない。それは訓練に協力する側の立場である五月雨と不知火もほぼおなじ気持ちであった。

 偵察機から見えた映像では、川内たちは縦一列の並びでスタート地点の消波ブロックから移動し始めていた。小回りをきかせて旋回しながら3人をカメラにおさめていると、そのうち真ん中の艦娘が上空を見た。続けて先頭と最後尾の艦娘も見上げる。どうやら気づかれた、そう神通は察する。その直後3人はスピードを一気にあげて河口を目指し始めた。

 

「……おそらく輸送本体は村雨さん。彼女の前に川内さんを先頭にして夕立さん、そして村雨と続いてます。……あ、速度を上げました。」

「うわぁ~神通さんすごいですね~。那珂さんみたいに艦載機使ってる~。かっこいいです!」

「……(コクリ)」

 

 神通が口にした分析結果ではなく行動に関心を示す二人。ワイワイ・ポワンポワンとはしゃぐ二人。

 神通は再び目を閉じて偵察機からの映像に集中しつつ二人に分析結果と指示を出すことにした。

「川内さんのことだから……細かい作戦なしに突っ込んで来るのだと思います。私はあそこに隠れて最初に飛び出します。なんとか誘導してみせるので、二人はあそことあそこに隠れて順番に出てきて攻撃してください。細かい立ち回りは……お二人に任せます。」

 神通がそう説明しながら指を差したのは、今自身らがいる人口湾の湾口を構成している突き出た波止、そして出撃用水路だった。海寄りの波止にはなんの目的なのか、ビニールカバーがかけられた木箱のようなものが並んで数個設置されている。そのため湾側でその手前に行ってしゃがんでしまうと、川からはその位置の湾側の様子が見えない。逆に川側の様子も見えない。

 神通はこれまで訓練中に朝早く来て、朝練の前に鎮守府Aの敷地内を散歩して各場所を観察するというのを何度もしていた。そのためとっさにその波止と箱を活用しようと思いついた。そして出撃用水路と、工廠1ブロック離れた区画にある演習用水路の物陰だ。ゴールは演習用水路の柵にタッチという簡単さだが、工廠内の水路部分に入ると、水場が入り組んだ構造になりさらに壁もあるためそれらが使えると神通は踏んでいた。

 神通が指差した方向を見た五月雨と不知火が振り返り元気いっぱいに返事をした。

「わかりました!わぁ~頑張ろーね、不知火ちゃん!」

「了解致しました。この身に代えても、任務を遂行します。」

 五月雨が不知火の手を握ってフリフリ小さく振ってにこやかに励まし合っているその様を見て、神通はその眩しい微笑ましさと明るさに僅かに口元を緩ませて笑みを出す。

 神通の心の中に気づくはずもないのに、五月雨はホンワカした雰囲気に似合わず鋭く触れてきた。

「あ、神通さんなんだか嬉しそうです。」

 

 言われて気づいて口の両端を下に下げる。それまではつり上がっていて笑みを作っていたのだと気づいたのだ。なぜ微笑みを浮かべていたのか自身でわからないが、艦娘仲間として一緒に何かをするということに実感を持ち始めていたのは確かだった。

 右手を胸元に当て気持ちを落ち着けて再び口を開いた。

「……私にとってはこれが初めての作戦行動です。ですから本当はどういう時にどのように動けばいいのかわかりません。だから……私が今できる精一杯の作戦。どうか、協力してください。お願い……します。」

 

 神通が初めての指揮と戦闘ということと普段から自信なさげだということは五月雨も不知火もわかっていたため、それならば最初から、あるいはその次に長くいる艦娘として余りある経験を存分に発揮せねばなるまいと意気揚々と乗り出す。

 

「あの~神通さん!きっとうまくいきますよ!私たち、ちゃんと指示どおりに動いてみせるので、任せてください!」

「……私も。意地でも。」

「ほら!不知火ちゃんも頑張るって言ってますので、神通さんの初めては私達がカバーします!」

 頼もしげなはずなのにどこか不安を微かに匂わせる五月雨の発言に、神通は妙な安心感も感じていた。曖昧なものは好まないはずなのに、まぁなんとかなるだろうと川内のような物言いをしそうになる。思っただけで実際には口にはしなかったが。

 今までの人生では少しでも不安を感じたり疑問に思ったら自分で納得行くまで調べて、時には手を出せずにやり過ごしてきた神先幸としての人生ではありえなかった、大胆さという要素の混じった曖昧さ。不思議と心地良いと神通は感じる。そして目の前の駆逐艦二人に視線を送り、一言だけ発した。

「はい。みんなで……頑張りましょう。」

 輸送の妨害という目的を果たすため、神通たちは足の主機に移動を念じ、それぞれのポジションに付くことにした。

 神通たちの一連やりとりを少し離れた場所でニヤニヤと見ていた那珂は3人が離れてからポソリと

「うん。神通ちゃんもコミュニケーション問題なさそう。微笑ましい青春だぜぃ~」

と妙な達観モードに入っていた。

 

 

 やがて河口に3つの移動する物体が姿を見せた。川内たちである。

 

 

--

 

 速度を上げて河口を目指す川内たち。最後尾にはボートを引っ張る村雨がいる。同調して筋力や脚力など総合的な能力が高まるとはいえ体力は別である。ボートを引く体力的コストがあるため、スピードを上げ過ぎるとついていけなくなって間が空く恐れがある。そして一般的な鎮守府の敷地よりも小さめな鎮守府Aとはいえそれなりの距離があるのでいざ対峙して途中で分断でもされるとまずいと川内は危惧した。

 作戦を考えるのは苦手とは言ったが、川内は結局のところ普段のゲームプレイの感覚を再現して訓練に自然と挑んでいた。本人的には意識して取り組んでいるわけではないが、隣り合っている夕立よりも1~2歩分前に出て先頭を進む川内の表情は真剣にゲームをプレイしている顔そのものになっていた。

 

 工廠と道路を隔てる壁は2m弱の煉瓦とその上は10mほどの高さの金網で出来ている。高低差としては堤防の手前の道路から工廠までのほうが海抜が高く、海側から艦娘が工廠の方へと視線を向けても湾の様子は確認できない。

 

 

 

 川内たちは河口で一旦停止した。ほぼ無策とはいえ警戒しないと流石にまずいと感じた川内は後ろを振り返って二人に言う。

「ここから警戒しながら行こう。なんか陣形組んでみる?」

 川内がそう提案すると、夕立と村雨はコクリと頷いてその案に乗ってきた。

「神通さんたちは左側から出てくるはずですし、川内さんとゆうを左側に配置して壁にして、私がこうやって立ち位置にして行きませんか?」

 ボートを引っ張る紐から一旦手を離して両手を使って説明する村雨が出した案は、次の形になっていた。

 

 川

夕 村

 

 ちょうど三角形の並びである。指で指し示しても呆けた顔をしている二人に村雨は実際に自分らで形作って示すことにした。実際に立ってみて川内はようやく合点がいった様子を見せる。

 

「おぉなるほど。こういうことね。わかったわかった。」

「どうせなら川の反対側にうんと近寄って遠回りに行った方がいいっぽい?」

 夕立は右人差し指を右頬に当てて虚空を見ながら追加で提案した。

「うんうん、いいね。それも採用~。いや~、あたしは良いメンバーに恵まれたわ~。」

 川内は軽い拍手をして夕立と村雨を素で褒める。

 

 二人の考えを受け入れて手で合図して川の反対側、排水機場のある岸にギリギリまで近寄り、沿って移動し始めた。

 川を上る3人。そろそろ湾口に差し掛かる距離である。しかし神通たちの姿はまだ見えない。

「……なんだ?まだ神通たち見えないんだけど。」

「そうですね~。そんなに凝りまくった作戦をしてるのかしら……」

 輸送担当の村雨は急に不安をもたげさせる。

 

 仕方なくそのままゆっくりと湾に入った。湾の端、桟橋の近くでは那珂が手を振っている。川内は口に手を添えて大きめの声で那珂に話しかけた。

「ね~~那珂さ~ん。神通たち、どこにいるか知りませんか~~?」

 その質問に那珂は苦笑しながら返す。

「それあたしが教えたらさ~、勝負にならないでしょ~?冗談きっついよ~。」

「アハハ。そっか。ですよね~~!」

 後頭部に手を当ててわざとらしく照れを見せる川内。湾口、波止の木箱の陰がまだ見えないその場で足を上げて方向転換して夕立と村雨に向き合う。

「まぁ~いいや。今のうちに演習用水路に入れれば勝ちだし。速攻で行こっか!」

「「はい!」」

 

 妙な安心感を得ていた川内らは陣形をいつの間にか単縦陣に戻し、一路演習用水路を目指して発進し緩やかに速度を上げ始めた。3人が湾口から離れて3分の1に達しようとしたところ、最後尾にいた村雨は左側、9時の方向から水をかき分ける音を聞いた。

 振り向くと、そこには全く掛け声を出さずに身を低くしながら忍び寄る神通の姿があった。

 

「うわぁ!!神通さん!?」

「「えっ!?」」

 

 村雨の悲鳴にも似た第一声で前を進んでいた川内と夕立が振り返ってようやく気づく。

「ちょっ!神通そこ!?夕立ちゃん、戦闘態勢!村雨ちゃんはあたしたちの後ろに下がって!」

「は~い!」

「はいぃ!」

 

 

--

 

 気づかれた。あと10mほどの位置まで迫っていた神通は相手が慌て出すのを見て同じく心落ち着かなくなる。こうなったら早くしなければ。

 夕立の背後に回ろうとしている村雨めがけて砲撃した。

 

ズドッ!

 

「ますみんあぶない!」

 村雨とペイント弾の間に夕立が割り込む。

 

ベチャ!

 

 神通のペイント弾の砲撃は村雨ではなく夕立に当たった。それを確認するやすぐさま神通はもう一度村雨を狙うべく次発で砲撃するために右腕をつきだし、連装砲を打ち出せるよう指を曲げてスイッチに軽くあてがう。

 しかしすぐには撃たずに、ひとまず距離を詰めることを考えて一歩、そして水上を滑るべく主機に任せてダッシュする。その際心震わせて気合を入れるのを忘れない。

 

「やあぁーーー!!」

 

 実際の神通の掛け声は蚊の鳴くようで大した迫力がなさそうなものだったが、夕立にとって適度に効果があった。夕立は神通とはほとんどまったく一緒に訓練したことなく、これまでの日常で神通という人は大人しい人という印象しか持てずにいた。そのため掛け声を挙げながら突進してきたその人に驚きを隠せないでいる。

 

「え?え? わあぁぁ!!」

 

 自分の思考・意識外のことが間近に迫り、一気にパニクる夕立。手に持っていた単装砲のトリガースイッチを何度も押す。

 

ドゥドゥ!!

 

ベチャ!

 

 夕立からの砲撃。

 1発めは食らってしまったが2発めを前のめりに転ぶように右斜め前に身体を倒して回避に成功する。地上の要領で思わず手を付こうと伸ばすが、よく考えなくても手からは艤装の浮力は出ないのでこのままでは沈むのみだ。そう感じて引っ込めようとするも時すでに遅しであった。

 行動が思考に追いつかずに神通は右手から海面に全身を浸し、柔道で受け身をとるがごとくそのまま一回転しながら海中に沈んでいく。

「うぶっ……」

 無我夢中で海中で足をジタバタさせどうにか姿勢を足の艤装の主機の浮力発生装置を海底に向ける。孔からゴボゴボと泡だった音が響いてきて神通の身体が浮き上がっていく。

「ぷはっ!」

 海面から神通が顔を出してホッと一安心して眼前を見ると、川内が夕立と村雨に発破をかけて今まさに離脱しようとしていたところだった。

 

 まずい。

 そう感じた神通は言葉以上に焦りを感じ始める。その焦りは早く追いつかないとという考えに至る。しかしそれを思っただけで、それ以上に具体的にどうするというのは考えていないつもりだった。

 目の前の三人組のうち、夕立を追い越せばなんとかなるかもしれない。ボートを引く村雨は夕立の先、川内の後ろだ。神通はすでに立ち上がって直立していた姿勢で、腕を前方に伸ばして構えてみるが狙いが定まらない。すぐにはボートを狙わない。というよりもまだ落ち着いて集中した後でないときちんと当てられないため、撃つことができない。

 今の神通の位置からでは夕立がとにかく邪魔だ。なんとか追い抜きたい。

 

 その神通の思考は自身が思った以上に艤装に理解された。足の艤装、主機からウィーンという鈍い音が聞こえてきた。一度経験していたため察しがよい神通はすぐに気づく。

((あ、これはまたやらかした。))

 今度はそれを逆手に取ってみる。身をかがめて陸上選手さながらの姿勢をとる。とはいえクラウチングスタートではなく、運動に慣れていない人がする可能なかぎりの低姿勢のスタンディングスタート状態である。今この時の神通にとって、その姿勢が一番こなしやすい。

((お願い……神通の艤装。私を、助けて……!))

 

ズザバァァーーーー!!

 

 

「ひっ……ぐっ……うぅ!」

 前傾姿勢のスタンディングスタートが功を奏し、水上移動訓練当時とは個人的に比べ物にならないほど安定しつつも爆速ダッシュをできたと神通は感じた。しかし勢いがありすぎて姿勢が左右に傾かないように保つだけでも精一杯だ。

 あっという間に夕立に追いつく。その水を激しく掻き分ける音に夕立が振り向いた。

「うあぁ!神通さんめちゃ迫ってきてるぅ!!」

 しかし神通の練度云々は関係なしにその動きだけで、川内チームへの牽制は十分だった。上半身と頭だけをわずかに後ろに振り向かせ、川内がメンバー二人に向かって大声を上げる。

 

「村雨ちゃんは全速力で離脱しろ!!夕立ちゃんはちょっと落ち着け!!」

「は、はい!!」

「っぽい!!?」

 

 スピードを落とした川内は後ろから来ていた村雨と夕立と並走する形になる。その際左手をブンブンと払って村雨に演習用水路に行くよう合図し、夕立に対しては口だけで叱る。

 村雨は慌てながらも足の艤装に意識を集中させ、とにかく全力でこの場を離脱することを優先させた。それを目の当たりにした神通は思った。

 ((今ならこんな私でも……陣形を崩せるかも))

 川内たちの陣形をさらに崩すべく、村雨をとにかく狙う。爆速ダッシュを意識して鎮めつつもダッシュの終点を川内と村雨の間に定める。高速移動しながらの砲撃をする心構えができていないなら、そのまま勢いに任せて突進すればいい。両腕を前方に伸ばし、わざと撃つ仕草をしつつ神通は低空ジャンプしてヘッドスライディングばりに前方の二人の間に飛び込まんとする。

「くっ!?だからさせないってば神通!!」

 川内は主砲ではなく、左腕に取り付けていた機銃を連射する。

 

 

ガガガガガガッ!!

 

 

 川内の射撃は突進してきた神通の電磁バリアで弾かれる。その効果はわかっていたことなので川内は気にしないし、攻撃されている神通もビクッと驚きを見せるがすぐに無視する。というよりもタックルの勢いの最中なので余計な心配をしている暇などなかった。

 ただひとつ、川内と神通の想定外のことが起こった。

 

「きゃああ~~!」

 

 村雨はまっすぐ演習用水路を目指すはずが、なぜか驚きのけぞって方向転換し針路を9~10時の方向、実際には南に向けて湾を移動し始めた。その方向には出撃用水路があるのみである。

「「えっ!?」」

 

 村雨は、神通のバリアが弾いて防いだ流れ弾に驚き、針路を一転させてしまっていた。

「ますみん!?そっちは違うっぽい~!!」

 思わず夕立も、わざわざ川内の後ろを瞬間的にダッシュして飛び抜けて村雨を追いかけようとする。

「おいおい!!夕立ちゃんも!……くっ、今は神通だ!」

 思わぬ展開と成果に神通は僅かに俯いてほくそ笑む。ホッと安心したのもつかの間、宙を一回転して背中から海面に着水し、再び全身を海中に浸してしまった。衝撃のため多量の水しぶきが周囲に撒き散らされる。神通のタックルをギリギリでかわした川内だが、その飛沫に身をよじり腕で顔をカバーして動きを止めてしまった。

 海中から顔~肩口までを出した神通は可能な限りの大声を上げ、村雨の向かった先に指示を出した。

 

「お願いします~。さ、五月雨さぁーーん!!」

 

「は~~い!」

 

 間延びして少々間の抜けたほんわかした返事を掛け声として出撃用水路の真ん中2番目からダッシュで飛び出してきたのは、叫び通りの人物の五月雨だ。鎮守府の敷地内、湾内で出すには際どすぎて危ない速度でもって、出撃用水路へと近寄ってきていた村雨めがけて突進していく。

 

 

「ますみちゃん覚悟ー!」

「あ、わぁぁ!!さみぃー!うわっうわっ!」

 

ドドゥ!!

ドドゥ!

 

 突然猛スピードで目前に迫ってきた五月雨は右手の端子に取り付けていた連装砲を構えて砲撃する。迫ってくる五月雨を目の当たりにして村雨はボートを持っていない方の手に持っていた連装砲を構えて応戦した。

 

ベチャ!ベチャ!

 

 五月雨の放ったペイント弾は村雨の左胸元に付着する。一方で村雨の放ったペイント弾は五月雨の右肩付近に付着するが、あまりにも猛スピードで迫って通り過ぎたためにその量はわずかだ。

 加えて五月雨は自身のスピードに足の艤装と足の耐久力がついていけなくなる。ふとした拍子に足をもつれさせすっ転び、低空飛行で宙を三回転ほどしたあげくに盛大に水しぶきをあげてヘッドスライディングばりに着水してしまった。その先には村雨を追いかけてきた夕立がいる。

 五月雨が転んだ拍子の水しぶきに驚いて夕立は急停止した。

「うぅ~、さみってばぁ~。なんなのよぉ~そんな豪快な転び方ぁ~!」

「アハハ……ゴメンね。ちょっと引っ張ってぇ~。」

 驚きはしたが夕立はすぐに目の前の五月雨を気にかける。親友からの救援依頼に快諾して五月雨が立つのを助けるべく手を伸ばした。

 一方で村雨は衣服についたペイントを確かめるべくヌチャっという生理的に受け付けぬ音と感触を味わってその場で呆然としていた。

 その様子に気づいた川内が村雨に対し怒号をあげる。

「ちょっと村雨ちゃん!何してんの!?今のうちに演習用水路に行けっての!」

「うぇ~……だって気持ち悪くって……」

「そんなの洗えるんでしょ?さっさと行け!」

「は、はい!」

 

 村雨は今までなんとなく川内に対して感じていた、ゲーム・スポーツ好きのただのお気楽で活発そうな女子高生という印象をこの瞬間雲散霧消させた。

 ゲームもスポーツも好きであるがゆえ、神通と向き合って構えている川内はいざ演習(試合)に取り組むときは本気も本気なのだ。その迫力や、直情的であるがゆえに受ける印象はまさに男勝り、気迫十分だ。

 なんだかんだ言ってもさすが年上、高校生だ。川内を信じて頼ることを決めた村雨は主機に高速の移動を念じて移動を意識し始めた。お互い助けあっておしゃべりし始めている五月雨と夕立を無視し、1番目の出撃用水路の脇を過ぎて北上し演習用水路のある工廠の第一区画へと目指し始めた。ボートをひっぱりながらの急な方向転換のため出だしはゆっくりと、途中で一気に速度を上げて向かっていく。

 

 この状況を川内はホッと胸をなでおろして見守る。神通はようやく起き上がってコソッと村雨を狙おうとしたが、川内に気づかれて身体を抑えこまれて思うようにできないでいる。腕を抑えこまれた神通は撃てないために俯く。川内はそんな同僚の姿を見て勝利を確信する。

「へっへ~ん。これであたしたちの勝ちだね。旗艦のあんたを押さえ込みゃあ、あとは五月雨ちゃんだけだったし、楽勝でしょ。へん!」

 そんな物言いをする川内に、神通は肩を震わせる。

 川内はその震えを見て感情をあまり出さないこの親友もこんな感じで悔しがることもあるんだなと、優越感に浸りながら鼻息一つ鳴らして周囲に視線を送り、村雨がゴールに到着するのを見守り続ける。

 誰もが誰も、もう一人演習参加メンバーのことを頭から抜け落ちていた。ただ一人、神通を除いて。

 

 

ベチャ!ベチャ!ベチャ!

 

 

 村雨はあと十数mというところで、急に左側からペイント弾を数発食らった。

 未だ乾かず取れることのない先ほどのペイント弾の影響からほどなくしての出来事、村雨の左肩~太ももにかけて新たなペイント弾のペイントがベットリと付着する。あまりに突然のことのため村雨本人は驚きの声を上げることも忘れて急激に減速し、ほどなくして完全に停止した。思わずボートを引っ張っていた片手の力が抜け、ボートと自身の間が開く。

 演習用水路の柵まではわずか5~6mという間近の距離であった。

 ペイント弾が飛んできたと思われる工廠のドックの屋内の物陰からそうっと姿を現したのは、神通以外全員がその存在を忘れていた不知火その人であった。

 

「沈みなさい。」

 

 少女にしては低すぎてドスの利いた声でぼそっと一言だけ言いながら不知火は鈍速で屋外に完全に姿を現す。頭を左に向け、村雨に視線を送る。

 村雨がゆっくりと左斜め後ろを向くのとほぼ同タイミングで、川内そして夕立が工廠の第二区画の前に姿を見せた不知火を見る。目を開いて口が半開きになっている。

 対して五月雨と神通はふぅ……というため息の後、微笑~笑顔~満面の笑みと移り変わっていく。

 全員が全員、この瞬間に勝敗を理解した。

 

「負けですぅ~……。」

 村雨はようやく思考が現実に追いつき、素直に負けを認めて短い言葉でスッパリと宣言した。

 そこまでの状況を見届けて、審判役の那珂と五十鈴が速度をあげて不知火と村雨の側にやってきた。

 

「村雨、被害状況を教えて。」

 五十鈴がそう言うと村雨はほとんど全身と言ってもよいくらいに付着したペイントをざっと見渡し、五十鈴と那珂に聞こえるよう声を張って報告した。それを受けて那珂が全員に聞こえるよう大声で宣言する。

「今回の演習試合、神通ちゃんチームの勝利とします!!」

 那珂の宣言か5秒ほどして神通達、そして川内達が堰を切ったように感情を爆発させあう。

 

「ちくしょーー!負けたぁ~~負けた!!」

 川内は両手で顔を覆い、しゃがんで地面でもないのに水面を叩いて小さな水柱を何度も巻き上げる。

「うあああ~~あたしも悔しーー!悔しい悔しい悔しい!!」

 夕立に至ってはその場で地団駄踏むように水面を蹴りまくって川内よりも大きな水しぶきをあげた。

「……はぁ。私がもっとちゃんとしてれば……はぁ……。」

 五月雨ほどではないが普段おっとりやの村雨が思い切り悄気げて憂鬱な言葉をぼそぼそとつぶやいている。負のオーラがこみあげているのが誰の目にもわかった。

 

 五月雨が神通の側まで移動する。神通と二人揃って不知火の側へと寄ると真っ先に五月雨が喜びの声を上げた。

「やったねぇ!!不知火ちゃんが一番の活躍だよぉ~!」

「……いえ。二人の。」

「ううん。二人ともよく頑張ってくれました。いえ、先輩方、ご協力……ありがとうございました。二人のおかげです、本当に。」

 神通は目の前の二人が年下ながらも艦娘としては先輩だったことを思い出し、言葉を改めて感謝の意を示した。

 

 

--

 

 川内チームの3人もほどなくして集まり、お互い声を掛け合う。

「川内さぁん。本当にゴメンなさい。私が慌てたりぼうっとしてたせいで……。」

「ううん。気にしないでよ。最後の不知火ちゃんの攻撃、絶対気づくわけ無いって。あんなんされたらあたしだって下手すりゃ那珂さんだってかわせずに被弾しちゃうよ。つまるところ、あたしたちはまだまだ経験不足ってわけだ、うん。」

「あたしも神通さんの変な勢いっていうか迫力にビビっちゃったっぽい~。もっと強くならなきゃ~~。はぁ~あ。」

 ひたすら謝る村雨を川内と夕立はお互いの立場から慰め、励ましあうのだった。

 

 2つのチームの反応を伺っていた那珂が再び声を上げる。

「さ~て。一回めはこれにて終了。まだまだいけるかな?」

 那珂の言葉にピクンと反応した川内が言う。

「もちろんですよ。この悔しさを思いっきり発散させたいし。すぐいけるよね、村雨ちゃん、夕立ちゃん?」

「はぁい。」

「はーい。問題ないっぽい。」

「私……たちも、大丈夫です。」

 神通の言葉にコクリと頷く五月雨と不知火。

 那珂と五十鈴はお互い見合わせ、意識合わせをしたの次の演習試合に向けた宣言をした。

 

 

--

 

 その後午前が終わるまで、2回演習試合が行われた。2回めは攻守交代として神通たちが輸送、川内たちが妨害となった。川内たちは意表を突いた妨害の仕方を発揮し、臨機応変さが足りなかった神通たちをあっという間に撃破する。輸送担当は五月雨だった。

 すぐに決着がついた2回目が終わり、あまりに早い勝敗に思うところあった那珂はもう一度同じ攻守の立場でするよう6人に言い渡す。

 そして迎えた3回目、3人一丸となって固まって突進し、輸送担当となった五月雨をひたすら守りぬいたことが功を奏し、川内たち3人の猛攻をくぐり抜けてギリギリで神通が演習用水路の柵をタッチできたことで、輸送側たる神通チームが勝利を得た。

 

 

「お互いよく頑張りました!午前の部は2対1で神通ちゃんチームの優勢ってところだね。」

「ふん!たまたまですよ。こんな狭いフィールドなら神通たちだって勝てますって。やっぱもっとでかいフィールドでやりたい!!」

 川内が不満と要望を口にする。同じ気持ちだったのか、残りの5人は思い思いのタイミングと強さで相槌を打った。それを見て那珂は提案を交えて午前の演習の締めの言葉とした。

「それじゃー午前はこれまで。午後も続きやるけど、次もっと動きまわって見応えある試合を展開してほしいねぇ。まぁもしかしたら進める上でルールに問題があったかもだから、お昼食べたら話し合お? 今のルールが絶対ってわけじゃないからさ。皆で作っていきたいのですよ、今日の自由演習は。」

 那珂の鼓舞の言葉に真っ先に反応したのは川内と夕立だった。

「はい!もっとゲームっぽいアイデアまぜて楽しくしましょうよ」

「あたしももっと遊びた~い!」

 二人して両腕をあげて海上をぴょんぴょん跳ねる。水しぶきが四方八方に散るがごく僅かなもののため二人以外は誰も濡れずに済んでいる。

「ゆ、ゆうちゃん……本音が出ちゃってるよ~!」

「ちょっとゆう~。あくまでも川内さんと神通さんの訓練の協力なんだからねぇ~?」

 五月雨と村雨がその物言いにすかさずツッコミを入れ、訓練終わりの皆を笑みで癒やした。

 

 

--

 

 一同が時間を確認するとすでにお昼を数分過ぎていた。腕時計をチラリと見て五十鈴が尋ねる。

「もうお昼ね。ねぇ那珂どうする?一旦上がりましょ。」

「そーだねぇ。よっし皆でお昼ごはんいこ!」

 那珂と五十鈴の言葉に賛同した一同は演習用水路の側から工廠に上がり、艤装を仕舞って本館へと戻ることにした。その際、那珂たちから艤装を受け取って仕舞ってきた明石が那珂たちにサラッと伝える。

「そうそう。提督もう出勤してきてますよ。」

「お~提督やっと来たか~。」と那珂。

「みんな演習に随分熱中してましたからね、工廠にちらっと姿現してそこの演習用水路の側から見てたのも気づかなかったでしょ?」

「あ~~。だってあたしたち湾の端っこでやってましたもん。そりゃ気づきませんって。」

 川内が苦笑いしながら明石の言葉に返す。それを受けて明石は提督の様子の一部を誇張して冗談めかした依頼をしてくる。

「さみしそうな背中で帰って行きましたから、ぜひかまってあげてくださいね。」

「はーい。」

 那珂は間延びした返事と合わせて手を挙げて賛同を示す。他のメンツもクスッと笑いながら返事をした。そして工廠から出ようと向きを変え始めた時、一同は明石から追加でお泊りに期待を持てる言葉を聞いた。

「そうそう。今日のみんなのお泊りに私もお付き合いしますよ。提督が自分だけじゃ気まずいっておっしゃるんで、保護者代表追加です。」

「お~明石さんも一緒!夜絶対楽しそう!おしゃべりしましょうね!」

「アハハ、は~い。本館戻ったら、色々と楽しみにしてみてくださいね。」

 明石も泊まりと聞いて一際沸き立ったのは川内だった。川内の素の欲望でのお願いに明石はクスッと笑いながら手を振る。那珂や神通が察するに明石もノリ気なのは間違いない。

 そして事務室へ戻っていく明石の背中を数秒確認した後、那珂たちは工廠を後にした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入渠設備、完成

 本館へ戻った那珂たちは執務室に向かうことにした。本館へ入っていつものコースで更衣室に行こうとすると、1階女性用トイレのそばの工事区画で慌ただしく工事関係者と提督が話し合っていることに気がついた。

「あれ?提督ってばあそこにいる。どーしたんだろ?」

 那珂たちはどうせ2階に行くのに通るのだからと、特に気に留めずに提督が立っている工事中の部屋の前へと向かう。すると那珂たちに気づいた提督が軽く振り向き、手を振ってきた。

 

「おー、君たちか。ちょうど良かった。」

「どーしたの?」

「なんでしょ~?」

 那珂に続いて五月雨が返事をすると、提督は満面の笑みで返してきた。

「ついに工事が終わったんだよ。今日から使えるぞ!」

「えー!!」

 那珂と同時にほぼ全員が驚きの、歓喜の念を伴って声を上げる。少女たちが挙げる黄色い声に提督はもちろんのこと、工事関係者も思わずニンマリとする。工事の現場責任者も提督と同じような言い回しで、ぜひ存分に使ってくださいと言葉をかけてくる。

 那珂が代表して感謝の言葉を返すと、現場責任者や作業員は更に破顔して喜びをこぼすのだった。

「皆さん、ありがとうございます!毎日作業ほんっとご苦労様でした~!大切に使わせてもらいますね!」

「ねぇねぇ提督!早速使っていい?」

 川内が急き立てながら尋ねると提督はなだめるような手つきで川内を制止してピシャリと言う。

「まぁ待ってくれ。現場責任者の○○さんから、設備の説明を受けるから、せめて夕方からだぞ?」

「うわぁ~い!楽しみだなぁ~。ね、那珂さん!?あたしだってシャワー室できればちゃんと毎日でも綺麗にして帰りますよ。」

「アハハ、はいはい。わかったから落ち着こ~。」

 

 那珂の宥めを受けてどうにか落ち着いた川内を背に提督は現場責任者に一言で合図を伝えて説明を求めた。案内のもと、提督を先頭に那珂・川内、神通と一同は女性用トイレの隣の部屋、シャワー室となったはずの部屋へと入った。

 

 

--

 

「え、うわぁ~結構広い。ていうかシャワー室としては広すぎじゃない?」

 那珂が驚いたその広さは、まずは洗面室・脱衣室たる区画だった。

 

「まずはここが脱衣室になります。職員さんが今後大勢使われるかもしれないと最初に伺っております。約60m2のうち、脱衣室についてはこのくらいの広さとなっています。備え付けなのは水道と、洗濯機用の配管のみです。」

 現場責任者が指し示す場所と面積の数値にふむふむと頷く一同。そして提督と同じくらい本館の隅々を知っている五月雨が提督に問いかけた。

「あの~提督。この部屋って会議室と同じ位の奥行きですよね?」

「ん?あぁそうだよ。」

「脱衣室でこんなに広いということはぁ……、残りの奥行き全部シャワー室ってことですか?」

 五月雨の質問に提督は言葉を発さずにコクンと頷いて微笑した。五月雨はすぐに察し、誰よりも真っ先に驚きを表す。五月雨がまだシャワー室を見てもいないのに先に驚いたのを見て那珂たちは何事かと確認する。五月雨はそれに対して

「うふふ。見てのお楽しみだと思います。」

とだけ言っておっとりした雰囲気の物言いで優越感を含んだ笑顔を那珂たちに向けるに留めた。

「なーーーーんか五月雨ちゃんと提督、二人だけ知ってる感じでずっるいなぁ~~。」

 冗談めかしているが明らかな嫉妬をする那珂。本気も半分だったがあえて冗談風を貫き通してジト目で五月雨に視線を送り、周囲に笑いを誘いかけた。

 

「そりゃ~ね~。さみはうちの初めての艦娘だもんね~。本館のコンセントの位置も全部さみに聞けば知ってるっぽい。」

「さ、さすがにそこまでは知らないよぉ……。」

 夕立が言う妙な例えに照れと苦笑いを同時に織り交ぜてモジモジする五月雨だった。

 

 

--

 

 脱衣室と浴室を隔てる戸を開けて次の区画に入る。那珂たちの目に飛び込んできたのは、シャワーだけではなく浴槽も、そして部屋の壁の端には蛇口と鏡が4基とりつけられた設備も揃っている、一般家屋の浴室というよりもちょっとした旅館の浴室並の広さのそれだった。

「さて、どうかな?感想を聞きたいな、まずは那珂。」

「え? え、え~っと……あたしはてっきりシャワーだけかと思ってたんだけど、ていうかすごくない!?なんで?なんでこーなったの~!?」

 提督から感想を聞かれて一瞬慌て、素で質問し返す那珂。続いて川内も驚きの感想を述べる。

「そうですよ!これって普通に銭湯並じゃないですか!?」

 川内の大げさな評価の感想に黙ってコクコクと頷く神通と不知火。あえて黙っているのではなく、二人とも那珂たちと同様に想像以上の浴室の設備に圧倒されているがゆえであった。続いて那珂よりも控えめながら五十鈴も驚きと感心の声を上げる。

「私も簡易的なシャワー室だと思ってたのに、こんなに豪華になったのね。ねぇ提督、なんで設備のこと私達に話してくれなかったの?」

 五十鈴から質問を受けて提督はようやく艦娘たちの驚きと問いに答えた。

「一応明石さんには本当は浴室を作ることも全て相談していたんだ。あの人にはうちの機械面や設備周りのことは全部知っておいてほしいからね。それから妙高さんにもね。君たちに言わなかったのは、ぜひとも驚いて喜びを何倍にも高めて欲しかったんだ。大人げなくて申し訳なかったかな?」

「いいえ。そんなこと気にならないくらい驚いたわ。これだけ豪華な入浴設備、すごく嬉しい。」

「ホントだよ~。提督ってばナイスなことするんだから素敵なおっさんだよぉ~。ありがとね!」

 五十鈴が素直に評価し、那珂もいつもどおり茶化して周りに笑いを誘いながらも好評価する。五月雨たち駆逐艦勢は那珂たちのセリフに深く頷いた。

 現場責任者の案内で各箇所を見、そして簡単な使い方の説明を受け続ける一行。すでに水が通っているため、蛇口をひねると水とお湯が出る。シャワーのスイッチとダイヤルを回せばシャワーも出る。浴槽は完成したばかりのためにまだ湯は張られていない。そんな浴槽では那珂たちが説明を受けているのを我気にせずとばかりに浴槽に入って遊ぶ夕立の姿があった。引っ張られて付き合わされていたのは不知火だが、心なしか頬を緩ませ静かな笑みをこぼして夕立の遊びに付き合っていた。

 

 

--

 

 一通りの案内と確認が終わった一行は脱衣室を抜けて廊下まで戻ってきた。案内されている間に廊下にあった工事用の機材等は全て片付けが済んでいた。

 提督と現場責任者の男性は工事完了の最終の打ち合わせをするために執務室へと向かっていった。

 廊下に残った那珂たちは別れ際に提督から昼食は各自適当に済ませろと言われたため、一旦更衣室そして待機室に戻ったのち、全員揃って本館を出て昼食を買いに行くことにした。

 道中の話題はやはりつい先程説明を受けたシャワー室改め入浴設備、浴室である。誰が最初に使うだの石けん等の備品は誰が買ってくるかだの、真面目な五十鈴が心配するところにより誰が掃除を担当するかだのと多岐に渡る。泊まりがけの自由演習という元々の要素に素敵な調味料が加わったため、少女たちの胸踊る思いとおしゃべりは止まる気配がない。

 

 

--

 

 そんな最高の気分と最高の艦娘仲間同士のおしゃべりの最中、那珂はふと全員に向かって言葉をかけた。それは元々前日より密かに暖めていた考えである。

「そーだ!せっかくお風呂もできたんだしさ、遅くまで訓練して汗かいてもあたしたちは問題ないわけだよね?」

 突然の発言に川内たちはとりあえずの相槌を打って続きを待つ。

 

「夜の訓練もしてみない?あたしや五十鈴ちゃん、五月雨ちゃんと村雨ちゃんは夜の戦いを経験したことあるけど、みんな夜の戦いはまだまだ経験不足だと思うの。」

「夜かぁ~。艦隊的に言うと夜戦っすね。うん、夜戦。一度は体験してみたいなぁ。ね、神通?」

「……えっ!?で、でも……夜です……よ?怖い。」

 艦娘になったとはいえ普通の女の子であることには間違いない一同。神通はそんな女子として当然の不安を口にする。しかし同僚たる川内の口ぶりは全く違う。

 

「いいじゃん夜遊びって感じでさ。大体明石さんや提督も泊まるんだよ?保護者いるじゃん。だから全く問題なーし。ねぇ那珂さん?」

「アハハ。そーだねぇ。あたしも川内ちゃんにいっぴょー。」

 と言い終わるが早いかそんなノリノリになりかける那珂の服の襟元を五十鈴が掴んでツッコミを入れる。

「ちょっとあんたらねぇ。艦娘とはいえ五月雨たちはまだ中学生なのよ?夜遊びとかそんなことすすんでたぶらかしたり吹き込むのやめなさいよね。」

「ちょ!ちょ!ちょ!五十鈴ちゃ~ん!小動物みたいに首根っこ掴むの禁止ぃ~~!」

 那珂の襟元を掴んでいる五十鈴を川内がまぁまぁとなだめる。

「五十鈴さん真面目だなぁ~。あたしたちも五月雨ちゃんたちも、世界を救う艦娘ですよ?夜戦問題な~し。ね、夕立ちゃんも夜戦したいでしょ?」

 が、言葉の端々に反省の色もなだめる意味すら持っていないのは明白である。そんな川内の口ぶりに、中学生組で固まっていた当の夕立は視線を川内に向けるとすぐに片手をあげて弾けるような返事を返す。

「うん!夜戦やってみたいっぽい!さみとますみんだけやっててあたしと時雨だけ経験してないなんてやだもん!」

 夕立は要望ともにすでに夜戦経験済みな二人に対してズバリはっきりと愚痴る。五月雨も村雨も苦笑するしかない。

 

「ね?ね?夕立ちゃんたち中学生もああ言ってることだしぃ~、ここでは五十鈴ちゃんの常識はポイしちゃお~ね~?」

 那珂が茶化し満点の発言をすると、五十鈴はフンと鼻息荒くそっぽを向き、数秒遅れて快諾とはいえないしぶしぶの承諾を表した。那珂たちは賛同を得られたと判断してさらに沸き立つのだった。

 

 

--

 

「夜戦するってことは、夜の訓練ということで市の広報の掲示板に案内出しておかないといけないですね~。」

 五月雨が突然事務的な事を言い出したので那珂はすかさず聞き返す。

「案内?」

「はい。提督によりますと、市とのお約束ごとなんだそうです。夜に砲雷撃でバンバン撃つとうるさくて迷惑になってしまうので、事前に案内出してこの辺りに住む市民の皆さんにお知らせして、ご理解をもらわないといけないんです。」

「へ~~。さっすが秘書艦様、あたしたちが知らない事務的なことも知ってるんだね~。たのもし~!」

 ややドヤ顔で説明する五月雨にぐっとキた那珂はそう言いながら褒めるのと同時に茶化しの意味を込めて抱きつく。

「ふわぁ!!も~~、那珂さんってばぁ~、熱いですよ~!」

 しかし今は当然この真夏まっただ中。日が一番強く出ている昼時のため、早く肌と肌の触れ合いをやめたい五月雨は、弱々しくも巧みに身体をくねらせて那珂を振りほどき、文字通り熱い抱擁によってクシャっとたゆんだ髪や制服の襟元を正す。

 そんな五月雨に謝った後、那珂は茶化しはほどほどに思考を切り替えて皆に言った。

 

「真面目な話、そのあたりの事務的なことは提督以外では五月雨ちゃんがよく知ってるみたいだから、これからは周知が必要になる訓練の時は必ず秘書艦の五月雨ちゃんか提督に確認や連絡してからしよ~ね。これから人増えるんだし、あたしたちは鎮守府Aの草創期メンバーということで、あたしたち自身で運用をしっかり決めて、後から入る人たちが安心してお仕事できるようにしないといけないと思うの。どうかなみんな?」

「えぇ。あなたの意見に賛成よ。」

「はぁい。私も役割とか決めておいて安心して過ごせるようにしたいですし。」

「私も……役割はきちんとしたい、です。」

 五十鈴に続いて村雨、神通、そして声は出さなかったが不知火がコクリと頷いていって那珂の真面目な意見に賛同する。

 

「あたしは任せられることは他の人に任せて思いっきり艦娘の仕事できればいいや。ね、夕立ちゃん?」

「うん!あたしもあたしもー!」

 自分の欲が真っ先な川内と夕立は先の4人とは全く異なる言い方をする。川内の自分勝手な言いっぷりには那珂と神通が、夕立のそれに対しては五月雨と村雨が頭を悩ませた。

 

 一通り話が終わる頃には一同は本館にたどり着いていた。那珂たちはすぐさま冷房の効いた待機室へと駆け込み、午後の訓練までの数時間、昼食とおしゃべりに興じることにした。

 

 

--

 

 昼食が終わり、那珂たちはまどろみながら待機室でゆったりした雰囲気のもと休憩していた。五月雨は秘書艦の仕事があるため提督に呼ばれておりいない。夕立は不知火を強引に連れて先ほど見学したシャワー室改め浴室を再び見に行っていない。残るは那珂たち軽巡4人と村雨になっていた。

 

 ふと気になったことがあり、那珂は村雨に尋ねた。

「そーいやさ、時雨ちゃん全然顔見せないけどどーしたの?」

 村雨はあくびをしかけていた口を手で隠し、潤んでいた目をシパシパさせながら答える。

「時雨は旅行行ってますよぉ。」

「いや、でもさすがに2週間近くも顔見せないってなるとちょっと心配にならない?」

 那珂がやや声のトーンに不安を織り交ぜて言うと、村雨は親友のことだからなのか至って平然に明るく答える。

「時雨のパパとママってものすっごく旅行好きなんですよ~。なんかバイク乗り回してよく行くそうなんですぅ。夏休みだから時雨は連れ回されてるらしくて。」

「へぇ~時雨ちゃんとはほとんど全く話してないけど、そんなアクティブな娘なの?」

 川内がテーブルの上で組んだ腕に頭を乗せて寝ながら尋ねる。その質問にはまず那珂が答えた。

「逆逆。落ち着いてて淑やかな娘だよ。」

「えぇ、それとですねぇ……」

 その後の村雨の説明の続きによると、両親がしばしば出かけるせいで家事・炊事を代わりに一人で行うことが多くなり、今では中学二年にして同級生の中だけでなく上級生の三年生や教師にも一目置かれるほど家庭的なスキルが異様にレベルアップしているのだという。時雨の家庭の事情を聞いた那珂たちは苦笑いしながらも時雨に感心する。

 那珂は以前より聞いていたことなので細かく言わず、村雨の言に任せるため相槌を打つだけにする。そのため率直な感想は主に川内と神通が発した。

「へぇ~。親がそんなふうなら娘もそうなりそうなイメージあるけど、時雨ちゃんの場合は逆なんだね~。こういうのなんて言うんだっけ、神通?」

「……反面教師、かと。」

 

 顎を腕に乗せたまま顔の向きだけ変えて川内が尋ねると、神通は短くぼそっと答えた。那珂は後輩二人の言い方に少し失笑してしまう。

「二人して地味にひどいなぁ。本人いないからいいけど、あまりそういう言い方は口に出さないで心に思うだけにしておいてね。」

 那珂が二人に注意すると村雨は眉を下げて心配がちな表情を浮かべて口を開く。

「時雨、しょっちゅう旅行とか遊びで出かけてていないことが多い両親のこと、結構気にしてるらしくて話のネタに出されると躍起になってというかやけになって無理やり明るく振る舞おうとするんです。親友の私達からするとちょっと痛々しいというか……」

 村雨が歯切れ悪く言葉を締める。那珂はそれを耳にしてさりげなくフォローした。

「まぁたまにいるよね。弱いところ突かれちゃうと崩れるどころか逆に頑張り過ぎちゃう子。あたしの友達のみっちゃんにも似たところあるもん。あの娘は弱点突くと攻撃力強くなっちゃうから可哀想というよりもむしろ怖いんだけどねぇ。」

「へぇ~あの副会長がねぇ。まーなんとなくそんな雰囲気あるわぁ。」

「三千花さんはそういう性格あるんだ。ふ~ん。覚えておきましょう。」

 川内がこれまで触れ合った間での印象を素直に伝える。懇親会の時に会話して仲良くなっていた五十鈴は新たな友人のまた違った一面を知ることができ、わずかに口の端を釣り上げつつ柔らかな笑みをたたえている。

 

「あ、そうそう。昨日時雨からメッセージあったんですけどぉ、今両親のバイクに乗せてもらって軽井沢あたりまで戻ってきたそうです。」

「軽井沢って……時雨ちゃん一家は一体どこ行ってたのさ?」呆れ顔で那珂が呟く。

「さぁ~?関西行ってるとまでしか細かいことは聞きませんでしたけど、あの両親のことなんできっといくつか転々と観光地巡ったんじゃないですかぁ~。」

 時雨の両親の性格を分かっているためか、村雨は軽く言い放つ。それを聞いて那珂は一般的なあるあるネタを口にしつつも時雨を気にかける。

「子どものうちって親が色んな場所に旅行に連れてってくれるけど、大体興味ないから子どもとしては退屈で仕方ないよね。時雨ちゃん、だいじょーぶかなぁ?」

 那珂の言葉に川内や五十鈴がウンウンと頷く。当の子どもの身として思い当たるフシが存分にあるのだ。村雨も頷きつつも時雨のことをフォローすべく、自身の携帯電話を操作して画面を那珂たちに見せつつ言った。

「あの娘のメッセージに写真ついてましたけど、意外と楽しそうでしたよ。」

「そっか。それならあたしたちが変に心配することもないか。」

「そうなると時雨ちゃんのお土産、楽しみっすね!」

 

 時雨の事情を気にかける那珂や村雨と異なり、川内はまたしても素直な欲望を口に出して那珂たちの失笑を買うのだった。

 

 

--

 

 しばらくして五月雨、そして夕立と不知火の3人が戻ってきた。再び全員が揃ったタイミングで五月雨が那珂たちに伝える。

「あのー、那珂さん。さきほどの夜の訓練のことなんですけど、提督に話したらOKもらえました!」

「おぉ~!ありがとね。」

「ただ時間を指定しないと市の方から怒られちゃうらしくて、何時から何時にするか聞いてこいと言われたので、何時にします?」

 時間帯も決める必要があると知り、那珂はうーんと唸りながら考える。そして川内と神通に要望を求め、決めた時間を五月雨に伝えた。

「それじゃ、8時~9時でお願いね。」

「はーい。提督に伝えてきますね。」

 五月雨は那珂の回答を受けて元気に返事をし、パタパタと小走りで待機室を出て行った。

 

 その後五月雨が戻ってきてから那珂は午後の訓練の進め方に触れる。

「それじゃーみんな、午後の訓練のことだけど、午前に試してみてここはこうしたい、とか何か意見ある?」

 那珂の言葉を受けて一同はワイワイと話し始める。しばらくして勝手に皆を代表して川内が喋り始めた。

「輸送っていうミッションがあるのはいいんですけど、使うのがボートっていうのがちょっと面倒かなぁ。ぶっちゃけそこまで本物の艦隊に近づけなくてもいいかなぁって気付きましたよ。ねぇ、神通?」

 同意を求められた神通は一瞬首と頭をのけぞらせるがすぐに頷く。

「もっと広い場所でしたら……ボートでもより戦略の立てようがあると思いますけれど……やはり私たちにとっては荷物過ぎて。軽く持てる状態の方がいいかもしれません。」

 神通の指摘はもっともだとして那珂と五十鈴は頷く。中学生組では村雨が同意を示して頷いた。

 

「広い場所ねぇ~。鎮守府の目の前の海浜公園の海岸線範囲の海が使えればいいんだろーけど、そのあたり何か申請とか必要なのかな、五月雨ちゃん?」

「えっ!? そ、そうですね~。確か。」

 五月雨の戸惑い気味な返事を受けて那珂はため息をわざとらしくついて言葉を返す。

「はぁ~~そーですかぁ~。県とか市への場所の利用許可とか確認はいっそのこと秘書艦の五月雨ちゃんだけで全部やってもらえると、あたしたち艦娘だけで色々出来ていいのになぁ。」

「あんまり五月雨に権限が集中すると、西脇さんはもう不要になるかもね……」

 那珂の考えに五十鈴が冗談めかしてツッコミを入れて笑いを誘うのだった。

 

 

--

 

 その後那珂たちが話しあった内容により、午後の訓練の方針が午前のそれよりもいくつか修正が入った。今まで輸送担当が使っていたボートはやめて工廠で適当な袋を借りてそれを持つ、袋にタッチされたり破けて中の魚雷が落ちたり、そもそも袋が奪われたらアウト。輸送隊の実際の輸送担当艦も明確に砲撃可能とした。

 各々問題に気づいていた演習で用いる場所については、その後執務室に押しかけて那珂たちが提督に確認を求めると、1時間だけ鎮守府前から隣町までの地元の海岸線の範囲で演習をしてもよいことになった。

 善は急げとばかりに執務室を思い切り出ようとする那珂たちに提督は

「うちの(鎮守府の)手前の浜辺と海浜公園は結構地元の人が歩いてるから気をつけてくれよ。特にペイント弾に対応できない機銃は訓練用とはいえ一般人には致命傷になりかねないから、絶対浜辺に向けて撃つなよ?ただでさえ機銃は軽くて広範囲に良く飛ぶんだから。那珂、五十鈴。みんなをしっかり見といてくれ。頼むな?」

 と強めの口調で念押しし、那珂達の背中を見送った。責任と期待を一身に受けた二人は強く頷いて提督に返事をした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

午後の訓練

 爆発しない魚雷を明石ら技師から再び受け取り、那珂たちは外の出撃用水路の脇の桟橋に集まっていた。

 

「さて、これからまた演習を始めるよ。今回はあたしも五十鈴ちゃんも参戦することにします。」

「お~!二人ともやる気!?待ってました!」

「ほら川内、話をちゃんと聞いて。」

 すぐに沸き立つ川内を五十鈴がピシャリと注意する。

 

「いちおー審判役もやらなきゃいけないから~、どちらかは審判も兼ねて参加ってことね。それでね、五十鈴ちゃんとも話したんだけどねぇ~はいどうぞ!」

「んん!変なタイミングで振るわね……まったく。旗艦は引き続き川内と神通がやること。私たちはあくまで一メンバーとして参加するので、一切口を挟まずに二人の指示に従うわ。二人からの的確な指示を期待しているわね。」

 午前中は実は二人とも退屈していた。しかし監督役として指示した手前、身体を動かしたいから参加したいですとは午前の時に言えなかった。あくまで川内と神通の訓練の一環としての自由演習。参加するにしても二人の自主性や指揮能力を見極めるための立場としての参加という考えは堅い。先輩ズとして自制するところはする。

「え~~~!?なんかすっげぇプレッシャーなんですけど。」

 川内が口をとがらせてやや不満気に吐露するとそれに神通もコクコクと頷く。

 一方で駆逐艦勢に至っては

「わぁ~~。なんだか久しぶりに那珂さん五十鈴さんと一緒に訓練できますね~。私楽しみです。」と五月雨。

「そういえばこの前の雷撃訓練には私もさみも参加しなかったものねぇ。ウフフ。私も今日はずっとワクワクよぉ。しっかり軽巡のお二人のテクニックを学ばせてもらいますねぇ~。」

「わ~い!那珂さんも五十鈴さんも一緒っぽ~い!」

 村雨そして夕立もほぼ似た口調と雰囲気で口にする。3人の側で黙りこくっていた不知火も

「……那珂さんの、勉強。」

とぼそっと口に出して心境を表し、訓練の主役たる二人と比べて実に脳天気な様子であった。

 

 

--

 

 鎮守府敷地外、海浜公園の沿海約1.2kmの範囲を使える時間は1時間と決められているため、訓練中のタイムロスを考える必要がある。できれば無駄なく存分に動きまわりつつ2~3巡は試合形式でこなしたいという考えを持つ那珂である。そのように考えて時間配分を気にするが、川内と神通は本格的な試合形式の演習は午前に行ったとはいえこの日が初めてのため勝手がわかっていない。とりあえずとばかりに時間配分をきにせず、午前の結果を踏まえての作戦を立てるべく先のメンバーとワイワイ話し始めている。

 

 那珂と五十鈴は6人から少し離れてヒソヒソ話し始めた。

「ねぇねぇ。今回は使える場所が広いし、午前中のと同じ時間でこなせるかわからないよね?」

「そうね。でも鎮守府内の湾でせせこましくするよりかはよほど期待通りの任務遂行と戦いが期待できるんじゃないかしら。私はどちらかというと1試合だけでもいいから中身を取りたいわ。」

「おぉ、五十鈴ちゃんってばそういう考えでしたか~!あたしはぁ~、回数も取りたい欲張りなお・ん・な!」

「はいはい。それで、最初はどっちが審判する?」

「さらっと流してくれましたよこの人。……うーん。あたしはガッツリやりたい。五十鈴ちゃんが審判兼ねてくれる?」

「えぇ、わかったわ。」

 

 那珂と五十鈴の分担が決まると、チームと順番の割り振りも進行していた。午後1回目の輸送隊は神通らが行うことになった。妨害はもちろん川内達だ。神通のチームには那珂が、川内のチームには五十鈴が加わりなおかつ審判も担当する。神通ら輸送隊は工廠前の湾からスタートし、海浜公園の端をゴールとする。

 鎮守府Aの隣の海浜公園の浜の両端には遊歩道にもなっている突堤が湾曲してかなり沖の方まで海に突き出ている。鎮守府Aと真逆の突堤は船着場としても使われ、市や国、企業の船舶にも開放されるが、今この時は何も止まっておらず、市民の遊歩の格好の場所になっている。

 那珂たちは輸送のゴールを真逆の方の突堤に定めることにした。突堤に袋詰の魚雷を荷降ろしできれば輸送隊の勝利である。

 

 

--

 

 荷降ろしとして判定するためにはゴールに誰かいなければいけないと判断した神通。輸送隊メンバーを見渡す。神通の視界には左から不知火、五月雨、そして那珂が順に入ってくる。

 考えを言おうとするがまた尻込みの気配が立ち込めてしまい言いよどむ。今回は直接の先輩である那珂もおり聞く人が3人になっている。人前で何かすることが苦手な神通は2人が3人に増えたこと、今までは艦娘としては先輩でも学年的には後輩な二人だけだったために適当な口調でもしゃべることができた。しかし今回はこの状況が多大なプレッシャーとなって仕方がない。

 やや鼓動が早まるがいつまでも沈黙してるわけにもいかないので普段通りにしゃべり始める。

 

「あの……ゴールのところに誰か一人いて、荷物を……受け渡せるようにしようかと。」

「ほう。そのこころは?」那珂が素早く聞き返す。

 

「私達がまとまっていっても、全員やられる可能性はあると……思います。それなら一人は先行して行かせて待っててもらって、途中で荷物を受け渡してリスクを……分散しようかと。」

 おどおどした声量の小さい説明だったが那珂たちはその作戦を理解できた。しかし那珂はその作戦には前提が必要であることに気がつく。その前提を決めてなかった今、それがまともに遂行しきれるかどうか怪しい。しかしそれを試し現実を目の当たりにさせてこその訓練であり、見守る者であると考えである。などと那珂は達観ぶってはみたが、つまるところルール決めの時点の落ち度であるとも気づいていた。今言ってもよいが、それではつまらない。

 那珂自身ほどではないが察しがよい神通に、今彼女自身が口にした案が破綻するかもしれない前提の落ち度についてこのタイミングで気づかれてはつまらない。とりあえず自然に任せることにした。失敗したらそれはそれで良い経験としてもらう。那珂はいくつか余計な思案もし、顔を上げて神通に向かって言った。

「川内ちゃんたちがどう行動するかによると思うけど、うん、いいと思う。今回はそれでやってみよ!さ~て、私たちに指示をくださいな。神通ちゃんの案をなんとか遂行してみせるよ。ね、五月雨ちゃん、不知火ちゃん。」

 那珂の言葉に五月雨と不知火が「はい」と返事をして賛同の意を示した。

 

 3人の反応が怖いものでなかったので神通は小さくホッと安堵の息をつく。だが安心したのもつかの間、待ち遠しいとばかりに五月雨と不知火が役割を求めてきた。

「じゃあ神通さん!早く役をください!私頑張っちゃいますから!」

「この身に代えても、神通さんの命令を。」

「それじゃあ神通ちゃん。私にも命令をくださらないかしら~?」

 二人に追随して、那珂は腕を組んで貴婦人のようなふざけた振る舞いをして指示を仰ぐ。

 そんな三人を眼前に見て二人は真剣に、一人は絶対自分をからかっていると気づいた。しかしそれらの要素に適切に突っ込めるほど臨機応変さは持ち合わせていないしそもそも面倒くさい。

 三人それぞれへの反応は返さず神通は考えを全員見通して伝えた。

 

「……ということです。」

 神通の指示通りに先行してゴールの突堤に行って待つ役割は五月雨となった。輸送担当は不知火、護衛は旗艦神通と那珂という構成である。

 指示を受けた那珂は未だ気にしていた。だが任された五月雨が上手く行動すれば神通の面目は保たれる。こと訓練中の身に至っては保てても仕方ないが。心の中でそう締めくくる那珂だった。

 

 

--

 

 妨害側の川内たち4人は先に浜辺の沿海に来ていた。鎮守府敷地内の湾とは異なり、身を隠せる障害物的なものは一切存在しない。あえて身を隠せるとすれば鎮守府側の突堤や浜辺中央の船着場くらいだが、足場の石の背が低すぎる。

 川内たちは悩んでいた。こうも見通しがよいとどう作戦を立てていいかわからないのだ。

 

「えーっと。あの~だね。これだけ視界がいいと作戦もなんも思いつかないんですがね。」

「別にいいっぽい?神通さんたちが来た時に邪魔すれば。」

「そんな簡単な考えでいいのかしら~?」

 呆ける川内に楽観的&僅かに現実的な心配をする夕立と村雨がそれぞれ口にした。それでも悩んで頭をクルクル動かす川内を気にかけた五十鈴が提案する。

「夕立の言うことに一理あるわね。神通たちが進む針路を塞いだりとにかく袋奪う。相手の出方は完全にはわからないんだし、その場で臨機応変に動きまわったほうがいいわ。」

 

 五十鈴の案を聞いて川内はうーんと唸ったのち、自身も案を述べだす。

「よし。皆適度に動けるようにとりあえず陣形だけは決めとこう。浜辺ちかくの海でもこんだけ広いんだからあたしたち一人ひとりが2~3人分の動きをしないといけないわけだ。つまり4人で普通のサッカーばりにフォワード、ミッドフィルダー、ディフェンダー、ゴールキーパーをする的なもんだよね。」

「サッカーかぁ~。あたしよくわかんないっぽい。球蹴ってゴールに入れるだけでしょ?」

「私もよくわかりません。」

「一応なんとなくわかるけど……ゴメンなさい、詳細なルールまではちょっと。」

 川内が案に交えたサッカーの役割に3人はそれぞれ申し訳無さそうに言い合った。

 

「えっ?3人ともサッカーしたことないの!?」

 他校だが一学年先輩と中学生二人のまさかの発言に唖然として聞き返す川内。

「授業ではしたことありますけどぉ~。男子じゃないんですし、普通はやりませんしルールとか全然わかりませんよ。」

「うんうん。○組の○○ちゃんとかはスポーツ好きだから男子に混じってお昼休みとかよくサッカーしてるっぽいけど。あたしたちはやらないしルールもわからないっぽい。」

 

 自身の数少ない経験と常識に当てはめ、てっきり一般的な中高生の女子でもサッカーくらいはやったこともあって多少はルールも知っているものだとばかり思っていた川内は、目の前の二人の言い振りにあっけにとられた。そして心の中でひそかにもたげてきたのは、やはりあたしは普通の女子ではないのかもしれないという、懸念。

 今まで築き上げてきた、男子に混じってゲーム話やスポーツをするという男勝りな自身の世界観と、あのいじめ以来光主那美恵と出会ってから少しずつ目覚めた(と自身では思っている)自身の女子本来の世界観が心の奥底でカチンカチンと刃を交えてせめぎ合っている気がする。

 だがそれはそれ、今は今である。このモヤモヤはあとで明石さんや提督と趣味の話でもして発散させよう。そう心に決め、引きつった笑顔で3人に簡単に説明をすることにした。

 五十鈴は説明の早々にある程度理解の表情を表すも夕立たちは未だ要領を得ないという表情を続ける。業を煮やした五十鈴が喩え方を変えろと突っ込んできたので川内は大人しく従うことにした。そして自身らの共通したネタである艦娘の行動に置き換えて説明を進めたことで、中学生組はようやく理解に至った。

 

「……というわけだから。簡単に言うと異なるポイントで神通達を待ち受けて動けばいいってこと。五十鈴さんの最初の考え聞いてそう思ったんだ。どう動くかは3人に完全に任せるから、頼むね?」

「う~~わかった。とにかくあたしはあそこあたりで待ってて神通さんたちが近づいてきたら撃ちまくればいいってことだよね?」

「私はあっちの端の船着場みたいなところの近くで待ってて近づかれたら邪魔すればいいんですね?」

「で、私は川内、あなたとタッグを組んで中央を担当すればいいわけね。了解よ。」

「はい。あたしと五十鈴さんで神通たちを全員叩き潰すくらいの勢いです。」

「わ、わかったわよ。あなた結構物騒な言い方するわね……。」

 

 3人の理解を見てようやく仕切りなおしだ。あとは神通たちが近づいてきたら、まさに試合または妨害作戦開始である。ゲームとして考える脳の一部では、タワーディフェンス的だなぁ~という思考をした。課金すればこの場で艦娘増えたりしないかなとほんの少しだけ現実逃避する余裕も川内にはまだある。

 頭をブンブンと振って前方、つまり鎮守府のある方向を向き直した。目の前には夕立がスイ~っと移動して鎮守府寄りの突堤に近づいている。後ろを振り向くと村雨が隣町の海浜公園寄りの突堤にもうまもなくたどり着くという状態だった。

 

 

--

 

 神通らは単縦陣に並んで湾口を出て川を下り海へと出た。出る前、すでに川内たちが海へと向かっていなくなったのを見計らい、神通は工廠に戻って偵察機を1機手に持って戻ってきた。それを見た五月雨が言い、その感想に不知火もコクリと頷く。

「あ、また偵察機使うんですね?それならバッチリですね~。」

 

 二人の反応を受けて若干慌てるもすぐに冷静さを取り戻し、神通は偵察機を左腕の発着レーンに載せる。すぐに飛び立たせて偵察機のコントロールに意識を向けた。今度は見つからないよう、最初から高度を上げるため機体を上に向け、工廠の上空でクルクル旋回させる。ある程度高度を確保できたタイミングで川内達の待ち受ける浜辺の沿海に向けて旋回して向かわせよう。そう考えて神通は実行に映した。

 偵察機からの視界で川内らの陣形がはっきり見て取れた。しばらく遠巻きに旋回して前方斜め下に向いたカメラで敵チームの様子を収める。川内らがこれ以上動かない様子を確認した神通はすぐに偵察機を帰還させて五十鈴たちに伝える。

「私たちから見て……手前の、最初の突堤の側に夕立さん、その先に川内さんと五十鈴さん、そして奥の突堤の側に村雨さんがいます。先に五月雨さんをゴール地点に行かせるには……あ!」

 神通はそこまで言いかけて、ある一つのことに気がついた。それは先程自分が打ち明けた案の問題であった。神通の様子に那珂はわずかに口の両端を上向きにし、気づかれないように笑みを作りすぐに真顔に戻る。

 

「あの……五月雨さん。」

「はい?」

 五月雨の全く何も不安のない気にしてない雰囲気の反応に神通は心苦しかったが、ここで言わないと危ないことが容易に想像出来たため、意を決して打ち明ける。

「さきほど私が……お話した五月雨さんに先にゴールに行ってもらう案、あれを考えなおそうと思っているのですが。」

「えっ!?ど、どうしてですか?私じゃ役不足ですかぁ……?」

 先程までの素の明るさのリアクションはどこへやら、まゆをさげて不安顔になって聞き返してくる五月雨。明るい印象しかなかった五月雨に悲しそうな顔をさせてしまった。神通は焦ってブンブンと頭を振り全力でその言を否定し、弁解する。

「いいえ。そうじゃ……ありません! 私のさきほどの案をそのまま進めると、五月雨さんが真っ先に攻撃されて危ないことに気づいたんです。ですから作戦を一から練りなおそうと思うんです。」

 神通の弁解と再提案を聞き、一同はしばらく沈黙を保っていた。神通にとって次の反応が心苦しいが、覚悟して待つ。

 

「そうだ!私思いつきました!」

 若干俯いていた五月雨が勢い良く手を上空向けて差し伸ばして発言する。

「お?おぉ?なになに五月雨ちゃん?」

 那珂が尋ねると得意げな表情を浮かべて語りだした。

「はい。あのですね、神通さんの作戦で、私このまま先に行って囮になろっかなって思ったんです。そうすればぁ、私が夕立ちゃんたちを引きつけてる間にあとは神通さんと那珂さんで不知火ちゃんを守っていけば敵が少なくなります!いかがですか!?」

 目をキラキラさせながら3人に向かって話す五月雨。何の根拠があるのか異様なほど自信満々な様子をみせている。その褒めてもらいたそうな子犬のような様を見て那珂は抱きしめたい衝動に駆られたが今は試合中だし海上まっただ中。ふざけて転べば二人ともびしょ濡れだ。湧き上がる欲望を必死に抑え、後を任せるべく神通に視線を送る。

 神通は那珂の視線に気づき、視線と頭を僅かに下に傾けて思案し、そして五月雨に向けて言った。

 

「そう……ですね。本当であれば……ううん。お願い、できますか?」

「はい!私、頑張っちゃいますから!」

 元気いっぱいに返事をする五月雨。その側で那珂は神通の下した決断を密かに思い返す。

 この演習試合が初の(模擬)戦闘であり、作戦実行の勉強の機会である神通(と川内)。二人は艦娘仲間と話し合い、お互いの得手不得手を確かめ合って知る経験がまだない。二人の指揮能力・チームの運用能力がどこまで発揮できるのか、楽しみでもあり不安でもある。

 神通自身の身体面や遂行能力もそうだが、この演習という集団戦を経て事前に仲間同士のことを知って実戦に活かせるようになってくれるのを密かに期待したい。今ならどんな失敗もガンガンしてもらおう。

 那珂の見立てでは、囮になるならば自在に動ける自分が相応しいと考えていた。不知火のことを那珂はまだ詳しく知らないため判断できないので、あえて役割の編成からは除外する。そして五月雨と神通では、学年的な差はあるが経験や実線での体力面からすると、五月雨の方がまだまだ上であるという捉え方である。しかしどちらも那珂自身より機動力は低いため、無難に行動して立ち回りできる輸送担当の護衛が本当ならば相応しいはず。

 リーダーたる人物に進言するのもメンバーの役目だが、今回はあえて黙ることにした。

 

 

--

 

 神通たちは作戦を話し合っていた河口を出て完全に海に出た。消波ブロックの先はすぐ浜辺になっており、突堤が海へと伸びている。そのそばには夕立が立っていた。

「夕立さんが……います。」

「あ、気づいたみたいですよ。なんか単装砲構えてます!」神通に続いて五月雨が言った。

 

 神通たちが進み、ある程度距離が詰まってきたその時夕立が動き出した。

「五月雨さん、お願いします。」

「はい!」

 最後尾にいた五月雨はわずかにスピードをゆるめて神通達3人から離れたかと思うと11時の方向に向けて一気にスピードを上げて進みだした。そして神通の前方数十m先に出て夕立を狙い定める。

「ゆうちゃーーーん!かくごーーー!」

「えぇ!?さみが突撃してきた!?生意気っぽい!返り討ちにしてやるーー!」

 五月雨が突撃してきたのを敏感に反応を示し、友人ながら何かピンと来るものがあった夕立の意識は完全に五月雨に向かった。

 

ドゥ!

 

 五月雨の初撃が夕立に向かう。その軌道は本気で狙ったわけではない甘いものだったため、夕立はそれを難なくかわす。そしてお返しとばかりに反撃に転じた。

 

ドゥ!

 

 夕立のそれもやはりわかりやすい軌道だったため、さすがの五月雨でもあっさりとかわすことができた。というよりも速度をあげたためかわすというよりも当たらなかったというのが正解だ。

 

「ちょ!待てさみ!突撃はあたしのほうが得意なんだからね!させないっぽい!!」

 

 五月雨が夕立を通り過ぎ、方向転換すべく急旋回して夕立と向かい合う。夕立は五月雨と対峙する形になった。

 

「「えーーい!」」

 

ドゥ!

ドゥ!

 

 お互い似たような急スピードで突進しながら砲撃しあい、そして……

 

ベチャ!

 

 五月雨のペイント弾が夕立にヒットした。 急に止まり、付着したペイント弾のペイントをぼうっと眺めていた夕立だが、カチンときて頭に血が上った彼女はほどなくして奇声をあげてジタバタしはじめる。

 

「きーーーー!!!ぜ~~~~~ったい許さないぃ!!!」

 

 歪めた顔と視線を自身の後ろへ通り過ぎていた五月雨に向ける。五月雨もちょうど方向転換し終わって夕立の方を向いていた。友人の本気の怒り顔を目の当たりにした五月雨は一瞬怯むが、五月雨もまた時雨らと同様に夕立にツッコみ、適度にあしらう術を身に付けていたため、戦場とはいえその対処はわかっていた。そのためすぐに平常心に戻り、怒りで顔を歪めたままの夕立に対して言った。

「ふ~~んだ。運動神経良いゆうちゃんを見返してやるんだから。私だって負けないよ~!」

 

「てえぇぇーーーいい!」

「やあぁーー!!」

 

 再び夕立と五月雨はお互い間近で砲撃による着弾を狙うべく急スピードで突進し始めた。

 

 

--

 

 五月雨と夕立が激しい戦闘を始めたその脇では、神通・那珂そして不知火がその戦いを横目にして通りすぎようとしていた。3人とも、特に那珂は自分では知っていたと思っていた五月雨が目の前で展開させる熱く燃えるような戦いっぷりに驚きを隠せないでいる。

「ひぇぇ~。五月雨ちゃんってばあんな戦い方もできたんだぁ~。人は見かけによらないなぁ~~。見直しちゃったよあたし。」

「は、はい。私の想像を……遥かに超えて囮以上の活躍ですよ……。」

「見る目、変わった。」

 

 3人が3人感心の感情しか持てないでいた。

「おおっと。あっけにとられてる場合じゃないや。神通ちゃん、今のうちにすすも?」

「は、はい!」

 

 那珂の気づきと促しで神通は我に返り、激しく戦っていいる夕立に気づかれないうちにと速度をあげて進みだした。

 3人はすでに地元の浜の沿海、中央部に入りかけていた。その先には川内と五十鈴が真横に並んで立っていた。

 

 

--

 

「な、何やってるのよ夕立は。あの五月雨は明らかに囮じゃないの。あ、あ~あ~。夕立ってば完全に五月雨しか見えてないわねあれ。」

「うーん、五月雨ちゃんを囮に使うとは。神通もなかなかやるな。」

 川内が素で感心のように語ると、隣に立っていた五十鈴がツッコむ。

「なに感心してるのよ!前線は神通の作戦勝ちよ?ほらもう神通たちこっちに向かってきてるじゃないの!夕立ってば自分が作戦に引っかかってることすら気づいてないかもしれないわねあれ。」

「アハハ、仕方ないっすよ。それじゃあ、お次はあたしと五十鈴さんの番ですよね。あたしたちはあんな簡単な作戦に引っかかったりしないから。二人で神通たちを全滅させてやりましょう。」

 非常に軽快な口調で思いを口にする川内を見て五十鈴は額を抑えて僅かに苦悩した。しかしその意気込みは買う。

 

 夕立のラインを超えて中央の沿海に侵入してきた神通たちを未だ遠目ながら見る川内と五十鈴。編成は神通・那珂・不知火という並びで一直線で向かってくる。

「ほう、ありゃあ単縦陣ですな。」

「単縦陣。そうね。艦娘の陣形よね?」

 五十鈴が反芻して尋ねる。それを見て川内は少しドヤ顔になって解説を始めた。

「はい。でも、実際の軍艦の艦隊にもありますよ。サッカーで言えばフォーメーションのことです。艦隊ゲームとかだと攻守ともにバランスが取れた、味方の能力値補正が一番ノーマルで扱いやすい陣形なんです。まぁ現実はどうだかパンピーのあたしたちが知るわけないっすけど。まぁつまり相手のどんな行動にも誰でも対処しやすい陣形ですね。」

「なるほどね。あなた結構物知りね。」

 五十鈴が感心すると川内はさらにドヤ顔になって笑い始める。

「アハハハ。五十鈴さんに褒めてもらえるなんて嬉しいなぁ~。まぁあたしの知識はゲームとか漫画で得たものなんで、普通の女子な五十鈴さんや村雨ちゃんたちにはわかりづらいことがあるかもですけど、ガンガン頼ってください!」

 一応自分を卑下しているつもりらしいが微塵もその配慮が感じられない川内の物言い。五十鈴はすぐに気にするのをやめる。

 

「はいはい。ホラ、そろそろ相手のお出ましよ。どっちが誰を攻撃する?指示をちょうだい。」

 川内は五十鈴の確認を受けて、視線は迫ってきている神通に向けたまま数秒して言った。

「あたしは那珂さんと戦いたい。後ろに不知火ちゃんもいるから、あわよくば不知火ちゃんを狙います。五十鈴さんは神通を片付けてください。あの子の体力とか素早さなら、五十鈴さんなら簡単でしょ?」

「……簡単に言ってくれるわね。あんたら川内型とは艤装の作りや出っ張りが違うんだから実際はそう簡単に行かないと思うわよ。けど後輩に負けるのは嫌ね。全力を尽くすわ。」

「はい、期待してます。」

 

 

 

 神通たちは川内たちの目の前十数mにまで迫った。一旦止まり、川内たちと対峙する。

 

「さて、目の前に川内ちゃんと五十鈴ちゃんがいるわけですが。神通ちゃんどうする?」

 那珂の問いかけを受けて神通は数秒考えた後どもりつつも答えた。

「は、はい。……ええと、うーんと……。あの、那珂さん。」

「はーい?」

「那珂さんの……全力に期待してもいいですか?」

「おぉ!?どーした神通ちゃん?」

 神通は深呼吸をした後再び口を開いた。

 

「私では……きっと五十鈴さんはおろか川内さんにもかなわないと思います。狭い湾ではなんとかなりましたけど、これだけ広い海の上だと、私きっと早々にバテてしまう気がします。だから、那珂さんに川内さんと五十鈴さんのお二人を倒して欲しいんです。」

 神通のとんでもない頼みに那珂はさすがに躊躇する。戦闘能力的には問題ないと踏む。が、問題があるのは演習の時間だ。ここで本当の本気を出すとあっという間に勝負がつきかねない。それでは後輩二人のためにならないかもしれない。そう感じて一応反論した。

「さすがにそれはなぁ~。あたしが本気出すとあっという間に倒しちゃうよ?それじゃあ神通ちゃん面白く無いでしょ?」

 傍から聞いていれば自信過剰・自意識過剰な物言いな那珂のセリフだが、それを言われても許せるだけの実力(の一端)は、これまでの訓練の指導で神通はわかっていた。

 そのため食い下がって那珂にお願いを続ける。

「……私にとっては、那珂さんの本気を見ることはためになると思っています。那珂さんの全力を見たいんです。……ダメ、ですか?」

「う……。」

 

 妙に母性本能をくすぐられる小動物のような後輩の表情を見た那珂はその表情が真剣なことを配慮し、それに答えてあげる気持ちになった。二人のためにするならば、自分の本当の本気を見せるのもある意味その目的に適う。

「それじゃーあたしが二人を倒したら、神通ちゃんは不知火ちゃんを連れて村雨ちゃんを倒してね。ぐれぐれも言っておくけど……あたしのこれからの行動をボケ~っと見てないで、さっさと動いてね?」

 セリフの後半に進むにつれ、那珂の声は低くドスの利いた声になっていく。神通はそれに敏感に気づき、一瞬「え?」と小さく声を発する。

 那珂が神通の横に立った。

 神通がチラリと横を見ると、那珂の表情は普段の明るくチャラけた雰囲気は完全に消え、静かな気配の中にも鋭い睨みで獲物を狩ろうとする猟者の表情になっていた。

 那珂が身をかがめて溜めの体勢を取る。 そして次の瞬間。

 

 

ズバァ!!!

 

 

 神通が最初の1週間で見た時の様子とは全く異なる、激しい水しぶきをあげて強烈なスタートダッシュをし川内たちとの距離を一気に詰める那珂が眼前に垣間見えた。そしてその場にいた全員は次の瞬間、那珂の身体が5~6mの空中に飛び上がったのを目の当たりにした。

 

「「えっ!?」」

 

 川内と五十鈴が驚きの声をあげた直後、上空から那珂の掛け声と砲撃音が辺りに響いた。

 

「てやぁ~~!」

ドゥ!ドゥ!

 

 那珂の両腕の単装砲からペイント弾が発射されたのだ。

 

「あ……危ない!!」

 辛くも気づいた五十鈴は川内を全力で突き飛ばし、川内を砲撃から逃れさす。

 

 

ベチャ!

 

 五十鈴の右手に持っていたライフルパーツに白いペイントが付着した。爆発するわけではなく衝撃等も本物よりはないが、それでもペイント弾の落下速度に応じた衝撃がライフルパーツを押し下げ、五十鈴の腕にその軽度の衝撃を伝える。

「くっ!」

 五十鈴が顔を歪めた後上空を見るとそこには誰もいない。那珂はスタートダッシュの勢いを最大限に利用した跳躍力でもってジャンプの頂点近くで砲撃し、そのまま川内たちの背後へと降り立っていたのだ。

 突き飛ばされていた川内が背後に回りこんだ那珂の行動に気づく。

 

「那珂さんは……上にはいない?……あ!うしr」

 

 が、その反応は今この時、同調率98%でなおかつ艤装の仕様上の性能の70~80%を発揮して動いていた那珂にはゆっくりすぎる反応速度だった。

 

「遅いよ川内ちゃん。」

ドゥ!ドゥ!ドゥ!

ドゥ!ドゥ!

 

ベチャ!ベチャ!ベチャチャ!

 

 那珂がそう言い放ち終わるのとほとんど同時に川内の右肩・右脇腹、右足の太もも、そして五十鈴の背中に2発にペイント弾がヒットしていた。

 当初の決め事における一人3発ペイント弾がヒットしたら轟沈扱いをあっさりと、しかも2人同時に那珂はやってのけた。しかし那珂はすぐにあることに気づいて普段の軽い言い方で宣言する。

 

「あ!まっず~~い。あたし5発以上打っちゃったわ~。ゴッメ~ン!川内ちゃんか五十鈴ちゃんどっちでもいいから2発取り消していいよぉ~!」

 後頭部をポリポリ掻きながらそう言う那珂を背後にし、五十鈴はとてもそんな気分になれないほど青ざめていた。ゆっくり振り返る、その途中で川内の表情が伺えた。その川内も五十鈴と同じような気持ちの顔つきになっている。

 

「い、いい。いいわ。普通に負けでいいわ。せ、川内、あなたが復活しなさい。」

「えっ!?え……えと。あの……じゃあそのはい。」

 戸惑いつつもどうにか返事を小さな声でひねり出す川内。それを受けて那珂は軽い口調で言う。

「というわけで、あたしはもう砲撃できないので川内ちゃん、あたしを轟沈させるチャーンス到来!」

「うえっ!!?」

 

 軽々しく那珂は言ってクネクネとアクションを交える。しかし今のその姿に対してさえ、川内はとても那珂に対抗できるほどの戦意を持ち合わせていなかった。さきほど右耳から入ってきた那珂の言葉が、あまりにも恐ろしい死の宣告のような印象で脳に焼き付くように残る。

 あれが自身の先輩である光主那美恵の、那珂の本気なのか。同調して普通の人間よりはるかにパワーアップすると言われる艦娘だが、それでもとてもあんなアクションをしてまで戦うことなどできそうにない。格が違いすぎる。あれで本当に着任して数ヶ月の女子高生なのか?

 戦意を失ってはいたが、心の中ではズキリと痛む何か・暗闇の中に薄ぼんやりとした光を放つ何かがあった。それは今の川内自身には明確に理解することは出来ないものだったが、右を向けばそこにいる先輩那珂が恐ろしいのと同時に、ポジティブに捉えられる感情で見られる存在であるのは確かだった。

 

「あ、やっぱりあたしも負けで……いいです。」

「え~~!それじゃあつまんないよ!あたしルール守らなかったんだからせめて川内ちゃんからは1発喰らわないとスッキリしないよ。」

 

 口を尖らせてブーブーと筋の通った不満を漏らす那珂を見て川内はようやく気持ちを奮い立たせようと思い立ち、そして両手で自身の頬を軽く叩き、小声でつぶやいた後気合を入れて那珂に視線を向けた。

 

パン!

「あ~~。こんなウジウジ怖がるなんてあたしらしくない。だったら……やってやる。」

 

 右手の連装砲を那珂に向けながら川内は言った。

「それじゃあ那珂さん。お返しです。いっきますよ!」

 

ドゥ!ドゥ!

 

 川内が撃った直後、那珂はその砲撃めがけて直進してきた。そして……

 

 

ベチャ!ベチャ!

 

 自身の言動通り、自らペイント弾に当たりにいった。すでに鬼気迫る表情は完全に消えてなくなり、普段の茶化しを言う明るい表情でもって額をわざとらしくぬぐう那珂。言っている最中で肝心の神通たちが危惧したとおり呆然と立ち尽くしているのに気づいた。

 

「よし。これでスッキリした。おーい神通ちゃん!?なんでまだいるの?早く行きなっていったでしょぉ~?」

 

 

--

 

 川内と五十鈴があっけにとられていたのと同じく、神通と不知火も呆然としていた。那珂の普通の艦娘すら超越しているのではと思える程の動きを見て驚くなというほうが無理なのであった。

 神通と不知火は ようやく我に返る。

「は、はい……!」

 那珂・川内&五十鈴のいる領域の脇をそうっと通る神通と不知火。川内がその隙を狙うものとばかり思っていた那珂だったが、その密かな期待は裏切られ、那珂を撃ったあとも呆然と立っている川内が目に飛び込んできた。その態度に彼女らしくないと思った那珂はやはり発破をかける。

 

「あっれ~、川内ちゃ~ん?今なら神通ちゃんたちを撃てるチャンスだったのに、どーしたのかなぁ?」

「ふぇ!?あ、え……あ!そうか。あ~あ。」

 那珂から言われて初めて気づいたという様子を見せる川内。その様は素の反応であると那珂は気づく。そのまま行かせてもよいが今は試合中、あえて川内の好きそうなネタを絡めて作戦を吹っかけることにした。

 

「それじゃー川内ちゃん。あたしはあと1発当たれば轟沈だよ。ここでスーパーチャンス!直々に一騎打ちを申し込もうと思うんだけど……受ける気はあるかな?」

「え、一騎打ち!?」

 

 この先輩は突然何を言い出すのか。川内は那珂の突然の申し入れに驚かされた。この日連続しての驚きだ。

 今の状況を川内なりに頭の中で整理しはじめた。何かのゲームでそんな展開があったのを思い出す。修行を受けた主人公が、最後の仕上げとして、師匠から本気のバトルを申し込まれて戦うイベントだったか。勝てば師匠の最強技を伝授してもらえ、一人前の戦士として冒険が始まるゲーム。そんなことを川内は思い出した。そしてそれを自身の今の状況に当てはめる。

 

 つまりあたしは那珂さんから優秀な弟子(後輩)として認められている!?

 

 これまでわずか1~2ヶ月の付き合いではあるが那珂こと光主那美恵という人物の人となりを知ってきたつもりである。普段からちゃらけていて軽かったり突然真面目になったりとらえどころの難しい先輩。

 この先輩のこの申し入れ、その思いに答えるには一騎打ちを承諾すべきだろうという結論になった。その思いが口から飛び出ようとする。

 

「の、望むとこr

 

 望むところです、そう言い終わる前に先ほど轟沈した五十鈴が叫んだ。

 

「ダメよ川内!今すぐ神通を追いなさい!」

 

 五十鈴から突然の叱責に近い注意を受けて川内はハッとした表情になる。

 二人の側におり、ようやく冷静さを取り戻していた五十鈴が審判に専念しようと思考を切り替えようとしていた矢先に聞こえてきた那珂の提案。

 川内の返答は五十鈴によって押しとどめられた。

 川内チームの実質的な頼みの戦闘力は、もはや川内しかいない。彼女を足止めしさえすれば後は神通・不知火vs村雨となる。似た気質を持つ3人ではあるがゆえに、2対1なら数でどうにか押せる。

 那珂はそう考えていた。

 そして川内を制止した五十鈴は那珂がそう考えていると瞬時に察した。しかし川内の思考は那珂の言葉を鵜呑みにしようとしていたのだ。

 

「うぇ!?で、でm

「いいから!!」

 

 五十鈴の怒号が響き渡る。他校の先輩たる五十鈴の初めて見る叱責。五十鈴が気づいたことなぞ思いもしなかった川内は怒鳴られ、とにかくも踵を返して神通たちの向かった背後へと戻り始めた。

 

「ちっ。五十鈴ちゃんにしてやられたわ。」

「……ったく。那珂、あんたにもね。なんであんなこと言ったの?」

 わざとらしく悔しそうに舌打ちをして愚痴る那珂に五十鈴は質問する。

「そりゃあーた、作戦ですよ作戦。あたしはもう砲撃できないし実質負け要員ですからぁ?知恵を張り巡らせてあっちの旗艦さんを足止めするしかないじゃない?」

「いや、そういうこと言ってるんじゃなくて。普通に足止めする行動なり取ればいいんじゃないかってこと。」

「あ~言い方のほうね。」

 

 那珂の回答は五十鈴の意にそぐうものではなかったため、言い換えて質問する。那珂はその意図にようやく気づいた。

「川内ちゃんのこと考えたらさ、きっとゲーム的な内容で吹っかけたらノってくれるんじゃないかって思ったの。それでなくても呆けてるあの子を現実逃避から呼び戻すのに効果的なんじゃないかって。」

「はぁ……そういうことね。」

 

 那珂は同じ足止めでも、人によってそうなるための内容を変えるつもりでいた。単に戦闘中の進路妨害を実行するのではない。効果的に相手の意識をそらし、確実に動きを制限させる。

 それが深海棲艦相手に通用するかどうかは別として、少なくとも艦娘あるいは意思の疎通が図れる相手には通用する手法を考えて実践しようとしている。

 五十鈴は那珂の考えの一端を理解することができた。そんなこと、各々をよく理解していないとやれない芸当だ。少なくとも、自分はあまり協調性があるとは言えないので同じことはきっとやれないだろう。五十鈴はそう自己分析して捉えることにした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決する勝敗

 神通たちを追いかける川内は、神通たちが思いのほか村雨に接近しているのを確認できた。

 速い。意外と速いぞあの二人。侮れない!

 川内は焦り始めていた。もしあのまま那珂の提案に乗っていたら……と想像して、そこで初めて五十鈴が叱ってきた理由を理解する。

 あやうく作戦に引っかかるところだった。危ない危ない。

 そう頭の中で自身に注意深く念を入れて締めくくった。実際、川内は引っかかっていたが本人的にはセーフなのである。

 意識を足の艤装に向ける。爆発的なダッシュを想像し、スピードに耐えられるよう姿勢を低くして準備する。

 

「てえぇーーりゃーーー!神通覚悟ーー!!」

 

ズバアアアァ!!

 

 

 先ほどの那珂よりも激しい水しぶきを巻き上げて川内はダッシュしはじめた。速度は那珂ほどではないが、見た目のインパクトと音は絶大である。

 

「えっ!?」

「!?」

 

 同時に振り向く神通と不知火。

 叫ばずに忍んで近づけばいいものを、川内は思い切り自身をアピールしまくって高速で神通たちに接近し、そして輸送担当の不知火めがけて撃ち込んだ。

 

 

ドゥ!

 

 

ピチュ

 

 

 ロボットアームの1本にフックをつけ、それに袋を引っ掛けて持っていた不知火は手に持つ・背負う感覚がないがために自身の艤装の奥行き、袋の大きさを加味した位置取りを認識できないでいた。そのため大声を発した川内のほうをチラリと振り向いて見た際に、非常に狙いやすい位置と死角となる部分に袋が位置していたのに気付かずにいた。

 その結果、かすった形になったがペイント弾が袋にあっさりと付着してしまった。しかしその感覚がないため、それに気づいたのは不知火本人ではなく隣りにいて目の前でペイント弾が付着する様を見届けた神通だった。

 

「不知火……さん!付いちゃってる!!」

「!」

 神通のやや甲高くなった声で不知火はようやく自身の身に起きた事を認識する。袋を取り付けていたロボットアームを慌てて操作し、背後から自身の左側面に動かして川内の死角に追いやる。

 

「こっちです!」

 

 川内が目前に迫っているために神通は慌てて急発進し、ひとまずゴール地点の突堤とは違う方向の9~10時の方向、実際には南目指して移動し始める。不知火もそれに続く。二人の速度は川内のそれよりも遅く、なおかつ不知火の操作のために袋はまたしても狙われやすい位置に固定されてしまっていた。

 

 

「不知火ちゃん、狙いやすくしてくれてありがとね!そりゃ!」

 

ドゥ!

 

ペチャ!!

 

 

 川内の素早い砲撃は再び袋に着弾し、袋のライフを残り1まで減らす。

 連続してヒットさせられてしまった不知火は珍しく焦りを表面に出し始めた。着弾の音を耳にしていた神通は不知火を川内の死角に置くために僅かに減速して不知火と並走する位置取りをする。

「このまま遠回りにですが回り続けて村雨さんの背後を突きます……え?」

 神通はそこまで言いかけて初めて不知火の顔色を目の当たりにした。普段無表情に近いポーカーフェイスを保っている少女が泣きそうな顔になっている。その様を見て心臓がズキッと痛む。

 袋にあと1回でも当てられたら、あるいはタッチされたら負け。東からは川内が追いかけ、北西の方角からは村雨が接近してきている。両者とも自身らを狙うべく迎撃体勢を取りつつある。

 自分一人で不知火を守り切れるのか。相手を倒すには自身らも砲撃して応戦する必要がある。神通自身は砲撃する気力は十分にあるが、当てられる自信はない。泣きそうな顔をしている不知火に至ってはその気があるほどの精神状態なのかすら怪しい。

 先輩である那珂に動いてもらうことは叶いそうにない。そもそも意思の疎通を図ることが出来ない距離である。なおかつ5発すでに撃っているために攻撃手としては頼れない。

 

 考えが浮かんでこない。神通ももはや焦りが顔に現れ始めていた。艦娘としては先輩でも不知火は年下、自身は年上。いわゆるお姉さん的立場としてしっかりせねばとやる気には燃えるが焦りによって空回りする。

 思考が進まないことは経験がないことにほかならないためなのだと冷静に捉える。

 

 ふと前方を見ると、鎮守府Aのある町と隣町をつなぐ橋の手前まで来ていた。その時背後から大声が聞こえてきた。

「お~~~い、神通ちゃーん!みんなー!そっから先は行かないようにね~!」

 那珂の注意喚起で神通と不知火は減速しつ回頭し、東を向いて停止した。向いた方向からは追ってきていた川内と村雨が同じく減速して停止していた。

 

 

--

 

 自然と向かい合って対峙する形になった神通と川内。

 川内の後ろには那珂そして審判役に徹することにした五十鈴が距離を詰めてきている。形としては挟み撃ちになっているが、意思の疎通を図っていない那珂にそれを伝達して協力してもらうことはできない。

 実際はやろうと思えばできるが、神通にはそれを宣言するだけの度胸がない。しかし隣には泣きそうな年下の先輩艦娘がいておそらくというかほぼ確実に神通を頼って心の拠り所にしている。

 自身もたまに思われてる(からかわれている)フシがあるが、今のこの不知火も小動物のように感じられる。跳びかかってベタベタしてくる那珂の気持ちがなんとなくわかった気がした。しかし那珂のような真似なぞ自身のキャラではないから絶対にやらないしやれない。

 ふざけた思いを馳せている場合ではないと頭をブンブンと振って思考を元に戻す。ここはすでに知り合い同士の場。そして実質的な訓練結果のお披露目の場。何を恥ずかしがることがあろうか。こういう時くらい、自分自身の殻を破らないでどうする。

 神通の心は決まった。

 

 途中で咳き込んで途切れないように息を吸い込む。そして吐く勢いを利用して神通は叫んだ。

 

 

「那珂さぁーーん!そちらから支援お願いしまぁーーす!!」

 

 突然の神通の大声に隣りにいた不知火はもちろん、川内達、そしてギリギリ聞こえたであろう那珂たちもハッとして驚きの様子を見せる。

 那珂は神通の声掛けに反応する。

 

「はあぁーーい!でもあたしー、もう砲撃できないよー!?」

 

 わかっていた那珂の今の設定。神通は隣にいた不知火に目配せをしてぼそっと呟いて何かを伝えた後、前方を向き再び那珂に大声で言った。

 

「不知火さんの砲撃の権利3回を差し上げまーす!それでいかがですかぁー!?」

 

 

 神通の妙案。

 神通から目からうろこな案を聞いて那珂はハッとする。そうきたか。那珂はあくまでも自分ベースの視点でしか砲撃5回までのことを捉えていなかった。それを神通は譲渡可能な「権利」として捉えたのだ。

 自身には思いつかなかった案を後輩から聞いて那珂は驚きの顔のあと、満面の笑みになって神通の案と想いに応えることにした。

 

「おっけーーー!旗艦さんに従いまーーーす!」

 

「ちょ!?そんなのありなの!?」

 ほぼ隣でそのやり取りを聞いていた五十鈴が那珂の方を向いて食ってかかるように慌てながら問いかける。しかし那珂はそれをのらりくらりとかわす。

「だって~、旗艦さんの言うことだしぃ~。そもそもあたしたち砲撃の制限なんてあんなことまで想定して決めてなかったでしょ?神通ちゃんのアイデア勝利ですよ。そんなわけで……行ってきまーす!」

 

 五十鈴に答えるが早いか那珂はすぐに姿勢を低めてダッシュの体勢に入り、普段の速度で川内たちに向かっていった。

 

 

--

 

「えええ!?神通ってばひきょーだわ!!」

「そんなのありなんですかぁ~~!?」

 

 神通の発案に仰天してのけぞる川内と村雨。優勢だと思っていた自分らの立場が急にガラガラと音を立てて壊れ始めたような感覚を覚えアタフタする二人。

 

「ヤバイヤバイ!那珂さん来てる!どうしよう村雨ちゃん!?」

「お、落ち着いてくださぁい!もうこうなったら不知火ちゃんを攻めましょう!那珂さんは無視です!」

「おぉ!?ゲーム的に言うと背水の陣ってやつだね?それじゃあ行こう!!」

「はぁい!」

 

 背後から迫り来る那珂という恐怖はもはや気にしないことにし、とにかく目の前の手負いの獲物に標的を絞ることにした川内たち。気にしないとはいったが距離だけは気にして二人揃ってスタートダッシュのイメージを抱いて主機をフル動作させる。

 

ズザバアアァ!!

 

 那珂の支援は得られたが、追いつかれまいと焦る川内たちが目前に迫っている。神通の希望的観測では川内たちが動き始めた直後くらいにはすぐに那珂が片方を倒しナイスアシストをしてくれると思っていたが、さすがにそこまで現実は甘くない。那珂の支援うんぬんは抜きにしてもとにかくここから離れなくては。

 目指すは隣町寄りの突堤だ。

 

「と、とにかく行きましょう、不知火さん!」

「(コクリ)」

 

 移動して川内たちをかわすにしても不知火が何の障害も隔てず川内たちに晒されながらの移動はまずい。神通は自身が盾となりカバーする形で二人で並走して10時、北北東の方向目指して速力を上げて移動を再開した。

 

 神通たちに近い村雨は通り過ぎた二人にこれ以上距離を離されないよう2時、北西の方向にゆるやかに移動する。神通ら二人を真正面に捉えるためだ。しかし二人の速力と距離が思いの外あったため、村雨が追いつく頃には神通らの背中を視界に収める位置になってしまっていた。一方の川内は神通らを北北西、彼女らにとって7~8時の方角から襲うため、大きめの弧を描いて方向転換する。

 そして四人の視界の遠く先からは那珂がようやく追いつこうとしていた。

 

「あとは任せて、神通ちゃん!」

「はい!」

 そう一言で言葉をかわして那珂と神通・不知火はお互い通り過ぎる。

 

「ヤッバ!那珂さんに正面に立たれた!!」

「は、反撃しましょ!」

 

ドゥ!

ドゥ!

 川内たちの砲撃が那珂に襲いかかる。それと同時に那珂の砲撃も川内たちに襲いかかった。

「「きゃあ!!」」

 

ベチャ!ベチャ!

 

 川内と村雨それぞれに1発ずつヒットした。それを確認することはせずに那珂は撃った直後に3時の方向に急旋回して二人の正面を横切り、大きく離脱する。そのまま3時の方向に針路を取り続ける。

 那珂の向かう先は神通・不知火と同じ方角だ。

 

「くっ、こんなんで怯んでいられるかっての!てや!」

「わ、私だってぇ~!」

 それぞれ服に当たったがいちいち気にしていられない切羽詰まった状況のため、川内と村雨は愚痴りながらも砲撃する。

 

ドゥ!

ドゥ!

 

 背後に敵を迎える立ち位置になった那珂は背面に迫る川内たちのペイント弾を蛇行してかわす。その際両腕を真横にのばし、そのまま砲撃した。

 

ドゥ!

ガガガガガガッ!

 

 片方の腕は連装機銃だった。ペイント弾のヒットおよび保有しているペイント弾のストックとはみなされない、牽制のための攻撃だ。機銃の銃撃は弾幕となって主に村雨を襲う。川内はというと那珂が左腕から撃ったペイント弾がヒットし、当初取り消してもらった2発分がここにきて完全に意味なくなってしまった。

 

「うっ……ちっくしょー!当たっちゃったよ~~」

 

 すぐに気づいた川内はやる気が急激に落ちていく。その様はスピードにも現れていて、並走していた村雨の視界から急に川内は消える形になった。

「えっ、川内さん?」

「ゴメン村雨ちゃん!あとはギリギリまで任せたよー!」

 頭を軽く振り向けて川内を見ようとしたが、自身はスピードに乗っていたため川内が視界に収まることはなく、彼女の声だけが後ろから聞こえてくる形となった。川内の言葉を受けた村雨はまゆをひそめ口をモゴモゴさせて不満気な表情を作る。

 旗艦のあんたがやられてどうするんだ!と村雨は文句を言いたかったが今は自チームの目的達成が優先。細めた目の視界には速度を上げたと思われる那珂がすでに神通と不知火の背後に接近していた。三角形の陣形を作っていることを想像できる。

 突堤はすぐ側まで迫っていたためもう間に合わない。

 

「あぁ~~!もう!なるようになってぇ~~!!」

 

ドゥ!ドゥ!ドゥ!

 

 自身の可能な限り速度を上げてから村雨は一気に三連撃した。

 

ベチャ!

 

 しかしヒットできたのは、那珂の背中のみだった。

「わぁ!当てられた~~」

 那珂の軽い雰囲気による悲鳴が聞こえた直後、不知火が減速・徐行して突堤に接岸した。続いて神通も接岸する。

「着いた。」

「……着きました!」

 そこまで視界に飛び込んできたのを現実のものと認識した後、村雨は減速しやがて停止し呆然と立ち尽くした。

 

 

--

 

「そこまで!不知火がゴールに触れたわ。今回の演習試合は神通チームの勝利とします!」

 突堤に近寄って状況を確認した五十鈴が高らかに宣言した。その瞬間、その言葉は現実として皆が認識し、片方を喜ばせもう片方を落胆させることになった。

 

「やったね~~!神通ちゃん、不知火ちゃん。よく頑張りました!!お姉さん撫で撫でしちゃう!」

 有限即実行して那珂は神通と不知火の頭をワシワシと撫でた後、頭を抱き寄せて喜びを伝える。二人とも恥ずかしがったがその後にじわじわと湧き上がってきた喜びによって、乏しかった表情から珍しく破顔させる。

「は、はい……ありがとうございます。今回は……疲れましたけど。」

「感無量……!」

 

 一方で落胆する村雨の背後まで近寄っていた川内が言葉をかけながら肩に手を置いた。

「村雨ちゃん、最後はナイスガッツだったよ。村雨ちゃんも結構アクティブに動けるじゃん!中学生組って夕立ちゃんだけバリバリ動けるのかと思ってたら結構皆イけるのね。うん。それがわかっただけでもあたしの気持ち的には勝利だわ。」

「川内さぁん……ゴメンなさぁい~!」

「ドンマイ!いいっていいって。お互い艦娘部なんだからこれは部活動の練習試合みたいなもんじゃん。負けるのなんて気にしないでいいって。次頑張ろう!」

「はぁい……。」

 

 川内はあっけらかんとして負けなど一切気にしていない様子で村雨を励ました。村雨はその言葉にグッと胸打たれる思いを感じつつ気恥ずかしさを伴った返事と相槌を返す。

 那珂たちと川内たちが集まり、五十鈴がその中央に来て言葉を全員にかける。

「やっぱり広い場所で演習するのはいいわね。皆思い切りがすごかったもの。この形式の演習は色々勉強になるわ。これからもしたいと思うけどみんなはどうかしら?」

「うん!あたしも同じこと思ったよ。川内ちゃんと神通ちゃんだけじゃなくて、参加するみんなの確実な経験値になるもの。ゲーム的に言うとどー表現するの、川内ちゃん?」

 那珂がそう振ると、川内は満面の笑みで言った。

「レベルアップっすね!」

 その場にはアハハ・ウフフと勝ち負け関係なく全力を出し、疲れきってはいるが気持ちの良い笑い声が響き渡るのだった。

 

 

--

 

「ところで夕立ちゃんと五月雨ちゃんは?」

 那珂がふと思い出して鎮守府寄りの方向を向く。皆も釣られて振り向くと、そこにはまだ戦っている二人の姿があった。距離がそれなりにあったため、審判たる五十鈴の宣言が聞こえていない様子だった。

「ちょ!二人ともまだやってるよ!なんかすっごく熱中してるよ!!」

 目を凝らして見た川内がそう言うと、誰からともなしにダッシュして二人の戦場へと慌てて駆けて向かって行った。

 

 五月雨と夕立の戦場に入った那珂たちが見たのは、5発どころの騒ぎではないペイント弾で全身真っ白になった二人の姿だった。

 夕立はこのくらいのやんちゃはよくあり、なんとなく性格的予想がついていたため那珂たちは皆揃って苦笑いしたが、五月雨に対しては想像だにしていなかったので驚きを隠せない。

「しっかし二人ともものの見事に頭からスネまで真っ白だねぇ……。」と那珂。

「ゆうはまだわかるとしても……さみもなんだってそんなになるまでムキになって熱中してるのよ?」

 村雨が呆れて言うと五月雨と夕立は揃って物言いをし始めた。

「だってだって!ゆうちゃんが素直に負けを認めないんだもん!先に3発当たったの、ゆうちゃんなのに!」

「違うっぽい~!あたしの砲撃は連装砲だったからあれ1回で2ヒットしたはずだし、さみのほうが先に負けだよ!!」

「う~~!ずるいよゆうちゃん!頑固!」

「さみの方こそ頑固じゃん!」

 普段仲良く接している間柄の喧嘩っぷりに友人たる村雨はもちろんのこと、完全に部外者である那珂や川内たちは呆気にとられて眺めていることしかできない。

 

「あちゃー……もしかしてまた始まっちゃう?」

「で、ですねぇ……ホラホラ二人とも!演習試合は終わったんだからいいかげんにしなさいよぉ~!」

 おそらく展開されていたであろう口論が再び展開され始めたのを目の当たりにし、那珂そして村雨は顔を見合わせて頭を悩ます。口に手(砲撃)が加わる前になんとかせねばと感じそれを行動に移すべく村雨が真っ先に仲裁に入り、那珂たちもそれに続いて宥め始める。

 その後、五月雨と夕立の喧嘩を仲裁して宥め終わるのに十数分を要する羽目になる那珂達だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初めての入渠(入浴)

 時間を忘れて演習試合に熱中して取り組んでいた一同。気がつくとなんだかんだで1時間近くやっていた。終了した直後はまだ15分ほど余っていたが、真夏の日中の気候とそれに影響される疲れを各々感じていた。第2戦をする気力が残っていない那珂たちは喧嘩仲裁の後、鎮守府寄りの突堤の先で数分間休憩を取っていた。

 

「それじゃー皆、鎮守府戻ろっか。大丈夫かな?」

「えぇ。時間もいい頃合いだものね。」五十鈴が腕時計を見た後同意する。

「はい。結構熱い戦いできたと思ってますし満足満足。てかぶっちゃけ汗かいて身体が火照って暑っ苦しくて仕方ないんですよね。さっさとお風呂入りたい。」

 川内の言葉の最後の要望にコクコクと頷く神通と不知火。

「あたしもあたしも。アハハ!さみってば鼻の穴にまでペイント弾ついてる~!」

「むー……ゆうちゃんだって口の端についてるペイント固まりかけててしゃべりづらそーだよ?」

 五月雨と夕立はすっかり仲直りしたのか、全身真っ白になっている互いを見てクスクスアハハと笑い合って茶化しあう。その様子を見て那珂は、喧嘩するほど仲が良いということわざは本当なのだなと微笑ましく感じ、もはや二人の状況を憂いてはいない。

 

--

 

 那珂たちから二人分離れて突堤に腰掛けていた神通と隣りに座っている不知火がふと上空を見ると、偵察機が自身らの上空を通り過ぎ、町の方へ旋回して飛んで行くところだった。

 それを見た後不知火は確認のため神通にチラリと視線を向ける。その視線に気づいた神通は僅かに戸惑いの表情を浮かべた後自分の仕業ではないという意味で頭をブンブンと振って否定する。

 二人は気づいたが、那珂たち他の6人はおしゃべりに熱中していたため気づいていない様子だった。神通と不知火はひとまず気にしないことにした。

 

 

--

 

 工廠に戻り、艤装や機材を全て片付けて本館に戻ろうとする那珂たち。訓練終わりの那珂たちのそれぞれの格好を見た明石や技師らは苦笑しつつもねぎらいの言葉をかける。

「それにしてもみなさん見事にボッロボロですねぇ~。五月雨ちゃんと夕立ちゃんにいたっては頭から爪先までペイントで真っ白ですねぇ。そんなに熱中してたんですか?」

 明石のやんわりとしたツッコミに珍しく夕立もバツが悪そうに俯いて照れている。友人の代わりに五月雨が説明する。

「エヘヘ。私とゆうちゃんは……なんと言いますか、訓練そっちのけで対決しちゃったっていうか……。」

 その説明も照れが混じっていてまともな説明ではない。見かねて那珂が訓練の一部始終を交えて説明した。それを聞いた明石は再び苦笑しつつも、もはやその内容には深入りせずに二人の格好だけを心配するに留めるのだった。

「そ、そうですか。二人がそこまでするのは珍しいですね~。ともあれ早く身体綺麗にしてきたほうがいいですよ。完成したばかりのお風呂を楽しんでいらっしゃいな!」

「はい!」

 五月雨と夕立はもちろんのこと、那珂たちも元気に返事をして工廠を後にした。

 

 

--

 

「そーいえばさ、お風呂で使う石鹸とかシャンプーとかまだ買ってないよね?どーする?」

 本館手前あたりでふと思い出したことを口にする那珂。一同はハッと気づいて足を止める。

 工廠を出る前に洗浄水と乾燥機でざっと服装だけを綺麗にした一同。ペイントによる汚れの度合いが高い五月雨・夕立・川内・五十鈴はそのままではショッピングセンターに行くにはかなり気まずい状態だ。

 比較的服装がまともな状態な那珂・神通そして不知火と村雨が買い出し係を担当することにし、五月雨ら4人を待機組とさせた。

 

 一旦待機室まで戻った那珂たちは訓練終わりを伝えるため執務室に行き提督に事の次第を報告する。

「……というわけで、本日の演習は終わりだよ。」

「そうか。ご苦労様。川内と神通はどうだったかな?良い演習試合になったかい?」

 提督の問いかけに川内と神通は思い切りコクッと頷いて答える。

「うん!今までの訓練の中で一番楽しかった!ゲームっぽいというか普通のスポーツの試合みたいでいいねぇ。やっぱ実際に身体を動かすのは違うよね。なんか充実ッて感じ!」

「私も……皆のおかげで動けるようになりましたし、楽しかった……です。」

「それはなによりだ。確かに君たちは結構動けるようになってたね。」

「え?」

 提督の言葉に那珂たちは呆けた一声をあげる。

「あぁいや。実は明石さんに頼んで偵察機で君たちの演習の様子を撮影してたんだよ。」

「な~んだ!そーだったの!?全然知らなかったよぉ~。」

「うん。いつの間にやってたの、提督?」

 那珂と川内が声を揃えて驚きながら問う。村雨や五十鈴らもそれに乗る。

「これも艦娘の訓練の貴重な映像資料ってことでさ、盗撮みたいでゴメンな?」

 提督から納得できる弁解を聞いた那珂らは本気でその行為を咎めるつもりはなかったため、適当な軽口で提督を茶化してその場の会話を流す。

 誰もが思ったのは、見ていないようで意外と自分たちのことを見てくれている、信頼できるおっさん(お兄さん)だということだった。

 

 

--

 

「それにしても五月雨と夕立はまだペイントが落ちきってないようだね。それに顔も……それはそれで可愛いけど。」

「ホラ提督ってば!女の子の顔見て吹き出すなんてしつれーだぞ?早くお風呂入らせてよね?」

 言葉の最後にプッと吹き出す提督。自分らに言及された二人は顔を真赤にして照れて身体をモジモジさせて縮こまる。そんな二人の代わりに那珂が冗談めかしてふくれてツッコミを入れた。

「あぁゴメンゴメン。皆疲れてるだろうと思って、先にお湯張っといたぞ。けど石鹸とかそういうの買ってないから……」

「あ、それはダイジョーブ。あたしや神通ちゃんたちで買ってくるから。それまでは五月雨ちゃんたちには待っててもらうの。」

 那珂から分担を聞いた提督はニコッと微笑んで納得の意を表情で示した。

「そうか。それなら任せるよ。君たちの気に入った物を買ってくるといい。経費で落とせるから領収書はキッチリもらってきてくれよ?」

「はーい、わっかりましたー。」

 

 軽快に返事を返し、那珂たちは未だ提督が残る執務室を後にした。

 

 

--

 

 その後待機組の五月雨ら4人を残してショッピングセンターに行った那珂たちは、入浴に必要な道具を買って鎮守府に戻ってきた。8人は各々のバッグから着替えを持ち、ウキウキした表情を浮かべて足取り軽く浴室に赴く。

 脱衣室に入った一同は改めて部屋の中をざっと見渡し、着衣を置く簡易的な棚の前に立ち並んで脱ぎ始めた。

「いや~鎮守府の中で更衣室以外で裸になるのってドキドキしますな~。」と那珂。

「アハハ。でも安心して思いっきり脱いでお風呂に入れますよね!」

「(コクコク)」

「新しいお風呂ってなんだかワクワクするわね。」

 川内・神通そして五十鈴は思い思いの反応を返す。

 一方の駆逐艦・中学生組も4人思い思いの言葉を交わしながら衣服を脱いで入浴の準備をしていた。

 

 威勢よく脱いで真っ先に裸になった那珂と川内が揃って浴室の扉を開けて入った。お湯で発生した湯気と熱が脱衣室に漏れ出て、モワッとした空気が那珂たちの後ろに続こうとしていた神通や五十鈴らの全身に絡みつくように当たる。

 夏場ではあるがその熱い空気は嫌な熱さではなくむしろ気持ち良い熱さだ。これから始まる癒やしの時間を期待させる。

 

 

【挿絵表示】

 

「うわぁ~!改めて見てもやっぱりちょっとした旅館のお風呂並の広さだよね~素敵!」

 那珂が入室一番に感想を口にすると、それに川内、夕立が続く。

「これだけ広いと走りたくなりません?」

「あ!分かる分かる!あたしも走りたいっぽい!」

「おっし夕立ちゃん!行くかいね?」

「おー!」

「ちょっと二人とも!滑って転んだら危ないよ!初めての入浴で怪我したらもったいないからね。」

 足を今すぐ駆け出しそうなくらいバタバタさせる夕立。川内も身体を思い切り動かそうとするが、すかさず那珂からの真面目なツッコミが入ったのでその行動はキャンセルさせられる羽目になった。

「え~!でもはしゃぎたくなりません?」

「まぁ気持ちはわかるけどね~。」

 川内の密かな誘惑をサラリとかわすも、実は那珂もまんざらでもないといった表情ではにかむ。

「あんた先輩なんだから……あんたまでやらないでよね?」

 真面目な注意のその後にウズウズしているのが感じ取れたため、五十鈴は那珂を至極真面目にツッコむのだった。

 

--

 

 湯船に浸かる前に蛇口の前に座る那珂たち。蛇口は4基しかないため、残りの4人は買ってきた新品のプラスチック製の桶で湯船からお湯をすくい身体を流している。

 ペイントによる汚れが酷かった五月雨・夕立・川内そして五十鈴が優先的に蛇口を使っている。

 4人のうち脱衣室に一番近い端の蛇口を使って身体を流している五月雨とその隣の夕立は互いのペイントの付着部分を指摘しあううちにお湯かけ合戦になり、バシャバシャとはしゃいでいた。

 それを横目で見ていた川内だが、さすがに中学生二人のじゃれあいに混ざる気にはならず、ざっと湯で濡らした身体をタオルで軽くこすった後、他の3人より早く立ち上がって湯船へと向かう。

 五十鈴はというと、ボディーソープを使い黙々と丁寧に身体を洗っている。

 

 残る那珂・神通らは早々に湯船に浸かって早速心から癒やされていた。

「は~気持ちい~!やっぱ日本人ならお風呂にゆっくり浸かる、これに限りますな~。」

「……はい。でもその言い方はちょっとババ臭い気も。」

「おぅ!?神通ちゃんからまさかの強烈なツッコミ~!那珂ちゃんかなしぃ~~!」

「ウフフ。でも那珂さんの言うことももっともですよねぇ~。鎮守府でお風呂にゆっくり浸かれるなんて、私たち幸せですよねぇ。」

 村雨のセリフにコクコクと頷く不知火。目を閉じて身体の全神経を湯からの癒やしの効果を満喫していた。

 

 

--

 

 その後蛇口が全部空いたので交代で那珂たちが使い始める。そして再び湯船に浸かって8人で会話をしてのんびりと疲れを取り除いて癒やしを高め合う。

 ある話題が途切れた後、全員の正面を見渡せる位置に座っていた那珂は全員にざっと視線を送り、視線移動の終点を五十鈴と川内にした。

「な、何よ?何こっちじっと見てるのよ?」

「う……嫌な予感がする……。」

 五十鈴と川内が目を細めて苦々しい表情を作ると、那珂はわざとらしくねっとりとした口調で見たまんまの感想を口にし始める。

「むーーーー。やっぱ二人ともお胸おっきいよねぇ~~~~? 何食って何をしたらそれだけなるんでしょうかね~~?」

 那珂がセリフに五十鈴と川内は敏感に反応してしまった。

「ちょ!?また胸の話!?」

「だ~か~ら!あたしそういうの意識したくないんだからやめてくださいよぉ!」

「わ、私も……よ。」

 そう言って川内と五十鈴は両手で胸を隠す。抗議の言を受けた那珂は悪びれずに感じたままを追撃の手(口)を緩めない。

「だ~ってさぁ~~。目の前に素敵な膨らみがあったらツッコまずにはいられませんよ。そうは思いませんかねぇ、神通さん、五月雨さんや。」

 

 話題に巻き込まれまいと必死に目をつぶって顔をそらしていた神通と、まさか振られるとは思っていなかった五月雨は二人揃って同じような焦り具合を見せる。

「えっ!?わ、私ですか!?」

「……う。」

「そ~そ~。同盟組みましょうや、同盟!」

 そう言う那珂を受けて神通が自身と那珂そして五月雨の胸元に視線を向けると、あまり名誉な目的の同盟ではないことがすぐに理解できた。顔が熱くなってきた感じがするが、それが湯船から発する湯気のためなのか話題のためのか、それともその両方なのかまでは理解できない。

「わ、私まだ中学2年ですし、あまり胸は……気にしてないですからぁ!」

「……私も……です!」

 二人とも先刻の五十鈴と川内のように胸元を両手で覆う。五月雨に続いて神通からの反応もあまりよろしくないことを見て感じると、那珂は仲間を村雨と不知火に求め始める。が、那珂はあることに気づく。

「ん……あれ?もしかして……村雨ちゃんも……お、大きいってやつですか!?」

「ちょ!那珂さぁん!?」

 普段余裕ある姉っぷりを見せる村雨が珍しく慌てて照れる様を見せた。頭だけ那珂の方を向いて背を向けて前面を見せないようにするも、那珂は瞬間的な観察力でその行動を逃さない。

「ふ~~~~ん。そうですかそうですか。中学生のくせに夕立ちゃんと村雨ちゃんは良い具合なんですかぁ~~~。将来有望ですなぁ。」

「エヘヘ。那珂さんから有望って言われちゃった!」

「ちょっとゆう!その有望はあまり大きい声で言われたくない有望さよぉ!」

 自身のサイズや評判なぞ一切気にしない夕立は那珂の言葉をそのまま受け取って喜び、村雨は友人のあまりのマイペースさに頭を悩ます。

 もう一人、話題を振られた不知火については、もともとが無表情なのが湯気で顔が見えづらくなっていた今のこの状況のため、彼女が照れているのかそれとも困惑しているのかはたまた怒っているのか、さらにわかりづらくなっていた。全員の視線が集まってから数秒遅れて不知火は一言ボソリと言って意思表示をした。

 

「気にしてないので。」

 

 口調から表情がまったく見えずにスッパリとそう言われると、あまり接してこなかった関係だけにさすがの那珂も不知火に関してはそれ以上話題振りを続けられない。

 全く同意を得られず意気消沈する那珂に一矢報いたのは、最初に視線を送られた五十鈴だった。

 

「そんなに胸を気にしてるんなら、だ、誰かに揉んでもらいなさいよ?」

「なんですとーー!?そんな人いるわけないじゃないのー!彼氏なんていないんだぞー!?」

 五十鈴の口撃を憤りに半分くらい交えた茶化しでもって言い返す。

 こいつに半端な言い回しでは通用しない、そう感じた五十鈴はさらに口撃する。

「ふん!だったら(あんたも気になってる)例えば……に、西脇さんとか。」

 途中の言葉は最小限の声量でもって言い、最後まで言い切った五十鈴の言葉にその場にいた全員が一瞬凍りつく。そして自己解凍して本気の照れと怒りを那珂が見せた。

「い、五十鈴ちゃんのバカァーー!」

 

バシャッ!

 

「うわぁぷ!ちょ!やめ!」

 

バシャッ!バシャッ!

 

 那珂は両手でお湯をすくい上げて五十鈴に向けて投げ放つ。お湯しぶきが五十鈴の顔に何度も直撃する。余波が二人の間にいた神通にちょっぴりかかったが本人含めて気にしないことを努める。

 お湯かけ攻撃のために湯気でさらに見えにくくなっていたが、感じ取った那珂の焦りと湯気の切れ目から見えたその表情から、五十鈴はその真意を悟った。その想いの恥ずかしさを隠す行為、自分が消極性であるならば、この少女は積極性であるのだと。

 

 似た者同士、ライバル、そんな表現が五十鈴の頭をよぎる。しかしさすがに言い過ぎたかもしれない。五十鈴はそう思って宥めるべくフォローの言葉を投げかけた。

「……ゴメン、さすがに悪い言い方だったわね。でも人をからかう前に陰ながら努力でもしてみなさいっての。じ、自分で揉むのもある意味いいんじゃないかしらね?」

 フォローはしたがやはり一撃食らわせるのを忘れない。

「む~~~~、ふん!」

 五十鈴の言葉に那珂は口をとがらせてそっぽを向いてしまうのだった。

 

 

--

 

 その後何人かの小さな会話の隙間で再び口を開く那珂。

「そういえばさ、明石さんや妙高さんは絶対大きいよね?」

「あんたまだ胸の話引っ張る気!?」

 五十鈴が激昂すると那珂は両手を振って五十鈴を制止した。

「いやいや!もうこれで終わりにするから!」

「……ったく。あの二人は大人なんだから当たり前でしょ。」

「いやぁだってさ!大人だって小さい人もいるじゃん!うちらの周りの大人の女性ってみ~んなスタイルよさげでうらやましいな~って。それだけ思ったの。」

 那珂がそう言うと、話題の矛先が自身に向いてないことを認識した川内が思い出すように話に混ざった。

「そういえば、あがっちゃんこと四ツ原先生もおっぱいでかいですよね。男子たちは全員あれにやられてる感じだったですよ。ね、神通?」

 同意を求められた神通はそんなことまで知らんと言わんばかりに首を傾けて話題に乗ることはしなかった。代わりに話題に乗ってきたのは五月雨や村雨だった。

「うちの黒崎先生はどうだったっけ?」

「そうねぇ。あの人 いつも上はふんわりしたカーディガン着てるけど、パンツルックだから割りと体型わかるわよねぇ。多分ホントにスタイルいいんじゃないかしら。」

「そうだよね~。実は私ね、黒崎先生って結構理想なんだぁ。エヘヘ。」

「そうだったの?さみってば意外ねぇ~。○○先生とかああいう感じの活発なスッキリしたスタイルの人が理想なんだと思ってた。」

 村雨が示した別の女性教師に五月雨は気乗りしない反応を示し、自身らの部活の顧問である黒崎先生についての評価を口にする。

「だって~、黒崎先生私たちの話一人ひとり真面目に聞いてくれるし優しいし。」

「え、あぁ。内面の話?あたしはてっきりスタイルの話かと思ってたわぁ。」

「先生ってば身長それなりにあってスタイルもいいからあたしも割りと好きだよ。」

 いきなり話題に混ざってきた夕立の言葉に五月雨は同意だったのかウンウンと頷いた。

 

 

--

 

 話を教師のことに向けて展開させている五月雨たちをよそに、那珂たちも胸の話から女性としてのスタイルやファッションの話に転換させていた。

「そういえば四ツ原先生、胸だけじゃなくて何気にスーツの着こなしもいいよね。あたし2年だからほとんど接点なかったけど、あの人顧問になってから服装見てるとなんとなくわかってきたかも。」

「あ~~。あがっちゃんセンスいいですよ。たまに私服で出勤してきますけど、そういう私服の時はすっげぇ大人の女性って感じのちょっと高貴そうな服着てますし。あの抜けてる感じに似合わず侮れませんよ、あの先生。」

「ほうほう。神通ちゃんもそう思う感じ?」那珂が尋ねる。

「え……?わ、私はあまり四ツ原先生気にしたことないので……。」

「神通ってばあんまキョロキョロ観察しなさそうだもんね。」

 川内からスパっと自身の評価に切り込まれて一瞬悄気げるが、図星だったためにそれ以上気に留めないよう適当な相槌を打ち返した。

 

「ねぇねぇ。五十鈴ちゃんの高校にもそういうスタイルやファッションセンスいい女の先生いる?」

「そうね。理想にしたいって先生がいるわけじゃないけど、良いと思える先生はいるかな。どちらかと言うと先生よりも生徒のほうで素敵で参考にしたい人が多いわね。例えば3年の先輩で可愛い私服着こなしてる人がいていいなって思うわ。」

「へぇ~~。そういえば五十鈴ちゃんの高校、制服自体もなにげにオシャレ感あるよね。あたしそっちの学校のスカートいいなって羨ましいんだぁ~。」

「数年前に大々的に今の制服に変更されたらしいのよ。それまでは進学校によくある垢抜けないだっさい制服だったらしいって。○○っていう有名なファッションデザイナーに依頼して作ってもらったそうよ。」

「へぇ~。五十鈴ちゃんの高校の制服、一度着てみたいなぁ~。」

「いいわよ。だったら今度持ってきてあげるわ。」

「あ、だったらあたしにも着させてくださいよ!実は可愛い服に興味ありです。」

 川内の要望に珍しいと感じつつも、五十鈴は二人の要望に快く承諾するのだった。

 

 

--

 

 その後も会話が弾んだお風呂でのひとときを過ごした那珂たちは、ややのぼせた感覚を覚え脱衣室で湯冷まししてから着替えて入浴施設を後にした。

 のんびりと歩いて待機室に向かう最中、海軍・艦船周りの知識が(ゲームを通じて)ある川内が言った言葉が那珂たちの気に留まる。

「そういえば、実際の船をドックでメンテするのって入渠っていうらしいですよ。あたしたち人間でいえば、まさに入浴とか療養です。」

「へぇ~。艤装を入渠っていうのは前に明石さんや技師の○○さんが言ってたの耳にしたことあるよ。だったらさ、あたしたち艦娘の方もこれからは入浴じゃなくて入渠って言ったほうがなんかそれっぽくない?」

「いいですねぇ!なんかかっこいい!」

「にゅうきょ!かっこいいっぽい!あたしもそれ使うー!」

 気に入った様子を見せる那珂が提案すると、川内に続いて夕立もその案に乗り始める。

「アハハ。なんだか提督がたまに使う業界用語みたいで楽しそうですね~。私も使おっかな?」

 さらに五月雨もノリよく賛同する。他のメンツもはっきりとは示さなかったが、まんざらでもないという様子で那珂の提案を耳に入れていた。

 

 待機室の前に着くと、すぐに入ろうとする川内たちから那珂と五月雨が離れた。

「私、提督に今日のお仕事とかもうないか確認してきますね。」

「あ、それじゃ~あたしもこのあと皆ご飯とかどうするのか聞いてくるよ。」

「じゃあ私も付き合うわ。」

 と五十鈴も那珂の隣に移動した。

「決まったら教えてくださいね~!」

 そう言ってそのまま直進した那珂に手をプラプラと振り、川内に続いて神通らも待機室へと入っていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お泊まりの夜、始まり

 執務室に入った那珂たちは早速提督にそれぞれ聞きたいことを確認し始めた。

 

「提督!お風呂上がったよ。」

「おぉ。どうだった、使い心地は?」

 提督の質問に3人は顔を見合わせてから揃って答えた。

「さいっこうだったよ!」

「最高でした!」

「とても気持ちよかったわ!」

 中高生3人から満面の笑みで評価をもらった提督は笑顔で返す。

「そうか。これで皆に戦いの疲れを癒やしてもらえるね。俺としても一安心だよ。」

「アハハ。ところでさ、うちらは泊まりなわけだけど、皆でこの後夕ご飯どうするかって聞きたくて。」

「私も、もう秘書艦のお仕事はありませんか?」

 那珂と五月雨が質問すると、提督は少し思案した後答えた。

 

「もう仕事はないから夕飯でいいよ。そうだなぁ。みんなでどこか食べに行くか?」

「えーー!?せっかくのお泊まりなのにそれじゃつまんない!なんかみんなで作ろーよ?」

 提督の提案に素早く拒否を示し対案を提案しはじめる那珂。提督はその反応を受けて再び頭を悩ました後に口を開いた。

「とは言ってもなぁ。西の新棟の調理場はまだ使えないから、何か作ると言っても給湯室でお湯使って何かするくらいしかできないぞ?」

「でもせめて食堂になる予定の部屋くらいは使えるんでしょ?」

 

 そう那珂が口にした食堂、そして提督が口にした調理場は、本館西側に建設されて先月ようやく入館できるレベルには出来上がり、使用目的に合わせた部屋の構造は調整中の新棟のことだった。

 これまでは鎮守府内で調理をする機会もしたいと言い出す者もいなかっために特に皆話題に触れようとしなかった。そのため提督もあえて聞かれないかぎりは言わずにいて、工事の優先度も低く建設会社とも調整を遅らせていたのだ。

 その代わり優先度的にはシャワー室改め浴室のほうを高くしていた。それは艦娘の心身の健康にも直結しており、なおかつ艤装装着者制度的には厚生労働省からの通達で、艤装装着者の保養施設の一つとして民間の入浴施設との優先提携あるいは鎮守府内への設置が義務に近い推奨をされていたからだ。

 提督は新棟の設備調整よりも浴室に向けた部屋の下準備のほうを密かに進めていため、本格的な工事着手後わずかな日数でも後者のほうが完全な姿を現したのだった。

 とはいえ新棟の方も目的がはっきり決まっているだけに未完成のまま放っておく気は提督にはさらさらない。ある一定の規模の鎮守府には飲食のためのスペースおよび調理設備の設置は推奨よりは度合いが低い奨励がされている。今後の艦娘の大量採用に備え、保養施設の一環として投資的に作っておきたい。そんな考えが提督にはあった。

 

 那珂としてはせっかくのお泊まりなのだから、食事も楽しく演出して皆で一夜を過ごしたい考えである。提督は那珂の気持ちには察しがついていたが、それを大々的にさせられるだけの環境がないために期待されている返事をできない。

 仕方なく那珂の言葉を再び否定で返すことにした。

 

「入れるけどまだテーブルとかなにも入れてないから食堂としては使えないぞ?せめて何か買ってきて机のある会議室を使うくらいだなぁ。」

「うーーーん、ちょっとしたお料理したかったけど、仕方ないかぁ。……あ!それならさ。妙高さん家の台所貸してもらえたりはd

「あんたね……いくら黒崎さんが艦娘っていっても一般家庭の台所よ。普通に迷惑かけちゃうからやめなさいよね?」

 言葉の最後にまたしても突飛な考えを飛びださせた那珂をすかさず五十鈴が適切な注意で叱った。さすがに本気ではなかった那珂はエヘヘと笑ってごまかす。

 何も解決策がないままだとすでに夕方なのでまずいと思った那珂はさらなる案を示した。

 

「それじゃーさ、せめて前のショッピングセンターでお惣菜とかおかず買ってきて鎮守府の中で食べようよ?食べに行くよりも勝手知ったるここで食べたほうが楽しいよ。ね、五十鈴ちゃん、五月雨ちゃん。」

「はい!なんかパーティーみたいで楽しみですねぇ~。」

「それじゃあお皿とか必要な物も買ってこないといけないわね。提督、また私たちで買い物行ってくるけどいいかしら?」

「あぁ、君らに任せるよ。」

「おっけぃ。じゃあちゃっちゃと行ってこよ?」

 

 提督から許可とお金を受け取った那珂たちは早速鎮守府前のショッピングセンターに買い物に行き、人数分の料理や食器類を買って戻ってきた。準備が終わる頃には夜の帳は下り、すっかり真夏の夜になっていた。

 

 泊まりと決めた大人である提督と明石は、念のためと思い明石の同僚の技師らにも誘いかけたが、住まいが遠かったり泊まりの準備をしていない、予定があるなどで結局宿泊の協力を得られなかった。せめてものということで何人かの技師は夕食を一緒に取ることを決め、机のある会議室の準備に協力した。

 艦娘たる少女たちはというと、お泊りのメインイベントの一つ、食事のために全員揃って食事の準備をしている。普段自宅や周囲に対して手伝いをするほど気が利かない川内や夕立も珍しく手伝いに勤しむ。

 そして始まった鎮守府内での夕食会は10数人が思い思いの会話を楽しみながらの憩いのひとときになった。

 

 

--

 

 自宅以外で過ごす夜ということで普段よりテンションが2割増し高い夕立と川内。二人の異様なテンションを肝を冷やしながら側でツッコミと制御をするのは神通や五月雨の役目となり、那珂と村雨はせっかくの楽しい時間、そんな役割知らんとばかりに完全に第三者としてその光景を見てケラケラ笑って楽しんでいる。

 

 提督ら大人勢は後からアルコール飲料を買い揃えてきて、職場での酒の席を堪能している。それに気づいた那珂たち学生は陽気に呑んで会話ではしゃぐ提督や明石らを見て聞こえるようわざとらしくツッコミを入れた。

 

「な~んかお酒くさいな~って思ったらどこかの誰かさんたちがこっそり持ち込んでる気配がするね~。さてどうしますかねぇ~村雨さんや。」

「ウフフ。私達も飲んでみたいですねぇ~。」

「おぅ!?村雨ちゃんってば大人の階段登りたげ~!」

「パパとママが飲んでほろ酔ってるの見てちょっと羨ましいなぁ~って思うんですぅ。那珂さんはどうですか?」

 那珂は以前合同任務の時に、隣の鎮守府の天龍とこっそり飲んだチューハイのことを思い出し、思わず口に出しかけてしまう。

「あたしはなぁ~、前に天龍ちゃんにもらって飲んだ時苦かったからあんま好きじゃなi

 言い終わる前に五十鈴が肩を素早くつつき、ウィンクをして必死に知らせてきたためそれに気づいた那珂はハッとした表情を浮かべて慌てて言葉を濁し始めた。

「な~んつって天龍ちゃんってば飲んでそーな不良っぽい感じだったなぁ~アハハハ!あたしも飲んでみたいなぁ~アハハ!」

 なんつう微妙なごまかしっぷりだ、と五十鈴は頭を悩ませる。

 二人とも未成年なのにあの夜こっそりアルコール飲料を口にしたことは同学年の女3人の秘密にしていたため、こんななんの気なしの場所でうっかりバレるのは非常に心苦しい。

 とはいえその当時護衛艦の寝室ですでに寝ていた村雨はそんなこと知る由もなく、那珂の必死のごまかしに対しても頭に?を浮かべ、気にする段階までは達していない様子が伺えた。

 ホッと胸をなでおろす五十鈴と引き続きケラケラ笑いながら場をやり過ごそうとする那珂。村雨はもちろんだが、提督や明石も酒の酔いのため、那珂たちがごまかしをするまでもなくまったく気に留めていなかった。

 

 

--

 

 人一倍騒いでいる川内・夕立ペアはツッコミ役だった神通と五月雨を巻き込んでおしゃべりをしている。

 話題はこの後やる予定の夜間演習だ。この4人の中で唯一実戦における夜戦を経験したことのある五月雨に3人が向かい、熱い眼差しを送るという不思議な光景が展開されていた。

 

「ねぇねぇ五月雨ちゃん、前に夜戦を経験したことあるって聞いたんたけど、ホント?どうだった?楽しかった?」

「はい。合同任務のときです。あの時はますみちゃんも那珂さんも五十鈴さんも一緒でしたよ!」

 川内の矢継ぎ早の問いかけに対し答え始める。

「んで!?楽しかった!?」

「う~んと、わたし的には夜の戦いは怖かったです。那珂さんは夜遊びするみたいでワクワクするって言ってましたけど……私はちょっとダメでしたね~。あんなおっきな深海棲艦と真っ暗な中で会って戦うなんて、今でも思い出したらドキドキしますよ~。」

「へぇ~~。最古参の五月雨ちゃんが言うくらいだから昼と夜とじゃあ戦いの感覚が全然違うんだろうねぇ。」

「はい、多分。」

 

 五月雨の感想にもう少し深く切り込みたい川内だったが、ひとまずここでその感想に対する反応を示し、自身の中のイメージを膨らませ始める。

「ねぇ。夜の海に出てくる深海棲艦って見えるの?あたしたちは同調して艦娘になると視力めっちゃよくなるじゃん。昼間はわかるんだけど、それでも夜全く見えなかったら話にならないな~って思うんだ。どう?」

「あ、それは……私も知りたいです。」

「あたしもあたしもー!」

 川内が抱いた疑問に神通と夕立も続く。

 

 3人から引き続き熱い眼差しを受ける五月雨は頼りにされている感覚から心地良くなり、笑顔そして得意気な表情を浮かべて3人の次なる質問にも答える。

「そ、そうですね~。さすがに真っ暗だと見えないですけど、あの時は那珂さんがライト当ててくれたので、そうすれば動くものなら割と見えましたね~。」

「動くもの……なるほど。」

「ん?どうしたの、神通?」

 五月雨の説明を聞いた神通がわずかに俯いてぼそっと小さな声で独り言をつぶやいた。川内がそれにすかさず反応すると、神通はコクリと頷きながらわずかに視線を川内に向けて言った。

「ええと。あの……同調して身体能力が向上するのはいいのですが、なぜ目まで良くなるのかなって疑問に思ってまして。艤装の構造はわかりませんけど、動体視力が向上するというのは、納得できないを通り越して身体への影響を考えるとちょっと怖いなと。」

「艤装の仕組みなんて考えても無理だって。あたしたちはただ使えばいいの。神通はさ、遠くのもの見えるようになってないの?」

 川内がふと疑問を漏らす。

「え、私は動くものがよく見えるようになるだけでしたが。え?? 川内さんは……違うの?」

 神通が目をパチクリさせて川内を見る。すると川内の隣に立っていた夕立、そして五月雨が口々に言い出した。

「あの~神通さん。艦娘になると、パワーアップする能力って人や艦によって微妙に違うっぽいよ。」

「そうですね。あまり意識することないんですけど、私もゆうちゃんもますみちゃんも時雨ちゃんも同じ白露型?ですけど違うみたいです。私は動くものがよく見えるようになったり、何か見た時にその物の回りに何があるのかすぐ分かるようになりました。」

「あたしは動くものがよく見えるようになったのと、見たものとどのくらい離れてるとか近いとか、そういうのがなんとなく同調する前より分かるようになったっぽい。」

 

 五月雨と夕立が口にしたそれぞれの向上する能力の違いに、神通は目を普段より見開いて驚きを隠せないでいる。川内もその内容に微妙に追いつけないでいるも、驚いていた。

「へぇ~~!それじゃあ同じ川内型でもあたしと神通それから那珂さんだと、もしかして視力以外にも違うかもしれないんだぁ。なんだかまっすますゲームのキャラみたいでいいじゃん!面白いじゃん!」

「うんうん!あたしもそー思うよ川内さん!」

「おお!やっぱ夕立ちゃんはわかってくれるかぁ!よっし、この後の夜間演習、一緒にやろうね?」

「はーい!」

 

 

「私の……向上してる能力……どうすれば確認……」

「あの……神通さん。」

「は、はい?」

 俯いて再びブツブツと独り言を言い出していた神通に向かって五月雨が語りかけた。一人の世界に入りかけていた神通はいきなり呼び戻されてビクッとする。

「神通さんもきっともっと違うものが強くなってるはずですよ。私だって自分の何がパワーアップしてるのかまだまだよく分かってないところありますし、一緒に見つけていきませんか?」

「五月雨さん……はい。」

 川内とノリとテンションがよい夕立とは違い、穏やかな雰囲気で神通に囁きかけてくる五月雨。その言葉の中に神通はこの年下の少女がかけてくれている気遣い・素の優しさそして弱々しいながらも導いてくれる鋭い何かを感じた気がした。

 思いにふけっていると、神通はクイッとスカートの端を引っ張られているのに気づく。引っ張られた先を見ると、先程まで那珂や村雨らの輪の端にいた不知火がチョコンと側に立っていた。

「ど、どうした……の?」

「私も。」

「え?」

「私も、見つけますので。」

 不知火は少し前から川内らの話を聞いていた。言葉足らずなセリフを察すると神通はそう気づく。しかし不知火の片頬が不自然に膨らみ、片方の眉に皺が寄っていることにまで気づくのには少々時間を要した。

 ようやく不知火の心境を想像して気づいた神通は、嫉妬するほどのことかと顔には出さなかったが心の中で苦笑する。先輩艦娘とはいえ年下の少女たちの人となりをまた知ることができた満足感からか、笑顔になっていた。

 五月雨と不知火はその笑顔を自分たちの言葉の賜物だと思い込み、コクリと頷く仕草で応対するのだった。

 

 

--

 

 やがて夕食会が終わった。というよりも那珂と五十鈴が強制的に終わらせた結果である。時間に厳しい二人は夜間演習開始15分前になると、その場にいた全員に改まって声をかけて意識を正させたのだ。

 

「はーいみんなぁ!ちょっといいかな?」

「主にそっちの6人向けよ。聞いて。」那珂に続いて五十鈴がピシャリと注意を指し示した。

 

「この後8時から9時まで、外に出て夜の海で訓練をします。それなりに身体を動かすことになるので、そろそろ飲み食いは控えてねー。あとそこでニヤニヤケラケラ笑ってる大人二人!」

 那珂が言葉の最後に鋭い視線と言葉を突き刺したのは、提督と明石のことである。二人はほろ酔い気分で心地よく、子どもたち艦娘らの話を適当に聞き流そうとしていたところで言及されて途端に焦る。焦るが酔いが回っているので大して真面目な表情ではない。

 そんな二人の反応は完全に無視し那珂は続けた。

 

「まずそこの酔ってるおっさん。一応管理者なんだから、夜の海の出たあたしたちがすること、改めて市の広報ページとやらに案内出すか周辺住民に案内とか、問合せ来たら応対できるようにしておいてよ。いいね?」

「は、はい。」

 おっさんこと提督の弱々しい返事を聞いた那珂は視線をその隣りにいた明石に向ける。

 

「そっちの顔真っ赤にしてるおば……明石さん。このあとあたし達の艤装の運び出しとかメンテ、きっちりできるようにしておいてくださいね?」

「アハハ、はい。」

 提督とは異なり陽気な雰囲気の返事を返す明石。

 言いかけたが単語の最後まで言わずに名前で改めて呼んであげたのは那珂の良心だ。とはいえたとえ最後まで言っても今の明石には単語を解釈する能力が著しく低下していてまったく気にならなそうなのは、第三者の目から見ても明らかである。

 

 その後那珂と五十鈴の解散の合図で夕食会が終了した。

 片付けは自分らがやっておくからと、技師たちが率先して片付けをし始める。酔いが技師らよりも回っていてマゴマゴしていた提督については那珂がその尻をはたいて片付けに協力させ、自身らは着替えて工廠へと向かうことにした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夜間訓練

 必要な装備を持って那珂たちは夜の海、いつもの堤防の側の消波ブロック帯の近くに集まった。夜も完全に更けて全員の気分がおやすみモードに入りかけていることわかっていたので、夜間演習・訓練が可能な制限時間の1時間きっちりやるつもりはない。

 那珂と五十鈴としては、夜動くことの感覚を少しでも掴んでもらえればよいと考えていた。一度全員で経験しておいて後は各自必要に応じて経験を積んでくれて慣れていけばよい。

 

 訓練は、砲撃をする組・雷撃をする組で分かれた。那珂は雷撃組の指導を担当し川内・夕立が、砲撃組は五十鈴が指導を担当し、神通・不知火・五月雨・村雨が集まっている。

 

 

--

 

 雷撃をするグループとして集まった那珂たち3人。川内は雷撃をしたい人が夕立しかいないことに不満を持ち愚痴をこぼす。

「な~んで魚雷撃ちたい人があたしたちだけかなぁ~?夜に豪快に撃つのってきっと楽しそうなのになぁ。」

「うんうん!あたしたちだけで楽しも~よ!あたしと川内さんで那珂さんをふたりじめできるっぽいし~!」

「アハハ。それじゃー雷撃を選んだ二人にはあたしがこれでサポートしちゃおう。」

 

 そう言って那珂は右手に持っていた道具を持ち上げた。

「「それって?」」

「うん。前の合同任務のときに使った業務用のライトだよ。川内ちゃんならもっとちゃんとした言い方知ってるでしょ。」

「おぉ!探照灯!サーチライト!本物初めて見た!」

 那珂が掲げて示したその道具に川内は鼻息荒く興奮しながらその名を口にする。その様子を見て那珂はスイッチをONにした。探照灯の光は夜8時の浜辺沿海から立ち上る一筋の光の柱となった。さすがにそのままでは近所迷惑になりかねないと思い、海面に当たるように探照灯の向きを変える。

 

「まぁ本物って言っても護衛艦とかに使われるやつと同じサイズじゃないよ。」

「いや~普通の懐中電灯なんかとは全然違うものってだけでもワクワクですよ。」

「ワクワクっぽい!」

 声を揃えて興奮を表す二人に那珂は探照灯の効果や使い方を説明することにした。

 

 

--

 

 一方の砲撃組も、五十鈴が持つ探照灯の説明に入っていた。

「私達艦娘は個人差もあるけれど、視力が良くなることは知っているわね?とはいえ夜間とか暗がりだと目が慣れるまで少し時間がかかるのは同じ。それから慣れた後も明るい時と同じような視力を発揮するには、やっぱり光が必要よ。こうしたライトを使うことで、私達の高まった視力を普段に近い水準で発揮できるようになるの。この辺りは五月雨と村雨は知ってるわね?」

「「はい。」」

「使い方は簡単よ。進行方向に向けたり、後は海中に向けたりね。」

「あの……光はどのくらい届くのですか?」神通が先陣を切って質問する。

「このサーチライトは確か……明石さんによると、地上や海上を照らす分には1km先まで、海中に向かって照らした場合は水質にもよるけど、12mくらいって言ってたわ。」

「普通、海中にいる生物を探すにはソナーが必要って本で見たことがあるんですけど。」

「良い質問ね、神通。」

 神通のさらなる質問に五十鈴は冷静な受け答えで対応する。とはいえ自身も明石など他者からの又聞きなのであまり偉そうに、全て知ってるような口調で言うことはできない。それを断った後続けた。

「私も艦娘になって、曲がりなりにも海の仕事についたことになるけど、ソナーとかそういう漁師や海自など海の仕事する人たちが使うものを全てが全て理解できたわけではないわ。それから深海棲艦には音を跳ね返さない個体が多いから、ソナーとか自動追尾の魚雷は効かないってことは前に明石さんから聞いたわよね?」

「はい。」

「ソナーにあまり頼れない以上、視覚・聴覚など、基本的な感覚に頼るしかないわけ。だから艦娘になると、身体能力以外にもそういう感覚が高まるようになっているの……だと思うわ。これも明石さんの受け売りだけどね。そしてそういう基本的な感覚のサポートをする道具を使うことで、その効果をより高める必要があるわけ。こういうライトもその一つ。もちろんソナーも必要に応じて使うわよ。基本中の基本だものね。」

 

 五十鈴の解説に神通はもちろん村雨も、そして最古参の五月雨・不知火までふむふむと頷いている。

「五十鈴さんすごいですねぇ。よく覚えられますよねぇ~。」

「ほ~へ~。そうなんですか~。」

「ためになる。」

 

 村雨・五月雨・不知火と連続して他人事のように感心する様を見た五十鈴は呆れ顔でツッコんだ。

「村雨は私よりも後だから仕方ないとしても……ちょっと二人とも。一応私より経験がある先輩の艦娘でしょ。どちらかというと二人からこういう説明を聞きたかったわよ。」

「エヘヘ。そこは適材適所といいますか、皆お互いで補完しあえればいいかなぁ~って。」

「中学では、そんなこと習わないので。」

「普通の高校だってそんなこと習わないわよ!!学校以外での勉強時間がモノを言うのよ……。」

 五十鈴が声を荒げながら言うと、五月雨が微妙なフォローの言葉をかけた。

「五十鈴さんはお勉強家みたいですし、私はお任せできるところはお任せしたいかなぁ~って。」

「そうそう。私もそう思いますぅ。」

 五月雨の言に村雨が相槌を打ち、さらに不知火が無言でコクコクと頷いている。そんな様を見て五十鈴は額に手を当てて俯いてしまった。

 

「はぁ……あんたら気楽でいいわねぇ……。てかなんか那珂に変に影響されてきてない?その返しが……なんかむず痒いわ。」

「アハハ……気のせいですよ。気のせい。それじゃあ、五十鈴さんが苦手なところは私や不知火ちゃんに任せて下さい!頼ってもらえるよう勉強しておきます。ね、不知火ちゃん。」

「(コクリ)はい。不知火に、お任せあれ。」

 その言いっぷりに五十鈴は変なデジャヴ感を覚え、もはや二人にツッコむのはやめにして話を戻した。

「はぁ……もういいわ。それじゃあ、砲撃の説明に入るわよ。」

 

 

--

 

 那珂たちも探照灯・ライトの説明が終わり、メインである雷撃訓練の説明と準備に入っていた。

 砲撃組からは距離を開けて沖に出て的を投げ放って浮かべる。的はランダム移動モードだ。川内にライトを持ってもらって那珂が的の設定を終えると、ほどなくしてLED部分が青白く点滅し始め、起動したことがわかった。

 

「さて、これからあの的を狙って撃ってもらいます。」

「撃つって言われても、夜に撃つ時ってどうすればいいんすか?」

 川内が真っ先に質問する。

「普通に撃てばいいんだよ。点滅してる的の動きをよーく観察してから撃ってね。」

 

 川内と夕立が的の方向を見ると、月明かりと周囲の工場の照明があってわずかに照らされているとはいえ、青白く点滅しながら動く的は見えづらかった。

「うー。暗いのに慣れてはきましたけど、やっぱ的わかりづらいなぁ。まぁいいや。とりあえずやってみます。」

「あたしも!あたしも!」

 川内の言葉の後に夕立がパシャパシャと軽く飛び跳ねて主張する。

 

「はい、ライト。」

「あ!あたしが持ちたい!」

 那珂はコクンと頷いて二人の意志を確認しライトを差し出す。すると夕立が素早く近寄ってそれを手に取る。

「それじゃー夕立ちゃん。川内ちゃんのサポートお願いね。ちなみにライトの光でも的は反応して逃げようとするから、そこんところ上手く使ってみてね。」

 那珂の言葉を全部聞く前に夕立は川内のもとへと駆け寄って行ってしまう。那珂はそれを見て苦笑しつつも、これから二人がする行為を見守ることにした。

 

「さーて、あたしから撃つよ、いいね?」

「はーい。それじゃーあたしはどうすればいいの?」

「あたしが狙いやすいように的に当ててみて。」

「りょーかい!」

 そう返事すると夕立は川内から離れて的に近づいていった。

 的の一部分を示すLEDの発光は不定期にゆっくりと切り替わる。消灯している間も的は動いているため、瞬きを何度かした夕立がふと的に視線を戻すと、すぐにその位置がわからなくなる。しかし今の夕立にはライトがあるため、彼女の表情は自信に満ちた笑顔だった。

「ウフフフ~。どこへ逃げたって問題ないっぽい~!」

 

 

パァー……

 

 

 ライトの光が的を強く照らし、直線的にその先の海上をも照らす。的はその強い光によってその場でブルブルと振動し出した。夕立がわずかにライトを動かすと、その隙を狙ったかのように的は瞬発的なダッシュでライトとは逆の方向へと移動し始める。

 同調しているとはいえ意外と重いライトを両手で持ち、夕立は改めて的に光を当てる。

 逃げまわる的に何度目か当てたとき、的はその位置でピタリと止まり、進行方向を変えようと動きが鈍くなった。

 

「川内さん!あそこっぽい!」

「よっし!」

 

 夕立の合図を耳にした瞬間に川内はあらかじめ指を添えていた魚雷発射管装置のボタンの一つをグッと押し込んだ。魚雷の軌道やスピードのインプットも忘れない。

 

 

ドシュッ!

サブン

 

シュー……

 

 川内がイメージしたのは、細かいコースは考えずにとにかく夕立の持つライトが照らしたその場所目指して一直線であった。そのとおりに進んだ魚雷は的がサーチライトの光に反応しきって逃げるべくダッシュをし始める直前に当たった。

 

 

ズドオオォ!!

 

 

 的の周囲に激しい水しぶきが発生して的は爆散した。川内の雷撃がクリーンヒットしたのだ。

 

「うお!?あたしの雷撃、初めて綺麗に当たった!?」

「川内さ~~ん!!やったっぽい~!おめでとー!」

 自分の綺麗な雷撃と結果に驚きを隠せないでいる川内の側に賞賛の声をかけるべく夕立が駆け寄っていった。ライトをぶんぶん振り回しながらの駆け寄りのため光が四方八方に走ってあらぬ方向を照らすが、手にしている本人はまったく気にする様子はない。

 そして川内と夕立は声を掛け合った。

 

「夕立ちゃんありがとね!撃っといてなんだけど、自分でびっくりしたわ。」

「うんうん!あたしだってあんな気持ちいい当たり方したことないっぽい!すっごいすっごい!」

 興奮する川内と素直に川内に尊敬の念を示している二人に那珂はゆっくりと近寄って声をかけた。

「川内ちゃんってば夜なのにあそこまで綺麗に当てて爆破できるなんてすっごいよ。おめでと!」

「アハハ。ありがとうございます!那珂さんに認めてもらえてうれしいなぁ。」

「それじゃあ綺麗に雷撃できた川内ちゃんにお知らせです。」

 喜びあふれる川内に向かって那珂は口調はそのままで話の展開を急転直下させた。

「的の復元、頑張ってやってね。夜だからライト使って、しっかりとね!」

「う。そういや的戻さないといけないんでしたっけ……。せっかくうれしいところに嫌なこと思い出させるなぁ那珂さんってば。」

「ホラホラ、あたしも手伝うから。夕立ちゃんはライトで照らす係引き続きお願いね。」

「う~~あたしは雷撃だけしたいっぽい……。」

 

 ブーブー文句を垂れる夕立をなだめつつ那珂は川内の背中を押して的が爆散したポイントに向かい、的の破片を集め始めた。

 数分して破片を全部集め終わった那珂は川内と夕立に的の形を作り変えるのを任せ、組み直した後に再び音頭を取って雷撃訓練を再開した。

 

 

--

 

 那珂たちが雷撃の準備を始めた場所から少し離れた海上、五十鈴はいざ砲撃訓練をすべく、神通ら4人に号令をかけた。

 

「それじゃあ砲撃してもらうわ。的は最高レベルに近いランダム移動モードにしてるから、結構素早く逃げまわるはずよ。4人で協力して倒してみてね。ライトは……そうね。神通に渡しておくわ。はい。」

 五十鈴からサーチライトを受け取った神通はすぐに不知火・五月雨・村雨のもとに戻り、相談しあう。

「それでは……私が的を照らしますから、皆さんはすぐに撃ってください。」

 神通のとりあえずな感じのする作戦に3人ともコクコクと頷く。

 的は神通たちが話し合っている最中にもフラフラと動いているが、艦娘たちがまだ攻撃の意志を見せていないために的のセンサーは彼女たちを検知せず、ゆっくりとしたスピードを保っている。

 的に視線を送る神通と3人の駆逐艦。駆逐艦3人がそれぞれの単装砲・連装砲を構えると、的は対人センサーで前方に察知した人間の攻撃性を検知し、本格的にランダム移動とスピードを出し始めた。

 神通は手に持っていたサーチライトをすかさず当てて的を照らす。

 

「今です!」

 神通の掛け声とともに3人は神通のサーチライトが発する光線の先めがけて撃ちこみはじめた。

 

 

ドゥ!

ドゥ!

ドドゥ!!

 

 不知火・五月雨・村雨の砲撃はそのまま的に当たるかと思われたが、各砲のエネルギー弾が当たる前に的は光が当って以降震わせていた本体を、その光線から逃れるべく横に飛びのけるように自身を弾き飛ばし、エネルギー弾が当たるポイントから逃れた。

 結果として不知火たちの砲撃は当たらず、的は再びスムーズな移動で不知火たちからつかず離れずの移動をする。

 

「えっ……なんで?」

 あまりにタイミング良く光線から逃れた的を目の当たりにし神通怪訝そうにすでに何も浮かんでない海上を見つめる。

 そんな神通に対し五十鈴がボソリと現実に起こった事の正解を告げる。

「そうそう。的はサーチライトの光が当たっても反発して逃げようとするわよ。」

「!! ……それを早く言って欲しかった……です!」

「一度は何も知らないで経験しておいたほうがためになるでしょ?那珂がやりそうなことをやってみたまでのことよ。」

 珍しく声を荒げて文句を言う神通だが、もっともらしいことを言う五十鈴にサラリとかわされてしまった。五十鈴の言い分には一理あったために神通はそれ以上は文句を言えず、しぶしぶ視線を的があった方向に戻した。

 その際、ふと先刻の五十鈴の物言いを思い出した。

 

「那珂に影響されてきてない?」

 思い出したと同時に

((そりゃあんたもだろう。))

 という100%ツッコミの感想が神通の頭の前面を通りすぎていった。口に出して言ってしまうような性格ではないため神通はあくまで頭の中で目の前の先輩艦娘にツッコミを入れるに留める。

 とにかくも的の動作を学んだ神通は駆逐艦3人に作戦を相談することにした。

 

「あの、……ということなので。光が当たったら単純に砲撃……というわけにはいかないようです。」

「へぇ~。あの的ってそこまですごい高性能になってるんですねぇ~。」

「私と五月雨だけの時は……動くだけだった。」

「明石さんどんどん改良してくれるのはいいけど、やりすぎてとんでもない機能の的になったりしないかしらぁ~。」

 どうでもいい感想を述べる駆逐艦3人。神通は3人の感想を無視して視線を的の方に向けながら3人への言葉を再開する。

「的は光が当たるとさっきのように逃げようとします。加えて的は元々衝撃や爆風なども検知してそれらからも逃げようとしているはずです。……私の砲撃では動きがゆっくりな相手でしか、しかも集中してでしかまだ当てられません。なので私はこのままライトを当てる担当になりますので、3人でなんとか当ててください。」

 

 神通の言葉をフムフムと聞く3人。その最中で五月雨が何か言おうと手を上げかけたが、それは村雨の率先した提案によってキャンセルされた。

「あのぉ~神通さぁん。誰かが的の後ろに回り込むのはいかがですかぁ?それで的の逃げ道をなくすんです。」

「え? ええと、はい。いいと思います。」

 夜戦を経験したことのある村雨の言い分だけに神通はそれに対し反対意見を出す気はなく、素直にその意見に賛同する。

「それじゃーさみ。一緒に行きましょ?あの時やったことを思い出せば私たちなら楽勝よ。ね?」

「え、うん。なんとかやれるといいね。頑張る。」

「それでは……私が合図をしたら的を撃ってください。私は的が変に逃げないように光の当て方を工夫してみます。」

「それじゃー私とさみは早速~。」

 神通の行動を確認した村雨は五月雨を連れて移動し始めた。少し離れると二人の姿はあっという間に見えなくなる。二人が移動し始めた向きは的とは方向がかなり違っていたが、神通は二人がわざと遠回りして的に回りこむつもりなのだろうと推測し、見えなくなった二人の方向に無言で視線を送り、期待を祈った。

 指示を特に受けなかった不知火は

「私は、あっちから。」

とだけ言い、村雨たちが向かった先とは真逆の方向を指差して移動し始める。その場には神通だけがポツンと残る形になった。

 

 

--

 

 一人になり、回りに人が見えなくなったことに急に心細くなってブルっと震える。真夏だが変に涼しい夜。当たり前だが暗い夜。何もない海上。鎮守府の本館ははるか遠くに感じられ、点灯している部屋の明かりが恋しい。

 そういえば夜に出かけるなんて、今までの人生で家族旅行以外でしたことがない。思えば変化を求めて来なかった日常から随分離れてしまったものだとしみじみ思い返していた。これが成長といえるのか明確な判断を下せない。

 とにかく今は駆逐艦たる中学生3人と協力して夜の海で逃げ回る的を撃破する。それ以外の余計なことは考えないようにしよう。マルチタスクではないくせに思いにふけりながらあれもこれもと考えがちなのは自分の悪い癖だ。反省で思いをそう締めくくる。頭をブンブンと振ってゴクリと唾を飲み、神通は的を求めて移動し始めた。

 

 すでに的を見失っていたので、神通は両手で持っていたサーチライトを目の高さより気持ち下まで上げ、2時の方向から反時計回りに海上の数十m先を照らし始めた。どのくらい照らすと的が反応するのかまだわかっていないため、ゆっくりと1時、0時、11時の方向へと動かしていく。

 途中で誰かの足の艤装がチラリと光に照らされて金属の光沢を見せる。五月雨か村雨のそれだろうと想像した。

 神通自身も1時の方向へゆっくり移動しているため、光線の照射も同じ場所を照らさないし角度も方向も少しずつ異なる。そしてしばらく反時計回りに照らし続けていると、人のものではない表面の物体が見えた。

 的に光が当たったのだ。

 

 離れた場所からそれぞれその光の当たる先の物体を見た不知火・村雨・五月雨の3人は砲撃の構えをするが、神通の合図がまだ出てないために引き金を引かない。

 神通はわずかに当たったライトを離して一度消灯させた。消したままサーチライトを顔の高さまで上げ、再び点灯させる。サーチライトの光は的の上空から照射が始まった。サーチライトを動かす前に神通は思案した。というよりもふと思いついたことがあった。的が反応しないギリギリまで光を当て、位置が分かったら一旦照射を離す。あとは光線の乱反射をうまく利用し、反応しないギリギリの照射を保ちそして3人に砲撃させる。暗い中であれば、光が当たる部分がわずかでもそこが異様に目立つため、狙いは自然とその照射部分の周囲に集中しておのずと命中精度は高まるに違いない。

 そう考えた神通は意を決してサーチライトで照らす角度を下げ、的に僅かに当てた。そしてすぐに上に向かって戻した後短い一言で合図した。

 

「今です!光の下部分を狙ってください!」

 もともとが声量の小さい神通の言葉だったが、静かな海上のためそれは駆逐艦3人の耳に確かに伝わった。3人は今か今かとウズウズしていたところに待望の合図を受けて、掛け声とともに一斉に各装砲から火を吹かせた。

 

「や~!」「そーれっ!」「沈める」

ドゥ!

ドドゥ!

ドゥ!!

 

 

ズバン!

バァン!!

ズガァッ!!

 

 

 再び3人が砲撃する。

 

ドゥ!ドドゥ!ドゥ!

 

 しかしその砲撃はヒットせず、すでに的は被弾のために急激な反応を引き起こしてその場から離脱していた。

「あっ!逃げられた!」

 五月雨がそう叫ぶとライトを向ける前に神通は目を凝らして的らしき物体を探す。すると不知火が珍しく叫んだ。

 

「こっち! 私の後ろに回っ……た!」

 

 叫びを受けて神通は不知火の声がしたほうに素早くライトを向けた。サーチライトの光線が不知火を思い切り照らす。彼女に当たり漏れた僅かな光線がそのはるかうしろに迫ろうとしている的を捉えた。それを見た神通は不知火の足もと、海面だけを照らすようにしてそのまま不知火の脇を抜けてその後ろに迫っていると思われる的を探した。あくまでも海面を照らしてじわじわと場所を判別させるつもりだった。

 

「さ、3人とも動いてくだs」

 神通の指示の言葉が最後まで響く前に、駆逐艦3人は素早く身体と意識を反応させ行動に移し始めた。

 

 一度反応した的は一見すると止まることを知らないかのように機敏に海上を移動する。そしてどういう意図の動作かは知る由もないが的は不知火に向けて接近していた。

 攻撃者から逃げる動作ではなかったのか……。神通は怪しむが今はその意味を探る暇はない。近づいてきているなら好都合だ。あとはライトを当てても多少は問題無いだろう。

 

 神通の考えを察知したかのように、一番近かった不知火が先に砲撃し、続いてダッシュのごとくスピードを上げて迫る。的の方へ接近していた五月雨と村雨が神通のいるラインを超えて1~2秒してから砲撃し始めた。

 なぜか村雨は砲撃ではなく、機銃パーツで範囲を掃射した。

 

ドゥ!

ドドゥ!

ガガガガガガガ!

 

 的は不知火の砲撃こそ食らったが五月雨の砲撃をかわした。しかし弾幕になって間近に迫っていた村雨の機銃掃射をかわしきれなかったのか、的はその本体を横に細かく傷をつけて連続ヒットしていた。

 神通のサーチライト照射は的の素早い移動のためにすでに的を捉えていない。神通は慌ててサーチライトの光線を海面移動させて探す。しかし的の位置に気づけたのはサーチライトの光ではなく、村雨の機銃掃射の当たった効果によってだった。

 同じく村雨の機銃掃射の効果によって的の位置を察知した不知火と五月雨が再びの砲撃をした。二人とも曲がりなりにも古参の艦娘としての経験上、戦場での判断力が養われていたのか、手探り状態試験状態の神通の行動と指示を待っておらず、その場の判断で村雨の行動を頼りにいち早く的に向かって攻撃していた。

 そして三度四度の3人の砲撃・機銃掃射が続いた。

 

 

ガガガガガガガ!

ドドゥ!

ドドゥ!

 

ドガアァァーーーン!!

 

 真っ先に当たったのは村雨の銃撃だった。弾幕の被弾判定のため、行動制御の処理が追いつかずに計算している的はその場で停止した。そこに連続で砲撃がヒットし続ける。

 神通は3人の行動がすでに自分を起点・頼っていないことにようやく気づいた。神通が何かしら行動しようと移動し始めた時には時すでに遅く、的は爆散していた。

 

「やったぁ!的倒したよ!ありがとーますみちゃん。場所わかりやすかった!」

「えぇ。途中で機銃掃射に切り替えてよかったわ。」

「村雨の、機銃助かった。気づけた。」

 

 駆逐艦3人は神通の目の前はるか先で集まってハイタッチをするなどして言葉を掛けあっていた。その様子を、サーチライトの光は海面に彼女らの声だけでその様子を見聞きしていた神通は呆然としていた。年下・中学生だからと高をくくっていた面があったのは正直否めなかった。

 やはり3人とも経験者なのだ。何度か戦場に出て本物の深海棲艦と立ちまわったことのある艦娘。臨機応変に行動した結果の結果だった。そこに仮初の旗艦たる自分の行動の功績はあったのかと途端に自信を失う。

 

 艦娘に着任してから軍艦の艦種の本を見て勉強した。軽巡洋艦が駆逐艦よりも平均して高い性能を誇り、艦隊を牽引する存在だと理解した。それをそのまま艦娘の担当艦の種類に当てはめて考えようと試みた。自身は軽巡洋艦神通担当なのだから、水雷戦隊旗艦の戦歴を持つ艦と同じ名を持つ艦娘になったのだから、彼女ら駆逐艦を率いられる存在にならなければと自分に言い聞かせやる気に燃えていた。しかし焦りもあった。

 冴えない自分と輝かしい戦歴を持つ艦にはあまりにも乖離があるからだ。

 拭い去ることができない不安な気持ちがもたげてきたが、幸いにも今は夜。その表情は誰にも気づかれずに済む。基本ネガティブな思考の路線なのに、神通は妙な部分でポジティブに考えていた。

 

 

--

 

 神通らが的を破壊したことを確認した五十鈴が4人に号令をかけた。

「どうやら無事に破壊できたようね。最後の方で村雨たちがした行動、あれは実際の戦いの場では必要であり正解である行為よ。神通にはライトを使ってもらったけど、必ずしも夜間の戦闘でライトが使えるとも限らないわ。状況によって昼間の作戦行動中から夜までかかってしまうこともある。だから今手に持っている道具を臨機応変に使って立居振舞ってみてね、というのが私の言いたいことよ。」

 五十鈴の側に集まっていた4人は思い思いに感想を述べ合う。その中で神通は暗い雰囲気を保っていた。納得できない気持ちが苛立ちと悲しみになって表面に現れようとしていた。この苛立ちは誰に対してのものなのか。

 情けない自分に対してなのか、リーダーたる自分の指示を聞かずに行動して勝利を勝ち取ったメンバーたる駆逐艦3人に対してなのか。

 

 もらった名は凛然と輝かしく存在の大きいものの、素の神先幸は取るに足らない引っ込み思案で情けない女だ。

 唐突に今日のこれまでの訓練での自分の行動を思い返した。

 尊敬できる先輩那珂からあなたのためにと旗艦というリーダー職を任され一日過ごしてきた。

 しかし自分がしたことはなんだ?自分の行動は誰の役に立ったのだ?

 

 午前の訓練。対峙する川内に立ち向かった。が、グダグダな流れで結局のところ自分の功績はない。あえていえば湾の地形を活かせただけであって、少なくとも自分の行動の賜物とは思えなかった。

 午後の訓練。旗艦として作戦指示という名の口出しをした。実力が伴っていないのに仲間を顎で使っていいのか。結局のところ午後の訓練で一番活躍したのは那珂と五月雨だ。自分は輸送担当である不知火を逃がすために変に距離長く海上を移動させてしまったに過ぎない。結果としては勝てた。

 学校の体育でもそうだったが、幸はバレーボールやバスケットボール、ソフトボールなど、チームプレーが大の苦手だった。艦娘になってから、艦娘というものは艤装などの諸々の道具もあるから自分が強くなれればとりあえずどうにかなるのかもと考えていた部分があった。しかし訓練終わりに近づいてまさかの本格的なチームプレー。そうなると幸の苦手な分野だ。

 艦隊戦や海軍の歴史書を見てから、作戦を立案する軍師的な立ち位置を振る舞えば運動が苦手な自分でもそれなりに参加できると思っていたが、やはり動かない・動けない自分をどうしても引け目に感じてしまう。年下の中学生の少女たちがガンガン動いて自分たちで考えて戦えているその様を見ると、その度合はより強かった。

 夜の闇が神通の負の気持ちの増大に拍車をかける。それは同調率にも表れていたことに五十鈴たち周りの少女たちはもちろん、神通本人でさえすぐには気づけないでいた。

 

 

バシャ!!

 

 

「わぷっ!きゃ!!」

 突然近くで響いた水に何かが落ちる音と悲鳴。神通からライトを返却してもらっていた五十鈴は辺りを照らした。すると神通が溺れている。

 五十鈴は慌てて海上をダッシュして神通のもとへと駆け寄って声と手を出した。

 

「ちょっと!?神通大丈夫!?どうしたのよ?」

 五十鈴の言葉はややヒステリックな上ずった声で発せられた。少し離れて仲良く雑談し始めていた五月雨ら3人もその異変に気づいて駆け寄った。

 

「え、え?どうしたんですか!?」

「なぁに!?神通さんどうしたんですか!?」

「……!?」

 

 駆け寄った3人のうち特に前面に出た不知火は、五十鈴と協力して神通を海中から引き上げた。神通は両腕を五十鈴と不知火両方の肩にそれぞれ載せて支えてもらってようやく海上にあがり、肩で息をして呼吸を整えた。

 

「どうしたっていうのよ突然!?あなた同調は……してるわよね?」

 

 そう言って五十鈴は神通がスマートウォッチをつけている腕を強引にグイッと引き寄せて小さなモニタを眺めた。

 すると、同調率の欄の数値が32.1%と、一度同調に合格した人間であればあえて出すことも珍しい低い数値になっていた。それはつまり、神通こと神先幸の艦娘としての適性が低下していて海上で浮かぶことすらままならない状態になっていることを示していた。

 

 神通の呼吸は再び乱れ、海水を払い吐き出す咳の音に混じってすすり泣く声が周囲に響いてしまった。突然の事に普段冷静な五十鈴はもちろん、中学生組も艦娘としては後輩はいえ年上の高校生の異変に驚きを隠せないでいる。

 

「同調率が下がってるわ。どうしたの?言ってごらんなさい。」

 五十鈴が柔らかい口調で問いかける。すると神通は再び鼻をグズッと鳴らしてボソボソと告げ始めるが、声も雰囲気も普段より2割減で暗いため聞き取れない。

「とりあえず……深呼吸して気持ちを落ち着けましょうか。自分で浮かべる程度にまで同調率を元の水準まで戻して。できるでしょ?」

 神通はコクンと頷き、五十鈴と不知火に肩と腕を持って支えてもらいながら大きく息を吸い、そして吐く。それを数回繰り返し慎重に艤装に意識を向け、同調を高い水準まで戻そうと試みる。

 その後数分かけてゆっくりと同調率を戻していった神通は80%を確認し、ようやく自力で海上に浮かべるようになった。同調率が戻ったのと比例して心境も艤装との同調に影響しない程度にはネガティブさが影を潜める形となっていた。

 何度目かの深呼吸ののち、神通は五十鈴に無言で視線を向ける。五十鈴はそれを見て視線の色に気になるものを垣間見たのか、軽く目を閉じてハァ……と溜息ののち、背後に立っていた駆逐艦たちに指示した。

 

「悪いけど3人で訓練続けてて。的の設定は適当に変えてもいいから。」

「え?で、でも……。」

 心配げに食い下がる五月雨に対して五十鈴は優しくも強めに断る。

「神通のためなの、お願い。」

「は、はい。わかりました……。」

 心配そうな口調はそのままで五月雨は返事をし、村雨と不知火と顔を見合わせて的を破壊したポイントへと戻っていった。

 3人が離れたのを見届けると五十鈴は今度は那珂に声をかけた。雷撃訓練をするのに距離がかなり開けてあるため声を張って呼びかけた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悩む神通

 3回めの雷撃訓練をさせていた那珂は突然離れたところにいた五十鈴から呼びかけられた。

 

「なぁに~~?」

「ちょっと来てー!」

 はっきりと言われないがあちらで何かあったのかと不安を持った那珂は五十鈴の言葉に承諾することにした。川内と夕立にそのまま続けておくよう言いつけ、サッと移動して五十鈴のもとに向かった。

 

「どうしたのさ五十鈴ちゃん?」

 問いかけた後、那珂は五十鈴の隣で普段より俯いて悄気げる神通の姿を目に留めた。何か言葉を続ける前に五十鈴が先に口を開いた。

「神通のことよ。あなたたち離れてたから気づいたかわからないけど、実はさっきね……」

 五十鈴の口から告げられたことを那珂は知らなかった。彼女の言うとおり、離れていたので気づけなかったのだ。五十鈴の口から語られた一部始終を聞いて那珂は心配を顔に出して神通の顔を覗き込みながら確認する。

 

「神通ちゃん?」

 五十鈴も神通の口からまだ詳しい事情と神通が崩れ落ちたその真意を聞いていない。五十鈴も心底心配そうな表情を浮かべて神通の顔を覗き込む。

 神通の目の前には、自身を心配してなんとか理由を聞き出そうとする先輩二人の顔があった。ただ、神通本人にとってみれば語る気が失せてしまうプレッシャーたる原因だ。また陰を落とし始めてしまう。

 その仕草を見た那珂は神通の素である幸の性格を察し、顔を一旦上げて五十鈴に向かって言った。

「ちょっとこの後はあたしに任せてくれる?」

「え?いいけど。大丈夫?」

「ま~いろいろ思うところあるんだけどさ、やっぱ同じ学校の先輩後輩だし。あとはあたしに……ね。」

 那珂の言い分に一理あると思った五十鈴は了解の意を示した。那珂は神通の手と肩を引いて五十鈴から少し離れて消波ブロックの一角によりかかってから会話を再開した。

 

「ねぇ神通ちゃ……ううん。さっちゃん。どうしたの?艤装との同調が途切れかけるって相当なことだよ?何か不安に思ってることがあったら言ってほしいな。どう、言えそう?」

 那珂は声色を非常に柔らかく優しく囁きかける。その口調に普段の軽いノリや茶化しは一切含まれていない。

 自分を心底心配して気にかけてくれるその様に心の片隅がじんわりと暖かくなった神通は、ゴクリと唾を飲み込んだ後にゆっくりと口を開いた。

 

「わ、私……今日一日、何も皆の役に立てて……ません。」

 その後堰を切ったように弱々しくも語り出す神通の愚痴を那珂は黙って聞き続けた。その間も那珂は神通の肩に手を添えている。神通の心境の大半を聞いた那珂はウンウンと途中に相槌を打ち、約1分の沈黙を作った後に言葉をゆっくりとかけ始めた。

 

 

--

 

「そっか。うん。でもさっちゃんは今日一日動けてたと思うよ?あたしはずっと見てきたから、そうわかってるよ。」

「で、でも!私はただみんなに口出ししただけなんですよ!私……体育の授業思い出しちゃって……嫌になってきて。」

 再び涙ぐんで鼻声になっていく神通。那珂はどう声をかければいいか迷っていた。

「さっちゃんはやれることをやった。それだけのことだと思うけどなぁ。」

 那珂のその言葉に神通は思い切り頭を横に振って全力で否定する。それを見てん~と小さな唸り声を上げて那珂は続ける。ここで言わないといけないと思ったことがあった。

「さっちゃんはみんなで何をするってのが苦手なのかな?」

 少しずつ順序立てて確認する。そんな那珂の問いかけに神通はコクリと頷いた。

 

「そっか。艦娘っていうのはさ、結局のところ一人で戦うものじゃないんだよね。みんなで出撃する、戦う、助ける。さっちゃんはスポーツらしいスポーツほとんどやったことないって言ってたから今までわからなかったんだと思うけど、艦娘の活動は団体競技・スポーツと似てるかなって思うの。どっちも同じでチームプレーが大事。艦娘の活動が特別なんじゃないよ。攻める担当の人もいれば守る担当の人もいる。あと皆に指示を出す監督とかリーダーがいる。サッカーとか野球だってそうだよね? おんなじおんなじ。でも普通の体育の授業や団体競技と違うのは、命をかけて戦わなきゃいけないからこそ、あたしたちは適材適所でそれぞれを補って一緒に活動しなきゃいけない度合いがはるかに高いの。ここ大事ね。無理して自分が不得意なことまで担当して戦ってたらいつか死んじゃうかもしれない。だから、無理してまであれもこれもと担当して戦うんじゃなくて、やれることだけを担当して他のことは他の人に任せる。それが何人も何十人も集まって一つのチームを作る。それが大事なんだとあたしは思うの。だからできないことがあっても何もおかしくないんだよ?」

「でも!那珂さんはなんでも……できます。」

 神通は俯きながらも声を僅かに荒げて反論した。その言葉に自身が言及されていたために那珂は苦笑した。

「あ~~。そういうふうにあたしのこと捉えてたんだ。」

 耳にかかる髪をクルクルと弄りながら那珂は続ける。

「なんでもできるわけじゃないよ。あたしだってできないことあるもん。あたしはできないこと、興味持てないことは徹底して無視してるだけ。なるべくあたしができないことは見せないようにしてるだけ。だからかな?生徒会長としてなんでもできる人って学校でも見られがちだけどホントは結構偏った人間だよ。」

 そう言う那珂だが、かなり接近して見ていた神通の表情に絶対納得していないという色が見え隠れしているのに気づいた。那珂はどう言えばこのネガティブ思考な神通を納得して復活させられるか悩み考えた。

 

「とりあえずあたしのことは気にしないでいいから。自分で言うのもなんだけどあたしなんか比較対象にしたっていいことないから。今はさっちゃん自身のこと。いい?」

「(コクリ)」

 神通の顔色や肌で感じる雰囲気がまったく変わっていない。頑固なところがあるのだなとやや懸念したが一切顔には出さず、話題の軌道を少し変えて進めてみることにした。

 

「それじゃあさっちゃんは今日一日、自分がしたことが全てが全て失敗、まったく何の経験にもなっていないって思う?」

「そうは……思いません……けど。でも失敗は多かったと。」

「うんうん。あのさ、今自分が訓練中の身だってことわかってる? 失敗して当然なの! むしろあたしや五十鈴ちゃん・五月雨ちゃんたちからすれば、失敗してもらえたほうがあたしたち自身のためにもなるの。」

「なみえさんや……五十鈴さんのため?」

「そーそー。さっちゃんが失敗したのを思いきり見せてくれればさぁ~、あたしたちは指導の仕方・協力の仕方を変えなきゃいけない。工夫しなきゃいけないって反省する。それは今後皆で出撃したり任務したときの作戦行動のための経験になるんだよ。今日は二人の訓練の最後の自由演習って名目だけどさ、実際はあたしたちすでにいる艦娘の訓練でもあるんだよ。だから今こうしてさっちゃん自身の気持ちを少し話してくれてるでしょ?それはあたしたちのためになってるし、今の今までさっちゃんの気持ちに気づけなかったのはあたしや五十鈴ちゃんの落ち度でもあるわけ。それはあたしたちの失敗なわけだ。うん。」

 神通はそれまで俯きがちだった顔を上げて那珂の顔の下半分まで視界に納め始めた。

 

「失敗を恐れないでっていつかの誰かがどこかで言ってた気もするけど、まさにそうだよ。訓練中なんだからよほどのことがない限りは死にやしないんだからさ、思う存分失敗してよ。もちろん上手くこなしてくれればそれはそれで良いけどね。あと五月雨ちゃんたちを中学生だからって高をくくっちゃダメ。あの子たちはあたしたちより前に着任して、いくつかの実戦を経験してるんだから。あの子たちの判断で動いたことを気にしたり咎めるのは良くないかな。むしろ、私の判断を補って動いてくれて嬉しい!って思えるようにならなきゃね。」

「……わかってます。わかってますけど、すぐにそうは思えません。私は……やっぱり失敗が怖い。年下のあの子たちからバカにされてるような気がして怖いんです。性分なんだと思います。すぐには……変えられません。ゴメンなさい。」

 神通が言い終わると那珂は深い溜息をついた。本人の言うとおり性分なのだ。この諭し方ではダメだと那珂は判断する。

 

「はぁ……突き放すようで悪いけど、気持ちの面は他人がどうこうできる話じゃないからさ、そこはさっちゃんのペースで上手いこと乗り切って欲しいな。でもこれだけは約束して。覚えておいて。」

 そこで言葉をすぐには続けず溜める。神通はさらに那珂の顔を見上げてゴクリと唾を飲んで次の言葉を見守っている。

「撃てなくなってもいいから、あたしたちの陰に隠れてもいいから、せめて海に勝手に沈まない程度には気持ちをしっかりポジティブに保って。前も教えたと思うけど、あたしたちを艦娘たらしめる艤装っていうは、人の考えを理解して動く機械なんだよ。だからあたしたちの思考をネガティブにしたり混乱させたら、あたしたちは動く力をあっという間に失う。それは艦娘にとって致命的なの。さっきさっちゃん自身で思い知ったでしょ? 海の上に浮かぶことすらできなくなっちゃう。実戦に出てもそんなネガティブな気持ちでずっといてもらったら、助けるあたしたちまでヘタすると敵にやられちゃうかもしれない。誰か一人の気持ちはね、あたしたち全員の命にもつながってるんだよ。」

 

 那珂の言葉が神通にとってズシリと、背中に石が乗っかる感じでプレッシャーになる。神通は確かに先程身を持って思い知った。那珂の言葉は図星だ。あまりにも暗く考えすぎたから、自分は艦娘として最悪なことになったのだ。

 自分一人の気持ちの勝手な浮き沈みが、皆を危険に晒すかもしれない。そう思うと重くなった背中が更に重くなりと背筋が曲がり始める。

 するとその微妙な動きを察知した那珂が突然神通の真正面に立ち位置を変え、神通の両頬を手のひらでグニッと押して目を見つめた。

 

「ホラそれダメ!!今の気持ちを艤装に悟られちゃうよ!?今の同調率見てみなさい!!」

 那珂が両頬から手を離したので神通は片手につけていたスマートウォッチを近づけてその数値を見てみる。すると艤装のコアユニットは想像以上に正直に神通の今の心境を表していたのか、さきほど五十鈴に手伝ってもらって復活させていた同調率が80%を切って70%台に突入している最中だった。

 神通がスマートウォッチの画面を眺めるその脇で那珂も同じ画面を眺めていた。そしてお互い顔を上げて再び視線を絡める。

 

「どう?数値はさっきより上がってる?下がってる?」

「う……下がってました。」

「ホラね。あたしたち人間の気持ちを察知するこの艤装っていう機械は、きっとかなり正直に明かしちゃうんだよ。この機械の前じゃあたしたちは隠し事なんてできないよ。」

「は、はい。」

 

 神通が頷いて理解を示すと、那珂は叱るために寄せていた眉間の皺を平に戻し、つぼめていた口元を緩めて笑顔に戻して続けた。

「失敗したかも!?って身を持って思い知れば、きっと人間って近いうちにその問題を解決できるってあたしは信じてる。流留ちゃんだってあたしに怒られてもその後ちゃんと自分の身にしてるようだし、あの娘にできてさっちゃんに出来ないことなんてきっとないよ。自分のペースでさ、引き続き取り組んでみてよ。あたしも五十鈴ちゃんも急かなさいで見守ってるからさ。」

「……はい。頑張ります。」

「ううん。頑張らなくていい。さっちゃん自身のペースで進めることが大事。周りの目なんか気にしないでね。むしろ周りの人はみんなあたしに一目置いてるんだ!って考えるくらい図太くてもおっけぃ! 何度も言うけどあたしたち艦娘はココ次第。だからこそ普通の武器の攻撃が効かない化物相手にあたしたちみたいな少女でも戦えるんだし。」

 そう言いながら那珂が手を置いたのは自身の胸だった。膨らみ的なその存在ではなく、その内に秘めるものの意味であることはさすがに神通にもすぐに察しがついた。

 那珂の言い回しに戸惑い続けるも、伝えたいことの意図は頭の片隅でわかっていた神通は何度も頷いて那珂の言葉を噛みしめていた。

 

 

--

 

 那珂は相槌を打つ神通のその表情が、自分たちが会話し始めた頃よりも和らいでいるのに気づいた。しかしどういう言葉で、どう与えればこのネガティブな後輩少女の心に響いて影響させることができるのか、未だハッキリしたトリガーがわからない。そもそも他人にここまで親身になって会話することなぞ、実のところ親友の三千花にだってやったことがない。

 偉ぶっているが那珂自身も探りながら必死の弁である。しかしそんな心の内を他人に悟られるわけにはいかないので普段通り振る舞い続ける。那珂は口元を一瞬僅かに緩ませた後、人差し指を立てて他人に言い聞かせるような偉ぶった仕草で神通に最後の言葉を放った。

 

「うーんとね、今のさっちゃんに足りないのは多分コミュニケーションだと思うの。あたしや川内ちゃんのことだってまだ大して知らないでしょ? それが不知火ちゃんや五月雨ちゃんたちだったらなおさらだよ。皆のことが分かってないから余計なこと……被害妄想っていうべきかな。ともかくそういうこと考え過ぎちゃうんだと思う。」

「それは……。」

 またしても那珂の指摘は図星だったため言葉が言いよどむ。神通の反応なぞ待つつもりない那珂は間髪入れずに続ける。

 

「昨日までの訓練でやったことはあくまでも一人で戦う技術の基礎。今日さっちゃんが経験したことは皆で戦うための技術。今日初めてやることを失敗したってそりゃ当たり前だよ。だからさ、さっちゃんには宿題出しておくね。不知火ちゃんや五月雨ちゃんたち中学生と一度は遊びに行っておくこと。艦娘のことは抜きにして、プライベートでおもいっきりね。」

「ひぇっ?」

 急に方向性が違うように思える那珂の言葉を聞いて、これまでも戸惑っていたがさらにその度合いが強くなってそれが表情に現れる。思わず変な悲鳴にも似た素っ頓狂な声が漏れた。

 

「簡単に言うと、仲良くなっておいてねってこと。後で五月雨ちゃんたちにも話しておくからさ。もうパァ~っと遊んできてよ。」

「わ、私……そういうの苦手……です。」

「なにおぅ~~!?遊んでこいよぉ~~。」

 眉間にしわを寄せてしかめっ面を作り、わざとらしく神通の顔に自身の顔を近づける那珂。しゃべるときの那珂の吐息が頬に直に当たるくらい近かったため、神通の頬は少し赤らんで微熱を持った。

「さっちゃんはもしかしてあれですか。年下の同性と遊ぶのは苦手?そ・れ・と・も~~~実はボーイフレンドがいてその子と遊ぶのに忙しくて付き合ってらんねーよって感じですかぁ~?」

「ぼ、ボーイフレンドなんていません!そ、そもそも……私友達ほとんどいなかったですし。高校生になってからはたまに和子ちゃんと出かけるくらい……でしたもん。」

 思わず自身のプライベートを明かしてしまう。茶化しのエンジンがかかっていた那珂はそれを掘り下げようと思ったがさすがに自重した。

「じゃあさ、あの中学生4人を友達にしちゃえ。いい機会じゃん。友達と遊ぶ・出かけることの酸いも甘いも味わってきちゃえ。和子ちゃん以外にも仲良く出来る子作っておけばさ、高校生活きっと楽しいよ?よく言うでしょ、高校で一生付き合える友達できたとかさ。さっちゃんにとって良いと思える場所で友達作れればそれでいいんだよ。学校で友達作ってもいいし仕事場の仲間な五月雨ちゃん達でもいいの。プライベートで遊ぶ・交流するのは、自分を変えるための格好の行動だと思うなぁ。遊ぶんだから気を張らずに自由に楽しんできてくれればそれでいいよ。さすがにどう遊ぶかとかはあたしも口出すつもりないしね。」

 茶化し満点の言い出しからセリフを進めるに従ってさきほどまでの親身な柔らかい口調に戻っていく那珂の言葉。最後まで聴き続けた神通は、ゆっくりと頷いて了解する。

「わかりました。」

「うん。期待してるよ。」

 

 慣れない関係の人との遊びや外出を強要された気がしてプレッシャーを感じまくる神通だったが、やはり那珂の言葉には一理も二理もあったので反論の余地はなく、おとなしく承諾するしかなかった。

 再び顔を上げた神通のその表情は、話し合う直前まで浮かべていたどんよりとした重苦しく自信のなさがにじみ出ていたものから、なんとなくスッキリ、を連想させる微笑を浮かべるまでになっていた。

 那珂はその変化を逃さない。

 

「ね~ね~さっちゃん。ありがとね。」

「へ?な、なんでなみえさんが……感謝を?」

 目を少し見開いて驚きを示す神通。

 那珂はようやく神通の肩から手を離し、それまでよりかかっていて中腰だった姿勢を正して直立した。自然と顔はまだ中腰の神通を見るために俯く形になる。

「だってさ~、さっちゃんが抱えてた気持ちを話してくれたのか嬉しいんだ! こういうお話はできればお風呂とかお布団の中で寄り添ってしたかったけど、あたし的には結果オーライって感じかな。だから、あたしに打ち明けてくれて、ありがとーって。」

 曇りのないその笑顔・接する人に対して慈愛に満ちた表情。前にチラリと垣間見た、五月雨の純朴な表情にも似ていた。月明かりで僅かに照らされる那珂のその表情は、今の神通にはとてもまぶしく見えた。

 人を安心させてくれる、勇気を与えてくれる存在。こんな人ならば生徒会長としても学校内外でそりゃ活躍できるわけだ。

 神通は改めて那珂に心酔し始めていた。人とコミュニケーションを取るのが苦手な自分には絶対なれない存在でないものねだりかもしれないけれど、いつかこうして誰かの役に立てるようになりたい。

 思いが口に伝わって出た。

 

「こちらこそ、ありがとうございます。わた、私も……なみえさんのように、なりたいです。」

「え?」

「これからも、ちょっとしたことで悩んじゃったり、くじけてしまう可能性がありますけれど、一人で立てるように頑張るので、見守っていてください。」

 言いながら神通も消波ブロックから背を離して完全に海上に直立する。

 那珂がその時見た神通の表情はまだ決して自信を取り戻したなどという感じには遠いが、もう大丈夫だろう判断できるのは間違いなかった。

「あたしが高校卒業するまでは見ていてあげるよ。その後は、ぜひ対等な立場で一緒に仕事していこーね?」

「……はい。」

 那珂が差し出した手を、神通はそうっと握る。那珂はそれを包み込むように優しくそして次第に力を込めて握り返すのだった。

 

 

--

 

 那珂と神通が話し合っている間、五十鈴は砲撃組と雷撃組をひとまとめにして夜間訓練の仕上げとした総合訓練に変更していた。神通のことも気になるが、自分に任されたのは訓練の指導役。自分の役目はきっちり果たしたい五十鈴は気持ちの切り替えをしっかりしていた。

 訓練再開前、神通のことを気にかけた川内が言った。

「あの~神通マジで大丈夫なんですか?あたしも行ってあげよっかな。」

「あの子のことは那珂に任せましょう。きっとうまく解決して神通を元気にさせてくれるはずよ。信じて私たちは訓練を続けましょう。」

「はい!よっし、夕立ちゃんいくぞー!」

「おー!」

「五十鈴さん!私たちもお願いします!」

 と五月雨。それに続いて村雨と不知火が頷く。

 そうして訓練再開していた6人の前に、那珂と神通が戻ってきた。

 

 

--

 

 2度の雷撃と2巡の砲撃の後、那珂と神通は五十鈴たちの前に戻ってきた。

「おまたせみんな!」

 皆の側に戻って那珂が真っ先に宣言した。

 

「もう、大丈夫なの?」

「……はい。ご迷惑を……おかけして申し訳ありませんでした。」

 深々と頭を下げる神通を見て五十鈴は一旦視線を五月雨たちにざっと向けたあと、苦笑しながら言った。

「元気になってくれたならそれでいいわ。あまり心配かけないでちょうだいよ?」

 五十鈴の心配に神通は再び頭を下げる。

「色々聞きたいところだけど……今はやめておくわ。それでいいのよね?」

「うん。そーしてくれると助かるかな。神通ちゃんもそれでいい?」

「(コクリ)」

 神通の同意を得た那珂は続いて五月雨たちにも視線を向けて伝える。五月雨たちもわかりましたとだけ言い、それ以上は神通のことをその場では聞こうとはしなかった。

 そんな中、川内だけは違った。川内は通常の水上移動するのを忘れ水しぶきを巻き上げながら海面を普通に走って神通に近づいてガシっと抱きしめる。

「ふぇ!?せ、川内さん!?」

「……もう!さっちゃん!聞いたよ?あんま心配させないでよね。あたしは同じ学年だし同期だし一番近いんだからさ、何か心配事あったらあたしだって聞いてあげるくらいはできるから一人で悩まないでよ!さっちゃんは出会った時からそうだよ。考えこむところあるからさ、あたしほんっと何かと心配なんだよ?」

「は、はい……うん。ゴメン……ね、ありがとう。」

 感情に素直でもここまでしたことがなかった同期からの抱擁を受け、その力強さに苦しいと感じつつも決して悪い気持ちはしなかった。ストレートに感情をぶつけてくるその様が、那珂とは違う形で嬉しく暖かく包まれる感覚を覚えた。

「それじゃああたしも今は聞かないでおくよ。あとできっちり話してもらうからね。」

「うん。」

 神通の返事の声に鼻をすする音が僅かに混じる。普段であれば他人の細かい仕草や意味など察するのが苦手な川内でも、さすがに抱きしめてゼロ距離にいれば黙っていても言われなくても気づく。

「バカァ!なに涙ぐんでるのよ~!」

「(ぐずっ)せ、川内さんだってぇ……!」

 

 抱擁し合いながらすすり泣き始める二人を那珂と五十鈴が背中をさすって慰めた。すでに訓練を続ける雰囲気は皆の心からは綺麗に雲散霧消していたため、8人は片付けをして湾に入り、工廠へと戻っていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

就寝

 工廠で艤装を片付けた那珂たちは工廠の戸締まりをした明石と一緒に本館に戻ってきた。すでに他の技師たちは退勤していていない。

 大して汚れてはいないが潮風と若干の水しぶきにあたっている一同は当然お風呂で頭がいっぱいである。出撃していない明石も夕食を食べ終わった後の少女たちの夜間訓練準備と工廠の戸締まりなど最後の一仕事を終えた後なので入りたくて仕方がなかったが、それよりも責任ある大人として少女たちの今夜の寝床の確認を優先させた。

 

 先に入浴を済ませた那珂たちが提督と明石に案内されたのは1階の和室だった。9人分の布団がまだ丸まって置いてある。提督が布団の側に立って那珂たちの到着を待っていた。

 

「お風呂ゆっくり浸かってもらってるところ悪かったね。寝るのはこの部屋を使ってもらいたいんだけど、ここに8人9人は狭いと思うから部屋割りして誰がどこで寝るのか決めてくれ。」

「それはいいんだけど、あぶれた人はどこに寝るの?」

 那珂の当然の質問にその場にいた少女たちがウンウンと頷く。

「2階にも和室があるだろ?そっちと分けて使ってくれ。」

「な~るほどね。そっかそっか。そしたら早速決めよっか。どーするみんな?」

 那珂の音頭で8人はぺちゃくちゃと相談し始める。完全に蚊帳の外の提督と明石はしばらくその相談という名のおしゃべりを見守っていた。そのうちに二人のことを思い出した那珂が話題を提督と明石に振る。

 

「そーいや二人はどこで寝るの?まぁ提督はどこかそこら辺で寝転がってもらうとしてさ。」

「俺そこら辺なのかよ!?」

「そ・れ・と・も~。あたしたちの誰かに混ざって寝る~?」

「お、おいおい……そういうのは勘弁してくれよ~。」

 その場にいた誰もが那珂のいつものスイッチが入ったことを察した。察したが自分らに直接絡まなそうなので口を挟まずに黙って見ていると那珂は想定通りの茶化しの言葉を投げつけて提督をたじろがせている。そのうち提督は自分で那珂の口撃包囲網を脱出した。

「いいんだよ俺は。普通に執務室で寝るから。ホラホラ君たちで寝る部屋さっさと決めなさい!」

「は~~い。」

 

 ほのかに小寂しい表情を含んだ笑顔で那珂は返事をし話題を軌道修正することにした。

 思考を切り替えた那珂は部屋割りの提案を述べ始める。那珂が提案すると、唯一不満を持った五十鈴がツッコミを入れ、最終的には次の構成になった。

 

1階和室:村雨・不知火・神通・五十鈴

2階和室:那珂・川内・夕立・五月雨・明石

 

 那珂としては一緒に寝床で語り合うのに五十鈴も欲していたが、五十鈴は那珂の最初の提案を聞いて、絶対寝させてくれない駄目メンバーばかりだと瞬時に判断して提案に対案を出したのだった。しぶしぶながらも那珂は納得の意をみせる。

 部屋割りに全員承諾したところで2階和室に5人分の掛け布団と敷布団を運び入れ、寝る準備を完了させた。

 本格的に寝る準備の前に、思い思いの時間を過ごす那珂たち。何人かは明日の朝ごはんのために提督を連れて買い物に出かけたり、また何人かはロビーのソファーに腰掛けて携帯電話を操作したり本を読んだり、おしゃべりをしている。

 そうして過ごしているうち、気づくと午後10時を過ぎていた。

「それじゃー4人ともお休み~!」

「神通と一緒に寝られないのは悲しいけどまぁいいや。夜中起きたら遊びに行くわ。」

「え……いや。別に遊びに来なくても……。」川内の言葉を真に受けた神通は普通に受け答えした。

「ふわぁぁ……悪いけどさっさと寝させてもらうわ。」

 すでに眠りかけてウトウトしていた五十鈴はうるさそうな3人に邪魔されないことが明確になっていたのでその表情が安堵に包まれている。那珂はそれを見て寝させねーよとばかりに脇や肩をツンツン突いて別れの言葉代わりにするのだった。

 ふと那珂は思い出したことがあり、神通に一言声をかけておいた。

「……って感じだから。そうなると4人の中で頼りになるのは神通ちゃんだけだからね。いちおー忠告というか、警告というか。」

「アハハ……覚えておきます。」

 苦笑いしかできそうにない那珂の忠告に神通は口を挟まずただ頷くだけで済ませる。一方で中学生組も各々言葉を掛けあって自分たちの寝床へと向かって行った。

 

 

--

 

 1階和室に戻ってきた神通たちは4人とも早速寝る準備を整え始めた。比較的穏やかな性格の少女たち。比較的社交的な村雨も、実は微妙な人選だと感じていた1階和室メンバーのため思うように喋り出せないでいる。準備をする最中の会話はほとんどなく進む。

 パジャマやジャージ・半袖短パンなど四者四様な寝間着になった。布団を敷いて4人がそれぞれのペースで寝る前のひとときを過ごしていると、神通は隣に布団を敷いて寝ようとしていた不知火がリュックサックからどでかいものを出したのに真っ先に驚いた。

 

「え……不知火ちゃん?それって……?」

 不知火は珍しく頬を僅かに染めて恥ずかしそうにモジモジさせている。その恥じらい方は歳相応と言うべきか、ともかくめちゃ可愛い。そう神通は感じた。

 続きを聞く前に本人がスパっと答えた。

「謙治くんです。」

 

「え?だれだれ!?けんじくんって誰!?」

 

 いつも一緒にいるメンバーがいないために手持ち無沙汰に携帯電話をいじっていた村雨が、突然聞こえてきた男性と思われるその名に素早く反応してきた。

 村雨は五十鈴とともに神通と不知火に頭を向けて寝るよう布団を敷いてる。そのためこの4人が何か話そうとするには、枕ごしに部屋の中央を全員で向く必要がある。それまで天井を向いて携帯電話をいじっていた身体をクルリと回転してうつ伏せにし、枕に顎を乗せてその視線を向かいの不知火に向けた。そのあまりの反応の素早さに神通は他人ながらたじろいでしまう。

 不知火が言及したその名に興味津々になった村雨の目に飛び込んできたのは、人間の3~4歳児くらいはあろうかというサイズの熊のぬいぐるみだった。

 

「へ? 不知火さん……それは?」

「だから、謙治くんです。」

 

 素っ頓狂な声を上げて再び問う村雨に不知火は“謙治くん”なるぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら答えた。村雨は意外な人物の意外な趣味に萌えたが、それ以上に自分が期待していた話題ではなかったことに落胆して脱力するほうが強かった。

「あぁそう……ぬいぐるみのことなのねぇ……。」

 脱力して顔の下半分を枕に埋めたまま目を瞑るように細めて再び視線は携帯電話に移して操作し始めた。

 

 一方で不知火の意外な趣味に食いついたのは年長者の五十鈴だった。眠そうな目を擦りながらとろっとした口調で不知火(と神通)に絡み始める。

「あら?そのぬいぐるみかわいいじゃないの。なぁにそれ。お気に入り?」

「はい。とても。」

「それって、なんで持ってきたの……ですか?」

 神通が尋ねると、やはり不知火はかすかにモジモジさせてつぶやいた。

「謙治くんがないと、眠れないので。」

 鼻をフフッと吹き出しそうなくらい可愛い、神通はこの妙にフィーリングが合って普段は無愛想な少女に萌え始めていた。

「ウフフフ。かわいいわね~。ぬいぐるみを抱いてる不知火さんも。……可愛いわ。」

 五十鈴も同じ気持だったのか、神通に続いて不知火への感想を口にするが、その言動とまどろんだ瞳に若干熱が篭ってきているのに神通は気づいた。

「五十鈴さん……?」

「なぁによ神通。」

 恐る恐る、少しずつ尋ねる神通。

「……酔ってないですよね?」

 その言葉に五十鈴は憤りを見せるも、雰囲気怪しいとろっとして怒りにも満たなそうな、傍から聞いていればむず痒くなる感情の吹き出し方だった。

「未成年よぉひどいわねぇ~呑むなんてぇ天龍じゃあるまいしぃ。私は素直にぃー……そう思っただけよぅ……。」

 消えるような語尾に到達する度に五十鈴は頭をカクンカクンとさせてもはやまともに起きてるのかどうかすら怪しい状態だった。

 別れ際に那珂が、「五十鈴ちゃんは夜早いから。あとあまりに眠いと言動怪しくなるからそこんとこよろしく!」と忠告してきたのを思い出した。この事だったのかと神通は面食らう。

 まさか言われて1時間以内に遭遇するとは思わなかった神通はこの厄介な先輩をどうしようか、1秒で1分位悩んだ感覚の後、適当に会話を繋げてあしらってみることにした。

 

「五十鈴さんも……ぬいぐるみお好きなんですか?」

「ふぁ……う、うん。そう……ねぇ。ぬいぐるみも好きよ。」

「そう……ですか。……も?もって?」

「……さんが……好きねぇ……ふぁぁ~ふぅ……。」

「……え?」

 このまま誘導尋問的なことを続けたら何か危険な秘密を知りそうな気がしてドキドキしてきた神通はこのやりとりをやめたくなった。眠そうですね、もうお休みになっては?と言おうとしたその時、村雨がおしゃべりに介入してきた。

「今五十鈴さん誰が好きっておっしゃいましたぁ~?恋愛トークなら私も混ぜてくださ~い。五十鈴さんの好きな人って興味あるなぁ~。」

 恋愛話絡みになると五感が強くなるのか、ませた中学生の村雨が目ざとく参戦してきた。これはヤバイ。今この場で明かしてしまったらイケない匂いがプンプンする話題になりそう、神通はそう直感する。

 夢見ていたお泊り会とガールズトークだが、こと恋愛系に関してはテレビドラマでも小説でも、いつでもどこでも誰でも必ず集団の何人かは死にたくなるようなこっ恥ずかしい思いをすることを神通はそれとなく知っていた。今回は自分ではないが、仮にも尊敬している先輩の一人が半分以上無意識の状態で本人の意志に関係なくその想いを勝手に明かして、本人のあずかり知らぬところで想いの暴露の結果と噂が一人歩きするようなことがあったら?

 もし自分が曝露される側だったら絶対死にたくなる。死んでしまうかもしれない。自分がされて嫌なことはしたくない。させたくない。なんとか村雨の興味本位な尋問を阻止せねば。そう決心する神通だが、いい対処がまったく思い浮かばない。

 マゴマゴしているうちに、知ってしまった。

 

「私はぁ……西脇さんが……好き……ふぁぁ~……すぅ……」

 

 それだけつぶやいて五十鈴は眠りの世界へと旅立っていった。

 現実の世界に取り残された3人は時を止められてポカーンとしていた。

 冷や汗が出てきた神通をよそに、思わず自分の問いかけで五十鈴の想いを聞けてしまった村雨は枕に口を当てながらきゃーきゃーと黄色い悲鳴をあげ始めた。

 

「うわ~~!五十鈴さんってばマジなのかな~~?職場恋愛?結構な歳の差ですよねぇ~!?きゃー!なんかすっごいこと聞いちゃった~!」

「む、村雨……さん!」

「はい?」

「こ、このことは……3人の秘密、です。いい……ですね?」

 人のことなのに泣きそうな顔で神通は向かいにいた村雨に訴えかける。

「ウフフ。だいじょ~ぶですって。那珂さんやゆうじゃないんですし。聞いちゃったものはしょうがないですけどぉ、私は誰にも言いませんよ。そこは安心してくださぁ~い。」

 村雨の物言いに神通はホッと胸を撫で下ろす。村雨のことをそれほど知っているわけではないが、少なくともあの夕立よりかはよほど信頼できるだろう。自分の中での他人の評価を更新しておいた。

 ふと神通が隣の布団の不知火を見ると、熊のぬいぐるみの謙治に顔を埋めて耳を真っ赤にしていた。

「不知火……ちゃん?」

「!!」

 神通が恐る恐る尋ねると不知火はぬいぐるみごと身体をビクッと跳ねさせた。ぬいぐるみから顔を鼻の根元までゆっくりと離して晒し目を微かに潤ませ耳と頬を真っ赤に染めながら神通たちに言った彼女の様子は、おそらくはこの4人の中で一番純真無垢・乙女だと捉えさせるのに十分だった。

「い……五十鈴さんは、大人、です……ね。」

 普段の彼女からは想像できないくらいか細く必死に気恥ずかしさを隠そうとする口ぶりに、歳相応の少女らしさが伺える。そんな強烈にギャップの乙女チックな様を見せつけられては神通も村雨もすっかり毒気や気持ちの硬化が解けてしまった。

 

 

--

 

 恋愛話に対する耐性はどうやら村雨が一番高く不知火が一番低いことが、3人のその後のガールズトークで判明した。神通はというと、恋愛も一応憧れではあるが自身には体験も思いも全然無いために判断つかんということで、中学生二人(実質的には村雨だけ)の判断に委ねることにした。

 その結果、二人の中間ということで落ち着く。

 

 それぞれが寝落ちというかたちで脱落するまでの数十分間、会話の主導権はほぼ村雨が持ってボールが回され続ける。

 会話の最中で、神通は夜間訓練の時に那珂に言われた“苦手があってもいい・それぞれの得意分野だけでもいい”と解釈したアドバイスの内容を思い出していた。年上だから・軽巡だからとこんなプライベートな場でも無理に主導権を握ろうと頑張る必要はない。(そもそも主導権を握れない話題だったが)

 早速にも無理をしない交流ができているかもと心の奥底で喜ぶ自分があり、(村雨が展開する)ガールズトークの場で自然と笑顔が漏れて自分なりの会話を楽しむことができたのだった。

 その後、1階の和室は誰からともなしにいつからと気づくこともなく、寝息がほのかに響き渡る空間となっていた。

 

 

--

 

 1階の和室で布団を敷く準備が始まる頃、2階でも那珂たち5人が準備を始めていた。寝る準備というのは名目上で、実際は寝っ転がりながらできる遊びやおしゃべりの準備が万端という状態だ。

 1階が寝静まる頃でも2階のメンツはワイワイキャッキャと割りと大きめの声で和気あいあいとガールズトークを楽しんでいる。

 会話の主導権は主に那珂と川内の間を行ったり来たりしている。その中で五月雨と夕立、そして時々明石が混じり、夜も更けているにもかかわらず黄色い笑い声が和室の外まで漏れ出ていた。

 

「いや~なんか楽しい!なんか普通の女子っぽいぞあたし!」

「あたしもあたしもっぽい!」

「あぁん!もうゆうちゃん~!枕パンパンしないでよぉ。ホコリ立つよ?」

「さみってばうるさいっぽい~。そりゃ!えい!えい!」

「わぁ~ん!?」

「「アハハハハハ!!」」

 川内がそう率直な思いを口にすると夕立が素早く反応して勢いに乗る。夕立はしばしば手足を布団の上でバタバタさせてはしゃぐため、ホコリが立つのを嫌がる五月雨がそのたびに注意する。しかし夕立はお泊り会という喜びで何かのリミッターが外れているのか、親友の注意なぞ知らんとばかりにお返しを必ずして五月雨をいなすのだった。

 

 会話の最中、那珂はふとチラリと川内の表情を見た。実に心から楽しそうに笑っている。なんの意図も混じりけもなく、くったくのないその笑顔に、那珂は一安心して思った。

((流留ちゃんはもう大丈夫かな。もともと人付き合いが得意そうだったからこうして学校外でもあっというまにみんなと仲良くなれたみたいだし。学校での問題は根本解決してないけど……流留ちゃんならきっと大丈夫。あたしだって守ってあげられるし。))

 

 少々思いにふけりすぎたのか、川内が那珂の視線に気づいた。

「アハハ……ん?どーしたんすか那珂さん?あたしの顔なんか見ちゃって。なんかおかしいところありました!?」

「いやいや!えーっと……うーんと。」

 必死に茶化しの方向を考えつつなんとか川内に言葉を返そうと思考を巡らせていると、明石の助け舟が入る。

「ウフフ。川内ちゃんすごく楽しそうですね~。ね、那珂ちゃん?」

「そうそう!そーですよ! てか一人だけ声でっかいよぉ?」

 明石の支援もあって適当な茶化しを投げかけることができた那珂。すると川内なりに周りを気にかける気持ちが残っていたのか、声のトーンを少し下げて気持ちを打ち明けそして聞き返してきた。

「あたしこういうお泊り会とかガールズトークすっごく楽しみだったんですよ!あ……でも下の神通たちに聞こえちゃったら迷惑ですかね?」

「さすがにそこまでは気にしないでいいよ~。」

 那珂の言葉に悪びれた様子なく返してすぐに川内は本流の会話に戻っていった。

 

 

 その後部屋の電灯を消しておしゃべりを続ける5人。そのうち真っ先に寝息を立てたのは五月雨だった。元々からして一番先に寝入りそうな雰囲気をトーク開始の数分後から醸し出していたため、想像に難くない。その次にダウンしたのは、川内と揃ってケラケラ笑って会話を楽しんでいた夕立だった。彼女は五月雨のように徐々に寝入っていったのではなく、プツリと電池が切れたかのように一言だけ言って宣言通り寝てしまった。

 

「うぅ~ん。寝るっぽい!」

 川内が喋っていると、突然そう言ってそれまで腕を組んで枕に置いていた頭と身体を仰向けにし、プスンと一つ鼻息を鳴らした。

「え?夕立ちゃん?」

 川内が確認のため呼びかけてももはや反応しない。それを見た那珂・川内・明石は顔を見合わせて苦笑する。

「中学生は二人ともダウンだねぇ~。」

 那珂がクスクスと笑いながら中学生二人の寝顔を見て言うと、反対に川内は不満気に憤りを見せていた。

「まったくもう!夕立ちゃんは最後まで起きていてくれると思ったのになぁ~~。」

「まぁまぁ。なんだかんだいってもまだ十代前半のお子様ですよ?」

 明石の言葉に那珂がウンウンと激しく頷いた。しぶしぶ川内も無理やり納得の様子を見せ、話題を転換させた。

 

「そーですねぇ。まぁいいや。なんたってあたしたちは高校生、いわば大人の女ですし。ところで明石さんは……いくつでしたっけ?」

「ううん!? お姉さんの歳なんて聞いても仕方ないでしょ~?」

「明石さんじゅうg

「はいホラ那珂ちゃ~ん!?人の年齢を勝手に言わないでくださいね~?しかもなんですかその言い方。」

 明石は自分のタイミングで年齢を明かしたかったのに、那珂が悪乗りした言い方でバラそうとしたためにすかさず口を塞いだ。

「別にいいじゃん明石さん。ここには女しかいないんだし。」

 川内もまたしても悪びれた様子なく言い放つ。明石はきまり悪そうに口を開いた。

「はいはい。私の年齢知ったっておもしろくもなんともないでしょうに……。」

 

 明石の年齢から始まった新たな会話は那珂と川内の学校の話題、社会人明石への進路相談そして明石と川内のヲタトークと流れていった。最初の方は完全に自分の流れでもって会話のリーダーを勤められていたが、川内と明石の趣味全開のやりとりが始まると途端に勢いが収縮して聞く・相槌を打つオンリーの立場に成り下がっていた。

 正直なところまったく面白くない。表情はそのままで心の中でむくれていた。

 

「ふわぁ……二人ともよく話のネタ続くねぇ~。さすがのあたしももう限界だよぉ……。」

 全く興味が持てない話題を聞き続けるうちに本当に眠気の限界が訪れてしまった那珂はとうとうリタイア宣言をした。

「え?マジっすか那珂さん!? まだ11時すぎですよ? 夜はまだまだこれからなのに。」

「そうは言いますけど、みんな今日は朝から晩まで訓練して疲れてるでしょ? ホラあの二人もすっかり寝てますし、あまり遅くまでおしゃべりしてると起こしちゃいますよ。私もそろそろ寝ないとお肌に優しくない歳に差し掛かってるので、寝させてくれると助かりますね~。」

 那珂の気持ちを自身に置き換えて明石が代弁する。

「うー。明石さんがそう言うんだったら……はぁ。じゃああたしも寝ます。」

 まだ話し足りず不満をにじませる川内だが、那珂と明石がおやすみ宣言をしたのでしぶしぶながらも二人に合わせて寝ることにした。

「それじゃ、おやすみ~。」

 と那珂。続けて川内と明石も挨拶をかけあって布団に潜った。

「はーい。おやすみなさーい。」

「おやすみなさい。」

 

 その挨拶の数分後、3人も本当に夢の世界へと旅立っていった。

 1階和室に遅れること約1時間、2階和室も5つのスヤスヤとした寝息が静寂の場を作り出していた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

深夜の鎮守府

「ん?ふぁぁ……。」

 

 眠りが浅かったのか、那珂は深夜に目を覚ましてしまった。携帯電話の時計を見ると1時を回って十数分だ。3人でしていた枕越しのトークを打ち切ってから2時間ほど経っている。夏向けの薄い掛け布団に包まれた自身の体をもぞもぞと動かし体勢を変えて再び寝ようとしたその時、自身の隣、和室の入口に近い方に寝ていた明石がいないことに気づいた。

 念のため他のメンツの様子を伺うと、明石とは逆の隣にいる五月雨、そして向かいにいる川内と夕立は寝息を立てている。特に気にすることでもあるまいと考えてそのまま寝ようとしたが、妙なタイミングで目をさましてしまったため目が冴えてしまっていた。

 そしてよくよく考えると変に深読みしてしまって気になる存在がいるため、那珂はそうっと布団から出て和室の扉を開け、廊下に出てみた。

 

 深夜、鎮守府本館2階の廊下は非常灯の明かりだけがついていて静寂に包まれる闇の世界がそこにあった。2階の窓から見える景色は、高さがそれほどないために町中の先までは見えないが、本館前の正門と壁代わりの木々の隙間の先に僅かにショッピングセンターの看板が見える。ショッピングセンターの向かいには海浜病院が見え、一部の部屋の電灯だけがついているのが見えた。

 普段は絶対夜にいない場所に、パジャマを着て立っている。不思議な感覚を覚えるのと同時にわずかに心細くなってブルっと震える。

 それは決して他人には明かさない・明かしたくない、那美恵としての本来存在する、万物への恐怖の部分だ。艤装を付けて同調していると感じにくくなる感情の一つである。

 

 目が冴えてしまったので那珂は和室から東へ向かって廊下を歩いた。

 2階の中央には1階ロビーほどではないが開けた広間があり、ソファーが不自然に置いてある。以前提督が艦娘たちにほのめかした、まだレイアウトを明確に決めていないという場所の一つだ。いずれ人が増えればここも家具の配置やレイアウトを変える必要があるだろう。

 

 那珂は広間を後にし、本館の東の突き当りにある階段を登った。登ってすぐには艦娘待機室がある。そういえば冷蔵庫にお茶を仕舞ってあるのを思い出した。扉を開けて入り、冷蔵庫からお茶のペットボトルを手に取る。ひんやりして気持ちいい。真夏の夜には大変癒される冷ややかさである。那珂は一口お茶を飲み、すぐ蓋をに締めて手に持って歩き待機室を後にした。

 そのまま歩けば3階の開けた広間に突入する。那珂は時々立ち止まって廊下の窓から外を眺め見てのんびり歩いていった。

 

 

--

 

「……っと。西脇さぁん、ペース早すぎますって~」

「仕方ないだろ。……しながら……するのって久々で気持ちいいんだから。」

 

 潜めた声だが聞こえた。声の主は明らかに提督と明石だ。那珂がそう気づくのはあまりにも容易かった。しかしそれは別にいい。いる人物は問題ない。問題なのは会話内容だ。那珂は二人の声が気になり、耳をよく澄ませた。

 声が小さく、くぐもっているため耳を澄ませてもたまに聞こえない単語がある。

「明石さんだってペース早いでしょ。俺もイケる口だと思ってけど、……では明石さんに敵わねぇや。」

「ウフフフ。あ、西脇さんのそれ、私のこれに早く入れてくださ~い。」

「ちょ、おいおい。そんな乱暴に引っ張るなっての。」

 広間に入る3歩手前の壁際に張り付いて声を聴き続けていた那珂は頬を引きつらせて顔を真赤にさせる。大人な二人の逢引?の言葉の重ね合いに頭が真っ白になりアタフタとせわしなく両手をふらつかせる。

 そして次の明石の艶やかな(と那珂が勝手に認識した)小さい悲鳴を耳にした瞬間、那珂の下半身と足は広間目指して4~5歩踏み出していた。もちろんその目的は、ヤラかしている二人を注意&見てみたい欲望まっしぐらだ。

 

「くぉぉぉぉらあぁ! 二人して何ヤっとるかぁ~~!!?」

「「!!?」」

 

 勢い良くフロアに飛び出した那珂が見たのは、月が見える窓際に椅子を並べて置いて何かを飲んでいる提督と明石だった。

 

「へ? ……えと。え? 提督と明石……さん?」

 いきなり大声を出されて驚きのあまり息が止まりかけた提督と明石が、那珂の間の抜けた一声を受けてようやく反応した。

「那珂こそ……なんでこんな時間に起きてきてるんだよ?」

「え……た、たまたまだよ!目が冴えちゃったんだもん!ふ、二人は…な、何をしてたのさ!?」

 慌てているも自分のこれまでの状態を一言で口にする。嘘は言っていないためその口調と言葉に冷静さが少しはあったが、それを上回る心の動揺があった。その後に続いた問いかけにドモリとしてモロに出てしまっている。

 それがわかりやすかったのか提督と明石はクスクスニヤニヤしながら那珂に言葉をかけた。

 

「飲んでたんだよ。」

「明石さんも?」

「えぇ。西脇さんにお酒がないか聞きに来て、ね?」

「もう最初っからお酒目当てだよなぁ~。」

「当然です。夕飯のときのあれだけじゃ飲み足りませんしね。」

「うん、俺も。」

 軽く言葉を交わし合う提督と明石。二人分のアハハという笑い声が響く。

 

「ホラ早く寝なさい。高校生が起きてていい時間じゃないぞ?」

「そ~ですよ。い・ま・は、大人が夜更かししてイロイロする時間よ~?」

 明石は自身の言葉にわざとらしい大人風をふかしながら那珂に言葉を投げかける。

 

「な~んか二人してあたしを遠ざけようとしてない?ってかすっごく嫌なんですけどぉ!」

「ハハッ。普段からかう側がからかわれるのは嫌かな?」

「うーー、提督ってば普段のスーツ姿じゃないしなんか大人な余裕だしやがってぇ~。似合わねぇぞー。」

「ホラホラ悪態つかないつかない。」

 那珂が提督に食って掛かるとそれを明石が間に入ってやり取りを取りなす。那珂は明石のその微妙な配慮に気になるものがあった。

 大人同士だからなのだろうか。それとも普段こんな場所に絶対にいない時間にいるという、時間的空間的雰囲気のなせる所業なのだろうか。二人の関係が違って見える。普段ならば余裕を出してからかう側に立つが今は自身の勘違いもあり動揺がまだ残っている。その心境が那珂に普段ならば口に出さないような安易な質問を出させてしまった。

 

 

「二人は……さ。実は、つ……付き合ってたりするの? なーんか、二人仲良く飲んでてさ、いい……感じじゃん。」

 ただやはり恥ずかしいために俯いてモジモジしながら、顔を上げて自然と上目遣いになりながらとなった。

 那珂の突拍子もない質問を聞いて再び時が止まる提督と明石だったが、失笑とともに時を動かし始めた。

 

「ぷふっあっはっはっは!!」

「クスッ……アハハ!」

 

 二人同時の笑い声を聞いて那珂は途端にまゆを下げて不安げな顔になり狼狽し始める。

「え?え?え!?なんで笑うの!?あたしなんかおかしいこと言った!?」

「いやいや。別に全くおかしくないよ。至って自然な質問だ。うん。」

「えぇ。女の子としてはぁ~、どうしても気になっちゃいますよね~~。ね、なみえちゃん?」

 

 明石は那珂をあえて本名で呼ぶ。その言い振りは那珂のことを見透かしたような雰囲気だ。

「ていいますか、那美恵ちゃんは私たちのどこを見て付き合ってるなんて思ったんですかぁ?」

「え……だからぁ、こんな夜遅くにすっごく……近くに寄り添ってさ。普段は提督って呼んでるのに今は西脇さん?なんて本名で呼んでるし。そんなのこ、恋人同士じゃないとできないんじゃないかって。」

 続けざまに明石が突きつけた言葉は、那珂の心臓をズキリと何度も痛くする。

「ウフフ。那美恵ちゃんってばぁ。しっかりしててデキる娘だけど、恋愛方面はからっきしなんだねぇ~。ちょっと男女が仲良くしてるだけで付き合ってるって思っちゃうなんて。いや~、お姉さんはその若さに感動しちゃった。」

「うっ!?」

「俺も昔は町中で男女歩いてるの見てさぁ、あ!あの二人付き合ってるんじゃね!?とか色々妄想したもんだよ。」

「アハハ、西脇さんってばぁ~!意外と純情なところあったんですねぇ~。」

「おいそこ!うっさいよ~?」

「「アハハハ」」

 

--

 

 明石の言葉は針を突き刺したようにチクチク、そしてぐさっと心臓に突き刺さった。那珂は途端に恥ずかしさがこみ上げてきた。明石の口ぶりはまるで自身が普段するような軽い雰囲気でおどけているものだ。本心を突くその言葉。

 

 今の自身の顔がどんな表情になっているのか、那珂は客観的に知りたかった。どれほど狼狽えてみっともない顔になっているのか。

 ふと那珂は提督の顔を見る。彼もまた、明石と同様にニヤニヤ笑っている。しかし口の端がひきつっておりその笑いが苦笑いということが感じ取れた。それが何を意味するのか、那珂ははっきりとは理解できない。しかしながら自身にとってはいけ好かない表情だ。

 

 那珂自身をだしにして笑っているのが気に入らない。

 自身が知らぬ大人の顔と雰囲気を見せているのが気に入らない。

 明石と一緒にいるのが気に入らない。

 他の女とまるで恋人(に見えた)のように仲良く膝を突き合わせているのが気に入らない!!

 

 あくまで那珂の勝手な捉え方によるものでしかないが。

 

 恥ずかしい。

 茶化され、からかわれるのが五十鈴や川内、学校のみんなならまだやり返してその場をなごませることができる。しかしこの二人に対しては違う。自分よりはるかに年上の、自分の知らぬ2倍近い長い人生の道を歩んできた立派な大人だ。それでも普段の他愛もない話題や艦娘の仕事の延長線上であれば言われてもなんとかやり過ごせるだろうが、自分が制御出来ぬ感情に依る想いに触れられてしまうとなるとどうしようもできない。

 言い返せないのが悔しい。むかつく。

 普段の調子づいた様子が完全に影を潜めていた那珂は俯き、口をまるで幼児が拗ねるようにギュッと窄めてとがらせて言った。

「……当たり前じゃん。あたしまだ彼氏なんていたことないし。他の人がどう見えるかなんて全部わかるわけないじゃん……。」

 てっきり普段の雰囲気で言い返してくるとばかり思っていた提督と明石は、那珂のしおらしい言い返し方に呆気にとられてしまった。呆気にとられはしたがその驚きはすぐに影を潜める。驚きの代わりに出てきた同情と茶化しが、那珂への声掛けを促す。

 

「そうか~。那珂はまだ付き合ったことないのか。お兄さんなんだか安心したぞ! でも恥ずかしがることじゃないぞ。むしろ君みたいなお調子者な娘が実は……っていうシチュは、ある方面の男性にはツボったりするからグーだぞ、グー!!」

「アハハハ~西脇さんったら~!純真な娘をからかったらいけませんよぉ~。」

 ガハハと笑い、普段絶対にしそうにない形の軽口を叩いてくる提督と、その言い回しを注意しながらも同調して笑いの種にする明石。その言葉に那珂は胸を締め付けられるような痛みといらだちを覚えたが、それと同時に二人の雰囲気の違和感にも気づいた。

 二人とも普段とぜんぜん違う。これはもしかして結構な酔いのためなのか。

 つまり、今の自分は提督と明石にとって酒の肴?

 

 想いをかき乱されかけていたが、現実を様子見する冷静さはかすかに残していた那珂は普段の自分のペースを少し取り戻す。

「二人とも……酔ってない?」

 眉をひそめて言う那珂に提督と明石は浮ついた明るい声で答えた。

「うん?おぉ、ハハハ!だって酒飲んでるしなぁ~。」

「ですよね~。飲まなきゃやってられない時も大人にはあるんですよ、那美恵ちゃん。」

「あぁあぁ。那珂も早く社会人になって周りにもみくちゃにされれば色々わかってくるんじゃないかな~?」

「「アハハハハ!」」

 

 ふと那珂が二人の足元、つまりテーブル代わりに持ち運んできたと思われるキャビネットの隣を見ると、すでに飲み終わって空けたと思われる発泡酒とハイボールの缶が並んで置かれていた。

 二人のアルコールの許容量や酔いやすさがどれくらいかは未成年である那珂はあずかり知らぬところだが、足元の数缶とキャビネットの上の発泡酒の缶を見る限りは、二人は深夜なのにハイペースに見える呑み方をしているように見えた。

 酔いによって人の人格が変わるというのは両親の例や雑誌・ドラマ等で知っているつもりだが、両親以外で酔ってる人を間近に見たことはなかった。

 酔える人の気持ちがわからない。

 自身も以前合同任務の夜に天龍と飲んだことはある。それは確かだ。あの時飲んだのはカクテルベースのお酒でほんのり甘かったが、それでも那珂にとっては苦々しいもので、決して美味しい・また飲みたいと思えるものではなかった。今目の前で酔いながら自身をからかってきた二人のようになるならば、自分はお酒なんか二度と口にしたくもない。酒に呑まれるなんて嫌だ。

 

 頭が痛い。

 それは目の前の酔いどれ二人の言を真に受けて一人ドギマギしてしまったことがバカバカしく思えたことへの反省だった。確かに自分自身の素の心をえぐられ、現実を思い知ったのは確かだ。このまま自身が心をかき乱されたまま朝を迎えてもこの二人が今この時のことを覚えている保証はない。一人で動揺して苛立ちを覚えるのは損だ。

 

 高校生がこんな時間まで起きてていい時間じゃない。

 提督が酔いながら言った言葉を思い出し、その通りもう寝ることを決めた。しかしこのままおめおめと引き下がるのは性に合わない。せめてこの酔っ払いに一泡吹かせてやりたい、そう思った。

 

「そ、それじゃーお二人は恋愛初心者のあたしがとーっても参考にできるくらいの恋愛をしてきたんでしょ~ね~!?ぜひ聞かせてもらいたいなぁ~~?」

「ん~?こんなおっさんの恋愛を聞きたいのか?」

「あ!西脇さんの恋愛話気になりますね~。聞かせて聞かせて!」

 酔っているためか、普段ならば照れて言いそうにない話題に素直に提督は乗り始める。明石は普段でも乗ってきそうなノリで、那珂の想いを知ってか知らずかその反撃に自然と参加してきた。

「俺は自慢じゃないけどな~、今までで彼女は二人だけだったぞ!」

「あらま。西脇さんってば意外と恋愛経験少ないの?」

「恋愛ってのは人の数じゃない、どれだけその人を愛してその人を尊重して互いのペースを守って過ごせるかだぁ! ……まぁ趣味が合えばつまるところお互い気兼ねなく気持ちよく接して過ごせるしなぁ。そういう意味では社会人になってから付き合ってたあの娘は良かったんだよなぁ~~。はぁ~……」

「わぁ~、西脇さんの持論!ぶっちゃけ趣味があえば誰でもよかったりしますかぁ?私なんかどうなんでしょね~?」

 しみじみと締めたかった提督に明石は皮肉を交えてツッコむ。提督はすぐに感情を切り替えて明石の言に乗って自身のタイプを告白した。

「おぅ!そうだなぁ。ぶっちゃけると明石さんや妹さんの夕妃ちゃん、あとうちの艦娘でいえば内田さんなんてめっちゃタイプだぞ!ぶっちゃけ付き合うなら話の合う娘だなぁ~!突き合いたいなぁ!」

「きゃ~~!西脇さんってば大胆発言!パチパチパチ~!」

 

 那珂が未だ知らぬ“夕妃”なる明石の妹の存在を匂わせつつ、その後もぺちゃくちゃと続ける提督と明石のふざけた態度による恋愛話を聞いて、那珂は呆れ果てた。駄目だ。酔ってるから半端な話題なんて通用しない。

 

 そして、提督の好みのタイプを知ってしまった。

 

 酔ってるがゆえにリミッターがなかったのか。普段ならば聞いても離してくれないだろう心の内を那珂は聞いてしまった。迂闊だったと瞬時に猛省するが、もう遅い。

 

 フラれた。

 やはり提督は、趣味が合う人がいい。

 

 那珂は、想いが本物になる前に崩れた感じがした。薄々感づいていたことだが、趣味嗜好という初期装備の時点で川内たる流留に差をつけられていたのだ。時間なんて関係ない。一瞬で縁を感じることがある。自身がかつて見知った小説で共感を受けた言葉。それがまさか自分に降り掛かってくるとは思いもせず、完全に自滅してしまった。

 那珂は目の前で展開される酔っぱらいの会話なんぞすでに頭に入らなくなるくらい遠い世界に放り出された感覚を覚えた。自分の迂闊さ加減に泣きたくなっていたが、この酔っぱらいの前で泣いたりしたらそれこそどう茶化されるか知れたものじゃない。我慢するが、すればするほど鎮守府に初めて来てから抱いていた想いの収縮先が一人歩きしてしまって心が落ち着かなくなる。

 

グズッ……。

 

「提督の馬鹿!明石さんの馬鹿!せーぜー川内ちゃんとお幸せにぃ!!おやすみ!!」

 

 鼻をすすって声を荒げて怒鳴りつけた後、那珂は脱兎のごとく3階の広間から駆け出していた。その際後ろから何か声が聞こえたが聞こえないフリをして足を止めなかった。

 

 

--

 

 このまま寝られない。那珂は2階を通り過ぎ、1階に降りてきていた。向かうあてもなく、とりあえずたどり着いたのは1階のロビーだった。施錠しているため外には出られない。出てもよいと思っていたが、そこまで自暴自棄になれない。

 那珂は靴を脱いでロビーに設置されているソファーに座って身体を横たえた。

 そういえば提督と明石は本当に付き合っているのか?なぜ今あの時間に本名で呼んでいたのか?など回答を聞いていない。が、もはやそんなことはどうでもよかった。

 

 自分の経験のなさを見透かされ、迂闊な話題提供で自滅した。これほど馬鹿らしく愚かしいことはない。

 高校2年にまでなって、特段好きになった男子はおらず交際に発展することなどありえなかった。自身の昔からの周囲との距離感や性格上、誰かを好きになって誰かと付き合うなぞキャラではないと那珂自身思っていたからだ。ムードメーカー・リーダーを自然と役割担ってきた自分が恋に落ちてイチャイチャするなんて想像できない・したことがなかった。

 恋をしたとは思っていない。今にして思えば結果的にそれに近い想いを抱いただけだったのかもしれない。

 初めて鎮守府の扉を叩いたあの日、まったく接点のなかった男性との出会い。何かに向ける信念や想いに惹かれた。那珂たちが現場に出てしまえば表立った活躍の機会はほとんどない立場の人だが、現場まで自分ら運んでくれる・帰ってきた時に出迎えてくれるまめな優しさと影で支えてくれる姿に安心感を得られた。実際の指揮や仕事の運用はなんだか不安に思えて、逆に支えてあげなきゃと思わざるを得ないこともある。そこまで含めて、気になる存在だった。

 学校以外での活動と付き合いに夢を見ていた。良く思われたい・彼の第一人者になりたいと勝手な想いを膨らませ、世間一般でいうところの恋という感情に繋げてしまおうとしていたのかもしれない。だからそこに対象者自身の想いは存在しない。あるのは自身の勝手な思いだけだった。

 

 昔から那珂は極大のヘマをしでかしたときに、親友の三千花から「あんたは自分勝手なところがある。人の思いをないがしろにするところがある」と諫言されてきた。それまでは親友の言葉を話半分に聞いて過ごしてきた。親友は分かってくれていて、そんな態度でも黙って見て付いてきてくれた。

 しかしその親友は今この場にはいない。親友が入ることを拒んだ戦いの世界だ。忠告してくれる人がいなければ自分で立ち止まって気づくしかない。そして本人の想いを耳にして思い知ったのだ。相手の好みや想いなぞ無視して自分勝手に願望や想いを突き進めようとした結果、実は最初から選ばれていなかった。一人で想い込み一人で勝手にフラれる。

 あたしは、あの人に恋をしていたのか?それとも恋に恋していた(たかった)のか?

 事実が那珂の心に重くのしかかる。真なる想いを分析しようとして那珂は自身の心にどす黒い靄をかける。両腕を胸の前でキュッと重ねて押し付けて胸を抑える。

 

 だがこれで諦めと決心がついた。仕事は仕事、恋愛は恋愛で切り離して動ける。支えてあげたいという想いはそのまま仕事の出来だけに還元して、個人的な想いは今後一切膨らませない。支えてあげるのは相手の想いでもいい。タイプだと言っていた川内との仲を取り持ってこそのデキる女だ。

 私情を挟まないようにと何度も心がけてきたのに想いをぶり返させていたのは自分の意志の弱さと那珂は認識していた。今までが自分らしくなかったことも痛感していた。だからこそこれからはやる時はやる、仕事の鬼にでもなってやろうと心に強く刻みこむ。しかしながらまた意志弱く想い返すかもしれない。その時はまた自分で自分の心を痛めつけてでも自身を戒めよう。そうでないと感じたくもないさらなる痛みを味わうことになる。それだけは避けたい。

 

 そうやって心の切り替えを進めた那珂だったが、細めている目の端からは、涙が浮かんでいることに自身で気づかなかった。そしてもう一つ気づかなかったことは、ここまでの思考もやはり自分勝手に進めていた点であった。

 

 思考の自暴自棄になりかけていた那珂を寝静まった深夜の鎮守府・現実に呼び戻したのは、突然のブザーの音だった。




なお、本作にはオリジナルの挿絵がついています。
小説ということで普段の私の絵とは描き方を変えているため、見づらいかもしれませんがご了承ください。
ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=64634703
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1f_38uEWkvUWBAI8sVABbwqi4O_iigIMgGnsxylJ_SJU/edit?usp=sharing


好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの初陣
深夜の出撃


 急を告げるブザーの音。鎮守府に泊まっていた那珂たち艦娘は緊急出撃することに。川内と神通にとっては、深夜の出撃が初陣となる。

【挿絵表示】



 夏まっただ中、自由演習のために艦娘たちが泊まっていた深夜の鎮守府本館にけたたましいブザー音が鳴り響く。

 

「な、なに!? このブザー!?」

 

 那珂は寝っ転がっていたソファーから飛び起きて慌てて靴を履いてロビーを後にした。向かうのは当然、さきほどまで提督らと一緒にいた3階の広間である。

 ブザーは5回ほど鳴ったのちに音が止まっていた。

 3階の広間に着くと、提督と明石は立って顔を見合わせて何かを話し込んでいる最中だった。

 

「提督!この音って!?」

「那珂!さっきはなんで……」

 提督は決まり悪そうに言いかけるが那珂がそれを遮る。

「そんなことはどうでもいいから!」

「あ、あぁ。わかった。」

 提督も明石も酔いが吹き飛んでしらふに近い状態に戻っていた。

 

「西脇さん、この音は……あれですよね?」明石が不安げな声で尋ねる。

「あぁ。これは東京湾に敷かれた警戒線が突破されたことを知らせる音だ。俺も管理者研修時にそう説明されたけど実際の音を聞くのは初めてなんだ。」

「警戒線って?」

 那珂が質問する。

「国と隣の鎮守府とうちのとり決めで敷かれた、深海棲艦がある海域を突破したことを知らせる警告音だよ。隣の鎮守府と横須賀の海自および米軍が監視の目を光らせていて食い止めているからよほどのことがない限り鳴ることはないって言われてたんだが……ともかく俺は問い合わせてみるから、那珂と明石さんはみんなを起こしてくれ!特に五月雨は急がせるように!」

「「了解!」」

 

 提督は椅子とキャビネットを押して執務室へと戻っていった。那珂と明石は3階から降りて皆が寝ているそれぞれの階の和室を目指す。

 

「私は1階のみんなを呼んでくるので、那珂ちゃんは2階をお願いしますね。」

「はい!」

 階段の踊り場でそれぞれ確認しあい、那珂は途中で明石と別れて2階の和室へと向かった。

 

 

--

 

 那珂が和室に入ると、残してきていた3人は布団から体を出してキョロキョロして慌てふためいていた。

「みんな、緊急事態だよ。急いで執務室に集合!」

 那珂が入室一番に言うと、当然のごとく3人からは質問の嵐が飛んできた。

「え?え!?ど、どういうことですか!?」と川内。

「変な音でビックリして起きたから頭痛いっぽい……なんなのこれ~?」

 両目が半開きで完全に開けられていない夕立が愚痴るように言う。

「な、那珂さん……?」

 五月雨はすでに目が覚めているのか、冷静に不安げな口調で問いかけてくる。

 深呼吸してから那珂はそれぞれに答えた。

「深海棲艦がね、東京湾のなんとか線っていうのを超えたらしいの。とにかく秘書艦の五月雨ちゃんは先に執務室に行っといて。あたしたちは1階のみんなと合わせて執務室に行くから。」

「は、はい! でもこのまま行くのは……」

「いいから!」

 

 那珂は五月雨に発破をかけて着替えはさせずにパジャマのまま向かわせた。五月雨は靴を中途半端に履いて慌てて出て行った。その後那珂はまだうつらうつらしてる川内と夕立を立つよう促して和室を出ることにした。

「じゃああたしたちも行くよ。」

「「は、はい。」」

 

 覚醒しきってない二人の尻をかなりの本気の強さで叩いて和室を出させた那珂。階段にたどり着くと、下から明石と五十鈴たちがちょうど登ってくる頃だった。

「あ、那珂ちゃんたちみんな!」

「明石さん、下のみんなは……大丈夫みたいですね。一人除いて。」

 明石の後に続く面々を見て那珂は大体問題ないことを確認した。こういう事態では頼りにしたかった肝心の五十鈴は低血圧のためなのか眠気が冷めきっておらず、目を細めて表情を苦々しく歪めていた。決して睨んでいるわけではないのかわかっていたが、他人から見ると印象がものすごく悪い。

「ねぇ、五十鈴ちゃん。後で顔洗って目をちゃんと覚ましとこーね?」

 そのため階段を全員で駆け上がる最中、那珂は五十鈴の隣に寄り添って一言かけてフォローをする。五十鈴はダミ声を出して返事をした。

 

 

--

 

 那珂たちが執務室に入ると、提督は誰かと電話で話していた。受け答えする提督の返事の声質はかなり切羽詰まった雰囲気が伺えた。

 先に行った五月雨は秘書艦席に座ってPCを操作している。緊迫した空気になっていた執務室のため、普段おしゃべりな那珂や川内・夕立もさすがに口を真一文字に閉じ、提督が電話を終えるのをひたすら待ち続ける。

 やがて電話を終えた提督の口から、現在の状況が語られ始めた。

 

「改めて説明する。東京湾アクアラインに沿って、海底に向けて一定間隔で探知機が設置されている。それが深海棲艦の東京湾への侵入を知らせる警戒線を形作っているんだ。本来その警戒線手前までは隣の鎮守府と横須賀の海上自衛隊・米軍がメインで守っている。今回はその警戒線を越えてしまった深海棲艦がいるんだ。数にして5体。幸いにもそいつらはレーダーやソナーに引っかかる個体だ。そいつらは二手に分かれて、2体はアクアラインを千葉県側に沿って北上中。こいつらをAのCL1-DD1。残りの3体は東京湾のど真ん中を移動中でやや東京寄りに針路を変えつつある。そいつらはそのまま進むと荒川を上る可能性もある。こいつらをBのCL2-DD1としたとのことだ。今、隣の鎮守府の艦隊が向かっているらしいが、越えられたのはもともと隣の鎮守府から出撃した艦隊の作戦ミスによるものらしい。それで、我々も念のため出撃してほしいとのことだ。」

 

「また隣のやつらのミスなの?いいかげんにしてほしいわね。」

「まぁまぁ。五十鈴ちゃんってば~。」

 五十鈴と那珂のやり取りに、緊迫した空気に耐えられなかった他の面々がアハハを笑い声を漏らし、一呼吸整える。

「警戒線を越えられはしたが、強さ的にはいずれも軽巡クラス・駆逐艦クラスの下らしい。以前の重巡クラスに比べれば、君たちでまとめてかかれば大した苦もなく撃破できるだろうと思う。」

 

 そうして説明する提督は、敵に付けられた名称も説明する。それは艦娘制度の鎮守府、つまり深海棲艦対策局としての面で使われる作戦上の共通の分類方法だった。

 この頃の鎮守府Aではきちんとした教育体制がまだ整っていなかったため、共通の分類方法は古参の五月雨と不知火しか知らなかったための再説明である。

 

 敵の集団をチーム分けし、それぞれAからアルファベット順に割り振る。そしてその集団内の敵の個体の強さやサイズに応じて呼んでいる駆逐艦級~戦艦級を、アルファベットの頭文字で示す。駆逐艦級はDD、軽巡洋艦級はCL、重巡洋艦級はCA、戦艦級はBB、空母級はCVである。その集団に含まれる各分類と数を判定し、連続して指し示す。

 仮に駆逐艦級が3体、軽巡級が2体、そして重巡級が1体の集団Aだとすると、単にAと呼ぶか、あるいはCA1-CL2-DD3というように名付けられ、艦娘たちは作戦中にそう認識することになる。

 

「……とにかく出撃だね。提督、編成と作戦の指示をお願い。」

「わかった。敵のチームそれぞれに対応するためにこちらも2編成で行こうと思う。那珂、問題ないかな?」

「え……なんであたしに? うん、別に問題ないと思うよ。」

 那珂が頷くと提督も頷き返し、しばらく視線を辺りに動かして思案した後口を再び開いた。

 

 

「1艦隊4人編成にしよう。Bチームに対する艦隊には那珂、君が旗艦になってくれ。それからAチームに対する艦隊は……五十鈴にお願いしたい。」

「ちょっと待って提督!そっちは川内ちゃんを旗艦にしてもらいたい!」

 提督が指示を出すも、突然の那珂の提案に提督はもちろんのこと他の艦娘たちも驚きの声をあげる。特に驚愕の表情を見せて抗議し始めたのはむろん言及された川内だ。

「ちょ!ちょ!ちょっと!!あたしこれが初陣なんですよ!?いきなり旗艦なんてヤバイですって!!ってか無理無理!」

 どもりまくって那珂に詰め寄る。しかし那珂はそれを全く意に介さない。

「大丈夫。その代わり副旗艦?を五十鈴ちゃんに勤めてもらうから。まぁ生徒会長と副会長みたいなもの?」

「いや……そんなぁ……。」

 那珂の例えを交えたさらなる提案に川内は戸惑い、言い返す気力を失いつつあった。そんな狼狽えていた川内をフォローしたのは提督だった。提督の反論はかなり真面目な口調だ。

 

「那珂。今回は緊急の出撃だ。川内の成績は確かに俺も評価したいけれど、訓練を終えたばかりの彼女では荷が重すぎると思う。決してダメって言ってるわけじゃなくて、ヘタすると国の最終防衛ラインに関わる問題に発展しかねない事態だ。俺としては経験を積んだ那珂と五十鈴にそれぞれを任せてうちの評価を無難にしっかり固めたいんだ。」

 提督の言い分は十分理解できたが、那珂には不満があった。

「こんなときだからこそあたしは二人には率先して前に出て本当の空気をしっかり感じ取って欲しいの。川内ちゃんには五十鈴ちゃんをつけるから、いいでしょ?」

 提督は眉間に皺を寄せ目をつぶって悩む。そして那珂に向かって言い返した。

「だったら五十鈴が旗艦で川内がその副旗艦とやらでもいいだろ?君の言いたいことはわかるけど、俺としてはこれが妥協点だ。あまり時間もないからこれで頼むよ。」

「でも!! ……わかった。それでいい。」

 口ぶりでは納得を見せるが、その表情は素直に今の気持ちが表れていて、誰が見ても不満タラタラだった。

 

 話題になってしまった川内はほっと胸をなでおろし、隣にいた神通と五十鈴にため息を漏らす。

「あ~よかった。あたしこんな事態でいきなり旗艦なんて大事な役割、嫌ですよ。それにしてもなんで那珂さんはあたしを……。」

「教育したいってことだと思うけれど……あの娘にしてはかなり意固地な感じがしたわね。」

 川内が小声で誰へともなしに質問する。さすがにこの時の那珂の気持ちが理解しきれなかった五十鈴と神通は適当な相槌と言葉を与えることしかできなかった。

 

 

--

 

「それじゃあ那珂と五十鈴は連れて行きたいメンバーを急いで決めてくれ。」

「はい。」

「それはいいんだけどさ、今ここにいる8人全員出ちゃったら、連絡役の人いなくなっちゃうよね?さすがに秘書艦の五月雨ちゃんは残したほうがいいと思うんだけど。」

「それは……そうだな。えぇとどうするか……?」

 悩む提督に数歩近寄りながら提案したのは明石だ。

「あのー、よければ私が秘書艦勤めましょうか?那珂ちゃんたちが出撃しちゃうと私ぶっちゃけやることないんで。なんだったら2階の機械室こもってあそこの機器使って直接連絡役勤めますよ?」

「うーんそうだな。緊急事態だし、あとは黒崎さんにも来てもらおう。」

 提督は賛同の意を示すも、完全に承諾できる心境ではなかった。二人とも酔いが完全に抜けきってない、まだ酔っぱらい状態だったからだ。普通の人を加えたかった提督はもう一人の大人である妙高こと黒崎妙子を呼び出すことにした。

 那珂はそれを見て納得できたので、その場にいた艦娘たちと向き合ってチーム分けを話し合い始めた。

 

 あまり時間をかけられないことがわかっていたため、メンバーは日中に訓練で分かれていたメンバーにすることにした。

 

第1艦隊、対A:五十鈴、川内、村雨、夕立

第2艦隊、対B:那珂、神通、五月雨、不知火

 

 

「提督、チーム分けできたよ。」

 那珂と五十鈴は自分たちが選んだ艦娘らを自分たちの後ろに並べて知らせた。提督はそれを見て頷く。そして深海棲艦のさらなる情報を二組の艦隊に伝えはじめた。

「それじゃあ今の状況と君たちの出撃の仕方だ。Aはかなり素早い個体で構成されているらしい。うちの鎮守府の海岸線近くにまで来られるとまずい。途中にはいくつか製油所や火力発電所もある。とりあえずこっちも海岸線に沿って南下してくれ。隣の鎮守府からは旗艦軽巡球磨率いる3人編成の艦隊が来ているそうだ。現場の判断は五十鈴に任せるから、先に出撃してくれ。球磨の通信コードは○○○○だそうだ。」

「はい。了解よ。」

「わっかりましたー!」

「はぁい。」

「わかったっぽ~い!」

 

「それじゃあ私は工廠に行って艤装の運び出しをしておきますね。」

 そう言って明石は駆け足で執務室を出て行った。それを見届けてから提督は話し続ける。

 

「Bは比較的ゆっくりな速度みたいだ。だがかなりフラフラしてるらしいから、荒川だけじゃなくて東京港の方にも行く可能性がある。あっちに行かれると地形が入り組んでるからとてもじゃないが探しきれなくなる。えーっと、ふむふむ。幸いにも今は東京湾のど真ん中まで来てクルクル回ってるとのことだ。隣の鎮守府からは天龍と龍田率いる計4人編成の艦隊が来ているらしい。」

 提督はもらった情報の内容を途中で見て再度確認しつつ説明と想定を続ける。

「おっ!?天龍ちゃん来るんだ!なっつかしいなぁ~。なんだかんだ忙しかったから会えなかったなぁ。話したいなぁ~。」

 那珂はすでに見知った名を聞いて気持ちと想いを高ぶらせた。

「天龍が使う通信のコードは○○○○だそうだ。出撃したらすぐに連絡取れると思うから現場での話し合いは任せるよ。」

 提督がそう言うと、那珂は背後を振り返る。そこには少女たちの思い思いの表情があった。それに対してキリッとした視線と声を送る。

「それじゃあいこっかみんな。」

「「「はい。」」」

 那珂の合図に神通・五月雨・不知火は眠い雰囲気を吹き飛ばすべくなるべく声を張って返事をした。

 

 五十鈴たちにわずかに遅れて出て行く那珂たち。出ていこうとする4人に提督はその背中越しに声をかけて鼓舞した。

「みんな、暁の水平線に勝利を。」

 一瞬立ち止まる那珂だが特に返事はせず、再び足を動かし始めて執務室を後にした。4人の背中を見送った提督は一人、8人分の心配を胸に秘めて執務室で待つことになった。

 

 

 

--

 

 着替えを急いで済ませた那珂たちは工廠に行き、すでに艤装の準備を始めていた明石の元に集まった。技師たちがいないため那珂たち自身も手伝って自分たちの艤装を運び出す。それなりに重く大きい艤装の者は先にコアユニットを装備して同調開始して装備を手伝った。

 

 

「それじゃあ先に私たちが行くわね。」

「うん。お先にどーぞ。」

 那珂は声を掛け合って先に行く五十鈴達を見送った。今回は深夜であることと緊急の出動のため、さすがの提督も普段のスピーカー越しの声掛けは省略した。ただ、提督の意を察して明石はその場でいつもの言葉をかけて普段代わりとした。

 

「それでは、軽巡洋艦五十鈴、軽巡洋艦川内、駆逐艦村雨、駆逐艦夕立。暁の水平線に、勝利を。」

「「「「勝利を!」」」」

 

 

 4人が出て行った後、続いて那珂たちも水路に足を付けて浮かびそして後ろを振り向いて明石の顔を見た。

「それでは次は那珂ちゃんたちですね。」

「はい。3人は先に出ていいよ。」

 そう言うと神通ら3人が水路へと駆けていく。

 那珂は3人が発進するのを待つ間、ふと明石に意識を向ける。明石は那珂の無言の問いかけに気づいたのか話しかけてきた。

「ねぇ那珂ちゃん。さっきのことですけど。」

「明石さん! 今は……いいですから。」

 そう言って再び明石のほうを振り向くと、那珂の目は泣きそうな雰囲気を浮かべていた。

 

「那珂ちゃん、あの時は飲みの席でしたから茶化すようなことになってゴメンね。気持ちが本物にできるよう、応援してますから。私から言ってあげられるのはそれだけです。」

「それって、嘘ですよね? だって明石さんも……好きなんでしょ? そうじゃなきゃ仕事上の付き合いっていってもあんなおっさんと夜にあんな寄り添って飲めるわけないじゃないですか。それはきっと提督だってそのはず。恋愛初心者から……見たって、そのくらいはわかりますし本当だと思ってます。」

「那珂ちゃん……。」

「だから、わかってますから。明石さんの気持ちも、にし……提督の気持ちも。あたしは艦娘として、あの人の部下として全力を尽くすだけですから。」

 明石に余計な言葉を言わせまいと那珂は静かに、しかしながらイントネーションの端々に明らかな敵対の刃を付けてまくし立てた。明石も負けじと言い返そうとする。

「那珂ちゃん、人の話を最後まで聞きまsh

「もう気にしないでください!同調率が下がって海に落ちて死んだら化けて出てやるんだから!!」

 那珂は声を荒げて一方的に会話を打ち切って水路に駆け出す。走る最中に同調開始し、乱暴に水路に降り立つとともに急発進して水路を進んでいった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

川内の初陣

 那珂たちとは別の方向の出撃現場のため、川内と五十鈴たちは鎮守府Aのある川の河口で立ち止まって那珂たちを待つことなく、そのまま南東に移動し始めていた。海岸線に沿って移動すると、4人の目には千葉ポートタワーが飛び込んできた。

 

「おー、ポートタワーだぁ~。あたし一度も行ったこと無いんですよねぇ。一度も行ったことないのに海の上から見てるのってなんだか不思議な感じ~。」

「あたしもあたしも!行ったことない!」

 川内に続いて夕立が両手を上げて軽くジャンプしながら口にする。

「ホラ、二人ともよそ見しないで行くわよ。」

「「はーい。」」

 くだけた返事をする川内と夕立。

 そんな二人とは対照的に、村雨はやや不安げな声色でもって五十鈴に尋ねる。

「あのぉ、五十鈴さん。目的の深海棲艦って今どのあたりにいるんでしょう?」

 五十鈴はコクリと頷いて自身のスマートウォッチを確認する。

「ええと。ここから南南西に約12kmのあたりね。海岸線にそって北北東に進んでるみたい。このまま私たちが進めばどこかで出くわすはずよ。」

「いざ実戦で夜戦となると、感じが違いますし不安ですねぇ……。」

 これで2回めではあるが、不安を隠し切れない村雨は真面目に今の心境を五十鈴に打ち明けた。

 

「そうね。前の合同任務の時は那珂がライト持って立ちまわっていたし、私、的確に照らして皆をサポートできるか実は不安なの。ねぇ村雨。一緒にあの時夜戦を経験した者同士、私のサポートをお願いね?」

「はい。それはいいんですけどぉ、那珂さんが言ってたように川内さんは……いいんでしょうか?」

「あの娘は今日が初戦よ? 今は緊急事態だから川内の教育を加味している場合じゃないわ。正直、私は提督の当初の意見に全面的に賛成だったのよ。だから那珂には悪いけど、こちらは私が役割を練り直すわ。」

「はい。私もそのほうがいいと思いますぅ。」

 

 村雨の同意を得た五十鈴は一旦全員を止め、自身の考えを伝えた。

「陣形と動き方を決めるわ。実戦の夜戦を経験している私と村雨が先頭に、最後尾を夕立に任せるわ。川内は真ん中にいて。」

「ん?一体どういう目的なんですか?あたしが五十鈴さんの隣じゃなくてもいいんですか?」

 当然のごとく自身の立ち位置を聞く川内。五十鈴はそれに対して冷静に答える。

「那珂はああ言ったけど、私はこんな緊急時に初めての川内を前に出すのは反対。川内と神通の本当の初陣はもっと私たちが守ってあげられるシチュエーションがよかったと思うの。今回は敵が少ないとはいえ、隣の鎮守府が逃してしまうような個体を相手にしたら、経験者である私や村雨・夕立だって自分を守るのに一杯一杯になってしまうかもしれない。これは決してあなたたちの実力を疑っているわけではないことはわかってほしいわ。」

 五十鈴の思いの打ち明けに真っ先に頷いたのは村雨だ。続いて夕立も頷く。一番最後に残ったのは川内だが首を縦にも横にも振らない。そんな返事を示さない様子を見て五十鈴は問いかけた。

「川内?」

「えぇと、はい。ぶっちゃけ、あたしも五十鈴さんに賛成って思ってます。ゲームだってそうですもん。初期装備で町の外に出た主人公が戦うのは、決まって弱い敵です。そこから順々に強い敵と戦っていって強くなる。これRPGやシミュレーションゲーの基本っすよ。今回みたいなイレギュラーなバトルは……まぁ好きっちゃ好きですけど、それはあくまでゲームの話であって。現実にはあたしなわけだし、マジで死にたくないから五十鈴さんたちに頼っちゃいます。いいですかね?」

 川内は五十鈴の案に否定していたわけではなかった。彼女なりの捉え方でもって考えを整理していただけだった。川内もまた、那珂とは違って初陣を無難に行きたい質なのだ。そして川内は頼れる人がいるならば依存したうえで自由に振る舞いたかった。そのため今こうして経験者3人と自分という状況はまさにもってこいの状況なのだ。

 

 川内の意志を確認した五十鈴は表には出さなかったが心の中でホッと安堵の息をつく。那珂と似ているところがあると思っていた川内は実のところ那珂とは違う。もしかしたら、自分が付いていれば那珂ではなく自分が影響を与えることができるかもしれない。

 那珂の勢力を奪いたいわけではないが、あの常識外れの発想力と実力を持つ那珂だけが目立つと、集団戦闘をする艦娘の和が乱れるかもしれないことを五十鈴は危惧していた。今はまだいい。那珂に引っ張られる形で全員が成長しあえる。しかし本来するべき集団行動と戦闘を確実にできるようにどこかあるタイミングで調整しないといけない。

 つまり一人の英雄よりも、共に補完し合いながら戦える多くの戦士が必要、五十鈴はそう考えていた。思考の発想と道筋は違えど、帰結する考えは那珂も同じだが、当然互いにそれを知る良しもない。

 

 

 陣形とおおまかな行動パターンを決めた五十鈴は合図をして再び動き出した。川内は3人に囲まれてやや妙な優越感に浸っていた。移動しながら上半身を少しそらして頭をフラフラさせて浸っていると、後ろにいた夕立にツッコまれた。

「ねぇねぇ川内さん。どーしたの?なんか楽しいっぽい?」

「え!?コホンコホン!! いーじゃん一応初陣なんだからさ~ワクワクしないほうが嘘でしょ!?夕立ちゃんは黙ってあたしを守ってくれればいいんだよぉ~!」

「ぶー!なーんか川内さん生意気っぽい。わざと後ろから撃っちゃおっかな~?」

「ちょ!?そういうのは心臓に悪いからやめてって!」

 黙って浸りたかったのに茶地を入れられる形になった川内はわざとらしく咳をしてごまかす。するとなにかひっかかるものがあったのか夕立は冗談を投げかけて川内を焦らせていた。

 

 

--

 

 時々スマートウォッチの画面を見る五十鈴。Aの2体は最初に確認したときから4kmほど距離を詰めていた。五十鈴たちも南下して進んでいるため、距離とその差を考えると、大体似た速度で移動していると捉えていた。

 五十鈴は先頭を進みながらふと口にする。

「このくらいの距離だとすると……地理的にはあの石油会社の製油所あたりかしら? やつらが製油所の何か施設を狙うとは想像できないけれど、タンカーなら狙われる可能性がありそう。ただ進むだけじゃいけないわね……どうしたら……。」

 ブツブツと呟くように言葉を続けているため、川内をはじめ駆逐艦の二人もとくに反応せず五十鈴が思案するに任せていた。

 海岸線に沿って進む五十鈴たち。養老川の河口付近を通り過ぎたあたりで、隣の鎮守府の艦隊旗艦球磨から通信が入った。

 

「こちら神奈川第一鎮守府、第2艦隊旗艦の球磨だクマ。応答願いますクマ。」

 五十鈴は一瞬呆けた。

 クマ?何回自分の艦娘名を言えばいいんだ相手は?

 

 相手の言い方を気にしないことにして応答することにした。

「こちら鎮守府Aの第1艦隊、旗艦の五十鈴です。現在養老川の河口を越えました。そちらの状況を教えて下さい。」

 

「現在、F石油の敷地の前を通過中。袖ヶ浦製油所の手前クマ。ホントならもっと手前の企業の港に誘い込むつもりだったけど失敗したクマ。そのまま東京湾を北上されるとものすごくまずいクマ。至急来て挟み撃ちにして助けて欲しいクマ!」

「わかりました。どこか別の港か水路に追い込みましょう。そのまま上手く追いかけられますか?」

「やってみるクマ!」

 

 そこで一旦通信を終了し、五十鈴は進みながら頭と首だけ少し後ろを向きながら3人に伝えた。

 

「神奈川第一鎮守府のやつらはまたしくじったみたいよ。この海岸線にある企業の港に追い込もうとして逃してただいま北上中とのことよ。」

「え?え?あっちの鎮守府の艦娘って強いんじゃないんですか?一体……。」

 事情をまったく知らない川内が真っ先に質問をする。それに対して五十鈴の代わりに答えたのは村雨と夕立だ。夕立に際してはかなり皮肉を込めて言い放つ。

「うちよりも人多くて強い人いるみたいなんですけど……私としては正直な印象としてはぁ~……。」

「ぶっちゃけ人多いだけで遊んでんじゃないの?」

「二人にしてはなんかきっつい言い方だなぁ~。そんなに!?」

 川内は目をパチクリさせて中学生二人の言い振りに驚き呆れる。

「人多いんだしいろんな人がいるってことだと思うわ。私たちは決して慢心せず調子に乗らないで、冷静沈着に動いて少数でも確実にこなしていきましょ。」

 生真面目な五十鈴らしい掛け声に3人は「はい!」と普段より声を張って返事をして頷いた。

 

 深夜のため月明かりと工場などの各々の非常灯、そしてスマートウォッチあるいは艤装のLED発光しかない。それらを頼りにしても4人は互いの顔と表情をはっきりとは見られないのだ。ちなみに探照灯はまだ点灯させていない。

 それぞれの声掛けや雑談が一区切りすると、4人が進む海上は近くの工場の機械音が鈍く響き渡る・自身らが水をかき分ける波の音しかしないほぼ静寂の世界となっていた。

 

「少し速度あげましょう。」

 五十鈴がそう提案すると川内たち3人は再び声を張って返事をした。それを受けて先頭の五十鈴は一気にスピードを出す。今までの進み方の2倍近い。それに遅れまいと村雨・川内・夕立の3人が続き、隣の鎮守府の艦隊と深海棲艦が待つであろう海域へと急いだ。

 

 

 スピードを上げたおかげで10分もしないうちに4人は姉崎火力発電所の手前までたどり着いた。五十鈴がスマートウォッチで深海棲艦の距離と方角を確認すると、五十鈴たちと深海棲艦の間はわずか3kmほどまで縮んでいた。スピードからして、ほぼ目と鼻の先の感覚である。

 いよいよ戦闘開始が近い。

 五十鈴は3人に再び声をかけた。今度は今までのような雑談めいた声掛けではない。

「あと2.58km。その先に深海棲艦、AのCL1-DD1がいるわ。村雨はバリア代わりの弾幕のため機銃用意、夕立は連装砲を構えて準備、川内は……あなた左右に何の武装を取り付けた?」

「えっと、右腕は単装砲2基と1つ飛ばして機銃、左腕は連装砲1基に一つ飛ばして機銃2基です。」

「そう。あなたは自由な戦い方ができる艤装のタイプだから、敵が姿を見せてもすぐ撃てるように両腕とも構えてなさい。」

「りょーかいっす!」

 

 

--

 

 五十鈴の早口の指示を聞き取り、川内は湧き上がる興奮を抑えるのに必死になっていた。

 実際には恐怖を感じて尻込みするかもしれないが、初陣は失敗がつきものだ。経験者が3人もいるのだから基本的な細かい立ち回りは任せて、隙間隙間で思い切り撃ちこんでやろう。

 川内は心の準備ができ、胸のあたりがカァっと熱くなるのを感じる。

 

 心臓の鼓動が早くなってくる気がした。川内は自身の胸に手を当てて抑える。2週間ほど前までただの一般人だった自分・普通のちょっとゲームやアニメオタクだった女子高生たる自分が、海上を滑るように進みそして今現実にいる人間の脅威と戦おうとしている。

 ゲームのような展開が待っていると以前、同級生で今となっては学校で唯一会話をしたいと思える男子生徒、三戸から聞いたのが始まりだった。興奮しないわけがない。恐怖を感じないわけがない。

 まもなく、普通のゲームでもVRでもない本当の戦いに飛び込むことになる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

川内の初戦

 喉が異様に乾いてきた。川内はゴクリと唾を飲み込み、旗艦五十鈴の指示を移動しながら待つ。

 心なしか前方、五十鈴と村雨の隙間から見えるはるか先の海上いや海中に、黒みがかった緑に光るものが見えてきた気がした。錯覚か!?興奮しすぎだろ自分!とセルフツッコミを入れる程度にはまだ余裕がある。

 とにかく川内は見たままを前方にいた五十鈴に伝えてみた。

 

「なんかドキドキしてきましたよ~。」

「そう。」

 感情をこめずに一言で返す五十鈴。川内はその反応にめげずに話しかけ続ける。

「ところで深海棲艦ってどういうふうに見えるんですか?緑っぽく見えるもんなんですか?」

 

「は?何言ってるの?」

「こんな夜だったらライトを当てないとホンットに見えませんよぉ~。」

 五十鈴と村雨のツッコミに加えて後ろからもツッコミが来た。

「目が光ってるやつはそれでわかるっぽい?あたしも今日が初めての夜戦だからドキドキ~。」

 

 夕立のツッコミと心の内を聞いて川内は軽く振り向きながら夕立に対して確認する。

「それじゃさ夕立ちゃん!あそこに2つ黒みがかった緑に光るっていうか……なんだろなぁとにかく緑っぽいやつ!あれ見える?」

「え~? ……うん。見えるよ。ぼんやりだけど。あれなぁに?」

 川内に促されて夕立が目を凝らすと、同様に見えたようだった。

「あ~じゃあやっぱあれが深海棲艦なんだ?」

 夕立も度合いが違えどどうやら川内が見えていたものが見えることがわかった。それを受けて川内はますます興奮と緊張が身体を包み込むのを感じる。が、残りの二人の反応は違う。

「な、何言ってるのよ?どこに緑のが見えるの!?」

「わ、私もそんなの見えませんよぉ~?」

 先頭を進む五十鈴と村雨は辺りをキョロキョロするが、川内が言及したその存在が見えていない。五十鈴は仕方なく探照灯を前方に照射する。

「ホラ!前方のあそこ!1時の方向にサーッとまっすぐ照らしてもらえますか?」

 

 五十鈴が手前から1時の方向にまっすぐ角度を動かして前方を照らしたその時、実際の距離にして500m弱先の海上でキラリと光を反射する何かを発見した。海面やただの魚の反射ではないことはすぐにわかった。すぐさま五十鈴は自身のスマートウォッチで見ていたレーダーを確認すると、件の2体は10~11時の方向にまだ2.4kmを指し示している。

 まるで方向が違う。

 焦った五十鈴は一旦徐行の後停止を指示し、川内と夕立に別の指示を与えた。

「みんな一旦止まって。それから川内と夕立は前に来て私達と同じ列に並んで。その緑に光るやつは……どう見える?」

 川内は指示通りに前に出て五十鈴の隣に立った。夕立は五十鈴の左隣りに立っている村雨の隣に並ぶ。

「どうって……まだ1時の方向にいますよ。2体。ねぇ夕立ちゃん?」

「うん。でも1体黒っぽい緑っぽさが薄いっぽい。すっごく見づらい。もう1体はわりと見えるっぽい。あれぇ、ますみんは見えないの~?」

「見えないわよぉ!あなたどんだけ視力パワーアップしてるのよ!」

「アハ~!あたしパワーアップしてたっぽい!それも川内さんと一緒!うれしー!」

「うんうん!」川内は夕立を顔を見合わせて喜びを表した。

 

 二人の言葉を受けて五十鈴は数秒推測し、それを口にした。

「ソナーやレーダーに引っかからないやつも来てるってことかも。それになんで川内と夕立がはっきりではないにせよ裸眼で500m近い位置のを確認できるのよ……。」

「もしかして、二人の艤装の効果なんじゃないですかぁ?」

 村雨の想像に五十鈴はコクリと頷いた。同じことを想像していたために五十鈴が頷く仕草は早かった。

 

「幸運と不運が一緒に来た感じね……。ともあれレーダーに引っかからないとなるとかなりまずいわね。隣の鎮守府の人たちも気づいていないかもしれないわ。伝えておきましょう。」

 五十鈴はすぐさま隣の鎮守府の旗艦球磨に伝える。

 

「ねぇ球磨さん。応答願います。」

 五十鈴は右隣りでプフッっという吹き出す音を聞いたが気にしないでおいた。

 

「はい。こちら球磨クマ。」

 五十鈴も吹き出しかけたが舌を軽く噛んで我慢し、相手に事の次第を伝えた。

「……というわけです。どうやらレーダーやソナーに引っかからないやつらのほうが先に進んでいて厄介そうです。」

「……了解したクマ。というかあたしたちの方が挟み撃ちなんて困るクマ!こっちはもうすぐ河口に誘い込めそうだし3人でなんとかするから、そっちはそっちで発見した以上はきちんと片付けてほしいクマ!」

「了解です。あの……こちらの艦娘に、裸眼で深海棲艦を検知できる視力を持つ者がいます。そちらに一人貸し出しましょうか?」

「ホントかクマ?それなら助かるクマ!なんでもいいから寄越してくれクマ!」

「了解致しました。」

 

 球磨との通信を終えた五十鈴は事の次第を川内たちに話した。そして球磨の艦隊に向かう者を決めることにした。

「夕立、球磨さんのいる艦隊に向かってもらえるかしら?」

「え~~。あたしぃ?うーえー。」

 五十鈴が指示するも夕立の反応は鈍い。それを察した村雨が五十鈴に言った。

「あの~、ゆうはこう見えて人見知りするほうなんで、知らない球磨、プフッ……別の鎮守府の知らない艦娘の人たちに混ざるのはちょっとどうかと。」

「……今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? 暗い中でも深海棲艦を確認できるのはあんたと川内の二人だけなのよ?」

 渋る夕立とそれを友人としてかばう村雨の様子を見た川内が代わりにと名乗り出る。

「だったらあたし行きますy

「あんたはこれが初戦でしょうが! 駆け出しのペーペーを貸し出したとなったら何言われるかわからないわ。ここは経験者の夕立に行ってもらいたいわ。お願い、頼りにしたいんだからね?」

 五十鈴の指摘は尤もなため、川内はすぐに萎縮して黙る。そして考えを変える気はサラサラないため、五十鈴は食い下がってどうにか夕立を説得する。

 

“頼り”

 

 その言葉を聞いた夕立は隣にいた村雨が暗闇の中でもひと目でわかるくらいに喜びとやる気を燃え上がらせて身体をウズウズさせ始めた。

 

「あたしやる! あたしがやらないとダメっぽい?頼られてるならやってあげないと!!」

「ちょ、ゆう?あなた本当にいいの?」

 心配を口にする村雨。しかしやる気スイッチが入った夕立の耳には友人の心配は右から左へと素通りするだけだった。

 

「それじゃあお願いね。隣の鎮守府の人たちは……の辺りに来ているらしいわ。」

「りょーかいっぽい!」

 五十鈴が最終の指示を与えると夕立は2~3歩海面を歩いて3人の前に出て、右手を額に添えて敬礼のポーズをわざとらしくしてその意を示す。

 五十鈴たち3人は身体を右に動かして1時の方向へ、夕立は身体を左に傾けて9~10時の方向目指して進んでいくことになった。新手の深海棲艦2体とAのCL1-DD1は距離はもちろんだが、方向が全く異なるため、3人と1人の向かう先も異なる。

 

 

 

--

 

 艤装のLED発光でほのかに照らされていた夕立が暗闇の中に消えて見なくなったことを確認すると、五十鈴はすぐに指示を出した。

「新手は少しずつ東京寄りに移動しているみたいだから、なるべく海岸線寄りに追い込むわ。村雨、右側に来て。」

「はい。」

 指示を受けて村雨は五十鈴と川内の前方を弧を描くように回りこんで移動する。村雨が移動し終わるのを待たずに指示の続きを出した。

「川内にはライトを渡しておくわ。私が使うよりも、見えているあなたが持って的確に照らしてちょうだい。」

「了解でっす!」

「村雨は川内から敵の位置を聞いたら東京側に回りこむように移動して。ある程度距離を置いて、なるべく敵に近い海中に向けて機銃で撃って弾幕を張って。」

「はぁい。わかりましたぁ。」

「川内は私と村雨の間にいるようにして。逐一ライトで敵の位置を知らせて。あとは私と村雨でタイミングを見計らって攻撃し続けるわ。」

 

 五十鈴から指示を聞き終わった川内と村雨は早速配置に付くべく五十鈴から離れてそれぞれ向かっていった。

 

 

--

 

 川内は先に行った村雨の後ろ姿を見届けた後動き出した。村雨の背中の艤装のLED発光でかろうじてわかるが、すぐにその発光源の周囲数cmしか彼女の姿を確認できなくなる。

 一方で川内は深海棲艦と思われる黒緑に見える物体に視線を向けるとその大きさが少し大きくなってきたように見えた。近づいている証拠だ。

 ゲームとは違って距離感が掴めない。ライトを当てようにもどのくらいの角度で照射すれば五十鈴たちの砲撃をヒットさせられるくらい的確に照射できるかがわからない。やはりそこは経験を積むしかないのか。川内は頭を悩ます。

 こんなことならやはり初陣は日中の視界が良好なシチュエーションがよかった。悔やんでいても仕方ないので川内は探照灯を照射する前に正直に告白した。

「ねぇ~五十鈴さん!敵の2体はまだ結構先に見えるんですけどー、ライトはどのくらいの位置から当てればいいですかぁ~!?」

 

 川内から問いかけられて五十鈴はわずかに思案した後、指示を出した。

「そのライトは1km先まで届くから、うまく測って少しずつ当ててみて。」

「えー?うーん……とりあえずやってみます。」

 今いち要領を得ない五十鈴の回答に眉をひそめる。しかしブチブチ悩むよりもとにかく身体を動かして試してみる。自身の信条を胸に川内はとにかく行動を起こすことにした。

 

「そういえば深海棲艦って光当てるとどうなるんだろ?てか魚なの?それとも海に放たれた機械の化物とかなの?」

 独り言をブツブツ言いながら抱いた疑問を自問自答する川内。

 勉強家な那珂や五十鈴と違って川内はとりあえず動いた結果悩んで後から他人に聞いて解決する質だった。

 

パァ……

 

 

 川内は10度の角度で探照灯を照射し、徐々に角度を上げていく。川内以外の二人は深海棲艦の位置がわからないため、川内の動きを見て動くしかなく、その場に留まっている。川内は黒緑に見える物体をもっと大きく捉えるために、照射しながら陸上を普通に歩く速度で海上を進む。

 しばらく照射しながら進んでいるある時、海上で再び不自然にキラリと光を反射する存在を捉えた。

 

「あれだ!あそこです!!黒緑のもまさにあそこにあります!」

 川内の宣言で五十鈴と村雨は動き出した。

 

 

 村雨は光が当てられてる海面が意外と近かったため、一旦南西に向けて弧を描くように移動して距離を開け、再びその存在と向かい合った。そして指示通り、東京寄りに行かせないために半径約50mの前方に向けて機銃掃射した。

 

 

ガガガガガガガ

 

 

バシャバシャバシャバシャ

 

 

 その存在に当てるために撃ったわけではないので当然機銃から放たれたエネルギー弾は海面に当って激しく波しぶきを立てる。超高速で放たれる質量の小さい機銃のエネルギー弾は海中数十cmまで沈み、海中を浅くかき乱す。

 臆病な魚であれば乱れるポイントを嫌い方向転換して逃げる。それはどうやらその存在も同様であった。

 村雨の弾幕、そして川内の探照灯の照射から逃げるその存在は、方向転換し終わった後に海上から跳ねてその姿を晒した。

 飛び跳ねたのに気づいた川内が黒緑のそれを追いかけるために探照灯の光を向けて再び照射すると、その姿が明らかになった。

 

 それは、頭の先つまり上顎の先が異様に鋭く肥大化し、上顎の左右両端から不自然に管が2本伸びた、タチウオ型の深海棲艦だった。そしてそれは3mはあろうかという、本来存在するタチウオからはあり得ないほどの体長を持つ、文字通り化物と誰もが判断できる存在だった。

 

【挿絵表示】

 

「うわぁ!! でっか!!?気持ち悪ッ!ウオェップ……?」

 川内は生理的に受け付けぬ嫌悪感を抱いたが、それは程なくしてすぐに収まった。その際、清らかな流水が喉から下まで体内を一瞬で通り抜けて染み渡るような爽快感を覚えた。

 次の瞬間、目の前に飛び込んでこようとしたタチウオ型を見ても先ほど感じた腹の底から湧き上がる吐き気はすっかり収まっていた。

 

「川内!そのまま宙を照らしてなさい!」

 五十鈴の声が聴こえると同時に、川内の左、7時の方向と右、1~2時の方向から砲撃によるこぶし大のエネルギー弾がタチウオ型を挟み込む形で命中した。

 

 

ズガアァン!

ドゴッ!!

 

バッシャアァーン!!

 

「急いでそこから後退しなさい川内!」

「川内さぁん!そこから離れてくださぁーい!」

 五十鈴と村雨の両方から次の行動のアドバイスを受けた川内だがそれを実行できずに、驚きで膠着していた身体をどうにか右に飛び退けタチウオ型をギリギリで避けるのが精一杯だった。

 深海棲艦化しているとはいえ、やはりタチウオの生態の特徴が強いため表面は弱く、五十鈴と村雨のW砲撃を食らったタチウオ型は2箇所に大きく穴を開け、すでに絶命していた。

 川内とタチウオ型が重なるような位置になってしまっているため、狙えなくなった村雨はもう一匹がいると思われる方向に向けて機銃掃射をして弾幕を貼ることにした。

 

 

ガガガガガガガ

 

 

「ごめん村雨ちゃん!もう一匹はそこにはいない!……五十鈴さんの真後ろ横切った!!」

「えっ!?」

 

 五十鈴は仰天して海面をジャンプして強引に方向転換しライフルパーツを構える。が、当然見えていないためにどうしていいかわからない。

「ちょっと川内!見つけたならちゃんと照らしなさいよ!」

「ゴメンなさい!」

 

 とっさのことに判断が追いつかずに目視だけでもう一匹を確認するに留めた川内は、探照灯を持っていない手で後頭部をポリポリと掻いて照れ隠しした。そしてすぐに探照灯でもう一匹を照らし始める。

 

 その光は、五十鈴から見て3時の方向、実際には北の方角に、わずか10mしか離れていなかった。

 泳ぎが遅いとされるタチウオだが、深海棲艦化したタチウオ型は巨大化に比例した速度で迫ってきていた。

 一角のように鋭く伸びた上顎の一部が五十鈴に真っ先に襲いかかる。

 

 

ガシッ!!

 

 

 五十鈴はすんでのところで避けきったつもりだったが、自身の背面にある艤装の大きさを考慮しておらず、タチウオ型の鋭い一撃によって艤装の表面をかすって削り取られていた。

 

「きゃっ!!」

 

「「五十鈴さん!?」」

 

 五十鈴はかすった衝撃の反動で前方へ弾き飛ばされるも、足元の安定感が強いため転ばずに済んだ。そしてそのまますぐに滑って前進するほどには瞬時に回復できていた。

「だ、大丈夫。かすっただけよ。」

 川内の右隣りに立つためにスゥーッと移動して大きめに弧を描いて旋回した。

 

 

 ここまでの戦闘で3人は深海棲艦の姿形をわかってきていた。ただ魚に特段詳しいわけではない中高生の少女たちなので、当然タチウオ型の生態なぞわからない。今繰り広げている戦闘においては、元々探知されていない個体であるがゆえに詳しい生態・特徴を調べながら戦っている暇はない。ある程度の姿形と攻撃性と行動パターンが分かり次第、下手に直接攻撃を喰らわないうちに囲い込んで倒して早期決着を目指す。

 

 五十鈴は呼吸を整え、川内に指示を出した。

「あなたも照射してるだけじゃなくて実際に撃ちこんでいいわよ。」

「え?マジですか!?やっとかー。その指示待ってたんですよ~。」

 川内の軽い捉え方に一抹の不安を覚える五十鈴。だがそれよりも早期に片付けたい理由を作りだした。

 

 自身の艤装の衝撃から察するに、鋭く突き出た頭の先は物理攻撃であるがゆえに艤装のバリアなぞ役に立たない。

 艦娘の電磁バリアは一般的な銃撃の他、現在判明している深海棲艦のいくつかの飛び道具による攻撃を本人の1m前後までで可能な限り防げるようになっている。基本的に物理攻撃には効果がないが、有効範囲内に入ろうとした相手に電気ショックを与えてひるませるくらいには役に立つ。

 五十鈴は電磁バリアの受発信機を背中の艤装にもつけていたが、それがまったく検知せず相手をひるませもしなかった。おそらくはバリアが反応する速度ではないか、電磁バリアの性質を弾くか掻き消す特徴があるのだろう。

 そう考えた五十鈴は、先ほどの素早い突きの攻撃を再び思い出した。あれをまともに食らったら怪我をするどころではなく、即座に死ねるレベルだ。

 だからこそ、五十鈴は攻撃の手を増やすことにした。

 

「持ちながら平然と立ち回って攻撃できるのはあなたたち川内型の艤装しか無理だと思うの。それにあなたはあれが見えてるから。」

「はい。初陣で頼られるのってものすごく嬉しいですねぇ。あたし川内に選ばれて良かった気がする。」

「はいはい。まったく、なんかあなたが旗艦やったほうが確かに良かった気がするわね。」

 五十鈴は愚痴をこぼしながら、もしかして那珂はここまで見越して川内を旗艦に推していたのか?と想像する。しかし考えていてもその答えはこの場では出ないので早々に思考を切り替える。

 

 五十鈴は一人離れていた村雨を呼び寄せた。以後は索敵と攻撃の要である川内を守るように自身と二人で両脇に位置して立つ。川内を中心に、左右から残りの深海棲艦を囲い込みながら3人の猛攻で撃破する。

 五十鈴が再び出した指示と合図で、3人は目の前約100m先を悠々自適に泳ぎまわっているタチウオ型との距離を詰め始めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

海岸沿いにて

 五十鈴たち3人から離れた夕立はなるべく海岸線、火力発電所の岸の側を進んで隣の鎮守府の球磨の艦隊に近づいていった。探照灯を持っているわけでもなく、周囲の僅かな光と月明かり等でしか見えていない。そして夕立は東京湾の千葉寄りの地理なぞ知ってるほど博識ではない、歳相応の知識しかない夕立が迷うことなく球磨たちの戦闘海域に向かうことができたのは、途中で通信して球磨から居場所と周囲の確認の仕方を教わったためであった。

 夕立が球磨たちがいる場所、つまり姉崎火力発電所と製油所の間の水路に無事にたどり着いて戦闘支援し始めた頃、川内たちはソナーやレーダーに引っかからない新手の深海棲艦2体との戦いに、半分勝利していた。

 

 

--

 

 探照灯を右手に持った川内は睨みつけるように深海棲艦を見続ける。緑色に薄黒く光る塊はよく見るとそれほど速くないように思えた。相手がどれほど動いても、川内はすかさず探照灯を照射する。

 

「へへ~ん!どれだけ動いたって逃さず当てられるんじゃないのこれ?今ですよ五十鈴さん、村雨ちゃん!」

「さっきの不意な突撃を喰らわないうちに速攻で片付けるわよ。……今よ!」

 

 タチウオ型が海面から顔を出したその時、

 

ドドゥ!

ドゥ!

ドドゥ!!

 

 五十鈴、川内、村雨の砲撃が3方向からタチウオ型に襲いかかる。

 

 

ドガァ!

ズガアァン!

バチィィーン!!

 

 3つの破裂音を発生させたタチウオ型はあっけなく死んだかに見えたが、死に際に一番目立つ川内に向けて、口の両端にあった管の先から何かを発射させてきた。

 

 

ズビュルルル!!!

 

 

「へ?」

 

 

ビチャビチャ!!バチッ!

 

 

 川内の目の前で電磁バリアが何かをかき消した音と光を発生させた。まばゆいばかりの火花が散ったので離れたところにいた五十鈴と村雨はすぐに気づいた。が、その効果が何なのかまでは気づけない。

 川内のバリアがかき消したと思われる何かのかき消せなかった分は、彼女の制服の脇腹から腰回りにかけてビッチリとふりかかる。

 それは、粘着性の液体だった。

 

 

--

 

「うわうわうわ!?なにこれ!?服とか魚雷発射管が変な音立てて溶けてく!うわっっつい!!」

「どうしたの川内!?」

「だ、大丈夫ですかぁ!?」

 

 片手に持った探照灯の向きなぞ忘れて手足をその場でバタバタと慌ただしく振るって溶ける服と焼けつくような痛みを必死に解消しようとする。しかしそのような仕草で解消できるようなものではなかった。

 川内に近寄った五十鈴と村雨は悪臭にドン引きして顔を歪める。お互いの顔ははっきり見えないために互いがどれほどの苦々しい顔をしているのかわからない。

 

「く……臭い。あなたこれ……何を食らったのよ……?」

「うぇ~ん。川内さん臭すぎますぅ~。」

「ちょっと村雨ちゃん!? その言い方はちょっと色々誤解を招くって! 一番臭くて痛い思いしてるのあたしなんだからね!?」

「と、とりあえずその服とか艤装を溶かしてる液体を洗い流しなさいよ。一旦海に身体付けて液体を海水で洗い流すのよ。」

「あ、そ……そっか。でも海水って何か変な化学反応的なこと起こしませんかね?」

 川内の微妙に鋭いツッコミに五十鈴は考え直し言いよどむ。

「それもそうね。でも真水なんて今この場で調達なんてできないから試してみなさい。私はここまでの事をとりあえず提督に一報しておくわね。」

 

 そう言って五十鈴はスマートウォッチからの通信を鎮守府の本館に向けて発信し、提督にこれまでの状況を伝え始めた。五十鈴の話を聞いた提督はマイクとスピーカーごしにではあるが異様なテンションで川内の心配を気にしだす。

 五十鈴がそれをなだめて状況報告を続けていると、背後でピチャピチャと音がし、その次にバッシャーンと水の中に飛び込むような音が耳に飛び込んできた。プラス、自身に水しぶきが少しかかった。

 

「!?」

「ちょっと川内さぁん!?そんな飛び込み方無茶ですよぉーー!?」

 

「うっく、しみる~!いたたぁ~!あ、でも服が溶ける音が小さくなってきたかも? 魚雷発射管は、あ……」

 

 村雨が側で慌てふためいてキモを冷やしていると、川内はそんな他者の心配なぞ意に介さず冷静に服と魚雷発射管の確認をしていく。

「あっちゃ~。魚雷発射管もしかして電源入らない?ねー村雨ちゃーん!ちょっと見てくれない?」

「いや……そう言われてもですねぇ。私艤装の仕組みとか知らないんですけどぉ~。」

 川内は液体を食らった魚雷発射管の動作がおかしいことに気づき、近くにいた村雨に状態把握を誘いかける。村雨の心境は、一応川内のことは心配だが、そんな相談されても私わからないわよ、という何の根拠と期待があって自分に相談してるんだという理不尽な川内への愚痴っぷりだった。

 

 わざとらしく川内が探照灯で自身を照らしてくるのでしぶしぶ村雨は川内に触れる位置にまで近づく。まだ臭いので鼻をつまみながら、部位を照らす川内の操作のもと、少し怖いので小指で魚雷発射管の各部位をトントンと突いたり、自身の単装砲の砲塔を使って表面がかなり溶けている部位を突いて確認する。

 確認すると言っても機械のいろはなぞ専門分野外どころか艤装を脱げばただの女子中学生・女子高生な二人なので、パッと見て使えそうか・使えそうにないかに留まる。

 

「まぁ……いいんじゃないですかぁ、使えなくなってても。敵は倒しましたし。あとあっちの本来の2体は隣の球磨さんたちにお任せしちゃえば。」

「まぁ、そうだね。隣のクm、プフッ。村雨ちゃんに同意見だわ。」

 アハハと笑い合って会話を締めようとする川内と村雨。ひとまず戦いが終わったことで完全に安心している様子だった。その様子を通信を終えた五十鈴が見てピシャリと叱る。

 

「安心してないでよ二人とも。それよりも川内! 本当に敵が他にいないか一通り周りを見ておいて。これから球磨さんたちの支援に行くんだから、背後から狙われるなんて嫌よ。」

「はーい。」

 

 やる気なくだらっと間延びした返事をして川内は村雨からスゥっと離れて大きく円を書くように移動し、黒緑に光って見える何かが他にいないか見始めた。一応探照灯も使って視覚を念入りに確保する。

 やがて川内は五十鈴と村雨の間に戻ってきて報告を口にした。

「うん。もういないみたいです。じゃあさっさと行きましょうよ。」

「はいはい。あんた装備ボロボロなんだからあたしたちの後ろにいなさいっての。」

 すぐに気持ちを切り替えたのか、率先して南に向けて先頭を進んで行こうとする川内。五十鈴と村雨は苦笑しながらそれに続いた。

 

 

--

 

 

 先に夕立が向かった隣の鎮守府の第2艦隊、球磨の艦隊は、姉崎火力発電所と石油会社の袖ヶ浦製油所の間の水路上に構成された海上で戦っていた。

 球磨と2人の艦娘そして夕立合わせて4人はAのCL1-DD1の2体を取り囲むように、機銃掃射で敵の移動を制限し砲撃する方法でじわじわと追い詰めている。

 夕立はチマチマしたその行為を嫌ってさっさと魚雷を撃ちこんで倒そうと球磨に文句と要望を伝えたが、球磨は戦い慣れているのか夕立の希望を却下した。最長600m幅の海域とはいえ、狭い海域内で魚雷を撃とうものなら外した場合の被害が甚大になる。今この時は石油会社所有のタンカーが2隻停泊しているため、さらにその危険性が高い。

 口調は真面目なのかふざけているのか反応に困る球磨の言い分に、夕立は常識的にそうなのだとなんとなく理解はできたが納得がいかなかった。深海棲艦が見える自分が助けてやっているのになんで自分の好きなように戦わせてくれないのか。

 夕立は不満でイライラを爆発させそうだったが、知らない鎮守府の知らない艦娘たちと一緒なのでそれを上手く発散できない。それがまた苛立ちを産み、夕立は負の連鎖に陥りかけていた。

 

 

--

 

 川内たちは数分してようやく球磨たちのいる細い海域の入り口にたどりついた。その先、陸に近い場所からいくつかの砲撃音が響いてきたため3人はその場所を特定することができた。

 五十鈴は球磨に連絡を取る。

「おぉ、あんたたちも来たクマか。あんたたちはそのまま水路の入り口付近にいて敵が逃げないように壁代わりになっていてほしいクマ。

「了解です。私たちにはもう一人深海棲艦が見える者がいるのですが、追加で援護は必要ですか?」

「こっちは夕立が見つけてくれてるおかげで結構当てられてるからあと1体クマ。けどCL1、軽巡級は硬い甲羅を持つシャコ型みたいで、なかなか弱らないクマ。」

 球磨の口ぶりに五十鈴はたった1体とはいえ苦戦している様子が伺えた。やはり参戦すべきだろうと判断し、それを球磨に伝えた。ただし、制服と艤装が一部破損した川内はそのまま参戦して撃たせたらどう影響あるかわからないため、水路の入り口で待たせ、当初言われた壁代わりに援護させることにした。

 

「わかりました。まぁ今のあたしじゃ仕方ないですよねぇ。うん。こんな夜に無茶したくないし。それじゃああたしはこの辺りで何をすればいいんですか?」

「ここは直線距離で約600m近くある。悪いけど一人で行ったり来たりして監視しておいて。敵が近づいてきているのがわかったら撃っていいから。その時私たちはあなたが狙いやすいようになるべく直線上に追い立てるわ。」

「了解です。」

 

 川内から返事を聞くと五十鈴と村雨は海岸へ向かって水路を進んでいった。

 

 

 五十鈴たちの背中をぼーっと見ていた川内は、初めての戦場で一人ぼっちになってしまってしまった事実に急に寒気や不安を感じてブルっと震える。

 なぜか暗闇でも深海棲艦を捉えることの出来る自身の視覚能力。それによって五十鈴たちを勝利に導けたことは誇らしく思う。しかし自分は敵の死に際の反撃をもろに食らい、制服も腰回りの艤装もボロボロになってしまった。これが初陣の結果だと思うと悔しくて仕方がない。せめて魚雷の一本でも撃てて、今捉えている薄ぼんやりしてすごく小さな黒緑の反応を遠巻きに撃破できたら、どれほど誇らしく、優越感にひたれるだろう。

 もっとわかりやすくて戦いやすい初陣がよかった。

 

 川内は何度目になるかわからない後悔を頭の中で抱いていた。

 ふと、別の戦場に行った那珂や神通は今頃どうなのだろうか。そう気にかけた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

洋上の4人

 五十鈴たちが出撃して数分後、那珂たちも鎮守府Aの沿海を出て目的の海域に向けて移動し始めていた。

 送られてきていたBのCL2-DD1の現在の位置情報を那珂がスマートウォッチで確認すると、那珂たちから見て11時の方角、実際の方角では南西に約21kmと、位置的には羽田空港~京浜港の少し北を移動していることが伺えた。

 隣の鎮守府からは軽巡洋艦天龍と龍田を含めた4人の艦娘がチームを組んで追撃中である。

 

 先に発進して沖に出ていた神通・五月雨・不知火は少し遅れてやってきた那珂を待っていた。

 

「ごっめ~ん。さていこっか!」

「「「はい!」」」

 

 那珂は普段の口調と雰囲気で、先刻まで抱いていたもやもやした感情を一切感じさせずにいた。想い返すと制御できぬ感情のためイライラし始めてしまうことがわかったため、きちんと気持ちを切り替えるべく両手で左右の頬を同時にパチンと叩く。

 それは神通たちからすれば、なんだかよくわからぬ行為としか捉えられない。

 それを見て気合を入れた行為と捉えて真っ先に真似をしたのが五月雨だ。

 

「エヘヘ。じゃあ私も気合を入れます!えーい!」

 

パチン!

 

「私もバッチリです!」

 

 あたしの気持ちも知らずに真似するなんて、五月雨ちゃんってば可愛すぎやろ!!と、適当な方言風に心の中でツッコんで萌え転がりながら少女の仕草を見ていた。

 とりあえず出撃任務のやる気は萌え力(ぢから)から満たされた那珂であった。

 

--

 

 那珂たちはまっすぐ南西へと移動し始めた。時間がもったいないと感じたため、最初から通常海上を移動する速度の2倍出しての移動だ。移動中はひたすら平坦な海の景色が続く。さすがの那珂も、そして普段から物静かな神通ら3人も口をつぐんで進む。

 4人の隊列は那珂を先頭にして、神通・五月雨・不知火と単縦陣で組んで進んでいた。

 

 

 鎮守府Aのある町から約11km先の海上。那珂たちは東京湾のど真ん中にいた。那珂や五月雨・不知火はすでに慣れていて何も感じていないが、初出撃・初陣である神通は海上のど真ん中を人の身で平然と滑るように移動するその様に、密かに高揚感と優越感そして不安がないまぜになった感情を抱いていた。

 今の速度はどのくらいなんだろうかとふと疑問に感じる。自転車を立ち漕ぎで全力で漕いだ時?それとも自動車?

 色々想像してみるが、神通こと神先幸として速い乗り物に乗った時の速度などそれほど気にする人生を送ってきたわけではないため、比較材料を頭に思い浮かべてはみるが結局わからない。わかるのは、姿勢をまっすぐにして直立に近い状態にすると風の抵抗をやや受けてすこしだけつらいということだ。だがそれでも艤装は推進力・浮力そしてバランスを自動制御してくれるので平然と進める。だから今このときは顔にビシビシ当たる夜の潮風など正直どうでもよかった。

 不明点で悩むモヤモヤよりも、風を受け髪をなびかせて一般人ならあり得ぬ移動方法による爽快感のほうがはるかに優っていた。

 

 神通は、訓練の最初の1週間を思い出した。

 最初は川内に遅れて中々自由な移動ができなかった。それが今や平然と鎮守府の工廠の湾から出て速度を上げて東京湾を直進している。自分は艦娘になる前から果たしてどれだけ変われたのだろうか。今こうして高揚感を抱きながら過ごしているが、自分の中の何かが変わったわけではない。

 それは結局のところ外的要因で変わったに過ぎないのだ。神通はいまいち自分を素直に評価できない。

 

 そういえば川内は元気にしているだろうかと心配に思った。まだ他者を気にかけるほどの余裕が神通にはあった。

 

 

--

 

 どれほど移動し続けたかわからなくなった頃、那珂以外の3人は平坦な景色に飽きていた。那珂は時々スマートウォッチを見て、隣の鎮守府の艦隊から送られてきているBのCL2-DD1の位置情報を確認している。

 一方で後ろの3人は雑談をしていた。

 

【挿絵表示】

 

「あ!あそこって何かな?位置的には東京○○○○ランドかなぁ~?シーだっけ?」

「シー。」

「二人とも……よく見えますね。もしあそこがシーだとしたら、位置的には直線でも6kmくらいありますよ?」

 五月雨が有名なランドマークの光を見つけて不知火に話しかける。神通は五月雨が発見したとされる遠くの光を見てみたが、自身には相当睨みつけないと捉えられないので焦って弱々しくもツッコミを入れる。

「え、光となんとなく周りの形見えませんか?」

「?(コクリ)」

「……。」

 何が違うのか、古参の二人と自分を比べてなんとなく察しがついたが、あえて自分で触れる必要もないだろうと思い、神通は軽くため息をついて前方の那珂へと視線を戻す。

 五月雨たちの会話を聞いていた那珂だったが、自分まで会話に混じって目的から逸れる気はない、今は完全な真面目モードだった。再びスマートウォッチの画面を確認すると、標的の深海棲艦までは後5kmにまで迫っていた。

 その時、通信が入った。

 

 

--

 

「こちら神奈川第一鎮守府、第3艦隊旗艦の天龍。応答願う。」

「はーい!こちら鎮守府Aの第1艦隊、旗艦の那珂です!天龍ちゃんおひさ!」

「え……おぉ~!那珂さんかぁ!!よそからの支援ってのはあんたのことだったのか。うわっ!なんか嬉しい!今回も頼むぜ?」

「おぅよ!そっちに龍田ちゃんもいる?」

「あぁ。あと今回は前のやつらとは違う駆逐艦が二人だ。そっちは?」

「こっちはねぇ~、あたしの学校の後輩が軽巡洋艦神通になったからその子と~、それから前にあったの覚えてるかな?五月雨ちゃん。それからもう一人は知らないと思うけど、不知火ちゃん。」

「へぇ~学校の後輩かぁ。それじゃあ前に話してた艦娘部無事作れたんだ?」

「うん!もっとお話したいなぁ~。戦い終わったらお話しよ?」

「あぁ。まずは邪魔者をさっさと片付けねぇとな。合流ポイントは……」

 

 すでに親しくなって気軽に話せる友人関係になっていたため通信での会話が弾みそうになった那珂と天龍だったが、お互い旗艦ということで私語は早々に打ち切り、お互いの合流ポイントや作戦を通信越しに確認しあう。

 天龍からの情報を聞いた那珂はそれを神通たちに伝えた。

 深海棲艦は海上に頭を常に出しているのが1体、ソナーによるとその近くにたまに海上に顔を出すのが1体という編成だ。天龍たちが追撃している間にもう1体は倒していたため、残り2体となっていた。

 常に頭を出している1体は背びれのようなものでエネルギー弾を弾くため、下手な砲撃では効果がない。もう1体は中々姿を表さず、その姿を確認できない。

 どちらも魚の異常変形型と捉えられているが明確な確認ではない。

 

「常に頭を出してるって……お魚ってそういうことできるんでしょうか?」

「五月雨、魚じゃない。深海棲艦。」静かに不知火がツッコむ。

「あ、そっか。でも……?」

 

 五月雨の気がかりに気づいた那珂は推測で補完した。

「今までの戦いであたしたちが見たことあるのは、魚や甲殻類の異常変形した深海棲艦だよね。それ以外の気持ち悪い型のやつもいるっていうし、あまり普通の海洋生物の常識に当てはめないほうがいいかもしれないよ。」

「「はい。」」

 

 

--

 

 神通は那珂と五月雨・不知火の会話に混じれないでいた。初めてこれから見る深海棲艦がどういうものなのかわからないためだ。

 今までなんとなく戦いに出るという感覚を理解できていたつもりだが、いよいよ近いと知るとこれまで抱いていた移動による爽快感は影を潜め、心臓の鼓動が早くなってきた気がして胸に手を当てる。

 かすかにトクントクンと普段より大きめに感じられる鼓動。ハァ……と小さく深呼吸をして息を吐く。もう2~3回繰り返して気持ちを落ち着ける。

 

 大丈夫。自分には那珂さんがいる。年下だけどベテランの五月雨さんと不知火さんもいるし、さらに隣の鎮守府から4人の艦娘が来ている。私は危険な目には会わずに済む。訓練の時のように攻撃できないまでもせめて敵の位置を察知して支援すれば初戦としてはまずまずだろう。

 神通は自分に言い聞かせてゆっくりと気持ちを整理する。気が付くと神通は、那珂たち3人からじっと見られているのに気がついた。暗闇なのでお互いの艤装のLED発光でぼんやり見えるのみだが、視線ははっきり感じ取れた。

「神通ちゃん?そろそろ戦いが始まるけど……心の準備はいいかな? ここから先は訓練じゃないよ。意思の通じない相手との本当の戦いだから、ムリしないで危ないと思ったらあたしたちの後ろに下がっていいからね。」

「神通さん!私たちがいます!夜だから怖いですけど……きっと大丈夫ですよ!」

「私たちが、神通さんを……守ります。」

 

 那珂・五月雨・不知火それぞれから思いを聞いた神通は、自分の想像どおりにこの3人が守ってくれることを確信した。不安がほとんど消えた神通は、決意の言葉を伝える。

「はい。よろしく……お願いします。行きましょう。」

 

 そして4人はついに、天龍と決めた深海棲艦との距離に達しようとしていた。那珂のスマートウォッチには、300mと表示されている。

 

 

--

 

 

 那珂のスマートウォッチの表示が切り替わり、天龍からの通信が入った。

「こちら天龍。深海棲艦との距離を100mに詰めた。そっちは?」

「こちら那珂。290m。あともう少しだよ。」

「了解。こっちは陣形を広く展開させて囲い込み始めるから、そっちもあらかじめ展開させながら残りを詰めてくれ。」

「はーい!」

 

 天龍との通信を切った那珂は作戦の行動パターンを伝えた。

「あたしと五月雨ちゃんは正面から、神通ちゃんは2~3時、つまり西側から、不知火ちゃんは南東側からお願い。」

「「「はい。」」」

 

 BのCL2-DD1(1体減ってCL1-DD1)の個体は速度はそれほどでもないが、瞬間的な方向転換が素早く、移動については針路を確認するとフラフラしている。囲い込みながら鎮守府Aの4人と隣の鎮守府の4人が距離を詰めていると、気づくと千葉の有名なランドマークとお台場の間の海域に入りかけているのに気がついた。

「ねぇ那珂さん。さっきよりも○○○○シーが近い気がしますけど……なんか動き方気になりませんか?」

「うん。それはあたしも気になってたの。一気に距離を詰めてやつらの移動を制限したほうがいいかもしれないね。」

 五月雨の疑問を受けて那珂は天龍に連絡を取ると、9~10時の方向から肉声で大声が聞こえてきた。

 

「おーーーい!そこにいるのはーーー那珂さんかぁーーー!?」

 まだ遠いが、静かな海上のため聞き取ることができた。相手はどうやら那珂たちの艤装のLED発光の位置関係で気づいたようだった。深夜の海上で人の背の高さで光るものなど艦娘の艤装以外にないためだ。とっさに那珂はスマートウォッチで深海棲艦の位置を確認すると、その方向はほぼ真西に600mと距離を開けられている。

 すでにB-CL1-D1は両艦隊の包囲網を抜け出てしまっているのに気がついた。

「天龍ちゃん!!敵が西に行ってる!あたしたちは速度一気にあげて通り越してまた囲い込むから、そのまま西に向けて来てーー!!」

「了解ーー!」

 

 那珂は五月雨の顔と、少し離れたところにいる神通と不知火に対し大声で指示を出した。那珂たちは真西に向けて一気に速度を上げて海上を走り出した。4人分の水をかき分ける音が響き渡る。

 

 

 

--

 

 しばらく進んでから那珂が左腕をあげてスマートウォッチを確認すると、ついに深海棲艦は北北東に200mと表示された。それを見て大声で指示を出した。

「全員合図をしたら180度方向転換するよ。不知火ちゃんはその場で方向転換、不知火ちゃんを軸に左手側に針路転換するから、他のみんなは不知火ちゃんのLEDの光を頼りに距離を保って左手側に弧を描くように移動してね。」

「「「はい。」」」

 那珂の指示で4人は身体を左に傾け、さながら4人全員が1隻の船になったように方向転換し始めた。一番大きく移動するはめになった神通は自身の左の先に光るLED発光の位置を頼りに遅れまいと速度を3人よりも出して針路を転換させる。

 全員が方向転換し終わったことをLED発光の位置で確認した那珂は素早く通信を入れた。

「天龍ちゃん!こっちは西から囲い込んでるよ!あと砲撃の指示お願い!」

「はいよ!」

 天龍への連絡を手早く終えた那珂は五月雨たちに砲撃用意の指示を出す。

「全員武器構えて!トリガー握っていつでも撃てるようにして!」

 普段のチャラけた声質ではない鋭い那珂の声が響き渡る。那珂の真面目さを今まで垣間見ていた五月雨はもちろんだが、一緒の出撃が初めてだった不知火と神通は初めてのその真面目な指示にゴクリと唾を飲み込んで心臓の激しい鼓動を無理やりにでも収めながら返事をして並走する。

 そして深海棲艦との距離が100mを切った。反対側から探照灯の照射が始まる。それを見て那珂もスマートウォッチの画面をサッと視界に一瞬入れて確認した後、右手に持っていた探照灯をその方向へと照射した。互いの探照灯の光が交差したそのポイント、常に顔を出している深海棲艦が誰の目にも飛び込んできた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神通の初戦

「砲撃開始ぃーー!」

 天龍の大声が周囲に響き渡る。それは、艤装で耐久度が増した声帯のおかげでもあった。

 

 

 深海棲艦に向けて、東から、西からすさまじい音とともに砲撃が始まった。

ドゥ!ドドゥ!ドドゥ!ドゥ!

ドゥ!ズドドオゥ!ドドゥ!ズドッ!

 

 

ズガガガガッ!ドガァアアアアーーーン!!!

 

 

「やったか!?」

 深海棲艦への着弾の際に発した煙で見えなくなった前方を見ながら天龍がそう口にする。

 一方の那珂はその後を想像して早々に目と探照灯の光を別の方向に向けていた。那珂が頼りにするのは、以前から見知っていた深海棲艦の発光する目だ。

 一番近くにいた五月雨に向かって那珂は指示を出した。

「五月雨ちゃん、海中を監視して。やつが目を発光させていたら、そこにいることがわかるはずだから。」

「はい!」

 

 那珂と五月雨は互いに別方向を向いて海中を確認し始めた。今まで海上に顔を出していた個体ならば、また顔を出すために海上に近い浅いところを泳いでいるはずと考えて那珂は360度必死に見渡す。

 しかし先ほどの砲撃と着弾からほとんど時間が経っていないのに光っているはずの目が確認できない。

 光らない個体なのか?

 いやそんなことはない。追い越すときに光っていたのを目撃している。

 

 那珂が五月雨がいる方向の先を見、五月雨が那珂の先、つまり神通のいるあたりを見渡したその時、五月雨が視線の先の海中に光る点を見つけた。それは神通の下だった。

 

 

「神通さん!!下です!そこから逃げてーー!」

「「!!?」」

 

 五月雨の叫び声を聞いて那珂は瞬時にその方向に上半身と首と頭を向ける。当人の神通は真下に目を向けると、その光る点が2つ、急激に大きくなっているのに気づいた。

 しかし、気づいた時にはもはや行動を起こせるタイミングではなかった。

 

 

ズザバアアアアアァァ!!

 

ガズッ!!

 

「きゃああああぁ!!!」

 

【挿絵表示】

 

 

 深海棲艦の強烈な突き上げは神通の少し右に逸れたため神通がそれをモロに食らうことはなかったが、右足の艤装に激しい衝撃を受けその衝撃と深海棲艦のジャンプ力のために思い切り横転しながら那珂側へと弾き飛ばされる。

 

「神通ちゃん!?」

「「神通さん!」」

 

 その衝撃は凄まじく、神通は那珂を越え、五月雨を越え、ゆうに20~30m飛ばされて思い切り水面に叩きつけられた。そこは不知火の目と鼻の先だ。

 飛んできた存在など暗闇のため見えなかった不知火は飛来してきた神通の着水の際の水しぶきに驚いて後ずさりよろけて海面に片膝をつくも、すぐに体勢を立て直して目の前の存在に警戒する。

「だ、誰……?」

 不知火は一本のロボットアームを掴んで手動で右手元に持ってきて睨みつける。しかしそこで立ち上がろうとしていたのは深海棲艦ではなく、自身が慕う神通その人だった。

 すぐに沈みかけたので神通は慌てて立ち上がる。しかし何かがおかしい。

 右足が海面に浮かばないことにすぐに気がついた。普段であれば海面がまるで足場にひっかけたかのごとく足が浮かび、立ち上がることができるのだが、今この時は右足は何の抵抗もなく海中に沈む。左足だけでどうにかバランスを取ろうとするも片足がすぐに海中に沈んでしまうため思うように浮かぶことができない。

 全身を海面に落としてずぶ濡れになりながら本気で焦り始める。神通の心にもたげてきたのは、海のど真ん中で何にも捕まれずにその身が沈む恐怖だった。

 その焦りは泣きそうな声になって周りに響き渡る。

 

「た、助けて……! 誰かぁ!右足が……浮かばない!」

「じ、神通……さん!!」

 不知火は構えていたロボットアームを乱暴に背後へと押して下げ、目の前にいると思われる神通を掴んで支え始める。

 

「不知火ちゃん?そこに神通ちゃんいるの?」那珂が叫ぶ。

「神通さん、右足浮かべない。主機の片方が壊されたみたい、です。」

 

 不知火から簡素な言葉で状況を聞いた那珂は目の前に浮かんだ深海棲艦から視線を一切離さずに残りの3人に指示を出す。

「不知火ちゃんはそのまま神通ちゃんを支えてあたしたちの後ろに、五月雨ちゃんはあたしと一緒に前列として引き続き攻撃!」

「「はい!」」

 五月雨と不知火は返事をしてそれぞれの役割を果たすべく体勢を整える。五月雨は那珂と並ぶために前進して深海棲艦と対峙し、不知火は神通を半身で支えながら那珂と五月雨の完全に後ろに位置するために3時の方向へとわずかに移動した。

 そして那珂と五月雨は同列に揃うやいなやすぐさま主砲で撃ち始めた。

 

ドゥ!

ドドゥ!!

 

 

ズガッドゴォォ!!

 

 エネルギー弾が着弾し、深海棲艦の表面で爆発する。熱風と光が瞬間的に周囲に撒き散らされた。

「よーし!そのまま海上に引き止めといてくれ!!」

 距離を詰めてきた天龍たちが続いて攻撃し始める。

ドドゥ!

ドゥ!

ドドゥ!!

 

ズガッ!

ドシュ

バァーーン!

 移動しながらの天龍たちの砲撃は3人が先頭の天龍から流れるように発射されて深海棲艦に直撃し、背びれから背身を始めとして身体を完全に真っ二つにするほど肉を砕ききっていた。

 

 ゆっくりと天龍が深海棲艦だった物体に近寄る。

「ん?おいちょっと待て。こいつはCL1、軽巡級のほうだ!あたしたちがさっき砲撃したのとは違うやつだ!」

 判定のために天龍が探照灯を当てて確認するとその形状が判明した。それはセキトリイワシが巨大化し、肥大化した歯がむき出しになっている個体だった。すでに死亡していてプカプカ浮いているセキトリイワシ型の軽巡級を天龍がさやに収まった剣でカツンと叩いて再確認したのち、眼帯型のスマートウェアで撮影していた。

 

「おい!攻撃食らったのは誰だ!?そっちの被害状況を教えてくれ!」

 天龍が那珂たちの方を向いて問いかける。

「うちの神通ちゃんがやられた!右足の艤装が壊れて移動が困難になっちゃってるの。」

「マジか!?かなり硬そうなヤツだったし、無理ないかもしれねぇな。」

「いや……それ以外にも原因あるといえばあるんだよねぇ……。」

 神通の負傷について、この状況とは別の要因が頭の中にあった那珂は言い淀む。

「なんだよ~らしくねぇ歯切れ悪さだな。はっきり言ってくれよ?」

「うちの神通ちゃんね、実は今日が初めてなの。連れてきたのはまずかったかなぁ……。」

「なにぃ!?初戦なのか!?しかも今回は夜戦だろ? そりゃ無茶ってもんだよ……まぁいいや。そいつ下げておいてくれ。全員、残りのDD1に気をつけろー!海中に逃げてるぞ!」

 那珂の言葉を気にかけるも、切り替えの速さは那珂以上なのか天龍はすぐに作戦行動の指示の言葉を続けた。離れようとする天龍に那珂は移動しながら申し訳なさそうに言う。

「支援しにきたつもりが、迷惑かけちゃってゴメンね?」

「いいっていいって!それよりもなんか作戦をくれ。」

「うん。そうだね……全員輪になるように配置について、ひとりずつ輪の中か外を交互に向くのはどうかな? そうすればどの位置でも誰かしら敵に気づけるようになると思うの。全員一気にやられないためにも、輪はなるべく広く中を開けて作るの。どうかなぁ?」

「よしそれ採用。おーいみんな!」

「えっ?」

 那珂がとっさに考えて提案した陣形と警戒態勢を、天龍はすぐに承諾して自分の艦隊の仲間に早速伝える。那珂はそれを目の当たりにしてやや焦った。緊急の戦闘状態とはいえいくらなんでも判断早すぎだろうと。しかし天龍の人柄は前の合同任務の際に垣間見ていたので、その判断を認めてくれた思い切りの良さに那珂は喜びを感じつつも苦笑せざるをえない。

 天龍の承諾した自身の案を五月雨たちに伝え、自身らも実行に移し出した。

 

 

--

 

 隣の鎮守府の4人と鎮守府Aの4人が円陣を組んで海上に立つ。那珂と天龍は手に持っていた探照灯を辺りに照らして仲間の視界を助ける。しかし残りの深海棲艦は姿を現さない。

 ふと那珂は探照灯のメリットではなく、本来持つデメリットを思い出した。そのデメリットを活用すべく、那珂は天龍に言った。

「天龍ちゃん!ライト消して!あたしのだけついてる状態にするから!」

「え?お、おう!?」

 天龍は那珂の叫びを聞いて自身が持っていた探照灯の照射を一旦消す。その瞬間、8人の中では那珂の探照灯だけが唯一の光となった。そして自身が唯一目立つであろう存在になるがために、以前行った動きをし始めた。

 それはその場にいない五十鈴だけが見たことのある行為だった。

 

 

バシャバシャ!バシャバシャ!

 

 

 その場で何度も足踏みをして海面を波立たせる。膝回りまで濡れることを気にせずひたすら足踏みをし続けた。

 その様子を6~7m隣にいた五月雨、逆の隣にいた不知火&神通、そして天龍と龍田も怪訝な顔をしてチラチラと見ている。しかしそれを問い正したりアホらしく思ったりは一切しない。それは、あの那珂のやることだからなにかしら秘策があるのだろうという信頼によるものだった。

 那珂が行うことの全てを把握できているわけではないが、那珂以外の3人、そして天龍ら4人は各々の主砲を構えてジッと見守り続ける。

 

 那珂は円陣の内側を向いていたためそれにすぐには気付かなかったが、那珂の2つ右隣に外向きに構えていた天龍が気づいて叫ぶ。

「おい那珂さん!後ろ!」

 天龍が見たのは海中に浮かぶ、小さく光る2つの光だ。しかし那珂は天龍の気付きを一言で押し留めた。

「まだ!」

 

 那珂はそこで初めてバシャバシャと跳ね続けるのをやめた。探照灯の光は自身の背面20度の海上に向けて照射し続けたままにする。そして海中からするあらゆる音を逃さぬよう耳を後ろ向きに澄ませ、やがてゴポゴポという音を聞き取った。それはゆっくりと大きくなってくる。

 那珂はタイミングを見計らっていた。確実に狙いすまして倒すには、目立つ存在が囮になるのが手っ取り早い。その囮が焦って仕損じては、とっさに考えたとはいえ大事な作戦が台無しになってしまう。敵が自身を襲うその時、それが那珂が想定しうるベストタイミングだった。

 自身の意を察してもらえないかもしれない隣の鎮守府の面々がいるため作戦を打ち明ける。

 

「みんな、まだ動かないで。あたしがDD1を引きつけるから。あたしが合図するまでは一切動かないで。波紋も立てちゃダメだよ。」

「了解。」

 天龍が返事をすると龍田ら他の3人も返事をして頷いた。

 

 那珂は上半身だけで思いっきり振り向いて後ろを見、海中にいる2つの光を測る。まだ遠く深い。目測で50m先と判断した。しかし速い。というよりも速くなってきた。2つの光はどんどん大きくなってくる。海上に顔を出すかもしれないと思い、姿勢を低くし足幅を広げて限界まで屈みこむ。

 しかしながら那珂の唯一の誤算は、DD1つまり駆逐艦級が、跳んで避けるのには難しい角度とスピードで海面から飛び出してきたことだった。

 そしてその時が訪れる。

 

 

ズザバアアァァァ!!!

 

 

 その姿は異形の個体だった。常に顔を出しているように見えた背と頭の部分は、その個体の背中の一部であり、ご丁寧にも体内で発光する組織を見せる穴が背中に空いていた。

 本体たる身体はメガマウスと見間違うかもしれない5mほどもある巨体でどす黒く、月の光でところどころ反射して微細な光を称える金属製に見えてもおかしくない鱗を腹にビッシリ生やしている。

 そして本当の顔は人のこぶし大ありそうな目をギロリと光らせ、極大に肥大化した歯が口からはみ出ている。並の海洋生物なら一飲、巨大な生物でもその肥大化した歯で噛み砕いたりすりつぶせそうな剛強さである。

 とても現代の魚の分類に含めることができないその姿をまともに目にした7人は、各々が初めて深海棲艦を目にした時に感じた生理的嫌悪感と吐き気を催す。しかしそれも初めての時と同様、清らかな感覚が全身を駆け巡ったおかげで一瞬にして平常心を取り戻せた。

 那珂は背を向けておりなおかつしゃがんでいたためその異形の巨体をまともに見ずに済んだが、その回避行動たるとっさのジャンプでかわさせてくれそうな体格差ではないことにすぐ気づきタイミングを完全に逃した。駆逐艦級の剛強そうな顎から滴り落ちる海水がシャワーのように迫るそのギリギリで瞬時に両足を海面から上げて頭から海中に没し、海中にその身を隠すことにした。

 その際、7人への指示も忘れない。

 

「やっば……砲撃開始ぃ!!」

 

 3~4秒経ってから海上の7人の主砲が火を吹いた。

ドゥ!ドドゥ!ドゥ!ドドゥ!

ドゥ!ズドドオゥ!ドドゥ!ズドッ!

 

 

ズガガガガッ!ドガァアアアアーーーン!!!

 

 

 那珂は海中にて、7人による一斉砲撃の激しい爆音を聞いた。海中に逃れた自分がやるべきことは砲撃ではないことを悟り、身体を海上に向け不用意に浮かばないよう主機も海上に向ける。そして両腰につけた魚雷発射管の1番目のスロットを1つずつ押した。目指す敵は、もはや脳波制御によるインプットが必要ないくらい目の前、つまり海面にその腹をつけてそばにいるからだ。

 

ドシュ、ドシュ……

 

2本の魚雷は那珂の目の前わずか10m先めがけてまっすぐ泳いでいき、そして駆逐艦級の腹にモロに炸裂した。

 

 

ズガッ!ズドオオオォォーーーン!!

 

 

--

 

 海面に現れた駆逐艦級は那珂がとっさに身を海中に沈めてかわした後、弧を描くように7人の描いた輪の中に収まった。那珂の焦りの一言の後に続いた指示により、神通ら7人は構えていた主砲のトリガーをすぐに引く。

 神通は不知火に支えてもらいながらの砲撃であった。右側を支えられているがため必然的に己が得意としている左腕での攻撃となる。

 神通にとっては先ほどの大失態を帳消しにするための、冷静な反撃となる良い機会となった。可能な限りトリガースイッチを連打して目の前の駆逐艦級を撃つ神通に触発されたのか、支えている不知火も右手につけた手袋の人差し指の付け根にあるトリガースイッチを力強く押して連打する。

 

 周囲に高熱のエネルギー弾の炸裂による肉が焼け焦げた匂いが立ち込めてきたその時、駆逐艦級の腹が盛り上がり、水でくぐもった爆発音とともに背びれに相当する部分から火柱が立ち上がった。

 駆逐艦級は爆散し、一瞬にして動かぬ複数の肉塊と成り果てた。その場は5m近い火柱のために辺りが光々と照らされ、互いの全身がはっきりと確認できるほどだった。

 那珂は雷撃した後、目の前の海面が急に開けて宙に立ち上る火柱を見た。改めて確認するまでもなく標的は死亡だろうと判断し、主機を海底に向けて一気に海上に浮かんでいった。

 

 

ザバァ!!

 

 

 那珂が顔を出すと、その音を聞いて反射的に構えた不知火と目が合う。その目は鋭いなぞのやわな表現ではなく、並の人間なら視線だけで倒せそうな迫力だった。暗闇にもかかわらずなぜか不知火の眼光がわかる気がした那珂はその目を見て慌てて両手を上げて声をあげた。

 

「わぁ~不知火ちゃん!?あたしだよあたし!!撃たないで~!!」

「……那珂さん? はぁ……。」

 

 密着するように支えられている神通にしか聞こえぬ安堵の息を漏らして、不知火は主砲を取り付けたロボットアームを上空へ向けて逸らした。

 

 

--

 

 隣の鎮守府の天龍たちが確認のため撃破した深海棲艦の撮影をしている間、那珂たちは状況を確認しあっていた。

「神通ちゃん、どう?大丈夫?」

「神通さん!ゴメンなさ~い!私がもう少し早く気づいていたら、こんなことにならなかったのに~……!」

 那珂の心配に続いて五月雨が己の反省を込めて心配を口にする。

 泣きそう、ではなく本当に泣き出して謝る五月雨に対し、神通は頭を振ってその心配をやり過ごそうと言いかける。

「五月雨さん、気にしないでください。むしろ、五月雨さんが気づくのが遅れていたら、今ご、頃……わ、私は……うぅ……」

 しかし戦闘が終わったことで緊張の糸がそこで途切れたのか、神通は五月雨以上に声を上げて泣き出してしまった。

 

「うえぇ~~~~えぐっ…えぐっ!こ、怖かった……死ぬかと……思ったよぅ……!!」

 年下の二人がいるにもかかわらず、隣の鎮守府の面々が見ているにもかかわらず一切人の目など気にせず泣きじゃくる神通。那珂はその様子を見てサッと近寄り、神通を頭からそうっと抱きしめて声をかける。

 

「うんうんよしよし。初出撃よく頑張ったね。よく耐えたね。初めて化物と戦ったりこんな暗い夜遅く海のど真ん中に来るなんてホントは不安でいっぱいだったよね? だってあたしたち普通の女の子だもん怖いの当たり前だよ。もう終わったから、気持ちを我慢しなくていいから、思いっきり吐き出していいんだよ。ホラ。」

 那珂から暖かい言葉をかけられ、もはや感情を隠すべき障壁がなくなったのかさらに声を荒げて泣きじゃくる神通。五月雨と不知火も感極まって神通に抱きつき、年上だが後輩である少女の気持ちの爆発につられてもらい泣きし始めた。すでに那珂も抱きついているため海上に浮かぶ押しくらまんじゅう状態になっているが、誰も見た目の瑣末な事なぞ気にしない。

 ただ、隣の鎮守府の天龍たちはその様子を見て特別に感情を沸かせるわけでもなく、不思議な物を見るように遠巻きに眺めるだけだった。

 

 

--

 

「よし。こっちの確認は終わった。さぁて、帰ろうぜ。」

 ひとしきり現場の確認を終えた天龍が那珂たちの方に振り向き音頭を取る。一緒に確認作業をしていた龍田は駆逐艦2人を呼び寄せる。

 那珂たちも天龍の側に集まった。

 

「天龍ちゃん!」

「おぅ。そっちの負傷者はその神通ってやつだけか?」

 天龍の再確認に那珂は後ろにいる五月雨達3人を見渡してから伝えた。

「うん。心配かけてゴメンね。」

「だ~から。いいっての。でも初陣のやつを夜戦になんか連れて来るのはちょっと常識疑うぞ? そっちがどうか知らねぇけど、うちの鎮守府じゃそれが運用の規則にもあるし、提督はそれを絶対守ってくれてるし。」

「うん……うちはまだ教育らしい教育できてないし、今回は緊急の出撃だったからなんだかんだでみんな慌ててたよ。」

「ん~でもまぁ来てくれて助かったよ。こっちは第1艦隊のやつらがしくじったせいで警戒線突破されて迷惑かけちゃったし、ホントに謝んなきゃいけないのはこっちだもん。」

 那珂と天龍はアハハと苦笑いを浮かべ合う。

 

「そうそう。最後の駆逐艦級のやつが腹から火柱上げて爆散したのって、あんたの何か技?」

「え~~う~~~んと、べっつに技ってわけでもないんだけどなぁ。とっさの思いつきだよ。思いつき。」

 照れ笑いを浮かべて天龍からの賞賛に応対する那珂。そんな那珂に天龍は詰め寄る。

「まったまた!てか今回も夜戦であんたの技ちゃんと見られなかったじゃんか!今度演習しよーぜ、演習。」

 天龍は前回に続いて今回も那珂がした行動を見られなかったことに不満とさらなる期待を持ったのか、場を変えて見せてもらえるよう願い出てきた。那珂としては他の鎮守府の艦娘との演習はむしろ願ってもないことなので、天龍からの突発的な提案を二つ返事で飲むことにした。

「うんうん!それいいねぇ~!うちさ、昨日まであたしの姉妹艦の訓練をしてたんだぁ。こっちの五月雨ちゃんや不知火ちゃんも混ざって色々演習試合してたんだけど、人が少ないから思うようにいかないの。」

「あ~人少ないんだっけ。今何人?」

「うちはやっと10人超えたとこ。だから他の鎮守府の艦娘とやれたほうが良い経験になると思うの。あたしとしてはむしろばっちこーいって感じ。」

「よっし。久々に那珂さんに会えたし、あんたの本気を見たいし、帰ったら提督に相談しておくよ。」

「うん。お願いね。」

「ま、どのみち今回の非常事態を招いたミスで、ほうぼうにお詫びに回んないといけないだろーし、もしそっちにうちの提督が行くことになったら、あたしも連れてってもらうようにするわ。」

「うん、期待しないで待ってるね~。」

「へん。言っとけ~!」

「「アハハハ」」

 まるで昔からの友人のように腹から出てくる気を許しあった笑いを交えて約束を交わし合う二人。最後に天龍は今回の事態を交えておどけて言葉を締めるのだった。

 

 

--

 

 DD1の深海棲艦を倒したその場でしばらく深夜の海上まっただ中のおしゃべりを楽しんだ後、両艦隊はそれぞれの鎮守府へ向けて別れることとなった。

 その前に天龍そして那珂は今回の事態のもう一つの現場を気にかけた。天龍は完全に忘れていたようで、那珂と話し合って早速通信して連絡を取ることにした。

 

「あ~~。こちら第3艦隊の天龍。球磨の姉御~。生きてっか~?こっちはとりあえずカタつけたぜ。鎮守府Aの那珂さんがトドメさして終わったよ。」

 天龍が暢気度ど真ん中の声で球磨に連絡を取ると、幾つかの砲撃音と小さな悲鳴のあと、球磨の怒号とともに通信がつながった。

「何なのあんた!!?……じゃなかった。なんだクマ!?こっちは今ちょうど倒せるいいところなんだから邪魔しないでy……すんなクマ!!」

「姉御……怒りでキャラが……」

「う、うっさい。とにかく、もうちょっとしたらかけろクマ。」

「あ~はいはい。あたしたちは先に帰るからね。じゃあね。」

 

 

 那珂や神通らは天龍が会話する球磨たる艦娘のことをよくわからず、何やら天龍と仲が悪そうな娘という印象しか持てないでいた。別の鎮守府でもその場所なりの人付き合い・いろんな人がいるのだなとぼうっと眺めていた。

 那珂たちが通信を終えた天龍から伝え聞いたのは、もう一つの海域でも無事に勝利したという報告だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間:忍び寄る存在

 火力発電所と製油所の間の水路の端で五十鈴たちの帰りをぼーっと待っていた川内は、一人で待つ+深夜ということもあり、大あくびをして眠気を湧き上がらせ退屈をその身に宿し始めていた。

 水路といっても見渡す限り人一人の身としてはあまりにも広すぎるその水域にポツンと立っているその現実味のなさに川内はあくびをしながら一人でクスクス笑っていた。

 

 馬鹿正直にここで待っていてもいいのか。自分に期待されたのは、もしかして言いつけに背いてでもアクティブに戦場に立つその心意気や度胸だったりするのか!?もしかしてこんなにボーッとしていたらダメか!?

 などとある意味気楽な悩みを抱え込んでいた。しかし艤装も壊れているし緊張の糸が途切れてしまい眠気を爆発させていたので、面倒臭くて動きたくない。

 そのうちあまりにも退屈なので、最近見た漫画やプレイしたゲームを思い出し、艦娘としての自分の決めポーズや必殺技でも考えようと妄想+アクションをし始める。

 五十鈴たちや球磨たちが帰ってくるまで実際の時間にして10分少々。川内は退屈すぎて死にそうだった。

 

「あ゛~~~暇だ。退屈だ。制服と魚雷発射管がボロボロじゃなけりゃあっち行ったのになぁ~~。……そういや神通は大丈夫かなぁ?あの娘体力ないからなぁ~。親友としては心配だ。ま、それはそれとして、ポーズの続きっと。」

 独り言も捗る川内。ポーズを取るために若干動きまわる。一人遊び呆ける川内は、背後への注意力が完全になくなっていた。

 

 川内が次のポーズを取るために立ち止まって唸っている間に静かに海面から上がる物があった。“それ”は右腕を思い切り振りかぶり、川内の頭めがけて右上から袈裟切りに振り下ろす。

 

 

ドガッ!!

 

「!!?」

 

ザブン!

ゴボゴボ……

 

 

 “それ”の右腕は川内の右後頭部から側頭部にかけての部位をモロに鷲掴み、その力強い振り下ろしの勢いを保ったまま川内を海中へと沈める。

 川内は夢うつつだらけきった意識から現実の衝撃へと戻された。急激な姿勢の変化のため首に激痛が走る。頭を押さえつける何かを振り払おうともがくが、光がまったく当たらぬ時間帯の海中、視界不良もいいところだ。そして突然の事のため足の艤装、主機の推進力もまともな状態に復帰させられず思うように振りほどけない。川内は海中にひたすら押し込まれる。

 バタバタさせていた足が偶然にも“それ”の腹と思われる部分、柔らかい部分に当たった感覚を覚えた。足の主機から出る衝撃波がその部位をさらに強く何度も押しこんだことで一瞬ひるませることに成功する。自身の頭を掴むその部位の力が緩んだことに気づくと、川内はとっさに身をよじって重圧から逃れ、“それ”と向かい合せになった。

 

((な、なによ……こいつ!?どんな……えっ!?))

 

 川内は初めて気づいた。“それ”が自身を押さえつけていたのは、魚が持つ部位などではない。真っ暗な海中で川内に見えたのは、自身の直ぐ目の前ででかでかと黒緑色に光って見える“人の右腕”の形をした何かだった。しかしその右腕らしき物が生えている身体は一つの凸凹とした楕円の球体状のように見えその全貌が掴めない。

 とっさに細かく分析できるほど余裕のない川内はその右腕を見た瞬間、今までののんべんだらりとした過ごし方の人生であり得ない・絶対に味わうことのできない心の底から震える恐怖に本能的に支配された。

 先刻の深海棲艦を初めて見た直後に感じた頭の上からつま先まで清流が駆け巡るような爽快感が一切起きない。川内の内に残ったのは恐怖心と本能的な防衛意識だ。すぐさまぶっ飛ばしてとにかく逃げたい気持ちが爆発するかのように湧き上がって川内の右腕を動かす原動力となった。

 

((怖い!怖い!怖い!やめてよ!!))

 

 川内は右腕に取り付けていた単装砲2基と機銃のスイッチを押して砲撃・銃撃しようとした。が、目の前で起きたことは完全に予想外の出来事だった。

 

((え……弾が出ない?))

 

 艦娘の使う装砲や機銃の弾は実弾ではなく、特殊な化学薬品を気化させ、光と高熱と合わせて圧縮して発射するエネルギー弾方式である。空気中から水の中に撃ちこむ場合、威力はかなり落ちるが多少の深度ならば海中の相手にもある程度の傷を負わせられる。

 しかしながら現在川内がいるのは海中である。海中から海中に向かって撃っても威力が落ちる落ちないのレベルではなく、そもそもエネルギー弾の形を保てない。効果があるといえば多少目の前の海水を一瞬高温で温める程度である。つまり、目の前の“それ”には全く効果がない。

 砲身の先が一瞬光るが弾が全く出ないことに川内は慌てふためき、恐怖を取り戻してしまう。引っ込めて右手が次に向かったのは腰だ。そこで川内は魚雷を打ち込んでやろうととっさに考えるが、すぐに魚雷発射管が使えないことを思い出す。

 

((ダメだ! 魚雷も撃てない。一体どうしたら……))

 

 川内が砲撃も雷撃もできないで海中でまごついている間に“それ”は川内の目の前から横をスゥっと泳いで背後に回りこむ。その際爪のような鋭い何かが制服の左腕の袖や背中をかすって切れる感覚を覚えた。肩が切れて血がにじみ出て海水に混じる。

 そして“それ”の身体、口と思われる部位から大量の泡が川内の左肩甲骨辺りにゴボゴボと当たる。次の瞬間、川内の左肩は燃えるような痛みに襲われた。

 

((いっったぁぁーーー!!))

 

 

 足が海底の方を向いていたため、川内は急いでコアユニットを介して主機に念じ最大の浮力と推進力を発揮させて海上へと急速浮上した。

 

 

ザッパアァーーーン!!

 

 

「がはっ!ゴホッ!!くっそ!!ただでやられるかっての!!」

 

 海面に浮き上がって顔を出した川内は急いで海面に立つ。と同時に右腰と左腰の魚雷発射管から魚雷を1本ずつ抜き出して手に持ち、ジャンプしてその場から数m離れ、“それ”が海面に顔を出すのを待つ。やがて姿を見せた“それ”は右腕を先に出した後、楕円の球体と思われた物体からもう一本の腕、そして最後に頭をその巨大な口と思われる穴から出した。まるで、巨大な魚と人間が融合しているか、魚の被り物をして冗談のような、そんな簡単な表現では表しきれぬこの世のものとも思えないおどろおどろしい存在だった。

 

「な、なんなのよ……なんなのあんたはあぁぁぁ!!!」

 

【挿絵表示】

 

 

 恐怖心から極度の興奮状態に陥っていた川内は姿勢を低くして叫びながら海面スレスレをダッシュして“それ”に急接近する。移動中に海面に浸した魚雷2本から青緑色の光をまとった噴射が始まる。川内は手のひらを広げて魚雷から手を離し、そのエネルギーの勢いに任せてソフトボールの投球のように“それ”へと投げ放つ。

 話に聞いた那珂の真似ができてるだとかそんなことを気にしている余裕はまったくなく、自身でも驚くべき流れるような行為だった。魚雷2本は海面に“立った”その存在へまるで対艦ミサイルのように飛んでいき、右腕の付け根と肩に相当する部分、そして左下腹部と思われる部位に命中した。

 

 

ズガッ!

ズドガアアアア!!

 

 魚雷のあまりの威力と爆風に川内は吹き飛ばされる。

「うわっとと!!?」

 宙を吹き飛ばされ、15mほど海面を波しぶきを撒き散らして滑るように着水してようやく体勢を整えられた。そして川内は爆風が起きた場所にすぐさま移動する。

 しかしそこには何も・誰もいない、ただ煙だけが舞う海面だけがあった。そしてその辺りに響いたのは煙舞って吹きすさぶ風音と、それが収まった後には川内の荒げた呼吸の音だった。

 

「はぁ……はぁ……なんだったのよ今のは。くそ! 初陣だってのにあたしついてなさすぎでしょ……たく!」

 謎の存在を確認すべく海中に目を向けて360度全方向見渡すも、見えるはずのその反応は確認できなかった。そのため川内にはまだ湧き上がる恐怖と怒り、そして理不尽さへの鬱屈とした気分が残るだけとなった。

 

 

--

 

 時間の感覚も忘れて川内がぼうっと立ち尽くしていると、探照灯の照射が自身に向かってされた。

「川内?そこにいるわね。」と五十鈴。

「はあぁ~~あ!な~んかすっきりできない戦いっぽかった。う~~が~~~!」

「ちょっとぉ!噛みつかないでよ、ゆう!」

 五十鈴の後ろにいる夕立と村雨はちょっかいを出しあっての帰還だ。

 続いて隣の鎮守府の球磨たち3人もやってくる。

 

 川内は見知った人物の姿と声を見聞きして、先刻まで張っていた警戒心を解きようやく安堵の息をつくことができた。それは海面にしゃがみ込むという仕草を伴って表された。

「はぁ~~~~~……」

「え?ちょっとどうしたのよ?それにあんたさっきなんかした?そっちから爆発音がしたわよ?」

 静かな海上のため、さすがに少し離れた場所で起きた異変に気づくのは容易かったのか五十鈴が尋ねる。すると川内は泣く・怒るを同時に表しながら五十鈴に詰め寄って泣きついた。

 

「うっく……ぐずっ……。聞いてくださいよぉおおお!!あんな深海棲艦がいるなんて、あたし全然聞いてないですよぉおお!」

「なになに?また新手?」

「だと思います!人型の深海棲艦なんてビビりましたよぉ。はっきり見えたわけじゃないですけどぉ、あの姿は人っぽかった! ねぇ五十鈴さん、深海棲艦って魚の異常変形だけじゃないんですかぁ!?」

「ちょ、ちょっと待ってよ。人型ってどういうこと?」

 まくし立てる川内に五十鈴が戸惑いつつも問いかけようとすると、それに球磨が乗ってきた。

「どういうことクマ?人型って、あんた何を見たの?詳しく教えなさ……教えろクマ。」

 

 二人から問いただされて川内は事の次第をすべて伝えることにした。

 泣いてえづき、どもりながらも必死に説明する川内。五十鈴は川内の背中を撫でながら聞き、球磨はしゃがんでいる川内を腕を組んで見下ろして聞いている。

 やがて聞き終えた二人、回りにいた村雨・夕立そして神奈川第一鎮守府の駆逐艦2人は、その体験談に驚愕した。

 

 川内ら鎮守府Aのメンツから見ればかなりの熟練者に見えた球磨も、口に手を当てて神妙な面持ちで余裕なさげな様子で、川内から聞いた内容を頭の中で咀嚼・整理していた。

 しばらくして球磨は正直な推察の結果を口にする。

「ぶっちゃけ、あたしも人型の深海棲艦は他の現場の噂程度にしか聞いたことないクマ。日本の領海の激戦区の海域や海外の話ばかりよ……だクマ。日本の、しかも東京湾っていう首都がめちゃ近い海に出るなんてにわかに信じられない……クマ。あたしの判断じゃなんとも言えないから、この話は帰ったら提督に報告するクマ。あんたらも自分のとこの提督にきちんと報告しなさいクマ。」

「「はい。」」

「まったく、さんざんな目にあったクマ。第1艦隊のやつらがミスして警戒線を突破されるし、海自や米軍にも連絡いって英語でまくし立てられるし。この後の提督の胃が痛むのが容易に想像つくクマ。」

 球磨の物言いに五十鈴たちは苦笑いして相槌を打つ。

「ひとまず任務完了だクマ。鎮守府Aの皆さん、ご協力まことにありがとうございましたクマ。」

「いえ。私達が皆さんの力になれたのなら光栄です。」

 代表して五十鈴が挨拶仕返した。

「そうそう。さっきもう一つの敵のBグループを追いかけてたうちの第3艦隊も任務完了したらしいクマ。そっちの艦隊の那珂って娘たちも任務終えて帰ったらしいから、あんたたちももう帰っていいクマよ。」

「了解致しました。それではお先に失礼します。」

 五十鈴がお辞儀をして挨拶をすると、遅れて川内ら3人も挨拶する。そして五十鈴は川内たちの方を振り向くと、3人が待ち望んでいた言葉をかけた。

「さてみんな、鎮守府に帰るわよ。」

「「「はい!」」」

 今度こそ本当に戦いの終了として、全員安堵できることとなった。

 

 

--

 

 火力発電所側の岸に一旦移動してコンクリート製の波止場に各々座ったり寝そべって一休みしている間、五十鈴が本館にいる提督ら、そして遠く西の海域で戦って帰投中の那珂に連絡を取る。

「こちら五十鈴。那珂、そっちも終わったらしいわね。」

「五十鈴ちゃ~ん!そっちも?」

「えぇ。だからこれから帰るわ。1時間くらいかけてね。」

「あたしたちも天龍ちゃんたちと今別れて移動し始めたとこだよ。同じくらいかかるかなぁ。」

「それじゃあ工廠でまた会いましょう。」

「うん!それじゃまったね~!」

 声をかけ終わった五十鈴は改めて川内たちに号令をかけ、重くなりかけた腰を各々上げて出発した。

 

 那珂たち、五十鈴たちは行きとは違う雰囲気に感じられる深夜の海を、心からおしゃべりを楽しみながら帰路につくのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

報告

 鎮守府に先に到着したのは川内たちだった。といっても時間はすでに4時を回っており、日の出まであと40~50分といった時間になっていた。

 川内たちが出撃用水路を上って工廠内に入ると、水路に設置されたセンサーの表示を見たのか、明石が駆け足でその区画へと入ってきて出迎えをした。

 

「ただいま戻りました。」

「たっだいま~明石さん。」

「ただいまですぅ~」

「ただいまただいまー!」

 

「おかえりなさい、4人とも!無事でしたね?」

 そう明石が言って近寄ると、その言葉がすぐに嘘になったことを自覚した。

「って!川内ちゃんその格好!やられてるじゃないの!大丈夫!?」

「アハハ……どうにかね。初陣のあたしが一番被害すごいってなんか納得いくようないかないような、なんか複雑っす~。」

「ホラホラふざけてないでこっちへ来てください!五十鈴ちゃんたちは無事?」

 明石はブンブンと手招きをしてまず川内、そして五十鈴を陸への移動を促す。

「はい。私たちは3人ともなんともありません。」

 明石は心底ホッとしたような様子で胸をなでおろした。

「それじゃあ五十鈴ちゃんたちは提督を呼びに行ってください。報告を聞きますので。」

「はい。そういえば那珂たちはいつごろ戻ってくるか分かりますか?」

「数分前に連絡がありましたよ。あと10分くらいって言ってましたから、そろそろ戻ってくるはずです。」

 明石の言葉を聞いて五十鈴は頷いて本館へと戻っていった。村雨と夕立は那珂の艦隊にいる五月雨と不知火を出迎えるために、そのまま工廠にいることにした。

 

 

--

 

 川内たちから遅れること10分。那珂たちが到着したときには、空の暗闇の端に白色の絵の具を一滴垂らして水平線に沿って混ぜたような仄かな明けが、那珂たちの背中を押すように迫りつつあった。

 あらかじめそろそろ到着しそうということを那珂は提督らに連絡していたため、湾に入って工廠内に入ると提督と明石・妙高はもちろんのこと、先に到着した川内たちも出撃用水路の側で出迎えしてくれた。

 

「おおぅ!?なんか勢揃いしてるし。ただいま、みんな!」

「おかえり那珂、五月雨、不知火、神通。」と提督。

「おかえりなさ~い!那珂さん!神通……って!!何!?どーしたの神通!?」

 誰もがその異変にひと目で気づいていたが、それを真っ先に言及したのは同期である川内だった。それを受けて五十鈴や明石、提督も次々に口に出して目に見えて心配をし始める。ほぼ全員から心配の眼差しと言葉を投げかけられ、一身に注目を浴びてしまった神通は照れくさくなり、支えられていた不知火と五月雨の肩を引っ張り寄せてその後ろに顔を隠してしまう。

 

「実はね、神通ちゃん、深海棲艦の体当たり受けて足の艤装を壊しちゃったの。」

「えっ……神通もですか?」

「もって?まさかそっちも何かあったの?」

 那珂の聞き返しを受けて川内はしゃべろうとしたが、その前に提督が遮った。

「とりあえず4人とも上がりなさい。地面に足つけて落ち着いて話したいだろう。」

 

 那珂たち4人は出撃用水路から上がり、艤装を脱いで話を再開することにした。

 

 

--

 

 那珂は正直なところ非常に眠かったが、今回の緊急の出撃の内容を全て報告しないことには終わらない。報告して提督から承認を得るまでが出撃任務だと認識している。それは五十鈴も同じだ。

 那珂と五十鈴が提督に説明をしている間、五月雨ら駆逐艦は互いに慰め合い言葉を交わし合っている。冷たいお茶を持ってやってきた妙高が渡して場に混ざり、まるで親子のような雰囲気を醸し出す。さながら学校での出来事を急きながら話す娘たちと、話半分で頷いて聞き流している母親という日常の構図のように。

 一方で川内と神通はお互い地面にへたり込みながら見つめ合い、そして自身らに起きた状況を二人で語り合っていた。

「……というわけだったのよ、あたしのほうは。」

「……そう、ですか。私は足の艤装を壊されただけで済みましたけど、川内さんのほうが初めてにしては……忙しすぎでした、ね。」

 川内は肩をすくめて説明する。神通は苦笑いを浮かべてそれを聞き、自分のことにも触れる。

「ハハ。ヘットヘトだよもう。死ぬかと思ったもん。」

「私も……です。艦娘にとって、移動を制限されるとどれほどの問題なのか、あっさり死ねるかもしれないことが分かった気がします。」

 

 川内は神通が言った、地味だが艦娘の根源を突く命に関わる大事な問題を何度も頷いて噛みしめる。そしてそれまでより大きめの声で、工廠のその場にいた誰もがはっきり聞こえる声量で言った。

「うん。けどあたしたちは、こうして生きてる。」

「はい。お互い、初めての戦いでボロボロですけど……生きてるって、素晴らしいです。私、改めて自分がすごい体験をしてるって実感できました。」

 

 二人の言葉に那珂、提督、そして五十鈴たちが気づいて振り向く。自身らも初陣のときの思い出がそれぞれにあるため、当時を懐かしむ表情を浮かべ合う。

 那珂は言葉をかけたかったが、あえて二人に声をかけずにいた。提督の方に視線を送り直し、眉を下げた笑顔を投げかける。視線に気づいた提督は那珂の意図に気づいたのかお返しにとばかりにほんの少し鼻を鳴らして同じく笑顔を返す。那珂と提督の心の中の思いは一緒で、それが眼の色に表れていた。

 

 その良い雰囲気の最中、那珂は出撃前をふと思い出した。外に出て戦いを経て帰ってきた今、完全にもやもやとした気持ちが取れたわけでもない。しかし提督と同じ気持を抱けているこの瞬間は艦娘那珂として、そして光主那美恵として満たされて心地よい。もしかしたらチマチマしたことで悩んでいたかもしれない。いや、大事な気持ちなのだろうけれど、今は目の前の、若干あごひげが伸びた顔で浮かべる凛々しくもどこか頼りなさ気な、自分だけに向けられた優しい笑みが見られただけでもいいやと思い返すのだった。

 

 

--

 

 その後那珂たちは気持よく寝るために朝風呂を堪能し、それぞれの布団のある和室に我先にと駆け込んでいき、布団の中で安眠を貪り始める。

 布団に飛び込んですぐに寝静まったその姿を見て、大人勢の提督・明石・妙高は少女たちの頭を優しく撫でて(提督はさすがに遠慮して見るだけだが)就寝の挨拶をそうっとかけてから執務室へと戻っていった。

 





ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=65546723
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1djrbjkCEw25Tqg6Qybku60x_TkOXkinL1kmElBxHPzo/edit?usp=sharing

好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鎮守府の日々3
出撃以後


 緊急出撃後の鎮守府。急を要した戦いを経て、提督も那珂たち艦娘も、教育・訓練の大事さをひしひしと感じた。次なる戦いに備えるべく、教育体制強化を模索し始める。

【挿絵表示】



 緊急の出撃任務が終わり、那珂たちは早朝の5時ごろようやく布団に入り安眠を得ていた。前日布団に入って寝ようとしていた頃の眠気や感覚よりも、遥かに気持ちが良い眠りとなっていた。それは那珂だけでなく川内や五十鈴、五月雨ら7人も同じだ。誰もが一仕事終えた後の心身の疲れの癒やしを改めて実感できる一時である。

 

 そんな中、提督や明石・妙高は少女たちの出撃任務の事後作業を行っていた。時間にして10時すぎ、少女たちはまだ深い眠りについていた頃、提督は隣の鎮守府の提督、つまり深海棲艦対策局および艤装装着者管理署の神奈川第一支局長から先の非常事態についてビデオ電話越しではあるが謝罪と説明を聞いていた。

 非常にダンディな声と佇まいで何度も平謝りする隣の鎮守府の提督の言葉と姿に、西脇提督は逆に申し訳ないと萎縮していた。正直な所、日曜の朝から自分より年上のおっさんの姿なんか見たくねぇよと心の中では愚痴っていたが、これも艦娘制度内つまり国の仕事の一環なので我慢して聞く。今回は隣の鎮守府が全面的に悪いことがわかっていたので少しだけ妙な優越感に浸りながら西脇提督はその時間をやり過ごす。

 

 2080年代ともなると、ビデオ電話はただ相手の映像を見合って会話するのではなく、実用化されて久しい3D空間カメラでスキャンした相手の映像を自分側の電話の先の任意の位置に投影して、あたかも対面している可能に会話ができる仕組みが完全に一般化されていた。ただそれでも本来いない相手とのホログラム越しの会話に嫌悪感を抱く人が少なくないため、旧式の電話もまだまだ根強く一般市民の生活に残っている。

 相手の提督は四十代後半だが、技術には偏見がなく慣れも早い人物のためホログラム式のビデオ電話を同鎮守府で完全採用していた。一方の西脇提督は三十代前半とはいえまだまだ現代っ子気分、かつガジェットオタクでもあるのでこの手の製品は慣れたものである。

 

「……それでは、改めてそちらに伺って謝罪を述べさせていただきます。」

「いえいえ、ご足労いただくなんてなんか申し訳ありません。うちとしては艦娘たちの良い経験になったので結果的には良かったと思います。そうそう、うちの那珂が話していましたけど、そちらの天龍担当の娘とはかなり息が合うそうで、そちらと演習したいと申しておりました。」

「はは。それはいいですな。ま、諸々の話は直接会った時にでも致しましょう。」

「はい。その際はよろしくお願い致します。」

 

 その後2~3世間話をした西脇提督はビデオ電話の通信を切断し、文字通り誰もいなくなった執務室でため息一つついて椅子の背もたれにおもいきり身体を預けた。

 この日も朝から猛暑日。エアコンのドライでほんのりと冷やした執務室で提督は夜通し起きて艦娘たちの無事の帰還と報告をまとめていたため、うつらうつらとし始める。

 

 

--

 

 ようやく目が覚めた那珂は部屋の中を見渡すと、川内・五月雨・夕立そして明石がまだ眠っていた。寝た時には明石はいなかったことから、おそらく早朝かついさっき布団に入ってきたのだろうと想像し、皆を起こさぬようそうっと布団を抜け部屋を出た。

 

「うわっ……あっつ。」

 

 和室はエアコンが弱めに効いており肌に当たる優しい冷房の風が心地よかったが、本館の廊下は出た途端ムワッとするような蒸し暑さでめまいがする。那珂はパジャマのままパタパタと階段を降り1階へ行き、洗面室で顔を水で洗って気分を一新させた。その足で1階の窓のいくつかを開けて網戸にして空気を換気させていく。無風の気候だったため体感する暑さはまったく変わらないことが容易に想像つくが、こもった空気を入れ替えて皆を起こしたいと思っていた。

 1階のあとは2階、そして3階と開けていく。そうして那珂はある部屋の前で立ち止まる。

 執務室である。入って挨拶をしようかどうか一瞬迷ったが、らしくないと感じて思い切って扉をノックする。

 

「はい。起きてま~す。」

 やや間の抜けた声が部屋の中から聞こえてきた。声には眠気が混じっていたが、どうやら起きていることがわかったので那珂は扉を開けて執務室に入った。

「失礼します。」

 

 提督は椅子の背もたれから頭だけを起き上がらせ、入って来た那珂を見た。那珂は若干照れながら部屋の中を数歩歩いていく。

「お、おはよ。提督。」

「あぁ、おはよう。よく眠れたかな?」

「うん。一仕事終えた後惰眠をむさぼるのはひっじょ~~~に気持ちよかったよ!あと冷房ありがとね。お布団入ったらすぐ寝ちゃったからお礼言えなかったよ。」

 那珂は横髪を右手でくるくると弄りながら頷いて言う。

「いやいやどういたしまして。俺にできるのは戦いから帰ってきた君たちをどうやって癒やしてあげるかだからね。ところで他のみんなは?」

「まだ寝てるよ。さすがにみんな朝5時寝だから目開けらんないんじゃないかなぁ~?」

「ハハッ。無理ないな。」

 提督の笑いにつられて那珂も顔をほころばせた。

 

 

--

 

 会話が途切れる。那珂は手持ち無沙汰に部屋の中をゆっくりと、しかし歩幅は大きめにして歩く。提督はそんな那珂の行先をジロジロとではなく、なんとなしに横目で送る。沈黙に耐えられず先に音を上げたのは提督のほうだった。

「そういえば、那珂は普段そういうパジャマ着てるんだなぁ。」

「へっ!? あ……う、うああぁぁ~~!! ちょっとやだ~!見ないでよぉ~!」

 

【挿絵表示】

 

「え?あ~いや。ゴ、ゴメン!」

 これまで全く意識せず、というよりも忘れていたため、話題に触れられて那珂は途端に焦って身悶えし始めた。一方で提督は女子高生への話題の出し方、失敗した!?という焦りを抱く。艦娘と上司という関係とはいえ一般的にはアラサー男性と女子高生という、普通に生活していれば滅多に発生せぬ組み合わせなのだ。お互い素に戻ってしまうと途端に話せなくなってしまう。

 特に那珂は相手が酔っていたとはいえ、気持ちを知ってしまった翌日の朝。

 一方で提督は酔っていた間に口にした言葉で何が目の前の少女を怒らせてしまったのか、正直わからずじまい聞けずじまいでこの時間まで迎えてしまっていた。

 お互いあえて話題を掘り返して相手の気分を損ねてしまうのを恐れて言い出せないでいる。そんな二人の空気を助けたのは、妙高からの電話だった。

 

プルルルル!

 

 二人揃ってビクッとして慌てふためく。

「うわっととと!電話電話。」

「て、提督、はい、取っていいよ~!」

 

「は、はい。こちら深海棲艦対策局○○支局執務室です。あ、妙高さん。え、皆?いえ、那珂以外はまだ起きてないです。」

 

 提督が妙高と話している間、那珂は再び部屋の中をボーっとしてウロウロ歩きまわり始める。提督のいる席の後ろの窓際まで来て、そこから見える鎮守府Aの地元の海を見渡す。 午前10時を過ぎて日差しが照りつける、真夏の海がそこにあった。自分たちが守る海、終わりが本当にあるのかわからない戦いに身を投じた一般人たる自分たち。

 

 深海棲艦が現れ始めてから、人々は漁業など海の仕事をする職業以外、あるいは限られた海域以外では海にほとんど立ち入らなくなった。海洋調査すら危ないため、深海棲艦出現以後の海洋生物の調査も滞っていた。

 海水浴場など民間に目を向けると 安全を定期的に確認された一部以外は大半が閉鎖された。30年も経つと海水浴という行為は那珂はもちろんのこと提督や妙高の年代ですら、幼少~少年期に海水浴をしたかどうか怪しいものに成りかけていた。

 実際海に入ることは問題ないのだが、各国や国連の関連機関が全面的に禁止・制限をしている以上、勝手に入って勝手に深海棲艦に襲われて被害を受けてしまうと保険や諸々の補償は一切効かない。保険会社も、深海棲艦出没初期に大量に発生した処理しきれぬ被害案件による、キャパシティを超えた保険の適用や駆け込み加入の事態を受けて、正当な理由があってやむを得ず海に立ち入り、結果として深海棲艦の襲撃にあって事故に巻き込まれる以外は保険を適用しない取り決めを国や国際機関と取り決めて現在に至っている。もちろん漁業関係者、艦娘・艤装装着者として従事する者にはまっとうな保険がついてその身が保障される。

 

 那珂は以前ある任務で怪我をした際に、鎮守府Aのある町に設立されている海浜病院に連れて行かれた。その際の治療費の支払いをせずに帰ってきたことがある。那珂がしたことといえば、国から発行された艤装装着者の証明証と高校の学生証を提示したくらいである。全部保険から落ちたのだ。以前の合同任務で一番怪我をした時雨はもちろん、他の艦娘も同様である。

 

 今回の一番の負傷者である川内はおそらく検査のため海浜病院へと連れて行かれるだろう。

 もし五十鈴ではなく自分が一緒だったら、肩代わりをしてあげられたただろうか?

 別に五十鈴の落ち度を指摘したいわけではない。帰ってきてともに報告をしたあの時、五十鈴は非常に悔しそうな表情を浮かべていた。それを目の当たりにしてしまうととても五十鈴のせいにできない。状況次第では自分が同じ艦隊にいても、同じことになったかもしれない。逆に神通の場合も、五十鈴が代わりにいても同じことになったかもしれない。

 そう考えると、あの夜に天龍から言われた言葉がグサリと那珂の心に突き刺さってくる。

 自分ができる・動けるから、初陣の二人のことを本当に考えていなかったかもしれない。あの夜、二人の意志をもっと確認して鎮守府に残していたらもっと違う良い結果が待っていたかもしれない。

 悔しい。

 だが今回のことは訓練に大きく反映させることができそうだと、教育の面が那珂の頭の中にあった。同じ失敗を二度とせぬよう、これから入ってくる新たな艦娘のためにも訓練体制を充実させなければならない。

 だがそのためには、学生である自分たち、生徒会に属して生徒たちを導く生徒会長である自分ですら役不足かもしれない。ここは教育のプロフェッショナルたる人物が艦娘あるいは鎮守府に勤務してくれるのがが心強い。

 そう考え始める那珂だった。

 

 

--

 

 結局那珂以外の少女たちが起きてきたのは11時すぎとなった。全員朝食と昼食が一緒になってしまうためどうしようかと話し合っていたところ、少女たちを労うために再びやってきた妙高と話を聞きつけた大鳥夫人が昼食としておにぎりとおかずの詰まった重箱を持ってきた。

 1階の会議室を食堂代わりにしておしゃべりをしながら朝昼一緒の食事を楽しむ一同。そんな雰囲気の折、提督が今後のことについて全員に説明し始めた。

 

「みんな、食べながらでいいから聞いて欲しい。今後の予定について簡単に触れておきたいんだ。」

 提督の言葉に那珂と五十鈴が率先して返事をして意識を向け、言葉の続きを促す。提督は二人のスムーズな仕切りに目配せをして感謝を示し、続けた。

 

「まず川内と神通の訓練だけど、昨日で完全に締めとしたい。緊急とはいえ実戦を経験してもらったので、俺としては全訓練課程修了ということで認定をするつもりだ。もちろんこれまでの手当や修了の証明は後で渡すよ。」

「えっ?デモ戦闘とかいうのはないの?」

 川内が口をモゴモゴさせながら問いかける。

「あぁ。省略する。だけど二人がデモ戦闘をやりたい、こういう訓練をしたいというのであれば、今後は五月雨たちと一緒の立場で全員揃ってやってほしいんだ。」

「それって……つまり、どういうことなのでしょう?」

 神通が恐る恐る尋ねると、提督は神通に視線を向けて頷いた後、全員を見渡して言った。

「つまり俺としては二人を一人前の艦娘として認めるので、気兼ねなく思う存分自分を鍛えていってほしいということさ。だから明日からは基本訓練とは関係なく、普段の訓練として取り組んでくれ。みんなでアイデア出し合って、効果的な訓練を編み出してほしい。」

 

 提督の言葉に不満気に口を開いたのは川内だった。

「な~んか、一人前に認められるタイミングというかシチュが微妙な感じだなぁ。あたしとしては○○っていうゲームみたいに、師匠と戦って勝利して晴れ晴れとした気持ちで一人前の称号ゲット!ってしたかったんだよなぁ~。ねぇ提督ならこの気持ちわかるでしょ?」

「うん。ああいう展開をしたいっていう気持ちはわからないでもないけどさ。言葉悪くて申し訳ないけど、俺としてはさっさと基本訓練修了と認定して、1日でも早くいつでも通常の出撃や警備任務を任せられるようにしたいんだ。ゲームやアニメ的な展開は俺も嫌いじゃないけど時と場合を考えたい。だからこれは君たちの上司としての命令だ。」

 

 命令という、普通に生活していたら聞き慣れぬ発言を聞いて川内は強張った表情を浮かべ、物言いの勢いを抑えた。それは了解の意味がこもっていた。

 そんな川内とは違い、提督の言葉に最初から賛同の意を示していた那珂は先刻より頭の中にあった考えを良い機会として口にすることにした。

「あたしは提督に賛成。ねぇ提督。今回の緊急出撃を経験してさ、もっと実戦に役立つ訓練をみんなでしたいって思ってるの。ただそれには高校生のあたしたちや中学生の五月雨ちゃんたちだけじゃ知識も経験も足りないかもしれない。普段の訓練としてはあたしや五十鈴ちゃんで音頭を取って皆で提案しあってやってみるけど、一つお願いがあるの。」

「言ってごらん。」

「教育のプロの人をさ、艦娘でも何か事務職的な役職でもいいから鎮守府に置いてくれないかな?」

「教育のプロ?」

 提督だけでなく、その場にいた全員が聞き返す。

 

「うん。いくら艦娘として働いていても、所詮あたしたちは学生という立場の存在でしかないよね。戦うための教育なんてもしかしたら自衛隊とか米軍の協力とか必要になっちゃうかも。そうなると権威的なものも多分予算も必要になっちゃうだろうし無理かもしれない。だからせめて教育のイロハをある程度わかってる人が、あたしたちの立てる訓練や作戦をレビューしてほしいなって。なんて言うんだろ、スケールに合わせた教育の仕方と人材を集めたいって思うんだ。」

「なるほど……なんとなくあなたの言いたいことわかるわ。つまり先生がいればいいのよね?」

 五十鈴が具体例の職業を挙げて確認すると那珂は頷いた。

「うん、そんなところかな。あたしたちに身近な存在っていったらうちの四ツ原先生とか五月雨ちゃんの学校の……誰って言ったっけ?」

「黒崎先生です。」と五月雨。

「そうそう。その黒崎先せ……ん? あれ……妙高さんと同じ名字?」

 発言しながら同じ名字の違和感に気づいて妙高に視線を向ける那珂。その問いかけに答えたのは同じ名字の人物だった。

「えぇ。私の従妹の黒崎理沙です。私も後から知ったのですけど、理沙が教鞭をとっているのは五月雨さんたちの中学校だそうです。それから私はこちらの鎮守府には旧姓で在籍してるのですけど、今の名字は藤沢妙子と言います。」

「ほえぇ~~~そういう繋がりだったんだ。あ、それはわかったとして、その黒崎先生とうちの四ツ原先生がうちに着任してくれるだけでもだいぶ違うと思うの。」

 妙高からの告白を聞いて思わぬ関係性に驚くもすぐに冷静さを取り戻して話を続ける那珂。

 そこまで黙って聞いていた提督が口を開く。

 

「なるほどね。君たちは忘れているかと思うけど、提携している学校の艦娘部の顧問の先生は、別に着任していなくても、うちに普通に入ってきていいんだよ。着任していないとはいえそれぞれの学校の大切な生徒さんをうちに預けてくれている重要な関係者だし。もちろん艦娘部の部員の生徒さんもね。」

「へぇ~そうだったんだ。それなら話は手っ取り早くていいかな。夏休みの間一度先生たちに来てもらおうよ。」

「じゃあ私、黒崎先生に連絡してみます!」

 那珂の話に快く承諾した五月雨が元気よくビシっと手を伸ばして宣言する。

「うん、五月雨ちゃんお願いね。」

「来てもらうのはいいけど、まだ着任していない訓練もしていないお二人がいきなり私たちの訓練のレビューとかできるのかしら?現場経験をしている私たちとはどうしても差があるわ。」

 五十鈴の心配はもっともだった。那珂はその心配をどう解消しようか考え言い淀む。途端に行き詰まりそうになる問題に妙高が解消の道筋を指し示した。

 

「あの、よろしいですか? それは追々でいいのではないでしょうか。理沙やそちらの四ツ原先生も仮にも教育学を学んできているでしょうし、訓練に参加できなくても、二人とも実際の授業やカリキュラムに置き換えて見るくらいの器量はあるかと思います。多分那珂さんが仰りたいのは、艦娘の訓練自体を見てもらうのではなくて教育・訓練の手順や方法を見て助けてもらいたいということですよね?」

「そうそう、そーなんです! あたしもいきなり先生方に見て色々指摘してもらえるとは思ってないです。だからこそまずは戦えるようになったあたしたちの普段の活動を生で見てもらってからでもいいかなって。」

 共感を得られたため那珂は妙高の言葉に頷いた。

 続いて賛同を示したのは神通だった。賛同の意を示すためにしゃべろうとするも、まだ食事のおかずを片手の箸で掴みもう片方で手皿を作り、頭は村雨に目をつけられたためにヘアセットアップをなすがままにされている少しシュールな状態で口を開いたため、一身に皆の注目を集める。照れを手で隠そうにも両手がふさがっているため、モロに赤らめた頬を晒しつつ開いた口をそのままで言葉を発する。

「私は……那珂さんの考えに賛成です。先生が側にいてくれると……安心できます。」

 その言葉に冗談半分本気半分で反論したのは川内だ。

「え~~!?あがっちゃんが安心できるとホントに思ってる?あのあがっちゃんだよぉ!?」

 顔を思いっきり神通に近づけて言い放つ川内。神通はあまりにも近くに寄られたのでのけぞるが、村雨に頭を押さえつけられていたためそのままの姿勢で上半身だけピクッとさせて反応を返す。

 

「私は……別になんとも。それに、私みたいな目立たない生徒の名前を……ちゃんと覚えていてくれたので、私はあの先生を信じられます。」

「え~~?うー……。神通がそう言うんだったらいいけど。でも先生が鎮守府にいるってなるとなぁ。なんか落ち着かなくなりそうで嫌な感じ。」

 納得いかない様子でそう愚痴る川内。それに夕立が続く。

「あたしもあたしも!先生いないほうが楽しいっぽい!」

「「ね~~!」」

 少し離れた場所にいながらも川内と夕立は顔を見合わせて仲良く頷き合った。

「私は黒崎先生いてくれるのに賛成。私達が一番知ってる大人が身近にいてくれる方が安心できますしぃ。」

「私もです。時雨ちゃんもいたら多分同じこと言うと思います。」

 神通のヘアセットを続けながら村雨も自分の意見を発すると、五月雨も友人の意見に賛成した。

 

 那珂は別に多数決を取りたいわけではないため、それぞれの意見に返事をして意見を取りなす。

 具体的に二人の教師あるいはそれに準ずる立場の人物をどうするか具体的な内容は一切決まっていないが、声を掛けてみることにした。

 

 

--

 

 その後提督は次の連絡事項を口にした。

「それから今回の緊急出動について、神奈川第一鎮守府の提督が明日か明後日参られて報告がある。五月雨は連絡メール等確認しておいてくれ。」

「はい。わかりました。」と五月雨。

 

「あと今週末はいよいよ艦娘の採用試験が開かれます。試験会場の準備があるのでもし都合が合う人は協力してほしい。」

「私は良たちが来るので最初から全面的に協力するつもりよ。」

「ありがとう。会場の設営や案内は五十鈴に全権委任するつもりだ。一応バイトは何人か雇うつもりだけど他のみんなも都合がよかったら頼むよ。」

 五十鈴が言葉を返すと、提督は頷いて他のメンツにもサッと視線を送って暗に願い入れた。

 

 

 最後に提督は川内に検査と治療のため病院へと行くよう伝える。

「それから川内は今週中に病院に行って検査してもらうこと。市との提携で一番近くの海浜病院に話が通ってるから。」

「えぇ~!病院行かなきゃいけないの?あたしもう別になんともないんだけどなぁ。」

「君が今回一番被害を被ってるんだからちゃんと行きなさい。妙高さん、付き添いお願いできますか?」

「はい。かしこまりました。」

 病院と聞いて妙にソワソワして渋る川内に、逃げ道を塞ぐべく提督は妙高に頼み込む。川内は後日病院へと行くことになった。

 

 提督からの連絡事項が終わると一同は再び食事とおしゃべりを再開した。その日は日曜日ということで各々艦娘の仕事とは離れたかったのか、先に村雨・夕立・不知火が、次に那珂たち3人と五十鈴が帰った。明石は工廠の戸締まりをしてそのまま帰り、妙高と五月雨は秘書艦の仕事の整理のため二人で少し作業してから親子よろしく揃って本館を後にした。

 最後に残った西脇提督は怒涛の土日の出来事にようやく心安らげる喜びを胸に秘めて本館の施錠をして帰路についたのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とある日の出会い

 

 各々自分のペースで休んだ日曜日が明け迎えた月曜日。8月も2週目に突入した相変わらずの夏日。川内と神通の基本訓練が終わり、鎮守府に出勤しなければならない義務的な役目もひとまずなくなって那珂は少し気が抜けていた。それは五十鈴も同じだ。軽巡艦娘たち4人はとりあえずとばかりに出勤してきたが、那珂と五十鈴は待機室でボーッとしているその様を川内にツッコまれた。

 

「二人共えらいボーッとしてますね?珍しいというからしくないっていうか。大丈夫?」

 那珂は机に突っ伏し、五十鈴は頬杖をつきながら同時にハァ……と溜息一つついてから口を開く。

「な~~んかさ。目下最重要だった二人の訓練が終わってさ、安心したっていうか気が抜けたっていうか。」

「……あれね。私も那珂もきっと燃え尽き症候群かもね。それに緊急の出撃もあったし。」

「二人がなんで燃え尽きるんすかー!訓練で大変だったのはあたしたちの方なのにぃ。」

 川内の文句に神通がコクコクと頷く。

 

「二人もこれから入ってくる艦娘を指導する立場になればわかるよ~きっと。」

 那珂の気の抜けきったセリフに五十鈴は特段頷きも言葉も出さずに目を閉じることで同意を示した。

「あたしは深海棲艦と適度に戦えればそれでいいんでそういうのはパスです。ね、神通?」

「え……はい。私は、当分那珂さんと五十鈴さんに教わっていたい……です。」

 

 一人前になりたての二人のそれぞれの意見を聞く那珂は再びため息を吐いてもう数分は机の上に突っ伏してだらける姿勢を保っていた。

 

 

--

 

 ふと思い出した那珂が口を開く。

「そういえばさ、川内ちゃんはいつ病院行くの?」

「え~~と。妙高さんが来次第です。あ~~、行きたくないなぁ。やだなぁ~。艦娘の診察と治療ってどんなことやるんですか?」

「別に普段と変わらないよ。ただ神経系の検査するために変なおっきなマシンに寝かされるけど、それも痛いわけじゃないしすぐ終わるよ。」

 しれっと聞き慣れない表現で言ってきた那珂に川内は大げさに驚いて聞き返す。思わず机をグンと強く両手で押して乗り出すほどだ。

「神経系って!?なんですかそれ!!」

「耳元でおっきな声出さないでよ……。スキャンするだけよ。別に大したことじゃないでしょ。」

「いやいや!なんかサラリと言ってますけど、なんなんですかそれ!?」

「艦娘の艤装で使われてるコアユニットの技術というのはね、人間のあらゆる神経に直接働きかけて様々な労働作業を支援するものなんですって。それによっていわゆるパワーアップするそうよ。私たち艦娘が言うところの“同調”がそれ。神経に触れて人間に普段の限界以上の活動をさせる技術。それが実用化されて30年くらい経つ技術らしいけど、医学界では未だに安全性に疑問視してるらしいわ。」

 と丁寧に説明する五十鈴。

「いやそれって……艦娘ってめちゃ危険な技術で成り立ってるんじゃ!?」

「実績も安全性も証明されてるみたいだし問題ないって国や艤装の開発企業は言ってるからいいんじゃない? 実際あたしたちも活動する時それ以外の時もまったく問題ないし。けど医学界のメンツを保つとかなんとかで、艦娘になった人の治療や検査のときは、神経の検査をするのが医療機関との提携の絶対条件なんだって。前に明石さんが教えてくれたよ。」

 那珂は軽い雰囲気で五十鈴の説明を補完する。

 

 先輩二人がものすごく平然と語るので川内は途端に不安をもたげる。普段に似合わぬ心配性な川内。ふと川内は以前那珂こと光主那美恵に起きた問題を思い出した。

「そういや那珂さん、以前結構ヤバイ事起きましたよね?あれは結局大丈夫だったんすか?」

「川内ちゃん!」

 那珂は急に語尾を荒げて一言で川内の言い方を咎める。それに五十鈴と神通が呆けた表情で反応した。

「あんた何かあったの?」

「?」

 那珂は珍しく慌てて頭をブンブンと振って否定した。

「ううん。なんでもないの! 艤装の調子がおかしかったことが前にあっただけ。明石さんにその後聞いたら問題ないって言ってたし。だ~か~ら!川内ちゃんたちは気にしなくてオールオッケー。アンダスタン?」

 釈然としないも、あまり深く突っ込んで先輩を困らせるつもりはなかったため川内は声の明るさを下げた返事をした。その話題では完全な部外者の五十鈴と神通はただ呆気にとられていることしかできなかった。

 

 その後1時間ほどした後、妙高が待機室に顔を出したので川内はしぶしぶといった乗り気でない様子で鎮守府近くの海浜病院へと向かっていった。

 残された那珂たち3人は訓練をしてもいいと思っていたが、学生の本分を思い出し3人揃って学校の宿題・課題を進めることにした。普段勉強に励む場所とは異なる場所ですることは良い刺激となったのか、3人は黙々となおかつ時々互いに疑問を聞き合って進める。その後川内が昼過ぎに戻ってきたことで一段落ついて昼食を取りに行く。

 なおこの日は鎮守府Aの他の艦娘は妙高と五月雨のみであった。

 

 

--

 

 午後になって鎮守府Aに、那珂たちは初めて会う別の鎮守府の提督が艦娘を連れて訪れた。那珂たちが昼食を取って本館に戻ってくると、ちょうど本館の玄関で五月雨が二人の人物に挨拶をしているところに出くわす。

 

「あ……こんにちは。」

 那珂が代表して挨拶をすると、その振り向いた二人の人物の一人の顔に那珂は表情を思い切りほころばせる。

 

「あ!!天龍ちゃん!」

「お~!那珂さんに五十鈴さん!早速来たぜ!」

 

【挿絵表示】

 

 那珂が天龍がいる場所までの距離を一気に駆けていき、五十鈴は早歩きでそれを追いかける。三人は手を取り合ったり肩をはたきあったりして再会を喜び合う。

 一方で妙なテンションの先輩2人にポカーンとしてゆっくり近寄っていく川内と神通。

 

「いや~会いたかったぜ二人とも~。」

「あたしもだよぉ~!」

「この前は私は会えなかったけど、元気だったかしら?」

「あぁ。今日はパパに頼み込んで強引に付いてきちゃったよ。」

「「パ、パパ?」」

 いきなりとんでもないキーワードを耳にした那珂たちは目をパチクリさせて天龍を見る。天龍は一瞬自分の言葉の意味を忘れていたが、すぐに迂闊な口走りと気づいたのか慌てて取り繕う。

「あ~!いやあの~……パパだ。」

 言い訳をできるほど器量がよくないのか、すぐに諦め否開き直って説明し始める。

「うちの提督はさ、あたしのパパなんだよ。」

 そう言って天龍が背後にいる男性に視線を送る。すると言及された男性が会釈して自己紹介し始めた。

 

「初めまして。神奈川第一鎮守府の提督、つまり深海棲艦対策局神奈川第一支局の支局長を勤めている、村瀬貫三(むらせかんぞう)と申します。娘と仲良くしてくれたそうで。これからもよろしく頼むよ。」

「んで、あたしは軽巡洋艦天龍こと、村瀬立江(むらせたつえ)。」

 静かな佇まいと痩せ型のその身、そして太いが透き通るような澄んだ声で挨拶をするその中年男性のダンディさに那珂たちは一瞬見惚れて返事をするのを忘れる。那珂たち4人は慌てて挨拶をし返して続きを五月雨に戻した。

 

「あ、ええと五月雨ちゃん。案内の途中邪魔してゴメンね。お二人の案内お願いね?」

「はい。それではこちらへどうぞ!」

 五月雨が案内を再開すると村瀬提督は天龍の肩を引いて本館へと入っていった。本館を歩いて行く立江は後ろを振り向いて那珂たちに言った。

「じゃあな!後で顔出すからどこにいるか教えてくれよ!」

「うん!3階の一番東の部屋の待機室にいるからね!」

 

 そう言葉をかわして那珂は天龍たちの背中を見送った後、自身らも本館へと入った。

 

 

--

 

 那珂たちが待機室に入って数分経つと、約束通り天龍がやってきた。

「お~。ここが鎮守府Aの艦娘の部屋か?なーんか何にもなくてだたっぴろいなぁ。」

 入室一番、部屋の感想を口にする天龍。那珂を始め五十鈴たちは苦笑いを浮かべるも平静を保ち、天龍を招き寄せて説明する。

「まぁ人少ないですしぃ。使い切れてないから今のうちならあたしたちが思いっきり使い放題!ってとこかなぁ。」

「アハハ。そりゃいいや。なぁなぁ。こっちの鎮守府を案内してくれよ。よその鎮守府って興味あるんだ。」

「うんうん!それじゃああたしたち4人で案内してあげる!行こ、みんな!」

「えぇ。」

「「はい。」」

 五十鈴、そして川内と神通が返事をする。そして4人は天龍を連れて本館、そして鎮守府の敷地内の各設備を案内し始めた。

 

 

--

 

 本館内は特に興味を持てる部屋や施設がないためか、天龍は那珂と五十鈴の説明に話半分といった様子を見せる。そしてしまいには

「んー、建物の中はいいや。他案内してくれよ。」

と言い放つ。悪びれた様子もなく、その言い方は彼女本来のものであることは容易に想像つくため那珂と五十鈴は苦笑しながらその言葉に承諾する。

 

 ただ突然の来訪者、先輩二人と仲良く話す人物をつまらなそうに眺めているのは川内と神通だ。

 自身が学校では男勝りとか言われているのを知っていた川内は気にしてないと言いながらも実はその表現がある種のステータスと感じていて気に入っていた。決して男っぽくしたいというわけではないが、ゲームやアニメの人物よろしく良いキャラ付けで目立てる・人に覚えてもらえるというメリットを活用する考えがあったからだ。

 だからこの天龍という少女は自分とキャラが被っていると最初は思っていた。諸々の受け答えや態度を見ていくうち、男勝りとかそんなレベルではなく、男っぽい・さらには何時の時代にも存在する荒ぶる若者、ヤンキーなんじゃ……と捉え方を変える。

 結論として川内はこの天龍という少女が最初から気に食わない。ウマが合わないと感じていた。だからこの場は那珂と五十鈴の応対に完全に任せる・頼り切るつもりなのである。

 

 一方で神通は、川内とは違う方面で直感的に関わらないことにした。彼女の頭の中には“見るからに怖い人、近寄らぬが仏、触らぬ神に祟りなし”と川内に負けず劣らず早い段階で印象を固めていた。それゆえ神通も、応対は先輩二人に頼り切るつもりだ。だが愛想笑いや相槌は適当に打っておこうと決める。

 

 学年的には1つ上、那珂や五十鈴と同学年の高校二年生と耳にしていたので、普通にかかわらなくてもどうでもいいやという思考に至る二人であった。

 

 

--

 

 天龍の手を引っ張って那珂が先頭に立ち、本館裏のグラウンドや倉庫群、そして海岸沿いを案内する。那珂は説明の後必ず隣の鎮守府ではどうなのかと尋ねる。天龍はぶっきらぼうながらもそれに丁寧に答えるというやりとりが続いた。

 

「へぇ~。鎮守府からの景色はこっちのほうがいいな。この良い感じに何もない具合っつうのかね。東京湾なんてどこも汚ねぇだろーけど、それでもこっちのほうが景色は綺麗だわ。」

「天龍ちゃんのとこは?」

「うちは横浜港の一角のいろんな企業の建物と水路の隙間にあるんだよ。だから鎮守府から景色を見ても面白くなし。良いことっていったら近くにプールセンターがあったりコンビニとか駅が近いってところだな。うん。」

「そちらの敷地はどのくらい広いのかしら?」

 五十鈴も質問すると同じ雰囲気で軽快に答える。

「こっちを全部見たわけじゃねーからわかんねぇけど、多分同じくらいだと思うぞ。あ~でも水路挟んで向こう側にもうちの敷地は続いてっからうちの方が広いぜ。」

「へぇ~。そっちの鎮守府にも行ってみたいなぁ~。ねね?今度遊びに行っていい?いい?」

「あとでパパに聞いておくよ。ま、問題ないんじゃね?艦娘同士の交流ってことで。」

 

 その後那珂は工廠を案内し鎮守府Aの明石を紹介したり、自分らの艤装の保管庫を案内するなど、一通りの案内をして本館へと戻ってきた。せっかくなので演習をしたいと思っていた那珂。演習を願い出てきた那珂に天龍も十二分に乗り気だったが、五十鈴から艤装を持ってきていないことをツッコまれると焦りを隠さずに浮かべたまま笑う。

「アハハ、まぁあれだよ。本当にやるときにはあらかじめ持ってくるよ。というかこっちにも天龍の艤装が配備されたんならそれ借りられたんだろーけどさ。」

「仕方ないねぇ。別の機会にやろ?」

「あぁ!」

 揃ってケラケラと笑う那珂と天龍を五十鈴は額を抑えて頭を悩ませるのだった。

 

 

--

 

 本館に入り那珂たちが執務室へと戻ろうとすると、西脇提督と村瀬提督は2階の中央広間にいた。提督同士で本館の設備を案内してるところに出くわした。

 

「パパ!」

「天龍。……仕事中はちゃんと役職名で呼び合おうっていつも言ってるじゃないか。」

「はいよ、提督。」

 村瀬提督は天龍の言い方にまだ不満があるのか若干苦い表情を浮かべたが、すぐに表情を緩める。

「娘さんが艦娘っていうのはなんだか大変そうですね。」

 西脇提督が尋ねると村瀬提督は肩をすくめ、脱力した口調で口にした。

「いやいや。もう慣れたものだよ。元々艦娘制度のために単身赴任的に今の場所に越して来たんですがね。良い機会だから教育のために娘も連れてけと女房から押し付けられたものでね。支局の仕事はもう5年、娘が早いもので3年も艦娘やってます。娘が私の鎮守府の採用試験に応募してきた時は驚いたが……。他の艦娘との交流は完全に娘に任せてるので詳しくは知らんのですが、龍田になった従妹の娘やその同級生とは仲良くしてるのを見て安心しています。」

 そう語る村瀬提督の表情には、提督としての仕事上の顔ではなく父親として娘を気にかける慈愛の表情が浮かんでいた。西脇提督は、提督と艦娘の関係の様々な形の一つを垣間見たことに心の中で感慨深く感じる。

 それには側で聞いていた那珂や五十鈴も同じ気持を抱いていた。

 

 父娘で艦娘制度に関わることのメリット。

 

 娘を危険に晒すことに抵抗がない親はいない。那珂は自分の時を思い出した。艦娘になることを伝えたその日、慌てふためく母とは違い父は特に何も言わなかった。それは傍から見れば放任主義で責任感のない父と捉えられるかもしれないが、実の娘である那珂は父のその態度の真意をわかっていた。

 これまで両親に何度か自分がやりたいと思った時に相談をしたことがあるが、何度か父は普段の優しい様を一変させて反対してきた。その当時は反対されたことに憤りを感じたこともあったが、後に母から父の考えを聞かされた。

 自分の本気が100%ではないこと・父がそれを娘である自分だけに任せるには危ないと思った事に対しては厳として反対していたのだということを。自分の身を案じての反対だったのだ。以後那珂は父の見方を180度変える。父の思いに気づいて以降は、自分がやりたいと思ったことにはその度合いを測り、きっちり分けて両親への打ち明けに臨んだ。

 その結果、艦娘になりたいと告白した時に何も言われず笑顔で返してくれたのは、きっと自分の熱意が本物で、鎮守府Aの組織や西脇栄馬という管理者が信頼に足る、許せるだけの本気と判断してくれたからなのだと那珂は確証を得ていた。

 だから那珂は安心してやってこられた。おそらく五十鈴や川内・神通そして五月雨ら他の娘も家庭内で同じやりとりを経た結果この場にいるのだろう。それが一般的。

 

 そしてこの天龍こと村瀬立江と村瀬提督。

 そもそも父親が仕事場にいるという前提条件が自分らとは異なるその状況だ。父の安心感もそうだが、娘の安心感は仕事の危険性という点に絞ってみれば心任せられる存在が側にいるだけで絶大なものになろう。

 世の中の女子高生は大抵が父親を煙たがっているのが何時の世も常である。しかし那珂自身はそうでもないしこの父娘にもそんな雰囲気は全くの無関係に見えた。会話もそうだが、仕事上とはいえ父親にくっついて相手先まで来るという行為の時点でその度合がわかる。

 なぜ優しい物腰の父に対してこのぶっきらぼうで粗雑な娘なのか知る由もないが、この父娘のその鎮守府には、ここに至るまでの彼らなりの人間関係とその物語があるのだなと、当たり前のことなのに那珂は愉快に感じるのだった。

 

 燦々と太陽の光がど頂点近くから照りつける真夏の15時すぎ、隣の鎮守府の村瀬提督と娘の天龍は西脇提督の車の運転で駅まで送られて帰っていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

久々の全員集合

 艦娘の採用試験が翌日に迫った日、およそ2週間と数日振りに五月雨ら駆逐艦、中学生組の一人、時雨が鎮守府に顔を表した。

 この日五月雨たちは時雨を地元で出迎えて一緒に鎮守府に行くために、午前中は鎮守府に姿を見せていなかった。提督には事前に連絡していたのか、那珂が

「試験は明日なのに秘書艦の五月雨ちゃんがいなくて大丈夫?」

と尋ねると、

「久々に顔を見せる友人と会うんだってさ。だから今日はプライベート優先させたんだよ。」

と言って五月雨を休ませ、代わりに妙高を秘書艦席に据えていた。

 なおこの時はその友人が時雨だということは那珂たちはもちろん簡単にしか聞いていない提督すら知らないでいた。

 

 那珂たちと不知火の4人が五十鈴の指示のもと、試験会場となる1階会議室で準備を行っていると、会議室に夕立が勢いよく飛び込んできた。

「やっほ!!川内さんこんにちは〜!那珂さんも神通さんも五十鈴さんもこんちは!」

「おー夕立ちゃん。どーした?」と川内。

「えへへ~、今日はね、久々に時雨が来たよ~!」

 そう言い放つ夕立の後ろから時雨がしずしずと入ってきてその姿を見せる。全ての姿を見せても時雨は照れくさそうにモジモジとしながら那珂たちのもとへと歩み寄る。

「お、お久しぶりです、みなさん。約2週間ぶりです。」

「おおおぉ~~!時雨ちゃんめっちゃ久しぶり!1年ぶりくらい!?」

 開口一番冗談を交えて那珂が声をかける。時雨は至って平静を装って挨拶を返す。

「アハハ。那珂さん相変わらずですね。僕がいない間に色々あったようで。なんかすみませんでした。」

「いいのいいの!これからは時雨ちゃんも一緒にがんばろーね?」

「はい!」

 

 時雨が出勤してきたことで、ついに鎮守府Aの所属艦娘は着任式以来の全員集合を果たした。

 試験会場の準備を終えた一同は待機室に駆け込んで行き、積もる話を皆で口にして情報共有しあうことにした。

 

 

--

 

 那珂は時雨にこれまでの出来事を改めて説明する。時雨は地元で五月雨らと会った時に簡単に聞いてはいたが、五月雨たちが直接関わってない出来事もあったので全てが全て知ることは出来なかったのだ。

 そのため那珂からの説明にはウンウンと相槌を打ったり口に拳を添えて静かにたわやかな笑みを浮かべ、全ての出来事に関心を示す。

 

「そうですか。川内さんも神通さんもホント、お疲れ様です。僕はみんなからちょっと出遅れてしまいましたけど、これからは一緒に訓練とか参加します。どうかよろしくお願いしますね。」

「うん、よろしくね、時雨ちゃん。」

「……よろしく、お願いします。」

 川内と神通は時雨の挨拶にそれぞれの口調で返す。川内は至って平然と時雨を受け入れ、神通は人見知りな質が発揮されかけたものの、あの五月雨や村雨の親友とのことなので心落ち着かせて時雨を受け入れる気持ちを抱くことができた。

 その後今までの8人+時雨の合計9人でワイワイとおしゃべりを堪能する。

 

 その中で神通は積極的に会話に参加することはできないのは今までどおりだが、時雨をよく観察しているとその受け答えや仕草・態度がなんとなく自分に似ている、フィーリングが合うかもというポイントを見出す。急かさない人・適度な距離感を保ちつつも構い構われで接してくれる人が好きな神通としては、五月雨らの中学校組の中でひときわ落ち着いた雰囲気を放ち、五月雨ら親友に対して的確なツッコミとフォローを与えている時雨がドンピシャリだった。下手をすれば自分より大人っぽいかもと、自分を卑下してしまうほどの評価をこの数十分で密かに彼女に与えていた。

 こんな自分でも艦娘になって鎮守府に勤務することにより、年下とはいえ仲良くできる相手を増やせそう。そう自信がついてきたことに喜びを密かに感じ始める。

 

 隣りで同じ方向を見ていた不知火が神通の服の裾をクイッと引っ張ったのに気づいた。

「え……何ですか?」

「時雨見過ぎです。」

 不知火の、神通とは反対方向の頬がわずかに膨らんでいるのが見えた。神通はその意味を察するも良い反応を返せずに苦笑いを浮かべるのみだった。

 

 

--

 

 おしゃべりが続く午後のあるタイミングで那珂は、五十鈴と示し合わせてその場にいた全員に伝えるべきことを口にし始める。

「時雨ちゃんも来てみんな揃ったことだし、改めてあたしの考え聞いてくれるかなぁ?」

 全員の視線が那珂に集まる。隣にいた五十鈴も最後にその視線を那珂に向け直した。

「時雨ちゃんは今初めて聞くと思うけど、他のみんなはおさらいね。先日の緊急出動を経験してあたしはみんなで訓練をきちんと考えてこなしていこうって考えています。」

 時雨以外の全員が頷く。

「今回一番被害を受けたのは川内ちゃんと神通ちゃんだったけど、慣れてるあたしたちだってどんな目に会うかわからないよね? 今まであたしたちはそれぞれでてんでバラバラな訓練しかやってこなかったと思うの。そこで今後人が増える前にさ、あたしたちの手でうちなりの訓練方法を考えて確立させていきたいの。」

「それをするためには学生の私達だけでは不安、ということよね?」

 五十鈴が那珂の気持ちを代弁するとそれに那珂はコクコクと頷く。

「うん、ズバリそーいうこと。あたしは学校で生徒会やってて色々経験はしてきたつもりだけど、訓練を考えてみんなに合うようなやり方を作るにはやっぱり経験不足。そこで!せっかくあたしたちはそれぞれの学校の艦娘部なんだし、顧問の先生をちゃんと呼んで色々相談に乗ってもらおうと思ってるの。ここまではダイジョーブ?」

 再び那珂以外の全員がコクコクと頷く。

「この前改めて提督に確認したんだけど、艦娘の日常の訓練内容は完全にそれぞれの鎮守府に任されているんだって。あと、二人はまだやったことないけど、毎月あたしたちは艦娘としての活動の出来不出来の練度を報告することになってます。それを提督がチェックして、大本営もとい防衛省や厚生労働省に最終報告がなされます。」

 二人、という言葉の時に那珂は川内と神通に目配せをする。それを受けて川内と神通はゴクリと唾を飲み込んで新たなその要素に緊張し出した。

「ほ、報告? それって夕立ちゃんたちもやってるの?」と川内。

「うん。毎月ね。」

 軽快に答える夕立を見て神通は川内に続いて質問する。

「そ、その報告って具体的には?」

「報告はどんな形でもいいらしいですよ。僕は最初の頃はメールに書いて提督に送ってましたけど、最近はゆうたちと演習してそれを報告にしてます。」

 その質問には時雨が丁寧に答えた説明を聞くも、その内容のフリー具合に神通は戸惑いを隠せないでいる。神通の思いを知ってか知らずか川内も口にする。

「なんでもいいのか~。なーんかそういうのが一番困るんだよねぇ。RPGや戦略シミュレーションだって○○をどれだけこなせとか敵を倒せとかそういうノルマがあってクリアなのにさぁ~。」

「フフ。川内さんまたゲームに例えてる~。提督みたいです~。」

川内の物言いがツボに来たのかクスクスと笑いをこぼす五月雨。何気なく五月雨が触れたその言い方に那珂は一瞬ドキリとしたが至って平静を保ちその言い方に乗って川内にツッコむ。

「アハハ!川内ちゃんはどうも提督と趣味というか感性が似てるみたいだから、報告は自分の好きなものに絡めてやれば、わかってもらえるんじゃないかな?」

「え、じゃあ適当な感じで仕上げても提督に見逃してもらえr

「せ~んだいちゃ~ん?適当なのはダーメ!」

 川内が調子に乗って言うとすかさず那珂はそれを咎めた。この後輩なら本気でやりかねない。そう感じた那珂は素早くツッコんだ。一同はそのやり取りに失笑する。

 とはいえ他の皆も川内が感じたことの一部は思っていた。それを村雨が口にする。

「報告って言っても自由なのがポイントよねぇ~。学校の宿題みたいに決まってないから考えるの確かに大変よ。提督もあんまり突っ込んでくれないからホントにいいのか時々不安になっちゃうもの。」

 そんな村雨の言い分に那珂が食いついた。

「そう!そこなんだよ村雨ちゃん!そこにいるかわうちちゃんみたいに自由、じゃあ適当でいいやじゃなくて。自由、うーん弱ったなぁ~困るなぁ~何か課題があるといいなぁ~って感じてくれると提案のしがいがあるんだよぉ!」

「アハハ。那珂さんあたしの名前間違ってますよ~。」

「……今のは……皮肉だと、思います。」

 那珂の言い方に表面的な捉え方しかせずケラケラと笑う川内に対し、彼女の裾をクイッと引っ張って密やかにかつ的確に神通が突っ込んだ。那珂はそんな川内の制御を神通に任せて続ける。

 

「自由っていうなら、あたしたちが訓練やその後の報告の仕方を型にはめてもいいわけだ、うん。そーすればちゃんと自分の練度を計って把握してやればあたしたちのペースで効率よく強くなれるだろーし、なにより提督にあたしたちをもっと正確に理解してもらえるようになると思うの。」

「ホントなら秘書艦の私が考えないといけなかったんでしょうけど、ゴメンなさい。」

「ううん。五月雨ちゃんのせいじゃないよ。あたしも今まで危機感がなさすぎたし。誰のせいにしたいわけじゃないの。あえていえば提督を含めてあたしたち自身のせい。」

 悄気げる五月雨をフォローする那珂。その脇では時雨が五月雨の肩に手をおいて視線を向けて言葉なくフォローする。那珂の言葉に五月雨は顔を上げて眉を下げた笑いを浮かべる。

 

 

--

 

「ともかく、この夏休みに一度先生方を鎮守府に呼ぼう。あたしたちはすでに艦娘だし、先生方だっていずれはうちの艦娘になるんだし、今のうちにガッツリ巻き込んでおいて損はないわけなのですよ。」

「那珂さん。僕もその考えに賛成です。どうやらさみやますみちゃん、ゆうも同じ気持みたいですし。」

「うんうん。時雨ちゃんも賛同してくれるって信じてたよあたし!これで全員の賛同を得られたわけだ。よっし!」

 

 那珂が人目もはばからずにガッツポーズをしてはしゃいでいると、今まで(神通以外に対しては)沈黙を保っていた不知火が手を上げて発言の許可を求めてきた。

「うん?不知火ちゃん、なぁに?」首を傾げて尋ねる姿勢を取る那珂。

「うちの……桂子先生も、職業艦娘。」

 急に意外な事実を発言してきた不知火に那珂はハッとして驚きを表す。しかし川内と神通はそうでもない。珍しいことに川内も落ち着き放った反応を示す。

「あ~そっか。そういや不知火ちゃんのとこもやっと艦娘部作れたんだっけ。」

「そういえば……その桂子先生が顧問なんですか?」

 川内に続いて神通が尋ねる。それに不知火は頷いてやや眉間にしわを寄せて数秒の沈黙の後口を再び開いた。

 

「はい。この前、受けに行ったって。それで、隼鷹というのに。」

 言葉足らずなのは相変わらずだったが、那珂も神通もなんとなく彼女が言いたいことが理解できた気がした。神通はそれをよく把握し、那珂は知らなかった不知火の事情に驚きつつの理解である。

「へぇ~。不知火ちゃんの学校も艦娘部あったんだ。あたし知らなかったよ。」

「え、この前の懇親会の時にあたしや神通は聞きましたよ?」

「(コクリ)」

 川内のサラリとした言い方に那珂はあっけにとられる。まさか自分が知らずに後輩だけが知ってる事情があったとは。個人的には仲間はずれにされたようで面白くないが、今は個人的な感情をぶつけている時ではない。那珂はその川内の言い方に乗って言葉を返す。

「そっかぁ。あたしと五十鈴ちゃんはあの時離れてたからかぁ。」

「そ、そうねぇ。」と五十鈴も若干驚いていたようで慌てて相槌を打つ。

 

「で、えーと、その桂子先生がなんだっけ? そのじゅんよーってのは何?艦娘名?」

「はい。受かったそうです。」

「うーん、そのじゅんよーがなんなのかわかんない。川内ちゃん知ってる?」

「えーと、なんだっけなぁ……駆逐艦や巡洋艦や戦艦とかメジャーなやつなら分かるんだけどなぁ。多分それらじゃない違う艦種ですね。」

「まぁそのへんはあとで提督に聞いておこう。それじゃあその桂子先生にも来てもらったほうがいいかな。不知火ちゃん、その先生にも連絡してもらえる?」

「(コクリ)」

 

 頭を小さく縦に振った不知火を見た那珂は改めて全員に提案した。

 まずは各々の学校の顧問の先生に鎮守府に来てもらう。1日ないし数日に分けて自分たちの活動と訓練を見てもらい、艦娘の生の現場を知ってもらう。その上で今後の訓練や活動の仕方について自分たちの考えを説明し、教育のプロの立場からアドバイス・フォローアップをもらう。

 そして全員の得手不得手を把握してもらい、最終的には顧問の先生が鎮守府Aに着任したときに、自分たちを裏でまとめてくれる、あるいは出撃時のリーダーとして牽引してもらえるようにする。

 川内や神通、五月雨らは那珂の表向きの考えを最後まで聞いてそれぞれ感想を言い合い、己等に足りなかった要素を思い返し合う。誰もがこの先の訓練や活動で、自分たちを見てくれる大人が提督と明石、妙高だけなのが不安だったのだ。自分たちが普段の学校生活でもよく知っている人物が側にいてほしいと心の中で願っていた。

 だがあくまで見てもらえる、までの考えである。最終段階まで考えているのは那珂だけだ。そして那珂も全てを全員に明かそうとは考えていない。下地がある程度出来上がってからでも、顧問たちのいずれかが実際に着任できてからでも遅くはない。

 真意を明かすべきタイミングを頭の片隅で図る那珂だった。

 

 

--

 

 この日は川内たちは先に帰路についた。残ったのは那珂と秘書艦の五月雨の2人だけだ。皆が帰った後、那珂は五月雨とともに執務室に赴き提督に報告していた。

 

「なるほどね。那珂はそこまで考えていたんだ。正直オレはみんなの任務を国や企業等からもらうのに精一杯で君たち自身のことを見きれていなかったかもしれないな。申し訳ない、俺の力不足だ。」

「ううん。いいっていいって。提督だって普段のお仕事忙しいだろーし、気が回らないだろーなってあたし……たち心配だったの。だからこそ、提督が手が回り切らない部分はあたしたち自身で考えてやっていこうかなって。ね、五月雨ちゃん。」

「はい!私も秘書艦として、提督をもっと助けたいです!」

「……ありがとう二人とも。俺も仕事でこういう分業・チームで仕事することの大事さをわかってるつもりだったのにな。国の仕事では俺が頑張らないと、と思ってやってきたけど逆に視野が狭くなっていたよ。やはり那珂……いや、光主さんがうちに入ってくれて、色んな意味で助かったよ。」

「エヘヘ。なんか照れるなぁ~。」

「私もそう思います。那珂さんがいてくれなかったら今頃あたしパンクしてましたよぅ……。」

 横髪をクルクル弄りながら半分本気の照れを見せる那珂。五月雨が愚痴っぽく自身を卑下して言うと那珂はもう片方の手を彼女の頭にそうっと伸ばして軽く撫でて慰める。

 

 提督はそんな二人の雰囲気に胸の鼓動を早めて顔で感じる温度に熱いものを得るも、真面目に言葉を返す。

「俺だけだったらやりきれない。艦娘である君たちには戦い以外にも普段の運用をできれば助けてもらいたい。それは俺のためじゃなくて、ここでみんなが安心して助けあって世界を救う活動をしやすくする、みんなのためだ。俺も考えていることはあるにはあるが、順序立てて追々話すよ。とりあえず直近では明日の採用試験。それは俺や五月雨と五十鈴でやっておくから、那珂たちは顧問の先生方にアポイントを取っておいてくれ。うちにはいつ来てくれても構わない。」

「うんわかった。でも、提督の普段のお仕事は?本業も忙しいんでしょ?」

「来週からお盆休みだから上手いこと休めるし、その間はこっちに注力するつもりだよ。だから俺の都合は気にしないでいい。」

 

 提督の都合を確認した那珂は五月雨に視線を戻して言葉を掛けあう。

「それじゃあ五月雨ちゃん、明日の試験準備も大変だろーけど、そっちの顧問の先生への話もお願いね?」

「はい。お任せください!」

 返事を聞いた那珂は満足気にコクンと頷いた。

 

 

--

 

 那珂と五月雨がそろそろ帰り支度をしようと動き始めた時、提督が思い出したように那珂に向かって言い出した。

 

「那珂。そういえば川内のことなんだけどさ。」

 件の少女の名に触れられて両肩をビクッと跳ねさせて立ち止まる那珂。側にいる五月雨は那珂の表情が一瞬にして強張ったのに気づくがキョトンとした表情に留まる。

「な、なぁに、川内ちゃんが……どうかした?」

 出だしの声が一瞬上ずるもなんとか普段の軽さを演出して那珂は聞き返した。

「あぁ。五十鈴が報告した川内のこと。夕立もそうだけどさ、あの二人のこと君は本当に知らなかったのかい?」

「へ? ……あぁ~!そのこと?あのこと!アハハハ~。」

 声の調子を180度転換させて素っ頓狂なまでの明るさを取り戻してしどろもどろに返事をする那珂。そんな彼女の様子に提督も五月雨も頭に?を浮かべるのみだ。

「あの川内ちゃん……と夕立ちゃんの視力のことだよね?」

「あぁ、それそれ。」

「あ~!私もそれびっくりしました。ゆうちゃんまでまさかすっごく視力良くなるなんて……友人の私たちも気づかなかったですよぉ~!」

 提督の相槌に続いて五月雨が素直な感想を口にする。

 

「五十鈴は、君が川内の視力のことも知っててそれで旗艦に据えようとしたのかって勘ぐってたぞ。俺も気になってたんだ。もしそうだったら那珂はどんだけ先見の明があるんだよってつっこみたかったわ。」

 提督のわざとらしくも珍しいツッコミ風の愚痴に那珂は両手を目の前で振って否定する。

「いやいやさすがにあたしだって知らなかったよ。川内ちゃんを旗艦にしようとしたのは、教育のためでもあるし……提督のためでも……」

「え?」

「あ! ううん!なんでもない。とにかく、いや~でも川内ちゃんすごいよねぇ。夜でも深海棲艦がちゃんと見えるなんてさ。同じ川内型のあたしや神通ちゃんはそんな視力なかったのにさ。どーしてなのさ提督?」

 慌てふためきながら両手を組んで頭を悩ませる仕草をする那珂。そして逆に聞き返した。

「いや……俺もハッキリとは言えないがね。同じ型っていっても、艤装には元になった軍艦やそれに関わった人々のありとあらゆる情報がインプットされている。それによって装着者に及ぶ影響も変わるんだ。だから軍艦に倣った同艦型と言っても、実際には元になった情報が全く異なるそれぞれが独立した機械なんだよ。だから川内や夕立は、元になった軽巡川内と駆逐艦夕立が夜間の戦闘でなんらかの戦歴があったことが、艦娘としては視力のアップとして影響が出たんだと思うぞ。」

「そっか。川内ちゃんはともかく、夕立ちゃんのその能力に気づかなかったのは……?」

「わかった!ゆうちゃんは夜の出撃をしたことがないから気づかなかっただけですよ!」

 那珂が顎に手を当てて考えこむ仕草をし始めると、提督の代わりに五月雨が両手を目の前でパンと叩いて明るい声で自身の想定を言った。

「そ、そんな簡単なことぉ?」

「だって、今まで夜戦したことあったのって、私たちの間ではますみちゃんと私だけでしたし、きっとそうですよ! でもいいなぁ~ゆうちゃん。私もそういうパワーアップして皆の役に立ちたかったですよぅ……。」

 友人の新たな面の発見が嬉しかったのか、口を大きく開いて半月形にして笑顔で言う五月雨。その後の口をやや尖らせての友人への羨ましがり方に那珂も提督も苦笑というよりも見ていて微笑ましくて自然と笑顔が漏れた。

 那珂は五月雨に萌えてはいたが、さりげなく真意を突くそのセリフに同意を示す。提督にいたっては同意しつつ、早速ネーミングを考える。

「そーだね。あたしも川内ちゃんみたいな暗視能力があればよかったなぁ~って思うよ。でもこれでまた一つ、うちの鎮守府の艦娘の特徴が明らかになったわけだ、うん。」

「お、その言い振りだと那珂には何か考えがあるのかな?」

 提督が含んだ笑みを浮かべて尋ねる。それに対して那珂もわざとらしく含み笑いで返した。

「まぁね。それは追々ってことで。」

「ほう、上司の俺にも内緒ってことはさぞかし大それた事を考えてるのかねぇこの子は?」

「アハハ!まーてきとーに期待しておいてよ。」

 引き止められていたので那珂と五月雨は帰り支度を再開し、ともに揃ったところで提督に挨拶をして執務室を後にした。

 

 

--

 

 帰り道、那美恵と皐月に戻った二人はバスに揺られながら会話をしていた。

 

「ねぇさつきちゃん。」

「はい?」

「さつきちゃんにはさ、あたしの生徒会としての経験だけじゃなくて、これから加わるかもしれない先生方からもっといろんなことを学んでほしいんだ。それこそ普通に中学生してたら学べないようなことも。」

「うー、色々していただけるのは嬉しいんですけど、私そんなにキャパないですよぅ。」

「ううん。そんなことない。さつきちゃんは落ち着いて物事に取り組めばあたしなんかめじゃないくらい活躍できるって信じてるの。」

 那美恵に全力の期待をかけられて皐月は苦笑を浮かべた。しかし那美恵はそんな皐月の様子を気にせず続ける。

「いきなり色々やってほしいとは思わないから、まずは川内ちゃんと夕立ちゃん、二人の特殊な能力を覚えてそれを今後の出撃任務に活かしてくれればいいなってだけ。」

「……え?そ、それってどんな意味が?」

「今回の二人の発見はあたし的にはすっごくタイミングいいなって思うの。あたしたち一人ひとりがなんらかの特徴をもって、それを活かして活躍できるようにする。誰が何を得意不得意とするか把握できれば、提督を助けてあげるっていうことに繋がるし、あたしたち自身がお互いを的確に補って強くなれるんだよ。さつきちゃんには、あたしたちのことをもっと覚えてもらってあたしたちを使いこなしてほしいの。秘書艦として、つまり提督の右腕としてね。」

「はぁ。なんとなくわかってきました。けど……責任じゅーだいでへこたれそうです。」

「ゴメンゴメン。そんなに考えこまなくていいの! とりあえず明日の採用試験が無事終わったら、先生方が来る日までにみんなでもう一回おもいっきり演習試合しよ?」

「あ、演習するんでしたら、はい。私も張り切って取り組みます!」

 

 皐月の表情が曇ったのに気づく那美恵。暗い顔や難しい表情が似合わない皐月をそういう表情にさせてしまったことに那美恵は表面的な感覚でまずいと感じて軌道修正を試みる。

 焦っていた那美恵は、

((眉間にしわ寄せた表情なんて君には似合わない、君の優しい笑顔をおくれよ))

とキザ男よろしく心の中で言葉を投げかけ、表向きは優しい年上のお姉さんを演じるのだった。

 

 皐月と途中の駅で別れて残りの帰路、那美恵は自身の考えとともに、この土日の反省をした。

((はぁ。提督へといいさつきちゃんへといい、あたしはやっぱ相手の思いを捉えるの、苦手なのかなぁ……。みっちゃんのお叱りが欲しいなぁ~))

 艦娘のことではすでに関わりが薄くなっていた親友のことをふと思い出し、心にポッカリと穴が空いた感じがして物寂しさを持ったまま帰宅することとなった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たな出会い

 8月第2週の金曜日、鎮守府Aでは久しぶりとなる艦娘の採用試験が行われた。この日装着者を募集した艤装は、次のものである。

 

 軽巡洋艦長良

 軽巡洋艦名取

 重巡洋艦高雄

 

 これらと同じタイミングで配備された駆逐艦黒潮については提督に思うところあり、試験の募集枠には含まれなかった。

 試験の結果は最終項目である実際の艤装との同調試験をもって、即日合否がわかるようになっている。この日、合格者は珍しいことに四名もいたが、うち二人は辞退、残る二人がその合格通知を得ることになった。

 それは五十鈴こと五十嵐凛花のクラスメート、黒田良と副島宮子である。

 

 

--

 

 試験前日、那美恵たちは提督から出勤してきても良いが試験が終わるまで本館内1階をうろつくなと釘を差されていた。そのため那美恵たちは朝早く出勤早々に着替えて艦娘に切り替わった後、工廠へと向かい艤装を出してもらって演習用プールへと駆け込んでいった。

 試験が始まる10分前、演習用プールには那珂・川内・神通、そして村雨・時雨・夕立という顔ぶれが水上に浮かんでいた。なお、不知火は提督から別件で呼ばれていたためこの日は完全に別行動だった。

 

「さてと、提督から厄介払いされちゃったので、あたしたち暇人組は試験が終わるまではここでのんびり訓練してましょー!」

「厄介払いって……暇人って……。」と苦笑いを浮かべる時雨。

「でもまー暇してるのは当たりっぽい。あたし手伝おっかって言ったらてーとくさんってばいいから演習しておいでって。」

「なんだか……ある意味すごく綺麗な笑顔だったわねぇ、提督さん。」

 夕立はふくれっ面で不満気に言葉を漏らす。誰もがこのふくれっ面な少女に手伝わせようものなら飽きて早々に遊びだすかあるいは何をしでかすか知れたものじゃないという思いで一致していた。が、努めて誰も口にしない。

「ま、各々思うところはありますがそれは置いといて。タイミング合えば多分受験者の方々が見物しにくるだろーし、良い見本になれるように思いっきりやりましょー!」

「「「「「はい。」」」」」

 

 

「それじゃあみんな、何かやりたい訓練とか、考えてきてくれたかな?」

 那珂が尋ねると、我先にとばかりに川内と夕立が手を挙げた。遅れて残りの3人も手を挙げる。

「それじゃーねー……時雨ちゃん!」

 ビシっと指さしを時雨に向ける那珂。それを見て川内と夕立が文句を垂れ始める。

「えー!? 先に手を挙げたのあたしじゃん!なんでですかー!?」

「あたしのほうが早かったっぽいのにぃ~!」

「え、えと……いいんでしょうか?」

 二人から非難の目を向けられた気がした時雨は申し訳なさそうに確認する。那珂はそれを受けてニッコリと笑顔を時雨に向けて言った。

「特別特別。」

 那珂の言い振りを聞いてさらに唸る川内を神通が、夕立には村雨がなだめる。時雨は友人の反応を気にしないことにし、小さく咳払いをした後口を開いた。

 

「ええと、僕はみんなから遅れてしまったので、この2週間ちょっとの間のみんなの訓練内容をやりたいです。」

「ん~~って言ってもねぇ。実際のところ川内ちゃんと神通ちゃんの訓練だったんだよね。夕立ちゃんたちには雷撃訓練と自由演習に参加してもらっただけなの。」

「そ、そうなんですか。」

 声ボリュームを尻窄みにしてセリフを言い終わる時雨。積極的な性格ではない時雨はすぐに一歩下がって悄気げる。それを見て村雨が時雨の背中をポンと叩いて何かを耳打ちした。

 那珂は時雨が何か言うのを待っていると、耳打ちが終わってつばを飲み込み僅かにうなずいた時雨が再び口を開いた。

 

「それでは、攻撃を受けた時の練習をしたいです。」

「攻撃を受けた時?」那珂は思わず聞き返す。

「はい。先日の緊急出撃のお話を聞いて、川内さんや神通さんの状態は他人事ではないって思ったんです。僕も、以前の合同任務でまっさきに被害を受けて中破判定出してしまいましたし。つまり、どこかしら不自由になった状態での動き方や、そうならないための回避の仕方をもっと訓練したいです。」

 

 時雨は合同任務以前にも、いくつかの出撃や依頼任務において真っ先に被害を被る自分の申し訳無さを痛感していたがため、そう願い出たのだった。その思いは川内と神通に伝わるのは容易かった。

 時雨の願いに真っ先に反応を示したのは神通だ。

 

「あ、あの!私も、その訓練に賛成です。私は先回、片足をやられてしまって不知火さんと五月雨さんに迷惑をかけてしまいました。ああなったときにでも一人でうまく対処できるようにしたい……です。」

 語尾に行くに従って声量が小さくなっていく神通。言い終わるが早いか神通の肩に手を置いて川内が言い出す。

「神通が陥ったその状態、あたしも経験しておきたいな。だって同期だもん。同じ苦労を同じように感じたいよ。」

「せ、川内さん……。」

 お互いコクリと頷き合い見つめ合う二人。その視線は時雨にも向けられる。時雨は軽い会釈で反応を返した。

 

「よっし。それじゃあ今日は艤装がやられたときの対処の仕方、それから敵の攻撃をかわす練習をしよ。」

「「「「「はい!」」」」」

 

 音頭を取ったはいいものの、具体的にどうやるかを決めるまでには至っていない。那珂は5人に意見を求める。するとそれに神通が最初に提案をし始めた。

「あの……私の体験した片足の艤装がやられたのが記憶に新しいので、みんなで片足で動く練習とか、助け方とかやりませんか?」

「おぉ~、いいねそれ。採用採用!」

 那珂はズビシッと神通に向かって握りこぶしを差し出した。そして那珂がその訓練方法の準備と深く掘り下げのためにプールサイドに移動しようと合図する。

 その最中、村雨がポツリと

「なんだか今日は服や下着がたっくさん濡れそうですねぇ~。」

 と、どうでもいいが大事な指摘でツッコんで、皆をギクリと肩をすくめ苦笑いさせるのだった。

 

 

--

 

 その後那珂たちが負傷時の対処法をし始めると、意外と熱中できたのか1時間以上経過していた。各々の艤装の大きさや形状が異なるため同じ姿勢の対処法が通じることは少なかったが、それでも6人にとってこの1時間近くは単なる砲雷撃訓練よりも有益に感じた。

 

「まぁ、他の鎮守府や職業艦娘とかプロの世界では当たり前の対処なんだろーけど、あたしたちはあたしたちでマイペースに自分たちがやりやすい方法を確立していこ。そのうちあたしのほうで他の鎮守府のやり方を聞いておくよ。」

「うち独自のカリキュラムということですよね?」と時雨。

「うんうん。だからみんな遠慮しないで意見だしあっていこー。」

 

「えぇ、そうですね。」

「はぁい。」

「それじゃーガンガン出すっぽい!」

 時雨・村雨・夕立は思い思いの返事を口にする。川内と神通は中学生組から一歩距離を置いた場所で言葉を発さずコクリと頷く。

 

 そうしてもう1時間が経とうとしているさなか、プールサイドの先の壁の向こうから見知った声と不特定多数の声が聞こえてきた。

 

 

--

 

「……今こちらでは、わが局の艦娘たちが訓練をしている最中です。」

「おぉ~!」

「へぇ~!」

 那珂たちがチラリと声の方向を振り向くと、プールに浮かぶ自分たちを格子状の壁越しに見た外野がワイワイガヤガヤと感想を述べ合っていた。

「もしあなた方がこれから行う同調の試験に合格なさって、艦娘として勤務する意志がある方は、このように日々訓練を受けていただくことになります。もちろんその間に本当の戦いが発生して出撃することもあります。私、軽巡洋艦艦娘五十鈴はもちろん、あそこにいる艦娘たちは覚悟と信念を持っていくつかの戦いを乗り越え、今この場で訓練に励んでいます。厳しいことを言うようですが、なんとなく艦娘になってかっこいい活躍をしたいとか、ちょっと怖いなと尻込みしてしまう方には絶対にお勧めいたしません。どうか真剣にお考えください。私達既存の艦娘や管理者の西脇はもちろんのこと、あなた方とご親族様にとっても不幸な結末しか待っていないと思います。とはいえ私たちは軍隊・軍人ではありません。実際の勤務に関しては私生活に支障が出ないようフレキシブルな勤務が行えますので、必要以上に身構えていただかなくても大丈夫です。それから……」

 

 その後も続く、五十鈴からの厳しい注意事項。見学者たる受験者の全員が神妙な面持ちで目の前の艦娘の言葉を聞いている。

 川内は、

(あたしはもともとゲームっぽいことが体験できるっていうことから始まったんだけどなぁ)

と心の中で苦笑する。

 神通も

(私は単に自分を変えたい一心でここにいます。それ以上の大それた事考えてませんゴメンナサイ!)

と心の中で誰に対してかわからずに平謝りした。

 他のメンツもほぼ同じように思い返し、聞こえてくる厳しい言葉に異なる思いを抱いていた。

 ほどなくして受験者を率いて五十鈴が去っていった。同調の試験と言葉に触れていたように、向かったのは工廠であった。外野がいなくなったあと那珂たちはアハハと声に出して苦笑し、実際には工廠に聞こえることはないものの小さめの声量でもってお互いの心の中を明かしあった。

 

 

--

 

 その後那珂たちは回避訓練をし、服もびしょ濡れ・疲れもMAXに溜まって誰からともなしに音を上げて訓練の終了を口にし始める。那珂自身も疲れをかなり感じていたため、号令をかけてその日の訓練を終了することにした。

 

「それじゃー今日はここまで。今日一日でとりあえずは先回の出撃までの反省点を復習できたと思うんだけど、みんな手応えはどーかな?」

「あたしは神通の苦労がわかったのでそれだけでも満足です。あと、回避訓練ではみんなにタックルするのが楽しかったのでさらに満足度アップです。」

「私は……この訓練をこなすためにはまだまだ体力が足りないことを実感しました。自主練したいです。」

 川内と神通が感想を口にする。それに駆逐艦たちが続いた。

「やっとなんとかみんなと同じ経験に達することができたかなと思います。僕も自主練したいです。神通さん、お付き合いしてもよろしいですか?」

 真面目で律儀な時雨の言葉と要望に神通はコクコクと勢い良く頷く。フィーリングが合うかもしれない子と一緒に訓練外のトレーニングが出来る、その事実に胸が熱くなった感じがした。

 

「結構充実したって感じですねぇ。またしたいですぅ。」

「あたしもあたしも!それに川内さんと一緒に他の人にタックルしたりわざと狙うの楽しかったっぽい!!」

「ゆうは……妨害するのが目的じゃないんだからさ……。」

 夕立が若干本来の目的とそれた言い方をして感想にしたことに時雨がすかさずツッコミを入れ、ようやく普段の駆逐艦勢の雰囲気を復活させたのだった。

 

「うんうん。みんな満足できたようで何よりだよ。あとは五月雨ちゃん、不知火ちゃん、妙高さんにも同じ訓練を体験してもらって、今後の訓練のベースに取り入れていこ。」

「「「「「はい。」」」」」

 

 元気よく返事をした5人を見て那珂はニコリと笑い返し、合図をしてプールを出発して工廠へと戻った。

 

 

--

 

 工廠の乾燥機で服を乾かしている間に那珂が明石に試験の経過を尋ねると、明石は満面の笑みで告げてきた。

「ウフフ~。今回はすっごいですよ。試験の最終的な判定はこの後ですけど、同調の試験にはなんと4人も合格者が出ましたよ!」

「えぇ~~!?すっごいすごい!今までで一番多いんじゃないですか!?」と乗り出す勢いの那珂。

「へぇ~!一気に4人も増えるの?」

「……川内さん、艤装は3人分しかないんですよ。ひとまずの結果だと思います。」

 言葉通りに受け取って驚いてみせる川内に神通が静かに鋭いツッコミを入れる。

「けどまだ外では言わないでくださいね。秘匿事項ですよ。」

「はーい。」

 明石から釘を差されたので那珂たちは抑えきれぬ喜びを強引に押し込めて工廠を後にした。

 川内たちを先に入浴させ、那珂は気になる採用試験の詳細を確認しに執務室へと足を運んだ。コンコンとノックをして提督の声が聞こえてから戸を開けて足を踏み入れる。

 そこには五十鈴と五月雨が提督の執務席の前で会話をしている最中だった。

 

「おぉ、那珂。どうしたんだい?」

「うん。採用試験の結果が気になってね。明石さんからちょっと聞いてきたんだけど、受かった人四人いるんだって?」

 那珂の問いかけに答えたのは五十鈴だ。

「えぇ。その中には良と宮子もいるわ。」

「えーー!?やったじゃん五十鈴ちゃん!これで一緒に艦娘できるじゃん!!」

 五十鈴から最も聞きたかった結果を聞いて軽くジャンプしつつ思い切り喜びを表す那珂。しかし五十鈴の表情は思ったよりも明るくない。

「ただ、長良と名取に合格できてしまった受験者がもう二人いるの。これから次の試験をどうするか今話しあっているところよ。」

 そう言って五十鈴が提督に視線を戻すと、提督は五十鈴の視線を受け取ってコクンと頷く。

「あれ?重巡高雄には誰が合格したの?」

「残念ながら受験者の誰も高雄には合格できなかった。惜しい、という同調率の受験者すらいなかったよ。」

 提督は頭を横に振って答える。そしてそれまで会話で進めようとしていた内容の詰めを再開すべく五月雨が催促し始めた。

「それで、どうします?試験の運用規則だと、この後は個人面接ですけど……?」

 五月雨の催促を受けて提督も五十鈴も視線戻して打ち合わせを再開する。さすがにその輪の中に入るのはお門違いと感じた那珂がまごついていると、その様子に気づいた提督が一言で尋ねてきた。

「そういえば、那珂は何か用事あったんじゃないか?」

「あの……提督。今日の訓練は終わったので、その報告なんだけど?」

「あ~そうか。すまない。後でメールか何かでまとめておいてくれよ。ちゃんと読んでおくからさ。」

「うん。わかった。それじゃー三人とも頑張ってね、お先に~。」

 

 軽い声質で挨拶をして那珂は執務室を出ることにした。

((今回の試験はあたしに直接関係ないし、あとは3人に任せておけばいっか。))

 那珂は他の艦娘から遅れて浴室に向かい、その日の疲れを取り除いてから帰宅することにした。

 

 

--

 

 その日の採用試験では4人から2人に絞り込むための面接はすでに夕刻ということもあり行われなかった。受験者には翌日土曜日に面接を行うことを提督が決断し、それを五十鈴が合格者の4人に伝えることとなった。

 翌日、再び試験会場たる鎮守府本館に集まった4人に対し、提督と五月雨、そして五十鈴の3人が面接官となり一人ひとりに対して問答をしてその人となりとその意思と決意の真剣味を確認していった。

 その日は午前に1回面接をしたのち提督らが内容を精査し、そして午後にもう1回面接が行われた。そうして2回行われた面接で、四人のうち、五十鈴の友人ではない赤の他人二人は、勤務の待遇・勤務地たるこの鎮守府Aの立地、そして何度か見せられた艦娘の出撃の現場動画により意思が揺らいだのか、辞退を願い出てきた。提督はその二人に対してやや憂いを含んだ真面目な表情でもってこれまで試験を受けてくれたことに感謝の意を示す。しかし心の中では、先日から知っていた五十鈴の友人の二人に本当の合格を言い渡すことができる喜びでいっぱいだった。

 管理者・責任者ともあろう人物が特定の人物を贔屓してしまうことになるが、関係者の五十鈴がそれを黙認したので那珂たち他の艦娘が知る由もない。

 

 そして土曜日中に、五十鈴こと五十嵐凛花の友人、黒田良には軽巡洋艦長良の、副島宮子には軽巡洋艦名取の合格通知が通達されることとなった。今回那珂たちは完全に外野であったため、そのことが正式に伝えられたのは、受験者の二人より後、土曜日の夜のことだった。

 私室でくつろいでいた那美恵はそのことを提督から聞き、すぐ凛花にメッセンジャーで連絡を取った。もちろん賞賛の言葉を贈るためだ。

 

「凛花ちゃん!おめでとーー!これでやっとお友達が艦娘になれるねぇ~。」

「ありがとう。艦娘部は作れなかったけど、それでも同じ学校から艦娘仲間が揃えられるのはとても嬉しいわ。きっとあなたも同じ気持を味わったんでしょうね。」

「うん!とっても嬉しかったよ。それにワクワクしたもん。」

「ワクワク……か。うん。いいわね、その気持ち。川内たちの訓練になんだかんだで全部付き合ったからわかるわ。良と宮子の訓練、今から楽しみで仕方ないもの。」

「アハハ。それじゃー凛花先生には二人の訓練にしゅーちゅーしてもらいますかね。その間残りのあたしたちで出撃とか依頼任務こなしておくよ。あたしたちの時のお・か・え・し!」

「ウフフ、言ってなさいな。早く二人を一人前にして、あんたら3人をあっという間に追い抜いてやるんだから。」

「エヘヘ~。こっちだって負けないよ。」

「同じ軽巡担当として。」

「うん。これからの鎮守府を支える背骨になろーね。」

 

 完全に立場が逆転することになる那美恵と凛花のメッセンジャーでのやり取りは深夜近くまで続き、お互いを励まし合い、からかい合い、電子的な会話をさらにふける夜まで続けるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

教師参観日

 五十鈴の友人、黒田良が軽巡長良、副島宮子が軽巡名取に着任が決まった翌日以降。五十鈴は二人の着任の準備に追われることになり、日常の訓練や那珂たちの訓練構築の打ち合わせへの参加に割ける時間が思うようにとれなくなる。新たな二人の着任までには川内と神通の時と同じくらい準備と時間がかかるためだ。そんな新たな二人の着任式は一週間先に予定された。

 その間、既存の艦娘の立場になっていた那珂は、新たな二人にも安心して取り組ませられるように鎮守府A独自の訓練方法を形にさせるべく、本格的に動き始める。

 那珂が右腕として頼りたかった五十鈴が別件で忙しくなることを危惧し、不参加時の代行者として神通と時雨をその役割に抜擢した。提督からは訓練の構築のリーダーは那珂に一任されていたため、那珂は真面目で真摯に取り組むその二人を選んだ。

 

 

--

 

 週が開ける日曜日、那美恵は自身の高校の艦娘部顧問の四ツ原阿賀奈からメールの返信を受け取った。

「光主さんへ。先生も鎮守府に行っていいのね!?行っちゃうわよ!」

「はい。今すぐにでも来て欲しいところなんです。事情はこの前簡単にお話しましたけど、先生にはあたしたちの訓練の後ろ盾になって欲しいんです。ちなみに五月雨ちゃ……以前うちの高校に来てもらった中学生のあの子の学校からも艦娘部の先生が来ます。あと不知火という艦娘の子の中学校からも同じく艦娘部の顧問の先生がいらっしゃいます。どうか、うちの高校の教師代表として期待していますので、お願いしますね。」

「光主さんへ。任せなさーい!それで、先生はいつ行けばいいの?」

「よその先生方の都合もあるので、○日か○日、そして○日なんですけど、いかがですか?」

「うーん、先生、教育研修や職員会議でとかで夏休みでも忙しいのよね。でもなんとか都合つけてみるわ。他の学校の先生方の確認お願いね?ちゃんと伝えてくれなきゃ先生泣いちゃうわよ?」

「アハハ……はい、それはちゃんとやりますので。」

 那美恵はメールの文章にもかかわらずヒシヒシと伝わってくる阿賀奈の間の抜けたしっかり者の先生アピールに、苦笑を浮かべつつメールでのやり取りを進める。その日曜日中に那美恵は五月雨こと早川皐月、不知火こと智田知子からそれぞれの学校の艦娘部顧問の教師の都合を確認する。早速それを阿賀奈に伝える。

 そうして決まった翌週のとある日、鎮守府には那珂たち艦娘部の顧問の教師が3人、集結することになった。

 

 

--

 

 那美恵・流留・幸が駅で待っていると、改札を通って阿賀奈が姿を見せた。

「先生!」

 那美恵が手招きをすると阿賀奈は那美恵たちの数歩前で一瞬突っコケるという天然っぷりを見せて小走りで駆け寄ってきた。

「アハハ、光主さん、内田さん、神先さん、お久しぶり。夏休みの間ちゃーんと宿題やってましたかぁ?」

 一人を除いてすぐさま頷いて返事をする。その一人は話題そらしのため強引に声を上げる。

「先生先生!それよりもさ、あたしもさっちゃんもちゃーんと艦娘として訓練してこの前初めて戦いに出たんですよ。すっごいでしょ!?」

「あら!内田さん頑張ったのね~。神先さんも?」

 ほんわかした口調でもって流留とその隣にいる幸に尋ねる阿賀奈。幸は言葉を発さずにコクコクと頷いた。

 鎮守府までの道中、これまでの出来事を報告したりプライベートでの趣味の話題を投げかけ合う那美恵たち三人。自分たちに一番身近な大人が来たとあって三人は我先にと語りかけ、阿賀奈を嬉しい悲鳴で喜ばせるのだった。

 

 鎮守府へ着き、那美恵たちは更衣室へ行って着替えた後、阿賀奈を改めて案内し始めた。真っ先に向かうのは執務室である。

 那珂がノックをして返事を確認した後入ると、そこには妙高、五月雨と不知火の他、綺麗なストレートヘアで背筋をわずかに傾斜させた女性とウェーブがかったロングヘアに身なりも姿勢も非常に整った女性が執務席の前で話し合っていた。

 

「あ、五月雨ちゃんと不知火ちゃん。そちらはもしかして?」

「那珂さん!」「那珂さん。」

 続いて提督も那珂と阿賀奈に挨拶をする。

「おぉ那珂。それに四ツ原先生、ご無沙汰しております。」

「提督さん!ご無沙汰しています!」

 那珂たち&阿賀奈も来て対象の三人が揃ったことで、改めて執務室内で教師陣の自己紹介と生徒たちの紹介が始まった。

 

 

--

 

 打ち合わせの音頭は提督が取って進む。提督は三人の教師をソファーに促し着席してもらい、自身と妙高は向かいのソファーに座することにした。なお那珂たちは普段の調子を努めて抑え、教師たちの座るソファーの後ろで立って控える。

「えー、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。それではお互い自己紹介をしていただきたいと思います。それではさみだ……早川さん、お願いするよ。」

「はい!千葉県○○市立○○中学校、二年の早川皐月です。駆逐艦艦娘五月雨と秘書艦を担当しています。よろしくお願いします!」

 五月雨に続いてストレートヘアの女性教師が自己紹介し始めた。

「あ、あの。私、早川さんと同じ千葉県○○市立○○中学校で教師として勤めております、黒崎理沙と申します。世界史を担当しております。こ、この度は早川さんから提案をいただきまして参りました。よろしくお願い致します。……あ、私、重巡洋艦羽黒の職業艦娘の資格を得ております。」

 気弱さと頼りなさ気な雰囲気を醸し出しながら自己紹介をする。提督の隣にいた妙高が若干不安顔を見せる。対する理沙も妙高をチラチラと妙高を視界に収めつつ気まずそうな表情をうっすら浮かべる。

 提督や妙高、他の艦娘や教師らが軽く会釈をしあい、タイミングを見て次に不知火が自己紹介を始めた。

 

「千葉県○○市立○○東中学校、二年生の智田知子と申します。駆逐艦不知火をしています。……よろしくお願いします。」

 抑揚のない声で淡々と進める不知火。言い終わるが早いか不知火は隣にいた女性に目配せをして次を促す。

「わたくし、智田と同じ中学校で数学教師を勤めております、石井桂子と申します。生徒からは優しくて頼れる桂子先生って慕われおりますの。航空母艦の職業艦娘、隼鷹の資格を有しております。どうかよろしくお願い致しますわ。オホホ。」

 わざとらしい丁寧語。誰が聞いても無理してるんじゃね?と思わずにいられない口ぶりにその場にいた一同はやや目をギョッとさせてチラリと桂子を見た。が、すぐに作り笑いと会釈で驚きの表情を隠す。唯一表情をこわばらせたままなのは不知火だ。彼女は小声で桂子に何かを言うが、もともと聞き取りづらいしゃべり方をしている不知火のために他の者はその内容までは聞き取れない。ともあれ気にしないでいいだろうと誰もが思っていたので、提督が代表して次を促した。次は那珂たちと阿賀奈の番となった。

 

 那珂の後ろには川内と神通が控えていたが、二人とも那珂だけ自己紹介でいいだろうと任せるつもり満点でいたので、声の小さい神通が代表して那珂に耳打ちしてその意を伝える。那珂もそれに同意して早速自己紹介を始めた。

「あたしは千葉県○○市立○○高等学校、二年生の光主那美恵と申します。鎮守府Aでは軽巡洋艦の艦娘那珂を担当させていただいております。本日は私共の提案でお集まりいただき誠にありがとうございます。よろしくお願い致します。」

 普段の真面目モードを個人比30%増しで丁寧に振る舞う那珂。それに阿賀奈が続く。

「光主さんと同じ○○高等学校で国語の副担当を勤めております、四ツ原阿賀奈と申します! 私、この度軽巡洋艦阿賀野の職業艦娘に合格しています!よろしくお願い致します!」

 

【挿絵表示】

 

 阿賀奈まで自己紹介が終わり、三人の教師は互いに挨拶を交わす。引き続き提督が口を開き、説明をし始める。

「先生方には生徒さんから簡単に説明が行っているでしょうが、改めて私のほうから説明させていただきます。」

 提督は先日の緊急出撃を始めとして、艦娘たちの訓練や鎮守府での過ごし方に触れる。そうしてようやく今回の目的が語られた。

「それでですね、今回はそちらにいる那珂の提案で、訓練内容や手順、評価方法をうち独自に明文化・規律化し、艦娘たちの効率よい強化を図れるようにしたいと考えております。そのために、先生方には彼女らが話し合って決める訓練の指導といいますか、レビューをしていただきたいのです。まずは彼女らの普段の訓練の様子を見ていただいて感覚を得ていただければ幸いです。」

 提督の説明を噛みしめるように聞く三人の教師。真っ先に口を開いたのは阿賀奈だった。

 

「えぇ。えぇ。わかりました!光主さんたちの訓練を見ればいいんですね!わかりました!」

 軽快に答える阿賀奈に対して、理沙と桂子は阿賀奈とは全く異なる反応を見せる。

「あの……よろしいですか?」

「はい、黒崎先生。」と提督。

「私は、早川さんが艦娘になった当初に何度か見させてもらっています。あの頃とは艦娘の皆さんも増えて状況が変わっているのでしょうし一概に言えないのでしょうけれど、私達普通の教師が、生徒とはいえ艦娘になって戦う彼女たちの訓練を見ても、良いも悪いも言えないと……思うのですが。」

「あ、それあたしも……コホンコホン。それ、わたくしも同意ですの。私は数学の教師ですので、戦いについては何もアドバイスも教育的指導もできないことははっきり申し上げておきます。」ピシャリという桂子。

 二人の反応は想定の範囲内だった提督たちはお互い目配せをし、代表して那珂が説明を引き継ぐことにした。

 

「西脇提督に代わってあたしが補足させていただきますね。今回のお話はあたしが最初に提案したことなんです。先ほど提督から話があったように、緊急出撃であたしたちは色々思うことがありました。特にあたしは、後ろにいる川内と神通の二名の訓練の指導をした直後の出撃だったので、それまでの訓練に足りない内容ですとか、本当に二人の能力を正しく見て進められたのかとか、いわゆる教育のイロハが不安になったんです。そこで、身近で教育や指導のプロである先生方に協力していただけたらなって思ったんです。」

「へぇ~なるほどねぇ。生徒に頼られたんなら期待に応えないわけにはいかないですよ。ね、黒崎先生、石井先生?」

 阿賀奈が率先して声を出すも理沙と桂子の反応は芳しくない。そこに那珂が攻勢をかけた。

「先生方もお忙しいとは思うんですけど、先生方もいずれ艦娘として着任していただくことになりますし、それぞれの学校の顧問なのですから、実際の現場を見て将来的には普通の部活動みたいにあたしたちの指導をしていただきたいんです。どうか、ご協力お願い致します!」

 那珂が深々と頭を下げる。それを見た五月雨らは同じく頭を下げてそれぞれの学校の顧問に懇願しだす。

 

 少女の艦娘らが頭を下げてすぐ、妙高が口を開く。

「私からもぜひお願い致します。私は下手をすればこの子たちの母親に近い歳ですし、教育に関わる仕事などはしてません。この子たちと同じ立場でしかありません。理沙、教職者であるあなたには特に頼りたいの。そちらの石井先生と四ツ原先生にはどうかうちの理沙と一緒に協力してほしいと存じます。」

「お、お姉ちゃん……!」

 妙高の物言いは艦娘たちの心配というよりも従妹である理沙への気にかけがメインになっていた。実の姉より慕う従姉の妙高こと妙子にいい年して心配されるという行為を衆目に晒され、顔を真赤にして抗議する理沙。その様子を左後ろで見ていた五月雨は慕っている先生の珍しい一面を見てポカーンとする。

 理沙の右隣りに座っていた桂子はうつむいて考えこむ仕草をして数秒の後、顔を上げて周囲を見渡して言い出した。

「ここで何も知らないわたくしたちがこうして話していても机上の空論でしかありませんし、とりあえず生徒たちの活動の様子を見てみませんこと? 最近の若い教師によくありがちな、生徒たちの本当の様子を見ないで批判という仮初の教育はわたくしども教師のためにもならねぇ……なりませんことよ。」

 よろしくない反応から一転、三人の中で一番まともな反応を見せる桂子。後ろにいる不知火はそれまで浮かべていた不安げな表情をようやく和らげてホッと胸をなでおろした。わずかな仕草のために同じ列にいた五月雨や那珂は気づくはずもなく見過ごす。

 三教師がまちまちの反応を見せたことで内心戸惑ってどうしようか焦っていた提督は、実は一目置いている人物が仕切って声をまとめてくれたことでホッと安堵する。

 

「えぇと、黒崎先生も四ツ原先生も賛同ということでよろしいですか?」

 提督が確認すると、理沙と阿賀奈は間にいる桂子越しにお互い顔を見合わせ、賛同した。

「はい。」「はぁい!」

 三人の教師からひとまずの同意を得た提督は那珂たちに視線を向けて合図を出した。

「それじゃあ那珂たちは待機室へ行ってくれ。俺と妙高さんは先生方を後で待機室へお連れするから。」

「はい。」

 提督から指示を受けた那珂たちはそれぞれの学校の顧問の教師を執務室に残して出て行った。

 

 

--

 

 待機室に行くと、そこには全員揃っていた。

「あれ?五十鈴ちゃんも?」

「えぇ。今日はこの二人の身体測定や書類の提出のためにね。時間が空いたら訓練には参加するわ。けど那珂の相談役は神通と時雨に任せるのは変わらないから。私は相談役の相談役ってところかしらね。」

 そう言って五十鈴は側にいた友人二人、まだ着任していない将来の長良と名取の肩に手を置きつつ鼻を鳴らして上半身やや反り返らせる。

「あ、あたしたちほんとーにここにいていいの、りんちゃん?」

「そ、そうだよぉ……艦娘の皆さんのおじゃまになっちゃうよぉ?」

 スポーティーなショートカットヘアにやや褐色に日焼けしたいかにも活発そうな少女、黒田良が見た目の雰囲気に反して弱々しく言うと、それに続いて副島宮子が申し訳なさそうに詫びを口にしてペコリと頭を下げる。良と同じくショートカットヘアだがややぼさっとして整えられておらず、代わりにヘアバンドを付けてまとめてある。お辞儀をした拍子に横髪と横髪の一部がサラッと垂れた。

「あんたらももうすぐ艦娘になるんだから、気にしないでいいのよ。今のうちに生の現場を見て肌で感じておきなさいな。」

 緊張しまくりの友人二人を余裕綽々な五十鈴が戒める。

「五十鈴さん……厳しそう、ですね。」

「アハハ。五十鈴さんこれから大変でしょうし、那珂さんのサポートは神通さんと僕に任せてください。」

 友人を連れた五十鈴ら三人のやり取りを見て二者二様の反応を見せる神通と時雨。那珂たちは賑やかに笑いつつこの日の訓練内容を詰め始めた。始める際、那珂は後から顧問の教師が入ってくるが一切反応しないようにと全員に釘を差しておくことを忘れない。

 

 那珂たちが見た目何の気無しの雑談ガールズトークのように見える訓練内容の打ち合わせをしていると扉が開き、提督と妙高が三人の教師を連れて入ってきた。川内たちは那珂の注意通りなるべく意識しないように意識して自分たちの打ち合わせを続ける。その雰囲気はさながら父兄参観日の授業である。

 よくいる生徒よろしく、やはり反応して視線や手を振ってしまう艦娘がいた。夕立である。顧問の教師たちが入ってくるまで20分少々時間があったが、単なる打ち合わせで意見を交わし合うのに早々に飽きてしまっていた彼女は後半数分で意見を出さなくなり、席を立ってフラフラしたり、弄りやすそうな雰囲気を出していた五月雨の髪を後ろから掴んでワシワシして半泣きにさせたりしていた。そうしているうちに入ってきた顧問の教師、自分たちの学校の先生である黒崎理沙を見つけた夕立はその照準を変える。

「あ~!黒崎せんせー!あたしの活躍見といてねー!バリバリ活躍できるっぽい!」

「フフ……はいはい。見てますからね。」

 あっけらかんと振る舞って手を振る夕立に理沙は眉を下げた微笑を浮かべながら手を振り返した。

 

「光主さーん、内田さーん、神先さーん!先生見てますからねぇ!○○高代表として恥ずかしくない姿を見せてねー!」

 そう叫んで手を振り出したのは生徒ではなく、教師である阿賀奈だ。

((あんたのほうが恥ずかしいんだよ))

 那珂たち三人はそう心の中で思って頭を悩ますのだった。

 

 

--

 

 生徒側、教師側で一部騒がしい存在がいるも、打ち合わせの議長として那珂が改めて音頭を取りはじめたため、打ち合わせの流れは滞りない流れを見せる。

「さて、ここまでで出た案を確認します。時雨ちゃん、読み上げてくれるかな?」

「はい。砲撃訓練、雷撃訓練、実弾とバリアを使った対人の砲撃訓練、砲雷撃の総合訓練、偵察機を使った対空訓練、偵察・索敵の訓練、負傷時の対処の訓練、航行訓練、回避訓練、夜間訓練。えーっと……ベニヤ板かビニールを被って深海棲艦の格好を真似たやつと戦う模擬戦闘。普通の模擬戦闘・演習試合、基礎体力づくり、と、ここまでです。」

「結構たくさん出ましたねぇ~。あたしは夜間訓練したいけど。」

「あたしもあたしもー!」

 川内が言うと夕立も真似して乗り出すのはもはや那珂たちにとって当たり前の流れになっていたので誰も気にしない。

「えぇと。どれも大事な訓練内容だと思うね。どーしよーかなぁ。」

 

 那珂は挙げられた訓練の中で何をしたいか一人ひとりに尋ね始める。最後の一人の手前で那珂は不知火に尋ねる。

「それじゃあ次に不知火ちゃん。」

 数秒の間の後不知火が喋り始めた。

「はい。対空訓練と回避訓練が。けど、皆バラバラにやりたい訓練を言い出しても。意味ない。」

 自分の要望を言いつつも踏みとどまる不知火。那珂は彼女の言葉を最後まで聞いてウンウンと頷く。

「お?そっかそっか。うん、鋭くて良い意見だね。じゃあ最後に秘書艦の五月雨ちゃん、どーしたいですか?」

「わ、私ですかぁ?」

 一人だけ立っていた那珂は右掌を上に向けて五月雨を指し示す。示された五月雨は背筋をピンと伸ばした。

「えぇと、あの~。私個人としては負傷時の訓練とか回避訓練とかやりたいんですけどぉ~、私は不知火ちゃんと同じ気持ちがあるんです。じゃあだからどうするのって言われたら……うーん、えーと。うまく言えないです!ゴメンなさい!」

 那珂は指し示す手のひらの先で見るからに慌てふためいてキョロキョロしている五月雨の意見に耳を済ませた。

 不知火といい五月雨といい、その実やはり古参であるだけに秘めたる鋭い感覚があるのか、そのセリフの一部に垣間見せる。那珂は二人の的確な考えを逃さない。

「うんうん。そーだよねぇ。みんなやりたいことあるよねぇ。あたしはね、偵察と回避かな。でも、不知火ちゃんと五月雨ちゃんの考えが正解かなって思うの。確かにあたしたちが皆やりたいことてんでバラバラに言っていっても収拾つかなくなるかなぁって。だから、あたしの考えでは、まずは皆に今出た訓練の案を全員やってもらおっかなって思います。」

「えぇ~~!それじゃー皆に意見聞いた意味ないじゃないっすか!」

 

 

--

 

 那珂の言い振りを素早く非難したのは川内だ。

「うんゴメンね。でも皆の声を聞きたいのは確かだったから。それでね……」

 そう一言言って那珂は川内をなだめようとする。しかし川内は何かが引っかかったのか先輩である那珂のセリフの途中で食いついてきた。

「大体あたしたちがやりたい訓練って言ってるのに、なんで全員で全部の訓練やる必要あるんですか?非効率じゃないですか!あたしたちが要望出した訓練をやらせてくださいよ!」

「川内ちゃん落ち着いて。」

「いいや!あたしは納得出来ないね! あたしがやりたいのは砲雷撃の総合訓練と夜間訓練。あたしはこれだけでいい!」

 顔をみるみる赤くして那珂に食らいつく川内。怒気を纏い始めた勢いの口ぶりに那珂は努めて冷静に見つめる。隣の席に座っていた神通は初めて見る同期の少女の激怒する姿になだめようと出しかけた手を引っ込めて泣きそうな顔をしている。川内と気の合う夕立もその様子に当てられて、普段の明るい無邪気な振る舞いを完全に潜めて不安げな顔で見つめるしかないほどだ。当然他のメンツも驚きのあまり目を白黒させている。

「川内ちゃん、それは我儘だよ。あなたと神通ちゃんは訓練を終えたばかりなんだっていうことを自覚してほしいな。だから……

「だから! あたしは自分がイケるって思えることを訓練したいんですよ!あたしは長所を伸ばしたいんです。RPGとかだって変に全パラメータにポイント割り振って万能キャラにしたって結局役に立たないで他のキャラに埋もれることがあるんですよ!?」

 川内は自身の考えを身近なゲームでの例を交えて必死に訴える。

 

 立ち上がって言い争う那珂と川内の様子を提督・妙高と三人の教師が見守る。しかしその険悪な雰囲気に耐えられない阿賀奈が不安で心臓をバクバクさせて提督にささやくように言った。

「あ、あの~提督さん?あの二人を止めないといけないんじゃないですかぁ?」

「いや。ここはもう少し見守りましょう。」

 そう淡白に言い放つ提督に同意したのは理沙と桂子だった。二人は阿賀奈とは異なり極めて落ち着いた様子で目の前の少女たちの議論から視線を外さない。

「わ、私も、そう思います。」

「そうだn……ですわね。わたくし達大人が子供を叱るのは、彼ら彼女たちが道を誤ったり、危険な事をしでかすギリギリ2~3歩手前が最も効果的ですわ。」

「え、えぇ……?」

 他校とはいえ同じ教師である二人の声に阿賀奈おろおろするしかなかったが、やがて気持ちを落ち着けたのか、三人と同じように生徒たちに視線を戻した。

 

 那珂は目を瞑りながらため息をついて川内に向かって問うた。

「それじゃあ川内ちゃんはこの前やられた時のこと、どー思ってる?」

「え!?どうって……。」

 先輩からの質問に怪訝な顔をして川内は俯く。視線は机の上の自分の手に向いていた。那珂が言っている意味がわからない。川内は数秒黙った。

 那珂はもう一度問う。語気に苛立ちが混じっている。

「あなたはこの前2回も深海棲艦にしてやられて、何か思うことはなかったかって訊いてるの。答えて。」

「な、何って。次はそうならないように先に倒してやる。そー思います。だからその時と同じシチュで砲雷撃の訓練をするだけですよ。」

「そう。川内ちゃんに取ってそれ以外はどうでもいいんだ?」

「そうは言ってないじゃないですか!それにやられる前に倒せ的なこと言ったのは那珂さんや明石さんたちじゃないですか!?攻撃は最大の防御なりですよ。だからあたしは優先度をそう割り振っただけのことです。」

「他の子はともかく、あなたたちはそれじゃダメ。半人前だということを自覚して!」

「この前提督が認めてくれたじゃん!あたしと神通はもう一人前だっつうの!同じ立場になったならあたしたちの意見を尊重してよ!!」

 バン!と川内が机を強く叩く。

「提督が認めても少なくともあたしや五十鈴ちゃんの中では認めたつもりは正直ないの! 二人の声はちゃんと聞くよ? でも……川内ちゃんの好きなゲーム的に言えば、まだ二人にはレベルが足りないの。だから全ての能力を等しく上げる必要があるんだよ。」

 そのまま川内に合わせて怒りを纏ってはまずいと察し、那珂は途中で呼吸を整えて冷静に言葉を選びながら必死に怒気を抑えて口を動かす。

「じゃああたしはどーすればいいんですか!?せっかく基本訓練を終えて提督に一人前の艦娘に認めてもらったのに、かたや先輩には認めてもらえないなんて。あたしは自由にやりたいんですよ。その結果強くなってみんなの役に立てればそれでいい!!」

「それじゃあ集団行動の意味がないでしょ!! ここは学校と違うんだよ!?学生生活よりも一層集団行動の意義が問われるの。自由に振る舞いたいならあたし以上に強くなってからにしなさい!!」

 那珂が、誰にも見せたことのない激しい怒りを伴い川内を叱りつける。那珂のその言い方に川内は頭の中で何かがブチリと切れる感覚を覚えた。

「……じゃあ、あたしが那珂さんをぶちのめしたら、自由にさせてくれるんだよね?」

 ゆっくりとした口調でドスの利いた声で薄ら笑いを浮かべながら川内がそう口にする。

 側で聞いていた神通はブルっと震えた。今まで見たことがない、川内こと内田流留のおそらく素の一部。なんとなく仲良くなって親友になれたかもと思っていた目の前の少女の現在の様子に神通は恐怖すら覚えている。

 周りの様子を気にせず那珂と川内の口論は続く。冷静にと自分に言い聞かせておきながら、那珂はうっかり流れを川内に合わせてしまった。

「……いいよ。」

「じゃあ勝負です。あたしと神通が那珂さんに勝てたら、今後の訓練はあたし……たちが望んだことを好きなタイミングでやらせてよ。」

 承諾の言葉を出す前に那珂は深呼吸をする。二人とも脇にいた神通の「え、私も?」という仰天の声に耳を傾ける余裕がない。

「……その勝負、受けて立つよ。あたしが勝ったら、川内ちゃんには今後あたしが認めるまでは絶対文句は言わせないからね。あたしや皆が決めたことに黙って取り組んでもらいます。いいね?」

「望むところだ。絶対勝って自由にさせてもらうわ。」

 川内の口調には、普段なるべく意識していた敬語が消えてなくなっていた。

 

 

--

 

 打ち合わせは慮外な方向に進んだため、本来の流れは一旦中断された。怒りと興奮で顔を真赤にした川内は那珂からひとまずの約束を取り付けると、居ても立ってもいられなくなったのか待機室を飛び出して駆けていった。しかし那珂も神通も他の艦娘も誰も追いかけようとしない。

 

「皆様、お見苦しいところをお見せしてしまいすみませんでした。川内はあたしの後輩で、やる気も勢いも素質もあると思っているのですが、その勢いをあたしが制御しきれないのは事実です。本当でしたら、あの娘にはこう言ってなだめて議論を展開させる予定でした。」

 

 そうして語りだした那珂の説明を押し黙って聞く二人の教師と提督ら。それは五月雨は以前、その言葉は異なるも聞いたことのある内容だった。

 那珂が打ち明け終わると、すぐに反応を示したのは五月雨だった。

「そ、そうだったんですか。私たちの……。」

「確かに、僕達が何を得意として何を苦手とするのかは、全部を一通り行ってみないとわかりませんね。」

「学校の体力測定みたいなものよねぇ。」

 続いて時雨が感想を言い、村雨が例えを交えて言う。その例に那珂たちは頷いて認識を深めあう。一方の夕立は身体をぶるっと震わせてから口を開いた。

「川内さん、怖いっぽい。あたしは川内さんみたいに焦らないようにしたいな。」

「ゆうも苦手なところわかって不安をなくしておきたいよね?」

 時雨がそう尋ねるとさすがの夕立もコクコクと素早く連続して頷いて肯定する。

 

 言い終わると、那珂は視線を阿賀奈に向けて懇願する。

「すみません、四ツ原先生。せんだ……流留ちゃんをお願いします。」

「わ、わかったわ。これも顧問の役目ですもんね?先生に任せなさい!」

 ハァ……と深くため息をついて言う那珂の言葉に阿賀奈は気持ちを察したのか、戸惑いを僅かに見せながらもコクコクと頷き快い返事をして待機室を出て行った。

 

 自身の学校の顧問がいなくなり自校の関係者が神通だけになったので那珂は再びため息をつく。気持ちを落ち着けると、タイミングを見計らったのか提督が尋ねてきた。

「それで那珂。君はこの後本当にどうするつもりだい?」

「うん。とりあえずホントーの流れを始める前に、叩きのめしてでも 川内ちゃん従わせるよ。出だしからバラバラにしたら意味ないし。」

「そうか。すまなかった。」

「え?なんで提督が謝るのさ!?」

 突然頭を下げて謝罪してきた提督に驚く那珂。

「いやさ。俺が焦ってデモ戦闘なし判定省略で二人の訓練を強引に終わらせたからこうなってしまったんだし。あの時川内が言った文句は正しかったなって今反省してるよ。」

「ううん。気にしないで。想定とは違う流れになるけどこれで川内ちゃんの訓練を締めくくれる勝負になるのなら結果オーライだし。それに今回は先生方っていう別の目があるから、より効果的だと思うの。」

「ありがとう。那珂がいてくれて本当に助かったよ。」

 何気ない感謝の言葉に、那珂は頬の緩みに耐えて感情を押しとどめ、提督に向かって無言の笑顔で反応を返した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

説教の先にあるもの

 飛び出していった川内が向かったのは本館裏口からグラウンドをまっすぐ突っ切った先にある、地元の浜辺だった。深海棲艦出現関係なく、設置当初から県によって遊泳が禁止されているため泳ぐ者の姿はいない。マリンスポーツは深海棲艦出現以後に制限されているため当然ながらその手のプレイヤーもいない。

 真夏の浜辺は照りつける太陽の光と熱で熱せられた砂が踏み込む者の侵入を拒むように反射熱を放出している。川内は履いているスニーカーの上からでも感じるその熱さを我慢して浜辺に立ち入り、入り口付近の石壁によりかかる。

 

「うわっちち!」

 当然石壁も熱せられておりうかつに触れられぬ熱さのため瞬時に川内は身を離れさせる。

 

「あっつつ!ここあっついねぇ~」

 2~3分ほどして川内は背後からすっとぼけた感じのふんわりした声を聞いた。しかし誰だと尋ねるつもりなく黙る。相手はそれを見越してか知らずかそのまま喋り続ける。

「内田さん速いね~。先生今日はパンプスじゃなくて運動靴履いてきてよかったかも。」

「……先生だって速いじゃん。結構運動得意なんだ?」

「エヘヘ。先生ね、運動は陸上だけは得意だったんだ。若い子には負っけないよ~?」

「おっぱいでかいのに?」

「うぇ!? そ、そんなこと言うなら内田さんだって大きいじゃないの。女同士とはいえセクハラ発言はメッ!ですよ~。」

 本気ではない怒りを言葉と口の当たりまで振り上げた拳に含めて阿賀奈が言うと、川内はアハハと乾いた笑いを発した。

 

 

--

 

 数分いれば十分熱中症になりかねない砂浜とアスファルトの反射熱を避けて話を続けるため、二人はグラウンドの端にある木陰に移動して会話を再開する。その後口火を切ったのは阿賀奈だ。

「内田さんはどのくらい強い艦娘になれたのかな?先生見てみたいなぁ。」

 その言葉の約1分後に川内は口を開いた。

「多分、那珂さんの足元に及ばないと思います。下手すりゃ夕立ちゃんにだって勝てるとは思えない。」

「それじゃあ、さっきのは?」

「……ついカッとなって、言っちゃいました。」

 そうぼやいてしょげる。それを聞く阿賀奈は聞こえない程度のため息をついた。

「そっかそっか。光主さんの何かにイラっときちゃったんだね。でもなんだかアレだねぇ~。青春って感じで先生心踊っちゃったぁ。」

 パツンパツンに張った薄手のブラウスの前でやや苦しそうに腕を組みつつウンウンと阿賀奈は頷いて続ける。

「内田さんのあれがやりたい、これがやりたいっていう気持ち、先生わかるわ。でもね、希望とわがままは違うのよ。さっきの内田さんのアレは、単なるわがまま。」

「わがままって!あたしは思ったことを言っただけなんですよ!?」

「何でも素直なのは良い事だと思うけど、内田さんはもうちょっと人の話を我慢して聞いたほうがよかったかな。」

 川内は視線を阿賀奈に向けないで言い返す。

「あたしはちゃんと那珂さんの話を最後まで聞きましたよ。そしたら那珂さんが変な事言い出したから気になって言っただけですもん。」

「そーお? 先生にはあの後光主さんが何か続きを言おうとしたように見えたんだけどなぁ。」

 川内は阿賀奈のセリフに一切反応を示さずに聞く。

 

「内田さんさ、深呼吸して落ち着いてみましょ? 勢いあるのは大いに結構。先生そーいう元気な子好きよ。でもね、興奮してたら見えるものも見えないと思うわ。落ち着いてみて、まずったかなぁ~って思っちゃうなら、素直にゴメンなさいするのもアリだと先生は思うなぁ。」

「……でも、あたしは間違ったことは言ってないですよ? それなのにゴメンなさいって謝るのって。……言い出しづらい、じゃないですか。負けを認めたようで。」

「内田さん、あんまり聞き分け悪いと光主さんに見捨てられちゃうわよぉ?あの娘、意外とサッパリしたところあるから。」

 見捨てられる、その言葉に川内は心臓を鷲掴みにされたようにドキリとする。ふと阿賀奈の顔を見ると、そこにはふわふわ頼りなさげではなく、教師らしい真面目さ凛々しさ20%増しの彼女がそこにあった。そのあまりの教師らしさと自身の生徒らしさの思い出しっぷりに思わず本音を口にしてしまった。

「いやだ。見捨てられたくない。」

「うんうん。基本的には優しくて面倒見のいい娘だものね、光主さん。」

「あたしは、自由にやりたいだけ。提督が艦娘として一人前って認めてくれたんだから、その一人前の権利を行使したいだけです。」

「でも自由にするっていうことは、誰かしらが責任を持たないといけないんだよ?」

「だからそれは提督や那珂さんが持ってくれt

「違うよ。自分がしたいようにするその責任を持つのは他の誰でもない、内田さん自身。自分で言い出したなら自分でそのお尻を拭いて完結させないといけない。それが自由であって、それが日々連続するのが大人。確かに今の内田さんたちは最終的には提督さんたち鎮守府の大人の人が責任を持って守ってくれるんだろうけど、あなた達が決めてやろうとする訓練のことなんだから、そこではあなた達みんなで責任を持たないといけないの。もし内田さんが自分で自由にしたいなら、内田さんだけで責任を持たないといけないんだよ。本当なら皆で持ち合えばいい責任を一人で持つその覚悟、それを内田さんは持ってる?」

 再びドキリとする。自分でも明確に認識できていないが踏み込まれたくない領域に踏み込まれた気がして口を噤む。ギュッと噛んだ下唇が前歯の圧力で痛む。

「内田さんの言う自由は、学校でいえば授業の自習時間みたいなものかなぁ? 誰かが責任を持っててくれる中での自由が欲しいとか。どう?」

 三度心臓がキュッとする。ドキリとする。もはや何も言えない。川内は初めてこの教師にらしさを感じた気がした。

 

「それを持っていてほしいのが光主さん。じゃあ後はよろしく~あたしは自分のやりたいことやってますので~って。もしそうだったのなら、やっぱり内田さんの意見は単なるわがまま。どーお? 落ち着いて思い返してみよっか?」

「……。」

 阿賀奈に言われて胸に右掌を当てて深呼吸する。それが思い返すトリガーになるわけではないが、形から入る。

 川内がした仕草を見た阿賀奈は続ける。

「一人前って同じ立場を認めて欲しいなら、同じ立場を主張するなら、同じ責任を持ち合って相手の意見も自由も尊重してあげるべき。それが気に入らないっていうなら、もうちょっと半人前でおんぶされるしかないよね。」

「そ、それは……恥ずかしい、です。」

「光主さんはそんなの気にしないと思うけどなぁ~。あの娘が考えてることとか今さっき話してたこと全部わかったわけじゃないから上手い事言えそうにないけど、あの娘は皆が考えてない先まで考えてるのかなぁって。」

「先?」

「うん。気が多いっていうのかなぁ。良く言えば面倒ごとぜーんぶ自分でやろうと背負ってるというか、悪く言えば余計なものまで見ようとしてるって言う感じ。」

「……先生、意外と人の事見てるんですね。びっくりですよ。」

「あ、これ先生が思ったことじゃなくてね、あの娘生徒会やってるでしょ?生徒会顧問の○○先生がおっしゃってたことそのままなんだけどね。でも先生の目から見ても、あの娘すっごい出来る娘なのはわかるよ。頑張りすぎてる感じあるけど絶対へこたれなそうな娘だから、もう色々任せちゃいえばいいかなって思うのね。何があっても策をちゃんと考えてるって頼れる感じね。だから先生は艦娘部設立の活動の時だって一切口を挟まずに安心して任せたのよ。」

「そ、そうなんですか。へぇ~。」

 川内は自分が入部する以前の艦娘部を巡る状況を一切知らぬため、阿賀奈の説明をそのまま受け入れるしかない。

 

「そんな光主さんだからさ、内田さんだって光主さんを信じて全部任せちゃえばいいのよ。まだ始まったばかりじゃないの。一人前にならなきゃって思うのはわかるけど、焦ることないと思うよ。もーちょっとだけ辛抱してのんびり強くなっていきましょ。短気は損気よ。」

 コクリと素直に川内は頷くもその表情は明るくない。

「わかります。なんとなくわかるんだけどやっぱり納得出来ない。あたしは……全員が全部の訓練をやるのが非効率だってのは曲げたくない。ゲームでは非効率な戦い方や育て方はミッションやクエストクリアに支障が出るんですよ。」

「先生ゲームとか詳しくないからわからないけど、光主さんが言いたいことはなんとなくわかったよ。」

「な、なんですか、それ?」

「ん~~~、それは内田さんが直接聞き出すことかなぁ。先生のが言ったら意味ない気がするの。」

 わざとらしくもったいぶらせたその言い方に川内はイラッとした。が、相手が阿賀奈とはいえ曲がりなりにも先生なので強く言い出せない。

「そういう言い方嫌いです。ずるいですよ。あたし、頭悪いからはっきり言ってくれないとわかりません。」

「まぁなんとなく言っちゃうとね、内田さんのことぜーんぶ教えてあげたらってところかな。私や黒崎先生や石井先生も知りたいし。」

「教えるって。何を?」

「だからぁ、内田さんが艦娘川内になった後のこと、何が得意で何が不得意なのか全部。そうじゃないと、先生たちだってアドバイスのしようがないわ。もー全部言っちゃってるようなものだから、ついでに言っちゃおうかなぁ。」

 川内は一瞬地面に向けた視線を再び隣りにいる阿賀奈に向ける。すると阿賀奈は普段のふんわりした柔らかい表情のまま、川内にピシャリと告げた。

「光主さんはね、みんなの得意不得意をみんなに知ってもらうために、テストをしたかったんだと思うわ。さすがの私でもそう気付いたよ。そう思うと、内田さんのあそこであのわがままな物言いは完全に的外れよ。やっぱり踏みとどまって続きを聞くべきだったと思うわ。五月雨ちゃんたち中学生の前であの振る舞いはちょーっとばっかし恥ずかしかったかもね、高校生として。」

 隣のいる教師の説教を聞き続けて川内はようやく理解できた。と同時に自分の行いが急に恥ずかしくなってきた。顔が猛烈に熱いのは真夏の高い気温や照りつける太陽光のためだけだと思いたい。

 

「じゃあ、じゃああたしはどうすればいいんですか?」

 涙声で問う川内に阿賀奈は顎に人差し指を当てて虚空を見ながら唸った後答える。

「んーー、そうだねぇ。まずは乱暴な物言いしちゃったことにゴメンなさいしよっか。お互いちょっと時間を置いて冷静になったんだから、ひとまずゴメンなさいして話し合いを再開すればいいの。」

「で、でもまた口喧嘩になっちゃうかも、しれません。」

「それはそれでお互いの形なんだからアリだと先生は思います。先生ホントーはさっき止めたかったんだけど、逆に私が提督さんたちに止められちゃった。だからまた喧嘩になったら、今度こそ先生が華麗に二人を仲裁してあげる。」

「ハ、ハハ。その前に多分気づいて自主的に止めますよ。」

 川内は学校内での阿賀奈の評判を知っている学年だけに、苦笑するしかない。

 

 

--

 

「それじゃあ行きましょっか。」

「へ?どこへ?」

「もちろん、光主さんたちのところ。思い切って謝っちゃえば笑って流してくれるって。」

 川内は木陰から離れようとした阿賀奈に手を引っ張られて一瞬よろけつつも引っ張られるに任せてグラウンドを歩き始める。

「うー、あんだけ言った手前、謝りづらいー。」

「ウフフ。先生も妹達と喧嘩したとき、謝るの嫌だった時あるなぁ~。」

「先生って妹いるんですか?」

「うん。下に妹が三人いるんだけど、先生はしっかりやってるつもりなのに妹たちったらいっつもガミガミガミガミ口うるさく言うのよぉ。クスン。」

 わざとらしく泣き真似をして下瞼をそっとこする阿賀奈。

「でも、言ってくれるうちはまだ幸せなのよね。言われなくなっちゃったら先生きっとダメになっちゃうもの。見捨てられたら終わり。だから妹たちから見捨てられないように我慢して言うこと聞くの。そういう経験があるから、あなた達生徒には同じような不安な気持ちを抱いてほしくないから、先生は皆のことしっかり見てあげようって思って実践してるの。だから先生は何があってもあなた達を見捨てないよ。味方ですからね~。」

 苦笑いを浮かべっぱなしで黙って阿賀奈の言うことを聞いていた川内。(あ、この先生アレだ。ダメ姉ってやつだ)と気づくのはあまりにも簡単だ。と同時に確かな熱意も感じる。

 神通の言うことは一理あったかもしれない。

 なんだ。ちゃんと向き合って話してみれば、この先生いい人じゃん。ちょっと抜けてたりお節介なところあるけれど、生徒に親身になってくれる。大昔のドラマにあったような、熱血とまでは言えないも熱い心を持つ人なのは確かだ。全部頼るのはちょっと怖いから、学校生活含めて那珂さんの次に信じてちょっとだけ頼ってみてもいいかもしれない。

 

 川内は手を引っ張られての本館までの道のり、性別は異なるながらも感じる相手の手の平のぬくもりと雰囲気に懐かしい感覚を覚えていた。これがもし提督くらいの年上の男性だったら、思い出すものは完璧だったかもと頭の中でなんとなく思い浮かべる。

 ぼーっと考える川内は、暑さにやられたせいなのかもと握られてない方の手で やや熱を持った頬をパタパタと仰いで思った。

 

 

--

 

 川内と阿賀奈が本館に裏口から入る直前、ふと視線を上に向けると、待機室のある3階の窓に人影を見た。

((あれは……那珂さん?))

 川内と視線が合う那珂。川内はジッと見ていたが那珂が先に顔を引っ込める。待機室の奥に戻ったのだろう。

 なんて言って謝るか、それともあえてそのまま言い張るか。川内は悩む。気まずさが心の中で肥大化していく。それは阿賀奈に握られている手を振りほどくという行為で示された。

 

「内田さん?」

「あ、あの……もういいですから。手をつなぐの恥ずかしいです。」

「あ、そっかそっか。アハハ!ゴメンね~。先生うっかりしてたわ。」宙ぶらりんになった手をパタパタと振る阿賀奈。

「ちゃんと先生の側歩きますから。ただもうちょっとゆっくり行きませんか?」

 川内がそう願うと、阿賀奈は言葉なくコクリと頷いて笑顔を見せた。

 

 待機室の扉の前に立った川内はすでに心臓が爆発しそうなくらい胸が苦しく、呼吸が荒くなっていた。右後ろに立つ阿賀奈が肩に触れる。そうっと右に振り向いた川内の不安げな目線と阿賀奈のたわやかな視線が交差する。緊張が小石程度の大きさ分消え去った気がするが、まだドキドキする。さながら、遅刻してしまい教室に入った瞬間同級生全員の視線が痛く突き刺さるのを恐れ教室に入るかどうかまごついている時のようだ。

 意を決して川内は扉を開けた。ガララと音を立てて川内の手によって引かれた戸の先には、彼女が恐れていた室内の人間全員の視線が集まるという事態が待ち構えていた。

 

「う……。」

 小さくくぐもった声で唸り声を一瞬上げる川内。もちろん誰にも聞こえない。

 明朗快活とした川内にしては珍しい俯いた姿勢。それを後ろから見ていた阿賀奈が再び肩に手を置いて鼓舞する。その励ましを受け取った川内は深呼吸一つして、顔を上げて歩み寄る。

 その足が向かう先は那珂だ。向かう途中に川内が見たのは、五月雨や時雨ら4人の側に移動していた黒崎理沙と、不知火の後ろにいる石井桂子、そして那珂の側に移動していた提督と妙高という構図だった。若干離れて五十鈴ら3人もいる。誰も口を開かない。その視線に嘲笑の意味が篭っているかもと被害妄想をしてみるが正直なところわからない。裁判される気持ちがなんとなくわかった気がした。

 

 那珂の3歩ほど手前に立った。まだ川内は目の前の先輩の顔を見られない。しかしいつまでも俯いていても仕方がないのでゆっくりと顔を上げると、そこには無表情にも見える微かに口端を上向きにした那珂がジッと川内を見ていた。

「あ、あの……。」

「ん?」

 ゴクリと唾を飲み込んで言葉を紡ぎ出す。

「さっきは、その。ゴメンなさい!言い、言い過ぎたって思ってます。」

 那珂は黙って川内の言葉を聞く。

「あたしのさっきのは、わがままだって反省しています。だから、許してください。あたしを……見捨てたりしないでください。」

「プッ! ……なんであたしが川内ちゃんを見捨てるの?」

「だ、だって!あたしだけ空気読まないで喧嘩腰に食いついちゃってさぁ。あ、呆れちゃってるんじゃないかって。」

 身長差的には川内のほうが若干高い目線ながらも、那珂に見下され、自身が那珂を見上げている感覚に陥っている。ビクついているのも自覚しているし、自分に非があることを自覚するとこういう感覚に陥るのは誰しもなんだろうかと頭の片隅で浮かべながら思いを打ち明ける。

「呆れてなんかないよ。むしろ嬉しかったかなぁ。」

「う、嬉しい?なんで?」

「あたしに思いっきりぶつかってきてくれたんだもん。これで川内ちゃんは二回もあたしに素直に打ち明けてくれたことが、とっても嬉しいの。」

 満面の笑みを浮かべて川内を見る那珂。川内もそれにつられて次第に緊張の顔をほぐし始める。

「許すも許さないも、呆れるもないよ。川内ちゃんはあたしの大事な後輩なんだから。もっとぶつかってきてもいいくらい。この鎮守府に必要な、良い意味で回りをかき乱す川の流れになってほしいな。そんでもって、そんな川内ちゃんの側には必ず神通ちゃんがいて、二人で協力して鎮守府に働きかけてくれるのが、あたしの考える○○高校艦娘部の形。あたしが仮にいなくなっても大丈夫なようにね。」

 那珂は自分に期待をかけてくれていた。それがわかった川内はますます自分の先刻の行いを恥じた。

 やはりこの人の言うことはちゃんと聞かないとダメだ。

 そしてこの人をいつか超えるためには、この人のありとあらゆる技を盗まないといけない。それには今の自分では確かに色んな物が足りない。自分でも自覚していないかもしれない、まだ見つけていないかもしれない強み弱み。言われて理解するのと、自分で理論立てて自分で気づいて理解するのは全然違う。脳にかかっていた靄が晴れた気がする。気持ちがいい。

 

 晴れ晴れとした表情を浮かべた川内は、那珂に返事をした。

「わかりました。あたし、那珂さんの期待に答えられるよう、頑張ります。言われたことはきちんとこなしますし守ります。馬鹿なあたしだからまた同じことをしでかしたら、きつく叱ってください。でもやっぱり見捨てないでください。」

「うんうん。見捨てたりしないよ。」

「はい!それじゃあ一つだけお願い、言っていいですか?」

 那珂は目をやや見開いて「?」を見るからに浮かべた顔をして川内を見る。

 

「さっきの喧嘩、買ってください。あたしと勝負してください。」

 川内のセリフに那珂以外の全員がハッとして驚いた。

 

「あたし……達が決めたことは守るんでしょ?だったらさっきの勝負はもー別にいい気がするけどなぁ。」

 那珂は驚きではなく、後頭部をポリポリ掻いておどけながらも燃えるような目つきをしている。どうでもいいとほのめかしておきながら、その表情は明らかにやる気に満ちたものだ。

「いいや。あたしなりのけじめです。ここで、やっぱなしってしたら女が廃る。この勝負で基本訓練の最後、デモ戦闘ってことにしてください。今のあたしの全てを出すから、那珂さんも全力を見せてください。あたしは食らいついてみせる。」

 目を鋭く細めてキリッと那珂を見つめる川内。その眼力に負けじと那珂も川内を見据える。

「おっけぃ。じゃあ改めて。その勝負、乗るよ。」

「あ、あの!その勝負、私も入れてください!」

「神通?」「神通ちゃん?」

 那珂が返事をした数秒後、今まで黙っていた神通が口を挟んだ。二人とも仰天して神通を見る。

「いや、これはあたしのけじめだからさ。神通は気にすること、ないんだよ?」

「いいえ。川内さんと同じことを見聞きして感じたい。私だって……○○高校艦娘部の一員です!」

 実のところ川内は自分で勢いで触れたことの仔細を一部忘れていた。そのため本気で神通を止めようとする。しかしその神通に普段ののそっとして気弱そうな気配はなく、その意志の強さが気迫に表れていたため、那珂も川内も彼女を認めることにした。

「いいよ。それじゃあ二人してあたしにかかってきなさい。叩きのめしてあげるよ。そんでもって、二人のすべてをここにいる皆の前にさらけ出してあげるよ。」

「「はい!!」」

 艦娘+艦娘になる少女ら+教師たちの目の前、那珂対川内・神通の演習試合が確約された。

 

 

--

 

「よっし。早速やりに行きましょうよ。」

「まぁちょっと待って。川内ちゃんは今この場でやらなきゃいけないことがあるでしょ。」

 善は急げとばかりに那珂を急き立てる川内は那珂に止められた。川内を止めた那珂は後ろにいる提督と妙高、そして周囲にいる艦娘や教師たちに視線と手のひらで指し示しながら言い放った。

「え?なんでs

「皆さんに一言謝ってね。それから話の流れを曲げてくれたこと、ぜ~~ったい許さないからね。」

 ニコリと笑顔で締める那珂。その実めちゃくちゃ怒っていたことを川内は本能で理解した。思わずのけぞって鳥肌が立つほど震える。

 

 その後待機室では背筋をピンと伸ばした川内が律儀に全員の目の前まで歩んで深々と頭を下げて謝る姿があった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間:那珂の人脈作り

 鎮守府にいる各校の集団は待機室で昼食を取り、各々会話を交えてお互いの交流を少しずつ深めていた。提督と妙高は退出際に2~3世間話をして一旦別れて執務室へ戻っていた。なお、この日は後に妙高も訓練に加わるため、それまでの時間という制限付きで妙高が秘書艦を担当することになっていた。

 

「あたし、先に演習用プール行ってます。神通も行く?」

「はい。」

 そう言って川内と神通は一足先にプールヘ向かい、来るべき那珂との演習試合の時間に向けて肩慣らし・事前の訓練をし始める。そのため待機室にいる同高校のメンバーは、那珂と顧問の阿賀奈のみとなった。

 

 

--

 

 那珂が五十鈴、良・宮子と話していると、阿賀奈が不安そうに話しかけてきた。

「ねぇねぇ光主さん。ホントーに内田さんたちと戦っちゃうの?」

「はい。」

「先生がちゃんと説得したのに、なんで戦うことになるのぉ~?」

 不安半分不満半分込めた口調で阿賀奈が言う。それに那珂は一瞬視線を泳がせながら答えた。

「あたしはどっちでもよかったんですけど、彼女なりの気持ちの切り替えなんだと思いますよ。」

「それにしたって……。」

「こればかりは川内ちゃんの気持ち次第ですから、あたしとしてはああやって受け入れるのが精一杯でしたよ。でもどうせ演習試合するなら気持ちよくしたいですし、ああしてあたしも気持ちよく受け入れられたのは、先生が彼女を説得してくれたおかげだと思います。」

「え、そう?ウフフ~。これくらい顧問として当たり前よぉ~。」

「ホンット、先生がいてくれて助かりました。ありがとうございます!」

 深くお辞儀をする那珂。阿賀奈は手を当てて胸を張ってふんぞり返りながら得意気に言った。

「ま、任せなさ~い!なんか先生、あなた達がちょっと見ないうちにたくましくなっちゃって驚いちゃった。だから、先生ももっともっと頼ってもらえるよう頑張るからね!」

「はい! 先生があたしたちの学生生活を守ってくれてるって実感できると安心できます。」

「ウフッフ~。も~光主さんったらぁ。先生に頼りすぎてだらしなくなっても知らないわよぉ~。」

「「アハハハハ!」」

 阿賀奈の自尊心を満足させ、自身もひとまずの事態収束に本気で安堵の息を心の中で吐く。

 その後とりとめのない会話を阿賀奈とする那珂の様子を側で見ていた五十鈴はなぜか呆れた顔をしていた。

 

 阿賀奈がより一層ふわっとした雰囲気で那珂から離れて他の教師のもとへ行くと、そのタイミングを見計らって五十鈴は那珂にそうっとつぶやいた。

「なんだか……妙な先生ね、あの人。見てるこっちが気が抜けるというかちょっと不安になるような。あなた本当に頼ってるの?」

「え? ん~ウフフフ。」

 那珂は笑うことで明確な答えをしない。五十鈴は怪訝な顔をして再び呟く。

「はぁ……まぁ他校の事情だからいいけどさ。あんたのことだから先生まで馬鹿にしてるんじゃないかって勘ぐっちゃったわよ。」

「なにおぅ!? あたし、先生をそんな風に思ったことは……ないよぉ!」

「変な間を作らないでちょうだい。変な間を。」

「アハハ!」

 五十鈴の的確なツッコミに那珂はケラケラと笑うのみ。

「まぁまぁ、りんちゃん。うちにだってああいう頭お花畑そうな先生いるじゃん。」

 と会話に割り込んできたのは黒田良だ。五十鈴の数倍、そして明らかに不安なんてありえないような明るい声でしゃべる。

「アハハ。黒田さん意外と辛口なんですかぁ?」と那珂。

 それに答えたのは五十鈴だ。

「違うわ。こいつったら基本何も考えてないお馬鹿なのよ。人の評価なんて一切気にしないの。だからなんでもあけすけに言うところがあるから私も宮子も大変なのよ。ね、宮子?」

「う、うん。りょーちゃんはもうちょっと周りの空気を読んだほうがいいよ……。」

 同意を求められた副島宮子も弱々しいながらツッコミを入れる。

「アハハハ。適当に気をつけまーす。あ、そーだ那珂さん。あたしのことは良でいいよ。あ、今度から長良って艦娘かぁ。じゃあ長良でもいいよ!」

「それじゃあさしずめ宮子は名取って呼べばいいところね。」

 と相槌を交えて言う五十鈴。それに宮子は頷いた。

「あ……う、うん。那珂さん。私は宮子でも、今度から名取でもいい……ですよ。」

 これから着任するニューフェイスの二人の言葉を受けて那珂は新たな出会い、そして人脈の拡大に顔を喜びで思い切りほころばせつつ返事をした。

「うん!同じ学年同士、同じ軽巡同士仲良くしよーね、りょーちゃん、みやちゃん!」

「「うん!」」

 那珂と良・宮子がすでにいい雰囲気を醸し出しているのを、五十鈴は那珂より控えめながら喜びと気恥ずかしさの混ざった表情で眺めていた。

 

 

--

 

 一旦五十鈴たちから離れた那珂は新たな交流として二人の他校の教師と話をすることにした。すでに阿賀奈が側にいるため安心して近づいて話しかける。

「あの~、黒崎先生、石井先生? あたし、光主那美恵と申します。よろしくお願い致します!」

「あ、はい。よろしく……お願い致しますね。ええと……あの。那珂さんとお呼びすればよろしいですか?」と理沙。

「え~っと。はい。那珂でも本名でもどちらでも。」

 那珂がそう促すと早速とばかりに桂子が口火を切った。

「それでは那珂さん。先程の議論のリーダーシップっぷり拝見しましたわ。さすが高校生ともなると、雰囲気から立ち居振る舞いまで違いますね。」

「いや~それほどでもぉ~!」

 まったく知らない大人から褒められて素直に照れを見せる那珂。珍しく普段の事で頬を赤らめるその様は実際の歳に見えぬ幼さが垣間見える。那珂の照れる仕草を見て五月雨たちはもちろん、二人の教師もほのかにクスリと笑みをこぼす。

 ただ那珂は無邪気に笑うその裏で、この場の人間観察を始めていた。

 まずは石井桂子なる教師だ。不自然ながらも相手はかなり丁寧で物腰穏やか、そして内に秘めるものが読めない。歳は見立てでは提督・妙高と同じ年代と見た。さすがに尋ねるのは失礼なので違う切り口から探りつつ交流を図ってみようと一瞬の思考を締めくくる。

「那珂さんは、結構理想。」

「あら?意外ね。あんt……あなたがそんなに人様に熱を上げるなんて。」

 引き続きわざとらしい丁寧な口調で不知火にツッコむ桂子。すると不知火は小さくため息をついて桂子に向かって言い出す。

「先生、そろそろキモいです。普段の、方が絶対良い、です。」

「ん、なんのことかしら?智・田・さ・ん?」

 那珂は初めて桂子先生という人物の振る舞いにほころびが見えたのに気づいた。しかしそれはすぐに見えなくなる。元の不自然な丁寧さを取り戻した桂子は不知火の頬を軽くつねる。すると不知火は小さなうめき声をあげて感情的に嫌がる様を周知に晒した。

 

 

--

 

 次に口を開いたのは理沙だ。

「あの……那珂さん? うちの子たちったら、学校でよくあなたの事話してくるんですよ。」

「え?ホントーですか?どんなお話なんでしょうか?」

 那珂は机に乗り出して大げさに驚いてみせる。その際、横目で五月雨たち4人に視線を送ることを忘れない。那珂から尋ねられた理沙はにこやかにしながらしゃべろうとする。がしかし教師たる彼女を邪魔する存在が二人。

「先生! そんなこと言うひつよーないっぽいぃぃ!」

「そ、そうですよぉ~恥ずかしいです!やめてくださ~い!」

 真っ先に抗議してきたのは夕立と五月雨だ。一方で時雨と村雨は穏やかな笑顔を作っているがあきらかに引きつった笑いをしている。そんな生徒達の様子を見た理沙はクスクス笑いながらなだめる。

「別にいいじゃないですか。学外に頼れて親しくしてくれる先輩ができるのは大変良い事……だと思います。それが、あなた達が好きで始めたことならなおのこと。ね?」

 理沙に評価されて夕立と五月雨だけでなく、時雨と村雨もまた照れつつも顔をほころばせて笑みを見せる。四人の様子を目の当たりにした那珂は茶化しの魂が疼いたので軽口を叩いた。

「あたしのどんな噂をしてるのか、あとでよーく聞かせてもらおっかな~。と・く・に、五月雨ちゃんには密着取材するよーに聞いちゃおっかなぁ~?」

「ふえぇ!?」

 那珂の言葉を真に受けた五月雨はアタフタと必死に言い訳で取り繕っていた。

 五月雨らが友人同士で仲睦まじくからかいあう中、那珂は理沙から密やかに告げられた。

「ぜひこの子たちのお手本になってください。演習試合、私も職業艦娘の目から見て参考にさせていただきますね。期待、してますから。」

「はい!」

 

 その後那珂は目の前でやり取りされる中学生4人と教師の様子を眺めていた。

 この五人には、自分の知らぬ別の物語がきっとあるのだなと感じた。彼女たちの物語に自分が果たしてどの程度影響を与えることができているのか量り知れない。公にあたる面ではみっともない様を絶対見せぬよう真面目に取り繕ってきたつもりである。

 微笑ましい目の前の光景の陰で、那珂は密かに気を引き締めるのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

那珂 VS 川内・神通

 先に演習用プールに来ていた川内と神通は準備運動をした後、訓練用の砲弾エネルギーすら込めない空砲状態で組手よろしく砲撃の訓練をしていた。

 那珂との演習試合まではあと30分近くある。昼食を抜いて二人とも来ていたため腹がどちらからともなしに鳴る。が、そんなことは気にしていられない。自分らに対して牙を向いて襲いかかってくる那珂の戦闘スタイルが全くわからないため、二人はとにかく基本訓練通りに砲撃を繰り返す。

 なお、今回は那珂たっての希望で、演習用プールのもう半分も開放し、約2倍の広さのプールを使えることになった。その半分とは、未だその艦種の艦娘がいないために遊ばせ放題であった空母艦娘用の訓練施設内にあたるプールの領域だ。

 その広さの恩恵からか、訓練用の魚雷も使用可能になっていた。が、二人とも深海棲艦ではなく艦娘相手に果たして魚雷をどうして効果的に活用できようかと、悩んでいた。

 

「一応雷撃はしていいことになってるけど……那珂さんというか艦娘相手だと絶対命中しなさそうだよね。どうする?」

「……あまり慣れていないことはしたく……ありません。無難に砲撃だけでいきませんか?」

「うん、そうだね。まぁその状況に応じてなんとかしてみよ。」

 不慣れなことをしてヘマをしでかしたくない二人は意見を一致させ頷き合う。

 

 

--

 

 やがてプールサイドに人が集まってきた。メンツは各校の教師と艦娘たち、そして提督である。

 那珂は見学者とは異なり、演習用水路を通ってプールへと入ってきた。

 

「やっほ、二人共。準備はおっけぃかなぁ?」

「はい。いつでも。」

「(コクリ)」

 

 二人の同意を得た那珂は一旦プールサイドに近寄って声高らかに見学者に伝えた。

「それではおまたせしました。本来であれば全員で揃って各訓練を一通りこなしていき、先生方に艦娘の基本の能力を認知していただくつもりでしたが、予定を変更し、ここにおります新人二人の最終試験を行います。最後までお付き合いいただけますよう、よろしくお願い致します。さ、二人とも挨拶と意気込み。元気良くね?」

 那珂に促された川内は那珂と同じ位置にまでプールサイドに近づいた。続いて神通がその後ろを位置取る。

 

「え~、軽巡洋艦川内やってます、○○高校一年、内田流留です。今回は頑張って那珂さんにアタックしてみせるので、見ててください。よろしく!」

 川内が言い終わった後、続けて言おうとした神通だが、川内の一歩左後ろにいたことを気にかけた那珂に背中を押される。彼女は川内と同じ列に立った。

「あ、あの。軽巡洋艦神通担当、○○高校一年生、神先幸です。川内さんの同期として、那珂さんの後輩として恥ずかしくないよう私も……戦います。よろしくお願い致します。」

 プールサイドの庇の下からパチパチと拍手の音が拡散する。その音を励ましではなく純粋なプレッシャーの元として捉えた神通は胸を抑えてやや乱れた深呼吸をする。一方の川内は至って平気な様子で両腕を掲げて庇の下にいる人々に手を振る。

 二人のそれぞれの様子を見ていた那珂は手をパンパンと叩いて二人の視線を自分に向けさせた。

「さて二人とも。簡単に説明しておきます。」

「「はい。」」

「全体的な審判は明石さんに頼みました。それから戦闘の細かいところを判定したり解説する実質的な審判は五十鈴ちゃんに頼んだから。二人の判定をよく聞き入れて従ってね。」

 那珂がそう言い始めると、明石と五十鈴の二人は庇から出てプールの縁のギリギリまで近寄ってきた。

 

「二人とも、よろしくね。私詳しい事情聞いてないんですけど、急にデモ戦闘したいって本当なの?」

 本当に事情を知らない明石がふと尋ねると、一番気まずそうにする川内、その次に気まずい表情をほのかに浮かべる五十鈴と神通と、3人とも態度を暗くさせる。口を開こうとしない三人に代わって普通の笑顔を保っている那珂がフォローした。

「えぇ。やっぱりやることになったんです。あたしは二人のやる気をそんちょーして相手役を買ってでました!」

「そうですか~。それじゃあこの試合、とっても楽しみですね。念のためデジカメ用意してますので、永久保存しちゃいますよ。」

 あえて触れない那珂の態度に川内は胸を撫で下ろし、心の中で那珂にひれ伏す勢いで頭を下げていた。

 

「私も携帯で録っておくわ。良たちの訓練の良い参考になりそうだし。」

 明石がデジカメをプラプラと掲げると、それに合わせて五十鈴が制服のショートパンツのポケットから自身の携帯電話を取り出して同じく掲げて見せる。

「うわっ!二人とも準備いいなぁ。あたしはいいけど神通大丈夫?録られるけど変に意識しないでよね?」

「うぅ……また余計なプレッシャー……なんとか無視してみせます。」

「アハハ。五十鈴ちゃんも明石さんも思いっきりプレッシャー与えておいてね。外野の盛り上げは任せたよぉ~。」

「う、那珂さん鬼だ……鬼がここにいるわ!」

「(コクコク)」

 那珂の発言に五十鈴と明石は含みのある満面の笑みで頷く。企みたっぷりな雰囲気に川内と神通はたじろぐ。しかし内なる思いはいよいよデモ戦闘が始まることに武者震いさえしている。それは川内だけでなく、勢い控えめな神通も同じ思いを有していた。

 

 

 その後五十鈴が判定条件等説明をし始める。通常の演習ルールとなり、実戦に近い状態が適用される。艤装の訓練用モードにすることにより、訓練弾の命中状態によって耐久度が小破~大破まで変化する。各自のスマートウォッチのアプリ画面上や通知機能で確認できるのも実際の出撃を模したものである。

 ただし耐久度が変化しても実際に破損するわけではないため、動作にその影響しない。通常の訓練の範疇ならばその状態を見て自己判断で負傷状態を身体の動きで再現して自ら制限かけることもあるが、こと今回に関してはそのたぐいの負傷再現もなし。審判が大破と判定したら、即時動きを止めるよう言い渡される。

 那珂はハンデをつけようかと提案したが、川内ら二人ともそれを頑として拒否した。

 

 

 提督や五月雨、阿賀奈ら見学者のいる庇に近いポイントに川内と神通が、仕切りが取っ払われて本来空母艦娘用の施設内に相当するプールのポイントには那珂が立った。両者の間は普段のプールの奥行きよりも1.5倍は離れている。

 両者が位置についたことを確認した五十鈴は右腕をスッと上げて、2~3秒後に正面へと振り下ろした。

「始め!!」

 掛け声を上げたのは総審判役の明石だ。明石の声が響き渡ると、那珂たちはもちろんのこと、見学者の提督たちも緊張の面持ちを創りだして真剣味のあるものにさせた。

 

 

--

 

「よっし、行くよ神通。先手必勝!」

「えっ!?ちょ……待ってくd……

 

 神通が言いかける言葉をすでに気にしていない川内は訓練当初に見せた、水しぶきと波を巻き上げながらの粗雑で豪快なダッシュで那珂との距離を一気に縮めようとする。置いてけぼりになった神通は呆気にとられて動けないでいる。対する那珂はインパクト大の豪快な様で近づいてくる川内を落ち着き放った態度で視界に収めている。

 

「てー!」

ドゥ!

 

【挿絵表示】

 

 

 先に火を吹いたのは川内の右腕の単装砲だった。移動しながらの砲撃ができるようになっていた川内の初撃は、しかしあっさりとかわされた。

 那珂は川内の砲撃を10時の方向へと前傾姿勢でかわす。ゆっくりとした姿勢の動かし方である。川内はそれを逃がさない。

 

「続いてそこだぁ!!」

ズドッ!

 

 川内の右腕の二番目の端子に装着されていた単装砲が那珂を狙う。川内はあらかじめ単装砲の砲塔を回転させていた。指先から数度右に向いているそれは決して今この時とっさに回転させたわけではない。川内はある範囲の各方向へいつでもどんな状態でも撃てるようにという、いわゆる保険だ。

 川内の二撃目を那珂はさらに前傾姿勢かつ片膝を曲げてしゃがみ込み、そのまま10時の方向へとやや内角に弧を描いて移動し続けてかわす。最初の姿勢時と異なるのはさらに前のめりに、さらに鋭角な低い姿勢という点。そして風の抵抗が減った那珂の移動スピードはグンと上がる。

 一気にスピードをあげた那珂は弧を描くに任せて川内の背後に低い姿勢のまま回りこんだ。水しぶきが激しく立ち上がって湾曲した水壁を作り上げる。

 

「川内ちゃんいいねぇ~。あたしの動きをとっさに見られるのはいいことだよ。けど……甘い!」

 

ズドズドズドド!

 

 アドバイスを口にした直後、那珂の両腕一基目の端子に取り付けたそれぞれの単装砲が交互に連続で火を噴く。

 

ベチャベチャチャ!

 

 川内の制服の背面やコアユニット付近にペイント弾がビッシリと飛び散り、橙色の服を白濁に汚す。

 

「うわっ! くっ……このぉおお!!」

 

 被弾の衝撃は大したことはないがそれでも十分驚ける強さだった。川内は前のめりになりつつも上半身を捻って右腕を背後に向けて単装砲で応戦する。

 

ドゥ!

 

ヒラリッ

 

 川内の三度目の砲撃。

 那珂はしゃがんだ姿勢から水面を思い切り蹴ってバク転して飛びのいて避けた。その際左腕1基目の単装砲で狙うことも忘れない。

 

ズドッ!

 

パァン!

「くっ!」

 

 那珂のペイント弾の軌跡がまっすぐ自身の顔~首に向いていたので川内はとっさに左腕を目前に出してペイントの付着を防ぐ。防ぎ切れなかったペイントが飛び散って自身の前髪や制服の胸元に付くが気にしている余裕はない。

 川内の視線の先、那珂の背後には未だ呆然と水面に棒立ちしている神通がいた。

「ちょっと神通!あんたも動いて攻撃してよ!」

「は……、うん!」

 川内の怒号にも近い声が耳に飛び込んできた。神通は上半身をビクッと軽くのけぞらせて我に返る。気がついたら目の前、数十メートル先ではすでに川内と那珂が戦っていたのだ。遠目で見ても川内の被弾率しか高くない。

 早く近づいて攻撃しなければ。しかし一度実戦を経験したとはいえまともな戦闘をできたとは言い難く。巨大で殆ど動いてない的状態だったあの深海棲艦ならまだしも、目の前で自分らと敵対しているのは化物ではなく、素早く動きまわる那珂。

 いや、ある意味化物だが。

 本気で確実に当てるには立ち止まるか落ち着いた動作でないとまだ撃てない神通は戸惑うが、那珂の恐れよりも仲間である川内からの怒号と役立たず認定されるほうが直接的に怖い。そう感じた神通は思考の寄り道をやめてゆっくりと前進し始めた。

 

 神通の目の前では、右手にいる川内、左手にいる自分をキョロキョロを見ている那珂の姿があった。

 

 

--

 

 川内は顔への直撃を防ぎ、続く勢いで神通へ檄を飛ばした後、1時の方向へ前進する。左腕二番目の端子に装着した連装砲、三番目に装着した機銃を前腕に対して真横に砲塔を向け、砲身が那珂を狙うよう前腕を胸先に添えて構える。

 その時、スマートウォッチ越しに神通から通信が入った。

「川内さん、通信で伝えますね。那珂さんの注意を引きつけておいてください。」

「え?なになに?どういうことよ?」

「私の存在感なら、静かに近づけば那珂さんの背後を狙えるかもしれません。私は動きまわる那珂さんに当てるなんてとてもできないので、川内さんが那珂さんと戦っている隙を狙いたいんです。」

 神通からの作戦提案。川内はそれを快く承諾する。

「オッケー。やってみるよ。」

 通信を切った川内は那珂を10~9時の方向に視界に収めつつゆっくりと移動する。那珂に取ってみても、川内は視界に収まっている。

 そのまま前進してしまうと神通と立ち位置を揃えてしまうため、川内は途中で停止した。那珂とほぼ直線上で対峙した後、チラリと神通を右目で見て視線をすぐに那珂へと戻す。なんとか自身だけを見るように那珂を誘導せねば。

 戦いの流れを変えるにはどちらかが思い切り動くべきだ。被弾を恐れる思考がない川内は10時半の方向、つまり那珂の右側に向けてダッシュした。そのまま移動すると左腕では狙えないため左腕前腕を垂直に立てて軽くひねり、移動しながら連装砲で砲撃した。

 

ドゥドドゥ!

 

 それを那珂はその場でしゃがんでかわす。

 

ドドゥ!ドドゥ!

 

 川内は再び砲撃する。二度、三度続ける。しばらく移動していたが川内は立ち止まり、今まで横目で視界に納めていた那珂を真正面に捉える向きに変えた。

 さてどうするか。正直狙うための行動パターンなぞまったく考えていなかった川内は眉間にしわを寄せて那珂を睨みつつ悩む。目の前の那珂はなぜか川内から見て1~2時の方向にスケートを滑るようになめらかに移動し始めた。と思ったら突然方向を変えて10時の方向へと移動する。真横に移動しているようで、川内自身には近づいていない。ある程度移動してプールの対岸へ近づいたと思ったら今度は思い切りジャンプし始めた。

 川内自身は遠いため目を上に動かすだけでその動きを捉える。

 

バッシャーン!

 

 高く、というよりも中空を距離長く跳んだ那珂は五十鈴たちがいる対岸近くに着水した。水しぶきがプールサイドへと飛び散る。

 

「わぷっ!ちょっと! 何するのよ!?水かかったじゃないのよ!」

「アハハ。ゴメンゴメン。真夏のあっつーい日中に見てくださってる皆様へと涼水のサービスサービスぅ!」

「んなことどうでもいいから、さっさと戻りなさい!」

「は~い。」

 

 怒ってまくし立てる五十鈴に那珂はまったく反省の色を感じさせない謝罪をしておどけながらプールサイドから離れる。それを見ていた五十鈴と明石はハァ……と溜息を漏らした。

 

 そして那珂の言葉はプール内にいた二人に矛先を変える。

「うーん、あたしの想定では二人はもっとガンガンに向かってくると思ったんだけどなぁ~。まさかここまであたしを警戒して冒険してこないなんて思わなかったよぉ。あたしの見込み違いかなぁ~?期待はずれ?」

 後頭部をポリポリと掻きながら言う。その物言いに川内はカチンと来た。

「それじゃあ、お望み通りガンガン行ってやりますよ!」

 自身のその言葉どおり、右腕の2基の単装砲も前腕に対して外側に砲塔を回して砲身を向け、そしてボクサーよろしく両腕を胸元で脇を締めて構えた。川内の右腕の単装砲2基、左腕の連装砲と機銃は自然と正面を向く。

 

「てやあああああ!!!!」

 

 川内は川内はもはや細かく考えるのをやめにし、那珂に突進することにした。とにかく自身が那珂の注意を引き付ける。それだけでいい。あとはあの頭の回転が早く色々気がつく神通に任せればなんとかしてくれるだろう。突進しながら合計3基の主砲から砲撃をした。

 

ドドゥ!

ドゥ!ドゥ!

 

ドドゥ!ドゥ!

 

 那珂は川内の砲撃に避ける様子を見せず、その場で自身も右腕で砲撃し始めた。

((え、避けないで相殺するの!?))

 川内が想像したとおり、那珂は川内からのペイント弾を自身のそれで全弾相殺しつくした。エネルギー弾ではなくペイント弾のため相殺の効果は単に勢いを殺すものでしかない。那珂の的確な相殺で川内のペイント弾と那珂のペイント弾は一つの塊になってプールの水面に落ち、そして漂って次第に溶けていく。

 なんでかわさないのか。川内が疑問に感じて立ち止まって首を傾げたその時、右目の視界の片隅に、緑色に光る何かが水中から自分に“近づいて”きたのに気がついた。

 それは、超鈍足の訓練用の魚雷だった。まるで川内がそこにそのタイミングで到達することをわかっていたかのように、青緑の光る物体が水中を泳いできていたのだ。

 川内は立ち止まってしまったがゆえに驚きで気づいた時にはすでに遅く、まるで彼女が気づいて驚き慌てるのもわかっていたかのように、超鈍足の魚雷は瞬時に速度を上げて川内を餌食にした。

 

 

ズドドドーーン!!!

 

 

「うわああああああ!!」

 

 

 魚雷が主機が搭載されたブーツ型の艤装へ命中した瞬間、衝撃と激しく立ち上がった水柱、そして爆風により川内はプールの端近くまで思い切り吹き飛ばされ、背中から着水して水面を跳ねる小石のように転げまわった。

 川内の耐久度の情報は審判をしていた五十鈴が持つタブレット端末のアプリにすぐに通知された。訓練用のため実際に艤装に当たっても破壊されないが、実際に近い衝撃を巻き起こす。そして命中箇所、状態を考慮してシミュレートされた結果、川内は一撃で大破となっていた。

「せ、川内大破!」

 五十鈴の宣言が響き渡る。

 

「へっへ~ん!めいちゅー!艦娘の魚雷はこうやって地雷みたいに使うこともできるんだよぉ~。川内ちゃんはもっと回りを見ましょ~ね?」

 

ドドゥドドゥ!

 

ベチャベチャベチャ!

 

 

 そう得意気に川内に向かって説教を垂れていた那珂を背後から砲撃が襲った。

 

「うあっ!」

 と響く那珂の悲鳴と同時に別の場所でもう一つの悲鳴プラス、水しぶきが立ち上がった。

 

バシャーーン!

「きゃあ!」

 

 神通が目の前で発生した水柱に驚いて悲鳴をあげたのだ。水柱を避けて落ち着ける位置まで前進して那珂を見ると確かに背中い白いペイント弾が付着している。

 

「な、なんで……?私、絶対気づかれてないと思ったのに?」

 

 神通は珍しく声に出して自身の失敗の謎を思い返す。実際は那珂に命中しているため失敗ではない。隙を突くのに成功したのは間違いない。しかしなぜ時間差なしで反撃された?

 

「神通ちゃんいいね~。あたしかんっぺきにあなたのこと忘れてたよ。おかげで背中にこーんな白くてドロっとしてる液体がついちゃった!」

 わざとらしい口調で状況説明をする那珂。そんな那珂を神通は猜疑の目で見つめる。

 

「そんなおっかない顔しないでよぉ~。神通ちゃんの狙いやタイミングはバッチリだよ。そういう戦術の立て方は間違ってない。それをもっと発展していけばあなたは絶対良い頭脳になれると思う。あたしは二人の意図を最初からわかっていた、それだけのことだよ。」

 そう言って那珂は神通を真正面に見ながら自身の左腕を頭上めがけて伸ばし、その場で方向転換しつつ、振り上げた左腕をゆっくりと背後に回して背中にピタリと付けた。

 神通はそれを見てすぐに気づいた。那珂の左腕の主砲の砲身が、自身を狙い定めていたのだ。

 

「まぁタイミングとしては偶然かなぁ。色々聞き耳立てていたからなんとか上手くいったって感じ?」

 そう弾むような声で言う那珂のその言葉すら疑わしい。本気でかかってくるようなことを言っておきながら、結局は新人ということで全て舐められていたのか。

 僅かに苛立ちを覚えた神通は両腕を前方に構え、突進し始めた。

 

「や、やあああぁぁーー!!」

 大声を上げて似合わぬ突進をする神通にハッとさせられた那珂。しかしその戸惑いを保つ気はさらさらなく、迫ってくる神通とそのペイント弾を回避する。

 神通は初めて高速移動しながらの砲撃をした。自身が不安に感じていたとおり当たらずじまいだが気にしない。那珂が回避して向かった、自身から見て2時の方向めがけて腕を伸ばして再び砲撃する。

 

ドゥドゥ!

 

 那珂はそれを低空のジャンプでかわす。そして反撃されぬよう自身の単装砲で神通を狙うことも忘れずに行った。

 

ドゥ!

ペチャ!

 

「くっ!?」

 とっさに両手で防ごうとしたが顔面にペイント弾がヒットした。勢いは両手で殺すことはできたが、神通の顔と綺麗にセットされた髪に白濁したペイントが少量ながらも広範囲に飛び散って付着する。

 

「神通ちゃんには大事なことを教えてあげる。」

「な、何……を?」

 聞こえるはずもない弱々しい声量で言った問いかけに、那珂がそれを待っていたかのようにタイミングよくその内容を口にし始めた。

「今の突撃みたいな、思い切りがあなたには必要なんだよってこと。」

 

サァーーーー

 

 低空ジャンプから着水していた那珂は姿勢を低くしていわゆる溜めの構えを取り、言い終わるが早いか、まさに水面を舞う花びらか何かのようなしとやかな水上航行をし始めた。その様は先ほどの川内の水しぶきを巻き上げながらのダッシュとは真逆だ。

 一定距離蛇行しながら進んだ後跳躍する。また蛇行して再びジャンプして着水、その勢いを殺すことなく横幅広くジャンプ、着水して再びジャンプする仕草を見せるかと思ったら水面をスィーっと滑るように一切の水しぶきを立てずに移動。それを繰り返して徐々に神通に近づいていく。

 

「う、ああああ!」

 

 その美麗さと表現できない底知れぬ不明瞭な不気味さで心を支配された神通は後ずさる。艤装の主機の推進力を使った移動ではないため、那珂の舞うようなゆっくりとした接近からすら逃れられずに徐々に距離を縮められる。せめてもの対抗で神通は遮二無二に砲撃・機銃掃射し始めた。当然那珂を確実に狙ったような精密射撃ではなく、混乱が見える撃ち方だ。

 

ドドゥドドゥ!

ガガガガガガガ!

 

 

「ダメダメ!そんなてきとーな狙い方じゃ~、ホントーの深海棲艦にまぐれ当たりできるかもしれないけど、決定的なダメージなんて耐えられないよぉ!」

 

 那珂は神通のむちゃくちゃな砲射撃を華麗な水面移動・ジャンプでかわす。そして那珂は神通の背後を取る。その刹那、神通は背後に寒気を感じた。

 

「あたしはね、他の鎮守府で聞くようなふつーの軍艦さながらの砲雷撃をして型に囚われた行動はしたくない。それをうちの鎮守府の皆、これから入る皆にもして欲しくないの。」

 

ドドゥ!

 

「きゃ!」

 

 

 神通の背中めがけてほぼ至近距離から砲撃する。ペイントが跳ねて飛び散る前に那珂は向きはそのままで背後へ1~2mほどジャンプして後退し、神通が振り向く前に素早く移動して抜き去る。

 神通を抜き去る途中でも一発砲撃。

 

【挿絵表示】

 

「想像を超える化物と戦うんだから、よその艦娘がやらないような戦い方ができる艦娘になってほしいの。」

 

ドドゥ!

 

 再び神通の悲鳴が響き渡る。プールサイドの庇の下で見ている提督や艦娘たち、そして教師たちはその圧倒的な実力差に目を見開いて呆然と見ていることしかできない。

 艦娘たちは、那珂が訓練を終えたばかりの新人の最終試験でわざわざあそこまでする必要があるのかという疑念を抱き、教師たちはまた別の捉え方で那珂が神通をひたすら追い詰める光景を見続ける。

 そして提督は、那珂の一挙一動を見守る。一方で本当に怪我をすることはないものの神通の身の心配も忘れない。どちらかというと神通の心配のほうが今の提督の心内を占めていた。

 

 那珂は舞うような移動と跳躍に砲撃をプラスして神通の全身をペイントでベタベタに塗りつぶしていく。神通はもはや素肌に身に着けている下着以外はほぼまだらに真っ白という状態になっていた。そして痛くはないが強い衝撃でフラフラと足元がおぼつかない。そんな状態であってもなお那珂は砲撃を止めない。

 その状態は五十鈴の持っていたタブレット端末の画面にもすぐさま伝えられる。五十鈴が見ていた画面で神通の耐久度は小破、すぐに中破と変化していく。

 完全に混乱の渦にハマってしまった神通は、那珂がどこにいてどうやって攻撃しているのかもはや気がつけない状態だった。そんな神通に那珂は再び背後を取り、優しく語りかけた。しかしその体勢は普通の砲撃の構えではない。

「あとこれはおまけ。ちょっと痛いかもだけどゴメンね。必要とあらば体術で敵を攻撃するのもありね。いざというときのために覚えておこーね。」

 そう一言謝った那珂は片足でバランスを取りながら神通の脇腹めがけて回し蹴りを放つ。

 

ドゴッ

 

「ただね、あたしたちのパンチや蹴りはすんごい格闘家の人並以上にパワーアップしてるから、人相手には手加減してあげてね~。」

 鈍い音と共に神通は砲雷撃の際に巻き起こる衝撃よりも遥かに弱いが強烈な衝撃を脇腹に受けて3~4歩後ずさる。

「かはっ……ぃたぃ……!」

 脇腹を抱えて水面でうずくまる神通。言葉どおり那珂は相当な手加減をしてくれたのだろうが、それでも今まで脇腹に強い衝撃を食らう生活なぞしたことがなかった神通にとって、目玉やら大切な何かが飛び出てくるような驚くほどの痛みである。お昼を抜いておいてよかった。そう余計な心配を頭の片隅に持った。

 

「神通ちゃんなら、もっと思い切ってもらえれば……。だから神通ちゃんには積極的に身を持って学んでほしいの。さて、チェックメイトだよ。」

 

ドドゥ!ドドゥ!ドドゥ!

 

 トドメとばかりに、うずくまったまま動けない神通に那珂は連続で砲撃した。瞬時にその被弾状況・耐久度は審判役の二人に伝わる。

「神通も大破! 那珂は小破まであと十数%でした。」

 五十鈴の状況報告の後、明石が高らかに宣言した。

「こ、この演習試合、那珂ちゃんの勝利です!!」

 神通も大破判定となり、これで川内と神通の二人とも演習続行を不可と言い渡される状態となった。言い渡されるまでもなく、二人は戦意を喪失していた。

 

 

--

 

 那珂から雷撃を食らって吹き飛ばされていた川内は離れたところから、那珂が神通に襲いかかる光景を目の当たりにしていた。綺麗。美麗。可憐。しかしそんな上っ面を見るのも馬鹿らしいくらいの確実に追い詰めて倒さんとする攻撃。なんかのオンラインゲームであんなプレイして敵を倒してるプレイヤーがいたっけなぁ、と場違いな感想を抱く。

 

 なんだよ。あたしの時よりもめっちゃ激しいじゃん。やめて。やめてよ!

 そう叫びたかったが、そんな懇願でやめてくれるような先輩と状況ではない。仮に中止してくれてたとしたら、あの先輩の牙は自分に向かってくるかもしれない。そう考えた川内は心に影を落とす。艦娘になって本気で感じた恐怖がこれで二度目。一度目は謎の深海棲艦と戦った時。今神通に襲いかかっているのは、本気と言っておきながら舐めた態度を自分に対して取ってたように見える先輩ではない。華麗な立ち回りと確実な撃破を同時にこなす確かな本気の那珂だ。知り合いな分、一層怖い。

 怖がる川内は同僚である神通がやられる様を遠目ながらもまぶたに焼き付けるように見続けた。

 と同時に自己嫌悪に陥る。

 なんだ怖いって?冗談じゃない!

 仲間が、親友がやられる様をおとなしく見てるなんて。こんな思いはしたくない。もっと強くなりたい。自分の弱いところなんて誰にも見せたくない。見せずに済むようになってやる。

 下唇を噛みしめながら決意を新たにする川内だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本当の訓練終了

 明石から判定の声を聞いた那珂は遠く離れた水面でしゃがんでいた川内を呼び戻した。彼女が戻ってくる間に那珂は神通を背中から抱えて優しくゆっくりと立ち上がらせた。

「ゴメンね、痛かったでしょ?」

「う……うぅ。」

 言葉をまだ出せない神通はコクリと頷いて仕草で肯定する。

 やがて川内が那珂と神通の側まで戻ってきた。それをチラリと見て那珂は二人に声をかけた。

「二人とも、ご苦労様。正直言って、あたしが本気の本気を出すには二人はまだまだ実力が足りなすぎた感じかな。あたし自身まだ手探り状態だけど、もっともっと、もーっと、動けたよ。あと制服が濡れるのを気にしなければ、やりたい動きもあったし。」

「……那珂さん。それじゃあ手を抜いてたってことですか?本気出すって言っておきながら!!」

 川内は水面を思いっきり蹴りながら叫ぶ。水しぶきが周囲に撒き散らされて那珂や神通の足を濡らす。川内は俯いていたのでその表情を那珂らが確認することはできない。しかし声に憤りを感じていたのでその表情も想像に難くない。

 那珂は落ち着いて語りかける。

「言ったでしょ?あたしも手探り状態だって。だからあたし自身本気って言えるのかわからない局面もあったってこと。あたしだってまだ訓練して、自分を理解しなくちゃいけないところもあるんだよ。あなたたちとの違いは、自分をわかっている練度が違うってことだけ。」

 その言葉に那珂の秘めたる思いを想像した川内と神通は口をつぐむ。自分たちはこの先輩をまだわかっていないのだ。それと同じかそれ以上に自分たちも艦娘としての自らの実力をわかっていない。

 今の演習試合で理解できたことはなんだったのだろうか。試合の結果として負けはしたが、それよりも大事にしたい経験を思い返す。

 

「あたしたちは……負けました。ねぇ那珂さん。あたしたちの何がダメだったんですか?教えて下さい。」

 川内がそう問いかけると那珂は頭を振って答えた。

「教えない。」

「そんなぁ!?」「そ、そんな……!」

「そもそも臨時でこういうことになったんだから、教えるためじゃないんだからね。川内ちゃんはちゃんと反省してね?」

「う……はい。」

 自分の巻いた種なので強く言えなくなってしまう川内。反省という名の沈黙を守ることにした。

「何が悪くて何が良かったかは、これから始める普通の訓練の中で順序立てて教えてあげる。」

 やや戸惑いを保ったままの二人を那珂はなだめつつプールサイドへと促して移動し始める。そこには五十鈴・明石はもちろんだが、試合が終わって庇の下から出てきた提督らが近寄ってきていた。

 そして那珂はチラリと提督に目配せをしたのち、振り返って川内と神通に伝えた。

「とりあえず今のあたしが言いたいこと。二人とも、ごくろーさま。あたしにあれだけ食ってかかれたなら、大丈夫と思います。今この時をもって、基本訓練に合格したことを認めます。ね、いいでしょ、提督?」

 川内たちの方を見てるがために那珂の顔が見えない。提督は那珂の背中を見、そしてその先にいる川内と神通に視線を向け、口を開いてやや脱力気味に言った。

「あぁいいよ。すでに修了証は渡してしまったから変な流れになってしまったけど、那珂の判定を承認します。川内、神通、改めて二人がここに基本訓練全課程を修了したことを、深海棲艦対策局○○支局長、西脇栄馬として確認しました。軽巡洋艦川内、軽巡洋艦神通、訓練ご苦労様。明日から我が鎮守府の本当の力となってくれ。」

「「は、はい!」」

 

「俺が急いて最後の試験を省いてしまって、二人には本当申し訳ないと思っている。でもこうして二人が立派に立ちまわって艦娘として動けるようになったことを直接見ることができて、俺は非常に嬉しいよ。数日前まで普通の女子高生だった娘たちとは思えないほどだよ。あと先生方にもお預かりしている生徒さんの姿を見せられてよかったとも思ってる。」

 そう言うと提督は側にいた阿賀奈、理沙そして桂子に視線を向けて促した。三人の教師はそれぞれ感想を言い合って提督の意見に概ね同意を示しあう。

 自校の生徒であるため代表して阿賀奈が二人に優しい声色で言葉をかけた。

「内田さん、神先さん、先生もちゃーんと見させてもらいましたよぉ。二人ともすっごいすごい!先生驚いちゃった。このことはちゃんと校長先生や教頭先生に伝えておきますからね。光主さんも合わせて、三人ともうちの学校の自慢の生徒よ~! 先生鼻が高いわ!」

 言い終わると阿賀奈はパチパチと拍手をし始めた。それにつられるように提督、二人の教師、そして艦娘たちが拍手をする。

 

「あ、アハハ。なんか試合に負けたのに変な感じ。恥ずかしいや。ね、神通?」

「う、うん。でも……気持ち良いです。」

「二人とも、これからも時々厳しくあたるかもしれないけれど、負けないでね。一緒に頑張っていこーね?」

 そう那珂が鼓舞すると、二人は顔を見合わせそして那珂にまっすぐ視線を向けて口を開いた。

「「はい!」」

 

 この時二人はこれから始まる本当の艦娘生活をようやく心から楽しんで期待できる心持ちになっていた。




なお、本作にはオリジナルの挿絵がついています。
小説ということで普段の私の絵とは描き方を変えているため、見づらいかもしれませんがご了承ください。
ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=66786886
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/11tj_G-qe420NP5AYQD_vv92wO4npNtlbSiiTq680jKo/edit?usp=sharing

好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

艦娘教育
登場人物


 那珂VS川内・神通の演習試合は終わった。川内型の戦いに駆逐艦達、五十鈴達、教師達、提督達は様々な思いを得る。那珂もまた、自分達の訓練体制に反省を覚えた。今後の訓練について議論の場を設けるよう根回しをし始める。

【挿絵表示】


今回は趣向を変えて、ここまでと本巻(章)の登場人物達の紹介をしたいと思います。


<鎮守府Aのメンツ>

軽巡洋艦那珂(本名:光主那美恵)

 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。後輩である川内と神通の教育がもっとも気がかり。二人の成長のためなら二人を叩きのめして厳しくあたることも辞さない。それでも明るく振る舞ってフォローを忘れない。夏休み、艦娘の仕事の合間に高校の用事もしっかりこなす。

 

軽巡洋艦川内(本名:内田流留)

 鎮守府Aに在籍する川内型のネームシップの艦娘。基本訓練を卒業して気が大きくなって思わず那珂に食って掛かったが、本気で那珂に反発したいわけではない。普段の訓練では自身のゲーム・マンガ知識を活用しようとする。夜でも深海棲艦の姿を捉えられる、暗視能力の持ち主。すっかり艦娘の仕事にハマってしまい、高校の夏休みの宿題を忘れがち。

 

軽巡洋艦神通(本名:神先幸)

 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。同期である川内に置いてかれまいと強い意志を見せることもあり、精神面での強さ・素質はある。その真面目さ・洞察力を見入られ、普段の訓練の監督役に抜擢される。

夏休みの宿題は早々に終わらせているので、艦娘の活動にしっかり腰を据えている。

 

軽巡洋艦五十鈴(本名:五十嵐凛花)

 鎮守府Aに在籍する長良型の艦娘。同局で最初の軽巡洋艦艦娘。那珂とともに川内・神通の基本訓練の監督役を務めた経験を活かし、今度着任する長良・名取の訓練に注力する。普段の訓練の監督役に那珂とともになる予定だったが、その役目を神通と時雨に譲った。

 

軽巡洋艦長良(本名:黒田良)

 鎮守府Aに着任することになった艦娘。五十鈴とはリアルで友人。頭はよろしくないが、運動神経は抜群で底抜けに明るい。

 

軽巡洋艦名取(本名:副島宮子)

 黒田良とともに鎮守府Aに着任することになった艦娘。五十鈴とはリアルで友人。気が弱く押しにも弱いが、性格正反対の五十鈴や長良とは仲良く明るく交流を持っている。

 

駆逐艦五月雨(本名:早川皐月)

 鎮守府Aの最初の艦娘。秘書艦。内に秘めるポテンシャルは高いのだが、早川家の血筋なのかうっかりドジが多々あるためイマイチ他のメンバーに埋もれがち。那珂はその事を見抜いている。

 

駆逐艦時雨(本名:五条時雨)

 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。夏休み前半に両親と旅行に長々と行っていたためか、他のメンバーが川内・神通と仲良くなっているのにやや戸惑っている。神通とともに普段の訓練の監督役に任命された。

 

駆逐艦村雨(本名:村木真純)

 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。艦娘としての能力は駆逐艦組としては実はトップクラスだが、本人のマイペースな性格があってあまり発揮されることはない。姉の影響でヘアセットが得意なので、恰好のおもちゃ否モデルの神通のヘアセットを率先して担当している。

 

駆逐艦夕立(本名:立川夕音)

 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。相手が誰でも自由奔放。川内と同じく夜でも深海棲艦の姿を捉えられる、暗視能力の持ち主。

 

駆逐艦不知火(本名:知田智子)

 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。五月雨の次に着任した。艦娘の時だけでなく、普段の中学校生活でも寡黙。フィーリングが合った神通に割とべったり。彼女が別の艦娘に言及すると静かな嫉妬を見せる。自身の中学校の艦娘部顧問、石井桂子の態度に苦労させられている。

 

重巡洋艦妙高(本名:黒崎(藤沢)妙子

 鎮守府Aに在籍する妙高型の艦娘。唯一の重巡洋艦。五月雨の代わりに秘書艦になることも多い。鎮守府Aの近所に住んでいる関係上、割とすばやく帰宅・出勤が可能。家事があるため普段の訓練では皆に加われないことがあるが、見た目と雰囲気に似合わず運動神経や機転が利くため、練度の遅れはほとんどないどころか、自然と少女たちの先をゆく。年代のためか、少女たちの訓練構築を提督らと共にレビューする側の立場に立つ。

 

工作艦明石(本名:明石奈緒)

 鎮守府Aに在籍する艦娘。艤装装着者制度上、国や主要団体と技術的な提携を行っている製造会社の社員であり、同社から工作艦明石として鎮守府に派遣され、工廠の工廠長を務める。技術的な面では他の誰よりも頼りにされている。本人的にも割と面倒見がよく気さくなので、少女たちの訓練のレビューにもたまに顔を出す。

 

工廠の技師達

 明石とともに製造会社から派遣されている社員。年齢性別様々だが、女性が多い。二人ほど男性がいる。女性陣は艦娘全員と比較的仲良く、男性二人は提督と仲がよいが、そのうち老齢に近い男性は艦娘達から実は提督以上に慕われている。少女たちが遅くまで鎮守府にいるときは、最低二人は遅くまで鎮守府に残っている。

 

提督(本名:西脇栄馬)

 鎮守府Aを管理する代表。正式名称は深海棲艦対策局千葉第二支局、支局長。普段のIT企業社員としての仕事も忙しいため、鎮守府Aの艦娘の訓練内容については基本的には本人たちに任せている。とはいえ内容のレビューなどの足回りは忘れずにこなす。

 

 

<鎮守府Aに協力する人々>

四ツ原阿賀奈(将来の軽巡洋艦阿賀野)

 那珂・川内・神通の通う高校の教師。艦娘部顧問。那珂らにせがまれて久々に鎮守府に姿を見せる。すっとぼけているように見えるが、重要な局面ではしっかりと生徒を諭せる面倒見の良い女性。

 

黒崎理沙(将来の重巡洋艦羽黒)

 五月雨・時雨・村雨・夕立の通う中学校の教師。同校の艦娘部顧問。従姉の妙子が鎮守府Aに在籍していることはつい最近知った。知り合いがいて恥ずかしいと思う半面、安心している。

 

石井桂子(将来の軽空母隼鷹)

 不知火の通う中学校の教師。鎮守府に姿を見せるときは不自然なくらいの丁寧さとしとやかさを何十にもまとって来るが、不知火に突かれると割とすぐボロを出す。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

公開訓練に向けて

 川内の早とちりから始まった議論の脱線、そして川内・神通両名のデモ戦闘は結果は那珂の勝利に終わった。結果としては負けたが、川内と神通はともに良い気分で感情が高ぶっていた。

 それは当事者の二人であるだけではなく、見学していた五月雨や時雨たちにも影響を与えていた。

 

 プールサイドに近づいてデモ戦闘終わりの雑談をしていた那珂たち。

「ほら三人とも、その面白すぎる格好は先生方に申し訳ないから、早く工廠に戻って洗い流してきなさい。」

「「「はい。」」」

 提督からの指摘に那珂たちは返事をすると、プールサイドには上がらず三人揃って反転してプールを横切り、演習用水路から工廠へと戻っていった。明石は那珂たちのアフターケアのため先に戻っていき、残りの皆は提督がその場の音頭を取って連れて正規の出入り口からプールを後にして工廠へと戻った。

 

 

--

 

 提督らが工廠に寄って数分後、体中のペイントを洗い流して半乾きになった那珂たちが工廠の奥から出てきた。

「や~や~提督。ゴメンゴメン待ったぁ?」

「いや、今さっき来たところだよ。」

「アハハ!なんか今のやり取り、デートみたいだよね~?」

 自身が意図していなかった思わぬやり取りに那珂はケラケラと笑って提督に向かって言い表した。すると提督はつられて笑うがコホンと咳を一つしてすぐに真面目な表情に戻す。

 

「この後の予定はどうするんだ?」

 提督の言葉を聞いて那珂は皆から少し離れ、提督を手招きする。

「そーだねぇ、ホントならさっきの話し合いをもうちょっと内容詰めて、今日時点の内容として発表するところまでを先生方に見てもらいたいって思ってたの。話し合いだけずっと見ててもらっても先生方に悪いだろーから、今日は早めに切り上げるつもりだったの。」

「なるほど。ところでなんで離れて話す必要が?」

 提督のやんわりとしたツッコミに那珂は真面目な言いよどみをして遠慮がちに言う。

「だってぇ……あたしの最初の考えとは違う流れになっちゃったし、あの場であたしもついつい川内ちゃんに乗って少しキレちゃったし。あたしの考え聞かれちゃったら、“あんた、偉ぶってるけど指導力ないじゃないの。”って思われちゃうし先生たちにも迷惑かけて申し訳ないよぉ。」

「……そんなこと思われないと思うけどな。考え過ぎだって。君ってそんな心配性だったっけ?」

「なにおぅ!?」

 提督の何げない鋭い指摘に那珂はわざとらしく大きめに腕を振り上げて叩くリアクションする。提督は乾いた笑いをしながら落ち着きはなって那珂を宥める。対する那珂ももちろん本気ではない。

「……まぁなんですかねぇ。本来はってことだから。さすがのあたしも一試合したからちょっと疲れたよ。提督の口から音頭お願いね?」

「あぁわかった。」

 那珂から割りと本気半分冗談半分の疲労気味の言葉を聞いた提督は皆のもとに戻り説明をした。教師たちは納得の意を見せるが、艦娘たちは同じではない。

 

 

「あたしたちぜーんぜん疲れてないしぃ~、むしろさっきの川内さんたちみたいに演習試合したいっぽい!」

 真っ先に不満を口から漏らしたのは夕立だ。ピョンピョンと小刻みに跳ねてカラリと言う彼女に続けとばかりに回りからも声が響き始める。

「今回ばかりはゆうに賛成です。僕も……ちょっと動きたいです。」

「そうねぇ。私もひと暴れしたい感じぃ~。」

 時雨が珍しく夕立を叱らない言葉で続き、村雨も上半身を軽く左右に振ってストレッチしながら同意見を示す。三人が口々に欲すると、理沙がそれに反応した。

「ちょっと……三人とも?西脇さんや那珂さんにご迷惑かかってしまいます……よ? え?」

 言い終わる前に理沙は服の裾をクイッと引っ張られているのに気づいた。その方向には五月雨がいる。服の裾を軽くつまみ、五月雨は理沙をやや垂れ下がり気味のくりっとした目で上目遣いしている。

「え……と。早川さんも?」

「エヘヘ。はい。私もなんだかやる気たっぷりなんです!」

 五月雨こと早川皐月は学校ではおっとりほんわかマイペースながらも体育以外の授業はすべてに堅実にこなして成績も良い。しかし熱く取り組む光景を教師である理沙は見たことがない。そのため、先の三人に続いて五月雨も意志強く言い出したことに驚きを隠せない。

 理沙が戸惑っていると、理沙の従姉である妙高こと黒崎妙子が助け舟を出した。

 

「理沙、いいではないですか。せっかくあなたの生徒たちがやる気になってるんですもの。」

「……お姉ちゃんがそう言うなら。」

 理沙はひそめていた眉を水平に戻し、提督に向かってお辞儀をしながら丁寧に言った。

「あの……西脇さん。うちの生徒たちがこう言ってるのですが、私からもお願いしてよろしいでしょうか。」

 提督はその言葉を聞いてさらに五月雨たち艦娘の顔をザッと眺め見る。それぞれ表向きの表情は違えど、うちに秘める思いは4人とも同じに提督は感じられ、小さくため息をついて返事をした。

「別に構わないですよ。あとは那珂がどう答えるかがね……。」

 と言葉を濁しながら右斜め後ろに立っていた那珂の方へチラリと視線を送る。那珂は五月雨たちのやる気っぷりを一緒に見ていたため、提督の視線を受けるとすぐにニコリと笑顔で返した。

「ん、いいよ。せっかくみんながやる気出してくれてるんだもの。ここで年上のあたしたちがへばってたらいけないのですよ。あたしはいいとして、二人はどーお?」

 川内と神通は那珂から視線と言葉を受けて顔を見合わせてから答える。

「あたしも構いませんよ。てか体力はまだまだ有り余ってますし。」

「わ、私は……ちょっと休んでからなら。」

 二人の意見を聞いて那珂は改めて提督と理沙に向かって回答する。

「というわけなので、前言撤回! あたしたちもこのまま引き続き訓練することにしました!」

 

 那珂が承諾の意を示すと、理沙は笑顔で小さくため息をつく。そして振り返って五月雨たちに伝えた。

「皆さん、いいそうですよ。ご迷惑にならないようしてくださいね。」

 理沙の許可にやったぁと四人とも飛び跳ねて喜び、そして理沙に向かってタックルして抱きつきあう。教師である理沙はそれをされるがままにしている。側にいた提督や那珂の目には、微笑ましい教師と教え子愛だなぁと映ると同時に、にこやかな笑顔の中に相当無理してるというのが容易に見て取れた。

 提督は五月雨たちの直接の保護者たる理沙を尊重して、那珂は他校の先生と生徒のことなのであえて触れずにいた。

 

 

--

 

 那珂や提督らが理沙そして五月雨たちとワイワイ話している間、唯一意見を発していない不知火がジーっと自分を見ているのに神通は気がついた。相変わらずの無表情である。明確に言えないが、その視線に犬のような感覚を覚える。ただし、子犬というわけではない。

 神通が不知火の方をハッキリと向いてニコリと笑顔で無言の問いかけをすると、不知火は隣にいた桂子をチラリと見上げた。

「ん?智田も……コホン。智田さんも皆さんと訓練したいのかしら?」

「(コクコク)」

 

 その後二人とも小声でやり取りをし始めたのをなんとなしに神通は見続ける。バラすな!だのうっせぇ!だのあんたは!などと妙に乱暴な声が聞こえてきたが、神通は努めて何も聞いてないことを自身に言い聞かせる。余計な事を知るとろくな事がない。こういうとき自分の大人しさは非常に便利だ。そう思って神通は意識を不知火だけに向ける。

 そして不知火と目が合うと、それに気づいた隣の教師が声をかけてきた。

 

「え~と誰っつったけあんた。……コホン、どなたとおっしゃったかしら?」

「神先幸と、申します。……艦娘名は神通です。」

「そう。この智田からお話は伺っていますわ。うちの智田は感情を表に出すのが苦手な子なの。そんな子があなたのことを必死になって話すのよ。もう面白いったら……コホコホ。え~、この娘が他校の人間を慕うのは珍しいのよ。あなた高校生よね?ぜひうちの生徒の良い手本になってくださらないかしら。あなたの先輩の那珂さんのようにね。」

「は、はい……善処します。」

 一人で他校の、知らない大人と対面する羽目になるなんて……。よりによって一番苦手な流れに踏み込んでしまった。神通は諦めが混じる鬱屈した表情を一瞬浮かべる。対する桂子は他校とはいえ学生の態度には慣れているのか、神通が上手く隠せたと思い込んでいる、あまり相手によろしくない表情を見て怪訝な顔をするもすぐににこやかな、ただし自然ではない笑顔で神通にさらに話しかけてきた。

「神通さんは学校ではお友達とはどういうお付き合いをしているのかしら?」

「え……と。それは、どういう意味……で?」

 何の脈絡もなくなんて話題を出してくるんだこの先生は。神通はてっきり艦娘絡みの話題が続くとばかり思っていた。その矢先にこの問いかけ。取り乱さないわけがない。しかし表向き神通は努めて平静を装い相手の出方を待つ。

「いや~……ええと、艦娘になった他校の生徒の素行が知りたいのですよ。特に他意はございませんわ。オホホ。」

 神通はその言い回しに既視感を覚えた。そういえば人を食って掛かる言い方をする人物が身近にいたっけと。しかし今はその人物の援護射撃がほしい。そう願って視線を送ろうとするが、彼の女は桂子と不知火によって塞がれていて見えない。上半身と頭をわずかに傾けても無駄だ。

 神通はおとなしくその問いに答えることにした。

 

 

--

 

 神通が桂子と不知火に捕まっている間、那珂は話を進めていた。

「それじゃあ皆に確認ね。これから行う訓練は、午前中に決めた中のいずれかをしたいと思います。皆さん色々やりたいことあるでしょーが、せっかく先生方に見てもらうんだもの。基本中の基本である、航行訓練、つまり水上移動をしたいんだけど、どーかな皆?」

 真っ先に口を開いたのはやはり川内と夕立だ。

「えー、めっちゃ基本じゃないですか。今更な気もするなぁ。」

「ホント。そー思うっぽい。なんか普通に駆けっこを先生に見せる感じがするよー。」

 そんな二人に時雨がツッコむ。ちなみに川内へのツッコミをするはずの神通はまだ桂子に捕まっていた。

「ゆうも川内さんも……。まだ艦娘になっていない先生方に艦娘のなんたるかを見せるには、やっぱり基本の部分から見せないといけないと思うよ。」

「そうねぇ。私は那珂さんに賛成よ。」

 村雨も頷いて同意する。

 次に五十鈴が口を開く。

「私からもその基本をお願いしたいわね。ここにいる二人にとっても、良い手本だと思うの。」

 そう言って五十鈴が両隣にいた良と宮子の肩を叩く。不意に振られて二人とも焦るが、すぐに五十鈴の言葉を追認して頷いた。

「そういえばそうでしたね~。お二人が次に着任される方々なんですもんね!私たちが頑張ってお手本にならないといけませんね!」

 フンス、と鼻息を荒げて立てて意気込んだのは五月雨だ。その仕草に時雨や村雨、そして那珂はフフッと微笑する。

 

「それじゃあみんなの同意を得られたってことで、今日の……公開訓練ってところかな。公開訓練は水上航行にしよ。ってことで、おーい、神通ちゃん?話聞いてたァ~?いいかな?」

「へっ? ……は、はい!」

 那珂は桂子と不知火と話し込んでいる(ように見えた)神通に呼びかける。神通は、やっと先輩からの助け舟が来たことに多大な安堵感を得て心の中でため息を吐きそうだった。しかしさすがに目の前の教師に対して失礼な反応だと気づいたので口では吐かずに鼻で空気を吐き出して緊張を解く。

 そんな目の前の様を教師は逃さない。

「細かいお話はまた次の機会にいたしましょうね。それから……神先つったっけ……さんと言ったわね。あなたもう少し声を張ったほうがいいわよ。自分の意見くらいキビキビ口を開いて言いなさいな。」

「は、はい……ゴメンナサイ。」

「うちの智田が同級生の友人以外を慕うなんて珍しいんだから、もっとシャキッとなさい。」

 桂子はそう叱りつけて、神通の肩に手をポンと置いて抜き去って提督らのもとへと歩いて行った。一同から離れていた場所にいるのは、神通と不知火だけになった。

 顔が強張ったままの神通に不知火がそうっと近寄り、ペコリと頭を下げて言った。

「ごめんなさい。桂子先生は、実は熱血タイプなので。」

 不知火の説明にいまいち要領を得ないといった様子で悄気げた表情をしてしまうが、神通は本当に泣きそうになるのをあと一歩で堪えて作り笑いを返す。

「だ、大丈夫ですから。さ、行きましょう。」

 そう言って神通は振り向き、不知火と揃って那珂のもとへと歩み寄っていった。

 

 いつの間に他校の先生と話せるようになったんだろうと那珂は一瞬勘ぐる。側に寄ってきた神通の顔にひどく疲れた色が見えた。それが先刻の試合のものではないことは確かだとなんとなく察したが、まぁそれも成長だろうと、そう判断してあえて触れずに気に留めないことにした。

 

 

--

 

 その日、教師らに見せる訓練を水上航行に決めた那珂たちは早速工廠の奥へと艤装を装着しに戻り、10人の艦娘揃って演習用プールへと向かった。

 プールへと向かう前の準備の最中、那珂は初めて艦娘として動く様を見ることになる妙高に話しかけた。

「そーいえば妙高さんは、重巡洋艦の艦娘なんですよね?」

「えぇ、そうです。」

「重巡洋艦ってどんな戦い方っていうか、動き方できるんでしょーか?」

 那珂の素朴な疑問。妙高はそれにクスリと微笑む。

「フフッ。多分みなさんと変わりませんよ。明石さんや提督によると、私の妙高の艤装は相当燃料や弾薬エネルギーを費やすとかで、なんだか申し訳なくて。ですのであまり出撃や本格的なアクションはしたことないんです。だからこうして若い子に混じって訓練をするの、とっても楽しみなんですよ。」

「へぇ~そうなんですかぁ。訓練だけじゃなくていつか一緒に出撃したいです!」

 妙高は那珂の素直な要望に、言葉なく笑顔で頷いて返事とした。

 艤装を装着し終えた那珂が妙高のそれを見てみると、なにやら自分たち川内型の艤装と似ている感覚を覚える。

「あ~、妙高さんの艤装も、もしかして端子に装着させるタイプなんですか?」

「えぇ、そうですね。あら?よく見たら那珂さんと同じみたいですね。」

 那珂と妙高のやり取りに気づいた川内が興味ありげに近づいてくる。

「おー、妙高さんの艤装ってそういうのなんだ。あたしたちみたいに動きやすそ~。ね、神通。そう思わない?」

「(コクリ)」

 若い娘三人から急に注目されて妙高はやや頬を赤らめて反応を返す。

「そう言ってもらえるとなんだか嬉しいですね。あまり意識したことなかったから不思議な感覚です。おそらく細かい使い方はもうあなた達のほうが詳しいでしょうし、おばさんに教えてもらえると助かります。」

 少し感じた妙高の茶目っ気。那珂は心からの笑いを浮かべてツッコむ。

「アハハ!もー妙高さんってば!自分でそんなこと言ったらダメですよぉ!」

「そーですよ妙高さん。ぶっちゃけあたしのママより数十倍は美人ですよ!それにあたしや神通でも2週間であれだけ動けるようになったんですから、らくしょ~ですよらくしょ~。」

 川内たちの会話に、側で耳を澄ませていたのか女性技師が話に入ってきた。

「あ、そうそう。那珂ちゃんたち聞いてないかもしれないけど妙高さん、訓練を本来3週間で終わらせるところを約半分の期間で全部終わらせたすごい人ですよ。」

「えっ、マジですか!? あたし達なんか目じゃないじゃん……。」速攻で反応したのは川内だ。

「へぇ~!それじゃあまさにスーパー主婦艦娘って感じですねぇ~。やっぱお艦だ~。」

「んもぅ、二人とも……。○○さんも余計な事おっしゃらないでください。」

 那珂と女性技師から妙な賞賛を受けた妙高はさらに照れを見せ、しとやかに苦笑する。

 那珂たちはまだ見ぬ妙高の立ち居振る舞いにも期待しつつ、教師たちへ全員の訓練の様を効果的に見せられるよう意気込むのだった。

 

 

--

 

 演習用プールに出た合計10人はブイや的、その他必要道具を持って姿を現した。プールサイドには提督が先に来ており、先程の那珂たちの演習試合と同じようにプールサイドの庇の下に教師たち三人と二人の少女を招いていた。

 提督の隣には阿賀奈が、理沙と桂子は阿賀奈の隣の椅子に腰掛けている。五十鈴の友人であり、この後艦娘となる良と宮子は遠慮しているのか、教師たちから1つ分椅子のスペースを空けて立って見ている。

 ブイをどのように配置するか那珂と五十鈴、そして神通と時雨が考え悩んでいると、そこでハキっと提案してきたのは川内だった。

「○○っていうバイクゲームがあるんですけど、カラーコーンやいろんなアイテムでコースが形作られてるんですよ。艦船を模したあたしたちがやるってんなら、そーいうコースづくりが必須でしょ!?でしょ!?」

「あ~はいはい。あんたのゲーム知識はわかったから。だから早くそのコースの指示頂戴な。」

「アハハ。五十鈴ちゃん口悪いなぁ。川内ちゃんの知識すっごく助かるよ。その案採用!」

 身を乗り出して案を提示してくる川内に根負けした五十鈴と那珂はそれぞれ違う反応で川内の案を受け入れる。

 

 提督らと一緒に来ていた明石は今回もやはり訓練全体の進行の判定・サポート役を買って出た。事前に明石に水上航行訓練の意図や流れを明石に伝えていた那珂は、プールサイドにいる彼女の目から、自分たちがブイと的で形作るコース全体を俯瞰してもらいながらコースの設置を急いだ。コースの仔細とポイントは那珂の口から明石と女性技師に伝えられ、訓練の準備が進められることとなった。

 プールには2レーンのコースが作られた。最初にブイが一定間隔にまっすぐ配置されたゾーン、そこを越えると半径数mをランダムに動く的のゾーン、そしてジグザグにブイが配置されたゾーンと三部構成になっている。

 一度に二人でコースを巡ることになるため、那珂はその順番とペアを決めるべく音頭を取り始めた。川内は五十鈴と、神通は不知火と、五月雨は夕立と、村雨は時雨と、そして那珂は妙高と一緒の回に決まった。

 

「さて、みんな。これから水上航行訓練を始めたいと思います。と言っても今のみんなからすればひっじょーに簡単だと思います。」

「そうだそうだー!」

「そうっぽいー!」

 今までのことなどすっかり忘れてヤジ飛ばしをする川内と夕立。那珂は二人のことはガン無視して話を続ける。

「簡単なんですが、一般人に見てもらう艦娘の活動としては、もっともシンプルで効果的なものだと思います。先生方に、あたしたち生徒が艦娘としてどのように活動しているのか、見てもらいましょー。ここまではいいかな、みんな?」

 那珂が全員に目配せをすると、五十鈴を始めとして神通、妙高、そして五月雨らが返事をして頷く。

「今日は水上航行だけど、これからしばらくは先生方の都合があえば随時あたしたちの訓練の様子を見て頂く予定です。この次は砲撃、とか次は回避、とか。」

「あなたのことだからただ見てもらうだけじゃないんでしょ?」

 五十鈴が確認のため思ったことを口にすると、那珂はエヘヘと微笑する。

「うん。事前に明石さんたちに、今回の訓練のチェック項目を伝えています。ちょーっとばっかし外野に一苦労してもらうことになるけど、それによってあたしたちの動きの良し悪しが数値化できるはずです。同じことを今後の訓練でもやるつもりです。」

「お~!実感湧いてきた。つまりRPGとかのステータス化ですね!」

「うんうん、川内ちゃん的確なたとえありがとー。」

 那珂の素直な感心の様に川内はエヘヘと照れ笑いを浮かべた。

 

「それじゃあこれから走ってもらうけど、明石さんと技師の○○さんに頼んでちゃーんと録画してもらいます。恥ずかしいことになっても後世に残るのでそのつもりでコースを疾走してください。」

「うわぁ~、那珂さんすっげぇプレッシャー。」

「う……そういうの、私ダメです。」

 川内と神通がそれぞれの思いを口にすると、五月雨たちもワイワイと言い表して意気込みを語り合う。

「これであたしが時雨やますみんより上ってことがはっきりわかるっぽい?さみよりかは当然上だとしてぇ~。」

「わ、私だって負けないもん!」

「そうだね。運動神経は確かにゆうのほうが上だけど、艦娘としてはなんだか負けたくないね。」

「ゆうにはっきり負けるのはなんか癪に障るわね。艦娘が単に運動神経いいだけじゃダメってところ証明しましょ。ね、時雨、さみ。」

「うん。ホラホラ、さみもいつまでも膨れてないで。」

 時雨が頬をつっつくと、わざとらしくぷしゅ~と空気を吐いて五月雨は夕立に対する対抗心の表向きの表現を隠し、静かに燃やすことにした。

 

 一方、神通は中学生組で唯一他校の不知火と隣り合ってこれからの展開を話していた。

「基本に立ち返りましたね。」

「はい。」

「最初の頃、私、うまくイメージできなくて……。それで猛ダッシュして気絶しちゃったことあるんです。」

「最初のうちは、そういうものです。」

「不知火さん……も?」

「(コクコク)」

 自分の出来だけが特殊なのではなさそうだ。年下だが先輩艦娘の無口な告白に神通は安堵感を持った。

 それにしてもこの不知火という少女、イマイチ表向きの表情が読めない。口数が少ないし声にあまり感情を出さないがゆえに五月雨や夕立らに上手く混ざれないでいるように見える。しかしその傍から見ればそんなボッチな状況を、別段気にしている様子もない。

 本当のところはどうなのか推し量れないが、きっと内面は強い娘なのだろう。ただ、何回か感情をモロに出したことがある。おそらく我慢のキャパシティを超えた時だったりするのか、神通は隣にいる少女をチラリと見てそう付け加える。

 自身も口下手で口数が少ないと自覚しているし、なおかつ友達が少ないことでの痛手や空気感は知っている。だからこそ、同じ匂いのするこの少女ともっと仲良くなりたい。

 傷の舐め合いと言ってしまえば言い方は悪いのはわかっている。唯一の親友の和子も自身と似た感じだったため、すぐに仲良くなれた(と思っている)。同じ雰囲気の人となら気が楽だ。どんな形にせよ人付き合いなのだ。きっと那珂さんだってとやかくは言わないはず。

 

 神通はそこで思考を締めくくった。那珂の号令が響き渡ったからだ。ここからは真面目に取り組まねば。発せられた冗談のとおり、みっともない様を不知火はもちろん、四ツ原先生、そして二人の他校の先生にも晒してしまいかねない。絶対にミスはできない。

 神通は目の前でワイワイと強く意気込む川内、さらに目の前で笑顔のプレッシャー攻撃をしてくる那珂、そして一同それぞれにサッと眼球運動だけの視線を送り、静かな闘志を燃やし始める。

 

 そして10人の、水上航行訓練をはじめとする公開訓練のパイロット運用が始まった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

公開訓練(導)

 水上航行訓練でブイにぶつからない・揺らさない、針路を邪魔する的を上手く避ける。そしてジグザグなブイを安定して避けながらなるべく早く行って帰ってくる。そして帰り道も同じ。なとかつタイムも測る。

 いきなりコースを進むのは第一陣の二人に悪いと思い、那珂はコースの実演をすることにした。その際、神通にも試走することを指示した。

 驚き戸惑う神通だったが、那珂の期待に満ちた眼差しと不知火の背中押しもあり、意を決して臨むことにした。

「単なる実演だから上手くやろうとか思わなくていいからね。あたしが最初に行くから、その動きを追ってみてね。」

「は、はい。」

 

 那珂が発進し始めた。3つのゾーンを適度に水しぶきを立てて移動するその姿は、別段美しいとも思われない、普通の航行の仕方であった。那珂の見せ方は、自分の様よりもコースを巡るという動きに意識を向けさせるためのものだった。

「……っと、こんなところかな。さーて神通ちゃん。みんなを代表してコースを実演して見せてね。」

 そう言葉をかける那珂に対してもはや声を発さず、頭を縦に振ることで全ての返事として神通はスタート地点に立った。

 そして発進し始めた神通は、最初のゾーンを那珂よりもゆっくりめのスピード、的がウロウロする次のゾーンを一度目はぶつかりそうになって背面に飛び退いて様子を見た後、一気に速度を上げて的をかわして次に進む。最後のジグザグのゾーンは最初と同じスピードでブイを連続してかわして折り返し、最初のゾーンまで無難に戻るという実演を行った。

 神通が戻ってくると、那珂は肩をポンと触れるのみで、見ていた全員に向けて説明を再開した。

 

--

 

「それじゃーまずは川内ちゃんと五十鈴ちゃんから。後のみんなもちゃーんと見ておいてね。」

 川内と五十鈴がスタート地点に立つ。それを見た那珂は普段の声調子で全員に指示を出した後、号令をかけた。

「そりゃー、先手必勝!!」

 

ズザバァアアア!!

 

「くっ!? まーた乱暴な……。」

 五十鈴が愚痴をこぼすほど、川内のスタートダッシュとその後の進み方は乱暴な様だった。まるで基本訓練当時のコース巡りの時のようだ。呆れながらも五十鈴は自分のペースを保つことを心に言い聞かせて進む。

 一方乱暴なスタートダッシュをした川内は最初のゾーンをやはり乱暴に進み、ポイントであったブイにぶつからないという点はかろうじてクリアしたが、激しく揺らして近辺の水域を波立たせていた。

 続いて的のゾーン。那珂ばりにジャンプしてかわそうと目論んだ川内だが、それは豪快に失敗した。数歩水面を歩いて後退し、助走をつけた形で姿勢を思い切り低くしてダッシュする。

「うー……そりゃああああ……あうっ!?」

 川内は顔からプールの水面に着水してそのまま沈んで全身を水中に沈める形になった。タイミングを見計らったつもりが、左足が的のてっぺんに当たって勢いが完全に殺されたのだ。頭からの沈没後、足の艤装の主機で浮くも姿勢を戻すのに手間どる。そんな川内を横目に、タイミングよくかつ素早く的をかわすことに成功した五十鈴が同じラインを通り過ぎていく。

「お先に。あんた全然学んでいないのね。」

 冷やかしの言葉を投げかけて五十鈴は最後のジグザグゾーンに突入していった。

「う……だってだって、主人公のバイクだって豪快にウィリー走行して障害物かわすことあるんですよぉ。」

 川内の物言いはすでに誰も聞かれていない。

 

 その後五十鈴が折り返して戻ってきた後、数十秒して川内が戻ってくるという結果に落ち着いた。最後に焦りに焦り飛ばしすぎた結果、ゴールライン手前でジャンプして豪快に海中に飛び込むというおまけが付いたゴールだった。

「ちっくしょー。的を上手く飛び越えられればなぁ。五十鈴さんに楽勝で勝てたのにぃ。」

 水面に胸から上だけ出して悔しがる川内を鼻で一笑する五十鈴。ため息の後に止めの言葉を発した。

「あんた、那珂と似てるわ。ちょっといいカッコしたがりなの。あの先輩にしてこの後輩あり、ね。」

「ふっふっふ。それは褒め言葉として受け取っておきますよ。」

 

【挿絵表示】

 

 止めが止めになっていないが、それでも川内としては感じるものがあった。

 

 

--

 

 次に神通と不知火の並走が始まる。

 試走で一度やっているので航行すること自体に緊張はないが、それでも緊張している神通。原因は並走する不知火だ。

「し、不知火さん、頑張りましょう……ね。」

「……。」

 

 神通が何か語りかけても不知火は一切反応しない。まるでお前なぞ眼中にないと言わんばかりの雰囲気だった。無視されているという現実が神通を戸惑わせる。三度話しかける神通に向かって、不知火はポツリとつぶやいて再び口を閉じる。

「あ、あの……このコースはですね……」

「神通さん、不知火は、勝負と思ったことに対しては、友達にだって絶対に、容赦はしないつもりです。だから、神通さんとはいえ手加減致しません。」

 

 不知火から感じる、異様なまでの闘志。つぶやきながらも視線はコースから一切外さない集中力。神通はまたしても知り合いについて初めて見る一面に驚き戸惑うことしかできない。

 人は、話しかけられることを絶対的に嫌うタイミングがある。神通も口数が少ないタイプなだけにそれがよくわかる。

 これから何かに取り掛かろうと集中し始めた時だ。

 つまり今の不知火にとって、神通自身は慕い慕われる存在ではなく、鬱陶しい存在でしかないかあるいはライバルなのだ。これはもはや自分も無理に話しかけるべきではない。神通は不知火から視線を外し、目の前のコースを見定めることにした。

 

「いいかな二人とも。それじゃーはじめ!」

 那珂の号令が響き渡った。

 神通は試走の時と同じようにスピード緩やかに、そして試走の時よりも丁寧にブイを避けて蛇行していく。不知火はというと、神通の3倍の速度でもってブイを連続して素早く、かつキビキビとかわして進んでいった。速度・丁寧さ・各ポイントどれをとっても神通よりはるかに上だ。

((不知火さん、すごい。速いのに、綺麗。前の那珂さんほどじゃないけど、すごい……。))

 神通は不知火の立ち居振る舞いに見とれた。先日の自由演習の時は味方であったがゆえに気にしたことはなかったが、ライバルとなって戦うとなるとこれが本気の一端なのか。神通は遅れて最初のゾーンを超えて的のゾーンに突入した。

 不知火はすでに的を華麗にかわして最後のジグザグゾーンに突入している。神通が的を避けるタイミングを見計らっていると、その先で不知火はジグザグのブイをやや低速になって突入しその後一度も速度を落とさずにサクサクかわして進んでみせている。

 ようやく的をかわし終えてジグザグゾーンに入った神通の視界の先にはすでに不知火はなく、背後からゴールしたという本人の声と那珂の合図が響き渡った。

 

 それから遅れること数十秒してようやく神通は最初のゾーンの入り口、つまりコースのスタートラインに戻ってきた。

「ゴール! 神通ちゃんもゴールぅ~!」

 那珂の合図に周囲が沸き立つ。そして神通はゴールしたと同時に徐行まで速度を落とし、ほっと胸をなでおろして完全に停止した。

 

 

--

 

 神通が胸に手を置いたままフゥフゥと息をしていると不知火が近寄ってきた。チラリと視線を向けると、不知火は語りかけてきた。

「思い切ってください。」

「へ?」

「神通さんは、足りない。もっと私に、向かってきてもいい。さっきの那珂さんとの試合のように、私にもしてほしい。」

 そう言うと不知火は頬を赤らめる。なぜ今このタイミングで?と神通は思った。正直疲れも相まって突然の文句に混乱から抜け出せそうにない。

 

 実のところ不知火は、神通が想像していたような大人しい性格の持ち主とは違う。この少女の思う人付き合いは、必要以上にベタベタ、密やかに寄り添い続けるわけではない。彼女は時には接する友人を突き放してでも、その友人のために行動を起こしたいという信念なのだ。

 もちろん不知火個人の感性で寄り添いたいと思える存在は、神通のようにおり、その態度にも表れるが、それでも不知火本人の根本は変わらない。好きになった相手にはベタベタ、ではない。

 

 ただ神通が不知火の本当の考え方を知るよしもなく。

 仲良しこよしで辛いものは見たくない、適度な距離間でのなぁなぁの人付き合いを欲している自分とは違うのかも、程度に感ずるだけであった。

 神通はふと思い出したことがあった。

 以前懇親会の席で、不知火は友人の名前を数人挙げていた。高校での友人が和子しかいない自分とは何もかも違う。

 

 必要とあらば私はガツンとアタックするから、お前もガツンとしてこい、という意思表示・メッセージを不知火は目線で送り続けるが、それを上手く口からの表現に載せられない。

 不知火は口下手で感情表現が苦手な自分を呪った。

 

 そしてそんな不知火の鋭いガン飛ばしを食らい続けていた神通は、目の前の少女の思いは、きっと何か裏があると察することにし、必死で返事を考えていた。

 目の前がクラクラする。同じ無口・大人しいタイプだと勝手に決めつけていたが、これはどうやら違うぞ。

 どう返せばいいんだろう……。

 とりあえず謝って、決意を表しておけばいいか。神通は不知火の真意を完全に理解することはできなかった。

「ご、ゴメンなさい……。私、不知火さんに、負けないよう頑張ります。」

「(コクリ)」

 神通がオドオドアタフタした雰囲気で意気込むと、不知火は満足気な表情で言葉なく頷いた。

 

 

((お、神通ちゃんと不知火ちゃん、なんか親しげ~。いいねいいね。じゅんちょーに仲良くして競い合ってねぇ~。))

 離れたところから見ていた那珂は二人が話す様子を見て、後輩の成長をまた一つ微笑ましく思うのだった。

 

 

--

 

 次に五月雨と夕立、続いて村雨と時雨がコースを疾走した。

 五月雨と夕立の並走では恒例のツッコケを五月雨が衆目に晒すことになったが、意外にもその後はバランス良く姿勢とスピードを維持して夕立に迫る。プレッシャーを一定以上感じると頭に血が上って途端に慌てる質の夕立は、まさかの五月雨に越されそうになって今回も一気に混乱し始める。

 結果として夕立はそのまま先にゴールをしたが、復路でガシガシとブイに当たりまくっての見苦しいゴールだった。対する五月雨は最初のミス以外は意外にも穏やかな水上航行となった。

 

 そして最後、那珂と妙高の水上航行の並走の番となった。

 

 

--

 

「うっし、最後は妙高さんとかぁ。頑張りましょ~ね、妙高さん!」

「えぇ。よろしくお願い致しますね。」

 

 お互い笑顔で意気込みを交わし合った。

((妙高おば……おっと、妙高お姉さんの水上航行かぁ。ワクワクする。様子見てみよっと。))

 那珂は表面上もウズウズしていたが、それ以上に内心遥かに気持ちが高ぶってウズウズしていた。

 

「それでは、はじめ!!」

 那珂の代わりに明石が合図をした。

 

ズザバァーーー

 

 

 那珂は意識の半分はコースに、もう半分は右隣りのコースを疾走する妙高に向ける。那珂があっという間に第一のゾーンを抜けて的を待つほんのわずかな間で右をチラリと見ると、なんとすでに妙高も同じように的を待っている状態だった。那珂は最初のゾーンはかなり荒っぽいスピードとかわし方ながらもポイントを確実にこなしていた。それは那珂自身、早々に他人に真似できない大胆さと丁寧さを両立させたものだと誇っているテクニックだった。

 しかしながら妙高は那珂がハッと気づくとほとんど同じスピードとタイミングでクリアしていた。

 

((ほっほう。妙高さん、お歳の割にやるなぁ。それならこうだ!))

 

 那珂は軽くしゃがんで溜めを作り、低空ジャンプで的をかわす。そしてスピードは一切緩めずに最後のジグザグゾーンを進む。極力な蛇行をするには意識を集中させないと危ないため那珂は妙高を気にするのを一旦やめる。

 復路に入った際に自然に左に視線を向けると、ジグザグゾーンに入った妙高の、まるで氷上を滑るフィギュアスケーターのような華麗な身のこなしでジグザグを一切スピードを緩めずに進む姿を捉えた。

 

((え、なに妙高さん!? すっごい~きれ~!))

 

 正直言って身のこなし方は負けた、那珂はそう感じた。しかしスピードと全体的なバランス感覚としては負けとは思わない。負けず嫌いな那珂だが、身のこなし方だけは素直に負けを認める気になった。

 那珂はアイドル目指してダンスなども学んできたが、スケートは未経験。妙高のあの滑り方は経験者だということは想像に難くない。経験者に勝とうなぞ思わない。自身に知識や経験がないゆえに、無理な勝負は挑まない。そういう考え方なので那珂は妙高には唯一のポイント以外では絶対勝とうという意欲で最後まで突き進むことにした。

 

「ゴール!那珂ちゃん一番! ……っと、妙高さんもゴール! うわぁ~、二人のタイム差は1秒切ってます。那珂ちゃんに追いつけるなんて妙高さんさすがですね~。」

 明石の宣言が響き渡る。

 

 自身の後にゴールした妙高を真正面に見た那珂は彼女がゴールしてすぐに近寄り、手を握ってはしゃぐ。

「妙高さん!すっごいじゃないですか!あたし結構飛ばしたつもりなんですけど。それにすごい綺麗でしたよ、あの動き方。もしかしてスケートとかやってました?」

「えぇ、フィギュアスケートやってましたけど、学生時代の話ですよ。もう10年以上前ですもの。」

「それでもあれだけ動けるなんて、あたしサッと見ただけですけど、見とれちゃいましたよ。あのまま惚れてたらコースで転んでたかも~。」

「もう~那珂さんったら。」

 

 那珂の無邪気な感動の様を間近で受けて妙高は艶やかに照れを見せて微笑んでいた。

 

 

--

 

 全員が水上航行をし終わってプールサイドの庇近くに集まった。明石と技師は提督に動画を見せながらポイントを説明している。那珂たち学生の艦娘らはそれぞれの学校の教師の前に駆け寄って感想や報告をしあう。後に残ったのは妙高と五十鈴、そして五十鈴の友人の良と宮子だけだ。

 妙高の水上航行の様を見て感動したのは並走していた那珂だけではなかった。五十鈴ら3人も感動表現を表し、妙高を照れまくらせていた。

 

 その後教師たちは生徒たちの訓練についての最初の感想を言い合った。

「みんなすごかったわ~。先生ビックリ!光主さんも内田さんも見てて気持ちよかったわぁ~。先生、学生時代は陸上やってたから、競技のこと思い出しちゃった。」

 阿賀奈は那珂と川内の訓練の様子に触れてまるで子供のように喜び湧く。

 そんな光景の脇で、神通は先生が自分のことに触れなかったことに気づいてみんなの背後で隠れて悄気げる。まぁ当然か、と諦めていたその時、阿賀奈の口が再び開いた。

 

「それに神先さんも見事でした。なんていうのかな、ナイスガッツ? でもね~、もうちょっと光主さんや内田さんみたいに動いてくれたら、見応えあったかな~って思うの。あれだっけ? 神先さんスポーツ苦手なんだっけ?」

 矢継ぎ早に感想と問いかけをする阿賀奈。神通はアタフタしながらも阿賀奈の程度の弱い問いに答える。

「え……と、あの。スポーツほとんど経験がないので、あまり感覚わからないというか。」

「そっか。それじゃあ夏休みは艦娘以外にもスポーツしましょ?なんだったら先生、陸上教えちゃうわよ?」

「あ……えと、あの……その。」

 オロオロする神通を見かねたのは川内だ。親友であり同僚であり姉妹艦である神通を優しくフォローしながら阿賀奈に対して言った。

「アハハ。先生ってば。そのくらいにしてあげてくださいよ。神通にはあたしがついて毎日自主練してあげてるんです。あたしに任せておいてって。」

「そっかそっか。二人ともすっかり仲良しさんなんだね。先生嬉しいなぁ~。うん。それじゃあ任せちゃうわよ。」

 川内は言葉なくこめかみに手刀を当てて冗談めいた敬礼をして返事とした。

 

 その後五月雨たちに対しては理沙が、不知火に対しては桂子が言葉をかける。

 一通り教師陣から感想を受け取った艦娘たちは、那珂の合図の下、訓練の本筋に戻った。

「それじゃあみんな。今日の訓練は終わりだよ。ザッと動画見せてもらったと思うけど、この後はみんなで記録動画見て、この人のここがよかった、悪かったとか話し合いたいと思います。いいかな?」

「お~、なんかちゃんとした部活っぽくなってきましたね。」

「(コクリ)」

 軽巡艦娘たちに続いて駆逐艦艦娘たちも相槌を打ち合う。

 

 その光景を数歩離れた場所から見ていた提督は満足気な表情を浮かべてウンウンと頷いた。皆に音頭を取り終わった那珂はそんな提督にチラリと視線を送り、言葉をかけた。

「それじゃー提督ぅ。責任者としてし~っかりあたしたちのこと、視姦するよーに打ち合わせの最後まで観察し・て・ね?」

 アハハハと苦笑が回りから溢れる。相変わらずの那珂の茶化しを伴った素直な願い事に提督も苦笑いを浮かべて返事をした。

「ハハッ……女の子がそんな単語使いやめなさいっての。わかってるから。俺が最後は判断して君たちを評価しないといけないんだからね。」

「わかってるならよろしー。あたしたちや先生方が色々話し合ってもさ、結局のところ提督が全てなんだからね?ウリウリ!」

 さらなるツッコミを言葉と合わせて肘でする那珂。提督は那珂のその仕草にたじろいでもはや頷くことしかできない。

 場所を演習用プールから会議室に舞台を移した那珂たちの打ち合わせの中、教師たちや五十鈴の友人二人、明石らとともに外野席で色々と肝を冷やしながら艦娘たちを見守る提督の姿があった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

少女たちの試行錯誤

 練度評価の仕組みの独自構築を提督の会社にシステム開発として見積もり依頼を検討する傍ら、艦娘達はまずは速力指示を話し合って決め、自分達なりの艦隊運用方法を模索する。


 公開訓練は翌日再び、とはならなかった。教師陣の都合もあるからだ。とはいえ那珂たちは初回に出しあった案の訓練をひとまず全部こなすことを決めたので、教師が来ない日でも取り組む。

 全く監視の目がないわけではない。教師陣が来られない場合は明石と提督が、そして主婦のため毎回出られるわけではない妙高が大人代表追加として少女たちの訓練の様を第三者視点で観察に参加することになった。

 提案された訓練の2案目を那珂たちがこなした日の夕方、訓練を記録した艦娘たちのビデオを見返していた提督は確認のために残っていた那珂・神通・時雨・明石に告げた。

 

「数値化すると言うならさ、防衛省が配布している艤装装着者の評価チェックシートじゃダメなのか?あれなら国の管理システム使って簡単にできるぞ?ていうか最終的にあれに直しているの俺なんだけどな。ぶっちゃけ二度手間になるの、嫌なんだよ。」

 愚痴混じりに提督が紹介するシートを那珂は以前一度だけ見せてもらったことがあった。淡白で変に小難しい表現で評価項目が列挙されている記入式のシート用紙だった。普通に読んでもわかりづらいし、そんな大事な内容を未だに紙で記入させるなよと言いたくなるアナログ式のものだ。国のチェックシート用紙は、まだまだ現代ITっ子気分な提督はもちろん那珂たちですら、その記入が煩わしいものだった。

 しかし艦娘の管理者としては国に提出するのにそれを使わないといけないのが辛い。彼の気持ちとしては、様々な表現で報告してくる艦娘たちの自己評価を、いかにしてチェックシートに合わせて意訳するかが辛いので、どうせ数値化すると決めたのなら国のデフォルトフォーマットであるそれに従ってくれよというのが本音である。しかし一度艦娘たちに自由に報告していいと言った以上はそれを守り通すのが筋という思いは譲れない。その本音をわかっていたのは、明石だけあった。那珂たち三人は今この場でそれを初めて聞いた。

 

「……というわけさ。だから本音としては、君たちの段階からデフォルトのフォーマットに従って欲しいんだ。けどこんなわかりづらいシートを記入させるのは心苦しい。俺の矛盾する気持ち、わかってくれるかい?」

 わざとらしく泣き真似をして那珂に泣きつく提督。それを見て苦笑していた那珂はしばらく唸ったのち答え始めた。

「ん~~。確かにあのシートをあたしたちが付けるってなったらあたしはもちろん嫌だけど、夕立ちゃんや川内ちゃんあたりが猛反発しそうだよね~?。」

 那珂の想定に全員がウンウンと頷く。もはや件の二人の反応は好例なのだ。

「今までのままやるとなると、結局のところ提督の負担が地味に大きいってことなんですよね?」

 そう明石が尋ねると提督は首を縦に振った。次に時雨が口を開いた。

「僕達が実際にやってみて評価しやすいチェック表とかのほうがいいですよね?評価項目がわかりやすくないと数値化できないし、かといって変なチェック項目にすると本当のチェックシートと違いが出来てしまって提督が大変になってしまいますし。」

 ずっと俯いて思案していた神通が顔と片手を上げた。那珂は言葉で触れて促す。

「はい、神通ちゃん。」

「あの、提督の……本業の方でそういうある内容から別の内容に置き換えるシステムってないのでしょうか。私、ITとかよくわからないので上手く喩えられないのですが、例えば私達がこれから作るチェックシートの内容を、自動的に国のチェックシートに置き換えてくれる仕組みとか……あればいいなって。」

 

 神通の発言に那珂たちはポカーンとした。

 言い終わってから神通が那珂たちの顔を見渡すと、唖然としている。何かまずいことを言ったのかもと不安がもたげてくるが、その不安はすぐに解消される。

「そっか!そーだよ!あたしたちはあたしたちでチェックシートを付けて、それを自動的に変換できればいいんだよ!」

「そうですね。そういうのがあれば提督の負担も減るでしょうね。」

 那珂の反応に続いて時雨もニコリと笑顔になって相槌を打つ。

 少女たちに続いて好反応を示したのは明石だ。

「そうですねぇ。そういうのはむしろ提督の本職ですし、ていうか提督ご自身が作ればいいんじゃないですか?」

「おいおい。そう簡単に言わないでくれよ。」

「だったらさ、提督の会社の人に手伝ってもらえばいいんじゃないの?」

 サラリと案を出す那珂。提督はその案に低い唸り声を短く発して考えこみ、そして再び口を開く。

「まぁ、どうせやるんだったらうちの会社の利益になるようなことをしたいな。つうか俺が営業かぁ……。はぁ。苦手なんだよなぁ~。」

「何言ってるんですか提督。西脇栄馬支局長が、西脇さんの会社にとってお客様になるんですよ。」

「いやだから、俺が自分の会社の立場では営業となって、なおかつお客様の立場にもなってるって、すごく複雑な気持ちだよ。うちの社員とやりづれぇよ。」

「提督ぅ~!そこはどーんと構えて、ふんぞり返るくらいの勢いでイこーよ、ね!?」

 提督の反応に面白みを感じたのか、那珂はノッて茶化した。

 ノリノリで提督を茶化す那珂と明石のことを、神通と時雨は苦笑いを浮かべて眺めていることしかできないでいる。しかしさすがに話の逸脱に若干の苛立ちを覚えた時雨がピシャリと言葉で三人を叩く。

 

「三人とも!そろそろ話を進めましょう。提督も、押されてないでちゃんと言い返してよ。」

「あぁ、ゴメンゴメン。まぁ冗談抜きの話、もしうちの会社に仕事としてくれるんなら、ちゃんと発注するし、俺が橋渡しとなって話を進める。ただその前に、お客様である俺らの要件、つまりやりたいこと、俺の会社にお願いしたいことをまとめておかないといけないんだ。那珂だったら生徒会の仕事で似た経験あるんじゃないかな?何か仕事をお願いされるにしたって、まずは相手が何をしたいのかはっきり言ってくれないと困るよってこと。」

「うん。なんとなくわかるよ。」

「俺の会社だって、相手が自分のやりたいことをハッキリ言ってくれないようだと、受注の返事を出せないし見積もり……つまり相手からの依頼を受けるかどうかの調査をすることすらできないんだ。だからこそ、まずはすでにやった2つの訓練で君たちが求める評価のチェックシートを作り上げて欲しい。まずはそれがたたき台。開発会社に発注するための材料となるんだ。今日以後は、国のチェックシートと違う違わない等はひとまず気にしないでいい。わかったね?」

「うん、わかった。」

「「はい。」」

 提督が真面目な様相になったので那珂たち三人も気持ちを切り替えて返事をした。残る明石もその様子を柔らかい笑顔を浮かべつつも真面目に視線を向けている。

 

 

 これからやるべきことの道筋が見えてきた。それは今まで自分たちだけ決めようとしていた道ではあり得なかった明確さが見えてきたため、那珂たちは俄然やる気に満ちる。

 那珂は相談役の時雨と神通に早速指示を出した。

「それじゃー二人とも。ひとまず今日までの2つの訓練の評価ポイントを自分の考えでいいからザッとメールでもレポート用紙でもなんでもいいからまとめて書き出しておいて。時雨ちゃんは秘書艦の五月雨ちゃんと話し合っていいからね。神通ちゃんは……五十鈴ちゃんに相談しちゃうと迷惑かけちゃうかもだから、まずはあたしと。報告だけは五十鈴ちゃんにする形で。」

 再び二人からの返事を聞いた那珂はその言葉のあと、ウンウンと頷いて満足気にパタリと雰囲気を変えてだらけモードに切り替わった。神通と時雨が苦笑して、提督と明石がニヤケ顔で見ている。

「ハハッ。三人ともご苦労様。今日はこの辺でいいから、帰って休みなさい。」

「「「はい。」」」

 提督が優しく声をかけると那珂はもちろん、神通と時雨も照れを浮かべてはにかんだ。

 三人は提督から促された通り、この日は打ち合わせが終わると三人揃ってすぐに帰路につく。結局、作業の本格始動は翌日からとなった。

 

 

--

 

 翌日、公開訓練を見に来た教師たちは艦娘たちの砲撃する光景を見学した。艦娘たちは先日一度行っているが、これもまた基本の技術なので、改めて教師たちの前で披露したいという願いから率先して取り組みがされた。

 一通り砲撃を見せた後、打ち合わせの段になり那珂は先日提督らと話し合った内容を全員に伝えた。ただし評価チェックシート変換のシステム開発云々の話については提督から待ったがかかったため、那珂が伝えることができたのはあくまでも自分たち独自の評価チェックシートのたたき台公開までだ。

 那珂が代表してそれらを説明し、時雨と神通が作った仮のチェックシートは全員(教師含む)に配布され、それぞれの視点からの確認が始まった。

 なお、この日は五十鈴ら三人の姿はなかったため、時雨と神通は最終的には那珂を頼ることになる。

 

「ねぇ神通さ。ここの評価の言い方、あたし嫌いだなぁ。できれば***ってしてほしい。」

「えっ? ……うー、は、はい。変えてみます。」

「あ~ついでにここも。てかこういう評価のされ方嫌い。これやめて。それとね……」

「コラコラ川内ちゃん、そんなに挙げると全部消えちゃう勢いだよ!好き嫌いはいけません!」

「うえぇ~。は~い。」

 率直な意見をぶつける川内に慌てて対応する神通の姿があり、そんな意見をぶつけまくる川内を那珂が叱るところまでが一連の流れとして繰り返しあった。

 また別の光景では夕立が不知火を巻き込んでコソコソ話し、突飛な批判を時雨に思い切りぶつける姿もあった。

 そして艦娘ら生徒たちが話し合う脇では教師たちが生徒たちの様子を監視し、かつ自身らも意見をかわしあっていた。

 

 

--

 

 ある項目を見ていた川内が神通に意見を言っている。またふざけた意見なのかと那珂は勘ぐって注意しようと身を乗り出す。

「コラー!川内ちゃん、またぁ?」

「うわぁ! 違います。違いますって! 今度は真面目な意見。」

「ホントーにぃ?」

 目をひそめてジトリと川内を見つめる那珂。川内は先輩のややマジ怒りが混じっているかもしれない視線を受けて焦りながら説明する。

「いやぁ、ここの言い方なんですけどね。“水上航行、直進”の欄。やや駆け足とか全速力とか書いてありますけど、速度の言い方は艦船にはちゃーんとあるんだって言いたかったんですよ。」

 川内のゲーム・漫画由来知識が発動した瞬間だった。那珂はやや憤りを交えていた視線を解消し、興味深々に川内を見ることにした。先輩の態度が変わったことを見届けると、川内はコホンと咳払いをしてから続けた。すると自然と那珂以外の艦娘たちの視線も集まる。

 

「150~60年前の日本海軍の艦船や、ちょっと前の海自の護衛艦って、微速とか原速とか、第○戦速とかそういう言い方でスピードを表していたんですよ。」

「ほ~、それもゲームで知ったの?」と一言で那珂が確認する。

「はい。ゲームならこの手の用語は当たり前のように使われてますし。ちなみに船のスピードはノットで示すのって那珂さん知ってました?」

 那珂は頭を横に振って言葉なく否定を示す。

「す、すごいわね……川内ちゃん、もしかして軍事物のマニアだったりする?」

 さすがに明石もあっけにとられるほどの偏った知識だった。普通の人ならば絶対知らないであろう艦船に関する知識をその後もペラペラと口にし始める。

「ほ、ホラホラ川内。そのへんでやめとこう。君がすごいってのはわかったから、な?」

 これは止まらないということを、自身もそういう傾向があるゆえにいち早く気づいた提督が川内を止めるべく慌ててやんわりとしたツッコミを入れた。

 

 落ち着いた川内が那珂の再確認の意味が込められた視線を受けて、提案する。

「えーと、つまりあたしが言いたいのは、そういうスピードとか動き方を示す合図をあたしたちも決めようってことです。」

 川内の周囲がざわつく。そのざわつきの声色は反対ではなくあきらかに賛成的な良い質だった。最初に口を思いっきり開いて意見を述べたのは夕立だ。それに時雨も続く。

「賛成賛成! 川内さんやっぱさすが~っぽい!絶対楽しそ~!!」

「いいですね、そういう言い換える表現。」

「でしょ~!単に数値でスピード言われるより絶対良いと思わない!?」

 好評な声ばかりのためもはや興奮状態でノリノリの川内。そんな川内に村雨が問うた。

「それで、その本当の艦船の用語をそのまま使うんですかぁ?」

「あたしとしてはそれがいいかなって思うんだ。だってさ、一般人のあたしたちが急に15ノットで進むよ!とか言ったって、すぐに対応できないじゃん。それにあたし数学マジ苦手だし、数字っぽいの見聞きするのだけで、も~嫌。そこでさ、原速で進むよ!とか言ってみんな切り替えたらかっこ良くない!?」

 夕立はわかるわかると激しく頷く。二人は苦手分野まで気が合うのか……とツッコミ役の時雨と神通は密かに頭を悩ます。しかし二人ともツッコミ&心配役なぞ一切気にしない性格なのは誰の目にも明らかだった。

 

 那珂も概ね川内の案に賛成だ。艦を模した機械を身につけ、艦の記録情報由来の能力を発揮する自分たちの存在としてはこの上なくフィットする用語だ。

 しかしその“艦”に縛られすぎるのを懸念していた。

「うんうん。いいと思うね~。さすが川内ちゃん、その手の知識では頼もし~。でも一つあたしの考え言っていいかな?」

「おぉ!はい、お願いします!」

「ぶっちゃけさ、いくら艦娘とはいえ、ただのJKやJCなあたしたちや時雨ちゃんたちがさ、その第○戦速で!とか言うのってなんかしっくりこないというか、女の子らしくないっていうか……うーん、この気持ち分かってもらえるかなぁ~~?」

 わざとらしく頭を揺らして腕を組んで身体を揺り動かして悩むフリをする。変に勘ぐられるかと若干の不安を持っていたが、その意見は満場一致で受け入れられた。言い出しっぺの川内も同意見だった。

「あぁ~確かにそうかも。」と川内。

「……はい、私も、そのまま使うのはどうかと思ってました。」と神通。

「なんか私たちの秘密の暗号みたいにするってことですよね~~?」

 と、五月雨も理解できたようで、若干の喩えを交える。

「まぁそんなとこ。あたしたちが使いやすい言い方に変えるってことで分かってもらえれば。」

 

 那珂の補足を受けて、ワイワイと意見を出し合う艦娘たち。

 しばらく案が飛び交うがその表現方法や由来とするイメージが中々定まらない。そのような時、ある発言で話し合いの方向は一気に光を見出す。

 そのきっかけを作ったのは不知火だった。那珂や川内・夕立たちがワイワイ話し合う最中、彼女の簡潔な意見が響き渡った。

 

 

--

 

「乗り物が、分かりやすい。」

 

 那珂たちの話し合うはしゃいだ軽い声がピタリと止まる。注目が一身に集まるも不知火は一切微動だにせず再び口を動かす。

「あるスピードまでを、連想。例えるのは乗り物。」

 相変わらずの断片的な区切り区切りの言葉。不知火のその発言をフォローすべく神通が口を開いた。

「なるほど。例えば……バイクとか車とか、でしょうか。」

 不知火はコクリと頷く。続いて五月雨がさらに喩えて言い出した。

「わぁ~なんかわかりやすくていいですね~。それじゃあたとえば、自転車ってしたなら、普段の1.2倍くらいのスピードを出して進むようにするとかかな~?」

「あ~なるほど。それいいわねぇ。自転車が1.2倍なら、バイクが1.5倍のスピードとか決めておけば、相対的になってすぐにスピードを調整しやすいかもしれないわねぇ。」

 五月雨の案に賛同して村雨がさらに表現を広げる。それに時雨もウンウンと頷いて賛同を示す。夕立も

「そーたい?なにそれ?」

と理解できてないながらもどうにか賛同を示そうとする。

「……授業で習ったはずだよゆうも。絶対と相対。相対っていうのは他との関係で成り立つ物事のことだよ。」

「あは~。時雨サンキュー。あったまいいっぽい~。」

「ゆうちゃん……さすがに私だってわかるよそれくらい。」

「さみうっさい!」「ふえぇ!!?」

 時雨から丁寧な説明を受けて呆けたままではあるが、ようやく感心を見せる夕立。五月雨も時雨に乗って突っ込んでみたが、逆に牙を剥かれて脅かし返された。

 

 そんな中学生組のやり取りを見て苦笑を浮かべる那珂が最後に口を開いた。

「アハハ。皆不知火ちゃんのその例え、気に入ったみたいだね。あたしもそれでいいと思う。後は実際のスピードをどんな乗り物に例えるかだよね。あたしとしては……」

 

 そうして再び活発化した話し合いの末、評価チェックシートに合わせて艦娘のスピード表現・指示の形も定まっていく。

 

 

--

 

 西脇提督は、まだ艦娘が時雨・村雨たち駆逐艦艦娘4人程度までしかいない頃に海自由来の指示・号令系統を一通り調べて教えたことを思い出した。皆パッとした反応を見せず、一斉に拒否してきたためにそれ以上教えることはしなかった。

 今の今まで五月雨たちは単純な知識としての指示・号令を忘れていたが、もはや誰も気にしない。今回の言い換えの提案によって、その知識は興味津々なもので上書きされようとしていた。

 少女たちの打ち合わせを外野で見ていた提督は、

((きっと五月雨たちは完全に忘れてるんだろうな。))

というズバリ正解を心の中で苦笑いながらも思って、温かい視線を送ることにした。

 

 

 その後は各乗り物の速さのイメージに合わせて、どのくらいの速度に相当させるかが話し合われた。神通は那珂の指示でこれまで出た案をまとめて述べつつ、最後に提案を付け加えた。

「……このようになりました。あの……私思ったのですが、この中で基準を決めませんか?」

「基準?」川内がすぐに反応して聞き返す。

「はい。私たちが出撃して、普通に移動するときの速度を決めて、そこから分けたほうが使いやすいと思うのです。」

「ほほぅ、なるほどねぇ。神通ちゃんってば鋭くて良い視点~。」

 茶化し気味の那珂の評価ではあるが、神通の指摘は本当に的確だと感じていた。神通はやや照れながら続ける。

「ここで出てきたスクーターが一番真ん中だと、思うんです。自転車よりも早くて、車やバイクよりも遅いかと。なんとなく、真ん中かな……と。」

「なんとなくって。神通にしては曖昧なイメージだなぁ~。」

「う……。」

「でもぉ、いいですよね~スクーター。確かにこの乗り物の中では中間なイメージありますぅ。」

「うん、いいと思う。そんな感じだね。」

「私は、もともとそう思ってた。神通さんは、さすが。」

 村雨が感想を言うと時雨と不知火、そして他のメンツも次々に頷いて賛同していく。

 

 

 それをきっかけに他の候補である乗り物もスクーターから何倍にするのか、相対的な速度のイメージから案が出され、練りこまれて定められていった。

 ただひとつ、最上位の速度表現としたリニアに相当する速度については、当初那珂が4~5倍と提案したが明石からストップがかかった。

「え~なんでなの、明石さん?」

「艤装のメンテをする私たちからするとですね、あまり何倍とか勝手に決められても正直困るんです。艤装の主機、つまりエンジン部分には一応限界となる最大速度とか出力値が定められています。那珂ちゃんたちが等倍速を実際は厳密にどのくらいの速度で表現したいのかわかりませんけど、あまりに倍数を高めてくれちゃうと、意外と最大速度に達しちゃうと思うんです。それに艦によって最大速力は異なります。技師である我々からお願いしたいのは、あまり最大の出力をするような分類やシーンを設けないで欲しいんです。最大出力を続けると、機械には悪いんですよ。」

 明石の指摘は正論だった。機械系統はまったくわからない那珂たちだったが一応理解できた。

「え~う~。それじゃあもっとぼかして可能な限りの全速力とか?」

「いえいえ。そこはもうちょっと言い表してもいいですよ。」

 それでも悩む那珂に対して、見かねた提督がフォローの提案をする。

「なぁ明石さん。そこは逆に提案してもいいんじゃないかな。艤装の最大出力に対してどのくらいまでOKです、とかさ。」

「そうですねぇ……。」

 

 提督の機転もあり、明石から告げられたのは、“主機の最大速度(出力)の80%”だった。

「……くらいですかね。この程度ならかなり高出力ですし、なおかつエンジン部分への負担も通常は気にしないでいいレベルまで抑えられます。」

「わかりました。それじゃあ、その80%というのにします。いいかな、みんな?」

 那珂が返事を求めると、川内たちは全員肯定の返事を出した。

 

 そうして、鎮守府Aにおける速度指示・表現の原案が決まった。そしてそれは評価チェックシートにも反映される。

「それじゃあ、随分脱線したけど、水上航行の評価では、この速度指示を適切に反映して実際に出して使い分けることができるかどうか、という項目もいれよっか?」

「はい。」

 水上航行のチェックシートを作った神通がメモ書きして、案をまとめ直した。

 

 すなわち、

 停止=停止

 徐行=限りなく停止に近い速度

 歩行=1/4

 自転車=1/2

 スクーター=10ノット(1倍)

 バイク=1.5

 車=2

 電車=2.5

 リニア=艤装の主機の最大速度(出力)の80%

 となった。

 

 等倍つまり通常速度の区分たるスクーターは、10ノットと決められた。計算あるいは明石や教師陣からスクーターの一般的な速度を確認した結果、大体このくらいの速度で問題ないだろうと那珂たちは踏んだためだ。

 

 

--

 

 艦娘の艤装は脳波制御により考えたことを様々な思考パターン毎に判断して出力を変える、まさに人体のように動的に出力が調整可能な代物である。考えて出した速度はスマートウォッチ等の艦娘制度用のステータスアプリで数値化されるため確認できるが、大半の鎮守府の艦娘はなんだかんだと理由を付けてそれを見ない。おおよそ本人同士の感覚で合わせているのが現状である。

 もちろん厳格に規定されて運用しているケースもある。鎮守府Aの面々も、その例に入ろうとしていた。

 

 艦娘はあくまで実際の艦船相当の能力を発揮する機械を装備した人間であって、本当の艦船ではない。当然主機も本当の艦船のそれとは根本から異なるため、本来の主機に由来する指示・号令系統は艦娘の艤装の使用方法と艦隊運用にはそぐわない。

 海上自衛隊と合同の任務をする可能性が全ての鎮守府の艦娘の艦隊にありうるため、海自の指示系統・号令も教育上一応教えられるが、それはあくまでも補助的な知識程度であり、通常の艦娘の運用上の必須項目ではない。

 そもそも艤装装着者に応募して着任する人間は鎮守府で基本訓練を終わるまでその手の知識には馴染みがない一般市民である。そのため習いたての高揚感に任せて最初の数回の任務で使ったり、普段の会話に混ぜる冗談・その場のノリで使うなどでしかない。そう言ったまれなケースでない限りは海自由来の指示系統・号令はほとんど意識されないのが現状である。

 結果として、艦娘の行動のための指示や号令は各鎮守府に任されている。国としても、深海棲艦を領海のギリギリまでに押しとどめておけるなら、現場の戦闘技術・方針までは問わないことにしている。そこには艤装装着者の集団はあくまで軍ではないという日本政府のアピールが見え隠れしていた。

 

 

--

 

 この日、案を揉まれて形を見せた評価チェックシートはまず水上航行と砲撃の二つ向けのものだけだが、早速そのチェックシートを用いた訓練、評価チェックシートの評価をすることになった。

 砲撃の評価チェックシートを用いた砲撃訓練は、滞り無く進んだ。

 チェックシートはそれぞれの教師が手に持ち、明石や技師達に砲撃時のポイントと見方を教わりながらつけ進められた。一番頼りなさげな阿賀奈を含めて、曲りなりにも教鞭をとったことのある三人のため、艦娘となった生徒たちの砲撃の評価をスラスラと進めていく。

 

 評価が出された。砲撃では、那珂・時雨・不知火が最上位点数組だ。次点で川内・妙高・村雨・五月雨。最下位組は夕立・神通という順位付けだ。

 なお、五十鈴はこの日は不参加のため後日となったが、最上位組の時雨と不知火の間に位置する総合的な出来だった。

 

「ん~~、神先さぁん。もうちょっと頑張ってほしいなぁ~。」

「は、はい……申し訳ございません。」

 集まってきた艦娘のうち神通に、チェックシートを付け終わった阿賀奈がほんわかと鼓舞する。そんな先生を見て普段の倍は申し訳なさそうに悄気げる。

「ううん。次頑張ってくれればいいのよ~。それにしてもみんなが作ったこのチェックシート、なかなか分かりやすくていいと思うわ~。まだちょっと荒いところがあるけど、艦娘になってない先生でも、神先さんたちをあっという間に評価できたし。あなた達が主役なんだから、これからもこのチェックシートと一緒に頑張っていってね?期待してるわよぉ~。」

「はい!」

 自分のできの悪さを指摘される一方で褒められる・気をかけてもらえる面もある。神通はまるで学校で成績を褒められたかのごとく感じ、気分が良くなった。やはり先生が鎮守府、艦娘がらみでもいてくれると非常に張り合いが出て個人的にはやりやすい。

 神通は自分でも気づかぬうちに自然な笑みをこぼしていた。それを川内の指摘で気づく。

「お、神通ってば嬉しそ。先生に褒められるのそんなに嬉しかったんだ。」

「……(コクコク)」

 そのやり取りを見た阿賀奈が今度は川内に矛先を向ける。

「内田さんは結構いい点なんじゃないかしら。このままがんばってね。」

「お~、はいはい。」

「学校の勉強も成績もこれくらい熱心で点数よかったらいいのにねぇ~。ゲームで歴史や軍事の知識たくさん持ってるんだからさぁ~?」

 阿賀奈の評価のあと、すかさず茶化しを入れたのは那珂だ。雰囲気と流れ的に茶化さずにはいられなかったからだ。そんな先輩に川内はハッキリと言い返す。

「あのですね、歴オタや軍オタの皆がみんな、学校の成績もいいわけじゃないですからね! 好きな分野が出てきたって学校の勉強は別です。あ・た・し・はぁ~……ハッキリ言って日本史も世界史も苦手だぁ!!」

 ビシリッと、人差し指を立てて天を指して言う川内。

「ちょ、ちょっと川内ちゃん!先生がいる前でその発言はいけませ~ん!」

「い、威張って言うことではないかと……。」

 さすがに後輩の今の言葉は教師のいる前ではまずいと思い咎める那珂と、苦手教科を堂々と教師の前で宣言するなどなんて人だと呆れる神通の二人だったが時すでに遅し。阿賀奈は那珂のノリを意識してかせずか、似た雰囲気(多大にふんわり成分がトッピングされた)でわざとらしくて微塵も怖さを感じさせない叱り方で川内を責めるのだった。

 

 そんな那珂たちの一方で、五月雨や不知火らとそれぞれの教師も似たようなやり取りで評価をしあっていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

速力指示の実践

 自分達で決めた速力指示を試す那珂達。陣形もということになり、那珂はゲーマーである川内が持つ艦隊ゲームの知識からそのヒントをもらいつつ考える。


 その日の夕方、水上航行訓練のために海に出た那珂たち。プールではないのは、自分達で決めた速度表現・指示を実際に試し・計るためだ。そのためにはプールでは手狭すぎた。

 那珂たちが試運転代わりに自由に航行している側、堤防の向こうでは提督と三人の教師、そして技師の女性が見ている。明石は別件の仕事が舞い込んできたためこの場では欠席した。

 プラス、夕方以降は五十鈴が姿を現した。遅れての参加のためチェックシートの概要までは伝え聞いていたが、その後の指示系統の話までは五十鈴は知らずにいた。そのため海上で那珂・神通・時雨からざっと話を聞いて五十鈴は状況をようやく共有できた。

 

「なるほどね。確かに私達らしくて良いかもしれないわね。……個人的には微速とか第一戦速とか黒10とかそういう言い方したかったけど。」

「おっ、五十鈴さん。もしかして海自の指示系統勉強してたんですか?」

 川内が調子よく尋ねると、五十鈴はため息一つついてから面倒くさそうに言い返した。

「私はあんたと違って事前に勉強を欠かさないんだからね。舐めないでよ。」

 ピシャリと五十鈴が川内に言い放つと、川内の側にいた那珂が

「アハハ……五十鈴ちゃんいちいち厳しい~。」

と言ってさすがに後輩の肩を持ってその場の雰囲気を和ませた。

 

 五十鈴も加わって那珂たちは改めて速力指示の実践を始めた。

「それじゃあ等倍速のスクーターからいくよ。おおよそ10ノット。一般的なスクーター……でわかりづらかったら、自転車をわりと力強く漕いで出す速度って覚えてもらえばいいハズだよ。」

「よっし!まずはあたしからだ!!」

 意気込んで早速スピードを出そうとする川内を那珂は服の襟を背後から掴んで止める。

「ちょーっと待った!なーんでいきなり猛ダッシュしちゃうような勢いっぷりなのさぁ?」

「ハハッ、なんかついノリで。」

「はいはい。他の皆はこのかわうちちゃんみたいに慌てないでね~。」

 川内の服の襟をパッと放したあと那珂は他の艦娘たちに向かって改めて音頭を取った。クスクスと失笑が蔓延するも、川内は頭をポリポリと掻いてその笑いを意に介さない。那珂はハァと溜息をついた後続けた。

 

「普段通りのって言ってもなかなか難しいと思うから、ちゃんと計ろう。あそこにいるおっさんの力をちょっとばかり借ります。ねぇ~提督ぅ~!!」

「なんだー?」

「今からあたしが行くところに来てー。」

 提督を呼んだ那珂は堤防ごしに彼に説明し、河口から約50mほど離れた場所に提督を呼び寄せた。次に那珂は技師の女性を呼び、自身がまっすぐ河口、つまり堤防沿いの道の袋小路まで進み、そこに技師を移動させた。

「○○さーん!」

「はーい?」

「すみませんけど、ここであたしたちのタイムを計ってもらえますか?」

「あ、もしかして提督がいらっしゃるところからここまでってこと?」

「はい、そーです。」

 

 そうして外野に手伝ってもらうことを説明した後、再び海上にいる艦娘たちに向かう。

「提督がいるところから○○さんがいるところまでをまっすぐ進んでもらいます。50mあるので、体育の50m走とかあんな感じでやってもらえればいいかなぁ。」

「なるほどね。でも50mって距離はどうなのかしら。帯に短し襷に長しじゃない?」と五十鈴。

「上は全速力に近い区分まで計るから、距離はこれくらいがいいと思うの。まぁ一度やってみよーよ?」

「えぇ、わかったわ。」

 五十鈴を始めとして他の艦娘たちも相槌を打つ。

 そして自分たちで決めた速度指示の表現にしたがってその後2時間近くかけて実際の航行速度を調整して直線50mを往復し続けた。

 さすがに2時間も提督や女性技師を付き合わせるのに気が引けた那珂は、最初の数回のみ彼らに手伝ってもらい、その後はローテーションを組んで自分たちで所定の位置について進めた。

 提督や女性技師がその後別件の仕事で戻っても、三人の教師は堤防沿いから生徒たちの様子をジッと眺めていた。

 

 

--

 

「よし、神通ちゃんのリニアまで終わり!これで全員のスピード測り終わったよ。おーい、時雨ちゃーん、戻ってきていいよー。」

「はーい。」

「これで全員分の動画とタイム揃ったよね~?」

 速度指示の実践の記録は時雨の担当になっていた。時雨は女性技師から引き継いでいたタブレットとスピードガンの画面ロックを解除し、その中の一覧にある全員分の記録を再びザッと眺めて確認している。

「……はい、問題なさそうです。」

 時雨が那珂に視線を送ると、那珂は笑顔で視線を返し、そして全員に向かい直して言った。

「みんな、お疲れ様~。最初はちょっとブレブレだったけど、みんな後半はコツを掴んだようで問題ないかな?」

「はーい。」手を伸ばして答える川内。

 

 

「さすがに……思いっきり走ると……同調してても……はぁはぁ。疲れ……まふ。」

「アラアラ。神通さん大丈夫?」

「神通さん!」

 最後にリニアの速力を実践した神通は、まるで全速力で陸上を走ったかのように激しく息切れを起こし、倒れ込みそうになる。それを妙高が背後から支え、不知火が心配そうに無表情で見つめている。

「神通ってば、同調してても体力ないの~? あんたは普通の体力づくりが必要だよ。また明日からあたしと特訓する?」

「(コクコク)」

 川内が冗談めかして冷やかしの言葉を投げつつ、気遣って誘うと、神通は言葉なくコクコクと連続して頷いて意思を示した。

「あ、それじゃあ僕もご一緒していいですか?」と時雨が自主練への参加を申し込んできた。それに不知火が当然と言わんばかりに

「神通さんが。だったらわたしも。」

と無表情で参加の意思を示す。密かに尊敬して慕いたく思っていた二人が協力の意思を示してきたので神通は、まだ呼吸が途切れ途切れのため声を出せないので無言でコクコクと頷いて二人の参加を歓迎した。

「ゆうたちも一緒にやろうよ?」

 時雨は夕立や五月雨らを誘ってみたが、3人の反応はイマイチだった。

「あたしはめんどいっぽいからパース。」

「う~ん、秘書艦の仕事もあるからなぁ~。朝から疲れるのはちょっと……。」

「神通さんのことは二人に任せるわぁ。」

 やる気に欠ける親友3人の反応に時雨は苦笑いを浮かべるしかできなかった。そんな時雨と間接的に話題にされた神通に対して那珂がフォローする。

「アハハ。みんなもうわかってると思うけど、同調してても体力まではパワーアップしないからね~。神通ちゃんのことは川内ちゃんたちにお任せしちゃいます!お願いね?」

「「はい。」」

 

 

--

 

 そして那珂は再び会話の主導権を取り戻した。

「さて、あとでみんなの動画と記録は提督に頼んでちゃんとした記録に残してもらうから、今回出した速力を忘れないように何度も練習してね。それじゃあ今日はおわ……」

「ねぇ那珂。」

「ん、なぁに?」

「どうせ速力指示まで決めたなら、フォーメーションや陣形も考えてみない?」

 那珂が話を締めようとしたところに、五十鈴が口を挟んだ。那珂は五十鈴の提案に興味ありげに耳を傾ける。

「今の私達が本当の艦船みたいに速力指示を決めるならさ、本当の艦隊に倣って……並び方って言えばいいのかしら? バスケやバレーボールみたいにフォーメーションを決めたら効果的なんじゃないかって思うの。」

 那珂はもちろん、川内や神通も五十鈴の話に耳を傾けて真面目に聞き入っている。そんな周囲の反応を見ながら五十鈴は続けた。

 

「今まで私達はただなんとなく並んで動いて、これまでの任務に挑んでいたと思うの。どうかしら?」

 五十鈴の提案は那珂自身も頭の片隅で考えていたことだった。艦船をモチーフにした艦娘が艦隊のフォーメーションつまり陣形まで真似るのは自然な発想だ。

 しかし艦船・艦隊という先入観に囚われたくない意志を強く持っていた那珂は、五十鈴の提案に半分拒否反応を示したかった。とはいえ艦娘の大事な要素となりうるものを個人的な感情でふいにしたくない。そう冷静に思い返す那珂は五十鈴の言葉をやや反応を濁しながら飲み込むことにした。

 

「そーだね。確かにあんまり意識したことなかったかも。艤装装着者の教科書にも進行方向にまっすぐ並ぶ単縦陣とかいうのしか書かれてなかったし。なんとなくで今までやってきたからね。」

 那珂と五十鈴の会話に質問で割り込んできたのは時雨だ。

「あの……よろしいですか?」

「ん、時雨ちゃんなぁに?」

「陣形っていっても僕達、艤装装着者の教科書では那珂さんが今おっしゃった単縦陣しか習ってませんよ。他の陣形に何があるのか知らないんですけど。それも他の鎮守府では教えられたりするんでしょうか?」

 時雨の質問は的を得ていたのか、隣や2~3歩背後にいた五月雨らがウンウンと頷く。そんな時雨に触発されたのか神通は口を挟んだ。

「確かに。あとで提督に聞くべきかと。」

「あ~、提督はダメ。あの人、艦隊の知識ないって言ってたもん。多分あたしたちとそう変わらない知識レベルだと思う。」

 那珂は悪びれた様子なく、さり気なく提督の現状を貶しながら明かす。

 

 那珂たちがあれやこれやと話し合う脇で、身体をウズウズさせて聞いていた川内が両手を挙げて注目を集めた後発言してきた。

「はいはい!あたしに良い考えがあります!!」

「なぁに、川内ちゃん?」

 川内の発言・提案パターンがすでにわかっていた那珂や五十鈴はまたアレかと思ったが、あえて黙って聞くことにした。

「陣形の知識ならお任せくださいよ!○○や□□っていう大海戦ゲームがあるんですけど、ゲーム中の説明が詳しくて初心者向きなんです。それにガイドブックがこれまたわかりやすくて読んでて楽しいのなんのって。結構オススメなんですよ!」

「……あんたさ、何が言いたいの?ゲームを勧めたいの?なんなのよ。」

 五十鈴がピシャリと言って催促する。すると川内はフンスと鼻息一つ鳴らしてようやく本題を口にし始めた。

「だ~か~ら。ガイドブックに艦隊の陣形とか動き方、これって艦隊運動っていうらしいんですけど載ってるんです。それ見れば、小難しく考えなくても楽しく覚えられると思うんですよ。どうですか!?」

 水を得た魚のように川内は目をキラキラさせながら拳を強く握って話す。五十鈴はもちろん、那珂もあっけにとられるが、結構役に立つ知識かもと期待を持って反応する。

「つまり、それをあたしたちが見ればいいってことかな?」

「はい。それさえ見れば色々検索する手間省けると思うんですよ。っていうくらいまとまって載ってるんで。」

「じゃあ帰りに本屋寄って見ていこ。川内ちゃん、この後一緒に帰ろ?お買い物お買い物~。」

「はい!!」

 使えるものならなんでもいいや。この後輩の知識は自分が捌いて活用の場を与えてあげるべきだ。

 そう那珂は開き直って思うことにした。

 

 

--

 

 その日の訓練とチェックシートの実践をひとまず終えた那珂たちは工廠へと戻り、各々の教師たちと一緒の本館へと戻って締めの打ち合わせを済ませた。

 五月雨は秘書艦の仕事を続けようとしたが、提督から帰るよう促され、時雨たちや教師の理沙と揃って帰っていった。途中までは妙高も一緒だ。

 不知火と教師の桂子も揃って帰り、残るは那珂たちとなった。

 

 着替え終わり、普段の姿に戻った那美恵は同じく更衣室で着替え中の流留と幸、そして座って待っている阿賀奈に尋ねた。

「あたしはこの後流留ちゃんとお買い物していくんだけど、二人はどうします?」

「あ、あの……本屋行くのであれば、私も。」

「先生はまっすぐ帰るわ。先生がいたらあなたたちも楽しめないでしょうし~。お邪魔をしたらいけないものね~。」

「アハハ。先生ってば。別にかまいませんよ。てかむしろ先生の普段のこと知りたいので、一緒に買物行きましょ~よ~!」

 招き猫のように手をクイクイッと招く仕草をして阿賀奈を誘い込む。すると最初は遠慮がちに拒んでいたが、コロッと態度を180度変えて阿賀奈は乗り出してきた。

「し、仕方ないわね~!そこまで生徒に頼られちゃうんなら、先生としては行かないといけませんね!夏休み中の生徒たちの素行を見守るのも役目だものね、うん!」

 

 満面の笑みで那美恵たちに迫る勢いの阿賀奈。この日、那美恵たち三人+教師は、傍から見れば仲良し同世代四人組の雰囲気を醸しだしたまま隣の駅の大手ショッピングモールに寄り道し、目的の本やその他ショッピングを堪能して帰路についた。

 

 

--

 

 那美恵は流留から艦隊運動のイロハがわかりやすく書かれているというゲームのガイドブックを教えてもらった。その内容はゲーム好きの流留が張り切ってオススメしてきたのも納得の、非常に興味深い本だった。

 那美恵はこんなマニアックなゲームもあったんだ、と初めて買うゲーム関連の書籍に心臓の鼓動がやや駆け足になる。ふとチラリと隣でジーっと見ている後輩に視線を移すと、期待の眼差しが視界に飛び込んできた。

 (さあなみえさんもゲームにハマりましょう!)

 そんな勝手な声が勝手に聞こえてきた気がしたが、眼差しも心の声も一切無視して冷静に振る舞いレジに直行した。

 

「あ~、これでなみえさんもゲーマーの仲間入りかぁ~。先輩に影響与えられて嬉しいなぁ。」

「ちょ、ちょっと流留ちゃん? あたしはあなたみたいにハマったりしないんだからねぇ!! あくまでもJKにも読みやすい資料として注目したかっただけなんだから。」

 

 言い訳がましく那美恵が言うと、流留は不敵な笑みをこぼしながら那美恵の肩をポンポンと叩いてニンマリと喜と楽が入り混じった表情を浮かべた。さすがの那美恵も、含みを持った怪しい笑顔を向ける流留に対し、たじろぐしかなかった。

 

 それにしてもただのゲーム書籍でこんなに分厚いのはなんでなんだろう?

 疑問を持ったのでそれとなく流留に尋ねてみると、シミュレーションゲームならこんなものだという、知ってる者しかわからない達観した表現が返ってきた。釈然としないが、自身が参考にしたいのはあくまでも現実の艦隊運動や陣形に関わるコラム部分。ザッと眺めて流留に尋ねると、全体の20%ほどのページ数だという。ゲーム部分など興味ない部分はそもそも読まなければいいと判断し、購入後、バッグに本をさっさと仕舞い、流留や幸たちの求める買い物に続くことにした。

 

 

--

 

 本を読み進めてから数日経った。

 その間の訓練は、先日と同じ流れでチェックシート作成・議論、チェックシートを用いた公開訓練という流れを繰り返した。

 本も読み進めて知識を深める一方、普段の訓練の内容のすり合わせにも注力する。 本当の艦隊運動の知識なのかどうか疑問を感じたところは改めてネットで検索して知識を補完する。時々流留と話をし、後輩の知識と認識合わせをする。資料が足りないと感じた時は独自に資料集めも重ねる。

 

 ある日、その日の訓練が終わり、艤装を仕舞って工廠内で皆で一休みしている間、那珂は相談役の神通と時雨を呼び寄せて自身の考えを明かして相談してみた。

「ねぇ二人とも、聞いてくれるかな。前に五十鈴ちゃんから提案してもらったフォーメーションとか艦隊運動のこと、そろそろ案を試してみたいの。」

「(コクリ)いいと、思います。」

「はい。皆集めますか?」

 神通、そして時雨は賛同の意を示して聞き入る体勢を構える。

「ううん。まずは二人と提督に。ホントなら五十鈴ちゃんもいてくれると助かるんだけど、もうすぐ長良ちゃんと名取ちゃんになるあの二人の着任の準備でいそがしそーだからさ。」

「そうですね。五十鈴さんの分は僕たちでなんとかしましょう。」

 時雨が相槌を打つ。

 那珂が頼りたかった五十鈴は、長良となる黒田良、名取となる副島宮子の着任の準備等でこの一週間の間の訓練も休む頻度が増えていた。着任式が目前に迫っているのだ。そのためこの日の訓練にも五十鈴の姿はない。

 那珂は神通と時雨を連れて提督のいる執務室へと足を運んだ。執務室には提督と妙高がいた。五月雨が訓練に終始参加する代わり、主婦業後に比較的時間があるために、妙高がこの日の秘書艦だ。

 那珂は提督と妙高を含めた四人に案を説明し始めた。

 

「……というわけなの。参考になって面白かったよ。陣形も艤装装着者の教科書で乗っていたのは、どうやら艦隊のもっとも基本となる陣形の“単縦陣”ってやつで、他にも“単横陣”とか“輪形陣”とか、“弓形陣”とかあるみたい。でもね、一通り読んでみて思ったのは、あたしたちは人間じゃんってこと。」

「……と、言いますと?」

 那珂の言いたいことのポイントが掴めず、神通はすぐに尋ねた。

「うん。よくよく考えたらさ、あたしたち艦娘は戦う場所が海ってだけの人間なのです。そこでね、お船じゃないあたしたちが参考にするべきなのは、陸上戦の陣形も含めた、幅広い意味での陣形なんだと思うの。実際に陣形組んだとしても、相手にするのはお船の常識なんて通用しないかもしれない化物だよね。だから、今までの常識に囚われた戦術ではいけないと思うの。」

 那珂はしゃべっていて、これはどれほどの鎮守府の艦娘たちが通ってきた議論の道なんだろうと思った。ややもすると同じことの繰り返しをしてしまっているんじゃなかろうかとも。

 

 

--

 

 結局のところ、那珂が感じた不安は日本の艦娘の大半に当てはまることであった。

 日本における艦娘事情は、軍隊化、対人の兵士・私兵化、戦力化を避けるために一般人からの公募で成り立ったものの影響が色濃く出ているためだ。

 それは日本以外の国の政府の艦娘への捉え方にも影響しているが、軍隊が明示的に存在できる国では常備軍と対化物向けの艦娘という集団の境界線は日本ほど厳格ではない。よって外国の艦娘には本職が軍人という人間もざらにいる。そもそも、艦娘(艤装装着者)の集団が一部隊となっている軍を持つ国さえある。

 

 従って、軍事力とみなされかねない艦娘は、外国と日本では少々捉え方が異なる。

 第二次大戦以後の特有の勢力と根付いた感情による影響に支配された日本では、2080年代でもその影響は色濃く残っていた。艦娘・艤装装着者を軍隊と結び付けられないよう印象付ける。印象付けなければ、日本から始まった艦娘制度ではあるが、世論の風当たりによって日本では立ち行かなくなる危険性がある。そうなると領海侵入、そして沿岸の領土と国民が人外に脅かされかねない。一部の国民感情と某国との外交関係 or 物理的な被害どちらを考慮するか、日本政府にはそういう意味合いの天秤もかかっていた。

 日本において艦娘・艤装装着者は深海棲艦対策局という防衛大臣認可の下の組織に属するが自衛軍ではない。あくまで国がバックボーンの害獣駆除の専門の団体扱いだ。資格者も自衛隊や政府関係者からは極力出さず国民が主役。ただ対人ではないにしろ戦うことになるため、危険性の問題もある。そして一歩間違えれば徴兵制かと囚われかねない要素にも神経質にならざるを得なかった。そのためあくまでも志願制としての根回しを日本政府はほうぼうにしていた。

 

 実際の性能は人体に合わせて制御されているとはいえ、日本帝国海軍の当時の軍艦の性能相当を発揮しうるスペックの艦娘用の艤装(正式名称は人体装着用小型艤装装置群)を身につけた人間は、その一人でもあらゆる軍事ユニットの脅威となっていた。150年前の艦船ベースの戦闘力と、現代の護衛艦の戦闘力ではもはや天と地ほどの開きがあるが、人の身に適用するという意味では、150年前のデータでも問題なかった。

 戦闘技術がない一般人でも技術A由来の同調の仕組みにフィットさえすれば十分に戦えるほどの装備なのだ。あまりにも脅威の戦闘能力を有してしまうため、初期の艦娘の艤装の開発段階ではパワードスーツの文字通り、単体で史上最強の存在となってしまった。実際、初期2~3年の艦娘は、試験的に対人陸戦向けとして脅威の戦闘力を発揮したケースがあった。害獣駆除レベルの人外の化物に対し、過剰な戦闘力ではないか、と開発チームを支援した各国の要人からの懸念の声が集中したため何度かの仕様変更を余儀なくされていた。艦娘の艤装の仕様が安定化した現代でも一般レベルの格闘家はおろか歴戦の自衛隊隊員、日本以外の国の熟練兵士にも匹敵か遥かに超える戦闘能力を得られるため、喉から手が出るほど要望されるパワードスーツ扱いなのが、現代の艦娘用の艤装だ。

 そんな水準にまで仕立てあげた艤装を揃えた時点で、艦娘に志願する国民の危険は十分に低下させられると計算され、またそれは初期の艦娘の戦績からも証明することができた。後は化物と戦うことになる国民の生活保障を手厚くすれば印象づけは完成だ。数々の思惑を込めて根回しし、問題非難の声を上がらなくさせようやく艦娘制度は日本から産声を上げ、歩き始めた。

 

 初期の艦娘の初陣と勝利は国民の大半と海外へと大々的に公表され、初めての人外との戦いの幕開けが日本からなされたことを知らしめられた。その結果、20~30年経った今では浸透しきったがゆえの知らぬ者・興味のない者、危機感を持たぬ者もいるという、息をするように当たり前という状況だ。

 日本政府と艤装開発チームとそれを支援した要人達の目論見とプライドは上手く絡みあって守られたことになる。

 

 目論見が功を奏して、日本の艦娘・艤装装着者は常に一般人からの公募で成り立つようになり、安全性・ゲーム性(スポーツの一貫としての)のアピールが効果的に働いて世論の批判が(表向きは)でなくなった。

 一人でも本物の軍艦並の能力を発揮して戦うことができるというメリットの裏で、デメリットも発生した。それが、艦娘誕生以後20年の間に日本の艦娘には戦術の継承と蓄積が進まずにいることである。

 人の身で軍艦相当のパワーを発揮できるが、本物の軍艦ではないために艦船の常識は通用しないし、一般人はそのような知識を貯め込もうとはしなかった。身につくのは最低限のチームプレーたる戦術止まりである。日本国としては一般人の戦闘を明示的に推奨したわけではないし、艦娘制度と深海棲艦の関係はあくまで害獣駆除レベルの認知であり戦争行為ではない。自衛隊との関わりも明示したわけではないので、同制度の対策局と担当者(艦娘・艤装装着者)に対しての戦闘技術・戦術に口出しはできなかった。

 結果、後から艦娘制度を採用して深海棲艦との戦いに乗り出した欧米諸国の艦娘に根本の戦術で劣るようになってしまった。彼の国らは、深海棲艦との戦いを害獣駆除程度とは位置づけていないからだ。

 とはいえ艦娘を持てない国がほとんどのアジア地域では、日本の艦娘の力量とその技術レベルは優位性を高く誇っている。

 

 日本は周辺の国々からも頼られているが、それは素直に頼られてると受け取れる状況ではない。

 一時期明確な海軍を持って紛争地域に実効支配の手を伸ばし始めた隣国は、世界中から非難と抗議を浴びながらもその手を広げていた。大国であるがゆえに本格的な戦争に持ち込みたくない欧米諸国やアジアの国々とのにらみ合いという実質的な冷戦が続いて数十年経ち、そこに深海棲艦が現れた。

 隣国は人間の国相手ではなく、深海棲艦という化物相手にコテンパンに伸されてプライドをズタズタに破壊され、海軍力も制海権の主張の声も失い、以降海上進出を極端なまでに避けるようになった。その代わりに、自国の領海直前までの防衛は太平洋に直接接している日本などの島国が担当するのが当たり前と乱暴に公の場で主張し、暗に防衛の肩代わりを求めるようになった。その乱暴な物言いが許されるのは隣国が経済的にも無視できない巨大な存在になって久しいためでもあった。

 そんな事情もあり、日本は頼られるというよりも、危険への盾にさせられているという見方をする有識者もいる。

 

 世界の事情など知らない一端の女子高生である那珂を始めとして川内や神通、そして時雨ら学生は車輪の再発明をしようとしていた。しかしそれは日本という特殊な事情を持つ国であることももちろんだが、それよりも何よりも、鎮守府A自体が出来て未だ一年に満たない生まれたても同然の、艦娘(艤装装着者)の組織ということが強く影響していた。

 

 

--

 

「……でね、あたしとしては速力指示のように、あたしたち独自のフォーメーションや艦隊運動を作りたいッて思うの。もちろんあたしたちはズブの素人だから、まずは基本的な艦隊運動やフォーメーションを学ぶ必要があるけど、それにのめり込む必要はなくってね。」

 そんな那珂の思いをすぐに理解したのは神通だ。

「前に行った自由演習の時の、輸送側と妨害側のフォーメーションですね。」

「そー!そー!そうなのよ、神通ちゃん。あんな感じでとりあえずなんとなくでもいいから試して、鎮守府Aの艦娘の戦術として固めていきたいの。」

「すみません。僕はそれ知らないので……。」

 時雨が話題に入れず、申し訳なさそうにボソッと言う。そんな時雨をフォローすべく那珂はブンブンと頭を横に振ってから言った。

「ううん。気にしないでよ。またみんなでやろうと思ってるから。その時は時雨ちゃんも一緒だよ。」

 時雨は言葉なくコクリと頷く。

 

「那珂の言いたいことは分かったよ。君はやっぱ熱いな。頼れる生徒会長ならぬ、裏の秘書艦ってところか?」

「んああぁ~、そんな変な称号はいらないよぉ~~! 恥ずかしいってばぁ!」

「ハハッ。いいじゃないか。そういうの、俺は好きだよ。よし、俺も協力しよう。資料集めを手伝うよ。」

 

 ドキッとさせられる。

 まったくこの男性(ひと)は……。世間的には大してイケメンでもないくせにいちいち人の心を惑わせる言動をするんだから。

 あたし以外の娘をもそうやって惑わしてきたのかと思うとイライラもするが。

 

 提督の言に那珂は意図せぬからかいを受けて内心乱されて頬を膨らませてプリプリと怒って見せ、仕返しとばかりにツッコミを交える。

「も~。提督の提案ありがたいよぅ。でもね、あたしは提督からこういうお話と指示をもらいたかったよ?」

 那珂がそう言うと、実は神通らも同じ心境だったのか、ウンウンと頷きそして提督を見る。4人分の視線が一身に集まった提督はこめかみ付近をポリポリと掻いて隠しきれぬ照れを見せる。

「コホン。わかった、わかったよ。俺も勉強しておくよ。当然、那珂は一緒に勉強してくれたり手伝ってくれるんだろ?」

「アハハ。そりゃーもちろん。手取り足取り……ね?」

 またよからぬ流れになりそうな危険な匂いを感じた提督は再び咳払いをして話を強制的に打ち切る試みをした。

 もちろん今の那珂も脱線をし続ける気はない。

 

 

--

 

「この一連の訓練は……そ~だなぁ~。艦隊運動の訓練とでもしよっか。内容は……二人や妙高さんはどんなことをしたいですか?」

急に話を振られて顔を見合わせる三人。最初に口を開いたのは妙高だ。

「そうですね。集団行動ということであれば、まずは並んで同じ動きを流れるようにするところから始めたいですね。」

「揃えて動くのは大事ですよね。陣形をする前に何度か練習したいです。……そういうの苦手な友人がいるので。」

「あ、多分私の同期も……そんな気がします。」

 時雨と神通のさりげない揶揄に那珂はタハハと苦笑する。

 

「まずは教科書にもあった単縦陣っていうので、色んな動き方を繰り返し練習しよ。陣形は今後あたしたち三人でまずは骨組みを考えていけばいいかなって思うの。」

「応用は……ひとまず置いといて、基本からということですね。」

 神通がそう呟くと那珂はコクリと頷いた。続く勢いで那珂は提督に視線を向けた。

「それじゃ提督にも一つ宿題。」

「ん、なんだい?」

「あたしが読んだ本を読んでおいて。一応付箋紙貼っておいたから読んで欲しいところはすぐわかると思うの。」

「あぁ。お安い御用だ。他にはなにかあるかい?」

「ん~っとね。提督が都合のいい日だけでいいから、あたしと神通ちゃん・時雨ちゃんの話し合いに参加してほしいの。いいかな?」

「あぁもちろん。その時は五月雨も加えていいかな?もちろん彼女が秘書艦の勤務しているときだけど。あの娘には色んな物を吸収してもらいたいんだ。」

 提督がした追加の提案。特に断る理由もなく、むしろ那珂もそうしたい思いだったので二つ返事で承諾した。

 

 その後打ち合わせは艦隊運動の訓練の基本設計から始まり、本来の訓練の残りのカリキュラムを詰める流れで進めた。

 個々の訓練自体は問題ない。チェックシートの効果は先の訓練によってそれなりに効果が実証された。あとは艦隊運動という、今までなんとなしに形だけ真似てみた陣形もどきを、明確な仕組みとして整える。そうでなければ未だ人が少ない鎮守府Aの艦娘では数で勝る深海棲艦に勝って担当海域の安全を守ることなどできない。数少ない自分たちで効率よく戦いを進めるには、やはりきちんとした戦術は必要だ。参考になるのはやはり他の鎮守府の艦娘だ。

 他の鎮守府の艦娘たちの戦い方を知りたい。身を持って感じたい。

 

 那珂は打ち合わせを進める間の脳の別の箇所で、そのように考えていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

艦隊らしく

 速力指示と陣形について考え始めるようになった鎮守府Aの艦娘達。それはやがて自然と艦隊運動の訓練へと展開されていく。その中で那珂達川内型はそれぞれの姿勢を見せる。


 翌々日、訓練のために海上に出た那珂たち。教師たちはこの日おらず、完全に自分たちのためだけの本格訓練となる。那珂は訓練開始前にその日の訓練の説明を皆にし始めた。

 

「みんな、ちょっと聞いてくれるかな?今日は砲雷撃の総合訓練の予定だったけど変更して、また水上航行訓練にします。」

 那珂の両隣には時雨と神通が近寄って立ち並んだ。それに向かって立つ残りの艦娘たち。まずは川内が口を開いた。

「えー!?また?前にやってからそんなに日開けてないですよ。」

「あたしもまた水上航行なんて嫌!他の訓練がいいっぽいぃ~!」

「まぁまぁ。ただの水上航行の訓練じゃないよ。それはね……艦隊運動の訓練です。川内ちゃんならやりたいこと、分かってもらえるんじゃないかなぁ?」

 川内と夕立の早速の文句をなだめながら那珂は話を進める。

「艦隊運動って……艦船が揃って行動するあの動きですよね? 那珂さんに提案しといたあたしが言うのもなんですけど、本当の船じゃないあたしたちが並んで動くのって意味あるんですかねぇ?」

 川内の指摘。それは那珂も思っていたことそのままだった。後輩の着眼点が単にゲーム由来の興味・知識止まりじゃなくてよかった。那珂は少しだけ安心する。

 

「そこはホラ。普通の部活みたいにさ。球技とかにもあるでしょ?対戦するためのルールや戦術。そーいう感じで、あたしたちもこの艦娘の活動をしっかり見据えて決めていきたいと思うの。そのための今日はお試しってこと。」

 前々から那珂は皆に話題として触れてはいたが、相談役の二人と妙高以外はイマイチパッとした反応を示さない。那珂が一般の部活動を例えに挙げたことでようやくそれらしい反応を示し出す。

 

 

--

 

「私、体育とかでもチームプレーって苦手なんですよね……。」開口一番苦手を独白する五月雨。

「え~!?五月雨ちゃんは協調性ありそうだし、上手くやれそうなイメージあるけどなぁ。」

「うー。私としてはとってもやる気あるし、チームメートの指示もわかっててちゃんとやってるつもりなんですけど、いっつも皆に怒られちゃうんです。」

 苦手から繰り広げられるその度の周りからの訓戒を五月雨は語る。しかしその雰囲気は特段暗いものではなく、ネガティブながらも明るい雰囲気の愚痴だった。聞いている那珂はもちろん、五月雨の友人たる時雨たちもすぐに励ます姿勢に切り替わる。

「さみはのんびりやだからね。とはいえ頭で思ったらもうちょっとだけ早く体を動かすことを心がけるといいよ。クラスのみんなもさみのことわかってくれてるハズだし、そんなきつくあたらないと思うんだけど。どうなの、ますみちゃん?」

「そうねぇ~。私達同じクラスの女子はいいけど、男子はさみのことからかう目的でわざと突っかかってくる気があるわねぇ。」

「さみは合同体育の時でも一番足引っ張るっぽい~。もっとしっかりしてよね~!」

 そう言い放つ夕立を時雨が小突いた。

「ゆうは人のこと言えないよ。ゆうはいつだって勝手に動くじゃないか。さみとは別のベクトルで足引っ張ってるんだからね。」

「……やっぱり私、みんなの足引っ張ってるんだね。時雨ちゃんもそう思ってたんだぁ~……。」

「あ、いや!その……。」

 自身の言い方に素早く気づかれて時雨は珍しく取り乱して五月雨に弁解すべくアタフタする。仕方なしとばかりに村雨が間をとりなして仲良し4人組の雰囲気は保たれた。

 中学生組のやりとりを見て那珂は微笑ましく感じるも、コホンと咳払いをして続けた。

 

 

--

 

「まぁ色々ありそうな五月雨ちゃんのことはみんながフォローしてあげてくださいなということで。あたしたちだって今この場では同じだよ。学校の体育以外で、みんなで揃って行動を起こすことの大事さを改めて学ぶ必要があります。そろそろあたしたちも……ね、はい、時雨ちゃん続きどうぞ。」

 

「えっ!?」

 那珂にいきなり振られ、焦りを僅かに表面に醸し出しつつも時雨は呼吸を整えて、補足のため口を動かし始めた。本来ならば五十鈴がする役割だが、この日もいないために相談役の時雨と神通のどちらかがメインアシスタント代わりなのだ。

「……今まではなんとなく列を作って出撃や依頼任務をこなしてきたと思うけど、ちゃんとした動き方を決めるのは大事だと僕も思います。そろそろ僕達も、ちゃんとしたチームでの動き方やフォーメーションを決めたい、効率よく強くなりたい。そんな思いを那珂さん、神通さんと共有しました。ですので皆さん、簡単なことからでもいいので、着実に実践して行きましょう。」

 時雨の真面目な発言にその場の全員が相槌を打つ。

 

 一人、神通はこのあと何か喋るハメになるのかと肝を冷やしてチラリと那珂を見たが、先輩たる那珂は神通の視線に笑顔で目を細めてウンウンと頷くのみだった。つまるところ那珂が期待していた発言をすべて時雨がしたため、那珂としても無理に神通を喋らせるつもりはなかった。

 両者の思惑が合致した結果、神通はホッと胸をなでおろし、改めて時雨の視線の先の艦娘たちに安心して視線も戻すこととなった。

 

 

--

 

 那珂たちは艦娘の出撃時のチームの推奨最大人数である6人ごとにまとまって艦隊運動を練習し始めた。あぶれた者は、実践する6人のチェック役となる。

 

 初回は指導役として那珂、神通、時雨が訓練をする6人を見ることとなった。訓練側の6人は次の構成だ。

 

旗艦、川内

不知火

夕立

村雨

五月雨

妙高

 

「川内ちゃん、あなたが旗艦やってね。って言っても特に何するわけでもないよ。必要があったらみんなの先頭に立ってもらうだけ。」

「あ~、まぁなんとなくわかります。とりあえずやってみますわ。」

 川内から特に悩ましくなくカラッと元気な返事をもらったので那珂は完全に任せることにした。

 そして那珂は時雨・神通と資料を見合わせ、宣言した。

「それじゃー始めるよ。最初は6人縦か横に並んで、速力を合わせて移動してみよっか!」

 そう言って那珂は神通に指示を出し、今いる海上、河口近くから堤防に沿って消波ブロック手前まで行かせた。

「あたしはここに立ってゴール地点の役割をします。神通ちゃんはスタート地点の役割で、時雨ちゃんはみんながちゃんと目標通りに移動しているか、並走してチェックしてもらいます。時雨ちゃんには悪いけど、ちょっとばかり疲れる役割をやってもらうけど、いいかな?」

「えぇ、構いません。僕がちゃんとみんなを見ます。」

 那珂は時雨の返事に頷いて、改めて6人に向き合った。

「あたしのいる位置から神通ちゃんのところまで行ったら、今度は逆に戻ってきてね。まずは一度やってみよ。」

 

 那珂の合図で川内たち6人はスタート地点たる、河口、那珂の数歩前に横一列に並んだ。6人と同じ列で数m離れた位置には時雨が経ち、身体の向きは前、顔と視線は6人に向けている。

「よーい、スタート!」

 スタートの合図代わりに那珂は機銃を天に向けてガガガッと打ち上げた。その意味に気づいた川内は右にいた5人に向かって掛け声をかける。

「行くよみんな。まずは速力、スクーターからだ!」

「「「「「はい。」」」」」

 

 そうして始まった、速力を合わせての横一列の同時移動。

 やはり初回ならでは、てんでバラバラのスタート、若干揃うもまだグダグダの途中、フィニッシュはなぜか不知火と競い合い、旗艦川内を追い抜いて真っ先にゴールする夕立・不知火、そしてゴール手前で急停止しようとしてコケて隣にいた妙高に支えてもらう五月雨という展開が繰り広げられた。唯一そろっていたのは川内と村雨の二人だけである。

 ゴール地点の役目を担っていた神通はそのあまりのまとまらなさ具合に苦笑いするのも忘れて感情のない眼力で6人を眺めた。

 その光景にはチェック役の時雨も呆れ果てるほど。そしてスタート地点にいて50m以上離れていた那珂もおおよそそのグダグダっぷりを間近で見ていたかのように頭をガクッと傾けて大げさに呆れた仕草をする。

 

 ゴール地点では時雨が神通に近寄ってこの結果をどう捉えるべきか不安を口にしあっている。

「じ、神通さん。こ……これはどうしましょう?あまりにも……。」

「は、はい。」

 神通は川内に近づいて彼女にだけ聞こえるように指摘し始めた。

「あの……川内さん。」

「うん、神通。わかってる。わかってるよ、あんたの言いたいこと。さすがのあたしもこの揃わなさは呆れたよ。艦隊運動ってものをみんなわかってないや。」

「川内さんは旗艦なのですから、みんなにビシっと……言って下さい。」

 皆まで言うなとばかりに川内は神通の指摘を遮るように手の平を向けて言った。さすがに元ネタ提供者だけあってわかっているのは助かる、神通は密かにそう感心していた。

 

「そ、それでは皆さん、那珂さんのところまで同じように揃って戻って下さい。」

 時雨がそう促すと、川内は5人に方向転換させ、綺麗な横一列になったあと、合図をして進みだした。

 移動しながら川内は並走している不知火と夕立に向かって注意をした。

「二人とも、今度はあたしを追い抜かないでね。旗艦のあたしが先頭なんだから。」

「ぽ~い!」

「(コクリ)さっきのは夕立が吹っかけてきたから。」

「も~、艦隊のことならゲームで知ってるあたしに任せてっての。そもそも艦隊運動ってのはね……」

 ゲーム由来の艦隊知識をひけらかし始める川内。次から次へと飛び出す新鮮な小ネタに駆逐艦二人は熱心に聞き入る。

 自身の得意分野であるネタの話に聞き入る年下の少女二人のため、川内は悦に浸って気持ちよくなり、口舌も滑らかになって止まる気配を見せない。そのためゴール地点にいる那珂の声も届かない。もちろん背後から那珂の声が響くようになっても気づかない。

 

「おーい。ちょっと?川内ちゃーん? ……そこのかわうちちゃ~ん!」

 那珂の叫びも虚しく、川内と駆逐艦二人は、残りの三人を差し置いてそのまま進み河口を向こう岸まで到達し、さらには隣町の管理下にある海浜公園の沿海へと突入していく。

 完全に聞こえていない。これはもはや制裁が必要だ。

 那珂は残った3人と戻ってきた神通・時雨に小声で合図し、川内へは神通、夕立へは時雨に手持ちの主砲の照準を向けさせた。

 もちろん実弾ではなくペイント弾だ。不知火を狙わなかったのは、おそらく二人に感化されて意図せず巻き込まれたのだろうという恩赦の意味を込めていた。

 

ドゥ!ドゥ!

 

「うあっ!」

「きゃっ!」

「!?」

 

 突然背後から撃たれて度肝を抜かれた川内たち三人。狙われていない不知火も両隣の二人の様子が一変したのでほぼ同タイミングで驚きを見せる。

 三人が一斉に後ろを向くと、数十m後ろで神通と時雨が主砲を構え、二人の間で那珂が腕を組んでほぼ仁王立ちしている姿がそこにあった。

 撃ってきたやつを振り返った瞬間に怒鳴りつけてやろうかと川内はいきり立つ勢いだったが、振り返った瞬間に逆に怒鳴りそうなオーラを醸し出していた那珂のために瞬時に萎縮した。

 那珂は無言で手招きをする。それを見た川内は慌てて隣にいる駆逐艦二人に言った。

「も、戻ろう二人とも!」

「「は、はい!」」

 

 ピュ~っと言う効果音がしそうな慌てた移動の仕方をしながら戻ってきた二人に、那珂はあえて触れずに次の訓練を言いつけた。

 

 

--

 

 その後列を揃えての前進は、メンバーを変えて6人編成、次に人数を減らしてチームを増やして個別練習として進めあった。チェックシートが完成していないために当事者たちの主観的な評価になるが、単純な艦隊運動では、那珂、妙高、神通、村雨、時雨、不知火は互いに揃えることに問題なかった。いまいちだったのは、残る川内、五月雨、そして夕立だ。

 元々からして他人に合わせて行動するのが苦手な夕立は誰の目にも明らかな結果だった。川内は旗艦として先頭に立って動く分にはよいが、他人に合わせるとなると、夕立と同様にムラが出てしまうのだった。とはいえ川内は本来の艦船の艦隊運動の意味を知っているために、意識しようとしている意欲だけはある。その意欲だけは評価した。

 それから五月雨は単に、意識と意欲はあれど身体がついていけていない。指導役の那珂・神通、そして時雨は三人をそう捉えた。

 

 悄気げる五月雨を励ますべく取り囲む那珂と時雨たち。神通もその輪に加わりたかったが、自身も大概運動音痴な面があるため、励ます者が逆に励まし返されるかもしれないと余計な心配を持ち、動かしかけた上半身をすぐにまっすぐに戻してその場に留まる。

 そのうち五月雨を囲む集団の中から那珂の声がハッキリと漏れてきた。

 

「あの二人はどーしようもないからほっとくとして、五月雨ちゃんはね~~うーん。どーしよっかなぁ。」

「あれ?あたしたち地味に馬鹿にされてね?」

「っぽい!」

 当の二人の反応を無視して那珂は頭を傾け思案する仕草をした。そして頭をまっすぐに戻し考えを述べた。

「そだ!神通ちゃん、それから村雨ちゃん!」

「はぁい。」

「は、はい!」

 

 もはやかかわらなくてもいいやと思い始めた矢先、那珂から指名が入って神通は飛び上がらんばかりにビクッとさせて首・頭・視線を那珂の方に向ける。

「今のところ二人が一番他の人に合わせるの上手いから、五月雨ちゃんのサポートお願いできるかな?」

「わかりましたぁ。ていうか私はもともとそのつもりでしたし。」

「わ、わかりました。精一杯頑張ります。」

 願ってもない筋運びだ。神通は心の中でホッと安堵の息を吐く。自分と同じように運動が苦手そうなのであれば、自分の訓練の様が目立たずに済む。

 実のところ神通は他人に合わせるのが特別上手いというわけではなく、単に回りの行動に合わさっていたというのが正解であった。この2~3時間ほどの艦隊運動の訓練時の速力が自身の体力に対して十分余裕を持てる水準であったため、その余裕でもってなんとかしのげていたに過ぎない。

 速力をもっと上げた状態での訓練が続けばどうなるかわからない。だからこそ今不出来な五月雨と一緒に訓練し、さりげなく自身の技量もレベルアップして回りに取り残されないようにしておきたい。

 そういう考えを神通は抱いていた。そんな神通に那珂はすべてが全て気づいていたわけではないが、疲労の様子から伺える雰囲気的になんとなく怪しいものを感じたので、あえて神通を五月雨につけることにした。

 

 

--

 

 午前の訓練が終わり昼休憩を取った後、那珂たちは再び海上に出た。

 午前終了間際に決めた特別編成により、神通は五月雨・村雨と組むことになった。川内・夕立の問題児ペアに那珂と不知火がつき、残る時雨と妙高はそれぞれのチームの監視役となった。

 全体の音頭は時雨が取る。

 

「それでは両チームとも、移動始めて下さい。」

 時雨が指示を出すと、那珂のチームと神通のチームはそれぞれの速力指示でもって動き出した。

 

「それでは、徐行からやってみましょう。それなら合わせられますよね?」

「はい!私、頑張っちゃいますから!」

「まぁ、それならさみでもさすがに……ね。」

 

 いつでもすぐに無理なく停止できるほどの速力でもってゆっくりと前進し始めた神通たち三人。さすがに超スロースピードであれば、五月雨も他二人にピッタリと合わせて移動できている。それをしばらく見届けた神通は指示を出した。

「次は歩行でいきます。」

「「はい。」」

 歩行の速力区分でも五月雨は問題ない。そして自転車でも同じだ。通常速度よりも下の速力でもってしばらく海上をいったりきたり。ひとしきり海上を縦横無尽に動いて移動能力を確認した神通は、いよいよ通常速度であるスクーターを指示した。

「それでは通常速度、スクーターで行きます。」

 五月雨と村雨は全く不安のない声色で返事をする。

 しかし、スクーターになった途端、五月雨はある時は遅れ、ある時は神通を微妙に追い抜く様を見せ始めた。

 神通はすぐに気づいた。しばらくスクーターの速力指示でぐるぐる周り続け、徐行の指示を出し、そして停止してから打ち明けた。

 

「わかりました。五月雨さんの問題。」

「はい、なんでしょう?」

 

 五月雨の返事の後に続く村雨は言葉なくコクリと頷いて神通の言葉を待つ。

「五月雨さんは、きっと速力をまだ正しく維持できていないのだと思います。ですから、安定しないのだと、思います。もっと自分の中の速力のイメージを強く意識してみてください。」

 神通は指摘を口にしながら、先に五月雨に抱いていた初期の問題点の見方を改めた。同調して動く艤装と装着者たる自分たち。五月雨には意識も意欲もある。実は体力的な面でも問題ないのだろう。しかし彼女の本当の問題は、速力のイメージが安定していないことなのだろうと察した。身体がついていけなくなるのはもっと後の部分。体力が切れれば見た目にもハッキリ現れるし思考も不安定になる。自身の経験上その様はわかっていたので、それに惑わされていた感がある。

 彼女は元来マイペースだ。醸しだされる雰囲気でもわかる。そして今まで(学校の体育以外で)他人に合わせて行動を起こすという経験がない。だから無理に合わせようとすると途端に不安定になる。伝え聞くようにドジが多くなる。

 きっとそういう性分なのだ。

 

 よく今までやってこられたな……神通は密かに呆れたが、当然口に出して言えるわけがない。仮にも最初の艦娘であって大先輩だ。

 チクチクと指摘をしておいて、申し訳ない気持ちを抱いたが口が止まらない。しかし決め事はきちんとしておきたい神通の性格が彼女の口の動きを滑らかにさせていた。一通り喋り終わって気が済んで我に返った後、最後に一言謝った。

「……というわけだと思います。……あ、若輩者が偉そうに、ゴメンなさい。」

「い、いえいえ!艦娘としては無駄に経験が長いってだけですし。……実は私、神通さんに叱られて、ちょっとうれしいんです。高校生のお姉さんに何か言ってもらえる経験って、普段ないので。」

 神通の説教の最中、悄気げた表情をしていた五月雨は謝罪の言葉が飛び込んできた瞬間、顔を上げて作り笑いを浮かべてそう言った。

 

 年下に気を使わせてしまった。この中で一番下っ端なのに、総合的な能力も高くないのに大先輩をやり込めてしまった。五月雨に返された後神通はネガティブな思念に支配されかける。

 そんな神通を現実に戻したのは村雨の言葉だった。

「んもう、神通さん! 自分でさみのことを注意しておきながらそんなに逆に悄気げないでくださいよぉ。私たちは指導してくださる那珂さんや神通さん・時雨を頼ってるんですからぁ。」

「は、はい! ゴメン……なさい。」

 再び悄気げる神通に村雨は肩で息をしてため息を吐いた。片手は五月雨の肩に乗せて暗に親友へも注意を促す。

 

 神通は深呼吸をし、改めて二人に向き直して言葉をかけた。

「そ、それでは再開しましょう。……そうですね。私を旗艦と仮定して、私に間隔を合わせてみましょう。」

「神通さんにですか?速力は?」

「速力は気にしないでいいです。私は速力スクーターで行きますので、お二人は私を目で追って合わせるだけでいいです。」

 

 神通の思いつき。

 

 それは指示された速力をひとりひとりが守るのではなく、旗艦が出した速力に合わせるというものだった。他人に合わせるのが苦手なのであれば、経験を積んでもらうしかない。神通にしてみると、自分に合わせてもらえるという、自分から遅れても気づきにくくなるという目論見があっての提案だった。

「な~るほどぉ。神通さん、それいいアイデアじゃないですかぁ~。」

 村雨がすぐに察した。察したのは艦隊運動の意味の面だけであることを神通は密かに願いつつ、村雨の相槌に頷き返す。

「これがうまくいけば……旗艦だけが明確に管理を意識するだけで済み、メンバーは仲間との距離感や位置だけを注意すればいいはずです。もちろん速力指示を明確に合わせるのも大事ですが、まずは仲間同士で合わせて動けるようになるという達成感が必要なのだと思います。やってみましょう。」

「「はい!」」

 

 神通の提案で、五月雨と村雨は動き始めた。神通は先頭を進み、二人は神通の左右で、人一人が横たわった位の後ろに位置し、くの字のように陣形を取って移動を繰り返した。

「え~と、なんとか神通さんに合わせられてるような気がします。どうですか?」

 斜め後ろから声が聞こえる。神通は左後ろにチラリと振り返って距離感を見る。本人が言うとおり、出だしの時と間隔はほとんど変わっていないように見える。

 やはりこのやり方は正解かもしれない。神通はそう確信めいた感覚を覚えた。

 

 つまりマイペースな人でも、絶対の動作よりも相対の動作を意識させれば実際の速力はどうであれ、他人と合わせて動けるようになる。

 考えてみれば、自身の神通の艤装の性能と五月雨・村雨の艤装の性能は異なるのだ。元になった軍艦の性能も文献で見る限りは、艦種もそうだが性能が異なっていた。だとしたら軍艦を模した艤装を装着している自分たちの発揮する能力も違って当然なのだ。

 能力・性能が異なる複数人それぞれが速力スクーターとして前進しつつメンバー同士で揃って動くなんて無理な話。

 先輩である那珂がどこまで気づいているかは知らない。が、少なくとも今の自分としては、この速力指示や艦隊運動の基準は、少なくとも旗艦=リーダーとなる者が明確に意識していればいいという考えを貫き通したい。それでチームが揃って動けるのであれば、結果オーライなのだから。

 

 それは神通自身、逆の立場でも思うことだった。自分で速力スクーター、速力バイクなどと意識しつつ、仲間との距離感をも意識して動くなんて器用なことが続けられるほど意識と身体の動きは良くないと感じていた。リーダーが“あたしに合わせてついてこい”と言って、その人に合わせるだけのほうがよほどやりやすい。とはいえ性能の違いで遅れることも当たり前のように発生するだろうが……。

 そう考える思考の端で、逆の立場だったら、自分の体力のなさが原因で自分だけが遅れて艦隊というチームプレイから逸脱することもきっとあるだろうと危惧する面もあった。

 

 頭をブンブンと振って前方を見続ける。両端の二人のことはもはや気にしない。二人がなんだかんだで優秀なのはわかっている。遅れずについてきていると信じているから神通は左右を見ない。

 

 

--

 

 神通チームの様子を見ていた時雨と妙高は、三人が一端停止して話し込んでいたと思ったら、途端に動きが良くなったことに目を見張った。

 時雨は、急に良くなったそのコツを後で神通から教えてもらおうと期待を持って眺めていた。

 そしてやや笑みを含んだ表情で別のチーム、那珂のチームに視線を移した。

 

 

--

 

「神通ちゃんたちはあっちで任せるので、こっちはあたしと不知火ちゃんが加わるよ。」

「お~!那珂さんお手柔らかに~。」

「に~。」

 二人揃って手のひらをヒラヒラと浮かせて返事をする川内と夕立。そのやる気のなさそうなふざけた様に那珂はイラっとしたが、その苛立ちを普段の声調子で隠して音頭を取ることに注力することにした。

「はいはい。二人のためにあたしと不知火ちゃんという優秀コンビが付き合ってあげるんだから、感謝してよね~。」

 川内と夕立は「え~」だの「那珂さん言い過ぎ」などと笑いながら愚痴をこぼす。

 

「それじゃあみんなで速力歩行から行くよ。スピードに乗ってきたら合図するから、それまではあたしについてくる形でいいから。」

 はーいと返事をする二人とコクリと無言で頷く一人。それを見届けて那珂は前方を見、そして前進し始めた。

 

 ほどなくして速力歩行たる速度に達した那珂。両隣を見ると、不知火は問題なく揃っているが、川内と夕立はそれぞれ前に出すぎていたり、1~2歩分余計に前後にずれている。

 那珂はそれぞれが速力を意識して進むことの問題に最初から気づいていた。それは速力指示を決めた時から薄々感づいていたことだった。

 

 

--

 

 本来の艦船のように機械的に速力をあわせるということは艦娘には難しい。同じ機械といえど、客観的に操作して速力を調整できる本来の艦船、対して主観的に速力を己の精神力と思考で伝達させて調整する艦娘の艤装。指示の同じ使い方は無理な話だった。

 スマートウェアのアプリで速度の表示を見れば済むことだが、どのメーカーのスマートウェアをどこにどういう形の物をつけるかは人それぞれだ。装着とアプリのインストールは義務付けられてはいるが、その形状までは定められていない。機械音痴な人もいる。全員が全員スマートウェアのアプリの表示を逐一見て速力を調整できるほど器用ではない可能性を十分考慮に入れないといけない。

 だからこそ、感覚で速力を掴みそして艦隊を組む他の艦娘との相対関係を意識させなければならない。そういう教育が必要なのだ。とはいえ、(世間一般的な鎮守府で)機械的に艦娘の艦隊運動を合わせる試みがなされているのも事実である。

 

 

--

 

 ただそれを川内と夕立にどう言えば理解して実践してもらえるか。那珂は言い出すタイミングを見計らっていた。あちらのチームは全員わかっていそうで楽そうだなぁ、と那珂は心の中でため息を吐き、自分が指導すべき艦娘たちを視界に収める。

 やはり遅れが広がったり進みすぎた自身を戻そうと四苦八苦している。

 仕方なく、那珂は演技することにした。

「あ~~、二人がバッラバラだから、あたしなんだかやる気なくなっちゃったかも。ちょっとスピード落とそ~っと。」

 

「「え?」」

「!?」

 

 三人が三人とも呆気にとられて那珂の方を見る。三人の反応は無視し、那珂は三人の中で一番厄介そうな夕立の足元をチラリと見て、そして自身のスピードを緩めた。

 結果として、那珂は夕立と並んだ。

「ちょ、那珂さん!?やる気なくなったって!ひどくないですかぁ!? あたし頑張ってますよ?なんでぇ?」

 そういう川内はもともと那珂がいた位置関係より前に進みすぎていたため、一番後方にいた夕立と並走する形になっていた那珂を見るべく振り向く。

 川内は、那珂がなぜ夕立と並走しているのかまったく意識にない。そのため自身が抱いた疑問をストレートにぶつけることしかしない。

 そんな川内に那珂は言い返した。

「だ~ってさぁ。今日は午前から結構繰り返しやってるけど、中々揃えてくれないしさぁ。あたしの指導役に立ってないのかなぁ~って自信なくなるのですよ。言ってわかってもらえるか、那珂ちゃん不安で仕方ありませ~ん。」

 のらりくらりと軽い調子で喋っている間にも4人はひたすら移動している。隣にいる夕立は川内と同じくブーブーと文句を垂れておりそして速度も安定しない。そんな様子を片目で追って那珂は自身の速力を調整する。結果として那珂は依然として夕立とほぼ同列で並走している。

 

「あ。」

 

 突然不知火が一言発した。そしてやや速度を緩めて夕立・那珂と同じ列に揃える。那珂は不知火と視線を絡ませ合うと、不知火の気づいたことに気づいた。そしてあえて彼女に声をかけることはせずわずかに頭を上下させてすぐに視線を川内のいる方向に戻した。

 

 不知火が自分の位置を調整した結果、4人のうち川内だけがずれた単横陣になっていた。しばらく微妙なズレの単横陣のままグルグル回って移動し続ける。川内は後ろに三人いる形になっていたので、たまに背中をもぞもぞと動かしてチラッと振り返る。

「あのさ~、那珂さんに他二人とも。なんであたしだけ前なの?しかも三人ピッチリ並んでるし。みんなホントに速力スクーターでやってんの? なんかあたしだけずれてるみたいじゃん。」

 

 事実あんただけズレてるんだよ。

 

 那珂はそうツッコミを乱暴に入れた。あくまで心の中だけであって、実際の口調では終始軽やかな普段の声調子を保っている。

「あたしはね、夕立ちゃんに合わせてるの。」

 続けざまに不知火がボソッと言った。

「私は、那珂さんに。」

 ついでに夕立が口を開く。

「あたしは~~てきとーに速力スクーターっぽく進んでるだけ~。」

 

 川内はそんな三人の様子に唖然とした。川内は急停止して振り返った。

「なにそれ!?みんなちゃんとやってよ! 那珂さんもやる気なくなったとか言って夕立ちゃんに合わせてないでさぁ!」

「タハハ。川内ちゃんに怒られちゃった。」

 おどけてみせる那珂に川内はイラッとして眉をひそめ眉間にシワを寄せて睨みつける。

「あのさ~、那珂さんのそーいう態度が嫌なんですよ。那珂さんのことだからなんか企んでるんでしょ? そーいうのさ、あたし理解するの苦手なんだから、言う時はきちんと言ってくださいよ。そういう人を食って掛かるの、すっげぇ苛つくんですよね、あたし。」

 そう言うと川内はわざと片足を思い切り上げた後、海面に落とした。水しぶきがあたりに飛び散る。一番近くにいた夕立の左足脛から太ももにかけてピシャっと海水がかかった。

「っぽい!? 川内さ~ん!なにするのよぅ!」

「あぁ、ゴメンゴメン。今のは那珂さんに向けてやったつもりなのよ。」

 

 明らかな敵意をむき出しにする川内に、那珂は軽さを抑えて丁寧にしかしため息混じりに言った。

「自分で気づいてくれると嬉しかったんだけどなぁ。わかったよ。ちゃんと言うね。一人ひとりが速力指示を守っても、きちんと揃わないのは当たり前かなって思うの。」

「は? 何言ってんの? 速力を合わせてやろうって言ったの那珂さんじゃん。」

 那珂のセリフが気に入らなかったのか、恫喝気味に強く突っ込む川内。しかし那珂も負けてはいない。ややドスを効かせた声で注意して続ける。

「うん、今はあたしが喋ってるんだから口挟まないでね。……あたしたちは機械じゃなくて人間なんだから、速力を合わせようって言っても、それぞれ基準とする速度も艤装の性能も違うんだから、揃わないのは当たり前ってこと。ここまではおっけぃ?」

「……まぁ、なんとなく。」

「?」

 夕立は呆けて川内と那珂に視線をいったりきたりさせている。夕立の後ろにそうっと近づいてきていた不知火が肩をチョンチョンと叩き、耳打ちした。

 駆逐艦二人の行動を気に留めず那珂は言葉を続ける。自身が思っていたことを、川内たちに向けて噛み砕いて伝えていく。その説明にすぐにコクコクと頷いて相槌を打って聞き入っているのは不知火で、川内と夕立は数拍置いてから頷いてようやく理解したという表情を見せた。

 

 

 しかし川内は納得はできていない色をその表情に浮かべる。

「だったらさ、最初から言ってくださいよ。あたしはもちろんだけど、みんながみんなそれに気がつけるわけじゃないんだからさ。」

「ゴメンね。でもあたしはこうも思うんだ。人間、一度は自分の身で体験して思い知って初めて物事の本質に気づけるんだって。失敗や経験から学ぶのは凡人だとは言われるけど、あたしはそれをダメダメなことだとは思わないの。物事の間違いに気づいて正しい道に進めるなら、少なくとも物事の二つの面を真に理解して先に進めるんだから、失敗しないで何でもできる一握りの本当の天才よりも、成長という意味では倍以上の経験と学習をできるんじゃないかって。世の中の殆どの人は凡人なんだからそれを恥じることはなくてね、あたしたちはその学び方を十分活用すべきだと思うの。だからまずそのままを伝えて、みんなに訓練し始めてもらったの。」

 那珂の説明にいまだ納得を見せない川内は言い放った。

「その言い分だと那珂さんは天才だってことですよね? 先にそーいうことわかっててさ。な~んかやる気なくすのこっちですよ。」

「うんうん。」

 川内の言葉に同意を示したのは夕立だ。とはいえこの娘は慕う川内の行動に単になんでも同意したいだけというのがだんだんわかっていたので那珂は無視した。

 

「川内ちゃんには期待してたんだけどなぁ~。ゲームとかで艦隊の結構知識あるみたいだから。」

「……悪かったですね。どうせあたしの知識は漫画やゲームの内容の受け売りですよ。」

 そう言いながらそっぽを向く川内。那珂は小さくため息をついて川内に向けて追加の言葉を投げかけた。

「悪いとかダメとか言いたいんじゃないの。川内ちゃんにはその知識を艦娘の世界での本物にしてほしいから、もっといろいろ体験してほしいってだけ。今はこの中で一番経験が足りてないけど、今のうちなんだよ?」

「今のうちって、何がです?」

「強くなるために、どんな覚え方するのも、うっかり間違えるのも、周りに迷惑かけるのも、全部許してもらえる期間がってこと。この後長良ちゃんや名取ちゃんっていう二人が入るまではあなたはまだ新人なんだから、そういう新人の特権ってところかな。」

 そう那珂が言い締めると、川内は黙りこくって俯く。

「川内ちゃんはちょっと訓練進めるだけで、すぐに周りを引っ張っていけるようになる素質を持っている気がするんだ。だから期待しているんだよ? ホントならあなた自身で気づいて欲しいところだけど、川内ちゃんがちゃんと言って欲しいっていうのであれば、あたしはあたしが気づいたことをきちんと教えてあげる。それをあなたの身にできるかはあなた自身だから、教えた後は見守ることしかできないけどね。」

 

 那珂が言葉を締め終わってもなお、川内は俯いていた。しかしその表情はさきほどまで出していた苛立ちや不服の色ではない。

 やはり、と那珂はあることに気づいた。川内は、口だけ、理屈だけで教えてもダメなのだ。多少は荒っぽくぶつかり合わないと本当の意味で彼女の理解を促すことはできない。物分りが悪いと言えなくもない。

 最後に思ったのは、デモ戦闘以来、妙につっかかってくることが増えたなぁという感想だった。しかしそれは那珂にとっては腹の立つ存在という意味ではなく、きちんと本音をぶつけてくれる好ましい存在という意味だ。

 

 

--

 

 言ってくれなきゃわからない。そう意見した川内だったが、その後の那珂の説教を聞いていて、本当にそれでいいのかと自問自答をしたくなった。

 本当に先輩那珂に重要な思考を頼っていていいのか?

 自分は本当に指示されたことをこなしていくだけでいいのか?

 

 かつて自分の全てであった日常生活では、親しくしたい・助けたいと思った相手には自ら直情的に動いた。その結果がこの前までのいじめ直前までの状態だ。誰も彼も異性である自分を同志のように慕って仲良くしてくれていた。

 あれから数週間、自分は艦娘という世界に次なる日常生活の安定を求めて飛び込んだ。まだかつての日常のように好きな相手はいない。提督と明石さんしか、いや、夕立ちゃんもだけど。

 そういう人たちのためにまだ率先して動いて何かを成したことはない気がする。その人たちのためでなくとも、自分から何か進んで事を成したことなどない。

 

 そして特権や新人のうちだからとフォローされた。イラつく。そんなことで甘えてていいのか。自分で動かないから先輩に馬鹿にされているのかもしれない。

 なんとかしてこのふざけた軽い感じの先輩を見返したい。どうすれば見返せるのか。

 

 川内は那珂に説教される中、自分なりに真面目に今後の自分を見つめようとしていた。

 

 

--

 

「……というわけだからね。ちゃんと教えたから、今度は川内ちゃんがあたしたちを指揮して艦隊運動をさせてみて。」

「お願いしま~す!」

「ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します。」

 

 川内は那珂から彼女が想定する、艦娘の艦隊運動の重要ポイントを一通り教わった。那珂の言葉に続いて夕立そして不知火が願い入れてくる。これで言い逃れはできなくなったことに心の端でやや焦りが生まれる。

 こういうきちんとした物事は神通が得意だろうになぁと思い遠く離れた場所で練習しているはずの神通チームにチラリと視線を送る。するとやはりというべきか、神通は五月雨と村雨を率いていつのまにか安定して揃った艦隊運動を見せている。

 てっきりその指導に四苦八苦しているのかとおもいきや、そんな様子は微塵も感じられない。神通のことだから、早々にうまいやり方で教えて実践させたのだろう。

 川内は遠目で見て成功している神通に安心と同時に嫉妬もしていた。

 あたしは運動神経的には神通はもちろん那珂さんよりも良いんだから、なんとかなる。リーダーシップだってあの神通にできてあたしにできないわけがない。

 そう奮起して川内は返事をした。

 

「よっし、やってやりますよ。那珂さんの期待に答えてお釣りをもらう勢いでやってやります。神通に負けてられないし!」

 川内が掛け声をあげると夕立が真っ先に続き、その後那珂と不知火が声を揃えて反応した。

 自己嫌悪に陥りかけ、那珂と神通に対抗心を燃やした川内は、勢いはあれどお世辞にも適切とは言いがたい荒いやり方ではあるが、艦隊運動を指揮し始めた。フィーリングが合う夕立は早々に理解を示して従い、不知火はやや戸惑いながらも従ってどうにか動きを合わせる。そして那珂は後輩の下手くそ過ぎるリーダーシップの実行に心の中で苦笑しつつも温かい目で見守ることを決め、川内の指示の意を想像で補ってなんとか合わせた。

 

 那珂は川内のよろしくなかった点をすべて記憶しておくのを忘れない。訓練終了後にまとめて発表し、川内に反省点として促して指導役としての責務を果たした。

 他の艦娘、しかも同僚の神通がすぐ側で聞いている場で自身の悪点をあけすけに指摘された川内は恥をかかされたことに苛立ち、またしても那珂に苛立ちと水掛けをぶつける。今度は二人の間に他人はいないため、水しぶきは那珂に向かって跳ねるが、ギリギリで届かない。

「あたしさぁ、皆の前で何か言われるの好きじゃないんですよね。説教するなら個別にしてくださいよ。那珂さんってば、人の気持ちあんま気にしてくれないでしょ?」

 川内がまたしても食らいついてきた。彼女の言葉に那珂は心臓をチクリと刺されたような感覚を覚えてやや慌てた風に言葉を返す。

「……! ご、ゴメンね。そっかそっか。気をつけるよ。」

 食らいついてきたこと自体は那珂にとってさしたる問題ではない。那珂の心にグサリと来たのは、サラリと指摘されたことであった。親友に続いてついに後輩にまでも言われてしまった……と、那珂は心の中で悄気げ、動揺しながらもどうにか普段通りを努める。が、100%の普段の口調では言い返せなかった。

 

 時雨や夕立たちがまぁまぁと表面上での仲裁をして川内を落ちつかせている間、神通は静かに那珂と川内の二人に向かって複雑な表情の視線を送っていた。

 二人が喧嘩してしまうようなことになってほしくない。その胸中は冷や冷やだ。ただ、自分の思わぬ出来の良さも川内の対抗心と不和を増長させかねない要素だということには気づかなかった。

 

 

--

 

 その日の訓練が終わった。他のメンツを訓練終わりに先に入浴しに行かせ、那珂、そして時雨と神通の三人は更衣室に残り、評価をまとめあっていた。艦隊運動の訓練の初日としてまずまずの出だしだろうと。

 那珂が発表したこと、それに神通はため息にも近い感情の息を吐いてから感想を述べる。

「あ……やはり、そうだったんですか。私も、途中でそれに気づきました。」

「ん?やはりって、神通ちゃん?」

 2~3秒ほど言葉を飲み込んでから打ち明ける。すると那珂は若干目を見開いて驚きを示した。

「お~さすが神通ちゃん。いいねいいね~。あなたのそーいうところ、期待してるよ。」

 那珂のストレートな賞賛に神通は素直に照れて俯く。今までは顔を隠せていた前髪はヘアスタイルチェンジ以来、横に流されていたので、彼女の照れは完全に隠れない。そのため那珂と時雨は神通が照れる様をしっかり見る形になり、微笑ましい感情が湧き上がり、自然と笑顔を神通に向ける形になる。

 

「いいな~神通さん。褒めてもらえて。僕もみんなから遅れた分、もっと頑張って取り戻さないと。」

 フンッと意気込む時雨。

「アハハ。時雨ちゃんはあの中では一番しっかりしてるだろーから、実はあたし最初っから頼りにしてるんだよ?まぁ時雨ちゃんの全体的な実力を見たわけじゃないからぶっちゃけわからないところだらけだけど。」

「ハハ。それじゃあそれは追々ってことですね。」

 時雨と那珂は揃って笑い合う。

 中学生組の中では一番冷静・落ち着いていて物腰も穏やか、しかし仲間に突っ込むときはスパっと突っ込む、那珂たちから見れば中学生組の頼れる存在な駆逐艦時雨こと五条時雨だが、やはり歳相応な部分があるのか、那珂から評価されてぎこちないながらも照れを交えた年頃の笑顔を全面に見せた。

 

 

--

 

 翌日、翌々日と続いて艦隊運動の訓練に取り組んだ。一度始めた艦隊運動の訓練は、思いの外皆のツボにハマったのか、揃って動くことのまさに部活動・団体行動の感覚に酔いしれたのか、多少、二人ほどから愚痴や文句はあれど滞り無く進むこととなった。本来の予定では回避や雷撃訓練、対空訓練などを予定していたが、それらは日を別にしてまとめて実施された。

 

 那珂は、川内から指摘された“言ってくれなきゃわからないこともある”、という内容のセリフに強く反省し、次の日からは全員に本当の意味とやり方を伝えた。その結果、未だに根に持ってる川内以外は好意的な感想と賛同の意志を示してきた。

 

 ただ一人、川内は悩んでいた。那珂の指導方針やその効率性、そして自身の訓練取り組み時の自主性のなさに疑問を持っていたのだ。

 いつからこうなった?

 艦娘になってからというものの、自主的に何か行って他人に結果を見せたことはない気がする。

 

 わかってはいたがそれを解決出来るだけの発想が出てこない。訓練に取り組む川内は、表向きは苛立った表情をたまに醸しだす程度なので、他の艦娘からは単に不機嫌そうにしている、としか捉えられない。

 同じ新人のはずなのに訓練指導役として神通が那珂に取り立てられ、早々に最古参の艦娘の五月雨を始めとして皆に受け入れられ、自主的にみんなの訓練を組み立てている。川内はその差が気に入らない。

 短絡的で馬鹿で配慮ができないのは昔から周りに言われていたし、自身の成長の結果なので今更どうしようもないが、やはり納得行かない。そもそも艦隊運動や速力など、艦隊的な要素を教えたのは自分だという自負がある。神通にも嫉妬するが、神通を優遇している那珂にも嫉妬している。

 やり場のない怒りやもどかしさが川内の周りの空気を澱ませていた。

 楽しいことをして気分を一新したい。ゲームや漫画を楽しむことも考えるが、艦娘のこともなんだかんだで楽しい出来事の一つだ。朝楽しく訓練に参加し始め、途中で思い知らされて勝手にいじける、帰る頃には靄々した気持ちで帰宅する。

 そんな悪循環。川内は隠し・ごまかしきれていないわだかまりを胸の一部に秘めてはいたが、夕立を始めとして他の皆とどうにか明るく接するよう努めた。

 

 そうしてある日、鎮守府Aは新たな艦娘の着任を迎えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

長良型の着任

 その日、長良と名取の着任式が行われた。同級生が同型艦・姉妹艦になれたとあって五十鈴の表情は柔らかくそして決意の固さが垣間見える。その日、脇役な川内型の三人は目の前の新人の着任式に様々な思いを馳せた。


 艦隊運動の訓練を始めてから数日後、長良と名取の着任式が開催された。

 自身の姉妹艦にリアル友人の二人が同調に合格し着任するとあって、五十鈴は試験後から二人のサポートに右往左往していた。

 五十鈴は訓練には参加できない日が続いたが那珂および神通と時雨がこまめな連絡を入れたおかげで、練度は別として訓練の構築に関わる状況は知識としてほぼリアルタイムで共有できていた。

 

 着任式は正午手前に開催となった。その日の訓練は自動的に午前なしである。

 そのために那珂は、着任式が始まる時間の1時間ほど前に鎮守府へと入った。もちろん川内と神通三人揃ってのんびりとした鎮守府入りだ。

 待機室に行くと、そこには自分らが知らぬ(人物としてはすでに知っている)姿の二人がいた。プラス、その二人から数歩離れた場所には五十鈴がいる。

 そんな三人の回りを五月雨たち駆逐艦らが囲んでワイワイとはしゃいでいた。

 

「あ、那珂さ~ん!川内さん、神通さん!見てくださいよ~!」

 待機室に那珂たちが姿を表すと、すぐさま五月雨が声をかけてくる。彼女が指し示したい存在はすぐにわかるが、念のため尋ねてみた。

「ん、どーしたのかな、五月雨ちゃん?」

「じゃ~ん!黒田さんと副島さんの、ついに艦娘の制服バージョンですよ!すごいですね~。」

 両手で二人を指し示し、誇らしげな表情を浮かべる五月雨。なんで君が自慢げなの……とツッコミたかったがそれは野暮だろうと、ツッコミ魂を飲み込んで五月雨の言葉を素直に受け入れることにした。

「お~~!りょーちゃん!みやちゃん!凛花ちゃんとおそろ~!」

「アハハ~ありがとーなみえちゃん!」

「あ、ありがとうございます、なみえさん。」

 那珂は二人に駆け寄り、両手を合わせあって喜び合う。良と宮子は那珂に向かって本名で呼んで柔らかい感謝を示す。

 そんな先輩の姿を目の当たりにした川内と神通は、いつのまに五十鈴の友達と仲良くなったのだろうと首を傾げる。

 

 そんな後輩二人の目の前で那珂は五十鈴・長良・名取ら三人と同学年同士でしばらく雑談していた。

 しばらくして五十鈴たち三人と五月雨・時雨は提督に呼ばれて待機室を出て行った。そろそろ着任式が近い。そう感じたのは呼ばれて出て行った主役の二人+一人以外も同じだ。

 

 

--

 

 川内と神通は五十鈴に率いられて出て行く長良と名取の後ろ姿をボーッと眺めていた。その背中、そして立場。つい1ヶ月程前は自分たちだった。自分たちこそが主役で、誰からも注目される期待の星だと高揚感を感じていたあの時。

「あの……川内さん。」

「なぁに?」

「なんか……不思議な感じ、しませんか?」

「ん~、やっぱ神通も?」

「もってことは、川内さんも感じていたんですか?」

 川内は神通からの問いかけに鼻を鳴らしながらエヘヘと微笑して答えた。

「うん。ちょっと前はさ、鎮守府に着任した新人はあたしたち二人で、注目されるある意味スターとかアイドルだったじゃん。それが今や次の新人さんを迎え入れる立場なんだよね。なんていうんだっけ、こういう時にふさわしい言い方。」

「感慨深いとか、です。」

「そうそう、それそれ。なんかさ、あたしたちまだまともに戦えないのに、新人来ちゃっていいのかねぇって、そう思わない?」

 そう言って川内は今まで扉に向けていた視線を始めて自身の隣にいた神通に向ける。その視線の移動にすぐに気づいた神通は川内をやや見上げる形で視線を絡めて返した。

「はい、うかうかしてると、長良さんたちに、追いぬかれちゃいそうです。」

「そーそー。それが不安なんだよね。しかもあの二人那美恵さんや凛花さんと同じ学年じゃん。先輩だよ先輩。余計な気苦労増えるの嫌なんだよね~。」

 そう川内が言うと、神通がその言い方がツボに入ったのか、クスッと笑みをこぼした。意図せず神通の笑いを誘い、笑顔を生み出すことに成功した川内はつられて笑顔で返した。

 

 クスクスと笑い合っていると、遠巻きに夕立が自身を見ていることに川内は気づいた。そして当然の反応として、夕立が声を上げて駆け寄ってきた。

「あ~、川内さんの笑い顔ひっさしぶりに見たっぽいー!」

「うおっ、なにさ?」

 自身の意図せぬ面に変なタイミングで話題に触れられるのが苦手な川内は焦りを見せる。そんな川内の行動のタイミングなぞ気にしない夕立はすぐに言葉を続けた。

「だってさ~、ちょっと前まで川内さんってば、朝は無表情かちょっと変な笑った顔、夜はしかめっ面だったっぽい。見てて面白かったけど、あたしとしてはなんかヤだな~って思ってたの。でも今日は朝からニコニコであたしもなんか嬉しいの!」

「うあ~、夕立ちゃんってば意外と人見てるなぁ~。恥ずかしいけど、なんかありがとね。」

「エヘヘ~なんかわからないけど、どーいたしまして~!」

 夕立の言の捉えどころがわからず苦笑しつつ首をかしげる川内。しかし自身をよく見てくれ、それなりに心配してくれている人が(那珂や神通以外に)いたことに心の中でホッとし、恥ずかしげながらもカラッと明るく返すのだった。

 五十鈴ら長良型の3人が出て行った後の待機室、那珂たちはその後内線で提督と五月雨から呼ばれるまでおしゃべりを楽しんだ。

 

 

--

 

 そして着任式が開かれた。その場所は川内・那珂・神通、そして時雨たち既存の艦娘たちなら誰もが経験済みの場所、本館のロビーである。

 提督が挨拶と儀礼的な言葉を長良となる黒田良、名取となる副島宮子に投げかける。二人の間には五十鈴こと五十嵐凛花が立っている。その構図は那珂たちと全く同じである。つい1ヶ月近く前はあの場に自分たちが立っていて、鎮守府Aの皆に迎え入れられていた。そんな自分たちが今度は新たな艦娘を迎え入れる立場になっている。

 

 那珂はそれが面白おかしく、そして人のつながりが増えることに心躍る思いで眺める。

 

 川内は気楽にやれた新人としての自分の存在が薄く弱くなっていくことに恐々としていた。社交的な性格ではあるが、那珂ほど誰とでも仲良くなることができる質ではなく、人の好き嫌いが激しい川内は、新たな艦娘を100%の喜びで迎え入れられない。

 

 そして神通は、先ほど川内が言った“(学年的な)先輩が増える・余計な気苦労が多くなる”言葉を思い浮かべ、それを先ほどよりも現実味ある感情として抱く。しかし新たな出会いが全てが全て不安というわけではない。艦娘にならなければ、おそらく今頃は唯一の友人、毛内和子と密やかに遊ぶ程度が自身の社交性の限界であった。そんな仮定と比べると、今のなんと世界観の広いことか。

 自分が変わったという見方では自身が持てないが、周りが変化していくことで、自身が変わったような錯覚を得る。それは満足できる錯覚だ。

 

 不思議な感覚が取れない。面白い。

 

 神通は自然と両手を胸のあたりに出し、パチパチと手の平同士をぶつけて賞賛の音を発し始めていた。その時は提督のいつものキメ台詞が決まり、長良と名取となる少女らを一同が迎え入れるアクションを取るまさにそのタイミングだった。

 結果的に、神通は誰よりも早く率先して拍手を投げかけていた。

 

 神通に続き、那珂が拍手する。神通の率先した拍手に驚いた川内は他の艦娘たちが拍手し始めてからようやく続く流れとなった。

 パチパチと四方八方から歓迎の音が響き渡るロビーの間で、既存の艦娘らの輪の中にいた三人が意気込みを述べた。

「ありがとー!皆さん!あ、先輩か。先輩方~!長良としてあたしがんばりまーす!」

「あの!あの!名取として頑張ります。皆さんの足を引っ張らないよう努力します!よろしくお願いしますー!」

「皆、私の親友であり、姉妹艦であるこの二人を、どうかよろしくお願いします。」

 

【挿絵表示】

 

 最後に言葉を締めたのは五十鈴だった。二人のしゃべりの至らなさをかばうようにしゃべるその様は、真面目な彼女らしい。

 さすがの那珂もこの場では軽口を叩いて茶化すようなことはせず、その代わりニンマリとした含みのある笑顔で五十鈴を見るに留めた。

 

 

--

 

 ロビーでの着任式が拍手喝采のうちに締まり、本館内はいつもの静けさを取り戻した。今回は取り立てて特別な意味を持たない通常の着任として提督が捉えていたため、前回川内たちがもてなされたような食事会としての懇親会はなかった。

 それでは当事者に悪いと感じたのか、提督は五十鈴ら三人を呼び寄せ、夕食の約束をとりつけて三人を喜ばせた。

 もちろん那珂たちはあずかり知らぬ話である。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

長良型と川内型の少女たち

 ある日の午後、川内と神通は基本訓練中の長良・名取両名の様子をコッソリと眺めていた。自分達の基本訓練中の様子を思い出し、二人でツッコミあっていると、二人に気づいた五十鈴が話しかけてきた。川内型と長良型がついに触れ合う!?



 長良と名取の二人が着任して数日経った。那珂をリーダーとした既存の艦娘たちと五十鈴ら長良型の三人はその数日、別行動を取っていた。那珂たちは海で、五十鈴たちは演習用プールでの基本訓練である。

 

 着任式以後の流れを経験済みの川内と神通はこの数日の長良と名取の様子を、自分たちの訓練の合間にプールの外からチラ見していた。学年的には先輩で、なおかつ五十鈴の友人という自身らにはなんの繋がりもない他人とはいえ、艦娘としては後輩。気にならないといえば嘘だ。

 那珂は何かと理由をつけて長良たちの訓練を見学しに行く二人のことをあえて黙認した。一応自分たちの訓練のノルマはこなしているし、これから後輩となる人物を見るのは、ある意味自身らを客観的に見る良い機会だと判断したためだ。

 

「あはは~水上移動って楽し~ね~!あたし艦娘になってよかったぁ~~!」

「あ!あ! ……きゃあ!!」

 

 川内と神通が見たのは、着任からまだ2~3日しか経っていないのに自由自在にプールの上を移動しまくる長良と、バランスを崩して水面で転んでびしょ濡れの名取の姿だった。

 自分たちを見ているようで、なんだか微笑ましく、そして苦い感情を抱いた。今まではなんとなく嫉妬の念を抱いていたが、現実の彼女らの姿を見ると応援したくなってくる。

 川内と神通は一通り彼女らの訓練の様を見て、自然とお互い見つめあう。

 

「アハハ……なんか、いいね、あの二人。」

「なんだか、少し前の私達を見ているようです。」

「そうそう。そういえば神通ってば、水上移動の時は超~へっぴり腰だったよねぇ~。そんで大暴走で気絶とか。」

「!! そ、そんなこと言うなら……川内さんだって綺麗に曲がれなくて那珂さんたちを怒らせてたじゃないですか……!」

 お互いの汚点を指摘し合い、そしてクスクスを微笑を漏らす。

 

「それにしても……」

 再び川内が視線を戻した先では、五十鈴が長良と名取に厳しい指導の声をぶつけまくっていた。

「ホラ良!ちゃんと指示通りに動きなさい。あ~もう、宮子はバランス気をつけなさいって何度も言ってるでしょ!」

 

「五十鈴さんこえぇ~~。あたしたちの時と全然違うじゃん。」

「多分、ご友人だから、気楽に接することができるんだと、思います。」

 二人が真っ先に思ったのは、五十鈴の口調や振る舞いが、自身らの基本訓練に付き合っていた時の彼女のそれよりも、スパルタ気味ということだ。

 

「そういうもんかねぇ~。誰とでも同じような接し方なのは那美恵さんくらいな気がするけどね。ま、あたしは神通とだったらすごく気楽だよ。他の娘はやや、まだ、ほんのすこ~しだけ緊張してるんだ。神通はどう?」

 いきなり告白めいた、ドキッとさせられる発言してきた川内に、神通は誇張でない、彼女の素の思いを聞いて通常の照れを超えた恥ずかしさを覚えた。

 何気ない一言だけれども、神通に取ってみればものすごく重い。そして今すぐ泣き笑いたくなるほどの感情の沸き立ちも覚えるものだ。

 とはいえ突然泣き出すのはまた恥ずかしい。なんとか我慢して、この同僚に言ってやらねば。

 

「わた、私に取ってみたら、せ、川内さんも……不思議と安心して付き合えるどうry……お、お友達、です。和子ちゃんとは違うタイプですけど……二人とも私には大切なお友達です。」

 隠しきれなかったのか、神通の顔は真っ赤に染まりあがっていた。さすがの川内もその色が示す神通の感情に気づいた。

「アハハ。言ってくれるねぇ。ありがとね。あたしさ、実は不安だったんだよ。」

「え?」

「神通にとってみたらさ、あたしは毛内さんとは全然違うタイプじゃん? そんなあたしが側をウロチョロして気兼ね無く話しかけたり馴れ馴れしくしたりさ。実は心の中では嫌われてるんじゃないか!?とか、そういう不安をこんなあたしでも感じることはあるのですよ。」

 川内の自身に対する気持ち。始めて知った。そしてそれがどこまで本気でどこまで照れ隠しのための冗談なのか判別がつかない。付ける必要はないだろうとすぐに思ったが。

 川内こと内田流留は己の感情に正直なのはこれまでの短い日数ではあるがわかっていた。だから照れが混じっていてもその気持ちは確かに本物。裏がないから、その言葉を全て受け入れられる気がする。

 神通はそう思い、川内の不安をどうにか払拭してあげるべく言葉を返した。

 

「せんd……内田さんのこと、迷惑だとか馴れ馴れしいだとは思ったことはありません。私、気づいたんです。」

「?」

「変われない私を変えてくれるのは、やっぱり周りの人なんだって。私は……自分で決断したことなんてなくて、結局那珂さんの指示や川内さんの影響を受けてるだけに過ぎません。平凡な生活しかしてなかった私がここまでやってこられたのは那珂さんや川内さんのおかげだと思ってます。だから、これからも……こんな私に仲良く、して……ほしぃ…で

「あたしはするよ、仲良く。」

 神通が言い終わる前に川内は口を挟んで言い返す。

「ぶっちゃけさ、あの学校で同性の友達っていったらあんたしかいないだもん。あたしを必要としてくれる友達がいるなら、あたしはいつだって全力でその人のためになりたい。だから、あたしは神通……ううん、さっちゃんとずっと親友でありたい。こちらこそ仲良くしてよね。あたしを見捨てるなんてしたら、ゆっるさないんだからね~~?」

「フフ……はい。もちろんです。」

 

 

--

 

「あら、二人ともどうしたの、そんなところで?」

「「え?」」

 クスクスアハハと微笑みあう二人は、プールのフェンスの先、プールサイドに上がってきていた五十鈴に気づかれた。こっそり眺めているだけの予定が気づかれてしまったことに神通は狼狽えるが、川内がスパっと返事をした。

「新人二人の様子を見に来たんですよ。せ・ん・ぱ・いとしてね。アハハ。」

 自分の言い回しにこらえきれず語尾に笑いを混ぜる川内。そんな少女を見てフェンス越しに五十鈴がツッコミの言葉を投げつけた。

「ふん。いっぱしの先輩になったつもりでいるなんていいご身分ね。」

「うえぇ~。五十鈴さんさっきから見てると、なんか厳しいんですけど~? あたしたちの時は手ぬいてましたか?」

 肩をすくめてややおどけて愚痴る川内に、五十鈴は肩で息をしながら答える。

「はぁ……。あのね。あんたたちのときは立場が違うの。あの時はあくまでも那珂が指導者・訓練の主役はあなたたち、あたしは単なるサポート役。今回は私が指導者。立場が違えば振る舞い方も違うのは当然でしょ。」

「そういうもんですかね?」

「そういうものよ。……そうだ、二人とも今時間あるかしら?」

「え?」

「え……と、なんでしょうか?」

 

 突然の五十鈴の問いかけに神通もようやく口を開いて反応する。確かにこの日の訓練のノルマは達成しているので二人とも暇ができている。だからプール設備の外側から眺めていた。

 

「こっちへいらっしゃい。帰るまで時間あるなら、二人の訓練に付き合ってよ。」

 五十鈴の提案。二人はそれぞれの反応を示す。

「お~、いいんですか?」

「え……でも。」

「いいからいらっしゃいな。特に、神通はあなたの訓練の時付いて見てあげていたからその恩があるはずよ。それをちゃーんと返してもらいましょうか。」

「えぇ!?そ、そんなぁ……。」

「ちょっと五十鈴さん、そんな言い方ないんじゃない?神通だって真面目にやってたんだし。」

「恩とかそういうのは冗談よ。良……長良はいいとしてもね、宮子……名取は多分神通あなた以上にヤバイから、似た経験をした者として、側で見て力になってほしいのよ。」

 そう言って後ろを振り向いて視線誘導した五十鈴につられて二人がプールの水面に浮く長良と名取を見る。するとさきほど来た当時とさほど変わらずの様をしていた。

 察した神通は苦笑しながら言葉を発した。

「そ、そのようですね……。でも上の学年の先輩になんて、私緊張します。」

「気にしないでいいわよ。あの娘もたいがい大人しいし、多分ウマが合う気がするわ。一度来てみなさいよ。」

「あの五十鈴さんがお願いしてくれてるんだから、行ってみようよ、ね?」

「……そこまで言うなら、はい。」

 神通が承諾の意を示すと、五十鈴の口の両端はさらにつり上がって笑顔を倍にする。

 

 その場を後にし、工廠に入って艤装を装備して演習用プールにやってきた川内と神通は、プールサイドで休憩していた長良と名取、その二人と初めてまともに会話をすることになった。

「あ~!確か川内ちゃんと神通ちゃんだっけ?なみえちゃんの後輩の。」

 出会って一番に声をかけてきたのは長良だった。その軽さに既視感を覚えて一気に戸惑う川内と神通だが、努めて平然と返すことにした。

「はい。○○高校の一年、内田流留です。川内やってます。」

「私も○○高校の一年、神先幸と申します。神通を担当しています。」

「アハハ。あたし黒田良。□□高校の二年だよ。これからは長良って呼んでね!」

「わた、私も□□高校です。二年生の副島宮子っていいます。名取って呼んでください。」

 

「先輩方、訓練はどーですか?」

「アハハ! 艦娘としてはむしろそっちのほうが先輩じゃん。学年とか気にしないでいいよ~。あたしはこの水上移動はけっこー慣れたかなぁ。艦娘って楽しいね!」

「……私は、ダメです~。クスン。」

 

 全く正反対の反応を示す長良と名取。その二人を見て川内たちは苦笑する。

「アハハ。あたしと神通も今の長良さんと名取さんのようでしたから。まだ始まったばかりなんですし、気楽にいきましょうよ、ね?」

「あの……名取さん。」

「はい!?」

 神通が名取の方を見て口を開くと、名取は緊張の面持ちで視線を向けた。その挙動に神通も一気に緊張を高める。学年を気にしないでとは言われたが、そういう本来の立場を払拭することができない神通はとても川内や長良のように振る舞うことなどできない。

 緊張が相手にも伝わる。つまり神通と名取は二人ともお互いの緊張に敏感に反応して緊張の連鎖を作り出してしまっていた。

 それでも艦娘としては先輩である意識でどうにか正気を保てた神通が主導権を握り、喋り始める。

 

「名取さんの動き、見させていただきました。私も名取さんとほとんど一緒だったので、きっと……お力になれると思います。で、ですから……。」

「あ、はい。……はい。こちらこそアドバイスお願いします……ね?」

 傍から見れば反応の差は変わらないが、神通に取ってみれば打ち解けられたかも、と思える微妙な空気の破壊ができたと感じた。ぎこちないながらも笑顔を名取に返してみた。すると名取も微笑み返した。

 

 しばらくして五十鈴が四人の前に立って手をパンパンと叩いて合図をした。

「それじゃあ再開よ。川内、あなたには長良と競争してもらいたいの。」

「「競争?」」

 川内と長良は声を揃えて反芻した。

「そう。長良はかなり自由に動けるようになってるから、川内とプールを回ってタイムを競い合ってほしいの。」

「へぇ~いいねそれ。さっすがりんちゃん!あたしそれやりたーい!」

「はぁ。ま~いいですけど。別に勝ってもいいんですよね?」

 川内はニヤリとかすかに笑みを見せすでにやる気満々な反応をアピールする。それに対して五十鈴は言葉なくコクリと頷いて肯定した。

 そして今度は神通と名取の方を見る。

「それから神通には、私と一緒に名取の水上移動の手ほどきをしてもらいます。いいわね?」

「はい。」

「うぇぇ……あの、えとえと。よろしくお願いしますね?」

 ピシっと返事をする神通と、オドオドと返事をする名取。

 それぞれの役割を得た川内と神通は、休憩に付き合ってだらけていた気持ちをすでに完全に切り替え、新人二人の訓練に臨むことにした。

 

 

--

 

 川内は長良とともに、五十鈴に指定されたプールの端まで移動した。指示どおりにプールを周回すると、神通らのいる水域は避けて、うまく回って一周。今いるポイントまで戻ってくる流れとなる。

「え~と、それじゃあ長良さん。いきますよ。あたしは新人だからって遠慮するつもりはないし、絶対負けませんから。」

「アハハ。よろしくね~川内ちゃん。」

 

 川内の心境は複雑だった。この長良という少女(学年的には先輩)は前々から五十鈴に話を聞いていたし、仲良くなってみたいという想いがあった。しかしいざ本当に顔を合わせてみると、訓練の進み具合は実は自分と対して変わらぬ進捗。これはライバルになりかねない。後から来た新人に追い抜かされるのはまっぴらごめんだという敵対心が川内の心を占め始める。駆け出しぺーぺーのうちに実力を見せつけ、この先輩を自分に従わせてやる。

 自分を完膚なきまでに叩きのめして実力で従わせることができるのは、先輩である那珂以外にはいないのだから、他のやつには絶対負ける訳にはいかない。ここで叩きのめす。

 

 今の川内には自身の最近の訓練の至らなさを別の方向にぶつける方向性が必要だった。そういう思いも湧き上がってきたので、今回の五十鈴の提案は渡りに船なのだ。

 

 

 もはや隣にいる長良の方を見ない。川内は眼光鋭く目の前のプールの波が立っていない静かな水面を見る。

 そして自身で合図をした。

「よーい、スタート。」

 

 

ズザババアアアア!!!!

 

 

 

 川内は最初から速力電車をイメージしてロケットスタートを試みる。今回は空母艦娘の訓練施設との仕切りが閉まっているため、プールの全長は50mほどしかない。わずか数秒のうちにプールの端まで到達した。身を左によじり下半身に重心を置き身をかがめ、スライディングばりに足の向きを変えて水面でブレーキを効かせる。仕切りの壁ギリギリで停止すると、その勢いと溜めを殺すことなく今度は進行方向を左へと向けてダッシュした。プールの横幅は一般的な50mプールのそれと対して変わらぬ幅のため、今度はスピードを半減する。つまり速力バイクでプールを横切り、再び左に見をよじって方向転換をしつつ速力を高めるイメージをした。

 川内はまたしても激しく水をかき分けて波を発生させながらスタート地点目指してダッシュした。

 結果、長良はそんな川内に追いつけずに遅れること数十秒経ってからスタート地点に戻ることとなった。

 

 

 無理をしすぎた。そう感じるのはたやすかった。戻ってくる長良を待つわずかな間、川内は肩でハァハァと息をして整える。ようやく戻ってきた長良は裏表のない笑顔を保ったままだ。

「アハハ。川内ちゃん速いね~。あたしビックリしちゃった。訓練して強くなるとそれだけ速くなれるんだね~。あたしも頑張らないと。良いお手本見せてくれてありがとーね!」

「は? な、なんで悔しがらないんですか?勝負に負けたんですよ?」

 競争だったのに負けたことをまったく意に介さずに破顔しながら意気込みを述べる長良に、川内はカチンときた。そんな川内にやはりまったく意に介さずにキョトンとした顔で長良は反論する。

「え~、逆になんで~?あたしは艦娘なりたてホヤホヤなんだし、先輩に勝てないの当たり前じゃん。あたしはこうして負けたから次はもっとこうやってこーしよ~って思って頑張れるんだし、結果オーライだよ。だからあたしと勝負してくれてありがとーって素直に思えるから、別に今は悔しくないかな~。」

 

 その口ぶりと気の持ちように川内はさらにイラッと来た。那珂の態度に似ている。この(学年的には)先輩、素でこう思っているのか。あの人から裏の企みや思考能力をマイナスした感じかも。そう川内は捉えた。

 企んで小馬鹿にされるより、天然でやられるほうが反応に困る・厄介だ。

 もう少しこの長良という少女を観察したほうがいいかもしれない。川内はハァと溜息をついて話を進めることにした。

 

「まぁいいです。さっきも言ったように、あたしは手を抜きませんから、もう一度同じように競争しましょう。訓練を終えた艦娘がどれだけやれるのか、今のうちに身を持って体験してください。」

「アハハ。は~い、よろしくね、川内ちゃん!」

 

 脅しをかけても全然気にしない。なんなんだこの女は。アホなのか。アホの娘なのか。裏表のない性格がこれほど自身の感情に響くとは思わなかった。これならまだ夕立のほうが接しやすい。あっちもアホの娘っぽいけど、ウマが合うから別に構わない。自分も大概馬鹿なのだから。

 しかしこの女は違う。

 あぁ、多分あたしはこの長良こと黒田良という先輩は苦手なタイプだわ。

 

 川内は長良の訓練に初めて付き合ったこの時、第一印象をそう決めてしまった。

 

 

--

 

 川内と長良が(ある種一方的な競争)をしていたそのプールの一角では、神通が五十鈴とともに名取の訓練のサポートをし始めていた。

 始めてからどれくらい経ったのか、神通はすでに時間を気にするのをやめていた。というよりもする暇がないくらい、目の前で足元がおぼつかずに転びまくる名取が気になって仕方がない。

 

「あの……先輩。進むときは○○するときのようなイメージを強くするんです。艤装は、強いイメージがあれば本人に多少バランス感覚がなくても十分に補ってくれる……はずなんですが。」

「うぅ……ゴメンなさい、ゴメンなさい!あたしほんっと運動とか苦手なんです。」

 制服の下の自前と思われる下着が一部透けて見える状態にまでびしょ濡れになりながらも再び水面に立つ名取。何度やらせても基本となる、停止状態からの発進ができていない。何度同じことを伝えたかわからない。さすがの神通もイライラとまではしないがもどかしい気持ちで心あふれていた。それと同時に自身がどれほど恵まれていたのか、若干悦に浸る。

 

((先輩には悪いけど、私はまだ運動もできるタイプだった。ちょっと自信がついたな。))

 

 抱いた思いは決して口にはせず、アドバイスになりそうなことを必死に考える。ふと五十鈴と目が合う。すると五十鈴は見透かしたかのごとくその言葉を口にした。

「これならまだ神通のほうがよかったわね。あなたは運動苦手じゃなくて、単に経験がないから苦手そうに見えただけですもの。宮子ったら、ほんっきで運動ダメなのよ。体育の授業でも下へのトップクラスでダメダメ。どうしようもないわ。艤装が十分にサポートしてくれる艦娘ならこの娘でもできるかと思ったけど……ダメね。宮子は体育以外の成績はいいのに、なんでそこまで運動はからっきしなのかしらね?」

 友人からの辛辣な言葉を受けて名取は水面で立ってはいるが首から上がガクリと下がってうなだれてしまった。鼻をすする音がかすかに聞こえる。

 

 なんだ?

 友人同士とはいえこんな辛い当たり方をしていいのか。さっきから聞いていれば飛び出してくるのは友人であるはずの名取こと副島宮子に対する悪評だ。五十鈴の言い方に頭に血が上った神通は自分の思ったことなぞ棚に置き、意識するより前に声にした。

「あの……そんな言い方、やめてください。運動苦手な人の気持ち、五十鈴さんは……考えたことあるんですか?」

「え、神通?」

「神通ちゃん?」

 

 神通の眼差しは眉をひそめてやや細めの眼光で鋭く五十鈴に向かう。五十鈴は初めて見た年下の少女の怒り具合にその身を固めた。

 

「頭で考えても、身体がついていけないんです。五十鈴さんや那珂さんたちには当たり前のことなんでしょうけど、私や多分名取さんにとってみれば、その当たり前のことが、頭と身体で連携できないから辛いんです。やるせないんです。いくら練習しても、人にはできないことだってあるんです。」

 神通の静かな怒りに、身体の硬直を解凍した五十鈴は一切臆することなく反論する。

「でも神通、あなたはできたのよ。私から言わせてもらえばね、あなたたち二人は基本同じなの。けれど二人の決定的な差は、宮子にはそのできないことをなんとかしてやろうっていう気概が足りないのよ。それが神通には合ったし行動の端々からそれを感じることができたの。それが宮子ときたら……。ずっとこのままだと長良型の訓練期間の限界の3週間をすぐに超えてあのイベントに参加できないのは確実ね。」

「い、五十鈴さん!!なんでお友達にそんなにあたるんですか!?」

 

 やや裏返った大声がプール設備一帯に響いた。

 プールを回っていた川内と長良が遠巻きながらも驚いてその足を止めて視線を向けた。視線が集まっても、今の神通には気にする心の余裕がなかった。

「なんでお友達に……厳しく、できるんですか。出来ないかもしれないお友達をそんな言い方で……見限らないでください……。」

 俯く神通。神通と五十鈴の間に立つ位置にいた名取は突然の口論が始まったことで呆気にとられている。それでもどうにかハッと正気に戻り、今にも泣きそうな顔をして俯いている神通に水面を歩いて近寄る。

「あの……神通ちゃん? 私は平気だよ。りんちゃんから怒られるのいつものことだもの。鈍臭いのも私自身わかってることだから。だから……あなたが気にする必要なんて、ないんだよ?」

 

 自身がかばって慰めているつもりが、逆に慰め返された。神通は眉をひそめたまま、目つきの鋭さを解いて泣きそうな表情を保ったまま顔をあげ、名取そして五十鈴に視線を行ったり来たりさせる。

 そんな神通を目の当たりにして五十鈴がため息混じりに言った。

「私たちにとっては日常茶飯事の接し方なんだから、神通あなたが必要以上に過敏に反応しないでもいいのよ。これが私たちの日常なのよ」

「……私、余計なお節介……なのですか?」

「……端的に言えばそうね。」

 

 五十鈴のその一言を聞いて神通は顔を赤らめ、そしてうなだれた。しかし収まりが付かない。そして五十鈴の態度も気に入らない。名取の一瞬の感情の様を見れば、今さっきの取り繕いが本心ではないことくらいわかる。友達だからといって我慢する、そんなのはダメだ。

「名取さん。」

「はい!?」

「いくら友達だからって、自身の尊厳を傷つけられて黙って我慢しているの、ダメです。そんなのよくありません。」

「神通ちゃん……。」

 名取は神通のへそ付近から顔めざして視線をゆっくりと上げる。

「友達でも、怒るときは怒っていいのだと、思います。あ……先輩にこんな説教じみたことするなんて、ゴメンなさい。でも、あなたの気持ちを本当に理解しないで教えようとする人に私はあなたを任せたくない。私が、名取さんの訓練を全部指導してあげたいくらいです。」

「言うようになったわね神通。あんた、私にケンカ売ってるの?」

「!! そ、そんなつもりでは……。」

 心穏やかに聞き続けるつもりだった五十鈴だが、遠回しに悪し様に言われてさすがに瞬間的に怒りを露わにした。神通は調子に乗って色々言い過ぎたとすぐに反省し、勢いを萎縮させる。

 

「まぁいいわ。もともと宮子のサポートはあなたにお願いしたかったし、きっかけはどうであれ乗り気になってくれるのなら何よりよ。」

 五十鈴は本当の考えを白状する。その言葉には自身が頼られているというハッキリした意味が感じ取られるが、素直に喜べない。名取に言い放った言葉は紛れも無く本心だからだ。

 良い人だと思っていた五十鈴の印象にヒビが入った気がした。いくら友達とはいえ、心の奥であのように考えていた人に、名取のためになる教育ができるのか。いやできるわけがない。

 同じく出来の悪かった自分であれば名取のためになれる。同じ境遇だからこそ気持ちを理解して、彼女が真に頼れる存在になることだってできる。

 

 この人“名取”には私がついていないときっとダメだ!

 

 神通の思いに嘘はない。

 ただし、 “この人がいれば私は輝ける” とも思ってしまった。神通は自身の心の闇を無意識に湧き上がらせていた。

 

 

--

 

 この日の長良と名取の訓練は1時間ほど経ってから終わり、5人は工廠に戻って艤装を解除した後、待機室へと戻ってきた。そこには那珂が一人で本を読んでいた。

「あれ~?5人とも一緒だったの?訓練終わって二人でどこか行ったからてっきり帰ったのかと思ったよ。」

「実は長良さんと名取さんの訓練を見てたらですね、協力することになりまして、それでこの1時間ほど付き合ってたんですよ。ね、神通。」

「(コクリ)」

 

「そっかそっかぁ~。五十鈴ちゃんに訓練付き合ってもらってた分、二人で恩返ししないとね~。」

「う……那珂さんもそれ言いますかぁ。」

「え?」

「それ五十鈴さんにも言われたんですよ~。」

 本当は神通だけが言われたが、川内が代弁して答えた。それに那珂はケラケラ笑う。

「アハハ!それだけ五十鈴ちゃんから頼りにされてるってことだよぉ。だってあたしと五十鈴ちゃんの二人で教えこんだ期待の星だもの。ね、五十鈴ちゃん。」

「はいはい……そうね。」

「うぅ~ん!五十鈴ちゃん反応が冷たいぉ~~!」

 わざとらしいぶりっ子演技をしながら那珂は五十鈴に擦り寄っていく。もちろんその後の五十鈴の反応は川内と神通ならばすでにわかりすぎているものだ。

 

 デコピンされた額をスリスリと撫でながら那珂は五十鈴たちから感想を尋ねる。

「そんで、長良ちゃんと名取ちゃんの訓練はどーお?」

「そうですね~。あたしは長良さんとky

「まぁまぁよ。まだ4日ほどだし、のんびり着実にやらせてもらうわ。」

 

 五十鈴が川内の言葉を遮って那珂の確認に答えた。本当のことは言わないのかと神通は黙って見ていた。

 しかし五十鈴の気持ちを考えてみる。同じ鎮守府の仲間とはいえライバルにわざわざ事細かく言う必要もないだろうなと。それ以上を察することはできない。他校とはいえ同じ学年同士、自分ら後輩にが知らぬコミュニケーションもあるだろう。だから神通はこの場では先刻まで保っていた静かな怒りを再発させてズケズケと言うことなどできようがなかった。

 自制しよう。

 しかしせめてもの訴えで、一度那珂に視線を送った後、ゆっくりと五十鈴に視線を移した。その視線には那珂の時とは全く異なる色合いを称えてみる。五十鈴・長良・名取の後ろに位置することになっていたため、その視線の動きは向かいにいる那珂にしか気づかれなかった。

 那珂は一瞬神通のそれに気づきキョトンとするも、すぐに視線を五十鈴たちに戻して会話に意識を戻した。

 

 

--

 

 その後の6人のおしゃべりは当たり障りない話題に切り替わる。会話の主導権は那珂と長良が互いに握り、そのバトンは行ったり来たりした。

 川内とウマが合うと五十鈴がふんだ長良だが、実際には那珂とウマが合ったと残りの四人はすぐに気づいた。そして二人をよく知る互いの組の二人は、うざい(しゃべりの)やつが二倍になったと頭を悩ませる。

 そして訓練中は終始暗い顔でモゴモゴと口ごもってしまいには泣きそうな顔をして一歩足りとも移動がままならなかった名取は、二人の会話に笑顔で参加している。口数と声量は少ないが、雰囲気は訓練時とは180度異なるものだ。

 学年が同じ、先輩同士だから仲良くなるのもたやすかったのだろう。あくまでそう思うにとどめ、神通はその光景を一歩・二歩も置いて離れた心境で見ていた。

 

 

--

 

 帰り道、幸は那美恵と電車内に最後まで残った。もともと地元の駅が近かったためであるが、この状況は今の幸にとってありがたかった。

 待機室で五十鈴が川内を遮って話をすぐに収束させた話題を、ここで掘り返してみた。

 

「あの、なみえさん。」

「ん、なぁに?」

「長良さんと名取さんの訓練の話なんですけど。」

 那美恵は並んで歩いていたため前かがみになって隣りにいた幸の顔を覗き込むようにして返した。

「うんうん。あの二人がなぁに?」

 本当に続けて言おうかどうか一瞬迷ったが、一度開いた口は中断を許さなかった。

 

「私、名取さんの訓練のサポートをお願いされました。」

「おぉ!凜花ちゃん直々に言われたの?」

「はい。実は私、ここ数日あの二人の訓練を覗いて見てたんです。名取さんは……私から見ても訓練の進み具合がよろしくなくて。それで……」

 話しているうちに五十鈴に対する憤りが再発し、結果としてあったこと・思ったことを包み隠さず全て口から零してしまっていた。自身でも珍しいと思えるほど、しゃべり続けた。ひとしきりしゃべり終えて我に返ると、那美恵が珍しく困り顔をしていたのに気づいた。

 

「そっか。うん。うーん……。」

 自身の言葉を思い返すと、ひどく辛辣な表現で貶めていた気がする。気がするだけで口から発して1秒以内に忘れ去っていたので正直思い出すことすら叶わない。

 幸の隣では那美恵が眉を若干ひそめて首を左右交互にかしげている。

 先輩を困らせてしまった?

 

 謝罪の言葉を必死に考えて発しようとした幸の前に那美恵が言い淀んでいた言葉を再開した。

「あの三人は私たちが知らない関係を築き上げてきたんだろーし、あまり深く首を突っ込むのはどうかな~って思うな。いくら私たちが艦娘としては仲間であってもね。凜花ちゃんの物言いはひどいかなって確かに思うけど、それは彼女なりの考えがきっとあってのことなんだろーし、どうかそんなに怒ったり嫌わないであげて。ね?」

「そ、それは……わかっているつもりです。ですが……。」

「さっちゃんの気持ちはなんとなく分かるよ。でもあまり、みやちゃんに感情移入しすぎると、それはきっと彼女にとってもプレッシャーとかになって辛いことになると思うから、ほどほどにね。」

「は、はい。」

「さっちゃんなら、通常の訓練の指導役も、名取ちゃんの基本訓練のサポートも、両方うまくこなせるってあたし信じてるから。それとこれだけは言っておくね。」

 那美恵が一瞬言葉を溜める。すると幸はゴクリと唾を飲み込んでその続きを待つ。

「のめり込み過ぎないでね。30分考えたり試みて行き詰まったら誰かに聞くなり気分転換しましょ。そこんところ上手いことまとめて、あなたと似てる人にも教えてみて……ね? 夏休みもあとちょっとしかないんだし、自分のやるべきことをはっきり意識して、効率良くね。」

 

 幸はいまいち要領を得ないながらも、先輩の貴重なアドバイスとしてそのまま飲み込んでおくことにした。別段何かに急かされているわけでもない。どちらも先輩から依頼されて始めたことだ。しかし目立つ活躍も能力にも自信が持てない自分に期待をかけられてのことだから、なんとしてでもやり遂げてみせる。

 通常の訓練の指導(補佐)役は艦娘の皆+自分たちを評価してくれる提督のため、敷いてはこの鎮守府が深海棲艦との戦いに負けないための大事な要素の構築。自分が足手まといにならないためにも、自分が能力をアピールできる方向性を見極めて皆の役に立てるようにするため。

 かたや長良と名取の基本訓練のサポートは、自分と同じ匂いを覚えた名取を応援するため、同じ匂いのする人を貶した五十鈴を見返してやるため。

 そして

 

 

自分が輝くため

 

 

 

にもあの名取を前に進ませてやらなければならない。

 

 那美恵が途中の駅で降りた。ついに幸は一人になった。そして地元の駅で降り、午後7時近いがまだ明るさがほのかに残る夜道を一人でテクテク歩きながら様々な思いを巡らせる。

 そんな幸のヘアスタイルは地元の駅についた後にバサバサと解かれ、いつもの雑な前髪・結びに戻っていた。

 

 

--

 

 那美恵は帰宅後、入浴を済ませ食事を取り、くつろいでいた。最近毎日艦娘のために鎮守府に行っていたため、三千花と直接会わずにメッセンジャーでしか話していない。

 たまには声を聞きたい。

 そう素直な欲望を持った那美恵は早速電話をかけることにした。

 

「…はい。なみえ?どうしたの?」

「アハハ。たまにはみっちゃんの声直接聞きたくてさ~。好きだよみっちゃん。」

「……はぁ。いきなり告白とか、そういうのは異性だけにしておきなさい。」

「うえぇ!? あたし今みっちゃんにフラれた!?」

「はいはい、そういうのいいから。それよりも艦娘の方はどうなの? 内田さんと神先さんの訓練は終わったんでしょ? 普段は何してるの?」

 そういえば三千花には基本訓練終了後、僅かな状況しか教えていなかった。あえて黙っていたというのもあるが、最近では詳しい報告すら忘れていた。

「うん。今は普段の訓練をみんなでしている最中かな。さっちゃんはね、今はあたしの右腕として絶賛指導役で活躍中~。ながるちゃんは……基本的には自由人だけど、艦隊や戦いの知識をゲームや漫画経由だけど教えてくれるし、最近ではあたしに食らいついてくるようになっててさ、頼もしいなぁ~って。そんな感じ。」

「へぇ~うまくやってるんだ、あの二人。それでなみえ自身ははどうなの?」

「あたしはねぇ~、二人が手がかからなくなってきたし、提督から訓練のリーダー任されたから鎮守府のために色々考え中。そうそう。あたらしい人入ったんだよ。凜花ちゃんの学校のお友達が二人。それでねぇ~……」

 

 その後一方的にこれまでの出来事を話す那美恵。それを三千花は黙って聞いている。那美恵にとってはそれが心から安心できる空気だった。一通りしゃべり終えると、三千花は静かに口を開いた。

「そっか。うん、なんだかなみえが楽しくやってそうでよかったよ。新しい人ともすぐに仲良くなれてるのはさすがなみえらしいし。……うん、よかった。」

「エヘヘ。そーだ、今度一緒にお買い物しに出かけようよ。たまには艦娘のこと忘れて、みっちゃんや○○ちゃんたち同級生と思いっきり遊びたいんだ。」

「いいね。行きましょ。ところであんた宿題とか大丈夫? 艦娘の事にかまけて忘れてたりしないわよね?」

「ふっふっふ。それはダイジョーブ。そんなヘマをするあたしじゃーありませんことはみっちゃんがよーく知ってるでしょ。」

「フフ。それじゃあ安心して遊べるね。まぁ生徒会長さんが宿題課題忘れて二学期迎えたら示しが付かないものね。」

「うわぁ~みっちゃんなんだかプレッシャー与えてくれるなぁ~。意外なこと忘れてそーであたし急に不安ですよ。」

「それじゃあさ、○日は空いてる?出かける前の準備ということで宿題の確認しましょうよ。」

「うん! それ助かるよぉ~。ちょっと都合付けてみる。」

 しばらく雑談を続けた後、通話を切断して那美恵は部屋に一人ぼっちになった。

 

 たまには艦娘のことを忘れて遊びたい、その思いは最近膨らみつつある。後輩があっという間に成長を進めたことで、気が抜けたということもあった。

 別に艦娘のことに飽きたわけではない。むしろ自分があの鎮守府の艦娘集団の形成に一役買っているという実感が艦娘関連のことに熱中させているのは確かだし、フラれたがあの西脇提督の役に立てているという喜びが胸いっぱいに満たされていてずっと感じていたいと思うのも確かだ。飽きてやめたいだなんてこれっぽっちも思わない。

 しかし何かが足りない、忘れてる。艦娘を始めたのは、何か内なる想いがあった気がする。

 日常生活、艦娘生活、そのどちらにも欠けている何かを、那美恵はまさにここ最近、忘れていた。それを思い出し取り戻すにはどうするべきか。

 

 流留と幸が艦娘としての在り方で思いを巡らせて悩む中、那美恵は自身のアイデンティティとも言えた何かを取り戻すべく悩んでいた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鎮守府Aの艦娘教育

 艦娘達による艦娘達のための艦娘教育。整理された指針でもって判定された練度や順位に一同は一喜一憂する。皆で作り上げる鎮守府構想を抱く提督に那珂達は賛同する。


 川内たちが時々長良型の訓練を覗いていた日々と同じくして、那珂たちは自身の訓練を一通り実践し終え、チェック表が完成間近になっていた。その日、全てのチェックシートを手にして少女たちの考えをレビューしていたのは提督だけではなく、三人の教師もだった。

 艦娘たちが発表し、提督と教師たちが真剣な面持ちで資料を見て話し合っているその場所は、以前のような待機室ではなく1階の一番大きな会議室だ。部屋の奥に設置されたホワイトボードの両脇には神通と時雨が立っている。那珂は神通側の二歩隣りで二人を見ている。

 ホワイトボードの前の長机は口の形に並んでおり、神通側の長机には川内と阿賀奈、そして五十鈴たち長良型の三人が、時雨側の長机には五月雨を始めとして白露型と理沙、そして不知火と桂子が椅子に座している。

 提督と妙高、そして明石はホワイトボードからは真向かいにあたる長机を使っていた。明石はビデオカメラを使って打ち合わせを撮影している。

 

「……という感じになりました。これをうちの鎮守府の艦娘の能力のチェックシートとしたいと考えています。」

 時雨の説明が一段落した。時雨はホワイトボードの対岸にいる神通に目配せをして続きの説明を暗に願い出る。神通はそれを受けて、学年的には上なのだからと本人的には強く意気込みそして口を開いた。

 

「い、今挙げました訓練の項目とチェックシートで、私たちは一通り実践して、その効果を確かめました。先生方には何回か協力していただきまして、私達はより客観的に、誰にでも判定しやすい評価基準を得たと実感しています。え……と、これをご覧ください。」

 そう言って神通は手元にあるタブレットを操作し、ホワイトボードと通信して目的の画面をホワイトボードに映しだした。

 そこには4分割されて小さな表が映しだされていた。そのうちの一つを神通はスワイプして選択し、拡大操作する。するとホワイトボード上の表も拡大した。

 一番遠くにいた提督と妙高そして明石はやや身を乗り出してその表を食い入る様に見る。

 

「これは砲撃の総合評価です。那珂さんと五十鈴さんが同点でトップ、時雨さんが次点、その次に妙高さんと不知火さんと並んでいます。この順位と得点を算出したのは、皆さんのお手元にあります、砲撃のチェックシートです。次に雷撃です。トップが那珂さん、夕立さん、その次が川内さん、五十鈴さんと並んでいます。回避・防御は五十鈴さん、那珂さん、不知火さん、村雨さんの順です。その次に……」

 神通はそれぞれの訓練の順位の上位者を丁寧に読み上げていく。そこで言及された川内や夕立はそのたびにワイワイとはしゃいで喜び、言及されなければ見違えるように無口になる。他のメンツも度合いは低いが少なからず喜怒哀楽の喜と哀を出しては引っ込めて会議室の空気の寒暖を変化させ、少女達らしい雰囲気の打ち合わせを作り出す。

 

 そして一通り訓練の分類とそれぞれの現状の上位順位の発表が終わった。那珂としてはいちいち事細かに挙げないでもと思っていたが、それも神通なりのやり方かと暖かく見守ることにして、彼女のするがままにさせた。

 神通と時雨による解説と発表が一段落すると、三人の教師がそれぞれ口を開いて意見を発し始めた。

「詳しい説明ありがとーね、神先さん。みんなの順位がわかって先生すっごく助かるわぁ。うんうん、この鎮守府の中ではやっぱり光主さんがトップなのねぇ。内田さんは全体的に惜しい感じ、神先さんはなんだか特定の事に長けてるって感じね。三人の特徴がよく見られるようになって先生すっごく嬉しい!」

 阿賀奈はチェックシートを見ながら自校の生徒の評価を述べていく。挙げながら那珂たち一人ひとりの顔を見て笑顔を差し向ける。三人は胸の奥をムズムズさせられて恥ずかしさを得るも会釈をして阿賀奈の言葉を受け入れた。

 その後、五月雨たちに対しては理沙が、不知火に対しては桂子が評価を述べる。教師たちは自校の生徒たちを以前の公開訓練、最初のチェックシートを用いた訓練の時よりも的確に評価できるようになったことに、生徒たちの成長を垣間見て充実感を得ていた。

 

 三人の教師のそれぞれの評価が言い終わると、締めとして提督が口を開いた。

「うん、なるほど。先生方も評価しやすくなったようだし、俺としても国のチェックシートと大分照らし合わせやすくなった。正直に言うと、こういう資料を君たちみたいな学生がちゃんと作れるのか、不安だったんだ。でも君たちはやってのけた。これなら今後は君たち自身に艦娘の訓練の運用を任せてもいいかなって思えるよ。俺としても助かる。」

「エヘヘ~。ありがと~ね~。まぁあたしたちにかかればらくしょ~ですよ楽勝。」

 那珂が冗談交じりに大げさに言うが、やや照れを隠しきれずにそのまま表情に表した。次に隣りで先輩のセリフと空気を感じ取っていた神通がそして時雨も素直に照れ不安も交えて言った。

「任せて……いただけるのは嬉しいですけど恥ずかしいです。本当に私のやり方が、みんなの訓練のためになったのか、未だに不安ですけど……。」

「僕もです。今回那珂さんからちゃんとした役任せてもらえて嬉しかったけど、みんなの事を考えて何か組み立てるって難しいのがよくわかったもの。」

「二人ともご苦労様。君らの不安もわかる。でも実際こうして結果として表れたんだし、自信を持っていいんだぞ。二人の力があったからこそ那珂もみんなを指導できたんだろうし、これからも力を合わせて頑張ってくれ。」

「「はい。」」

「他のみんなもだ。今回は那珂たち三人に指導する役回りを任せたけれど、これから人が増えればそれだけ全体的な見直しも必要になる。その時々には今回の那珂たちと同じようなことや全く新しい役を他の人に任せることもある。なるべく人員……っと。らしい言い方なら艦隊運用と言ったところかな。全体的な艦隊運用を考えて、全員がモチベーションを保てる職場づくりをしたいと考えている。そのためには君たちの力を貸してほしい。どうか、よろしくお願いします。」

 

 提督は深くお辞儀をして艦娘たちそして三人の教師に頭を下げた。全員の視線が提督に集まり、そしてそれぞれが彼に言葉を優しく差し向ける。

「提督ってば真面目~。ま~でも、他人事じゃないしね。あたしたちの職場だもの。あたしたちが決めていいなら願ったり叶ったりだよ。提督が望む鎮守府作り、あたしたちに是非手伝わせてよ。ね、みんな?」

 那珂が四方に視線を向けると、川内を始めとして阿賀奈や五十鈴ら、五月雨や不知火ら駆逐艦勢と教師たちも頷いて同意を示した。

 

 提督は自身の力が足りないことを重々承知していた。それを今更ごまかすつもりはなく、正直に目の前の艦娘たちに正直に打ち明けた。

 提督の少々の至らなさを誰よりもわかっていた那珂も責めるつもりはなく、逆にそんな馬鹿正直な提督の力を補えることこそが至上の喜びと言える感情を抱いていたので、提督の正直な言葉は那珂の胸の奥までビシビシと突き刺さって感情を揺り動かす。

 

((この馬鹿みたいにまっすぐな男性(ひと)を、一番に支えてあげたい。))

 

 ただ一つだけ、影を落として那珂はまっすぐ視線を提督に向けた。自分勝手に思うだけではいけないと努めているため、それを忘れないためだ。

 提督は頭を上げた後、なんとなしに那珂に目を最初に向ける。視線が絡み合う。那珂の思いなぞわかっていない提督は、真面目くさった表情からようやく綻ばせて苦味を一割ほど伴った微笑みを湛えた。

 その傍から見れば単に情けないおっさんの笑い顔とも取られかねない、その熱い胸間の表情に、密かにグッと来ていたのは那珂だけではないが、那珂はそれには気づかなかった。

 

 

--

 

 全員参加の打ち合わせの後、那珂・神通・時雨・五月雨そして明石が会議室に残された。提督はこの5人に今後の予定を伝えた。

「チェックシートと訓練の内容の件はありがとう。これで対外的に知られても恥ずかしくない水準のものが出来たと思っている。あとはこの訓練や教育方針をどれだけ遂行できるかにかかっている。那珂は二人と一緒に引き続き訓練の指導役に努めてもらいたい。いいね?」

「はーい。」

「「はい。わかりました。」」

 那珂の軽い返事に続いて真面目な質の声が二つ提督に向かっていった。

「それからうちの会社にシステム開発を発注するので、五月雨と明石さんにはその折衝、つまりうちの鎮守府の顔としてうちの会社の営業や開発メンバーとの交渉役に当たってもらいたい。いいかな?」

「はい、頑張ります!」

「了解しました。ところで提督はどちらの立場で臨むのですか?」

 明石の質問に提督は数秒の沈黙のあと答えた。

「鎮守府の管理者として。つまり対策局側としてだよ。前に自社に戻って上司に今回の事を相談したらさ、客側の立場に専念して接しろ、会社側としてはかかわるなって叱られてしまったよ。」

「アハハ。提督も大変だねぇ~。平社員?」

 茶化しの魂が疼いた那珂が軽口を叩いて同情と質問を湧き上がらせる。

「うるせー。一応サブリーダーっていう役職だよ。……まぁ似た経験は、客先に出ていれば一応できるけど、完全に客の立場として、しかも最高責任者の立場になって、自社の人間に向かって立つことになるレベルのものは普通に仕事してたってそうそうあるもんじゃないからな。良い経験になるわ……はぁ。」

 提督は那珂に応対しつつも、本気で大きな溜息をつく。艦娘たちはそれぞれ心配を口にし、提督を励ますのだった。

 

 

「まぁということで、後日うちの会社から営業担当と開発担当のSEが来る。その前にうちとしては例のイベントに参加するから、ちょっとみんな作業とか忙しくなるだろうけど、よろしく頼むよ。」

「「はい。」」全員返事をする。

「特に五月雨は訓練にも参加してもらいつつの日々の秘書艦業務もやりつつのシステム開発プロジェクトのうちの顔としても振る舞ってもらうから、もし辛かったら妙高さんにいくつかは作業振ってもいいからな?」

「はい。ご迷惑おかけしますけど、私なんとか頑張ってみます。」

「うん、落ち着いてな。無理はしないで。」

 提督は念入りに五月雨に気をかける。その様は年の離れた妹か娘への接し方に見て取れた。那珂はそんな五月雨に対してすぐさま自分なりのフォローをした。

「そーだよ五月雨ちゃん。難しそうなのはあたしに任せてくれてもいいよぉ~。あたしはまだまだキャパよゆーだから。」

「アハハ……はい、ありがとうございます。」

 五月雨は以前那珂が秘書艦の仕事や役割に就く気はないという意思表示をしていたのを知っていたため、今この時の心変わりにも感じられる掛け声に苦笑いしか返せなかった。もちろん、那珂もその自分の方針は忘れてはいなかったが、五月雨のことは本気で心配だったために少し譲歩したのだった。

 とはいえ互いにあまり深く考えずに捉えた。五月雨は素直に頼りたく、那珂は素直に五月雨を可愛がりたかったからだ。

 提督は二人の気の掛け合いを見て素直に受け入れた。

「それじゃあ那珂は余裕があったら、後日五月雨と明石さんと一緒にうちの会社の人間との打ち合わせに顔を出してくれ。最初はただの顔合わせみたいなもんだから構えず気楽でいいぞ。」

「はーい。」

 

 その後システム開発の話の余談やそれ以外の今後のスケジュールを話し合い、打ち合わせは終いになった。

 那珂は後日、夏休みも終了間近になった日に提督の会社の人間と顔合わせをすることになる。

 

 自分の役割と提督からの期待、そして広がる鎮守府の運用。那珂はいずれにも自分が影響を与えられているかもと自分の境遇に少々酔いしれていた。

 想いの面では提督の気持ちを尊重したい。そのため恋愛感情はなるべく持たないように言い聞かせる。未だ気づいていないと思われる後輩を応援するのだ。

 だから自分が提督を想うのは、純粋に彼の(国の)仕事の役に立ちたい、一番に影響を与えられる存在でありたいと願う純粋な労の面だ。そうでなければ、純粋に仕事の面で期待をかけてくれていると思われる提督に申し訳が立たないからだ。

 

 那珂の想いはまっすぐに突き進んでいるように思えたが、実際は左右にフラフラヨタヨタとおぼつかない歩みでもって進んでいた。

 それは想い人から答えを得られないがゆえの靄が原因だったが、那珂・提督の両者ともそれを明確に解決するタイミングを逃していた。




ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=67763644
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏の合同任務1
登場人物紹介


 提督が神奈川第一鎮守府との合同の任務の話を持ちかけてきた。久々の他鎮守府との合同任務に那珂達は様々な思惑を込めて参加を決める。鎮守府Aの艦娘達は鎮守府のある検見川浜を飛び出し千葉県の端、館山へと向かう。そこで艦娘を待ち受けるのは一体何か。

【挿絵表示】



<鎮守府Aのメンツ>

軽巡洋艦那珂(本名:光主那美恵)

 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。本合同任務では観艦式に参加する。

 

軽巡洋艦川内(本名:内田流留)

 鎮守府Aに在籍する川内型のネームシップの艦娘。本合同任務では海上自衛隊の特別体験入隊で合同訓練に参加し、なおかつ哨戒任務に参加する。

 

軽巡洋艦神通(本名:神先幸)

 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。本合同任務には諸事情で参加せず。

 

軽巡洋艦五十鈴(本名:五十嵐凛花)

 鎮守府Aに在籍する長良型の艦娘。本合同任務には諸事情で参加せず。

 

軽巡洋艦長良(本名:黒田良)

 鎮守府Aに着任することになった艦娘。着任したてでまだ基本訓練なので当然本合同任務には参加せず。

 

軽巡洋艦名取(本名:副島宮子)

 黒田良とともに鎮守府Aに着任することになった艦娘。着任したてでまだ基本訓練なので当然本合同任務には参加せず。

 

駆逐艦五月雨(本名:早川皐月)

 鎮守府Aの最初の艦娘。秘書艦。本合同任務には途中から参加する。那珂と一緒に観艦式に参加予定。

 

駆逐艦時雨(本名:五条時雨)

 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。本合同任務では海上自衛隊の特別体験入隊で合同訓練に参加し、なおかつ哨戒任務に参加する。

 

駆逐艦村雨(本名:村木真純)

 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。本合同任務では海上自衛隊の特別体験入隊で合同訓練に参加し、なおかつ哨戒任務に参加する。

 

駆逐艦夕立(本名:立川夕音)

 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。本合同任務では海上自衛隊の特別体験入隊で合同訓練に参加し、なおかつ哨戒任務に参加する。

 

駆逐艦不知火(本名:知田智子)

 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。本合同任務には途中から参加する。本合同任務では海上自衛隊の特別体験入隊で合同訓練に参加し、なおかつ哨戒任務に参加する。

 

重巡洋艦妙高(本名:黒崎(藤沢)妙子

 鎮守府Aに在籍する妙高型の艦娘。唯一の重巡洋艦。本合同任務では支局長代理(提督代理)として現地で那珂たちの取りまとめ役。

 

工作艦明石(本名:明石奈緒)

 鎮守府Aに在籍する艦娘。本合同任務には技師として参加。隣の鎮守府こと神奈川第一鎮守府から参加する技師達とともに行動する。

 

提督(本名:西脇栄馬)

 鎮守府Aを管理する代表。本合同任務には前日打ち合わせまでは直接参加し、以後現地での指揮を妙高に一任して一旦鎮守府に戻る。

 

黒崎理沙(将来の重巡洋艦羽黒)

 五月雨・時雨・村雨・夕立の通う中学校の教師。本合同任務には五月雨達の学校の部の顧問・保護者として参加。

 

<神奈川第一鎮守府>

天龍(本名:村瀬立江)

 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。村瀬提督の実の娘。本合同任務には若干嫌々ながらの参加だったが、那珂も参加するとあって態度をコロッと変えてウキウキの参加となる。

 

村瀬提督(本名:村瀬貫三)

 神奈川第一鎮守府の提督。西脇提督との提督同士のすり合わせで、艤装装着者制度側の最高責任者として現地に留まることになる。

 

駆逐艦暁

 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。哨戒任務に加わることになる。

 

神奈川第一鎮守府の艦娘達

 鎮守府Aとは違い大人数のため、観艦式に参加する組、哨戒任務に参加する組、合同訓練に参加する組とそれぞれ存在。

 

<海上自衛隊、館山基地>

亥角一等海尉

 体験入隊組の監督官。

 

人見二等海尉

 体験入隊組の補佐役。その後哨戒任務時にも川内達の前に顔を見せる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

合同任務再び

 提督が神奈川第一鎮守府との合同の任務の話を持ちかけてきた。合宿と言い張る提督に若干呆れつつも、久々の他鎮守府との合同任務に那珂達は快く賛同する。しかし様々な思惑を秘めるため、出発の日までには一悶着も二悶着もある。


 夏休み終了まであと1週間と数日と迫ったある日、那珂たちは、館山にある海上自衛隊の航空基地の正門の前に集まっていた。

 

 

--

 

 ことの始まりは遡ること数日前、長良と名取の着任が済んだ翌日のことだった。

 待機室に現れた提督の話を聞いて那珂たちは声を揃えて聞き返した。

 

「合宿??」

 

「あぁ。と言っても合宿も兼ねてって意味だけどね。」

「ええと……いきなりなんで、どーして?」

 代表して那珂が提督に聞き返した。それに提督が自慢気に答える。

「このところ目の前の海での練習が続いているだろう。同じ景色で行う毎日でそろそろ退屈してるんじゃないかと心配してね。俺から君たちへの暑気払いや気分転換になるプレゼントということで。」

「おー合宿ですか!いいですねぇ~本格的に部活動みたいで。あたしそーいうの憧れてたんですよぉ!」

「あたしもあたしも!行きたいっぽい!」

 

 真っ先に乗り気な反応を示したのはもはやおなじみの二人だった。

 対照的な態度を示したのは神通や時雨、そして那珂だ。再び那珂が先に尋ねる。

「いや~、日常の訓練っていったら、それが当たり前だと思うんだけど、なんでまたこのタイミングで?ていうか夏休みも半分切ってるんだけど。」

「そうですよ。長良さんと名取さんが着任なさったばかりですし。僕らの通常の訓練もやっと軌道に乗ってきたばかりでしばらく続けたいところです。」

「(コクコク)」

 時雨の意見に神通が頷いて同意する。通常の訓練の指導役が板についていた二人の、反論というには大した勢いがない意見に提督は一切動じずに切り返す。

「だからさ。そのチェック表のレビューの成果を見るチャンスだろ?」

 そう言う提督の言に那珂たちは互いに顔を見合わせてザワザワと言葉を交わし合う。

「まぁいいけど。ところでさっき合宿も兼ねてって言ってたような気がするけど、他になにか目的あるの?」

「あぁ。実は館山の海自の航空基地から任務の依頼があってね。任務込みってことなんだ。」

「えぇ~? っていうかそっちのほうがメインじゃん!なんで合宿とか言っちゃってるのさぁ!?」

 

 那珂が仰天して言うと、提督は特に悪びれた様子もなく後頭部をポリポリ掻きながら弁解し、そして説明し始めた。

「ゴメンゴメン。言葉が足らなかったよ。依頼任務という形ではあるけれど、訓練ができるのは本当だぞ。というも隣の鎮守府、つまり神奈川第一鎮守府の村瀬提督の取り計らいで、館山航空基地付近の哨戒任務に協力することになったんだ。もともとあちらの鎮守府が館山航空基地からの依頼を受けたものなんだ。この時期は艦娘たちを預けて第21航空群、つまり館山航空基地に勤める隊員のことなんだが、その隊員さんたちと一緒に訓練をしているそうなんだ。なおかつそれと合わせてここ数年の恒例行事として、海自と艦娘の共催で観艦式などイベントごとも合わせて催している。ヘリコプターフェスティバルが終わった次の月で、海自としても館山市としても共催の新たなイベントとして力を入れている。深海棲艦の出現で荒んでいる市民への鼓舞と海自に慣れ親しんでもらうためのイベントとしてね。哨戒任務はそんな行事を安全に進めるための、いわゆるコンサート会場の警備とかそういうのと似たようなものだ。」

 そう提督が説明し終わると艦娘たちは様々な反応を見せる。

「へぇ~そんなのあったんだ。てか館山って行ったことないよ。」

「あたしもあたしも~。」

「(コクリ)」

「うー私も行ったことありません。」

 那珂・川内・神通が自身の境遇を交えて返すと、五月雨もそれに続き、時雨たちも相槌を打った。

 

「そうだろう。だから行きたいだろ? 小旅行もできて、そこで隣の鎮守府の艦娘の皆さんと交流を深めて、海自の隊員さんたちの哨戒任務に協力できる。君たちの練度も上がるし対外的な交流を深められて一石二鳥だ。実はね、今回のイベントが大成功に終わったら、今後はうちと館山航空基地で個別に共催してもいいって言われてるんだ。だから今回の話は、俺としては全員で一丸となって取り組みたい。うちの鎮守府と君たち自身をうんとアピールしてくるんだ。」

 提督の説明には次第に熱がこもっていき、鼻息荒くなっていた。なに興奮してんだこのおっさんは……と向かいにいる艦娘たちは思ったが、気持ちはわからないでもないという心境は全員一致していた。

 

「まぁいいんでないですかねぇ~。提督がそこまで言うなら、参加してあげてもいいよ。」

「……命令じゃなくてどうですかってオススメなんだが、なんかその言い方はムカつくな……。」

「那珂の言い方にいちいち気にしたらダメよ提督。」

 五十鈴がそうフォローすると提督はため息混じりに言葉なく頷く。そんな二人の掛け合いを見て那珂はエヘヘと笑顔というよりもニヤケ顔を保っていた。

 

 那珂と五十鈴の反応はさておいて次に賛同を示したのは川内だ。賛成ついでに神通にも同意を求める。

「はいはい。あたしは全面的に賛成です。今すぐにでもそれ参加したいよ。神通もそうでしょ?」

「うえぇ!? ……えと、あの……訓練の一過程ということであれば。でもよその鎮守府と一緒に、つまり合同というのが……私、気になります。」

「そうだね。ある意味この前の緊急出撃のときよりも本格的な合同任務・訓練と思っていい。」

 提督の回答を聞いた途端神通は悄気げて表情に暗雲を立ち込めさせる。他の艦娘たちも提督の言葉の後に様々な反応を示し直す。賛成派は川内・夕立・村雨・長良で、中立が五月雨・不知火・五十鈴、そしてほとんど反対のような空気が神通と時雨・名取だった。そんな少女たちをまとめたのは妙高の一言だった。

 

「川内さんも神通さんもよその鎮守府の艦娘と一緒というのは気になるでしょうけど、環境や立場、考えの違いも踏まえて苦楽をともにすることはいいものですよ? 任務にせよ訓練にせよ。ただ、その……観艦式というのはよくわからないですが。」

「観艦式というのは、海軍によく見られるパレードです。日本でも150年前の旧帝国海軍以後も海自が護衛艦でやったりしてるそうです。その艦娘版と捉えていいですね。」

 苦笑いを浮かべながら提督は説明をした。妙高は穏やかな笑顔でなるほどと頬に手を当てながら反応を示した。

 

「それじゃあその合宿兼すごいイベントに参加するのはいいとして、うちら全員で?」

 那珂は皆が疑問に思っていたことを尋ねる。

「俺としてはそれがいいかなって思ってるんだけど、いかんせん実は別件で数人には残ってもらいたいのよ。これは後日ちゃんと話すけど。」

「それって五十鈴ちゃんたちのこと?」

「あ~~、ええといいや。違う。」

 自身の予想が外れて那珂は首を傾げる。提督が要領を得ない言葉を濁した反応しか返さないため、那珂は何か別の問題があるのだなと察した。

 

「もちろん五十鈴たちにも参加してもらいたいが、長良と名取の二人の基本訓練が始まるからギリギリまで二人の進捗を見てから決めたい。五十鈴、管理全て任せるけどいいかな?」

「えぇ、了解よ。任せて。ただ一ついいかしら? 二人の訓練の進捗が当日までに満足できるものじゃなかったら、二人も含めて、私は合宿に参加するつもりはないから。もし二人が参加したいって言っても私がさせないから、提督もそのつもりで構えていて?」

 五十鈴の厳たる考えによるビシっとした発言に提督は圧倒された。見た目通りの真面目さと迫力は那珂や川内よりも五十鈴のほうがまだまだ提督にとってある意味で脅威、またある意味で期待できる存在だ。

 提督は真面目な微笑みで返事をした。

 

「みんなもちろんプライベートの都合もあるだろうから、都合をつけてできれば参加してくれ。ただ宿の手配の関係上、○日までに俺か五月雨まで返事をくれ。いいね?」

「え~!?自衛隊の基地内に泊まったりできないの?」

 提督の説明に食らいついてきたのは川内だ。彼女の噛み付きに提督はぶっきらぼうに答える。

「そんなもんできるわけねぇだろ。俺達は訓練やイベントの協力者であって来賓じゃないんだから。それにお金はぜひ地元館山の宿泊施設に落としてくださいっていうお偉いさんからのお願いもあるんだよ。」

 

 提督の説明の端々に立場上の辛いやり取りを垣間見た気がした那珂は苦笑いを表情に浮かべる。那珂に合わせて神通もため息を吐いて、隣にいた那珂にだけ聞こえるような小声で誰へともなしにツッコむのだった。

「管理職って……大変なんですね。」

 神通の小声だが鋭いツッコミに那珂は思わず失笑するしかなかった。

 

--

 

「そうだ!合宿って名目なら、黒崎先生にも参加してもらったほうがいいよね?」と五月雨。

「そうね~。先生いてくれたほうが安心できそう。なんたって自衛隊の基地行くんですし~。」

「え~~~、先生呼ぶのおぉ!? あたしたちだけで自由にやったほうが絶対いいっぽい~!」

 村雨の言い分に不満げに愚痴る夕立。同じやりとりかつ同じ反応を示したのは川内だった。

 

「まさかうちらもあがっちゃんを呼んだりしないですよねぇ……?」

「ん? 呼んでほしーの?だったら呼ぼう。あたしとしても先生いてくれたほうが助かるんだよねぇ~。ね、神通ちゃん?」

「……はぁ。」

 那珂の提案に返事する神通。しかしそれは空返事だった。正直なところ、神通にとって先生を呼ぶか否かはどうでもよかった。それよりも気になること・気にすべきことがあったからだ。

「……神通ちゃん?どしたの?」

「え?あ、なんでもないです!まだお話が突然過ぎて頭の中で整理できていないだけです。」

「そーお? まぁ話聞いたばっかでちょっと心の準備がひつよーなのはあたしもなんだよね~。」

 

 艦娘たちの色々な反応を見ていた提督は話を進めるために一言で制した。

「そうだね。神通のいうことももっともだ。先生方には俺の方から連絡しておくから、君たちもご家族と話して予定を上手く都合しておいてくれ。」

「「「はい!」」」

 

 

--

 

 提督から合宿兼イベントの話があってから数日後、訓練の運用の打合せが終わった翌日、那珂は提督から呼び出され、五月雨・妙高とともに隣の鎮守府の村瀬提督とのテレビ電話に参加していた。

 

「初日は顔合わせと合同訓練、それから翌日の観艦式の準備。翌日は観艦式と哨戒任務です。我が局はこれだけの人数で臨みますが、そちらは何人参加ですかな?」

「ええと、こちらはこの人数で参加させて頂く予定です。」

 

 西脇提督が挙げたのは次のメンツだった。

 

那珂

川内

時雨

夕立

村雨

(不知火)

(五月雨)

(神通)

妙高

 

 計9人だが、そのうち五月雨と不知火は別件の用事が済んだ後、神通は名取の訓練サポートが終わった後での参加ということで遅れての参加と提督は考えていた。

 

「おや?それですと任務とイベントと訓練、人数足りないのでは? 参加させる艦娘を分けないつもりですかな?」

「え?」

 西脇提督は村瀬提督からの問いかけを受けて焦りを感じた。西脇提督の反応を気にせず村瀬提督は続ける。

「うちは哨戒任務に10人、観艦式に12人、訓練には別の10人を参加させる予定です。ちょうど艦娘になって間もない者たちがいるのでね、記念の意味を込めて自衛隊の訓練を体験させてあげるつもりなのですよ。」

「なるほど。ですがうちにはそこまで分けられるほどの人員がいないので……。それにうちにも艦娘に成り立ての者がいるのですが、訓練の監督をしている艦娘が進捗の関係上、新米の二人を参加させないと申してきまして。そのためうちとしては今回の日程には残りの9人で臨む予定です。」

「そうか。それでは合同訓練にはそちらは全員参加にしていただくとして、哨戒任務と観艦式はうちの艦娘の枠を2人分ほど空けておくので、合わせて4人参加していただくという形でいかがですかな? 訓練と任務、さすがに両方は体力的にも精神的にも辛いでしょう。そちらの参加する艦娘の年齢は?」

「ええと。下は14歳、上はさ……17歳です。当日は顔合わせをした後私は鎮守府に戻りますので、局長職の代理としてうちの妙高に全権委任するつもりです。こちらの女性がそうです。」

「ただ今ご紹介に預かりました、私、重巡洋艦妙高担当、黒崎妙子と申します。村瀬提督、よろしくお願い致します。」

「どうも。よろしく。」

「彼女はええと私と同世代なので、そのまぁ、よろしく頼みます。」

「あ~、はいはい。そうですな。」

 西脇提督も村瀬提督も、さすがに見た目にはっきり年代がわかる妙高こと妙子の年齢までは暗黙の了解で聞かないし言わなかった。

 ただ、同世代と口にした時の妙高の威圧感が一瞬すさまじいものになったことに提督は背中に威圧感を覚えたので、努めて平静を装った。

 

「それで、空けていただける枠にはどう艦娘を配置したらよいですか?」

「十分に動ける者であれば問いませんよ。」

「了解です。のちほどこちらの担当の一覧をお送りします。」

「一度西脇君には、事前の打ち合わせに参加していただこう。後日一緒に館山に行きましょう。」

「はい。了解しました。」

 

 その後提督同士の会話と艦娘たちの雑談は数十分続き、電話は切断された。

 

 

--

 

「さて、何やら無理を言って参加枠を開けてもらった気がするが、とにかくチャンスだ。誰を参加させるかだが……。」

 提督がそう言いながら那珂たち三人を見渡す。次の口を開いたのは那珂だ。

 

「入り込めるのは観艦式に二人、哨戒任務に二人だよね。うーん、どっちに参加しようかなぁ~?」

「お前は決まってるのかよ!?」

 提督にしては珍しいクリティカルなツッコミに那珂は満面の笑みでわざとらしい驚愕の様を示した。

「うえぇえ!?違うのぉ~?」

「ったく。まぁいいけどさ。観艦式って聞いた時から那珂、君に参加してもらいたいって思ってたんだ。」

 そう言って那珂をまっすぐ見る提督。

「え~。マジであたしでいいの? なんか催促したようでわっるいなぁ~~!」

 那珂は大げさに頭を掻いたり体を悶えさせて言葉を返す。那珂の言い方に五月雨と妙高は苦笑いするのみだった。

「アハハ……。那珂さんってば~おもしろいです。」

「フフッ。」

 

 掴みはOKと捉えた那珂は提督に話を促して次に気になることを尋ねた。

「ところで後一人は?」

「そうだなぁ。誰がいいかな?」

「ねぇねぇ提督。あたしの希望言っていい?」

 那珂の確認に提督はもちろん五月雨と妙高も?を浮かべて視線を向ける。那珂は一瞬の溜めの後、その視線を五月雨に向ける。

「ンフフ~~。最初に“さ”が付いて、最後が“れ”で終わる娘~~。」

「……さて、どなたかしら?」と妙高はわざとらしく尋ねる。

 

 

「ねぇ五月雨ちゃん、一緒に観艦式に参加しよ?」

 五月雨は那珂がしたよりも遥かに長い溜めの後、素っ頓狂な声を上げた。その表情には眉を下げて困惑が浮かんでいる。

「えぇ~~!わ、私ですか!? な、なんで?」

「そりゃうちの秘書艦様だからですよ。」

「い、今は妙高さんが秘書艦なんですけど……。」

「うちの最初の艦娘で秘書艦としても長い五月雨ちゃんだからこそだよ。うちの鎮守府としても今後の対外活動が効果的になるかもしれないイベントだから、ここはうちの鎮守府のある意味顔である五月雨ちゃんが公的な場に顔を出して、売り込んで行くべきだと思うの。」

「うーでも、目立つ場所ってちょっと苦手です。そんなところで、ドジしちゃったら、提督にも皆さんにも申し訳ないですよぅ……。」

 そう言って悄気げて完全に塞ぎこんでしまう五月雨。提督はそんな五月雨に視線を向けてハッキリと心配をかけ、そして那珂に向いて言った。

「俺としてはうちの顔という意見には賛成だが、ここで無理に観艦式に参加させてもなぁ。あまり目立つ場所は五月雨には重荷な気もするが……。」

「そんな心配性にならないでよ。あたしがちゃんとサポートするからさ。ね、お義父さん、娘さんをあたしにください!」

「誰がお義父さんやねん!それに娘じゃねぇよ。」

 那珂がノリノリで演技して茶化すと、提督はわざとらしい関西弁を交えてやはりノリノリでツッコミかえす。二人の掛け合いに外野となる五月雨と妙高は苦笑いを浮かべて見合っていた。

 

「五月雨はどうだい?やってみる気はあるかい?」

「……那珂さんが一緒にいてくれるのなら……、はい。」

 やや前のめりになり、視線の高さを合わせて優しく提督が尋ねると、五月雨はモジモジしながら口を開いて意思表示をした。

「そうか。まぁ那珂が面倒見てくれるなら安心しよう。それじゃあ観艦式には那珂と五月雨の二人で参加ってことで決定だな。」

「やった!お義父さんの了解を得られた!これで五月雨ちゃんはあたしの嫁!」

 那珂のおふざけに付き合うのに疲れた提督は面倒くさそうに軽くツッコむだけにして締めた。

 

「現場での立ち回りは那珂に任せる。練習とリハーサルもあるだろうし、基本的には隣の鎮守府の旗艦さんに従えばいいはずだ。頼むぞ。」

「うん。任せて。」

 那珂は自信満々の返事を提督に返した。

 

 

--

 

「それじゃあ次に哨戒任務のことなんだが......。」

 提督は哨戒任務への参加者を決める話題に切り替え、その担当をチェックシートによる艦娘の成績表の評価で決めようと視線を手元の資料に移し、指を紙の上で動かし始めた。しかし那珂がー声かけて注意を引き、制止させた。

「ちょっと待って提督。哨戒任務に参加させる人、あたしに考えがあるの。」

 提督はチェックシートの一覧のうえで動かしていた指を止め那珂に視線を向けて尋ねた。那珂は提督と視線を絡めた後続けた。

「哨戒任務には川内ちゃんと神通ちゃんの二人をお願いしたいの。」

「あの二人を?」

「そう。緊急の任務ではなし崩し的な初出撃になっちゃったから、今度こそ普通に出撃・任務をさせてあげたいの。」

 提督はやや俯いて思案する仕草を取り、那珂の言葉を噛みしめるようにゆっくりと返した。

「なるほどね。あの二人に任せたい、ね。あの二人の能力的には問題ないと踏んでのことなのかな? それだけ聞きたい。」

「うん。大丈夫って思う。川内ちゃんは社交性あって……まぁ趣味は偏ってるけど誰とでもすぐに仲良くなれそうだし体力もあってバッチリ、神通ちゃんは注意力があって哨戒とかそういうことうまくやれそうだから。ふたりが普通の任務に参加できることで、今後のレベルアップに繋がれるよう期待してるの。」

「川内なら確かに隣の鎮守府の人たちともやれそうだとは思うけど、神通は性格的にちょっと厳しいんじゃないか? それなら川内と経験者の駆逐艦の誰かを組ませた方がよくないか?」

 提督の疑問に那珂は頭を振って答える。

「ううん、初任務にしたいっていうのもあるんだけど、あの二人は二人で組んでこそ力を発揮できるって思うんだ。あたしの勝手な思い込みかもしれないけど、それを期待してるから、他の誰でもなく、二人で一組、二人揃ってやらせたいの。」

「……わかった。そこまで気にかけてるなら俺からは何も言わない。那珂に任せるけど、二人の意見もちゃんと聞いてくれよ。ここで考え過ぎて一人で盛り上がっても仕方ないだろ。」

「うん、それはわかってる。もし二人がやらないって言ったなら、その時はおとなしく諦めて提督のお考えを伺うよ。」

「五月雨も妙高さんもいいかな。那珂に任せてしまって?」

「はい! 私は全然問題無いです。」

「えぇ。私としても那珂さんのお考えということなら異存はありません。」

 五月雨と妙高という秘書艦経験者二人から認められた那珂は小さくガッツポーズをして得意げな笑みを浮かべて相槌を打った。

 

 

--

 

 その日の夕方、那珂は艦娘全員を待機室に集めて話をし始めた。

「……というわけなの。どうかな?」

 那珂が言葉をひとしきり出し終えると、すぐさま川内が反応を示す。

「あたしと神通で? マジでいいんですか!?」

「……実質、これが私たちの初任務ということなのでしょうけれど、でも……他の皆さんを差し置いて私たち二人でよいのしょうか。それに私は名取さんたちの訓練に……」

 そう言いながら神通が視線をそうっと向けたのは五十鈴と名取たちだった。五十鈴は神通の視線を受けて手を挙げて話を引き取って口を開いた。

「そうね。神通には名取の訓練に付き合ってもらってるわよね。でも神通がどうしてもっていうなら、私としても早めに解放するか今度の日にはこっちのことは気にしないでそっちに参加させてあげるつもりだけど、どう?」

 

 五十鈴がそう言って視線を神通に向けると、神通はうつむいた後ぼそっと答え始めた。

「わ、私……参加したいですけど……五十鈴さんとの約束があります。名取さんを、きちんと支えてあげたい。わ、わがままかもしれませんけど、私は合宿や任務よりも先約を優先させたいです。」

「ちょっと待ってよ。あなた、せっかくのまっとうな任務なのよ?私や名取との約束なんて、優先度的には任務にはるかに劣るわ。それに良い機会じゃないの。那珂が配慮してくれたんだから……。」

 そう言いかけた五十鈴の言葉に神通は口をしっかり横一文字に閉じて頭を横に振り、言葉なく返事をした。

 五十鈴と那珂は“はぁ……”とため息をつく。

 

 

「意外と頑固ね。でもそうすると那珂、あなたはいいの?」

「うーん。うーん。まさか神通ちゃんが断るとは思ってなかったから、考えがちょっとすぐに浮かばないよぉ~。那珂ちゃん困っちゃう。」

「も、申し訳ございません。に、任務が嫌とかそういうわけではないんです。那珂さんのおっしゃることもお気持ちも……」

「あぁ!いいのいいの!神通ちゃんの気持ちがもっとも大事だから。あたしのさっきの話はあくまでもあたしの考えであって単なる希望だから、うん。神通ちゃんのしたいようにしてくれて全然構わないんだよ?」

 那珂が必死に笑顔を作って明るく対処するも、神通の悄気た態度は変わらない。しかし目力は頑として自分の意見を曲げないという意志がにじみ出ている。それゆえ那珂も戸惑っていた。

 那珂が珍しい様子を出していたので、五十鈴は助け舟を出した。

「神通の意思を尊重するということでいいわね。それじゃあ代わりを立てましょう。」

「代わり……つまり代役ってこと?」

 五十鈴は那珂の確認にコクリと頷く。

 

「そっか。五十鈴ちゃんの言うことももっともだねぇ。神通ちゃんへのラブコールはあたし、諦めました! 気持ちを切り替えて代役、さてどーしよう? 誰か、神通ちゃんのピンチヒッターとして川内ちゃんと一緒に哨戒任務やってもいいって人いない?」

 那珂の問いかけに艦娘たちはザワザワと騒ぎ始める。その中で川内は相方が任務参加を拒否した事に少なからずショックを受け、表情を曇らせている。

 その中、率先してその空気を切り裂く一声をあげた者がいた。

「はいはい!あたしやりたいっぽい!!」

 新人の長良・名取以外のその場にいた全員が瞬時に予想出来たとおり、真っ先に名乗り出たのは夕立だった。それを制止したのも予想通り時雨で、今回の時雨のツッコミは普段より強めだった。

「ゆうはまた……。人見知り激しいの忘れたの? 僕もますみちゃんもさみも、君を参加させるのは心配だから反対。ゆうだって川内さん以外に知り合いがいない中で出撃なんて嫌だろ?」

「うーー。でもあたしやりたいんだもん! ねぇねぇ川内さん!いいでしょ~、あたし連れてってよぉー!」

 

 夕立から甘える気満点の猫撫で声による懇願を耳にした川内は口の端を緩ませながらも表情は凛々しく保とうとする。結果笑っているのだか起こっているのだかよくわからない薄らにやけた表情が生まれてしまっていたが、誰も気にしないでおいてあげた。

 妙な顔を整えつつ視線を送ってきた川内に対し、那珂は彼女を横目に見て、あっさりとした言い方で突き放した。

「誰を神通ちゃんの代役に立てたいかは、川内ちゃんに任せるよ~。」

 頼れる当てが外れた川内は仕方なしに那珂から視線を目の前に戻し、目を瞑って数秒小さく唸った後、ゆっくり口を開いて宣言ばりに声を張って言った。

「よし。時雨ちゃんお願い!」

「だからゆうはまずいですって……え?」

「だから、時雨ちゃん。お願い。」

「ぼ、僕です……か!?」

 

 時雨はまさか自分が選ばれるとは夢にも思っていなかったのか、普段通りの静やかさではあるが明らかに戸惑った。そして彼女が発する、彼女自身を包む周囲の空気がピリっと緊張したものに変わる。その緊張感は隣で目を見開いて口をパクパクさせている夕立に依るものでもある。

 そして川内はそんな時雨の聞き返しに答え始めた。

「うん。あたしさ、白露型の娘たちの中ではさ、なんだかんだで時雨ちゃんとだけほっとんど喋ったことないしよくわからないんだよね。だから時雨ちゃんとも仲良くなりたいから、一緒に任務したい。ね、時雨ちゃん、頼むよ?」

 キリッとした目つきで熱い視線を伴って川内が投げかけてくる言葉は、直線的であるがために、時雨の心は揺さぶられた。心に響かないわけがない。

 時雨と同時に別の意味で心に響いたのは夕立だ。時雨がドギマギして赤くなっていると、一方の夕立は表情に不服さをモロに浮かべて顔を真っ赤にし、涙目になっていた。

「うーー川内さんのいじわる!!なんでなんで!? あたしと川内さんなら絶対強いっぽい! 夜だって深海棲艦見えるのあたしたちだけなのにぃ!!」

 暴風雨のように癇癪を起こし始める夕立を見て川内は慌てて説得しにかかる。

「ゴ、ゴメンごめん。別に夕立ちゃんが嫌とかいじわるしたいわけじゃないんだ。夕立ちゃんとは一度一緒に出撃してるじゃん。だから、今回は時雨ちゃんなだけでぇ~……。」

「うーーーー。」

 川内の説得はいまいち響かないのか、夕立の不満は口から唸り声とともに表わされる。

 

 この夕立を不機嫌なまま話を進めると後で中学生組が面倒だと察した那珂は一つ提案をした。

「そだ! 夕立ちゃんにも加わってもらお!」

「え!?」

 川内は目を口を開いて驚きを示した。時雨もおおよそ同じ驚き方をし、夕立はその一言に驚きよりも湧き上がる喜びを隠さずに示す。

 さすがに困惑していた川内が那珂に言い返した。

「で、でも参加できるのは二人までなんでしょ? 今から隣の鎮守府の提督を説得するつもりなんですか?」

「うん。説得というよりも提案かな。うーんっとね。本来の哨戒任務は悪いけど人選は戻してもらってそのままということで。あたしに名案があるの。これはうちに川内ちゃんと夕立ちゃんがいるからこそやれるかもしれないこと。」

 言及された川内と夕立は全く意味がわからんと要領を得ない表情を浮かべて顔を見合わせる。時雨ら他の艦娘は呆けている。

 そんな一同の様子を気にせず那珂は皆を近寄らせて明かした。

 

「あたしたちだけで哨戒任務をやらせてもらうんだよ。……夜にね。」

「夜!?」

 那珂以外の艦娘は一斉に聞き返した。

「い、いいのかな……大人に内緒で勝手にそういうこと決めちゃって。」

「いいっぽい?だってあたしと川内さんが夜に役に立てるのは本当だし。」

 その案に素直に喜ぶが、川内には困惑を消せない気がかりさもあった。そんな川内に非常に楽観的に言い放つ夕立に、川内は弱々しく反応する。

「あ、あぁうん。それは嬉しいんだけどね。」

「川内ちゃんは普段強気なのに変なところで心配性なんだねぇ~。」

 那珂が茶化し混じりに気にかけると、川内はやや語気を強めて言い返した。

「し、失礼な! あたしだって慎重になるところありますよ。」

 川内が気にしていたのは、那珂が示した案を本当に西脇提督と隣の鎮守府の提督が許可してくれるのか、権力的な安心が得られるのかだった。川内の気にする面を察した那珂は言った。

「もちろんあたしたちだけで勝手にするわけじゃないよ。ちゃんと提督たちを説得して話をつけるから。まぁあたしに任せてよ。」

 

 那珂の提案とフォローを受けて困惑を幾分解消させるが、それでも全てが全て心配を消せない一同。

 意気揚々と執務室に向かう那珂の後ろには、五月雨・妙高と川内・夕立が付いていくことになった。

 

 

--

 

 執務室で那珂は哨戒任務に参加するメンバーたる川内と神通の了解を得たことをまず伝え、そして追加の提案を口にした。

 それを聞いて提督はやや俯いて考える仕草をすると、顔を上げて言った。

「なるほど。神通がね……。あの子は結構意志強いところがあるんだな。わかった。それから、そういえば川内たち二人は夜でも深海棲艦が見えるんだっけか。」

「うん。だからそれを交渉のカードにしよっかなって思ってるの。」

 那珂のセリフに提督は合点がいったという表情をする。

「二人のその能力はうちの強力な交渉条件になりそうだな。あ~、那珂がさっきのテレビ電話の時に気づいてくれていればなぁ、もっとスムーズだったんだけどな。」

「ゴメンね。あたしもついさっき思いついたことだからさ。でも提督がノッてくれてうれしーよ。」

「愚痴っていても始まらないな。よし、早速村瀬提督に交渉してみよう。」

 そう言って提督は電話をかけ、事情を村瀬提督に伝えた。

 提督が電話を準備する最中、那珂は川内に向かって無言でウィンクをした。その表情が「ね、なんとかなったでしょ?」と言わんとする意味を、さすがの川内でも感じ取ることができた。

 

 村瀬提督はその提案に最初は怪訝な顔をするが、思うところがあったのか西脇提督の言にやや渋った表情を氷解させて快く承諾した。なお、川内と夕立の特殊能力に関しては以前の緊急任務で夕立と一緒にいた自分の鎮守府の球磨が証言に加わったことで信頼を強めた。

 那珂の提案は晴れて鎮守府Aの意見として承諾してもらえた。

 

「……それじゃあ話は決まったな。改めて説明しよう。観艦式当日の日中の哨戒任務は隣の鎮守府が担当、で、前日夜の哨戒任務は我々主体ですることになった。さあ、那珂と川内は参加するメンバーを決めておいてくれ。」

 提督の合図で二人は顔を見合わせて頷きあい、安心してメンバー決めをすることにした。

 ただ、夜の哨戒任務に携わるのは鎮守府Aの面々だけではない。今回の任務とイベントは隣の鎮守府としての合同のため、監視役として隣の鎮守府より一人だけ艦隊にメンバーが派遣されることになり、結果として鎮守府Aから出撃する艦娘は5人となった。

 川内・夕立・時雨・村雨、そして不知火。五月雨と不知火は一日目の夕方頃までには館山入り出来る予定であるが、直前の仕事の作業量を踏まえて、負荷が少なく収まりそうな不知火が選ばれた。

 

 

--

 

 その日の夜、提督から艦娘ら全員の携帯電話にメールで通知が届いた。当日の各自のスケジュールと役割分担の一覧、そして宿泊する宿、その他連絡事項が記載されたメールだ。

 律儀な提督ならではの適切に改行が施された事務感満点、見やすさ満点の文面だ。それを見て那珂を始めとして艦娘らはいよいよ他鎮守府との合同イベント(提督からの名目上は合宿)への意気込みを様々な感情とともに胸に抱く。

 

 しばらくすると、那珂は再び提督からメールを受信した。宛先は光主那美恵とあり、他には誰も入っていない。CCにすらない、完全に那珂一人宛のメールだった。

 

「ん? なんだろー?何か忘れたことあるのかな~あのおっさんめぇ~。」

 虚空に向かって今ここにいない人物に対する軽口を叩きながら文章を開くと、那珂は読み進めるうちに心臓が思い切りドクンと跳ねるような感覚に陥った。

 

「今回の合宿兼任務、隣の鎮守府に混ざっての参加ですが、主役はあなたです。私としてはあなたに賭けています。哨戒任務も大事、訓練も大事ですが、観艦式が一番大事です。メインイベントですので一番目立ちます。目論見としては那珂、あなたがうまく目立ってくれることです。そうすれば結果的にうちの鎮守府の印象も高まる。そしてなによりあなたは自分の夢に近づけるんです。今まで後輩の教育に力を使ってきた分、そろそろ自分のために動いて、顔を売っておくのもよいかと思います。俺は、君の夢を忘れていないよ。それだけは理解して欲しいです。今まで君に色々任せっきりでゴメンな。」

 

「え……?」

 

 那珂は提督から不意に触れられた自身の根源たる要素に戸惑いを隠せず呆けた。開いた口が塞がらない。

 

 そうだ。何というものを忘れていたのか。

 子供の頃から夢見てきた。大好きだった祖母の生きた道。大事だったはずなのに。

 忙しくて、艦娘自体のことに注力しすぎてて最近忘れていた。

 

 忙しさにかまけて自分の夢を忘れるなんて、我ながらその本気度が疑わしい。本気で艦娘であることとアイドルを目指すなら、今度の様々な諸団体が共催するイベントは確かにチャンスだ。自分が忘れていたことを、この西脇栄馬という人はちゃんと覚えていて考えていてくれたのだ。

 諦めて、この人の想い人との関係を応援する・支援すると誓ったはずなのに、いちいち心が揺さぶられる。

 嬉しい苦しさ。

 夢を叶えたい。それと同時にこの男性に自分を見てもらいたい。それが単なる注目なのか、もっと真なる想いを込めてのものなのか、答えを出すのが怖い。

 ハッキリしない自分を奮い立たせる。

 今はただ、目の前の目的を完遂すべく、意識を反らしておきたい。

 目下の考えるべき事が一段落していた那珂は、夢への長期的な道はひとまず置いといて、短期的な道の歩き方に注力することにした。

 

 そして数日後、当日から行ける艦娘たちは朝早く鎮守府Aに集まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

いざ館山

 館山での合同任務のため、提督と那珂達は鎮守府を発った。現地では海上自衛隊館山基地に入り、そこで館山での合同任務の裏の実体(ある意味、表)を知る。公的な場のため那珂ら少女達は緊張しまくるがなんとかおとなしく振る舞うのだった。


 館山に朝から行ける艦娘たちは、鎮守府Aの本館ロビーに朝7時に集まることが言い渡されていた。確実に遅刻しそうな川内のために、那珂は朝5時すぎから何度か電話とメッセンジャーで連続起床攻撃をしかけたが、集合時間ギリギリで本館へと駆けこむはめになった。原因たる川内は悪びれた様子なく、ただ

「ハハッ、すみませ~ん。休みの日って早起きしたくない質なんで。」

と言い訳にも満たないセリフを発するのみだったので、那珂は文句を言う気をなくした。

 

 那珂と川内がロビーに到着すると、すでに時雨たちは集まっていた。合宿には行かない五十鈴と神通、そしてまだ行かない五月雨もなぜかいる。

「あっれぇ~、三人ともいるし。どーしたのさ?」

「私は見送りよ。神通はいつもどおり朝練。見送りも兼ねてね。」

「私も見送りです!今日は秘書艦なので!」

 合点がいった那珂と川内はコクコクと頷いておしゃべりに興じ始めた。

 

 しばらくすると提督が正面玄関から入ってきた。

「おぉ、那珂と川内も来たな。みんなの艤装をトラックに載せるから、各自装備が全部揃ってるか確認してくれ。あと、制服がある人は制服を、それ以外の人は衣類の申請の通りに着替えてくれ。それから黒崎先生は申し訳ございませんが、みょうこ……ええとお姉さんと一緒に細かい確認引き続きお願いします。」

「提督、艦娘名でいいですよ私は。どちらも黒崎姓で呼んだら紛らわしいですし。」

「そ、そうです……。私は先生という呼び方だけでも結構ですよ?」

 そう言って妙高のしとやかなツッコミに続いたのは、五月雨たちの中学校の艦娘部の顧問、黒崎理沙だ。

 結局、各学校の艦娘部顧問としては都合が唯一合った理沙だけが参加することになった。

「わー先生先生! 先生と旅行っぽい!楽しみ~!」

「フフッ。私も皆さんと出かけるのは楽しみなんですよ。」と理沙。

「もう、先生もゆうも……。旅行じゃなくて合宿兼任務なんだからねぇ。」

「ご、ゴメンなさいね村木さん。先生も早く艦娘になれるよう、今回皆さんの活動をしっかり見させてもらいますね。」

 村雨が二人の反応に若干呆れてツッコむと、理沙は申し訳なさそうに謝りそして意気込みを口にした。

「私も先生と一緒に行きたかったですよぅ……。」

「まぁまぁ。夕方以降また会えますよ。それまで秘書艦のお仕事頑張ってくださいね、早川さん。」

 一人だけ寂しそうな口調なのは五月雨だ。そんな五月雨を見て理沙は従姉たる妙高とは異なる優しげな雰囲気でもって慰めるのだった。

 

 そんな中学生組と教師のやり取りを眺めて那珂は五月雨たちが羨ましなとぼんやり感じた。

 

 

--

 

 提督から今回の話を聞いた翌々日、那美恵・流留・幸は揃って学校へ行き、阿賀奈に事を伝えた。話自体は提督から伝わっているはずだが、自分達の口から伝えて同行を願えないか伺いを立てたかったのだ。

 

 一部の部活動で生徒がいる以外、夏季休暇中の学校には生徒は誰もいないため静けさが新鮮だ。那美恵達は校舎に入り職員室を目指した。

 

「失礼します。」

 那美恵が代表して断ってから入室する。職員室には阿賀奈の他、数人の教師がいた。教師陣も夏季休暇ならではの少なさだ。

 阿賀奈は那美恵らに気がつくと小振りな手の振り方で合図して呼び寄せた。しかし口ぶりは普段通りやかましげだ。

「あ、光主さんたちぃー!」

 阿賀奈のデスクのそばまで行き、那美恵が説明を始めた。

「先生、多分提督から話いってるかと思うんですけど、8月の○日から3日間、艦娘の活動で館山に行くことになったんです。それで、先生にもご同行願えないかな~と思いまして。」

那美恵の説明に阿賀奈は待ってましたと言わんばかりの満面の笑顔で言った。

「ウフフ。は~い! 私ってば顧問ですもんね。合宿ということなら参加しないワケにはいかないわね~!○日からね。えぇ良いわy

「四ッ原先生! 何をおっしゃってるんですか!? 」

突然話に割り込んできたのは一学年担当の主任教師だ。

「その日は一年生担当教職員の研修会の後期日程のまっ最中でしょう! ダメでしょ勝手に口約束しちゃあ!」

「ひぇ!? で、でも……お国にかかわることですしぃ~。」

「四ツ原先生はまだ艦娘に着任していないんでしょう?今話しを聞く限りだと西脇提督や他の方も参加されるそうじゃないですか。それにですね……」

 クドクドとひたすらツッコミを受け叱られ始める阿賀奈。普段の底抜けに明るい雰囲気はどこへやら、シュンとしょげるという表現がピッタリすぎるほどの態度でもって一学年主任の教師に叱られていた。

 その雰囲気に口を挟めなかった那美恵達は一言小声で断ってからそうっと職員室を後にした。

「そ、それじゃあ失礼しまーす。また別の機会ということでぇ……。」

 

【挿絵表示】

 

 職員室からそそくさと出てきた那美恵たちは足早にその場から離れ、下駄箱付近まで戻ってきてからようやく口々に喋り始めた。

「はぁ~~。ま、先生も忙しかったということで。」と那美恵。

「ハハハ。あれじゃあ仕方ないっすよね~。そうですよね~~。うん。」

「内田さん……そんなに露骨に嬉しそうにしなくても……。」

 流留の言い分に呆れた幸がツッコむ。しかし流留は面倒くさい保護者がいなくてすんだというその一点の未来が垣間見えただけで心躍り底抜けに安心していたため、親友の言葉が届くことはなかった。

 

 

 その後那美恵たちは続く足で鎮守府に行き、提督に直接説明した。するとその日は秘書艦をしていた五月雨から、同様の交渉の過程と結果が報告された。

 五月雨こと早川皐月達からの学校から、艦娘部顧問の黒崎理沙が参加することになった。(合わせて不知火こと知田智子からも、自身の中学校の艦娘部顧問の石井桂子も参加できないという事実が明かされた)

 つまり今回の館山へは、各学校の艦娘部としては五月雨たちの中学校からのみ教師が同行することに決まった。

 

--

 

 艦娘達は工廠へと向かい、そこで明石や技師らが積み込もうとしている自身らの艤装のパーツを確認・着替えを済ませ、その旨提督に報告した。

 その間提督と妙高そして理沙は艤装以外の身支度を整え終わり、本館の入り口前で待っていた。

 

「それじゃあみんな、出発するぞ。トラックは明石さんが、こっちの車は俺が運転していく。今回は大きい車を借りてきたから、全員ゆったり乗れるぞ。館山までは順調に行けば大体1時間50分くらいだ。妙高さん、助手席おねがいできますか? 黒崎先生は申し訳ないけれど、生徒さんと一緒に中列の座席にお願いします。」

「はい、承知いたしました。」

「構いませんよ。」

 丁寧に返事をする妙高と理沙。仕草や答え方はさすが従姉妹同士と言えるそのものである。無駄のない動きで子供たちの案内や小荷物を捌く妙高の様は、旦那の働きの意図を理解して的確に立ち居振る舞う良妻の様である。理沙の夕立達を優しく諭して促す様はさしずめ母親だ。

 那珂は妙高と理沙のしとやかで大人な動きをチラチラと気にし、見惚れていた。いいとこのお嬢様方だったりするのだろうか、それとも歳を重ねれば身につく相応の振る舞い方なのだろうか。どちらにせよ、自分には真似できぬ雰囲気だし、もう一人の秘書艦にもあと十数年必要になる。

 あの従姉にしてあの従妹ありといったところなのだろうか。妙高の仕草立ち居振る舞いを受け継いだと思われる黒崎理沙その人、あんな女性が教師としてそばにいてくれるというのは、時雨たちにとって大人の女性としての理想、頼もしかったりするのだろうか。

 那珂は前の座席の2箇所の様子をボーっと眺め、思いにふけっていた。

 

 出発間際、五月雨は那珂たちが乗り込んだ車に手を振って期待に満ちた笑顔で五十鈴・神通らと一緒に見送りをしている。

 提督は窓から顔を出し、五月雨を近くに寄せて何かを伝える。それに対し五月雨は元気よく返事をした。

「それじゃあ五月雨、よろしく頼むよ?」

「はい!任せて下さい。あの……早く戻ってきてくださいね?」

「おぅ。」

 最後に五月雨による意図せぬ猫なで声気味の声色で囁かれた提督は若干照れを醸し出しながらも返事をし、アクセルをゆっくりと踏んで車を発進させた。

 

--

 

 館山自動車道を通って千葉県を南下、休憩一回挟んで那珂たちは館山駅を車中から眺めていた。9時近くなっていたので眠気もすっかりなくなり、初めて見る地方都市の光景を少女たちは興味津々に眺め、あれやこれやとおしゃべりに興じ続けている。

 運転する提督と助手席の妙高は声のボリュームを下げて2~3言葉を交わし合っている。那珂と川内が座っている三列目の座席からではその内容を聞き取ることはできない。

 

 ほどなくして提督が運転する車と明石と付き添いの初老の男性技師の乗るトラックは海上自衛隊、館山航空基地の正門までたどり着いた。

 一旦車を止め、提督は正門の警衛所から出てきた警備員に艦娘制度の管理者たらんとする証明証を見せ事情を話した。最初は訝しやな表情で提督を睨みつけてきた警備員も、その証明で曲がりなりにも国の一制度に携わる人物と理解すると、態度をコロッと変えて挨拶をし、内線で通信をどこかにし、提督ら鎮守府Aの一同を基地内へと迎え入れた。

 

 指示されるままに駐車場まで車を進め、ようやく停めると那珂たち艦娘らは我が一番とばかりに降り、基地の雰囲気を吸うように堪能し始め黄色い声をあげる。

「おーい、庁舎はこっちだと。ホラ行くぞ。」

 そう提督が促すと、那珂たちは返事をして従い提督の側に近寄る。

「ねぇ提督!艤装はどうするの?」

 川内が質問する。するとその質問には明石が答えた。

「指示があるまでこのままですよ~。まずは挨拶に行かないと。ですよね、提督?」

 明石の確認に提督はコクリと頷いた。

 

 提督が那珂たち艦娘を引き連れて本部庁舎前まで行くと、一人の人物が近寄ってきた。

「千葉第二支局の西脇様と艤装装着者の方々ですね。私は三等海尉の西木田と申します。皆様をこれからご案内させていただきます。よろしくお願い致します。」

「こちらこそよろしくお願い致します。」

「よろしくお願い致します!!」

 提督が代表して挨拶し返すと、那珂たちも声を揃えて挨拶した。

 

 

--

 

 提督や那珂らが案内されたのは、とある小会議室だった。まだ隣の鎮守府の面々は来ていないとのことで、その部屋でしばらく待機していることになった。

 緊張のためか那珂は若干催してきた感じを受け、妙高や明石にそれとなく伝えて部屋を出た。帰り道、小会議室に戻ろうとするとちょうど見知った顔と廊下で鉢合わせした。

 

「あ!天龍ちゃん!」

「あっれぇ!那珂さん!あんたも今回参加するのか!」

「うんうん!そっか!天龍ちゃんも? うわぁ~嬉しい~~!」

 那珂が真っ先に出会ったのは、隣の鎮守府の天龍こと村瀬立江だった。天龍たる少女は村瀬提督の数列後ろで他の艦娘たちに混ざって歩いていた。

 見知った顔を見て那珂は途端に気持ちが弾み、この後の出来事の期待感がさらに増す。施設員に案内されて進む村瀬提督ら隣の鎮守府の艦娘らは人数が多いため、別の部屋に通される様子だった。それを見て那珂はすぐさま自分たちが案内された小会議室に戻った。

 

「ねぇねぇみんな。○○鎮守府のみんなが来たよ!さっきそこで天龍ちゃんに出会った!」

「お、村瀬提督のご到着か。それじゃあもうそろそろだな。みんな、失礼のないようにしてくれよ。」

「「はい!」」

 

 ほどなくして先ほどの海尉がやってきて、那珂たちを案内し始めた。

 その場所は先程いた小会議室よりも二回りほど大きな会議室、というよりも講堂だった。すでにパイプ椅子と長机が数列置かれており、隣の鎮守府の面々はどこに座るかワイワイとはしゃいでいる。

 西脇提督も促され、那珂たちを所定の場所に静かに移動させて座らせた。

 

--

 

 提督の右隣に着席していた妙高と理沙。提督は前方や左の海上自衛隊や神奈川第一の面々に視線が向いていて気づかなかったが、妙高は右隣にいる理沙がソワソワ落ち着かない様子であることにすぐ気づき、小声をかけた。

「どうしたの理沙?」

「え……う。私、こういうところ初めてだから緊張しちゃって。」

「教師になって何年経ってるの? 大勢の人の場なんか慣れたものでしょう。」

 理沙のこれまでの事を従姉妹同士の情報ネットワークで知っていた妙高は素直に疑問とツッコミをぶつけた。それに対し理沙の返事は芳しくない。

「だって……子供達相手と大人しかも自衛隊とか国の人がいる場は全然違うよぉ。お姉ちゃんは緊張してないの?」

「私だって緊張しています。けれど、何も取って食われるわけじゃないんですし、心慌てさせるだけ損ですよ。理沙はもうちょっと図太くなりなさい。」

「……お姉ちゃんはマイペースすぎるんだもんなぁ……。」

 提督の隣に座っている黒崎(従)姉妹はヒソヒソ話し、仲の良い従姉妹同士の雰囲気を醸し出していた。そんな大人二人の様子を後ろの席で見ていた那珂、そして顧問たる教師の素の一面を垣間見た時雨たちは、そんな光景を肴に一杯ならぬ一喋りをヒソヒソとするのだった。

 

 そんな小声のお喋りが続いて数分後、講堂に数人の人物が入ってきた。彼の人らは館山基地に籍を置く、海上自衛隊の幹部たる顔ぶれであった。緊張感が一気に高まり、自然と全員が口を閉じて壇上に視線を向けた。

 

 

--

 

 数人の幕僚が講堂の壇上に並ぶと、司会役の海尉が脇に立ち、進行し始めた。

「それでは208x年度、館山市、館山航空基地第21航空群合同主催、艦館フェスタ(かんたてフェスタ)の前日打ち合わせを行います。今年も深海棲艦対策局および艤装装着者管理署神奈川第一支局に共催をお願いしておりますが、今年より、深海棲艦対策局千葉第二支局にも合同で参加していただくことになります。前日の最終打ち合わせということで、改めて紹介をさせていただきます。それではまず、今回のフェスタ実行委員会委員長、三等海佐の鯉住が挨拶を述べます。」

 

 そう言って司会は合図を出す。当の海佐は壇上で一歩、それから数歩歩み出て口を開いた。

「えー、実行委員会委員長、三佐の鯉住です。今回はフェスタの実行委員会の委員長を勤めさせていただいております。艦館フェスタでは、海上と沿岸地域被害を与え続ける深海棲艦に心身を悩ませ続ける市民の皆様に対し、心から楽しんでいただき、そして安心して日々過ごしていただけるよう、アピールする場であります。我々第21航空群は海上自衛隊の一部隊として、従来の海上警備をさらに強化して、深海棲艦の脅威から一般船舶や人々の救護をすべく日夜活動しております。ただ我々の力では深海棲艦の侵攻に対し、直接的な抑止力となりえていないことは事実です。深海棲艦への直接の打撃力として、艤装装着者……通称艦娘の皆様の活躍があってこそ、我々も救護活動や警備活動を遂行できるのであり、協力関係にあってこそ保てる平和だと痛感しております。今年のフェスタを通じて、皆様と引き続き厚い関係を保てることを願っております。それでは関係各位の紹介に移らせていただきます。」

 幕僚の紹介と意気込みが語られると、司会はそれに会釈をして次にそれぞれの団体の長に合図を送り、自己紹介を促した。

 

 館山市の市議、そして次に隣の鎮守府こと神奈川第一鎮守府の村瀬提督が自己紹介をし、そしていよいよ西脇提督の番になった。西脇提督は緊張の面持ちで先頭の座席から立ち上がり、壇上にあがり、全員が顔を見られる場所で言葉を発し始めた。

「深海棲艦対策局千葉第二支局、支局長を勤めております、西脇栄馬と申します。この度は神奈川第一ちn……支局の村瀬支局長のお計らいをいただき、こうして来るべき記念行事の場に加えていただきましたことを、大変喜ばしく存じます。弊局ではようやく艤装装着者が10人を超え、訓練体制・人員を適切に派遣できる体制が整いつつあります。今回は選りすぐりの者を準備させていただきましたので、どうかよろしくお願い致します。」

 

 西脇提督の自己紹介が終わると、ほうぼうから拍手が発生する。本音はどうであれ、関係的には歓迎されている雰囲気が広がる。提督の紹介を席で見ていた那珂たちは密かにゴクリと唾を飲み込んで緊張感に耐えていた。

 

 各団体の一通りの自己紹介と挨拶が終わると、司会進行からスケジュールが発表された。

 話が進むと、隣の鎮守府こと神奈川第二鎮守府の艦娘の何人かはこれまで数回館山入りし、観艦式の立案とテストを担当していたということがわかった。那珂は任せてくれと先日大見得を切ったばかりだが、ぶっつけ本番にも近いこの直前のタイミングで加わることに実際は不安を隠せない。提督は観艦式の事前の打ち合わせに自分らを潜りこませられなかったのだろうかと提督の落ち度すら気にかけ始めた。

 だがその不安は村瀬提督の口により解消された。

 

「例年通り、観艦式は我々神奈川第一のメンツで行いますが、今年は千葉第二の艦娘にも加わってもらいます。とはいえ基本的な練習の度合いが違うかと思うので、千葉第二の方々には無理のないパートを割り当てております。その演技の部分に集中していただければと思っています。そのあたりは、西脇支局長と話をしてありますので、よろしくお願い致します。」

 そう言う村瀬提督の言葉を受けて、西脇提督は中腰になって四方へ会釈をする。そして口を開いた。

 

「この度は準備の押し迫った中で村瀬支局長には無理難題を聞いていただいて、真に頭を何度も下げる思いでした。この観艦式に弊局から参加させる艦娘を紹介させていただきます。それじゃあ那珂、頼むよ。」

 西脇提督は最後の一言を小声で言った。那珂は今までまとっていた緊張感を小さな深呼吸により落ち着け、しずしずと立ち上がって自己紹介を始めた。

 

「千葉第二支局より、観艦式に参加させていただくことになりました、軽巡洋艦艦娘、那珂を担当しております、○○高等学校二年生の光主那美恵と申します。初めての行事参加に胸が張り裂けそうな思いで緊張もしておりますが、皆様のご迷惑にならないよう、担当の演技に注力いたしますので、どうかよろしくお願いします!」

 

 那珂の無駄のない自己紹介と意気込み、年頃の女子高生らしからぬ堂々としたその様に、四方八方から拍手が鳴り響く。那珂は会釈を拍手のした方向にし続けながら着席した。どれだけ人がいようが、那珂は生徒会長として大勢の前での演説には慣れているため、緊張と焦りはよいしゃべりのための調味料にすぎない。そうして座ると、提督は笑顔を那珂に向けてきた。那珂は机の下でこっそり親指を立ててグッドを示すハンドサインをして相槌とした。

 そして提督はもう一人、観艦式に参加する予定の五月雨について触れた。

 

「それからもう一人、五月雨という艦娘が参加予定です。彼女は弊局の別の用事で今この場への参加が間に合いませんでしたが、今日中に到着する見込みです。神奈川第一の皆様にはお手数をお掛けしますが、なにとぞご容赦願います。」

 西脇提督の言葉のあと、村瀬提督や海自や市議たちは静かに相槌を打って返事をしあった。

 

 

--

 

 哨戒任務については、先日那珂が頼み込んで含めてもらった夜間の哨戒についても話題に触れられたことに、提督も那珂もホッと胸をなでおろした。

 発表の後、委員長の鯉住三佐が西脇提督に向かって礼をする。すると西脇提督は自分らの担当たる艦娘を紹介し始めた。

「それでは本日夜間の哨戒任務にあたる弊局の担当者を紹介させていただきます。まずは旗艦、川内。」

 そう声を張って発表すると、提督は声のボリュームを一気に下げて川内に向かって合図をした。川内は慌てて立ち上がる。知らない人たちが大勢、しかも海上自衛隊や市の役人がいる公的な場。こんなところに自分のようなただの女子高生がいていいのか。

 立ち上がったはいいが緊張と混乱で顔が真っ赤、頭が真っ白になる川内。なかなか言葉が出てこない。

 

 そんな川内の背中を押したのは、隣の席にいた那珂だった。立ち上がった川内のスカートの裾をクイッと軽く引っ張り意識を向けさせる。頭と首を右下に傾けた川内の目には、笑顔だがあたしに任せろ!と言わんばかりの自信に満ちた先輩の姿があった。そして那珂が小さく一言発した。

 

(がんば、川内ちゃん。思いっきり挨拶。)

 

 ウジウジと悩み緊張した様を醜態として晒すのは自分らしくない。

 ゴクリと唾を飲み込み、意を決した川内の口はたどたどしくも声量は強く動き出した。

「た、え……と。あの。ただいま紹介されました、千葉第二鎮守府の軽巡洋艦艦娘川内こと、○○高校一年、内田流留です。あ~えっと。千葉第二支局の軽巡洋艦艦娘川内です。張り切って任務勤めます。よろしくお願いします!」

 

 どもるが、正式名称に言い直すくらいの配慮を込めてなんとか持ち直す。大勢の拍手の雰囲気が自分の微妙な失態を許してくれた気がした。

 西脇提督は川内の意気込みを見て言葉なくウンウンと軽く頷いて見聞き、満足気に補足した。

「うちの川内は先月着任いたしまして、基本訓練の成績は良好、度胸も十分、実戦でも古参の艦娘に引けをとらない優秀な若者です。まだ至らぬところもありますが、どうか彼女をフォローしていただけますようよろしくお願い致します。それでは続きまして……」

 

 自分のことをそういうふうに思ってくれていたのか。いくつか訓練中に失態をしたのに、良い評価をして見守ってくれていた。

((さすがあたしが兄やんと見込んだ男、嬉しいから期待に答えちゃうぞ。))

 川内は提督からの評価を真に受けていた。

 

 提督は残りの4人を紹介する。触れられると、それぞれの艦娘らは立ち上がって自己紹介をしてその場にいる様々な顔ぶれの人間に控えめなアピールをする。

 さすがの夕立も、元来の人見知りの性格が遺憾なく発揮されたため、時雨らが心配するような暴走は一切せず、お前はどこのお嬢様だとツッコみたくなるようなしとやかさで自己紹介を終始させた。ただひとつ、口癖の“っぽい”は一部に残ったので、らしさは残って一安心と、時雨と村雨はなぜかスッキリした安心顔をした。

 

 

--

 

 その後打合せは翌日の哨戒任務の話題になった。村瀬提督の口から担当する艦娘が次々に発表され、挨拶と自己紹介・意気込みが語られていく。そして、海自が独自に開く小規模な催し物の最終確認、当日のメインステージのスケジュールが発表・確認が進められていった。

 

 自身らに直接関わりがない内容とわかると、打ち合わせの内容は少女たちの頭を右から左へと素通りしていく。そんな那珂たちが一番気にしているのは、この後行われるはずの、西脇提督が合宿と言い張る合同の訓練のことだ。どこでどのように行われるのか。

 その心配は、司会の海尉が打合せの最後に発表して解消することとなった。

「それではこの後の予定ですが、希望される艦娘の方々には特別体験入隊として隊員との訓練に臨んでいただきたいと思います。同じ海を守る者として、ぜひとも我々の活動への理解を深めていただければと。監督官を担当いたしますのは、一等海尉の亥角(いすみ)です。参加される皆様は以後、亥角一尉の指示で行動していただけますようよろしくお願い致します。」

 

 その後打合せが閉まると、海佐達と市議、提督たちが集まって数分話した後、艦娘たちの前に両提督が戻ってきた。

 那珂たちは西脇提督のもとに、同じように神奈川第一鎮守府の艦娘らも村瀬提督の席に集まっている。艦娘たちが提督に向けて口にする話題は、どちらも似たものだった。少女たちが口にする不安や意気込みを両提督は親身に耳を傾けて聞く。

 

「初めて他の鎮守府の艦娘と行動を共にする人もいて不安だと思う。けど、この場では交流を深める良い機会でもあるから、臆さずに積極的に動いて欲しい。申し訳ないけど俺はこの後一旦鎮守府に戻る。この場での提督代理は、妙高さんに一任する。それから黒崎先生には妙高さんの補佐をお願いしたい。村瀬提督や自衛隊の方々にも了解を取ってある。後の相談ごとや指示は二人に従ってほしい。二人は大丈夫ですか?」

 提督が目配せをすると、妙高が先に口を開く。

「はい。承りました。理沙もいいですね?」

「は、はい。私まだ艦娘として着任していませんが、これも教育の場の一つとして、臨みたいと思います。」

 二人の同意を得られた提督は説明を再開する。

「それから明石さんは……この後は確か?」

「はい。私はこの後艤装を仕舞いにいくので離れます。自衛隊の方に艤装のメンテナンスについて説明しなければいけませんので、今後も別行動になるかもしれません。また後で会いましょう。」

 そう言って明石は一足先に離れ、近くの自衛隊員に事を伝えて講堂から出て行った。

 それを見届けると提督が再び口を開いた。

「戻って用事を済ませたら五月雨と不知火を連れてくる。その時は君たちが体験入隊に励む姿をじっくり見させてもらえたら見るよ。」

「うわ~提督ってば、海自の隊員さんに混じってあたしたちが汗を垂らして苦しんでる姿を視姦するよーに見学なんていやらし~~!」

「おい。……おい。こういう場でそういうこと言うのはやめなさい。」

 提督は那珂のいつもどおりの茶化しを受けると、本気の焦りを見せて厳しく咎める。しかし那珂はペロッと舌を出しておどけて謝るのみの態度。

 提督はその仕草を見て軽くため息を吐いたが、気を取り直して那珂に言う。

「それと那珂、君には言っておきたいことがある。」

「うえっ!?な、なに?」

 おどけた空気が拭い去りきれていないうちに那珂は提督から真面目な声数割増しで声を掛けられてドキッとする。

「観艦式に出る艦娘は、体験入隊組の皆とは別行動だから間違えないようにな? まぁ基本しっかりしてる君のことだから大丈夫だとは思うけどさ。ただ後から五月雨を加えるから、あの娘の密なフォローをお願いする。それを踏まえてあちらの艦娘たちとの行動をしてもらいたい。いいな?」

「あ~~、はいはい。そういうことなのね。あたしは“合宿”ばりの体験入隊っていう合同訓練とは別行動になっちゃうのね。あ~~、残念だけど大役もらってるから仕方ないよね~。」

 提督の説明と注意と願いを聞き取って理解をわざとらしくオーバーリアクションで示す。

 

「それじゃあ体験入隊するのって、あたしと夕立ちゃん、時雨ちゃん、村雨ちゃん、不知火ちゃんってことですか?」

 そう川内が尋ねると提督は頷きそして一言謝った。

「あぁ。結果的にこれだけの人数になって申し訳ない。」

「いいっていいって。隊員さんに従って動いてればいいんでしょ?お偉いさんと接するのは妙高さん達に任せるし、観艦式は那珂さんにドーンと任せるから、あたしたちは楽でしょ。」

「楽っぽ~い!」

 川内のノリに夕立が乗るのはいつもの流れなのでもはや気にしない一同だったが、提督が注意を払わせた。

「そういうこと言ってられるのも、今のうちだけだぞ~。夜の哨戒任務もあるから、君たちの訓練には一応考慮をお願いしておいたけど、疲れを任務に影響させない程度に励めよ。」

「う……嫌なこと言うなぁ。」「っぽい~……。」

 揃って一気に悄気げる二人に、残りのメンツは苦笑いをするだけだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

体験入隊

 館山基地にて艦娘達の一日体験入隊が始まった。艦娘・自衛隊共に海上を守る立場なので一般向けよりも踏み込んだ体験訓練メニューが課せられる。那珂と別れた川内達鎮守府Aの艦娘達は、神奈川第一鎮守府の艦娘達と自衛隊の訓練に取り組む。


 西脇提督が館山基地を後にし、提督代理として妙高が村瀬提督や海佐らとともに庁舎に残った。理沙は艦娘たる学生達を預かる保護者として那珂たちと行動をともにすることになった。

 一行は体験入隊監督官の亥角一尉の指示と案内のもと本部庁舎の正面玄関の前に出てきた。庁舎前道路の更に手前の芝生に移動して待っていると、ほどなくして庁舎前の道路にジープが数台停車した。

 

「これから我らの基地の各場所をご案内します。敷地は非常に広いので車を使います。乗車お願いします。」

 

 那珂たちは用意されたジープに乗り込んだ。ジープには数人、隣の鎮守府の艦娘が乗り込んだ。隣の鎮守府の顔見知りといえば天龍と龍田だが、運悪くその車中には二人とも乗り込んではこなかった。

 黙っているのが得意ではない那珂は話したくて仕方がなかった。ウズウズしている様に川内がすぐに気づく。

「どうしたんですか?トイレ?」

 小声で川内が尋ねると、那珂は手で口を隠して壁を作り川内に顔を寄せて言った。

「違う違うよ。あの人たちとおしゃべりしたくて。」

「すりゃいいじゃないですか。」

「タイミングを見てたのよ……ときに川内ちゃんは気になる子いる?」

 那珂の問いかけに川内は頭をブンブンと振って下を向いた。

 社交的で明るいとはいえ、完全にアウェイとなると川内の社交性は影を潜めてしまう。那珂は川内の様子を見て、ここは自分が音頭を取らなければと意気込む。

 那珂は意を決して声をかけた。

 

 

--

 

「ねぇねぇ。あたしは千葉第二鎮守府の軽巡洋艦那珂っていいます。あなた方は何ていう艦娘なんですかぁ?」

「あ~、ど、どうも。先ほど最初に挨拶されましたよね?」

「は、はじめまして。」

 那珂が話しかけると、神奈川第一鎮守府の艦娘たちは顔を上げて一気に表情を明るくした。相手もタイミングを見計らっていたのかと那珂は想像し、自己紹介を促した。

 同じ車両に乗った神奈川第一の艦娘は、駆逐艦皐月、文月、長月、水無月、の四人だった。四人は同じ中学校の1年で、神奈川県の市立の学校から来ているとのこと。

 那珂たちがさらに質問をすると、次第に神奈川第一鎮守府の艦娘の運用の一部が明らかになってきた。

 

 神奈川第一では、提督の下に幹部たる艦娘がおり教育官を担当している。その数人が訓練のカリキュラムを作り、学校の授業ばりに時間と単元を決めて訓練スケジュールを厳密に決めているのだという。

 着任直後に行われる基本訓練は、艦ごとの内容はひとまとめに統合されて、一括して行われている。艦種ごとの独自内容は後で個々人あるいは姉妹艦でまとまって自主的にするか、先任の担当者または同艦種の現在の担当者に監督依頼を申し出、教育官たる幹部の艦娘らに許可もらってからやらなければいけない。

 そして基本訓練が終わり通常の訓練のスケジュールの枠組みにはめ込まれると、週一回、チーム分けして演習試合が行われる。

 

 彼女ら長月たちは今月の始めに基本訓練が終わってようやく一人前の艦娘として通常運用に入ったが、日々のあまりの訓練のつらさに辟易していた。一回の訓練あたり、学校の体育の比ではない運動量と精神力を浪費しているという。

 先程まで緊張で黙りこくっていたのがウソのように、長月らは饒舌になった。喋るというよりも鬱憤晴らしするために吐き出すというほうが正解に近い。

 那珂たちが逆に黙りこみ、口を挟む間もなく聞き続ける形になった。

 

 実は先月始めまでは別の人間が長月や水無月という艦を担当していたという。つまり、先月までの長月や水無月、皐月たる人物はやめて、先月の途中で今の目の前の少女たちが長月や文月、水無月になった。着任したてなのである。長月たちも聞いた話のため又聞きという形になるが、神奈川第一では艦娘の入れ替わりは多いのだった。

 

 他の鎮守府の一面を知った那珂たちは言葉が中々出せなかった。心に湧き上がった思いは、自分たちはまだまだ何も知らないという羞恥の念と自分たちは仲間に無念のリタイアをさせたくないという決意の芽だった。

 

 

--

 

 重々しい空気が車内を包む。ふと我に返ったのか、長月が那珂たちに謝ってきた。

「す、すみません。よその鎮守府の人に愚痴をこぼすなんて、いけませんよね。でも……艦娘って、もうちょっとこう、一人ひとりが簡単に強くなれて、みんなで楽しく安全に戦えるって思ってました。あぁいや。実は私達、まだ実戦に出たことないんですが。」

「あの~、皆さんって、本物の深海棲艦と戦ったことあるんですか?」

 そう尋ねてきたのは、皐月と名乗る艦娘の少女だった。その問いに真っ先に口を開いて反応したのは夕立だ。

「うん!うちはみ~んな実戦に出たことあるよ!あたしとますみんはこの中でもキャリア長いんだよ。言ってみれば先輩っぽい? ていうか皐月ってうちのさみの本名っぽい。紛らわしい~。」

「ホラゆう!そんな内輪のこと言っても長月さん達にはわからないでしょ。あぁ、私は駆逐艦村雨ですぅ。この娘は駆逐艦夕立。こっちは駆逐艦時雨。あたしたち三人、うちに鎮守府では経験長いといえばそうなんだけど、私達より強くて頼りになるのは、こちらにいる那珂さんよ。」

 村雨の言葉に那珂はテヘヘと微笑みながら身体をくねらせる。

「やだな~村雨ちゃんってば~。照れるやろ~!? あたし後輩だよ~? 先輩にはまだまだ遠く及ばないっぽい~?」

「うあぁ~那珂さんってばぁ!あたしの口癖真似たぁ!!やめてよぅ~!」

「アハハ!」

 わざと真似た口癖、それに夕立は素早く反応して那珂にツッコんできた。普段ツッコまれる側だが珍しくツッコんだ瞬間である。

 那珂はケラケラと笑って流した。

 

「……というように、無駄に謙遜してちょっと砕けたところありますけど、こんな那珂さんをみんな頼って信頼してるのは確かです。」と時雨がやや呆れ混じりに言う。

「クスッ。みなさんとっても仲良さそ~。羨ましいなぁ~。」

 非常におっとりした口調で笑顔をたたえて羨望を口にしたのは文月と名乗る艦娘の少女だ。そんな文月に補足的に反応したのは川内だった。

 

「まぁうちは人少ないし、出来てからまだ一年経ってないそうだしね。みんなで揃って考えて行動しないとダメなんだよ。だからできる人がその部分をやる。ぶっちゃけ先輩後輩って意識はみんな薄いかな。だからあたしは時には那珂さんの言うことを聞いて日々修行したり、新人の様子見に行ってアドバイスしたり、自由にやらせてもらってるよ。」

「川内ちゃんの修行っていうと、待機室で寝っ転がってゲームしてるあれも修行の一環になるのかなぁ~?」

 偉そうに達観した雰囲気で言を口にする川内をからかいたくなった那珂のツッコミが炸裂し、川内は途端に顔を羞恥で赤らめる。

「ちょおおおっと那珂さぁん! 見ず知らずの人にそういうことバラすの禁止でしょ!!」

 手をバタバタさせて慌てる川内を見て那珂だけでなく、時雨たちもこらえきれずクスクスアハハと笑い始める。さらにつられて長月たちも笑みを漏らす。

 

 ひとしきり笑いが収まると、長月たちは顔を見合わせて今度は羨望と悲しみを込めて失笑して言った。

「本当、楽しそう。」と長月。

「うんうん。な~んか絶対うちの鎮守府より過ごしやすそ~。羨ましいなぁ。」と皐月。

「あたし、そっちの鎮守府に入りたかったなぁ。毎日厳しいの嫌~。」と文月。

 水無月も口こそ開かないが三人の意見に激しく首を振って同意を示していた。

 

 愚痴を漏らす四人に対し、那珂は時間を気にしつつ、真面目に声を掛けた。

「よそが羨ましいってのは気持ちはわかるけどね。でも自分の鎮守府をもうちょっとよく見たほうがいいなぁ。だって着任してまだ一ヶ月くらいしか経ってないんでしょ? まだまだ見るべきものたっくさんあるでしょ~、ね?」

 長月たちが無言で頷く。

「あたしからするとね、学校の時間割みたいにスケジュール組んでそういう仕組や運用をきちんと考えられる人がいて、それを信じてみんなで守って運用してる。そっちのほうが羨ましいって思うの。艦娘の集団って、別に何かが強制ってわけでもないから、結局烏合の衆だって思うの。だからみんなで決めた運用を、それがたとえガチガチに厳しくて忙しいものでも、なんだかんだで守ってるのは、それはお互いを信じて、そして敷いては提督を信じてる証拠だって思うの。うちの鎮守府はまだまだ経験が足りなすぎるから余計にそう思うの……ね? ところで、そちらの村瀬提督ってどんな感じのお人?」

 

 那珂の前半の言葉に黙って頷いて真剣に聞いていた長月たちは、提督の話題になると四人ともやや恥ずかしそうに、しかし満面の笑みで語りだした。

「忙しそーだけど、訓練終わりに時々僕たちのこと見に来て、ご苦労様って声かけてくれるよ。時々教官の目を盗んでお小遣いくれるの。これでジュースとお菓子でも買っておいでって。」

「優しいよねぇ~。パパって感じで、あたし提督のこと好き~。」

「そうそう。私達に提督は怒鳴ったり厳しいこと言わないし。怖いのは教官や先輩たちだけだよ……。」

 皐月に続き、文月そして長月も口々に提督の評価を明かす。

 

 那珂たちにとって、まずはたった四人の声とはいえ、よその鎮守府の貴重な声だった。

 

 

--

 

 引き続きの会話の主導権は川内や村雨に任せ、次に那珂は理沙に話しかけることにした。他校の教師だが、どんな形にせよ自分たちを保護してくれる存在だ。チラリとまず視線を向けると、理沙はこれまでの那珂たちのおしゃべりを眺めて微笑んでいるようだった。

「あの~黒崎先生。」

「は、はい! なんでしょう?」若干うわずった声で反応する理沙。

「今回、先生が参加してくださって、安心しました。うちの四ツ原先生は都合悪くて来られなくって。」

「あ……そうですね。伺ってますよ。」

「先生方って夏休みでも出勤なさってるんですね。あたし知らなかったです。」

「一応お給料もらって働いてますからね。学校にもよると思いますけどね。学外の活動も一応教職員としては恰好の研修の場なので、こうしてお話があれば、むしろ教頭先生や学年主任の先生から率先して行くよう指示があったりします。だから私も参加できたんです。それに……あの娘たちがちょっと心配というのもあって。」

 そう言って理沙は心配げだが穏やかで優しい目つきで時雨たちに視線を向けた。

 その仕草から醸し出される優しさ・気遣いに那珂はウットリとした。気弱そうだが、人当たりは良さそう。

 何回か那珂は垣間見たが、この理沙という教師に接する時雨たちの態度は非常に親しげで信頼しきっている感がある。なんとなくわかる気がした。

 対して阿賀奈はどうだろう。そう那珂は考えた。比較するなんてあまり良くないと思いつつもどうしても比べてしまう。

 

「先生見てるとなんか安心するなぁ~。」

 そう口に出していた。すると理沙は見るからに照れて反応を返す。

「え、えぇ!? よその生徒さんに言われるとなんだか恥ずかしいです……。」

「うちの四ツ原先生はなぁ~。私はあの先生に直接教わることはないからわからなかったけど、あの先生結構慌ただしいって評判で。」

「(クスッ)そうなんですか? それでもあなた達の学校の艦娘部の顧問の先生なのですし、安心して頼っていいんじゃないですか?」

「はい。もしいたらさすがに普通に頼ると思います。こういう学外の知り合いがいない場だと、知ってる大人がいてくれるとなんだかんだで安心しますし。」

 

【挿絵表示】

 

「本当のこと言うと私も不安だったり緊張していたりするんです。だからおねえ……妙子姉さんがいてああして西脇さんの代理として代表をしてくれていると安心できます。仮にも教師の私がこんなでは本当はいけないんでしょうけどね。」

「アハハ。あまり気にしなくていいと思いますけどね~。まだ艦娘として着任前ですし、でも艦娘制度に足を踏み入れた立派な資格保有者っていう色々オトクな立場ですし。」

「そうは言っても……私ももっとこういう場に出て経験を積まないといけないです。おね……妙子姉さんにいつまでも頼っているようでは、艦娘になってみなさんと同じ立場になったら笑われて置いてかれそうです。」

 誰かさんに似たネガティブさだなぁと那珂はモヤッと心に感じた。しかし注意深く見ていると、その暗さは心の底からではなさそうとも感じた。自分を卑下してはいるが、やんわりと微笑むその表情に強い意思がほのかに見え隠れしているのだ。このあたりの振る舞いは、重ねた年齢がなせる技なのだろうか?

 雰囲気や口調や態度がなんとなく似ている、あの後輩は数年後こういう女性になっているのだろうか?

 妄想すると楽しい。那珂は理沙との会話を楽しむ思考の端で、そのように妄想して楽しんでもいた。

 

 ジープが最初の目的につく頃には、那珂たちだけでなく、神奈川第一鎮守府の艦娘ふくめ、和やかで親しげな雰囲気がそのジープ内にできあがっていた。

 

 

--

 

 基地敷地内の案内は自衛隊堤防のある、敷地の北東側から始まった。今回、艦娘の艤装は自衛隊堤防に近い敷地の建物の中にしまわれることになっている。建物の側には見知ったトラックが停車し、数人の隊員とともに明石、そして神奈川第一の技師と思われる人物が、艤装の取り扱いについて引き継ぎをしあっている。

 作業中のため那珂たちは明石に声をかける事はせず、ただ視線があったあとは手を振って存在と知らせるのみにした。

 

「こちらに皆さんの艤装を仕舞っておきます。」

「はい!なんでここなんですか? ヘリコプターとか置いてある倉庫とかじゃダメなんですか?」

 亥角一尉が簡単に紹介して明石・技師らの作業をしばらく観察させていると、多くの艦娘の中で率先して手を挙げて質問したのは川内だった。

 想定内の質問だったのか、亥角一尉は得意げな笑みを浮かべて答えた。

「いい質問です。ヘリコプターの格納庫と発着場は、さきほど皆さんがいた本部庁舎から少し西に行ったところにあります。そこは基地のほとんどど真ん中を締めると言っても言い過ぎではありません。我々のように空に向かって任務を果たすのであれば任務に必要な機材が内陸で問題無いですが、あなた方は海を行く人達です。あなた方が任務で使用する機材はなるべく海に近い場所にあったほうが、出動もスムーズですよね。」

「そういう配慮っていうことなんですね?」

 那珂が確認の意味を込めて尋ねると、亥角一尉はコクリと頷いた。周りの艦娘らは静かに感心を示す。

 

「さて、それでは当基地の港湾施設へ行きましょうか。」

 そう言って亥角一尉は目の前の建物から離れて、近くの門へと向かった。那珂たちもその行動に従う。那珂たちがくぐった正門とは異なり、その門は金網だけで構成されたシンプルなものである。しかし厳重に施錠され、外には駐車禁止のポールが置かれている。

 門が開かれると、亥角一尉は数人の隊員に指示を出し、道路を挟んでその先にある船艇地区の門を開けさせた。

 施設の敷地に入り、今現在停泊している数隻の船舶を眺め見る那珂たち。一通り見させた後、亥角一尉は説明を再開した。

「自衛隊堤防といいまして、海上自衛隊の所有する敷地と設備です。この敷地外にも港湾設備はありますが、ほかは海上保安庁であったり民間の所有です。あなた方にはここを使って海上に出ていただきます。外の設備はそのまま民間船舶の停泊用に繋がってる所もありますので、利用する際は間違えないよう注意して下さい。」

 那珂たちや神奈川第一の艦娘たちは語られた注意事項に真面目に返事をしてしかと心に留めた。

 

 

--

 

 基地の敷地内に戻った那珂たちは再びジープに乗り込み、次なる施設・設備へと案内された。その後30分ほどかけて基地内のほとんどを見学した那珂たちは最後に第21航空群のメインであるヘリコプターのあるヘリポートと関連設備にたどり着いた。

 

「この後、体験入隊の皆様と観艦式参加の皆様は分かれて作業にとりかかってもらいます。体験入隊の方々ではヘリの試乗体験もありますので楽しみにしていてください。」

 亥角一尉の目の前にいる艦娘たちは思い思いの声をあげてこれからの体験に対して沸き立つ。那珂はというと、本気半分冗談半分で川内たちに向かって歯ぎしりして羨望と嫉妬の感情をぶつけた。

 

「ちっくしょ~。いいなぁ~川内ちゃんたちは。あたしもヘリ乗りたいぞー。」

「いやいや!那珂さんが全部決めたんじゃないですかぁ!あたしたちは指示に従って楽しm……ゴホンゴホン、体験入隊頑張るだけですよ。」

「うわ~い!ヘリコプター乗るの楽しみっぽーーい!」

 川内がうっかり本音をポロリを漏らしかける。いつもの流れで川内に乗れとばかりに夕立がその本音を自身のも交えてハッキリと口にする。それに川内が表向きには真面目を取り繕いたかったのか、慌てて夕立を押しとどめつつも那珂に言い訳をしたが、そんな上辺だけの対応は夕立には通用しなかった。

 そんな光景を見ていた村雨と時雨は呆れながらもクスリと微笑んだ。

「もう。相変わらずなんだから、二人とも。ヘリに乗るのも訓練の一つなんでしょ。浮ついてたら怒られるわよ~。ね、時雨?」

「えっ? ……えと、あの~。実は僕も……ヘリ乗るの楽しみ、なんだ。ゴメンますみちゃん。今回ばかりはゆうと川内さんの味方!」

 そう言うと時雨は両手のひらを合わせて村雨に謝って彼女を呆れさせた。

「あ~時雨が落ちたっぽい~~。」

「うん。堕ちたね、時雨ちゃんも。」

「……今の川内さんのイントネーションになんか違和感があるんですが……。」

 夕立と川内の声を揃えたツッコミに時雨はただ現状の表現をするに留める。そんな光景に那珂と村雨はケラケラと笑いあっていた。

 

 

--

 

 ヘリコプターと関連設備の説明が終わり、那珂たち観艦式の練習に参加する組は再びジープに乗るよう指示を受けた。

 一方で体験入隊組の川内達はその場に残り、これから始まるカリキュラムの説明を受けるべく待機となった。

 

「それじゃあここで一旦お別れだね。お互い終わったら多分、庁舎にいる妙高さんのところに集まれるはずだから、それまではそっちはそっちでよろしくね。」

「うん。那珂さんも、頑張って。」

「那珂さ~ん頑張れっぽーーい!」

「那珂さん。頑張ってください。」

「頑張ってくださいねぇ、那珂さぁん。」

「頑張ってくださいね、那珂さん。」

 

「アハハ。黒崎先生にまでエールを送られるとなんか力湧いてきますねぇ~。皆の期待を受けて那珂ちゃん、全力でヤってきますぜ~!」

 四人から声色鳥どりの激励を受けて疼いた那珂は軽い調子でガッツポーズをして川内たちから離れていった。

 

 

--

 

 那珂たちの乗るジープの駆動音が聞こえ、音が次第に遠ざかっていく。川内たちは後ろを振り向かず、目の前で小声で話をする亥角一尉と数人の隊員たちを眺めて待っていた。

 やがて小打ち合わせを終えたと思われる亥角一尉が振り向き、口を開いた。

「それでは体験入隊の皆さんには、これから今日半日と明日午前中掛けて、我が基地の隊員が行っている活動を実際に体験していただきます。同じ国民を守る立場として、我々が140年近くかけて培ってきた規律と集団行動の技術を学んで帰って下さい。」

「はい!」

 艦娘たちが返事をする。

「やる内容は次の通りです。はじめに……」

 

 亥角一尉からこれから行う内容が発表された。一般向けに行われる体験入隊の内容とは若干構成が変わっていると川内たちは断りを聞いた。一般向けの内容がそもそもわからないのでその場にいた艦娘たちは感想も批判も何も言えないでいる。その作業量が多いのか少ないのかすらわからない。

 艦娘たちの顔色が不安げな様子を見せていることを感じ取った亥角一尉が補足した。

「あなた方は海の上を自由に移動し活動する、いわば我々に近い立場ですので、ここではより実用的な内容という意味で、一般向けよりも踏み込んだ内容にします。艦娘としての基本活動にプラスして、より密度の高い海上活動が行えるよう、技術的なバックアップつまりサポートをさせていただきます。ですので今回は走りこみや基地内の掃除や食事準備、整列などの集団行動の基本訓練は行いません。我々はあなた方がすでにそういうことはできているという想定で行っていきます。」

 そう言うと亥角一尉は艦娘を見渡す。

「見たところ……艦娘とおっしゃっても中学生くらいのお年から上は大学生でしょうか。ちなみに社会人の方は……いらっしゃいますか?」

 すると理沙の他、神奈川第一の艦娘の中から一人だけ手を挙げた人物がいた。

 その人物は教育コンサルティングの会社に勤めており、練習巡洋艦鹿島を担当する26歳の女性だった。今回は神奈川第一からの参加艦娘の引率としての参加だ。

 

【挿絵表示】

 

 物腰非常に穏やかでおっとりした雰囲気、艦娘の制服がパツンパツンに張った胸元などの着こなし、彼女の発言に亥角一尉は先程まで醸し出そうとしていた威厳や迫力の様がやや崩れた……ように川内たちは感じた。

 ただはっきりいって他人事なので、川内を始めとして鎮守府Aの艦娘たちはどうでもよくその光景を眺めるだけだ。

 しばらく眺めていると、亥角一尉はコホンと咳払いをして気を取り直す。

 

「え~、い、引率のお二方ですね。各団体の責任者の方がいらっしゃるなら我々としてもスムーズに事を運べます。ただ出来ない時は出来ないとハッキリ伝えるように。現場では連絡に手間取ると、そのわずか数刻が命取りになりかねません。あなた方のうち誰かが出来なかった分は別の人でできるよう、連携体制を整えておくことが重要です。我々が求めるのは人命を救助できたという結果であって、達成できなかったけど私・僕は頑張ったんだよという個人的感情は無意味です。それを念頭に置くようにお願いします。さてここまでで何か質問等はございますか?」

 そうっと手を挙げた人物がいた。理沙である。まだ艦娘でないのにこのままレベルの高い体験入隊に混ざることに不安を覚えた彼女はその不安を解消するため白状することにした。

「あの、私は一応この娘たちの引率ということになっていますが、まだ艦娘ではないのでその……高度な訓練についていくことができないと……思います。」

「そうですか。それでしたら普通に見学なさっていて結構です。」

 割りとアッサリと比較的冷たく言う亥角一尉。言われてやや悄気げる理沙に助け舟を出したのは、神奈川第一の鹿島だった。

「あの~、よろしければ私と一緒に行動しませんか?同じ引率の者同士、一緒にいたほうが子供達や隊員さん方両方のサポートに回れると思うので。いかがですか、亥角さん?」

「え、あ~そうですね。そうしましたら、我々の救護班のサポートにまわっていただけると助かります。各訓練はあくまでも学生の艦娘の皆さん対象ということで応対させていただきます。」

 

 直前の説明が終わり最初の訓練が始まるまでのわずかな時間、川内たちは理沙とこの後の行動について話し合った。

「先生訓練受けないんだ~~でも一緒にいてくれてうれしーー!」

 真っ先にアクションしてきたのは夕立だ。素直に感情をぶつける。

「ハ、ハハ……。だって先生まだ艦娘じゃないですもん。きっと皆さんの動きについていけないから足手まといになりますよ。」

「あれ、でも先生、重巡羽黒の資格持ってるんじゃなかったでしたっけ?」

「そうそう。先生職業艦娘になれるんですよねぇ?」

 時雨の指摘に村雨が乗る。二人の生徒の追撃を受けて理沙は一瞬言葉に詰まるがすぐに切り返す。

 

「まだ持ってるだけですよ。いずれ着任できたときに皆さんと一緒に……ね。先生はあちらの鹿島さんと一緒にみなさんの万が一のときのために準備して見守っていますからね。それから川内さんでしたっけ。一番のお姉さんとしてこの娘たちを間近で見ておいていただけますでしょうか?」

「ふぇっ!? あ、はい。任せてくださいっす。」

 なんとなく理沙と時雨たちの輪に入れず疎外感を抱いて黙っていた川内だったが、急に理沙から話を振られて慌てる。

 教師というだけでもあまり好ましく感じないのに、他校しかも中学校教師という自分に関係なさ過ぎる関係性のためうまく受け答えできない川内。とはいえ、夕立たちを守りたい(中学生相手にリーダー張りたい)思いはあったので、素直な意気込みで返事をした。

 

 

--

 

 その後川内たちは指示に従い、格納庫の一角に置いて救護訓練を開始した。その内容は防災訓練で行われるたぐいのものだが、教える側がプロなだけあって、手際のよさに川内たちは感心と放心続きである。とはいえ自分たちも真面目に取り組まないと、救護訓練開始直後におしゃべりしてふざけていた神奈川第一の数人の艦娘らのように、ドスの利いた声で別の海尉から叱られるハメになる。

 元の立場や組織がどうであれ、体験“入隊”した以上は今の上司は提督ではなく、目の間の監督官たる隊員なのだ。そして厳しさの一端は十分に理解したので、普段騒がしい川内も夕立も大人しく慎みを持った。

 ちなみに怒られた数人の艦娘はその後も半べそをかいていたため、引率である鹿島に慰められていた。

 

 訓練用の人形を使い、川内たちは二人一組になって真面目に人工呼吸と脈拍確認を行っていく。今まで高校生活はもちろん、中学生活でもしたことがない、初めての体験に川内も夕立たちも個人的な感心も相まって真剣に取り組んでいく。

 その後救護訓練は患部の応急処置の手順、非常時の臨時救護施設の設営の仕方などが説明そして実演されていき、参加している艦娘の知識を増やし、その身を持って技術が伝授されていった。

 

 

--

 

 全員が一通りこなせるようになり、時間が来ると亥角一尉は合図を出した。

「それでは救護訓練はここまでです。このあとヒトフタサンマルより第二格納庫にあるミーティングルームに移動して昼食です。」

 お昼ごはんと聞き、艦娘たちは黄色い声でワイワイと沸き立つ。それを亥角一尉は手をパンパンと打ち鳴らして注意を引き説明を続ける。

「今回は一般市民の方には珍しい食事を用意いたしました。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、戦闘糧食、いわゆるミリ飯です。普段口にすることがないと思いますので、これも貴重な経験としてぜひ堪能していってください。」

 

 那珂たちと別れてからかれこれ1時間以上経っていた。そして気づくと腹の虫も騒ぎ出す頃合いだった。指示に従い艦娘たちは隊員たちの後に付いて移動し始める。

「お~~ミリ飯楽しみだなぁ!あたし一度でいいから食べてみたかったんだよね!」

「ミリ飯ってなぁに?あたしよくわかってないっぽい。」

「僕も……わからないです。非常食みたいなもの?」

 夕立も時雨も素直に頭に?を浮かべる。村雨は何故か大きくため息をついている。

「おぉ?村雨ちゃんどうした?ミリ飯なにか気になるの?」

 そう川内が尋ねると村雨は言葉を重々しくひねり出して答えた。

「パパが何かの体験でもらってきたので知ってるんですけどぉ、私ああいう食べ物苦手です……。まんま非常食ですよねぇ?」

「何言ってんの村雨ちゃん。水を入れるだけでいつでもどこでも食べられる、そういうのがいいんじゃん!腹が減っては戦はできぬって言うよ? それに最近のは美味しいって聞くし。」

 川内の説得にも苦々しい表情を崩さない村雨に、時雨が気づいた。

「あぁ……ますみちゃん、インスタントラーメンとかも苦手だったっけ。」

「えぇ。食事は落ち着いた環境でちゃんと調理されたものが食べたいわ。」

「くぅ~~~。村雨ちゃんってば我儘だなぁ~!美味しけりゃなんでもいいじゃん!」

「そうだそうだ~!ますみんわがままっぽい!」

 側でわざとらしくブーブー非難の声を浴びせてくる川内と夕立に若干苛立ちを覚えた村雨はピシャリと言い放った。

「あ~もううるさい。苦手なものは苦手なのよぉ。先生助けてくださぁ~い!」

「村木さん、好き嫌いはその……ね?せっかくの良い経験なのですし。」と真面目に返す理沙。

「ブー、先生私の味方してくれないんですかぁ~~そーですかぁ~~~。」

 

 その後、ミーティングルームで最新の戦闘糧食の実物を見た川内たちはワイワイ楽しく食事を始めた。一人気乗りしなかった村雨も食を進めるにつれて表から苦い表情は消え楽しく食を進めたが、普段以下の少量ずつの口運びだった。そんな彼女は楽しいおしゃべりとその雰囲気でどうにか食事をこなした。

 食べ終えて次の訓練の場所に向かう際に川内が感想を尋ねると、モジモジと恥ずかしそうに身をよじらせて俯いて

「……美味しかったですけどぉ。」

という感想が口から飛び出し、川内を始め夕立・時雨にニンマリと不敵な笑みをこぼさせるのだった。

 

 

--

 

 その後川内たちの訓練は基地内に作られた人工丘陵を足場の悪い災害現場に見立てた救助訓練、そして海上での救助活動の訓練となった。

 海上でのそれはヘリコプターに乗って上空から向かうチームと、艦娘ならでは、海上を海自の小型艇と一緒に進むチームに分かれて取り組むことになった。

 20年程前の海自の訓練の手順書によれば、海上に身を落として実際の遭難者に見立てた役も割り当てるのだが、深海棲艦が出没するようになって以後、その役割には人形あるいは小型艇にすでに引き上げたという前提で担当の人間にしてもらうという手順に更新されていた。

 

 

--

 

 実際の深海棲艦で主勢力とされているのは、従来の海洋生物の異常奇形タイプであり、世界でもっとも多く海をのさばっている。事実上殲滅・完全な駆除が不可能な数だ。このタイプは元々が海洋生物の延長線上であるためか、生息地域がハッキリしている。しかしその生態は異常なほど攻撃的、凶暴性が増しており、身体の一部あるいは全体が肥大化し、元の生物としての原型をとどめていない個体もざらにいる。一般の海洋生物などだけでなく、人間など他の生物をも襲う。

 一方で従来の海洋生物の系統に分類できない、系統不明の謎の生物とされた深海棲艦は異常奇形タイプより数は少ないとされる。しかし生物ならば生理的嫌悪感を抱くほどの形容しがたい形状かつその凶暴性は生物史を塗り替えるレベルの生態であり、あらゆる能力が前者のタイプの比ではない。このタイプが個体によっては虫や鳥、異常奇形タイプの深海棲艦たる海洋生物を使役したり新種が出るたびに想像つかぬ攻撃方法で人などの生物だけでなく船舶そして沿岸地域を襲う。研究者の調査では、豚やイルカ程度の知能レベルかそれ以上を誇るという。さしずめ深海棲艦の上位カーストと認知されている深海棲艦の勢力である。

 

 館山湾では、幸いにも後者のタイプは滅多に遭遇せず、被害事例は少ないものの前者タイプの深海棲艦がいることが確認されて久しい。

 海上自衛隊の基地があるという戦略的環境上、横須賀基地・神奈川第一の深海棲艦対策局の支援を得て、湾内に深海棲艦が入っていないよう、海中探知機と対深海棲艦用の金網が敷設された。完璧ではないものの、おかげで館山では、日本ではほとんどできなくなった海水浴も行えるほどの改善と好例になった。その海域は比較的安全な海域となった。それは沖ノ島海水浴場とそこから北に4kmほど行った船形漁港の近くを結ぶ限られたエリアのみの恩恵である。そして機器や金網の設置の関係上、船舶の交通量が少なく漁船等への影響が少ない海域に限った高防御性能である。

 

 

--

 

 安全を一定水準確保できているとはいえ、危険性を考慮して訓練を行わなければいけない。海上での救助訓練に携わるサポート役の隊員たちは遭難役の人形やブイ、ボートなどの準備をし始めた。

 ヘリコプターに乗るメンバーは十数人の艦娘のうち、4人が選ばれた。選ばれた後、川内達4人はただひたすら頭を垂れて悔しがる。特に時雨は通夜か葬式かとツッコミたくなるほどの落ち込みっぷりを見せている。

「あ、あのさ時雨ちゃん。ま、また次があるさ。そんなに落ち込まないでよ。ね?」

 

 一応年長者でもあってここは自分が動くべきと察した川内は時雨の背中にそっと手を添えて声を優しくかけた。そんな励ましを受けた当の本人は空元気の笑顔で返してきた。その後時雨は気分を切り替えたのかいつもの冷静さを取り戻し行動を再開した。

 結局普段通りの海上を駆ける艦娘の立場として、川内たちは、海上チームとなった。二組構成のうち、一組に鎮守府Aのメンバー全員でまとまった。プラス神奈川第一より二人加わって計6人で訓練を最後まで行うことになった。

 なお、理沙は神奈川第一の鹿島、亥角一尉とともにボートに乗っての間接的な参加だ。

 

 自分たちの艤装を装着して午前中に案内された自衛隊堤防から次々に海に飛び込む艦娘たち。当然川内たちも後に続けとばかりに勢い良く飛び込む。

 そんな次々に海に飛び込み、沈まずに海上をスゥーッと進んでいく少女たちの様を見た隊員たちは目を見開いて驚愕の表情をする。一方で亥角一尉や数人の海尉たちは、至って平然と落ち着き放った様子で見ている。その違いは、艦娘らと任務を共にするか見るかなどの経験の差である。さすがに海尉ともなると、艦娘と一緒に任務を果たした経験があって、見慣れた光景なのである。

 

 川内たちが海に飛び込んでしばらくして、上空でバララララ……と空気を掻き切って浮かぶヘリコプターがそこにあった。数人の隊員と神奈川第一より四人の艦娘が乗り込んだヘリである。川内たち(特に時雨)は空を駆けて自分らをあっという間に飛び越えていくその物体を見てまゆをひそめたり下唇を強めに噛んで羨望の眼差しを向け合った。

 しかしいつまでも羨ましがっていても仕方がない。怒られる前に、自分たちのチームの任務を果たさなければいけない。

 川内たちは遅れて海上に現れた小型艇を取り囲むように陣形をとり、指定のポイントまで進んだ。

 

 川内たちが指定のポイントまで海上を進むと、遠く離れた位置で数人の艦娘たちが海上を駆け巡って何かをしているのを視界の端に収めた。あの集団の中でひときわ目立ったことをしでかしている人物が誰であるか、川内達は容易に想像がついた。あえて名前を出すのもバカバカしく思えたため互いに顔を見合わせ、呆れ顔で感想をこぼすのみだ。

「なんかまーたすんごいことしてらぁ、あの人。あのまま爆走してくれたほうが見てて楽しいわ。なんか明日が楽しみ~。」

 川内が最大限に期待を込めて言を口にすると、続いて夕立たちも思い思いに言い合うのだった。

 

 

--

 

 彼女らのことは安心してほうっておき、川内たちはその後海上での人命救助訓練を始めた。

 深海棲艦が侵入してこないよう守られた海域とはいえ、その効果は完全ではない。そのため体験入隊組とは別の、哨戒任務につく予定の神奈川第一の艦娘の数人が海中の防御金網に沿って海上に並び立ち、注意深く監視している。同じ艦娘とはいえ体験入隊組は武装していないし、深海棲艦に対して無力な海自の隊員もいるからだ。

 そして海自の隊員の乗った小型艇の一隻は、艦娘たちへの指示と通信役として金網の内側で待機している。

 

 訓練の手順と役割はもとより想定されているためか、ヘリコプターに乗り込んだ担当者、小型艇と周囲に浮かぶ艦娘ら海上の担当者の行動は隅々まで決められていた。川内たちは遭難者(役の人形)を直接助ける役割ではなく、遭難者発見時の周囲の哨戒や直接救助を担当する小型艇そしてヘリコプターが来て空送する際の海上からの行動のサポートである。

 役割をもらい、全力で動きに動いて遭難者を助けることができるのかと期待に胸膨らませていたところ、大幅に肩すかしを食らう役どころで実際の動きも直接の救助を担当する艦娘たちをただ見ているだった。

 心の内どころか表情的にも川内は不満を隠せない。それは夕立も同様だ。そんな二人を時雨と村雨は、態度の悪さが海尉らに怒鳴られるレベルで標的とならないか、キモを冷やして二人を必死になだめた。

 

 そうして救助訓練が一段落すると、亥角一尉から追加の説明が発せられた。

「それでは今度はそれぞれの役割を変更して同じ訓練を行います。一旦基地内に戻りますので我々に続いて上陸してください。」

 

「よっし。今度こそガッツリ動ける役がいいなぁ~!」

「うんうん!」

 勢いいさむ川内と夕立は善は急げとばかりに速度を挙げて自衛隊堤防まで真っ先に戻り、まだ数十m離れた海上にいる時雨・村雨の二人に手招きして急かした。

 その後全員が指示された場所に戻って点呼がとられると、役割のシャッフルが行われた。

 鎮守府Aの四人は今度はヘリコプターに乗って救助を担当することになった。川内たちは艤装を外して明石のもとに預け、改めてヘリコプターの機長と搭乗する人見と名乗る二尉と乗り込む準備をし始めた。

 

 

--

 

【挿絵表示】

 

 

 その最中、真面目な準備作業にもかかわらず目に見えて喜びを醸しだしたのは、他でもない時雨だった。普段の彼女らしからぬ感情の溢れ出し具合に親友の夕立も村雨も笑いを堪えるのに必死だ。

 中学生組の友人関係の度合いなぞ知らぬ川内はその様子をハッキリ触れてのけた。

「今度はついにヘリコプターに乗れるのかぁ。……って、時雨ちゃん顔!顔!ニヤケ顔で溶けちゃってるよ!そんなに嬉しいの!?」

「(プークスクス)時雨ってば、ホントは思いっきりはしゃぎたいっぽい~?」

「う、うるさいなぁ! ゆうこそいつもみたいに馬鹿騒ぎしてよね。これじゃあまるで僕のほうが子どもみたいじゃないか……。」

「ん~~~、今回は時雨に譲るね。だから代わりにはしゃいでいいよ~。」

「そんなことするわけないじゃないか。ほ、ホラ。人見さんの指示をちゃんと聞かないとダメなんだからね!」

 普段と感情の出し方の立場が逆転してしまった時雨は顔を真っ赤にしながらも普段の冷静さを努めて取り繕って言い返した。

 

 軽い喧しさとはいえ、訓練中のおしゃべりとふざけ。一人完全に冷静だった村雨は三人の様を見て、これは怒られる!?と危惧したが、人見二尉は怒りを湧き上がらせるどころか、むしろ苦笑い(というよりも破顔)して時雨たちを見つめている。

 村雨はその笑顔が薄ら怖く、今回は一人で肝を冷やしていた。年上だがこういう時基本頼れない川内、実は乗り物好きで落ち着きをなくしている時雨。適度に頼りたかった二人の牙城が崩れたので、村雨は妙な使命感を湧き上がらせて三人を叱る意味で睨みつけ、そして搭乗する海曹に視線を戻して謝る意味で言葉なくお辞儀をした。

 すると村雨に人見二尉は優しく軽い声で話しかけてきた。

 

「ハハ。艦娘っておっしゃっても普通の女の子なんですね。」

「す、すみません~。うちの時雨と夕立がふざけてしまってぇ……。」

「構いませんよ。俺、艦娘の方と仕事するの初めてなんですよ。俺達海自の人間が勝てない相手と戦っているから、小さい女の子でも相当屈強で厳しくて偏屈な人ばかりなのかと思ってたんです。だからなんだか安心しました。」

「私たちだって未だに信じられないですよぉ。ただの学生の私達が化物と戦えてるだなんて。」

「……怖くはないんですか?」

 人見二尉が何気なく尋ねた疑問。それは艦娘になる少女たちにとって根源たるものだ。しかしすでに慣れてしまっていた村雨はしれっと答える。

「ううん。怖くありませんよぉ。っていうか、いざ出撃すると、怖いのはどっかに消えてしまいますし。そこまで含めて、艦娘って不思議だと思いますぅ。」

「ハハ。すごいな。艦娘になれるあなた方を尊敬しますよ。」

「や、やめてください~~。恥ずかしいですよぉ。」

 

 普段慣れている男性である提督・家族・友達以外からの男性から賞賛の言葉をかけられて、村雨は頬に熱が溜まっていく感覚を覚えた。片手の平でパタパタと顔を仰ぐが当然、その程度の手団扇で熱が取れるはずもない。

 人見二尉と(傍から見て楽しそうに)おしゃべりする村雨の姿を見た川内たち残りの三人は、彼女に意味ありげなにやけ顔を向けて暗黙の茶化しをするのだった。

 

 

--

 

 人見二尉が合図をしたのでおしゃべりもほどほどに、川内たちは艦娘の制服の上に航空隊用のジャケットとヘルメットを受け取って装備し、颯爽とヘリコプターに乗り込んだ。最後に人見二尉が乗り込んで扉を締める。

 川内たちを載せたヘリコプターは空気を掻き分けるプロペラ音を立ててあっという間に基地の北東部分が小さく見えるほどの高度に達した。

 

「うわぁ~~!すっごいすごい!高い! 楽しいっぽい!!」

「夕立ちゃん、落ち着け。あたしもすっげぇうれし楽しいんだけど、時雨ちゃんには負けるんだ。ね、夕立ちゃんもでしょ?」

 そう言って川内が前の列にいる夕立に手招きと指し指で示した先には、静かにしかし後ろから見ても目を爛々としているとわかるオーラをビシビシと発揮して外を見ている時雨の姿があった。

 時雨は左舷でヒソヒソ呟く声の存在に気づいていたが、それよりも自身の心の喜びのほうが優っていた。夕立の茶化しもツッコミ返さないほど窓の外に釘付け状態である。そんな親友の姿を見て面白くないと悟ったのか、夕立の意識はすぐに川内に泣きつくように向かった。

 川内も珍しくからかえそうな相手が煽り耐性が強そうなのを悟ると、すぐに興味と意識を切り替えた。

 

 ヘリコプターはすぐに訓練現場に到着せず、ヘリコプター搭乗員となった艦娘たちに乗り心地を味わってもらうためのデモンストレーションとして数分間は基地の北東周辺をホバリングしていた。

 訓練現場に向かうその前に、川内はどうしても尋ねたいことが人見二尉にあった。

「ねぇねぇ人見さん。このヘリってあれでしょ。米軍のあの機体がベースでしょ?」

 人見二尉は目を見張った。まさか女子中学生が知っているなんてと内心驚きに驚いたが、至って落ち着いてにこやかに答える。

「この機体はUH-102J救難機。米国S社のSH-102シーホーク、LAMPSヘリコプターを元に海上自衛隊向けに改良された機体です。この機体のシリーズの運用は80年以上前からの伝統ですよ。中学生なのにもしかして知ってたりするのかい?」

「あの~、あたし高校生ですよ。時雨ちゃんたちとは学年も学校も違います!しっつれいですよ、レディに。」

「あぁ!これはゴメンなさい!川内さんでしたっけ。えぇと、君はこのヘリのこと知ってるのかい?」

 川内は自身の見た目と年齢の測り違いにやや憤りを感じたのか、口をつぼめて片頬を膨らませた。ストレートにイラッときたのは本当だが相手は完全に他人。そのためちょっとだけ見栄を張って女の子らしさをアピールするため、普段使わない表現を交えてみた。言ってみて自分で恥ずかしくなり顔がやや赤らんだ川内だが、相手はそれを別の感情と捉えた。

 人見二尉は相手が感情的になったのを慌てて取り繕った。話題そらしのため質問をするのも忘れない。川内も変に自身の女子面にツッコまれても対応できないため、頭をすぐに切り替えて人見二尉からの質問に返事をした。

「はい。この機体のモデルのヘリって、○○っていうゲームに出てきましたもん。これって元のSH-102も哨戒用でしたっけ?」

「えぇそうです。俺はそれプレイしたことないからわからないけど、川内さんみたいにゲームを通じて知ってるって子は多いのかな?」

「あたしはゲーマーなんで。あと適当に色々かじってます。だからゲームや漫画で出てきて知ってる乗り物に乗れるのって、結構ガチで嬉しいんですよ。人見さんってゲームしますかぁ?」

「ハハ。もちろんするよ。女の子ってこういう乗り物やゲーム興味ないかと思っていましたが、君みたいな子がいてよかったですよ。」

「あ~、まぁあたし昔から男子趣味多かったから、変わり者っちゃあ変わり者です。人見さんと趣味合うなら、もっとお話したいなぁ~~。」

「ハハ。任務ないときなら、俺で良ければ。」

「やったぁ!鎮守府で趣味合う人ってとっても少ないんですよぉ。だから人見さんがいてくれて嬉しいなぁ~。」

 川内の素直な気持ちは若干の甘えた声で発せられた。本人的にはあくまで趣味の合う合わないの判定から来る喜の感情の溢出にすぎない。ただ、相手がどう思ってしまったかは別であり、川内は自身のアクションがどう思われるか気にしないし気がつけない性分だ。それは過去もそうだが、今この時もそうだった。

 最前列の座席にいて、直接川内の顔を見られなかった人見二尉は若干声の調子を狂わせつつも平静を取り繕って言葉をかけ返した。

 

「さてと、ヘリコプターは堪能しましたか?それではそろそろ訓練再開です。海上で皆さん待っていますからね。」

「「「「はい。」」」」

 

 

--

 

 川内たちが訓練現場の上空に到着すると、人見二尉は二列目、真ん中の列に移動し、座っていた夕立と時雨を端に詰めさせて反対側のドアのロックを解除した。

 ガチリ、と重々しい機械音が響く。

 次に人見二尉は転落防止のための扉前のゴムロープの留め金を回しロックを外した。

 

「それでは皆さん、ジャケットと一緒につけてもらったベルトにこのコードのフックを付けて下さい。ここから先は扉を空けて作業を行うので、不意に落下しないよう、細心の注意を払ってください。」

「「「はい。」」」

「あの~人見さん。質問です。」

「はい、なんでしょうか?」

 川内は思ったことがあり、手を挙げて尋ね始める。

「普通に隊員の人がロープ無しで飛び降りるってことあるんですか?」

「えぇ。任務によってはそうすることもあります。専用の訓練を受けた部隊もいますよ。艦上や陸上にもロープ無しで降りる局面も想定しています。」

「へぇ~~。あたしたちはそういうのやったらダメなんですか?」

「……申し訳ないが、その質問には答えられません。亥角一尉および担当部隊に確認が必要です。」

 先ほどまでの軽い雰囲気で答えてくれると思っていた川内は、すでに思考の切り替えができていた人見二尉に真面目に返されて戸惑っておののき、ぼそっとつぶやくのみでおとなしく引くことにした。

「でも、あたしたち艦娘は洋上なら飛び降りても問題ないと思うんだけどなぁ……。」

 川内のつぶやきを誰も気にせず、全員飛び降りるための準備が整えられた。

 

 先陣を切ったのは時雨だった。時雨は人見二尉によってジャケット付属のベルトの金具にロープを接続され、その半身を外に乗り出した。時雨は指示通りに縄梯子を外に投げ出し、海上ですでに引き上げられていた遭難役の人形を縄梯子に引っ掛けた。

 動かない人形のため、勝手に登ることはない。あくまで救助時のシミュレーションのため、梯子を登らせる仕草を洋上とヘリコプター上の担当が行う。そしてその後は人形をヘリコプター上の時雨が引き取ってつかみ取り、引き上げた。ヘリコプター上に乗った人形は時雨の手から人見二尉の手に渡り、そして介抱を担当することになっていた夕立と村雨が人形を触り、午前中の介護の手順に従って介抱していく。

 

 一人余った川内は、何もしない担当というわけではない。川内は二巡目として、時雨の代わりにヘリコプターから身を乗り出して海上の担当者から遭難役の人形を受け取る役目を担う。

 人見二尉の指示で救助作業の二巡目に入った。

 川内は指示通りに半身を外に出し、海上にいる担当者から人形を受け取って引き上げ、そして機内にいる村雨たちに介抱を引き継いだ。

 当たり障りなくスムーズに終始した救護訓練の内容に川内は不満タラタラだった。その原因は見栄え良く激しく動ける行為ができないからだ。せめてこのヘリコプターからさっそうと飛び降りて海上に降り立って遭難者を助けるようなことができれば、違うだろうが。

 しかし大人に、男性に怒られるようなことはしたくない。見放されるようなことはもってのほかだ。

 川内はかつての親しい人との思い出と今現在の理性、そして今この場にいない先輩に迷惑をかけたくないために行動を留まらせていた。

 

 

--

 

 海上での救護訓練が数巡し、艦娘たちにうっすらと疲れが見え始めた。

 海上では浮かび自在に進むため、艤装の主機へ念じるための精神力、そして立ち居振る舞うための体力が艦娘にとって必要である。その疲れは海自の隊員が想定するよりも著しい。それは今この場の艦娘の大半が基本訓練終えてまもない成り立てであることも原因の一つである。

 

 初日の体験入隊は夕方16時をもって締め切られた。亥角一尉が艦娘たちをヘリポートの一角に集め、先頭に立って演説ばりに声をかけた。

「これにて初日の体験入隊のメニューを終了します。通常の体験入隊であれば、この後宿舎にて体験宿泊もしていただくのですが、あなた方にはそれぞれの鎮守府からご予定を承っておりますので、この後はそれぞれの提督または引率の方のご指示に従って行動してください。なお、この後の詳細な予定は本部庁舎に戻った後、連絡致します。」

 亥角一尉から初日の訓練終了の言葉を聞き、艦娘たちは様々な声色を立ててワイワイと騒ぎあう。やっと休めるという安堵感が艦娘たちを素の少女たちに戻させていた。

「はぁーあっと!終わった終わった。なんとなく物足りない感じがあるけどなぁ~。」と川内。

「皆さんお疲れ様でした。妙子ね……妙高姉さんのところに戻りましょうか。」

 理沙が主に中学生組に声をかけると、彼女らは口々に甘えだした。

「エヘヘ~なんだかんだであたし疲れたっぽい~! あたし頑張ったんだよ先生。ほめてほめて~!」

「僕も今日は誘惑に耐えて頑張りました。」

「フフ、はいはい。皆頑張っていたの先生、遠くからですがちゃんと見ていましたからね。」

 誘惑という言葉の指すところがわかっていた川内と村雨は含みのある笑顔を時雨に向け、彼女を慌てさせる。そんな掛け合いを見て理沙は優しく微笑むのだった。

 

「そういえばさみと不知火さんはもう来てるのかな?」

「私達は体験入隊でずーっと訓練してたから、どこにいるのかわからないわねぇ。」

 気を取り直した時雨が誰へともなしに問いかけると、村雨が相槌を打ちながら言った。

 

 時間にして17時近く、川内たちは本部庁舎の鎮守府A向けに割り当てられた小会議室で妙高そして不知火と再会した。いると思われてた五月雨は、川内達が会議室に入った数分後、那珂とともに姿を現した。半日ぶりの再会を喜び合う一同はこの日の体験談を尽きることなく歓談し合う。その楽しいおしゃべりはこの日宿泊する宿への道すがらも続けられ、お互いの体験を羨望し、茶化し合うのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観艦式の練習1

 川内とは別行動を始めた那珂。神奈川第一鎮守府の艦娘達とともに体験入隊組よりも早く館山湾に足を浸け、観艦式の練習を始める。本番直前に加わるという世間的には非常識な形になる那珂を彼女らは比較的暖かく迎え入れる。


 川内たちが体験入隊の本メニューを始めた頃、那珂は自衛隊堤防近くの施設の前に数人の艦娘とともに集まった。一同は同じジープに乗ってきたため、車内で簡単に自己紹介しあった。

 神奈川第一の艦娘は、次のメンツだった。

 

先導艦、戦艦霧島

供奉艦、重巡洋艦足柄、妙高、那智、羽黒

第一列、戦艦陸奥、榛名

第二列、空母赤城、加賀

第三列、軽巡洋艦夕張、駆逐艦太刀風、峯風

 

 先導艦を担当する戦艦霧島を名乗るのは、キリッとした目つきで戦艦金剛型の制服である巫女装束のような衣服を身につけている、32歳の女性だった。つまり今回の観艦式の全体の指揮を務めるリーダーである。

 厳しそうな見た目通りのキビキビした口調で気丈そうな、しかし相手に会話の主導権を適切に振る話運びが上手で明るい女性だ。

 他の艦娘とも那珂は一通り話して自己紹介している。

 いずれの人物も話してみると意外と協調性のありそうな雰囲気を讃える人物ばかりであった。

 会話をしていて那珂はある共通点らしきものに気がついた。全員お互いが互いに親しげに接しあっている。以前天龍が、艦娘同士はあまり仲良くしない、と話していたのを思い出した。おそらくそのような関係の中で、艦娘の観艦式をする人物は、性格の明暗や協調性の有無も(お隣の鎮守府では)重視されて選抜されるということなのだろうか?

 このような中に自分が加わったことは、悪い気はしないし隣の鎮守府たる神奈川第一の艦娘とも仲良くやれそう、那珂はそう見方を改めた。

 

 川内たちが自衛隊堤防を使う遥か前、那珂たちは自衛隊堤防に集まっていた。神奈川第一より12人、鎮守府Aより那珂一人の計13人がそれぞれの艤装を身につけ、先導艦霧島の前に雑な並びで立っていた。

 今この場に海自の隊員は、案内役以外にはいない。観艦式の練習と作業は完全に艦娘たち、鎮守府もとい深海棲艦対策局側の責任と担当のもと行われるからだ。

 

「それじゃあみんな、これまではうちの領海内でやってたけど、今日は初めて本番と同じ海域でやるわよ。準備はいい?」

「「はい!!」」

 すでに何回も練習しているメンツのためか、霧島の掛け声に那珂以外の艦娘たちは軽快な返事をする。この場では完全にアウェイな那珂はさすがに軽い調子を出せずにまごついていた。

 那珂の様子に気づいた霧島は手をパンパンと打ち鳴らして注目を集め、再び口を開いた。

 

「みんなちょっと聞いてくれる? 今回は千葉第二鎮守府より、特別に二名参加してもらうことになりました。那珂さん、ちょっとこっちに来てくれる?」

「あ、は~い。」

 

 那珂は霧島から手招きを受けて霧島の隣に行き、霧島から目配せを受けて自己紹介をした。

「え~っと改めて。千葉第二鎮守府から参加させていただくことになりました、軽巡洋艦那珂です。あともう一人、駆逐艦五月雨がいるんですけど、彼女は秘書艦の仕事が残っていまして、少々遅れる予定です。本番ギリギリの参加になってしまいでご迷惑をおかけしますが、あたしたち二人をどうかよろしくお願い致します!」

 那珂は大きな拍手で迎え入れられ、気分は普段の70~80%の調子を取り戻しつつあった。ニンマリした笑みで艦娘たちに視線を左右に送る那珂に、霧島は優しく言い聞かせるように言った。

「那珂さんたちには第四列を任せたいの。つまり最後尾よ。やることは普段艦娘の私達がすることの組み合わせだから簡単よ。内容としては艦隊運動から砲撃、雷撃、機銃掃射、こちらの空母艦娘の二人は艦載機の発艦・編隊飛行・着艦、そして艦娘同士の一騎打ちの模擬戦。私達自身、全員揃って実際に海上で練習したのはつい5日程前からなの。那珂さん達は練習初めての参加ですので申し訳ないのだけれど、まずは見ててもらえるかしら。私たちの動きを真似てくれればいいから。私たちとは練度が違いすぎると思うけれど、それくらいは出来るわよね?」

 

 最後の言い方に那珂は何か引っかかるものを感じた。しかし特段気にするものでもあるまいと当り障りのない程度に返事をすることにした。

「わかりました。えっとぉ、さすがにいきなり加わるのもつらいですし。」

「えぇ。あ、そうそう。もし私たちの動きとメニューについてこられなそうだったら、フリーパートで何か考えてあげるわ。後は皆あなたに合わせるから。ここにいるみんなはそれくらいの器量は持ち合わせているから、安心してくれていいわよ。」

 

 那珂はまた引っかかるものを感じた。基本優しく真面目な人なのだろうが、なんとなく言葉の意味合いの表面に近い部分に高飛車か横柄さを感じる。

 もしかしてかなり下に見られている?

 しかし仕方ない事情がある。本来何度も練習しておかなければならない行事に、直前で加わるのだ。相手のペースと和を崩しかねない大事だということは理解しているつもりだ。

 だが先導艦たる者として、きっと提督同士の連絡を多少なりとも聞いていて分かって事情を把握してくれているだろうと思いたい。だがしかし言い方が気に入らない。優しくて穏やかそうな口調なのに何か気に入らない。

 ともあれ初めて作業をともにする他鎮守府の人間である。その力量もわからないのはお互い様だから無意識の態度に表れてしまうのは仕方ないことなのかもしれない。

 そう那珂は考えて憤りを抑える。

 

 兎にも角にも主体は神奈川第一鎮守府のメンバーである。観艦式の動きとメニューは全体打ち合わせ後に受け取った資料で多少なりとも理解はしたが、実物を見てみないことには始まらない。

 那珂は霧島率いる11人の後に従うように海上を指定のポイントまで進み、そこから彼女らの動きを観察することにした。

 

 

--

 

 目の前で繰り返される、艦隊運動。

 那珂は目の前で戦艦艦娘の極大の砲撃、空母艦娘たちの驚くべき艦載機の操作の様を目に焼き付けた。いずれも自分のところの鎮守府ではまだ見られないものなのでさすがの那珂としても驚き以外の感情は出なかった。

 しばらくすると、第一列から第三列までが間隔を整えて整列し始めた。そして供奉艦の三人が持っていた主砲パーツを上空に掲げた。

 何をするのかとゴクリと唾を飲み込みながら那珂が見ていると、三人の艦娘はその砲身が向かう先へ砲撃を始めた。

 

パーン!パパーン!パーン!

 

 それは普通の砲撃ではなく、空砲による祝砲だった。

 祝砲を撃ち終わると、供奉艦の三人は先導艦の方を向く。そして先導艦が手を挙げて合図をして前進し始める。それに供奉艦・第一列~第三列までが続いて一つの巨大な単縦陣になって進み、逐次回頭する。

 そのまま先導艦が進んで途中で停止した。それは那珂の数m目前だ。どうやら観艦式のプログラムメニューが全部終わった、そう那珂は気づいた。

 

 

--

 

「これが観艦式のプログラムです。どうかしら?」

「お見事でした!すごい!普通に軍事パレードみたいじゃないですかぁ。ここまで完成されてると、あたしたちが入るタイミングは……どうなんでしょ?」

「あなた方には、第三列と一緒にしてほしいの。動きとしては、第四列として常に第三列の後ろにいてもらうわ。」

 那珂は今まで見た彼女らの動きを頭の中で録画ビデオを再生するように反芻し、顔を挙げて先導艦の霧島に向かって言った。

 

「動きとタイミングは大体わかりました。もしよかったらあたしを加えて一連の流れをもう一度やりませんか?申し訳ないんですけど、ゆっくりやってもらえると助かります。」

「一度だけで大丈夫? もう2~3回は見せてあげるわよ?」

 霧島の心配げな問いかけに那珂はゆっくりと頭を振って返事をした。

「大丈夫です。記憶力はいいほうなので。あと身体動かしたいってのもありますけどね。」

 

 普段の茶目っ気半額で言葉を返して小さな仕草をした。抑えたのは初対面の関係であるからがゆえの遠慮と配慮だった。しかし自身の本来の面を垣間見せる事も忘れない。

 ただ那珂の仕草はアッサリと無視された。

「そう。それじゃあ一度加わってもらって、一通り試します。何か意見や問題があればその都度言ってもらって構わないわ。」

 

 応対に若干の不満を感じつつも表向きは笑顔を絶やさない。那珂はサクッと許可を霧島からもらい、早速加わることになった。

 

 

--

 

 那珂は霧島から全体の流れを口頭で再説明を受け、従属する第三列の艦娘三人と話をして意識合わせをした。

 話をしてみると、第三列を成す三人は艦娘になって6ヶ月程度の経験であり、2年も艦娘として神奈川第一鎮守府に在籍している霧島の指示で、最後尾の列を任されたという。艦娘としての練度や経験期間には隔たりがあるのが、そのまま第一列~第三列に表れていることを知った。

 那珂自身もまだ数ヶ月なので、神奈川第一の運用に従うなら、最後尾の第四列というのはなるほど妥当だと納得した。

 

 先導艦から第四列まで、再びプログラムメニューが行われた。今この時は那珂一人だったので、那珂は第三列が単横陣になると、その真ん中の艦娘の真後ろに立ってプログラムをこなした。

 いずれも那珂ができると自信を得て踏んだとおり、そつなくこなすことができた。

 ただ唯一の不満は、第三列の三人が、思いのほか砲撃や艦隊運動のタイミングが下手だということだった。霧島から指示されて付き従って真似しようにも、どうにも未熟さが気になって仕方がない。彼女らに合わせると、こちらまであらゆる感覚が狂ってしまいそうだ。

 那珂はそのため、全体練習の三度目からは、当の艦娘らを真似するのではなく、あくまでも大枠だけに意識を向け進行することにした。その際、第三列の不手際が目についた時は那珂がタイミングやわざとらしく合図を促して差分を調整した。

 その切替が功を奏したのか、何度目かの練習が終わった後、那珂は先導艦の霧島から賞賛の言葉をもらえた。

「うん。OKよ。那珂さん、あなた想像以上に動けるわね。たった一日、しかも1~2時間程度で私たちに完璧に合わせられるなんて、期待したいわ。それに引き換え、第三列の娘たちと来たら……。」

 霧島は相手の出来が自身の想定と異なっていたのか、あからさまに驚きを隠せないでいる。その様は大げさだ。そしてそれは同じ鎮守府のメンバーへの180度向きが異なる評価としても表された。

 

「ホラあなたたち! 聞けば経験月数は那珂さんはあなた方と大して変わらないそうよ。別の鎮守府の同じ程度の練度の娘に負けていいの?もっとキビキビ動きなさい!」

「そ、そんなこと言ったって~、私たちにこんな大役やっぱ無理ですって~。もっと経験日数や練度が上の先輩に声かけてくださればいいのに~。」

 そう愚痴り始めたのは軽巡艦娘の夕張だ。駆逐艦たちもウンウンと頷いている。

「あなた達には艦娘として外で活動する自覚が足りないの。ねぇ聞いてくださる、那珂さん。この人たちったら、鎮守府内での練習ではずーっとヘマしてたのよ。タイミングも中々合わなかったし。今日この場で初めて及第点をやっとあげられるってところね。」

 

 霧島から散々な評価を明かされて悄気げる夕張たち。那珂はよその鎮守府のことなので普段の調子で振る舞うこと出来ずに苦笑いを浮かべるだけに留めた。

 

 

--

 

「それじゃあ次にフリーパートをするんだけど、ここでは私たち一人ひとりの基本の動きを逐一紹介したり、艦種ごとに特徴ある運動を見せて締めるつもりよ。ただそれだけじゃ面白くないから……何か案があれば提案してくれないかしら?」

 そう言って霧島が説明しだしたフリーパートでは、当初予定していたと思われる内容が紹介された。堅実にこなそうとする意思が見え隠れしているその内容に那珂はウンウンと頷いて感心げに聞いていたが、正直な心裏では、真面目過ぎてつまらないと思っていた。

 なので提案とくれば色々やりたいこともある。よその鎮守府の艦娘がどの程度動けるのかわからない。もしかしたら自分が常識はずれと思っていることはよそにとって普通のことなのかもしれない。単に自意識過剰になっている、慢心してるだけなのかもしれない。

 試しに提案に交えて伝えて、その反応を見てみる。

「あの~、それじゃあやりたいことがあるんです。」

 那珂は意を決してやりたいことを伝えた。

 

「は? え……と、本当にできるの?」

 霧島を始めとして他の艦娘たちも開いた口が塞がらないを体現して驚きを隠せないでいる。那珂は気にせず説明を続け、手本を見せる意思表示した。

「ちょっと見ててもらえますか?」

 

 そう言って那珂はその場から方向転換して霧島らとは逆方向に助走し始めた。姿勢を低くし、数十m疾走した後、前に踏み出していた右足で思い切り海面を蹴りそれと同時に上半身を空に向かって伸ばし、足の艤装の主機から発せられた衝撃波を利用してジャンプした。

 それは普通のジャンプとは桁違いの、人間はもちろんのこと並の艦娘でも出せぬ大ジャンプだった。

 

 霧島たちは那珂が飛び上がった上空、そして降り立つ場所を頭と首を動かし視線で必死に追いかけた。彼女らが同時に見たのは、最高度で機銃を撃ちだし、海面がまるで雨に打たれたかのように激しく波打つ光景だった。

 

バッシャーン!!

 

 那珂は空中で一回転して着水点を前方へと調整しつつ降下し、海面に着水するギリギリで姿勢を本来あるべき向きに戻した。海面に足が着いた瞬間に衝撃で沈まないよう、瞬時に海面を蹴って前傾姿勢を取った。勢いは海面を水平に距離の長いスキップをする力に変換されて那珂をスムーズに水上航行させた。

 那珂はそのスピードを蛇行してゆっくりと落として霧島たちのいるポイントまで戻り、そして口を開いた。

「こういった動きを取り入れて、いくつか演技してみようかなって思ってるんです。もしみなさんが良ければ、あたしの演技をサポートしてもらえないかなって。」

 霧島たちは那珂が口にした空中からの攻撃を実際に目の当たりにして、開いた口が塞がらないでいる。那珂は平然としながらも、実際には相手のこれからの反応を伺っていた。

 やがて最初に沈黙を破ったのは、同じ軽巡と駆逐艦である第三列の艦娘たちだった。

 

「す、すっごーーーーい!!なにそれ!?何でそんなにジャンプできるんですか!!?」

 

 駆逐艦たちは軽巡の背に隠れながらひそひそとしているが、そのセリフは驚愕と感心がこもっている内容だった。しかし彼女らと違い、驚きながらも冷静に返してきたのは霧島だ。

「艦娘が大ジャンプするって初めて見たわ。あなたもともとバスケかバレーボールか高飛びでもやったの? 私たち……ではそんなことできる人はおそらくいないわ。悪いけど、あまり突飛な演技はNGよ。いい?」

 言葉と態度の端々に感心がみられるが、冷静を取り繕い、現実的に対処しようとしている。那珂は霧島のその反応に引っかかるものがあったが、ここで引き下がるわけにはいかない。

 自分自身の可能性を大々的に知らしめる目的があるし、何より提督が自分にかけてくれた思いをフイにするわけはいかないのだ。何を言われようが、自分のやりたいことは貫きたいのだ。

 

「えーっとですね、そんなに変わったをしたいわけじゃないんです。艦娘って身体能力が高まるじゃないですか。それなのに海上をただ進むだけしかその能力を使わないのはもったいないって思うんです。だからあたしはいろいろ試すし、それをうちの鎮守府のみんなにはわかってもらおうとしてるつもりなんです。その可能性をこの場で発表して、当日見に来てくれる市民や観光客に知ってもらいたいっていうか。」

 那珂の言葉に霧島は片手のひらで口から顎を覆い、何かを思案するような仕草を取って沈黙した。そして眉間に寄せていたしわをゆっくりと解きほぐしてようやく口を開いた。

「き、気持ちはわかる。けれど、少なくともうちではあなたのような異常ともいえる突飛な行動は教えないしさせないわ。そんなこと、規律を乱しかねないもの……。」

「そこをなんとか。やらせていただけませんか!?」

 那珂は深く頭を下げる。視界が海面だけになる。聞こえてくる霧島たちのかすかな呼吸に、意識を集中させる。

 しばらく沈黙が続いた後、霧島が沈黙を破った。

 

「やはりダメ。あなたがすごいことをしたいのはわかったわ。だけど、あなたの水準に追いつくよううちの艦娘たちに配慮するのは私には無理。どうか、私達でもできる内容をお願い。」

 霧島の懇願は当然のものだった。那珂は気持ちはわかったが、自身の思いもあったので納得できない。そこに、ふと別のアイデアが浮かんだ。那珂は返す言葉にそれを混ぜた。

 

「うー。まぁ。確かにそうですけれど……。あ、だ、だったら、演習試合はどうですか!?」

「「演習試合?」」

 そう反芻したのは霧島だけでなく、神奈川第一の妙高ら供奉艦担当の艦娘らもだった。

「そうです。誰かを深海棲艦に見立てて、残りの人数で戦うんです。ま~普通の演習試合という感じで。」

 那珂の提案の突然の転換に霧島は怪訝な顔をして問いかける。

「いきなり考えを変えるなんてどういうつもり?あなた、さっき自分の可能性を発表したいっていう事を言ったように感じたのだけれど、演習試合とそれとどう繋がるの?」

 那珂は考えをまとめるため、深く呼吸をした後答えた。

「演習試合ではあたしが深海棲艦役になります。それで、皆さんであたしに襲い掛かってきてください。そうすれば、あたしは思う存分振る舞えるし、皆さんは艦娘としての本分を果たすことができます。あたしたち艦娘の事を知ってもらうのに、観艦式で演習試合って、適してると思うんです。」

 那珂の説明に納得するものがあった霧島たちは黙って相槌を打つ。しかし無謀とも取れるその考えに100%の納得を示せない。

「あなたのやりたいこととその意味はわかったわ。それなら私達も通常の演習と同じく行動することができます。けれど……さすがにあなた一人というのは無謀というか、自信ありすぎじゃないかしら?」

「ま~、全部が全部できるとはさすがにあたしも思えないです。けれど、どこまでできるか試してみたいんです。皆さんはそんなあたしを妨害して撃退していただければいいわけですし。これならいかがです?」

 

 那珂の再びの頼み事に霧島たちは顔を見合わせる。供奉艦の4人と話し合った霧島は一つの返事を那珂に告げた。

「わかったわ。とりあえずあなたの戦闘能力を見せてもらえるかしら。相手はそうね……羽黒。お願いね。」

 霧島に指示された羽黒は肩をあげて思い切りビクッと身体を引きつらせその驚き具合を示す。そして乗り気しなさそうな勢いの返事をしつつも那珂の前に移動した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観艦式の練習2

 那珂は自分の可能性ひいては艦娘の可能性を示すために観艦式のフリーパートについての案を述べた。神奈川第一の霧島は那珂の実力を確かめるため臨時の演習試合を設ける。那珂の眼の前には合計4人の艦娘が立ちはだかった。


 那珂の目の前には重巡洋艦艦娘、羽黒が立っている。といっても鎮守府Aの五月雨たちの学校の教師、黒崎理沙がなり得る羽黒ではない。那珂としても別の鎮守府の重巡洋艦は知る限り、古くも新しくもこの目の前の気弱そうな女性のみだ。

 初めて会ったのは最初の合同任務の時。真っ先に大破して後方に退避してきたその人だ。あれから月日が経ち、どのくらい戦えるようになったのか。那珂は相手のオドオドした雰囲気とは対照的に、自信と楽しさに満ち溢れた笑顔を浮かべていた。

 

「お久しぶりです。羽黒さん。」

「ふぁ、はい! え……と、ゴメンなさい。あまり覚えてないかもしれませんので……。」

「いーえ。お気になさらずに。以前合同任務でちょっとだけ顔を合わせたことあるだけですし。」

「ご、ゴメンなさい!ゴメンなさい!あのときはそちらの駆逐艦の娘たちにご迷惑を……!」

 

 話は終わったはずだが、羽黒は非常に小さい声でモゴモゴ言っている。那珂は少々煩わしく感じていたが、意識を切り替えることにした。

「それでは羽黒さん。行きますよ。ねぇ霧島さぁん! ホントに撃っちゃうとまずいから寸止めでいいですよね!?」

「オッケィよ! 間違って撃ってもバリアがあるから問題ないわ。羽黒も頼むわよ!」

 鎮守府外への出張中のため、互いに弾薬エネルギーは実戦用のものが込められているがための判断と配慮だ。それを理解していた霧島の返しで、那珂は完全に戦闘モードに切り替わった。対する羽黒も若干構え方の雰囲気が変わる。

 

「始め!」

 

 霧島の掛け声とともに、那珂は同調率を調整した。つまり、自身の意識の向くところと、艤装から伝わってくる微弱の電気、主砲の砲塔にまで伝わる自身の拡張された感覚。 あらゆる神経を研ぎ澄ませた。

 その結果那珂の同調率は直前から一気に5%上昇し、98.2%にまで上がった。

 那珂の艤装、特に足のパーツの主機付近からシューという音がかすれて響く。それを聞き取れたのは装着者たる那珂だけだ。

 足に伝わる感覚まで、いい感じに温まってきた。那珂はそう判断した。

 

 右足を蹴り出し右半身が若干後ろに、結果左半身が前方に出た形になる。蹴った右足の勢いは主機の動力に従い、斜めになったままの那珂の身体を本当に前へと押し出す。

 一歩また一歩。

 次は左足で海面を蹴り、右半身を左よりも前方へと押し出して身体を逆斜めにする。那珂の身体はわずかに弱まった進む勢いを、左足の働きによって復活させ加速をつなげて一気に進む。

 那珂と羽黒の間は20数mほど離れていたが、那珂はわずか2歩分で羽黒に肉薄させた。その素早さとそれを発揮させた艤装の出力に外野である霧島たちは目を見張る。

 

「ひぐっ!」

 羽黒が悲鳴を挙げるのと那珂の構えは同時だった。那珂が右腕にある主砲二門を羽黒の胸元にあと1mほどという距離に近づけた時、霧島が合図を出した。

「ストップ!それまで!」

 那珂は主機の出力を一気に下げて停止する。那珂と羽黒の回りには勢いを殺しきれなかったがゆえの波しぶきが巻き上がる。その波が収まり那珂と羽黒の姿がようやく見えたとき、霧島が再び口を開いた。

 

「わ、わかったわ。今のであなたがどれだけすごいのかわかったわ。もう十分だかr

「霧島。次は私と赤城さんに相手をさせてもらえないかしら?」

 霧島の言葉を遮って神奈川第一の艦娘たちの集団からハッキリ姿を見せたのは加賀だ。

「えっ、加賀さん?」

 戸惑う霧島を気にも留めない加賀。そんな彼女の隣には赤城がいる。彼女も集団の中から抜け出していた。

 

「こんな面白い娘、なかなかお目にかかれないわ。ねぇ那珂さん。そちらの鎮守府には空母の艦娘はいらっしゃるのかしら?」

「え……と。いません。うちには駆逐艦、軽巡、重巡しかいないので。」

 加賀の質問に那珂は一瞬戸惑いつつもサラッと答える。加賀はその回答を聞いて「ふぅ」と軽い息を吐いて続きを口にした。

「そう。艦娘の可能性を試したいというあなたに協力してあげるわ。私と赤城さんは空母の艦娘でね、さきほども目にしたと思うけれど、艦載機を操れるの。」

「はい。見させていただきました。」

「すごい運動能力を発揮できるあなた、対空はどうかしら? 私と赤城さんの航空攻撃をさばくことができたら、私たちは以後不平不満を一切言わずにあなたの指示に従ってあげるわ。どう?私達との勝負受けてみない?」

 加賀は目を細めて、鋭い眼光を那珂に送る。

 那珂はそのあまりの眼力の強さと彼女の全身からにじみ出る覇気にやや引き、努めて軽い雰囲気で返した。

「え~っと、あの。そ、そこまで本気になっていただかなくても……。それに何が何でもあたしに従って欲しいとかそこまで考えていないので。」

「乗るの乗らないの。どっち!?」

「は、はい!お、お願いします!!」

 本能的に逆らえぬ、逆らったらアカンと脳で理解した那珂はとっさに肯定の返事をしていた。

 

 

--

 

 那珂の目の前30数m先には、空母の艦娘加賀と赤城、そしてなぜか重巡那智がいた。

 

(うーん。あたしはてきとーに軽い雰囲気で皆全力で色々試しましょ~って言いたかったんだけどなぁ。あたしも全力出すからみなさんもって。なんでこんなガチの戦いを迎えようとしてるんだろ?)

 

 予想外の展開に那珂は心臓が早く鼓動していた。しかしその心にあるのは見知らぬ敵に対する恐れなどではなく、静かに燃え上がる感情だった。明確に気づいていなかったが、その興奮はどうやら周辺の艦娘にも伝達していた。

 

「さて、なんだか面白いことになってきてワクワクするわ。コホン。よいかしら那珂さん。それから加賀さんに赤城さん、那智。」

 四人共コクンと頷いて霧島の言葉の続きを待つ。

「3分間、那珂さんは加賀さんと赤城さんの攻撃をしのいでください。今回は撃ってもOKです。ただし、空母の艦娘は航空機を発着艦させるときに確実に無防備になるから、彼女らが放つ動作をしているときは攻撃しないで。あまりにも有利不利がハッキリしてしまうから。もしお互いの攻撃が当たった時、危ないなと思ったら手を挙げて轟沈判定を宣言してください。4人共いいですか?」

 霧島の説明に四人は深く頷く。

 

(ま~いいや。うちの鎮守府にないタイプの艦娘の攻撃。那珂の艤装と能力を試す絶好の機会だもんね。)

 那珂の意識は完全に目の前の敵に向いた。それは加賀たちもそうだった。

 

「始め!」

 霧島の合図が響き渡った。

 

【挿絵表示】

 

 合図と同時に加賀と赤城は矢筒から矢を素早く抜き取り、弓にあてがって空へと放った。続けて二度三度。複数の矢はホログラムをまとって戦闘機・爆撃機・攻撃機へと変化する。

 さすがに先程の重巡一人との戦いとは違い、戦闘スタイルもパターンもわからないため、艤装の可能性に任せた破天荒な動きをする気にはなれない。ルールには一応従う必要があるため、那珂は加賀たちが発艦の動作をしてる最中は狙うことはせず、ただ若干距離を詰めるのみにした。

 しかし機会を伺う。

 

 軌道に乗ってきたのか、艦上機は加賀たちの上空を去り、那珂の方へと向かってきた。

 

バババババ

 

 那珂から見て2時と10時、11時の方向から艦上機がやってきた。放たれる機銃掃射のような連続攻撃を那珂は蛇行しながらかわす。避けきったと思ったその時、背後から機銃掃射でない音を聞いた。

 

ヒューーー……

ザプン、ザプン

 

 何かが海中に落とされた。

 

 そう気づいたが、それが何かはわからない。しかしこのまま背後を取られたままではまずいというのは理解できた。那珂はとりあえず前進すると、何かを落とした艦上機が那珂の上空を通り過ぎ、2時と11時の方向へと飛んでいきそれぞれが0時の方向に弧を描いて交差して飛び去っていく。

 那珂が身体を右に傾けて前進するコースを僅かにずらした時、元いたコースを通り過ぎる緑色の発光体を海中に見た。そして……

 

ドボオオオオォン!!!

ズドボオオオ!!

 

 2m近い水柱が立つ爆発が連続して起きた。那珂はその影響の海面のうねりに足を取られて前へとつんのめる。しかし転倒するほどに至らずギリギリで耐えてバランスを戻して前進を続けた。

 安心したのもつかの間、今度は3時と9時そして角度はハッキリわからぬ背後から再び機銃掃射を受ける羽目になった。

 

「うわっとと!きゃ~~怖いなぁ~もう!」

 

 必死に蛇行してかわす那珂。機銃掃射をしてくる艦上機に気を取られ、気づくと那珂はなかなか加賀たちに近づけないでいた。

 仕方なく距離を開けるため方向転換した。空からの攻撃をかわしつつ意識をチラリと加賀たちに向けると、加賀と赤城の前には那智がまるで仁王立ちのようなポーズで立っていた。

(なるほど。空母を守るために那智さんがいるのね。)

 

 かわしながら相手の陣形や攻撃パターンに慣れ始めた那珂は、ようやく動きを大きく荒らげる気になった。

(うん。だいぶ慣れてきた。これなら……思い切り大きく動いても大丈夫かな? さーて、那珂の艤装。あたしの考えてることを実現させてね。)

 艦上機からの攻撃をかわしながらそう心の中でしゃべる那珂は、左手に取り付けた機銃の方向と角度を調整しながら姿勢を低くし、ある程度直進した後、思い切り海面を蹴ってジャンプした。

 

 空中で身体をひねり、錐揉み飛行するように那珂は身体を回し、そして機銃から一気に射撃した。適当に撃つのではなく、自身の動きについてこれずに空中を手持ち無沙汰にさまよう航空機めがけて。

 

バババ!ババ!

ボフン!

 

 

 5~6機ほど飛んでいた艦上機を一気に4機撃墜した那珂の着水する先は、那智の数m手前だった。着水する前、那珂は右手の主砲を向けて那智に空中から砲撃した。

 

ドゥ!ドゥ!

 

 那珂のジャンプからの行動に意識を取られて那珂の行動の先への警戒が遅れた那智は、那珂の砲撃一発をバリアで弾いたものの食らったと思いのけぞって体勢を崩す。

 そして加賀と赤城を守る体勢にほんの少し隙間が出来たのを、那珂は逃さなかった。

 

 

ザッパーーーン!!

 

 激しく立ち上る波しぶき。

 着水した那珂は勢いを殺すことなく加賀と赤城そして那智の三人の間めがけて一気に突進する。そして、三人のトライアングル状になった約3m間隔のスペースにて、三方向に向けて連続砲撃を行った。

 

ドゥ!

ドウ!

ドゥ!

 

バチッ!

バチ!バチ!

 

 

「くっ!?」

「きゃっ!!」

「うっ……!」

 

 同時に響く加賀・赤城そして那智の悲鳴。砲撃を弾いたバリアの音と火花により意識を自分自身に強制的に戻された空母の二人は操っていた艦載機のコントロールを喪失させてしまった。

 コントロールを失った艦載機は瞬間的にただの矢に戻り、重力に従って落ちていく。加賀と赤城が気づいてコントロールを戻そうとしたときはすでに着水し、浮かび上がらせることができない状態になってしまっていた。

 

「そ、それまで!」

 

 霧島が慌てて宣言する。

 那珂の周りにいた三人は姿勢を戻し、現状を受け入れた。

「……ふぅ。わかったわ、あなたの実力。赤城さんはどう?」

 加賀の悟ったようなセリフを受け、赤城は言葉なくコクンと頷いて返事をした。

「私も、異存はない。」那智も加賀に告げた。

 

 

--

 

 三人は霧島に視線のみで結果を伝えた。霧島は4人に近づきながら言う。

「どうやら那珂さんの勝利で納得できたようね。まったく、面白いじゃないの。あなた、艦娘が艦船をモデルにした存在ってわかってるわよね?」

「エヘヘ。はい。」

「だったらなぜ、艦船らしからぬ動きをするの? というよりもできるの?」

 霧島の問いに那珂は顎に人差し指を当てて虚空を見て数秒考え、そして言った。

「だって、あたし達は人じゃないですか? 逆になんでモデルになった艦船の真似をする必要があるんです? あたしは自由に動きたい。それだけです。」

 那珂の回答に霧島も加賀もキョトンとし、やがて笑いを漏らした。

「フフッ。そう……ね。そう言われるそうね。うちでは艦隊運動や艦船の様を参考にして規律を持って行動し任務を遂行するよう教えられてきたから疑問に思うことを怠っていたわ。」

「そうね。私達空母の艦娘も、艦上機のドローンを放つのに艦船ではありえぬ装備で放つのに、うちの教えや艦船という捉え方を盲信していたかもしれないわね。」

 霧島につづいて加賀も吐露した。言い終わると同時に加賀はキリッとした視線を那珂に向けて近づいてきた。那珂は一瞬身構える。

 やや怖いこの人、なんでいきなり近づいてくるの?あたし取って食われるの!?

 などと失礼な思いを抱いたが、彼女の口から飛び出した内容は那珂の不安をそれ以上増大させるものではなかった。

 

「どうだったかしら?航空攻撃を受けてみて。」

「え、あ~はい。こんなこともできるんだなって感心しました。可能性、感じちゃいましたね~。」

「そう。あなたのところにはまだ空母の艦娘はいないそうだから、よく覚えておくといいわ。直接自分の目で敵を狙って攻撃できるあなた達と違って遠隔操作するから高い技術を要するけど、事を有利に運べるのが空母よ。艦載機のドローンを操作するのに、強靭な精神力を必要とするけれどね。」

 突然のアドバイス。その一言に那珂は思い当たった。自身ら軽巡も偵察機程度の航空機なら操作できるし、その苦労はわかっている。がしかし、今この場では口を挟むのは止めておいた。コクンと頷いて加賀のアドバイスの続きを待つ。

 

「私や赤城さんが使うのはこの矢状のもので、これらは私達の目となり手となり敵を見つけて攻撃してくれる。敵を離れたところから狙えるの。そしてやられれば操作する私達にもダメージが来る。私達空母が行動するには安定した精神状態・環境が不可欠。ここ一番大事よ。艦載機の発着艦に支障をきたさないためにも、今回の那智のような護衛してくれる随伴艦が必要なの。私達が安定して航空攻撃できれば、敵と間近で戦う前衛の娘達を守ることができる。ひいては市民を守ることにも繋がってくるわ。あなたのところにも空母の艦娘が着任したら、それらの事を念頭に置いて運用なさい。空母を前衛に出したら絶対ダメよ。艦種の間合いをキチンと学べば、そのあたりのことは自然と理解できるわ。」

「はい。ちゃんと覚えておきます。ありがとうございます!」

「といっても川内型の軽巡洋艦は艦載機一応使えるのよね。まぁあなたのことだから、今言ったこともさほど心配いらないかもしれないわね。」

「えへへ。でも操作できるってだけですし~。空母の方々の苦労を本当には理解できてないかも。うちにも空母が着任したら、またお勉強させていただきたいです!」

「フフッ。その時は私か赤城さんを呼んで頂戴。先輩空母としてその人をミッチリしごいてあげるわ。」

「アハハ……未来の空母の人にはぜひお手柔らかにぃ~。」

 

 厳し目の加賀の唯一のユーモアとも取れる言い回しに那珂は普段どおりの笑顔で笑い、リアクションと言葉を返した。加賀は言いたいことを言って満足したのか、那珂からすっと離れて赤城と霧島の間に戻っていった。

 霧島は加賀の用事が済んだのを見届けると、改めて音頭を取った。

 

 

「皆さんいいかしら? 残念ながらうちでは今の方針が変わることはないだろうけど、そちらの鎮守府ではあなたの考えがきっと、大事な要素になるのでしょうね。うん。気に入ったわ。那珂さん。あなたの提案、改めて受け入れさせてもらいます。協力関係にある以上は、先導艦を任された私としては受け入れるしかないもの。けれど、あなたの一に従ってあげるから、私たちの九に従って今回の観艦式に臨んで。こういう公的な活動の場ではうちのやり方に従ってください。それがせめてもの条件です。」

「もちろんです。あたしも全部が全部自由にしたいわけじゃないです。必要なら本当の艦隊運動に似せた動きもアリだと思いますし。」

 

 

 那珂と霧島は互いの言葉に承諾した。そして那珂は霧島らにやりたいことの子細を説明しはじめた。

 

 

--

 

 その後那珂たちは昼休憩を取ることにし、それから練習を再開した。

 

 何回もの練習で霧島たちを唖然とさせつつ協力関係の連度を高めていた頃、不意に霧島が全員に合図をして練習を中断させた。何か通信を受け取ったためだ。そして霧島は那珂に向かって叫んで伝えた。

「ねぇ、那珂さん。そちらの鎮守府の五月雨さんが到着したそうよ。今、自衛隊堤防に向かってるそうだから、迎えに行ってあげて。」

「あ、はーい。」

 

 那珂は軽快な返事をし、方向転換して堤防まで戻ることにした。

 那珂が堤防に戻ったのとほぼ同タイミングで五月雨が海自の隊員に付き添われて来ており、これから海上に降り立とうとしていた。

「あ、那珂さ~~ん!お待たせしましたー!」

「おうわぁあぁ!五月雨ちゃーん!!」

 五月雨が手をブンブンと降って那珂に向かって満面の笑みで合図を送る。那珂はそれを受けて発狂せんばかりに悶え萌え転がりながら海上を一気にダッシュして堤防の岸壁まで駆け寄った。

「よく来たねぇ!待ってたのよぉ!五月雨ちゃんがいないからあたし、よその鎮守府の中で一人っきりで寂しかったんだよぉ!?」

「アハハ。那珂さんってばぁ、そんな事言っちゃって、面白いんだから~~。」

 五月雨が口に手を添えてクスクスと微笑むと、那珂は片手で後頭部を掻きながら笑い返した。そして五月雨が海上に降り立って那珂と同じ高さに並ぶ。二人は付き添いで来た海自の隊員にお礼を伝えて早速霧島のもとへと踵を返した。

 時間は、すでに三時過ぎになっていた。

 

 

--

 

 那珂が五月雨を連れて戻ると、霧島たちは二人に気づいて集まってきた。

「すみません、お待たせしました。うちの五月雨です。さ、みんなに挨拶して?」

 那珂が促すと、五月雨は一歩前に出て挨拶し始める。

「あの!千葉第二鎮守府の五月雨って言います!本日は遅れてしまってご免なさい。新規艦娘の同調試験の予定が入っていて、提督の代わりに担当していたので……。あ、でもでも、これから頑張っちゃいますから!よろしくお願いします!」

 五月雨は那珂の時と同様に全員の拍手を受けて受け入れられた。

 

 那珂は来る途中で五月雨に練習のこれまでの進捗を伝えていた。そのため同じ現状把握をできていると思っている五月雨のやる気っぷりは見るからに熱い。心なしか全身がキラキラと輝いているようだ。

 

 今日の五月雨ちゃん、みなぎってる!これは楽しいことになりそうかも。

 

 そう期待した那珂だったが、その思いの半分は外れて落胆させられることになった。

 楽しいことになったのは間違ってはいないが、それは単に那珂が五月雨に対して萌え転がれるという個人的思い否、欲望の面だ。

 心ハラハラする心配・不安という負の面が見過ごせず、楽しむどころの騒ぎではなかった。

 

「うぅ……ご免なさい。なんだか緊張して思うように動けなくてぇ……。」

「ううん。気にしないで。よその鎮守府の艦娘の人たちとこうして練習するのって初めてでしょ?五月雨ちゃんはあれかな。知ってる人じゃない人と何かするのってあんまり経験ない?」

 五月雨は言葉なくコクリと頷く。やや半ベソをかいている。あまりみっともない姿をよそに晒したくない那珂は五月雨を霧島たちの視線から守るように目前に立ち、フォローの言葉を投げかけた。

「仕方ないよそれじゃ。だから、五月雨ちゃんはまずはあたしを見て、あたしと同じタイミングで動くことを心がけて。あたしは第三列の人たちにタイミングを合わせて動いてるから、あたしが基準になってあげる。ね?」

 鼻をグズッとすすりながら五月雨は再び言葉なく返事をすべく頷いた。

 

 自分は早めに慣れていてよかった。

 

 那珂は心からそう思って小さくため息をついた。そして目の前の五月雨の左右の二の腕に軽く触れて促した。

「さ、あともう少し、頑張っていこ?」

「は、はい。」

 

 

--

 

 実際のところ、五月雨の出来は第三列の艦娘たちよりも上の出来レベルだったが、那珂が第三列の不手際をカバーするように動き、同じ列の五月雨をやや気にとめていなかったゆえ、五月雨だけが目立ってズレて動いているように見えてしまっていた。

 那珂がよかれと思ってよその鎮守府の艦娘たちのミスフォローをした行為は、自分の鎮守府の五月雨までをフォロー範囲としていなかった。後でその状態に気づき那珂は、己の立ち回りそして気配りの失態を悔やんだ。

 

 気を取り直して練習を繰り返す。さすがの五月雨も、列ごとの個別練習では、早々に慣れてきて、今までの遅れを取り戻さんばかりの成果を見せ始めた。ただ、全体練習となると途端にタイミングをずらし始めてミスを連発する。那珂は、五月雨が全体を見ていないことに気がついた。おそらく自身の失態を恥じて挽回すべく、自分のことしか見ていないということなのだろうと察する。

 一度は指摘していたので、那珂は二度も三度も五月雨に同じ指摘をする気はなかった。ただ唯一、第四列の演技が始まる直前と最中の要所要所で、目線と頷きでわざとらしく見せるのみだ。

 

 夕方、やや夜の帳が降りかかってきた頃まで全体練習、そしてフリーパートの練習が続いた。最終的には五月雨も全体練習でどうにか及第点をもらえるレベルにまで半日で到達することができた。

 フリーパートに関しては出番が演習試合形式のシーンということもあり、神奈川第一の指揮通りに動くようアドバイスをした結果、フリーパートの練習も五月雨はそれなりに良い評価を得ていた。

 

 

--

 

「はーいみんな。今日はここまでよ。それでは集まってくれる?」

 霧島からの合図が響いた。この日の観艦式の練習は終わりが宣言された。神奈川第一の艦娘たちはもちろんのこと、那珂と五月雨も肩で息をして大げさに肩を上げ下げして大きめのため息をつく。

 霧島の元に集まった艦娘たちは彼女から明日のタイムスケジュールを聞き、思い思いに身体をストレッチしながら自衛隊堤防へと戻し、上陸した。艤装は航空基地の敷地内にある自衛隊堤防に一番近い建物の前に戻るまで装着したままだった。那珂と五月雨は明石を見て心から安堵した時、ようやく同調を解除した。

 

「二人ともご苦労様です。いかがでした~? 特に五月雨ちゃんは後から参加したから色々心配だったのでは?」

「うぅ~、実は。ちゃんとやってるつもりだったんですけど、結局いつものように那珂さんやあちらの鎮守府のみなさんに迷惑をかけちゃった気がします。ダメダメですね私。」

 明石の問いかけに五月雨は口開き始めは穏やかで明るいそのものだったが、セリフの最後の方はシュンと悄げて哀愁たっぷりだった。

 明石は別段深く確認する気はなかったのか、五月雨の弱々しい発言に苦笑いしながら彼女の頭を撫でるだけで、すぐに那珂と五月雨の艤装の解除を促してメンテナンスの作業の続きに戻っていった。

 なお、明石は神奈川第一鎮守府のメンテ担当の技師らとの作業が続くため、那珂や川内たちとはその後も別行動を取ることになっていた。

 

 

--

 

 神奈川第一鎮守府の面々が集まり、先に本部庁舎に戻っていく。明石との雑談で時間をつぶしていた那珂たちは彼女らを見送る形になった。会釈をすると、先導艦の霧島が那珂に声をかけてきた。

「今日はご苦労様。たった一日でしっかり私たちについてきてくれて安心したわ。私もそうだけど、今この場にいるうちの艦娘は、よその鎮守府の艦娘と一緒に仕事をしたことなかったのよ。だから今回、隣の鎮守府である千葉第二の人たちとの観艦式の演技、とても不安だったのよ。」

「へぇ~、霧島さんたち、結構ベテランそうですし、慣れてるのかと思ってましたよぉ。」

 那珂のヨイショに霧島は鼻をフフンと鳴らして笑い、思いの丈を打ち明け続けた。

「フフッ、それじゃあお互い様かしらね。」

「エヘヘ~。あ、そうだ。あたしたちだけで自主練したいんですけど、自衛隊堤防って勝手に使ったらいけないんですか?」

 那珂は霧島に合わせた笑い方をしながら、個人的な考えを打ち明けて尋ねる。すると霧島はスッと真面目な顔に戻ると、人差し指と親指でOKサインを作った。

「オッケィ。かまわないわ。海自の担当さんには私から伝えておくわ。そういうマメな努力、私は大歓迎よ。」

 

 そう言ってスッパリとこの話題を締め切り、艦娘たちを率いて霧島は去っていった。遠ざかる霧島たちの背中をずっと見ていると、那珂の左後方そばにいた五月雨が那珂の視線の先と同じ方向に視線を向けたまま口を開いた。

「私、なんだか安心しました。」

「およ?どーしたのさ?」

「ええとですね、私もなんだかんだで、お隣の神奈川第一の人たちと一緒に仕事したの少ないんですよ。最初からいるっていう特別視や免罪符を振るうつもりはないんですけど、うちで一番経験が長いのにちょっと情けないなぁって。でも、神奈川第一の人たちでも、うちやよその鎮守府と一緒に仕事した経験がない人がいてあんまり悲観的になる必要ないんだなって、気が楽になりました。なんだか、明日の観艦式、最後まで頑張れそうです!」

「五月雨ちゃん……もーーーあなたってば良い子好い子!!」

 ガシッとリアルに音がせんばかりに五月雨に抱きついていろんな箇所をスリスリし始める那珂。

 普段たまに見る那珂の奇怪な行動だが、五月雨としては本心では嫌な仕草ではないので受け入れてされるがままにしてもよかった。しかしここは鎮守府ではない。そばで海自の隊員が顔をひきつらせて、そして心なしかニヤニヤと視線を送ってきていると、さすがに恥ずかしすぎる。

 羞恥に耐えられる基準が那珂と五月雨では大きく異なっていたため、五月雨が恥ずかしくても那珂本人はいっこうに問題ない。むしろ女の子同士のイチャつきを見せつけてやるべとばかりにスリスリペタペタ、ヌプヌプ(?)し続けるが、引き際はわきまえている。

 五月雨が羞恥で頬を真っ赤にして半ベソをかく気配を見せ始めると、文句を言われる前にスッと離れてわざとらしく照れ隠しに後頭部を掻いて謝罪の言葉をそっと与えた。

「アハハ。ごめんごめん。そんな顔しないでよぉ。那珂ちゃんこの通り反省してますから。ほらほら、早く手取り足取り練習しよ?」

「(むーーー)はい。」

 やや頬を膨らませていた五月雨だが、那珂が必死になっている姿を見て、羞恥による憤りをジンワリ解消させて笑顔を返した。それを目に収めた那珂は大げさに胸を撫で下ろす。

 二人は艤装を再び身につけ、堤防から海に飛び込んで練習に勤しむことにした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夜間の哨戒任務

 それぞれの半日が終わり、宿でくつろぐ那珂達。残るは夜の館山湾の哨戒任務だ。それに参加する川内・時雨・夕立・村雨・不知火は館山基地にて神奈川第一鎮守府の艦娘と出会い、6人で夜の海へと消えていく。


 体験入隊・訓練組、観艦式の練習組全員戻ってきたこと確認し、提督代理の妙高は号令をかけて一路この日の宿へと向かうことにした。

 ただ川内を始め一部のメンバーはこの日哨戒任務があるため、午後10時までには館山基地の本部庁舎前に集合する予定となっている。

 

 基地に近いとはいえ歩きではそれなりに掛かる距離に位置する宿に泊まるため、特別に基地から送迎の車が用意された。

 那珂たちが泊まる宿はなぎさラインから一本路地に入ったところにある民宿である。二階から館山湾が広く見渡せるその宿の中に案内された那珂たちは、希望通り二階の広間客室で荷物をおろし、腰をおろしてのんびりと寛ぎ始めた。

 

「はぁ~~。練習疲れたぁ~。ね、五月雨ちゃん!」

「エヘヘ~はい!なんだかクッタクタです。でも楽しかったですよ。」

 疲れが見えるのににこやかな笑顔を見せる五月雨に、夕立たちが絡む。

「ほぅ~。落ち着いたことだし、詳しく聞かせてもらうよぉ~。さみのことだから、ドジして神奈川第一の人たちに迷惑かけたっぽい?」

「もう~ゆうちゃん!私そんなにドジじゃないもん!」

「そうだよ、さすがにお隣の鎮守府の人との場でなんて。……本当に大丈夫だったよね、さみ?」

「……時雨、ちゃん。やっぱり時雨ちゃんも、そう思ってたんだ……。」

「あ、いや、その……なんというか、ゴメン。」

 夕立の軽口を叱りつつも、実は心配だったので確認する時雨。そんな時雨の余計な一言の心配で、五月雨はしょんぼりとしてしまった。

 

 ワイワイとする中学生組のそばで那珂は彼女らに話題を振るだけ振って机に突っ伏していた。そして会話相手は川内へと向く。

「どーだった、そっちは?」

「うん。結構楽しかったし充実してましたよ。なんといっても、ヘリに乗せてもらったのが一番ですね。」

「ほぉ~~~そりゃいい体験だぁ。空を自由にぃ~とーびた~いなぁ~。」

「ハハ。なんすかそれ。」

 那珂が昔どこかで流行ったか祖母から聞いたかもしれないフレーズを口ずさむと、川内はいかにも適当といった口ぶりで笑いながら反応する。二人ともつまりは真面目に会話する気がないダレた状態であった。

 

 仕事とはいえ今まで来たことがない地での宿泊は少女たちの心に高揚感を抱かせた。

 風呂は温泉ではないが、いつもと違う環境ということで多少狭くてものんびりと浸かり、食事は海の幸を堪能できて心身ともに癒やし、少女たちはしばしのどかな時間を過ごす。

 哨戒任務に携わる川内・夕立を始めとする艦娘たちは、来る仕事に備えて仮眠を促されるが、そんなことなぞ聞く耳持たんとばかりに約二名は時間ギリギリまで遊びに興じていた。

 

 

--

 

 集合時間間近になり、哨戒任務をする川内・夕立・時雨・村雨そして不知火は残る那珂たちに挨拶をして宿の外に出た。9時40分、辺りは完全に夜の帳が降り、小さな街灯が闇に光を照らす。時々なぎさラインを車が通り過ぎる音がブロロと響かせるのみの静けさだ。

 

「よっしゃ!夜だ!ついにあたしの艦娘の能力、スペシャルスキルを発揮するときがきた!」

「スペシャルスキルっぽい!あたしもあたしも!」

「それじゃあ、行ってきます。」

「行ってきまぁ~す。」

「(コクリ)行って、来ます。」

 興奮する川内と夕立を抑えながら時雨・村雨そして不知火が静かに挨拶をすると、那珂が一言プラスして返した。

「うん。頑張ってね。時雨ちゃん、村雨ちゃん、不知火ちゃん。川内ちゃんのおもりお願いね?」

「ちょっとおぉ!何言ってるんですか那珂さん!旗艦はあたしでしょ!?」

 憤る川内のツッコミを、ケラケラ笑いながら那珂はヒラリヒラリとかわしまくる。五月雨や時雨たちはそれを見て微笑み、これから出動する自身の緊張を解きほぐした。

 

「それじゃあ川内さんたちを送ってきますから、待っていてくださいね。理沙、二人のことお願いしますよ。」

「うん、わかった。おねえ……姉さんも皆さんも気をつけて。」

「「いってらっしゃーい。」」

 子どもたちの夜道の安全のため妙高付き添いのもと、川内たちは館山基地へと向かった。

 

 

--

 

 基地に到着した川内たち5人は昼間に接した人見二尉、そして神奈川第一鎮守府の村瀬提督と出会った。彼らは一人の少女を脇に控えさせ、本部庁舎のロビーにいた。

 彼らは妙高の姿を確認すると、ゆっくりと歩みを進めて近寄ってきた。川内たちが反応するより先に妙高が話しかけて挨拶をする。

「お待たせしてしまい申し訳ございません。ただいま参りました。千葉第二局長代理の重巡洋艦艦娘、妙高です。」

「よろしくお願い致します。」

「よろしくお願い致します。」

 村瀬提督続けざまに人見二尉が妙高に挨拶を返す。語勢そのままに村瀬提督が続ける。

「そちらの五名が夜間の哨戒任務につく娘たちですか。こちらからはこの駆逐艦暁を協力させたいと存じます。ホラ暁、ご挨拶をなさい。」

 そう言って村瀬提督が少女の背中をポンと押すと、その少女はやや嫌がった素振りで一歩前に出てきた。

 

「んもう司令官! 言われなくても今挨拶しようと思ってたんだからね! あ、えと……初めまして。神奈川第一鎮守府所属、駆逐艦暁です。よろしくね!」

 

【挿絵表示】

 

 と見るからに無理して張り切って意気込むその少女は、初対面の川内たちに対しても臆することなくまっすぐ視線を送る。

 その体格たるや、鎮守府Aのメンツの中で一番小柄と思われる五月雨よりも小さい。川内以外は真っ先に頭の中で比較して心の中で苦笑いするだけにした。

 そんな脇で、ある意味夕立の上位互換たる川内はズバリ言ってのけた。

「うわっ、なに?ちっさ。小学生?」

 

 川内の声が響き渡り、シーンと辺りが静まり返る。言われた本人はポカーンとするが、すぐにワナワナと震える。顔は誰がどの位置から見ても真っ赤だ。

「な、なんてこと言うのよー! あたしは艦娘になって今年で2年目なんだから、経験豊富なのよ。それに中3なんだから。来年高校生よ、高校生! あんたこそ誰よぉ!!」

「暁。落ち着きなさい。お姉さんがはしたないぞ。」

「う……だってだってぇ!」

 川内に突っかかろうとする暁を落ち着けるべく村瀬提督は少女の肩に手をかけてやさしめに諭した。向かい側では妙高が川内の肩に手を置いて母親のように厳しく叱る姿があった。

「川内さん、あなたはこの中で一番のお姉さんでしょ? 相手の体格等の特徴を真っ先に口にするのは感心しませんよ? 暁さんに謝りなさい。」

「え……あ、はい。」

 普段優しい笑顔と雰囲気しか見せたことがない妙高が笑顔50%マイナスで川内に注意を促す。川内はお艦の怖い一面を見て軽く身震いし、すぐに態度を変えた。

「ゴ、ゴメン。いきなり変なこと言って悪かったよ。あたしは軽巡洋艦川内。リアルじゃ高校一年。よろしく、ね。」

「き、気にしてなんか!! う……まぁ、私も大人気なかったわ……って、あんた高校生なの!年上!?」

 暁は受け答えする感情をコロコロ変えて反応し、川内が年上と分かるや更に態度を変化させ、しまいにはモジモジと悶えおとなしくなってしまった。

 それを見た川内は自分の言ったことをまだ気にしているんだな、としか思わずにいた。さっさと自分が失態の話題から離れるべく、大人達に話題を譲るため妙高を急かした。

 

「そ、それじゃあさ、早く任務の話!しましょうよ!」

「んもぅ川内さんったら……。仕方ない人ですね。」

 

 挨拶もほどほどに一行は本部庁舎を後にした。

 

 

--

 

 人見二尉に案内され一行は艤装を保管してある施設に立ち寄り、各自の艤装を装備して自衛隊堤防に足を踏み入れた。

 そこで人見二尉が皆に促した。

「ここから先は艦娘制度上の話になるので、細かい調整はそちらにお任せしますが、海自からは私が通信の責任者となります。旗艦の川内さんは、通信機およびアプリは大丈夫ですか?」

「もちろん。大丈夫です!」

「定時連絡を忘れないよう、お願いします。」

 

 その次に村瀬提督が説明をし始めた。

「改めて。君たちと行動をともにしてもらうのは暁です。館山基地の周辺哨戒を受けたのは一応うちということになっているから、形としてうちの艦娘にいてもらわないと後の監査等で面倒なのでね。彼女は出撃経験が多くて戦績も安定している。上手く使ってくれれば幸いだ。」

「もう司令官!使ってくれって何よぅ。艦娘としては私が一番のお姉さんなのよぉ。」

「はいはい。……ということだから。少し我慢してくれ、な?」

「そ、そういうことなのね。うん、だったら仕方ないわ。なんたって私が一番経験年数上なんだものね。」

 村瀬提督は小声で暁に何かを言うと、暁はやや得意げな表情を作り、納得した様子を見せておとなしくなった。

 川内たちはやや釈然としないながらも、暁のことは気にせず話を聞き続けることにした。村瀬提督から哨戒の詳細が紹介された。

 

 

「哨戒はこの館山湾全域をお願いしたい。館山湾は対深海棲艦用の海中の網が敷かれているため、網の内と外、二つの海域が対象だ。」

「あ~あの遠くでピカピカ光ってるやつが金網があるところなんすか?」

 と川内が夜目を利かせて確かめると、村瀬提督はコクンと頷いて続ける。

「あぁ、そうだよ。それで今回は0時まで2時間やってもらうことになる。それ以上は艤装装着者制度といえど労基法にひっかかる。」

「労基法って?」

「なにっぽい?」

 川内と夕立の示し合わせたような質問の仕方に一同は苦笑する。それに最初に答えたのは時雨だ。

「はぁ……二人ったら。労働基準法のことだよ。あれ、でも……僕ら未成年は夜10時までしかダメなのでは……?」

 自分で答えておきながら疑問を感じた時雨は視線を妙高と村瀬提督らに向ける。やや特殊な事情が含まれるため人見二尉は口をつぐんだままでおり、村瀬提督が説明を加えた。

 

「君たちが細かく知らないのも無理はない。労働基準法で18歳未満は10時以降は働かせられないのが通常だが、艤装装着者制度の特別法で、制度上の各地方局の管理者つまり提督の許可がある場合、就労に携わる集団の上長つまり旗艦が16歳以上の場合、上長含めその集団の構成員は年齢問わず0時までの緊急の就労が可能。該当の時間以降は未成年は禁止と決められている。だから今回はそちらの川内担当の君が16歳ということがわかっているから、0時まで可能ということになる。あとは当初の予定どおり、レーダーやソナーによる館山基地からの自動警備体制に切り替える。そこまで、西脇君と話をすりあわせて決めている。」

 

 聞いてもよくわからんという顔をする川内と夕立は放っておき、時雨や村雨らは自分たちだけでもしっかりせねばと使命感を感じ、村瀬提督の説明をしっかりと心に留めて相槌を打った。

 

 

--

 

 一通り必要な説明が終わり、最後に妙高が5人に優しく声をかけてきた。

 

「それでは皆さん。西脇提督の代わりに、私から一言。気をつけて行ってきてくださいね。みんなの任務が終わるまで、私も本部庁舎で待ってますから。」

「いえいえ。妙高さん、あなたは宿に戻ってくださっても結構です。私が責任持ってそちらの艦娘たちを見送りますので。」

「いえ……提督から代理を仰せつかっている身としては、子どもたちを残して私だけ帰るのも……。」

 妙高が言い渋ると、目の前の夫人を気にかけた村瀬提督と人見二尉が食い下がろうとする。大人のかけ合いが始まったが、心配の大元たる川内たちは大人のすることなぞ我関せずと言った様子で、これから任務を開始する上での心の準備を互いにし合っている。

 

 譲り合い・気に掛け合いが終わらなそうと分かるや、業を煮やした川内が一言挟んだ。

「あぁもう!妙高さんそんなに心配しないでいいってば!あたしたちちゃんとやって無事に帰ってくるからさ。あたしと夕立ちゃんがいれば、深海棲艦だってバッチリ見えるんだからさ。」

 そう言う川内のセリフを聞いてもまだ不安と責任感で釈然としない妙高だが、これ以上の問答は子どもたちのやる気を削ぐかもと察し、ひとまず引いた。

「はぁ……。それでは信じてますよ。暁の水平線に勝利を。」

「はい。」

 川内たちは出撃時に聞くいつもの掛け声を妙高から聞いてそれを胸にしかと刻み込む。その脇で「えっ、なに呼んだ?」「気にせず控えてなさい……。」というやり取りがあったが、気分が乗っていた鎮守府Aの面々は気にしてしまうという無粋なことはしなかった。

 そして夜もふけきった館山の海にさっそうと飛び込んでいく。妙高らは、彼女らの存在を示す艤装のLED点灯が闇夜に完全に溶け込んで見えなくなるまで眺めて見送った。

 

 

--

 

 川内が先頭を進み、残り5人が後を進む。他の鎮守府の艦娘が一人混ざっているため、自分のところの速力区分や航行の号令は使えないと判断した川内は、とりあえず旗艦の自分の数歩分後を保って来いと指示を簡単に出すのみにしておいた。

 とはいえ、時々各自のスマートウォッチを確認させることも忘れない。ことゲームにおいて、ステータス画面を見て自分の強さに惚れ惚れするもとい認識しておくのは重要だと、川内は普段のゲーム経験でわかっているためだ。

 

 自衛隊堤防からしばらく進んだ後、川内は合図をして一旦停止した。

「よっし。網の内と外やらなきゃいけないみたいだから、二手に分かれよう。異存はない?」

「はーい。大丈夫っぽい!」

「はい、問題ないです。」

 夕立と時雨に続き、村雨たちも返事をする。

 

「それじゃあ、旗艦のあたしは網の外だ。んで、夕立ちゃんと時雨ちゃん、ついてきて。」

「わーい!川内さんと一緒!一緒!」

「え。(ますみちゃん、ちょっと……)」

「はぁ……ちょっと、待ってもらえますかぁ?」

 

 川内の指示に飛び上がるほど喜ぶ夕立とは対称的に、時雨は首を傾げて村雨に小声で何かを言うと、村雨が口を挟んだ。

「ん、なによ村雨ちゃん。」

 自分の指示に文句があるのかと、やや不満げにぶっきらぼうに村雨に迫る。しかし村雨は一切臆さずに答えた。

「あのですね、川内さんとゆうは、暗くても深海棲艦が見える能力ありますよね。その二人が同じチームになったら、残りのチームは実質的には哨戒は無理です。どちらかには別チームに移ってもらわないと。」

「それは、確かにそうだね。」

 と示し合わせたように間髪をいれず相槌を打つ時雨。

 

 村雨の説明を聞いてしばらく頭を悩ませたが、ハッとして気づいたのか、川内は訂正した。

「あ、そっか。そうだよね。ゴメンゴメン。あたしついついゲームのノリでさ。同じチームに同じスキル持つメンバー入れて効果2倍!ってな感じで。だって主人公は強くなきゃいけないじゃん?」

「はぁ……川内さん。真面目にやってくださいよぉ。現実なんですから。」

「だからゴメンってば村雨ちゃん。それじゃあ夕立ちゃんは村雨ちゃんと不知火ちゃんとでお願いね。あたしは時雨ちゃんと暁で組むわ。」

「了解致しました。」と不知火。

 

「ふえぇ!?あ、あたしはあんたとなのぉ!?」

 鎮守府Aの面々の輪に入れずにまごついていた暁がアタフタと反応する。

「えぇそうよ。なんか文句でも?」

「う……別に、ないけどぉ。」

 モジモジとする暁の反応を川内はもはや気にせず、全員に合図をした。

 

 

「よっし、それじゃあ改めて。あたしたちは網の外を行くから、夕立ちゃんたちは網の内をお願いね。今からえ~っと、20分くらいしたらそこにあるライトに一旦集まろう。」

 そう言いながら川内が指し示したのは、深海棲艦対策用の海中網と探知機のある位置を示す警戒灯が埋め込まれたブイだった。指示された全員はスマートウォッチで現在位置を確認し合う。

 川内隊と夕立隊は分かれ、それぞれの海域を哨戒し始めた。

 

 

--

 

 10分ほど、網の外側を自由気ままなコースで動いていた川内は、すでに飽きていた。川内は後半になると、移動しながらあくびをしたり、肩や首をコキコキとならして見るからにあからさまな態度になっていた。

 時雨と暁は一応旗艦は川内なため、一定間隔空けて川内の後ろに付き従って移動していたが、さすがに川内の態度が気になってきた。

 

「ちょっと川内。真面目にしなさいよね。それでも高校生なの?」

 そう暁が不満げな口調で文句を言うと、川内は上半身だけ後ろに向けながら言い返した。

「はぁ? あんた何言ってんのよ。今この仕事と高校生は関係ないでしょ。」

「高校生ってもっとしっかりしてるのかと思ったのよ。あんたは反面教師だわ。」

「イラッとするなぁこのガキ。小学生!」

「あ~!また言ったぁ! ムカつく!あんたと一つしか違わないでしょぉ!」

 

 すでにこれまでの航行速度から大分落ち、非常にゆるかな速度で激しく言い合う川内と暁。残された時雨は物理的にも頭を悩ませていた。

 この二人のお子様をどうなだめて任務に戻ろうか?

 仮にも年上の二人、片方はよその鎮守府の艦娘、さすがの時雨でも条件が厳しいだけに頭が痛くないわけがなかった。

 

 

--

 

「どうだったそっちは?」

 20分経ち、一回目の集合で6人はそれぞれ報告しあっていた。川内が尋ねると、夕立たちはサラリと答えた。

 

「えぇ、問題ありませんでしたぁ。」

「うん。おっけーっぽい。」

「敵影は認められませんでした。」

 

「こっちもまぁ大丈夫だったよ。ね、二人とも。」

「はい。特には。」

「問題なかったけど、旗艦には問題アリアリだったわ。」

 

 最後に一言述べた暁の言い方にカチンときた川内は飛びかからんばかりにすぐさま暁に言い返す。

「あんた一言多いのよ。だからガキなんだってば。」

「ムッカァ~! 問題あったのは事実じゃないのよぉ! 艦娘歴が1年越えてるあたしから言わせてもらえばね、あんなの哨戒でもなんでもないわよ。単なるお散歩、お遊びよ。」

 キャリアとそれなりの口ぶりをちらつかされると、言い返せない川内はわずかに食い下がる力を弱めて反論した。

「そ、それじゃあホントの哨戒ってのどうやるか、教えなさいよ。ぶっちゃけね、あたしは今月基本訓練終えたばっかの軽巡なの。この新人に教えてほしいもんだね。経験豊かなお姉さんなら説明できるんでしょ?」

「あんた新人だったの!? 態度でっかい新人ね……。まぁいいわ。そういうことなら、キャリアでは一番のお姉さんのあたしがあなたたちを指導してあげるわ。ぜひとも頼っていいのよ。」

 

 暁が胸元に手を当ててやや胸を張りながら言うと、川内は嘲笑の意味を込めて軽く拍手をしてこれから語られる説明を待ち望んだ。

 しかし目の前の暁は川内の態度の裏を微塵も疑っていない。

 いざ暁が説明を始めようとした手前、夕立がいきなり叫んだ。

 

「あー!なんかいるっぽい!川内さん、あそこあそこ!」

「えっ、どこ!?」

 

 夕立が気づき指し示した先は、網の向こう側のはるか先だった。当然、川内と二人しか見えないので時雨たちは二人の反応を固唾を呑んで見守るしかできない。

「うーん、かすかに、緑黒っぽく見えるね。かなり小さいから、結構遠いんじゃない?」

「確かにそうっぽい。あたし見えるけどどんくらい離れてるとかさっぱり。ねぇねぇ、時雨たちは?」

「いや……僕らはそもそも見えないから。」

「緑黒っぽい光でしょ?まったくよ。」

「不知火も。見えません。」

 

 鎮守府Aの面々が語り合っていると、一人前提すらわからない暁が話に割り込もうとして川内に邪険にあしらわれた。

「ちょっとちょっと何よ! あなた達何言ってるの?あたしがこれから哨戒の正しいやりかたを

「あぁうるさい。ちょっと黙っててよあんたは。」

 

 唖然とする暁をよそに川内たちは、見えたはいいが距離や方角等、どう確かめて行ってみるかを話し合うことにした。

 一人仲間はずれになった暁はワナワナと身体を震わせ、なんとか話の輪に入れてもらおうと忙しなく5人の周りを行ったり来たりし始める。

「ねー、ねー!どういうことなのよぉ~。あたしにも教えてよぉ! 今は同じ艦隊の僚艦でしょぉ! あたしだけ仲間はずれなんて、あとで司令官に言いつけてやるんだからね!?」

 

 小さい子がママ(パパ)に言いつけてやる、と駄々をこね暴れるその様を想像したのは川内だけでなく時雨たちもだった。

「わーったよ。話してあげるからしつこく聞かないでよねガキ。」

「ムッカァ! またガキって言ったぁ!」

「はぁ……川内さん。いい加減にしてください。話進めましょう。」

 時雨のため息混じりのツッコミが響いた後、ようやく真面目な打ち合わせが始まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

藪蛇を突く

哨戒任務中に敵の反応を発見した川内達。こういう場合どうするかを学んでいない川内らは唯一の経験者の暁に意見を求める。彼女から威力偵察を発案された川内は暁とともにそうっと戦陣を切るが……。


「ハッキリしているのはだ、あそこが館山湾の遠く端っこかもしれないってことだろうね。」と川内。

「方角的には北北西ですね。二人が指す方角をコンパスアプリで確認しました。ただ距離はちょっとわかりません。」

 時雨が全員に向けて言うと、今までほとんど口を利かなかった不知火がボソッとしゃべった。

「天文航法が使えれば。」

「えっ、なになにいきなり。それなに?」

 と川内がビクッとして聞き返すと、途切れ途切れのほとんど単語の羅列で答え始めた。

「船乗りが。星を見る。それで船や飛行機の位置、把握する方法。航海術。」

「航海術なんて不知火ちゃん使えるの!?」

「(ブンブン)」

 川内がやや期待の声色を交えて尋ねると、不知火は頭を横に振った。思わずコントのようにガクッとズッコケそうになる川内たち。

「ちょっとぉ~。だったら言わないでよね。意外な人が意外な発言するとガチで期待しちゃうじゃん。」

「申し訳ございません。」

 ペコリと頭を下げて謝る不知火は、僅かな灯りの中、最後に小さく口元を緩め、ひと息を吐いた。川内たち4人は不知火のちょっとしたジョークと捉え、クスクスアハハとにこやかに賑やかす。不知火も満更でもない様子で柔らかい雰囲気を醸し出していた。

 

「まぁ不知火ちゃんの冗談はさておいて、あぁいや、ほのかな期待はひとまず置いといて、現実問題としてはだ。あれですよアレ。ここであーだこーだ言ってても仕方ないから、さっさと行ってみようって話だよ。」

「……最初からそうすればよかったんじゃないんですかね。」

 川内の最終的な意見に、村雨がビシッとツッコミを入れた。村雨のそれはたまに鋭く現実に正直なため、川内はたじろぎ苦笑いして素直に受け入れる。

「き、気を取り直して、それじゃあ行くよ。」

「川内さん、並びはどうしますか?」時雨が質問した。

「いつものまっすぐ単縦陣でいいんじゃないの?」

「でも、見えるのは川内さんとゆうだけですし、もしかしたらということもありますし、守りやすい複縦陣でいきませんか?」

 

 時雨の提案に何か思うところあったのか、川内は数秒小さく唸って考え込んだ後、頷いた。

「……そっか。それじゃああたしと夕立ちゃんが先頭。あとは適当にどっちかに並んで付いてきて。それとあたしの列と夕立ちゃんの列の間は、20mくらい間隔開けよう。ゲームでも、索敵役や監察方のキャラのスキルは幅広いエリアを対象にするものなのね。あたしたちと夕立ちゃんの暗視能力はなるべく範囲がかぶらないようにして、効果をアップさせたい。マップへのキャラ配置は、まとめて襲われないようにちょっとキャラ同士の間隔を開けるといいんだよね。」

「はぁ……。」

 ピンとこないといった様子で時雨や村雨は返事をする。一方で夕立は川内の言うことなら、なんでも好きといった様子でいる。仮に犬のような尻尾が生えていたならブンブン振っているだろう。まったくわかってないわけではなく多少はゲームをするため、なんとなく川内のいうことの意味がわかるというのも、尻尾をブンブン振れる要因だった。

 

「偵察や隠密行動では声を張って会話するのはダメだから、以後はスマートウォッチで会話しあおう。みんな、通話アプリはちゃんと常時起動にしてあるよね?」

「「「「はい。」」」」

「よし、それじゃあ出発だ。あの緑黒のやつをなんとしてでも正体突き止めて、ヤバイようなら倒して、明日の観艦式を未然に守ろう。」

 

 川内のとっさの思いつきの追加案、そして意気込みに、暁を含めた5人はコクンと頷く。これまでの出撃では装着を義務付けられているとはいえ、スマートウェアを特に意識して使っていなかった時雨たちだが、川内の前だとなぜか使う意識が高まる。それが良いことなのか無駄なことなのか判断つかなかったが、ゲームや電子機器に詳しい川内の指示だから、信じてみようという気持ちになっていた。

 目の前の川内の雰囲気は、時雨たち4人にとって、似た趣味嗜好を持つ西脇提督のそれに感じられたのも、信じてみようと思える要素だった。

 当然、違う鎮守府の暁はそこまでの繋がりや思い入れがないため、単に仕事上の指示でしかない。彼女は真面目に返事をして加わるのみだった。

 

 川内は、那珂や五十鈴とは異なる方向性でもって信頼を得始めていた。

 

 

--

 

 川内たちは、発見した未確認の存在に向かい、緑黒色の検出の度合いを頼りにひたすら前進する。

「ちょっと速度上げるよ。夕立ちゃん、操作大丈夫?」

「大丈夫っぽい。任せて。」

 夕立の自信満々な返しを聞いた川内は、スマートウォッチを通して艤装に音声入力して自動的に変更操作した。

 速力は自動車になった。標準速度のスクーターたる10ノットから2倍の20ノットが、主機からの推進力でもって発揮される。

 

 鎮守府Aの面々は速力区分を決めて練習した後、もっと手軽で確実に速度を切り替えられないか明石に相談していた。機械的な組込は明石の本業の分野だが、艦娘たちの要望には答えられそうになかった。そのため本業のソフトウェア面では得意な提督に相談を引き継いだ。

 提督は艤装装着者制度向けにカスタマイズされた、モバイルデバイス用のOSとアプリ群の開発をかじったことがあるため、艦娘たちの要望を聞いて快く引き受けた。

 ほどなくして、簡単ではあるが一つプログラムといくつかのデータをこしらえた提督は、制度の関係者用のポータルサイトにアップロードし、テスト的に鎮守府Aのメンツに向けて配布した。

 

 艦娘たちが使用するスマートウェアのOSは汎用的なものだが、艦娘たち専用のアプリや機能が含まれたアップデートが適用される。しかし各鎮守府の独自運用には対応していないため、そこから先は各鎮守府の責任でカスタマイズが許されていた。

 提督が開発し、艦娘のスマートウェアに向けてインストールしたプログラムにより、鎮守府Aのすべての艦娘は、音声入力時に特定のワードの後に速力区分とオプションの単語を喋ることにより、自動的に指定の速度へ変更できるようになった。

 ただ、同調して自分が意図的に出している速度を、身体と意識外でもって勝手に変更されるのを嫌がる者もおり、最初期のこの頃で積極的に使っていたのは、那珂、川内と夕立くらいだった。

 

 

--

 

 先頭の二人が出した速度に付き従って速度を上げる4人。暁に対しては直接ノット数で川内が指示を出して従わせた。

 速度を上げて数分経った。川内たちは、館山湾の北にある、大房岬の南300mに迫っていた。

 川内と夕立の目には、緑黒の反応が少しずつ大きくなってきたのがわかった。と同時に、今まで見えなかった角度のため、違う反応も見えてしまった。

 

「え、嘘……でしょ……?」

「うわぁ~~なんでいきなりぃ?」

 見える二人が驚き落胆する声をあげると、それぞれの後ろを進んでいた、見えない時雨や暁らがすぐに尋ねた。

「ちょっと川内、どうしたのっていうのよぉ?」

「ゆう?どうしたの?」

 

「夕立ちゃん、見えてるね? 時雨ちゃんと村雨ちゃんを連れてあたしのところに来て。」

 川内は9時の方向20m先を一列に進んでいた夕立たちを呼び止めた。

 緑黒の反応を追うのは一旦やめ、その反応から約300mの距離を保ちつつ、大房岬の南東側の岩礁の一角に集まった。

「いきなり増えた。」

「うん。たっくさん。」

「詳しく教えてよ二人とも。」

 とにかく吐き出したかった感想を口にした川内と夕立は、時雨にせがまれ、少し二人で話し合った後、説明しだした。

 

「今もちらほら見えてるんだけどさ、多分あそこにおっきな岩場があるんだろうね。その先に、パッと見えただけでも10~20はいたね。ある程度の距離まで行ったら急に見えてきたんだけど……どうやらあたしと夕立ちゃんの暗視能力は、ある程度対象との距離が近くないと、フルに発揮されないようだよ。」

「だったらなんで約3kmくらいあったのに、さっき集まった場所から見えたんですか?」

 鋭い村雨の指摘に、考えてもわからないため川内は勢いを弱めて言いよどむ。

「わかんないよそんなこと。あ、でも……ゲーム的に言うとだ。レーダーとかソナーの反応が強いのは、強敵だったりボスだったりするんだよね。遠くからでも見えるくらい強いやつってことなのかもしれない。だからあいつは、あの集団の親玉だったりしてね。」

 サラリと言う川内に村雨と暁がツッコんだ。

「いやいや、ボスって!それってヤバイじゃないですかぁ!」

「ちょっとぉ~何言ってるのよ! そんな怖いこと言わないでよぉーもう!」

「お? 何よ暁ってば。ベテランのくせして怖いの?」

「こ、怖くなんかないもん!言葉のあやよ。」

 フフンと鼻荒く言い返す暁。

 

「まぁいいや。ねぇねぇ。こういうときの対処法とか教えてよ。あるんでしょ、深海棲艦の小ボス倒したこととかさ?」

「う、と。あの……」

 川内は真面目半分、からかい半分で経験者たる暁に問いただしてみた。暁はさきほどまで強がっていた様子があたかもなかったかのようにモゴモゴと言い淀んでうつむいてしまっている。

 長いようで短い沈黙が続き、暁はようやく口を開いた。

「ボ、ボスとかそんなの知らないわよぉ!あたし護衛任務や巡回任務ばっかだったんだもん。」

「でも強敵に遭遇してバトルしたことくらいはあるんでしょ?」

「あんたね……どんだけゲーム脳なの? 一旦ゲーム的な考えから離れなさいよ。あ、でも一回だけ、変なやつと会ったわ。」

「そーそー!そういう体験談を聞きたいのよ!」

 生意気な新人の川内が身を乗り出して反応してきたので、気を良くした暁はやや上体を反らして語り始めた。

「神奈川のどこって言ったかしら……思い出せないけど、とにかく海岸に近い岩場の影にね、そいつ潜んでたの。こっちに向かってくるわけでもなく、ひたすら海中で何かもがいていたわ。身体の一部がモゴモゴ動いて気色悪いったらなかったわ。」

「ほうほう。それで!?」

 川内が急かす。時雨たちも興味を持ったのか、ジッと聞いている。

「その時はタンカーの護衛中だったから無視しておいたけどね。でもその時の旗艦の人が気になったからって提督に話したら、数日して威力偵察することになったの。そしたらどうなってたと思う?そいつまだそこにいたの。でも、明らかに巨大化してね。それだけじゃなくて、どことなく形が変わってたわ。そしてそいつの周りには深海棲艦がわんさか。とてもあたしたち6人だけじゃ無理だから、応援呼んで掃討作戦に切り替えてもらって、総出でそこにいた深海棲艦を全滅させたわ。」

 

 

--

 

 その後も語られる暁の体験談。初めて聞く、よその鎮守府の戦いの様子の一部始終に川内は興奮した。それは夕立や時雨たちも同様だった。

 よそにはよその戦いがある。当たり前のことだが、それが不思議に思える度合いは新人である川内よりも、それなりに戦闘を経験している古参の時雨や村雨のほうがより強い。

 

「すっげぇ~~。あたし、初陣が夜戦でしかも個人としてはボロ負けだったから、集団戦って憧れるわぁ。いやぁ。小学生だなんて言ってゴメンね。やっぱ経験者なんだね。尊敬できそうだわ、あんたのこと。」

「ふぇ!? な、何よ態度変えちゃって。ち、調子狂うわねぇ。ま、まぁ、あたしのこと認めてくれるっていうなら、ちゃんと協力してあげるわ。」

「なんたってお姉さん、でしょ?」

「!!!!」

 川内の発言で暁は顔を真っ赤にするが、今度の赤面は、彼女にとって意味合いも感じ方も異なるものだった。暁は5人の目が闇夜にもかかわらず、キラキラと輝いて自分に視線が向かっていることを理解して、気分がさらに良くなっていた。

「ま、まぁアレよ。先手必勝って言葉があるわ。深海棲艦がある程度集まっているなら、すかさず魚雷を撃ち込むのよ。さっきの説明した戦いの時、あたしは雷と白露っていう艦娘と一緒に突撃隊に任命されていてね。三人一緒に雷撃して、他のみんなの戦いを助けたのよ。」

 フフンと鼻を鳴らす暁。

 

 

「へぇ~~。先に魚雷をね。なるほど。よし。作戦立てよう。誰かいい案ない?」

「仮にもあんたが旗艦でしょぉ!?」

「いや、だって新人だし。」

「ったく、都合のいいときだけ新人ぶらないでよね……。いいわ。このあたしが今回は特別に突撃隊になって威力偵察してあげるわ。経験者の私が言うんだから、安心しなさい。」

「お。それじゃああたしも突撃したい。」

「あたしもあたしもー!」

「ゆうは止めておきなさい。突撃するっていったら、危険だろうし、今回の敵がまずハッキリしていないんだよ?」

 川内に続こうとする夕立を止めるのはやはり時雨だ。

「そうそう。暁さんと川内さんに任せておきましょうよ。」

「一番経験が浅い川内さんに、任せる私達もどうかと思いますが……。」

 時雨、そして村雨がやんわりと諭して夕立を落ち着かせる。不知火はボソッと村雨の言葉にツッコミを入れ、村雨を苦笑いさせた。

 

「不知火ちゃんの心配嬉しいよ。でも、ここは先輩として温かく見送ってよ。きっとあたし、無事に偵察終えてくるからさ。なんたって一番の経験者の暁が一緒なんだから、ね?」

「ふえぇ!? ま、任せ……なさいよね。」

 川内は暁の背中をポンと叩いて合図して意気込みを語った。暁がどう反応しても、川内のこの態度は変わらない。当の暁は内心焦りを持ちつつも踏みとどまって強く返した。

 

 

--

 

 夕立たちを300m手前の岩礁付近に残し、川内は暁を連れて南に緩やかに弧を描くように進み、自身にしか見えぬ緑黒の反応を確認する。

「うっげぇ……さっきと変わらずいるわ。てかちょっと多くなった気がする。」

「それで、一番強い反応はどこなの?」

「あそこ。」

 

 そう言って川内が指差した先は、大房岬の南西の角にあたる部分に存在する、全長37m、横幅最大18mはあろうかという大岩だ。川内が捉えた反応は、その大岩の東京湾側の側面にあった。

 しかし当然ながら暁には見えない。そして二人は大体120mほど離れて見ているため、肉眼ではこの闇夜では深海棲艦の集団の全貌を明らかにすることは叶わない。そこで二人がてがかりとしたのは、周囲に集まってきたと思われる、別の深海棲艦の目や身体の発光部分だ。川内の見た反応とそれらで補完することで、見えない暁の目にも、明らかに深海棲艦が集まっている場所というのはかろうじて感じ取ることができた。

「なるほどね……あの点々はきっと集まってきた深海棲艦なのね。」

「で、いつ雷撃するのよ?」

「は?」

「だから、突撃するんでしょ?」

 暴れたくてウズウズしている川内がそう聞くと、暁は呆れたように言った。

「威力偵察するのよ?本気で戦うわけじゃないのよ。違いわかってるのぉ?」

 川内はブンブンと頭を横に振る。

「軽く1~2発攻撃して、相手の反応を見るのよ。とっても危険だけど効果的な偵察なんだから。当てたらさっさと逃げるの。そのくらい鎮守府で習わないの?」

「そういう実践的っぽいやつはやらなかったなぁ。多分うちの那珂さんや五十鈴さんもそういったの、わかってない気がする。」

 川内がそう愚痴混じりに返すと、暁は再び大きくため息を吐いて、もはや諦めたと言った様子でわずかに動きを切り替えた。

「……そっちじゃあたしでも指導役になれそうね……。まぁいいや。もうちょっと離れてから雷撃するわよ。一箇所からだとバレちゃうから、あたしはちょっと離れるわね。川内の0時の方角に向かって撃つから先にあんたが撃ちなさいよね。」

「おぉ、あたしからでいいのか。」

「当然でしょ。も~しっかりしてよぉ。……うちの川内さんのほうがよっぽど……。」

 

 ブツブツと不満を漏らしつつ、ようやく暁も川内の暗視能力を認め、川内の行動に沿って動き方を変えることにした。川内は自分が先陣を切れると分かり、ますます興奮した様を見せる。

 そして暁はスマートウォッチのコンパスアプリに川内の0時の方向を記憶させ、川内の10時の方角約50mまで離れた。

 

 一人になった川内は切り込む自分の境遇に震えが止まらない。失敗すれば外してノーダメージだけでなく、深海棲艦に気づかれて動かれる可能性がある。そうなると危険なのは自分もだが、闇夜で敵が見えない時雨達に危険が及ぶ可能性がある。先輩とはいえ年下の娘たち。彼女らを守る義務がある。使命がある。

 川内は艦娘としては先輩に迷惑をかけられないという律儀な思いを、学生としては高校生として、中学生たちに危ない目に合わせたくない、守りたいという思いを持つ。

 その思いがごちゃまぜになり、敵意を向けるべき思考の展開そして魚雷発射管装置のボタンの一押しに悩んでいた。後はタイミング次第だ。

 

 頭の中をシミュレーションゲームからFPSに置き換えた。大抵のゲームでも暗闇の戦闘シーンがあるが、プレイヤーからは普通に見える。ガチで見えないゲームもあったが、従兄弟たちからそれはリアルさを追求しすぎた無理ゲーだと、小さい頃聞かされたのをふと思い出した。

 そのごく一部のゲーム以外の一般的なFPSでは、ゲーム的には命中率の数値などプレイヤーが可視できない部分にデメリットがあるのが夜間という戦闘環境の条件。普通に見えるのに当たらないもどかしさを感じたことが多々あるが所詮はゲームだった。

 しかし現実は、こんなにも見えない。無理ゲーと言われたあのゲーム。今なら従兄弟たちの愚痴が理解できそう。

 目が暗闇に慣れてきたとはいえ、遠くでモゾモゾと動く深海棲艦の姿をハッキリ確認することはできない。敵にバレてはいけないため、今回は探照灯をすでに消して久しいのでなおさら見づらい。

 本物の戦闘機や護衛艦であれば、高性能レーダーで敵の艦船や戦闘機を難なく捉えられるのだろうが、艦娘用のその手のレーダーを持ち合わせていないと、これほどまでに不安なのか。自分はたまたま発揮した艦娘川内の特殊能力でもって、裸眼でレーダーやソナーばりに相手の反応を捉えられるようになったのが心からの救いだ。川内の艤装と相性がよかった内田流留に生まれた自分に感謝感謝。

 

 ウジウジ悩んでいても仕方がない。自分たちから見えないということは、化物たる深海棲艦だって、艦娘であるうちらを確認できないはず。

 悩んで考えていい作戦を出すのは神通の役目だ。一緒に出撃したかったなぁ。

 

 川内はボタンを押す直前、神通を恋しがっていた。

 

 

ドシュ……

 

 

 一本の魚雷が深く沈む。海中に深く潜り、海面近くからでは発光する噴射光が見えないくらいだ。すぐさま暁に連絡を入れる。

「暁、撃ったよ。かなり深く潜ってから浮上して当てるようにしたから、そっちも適当にお願い。」

「……うん。わかったわ。」

 

 

ドシュー……

 

 

 川内から通信を受け取った暁も、自身の魚雷発射管装置のボタンを押し、魚雷を一本発射させた。

 合計2本の魚雷が海底に向かってある程度沈んだ後、目標の深海棲艦と取り巻きの彼らを狙って急速に浮上する。

 

 

ドガッ!!ゴボゴボゴボ……

 

 

 一本が海中で爆発を起こした。くぐもった音がかすかに聞こえた。それは川内たちにも深海棲艦たちにも気づける現象だった。深海棲艦らが急に方向転換したり跳ねたり沈んだりと活発になる。

「な、なに? やつら急に慌ただしそうに動き出したけど?」

 川内が目の前100m先の様子を口にすると、暁から通信が入った。

「あたしかあんたのどっちかの魚雷が、海底の岩に当たったのかも。そんで爆発したからやつらに気づかれちゃったわ。」

 部位が発光する深海棲艦を観察して、暁も様子の変化にかろうじて気づいていた。原因を想定で言うが、どちらの雷撃が原因だと騒ぎ立てるつもりは毛頭なかった。ただし川内は違う。

「ちょっと~。気をつけてよね、操作。」

「な!? あ、あんたかあたしのどっちかわからないでしょぉ!? 今は言い争ってる場合じゃ

 

 

ズッドオオオオ!!!!

 

 

 暁が言いかけている間に、海上で水柱が高く立ち上るほどの爆発が起こった。もう一つの魚雷は、狙い通りに深海棲艦に命中したのだ。

 

「うわっ! 命中した! どっちのだろう?」

「そんなことはいいからぁ!先に散らばったやつらがどこにいるのか教えてよぉ。あたしが見えてる以外のやつもいるんでしょ~?」

 のんびりと状況を実況する川内に暁が通信越しに必死に懇願する。

 その時二人の会話に時雨たちの通信が混じってきた。

 

「川内さん? 爆発音がしましたけど、大丈夫ですか?」

「川内さ~ん! あたしたちも動きたいっぽい!」

「時雨ちゃん、夕立ちゃん。ちょっと待って!今深海棲艦たちが予想よりも早く動き出て散らばっちゃった。そっちは……多分岩陰で死角になってるから大丈夫だと思う。」

「えっ? それじゃあ川内さんたちは大丈夫なんですか?」

 川内の慌てた気配の声に不安を感じた村雨も尋ねる。

「村雨ちゃんか。あたしと暁は多分大丈夫じゃない、え~っと。どうしよう、暁?」

 

「ど、どうしようって。い、威力偵察っていうのは軽く当てて反撃で敵の強さを~~~えーっと……。と、とにかく逃げるの! 南に行くと館山に招き入れちゃってまずいから、西に向けて移動するのよ。それから川内は司令官に連絡取って!」

「司令官? うちの西脇提督に?」

「ちがうわ、うちの村瀬さんのこと!!あとあんた海自の人に連絡してないでしょ?」

「やべ、忘れてた。うん、しておくよ。そんであたしはどうすればいい?」

「あ、あたしの側にいてよね。二人で一緒に行動すればなんとかなるでしょ。」

「よ、よし。それじゃあそっち行く。待ってて。」

「ねぇ川内さん!あたしたちはどうすればいいっぽい!?」

「え~っと。見える夕立ちゃんが時雨ちゃんたちの目になって危なくないように待機。あとは適当に任せる!」

「そんな適当な……。」

 時雨の悩ましい声が聞こえたが、川内はすでに気にする余裕が消えていた。

 

 ほとんどヒステリックに怒られながら忠告を受け、川内は指示されるように行動し始めた。普段頼れるし頼りにしたかった那珂も五十鈴もいない。いるのはお隣の鎮守府のよくわからない駆逐艦艦娘だけだ。それでも経験日数は自身はもちろん那珂や五月雨より遥かに長い。お子様みたいでも、とにかく頼って一緒に行動したほうが間違いなさそう。

 そう心に留め置いて川内は暁との約50mをダッシュして距離を詰める。

 その間にも、散らばった深海棲艦のうち、3~4匹ほどは二人めがけてゆっくりと近づいてきていた。

 

 

--

 

 連絡を取り終えた後、二人は間近に迫りつつある深海棲艦を見据えてやや焦り始めていた。

「うわ!きたきた!」

「距離は!?」

「わかんない!けどまだ少し遠い。」

 川内と暁は並走して西南西を目指して進む。川内たちの右舷めがけて深海棲艦がひたすら進んでくる。動きが軌道に乗ったのか、少しずつ速度が上がる。それは川内の目には、緑黒の反応が拡大してくるスピードが高まってきたことで捉えることができた。

「あいつら海面に完全に半身出してるみたい。撃ったほうがよさそうだ。暁、撃とう!」

「む~~、わかった。」

 

 二人は複縦陣めいた並走から、単縦陣に移行する。先頭に川内、後ろに暁。川内は右腕の単装砲・連装砲全基を前腕に対し90度右に向け、腕を伸ばさずに目の高さまで水平にあげる。移動しながら狙うので命中率は低くなるかもしれないと判断した川内は、自動照準調整機能を使うことにした。艤装の脳波制御装置を伝って指示して、有効化した。

 

 自動照準調整機能、川内はそれを基本訓練時ではなく、通常の訓練時に教わって試した。有効化した後、照準を思い描きながら狙いたい相手を凝視し、武器のアクションスイッチを入れる。あとはトリガースイッチを押せばよい。すると、トリガースイッチを押す前に、武器の砲身の向きや角度が勝手に微量動いて調整してくれるのだ。目と手の角度で狙うよりも確かに便利で命中率が高まる。しかし川内は初体験したときからこれが嫌いだった。

 川内型の艤装のそれは、砲身が動くだけではなく、それを構える腕・手に微弱な電流が走り、腕の位置を勝手に変えてくれる。健康に害がない程度のものだが、腕に(カバーを通して)直接主砲副砲を装着するタイプの川内型にとっては、担当者が嫌がって使いたがらない機能だった。

 先輩たる那珂は最初使って驚いたが、数回経るうちに気にしなくなったという。しかし川内は違う。ゲームもオート操作が嫌いな川内は、自分の意思でなんでもやりたい性分だ。ましてや現実に戦うことになる艦娘としては、便利で確実性が高まるとは言え、自分の身体を(これ以上)勝手に動かされてたまるかと辟易していた。

 自分の力で狙って撃って当ててこそ、気持ち良い勝利が得られるのだ。

 

 しかしいまこの時、夜であること、移動中であること、そして深海棲艦が実際には30mにまで迫ってきている状況では、自分の力だけで狙いすまして倒すのはもはや難しい。

 電流くらいなんだ。同調時のイク感覚に比べたら遥かにマシだ。戦場での気持ちの焦りが、川内に嫌な機能を使わせる決意を持たせる。

 教わったとおりに準備する。一瞬視線を前方から2~4時の方向に向ける。狙いを定めた。後は前方に視線を戻し、移動しつつの砲撃開始だ。

 川内は後ろにいる暁に向かって合図を出した。

「てーーー!!」

「やーー!」

 

 

ドゥ!ドドゥ!ドゥ!

ズドドゥ!

 

 川内は合計3基の主砲から、暁は右腕に装備した連装砲から砲撃した。暁の主砲は右腕にがっしりと装備する、川内型が装備できる同じ名称の主砲よりも、大きめのいわゆる一体型だ。身につけている感覚が残る分武器で敵を狙うという通常あるべき感覚があるし、自動照準調整機能の影響も主砲のパーツ内に終始するため、暁は川内よりも比較的気にせず楽にその機能を使うことができた。

 

ドガッ!

ドガガァーーン!!

 

 二人の放った砲撃は、4匹のうち、3匹にヒットした。川内の3発のうち2発と暁の一発を浴びた駆逐艦級だった生物は当たりどころ悪く、頭部が爆散してすぐに息絶えた。

「よし、一匹の反応消えた!」

「やったわね!」

 

ドドゥ!

ドドゥ!

 

ズガアァン!

 

 続く勢いでもう一匹を撃破した二人は、残りの深海棲艦を避けるように針路を北に徐々に向け始めた。しかし前方からとやや遠く北西からは、別の深海棲艦のグループがゆっくりと針路を川内たちのほうに向けて移動してくる。どちらにも川内と暁は気づかれていた。川内たちがそのまま進むと、それらにぶつかる可能性がある。

「まっずい。前に3匹、10時くらいの方角に3匹いるよ。他は……なんかいつのまにか消えてる。パッと見20匹以上いた気がするんだけどなぁ。」

「20匹以上も!?やっぱ威力偵察なんてカッコつけて迂闊にやるもんじゃないかったよぅ……クスン。」

「ちょっと暁。へこたれてる場合じゃないよ。5時の方角と0時と10時の方角、挟まれそうなんだよ!」

「反転して方向変えるのよ!」

「オッケィ!」

 

 川内と暁は艤装のバランス調整など無視するかのように身体を大きく左に傾け、強引に方向転換した。足元で立ち上がった水しぶきが太ももやスカートを濡らす。姿勢がかなりきわどい角度になっていた川内は左手を海面に当ててバランスを取り、足元以外に海面に航跡を生み出す。今度は南西に向かって進むことになった。

 後からは3+3+2で合計8匹となった深海棲艦が川内たちを追いかける構図が完全に出来上がった。川内は移動しながら夕立たちに通信をした。

「夕立ちゃん。そこらへんにはもう深海棲艦はいないはずだから、出てきてあたしたちを助けて。今7~8匹に追われてる。南西に移動してるから。」

「っぽい!?追われてるって!」

「わかりました。すぐ前に出ます!」

「わかりましたぁ!」

「今、参ります。」

 時雨、村雨そして不知火の返事が後に続く。

 川内のほとんど懇願の指示で夕立たちもようやく岩礁帯から離れ、戦場となった海域に一歩踏み入れた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

支援艦隊派遣

 威力偵察の後処理に失敗して敵に囲まれるまでに危機に瀕する川内達。その戦況報告を聞いた神奈川第一鎮守府の提督は支援艦隊を出動させることを決定する。選ばれたのは、鎮守府Aからは那珂、五月雨だった。


「深海棲艦の集団を発見しました。場所はえ~っと、メッセで位置情報送ります。一匹でかいのが岩場の陰にいて、その周りに十数匹は別のやつらがいました。あたしはこれから暁と、西に向かって逃げます。」

「えっ!? 交戦中なのですか? ちょっと? 川内さん?」慌てたように問いただす人見二尉。

「川内くん? ……暁、応答しなさい。」村瀬提督は話が通じそうな自分の鎮守府の暁に通信相手を変更した。

「……はい。司令官。」

「詳しい状況を説明しなさい。」

 

 人見二尉と村瀬提督は艦娘たちを見送った後、館山基地の本部庁舎そばの通信施設の一室で艦娘たちと通信していた。暁と川内は村瀬提督らに説明をすると慌てて通信を切ってしまった。

 二人から詳しい内容を聞いた村瀬提督は腕を組んで考え込んでいた。

 

「岩場の陰にいる大きい奴……モゴモゴ動いている……その周りには別の個体が……。あの時と似てるな。」

「村瀬さん?」人見二尉が確認する。

「ああいや。以前神奈川の間口漁港付近の航路の巡回をさせていたときに、うちの艦娘たちが一際不審な深海棲艦を見つけましてね。話を聞く限りだと、当時の深海棲艦とその状況に、似てるなと思いまして。」

 人見二尉は話を聞いてもよくわからんといった様子で、ただし失礼のないよう表情だけは真面目に作り、相槌を打って話を聴いている。

 

「あの……うちの娘たち、大丈夫でしょうか?」

 二人の後から女性の声が響いた。鎮守府Aの妙高である。彼女は結局帰らず、村瀬提督らに付き従って通信設備まで同伴していた。妙高の不安そうな声を聞き、村瀬提督はどう伝えようか一瞬言いよどんだが、包み隠さず伝えた。

「そちらの川内くんが、うちの暁と一緒に深海棲艦を発見したようです。二人の話によると……というわけで、うちの暁が威力偵察をしようと持ちかけて失敗し、そいつらを刺激して動かしてしまったそうなのです。」

 妙高の顔は、提督代理として仲間の艦娘を心配する面と、娘達の身を案ずる母親のごとき面で、二つの隠しきれぬ不安を生み出していた。

 

「6人で果たしてやりきれるのか。仕方ない。うちからあと2~3人出してやるか。」

 そうつぶやいて村瀬提督が暁たちに援軍を与える考えを漏らすと、それを耳にした妙高がすぐさま意見を出した。

「そ、それでは、うちの那珂にも行かせてください。あの娘なら夜間戦闘も数度経験してますし、川内とはプライベートでも先輩後輩の関係で、お互いをよくわかっています。彼女なら、状況を打開してくれるはずです。どうか、よろしくお願いします。」

 必死な表情で懇願する妙高。村瀬提督は一瞬目を瞑り、聞こえない程度の一息を吐き、一言告げた。

 

 その後那珂たちが宿泊する宿に連絡が入った。

 

 

--

 

 追われる川内と暁はひたすら針路を西に向けて逃げ回っていた。その後からは合計8匹の深海棲艦、さらにその後ろからは夕立たち4人が追いかけていた。

 すでに大房岬の南西の岩礁帯からは約1.2km離れていた。深海棲艦らは速力を緩めないので川内たちも速力を緩められない。完全に狙われていた。

 

 

ボシュ!

ドゥ!!

ブシューー!!!

 

 

バッシャーーーン!!

「きゃあ!」

「きゃっ!」

 

 川内たちの後で水柱が巻き上がる。激しい破裂音が響く。深海棲艦らが体液か何かを発射してそれらが着水した音だ。川内と暁は後を時々振り返り、距離と己らの無事を確認する。

「あいつら、砲撃するタイプなのねー。」

「砲撃ねぇ~。あれを敵艦と捉えていいのやら。」川内は苦笑いして暁の言に反応した。

「体液やら水流やらを発射する様子がまるで軍艦のようだから、みんなそう表現してるのよねぇ。あたしも教わった時、言い回しに違和感あったけど。まぁ、そのほうがわかりやすいからいいんじゃないかしら。」

「ハハ……。あたしたちも“艦”娘だもんね。」

 

 冗談にも満たない軽口を叩く余裕があるように感じた。あるというよりも、叩いていなければこの緊迫する状況において、発狂するか泣いてしまうと二人とも口には出さないが感じていた。

 数倍の数の敵から追われるという状況が二人の心に余裕をなくし、不安を抱かせていた。艤装がそれを微細に検知し、普段カバーされる心理面の効果を半減させる。今の二人は、間近で深海棲艦を目の当たりにしたら、生理的嫌悪感で吐いてしまうかもしれない状態だった。ただ、その恐れは夜間という視覚が制限される環境的効果によりプラスマイナスゼロとなっていた。

 

「逃げ回ってるだけじゃ埒が明かない。どっかで撃退しないと。あたしの艤装はそっぽ向いてても撃てるけど、あんたのはそれどうなの?」

「あたしの? ち、ちゃんと見て撃たないとできないわ。」

「よし。それじゃああたしが撃つ。暁は先頭進んで。」

 

 そう言って川内はやや速度を落とし、暁に自身を追い抜かせて背後に回った。

「そりゃ!」

 

ドドゥ!ドゥ!

 

 川内は右腕を背中に回し、砲身が背後の敵に向くように調整した。腕の向きと合わせると、主砲パーツは天地逆転するが、砲撃にはまったく影響はない。

 川内が背後に向けて砲撃すると、ほぼ深海棲艦の間にまっすぐ飛んでいき、着水した。今回は後ろをしっかり見て狙いを定めている余裕はなく、自動照準調整機能を使わなかったために当たらず、単にひるませる程度だった。

 それでも一瞬の怯みが川内たちにとっては助かる一刻となった。スピードも相まって、すぐにプラス15~20mほど間隔が開く。夕立たちにとってはマイナス同等の距離を縮めて迫ることができた。

 

 しばらく3勢力の追いかけっこが続いた。あまり西に行き過ぎても館山付近から離れて浦賀水道に入り、下手をすれば大洋そして神奈川側に行ってしまうため、針路を東寄りの北に向ける。大きく弧を描くように移動することにした。

 夕立から川内に通信が入った。

 

「ねぇ川内さん。あたしたちの前にいる深海棲艦、2匹ほどうちらに気づいたっぽい。なんだか方向転換してきたから、これから戦うね。」

「おぉ!助かった!そっちは任せる。」

「ゆうを補足しますと、緑黒の反応が2つほど集団から右に逸れて、大きくなってきたそうです。距離的には僕たちより……多分まだ100mはあります。すみません。アプリを細かく見てる余裕がこっちもありません。」

「いいっていいって。それより時雨ちゃん、そっちの二匹は余裕でイケる? 余裕そうなら1人こっちに加勢して欲しい!」

「その役目、私が。」

「おぉ、不知火ちゃんか。頼む。」

「了解です。」

 

 お互い通信を終了し、それぞれの目的に取り組み始めた。

 

 

--

 

 一方、宿では那珂と五月雨は寝っ転がり、テレビを見ながらお喋りしてのんびりくつろいでいた。理沙は妙高のことが気になるのかそわそわしていたが、子供達二人に不安を感じさせないためにゆっくりお茶を飲むという動作を繰り返していた。

 

「今頃川内ちゃんたちは、楽しくやってるかね~?」

「アハハ……。お仕事ですよぉ。でも、ゆうちゃんと川内さんは気が合いますから、二人して能力試したくてウズウズしてたり?」

「アハハハハ~言えてる~! なんだか二人とも夜戦好きになりそ~。」

 那珂と五月雨はテレビの話題から離れ、仲間の話題でケラケラ笑いあっていた。

 その時、部屋の内線が鳴った。那珂は立ち上がろうとしたが、理沙が出る仕草をしたのですぐに腰を下ろして五月雨との会話に戻ろうとした。

 

「はい。……え、海上自衛隊の基地から電話ですか? はい。替わって下さい。」

 理沙が電話を取ると、旅館の受付だった。取り次ぐとすぐに相手が切り替わる。受話器の向こうの相手は妙高だった。

「あ、理沙?悪いのだけれど、那珂さんに替わってもらえる?緊急事態なの。」

「え、うんわかった。ちょっと待って。那珂さん、妙高姉さんから緊急の連絡だそうです。」

「え!?」

 那珂は素早く立ち上がって理沙に駆け寄り、受話器を受け取る。

「あ、那珂さんですか。大変申し訳ないのだけれど、これからこちらに来てもらえますか?」

「へっ!? ど、どーいうことですか?」

「実は……」

 

 受話器越しに説明を聞いた那珂が電話を切ると、理沙と五月雨が不安そうな顔をしている。五月雨が口を開く前に那珂は真面目に視線を二人に向けて説明した。

「川内ちゃんたちが、たくさんの深海棲艦と交戦中だって。あたしたちは援軍として出撃するようにって。」

「え!? あ……みんなが、心配です。」

「うん。そうだね。基地から車が来るらしいから、準備だけして外で待ってよう。」

「はい!」

 勢い良く頷く五月雨。二人の様子を見ていた理沙がそうっと声を那珂にかけた。

「あの……お二人だけで大丈夫なのですか?」

「ここから先は現役の艦娘のあたしたちの出番です。申し訳ないですけど、先生はまだ一般人で危険が及ぶといけないので、ここで待っていていただけますか?」

「わ、わかりました。何かありましたら連絡してください。」

 那珂と五月雨はコクンと頷いてそれぞれの制服の袖に再び腕を通し、必要な物を持って宿を出た。ほどなくして迎えの車が到着する。

「それじゃー行ってきます。」

「先生、行ってきます!」

那珂に続いて五月雨が意気込みを口にする。

「早川さん……気をつけてくださいね。危ないと思ったら逃げてくださいね。」

「先生……心配嬉しいです。でも私だって艦娘です。頑張っちゃいますから! 先生はどーんと構えて待っていて下さい。きっと時雨ちゃんたちを無事に連れてきますから。」

 強く決意を見せる五月雨に、理沙は心配100%から少し減少させた表情になった。0%とはいかないまでも、五月雨たちを逆に不安がらせる表情ではなくなった。

「黒崎先生、あたしに任せて下さい。五月雨ちゃんだけじゃなくて、時雨ちゃんたち他の娘もあたしが責任持ってきちんと守りますから。」

「那珂さん……そう言っていただけると安心します。本当なら保護者である私が艦娘になれてさえいれば行くべきだったんでしょうが、どうかよろしくお願いします。」

コクリと強く頷く那珂。

そして那珂たちは理沙が見送る中、乗り込んで館山基地へと急いだ。

 

 

--

 

 那珂たちが案内されたのは本部庁舎ではなく、妙高たちがいる通信施設だった。ただし機密満載の施設であることと、事を急ぐ必要があるため、1階ロビーのミーティングコーナーで事情を妙高と村瀬提督から聞いた。

「夜分遅く来てもらって申し訳ない。現在行われている夜間哨戒で、君たちのところの川内くんたちが、深海棲艦数匹と交戦中だ。うちの暁によると、威力偵察を試みて失敗し、数倍の数の相手に追われてるとのことだ。」

「せ、川内ちゃんたちは……大丈夫なんでしょうか?」

 那珂の弱々しい尋ねかけに村瀬提督は首を縦にも横にも振らないで続ける。

「現在は大房岬の西1km付近で戦闘中とのこと。急ぎ援軍を派遣することになった。うちからは駆逐艦雷と綾波、敷波を先に出した。君たちにも援軍に加わってもらいたい。とはいえ君たちは明日の観艦式に参加する身だから明日に影響を残さない程度に。あくまで川内くんや暁たちの援護程度ということを意識して、向かってもらいたい。いいな?」

 西脇提督とは異なる言い方やふるまいの村瀬提督に若干戸惑う那珂と五月雨だが、ここで言い争いになりそうな質問を出しても時間がもったいないと思い、素直に頷いて従うことにした。

 五月雨がついてこられているか若干心配だったが、那珂の意はなんとなくわかっていたのか那珂がチラリと見ると彼女も視線を向け、コクリと頷いてきた。

 二人はハッキリと意思表示をした。

「はい。わかりました。」

「それでは向かってくれ。」

「二人とも、気をつけて。よろしくお願いしますね。」

「任せてください、妙高さん。」

 那珂が意気込むと五月雨も元気よく思い切り頷いて意気込んだ。

 

 那珂と五月雨は艤装の保管している倉庫施設まで送られ、そして装着し海へと駆け込んでいった。

 

 

--

 

 那珂と五月雨は速力バイクつまり15ノットで急いでいると、数分して前方に人影が見えてきた。海上で見える人影なぞ、艦娘しかいない。それらが先に出た雷・綾波・敷波と気づくのは容易い。

「お~い!そちらは神奈川第一の人ぉ?」

 那珂が声を上げて問いかけると、三人は後ろをチラッと見、反転してきたので那珂たちは名乗った。

 

「あたし、千葉第二鎮守府の軽巡洋艦那珂って言います。」

「私はぁー、駆逐艦五月雨って言います。よろしくお願いしますねー!」

 やや遅れ気味に並走していた五月雨の口調はやや間延びしていたが、問題なく相手には伝わっていた様子なので、那珂も気にせず相手を促した。

「お三方は?」

 艦名だけは聞いているが、それ以外はまったく不明なため自己紹介を求めた。すると、那珂の一番近くを進んでいる少女が先に口を開いた。

「私は駆逐艦雷っていうのよ。先に出てった暁とは同じ中学なの。艦娘になって1年と6ヶ月よ。よろしくね!」

 雷の左を走っている少女が続いた。

「私はぁ~、駆逐艦綾波担当の○○っていいます。私はこっちの敷波担当の○○ちゃんと同じ中学です。ね、○○ちゃん。」

「あぁもう。綾波ったら本名を連呼しないでよ。司令官だって言ってるでしょ。任務中は担当艦名で呼びあえって。」

「アハハ~ごめんねぇ、敷波ちゃん。」

「はぁ……マイペースなんだから……。あ、あたしは駆逐艦敷波。まぁ、よろしく。」

 ややぶっきらぼうに言う敷波なる少女は、綾波に近づいて肩をポンと叩いて何かを促した。

 

【挿絵表示】

 

 

「三人は先に出た6人の状況は伺ってる?」と那珂。

「あ、えぇ。伺ってるわ。」

 雷が代表して答える。続いて綾波と敷波はコクリと頷く。お互いライトは最低限しか付けていないため、実際には見えていないが、僅かな返事が聞こえた。

「今回は、うちの川内たちが夜間哨戒したいって言ったからやらせたんだけど、神奈川第一の人たちに迷惑かけちゃってゴメンね~。」

 実際には自分が提案して組み立てた案だが、この場で本当のことを言う必要はないと判断して、そう言った。すると雷たちはカラッとした雰囲気で受け答えし始めた。

「いいえいいえ。別にかまわないわ。私たちはホントなら明日の哨戒と警備だけする予定だったんだけど、物足りなそうだったから、いい退屈しのぎになるわ。」

「私は~雷さんと敷波ちゃんが司令官に呼ばれてぇ~、なんかついでに呼ばれた感じで~。」

「ついでとかそんなふうに言ったらダメだよ。私もさ、明日の任務の良いウォーミングアップになるだろーから、いいけどって思ってるよ。」

「アハハ。三人とも面白いなぁ~よかった。安心したよ。」

 那珂はすでに雷たち三人と楽しく会話をかわせるようになっていた。

 

 五月雨はやや気後れしつつも途中途中の話題に入り込んでいる。

「へぇ~そっちの五月雨さんは初期艦なんだぁ。」と敷波。

「はい!あのー、確か神奈川第一にも、五月雨担当の方いたと思うんですけど、五月雨さんお元気ですか? 私、艦娘になって最初の頃、そちらの五月雨さんにお世話になったことあるんです。」

 五月雨が問いかけると、三人は首を傾げたりヒソヒソと話し、雷が答えた。

「あの人は産休入ったそうで、もういないわ。今は別の人が五月雨になってるわ。」

「あたしと綾波は前の五月雨さんは知らないよ。うち艦娘多いし入れ替わり激しいし、ちょっと会わないと別の人が担当になってたりするしね~。」と敷波も語る。

「そ、そうなんですか。残念です……。同じ五月雨担当でしたし、色々助けてもらってなんかママっぽくてとっても親しみやすかたんですけどね……。」

「へぇ~五月雨ちゃんってば、そんな出会いもあったんだぁ。知らんかった!」

 意外な出会いから知ることができた五月雨の過去の一端。那珂はフムフムと大げさに頷いて五月雨の話題に乗っていた。

 

 

--

 

 那珂がコンパスとGPSアプリで確認すると、大房岬まであと2kmの位置まで迫っていた。

「さーて、みんな。あと数分したら川内ちゃんや暁さんたちのところにつくよ。各自主砲パーツや魚雷発射管の確認はおっけぃ?」

 駆逐艦艦娘たちは頷いて返事をする。

 

 誰がこの援軍チームの指揮を取るかで那珂は話し合おうとネタを振ったところ、雷たちは軽巡がいる場合は必ずその軽巡をリーダー(旗艦)として扱って従えと教わっていることを明かし、那珂を無条件で推薦した。

 そのため、那珂が自動的に援軍チームの旗艦となった。経験月数的には雷・五月雨より下ではあるが、その差はこの5人の中では関係なかった。

 

「雷さんは一番後ろにいて暁さんに連絡を。綾波さんは持ってきたソナーとレーダーを構えて一番前に、敷波さんは彼女の盾として隣に、あたしと五月雨ちゃんは三人の間に。」

「これって複縦陣ね!」

「そ~そ~。さすが一番経験日数長い雷さん!」

「エヘヘ。それほどでもないわ。」

 褒めると素直に照れて愛嬌を振りまいてくる雷に、那珂は五月雨に似た萌えを若干感じつつも、努めて抑えて指揮する。

「速度は……15ノットって言えばわかる?」

「問題ないわ。うちは数値でやり取りしてるもの。」

「りょ~か~い。」

「はぁ~い。」

 雷達三人がスパッと返事をしたので、那珂は最後に五月雨を見る。小声で「速力バイクね。あたしの数歩後に付かず離れずって感じでいいからね。」と伝え、鎮守府Aのメンツとして意識合わせをハッキリさせた。

 

 しばらく進む。すると綾波が何かを発見したのか、やや後ろを向いて報告してきた。

「那珂さぁん。前方、北の方角にぃ~、大きめの反応を捉えましたぁ。」

 綾波がソナーの結果をスマートウォッチの画面越しに見ていると、敷波が寄り添って覗き込む。そして綾波の言葉を補完するように口にした。

「うん、たしかにあるね。ありまーす。」

「どのくらいの距離?」

「え~っと。336度に825mって出てます。」

「北北西ね。他には?」

「……ありませぇ~ん。」

「ありません。」

 

 間延びして答える綾波の確認結果を追認するように似た返事をする敷波。那珂は二人が単なる仲良しの行動だけではなく、監視体制の良い効果を生む息の合いっぷりと判断した。

「おっけぃ。それじゃあそいつ目指していくよ。雷さん、連絡はどう?」

「まだつながらないわ。電波が悪くて出られないのかしら?」

「うーん。それじゃあそっちは引き続きお願い。」

 

 那珂は綾波から、目標の反応との距離を逐一言わせ、距離を詰めるに従って速度を落とすよう全員に指示した。

 

 

--

 

しばらく進むと、ふと耳鳴りが聞こえたような気がした那珂は全員に尋ねてみた。

「ねぇ……なんか変な音しない?」

「えっ? ううん。別に聞こえないわ。」と雷。

「どう、でしょう。私もよくはわかりません。」

 五月雨も自身の耳に違和感がないことを伝えてくる。綾波と敷波も同じ意見だった。

 

 しかしもう少し距離を詰めると、集中していなくとも、那珂以外にも妙な耳鳴りが聞こえてきた。

「あ、なんか……聞こえてきました。」

 真っ先に反応した五月雨に続いて、雷・綾波そして敷波もやっと感じことを報告してきた。プラス若干の体調の違和も訴える。

「うん。ちょっとくぐもった音よね。」

「な~んかぁ、頭痛くなってきましたぁ。」

「うぅ、あたしもちょっとこの音、苦手かも。」

 

 耳鳴りのような音は近づくにつれ大きくなり、那珂たちの脳を苦しめ始める。

 そして那珂たちは、大房岬の南西の岩礁帯のひときわ大きな岩陰に、岩にへばりつくようにくっついて離れない、牛くらいの大きさの深海棲艦を発見した。

 

「いた!」

 

 そして同時に、妙な音の発生源も見つけた。耳鳴りに感じる音が大きくなってきたのと合わせて、各自の体調も明らかに悪くなる。

「頭いったぁい……これ以上近づけないわ。」

「オエッ……もうだめ。ねぇ那珂さん、離れよーよ。」

「私もぉ~賛成ですぅー。」

 雷たちがこれ以上の接近に危険信号を出して訴えかけてくる。

 五月雨も那珂の服をクイッと引っ張って暗に伝えてくる。那珂自身も、これ以上近づいたら頭痛と吐き気でみっともないことになってしまいそうで、正直なところ限界だった。

「そ、そうだね。は、離れよう。」

 そう返事をする那珂もこめかみを抑えて片目を半分瞑って苦々しい表情を隠せないでいた。

 

 離れる前、ソナーで検知した相手との距離を見ると、20mという接近具合だった。さすがに近すぎたと慌てた一行は急いで距離を開けて体勢を整えた。安全と判断した距離まで離れ、探照灯をそうっと当てて見ると、例の深海棲艦は同じ体勢を保ったままでいる。

「ねぇ~あいつ全然動いてなくない?なんなの。気色悪いわ。」

「どうしましょう、那珂さん?」

 雷が様子を見て口にする。五月雨も気になったのか、この後の行動を確認してきた。

「うーん。動かないなら、今のうちに雷撃して倒しちゃおう。周囲には他の深海棲艦はいないみたいだし。倒せるうちに倒して、早く川内ちゃんたちを追いかけよう。」

 那珂の指示に賛同した五月雨たちは、早速那珂の指示通りに陣形を作って並び、雷撃の準備を整え始めた。

 件の深海棲艦が仮に動いても逃げ切れないようにそれぞれの間隔を開け、大岩を120度くらいの角度と範囲で取り囲むように立つ。

 

「綾波さん、ソナーの測定結果をもう一度お願い。」

「はぁい。私から見てぇ、北北東に72mです~。」

「全員、照準を綾波さんの0時の方角に合わせて。綾波さんは方角の共有をお願い。」

 那珂の指示で綾波は自身がソナーで捉えて目視で見据えた方向を、艤装の近距離通信機能で全員に共有して送った。那珂たちはコンパスアプリを開き、綾波の0時の方向を確認し、立ち位置や魚雷発射管の向きを合わせる。

 そして那珂は合図を出した。

 

「てーー!」

ボシュ、ボシュ、ボシュ……

 

大岩の周囲から5回分のスイッチ音と、魚雷が海中に没して撥ねる音が響く。そして緑色の光を放ちながら魚雷が進み出した。

 

 

ズド!ズドドドオオオオォォ!!!!

 

 

 

 那珂たちの5本の一撃必殺の魚雷は扇状にキレイに5人の見据える先たる大岩にへばりつく深海棲艦に集まっていき、大爆発を巻き起こした。周囲にはつんざくような音が響き渡り、波が激しくうねり爆風が那珂たちの頬や素肌をかすめる。

 十数秒して静けさが戻ってくると、那珂たちが感じていた耳鳴りのような音はすっかり収まっていた。

 

「お、耳鳴りがなくなった。みんなどーお?」

「はい!聞こえなくなりましたぁ!」

「私もダイジョブよ!」

 五月雨に続き、雷、そして綾波と敷波も期待通りの返事を返す。那珂たちは安心して件の深海棲艦のもとに近づくと、辺りそこらに肉片が散らばっており、撃破したことを確認した。肉片が浮かぶ爆心地の岩場の海面はいまだジャプジャプと波打っていたため、不自然な水はねの音が響いたとしても、那珂たちはそれには気づかない。

 

 その気づかない別の要因に、那珂たちはほどなくして離れた場所から砲撃音を聞いた。

 ドォン……と、遠くから爆発らしき音を耳にすると、五月雨がすぐに尋ねた。

 

「今のは……もしかして、川内さんたちでしょうか?」

 五月雨が不安と期待が混ざったような複雑な表情で那珂に視線を向けてきた。

「うん。そーだよきっと! 音のした方向を確認しよう。綾波さん、お願い。」

「はぁ~い。……艤装の反応を見つけました。北北西に約1kmです。あ、西北西にも艤装の反応があります。」

「ん、二手に分かれて戦ってるのかな? もうちょっと近づけば通信が安定して連絡取れるかも。とりあえず一番近い反応に向かってみよ。」

 那珂の指示に残りの4人は頷く。そして5人は辺りをさっと見回してから移動し始めた。

 

 

 

--

 

 那珂たちが艤装を装備して自衛隊堤防に向かっている時、川内と暁たちは6匹の深海棲艦に追われている最中だった。

「ね~!どこまで逃げればいいのぉ~!もう岬越えちゃったわよぉ!」

 暁の涙声が響き渡る。川内は後ろをチラチラと見つつ、背中に回した右腕の全砲門で砲撃し続けていたが、この後どうしようか、まったくのノープランだった。

「うー、待って待って。あたしもどうしたらいいか……。」

 心が落ち着かずにいる川内に、不知火からの通信が入る。

「川内さん、速力緩めて。」

「へ!? それじゃあ追いつかれちゃうじゃん。」

「諦めて戦う。」

 非常にあっさりとした言い方に、その意図は川内が考える間もなく理解に及ぶ羽目になった。

「戦う……か。」

「6対3。なんとか、なる……と思い、ます。」

 不知火の返しに感じられる意思は強い。川内はあまり接したことがない少女の思いに答えるべく、返事をした。

「うん、わかった。戦おう。挟み撃ちだ! 暁、止まって止まって!戦うよ。」

「へ?」

 

 先に進もうとする暁を諭した川内は、方向転換し、一旦停止した。向かいから6匹の深海棲艦と一人の艦娘が向かってくるのを待つ。

 実際には大分距離が空いており、深海棲艦が肉眼で確認できる距離まで来るのに、数分を要した。川内の目には、ごくごく小さかった6個の反応が、数倍以上大きくなって見えてくる。距離的には100m手前だ。深海棲艦は川内たちの意図など知らんとばかりに、速度を緩めずに向かってくる。

 不知火が見える距離まで来るのにはさらに数分必要だが、さすがに待っていられない。

「よし、暁。やるよ。」

「わ、わかったわ。」

「ちなみに、敵の等級は?」

「そんなのわからないわよぉ!いちいち司令官や大本営に問合せてる時間なんてあると思う!?」

「ハハ。」

 川内は乾いた笑いでもって、暁の訴えかけを聞いた。確かにそりゃそうだと思った。しかし敵の素性がわからない以上、これからの戦闘は危険極まりないのは嫌でもわかった。

 川内は、ゲームに置き換えて考え、そしてため息を大きく吐いた。事実はゲームよりも奇なりなのかも。そう考えた後、頭をブンブンと振って思考を切り替える。

 

「行くぞー!」

「うー、わかったわよぉ~!」

 停止していた川内と暁は、深海棲艦に向けてダッシュし始めた。

 

ドドゥ!ドゥ!ドゥ!

 

 最初に火を噴いたのは川内の右腕の主砲だった。照準なぞ合わせる間もなく撃ったため、深海棲艦には当たらずに海面に着水して水柱を巻き上げた。

 するとお返しとばかりに、深海棲艦の数匹が背中から何かを発射してきた。

 

ボシュ!ボシュ!

 

 さすがの川内の暗視能力でも、深海棲艦本体から離れてしまえば発射されたものは見えない。そのため暗闇の中、間近にまで迫ってくるまで気づけなかった。

 ようやくそれが危険そうな飛来物だと気づいたとき、間違いなく当たると直感したが、川内が無意識に避けたいと一瞬にして強く願った思考は艤装に読み取られ、足の艤装と主機が瞬発的に出力を上げ、かろうじて1~2時の方向に川内自身を回避させていた。

 暁も慌てて避け二人とも事なきを得たが、また違う個体が何かを発射してきた。

 

ボシュ!ボシュ!ドォン!

 

 この時もかなり川内に近い。

「うわ、うわっ!あたしかよぉ!」

 

 川内は降り掛かってくる何かをすべてギリギリでかわしてジグザグに移動する。標的から逃れた形になった暁が心配してくる。

「だいじょーぶぅ?」

「大丈夫じゃないよ!こちとら新人やっちゅうねん。」

「敵にそんな文句言ったってわかるわけないでしょおー!」

 そうツッコむ暁はとりあえず連装砲を構え、川内から離れて前進し、深海棲艦に近づき始めた。

 

ズドォ!

 

ガゴンッ!!

「きゃっ!」

 

 別の個体が放った何かが暁の左肩に装備している盾代わりの鉄版に当たった。降り掛かってきたのではなく、緩やかな放物線を描いて低めに飛んできたものが当たった。

 暁の鉄版のちょうどバリアがない隙間部分に当たり、衝撃が直接全身に伝わる。暁は悲鳴とともに1m弱後ろに弾き飛ばされるが、ヨタヨタとおぼつかない足ながらもどうにか転ばずに済んで体勢を立て直した。

 

「そっちこそ大丈夫か~!?」

「なんとか~!」

 

 川内と暁は無事を確認しあうと、すぐに前方を見る。三度深海棲艦の砲撃が飛来する。二人は蛇行しながらかわして距離を詰め、落ち着いて撃てる一瞬のタイミングを狙い応戦した。

 

ドドゥ!

ドドゥ!

 

 

ズガァアア!

バッシャーーーン

 

一発はヒットし、もう一発はただ水柱を立てるのみだ。その結果を悔いる間もなく次なる方角だけ合わせて狙って撃ち続ける。

 

 

 ふと川内が周囲を見渡すと、すでに不知火も到着し、応戦していた。川内は視線と言葉にも満たぬ掛け声だけ向けて合図し、不知火を鼓舞する。不知火は特に声は上げず、川内のすぐそばに素早く移動してきた。

「不知火ちゃん、助かったよ。」

「……狙うところ。」

「え?」

「確実に狙いたいので、川内さんの、緑黒の反応の位置、教えて。」

「お、おぅ。」

 不知火が目として自身を求めていることに気づき、川内はやや戸惑いつつも承諾した。

「そ、それじゃああたしが指差した方向を狙って。」

 そう言いながら川内は各深海棲艦と一定の距離を開けるよう移動し、手頃なところで一番大きく見える反応を指差した。

「あっち!まっすぐ! ところでなにで撃つn

 川内の指示の後の問いかけは不知火の素早い行動によってキャンセルされた。

 

ボシュ……

 

 不知火は自身の魚雷発射管から、一本撃ち出したのだ。

 

「あ~、雷撃なのね。あのさぁ。一言言ってくれるとあたしも心構えってものがさ。」

「雷撃しました。次も。」

「あ~もういいや。神通と不知火ちゃんはなんかもういいや。次は~~……」

「?」

 口数少ない少女との意思疎通が面倒になった川内は、事後報告してきたので不満げに表情を苦々しくしたが、それ以上不和を呼び起こす感情を続ける気はなかった。そんな川内を見て、当の不知火はポカンと呆けるだけだった。

 もはやお互い細かいことは気にしないことにした。不知火は要望を次々と促し、川内が次々と指し示し、そして不知火の雷撃が次々と泳いで突き進むという流れが数巡した。

 

 しかし、今回の6匹は雷撃をかわし、仕返しとばかりに砲撃してくる個体が多い。不知火の雷撃で致命傷を負わせることが出来たのは最初の一匹だけであり、残りはすべてかわされていた。そしてお返しの砲撃で、川内と不知火はすぐに次の相手を探知・雷撃というわけにはいかなかった。

 それでも不知火は雷撃をやめようとせず、川内を急かす。しかしさすがに魚雷の無駄打ちと理解した川内は、優しくではないがなるべく柔らかく隣の少女に注意した。

 

「ちょっと、ちょっと。不知火ちゃん、雷撃しすぎ。しかも当たってないから。」

「……私は、川内さんの指示の方向に撃ってるだけ、なんですが。」

 その言い方にカチンときた川内は、語気をやや強めて言い返す。

「いや、あのさぁ。狙ったから当たるとは限らないんだよ。それくらい分かるでしょ? あたしより経験長いんだしさ。」

「……はぁ。」要領を得ない間の抜けた一言で相槌を打つ不知火。

「ゲームでもそうだけどさ、敵は止まってないんだよ。動いてるの。そんで、敵だってチーム組んでたらさ、味方が攻撃を受けたら、こっちの状況を判断して、作戦変えたり行動パターンが変わったりするんだよ。だからこっちが同じやり方とパターンで攻撃をし続けても、賢い敵だと、すぐに対応されて立ち行かなくなる。あたしはFPSとかゲームでこの手のことを知ってるからさ、なんとなく判断つくの。多分目の前の深海棲艦も、同じなんだと思うよ。やつらは化物だけあって、普通の海の生物よりはるかに賢い。だから不知火ちゃんも、指示した方向にただ雷撃するだけじゃダメだよ。魚雷は物理的に限りがあるんだし。」

「なるほど。」

「……本当にわかった?」

「(コクコク)」

 いまいち表情が読めない相手だけに、川内は不安が拭い去れない。夜で直接的にお互いの顔が視認しづらいのも一つの要因だった。

 不知火は、だったら最初の一・二回目で言えよと密かに愚痴を湧き上がらせたが、努めて黙っていることにした。

 

 微妙に気まずい空気を(川内が勝手に)感じていたその時、逃げ回ってまともに撃てずにいた暁が深海棲艦の砲撃や体当たりを紙一重でかわしながら二人に接近してきた。

 

「ちょっとぉ~川内ぃ~~! あんたたち二人で連携するなんてひどいじゃない!私も仲間に入れてよね、ふ~んだ!」

「悪かったよ暁。あんたはお姉さんだから一人でもやれると思ってさ。」

「へ? あ……そ、そうね。……って、騙されないんだからねぇ! 危ない目にあってるんだから、私も気にしてよぉ!」

「はいはい。それじゃあ三人でしよう。もう少ししたら夕立ちゃんたちも来るはずだし。」

「(コクリ)」

 川内が希望的観測で言うと、不知火も頷いて同意を示した。

「そんじゃまあ、それまではあたしの指示で動いてもらうよ。水雷戦隊ってのはさ、軽巡がリーダーなんだよ。」

「はいはい。艦娘歴ではあたしが上だけどね。」

「うっさい、しょうg……暁。」川内は言いかけて流石に踏みとどまった。

「夕立たちが来るまで、三人で。」

「うん。倒せなくてもいいから、やつらをなんとかやり過ごそう。」

 

 川内と二人の駆逐艦は、未だ健在である5匹の等級不明の深海棲艦と間合いを図っていた。それは、大房岬の北側の先端から見て、北西に約800mの海上であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

合流

 深海棲艦の群れについに取り囲まれた川内と暁そして不知火。一方で那珂達は村雨らと合流を果たし、当該任務の最後の戦闘場所へと急ぐ。2つの鎮守府の混合艦隊の戦いの行く末やいかに。


 那珂たちは西北西の艤装の反応目指して進むことにした。どちらがピンチの度合いが高いか測りかねる。しかし二分の一の確率なら、距離的にもルート的にもまずは一番近い方から行くほうが最適と那珂は説いた。すると五月雨たち駆逐艦艦娘たちは揃って頷いて理解を示した。

 

 どのくらい進んだのか、時々後ろを振り返り、先ほどの戦場たる場所の目印の大岩を凝視する。月明かりの光量がほとんどない夜のせいもあり、ほとんど小さく見えなくなっていた。

 

「もうすぐつくはずだけど……。」

「み~えま~したぁ!」綾波が間延びした声で発見を知らせる。

「何人?」すぐに那珂は確認させる。

「んー、艤装の点灯が3つだよ。多分三人いる!」

 綾波の発言の代わりに敷波が実際に見て数えた状況を報告する。

 

 

 那珂たちがさらに近づくと、後進してきたと思われる村雨と近距離で遭遇した。

「わっ! だ、誰!?」

「んおっ!そちらこそどなたー!?」那珂は軽調子で尋ね返す。

「その声は……那珂さん? 私です、村雨ですぅ~!」

 相手が那珂と分かるや、村雨の声色は一気に明るみを醸し出し、安堵感を溢れ出させた。

「う、はぁ~~~~。よかったぁ~那珂さん、来てくれたんですねぇ。」

「ますみちゃん、私もいるよ!」

「その声は、さみ? あなたも来てくれたのね。」

「うん。神奈川第一の人たちも一緒だよ。皆で助けにきたの。」

 五月雨が手で紹介がてら語りかけると、雷たちはペコリとお辞儀をした。村雨は4人を見渡してうんうんと頷き、安心を目に見えて溢れ出す。しかしすぐに現実に戻る。

「あ、今あっちにゆうと時雨がいるわ。」

「村雨ちゃん。敵の様子はわかる?」

「ええとですね。一匹は小柄だけど鈍いので結構当てて倒せそうなんですが、もう一匹が二回り以上も大きくて、砲撃が弾かれてしまうんです。」

 村雨の説明を聞いて、那珂は腕を組み頭を傾けて考え込み、過去の体験と照らし合わせる。

「うーむ。もしかして、そいつ軽巡級かもね。ハッキリとはわからないけど、前に戦った個体と似てるとしたら、雷撃で倒すしかないよ。」

 那珂の提案に村雨は首を横に振る。

「雷撃は試したんです。けど、当たらなくて。」

「仕方ないよ。こんな夜だもん。でも、夕立ちゃんの目があるでしょ?」

 那珂の指摘に村雨は言葉をつまらせ、言いよどんでしまった。それを見た五月雨が首を傾げて尋ねる。

「ますみちゃん? どうしたの?」

「あの、ゆう、よ?まともに指示できて私達が撃てると思う!?」

 瞬間的に憤ってみせた村雨はすぐに感情を落ち着かせてため息を吐く。五月雨はすぐに察したのか、あ~と一言で村雨と感情を重ね合わせた。

 

 その時、村雨が指し示した方向から二人やってきた。

「ますみちゃーーん!」

「ますみーーん!」

 逃げるようにしてやってきた時雨と夕立は、村雨と一緒にいる那珂や五月雨に気づいた。が、その口からはまず文句が飛び出した。

「後ろに下がるなら下がるって先に言ってよ! 隣見たらますみちゃんいなくて焦っちゃったよ。」

「ますみんってばたまにしれっとどっか行っちゃうから、さすがのあたしも焦るっぽい!!」

 珍しく強く憤る時雨と夕立に一驚した村雨は両手を突き出して二人を宥めながら弁解する。

「ゴ、ゴメンゴメン。後退する距離が多かっただけよ。でもおかげで那珂さんたちとすぐに出会えたわ。これでもう安心よぉ。」

「「那珂さん!」」

「はぁ~い、みんなの那珂ちゃんですよ。三人ともご苦労様。敵は?」

 

 一通り文句を言い終わった時雨と夕立は、ようやく那珂の姿を見て素直に安堵の声を漏らすことができた。

「一匹はもうすぐ死にそうであそこでほとんど動かないっぽい。もう一匹は……来たーー!?」

 

 夕立は後ろに視線を送ると同時に、焦りの声をあげて全員に知らせた。

 軽巡級と想定された個体は、速度をあげて那珂たちの集団に突っ込んでくる。

「全員回避ぃー!」

 

 那珂の合図と同時に8人はおよそ半々に左右にバラけて避けた。那珂がすぐに合図を出す。

「夕立ちゃんは時雨ちゃんと一緒に瀕死の一匹にトドメを。倒したらさっさとこっちに戻ってきて。村雨ちゃんは最初からあたしたちに加わって。みんなであいつを追い詰めるよ。いいね?」

「はぁい!」

「はい。」

「了解っぽ~い!」

 

 那珂が指示をすると、夕立と時雨がすぐに離れていく。那珂は村雨が加わって6人になった援軍チームを率いて、Uターンしてくる軽巡級を迎え撃つことにした。

 

 

--

 

 軽巡級の深海棲艦は細かく移動し、砲撃まがいの体液を放出してくる。

 どれだけ出せば気が済むのだと辟易するほど、出しまくる。ちょこまかと動く。おかげでかわすのも、五月雨たち駆逐艦勢に回避させて隊列をまとめ直させるのも面倒になってきた。

 絶倫すぎるだろ、と那珂はシモの方面で思ったが、口に出すのは止めておいた。この場にはよその鎮守府の艦娘もいるし、鎮守府Aのメンツには純真なままでいてほしい娘もいてさすがに忍びない。下ネタ気味な発言で体外的な印象を悪くしてしまうのも今後に向けて超絶まずい。

 普段の軽調子な発言意欲は努めて抑え、代わりに鋭い指示で気分を発散させることにした。

 

「夕立ちゃんが来るまでは綾波ちゃんのレーダーとソナーで検知、綾波ちゃんはあたしの側にいて。他の4人はやつを左右から挟み込むように位置取りして。絶対に自分たちの先に行かせないように、効かなくてもなんでもいいから射撃してひるませて。」

 

「えぇ、了解したわ。」

「りょーかーい。」

 

「分かりましたぁ。」

「はい! 私、頑張っちゃいますから!」

 

「りょーかいーですぅ~。」

 

 雷と敷波、五月雨と村雨は那珂からすぐに離れ、標的の軽巡級との距離を20m弱まで詰め、逃げられないように間合いを調整し始めた。

 那珂は綾波にほとんど寄り添い、彼女を目や耳のような大事な器官として頼る。

 目の前の軽巡級は肉眼でもかろうじて捉えることはできるが、レーダーで捉えたほうが確実だ。検知した反応の位置情報は、艤装の近接通信機能を通じて五月雨ら4人に送られた。実際動きまわっている4人にはいちいちコンパスやマップアプリで確認している暇はないが、送られてきた位置や方向の情報は主砲や魚雷でより正確に狙う際に必要となるので、綾波以外の艦娘の行動うんぬんにかかわらず、常時送受信が行われた。

 

「あ~こっち来たぁ!」

「さみ!あいつの手前に向かって同時に砲撃するわよぉ!」

「うん!」

 

ドゥ!ドゥ!

バシャーン!!

 

 五月雨と村雨の砲撃により軽巡級は一瞬前進を停止し、身体を強引にねじって向きを変えて反対側へと舵を切る。その反対側には雷と敷波がおり、同じように軽巡級の手前に向かって一斉砲撃して進行を阻止する。それが何度か繰り返し、駆逐艦4人は次第に軽巡級の動く範囲を狭めていく。

 

「いいよいいよ!みんなぁ~このまままっすぐ追い詰めるよぉ~~!」

「「「「「はい!」」」」」

 

 那珂の掛け声に駆逐艦たちは威勢良い返事をしてその身を奮い立たせ、主機に強く念じ、主砲パーツを握る手の握力を強める。

 五月雨・村雨からの砲撃、雷・敷波からの砲撃の範囲とタイムラグがどんどん短くなる。二つの列の中間を進む那珂・綾波と合わせて三組はVの字型に、軽巡級を完全に追い詰めた。もはや軽巡級は艦娘たちの包囲網を破ることができず、ひたすら前進するのみだ。この集団は、南東に進み、軽巡級の針路に従って時計回りに進んでついに北向きにまっすぐ進む形になっていた。軽巡級は艦娘たちからの砲撃から逃げるのにいっぱいいっぱいといった様子で、面と向かって反撃してくる気配はもはや感じられない。

 そして北からは別の一匹を倒した夕立と時雨がようやく迫ってきた。

「すみませ~ん。遅れました!」

「倒したよ~これからあたしたちもそっちっぽい!」

 時雨と夕立が声を上げてまだ少し遠い那珂たちに知らせる。すると那珂も大声で返した。

「おっけぃ! 夕立ちゃんは五月雨ちゃんたちの列に、時雨ちゃんは雷ちゃんたちの列に加わって!」

「「はい!」」

 

 左右の列の構成員が3人ずつになったので、那珂は次の指示を出す。

「時雨ちゃん、夕立ちゃんは引き続き砲撃で敵の移動を制限、他のメンバーはあたしと綾波ちゃんの位置まで下がって雷撃準備!」

 するともはや返事なく、那珂の指示通り先の二人はそのまま、残りの四人は速度を落として那珂と列を構成する位置まで後退してきた。

 

「いい? 次に時雨ちゃんか夕立ちゃんが砲撃してあいつを二人の中間あたりに戻してきたときが狙いだよ。綾波ちゃんはまっすぐ、合図をして最初に撃って。あたし含め他のみんなは綾波ちゃんから受信した、彼女の0時の方角に向けて撃つこと。多少角度甘くてもいいから。時雨ちゃんと夕立ちゃんは雷撃が始まったらすぐに左右に大きく離脱。」

 

 那珂の指示の後、ほどなくしてその時が訪れた。東に逸れようとした軽巡級を時雨の砲撃が襲う。

 硬いと思われた腹全体だったが、時雨の砲撃のエネルギー弾が軽巡級の腹の一部をかすめた途端、甲高い音の中にゴボッという濁った音が混ざって響き、その直後、小爆発を起こした。

 軽巡級は自身の身に起きた小さくはあるが鋭い痛みと衝撃に仰天して海面を飛び跳ねて後ずさろうとする。

 

「今!」那珂が小さく叫ぶ。

「は~い。そーれー!」

 

 

ボシュ……ドボン

シューーーー……

 

 綾波が相も変わらず気の抜けるような間延びした声で返事をする。しかし魚雷発射管のスイッチを押すときの眼光は鋭く、動作は素早い。この少女、マイペースそうだが侮れない。那珂は勝手にそう評価していた。

 

 綾波の撃った魚雷が進み始めたのと合わせて、那珂そして村雨たち、雷たちが次々に魚雷を前方に向かって撃つ。と同時に前方にいた時雨と夕立が魚雷の針路に巻き込まれないよう、軽く横にジャンプしすぐに後ずさる。

 

 

ズガガガアアアアァァァァン!!!

 

 

 合計6本の魚雷は、軽巡級に引き寄せられているかのごとく集まっていく。魚雷の噴射光の緑色の光が一つに集まったと思ったら、次の瞬間、真夜中の海に爆音の多重奏が響き渡った。大房岬の沖合約1.3km付近の海の時間帯を日中にするかのようにまばゆい光が爆発とともに弾けて広がった。那珂の指示による一斉雷撃は、キレイに軽巡級にヒットどころの話はなく、オーバーキルするくらいに命中していた。

 爆風が肌をかすめるので、那珂たちは速度を緩めて海上で踏ん張った。脇に避けた時雨と夕立も爆風の煽りを受けてよろけそうになるが耐えきった。

 ようやく爆風と光と波打つ海面が落ち着く。那珂が綾波に確認させると、軽巡級の反応はなくなっていた。

 

「やったわ!気持ちいいくらいの勝利ね!」と雷。

「わ~、や~りま~したぁ!よかったねぇ、敷波ちゃん。」

「う、うん。最近ちゃんとした戦闘したことなかったから……よかったかも。」

 綾波が敷波のところにすぅっと移動して両手で肩を軽く掴みながら話しかけると、敷波は照れながら返した。

 

「さみ! ますみちゃん!」

「わーい、さみぃーー助けに来てくれてありがとーねーー!」

 大きくぐるりと弧を描いて戻ってきた夕立と時雨が減速落ち着かないままに五月雨に左右から抱きつき、挟み込んでサンドウィッチを作り出した。五月雨はうきゅっという小さい悲鳴とともに押しつぶされるが、安堵感を抱いた時雨と夕立はその圧力を緩めずにひたすら素直に喜びをぶつける。

 隣にいた村雨、そして4人のそばに近寄る那珂は海上でサンドウィッチ状態になっている三人を微笑ましく眺めていた。

 

 しかしこれで終わりではない。那珂はすぐに思考と感情を切り替えて全員に号令をかける。

「さあみんな。まだ終わりじゃないよ。川内ちゃんたちを助けに行かないと。今の爆発であっちも気づいただろーから、早く行ってあげよ!」

「はい!」

 

 7人はそれぞれ返事をして意気込む。那珂は全員に一通り顔を向けて頷く。そして那珂たちは艤装の反応があった北の、もう一つの戦場に向けて移動を再開した。

 

 

--

 

 川内たちが5匹の深海棲艦の休む暇も与えてくれない砲撃や体当たりを必死にかわしていると、南のほうで大爆発が起こり、辺りがまばゆく照らされた。その爆発の規模たるや自分たちの立つ海面が波打ってバランス取りが難しくなるほどだ。

 

「な、なに今の爆発。」

「今のは……あんたたちの仲間のじゃないの? きっと派手に倒したのよ。」

「……多分、雷撃。」

 川内が呆気にとられて口に出すと、暁と不知火はそれぞれの想定を口にした。

「そっか。夕立ちゃんたちが勝ったんだ。ということはあともうちょっと持ちこたえれば、また6人になるから勝てるね。」

「そうね。うん、なんかそう思ったら、周りにいる深海棲艦なんてなんとも思わなくなってきたわ!」

 暁が鼻息荒く意気込むと、不知火がコクリと頷いて同意を示す。

 川内が改めて周囲にいる深海棲艦に睨みをきかせて凄む。

 

「1・2・3・4・5……6・7・8匹。ふん。今に見てなさいよ。夕立ちゃんたちが来ればあんたらなんて……ん? あれ?」

「どうしたの、川内?」

「?」

 ふと何気なく緑黒の反応を数えると、先程まで戦っていた数と合わないことに気づいた。川内が間の抜けたような声を出すと、暁と不知火がその一瞬の変化に疑問をすぐに抱いて問いかける。

「い、いや……増えてる。」

「え!?」「!?」

 川内の一言はわかり易すぎるほどに明確にその意味を知らしめた。

 

「多分、先に散っていった奴らが戻ってきたんだと思うんだけど、いつから増えてたんだろう。くそ! あたしとしたことが、見えてるのに気づかないなんて!」

「そ、それで今何匹いるのよぉ!?」

「……8匹。もう一回数えて、間違いない。」

「さすがに8対3は、辛い。」

 普段感情を見せない不知火の声に僅かに焦りが混じる。暁は口調だけでなく態度でもそわそわと焦りをふんだんに溢れ出して落ち着かない様子を見せ始める。

 

「もーーやだ!帰る! 響~、雷~、電~!」

 あからさまな泣き言を言い出す暁に川内はピシャリと言い放つ。

「コラ、来年高校生!もうすぐ6人に戻るんだから泣き言言うんじゃない!」

「だってだってぇ~! もー我慢できないぃ!」

 耐えてようやく血路を開けると思った矢先の敵の増援に、暁の我慢と背伸びは実は限界に達していた。暁はスマートウォッチを遮二無二に弄りだし、宿で寝ていると思われる雷に通信アプリで呼び出し始めた。

 

「雷!響?誰でもいいから出てよぉ! あたし一人で千葉の子たちと夜間任務なんてもー嫌よぉ!」

 

ザ……

 

「……き? ……暁? 暁なの!?」

「え!? その声は……雷!? あたし任務嫌!も~帰りたい!!」

 暁が誰かと通信を繋げたことがわかり、川内たちは密かに聞き耳を立てる。そんな二人を無視して暁は雷との通信に、スマートウォッチの画面に食らいつくように顔に近づける。

 

「ちょっと待って。……繋がったわ!てか向こうからかけてきた! ……暁? 今どこ?位置情報送って!」

「え? あ、ええと。うん、今送るわ。……はい。って、雷は今どこ?ホテルよね?」

「んっふっふ~。それがね~~。ま、いいわ。一分後くらいにすごい展開が待ってるわよ。」

「え、ちょっと?」

 雷は暁の返しに明確に答えずはぐらかし、そしてプツンと通信を切断した。会話しようとしたら突然ぶち切られた相手たる暁はあっけにとられて声も出せないでいる。

「ち、ちょっと、暁。通信の相手は誰だったの?あんたのところの艦娘? なに?助けに来てくれるの?」

 一連のやり取りの流れについていけないでいる川内がどもりながら尋ねる。しかし暁自身もよくわからずに、ただ頭を横に振るだけだ。

 

 三人が頭に?マークをたくさん浮かべている間にも、8匹になった深海棲艦は、まるでライオンのように、獲物たる川内たちの周囲をぐるぐると回り始めた。明らかにチームプレーをされているが、追い詰められそして突然繋がった雷との会話の流れにもついていけず混乱していた三人には、もはや敵がどう動いているのか、考える余裕がない。

 

 長い時間にも思える約1分後、川内たちは深海棲艦の後から照らされる、人工的な光の筋を目にした。

 

 

--

 

シュー……

 

ズガアアアン!!

スガァァン!

 

 光の筋が西から東へとさっと走った後、艦娘にとって見覚えのある、海中を進む緑色の光の矢または槍ともいうべき、物体の証拠が見えた。

 川内たちを取り囲む深海棲艦のうち何匹かに、海中を走る緑色の光の矢が突き刺さり、爆発と水柱を立てた。かわされた何本かはそのまま夜の海を北に進んで見えなくなる。

 川内たちはその数の多さに疑問を感じた。夕立たち3人にしては多すぎる。

 しかし目の前を見てすぐに理解した。

 目にした瞬間、胸に奥底にたぎる何かを感じ、思わず喜の涙が浮かぶ。

 

 あぁ、ヒーローとは、存在自体が頼もしいああいう人のことを言うんだろう。女だからヒロインか。

 つまるところ、自分はヒーローに助けられる、市民か引き立て役の仲間だったのかも。そんなことはどうでもいい。川内は自身の急な思考の張り巡らせをそこで終えた。

 

 まるで自分が好きだった戦隊モノのリーダーのように中心に立ち並ぶあの人。

 川内は思わず叫んだ。と同時に向こう側からも声が響く。

 

【挿絵表示】

 

 

「那珂さん!」

「川内ちゃん!」

 

 声とともに那珂が率いる艦娘らがようやく、彼女らの艤装のLED点灯によって数が確認できるようになった。

 那珂を含めて、そこには8人の艦娘が立っていた。

「川内さ~ん!援軍っぽい!」

「川内さん!暁さん! うちからは那珂さんとさみ、神奈川第一からは雷さんたちが駆けつけてくれました!」

 夕立が一言で指し示し、時雨が補完した。

 

「いち、にい、さん……はち!? なんか増えてません? 川内さんたちを追っていたのが8匹、うち2匹は私達のところに来てぇ~……やっぱり増えてますよねぇ!?」

 村雨が裏声になりつつの通信越しに叫んで指摘すると、川内は力なく答えた。

「ハハ……正解。気がついたら、増えてたの。見えるあたしとしたことが。」

 川内のため息混じりの愚痴の慰めは、那珂が担当した。

「気にしないでいいよ、川内ちゃん。よく無事に耐えたね。頑張ったね~偉い偉い!」

「うぅ……那珂さぁ~ん!」

 川内は初めて那珂に対して泣きつく声を上げた。

「よしよし。もー大丈夫だよ。この11人で押し切ろう。あと少しだよ!」

 

 那珂の声に、川内たちは元気良く「はい!」と返事をし闘志を復活させた。視線を向けた先には、2~3匹の深海棲艦の個体が、闇夜に唯一の光たる月明かりで鱗をチカチカと不気味に照り返らせて、艦娘たちを暗に威嚇している。

 

 

--

 

 11人対8匹の戦闘は、その後十数分続いた。那珂は援軍たる艦娘の特徴を川内にざっと教え、そのまま旗艦として戦闘を指揮させることにした。自身はバックについて川内の指示を後押しする。

 そこからの十数分間は、川内指揮那珂サポートの下、残り9人の艦娘は2~3人で一組になり、深海棲艦一体一体を各個撃破していった。

 後に判明したが一匹だけ重巡級がおり、駆逐艦艦娘たちの砲撃を弾いて手こずらせた。砲撃が通用しない敵を目の当たりにして慌てる川内に那珂はアドバイスをして落ち着かせ、駆逐艦たちに囲い込みの上の雷撃を暗に指示した。

 合計9本の光の矢を次々に避けるも、ついに避けきれずに突き刺さった最後の魚雷で重巡級は爆散する。

 そしてついにその戦場たる海上に川内たちに歯向かう深海棲艦は見当たらなくなった。

 

 

--

 

 戦闘終了を合図した那珂と川内は艦娘たちを集めた。川内と夕立、そしてレーダーを持つ綾波を周囲の警戒にあたらせ、那珂は時雨と雷に協力を頼み深海棲艦だった肉片を撮影し、記録をつけることにした。

 

 那珂たちが撮影をしている間、川内は夕立や綾波と離れて北の一帯をぼーっと虚ろな視線を水平線に向けながら名ばかりの警戒をしていた。その時、背後から話しかけられた。

「ねぇ、川内。」

 振り向くとそこには暁がいた。

「ん、どうしたのさ?」

 川内はハッと我に返り、振り向きざまにぶっきらぼうに応対する。

「え~っとさ。無事に、終わってよかったよね。」

「あぁ、そうだね。でも帰るまでが任務だよ。」

「わかってるわよぉ~そんなこと。それよりもあんた、今ぼーっとしてたでしょ?真面目にやってたぁ?」

「うっ!?」

 図星を突かれて川内はのけぞってたじろぐ。するとどちらからともなしにプッと笑いが漏れる。

「で、何か用?」

「と、特に用はないんだけど。雷が呼ばれて記録手伝いに行っちゃって、話し相手いなくてあたしやることないし。だから、あんたに協力してあげてもいいわ。なんたってこの中じゃあたしが一番の経験者なんだからね。」

「はいはい、構ってあげますよ、お姉さま。」

「うー、その言い方はムカつく!」

 

 川内と暁はケラケラと笑ったりプリプリと怒ってみせるなど、すっかり打ち解けた空気で互いを包み合っていた。

 しばらく並走していると、再び暁が口を開いた。

「ねぇ、川内。」

「ん?」

「あのさ。あんたがさっきまで一緒にいた、同じ制服来た人なんだけど……。」

「那珂さんのこと?」

「へ、へぇ~、那珂っていうんだ。」

「あんたんところもいるでしょ?」

「ううん。うちは川内型っていったら、川内さんと神通さんだけ。」

「そーなんだ。そっちのあたしや神通はどういう人?」

「川内さんは……おしとやかでお嬢様って感じで綺麗で良い人よ。けどあんまりしゃべったことないわ。ぶっちゃけよくわからない人。神通さんは担当してる人が二人いるわ。一人は、川内さんのリアル知り合いらしいわ。いっつもぶすっとしててぶっきらぼうって感じ。けど任務ではさりげなく助けてくれたり、やっぱり良い人。もう一人は川内さんと似た感じで綺麗な人。けど見た目とは裏腹に訓練では厳しいし、怖い人。三人ともすんごく強いから慕う人はいるけど、近寄りがたいからいまいち接しづらいわね。」

「ふーん。なんか同じ担当でも結構違うみたいだねぇ。それで、うちの那珂さんがどうしたの?」

「んーっとさ。あの……あんたが結構べったりっていうかすごく慕ってる感じに見えたからさ。どういう人なのか、気になったの。」

 やや俯き、照れを隠しきれずに打ち明ける暁。川内は顎に人差し指を添えて“んー”っと軽く唸って考える真似をし、そして言った。

「一言で言えば、頼れるお姉さんって感じかな。あぁいや。違うな。そんな軽い表現したくないわ。んーっと、頼れる……じゃなくて、憧れ。ヒーロー。あたしの学校生活の恩人かな。」

「は? え……と。結局なんなの?」

 

「だからつまり、憧れの存在。あの人さ、一つ上の学年で、しかも生徒会長やってる人なんだよね。性格はややうざったいところあるけど、なんでも出来る人だし親身になってくれるし、学校ではすっごく評判いい人。対してあたしは男子とゲームや漫画スポーツの馬鹿話してただけの、ふつーの女子高生。違いは明白じゃん?そんでさ……」

 川内は、続いて夏休み前に起こった自身の身の回りの事を打ち明けた。本人としてはもはや終わったことだし、けじめを付けて気持ちを切り替えた過去の事で、どうでもよいことだったので、つい語ってしまった。

 辛い体験をさも友人同士の軽いちょっかい程度のあっさりとした口調と雰囲気で聞かされた暁は、目の前で明るく語る当人の辛い思いを補完しまくって想像したせいか、思わず涙ぐんでいた。

 

「ヴぅ~ぐずっ……」

「ちょ!! なんであんた泣いてるの!?」

「だってだってぇ~~。高校怖い~!それに川内可哀想すぎるよぅ~……」

「あぁ~もう。こんな事、うちの駆逐艦たちにも話したことなかったんだからね。あたしもつい話しちゃったけど、誰にも言わないでよ?」

 そう言う川内の頬や眉間あたりはやや引きつって顔を歪ませていた。バツが悪そうに片手で後頭部をポリポリと掻いて照れくささと気まずさを解消しようとする。暁は鼻をすすり涙を拭いた後、コクリと頷いた。

「……うん。わかった。聞かせてもらったお詫びといったらなんだけど、あたしがあんたの同性の友達になってあげる。なんだったら進路そっちの高校にしてあげてもいいんだからね。」

「いや……さすがに行く高校はもっと良い理由で決めようよ。それにあたし、同性の友達まったくいないわけじゃないよ。ちゃんといるし。その一人が……」

 そう言いながら川内は視線を対象者の方向に向ける。夜のためハッキリと見えているわけではないが、顔の向きを見た暁は察した。

「それが、あの人なのね。」

 川内はコクンと力強く頷く。

「那珂さんは、あたしに初めて親しくしてくれた同性の友達で、尊敬する先輩で、憧れの艦娘。いつか、あたしはライバルとしてあの人に迫りたい。」

 

 川内の思いを聞いた暁は、ようやく鼻のすすりが止まり平常心に戻っていた。羨望の色を混じえた視線で確認する。

「そっか。プライベートでも、艦娘の世界でも良くしてくれる人なのね。なんか、羨ましいなぁ、そういう関係。あたしも……高校行ったら、そういう人欲しい。」

「そうだね。頼れる人ができるのはいいもんだよ。色々安心して思う存分やれるしね。だからあんたも、“響~!雷~!”って泣き言を堂々と言えるようになるかもね。」

「うぇっ!? もーー、なんてこと言うのよぉ!あんたってばぁ!」

 川内が茶化すよう言葉を挟むと、暁は瞬時に顔を真赤にして反応し、反論すべく迫り、川内に軽くあしらわれた。

「アハハ。ゴメンって。それにしてもあたしは川内って呼び捨てで、同じ鎮守府の川内のことはさん付けなんだね。」

「あんたは怖くないし、なんか……仲良くできそうだったし。あ、でも一応年上だから呼び捨ては迷惑だった?」

「いーよ別に。キャリア的には呼び捨てされるの当然だろうし、なんか体育会系みたいで嫌いじゃないよ。年下からの呼び捨て全然問題なーし。」

 

 傍目から見ると姉と妹、仲の良い先輩川内、後輩暁に見える二人は、今回の任務の一時を通じて、軽口を叩き合える関係を自然と構築していた。

 

 

--

 

「よーし、終わったよ~!警戒してくれた三人は戻ってきて~!」

 那珂の号令が響き渡る。暁とすっかり親しげに話せるようになっていた川内は、那珂のもとに戻った。

 川内は撮影した写真とメモデータを旗艦として那珂から受け取った。そして促されるままに全員に合図を出す。

「それじゃあみんな、戻ろう。今回はお疲れ様!」

 川内の言葉に全員頷き返事をした。

 

 帰りは川内・暁の両名を先頭として複縦陣で隊列をなして一路南に向けて進み出した。

 川内がふと時計を見ると、時間は午後11時30分を示していた。艤装装着者特別法による、未成年の就労の限界時間まで後30分というタイミングであった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一日目の終わりに

 館山基地のある会議室にて川内と暁は神奈川第一鎮守府の村瀬提督、千葉第二鎮守府の提督代理、妙高ら上長に報告をしていた。危機に陥った問題行動に対する責任は誰にあるのか。誰が反省するべきなのか。艦娘達に問う。


 館山基地に帰還した川内たち合計11人は、場所を本部庁舎の小会議室に場所を移し、村瀬提督・人見二尉はじめ館山基地の対艤装装着者チームメンバー数人、そして鎮守府Aの提督代理である妙高を目前にして報告をしていた。

 報告会の最中に日付が変わり、普段この時間まで起きていることが滅多にない数人の艦娘はコクリコクリと船を漕ぎ始め、その度に隣りに突かれて起こされていた。

 報告の主担当は川内と暁が命じられ、二人は艦隊の旗艦・副旗艦という扱いでさせられる、慣れぬ報告の手順に四苦八苦しながらも、体験したことすべてを大人たちに伝えた。

 支援艦隊の立場であった那珂は今回は脇役として控えるに徹することを頑として決めていた。が、時々チラチラと助けを求めて視線を向けてくる後輩を泣く泣く無視し続けるのも限界が近づいていた。

 しかしちょうど良いタイミングで、支援艦隊たる那珂たちの報告の順番が回ってきたので視線を無視し、説明し始めた。

 ただ那珂が気になったのは、ふと視線を一瞬川内の方に送ると、脇で誰に向けてのものなのかわからぬ大きなため息をこれ見よがしに吐いて、緊張感と眠気による不機嫌さをアピールしている後輩の姿がそこにあったことだった。

 那珂は努めて無視を決め込んだ。

 

 

--

 

 艦娘たちからの説明が一通り終わると、村瀬提督は艦娘たちから受領した写真やメモを眺め、そして視線を上げて口を開いた。

「千葉第二の君たちの身元は、西脇君・妙高さんと話し合い、私が預かっている。直接的な管理や大枠の指揮は西脇君の代理として妙高さんに勤めてもらっているが、身の安全や保障の最終的な責任者は私ということになっている。だから、作戦任務時に君たちに何かあったら、西脇君に申し訳が立たないんだ。特に今回、君たちが陥った危機的状況は、うちの暁の一言と判断が招いた結果と理解した。預かっているよその局の艦娘の危険の原因がうちの艦娘にあるとなると両局の関係にも影響しかねない。暁、わかっているか?」

 

「……し、司令官?」

 

 村瀬提督の口ぶりが突然変わったことに川内たちはもちろんのこと、話題のやり玉に挙げられた暁は目を見開いた。村瀬提督の目には先程まで、艦娘たち全員に向けられていた普段の優しげなものとは異なり鋭く、明らかに譴責の念が込められている。

 その眼力の向かう先は明らかに暁である。鋭く突き刺さる視線を受けて暁はすでに涙目になり、ビクビクと肩を揺らしている。

 その緊迫感に川内そして那珂でさえも、口を挟むことなぞ叶うべくもなくただ横目で様子を伺ってじっとしていることしかできない。那珂がふと気がつくと、妙高が近づき自身と川内の肩に手を置いて寄り添い、視線を暗に村瀬提督らに向けさせている。

 

「暁。私は君を経験十分、実力もありよその艦娘との折衝も任せられると期待して任務への参加を指示した。千葉第二の艦娘たちよりも遥かに経験を積んでいる君なら、彼女らの手本となり、哨戒や警備の任務を適切にサポートできるとな。」

「う……ご、ゴメンなさいぃ……。」

「謝らなくていい。ただきちんと今確認しなさい。暁。今回任務に参加した艦種と人数、それからうちが定めている威力偵察に必要な条件を言いなさい。」

「え……と、あの……、軽巡と駆逐艦が……。それから……」

 暁はボソボソと弱々しい声で回答と思われる内容を口にする。それを最後まで聞いた後、村瀬提督はなお暁に厳しく言を浴びせる。

「教わった条件、合致していると思うか?」

「ちょっと……いえ。かなり違います。」

「そうだな。条件を満たすには足りないな。ではなぜ君は安易に威力偵察をした? 判断に困る場合、私か秘書艦あるいはその時の最高責任者に確認せよと口を酸っぱくして教えていたはずだ。君たちの報告をまとめてみると、暁自ら進んで実行に移したように思える。」

 暁は恐怖で顔を引きつらせつつも、頬をやや赤らめる。次の説明を言いよどんでいる。

 そこに、思わず川内が口を挟んでしまった。

 

「あの! 暁だけが悪いわけじゃありません。あたしだってその威力偵察に賛同してノってしまいましたし。だから暁を責めるんなら、旗艦だったあたしも一緒に責めてください!」

((せ、川内ちゃん……!?))

 隣にいた那珂は後輩の恐れを知らぬ割り込みに心臓が跳ね上がる思いを抱いた。さすがの那珂も空気を読んで口をつぐんで平静を努めていたし、五月雨たちにいたってはこの空気に恐々として通夜か葬式のような雰囲気で押し黙ったままだ。口を挟もうなどと考えつかぬ少女たちである。

 口火を切った川内はギリっと睨み上げて村瀬提督の言葉を待つ。村瀬提督は呆れたようにため息混じりに、川内に向けて言った。

 

「そちらの局ではどういう教育体制か知らないが、うちでは行動責任の代理規則という決まりごとを立てていてね。着任から2ヶ月および特定の条件で決めた期間は、どんなにクリティカルなミスをしても、本人が反省の念を持って罰を求めても、一切罰を科さないことにしている。犯したミスは、責任代理者がすべて受け持つことになる。今回、私が任じた責任代理者は暁だ。よその局の艦娘との合同の編成の場合、無条件でこの体制を適用するようにしている。それゆえ、今回哨戒任務中に艦隊の構成員がしたミスは、すべて暁の責任となる。それは暁も、着任当時から耳が痛くなるほど教わっているから分かっているはずだ。」

「……はい。私のミスは私の、川内のミスは私の……全部、私の責任です……ぐずっ。」

 

 すでに嗚咽が始まっていた暁は、なんとか言葉を絞り出して村瀬提督の言葉を追認した。

 川内がふと暁以外の神奈川第一の艦娘を見ると、みな神妙な面持ちで視線を暁に向ける者と下を向いてわざとそらしている者が半々だ。これを同情と取るか、運用体制をその身に叩き込まれているがゆえの暁への非難の目なのか、川内には到底判断はつかなかった。

 気に入らない。新人だからといってなんでも許されたいとは思わない。しでかした自分が許されてただ自分たちに説明して見本を見せてくれようと頑張っただけの暁が叱られるなんて、心苦しい。

 川内はそれを口に出した。

「でも!あたしが話にノって焚き付けたんだし。あたしだけ許されるのは納得行かないです。」

 村瀬提督は再びため息を、今度は軽くついて素早く言い返した。

「勘違いしないでほしいが、許したわけではないんだよ。君のミスに対する責任は暁が負う。君は許されたわけじゃなく、君が追うべき責任や問題行動に対する謝罪の権利が、暁に移っただけなんだよ。だから君は、本来追うべき責任や反省の権利をただ単に失っただけなんだ。わかるかな?」

「……よくわかりません。」

 川内が苦虫を噛み潰したような顔をしたまま素直に言うと、村瀬提督は再び小さくため息を吐いてから続ける。

「今回の問題は結果として支援艦隊として派遣した者達の協力もあって解決に至ったからひとまず良しとする。しかし問題を起こしたという事実まで良しとすることはできない。通常であれば当事者に対し、なぜ防ぐことができなかったのか反省を促す必要がある。今回のうちの運用規則に則って、反省するはずの君の権利を剥奪し、君たちを管理していた上長である暁に課した。暁本人として、メンバーとのやり取りを踏まえて、負った責任をどう取ってどう今後に活かすか、それを証明して初めて暁を介して、今回の危機に陥ったミスつまり問題行動を許す形になる。」

「そ、それじゃああたしは……本来ミスした人はどうすれば……?」

 

 村瀬提督は皆まで言わず、川内に向けていた視線を暁の側にいる雷たちに向ける。雷たちは提督の意を察し、周りと顔を見合わせる。そして代表して雷が口を開いて話に触れた。

「えと、あの……私が代表して説明するわね。ミスした人が、責任を持って何かすることはうちでは禁止されているわ。責任を取らされる人もミスした人を裏で責めたらいけないって決められてるし、次の出番で挽回するしかないのよ。それまではモヤモヤした気持ちを持ち続けてしまうけど……自分が周りに迷惑をかけてしまってるんだ、次はこうならないようにしようって反省してきちんと行動できるようになるの。」

 

 雷の言に綾波たちもコクコクと頷いた。全員理解している様子を見せた。

 しかし川内の心境は納得できていなかった。

 自分は神奈川第一の艦娘じゃなくて鎮守府Aの艦娘なのだから。そんなわけわからん責任なすりつけの運用が気に入らないし、そんな馬鹿げた事を受け入れている感のある雷たちも癪に障る。

 

「けど……あたしは神奈川第一の艦娘じゃあない。あたしがしでかした事に対してはちゃんと叱って欲しい、です。あたしはバカだから、そんな小賢しい高尚なこと言いつけられたってわかんない。ちゃんと言ってもらわないと嫌だ!」

「だったら妙高さんに叱ってもらいなさい。そちらの局の、この場での艦娘の直接の指導はあくまで妙高さんだ。なんだったら帰って西脇君に叱られるといい。私は、我が局の艦娘の指導責任の下、運用規則に則って暁に責を追わせるだけなのでね。君の実際の処遇にまで責任を預かり持たない。君からの報告は先程聞いた。下がりなさい。」

 

 川内はカチンと来て思わず一歩乗り出し激昂しかかったが、それを妙高と那珂に止められた。片手が、明らかに平和的な話し合いにはそぐわない拳を作り上げていたのが原因だった。

「川内ちゃん、ダメダメダメ。落ち着いて。」

「川内さん。あなたのお気持ちは十分わかりました。後でしかるべき形で提督と私が叱ってあげますから。」

「そういう問題じゃない!! あたしが納得できないのは、バカなあたしの行動のせいで、暁が叱られてるってことなの!!もとはといえばあたしが気軽に考えていたのが!旗艦とかいってカッコつけてたのが!いけないのに!」

 慌てて止めに入った那珂と妙高に抑えられつつも、周りを一切機にかけず川内は声を荒げて地団駄を踏みながら本音を口にした。村瀬提督の前で俯いていた暁がやや顔を上げ、涙を未だ浮かべたままの目で川内の方をチラリと見る。

「川内……。」

 

 川内と暁が視線を絡め心通わせていると、村瀬提督が二人のつながりを断ち切るかのように話を進める。

「この話はここまで。暁には追って処分を伝えるのでこの場でこの話は終いとする。それでは報告の総括に入ろう。」

「ちょ!」

 再び激昂しかかる川内を那珂が再び抑えて止めた。那珂が抑えている間に妙高が川内にそっと囁く。

「今回の夜間哨戒任務としては報告しましたし、ひとまず締めましょう。深夜ですし、これ以上事を荒立ててると暁さん以外の娘たちにも迷惑になります。……わかるでしょ?」

「……。(コクリ)」

 この後輩はこれほどまで感情的になりうるのか。相手が誰であっても噛み付く気概。長所でもあり短所でもあるだろう。那珂は、下唇を噛んで必死に感情を押し殺している川内を見て、いたたまれない気持ちになっていた。せめてものフォローで、川内の肩を優しく何度も擦る。

 

「こ、こちらも了解しました。進めましょう。」

 妙高がそう伝えると、村瀬提督は頷いて締めの言葉を発した。

 

 

--

 

 報告会が終わり、本部庁舎を出た一行は、時間も時間ということもあり自衛隊員により車で送迎されることになった。

 川内は車に乗るまでの道中、暁に話しかけようと試みたが、すでに暁の側には雷と名乗っていた少女、そして綾波・敷波と名乗る少女たちもそっと寄り添っていたため、その空気にはさすがに割り込めないと気を落とした。

 たかが一回の任務で親しげに話せるようになっただけの自分が、迷惑をかけた自分が、何か話しかける資格はないのかもしれない。

 どうせ今回のイベントが終わってしまえば、もう二度と会うことはないかもしれない。川内は諦めて車に乗り込もうとした。

 

「あ……せ、川内!」

 

 振り返ると、暁がトテトテと小走りに駆け寄ってきた。その様に隣りにいた雷たちもそうだが、川内自身、そして車にすでに乗り込んでいた那珂・五月雨たちも驚く。

「う、えと。何?」

 うまく反応しようとしたが、苦手な空気だったため、口から出たのはぶっきらぼうな返しだったことに、川内自身内心呆れた。そしてそれは表面的には緊張感によるこわばりとして表れる。さらにその強張りは暁にも伝達して言のスピードを遅延させる。

「……ん。んーっと。あのね。えと……。はぁ。」

 緊張で何度も一息を吐く暁の背中をポンと叩いたのは雷だった。驚いて後ろを向く暁に、雷は小声で何かを伝えて笑顔を送る。暁はそれを受けてコクリと頷き、川内のほうへ振り返った。

 その表情は、決意とも取れるし、諦め、無理、悲しみ、川内が表現として思い浮かぶ限りの負の方面の感情が、そこにないまぜにあるのが容易に見て取れた。

「き、気にしないでいいんだから、ね。」

 川内はその一言を耳にした瞬間、思わず暁の両頬を押さえつけて怒鳴っていた。自然と密着する形になる。

「何言ってんのよ!! 気にしてよ! あたしを責めなさいよ! 不真面目で馬鹿なあたしがいけないのに。だかr」

「せ、せんでゃい……くるしひ……」

「あ。ゴ、ゴメン。」

 ぷぎゅッというよくわからぬ可愛い悲鳴が圧縮された唇の隙間から飛び出したのを聞いて、川内は暁の頬から慌てて手を離す。すると、頬をさすりながら呼吸を整えた暁が口を開いた。

 

 

「やっぱりあたしが元々悪いんだから。初めて接するあんたたちに良く見られたくて、色々話を誇張してたし。こんなんだから、大人の……なんて無理な目標よね……。」

「あたしは納得できない。暁はなんでそんな物分りいいの!?」

「これがうちのやり方だもの。私もわかってたつもりだけど、今回司令官に任されて、やらかして、いい勉強になったわ。だから、ど、どんな処分が待ってても、私はこなしてみせるんだからね~!」

 暁はわざとらしくガッツポーズをする。それがあからさまな強がりというのはわかっていたが、川内はそれを指摘したり茶化す気にはなれなかった。ただ、涙を浮かべるだけだ。暁の境遇もそうだし、自分の至らなさに泣けてきてしまう。

 

「ちょ! な、なんであんたが泣くのよぉ~!やめてよね! 年上の高校生を泣かせたってバレたら雷や電はいいとしても、響にはうんっとからかわれちゃうわ!」

「だってさ~……やっぱ暁、あんたに申し訳なくってさぁ~。ぐずっ。」

「もー、しっかりしてよね高校生。私の身近なレディの理想像を崩さないでよぉ~。」

「ぐずっ。レディって何それ~? あんたも大概わけわからん小学生だわ。」

「ムッカァ~~! あんた! 泣くのかからかうのかどっちかにしてよねぇ!あんたの相手疲れるよぅ……。」

「ハハッ」

 

 慰めあう二人は気がつくと、任務開始当初のからかい合う雰囲気に戻っていた。それで気分が持ち直したのか、お互い気持ちが切り替わり、本音が少しずつ表れる。

「うん。まぁ。その。……本当はね、今回あんたがノってくれて、悪くない気持ちだったわ。だから、私はあんたを責めない。うちの教育方針がなくたって、あんたを責めなかったと思うの。あんたと組めて楽しかったわ。ありがとね!」

 暁がまだ多少ぎこちないながらもニコリと笑うと、川内は凛々しい笑顔で言い返した。

「……私も、あんたは不思議と気楽に接することが出来たと思う。うちの神通や那珂さん、あとプライベートの数少ない友達とも違うタイプ。だから、あたしはそっちの鎮守府の方針がどうであれ、気持ち的にはあんたに謝りたい、責任を取りたい。」

「あんた……結構律儀なのね……あと頑固?」

「うっさい。」

「まぁ、いいわ。どうしてもっていうなら、明日暇?」

 突然話の方向性がそれたことに川内は首を傾げる。

「えーと、明日はうちらは何もないと思う。那珂さんと五月雨ちゃんだけ観艦式あるけど。」

「そっか。それじゃあ夜は? さすがに夜は何もないでしょ。明日は私達が主導で哨戒任務だから、終わってから、もし気が向いて、そっちも暇があったら、夜……遊びに行かない? あのね、明日は館山駅から海岸まで夜店とか屋台が出るらしいの。うちはみんなで任務終わったら遊びに行こって話してるんだけど、そちらもどう?」

「夜店か~いいね~そういうの。そういうことなら……ねぇ、那珂さん!」

 

 川内は暁からの思わぬ提案を聞き、車にすでに乗り込んでいた那珂たちに誘いかける。那珂はようやく訪れた明るい話題に、遠慮なく乗ることにした。

「ん~? いいと思うよ。観艦式のメインイベントが終わればあたしや五月雨ちゃんも暇になるだろーし、そういうことならみんなで、お祭りの夜、楽しもー!」

「わぁーい! お祭り!夜店!素敵っぽい!」

「私も楽しみです!」

 夕立と五月雨が那珂に続いて反応すると、時雨たちも歓喜の声で快く承諾する。鎮守府Aのメンツの意見は一致していた。

 

 川内と暁は互いに向き直して言い合った。

「うん。それじゃあ、お互いそれまで、頑張って乗り切りましょ。まだ艦娘として仕事中なんだからね。」

「わ~かってるって。そっちこそ調子乗って哨戒任務またヘマしないでよぉ~?」

「う……わ、わかってるもん!」

 川内が肘でつついて茶化すと、暁は片頬を膨らませて取り繕った。

 

 偶然にも任務で知り合った川内と暁、身体的にも性格的にもこの凹凸激しい二人は、この短い時間にも関わらず、固い心的な繋がりを確かに感じあっていた。

 川内にとって、悔いるべき、心に影を落としかねない任務の行く末だったにもかかわらず、帰りの車内でどこか心地よかったのは、初めて他鎮守府の人間と友人になれたからだった。

 

 




ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=68726044
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1SKl2OuSBDMlN8kMwAjTKLuOCgrgl-RKCSMvqsUtntdg/edit?usp=sharing

好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏の合同任務2
登場人物


 館山で那珂と五月雨が観艦式を、川内が夜間の偵察任務をしている間、神通と五十鈴は鎮守府に残って長良・名取両名の訓練の監督に頭を悩ませていた。やがて鎮守府に残った4人と提督は、ある事態に巻き込まれる。


【挿絵表示】



<鎮守府Aのメンツ>

軽巡洋艦那珂(本名:光主那美恵)

 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。観艦式に参加するため川内たちとは別行動。練習中。

 

軽巡洋艦川内(本名:内田流留)

 鎮守府Aに在籍する川内型のネームシップの艦娘。夜間の哨戒任務に出るも、様々な遺恨を残してしまった。いいことと言えば、暁と友達になれたということと本人は強く思っている。

 

軽巡洋艦神通(本名:神先幸)

 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。鎮守府に残り、名取の訓練の面倒を見るが……。

 

軽巡洋艦五十鈴(本名:五十嵐凛花)

 鎮守府Aに在籍する長良型の艦娘。鎮守府に残り、長良・名取の訓練の総監督として務めるが……。

 

軽巡洋艦長良(本名:黒田良)

 鎮守府Aに着任することになった艦娘。

 

軽巡洋艦名取(本名:副島宮子)

 黒田良とともに鎮守府Aに着任することになった艦娘。水上航行がまともにできず、長良から大幅に遅れる。見てくれている神通に申し訳ないと思いつつも体と頭がついていかないためもどかしく訓練に取り組んでいる。

 

駆逐艦五月雨(本名:早川皐月)

 鎮守府Aの最初の艦娘。秘書艦。観艦式に出るため、那珂と一緒に練習した。館山には皆から遅れて到着。

 

駆逐艦時雨(本名:五条時雨)・駆逐艦村雨(本名:村木真純)・駆逐艦夕立(本名:立川夕音)

 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。夜間の哨戒任務に参加した。比較的おとなしい彼女らなりに、今回の件では考えさせられるものがあった。

 

駆逐艦不知火(本名:知田智子)

 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。夜間の哨戒任務に参加した。

 

重巡洋艦妙高(本名:黒崎(藤沢)妙子

 鎮守府Aに在籍する妙高型の艦娘。唯一の重巡洋艦。本合同任務では支局長代理(提督代理)として現地で那珂たちの取りまとめ役。

 

工作艦明石(本名:明石奈緒)

 鎮守府Aに在籍する艦娘。本合同任務には技師として参加。

 

提督(本名:西脇栄馬)

 鎮守府Aを管理する代表。関係各位と顔合わせの後、鎮守府に戻った。その後ある事態が起きたため、鎮守府のある検見川浜にずっといる。

 

黒崎理沙(将来の重巡洋艦羽黒)

 五月雨・時雨・村雨・夕立の通う中学校の教師。本合同任務には五月雨達の学校の部の顧問・保護者として参加。

 

<神奈川第一鎮守府>

村瀬提督(本名:村瀬貫三)

 神奈川第一鎮守府の提督。千葉第二、神奈川第一鎮守府両局の総責任者。違い鎮守府の艦娘とはいえ、危険を冒したり理にかなわないことをした者に対しては非常に厳しい。

 

駆逐艦暁

 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。川内と共に哨戒任務を経験。千葉第二の艦娘達より経験月数は遥かに多いが、本人の性格面でまだ幼いところがあり、背伸びしたがり。それが災いしてミスすることも実はしばしば。しかし基本的には戦績は駆逐艦勢の中では優秀。

 

戦艦霧島

 観艦式の先導艦を務める。何事も規程やマニュアルを根幹として進めたがる性格。しかし機転が利かないわけではない。OLとしての経験も長く生真面目な性格のため、振る舞いや物事への対処能力が村瀬提督から評価された。

 

天龍(本名:村瀬立江)

 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。村瀬提督の実の娘。館山イベント二日目の哨戒任務に旗艦として参加。千葉第二の川内とは、実は話し合ってみると意外と馬が合うかもしれない。

 

神奈川第一鎮守府の艦娘達

 鎮守府Aとは違い大人数のため、観艦式に参加する組、哨戒任務に参加する組、合同訓練に参加する組とそれぞれ存在。

 

<海上自衛隊、館山基地>

 

<千葉海上保安部>

 ある事態の際、千葉第二鎮守府に出撃要請を入れてくる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鎮守府に残った者たち

 那珂たちが館山に向けて出発した後、鎮守府では神通と五十鈴が長良・名取の訓練の監督役として二人を指導・サポートしていた。



 早朝に那珂たちを見送った後、神通と五十鈴は残った五月雨と不知火とともに本館に入り、執務室で今後の話をしていた。

「私はこの後神通と一緒に、長良と名取の訓練をする予定よ。二人は……一体何の用事があって残ったの?」

 そう五十鈴が尋ねると、五月雨はややふんぞり返って答えた。

「実はですねぇ~、不知火ちゃんの学校の人たちが来る予定なんですよ。ね、不知火ちゃん?」

「(コクリ)都合がやっとついたから。」

 先日行われた艦娘の採用試験にずっと携わっていた五十鈴はそれだけですぐに気づいた。普段察しがよい神通は完全に蚊帳の外の話題だったためか、頭の上に?をたくさん浮かべて視線を行ったり来たりさせている。

 

「もしかすると、近々艦娘が増えるかもしれないってことよ。よかったわねぇ神通。あなたはあっという間に先輩艦娘になるのよ。」

 五十鈴のやや茶化しが混じった説明に神通はゴクリと唾を飲み込んで緊張し始める。

「もう……次の人たちが入るんですか?」

「いや~もしかしたらってことですよ。不知火ちゃんのお友達がホントに同調に合格できるかわからないですし。でも合格してくれると、私はもちろんですけど、不知火ちゃんはもっとうれしいよね?」

 神通の恐々とした確認を聞いて五月雨はフォロー的な言葉をかけるが、本音は神通への気にかけよりも、不知火との喜びを共有しあう方が上だった。五月雨から同意を求められて不知火はコクコクと連続して頷く。

 

 神通は知らぬ人が増える現実に一抹の不安を覚えた。学校とは異なり、今まで知らぬ関係・他人だった人物が同じ組織に加わる。同じ運命共同体として活動する。神通はアルバイトをしたことがないが、両親の経験を聞いて間接的にではあるが働くということ理解しているつもりだった。

 しかし所詮話だけのこと。真に理解に至ってはいなかったのだと気づいた。ろくに任務も出撃もこなしていないのにもう後輩だなんて、諸々の責任や変なプライドで今から不安で仕方がない。

 とはいえいつまでも考え込んでいるわけにはいかない。

 

 神通は俯いて密かに悄げていたが、当面のやるべきことを思い出して自分に言い聞かせる。自分は決して不出来ではない。やれる。だからこそ、あの年上の後輩を見て奮起できたのだ。

「い、五十鈴さん!早く、やりましょう。二人の訓練。」

「へ?どうしたのよいきなり。まだ来てないから無理よ。落ち着きなさい。」

「そ、そう……ですよね。わ、わかりました。」

 五十鈴は悄げていた神通がなぜ急にやる気に火をつけたのか呆気にとられた。しかしこの神通も、後輩を持つことによる心境の変化や身の振り方を考え始めていることなのだろうと、他校の人間ながら、微笑ましく思っていた。

 

--

 

 その後長良と名取が到着し、基本訓練が始まった。神通がやることは、水面に立てるようになったものの未だ満足に水上航行をできないでいる名取のサポートだ。今日も今日とて、名取が危なっかしい腰つきと足で水面に立ったはいいが進むに進めぬ様を眺めるだけである。

 いつになったら先に進めるのだろうと、普段我慢強い神通もはっきりと苛立ちが顔に表れ始めていた。五十鈴は完全に役割を分けたのか、長良に訓練の説明をしている。この日の長良の訓練は、砲撃の訓練だった。

 自分たちの時は訓練する立場であった自分と川内が同じタイミングで訓練の説明を受けていたのに、五十鈴の訓練方針のなんと違うことか。那珂とはこれほどまで取り組み方が違うのかと神通は愕然とした。

 そしてチラッと名取の方を見ると、彼女は友人二人のほうを申し訳なさそうに、かつ羨ましそうに眺めている。サポートする立場としてこれほどやるせないことはない。

 何か思い切った行動が必要だ。そう感じたが、実際に訓練をするのは名取。自分に何ができるのか神通は悩みながら、この日も名取が何度目かのスッ転びをして服をびしょびしょに濡らすのを眺めていた。

 

 ピンクの花柄か。制服が白だと透けてしまうのだな。神通は目の前の名取の現在の状態を眺めてふとどうでもいいことに気づいた。 内気な彼女のことだ。直接指摘したらきっと慌てふためくだろう。水面の浮遊すら解けて危ないかもしれない。リアルの友人たる五十鈴か長良に後で指摘してもらおう。

 

 

 神通は、何度隣の水域から砲撃の音を聞いたかわからない。試しにひっそり数えていたが、20発を越えたあたりから数えるのをやめた。そんなことで気を紛らわしても名取の様子は変わらないし、単なる現実逃避だと気づいたためだ。

 一つ気づいたことがある。五十鈴がこちらにチラチラ視線を向けてきている。名取を自分に任せて長良の訓練をするがままに進めているのに、名取を半ば見捨てたような態度を取っておきながら、実は気になっているのか。

 やはり友人のことだから鬼になりきれていないのだろうか。そう思うと笑ってしまう。

 

「ど、どうしたの神通ちゃん。やっぱり私の出来が悪いから……笑っちゃうんだよね。」

嘲笑がハッキリ表に表れていたのか。神通は名取の勘違いを受けて焦った。

「い、いえ。そうではありません。ただ、名取さんの友人のちょっとした姿が気になったもので。」

 神通の簡単な説明で当然わかるわけがないのか、名取は顔と頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。

 

--

 

 やがて五十鈴が長良とともに言葉を投げあいつつプールサイドに向かってきた。

「あ~~楽しかったぁ!やっと砲撃の訓練に入れたぁ。主砲ってやつ撃つのめちゃ楽しい!これ弓道部とかと同じかなぁ?」

「同じなわけないでしょ。あっちはきっと弓を射るために精神力とかを鍛えて射ること自体が最大の目的だからそれにうんと集中してやらないといけないんでしょうし。私たちは敵を倒すために集中するのと素早い撃破をするっていう二兎を追わないといけないんだから。楽しいとか言っていられるのも今のうちなんだからね。」

「まったまったぁ~。りんちゃんだって深海悽艦倒してスッキリストレス解消するの楽しんでるくせにぃ~? 今思うと、たまにりんちゃんが学校にちょースッキリ朗らか笑顔で登校してきてたのって、前の日に深海悽艦に勝ったからなんだよね?」

 肩をすくめてギクリとする五十鈴。アホな友人のまれに鋭い指摘に慌てたのか必死取り繕うと、長良はケラケラと口を半月並に開いて笑顔を見せた。

 

 神通と名取が訓練をしているのはプール設備の出入り口付近のエリアだったため、戻ってくる五十鈴と長良の二人は必然的に神通と名取に近寄る形になった。そして神通は五十鈴と視線が合う。

「そっちはまだ水上航行なのね?名取の運動神経の悪さにはさすがの神通も手を焼いてるってことなのかしらね。」

 そのあまりに他人事のような物言いに神通はカチンと来た。

「な、なんでそういう言い方するんですか? 二人の訓練の監督官は五十鈴さんなんですから、名取さんのこともちゃんと見てあげてください!」

「だって、あなた名取のことは自分が全部見たいですとか言ってたじゃないの。だから私はあなたを信じて任せているのよ。」

「そんな……それはあまりのも勝手じゃない……ですか! それになんでさっさと長良さんの訓練だけ、先に進めてしまうんですか! 二人に差ができてしまっても……いいんですか!?」

 

 次第に言い返し方が強くなる神通。しかし五十鈴は至って平然と言い返す。

「私の訓練方針は那珂とは違う、それだけのことよ。それにね、出来の悪い方に日程を合わせていたら、きちんと進められるはずの方に悪影響があるかもしれないから、私はできる方から進めることにしたのよ。これもリスク回避の考え方の一つ。尤も、出来がいい方、悪い方両方に一つのことを教えるなんて経験、普段の学校生活でも滅多にないから私自身手探りなのは否めないけどね。」

「い、五十鈴さんは、普段学校でお勉強を友達に教えるときに、成績が悪い方を見捨てるというんですか?」

「そんなことは言ってないわ。状況に応じて優先順位を考えているのよ。履き違えないでちょうだい。」

「詭弁に聞こえます。今、い、五十鈴さんが振る舞っているやり方は、名取さんを見捨てているように見えます……。」

「そういう見方をされるのは心外ね。もう一度言うけど、見捨てはしないし、そんなつもりは友人としてない。ただ、効率を考えてできる方を先に進めているだけ。」

 またその言い方をする。苛立ちが30%増しになった感じがした神通は食い下がる。

「だからその言い方が……気に入らないんです。お友達、じゃないですか。なんでそんな冷徹に見られるんですか?」

「私はそう思ったからそう言ってるだけよ。……人の気も知らないで……文句言って期待を裏切らないでちょうだい。」

 平然と言い返している五十鈴の言葉に怒気が混じってきた。やや声が荒げている。ただし最後のセリフは声のボリュームを思い切り下げたつぶやきになっていたので神通は聞き取れない。

 

 五十鈴の言い表し方は極端すぎる気がする。神通はそう思った。言葉尻で本音が全てが全て読み取れるわけでもない。その無理矢理な言い方を聞いてると苛ついてくる。わざととしか思えない。隠し方が下手なのか。真面目がゆえか、先輩である那珂とは大違いだ。

 あの人は本音をうまく隠してる気がするが、周りを丁寧に取り繕ってくれる。言い方自体はわざと軽口を叩いて苛つかせることがあるが、それもあの人の性格と考えあっての振る舞い方だ。同じ苛つかせ方でも五十鈴は何もかも那珂とは違う。

 五十鈴とはこんな人だったのか。冷静ではあるが目の前で瞬時に声を荒げたり暴言とも取れる言葉を静かにひねり出してくる。

 情緒不安定。神通はそう感じていた。

 自身の基本訓練の時は、親身になって対応してくれた。あの時の真面目で熱心で相手を思ってくれてそうな姿は、少なくとも今の五十鈴からは見て取れない。

 なんだかガッカリだ。

 

「何か含みがあるなら……私に頼む前に、ちゃんと話してください。お友達ではないのですから、五十鈴さんの思いとか、口に出してくれないとわかりません。五十鈴さん、隠すの下手でしょ? ……那珂さんだったら、もっとうまく振る舞ってくれるでしょうが。」

 神通は目を細めて下唇を噛んでジトっと睨みながら言った。後半の言葉は硬い表情を僅かに解き、小さくため息をつきながら呆れ顔で何気なく言った。

 その瞬間、五十鈴の上瞼がピクリと引きつった。

「ちょっと待ちなさい神通。なぜ那珂が……?」

「え?」

 那珂の事を頭に半分思い描いて比較していたために思わず口に出してしまった。しかし別に何か問題でもあるわけではないだろうとなんとなしに適当に構えていたら、五十鈴は突然ヒステリックな勢いで語気荒く言葉を浴びせてきた。

 

「なんで那珂と比べるのよ!!これは私たちの問題なんだから!」

 

 思い切りプールの水面を蹴ったために水しぶきが辺り四方八方に撒き散らされる。

 突然声を荒げる五十鈴に、神通はもちろんのこと、長良と名取も唖然とする。五十鈴はハッと我に返り俯きながら謝った。

「「りんちゃん!?」」

 友人たる長良と名取が真っ先に反応した。

「い、五十鈴さん? え、えと……どう、されたんですか?」

 神通が続いて反応してそう尋ねると、五十鈴は顔をあげるがハッキリとは触れない。それどころか、これまでの強気な態度はどこへやらといった様子でしどろもどろになって取り繕う。そして後ずさる。

「あ……う、その……ごめんなさい。なんでも……ないわ。気に、し……ないd……あぁもう! ちょっとゴメンなさい。」

 

 五十鈴はプールサイドから離れ、演習用水路のそばまで一気に駆け去り、やがて完全に姿を消した。

 神通はもちろん、長良と名取も何が五十鈴に起こったのかちんぷんかんぷん、思考も何もかも置いてけぼりになった。

「え~っと、アハハ。りんちゃんってばどーしたんだろうね? えぇと……あの。あたしりんちゃん見てくるね!」

 長良は明るく弾む声ながらも、セリフに不安の色が混じらせている。そして五十鈴を追いかけてプールサイドから離れていった。長良は初めて使う演習用水路へと向かっていったが、神通はその初体験を心配する余裕がなかった。

 対して名取は俯いたままだ。神通は視線を送るが、これといって良い反応を示せず、まごつくことしか出来なかった。

 

 

--

 

 数分経ち、戸惑いつつも気持ちを切り替えて訓練を再開しようと動き始めた矢先にプールサイドのフェンスの先、つまりプール設備の外から男性の声が聞こえてきた。

 提督である。

 

「おーい、神通。」

「て……提督!? 館山行ったのでは!?」

 すると提督はフェンス越しに答えた。

「いや、紹介だけ済ませて一旦帰ってきたんだよ。これからまた五月雨と不知火を送らないといけないから、一応君たちに知らせておかないと思ってね。って、あれ? 五十鈴は?」

 

 提督が戻ってきていた。

 神通は自身の時計を確認すると、すでに昼を過ぎていた。なるほど、集中していてこのプール以外の出来事なぞまったく知らなかった。

 しかし提督の事情よりも、今は大事なことがある。それを伝えなければいけない。提督が姿を見せたのは好タイミングだ。

 神通は提督との少しの会話の後、改めてゴクリとつばを飲み込んで深呼吸をした後、口を開いた。

 

「あの……提督。ちょっとお話したいことがあるんですが。」

「うん?なんだい?」

 

--

 

 神通は途中途中、間を置きながらゆっくり説明を進めた。彼女の口が止まったことを確認すると、提督は表情を真面目に切り替えた。

 

「そうか。五十鈴の態度、ねぇ。」

 提督はそう言いながら胸の前で腕を組んだ。そしてまた言った。

「神通は、五十鈴のことがもう信頼とか一緒にやろうとはできそうにないかい?」

「え?」

 相手への不満を告げ口してしまえば、当然聞かれる可能性が高い質問。なんとなく想定していたがその質問への回答を覚悟していたわけではないので返事に詰まってしまった。やがて神通のか細い声が返事を生み出した。

 

「いいえ。そういうことは……ありません。まがりなりにも私の時にサポートしてくださったので、信じたいです。力になりたいです。けど……今の五十鈴さんはなんだか、嫌です。」

「ゴメンね。神通ちゃん。」

 突然背後から謝罪の声が聞こえた。神通が振り向くと、名取がいつものオドオドした態度を2割増しして申し訳無さそうにしている。神通の反応をそのままに名取は続ける。

「りんちゃん、ちょっと言い方きついときあるし、真面目過ぎて頑固で融通聞かないときあるんだけど……普段は友達思いの優しくて良い子なの。あとは……ちょっといいカッコしぃかな。」

「名取さん……。」

「そ、それにね、きつい言い方してくるりんちゃんこそ、本当のりんちゃんなの。本当のりんちゃんを見られるってことは、心許してくれた証拠だと、思うな。私もりょうちゃんも、りんちゃんの本性見るまで結構かかったもん。なんだかきついツッコミしてくるなぁって思って最初は戸惑ったけど、私達に対する心配とか気遣い・優しさは今までどおりだし、むしろホントに友達のこと気にかけてくれてるってわかりやすくなって、変に丁寧な頃のりんちゃんよりも気兼ねなく付き合えるように、なったよ。」

 そういう名取の表情は、訓練時よりも明るい。しかし神通は、五十鈴の名取への言い回しやその“ツッコミ”がどうしても許せない。

 神通がでも…と食い下がると、名取は続けた。

「もしかして……まだ気にしてるの? りんちゃんと私の接し方。」

 神通はコクリと頷く。

「私は実際気にしてないよ。だって友達だもん。実際ね、りんちゃんやりょうちゃんくらいなの。私がドジ踏んだりノロノロして周りに迷惑をかけてるってちゃんと伝えてくれるのって。だから、私は普段のりんちゃんが、好きなんだぁ……エヘヘ。ちょっと恥ずかしいね。」

 

 なんでヘラヘラ笑っていられるんだこの一学年上の後輩は。神通は心底疑問に感じた。自身には和子しか友人がいなかったからわからない。そして悪口言われてるのに平気だというその心構えが理解できない。

 その思いは表情に表れていたため、提督が気づいて確認のため問いかけた。

「俺としては名取がそう言ってるんだからその関係を尊重して見守ってあげたいんだけれど、神通にはまだ何か不満があるのかい?」

「……私はやっぱり、他人にきつく当たるのは許せません。友達同士ならなおさらじゃないんですか?」

 

「友達ってさ、別に仲良しこよしってだけじゃないんと思うんだ。仲良くなった相手にはあけすけにストレートに言ってくるやつもいる。俺自身、学生時代の友人にストレートにガシガシ言ってくるやつがいてさ。他にも一筋縄じゃいかない友人もいたよ。そんな色んな性格のやつらと付き合っていく上で、波風が立たないわけがないんだ。俺だってそんな交友関係多くはないけど、それなりに色んな性格のやつと付き合ってきたし、後からしたら笑い話にできる戦々恐々としたエピソードだってある。いろんな付き合いがあって今の俺がいるんだ。」

 提督が明かす友人事情の一端。神通は内容よりもその境遇の違いにショックを受けた。自分では到達できない高みにいるのが提督だったり、五十鈴だったり、そして那珂だったりするのだろう。もしかしなくても、年下組の五月雨たちや不知火にも勝てそうにない。神通は改めて提督の方を見ようとしたが、眩しくてまともに顔を見られなかった。せいぜいワイシャツの襟元くらいの高さまでしか視線の角度をあげられない。

 

 友人のことに対して明るく話せる提督や名取と同じ場にいて、神通はなぜ今まで友達を作ってこなかったのか、悔しくなった。五十鈴の本性も理解できないし、涙を浮かべたはずなのに五十鈴を笑って許せる名取を理解できない。

 

 ここまで思ってもなお、神通は五十鈴に対して納得できない。

「でも……でも……」

 その言葉を聞いて提督も名取も口をつぐんで、ただ呆れの表情を持って眺めていた。

「君も結構頑固だねぇ。はぁ……どうすれば五十鈴を許せるんだい?」

「五十鈴さんには名取さんに謝ってほしい。いくら五十鈴さんの口調が厳しいとしても、名取さんには丁寧に接して欲しい、です。」

 そう言った神通を提督は珍しく語勢を強めて諭した。

「それ以上はおせっかいだと思うぞ。」

「おせっ……かい?」

 似た指摘を以前受けた気がする。

 

「君には君なりの挟持…思いがあって、五十鈴と名取に仲良くして欲しいということなんだろうけど、二人には二人の思いがあるし、付き合い方がある。君の意見を通そうとする前に、相手のつきあい方振る舞い方をきちんと理解しておくべきだ。」

 そう諭す提督の表情はやや険しい。親以外の大人に初めて強く諭されて神通は瞬時に泣きそうになった。怖い。しかしその一歩手前で踏ん張る。提督はそんな神通を見てため息混じりに言った。

「俺は教師じゃないし本当は艦娘同士の関係についてあまり口出ししたくないんだけど、言わせてもらうよ。神通、君はもうちょっと相手をよく見たほうがいい。表向きじゃなくて、相手との距離感というのかな。それによって相手の気持ちにも気づきやすくなる。相手と互いに気持ち良いことを言い合うだけが付き合いじゃないんだぞ。」

 

 提督の言葉が突き刺さる。痛い。自分にとって当たっていることだから?

 感情がこんがらがってきて涙が出てくる。

 悔しい、言い返したいけど言い返せない。何を言っても提督には流されてしまう気がする。

 

 黙って俯いて思いを巡らせる神通をよそに提督はさらに続けた。

「那珂や四ツ原先生からの報告で、君はその……あまり交友関係が豊かじゃないということを伺っている。だから人付き合いもあまりうまくいかないところもあるんだろう。……本当なら君自身の力で五十鈴の思いを知って仲直りしてほしいところだけど、二人のためにも話しておくか。」

 

 また叱られた。しかしそれで神通が一憂する間もなく、呼吸を整えた提督が再び口を開いた。

「実はね、今回長良と名取の訓練に際して、五十鈴からある相談を受けてたんだ。」

 

 

--

 

 意外な話が舞い込んできた。神通は俯きながら目を見開き、反芻して尋ねた。

「ある……相談ですか?」

「あぁ。それはね、二人の訓練は全部私が見る。誰の力も借りたくないって。最初俺はそれを聞いて、せめて那珂を頼ったらどうだって言ったんだ。神通たちの訓練の時は那珂は五十鈴に手伝ってもらったんだしね。それ言ったらさ、すげぇこっぴどく怒られちゃったよ。普段は淑やかにしてた五十鈴しか見たことなかったから、いいおじさんなのにびっくりして泣きそうになっちゃったよ。」

 固くなり過ぎないようにおどけつつ独白する提督。途中の体験談、神通は自身にも当てはまることを見出した。

 五十鈴に突然怒られた。

 さすがに那珂がキーポイントなのはわかるが、なぜなのかがわからない。

 

「けど俺はめげなかったね。強気な五十鈴もまた味があってかわ……ゲフンゲフン。強気なのになんだか脆そうでさ。じっくり優しく問い詰めていったんだ。そしたら、那珂に頼られるのはいいけど、那珂に頼るのは嫌だって。これまで数ヶ月、那珂と五十鈴は結構仲良くやってたの俺は知ってるし、なんでそこまで那珂に頼るのを嫌がるのか俺は本気でわからなかった。本当の気持ちはどんだけ問うても教えてくれなかったけど、気持ちのいくつかだけは教えてくれたんだ。」

「りんちゃん頑固ですしね……。」と名取はつぶやきながら提督の言葉に耳を傾け続ける。

 

 二人の小さな反応に相槌を打って提督は続けた。

「これは私の姉妹艦、長良型の問題だから、誰にも頼りたくないんだって。それに親友の二人を艦娘に鍛えあげなきゃいけないんだから、自分がやらなきゃいけないんだって。並々ならぬ意気込みを感じて、俺何も言えなくなったよ。」

 神通はなんとなくわかってきた気がした。しかしそうであれば、なぜ那珂でなく自分が頼られたのか。

 疑問はするりと口から漏れ出した。

「……とするとなんで、私が頼られたんでしょう……?」

 

「おぉ、そうそう。この話には続きがあるんだ。それから数日経った日、また五十鈴から相談を受けたんだ。前に相談を受けた時とは打って変わって悄気げて弱々しい姿だったからびっくりしてしまってさ、どうしたんだって聞いたら、うまく指導できそうにないって。二人が等しく進められないのは自分の指導力が足りないせいだって悄気げてしまいには泣かれてしまったんだ。」

 その告白を聞いて思うところあったのか、名取が口を開いた。

「もしかして……私のせいかもしれません。やっぱ私、りんちゃんに迷惑かけてたんだぁ~。りんちゃんってば私たちにだって弱音吐いてくれないからわかんないときあるもん……。」

「俺としては誰が悪いとか良いとか決めつけたくないから、どう慰めの言葉をかけようか戸惑ったよ。五十鈴の真面目さと責任感の強さをわかってたつもりだから、どう慰めてもまた泣かれそうでさ。」

「それで、どうされたんですか!?」

 名取はいつのまにか神通と同じ並びに立っており、上半身をやや前のめりに傾けて提督のセリフを待ち望んでいる。

「その場の勢いで口走ったから細かい言い回しまでは正直覚えてねぇわ。まぁなんとか聞く耳持ってくれたからよかったけどさ。」

 照れくさかったのか、提督は肩をすくめておどけて続ける。

 

「……コホン。正直さ、五十鈴が弱音を吐いてくれたことが内心嬉しくて、かなりドキドキしちまったよ。あぁいや、変な意味じゃなくてだな。俺の艦娘の運用の考え方とでもいうべきかな。自分の限界をちゃんと理解すること。一人で無理やり進めようとはせず、できないことはできないとちゃんと伝えること。できなかったら誰かを頼って一緒にやっていこう、相談して知ってもらおうじゃないかというのが、俺の信条。俺自身がそんな出来る人間じゃないからっていうのもあるけどね。そういう考え方だから、その時五十鈴が正直に弱音を吐いて頼ってくれたのが、すごく嬉しかったんだ。俺のやり方で艦娘になった人たちを助けてあげられる、戦いにいけない俺だって、みんなの役に立てる、俺のやり方は間違っていなかったって。」

 神通は提督の考えを聞いて感心していた。ただなんとなく艦娘制度に関わって、自分たち艦娘となった人間にただ意味なく優しく接して管理しているのではない。その実ちゃんと信念があって関わっている。

 それを知ることができた神通は心の奥底にほのかに熱いものを感じ始めていた。

 

「そんで必死に考えてアドバイスしたんだ。自分だけでできそうにないってわかったんなら、素直に誰かに頼りなさいって。先回那珂に触れて怒られたから名指しは避けたよ。自分の思いを理解してくれそうで、一緒に取り組んでみたいって思える人に頼れ。それは恥ずかしいことじゃない。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥っていうじゃないかってね。」

 そこまで聞いて、神通も名取も一人の人物名を出した。

「それが……私だったのですか?」

「それが、神通ちゃんなんですか?」

 

「あぁ。正直、予想の範囲内だったから、あまり驚かなかったよ。理由を聞いたら、こう答えた。あの娘なら私と同じく真面目に集中して取り組んでくれる。それになにより私の思いに答えてくれそうな気がするって。」

「思い?」

「あぁ。まぁ~言葉濁してそこは教えてくれなかったけどな。本人の思いが伝わるか否かは別としてそう期待をかけているなら、本人にお願いしてみればいいって言ったら、やっと顔をあげて落ち着いてくれたよ。で、念押しなのか年下の神通に頼るのは問題ないのか、間違っていないのかって聞いてきたから、自信を持つように言い聞かせた。それでもあまりよくない表情をしてたから、そうっと耳打ちしてやったよ。どうせ頼るなら、長良か名取の一人を全部任せてしまうくらいの勢いと度胸でいけってね。きちんと役割分担してお互いの負担をカバーするのが大事と思うからね。」

 

 全部任せる。

 

 神通はその言葉に引っかかった。もしかして、五十鈴は提督のアドバイスを忠実に実施していたのか?

 だとすれば態度の豹変も納得できる。何かの本で読んだことがあるが、弱りに弱り切った時に身近な異性に優しくされると、相手に惚れやすい・従いやすいと。相手の言葉がなんでも自分にとっての最良のアドバイスに聞こえ、全て信じてその身に留め置きやすくなる。

 それでなくても、五十鈴の気持ちは(偶然に)知ってしまっているので、知らない世界の知らない思いの駆け引きではない。

 

 提督のアドバイスが五十鈴の行動を変えたのは確かだ。しかし腑に落ちない点がまだある。

「あの……それで、五十鈴さんが私にかけた思いって……?」

「いやいや、そこまでは知らないよ。まぁ、それは神通が本人に尋ねるべきことだと思うな。仮にそれを俺が知っていて話しちゃったら、なんだか二人の関係進展に水を刺すようで無粋だ。」

 手の平をひらひら掲げてそう言い返す提督。

 

 この口ぶり、多分提督はもう少し何か知っているのだろう。神通はもう少し確認したかったが、さすがに昼も過ぎ、フェンス越しの立ち話を提督という大人の男性にさせるのは申し訳ない。提督からの話は得るものがあった、それだけでも良しとしなければ。

 

「まぁ、あの娘も大概無理しちゃう娘だからね。ハッキリズバズバ言ってくれるのは頼もしいけど、その強気の裏や脆さが見えやすいから、大人としてはちょっと気になってしまうんだよね。ま、そんな五十鈴だけど、嫌わないであげてな?」

 神通はコクコクと頷いて提督に返した。

 

--

 

 後は自分と五十鈴の間で解決しなければいけない。

 友達がいない自分にとって、仲直りがどれほど困難なことなのかわからない。ただここまで提督から事情を聞いてしまうと、さすがに己で行動しないといけないというのはわかる。

 五十鈴が嫌いなわけではない。むしろフィーリング的には好きなタイプだ。だからこそ親友たる名取への言い回しや態度が気になったのだ。それが本性とか素だとか言われても乱暴な物言いは好きではない。ただ冷静に捉えると、五十鈴の思いとやらを理解しないで、本性の五十鈴を受け入れられない自分が悪いのかもしれない。

 そして五十鈴が訓練の進め方で悩んでいたのは理解できた。提督の一声で変わったかもしれないというのもわかる。わかるが、訓練の進め方に悩んで、結果として自分を頼ってくれたなら、なぜそれを自分に言ってくれないのだ。那珂より自分を選んでくれたのなら、信頼してくれてもいいのに。

 

 そうやって考えを巡らせるうち、五十鈴への憤りの矛先が変わってきた。

 神通の怒りは、本性とされる五十鈴の乱暴な物言いよりも、悩みがあったならなぜ自分に相談してくれなかったのだという、怠惰な態度にシフトしつつあった。

 

 神通と名取は提督に挨拶をして別れた。提督はプール設備の外を本館の方向に歩いて消えていった。神通は名取に合わせ、プールサイドから屋内施設、そして道路と水路を使わず、艤装を装着したまま歩いて工廠に戻ることにした。神通と名取が工廠に戻り、技師に確認したところ、五十鈴と長良は先に本館へ戻っていったという。それを確認し、神通はホッと胸をなでおろして、名取を連れてゆっくり歩いて本館へと戻ることにした。

 

 しかし昼食を取るために待機室に戻ると、いると思われた五十鈴と長良の姿は見当たらない。

「いない……ですね。二人とも。」

「りんちゃん……りょうちゃんまで。お昼一緒にいこうと思ってたのにぃ。」

 素直に残念がる名取をよそに、神通は五十鈴の気持ちを察してみた。

 もし自分が先に戻ってきたとしても、気まずくて先に出かけるかもしれない。考えることは同じということか。だとしてもこれ以上をわざと追う必要はないだろう。どのみち午後の訓練が始まれば、話す機会がある。

 神通はそう楽観視して、名取とともにお昼ご飯を買いに本館を後にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神通と長良型の三人

 神通が名取の訓練指導中に提督が館山から戻ってきた。五十鈴との事、名取の訓練のことについて悩みを打ち明ける神通。それに提督は優しくも厳しく答える。


 昼休憩を終え、神通は名取を連れてプールに着いた。工廠で艤装を受け取り、プール設備出入り口から入ってプールサイドに姿を見せた。

 そこにはいるはずの二人の姿はない。デジャヴを感じた。

「……いないですね。」

 まさか待機室の時と同じセリフを呟くとは思わなかった。神通は困惑した。なぜ五十鈴はいない。まだ昼休憩が続いているのか?

 

 必死に状況を整理し、想像を張り巡らせていたところ、プールではない場所から砲撃の音が聞こえてきた。

 

(これって……まさか。)

「名取さん。ちょっとここで待っていてください。」

 

 名取の返事を待たずに神通はすぐに同調してプールの水面へと降り立ち、横断して海側の水路へと続く中間の通路に入った。そこからなら、ほとんど障害はなく工廠前の湾が見える。プール設備の方が海抜は高い。

 そして水路の上から神通が見たのは、湾の真ん中で的を使って長良に砲撃をさせている五十鈴の姿だった。

 

--

 

 神通は我が目を疑った。気まずいからといってここまでするのか。本性の五十鈴とはどこまでへそ曲がりなのだ。自分が悪いからと仲直りの心構えを整えていた神通はその思いが瞬時に瓦解するほどの怒りを湧き上がらせた。

 

 この私が至らなかったから、謝って仲直りしてあげようと思っていたのに。

 傲慢とも取れる解釈と思考を進めた神通はいますぐ行って話をしたい衝動に駆られた。しかしながら名取を置いてはいけない。自分に課せられた役割を思い返すと、神通は違う場所で訓練をしている二人をただ眺めることしかできない。

 その時、右後ろから声が聞こえた。

「あ、りんちゃんもりょうちゃんもあっちの海にいるんだね~。よかったぁ。」

「名取さん?」

「うん。私、てっきり二人に置いてけぼりになったかもって心配になったから、姿見れて安心したよ。」

 神通が右に振り向くと、名取がいつのまにか中間水路傍のプールサイドに来ていた。

 

「私も……二人みたいに海に出てああやって別の訓練したいよぅ……。私、いつになったら水上航行っていうのまともにできるようになるんだろ……はぁ。」

 神通はハッと息を飲んだ。初めてこの人からやる気をほのめかす一言を聞いた気がする。

 このおっとりオドオドほんわかな人はこの1週間と数日の失敗の毎日でも、先に進みたい欲求を諦めていなかった。

 自分の感じ方・思い方だけに囚われていてはいけない。今回の主役は自分などではない。名取と長良なのだ。とりわけ自分にとっての主役は名取だ。彼女のために動かないでどうする。

 神通は優先度を考えた。今は自身と五十鈴の会話よりも名取だ。同じ場に五十鈴たちがいないのは、むしろ好機なのではないか。

 

 そう決めた神通は、提督と別れる前に話した訓練の相談話を思い出した。

 

--

 

「それはそうと、ちょっとこっちおいで。」

 提督は手招きをして神通をフェンスの間近まで呼び寄せた。神通は一瞬後ろに視線を送ろうとするが、提督が手招きとウィンクをしたのでとりあえずフェンス側まで向かった。

 提督のいる外のほうが地面が低いため、神通はしゃがんで顔を近づける。提督は見上げる形にはなったが、相手が近寄って聞く体勢になったので一瞬外に向けていた視線と顔をプール側に向け直して再び口を開いた。

 

「あのさ……って、うおぉ!?」

「え!?」

 

【挿絵表示】

 

 

 神通は提督がのけぞり、瞬時に顔を赤らめたのを目の当たりにした。突然態度を変えて照れを見せている目の前の相手に呆けていると、提督は戸惑いながら弱々しく神通に告げた。

「えぇと……あの~、非常に言いづらいんだけど、その座り方だと……俺の目の位置だと…………が見えてしまってね……」

 

 神通はさらに呆けてゆっくり視線を下に下ろす。提督の最小のボリュームの声で言われたことの意味を瞬時に理解した。

 

バッ!

 

 すぐに立ち、座り方を変える。そして神通は頬を赤らめながら一言、謝った。

「も、申し訳……ございません。殿方に……みっともない体勢を。」

 普通の女子高生ならば相手をやり込めるほどのセクハラ指摘をしそうなものだが、神通は低頭するかのごとく申し訳無さそうに謝ることしかできなかった。そもそも自分の下着が見られた見られない等の悶着なぞ今まで一度も体験したことがなく、またその手の騒動には無縁だったため、反応に困ってしまう。

 そのため提督に対して、怒るなどという反応は神通の辞書にはない。

「あ、あぁ気をつけてね。俺もうっかり覗く形になってしまってすまない。」

 中学生かよと思うかのごとくお互い赤面して頷き合う提督と神通だった。

 

 

--

 

 気を取り直して提督は問いかけた。

「ええと、当の訓練はどうなんだい? 一応五十鈴から毎日報告は聞いてるんだけど、たまには君たちから生の声をね?」

「え……と、あの。思うように進ませてあげることができていません。私の力不足です。長良さんは……五十鈴さんが担当していて先に。」

 神通が申し訳なさそうにオドオドと報告を口にすると、提督は明るい声で返してきた。

「そうか。まぁ遅れなんてあまり気にしないでいいよ。厳密に期限が決まってるわけじゃないんだから、その人のペースややる気に合わせて着実に、ね?」

「は、はい。それはわかっているのですが……やはりサポートする身としては……」

「不安かい?」

 提督の問いに神通は言葉なくコクリと頷く。それを確認して提督は続けた。

 

「ちなみに神通は名取をどのようにサポートしているんだい?」

 提督のさらなる問いかけに神通は呼吸を整えて一拍置いてから答えた。

 名取が転んだ時に立つのを助けたり、アドバイスをしたことを連々と述べる。アドバイスに関しては何度同じことをしたか覚えていない。おおよその回数を大げさにして提督に報告した。

 すると提督はまゆをひそめて苦笑いとも怒りとも笑顔ともつかない微妙な表情を作る。神通はその顔を見て、何かまずいことを言ったのだと察し静かに待った。

 

「そのサポートは……ちょっと違うな。いや、広い意味で見たらそういう行動もサポートなんだろうけど、君のサポートはちゃんとした意味での支援とはまだまだ言えない。」

「……え?」

 褒められるとは思っていなかったので多少の心構えはできていたが、提督の言った意味がよくわからず一声変な反応をしてしまった。提督は目の間の少女の反応を待たずに続けた。

「サポート、つまり支援っていうのはさ、単にその人が困ったときに助けてあげるだけじゃなくて、その人の環境、つまり周りの物事を整えてあげることも、支援なんだよ。」

 

「その人が……困ったとき、だけじゃない?」

 神通は提督のそのアドバイスにグサリと胸に何かが刺さったように感じた。その捉え方はなかった。

「あぁ。行動の後だけじゃなくて、行動の前にも助けられるようにするんだ。君はみんなの訓練の指導をしていく上ですでに気づいているものかと思ってたけど……どうだい?」

 提督の言葉に神通は頭を横に振った。そして思い返す。

 これまで神通がしてきたのは、名取の水上航行の練習を見て、アドバイスを与えて、そしてまた見るだけだった。たまに立ち上がるのを補助してあげるくらいだ。

 今までの自分の行いを振り返ってみると、そこまで深く考えてサポートという立場に立って行動はしていなかったと気づいた。提督が言う支援には程遠い。

 

「そうか。それじゃあこれからだ。これからそうしてあげればいい。」

 あっさり言う提督に神通は尋ねた。

「え……と、具体的にはどうすればいいんですか?」

「名取が取り組みやすいペースや環境を作ってあげるといいんじゃないかな? あるいは、君自ら率先して動いて何かを見せてあげる。一緒に体験してあげるとか。まぁやり方は色々だな。というか五十鈴と訓練の進め方を相談しなかったのかい?」

 神通は頭を横に振った。

「話し合うことも、サポートをする上では大事なんだよ。君たちの基本訓練の時は、那珂と五十鈴はしょっちゅう話し合ってたぞ。君たちが見えないところ、俺が知らないところでね。あの二人はかなり綿密に考えていたみたいだ。それでも100%の成果をあげられなかったって反省を最終報告ではしていたよ。」

 

 当時の指導役であった那珂と五十鈴の苦労が今になってわかった気がした。

 とはいえ先の通常の訓練では、自分はカリキュラムを作成して那珂と時雨・五月雨に伝えて確認してもらっただけで、実際の指導は那珂と時雨が行っていた。だからまだまだ二人の本当の苦労を理解したとは思えない。

 結局同じ意識のまま、名取の訓練のサポートに取り組んでいるにすぎない。

 

 神通は提督の言葉を受けて必死に思い返し、自分が至らなかったのを反省した。

「あまり深く考えこまないでくれよ。もうちょっと気楽にさ。なんだったら俺も一緒に見てあげるからさ?」

 提督は神通が眉間にしわを寄せてさらに考え込んでいることに気づき、そう声をかけた。神通はまた大人に気を使わせてしまったことに気が咎めた。

「あ……いえ。あの、すみません、ご心配かけて。私、一人でやってみます。」

「そっか。うん。期待してるよ、頑張ってな?」

「……はい。ありがとうございます。提督のアドバイスで……うまくできるかもしれません。」

 

--

 

 長く思い返したようなわずかな回想、神通は提督のアドバイスを反芻した。

 

・名取が訓練しやすい環境を作ってあげる

・疑似体験させる

・見ているだけではなく、自ら動くことが大事

 

 提督が言いたかったのはこういうことだろう。アドバイスの重要点を必死にまとめた。

 そして神通は顔を上げてしっかり名取を見た。

 

「あの、名取さん。私と一緒に水上航行しましょう。私が手を引いて動きますから、名取さんはバランスを取ることだけに集中してみてください。」

「え? じ、神通ちゃんと一緒に? それって……」

 

 名取が疑問を感じて俯くより早いか、神通はすぐさま名取に接近し、右手で彼女の左手を手に取り、プールの先を見据えた。神通が手を引っ張って方向を整えたため、神通の一歩右後ろながら、名取も自然と同じ方向を向く。

 突然の行動に名取が戸惑いながら問いかけた。

「うえぇ!? あの、えと……神通ちゃん?これからどうするの?」

「……こうします。」

 

スゥーーー……

 

 神通は名取の左手をギュッと握りしめながら、一歩右足を前に踏み込み、左足の艤装の主機に念じ、推進力をゆっくりと発生させた。やがて最初に踏み込んだ右足に左足が並ぶ。そして左足が一歩半分前に出たと同タイミングで右足の主機からも推進力を発生させて水上を滑るように航行し始めた。

「ふわぁ!!ちょ、神通ちゃん!!」

 

 名取は神通の右後方で足をつっかけて転びそうになるが、神通が速度を調整したおかげでもう片方の足を前に出して必死に神通に追いつかんと耐える。神通は名取の足元から水が跳ねる音を聞いた。跳ねる音はその後神通自身と同じような水を静かに切ってかき分ける音に変わる。それを聞き届けると神通は速度を上げた。

 

「速度、徐行から歩行に移行します。名取さん、姿勢ですが……立ったままで、気持ち的には重心を足元に思い切り下げるイメージで。私が手を引いていますから、少し私の手を引っ張るくらいしゃがんでしまってもかまいません。艤装が自動的にバランスを取ってくれますから、私を信じて、任せて。」

「う、うん。」

 ハキッとしたしゃべり方で、優しさが数%消えたような、しかしながら確かに自身の身を案じてアドバイスをして引っ張ってくる神通に対し、名取は相変わらず戸惑うことしかできない。

 神通はチラリと右を振り向いてアドバイスをする。名取の表情までは見えない角度なので、神通は名取がうまくバランスを取れていることだけを簡単に確認してすぐに視線を進行方向に戻す。

 

 プールの対岸に近くなってきた。空母艦娘用訓練設備側のプールサイドだ。完全に到達する前に神通は身体を左に倒し、足の艤装の主機をほんの少しだけ11時の方向に向ける意識をする。

 緩やかなスピードで神通は左へ曲がりだした。牽引されている名取はほんの僅差遅れて左へ曲がりだす。名取本人的には速度が出ているということはなく、ただひたすら神通に身を任せ、後は転ばないようバランスをとっているだけである。

 しかし艦娘としての本分である水上航行の気持ちよさは味わっていた。

 

「うわぁ~~。すごい。これが……みんなが見てる、水の上なんだぁ~。」

 神通は右後ろから名取の今までにない明るくはしゃぐ声を聞いた。おっとりとした声は誰かさんを彷彿とさせる。彼女も最古参といいながら、若干不安な面があった。あれでもう少し口数が少なく物静かであれば好きなタイプだが、そんな好みは自身が手を引くこの一学年上の後輩艦娘が体現していた。

 

「どう、ですか? 水の上を自由に動くのって。」

「うん! とっても楽しい!こんなことができる人たちがいたんだなって思うと、なんだかとってもワクワクしてくる!」

「よかった……。その楽しいという気持ち、大事です。」

「うん。」

「その“楽しい”を、名取さん自身の身で実現して味わってみたいと思いませんか?」

「……うん。思うよ。自由にこんな楽しいことができたらなぁ~。りんちゃんやりょうちゃんはすでにできてると思うと、ちょっと悔しい。」

 

 名取の言葉に神通は満足気に微笑み、そして緩やかに速度を落とし、徐行、やがて完全に停止した。

 

--

 

 手を繋いだまま、神通は名取の方を向いた。

「フフ。わかってもらえて、嬉しいです。」

「でも神通ちゃん。いきなり、どうしてこんなことを?」

 これまでただ見て、たまに立ち上がるのを助ける程度だった神通のやり方が午後になって急に変わったことに、さすがに名取もおかしいと気づく。

 神通は提督と話したことは伝えず、代わりに自分の考えをかいつまんで述べた。

「今までのやり方では、名取さんに対して何にも身になる支援をできていなかったって気づいたんです。えぇと、その。うまく伝わるかわからないんですけれど、数週間前までは今の名取さんと同じだった私がここまで出来るようになったんだよっていう証拠をお見せしたかったんです。指導する側の人間が、なんにも見せないで、さあやりなさいって言ったところで、訓練する人はついてこないと思ったんです。」

 

 神通の告白を黙って耳に入れる名取。

 二人が停まったことで、プールの水面に発生していた波紋はほとんど消えて穏やかな水面に戻りつつあった。

 

「だから、私が水上航行する姿を間近で見せたくて。でもただ見せるだけじゃ名取さんにコツを掴んでもらうのは難しい気がして。それなら……私が手を引いて一緒に動いてもらえばいいんだって思ったんです。」

「……ありがと。神通ちゃんはすごいなぁ~。私運動音痴だから何やってもダメで。きっと私じゃあなたみたいになることはできないよ。今まで何に対しても避けて過ごしてきたし。多分そこが……積極的に動ける神通ちゃんと違うところだよね。アハハ……。」

 明るく振る舞いつつも哀愁を漂わせるその口ぶりに神通は素早く切り返した。

 

「そんなことありません! 私だって艦娘になる前は何に対しても逃げて……いえ、何もしてきませんでした。積極的だなんてとんでもないです。名取さんと違って、私には友達はほとんどいないし、根暗な自分に満足も不満も持たずに、ただ漠然と生きてきただけです。」

「でも……神通ちゃんは変われたんだよね?」

 名取の問いかけに神通はコクリと頷いて明かした。

「はい。」

 

 返事をしながら思い返した。神通自身、進みが遅くて川内に遅れを取っていたことを。それなりに訓練を積んで自信がわずかについた今でも川内や那珂に追いつける自信はない。

 それゆえ神通にできるのは、基本訓練以外の運動やそれまでの訓練の復習をただひたすら重ねることだけだった。そうしなければ、他人どころか今までの怠惰な自分にすら負けそうな気がした。

 神通は混沌とした思いを飲み込み、うまく伝わるかどうか怪しかったが頭のなかで整理して独白し続けた。

 

「今まで……何に対しても受け身で変わろうとしなかった自分がそこまでやれたのは……こんな私のお友達になってくれた那珂さん・川内さんの期待に答えるため、今までの生活ではあり得なかった人たちや世界を知れたことで、もっとこの世界を楽しみたいって思う、役に立ちたいって思えるようになったことなんです。」

「楽しみたい……気持ち?」

 

 神通は再び名取の手を握る強さを高める。

「はい。だから、さっき名取さんが感じた楽しいと思う気持ちは、大きな前進だと思います。楽しかったんですよね?」

 神通が凛とした目つきで名取を見ると、名取は弱々しくしかし着実に視線の角度を上げて神通の顔を見ようとする。

「……うん。さっき神通ちゃんに手を引いてもらって水上航行した時は、今までで一番楽しかったし気持ちよかった! りんちゃんに頼まれなかったら、艦娘になろうなんて絶対思わなかったし、あんなに楽しい体験出来なかったと思うの。正直……りんちゃんに艦娘のことで協力するって言ってから今のいままで、本当にこんなんでいいのかなって疑問に思ってたの。私、流されるのかなぁって。でもお友達だから断りづらいし、同じ高校の私達がお願いを聞いて艦娘になることでりんちゃんを助けてあげられるなら、私さえ我慢して済むならそれでいいやって。訓練始まって、私思うように動けなかったから、ますます自信なくしちゃって……。」

 やや鼻息荒く喜と哀が入り混じるセリフを口にし続ける名取。神通はそれをコクコクと相槌を打って聞いていた。

「でも、さっきの体験してやっと、私も艦娘やってみたいってはっきり思えたよ。りんちゃんやりょうちゃん、それから神通ちゃんたちと一緒に海の上を進んでみたい。ねぇ神通ちゃん、もう一度さっきみたいに手を引いて動いて……くれる?」

 

 神通は目の前の少女がついに自らの意思でもってやる気を示したことを目の当たりにし、俄然やる気に燃え始めた。その中の思いには、自分よりできないからという軽蔑の色を持っていたことを反省し、彼女のためになんとしても力になってあげるという、当初からの念を100%にしていた。

 

「わかりました。それではもう一度しましょう。」

 

 そう言って神通は今度は左手で名取の右手を掴んだ。掴むために水面を歩いて名取の右側に移動した。立ち位置が逆以外は、さきほどと全く同じ体勢になった。

 そうして始まった名取の手を引いた水上航行は、やはりさきほどとは逆に、今度は時計回りにプールを大きく回ることにした。

 

--

 

 同じことをもう一度行い、神通はひたすら名取に間接的に艦娘の水上航行の感覚を教えこませた。次の回で、神通は途中で手を離して名取についに一人で水上航行をさせるつもりでいた。

 しかし神通の考えは名取の発言に先を越された。

「あの……神通ちゃん?私、そろそろ一人でやってみようと思うの。」

「え? ……うん、わかりました。ちょうど、私もそう勧めようと思っていましたので。」

 

 神通は速度を落としてひとまず停止し、きちんと言い渡して名取に心構えをさせた。そして自身は名取の手を握り直す。が、今度は緩めに握っている。

「いいですか。ここからは、しっかりと想像してください。自分が、水上を滑っている様をイメージするんです。そうですね……スケートとか、スキーとかを思い浮かべるといいかもしれません。」

 自身が当時アドバイスされたことだ。結局自分もウィンタースポーツをしたことがなくイメージできなかった。

 何度名取に同じことを言ったか覚えていない。果たして今回はどう反応するか。

「う、うん。頑張ってみる。今なら……感覚が分かる気がするよ。」

 心よい返事がもらえたので神通はコクリと頷く。

 

 そして神通は今まで数回繰り返した通りに名取の手を引いて航行し始めた。しかし今度は途中で手を離して名取から離脱する目的である。

 プールの縦の直線上に立った。速度を緩めずにそのまま進む。名取を握る手を一端ギュッと強める。プール全長の約三分の一まで到達したところで、名取の手を握る力をゼロにし、自身の航行速度を一気に早めると同時に2時の方角へ逃れる。それらをほとんど同時に行った。しかし視線は名取に向くよう、すぐに進行方向を0時の方角に向けて直進し、いわば車線変更のように振る舞って名取の直進ラインから外れたことを確認すると左後方を向いた。

 

「そのまま進む勢いが続いてることを意識して!想像してください!!」

 神通がそう叫ぶ。すると名取はやや裏声じみた大声で叫んだ。

「は……ひゃぁあい!!」

 

 その直後、神通が目にしたのは、手を離す直前とほとんど変わらぬ速度で水をかき分けて水上をまっすぐ進む名取の姿だった。

 

「わ、私……でき、てる!? 進めてるーー! やった、やったよ~~神通ちゃああん!」

「はい! そのまま、まっすぐに。」

「はーーい。」

 

 名取は自分の意志で、自身の艤装のコアユニットに念じ、水上航行ができるようになった。名取の想像力は漠然としたものであったが、彼女の艤装はそのイメージを補完し、彼女に水の上を緩やかに進むだけの推進力を与えていた。

 名取を見続けてから一週間と2日、神通はようやく目の前の少女の今までとは異なる動きを見ることができ、喜びひとしおといった心からの笑みを浮かべる。

 

 その直後、止まる術を聞いていなかった名取がプールの対岸に激突してプールサイドに倒れこんだのは唯一のオチとなった。

 

--

 

 その後1時間かけて同じことを繰り返し、名取はようやく自分の力で発進から水上航行をできるようになった。ただ綺麗に止まることはできないため、必ずつんのめりそうになり、そのたびに神通が駆け寄って倒れ込みそうになる彼女の腰や肩に手を当ててカバーした。

 ほどなくして名取は足腰が悲鳴を上げたため体力の限界を訴えた。神通はプールサイドに促して腰をおろして休憩を取ることにした。

 

「どう、ですか? 自分の力で水上航行ができるようになってみて。」

 そう神通が尋ねると、これまでの根暗そうな反応とは打って変わって明るい、のんびり淑やかそうな振る舞いでもって名取は答えた。

「うん。楽しいよ。普通の運動とかも、こうして動けるようになると気持ちいいんだよね、きっと。」

「そう……ですね。私もそのへんは未だにわかりませんけど。」

「アハハ。お互い運動苦手だもんね。」

「私は……本気で運動の経験は体育以外になかったです。けど、艦娘になって本格的に身体を動かし始めたら、意外と動けたので……今まで自分の身体能力の可能性を奪っていたのかもしれません。そう思うと、無味乾燥な生活を送っていた今までの自分が憎いです。」

「私の場合は、本気で運動音痴だから、自分はずっとこのまま仕方ないんだって思ってたから、違うことでみんなと仲良くできればいいやって諦めてた。」

 一端深呼吸をして空気を整える名取。

「……私、神通ちゃんみたいになれるかな?」

「え?」

 

 突然影を落とした声で名取はそう吐露してきた。神通は意味が理解できずただ聞き返す。

「私も、自分を変えたいって願えば、変えていけるのかな……。」

「……できます。私だってまだまだ足りないんです。名取さんだって、私とスタート地点はそんなに変わらないと思うんです。」

「神通ちゃん……。」

「だから、一緒に、やっていきましょう。私達のペースで。」

「……うん。神通ちゃんとなら、なんかやっていけそうな気がする。」

 お互い似た性格のためか、気が合うと感じるのは容易かった。それはいままでにも吐露しあったことのある気持ちではあるが、この時は達成感がその確認と心情の共有をさらに推し進めていた。

 

--

 

 腰を上げて再び水上航行の訓練をする名取と神通。もう1時間経つ頃には、名取は停止もかろうじてできるようになっていた。ただ速度を徐々に緩めてエンジンブレーキのように自然に身を任せて止まるのみだが、それでも大きな前進と神通は評価した。

 何度目かの航行の後の休憩時、名取は突然神通にまっすぐ視線を向け、意を決したように神妙な面持ちになって言い出した。

「ねぇ神通ちゃん。私もやっと自分だけで動けるようになったから、りんちゃんのところに行かない?」

「……五十鈴さんのところにですか?」

 

 ついにこの時が来たと感じた。今なら、五十鈴に対してまっとうな理由と自信でもって謝らせることができる、神通はそう確信を得ていた。

 その材料は今の名取だ。

 

「私、やっとあの二人と一緒に訓練できそうだから、早くこのこと伝えたいんだぁ~。」

「そう……ですね。はい。行きましょう。」

 思惑は異なるが、向かう先は同じ。神通は密かに深呼吸をして返事をした。

 

 神通はプールを湾側に向かって進み、演習用水路とプールを繋ぐ中間通路に再び入った。

 少し手前で名取を待たせ、水路間を移動しやすくするための可動式の壁を動かすスイッチを入れ、その切替ポイントを利用する旨の説明をして先に湾に入った。

「さ、名取さん。私ここで待ってますから、思い切って来てください。ここから先は……海です。」

「じ、ジャンプするの、怖い~。」

 名取はこの2時間ほどですらやったことがない、水面での跳躍に恐怖心を抱く。若干の高低差がついたため、湾側から名取を見上げていた神通は、自身の時は那珂と五十鈴がそばに居てくれて万全なサポート体勢でだったなと思い出した。対して名取にとっては自分だけ、加えて互いに似た控えめな性格だ。恐れるのも無理はない。

 しかし神通の思いは、こんな自分でもできたのだから、きっとできるという相手への過大評価が占めていた。

 名取はゴクリとつばを飲み込んだ後決意して動いた。

 

「じゃあ……副島宮子、い、行きまぁす!!」

 自身の本名を名乗って手を挙げて宣言したあと、名取は一旦しゃがんでからジャンプした。可動して坂になった壁に着水し、傾きに従って自然と落ちていく。

 

 名取と神通では艤装の足のパーツの作りが異なる。脛の下半分から足の裏までを実際の船の船体を小さくしたようなパーツで覆っている。いわば長靴のように履く、それにより水面に浮いた状態であっても身長に違いがハッキリ表れる。

 神通は一度五十鈴の姿を見て自身ら川内型の艤装の姿と見比べて知ってはいたが、艦娘でも姉妹艦は同じ作りなのだなと感心した。

 坂となった壁を滑り落ちる名取は、足による踏ん張りが効かないようだった。素足に伝わる感覚はほとんどないため、自然にではあるが徐々にスピードが上がって滑る。

 神通は途端にスピードがあがって滑り落ちてきた名取にハッとしてすぐに身体を支えようと立ち位置を変えた。

 

ザブン!!

 

 名取を押すように手を伸ばして勢いを殺したおかげで名取は海上に落ちてもバランスを取って平然と浮くことができたが、殺された勢いを受け継いだ神通は衝撃に耐え切れずに海面に尻もちをつくように倒れた。当然尻からは艤装の浮力などは発生しないため、神通は尻から“く”の字になって沈む。慌てて姿勢を正常に復帰させ、気を取り直すと心配げに名取が手を差し伸べてきた。

 

「ご、ゴメンね神通ちゃん。大丈夫?」

「は……はい。なんとか。」

 

 恥ずかしいところを見せてしまったかも。神通は余計な心配をして頬を赤らめて湾の方に視線と意識を向けてごまかした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仲直り

 神通のサポートにより名取が無事に水上航行ができるようになった。証明する材料は揃った。神通は憤りややるせなさ、虚しさを持ちながらいざ、五十鈴の元へと向かう。


 神通と名取が演習用水路と湾の仕切りを越えると、離れた場所にいた五十鈴と長良が二人に視線を送っていた。基本的には静かな湾であるため、僅かな一悶着があれば離れたところでもすぐに気づく。

 遠目から注目を受けた神通は深呼吸をし、名取の手を掴んで五十鈴のもとへと移動した。

 

「宮子? あんた……!」

 五十鈴は神通のことよりも、真っ先に名取に言及して驚きを示した。神通は、まず掴みはOKと心の内でガッツポーズをした。

「うん。私、やっと動けるように、なったよ!」

 名取は感極まって素早く五十鈴と長良に駆け寄り抱きついた。お互いの艤装があるため、一部衝突して五十鈴と長良はバランスを崩して転びかけたが、三人共すぐに間を空けて手と表情で喜びを伝え合う。

 

「やったじゃん、みやちゃん! 運動音痴、略して……のみやちゃんもやっと水上航行できるようになったんだねぇ!!」

「まったく……あんたと来たら心配させて。あのまま航行すらままならなかったら、どうしようか内心ヒヤヒヤ心配してたのよ?」

「うん! 待たせてゴメンね。これからまた一緒にお願い、ね?」

「やっぱみやちゃんがいないとねぇ~、りんちゃんからのツッコミの傷癒やしてくれる人いないからしっくりこないよぉ。」

「あんたねぇ……真面目にやってくれれば私だってツッコまないわよ!」

「アハハ。もう二人とも~。」

 

 神通はキャイキャイと楽しく会話しあう三人を遠巻きに眺めていた。名取と自分は同じ、といいながら、実際はああして友人と楽しく明るく振る舞える点は全然違う。自身の満足と優越感は、名取の不出来な様、そしてまだ至らぬが自身の教えによりできるようになったという事実による。

 あくまで自分が、似た感覚と能力の名取に僅差で勝っているという自分視点の世界観だ。卑屈だ。改めて自分を見直すとそう思う。

 自分を変えるために艦娘の世界に飛び込んだ。その結果がこの卑屈さなのか、それとも自身の中に宿る本性なのか。そんなことすら判断つかないしつけたくない。

 今の自分にできるのは、物静かを貫き通し、ひたすらに訓練に励み、他人を納得させられるだけの実力をつけることしかない。

 そう思いを巡らす神通だった。

 

--

 

「それで、あんたどうやって水上航行が突然できるようになったのよ?」

「あ、うんうん。それはね。……ねーえ、神通ちゃ~ん。」

 

「!! あ、はい。」

 

 卑屈な物思いにふける作業を中断し顔をあげた。すると名取が手招きをしている。神通はもう一度深呼吸をしてから近寄った。

 神通が1~2mの距離まで近づいたのとほとんど同タイミングで名取が説明を再開した。

「神通ちゃんがね、私のために一緒に水上航行してくれたの。」

「神通が一緒に?」

「うん。彼女のおかげなの。」

 名取が簡単に言い終わると釈然としない表情で五十鈴が視線を神通に向けた。いよいよここから自分の口撃のターンだ。神通はそう感じて意を決して口を開いた。

 

「名取さんが出来たのは、私の指導のためではありません。名取さんにやる気があったから。私はそれに気づけたから……。それに私、わかったんです。ただ見てるだけじゃダメだって。私も運動苦手なところあるし、私達みたいな運動苦手な人は、すでにできる人がその身を呈して動いて、その人の身に直接教え込むべきなんだって。だから私は、名取さんの手を引いてひたすら水上航行しました。……彼女に、海の上を進む楽しさを早く味わってほしかったので。」

 神通の吐露を真面目な表情で聞き入る五十鈴。神通はさらに続けた。

 

「名取さんはちゃんとできます。私だって運動苦手なのにここまでやってこられたんです。ペースとやる気に火をつけることができれば、名取さんは必ずお二人に負けぬ艦娘になります。可能性は、絶対に見捨ててはいけません。だから……五十鈴さん。名取さんに一言、謝っていただけませんか?」

「「「「え?」」」

 

 精一杯下っ腹に力を入れ、視線は鋭く力を入れて五十鈴を見据える。ただでさえ引っ込み思案な自分だ。己への自信で負けたら相手に正しく伝えられない。

 神通はそう考えつつ言い、言い終わると医師の診断を待つ患者のような気持ちでジッと黙り込む。当然視線は言い終わったと同時に角度が下向きになっていたので俯く形になる。

 数十分とも感じられる約1分の後、五十鈴がゆっくりと口を開いた。と同時に腰を折って上半身を前に倒す仕草が行われた。神通は俯いていて五十鈴の下半身周りしか見えなかったのに、突然彼女の頭部や背中の艤装の一部が見えたのに驚いてとっさに視線を上げた。

 五十鈴は頭を下げていた。

「まずは感謝を述べるわ。宮子をちゃんと動けるようにしてくれてありがとう。それから、ゴメンなさい。」

「……え。」

 素直に謝られて神通は戸惑ったが水を差さずに黙って耳を傾ける。

 

「私、宮子のことになるとどうしても強く言ってしまうクセがあるの。だって見てるとのんびり具合や平和主義すぎる思考がイライラするんですもの。……そうしたプライベートな振る舞い方を艦娘としての名取に対しても持ち込んでしまっていたわ。まさか、りょうと提督の二人から同じ指摘されるとは思ってなかった。公私混同っていうのかしらね。二人の注意はすっごく効いたわ。艦娘になってから、プライベートのことは持ち込まない、切り分けてみせるって当初は考えていたのに、親友二人が艦娘になれて、舞い上がってその考えが埋もれていた……のかもしれないわね。」

「五十鈴さん……。」

 

 五十鈴は深くため息を吐きながら続ける。

「提督の言い方を借りるなら、身内に甘えてた、ね。そんな私だから性格も能力も全く違う二人を同時に指導して鍛えるなんてできそうになかった。宮子に対してもガミガミツッコんで怒ってばかりできっとまともに振る舞えない。そう思ったから神通、あなたに頼んだのよ。」

「まったくさぁ。りんちゃんは頼み事が下手なんだよいっつも。自分の思いを明かすのも隠すのも下手っぴ。あたしやみやちゃんから見ると、意外とりんちゃんもポンコツだよ~。」

「ポンコツってあんたねぇ! 少なくともあんたらよりは私はまともよ!!」

 五十鈴の真面目な告白に水を指したのは長良だ。しかし暗く落ち込みかけていた五十鈴は、明るくそして普段那珂や川内に対して見るような輝きをその身に戻してツッコんだ。

「あぁ~もう二人とも~。」

 五十鈴と長良の絡み合いを名取が苦笑いして止める、こんな構図のパターンが出来上がりつつあった。神通はそれを見て微笑ましく感じる。

 少なくとも、五十鈴のツッコミ時の表情の明るさは、那珂や川内と絡んでいた時よりも眩しい。

 

「五十鈴さんの……本性、か……。」

「え、私の何?」

 しまった。声に出ていた。心の中で思うだけにしていた言葉だったが、最小のボリュームで口にしていたことに気づいた。焦る神通は思わず提督に相談したこと言い出した。

 

「あの……さきほど提督がプール側にいらっしゃって、少しお話していたんです。それでその……五十鈴さんが名取さんたちの訓練のことで提督に話したことをお聞き致しました。」

 その発言を耳にした瞬間、五十鈴はボッと顔から火が出るかのごとく顔を耳まで真っ赤にする。

「え? う、あの……えぇ!? 彼から……聞いちゃったの!?」

 五十鈴は神通そして名取を見る。すると二人とも無言でコクリをほとんど同タイミングで頷く。五十鈴は顔を赤らめたまま額に手を当てて俯いて口をつぐむ。

 

「そ~いや西脇さん、あたしたちがお昼食べて戻ってきたときに呼び止めてきたけど、その前にみやちゃん達とお話してたんだね~。知らなかったぁ。」

「……ほ、本当よ。それ……で、彼はなんて?」

 長良がそう思い返すかたわらで、五十鈴は顔をまだ赤らめたままでいる。しかし提督の物言いが気になるのか、眉をひそめ、頬を引きつらせつつも口元を僅かに釣り上げてにやけ顔を醸し出したまま神通に尋ねた。その様に若干引きつつも神通は答えた。

 

 

--

 

 神通が一通り説明し終える頃には五十鈴はようやく感情を落ち着かせており、しんみりした表情になっていた。

「そう。そういうふうに考えていてくれたのね。」

 口調も態度も落ち着いているはずなのに五十鈴の頬は再び赤らんでいる。

 神通はそんな彼女に強く言った。

「あの、五十鈴さん。私は、もう一つ怒っていることが、あります。」

 ?を浮かべて五十鈴は神通に視線を向ける。

 

「く、訓練のことで悩んでいるなら、私に期待をかけてくれるなら、なんで……私に相談してくれなかったんですか?なし崩し的に協力を求められて、名取さんに成果がでなければ怒る、そんなのはまともではないと思います。提督と相談して、私のことを決めたのなら、そのときに呼んで、正式に指名して、そして……一緒に訓練のカリキュラムを作って話し合いたかった、です。」

「神通……。」

 

 神通の怒りを伴った、しかし必死の懇願の意味がこもった訴えを聞いた五十鈴は申し訳なさそうに言った。

「ゴメンなさい。そうね。最初からあなたに協力を仰いで、一緒にやっていけばよかったわ。けれどあなたには私の代わりに通常訓練の指導役になってもらってるし、おとなしいあなたのことだから両方に本格的に関わって、パンクしやしないか、そういう気がかりもあったの。だから、せめてこっちでは楽に構えてもらおうと思ってた。けど私の宮子への言い癖もあったり、あなた……達が私達の関係に入ってきたような気がして、正直戸惑って、ついつい厳しく当たったり、私もパンク気味だったかもしれないわ。」

 

 五十鈴の言葉に俯きつつも首をかしげる神通。その様子に訝しげな気配を感じた五十鈴は断ってから続けた。

「あ……誤解を招かないようにこれだけは言っておくわ。あなた達川内型の三人は嫌いじゃないわ。艦娘としてのあなた達には一目置いてるし敬服も期待もしている。」

「でしたら、なんであのとき怒ったの、ですか? 提督とのお話のときといい、那珂さんが……何かしたんですか?」

 五十鈴が言いよどんだ。やはり何かある。それを解き明かさないことには埒が明かない。

 ジッと五十鈴を見据える。僅かに五十鈴が視線を脇にそらす。それでも神通は視線を向け続ける。やがて神通の寂寥感漂う視線によるプレッシャーに耐えかねた五十鈴が重たい口を開いた。

「那珂は……あいつはなんでもできる。出来すぎるのよ。私はそれが怖い。那珂の人を食って掛かる、人の癇に障るようなことをする性格が嫌い。そして、提督の……信頼を、最初の軽巡である私よりはるかに深く得ている……のが嫌。けど私の嫌いと思う量を、超えるすごさがある。将来のすごさを想像できる。なんとなく許せてしまう。仲間としてあいつさえいれば安心って言える存在。だからみんな那珂に頼る。頼りやすい。……私はそれが気に入らないの。私の安いかもしれないプライドが、あいつに頼るのを拒む。」

 面倒くさい人間関係、神通はそう評価した。そして真っ先に思い浮かんだ感想は、

((それって、嫉妬ですか?))

 で、そうツッコミたかったが心の中だけで済ませた。そんな神通の代わりに言ってのけた人物がいた。

 長良である。

「りんちゃんさぁ。それってやっぱ嫉妬だよ。ヤキモチだよ。あ、こっちはちょっと違うかぁ。」

「りょう!あんた……!」

「あ……てか誰もわかんないからいいじゃん別にぃ。」

 五十鈴は長良の発言の一部を聞いて頬を引きつらせて鋭い視線を向けるが、長良の返し通り、神通も名取も今の発言のどこに五十鈴が焦るキーワードがあったのか、あるいは全てなのか判別付かなかった。

 

 ワナワナと震える五十鈴。さすがに泣きそうになるほどまで追い詰めるつもりはない神通は空気を整えるため、場所移動を促した。

 

--

 

 湾のほとんどど真ん中で立ち話していた神通たちは、出撃用水路の脇の桟橋まで移動しそこに腰掛けた。盆を過ぎた夏後半、日が落ちかけているこの時間には、四人の背中には日中のものとは異なる、わずかに橙色じみた光線が降り注いでいる。

 気分が落ち着いた五十鈴はゆっくりと口を開いた。

「まさかりょうから二度も同じ指摘を受けるとは思わなかったわ。バカりょうの癖に生意気よ。」

「うわぁ~ひっどいなりんちゃん。あたし確かにバカだけど、りんちゃんのことはしっかり見れてるつもりだよ?だって友達じゃん。」

「あ、私も!」

 長良の発言に名取が頷いて慌てて同意を示す。

 

「てかさぁ、りんちゃん、そんなに那珂さ……あぁ面倒だ。なみえちゃんのこと好きなの?」

「は、はぁ!!?あんた私の言ったこと聞いてたぁ!? 私は那珂のこと嫌いなの!!」

 そう言った五十鈴だが、左隣で長良、その奥にいる名取の二人が顔を見合わせてニヤニヤ・ニタニタねっとりと視線を送ってきているのを目の当たりにした。

「な、何よ? 何が気になるのよ?」

 五十鈴の言葉に返さず、長良と名取は五十鈴の右に座っていた神通に向かって言った。

 

「ねぇ神通ちゃん。どー思う?」

 長良が尋ねる。神通は俯いて少し考えた後、そうっと口にした。

「好きの反対は無関心……ですよね。嫌いはまた別のベクトルだとすると……好きと嫌いは、両立し得ると思います。嫌いというのも好きというのも、相手を意識していないとありえない……からです。」

「そーそー!あたしそういうのを言いたかったの!」

「私も神通ちゃんの考えに同意かなぁ。好きすぎてその人の一挙一動が逆に憎らしくなってことあると思うし。」

 調子よく頷いて手をポンポンと叩く長良に、名取が控えめに同意する。

「だ~か~ら~……くっ。あんたら、揃ってなんなのよ? 私をいじめて楽しいの!?」

 せわしなく左右にキョロキョロ視線を何度も向け直す五十鈴を見て、神通は言葉には出さずにただ思う。

 

((こういう人、小説やドラマとかでもたまにいるなぁ。きっと五十鈴さんにとって、那珂さんは……ということなんだろう。だから仲良くもできるけど、反発したい。素直に従いたくない……のかも。))

 豊かな感情と交友関係、自分には到底得られぬ物だ。それらを持ちながらいまいち素直になれないところのある五十鈴。この先輩のことが少しずつ好ましく感じてくる。

 

--

 

 共に行動するにあたり気がかりなことはある。この真面目すぎて物事に反応しやすい先輩に、そのまま感情的に反応されてしまうと諸々の活動に支障が出る局面があるかもしれない。そうなったその時どうするか。自分が彼女の反応を助けてあげればいいのだろうが、どこまで自分がやるべきなのか。果たしてやれるのか。

 

 そう危惧した神通は目の前で展開されるツッコミ合戦に終止符を打つのがひとまずやるべきことだろうと察し、決意を口にした。

「私、五十鈴さんに協力します。」

「え?」

 長良と名取にツッコまれまくってアタフタと慌てている最中に、話の方向が異なる言葉を受けて五十鈴は聞き返す。

 

「私が……那珂さんのときの五十鈴さんになれるよう、五十鈴さんの右腕になります。通常の訓練とちゃんと両立してみせます。だから……私をもっと頼ってください。その……うまく言えませんけれど、五十鈴さんと私が組めば、那珂さんを超えられる気が、するんです。あ、ちょっと言い過ぎました。那珂さんと肩を並べられると、思うんです。」

「神通……うん、ありがとう。けど私、別に那珂に対して……ううん。あなたにだけはちゃんと言っておくわ。私、那珂に負けたくない。だから、協力して頂戴。改めて、お願いするわ。長良型がうちの鎮守府の戦力になれるよう、基本訓練に協力してください。お願いします。」

 五十鈴は腰掛けていた桟橋から立ち上がり、神通の目の前1m弱に立ち、ペコリと頭を下げた。それは、正式な願い入れの意味がこもっていたことに神通はすぐに気がついた。

 今この時をもって、神通は改めて長良型の二人の基本訓練の指導の協力に正式に携わる心持ちで五十鈴に返した。

 

「こちらこそ、微力ながら全力を尽くします。よろしくお願い致します。」

「えぇ、あなたには期待しているわ。こんなこと、行き当たりばったりな川内じゃまず無理だし、時雨たちじゃ学年が離れすぎててそんな気にすらならないし……ね?」

 締めの言葉は五十鈴なりの冗談だったのか、ぎこちなく舌をわずかにぺろりと出してウィンクをしながら口にした。

 

 神通は五十鈴のことをようやくわかってきた気がした。真面目で強気で頭も良いし運動神経も良い、艦娘としても確かな実力を持つこの少女。冷静になりきれなかったり感情的に反応しすぎる面もあるけどそれは友達思い過ぎるがゆえ、真面目過ぎるがゆえ。よくこの人を見た上で付き合っていかなければならない。神通は提督から言われたことを思い出した。

 それを実践するならば、裏表が激しく掴みどころがなさげな那珂という偉大な先輩よりも、人間臭いこの五十鈴という先輩のほうが自分の性に合っているのかもしれない。

 そう思い、神通はぎこちない笑顔を目の前の先輩に向け、視線を絡ませた。

 

 友達が和子しかおらず、人付き合いが苦手な神通もまた、川内型の他二人と同じように自分勝手に揺れ動くのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

たった二人の出撃

 仲直りの翌日、改めて名取達の訓練をまとめなおそうとする神通と五十鈴の元に一つの連絡が入った。二人には緊急の出撃が命ぜられる。それは館山に行っていた川内たちが夜間の哨戒任務をした翌日のことだった。


# 4 たった二人の出撃

 

 那珂たちが初日の訓練を終え、神通たちが長良型への指導の初日を終えたその翌日。場所は違えど、鎮守府Aのメンツは己に与えられた役割や立場を遂行していた。

 

 神通は五十鈴と朝早く本館に集まり、この日の訓練の打ち合わせをしていた。自分たちの訓練当初の那珂と五十鈴の光景さながら、二人は真剣に内容を詰める。

 

「名取は武器の説明からね。長良は昨日まで少し砲撃をさせてしまったから、一旦ストップして、二人とも説明からにし直しましょう。いいわね、神通?」

「はい。それで、主砲以外も今日説明とデモを行いますか?」

「そうねぇ……どうしようかしら。」

 待機室で頭を悩ます二人の視界の端には、長良と名取がいた。五十鈴は元々二人とは行動するときほとんど一緒なのだ。学校以外に、鎮守府への出勤も三人揃って行う様子が目立ち始めていた。

 自分たちのときは、本来の艦としては一番の姉貴分のはずの同期が、いっつも朝は欠けていたっけな……と、心の中で苦笑いして、長良型の三人をそうっと流し見ていた。

 

「ねぇねぇりんちゃん!あたし今日は魚雷撃ちたい!主砲は面白いけど、今日はそんな気分じゃないの。いいでしょ?」

「あんたの乗り気とか気分とか聞いてないわよ。宮子とあんたの差分を解消しなきゃいけないんだから、少し黙っときなさい。」

「うひぃ……りんちゃんきびしいぃなぁ~。」

 長良は肩をすくめておどけながら意見を引っ込め机に突っ伏す。そんな親友を名取は背中をポンポンと優しく撫でて慰めていた。

 

「今日はまず武器の説明をするわよ。二人が水上航行できるようになって、艦娘としての足が問題なくなった今が正式なスタート地点と捉えて頂戴。いいわね?」

「はーい。」

「うん、わかった。」

 五十鈴のキビキビした指示に相槌を打つ長良と名取。

 二人は初めて見ることになる武器にドキドキしていたが、神通は別の意味で胸の高鳴りを感じていた。

 

 基本訓練を終えてからまだ3週間程なのに、果たして武器の取扱いとその説明を、この年上の後輩たちにわかるように、また恥ずかしい思いをせずにできるだろうか。

 今日に至るまでの日数、神通は自主練も含め通常訓練は一通りこなし、ようやく移動しながらの砲雷撃に慣れてきた。それでもまだ総合的な成績では川内や那珂はもちろん、不知火や夕立らにすら未だ追いつけない現状である。

 

 ただ神通の能力、命中率のみに注目するとなると話は別だ。砲雷撃の精度と集中力のフィルターを重ね合わせて評価を割り出すと、神通は鎮守府Aの艦娘の中でもトップクラスに躍り出るようになる。トップが那珂なのは誰の目にも明らかだったが、その次点で神通がいることに川内を始め他の艦娘たちも目を見張った。

 ただ元来の自信の無さから、神通が他人も納得する自身の優秀な点に気づいていなかった。

 

 自信の無さからうつむき始める。傍から見れば何の脈絡もなくただ俯いてしまったように見えるそんな様を、五十鈴は視線と口を長良たちから向けて問いかけた。

「どうしたの?何か問題とか提案あるのかしら?」

「え!? あ、あの……大丈夫だと、思います。」

「そう。」

 五十鈴は一瞬怪訝な顔をするが、気にし続けるつもりはないのかすぐに視線を長良たちに戻して話を続けた。

 

 その後五十鈴と神通は、出勤してきた提督に挨拶と説明をしに執務室へと赴いた。説明を始める前に五十鈴がこの日の提督の予定を伺う。

「今日の提督の予定は?館山に行かなくていいの?」

「あぁ。妙高さんに全権委任してるからね。それに、万が一の体制ということで、俺は鎮守府に残って担当海域を監視できるようにね。村瀬提督とすり合わせ済みさ。だから現場での立ち回りはあの二人にすべておまかせ。観艦式が終わっても今日は館山に泊まるよう言ってあるから、迎えに行くのは明日だよ。今日はずっとここにいるから、君たちは気にせずのんびり訓練に集中してくれていい。」

「そう、安心しました。わかったわ。」

 最大の責任者が今日はいる。五十鈴は安心感を得て笑顔で受け答えした。その後2~3の雑談を交わしたあと、4人は執務室を後にした。

 

--

 

 神通たちが演習用水路の脇で武器の説明を始めてから15分ほど経った。工廠の第二区画では民間の小型艇の整備を行っているのか、機械音が響き渡ってくる。技師たちも慌ただしく作業をしているため、四人はやや肩身狭く感じて縮こまっていた。

 なおかつ、機械音が思いの外うるさく、試し撃ちをさせようにも集中できずに進行が滞ってしまっていた。

 

「あの、五十鈴さん。やはり……プールに行ってやりませんか?」

「そ、そうね。今日は何だか皆さん珍しく作業しまくってて気まずいわね。」

 

 神通が提案すると、激しく同意見だったのか五十鈴が戸惑いつつも素早く賛同してきた。結局4人は普段通り、演習用プールで続きを行うことにした。武器は主砲パーツ、副砲パーツ、機銃パーツをいくつかのみだ。魚雷は各々発射管だけは装備していたが、五十鈴の方針で装填はしていない。

 

 気を取り直してプールサイドで五十鈴と神通は説明および試し撃ちの準備を進めた。

 

--

 

 そして1時間半ほど経った時、プール設備の出入り口から一人の技師が小走りでやってきた。五十鈴も神通も顔見知りのその女性技師は息を切らしており、まだ呼吸が整わないうちに喋り始めた。

「ハァ……ハァ。い、五十鈴ちゃん、神通ちゃん。提督さんから緊急の連絡よ。急いで執務室に来てだって。」

「「え!?」」

 

 想定だにしていなかった“緊急”という語を含む発言を耳にし、揃って聞き返した。しかし技師の女性は詳しい内容までは聞いていないのか、とにかく執務室へと促すのみ。神通と五十鈴は顔を見合わせて、技師の女性に了解の意を伝え先に戻ってもらい、自身らも演習用水路を伝って急いで工廠に戻った。

 軽装のためすぐに艤装を外せた神通は、コアユニットだけは残して同調したまま、比較的重武装な五十鈴たちの艤装解除を手伝った。

「りんちゃん、あたしたちも行くよ?」

「う、うん。私も聞きに行くよ。」

 拒否して一問答やっている時間がもったいない五十鈴は長良と名取の言葉に軽く頷き、二人の同行を許可した。

 

 五十鈴らがノックをして執務室に入ると、提督はノートPCの打鍵を止め、手招きして艦娘を近寄らせた。執務席の前まで五十鈴らが来ると、提督はようやく口を開いた。彼の眉間にはシワができており、その表情に五十鈴らはゴクリとツバを飲み込んで身を固くした。

 

「ついさきほど、東京海上保安部から連絡があった。東京港で深海棲艦が確認された。」

 東京港と聞き、神通らは息を呑んだ。さすがに首都圏の水域の有名どころ真っ只中とくると、緊張感が違う。

「船の科学館近く、つまり東京海上保安部の近くに2体発見したとのこと。駆逐艦級と類別される個体だ。」

「ねぇ提督。警戒線は?今回はなんで鳴ってないの?」

 五十鈴がすぐに気づいた違和に提督は頷いて答えた。

「厄介なことに、レーダーやソナーに引っかからない個体らしい。幸いかどうか怪しいが異常奇形タイプじゃない。深く潜られて見逃す心配はないが、やつらは砲撃まがいのこともしてくるから危険性は高い。沿岸にいる市民や観光客にはすでに緊急避難指示が出された。すぐに退治してほしいとのことだ。」

「了解よ。」

「了解致しました。」

 五十鈴と神通は普段の真面目さを数割増しして返事をする。真っ先に返事をした二人に対し、長良と名取は戸惑ったままだ。

「え、え、えぇ!? 東京湾に深海棲艦って、それって大丈夫なの?」

「こ、怖い~。ここの検見川浜も、結構近い……ですよね?」

 

「あんまり大丈夫……と言える状況ではないかな。今回は……。」

 途中で喋りを濁して提督が視線を向けたのは五十鈴と神通だ。提督の言わんとする事を察した神通はボソッと喋って補完する。

「出撃できるのが、五十鈴さんと私の……二人だからですか?」

「ご明察通り。」

 こめかみを掻いて乾いた微苦笑を浮かべておどける提督だが、この人員の少なさとタイミングに不安だらけだった。隠しきれないその様は五十鈴と神通に伝わってしまった。

 

「ねぇ提督、本当に出現ポイントは東京港でいいのね?他はないのよね?」

「あ、あぁ。うちと海上保安庁の連絡体制は、東京海上保安部と千葉海上保安部とその各地方の保安署だ。東京以外からは今のところ連絡受けてないから、大丈夫だと思う。とにかく最優先で東京港の深海棲艦を倒してきてくれ。他があってもそれからだ。」

 

「うちらも行ってあげたいけど、さすがに砲撃すらままならない今じゃねぇ~。」

「うん。私も。」

「そうだな。二人には……いい機会だから臨時で秘書艦を任せる。出撃したメンバーとの通信の手順を学んで欲しい。早く二人にも一人前になってもらえれば俺としても助かるからさ。五十鈴たちは早く出撃準備を。俺との直接の通信コードはこの番号で確保しておいたから。何かあったらいつでも連絡してくれ。あと東京海上保安部の連絡は……で。」

 自身らにまだわからぬ事なだけに空気を読んで長良と名取は引き、二人にすべてを託す気持ちで心の内を述べる。提督は頷きつつも二人に期待を込めていることを示し、そして五十鈴らに再度必要な案内を出した。

 五十鈴らは執務室に残る三人に海兵風に敬礼をして本館を後にした。

 

--

 

 工廠では提督から連絡を受けた技師が神通たちを待ち構えていた。

「あ、来た来た。二人の艤装は出撃用水路の前に移動しておいたからね。」

「ありがとうございます、○○さん。」

「(ペコリ)」

 五十鈴は立ち止まらず言葉で挨拶をかけて技師の側を駆け抜ける。神通は一旦立ち止まって会釈をし、慌てて五十鈴のあとを追って出撃用水路へと向かっていった。二人は艤装を装着し、別の技師と出撃の手はずを確認する。

「今日は奈緒ちゃんいないから、私が水路の操作をするわ。」

「よろしくお願い致します。××さん。」

「(ペコリ)」

 明石の代わりに水路の操作をする技師に対し二人は素早く返事をしながら水路に駆けて行き、飛び降りる直前に同調を開始した。

 その瞬間、名前と格好だけだった五十嵐凛花は軽巡洋艦五十鈴に、神先幸は軽巡洋艦神通に完全に切り替わった。今回の二人は、本番用の弾薬エネルギーおよび本番用の魚雷も全装填済みである。

 

 構内放送で二人の名が呼ばれる。技師が操作と出撃時のいつもの儀式を始めた証だ。その直後、提督の声が響き渡る。二人の大人の声を聞き受けて、神通と五十鈴は心に安心感を得て、水路を抜けて湾へと飛び出していった。

 

--

 

 検見川浜にある鎮守府Aから東京港たるエリアへは、直線コースの航行でも50分近くかかる。ただしそれはベースとなる速力区分=スクーターで進んだときの時間で、今回は違った。

 先頭を行く五十鈴は、速力区分=自動車で行くことを神通に指示していた。鎮守府Aの面々で決めた速力区分のうち、“自動車”はスクーターの2倍速、つまり約20ノットで航行することになる。

 人の身で20ノットを出し、身体に受ける風はお世辞にも弱いとはいえない。ただしバランスは艤装が自動的に制御するため、二人はもちろん、一般的な艦娘もよほど変な姿勢でないかぎりは速度に負けて転ぶつまり転覆するなどということはない。

 

 東京湾を斜めに突っ切る神通は、日が出ている明るい海を航行することに心が弾んでいた。先日の初出撃は夜間戦闘であったため、暗いという恐怖が自然に植え付けられたが今回は違う。今日は安心して戦えそう。そう高揚感があった。

 これから戦いに行くのに薄らにやけて不謹慎と感じたが、そんな顔を見られる心配はない。

 神通は安心して五十鈴の後に続いて進んだ。

 

--

 

 やがて二人の視界には東京○ィズニーシーや若洲海浜公園が遠目に確認できるようになってきた。前の夜間のときよりも、水平線上の先のその姿はクッキリと見える。それでなくても同調して視力がよくなっているため、普段眼鏡着用の神通も、裸眼でその光景を視界に収められている。

 

 次に見えてきたのは海の森公園のある青梅・若洲人工島だ。2020年および2060年代に東京オリンピックが開催され、一部競技の開催場所ともなった場所で名実ともに東京港の玄関たる人工島だ。ごみ処理施設等があった時代はすでに遠く過ぎ去り、公園以外にもレジャー施設、市民の海上の足たるフェリー設備が設置されている。

 ただしフェリー設備は2080年代、半分以上稼働停止している。深海棲艦の被害が懸念された結果である。それでも鎮守府Aが設立されてからはフェリーの本数はほんの僅かではあるが回復した。

 五十鈴はそのフェリー乗り場から出るフェリーの護衛を一度したことがあるため、複雑な思いを秘めて横目に見る。神通は当該地域の地理なぞ女子高生の知識レベルでしか知らなかったため、海上から東京港に入るという普通ならばありえぬ行動も相まって、不思議で愉快な思いを湧き上がらせていた

 そんなバラバラな思いを胸に二人の艦娘は東京港の中心部に入り込む。

 

--

 

 位置的には暁ふ頭公園の海の森公園寄りの橋をすぎた頃、二人はこちらに向かってきて、なおかつ前方の妙な方向に放水している船を見かけた。遠目のためハッキリとは確認できないが、どうやら巡視艇らしいというのは想像に難くなかった。

 五十鈴は提督から事前に確認していた無線通信でもって連絡を試みた。

 

「こちら深海棲艦対策局千葉第二支局の艦娘、五十鈴です。海上保安部の方ですか?要請により参りました。応答願います。」

「(ザ……)こちら東京海上保安部所属の巡視艇○○。前方約200mに深海棲艦2体。○時○分から×分にかけて、沿岸施設に向かって体液のような物を三度放出、被害あり。明確に害獣判定、深海棲艦勢力DD2匹と測定。以後の対応の引き継ぎを願います。」

「了解しました。行くわよ神通。私は右から、あなたは左からまわりこんで。あの巡視艇からやつらを引き離すわよ。」

「……はい!」

 

 五十鈴の合図で神通は10時の方向に、五十鈴本人は2時の方向に針路転換し始めた。二手に分かれたのとほぼ同時に巡視艇は放水をやめ、艦娘たちに深海棲艦を任せるために速度を落として距離を空け始める。

 深海棲艦の駆逐艦級と判別された2体は放水がやんでも針路を変えず、そのまま五十鈴らに向かって直進してきた。

 五十鈴は右手に持っていたライフルパーツを対象の方角に向けつつ、9~10時の方角に駆逐艦級を視界に収める位置まで航行し続ける。さすがに上半身を軽くひねらないと狙えない体勢になると、速度を落としつつカーブして針路を左手側に捻る。

 神通はというと、五十鈴の見よう見まねで姿勢と針路を駆逐艦級のほうに向け、やや遅れて右手側に曲がって完全に深海棲艦2体の背後に回り込んだ。海上保安部の巡視艇は前方の深海棲艦との間に艦娘が入ったことを確認し、緩やかにUターンしてこれから戦場海域になるその場を離脱した。

 

「このまままっすぐに見据えて、集中して魚雷を撃つわよ。いいわね?」

「はい。」

「先輩からあなたにおさらいよ。艦娘の魚雷の最大航続距離は?」

 五十鈴から質問を投げかけられた神通はすぐには答えず、腰の魚雷発射管を前方に向け、駆逐艦級をジッと睨みつけた。

 艤装の脳波制御を伝って数々の情報が魚雷発射管を経由して魚雷のメモリに書き込まれる。

 

 自動操舵装置が、標的の方向と進行のコースをインプットする。

 速度調整装置が、前方150mに収まる駆逐艦級に可能な限り安全に素早く当たるための速度を魚雷にインプットする。

 深度調整装置が、調整された進行コースと速度を受けて、駆逐艦級の海中にある腹に確実に当てるための深度の浅深の範囲をインプットする。

 

 魚雷発射管にあるスイッチに指を当てて情報を入力し終えると、神通は正解を口にしながら一瞬チラリと五十鈴の方を見る。念のためもう一つのスイッチに手をあてがって同じ思考をしてから口を開いた。

「……正解は、距離だけなら最大15km、威力とコースを最大限にカバーするならば、約3km、です。」

 

【挿絵表示】

 

 チラリと意識を五十鈴に向けた神通は一拍置いて、右の魚雷発射管のスイッチだけでなく左の魚雷発射管のスイッチも押した。

 

ドシュ、ドシュ

 

スゥーーーー……

 

ズド!ズドドドーーーン!!!

 

 神通の腰の魚雷発射管から放たれた一撃必殺のそれは、5秒以内に駆逐艦級の2体の脇腹に相当する部分に激突し、東京港の大井ふ頭と青梅流通センターの間の海域に二本の5~6mの水柱を作り上げた。

 もちろん、二体の駆逐艦級は爆発四散して肉塊に成り果てた。

 

 水柱が収まり、二人は、駆逐艦級の大小様々な肉塊と鱗と思われる鋼のような硬い物質、そして目玉と思われる、爆炎で焼け焦げた球体を目の当たりにした。通常ならば東京港たる海に浮かぶはずのないものが浮かび上がってきたため、遠目でも確認できた。

 あえて口に出すまでもなく、完全勝利である。

 

 五十鈴が指示だけ出して撃たなかったことに疑問を覚えた神通は尋ねてみた。

「あの……なんで、五十鈴さんは撃たなかったんですか?」

「……それじゃあ逆に聞き返すけれど、あなたはなぜ二つも魚雷を放ったのかしら?」

「それは……五十鈴さんが。」

 撃つ動作を一切していなかったから。言いかけた神通のセリフを五十鈴がキャンセルさせた。

 

「ゴメンなさい。意地悪な問答をする気はないの。あなたの初めての戦闘をちゃんと見届けたかったの。」

「五十鈴さん……。」

 五十鈴は頭だけなく身体も完全に神通に向けて続けた。

「この前の緊急の出撃では私はあなたとは別艦隊だったから、あなたの実戦の姿勢を見たかったのよ。仲間の不意な行動や状態悪化があっても、きちんと判断して臨機応変に行動できるかね。ちょっと心配だったのだけど……普通に戦えたわね。うん。安心したわ。あなたの訓練をサポートした身としては、やっと個人的な合格を出せるわ。とっさの判断で行動できたのはさすがよ。ご苦労様。試すような真似して本当、ゴメンなさいね。」

「そういうことであれば別に……。うぅ、でも恥ずかしいです。ありがとうございます。」

 五十鈴の意図がわかり、神通は若干抱いていた憤りを解消させた。しかし自分の動きを観察されていたのかとわかると、今度は恥ずかしさで顔を赤くする。もちろん俯いて。

 五十鈴はそんな神通を気にせず感想を尋ねた。

「どう?日中の戦いは? 怖い……という感情は多分同調のおかげで感じてないと思うけれど、その他不安は?」

「確かに、怖くはありませんでした。後は……五十鈴さんの動きを参考にさせていただいたので。」

「そう。役に立てたのなら幸いだわ。次はあなた主導でやってみるのもいいわね。」

 軽い口調でそう口にする五十鈴。その雰囲気に神通は真に受けて頭をブンブンと横に振って返事とした。

 

 五十鈴はクスリと笑うがすぐに真面目な顔になる。

「フフッ。それじゃあ戻りましょうか。そうそう。海保の方々に報告しておかないと。」

 そう言って五十鈴は無線で巡視艇に連絡し、帰還する旨伝えて任務終了を合図した。

 

--

 

 東京港を南下して東京湾に出た二人は、雑談しながら一路北東に針路を転換した。鎮守府に早く戻るためにやや速度を上げる。

「さーて、この後は長良たちの訓練の続きよ。急な任務に邪魔されたから集中してやりたいわね。」

「はい。でもなんとなく、今回の出撃、気分転換といいますか、私自身、ハッキリ自信が持てたような気がします。」

「そうね。変に小難しい出撃よりも、初出撃はこれくらいの緊張感と難度のほうがいいスタートが切れるものね。那珂たちが帰ってきたら、教えてあげましょう。一足先にちゃんとした初出撃できたってね。」

 軽やかに語る五十鈴の言葉に神通はコクリと頷き、長い髪を潮風になびかせながら進んだ。

 

 20分ほど移動に時間を費やしていたその時、五十鈴は鎮守府から通信を受けた。

「はい。こちら五十鈴。……提督? はい。はい……えっ!?えぇ。わかったわ。今すぐ向かいます。」

 口ぶりが怪しい雰囲気になってきた五十鈴の声を聞いていた神通は何事かと不安をもたげて五十鈴の背後をひた走る。通信を切った五十鈴が急停止して神通に対面して喋りだした。

 

「これから養老川に向かうわよ。」

「よ、養老……川?」

「千葉県の養老川の河口付近で、深海棲艦らしき物体が1体浮かんでいるのを民間人が発見したって千葉の海上保安部に連絡があったらしいの。あの辺りは火力発電所や石油会社があるから、その手の設備を万が一にでも攻撃されたら大被害になるわ。急ぎましょう。」

「は、はい!」

 

 気持ち的には初出撃となる一戦を終えて気持ちよく戻ろうと思っていた矢先に発生した二つ目の緊急の案件。神通は心がざわめき始めたが、深呼吸をして気を落ち着けて五十鈴の後を追う。

 鎮守府に戻る航路の途中で東南東に針路を切り替え、速度を20ノットに上げて二人は養老川河口へと向かった。

 しばらくして河口付近にたどり着いた二人が見たのは、公園の端で何かの機器を用意して川に向かって放水している数人の姿と、対象たる深海棲艦1匹の光景だった。

 

 

--

 

 明確な撃退手段を持たないため、海上保安部の隊員や市民ができるのは、せいぜい脅しのための放水程度だ。水を、活動するための環境の根本要素とする海洋生物の一部たる深海棲艦に、放水がどの程度通用するのか明確にわかってはいないが、想定通りの軽い脅し程度には効果を発揮することが多い。

 ただし最低でも消防機器に代表されるような、強力な放水能力を持つ本格的な機器でないと効果的ではない。それゆえ、地上からの深海棲艦への対策は、正式な機材を所有する消防団もその役割を担っている。

 

 このまま放水で沿岸部に近づけないように保ってくれれば五十鈴たちとしても行動しやすい。五十鈴は後ろにいる神通にこの後の動き方を伝える。

「養老川は川幅が最大350m前後しかないわ。私達の魚雷ではどんなに抑えても距離が伸びてここでは危ないから、今回は砲撃および射撃で行くわよ、いいわね?」

「は、はい!」

 場を読んで咄嗟の判断で指示を出す五十鈴に、神通は感心する間もなく砲撃の準備を急かされる。左腕に装着した2基の単装砲の砲身の向きを調整し、腕を構える。狙いやすい左腕を前方に向け、深海棲艦との距離を測った。まだ遠すぎる。さすがに集中しても狙える距離ではない。

 僅かに腕を下げる神通を見て、五十鈴は言った。

「まだ撃つことを考えないで。せめて100mくらいまで近づいたらね。さて神通。あなたの作戦を聞きたいわ。あなたならあそこにいる深海棲艦をどうやって安全に倒す?」

「え!? そ、そう……ですね。えと……」

 神通は僅かな時間でシミュレーションを完遂させるべく頭を働かすが、敵勢力が先ほどと異なり判別がつかないので肝心の動き方まで行き着かない。

 それを正直に言うことにした。

 

「敵の正体…というか勢力の判別がついていないので、細かく決められませんが、とにかく、沿岸部から引き離すべき、かと。そのためには、威嚇射撃をします。」

「そうね。こういうシーンでの基本のやり方がそれよ。よくわかってるじゃないの。」

「さ、さすがに……教科書に載っていた事例にそっくりなので……。」

 五十鈴に褒められたゆえの照れは自信の知識の由来を明かすことですぐに解消させた。五十鈴も引っ張るつもりはないのか、神通の受け答えを聞くと一つだけアドバイスを述べ、すぐに前方を向いて次の案を期待し始める。

「本当なら偵察機持ってきていればよかったのだけれどね。まぁ仕方ないとして、実際に誰がどう動く?」

「そう、ですね……。」

 相槌を打ちながら、そうかしまったと心の中で舌打ちをした。自分の強みは、艦載機の操作だ。それだけは誰が何を言おうと譲れないし譲りたくない。そんな得意といえる分野の操作をするための大事な機器を持ってきていない。慌てていたがゆえの結果だ。

 

 ないものは仕方ないので、今いる自分含めた艦娘二人を効果的に動かすしかない。神通の頭の中では、自分すらコマだ。頭の中でこの辺りの地図を広げて、3つのコマを置く。挟み撃ちにするには誰か一人に大きく遠回りして川上に向かってもらう必要がある。なおかつ川下の一人は河岸に沿って近寄り、深海棲艦が川の真ん中に移動するよう砲撃する。川上の一人の射程に入ったら、集中砲火して撃破。

 神通はその旨伝えると、五十鈴はコクリと頷いて承諾した。

 

「わかったわ。私はどっちをすればいい?」

「五十鈴さんは川下を。私は遠回りして川上に行きます。私は……慣れてきたとはいえ、まだ動く敵を砲撃するのは厳しい、です。」

 有利なポジションを自ら選ぶことで自分でも最大限に役立てるようにする。そう思惑を抱いて答えた。神通が言い終わると五十鈴は数秒ほどジッと神通を見ていたが、“そう”と一言だけ口にして方向転換し神通の右側に移動した。

 何か含みがある反応だったが今は深入りすべきではない。そう判断した神通はあえてスルーして五十鈴と合図を示しあい、五十鈴とは逆の左側、方角としては北の河岸に向かった。

 

--

 

 神通と五十鈴の唯一の誤算は、地上から放水して応戦していた消防団の存在だった。彼らは、養老川河口付近に姿を現した、水面に立つ少女の姿を目の当たりにしたことで、俄然やる気と希望を湧き上がらせていた。

 遠目なのではっきりとした判別はつかないし、別段連携体制にあるわけでもないので、消防団から少女たちに、あるいは五十鈴ら艦娘から消防団に連絡を取り合えたわけでもない。が、深海棲艦ではないことは分かる。なおかつ近づいてきているのでだんだん判別がつくようになってきている。

 せめてあの少女たちの役に立とうと考えてもおかしくない。

 消防団はもう一機の放水砲装置を川岸ギリギリに設置し、ホースを水面に落として取水し、放水用のホースを深海棲艦に向けて、発射し始めた。

 

 艦娘の存在によりやる気を得た消防団の放水砲は、あろうことか深海棲艦のギリギリ手前に放って脅すという目的から逸れ、深海棲艦自体に当てて追い払ってやろうという目的にシフトしてしまった。

 

ブシューーーーーー!!!

 

ザバァ……

 

 背に強烈な水流を直接浴びた深海棲艦はブルブルと身を震わせて顔を水面に浮かび上がらせる。日中といういうことと水中に没していたということもあり、はっきり見えなかった目を怪しく橙色に光らせ始めた。

 その目は消防団側からしか見えなかったので、明らかな異変に消防団のメンツはざわめき立つ。水上に出た目らしき物は明らかに自分たちの方を向いているからだ。

 動きが止まっているが何かがおかしい。

 そう気がつくのはあまりにも容易い。

 

 深海棲艦の背がパカパカと動き始めたように見えた。それは五十鈴たちからでは距離があったため確認できない。しかし五十鈴と神通の目にも、何か様子がおかしいと映る。

 

バシュ!バシュ!バシュ!

 

【挿絵表示】

 

「なんか、発射した!?」

「い、五十鈴さん! 何か見えました!?」

 距離が空いていたためやや声を上げて神通が尋ねると五十鈴も同じような声で返事をした。そしてその口調には焦りの色が見えていた。

「えぇ!ちょっと予定変更してこのまま二人で近づくわよ。いいわね?」

 

 自身が立てた作戦が変更になる。予定外のことが発生したためだ。こういうとき、アドリブで動きを変えられる五十鈴はさすがだと感心した。まだ自分は状況に応じた作戦変更ができない。

 神通はひそかに悄気げる。

 

バシャ!バッシャーン!シュー……

 

「うわ!うわぁ!!」

「やべやべ!後退後退!」

 

 河岸付近が慌ただしくなる。消防団は放水砲の機器そのままで一斉に内陸側に走っていく。しかしそれでも深海棲艦は何かの放出を止めない。

 

バシュ!バシュ!バシュ!

 

バシャ!バッシャーン!シュー……

パァン!!

 

 深海棲艦が放出した何かが河岸に降り注ぐ。ほとんどは地面に命中してそのまま何も起きなかったが、放水機器に一つが当たった瞬間、効果がハッキリした。

 ポンプを構成する金属製の管が音を立てて溶け、表面の形を変え始める。当たった何かが隙間を伝ってポンプの部品内に入り込んだ瞬間、甲高い破裂音を立てる。そしてその直後、放水機器は取水ポンプ付近から爆発を起こした。

 

ズドガァーン!!

 

 大小様々な鉄の破片が地上部はもちろんのこと川にも飛び散った。

 深海棲艦に約50mまで近づいた時、神通たちようやく河岸の様子を把握することが出来た。消防団が使っていた放水機器は見るも無残な形になっていた。

 

--

 

 二人が異変をハッキリ認識できたときは、放水機器が破壊されるという、消防団にとって明確な被害が出てしまっていた。

 五十鈴は瞬発的に速度を上げる。その直前、五十鈴は神通に指示を出した。

「ちょっと引きつけておいて、お願い。」

「え、え? は、はい……。」

 五十鈴は神通の答えを待つ事無く深海棲艦を追い抜き、河岸近くでドリフトばりに急停止して消防団に向かって大声で問いかけた。

「こちら千葉第二鎮守府の艦娘、五十鈴です!あなた方の所属を教えてください!!」

 

 五十鈴が消防団に諸々の確認をすると同時に神通は左腕を構え、速度を緩めて徐行にしてから1基の単装砲で砲撃した。

 

ズドッ!!

 

バッシャーン!!

 

 神通の砲撃は深海棲艦の右胸ばらと思われる部分の手前10mに着弾して水柱を上げた。驚いた深海棲艦は咄嗟に水中に身を沈め、方向転換して移動し始める。

 水上部分から敵が見えなくなった。つまり、見失った。

 

((まずい。水中に逃げられた……どうしよう?))

 

 ただでさえ不安だったところにさらに不安を煽られる事態。表向きだけは冷静にと努める神通の心境はもはやアタフタと小さな自分が走り回っているようだった。

 こういう時、艦載機またはソナーを使えばいいのだろうが、不幸にもどちらも装備していない。川内や夕立のような裸眼で深海棲艦の影を捉える能力もない。それでも神通は必死に水面とごく浅い水中を凝視する。

 数十秒後、件の深海棲艦は水中に没したポイントから東南東に20mほどの場所から顔を出した。そこは、養老川の臨海備蓄センターの前、波止のため湾になった部分の袋小路だった。

 

しめた

 

 結果的に有利に追い込んだ形になったため、神通はやや俯いてニンマリと口で弧を描く。幸いにも五十鈴は河岸側にまだいるので、自分が湾に入れば、完全に追い詰められる。

 神通は速度を上げて湾に入り、五十鈴に合図を送った。

 

--

 

 五十鈴は避難勧告を伝えている最中に突然背後で砲撃音を聞いたため驚いたが、ひとまずの目的を完遂させた。そして方向転換して神通の方を見ると、深海棲艦の姿は無く必死にキョロキョロと探している。

 砲撃による状況の動きがあったのか。五十鈴はすぐに察し、神通と同じく周囲を注視していると、一足先に発見したと思われる神通から指示が耳に飛び込んできた。

 

「五十鈴さん! あいつを……一緒に狙いましょう。」

「えぇ。わかったわ。」

 

 神通は五十鈴に指示を出した後、また深海棲艦が潜って逃げないように左腕を構えつつも慎重にゆっくりと歩を進める。もはや集中しすぎて目の前の黒い生物しか見えない。五十鈴もほぼ同じように深海棲艦との距離を詰めている。

 ジリジリと距離を詰める二人の目前で、深海棲艦は再び背中の各部をパカパカさせて何かを発射してきた。

 

バシュ!バシュ!バシュ!

 

 数個の何かは神通の近く、神通と五十鈴の間、五十鈴の近くに降り注いできて着水し、いくつかの小さな水柱を巻き上げていた。

 

「くっ!攻撃してきたわね。神通!大丈b……夫そうね。」

 五十鈴は神通の方をチラリと見、最後まで言いかけてやめた。五十鈴がビクッと反応してかわす動作をしたのに対し、神通はピクリともせず、まっすぐ標的を見据えているのだ。

((すごい集中力。あの娘、ああいうところはさすがだわ。負けてられないわね。))

 

 五十鈴の闘志が燃え上がる。その感情の使い道の半分は、目の前の深海棲艦を狙うライフルパーツを握る握力に行き着く。そして残りは睨みつける眼力と集中力にプラスされた。

 二人が深海棲艦との距離をさらに詰め、頃合いになった瞬間、今度は深海棲艦ではなく、神通ら艦娘の主砲が火を噴いた。

 

ドゥ!

ドドゥ!ドゥ!

 

 深海棲艦が反応して避けるより早く、二人の砲撃によるエネルギー弾は目、背、カマに相当する部分の三箇所に当たった。

 もだえ苦しむが、深海棲艦はかろうじて動くことが可能だった。逃れようと湾を出るべく進もうとするが、針路の先にわざと砲撃して神通がそれを防いだ。止まったところを離れたところにいた五十鈴が狙いすまして三連続の砲撃で畳み掛ける。

 

ドドゥ!ドゥ!ドゥ!

 

ズガァ!!

 

 五十鈴の鋭い三連撃はいわゆるヘッドショットになり、深海棲艦の頭を完全に貫通した。ほどなくして深海棲艦はゆっくりと水面に横たわり、プカプカと力なく浮き始めた。

 

--

 

 トドメを刺した五十鈴は距離があったためやや速度を上げて神通に近づいてきた。

「この深海棲艦を撮影するわよ。」

「え? そ、それに何の意味が……?」

 突然の提案に戸惑う神通。五十鈴はそれに対してサラリと説明した。

「今回、こいつがどの等級だったのかわからなかったでしょ。こいつが新種かもしれないし、あるいは私達や海上保安部が知らなかっただけの既存の種かもしれない。こいつの全長を撮影して鎮守府に送っておくの。そうすると提督が大本営にデータを送って、国のデータベースで調べてくれるのよ。」

「へぇ……そんな作業が、あったんですね。」

「まぁ、これは実際の現場でしかやらないから、訓練時に説明しなかったのは悪かったわ。ちょっとこれ持ってて。急いで撮っちゃうから。」

 そう言って五十鈴は自身のライフルパーツのベルトの金具を外し、ライフルパーツを神通に渡した。そしてすぐに深海棲艦だった物体に近寄り、持ってきていたデジカメで撮影する。その手際は素早いというよりも、なんとなく急いでいる様子だった。

 神通は撮影している五十鈴に確認してみた。

 

「あの……随分慌てているようですが、なぜなんですか?」

「深海棲艦はね、倒して死亡するとあっという間に腐食したり破裂して原型を留めなくなるの。そうなるとさすがの国のデータベースでも判別は難しくなるのよ。」

 神通の方は一切向かずに撮影をしまくる五十鈴。ようやく五十鈴が顔を向けてカメラの電源をオフにすると、神通はすべてが終わったことを察してホッと胸をなでおろした。

 そして二人が帰りの準備をしていると、深海棲艦だった物体は五十鈴の説明通りあっという間に腐り、バラバラになって湾や川底に沈み、文字通り海の藻屑と消えた。

 

 そして五十鈴は河岸に戻ってきた消防団員に報告し、最寄りの海上保安官連絡所から海上保安部に連絡をしてもらうことにした。神通の側に再び戻った五十鈴は次に提督に連絡をし、この日二戦目の現場の任務完了報告をした。

 基本的に他人との折衝は五十鈴任せにしている神通。性格的に赤の他人と会話するのは苦手なためだ。それが仕事であっても、所詮女子高生の神通としてはノータッチでありたい。

 また、五十鈴は率先してその手の作業をしてしまう。そして折衝事を神通にやらせる思考はない。そのため五十鈴との組み合わせは神通としては利害が一致していた。

 

「……ということです。写真は送っておきましたのでお願いします。……え? はい。……はい!? またなの!? 次は……牛込、えぇと、地図を確認して行ってみるわ。燃料とバッテリーは……大丈夫だから。へ?トイ……変な心配なんかしないでいいわよデリカシーないわね!」

 

 五十鈴の反応っぷりを耳にして、神通は再び嫌な予感がした。五十鈴が提督との通信を終えて振り向いて顔を見合わせると、すぐに予感が確信に変わった。

「あの‥‥神通。よく聞いてくれる?」

「?」

 妙に改まって語りかけてくる五十鈴に、神通は身構える。

 

「もう一箇所、追加で行くことになったわ。」

 

 その時の五十鈴の引きつった笑顔を、神通は忘れることができそうになかった。

 

--

 

 その後神通と五十鈴は海岸線に沿って南下し、袖ヶ浦の牛込海岸にたどり着いた。付近の海上保安官連絡所によると、深海棲艦らしき生物が4匹出現、浅瀬に3匹ほど乗り上げ、もう一匹は船道を通って船溜に入ってきてしまっているという。

 浅瀬に乗り上げた3匹は駆逐艦級、比較的巨体である。浅瀬に入って呼吸器官が水面に出てしまったためか呼吸ができなくて苦しがっている。頻繁に体液のようなものを放出し、暴れもがいている。船道に入ってきた残りの駆逐艦級も船溜をうろうろしているという。

 潮干狩り場として有名な場所のため、来ていた観光客を避難させ様子を見ている最中とのこと。

 

 神通たちは数十分かけて牛込海岸にたどり着くと、浅瀬は潮が引いて海底が完全に露出した状態になっていた。海水がほとんどないため、3匹の深海棲艦は動けなくなって息も絶え絶えもがいている最中だった。

「なるほどね。潮が満ちてる最中に入ってきて、潮が引いて戻れなくなったのかしら。」

「こうしてみると……なんだか普通の魚みたいにかわいそうですね。」

「あまり感情移入しないほうがいいわよ。」

「それは……わかりますが。」

 

 一旦立ち止まっていた二人はゆっくりと船道に向かって移動する。

「とりあえずあいつらは放っておきましょう。もはや動くのもしんどそうだし、そのうち息絶えるわ。もう一匹を優先して倒すわよ。」

「(コクリ)」

 

 二人が船道を通ると、ちょうど船溜から残る一匹の駆逐艦級が沖に進んできていた。

 船道は狭く、目の前の深海棲艦の巨体だと、神通たち二人で道を塞いでしまえば確実にぶつかるしかなくなる。つまり艦娘の攻撃を防ぐことができない。

 五十鈴がライフルパーツを構えると、神通も左腕の単装砲の砲身を調整して構えた。五十鈴はもはや声を出さずに神通に視線を指先だけで合図を送る。神通としても、そうしてくれたほうがなんとなく取り組みやすい。

 そうしてタイミングが合った瞬間、二人の主砲が同時に火を噴いた。

 

ドゥ!

ドドゥ!

 

ズガァン!!

 

 着弾の衝撃で駆逐艦級の巨体が左右に揺れて軽く沈む。しかし駆逐艦級は潜る気はさらさらないのか、すぐに体勢を立て直す。そして次の瞬間、口を開けて黒く濁りが混じった紫色の体液状のものを吐き出した。それと同時に海水が吐き出される。

 思いの外飛距離があるその液体は五十鈴に向かってきた。その液体は海水と重なった次の瞬間、五十鈴の電磁バリアに検出され、手前100cm程度でジューという蒸発音の後、爆発した。

 

ボン!ボボゥン!!

「きゃっ!」

 

 五十鈴が悲鳴を上げてのけぞっていると、狙われていない神通は五十鈴の方を目だけでチラリと見た後すぐにを前を向きそれ以上気にすることせず、数歩前に出て再び砲撃した。

 

ドゥ!

 

ズガァン!

 

 集中して狙える距離とシチュエーション。この機を逃すべきではない。神通は他人を心配して機を失うのが怖かった。

 駆逐艦級は打ちどころが悪かったのか、神通の一撃で絶命した。

 

 神通は敵がプカプカ浮いてきた事を確認するとすぐに後ろを向き、爆煙を吹き飛ばして姿を現した五十鈴に伝える。

「一匹、倒しました。」

 そう感情を込めずに言うと、五十鈴はケホケホと咳をして呼吸を整えた後、拍手を送ってきた。

 

「うん、よくやったわ。ちゃんと戦況を見て行動を起こせたじゃないの。」

 神通はてっきり味方の心配をしなかったことを咎められると密かに気にかけていたが、杞憂に終わった。構えすくめていた肩をゆっくりと下ろす。そして五十鈴の次の言葉を待ってみた。

「そんなに気にしないで。あなたってば、態度と表情に出てるわよ。」

「えっ!?」

 神通は俯いていた顔を一気に上げた。五十鈴と視線が絡む。なぜバレたのだと心臓がキュッとつぼむ感じがした。

 

「あなたに心配されるようじゃ私もまだまだってことね。ちゃんとバリアは効いたし、怪我もなし。だから心配はいらないわ。」

「けど……。」

 神通は実際の初出撃の際、足の艤装を破壊されて、艦船的にいえば轟沈の憂き目にあったのを思い出して、後から気になって仕方がなくなった。勝てたからいいが、もし敵が執拗に攻撃し五十鈴に追い打ちをかけていたら?

 どうするのか本当の正解なのか?

 自身の軽率な行動で仲間が危険な目に合うかもしれない。もし逆の立場だったら、どんな手を使ってでも助けて欲しい。そう考えると五十鈴の本音も実はそうだったのかもしれない。

 再び俯く神通に五十鈴はピシャリと言った。

「ホラ、また俯かない! まだここでの任務は終わってないのよ。あそこに打ち上げられてる3匹を始末しないといけないんだから。」

「は、はい……。」

 

--

 

 神通と五十鈴が残りの三匹のところに行くと、うち二匹はすでに力尽きていたのか、ピクリとも動かない。残りの一匹も息も絶え絶えで、かろうじて腹ビレに相当する部位をゆっくりと動かすのみだ。

「もう、死んでいるのでは?」

「かろうじて生きているわ。だから一発で楽にしてあげるのよ。」

 

 五十鈴の冷酷とも感じられる声が脳に響き渡った感じがした。神通は今のこの状況に戸惑いを隠せないでいる。

 深海棲艦とはいえ海の生き物の命を奪うことに変わりはない。優位性が変わると、こんなにも可哀想に思えてくるのか。気にし過ぎたらいけないのはわかっているが、こうしてじっくり見る機会があるので考えが捗ってしまう。しかし海水という生きるための環境を失って死にかけているこの個体を早く楽にしてやるという考えにも納得がいく。

 艦娘となった自分がすべきなのは、やはり深海棲艦を倒すことなのだ。互いの関係や状況がどうであれ、変わることはない。

 神通はなんとなく理解出来た気がした。

 

「あんたがやらないなら、私がするわ。」

 五十鈴のセリフと行動を神通は手で塞いでとめた。それだけで意思は伝わった。

「そう。それじゃあやりなさい。これも経験なんだから。」

「(コクリ)」

 一旦深呼吸をする。幾分気持ちが落ち着き、冷静に敵を倒す思考が戻ってくる。そして神通は得意の左腕の単装砲を構え、トリガースイッチを押した。

 

 爆音とともに目の前の駆逐艦級の腹が衝撃で破裂した。数秒して残った部位が異様に膨らみ始める。

「あ……これは危ないパターンね。こいつは爆発するわ。離れるわよ!」

「はい。」

 二人が3匹の深海棲艦の死体から10mほど距離を開けた途端、甲高い音を立てて駆逐艦級の身体は爆発四散した。側にあった影響か連鎖反応で残りの二体も破裂し、潮干狩り場の一角に、深海棲艦の身体の一部が四散して残った。

 潮が満ちれば海に流れるなどして、人目につかなくなるだろうと踏み、二人は任務完了とした。

 

--

 

 一旦船溜に戻り、五十鈴は側にいた潮干狩り場の管理者に駆除完了した旨を報告した。神通はやや離れたところで五十鈴が管理者の老人と会話するのを眺めていた。

 すると港近くで待機していた観光客が神通や五十鈴のいる近くまで出てきて、ひそひそと話を始めた。

 神通は態度には出さなかったが、ハッとした。よく考えたら、海上にポツンと立っている自分たちは、恰好の注目の的じゃないか。艤装を装備していなければ、生身の人間では絶対できない行いをやってのける存在が自分たち艦娘なのだ。

 艦娘の知名度がどのくらいなのか、今まで普通の女子高生だった神通は知らない。艦娘界隈のことなど最近まで特段興味がなかったし、艦娘の気持ちや立場などを知ろうと図る気もサラサラなかった。

 

 人に見られるのが苦手な神通はどうすればいいのかまごついて五十鈴の背中に視線を送るが、五十鈴の話はまだ終わっていない。

 そうっと観光客の方に視線を戻すと、小さな女の子がガッツリ見ているのに気がついた。離れたところにいる別の子どもも。そして年頃は小学生と思われる数人がきゃあきゃあ黄色い声を上げている。

 恥ずかしい。とても居心地が悪い。落ち着かないので早く帰りたい。

 なんか手をこちらに振っている。どう反応すればいいの?

 

【挿絵表示】

 

 手を振り返すのは恥ずかしいし、笑顔を送るなんてもってのほかだ。こういうとき、那珂さんなら率先して話しかけたり接してうまく立ち回ってくれるんだろう。

 神通がわざと視線をそらして明後日の方向を見てごまかしていると、ようやく話が終わったのか、五十鈴が戻ってきた。

「話終わったわ。なんだか感謝されちゃった。このあたりの人は艦娘と会うの初めてなんですって。今度揃って潮干狩りしに来て下さいですって。一応名刺渡しておいたから、うちの鎮守府をご贔屓にって営業しておいたわ。……どうしたの?」

「い、いえ! なんでも、ありません。早く、帰りましょう。」

 神通の顔がやや赤らんでいるのが気になった五十鈴だったが、特に気にしないでおくことにした。

「やっとこれで帰れそうね。」

「(コクリ)」

 二人揃ってグッと背筋を伸ばして身体をほぐしていると、五十鈴のスマートウォッチに通信が入った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神通たちの戦い

 緊急の出撃はやがて神奈川第一鎮守府の艦娘達との合同任務にまで展開していく。神通はそこで、神奈川第一鎮守府の神通と出会う。ベテランそうで凛とした大人の女性。かたや自分は根暗な女子高生だと勝手に比べて憂鬱になるが、その出会いは・・・。


「はい。……は? あの、提督。これで三戦目だったんだけど。私達艦娘は単なる移動でも蓄積すると地上移動するのより疲れるの、分かってるわよね? で、詳細は? ……えぇ。えぇ。神奈川第一の人たちが? はい、分かりました。さすがに次で終わりにしてほしいわ。うん、それじゃあね。」

 

 神通は、通信を終えた五十鈴が振り向いたその瞬間、あることわざが思い浮かんだ。振り向いた五十鈴の顔がややウンザリといった表情になっている。

 

「もう感づいてると思うけれど、お次の現場が決まったわ。」

「また……ですか。」

「えぇ。またよ。お隣の鎮守府、つまり神奈川第一の艦隊が風の塔で警戒態勢を取っているらしいわ。合流してあちらの作戦任務に加わって欲しいそうよ。」

 

 よそとの合同任務と聞き、神通は身構える。そして再び緊張で身をこわばらせた。それは五十鈴にはあっさり見抜かれ、やんわりとフォローされる。

「まぁそう固くならないで。別に怒られに行くわけじゃないんだし。あっち主導なら私達は従って動くだけでいいんだから楽なものよ。」

「そ、それはそうですが。」

「とりあえず行きましょう。」

 

 五十鈴の言葉に相槌を打って表向きは納得の様子を作るも、内心は不安で胃がキリキリ痛むような錯覚を覚えながら一路、アクアラインに沿って移動し始めるのだった。

 

--

 

 神通と五十鈴は木更津側から伸びるアクアラインに沿って移動していた。浅瀬がかなり沖まで伸びる海岸線、神通たちはなんとなしに海を眺めつつ、ようやくアクアラインの真下まで来た。

 そのまま沿って進もうとしたところ、南西から嫌な影が近づいてきたのに気づいてしまった。気づきたくなくても否が応でも気づいてしまうそれは、この日初めて見る軽巡級だが、野良であるために提督からの情報がなく、この時の二人にはすぐに判別つかなかった。

 

「え!?あそこにいるの……深海棲艦よね?」

「えぇと……私にもそう見えます。」

「潮がまだ引いてるから沿岸間近に行く恐れはないけれど、今日だけで4回目よ。これだけ多く目撃するのはなんかおかしいわね。」

 五十鈴はそう口にする。神通も同じように感じていたので相槌を打つ。そして思考を切り替えて戦闘準備を取り始める。さすがに4度目となると、言われなくてもなんとなくタイミングがわかってくる。

 神通が構えると、五十鈴はそれをチラリと見て音を出さずに微笑み、そして真面目な表情に戻った。

 

「風の塔に行く前にもう一戦よ。今度のやつは……遠目から見てもでかいわ。私が先陣切って切り込むから、あなたは距離を開けて援護してちょうだい。あなたの狙いやすいやり方でね。」

「……はい。」

 

 それ以上の会話は、二人には不要だった。

 

 軽巡級は思いの外硬く、砲撃ではなかなか傷がつけられなかった。そして大気中に飛び出ると燃え上がって火の玉になる体液を放つので安易に近づけない。このままではらちがあかないと判断した五十鈴は、干潟に追い込んで動けなくし、魚雷で撃破しようと提案した。

 その作戦は成功し、辛くも軽巡級を撃破した二人は深い溜め息をつき、踵を返してようやくアクアライン沿いに戻ることができた。

 

 神通たちがその後風の塔に到着した時、昼をとうにすぎていた。風の塔の一角、桟橋が設置された場所で数人の艦娘が待っていた。

 

 

--

 

「あなた方に状況をお伝えしておきます。」

 

【挿絵表示】

 

 目の前の艦娘は神通。といっても自分のことではない。神奈川第一鎮守府から出撃してきた、軽巡洋艦艦娘、神通だ。同じ制服で同じ艤装つまり武装。

 何もかも自分と同じだが、違う点もある。当然、担当している人物が違う。高校生で割りと低身長である自分とは違って身長が高く、すらっとしていて美しい。年頃は大学生かそれより少し上だろうか。前髪は長いため、鉢巻をしてわずかにたゆみを持って押し上げられ、そして横に流されている。そしてよく見ると自分の制服や艤装と違う部分がある。ちょっと豪華だ。

 物腰は穏やかそうだが、喋り方の端々に機敏さが感じられる。ほのかに冷たさも感じられた。なにより、神通を見る他の艦娘たちの顔がこわばっているかあるいは尊敬の眼差しを燦々と送っていることで感じ取れる。

 

 

--

 

 神通は五十鈴とともにアクアラインの途中にある風の塔、その一角にある桟橋に神奈川第一鎮守府の艦娘らとともに、旗艦たる人の説明を聞いていた。顔合わせをして艦名を聞いた瞬間、“あ、自分と同じ艦だ”と感じた。制服と艤装が同じという担当艦でかたや新人、かたや大人の女性で回りから尊敬されていそうなベテラン旗艦。勝手に比較してしまい、気まずい、肩身が狭く感じる。

 

 自己紹介をして神奈川第一の神通も何か思うところがあったのか、鎮守府Aの神通にこう指示してきた。

「あら、あなたも神通担当なのですか。そう……。通常、同じ艦隊に同じ艦がいるのは望ましくありません。ですが合同任務ではまれにあるそうです。紛らわしいので、申し訳ございませんがあなたには別の呼び方を提案致します。」

「別の、呼び方……ですか?」

 チラッと五十鈴を見るが、我関せずというか口出しできないからゴメンなさいという心の声が聞こえそうな沈黙を保っていた。

 

「千葉神通ということに致しましょう。千葉第二鎮守府出身ですので、分かりやすいと思うのですが、いかがでしょうか?」

 ネーミングセンスとしてそれどうなの、と真っ先に思ったが、神通という艦名をまったく変更されてしまうよりかはアイデンティティが保たれてマシか。そう判断した神通はコクリと頷いて承諾した。

 

 神通の側に寄ってきた五十鈴は肩に手をポンと載せてこう言った。

「まぁ、仕方ないわ。頑張りましょう、千葉神通。」

「(キッ)」

 目を細めて睨みつけるが五十鈴は動じない。もちろん、冗談で言われていることくらいはさすがに神通も理解していたので、五十鈴が軽く肩をすくめたのを見てため息を吐き、それ以上のツッコミは止めておいた。

 

 

--

 

 その後神奈川第一の神通は全員を見渡せる桟橋の上に上がり、説明を始めた。五十鈴と神通はようやく現在の状況を把握した。

 

 東京湾の各所で深海棲艦の出現が多発している。

 五十鈴たちがなんとなく感じていたことは、神奈川第一の艦娘らにとってすでに事実だった。

 

 神奈川第一の調査では今日未明から、普段深海棲艦を見ない東京湾の一部の海域で異形の存在を発見。退治したはいいが、帰還する途中でも発見が相次いだ。通常、東京湾でも深海棲艦は少なからず確認できるが、この日は普段の3~4倍ほどの頻度とのこと。

 神奈川第一では昨日から二十数名ほどの艦娘が館山で開催されるイベントのため出払っており、残りの人数で少人数制のチーム分けし、臨時で警備範囲を広げて東京湾各所を回っているという。

 

 神奈川第一鎮守府の主担当は神奈川の相模灘以東の海岸線全域と、中ノ瀬・浦賀水道の航路の常時警備だ。担当範囲の関係上、海上自衛隊や米軍への協力もすることがある。

 風の塔に集まったのは旗艦神通含め、3艦隊計12人。鎮守府近辺と二大航路の警備に必要な人数を残すと、それが出撃可能な人数の限界だった。

 加えて、神奈川第一の提督も外出しており指示系統・判断基準が秘書艦に一任されている。今日未明から舞い込んでくる目撃報告の処理の対応にオーバーフロー気味な鎮守府司令部のため、現場の指揮や担当海域の割り当ては現場の最高権力者たる旗艦に任された。

 

 今回、五十鈴と神通が出撃してまもなく神奈川第一鎮守府の秘書艦から鎮守府Aの西脇提督へと連絡が行き、ちょうど五十鈴たちが近くまで出撃してるために即協力を結ぶことになったのである。

 現場の旗艦である神奈川第一の神通には、深海棲艦目撃報告のあったポイントに向かわせるためのチームたる艦隊の割り振りが一任されていた。編成して出撃させたはいいが、午前中だけでも中ノ瀬航路以南ではいたるところに駆けつけざるを得なかった。

 正直なところ3艦隊では足りないのが現状だった。

 そのため鎮守府Aから艦娘が加わるという情報は、実際の戦力たる艦娘がたった二人の参加であろうが願ってもない吉報には違いなかった。

 

 

--

 

 神通と五十鈴は二人で一艦隊という立ち位置は変わらず、神奈川第一鎮守府の艦隊の作戦に参加することになった。神奈川第一の神通の案内で風の塔にて軽い腹ごしらえ、弾薬エネルギー・燃料・バッテリー等の補給を受けて準備をすることになった。

 

「千葉神通さん。ちょっと、よろしいですか。」

「え、は……はい。」

 神通は風の塔から離れる際、神奈川第一の神通から声をかけられた。目の端を弱々しく下げて五十鈴にチラリと視線を送るが、五十鈴は顎と視線でクイッと指し示し、もう一人の神通へと誘導させて一歩引き気味に佇んでいる。

 よその人と折衝するのは五十鈴さんの役目だろ、と思い込んでいた神通は戸惑いながらも呼び止められた方に視線を戻した。

 

「あなたも神通ならば、あの能力は使えますか?」

「へ? あの能力って?」

「あ……そう。まだ、神通の艤装に慣れていないのかしら。」

 意味ありげに言い淀む神奈川第一の神通。神通は怪訝な顔をして暗に問いかけるともう一人の神通が再び口を開いて語り始めた。

「こうして会えたのも何かの縁でしょうし、あなたにはアドバイスとしてお伝えしておきます。神通の艤装には隠された機能があるようです。」

「え……それって?」

「私自身、試している最中ですが、確証は得ています。あなたも同じ神通になれたのなら、いずれ発見できるかと。自分の力で、それが何か見つけられれば、きっとそちらの鎮守府の艦隊の大きな力になるはずです。」

 

 チラッと白い歯を覗かせてニコリと笑ったその表情は、優しく気品が感じられ、そしてどことなく母を思わせる慈愛に満ちつつも、凛とした厳しさを伴う笑顔だった。神通は同じ艦担当者から言われたその「能力」が気になった。ここまで言われて気にならないほうがどうかしている。

 きっと川内になった流留なら、さっさと答えを教えてくれと急かしていただろう。だが自分は違う。自分を、自分の力を、自分の可能性を信じられるようになりたい。そのためには誰からどんなことを言われても、出来る限り自分だけで結果に行き着いてみせる。

 思わせぶりにクイズっぽくヒント程度のアドバイス、それは神通にとっては望むところだった。そして川内や夕立以外で、神通にもどうやらあるらしいことがわかった特殊能力。確かにそれを開花させれば大きなアドバンテージになる。

 その事実は神通の心の拠り所となった。神奈川第一の神通に向かってペコリと素直に頭を下げて感謝を示した。

 

「あり、ありがとうございます。私、自分の力でそれを発見してみます。そして、活用してみせます。神通さんは……それを今使えるのですか?」

「えぇ。従ってくれる駆逐艦の子たちが、しっかり揃ってくれさえすれば。この能力は、私だけではどうにもならないのです。もう一つヒントを言うならば、あくまで随伴艦……つまり一緒にいてくれる人たちが頼みの能力なのです。ともに戦ってくれる味方が戦いやすくしてあげるサポートも、大事なのですよ。」

 

 そう言った後、神奈川第一の神通は神通の肩にそっと手のひらを乗せ微笑んで仲間のもとへと去っていった。

 

 同じ神通同士、耳に入れてしまうのは野暮と思っていた五十鈴は少し距離を置いていたため内容は耳に入れなかった。そのため神通の側に戻ってきた後すぐに尋ねた。

「何の話だったの?」

「え。ええと……その。同じ神通なので、艤装の使い方とかそのあたりのアドバイスを、いただきました。」

「そう。よかったじゃないの。よその鎮守府の人と知り合いになれて。」

「は、はい……。」

 まだ不確定要素が多いので言う必要もないだろうと思い、神通は能力のことは伏せ、一応の事実のみを口にした。五十鈴は勘ぐることなく頷いて神通に返事をするのだった。

 

 

--

 

 その後、神通と五十鈴は指示された海域へと向かうことになった。まずは木更津の木材港を始めとし、君津にある小糸川付近、海岸線に沿って南に下った磯根崎付近、そして浜金谷だ。

 千葉県沿いの目撃事例・連絡体制は千葉各所の海上保安部から鎮守府Aに伝わるようになっているが、協力体制以後は指示系統を神奈川第一鎮守府の秘書艦に一本化していた。そのため西脇提督は受け取った情報を自分の艦娘たちに指示はせず、まずは神奈川第一に提供した。

 改めて神奈川第一の秘書艦~神通を経由して、次の(千葉県の)現場を指示されるという、連絡体制の手間が生じてしまっていたが、現場にいる神通と五十鈴にとってはさほど問題とは感じないどころか、そのあたりの運用の手間があったとは夢にも思わない。

 

 二人は一箇所が終わったら神奈川第一の神通および秘書艦に連絡し、すぐに次の現場を指示された。それを繰り返して転戦していくうち、千葉県沿いをかなり南下してしまっていた。

 そのことに気がついたのは、時すでに日が落ちかけ、あたりはほのかに朱が薄く混じりはじめていた頃だった。

 

--

 

 完全に夕方の気配で包まれた海上、南に視線を向けて左手の方角に漁港や内房なぎさラインが小さく臨める海上のとあるポイントにて、次の現場の指示を求めた二人はようやく一息つける指示を聞いた。

 

「……はい。えぇ、了解致しました。現在は……緯度○○、経度○○の海上です。え、一番近い署が? はい、わかりました。近くの海上保安署に寄ってみます。お疲れ様でした。」

 五十鈴が通信を切る。隣でジッと聞いていた神通は五十鈴の顔を見上げる。すると五十鈴は溜め息を吐いてから説明した。

「どうやら一段落したみたい。これで緊急の任務は終わりだそうよ。現地解散で以後は西脇提督の指示に従うようにって。念のため一番近くの海上保安署に寄って報告しなさいってさ。」

「一番近くって……。」

「木更津の南では館山分室らしいわ。」

「館山……あ!」

 神通がハッと気づいたことは五十鈴もすぐに気づいたことだった。

 皆がいるその場所。新人の訓練を優先してあえて自分が行かなかったイベント事が開催されている町だ。神通は急に鼓動が速くなった気がした。もしかしたら皆に会える。そう思うと、途端に安堵感も倍増、湧き上がる喜の思いでバクバクし始めた心臓を手で抑えて、五十鈴に言う。

「那珂さんたちに、会えるでしょうか?」

「そうね。のんびり移動しながら、提督に聞いてみましょうか。」

 神通は五十鈴の気の抜けた声での提案に、コクリと頷く。

 二人は鋸南町の保田漁港付近にいたため、15ノットで飛ばせば30分ほどで館山に到着できる。夕焼けを背に、すっかり辺りが暗くなった海上の現在位置から南下するため、コアユニットに念じて、主機を再稼働させた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観艦式:メインプログラム

 川内達の夜間の任務から明けた翌日。那珂と五月雨は館山でのメインイベント、艦娘の観艦式にいよいよ臨む。儀礼的だが彼女たちの勇ましく整然とした姿に一般市民の感激は大いに湧き立つ。


 館山に来て二日目の朝。那珂は誰よりも早く起き、宿を飛び出して海沿いの歩道を散歩していた。薄手のピンク色のTシャツに下はクリーム色のハーフパンツというラフな格好で海岸を歩くその姿は、周りから見ても艦娘だとは気づかれない、ただの少女だ。

 時計を見るとまだ5時40分。少々早く起きすぎた感もあるが、早朝の館山の築港では漁船側でなにか作業をしている漁師らしき姿がちらほら確認できるため気にならない。

 

「おはよーございまーす!」

 

 なんとなく手を振って挨拶をする。漁師たちは顔を上げ、地元民の触れ合いのように気さくに那珂に挨拶し返す。那珂は知らない土地での知らない人との触れ合いが大好きだ。早朝の挨拶をかわすことで、目覚めもスッキリ、この後のお祭りのメインイベントにかける意気込みも高揚感も高まってくる。心はすでに飛び立たんばかりだった。

 

--

 

 那珂が宿に戻ると、妙高と時雨・不知火が起きてまどろみを楽しんでいた。他のメンツはまだ寝ている。部屋が別のメンツもきっと寝ているだろうと那珂は察した。

 そして朝7時過ぎ。全員起床を済ませ宿の食堂で朝食を取り終えた時、妙高が全員に説明を始めた。

 

「それでは皆さん、これからの予定をお伝えいたします。那珂さんと五月雨ちゃんはこの後8時半までに基地の本部庁舎に行ってください。観艦式参加メンバーと準備があります。他の皆さんは体験入隊午前の部がありますので、9時半までに本部庁舎に行ってください。理沙、引き続きそちらの引率は任せましたよ。なお、本日は一般参加者もいらっしゃいます。艦娘だけではありませんので、うちの鎮守府や艦娘として恥ずかしくないよう、振る舞ってください。」

「はい、わかりました。」

「「はい!」」

 丁寧に返事をする理沙。それに続く艦娘達は元気よく返事をした。

 

「那珂さんと五月雨ちゃんは観艦式が終わった後は、渚の駅の桟橋で艦娘との触れ合いコーナーが開かれるそうなので、神奈川第一の方々に従って最後まで行動するように。体験入隊の方々は昼すぎに終わるそうなので、その後は自由行動です。ただし、昨日の今日ということもあり、哨戒任務で支援艦隊として呼ばれる可能性があります。どこにいてもかまいませんが、必ず連絡が取れるようにしておいてください。」

 

 妙高の説明が終わり、部屋に戻った那珂たちは思い思いにこの日の意気込みを語り合う。先に出る必要がある那珂と五月雨は準備を早々に済ませ、提督代理の妙高とともに宿から出発した。

 

「それじゃー川内ちゃん、みんな。行ってくるね。」

「頑張ってきま~す!」

 

「うん。行ってらっしゃい二人とも。あたしたちも体験入隊最後までやりきるよ~。」

「あ~~、さみと那珂さんの観艦式見たいっぽい。」

「そうだね。でも僕たちの体験入隊が終わるのは12時過ぎらしいし。その頃にはもう終わってるよね……。」

「せっかくのさみの勇姿ですもんね。でもテレビか海自で撮影してるでしょきっと。あとでゆっくり見せてもらいましょ。ね?」

 時雨が若干淋しげな目つきになると、隣にいた村雨が肩に手を置いて同じ気持ちを示して励ます。

 最後に不知火が言葉なく、視線だけを那珂と五月雨に合わせ、コクンと頷いて暗にエールを送った。

 

 宿の敷地を出てなぎさラインをひたすら歩いて数分、那珂たちは館山基地に再び足を踏み入れ、その日の任務を開始することにした。

 

--

 

 観艦式が行われるのは、渚の駅たてやま側の桟橋沖約100mの海域である。メインの観客席は桟橋だが、館山駅からほど近い北条海岸に特設の会場が設置され、テレビ局や館山市および海自のドローンの撮影により、各所設置のワイドスクリーンで見られるようにもなっている。

 

 那珂と五月雨が本部庁舎に入り、促されるまま会議室に入ると、そこには昨日ともに練習した神奈川第一鎮守府の艦娘たちが勢揃いしていた。先導艦の霧島や供奉艦らはピシリとしているが、第三列を成す軽巡や駆逐艦たちは朝早くから起きていたためか、時折あくびをしてやや緊張感を崩している。

 那珂たちの姿を見た霧島が声をかけてきた。

「来たわね。うちの提督は別件で海自の幕僚の方々と会議をしているので、この場では私が全体の指揮と統括を行います。え……と、そちらの女性は提督かしら?その制服は妙高型?」

「あ、申し遅れました。私、千葉第二鎮守府の重巡洋艦妙高を担当しております、黒崎妙子と申します。この度はうちの西脇から提督代理を仰せつかっております。」

 妙高が会釈をして挨拶すると霧島も丁寧に返した。一通り挨拶が終わると霧島が観艦式の流れを詳細に説明し始めた。

 

 テレビ局や各団体の撮影は、自衛隊堤防から始まる。艦娘たちは先導艦から第四列を成す那珂・五月雨まで、速度を6ノットで保って順に前進。桟橋前までの約800mを単縦陣で航行する。その後は先日の練習通り、列を切り替えながらのメインイベントたるプログラムが始まる。終了後は桟橋前に並び、観客や撮影陣に向かって挨拶。その後、フリーパートとなり、決められたチームごとに各自のプログラムを行っていくことになる。

 そして締めの挨拶のため、再び桟橋前に並び本当に終了。その後は撮影や観光客のための触れ合いタイムと称する交流時間。

 ちなみに午後の部では、海上自衛隊主導の護衛艦乗艦体験なども行われる。

 

 詳しいプログラムを確認し、那珂と五月雨はこれから挑む観艦式に向けて自分を奮い立たせて気合を入れる。

「五月雨ちゃん、これから長丁場だけど、頑張ろーね。」

「はい! 私、絶対ミスしないように頑張っちゃいますから!」

「ミスしないようにとか、あんまり意気込みすぎないほうがいいよ。気楽にね。」

「エヘヘ。はい。」

 

 那珂たちが二人でしゃべっている周りでは、同じように神奈川第一の艦娘たちが意気込んでいる。各人が各人、この観艦式にかける意気込みで熱意をさらに熱くしている。

 そしてリハーサルの時間が訪れ、那珂たちは自衛隊堤防から海へと飛び出した。

 

--

 

 本番の海域でやると勘違いされるため、若干北西に移動し、コースを再現して行われた。自衛隊堤防の桟橋に相当するブイから合計14人、一列に揃って単縦陣でメインのポイントまで移動した。

 若干のズレが第三列に残るも、リハーサルはほぼ想定通りにスムーズに事が運ばれた。一連のメインプログラムが終わると、先導艦の霧島は全員を集めて声をかけた。

「うん。オッケーね。これなら問題ないわ。ただ、第三列はほんの少しだけ遅れていたわ。第四列の那珂さんたちにまでタイミングのズレが影響してしまうから、そこ、気をつけてね。」

 霧島から注意を受けた第三列の夕張たちは背筋をピンと伸ばして返事をした。

 

 その後各チームに分かれてのフリーパートのリハーサルが行われた。那珂がメインで行う、全員を巻き込んだフリーパートプログラムは、フリーパートの最後に配置されていたため、いわゆる大トリだ。しかし内容が内容だけに、リハーサルでは簡単な説明と那珂のアクションのわずかなデモに終始した。

 

--

 

 本番開始直前、那珂たちは自衛隊堤防から海に降りて並ぶ。村瀬提督や妙高、そして海自の幕僚らは、観艦式挨拶のため、渚の駅の桟橋へと向かっていた。

 

 しばらくすると、那珂たち北東のあたりから放送音を聞いた。挨拶が始まったのだ。スピーカーが多いため、司会と思われる女性の声がよく聞こえてくる。ほどなくして村瀬提督の声続いて妙高の声が聞こえてきた。

 いよいよ、自分たち艦娘の演技が始まる。胸の鼓動が激しく打ち込まれているのを感じる。大きく深呼吸して息を吐くと、背骨あたりがピリピリする。緊張が高まる。人前でのスピーチや立ち居振る舞いは生徒会長として場馴れしているが、よくよく考えると、こうした公衆の面前での、しかも地方自治体の行事でのそれは初めての経験だ。

 五月雨に気軽に行こうねと言っておきながら、自分がガチガチになってどうする。自分を奮い立たせ、努めて普段の自分を思い描く。

 大丈夫。ヘマはしない。

 ここで、自分が艦娘にかける、そして西脇提督がかけてくれた想いを自分の力に昇華させて演じきってみせる。あたしは、ただの女子高生で終わりたくないし、ただの艦娘としても終わりたくない。

 いつどこにチャンスが転がっているかわからない。だから、毎回全力を尽くす、それだけのことだ。

 

 艦娘たちの列が動き出した。那珂は直前にいる駆逐艦峯風に続いて、動き出した。

 

--

 

 先導艦霧島から続く14人の艦娘たちの列は、6ノットのゆっくりとした速力でもって、桟橋前へと向かう。途中放送で、一人ひとりの艦名と所属鎮守府が呼ばれる。

 直前にいた峯風が呼ばれ、所定の位置から離れていった。次は那珂と五月雨だ。

 

「……続きまして、第四列。千葉第二鎮守府より、軽巡洋艦那珂、駆逐艦五月雨。」

「行くよ、五月雨ちゃん。」

「はい!」

 

 那珂と五月雨は二人だけの単縦陣で移動する。上空に意識を向けると複数のドローンが飛んでいるのが分かる。自分たちの一挙一動が撮影されている証拠だ。その内の一台が高度を下げ、那珂や五月雨の視線の先に現れた。

 気にはなるが、視線を前方の第三列からそらすわけにはいかない。すでに演技中なのだ。カメラ視線になっていい演技ではない。切り分けをハッキリさせ、那珂は真面目に、しかし若干の笑顔を浮かべる。その様は自信に満ちた艦娘の顔だ。那珂の凛々しい顔をドローンのカメラが撮影し続ける。

 そのうち那珂の視界からドローンが消え、代わりに後ろにいる五月雨を撮影し始めた。五月雨の様子を面と向かって気にするため振り向くわけにはいかない。彼女が演技に集中していることを信じ、那珂はもはや五月雨を気にしない。

 

 那珂と五月雨は、最初の緊張の谷を抜け、第三列の艦娘らに続く位置に到達した。そこは、桟橋の全長の端だ。自動的に観艦式の司会や村瀬提督ら上長たちからは一番遠い位置になった。しかし話される内容や雰囲気は、かなりの大音量のため問題なく聞こえてくる。

 そのうち、それぞれの艦娘たちの簡単な紹介に入った。最後に妙高が那珂と五月雨について触れる。もちろん自身も艦娘であることと提督のこの日の都合も簡単に説明し、ほとんど新米の鎮守府の立場としての意気込みを語り、司会の女性との会話のキャッチボールをし、桟橋にできあがった会場と観客の雰囲気を賑やかにさせている。

 妙高さんはスピーチも結構出来るんだな……。

 那珂はまた一つ、お艦の一面と魅力を知った気がした。絶対ただの主婦じゃないでしょあの人……と、自身の想像にオチをつけた。

 

 

--

 

 桟橋にいる幕僚長の一人が村瀬提督と顔を見合わせ、先導艦の霧島に合図をした。那珂は遠目でそれを確認しただけだが、その意味がすぐにわかった。これから、観艦式のメインプログラムが始まるのだ。

 那珂の想定は正解だった。ほどなくして霧島が前進を始めたからだ。順に前進し、那珂たちも前に合わせて進む。

 一同は数十m進んだ後、順次回頭してUターンした。そのまま自衛隊堤防のある南西に進むが、あるポイントで再び順次回頭し、Uターンする。

 その時点から、ついにメインプログラムが始まった。

 

 先に先導艦と供奉艦の5人が進み、自身らの方向に向き直して停止した。後は第一列から第四列までが、実際の演技をする。

 霧島が合図をすると、供奉艦の妙高が手を挙げて合図をする。

 神奈川第一鎮守府の妙高。那珂は彼女と挨拶以外の話をしなかった。するタイミングがなかったといえば対面的な聞こえはいいが、実際は、自分と五月雨にとって妙高といえば黒崎妙子が担当している妙高の印象が強く、なんとなく避けてしまっていた。願わくば、一度は話しておきたい。

 そんな願望を考えている時間が終わった。第四列の合図を担当する羽黒が合図をしたからだ。

 那珂と五月雨は第三列の移動した方向、針路を15度つまり北北東に変え第三列のいるラインの後に回り込んで並んだ。数十m前方には第一列、左前方には第二列が並び立っている。すべての列が、単横陣になっていた。

 

 やがて供奉艦の足柄が手を挙げた。すると第三列の艦娘たちは一斉に主砲を前方にいる第一列めがけて構える。放送でこの後の行動が発表された。そして足柄が手を振り下ろすと、第三列の主砲が一斉に火を吹いた。

 

ドゥ!

ドドゥ!ドゥ!

 

 先に何度も見てわかっているとおり、主砲から放たれたエネルギー弾は第一列の艦娘らの間をすりぬけ、はるか北西に向かって飛んでいきやがて見えなくなった。

 次に供奉艦の羽黒が手を挙げる。放送で発表された後、那珂と五月雨は主砲を構える。次は自分たちの番なのだ。

 固唾を呑んで羽黒の指示を待つ。

 

「放てーー!」

 若干か弱い声が響いた。羽黒の声だ。

 那珂と五月雨は、第三列の三人の間から一斉に砲撃をした。

 

ドゥ!

ドゥ!!

 

 那珂たちの砲撃によるエネルギー弾もはるか水平線へと飛び去って見えなくなる。

 

 その後は第一列の戦艦艦娘たちの番だ。那珂は五月雨にチラリと目配せをする。五月雨の頭がわずかに下に傾いた。つばを飲み込んで喉が震えた仕草だと気づく。五月雨もそうだが、自身もやはりこの後の轟音は何度聞いても震えてしまう。だから自分たちの出番以上に気合を入れて備えておかなければならない。

 供奉艦の妙高が合図を送り、放送ののち手を振り下ろす。戦艦艦娘たちはその口径の大きな主砲パーツから、恐るべき爆音を響かせて砲撃を行った。

 

ズドゴアアァァーーー!

ズドオォォォ!!

 

 那珂たちは集音調整用の耳栓をしているが、それでも脳に響いてくる轟音。雷のような爆音。当の艦娘が頭と耳をくらませる有様ならば、那珂たちから数十m離れた桟橋にいる観客たちは一層、轟音に仰天してしまうのは明らかだった。

 

 戦艦艦娘のエネルギー弾は那珂たちの上空をあっという間に越え、内陸に向けて飛んでいった。角度を高くし出力を調整してあるため、その砲撃が着弾するのは4km先の山中だ。いくら対深海棲艦のエネルギー弾による砲撃とはいえ、普通に地上の生物を消し飛ばせるし、鉄板など軽くぶち抜くどころが溶かし尽くす。安全面を考慮した結果、問題なさそうな山中に落ちるように綿密に計算されていた。

 

 その後、第一列と第三列・第四列同士の疑似砲撃戦が始まった。わざと外す撃ち合いが続き、観客をヒヤヒヤさせたり、胸熱く心躍らせる時間が続いた。

 まさに本物の軍艦同士の砲撃戦のごときそれに、会場の熱は高まりに高まっていた。

 

--

 

 そして次に供奉艦の那智が合図を送った。放送では、第一列・第三列・第四列とは異なる説明が挟まれる。第二列を成すのは空母艦娘であるためだ。

 那智が手を振り下ろすと早速二人の空母艦娘が動作に入る。第二列を構成する空母赤城と加賀を担当する女性たちは思い切り引いた弦を離し、矢を射った。風を切り裂く鋭い音がしてあっという間に高空へと飛んで見えなくなっていく。

 

 普通の矢であればそのまま海上に落ちるところだが、艦娘が放つそれは実際は矢の形をした高性能ドローンである。那珂たちは何度もそれを見ているためもはや驚かなくなったが、観客は違った。

 射られて飛んでいった矢がホログラムを纏ってまるで戦闘機のようになって戻ってきたことに、観客は先刻の砲撃戦以上に声を上げ限界かと思われていた熱をさらに高める。

 戦闘機・爆撃機となった矢は桟橋の上空を含めた付近一帯を自在に飛び回り、そして本来の目的を果たすために艦娘たちの上に戻ってきた。

 そして機体の中央から下向きにチカチカと光が弾けたように誰もが見えた。

 

バババババババ!!

バシャバシャバシャ!

 

シューー……

バッシャーーーン!!

 

 機銃のごとく高速のエネルギー弾の射撃、そして爆撃に見立てた質量の大きなエネルギー弾の投下。それらが第一列から第三列・第四列の間の海上に水しぶきを立て、水柱の林を作り出す。観客からは艦娘たちの姿が見えなくなるほどだ。

 やがてホログラムがかなり薄まった戦闘機、爆撃機は空母艦娘たちに引き寄せられるように宙を舞ってゆっくりと移動し、高度を下げて彼女らの手のひらに収まった。手の上に乗ったその形は、完全に矢に戻っていた。

 観客には、彼女らの上に移動してきたドローンがズームを繰り返して撮影した映像が目に飛び込んでいた。

 

--

 

 空母艦娘たちの演技が一段落すると再び放送があり、次のシーンのアクションが指示された。第一列が単横陣から単縦陣に陣形変換する。供奉艦の目の前に移動すると、主機の推進力を使わずその場で方向転換をして再び単横陣になった。

 続く第二列は単横陣のまま、まっすぐ前進し、第一列とは一定の距離を開けて停まった。第三列は一旦先導艦の方とは逆方向に単縦陣で進み、第二列と間隔を開けて陣形変換し、同じように単横陣に戻って停まる。最後に那珂と五月雨の第四列も移動を始めた。五月雨が先頭となり、単縦陣で進み、第三列の十数m後まで移動し、陣形変換して単横陣になって停止した。

 これですべての列が、単横陣になって先導艦に向かって整列した形になった。

 

 先導艦が先頭で合図すると、供奉艦の妙高が上空に向けて砲撃した。すると第一列の戦艦艦娘たちが同じく上空に向けて砲撃する。今度は祝砲目的のため、実弾ではなく空砲だ。それでも戦艦の大口径の主砲パーツから放たれる音は、耳をつんざかんばかりの轟音なのは変わらない。

 続いて第二列の空母艦娘が今度は艦載機ではなく、機銃パーツで空砲として撃ち出す。

 第三列も続き、最後に那珂たち第四列が撃つ番になった。

 

 那珂は五月雨と一瞬顔を見合わせ、コクリと頷いた。そんな刹那の後、上空にそれぞれの主砲を掲げ、そしてトリガースイッチを力強く押した。

 

パパーン!!

ドーン!

 

 那珂は確かに空砲を撃った。しかしその後の音は明らかな実弾である。那珂はもちろん観客の全員が、最後に放たれた実弾たるエネルギー弾がはるか遠くに向かって放物線を描いて飛んでいき見えなくなったのを目の当たりにした。空砲による祝砲とプログラムが記載されたパンフレットに書かれているのを皆知っていたため、ほどなくしてざわつき始める。

 まさかと思い那珂は左に視線を移すと、五月雨がプルプルと震えて見るからに泣きそうなオーラを醸し出していた。

 これはまずいと瞬時に察し、那珂は密かに通信を霧島にした。

 

「霧島さん、ゴメンなさい。うちの五月雨が間違えて実弾を撃ってしまいました。フォローお願いできますか。」

「……了解よ。」

 

 そして那珂は小声で五月雨にひそりと告げた。

「五月雨ちゃん。大丈夫だよ。ダイジョーブ。」

 五月雨からは“う”が弱々しく連続する唸りのような泣き声が、隙間風のように響き渡って止まらない。

 十数秒後、桟橋の海上にいた幕僚長の一人から説明と合図がなされた。

 

「え~、最後尾からの実弾で終いの合図がありましたので、最後に、先導艦が応答のため、実弾で撃ち返します。」

 

 その直後、先導艦の霧島が自身の主砲パーツを構え、豪快に発射した。

 

ズドゴアァァー!!

 

 アドリブのため、湾内に落ちるよう急いで調整された結果、800m先の海上に着水して水柱が立ち上がった。

 本来事前にインプットすべき距離計算結果がないための処置である。

 

 桟橋に作られた会場にいる観客、そして駅に近い浜辺の特設会場で見ていた観客は、そこまでが綿密に練られたプログラムと捉え、大喝采を送る。そのざわめきと熱気は那珂たちの列にも聞こえてくるほどだった。

 それを確認して、那珂は五月雨の方を向き、説明代わりのウィンクを送る。すると五月雨は片目を指で拭い、コクリと頷いて泣き顔を拭い笑顔を取り戻した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観艦式:フリーパート

 観艦式のメインパートが好評のうちに終わり、フリーパートが始まった。いくつかのミニ演技の後のオオトリは演習試合に見立てた戦闘の演技だ。事前の打ち合わせ通り那珂は単身、13人もの艦娘の連合艦隊に挑む。


 観艦式のメインプログラムがすべて終わった。那珂たちは先導艦霧島を先頭に単縦陣で並び直し、大きくOの字を描いて会場たる桟橋の数m先に並んだ。観艦式が始まる前とまったく同じ列を成した。

 

「それでは続きまして……」

 

 放送で次のプログラムの指示が発表された。いよいよ、フリーパートに移るのだ。予め決めておいたチームごとに分かれ、順番に演技をしていく。

 演技をする以外の艦娘たちは、桟橋の側で待つ。つまり、待機中は、観客と同じような立ち位置で他のチームの演技を見学する形になる。

 

 那珂たちはさっそく桟橋ギリギリに迫り、方向転換して停止した。ちょうど単横陣になった。

 放送で最初に神奈川第一鎮守府の全員でと案内があり、那珂達以外は全員動き出した。取り残された那珂と五月雨は背後にいる大勢の存在にやや恥ずかしさを感じたが、努めて背後は気にしないことにした。会場にいる上層部的にもその姿勢が求められていたからだ。

 とはいえ、若干移動することは許されていたので、那珂はそうっと五月雨に近寄った。二人隣り合って立ち並ぶ形になる。顔を見合わせた後、視線は前方に向いた。

 

--

 

 目の前で展開されるのは、神奈川第一鎮守府の艦娘たちによる、主砲や副砲、機銃、魚雷など、一通りの兵装を使ったデモだった。本物の護衛艦のそれらとはスケールが明らかに小さいが、それでも単なる少女・女性たちが海の上に立ち、本物さながらにする砲雷撃は、遠目でよく見えなかろうが放つ人物が護衛艦よりはるかに小さかろうが、迫力は見劣りしないものとして観客に受け入れられた。

 

 那珂たちにとっては他鎮守府の艦娘の動きであっても、日常の光景であるため感動こそしないが参考にはなる。

 那珂が眼前の後継をボーっと眺めていると肩をチョンチョンと突かれた。振り向くと、五月雨が小声で話しかけてきた。

「あの……那珂さん。ありがとうございます。」

「ん? いいっていいって。」

「う~~。でもどうしてああなったんですか?私てっきり演技が中断されちゃうかと。」

「ま~いいんでない? みんな機転が聞く人たちだったってことで。結果オーライオーライ。」

 那珂の口ぶりに釈然としない五月雨。この先聞いても、多分はぐらかされるとわかっていたので、あえて聞くのを止めたが、五月雨は那珂が何かしてくれて、その結果会場でああいう指示があってみんな対応してくれたのだろう。

 現実の正解を察していたし、那珂を信じていた。

 五月雨は再び「ありがとうございます。」と、最小の声量で囁くと、神奈川第一の艦娘たちの演技に視線を戻した。

 

--

 

 その後、戦艦艦娘の演技、空母艦娘の艦載機の演技、その他いくつかが行われた。さすがに人数も準備期間も多かった神奈川第一鎮守府の艦娘たちの演技は、メインプログラム以上に観客を楽しませるとともに、艦娘の力を誇示する結果になった。

 そして最後のパートになった。ついに那珂が主導で演技をする番である。しかも大トリである。那珂は神奈川第一の艦娘たちが戻ってくる前に、両手で頬を軽く叩いて気合を入れる。

 パンッ、という乾いた音が響いたので五月雨が那珂のほうを向く。

「ついに、この時ですよぉ~、五月雨ちゃん。」

「はい!」

「事前に打ち合わせしたとおり、全力でね。」

「わかりました。私は神奈川第一の夕張さんや太刀風さんたちと一緒に攻撃すればいいんですよね?」

 那珂は五月雨の確認に、言葉なくコクリと頷いた。

 

 

--

 

 前日のフリーパート練習時、那珂の提案した演技に、霧島たちは何度もネガティブな反応を返した。そんな動きできない、追いつけない、などと渋る様子を見せて、最終的には理解はしたが実際にはできない結論づけて那珂に苦言を呈したのだ。

 

 練習時間があまりないことを危惧し、那珂が代案として持ちかけたのは、自分を深海棲艦に見立てた模擬戦だった。事前に観艦式の意義を聞いて、那珂は自分を主役として見せるのは諦めた。あくまで霧島ら大手鎮守府の艦娘が組む艦隊を主役にし、自分は主役を引き立てる敵に徹する。その上で、この観艦式を目にする全員に印象づける方針に切り替えた。

 実際の戦闘もどきであれば演技など気にせず、全員が全員本気でやれると踏んだ那珂の提案は、霧島から提案された模擬戦で実力を評価され晴れて受け入れられた。とはいえすべてアドリブだけというのも間を調整するのが難しいため、最低限、那珂にやられる担当、那珂に攻撃を当てる担当を事前に決めた、いわゆる八百長だ。

 

 どう動くかは基本的に自由だが、攻撃担当がどのタイミングでヒットさせるかまで自由だとさすがにタイミングが掴めなくなる。

 攻撃のタイミングは霧島が機銃パーツを真上に向けて撃ち出すこととなった。それを合図に実際に当てること。ただし那珂は一人で他人数を相手にする関係上、その制限は受けず自由に攻撃可能となった。

 そうして那珂が5回被弾したところで、霧島が勝利宣言をし、模擬戦は終了となる。

 

 那珂が(バリア越しであっても)ヒットさせていいのは、重巡洋艦足柄、羽黒、空母赤城、戦艦榛名、軽巡洋艦夕張、そして駆逐艦峯風である。

 一方で那珂に実際にヒットさせていいのは、重巡洋艦那智、羽黒、戦艦榛名そして駆逐艦全員だ。

 それ以外の艦娘やタイミングは、ギリギリで外すか牽制程度に足元に当てる程度であとは自由と定めた。

 

陣形: 南西 ← → 北東

霧島      妙高

             羽黒 太刀風

  陸奥 加賀 赤城 榛名   峯風  夕張    vs    那珂

             足柄 五月雨

        那智

※旗艦は赤城。霧島は審判・進行役

 

 戦況が異なれど勝敗があらかじめ決まっている模擬戦の練習だったが、最後の方となると、艦娘としての血が騒いだのか、ルール無視ギリギリの接戦もあり、終わると全員満足げに汗を拭って感想を言い合っていた。

 

 一人で13人を相手にする那珂の行動は、那珂自身もこれほどまでに動けるのかと驚くほどだったが、対する霧島たちの驚き様はさらに数倍上だった。

 この小娘は口だけじゃない。

 もはや霧島たちは、目の前にいる軽巡洋艦の少女を、ただの艦娘とは思わないことにした。このにこやかな笑顔と軽い雰囲気でもって重巡羽黒や那智、空母加賀や赤城を速攻で捕らえて撃破(判定)したこの少女は、本気で一人でも多人数を相手にできる。

 被弾させる担当や勝敗が定められた模擬戦だからまだマシだが、最低限のルールがなければ、勝敗はどう転ぶかわからない、誰もが痛感していた。

 深海棲艦の新種か何かと思い込んだほうがマシ・何か恐ろしいものを持っているのでは。というのが、神奈川第一の艦娘たちの共通の意見だった。

 

 一方の那珂は、霧島たちを強力な深海棲艦の集団と捉えることにした。

 化物風情が実際の艦隊のようにチーム編成を組むとは思えないが、知能はイルカ以上人間並に良いと聞いている。そのため、万が一あり得ると考えてシミュレーションするほうが、今後のためだ。そう思うことにした。

 

 短い時間にどうにか納得できる数の練習を重ねた14人は、大トリであるこの模擬戦に、全力を尽くす覚悟ができていた。それと同時に、一同の体力や集中力、緊張感がそろそろ限界に近かった。

 

--

 

 那珂の目前に迫るは13人の艦娘。艦娘の推奨チーム構成は6人だが、それを越えるため、いわゆる連合艦隊と内々で称される、複合チーム構成が臨時で結成された。

 ペイント弾用の弾薬エネルギーに入れ替えている時間がないため、実弾とバリアをフル活用することになった。バリアで弾いた流れ弾が会場に飛び込むと危ないため、戦場と会場は約100m開いている。

 

【挿絵表示】

 

 那珂は一つだけ言っていないことを思い出した。

 その時、放送で指示が出た。動き出す前、向かい合う距離およそ100m、那珂は密かに通信で霧島に伝えた。

「霧島さん。一つ、言い忘れたことがあります。」

「何かしら? もう開始よ。」

「実はあたし……同調率が98%あるんです。」

「へっ!? 98%!? それほんとうn

「あたしに98%の本気、出させてくださいね~!」

「あなたもしかして改二!? ちょっと……!?」

 那珂が言うだけ言って通信を一方的に切断したため、霧島たちはそれ以上は那珂から聞き出せなかった。

 那珂は満面の笑みで、左腕に装着した機銃3基、単装砲1基を顔の前で横一文字に構え、姿勢をやや低くしてゆっくりと前進し始めた。

 

--

 

 最初に主砲が火を吹いたのは、夕張たち先頭の軽巡・駆逐艦たち4人だった。

 

ドゥ!ドドゥ!ドゥ!ドゥ!

 

 牽制がてらに4人の主砲から放たれるエネルギー弾を那珂は軽やかな蛇行でかわす。その速力のまま、自身の2時つまり北西に針路を向け、神奈川第一の連合艦隊の左舷に回り込み、そのまま次は羽黒と対峙する。

 

 那珂が撃つフリをして主砲を構えると、羽黒も負けじと構える。那珂は本当に撃つつもりは毛頭なかったが、相手の羽黒は過剰に反応したのか、10mの至近距離で砲撃してきた。

 

ズドォ!!

 

「うわっと! あっぶな~~。さすがに重巡の主砲は迫力違うなぁ~」

 

 那珂は海面スレスレまで身を思い切り低くして避ける。速力を若干あげて連合艦隊に反航して進む。那珂も、霧島から旗艦を任された赤城も、随伴艦らにまだ砲撃の応酬をさせる気はない。那珂はそのまま連合艦隊の最後尾まで回り込み、そのままぐるりと連合艦隊に沿って回頭し、同航する。

 

 連合艦隊の右翼を務める重巡の二人が見え、そしてその先にいる五月雨と同じ列でしばらく並走する。

 その時、後方から機銃の音が聞こえた。

 

バババ

 

 霧島が合図をしたのだ。以降、攻撃担当の誰かが那珂に実際に当てることができる。

 那珂に一番近い足柄が、前方にいる五月雨に合図を送って促した。それを受けて五月雨は右手の端子に付けた連装砲を那珂のいる3時の方向に構えて狙いをすまし、トリガースイッチを押し込む。

 

ドドゥ!

 

バチン!

 

 那珂は左肩に付けたバリアを事前に弱め、肩付近の制服で五月雨の砲撃を受けた。エネルギー弾は制服の特殊加工によって四散する。

「くっ~……五月雨ちゃんの一撃いってぇ~~。」

「ご、ゴメンなさ~い!」

 

 一撃食らわしてきた五月雨が一言謝ってきたので、那珂は手をブンブンと振って返事としひとまず距離を開けた。

 

((さーて、この本番ではどうしようっかなぁ~。霧島さんの合図が出る前に、もう一周しつつ誰か狙いたいなぁ~。))

 

 連合艦隊はゆっくりと左に舵を取り、コンパス0度つまり真北から315度、270度、225度つまり南西と、反時計回りにゆっくりと、しかし機敏に順次回頭している。那珂は連合艦隊の右舷と距離を開けてそれに追随する。

 連合艦隊が南西に向き終わると、機銃の射撃があった。また誰かから攻撃が来る。那珂は覚悟した。

 

 そのまま攻撃を受けても良いが、それでは面白くない。

 避けてはダメとは決めていないし、かつ自分は攻撃をいつ当てても構わない。有利に思えるが、裏がある。ルール決めの際の霧島たちの考えでは、那珂を意思疎通が不可能で、どう行動するかわからない深海棲艦に見立てているのであろう。那珂自身相手をそう思い込むことにしていたので、容易に察しがついていた。

 そっちもその気なら、どうせ自分の負けが確定しているのなら、あたしだってそのルールを存分に活用してやる。

 ただ、観艦式という建前上、深海棲艦と見立てた自分が暴れまわり、霧島が艦娘たちが苦戦する様を観客の目に焼き付けてしまうことは、上の人間的にもまずいだろうとはなんとなくわかっている。だから、自分のやりたい動きで思う存分暴れて艦娘の能力の可能性もとい自分の可能性を探りつつ、霧島たちに華を持たせる。

 その両立をしなければならない。

 

--

 

 考えながら、那珂は速力を上げ、先頭にいる夕張に追いつき追い越し、そのまま横切る素振りを見せる。

 

 再び夕張と3人の駆逐艦による牽制のための砲撃が那珂に襲いかかる。

 

ドゥ!ドドゥ!ドゥ!ドゥ!

 

 那珂はジグザク航行、続けて身を思い切りかがめての低空ジャンプでその砲撃の雨を避ける。避けきった後は、太刀風の真横に来ていた。そこですかさず那珂は右手の主砲パーツを目前に寄せて構え、撃ちだした。

 

ドドゥ!ドゥ!ドゥ!

 

 那珂の視線は太刀風に鋭い眼光を持って向けられたまま、太刀風の後ろにいる羽黒にすべての砲身が向けられていた。結果として那珂の砲撃を食らい、思い切り被弾したのは羽黒となった。

 

「きゃああ!!」

 

 羽黒の驚きを伴った悲壮的な悲鳴が響く。いくらなんでも過剰に反応しすぎだろうと、那珂が思う以上の驚き様だった。実際には出力弱めの連続砲撃がバリアで弾かれていていただけで、普通に訓練した艦娘なら大して驚かない水準のものだ。

 あんた以前会った時からどんだけ経験したってのさ……と那珂は心の中で謗言を吐いた。そしてすぐに意識を羽黒の後ろにいる榛名と赤城に向け、姿勢を低くしてダッシュして迫った。

 

ドドゥ!

 

バチバチ!

 

ドンッ!!

 

「きゃっ! 痛っ!?」

 

 悲鳴を上げたのは榛名でも赤城でもなく、攻撃しようと迫った那珂だった。

 那珂は、突然右真横からタックルされ、その衝撃で後ろに吹っ飛ばされていたのだ。慌てて足の主機を海面、後方に向け、ブレーキを効かせてそれ以上の後退りを防ぐ。艤装と同調して腕力や脚力が強くなっているとは言え、単なるタックルではないことはすぐにわかった。衝撃は強かったが、身体のどこにも打ち身や捻挫的な傷害は感じられないからだ。

 那珂が目を丸くして衝撃のあった方向を見ると、そこには神奈川第一の妙高が榛名と赤城を庇うように立っていた。

 

「練習ではあなたの実力を測るために黙って見過ごしていました。本気でスポーツに携わって精進している私から言わせていただくと、あなたはただがむしゃらに暴れて万能を演じている小娘にしか見えません。」

 距離があるのにもかかわらず、圧倒される威圧感。彼女の身体は屈強だった。自分たちのお艦たる妙高と雰囲気は似ていると思い込んでいたが、実際は体格や放つオーラがまるで異なる存在。

 那珂はカチンときた。かなりイラッと瞬間的に頭に血が上っていたが、ゴクリとツバを飲み込んで僅かに冷静さを取り戻し、喉を震わせて言葉をひねり出して返した。

 

「妙高さん、でしたっけ? 今のすんげぇ~効きましたよ。何したんですか?」

 那珂のドスを効かせた声を一切気にせず妙高は答えた。

「タックルですよ。私、社会人ラグビーしているもので。」

「ラグビー!? 選手がしろーと相手にタックルなんてしていいんですか!?」

 わざとらしく仰天の表情を作って那珂が訴えかけると、妙高は鼻で笑って言い返した。

「なんでも、艦娘ってこの機械で、相当に身体能力が高まるそうじゃないですか。だからこそやれるんですよ。意外と駆逐艦や軽巡の娘たちも、私のタックル相手に本気出して立ち向かってきてくれるので、よい訓練だって言っていただけてます。それに私は射撃など細かい作業が苦手ですから、その分、私の得意分野のスポーツを取り入れて深海棲艦と戦うことにしているんです。それは、演習などで艦娘と戦うときも例外ではありません。」

 那珂は朗らか笑顔で恐ろしげな事を口にする妙高を目の当たりにして、身震いがした。しかし恐怖などのせいではない。

 

 いつのまにか連合艦隊は前進をやめ、全員那珂の方を向いていた。さきほどの着弾・被弾指示がまだ生きているから、誰が本当に当てに来るかまだ心構えをしていなくてはいけない。

 そして目の前には、その人となりの一部をついに知ることができた神奈川第一鎮守府の妙高が、身をかがめて海面に握りこぶしを当てて構えている。

 

「那珂さんでしたよね。榛名と赤城さんには、弾一発も通しません。」

 まるで巨大な壁のように立ちはだかる妙高に、那珂は満面の笑みを浮かべた。それを見て妙高が怪訝な顔をする。

「……何がおかしいのですか?」

「あ~いえいえ、別に妙高さんを笑ったわけじゃないですよ。自分の境遇がおかしくって。あたしの可能性を試すシチュができたので、とっても嬉しいんです。……ぶっちゃけ、戦車みたいなあなたと真っ向から勝負する気は……ありませんから!」

 

 言い終わるが早いか、那珂はクラウチングスタートの姿勢のまま、足の艤装、主機に念じて思い切りロケットスタートをした。それを目の当たりにして妙高は自身のラグビーのポジションのためなのか、独特の構えを深める。そして那珂同様、主機に念じ足元に激しい水しぶきを巻き上げながら突進した。

 二人がまさにぶつからんというタイミング1秒前で、那珂は海面を蹴り、進む方向を正面45度の宙へと向けた。向かいの妙高が直後に見たのは、那珂の足の艤装の一部のパーツだった。突進の勢いを殺せず、妙高はしばらく前進した後ようやくカーブして方向転換した。

 艦娘全員+会場の全員が目の当たりにしたのは、宙を舞う・飛ぶというよりも、空を矢のように空気を切り裂いて飛ぶ那珂の姿だった。

 

 

--

 

 那珂は連合艦隊の上を通る直前に両腕の全砲門を真下に向け、両手のトリガースイッチを押した。

 

ドゥ!ドドゥ!ドゥ!

ガガガガガガガガ!!

 

「きゃあーー!」

「きゃっ!」

「くっ……!?」

 

 連合艦隊の第二列を成す榛名たちは突然の上空からの砲撃・射撃の雨に慌てふためいて隊列を大幅に崩す。

 那珂はそれをじっくり確認することなく、連合艦隊から15mほど離れた海上に着水した。連合艦隊の左舷から右舷に移った形になった。

 そして那珂が連合艦隊の方に振り向くと、目の前にエネルギー弾が飛び込んできた。

 

バチッ!

 

「きゃ!!」

 

 それは、那智の撃ち放ったものだった。顔に当たらないよう急いで左手を突き出す。その手のカバーでかき消したが、その衝撃が左手に伝わって那珂を後退りさせた。と同時に、エネルギー弾の熱でグローブカバーのスイッチ類のあるバンドが焼け焦げ、ブツンと切れる。

 那珂は正面に目を向ける。すると那智は一切表情を変えずに同じ姿勢のまま再び放ってきた。

 

ズドォォ!!

 

 駆逐艦や軽巡洋艦の装備する主砲パーツよりも規格が大きく出力があるその単装砲から撃ち出されるエネルギー弾は、想像よりも早く那珂に迫ってきた。那珂は身体を後方に回転させながら右足の主機だけに注力して推進力を高めてダッシュする。結果として那珂は舞うように回転しながら真横に飛んで被弾を避けた。

 

 その時、三度霧島の機銃が音を鳴らした。短い射撃の後、さらに機銃がバババと空気を切り裂いて上空へ撃ち込まれる。

 これで那珂は二回は攻撃を受けなければならない。ヒットを伴う攻撃担当が果たして誰と誰になるかわからない。

 正義の艦娘側に有利を演じさせてあげるか。

 那珂はそう判断し、針路を前方から11時の方向に向ける。そこには駆逐艦3人と軽巡洋艦夕張が待ち構えていた。

 那珂は弧を描いて4人の前を通り過ぎる際、身をギリギリまで傾けてレーシングカーばりにドリフトを決める。自身の右側に水しぶきがカーテンとなって激しく舞い上がる。自然と那珂のスピードは次のダッシュのために遅くなる。

 その時、榛名が合図を出した。

「てーー!」

 

ズドォ!!

ドゥ!

ドドゥ!ドゥ!

ドゥ!

 

 攻撃担当外である足柄を除く第一列の全員が一斉に那珂に向かって砲撃を浴びせてきた。

 溜めているためにスピードを瞬発的に出せない那珂は、その砲撃の幕を食らう。

 

バチバチ!バチ!

 

 那珂のバリアが甲高い音を立てて連続して弾き、かき消す。那珂の周囲にはかき消した際に発生した煙がモクモクと立ち込め、彼女の姿を見えなくさせる。

 さすがに5回分を通り越すだけのヒットをしたと判断した霧島は、煙が散ってようやく姿を見せた那珂の×を描くその手の動きを見て、認識が合ったとして宣言代わりの空砲を鳴らした。

 

--

 

パーン!

 

 その音と密かに通信で報告を受けた村瀬提督と鎮守府Aの妙高、そして海自の幕僚長たちは、会場に向かって宣言した。

 

「そこまで!」

「深海棲艦役の艦娘が轟沈判定を掲げたので、模擬戦は艦娘の連合艦隊の勝利となります。」

 そう幕僚長の一人が高らかに宣言すると、司会の女性が進行を引き継いで喋って放送した。

 会場からは、歓声と拍手が大合唱して鳴り止まない。その音は那珂たちがいる、会場から100m離れた海上からも普通に聞こえてくるほどだった。

 

 霧島が誰よりも先に動いて艦隊の前列の先に出る。那珂はその姿を目に写し込んだ。中腰になって肩で息をしていたため、霧島から差し伸べられた手は掴みやすかった。そうっと掴み、姿勢を元に戻す。

 

「ご苦労様。」

「エヘヘ~ちょっと物足りないですけど、こんだけやっとけば十分ですよね?」

「えぇ。見てご覧なさい。聞いてご覧なさい。会場のあの熱気。あれが、最後まで演じきった私達に対する世間の評価よ。」

「はい。」

 

 那珂と霧島の周りには、他の艦娘たちも集まってきていた。すぐに駆け寄ってきたのは五月雨だった。

「那珂さ~~ん!」

 ガバッと音を立てるかのように五月雨は那珂に抱きついてきた。普段は自分から行くだけに、逆をされて那珂は本気照れしつつも五月雨に声を掛けた。

「あ、アハハ~。五月雨ちゃんってば。みんなの前で照れるよ~? お姉さん本気で惚れてまうやろ~~!」

 さすがにスリスリするのはやめて五月雨を引き剥がした後、肩をポンポンと叩くのみにしておいた。五月雨も那珂のその引き具合を察して、自ら身を引いて離れた。

 

「模擬戦の演技は終わりよ。みんな、並んで。また会場前に行くわよ。」

「はい!!」

 

 霧島の合図で全員単横陣に並び直し、そのまままっすぐ前進して会場傍の海上で停止した。

 会場からはさらに拍手と歓声が鳴り響く。司会からこの後のプログラムが説明される。那珂たちは疲れも同調を維持するのもそろそろ限界に近かったが、もう一踏ん張りすることにした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

祭りの裏

 那珂らが観艦式の真っ最中、2日目の体験入隊をし終えた川内達は館山の街中で祭りの雰囲気を存分に味わっていた。しかし基地に残っていた明石からの架電で艦娘としての本分の現実に戻される。


 那珂と五月雨が先に出てしばらく経った頃、川内たちも宿を後にして館山基地へと向かった。体験入隊のプログラムが残っているためだ。

 川内たちが基地の敷地に入ると、やけに人や車が多いことに気づいた。

「な~んかえらく人多くない?海自の人じゃないよね?」

「パンフレットによりますと、体験入隊以外にも今日は一般開放されているみたいですよ。ヘリコプターとかに試乗できるそうです。……できるそう、です。」

「……なぜに二回言ったのさ時雨ちゃん?」

 真顔になって川内がすかさずツッコむと、時雨は頬を赤らめて口をつぐんでしまった。代わりに村雨が説明を代行した。

「だってぇ~~、ねぇ? 時雨はヘリコプターとかそのたぐいの乗り物好きですものね~~?」

「う……ますみちゃん。あまり大きな声で言わなくていいよ……。」

 

 珍しく恥ずかしがる時雨をネタに、川内たちは茶化し茶化されワイワイお喋りしながら体験入隊の集合場所へと向かった。

 

--

 

 その後川内たちは、再び神奈川第一鎮守府から体験入隊に参加する艦娘たちと顔を合わせ、この日のメニューに臨んだ。

 さすがに一般参加者もいるとなると、この日のメニューは、前日よりも専門性が薄れた、難度が柔らかめの基本的な内容だった。整列・行進の訓練から始まり、隊内見学、体育、ロープ結束などの、道具のメンテナンスの訓練などだ。そのため前日はただの引率として見学だった理沙も、この日は一般参加者にまじって体験入隊に本格的に参加して、知識と経験を艦娘達と共有した。

 艦娘たちは午前で終わるため、隊内見学が終わると一般参加者から離れて隊列を組み、別の海尉から訓練終了の挨拶が述べられた。

「これで艦娘の皆様の体験入隊の全課程を終了いたします。皆さん、お疲れ様でした。ここで学んだことが、今後の皆さんの活動に活かせれば幸いです。海を守る同じ立場の者同士、頑張りましょう。」

「はい!!」

 神奈川第一の艦娘たち、川内たちは声を揃えて引き締まって威勢のよい返事をした。

 

--

 

 挨拶が終わり、解散となって隊員に連れられて一旦本部庁舎へ戻ってきた。神奈川第一の艦娘たちは引率の鹿島に連れられ、すでに移動を始めていた。彼女たちが外に出て、室内から見えなくなっても川内たちはまだ庁舎のロビーの一角に残っていた。

 

 川内たちは、この後どうするかを集まって話していた。

「終わった。さて、どうしようか?」

 川内が口火を切ると、いつものパターンで夕立が一声挙げる。

「那珂さんとさみの観艦式見に行きたいっぽい!!」

「いいわね~。でも……。」

「うん。時間的にもう終わってるよね。海自の隊員さんに状況聞けないかな?」

「あ、そ、それじゃあ先生が聞いてきてあげます。」

 

 村雨も時雨も親友の案に乗りかかるが、時間を確認すると状況が容易に想像できたので、実際乗るかどうか一歩踏みとどまっていた。誰かに聞こうにも尻込みしてしまう。学年的にも各々の性格的にも自分たちのテリトリーたる鎮守府外だと、積極的になれないメンツが揃っているためだ。それでなくとも海上自衛隊とは基本的に関係ない本来の立場の少女たちなのだ。

 そんなとき、唯一の大人でしかも教師と職業艦娘という2つの泊がついている理沙が名乗りを上げたことで、艦娘たち少女は安心と信頼感を存分に理沙に直撃させ、期待して結果を待つことにした。

 

 時折通り過ぎる隊員らしき人の視線が痛く感じるが、頼もしい大人が聞いてくれているので安心できる。川内は理沙のことを特段良くも悪くも思っていなかったが、こういう交渉事をするときいてよかった、と初めて意識するのだった。

 

「あ、あの……私達、千葉第二鎮守府の者なんですけれど……。」

「え?」

 

 数人の隊員が通り過ぎたが理沙はその大半に話しかけずやり過ごしていた。そしてようやく一人の隊員に話しかけることに成功した。

 頼もしいはずが、なんだか弱々しく危なげだ。

 

「あー。先生、割りと男性苦手だったの思い出したわぁ。」

 そう明かしたのは村雨だ。

「そういえばそうだったね。」と時雨。

「えっ!?んなアホな……。」

 村雨と時雨のかなり他人事のような言い方とその内容に川内は呆気にとられてすぐさま理沙を見直す。すると、傍から見てもアタフタとしている様を目の当たりにしてしまった。

 そして今まで対して関わってこなかったから理沙に対して艦娘制度と今回今現在の状況を詳しく説明していなかったことを川内は思い出した。

 

 仕方ない。一緒に聞いてやるか。

 

 川内は小走りで理沙に駆け寄り、顔を赤らめて必死に説明しようとしどろもどろになっている理沙と話しかけられた男性隊員の間に割って入った。

 

「すみませ~ん。連れがちょっとご迷惑かけてます~。」

「せ、川内さん……?」

 理沙がホッとする。先程の二人の関係と態度は完全に逆転した。

「ちょっとぉ~、お聞きしたいんですけれど、いいですか?」

 

【挿絵表示】

 

 

 一人ないし自分ら学生だけだったら、こうして赤の他人に話しかけるなんてしないだろう。しかし今はこうして(しどろもどろになっているが)大人がいる。保護者がいる。

 それゆえ川内は自分でも驚くほどスムーズに(と自分では思っている)他人に話しかけていた。しかも普段は自分のキャラではない若干の猫なで声で可愛さアピールモードでだ。

 対する話しかけられた海自の男性隊員は、美女+美少女に話しかけれて内心心臓バクバクもんの脳内ファンファーレ状態だった。しかし歴戦とはまではいかないが経験を積んだ海上自衛官の一人として、女性にアタフタする様は晒せないと心に誓ったのか、努めて冷静に応対していた。

 

 相手の心境なぞ察する余裕がない理沙と、察することが苦手で鈍感だが無意識につついてしまう川内のWコンビと海自隊員の暗なる攻防。傍から見ると何気ないただの会話の光景だが、その気配を敏感に感じ取って密かに享受していたのは村雨だけだった。

 

 結局川内が聞き直した。隊員に手を振ってお別れを言い、理沙とともに駆逐艦組の元へと戻ってきた。

「す、すみません。すみません川内さん。情けない先生で……。」

「い、いや。別にいいっすよ。赤の他人と話すのあたしだって苦手だし、先生がああなるのもなんとなくわかりますよ。」

「うぅ……すみません。」

 ひたすらしょげて謝る理沙に、若干苛立ちを覚える川内。

((一番最初の頃のさっちゃんがこんな感じだったっけな~。あの頃のさっちゃんが懐かしいわ。))

などと場違いな感想を頭の片隅で抱くのだった。

 

 聞いたところによると、観艦式のメインプログラムは大盛況のうちに終了。今は昼休憩という。哨戒任務組は引き続き任務中で、残りの神奈川第一の艦娘らは基地内で待機になっているという。

 結局間に合うことはないと理解した川内は願望の赴くままの提案を述べた。

「と、特に急を要する用事はもうなさそうと考えていいんでしょうね。」と理沙。

「そうっすね。そういうことなら安心して羽根を伸ばそう。よし。まずは明石さんに会いに行こー!」

「なんで明石さんなんですかぁ?」

 村雨がツッコむと、まったく川内は意に介さず言い返す。

「だってあの人いっつも裏方でかわいそうじゃん。遊びにいくなら一緒にさ。」

「あ、なーるほど。それなら賛成ですぅ。」

「わーい、明石さんも一緒に~っぽい!」

 川内が意図を説明するとそれならばと村雨も夕立も乗る。時雨と不知火そして理沙も言葉無く頷き賛同した。半ば強引な牽引と提案だったが、一同は明石の下に行くことになった。

 

--

 

 明石は神奈川第一鎮守府の技師らと一緒に艤装のメンテナンスと技術談義に花を咲かせていた。決して忙しそうにしているわけではないが、割り込みづらい雰囲気はさすがの川内でも感じ取ることができた。川内が施設の入り口付近でマゴマゴしていると、別の技師が気付いた。伝えられた明石はようやく見知ったメンツに気づき近寄ってきた。

「どうしたんですか、みんな?」

「いや~、体験入隊も終わって暇になったんで来ました。」

「明石さん!あたしたちと一緒に遊びに行こー!」

 川内の発言に続いて夕立が催促すると、明石は横髪をサッと撫でながら2~3秒して答えた。

「って言われてもですねぇ。メンテチームの私としてはまだ仕事ありますから。妙高さんから何か聞いてないんですか?」

「体験入隊が終わったら、うちらは自由だって。」

 川内は素直に言った。加えて哨戒任務で呼ばれる可能性があることも打ち明けると、明石は視線を集団の中の唯一の大人だった理沙に向ける。

 その視線の意味に気づいた理沙は口を開いた。

「私も、今朝そう伺いました。」

 すると明石は納得した様子で言った。

「そうですか。それならいいじゃないですか遊びに行っても。昨日川内ちゃんたちは深海棲艦をしっかり撃退したんですよね? 昨日の出撃がなかったらもしかしたらのんびりできなかったかもしれないですし。何かあっても今日は神奈川第一の人たちが大勢いますし、対応してくれるでしょう。」

 明石の言い分はやや適当な雰囲気があったが、実際前日の出来事の当事者であった川内たちは深く頷ける部分がある。

 自信を持って遠慮なく遊びに行こう。そう決意した川内は明石には一言謝り、声を張って時雨たちに伝えた。

「それじゃあ明石さん、お仕事頑張ってね。暇できたら言ってくださいね。一緒に遊びたいですし。そんじゃみんな、行こうか。」

 明石は苦笑しながらも軽く返事をする。川内たちが踵を返そうとしたとき、明石は一言忠言した。

「先生~! 皆のことよろしくお願いしますね~。」

「え、あ……はい! おまかせ下さい!」

 

 大人たちの約束なぞ何するものぞ、密かにそう思う川内だった。

 

 大人二人の約束のかわしが済んだ直後、明石は電話に出て何かを誰かと話し始めた。

 川内たちはそれを見て、なるほど社会人とは一見暇そうに見えてもやはり忙しいのだなと再認識してその場を後にした。

 

--

 

 川内たちは基地を出て、海岸線となぎさラインに沿って移動し、祭りの会場の一つである渚の駅に来ていた。

 那珂と五月雨は未だ会場の最前列で追加プログラムのため、川内たちは合流できずにいた。むろん妙高や村瀬提督らに会うことも叶わない。いる大人は時雨たちの学校の教師たる黒崎理沙だけだ。

 那珂達には会えそうにないと諦めた川内たちは出店を回って祭りの雰囲気を堪能することにした。

 しばらくして川内たちは渚の駅、そして連絡バスを使って館山駅西口先にある北条海岸の第二会場へと来ていた。出店の数や関連団体・民間企業によるミニイベントはこちらで行われており、会場の規模も広い。実質的にはこちらがメイン会場といっても差し支えない規模だった。

 ここでも主に川内と夕立が率先してはしゃいでいろんなミニイベントや出店に顔を出し、楽しんでそれを時雨・村雨・不知火そして理沙が呆れながらも付き従うという構図が展開されていた。

 

 そんな時、川内の携帯電話に着信があった。

「ん? あー、明石さんからだ。はい、川内です。どうしたの?やっぱ遊べる?」

「よかった繋がった! ついさっき提督から連絡がありまして。妙高さんが電話に出ないので私にって。どうやら、哨戒任務に参加してもらうことになりそうです。」

「え? え? すみません意味がわかりません。」

「ええとですね、今東京湾で異常事態が起きているそうで、神通ちゃんと五十鈴ちゃんが、そして神奈川第一からも艦娘が出撃してるそうです。詳しく話しますので、基地まで戻ってきてもらえますか?」

 明石から突然の話に川内は息を飲んだ。そして電話に出ながら、視線を時雨たちにさっと向ける。その視線に不安の色が混じっているのに気づいたのか、駆逐艦4人も途端に明るい表情を消して不安がる。

「ええと、とりあえずわかりました。那珂さんたちには?」

「妙高さんと同じで連絡が取れません。まだイベントの真っ最中でしょ?」

「あ~、そっか。渚の駅のほうの会場の海上でまだやってるんだ。わかりました。あたしたちだけでも戻ればいいんですよね?」

 明石は受話器越しに頷いて返事をすると、電話を切った。川内は顔を上げて駆逐艦たちに簡単に伝えた。

 

「どうやら、東京湾でおかしなことが起きているそうなの。それで、もしかしたらこっちの哨戒任務にあたしたちも追加で参加しなければいけないみたい。明石さんがそう伝えてきた。」

「え……と、どういうことなんでしょう?」

「え~~~遊びの時間終わりっぽい?」

 時雨と夕立がすぐに反応して声に出すと、村雨が言った。

「それを詳しく聞きに行くんですよね?」

「仕事なら、仕方ない。」

 不知火の簡潔な言葉まで聞いて、川内は口を真一文字に閉じてはっきりと頷いた。普段は趣味など遊ぶことしか頭になく那珂とは別次元で適当で軽い川内が真面目モードになっていることに、駆逐艦たちは事態の重みを次第に感じ始める。

 川内が先頭に立って動こうとした時、子供達の会話を黙って聞いていた理沙が声を上げて叫んだ。

「あの! 私も……ついていきます、よ。」

 そういえばまだ艦娘になっていない一般人がいたんだった、川内はそう心の中で舌打ちをした。

 同行を願い出る理沙に対し川内は強めに言った。

「あ~、あのですね。先生は無理してついてこなくていいですよ。戦うことになるのはあたし達だし、あたしたちが海に出ていったら先生は自衛隊の基地でひとりぼっちですし。ねぇ皆?」

 そう言い放ち川内は駆逐艦たちに同意を求める。しかし返ってきた返事は川内の期待したものと違った。

「え~~~。先生と一緒にいたいっぽい~~!」と夕立。

「それはちょっと……どうかと。僕達○○中学の保護者としてせめて基地までは一緒にいて欲しいと思います。」

 時雨の言葉に村雨がウンウンと頷く。一気に反対勢力に囲まれる形になった川内は慌てて言い放つ。

「な、なによなによ。あたしは黒崎先生のためを思ってさぁ。だってあたしたちが出撃したら一人で気まずい思いするのかわいそうじゃん。」

「それを言ったら、先生を町中に一人残しておくほうが可哀想だと思います。それに基地には明石さんもいますし、少なくとも知り合いはいないわけじゃないですよ。」

 時雨の正論。初めて食らう時雨の普段よりややきつめの口調による説明を受けて、川内は言い返す言葉につまり黙り込む。そんな時、一言で制したのは不知火だった。

「全員で固まって、動くべき。私達は全員、千葉第二鎮守府の関係者。」

「それもそうねぇ。私は不知火さんの意見に一票。先生だっていずれ艦娘になるんだし、今のうちに私達の活動の一部を見てもらうのは大事だと思うもの。」

「村木さん……。」理沙は安心感をまとった目つきで村雨を見つめる。夕立も時雨も自然と理沙に視線を送る。和やかな雰囲気が醸し出され、川内は居心地が悪く感じた。このまま疎外感を味わうのは嫌だ。おとなしく折れることにした。

「わ~かった。わかりましたよ。全員で行こ。仲間はずれ的にしちゃうのはあたしだって気分悪いもん。」

 川内がそう言うと、理沙がおどおどしながら言った。

「昨日は那珂さんと早川さんを宿でただ送り出すことしかできませんでしたし、今日はせめて、皆さんの出撃の無事を近くで祈らせてほしい……です。それが教師としての私の務めだと思っています。」

 理沙の心意気を知り、完全に毒気が抜かれた川内は一行の先頭に立ち、改めて基地に戻ることを宣言した。

 

 

--

 

 本部庁舎に戻る頃には15時をとうに過ぎていた。本部庁舎前の広場は未だ一般人の人混みで溢れており、かなり騒々しい状況だった。とはいえ川内たちは向かうのはその広場ではなく、その先の庁舎だ。すぐさま入り口をくぐると、総務らしき受付窓口に、明石ともう一人人物が立っていた。

 

「あ、来た来た。みんな、こっちですよ。」

「明石さん! ……と、そちらは?」

 気になって明石に声をかけたついでにすぐに川内が尋ねると、彼女は自己紹介を始めた。

「こうして話すのは初めましてですよね。私、神奈川第一鎮守府の練習巡洋艦鹿島を務めている○○と申します。」

 続く口で、鹿島は詳細を語り始めた。

「実は、うちの秘書艦とあなた方のところの提督さんから緊急の連絡がありました。今現在、東京湾の各所で深海棲艦の目撃が急増しているそうなんです。うちの艦娘とそちらの艦娘さんたちが現場に出動して、事実確認と対処を行っているそうです。それで、念のため館山周辺の海域の警戒態勢を強めておいてほしいとのことです。」

「え……それ、本当なんですか!?」川内は声を荒げて尋ねる。

「えぇ。今朝未明から今までに、普段の3倍くらいの報告が舞い込んできているそうです。このことは今哨戒任務で出ているうちの娘たちにもすでに連絡済みです。あなた方の昨日の任務報告は私も伺っています。ゆっくり羽根を伸ばしていたところ申し訳ないのですが、出撃していただけますか?」

 鹿島によると、幕僚長らと合わせ村瀬提督も携帯電話が繋がらず連絡が取れなかったため、神奈川第一鎮守府の秘書艦は、館山イベント参加組としては提督についで序列二位の鹿島に連絡を取った次第という。

 このことは鹿島によって館山基地の警衛隊や基地本部にも連絡済み。イベントを抜け出せない村瀬提督と鎮守府Aの妙高は幕僚長と話を交わし、対応案を模索した。

 一般市民に悟られないように警戒態勢を強めるには、海自が表立って出ると目立ちすぎるということで、今館山にいる艦娘で一時的にカバーする方針を伝えてきた。イベントが終わり次第、村瀬提督らは基地に戻ってくることになっている。

 

「それはいいんですけど、那珂さんや観艦式に出てるそっちの艦娘の人たちはどうするんすか?」

「彼女たちはイベント参加が優先ですので連絡はしていません。あくまで警備する人を増員ということで、今空いているあなた方に頼んだ次第なのです。」

 鹿島は申し訳なさそうに言ってから、川内たちに軽く頭を下げた。

「うちも妙高さんからOKいただいてるんで、あとは川内ちゃんたちさえよければ、すぐに出動してもらえますか?」

 明石が鎮守府Aの事情を交えて補足すると、川内が全員に同意を求めた。

「いいですよ。いいよね、みんな?」

「うん!おっけーっぽい!」

「はい。いいですよ。」

「私もOKよぉ。」

「不知火も。」

 快い回答を得られたので川内は改めて明石と鹿島の方を向いて返事をした。明石はそれを受けて鹿島に視線を送って軽く会釈をして促す。鹿島は軽く頷き、川内達を艤装のもとへと促した。# 8 祭りの裏

 

 那珂と五月雨が先に出てしばらく経った頃、川内たちも宿を後にして館山基地へと向かった。体験入隊のプログラムが残っているためだ。

 川内たちが基地の敷地に入ると、やけに人や車が多いことに気づいた。

「な~んかえらく人多くない?海自の人じゃないよね?」

「パンフレットによりますと、体験入隊以外にも今日は一般開放されているみたいですよ。ヘリコプターとかに試乗できるそうです。……できるそう、です。」

「……なぜに二回言ったのさ時雨ちゃん?」

 真顔になって川内がすかさずツッコむと、時雨は頬を赤らめて口をつぐんでしまった。代わりに村雨が説明を代行した。

「だってぇ~~、ねぇ? 時雨はヘリコプターとかそのたぐいの乗り物好きですものね~~?」

「う……ますみちゃん。あまり大きな声で言わなくていいよ……。」

 

 珍しく恥ずかしがる時雨をネタに、川内たちは茶化し茶化されワイワイお喋りしながら体験入隊の集合場所へと向かった。

 

--

 

 その後川内たちは、再び神奈川第一鎮守府から体験入隊に参加する艦娘たちと顔を合わせ、この日のメニューに臨んだ。

 さすがに一般参加者もいるとなると、この日のメニューは、前日よりも専門性が薄れた、難度が柔らかめの基本的な内容だった。整列・行進の訓練から始まり、隊内見学、体育、ロープ結束などの、道具のメンテナンスの訓練などだ。そのため前日はただの引率として見学だった理沙も、この日は一般参加者にまじって体験入隊に本格的に参加して、知識と経験を艦娘達と共有した。

 艦娘たちは午前で終わるため、隊内見学が終わると一般参加者から離れて隊列を組み、別の海尉から訓練終了の挨拶が述べられた。

「これで艦娘の皆様の体験入隊の全課程を終了いたします。皆さん、お疲れ様でした。ここで学んだことが、今後の皆さんの活動に活かせれば幸いです。海を守る同じ立場の者同士、頑張りましょう。」

「はい!!」

 神奈川第一の艦娘たち、川内たちは声を揃えて引き締まって威勢のよい返事をした。

 

--

 

 挨拶が終わり、解散となって隊員に連れられて一旦本部庁舎へ戻ってきた。神奈川第一の艦娘たちは引率の鹿島に連れられ、すでに移動を始めていた。彼女たちが外に出て、室内から見えなくなっても川内たちはまだ庁舎のロビーの一角に残っていた。

 

 川内たちは、この後どうするかを集まって話していた。

「終わった。さて、どうしようか?」

 川内が口火を切ると、いつものパターンで夕立が一声挙げる。

「那珂さんとさみの観艦式見に行きたいっぽい!!」

「いいわね~。でも……。」

「うん。時間的にもう終わってるよね。海自の隊員さんに状況聞けないかな?」

「あ、そ、それじゃあ先生が聞いてきてあげます。」

 

 村雨も時雨も親友の案に乗りかかるが、時間を確認すると状況が容易に想像できたので、実際乗るかどうか一歩踏みとどまっていた。誰かに聞こうにも尻込みしてしまう。学年的にも各々の性格的にも自分たちのテリトリーたる鎮守府外だと、積極的になれないメンツが揃っているためだ。それでなくとも海上自衛隊とは基本的に関係ない本来の立場の少女たちなのだ。

 そんなとき、唯一の大人でしかも教師と職業艦娘という2つの泊がついている理沙が名乗りを上げたことで、艦娘たち少女は安心と信頼感を存分に理沙に直撃させ、期待して結果を待つことにした。

 

 時折通り過ぎる隊員らしき人の視線が痛く感じるが、頼もしい大人が聞いてくれているので安心できる。川内は理沙のことを特段良くも悪くも思っていなかったが、こういう交渉事をするときいてよかった、と初めて意識するのだった。

 

「あ、あの……私達、千葉第二鎮守府の者なんですけれど……。」

「え?」

 

 数人の隊員が通り過ぎたが理沙はその大半に話しかけずやり過ごしていた。そしてようやく一人の隊員に話しかけることに成功した。

 頼もしいはずが、なんだか弱々しく危なげだ。

 

「あー。先生、割りと男性苦手だったの思い出したわぁ。」

 そう明かしたのは村雨だ。

「そういえばそうだったね。」と時雨。

「えっ!?んなアホな……。」

 村雨と時雨のかなり他人事のような言い方とその内容に川内は呆気にとられてすぐさま理沙を見直す。すると、傍から見てもアタフタとしている様を目の当たりにしてしまった。

 そして今まで対して関わってこなかったから理沙に対して艦娘制度と今回今現在の状況を詳しく説明していなかったことを川内は思い出した。

 

 仕方ない。一緒に聞いてやるか。

 

 川内は小走りで理沙に駆け寄り、顔を赤らめて必死に説明しようとしどろもどろになっている理沙と話しかけられた男性隊員の間に割って入った。

 

「すみませ~ん。連れがちょっとご迷惑かけてます~。」

「せ、川内さん……?」

 理沙がホッとする。先程の二人の関係と態度は完全に逆転した。

「ちょっとぉ~、お聞きしたいんですけれど、いいですか?」

 

 一人ないし自分ら学生だけだったら、こうして赤の他人に話しかけるなんてしないだろう。しかし今はこうして(しどろもどろになっているが)大人がいる。保護者がいる。

 それゆえ川内は自分でも驚くほどスムーズに(と自分では思っている)他人に話しかけていた。しかも普段は自分のキャラではない若干の猫なで声で可愛さアピールモードでだ。

 対する話しかけられた海自の男性隊員は、美女+美少女に話しかけれて内心心臓バクバクもんの脳内ファンファーレ状態だった。しかし歴戦とはまではいかないが経験を積んだ海上自衛官の一人として、女性にアタフタする様は晒せないと心に誓ったのか、努めて冷静に応対していた。

 

 相手の心境なぞ察する余裕がない理沙と、察することが苦手で鈍感だが無意識につついてしまう川内のWコンビと海自隊員の暗なる攻防。傍から見ると何気ないただの会話の光景だが、その気配を敏感に感じ取って密かに享受していたのは村雨だけだった。

 

 結局川内が聞き直した。隊員に手を振ってお別れを言い、理沙とともに駆逐艦組の元へと戻ってきた。

「す、すみません。すみません川内さん。情けない先生で……。」

「い、いや。別にいいっすよ。赤の他人と話すのあたしだって苦手だし、先生がああなるのもなんとなくわかりますよ。」

「うぅ……すみません。」

 ひたすらしょげて謝る理沙に、若干苛立ちを覚える川内。

((一番最初の頃のさっちゃんがこんな感じだったっけな~。あの頃のさっちゃんが懐かしいわ。))

などと場違いな感想を頭の片隅で抱くのだった。

 

 聞いたところによると、観艦式のメインプログラムは大盛況のうちに終了。今は昼休憩という。哨戒任務組は引き続き任務中で、残りの神奈川第一の艦娘らは基地内で待機になっているという。

 結局間に合うことはないと理解した川内は願望の赴くままの提案を述べた。

「と、特に急を要する用事はもうなさそうと考えていいんでしょうね。」と理沙。

「そうっすね。そういうことなら安心して羽根を伸ばそう。よし。まずは明石さんに会いに行こー!」

「なんで明石さんなんですかぁ?」

 村雨がツッコむと、まったく川内は意に介さず言い返す。

「だってあの人いっつも裏方でかわいそうじゃん。遊びにいくなら一緒にさ。」

「あ、なーるほど。それなら賛成ですぅ。」

「わーい、明石さんも一緒に~っぽい!」

 川内が意図を説明するとそれならばと村雨も夕立も乗る。時雨と不知火そして理沙も言葉無く頷き賛同した。半ば強引な牽引と提案だったが、一同は明石の下に行くことになった。

 

--

 

 明石は神奈川第一鎮守府の技師らと一緒に艤装のメンテナンスと技術談義に花を咲かせていた。決して忙しそうにしているわけではないが、割り込みづらい雰囲気はさすがの川内でも感じ取ることができた。川内が施設の入り口付近でマゴマゴしていると、別の技師が気付いた。伝えられた明石はようやく見知ったメンツに気づき近寄ってきた。

「どうしたんですか、みんな?」

「いや~、体験入隊も終わって暇になったんで来ました。」

「明石さん!あたしたちと一緒に遊びに行こー!」

 川内の発言に続いて夕立が催促すると、明石は横髪をサッと撫でながら2~3秒して答えた。

「って言われてもですねぇ。メンテチームの私としてはまだ仕事ありますから。妙高さんから何か聞いてないんですか?」

「体験入隊が終わったら、うちらは自由だって。」

 川内は素直に言った。加えて哨戒任務で呼ばれる可能性があることも打ち明けると、明石は視線を集団の中の唯一の大人だった理沙に向ける。

 その視線の意味に気づいた理沙は口を開いた。

「私も、今朝そう伺いました。」

 すると明石は納得した様子で言った。

「そうですか。それならいいじゃないですか遊びに行っても。昨日川内ちゃんたちは深海棲艦をしっかり撃退したんですよね? 昨日の出撃がなかったらもしかしたらのんびりできなかったかもしれないですし。何かあっても今日は神奈川第一の人たちが大勢いますし、対応してくれるでしょう。」

 明石の言い分はやや適当な雰囲気があったが、実際前日の出来事の当事者であった川内たちは深く頷ける部分がある。

 自信を持って遠慮なく遊びに行こう。そう決意した川内は明石には一言謝り、声を張って時雨たちに伝えた。

「それじゃあ明石さん、お仕事頑張ってね。暇できたら言ってくださいね。一緒に遊びたいですし。そんじゃみんな、行こうか。」

 明石は苦笑しながらも軽く返事をする。川内たちが踵を返そうとしたとき、明石は一言忠言した。

「先生~! 皆のことよろしくお願いしますね~。」

「え、あ……はい! おまかせ下さい!」

 

 大人たちの約束なぞ何するものぞ、密かにそう思う川内だった。

 

 大人二人の約束のかわしが済んだ直後、明石は電話に出て何かを誰かと話し始めた。

 川内たちはそれを見て、なるほど社会人とは一見暇そうに見えてもやはり忙しいのだなと再認識してその場を後にした。

 

--

 

 川内たちは基地を出て、海岸線となぎさラインに沿って移動し、祭りの会場の一つである渚の駅に来ていた。

 那珂と五月雨は未だ会場の最前列で追加プログラムのため、川内たちは合流できずにいた。むろん妙高や村瀬提督らに会うことも叶わない。いる大人は時雨たちの学校の教師たる黒崎理沙だけだ。

 那珂達には会えそうにないと諦めた川内たちは出店を回って祭りの雰囲気を堪能することにした。

 しばらくして川内たちは渚の駅、そして連絡バスを使って館山駅西口先にある北条海岸の第二会場へと来ていた。出店の数や関連団体・民間企業によるミニイベントはこちらで行われており、会場の規模も広い。実質的にはこちらがメイン会場といっても差し支えない規模だった。

 ここでも主に川内と夕立が率先してはしゃいでいろんなミニイベントや出店に顔を出し、楽しんでそれを時雨・村雨・不知火そして理沙が呆れながらも付き従うという構図が展開されていた。

 

 そんな時、川内の携帯電話に着信があった。

「ん? あー、明石さんからだ。はい、川内です。どうしたの?やっぱ遊べる?」

「よかった繋がった! ついさっき提督から連絡がありまして。妙高さんが電話に出ないので私にって。どうやら、哨戒任務に参加してもらうことになりそうです。」

「え? え? すみません意味がわかりません。」

「ええとですね、今東京湾で異常事態が起きているそうで、神通ちゃんと五十鈴ちゃんが、そして神奈川第一からも艦娘が出撃してるそうです。詳しく話しますので、基地まで戻ってきてもらえますか?」

 明石から突然の話に川内は息を飲んだ。そして電話に出ながら、視線を時雨たちにさっと向ける。その視線に不安の色が混じっているのに気づいたのか、駆逐艦4人も途端に明るい表情を消して不安がる。

「ええと、とりあえずわかりました。那珂さんたちには?」

「妙高さんと同じで連絡が取れません。まだイベントの真っ最中でしょ?」

「あ~、そっか。渚の駅のほうの会場の海上でまだやってるんだ。わかりました。あたしたちだけでも戻ればいいんですよね?」

 明石は受話器越しに頷いて返事をすると、電話を切った。川内は顔を上げて駆逐艦たちに簡単に伝えた。

 

「どうやら、東京湾でおかしなことが起きているそうなの。それで、もしかしたらこっちの哨戒任務にあたしたちも追加で参加しなければいけないみたい。明石さんがそう伝えてきた。」

「え……と、どういうことなんでしょう?」

「え~~~遊びの時間終わりっぽい?」

 時雨と夕立がすぐに反応して声に出すと、村雨が言った。

「それを詳しく聞きに行くんですよね?」

「仕事なら、仕方ない。」

 不知火の簡潔な言葉まで聞いて、川内は口を真一文字に閉じてはっきりと頷いた。普段は趣味など遊ぶことしか頭になく那珂とは別次元で適当で軽い川内が真面目モードになっていることに、駆逐艦たちは事態の重みを次第に感じ始める。

 川内が先頭に立って動こうとした時、子供達の会話を黙って聞いていた理沙が声を上げて叫んだ。

「あの! 私も……ついていきます、よ。」

 そういえばまだ艦娘になっていない一般人がいたんだった、川内はそう心の中で舌打ちをした。

 同行を願い出る理沙に対し川内は強めに言った。

「あ~、あのですね。先生は無理してついてこなくていいですよ。戦うことになるのはあたし達だし、あたしたちが海に出ていったら先生は自衛隊の基地でひとりぼっちですし。ねぇ皆?」

 そう言い放ち川内は駆逐艦たちに同意を求める。しかし返ってきた返事は川内の期待したものと違った。

「え~~~。先生と一緒にいたいっぽい~~!」と夕立。

「それはちょっと……どうかと。僕達○○中学の保護者としてせめて基地までは一緒にいて欲しいと思います。」

 時雨の言葉に村雨がウンウンと頷く。一気に反対勢力に囲まれる形になった川内は慌てて言い放つ。

「な、なによなによ。あたしは黒崎先生のためを思ってさぁ。だってあたしたちが出撃したら一人で気まずい思いするのかわいそうじゃん。」

「それを言ったら、先生を町中に一人残しておくほうが可哀想だと思います。それに基地には明石さんもいますし、少なくとも知り合いはいないわけじゃないですよ。」

 時雨の正論。初めて食らう時雨の普段よりややきつめの口調による説明を受けて、川内は言い返す言葉につまり黙り込む。そんな時、一言で制したのは不知火だった。

「全員で固まって、動くべき。私達は全員、千葉第二鎮守府の関係者。」

「それもそうねぇ。私は不知火さんの意見に一票。先生だっていずれ艦娘になるんだし、今のうちに私達の活動の一部を見てもらうのは大事だと思うもの。」

「村木さん……。」理沙は安心感をまとった目つきで村雨を見つめる。夕立も時雨も自然と理沙に視線を送る。和やかな雰囲気が醸し出され、川内は居心地が悪く感じた。このまま疎外感を味わうのは嫌だ。おとなしく折れることにした。

「わ~かった。わかりましたよ。全員で行こ。仲間はずれ的にしちゃうのはあたしだって気分悪いもん。」

 川内がそう言うと、理沙がおどおどしながら言った。

「昨日は那珂さんと早川さんを宿でただ送り出すことしかできませんでしたし、今日はせめて、皆さんの出撃の無事を近くで祈らせてほしい……です。それが教師としての私の務めだと思っています。」

 理沙の心意気を知り、完全に毒気が抜かれた川内は一行の先頭に立ち、改めて基地に戻ることを宣言した。

 

 

--

 

 本部庁舎に戻る頃には15時をとうに過ぎていた。本部庁舎前の広場は未だ一般人の人混みで溢れており、かなり騒々しい状況だった。とはいえ川内たちは向かうのはその広場ではなく、その先の庁舎だ。すぐさま入り口をくぐると、総務らしき受付窓口に、明石ともう一人人物が立っていた。

 

「あ、来た来た。みんな、こっちですよ。」

「明石さん! ……と、そちらは?」

 気になって明石に声をかけたついでにすぐに川内が尋ねると、彼女は自己紹介を始めた。

「こうして話すのは初めましてですよね。私、神奈川第一鎮守府の練習巡洋艦鹿島を務めている○○と申します。」

 続く口で、鹿島は詳細を語り始めた。

「実は、うちの秘書艦とあなた方のところの提督さんから緊急の連絡がありました。今現在、東京湾の各所で深海棲艦の目撃が急増しているそうなんです。うちの艦娘とそちらの艦娘さんたちが現場に出動して、事実確認と対処を行っているそうです。それで、念のため館山周辺の海域の警戒態勢を強めておいてほしいとのことです。」

「え……それ、本当なんですか!?」川内は声を荒げて尋ねる。

「えぇ。今朝未明から今までに、普段の3倍くらいの報告が舞い込んできているそうです。このことは今哨戒任務で出ているうちの娘たちにもすでに連絡済みです。あなた方の昨日の任務報告は私も伺っています。ゆっくり羽根を伸ばしていたところ申し訳ないのですが、出撃していただけますか?」

 鹿島によると、幕僚長らと合わせ村瀬提督も携帯電話が繋がらず連絡が取れなかったため、神奈川第一鎮守府の秘書艦は、館山イベント参加組としては提督についで序列二位の鹿島に連絡を取った次第という。

 このことは鹿島によって館山基地の警衛隊や基地本部にも連絡済み。イベントを抜け出せない村瀬提督と鎮守府Aの妙高は幕僚長と話を交わし、対応案を模索した。

 一般市民に悟られないように警戒態勢を強めるには、海自が表立って出ると目立ちすぎるということで、今館山にいる艦娘で一時的にカバーする方針を伝えてきた。イベントが終わり次第、村瀬提督らは基地に戻ってくることになっている。

 

「それはいいんですけど、那珂さんや観艦式に出てるそっちの艦娘の人たちはどうするんすか?」

「彼女たちはイベント参加が優先ですので連絡はしていません。あくまで警備する人を増員ということで、今空いているあなた方に頼んだ次第なのです。」

 鹿島は申し訳なさそうに言ってから、川内たちに軽く頭を下げた。

「うちも妙高さんからOKいただいてるんで、あとは川内ちゃんたちさえよければ、すぐに出動してもらえますか?」

 明石が鎮守府Aの事情を交えて補足すると、川内が全員に同意を求めた。

「いいですよ。いいよね、みんな?」

「うん!おっけーっぽい!」

「はい。いいですよ。」

「私もOKよぉ。」

「不知火も。」

 快い回答を得られたので川内は改めて明石と鹿島の方を向いて返事をした。明石はそれを受けて鹿島に視線を送って軽く会釈をして促す。鹿島は軽く頷き、川内達を艤装のもとへと促した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

哨戒任務、再び

 明石からの電話で館山基地に戻ってきた川内達。東京湾の各所での異変。館山湾でも警戒態勢を強めるため、川内達は急遽館山湾に再び足を踏み入れた。


 明石と一緒に艤装を収納している施設に行き、各自の艤装を装備して川内たちは早速自衛隊堤防から海へと降り立った。

 事前に、この日の哨戒任務にあたる神奈川第一の艦娘の旗艦に、川内達が増員メンバーとして参加することが伝えられていた。そのため川内は自衛隊堤防を離れてほどなくして旗艦と出会った。

 

「よう。あんたらが隣の鎮守府のやつらかい? あれ、あんたどっかで見た気がするな。」

「ど、ども。」

 川内は彼の人と初めて会ったときの嫌な緊張感を思い出した。一切喋っていなかったので実質的には面識はないと言っても過言ではないその人。

「あ~、思い出した。那珂さんや五十鈴さんと一緒にいたヤツだよな?」

「軽巡洋艦川内です。そういうあなたは天龍さんっすよね?」

「おぉそうだよ。んーっと、後ろのやつらも知ってるけどまぁいいわ。うちのやつらをあっちのブイの傍で待たせてるから、詳しくは集まって話すぞ、いいな?」

「は、はい。」

 川内が妙におとなしくなったので、夕立始め他のメンツも川内に従い、おとなしく返事をした。

 

 指定されたブイまで天龍に連れられて行くと、そこには見知った顔が三人いた。

「あ、昨日の!」

 顔が見える位置まで近づくと、雷が真っ先に反応した。続いて綾波と敷波が会釈をして挨拶をしてきた。川内たちが一気に気持ちを明るくして同じく挨拶を返すと、天龍が一通り全員を見渡してコホンと咳払いをし、音頭を取って説明を始めた。

 

「これで全員だな。あたしらは午前中から海中探知機のあるブイに沿ってずっと巡回していたんだ。うちのメンバーはこの6人さ。」

 天龍はそう言って自分の艦隊のメンバーをざっと紹介した。

 軽巡洋艦天龍

 軽巡洋艦龍田

 駆逐艦雷

 駆逐艦綾波

 駆逐艦敷波

 水上機母艦日進

 

「ホントは暁って駆逐艦が入る予定だったんだけど、外すってパ……提督から連絡あって、水母の日進さんを急遽入れた編成なんだ。まぁ偵察とか監視とかやりやすくなったから助かったけど。昨日何かあったの?」

 一瞬にして気まずさを覚えた川内は、黙っていられず正直に言おうと口を開きかけた。しかしそれを雷に制止された。

「実は、あたs

「あ~!えー! 千葉第二の娘たちとは関係ないところで何かあったから全然知らないハズよ。それよりも天龍ちゃん、早く任務に戻りましょうよ! ホラ龍田ちゃんもそう思ってるわ、ね?」

 同意を求められた龍田は一切口を開かずにコクリと頷く。綾波と敷波はというとアタフタと明らかにバレそうな態度をし、唯一まったく関係ない日進はポカーンとしているのみである。

 それを見て天龍は首を傾げるが、興味を持続させる気はないのか、雷の言に素直に納得を見せて話を続けることにした。

 口を滑らそうとした川内は雷から諫言目的のウィンクを投げかけられ、ひとまず空気を読んで黙ることにした。

 

--

 

「事情は聞いている。東京湾の各所で深海棲艦の出没が急に増えたらしいじゃねぇか。午前は特にこのへんでそういう気配はなかったから、多分こっちのほうはまだ大丈夫なんだと思う。けどこれからの夕方にかけてが不安なところだな、うん。ここまでで何か意見は?」

 天龍が一同に視線を送って確認すると、神奈川第一の艦娘たちは黙って頷く。それを見た川内たちは一瞬天龍と視線を合わせた後、すぐに真似をしてコクコクと頷いて相槌を打った。

「でだ。人数も倍に増えたし、哨戒の範囲を広げようと思う。あたしとしてはあんたら千葉のやつらには海中探知機のブイ周辺を警備してもらって、あたしたちは外洋、もうちょっと外側を回ってみようと思う。日進さんは綾波・敷波を従えて、南向きに回ってくれ。偵察機もガンガン使ってくれよな。あたしと龍田と雷は北向きに回るよ。」

「あ、あたしたちの回るルートとか細かい流れはどうすればいいんすか?」

「ん~? そっちは任せる。旗艦はあんたなんだろ?」

 天龍の投げやり気味な指示に川内は恐々と戸惑いながら尋ねる。

「そうです。けど、あたし新人なんすけどいいんですかね?」

「は? 何言ってんのお前? 一回でも戦場出てんだろ、んなの関係ねぇよ。自分の役割ちゃんと意識して考えてやれよ。新人だからとか甘えて言い訳すんな。」

 急に声を荒げて川内を叱る天龍。カチンと頭にきたが、よくよく考えると確かに甘えと捉えられても仕方ない。

 川内の弱気な返しには意味がある。どうしても昨日の暁のことが思い出して頭から離れない川内は再び事情を言うべく口を開いた。

「いやーでも、うちらがもし何かしくじったら、そちらが責任取らされるんでしょ?」

 すると雷たちは苦々しい顔をして目を反らし始める。天龍は疑念を再発させて脅すようにゆっくりとした口調で確認する。

「あ? なんでうちのその運用のこと知ってんの? おい、雷お前何か知ってんな?」

「え? あ、えと……天龍ちゃん、運用規則のことわかるでしょ?だったら……」

「うるせぇ。第三者が口出すなとか関係ない、教えな。もしかして暁が妙に悄気げてたのと関係あるんだな?」

 天龍がそう察して口に出すと、さらに気まずそうに雷たちは態度を変えて小さくなった。

 そして天龍の詰問の矛先は川内に向いた。

「おい川内って言ったな。お前暁に何かしたのか? あの責任の運用が関わってるとなれば、さすがのあたしも察しがつくぞ。言え。」

 川内は制服の胸元のタイの結び目を掴まれて引き寄せられる。かねてから自分が悪いと感じて収まらなかったために、なすがままの川内は眉を下げて悔し泣き顔を作り、謝りながらすべてをぶちまけた。

 

--

 

 川内が一通り説明し終わると、天龍は睨みを利かせるのをやめ、川内の制服から手を離した。

 そして深い溜め息を吐いてから川内に言葉をぶつけた。

「そっか。そういうことだったのか。だったら二人とも悪い。少なくともあたしだったら、提督の決め事なんて無視してその場で二人とも叱り飛ばす。で、暁をひっぱたいて川内、あんたもぶん殴る。二人とも夜間の出撃を舐めすぎだぞバカ。」

「う……やっぱ、ですかねぇ~。」

「でも、あたしはお前みたいな勢いのヤツ、嫌いじゃないぜ。」

「へっ!?」

 突然天龍が感情の方向性が異なる言葉を発したことに川内は驚いて顔を見上げる。身長的にはほとんど変わらないか川内のほうがわずかに高かったが、叱られていて川内は頭を垂らし悄気げていたため、多少の身長差が発生している。

「さすが那珂さんの後輩だけあるな。面白い素質ありそうだわ。あんたはちゃんと規則とか覚えた上で暴れるようになれば、きっと良い艦娘になれるぜ。うちの川内さんより話通じそうだし。」

「そ、そうですかね……?」

 川内の性格が天龍の琴線に触れたのか、天龍は口厳しく川内を叱った後、肩をバシバシと叩いて励ました。

「それにしても、暁の変なこまっしゃくれぶり面白かったろ?」

「え、えぇまあ。からかいやすいってのはあったかもしれないっす。」

 川内が控えめに言葉を返すと、天龍はガハハと豪快に笑いながら、今この場にいない人物に対して評価を述べる。それを当該人物の親友たる雷に確認させ、その場の雰囲気を緊張感あるものから氷解させて賑やかした。

 川内の傍で黙って様子を窺っていた時雨たちはキモを冷やしていたが、様子が一気に明るくなったことにホッと安堵の表情を浮かべた。それは雷や綾波たちも同様だった。

 

「うんまあ、あんたの事情はなんとなくわかったよ。でも今回の哨戒任務では抑えてくれ。切り替えをきっちりとな。」

「はい。わかりました。」

「一応言っておくと、今回はあたしが責任代理者だ。あたしだってパパ……提督に他人のヘマのために叱られたくはないからさ。何か見つけても勝手に行動しないで必ずあたしに連絡してくれ。」

 今度こそ余計な失態をしたくない。川内は心に強く誓って強く返事をした。

 暁はこの場にいないので未だ自身の反省の念は溜まったままだが、天龍という、先輩那珂と親しい人物から一定の評価をもらえたことは川内に気持ちの引け目を無くさせ、心を前向きにさせた。

 

 川内は思わぬ形で天龍と意気投合に近い距離に縮めることができ、やる気を充填した。天龍たちが先に動いて離れると、鎮守府Aのメンツに向き直して音頭を取った。

「よし、あたしたちも行こう。」

「どういうルートで回りますか?」

 時雨が質問すると、川内は数秒思案した後、答えた。

「そうだね。うーんと、天龍さんたちみたいに二手に分かれよう。それで北と南でぐるりと。どうかな?」

 時雨を始めとし、全員が快い返事をしたので川内は頷き返す。メンバーは川内・村雨、そして時雨・夕立・不知火のチーム分けとした。二つのチームは早速分かれ、海域の巡回を始めた。

 

--

 

 巡回が始まって以降、川内はずっとおとなしく前進していた。妙な違和感があった村雨は、後ろから背中越しに川内に話しかけた。

「あの~、川内さん? どうかされたんですかぁ?」

「ふぇっ!?いや。何もないけど……どうしてさ!?」

 急な質問をされて川内は慌てふためく。

 村雨から見て、やはり何かおかしいと気づくのは容易いことだった。誤解であればそれにこしたことはないが、今まで川内に対して感じていた溌剌さがまったくにじみ出てこない。川内とそれほど親しくなったわけではないが、村雨自身としては自然な観察を欠かさない。自分なりによく見て観察していたから、川内に対してもそれとなく気付ける。

 

「川内さん……。いつもならゲームや漫画に絡めて案をおっしゃったり、だらけてあくびでもしてますよね?」

 自身の行動パターンをチクリと指摘してきた村雨に、川内は顔を近づけて抗議する。

「うおぉい!? 村雨ちゃーん、あたしのことどう見てたのさぁ!? あたしだって真面目に任務こなすよ?」

「え~、でもぉ~。」

 村雨が、自身が見ていた普段の川内を伝えると、川内は苦笑するしかなかった。

「あ、アハハ。村雨ちゃん、人のことすっげぇ見てるね。あたしいつそんなに観察されてたんだろう。こえーよ村雨ちゃんってば。」

「ウフフ。それは褒め言葉として受け取っておきますねぇ。」

「なんか神通以外に隠せない娘ができてつらいな~。まぁいいや。」

 

 気が抜けた川内は、口が軽くなっていた。それに呼応して村雨も問い詰めの手(口)を強める。

「それでぇ、本当にどうなさったんですか? ……もしかして、昨日のことが気になって?」

 その指摘を聞いた瞬間、川内は「う」という一言の唸りとともに上半身をやや仰け反らせて悄気げてとうとう白状した。

「まぁ……ね。昨日のあんなの見せられちゃったらさぁ。あたしはさ、自由気ままにやりたい、縛られたくない。だけど、あたしを見守ってくれてる人に迷惑かかってるってわかったなら、それを押してまでしようとは思わないんだ。それくらいのブレーキは持ってるつもりだよ。」

「私が言うのもなんですけど、あまり気になさらないでいいと思いますけどね。」

「あぁうん。そう言ってくれるのはありがたいんだけど、一度気にしだすと……なんていうのかなぁ。嫌な思いって、結構心のなかに残ったりするじゃん。良いこと楽しいことははすーぐ忘れちゃうのにさ。前に那珂さんを怒らせちゃったときもそう。あの人はその後ケロッと忘れた素振りあったけど、あたし的には結構心の中で引っ張ってたんだよね。まぁあたしがワガママ言ったから自業自得といえばそうなんだけどさ。」

 

 村雨は黙って川内の言を聞いている。

「昨日のさ、神奈川第一の事情を聞いて、さすがのあたしも普段通り振る舞うのはまずいって察したのよ。でもだからどうすればいいのかがわかんない。」

「……で、悩んだ末にああいう棒立ちでの移動なんですねぇ。」

 正解の指摘に川内はコクコクと勢い良く頷く。

「何もそこまで極端にしないでも、普段通りにすればいいんじゃないですか? 今この場では誰も見ていないんですし。」

「いや、村雨ちゃんがいるじゃん。」

「な……私は告げ口とかしませんよぉ!」

 普段の立ち居振る舞いに似合わず頬を膨らませ、途端にプリプリと立腹する村雨。川内はなだめながら話を進めるべく白状した。

「ゴメンゴメン。冗談だってば。誰ってわけでもなくなんとなく周りが気になってくるの。だから自然とああなっちゃったのかもしれない。」

「はぁ……。いいですかぁ川内さん。逆に周りの人が気にしちゃってみんなの調子を狂わせるときもあるんですよぉ。だ~か~ら、なるべく意識して普段通りにしてください。いいですかぁ?」

「お、おぅ。了解。」

(なんであたしは年下に説教されてるんだ……)

 

 川内は何か釈然としないながらも、逆らえない妙な気迫を感じたため、村雨の言に何度も頷いて従順な姿勢を見せておいた。

 

--

 

 村雨との会話以降、川内はしきりにキョロキョロと周囲を見渡したり、時々スマートウォッチで方角やソナーを確認するようになった。時々グローブカバーの主砲の角度を調整して構えて撃つフリをするその様は、普段の川内らしさをようやく表していた。

 それを見て村雨は少し安心感を得るが、その極端っぷりに、この人のことだから逆に慎重さや警戒能力が落ちてしまわないかと気が気でない部分もあった。そのため、手放しで全面的に喜べるわけではなかった。

 

 ただ、そんな二人の警戒体勢とは裏腹に、なんら問題を見つけることなく時間だけがただ流れていった。川内は定期報告を天龍に入れ、相手からも同じく報告を受け情報を共有しあう。状況は、夕立たち別働隊メンバーも、さらに天龍らとしても同様だったことを知った。

 1時間ほど経ち、集合した川内と天龍たちは、改めて報告しあった。

「相変わらず発見できずじまいだ。そっちは?」

「こっちもです。ぜーんぜん見当たりません。まぁそれが普通なんすよね?」

 川内は肩をすくめてため息を吐き、あっけなく感じた気持ちを吐き出す。天龍も同じような仕草で続けた。

「まぁな。けど事情が事情だからな。この辺でも発見してもいい気がするけどな。とりあえずこの時点までの報告はあたしの方から送っておくから、みんなは引き続き回ってくれ。いいな?」

 天龍の指示に川内たちは返事をし、再び巡回ルートに戻った。

 

--

 

 8月も末に近づいた残暑の季節。気がつくと17時をすでに過ぎ、辺りは朱に染まった空のみ視界に飛び込んでくる。海上は傾いた太陽の光を反射して赤みがかった色に変えている。川内たちが陸地に視線を向けると、わずかではあるがポツポツと灯りが見えるようになっていた。

 気分的には早く帰宅したい気持ちでいっぱいである川内は村雨と普段の生活を混じえた雑談をしながら警備していた。

 

 村雨は若干辟易していたが、相槌を適当に打って、川内のトークショーばりのおしゃべりの独壇場をやりすごした。

 正直言って、川内の男子寄りの趣味話には興味が持てない。年頃の(ませた)女子中学生である村雨こと村木真純の、流行の最先端をゆく女子中学生の趣味とは肌が合わないのだ。

 村雨としては川内の女子高校生としての恋愛話に期待してみたが、それは結果として無駄な期待だった。川内および那珂たちの高校の事情を知らぬ村雨がそのあたりの川内の心境に気がつくはずもなく、その方面の話題出しでは川内を見限ることにした。

 

「ねぇ川内さぁん。それよりも、那珂さんや神通さんの恋愛周りってご存知ですかぁ?」

「え~、あの二人?」

 川内はせっかくノっていた趣味話を中断されて戸惑いながら振り向くと、村雨はコクコクと勢い良く頷き、期待の眼差しを見せている。

「いや……あの二人のそういうことは知らないわ。ゴメンね。」

「そ~~~ですかぁ~~。はぁ。じゃあもういいです。それよりもぉ、そろそろ戻りませんかぁ? もうだんだん暗くなってきましたし。」

「うん、そうだね。特に異常なしってことで連絡するよ。さっさと終えて遊びに行こう!」

「はぁい!!」

 

 川内の帰りたい気持ちは村雨にすぐに伝播し賛同に変わる。川内が連絡をすると、天龍からは戻ってこいとの指示が入ったので、二人は踵を返して指定の海上のポイントまで戻ることにした。

 

--

 

 その後、結局天龍たち、時雨たちも、改めて深海棲艦を目にすることは叶わなかった。それならそれで良いことだと天龍も川内も認識を一致させたため、帰投の意欲を固めた。

 天龍が村瀬提督に指示を仰ぐと、帰投命令が下されたため、全員安心して帰路についた。

 その頃になると辺りはさらに染まり、夜の帳が落ち始めていた。帰る道すがら、川内と夕立は出撃があと数時間遅ければ活躍できたのにとささやかに愚痴り合うのだった。

 

--

 

 川内たちが館山基地に戻り、すでに到着して久しい村瀬提督・鎮守府Aの妙高と話をし始めたのは、17時を数十分過ぎた頃だった。

 この頃になると、観艦式に参加していたメンバーも全員帰投しており、そのメンバーはイベント全体の報告会が終わった後、休憩用の会議室でくつろいでいた。川内たちとは別の部屋だったため、実際に会えるのは宿へ足を運ぶ途中か待ち合わせ場所など様々だ。

 ただ今回この時は日中の東京湾の問題があったため、村瀬提督と妙高はそれぞれ自身の鎮守府の艦娘を呼び寄せひとまとめにして、改めて説明をした。

 なお、その場には情報共有のため海自のメンバーも数人出席した。

 

「那珂さ~ん!五月雨ちゃん!」

 川内と夕立らが那珂の姿を見つけて嬉々として駆け寄ると、那珂たちもまた手をブンブンと振りながら川内たちのほうへと駆け寄ってきた。

「川内ちゃん!みんなぁ!」

「ますみちゃーん、みんなー!」

 

「さみ、お疲れ様ぁ~。」

「さみ、ごくろーだったなっぽい!!」

「お疲れ様、さみ。僕たちイベントを見られなかったから、あとでテレビとか録画で見させてもらうね。」

 

 親友から思い思いの言葉を受けた五月雨は那珂を顔を見合わせ、照れつつも笑顔で返事をした。那珂はそれを微笑ましく視界に収めた後、川内にそっと寄って小さな声で話した。

「そっちの状況教えて。」

「え? 那珂さん達もう聞いたんですか?」

「ううん。妙高さんと村瀬提督からは、話があるから全員集合としか聞いてないの。けど、あたしの想像ではそっちの哨戒任務で何かあったのかなぁって。どう?」

 那珂の問いかけに川内は口をゆっくりとつぐみ、真一文字にしながらコクンと頷いた。その表情は数々の思いを胸にしていたために複雑なものだった。

 那珂はすべてがすべて把握できたわけではないが、何かあったのだろうという程度に察し、川内に簡単な説明を求めた。

「あたしも聞いて慌てたり焦ったり興奮したりしていたんで内容怪しいかもですけど、東京湾で深海棲艦が出たらしいです。」

「……そりゃこのご時世見かけるでしょ。もっとちゃんと教えて。」

「あぁ、すみません。いつもの数倍多いって言ってました。」

「え……?」

 その追加の一言だけで、那珂は胸騒ぎを覚えるのに十分だった。しかし自身には今回、その原因となりえそうな事象を想像するだけの経験が足りない。どちらかといえば、川内のほうが今回は経験者だ。そう判断して、那珂は一言だけアドバイスをして、この後の打ち合わせに臨ませることにした。

「今回は、川内ちゃんが頼りだから、昨日のことなんて気にせず、アピールして活躍してね。あたしはそれをサポートしてあげるから。」

「へ? あ、あぁ、はい。」

 那珂はそう言って駆逐艦たちの方に戻った。残された川内は、先輩が言ったことの意味がわからず、ただ口を半開きにして呆けるだけだった。

 

--

 

 村瀬提督の口から、その日、観艦式の裏で展開されていた事実が語られた。その内容に艦娘達はそれぞれ異なる反応を示す。

「18時の時点で緊急の目撃情報はゼロ。鎮守府に残してきた司令部から連絡を受けている。明日までは我々が戻らずともよいとひとまず判断した。うちの各所の警戒態勢は、出撃していたメンバーを割り振って人数を一時的に増員させて引き続き強化中。それからそちらの鎮守府から協力してもらっていた艦娘には協力体制は終いとして解放させました。あとは我々で人を割いて対応することを西脇君にも伝えてあります。」

「それでは……事態は収拾したということで、よろしいのですね?」

 妙高が心配げにそう尋ねると、村瀬提督はゆっくりと首を縦に動かした。妙高は胸に手を当ててホッと安堵の息を吐く。

「このことは海自と海上保安本部の第三管区各事務所にも通達済みだ。以後の館山周辺の警戒態勢は海自の指示に従って行うことになっているから、念のため明日の最終日まで一切気を抜かないように。」

 村瀬提督の言葉に艦娘たちは声を揃えて返事をした。那珂たちもまた同様に声を出して意識を合わせた。

 

 その後、館山基地司令部からは、艦娘を出動させない通常レベルの警戒態勢が取られた。前日と日中に、艦娘により地元館山守られてしまいやきもきしていた司令部は、せめてこの時間以降は自分たちの手で使命を果たしたいとプライドを賭けて動いていた。

 おかげで艦娘たちはある報告が来るまで、館山基地の中で下知がいつあるのかもどかしい気持ちで待機し、何もしない時間を費やしていた。

 

--

 

 神奈川第一鎮守府の艦娘たちは打ち合わせがあった会議室および本部庁舎に残る者もいたが、一部はホテルに戻っていた。那珂たちは妙高と明石の指示で、全員がそのまま残っていた。

 いつまで続くのか、そう辟易していた那珂と川内、そして他の艦娘たち。そんな空気を破ったのは、会議室のドアを開けて声を荒げて報告してきたとある海尉だった。

「村瀬支局長および妙高支局長代理に申し上げます。今から15分ほど前の1845、安房勝山沖の浮島の西部海域で、艦娘二人が深海棲艦と交戦開始と通信がありました! 所属コードによると、千葉第二とのこと!」

 

 那珂の胸が、燻られるようにゾワゾワとざわめき出した。




ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=69968465
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1lV_PdlbZdnqXm52W22i-K_tZkciUzrejYkWYvwfJ_TQ/edit?usp=sharing

好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏の合同任務3
登場人物紹介


 緊急出撃で東京湾を飛び回った神通と五十鈴。連戦のすえ、二人は浜金谷~安芸勝山沖の海上にいた。二人はようやく安堵しせっかくだから館山に行って那珂達と合流しようと考えた。
 一方で那珂・川内達が知らされたのは、同海域で深海棲艦に襲われている、鎮守府Aの艦娘がいるという思ってもみない知らせだった。


【挿絵表示】



<鎮守府Aのメンツ>

軽巡洋艦那珂(本名:光主那美恵)

 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。神通と五十鈴の危機にいち早く救出任務を願い出る。

 

軽巡洋艦川内(本名:内田流留)

 鎮守府Aに在籍する川内型のネームシップの艦娘。親友たる神通の危機ならば自身の身の危険など見えなくなる。

 

軽巡洋艦神通(本名:神先幸)

 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。東京湾で頻発した深海棲艦の出現の対処で連戦するうちに館山近くまで来てしまい、その付近で五十鈴と……。

 

軽巡洋艦五十鈴(本名:五十嵐凛花)

 鎮守府Aに在籍する長良型の艦娘。東京湾で頻発した深海棲艦の出現の対処で連戦するうちに館山近くまで来てしまい、その付近で神通と……。

 

軽巡洋艦長良(本名:黒田良) ・軽巡洋艦名取(本名:副島宮子)

 鎮守府Aに着任することになった艦娘。今回出番なし。

 

駆逐艦五月雨(本名:早川皐月)

 鎮守府Aの最初の艦娘。秘書艦。提督代理の妙高とともに海上自衛隊館山基地に残る。

 

駆逐艦時雨(本名:五条時雨)・駆逐艦村雨(本名:村木真純)・駆逐艦夕立(本名:立川夕音)

 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。那珂とともに神通らの救出に志願する。

 

駆逐艦不知火(本名:知田智子)

 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。那珂とともに神通らの救出に志願する。表向きは落ちついているように見えるが、神通の危機となると内心アタフタしている。

 

重巡洋艦妙高(本名:黒崎(藤沢)妙子

 鎮守府Aに在籍する妙高型の艦娘。唯一の重巡洋艦。本合同任務では支局長代理(提督代理)として現地で那珂たちの取りまとめ役。

 

工作艦明石(本名:明石奈緒)

 鎮守府Aに在籍する艦娘。本合同任務には技師として参加。那珂と川内に試作品の装備を手渡す。

 

提督(本名:西脇栄馬)

 鎮守府Aを管理する代表。東京湾での緊急任務では神奈川第一鎮守府の秘書艦の艦娘と連携を取って艦娘に指示を出していた。館山でのイベント終了間際に再び現地入り。

 

黒崎理沙(将来の重巡洋艦羽黒)

 五月雨・時雨・村雨・夕立の通う中学校の教師。本合同任務には五月雨達の学校の部の顧問・保護者として参加。

 

<神奈川第一鎮守府>

村瀬提督(本名:村瀬貫三)

 神奈川第一鎮守府の提督。館山における千葉第二、神奈川第一鎮守府両局の総責任者。千葉第二の艦娘の危機に支援艦隊を派遣することを承認する。

 

駆逐艦暁

 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。川内と共に哨戒任務を経験。前任務での責任を取るべく陰ながら活動する。

 

戦艦霧島

 観艦式の先導艦を務めた。村瀬提督から承認された支援艦隊の旗艦を務める。

 

天龍(本名:村瀬立江)

 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。村瀬提督の実の娘。神通らを救出する支援艦隊に選ばれなかったのが不服だった。粗暴な口調や振る舞いだが那珂や五十鈴と行った同年の友に対する心配は人一倍。

 

神奈川第一鎮守府の艦娘達

 鎮守府Aとは違い大人数のため、観艦式に参加する組、哨戒任務に参加する組、合同訓練に参加する組とそれぞれ存在。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二人の危機

 東京湾での深海棲艦急増の異変。事態の対処で右往左往した神通と五十鈴は現地報告のため、直近の海保の事務所のある館山へと移動し始めた。那珂らに会える嬉しさのため二人は見えてなかった、迫る現実に。


 

 神通と五十鈴は連戦の疲れもあったので、速力区分スクーターの10ノットから速力歩行の5ノットの間を推移させながら移動していた。そのため到着が何時になるかわかったものではない。

 さすがに帰る時間を心配した五十鈴は神通にソワソワしながら提案する。

「ねぇ、速力上げない?帰る時間が遅くなると……今日はまさか緊急の出撃があるとは思わなくて、両親に艦娘の仕事が終わる時間伝えてないのよ。だから……。」

「はい。わかりました。私も……ママに連絡していないので。」

 神通は頷いて返事をした。

 艦娘用のスマートウォッチおよびウェアでは、一般電話回線には繋げられない。そして自身の携帯電話は鎮守府に置きっぱなし。通信して連絡を取れるのは内線扱いの鎮守府、それから海保など関連団体のみだ。つまり二人とも一般への連絡手段がなかった。

 

 せめてものの頼りで提督に連絡をすると、せっかくだから館山でみんなとゆっくりしていきなさいなどと暢気な一言が投げかけられた。その一言にイラッとした五十鈴は

「私と神通がどんなに遅く帰るまで、置いてきた荷物と着替えをちゃんと保管しておいてく・だ・さ・い! 長良と名取にもそう伝えておいて!」

 心内の温度差を感じた五十鈴は、そうピシャリと伝えて通信を切った。

 五十鈴の声を荒げた通信最後の迫力に驚いた神通は五十鈴が溜息をついて呼吸を整えたのを確認してから声を掛けた。

「あの……提督はなんて?」

「あの人はもう……。事態が落ち着いたからって、暢気に言ってくれたわ。館山で皆とのんびりしてきたらって。あの人のああいう脳天気なところがあるのが好かないわ。」

「それでは、どういう西脇提督なら、お好みなのでしょうか。」

 神通は流れでなんとなく尋ねてみた。すると五十鈴は見事なまでに流れるようなスムーズさで答え始める。

「そうね。真面目なところがいいわね。あの別段たくましくもないんだけど、年相応の無骨な手で真面目な相談のときに頭を撫でてくれたり、タイミングおかしかったりして不器用だけど優しいところもいいわね。……って! 何言わせるのよ!?」

 頬を染めてペラペラと語る五十鈴を見て、神通はこの先輩がとても心配になってきた。こんなにチョロくてどうするんだろうと。

 神通は何度もゴメンなさいというが、五十鈴は照れもあり、那珂や川内にあたるようなきつい口調で何度も神通に詰め寄る。しかし本気の当たりではないのはどちらも承知だ。もし傍から見られても、単に女子高生同士がからかいあってイチャイチャしているとしか取りようがない状況だ。

 

 その後話題は色々移り変わる。やや速力を上げてはいたが、二人とも残りの活力をおしゃべりに費やしていたため、すぐに速力は歩行つまり5ノットに落ちる。やがて二人の目の前には、陸地が見えてきた。

 否、島である。

 実際には安房勝山沖に浮かぶ浮島だったが、二人はもはやそんな地理的なことを確認する気力や気分ではなく、なんとなく航路を調整してやりすごすだけだ。

「陸……でしょうか?」

「あれは明らかに島でしょ。なんて島かわからないけど、西側を通るわよ。」

「(コクリ)」

 二人は身体と主機の意識を右に傾け、航路をずらした。自然と緩やかに曲がり、島の西約100m付近を通る形になった。

「灯りは見えないから、無人島かしら。千葉で無人の島って……あぁもう。地理の勉強もっとしておくべきだったわ。」

 五十鈴のやや冗談めいた愚痴に、神通は単に息を吐いたような声でもって苦笑の反応をするに留めておいた。

 

 

--

 

 二人は意識の上では、半分以上、普段の五十嵐凛花・神先幸に戻っていた。普段真面目で周囲への用心深さという意識が高い五十鈴にとって、この島は単に通り過ぎるための地形に過ぎなかった。神通に至っては、五十鈴の判断と対応がすべてと任せきっていたため、五十鈴以上に気が抜けており、島を半分通り過ぎた後の背後に気づかなかった。

 

“それ”はヒューという空気を切る音をほのかにささやかせながら飛来し、五十鈴の背中の艤装に静かに命中し、激しく揺さぶった。

 

 

ベシャッ

 

ズガアアアアァァン!!!

 

 

「かはっ……」

 

 五十鈴が急に目の前に飛び出したのを神通は目の当たりにした。その時の神通は五十鈴の先に出て移動していたためだ。そして五十鈴が力なく海面に顔をつけ横たわろうとしている姿まで目にしても、事態を理解できなかった。

 神通がやっと理解に及んだのは、五十鈴が足の主機以外のほぼ全身が同時に沈み始めて半分近く見えなくなった頃だった。

 

「い、五十鈴さん!!!!」

 

【挿絵表示】

 

 

 目をカッと見開いた神通の悲痛な声が響き渡る。聞く者は誰もいないし、周りに聞かれたら恥ずかしいなどと余計なことは一切思い浮かばないため、本気の本気で神通は心配のために大声を出して五十鈴に駆け寄った。

 慌てて五十鈴の身体を持ち上げる。艤装の効果により腕力はアップしているが、それでもなかなか上がらない。どうやら五十鈴は気絶しており、同調が切れてしまっているようだった。そうすると、五十嵐凛花本来の体重に艤装本来の重量が加算され、それを神通としてのパワーで持って支えなければならない。

 なんとか上半身を海面から上げるくらいには持ち上げて背負えた神通だが、それ以上持ち上げられない。どうやらそこまでが、神通の艤装でパワーアップした神先幸としての力の限界だった。五十鈴の太ももの半分から下はまだ海水に浸かったままだ。

 このままでは、一人で五十鈴の介抱、索敵、反撃、回避、逃走すべてを行わなければならない。これからすべきことが一気に脳裏に溢れると同時に冷や汗も吹き出る。

 

 自分が怪我したわけではないのに、こんなにピンチになることなんてあるのか。

 仲間がやられただけで、こうなる。

 そうか。自分が以前やられた時、もしかすると那珂や五月雨・不知火もこういう心境になったのか。

 

 思いにふけっている場合ではない。神通は思考を1秒以内で切り替え、五十鈴を目覚めさせることに目標を設定した。

 

「い、五十鈴さん! 起きてください! 起きてくださいーーー!!!」

 

ビシッ!ビシッ!

 

 神通は正面から五十鈴を抱きしめながら、必死に頬を叩く。何度も叩くが、なかなか五十鈴は目を覚まさない。

 その時、かすかなヒューっという音が響き、近くの海面が水柱を立てた。

 

バッシャーーン!!

 

「きゃあ!!」

 

 思考を張り巡らせる必要もない。間違いなく、さきほど五十鈴が被弾した何かだ。あれを受けたらまずい。神通は中腰になり、五十鈴を背負って左肩にひっかけた。五十鈴の半身を掴む左手に最大限の力を込める。空いた右手は自由に使えるようにする。

 次はとにかくこの場から離脱することだ。自分たちを狙ってきた相手がどういう姿でどういう攻撃だったのか、確認している暇はない。とにかく逃げなければ。

 神通は五十鈴の重さのために左半身をやや海中に沈めてバランスを狂わせつつ、推進力を得てゆっくりと前進し始めた。

 

 

 どこに逃げるか。神通は必死に考えた。

 館山?いいや、逃げ延びるにはあまりに遠すぎる。

 左は千葉県だから、右、つまり西、東京湾の入り口~太平洋?広い海すぎて逃げてもその先がない。

 

 となると、答えは陸地だ。最悪この島でもいい。しかしそのまま上陸するために近づいたのでは、先刻から何かを砲撃してきている相手におそらく近づくハメになる。

 島の反対側ならどうだ? もう迷っている時間はない。そう思った神通は決断即、身体を傾けて左に回頭し、一路東進、やがて北進して浮島の東側に向かうことにした。

 

 移動中にも、五十鈴を目覚めさせるべく必死に呼びかける。

「五十鈴さん!起きてください!気づいてください!!」

 一向に目を覚まさない。この際コンプレックスでも突けば目を覚ますか?

 そう思考を変えた神通は、大声で一言ぶつけた。

「五十鈴さん!! そのおっきな胸揉みしだきますよ!? 感想を西脇提督に報告しちゃいますよ! いいんですか!?」

 言っててアホだなと自分で思ったが、そのアホな口撃は、意外にも効果を見せた。

 

「な……なんですってぇーーー、那珂! え…!?」

「五十鈴さん!」

「あ、え? 神通? 私、なんで……。いっつぅ~」

 

 

--

 

 神通は速度を緩めた。そして五十鈴が同調再開したのを確認してから海面に下ろした。五十鈴が無事に再び浮かぶことができたのを見届けてから神通は口を開いた。

「よかった……五十鈴さん、目を覚まして。」

 五十鈴はまだ体調が悪いのか、頭をブンブンと振って呼吸を整えてから返す。

「ゴメンなさい。状況がよくわからないわ。私は……」

「被弾したんです。後ろから何かが当たって爆発したみたいで、五十鈴さんは気絶しちゃったんです。」

 神通からここまでの数分の出来事を聞くと、五十鈴はようやくそれまで保っていた苦々しい表情を解いた。

「そう……。それで、その敵の正体は確認しなかったわけね。」

「はい。申し訳、ございません。」

「別にいいわ。生き延びることが優先よ。それで、砲撃はもうないのね?」

「はい。ここの海域まで逃げたら、もう後ろからは何も飛んできませんでした。」

「敵の正体がわからないからなんとも言えないわね……。とにかくひたすら逃げるしかないわね。」

「そんなちょっと情けない気も……。」

「し、仕方ないでしょ!もう一度確認しにいきたくてもとてもそんな状態じゃないわね。私はライフルパーツ落として主砲は使えない。艤装が何かおかしくて魚雷発射管と通信不可。かといって無事なあなた一人に行かせるわけにもいかないし、これ以上首を突っ込むのは危険だわ。」

 五十鈴は普段那珂や川内にツッコむ勢いと雰囲気を取り戻していた。神通はやっと五十鈴が苦しみから解放されたような気がして、微笑ましかった。が、表向きはニヤけるなどということはしないで平静を保つ。

 五十鈴は少し思案する仕草を取った後、顔を上げて神通にまっすぐ視線を向けて指示した。

「神通、悪いけれど、私の代わりに海保と海自の館山基地に連絡を取ってくれる? このことを伝えて。」

「え……でも、どのように伝えれば?」

「ありのままでいいのよ。海保の船舶じゃ深海棲艦には弱すぎるし、海自なら。それに館山基地には今なら艦娘が大勢いるはずだし、迎えに来てもらえればなんとかなるわ。」

 五十鈴の提案を耳にし、神通は深く唾を飲み込み、頷いて早速通信をすることにした。

 

 

--

 

 神通がしどろもどろになりながら海上保安庁と海上自衛隊の館山基地に連絡している間、五十鈴はその様子をヒヤヒヤしながら見ていた。よく考えたら、神通は赤の他人と会話したり接触するのが苦手だったんだ。神通のスマートウォッチごしに自分がしゃべってあげればよかった。

 そう思ったが、これも神通の教育のため。那珂だったらきっとこうしただろうと想像し、五十鈴は神通を信じて任せることにした。

 

 なんとなく視線を付近の海上に移す。ぐるりと360度周囲を見渡す。すでに夜の帳は下りており、艦娘の艤装によってパワーアップした視力であっても暗がりでの視認性は低く、これ!といったものは確認できそうにない。

 この時間帯以降であれば、川内か夕立がいれば十分な索敵能力を発揮できるのにと五十鈴はないものねだりをして落胆した。

 ふと、遠くに動くものを発見した。決して川内や夕立のように暗視状態に見えるわけではないが、なんとなく輪郭を確認できた。やはり深海棲艦。二等辺三角形状に海上に半身を浮かばせて進む3体と、海上を走る人。

 

人!?

 

 五十鈴は目をこすってもう一度見た。

 間違いない。人が深海棲艦3匹に追われているように見える。もしかして神奈川第一の艦娘か?

 これはまずいと瞬時に感じ、神通の肩を叩いて彼女を背後に振り返らせるようにする。

 

 ちょうど通信が終わる頃だった神通は五十鈴から神妙な面持ちと口調で伝えられて促された。

「ちょっと神通。後ろ、見て。私の目には人が追われているように見えるのだけれど、あなたはどう?」

 五十鈴から問われて神通は目を細めて遙か先の海上を凝視する。そして五十鈴が見たものを同じ光景を視認した。

「え? ……は、はい。あれって艦娘ですよね!?」

 五十鈴は額を押さえてため息をつく。

「やっぱりそう見えるのね。どういうわけかわからないけれど、あの人を助けるわよ。」

「はい。でも、五十鈴さんは……?」

 神通が心配げに五十鈴の頭から足元まで見渡すと、五十鈴は大げさに肩をすくめて語気を強めて言う。

「今の私だって動いて注意を引くことくらいはできるわ。さ、行くわよ。」

「はい!」

 

 追われる謎の人物を助けるため、神通と五十鈴は180度回頭し、先刻襲われた海域目指して戻ることにした。

 

 

--

 

 神通と五十鈴が目標目指して進むと、追われる人物は二人に気づいたのか、進む方向を変えた。二人にはそのように見えた。

「神通、もう少し近づいたらスマートウォッチの近接通信であの人に連絡を取って。それと私に一本魚雷をちょうだい。魚雷を投げてあの人が逃げる方向とは逆方向に私が進んで、3匹の深海棲艦の注意を引くわ。」

「そ、その後は?」

「あなたとあの人の二人なら、なんとかあの3匹を倒せるでしょ?」

「え、そんなの……無理です。初めて会う人となんてうまく協力できるかわかりません。」

 五十鈴の突飛な作戦に神通は息を飲んだ。そして驚きを隠せず戸惑う。しかし五十鈴は神通の戸惑いなぞ気にせず続ける。

「それでもやらなくてはいけないときはやるのよ。申し訳ないけど私は逃げ回って撹乱することくらいしか役に立てないわ。だからあなたがリーダー、つまり旗艦となってこの戦場を制してちょうだい。いいわね?」

「うぅ……わかり、ました。」

 五十鈴の強い気迫による指示に神通は拒否なぞできる勇気なく、強引に旗艦を引き継がされた。

 

 追われる人と神通たちの距離がだいぶ縮まってきた。神通は頃合いを見て近接通信機能でまずは音声通話を試みた。

 しかし、通話対象者には誰も表示されない。更新ボタンを何度押してもそこに表示されるのは五十鈴のみだ。

「あの……五十鈴さん。通話できる相手に、誰も表示されません。」

「は? そんなわけないでしょ。更新ボタン押した?」

 五十鈴の念入りな確認に神通はもう一度操作をするが、やはり相手の表示は五十鈴のみだ。検知されないことを再び伝えると、想定を口にする。

「もしかするとあの人のスマートウェアか艤装の通信機能が壊れてるのかもしれないわね。直接呼びかけて促すわよ。」

「(コクリ)」

 

「もしもーし! こちら、千葉第二鎮守府の軽巡五十鈴ですーー! 助けに来ましたので応答ねがいますー!」

 

 その時、件の人物の後ろの深海棲艦の目と思われる部位がチカチカと光った。

 

バッシャーン!!

 

 何かを発射したため、件の人物の傍に水柱が立つ。何度も攻撃される件の人物は応戦するタイミングがつかめないのか、反撃しようとしない。

「まずいわね。あの人反撃しないわ。」

「きっと……できないのでは?無理も、ないかと。」

 神通がそう口にすると五十鈴はコクンと頷き、そして攻撃の準備をさせた。もちろん件の人物を助けるためだ。

 五十鈴の暗黙の指示を神通はすぐに理解し、左腕の連装砲を構える。そして右腰につけていた魚雷発射管から一本魚雷を抜き取り五十鈴に手渡した。

「ちょっと想定と違うけれど、作戦開始よ。あなたはそのまままっすぐ、私はなんとか注意を引いてみるわ。深海棲艦が離れたらあなたはあの人を強引にでも傍に連れて、距離を開けて事情を伝えて。そして向かい直してきて。」

「はい、わかりました。」

 

 五十鈴は神通の背中をパンと軽く叩いた後、神通の2時の方向に向けて進んで離れていった。一人になった神通はゴクリと唾を飲み込み、挑むことにした。

 

 件の人物がどんどん見やすくなってきた。距離が縮まってきた。しかしまだゆうに100mくらいはあるため、まだその姿は月明かりに背中から照らされて黒黒としか見えない。近接通信もつながらないことがわかっているため、神通は恥ずかしがっている場合ではないとして意を決して叫んだ。

「あ、あのー! 私は軽巡洋艦神通です!助けますのでー!私が合図して撃ったら身をかがめてかわしてくださーい!」

 相変わらず返事も何もない。もはや相手が自分の意図に気づいているのを信じるしかない。きっと相手は自分よりも経験者・ベテランの艦娘だろう。自分の砲撃なんてかわして、うまく立ち回ってくれるに違いない。

 

「てー!」

 

ドゥ!ドドゥ!

 

 神通の放った砲撃が着弾する前に、件の人物の姿が突然消えた。突然のことに神通は気の抜けた声を上げる。

「へっ!?」

 もしかして当たってしまった? しかしタイミング的には着弾したとはいえない。ほどなくして深海棲艦の近くに水柱が立つ。

 焦った神通は件の人物に続いて深海棲艦3匹も迫っているにもかかわらず、速力を上げて迫った。

 

 それは五十鈴からも明らかな異変に思えた。追われていた人物が被弾したわけでもないのに急に倒れ込んで見えなくなる。何かがおかしい。今まで感じたことがない違和感が背筋を撫でる。脳を占める。

 通信対象として反応しない艦娘。

 艦娘?

 本当に艦娘か?

 人。本当に人だったのか?

 夜が更けてしまった海上という環境のため、そして自身らの状態のために叶わないとして入念な確認を怠った。もっと適切な方法があったのかもしれないが、それを取るべき案の選択肢として考えに入れなかった。完全に“人”だと信じ込んだ案しか思い浮かばなかった。

 倒れ込んだのではなく、潜水したと考える。

 その時、ふと五十鈴の脳裏に、以前川内が遭遇した“人”型なる深海棲艦がよぎった。あのときは表向きは心配を表してみたが、心の奥底では戯言かと実のところ川内を信じてはいなかった。

 しかし今は川内に謝りたい気持ちでいっぱいだ。五十鈴は大声で叫んでいた。

 

「急いで離れなさい神通!!それ以上近づいてはダメよーーーー!!!」

 

 神通は爆速で進んでいたため、五十鈴の叫びにきづいて振り向いたときは、あと15~20mというところまで迫っていた。そして神通の到達予測ポイントの海面から、突然浮かび上がる人影があった。

 

ザバアアアァ……

 

「えっ?」

 

【挿絵表示】

 

 

 停まる勢いを止められず、神通はその現れた人影に体当たりする形で飛び込んでしまった。

 

 

--

 

「神通ーーー!!」

 

 速力を数段飛ばして上げ、慌てて駆け出す五十鈴。その視界には、両腕の前腕が砲身になったような、あるいは小型の深海棲艦を取り付けたような前腕を持つ人型に抱きかかえられる神通の姿があった。

 

「は、離して……!」

 

 神通を睨みつけるその目は、上まぶた部分から眉間にかけてゴツゴツした盛り上がりがあり、月明かりだと黒い形状としかわからない。口からは生臭い悪臭が吐かれる。その息をモロに鼻先に浴びて思わず神通は嘔気を催す。

 しかしそんな瑣末なことよりも、神通は目の前の人型の異形に別の感覚を抱いていた。

 

((怖い!怖い!怖い!))

 

 恐怖感が急激に増す。神通は初めて間近で見る人型の深海棲艦に、拒絶反応を示してもがくのが精一杯だった。しかしそのもがきは人型には全く通用していない。

 そして神通の間近で人型が僅かに尖った上下顎をクパッっと開け、獰猛な唸りをあげた。

 

グガアアアアアアアァァァァ!!!!!

 

 

「ひっ!?」

 

 神通は引きつらせた顔から涙を溢れさせついに泣きわめき始めた。

「うああああああああぁぁ!!!! パパァーーー!ママァーーーー!!た、助けてええええぇぇぇぇーーー!!」

 

 その鬼気迫る悲鳴は5~60m離れた五十鈴の耳に、まるで至近距離で泣かれたのと同じ程度の声量と迫力で届いた。その恐怖を思わず共有してしまった五十鈴は耳をふさいでたじろぎ、先ほどとは打って変わって弱々しく名を呼ぶ。

「じ、神通!」

 

 足が完全に停まってしまった。まったく動かない。主機に命じて最大の速力である速力リニアで急発進したくても思考が働かない。

 まずい。神通が感じている恐怖につられている。同調したときに効果が出ているはずの、恐怖が洗い流される感覚がまったく起きない。身震いがする。アレは深海棲艦として格が違うとでも言うのか。

 五十鈴は恐怖で固まりつつもそう冷静に自己分析した後、自分を奮いたたせた。

「あぁもう五十嵐凛花! あなたは軽巡洋艦五十鈴でしょ!最初に提督に頼られた軽巡艦娘でしょ! 動け!私の足動けええええぇ!!」

 

 五十鈴はライフルパーツを落としたことをきつく呪った。足が動かなくてもこの距離ならば狙撃できないこともない。神通には艦娘自体の攻撃を確実に弾いてかき消すバリアがあるから問題ない。

 ふと、魚雷を思い出した。魚雷発射管はコアユニットと通信不可のため使えないはずのため、仕舞う用途として使おうとしていた。

 鎮守府を出たときに装填していた分は連戦ですでにうち尽くしていたため、右腰の水平に伸びる魚雷発射管には、神通から受け取っていた魚雷一本しかない。

 そういえば、那珂はエネルギー波を噴射している状態で手に持って投げていた。しかし自分は支給されている制服の構造上、そんなふうに魚雷を扱うことはできない。かと言ってこのまま投げても魚雷は起動せず沈むだけ。どうにか魚雷を起動させねば。魚雷発射管・コアユニットと通信して認証できれば通常通りに魚雷を使えるはず。

 五十鈴は唯一の魚雷が入っている魚雷発射管の、操作部のあるボタンを何度も押す。使えろと何度も願って押すが一度壊れた装置は働かない。

 右がダメなら左腰の魚雷発射管。

 

ブーン……

 

 やった! 生きてる!

 五十鈴が左腰の魚雷発射管のあるスロットに魚雷を差し込み、ボタンに指を添えると、わずかに起動音がした。これなら手で投げなくても、普通に使える。魚雷のコースも指定可能だ。五十鈴は幸運を天に祈ろうとしたが、それよりも目の前の危機を最優先してまっすぐ目の前を見据える。人型がまだ叫びをあげている。神通はもはや発狂しているのか、ジタバタもがいて止まらない。

 

「待ってなさい。今助けるから……あなたにもらった唯一の魚雷で。……てーーー!」

 

 

ボシュ……ザブン

シューーー……

 

 

 神通はもがいている最中、視界の右端に緑色の発光体を見た。その一瞬、冷静さを取り戻した。もがくのをやめて人型を抱きしめ返す。無論、これから起こることを確実にするためだ。神通は魚雷の主の意図を理解できていた。

 

グガッ?

 

「の、逃しません。一緒に食らって、ください。」

 泣きはらして乱れた顔だが、意志強く人型を睨む神通。同調してパワーアップした腕力の効果を最大限活用して人型の脇腹に相当する部分を掴む。

 神通の行動に戸惑った様子を見せる人型。そして逆に離れようもがき始めた時、五十鈴の放った唯一の魚雷は人型と神通の真横1mで爆発した。

 

 

ドガアアァァァン!!!

 

グガアアアアアアアァァァァ!!!!!

 

 再び吠えたける人型。しかしその哮りには悲鳴じみた感情が混じる。両者とも爆風に煽られて逆方向によろけ、互いを掴んでいた力を瞬時に緩める。人型は神通を押し飛ばすように掴んでいた前腕を離し、強制的に距離を取った。神通は弾き飛ばされ、右肩から海面を柔道の受け身を取るように転がる。海面から顔をあげた神通は人型の居場所を視界に捉えると、足に装備した主機の浮力を調整して海面をジャンプして空中で姿勢を整えた後、五十鈴の方へ駆け出した。

「五十鈴……さん! ありがとうございます!」

「爆発に巻き込んでしまってゴメンなさい。無事?」

「(コクリ)」

「それじゃあ全速力で逃げるわよ!!」

「は、はい!!」

 

 二人の頭の中は、この状態では勝ち目はないという判断で一致していた。五十鈴はもはや攻撃の術を持っておらず、神通は冷静さを一瞬取り戻したとはいえ間近で恐怖を植え付けられていたため、逃げることしか頭にない。

 速力リニアをイメージし、二人は激しい航跡を立てながら海上をダッシュし始めた。

 

 

--

 

 どのくらい経ったのかわからない。

 無我夢中で逃げ続けていたため、どの方角を目指しているのかわからない。背後から人型そして通常の海洋生物型3匹が猛然と追ってきており、頻繁に砲撃をしてくる。二人は深海棲艦から完全に獲物として捉えられていた。

 体液の砲撃は神通と五十鈴の制服を溶かしたり、海水に触れて数mの水柱を立てるほどの爆発を起こしたりと様々な効果があった。

 4匹の深海棲艦は、二人の背後を恐怖のアドベンチャーアトラクションばりに演出していた。神通たちはジグザグに蛇行したり、突然方向転換するなどして直撃を防ぐ。忙しいために速力を調整している暇なく、スピードと勢いに任せた回避運動で強引に避け続ける。

 ときおり背後を見る。すると何回目かの振り向きで、その前に見たときよりも4匹の姿形の大きさが増していることにようやく気づいた。速力を確認すると、最大速力を出しているつもりが二人とも速力バイクたる15ノット前後に落ちていた。

 

 何かがおかしい。

「ねぇ神通。私の嫌な予感言っていい?」

「(ゴクリ)」

「燃料がさ、もしかしてヤバイのかしら? アプリで状態確認するのが怖いのだけど。」

「わた、私も怖いですけど……私が確認します。まだ武器が残っている私が。」

 そう言って五十鈴の不安を一手に引き受けて神通はスマートウォッチの画面で艤装のステータスアプリを起動して確認した。

 

弾薬=少(24%)

魚雷(エネルギー/本数)=32%/2本

燃料=少(21%)

バッテリー=55%

艤装の健康状態=小破(67%)

同調率=85.16%

バリア=13 / 13 Enabled

 

 やはり連戦が響いていた。日中に一回補給したとはいえ、初めての大量の移動と連戦そして疲労により、そして後半は無駄な動きが多かったためかと神通は思い返した。五十鈴に言葉ではなく頭を振って内容を暗に知らせる。

 そこで初めて五十鈴は自分の状態を確認した。

 

弾薬=微(5%)

魚雷(エネルギー/本数)=0%/0本

燃料=少(15%)

バッテリー=34%

艤装の健康状態=大破(28%)

同調率=88.63%

バリア=4 / 12 Enabled

 

 五十鈴は想像以上の自身の危険さに愕然とした。律儀に神通に自身の状態を発表して思わず愚痴る。

「ハハ……弾薬エネルギーが5%とか、何の気休めにもならないわよね。ここにはライフルパーツがありませんよって表示されないし。あと自分が大破って実感ないけれど、私の五十鈴の艤装はどうやら限界に近いみたい。精神的にクるわねこの事実……。」

「五十鈴さん……。」

「私ね、ここまでの状態になったの初めてなの。なんていうのかしらね。初めて感じてるわ。死ぬかもしれないっていう怖さ。」

 あの強気の先輩五十鈴がここまで弱気になっている。この状態を抜け出せない焦りも相まって何も作戦が浮かんでこない。ここはまだ戦える自分が奮起して守ってあげるべきなのに。

 そう思えば思うほど焦りもまた募る。

 このまま速力を上げて頻繁に動けばそれだけ燃料を費やす。艤装の各パーツの動作を検知して全身と通信するコアユニットもバッテリーを食う。

 なるべく最小限の動きで避け続けて安全な場所まで逃れるべきだ。

 

 自身らの現状の危機の再認識が、二人に冷静さを完全に取り戻させた。これ以上危険に陥らないためにも、互いで支え合ってこの逃走劇を成功に導かなければならない。

 神通と五十鈴は改めて意識合わせをし、二人ながら陣形を整えた。まだ比較的健康で牽引できる神通が先頭で針路を見据え、五十鈴は一人分右後ろに立ち、背後への監視の目となる。

 

 

 二人はがむしゃらに動き回るのをやめた。一旦針路を西取り、ある程度進んだ後、急速に回頭して反転し、一路そのまままっすぐ陸地を目指す。あとは全速力で千葉のどこかの砂浜に飛び込めば、深海棲艦を撒きつつ彼の者たち上陸できない場所で安全を確保できる。

 

「それじゃ前方は任せるから、後ろの監視は私に任せて。」

「はい。」

 神通は右手で五十鈴の左手と握りあって彼女を引っ張って進み始めた。

 神通は基本まっすぐ進む。五十鈴からの指示があり次第回避運動をするのだ。五十鈴は後ろを向き、深海棲艦たちの攻撃を確認した。

「2発きた!右に避けて!」

 神通は意識と体を右に傾け、航路を緩やかに右にずらす。牽引されている五十鈴も自然と右に移動する。

 

 直後、

 

バッシャーン!!

 

と、五十鈴の10m左後方に2本の水柱が立った。

 

 間髪入れず次なる砲撃が二人に向けられる。

「次やや幅広く2発くる!左へ10mほど避けて!」

 

バシャバシャーーン!!

 

 次の砲撃は、二人の左右7~8mほどの横に水柱を発生させる。

「まずいわね。あいつら、かなり狙いがよくなってきてるわ。あいつらからすると、夾叉ってところかしらね。」

「だとしたら頭良すぎませんか? あの人型のせいでしょうか?」

「さあね。直撃を狙われる前に、そろそろ反転しましょうか。」

「(コクリ)」

 

ドゥ!

 次に人型が撃ってきた。明らかに異なる音。さながら艦娘たちの砲撃音だ。五十鈴はすぐに背後を見ると、砲撃による何かは五十鈴の真後ろ数mまで迫っていた。

「きゃああ!!真後ろ真後ろ!どっちでもいいから急いで大きく回避!!」

「え、え!?」

 

 五十鈴の慌てた指示に神通は戸惑いつつも、急いで右に体を大きく動かして移動する。人型の砲撃は五十鈴の回避後の位置の1mほぼ真左に着水し、破裂して今までより水柱を立てる。着水して破裂した何かが飛び散り、五十鈴や神通の艤装にカツンカツンと当って響く。

 神通は声を上げて五十鈴に進言した。

「もう反転しましょう!次狙われたら……!」

「わかったわ。いちにのさんで、真横にジャンプするわよ。転んでもいいからとにかく反転して前に進むこと。いいわね!?」

「はい!」

「いち、にー、のー……さん!!」

 

 五十鈴の合図で、神通と五十鈴はしゃがみ、側転するかのごとく体をバネにして思い切り真左に飛びのけた。二人は低空で姿勢を反転させ、姿勢をギリギリまでかがめて着水時に起きるであろうバランス崩しに備える。

 

ズザバアアアァァ!!!!

 

 

 勢いとスピードに乗っていた二人は真横に一気に10mほど移った。深海棲艦3匹はあっという間に通り過ぎ、神通たちの行動にすぐに反応できずにさらに数十m進んでいく。

 五十鈴は背中から腰にかけての艤装の重みによってバランスを崩し、着水したと同時に何回か横転する。神通は最初に受けた衝撃に逆らわず流れにまかせてジャンプしたため、当初想定していた位置からは少々後退する形になったが、無事航行を再開することができた。

 しかし、傍に五十鈴がいないことにすぐに気づく。

 

「あ、五十鈴さん!」

 

 

 神通が気づいて反転して戻ろうとしたとき、一匹の深海棲艦の個体が二人の間の海域から姿を現した。

 

 

ザバアアアァ

 

 その個体は浮かび上がってすぐ五十鈴の姿を捉えたのか、後方にいる形になる神通など気にも留めず、五十鈴めがけて突進していく。

 

 まずい。

 

 突然過ぎて神通は腕に装備している主砲パーツで狙うことを忘れて駆け寄ろうと体を前に動かす。しかし絶対間に合わない。

「五十鈴さん!逃げてー!」

「くっ……!?」

 

 五十鈴は紙一重で深海棲艦の突進をかわし、再び肩から海中に身を沈めつつも、急激な浮力を発生させてその勢いでジャンプして宙で体勢を整える。

「五十鈴さん!早く早く!」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 五十鈴がようやく正常な姿勢で神通に向かって移動し始めたその時、聞き覚えのある口癖の一声が響いた。

 

「見つけたっぽい!!」

 

「「夕立(さん)!?」」

 

 二人の視線が交差する先にいたのは、駆逐艦夕立だった。

 

 

--

 

「はーい!やっと見つけたよ二人とも。あたしが先に助けにきたっぽ……ん???」

「助かったわ夕立。って、どうしたの黙って?」

 五十鈴が尋ねると、二人に駆け寄って合流した夕立は普段の素っ頓狂に元気な返事の直後、急に目頭を抑えて五十鈴の後方を睨みつける。

 

「な、何あっちにいるやつ……。一匹だけ、見ようとすると目が痛くなるほどくっきりっぽい。うぅ~~~何何!?」

「やっぱり……あいつ相当強いのね。」

「夕立さん。全部で4匹に追われてるんです。暗視能力の反応はどうですか?」

「だから痛いの! 見てると一匹だけ目が痛くなるの!! あ、あ! なんか急に大きくなってきたっぽい。近いよ!!」

 

「もう追いついたの!? 私が転んでしまったからだわ。ゴメンなさい。」

「謝らないでください……。あの、夕立さん。来てくれたってことは、もしかして那珂さんたち、来てますか?」

「う、うん。来てる……よ。あぁ!もうダメ!」

 

 目頭を抑えっぱなしの夕立はついに我慢できず、ジャンプして反転し、神通と五十鈴を置きざり気味に、元来た方向に逃げ始めた。

「あ……待って!」

「待ちなさい夕立!」

 とるものもとりあえず二人は夕立を追いかけ速力を上げて前進し始めた。無論、4匹の深海棲艦から逃げるためでもあった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三人の戦場

 突然聞かされた仲間の危機に那珂達の間に動揺と不安が走る。その緊張感が沸騰した時、それは助けたいという熱い想いと行動の源となる。鎮守府Aの艦娘は皆仲間のために立ち上がる。


 急な知らせを聞かされた会議室の艦娘たちは、ザワザワとし始める。特に那珂たち鎮守府Aの面々は思い当たるフシがあるために全員でその海尉に詰め寄って問いただす。

「うちの艦娘二人が交戦中ってどういうことですか!?」

「詳しく教えていただけますか?」

 那珂に続き、提督代理の妙高が珍しく感情的に詰め寄って説明を求める。傍には理沙が立ち不安そうな表情をしている。海尉は二人をなだめながら口を再び開いて説明をした。

 その説明を聞き終わるや否や、那珂と川内は誰よりも激しく沸き立って反応した。

 

「神通。確かにそう名乗ったんですね。」決まりの悪そうな表情を浮かべる妙高。

「ねぇ那珂さん、早く助けに行きましょう!? 15分前って今からするとさらにヤバイ状況になってますって!」

「那珂さん、僕からもお願いします。神通さんが、とても気になるんです。」

 異常に慌てふためく川内に続き、静かながらも表情は今にも泣きそうな不安定な感情を浮かべて懇願する時雨。不知火も同様に前に出て言葉を発さない懇願の表情を浮かべる。他のメンツもそれぞれ心配そうな色を浮かべていた。

 那珂は妙高に向かい直し、全員の思いを整理して発言した。

 

「妙高さん。神通ちゃんと五十鈴ちゃんを助けに行きましょう。これは他の誰でもない、あたし達で行かないといけない任務です。」

 那珂の真剣な顔を目にし、妙高は一度目を瞑り、溜息でない整えるための呼吸を僅かにした後、那珂を見つめて言った。

「わかりました。提督代理として指示を致します。那珂さん。編成後、ただちに神通・五十鈴両名の救出に向かってください。あとの責任は私が取ります。それから理沙と五月雨ちゃん。」

「は、はい!」「はい!」

「五月雨ちゃんは秘書艦として残って下さい。理沙あなたはまだ艦娘ではないけど、五月雨ちゃんと一緒に秘書艦として私の右腕になって。館山基地の司令部に報告しに行きます。」

 妙高の鋭く真剣味溢れる表情による指示に、五月雨と理沙は背筋を伸ばして返事をした。那珂たちも全員真面目に返事をし、五月雨以外のメンバーはすぐさま部屋を飛び出そうとする。

 その時、遠巻きに話を窺っていた様子の神奈川第一の天龍たちが声を掛けてきた。

 

「なぁ、あたしらも行こうか?」

 天龍の提案に、残っていた神奈川第一鎮守府の艦娘たちもウンウンと頷く。それを耳にして那珂は柔らかい笑顔で天龍に言った。

「ありがと。気持ちだけ受け取っておくよ。これはあたしたちがやらないといけないから。二人とも、あたしの大切なお友達だし、仲間だし。」

「いやそりゃ気持ちはわかるけどさ、もう夜だし、絶対6人だけじゃやべーだろ。素直に頼れって。あたしたちは隣(の鎮守府)同士じゃん? こっちには霧島さんたち戦艦もいるし、空母の赤城さんたちもいる。あたしらがいれば負けねーぜ。なぁみんな?」

 天龍が背後へ振り向き同意を求めると、言葉を引き継いで霧島が那珂に近づいてきた。

「同じ観艦式に出た仲間じゃないの。どうかお仲間の救出、私達に手伝わせて。」

「霧島さん……。」

 那珂は迷っていた。確かに心強い。しかし那珂の心の奥底では、自分たちの危機は自分たちで乗り越えたい。そう強くあった。そうでなければ、自分たちのためにならない。

 那珂にとってはこの危機でさえ、自分たちの教育のチャンスであった。

 しかし思いとは別に、焦りもある。

 

 艦娘関連で初めて出来た同じ軽巡洋艦担当という関係で親友、五十鈴こと五十嵐凛花。

 同じ高校で将来有望、大切に扱いたく、自身の傍にいてほしい、かわいい後輩神通こと神先幸。

 死なんて考えたこともなかった今までの甘い捉え方。同じ場にいなくて初めてそれを現実の恐怖として感じる。もし二人が死んでしまうようなことがあったら?

 本当は心配で心配で胸が張り裂けそうだった。

 しかし感情に身を任せすぎてはいけない。那珂は急を要するという事態の優先度を考えた。数十分に感じられる2~3秒葛藤し、口論している時間の無駄、そして焦りと死への恐怖が自身らのプライドに勝った。

「うん。お言葉に甘えちゃう。ただし、あくまでもうちらが主導でやらせて。」

「オッケィ。了解よ。こちらは支援艦隊とでもいえばいいのかしらね。天龍、いかが?」

「ん?あぁ、いいぜ。パパに伝えに行こうぜ。」

 那珂の言葉に霧島が素早く反応する。そして同意を求められた天龍は快諾し、ここに両鎮守府の共闘が成立した。

 

 話をとりつけた那珂は海尉に案内を願い、艤装を保管してある施設へと急いだ。妙高と五月雨そして理沙は司令部のある部屋へ、霧島は天龍そして鹿島を伴って駆けていった。

 

 

--

 

 那珂は途中で明石や数人の艦娘関連の技師と思われる人の集団と出くわした。

「あれ、どうしたんですか皆?」

「実は……」

 那珂は急ぎたかったので内容を思い切り簡潔にして伝えた。内容と意味がしっかり伝わっているかなどもはや気にしている余裕はない。しかし明石は那珂の説明で理解できたのか、真面目な顔に戻って近寄って声を掛けてきた。

「そういうことですか。わかりました。でしたら私も手伝います。」

 明石の快諾を得た那珂たちは連絡のため現れた別の海尉が運転するジープに乗り、基地を縦断して艤装の保管施設へと向かった。

 

 

--

 

 艤装を受け取って各自装備し始めた最中、那珂と川内はあるものを手にした明石に話しかけられた。

「お二人にはコッソリお伝えしておきますね。実は新装備を作ったんです。」

「「新装備?」」

 那珂と川内は声を揃えて聞き返す。

「えぇ、まだ試作機なんですが、機能テストでは合格判定をもらったので、きっとお役に立てるはずです。」

「これは……偵察機?」

 那珂が素直に尋ねる。一方で川内はその物体をマジマジと眺めている。

「と言ってもただの偵察機じゃないですよ~。夜や暗がりでも見えるよう、撮影映像の視認性を高い高感度のカメラに交換したんです。」

「でも……艦娘の艦載機の操作って、夜は環境や人体の影響のためにむかないんじゃ……?」

「へぇ~。本当に夜でも使えるんすか?」

 那珂と川内は揃って新装備に対する心配を口にする。そして川内は穴が空くほど見ていたが、顔は偵察機の側にありながら視線だけを明石に向けていた。二人の疑問を受けて、明石は意味ありげな笑顔を浮かべる。

「そこはホラ。この技術お姉さんを信じなさい。」

「アハハ。技術お姉さんって~。」那珂がケラケラ笑う。

 明石もつられてクスクス笑いをこぼすが、すぐに真面目な顔になり、申し訳なさそうに言った。

「こんな緊急事態でなんですけれど、お二人が実地でテストしてくれると助かります。夜でも偵察機が使えるとなれば、いろんな任務が捗るはずですから。」

 明石の気持ちを察した那珂は頭を切り替えて彼女の言葉をフォローした。

「うん。まぁ、目が増えるのはいいことだよ。それだけ敵と神通ちゃんたちの捜索が捗るし。」

 

「うんうん。那珂さん、そーいうときは索敵って用語を使えばバッチリですよ。」

「さくてき……それもゲームか何かで得た知識?」

「はい。でもれっきとした軍事用語の一つですよ。この偵察機、旧海軍に当てはめると、九八式水上偵察機ってところですかね。まぁ形は全然似てないし機能も役割も違うかもですけど。」

 川内のいつもの偏った博識ぶりに那珂も明石も苦笑するしかない。

 

「それじゃあその新装備はせっかくだから川内ちゃんにお任せするね。暗視能力がある川内ちゃんのほうが、きっと良いテストになると思うし。」

「そーですねぇ。そうしてもらえると、今回の川内ちゃんのデータで、今後よい改修が行えるかもしれません。」

「ち、ちょっとちょっと待ってよ二人とも。あたし、艦載機の操作苦手なんですよ!?」

「そこはホラ。技術お姉さんの今後の昇給とか諸々を助けると思って。ね? 開発物に成果が出れば、会社からも査定に良い影響が出るんですよ。」

「え~~~。明石さん、なんか私情交えてません? まぁ、いいけどさ。」

 明石の眉を下げた苦笑顔に、川内は気が削がれたのか諦めて夜間偵察機を受け取ることにした。しかしただでは終わらせない。那珂に向かって釘を刺す。

「ねぇ那珂さん。これあたしが使うのはいいんですが、フォローしてくださいよ。艦載機飛ばすと、あたしその後多分絶対移動できそうにないっすから。それからもしヤバかったら即交代。」

「フフッ。りょーかい。」

 後輩の泣き言に快く了解する那珂だった。

 

 

--

 

 那珂たち6人が自衛隊堤防から海上に降り立って出発した頃、本部庁舎では、妙高と五月雨・理沙が、村瀬提督と館山基地司令部の数人の幕僚長に事態を報告して話し合っていた。そして霧島たちの意向を村瀬提督は理解したのか、支援艦隊として出撃することを許可した。それは館山基地の司令部としても追認された。

 支援艦隊は旗艦霧島として、那智、足柄、暁、雷、電が編成を指示された。天龍は自分が入らなかったことに腹を立て、父である村瀬提督に詰め寄った。村瀬提督はいたって冷静に、日中の哨戒任務で旗艦として任務を果たしていることを筆頭の理由に挙げ、頑として娘の参加に首を縦に振らなかった。

 加わることができなかったため、腹いせと励ましを兼ねて天龍は暁に声をかけ、背中を(物理的にも)強く押して発破をかけ、待機を命じられた他の艦娘たちと共に鼻息荒くして去っていった。

 

 

--

 

 那珂たちは速力を電車つまり約25ノットまで上げて一気に進んでいた。本物の艦船であってもかなり高速航行になり、船首船体の形状によっては波による浮き沈みで衝撃がある。艤装のバランス調整機能が効いているとはいえ、それは艦娘という人の身であっても同様である。

 那珂たちは時折海面から足を浮かし、瞬時に海面に落ちてその身を揺らす。しかし艦娘の艤装効果により転倒するところまではいかず、那珂たちは移動することに集中できている。そして6人の頭の中には、神通と五十鈴をなんとしでても早く助ける、という目的が海上で身を跳ねさせることへの不安を勝っていた。

 

 さすがに25ノットで飛ばすと、館山基地から浮島までの直線とパス上の計算で約15km航路は、14~5分ほどでこなすことができる。しかし旗艦の那珂はそのままストレートに行くことを考えていない。

 途中で速力減を指示した那珂は、大房岬を通り過ぎる途中で合図して完全に停止し、後ろにいる川内たちに顔を向けた。

「なんで止まるんすか? 神通たちのピンチなんですよ。早く行こうよ!」

 同僚の絶対的な危機に焦りを隠す気がない川内は敬語を使ってはいたが、声を荒げて那珂を急いた。

「うん、一度冷静に状況を把握したくてね。あたしも結構焦ってたから。みんな、ちょっとだけいいかな?」

「はい。」

 時雨に続き、川内以外の他のメンバーは素直に返事をした。しかし、那珂が一番返事をもらいたかった川内の声が続かない。

「川内ちゃん?」

 那珂は川内の顔を覗き込むように身をかがめて近寄る。夜間であることと、探照灯は進行方向に伸ばしているため、両名の顔は艤装のLED発光による灯りでしか照らされない。

「はぁ。わかりました。わかりましたよ。大体那珂さんの行動が正しいんでしょ。はいはい。従いますよ。」

 そうぶっきらぼうに返す川内に那珂はイラッとしたが、それを表に出さずに話を進めることにした。

 

「まず川内ちゃんは、偵察機を飛ばしてこの先の海域を確認して。昨日の今日だし、もしかしたらまだ近くに余計な深海棲艦がいるかもしれないし。ある程度飛ばしたらオートで戻して。その間にちょっとずつ移動するよ。あたし達は川内ちゃんを取り囲むように円陣を組むよ。それなら川内ちゃんでも大丈夫でしょ?」

 那珂が自分を、しかも下手くそ操作しかできない自分の艦載機に頼ってくれるという事実に、川内はコロッと態度を変え全身で喜びを表した。

「那珂さん……あたし偵察機本当に飛ばしていいんですね!? あたしの索敵に頼ってくれるんですね!?」

「まぁね。それにせっかく夜間でも問題なく使えるって明石さんが言ってくれてるんだから、使ってあげないと。サクッと空から捜索しちゃおーよ。海上からは夕立ちゃんと、レーダーを装備してる不知火ちゃんが先頭に立って警戒しながらゆっくり進んでね。」

「はーい!」「了解しました。」

 

 那珂の指示で全員陣形を変更した。中央に川内が位置取る。早速川内は新装備の夜間偵察機を、右腕にとりつけたカタパルトパーツに設置して飛び立たせた。先頭を任された夕立と不知火は、まずは速力歩行、5ノット前後を保ってゆっくりと前進し始めた。那珂たちは、川内が移動しながらの艦載機操作をこなせないために、無防備状態の彼女を警備するように三方に立っている。

「よし。なんとか飛び立てた。……うっく、頭いてぇ~目がシパシパするぅ~! そして暗ぇ~!」

「川内ちゃん……黙って操作できないの?」

「いや、あたし艦載機操作するの、訓練以来なんですよ? それにあたしにも落ち着いて操作するやり方ってもんが……うわぁ~落ちる~~~!上昇上昇!」

 独り言をブツブツ口にしながら艦載機を必死に操作する川内を見て、那珂は仕方ないかと半ば強引に自分を納得させ、おとなしく見守ることにした。

 その後安定したのか、川内の独り言の音量はかなり小さくなっていた。その雰囲気は真剣そのものになったので、じっと待つ那珂そして二人の駆逐艦。

 

 やがて、川内が艦載機からの映像の説明をし始めた。

「……っと。とりあえずまっすぐ行かせるか。よし。今のところ、大房岬から先にはなにもなし。ちなみに、この夜偵からあたしたちを見ると、ジャギジャギのモザイクが動いて見えます。まぁまぁ見やすいです。でも明石さん、なんでこんなカメラフィルターかけたんだろう? ふつーに暗視したときの赤黒や緑黒の映像でいいのに……(ブツブツ)。」

「今あたしたちとはどのくらい離れてる?」

「え!? えーっと。わかりません。そーいう情報がまったく頭に入ってこないです。」

「何か適当な目標見定めてみて。距離感とかそういうの伝わってこない?」

 川内はその後黙り、しばらくして口を開いた。

「んー、とりあえず街の灯りっぽいの見てみたんですけど、全然ですね。」

 那珂は首を傾げる。駆逐艦二人は軽巡の二人が話している内容がわからず、目をパチクリとさせている。

「あぁゴメンね二人とも。駆逐艦は艦載機使えないからわからないだろーけど、艦載機を使うとね、目標にした対象物との距離とかいろんな情報がね、頭に中に浮かんでくるの。カタパルトパーツと艤装のコアユニットを通じてるらしいんだよね。」

 那珂の説明に続いて川内が現状をさらに説明する。

「基本訓練でやったときは、たしかに偵察機から見える情報やら見定めた建物との距離が浮かんできたんだけど、今回はそういうのがさっぱりなの。明石さん、さては何かしくじったなぁ~?」

「アハハ。ありえそ~。でも機械周りでは頼もしい明石さんにしては珍しいよね~。」

 那珂と川内は分かりあってコクコクと互いに相槌を打っている。時雨と村雨はポカーンとした様子を継続していた。

 

 那珂は対応策を言い渡して改めて川内に偵察を続けさせた。

「ん~じゃあまぁいいや。とりあえず一旦戻して。夕立ちゃんたちと距離空いちゃったからちょっと急ぐよ。」

「「「はい。」」」

 

 カタパルトへの着艦を脳波を通じて指示した川内は、偵察機からの映像や情報が途切れたのを確認してから、那珂たちに伝えて移動を再開した。ほどなくして夜間偵察機がチカチカと先端を発光させて合図を送ってきたのを目にした。川内がカタパルトのある腕を上げると、カタパルトのレーンのLEDが順に点灯しだした。その後川内は無事自動着艦した夜間偵察機を掴み上げ、一回目の偵察を終えた。

「ねぇ那珂さん、偵察機どうします?ただでさえあたし操作あぶなかったのに、距離とか情報がこないんじゃ、ゲーマーでもあるさすがのあたしでも無理ゲーてやつですよ。」

 

 那珂は、偵察機があればすぐに発見できると期待していたため、機能不備によって肩透かしを食らうと、考えを変えた。

「じゃああたしが使うよ。機能に問題あるなら川内ちゃんに無理に使わせられないもん。それにあたしなら移動しながら使えるから。川内ちゃんはお得意の暗視能力を使って周囲の警戒にあたって。とにかく急ぐことに方針変更!」

「「「了解。」」」

 その方針は、川内としては実のところ願ったり叶ったりであった。

 

 

--

 

 那珂は川内から夜間偵察機を受け取ると、早速自身のカタパルトパーツに設置して放った。やや鈍い反応を見せながら以後の艦隊の指揮を川内に任せると、艦載機の操作に注力することにした。

 川内は艦載機操作中の那珂の反応の鈍さを垣間見ているため、代わりに指揮をとり始めた。

「よーし。一旦夕立ちゃんたちに追いつこう。那珂さん、行きますよ。」

「(コクリ)」

 時雨と村雨は那珂の急に黙りこくるようになったその姿に違和感を覚えるも川内に倣って気にせず、那珂を守るように位置付いて航行を再開した。

 

 周囲を川内たち5人に囲まれながら、那珂はしばらく偵察機を進ませる。すると、数体の動くモザイクを発見した。

「み、見つけた、よ。あたしたちは南から来てるから……対象は左、つまり西に向かって移動中。2体を4体が追ってる。うん。下手なレーダーやソナーよりも、わかりやすいかも。けど艦娘なのか深海棲艦なのかまで判別できないから、それは……状況で判断するしかないかな。」

「まだまだ機能足りてないっすね。あとで明石さんに文句言っておこう。ゲームのバグは致命傷なんだから。」

「ハハ……川内さんは相変わらずですね。」

「またゲームに喩えちゃって~。」

 川内の言い草に時雨と村雨は苦笑する。

 川内はあわせてケラケラ笑いつつも、先頭を進んでいる夕立と不知火に確認する。

「おーい、先頭の駆逐艦~。索敵の状況はどうかね~?」

「ブー、名前で呼んでくれない川内さん嫌っぽい。」

「レーダー、前方100mから500mまで、反応なしです。もっと距離?」

 不知火が事務的に報告して指示を待つ。それには那珂が暗に答えるがしゃべりにまで神経を集中できないのかたどたどしく口にする。それを聞き耳立てた川内が正式な指示として口にした。

「2分強飛ばして……多分距離が……限界まで広げないと。」

「不知火ちゃん、レーダーの感度を限界まで広げろってさ。」

「了解。」

 

 不知火がレーダーの感度を最大にまで高めるとほどなくして、彼女から短い言葉で報告がなされた。

「320度の方向に3.5km、反応5つ。」

「5つ?6つじゃなくて?」

「はい。」

「またアレじゃないですかぁ。レーダーにもソナーにも引っかからない厄介な個体。」

 村雨がそう口にすると、皆ハッとする。

「あ~、そっか。その可能性は確かに。そうすると捉えられるのはあたしか夕立ちゃんだけか。どうします、那珂さん?」

「……ちょっと、待って。あれ? なんか1体が逆方向に動き始めた。あ、消えた?……お、元の集団のところに出てきた?なんか妙な動き。よくわかんね。とりあえず戻そう。」

 

 那珂は夜偵の帰還を自動にすると、すぐ顔を明るくし、川内たちの確認を改めて聞いた。

「ゴメンゴメン。えーっと、それでなんだっけ?」

「どうやら1体は、レーダーにもソナーにも引っかからなそうな個体みたいです。それでどうしようかって聞きたかったんです。」

 川内が改めて尋ねる。すると那珂はサラリと答えた。

「ん~っとね、川内ちゃん、あたしたちに指示して。今のあなたが旗艦なんだし。」

「え? いや、でもアドバイスくらいは。」

「それはもちろんするよ。今は急いで神通ちゃんたちの元に行きたいけど、他にも危険があるかもしれない。こういう時、あたしは慌てて助けに行くって感情的になるよりも、みんなの能力を活用して冷静に助けに行きたい。だからまずは川内ちゃんのゲーム由来の知識でこれからの戦況を見て動かして欲しいって思う。」

 那珂の言葉に、川内は反論する気がなくなる。時雨ら駆逐艦も黙って那珂の言葉を聞いていた。その中で、村雨が二人の間をフォローするように口を開いた。

「私も、どっちかっていうと、川内さんのゲーム知識を頼りたいですねぇ。今まで私達、提督から指示された出撃任務をこなすことしかしたことありません。誰かを助けに行くとか、そういう緊急の任務ははっきり言ってどうしたらいいかわからないですし。」

「うん。僕も同じです。今の僕達には那珂さんと川内さん、お二人だけが頼りなんです。その那珂さんが川内さんを頼るっていうなら、僕らも従います。ゆうも同じでしょ?」

「うん。あたしは川内さんを最初っから信じてるけどね。」

「(コクリ) 不知火も、従います。」

 

 川内は全員から暖かい視線を送られて、照れくさくなったのかそっぽを向いて後頭部をポリポリと掻く。視線は5人から外している。

「うー、なんかやりづらいなぁ。なんでみんなそんなに無条件に新人のあたしなんか信じられるんだか。まぁいいや。○○くんたちには負けるけど、あたしだって戦略ゲームやりこなしたゲーマーの端くれだ。ちょっと待ってね。色々思い出してみる。」

 ウンウン唸りながら考え込んだ川内は、やがて意を決して指示を口にした。

「まずは移動力の高い斥候ユニットを先に動かして敵を識別するのが定石なんだよね。」

「せっこうって?」

 夕立が素早く質問する。

「敵を調べに行く担当のことだよ。大体の戦略シミュレーションでは、斥候が敵を調査すると、味方の回避や命中率、地形効果がプラスされたりするの。」

「ふーん。それじゃあ大事ってこと?」

 川内が説明すると、夕立はなんとなくわかったのか、一言で確認する。川内はそれに言葉無くコクンと頷いて返事とした。

「なるほどね。その斥候っていうのは、あたしたちでいうところの、さっきあたしと川内ちゃんが使った夜間偵察機ってことでいいのかな?」

「そうですね。でもあれだけじゃ足りませんね。それは那珂さんだってわかってるでしょ?」

 川内が試すような口ぶりで問うと、那珂はクスリと笑って答えた。

「うん。足りないね。今のまま行ったんじゃ、情報が足りなすぎて逆にあたしたちが危険かも。かといってこのまままごついていられないしね。」

「そーそー。そうなんです。だから、ここは少数精鋭で本当に誰かに行ってもらうんです。」

 川内の提案に、全員ピクッと反応し、一斉に視線を送る。川内は5人をざっと眺めた後溜めてから口を開いた。

 

「夕立ちゃんと不知火ちゃんに、行ってもらおう。」

「あたし……たち?」

 夕立と不知火は顔を見合わせる。

「うん。二人はさっき見つけた方向と距離に向かってとにかく前進。夕立ちゃんの裸眼の暗視能力と、不知火ちゃんの持つレーダーで、敵の数や正確な情報をゲットしてきて。」

「りょ~かいっぽい!」

「了解しました。その務め、必ず果たします。」

 

 そして川内が合図をすると、二人はゆっくり発進、その直後一気に速力をあげて暗闇の海上に溶け込んでいった。

 

 

--

 

 二人の背中を見送った川内は、はぁと呼吸をし、那珂へ振り向いて言った。

「ここまではいいですかね?」

「え、うん。問題なっし。さて旗艦さん、残ったあたしたちはどーしますか?」

「あ。え~っと。うん。そうですねぇ。どうしましょう?」

 斥候・偵察ユニットを派遣した後の残りのユニットは、基本動かさずに放置してたよなと自分のゲームプレイ状況を思い返した川内。実のところその先はノープランだったため、途端に那珂に頼る気満々で聞き返した。

「タハハ……。もーちょっと先まで考えていてほしかったなぁ。やることはまだあるよ。一つは夕立ちゃんたちの報告を逐一確認する。二つ目は周囲の警戒。三つ目はこれから来る神奈川第一の支援艦隊との連絡。」

「うおぉ……やることありますね。よし。時雨ちゃん、夕立ちゃんからの連絡待ちね。後のやり取りお願い。那珂さんは神奈川第一の人との連絡頼みます。あたしと村雨ちゃんは、周囲を警戒しよう。」

「分かりました。」

「りょ~かい~!」

「はぁい。分かりました。」

 

 周囲を警戒(という名の単なる周回)していた川内は、しばらくして連絡を受け取った時雨から報告を聞いた。

「川内さん。ゆう達が発見したそうです。約300mまで接近、ゆうの能力でも緑黒の反応を4匹発見、位置関係を捉えたそうです。」

「よっし!」思わずガッツポーズをする川内。

「それで、そのまま助けに行っていいかって。どうしますか?」

「えっ!? ち、ちょっと待って。那珂さん!」

 川内は慌てて那珂の方を向く。すると那珂はちょうど別の通信をしている最中だった。

 

 那珂はこれから出発する直前だという霧島たち、それから館山基地にいる妙高達に連絡をした。一通り連絡し終わると、しばらくして再び霧島たちから通信があった。

「こちら支援艦隊の霧島よ。敵の情報を教えて。こちらのレーダーとソナーでは限界の4km周囲には何も発見できないわ。」

「今あたしたちは、南無谷崎の北1km付近にいます。ここから320度の方角約3.5km付近にて、うちの艦娘二人と深海棲艦が交戦中と思われる位置を捉えました。今、駆逐艦の二人に偵察のために先行して進ませています。」

「そう。こちらもしばらく前進し、あなた方の位置を捉え次第、また連絡するわ。」

「了解です。……え!? あ、ちょっと待って下さい。」

 

 那珂は突然肩をポンポンと突かれて振り向くと、そこには川内が通信はよ終われと急かさんばかりに迫っていた。那珂はスマートウォッチのマイク部分に指を軽くあてがい、川内に尋ねた。

「なに?」

「夕立ちゃんたちが神通たちを発見しました。300mまで近づいたらしいんですけど、このまま助けに行ってもいいかって。どうします?」

「え?マジ? えーっと、それじゃあ不知火ちゃんだけ戻ってこさせて。夕立ちゃんはその場に待機。」

「了解。夕立ちゃんはその場で待ってて。不知火ちゃんだけ戻ってきて。でもなんで!?」

 川内は那珂の言葉そのままを時雨に伝え、そのままの勢いで那珂に問い返す。

「不知火ちゃんのレーダーの結果を霧島さんたちに送りたいから。夕立ちゃんはそのまま現地の状況を見続けてほしいから。」

 そう口にすると那珂は通信を中断していた霧島との会話を再開した。

「ゴメンなさい。たった今うちの駆逐艦が対象を発見しました。ちょっと距離あってレーダーの情報もらえないので、彼女から受け取り次第そちらにも送ります。」

「了解よ。」

短い一言で霧島は納得し、通信を終了した。

 

 一瞬の慌ただしい連絡の応酬が落ち着くと、それぞれが懸念を口にし始めた。口火を切ったのは時雨だ。

「あの……那珂さん。ゆうを残したのはまずいと思います。」

「なんで?」

「そうそう。どうしてさ時雨ちゃん。」

 那珂の頭に浮かんだ疑問符に川内が疑問符を寄り添わせる。

「お二人はゆうのことを知らないので仕方ないと思いますが、あの娘は、我慢して待つというのが一番苦手なんです。」

「そーいえばそうね。ゆうが我慢できるのは、私達の誰か一人でもいればこそだもの。一人にしたら危険だわ。そこだけは那珂さんの判断ミスですよ。」

「うえぇ……んなアホな。だって普段の生活ならともかく仕事中だよ?」

 那珂のツッコミに時雨と村雨は頭をブンブンと振って那珂の想定を否定する。

 

 数分して不知火が那珂に連絡を入れてきた。と同時に夕立が時雨に通信を入れてきた。

「レーダーの結果、送ります。」

「あ、うん。こっちも不知火ちゃんを検知できるようになったからどんとこい~。」

 

「ねぇ時雨~!一人で寂しいしつまんないっぽい! 神通さんたち見てるだけなのヤだからもう行っちゃうよ。」

「えっ、ちょ! 待って待って! 今那珂さんや神奈川第一の人たち来るから!」

「答えは聞いてない!」

 余裕ある那珂の応対とは異なり、時雨の応対は激しい焦りを伴いながら終始した。時雨は振り向きすぐに友人の問題行動を報告する。

 

 

--

 

「嫌な予感的中です。我慢できなくなったようです。もう行くって……。」

「「え~~!?」」

 声を揃えて驚き呆れる那珂と川内。もはやこうなってしまったら止まって作戦を練っている場合ではない。

 そう決意した那珂は、川内にビシっと伝えた。

「こうなったら全員で行こう。途中不知火ちゃんを拾っていけば目的の場所着くだろーし。」

「いいや。那珂さんは神奈川第一の人たちに連絡を。まずは切り込み隊長的に行きますよ、あたしが。」

「え?」

 那珂たちの驚きの一言が出終わるのを待たずに、川内は主機をフル作動させ、周りへの波しぶきなど一切お構いなしにダッシュし始めた。

「てやーーーーー! 待ってて、神通ー!」

「ちょっと川内ちゃん! 旗艦はーー!?」

「なかさんにぃ~~任せまー」

 川内の叫び声は途中で途切れて海上を彷徨うように消えながらかろうじて那珂たちの耳にたどり着いた。

「い、行っちゃいましたね……。」

「あの人、やっぱり根本的にはゆうと同じなのね~。」

「あぁもう、川内ちゃんってば。仕方ない。あたしたちも行くよ。」

 頭頂部をポリポリと素早く掻きながらそう言って那珂は一時的に三人だけの単縦陣を作り、通信しながら移動することにした。

 

「霧島さん。詳しい情報送信します。」

「オッケィ。受け取ったわ。あなた達の位置も把握したわ。一人いきなり離れたけど、大丈夫?」

「え、アハハ。えーはい。大丈夫です。あたしたちも動いているので。」

 那珂が慌てて取り繕うと、霧島は必要以上に気に留めることはせず、その後の行動指針を伝えて通信を切った。

 霧島たちは大きく西に移動し、件の戦闘海域には、南西から突入するという。那珂たちはそのまま進むならその戦闘海域には東から入ることになるため、一応挟み撃ちが出来る算段だ。

 那珂たちは川内が進んだ方向に向けて移動開始した。途中、那珂は戻ってきた不知火と合流を果たし、事情を伝えて4人編成で目的の海域へと、それぞれの主機に頼み込んで猛ダッシュする。

 

 近距離を裸眼で察知できる期待の二人がいないため、那珂は逐一レーダーによる監視と報告をさせるべく不知火を頼った。そんな不知火の表情にはうっすらと笑みが浮かぶも、その笑顔はこの当然すぎる暗闇では誰の目にもつかない。

 那珂は一瞬、不知火の雰囲気に違和感を覚えたが特に気に留めず、彼女に監視と報告の仕事をただただ促すだけだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四人の見た結末

 その場に向かった川内が、友のために激情した神通が、五十鈴が、そして那珂が結末をそれぞれの目線で見た。東京湾の一角にて人型の異形の怪物との戦いの末に少女達が見たものとは。


 戦闘海域に近づいた時、川内はすでに神通・五十鈴両名と合流を果たした夕立を目の当たりにした。ただ、なぜかまっすぐ自身らの方に向かってくる。暗闇で明確に確認できないが、雰囲気からして恐怖かなにかで引きつっているのが感じられた。

「せーんだーーいさーーーん!助けてーー!後ろのーー深海棲艦ーー怖いっぽいーーー!」

 

 夕立を先頭にして、神通と五十鈴が並列で続いている。そして三人の後ろには、複数の光る目が迫っているのが視界に飛び込んできた。川内は目を一度閉じてカッと見開いてみる。緑黒の反応が4つ。確信を得た。あいつらだ。

 なんとかして3人を助けたい。思い切った行動が必要だ。

 こういう時、那珂さんならどんなことをするだろう?

 自身の考えと行動指針は基本的にはゲームや漫画・アニメ由来のものだ。対して那珂は、そのたぐいの趣味は凡人レベルと言っていたから、彼女の行動指針にそれらは影響を与えない・ありえない。そのため川内は那珂の考えが想像つかなかった。

 

 だったら好きにやってみるか。

 

 川内は従兄弟たちと見ていて好きだった特撮ヒーローをふと思い出した。男の子によく混ざってヒーローごっこした、懐かしい思い出。

 今ならごっこじゃなくて本物になれる気がする。そのためには川内の艤装ともっとフィットしないといけない。己の力量を理解しないといけない。那珂の以前の言葉が思考の波のはざまから見え隠れする。逃れられない存在、目指すべき理想の存在。

 

 川内は前方めがけて思い切り叫んだ。

「神通ーー!みんなーーー!今すぐ左右に分かれるかしゃがんでーー!!」

「えっ!?」

 忠告はした。あとは信じるしかない。細かい調整や注意なんて自分にはできない。

 川内は進みながら前のめり気味にしゃがみ、前に出していた右足を曲げて思い切り溜める。主機による浮力と推進力の反発のために膝がプルプルと震えるが我慢する。

 目の前の3人が急に左右に分かれた。それと同時に3人を追っていた頭目が明らかになった。

 

 あの時の人型に似てるが違う。しかしムカつく度合いは同じだ。あたしの大切な同僚を、親友を追い回して怖い目にあわせやがって。許さん。

「……ぃだあああああぁ~~~~キーーーーーック!!!」

 

【挿絵表示】

 

 川内は右足で海面を思い切り蹴り、身体が宙に浮かぶと同時に身をよじり左足を前方に伸ばして飛び蹴りの姿勢で低空を矢のように鋭く飛んだ。スカートが思い切り翻って下着が丸見えだったが、誰も気にするものはいなかった。

 

ヒュウウウウゥン……

ドグシャアァ!!!

 

 

 足にグシャリと何かを思い切り踏み千切ったような強烈な感覚と衝撃を得た。衝撃の反動で身体があらぬ方向へと回転し、衣服や顔にドロっとした液体が付着する。

 確かな手応え。

 川内は自分のキックが命中した相手を飛び越え、その後ろにいる残りの深海棲艦の列に着水した。勢い余りすぎてそのうちの一匹に体当たりする形でようやく止まった。

 

バッッシャアアアァァーーーン!!

 

「う……いっつぅ~。あたしどうなったんだ? ん? うおぉぉああ!?」

 川内が姿勢を直して海上に立つと、左右には深海棲艦がいた。なおかつ足元にはもう一匹。慌てて飛び退いて後ずさりすると、後ろから悲痛な叫び声が響いた。

「川内さん、真後ろです!!」

それは、神通の一言だった。

 手応えがあった。そのはずなのに、親友の一言で猛烈な恐怖を誘う影を背後に感じた。

 しかしそれを恐れ続ける気持ちは川内にはなかった。いたって冷静に、右腕を素早く背後に差し伸ばし、引き金を引いた。装着している4基の全砲門はまっすぐ手の甲とその先に向いている。

 

ズドドゥ!!ドドゥ!ドドゥ!

バァン!

 

 背後で炸裂した砲撃によって髪や頬を爆風が撫でる。敵がものすごく近くにいた証拠だ。

 命中したのを感じ取ると川内はその身を捻って強引に左に飛び退いた。そして背後へ振り向くと、そこには右腕の前腕がなくなり、代わりに左腕前腕と思われる異様な物体で自身を狙おうとしている人型の深海棲艦が立っていた。

 ゆらりとその人型が左腕をあげる。するとのこりの3匹の深海棲艦はチャプンと海中に潜った。

「え、何!?」

 川内のその疑問に人型が答えるはずもなく、代わりに獰猛な雄叫びを挙げた。

「グゴアアアアアアアアア!!」

「くっ!?」

 その声は不快な轟音と言ったほうが正しく、耳にした瞬間心臓を押しつぶされそうになるほど身体が震える。川内がそう感じたことは、神通らもすでに感じていたことで彼女らもまた、川内と同様に耳を塞いでしゃがみこんで必死に耐えようとしている。

 

 その場にいた川内たち4人が耳を塞いで耐えていると、海中に消えた3匹がその姿を現した。それは、川内の真下からだった。

 

ザバァアアア

ドンッ!

 

「うあっ!!」

 

ビュル!ビュルル!

 

 

 真下からの体当たりに続き、別の個体による何かの放出。液体状の物が川内のバリアを突き抜け、魚雷発射管や制服に付着する。その直後、魚雷発射管はシューという異音を立てるやいなや爆発を起こした。

 

ボガンッ!!

「がっ!!」

 

 腰にとりつけていたために間近で受けた爆発に、川内は腰回りの制服がビリビリに破け、素肌に熱と痛みを同時に感じてのけぞる。

 海中から姿を出した3匹が、再び何かを発射してきた。海面に着水して水柱を発生させるものもあれば、再び川内近くまで襲ってくるのもある。

 川内は敵の次弾をよろけ倒れ込むように辛くもかわし、態勢を立て直すべく敵と反対方向に進む。

「神通ー! だ、大丈夫!?」

「せ、川内さんこそ……大丈夫ですか!?」

「ちょっと待って今そっち行く。」

 五十鈴と神通に心配される川内が速力を上げて進もうとすると、人型が再び動きを見せる。

 人型はしゃがみこむと突然ダッシュし、川内に向けてそのごつい前腕を突き出してきた。

 

「ガアアアアアア!!」

 

 しかし川内はサラリとかわす。

「はっ!なんなのその遅いパンチは。てか深海棲艦もパンチなんてするんだ~。艦娘になって素早さも動体視力もパワーアップしてるのよ。……なめんなよ!」

 かわしてから少し距離を詰めた川内は、人型に向かって近距離で右腕の4基全門の主砲を一気に発射した。

 

ドゥ!ドゥ!ドドゥ!ドゥ!

 

 盾にできる右腕前腕がないために、人型は川内の砲撃をモロに受ける。エネルギー弾は、黒々とテカリを持つ、しかしところどころ人間の肌に近い表面にビシビシズバズバと当たり、部分部分を焦がし穴を開ける。人型はグルルと唸り声じみた悲鳴をあげる。

「うりゃうりゃ! おーい、神通に五十鈴さんに夕立ちゃん! 攻撃するも逃げるも今だよ!後からきっと那珂さんたちが来てるはずだから、ここはあたしに任せてもらってもy

 

ズドッ

 

「ぐほっ……」

 川内は砲撃しながら意識と視線を少し離れた位置にいる神通たちによそ見をしたため、刹那気づかなかった。人型の左腕前腕が自身の胸~下腹部に迫っていたことを。

 一瞬のよそ見が命取りになった瞬間だった。

 ボディーブローどころの話ではなく、身体の前面の広範囲に強い衝撃を食らった川内は鈍い声を発した後、ボールが投げられるかのようにポーンと後ろに弾き飛ばされる。

 

ザバアァァン……

川内の意識は完全に途切れた。

 

 

--

 

「!!!」

「川内!?」

「川内さぁん!!?」

 神通たちが月明かりに照らされながら目の当たりにしたのは、人型からボディーブローばりの一撃を食らい弾き飛び、力なく海中に沈もうとする川内の姿だった。

 

カチン

 

 それを目にした神通は、何かが外れる感覚を覚えた。初めての感覚。これまでの人生で、感じたことのない水準の感情のうねり。

 五十鈴を支えていた腕を彼女から離し、一歩、また一歩と一人で前進した。そして振り向かずに言った。

「夕立さん、五十鈴さんをお願いします。」

 静かな口調にもかかわらず、溢れ出て止まらない激しい怒りを纏った神通の要請に、頼まれた夕立はどもり間抜けな返事しかできない。

「えっ、ぽ、っぽい!?」

「神通!?どうするの?」

 五十鈴がややヒステリック気味な声で問う。すると神通は強い語気で言い放った。

「川内さんを、助けるんです!! わ、私がやらないと、いけないんです!!」

 五十鈴は初めて見る神通の気迫と意志の強さの表れに息を飲んだ。夕立も同様だ。五十鈴が自身の側で肩を掴んで支えている夕立にチラリと視線を向けると、口を半開きにして目を軽く見開いていた。

 制止などできるはずがなく、五十鈴はただただ神通の後ろ姿を見送るしかなかった。自身の大破状態が悔しい。

「ねぇ夕立。もうすぐ那珂たち、本当に来るのね?」

「え? ええと、うーん。多分。あたし最初にせっこー?というので離れたからその後のことはわかんない。」

 

 すぐに来て欲しい。

 五十鈴は那珂を待ち望んだ。こんな状況では、自身のプライドを優先させるべきではない。素直に那珂に頼りたかった。

 

((那珂、早く来て。あなたの後輩二人が……。二人を助けて!))

 

 

--

 

「や、やあああああああーーーーー!!」

 左腕を伸ばして前進した神通は、恐怖を跳ね飛ばすべく、掛け声を上げた。実際は蚊の鳴くような声によるものだったが、本人的には十分すぎる効果だ。

 

ドゥ!ドゥ!

 

 神通は左腕の2基の主砲パーツから、砲撃を行った。移動しながらの神通の砲撃は人型の側を素通りして誰もいない海面に着水した。小さな水柱と波しぶきが起きるだけだ。

 命中はしなかったが気を引くのには成功した。人型は、脛付近を残してほとんど海中に没している川内ではなく、砲撃してきた神通に鋭い視線を向ける。神通は一瞬目を目をしっかりと合わせてしまった。

 とても人間のものとは思えぬ目の鋭さ。というよりそもそも人間としてはありえぬ目の形をしている。やはり人に似ただけの完全に別の生き物なのだろう。

 艤装の効果は多分切れている。それは最初に会敵したときに思い知った。吐き気と頭痛がしてくる気がする。正直1秒でも見ていたくない。あの時は思わず恥ずかしい叫びをしてしまった気がするが覚えていない。

 しかし、今はそんなネガティブな感情よりも怒りが勝っていた。睨みで深海棲艦が殺せるなら殺してやりたい。神通はおどろおどろしく禍々しい目をした人型に負けじと睨み続ける。

 やがて完全に敵意の向け先を変えたのか、人型は神通に向かって唸り声を上げた。

 

グゴアアアアアアアアア!!

 

 心臓がキュンと縮こまる。もし溜まっていたら粗相をしてしまいそうだ。下半身に力を入れ必死に耐える。そして再び左腕を目の高さにまで上げ、砲身に視線を添えて人型に向ける。

 今度は外さない。

 化物であろうがなんだろうが、致命傷に陥るのはきっと頭だろう。神通は自分でも驚くほど自然に、ヘッドショットをするという思考に至っていた。目の前にいるのは、化物だけれど人に似た個体。しかし、そこにいるのは人に似ていながら、人の理性などかけらも無い、人を襲う・船を襲う・町を襲う・人類の生活を脅かす許しがたい害獣だ。

 神通にとって、これからの狙撃にはその捉え方の順序が大事だった。

 狙いすましながら神通はなぜか懺悔するように告白した。

「ママ、ゴメンなさい。幸は神通として、人生で初めて人に似た生き物を撃ちます。でもこれは私が願って入った世界だから。大切なお友達を……守るためだから!」

 

【挿絵表示】

 

 

 激しい波しぶきを巻き上げながら向かってくる人型。神通は静かに人型の眉間近くに狙いを定める。ズレてもズレても何度も照準を直す。己が動かないならば、どこを狙って撃とうがまったく問題ない。相手が動こうとも問題ない。その自信があった。

 

 後方から最も頼りたい聞き覚えのある声を聞き、そして左の遠くの方から艤装の点灯を見た気がする。しかしトリガースイッチを押す行為に全く影響はない。

 人型が自身の目前3mに迫った時、神通はトリガースイッチにあてがった親指を強く押し込んだ。

 出力サイズ小さく、しかしエネルギーを凝縮した弾が甲高い音とともに発射される。残り全ての弾薬エネルギーを込めんばかりの一撃を。

 その時、神通の同調率は初めて90%を超えた。

 

ドゥ!

ドッ……グモッ……パーーーン!!!

 

 まばゆいエネルギー弾の拡散とともに、目の前で何かが爆散した。

 勢いを殺せずもたれかかってきた人型の深海棲艦の巨体のため、神通は体当たりを食らった形になり後ろに吹っ飛ばされた。

「きゃっ!」

 その巨体に押し倒される形になった神通は勢いを利用して軽く身を捩ってどうにか巨体の倒れ込むコースから逃れる。月明かりに照らされて海面にバッシャーンと激しい波しぶきを立てて全身を浸す人型の姿があった。しかしその身体、首から先には、人(型)としてあるべきものがない。

 倒したことを脳がうっすらと認識して冷静さを取り戻す。そして気色悪い感覚があった顔や制服の胸元を手で拭って確認すると、ベットリと血がついていた。僅かな光でそれは黒っぽく粘着性の液体としてしか確認できなかったが、匂いと不快感で把握するのに十分だった。

 理解した瞬間、神通は勝利を実感する間もなく、足腰の力が抜け気を失った。完全に意識がシャットダウンする直前、もっとも聞き覚えがあり頼りにしたかった声が耳に辛うじて届いた。そのため神通は安心して気を失った。

 

 そして頭のない人型の深海棲艦だった物体は神通に駆け寄る艦娘たちの騒ぎの中、静かに左腕前腕に引っ張られるように沈んでいった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦術的勝利

 完全勝利とは言い難く。しかし確実な勝利を艦娘達は得た。後輩の精密な狙撃によるトドメを見届けた那珂は、敗れ去ってその海上に立っていない川内を探すことにした。


 那珂たちは川内を追いかけて可能な限り速力を上げて急いだ。途中レーダーで確認させると、状況に変化があったことを理解した。

「そっか。無事合流できたみたいだね。あたしたちも急ご。」

 那珂達が進んでいると、砲撃の音が空気を震わせて伝わってきた。全員が全員、その意味を理解するが誰かまではわからない。そのため砲撃音を耳にするや否や速力をさらに上げた。

 

((待っててね、神通ちゃん、五十鈴ちゃん。早まらないでよ……川内ちゃん。))

 

 そして那珂たちは肉眼でも五十鈴と夕立の背中を確認できる距離までたどり着いた。しかしその隣および見える範囲の周りに神通も川内もいない。

 

「神通ちゃん!!五十鈴ちゃん!!」

 

 那珂がそう口にして五十鈴と夕立の背後にようやく迫ろうとしたとき、再び砲撃音が周囲に響き渡った。

 

ドゥ!

 

 その直後、くぐもった音が一瞬響こうとした後、鈍い音が混じった乾いた破裂音が発生した。

 

 駆けつけた那珂はその目の前の光景を目にした時、すべてを理解した。

 後輩がやってのけた。自身もその気を感じたことがあるだけに、同じ現象が起きた艦娘を感じることができるのだなぁとただ漠然と、しかしハッキリと感じた。

 艤装の真の力を発揮できたのだ。本人が気づいているのか、そして周りの人間が気づけたのか知る由もない。

 おめでとう、神通ちゃん。

 

 そう賞賛の言葉を心の中だけで喋って伝えた。

 それよりも、この現場で伺わなければいけないもう一つの事態があった。それは、もうひとりの後輩が見当たらないことだ。

 

 目の前の後輩の最大の危機が回避されたことを把握すると那珂はすぐに一人で飛び出し、駆け寄る。倒れ込んだ神通の身体をギリギリで触れることに成功し、自身よろけてがに股になりながら神通の身体を支え持つ。後輩の顔には血と思われる液体がベットリと付着していた。そして完全に脱力した後輩にささやきかけた。

「神通ちゃん? しっかりして!」

 腕や喉・頬を触ると温かく、胸に触れると鼓動もちゃんと確認できたことから、最悪の状態にはなっていないことに安堵した。神通はひとまずよいだろう。そう判断した那珂はすぐに次の心配が全面に表れた。

「不知火ちゃんたちは残り3匹の撃破を、夕立ちゃんと五十鈴ちゃんは川内ちゃんを探して!」

「了解(よ)!」

 切羽詰まった焦りの叫び声になりながら那珂はそう全員に指示を出した。

 

 那珂は神通を支えながら、戦況を確認した。残りは3匹。神通が倒した個体は一瞬しか目にしていないが、今までとは異なる姿の個体であろう。後で五十鈴に聞いておこう。

 那珂は力が抜けきって重くなった神通を背中に背負った。そして不知火たちの戦闘の邪魔にならないように移動し、五十鈴と夕立の方に向かう。

 

「……確かさっきまで主機のついた足首だけが浮いていたのに。」

「せーんだいさーーん!!どこー!? わからないっぽいぃ~~!!」

「五十鈴ちゃん、夕立ちゃん!」

 那珂が近寄ると、五十鈴は視線を海面に向けたまま言った。

「あぁ那珂。川内がどこにも見当たらないわ。確かこの辺だったのに。」

「まずいね。海中に沈んじゃったのなら、こんな夜の海で探すのは無理だよね。」

「急がないと……川内が死んでしまうわ!」

 

「川内ちゃんは一体どうしてどうなったの?夕立ちゃんとの合流は? 色々聞きたいけど……。」

「詳しいことは後で話すわ。今は川内の捜索が先決よ。」

「うん。そーだね。」

 那珂が相槌を打つと、五十鈴は再び海面に視線を戻して辺りを行ったり来たりし始めた。那珂は神通を背負っているがために行動が制限されていた。そのため、辺りに呼びかけるくらいしかできない。

「川内ちゃあああーーん! ……そだ!通信で呼びかければいいんだ!」

 

 那珂の思いつきに五十鈴と夕立はハッとする。三人は一旦集まり、早速通信アプリを起動した。

 川内は確かに対象者として検知された。まだ希望はある。那珂はスマートウォッチの画面上のボタンを勢い良くタッチした。

 コール音が何度も鳴る。しかしいっこうに相手は出ない。那珂たちの脳裏に最悪の事態がよぎる。

 

 

--

 

 那珂たちが寄り添って通信を待っていると、南西の方角から探照灯が差し、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「神奈川第一、旗艦霧島の艦隊、支援のため参上しました!那珂さんー? 応答願います!」

「あ! 霧島さーーん!こっち!こっちです!」

 那珂はスマートウォッチの画面の点灯を利用して居場所を知らせた。

 

 那珂は霧島が来ると簡単に状況を伝えた。すると霧島は残りの3匹の撃破を支援するよう那智、足柄に指示して行かせた。残る暁、雷、電には川内の捜索に協力するよう言い渡す。

「暁がうちの高性能レーダーを持っているから、それで捜索しやすくなるはずよ。暁、頼むわね?」

「ま、任せて! 待っててね川内。あたしが……絶対見つけてあげるんだからね!」

「暁さんお願い! 川内ちゃんを絶対見つけて!」

 那珂は暁に悲痛な声で頼み込む。暁はコクリと頷き、レーダーの出力を切り替えて辺りを探り出した。

 

「反応あったわ。330度の方向にここから20m、水深約30mね。深海棲艦だったら赤の色、これは青だからそれ以外、つまり艤装装着者よね。」

 暁が顔を上げて那珂そして霧島など周りを見渡す。

「ありがと! 夕立ちゃん、五十鈴ちゃん、神通ちゃんをお願いね。」

「え、ちょ!? 何するのよ?」五十鈴は声を若干裏返して聞き返す。

「ちょっと潜ってくる!後のことはてきとーにお願いね!夕立ちゃんは引き続き川内ちゃんに通信しておいてね!」

 那珂はその後の五十鈴たちの戸惑いの声を一切無視し、川内が沈んだポイントに急いだ。

 

「一旦同調を切ろう。」

 誰へともなしにつぶやき、呼吸を大きく整えた後、コアユニットに念じて電源を落とした。

 

サブン!

 

 途端に那美恵は足先から海中にまっすぐ没した。

「ちょ! あのおバカ!!」

 離れたところで見ていた五十鈴は那珂の突然の行為に慌てふためく。それなりに那珂の行動を見慣れている五十鈴でさえ驚くほかないのだ。霧島たち神奈川第一の艦娘たちの驚き方は五十鈴らの度合いを凌駕して溢れ出るほどだった。

 

 艦娘は基本的には海上に浮かび、活動する存在だ。潜水艦の艦娘なら海中を自由に動けるが、那美恵はそうではない。

 そのため海中を探索するには、下手に浮力と推進力を発動させる那珂の艤装は邪魔なのだ。

 沈むために一度ただの光主那美恵に戻った。つま先から頭の天辺まで一気に海水に浸る。それも夜の海。視界は暗い。見づらいというレベルではなく、そもそも自分の近く10cm程度先ですら見えない。

 しかしこんな時探照灯は便利だ。いわゆる普通のサーチライト。同調していなくても使えるし、完全耐水だから海中でも使える。那美恵は探照灯を付け、先を照らしながら頭から沈むように海底へと泳いでいった。

 

 那美恵は必死に川内を探す。探照灯を付近に向けて差し、他に沈む物体がないか必死にキョロキョロする。海水で目を痛めぬよう細目にしているがそれでも痛む。しかしそんな自身のことを気にする余裕はない。自分の些細な痛みよりも川内だ。

 ある一点へ向けて差した時、那美恵は遂に見つけた。

 川内は頭を先にし、海底に向け30~40度の角度で斜めになって沈んでいた。

((川内ちゃん、やっと見つけたよ。))

 那美恵は足をバタバタと動かし潜る速度を速める。そして、ようやく自身の手が川内の足に装備されている主機の一部を掴んだ。

 グッと引き寄せるように川内の足を引っ張る。自身の顔が川内の膝付近を通り過ぎ、腰の魚雷発射管を過ぎる。そしてやっと川内と対面した。制服は破け腹が出ている。片方の魚雷発射管は接続部の金属片を残して消えている。そして完全に気を失っていることだけは想像するまでもなく現実として理解できた。

 

((よし、ここで足を海底に向けて同調すれば、後は勝手に浮上できるってすんぽーだよね!))

 那珂は川内の胴体を掴み取っ掛かりにして方向転換する。合わせて川内の身体を水平に近づけ、抱え直した。

 安心した途端、息を吐いてしまった。海水が口内に流れ込みゴボゴボと咳き込む。気絶する数歩手前。気を強く保ち、慌てて同調する。そして潜水艦が急速浮上するようなイメージをし、主機に念じた。

 那珂となったその身体と川内の身体は人工的な浮力により一気に浮上していく。

 

 しかし意識が遠のき、川内を掴む腕の力が弱まる。これはまずいと感じ頭をブンブンと振るが意味がなかった。この際海水飲んでしまおうかとバカな事が頭をよぎるが、それで酸素を得られるわけでもなくただ苦しみが増すだけだ。今はとにかく早く浮上するのみだ。

 せめて気づかれやすいように、探照灯を浮上する真上に掲げた。これで海上にいる五十鈴達が気づいてくれれば。仮に自分が気を失っても、なんとかなる。

 

 海面まであと少しというところで、突然プツリと意識が途切れて那珂は力尽きてしまった。その後同調だけはほんの数秒効果が残ったままの那珂の身体は浮上し続ける。

 那珂の、川内を抱きしめる腕だけはしっかりと川内の身体に巻き付いていた。

 

 

--

 

「……か! 那珂!!」

「那珂さん? しっかりなさい!」

「那珂さぁ~~ん!起きて~! 二人とも無事っぽい~!」

 五十鈴の声が聞こえた。次に霧島。そして夕立の素っ頓狂だか心配げな声。その他にも聞き覚えのある声が耳から入ってくる。

「那珂さん!」

「那珂……さん!」

 もっとも聞きたかった声が聞こえた瞬間、那珂は完全に意識を取り戻した。

 

「……あはっふぅう!!」

那珂は五十鈴と霧島に抱きかかえられていた。周りには鎮守府Aの艦娘と、神奈川第一の艦娘が勢揃いしていた。さらに辺りを見回すと、そこは相も変わらず夜の海上だった。

「なんなのよその変な呼吸は。」

 目覚めて早々、五十鈴のツッコミが入る。

 OK、自分は生きてる。那珂は実感した。

 

「え……と、あたしもしかして気を失ってた?」

「えぇそうよ。片腕で川内を抱きかかえて、もう片方の手は探照灯握りしめてプッカ~~っと浮かんできたわ。まったく、余計な心配かけさせないでよね!!」

「うひぃ……ゴメンね五十鈴ちゃん。助けに来たつもりなのに、逆に助けられちゃった。那珂ちゃんウッカリ、てへ!」

 そう言いながら那珂は自身の額をげんこつで力なくあてがう。五十鈴は那珂の背中を支えている腕をグッと力を入れて那珂の姿勢を上げて言った。

「ホラ、あんたが助けた二人よ。ちゃんとお互いお礼言いなさい。」

 そう言って五十鈴は視線をある方向に顔ごと移す。那珂が釣られて視線を向けると、そこにはボロボロになった川内と神通が中腰の姿勢で自身を覗き込むように見ていた。

 

「川内ちゃん、神通ちゃん。だいじょーぶ?」

「アハハ、はい。すみませんね、那珂さん。あたしが先走ったせいで。ゲホゲホ。アハハ、しゃべると腹かどこかが痛いんですよね~。アハアハいてぇいてぇ。」

「川内ちゃん~気をつけてよね。戻ったら病院行きましょ。」

「アハハ。はい。そんときはきっと三人揃ってですよね~。」

 川内の返しにやや苦笑で応対する那珂だった。

 

「那珂さん。」

 神通は那珂にまっすぐ視線を送っていた。何かを求めているような、那珂はその視線のため、呼吸を整えて言葉を選び、そして言った。

「助けに来たよ、神通ちゃん。」

「はい。」

「って言っても、どーやら神通ちゃん自身で敵の親玉倒したみたいだね。」

「こ、怖かった、です。必死でした。無我夢中でしたので、やれました。」

 両腕で自身の体を掴むように手を回して震えながら神通は口にした。那珂はそれを見て優しく褒めた。

「今回のMVPは神通ちゃんかな。うん、よく頑張りました。」

 那珂が褒めると神通は俯いて照れを全面に表していた。それを見て鎮守府Aの面々はパチパチを柔らかい拍手を送る。

 

 それを見ていた霧島は異なる音を立てて手を叩き注目を集めて言った。

「どうやらそちらの目的は果たせたようね。詳しい話は館山基地に戻ってからしましょう。」

「「「はい!」」」

 那珂たち3人、そしてその場にいた艦娘らは声を揃えて返事をし、帰路についた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

帰投

 懸念された危機には至らず、無事皆揃って館山基地に向けて航跡を描き出した那珂達艦娘ら。道中仲間と言葉を交わし合う世代型三人の表情はまちまちであった。帰投後、基地に残っていた仲間の姿を目の当たりにしようやく無事を実感するのであった。



 帰路につく道中、神通は不知火や時雨たちと、川内は神奈川第一の暁や雷と、そして那珂は五十鈴と雑談していた。

 

「そっか。そんなことがあったんだ。」

「えぇ。今日は朝から色々ありすぎて疲れたわ。」

「ところでさ、五十鈴ちゃんたちが出会った深海棲艦のことなんだけど聞いていい?」

 那珂が一番気になっていた話題のためのワードに触れると、五十鈴は軽くため息を吐いて姿勢を正した。五十鈴の空気が変わったことに那珂は気づいて、先程までより声を密やかにする。

「あたしは直接見られなかったんだけど、一体どういうやつら?」

 五十鈴はゴクリと喉を鳴らしてからゆっくりと口を開いた。

「あいつは……危険よ。普段私達って深海棲艦と遭遇したときに、たとえ生理的な不快感を感じたとしてもすぐに消えるわよね。」

「うん。初めての戦闘ではちょっとだけ時間かかったけど。」

「あいつは、その不快さが洗い流される感覚が中々発生しなかったの。神通は間近でやつの唸りというか咆哮を受けて泣きじゃくっていたもの。私だって離れたところからその声を聞いて震えたわ。正直まともに視界に収めるなんてできなかった。夕立なんて、あの暗視能力で一瞬でも視界に入れると目が痛くなるらしくて、猛烈に嫌がって私達を置いて逃げるほどだったわ。あんなやつ……初めて。よく逃げ延びてあんたたちに合流できたなって、神様仏様に感謝の祈りを捧げたいくらいだもの。」

「ハハ……大げさだなぁ五十鈴ちゃん。」

 那珂は軽口を叩くが、五十鈴の恐怖にまみれと鬼気迫る説明のために、その茶化しは力ないものだった。五十鈴からの普段の鋭いツッコミが来ないことに那珂はさすがに心境を察し気の毒に感じ、五十鈴の背中をさすって慰めた。

 

「前に川内ちゃんが出会ったっていう人型?」

「わからないわよそんなの。後で川内に聞いてみたら?」

「そっか。うん。それにしても神通ちゃんってば、そんなやつをよく倒せたねぇ。もしかしていざというときは一番度胸あったりするかも?」

「仕方ないわよ。あのときは川内がやられたからね。大事な同期が……目の前で。そう考えたらその時の彼女の気持ち、ものすごくわかるわ。」

「うん。あたしだって同じ局面だったら、ブチ切れちゃうよ。」

 那珂の発言に五十鈴はコクリと頷く。

 

「あぁもう!どうせこの後妙高さんたちに報告しなければいけないんでしょうし、それまではあなたとおバカな話でもさせてよ。そうすれば今私が生きてるって実感得られるわ。」

「アハハ。な~にそれ? お疲れ様。それじゃ~あたしのオススメのアーティストやアイドル話をば。」

「いいわね~。あんたの趣味の話あんまり聞いたことなかったからどんと来なさい。」

 

 珍しく自身のネタ振りに好意的な五十鈴を目の当たりにして那珂は気分が良くなる。その後の那珂が切り込んで提供した話題に、五十鈴はこれまでの恐怖と緊張から解放されたためか、満面の笑みを浮かべて那珂に合間合間でツッコミを入れて帰還までの海上のおしゃべりを楽しんだ。

 

 

--

 

 一部始終を見ていた夕立が興奮しながら皆に明かしたため、神通は鎮守府Aの駆逐艦全員から熱い尊敬の眼差しを集めていた。特に熱視線を向けていたのは不知火だ。彼女にしては珍しく、普段の倍の口数という饒舌っぷりで神通を褒め称えていた。

「やっぱり神通さんは、私の見立て通り、の人です。やればできるんです。」

「ほんっと、すんごくかっこよかったっぽい!川内さんのジャンプキックもすごかったけど!神通さんのほーがもっとかっこよかった!」

「川内さん贔屓なゆうが興奮するくらいなんだから、神通さん相当だったんですね。僕も見たかったな……。」

「那珂さんが万能、川内さんがゲーム知識で破天荒、神通さんが狙撃手ねぇ~。うちの鎮守府の川内型ってもしかして、変わり種で最強なんじゃないかしら~?」

 時雨がひたすらにうらやましがり、村雨がまとめる。

 神通は何度も褒めちぎられて、顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなり、しまいには涙目になっていた。今が夜でよかったと心から安堵するのだった。

 

「それにしても、不知火さん、すごく嬉しそうだね。」

「そうねぇ。後輩を温かく見守ってるというのとも違うし。」

「ぬいぬい、おもろ~!」

「う……だって……別に、いいじゃないです、か!」

 普段茶化されることのないため、不知火は珍しく取り乱す様を時雨たちに晒した。そのやり取りに神通はクスリと笑みを溢す。不知火は一瞬神通を見て泣きそうな顔になったが、神通の笑顔を見てすぐに泣き顔を、つられた笑みで上書きした。そのため、不知火の一瞬の泣き顔を見たのは神通だけだった。

 

 

--

 

 川内は、神奈川第一の暁たちと並走していた。おしゃべりの主なリーダーは川内だ。川内のおしゃべりの主な矛先は、唯一面識もふれあいもある暁。しかし雷と電にも視線と口先を向けてまんべんなく伝える。三人は川内の話をキャッキャと笑顔で聞いていた。

「でさぁ、あたしはこうやって……うわぁ!」

ドボン

「……飛び蹴りして人型の深海棲艦の片腕を破壊したのよ。」

 途中で再現アクションをしようとして大勢を崩し全身を海中に沈めるも、照れ笑いしながら立ち上がり、おしゃべりを再開する。

 

「すごいわね~。川内ってば。飛び蹴りなんてそんなことうちの川内さんだったらありえないわ。ねぇ、雷、電?」

「えぇそうね。いつもそんなことしてるの?」

「はわわ~、深海棲艦に向かってよくそんなことできますね~。」

 手と頭をブンブンと振って全力で否定する川内。普段なら遠慮なく自信たっぷりに自分を誇示するところだが、さすがに他鎮守府の艦娘が相手だと、その話運びに遠慮が混じる。

「いいや、今回初めてだよ。あのときゃ無我夢中だったしね。それにあたし、今月初めに基本訓練終えたばっかのド新人ですわ先輩方。」

「アハハ。新人でもこうやってすぐに任務出してもらえるのっていいわね。羨ましいわ。」

「うん。うちなんて、新人から数回は鎮守府周辺の警備しかやらせてもらえないもんね……。」

 雷が笑いながら、そして電も例を交えながらその流れに乗る。

 

「ね、ね! そっちの司令官はなんていう人?」

 雷が話題を変えて質問した。身を乗り出して川内に寄り添いはしゃいでいる。

「司令官って提督のこと? 名前は西脇栄馬。男の人。年齢は……何歳って言ってたっけなぁ~。確か30代前半。」

「へぇ~。若いわね。」

「そうだね~。」

雷と電が相槌を打ちあう。すると暁もノって尋ね始める。

「ふーん。その西脇提督ってどういう人? かっこいい?」

「どーいう人って言われてもなぁ。まだ入って1ヶ月だからそんなには。あ、でも同じ趣味だし、気が合うのは確かかな。」

 

「気が合うねぇ~~。それってラブ?それともライクなのかしら?」

「え、なんでそんなこと。き、キクノヨ?」

 雷が川内の言い回しに掘り下げようとする。傍では暁が顔を赤らめている。川内はややぎこちなく反応した。

「え~、だって気になるってそーいうことじゃないの?ねぇ暁、電?」

 暁は顔を真赤にしたままゆっくりと頷き、電もやや頬を赤らめながらコクコクと連続で頷く。

 

 川内は顔を赤らめている暁・電につられて赤面しながら、やや口調を遅くしながら答えた。

「う~、それ言わなきゃダメ?」

「いいじゃんいいじゃん!聞かせてよぉ~!恋バナ!聞かせて聞かせて!」

 一番ノリノリで川内に詰め寄る雷。川内はたじろながら口を開く。

「どっちかっていうと(まだ)ライクだよ。だって大して西脇さんのこと知らないし、なんとも言えないよ。それに……(好きっていのは従兄弟の兄ちゃんみたいに思えて好きっていう意味であって)モゴモゴ……」

 川内のセリフの最後のほうは暁たちには聞き取られなかった。さすがの川内も、本当の思いに通ずるところは守りを利かせるくらいには意識があった。

 雷たちは聞き取れたセリフの範囲まででもって再び沸き立って川内に問い詰め始める。

「あ~~~、うるさい! そんなに西脇さんが気になるなら見に来ればいいでしょ~!」

 照れくささやら面倒臭さで頭がいっぱいになった川内はピシャリと言い放った。

「アハハ。川内ってば照れちゃって~~。」とあくまで茶化す姿勢オンリーの暁。

「じゃあそうさせてもらうわ。ね、暁? 電?」

 雷は笑いをこらえきれずに口の端がにやけている。

「用のないのによその鎮守府行ってもいいのかなぁ……。」

 電は赤面が収まってはいるが、オドオドした雰囲気で心配を口にする。

 そんな好奇心の塊な友人たちをまとめたのは暁だった。

「そだ! それじゃあ今度演習試合しましょ。それなら堂々とそっちの鎮守府にも行けるし、川内たちもうちに来れるわ。」

「演習試合?」川内が反芻して尋ねる。

「そうよ。うちとそっち、どちらの艦隊が強くて大人なのか、練度を確かめ合うのよ。」

「お~~!面白そう!」と川内。

「でしょ? これならそっちの司令官を見させてもらう大義名分ができるわ。どうかしら?なかなか大人なアイデアでしょ?」

「えぇ、いいわね!暁ってばさすがぁ!」「はいなのですー!」

 暁のアイデアに雷と電はカラッと元気いっぱいな掛け声を揃えて返事をする。暁がややふんぞり返って自慢げな表情を浮かべていると、川内が話題を再開した。

 

 

--

 

「それよりもさ、そっちのことも教えてよ。」

「「「うち?」」」

 暁・雷・電はハモって聞き返す。それが村瀬提督だということは数秒遅れて理解に至る。三人が顔を見合わせていると、川内は先に感じていたことを語り始めた。

 

「そっちの村瀬提督。あたし最初はさ、落ち着いてて物腰穏やかそうないいおっさんって思ってたんだ。けど……今思い出しただけでもイライラする。何あのあたしに対する態度。責任だ管理だってアッサリした態度。なんつうのかなぁ、事務的というかあまり優しさを感じないつうか。とにかくあの人キライ。」

 川内の隠さない吐露を聞いて暁たちはそれまでの明るい雰囲気を消し、これまでとは違う意味で顔を見合わせている。

「そ、そんなふうに嫌わないであげてよ。」

「そう……よ。パパ司令官はいつだって私達のことを考えてくれてるのよ。」

 戸惑いながら暁が口火を切ると、雷が続いた。電はコクコクと無言で頷いている。

「はぁ!? あんなよくわからん責任なすりつけあいの運用させといて艦娘のこと考えてるって? 何言ってんの?」

 やや恫喝気味に川内が言うと、暁たちは川内の雰囲気が急に変化したため、三人寄り添ってオドオドし始める。

「お、怒らないでよぉ~。」

「怒ってない! てかその返しキライだからやめてね。」

 

「え…あ、うん? ええとね、提督だって、別にあたしたちのことが憎かったり信用できないからやってるわけじゃなくてね?」

「パパ司令官は、厳しいときもあるけど私達艦娘のこと一人ひとりに実は目を配っていて優しいのです。」

 そういう雷と電の言葉に割り込んだのは、先頭からいつのまにか後退して近寄ってきていた戦艦霧島だった。

「なんだか面白そうな話をしているわね。私も混ざってよいかしら?」

 

「え……と?」川内は急に大人に話しかけられて戸惑う。

「あなたが千葉第二の川内担当ね。私は戦艦霧島担当の○○よ。よろしくね。」

 丁寧に挨拶をされたので川内はやや怪訝な顔をしながらも挨拶をしかえした。暁たちは急にピシッと揃いだし、霧島にその場を譲るためわずかに速度を落とし、川内の半歩後ろに位置取る。

 

 

--

 

「うちの運用と提督、気に入らないところあると思うけど、大目に見てくれないかしら?」

「え、あーうー……。」

「別にかしこまらないでいいわよ。さっきまでのあなたらしく振る舞ってもらって結構だから。」

「はぁ。」

 それでも氷解しない川内の緊張の高まりっぷりに霧島はクスリと笑みを浮かべ、口を開いた。

「あなたのことは提督と鹿島から聞いてるわ。あなた、うちの提督に食って掛かったそうね。驚いたって提督言ってたけれど、見どころはありそうだとも言ってちょっと気に入っていたわよ。」

「は、はぁ!? 何言ってるんですか!! そっちの提督に気に入られたって……。それにそっちのわけわからん運用、あたしは好かないんですよ。」

 

「私はその場にいなかったからあまり適切に言えるかどうかわからないけど、昨日のその打ち合わせの報告内容を見させてもらった限りでは、あなたにはうちの運用は効果てきめんと言えるわね。提督と鹿島の評価に私も納得したわ。」

「へ。わっけわからん。どーとでも言ってもらっていいですけど、あたしは、自分がしでかしたことは自分で責任取りたいだけです。逆に他人の責任を取らされるのだって嫌だ。ゲームでもそうですよ。プレイしていてミスしたことはあたしのミスであって、まわりがとやかく騒いでほしくない。あたしはプレイに集中したいんだから。」

 川内が昨日のことを思い返してイライラしながら口走ると、霧島はそれを見てなぜか含み笑いをしている。

「ウフフ。」

「ムッカ。何笑ってるんですか?」

 川内は大人である霧島に対して苛立ちを隠さない。霧島はそんな川内の悪態を受け流して言った。

「あなた、昨日は悔しかったでしょ?」

「え、はい。そりゃーもちろん。それがなにか?」

 ぶっきらぼうに言い返すと、川内は霧島に優しく諭された。

「あなたのような真っ正直な娘には効果的なのよね。これでもし、責任ない?だったらラッキー!っていう感じだったら、少なくとも提督からはもっと手厳しい応対をされていたでしょうね。けどあなたは何くそと、歯向かう意思を見せた。だから提督も鹿島も気に入ったのだと思うわ。あなただったら、うちでもやっていけそうね。うちでもっと強くなってみない?」

 霧島のセリフに川内は頭をかしげ、最後の言葉にのみ反応した。

「引き抜きならお断りですよ。あたし学校もありますし、なみえさんやさっちゃんと離れる気はサラサラないっすから。」

 

「……まぁいいでしょう。ついでだから、もうちょっとうちの提督について教えておくわね。」

「……。」

 川内の沈黙を承諾と捉えた霧島は再び語り始めた。

「提督の考えは運用のあらゆる要素に及んでいるわ。提督は神奈川第一鎮守府の運用の全てを着任初期から一人で考え決めてきたそうなの。彼はそれまで陸上自衛隊に所属していたらしくてね。その時の経験や反省を今のうちの艦娘制度への取り組みに活かしているそうなの。もちろん初期艦の艦娘はいたし彼女は秘書艦として大いに手伝ったそうだけど、基本的には提督のお考えの下なの。」

「はぁ……。」

 川内は曖昧な相槌を打つ。正直よその提督には興味がなかった。ただでさえ印象が悪かったのだ。興味が持てない。しかしそう正直に言える隙を霧島は与えてくれない。

「提督はね、私達艦娘に、上長におんぶに抱っこで楽をさせたいわけでも、無理に厳しくさせようとしているのではないの。私だって最初は厳しい訓練、不条理と思える運用に文句を言って反発したこともあったわ。それまでは本当に一般人だったもの。けれど、提督が陸上自衛隊の二佐まで行った経験者だって明かされて、艦娘になった私達一般人に、身を守れるだけの術を本気で教えてくれている、そう気づいたわ。そうしたらそれまでの厳しさや運用規則の厳格な整然さに納得できたの。本気であの方は私たちに勝って生き残る術を教えてくれている。最近では教育の過程で提督の経歴なんて明かさなくなったけれど、先輩艦娘から伝え聞かされて、うちの艦娘なら新人であっても、納得して厳しい訓練や教育に臨むわ。その途中で耐えられなくて脱落する人も多いことは事実だけれどね。」

 

 霧島が語る提督の話に、興味が持てなかったのは確かだが、ふと、自分のところの西脇提督だったら。そう頭に考えが浮かぶと、途端に気になり始めた。

 それを察してか否か、霧島はドンピシャな質問を投げかけてきた。

「そちらの提督のこと、窺ってもいいかしら?」

 心でも読んだのかと川内はドキリと跳ね上がりアタフタしながら反応する。

「え、あう……え? うちの西脇提督ですか?」

 霧島は声には出さずに頷くだけで返した。川内は思案するために数秒沈黙し、そして口を開いた。

「一言で言えば、良いお兄ちゃんですかね。」

「お兄ちゃん?」

 間違ってはいない。あくまで自身の感じ方だから。しかしひどく間抜けで個人的な返しだと思ったが、霧島らの反応を気にせず川内は続ける。

 

「趣味が合うしなんか一緒に居て安心するっていうですかね。まぁお兄ちゃんって感じ。個人的な事以外では、入ってまだ1ヶ月くらいしか経ってないあたしが提督のことあれこれ言うのもなんですけど、そっちの提督みたいに自衛隊の人じゃなくてふつーの会社員ですよ。だから艦娘の訓練とか教育なんて、指導されたことない。あの人から指示されたのは基本訓練しかないです。普通の訓練になったら、ぜーんぶあたしたちが決めていいって。」

 兄っぽいが本当の思いの部分、その先は言わなかった。従兄弟に影を重ねているなんて、自身漠然と、直感的にしていたためだし、どう表現したらよいかわからない。そもそもそんな思いを他人に細かく言う必要はないだろう。川内は一歩だけ踏みとどまっていた。

 

 黙って聞き続ける霧島や暁達。霧島が先に口を開いて感想を述べた。

「そう。なかなかおもしろそうな人ね。普通なら管理者である提督つまり支局長が決まりごと作って艦娘たちに指導するのよ。それをしないってことは、最低限の責務を怠っているように思えるんだけど、艦娘制度に関わっているのに、やる気がない、何もできない人ってことでいいのかしら?」

 

 その言い方に、川内はカチンときて瞬時に突っかかった。

「は? なんすかそれ。うちの人のこと馬鹿にしてるの?」

「気に触ったなら謝るわ。私的に艦娘に任せてるっていうのが気になったのよ。質問を変えるわね。そちらの提督は艦娘のために何か特別なことをなさってたりするかしら? またはそれに対してあなたがどう心がけているのかよかったら教えてちょうだい。」

「え、うーん……。」

 川内は改めて問いただされて途端に口ごもった。基本的に提督や明石らと接することは那珂や神通らに任せていたため、思い出そうにも浮かばないのでそもそもその行動の意味がない。

 川内が中々答えを言わないのを見て、霧島は軽く溜息に満たぬ呼吸を吐いて言った。

「まだ艦娘になって間もないそうだから、答えはいつか聞かせてくれればいいわ。あなたはもっと勉強することも、提督とのお付き合いもしたほうがいいでしょうし。自信を持って鎮守府のために活躍した、提督の仕事を助けたと言えるようになったその時に……ね。よい答えを期待しているわ。」

 

 釈然としない。村瀬提督にも苛ついたが、この霧島の達観した感じもいけ好かない。

 しかし彼女らが語る自分の鎮守府の提督(司令官)像のなんと信頼されていることか。川内はそれが羨ましく感じた。

 

 

--

 

 川内は自分に問いかけた。

 

 自分だったら?

 経験がなさすぎて思い浮かばない。訓練の指導を神通に取られたりと、重要そうな役どころをしてない自分を呪った。自分としては積極的に取り組んでいるはずなのに、どうも那珂や神通に置いてけぼりを食らいつつある気がする。

 やはり今の姿勢で艦娘の活動に臨んでいてはダメだ。

 どうしたらあの集団の中で目立つことができるか。提督の目に留まることができるか。趣味でならあの人のハートなんざいくらでもゲットできる自信はある。しかしそうではない。それではダメなのだ。さすがにそれくらいの違いはわかるし、艦娘と遊びを混同したら、那珂に叱られそうな気がする。

 艦娘の仕事として、何かとにかく目立って役に立って喜んでもらわなければ。

 

 かたや元自衛隊員、かたやIT企業の会社員。西脇提督がどうあがいてもあの苛つく村瀬提督に勝てそうにないのは素人の自分でもわかる。提督自身がそれをわかった上で自分たちに運用を任せようとしているならば、なお一層彼の目に留まるようしなくてはいけない。彼を助けてあげないといけない。

 だが何をしたらいいのかわからない。

 川内は決意を胸にしようとするが、堂々巡りな思考に陥る。

 こういうときは大人しく先輩に頼ろう。自分一人では何も出来なくても、二人ないし三人ならば何かできる。着任式の時言っていたじゃないか。あの鎮守府の(裏の)顔になってやろうと。

 

 思考を張り巡らせる間、川内は霧島が離れていったのに気づかず、また暁達が近寄ってきて話しかけてきたのにも気づかなかった。驚異的な集中力というわけではなく単に思いにふけってぼーっとしているだけだ。

 そしてチラリと後ろを見た。その視線の先には、鎮守府Aの面々がいる。自分が神奈川第一鎮守府の艦娘たちと一緒にいるからではあるが、なんとなく距離感を感じた。

 いつもならば子犬のように無条件に寄り添って慕ってくる夕立がこの日この時間ばかりは神通から片時も離れようとしないでいることが、川内の心に一番チクリと刺さって止まない。

 嫉妬や焦りによる感情のうねりが川内を苦しめるが、彼女自身はまだ明確な解決を望めない状態だった。

 

 

--

 

 今回、神通と五十鈴が寄港途中で深海棲艦に襲撃された事件は、海自や海保としてもこれから哨戒を引き継いで取り掛かるという運用の境目にあたるバッドタイミングであった。

 当事者である神通と五十鈴は基地に到着後、館山基地の司令部、海上保安部館山分室の駐在の署員らが集まった場で報告を小一時間ほどみっちりすることになった。二人のため、妙高と村瀬提督が同席、ビデオ電話で西脇提督、神奈川第一の秘書艦も参加した。

 

 一方で那珂たちは艤装のメンテナンスを明石たちに頼んだ後、自身らは基地の衛生管理施設で簡単な診察を受けるなどして時間を費やした。再び那珂たちと神通たちが会えたのは、21時を過ぎてからだった。

 なお、彼女らの状態は次のようになっていた。

 

 那珂 = 小破

 五十鈴= 大破

 川内 = 大破

 神通 = 中破

 

 五十鈴と川内はもはや誰が見ても明らかである。那珂は潜水した時に艤装の一部に浸水があったゆえ、そして観艦式のときに実は別の一部が故障を起こしていたがゆえであった。神通は那珂たちと合流するまでに五十鈴をかばって被弾していたがゆえの状態だった。

 駆逐艦らは残っていた個体の撃破のため奮戦したとはいえ、小破以下の軽微な損傷で済んでいた。

 

 

--

 

 先に用事が終わった那珂たちは合流予定の会議室で神通たちを待っていた。

「あの二人、本当にこっちに泊まるんですかね?」

「さすがに泊まるでしょ。今から鎮守府に帰れなんて鬼ですよ鬼。」

「アハハ……ケホケホ。そりゃ確かに。」

 

 那珂と川内が話していると、会議室の戸が開き、件の人物らが姿を現した。

「お待たせ。」

「お待たせ……致しました。」

 五十鈴が扉を開け、神通が続き五十鈴の隣に立ち、そして村瀬提督らを先に入らせてようやく全員が会議室に入室した。

 

 合流場所の会議室には那珂たち鎮守府Aのメンツの他、神奈川第一の村瀬提督、鹿島、そして支援艦隊の旗艦だった霧島の三人の顔があった。

 村瀬提督は妙高に向かって伝えた。

「今回、二度の緊急事態を踏まえて、深夜の哨戒を海自・海保と共同ですることになりました。艦娘はうちから出すので、あなた方はゆっくり休んでいただきたい。」

「ありがとうございます。お礼は西脇の方から改めてさせていただきます。」

「いえいえ、お気になさらずに。それにしても……そちらの三名は大丈夫かな?」

「えぇ。五十鈴と神通は我々が泊まっている宿に話がついたので連れて帰ります。」

「あぁいや。そのこともそうなのですが……その……。」

 珍しく村瀬提督が歯切れ悪く言いよどむ。左後ろにいた鹿島に視線を送ると、代わりにとばかりに鹿島が言った。

「制服ボロボロですし、お着替えは大丈夫なのでしょうか、と。」

 

 神通と五十鈴は自分の胸元や腰回りを見てみる。

「きゃあ!」

「!!!」

 二人揃って小さな悲鳴を上げてしゃがみ込む。そんな神通たちを見て那珂は茶化しの魂が疼いた。

 

「ふったりとも気が付かなかったの~~?あたしなんか一緒に帰る途中で気づいてたよぉ~。」

「だったらその時言いなさいよ! この格好でさっきの報告会に出ちゃったじゃないの! 妙高さんも妙高さんですよ……なんでおっしゃってくださらなかったんですかぁ……。」

 五十鈴が半泣き声で訴えかけると、妙高は頬に手を当てて疑問を感じていない口調で平然と言った。

「ゴメンなさいね。よく五月雨ちゃんたちがボロボロの恰好で提督に報告なさってたの目にしてたから、つい気にしていませんでした。」

「私としてもさすがによその艦娘のあられもない姿を指摘するのは忍びなくてね……。」

 アハハウフフと二人の提督(代理)は苦々しく笑ってごまかす。

 艦娘たちもつられて笑い出し、その場は和やかな空気に包まれる。

 

「んふふ~~。それじゃー五十鈴ちゃんにはあたしの服貸しちゃおうかな~~~いくらにしよっかなぁ~~?」

「ありがt……って、金とるつもり!? それにあんたの服じゃ……返す時一部伸びちゃうから申し訳ないわ。もし借りるなら川内の服ね。」

「?……!! うあああぁぁん! 五十鈴ちゃんの意地悪ぅ~!」

 ニタリと不敵な笑みを最後に浮かべる五十鈴。瞬時に意味を理解した那珂は顔を真赤にして五十鈴に半泣きでツッコミ返す。一方でいきなり話題に巻き込まれた川内は一人ポカンとしている。

「は? え?どーいうこと?」

「お三方の胸囲の格差社会だと思いますよ。」

 傍にいた村雨が自身や川内の胸を指差しながら暗に教えた。川内はようやく理解をして苦笑する。

「ハハ……五十鈴さんもたまにはああいうこと言うのね。那珂さんをやり込めるなんてさっすがだわ。」

 

「ウフフ。うちは艦娘用の予備の服や下着を持ってきているので、よろしければいかがですか?サイズいくつか用意していますし、必要な分持っていってかまいませんよ。」

 当事者の様子を遠巻きに眺めていた鹿島はそう言って五十鈴と神通に近寄り二人の肩に手を置いて優しく微笑む。

 

「何から何までありがとうございます。せっかくだからいただいたら?」

 そう言って妙高が先に頭を下げ、神通と五十鈴に合図する。二人は顔を見合わせ、気恥ずかしさを感じながらも、好意に甘えることにし返事をする。

 そして神通と五十鈴は着替えをもらいに鹿島に連れられ、一旦会議室を後にした。しばらくして戻ってきた二人を連れ、那珂たちはようやく宿に戻ることができた。

 

 

--

 

 宿に戻った那珂たちはようやく訪れたくつろぎタイムに、だらしなく畳に横たわって早速堪能し始めた。普段はきちんと座って崩すことはない村雨や五十鈴も珍しくだらりと寝っ転がっている。

「あ~~~~~疲れた~ケホケホ。アバラあたりが痛い。これあたし痛くて寝れないんじゃないかな?」

「川内さんってば~。そんなに強烈な一撃だったんですか?」

 現場を見ていない五月雨がそう尋ねると、堰を切ったようにその場にいたメンツが次々に口を開き始めた。

「そりゃーーーもーーすごかったっぽい! 川内さん吹っ飛んだもん!」

「あの時は川内が来て助かったって本気で思ったけど、川内がやられて本気で焦ったわ。」

「わ、私のほうが気疲れはひどかったんですよ。五十鈴さんも……すでに戦えない状態でしたし。」

 五十鈴の言葉に強めにツッコむ神通。那珂たちはその様に驚きを隠せず呆気にとられる。そのままの雰囲気で見過ごすつもりなく、その流れにすかさず那珂は乗った。

 

「それを言うならあたしのほうが上だよ神通ちゃん。あたしは神通ちゃんでしょ~、五十鈴ちゃんでしょ~、そして先に行ったのにすでにやられちゃった川内ちゃんっていう3人の心配を、このあたしのグラスハートな心で受け止めなきゃいけなかったんだからぁ~。よし、あたしの勝ち!」

「何を競ってるんですか、何を~。」

 軽巡組の些末な争いに村雨が呆れながらツッコミを入れる。するとアハハとその場の全員から笑いが漏れた。

 

「てかみんなさ、本当にあたしのこのお腹の痛み心配してます?」

 川内がわざとらしく腹を擦ってジト目で全員に視線を送る。那珂と夕立が半笑いですぐさまリアクションを返した。

「してるしてる。マジしてるよ~。」

「してるっぽい!」

「あんたはあのまま自衛隊経由で病院に行ったほうがよかったんじゃないの?」

 五十鈴からは鋭いツッコミをもらったが、川内は負けじと言い放つ。

「そんなことしたらお祭り最終日まで楽しめないじゃないですかぁ!!」

「そーだそーだ! 五十鈴ちゃんおっぱいでかいぞー!」

「いやだから……あんたは人様に心配してほしいならまず本気で自分の体の心配しておきなさいよ。それから那珂うざい。今すぐ強制的に寝かせてあげるわよ?」

 川内の言い返し+那珂の何の脈絡もない加勢に、五十鈴は硬く握った拳を顔の高さまあげてツッコミを那珂+川内に鋭く差し込む。

 再び全員の笑いが湧き立つには当然の雰囲気だった。

 

 大人勢の妙高と理沙そして明石は少女らの姿を見てクスッと微笑み、ねぎらいの意を込めた視線を送っていた。那珂は温かい視線を感じていたが、それと同時に三人の手元には缶ビールとグラスがあることに気づいてしまった。

 戦ってきた自分ら子供の前でよく飲めるなと思ったが、一騒動・一仕事あったのだ。飲みたくなるのも当然と思い、黙って見過ごすことにした。

 そして鎮守府Aの艦娘たちは、ひとしきりおしゃべりしてその日の喜怒哀楽を共有仕切った後、心からの安らぎを得るべく眠りにつくのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間:川内型は想う

 仲間を助ける出撃から一夜明けた。朝早く起きていた川内は柄にもなく物思いに耽っていた。那珂はそんな彼女の心の内を知る。続いて起きた神通と三人揃って互いを鼓舞し互いの成長を認め合う。


 翌日。ふと目を覚ました那珂は、隣に寝ていたはずの川内がいないことに気づき、部屋を見渡した。神通はもちろん五十鈴、妙高ら全員まだ寝入っている。ゆっくりと顔を横に向けて携帯電話の画面を付ける。まだ目覚めきってない目には鈍い光であっても鋭く刺さって眩しい。時間は午前4時すぎだった。

 川内は障子を軽く閉めたその先、海沿いを一望できる窓際の広縁の椅子に浴衣姿で座っていた。

 

「川内ちゃん?」

「ん? あぁ、那珂さん。起きちゃいました?」

「どーしたのさ?まさか本当に痛すぎて寝られなかった?」

 那珂がのそっとした動きで布団の間をすり抜けて椅子に座ると、川内はそのタイミングで再び口を開いた。

「まぁそれもあるんですけど、あたし的に今回のイベントでは思うところがあったんで、柄にもなくボーッと考えてました。」

「うんうん。言ってごらんよ。」

「……茶化したりしないんですね。」

「え?茶化さないよぉ~だって可愛い後輩が考え込んでるんだもの。できる先輩は聞き上手でもあるんだヨ? ホラホラおねぃさんに何でも言ってごらんよ~~?」

 那珂は両手を前に出して手のひらを上に向け、指を何度も折り曲げてカモ~ンと急かすように促した。川内はその仕草を見て、あぁやっぱりいつもの先輩だったと安堵する。そして口の重みがなくなったので打ち明け始めた。

「皆で帰ってくるときに、あたしあっちの鎮守府のやつらと一緒だったじゃないですか?」

 那珂はコクリと頷く。

「その時さ、霧島ってやつとお互いの提督の話になってですね、あっちの村瀬提督の話聞かされて、じゃあうちの西脇提督は何なんだろうって思ったんです。」

 川内から提督の話題が出た。那珂はわずかに姿勢を正して聞き続ける。

「あっちの提督がヤレ元自衛官だのヤレ自分で全部決めてるだの言ってきて、なんか気に入らなかった。そもそもあたしはあの村瀬提督がなんか好きになれない。だから良いところだどーのこーの言われたってピンとこなかった。けれど、西脇提督のことを思ったら、同じようなことを、霧島ってやつや暁たちみたいに自信を持って言えるのかなって、悩ましくなってきました。ねぇ那珂さん。西脇提督って、すごいのかな? すごくないのかな?」

「へ? な、なぁにその聞き方は~?うー」

 那珂は腕を組んで頭をクルクル回し小さく唸る。答え方に困る。この後輩はこの後輩なりに、真面目な話をよその艦娘と交わしていたのか。

 成長を喜ぶ一方で、質問にどう答えようか悩む頭がある。

 

「うーんうーん。あたしとしてはすごいって無条件に評価してあげたいんだけど、残念ながら彼はふつーの人です。茶化しとか冗談は抜きでね。それでも年の功というのかな。あたしたちの2倍近くは生きてるんだし、普通に頼れるところはあるけれど、その……村瀬提督が元自衛官とか言われちゃうと、確かにどうしても比べちゃいたくはなるね。」

「でしょ~!? んであたしが何気なく言ったら、霧島ってば西脇提督のこと、何もできない人なの?って。ひどくない!?うちの事知らないくせに知ったように言いやがってさぁ。まぁあたしもまだ1ヶ月だからぶっちゃけ人のこと言えないんだけどさ。」

 川内は怒りをぶり返したのか、興奮気味に喋り散らかす。那珂はどぉどぉと軽く宥めて落ち着かせた。

「まぁ、人ってよそのことは基本的に興味ないものだからね。仕方ないよ。今だって川内ちゃんは村瀬提督のことスパッと評価しちゃってるでしょ。結局お互い様なんだと思うよ。」

 那珂の言葉に一理あると感じたのか、川内は勢いを押し殺して口をつぐむ。ただし頬はわずかに膨らんでいる。明らかにまだ不満といった様子だ。

「でもだからってうちらの提督のことテキトーに言われて黙っているなんて、あたしにだってできないよ。」

 那珂がそう口にすると、川内が身を乗り出して期待の眼差しを向けた。那珂はその勢いにわずかに圧倒されてのけぞりながらも続ける。

 

「でもだから今までとは違うことをしようとは思わないかな。あたしとしてはこれまで通り、運用を作るお手伝いをこなして助けるだけ。それ以上特別なことはしないつもり。今はそれが鎮守府のためだし、なにより提督が……あたしに望んで任せてくれてることだから、ね。」

「今まで通り……。でもそれじゃあ、提督自身が何もやってないことに変わりなくないですか? 霧島たち神奈川第一のやつらに言われっ放しな気がしてスッキリしません。」

「んおおぅ。鋭いな川内ちゃん。」

「それに……あたしは、あたしはどうすれば、提督の役に立てるの? 那珂さんも神通もずるいよ……。いつのまにか訓練の指導役になったり、提督と話すこと多かったりさぁ。あたしだって……何か役に立ちたいんですよ。」

 普段の強気で勢いある彼女の口調とは打って変わって弱々しく、ひねり出すような声で懇願を口にしてきた。那珂はそれを目の当たりにしてキュンとして心臓が突かれたような感覚を覚える。

 

 この娘も、意外と萌える仕草できるじゃん。侮れねぇ~

 

 そんな心の中の思いをなんとか押しとどめて真面目に返した。

「川内ちゃん……。それは趣味以外でってことでいいのかな?」

「はい。もちろん。」

 川内のまっすぐな視線と返事。那珂はしばし沈黙して考えたことを口にした。

「まず提督が何もしてないんじゃないって点。それは気にしなくていいと思う。あの人があたしたちに任せてくれたのは、艦娘であるあたしたち自身ができる範囲での運用だから。事務とか交渉とか採用とかそういうあたしたちじゃ社会的権利的にもできない部分は今も昔もこれからも提督がしてくれる。だから、西脇提督は何もしてないわけじゃないよ。だからよその人に何言われたってガン無視でいい。」

「で、でも……」

 言い終わる前に那珂はテーブルの上にある川内の手に自身の手を添えて続けた。

「らしくないよそんな弱気。いつもの(ノーテンキで)強気な川内ちゃんのほうが、提督だって……。ともかく、信じてあげなさい。」

「……はい。」

 

 

「次に川内ちゃんが何をしたらいいかって点。これに関してはあたしもちょっと反省してるところがあるんだ。」

 那珂がそう話題の切り出しをすると川内はキョトンとする。

「ぶっちゃけて言っちゃうね。今訓練の指導役を手伝ってもらってる神通ちゃんと時雨ちゃんはさ、きちんと考えてくれるの。とにかくマメで、真剣に取り組んで物事を捉えて分析してくれる。だからあたしは頼ってるの。対して川内ちゃんはどう?」

 

 川内はコクンと頷いてゆっくり答える。

「う……わ、わかってます。そーいうの苦手、ですから、無理。そこは神通には勝てない。」

 那珂は頷きも頭を横にも振らずに言葉を返す。

「分かってるならよろし。でもあたしのそーいう先入観というか捉え方で二人に差をつけていたのは、マズったって今わかった。だから今後は、川内ちゃんにも何か役割を担ってもらおーと思うよ。」

「え、それって……?」

 期待の視線とうっすらニヤケ顔を向けてきた川内に、那珂は頭を横に振りながら答える。

「まだノープランです。帰ったら提督に相談してみる。だから

「その話し合い、あたしも参加させて!!」

「え!?」

「そーいうちょっとした話し合いとか、那珂さんだけ思いついたらすぐしに行くってズルい。あたしが望むのは、そういう場にいさせて欲しいことなの。」

「気持ちはわかるけど、焦らないでよ。提督の都合だってあるし、まだあくまであたしの思いつきでしかないから。ちゃんと打ち合わせに参加させてあげられるようになったら教えるから。いい?」

「んー、まぁ、わかりました。じゃあいいです。待ってます。」

 言葉では了解しているが、川内の態度や表情には不服な様がハッキリ表れていた。那珂はあえてそれを見過ごして話を進めることにした。

 

「今回を経て、川内ちゃんの意識が変わったのはいいことだと思う。あたしは今のあなたを評価したい。今あたしに話してくれたように、提督にぶつける機会を作ってあげる。あなたの気持ちを知ったら、きっと提督だって成長を喜んでくれるよ。」

「そ、そうですかねぇ~?」

「うん。(さすが、提督が好きな娘だけある。二人はちゃんと見合えば、どこまでも気が合うよ、きっと……)」

「エヘヘ~。ん? な、なんで那珂さんそんな妙な顔なんですか?」

「え!?」

 川内の指摘に那珂はギョッとした。

 那珂は慌てて頬を抑えてさすった。ふと、目元を指で触る。ほんのり湿っている。なるほど。笑いながら泣くなんてなんて器用なんだ自分。そしてなんで妙なタイミングでこんなに鋭いんだこの後輩は。

 慌てて取り繕う。

「なんでもないよぉ~アハハ! こ、後輩の成長っぷりがさ、嬉しいの。素直に成長してくれてる神通ちゃんとは違ってさ、川内ちゃんは一癖も二癖もあるからさ~~。」

「むー? あたし馬鹿にされてません?」

「してないしてない。てかあたしがしてる評価でしかないんだから、異議があればドシドシ言ってよ。」

 那珂の取り繕いに川内はそのまま受け取り、再び頬を膨らませる。

 その時、第三の声がした。

「んん……誰?」

 

 

--

 

 モゾモゾと掛け布団をズラしながら那珂たちに声を掛けてきたのは、神通だった。

「あ、神通ちゃん。ゴメンゴメン。起こしちゃった?」

「那珂……さんと、川内……さん?」

「うん。ゴメン神通。那珂さんとちょっと話してたからさ。まだあたしたちも眠いから寝るy

「……お手洗ぃ。」

「「お、おぅ?」」

 

 寝床から完全に出た神通は那珂たちの直後の反応を無視してトイレに向かっていった。しばらくして戻ってきた神通は、目が冴えたのか、那珂たちのいる広縁にのそのそと近寄ってきた。

「何を、話されていたのですか?」

「ん~、大したことじゃないよ。あたしが先に起きててさ、那珂さんも起きてきたから、ちょっとね。」

「そう、ですか。」

 

 言葉が途切れた。時計だけがチクチクと針を刻む音で静寂を僅かに破っており、起きている三人はその流れになかなか乗らない。

 やがて那珂が口火を切った。

「そだ。海見に行かない?」

「え、こんな早くから?」

「??」

「それがいいんじゃないの! 昨日なんてあたし同じくらいに起きて一人でお散歩行ったよ。」

「あたしは話すこと話したし寝たいんですけど……まぁいいや。せっかくだし付き合います。神通も行く?」

「はい。それでは。」

 

 川内は頭をポリポリ掻いてめんどくさそうに反応するが、ケロリと態度を改めて返事をする。神通はまだ目覚めきってないまどろんだ様子だが、快い返事をする。二人の同意を得られた那珂は小さくガッツポーズを二人に見せる。

 そして三人はまだ寝ている面々を起こさぬよう、部屋を忍び足でそうっと出て行った。

 

 

--

 

 宿を出てなぎさラインを横切る。那珂は昨日と同じ漁港付近に二人を連れてきた。しかし昨日と同じ海岸線ではなく、海に突き出た波止場近くに向けて北西に針路を取って歩く。三人は漁港近くの区画の角にある公園にやってきた。

「うぅ~~~ん!! 気持ちいいねぇ~早朝は。」

「はい。まだ暑くないから快適だぁ。」

「(コクリ)」

 時間帯もあってか、三人以外に人はいない。そのためそれぞれ比較的大きめの声とともに伸びをして体を解きほぐす。

 

「ケホケホ。あ、ダメだ。あたし変に体動かしたら痛いんだったわ。」

「川内ちゃんは無理に伸ばさないでいいよ。早朝の気持ち良い空気だけ味わえ~。」

「アハハ。はーい。」

「本当に、無理しないで、くださいね?」

「ん。ありがとね、神通。」

 

 しばらく三人は会話無く散歩したり体操をしたり(那珂と神通だけ)、他愛もない日常話をして時間を過ごす。そのうち再び訪れた沈黙の時、珍しく神通がその空気を最初に破った。

「あの……那珂さん、川内さん。」

「ん、なぁに?」「どうしたの?」

 モジモジしながら神通は上目遣いで二人を見て言う。

「助けていただいて、本当にありがとうございます。」

「それはもういいって。ねぇ川内ちゃん?」

「ん?そうだよ。結局トドメ刺したのあんただし。」

「うんうん。結局あたしも川内ちゃんも神通ちゃんの勇ましい姿を見られなかったし。今回はそれだけが心残りかなぁ~。」

「あたしこそありがとうだよ。昨日の夜五十鈴さんから聞いたよ。あたしのために怒ったからあぁしたんだって?激怒なんて神通らしくないと思ってたけど……でも嬉しい。あたしのかたき取ってくれたなんて。」

「川内ちゃんは神通ちゃんにもう頭上がらないんじゃない? 神通ちゃんは昨日は丸一日戦ってたっていうし、経験的にも上になっちゃった感じぃ?」

 那珂は上半身をかがめて神通と川内を下から見上げる。すでにスイッチは茶化し方面に切り替わっているのに二人とも気づいた。

 

「い、五十鈴さんから実地で色々教わりました。落ち着いて戦えるシーンなら、私自信あります。」

「おぉ~~言うよーになったね!那珂ちゃんうれしー!」

「うえぇ!? いやいや、まだあたしのほうが!」

「アハハ、川内ちゃんだってちゃんと成長できてるよ。ゴメンゴメン。ただ川内ちゃんは、本物の軍艦の方の川内みたいに夜戦ばっかになってるから、日中の戦いをちゃんと経験しないとね。あたしがうまく任務もらってあげるから、一緒にいこ?」

「那珂さん……ありがとうございます! てか那珂さんちゃんと軍艦のこと勉強したんすね?」

「もち!川内ちゃんに負けてらんないからね~。」

「よかった、ですね。がんばってください。」

 那珂と川内の激しいリアクションの応酬に、ついていくのがやっとな神通が励ますために川内に優しく言葉をかけたことで、空気が和やかに戻る。

 しかし川内はまた別のところに噛み付き、神通と那珂を困らせ空気をかき乱す。とはいえ傍から見れば、女子高生の早朝イチャつきにしか見えない事実がそこにあるのだった。

 

 

--

 

「あ~お腹すいた。目も完全に覚めちゃったし、朝ごはん待ち遠しい~。最終日はせめて遊んで帰りたいなぁ~」

「お~い。川内ちゃんたちは昨日遊ぶ時間あったんでしょ~?あたしこそ今日は遊んで帰りたいよぅ!」

「アハハ!」「クスクス」

 ダラダラと歩いて公園の出入り口に向かう三人。川内と那珂が喋っていると、二人の後ろに付いて歩いていた神通がポツリと言葉を漏らす。

「お二人が、羨ましいです。」

「おぅ? 神通ちゃんどーしたの?」

 那珂が振り向いて尋ねると、神通は小さく何度か頷いてから答えた。

「知らない場所で知らない人たちと交流できて。私、やっぱり今回のイベントに参加しておけばかったのかなって。」

「そーはいうけどさ、神通ちゃんがいなかったら、名取ちゃんは水上航行できないままだったんでしょ? 自分が選んだ道で関係する人に成果を出してあげられたなら、その道を後から悔やむのはダメだと思うよ。名取ちゃんに失礼。」

「あ……すみません。」

「あたしに謝っても仕方ないでしょ。それにさ、神奈川第一の神通さんとお話できたんでしょ? 知らない場所で知らない人と交流、できてるじゃん。同じ艦担当の人と会って交流できたというのは、ものすごく大きな出会いだと思うよ。」

 神通は悄気げながらもハッキリと頷く。表情が見えないので理解してくれたものとして那珂は話を進める。

 

「何をやるのも焦る必要なーし。少しずつでいいんだよ。また神通さんに会えるといいよね、千葉神通ちゃん?」

「あ……そ、その呼び方は……やめて、ください。」

「アハハ。いいね~千葉神通。その人ネーミングセンス、誰かさん並だよね?」

 那珂と川内の茶化しに神通は顔を赤らめて二人の腕を指で突いた。川内は神通を茶化しながらも、その誰かさんに視線を向けて冷やかす。

「おぅ! 視線がこっち向いてるよ川内ちゃん! 先輩をからかうなんてひでー後輩ぃ!」

「悔しかったらネーミングセンス磨いてくださいね~、あたしたちのアイドルさ~ん!」

「コラー!」

 タッと駆け出す川内。那珂は彼女を追いかけるべく早歩き~駆け出した。一人置いてけぼりになった神通は溜息を吐いた後クスリと微笑み、二人に合わせて軽めに駆け出す。

 

【挿絵表示】

 

 そんな神通は頭の中で、那珂の言葉を自身の反省としてゆっくりともみほぐし、脳裏に染み込ませようとしていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

祭りの終わり

 館山での祭りのイベントも最終日。一部艦娘は最後のイベに参加。残りは一般人に同化して祭りを最後まで楽しむ。閉会式、那珂は眼前に座る提督ら大人勢の背中を見、物思いに耽る。


 祭りも最終日。この日は15時に本部庁舎前広場で閉幕式が行われる。それまで艦娘達は基本自由時間だ。とはいえこの祭りの主役は艦娘と海上自衛隊。最終日も艦娘が出演するミニイベントは残っている。神奈川第一から数名は、この日もミニイベントのため指示された会場に赴いて働いていた。

 

 規模の関係上、主体は神奈川第一だが、名目上は神奈川第一と鎮守府Aの共催という形のため、あるミニイベントに鎮守府Aからも参加を求められていた。

 提督代理の妙高は内々に聞いていたその話を、朝食の席で打ち明ける。すると那珂たちはワイワイと騒ぎ立つ。妙高はイベントの内容と艦娘たちの性格を踏まえて、鎮守府Aからの参加者を選出した。

 その指示されたメンツ以外の艦娘は自由時間となったため、さらに賑やかに朝食終了間際の空気を色立たせた。

 

 

--

 

 一部を除いて思い思いに自由時間を過ごす艦娘たち。少女たちとは別行動になる妙高は閉会式の参加のためやってくる西脇提督と連絡を取り村瀬提督らと打ち合わせに、明石は艤装を持ち帰るための準備に追われることになった。

 そうして時間は過ぎ、閉会式を迎えた。館山基地の広場の一角に設営された会場、その関係者スペースには、村瀬提督と鹿島の後ろに神奈川第一艦娘たちが、西脇提督と妙高の後ろには那珂たち鎮守府Aの艦娘たちが並んで座っている。

 

「妙高さん、今回は代理ご苦労様です。」

「いえいえ。大変良い経験が出来ました。しっかりとうちの箔を売り込んでおきましたから。」

「ハハ。さすがだわ。頼りにしてます。それに黒崎先生もお疲れ様です。いかがでした?」

「私なんて……何のお役に立てなくて申し訳ございません。私も艦娘になっていたら何かできたんでしょうけど。」

「いえいえ、そんなことないですよ。先生がいたから時雨たちも安心できたんでしょうし、いてくれるだけで安心できる存在って、大事なんじゃないですかね。」

「西脇さん……フフッ。ありがとうございます。」

 

 那珂は大人三人の会話をすぐ後ろで聞いていた。自身の隣には五月雨が座っている。彼らの会話をこの少女も聞いているはずだが、どう感じているのか。

 理沙のことは正直まだ全然わからない。しかし彼女の従姉だという妙高のことはある程度わかっている。那珂は提督と妙高に、夫婦のような雰囲気を感じた。さすがにこんな大人の女性が相手だったら、川内はもちろん自分も敵わない。しかしそもそもライバル視したい存在ではない。

 実感しているのは、わずかに感じさせる仲睦まじい雰囲気が、いつかそんな雰囲気を自分も誰かと作り出して過ごしていけるのだろうかという漠然とした思いを抱かせるものであるということ。なんとなく自身の心という水面をパシャパシャと波立たせる。

 

 誓ったじゃないか。自分は西脇提督に仕事の面だけで協力し、助け喜ばせてあげると。自分の好きは違う。提督の好きの方向も違う。提督の好きが向かう先についてはあの日の夜にわかっている。

 そして今朝話していて気づいたことがある。川内も提督を意識し始めている。艦娘になって、彼女の見聞や認識が広まったおかげだろう。普通に高校生活を送っていたらありえなかった世界や人物との出会い。自分だってそれをこの数ヶ月間で存分に味わって今ここにいる。

 きっと趣味の以外の面でも、いずれ川内は提督にとって、そして鎮守府にとっても欠かせぬ存在になる気がする。そうなった時、自分はどうなる?どうするべきか。

 まさかライバルが五十鈴と川内の二人になるとは思わなかった。いや、全く考えていなかったわけではない。なんとなく察することができる気配はあったし、実力としても将来性があるのは認めたい。なにより自分が招き入れた後輩であり、大切な艦娘仲間なのだ。

 川内の想いの矛先と相手の想いが繋がる道筋が見つかった今、その可能性の芽を摘んでしまうのは本意ではない。大人しく自分は下がり、二人を陰ながら応援しよう。

 そして自分は、忘れかけていた目的を思い出し目指すのだ。自分らしくあるために、注力の方向性を正したい。

 

 

--

 

 その他諸々の思いにふけっていた那珂はしばらくして提督や五月雨に肩を叩かれた。

「……おい、那珂?」

「那珂さん? 終わりましたよ?」

「ふぇ!?」

 那珂が見上げると、そこには自身を心配げに見つめる二人の姿があった。プラス、背後からは後輩たちの視線も感じた。

「な、なに?」

「何って……もう閉会式も終わったぞ。退場だよ退場。ホラ皆行くぞ。」

「あ、あぁ~~~そ、そっか。アハハ。あたし~眠かったのかなぁ。ボーッとしてたよ。アハハハ~!」

 提督のツッコミを受けてアタフタしつつ、那珂は後頭部をポリポリ掻いて立ち上がる。周囲はガヤガヤとして、すでに立ち上がって席を離れはじめている。

 ひとしきり周囲を見渡した直後、背後からツッコミが入った。

「那珂さんってば、どうしたんすか?終わるからって気抜いてません?」

 そうツッコんできたのは川内である。那珂は背後に振り向き川内に取り繕う。

「おぅ! 川内ちゃんに言われちゃったよぅ……あたしだって疲れてぇ、緊張してぇ、ぼーっとすることあるんだよ。」

 おどけながらそう口にすると、周囲からケラケラと砕けた笑いが咲く。

 五月雨が、村雨が、他の艦娘たちが那珂を見て笑い、そして自身も眠かっただの、早く帰りたいだの自由な愚痴を漏らし始める。

 それを見た提督や妙高ら大人勢は微笑みながら軽くため息をつき、少女たちに告げた。

 

「わかったわかった。後はお世話になった方々に軽く挨拶するだけだから、もう一踏ん張り頼むよ。」

「りょーかーい! ねぇねぇてーとくさん。帰りにお土産屋寄ってね~。ママたちにお土産買っていきたいっぽい!」

 夕立の提案に時雨らはウンウンと頷いて懇願の視線を提督に向ける。その視線に提督は照れながら頷き、夕立の頭を撫でることで駆逐艦勢をなだめた。

 

 

--

 

 閉会式後、西脇提督は那珂たち艦娘を連れて館山基地の本部庁舎の会議室にいた。すでに見慣れた大部屋だ。数人の海曹が簡単に長机を並べて会場づくりを進めている。ガヤガヤと聞こえる声は何重奏にもなって会議室に響き渡る。那珂たちだけの声ではない。そこには神奈川第一鎮守府の艦娘らもいるからだ。

 ほどなくして、館山基地の幕僚長ら幹部や海佐たちが姿を現した。つまるところ、本当に必要な関係者が一同に会したことになる。

 ある海佐の宣言で始まったのは、閉会式のときよりも砕けた、関係者同士の簡単な懇親会だった。

 

 この日中に鎮守府に帰るのを目的としているため、西脇提督は海佐や幕僚長たちから勧められる酒をなんとかかわし、代わりにノンアルコールビールで酒盛りの嵐を食らっていた。

 那珂たちや神奈川第一の霧島ら艦娘は、ジュースやお茶とお菓子を手に持ちしとやかに、一部は子供であるがゆえにはっちゃけておしゃべりをしている。中には合コンばりにイケメン海尉・海曹に詰め寄っている者もいた。

 

 

--

 

 簡単な、と言いながら懇親会は1時間ほど続き、17時30分手前で幕僚長の合図のもと、懇親会は幕を閉じた。

 

「それでは西脇君。我々もこれで失礼する。鎮守府までそちらも長いだろうから、道中気をつけて。」

「あ、はい。お心遣い感謝致します。そちらこそお気をつけて。また、何かありましたらご連絡致します。」

 

 提督同士の別れ際の挨拶がかわされているその近くでは、艦娘たちも別れの挨拶に続く終いのおしゃべりをしていた。

「ねぇねぇ川内。」

「川内さーん!」

 川内に体でも口頭でもタックルしてきたのは暁・雷をはじめとする神奈川第一の駆逐艦たちだ。

「おうよ。また会おうね。」

「うん。昨日の遊びの約束果たせなかったから、また会いたいわ。」

「あ、そういやそうだったねぇ。昨日は仕方ない。うん。さすがのあたしもそう思うわ。その代わり今度プライベートで遊ぼ。」

「うん!」

 そう暁と川内が見つめ合って話していると、雷が割り込んだ。

「暁だけなんか仲いいのずるいわ。今度はあたしたちも川内さんと一緒にしたいわ。いいでしょ?」

 暁と雷につづいて電も要望を口にする。

「はぅ……私も一緒にお仕事や遊びたいのです。響ちゃんもそうでしょ?」

「……そうだね。私は別行動だったからね。」

 初めて合う響という艦娘に川内は若干身構えたが、おとなしめに口を動かしてすぐに黙ってしまったその少女を見て、なんとなく同僚を彷彿とさせたので、緊張感をすぐに解いて応対をした。

「えっと、響さんだっけ。あたしは軽巡洋艦川内。まぁそっちにも川内はいるらしいからちょっと紛らわしいとは思うけど、よろしくね。」

「え、うん。あの、よろしく……。」

 そう一言挨拶を述べると口を噤む響。会話が続きそうにないので川内も黙るしかない。それを見た雷が会話の主導権を握るべく話題を変えてきた。

 

「ところで川内さん。あたしたち4人は第六駆逐隊っていうチームになるらしいの。知ってた?」

「え? あ~、うん知ってるよ。軍艦のほうの編成ネタでしょ? そんなのゲームで軍艦覚えた人なら朝飯前だよ。」

 やや鼻息を荒げてネタを口から発した雷は、川内のあっさりとした応対に口を膨らませた。

「ブー。な~んだつまんないの。日本史の授業でもやらないそうな話だったから自慢したかったのに。」

「自慢したかったなんて、雷はまだまだ子供ね~。私達来年高校生なんだから、自慢なんて大人げないわよ。」

 暁がややふんぞり返りながら雷をなだめる。その脇で川内はプッと吹き出し、暁から眉をひそめた怪訝な問いかけと視線をもらった。

「な、なによ?何かおかしいこと言った?」

「いやいや。何も。ダダこねたりぐずって泣き出すのも、来年高校生のすることじゃないよな~って疑問に思っただけよ。」

「ムッ。それあたしに言ってるの!? あたし見て言ってるよねそれ!?」

 暁はすぐに顔を真赤にして川内に詰め寄り責め立てる。しかし暁は自分以外の四人の様を見てさらにアタフタとする。

 当の川内はいなし方をすでに掴んでいるため、暁の文句を全く意に介さないでケラケラ笑うのみ。そのやり取りを見ていた雷はニンマリと苦笑の顔を向け、電は若干アタフタしながらも口の端は吊り上げて笑みを浮かべ、そして響はわずかにうつむいて口を手で抑えて笑いをこらえている。完全に暁のからかい包囲網がその場に出来上がり、場の雰囲気を賑やかにさせていた。

 

 

--

 

 那珂は五十鈴とともに、懇親会の最後まで神奈川第一の天龍たちとともにいた。そのため、懇親会の締めの挨拶とそれぞれの別れの挨拶はすぐさま向き合って始めた。

「またな、那珂さん、五十鈴さん。」

「うん。また会おうね、天龍ちゃん!」

「またね、天龍さん。」

 別れの悲しみなどこの場の三人も周囲の艦娘にも無く、ただただ和気藹々としたおしゃべりの延長が続くのみだ。

 天龍が鹿島らから呼ばれて去る前、那珂は天龍から一つの提案を聞いた。

 

「そだ。あそこにいる暁たちが言ってたんだけどさ、そっちと演習試合したいっつうんだよ。」

「演習試合?」

「そう。あたしとしてもその意見に賛成。一度那珂さんたちと拳ならぬ砲をまじえてみたいから、パパにキチンと頼み込むつもり。どうかな、ノってくれない?」

 那珂と五十鈴は顔を見合わせ、すぐに天龍に向き直して返答をした。

「おっけぃ。ど~んと来いってやつですよ。」

「私もいいわよ。うちの西脇に進言しておくわ。」

「うん。頼むぜ。それじゃあな。また会おうぜ。」

 

 二人の快い返事を聞いた天龍はニカッと口を大きく開けて笑顔になり、一言発して二人から離れていく。那珂と五十鈴は彼女の背中を、会議室から見えなくなるまで見続けていた。

 

 

--

 

「お~い、那珂、五十鈴。それから川内!こっちに集まれ~!」

「「「はい。」」」

 

 提督に呼ばれた那珂たちは会議室の一角にいる提督を中心に揃った。

「みんな、挨拶は終わったな。それじゃあ帰るぞ。」

「はーい!」

「はぁ~やっとかぁ。もうお腹空いて空いて。」

「川内さん……さっきまで結構食べていたじゃないですか……。」

「何言ってんの神通。こんなの軽食だよ。ねぇ、夕立ちゃん。」

「っぽ~い!」

「あぁもう。ゆうもノッちゃって!」

 いつもの流れ通り、神通と時雨の心配なぞどこ吹く風の川内と夕立。笑いが漏れる那珂たち鎮守府Aの一行は最後に、会場に残っていた海上自衛隊の面々に深々とお辞儀をして退出し、基地を後にした。

 

 そのまま手ぶらで帰るつもりはない那珂たちはお土産センターに寄ることを忘れない。提督にせがんで駅前のお土産センターに立ち寄らせる。数十分経ってから車に乗り込んだ那珂たちの側には、大量のお土産品が車中のいたるスペースを専有していた。

 

 鎮守府までの2時間近く、艦娘たちは車に揺られながら思い出深いこの2~3日を思い返し、帰路に着くのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ex1 那珂:第一歩

 本エピソードは前話「祭りの終わり」の冒頭から派生するお話です。原作ゲームでは艦隊のアイドルを称する彼女が、拙作世界観ではこうしてアイドルになる!?というエピソード群であります。



 

 旅館での朝食の席、提督代理の妙高が最終日の予定を告げる。ミニイベントの参加を暗に指示されたが、果たして誰が参加することになるのか疑問に感じてワイワイとざわめく。

 

「そんなこと当日の朝に言わないで欲しいよね~。せっかく遊びたかったのに。」

「ですよね~。特に那珂さんと五月雨ちゃんは昨日は観艦式に出てたからほとんど遊べなかったでしょ?」

 川内がそう言うと、那珂と五月雨は激しく頭を縦に振った。

「じゃあ、誰が参加するの?」

 そう五十鈴が誰へともなしに尋ねると、妙高が申し訳なさそうに言った。

「それが……私は内々に話を伺ってまして。イベントを担当される方々から、那珂さんのご指名がありました。」

「へっ!? あたしぃ!?」

 那珂は冗談半分、本気半分のオーバーリアクション気味な驚き方を見せる。全員が那珂に視線を向ける。

「いや~ご指名なんて喜んでいいのかなぁ。なんでまた?あたし何するんです?」

 

「今回の艦娘絡みのプログラムで目立った艦娘への、インタビューとかトークショーだそうです。那珂さんお話するのお好きでしょうし、私の方からOKしておきました。」

「えええぇ!? 妙高さん抜け目なさすぎですよぉ~!」

 

 再び大げさな仕草で今度は妙高に対してツッコミを入れる那珂は、全員から笑いが取れたのを確認すると口調をやや切り替えて続けた。

「ま~でもおしゃべりは好きですし、生徒会で培ったどきょ~で多分問題なく乗り切れます、はい。」

 那珂の了承を確認した妙高は微笑んで頷き、改めて全員へ説明をした。

「それでは後で私と一緒に渚の駅に。現地で神奈川第一の方々と合流です。他の方は今日は自由です。ただ、閉会式が15時に開かれますので、それまでに館山基地の本部庁舎前の会場に来て下さい。私達は関係者ですので、関係者席に直接向かって下さい。その際、艤装装着者証明証を忘れずにお願いしますね。」

「はい!」

「お姉ちゃん、私はどうすればいい?」

「理沙は……そうねぇ。今日は皆に艦娘の仕事は他にないはずだから、あなたも安心して羽根を伸ばしていいですよ。」

「うん。と言ってもこの辺りよくわからないから、皆と一緒にいるね。」

「えぇ。そうしてちょうだい。」

 理沙という保護者がいることにより五月雨たちもそうだが従姉たる妙高も安心でき、自身の役割に集中できるのだった。

 

 

--

 

 その後、部屋に戻り身支度を整え始める。那珂が口火を切って愚痴にも満たない感想を吐露する。

「うあ~なんか緊張してきたよ。」

「よかったじゃないの。これでホントに近づけるじゃない、芸人に。」と五十鈴。

「ちっがぁ~~う!アイドル!それ言われるとマジで調子狂うからやめてよね~~五十鈴ちゃん!」

 那珂と五十鈴の掛け合いに川内たちはケラケラと笑う。那珂が返す勢いでやや興奮気味に五十鈴に絡み続けていると、背後から川内の言葉がかかった。

「でも、テレビ局とか来てくるんでしょ?那珂さん本当にテレビやネットデビューって感じじゃないですか。」

「うー。川内ちゃんまでぇ~」

 くるりと振り返り川内にジト目で視線を送る那珂。

「いやいや。あたしは五十鈴さんみたいにからかってるわけじゃないですよ。芸能界への道なんてどこに転がってるかわからないですし。」

 

「そうそう!世間にアピールするチャンスなんですよ、那珂さぁん!」

 川内の言葉に乗ってきたのは村雨だ。片付け終わった手持ちのバッグを跳ねのけ、正座のままズリズリ素早く前進して那珂と川内に近寄る。その気迫に那珂は若干身を引いた。そんな那珂を気にせず村雨は気迫そのままで続ける。

「いいですか那珂さん。もし本当に芸能人になりたかったら、渋谷とか原宿とか出歩かないと良い出会いはないんですよ!? 有名になりたいんでしたらそういうところに積極的に、です。」

「お、おぅ……? でもあたし原宿とかあんま行かないからなぁ~。」

「それ!そこなんですよ那珂さん。いいですか?スカウト確立高い主な場所がそこなわけで、そこに行かない那珂さん始め、一般の人はチャンスが普通に少ないんです。ですから身近なイベントに参加してどんな形でもいいから世間にアピールしていく必要があるんです。それからですね……」

 

 止まらぬ村雨の講釈。標的になっている那珂はもちろん、隣にいた川内、そして五十鈴ら完全に第三者組は口を半開きにして呆気にとられている。

 そんな空気を打ち破ったのは村雨の同級生たる夕立たちだった。

「あ~ますみん、またエンジンかかっちゃったっぽい?」

「アハハ……ますみちゃんはお洒落と芸能ネタも大好物だもんね。」

 さすがの夕立も、そして五月雨も苦笑するしかないでいる。

「ますみちゃん、ますみちゃん。落ち着こう。あの那珂さんをすっかり黙らせちゃってるよ。」

 時雨のやんわりとした宥めにより村雨は正気に戻り、詰め寄っていた那珂から少し離れる。興奮して頬を赤らめたままの村雨は深呼吸して気を落ち着かせると、唇が乾く間もなく口を開く。

 

 その後、那珂の振る舞いを形の上だけで心配した村雨は五月雨たち親友+不知火に目配せをして合図を送る。それを見てもいまいちピンとこない4人は村雨に引っ張られて部屋の端に行き、耳打ちされてようやく意図を理解して那珂の傍へと戻ってきた。

 時雨は失笑し不知火は変わらず無表情。村雨、五月雨そして夕立はニンマリとしている。心臓をくすぐられた感を覚えて上半身をやや身悶えさせた那珂は言葉を詰まらせながら尋ねる。

「な、なに? 何を話してきたの?」

「ン~フフ。秘密です。ね?」指を伸ばして口に当てる村雨。

「ハァ……ますみちゃんったら、こういうときの悪ノリはゆうや貴子ちゃんよりひどいなぁ。」

「あ~~楽しみだね、会場にm

「わぁぁ!ゆうちゃん言ったらダメだよぉ~。」

 夕立が口を滑らすのを五月雨がすかさず止める。その掛け合いを五月雨の隣で眺めていた不知火は那珂の方を向き一言口にした。

「知らなくていいことらしい、です。」

「あ、うん……。さいですか。」

 

 不知火の感情の薄い一言を聞いた那珂は問い詰める気がなくなったため、目の前で展開される駆逐艦組のやり取りをするがままにさせておいた。

 少女たちがワイワイとおしゃべりに興じてしばらく経つと、妙高が那珂に合図をして出発を促した。那珂はのんびりゆったりして重くなりかけていた腰をあげる。

「それじゃまあ、行ってくるよ。」

「はーい。行ってらっしゃい、那珂さん。頑張ってね。」

「頑張って、ください。」

「あんたの事だからヘマとかはしないと思うけれど、ま、頑張ってね。」

 川内と神通、そして五十鈴が那珂を鼓舞する。その後五月雨たちの素直な、しかし含みのある声援を受け、那珂はあえて声で返事をせずに手のひらをヒラヒラと振りながら部屋を出る。

 

 那珂が出ていった後、部屋ではしばらくヒソヒソとした声がうっすら漏れていた。

 

 

--

 

 旅館を出て歩きながら那珂は妙高に確認をしてこれからのイベントの心構えを深める。十数分歩いて那珂たちがたどり着いたのは、渚の駅だった。

 関係者は渚の駅たてやまの地上階裏手、桟橋に繋がる大通路の脇に設置された特設テントに集まることになっていた。那珂たちは玄関で係員に艤装装着者制度の証明証を提示し、一般客とは別通路で建物を通り過ぎてテントに案内された。

 そこにはイベント主催関係者と、明らかに艦娘の格好をした人物3人がいた。

 

「おはようございます。千葉第二鎮守府の者です。」

「あ~あ~どうもどうも!待っていました。ささ、こちらへどうぞ。」

 妙高の挨拶に調子づいた軽い返事で接してきたのは、主催者団体の一人の男性だった。軽快なステップで歩み寄ってきたその男性は、那珂と妙高をテントの一角に設けられた長机数個のミーティングスペースに案内する。

 那珂たちは促されるままそのスペースの手前に行くと3人は立ち、そのうち一人がお辞儀をして挨拶をしてきた。

「おはようございます。妙高さん。」

「おはようございます。鹿島さん。神奈川第一から参加される人ってそのお二人なのですか?」

「えぇ。」

 鹿島がチラリとその二人に視線を向けると、一人が那珂に声をかけてきた。

「おはよう。那珂さん。よく眠れた?」

「おはよーございます霧島さん!」

「えぇおはよう。うちからは私霧島と、この夕張がイベントに参加することになっているわ。ホラ夕張。挨拶なさい。」

 霧島が肘でつつくと、夕張は慌てたように挨拶をし始めた。

「あああ、あの~!私神奈川第一で軽巡夕張を担当している○○っていいます。私こういう人前に出るイベントダメなんですよぉ~~。目立ちたくないので、どうかフォローよろしくおねがいしますぅ~!」

 なんとも情けない挨拶に霧島は片手で額を抑えつつ、もう片方の腕の肘で再び夕張の脇をつついて叱責する。

「もっとちゃんと挨拶なさい。他所の鎮守府に笑われるでしょ。」

「だ、だって~。ただの女子高生の私がこんな場所にいていいのか不安なんですよ~~。」

「ほ、ホラホラ夕張さん。霧島さんもいますし提督から代理任されてる私もついてます。それにこちらの千葉第二のお二人もいらっしゃるんですし、大丈夫ですよ?」

 鹿島の慌てた感のある慰めに夕張はため息をついてしょげた。口を完全につぐんでしまったが、一応落ち着いたのか表情は和らいでいた。

 那珂と妙高は顔を見合わせ、クスリと笑った後自己紹介をした。

 

「それでは私達も改めて。千葉第二鎮守府の妙高を担当している黒崎妙子と申します。今回は提督代理として参加させていただいております。今回のお祭り最後のイベント、どうかよろしくお願いします。」

「軽巡洋艦那珂を担当している光主那美恵です!あたしもただの女子高生ですけど、お二人ははじめまして~ではないから不安はなんとか解消できそうです。最後まで乗り切りましょ!」

 那珂は2~3歩前に出て、夕張の手を取りニコリと笑う。夕張は那珂に触れられてしょげた顔をやっと解消し、笑顔を戻す。

 同年代の那珂と夕張は、すぐに気が合ったために隣同士で座ってミーティングに臨んだ。

 

 

--

 

 艦娘同士の挨拶が終わったのを見計らい、主催者の男性が説明を始めた。

 かんたてフェスタ最後の大イベント、艦娘トークショーは、神奈川第一鎮守府より戦艦霧島、軽巡洋艦夕張、鎮守府Aより軽巡洋艦那珂の計三人が参加する。(鹿島と妙高はそれぞれの鎮守府の責任者兼マネージャーとしての立ち位置)

 

 那珂たちはトークのお題を提示された。那珂がなぜこの場でネタを出すのかと尋ねると、主催者とディレクターたちは苦笑しながらも解説する。

 素人出演のショーで本番にいきなりトークのお題を提示して答えさせることはしないという。テレビ局やネット番組の団体も来ている生放送のため、ショーの展開はなるべくスムーズに事運びをさせる必要がある。

 そのため打ち合わせの段階で今回の素人にあたる那珂たち艦娘勢には、事前にトークのお題を出された。その説明に納得した那珂は霧島や夕張に声をかけて話し始める。

 

「ねぇねぇ霧島さんに夕張さん。このお題なんですけどぉ、お二人の○○のこと、気になるなぁ~。」

「え、え? そんなお話振られてもすぐ答えられないわよぅ……。」

「そ、そうね。私は……だったわね。あ、でも……だったかも。あぁ、緊張するわね。」

「お二人ともかったいなぁ~。」

「な、那珂さんはなんでそんな楽しそうなんですかぁ!?緊張していないんですか?」

 泣きそうな声で夕張が尋ねる。夕張と霧島の明らかな緊張具合。二人とは違い、那珂はこの打ち合わせの席でもケラケラとにこやかな笑顔でいる。

「エヘヘ~。私はいちおー学校で生徒会長やってますし人前で話すのぜーんぜんへっちゃらですよ。緊張はそりゃあ多少してますけど。それよりもむしろ楽しさのほうが上回ってまして。」

 その後那珂の口から飛び出す今回のイベントにかける思いやトークのお題の回答っぷりに、霧島と夕張は口を挟めず完全に呆気にとられていたが、次第に感心し始めていた。

 

 

--

 

 打ち合わせが終わってしばらくすると、那珂たちの周りにいるスタッフの動きが慌ただしくなった。外のステージでいよいよイベントが始まるためだ。

 那珂たちがキョロキョロとしていると別のスタッフが那珂たちの書いた回答のシートを回収したり撮影の準備をし始める。

 そしてトークショーの司会の男女が那珂たちに歩み寄り、ショーのプログラムが書かれた台本を手に声をかけてきた。

「それでは艦娘の皆さん。もう少しで本番なので最後の段取り確認をさせていただきます。この後私達がステージに出て、プログラムのここからここまでを進行します。この段階の少し前になったらスタッフから指示が出ますので、ステージ下手側で待機してください。」

 

 那珂たちが返事をすると司会者の二人はステージに出ていった。那珂は妙高と向かい合い、一呼吸して口を開く。

「それじゃー妙高さん。そろそろ行ってきます。なぁにあとは任せてください。ヘマなんてしないよう踏ん張りますので。」

「はい。那珂さんだったら心配ないですね。あなたの思うがまま、願うがまま思い切り楽しんできてくださいね。」

「はーい!」

 自分を信頼してくれている妙高に対し那珂は満面の笑みで返した。那珂と妙高の隣では霧島と夕張が鹿島に対して意気込みを語っている。

 

 数分後、ステージ裏・下手で待つ那珂たちはスタッフから合図された。那珂は隣にいる夕張そして霧島に目配せをして密やかに小声をかける。

「霧島さん、夕張さん。頑張りましょーね。もし緊張したら助けますから、あたしがそうなったらフォローしてくださいね。お願いします。」

「はいはい。わかったわ。那珂さんはなんか平気そうな気がするけれどね。」

「そうですよそうですよぉ~。」

 二人の返事を半分素通りさせ、受け入れたもう半分の感情で親指を立てて胸元で小さく、しかしグッと強く振る。その仕草に霧島と夕張は呆れつつも納得した。

 

 ステージでは司会者の挨拶と雑談めいたトークが展開されている。

「それではお待たせしました。本日このステージに、先日観艦式で活躍を見せてくれた艦娘の皆さんを代表して、三人の方を招いております。それでは……どうぞ~!」

 

 那珂たちは、背後にいたスタッフからGoサインと合図をもらい、足を踏み出した。

 違う鎮守府の艦娘、それぞれの事情や境遇がある。このステージに賭ける思いもそれぞれ。霧島と夕張にしてみれば単なるイベント参加の頼まれ事。しかし那珂にしてみれば“単なる”で片付けられる話ではない。歩幅は小さくとも、夢を実現するための大きな一歩である。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ex2 那珂:初めてのテレビ出演

 今回の館山でのイベントに参加した艦娘へのインタビューのステージショーが始まった。霧島、夕張とともに舞台に上がった那珂は初めて、夢に近づいた高揚感と現実の厳しさを同時に知る。


「それでは登場していただきましょう。艦娘の皆さん、どうぞ~~!」

 

 多大な拍手と歓声の嵐の中、霧島を先頭に並び直して三人はステージへと上がった。

 霧島と夕張の後に那珂は続く。実のところ不安による緊張で足が震えていた。人前に立つ者として、わずかな不安をステージを見ている人に悟らせてはいけない。那珂はただひたすらそう堅く思いこむが思えば思うほど、心臓の鼓動が速く強く脈打つ。手に汗が滲み軽く目眩がし始めていた。

 那珂の視線には夕張の背中が映っていた。よかった、前に人がいて。那珂は心底安堵する。

 

 いつもの自分らしくないな。

 

 そう反省した那珂は下腹部に力を込めて努めて平静を装って歩み、指定された丸いすに腰を下ろした。

 着席をどうにかしとやかに済ませた那珂はチラリと夕張と霧島に視線を送る。すると気づいた二人が僅かな顔と眼球の動きで那珂を見、察したかのように微かに頷いた。相手のその目には緊張と戸惑いの色が残っているように見えた。つまるところ、今このときの心境は那珂と大差なかった。

 

 椅子に座った那珂たちに熱い視線・声援・妄想を送る観客。それらを煽ってさらに盛り上げるべく司会者らは軽やかな口調で進行のため、本題を切り出した。

「今回ははるばる館山までお越しいただきありがとうございます。早速ですが自己紹介していただきましょう。担当名と出身鎮守府についてお聞かせいただけますか?」

 

そう言って司会者が最初に促したのは霧島だ。三人のうちもっとも年上で社会人の彼女は、喋るために開けた口でまずは小さく呼吸を整えた。

「コホン。私は深海棲艦対策局および艤装装着者管理署神奈川第一支局所属、戦艦霧島です。ええと本名言ったほうがよいのかしら?」

 途中で司会者に問いかける。

「いえいえ。担当名だけで結構ですよ。」

 霧島はその後、そうですかと頷き、自己紹介の続きをした。普段の担当業務と今回の担当について、いたって事務的な口調で淡々と説明した。終わると、司会者は彼女の事務的な説明に2~3の茶化しめいた質問をして霧島にさらにしゃべらせた。

 最初から最後まで、事務的かつ多少苦笑いするだけで味気ない自己紹介となったが、会場の盛り上がりとしては上々だった。

 

 そして夕張の番となった。霧島とは違い明らかに緊張で口がまわっておらず、やや混乱が見られる。

 那珂自身も心臓バクバクしていたが、夕張の様はさすがに見過ごせない。中腰になるような高さの椅子で夕張は危なっかしく手をバタバタさせながら必死で喋ろうとしていたため、何かの拍子に椅子ごと転げ落ちそうなバランス状態だ。

 那珂は自身に近い方の夕張の手にサッと腕を伸ばし、優しく手の甲を自身の手の平で包み込む。急に触れられた夕張は

 

「え!?」

 

とマイクがギリギリ拾わなそうな小声とともに振り向いた。那珂がニコリと笑うと、夕張はハッとした表情になる。

 もう一人の司会者は夕張の様子が落ち着きを取り戻してようやく聞き取りやすい自己紹介を始めたのを見届けると、感謝の意を込めて那珂に視線を送った。

 那珂は彼女のアイコンタクトに気づくと、お返しに微笑みを浮かべ心の中で挨拶をかわしあった。

 

「それでは次の方に参りましょう。」

 司会者が促す。那珂はついに自分の番となることで緊張が限界突破しそうだった。先程の夕張の気持ちはわからないでもない。

 唾を強めに飲み込んでから口を開いた。

「あたしは深海棲艦対策局千葉第二支局所属、軽巡洋艦那珂です。先のお二人とは違う鎮守府から来ていまして、今回一緒にお仕事させていただきました。この度はトークショーにお声がかかってびっくりしましたけど、最後まで頑張りたいと思います。よろしくお願い致しま~す!」

「はい。ということでかんたてフェスタのラストを飾るこのトークショー、こちらのお三方に色々お聞きして、お送りして参ります。」

 再び巻き起こる拍手と嬌声。それに圧倒された三人はキョロキョロするわけでもなく、ただ司会者のほうになんとなく視線を留めておいた。

 

 

--

 

 次にショーの展開は艦娘についての説明に切り替わった。ステージの背景の暗幕に映像が映し出される。それ自体が目的ではないのか、その説明はサラリと終わった。

 説明の最後に司会者が話を振り始めた。

「いくつかお聞きしたいのですが、よろしいですか?」

 霧島は那珂たちに視線を向けて暗に意識合わせをした後、代表して返事をした。

「それではまずそちらの那珂さんにお聞きします。」

「は、はい!」

「那珂さんはこちらのお二方とは違う鎮守府から来られてるということですが?」

 

 いきなりあたしかい!

 と那珂は驚きつつのツッコミを心の中で行ったが、口から出た返答は落ち着いた口調である。

「はい。あたしはさきほども紹介させていただきましたけど、深海棲艦対策局千葉第二支局、通称千葉第二鎮守府の所属です。この度は神奈川第一鎮守府の皆さんのご提案で私達も参加させていただきました。」

「へぇ~。千葉第二?それはどこにあるんですか?」

「ええと、千葉県の検見川浜です。昔は海浜公園のヨットハーバーがあった場所に設立されています。」

「ほぉ~検見川浜。東京湾の随分端ってことですよね。そこから千葉の海を守ってくれていると。いや~素晴らしい。」

 軽調子で那珂の受け答えにいかにも適当な相槌を打った司会者は勢いそのままに続けて質問をし始めた。

 

「それでは次に、皆さんには普段の艦娘のお仕事についてもうちょっと聞いていきたいと思います。それでは霧島さんからお願いします。」

 そう司会者が促すと、霧島はコクリと頷き返事をしてから淡々と語り始めた。その次に夕張が慌ただしそうに説明する。あまりにも慌てすぎ・どもりすぎだったのか、霧島が助け舟を出してその語られた内容を補完して、司会者の二人を苦笑いさせる。

 なお、観客には妙に夕張に歓声を張り上げる集団が発生していた。

 

「それでは最後に那珂さん。普段の艦娘としての生活について教えていただけますか? やっぱり鎮守府が違うと先のお二方とは何もかも異なるんでしょうね~」

 ある意味定型で予想通りの質問だ。那珂はその返しがいのある質問にニコリと微笑みながら回答し始めた。

「そうですね~。あたしもこちらの夕張さんと同じく学生ですので、学校が終わったら高校のある○○から検見川浜まで行って艦娘の仕事をするって感じですね。」

「あ~そうですよね~学生さんなんですねぇ。学校以外の場所に行くなんて出勤と言う感覚でしょう?」

「アハハ・・・。あたしアルバイトしたことないのであまりたとえとか実感湧きませんけど。傍から見ると同じなんでしょうね~。」

 那珂が苦笑とため息混じりに言うと、夕張はウンウンと小さく言葉を吐き出して同意を示す。

「ところで、聞くところによりますと、学生で艦娘になるには艦娘部が必要とのことですが、これは次の質問ということにして……夕張さんと那珂さんにお聞きしましょう。お二方もやはりその部活に?」

 

 司会者が回答を二人に促す。那珂は隣をチラリと見た。夕張は相も変わらず緊張で硬化しっぱなしで、とても口火を切れそうな状態ではない。とはいえどうにか喋らせてあげないといけない。

 質問の対象は学生艦娘たる自分たちなのだ。

 

「えぇはい。ね、夕張ちゃん。あなたの学校ではどうだったんだっけ?」

 那珂は夕張に小声で囁き、トリガーを故意に引いて開口させる。夕張は那珂の落ち着きはなった柔らかめの問いかけにようやく我に返り、緊張を僅かに解いて声をひねり出す。

 夕張がたどたどしく説明する様を聞く那珂。事前の打ち合わせと雑談のときに部分的に聞いてはいたが、改めて聞くと自分の状況とはやはり違うのだなと感心していた。

 どもりつつの説明ではあったが事前に聞いていたこともあり、夕張の境遇を知ることが出来、那珂は新鮮な気持ちで夕張ないし他鎮守府の学生艦娘についての情報を頭に取り入れた。

 

 

--

 

 夕張の次は那珂の番だ。司会者から促されて那珂は口を開いた。

「あ、はーい。あたしの学校ではですね、実を言うと、あたしが初めての艦娘だったんですよ。」

「ほぅ~! では艦娘部を作られたのは……?」

「はい。あたしが設立したんです。」

「ええぇ!?それじゃあ大変だったでしょ?」

「はい。あたし最初は一般の艦娘として千葉第二鎮守府に在籍していたんです。けど、泊まりの任務や夜遅くまでかかる任務があって、これじゃあ学校生活に影響でちゃうな~疲れたな~って思って。それで提督やうちの高校に艦娘部作りたいって相談して。」

「おぉ~それは興味深いですね~。ご自身が一から環境を作るのって大変だったでしょ?」

「エヘヘ。そりゃーもう。あたし元々生徒会で会長やってて、そっちの仕事もあっててんてこ舞いで。ちょっと職権乱用ですけど、生徒会のみんなに艦娘部の準備を手伝ってもらっちゃいました。」

 那珂の最後の言い回しはこの場の聴者に響いたのか、笑い声がそこかしこから聞こえてきた。司会者の二人もクスクスと笑っている。

 

「面白いですね~那珂さんのエピソード。ところでお二方の学校の艦娘部に部員はどのくらいいらっしゃるんですか?」

 その質問に夕張が答え、次に那珂が答える。

「ほ~十人と三人では随分違いますね。やはりそのあたりは鎮守府の位置や所属してるもともとの艦娘数が影響してくるんでしょうか。その中で艦娘は何人なってるんですか?」

 夕張がまず答える。十人のうち、なんとその半数が艦娘として合格しているとの事実に那珂は改めて感心する。

 そして自身の番になったのでサクッと答える。

 

「そうですか。それぞれの学校にはそれぞれの面白エピソードがありそうですね。なるほど~艦娘のお三方には引き続き色々聞いてみたいと思います。それでは……」

 

 そして司会者は次の質問をし始めた。それは事前に質問表に掲載されていた問いである。那珂たちはそれに多少色を付け身振り手振りを加えて答える。

 

 今までテレビで見ていた素人参加型番組も、こんな感じなのかなと那珂はなんとなく想像を張り巡らせた。芸能人と違って行動の予測がつかない一般人をテレビやこういうイベントに参加させるには、なるほど用意した質問の回答をあらかじめ聞いたりして予想外を予想の範疇に収める準備が必要なのか。

 那珂は今まで漠然としか捉えていなかったアイドル・テレビに出ることの裏側を垣間見た気がして、驚きと感動の連続だった。素人が参加するイベントや番組一つとっても、スタッフだけではない、参加者自体にも入念な準備が求められる。

 自分は受け答えや声量がしっかりしてるから大丈夫だろうと、単純に捉えていたのが恥ずかしい。今この場では、アタフタしてどもりっぱなしの夕張と、自信アリげに受け答えする自分はテレビ関係者から見ればさほど変わらないのだろう。

 

 とはいえ、どんな境遇にせよ自分は飾らず、ありのままで相手に反応を示すだけだ。

 那珂は先程から矢継ぎ早に降り掛かってくる質問にハキハキと回答しながら、改めて思った。

 

 

--

 

 艦娘に対するごく簡単な質問がしばらく続いた後、ステージ脇の動きが若干慌ただしくなった。

「さて、艦娘のお三方の理解も多少深まったということで、それでは先日の観艦式のデモンストレーションのダイジェスト版を用意しましたので、会場の皆様にご覧いただきましょう。」

 その直後、ステージ脇からスタッフが数人那珂に近づき、マイク機器を別の機器に切り替えるべく付け替えた。先程までより背景のスクリーンは映像のために大きく幅を取るため、那珂たち3人は司会者とは逆のステージ脇に椅子とともに移動して座り直す。

 

 そこに流しだされた映像には、渚の駅の先の桟橋、会場の様子を始めとし、先導艦霧島の正面映像、続いて艦娘たちの整列からメインプログラムの一部始終、フリーパートの光景が多視点からのカットで繋げられていた。

 那珂はその映像を見て昨日のことがありありと目前に浮かんできたような錯覚を覚えた。初めて参加する他の鎮守府との、公共の場で演じた様。

 演じているときは気づかなかったが、フリーパート、オオトリたるデモ戦闘での自分の動き、結構やりすぎたか?

 那珂がそう内心ヒヤヒヤしていると、那珂が大きくジャンプするシーンがスクリーンに映った。司会者や当事者の一人の霧島・夕張はもちろんのこと、観客も大きく歓声をあげた。

 別の位置のドローンからの映像によると、那珂の横からのカットでジャンプしながらの機銃掃射の様子がよく見て取れる。那珂は自分では見られない位置からの自分の姿に、マヌケな声で他人事のように「おぉ~」と歓声をあげた。

 若干テレビ向けに加工されている感が否めないが、視覚的にも展開的にも非常に分かりやすい映像だ。川内が見ていたら、きっと何かのアニメか特撮ドラマのタイトルを挙げていただろうなと想像した。

 

 そして映像はクライマックスの、軽巡・駆逐艦全員による一斉砲撃が映し出された。

ドローンの集音では音割れするほどの爆音が連続し、もうもうと煙幕で艦娘たち、主に那珂が見えなくなる。それでもドローン達はその場を多角的に映している。

 やがて煙が晴れ那珂の姿が見えた。ドローンの死角からだが、霧島の声が聞こえ、直後高らかに笛と掛け声が発せされた。戦闘終了の合図だ。

 同時にダイジェスト映像も終わり、スクリーンが別の静止画に切り替わった。数秒して司会者の声が会場に再び響き始める。

 

「いや~こうして改めて見ると迫力ありますね~。今回は海上自衛隊のドローン3機、館山市のドローン1機、ケーブルテレビ局のドローン1機からの映像を織り交ぜてお送り致しました。さて、今回のデモンストレーションについて、いくつか質問をしていきたいと思います。」

 司会者の話運びは、質問表からすでに察しがついていた。しかしこの場でその展開を示されるとやはり緊張を抑えきれない。

 那珂はゴクリとつばを飲み込む。チラリと夕張たちを見ると、やはり緊張の面持ちだ。

 事前に質問がわかっていようが、やはりこの手のイベント・テレビ的にはドがつくほどの素人なのだ。無理もない。達観する自分も実は平然を装うのが精一杯。学校の全校集会などとは次元が違う。

 想定外の質問かあるいは普段自分がしてるような茶化しをされたら、自分も一気に慌てふためきそう。那珂は再び唾をゴクリと飲み込み、きたる質問に構える。

 

 

--

 

「普通観艦式というのは、海上自衛隊や外国の海軍の実際の艦が行うイメージがありましたけど、こうして艦娘のみなさんもするんですね?」

「えぇ。我々艦娘の技術や能力を知ってもらうために、モチーフになった艦に倣って行っています。」

 司会者の最初の質問には霧島が答えた。

「いや~負けず劣らず迫力ありましたね。と言いながら私ども海上自衛隊の観艦式とか見たことないのですけど。あの爆発や魚雷?も本物なんですか?」

 霧島は軽い握りこぶしの先の指を口に当てなぜか失笑し、答えた。

「どういった意味で本物か否かおっしゃられてるのかちょっと判断しかねますが、現実のものかVRなどの仮想的なものなのかという意味でしたら本物です。」

 司会者はその回答に言葉が続かない苦笑を漏らす。霧島はそれを全く気にせず続けた。

「自衛隊や各国の軍艦・軍隊が使うような対艦・対人こそが本物という意味でしたら、私達艦娘の砲撃や雷撃による爆発は偽物です。私達の砲雷撃は人間や艦相手ではなく、深海棲艦という化物相手に特化した特殊仕様のものですから。」

「そ、それでは人が誤って撃たれても問題は?」

「それは……用いる武装によりけりです。倒すのに本物の火力も必要になることがありますので、強力なものを使えば危険性は増します。それは間近で扱う私達艦娘が一番気をつけなければいけませんし。種類は違えど私達と同じ生き物を殺傷する武器なので、私達が怪我をする可能性は無視できるものではございません。」

 

 霧島の非常に的確な説明に、会場の面々は感心している様子を空気として醸し出す。しかしクソ真面目な説明に会場の空気は温まらない。そもそも会場は真面目な質問を望む客と戦う女の子をアイドル的に間近で見たい客の半々だ。会場の熱気はまさに半々といったところである。

 テレビなどの公共の場慣れしていない那珂はその空気になんとなく気づいたが、それを気にする間がなかった。

もうひとりの司会者が質問をしてきたのだ。

 

「す、すごいですね~私達一般人は想像が及ばない分野ですね~。と、ところで那珂さんでしたっけ。観艦式のフリーパートでは、一人でその他大勢の艦娘に立ち向かっていましたが、これはどういった意図といいますか意味があってやっていたのですか?」

 那珂は自身のことを振られて我に返る。しかし焦りを見せて喋るチャンスとアピールするチャンスを逃すつもりは毛頭ない。軽やかに答え始めた。

 

「ええとですね、私が霧島さんたちに提案したんです。もともと艦娘の力を皆さんにお見せするという目的には演習試合が最適かな~と思っていたし、私自身、他の鎮守府の艦娘のことをもっと知りたいなって思いもあったんです。」

「でも……1対大勢って明らかに不利ですよね? 那珂さんの提案に無茶だなとは皆さん反応ありませんでしたか?」

「エヘヘ、はい。最初は……ね?」

 那珂がその後の言葉を濁しながら隣とその先を見つめる。那珂の言葉の続きは霧島が引き継いだ。

「そうですね。最初はこの小娘ったらなんて無茶なこと言うんだろうって思いましたわ。よその艦娘だから私達も強く言えなかったので半信半疑でしたけど。実際に実力を見せられてこの娘の提案に乗ってみようという気になりました。」

「那珂さんってそんなにお強いんですか!? とてもそんなふうには見えませんけれど……。」

 

 司会者の二人は揃って那珂に推し量りきれない視線を送り評価を口にする。那珂が苦笑しリアクションを取れないでいると、霧島がサラリと返した。

「艦娘は筋肉や背格好などの見た目ではありませんから。」

 霧島の唯一ともとれるユーモアの感じられた一言に、会場はようやく安堵の息と笑いを漏らした。

「もしご迷惑じゃなければ触って確認させていただいてもよろしいですか?」

 女性の方の司会者の提案に那珂たち三人は一瞬呆ける。霧島が視線で確認を求めてきたので那珂は戸惑いを込めた返事をした。

「えぇと。別にいいですけど、ホントにふつーの女子高生やOLさん?の腕ですよ。ね、霧島さん。」

 霧島は那珂の同意を求めたセリフの末尾に特に言葉なく頷いて同意した。

「それでは失礼して。」「さすがに私が触るとセクハラになりますので○○さんにお任せします。」

 もう一人の男性司会者の言葉に会場はドッと湧く。

 

 女性司会者はしずしずと那珂らに近寄り、小声で再び「失礼します」と発して那珂たちの二の腕や肩、腰にそっと触れ始めた。

 ずっと触るつもりはないのか、各所2~3秒以内に触り終え、女性司会者は戻っていった。

 

「えぇ~と、ありがとうございます。確かに普通の女性のからだつきでした。なんか変な質問してゴメンなさいね。」

「いえいえ。」

 女性司会者が申し訳なさそうに謝ると、代表して霧島が若干苦笑いを浮かべて応対した。互いにそれほど特徴的でもない身体について触れ合いたくないのか、すぐに掛け合いは静かに治まる。

 司会者の二人は小声で打ち合わせた後、次の質問を繰り出した。

 

 

--

 

 あまり順調ともいえないが無難な雰囲気で質問と回答の応酬がこなされていった。回答による口の渇きをようやく感じ始めた那珂がふと我に返ると、トークショーは終わり間近だった。

 

「え~、そろそろトークショーも締めの時間となってしまいました。もっと艦娘の皆さんはいらっしゃるので本来であればお招きしてもうちょっと艦娘の皆さんにお話聞きたいところですが、会場や関係各所の都合もあって、こちらの三名に代表して参加していただき、貴重なお話をしていただきました。皆様、盛大な拍手を~!」

 司会者の音頭とともに会場の観客席からは轟音ともとれる拍手が響き渡った。那珂たちはそれを気恥ずかしさで顔を赤くして何度もお辞儀をしたり手を振ったりして様々に反応した。

 

 那珂がやっとこの緊張のショーが終わる安心感で会場を何度か見渡していると、建物に近い観客席の端に、明らかに見知った顔を発見してしまった。その顔らは那珂と視線が合ったことに気づいたのか、鳴り止まない拍手と声援の中に明らかに異質な声を混ぜてきた。

「うおぉああああ!なかさ~~~~ん!いいぞ~~~!きゃ~!」

「那珂さぁ~~~~ん!ばんざーーいっぽおぉぉぉい!」

「……なかさーん!」

 

 一番声を張り上げていたのは、頼れるが一番厄介な後輩、その後輩にベタベタに慕う駆逐艦、そしてなぜか一番関わり・触れ合いがないと思っていたクールな駆逐艦だった。

 他のメンツの声は那珂には届かない。声自体は出しているのだろうが、きっとかき消されているのだろうなと察した。

 

 ちっくしょうそういうことかあいつらめ~。ずっと見てたのね。

 

 安堵の笑顔から苦笑に表情を変えた那珂は観客席に送る視線と手の振りを集中的に件の方向に向け、一言感謝の言葉を述べた。

 

 それは他の人間から見れば、単に観客の歓声に答えたようにしか見えない行動だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ex3 那珂:ステージ後

ステージショーが終わり、那珂たちは一時の芸能人感覚から艦娘という現実に戻る。館山での出来事は参加した多くの艦娘に様々な想いを胸に抱かせることとなった。


 

 

 拍手鳴り止まない中、司会者に促された那珂らは席を立ちステージ下手に退場した。会場では司会者の二人による本当の締めの言葉が続いていた。先に戻った那珂たちを待っていたのは、妙高と鹿島そしてスタッフらだった。

 

「ご苦労様です、皆さん。よく頑張りましたね。」と妙高。

「お疲れ様です、霧島さん、夕張さん。私ハラハラしちゃいました。」鹿島は若干の嬌声で自分の鎮守府の二人に抱きつくように駆け寄っていく。

 

 緊張の糸はその時、那珂ら三人を完全に解き放った。

「妙高さぁ~~ん! あたしもう心臓バックバクもんでしたよぉ~!」

 那珂が抱きつくと妙高は一瞬驚きの表情をするが、すぐに慈母の表情で那珂の頭部を撫でて慰める。同じような光景は夕張と霧島、鹿島も行っていた。

 そんな普通の少女たちに戻った艦娘たちを、イベントショーのスタッフらは遠巻きに笑顔で眺めていた。

 

 

--

 

 やがてショーは閉幕し、司会者の二人が戻ってきた。イベントのディレクターやスタッフ一同が舞台裏たるテントの中央に集まる。

「いや~お疲れ様でした。皆さんのおかげで盛り上がり十分で最後まで進めることができました。」

 ディレクターがそう口にするとスタッフらからは拍手が鳴り響く。イベント主催団体の面々はディレクターに握手をした後、続きとして挨拶を発する。

「今回の祭りの本イベントは、弊社がかねてより実現を強く願っていたイベントです。海自や艤装装着者管理署に掛け合ってイベントとして加えてもらっただけでも感謝ですが、成功にこぎつけたことに大変感謝の気持ちが絶えません。特に主役の艦娘の皆さんにはお忙しい中ご参加いただけて一番感謝しております。本当にありがとう!」

 主催団体の代表が妙高と鹿島に近づいていき両手で握手をしあう。その次に霧島・夕張そして那珂に感謝の言葉と握手を交わしていった。那珂たちは一言ずつ感想を口にした。

 

「こういったイベントに出るのは初めてでしたので緊張しました。自分の会社では特に目立たない一般社員でしたのに、艦娘になってこういう場に参加させていただけたことは良い経験になりました。今後の糧にできればと考えております。」

 社会人で真面目な霧島らしい感想と挨拶だ。

「え、えぇと。私はただの女子高生でこういった場には全く慣れてなくて今でも信じられません。芸能人にちょっとだけなれたな~という感想で精一杯です。あのあの!本当にありがとうございました!」

 夕張は未だ緊張によるどもりが抜けきっていないのかたどたどしく言葉をひねり出しながらもどうにか挨拶とした。

 

 そして那珂が口を開いた。

「あたしも、普通に高校生活送っていたらありえなかったこうしたイベントやテレビ局のある場に参加させていただけたことに、皆さんに感謝が絶えません。あたし、昔からなんとなくアイドルとかになってテレビに出ることが夢だったので、ある意味夢が叶ったかなって浮かれてます。緊張が解けた今はなんかふわふわってして嬉しいやらなんやらでいっぱいです。こんなあたしたちみたいな艦娘でよければ、今後もこういったイベントで市民の皆さんを喜ばせてあげられたらいいな~って思います。本当にありがとうございます!」

 

 三人の言葉がテント内に浸透すると、再び拍手が巻き起こった。中には三人の言葉にツッコミを入れたり反復して自分の感想を言い合ったりしている。

 その後那珂たち艦娘はスタッフ一人ひとりに握手と挨拶をしてテントを後にした。

 

 

--

 

 テントから出た艦娘たちは、会場付近の混乱を避けるため、渚の駅たてやまの博物館分館の通用口から目立たぬ経路で会場を抜け出した。

建物の通常の入り口とは違う別の通用口で一旦立ち止まり、互いに挨拶を交わし合った。

「これで最後のイベントですよね?」と那珂。

「えぇそうです。無事に終えられて一安心です。フフッ。」と鹿島。

「舞台裏から見てる私達のほうが緊張してしまいましたね。」

 妙高がそうつぶやくと鹿島は強めに頭を縦に振って同意を示し、マネージャー的立場だった自身らの内輪向けの感想を言い合った。

 

「ねぇ鹿島。この後の予定は?」

 霧島が事務的に尋ねると鹿島はバッグから手帳を出して確認して答えた。

「間もなくお昼で……この後15時から館山基地で閉会式、それ以外はなにもないです。自由時間ですよ。」

 鹿島の口から予定を聞いた霧島と夕張は大きめの溜息をついて安堵感を示した。同じ予定である妙高と那珂はなんとなしにクスッと笑う。

 

「そーだ!」

「どうしました、那珂さん?」

「観客席に川内ちゃんたちいたんです。最後の方で気づいたんですけど。」

「アラアラ。もしかしたらまだ会場のどこかにいるかもしれませんね。」

「なんか会うの恥ずかしいな~。」

 那珂のわざとらしい照れの仕草を見ていた霧島が思い出したように言った。

「そういえばうちの娘たちも見かけたわ。あの顔は見慣れてないから新人達だったかも。鹿島、探して拾ってから帰りましょう。」

「フフ、そうですね。」

 雑談を交えながら一行は通用口の扉を開けて外に出ようとした。その時、建物の中から呼び止める声が聞こえた。

 

 

--

 

「すみませーーん。千葉第二の艦娘のお二方ぁー!」

「あ、はーい。」

 言及された対象が絞られていることに気づいた鹿島らは軽く会釈をして別れの言葉を交わし、先に会場の人の雑踏の中に消えていった。

 立ち止まった那珂と妙高は追いかけてきた人物を待っていた。

「すみません呼び止めてしまいまして。わたくし、こういうものです。」

 息切れを整えるのもほどほどに男性が差し出してきた名刺には、意外な社名が書かれていた。

 

「○○TV営業の高瀬と申します。この度はお勤めおつかれ様です。」

「あ、○○TVって、ネットテレビ局の?」

「えぇ!ご存知いただけて光栄です!」

 那珂がつぶやくと、高瀬と名乗る男性はパァッと明るい雰囲気を出して続けた。

「実は弊社ではですね、艦娘の皆様の活動紹介をベースにしたドキュメンタリー番組企画を計画中でして、もしよろしければお力添えいただけないかなと存じております。」

「そうでしたか。でもなぜ弊局に?神奈川第一鎮守府のほうが在籍する艦娘も多くて適切かと思うのですけれど。」

 名刺は提督代理の妙高が受け取り、受け答えしていた。那珂は妙高の隣で呆けた顔で二人のやり取りを見る形になっていた。

 

「以前防衛省に取材したときにお聞きしたのですが、千葉第二鎮守府は創設されてまだまもないとか?」

 那珂と妙高は顔を見合わせた後「そうです」と返事をする。

「私どもが求めているのはまさにそういうところなんです。これから艦娘が増えて発展していくというところがまさに好例なんです。あと私どものオフィスとスタジオが検見川浜とはそれほど離れていない場所にあるので、そういった地理的な面でもベストなのです。それでですね……」

 言葉巧みに操って連ねる彼の言に圧倒された二人は、あまりの勢いに戸惑う。この場では回答しようがないしそもそもの責任者は提督なのだ。

 妙高は適当に返事をしてあしらうことにした。

「お誘いいただけるのはありがたいのですが、まだ今回の任務も終わっていないですし我々にも都合がございます。西脇には私から伝えておきますので、後日改めてということでよろしいでしょうか。」

「あぁ!それは全然構いません。お渡しした名刺に記載しております連絡先にいただければすぐに伺いますので。それではご連絡お待ちしております。」

 

 高瀬は那珂たちに深くお辞儀をした後、足早に通用口を建物の奥に向かって戻っていった。

「なんか嵐のような勢いの人だったなぁ。知ってるネットテレビだったからそのまま聞いちゃったけど、本当だったのかなぁ。」

 妙高と二人だけになった通用口の出入り口で、那珂は独り言のようにポツリと口にした。妙高はそのセリフに対し、イエスともノーとも取られない曖昧な相槌を打つのみだった。

 

 

--

 

 その後通用口の出入り口から、会場の出店がある広場(渚の駅たてやまの駐車場のエリア)に出た二人は、ごった返す広場をどうにか突っ切って余裕のある場所で時雨たちに連絡を取ることにした。

 妙高が電話をかけると、ほどなくして相手の声が発せられた。

「……もしもし?」

「あ、理沙? 私よ。妙子です。」

「あ、お姉ちゃん。もうテレビのほうはいいの?」

「えぇ。終わったから皆と合流したいの。今○○の屋台の後ろの広場にいるんだけど、あなた達どこにいる?」

「あ、えぇと。そこだったらさっき寄ったところだから、皆連れて行きます。待ってて。」

 

 理沙は的確に場所を把握したのか、自分たちから移動することを宣言した。妙高が電話を切ると那珂は視線だけで確認した。

 妙高は軽く微笑みながら一言で知らせる。

 

 

 無事に理沙や五月雨達全員と合流を果たした那珂たちはの昼食を買い、広場で空いている席に場所取り、海辺の気楽な昼食タイムを進めた。その昼食時の話題は、那珂の出演のネタでもちきりだったのは当然の帰結だった。

 

 昼食後、妙高は神奈川第一の村瀬提督・これから来る西脇提督らとの最後の調整のため先に館山基地に戻っていった。残った那珂たちは閉会式が始まる時間まで、思い思いに祭り最後の時間まで思い出づくりに励むのだった。

 




ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=71159534
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1PrLZcpxkT87EoLbXRPnVsOFwm6TwvB5iRtZpzkCXPVw/edit?usp=sharing

好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

残暑の艦娘たち
登場人物紹介


 夏休みも終わり二学期を迎え、それぞれのプライベートが動き始めた艦娘たち。鎮守府Aを取り巻く環境や状況も少しずつ変わる。


【挿絵表示】



<鎮守府Aのメンツ>

軽巡洋艦那珂(本名:光主那美恵)

 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。二学期開始とともに生徒会長・艦娘部部長として大忙し。

 

軽巡洋艦川内(本名:内田流留)

 鎮守府Aに在籍する川内型のネームシップの艦娘。二学期開始は病院の病室にて。すぐに退院しいつもの彼女に。

 

軽巡洋艦神通(本名:神先幸)

 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。駆逐艦村雨と親友たる毛内和子の策略により、普段でも艦娘時の髪型にさせられてしまった。印象がガラリと変わった彼女には学内で密かにファンが増えたとか。

 

軽巡洋艦五十鈴(本名:五十嵐凛花)・軽巡洋艦長良(本名:黒田良) ・軽巡洋艦名取(本名:副島宮子)

 鎮守府Aに在籍する長良型の艦娘たち。五十鈴は相変わらず真面目に友二人の艦娘教育に勤しむ。そして演習試合ではまとめ役。

 長良と名取は五十鈴のスパルタな指導にやや引き気味。しかしそれでも彼女についていく。

 

駆逐艦五月雨(本名:早川皐月)

 鎮守府Aの最初の艦娘。二学期が始まって普段どおりの中学生・・・とはいかず、相変わらず秘書艦業務といろんな立会いで若干あたふた。

 

駆逐艦時雨(本名:五条時雨)・駆逐艦村雨(本名:村木真純)・駆逐艦夕立(本名:立川夕音)

 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。

 

駆逐艦不知火(本名:知田智子)

 鎮守府Aに在籍する陽炎型の艦娘。

 

重巡洋艦妙高(本名:黒崎(藤沢)妙子)

 鎮守府Aに在籍する妙高型の艦娘。二学期を迎え学校が始まった五月雨の代わりに秘書艦となる回数が上がった。主婦業もあるが器用な彼女はそつなくこなす。

 

工作艦明石(本名:明石奈緒)

 鎮守府Aに在籍する艦娘。工廠の若き長。雄山ミチルに艦娘試験をそそのかす。

 

提督(本名:西脇栄馬)

 鎮守府Aを管理する代表。勤務先の会社と艦娘制度の仕事の割合は今の所5:5が認められている。少女たちの学校が始まって、自然と彼女たちの学校との折衝ごとも増えて(余計な)仕事も増えるのであった。

 

 

<鎮守府Aにかかわる一般人>

中村三千花・三戸基助・毛内和子

 那珂の通う高校の生徒会メンバー。親友であり副会長でもある三千花は那珂が目の届かない学内業務をこなし、那珂の艦娘活動をサポートする。三戸は川内とはほとんど唯一しっかりした交流のある男子となる。彼女には主にゲームや漫画を通じて知識のサポートを行う。和子は神通の親友として様々なケアを行う。

 

雄山ミチル(将来の重巡洋艦高雄)

 西脇提督と同じ会社に勤務する女性。鎮守府Aから依頼されたシステム開発をきっかけとして艦娘を取り巻く世界に足を踏み入れる。

 

石坂

 西脇提督と同じ会社に勤務する男性。営業部門2課。

 

那珂の高校の生徒達・先生達

 那珂ら艦娘部の部活動発表を見聞きして再び艦娘熱を湧き上がらせる。

 

ネットTV局のスタッフ達

 縁あって鎮守府Aとつながりを持った。ちょっとしたイベントごとには鎮守府Aの宣伝広告の力となる。

 

<神奈川第一鎮守府>

村瀬提督(本名:村瀬貫三)

 神奈川第一鎮守府の提督。鎮守府Aと演習試合を正式に開催することを決めた。ただし村瀬提督自身は別の出撃任務の管理で忙しいため、鎮守府Aへは代理を派遣する。

 

 

天龍(本名:村瀬立江)

 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。演習試合に参加する。

 

重巡洋艦鳥海

 演習試合に参加する神奈川第一鎮守府側の独立旗艦。いわゆる現場の最高指揮官を任された。

 

戦艦霧島

 演習試合に参加する艦娘。那珂らとはすでに面識がある。

 

練習巡洋艦鹿島

 村瀬提督から提督代理を任された艦娘。霧島ら一部曰く、天然の魔性の女とのこと。もちろん彼女本人はそんな噂など知る由もない。

 

神奈川第一の艦娘たち

演習試合に参加する艦娘たち。




別分野でちょっと忙しかったため、久々の投稿です。
ストーリーをお忘れの方でもここから読んでいただいても大丈夫なように一応なっています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二学期デビュー

 様々な出来事があった夏休みも終わり、幸(神通)は久々に登校した。隣には親友の和子がいる。今までと同じ組合せで登校風景。しかし、彼女の一部が一学期とは全く違った。幸に登校途中の(男子)学生の視線が集まる。


 カラリとした暑さが依然として続く9月のある日の朝、那珂こと那美恵たちの高校では二学期開始の日だった。具体的には始業式が終わった次の日である。

 登校中の生徒達の目は、校門をくぐろうとする一人の女子生徒に釘付けになっていた。

 その少女の隣にはショートヘアの別の少女もいたが彼女に視線は一切集まっていない。が、それを気にする彼女ではない。むしろ彼女的には隣の少女に視線が集まることこそ願い、その視線の意味が羨望のものであることを期待しているのだ。

 

「う、うぅ……恥ずかしいよ……和子ちゃぁん。」

「せっかくそこまでイメチェンしたんだからしっかりして。さっちゃんが魅力的だから皆見てるんですから。」

 

 その日一緒に登校してきた幸と和子の様子は、一学期のものとは明らかに異なる点があった。

 それは、幸の髪型である。

 夏休み中、プライベートで和子と何度か会っていた幸は自身に施された新しい髪型をお披露目していた。友人の変身っぷりを見た和子は、さも自分のことのように喜び、友人としてフォローしてあげねばと決意する。練習して幸の髪型を完璧にマスターした和子は始業式の日の朝、幸と合流した後に駅のトイレでヘアセットをしてあげた。

 おかげで幸としては登校途中から顔から火が出そうになるくらい恥ずかしくてたまらなかった。艦娘としてなら、あるいは誰も知り合いがいない場所でなら大分慣れたが、学校という多少なりとも顔見知りがいる環境ではこの日が初めてなのだ。

 

「おーい、毛内さ~ん! おはよう!」

 二人に駆け寄ってきたのは和子と同じく生徒会書記の三戸だ。軽快に駆け寄ってきて軽く声を掛けた三戸は、和子の隣を見て一瞬驚いた。

「おぉ!? 誰かと思ったら神先さんじゃん。髪型変えたんだ。へぇ~いいじゃんいいじゃんすげーじゃん!」

 三戸の順応の高さに逆に驚かされた和子は返す。

「おはようございます、三戸君。ていうかよくさっちゃんだって気づきましたね。」

「アハハ。そりゃ~なんつうのかな。オーラ? 俺だってもう他人じゃないんだし、ねぇ?」

「ハァ……あまりさっちゃんに馴れ馴れしくしないでくださいね。三戸君の軽さが伝染っちゃいます。」

「うわぁ~朝から毒舌だなぁ毛内さんは。俺馴れ馴れしくないよねぇ、神先さん?」

「へっ?」

 二人の掛け合いを視線は別方向に、意識は明後日の方向に向けてボゥっと感じ取っていた幸は急に意識を戻されて間抜けな一声しか出せなかった。

 

 三戸が加わったことで幸のニューヘアスタイルの視線の注目はひとまず途切れた。それを見計らって三戸が尋ねる。

「神先さんのその髪型マジでいいね。一学期とは全然違って見えるよ。それもあれ? 艦娘になったからイメチェンしたの?」

「村雨さんたちが考えてセットしてくれたんですって。さっちゃん、順調に世界が広がってるようで何よりです。」

「でも随分思い切ったね。二学期デビューって場合によっては悪目立ちするかもしれないのに。」

 三戸がそう指摘すると、幸は左右の横髪にそっと触れつつ彼の軽さとは真逆に不安を漏らす。

「う……やっぱり、そうですよ……ね。やっぱり髪型戻したい。」

「ダメ!艦娘になってせっかく色々変わってきたんですし、普段も変えて新しい自分を出していかないと。」

「……和子ちゃん怖い~。」

 妙にエンジンがかかった和子は、幸の不安不満なぞどこ吹く風で引き続き講釈を述べる。

 和子の強い勧めと三戸のノリノリの甘い囁きで結局幸は髪型を戻すタイミングを逃し、神通プライベートスタイルとして一日中過ごす羽目になった。

 

 

--

 

 和子と幸が教室に入り席につくと、幸の変化はすでに伝わっていたのか和子と仲が良い女子生徒が近づいて囲んできた。幸は今まで目立たずにいたため、自身にとって友人とは言い難い女子たちだ。そのためやりとりは完全に和子に任せるつもりだ。

 

「ねぇねぇ神先さん!何その髪型!すっごく可愛いよ!どーしたのどーしたの!?イメチェン? 一学期の根暗さとは違いすぎぃ~!」

「キャハハ!根暗って本人の目の前で失礼~! でもホント似合ってるよ。そうやって顔出したほうがいいじゃん。てか神先さん、そうやって普通にしてたらちょーイケてる。」

「誰に教わってやったの? え?仲間の艦娘に? なんかわからないけどセンスいい友達いたんだ。あ~でもここはなんか中学生っぽいセンスねぇ。この雑誌に載ってるこういうふうにしたほうがいいかも。あたし達もアドバイスしてあげるよ?」

「和子っちは知ってたの?」

「うん。前々からさっちゃんには艦娘になったらイメチェンしたらって提案してたんですよ。友人としてはさっちゃんがやる気になってくれて嬉しいのなんのって。」

 幸をネタに和子と女子生徒数人がぺちゃくちゃと喋り続ける。幸としては正直鬱陶しくて仕方がなかった。

 

 早く静かにさせてくれ。

 始業のチャイムまでに読みたい本あるのに……。

 

 そうした思いは虚しく叶わず、女子生徒たちと仲が良い男子まで集まってきた。

いつのまにか、クラスの半分近くが幸と和子の席に群がっていた。完全に幸が望まない空間と雰囲気で占められていた。

「やべぇ。神先ってちょー可愛い。全然気づかなかった。」

「あんだけ可愛いと絶対モテるよな。今のうちに唾つけとく?」

「しかも大人しいしな。やっべ。ムラムラしてきた。」

「馬鹿かお前~。学校で興奮してんじゃねーよw」

 男子のくだらない評価と言い合いも耳に入ってきたが、幸は努めて無視を決め込んだ。

 

 二学期デビューを果たした生徒には反感を持ったり揶揄する者が出てくるケースも少なくないが、幸いにも幸はクラスでは全員に好印象を持たれる形となった。

 お洒落とは程遠い風貌をしていたがためにあまりに変わりすぎ、そして実は相当な美少女だったという事実。なにより見た目が変わったことで今まで通りの大人しく控えめすぎる性格が引き立て材料になり、(多くの男子の)ツボにハマったからにほかならない。それに対する女子たちの評価は、存在感がなさすぎてよくわからぬクラスメートという評価のスタート地点がほぼゼロなのが幸いし、パッとしなかった娘が(明らかに他人の手によるものとバレバレだが)頑張ってここまで己を変えたのだという、オシャレを気にする年頃の自分達ならばウンウンと頷いて理解してしまう涙ぐましい努力と想像し、ある種同情を集めたのも比重を占めていた。

 稀な境遇だった。

 

 あるクラスに今まで見たことない可愛い子がいるという噂は他クラスや別学年にも伝わったが、これもまた幸にとっては幸運にも、悪目立ちすることなく済んだ。同じクラスの女子が幸を適切にガードしたことと、幸が生徒会長である那美恵と同じ艦娘部の部員で艦娘だという事実がまことしやかに広まった影響がひとえに大きい。

 そんな我らの権威の庇護下なぞ気にするものかとひと目見ようという者達が少なからず居て、勝手にファンクラブが作られたのは影の周知の事実だった。

 とはいえ、幸にとってはどうでもいい、直接関わらぬ話である。

 

 

--

 

 その日、二学期デビューを果たしたのは幸だけではなかった。同高校の艦娘部にとっても、ある意味二学期デビューだった。

 

その日の放課後、生徒会室を部室として間借りさせてもらっていた那美恵と幸、艦娘部二人は、生徒会顧問の教師と一緒に入ってきた艦娘部顧問の阿賀奈からある報告を聞いた。

 

「みんなほんっとーにご苦労様でした!先生もホントは行きたかったんだけどなぁ~~~! 館山に行って何か色々楽しいことしたかったな~~!」

「楽しいって……けっこー大変だったんですよぉ。流留ちゃん入院しちゃったし。」

 そう言って那美恵が手振りで示した空間に流留の姿がないことに阿賀奈は気づいて尋ねる。

「そ、そういえばそうね。内田さんの容態は大丈夫なの? 先生とっても不安よ。」

 

 阿賀奈の不安をしっかり感じ取った那美恵は、若干雰囲気暗くして8月末の状況を報告し始めた。

 

 

--

 

 館山での任務と祭りのイベントが終わり、検見川浜にある鎮守府に戻ってきた那珂たちを待っていたのは、たった数日離れただけなのに懐かしい空気だった。

 ただ一人、川内だけは鎮守府に戻って即、取り巻く雰囲気が違った。

 鎮守府に戻ってきた時はすでに19時を過ぎており、帰りたい面々もいたが那珂の提案でほぼ全員が入渠(風呂)をすることになった。そして待機室に戻ってきた一行の前には、提督と話をするため入渠しなかった五月雨が現れ、川内に向かって話しだした。

「川内さん。提督がですね、入渠が終わったらすぐ来てくれって。」

 川内はまだ乾ききっていない髪をタオルで拭きつつ返事をする。

「え~なんだろ? お風呂入った直後に行くのはさすがのあたしも恥ずかしいんだけどな。」

「よかったらあたしもついていこっか?」

「……私も、行きます。」

「おぉ、那珂さんと神通が来てくれるなら安心。一緒にいこ!」

 

 なかば川内に手を引っ張られる形でついていった那珂と神通。執務室に入ると、二人がついてくることはおおよそ想像がついていたのか、いる前提の口調で提督は説明をしてきた。

「お、三人共来たな。大事な事伝えるからよく聞いてくれ。」

「ん、なになに?川内ちゃんに何かあったの?」

「いやさ、川内は今回の任務中の出撃で、大怪我したっていうじゃないか。」

 提督の不安が混じった台詞を聞いた瞬間、那珂たち三人も途端に影を落とした。

「もうわかってると思うけど川内、さっさと病院行って来い。」

「うーやっぱそうだよね。行かないとダメ……だよね?」

 川内が面倒くさそうに言うと、提督が口をつぐんでコクンと頷いた。

 

「館山基地の医療班からもらってる診断書はそのまま正式な紹介状になってるから、うちの近くの海浜病院に行ってそれ見せれば特殊外来扱いですぐに見てもらえる。今日診てもらうなら今電話して話しておく。明日でもいいが、それ以降はダメだぞ。」

「なんで?」と川内。

「うおーい川内ちゃん。それくらいわかろうよ。だって来週の火曜日から、うちの学校二学期だよ?」

 那珂のツッコミに川内は本気のリアクションでギョッとする。

「うわ!そうでしたっけ!?あ~やっば。今行きます!今すぐ!さっさと直してあとちょっとの夏休み楽しまなくちゃ!」

 川内の台詞に彼女以外は苦笑する。

「それじゃあ決まりだな。親御さんにも連絡するからその心づもりで。あとそちらの高校には明日俺の方から伝えておく。」

「うん、わかった。」

「後で待機室行くから、準備だけしておいてくれ。」

 

 提督の台詞の後、那珂は川内を見、提督に視線を戻してそうっと言った。

「ねね、よかったらあたし付き添うよ?同じ学校の人間がいたほうが何かといいでしょ?」

「あぁそうだな。五月雨は……もうちょっと残って雑務を片付けてもらいたいし、妙高さんは……ご自宅の家事があるからこれ以上引き止められないからな。うん、ついてきてくれるか、那珂?」

「おっけぃ。」

「あ~よかった! 那珂さん来てくれるなら安心だわ。」

「あの……あの! わ、私も。」

 仲間はずれになったような寂しさを覚えた神通が細々とした声で喋ると、言わんとすることがわかっていたのか、皆まで言わせずに提督が補完した。

「わかってるよ神通。君も現場にいた当事者だもんな。ついてきてくれ。」

 

 提督の配慮に心温まった神通は頬を赤らめてコクンと力強く頷いた。

 

 そして川内を取り囲んだ那珂・提督・神通と4人メンバーは海浜病院に行った。その後診察を受けた川内に待っていたのは、外科以外の科でも検査を要する本格的な診察で、その日だけでは終わらず翌日も診察と検査を受けることになった。

 その日には川内の両親が鎮守府に姿を見せ、提督が事情を説明し川内本人と揃って再び海浜病院に向かった。

 

 結果、川内こと内田流留は4日ほどの検査入院が確定した。つまるところ本人が望んでいた残りの夏休み・始業式・二学期一日目はすべてパーとなってしまった。

 

 

--

 

「ふーん、ふーん。そうだったのね。化物と戦うだけでも怖そうなのに、パンチとかキックとかでやり込められて内田さんかわいそう。」

「先生先生、キックは喰らわなかったそうですってば。」

 一通り説明し終えた那珂は阿賀奈の感想を苦笑しながら聞いてそしてツッコミをせわしなく入れた。

 

 個々人からおおよその話を聞いていた三千花たちは、那珂からさらにプラスの情報を聞かされ、阿賀奈と大して変わらない驚きと感心を示していた。

「うわぁ……内田さんそんな目にあってたんだ。他人事みたいで悪いけど、可哀想ね。」

 三千花に続いて三戸が感想を口にする。

「でも怪我してもさ、じんつ……神先さんのために戦おうとしたなんて、まさにヒーローだよ。話聞いただけでもかっこいいって思うもん。できれば映像でみたいなぁ~三人の活躍とか。」

 

 三戸が希望を混ぜて言うと、那美恵が申し訳なさそうに反応する。

「三戸くんの気持ちわかるけど、ゴメンね。あの時はまさに緊急だったから多分神奈川第一の人たちであっても撮影とかしてなかったと思う。」

「あぁいや! 別に本気で見たかったとかそういうつもりじゃないっすから!会長からの話だけでも十分すぎるくらいですよ。」

 

「あ、映像っていえば……提督さんから、観艦式の動画もらっていたんだったわ。」

 阿賀奈が思い出したように言った。

「えぇ~!?ホントですか先生!?」と那美恵。

「えぇ。昨日の放課後に提督さんからメールで共有されててね、そのときに残ってた他の先生方と校長先生と一緒に先に見させてもらったのよ!」

「アハハ……。見るなら見るって事前に言ってくださればよかったのにぃ~。」

 那美恵は驚きと照れがないまぜになって複雑な表情を浮かべて苦々しく微笑みながら言う。その理由は、生徒である自分らには観艦式の動画配布の話なぞ知らされていなかった事というある種ドッキリにも近い境遇のためであった。

 

 

--

 

 那美恵が二人の教師のやり取りを傍から見ていた幸は、二三歩引いた立場でただ眺めていた。どうせ自分に関係ない事だからという心境だったが、その心持ちは直後に打ち砕かれた。

 

「そうそう。神先さんの活躍もしっかり見ましたからね~。」

「……えっ!?」

 阿賀奈の突然の言葉の矛先転換に、幸にしては珍しいくらいの声量で驚きの一声をあげた。

「あれ?さっちゃんもその観艦式というのに参加したんですか?」

 和子の問いかけに幸は全力で頭を横に振って否定する。その証言を追認したのは那美恵だ。

「うぅん。観艦式に出たのはあたしと五月雨ちゃんだけ。他は神奈川第一の人たちだけだし。先生なにを見たんですか?どーいうこと?」

 阿賀奈は頬に手を当てて虚空を見上げ、思い出すような仕草で言った。

「観艦式というよりかは、何か別の海の上ね~神先さん写ってたのは。アクアラインが見えたシーンもあったわ。どこかの港でボーっと呆けてる姿とかだったかしら。」

 

 あまりに的確なシーンの指摘に幸は青ざめながら思い出した。視線をすぐに那美恵に向け、フォローを求める弱々しい表情を作った。那美恵はそれに気づいてそうっと確認する。

「あ~、もしかして五十鈴ちゃんと二人でいたときのこと?」

 コクコクと連続で幸は頷いた。

 

「先生。さっちゃんのは観艦式じゃないですよ。」

 那美恵は省いていた経緯を話す。すると、阿賀奈達は合点がいったというリアクションを取り、感想を改めて言い合った。

「そうだったのね。やっと色々繋がったわ。それにしてもほんっと~に良い経験したのね。やっぱ先生も一緒に行きたかったよぅ……。黒崎先生が羨ましいわ~。」

「あ、アハハ。今度機会があったときは先生一緒に来てくださいよ。」

「そうね!今度お話があったらまず先生に伝えてよ!そ~して、黒崎先生と石井先生と揃ってあなた達についていくの。わ~~今から楽しみぃ~!」

 阿賀奈が妄想モードに突入していると、生徒会顧問の先生が言った。

「四ツ原先生、想像張り巡らすのも構いませんが、部活の顧問ならこの後生徒に言い渡すことがあるでしょう。」

「え? な、なんでしたっけ……?」

 急に現実に引き戻された阿賀奈はおそるおそる尋ねる。

「ハァ……。部活なら、レポートなりで結果報告を学校に提出させないといけないでしょう。」

「ふぇ? あ……そ、そーですね! そうそう光主さん、神先さん! 夏休み中の艦娘部の活動として、ちゃーんとレポートにまとめなさい! そうでないと先生も立場上困っちゃうわ。」

 

 生徒会顧問の教師に暗に提案され、阿賀奈は慌てて取り繕い那美恵達に指示を出した。那美恵たちは素で忘れていたため、素直に顧問たる阿賀奈に従うことにした。

「は~い。わかりました。」

「承知、しました。」

 那美恵と幸は顔を見合わせ、話し合い始める。

「それじゃあさっちゃん、分担して取り掛かろ。」

「はい。あの、でも……内田さんは?」

「ながるちゃんは入院中だし考えなくていいや。とりあえず二人でやりはじめよう。どのくらいで出来そ?必要なら村雨ちゃんたちにも手伝ってもらうけど。」

 那美恵がレポート作成にかかる工数を尋ねると、幸はしばらくうつむいた後答えた。

 

 そんな生徒たちのその様子を見ていた阿賀奈と生徒会顧問の教師の二人も何かを話し始める。そして那美恵たちに告げた。

「それじゃあレポートが出来てからにしましょっか!」

「へ?何をですかぁ?」

 阿賀奈の言葉に奈美恵が呆けた口調で尋ねると、衝撃の内容が発せられた。

 

「全校生徒に動画を見てもらうんですよ~。せっかくのお国のために活躍してる艦娘部の映像なんですもの。これで先生も鼻高々よ~!」

「ち、ちょっと待ってください。さすがにそこまでするのはどうかとぉ~~……。」

「あら? 光主さんにしては珍しく弱気ね。大丈夫よ。校長先生も教頭先生も動画の公開に乗り気でしたよ。そもそも校長先生が最初に提案なさったんですけどね。」

 追い打ちをかけるように生徒会顧問の先生も言う。

 

 心構えも準備もできていないのに自分らの行動が晒される。

 那美恵と幸は館山当時よりも急激に緊張感を覚えた。生徒会長で人前に晒されるのに慣れている那美恵でさえそうなのだ。まったく慣れていない幸の緊張感は、那美恵の数倍以上だった。

 幸は、こんなときいない流留が羨ましい、と心のなかで愚痴るのだった。

 

 

 かくして那美恵率いる艦娘部は、動画と完成したレポートを翌週早々に全校に公開することになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

艦娘熱、再び

 鎮守府Aの艦娘達が作った夏休み中の任務のレポートは、それぞれの学校で艦娘部の部活動報告として発表されることになった。それぞれの学校で再び艦娘熱が高まろうとしている!?


 那珂達が経験した館山での任務とその他夏休み中の活動のレポートが完成したのは、日曜日のことだった。今回の土日で那珂と神通は鎮守府本館の待機室で作業をしていた。傍らには、ようやく復帰したので事情を伝えたが呆けたままの川内がいる。

 事情を聞いた五十鈴と長良・名取、そして駆逐艦勢も揃っている。

 元気よくやる気に満ちて作業をする一同だが、それぞれの学校ですでに二学期が始まっていたため、その場にいる艦娘の顔には久しぶりの登校による気だるさと、やっと訪れた土日の開放感がごちゃまぜになった色が浮かんでいた。

 

「神通、こっちのレポートのこの章は終わったわ。見てちょうだい。」

「はい、ありがとうございます五十鈴さん。」

 五十鈴が神通にレポートの文章の作成が終わったことを告げる。神通と五十鈴は一緒に行動していたため、二人で担当分を作っていた。

 

「ねぇ那珂さぁん。あの時の私達との合流位置なんですけど、GPSの正確な位置書いたほうがよくないですかぁ?」

「僕もそう思ってた。そのほうがリアリティが増すかも。そうするとこっちも書き直したほうが。いかがですか那珂さん。」

 村雨と時雨の提案に那美恵はコクンと頷き、彼女らに校正を任せることにした。

 

「ホラホラみんな、あと少しだから頑張れ~。」

 そう軽々しく叫んだのは川内だ。その発言は全員(主に那珂と五十鈴)のイライラスイッチをONに切り替えるに十分すぎた。

「ちょっと川内。あなたも十分当事者なんだから一緒にやりなさい。」

「う……わかってますって。だから最初にやったこと全部話したじゃないですk

「それで終わりじゃないんだぞ~川内ちゃん。他の人が書いたのを見てチェックしてあげるとか、仕事はいくらでもあるんだからね~!」

 先輩二人の圧にたじろぐ川内であった。

 

 その日那珂たちは艦娘の仕事をすることなく、ただひたすらに全員一丸となってレポート作成に終始した。そのレポートは那珂の高校だけでなく、村雨たちの中学校でも使われる想定の資料として出来上がった。その場にいた殆どのメンツが結果的に参加することになったイベントなのだ。それぞれの学校で活用せねばもったいないというのが艦娘たちの一致した意見だった。

 

「あたし達はぜーんぜん話題に混ざれないね~。」

「う、うん。でもまだ訓練中だし、仕方ないよ。」

 長良と名取の愚痴にも満たないつぶやきは一同の表情に一瞬だけ影を落とすことになった。が、二人もそれ以外の面々も、本気の愚痴等でないことはわかっているので意に介さない。

「まぁまぁ~。長良ちゃんも名取ちゃんはこれからだもん。早く訓練終わらせて一緒に任務出よ?」

「那珂ちゃ~ん!」「那珂ちゃん……!」

 那珂の言葉に長良と名取は沸き立つ。二人のやや潤んだ笑みに、那珂はカラッとした軽快な笑みを返した。

 長良が手伝いを名乗り出るも、それは五十鈴と名取が頑として断った。その焦りっぷりに那珂達は彼女には何か地雷があるのだろうなと察し、彼女らの任せるところとした。代わりに加わった名取は成績優秀、表現能力にも長けているのか、那珂はすぐに名取を気に入る。新人名取への仕事として、最終的な校正を任せることにした。むろん訓練の監督である五十鈴とセットだ。

 

 結局その日仕事がなくボーッとしていたのは川内と長良の二人だけだったが、二人の人となりがわかっていたので、誰も気にしないでいた。

 

 

--

 

 週が開け、完成したレポートは印刷された紙媒体と電子データでもってそれぞれの学校に艦娘部と鎮守府の共同の名義で提出された。

 五月雨たち、不知火の中学校で発表会が開催されたのと同じく、那珂たちの高校でも全校生徒・教師に向けて艦娘部の活動として発表が行われた。

 

 

 全校集会の場で生徒会や教師陣からの連絡事項、各部活動からの校外活動等の報告が終わった後、那美恵は顧問の阿賀奈、それから教頭とともに再び壇上に立った。

 つまり、艦娘部が最後の報告だ。

「最後となりますが、艦娘部からの報告があります。艦娘部部長、光主那美恵さんどうぞ。」

 生徒会副会長の三千花が促す。その口調には親しみは篭っていない、あくまで事務的なものだ。

 

 顧問の阿賀奈から那美恵へと挨拶が連続する。那美恵は軽く深呼吸し口を開いた。視線はまっすぐ、生徒たちの集まりの中央に向かっている。

「艦娘部からの発表は、こちらです。」

 那珂は背後のスクリーンに映像を映してもらい、それを指し示しながら続けた。

「我々艦娘部は、この夏季休暇の間に千葉県館山の海上自衛隊、それから神奈川にある艦娘制度の艦娘の基地の一つ、通称神奈川第一鎮守府と一緒に、地域の祭りや哨戒任務つまり周辺海域の警備を行ってきました。あたし達が所属している千葉第二鎮守府は検見川浜にあり、そこで普段は待機し警備等の任務を行いに行きます。今回あたし達が行ったのは……」

 

【挿絵表示】

 

 那美恵はおおよその説明を手短に済ませ、学校が受け取っていた動画のうち、関係各所向けに編集済みのダイジェスト動画を流した。その映像は特に艦娘としての那美恵達がメインというわけではない。未だ艦娘部の素性や活動について理解が及んでいない一部の生徒や教師に現実のものとして知らしめる目的のためには適していると踏んで第一弾の公開に選んだものだ。

 

 5分程度の動画が終わり、那美恵は再び壇上から話し出す。

「今回お見せした映像は海上自衛隊とテレビ局が編集したものです。これ以外に、生の映像を動画として受領していますので、後ほど学校のホームページに掲載しておきます。よろしければご覧ください。あたし達艦娘の活動を理解していただければ幸いです。ご静聴ありがとうございました。」

 

 直前までは校内、範囲広くても他校との学校間程度の規模の話が続いたため、急に飛び出してきた海上自衛隊や館山という検討のつかぬ組織名・地名の連続に、生徒たちはもちろんまだ動画やレポートを見ていなかった教師陣も驚きすさまじい感心を素直に表していた。

 那美恵は壇上から去る前、一通り見渡して期待通りの反応だと捉えて密かに安堵した。

 

 動画公開後、各生徒は休み時間中あるいは教師の指示で授業の余り時間など、様々なタイミングで那美恵たち艦娘の活動を目に焼き付けた。

 那美恵のクラス、幸のクラスでは動画視聴直後に、本人らにクラスメートが殺到した。そのあまりの興奮っぷりに幸は当然だが、さすがの那美恵もたじろぐほどだ。

 国の組織の一部や地方局やネット局とはいえ、テレビに出たという事実は効果がありすぎた。

 二人ともクラスメート、隣のクラスの生徒からその場でインタビューまがいのおしゃべりと注目で晒しとなっていた。

 

 

--

 

 一方で二人とは待遇が違ったのは流留だった。

 男子からはおおよそ那美恵や幸と似た盛り上がりと注目だったが、女子生徒からは冷ややかな目で見られていた。

 気まずさの度合い自体は以前のいじめのときより和らいでいたが、それでも流留にとって一学期と大して変わらぬ空気に感じられた。

 

「ねぇねぇながるん。艦娘になってたんだって? 俺全然知らなかったよ。どうなの?面白いの?」

「え、あぁ……うん。まあやりがいはあるから、楽しいかな。学校よりも。」

「ながるんはどこに映ってたんだ?」

「あ~、あたしの映ってたところは動画だとほんの少しだよ。あたしは主役じゃなくて周りを哨戒してたいわば裏方だから……ね。」

 

 さすがに以前ほど気兼ねなく男子と会話をする気になれず、歯切れ悪く受け答えする流留。ただ本人の対応具合なぞ、遠巻きに睨み妬んでいる女子生徒にとって関係ない。

 表立った(SNS等でも)いじめは鳴りを潜めたというだけで、わずかな事でも炎上する要素は流留の意思に関係なく、捉え方一つで生み出される状況になっていた。

 

 男子は一学期のことなど忘れているのかあまりにも気兼ねなく話しかけてくる。女子は遠くから睨みをきかせるだけ。

 正直何もかも鬱陶しく、学校から早く離れて鎮守府に篭りたい気持ちでいっぱいだった。

 

 

--

 

 その日、部室代わりの生徒会室へ集まる那美恵たちは生徒会室直前まで、ぞろぞろと取り巻きがついてくる有様だった。

「ねぇねぇ神先さん。なんで生徒会室に行くの?会長に何か用事なの? あ、そういや会長も艦娘だったっけ。だからなの?」

「そういえば和子ちゃんも生徒会だけど和子ちゃんは違うよね?もしかして和子ちゃんも艦娘だったりするの?」

「う……えと。ぁぅあ……と。」

 人生でこれまで他人にちやほやされたことがない幸は、応対のスキルがないためにオーバーフロー気味だった。

 

 そのとき、突然幸と幸を取り巻く生徒たちに隙間が出来た。集団が掻き分けられて何人かがよろける。

「さっちゃん。ホラホラさっさといこ!」

「キャッ!」

「うわっとと!」

 

「う、内田さん……。」

 幸は強引に腕を掴まれ引っ張られるために歩行速度が上がり、その他生徒達との距離が空いた。

「まったくさっちゃんってば。あんな奴らいつまでも構ってる必要ないんだからね。適当にあしらっちゃえばいいのよ。」

「で、でも……。」

 

 背後に聞こえる文句を無視し、幸のおどおどした態度を気にせず流留は幸の腕を引っ張り続け、やがて二人は生徒会室の前にたどり着いた。周囲には幸運にも人はいない。

 

 

 ガララと扉を開けると、そこには二人の期待通り那美恵がいた。プラス、生徒会メンバーも勢揃いだ。

「こんちはー、艦娘部部員、川内来ました~!」

「あ、あの。お疲れ様です。私も来ました。」

 

「おー、二人とも来たね~。待ってたよ~。」

「お疲れ様、二人とも。」

「よ、内田さん!」

「さっちゃん、ここまで大丈夫でしたか? 生徒会の仕事があったから先に行っちゃってゴメンね。」

 那美恵に続いて三千花、三戸、和子が声を掛けてきた。

 そこにある雰囲気は教室とは違う、心地よさ。流留は自然とニンマリした。傍にいた幸は流留の笑顔を見て、その真意までは知らずにただ同調してはにかんでみせた。

 

 

--

 

「さて、二人には報告しなきゃいけないことがあります。」

 艦娘部メンバーが全員集まったことで、那美恵はやや真面目口調で改まって話し出す。流留と幸はただ黙って那美恵のこれからの発言を待つ。

 

「実はですねぇ~~、メディア部があたしたちに取材を申し込みたいってさぁ~!」

「へぇ~~、いいじゃないですか! もっと有名になるんじゃないですか?」

 流留が真っ先に沸き立って反応すると、幸は無言ながらコクコクと勢い良く頷いて同意を示す。

「ウフフ。それからね、先生方から鎮守府の見学会でも開いたらどうかって提案されちゃった。あたしが聞いた声だけでも、鎮守府を見学したいっていう人結構多かったからやってみようかなって思ってるの。二人はどう?」

「いいと思います。きっと、すごく効果的かと。」

「そうだね。あたしたちが海の上で砲雷撃して戦ってるところ見せたら、ぐうの音も出ないほど黙らせることできるし。」

「「え?」」

「あぁいや。あたし個人の話。気にしないでスルーして。」

 流留の台詞に一抹の不安を感じたが、ここで掘り下げて話題がブレるのを避けたい那美恵は彼女の言葉どおりスルーして自身の話を続けた。

 

「それでね、インタビューは鎮守府で受けようかなって思ってるの。見学会もそのときにできればなぁって。だってあたしたち艦娘部は学校に部室ないし、むしろ鎮守府が巨大な部室って感じだし。ねね、どうかな?」

「はい。良いと思います。」

「うん。あたしもその方がいいです。学校でやられたらクラスのやつらに何言われるかたまったもんじゃないし。」

 幸に続いて流留も即時賛同する。またしても流留の言い方に違和感を覚えた那美恵だったが、やはり気にせず話を継続した。

 

「それじゃあメディア部には伝えておくね。それから二人には、見学会の内容とスケジュールを考えてもらいたいの。」

「「内容?」」

「そ。いつ、どういうふうにやるか。」

「それは……私は構いませんけれど。」

 そう言いながら語尾を濁して幸は流留に視線をそうっと向けた。流留はその意味がわからず幸を見つめ返す。

「え、ん? 何?」

「あ、いえ。」

 キョロキョロと色んな方向を向く流留。気まずそうに流留から視線を外した幸の心境に想像がついた那美恵は代わりに指摘した。

「流留ちゃんはイベント事を計画したりそういうのできる? あたしとしては二人の可能性を信じて任せたいんだけどさ。」

 流留はいつぞや那美恵と話した内容を思い出し、ハッとした表情のあと顔にやる気をたぎらせた。

「あぁ! そういうこと! じ、じゃあ任せてくださいよ。あたしだってやればできるんですから。さっちゃんや時雨ちゃんに任せたままだなんて嫌ですもん。」

「ん。おっけぃ。その言葉が聞きたかったの。」

 

 流留がやっと明るく応対し出したので那美恵は安堵の息を密かに出し、軽いステップで颯爽と生徒会室を後にした。那美恵が出ていった後の生徒会室では、生徒会の仕事をする三千花たちと、手持ち無沙汰にボーっとする流留と幸の姿があった。

 この日、艦娘部の活動は那美恵と放送部の交渉で終いとなった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鎮守府にもたらされたニュース

 那珂らの高校で高まった艦娘熱は、鎮守府の見学会を少女たちに計画さす。そして一方の鎮守府では、とある重大イベントのニュースがもたらされる!


 那美恵たちの学校が艦娘熱で盛り上がり、見学会が計画され始めた頃、鎮守府Aでは提督がある知らせを受け取っていた。

 と同時に、夕方に中学校から出勤してきた五月雨も出勤早々異なる知らせを受け取った。

 

「……はい。えぇ、那珂たちからそれとなく伺っておりました。あ、そちらも? はい、はい。あ~、それじゃあ本当にやりますか。」

 

 提督が電話に出ている最中、五月雨も別の電話で応対していた。

「はい。こちら深海棲艦対策局千葉第二支局です。え? え~っと……」

(チラリ)

「う……えっとですね、ていと、西脇から伺っております。え、代わって……すみません。別件で電話の最中なんです。あ、はい。了解です。それじゃメールでお願いします。え、私ですか? 五月雨って言います。よろしくお願いします!」

 

 数分後、執務室では二つ同時にため息が吐かれた。

 

 

--

 

 翌日、那美恵達は学校帰り三人揃って鎮守府に出勤した。着替えて艦娘になり、挨拶のため執務室に顔を出した。

 するとそこには提督と五月雨の他に妙高、そして不知火と見知らぬ少女がいた。

 

「こんにちは。ていと……あ。」

「お、那珂に川内、神通か。ご苦労様。今日はどうした?」

 

 那珂は意外に人が多いことに驚いたが、状況が割りと静かそうだと判断すると、すぐに知らせを口にした。

「うん。うちの学校からのお知らせと言うか、提案があるんだけど、今時間いい?」

「あ~、ちょっと待っててくれないか。今不知火の同級生の娘たちの話が大詰めでね、すぐに済むから、待っててくれ。」

「あ、はーい。」

 

 那珂は素直に返事をし、川内たちに手招きをして促し一旦部屋の外に出た。それからほどなくして、妙高が扉を開けそして不知火と二人の少女が出てきた。

 不知火たちが会釈をしてきたので那珂たちも彼女らに会釈をし返す。三人の背中を少しだけ見送っていると、妙高に促されたので執務室に入って改めて話を始めた。

 

「お待たせ。俺からも実は伝えたい事があるんだが、お先にどうぞ。」

「うん。実はね、うちの学校で鎮守府の見学会をしようって話が上がってるの。」

「うん、なるほど。」

「それとうちのメディア部がね、あたしたち艦娘部にインタビューをしたいっていうの。どうせやるなら見学会とインタビューを同時にやれないかなって思って、日程が決まったらその日、鎮守府の各場所を使わせてほしいの。許可してもらえる?」

「全然かまわないよ。いつにするんだい?」

「えーっとね。鎮守府を自由に使わせてくれる日ならいつでもいいよ。うちの生徒は、まず告知してもどれだけ来るかわからないし。」

「そうか。だったら今週の金と来週の土曜は外してほしいかな。それ以外だったらいいぞ。」

 

 提督は何気なく予定をほのめかして那珂に言った。すると気になった那珂はすぐに尋ねる。

「金曜と土曜に何かあるの?」

「ん? それじゃあここからは俺が伝えたいこと。これは以前言ったかと思うけど、評価シートのシステム開発の打ち合わせで金曜日にうちの会社の人間が来るんだ。その時は那珂にも参加してもらいたい。というわけでそれら以外の日だったらOKだよ。」

「あ、そーなんだ。あれ?でもじゃあ来週土曜日は? 何か他にあるの?」

 

 那珂のその確認に提督はわずかに溜めを持ち、若干のドヤ顔でもって言い放った。

「フッフッフ。聞いて驚け。実はな、来週土曜日に神奈川第一鎮守府の艦娘達と演習試合が決まったぞ。しかもうちに来てくれるそうだ!」

「「えぇ~~!!」」

「……!!」

 那珂と川内は声を出してのけぞって驚きを示し、神通は声には出なかったがリアクションは二人並に身をビクッとさせてその知らせに仰天した。

 

 

「す、すごいすごい! この前天龍ちゃんたちとやりたいねって話してて間もないのに、もう決まったの!?」

「うわぁ~! あたしも暁たちと話しててそれっきりだったのに、どうしてどうして!?」

「まぁ、提督同士、色々話は入ってくるのさ。」

 那珂と川内の反応は歓喜の混じった驚きをするのとは対照的に、幸は憂鬱そうに暗い表情だ。

「普段の勉強に艦娘部の見学会、それから演習試合となるともしかして……ふぅ……。」

「ん?どーしたの神通ちゃん。」

「いえ。あの……正直言って、手一杯になりそうかなと。」

 そう言って神通は目下自分たちがやるべきことを恐恐と挙げた。それは自身の学校のためだけでなく、全体的な意味での指摘だった。

 那珂は楽観的に考えていたが、神通が真面目に心配を口にして訴えかけてきたので、しばらく目をつむり思案した。

「ふむふむ……ふむ。あれがこーしてこれがああなって……。」

 

 少々の身振り手振りと独り言とともに那珂は何かをシミュレートし始める。隣で薄気味悪く蠢く先輩を見て不安がもたげてきた川内は那珂の肩を突っついて正気に戻した。

「ち、ちょっとちょっと那珂さんどうしたの!? 急に怖いですよ~!」

「(コクコク)」

 川内のセリフに神通は口をつぐんだまま頷いて同意を示す。

「あ、ゴメンゴメン。ちょっと思いついたことがあるの。」

 那珂の一言に両隣の川内と神通はもちろん、提督たちも?を顔に浮かべて待った。

 

「見学会と神奈川第一との演習試合を一緒にやっちゃえばいいんだよ! そーすればあたしたちは演習試合に参加してよその艦娘のこと知ることができるし、学校の皆に艦娘のことたっくさん見せてあげられるよ。そしてインタビューにも格好の材料が揃う、と。どうどう?」

「……やっぱり。那珂さんなら、そう言うと思ってました。」

「おぅ! さすが神通ちゃん。あたしの考えだんだん見通せるようになってきたのね。那珂ちゃん恥ずかしい~けど頼もしくなって嬉しい~!」

 神通は提督が知らせを告げた時、那珂ならこう考えるだろうと予測がついていた。

 そんな神通の言葉を受けておどける那珂に川内は目に見えて反発する。

「えぇ~~!!余計忙しくなるじゃん! 一石二鳥けどさぁ……。」

「ちょっと忙しくなるのは覚悟がひつよーだけど、盛り上がった熱を冷めさせないうちに良い物を見てもらって、話題を継続させるのは大事なのですよ、川内ちゃん。」

「川内さん。予想の範疇でしたし、多分私たちに拒否権はないかと。」

 神通の言葉に川内は引きつった笑顔を浮かべるのみ。さり気なくツッコミを入れられたと捉えた那珂がすかさず言い返した。

「アハハ。神通ちゃんにはもうなんか色々お見通しって感じぃ? それから拒否権とか言い過ぎ~。別に二人がこうしたいっていうなら別の案出してもらっていいんだよ。」

 

 那珂が二人の眼前で指を振る。もちろん茶化していることはさすがの川内も察しがついていたので、苦笑を浮かべて反応する。

「いや、アハハ。まぁ、那珂さんの考えたことやったほうが面白そうですし、あたしは那珂さんに賛成です。大変っていうのは、う~ん……皆に手伝ってもらえばいいのかなぁって。」

「私も、那珂さんと川内さんに、従います。」

 

「うー、二人ともあたしに遠慮してない?」

 自分の意見への反発が触り程度ですぐになくなってしまったことに張り合いがないと感じた那珂は、二人の態度に釈然としないものがあった。

「いやいや。素直に面白そうって思ったから賛成したまでですよ。ね、神通?」

「……私は、冷静に機会が良いという点で同意することにしました。ですから、遠慮というわけではありません。」

 二人の反応は渋々とも取れたが、余計な追求でかかる時間と目的達成を天秤にかけ、ひとまず良しと判断して話を進めることにした。

 

 那珂たちの様子を眺めていた提督が問いかける。

「考えはまとまったかな?」

「うん。あたしたちの学校にとっては、神奈川第一との演習はまさにうってつけなんだよね。だからね、……というわけで。」

 那珂は提督に三人の考え(実際には那珂発案のアイデアだが)をプレゼンし続けた。提督はおおよそ理解を示し那珂の意見を受け入れた。

 

「そうか。うん、わかった。君たちの学校からどれだけ来るのか教えてくれ。それによってうちとしても準備があるからさ。」

「あぅ~ゴメン。まだ全然わかんない。前日までに伝えればいい?」

 提督はやや顔を渋めて頭をひねらせて思案した後答えた。

「大体でもいいからわかると嬉しいんだけど、なるべく早めに頼むよ。他との都合もつけないといけないからさ。」

「おっけぃ。わかってるって。」

 

 提督ないし鎮守府との話を付けた那珂は川内と神通に、明日からやることを簡単にまとめて改めて伝えた。

 神奈川第一鎮守府との演習まで後一週間と数日。那珂たちは、普段の訓練と合わせ、自身の高校艦娘部として、学校と鎮守府の交渉役を務めることになった。

 

 翌日以降、那美恵は流留と幸に役割と言い渡し、自分としては二人がまず苦手そうな教師などへの交渉役を率先して担当した。那美恵の作業はすぐにかたが付き、校外施設への生徒の誘導および集会の許可を得ることができた。

 一方の流留と幸は、鎮守府見学会の設計に数日は四苦八苦することになる。

 

 

--

 

 ある日の休み時間、和子は後ろの席から極々小さな声でウンウン発せられる唸り声を耳にした。後ろは幸の席だ。和子が気になって振り返り見てみると、幸は授業のものではないノートに書き物をしていた。

「さっちゃん、何書いてるんですか?」

「……こ、今度の見学会の、計画。那美恵さんから、内田さんと私の二人でって任されたの。」

「そういえばそんなこと話してましたね。結構大変?」

「考えるのはいいんだけど……、私の考えた内容が他の人に影響するとなると、責任重大すぎて気落ちしちゃいそう。」

「でも学校の皆に対してだから、気楽になんじゃないですか?」

 和子のこの問いかけに、幸からの返事は数秒遅れる。ポロリと出た一言は間違いない本音だった。

「なんだか、うちの鎮守府の皆との方が気楽になってるかも。あとは……戦ったり訓練してるときのほうがマシかな。」

「うわぁ~。さっちゃんからそんなセリフ聞くなんてすごく意外。」

「え? え? え?」

「ウフフ。やっぱりさっちゃんは見違えるように成長しましたね。艦娘になって正解なんじゃないですか?」

 和子から笑われたことを幸は冷笑と捉えてしまいうろたえるも、友人のその見立て自体は嬉しかったため、やや頬に熱を持ちながらも静かにゆっくりと頷いて肯定するのだった。

 その後、休み時間の度に蚊の鳴くような唸り声を上げて計画を練っている幸の姿と、その悩める友人の姿を間近で温かく見守る和子の姿+時々和子の友人の絡みが繰り返されていた。

 

 

--

 

 一方で流留は何もできずにいた。否、自分の教室では何もやるつもりがなかった。それは、校内では生徒会メンバーと艦娘部メンバーとしか会話するつもりがないことと、普段自分がやらぬことをやれば同性の女子からまた誤解の目で見られるかもという強迫観念があるためだった。

 同性で同学年の、すっかり気を許して付き合える仲になった幸に会いに行くというのは普通の女子であれば他愛もないことであろうが、流留にとっては極大に大きく重い一歩だった。そんなことをすれば今まで同性と付き合いのない流留がどうして?と思われてしまうのは明白だ。

 

 自身は艦娘部に入って神先幸と仲良くしてるなぞ、誰にも明かしたことはないのだから。

 

 せっかく友達になれた幸に迷惑が及ぶのは心苦しいので、流留はそういう思いの面でも動けずにいた。

 

 ただ、放課後になってしまえば別である。やる気に満ちているときの素早さには自信がある流留は、帰りのホームルームの終わりのチャイムがなってすぐ飛び出し、幸のクラスへと向かう。帰りがけの混乱の中、幸の教室にスタスタ入って紛れ込んだ流留は、幸とその前方の和子に話しかけた。

 校内での部室代わりの生徒会室へ早く行こうとせがむと、それは幸に止められた。

「え、なんでよ?那美恵さんもいるんだよ?」

「そもそも、生徒会室は私達の部室ではありません。那美恵さんが生徒会長であることのご厚意でいさせてもらっているだけなんですよ。」

「え~、別にいいじゃん。ねぇ、毛内さん?」

「え? あ、はぁ。仕事がないときは別に構いませんが。」

 和子の言葉を裏切りと捉えた幸はわずかに泣きそうな表情を浮かべて反論する。

「和子ちゃんそんなぁ……。いくら和子ちゃんたちが良くても、私たちは……そろそろけじめをつけるべきです。内田さん。作業なら鎮守府へ行ってやるべきかと。」

 幸の言葉は流留に確かに響く。正論と捉えたので流留はぐうの音も出なかった。が、せめて言い返そうと付け足した。

「ん。まぁ……そうかもしんないけど、面倒くさいじゃん。あそこ行くまでに30分くらいかかるもん」

「……それは、私達○○高校の宿命です。」

「うわぁ~さっちゃんなんか中二っぽいこと言ってる。すげー意外だ。」

「さっちゃん、ホント随分変わりましたね。」

 何気なく言った一言に、流留と和子が驚きを隠せないでいる。まさか親友からも呆気にとられるとは思わなかった幸は再びうろたえて泣きそうになってしまった。

 

 明らかにしょげた幸を流留と和子は背中や肩をさするなどして慰めた。優しくしたところで改めて生徒会室へ行こうと持ちかけたが幸に頑なに断れ、今度は流留が悄気げるハメになる。

 結局幸に根負けをして、流留と幸は一旦生徒会室に寄って那美恵に一言伝え、学校を後にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とあるシステムエンジニアと艦娘

 艦娘の練度評価システムの改修案件に関わることになる彼女は、西脇提督の会社での後輩といういわゆる身内だった!


 流留と幸が主導で鎮守府見学会の計画を練る日々が続く中、那美恵は金曜日、学校に話を付けて2時過ぎに学校を出て鎮守府に向かった。

 那美恵のクラスメート達は、那美恵から学校を出て外出する理由を本人からそれとなく聞いていた。そのため、我らが生徒会長が艦娘として出陣だ!!と冗談半分でその時間の担当教師含めて教室の全員から大手を振って那美恵は見送られる形になった。

 

「「我らが生徒会長の艦娘としての出撃だー!バンザーイ!!」」

 窓を開けて声を上げて叫ぶ生徒達は全学年の教室から適度に分かれて存在していた。その中には教師も混じっている教室もある。

 

「う……。アハハ。行ってくるぜぃ~~!」

 手を振って声援に応じるが那美恵にしては珍しく、素で照れながらの出発である。

 

 

--

 

 提督にメールで一報して那美恵は足早に通学路を逆走し、電車で鎮守府のある検見川浜へと向かった。途中提督から来たメールを開く。

「本日3時から打ち合わせです。遅れないよう、よろしくお願い致します。」

 相も変わらず硬い文面に那美恵は電車内であるために口を抑えて噛み殺した苦笑を浮かべていた。

 

 鎮守府に到着した那美恵は着替えて那珂になり、すぐに執務室へと向かった。執務室に入ると、そこにはすでに五月雨と妙高が揃っていた。

「お、来たか。それじゃあ事前に意識合わせしておくぞ。」

「うん。」

 同意を得た提督は艦娘三人をソファーに座らせ、今回の開発案件の話を始めた。

 

 那珂は五月雨が事前に印刷しておいた自身らの評価チェックシートを眺めながら提督の話を聞き続ける。今回、打ち合わせにおいて那珂がすることはほとんど全くない。しかし、心構えは自身が主役並にどっしりと固めていた。なにせ自分たちの評価システムを構築してくれる相手なのだ。専門用語がわからなくても食いついてやらないといけない。

 

 事前の打ち合わせが終わり那珂達が執務室内で時間を潰していると、チャイムがなった。

 秘書艦であるため、五月雨がすぐに訪問客の元へと向かっていった。しばらくしてから提督も席を立ち、那珂と妙高に合図を送る。

「さて、俺達も行くか。二人とも、準備はいい?」

「えぇ、大丈夫です。参りましょう。」

「はーい。」

 妙高と那珂の返事を聞いた提督は、机の上のノートPCを小脇に抱えて先頭を切って執務室を出る。後に那珂そして妙高が続いて打ち合わせの場へと赴いていった。

 

 

--

 

 会議の場は1Fの大会議室、那珂たちにとってすでに見慣れて久しい多目的の大部屋だ。提督たちは扉の前で五月雨と合流し、部屋に入った。そこには二人の人物がいた。

 一人は初老に入りかけ少々くたびれた風貌だが、人当たりの良さそうな見るからに優しそうな男性、もう一人はミディアムヘアで、ボン・キュッ・ボンという表現がピッタリ似合うふくよかでスタイル抜群、同じく穏やかで優しそうな雰囲気の女性だ。

 提督らの姿を見て二人は席を立って挨拶をする。

「やあ西脇、ご苦労様。」

「お疲れ様です。先輩。」

 

「お疲れ様です。暑かったでしょう。まずは涼んで休んでください。それからお茶もどうぞ。」

「おぉありがとう。いただくよ。」

「ありがとうございます、先輩。それにしても、先輩って本当に提督になったんですね。」

「一応正式名称言っておくと、深海棲艦対策局の支局長って役職だけどな。」

 提督と二人は明らかに内輪と思われる雑談をかわす。

 

 五月雨たちが三人の輪に入り込めずただボーっと眺めていると、視線に気づいた女性が提督に指差しで示して暗に促した。

「あ、ゴメンゴメン。紹介しなきゃいけないね。五月雨、君からお願い。」

 提督の合図を受けてまず五月雨が自己紹介をした。次にもうひとりの秘書艦である妙高、最後に那珂が自己紹介をした。

 

「あたしは軽巡洋艦艦娘の那珂を担当しております、光主那美恵といいます。○○高校の2年生です。よろしくお願いします。」

 

 次に提督は視線を男性と女性に移す。まずは女性が自己紹介を始めた。

 

【挿絵表示】

 

「初めまして。私は株式会社○○ソフトクリエイティブ、第4開発部の雄山ミチルと申します。よろしくお願いします。」

「初めまして。同じく株式会社○○ソフトクリエイティブ、営業部門2課の石坂と申します。今回の担当営業です。よろしくお願いします。」

 二人が自己紹介を終えると、ふと気になった那珂はそうっと問うた。

「ねぇ、提督の会社での役職とかは?」

「お、そうだねぇ。西脇、せっかくだから君も自己紹介しなさい。」

 営業の石坂が肘でつつくように促すと、提督は後頭部に手を当ててやや恥ずかしそうにしながら従って自己紹介し始めた。

 

「え~、俺もですか? んん! 株式会社○○ソフトクリエイティブ、第4開発部のサブリーダーの西脇栄馬といいます。それから国の艤装装着者制度の選抜によって、深海棲艦対策局および艤装装着者管理署千葉第二支局の支局長を勤めています。よろしくお願いします。」

 最後の方で提督は恥ずかしさに耐えきれず笑いを漏らす。すると釣られるようにその場の一同はクスクスと笑いだした。

 これから打ち合わせに臨むにあたり、最初の雰囲気としては出だし上々だった。

 

「それでは本題に移ります。艦娘制度のことは説明すると長くなるので、一般的な紹介サイトとかでざっと見ておいてください。今回御社に……なんか違和感あるなぁ。」

「ハハ。責任ある立場は大変だろう? 同じ会社の人間だけとはいえ、艦娘の皆さんがいらっしゃるんだし、あくまでそちらの責任者の立場で臨めよ?」

「あ、はい。気をつけます……。」

 提督が言いづらそうにすると、石坂は提督に気楽なやり方をせぬよう忠告した。それを受けて提督もミチルも軽く息を吐いて改めて雰囲気を正した。

 

 

--

 

 

 その後、主に提督の語りで要件が伝えられ、ミチルと石坂がその要件を掘り下げる質問をするという応酬が続いた。完全に分野外のことのため、那珂たち艦娘は黙ってその話し合いを見守り続ける。一通り要件を伝え終わると、提督は五月雨に評価チェックシートの紹介をさせた。中学生ながら五月雨は、大人の会議の場でそつのない説明をしてミチルらを感心させた。

 そして1時間程経ち、打ち合わせも終いの時間となった。

「……わかりました。それではその評価チェックシートと、国から配布されてる評価シートを提供していただけますか? 見積もりを出して後ほど連絡いたします。えぇと、先輩。会社のメール?それとも鎮守府のメール?どちらでいいんですか?」

「それじゃあ両方に送っておいて。細かい話や確認は俺が会社戻ったときにしてもらってもいいし。」

「あ、はい。了解しました。」

 

「それでは、よろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

 提督とミチルの応対が一区切りした。これで打ち合わせのメインの内容は終わったことになる。提督は改めて依頼することを挨拶とともに伝え、打ち合わせは硬い雰囲気が解かれた。

 

「ふぅ~とりあえず問題なく伝えられたようで安心したよ。」

「ウフフ。まさか顧客の立場になった先輩と話すなんて、不思議ですわねぇ。」

「ほんっと大変なんだぞ。今まで一介のSEでしかなかったのに、急に会社の社長させられてる気分だよ。」

「これもいい経験じゃないか。うちの会社の代表として選ばれた期待の星なんだから、気張れよ西脇。」

「う……恐縮です。が、頑張ります。」

 

 那珂たちは、今までしっかりした大人に見えていた提督が、同じ会社の人間と接する姿を初めて目の当たりにして驚きと不思議さが共存した気分だった。なによりも、垣間見える提督、西脇栄馬の素顔が新鮮でたまらなかった。

 那珂たちが若干奇異の目で提督を視界に収めているなかで、当の提督は帰り支度を始めた二人に尋ねた。

 

「二人は帰りどうします? 駅まで送っていきますよ。」

「ありがとうございます。あの……もしよかったら、鎮守府っていうところを見させてもらってもよろしいですか?」

「おぉ、俺も見てみたいと思ってたんだよ。」

 ミチルの何気ない頼みごとに石坂も乗り気になる。

「あ~、そうですね。そういやうちの会社の人来たの初めてだしちょうどいいか。それじゃ案内しますよ。君たちも少し付き合ってもらっていいかな?」

 提督はやや眉を下げて申し訳なさそうに五月雨たち三人に懇願した。

「別にいいんじゃないの。ね、妙高さん。」

「そうですね。せっかく来ていただいてるんですし。五月雨ちゃんもいい?」

「あ、はい! 私もいいと思います!」

 那珂と妙高が快諾すると、年上二人の返しを窺っていた五月雨も笑顔で快く返した。

 

 二人の帰社時間、それから学校から許可を得ているとはいえ、戻らねばならない那珂と五月雨の帰校時間もあるため、細かい説明は歩きながら、そして最低限の場所だけとなった。

 つまるところ、工廠と湾だ。

 提督は明石や技師たちにもミチルたちを紹介し、艦娘制度に関わる人間の生の声を聞かせた。

 

「西脇提督の会社の方ですか~。提督も本当に会社勤めだったんですね~。」

「俺をなんだと思ってるんだよ!? ニートとかじゃないぞ……。」

 提督の強いツッコミとその直後の弱々しいつぶやきに、明石やミチルはもちろん、那珂たちもクスクスと失笑するのだった。

 

 

--

 

「そうだ! 雄山さん。せっかくだから艤装の同調試験受けてみません?」

 明石が叫ぶように突然口にしたその意外な提案に、当のミチルはもちろんのこと、提督ら一同は声を揃えて仰天した。

 

「「えっ!!?」」

 

「な、何言ってるんですか!? 今回はそういう目的じゃないんだぞ?」

「いいじゃないですか。意外なつながりで艦娘になれる人を見つけられるかもしれないじゃないですか。それにちょうど一つ艤装空きがありますし。」

 慌てる提督とニコニコして楽しそうだがその実、艤装の実験対象が増えるという技術者の性でウズウズしている明石。那珂は他のメンツと同様に呆然としていたが、明石の意見には一理あるとして賛同を示した。

「そうだよ。あたしの学校だって、流留ちゃんとさっちゃんを見つけられたんだし、ダメもとで受けてもらえばいいじゃん。提督の会社で艦娘になれる人が一人でもいれば、きっと安心できると思うよ?」

 

 提督にとって那珂が乗ってきたことは予想の範疇の現実でしかない。乗り気になるのはいっこうにかまなわいが、自社の人間を艦娘界隈に迎え入れることに抵抗があった。

 この時点では提督の真意が明石や那珂ら艦娘に伝わることなく、また提督としても何の脈絡もない状況で思いを伝える気はなかった。

 

 艦娘からすれば、提督がただただ妙に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて態度をハッキリさせないでいるようにしか見えなかった。歯切れ悪くモゴモゴ言う提督に、妙高がそっと近づき何かを聞いた。妙高に耳打ちする提督は、若干表情を和らげた。妙高に何かを諭されて、ようやく顔を明石ら周辺に向けた提督は決断を下して述べた。

 

「わかった。けどあくまでも雄山さん自身の気持ちが当たり前だけど優先だぞ。どうかな、雄山さん?」

 提督と同じくあまり気乗りしなそうな表情を浮かべていたミチルが反応した。

「そ、そうですね……。私としては少し興味あります。けど今すぐやりましょうと言われると困ってしまいます。そのチェックには時間かかりますか?」

「いえいえ。同調自体はすぐ終わりますよ。ちょっとだけ、いかがです?」

 明石の食い下がるその気迫に押されたのか、ミチルは苦笑を浮かべて頷いた。

 

 本人と提督の承諾を得た明石は軽くガッツポーズをして喜びを露わにする。

「それでは那珂ちゃんと五月雨ちゃん、それから雄山さんついてきていただけますか? 妙高さんはちょっとあのフォローをお願いします。」

「はーい!一名様ごあんな~い!」

「アハハ……二人ともなんかノリノリですね~。」

 明石に合わせてノッて振る舞う那珂と年上二人に苦笑する五月雨、そんな三人の艦娘はミチルを連れて工廠の奥へと入っていった。

 

 その場に残された提督ら。

「西脇はいかんでいいのかい?」

「え? あ~はい。俺は同調試験の立会許されてないんですよ。」

「へぇ~提督ってそういう制限もあるのかい。」

「いえいえ。規則としては制限ないはずなんですけど、故意にいようとすると、工廠長の明石さんはじめ女性陣がめちゃ怒るんで。以前那珂の学校の娘が同調したときにたまたま立ち会うことありましたけど、具合悪そうにしゃがんじゃったんでなんか気まずくて。なんでなの、妙高さん?」

 提督が石坂からの質問に言葉と雰囲気不明瞭に返す。続く流れで妙高に尋ねると、妙高は目が笑ってない笑顔で提督に静かに返した。

「知る必要のないことなんですよ。」

 あまりにも不自然で恐怖を抱く笑顔と優しい口調のセリフに、提督だけでなく石坂も思わず「はい」と改まって返事をした。

 

 

--

 

 明石と一緒に艤装の格納庫に来た那珂は、初めて見る光景に圧倒されていた。

「うわぁ~~ひっろーい! ここが艤装をしまっておくところなんですか?」

「えぇ。格納してある棚にはそれぞれ番号がついていまして、ここのパネルで操作すれば、高い位置にある棚でも自動的に床ごと押し出されて、地面に降りてくるんです。あらかじめフォークリフトを設置しておけばすぐに持ち運べますよ。」

「ほうほう。あたしたちって頼んで艤装を出してもらうことしかしなかったから、裏っかわこうなってるんですね~。五月雨ちゃん知ってた?」

「い、いえ。私も初めて入りました。普通に中学校だけ行ってたらこういう工場見学もしなかったからなんかもう感想が追いつきませんよぅ。」

「アハハ。あたしも~。ところで明らかに何も入ってないスペースが多いですけど?」

 五月雨と掛け合いをしつつ、那珂は観察して思いついた感想をすぐに口にして尋ねる。

「そりゃまあ、うちにある艤装は空いてる高雄と黒潮をはじめ、那珂ちゃんたちの艤装、あとは汎用の簡易艤装が数点です。どこの鎮守府の工廠も少なくとも100以上の艤装の格納するスペースを確保しておくことって決められてるんです。ですから全体を見るとまだどうしても空きが目立ちますね。」

 

 前方後方、左右の棚を両手で指し示す明石。その説明に反応したのはミチルだ。

「艦娘って、私あまりよくわからないんですけれど、意外と一般的な工業品を扱う仕事感覚と変わらないのかしら?」

「まぁ私どもは工業製品方面のエンジニアなもので、こうした工廠はよその工場と大して変わりませんよ。」

「そうすると私達のようなソフトウェア業界が艦娘制度に絡むことはあり得るのですか?」

「そうですねぇ。そこは提督のほうが詳しいかと。現に提督は艤装の基本ソフトウェアに改修を加えたことあるので、普通に関わりはあると思います。」

「なるほど。自分たちの分野に絡めると、だんだん興味が強くなってきましたわ。あとはその同調をする前に、もしよろしければ、艦娘の実際の動きを見せてもらえると助かります。」

「あ、そうですね! 那珂ちゃん、五月雨ちゃん。一般船舶用ドックからでいいので、ちょっと水上での動きを雄山さんに披露してもらえますか?」

「はいはーい。お安い御用です。ね、五月雨ちゃん!」

「はい。私、頑張っちゃいますから!」

 

 那珂と五月雨は明石に艤装を運び出してもらい、格納庫の隣のブースにあるドックに行った。今このときはドックは排水しておらず、途中から海水が入っていて機械仕掛けの浜辺と表現するにふさわしい状態になっていた。

 二人は海水に迫るギリギリまで坂を駆け下り、明石とミチルに手招きして合図した。

「それじゃー行きますよー!」

「行きまーす!」五月雨も叫ぶ。

「はい、お願いします。」

 明石が両手で輪っかを作り受け入れる。ミチルが無言で見守る中、那珂と五月雨は同調開始し、海水に一歩また一歩と足を付けた。

 

「よっし五月雨ちゃん。ドックの入り口まで行って戻ってこよ。」

「はい!」

 那珂たちは速力を極力落として進み、Uターンして戻るというごくごく単純な水上航行をしてみせた。艦娘の仔細を知らぬ一般市民にはこれだけでも多大な効果がある。それはミチルも例外ではない。

「す、すごい……。なんとかの法則でしたっけ。それを無視するかのように自然にそのまま浮かんで動かれましたね! 明石さんもできるんですか?」

「アルキメデスの原理ですね。艤装は人工的に浮力を調整しているんで原理の在り方を大幅に補正して浮くことができるんですよ。仕様上は私の工作艦明石の艤装もできますけど非戦闘要員なので、艦娘としては最低限の訓練しか受けてないし、海の上にいることはほとんどまったくないし、実は海の上に出たことないんですよ。」

 那珂と五月雨が、明石の説明に感心しっぱなしのミチルの側まで戻ってきた。

 

「どーでした、雄山さん!?」

 那珂が尋ねると五月雨は那珂の隣で目をキラキラさせながら暗に問いかけている。ミチルは少女二人の期待に満ちた表情に微笑ましさを感じてクスリと笑みをこぼしながら感想を口にした。

「えぇ。とてもすごいです。人が水面に浮いてしかも動けるなんて、ますます興味湧きました。」

「それでは雄山さん。受けていただけます?」

「はい。ダメもとで受けさせていただきますわ。」

 明石が再三の確認をすると、ミチルは遠慮がち・しとやかに返事をした。

 

 

--

 

 その後格納庫に戻った那珂たちは、その一角に集まってミチルと艤装の同調を見守ることにした。

「それでは、今空きがある重巡洋艦高雄の艤装と同調していただきます。」

「あれ? 駆逐艦黒潮のはいいんですか?」

 那珂が尋ねると、その返事は明石ではなく五月雨が言った。

「あ、はい。黒潮はもういいんです。」

「へ!?なんで五月雨ちゃんが……あ、もしかして前の館山の時最初鎮守府に残った時になにかあった?」

「エヘヘ、はい。」

 那珂が鋭く洞察の結果を述べると、五月雨はコクリと頷いた。しかし深く語ろうと言葉の続きを発しない。五月雨のその口ぶりの様子を察して那珂はそれ以上問わないことにした。

 二人が納得した様子を見せたのを見計らい、明石が続ける。

「それでは雄山さんに艤装を着せるので、二人も手伝って下さい。」

 

 高雄の艤装のコアユニットは、腰に取り付ける湾曲した外装の尻の上に位置する区画に含まれている。那珂や五月雨の場合は軽いパーツのため同調する前からでも装備して問題ないが、高雄の場合はそうはいかない。

 那珂はあらかじめ同調し、パワーアップした筋力でもって高雄の艤装コアユニット格納部を支え持つ。その間に明石と五月雨はミチルにベルトを装着させ、装備心地を確かめる。

 

「け、結構大掛かりなんですね……?」

「担当艦によりけりです。高雄の艤装は一人では装備できないので、装着台と呼ばれる台に艤装を一時的にセットしてそこで装備していただくか、こうして他の艦娘に手伝ってもらったりします。」

「あたしたち川内型は軽いパーツだからいいけど、今のところ重くて大変そうなのは、五十鈴ちゃんたち長良型の艤装ですよね。」

 不安げなミチルに明石が説明をすると那珂が補足し五月雨が頷く。三人を順繰りに見渡すミチルの表情からは不安の色がいっこうに取り除かれない。

 

「さて、これから同調していただくんですけど、先程ご説明したように頭の中で思い描いてみてください。あと、これは男性がいないからお伝えできることですが、もし仮に同調できたら、ちょっとその……性的な気持ちよさを感じてしまうかもしれませんので、その点強く注意しておいてください。」

「へ!?」

 明石の思わぬ発言にミチルは呆気にとられる。その意味するところは、すでにイったことのある那珂と五月雨は十分すぎるほどわかっている。二人とも初同調時を思い出し、頬に熱を持ってしまった。

 ウブな反応を見せる少女二人を無視し、明石はミチルと最終確認を進める。

 

 そして……。

 

 提督と石坂は工廠内の事務室に移り、雑談をしていた。

「すまん西脇。ちょっと外でタバコ吸ってくるわ。」

「あ、はい。どうぞ。」

 そう言って石坂は事務室を出て、工廠の外で一服済ませた。

 

「きゅははは~~ん!!」

 石坂が事務室に戻ろうと歩いているとその時、工廠内にやや艶やかさを伴った悲鳴が響き渡った。石坂は頭をかしげるも、特に気にする様子もなく扉を開けて入室した。

 

「おい西脇。今さっき雄山の悲鳴が聞こえたぞ。なんだあれ?」

 事務室に入ってきた石坂から、提督は一言を耳にしてすぐに妙高を見る。しかし妙高はニッコリと微笑んだまま

「問題ないのでお気になさらずに。」

とピシャリと告げてそれ以上の詮索を許さなかった。やはり知ってはいけないことなのかと提督は察し、明石たちが戻るまで黙りこむに徹した。

 

 

--

 

 那珂と五月雨は、目の前に新たな重巡洋艦艦娘の誕生を目にした。ただ資格があるというだけで目の前には恥ずかしさで崩れ落ちるミチルがいるだけだが、すでに艦娘である自分たちにとってはその光景だけで十分嬉しい可能性なのだ。

 

「あわわ! 雄山さん大丈夫ですかぁ!?」

 明石がタブレットを床に置いて駆け寄る。那珂たちはポカーンとしていたがハッと我に返りミチルの体を支えるべく近寄った。

「はぁ……はぁ……なんだか、体の奥からこう……力というか燃えるような何かが溢れて、何かが私の中で開放されたような、そんな感じですわ。」

 明石たちはひとまず同調を切らせて艤装を解除し、ミチルを落ち着かせた後話を再開した。

 

「これは確かに……恥ずかしいですね。男の人が側にいなくてホントよかったですよ。」

「ですよね~~。あたしも最初そうでしたよ。」

「私もです。」

 那珂に続いて五月雨が三度思い出したように頬を染めてミチルに体験を語る。

「でもこれっきりですから。一度同調できれば、次からは感覚的にもスムーズに艦娘になれるはずですよ。ともあれ、重巡洋艦高雄に合格おめでとうございます、雄山ミチルさん。」

「やったぁ!これで二人目の重巡艦娘!高雄さん!」

「アハハ。なんだか山の名前みたいですね~。早く提督に教えてあげましょ~!」

 那珂の早速ミチルへの呼び方に五月雨はクスクス笑いながら反応する。

「まぁ待ってください。ほら二人とも、お片付け最後まで手伝って下さい。」

 はやる五月雨と那珂に明石は軽い口調で注意を促す。そして心の落ち着きを取り戻したミチルに何点か確認し、了承を得たので戻ることを促した。

「それでは戻りましょうか。」

「「はい!」」

 

 元の場所に戻るとそこに提督らの姿はなかった。事務室かもと想像し、明石は那珂たちを引き連れて移動した。

「ただいまです。あ、やっぱりこっちにいらっしゃったんですね。」

「おぉ明石さん。どうだった?」

 提督は開口一番早速尋ねる。明石はその答えを言葉ではなく表情で示した。提督はすぐに気づき、釣られて思わずニンマリしてしまうのを抑えて次はミチル自身に尋ねる。

「じゃあ雄山さん、報告してもらおうか。」

 

 ミチルは提督を上目遣いでチラチラと見、そしてゆっくり口を開いた。

「あの~……私、重巡洋艦高雄っていう艦娘になれるそうです。同調というのにごうかk……コホン。合格しました。」

 途中恥ずかしい感覚を思い出したのかミチルはてれ混じりに咳払いをして仕切り直して言葉を続けた。

「あ……うん。えぇと、おめでとう。」

 さながら、冷静に懐妊報告をしあう夫婦のような硬い雰囲気で提督とミチルは言葉をかわし合う。その緊張に耐えられない那珂はいつものノリでその場の空気を動かすべくピシャリと言う。

「あーもう二人とも何戸惑ってるのさ! 新しい艦娘の誕生だよ? もっと提督も喜びなって。自分の会社から艦娘生まれるなんてすっごいじゃん!」

「同じ会社の人間だから恥ずかしい気もするんだがなぁ~。」

「そ、そうかもしれませんね。ウフフ……。」

 提督の恥ずかしがる理由とミチルの恥ずかしがる理由には差があったが、誰もそれには気づかなかった。

 提督は気分を切り替え、ミチルに言った。

「どうだろう。しばらくはこちらに関わるんだし、艦娘になってみない? 本格的に艦娘として関わるのは大変だろうから、あくまで資格という形で。会社と話して勤務体制が整えばこちらにも勤務してくれればいいし。」

「えぇと。えーと……どうしたらいいでしょうか。」

 提督の提案と誘いに気持ち半々で悩むミチルは、石坂に視線を向けて助けを求めた。その視線と意味に気づいた石坂はこめかみをポリポリと掻きながら口を開いた。

「そうだな~。西脇のときもそうだったけど、何分うちの会社としては艦娘制度に関わるってのが勝手がわからなくて体制整えるの大変なんだよ。それでも西脇のときは、防衛省の方から正式に通達が来たもんで社長も役員も人事部も大慌てで話し合ってなんとかなったらしいけどな。」

「俺は社長たちの慌てた事の顛末は知らなかったです……。」

 提督は石坂の言葉に申し訳なさそうに頭を下げて相槌を打つ。石坂は失笑しながら続けた。

 

 

--

 

 提督と石坂・ミチルが話し合うその様子を、那珂は五月雨とともに呆けた表情でもって眺めていた。会社勤めの者しかわからぬ内容は那珂の脳を右から左へと通り抜けていく。ただわかったのは、提督も本来の会社員西脇栄馬としての付き合いの中だと、質の違う気さくさや恐縮っぷりを見せるということだ。

 その姿は、艦娘としての那珂、普通の高校生としての光主那美恵だけでは見ることができなかった提督の一面だ。

 それがわかったとしても、近い将来あの人の傍にいるべきなのは自分ではないのだろう。

 

 未練たらしく考えるのはやめよう。那珂は軽く一息吐いて目の前の話し合いが終わるのを見続けた。

 

 

--

 

「……としか俺は言えんから、後は人事と経理にでも相談してみなさい。」

「そう、ですね。はい。わかりました。雄山さんも、それで納得してもらえるなら艦娘になってみるかな?」

「そうですね……考えさせてください。とりあえず今回お話をいただいた開発を優先させてください。その後でもよいのであれば。」

「あぁ。この件については急がないから、雄山さんに任せるよ。」

 

 提督と石坂・ミチルたちの話し合いが一段落したのを見計らって那珂は尋ねた。

「お話はついたの?」

「あぁ。返事は保留ってことで。俺としても今回の開発案件を優先して考えてるから、那珂たちもその心づもりで頼むよ。」

「あ~うん。あたしは別にいいよ。元々明石さんが勝手に言い出したことだもんね~~?」

 那珂は嘲笑が混じったジト目表情で明石に視線を送る。

「うっ!? 那珂ちゃんもノリノリだったじゃないですか~。余計な提案だとは反省してますけど、艦娘になれる方が傍にいることがわかっただけでもよしとしましょうよ、提督?」

「まぁな。ちょっと嬉しかったのは否定しないよ。同じ会社や学校から仲間が加わるっていうのは相当心持ちが違うな。やっと実感が湧いたよ。」

 提督は肩をすくめて明石の言葉を素直に受け入れた。提督のその一歩引いた姿を

「そーでしょ!?だから早くあたしたちの学校や五月雨ちゃんたち、不知火ちゃんの学校からもっと艦娘迎え入れられるようにしてよね、提督ぅ~!」

「そうですね~。私も早く貴子ちゃんに艦娘になってもらいたいですし。」

 那珂と五月雨の勝手な意見にたじろぐ提督であった。

 

 

--

 

 鎮守府内の案内を終えて本館に戻った一行は、一階のロビーで石坂とミチルの二人と別れた。提督は二人を最寄り駅まで送っていくため一緒に出て行ったためいない。そのため那珂と五月雨は妙高とともに提督が帰ってくるまで留守番していることにした。

 が、二人共それぞれ学校に戻らなければいけないことに同時に気づいた。

「あ、あの~那珂さん、妙高さん。私、学校に戻らないといけないですけどぉ。」

 那珂は後頭部をポリポリと掻きながら五月雨の言葉を流用しながら返した。

「うおぅ何たる偶然!あたしも学校に戻らないといけないんですけどぉ。」

 どちらからともなしにクスクス笑いが漏れる。二人の学生を見ていた妙高は軽くため息を吐いて二人に言った。

「二人とも学校に戻っていいですよ。後は私がやっておきますから。」

「えぇと、ホントにいいんですか?」と五月雨。

 

 そんな五月雨の肩に手を置き、妙高はさらに言葉をかけて安心させる。というよりも急かす。五月雨を押しながら妙高は那珂にも言う。

「もう4時半ですよ。那珂さんも帰る準備してくださいね。」

「はいはい。わかってますよ~。」

 

 那珂たちは更衣室に行き着替えを急いで済ませ那美恵と皐月に戻った。そして妙高に見送られながら鎮守府を後にした。

 近くのバス停まで軽く駆けながら那美恵は言った。

「どうせだったらさっきの提督の車に一緒に乗せてもらえばよかったね~。」

「アハハ……もう遅いですけどね。」

 皐月の意外にも冷静なツッコミに那美恵は苦笑いを浮かべる。

 

 それぞれの学校に戻った二人は、すでに放課後で遅めの時間ではあったが学校への報告を済ませ、それぞれの仲間とともにようやく帰路につくのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見学会に至るまで

 初めての他鎮守府の艦娘との演習試合に向けて那珂たちは作戦会議を開く。敵の編成を聞きその戦力差に愕然とするも、ただで負ける気はない少女達は作戦のため頭を悩ませ始める。



 週が変わって演習試合が週末土曜に迫るある日の夕方、川内と神通は鎮守府本館会議室で那珂・提督そして妙高・明石に向かって、ホワイトボードを二人で挟んでプレゼンをしていた。なお、他の艦娘達は出勤してはいるが本館内にはおらず、それぞれ演習試合に向けた訓練に取り組んでいた。

 

「え~、お手元の資料を見てください。あたしと神通が考えた見学会のプランです。それじゃあ神通説明どうぞ。」

「……えっ!? こ、コホン。それでは、川内さんに代わって説明させていただきます。」

 

 普段ケロッと明るく適当な雰囲気のある川内は表情が強張っていた。と同時に一挙一動も固い。神通はというと、川内ほど緊張はしていなかったが、それでも先輩や大人勢を目の前に何か言い知れぬ、将来どこかで体験しそうな圧迫した緊張感を得ていた。

 腹に若干鈍い痛みを感じていたが、原因はなんとなく想像できていたので努めて我慢することにして説明に注力した。

 

「……という流れで当日は見学してもらおうと思います。案内役を一人立てて、ここの時点で他の人と合流し、演習試合に臨みます。ここまでは…大丈夫でしょうか?」

 神通がややうつむきがちに那珂達に視線を向ける。那珂と提督は何かヒソヒソと囁くように話し合い、そして提督が言った。

「うん。流れは問題ないと思う。ただ時間配分が気になるな。神奈川第一との演習試合は15時からの予定だから、準備も含めて、それに間に合うように案内を立ち回れるかい? 君たちの学校の下校時間は12時らしいけど。」

 提督の指摘に神通は視線を足元に下げて考え込む。彼女をフォローするために川内が数分ぶりに口を開いた。

「それは……多分なんとかなります。案内役の人の仕切りっぷりによりますね。だから案内役には、喋りとか色々上手い人にやってもらいたいんですよ。ね、那珂さん。」

「えぇ!? あたしぃ!?」

 那珂はのけぞりながら自分を指差して驚きを示す。川内は言葉なくウンウンと頷いて肯定した。

「もしかしてあたしに案内役しろと?」

「はい。だって艦娘部の部長でしょ?」

「うわぁ~。川内ちゃんってば意外と抜け目ないというかなんというか。」

 那珂の言い方に川内はケラケラ笑う。そんな同僚をジト目でチラリと見た神通は代わりに謝意を述べる。

「も、申し訳ございません。」

「アハハ。いいよいいよ別に。あたしを使うってのは神通ちゃんも同じアイデア?」

「はい。」「はーい!」

 

 揃って肯定されてはもはや反論しようも拒否する気も失せてしまったので、那珂はわざとらしく大きなため息を吐いて二人に言った。

「はいはい。それじゃあ二人のアイデアに従いますよ。なんたって部長ですもんね。協力してやりましょ。んで、二人はその間何をするつもり?」

 おどけた返事の後に那珂は鋭く二人に尋ねた。川内と神通は前半後半で温度差のある那珂の言葉を受けて、唾を飲み込んで答えた。

「あ、あたしは学校の皆と歩くの嫌だから、夕立ちゃんたちとギリギリまで訓練しようかと。」

「私は……後学のためにも那珂さんと一緒に皆を案内しようと思います。」

 二者二様の考えに、那珂は小さく唸り声をあげながら頭をグルグル回す。その妙な仕草なぞすでに慣れている提督たちはもちろん、川内たちも気にせず黙って見守る。

 

「まぁ川内ちゃんは……ちょっと事情があるから仕方ないか。それから後で話すけど、演習試合の準備に専念してくれるのは願ったり叶ったりだね。神通ちゃんはねぇ、あたしについて来るんじゃなくて、先回りしておいてくれないかな?」

「先……まわり?」

 那珂のセリフの意味するところがわからず聞き返した。那珂はコクンと頷いて口を開く。

「うん。あたしが案内して説明するところで、何か不意の出来事があったらあたしも困っちゃうの。だから、神通ちゃんはあたしが案内するところを逐一先回りして、その場所で準備をしておいてほしいの。他に人がいたらそこで話をあらかじめすりあわせておくとかね。」

「なるほど……。なんとなく分かる気がします。」

 神通はコクコクと連続で頷いて同意を示した。

 内心では誰か大勢といるよりもそういう役回りのほうが救いがあると思った。自分で提案しておいてなんだが、人見知りしてうまく喋れず反応も返せない自分が、果たして那珂と一緒に案内役を担当して印象悪くしないでいられるか。

 那珂から対案が出てよかった。密かに安堵する神通だった。

 

「ねぇねぇ、あたしは? なんで願ったり叶ったりなの?」

 黙って神通と那珂のやりとりを聞いていた川内が聞き返した。

「川内ちゃんはねぇ~。」

 そこまで言いかけて那珂はやめた。那珂の言葉の続きは提督が発した。

「演習試合の打ち合わせのときに改めて伝えるよ。」

 川内は頬をわざと膨らませて不服そうな表情になる。

「ゴメンな、川内。次の議題に移ったらちゃんと話すよ。」

「なーんか二人して示し合わせてるようでヤだなぁ。あたしも……まぁいいや。」

 提督の謝意の言葉に川内はウウンと頭を横に振り、気にしてない素振りを見せた。

 

 そして見学会を議題とする打ち合わせは最終局面に入った。その後那珂たちは意外な事実を知る。それはなんと同日、五月雨たちの中学校、不知火の中学校、五十鈴の高校、そして提督の会社から見学希望者が参加するとのこと。

 那珂たちの高校から話の始まった見学会だが、意外な広まり方をしていた。

 

 

--

 

 しばらくしてコンコンとノック音が響いた。全員が会議室の扉に注目する。

「失礼します。」

 会議室に姿を現したのは五十鈴だった。扉を開けて会議室をどんどん奥にゆく五十鈴は、那珂とホワイトボードの側、神通の近くで止まった。その位置はつまるところ那珂たち全員から注目される位置だ。

 神通はほのかに五十鈴から石鹸の香りを感じた。それまで訓練をしていたはずだが汗だくではなく全く臭わないところを察するに、入浴を済ませてきたのだろう。それ以上気にするところもないので神通は話の展開の進展を待った。

 

「五十鈴も来てくれたところで次の議題に移ろうか。次は神奈川第一との演習試合についての作戦会議だ。」

 提督はそう言い、話題が変わったということで立っている三人を席に座らせ、代わりに自身がホワイトボードの前に立った。

 

「さて、ここからは来たる演習試合に向けて戦術を考えて行こうと思う。」

「おー。作戦会議。○○っていうゲームでいうと、軍師がドアップで出てきてプレイヤーにあれこれ教えてくれる場面かな~?」

「ンンン! まずは相手の編成を説明しよう。」

 川内の趣味全開のたとえに提督は話に乗りたかったが、努めて我慢して話を進めた。

 

「あれ?そういうのって明かしていいの?」

 と那珂が尋ねる。

「あぁ。そのあたりのルールは自由だからね。ただあっちからは、こちらの編成を教える必要はないって言われた。」

「それもまた自由なルールの一つってことだね。」

 那珂の再びの問いかけに提督は言葉なくコクンと頷いた。

 

「なにせあっちは戦艦や空母やら多種多様な艦種の艦娘がいるからね。そのくらいのハンデはありがたくもらっておきたい。」

「うわ~提督ってば結構したたかだね~。」

 という那珂の言葉に提督はやや頬を引きつらせるが、説明を続けた。

 

 

--

 

 提督はノートを開き、そこに書いてある内容を読み上げた。それは、神奈川第一鎮守府から来る演習用の艦隊の構成だった。

 

 独立旗艦:重巡洋艦鳥海

 

 旗艦:軽巡洋艦天龍

 軽巡洋艦龍田

 駆逐艦暁

 駆逐艦響

 駆逐艦雷

 駆逐艦電

 

 支援艦隊

 旗艦:戦艦霧島

 軽空母隼鷹

 軽空母飛鷹

 駆逐艦秋月

 駆逐艦涼月

 

 提督が読み上げ終えると、即座に反応したのは川内だった。

「何なんのよ……その地味に史実に沿った感じのある微妙なチーム構成は。」

「そーなの?」と那珂。

「はい。鳥海っていう重巡と天龍と龍田が同じ艦隊にいるのって、第8艦隊の初期編成にあるんですよ。でもそうすると暁たちがいるのはなんか違うなぁ。史実だと附属扱いで第30駆逐隊、駆逐艦睦月っていう艦がいたはずです。」

「ほーへー。さっすが川内ちゃん。それもゲームで覚えたの?」

「もち。」

「さ、さすが川内だわ。ゲームや漫画からの知識だけどそういう補足的な知識は役に立ちそうね。」

 那珂と五十鈴の二人から褒められ、エヘヘと照れ笑う川内。

 

「それにしても空母がいるってどういうこと? しかも支援艦隊って?」

 五十鈴はその戦力差に若干苛立ちを交えて尋ねる。

「これから説明するよ。あちらの本体は旗艦天龍がまとめる6人。独立旗艦というのは、総司令官みたいなもので、本隊と支援艦隊を指揮する立場とのことだ。そして支援艦隊は、独立旗艦の指示を受けて追加で攻撃をする部隊だ。」

「えぇ……なんかガチであたしたちを潰しに来てなぁい?訓練だよねこれ?」

 那珂の言葉に神通が頷く。川内はというと異なる反応を見せて言った。

「戦艦は支援艦隊に一人だけならマシだと思いますけどね。なんていうのかなぁ~。様子見しながら相手の戦力を少しずつ削りとろうとする、一番小賢しい敵ですよ。○○っていうゲームにも中盤あたりにこういう編成の敵ポコポコ出てきますもん。ね、提督?」

「俺そのゲームやったことないから知らねぇよ。……ともかく、相手はこういう編成だ。俺たちが人数少ないのをわかっていてのこの人数だと思う。村瀬提督は戦闘に関してはかなり厳しい方だから、本気でかかってくるだろうからボコボコにされる可能性がある。」

 

「ボコボコって……。少しは私達に気を使ってくれるとかしてください。」と五十鈴。

「すまない。けど練度的には君たちじゃ勝つのは厳しいかなと思ってしまったんだ。国に提出した評価シートをベースに、国認定の練度を与えられるのは君たちもすでにわかっているね。彼女らは平均30だ。」

「えぇ!? そんなに高いの? あたしは今15だし五十鈴ちゃんは~」と那珂。

「私は16ね。五月雨でさえまだ22だっていうのに。」

 那珂の言葉を引き受けて五十鈴が自身の練度を明かす。

「あたしと神通は……。」

「二人はまだ新しい練度の認定を受けていないんだ。館山任務まで評価はまとめて提出済みだから、もうそろそろもらえるはずだ。」

 

「練度的にはあたしたちより少し上なのね。ふーん。あと人数も多いし、たしかに勝とうとするのは容易じゃないね。」

「そうね。うまく作戦を練らないといけないわ。」

 那珂の真面目風味の喋り。五十鈴は那珂の意を汲んで賛同する。その視線は那珂から提督に向かった。

「演習の形式はノーマルな試合形式。こちらと相手の本隊同士がぶつかり、全員轟沈判定に追い込むか、旗艦を倒せば勝利だ。独立旗艦と支援艦隊は本体からは離れたところに陣取り、任意のタイミングで攻撃をしてくると思う。」

「支援艦隊や独立旗艦っていうのに攻撃するのはアリなの?」と川内。

「村瀬提督からは禁止とは言われてないからOKだと思う。ただ、素直に攻撃をさせてくれるとは思わないほうがいいぞ。」

 

「ですよね~~。艦隊しろーとのあたしから見たって、その編成じゃ本体と戦うのにかかりっきりになりそうってわかるもん。」

「どういう布陣になるのかわからないけど、独立旗艦を倒してはい終わりというわけにはいかないのね。」

 那珂が茶化すように吐露する。そして五十鈴の確認の問いかけに提督は頷く。

 

「当面の敵は多分天龍ちゃんと龍田ちゃんだろーね。あの二人の練度がどのくらいか知らないけど、前の合同任務で見た時、武器使ってたから厄介かも。」

「あぁ、天龍と龍田の艤装は、専用の刀剣や槍が付属するんだ。うちには配備されてないから俺もそれ以上はわからない。」

「いいわよ。どうせ距離を置けば問題ないでしょうし。そうでしょ、那珂?」

「……そうだね。うーん、だといいけど。」

 那珂の歯切れ悪い返しに五十鈴は疑問を抱き再度同意を求める。すると那珂は腕組みをし、やはり歯切れ悪く言葉を続けた。

「いやさ、普通のどこぞのお侍さんとか薙刀習う教室とかならまだしもさ、艦娘の艤装についてくる剣や槍だよ? 何かありそうじゃん。そのあたりは川内ちゃん詳しそう。」

 那珂は言い終わった後、頼むよという意味を込めた視線を川内に投げかけた。その視線に気づいた川内は軽やかに答える。

「おぉ。よくありますよ、ゲームや漫画でも。まぁ現実でどこまで特殊効果が実現できてるのかわかりませんけどね。」

 

 

--

 

 相手の本隊の対策を話し合う那珂と五十鈴そして川内。話し合いに加わらない神通は、提督が開いたノートの相手の編成とにらめっこしていた。

 

 いくら本来の目的が本隊の撃退だからといって、支援艦隊は捨て置けないのではないか?

 

 神通は実際の艦船に関わる書籍を読み、艦種とその役割を勉強し続けていた。戦艦は長距離を狙える艦種。(軽)空母は直接的な砲撃力などはないが、搭載する艦載機次第でいくらでも脅威の存在になり得る。そんな強力な存在の灯台下暗し的な危険性の防御を固めるのが護衛を務める駆逐艦。

 それらが艦娘のその種類にどの程度当てはまるのかは想像だにしないが、まったく違う存在の名を騙ることなどはありえない。近しい能力と装備で圧倒してくるはず。

 だとすると、以前行った対空が重要になるのは想像に難くない。

 

 神通は話し合い熱中する三人の輪に遠慮していたが、意を決して話に割り込んだ。

「あ、あの! 対空のょぅぃもした……方が……!」

「おぅ? 何なに神通ちゃん? 何かいいアイデア?」

 那珂がすぐに気づいて輪の中に神通を入れるべく促す。五十鈴と川内は神通に視線を向けて聞く体勢に入る。

 素直な注目のされっぷりに怖気づきかけたが、せっかく那珂が話を譲ってくれたので喋ることにした。

「支援艦隊の、空母に気をつけるべきかと。実際にどう仕掛けてくるかわかりません。各自せめて1基ずつ対空用の武器を付けておいたほうが……。」

「なるほどね。神通の提案には一理あるわ。本隊の攻撃にばかりかまけるのは良くないわ。どうかしら那珂。神通の意見も踏まえて、一度こちらも編成を考えてみない?そのほうがより考えやすくなるハズよ。」

 五十鈴が神通の意見を回しながら提案を追加する。その合計二人の意見を得て、那珂は言った。

「そーだね。ねぇ提督。こっちの編成は? あたしたちで決めていいの?」

「あぁ。最終的には俺が承認するから、それまでに自由に考えてみてくれ。」

 

 提督の許可を得た那珂は早速編成についての話し合いに臨んだ。

 

 

--

 

 第一案として、演習に応じるのは次の構成が考え出された。

 

 旗艦:五十鈴

 川内

 時雨

 夕立

 不知火

 

 支援艦隊

 旗艦:妙高

 那珂

 神通

 五月雨

 村雨

 

 第一の案として聞き受けた提督は難色を示した。

「5、5で本隊と支援艦隊? 無理に同人数の2部隊に分けなくてもいいんじゃないか? それに唯一の重巡で高火力の妙高さんを支援艦隊にしてしまうのはもったいないよ。」

 そんな指摘をする提督に対し、神通の言葉で後ろ盾を得た那珂が言い返した。

「妙高さんは中距離を確実に狙える主砲を装備できるでしょ。だからむしろ支援として、離れたところから狙ってほしいの。あっちの霧島さんっていう戦艦に対する重巡洋艦かな。あたしと神通ちゃんは、偵察機飛ばして相手を撹乱する目的。あっちの軽空母隼鷹・飛鷹っていうのに対するあたしたち、みたいな? で最後に護衛として五月雨ちゃんと村雨ちゃん。偵察機飛ばすと操作に集中してあたしたち無防備になっちゃうからね。」

「私と川内それから時雨たちで堅実に相手の各個撃破を狙うわ。」

 

「あたしらにも戦艦とか空母の艦娘いたらまた違った作戦立てられるんでしょうけど。あーあ、ガチャやったら艦娘現れないかなぁ~?」

「おぉい川内ちゃん。ゲームじゃないんだから。」

「あんたちょっとゲーム脳すぎやしない?」

「うえぇ!? 二人してひっどいー!」

 川内の愚痴りと例えに那珂と五十鈴は同時にツッコミを入れるのだった。

 

 

--

 

 会議室にいるメンバーの話題は、しばらくは試合に挑む鎮守府Aの編成の具体案にスポットが集中した。アイデアがぶつかり合い、反発しては結合を繰り返し、最終形が見え隠れするようになってきた。

 が、艦娘たちの思惑と提督の考えは一部相容れなかった。

 

 提督の思惑では那珂を本隊に加える。それにより経験的にも実力的にも上位2人+那珂と似て爆発力の可能性を秘める(と評価した)川内の3人体制で戦闘の事運びを優位に持っていくことだった。

 那珂の考えでは本隊は五十鈴の堅実さで指揮・行動させることだった。川内はそのゲーム・アニメ由来の突飛な知識からの奇策で五十鈴を近くでサポートさせる。自身はというとあくまで支援に徹する。

 

 提督の編成案を耳にした時、何かしら期待をかけてくれているのだけはわかったが、裏で見え隠れする意図にまで賛同する気はなかった。提督が目論んでいるのは、同調率が一番高い自分主導の勝率アップなのだろう。

 しかし演習試合はあくまで皆のためであり、自身が独断していいはずがない。

 

 相手の編成を見た時、那珂は単独でも勝てる自信が不思議とあった。館山の観艦式のデモの練習中、空母艦娘からの攻撃を食らいそうになったが、苦もなく回避して反攻できた。

 あの時参加した赤城と加賀は、神奈川第一でもトップクラスの練度といっていた。その二人を相手にできたのだからという自信はある。もちろん状況次第ではあろうが。

 

 だが自身に自信があっても、他のメンツはそうはいかない。本隊として加わって相手の本隊の攻撃と支援艦隊の攻撃を仲間を守りながらしのいで反撃するのと、支援艦隊にいて相手の支援能力を潰すことに専念し本隊の仲間を守ることを天秤にかけ、那珂はあえて自身を支援艦隊にと案を出した。

 那珂と提督の口論がヒートアップしかけた時、神通が新たな案を口にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鎮守府Aの演習艦隊

 提案・反論・思惑など各自の思いがぶつかり合い、ようやく演習用の編成案がまとまってきた。那珂ら軽巡艦娘らが考案し提督が承認した編成・作戦は全員に公表された。試合の日まであとわずかしかない。


「何も、ずっと本隊・支援艦隊にいる必要はないのでは? 例えば、ある程度戦局を見て本隊と支援艦隊のメンバーを交代するのはどうでしょう?」

 神通以外のメンツにとってそれは目からウロコだった。その感想を五十鈴が口にして全員に認識させた。

「そう……よね。よくよく考えたらそうしてもいいのよね。完全に盲点だったわ。ねぇ提督、そのあたりの決まりは?」

「いや、ない。特に決められていない。うん。確かにいいアイデアだ。」

 

「そうだよね! さっすが神通ちゃん! だーいすき!」

「……。」

 那珂の言葉に照れて俯く神通。

 那珂は凝り固まっていた自身の思考に活を入れた。後輩に教えられてどうする。いや頼もしくて好ましいが。

 

「さっすが神通だわ。そのアイデア、差し詰め○○っていう戦略シミュレーションゲームのシステムに似てるわ。あたしはゲームに置き換えると考えやすい。那珂さん。そーすっと各自の攻撃範囲も考えたほうがいいよ。」

 同僚のアイデアを自身の得意分野のフィルターにかけて理解した川内は、そのアイデアを発展させるべく追加のアイデアとなる要素を示した。

「攻撃範囲?射程のこと?」那珂が言い換えて尋ねる。

「そうです。さっき那珂さんも言ってた、妙高さんだと中距離狙えるとかそういうやつです。それをもっとハッキリさせるんです。」

 川内はホワイトボードに例として実際の艦隊ゲームの絵を描いて説明をした。そして次に明石に確認を求めた。

 

「ねぇ明石さん。艦娘の主砲や機銃とかの射程のこともっと教えて。」

「えぇいいですよ。基本的なことは皆さん、訓練時にお勉強したということで省きますけどよろしいですね?」

 那珂と五十鈴そして神通も深く頷く。三人から遅れて川内は慌てたようにコクコクと素早く頷いた。

 

 明石はいくつかの主砲パーツの名前とともに射程、そして装備可能な艦種をパラパラと口にした。今まで単装砲だとか連装砲、一撃の威力、対空や弾幕を張れる使い勝手という程度の認識で各々のフィーリングに沿った扱い方でしか選んでこなかったため、那珂たちは二回目の目からウロコ状態になって明石の解説を熱心に聞いた。

 最後に明石は口に人差し指を当て、いわゆる内緒の仕草で言った。

「あとこれは別の鎮守府に勤務してる弊社の社員から聞いたんですけど、外国の艦娘の元データになってる艦船の、主砲や機銃パーツの日本国内で開発許可が間もなく降りるそうです。今テスト的に一部の鎮守府の工廠に設計データが配布されてるらしくて、実際に外国の艦船のパーツが開発されてるそうなんです。」

「ほーへー。そうするとどうなるんですか?」と那珂。

「バッカ!那珂さん!そうするとすごく有利になるんですよ! 艦隊ゲームで日本の艦船にアメリカやソ連の超優秀な主砲を取り付けてプレイとか、そういったことと同じなんですよ。ね、明石さん!?提督!?」

「え、えぇ。そうかもしれませんね。うちもテストで何かもらえるよう会社にお願いしてますので続報があったらお知らせしますよ。」

 興奮を抑えきれなくなった川内がスピード感溢れる口調で語る。その勢いにドン引きする明石と那珂たちだが、明石は話を持ち出した手前川内を無下にするわけにも行かず、適度に相槌を打つしかなかった。

 

 

--

 

 川内のことは放っておいて、那珂たちは次々に判明した装備品の正しい射程に、感心しそして反省もしていた。

「そっかぁ。教科書も隅から隅まで読まないとダメだね~。あたし知らないこと結構あったよぉ。」

「あんたはてっきり全部知ってるのかと思ったわ。コッソリ全部知って裏で私達のことあざ笑ってそう。」

 五十鈴からの良し悪しよくわからぬ評価を受けて那珂は普段の調子で軽くツッコんだ。

「なにお~う!? あたしの怠けるときは徹底して怠ける癖を舐めるなよーう!?」

「威張ることじゃないでしょ。」

「あたしは興味ないことは徹底して無視するだけですもーん。それよりも見るからに勤勉な五十鈴ちゃんのほうがそうじゃないの~?」

「(イラッ)ムッカつくわね。そりゃ今の説明で知ってたこと大半だけど、私はそんな性格悪くないわよ。」

「五十鈴ちゃんが最初に言ったんじゃないのさ。五十鈴ちゃんからの言われなき悪言であたしけっこーショック受けてるよ。ねー提督。後でご飯食べに連れてってぇ~。あたしのブロークンハートを癒やして~。」

「……俺を巻き込むな、俺を。」

 猫なで声で甘え出す那珂の茶化しエンジンは回転数を上げ、提督を巻き込もうとしていた。が、当の相手はあくまで真面目を貫き通すつもりなのか強制的にブレーキをかけた。那珂はエヘヘと困り笑いをしてごまかし、話の方向を修正したのだった。

 提督はコホンと咳払いをし、艦娘たちの議論の方向性を改めて問い正した。

 

 

--

 

 自身の性格や各々の艤装の特性も踏まえ、那珂たちは次なる案を生み出した。

 複縦陣で、先頭を那珂と長良が務める。その後ろに機動力と気迫ある駆逐艦の夕立と不知火が、最後列には五十鈴と川内が位置取る。

 

本隊(旗艦:五十鈴) 前→後ろ

那珂  不知火 五十鈴

長良  夕立  川内

 

 

 敵が攻撃のため近寄ってきたら、那珂と長良は少しずつ前に出て、後ろの四人から離れる。

「……つまり、あたしと長良ちゃんは囮なわけだ。」

「ここでは破天荒に振る舞えるあんたが大事なのよ。」と五十鈴。

 五十鈴が提案に混じえたのは、ナンバーワンの実力でトリッキーな那珂を囮に据え、寄ってきた敵に本隊の残り全員で集中砲火を加えるというものだった。那珂一人でも囮は十分と踏んでいた五十鈴だったが、人手を確保するのと経験値を積ませる目的で、まだ基本訓練中の長良を加えることにしたのだ。

 

 支援艦隊は、妙高、神通、時雨、村雨、五月雨、そして名取とした。

「ねぇ五十鈴ちゃん。ホントーに長良ちゃんと名取ちゃんを加えるの?雷撃や防御のイロハも覚えてないし、第一まだ基本訓練終わってないでしょ。」

 那珂が心配を口にすると、五十鈴は至って冷静に明かした。

「こういうときに良い経験をさせておきたいのよ。前のあなたと一緒。あのときは緊急任務だったけど、今回は演習試合っていう最高の機会なんだから、二人を参加させない手はないわ。」

 五十鈴の言葉に那珂は一瞬ドキリとして詰まるも、言ってることの整合性はあると踏んだため、納得の意を見せて相槌を打った。

「とはいえ、二人とも多分あっという間にやられて轟沈判定出るかもしれないけどね。」

 肩をすくめてそう言う五十鈴に、神通は決意を強めて言い切った。

「だ、大丈夫です。名取さんは、私が守ります。」

「何言ってんの。あんたの役目はそうじゃないでしょ。」

せっかくの神通の決意とやる気に水を差した五十鈴は、那珂に目配せをして支援艦隊の役割も発表しあうことにした。

 

 支援艦隊は2班に分かつ。偵察機を放って相手を撹乱しつつ戦況を把握するのは神通。操作中は無防備になる彼女を守るのは時雨と村雨とする。

 

支援艦隊(旗艦:妙高) 前 後ろ

五月雨 妙高

名取

 

時雨

  神通

村雨

 

 妙高には五月雨と名取が付く。練度が一番高く、性格的なドジさえ発揮されなければまずまず動ける五月雨が他の二人を護衛する。妙高は実は五十鈴と同じ程度の練度なので、単騎でも生き残れると踏む。そして名取は完全に捨て駒である。

 五十鈴と那珂が発表した後、神通は名取の心配を口にした。それに川内もさすがに同意する。対して五十鈴はややあけすけに言いのけた。

「大して動けない名取は妙高さんの壁になってもらうわ。あの娘には悪いけれど、捨て駒ね。」

「うっわ~五十鈴さんひでぇ。ゲーム的には死なない演習だから単にレベルアップのためとかなんとか言えばいいのに。」

 五十鈴のあまりにも悪意に満ちた言い方に、ゲームに例えつつも呆けた意を込めた言葉しか発しない川内とは違って、神通はクッキリと怒りを言葉に表した。

「五十鈴さん。その言い方は、止めてください。自分が言われたら……どう思いますか? なんでご友人にいちいちそういう事を言えるんですか?」

 神通の思わぬ気迫による叱責を受け、五十鈴は若干戸惑うも平静を取り戻して強く言い返す。

「……わ、悪かったわ。けど事実でしょ。当人の評価をごまかしたって仕方ないのよ。少しでも勝率を高めるために作戦を練ってるんだから、経験のために参加させるにしても、壁でもなんでも役に立ってもらわないと。」

「それはそうですが……でも、言い方g

「はーいはい。二人ともそこまで。今のは五十鈴ちゃんが悪いよ。いくら気の置けない間柄っていっても、あたしたち他人にはわからないんだからもうちょっとオブラートに包んでよね。それから神通ちゃんはどーしたの?普段ならこんな噛み付き方しないのに。」

 那珂の問いかけに神通は数秒黙っていたものの、怒りを噛み殺して押さえつけるように言った。

 

「な、那珂さんは知らないかもしれませんけど、五十鈴さんは本当はとm

「神通! 今はそんなこといいでしょ!? はいはい私が悪かったわ。もう名取を悪く言いません。これでいいでしょ……。」

 五十鈴の投げやりな謝り方と応対に神通はイラッとし、那珂は怪訝な表情を浮かべる。二人の意味ありげな視線を受けるも、五十鈴は平然と続きの言葉を発する。

 

「とにかく! 長良と名取は基本訓練中だから実際の戦力にはならないことだけは前提として受け入れて。その上で、私は二人の元々の性格やこれまでの成果と将来性から、今の案のように組み込みたいの。長良はムラがあるけど十分に動けるし、前線で艦娘の活動というものを肌で感じ取って欲しい。それから名取は、せめて味方の役に立てるという実感を味わって、自信をつけて欲しい。私たち長良型の艤装はあんたら川内型より外装が多くてスピードを出しにくいけど丈夫。だからこそ、盾を任せてみようって思ったのよ。だから、捨て駒なんて言い方は悪いと思ってる。」

 五十鈴から飛び出した本音を受けて、負の感情が渦巻いていた神通と那珂はスゥっと冷めていった。

 

「……だったら、最初から言ってください。五十鈴さんはツンツンしすぎです。」

「もう~五十鈴ちゃんったら、しっかり考えて発言してたんじゃん。そういうのは確かにハッキリ言ってくれないとわからないよ。安心した~。」

「五十鈴さんって、やっぱツンデレですよ。」

「(ムカッ)川内あんたねぇ~~そんな死語の一言で片付けないでよね!!」

 神通と那珂のツッコミに続くように川内が言い放つ。さすがにその言い草を看過できなかった五十鈴は逆にツッコミ返し、ギスギスし始めていた場の空気にヒビを入れるのだった。

 

 

--

 

 少女たちのやり取りを黙って見ていた提督が口を開いた。

「それで、まずはその編成だとして、交代するっていうのはどうするんだ?」

 

「そうだね~。最初の編成で本隊の相手をある程度撃退できたことが前提条件だけど、その後は中距離射程組と短距離射程組でわけよっか。」

「というよりも本隊を史実の水雷戦隊ばりにするというところかしらね。つまり軽巡一人に残りの5枠に駆逐艦。そして支援艦隊はそれ以外の軽巡・重巡ね。」

 那珂の発表に五十鈴が補足を加えて作戦を色付けする。

 

「おぉ、水雷戦隊! なんか本物の海軍っぽいわ!」

 単語にいちいち興奮を示す川内を無視し、那珂と五十鈴そして神通は話を進める。

 

「本隊に残る軽巡は、駆逐艦の娘たちを一斉に指揮して戦況を操る技術を有する必要があるわ。そのあたりは練習次第かしら。あとは支援艦隊だけれど……。」と五十鈴。

「支援艦隊にはさ、神通ちゃんに残ってもらいたいな。」

「私……ですか?」

 那珂の提案に神通は戸惑いながら聞き返す。

「うん。神通ちゃんにはね、離れたところから狙い撃ちに集中してもらうんだ。そうすれば本隊を最後まで確実に支援できると思うの。つまり、神通ちゃんのすんげぇ狙撃能力を活かしたいの。」

「といっても敵が少なくなってきてからが本番ね。さすがの神通でも、おそらくなるであろう混戦状態の戦場で敵を確実に狙撃できるとは思えないし、それまでは偵察機で撹乱、本隊同士の戦いに落ち着きが見えてきたら、狙撃する体勢に移ってもらいたいわね。」

 那珂の提案の説明に再び補足する五十鈴。自身の評価の適切さに神通は感心しつつ納得し、無言でコクコクと頷いた。

 

「それじゃああたしは?あたしは何をすれば?」

「川内は……どうする?」

「うーん。残る軽巡はあたしと五十鈴ちゃん、それから川内ちゃんだね。この中の誰かに本隊の旗艦を担ってもらうから、残りは支援艦隊で、神通ちゃんと一緒に離れた敵を狙い撃ち。というよりも、狙い撃ちする神通ちゃんをサポートする役目ってところかな。」

「そうね。」

 那珂も五十鈴も、長良と名取を役割分担の頭数に入れなかった。二人は支援艦隊で中距離砲撃のサポートという認識で当たり前のこととして、あえて触れずに話を進めた。

 そもそも二人の考慮など頭になかった川内は、那珂の説明の口ぶりのみ気にして話に混ざるべく鋭く発言した。

 

「じゃああたしに水雷戦隊の旗艦やらせてくださいよ。夕立ちゃんたちを華麗に指揮して演習の最終決戦を攻略してみせますよ。」

 鼻息荒く机に乗り出してアピールする川内。那珂と五十鈴は目をキラキラさせたこの少女を目の当たりにし、同時に額を抑え溜息をついた。

「じゃあ任せるけど、ホントにダイジョブ~?」

「仕方ないわね。まぁでも今のところ那珂に次いで自由に動けるし、一応期待してみるけど。」

 表面上は異なる反応ながらもその実、同じ心配をする那珂と五十鈴。川内は二人が曲がりなりにも承諾してくれたという事実だけでもはや十分だった。

 川内のやる気と可能性にかけることにし、那珂と五十鈴は渋々ながらも正式に承諾した。

 部屋に反響せんばかりの川内の「やったぁ!」の掛け声に、耳を塞ぐ仕草をしながら那珂と五十鈴はホワイトボードへ案の続きを書き記した。

 

 

--

 

<初期編成>

本隊(旗艦:五十鈴) 前→後ろ

那珂  不知火 五十鈴

長良  夕立  川内

 

支援艦隊(旗艦:妙高) 前 後ろ

五月雨 妙高

名取

 

時雨

  神通

村雨

 

<二次編成>

本隊(旗艦:川内)

   不知火

   時雨

川内 夕立

   村雨

   五月雨

 

支援艦隊(旗艦:妙高)

   長良

那珂 妙高 神通  名取

   五十鈴

 

 

「二段階の編成、これでうまく対応できるといいね。」と那珂。

 那珂と五十鈴が書き終えるまで、会議室にいた一同は口を挟まずひたすら編成案を眺め続けた。

 那珂が口火を切って説明を終えると、ようやく次々に口を開いて感想を言い出した。

 

「なるほどね。よく考えたね。史実の艦隊の要素も取り入れつつ自由に……ね。うん。いいと思うよ。」

 そう提督が評価を口にすると、那珂がすぐさま返した。

「ねぇねぇ提督。少しくらいは提督の案を混ぜてあげてもいいよ?」

「俺が口挟む余地ないかもしれないわ。ま~あえて言わせてもらうとすると、本隊の旗艦は那珂がいいな~と思うんだよ。」

「えぇ~~!? 提督あたしの味方じゃないのおぉ!!?」

 耳をつんざかんばかりの金切り声で叫ぶ川内。提督は耳を塞ぎつつ言葉を返した。

「いやいや。別に川内がダメだって言ってるわけじゃないんだよ。俺は直接見られなかったけど、館山でのフリーパートの演習試合。あぁいう感じで那珂が無双するところをこの目できっちり見ておきたいんだよ。」

 

 提督の思わぬ期待。川内が騒ぐ傍らで那珂は瞬間的に心拍数が上がった。顔がほてりかけるも、わずかに息を吐いては吸いを細かく繰り返し、素の気持ちを落ち着けてから反応した。

「なーんか勝手に期待されちゃってるけどぉ、それは今回のあたしの方針とは違うんだよね~。」

「なんでだよ?君が一番目立てる戦い方だぞ? 君の本気を見ればあちらの艦娘たちはきっと目を見張って驚いて上手くいきゃ戦意を削げるかもしれない。そうすれば結果的にうちの娘たちの支援にもなる。鎮守府のトップの意見として、どうだろうか?少しは俺の顔を立てると思ってさ。」

「うー。あたしに変わったところで提督の箔とかの売り込みにならないしどーにもならないと思うけどなぁ。ぶっちゃけ無駄? あたし、無駄なことと意味ないことはしたくない。自分のほーしんを変えるつもりはないよ。だから提督の考えは却下ー。」

 

「うーむ……ダメかぁ。」

 スパッと言ってのける那珂。提督はあっけにとられてアッサリとした一言しか出せなかった。

「今のは……ちょっとあんたもうちょっと言い方ってものを。提督に失礼よ。」

 提督がうまく感情を表せないと察し、五十鈴が提督を庇ってツッコんだ。そして川内と神通は口を挟まずコクコクと頷いてあえて話題に乗ろうとしない。

 

 ふと気がつくと、那珂は周りの視線が痛いことを感じ、咄嗟に焦りを沸き立たせる。

「え? え? あたしマズイこと言ったぁ?」

「まずいっていうか……。西脇さんは艦娘としての私達の上司よ。提督が私たちをまとめてくれて、私達が行動したその最終的な結果が鎮守府として、何より管理者である提督の采配の評価に繋がるんでしょうし。拒否するにも対案出すにしてももうちょっと言い方ってものを……。」

「う、う……と。え~と。」

 五十鈴の指摘に那珂は言葉詰まり黙ってしまう。

 後輩である川内と神通は那珂の悄気方が本気のものだと察し、那珂に助け舟を出すことにした。

「まぁまぁ。あたし別にいいですよ。提督が那珂さんをっていうなら、あたしはいいです。なんつうんだろ。司令官の命令って感じでなんか本格的な戦略ゲームっぽいですし。その代わりあたしを別の編成に入れてバリバリ活躍させてもらえるならおっけぃです。」

「提督のお考えは一理あるかと。勝率を上げるためには、やはり那珂さんが旗艦となって最後の戦いを締めてくださったほうが……。」

 面倒くさくなくて気が楽、とまでは口に出して言わない神通だった。

 

 こういう時に限って何で妙に物分りが良いの二人とも!揃って提督の味方!?

 と那珂は心の中で狼狽える。せめて実際の喋りだけはうろたえを感じさせぬよう心に決めて反論した。

「うー、うー。確かに提督の考え入れてあげてもいいよとは言ったけどさぁ。無駄なこととか言っちゃったのはゴメンって謝るよ。あたしに頼ってもらえるのは嬉しいけど、今回はそうじゃないの。本当のところは、川内ちゃん的に言えばレベルアップ。参加する全員にレベルアップしてほしいの。あえていえば本隊で一番動くことになる旗艦に川内ちゃん、支援艦隊では神通ちゃんのペアで戦いを締めて二人に特にレベルアップして欲しいの。あたしのレベルアップや活躍は後回しでもいいし。」

「はぁ……教育熱心なあんたの考えはわかったわ。ねぇ提督。お考えは正直私もいいと思ったけど、那珂の考えにも賛同できるのよ。どちらを取ればいいかは……私には判断しきれません。今後の私達のためにも、提督が決断していただけませんか? 練習の時間も考えると、最初の案としてはここで締めてそろそろ行動に移しておきたいし。もし試してみて都合が悪かったらその時改めて提督のお考えを伺いたいわ。」

 那珂の考えを改めて聞いた五十鈴の、自身へのフォローが混じった懇願に提督は上半身をややのけぞらせこめかみをポリポリと掻きながら言った。

「まぁいいや。俺もなんとなく言ってみただけだからさ。無理にとは言わないよ。君たちが自分たちで考案した作戦だからそっちを尊重する。ただ提督である俺としては、一番期待をもっているのは那珂だってことをわかっておいて欲しいなって、ハハ。」

 

 その言葉。その言葉があたしを狂わせる。ムズムズ、イガイガする。心がポワンとして変になる。

「……はぁ。ちょっとその言い方は誤解されちゃうかもだから、やめてね。第三者がいたら女子高生を口説く中年男性の事案とか指さされちゃうよ。」

 言い出しはイライラを交えていたが、ごまかすために腰をくねらせ両手で指差しするポーズで茶化しながら台詞を締める。

「お、おいおい。やめてくれよ。俺は普通に君をだな……。」

「はいはい。わかったから。ともかく提督の案は引き出しにでも仕舞っておくよ。まずは皆に編成を伝えて、作戦会議だよ。」

 那珂の調子が戻ってきたことが読み取れるその台詞に、五十鈴も川内たちも頷く。提督や完全に聴者側に徹していた妙高・明石も了解の意を示したことで、演習に向けた最初の打ち合わせはひとまず幕を閉じた。

 

 

--

 

 その日の個別の訓練終わり、本館に戻ってきた艦娘を那珂達は呼び集め、待機室において演習艦隊と作戦の説明をした。

「……というわけなの。」

 

「うっわ~なんだかすごい演習になりそー。楽しみっぽい!」

「そこまで本格的な動きを伴うとすると、かなりの練習が必要と思うんですが。」

「そうよねぇ~。それぞれの装備や能力をちゃんとわかっていて旗艦さんには指揮してもらわないと。いざ試合が始まったらアタフタしそう。」

 夕立の反応はもはやわかったものだが、時雨そして村雨の感想に不安しかないことも、おおよそ想像がつくところであった。那珂や五十鈴はウンウンと相槌を打って返す。

「長良さんと名取さんも試合に出てもらうんですか? 私達はいいですけど、それはさすがに厳しいんじゃないんですか……?」

「えぇ。あなたの心配はもっともよ、五月雨。けどね、私としては二人には艦娘になるという実感を早く得て欲しいから、実際の戦いに近い雰囲気を味わえる今回の演習試合は好機だと思ってるの。二人には無理を承知で出てもらうわ。いいわね、二人共。」

 

 五月雨への返答の最後に五十鈴は視線を長良と名取に向ける。名取は普段の3割増でオドオドし、長良は普段の無邪気さ3割減で珍しく不安を口にする。

「ん~~砲撃はいちおー出来るようになったけどさ、あたしとみゃーちゃんはほんっとに戦えないと思うよ。それでほんとーにいいの?スポーツでいやぁ、ルール半分もわかんないで試合に出るようなもんでしょ?さすがのあたしもそれは引くなぁ~。」

「あんたが不安を口にするなんて珍しいわね。戦えないことは十分わかってるから、それを差し引いても問題ない役どころを担ってもらうわ。だから役割以外は気にしないで私達に任せておきなさい。」

「ほへ~~。まぁいいけど。ねぇねぇ那珂ちゃん。艦娘の弾が当たったら痛いの?」

「演習試合はペイント弾使うから怪我するほどの痛みはないよ。ただ衝撃とかは結構あるから最初はびっくりするかもね。」

 那珂がサラリと説明すると、長良より先に反応したのは名取だ。

「ぺ、ペイント弾かぁ……それでも怖いなぁ。」

「みゃーちゃんは避けられないかもね。あたしも不安だぁ。ねぇねぇりんちゃん。演習試合までに避け方とか身の守り方とか教えてよ~。」

「わかってるって。二人には作戦行動よりもまずは残りの基本訓練で目下必要なところを重点的に教えてあげるわ。あまり期間がないから、次の土曜までは毎日鎮守府に来るわよ。」

「はーい。」

「うん。わかったぁ。お手柔らかに……ね。」

 五十鈴から長良・名取の了承を得られたのを確認すると、那珂は作戦の説明を再開した。

 

 

--

 

 最後まで話を聞いた一同はとても不安を解消できたとは言えないまま、この日は帰路につくことになった。

 週末土曜日までは僅かな日にちしかない。

 その後、鎮守府Aでは土曜に至る数日、夕方に全員揃っての訓練が2回、後はバラバラな編成で訓練が続いた。

 訓練に専念できる五十鈴たちや時雨たちとは違い、一方で那珂たち川内型三人は、見学会に向けて具体案を詰める必要があった。自校に計画書として提出し、生徒および教師を校外に連れていく正式な許可を得、土曜日に向けた最終調整を顧問の阿賀奈、そして教師たちと行った。

 

 そして日はあっという間に過ぎ土曜日となった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見学会

 那珂は高校で募った見学者を率いて鎮守府にやってきた。演習試合まで時間がないが、見学の案内もせねばならない。神通とともに生徒や先生に艦娘を取り巻く環境を紹介していく。



 鎮守府見学会当日の土曜日。出発時間になったので那美恵は集まってきた全員に号令をかけた。

「さーて皆さんそろそろ行きますよー。いいですかぁー?」

 おぉーと複数の声が響き渡り混ざりあった。

 

 那美恵と幸それから阿賀奈の前には、生徒と教師合わせて20人の集団が出来上がっていた。教師の参加は生徒会顧問と一年生を受け持つ教師の二人で、あとは全員生徒だ。一年から三年まで見事にばらけた感のある編成である。

 

「会長~今回は私達の要望を受け入れてくれてありがとうございます~。あ、私メディア部から代表して参加することになった副部長の井上です。」

 那美恵はペコペコしながら近づいてきた女子生徒を真正面に受け入れて返事した。

「あ、これはどーもどーも。てか今のあたしは生徒会長じゃなくて、艦娘部部長の光主那美恵ですから~。」

「アハハ。会長ってばあいかわらずですね~。ま、ともあれ今回は私は自由に取材させてもらってよろしいですか?」

 メディア部とは事前に方針を定めていた。その確認を副部長の井上は求めてきた。

「うん。そーだね。基本的にはあたしが案内するコースを見てもらえればいいんだけど、メディア部は一通り回ったら自由にしてもらっていいですよ。ただ、インタビュー?は目玉の……の後にしてもらえると、きっと参考になってバッチリだと思います!」

「ふむふむ、なるほど。了解です。後は取材から記者会見まで、このメディア部におまかせあれ。」

 那珂の通う高校のメディア部といえば、校内外の活動の取材を扱い、校内新聞や学校のウェブサイト、各SNSに掲載して管理する、いわば同校の広報担当である。その面で生徒会に全面的に協力してくれている、那美恵にとってはかなり親密な位置にいる部だ。多少の不都合な面は阿吽の呼吸ばりに理解を示して処理してくれる。

 宣伝回りはもはや自分たちではなく、メディア部に任せればいいだろう。そう那美恵は心構えをしており、今日という日の自分たちの役割に注力することにしていた。

 

 

--

 

 学校を発った那美恵たちは普段の通学路を逆走して駅へと向かう。普段であれば歩きでも十分なのだが、20人+αという大人数のため、移動の効率化ということでバスを使い駅まで向かい、電車に乗り継ぐことにした。

 各車中、那美恵は見学者たる生徒や教師からの質問攻めにあっていた。幸はというと、生徒会からの参加として和子が加わっていたため、それから和子と仲の良い女子生徒(イメチェン登校以降親しくなれた)が揃っていたことが救いとなった。

 道中は、彼女らと寄り添って安心しきった表情で聞き専門という名の一方通行のお喋りに興じる幸の姿があった。

 

 那美恵はというと、自分を取り囲む者たちからの質問に答えていた。

「ねぇねぇ会長。会長ってその艦娘っての、なんていう艦娘なんですか?」女子生徒の一人が問う。

「ん~~? 那珂っていう艦娘だよ。軽巡洋艦那珂。」

「けいじゅんよーかん?なんですそれ?」

 別の女子生徒も質問に乗ってくる。そんな女子達を見て、多少なりとも軍艦を知っている男子生徒たちが互いの知識をひけらかしあわよくばいいところを見せようと、那美恵の代わりにノリよく答えた。

「△△さん知らないの?軽巡洋艦っていや護衛艦の仲間だよ。海自が昔使った船だよ。」

「お前バカじゃん。自衛隊じゃねーよ。150年前の日本の軍が使ってた軍艦のことだよ。」

「へぇ~~○○君たちって物知りだね~。」

「ね~~。」

「でも会長。その軽巡洋艦っていう船と艦娘って何の関係があるんです?」

 

 那美恵を取り囲んでいた男女生徒は軽巡洋艦というワードに対してあれやこれやとやり取りを交わし、会話のボールを最終的に那美恵に返した。

 返されたはいいものの、かなり核心を突く質問付きのボールに一瞬悩んだ那美恵は、おどけながら簡単に触れるだけにして生徒たちを満足させることにした。

「150年前のその軍艦の情報を利用したのが艦娘の艤装っていう装備らしいの。まぁ、あたしも詳しいことはわかんないんだけどね。てへ?」

「アハハ!会長わかんないで艦娘やってるんですかぁ~?」

「だってだって~。あたしはたまたま艦娘の試験に合格したから始めただけだしぃ~~。ま~専門的なことは鎮守府にいる明石って人が色々教えてくれるはずだよ。」

 

「そういや今日って具体的には何をするんですか?」

 別の生徒が那美恵に質問をした。回りの生徒はその質問に乗り、身を近づける者もいる。

「そうだね~。鎮守府の敷地内をざっと紹介かな~。」

「ねぇねぇ那美恵ちゃん。艦娘の艤装っていうの、あたしたちも試せるの? 前みたいに。」

「ゴメンね~。今は空きの艤装がないらしくてできないの。」

「そっか~。残念。あたしも艦娘になれるなれないかがわかったらおもしろいのにな~。」

「私も試したかった~。」

 話題に乗ってきた女子生徒達は口々に言った。その思いが真実かどうかは怪しいと那美恵は思っていたが、そんなことを指摘して空気を壊すようなことはもちろんしない。ただ苦笑するのみだ。

 

「そうそう。みんなの興味を引けるかどうかわからないけど、今日は単なる見学だけじゃないよ。実はね、別の鎮守府の艦娘達が来るの。そんでぇ~、あたし達はその人達と戦うの。いうなれば練習試合みたいなもの。」

「えぇ~~!?那美恵ちゃんの戦うところ見られるの~?」

「えー!会長戦うんですかぁ?」

「それに他の鎮守府のって、なんかすごいすごい!」

「他のところの艦娘ってどういう人達がいるんです?」

「ん~っとね。あたしたちと同じ高校生もいればぁ、社会人の人もいたよ。正直、うちの鎮守府よりも人多いよ。あ、それからね。今日の見学会、うちの高校だけじゃなくて、他所の学校からも来るから。みんな~、学校代表として恥ずかしくないようにね~。」

 那美恵は最後に全員に向けて忠告する。すると少し離れた席に座っていた教師陣のうち、阿賀奈が人差し指を立てた手をブンブン振りながら素早く反応した。

「そうですよ~。私達先生が見てますからね~! 何か恥ずかしいことしたら、他所の人たちがいてもちゃーんと叱りますからね~~!?」

「あ、アハハ……お手柔らかに。」

「「アハハハ……。」」

 阿賀奈のことをよく知っている一年生はもちろん、二年三年生の生徒らは阿賀奈の発言にたじろぐ。別に注意の言葉に身構えたのではない。身構える要素はあくまでも阿賀奈本人だ。何か恥ずかしいことをしそうなのはあんただよとは誰もが思ったが、当然本人の名誉のためにも口にすることはしない生徒たちだった。

 

 話は盛り上がり続く。

 お喋りの絶えない那美恵を取り囲む生徒達とは裏腹に、幸は相変わらず聞き専門だったが、特別な活動の時に大人数と一緒にいるという雰囲気だけで十分モチベーションと楽しみを保てているのだった。

 そして那美恵たちは鎮守府のある街の駅に到着した。

 

 

--

 

 改札を抜け、駅構内から外に出る生徒たち。教師たちはその後を追ってゆっくりと構内から外への境界線をまたぐ。

「鎮守府って検見川浜にあったんですね。」

「な~んかびみょーなところにあるんだなぁ~。」

「その言い方は……地元の人がいたらすっごく失礼な気がするよ。」

「これなら海浜幕張から行ったほうがよほど行きやすいんじゃないっすか?」

 

 生徒たちは自由な意見を述べる。那美恵と幸は口の端を釣り上げて苦笑いするのみの反応に留めた。

 阿賀奈はというと、生徒たちにドヤ顔で語っている。何を喋っているのか聞き耳を立てなくてもよく聞こえてくるそのセリフに、那美恵はスルーを決め込んで全員に案内をする。

「それじゃーみなさん。ここから鎮守府まではバスで大体○分です。あと少しですので、よろしくお願いしまーす!」

 それでもなおワイワイ騒ぐ生徒たちには、阿賀奈ではなく一参加者として加わっていた二人の教師がそつなく注意してまとめあげ、那美恵に主導権を返した。

 参加者たる生徒たちは、生徒会長たる那美恵と一参加者たる二人の教師の指示に従い、まとまりを復活させて鎮守府までの道のりを過ごした。

 そして、鎮守府Aの正門の前に、20人+αの姿が立ち並んだ。

 

 

--

 

 那美恵は20人の前、つまり鎮守府の正門のすぐ手前に立ち、全員に向かって挨拶をした。なお、幸は立ち位置的な列として、那美恵と門のわずかな隙間に位置取りどうにか前に立つのを防ごうとしている。そんな幸をチラリと見て気にした那美恵は一歩前に出て幸の望む隙間を作ってから喋り始めた。

 

【挿絵表示】

 

 

「お疲れ様でした。ここが、あたしや神先さんそれから今日は先に鎮守府に来ております内田さんが勤務している、千葉第二鎮守府こと、深海棲艦対策局千葉第二支局です。ここにはあたしたちの他、他校の学生や一般公募で採用された人も艦娘として在籍しております。また、今回は神奈川第一鎮守府から、演習試合のために大勢の艦娘が来られます。ぜひ濃密な交流をして、艦娘についての理解を深めて今回の見学会を堪能していただければと思います。」

「そうですよ~。それからですねぇ。皆さん、うちの学校の生徒として恥ずかしくない振る舞いをしてくださいね~! 先生、艦娘部の顧問として恥ずかしいですよぉ~~。」

(はいはい。わかったからあんたは黙ってて)

誰もがそう思ったが、やはり実際には口に出さずに、ただ阿賀奈が気取って語るに任せるにしておいた。微妙な顔をして黙って見ていた生徒たちの気持ちを汲み取った那美恵が最後に付け加えた。

 

「はい。四ツ原先生ありがとうございます。先生に面倒かけないよう、あたしがちゃーんとみんなを注意しておきます。さっちゃんも協力してね。」

「は、はい……!」

「うんうん。二人が頼もしくて先生安心だわ~。」

 そんなのらりくらりとしたやり取りが終わり、那美恵は20人を率いて門をまたぎ、まずは本館へと案内した。

 

 

--

 

 那美恵はロビーにて生徒達を一旦待たせ、到着したことを提督に知らせに行くことにした。その場は阿賀奈と幸に任せ、階段を駆け上がって執務室へと足を運んだ。

 

 コンコン

 

「はい。」

「失礼します。」

 

 扉を開けると、そこには提督と妙高がいた。プラス、近所の主婦の大鳥婦人と娘の高子もだ。なぜなのか那美恵が一瞬戸惑って語尾を消してしまうと、提督は至って平然に那美恵に話しかけてきた。

「あ……。」

「お~かまわないぞ。どうした那珂?」

 提督の許可を得たので那美恵は話し始める。

「うちの高校の見学者を連れてきたよ。この前伝えた人数と変わらずだよ。このあとはどうすればいいの?」

「あぁ。そのあたりのことをこちらも今話し合ってたんだ。」

 

 そう返した提督が続けて喋った。

「いつもの会議室を休憩スペースにしたから、もし休みたかったらそこを使ってくれ。人が多くなるから、妙高さんの紹介で大鳥さんに手伝ってもらうことになっている。だから休憩用のスペースやその他細かい準備は問題ない。」

 最後にそう言って手の平で紹介を促したのは、大鳥婦人と高子だ。

「ご無沙汰しています那珂さん。よろしくお願いしますね。」

「あの、あの。先輩! 私も手伝います。よろしくお願いします!」

 婦人に続き、高子は那美恵が愛すべき愛くるしい少女のように、若干慌てた感のある早い口調で挨拶をしてきた。那美恵は笑顔と会釈で応対する。

 

 そして提督の説明が続く。

「今の状況だが、すでに神奈川第一の艦娘たちはいらっしゃっている。今は工廠前の湾と工廠内の出撃用水路付近を待機場所として使ってもらってる。村瀬提督は緊急の会議で来られないらしく、練習巡洋艦の鹿島さんが提督代理とのこと。それから五月雨と不知火の中学校からも見学者が来ることになっている。」

「あ~、それじゃああの会議室だと狭くならない?」

「大丈夫。もう一部屋の会議室を使うから。それからうちまでの案内はそれぞれの学校の艦娘部の顧問の先生にお願いしてある。」

「ふーん。それじゃあ五月雨ちゃんたちはもう?」

「あぁ。演習用プールで川内達と一緒に訓練中だ。それから演習開始まであと1時間ちょっとしかないから、そちらの見学会はある程度時間が来たら四ツ原先生にでも任せるといい。さすがの君も本番直前には練習必要だろ?」

「アハハ。まーね。でも四ツ原先生だけでダイジョーブかなぁ~?」

「ま、そのあたりは任せるよ。」

「って言ってもまずはあたしとさっちゃんで鎮守府の案内しなきゃいけないんだけどね。」

 自身の役割を再認識してその意を提督に伝える那珂。提督は納得した表情で相槌を打った。

 

「そうそう。それから那珂と妙高さんが以前館山で会ったっていう、○○TVの人たちも来てるから。」

「えっ!? なにそれ!! 取材?どーいうこと?」

 那珂はテレビ局の名前を耳にするや目を爛々と輝かせ、勢い付けて提督に詰め寄る。提督はそんな目の前の少女をどぉどぉと落ち着かせつつ説明した。

「以前取材をしたいって連絡をもらってね、ちょうど良いタイミングだから演習試合の日にどうですかって言っておいたんだ。そうしたらあちらさんも都合が良いとのことで、今日はもう鎮守府内を自由に取材してもらってるよ。」

 自身が知らぬ提督、そして鎮守府の運用を知った気がして、那珂は冗談交じりだが深い溜め息を吐き、提督に言った。

「はぁ~~~そうですかぁ~! あたしが知らないところで鎮守府もまわってるんだねぇ~。」

「何言ってんだ? そりゃそうだろ。ともかく今日のあらゆる出来事は○○TVに取り上げられると思って気を引き締めて行動してくれよ。」

「はいはーい。わかってます。あたしはいいけど、川内ちゃんたちのほうが心配でしょ?」

 那珂は提督の脇腹を軽く肘打ちしながら言う。提督はのけぞって反応しつつその言に相槌を打った。

「まぁ、君はなんだかんだでしっかり取り繕ってくれるから心配どころか期待してるよ。あいつらには一応伝えてあるけど、君の口からも釘を差しておいてくれよな。」

 提督の正直な思いの混じった言葉を受け、那珂はトクンと心を弾ませつつも、至って平然と返した。

「おっけぃ。」

 

 執務室を退出する間際、那珂は自身の高校のメディア部が同校用に取材をしたいと言っていたのを思い出したのでそれを提督らに伝えた。

「あ、そうそう。うちの高校のね。メディア部っていうまぁようは新聞部みたいな部の人が、あたしたちのインタビューや諸々取材したいって言ってるの。○○TVの人たちも自由にさせてるんだから、うちらもいいよね~?」

「ん? おお。別にいいぞ。なんだったら○○TVの人たちに話をつけておくから、協力するといい。我が鎮守府としても外部の宣伝力はなんだって欲しいからな。」

「ふふっ。わかった。伝えておくね~。」

 

 お互い伝えるべきことを全て伝えたので、満足して互いの作業に戻った。

 

 

--

 

 執務室を出た那美恵はロビーに戻り、阿賀奈たちにこの後のスケジュールを伝えることにした。会議室への案内を阿賀奈に任せ、幸と一緒に着替えに行った。

 会議室で待っていた見学者の生徒たちがしばらくして目の当たりにしたのは、学校の制服ではない姿の那美恵と幸だった。

「おまたせしました~。」

「(ペコリ)」

 

 艦娘那珂、神通となった二人を見て生徒たちは一気に湧き上がる。

「あ~~会長!それが艦娘の制服なんですね!」

「おおぉー!会長すげー!」

「コスプレ感があんましないんですね~ちゃんとした服だから?」

「那美恵ちゃんかわいぃ~!」

 

 一方で神通の方も評価で賑わっていた。

「うん。さっちゃん、やっぱり似合ってますよ。」

「へぇ~神先さんもいいじゃん。新しい髪型とあいまってすっごく可愛いし。」

「神先さん全然印象違うよね~。」

「神先も結構イケるだな……。」

「やべ、ちょっとムラってきた。」

「落ち着けよテメぇら」

 

 生徒たちに自由な感想を言うがままにさせ一通り艦娘制服の生お披露目をした後、那珂は改めて音頭を取った。

「それでは皆さん、これからこの鎮守府内を案内させていただきます。このあと演習試合があるのでちょっと駆け足になっちゃうかもしれませんが、きちんと案内させていただきます。それでですね……」

「あの~会長。そういえばさっちゃん出ていっちゃいましたよ?」

 那珂が案内の説明をしていると、和子の友人で神通とは最近仲良くなった女子生徒がふと質問を挟んできた。

「あ、気づいちゃった?さっちゃんはね、これから案内する場所に先回りして準備してもらってるんです。なので後でまた会えるよ~。」

 神通の学校での影の薄さや交友関係を把握しきれているわけではないため、那珂は和子以外の生徒が神通に触れてきたことに大して驚くことなく返した。那珂のそのアッサリとした回答に和子はなんとなく察したものを感じ気にせず安堵の息を吐き、その女子生徒に安心するよう耳打ちして納得させた。

 

 実のところ神通は、那珂が案内を始める前に指示通りに会議室を抜け出し、これから案内する場所へと向かっていたのだ。あくまで前々から決めていた手はずどおりである。

 出発する前配っておいた見学会のパンフレットをピラピラと宙にそよがせて注目させた。

「それじゃーみなさん。これからこのパンフレットに書かれた場所をご案内しまーす。暑いからサクッといきますよ~。」

 那珂の言葉に続いて阿賀奈がなぜか口を挟んだ。

「そうですよ~。9月とはいえまだ暑いのでぇ~、熱中症には気をつけてくださいね~。具合悪くなったら先生たちに言うんですよ~。」

 阿賀奈の教師としての保護者アピールに、生徒たちは苦笑したり無視したり素直に返事をしたりと十人十色の反応を返した。すると阿賀奈は一人でものすごい達成感を得たようなドヤ顔を浮かべて満足げにウンウンと頷いている。

 一応艦娘(部)に関わる人物のため無下にする気はなく、那珂は彼女が望み振る舞うままにさせておいた。

 

 

--

 

 那珂は見学会のコースを、以前生徒会の三千花たちや自身が見学時に案内されたコースを再現して見学者たる生徒や教師達に案内してみせた。

 

 一方で先に行った神通は最初は食堂で大鳥夫人と娘の高子と待っていた。その間に那珂は本館内のフロアを案内している。

 神通は、大鳥親子の会話をボーっと聞きながら那珂たちの到着を待っていた。

「ここが使えると、この鎮守府ももっと過ごしやすくなるでしょうね。」

「新しい設備って楽しいよね~。ね、ママ。私もここに来たいなぁ~。」

「そうねぇ。だったら私も高子も艦娘にならないとダメよ。」

 大鳥夫人と高子が感想を言い合ってる中、神通は愛想笑いをして頷いて空気を合わせていた。

 つらい空気。

 そろそろ耐えられそうにない、そう感じ始めてソワソワしていると、本館と新館をつなぐ短通路からガヤガヤと声が聞こえてきた。神通はすぐさまそれまでの身体と気持ちのせわしなさを解消し小さくコホンと咳払いをして、これから入ってくるであろう見学者を待った。

 

 

--

 

 那珂も神通も自身らが見学・案内された以前とは違う設備がある。それが今神通たちがいる西の新館の食堂、それから本館の入浴設備だ。

 食堂はようやく火やガスなどが通り厨房設備が整ってきており、今までできなかった水準の炊事も可能になる。そんな説明を期待混じりに付け加えた。

 

「そういや会長、今いる艦娘は10人程度って言ってましたよね。」

「うん。」

「さっきのお風呂もそうですけど、こんなに広い食堂って、なんかもったいないっていうか言い方悪いけど、税金の無駄って感じしませんか?」

 とある生徒の鋭い切込んだ質問。

 那珂はドキリとしたが内心確かにと同意もできた。

「うーんアハハ。○○さんなかなかに厳しい質問だね~。ぶっちゃけあたし、鎮守府の実際の運用とかそのあたりは知らないんだ。その質問というか感想は、西脇さんにしてあげるといいかもね。」

 質問した生徒やその友人たちが相槌を打つ。那珂はその仕草を見て続けた。以前聞いた提督の言葉を適当に切り貼りして流用して答えた。

「一応フォローしておくとね、各鎮守府はある程度の人数の艦娘が勤務するのを想定して施設を作らなきゃいけないんだってさ。担当海域の安全を守るために艦娘は増やさなきゃいけないんだし、保養周りもしっかりやらないといけない。国の制度に関わる団体の設備だからきっと税金でまかなわれているんだろーけど、労働環境悪くなって訴えられたら色んな団体から文句言われちゃうかもしれないから、予測を立ててあらかじめ作らないといけないと思うの。だから多分無駄じゃないと思うなぁ。」

 那珂の説明に全員ひとまず納得の意を示す。そんな中、感想付きで意を示してきたのは阿賀奈以外の教師たちだ。

「そうだね、働く場所が快適になるのは大事だよ。従業員のモチベーションが上がるということは普通の企業だったら業績にも繋がる。我々教師だったら、君たち生徒により適切なカリキュラムで授業を進めてあげられるようになります。それがこの鎮守府では、艦娘の皆の戦闘意欲につながり、ひいては国民の安全に繋がるんでしょう。」

「そーそー! そうなんです○○先生! それが言いたかったんです。」

 那珂は調子よく同意を示して教師の感想の勢いに乗った。

 

 那珂は大鳥夫人や神通のいる位置から数歩分離れていたため、近づきながら説明を追加する。

「あたしたちが深海棲艦との戦いに安心して従事できるのは、国で決められた優待制度や勤務する鎮守府の設備が揃っているからなんです。やっぱり自分のところの鎮守府で食事したりや休みたいですもんね。欲を言えば美容理容を受けられるといいなぁ~とか思いますけど。ま、それはそれとして、この食堂は出来たばっかりなのでまだなーんにも使い道や担当が決まっていません。なのでいずれこの食堂を管理してくれる人を雇うと思います。そしたらこの鎮守府に務める艦娘はきっと美味しいご飯を食べることができて、きっと出撃も今以上にやる気湧いてくると思います。ね、神通ちゃん?」

「ふぇっ!? は、はい!」

 那珂は隣に位置することになっていた神通に話を振り、説明の立場に引き戻す。神通は実のところボーっとしてたため、那珂が同意を求めてきて慌てて返事をすることしかできなかった。

 その反応に和子とその友人は密かにクスリと失笑していたが、那珂も神通も気づくことはなかった。

 

 

--

 

 その後、那珂による鎮守府案内はグラウンド、倉庫群、浜辺と続いた。

 グラウンドや倉庫に関しては特に追加説明等の準備が必要ないとして那珂は神通を浜辺に先に行かせた。

 

 そんな神通が先回りして浜辺前の歩道で那珂たちを待っていると、突堤の先に数人の艦娘が何かをしているのが目に飛び込んできた。何をしているのか考えてもわからないのでジーっと見ていると、数人の艦娘達は沖に向かって砲撃したり、その砲撃を別の艦娘に向けて撃ち、回避をしている。さらに別の艦娘に至っては何かを宙に放ち、操作して飛び回らせている。おそらく空母の艦娘なのだろうと推測し、神通は参考にするためにその艦娘をメインに観察することにした。

 参加する空母は隼鷹と飛鷹の二名と聞いていたから、おそらくそのどちらかなのだろう。

 神通は空母の艦娘を初めて見る。那珂が言っていたのを思い出した。加賀と赤城という空母の艦娘は、弓矢状のドローンを使って艦載機・艦上機としていた。自身らは形状はまさにそのまま飛行機の艦載機を使っていたことを加味すると、艦娘の使う艦載機は形状は自由なのだろう。

 そう理解して目の前の光景を目を細めて集中して見ていた。

 

 今回の空母の艦娘は、バッグのようなものから何かを取り出す仕草をし、振りかぶって艦載機を飛ばしている。距離があるのと、今神通は同調していないために視力が神先幸そのものになっているためそれが何かまでは判別できなかった。

 あわよくば演習前に情報を仕入れてやろうと目論んだが、それは叶いそうにない。

 諦めてただの観察のために沖をボーっと眺めていると、倉庫側の歩道からガヤガヤと声が聞こえてきた。那珂が見学者を連れてきたのだ。神通は小走りで駆け寄り合流した。

 神通を見て手を振る那珂。と同時に視線の端の別の存在にも気がついた。

「およ? 沖で誰か訓練してるの?」

「はい。多分、神奈川第一の方々かと。」

 神通が答えると、那珂はウンウンと頷いた後、見学者の方に身体の向きを戻して説明に加えた。

 

「はーい、皆さん。ここは検見川の浜です。昔から海浜公園の一角だったんですけど、あたしたちがさっき見てきた倉庫群のあたりから、あっちの川の手前までは、うちの鎮守府が管轄する土地というか区域になっています。とは言っても浜辺は県や市と共有ですので、普通に使われますし市民の憩いの場でもあります。ところで皆さん、この辺の海のことわかりますか?」

 那珂は沖を指差し示した。そこには先刻から神通が見ていた光景が続いていたが、あえて海の上の彼女らに触れずに続けた。

「この浜辺と海は元々から海水浴向けにはなっておらず、主にマリンスポーツ向けに開放されていた海域ですが、今は深海棲艦の危険もあり、それも制限されていて使えません。そのため現在ではほとんど艦娘、海保や海自、あるいは地方自治体で特別に許可された人や団体しか使いません。このあたりの決め事は他の地方自治体でもそのはずです。」

 見学者たる生徒たちからは高低様々な声とともに相槌が打たれる。

「ねぇ那美恵ちゃん! あそこにいるのも艦娘なの?」

 那珂とは同学年で友人の一人である女子生徒が手を上げながら問いかけてきた。那珂は想定通りに質問してきたことに心のなかでドヤ顔をし、口調は普段の軽調子で答えた。

「うん。あそこにいるのはこれから演習試合を行う相手の、神奈川第一鎮守府の人たちだと思うよ。」

「この目の前の海も鎮守府の敷地の範囲なの?」

「え~っとね。うちの鎮守府の管轄は堤防から○m先までらしいよ。そこから先は市や県の領海なんだってさ。けどまあ、勝手にいて何か言われるわけでもないし、そのへんはフリーダムです。だから別の鎮守府の人が使ってても問題なーし。」

「へ~~。なんかおもしろーい。」

 

 

--

 

「艦娘って結構地方のいろんな運用と関係してるんだな~。」

「それじゃあ艦娘って公務員?」

「まっさかぁ~。それじゃあ会長は今すでに公務員なのかね?」

 別の生徒も感想を口にし合う。その内容にピクンと反応した阿賀奈はその話を口にしていた男子生徒たちにソソっと近づき、話に割り込んだ。

「ウフフ~、○○君達そこが気になるのぉ~~?」

「うわぁ!四ツ原先生!」

「うおっ、あがっちゃん!!」

「!!」

 

 背後にめちゃくちゃ近かった阿賀奈に色んな意味で驚いた男子生徒は瞬時にバックステップをして距離を取った。阿賀奈はその反応を特に気にせずニコニコとしている。

「ね~先生が君たちのその疑問に答えてあげよっか~~?」

「え、アハハ。別に大丈夫ですよ。」

「そ、そうそう。なんとなく思っただけっすから。」

「後で会長に聞いてみますよ。」

「えぇ~~そんなこと言わずに先生に頼ってもいいのよぉう~~?」

 その反応には気になったのか阿賀奈は脇を締め自身の大きな胸部装甲を両腕で圧縮して、口をやや尖らせて身体を左右に振って駄々っ子ばりに抵抗した。その強調された胸と阿賀奈の童顔だがスタイルの良い全身から振りまかれる無意識のテンプテーションに男子生徒たちは困り笑いを浮かべて返事を180度ひっくり返した。

「「そ、それじゃあ先生に聞きたいなぁ~~」」

「ウンウン。素直に先生に頼っていいんだからね。」

 機嫌を良くした阿賀奈は胸の前で腕を組み答えた。なお、男子生徒たちの鼻の下は誰が見ても伸びていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見学会(2)

 工廠に来た。工廠の案内は工廠長である明石と技師に任せることにした。工廠奥の出撃用水路では、演習試合相手の神奈川第一鎮守府の艦娘達が最終調整に励んでいた。那珂はその中ですっかり親友である天龍に気づく。

令和初の投稿です。今時代でもよろしくお願いします。


 那珂と神通が見学会で案内をしている頃、川内は五十鈴とともに鎮守府Aの艦娘たちの先頭に立って訓練を指揮していた。

 否、指揮している五十鈴をサポートしていた。

 

 鎮守府Aのメンバーの訓練で使える場所はいつもの演習用プール。そこに那珂と神通それから妙高以外の9人がいるプールは、50m+αプールとはいえど、狭く感じられた。

 ただの女子高生・女子中学生の何らかの運動競技の練習であれば、まったく問題ない広さだ。しかしそこにいるのは、ちょっとした動きでも移動力や距離感が物を言う艦娘である。実際に動いて訓練し始めれば誰もがほどなくして気づくことだった。

 

 五月雨ら駆逐艦勢は砲撃を打ち合ってそれを回避する練習をしていた。その十数m背後では五十鈴と川内が長良と名取に向かって実弾を撃ち、新人である彼女らに艦娘のバリアの効果を教えている最中だ。

 その前の訓練では、五月雨ら駆逐艦の訓練にスピードとバランスを調整しきれない長良と名取が突っ込み、あわや衝突事故の大惨事になるところだった。

 今この時はとくにどちらも干渉し合うことはなかったが、駆逐艦の中で時雨だけは、バリアで弾かれたと思われる流れ弾がときおりピュンと飛んでくるのが気になって仕方がなかった。時雨以外は気にする様子をせず、また割りと高空を飛び去っていくため問題ないだろうと踏み、時雨も気にせぬよう努めて目の前の訓練に集中することにした。

 とはいえ訓練内容が変わるとまた干渉の可能性も変わる。那珂たちがやってくるまで9人は、表立って気にはしなかったが内心恐恐としながら不足に感じるスペースを互いに配慮しながら訓練を続けていた。

 

 

--

 

 那珂たちは浜辺・堤防から工廠へとやってきた。堤防に近い方の出入り口から入ることもできたが、そうすると出撃用区画と水路を貸しているために待機していると思われる神奈川第一の艦娘らと鉢合わせすることになる。説明のタイミング的にもそれは調子良くないので素直に工廠の正規の入り口を目指すことにした。

 

 工廠と本館の敷地の間の細い道路を通り、工廠の敷地の門をくぐって入った。神通の姿が見えるやいなや、那珂は手を振って叫んで合図をする。入り口にたどり着くと、先に向かっていた神通は明石それから技師の一人である老齢の男性と共に待っていた。

 那珂は全員が工廠の入り口付近に来ていることを確認してから口を開いた。

 

「さぁお待ちかねです。ここは工廠と言って、鎮守府の一番大事な部分です。ここでは艦娘の艤装の整備やその他諸々が行われます。ここから先の説明は本職の方に任せたほうが良いと思うので、こちらのお二人にお願いしたいと思います。明石さん、権じぃ、お願いしま~す!」

 那珂から促されて二人は一歩前に、那珂は一歩下がって立ち位置を逆転させた。

 

「ただいま紹介に預かりました。○○株式会社から派遣されて工廠長を勤めています明石奈緒といいます。艦娘名は工作艦明石といって、本名の名字と同じです。どうぞよろしくお願いします。」

 明石に続いて男性技師も挨拶をする。

 

 この男性は権田といい、提督以外での数少ない男性陣の一人だ。鎮守府Aに勤める者の中で最高齢の彼の呼び名は、夕立こと立川夕音がひと目見て「権じぃ」とあだ名を付けたことに端を発する。

 権田は60代前半でも気持ち的にはまだまだ油の乗り切った50代。じじいであることを認めたくなかったが、下手をすると孫にも近しい年の少女から親しげにそう呼ばれては拒否できるはずもなく、一度破顔してそのノリに乗ってからは以後現在に至るまで、艦娘のほとんど全員それから同社の若手技師の何人かからそう呼ばれ続けている。

 なお、鎮守府Aに常駐で勤務している男性は5人。残るは権田と同じく技師で、40代前半つまり権田と提督の年齢の間に位置する中年男性である。非常に寡黙な人物で仕事熱心であるが無駄に無口というわけではなく、明石を始め同社の技師たちとはそれなりに話す、比較的目立たないタイプだ。

 ちなみにその男性技師は、その寡黙さとオーラから、不知火に懐かれている。あとは守衛と清掃会社からの派遣チームに一人いる。

 

 

--

 

 明石と権じぃに案内されて工廠へと入った一行は工廠の一般的な役割や艦娘制度上の機能の解説から始まり、工廠内の奥へと進んでいく。ここでの説明はもっぱら明石と権じぃの二人がメインだ。

 工廠内に入った直後、明石は那珂と神通に説明引き継ぎの意を示し、二人に次の行動を促した。それはつまり、演習試合に向けた最終訓練だ。

「二人とも、そろそろ訓練に戻っていいですよ。工廠内の説明なら私たちにお任せあれですから。」

「ホントにいいんですか?」と那珂。

「あぁ。俺もいるしよ。」

 権じぃの自身を指す仕草に那珂も明石もはにかむ。

「だったら……神通ちゃんは先に戻っていいよ。」

「え? あの……那珂さんは?」

「私はもうちょっと明石さんたちに付いていくよ。」

 那珂の発言に、神通はまたこの先輩は何か密かに仕込むのかと考えを張り巡らせる。自然と眉がシワを作り、しかめ顔を作っていた。その顔に那珂はすかさずツッコミを入れた。

「あ、まーた何か探ってるでしょぉ~? 見学会の案内役として責任を持つだけだって。適当なところで四ツ原先生に後を任せて、すぐに皆のとこ行くからさ。」

「そ、そうですか。わかりました。」

 神通は自身の気持ちが表情に出ていた事を恥じて慌てて取り繕って謝る。ペコリと腰を曲げて謝意を示した神通を見て那珂はニコリと笑みを示し、再び神通を先に行くよう促した。

「ホラ、皆待ってるから。先行ってて、ね?」

 

 表情を平常に戻した神通は軽く頭を下げ那珂から数歩離れた後、和子のところへと歩み寄る。

「和子ちゃん。○○さん、私……そろそろ練習しに戻ります。」

「あ、そうなんですか。うん。頑張ってね、さっちゃん。」

「神先さんの戦う姿楽しみにしてるからね。ガンバ!」

 友人二人に鼓舞され神通は頬に若干の熱を持ち赤らめる。それを隠すため那珂のときよりも深くお辞儀をし、頭を上げるのと同時に駆け出してプールへと向かって行った。

 

--

 

 神通が去った後の見学会の一行は、事務所・艤装格納庫・一般船舶用ドックと見学していき、ついに艦娘用の出撃用水路とスペースにたどり着いた。そこは、現在神奈川第一鎮守府の艦娘らが準備等をするために待機している場所でもあった。

「次は艦娘が出撃する際に使う水路です。普段出撃する際はこの水路前で艤装を装着し、同調してから水路に降り立ってもらいます。それ以外では各種機材が揃っているので、艤装の整備に使ったりちょっとした屋内訓練場代わりに使えます。今はこの後演習試合の相手をしていただく神奈川第一鎮守府の艦娘の皆さんに待機場所として使ってもらってます。」

 

 明石の説明と合図で全員の視線が水路付近にいる艦娘達に向く。そこでは、指示を受けて水路に向けて砲撃する数人の艦娘、作業台に向かって話し込む艦娘たちがいた。

 加えて外からは轟音が響いて聞こえてくる。

 

 那珂は見学会目的の他、神奈川第一の天龍に一声挨拶するのが目的だったが、とても声をかけられる雰囲気ではないことを察した。

「これから試合していただくのですし、お邪魔にならないよう戻りましょうか。」

「そ~ですね。あたしは個人的に挨拶したかったんですけど、なんか思った以上にピリピリ感があってさすがのあたしも近づけないや。アハハ。」

 明石の配慮の言葉に那珂は相槌を打ちつつ思いを吐露する。それが割りと聞こえる声だったのか、水路に向かって砲撃することを指示していると思われる艦娘が那珂たちの方を向いた。そして、周りの艦娘に「ちょっとわりぃ。離れるぜ」と言い終わるが早いか那珂たちに向けて駆けてきた。

 那珂はその駆けて近づいてくる存在に最初から気づいていた。しかし挨拶したいと軽く考えていた自分を恥じたいほどのピリついた雰囲気を醸し出していたのでそっと静かに見守る程度にしていた。そんな那珂の配慮など知るかと言わんばかりにその艦娘は大声で喋りながらスピードを上げ、那珂の側で急停止した。

 

「お~~! 那珂さんじゃねぇか!!」

「あ、天龍ちゃん。訓練中ゴメンね。」

「いやいやいいっての。それよりあんた今来たの?あたしらが最初ここに来た時いなかったじゃん。」

 天龍は那珂の周囲にいる見学者を見渡して言った。

「うん。実はうちの学校から、鎮守府を見学したいって人を募って案内してたの。」

「へ~そうだったんだ。あ、し、失礼。」

「?」

 那珂が一瞬呆けると、天龍は艦娘制服のネクタイを締め直し、見学者一同に向けて挨拶をし始めた。

「あたしは神奈川第一鎮守府所属、軽巡洋艦艦娘の天龍だ……です。このたびは~、千葉第二鎮守府と演習試合するために来ました。うちの旗艦はあそこにいる眼鏡かけた鳥海って人。あと提督の代わりに来てるのがあそこにいる鹿島って人です。二人呼んでくるよ。」

「え、あ……!」

 那珂と明石が返事をする前に天龍は再び駆けて行き、作業台で話し込んでいた鳥海と鹿島を呼び、手を引っ張り半ば強引に連れてきた。

 

--

 

 那珂と明石始め見学者の前に姿を見せた二人の艦娘は天龍に促され戸惑いつつも挨拶をした。

「初めまして。私は神奈川第一で重巡洋艦鳥海を担当している○○と申します。この度は演習試合の艦隊の旗艦つまりリーダーを任されています。よろしくお願いします。」

 鳥海が深くお辞儀をし、姿勢を戻したのを確認してから次に鹿島が自己紹介をした。

「初めまして。私は神奈川第一鎮守府の練習巡洋艦鹿島と申します。この度は弊局の村瀬が緊急の用事ができてしまいましたので、提督代理として参りました。どうかよろしくお願いしますね。」

 いかにも硬そうな雰囲気だがタイトな制服のためか無理やり強調されたナイスバディを無意識に見せつける鳥海という女性と、物腰もボディも柔らか素敵なバディな鹿島という女性に、見学者の男子生徒と男性教師は元気いっぱいに挨拶し返す。

 それまでの説明でも少なからず興奮しはしゃぐ者もいたが、今まで以上に声を張って興奮を示す男性陣の様子に、那珂や明石・和子ら始め女性陣は一瞬にしてシラけた目で冷ややかな視線を向ける。

 男性陣の勢いに軽く圧倒された鳥海と鹿島は苦笑しながら返した。

「「よ、よろしくお願いします。」」

 一人その雰囲気の理由がわからない天龍は鹿島らと見学者の間に視線を行ったり来たりさせて呆けるのみだった。

 自身らの鎮守府の事に触れて説明した鹿島らに、見学者だけでなく那珂もまた感心を深く示す。他所の鎮守府のことなど部分部分でしか知らないため、こうして何気なく語られる内容であっても、那珂にとっては最高に重要な情報の一つだった。

 

 やがて説明が終わると鹿島らは戻っていった。数歩遅れて天龍が踵を返して戻ろうとする。その際、何か思いついたのか天龍は小走りで那珂に近寄り、小声で話しかけてきた。

「なぁ、那珂さん。試合じゃ期待してるぜ。絶対あたしと戦ってくれよな。他の奴らは他の奴らにまかせてよ。」

「アハハ。そっちも作戦と編成があるでしょ~?うちも色々考えてるんだから。勝手な行動はねぇ~~。」

「いいじゃんよ。あたしと那珂さんの仲だろ? あんたの本気の実力、一度でいいからこの目この身体で受けてみたいんだ。それはきっとあんたの噂を聞いてるうちの人たちもそうだぜ。」

 

 やはり天龍は真っ向からの勝負を望んでいる。

 

 天龍のこの言葉と誘いは作戦などではなく、素の思いから来るものだろう。過去少ない絡みであっても、この目の前の少女が自身の思いに嘘がつけそうにない性格をしているのは理解しているつもりだった。一方で那珂は天龍ほど素直になれそうにないと自己分析していた。

 しかし思いの片隅では天龍の気持ちに答えたい。それは、西脇提督の期待に通ずるものでもある。

 自身が本気を出せば、少なくとも二人を満足させることができる。しかしそれでは自身だけが目立ってしまう。さすがに一人で勝利を実現できると思うほど傲慢にはなれないが、戦局を変えることができるとは踏んでいる。

 自分のさらなる可能性を確かめるため思い切り振る舞いたい気持ちも確かにある。と同時にこの場この機会においては皆の練度促進を優先させたい。

 2人の思いと11人への思いを天秤にかけた結果、その思いの絡まりが那珂の言葉を鈍らせる。

 だから態度で示した。

 

 那珂は天龍の左肩に手を置き、軽く舌なめずりした笑顔を見せた。余った右手は親指を立てて示す。それは那珂にとって単にお互い頑張ろうねという意志を示すためのものだったが天龍はそれを違う意味に取る。

 結果として言葉には出さず曖昧なまま那珂は天龍を満足させることができた。

「おっしゃ。それじゃあまたな。」

「うん。後でね。」

 

 そう言葉を交わした後天龍は去っていった。那珂は説明の主導権を明石に戻すべく見つめる。視線を向けられた明石は軽快な雰囲気で口を開いた。

「これ以上邪魔してもいけませんので、戻りましょうか。那珂ちゃん次の予定は?」

「ええとですね。あたしたち千葉第二の艦娘を見てもらおっかなって思っています。そろそろあたしも練習に行きたいので後は四ツ原先生に引率をお任せしつつついでに練習にシレッと混ざろうかなぁと。」

 名前を言及された阿賀奈は那珂から手招きで催促されて歩み寄ってきた。

「後は……ということなので時間までは先生にお任せしてもよろしいですか?」

「えぇ。大丈夫よ。先生だって艦娘なんだから! 鎮守府の案内は任せて!」

「まだ資格だけの軽巡阿賀野ですけどね~。」

「あぁん光主さぁん! 話の腰を折らないでぇ~~。」

 那珂から茶化された阿賀奈はぶりっ子よろしく上半身をブンブンと振って嫌がるのだった。

 

 阿賀奈をなだめつつ工廠の入り口まで戻って来て、那珂は一行に言った。

「それでは次はいよいよ、うちの艦娘の訓練の様子を見ていただきます。ここであたしは訓練に戻りますので後の案内は四ツ原先生に引き継ぎたいと思います。それでは皆さん、また後で会いましょう~!」

「えー、会長行っちゃうんですか!?」

「なみえちゃん頑張ってね~!」

「我らの生徒会長、軽巡那珂に栄光あれー!」

「わ~~!」

 一部男子のノリのよい反応に那珂は手を振って答えたり冗談めかして敬礼して反応を満足させた後、駆け出した。那珂がいなくなった見学者一行は、工廠の奥に戻っていく那珂の姿を旅の無事を祈る家族のような気持ちで見送っていた。

 

 

--

 

 演習用プールでの練習は、個々の訓練から今回の編成と陣形の最終チェックのため合同練習に移っていた。なお、妙高もすでに訓練に合流していた。

 遅れて参加した神通は、ちょうど合同練習が始まるという段階で合流したため、皆からスムーズに受け入れられた。

 神通が合流してからしばらく経ってから、那珂が演習用水路を伝って姿を現した。

 

「おっまたせ~。ゴメンゴメン。見学会の案内に結構長く付き合っちゃったよ~。」

「おっそい!あんた一応初期の陣形の旗艦なんだから、しっかり都合付けて早く来なさいっての。」

 那珂が水路を抜けてようやくプールの範囲に足をつけて入るやいなや、遠く離れているにもかかわらず、五十鈴の怒鳴り声が那珂の耳に向かって飛んできた。

「だってさぁ~、見学会の案内してたんだもん仕方ないじゃん。」

「……微妙に真面目に返さないでちょうだい。まぁいいわ。残りの時間は実際の動きを全員で練習するわよ。あんたは個人の動きは大丈夫なんでしょ?」

 五十鈴の確認に那珂はコクンと頷く。

 全員揃ったということで、五十鈴は改めて全員に号令をかける。

「それじゃあ演習最初からを想定して、最初からやります。最初は第一艦隊の行動からよ。相手は第二艦隊がしてちょうだい。」

 その説明と指示にそれぞれ動き始めた。

 第一艦隊の作戦行動が終わった後は第二艦隊の、そして初期の陣形と作戦行動が終わったら、後半の陣形と作戦行動に移った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

演習試合前

 演習試合直前の練習に戻った那珂ら。そして提督から演習試合の説明を受け気持ちを高ぶらせる。そして20数人の艦娘達は検見川の海へと飛び込んでいった。


 那珂たちが初期陣形の練習を進めていると、プールの外、金網の向こうからガヤガヤと声が聞こえて大人数が姿を見せた。

「光主さぁ~~ん!内田さぁん!神先さぁん!訓練頑張ってるぅ~!?」

 真っ先に声を上げたのは那珂たちではなく顧問の阿賀奈だ。なんの恥ずかしげもなく、率先して手を振ってアピールするその姿に、那珂はちょうど激しい動作中ということもあり、無視せざるを得なかった。同艦隊にいて一緒に動いていた川内、そして相手担当のため那珂たちから砲撃で追い立てられていた神通も反応しない。

 そんな見学対象となった那珂たちとは違い、艦娘となった知り合いの目の前で繰り広げられる激しい戦いの姿に見学者たる生徒や教師たちは目を見張る。

 

 さっきまで普段通りの軽快な雰囲気で自身らを案内してくれた生徒会長が、プールとはいえ水上を波しぶきを巻き上げながら激しく駆け巡り、時にはジャンプして上空から砲撃をして別の艦娘を圧倒しているその姿。

 集団イジメ発覚以来、全員がなんとなしに避けていた内田流留が、イジメ以前に見たことがあるような笑顔を伴った活発さで那珂を始め同じチームにいると思われる艦娘をサポートしている姿。

 地味で今まで存在すら知らなかったほど存在感の薄かった神先幸という少女が、普段の雑な髪の結びではなくオシャレなヘアスタイルで素顔をまったく恥ずかしがらずに全面に晒し、敵対する那珂や川内を始めとする別チームの艦娘からの攻撃をかわしつつ応戦するために機敏に動き細かい砲撃をする姿。

 

 知り合いの別の一面を見て、見学者は彼女らの見方を一変させた。

 生徒会の和子でさえ、那珂となった光主那美恵はもちろん神通となった幸が艦娘として戦う姿に、激しい動きのために言葉を失うほど呆然とした。事前の情報がある和子でさえそうなったのだ。他の生徒たちは和子以上に圧倒されているのは当然だった。

 そんな中、メディア部の副部長は呆然としながらも本来の役割を全うするため、フェンス越しではあるが目の前で展開される那珂たち艦娘の訓練する姿を写真や動画に収め始める。

 

「す、すげ……会長。なんだ、これ?」

「あれが艦娘なんだ。なんかもう……」

「う、内田さんも神先さんもすごい。なんであんなことができるの……?」

 

「ねぇ和子ちゃん。神先さんのあの姿は見たことは?」

 友人から尋ねられた和子は質問に頭を横に振り、2~3秒してから口を開いて答えた。

「ううん。会長の戦う様子は見たことあるけど、さっちゃんのは初めて。あれが……あのさっちゃんなんて、すごい。かっこいい!」

 和子の言葉に友人はコクコクと素早く連続で頷き視線をプールの方へと戻す。

 

 そして顧問の阿賀奈は那珂たちの姿を特に驚きもせず、ニコニコと見届けていた。

「うんうん。光主さんと内田さんは問題なしね~。神先さんは前から見違えるように動けるようになったわね~。成長が見えてて先生嬉しい!」

 阿賀奈の隣に移動していた別の教師が阿賀奈に話しかけた。

「四ツ原先生は彼女たちの姿を見て驚かないんですか?」

「そういや先生全然ビックリしてないですよね。なんで?」

 近くにいた生徒も尋ねる。

 

 阿賀奈は周囲の彼らの視線を受け、鼻をフフンと鳴らして自慢げに答えた。

「そりゃ~ね~。私艦娘部の顧問ですもの。光主さんたちの訓練は夏休み中に何度か見たことあるんですよ~だ。まだあの娘たちが荒削りで未熟な動きの頃から、知ってるんですから!」

「へぇ~~~先生すげぇ! ちゃんと顧問してたんだ~~。」

「あがっちゃ……四ツ原先生ただ胸でかいだけじゃないんですね~。」

「ちょっと○○君、それセクハラよ。」

 阿賀奈の説明に生徒たちは色々感想を交えて湧き立つ。

 半端に誇張を混じえていたが、阿賀奈本人以外はその場にいるものは誰もわからないので、周りの生徒や教師は阿賀奈の言葉を信じ、彼女に感心を示した。

 阿賀奈の心境としては周りの生徒や教師に対する優越感で満足し、また那珂たち三人が自分が見たことある以上に激しい動きをして艦娘らしさを示していたことにも満足し、自身が艦娘の世界に関わっていることを再認識して、自身の立ち位置にも満足していた。

 様々な要素から来る満足感で阿賀奈は有頂天状態だった。自然と饒舌さも高まる。

「エヘヘ~先生のこと尊敬してる?」

「してるしてる、マジしてる。」

「さすがあがっちゃん!俺達一年生はあがっちゃんを応援してるぜ!」

 男子生徒は調子よく阿賀奈をもり立てる。女子生徒はそんな男子生徒を冷ややかな目で見ていたが、内心は素直に阿賀奈の事を見直していた。変に言葉を投げかけると面倒な態度を取り始めるのがわかっていたから、あえて口には出さずにいた。

 

 プールのフェンス越し、外からはそんな見学者の声援や雑談の声がワイワイと響き合っていた。

 

 

--

 

 激しい動きが落ち着き、やがて攻守交代となって初めて那珂たちは外野の声を気にして反応する余裕を取り戻した。

「あ~、なんか騒がしいと思ったら、あそこにいるのうちの学校のみんな?」

「うん。あたしと神通ちゃんが案内してきたんだよ。」

 川内は汗を拭いながら、傍にいた那珂に確認した。那珂が軽快に返すと、少し離れたところにいた神通もコクコクと頷いてその話に加わった。

 川内としては話せる知り合いは生徒会メンバーくらい(特に三戸)のため、フェンスの先にいた生徒・教師たちに特に反応を返さなかった。

 代わりに那珂が手を振って返した。

 

「お~い、みんなぁ~! どーお!?」

 那珂が声をかけると、フェンスの先からの声援は声量が増した。

「わ~~~会長~! かっこいいですよーー!」

「なみえちゃん素敵~!」

「艦娘かっけぇぞーー!」

 大勢の声援にかき消されつつも、和子とその友人も声をかける。

「さ、さっちゃーん! 私、ちゃんと見てますからねー!」

「神先さん、がんばーーー!!」

 

 那珂は期待通りの反応に満面の笑みで両腕を振って見学者に答え、神通もまた和子と友人の二人に対してややうつむいて照れを浮かべつつも、手を小さく振って反応を示した。

 那珂と神通は自校の生徒からの声援に、俄然やる気を回復させた。

 ひとしきり反応してみせた二人は五十鈴らの方に向き直して練習の次の指示を仰いだ。

「ゴメンゴメン。うちの学校の皆だったからさ、ついはしゃいじゃったよ。」

「(コクコク)」

 

「まぁいいわ。……ところで川内はえらくおとなしめだけど、声掛けなくていいの?」

 五十鈴は軽い溜息を吐きつつ、川内の反応が気になったので言及した。それに対して川内は慌てて両手を振って答える。

「ああぁ!あたしはいいのいいの。知ってる人いないし。さー、ぎりぎりまで練習続き続き!」

 それを見て心中察した那珂と神通は

「そーだね。時間そろそろなくなってきたし、よそ見はこれくらいにして続きやろー!」

「そう、ですね。川内さんもおっしゃってることですし、続き、しましょう。」

と、川内と同様の勢いで発破をかけて五十鈴はじめ皆を促した。

 あからさまに取り繕ったような態度を取る川内に五十鈴は訝しげな表情を送るも、さして気に留めるほどでもないと感じ取り、那珂の言葉に沿うことにした。

 

 

--

 

 満足できる出来とは必ずしも言えないが、やれるだけのことはやった。那珂たちはそう強く心に刻み込んで演習用プールを後にした。見学者たちはすでに本館に戻り、演習試合見学の準備を進めているためプール施設の外にはすでに誰もいない。

 那珂たちはひとまず艤装を工廠に預け、待機室へと戻ることにした。といっても自分たちが普段使っている部屋ではない。まだ人数が少ないために予定としている第二の待機室だ。そこには神奈川第一鎮守府の艦娘も揃っている。そこで、西脇提督および村瀬提督代理の鹿島から、今回の演習試合についての最終説明を聞くことになっている。

 

 本館に戻り、階段を上がろうとすると、ロビーで回りの見学をしていた同級生に出くわした。

「あ、なみえちゃーん。今戻ってきたの?」

「うん。○○ちゃんたちは何してるの?他の人は?」

「そこの会議室で待ってるように言われたけど、退屈だからちょっと見させてもらってるよ。あ、そうそう。メディア部の井上さんがね、なんか提督さんに会いたいとか言って上がって行っちゃったけど、あの娘ほうっておいて大丈夫だった?」

 多少の勝手な行動は許容と思っていたため、那珂は特段気にせず返した。

「うん。取材したいんでしょ。好きにさせてあげてるの。一応その辺は提督にも伝えてあるからさ。彼女にはぁ~、うちの鎮守府の宣伝のため駆け回ってガシガシ働いてもらわないとね~。」

「あ、アハハ……。さすがなみえちゃん。そういうところは抜け目ないね~。やっぱ生徒会長さまさまだわ~。」

 那珂の言い分にたじろぐ同級生。那珂は彼女の反応を純度100%の褒め言葉として受け取るのだった。

 同級生の女子生徒らはもうしばらくロビーにいるというので、那珂は皆と一緒に待機室へすぐさま向かうことにした。

 この後の見学者の段取り・まとめ役は、明石や工廠の技師の数人、それからボランティアとして加わってる大鳥夫人と娘の高子が執り行うことになっている。なお、この時点ですでに五月雨らの中学校から、そして西脇提督の会社からも数人が見学者として加わっていた。

 

 

--

 

 那珂達が待機室へ入ると、長机に沿って並べられたパイプ椅子に、神奈川第一の艦娘たちがすでに何人か座って待っていた。まだ来ていないものもいたが、那珂が話したかった天龍はすでに同室にいて、入ってきた那珂にすぐに気づいた。

 那珂の姿を見るやいなや天龍は小走りで近寄ってきた。

 

「おぅ那珂さん! いよいよだなぁ~。そっちはもう訓練バッチリか?」

 顔を思いきり近づいててきた彼女のため、那珂はのけぞりながら返す。

 

【挿絵表示】

 

「アハハ。いちおーやれるところまでやったよ~。でもうちの皆はそっちほど練度高くないから多分勝てないよ~~。」

「はっ。言っとけ。どーせあんたが何かしら秘策考えてるんだろ?」

 

 那珂は指を下瞼の下に当ててわざとらしく泣く仕草をする。すると天龍は那珂の背中をパシパシと叩いてツッコんだ。そのツッコミに那珂はやはりわざとらしく咳をして返すのだった。

 那珂が天龍に絡まれているため、他のメンツはお先にとばかりに自分たちが座るべき空いている席へと向かっていく。そんな中唯一那珂と残ったのは五十鈴だった。というよりも天龍が素早く五十鈴も絡んで離そうとしなかったからだ。

「なぁ五十鈴さん。那珂さんほどじゃねーけど、あんたと戦えるのも楽しみなんだぜ。」

「お生憎様。私はメンバーの方が気がかりでそれどころじゃないわ。対決したいなら、うまく私達の作戦を崩してそうなるよう持ち込んでよね。」

「言ったな~うっし。御膳だてしてもらえるよううちの鳥海さんに言っておくぜ。」

 

 冷静にあしらう五十鈴に対しても期待していた反応をもらえたのか、天龍は見るからに発するウキウキした高揚感を隠そうともせず、那珂たちから離れて行った。

 

「さて、あっちがどう動いてくるやら。不安は正直あるんだよねぇ。」

「そうね。編成を見るからに、機動力と後方からの支援体制は相当なものと踏んでるけど、私達だってそれなりに作戦は立てたし、後は私達があちらの動きにきちんと対処できるかにかかってるわ。」

 那珂と五十鈴は歩きながら続ける。

「あんた、天龍さんとの対決……一騎打ちとか本当にするつもりないわよね?」

「さすがにする気はないよぉ。あたしだって皆と戦う方がいいし。ま~あちらさんの作戦でどーしてもそういう展開になったら仕方ないとは思うけどね。」

 那珂の言い方に怪訝な表情を浮かべる五十鈴。

「あ、五十鈴ちゃんその目はあたしのこと信用してないなぁ~?」

「ま、いいわ。先にあんた自身が言ったこと反故にしないでよね。」

「もち。でも最初の展開ではあたしと長良ちゃんは自由していいんだし、そこでなんとか天龍ちゃんの欲求を満たして、残りはあたしたちの望みどおりの展開させてもらうけどね。」

「はいはい。あんたはいいけど、長良にはあくまで撹乱目的ってこと念入りに叩き込んでおいてよね。」

 

 天龍の出方を気に留めつつ、那珂と五十鈴はこれから説明される演習試合の内容を聞くため、用意された席に座って提督と鹿島を待つことにした。

 

 

--

 

 ほどなくして提督と鹿島が部屋に入ってきた。二人に手招きされて促されるように後から入ってきたのは、ネットTV局のスタッフ数人と、那珂の高校のメディア部副部長の井上だった。彼女はタブレットを手に、ぴょこんと棒を生やしたバンドを頭に取り付けて姿を現した。

 彼女が何をしているのかわからなかった那珂だが、よく見ると棒の先にクリップがあり、そこにカメラのようなものが挟まれている。カメラを頭に取り付け両手を自由にし、タブレットでメモ書き。どうやらあのスタイルが彼女の取材スタイルなのだと理解できた。変な人だなと、他人からの自分の評価を棚に上げて那珂は彼女を評価した。しかし広報周りの大事な協力者なので、彼女の好きにやらせてあげようという意識は変わらない。

 那珂は視線を離し、静かにこれからの演習試合の説明を待った。

 

 

--

 

「えー、それではこのあとの演習試合について、改めて説明をいたします。」

 提督の大きめに張った声が部屋に響き渡る。那珂たち艦娘は咳をしたり座り方を整えたりして気を張りつめた。

 

「演習試合はうちの敷地外、河口付近の堤防沿いの海域で行うこととします。ただ、うちの皆は知っての通り、川の反対側には稲毛民間航空記念館や水門の設備がある。誤射があるとマズイので、なるべく突堤含めた浜寄りで戦ってくれ。」

「うちの皆さんもよろしいですか?民間施設に影響があるといけませんので……」

「わかってるよ鹿島さん。」

「そうですよ~。」

 鹿島が恐る恐る注意すると、神奈川第一の艦娘たちは口々に喋り理解を示した。

 

 提督は神奈川第一の反応を確認してから続ける。

「見学者が大勢いらっしゃるので、時間短縮と試合の充実と緊張感を保つために時間制限を設けたいと思います。前半30分の後半30分。合計1時間。途中休憩は10分程度。これは神奈川第一の鹿島さんないし村瀬提督に相談して了承済みです。被弾判定は基本的には前後半通じて共通。前半で轟沈した者は後半参加不可。それから……」

 言い終わると西脇提督はチラリと鹿島に視線を送った。鹿島は柔らかく微笑んで返す。その鹿島の返しに提督はドギマギした様子を一瞬見せる。

 那珂は提督が一瞬顔を赤らめたように見えたので、なんぞあのおっさん(怒)と心の中で愚痴りツッコんだ。そしてふと神奈川第一の方に視線を送ると、霧島と目が合った。

 霧島は視線だけで、あれは仕方がないと言い、何故か那珂は霧島の心のセリフがわかった気がした。那珂は軽く溜息を吐いて提督の反応は気にしないことにし、説明への集中を再開した。

 提督の動揺を過敏に察知したのは、鎮守府Aからは那珂、神奈川第一からは霧島の二人だけであった。

 

 

--

 

 説明が一通り終わり、艦娘たちはそれぞれ互いに話し合う雑談タイムを迎えた。

 那珂が提督をふと見ると、神奈川第一の鹿島と話していた。そして普段自分らに見せぬ、えらい照れ具合を隠そうともせず接する姿を周囲に知らしめている。

 那珂はイライラして歯ぎしりする真似をしていると、自分らの集団から離れた霧島が那珂に話しかけてきた。

「お久しぶり、那珂さん。」

「……あ、霧島さ~ん!」

 那珂は久しぶりの人物に、イライラの雰囲気を瞬時に解いて年上への甘えモードに切り替えた。

「今回は敵同士、頑張りましょう。」

「はい。練度じゃそちらに全然敵わないですけど、一矢報いてみせます。」

「フフッ。楽しみにしてるわよ。」

「は~い!」

 そうやり取りした後霧島は踵を返して戻ろうとするが、すぐに方向転換して那珂に接近してボソッと耳打ちした。

「そちらの提督のあの反応、どうか許してあげて。」

「えっ!? な、何がデスカ?」

「うちの鹿島って娘、あれで中々天然でね。自分が無意識に異性を惑わしてるっていう自覚が全く無いみたいなの。言ってしまえば、魔性の女ね、あの娘。」

「ま、魔性の女って……。」

 那珂は霧島の表現に苦笑を浮かべて若干引いてみせた。

 鹿島という艦娘とは、ほとんど交流らしい交流はしたことがない。以前の館山イベントでも、チラリと会って全員で話を聞いた程度。もっとも長くて、ステージショー出演の際、神奈川第一の保護者として同じ場にいて軽く雑談したくらいだ。

 それでも言われてみて気づいたが、雰囲気から感じ取れるものは一筋縄ではいかなそう。

 いまだ照れまくって鹿島と話している提督に睨みを効かせながら那珂はそう思った。

 霧島は那珂のいちいち見せる反応にクスリと微笑し、背中をポンと叩いて離れていった。

 

 

--

 

 那珂は五十鈴に呼ばれ、わずかに離れていた集団に戻った。那珂が集団の輪の中に戻ってきたのを確認すると、五十鈴が音頭を取り始めた。

「皆、最終確認をするわよ。この後15時から堤防沿いで試合よ。見学者の皆さんは堤防に沿って並んで見学するとのことで、そこがいわば観客席となるわ。私達は堤防の海側約50mポイントに陣形を作って並ぶことになるわ。神奈川第一は私達から150m離れた位置に並ぶそう。提督の合図で演習試合開始。30分ごとの時間制限があるから、少し作戦を調整する必要があると思うのだけど、どうかしら?」

 五十鈴の言葉に那珂は頷く。続いて一同も相槌を打った。

「そーだね。提督ってばいきなり時間制限のこと言うんだもん。ずるいよね~。でもま、うちらとしては編成が活かしやすくなったと思うな。」

「といいますと?」

 五月雨がまず一言で質問を投げかける。それには神通が答えつつ確認した。

「那珂さんのおっしゃりたいこと、なんとなくわかります。前半戦は最初の編成で行く。そういうことだと思います。そうですよね?」

 那珂は言葉なくコクンと強く頷いた。

「あ、そっか。そうすると二次編成は後半戦にとっておくとそういうことなんですね?」

「決めた編成の切り替えがちょうど良いということなんですよね。」

 五月雨に続き時雨が納得の意を見せる。それに駆逐艦勢が相槌を打って続いた。

 

「そうすると旗艦あたしの二次編成は後半戦の楽しみってことかぁ。思いっきり活躍できるタイミングがなぁ~~。なんか悔しいわ。」

 駆逐艦たちの反応とは違って川内は本来感じて表すべき喜びやノって意気込む。それに長良が続いた。

「あたしもなんとか活躍したいなぁ~!ねぇりんちゃん!あたしは前半思いっきり動いていいんだよね?」

「ある程度はかまわないけど、あんたは生き残ることを念頭におきなさい。やられてしまったら、後半戦の陣形で護衛役が減ってしまうでしょう。」

「うーん。那珂ちゃんとせっかく一緒なんだから、倣って動きたいんだけどなぁ。」

 長良の言い分に五十鈴は額を抑える。代わりに長良に言ったのは那珂だ。ただしそれはツッコミではなくフォローだ。

「アハハ。長良ちゃんは結構動けそうだし、あたしと一緒に戦いの前線を体験してみよっか。だから五十鈴ちゃん、長良ちゃんのことはあたしに任せてくださいな。」

「那珂ちゃ~ん……ありがと!一緒にがんばろーね!!」

 長良は那珂の手を握りブンブン振って喜びを示す。那珂もフィーリングが合うのか、同じようなにこやかオーラを振りまいている。

 

 長良の様子を見ていた名取はうらやましげにしていたが、この場で愚痴をこぼしてしまうことはできなかった。名取のモジモジとした様子を見た神通はその意図するところがなんとなくわかっていた。自身も引っ込み思案なだけに、そして周囲に対して気を使ってしまって言えないことを自覚していたのでなおさらだ。

 だからこそ、神通は彼女を代弁して言ってしまうほどのお節介を焼く気はサラサラない。黙って見守ることにした。

 

 その雰囲気に乗じてお喋りをし始める艦娘達を諌めるため五十鈴は一度咳払いをし、皆に編成を再確認させることにした。ただ待機室には神奈川第一の面々がいるため、五十鈴たちは会話の自然な流れを利用して退室しひとまず自分たちの本来の待機室に入り、身近な机を囲んで話を再開した。

 

○神奈川第一鎮守府

 独立旗艦:重巡洋艦鳥海

 

前衛艦隊

 旗艦:軽巡洋艦天龍

 軽巡洋艦龍田

 駆逐艦暁

 駆逐艦響

 駆逐艦雷

 駆逐艦電

 

 支援艦隊

 旗艦:戦艦霧島

 軽空母隼鷹

 軽空母飛鷹

 駆逐艦秋月

 駆逐艦涼月

 

○鎮守府A(千葉第二鎮守府)

<初期編成>

本隊(旗艦:五十鈴) 前→後ろ

那珂  不知火 五十鈴

長良  夕立  川内

 

支援艦隊(旗艦:妙高) 前 後ろ

五月雨

  妙高

名取

 

時雨

  神通

村雨

 

<二次編成> 前→後ろ

本隊(旗艦:川内)

    不知火

   時雨

川内 夕立

   村雨

    五月雨

 

支援艦隊(旗艦:妙高)

   長良

那珂 妙高 神通  名取

   五十鈴

 

 

「時間制限が加わったのはあたしたちにとってラッキーだね。あたしたち有利に持ち込むことも十分可能でっす。みんながんばろー!」

 硬い表情になり始めている皆を鼓舞するため、普段どおりの素っ頓狂な明るさを伴わせながら那珂は手を振り上げて声を上げる。

「作戦と陣形はあるけど臨機応変に頼むわ、皆。それから妙高さん。支援艦隊の旗艦、どうかよろしくお願いします。」

「かしこまりました。後方の指揮はお任せ下さい。」

 那珂の言葉に五十鈴の言葉。妙高も決意を口にし、他の艦娘もそれに続いて返事をする。

 

「よっし神通。チーム違うけど、あたしたちも頑張ろうね。」

「(コクリ)」

 川内の意気込みに神通が言葉なく頷く。

 

「僕達も役割頑張るから、ゆうもしっかりやるんだよ? 不知火さん、どうかゆうのことよろしくね。」と時雨。

「あたしは全然問題ないっぽ~い!川内さんも那珂さんもいるしぃ~~。」

「了解致しました。手綱をにg……サポート万全にいたします。」

 

「今、手綱を握るって言おうとしたんじゃ……」

「しっ、さみ。言わぬがなんとやらよ。」

 時雨の言葉にいつも通り心の中のまま返す夕立。そんな夕立の僚艦として不知火が返事をする。わざとなのか素なのかわからぬ不知火の言い間違いに対しては五月雨と村雨が反応したが、決意の掛け合いの雰囲気を守るためにそっとしておくことにした。

 

 

 試合前最終確認を終えた那珂たちは、待機室を出て工廠へと向かった。本格的な他鎮守府との演習試合、那珂たちはいざ臨む間近になって一気に緊張を増し、固い面持ちで歩みを進める。その足取りは己の感情に従った結果、軽くなる者・重くなる者とバラバラだった。

 




ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=73530512
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1mEHkfOEoc-vYJPU0SAW-u-OmBx8bcvHr60HK0X6PFRo/edit?usp=sharing

好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

演習試合(前半)
登場人物紹介


<鎮守府Aのメンツ>

軽巡洋艦那珂(本名:光主那美恵)

 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。演習試合前半では本隊たる前衛艦隊に所属。長良とともに先陣を切る役目。

 

軽巡洋艦川内(本名:内田流留)

 鎮守府Aに在籍する川内型のネームシップの艦娘。演習試合前半では那珂と同じく本隊に所属。那珂には及ばないが突飛な動きとゲーマーらしい発想で彼女らしい行動を示したいところだが……。

 

軽巡洋艦神通(本名:神先幸)

 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。演習試合前半では支援艦隊に所属。本隊の那珂たちをどうにかして支援する。

 

軽巡洋艦五十鈴(本名:五十嵐凛花)

 鎮守府Aに在籍する長良型の2番艦。演習試合前半では本隊の旗艦。真面目な彼女らしく冷静に戦況を見て皆の行動を捌くが、初めて経験する敵艦娘のため、対応に詰めが甘いところも。

 

軽巡洋艦長良(本名:黒田良)

 鎮守府Aに在籍する長良型のネームシップ。演習試合前半では那珂と同じく本隊所属。まだ基本訓練途中な彼女だが、那珂とともにとにかく動き回ってかき乱すのが役目。

 

軽巡洋艦名取(本名:副島宮子)

 鎮守府Aに在籍する長良型の艦娘。支援艦隊所属。長良と同じく基本訓練途中なので動けるかどうかはひたすら怪しい。

 

駆逐艦五月雨(本名:早川皐月)

 鎮守府Aの最初の艦娘。演習試合前半では支援艦隊所属。

 

駆逐艦時雨(本名:五条時雨)

 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。演習試合前半では支援艦隊所属。

 

駆逐艦村雨(本名:村木真純)

 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。演習試合前半では支援艦隊所属。

 

駆逐艦夕立(本名:立川夕音)

 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。演習試合前半では本隊所属。慕う川内とともに動き回ろうとするが……。

 

駆逐艦不知火(本名:知田智子)

 鎮守府Aに在籍する陽炎型の艦娘。演習試合前半では本隊所属。旗艦の五十鈴にほぼつきっきり。冷静さでは鎮守府A一かも。

 

重巡洋艦妙高(本名:黒崎(藤沢)妙子

 鎮守府Aに在籍する妙高型の艦娘。演習試合前半では支援艦隊の旗艦。戦艦のいない鎮守府Aの最大火力の持ち主のため、どうにかして本隊を支援する。

 

工作艦明石(本名:明石奈緒)

 鎮守府Aに在籍する艦娘。工廠の若き長。演習試合では艦娘達のステータスチェックとジャッジ・アナウンス役。悪いと思いつつもやはり自分らの鎮守府Aの艦娘びいき。

 

提督(本名:西脇栄馬)

 鎮守府Aを管理する代表。演習試合の最初と最後の号令係。それ以外はぶっちゃけ見てるだけ。

 

<神奈川第一鎮守府>

練習巡洋艦鹿島

 村瀬提督から提督代理を任された艦娘。今回はほぼほぼ西脇提督と一緒に行動。

 

軽巡洋艦天龍(本名:村瀬立江)

 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。演習試合前半では前衛艦隊所属。那珂との一騎打ちを心から望んでいる。

 

軽巡洋艦龍田

 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。演習試合前半では従姉の天龍とともに前衛艦隊所属。あまり戦闘センスなくアグレッシブでもないため、天龍がいないとうまく立ち回れないことも。

 

駆逐艦暁、響、雷、電

 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。演習試合前半では前衛艦隊所属。見た目や性格的な難があるかもしれないが、基本的には全員が鎮守府Aの艦娘以上の練度の持ち主。ただその実力が発揮されるかは若干怪しい。

 

重巡洋艦鳥海

 演習試合に参加する神奈川第一鎮守府側の独立旗艦。演習試合前半でははるか後方から指示を出すのみ。

 

戦艦霧島

 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。演習試合前半では支援艦隊所属。今回の試合で最大火力の持ち主。その強大な威力は終始戦場をかき乱す。

 

軽空母飛鷹・準鷹

 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。演習試合前半では支援艦隊所属。鎮守府Aの艦娘が持ちえない航空攻撃の持ち主。戦艦霧島とともに戦場を終始かき乱す。

 

駆逐艦秋月・涼月

 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。演習試合前半では支援艦隊所属。航空機操作中は無防備になる飛鷹・準鷹を守る役目。

 

<鎮守府Aにかかわる一般人>

那珂の通う高校の生徒達

 同高校から、一年~三年、教師と大人数で見学のため来ている。生徒会からは和子が来ているため、神通は終始安心することができている。

 なお、メディア部の井上は提督に頼みこみ、学生の立場として撮影・記録担当。

 

五月雨の通う中学校の生徒達

 五月雨はじめ白露型担当の少女達の通う中学校からも見学目的で十数人が来ている。

 

不知火の通う中学校の同級生2人

 不知火の中学校からは、彼女の友人兼艦娘部のメンバーが二人来ている。

 

提督の勤務する会社の社員

 西脇提督と同じ会社に勤務する社員も数人来ている。西脇栄馬という先輩(後輩)が関わる艦娘世界とはどういうものかを興味本位で見に来ているとかなんとか。

 

ネットTV局のスタッフ達

 縁あって鎮守府Aとつながりを持った。ネットテレビ局。今回は演習試合はじめイベント全体の撮影・広報役。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

試合開始

 先陣を切るのは誰か?空気を制するのは誰か?最初に沈むのは誰か?神奈川第一鎮守府の艦娘達との演習試合の火ぶたが、ついに切って落とされた。


 15時。9月中旬の検見川浜の海上。真夏を過ぎているとは言え日差しはまだ強く、海面の照り返しで発生する熱気で、艦娘たちは黙って立っていても体力をジワジワ奪われる。

 堤防に沿って座ったり寄りかかっている見学者も、降り注ぐ日差しは辛いものがあるのか、観戦する態度に愚痴を交えている。

 

 そんな中一人元気なのは、那珂の高校のメディア部副部長の井上だ。彼女は提督から試合撮影用のドローンの操作を一機任された。明石指導の下、彼女は事実上の鎮守府公認として試合の撮影を担当することになった。

 明石から操作や注意事項についてのレクチャーを受けた彼女は、見学者の同級生に自慢げに見せたり説明していた。

 

 堤防に沿って並ぶ見学者の列の後ろに、提督と明石、そして神奈川第一の鹿島が並んで立っている。

 提督が合図を送ったことで見学者のざわめきはフッと静まり返る。

 

「それではこれより、神奈川第一鎮守府と弊局、千葉第二鎮守府との演習試合を始めます。判別しやすくするため、弊局の艦娘には右肩に赤いワッペンを付けさせました。それからドローンでの動画撮影も行います。映像は皆さんの前の堤防に置いたテレビと、動画として○○という動画配信サービスでリアルタイムで公開していますので、もし距離があって見づらいという場合はお手持ちの携帯電話やタブレットでそちらのサービスにアクセスしてご覧ください。撮影は○○TVの方々、それから○○高校メディア部の井上さんにご協力いただいております。」

 

 視線が集まったのを受けて、紹介されたTV局の社員らは全員に会釈を、メディア部の井上も遅れてペコリと会釈をして挨拶とした。

 

 そして全員の視線は、提督の案内の言葉の前に自然と正面の海へと向いた。その目の前約50m先の海原には、総勢24人の艦娘がまもなくの試合開始を身体をウズウズさせながら待ち望んでいる。

 提督はメガホンを手にし、拡声させて全艦娘に合図をした。

「それでは……始め!」

 

 

--

 

 工廠についた那珂たちは各々の艤装を格納庫から出してもらい、出撃用水路の前で装着した。普段は誰かしら喋って出撃前の空気を和らげようとするものだが、この時は全員そうしなかった。そんな心境ではなかったからだ。

 

 初めての本格的な対人演習試合

 

 自分たちの力量を客観的に計る良い機会だが、その実力の無さ、いたらなさもわかってしまう。また、そのことを相手に知られてしまう。

 ネガティブな感情を混じえては同調率に影響があるため、各々口には出さないが負の感情を払拭せんと心の中で意識して気合を入れる。

 緊張感に包まれる空気の中、全員が工廠から湾に出た。自然と那珂と五十鈴を先頭に複縦陣ばりに並んで湾から河川を進み、そして海へと出る。

 

 神奈川第一鎮守府の艦娘たちはすでに海に出て、所定の位置で陣形を組んでいた。那珂たちは相手から150m離れた位置で立ち止まり、円陣を組んだ。

 那珂が音頭を取った。

「それじゃあ皆。決めたとおりの陣形になるよ。」

「はい!」「……はい。」

「えぇ。」

「っぽーい!わっかりました~!」

 川内・神通・五十鈴・夕立に続いて残りのメンバーも返事をする。

 そして全員の声を聞いた那珂はいつもの軽調子で五十鈴に言った。

 

「それじゃー旗艦様五十鈴ちゃん様にお返ししま~す。」

 どういう茶化しが混じっているのか一瞬構える五十鈴だが、さすがの那珂もこういう空気ではきちんとしていると捉え、促されるまま全員に声を掛けた。

「はいはい。旗艦として言っておきます。とにかく敵を撹乱すること。それにともなってなるべく直接的な被害を抑えること。細かい立ち回りを忘れたならそれだけでいいわ。時間制限があるのは助かったわね。時間内に生き残りましょう。」

 五十鈴に続いて妙高も口を開いた。

「第一艦隊の皆さんを助け、全員残れるように致しましょう。支援艦隊の旗艦の私からはこれだけです。」

 

「それでは皆、行くわよ。暁の水平線に勝利を。」

「「勝利を。」」

 

【挿絵表示】

 

 五十鈴の掛け声による聞き慣れたセリフが響く。全員最後の単語を放ち、深く頷いて心に刻んだ。

 そして那珂たちは散らばっていき、決めた通りの陣形に並んだ。

 

 

--

 

 提督の声による試合開始の合図が響いた。最初に動いたのは隼鷹と飛鷹だった。彼女らは肩からかけていたバッグから紙を取り出し、くしゃっと丸めた後振りかぶった。

 それらは、瞬時にホログラムを纏い航空機状になって飛んでいく。

 

 ブーン……

 

 那珂たちは一瞬身構える。しかし、飛んできたそれらは海面に向かって何かを撃つようなことはせず、くるりと回ってすぐに隼鷹と飛鷹の元に帰っていく。

 何をしたかったのか、身構えつつも全員が呆けていると、近接通信で神通が全員に言った。

「敵の偵察です。私達の陣形を把握されたものと思われます。」

「そっか。うちらはあっちの編成教えられたから知ってるけど、あちらさんは知らないんだっけ。」と那珂。

「そのハンデが効いてるうちに行動ね。よし那珂、長良、前進よ。途中で二人からは私達四人は離れるから思いっきり撹乱してちょうだい。」

「「了解!!」

 

 五十鈴の指示で那珂と長良が動き出した。この海上において、初めて移動をした艦娘となった。

 

 那珂は隣りにいる長良に視線を向ける。長良も自然と那珂に向いた。

「それじゃあ長良ちゃん。一緒にいこ?」

「ウン!」

 

 那珂は姿勢を低くしてかがみ、ダッシュの体勢を取る。長良は那珂を見ながら同じく構える。

「とっつげきぃーーーー!!!」

「げきぃーーー!!」

 

 ザッパアアアアァァ!!!

 

 那珂は瞬間的に速力を最大区分のリニアまで上げて高速に突撃し始めた。長良も負けじと並走する。その突然の動きを見て、向かいにいた天龍は一瞬呆けるも、すぐに鋭い目つきに戻った。

 そしてニヤリと笑みをこぼした。

「へっ。待ってたぜ那珂さん。初っ端からあたしと戦ってくれるなんて嬉しいじゃんか。おっしゃ!龍田、それにガキども、行くぜ!!」

「……!」

「ち、ちょっと待ってよ天龍ちゃん!鳥海姉さんからの指示はぁ~~!」

 天龍の反応に焦る龍田と雷。しかし二人の心配なぞすでに気にしてない天龍はダッシュして離れていく。

 そんな振る舞いの旗艦に暁、響、電たち残りのメンバーも焦りを瞬間的に沸き立たせる。

「あぁもう!天龍ったら! 霧島さんの危惧してたとおりになったわ!響お願い!」

「了解。」

「はわわ!作戦がぁ~~!」

 

 暁の指示で響は速力を高めて暁たちから離脱した。

 那珂に応戦する形でダッシュした天龍と、彼女を心配してついていった駆逐艦響。呼応する形で両艦隊の二人がぶつかることになった。

 

 北

西 東

 南

                              

 川内  夕立       長良              雷

                  天龍   龍田 暁 電

五十鈴 不知火         那珂        響    

 

「那珂さあああぁーーーん!!!」

「天龍ちゃーーーーーん!!!!」

 

 天龍は兵装の剣を構える。柄部分には副砲が内蔵されており、ようは銃剣である。そのため天龍担当となった少女たちの戦い方は、接近戦・遠距離戦ともにこなせる。神奈川第一の天龍もまた、臨機応変に切り替えて戦えるテクニックを得ていた。

 対する那珂は砲撃のみのタイプである。そのため天龍と接近戦をするつもりは毛頭なかった。

 

 天龍とぶつかる数秒前、那珂は速度を上げて長良の先をゆく。長良は那珂の動きの意味をよく知らなかったが、普段のスポーツの試合を思い出し、想像して自然と那珂の右隣に移動する。二人の列は逆転した。

 そして、那珂は北、左上空に向けてジャンプすべく海面を思い切り蹴りその身を飛翔させた。

 

「!?」

 

 軽々と天龍を飛び越え、その先に呆然と佇んでいる龍田ら残りのメンバーを狙いにかかる。那珂の突然の動きに天龍は驚きつつも、剣を背後に振り向け素早く那珂の方向に定めて撃ちだした。

 

「っと、させるかよ!!」

ドゥ!

 

「きゃっ!」

 

 那珂は龍田らを狙うべく構えていたため、すでに通り過ぎた天龍に対しての警戒心がなくなっていた。そのため気づかなかった。天龍の剣に砲撃能力があることを。

 結果として那珂は天龍の砲撃を食らうことはなかったが、かすめた拍子にバランスを崩し、失速して着水した。

 

ザッパァーン!!

 

 

--

 

「那珂ちゃあん!」

 那珂の行動を横目で見ていた長良は那珂が被弾したと思い、速度を若干緩めて那珂に駆け寄ろうとする。その時、響と相まみえた。

「行かせないよ。」

「うわっ!うわうわ!」

 

ドゥドゥ!

 

ベチャ!ベチャチャ!

 

 響は無警戒に自身を横切ろうとする長良を捉えて近距離で撃ち込んだ。長良は完全に響に警戒する考えなどなかったため、彼女の砲撃をモロに食らってしまった。のけぞって進む方向を北北西280度に変えてしまった長良を、バックステップして速力を殺した響の二度目の砲撃が襲う。

 

ドゥ!

 

「きゃー!!」

 スピードを調整しきれなかった長良は背後から砲撃を喰らい、被弾判定で小破となった。

「あなた、まだ実戦ないのかい?敵の目の前を無防備に通ろうなんてひどい油断だよ。私も甘く見られたものだ。」

 響は被弾の拍子に転んで水没しかけた長良を見下しながら静かに言った。長良は背後に響の視線を受けてビクビクしながらゆっくりと立ち上がって体勢を立て直そうとしていた。

「うぅ……ペイント弾ってけっこー痛いじゃん……。」

 

 

--

 

「つぅ……しまったぁ~」

「へっ、那珂さん覚悟ー!」

 

 那珂を追撃すべく大きく方向転換した天龍が向かってくる。那珂はすぐさま海面から立ち上がり、進む先を龍田らに戻す。しかし背後からは天龍、正面向かう先からはついに龍田達も動き出そうとしている。

 那珂の誤算だったがしかし焦りはすぐに消える。

 

「おらぁ! 覚悟!!」

 

シュン

 

ガキィイイイン!!

 

「んなっ!?」

「天龍ちゃんの剣の対策をしてないと思った?」

 

【挿絵表示】

 

 剣をおおきく振りかぶって那珂のコアユニットのパーツに振り下ろそうとした天龍の剣は、カタパルトたる鋼鉄製のレーンで防がれた。

 それはまるで剣同士がぶつかる様だ。

 那珂の左腕3番目の端子に装着された発着艦レーンは見事に天龍の剣を防ぎ、金属同士がぶつかり削れる不快音を発していた。

 その音を聞きながら天龍は不敵な笑みを浮かべる。

「……へ、嬉しいぜ。嬉しいじゃねーかあぁぁ那珂さん!!!」

「それは……どーも!」

 

ガキィン!

カキン!カキン!

 

 天龍の剣さばきと那珂のレーンさばきが激しくぶつかり鍔迫り合いを始める。天龍はもう目の前の好敵手との戦いにしか興味が向いていないが、那珂は違った。

((これでどうにか天龍ちゃんの足止めに成功した……かな。後はあたしの意図を五十鈴ちゃんたちが察して動いてくれるかだけど、合図くらいはしないとまずいかな?))

 

 天龍の剣をさばきながら、那珂は頭の片隅で考えていた。そこで那珂は右腕4番目に取り付けた機銃で、未だ動かない五十鈴たちがいる方向を撃とうと考えた。身体の向き・天龍の位置的に、天龍を狙って撃ったとも取れる立ち位置になって撃つ。戦闘の事運びにおいてまったく不自然ではない。

 そう決めた那珂は、一度天龍の剣を大きく弾いてバックステップで後退し、天龍が自身の左側に立つようわざと誘い込んだ。

 

「そりゃーー!」

「……はっ!」

 

ガガガガガガガ

 

「うわっとと!!?」

 

 那珂は左腕を斜めに構えて剣を持つポーズをしつつ、右腕を左前腕の下に配置し、右腕4番目の機銃で天龍のいる方向へ発射した。

 想定通り天龍には避けられたが、その先にいる五十鈴たちの方向に飛んでいくことも確認できた。続いて二回目の射撃。

 

ガガガガガガガ

 

今度の狙いは合図の意味を込めて撃つ。

 

ガガガガ

ガガ

 

ガガガガ

 

 

 特段信号にもなっていない撃ち方だ。しかし、味方にだけ意味があると思わせるのが目的である。那珂は五十鈴が察してくれることを願った。

 

 

--

 

 前方で那珂と長良が激しく動き、それぞれ被弾しかけてるのを目にした五十鈴たちは、動かずに見ていた。那珂らが撹乱するという最初の作戦を忠実に実行させようとしていたため、そして実際に艦娘相手の戦いにタイミングを慎重に図りすぎて動けずにいたのだ。

 そのとき、那珂が不自然な射撃を放ってきた。

 

「な、何あの那珂さんの射撃? ぜんぜん外してるっぽい。」と夕立は見たままを口にする。

「何か意味ありげ?」川内もよくわかっていない。

「……皆動くわよ。」

「作戦?」

 五十鈴の指示に不知火が眉をひそめて単語で質問する。

「えぇ。見てみなさい。後方にいる龍田さんたちが動き始めているわ。那珂だったら上手く切り抜けられると思っていたけど、意外と相手はやるみたい。多分、那珂でもあの5~6人に囲まれたら危険だわ。もう少し近づいてから二手に分かれてあの二人を援護するわよ。いいわね!?」

「「「了解。」」」

 

 五十鈴の指示に三人とも素早く返事をした。同意を得られた後、五十鈴は後方にいる妙高らに通信した。

「これから那珂たちを援護しに近づきます。妙高さんと神通は作戦通りお願いします。」

「了解致しました。」

「……了解です。」

 

 

 支援艦隊の二人に指示を出した後、五十鈴は前にいる駆逐艦二人に合図を出してゆっくりと前進させた。続いて自分と川内も速力を徐々に上げていく。

 五十鈴たちが那珂と天龍のぶつかり合うポイントに近づくのに呼応するかのように、龍田たちも接近していた。

 

「まずいわね。長良がやられてる。川内たちはそのままの速度で那珂を援護射撃。私と不知火は速力リニアで一気に近づくわよ!」

 

 五十鈴がそう口にした状況。前方では長良は反撃できずに響の砲撃を一方的に食らっていた。五十鈴は不知火が頷いて速力を変える仕草をしたことを確認する間もなく、自身も速力を変え前進して一気に距離を詰め始めた。

 

 長良は動くたびに響から背後ないし脇めがけて撃ち込まれる。速力を変化させる操作なぞ混乱している彼女には到底無理だった。ただ感情の赴くままにでたらめで遅速マチマチな速力と方向への移動である。運動能力に長けるはずの彼女は艦娘の本格的な戦いの中にあっては、経験の無さが災いして完全に赤子同然だった。

 そんな彼女を目の当たりにした五十鈴は艦娘名ではなく、本名で叫び反応を返す。

「ふえぇ~ん!りんちゃぁ~ん助けて~~!」

「なg……良!! 待ってなさい!」

 

 五十鈴は不知火と並走する位置にまで速力を調整し、不知火に指で合図した。それを受けて不知火は右20度の角度へ、五十鈴自身は左20度の角度へと進む方向を変え、来る長良と響を挟み込むべく弧を描いて移動し続けた。

 かわしたくても訓練時と勝手が違い、思うように動けぬ歯がゆさと悔しさのためか、長良はペイント弾で全身をぐちゃぐちゃに汚し、泣きながら五十鈴らに合流すべく後退する。

 

「そろそろ大破判定だね。トドメを刺させてもらうよ。」

 響は長良を追撃しながらついにそう口にする。自身の主砲の威力と何度被弾させたかを明確に数えて把握していたからだった。すでに長良は全身ペイントだらけで、響の想定通りあと一発で大破判定だった。

 その時、響はやっと気づいた。自身が囲まれていることに。気づいたのは周囲から声が聞こえたからだった。

 

「そこまでよ駆逐艦。」

「不知火が、守る。」

「え!?」

 

    五十鈴

     

 長良 響

     

    不知火

 

 五十鈴と不知火は、響を左右から挟み込んでいた。そしてそれぞれの主砲を向けて砲撃の準備が整っていた。響を連れて後退してきた長良はしかしながら五十鈴たちにとってナイスな行動を自然と取っていたのだ。

 

「まさかなんのリアクションもされずに挟み込めるなんてね。何か考え事でもしていたのかしら?それとも私の大切な姉妹艦を落とすのに集中しすぎてた?」

「……五十鈴さん、撃つ。」

「えぇ!!」

 

 煽る五十鈴とは対象的に、不知火は冷静に行動を促した。呆気にとられてキョロキョロする響に、五十鈴と不知火は近距離の左右から連続で砲撃を加えた。

 

ドゥドゥドゥ!!

ドドゥ!ズドッ!!

「う、うあぁあ……!!」

 

「神奈川第一、駆逐艦響、轟沈!」

 

 堤防沿いに観戦している一同の中、提督のそばにいた明石がタブレットに映し出される艦娘たちのステータス表示から目を離さず大声で口にした。

 その発言はマイクを伝い、見学者および戦闘中の艦娘全員の耳にすぐ届いた。

 

 

 左右から砲撃を瞬間的に連続で食らった響は姿勢を崩し、海面にヘッドスライディングしていた。本人が轟沈判定を理解したのは、海面から起き上がってからだった。

 

 

--

 

「りんちゃ~ん助かったよぅ~!」

「良、大丈夫?」

 

 響を倒した五十鈴と不知火、そして長良は響が水没した位置から数m先で停止し、無事を確認しあった。長良は半泣きで五十鈴に抱きつき、自身のペイントを五十鈴に移すようにスリスリとこすりつけていた。

「あんたのステータス見せてみなさい。」

 五十鈴は半ば強引に長良の右腕を引っ張り、彼女のスマートウォッチの表示を確認する。

「ねぇねぇりんちゃん。この腕時計のこと教えてよ。艤装付けるときになんか強引に付けられてイミフなんだけどぉ~。」

「試合前にそこまで教えればよかったわね。ゴメンなさい。私達がつける腕時計……スマートウェアはね、艦娘としての私達の燃料エネルギーや弾薬エネルギー、それから耐久度を確認できるようになっているの。」

「へぇ~便利だね~。」

「今は演習だからいいけど、実際の出撃時は物理的に壊れることもあるわ。」

「ふーん。今の演習中は?」

「ペイント弾の付き方や回数によって小破~大破、轟沈を擬似的に表すのよ。今あんたは、大破一歩手前ね。それから……」

 五十鈴は長良にスマートウェアの使い方を教えた。悠長に教え続けることはできないので、早々に打ち切ろうとすると、丁度不知火が中断を迫ってきた。

「……二人共、復帰。」

「あ、ゴメンなさい。それじゃあ行きましょう。」

 

 お喋りを止め、五十鈴たちは戦闘中の那珂たちに近づくべく移動し始めた。

 ちょうどその時、前方から響が海面に顔を出し、ザパァと水しぶきを静かに起こしながら立ち上がろうとしていた。

 五十鈴は通り過ぎる最中停止し、響に声と手を差し伸べた。

「大丈夫?ホラ掴まりなさい。」

「……敵の手は借りないよ。子供じゃないんだし、一人で立てるよ。」

「あらそう。それじゃあお疲れ様。」

 五十鈴はそう口にして響から通り過ぎ、彼女を一人にした。

 その後響が誰かと通信しているのを耳にしたが、五十鈴は長良・不知火とすぐにその場を離れたため、その内容までは聞き取らなかった。

 

 

--

 

「……響、轟沈!」

 

 メガホンを通して、それから各自のスマートウェアの通信機能を通じて艦娘全員にはっきりと知らされる、最初の轟沈。その対象者が神奈川第一の艦娘ということで、同鎮守府の艦娘たちの間には動揺が走り始めた。

 まだ遠く離れた龍田達、それから後方にいる霧島達は口々にざわつく。

 そのような中、唯一平然としているのは天龍だ。

 

「ねぇ天龍ちゃん。そっちの響って娘が轟沈だってさ。」

「……あぁ、そーみてぇだなぁ。だからどうした?」

「番組の内容を一部変更してお送りします~みたいなことはしないの?」

 

シュッ

 

カキン!ガキン!

 

 天龍はバックステップで2~3歩距離を空け、一旦那珂から離れてから続けた。

「は、なんだそりゃ? あいつが大破してて助けて~ってなら気にしたけど、轟沈は轟沈だ。それよりもあたしは目の前のあんたを倒すことに専念する!」

 

 姿勢を低くし、主機に念じてロケットスタート状態で那珂に突っ込む天龍。

 

カッキィィーン!!

 

 天龍の刃を那珂は身体のかわしと、剣代わりのカタパルトでいなしながら言葉を返した。

「天龍ちゃんはまっすぐだね~~。羨ましいな。」

「そっかぁ? あたしにとっては那珂さんのほうが羨ましいぜ。」

「あたしそんなに自分のこと見せたつもりないんだけどなぁ。天龍ちゃんはあたしのどこが羨ましいと思ったの?」

 

 素朴な疑問。那珂は尋ねてみた。

「んーーーと。そっちの仲間たちからすっげぇ慕われてそうなところ。あと発想力。あんたのいちいちの振る舞いがな、ちょっと見ただけでわかるんだ。わかりやすいんよなあんた。なんっつうのかなぁ? 隠しても隠しきれてないって感じか。」

「隠しても隠しきれてない……。」

「それにあんた、結構目立ちたがり屋だろ? 隠そうとしているんだけど、実際はあたしを知って!注目して!って隠そうともしてない。違うか?」

 

 天龍の言葉は、那珂の心臓を鷲掴みにして揺さぶった。天龍とはこれまでわずかな交流を数回しかしていない。それなのに自身のことをさも古くからの友人のように捉えて評価するとは。

 自分自身が甘いのか、それともこの天龍に人を見る目があるのか。どちらに原因があるのか考えようとしたが、今はそれどころではないと那珂は思考を瞬時に現実に戻す。

 一応天龍には反応を返さないといけないので本音を飲み込んで彼女を満足させそうなセリフを口にした。

「おおぅ! 天龍ちゃんあたしのことをわかってるじゃん!なんかお友達になれそ~。」

「え、あたしら友達じゃなかったのかよぉ! てっきりあのこっそり飲んだときからもう友達って思ってた……ぞ!」

 

カキン!

 

 剣を横に振りかぶり、薙ぎ払う天龍。それを那珂はカタパルトでスピードと威力を殺しながら言葉と砲撃で返した。

「ゴメンゴメン冗談。あたしもあの時から友達って思ってたよ。だからこーして天龍ちゃんの相手をしてるんだし。」

 

ドゥ!

 

「嬉しいねぇ。やっぱ那珂さんとは気が合いそうだ。どうだい、いっそのことうちの鎮守府に来る気はない?」

 天龍は薙ぎ払った剣の返す勢いで、那珂の砲撃を再びなぎ払ってペイント弾を弾き落とす。

 那珂は一旦距離を取り、天龍の誘いに言葉を再びの砲撃で返した。

「それはゴメンこうむるね~! あたしの身も心も西 脇 提 督 のもの! 提督がのぞむならあたしは鬼にだってなりますよ~。とはいえ、今回は提督の考えは却下。あたしは自分たちの作戦を優先させるけどねぇ~。」

「そっか。そりゃ残念だわ。」

 天龍は那珂の台詞の後半には特に気にせず、自身の問いへの回答だけに反応した。天龍の反応と自身、そして天龍の背後の者達との立ち位置を確認した那珂はようやく自分たちの作戦に戻るべく、天龍に告げた。

「だからぁ、そろそろ天龍ちゃんとの一騎打ちは終わり。それーー!!」

 言うが早いか、那珂はジャンプしてその場で方向転換し、天龍に背を向けて急速に離れた。そして自身のスマートウェアで後方に通信した。

 

「ちょ、待てよ那珂さん!!」

 天龍は好敵手の突然の行動に激昂し、追いかけようと移動のための速力調整をし始めた。その時、天龍を後方から襲うものがあった。

 川内と夕立である。

 

 

--

 

 五十鈴の指示を受けて川内と夕立は針路を10~11時の方向に緩やかにずらし、東北東のポイントで接近戦をしている那珂と天龍の元に急いだ。

 川内は砲撃と離脱を同時にできるよう、夕立に一旦並走してこれからの行動を話した後、また夕立の背後へと戻った。

 川内が図ったタイミングは、那珂がこちらを向き天龍が背後を見せた時。

「敵を狙う場合、背後から狙うほうがダメージアップするんだよね。それから味方が向こう側にいて挟み込む形だと、なおのことダメージアップなのさ。」

「へぇ~~川内さんさすがぁ!あたしちゃーんと覚えておくっぽい!」

 川内のゲーム由来の戦術知識に、夕立は一切疑問疑念を挟むことなく素直に尊敬して従う。ことこの状況においては、川内のゲーム戦術と夕立の素直さは、強力な存在となった。

 

ザ……

「二人とも。後は頼んだ!」

 突然川内は通信を受けた。その声と目の前の人物の行動に気づいた川内は夕立に小声で促した。

「(いまだ、夕立ちゃん!)」

「(うん!)」

 

 川内と夕立は正面向いて撃つということをせず、それぞれの右斜め前、1~2時の方角に向かって撃つように位置取り体勢と装備を持ち替えた。移動はひたすら東北東に向けてだ。

 

ドゥ!

ドゥ!

 

 まずは夕立の砲撃。続いて間髪入れずに川内の砲撃。二人から放たれたペイント弾が緩やかな弧を描いて向かっていく。

 狙いは天龍だ。

 

ベチャ!

 

「うあ!」

 

二人の2時の方向に飛んでいったペイント弾は、夕立のこそ当たらなかったが川内のそれが天龍の背中の艤装に付着した。軽巡洋艦の砲弾と距離と風向き等が計算され、天龍の艤装に擬似的な衝撃が走り、それは装着者たる少女の全身にも伝播する。

 

「だ、誰だ!?」

 

 天龍が振り向く。それと同時に夕立と川内は天龍の視界から逃れるべく速力を上げて当初の方角より北寄りに進んで離れた。天龍が向いた先には離れたとはいえ二人の存在しか確認できないため、誰が攻撃してきたか彼女は容易に想像できた。

「くっ、あいつらかよ。小賢しいな!」

 

ドゥ!ドゥ!

 

 天龍は剣の柄の先を川内らに向けて副砲で砲撃する。しかし性能的にも距離的にも集中して狙わないと当たらないため、単なる見せかけの応戦でしかない。

「ちっ、まぁいいや。……って、那珂さんもうあんなに離れたのかよ!」

 天龍は川内たちへの反撃を諦め、欲望の赴くままに再び刃と砲を交えるべく踵を返して那珂を追いかけ始めた。

 

 

--

 

 天龍の反撃から完全に逃れた川内と夕立は移動しながらこの後の動きを決めた。

「よし、なんとか天龍さんの攻撃範囲から逃れたみたいだ。夕立ちゃん、右に回頭するよ。」

「え、え? どーいうこと?何をするっぽい?」

「つまり東に回り込んで那珂さんと合流するんだ。三人なら色々立ち回れる。それに那珂さんがあのまま一人になってるのはどう考えてもまずい。」

「那珂さんならてきとーにやってても勝てちゃう気がするっぽい。」

「アハハ……まぁその意見には賛成。だけどパーティーメンバーなんだから協力しないとね。シミュレーションゲーでもメンバーはある程度距離を置きながらも固まってたほうが攻略しやすいのよ。」

「へ~さすが川内さん!それじゃあたしたち急がなきゃいけないっぽい?」

 夕立の言葉に川内は頷く。

 夕立を先頭として、二人は比較的緩やかな角度で弧を描いて回頭し、針路を北西から北東、東、そして南東に向ける。天龍の攻撃範囲から逃れるためにだいぶ進んでしまったため、那珂の近くに行くまで時間と距離がかかる。そのため二人は速力を上げて進んだ。

 

 

--

 

 そんな二人に反撃をしようとしたのは天龍だけではなかった。那珂を目指していた川内と夕立がようやく針路を南に向けて進んだ直後、今まで聞いたことがない轟音を聞いた。それはまるで雷に打たれたと表現しても遜色ない砲撃音だ。

 

ズドゴアアアアアァァーーーー!!!!

 

 スピードに乗っている艦娘は急には止まれない、急な方向転換はできないこともないが艤装のバランス調整の限界を越えると普通に転ぶ可能性があるため滅多なことではしない。

 轟音を聞いた瞬間、川内と夕立は海面が激しく波打つのを見た。しかし何が起きたかまでは二人は想像しきれなかったためそのまま進む。しかし気づいた時から1秒以内に、二人はまるで衝撃波を食らったかのように瞬時に吹っ飛んだ。

 飛来したのは、極大のペイント弾だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

那珂と川内の奮闘

突然真っ白い衝撃を受けて吹き飛んだ川内と夕立。一方で天龍と鍔迫り合いをしつつ戦況を伺う那珂。優位に運ぶどころか、鎮守府Aのメンツはさらに敵艦隊の強さを垣間見るハメになる。


バッシーーーーーーーーーーーーン!!!!

 

「うわあぁぁぁ!!!」

「きゃあああああ!!!!!」

 

 

 ペイント弾とは思えぬ激しい炸裂音が鳴り響く。川内と夕立は綺麗に揃って吹き飛び、3回4回と海面を転がっていった。ようやく衝撃と横転が止まり、沈みかけたその身を主機の浮力をフル稼働させて起こして海面に立ち上がる。

「……つぅ~。夕立ちゃん、大丈夫?」

「……うえぇ~~~ん! 痛い~~~!」

 夕立は初めて食らった戦艦の砲撃の衝撃に思わず泣きじゃくり始めた。川内とて戦艦の砲撃を食らうのは当然初めてだが、理解が及ばないので泣き出すほど感情を沸き立たせられないでいる。

 二人共耳から脳にかけてキンキンと響いて頭痛がひどい。吹っ飛んで海面に激しく打ち付けたせいなのか腰も痛い。食らったのが戦艦の砲撃だったのかは、自身と夕立の全身を改めて見てようやく気づいた。全身が真っ白に染め上げられていたからだ。

「な、何が起きたの一体。うわっ! あたしも夕立ちゃんも真っ白。食らったのってほ、砲撃なのかぁ……。」

「えぐっ、えぐっ……うえぇーん!」

「ゆ、夕立ちゃん、泣かないで。まだ轟沈判定出てないんだかr

 

「千葉第二、駆逐艦夕立、轟沈!」

 

 川内が夕立を慰め鼓舞しようと声を掛けてる途中で明石の声で判定が発表された。それは二人にとって、たった今食らった砲撃よりも強い衝撃だった。

 

「な……!?」

「えぐっ……あたし、轟沈っぽい?」涙声で夕立が尋ねる。

「ま、マジか……一撃で轟沈って。こんな強い砲撃してくるってことは、あっちの軽巡いや、それ以上ってことだよね……?」

 川内がペイント弾の飛んできた方向を見定めるが、吹っ飛んできたためにすでに方向がわからない。誰か仕掛けてきたのか、川内は必死に考える。

 あの威力は駆逐艦や軽巡洋艦のものではないことはさすがにわかる。そして敵の編成を思い出す。

 ただ一人、当てはまりそうな人物がいたことを思い出した。気に食わないやつ。神奈川第一の中で天龍と暁たち以外に唯一面識があるその人物。

 

 霧島だ。

 

 偉そうに講釈たれてあたしを試すように口を利いてきた。那珂さんからの又聞きだと、戦艦艦娘と言っていた。戦艦の砲撃の威力がどのくらいなのかわからなかったが、今さっきのアレが戦艦の砲撃ならば、なるほど、仕掛けてきたのはヤツしかいない。

 

 川内が張り巡らせて想像した内容は正しかった。那珂に合流することしか頭にない二人めがけて、神奈川第一の支援艦隊の霧島が自身の長口径の主砲から援護のための砲撃を放ったのだ。

 

「うぇ~ん川内さぁん。あたしもうこれ以上戦えないっぽい?」

 轟沈判定を受けて、夕立が猫か犬のようにすがりついてくる。川内は夕立の頭を撫でながら、その視線はその方向にいるかわからない霧島を睨みつけるべくキョロキョロする。

 

「大丈夫。夕立ちゃんの仇は絶対あたしが取ってやる。」

「ゔん。ところで川内さんはだいじょーぶ?」

「え?」

 夕立に心配され、川内は自身のスマートウォッチでステータスを確認した。

 

 

 大破

 

 

「うえっ!? あたし大破なの!?」

「うー、川内さんも後ちょっとで轟沈っぽい。絶対ヤバイよぉ~。」

 事実を認識するや夕立は不安の色を表情にさらに濃くにじませる。川内は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるが、まだ諦めない気持ちで心中は占められている。

 霧島を絶対に許さない。

 大破だろうがその怒りだけで川内は十分動き続ける気マンマンだった。

 

 大破と言っても身体的にはとくにペナルティは課されない。あくまで艤装の健康状態の評価のみであるからだ。だから大破・轟沈状態でも動けるのが演習モードの艦娘たちである。

 しかしそれでは実戦のシミュレーションにならない。だから演習試合では大破の者は動きを鈍くする・一定の速力を出さない、轟沈したら戦場から即時退場などのルールを設ける。それに則って艦娘たちは動こうとする。

 それを破る者は運用上許されないものとして提督、あるいは各鎮守府で設けられる監督官や教育の講師担当の者にこっぴどく説教される。プラス他の艦娘からもお前空気読めと信頼を失いかねない。

 

「大破だろうが、なんとかしてやる。だから夕立ちゃんはもう下がってて。」

 そう口にした川内は怒りで歪ませた顔を夕立に見せないように立ち背中で語る。そしてかかってきた通信に乱暴に答えてすぐに切ると、背後にいた夕立の一声すら無視し、激しい航跡を立ててダッシュし始めた。

 

「そりゃああーーーーー!!!」

 

 叫びながらダッシュした後、その場には嗚咽をようやく収めた夕立だけがポツンと残るのだった。

 

 

--

 

 那珂は天龍から離れ、改めて標的を龍田ら残りの敵に定めた。天龍には川内と夕立が迫っていることから、一言の指示で気を引いてくれるだろう。そう察して那珂は一路東へ進む。

 対する東からは龍田・暁・雷・電が迫ってきていた。

 

 

「はわわ!あの人こっちに来るのです!」

「落ち着きなさい電。こっちは龍田ちゃんもいるし、数も多いわ。」

 向かってくる那珂を見て口調でも態度でも慌て始める電。それを雷が励ましてフォローする。そんな雷の言葉に龍田と暁は頷かない。それどころか、那珂に対して険しい視線を送る。

 その態度に違和感を持った雷が二人に問いかける。

「どうしたのよ二人とも。」

「いやあね、あの人、あっちの川内の言ってた軽巡洋艦那珂だったよね~って思い出してさ。川内の言ったことを思い出したら、あの人相手にするのヤバイんじゃないかって思ったの。……もしかして龍田さん、何か知ってる?」

「(コクリ)」

 暁の想定と問いかけに龍田は無言で頷いて、3秒ほどしてから口を開く。

「合同任務で……見たからわかる。那珂さん、相手にしたらまずい。それにあの人は、突飛な動きで翻弄してくるって、霧島さんや加賀さん、那智さんたちも言ってた。」

 

「「えぇ!?」」雷と電が同時に驚きの声を上げる。

「で、でも私が館山の時に一緒になったときは普通の指揮っぷりで特別飛び抜けて強そうとは思えなかったけど……。」

 館山イベントの当時緊急の出撃で一緒になった雷は那珂のことを思い出すように語る。やや楽観的な雷とは違い、暁は慎重に状況を捉えて龍田に尋ねる。

 

「龍田さん、どうすればいい?響はやられちゃったし、天龍ちゃんはちょっと頼れないわ。」と暁。

「(コクリ) ここは鳥海さんの指示通り、私達は距離を保って砲撃。敵……特に絶対那珂さんに近づかせない。」

「「「了解!」」」

 

 実際の艦船では単縦陣で敵艦隊を狙うが、艦娘においては砲は横向きでも正面でも自在に向けられる。そのため、陣形と砲撃の効果は状況によってマチマチだ。神奈川第一の龍田たちは艦隊の配置上は単横陣になりながら正面に向けて一斉に主砲を構え、向かってくる敵、軽巡洋艦那珂を捉えた。

 

 那珂は正面の相手が砲を構えたのを目の当たりにした。かわすのは難がないが、距離と立ち位置的に回り込むのは厳しそうと判断した。

 まずは相手の出方を待とう。

 そう考えて単横陣で並ぶ龍田にまっすぐ向かうのを一旦止め、針路を北向きにし横切って距離を保つことにした。

 ほどなくして龍田らが遠距離から砲撃をし始めた。

 

ドゥ!

ドゥ!

ドドゥ!

ドゥ!

 

 那珂は龍田らの砲撃を難なくかわしつづけるが、想定したとおり那珂の向かう先を予測して撃ってきているため、距離を詰められない。詰めること自体は問題ないのだが、前進しながら余計な動きをしてかわしてスキを作りたくない。後方にはせっかく真っ向勝負から逃れた天龍がまだくすぶっているのだ。

 

 

--

 

 その時、龍田たちのはるか後方から轟音が鳴り煙と熱風が波状に広がり、海面から1m上を何かが通り過ぎた。

 一瞬のことだったので那珂は何が起きたかすぐにはわからなかった。が、刹那自身の後方で何かがぶつかる音と悲鳴が発せられるのを耳にした。移動をやめ、背後つまり西に那珂が視線を向けると、川内と夕立の二人がさらに後方へ吹っ飛んで何度も海面を跳ねている最中だった。着弾したあたりには真っ白いペイントが海面を漂っている。

 視線の端には天龍を確認した。彼女も突然の極大な砲撃に驚きを隠せなかった。同時に離れた場所から東進していた五十鈴たちも突然の轟音に驚いて動きを止めている姿も確認できた。

 

「うっひゃあ~さっすが戦艦の砲撃だ。何度聞いてもアレはビビるわ。霧島の姉御ナイス!一撃で二人を駄目にしたぜ!」

 天龍はガッツポーズを決めて喜び、川内らから視線を前方に向けた。

「さてと……次はあんただぜ、那珂さん。」

 

 那珂はその後の放送を聞いた後、視線の先の敵である天龍、それから後方の敵である龍田たちを見定めた。

 天龍の狙いは最初から自分のみ、そして、反対側の龍田らは近づいてこないところを見ると距離を置いて自分を狙っていることは想像に難くない。状況は結局変わっていない。どう立ち回るべきか那珂は考えた。

 自分たちの作戦では、敵前衛艦隊を撹乱しチームプレーをできなくさせることだ。天龍を龍田たちと引き離し、響を倒した今のこの状況は一応目的を達成しつつあると捉えてもいいだろうが、相手はまだ固まって行動しているのだ。支援艦隊もまったく油断はできない。

 那珂は五十鈴と川内に通信した。

 

「五十鈴ちゃん。そっちの状況教えて。」

「長良がほぼ大破。あと一撃でも食らったら大破確定ね。下手すると轟沈判定される。私と不知火はまったく問題なし。」

「川内ちゃんは?」

「……大破ですよ。もう通信切りますよ。あたしは絶対倒さなきゃいけない相手ができたから。」

「えっ、川内ちゃん?」「ちょっと川内?」

 

 那珂と五十鈴の心配の声掛けを無視して川内は乱暴に通信を切った。目視すると、川内は真っ白い体をしながら速力を上げてダッシュしはじめていた。

「川内ちゃん何するんだろ? あぁもう! 五十鈴ちゃん、そっちは龍田ちゃんたちを相手してくれる? 多分あの娘たち、近づかないで狙ってくる。」

「OK。ある意味艦娘の戦い方のセオリー通りでしょうね。こちらで応対するわ。あんたは?」

「川内ちゃんを支援する。あの娘が何をしたいのかわからないけど、守らなきゃ。」

「えぇ。わかったわ。後方の神通たちにはそちらを支援させるわ。通信は私に任せて那珂は動いていいわよ。」

 那珂と五十鈴は互いの通信を切った。そして那珂は前進し続ける川内に近づくべくダッシュして移動を再開した。

 

 

--

 

 川内が動き始めたのに気づいた天龍は一瞬怪訝な表情を浮かべる。

 

「あいつまだ動けるのか。ちっ。トドメをさしてやる。」

 

 川内の動きに気づいた天龍の注意を引くべく、那珂は声を上げた。

「天龍ちゃああぁーーん!!」

「!! 那珂さんか! へっ、そっちからまた来てくれるなんて嬉しいぜ!」

 

 再び那珂は天龍と相まみえるべく接近する。が、その移動の速力は速いながらも距離はすぐに詰めようとしない。小刻みに進退を繰り返す。

 やがて川内が天龍を追い抜き、那珂をも過ぎ去る。それをチラリと見た那珂は天龍から距離を空けて砲を構えた。その立ち位置はまるで川内を天龍から守るようだった。

 そしてその立ち位置と猛然とダッシュしつづける川内を一目で視界に収めた天龍は、那珂に対する好敵手心を一瞬収め、冷静に状況を見た。

「ん? なんだ……あいつ、どこに行く……気……あっ!!」

 

 天龍は川内を視線だけで追いかけて、その先を見てようやく気づいた。那珂に向けていた針路を急遽ずらし、0度つまり北気味に進むことにした。それは那珂を大きく迂回することと川内を追いかけるためだ。

 天龍の動きはある意味想定通りだった。那珂は天龍の動きに素早く対応し、行く手を阻む。

 

「ちっ、邪魔だ!どけぇ!!」

「ううん。どかないよ。だって天龍ちゃん、あたしと戦いたいんでしょ?さっき逃げちゃったからまた戦お?」

「……それどころじゃなくなった。あいつを止めなきゃ!」

 

 那珂が塞ぐ針路から数十度東にずらして進もうとする天龍。それを那珂は力を溜めた勢いによる側転で彼女の針路上に立ち、塞ぐ。天龍が別の方向に行こうとすると那珂はすかさず移動して行く手を阻む。さらに勢い良く別の方向に行こうとする事に対し、時々軽くジャンプして素早く対応することを逃さない。

 二人は何度か繰り返す。

「う~~~~邪魔だよ! どけっての!」

 何度も邪魔され、天龍は見るからに苛立ちを沸き立たせる。

 

ヒューーー……

 

ズドオオォ!!ズザバアァ!!

「うおっ!?」

 

 その時、天龍の背後に五十鈴から要請を受けた妙高が砲撃をした。飛んできたペイント弾は天龍の背後5mに着水し、水柱を上げる。妙高の命中精度は後方にいて落ち着いて狙えた分、そして五十鈴の指示を受けた神通のサポートがあった分、最初から高かった。

 思わず背後を見て、狙ってきた敵に睨みを効かせる。天龍の標的とそれに対する集中力は、完全に分散された。

 そして出来た隙を那珂は逃さない。

 自己で操作できる限界まで同調率を高めて那珂は天龍との距離を一気に、しかし静かに詰めた。天龍が再び振り向くまでのわずかな時間で那珂は天龍の数m前に立ち、全砲門から砲撃を放った。

 

ズド!ズド!ズドドドド!

ドゥ!ドドゥ!!

 

「うあ!」

 

 天龍は逆方向からの突然の砲撃に振り向くが、それは那珂にとって判定を一気に進めるには十分すぎる遅い反応だった。

 やがて那珂はトリガースイッチから指を離し、構えた両前腕をゆっくりと下ろして口を開いた。

「よそ見したらダメだよ、天龍ちゃん。まだまだ甘いなぁ~~。」

「くっ、な、那珂さんてめぇ!?」

 全身真っ白に染めた天龍がその後に言葉を続けようとしたその時、明石の声が響いた。

 

 

「神奈川第一、軽巡洋艦天龍、轟沈!」

 

 

 判定を耳にした天龍と那珂。二人の間には数秒沈黙が流れる。そして最初に口を開いたのは天龍だった。

「な、なんじゃそりゃーーーー!!!!?」

 天龍の絶叫が響き渡った。那珂はそれを見て左手で口を抑えてクスクスと失笑する。

 

「あ、あたしは……那珂さんと、戦うっつっても……こういうのは。あ!それどころじゃ!くそ!」

「あ、ダメだよ!!もう轟沈したんだから!」

 轟沈判定を受けてもなお前進しようとする天龍を那珂は両腕を横に伸ばし通せんぼして阻んだ。天龍は那珂から改めて轟沈の言葉を聞かされ、ようやく現実のものとして受け入れそして愚痴を吐いた。

「ちっくしょー!やられた!那珂さんにやられた!」

 天龍は何度も海面で地団駄踏む。海水が跳ねて散らばり、彼女自身の足を濡らす。そんな悔しそうな天龍に那珂は促した。

「さ、天龍ちゃん、退場退場~。」

「ち、ちょっと待ってくれ。その前に龍田たちに通信させてくれ。……おい龍田、今支援艦隊に向かってるやつをどうにかしろ!後は頼んだぜ。」

「……うん。任せt……あ、ちょっと待って。あ……」

「おい、龍田? んだよ……あ、砲撃しあってる!ちっくしょ~、あれは五十鈴さんかよ!そっちにしてやられたぜ。」

 天龍が龍田たちに視線を向けると、ちょうど五十鈴と不知火そして長良が龍田達に向けて砲撃を始めたタイミングだった。龍田たちは那珂が天龍の方に向かったため、標的をどちらにするべきか決めあぐねて動かないでいたのだ。

 川内を追いかける役目を任せようとした天龍は、龍田達すら邪魔をされて悔しさを溢れさせた。そして自分たちの危機を完全に察して脱力しながら那珂に言った。

 

「ホラ行けよ。もうあたしには用はないだろ。」

「すねないでよ天龍ちゃ~ん。」

 那珂は天龍に擦り寄りながら言う。天龍は那珂の突っつき擦り寄りを振りほどいて続けた。

「もういいから! 旗艦のあたしを倒した時点であんたらの判定勝ちは確実だ。ホラ、あの川内ってやつを支援しにいけよ。あのままだとあいつ、うちの支援艦隊に返り討ちにあうぞ。」

「あ、うんうん。それじゃーまた休憩時間にね。ばいばーい!」

 

 そう言って那珂がその場を離脱して川内を追いかけようとすると、背後から天龍に最後の声をかけられた。

「あ、ちょっと待て。」

「ん?」

「あんた、あたしと戦ってるとき、本気じゃなかっただろ。」

「そんなこと……ないよ。真面目に天龍ちゃんに向き合ってたもん。」

「ちげぇ!そういうことじゃねぇ! あんたがあたしに連続で撃ち込む前! ちょーすばええ移動。後ろに気を取られてたとはいえあたし全然気づかなかったぞ。なんなんだありゃ。」

「それは~~~~ひ・み・つ。それ言ったらあたしの弱点とか色々わかっちゃうでしょ。企業秘密ですよそりゃ教えませんって。」

 那珂がおどけて言うと、天龍は興が削がれたのか肩をすくめて返す。

「そりゃそうだな。ライバルの秘密を簡単に知ろうなんざあたしも頭悪いわ。ってそんなことはどうでもいい。一番気に食わないのは……なんであたしと剣を交えた最初の頃にその本気を出してくれなかったんだ!?」

「……。」

「……ちっ、いいや。ここで問答してたら演習試合の邪魔しちゃうもんな。終わったらじっくり語り合おうぜ。いいな?」

「うん。それじゃあ行くね。」

「敵を応援するのもなんだけど、頑張れよ。あと……独立旗艦の鳥海さんはつえーぞ。気をつけな。」

 

 那珂は無言でコクンと頷いて天龍の言葉を心にしまい、長話してしまった分を取り戻すべく一気に速力を上げて海上を東進した。

 

 

--

 

 川内を追いかけて那珂は移動し始めた。結構速いぞ後輩!

 那珂は目の前を見定めた。距離は相当あったはずだが、なにせ鎮守府と海浜公園前の海だ。本気で速力を出せばあっという間に距離など詰められてしまう。

 那珂はこれまでの訓練と神奈川第一の艦娘たちから聞いた話で、演習試合に適した広さの海域に適した速力、それを理解していた。なにせ急には止まれない・方向転換など実際の船のごとく急にはできない艦娘なのだ。マジな速力を出せば演習中の海域の範囲にそぐわない移動に支障をきたす恐れがある。

 だから那珂も天龍もそして龍田たちも、敵を本気で狙うなど言っておきながら、速力は抑えていた。それはいわゆるルールなのだから。

 

 しかし目の前遙か先に行ってしまった川内は、その前提を理解していない。

 那珂はその前提のことを教えるのを忘れていたのを思い出した。本当に些細なことだし、単なる暗黙のルールだ。守らない者がいてもおかしくない。

 あの後輩の少女は教えてもきっと守るような性格ではないだろう。そうオチをつけてしまった。とはいえ川内の状態は大破。そのことを考慮しても、あまりに本気の速力を出すのはよろしくない。

 注意すべく那珂は通信を試みるが、当然川内は出ない。このまま敵陣に単身突っ込むのはあまりにも無謀だ。そして目の前では恐れていた可能性のうちの一つが現実のものとして起きようとしていた。

 

 

--

 

「霧島ァーーーーーー!あんたはぁーーーーーー絶対ぃーーーーーー許さないーーんだからーーねーー!!」

 

 喉が潰れかねないほどのヒステリックな叫びをあげながら川内は速力区分を無視して爆進する。敵の前衛艦隊から離れた敵の支援艦隊とはいえ、本気でスピードを上げて迫ればあっという間だ。

 

 

 川内の先では霧島を囲むように数人の艦娘が陣取っていた。そして霧島たちからさらに離れたところには独立旗艦たる鳥海。しかし川内の目には標的たる霧島しか映っていなかった。周囲にいる艦娘は眼中にない。

 

「うわわ!あの人突っ込んでくる!どうしよう秋月姉さん!」

「落ち着いて涼月。あなたは火網でカバーして!私は雷撃するから!」

 

【挿絵表示】

 

ドドゥ!ガガガガガガガガ!!

 

ドゥ!

ドシュ、ザブン……シューーーー

 

 二人の軽空母の護衛をしていた秋月と涼月は向かってくる川内めがけて砲雷撃する。二人の砲撃を蛇行して避け続ける川内。

 

ベチャ!ベチャ!

 しかし数発あっさりと川内に着弾し、耐久度判定をガンガンマイナスにする。

 

「うっだらああああああ!!!!」

 

 興奮状態でわけの分からない叫び声を上げながら川内は、自身の状態がリアルタイムで変化しても突撃するために速力を下げない。

 そして秋月の放った魚雷が間近で炸裂し、巻き起こった水柱とともに真横にふっとばされる。

 

ズッガアアアァァァァン!!!!

「きゃあああ!!!」

 

バッシャーーン!

「ぐっ……ちっくしょ~~~負けるかぁ……!!」

 

 水没しかけた身を起こして川内は再び速力をあげてまっすぐ突撃し始める。

 

         秋月 飛鷹        鳥海

    川内         霧島

         涼月 隼鷹

 

 

 後少しで敵艦隊陣形中枢にいる霧島にたどり着く。その時。

 

 

「千葉第二、軽巡洋艦川内、轟沈!」

 

 

 明石の声で判定の放送が響き渡る。秋月と涼月の砲撃の1~2発でついに川内の耐久度はなくなり、轟沈判定を得てしまった。

 

「ああああああああぁぁ!!!」

 

 しかし判定を得たとはいえ、スピードに乗っていた川内は急に止まれない。そのまま秋月と涼月の護衛の壁を超え、飛鷹と隼鷹の集中力を途切れさせつつ二人の間を高速で通り過ぎ、目的通り霧島に迫る。

 しかし、川内は霧島の間近で横から思い切り弾き飛ばされた。

 

ドガッ!!

「うあぁ!!」

「きゃ……えっ!?」

 

 川内が横に飛んでいったことに霧島はハッとした顔をして面食らった。そして川内を弾き飛ばした原因たる人物に視線を向ける。

「轟沈と判定されたのですよ。自分で横に飛ぶなりしてぶつからないようにしてください。他人に迷惑をかけないでいただきたいものですね。」

 左肩から上腕にかけてをさすりながら鳥海はいたって落ち着きはなった口調で弾き飛んでいった川内に向けて注意した。

 

【挿絵表示】

 

「ち、鳥海?」

「はい。ご無事ですか、霧島さん?」

 鳥海から平然と問われてさすがの霧島も呆気にとられる。

「え、えぇ。まったく問題ないわ。っていうか何もあなたがやらなくても……。私は艤装が大きいから、多少体当たり食らっても衝撃受け止められるし、なんならちょっと身体を振りかぶれば艤装で相手を物理的に弾き飛ばすことくらい訳無いわ。」

「まぁいいじゃないですか。轟沈なのに動こうとするなんてルール違反ですから、許せなかっただけです。ふぅ、少々左上腕が痛いですね。」

 左上腕をスリスリと撫でて癒やしつつ、そうにこやかに口にする鳥海。

 霧島と鳥海が声を掛け合うポイントから南に10数m、川内は前進の勢いを横に転げ回る力に勝手に変えられて何度も横転し、やがて海面に全身を打ち付けてようやく止まった。

 

 

--

 

 那珂は川内を追いかけて東へと移動中に、川内の結末を見た。突然霧島のそばに鳥海が現れ、霧島の前で川内を左肩からの体当たりで川内を弾き飛ばしたのだ。

 那珂は多少距離があって遠目であったせいもあるが、その動きをはっきりとは捉えきれなかった。

「何……今の動き。霧島さんの左後ろに急に出てきたと思ったら……。あ! それよりも川内ちゃんだ。駆け寄ってあげたいけど、さすがに敵艦隊の直ぐ側じゃなぁ~。いくらなんでもなぁ~~。」

 

 鳥海の実力の一部に驚きはしたが、それよりも優先すべきは後輩の心配だった。那珂は思考をすぐに切り替えて移動する。が、すぐにその先の危険性を察して速力を弱める。なんとなくダラダラとした歩みになってしまっていた。

 そんな那珂の動きをやはり同じような遠目で見ていた鳥海が気づいた。距離はあったが十分近接通信の有効範囲のため、那珂は鳥海から通信を受けた。

 

「そんな警戒なさらなくても大丈夫ですよ。あちらの娘に早く寄り添ってあげてください。連れて帰るまでは私たちはあなたに攻撃しませんから。それは約束します。」

「え……でも。試合中なのに本当によろしいんですか?」

「(クス)えぇ。なんたって私は独立旗艦。一番偉いんですよ?」

 その言い方と雰囲気で、那珂は鳥海の言葉を信じることにした。物腰が穏やかなのは確かだ。たった今会話しただけでもその片鱗がわかる。そして信じさせるだけの見えない圧力や威厳があると感じた。

 彼女を信じ、那珂は川内を助けに敵支援艦隊のそばまで行くことにした。

 自分は川内を助けたい。鳥海らにとってみれば敵単艦、轟沈状態とはいえそばにいさせるのはなんとなく都合が悪いのだろう。

 つまり利害が一致したのだ。どのみちこのまま距離を開けて時間を潰し、川内を見殺しにすることも出来ない。

 

「そ、それじゃー失礼しま~す。」

 

 那珂は神奈川第一の支援艦隊の数m横を通り過ぎ、川内が横転を止めたポイントについた。なぜか川内はすぐに浮き上がろうとせず、ほぼ全身を海面に浸けて大の字で浮かんだままでいた。

「立てる?」

「……頭を冷やしているんでもうちょっと待ってて下さい。」

「轟沈した人がずっとここにいるの気まずいんだよねぇ。それに髪の毛海水で傷んじゃうよ?」

「……はぁ。そういやそうですね。わかりました。」

 那珂が差し伸べたままの手を川内はようやく掴む気になり、起き上がる。尻を起点に起き上がろうとしたため一旦川内の身体はザブンと沈むが、足の艤装効果によってすぐに浮き上がる。川内は足の主機を海中に向け、全身を上手く一直線にして一気に海上に飛び出た。那珂の手を掴んだのは、飛び上がった後海面に着水する際バランスを崩しかけた時だった。

 

「うわっととと!」

「大丈夫? ってかすげー、沈めたビート板が浮かび上がってきたみたいに勢いよかったよぉ。」

「アハハ。なんかしっくり来る例えありがとうございます。」

 軽く冗談混じりに一言ずつ交わした後、那珂と川内は鳥海と霧島にペコリと挨拶し、一気に速力をあげてそそくさと離れた。

 

 

--

 

 二人は鳥海たちとも、残りの龍田たちからも離れたポイントまで移動した。そこは鎮守府側の突堤の途中だ。

 那珂は川内を気遣う言葉を掛けつつ、川内が体験した情報を得ようとしていた。

 

「ホントに大丈夫?なんかまだふらついてない?」

「そりゃ……まぁね。戦艦の砲撃をまともに受けたんだもん。仕方ないですよ。」

「離れてたし二人の前にいたから直接見てないけど、それどんな感じだったの?」

 川内はつばを飲み込み、数秒してから再び口を開いた。

「なんというか例えられませんよ。全身に強い衝撃受けて吹っ飛んでわけわかりませんでしたもん。あれ、本物の弾薬エネルギーや本物の砲弾だったら、あたしと夕立ちゃんは今頃爆発して死んでましたよ。」

「こわっ! 訓練のペイント弾でよかったよねほんっと。」

「いやまぁ、ペイント弾であっても結構マジで死ぬかと思ったんですがねあの威力。」

「戦艦の撃つペイント弾ともなると普通に凶器になるのかもね……。さてお話はこれくらいにしてそろそろあたし行くけど……一つ聞かせて。」

 雑談を打ち切って那珂は真面目な口調になり、川内に尋ねた。

「なんで、単身で突っ込んだの?」

「え……。」

 川内は那珂が急に真顔で自分を見据えてきたので怖くなり固まった。那珂は言葉なく川内の返事を待つ。

 じっと黙って待たれて川内は居ても立ってもいられなくなったのか、モゴモゴしながら言葉を紡いで出した。

「つい、カッとなって。」

「うん。」

「夕立ちゃんが、あの娘がわんわん泣くのを見てなんか、やるせない気持ちになって。それにやってくれた相手は威力ですぐに察しましたし。館山のときあたしに嫌味ったらしく説教してきたあの霧島だって。そこまで頭の中で把握したら、なんかもう……。」

「それで、気づいたらダッシュしてたってこと?」

「……(コクリ)。」

 

 那珂の再びの沈黙。川内は胃が痛くなった気がして恐々として待った。

 実際には十数秒だが体感的には数分とも感じられる間の後、那珂はため息を吐きながら言った。

「はぁ……。仲間のためってことならいいや。もし大破になったからもうどうでもいいや~ってことだったらちょっと許せなかったけどね。」

「……ほっ。」川内は胸をなでおろして安心した。

「でもね、今はチーム戦なんだからなるべく一人で行動するのはやめてね。」

「でも! 那珂さんだって天龍さんと勝手に戦ってたじゃん。なんであたしだけダメなのさ!?」

「あたしは当初の目的通り、敵の撹乱の範疇にあったからね。川内ちゃんみたいに激情に任せて勝手に行動したわけじゃないよ。そこは履き違えないで。」

「う……ずるいよ……。」

「川内ちゃんはまだ経験が足りないからわからないと思うけど、そこは毎回の訓練で自分なりの振る舞い方を確立してみて。今回のことは大事な経験と思って、自分のしたことをしっかり覚えておいてさ。注意はもうこれ以上はしないから。」

「はーい。わかりましたよ。」

 ぶっきらぼうに返す川内。那珂は川内が振る舞いはこうだが内心理解を示してくれたと想定して話を切り上げることにした。

 

「ところで一人で大丈夫? なんだったら誰か呼んでくるよ?」

 最後の気遣いをする。川内はいまだ痛みとしびれがあるのか鈍い動きで、しかし軽い口調で返した。

「えぇと、大丈夫です。ついでなんで夕立ちゃんを拾って帰ってます。」

「あ、だったら工廠に帰らないで堤防か消波ブロックの側にいて。後でみんなで挨拶とかあるかもしれないから。そのこと、神奈川第一の響さんと天龍ちゃんにも言っておいて。」

「え~あっちの人たちも誘わなきゃダメなの~?」

「そりゃま~ね。ホラ、あそこにいるの天龍ちゃんで、あっちにいるのが響さん……かな?」

「はいはい。わかりましたわかりました。」

 再びぶっきらぼうに返事をする川内に、那珂は普段調子で笑顔を投げかけ、そして離れた。

 

 

--

 

 離れていく那珂の背中をしばらく眺めていた川内は、すぐさまスマートウォッチの通信アプリを起動し夕立に話しかけた。

「夕立ちゃん、あたしのほうに来て。」

「……なんで?」

「轟沈した人は、ここらへんで待っててくれだとさ。那珂さんから。」

「うん、わかったっぽい。神奈川の人たちは?」

「あたしから伝えるよ。とにかくこっちへ来て。」

 

 夕立から返事をもらうと川内は通信を切り替え、しぶしぶながら天龍と響に接続した。

「あ~、聞こえますか? あたしは千葉第二の川内っす。」

「おう。聞こえてるぞ。」

「……はい。どうぞ。」

「轟沈した人はここらへんで集まっていてくれと、指示があったので来てもらえますか?」

「おう。わかった。響もいいな?」

「うん、了解だよ。」

 

 川内の声掛けに天龍と響は素直に従う意思表示をした。川内と夕立は堤防のそばへと移動を先にした。そこは見学者が寄りかかったり寄り添っている堤防の海側の際だ。

 川内と夕立が向こうからやってくる天龍たちと待っていると、上から声をかけられた。

 

「あっれぇ、そこにいるのもしかしてながるん?」

「え?」

 突然今までプライベートでしか言われたことのない呼び方で呼ばれて川内は上を向いた。すると、見学者の中の男子生徒2人ほどが、堤防から身を乗り出して下、つまり川内をじっと見ていた。

「……○○君、△△君。来て……たんだ。」

「うわっ、ながるんすっげー真っ白。もしかして負けたの?」

「あ~~~~、うん。アハハ。轟沈っていって、負け扱いなんだよね。」

「ふーん、俺達遠目だったからよくわかんなかったんだけど、白くてでっけぇの食らって吹っ飛んだのがながるんだったんだ?」

「そのシーン、ライブ動画の方で載ってたぜ。ちょうど画面端っこでながるんとそっちの娘が砲撃?食らって一瞬で画面から消えたんだ。」

「アハハ、しっかり見られてたんだね。あたしとしたことが、ダメだなぁ……。」

「そんなことねぇって! ながるん運動神経いいからその程度で済んだんだろ? よく頑張ったよ。後半戦も頑張ってくれよ。前みたいな明るくてよく動くながるんを見たいんだよ。」

「そうそう。2学期始まってからなんかいっそう元気ねぇから俺たち心配なんだぜ。」

「うー。ま、まぁありがとね。でもあたし轟沈したから、後半は出られないんだ。」

 

 そう口にして感情に影を落とした川内は、2~3の言葉の掛け合いを経た後、話は終わりと暗に言わんばかりにくるりと海側を向き、黙り込んだ。

 そんな川内を心配げに見つめる夕立は、その後もしばらく堤防の上と横にいる川内の両方向をキョロキョロと様子をうかがっているのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神通と五十鈴

 那珂と同じく前線を駆ける五十鈴、そして支援艦隊にいる神通はそれぞれ苦戦を強いられていた。


 前方の戦場では那珂が、五十鈴が、川内が慌ただしく動いている。

 神通は五十鈴から指示されたことを頭の中で反復してシミュレーションしていた。

 

「神通さん。その……五十鈴さんがおっしゃってた、偵察機で把握した位置の共有、お願いできますか?」

「は、はい。やってみます。」

 

 妙高の言葉で神通はふと五十鈴から受けていた指示を思い出した。

 それは、偵察機をまず飛ばす。狙いすました位置の情報を支援艦隊のメンバーに共有し、それで離れた位置から援護砲撃をしてほしいとのことだった。

 偵察機で得られる情報のうち、位置情報はもっとも基本的なものだ。そしてその情報を、艤装の近接通信機能を使って周囲の艦娘に提供することが可能なのはこれまで勉強してきてわかっている。ただそれを実戦ではしたことがなかった。

 やったことがないからじゃあやめておこう、そんな態度はことこの演習試合では通じないし、しでかすつもりはなかった。

 とにかく飛ばして状況を俯瞰するのが大事だ。そう思って神通は素早く偵察機をカタパルトに設置し、飛ばした。

 神通らが見ているその先で、いくつかのポイントで展開が刻一刻と動いていた。

 

 

--

 

 偵察機から見る映像と、もう片方の目で肉眼の高さで見る状況。

 一方で小さくカキンカキンと金属のぶつかる音が響いてきた。遠目でわかりづらいが、あれはおそらく那珂と天龍だろう。偵察機は前衛のメンバーの邪魔にならないよう、割りと高空を飛ばしているため偵察機からの映像でも見づらい。神通は想像し、状況を見守った。

 

 天龍を背後から狙う川内と夕立。これはいい。いいぞ自分たちに有利に動いているのかもしれない。そう思った矢先、ぐるりと弧を描いて移動しようとしていた川内と夕立を轟音を伴った砲撃が襲った。

 神通の位置から見て、突然真っ白く丸い壁が現れたと思ったら四散して2つの人影が弾き飛ばされたように見えた。

 ちなみに偵察機からの映像は、轟音に驚いて一瞬操作を失ってしまい見られなかった。

 

 

--

 

 慌てて偵察機の操作に集中し意識を戻すと、偵察機は落ちるのではなくあらぬ方向に飛んでいた。神通は偵察機を急旋回させ、方向を戦場へと戻す。近くを何かが通り過ぎる。それは提督が用意したかTV局のドローンだった。その機体を気に留めず高度を下げて飛行を続ける。

 その時前方から別の何かが向かってきた。神通は目を細めて凝視するかのように偵察機からの映像に集中する。それは、神奈川第一の支援艦隊メンバー、飛鷹と隼鷹が放った戦闘機・爆撃機の編隊だった。

 

「な、何あれ……!?」

 神通は思わず口にしていた。それを傍で聞いていた時雨と村雨が尋ねる。

「どうしたんですか、神通さん?」

「何か今さっきの大きい音と関係あるものですかぁ?」

「い、いいえ。敵の航空機です。念のため対空用意してください!」

 

 神通は偵察機の操作に完全に集中するため、そう言い放ち口をつぐんだ。神通の慌てた様子と台詞でハッとした二人は上空を見た。すると、たしかに一機の航空機が3x2の航空機の編隊に挟まれようとしているのが見えた。

 

((くっ、航空機同士の戦いなんて私知らないよ……!))

 

 神通は心の中で愚痴る。

 勉強したとおりだとすると、戦闘機は敵の航空機を撃墜するための存在。そして爆撃機は地上ないし海上の敵を狙う存在。対して自分が操作する偵察機はそんな攻撃能力を持たない偵察・情報収集能力に長けただけの存在だ。どう考えても戦いに特化した機体に勝てるわけがない。それに有利に逃れるには敵の上を取らなければ。

 そう判断して神通は偵察機と敵の編隊の衝突を避けるため、上を通り過ぎようと飛行のラインをずらした。

 

シュバ!

 

 

 マイクが敵の航空機が通りすぎる際に発生する風を切り裂く音を集音した。それが神通の耳に伝わってくる。

 下向きカメラが下を通り過ぎる敵の編隊を捉えようとしたが、あまりにも速く一瞬だったので何も映り込まなかった。ほどなくして神通の偵察機のカメラからは、敵航空機の編隊が完全に見えなくなった。

 

((まずい。背後を取られた。軍事物に弱い私でも、さすがにこれは危険だと分かる。でもどうすれば))

 

 心の中で焦りのセリフを口にする神通。敵も気にしなければいけないが、状況を見て遠距離砲撃のための位置情報を妙高に送らねばならない。やることが同時に溢れて神通は手一杯だった。

 

 その時、神通の焦りをさらに燃え広がらせるように、背後から射撃があった。

 

 

バババババババババ!!

ババババババ!

 

 

「きゃあ!!」

 

 神通は思わず悲鳴を上げた。周囲にいた時雨たちが何かを言ったが、神通は耳に入ってこなかった。すぐにでも回避せねばとさらに焦る。

 

 偵察機を左に旋回させる。そのすぐ背後を戦闘機らがあっという間に通り過ぎた。敵を捉えるためにその直後右に旋回し、通り過ぎたと思われる敵を正面のカメラで捉える。

 その敵の編隊も右にぐるりと旋回して、神通の偵察機を正面に捉えたようだった。そしてまっすぐ向かってくる。その速度は偵察機より上だ。偵察機のカメラで遠くに見ていた敵の編隊は、あっという間にその姿を大きくした。

 そして……

 

 

バババババババババ!!

 

 

「ひっ!」

 

 悲鳴をあげはしたが、神通は数本の射撃のラインをぐるりと錐揉み飛行してかわす。空が下に見える不思議さを味わっている間もなく操作を続ける。

 機体を回転から水平に戻し、ジェットコースターの縦回転のようにグルリと海上めがけて旋回し続けた。海面にまっすぐ近づくその先はちょうど天龍と那珂が再び激突しているポイントだった。

 

 チャンスだ

 

 神通は敵戦闘機の射撃が来ないその隙を狙い、標的の位置情報を取得した。そして一旦偵察機を上空にまっすぐ飛ばしてから意識を一瞬自身に戻した。

 

「狙えそうな位置を取得しました。今送ります!」

 そう叫んでスマートウォッチに指を当てて急いで操作し、位置情報を妙高へと送信した。妙高は焦りを隠せない神通とは異なり、至って穏やかな口調で狙う緯度経度を口にする。

「受け取りました。北緯○度○分……、東経○度○分……方向よし、角度よし。」

 口にしながら艤装のコアユニットに設定を指示し、受け取った位置情報をかけ合わせて計算させ両肩についた2番3番の主砲に方向と角度の設定を反映させる。微弱な電気が身体の一部を走り、主砲の動作ではカバーしきれない角度と方向の残りは妙高の身体を僅かに動かして姿勢を変えることで設定を完遂させる。

 そうして主砲のターゲッティングが終了した。傍に五月雨と名取が、やや離れて神通と、神通を守るために時雨と村雨がいる。妙高は一言、音に気をつけるよう言い渡してから、トリガースイッチに手をあてがい、強く押し込んだ。

 

 

ズドオオォ!!ドドォ!!

 

ヒューーー……

 

ズドオオォ!!ズザバアァ!!

 

 妙高の両肩の主砲から放たれたペイント弾は計算通りに飛んでいき、神通が標的にした位置にいる天龍に数発迫った。戦艦霧島の主砲の威力と迫力に比べると数段落ちるが、鎮守府Aが持つ最大火力だ。その最大火力は見事に天龍の動きを止め、那珂が刺すトドメを支援した。

 

「うわぁ~~~すっご~~い!妙高さんのちゃんとした砲撃、初めて見た気がします!」

「は、はわ……あわわわ……」

 傍にいた五月雨は呑気気味ながらも素直に驚く。同じく妙高の傍にいた名取は初めて聞く艦娘の本格的な砲撃とその迫力に呆気にとられている。

 

 呑気と本気で驚く二人をよそに、神通を守るように離れて立っていた時雨と村雨は冷静に視線の先の状況を見る。

「命中かな?」

「うーん……どうかしら。それならあの天龍って人吹っ飛んでると思うけれどねぇ。」

 

「命中はしていないでしょう。村雨さんの仰る通りです。僅かに距離が合わなかったようです。」冷静に口にする妙高。

「でも注意を引きつけることはできたから、あれなら那珂さんは楽に勝てますね。神通さん、妙高さん、次はどうしましょう?」

 時雨はそう判断して二人に指示を仰ぐ。

 妙高は自分が狙い当てたポイントを目を細めて凝視する。艤装の効果で視力が上がっても、妙高にとってはその場所は小さくぼんやりとしか見えない。そこでは那珂と天龍が何かを話しているのかという想定くらいしかできない。

「そう、ですね。あそこはもういいでしょう。残りはあちらの五十鈴さんたちの戦場でしょうか。神通さん、あちらに偵察機を近づけて撮影していただけますか?」

 

 妙高からの実質指示な提案。しかし神通は素直に聞ける状況ではなかった。

「ち、ちょっと……待って……!」

 

 

--

 

 好タイミングで位置情報を取得して送信した後、神通は意識を偵察機の方に戻し、操作を再開した。

 まっすぐ上空に飛び上がっていた偵察機を水平に戻し、機体を下向きにして下降させる。その背後を戦闘機が飛び去る。追いかけていたのだ。またすぐに背後を取られてしまうだろうが、なんとか逃げねば。

 とその時、神通は下降させている偵察機の正面つまり下に、別の戦闘機群を見た。そういえば3機x2で計6機いたはず。自身(の偵察機)を先程から追いかけていたのが6機だというのは覚えているが、そういえば途中から2~3機ほどに減っていた気がする。

 そう神通は思い出した。

 

 そんな思考を続けて張り巡らせる暇を与えてくれなかった。上空から、先程自身を追いかけていた戦闘機がものすごい勢いで落ちてきたのだ。片や2x2の敵編隊が、どこかに飛んでいこうとしている姿も見える。

 まずい。偵察機たる自分も危険だが、自分たちあるいは五十鈴たちのいずれかが空から狙われている可能性があるため、リアルな自分たちも危険だ。

 

 神通は偵察機を敵戦闘機から逃れさせようと必死に操作しながら、自分の周囲にいる仲間に向けて叫んだ。

「急いで対空用意を!私達か五十鈴さんたちか那珂さんが空から狙われています!後は目視でお願いします!!」

 

 神通のその悲痛で必死な叫びに、傍にいた時雨たちはもちろん、次の標的を待っていた妙高たち三人も構え方を変えた。

 

 警告をして神通はすぐに偵察機の操作と視界共有に意識を戻した。

 後方から射撃の音。急いで偵察機を錐揉み飛行させたり蛇行させたりする。何本かの射撃の線を見た後、ふと視界を見ると、自分達の姿が間近に見えた。

 

まずい。

 

 操作に集中しているうちに近づいてしまっていた。偵察機が攻撃を受けるのもまずいが、自分自身が被弾するのはもっとよろしくない。慌てて神通は大きく旋回し、方向を変える。

 焦りと興奮でだいぶ集中力が落ちていた神通は、目の前に射撃の線が横切ったのに気づいた。

 

ズガン!!

 

 しかし気づいた時には遅かった。

 方向転換したはいいが、敵機まで同じ行動をするとは限らないのだ。隼鷹か飛鷹どちらかの航空機の編隊は速度を落として素早く方向転換を先に行い、神通の偵察機が通るであろうコースを先読みして機銃掃射していたのだ。

 

「きゃあっ!!」

 

 神通は後ろへ反り返りながら意識を自分の身体に戻した。偵察機が破壊され、脳波制御が遮断されたためだ。よろける神通を心配し海面をジャンプして駆け寄る時雨だが間に合わない。神通は尻もちをつくように海面に転んでしまった。

 

 やがて時雨に支えられて起き上がった神通は、村雨から先程の自身と同じような台詞を聞いた。l

 

「神通さぁん!さっき偵察機を撃墜した戦闘機がこっち来ますよぉ~~!!!」

 

 神通と時雨は同時に頭と視線を上空に素早く動かした。たった2機だが、おそらく操作が上手いであろう敵の空母艦娘による敵機が生身の自身らを狙いに来ていた。

 

 

--

 

 対空の構えをしたのは妙高達だけではなかった。龍田達に接近を試みようとしていた五十鈴たちもであった。

 五十鈴と不知火そして長良は龍田たちを目指してはいたが、五十鈴達が接近しているのを察した龍田たちは警戒態勢を那珂ではなく対五十鈴に変更したため、まっすぐ向かうのをやめた。まずは135度つまり南東に針路を向け、反時計回りに弧を描くように近づくことを決めた。

 

「先方はこちらに標的を変えたみたいよ。」

「せんぽう?」

 五十鈴があえてそういう表現を使うと、不知火はキョトンとした口調で聞き返した。

「えぇ、取引や交渉の相手のことよ。」

「……お客さん、ですか?」

「まぁそうね。……っていうか、マジメに反応しないで頂戴。せめてノッてくれないとこっちが恥ずかしいわ。」

「すみません。」

 精一杯の皮肉と冗談を込めた五十鈴だったが、真面目に返されて赤面するハメになった。不知火・長良より前を進んでいるため彼女らから赤面の様は見えないのがせめてのもの救いだった。しかしただ一人、空気を読まずに二人の掛け合いに思わず吹き出して場の雰囲気を乱しかけたのは長良であった。

「プッ!」

「何笑ってるのよ長良!!」

「アハハ!ゴメン~。だってなんか二人のやりとりおもしろかったんだもん~!」

「あんたねぇ~~……この後大破しても助けないわよ!」

 

 和やかな雰囲気になりそうな三人の間だったが、その空気はすぐに収束することになった。

 

ドゥ!ドドゥ!

ドゥ!ドゥ!

 

「砲撃来た!右に避けるわよ!」

「はい。」

「え、え、え?りんちゃん!?」

「私と不知火の後に同じ動きをしてくれればいいわ!」

「わかった!やってみる!」

 

 五十鈴はすぅっと右へ約20度方向をずらし、針路を変えて再びまっすぐ航行した。後に不知火、そして見よう見まねで無事曲がることができた長良が続く。

 その直後龍田達からのペイント弾が降り注ぎ、今までいた直線上に着水し水柱をあげる。

 

パッシャーン!

バシャ!バシャシャ!

 

「きゃあ!ペイント弾あたりそーだった!」

「きちんと避けさせてあげるから気にしないで!ホラ、次来そうだから!」

 長良の悲鳴に五十鈴は冷静に言葉をかけて安心を促す。

 その言葉に含まれる通り、離れたところから砲撃してきた龍田たちが間髪入れず砲撃してきた。

 

 

ドゥ!

ドドゥ!

 

「そのまままっすぐ!普通に当たらないわ!」

 

パシャ!

パシャーーン!

 

 二度目の砲撃の雨は五十鈴達の現在の航行速度からして当たらずに済んだ。しかし逃げ回っているわけにもいかない。

 

 三度、四度目の砲撃。五十鈴たちはそのまっとうで実際の艦船さながらの砲撃に立ち止まって反撃することができない。相手4に対し、自分たちは3。しかも長良はほぼ大破状態なのだ。1~2発当たれば致命的な状態。慎重にならざるを得ないのだ。

 五十鈴はタイミングを見計らっていた。

 その時、上空を3~4機の航空機の編隊が通り過ぎようと近づいていた。

 

「あれなーにりんちゃん?

「あれは……戦闘機と爆撃機!」

「五十鈴さん、対空射撃!」

 不知火が声に焦りを交えて進言する。五十鈴はその言葉を受けてすぐに指示した。

「えぇ!長良は私の左後ろに、不知火は私の左隣に移動して!」

「了解!」「わかったぁ!」

 

 

ブーン……

 

 

ババババババ!

バシュッ……ヒューン……

 

「対空装備構えながら左へ針路移動!終わったら右上空に撃って!」

 

 五十鈴は指示した後、身体を僅かに左へ5度傾け、己が言ったとおり移動し始めた。同時に不知火、やや遅れて長良が動く。

 そして長良以外の二人が右へ向けて対空射撃を始めた。

 

 

ガガガガガガガガ!

 

 五十鈴たちの射撃を物ともせず航空機の編隊は細かくジグザグに動いてみせ、そして爆弾タイプのエネルギー弾を投下し、五十鈴たちを襲う。

 

バッシャーン!

 

「うっひゃあー!!」

「当たってないでしょ!いちいち驚かないで!」

「だって~!あたし本格的な戦い初めてなんだよ!?驚くなっての無理だよ~!」

 

 長良の反応に五十鈴は冷たくあしらって射撃を続ける。なんとかして戦闘機らを近づけさせない。

 一方の五十鈴たちの対空射撃を回避した戦闘機と爆撃機の編隊は弧を描くように高度を高低させて五十鈴たちを通り過ぎ、グルリと円を描いて戻ってきた。

 そして再びエネルギー弾による爆撃・射撃で五十鈴たちを襲う。

 

バババババババ!

ボシュ……ボシュ……

 

「速力上げて右!!」

 

 口に出すと同時に五十鈴は実行する。もはや細かい指示の言葉よりも自分で動いてみせて後に続かせる。不知火は五十鈴の意図を理解して合わせて動いた。そしてその意図を親友ではあるものの艦娘としての経験がないゆえに理解しきれていない長良が遅れて続く。

 三人が爆撃機からの爆撃の雨をしのいで安心したところに、三人とくに最後尾にいる長良に向かって深い海中から静かに浮かんでくるものがあった。

 

シューーーーー……

 

「ん、何かしら……あれ?」

 小さくつぶやいて五十鈴は目の前の海、下のほうでぼんやりと青緑に光る物体を発見した。それは自分たちと近い速度で向かってきている。そしてみるみる近づいてくる。しかも同じ深さを真っ直ぐではない。斜めに弧を描くように浮かび上がろうとしている。

 五十鈴は単縦陣を一旦単横陣に遷移させ、同列で不知火にも観察させた。

「不知火、下のあれ見てくれる?」

「え? ……光ってるということは魚雷ですね。」

 不知火の言葉は薄々感づいていた五十鈴の予感を実感にした。五十鈴は額を抑えて言った。

「はぁ……やっぱり。浮上している角度がわかりづらいけれど、このまま進めば当たらずに済むわね。」

「それじゃあ引き続き?」

「えぇ、対空警戒しつつどうにかあの龍田達に反撃よ。」

 

 

--

 

 五十鈴と不知火はお互い確認して納得しあい、構え方を戻した。五十鈴たちが視線を水平線に戻して話し合っていた中、一人だけ話に混ざれない長良はずっと下つまり海中を見ていた。

 そして気づいてしまった。

「ねーねーりんちゃん。さっきに通り過ぎた光が、なんかたっくさん見えるようになってきたよ。あれも魚雷?」

「え? なによ。そんなわけ……

 そう言いかけて視線を下げた五十鈴。その瞬間、言いかけていた言葉を中断させた。絶句。五十鈴の眼下には、確かに無数とも思えるエネルギー弾の光があった。そしてそれらは、速度や角度はまちまちだが、明らかに一方向を目指している。

「全速力でここから離脱!!」

「了解!」

「え?え?えぇ!?」

 

 長良の戸惑いに一切反応せず、五十鈴は短く指示してダッシュした。ほぼ同時に不知火、そしてやはり遅れる長良。

 光は五十鈴たちが進んでも前から前から向かってくる。そのように見えた。

 五十鈴は先程の爆撃の雨を頭の片隅で思い返していた。

 

 あれらは全部爆撃ではなかったのか。

 

 五十鈴は完全に読み違えていた。それは空母の艦娘がおらず、航空攻撃や対空の経験と知識が不足している鎮守府Aのメンツにとっては誰もが同じことだった。

 

 五十鈴と不知火は、敵機の編隊から放たれたのが爆撃用のエネルギー弾と本来なら自身らが使う、対空射撃用のエネルギー弾であると想定していた。

 挙動をしっかり見たわけではないが、撃ち方・落ち方・飛来する速度からしてそうだと信じて疑わないでいた。

 

 何もこの時の五十鈴たちだけではないが、艦娘は艦載機からの攻撃をしばしば見誤ることがある。艦娘の艦載機から放たれた爆弾および魚雷は本物と異なり見た目がエネルギー弾のため似通っている。そして両者は着水した“直後”の挙動も同じになることが多い。つまり両者とも水没後爆発して水柱を立たせるか、不発として爆発を起こさず静かに海中に消えるかだ。

 そして海上を進む艦娘は、素では海中に対する監視能力を持っていないがゆえに、判断をどうしてもそこで止めてしまう。そしてそれは海上に身を乗り出して活動するタイプの深海棲艦にもそのまま当てはまる。

 爆撃の中に雷撃を混ぜる。そうすることで勘違いを起こさせ判別しづらくする。落とせば命中しやすい爆撃とは異なり、雷撃はある程度の距離から放たないと動作が軌道に乗らず当たりづらい。そのためそうしてひっかかった相手がいる状況は、空母艦娘たちにとって格好の狩場に変貌する。

 

 神奈川第一の空母艦娘二人の目論見に、五十鈴たちはまんまと引っかかった形になる。

 前衛艦隊の行動を支援しつつ、自分らの航空攻撃で敵を始末することも考慮する。神奈川第一の艦娘たちの連携プレーの一部が今まさに展開され、鎮守府Aの五十鈴たちは苦しめられる羽目になってしまった。

 

 

--

 

シュバ!シュバ!シュバ!

ザッパーーーン!

 

 海中から飛び出してくる魚雷は海上に出た直後に爆発するものもあれば、上がる角度と勢い余ってそのままミサイルのごとく宙に飛び出してくるものもある。

 五十鈴と不知火はほうほうの体でかわしてその海域を脱出するべく蛇行して前進し続ける。しかし長良はそうはいかない。五十鈴たち経験者であっても魚雷の逆雨降り状態を抜けるのは至難の業なのだ。実戦は初という長良には切り抜けるのはそもそも無理だった。

 五十鈴と不知火は魚雷の炸裂音、飛び上がる音、水の撥ねる音が演奏する戦場のBGMのうるささによって、後ろにいる長良の被弾と悲鳴に気づけなかった。

 ただ一つ、大きめの炸裂音がしたなというくらいの感想しか持てなかった。そして明石の放送が響き渡る。

 

「千葉第二、軽巡洋艦長良、轟沈!!」

 

 

「「え!?」」

 五十鈴と不知火は仰天して後ろを振り返った。視界の範囲に長良が見当たらないため急停止して方向転換して確実に見える状態になる。

 爆発により巻き起こった水柱が崩れて雨になって落ち、爆発の煙がもうもうと立ち込めるその中に長良はいた。五十鈴たちからはおよそ数十m離れている。

 

「りょう!!」

「!!」

 

「……はーい! ケホケホッ!」

 

 五十鈴が本名で叫ぶと、長良は煙で咳き込みながらもケロッとした元気な声で返事をしてきた。やがて煙が晴れ海水の雨が止んではっきりした姿を確認できるようになってきた。

 五十鈴と不知火が反転して急いで駆け寄ると、彼女もまた五十鈴に近づくべく少し進み、またもやケロッと脳天気な声風で返事の続きを口にしてきた。

「アハハ。やられちゃったよ~。」

「大丈夫なの!?」

 五十鈴は思わず両手で長良の肩を掴みゆすり顔を近づけて声をかける。長良は後頭部をポリポリと掻きながら言った。

「うん。近くで爆発したときはヤバイって思ったけど、ぜーんぜん痛くなかったよ。ホラ怪我してないもん。艦娘ってすごいね~あたしたち最強じゃん!!」

「はぁ……。あのね、今あんたが食らったのは訓練用の魚雷よ。怪我なんかしないようにちゃんとできてるのよ。それに一応長良型のバリアが効いてるはずだし。」

「ふぇ~~~もっと親友の無事を喜んでよ、りんちゃぁ~ん。」

「あぁもううっとおしい。それよりも自分の今の状態をしっかり認識なさい!あなたは轟沈したの。退場しないといけないのよ。」

「はーいはい。わかりましたよ。」

 自身の身の無事をこれみよがしに見せつける長良は、あらゆる方法で五十鈴からあしらわれて若干不満を持ちながらも、素直に従う様子を見せた。

 

 その掛け合いに密かにクスっと笑みを漏らす不知火だったが、感情の気配を消しすぎて目の前の軽巡二人に気づかれることはなかった。

 

 

--

 

 轟沈した者の案内をするため、五十鈴と不知火は一時的に攻撃とその判定から逃れる形になった。轟沈ポイントから離れて突堤に少し近づくと長良が振り返って言った。

 

「ここらへんでいいよ。」

「そう? あそこに川内たちがいるから、あそこまで一人で行かれる?」

「もー、りんちゃんってばぁ、あたし子供じゃないよ。そういう心配ならみゃーちゃんにしてあげて。」

「……わ、悪かったわ。まだ全部訓練終わってないもんだから心配が抜けきってないのよ。気にしないで頂戴。」

「アハハ。やっぱりんちゃんは優しいなぁ。それじゃあ後は任せたよ。頑張ってね。」

「あんたに褒められてもねぇ。はぁ、わかったわ任せて。」

「(コクン)」無言だが不知火も頷いて意志を示す。

 

 僅かに前、川内が轟沈し堤防のそばに移動しようとしていた。五十鈴は川内と彼女を見届ける那珂の姿を確認すると、長良を同じ方向へと送り出した。無事に川内たちと合流したのを見届けると、二人は沖に進みながら戦線復帰を通信して知らせた。

 

「さて、長良がやられるのはある程度想定済みだったからいいとして、問題は私達二人でどこまでやれるかよね。」

「前衛はもう三人だけ。固まるべきかと。」

 不知火が言った三人、それは五十鈴も十分すぎるほどわかっていた。しかしこの三人ならば安心して敵に迫れるとも。

 五十鈴は若干速力を落として不知火を同列に位置させて視線を合わせた。不知火のアドバイスに同意を示すためだ。そして視線をこれから向かう先に向けた。

 そのポイントで先に戦線復帰した那珂が龍田たちとの距離を測っていた。五十鈴は那珂に通信し、今後の作戦を相談することにした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クライマックス

 とうとう前衛艦隊は那珂・五十鈴・不知火の3人になってしまった。人手不足のため支援艦隊から五月雨を呼び出して加えつつ、那珂は自身に迫る危機をくぐり抜けつつ、形勢逆転をかけて前半戦最後の作戦行動にうつる。


 那珂は川内を退避させた後、目標を龍田たちに定めて移動を再開した。

 残るは龍田、暁、雷、電の四人。しかし五十鈴たち、そして上空を飛んでいる航空機を追い回している敵機の編隊を操る支援艦隊も健在だ。どちらかというと支援艦隊のほうが厄介だろう。

 那珂はそう判断した。

 

((どーしよっかなぁ~。さすがに一人で立ち回るのは危ないかも。さっきまでの五十鈴ちゃんを襲ってた航空攻撃もヤバイし、川内ちゃんたちに大ダメージ与えた霧島さんの攻撃も怖いからなぁ。けど固まって動くと一度にヤラれそう。だからといってあたしと五十鈴ちゃん・不知火ちゃんで個別に動くのもなぁ。火力も弾幕も足りない。))

 

 那珂は悩んでいた。やろうと思えば思い切り動いてあの4人を翻弄することは難しくない。しかし、今この時この戦闘において、自分のためだけのスーパーヒーローを演じるべきではないと自制がある。今すべきことは集団戦なのだ。前線をこれ以上立ち回るには人手が足りない。さすがに川内と夕立がやられたのは想定外だった。

 後方にいる支援艦隊に前に出てもらい合流するか。

 しかしそうすると一艦隊6人の編成制限を破ることになる。通常の出撃ならば推奨レベルのその制限を破ること自体に問題ないが、艦娘同士が戦うルールを厳格に決められた演習で同じくするのは後にも先にも印象が悪い。

 それを守りつつ戦力を補充するには支援艦隊から3人ないし2人に出てもらうしかない。

 

 ところで前々からチラリと上空に見える航空機つまりは偵察機、敵機の編隊を辛くもかわして飛び続けるあの技術力は神通しかありえない。察するに神通は神通で艦載機同士の戦いの真っ最中ということなのだ。そして操作中は無防備な神通を守るために当初の編成どおり、時雨と村雨が護衛の役目を果たしている。

 そうなると暇……もとい前に出られそうなのは五月雨と名取だ。しかし名取は気弱な性格と長良よりも練度が未熟なのでハッキリ言って役に立たないのは明白。

 支援艦隊からもらえる人手は一人しかいない。大抵のことは卒なくこなせる優秀な彼女だが、元来のドジっ娘属性がある。そこは不安だがまがりなりにも最初の艦娘、経験値はダントツトップだ。

 そこまで考えて、那珂は決断した。

 と同時に通信が入ってきた。五十鈴からだ。

 

「那珂。今話せる?」

「なーに、五十鈴ちゃん?」

「長良がやられたし、もう前衛艦隊は私達3人しかいないわ。私達も固まって動くべきだと思うの。どうかしら?」

「奇遇だねぇ~。あたしもその辺のこと考えてたの。そこでね、支援艦隊から五月雨ちゃんを呼ぼうと思うんだけど、この案乗ってくれる?」

 那珂は話の流れで今決めたことを五十鈴に伝えた。

「……そうね。攻撃の手は欲しいわね。了解よ。それじゃあ伝える?」

「うん。」

 

 そう言って那珂は支援艦隊の旗艦妙高に向けて通信した。その旨伝えると、妙高はすぐに承諾して五月雨に促した。

「わかりました。五月雨ちゃんを向かわせます。五月雨ちゃん、一人で行ける?」

「はい!任せてください!で、私は那珂さんのところに行けばいんですか?」

 五月雨の質問に那珂は指示を出した。

「ちょっと待って。合流は五十鈴ちゃんにお願いしたい。」

「私?どうして?」

 五十鈴の質問にも那珂は答えた。

「あたしと合流しようとすると、多分確実に狙われると思うの。どーもあの龍田ちゃんたちに思い切り警戒されてる気がする。私は龍田ちゃんたちの注意を引いてるから、その間に五十鈴ちゃんお願い。」

「わかったわ。五月雨を迎えに行った後は?」

「あたしは引き続き囮になってるから、その間に反対方向から龍田ちゃんたちを狙ってきて。そうすれば……」

「挟み撃ち。」

「「そうそうそれそれ。」」

 お互いが言いたかった表現を先に言ったのは不知火だった。

 

 次の作戦の意識合わせを終え、それぞれ動き出した。那珂は五十鈴と不知火が後方に下がって五月雨を迎えに動き始めたのを確認すると、ようやく前進した。

 目指すは龍田たちの間近。味方のためのスーパーヒーローだったら、いくらでも気兼ねなく演じられる。

 スマートウォッチで時間と見ると、前半終了まで時間がない。意外と早かったなと感慨深く感じる間もなく、那珂は思考を戦闘に完全に切り替えた。

 

 

--

 

 今まで停まるか最徐行でゆっくりウロウロしていた那珂と五十鈴たちがハッキリと動き出したのを龍田と暁達は目の当たりにした。

 

「ねぇねぇ龍田さん。あの人たち動き始めたよ。」

「ねぇ龍田ちゃん。私達も動きましょうよ。ねぇ電。」

「(コクリ)」

 暁そして雷から急かされて龍田は三人それぞれに視線をゆっくりと流して頷いてから言った。

「分かって、る。」

「私達も二手に分かれる?」

 暁がそう提案すると、龍田はゆっくりと頭を横に振って言った。

「それはダメ。私達は、あの那珂さんを先に片付けるべき。天龍ちゃんも、霧島さんも、あの那珂さんだけはなんとしても先に倒しておけと。そうすれば千葉第二の艦娘たちは総崩れになるって。」

「そこまですごい人なのかなぁ~。そりゃあさっきまでの天龍ちゃんとの戦いを見たらすごいかもって思うけど、集団になってる私たちに近づいてこないじゃん。意外と大したことないわよ。ね、電。」

 雷が楽観的に口にすると、今まで影に隠れるようにおとなしかった電が雷に注意した。

「そ、そんな油断はダメなのです。きっと……。」

「……電の言うとおり。那珂さんは多分警戒している。相当注意深くなってる。そして一人でこっちに向かってきてるあたり、何か作戦がある、はず。」

 

 そこまで口にして龍田は口をつぐんだ。利口な沈黙というわけではない。作戦が思いつかないのだ。この龍田もまた、普段はそれなりの学校に行って普通に過ごしている中学生なのだ。高校生の従姉の天龍とは艦娘の経験日数もセンスも異なる。そのため戦場で急な作戦を咄嗟に思いつくほど戦いについての心構えが、従姉ほどできているわけではなかった。

 

 内心焦っており、その焦りは手に持つ槍(主砲内蔵型)の手のグリップ部分を擦る行動に表れていた。

 その時、後方にいる独立旗艦の鳥海から通信が入った。

「はい。龍田です。」

「こちら鳥海。標的を五十鈴・不知火両名に絞ってください。」

 龍田が“えっ”と聞き返す間もなく鳥海は説明を加えた。

「明らかに後方の艦娘達との合流を目論んでいます。練度は不明ですが人が増えるとあなた達では残り時間無事に立ち回るのは困難になるでしょう。幸いあの五十鈴と不知火両名はあちらの那珂ほど長けてはいないようです。隼鷹飛鷹の攻撃隊・爆撃隊で援護しますので、合流を邪魔してください。」

「わ、わかりました。……けど那珂さんはどうしたら?」

「那珂についてはこちらで始末します。」

 

 龍田は鳥海の作戦指示を最後まで聞いて焦りを落ち着けた。チラリと那珂を見ると自身らに向かってきている。龍田はすぐに視線をそらし、暁達に合図をして前進、そしてすぐに回頭して一路鎮守府Aの支援艦隊・そしてそこを目指そうとしている五十鈴たちを目指し始めた。

 

--

 

 那珂は速力を増減させながら大きく反時計回りに移動し、龍田たちとの距離をジワジワと詰め始めた。

 囮になって注意を引く。思い切り動かなくては。

 ゴクリと唾を飲み込み、いざ声を上げてダッシュしようとしたその時、今まで自分と同じようにジワジワと距離を詰めたり離れたり立ち止まっていた龍田たちが急に反転し、逆方向に向かい始めた。

 

「え!?」

 那珂は思わず仰天して急停止した。反動で思わず前につんのめりそうになる。2~3歩海面を歩いて踏ん張って立ち止まった。

 

「な、なんで?どーして!? 囮のあたしを無視……!?」

 驚き焦ったが、目立つ行動はこれからというところだったので無視されるのは仕方ないと無理矢理に納得し、那珂はすぐさま追いかけ始めた。

 あの四人が向かっているのは火を見るより明らかだ。不幸にも五十鈴と不知火はまっすぐ五月雨の方を向いていて気づいていない。

 どうにか知らせなければ。向かってくる五月雨は方向的にも気づいているはず。那珂は彼女の索敵能力に期待をかけて任せてもいいが、事態はどう動くかわからない。そして自身。スマートウォッチの通信機能で知らせてもよかったが、ここは一つ、ハッキリと掻き乱すことで状況を動かす。

 那珂は距離はあったが大声で五十鈴に知らせることにした。

 

「五十鈴ちゃあああああーーーーーん!! そっちに敵が向かってるーーー!!」

 

 那珂は一旦急停止し、手を口に添えてメガホンを作り出して叫んだ。移動しながらでも叫ぶことはできるが、生半可な叫び方では危機感まで伝わらない。力を込めるには立ち止まって息を吸うことに集中しなければならない。

 

 そうして那珂が大声で叫ぶと、五十鈴たちはすぐさま気づいた。那珂の視線の先で五十鈴が僅かに振り向く動作をしたように見えたのだ。

 それと同時に龍田たちも気づいた。しかし龍田たちは速力も方向も変えない。

 

 

--

 

 緩やかに南西から北西へと時計回りに弧を描くように移動していた五十鈴と不知火は、突然の那珂の叫びに驚き、視線を後ろつまり東に僅かに向けた。すると、敵の龍田たちが似た航跡を描いて向かってきている。

 

「えっ!?」

「!! 那珂さん……失敗。」

 不知火の発言に五十鈴は相槌を打つ。

「相手も馬鹿じゃないってことね。それとも私達舐められてるのかしら……ともかく、迎え撃つわよ。不知火、私の左隣に来なさい。」

「了解。」

 不知火が自分の隣に来るのを待たずに五十鈴は通信した。相手は五月雨だ。

 

「五月雨。いつでも砲撃できるよう構えて北に弧を描くように移動なさい。」

「え? あ、はい! でも合流はどうしたら……?」

「相手はそれを阻止したいのよ。だったらこっちは2人と1人のチームで迎え撃つまでよ!」

 

 五十鈴の指示に五月雨は慌てて返事をしてその通りに動き始めた。針路を変えた五月雨を視界の端に収めつつ、五十鈴はあるポイントで停止した。合わせて不知火も停まる。

 

「てーー!」

 

ズドッ!

ドゥ!

 

 五十鈴の掛け声が響く。五十鈴自身はもちろんのこと、隣の不知火も触れていたトリガースイッチを押し込んで砲撃を始めた。射程は十分だが、狙いたる龍田達は動いているため命中率は察する程度だ。彼女らも黙ってやられるわけにはいかないのだ。

 龍田達は五十鈴と不知火の砲撃を特にリアクションせずかわし、先頭の龍田から順に最後尾の電まで、流れるように砲撃し応戦し始めた。

 

ドドゥ!

ドゥ!

ズドッ!

ドドゥ!

 

 龍田らの連装砲・単装砲の四連続砲撃。

 五十鈴と不知火の間近に複数発のエネルギー弾が飛来する。

 

バシャッ!

ズバッシャーーン!!

 

 

「くっ……!?」

「!!」

 

 五十鈴と不知火は止まって撃ち、動かずにいたため、龍田たちの良い的になってしまった。とはいえ目の前数mに水柱が立ち上がる程度には命中率を低めに抑えることができている。しかし夾叉だ。

 

「五十鈴さん、立ち止まったのは失策。」

「わ、わかってるわよ! ちょっと様子見で止まっただけよ!」

 不知火の指摘に五十鈴は強めの語気で言い訳を吐き出す。続く勢いで五十鈴は五月雨に指示を出した。

「五月雨、そっちはいつ撃ってもいいわよ!相手の攻撃の方向を分断するのよ。」

「は、はい!」

 

 不知火の比較的冷淡な視線を浴び、五十鈴は一つ咳払いをしてその場から移動し始めた。前方では五月雨が龍田たちの隊列の中央めがけて砲撃しようとしている。

 自身らの行動に呼応するかのように、はるか後方から敵航空機の編隊が飛んできた。五十鈴と不知火は瞬時に苦い顔をする。先程まで自分たちを襲っていた憎い存在。その表情になるのは必定だった。

 

「ちっ。また戦闘機なの!? まったく面倒ね。」

「五十鈴さん、対空?」

 

 不知火に問われて、五十鈴はわずかに思案した。上空の敵に気を取られて、自分たちの僅かなチャンスを逃すのは非常に悔しい。

 

 那珂だったらどうするだろう

 

 きっと突飛なことをして砲撃と対空両方をこなすに違いない。

 アイデアを練るには時間が惜しい。であれば、今までの自身には似合わぬが強引に行くしかない。そう決めて五十鈴は口を開いた。視線は不知火に向けず、目の前の海上と上空の敵に向けたまま。

 

「無視。私達の標的はあくまで龍田達よ。このまま砲撃戦用意。」

「……強引?」

「はぁ……そうよ。文句ある?」

「(ブンブンブン)」

「雷撃だけには注意。あとは射撃や爆撃は基本無視。せめて電磁バリアのあるパーツを上空に向けておきましょ。」

「(コクリ)……そういう思い切り、好き。」

 

 上空の敵はまだ遠いがすぐにこのポイントの戦場に入ってくる。五十鈴は前方の龍田たち、彼女らを基準として9時の方向にいる五月雨、それぞれとの距離を詰めるため速力を上げて移動を再開した。

 

 

--

 

 五十鈴に大声で知らせた後、那珂は五十鈴たちの速度が落ち始めたのに気づき、合わせて速度を緩めた。追いついて龍田たちの近くになり砲撃に巻き込まれないためだ。

 そうして那珂は徐行スレスレの速力で五十鈴・龍田両チームとの距離を調整し、目の前で砲撃の応酬が行われたのを見届けた後、五十鈴に通信しようとした。

 その時、那珂は遠くでズドンとしか表現しようのない、実際は桁違いの砲撃音を聞いた。

 それから1秒以内のことである。

 

ズドゴアアアアアアァァァァァ!!!!!

 

 

「う!」

 

 数分前に川内を襲ったあの極大のペイント弾が轟音を立てて飛来したのだ。

 那珂は視界の右端に真っ白い壁が突然現れたのに気づき、前進しようとしていた身体を強引に捻り、両足をバネにしてバックステップした。

 

ジャブン!

 

ズチャッ!!

「うあっ!!!」

 

【挿絵表示】

 

 

 避けきったと思った那珂は半身に極大のペイント弾を食らった。実際のエネルギー弾でも爆発でもないのにその衝撃は凄まじく、被弾した半身に引っ張られるように低空をコマのように回転しながら前方へ弾き飛ばされる。

 

バッシャーン!!

ズザザザザザザ……

 

 海面に手と両足合計3つによる航跡が十数mに渡って走る。全身を海面につけるという事態を避け、那珂はかろうじて体勢を立て直すことができた。

 そして前方を見る。すると今度は海中にごく僅かな青白い6つの雷跡をともなって魚雷が迫ってきていた。

 

ズドォ!!

 

ドドォ!!

ザッパーーン!

 

 

 魚雷は那珂が避ける動作をする前に2つぶつかって自爆するものもあれば、見当違いな位置関係で爆発したものもある。しかし残りの本数は那珂めがけて2時と10時の方角から襲い掛かってきた。

 

「ヤバッ……ていっ!!」

 

 右足を立ててしゃがんでいたため、那珂はその右足を軸に思い切り左に向けて海面を蹴って低空ジャンプして魚雷をかわした。

 

ズドドォーーー!!

 

 那珂が直前までいたポイントで複数発の魚雷の衝突による大爆発が起き、極大の水柱が立ち上がる。海面はうねり激しい波を発生させる。その影響で那珂は着水時にバランスを取りきれず左側面から着水し海中に没した。

 

 急いで浮上しようとしたその時、那珂は察した。

((このまま浮上したら……浮上するまでの僅かな時間で十分支援砲撃を準備できる、よね。この状況はまっずいなぁ。あたしが避けたりするところを狙うのが目的だったのかな、霧島さんと鳥海さん。だったら……))

 

 那珂は海底に向けるべき主機を海上に向け、浮上しないように体勢を変えてから魚雷を一本発射した。

 

ドシュ……

 

 そして海面に飛び出した魚雷の結末を横目で見ながら海中を移動し始める。

 するとまもなく、海上で魚雷の爆発音とそれに覆いかぶさるようにペイント弾の飛来する音と爆音が多重奏した。

 

((やっぱり。これは浮上するタイミング図らないとね。それじゃーもう一発。))

 

 呼吸の限界が近くなったため早く浮上したかった。同じ手は通用しないだろうと想像したが、念には念を入れ、自身が浮上するタイミングともう一発魚雷を浮上させるタイミングを同時にすることにした。

 今度の魚雷は最初からエネルギーの出力を最大にし、あたかも艦娘であるかのような大きさにして。

 

ザッパーーン!

 そうして那珂は魚雷と同時に浮上し、再び海面に戻ることに成功した。

 どうやら霧島による支援砲撃は来ないようだった。周囲を見渡して那珂は状況を素早く確認する。離れたところにいる五十鈴たち、そして五月雨は那珂の被弾を気に留めず龍田たちを相手に移動しかわしつつの砲撃戦を行っていた。

 早くあちらの戦いに合流してしまえば、味方もいる手前うかつな支援砲撃はしてこないだろう。そう考えて那珂は蛇行しながら移動し始めた。

 

 

--

 

 移動しながら五十鈴に通信する。

「五十鈴ちゃん。あたしも加わるよ。」

「あんた大丈夫なの?」

「まぁね。多分中破にはイってると思うけど。」

「そう。無事ならいいわ。あんたは五月雨に合流なさい。」

「おっけぃ。」

 

 那珂の心配を最低限口にしつつも意思確認と指示を素早く済ませる五十鈴。那珂も必要以上に自身の安否を引っ張ってほしくないため、もはや一言で済ます。二人の軽巡にはそれだけで十分だった。

 

 那珂は支援砲撃の的になるのを防ぐため、身をかがめながら速力を上げて移動し始めた。向かうのは五月雨のいるポイントだ。五月雨に通信する。

「五月雨ちゃん、ダイジョブ?」

「あ、那珂さーん! 那珂さんこそ大丈夫なんですかぁ!?」

「うん。あたしは五月雨ちゃんの後ろに大きく回りこむから、砲撃しながらこっちに向かってきて。その後タイミング見て合流するよ。」

「はい! わかりました!」

 

 那珂が指示すると五月雨はすぐに行動に移し始めた。彼女は那珂の方を見ず龍田たちに砲塔と視線を向け、緩やかに弧を描いて那珂の方に向かっていった。パッと見、移動中に偶然に那珂に近づいていき追い越したようにしか見えない。龍田たちは左右から砲撃を受けて文字通り右往左往している。そのことが幸いし、五月雨の行動の真意を図っていられる状況ではなかったのだ。

 那珂もまた、五月雨に直接向かわぬよう大きく回り込んで追い越す。見た目には単に移動したようにしか見えない。

 五月雨からある程度距離を開けると何度目かの上空から射撃の雨が降る。那珂は片方の腕を上空に向け、対空射撃を行いつつ捨て目的の威嚇数発砲撃を同時に行う。針路は五月雨が向かう方向だ。距離を一気に詰め始めた。

 

「よっし五月雨ちゃん、雷撃用意!」

「はい!」

 無事に合流を果たした那珂は五月雨に指示を出し、続く勢いで五十鈴に通信した。

「五十鈴ちゃん、雷撃……

「那珂? 雷撃……クスッ。行くわよ、いいわね?」

「もちのろんですよ!!」

 

 那珂と五十鈴の次なる目的の行動は同じだった。那珂は通信越しに、珍しく心地よい五十鈴の笑い声を聞いた気がした。

 

 那珂・五月雨と五十鈴・不知火の両チームが龍田たちに向かってわざと当てぬ砲撃を繰り返す。その砲撃に対処するため龍田達は速力の増減を繰り返して針路を変える。しかしもはや彼女らは鎮守府Aの艦娘達からは逃れられない。

 それぞれ雷撃にふさわしい姿勢を取るタイミングができた。上空の鬱陶しい敵も支援艦隊も無視したおかげで得られたチャンスを逃す手はない。

 

「「それっ!!」」

 

 

 那珂は腰につけた魚雷発射管をやや無理して真横に、五月雨は背中に背負った魚雷発射管をぐるりと45度動かして足元から右斜下に。

 五十鈴は元々魚雷発射管が真横に向いているために特に体を動かさずスイッチに指をあてがい、不知火はロボットアームの一本に取り付けた魚雷発射管を真横に向くように動かした。

 那珂と五十鈴は勝負を決めるため、魚雷発射管に収まっていた魚雷を全弾発射した。その行動を見て慌てて五月雨と不知火が残りの魚雷を時間差で放つ。4x4の合計16本の一撃必殺の槍が扇のように広がり、龍田たちに近づくに連れてその範囲を狭めて集まっていく。本来の魚雷ではありえぬ、艦娘特有の仕様の賜物だ。

 

 

--

 

 龍田たちにとってみると、両舷に向かって自分たちがその威力をよく知る必殺の槍が光をまとって襲い掛かってくるその光景に、絶望する以外の感情は沸かなかった。

 

 何が悪かったのか。

 

 独立旗艦鳥海の指示に従い、あの那珂の挑発に乗らずに五十鈴達に向かって攻撃を仕掛けたところまでは問題なかったはず。五月雨という艦娘が戦闘に加わっても、後ろについてくれている暁たちがうまく捌いてくれたおかげで大した危機にもならなかった。そこも問題はない。

 そして参戦しようとする那珂を霧島の砲撃で大ダメージを与えて撃破した。鳥海の言った対処とはこういう作戦と流れだったのだ。自身らの砲撃戦に集中していてあまり見なかったが、視界の端で極大なペイント弾が那珂にクリティカルヒットしている様は見ることができた。そこは支援艦隊の行動なので問題ないと信じてよかったはず。

 しかし、撃破されたはずの那珂がこの戦場にいる。良くて大破、悪く見積もっても中破に達しているであろうはずなのに、焦る素振りをまったく見せず感じさせずに雷撃を味方と息を合わせて協力して放ってきた。

 

 思えば天龍が那珂に戦いを挑んでしまったのがそもそもの問題点なのかもしれない。従姉の天龍が生き残っていれば、違う戦いと展開ができたかもしれない。

 そうか、この戦いにおいて那珂がいるから悪かったのだ。那珂の行動に引っ張られて一度の多くではないにせよ少しずつ作戦が狂わされていたのかもしれない。

 

 那珂をもっと知っておけばよかった。自分の性格上・学年差のため従姉の天龍のようにとはいかないが、普段から仲良くしておけばよかった。

 

 

ズドッ!ズドドッ!!

ズドドォーーーン!!

ザッパアアアァァァーーーン!!!

 

 

 様々に後悔を抱きながら、龍田は那珂と五十鈴たちからの雷撃を大量に喰らった。速力を瞬発的に限界まで高めても、幅を広めたり狭めたりして襲ってくる魚雷からは逃れられなかっただろうと、龍田は魚雷が目の前と背後1mに迫ったときに悟った。炸裂音と再現された爆発で波しぶきに揉まれて足元をすくわれ宙に飛ばされた時、ジャンプしていれば避けられたかもしれないと思ったが、その後悔はすぐに消えた。一本が海面から顔を出して宙にいる自分めがけて対艦ミサイルのように飛んできたのだ。

 まさかジャンプして避けることが予測されていた?

 龍田の下半身の臀部を守る電磁バリアが対艦ミサイル化した魚雷を可能な限り破壊しようと反応し、火花を散らす。しかし破壊しきれなかった魚雷は龍田のバリアを突き抜け、威力減退しながら龍田の脇腹、若干中央を逸れて側面まで現れている艤装の一部にも激突し、爆発を起こした。

 

 

ズガアアアァァン!!

 

 

 普段の訓練、定期査定の演習でだってここまで激しくやられたことはない。龍田は死ぬのかもと錯覚し、止まぬ衝撃の嵐にもはや身を委ねるしかなかった。

 

 

--

 

 遠目で前衛艦隊である龍田たちを見ていた鳥海は、自身の失策を理解した。大まかな動きでしか把握できないが、水柱が立ち上がる原因はわかりすぎるほどわかっている。すぐにレーダーを味方のみのフィルタ設定にして確認する。龍田始め暁、雷そして電ともに耐久度が一気に低下し、ステータスが大破そしてついに轟沈に変わった。

 全滅である。

 

 龍田および暁たちの精神的な支柱は天龍ということを前々からわかっていた鳥海は、残された龍田たちの行動力や瞬発力がガタ落ちになるであろうとを察していた。そのため、残り時間内は距離を保って砲撃戦を繰り返し、制限時間を逃げ切らせるつもりでいた。行動力が落ちたとはいえ、艦娘としての練度は相手より上だ。できるはず。

 

 しかし、それが完全に慢心だったのだ。

 

 二段構え三段構えで狙った那珂を仕留め損ねたことが敗因だったと鳥海は悟った。まさか戦艦の砲撃を凌ぎ雷撃に耐え、航空攻撃を物ともせず無事に仲間と合流を果たすとは。

 面白い。

 鳥海は前半戦の完全敗北を判断し深く心に刻んだ。と同時に、後半戦に向けて思案し始める。その中で、心にボッと熱いものを感じるようになった。自身の艦娘人生の最後を締めくくる、良い戦いにできそうだと心の中で不適な微笑を浮かべた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハーフタイム

 鎮守府Aの優勢で前半戦が終了した。艦娘達は一度工廠に戻り、TVのインタビューや学友からの賛賞賛の声を受けるなどして僅かな時間を休憩のため過ごすのだった。


 試合に参加している艦娘全員のステータス監視をしていた明石は、手に持っていたタブレットに、4人連続で状態変化の通知が届いた。いずれも神奈川第一鎮守府の艦娘たちだ。

 アナウンス役として贔屓してはいけないが、自分のところの鎮守府の艦娘たちがやってくれたことに明石は心の中でニンマリと笑顔を浮かべて喜んだ。しかし口に出す雰囲気は至って冷静。

 

「神奈川第一、軽巡洋艦龍田、駆逐艦暁、駆逐艦雷、駆逐艦電轟沈!」

 明石はそう叫ぶと提督に目配せをした。提督は明石に近づき2~3言葉を交わす。

 そしてそれから1分ほど経った後、提督は明石に続いて宣言した。

「ちょうど時間となりましたので前半戦終了致します! 行動中の皆は今すぐ停止。堤防の手前まで戻ってきてください。」

 

 提督が言い終わると、数秒して堤防から大歓声が鳴り響いた。

「うわーー!すっげぇーー!!」

「艦娘が戦うの初めて見たけどすっごいなぁ~~~!!」

 

「すごいすごい! なみえちゃんかっこいいー!」

 

「神奈川第一の艦娘の人たちもやるなぁ~。」

「そうそう。特にあっちの後ろの方にいた人の砲撃なんかここから見てても迫力あって凄まじかったし。」

 

「艦娘って学生さん達が多いのよね?若いのによくやるわねぇ~。」

「でもあちらの神奈川第一鎮守府の艦娘にはうちらと近い歳の人もいるみたいですよ。」

「どのみち俺ら会社員にはあの子たちのように艦娘になるなんて無理っしょ。」

「……まぁ、○○くんは男だしね。」

「いや、まぁ、その……俺が言いたかったのはさ……。」

 

 様々な感想の言葉が発せられる観客席たる堤防沿い。艦娘の戦いを間近で見られて興奮して色めき立つ場所目指して那珂達は移動し始めた。

 

 

--

 

 雷撃による大量の水柱と大波が収まった視線の先の海を那珂と五月雨、そして五十鈴と不知火は針路を時計回りに回りながら注視していた。その時、明石による判定の言葉を聞いた。そこで初めて安堵の息を吐き力を抜く。

 那珂は五月雨に減速を指示し、やがて停止した。

「那珂さん?」

「もう大丈夫。あとは終了を待とっか。」

「それじゃあ……!」

 那珂の言葉を受けて五月雨は時計を見る。すると、前半終了まで後1分というところであった。

 

 しばらく待つと、堤防から提督の声が聞こえ指示が発せられた。

「それじゃ戻りましょ、那珂さん!」

「うん。……とその前にぃ~。」

 

 五月雨の誘いに答えつつ、那珂が向かった先はつい先程自分達が雷撃の的にした龍田達の方向であった。五月雨は最初離れていく那珂に首を傾げたが、その様子を見ていてハッとした。反対側で見ていた五十鈴と不知火も同じ様を示した。

 

 那珂は停止し、目の前でスネから下だけ浮かべて必死にもがいて起き上がろうとしている少女に手を差し伸べた。

「だいじょーぶ? はい、あたしの手掴んでいいよ。」

「……あ。那珂さん……?」

「うん。龍田ちゃん、お久しぶり。」

 ザパァ……と海水が龍田の身体から流れ滴り落ちる。龍田は那珂の手を掴んでようやく上半身を起き上がらせ、海面に立つことができた。

「お、お久しぶり……です。従姉の天龍ちゃんが、お世話になってます。」

「アハハ。こちらこそ。彼女は良いライバルかもだしね! 天龍ちゃんもナイスファイトだけど、龍田ちゃんもナイスファイト! あたしを撒くなんてなかなかの冷静な判断っぷりでよかったよ~。」

 那珂がそう励ますと、龍田は視線を落とし顔を隠した。那珂は龍田が次に発する言葉を待つ。やがて龍田は重い口を開けて言葉をひねり出した。

「私は……大したことできてません。天龍ちゃんがいなければ……。せめて暁たちに危険が及ばないように先頭に立って動くことしかできませんでした。」

「それが一番大事だと思うなぁ。あたしは川内ちゃんと夕立ちゃんを結局守ることすらできなかったし。」

「だったら私は長良を守れなかったわ。」

 突然会話に割り込んできたのは五十鈴だった。そばには暁たちがいる。五十鈴・不知火・五月雨もまた那珂と同じように敵であった暁達神奈川第一の駆逐艦達の起き上がりを助けていた。それを終えた後の五十鈴の言葉だったのだ。

 

「うちは、結果として変に奇をてらいすぎていたわ。個々の行動に自由な立ち居振る舞いを許してしまっていた。だから、川内も夕立も長良も途中でやられた。私達は彼女らを守る行動を取れなかった。あなた達のように本物の軍艦の艦隊行動さながらの行動をしていたら、守れたかもしれないし、もっと充実した展開を迎えられたかもしれない。そう考えると……そうでしょ、那珂。」

「……うん。そーだね。だから、龍田ちゃんたちの動きはためになったし、とても厄介だった。そして羨ましいと思ったなぁ。」

「……羨ましい?」

 那珂は龍田の聞き返しに、相槌をゆっくり打った。

「うん。理由は今五十鈴ちゃんが言ってくれたとおりかな。試合には勝ったけどなんとやらは……って感じ?」

 那珂の言葉に釈然としない表情を浮かべる龍田。そんな彼女の周りに暁たちが移動してきたので那珂は離れて自分達の艦娘同士でまとまることにした。

「反省はまだまだしたいけど、試合もまだあと後半戦があるからこのくらいにして戻ろっか。ホラ、鳥海さんたちも戻ってきたし、うちも妙高さんたちが先に戻り始めてるし。」

 那珂がその場の全員にそう言葉を投げかけると、全員頷いた。

 

 

--

 

 やがて堤防の手前の海岸線に参加した艦娘全員が揃った。鎮守府Aのメンツと神奈川第一のメンツ、それぞれ固まり、視線は堤防の上つまり観客の間に移動していた提督らに向く。

 

「みんなご苦労様。前半戦よく戦ってくれた。前半戦は千葉第二鎮守府の判定勝利。優勢だ。時間は短いけれど、後半戦に向けて休んでくれ。」

 そう提督が口にすると、観客たちも奮闘した艦娘達に口々に温かい言葉を投げかけた。

 

「会長ー!かっこよかったっすよー!」

「なみえちゃ~ん!すっごいすっごい!」

「ながるーん! よく頑張ったよ~! やっぱながるんかっけぇわ~!」

「さっちゃ~ん! お疲れ様です!」

「神先さーん! 後半も頑張ってね~!」

 

「さっつーん!よく頑張ったね~お疲れ様ー!」

「時雨~!あんた遠くて見えなかったよぉ~!」

「夕音ちゃん!お疲れ様! ホラ、もう泣かないでよ~!」

「ますみちゃん……って、今は村雨ちゃんって呼んだほうがいいの~? 村雨ちゃ~んファイトー後半目立って~!」

 

 那珂たちの高校から来た生徒の他、五月雨たちの中学校から来ていると思われる少年少女達も口々に労いの言葉をかけている。

 提督と同じ会社から来た者達、そしてテレビ局の社員達は、観客と艦娘たる少女達の様子を黙って温かい目でただ見守るのみだ。

 

「は~いみなさーん!早く工廠に戻ってくださいね~。あっちで補給しつつ休んでくださーい。」

 明石に続いて神奈川第一の鹿島も案内のための声掛けをした。

「みなさ~ん。私達も場所をお借りしてるので、一緒に戻ってください!」

 

 艦娘達はタイミングはマチマチだが全員頷き、観客達からの声援の返しはほどほどに、ゆっくりと速力を挙げて川に入りそして工廠の前の湾へと入っていった。

 

 

--

 

 出撃用水路から上陸した艦娘達は、艤装を一旦預け、燃料やエネルギーなどを補給している間、工廠入り口に鎮守府別に集まってそれぞれ話し合っていた。鎮守府Aには提督と明石が、神奈川第一には鹿島が付いてだ。

 

「みんなご苦労様。特に那珂、五十鈴。よくみんなを引っ張ってくれた。最後の雷撃でフィニッシュは見事だったよ。」

「エヘヘ。それほどでも~。」

「ありがとうございます。けれど、私達の行動や作戦はまだまだ甘いと思ったわ。」

 素直に喜ぶ那珂とは対照的に、反省のため表情に影を落とす五十鈴。同じく影を落としたのは川内だった。

「あたしも……ダメでした。轟沈なんてくっそ情けない!」

「あたしもあたしも~。」

 川内に同意する夕立は、言葉は普段どおりだが勢いがない。

「あたしも~。やっぱいきなりあんな激しい戦いは無理だね~。」長良も反省を口にする。

 

「いや、三人は仕方ないさ。長良はまだ基本訓練中の身だし、川内と夕立は戦艦の砲撃を思い切り食らってしまったんだからね。川内はそれでも敵にくってかかろうとしたんだから、良かったと思うぞ。」

「うーん……そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、あたし的にはやっぱりなぁ……。」

「あたしも試合に出させてもらえたんだったらもっといい活躍したかったな~~。」

 

 川内と長良が言葉を濁すのと同時にそれぞれが反省や愚痴を言い始めた。そんなざわつく少女たちを静粛にするため妙高が一声発した。

「後半戦、いかがいたしましょう?」

 

 一気に静まり返る一同。その静けさを破ったのはなんと神通だった。

「川内さんの代わり、私にやらせてもらえないでしょうか?」

「「神通!?」」「神通ちゃん!?」「「神通さん!?」」

 普段大人しい人物の意外な積極的発言に誰もが目を見張って驚いた。

 全員の視線が集中するが、神通は恥ずかしさを飲み込んで続けた。

「川内さんの敵討ち、です。」

「敵討ちって……普段のあんたに絶対似合わない言葉だなぁ……でも嬉しい。あたしの代わり、神通に任せたいよ。ねぇ那珂さん、五十鈴さん、妙高さん。いいでしょ? あたしからもお願いしたい。神通を後半戦の前衛艦隊の旗艦にして!」

 懇願された那珂始め三人は顔を見合わせる。

 那珂は神通に一歩二歩と近づき、視線を合わせて言った。

「ほんっと~~にやれる?自信ある?」

「……あ、あります。……多分。いえ、私、やりたいんです!」

 那珂の強い問いただしに若干勢いをなくす神通。そこに那珂は畳み掛けた。

「ハッキリ言って残った敵は強いよ。今のあたし達がまだ知らない艦種の艦娘が3人もいるんだもん。それにあの独立旗艦の鳥海さん、あの人は天龍ちゃんも忠告してくれたけど、かなり強いってさ。そーでしょ、川内ちゃん?」

「は、はい。あの人の一撃はすっごく強烈でした。それにまったく気配を感じなかった。頭に血が上ってたとはいえさすがのあたしでも、海上を動く艦娘の存在に気づけないはずないですもん。それなのに間近に迫っていたことすらわからなかった。いきなり横に現れて弾き飛ばされました。アニメやゲームのキャラなら瞬間移動とか超スピードを持つ強キャラかよって思いますけど、現実にはそんなことありえないわけで。」

 経験者は語るとはまさにこのことと示さんばかりの川内の言葉に神通はゴクリと唾を飲み込んだ。神通の決心がさらに揺らぐ。

 

 川内の敵討ち、それしか考えていなかった。敵の残った勢力がスッポリ抜け落ちていた。しかし皆の前で強く決意した手前、やっぱやめます、誰か手伝ってくださいとは非常に言いづらい。めちゃ言いづらい。そんな神通の思いが彼女に頭を垂れさせる。誰の視線からも神通の顔色が見えなくなる。

 しばらく続いた沈黙を破ったのは那珂だった。

 

「編成枠一人空いてるでしょ。夕立ちゃんの分。そこにあたしも加わろっか。神通ちゃんにあそこまで強く言わせてしまったらさ、先輩として黙ってたらちょっと情けないかなぁ~って思うの。ねぇ川内ちゃん、神通ちゃん。あたし、加わったら……ダメ?」

 やや前傾姿勢に、上目遣いになるようにして那珂は懇願した。その様子には普段通りの茶化しが見え隠れする。しかし、川内にしてみれば神通一人に任せることの不安、神通にしてみれば心強い先輩が加わることで決心の揺らぎをごまかせることが解消できるため、願ってもない提案だった。

「あたしはかまわないですよ。あとは神通がどう思うかだけど。どう、神通?」

 思い切り承諾するのもわざとらしいと思った川内は自分の意志はどうであれ言い出した本人に任せるよう言葉運びをした。同僚の確認を受けて神通は配慮に気づいてゆっくりと頷き答えた。

「……そう、ですね。万全に近い状態にしておきたいですし。那珂さん、一緒に戦ってもらえますか?」

「うん!任せて! 今度は神通ちゃんと絶対助けてみせるから。あ、もちろん五月雨ちゃんたちもだよ~~。」

 

 笑いを取ることは忘れない那珂だった。

 

 それぞれの思う筋運びになったことで、最後の作戦会議は続く。

 

<二次編成> 前→後ろ

本隊(旗艦:神通)

神通

  不知火

    時雨

      村雨

        五月雨

          那珂

 

支援艦隊(旗艦:妙高)

五十鈴

妙高

名取

 

 もはや支援艦隊は手薄も手薄、脆い状態になっていた。しかし神奈川第一にはすでに支援艦隊に割ける人材がいないので、その点を加味すると神通たちにとっては三人でも心強い存在だった。

 妙高による遠距離砲撃、五十鈴と名取は雷撃で支援する。万が一の対空は不慣れな名取それから妙高には砲撃に集中してもらうために二人をかばうため五十鈴がすることになった。

「みや……名取。魚雷の撃ち方は教えたとおり、できるわね?」

「う、うん。落ち着いていられたら、多分大丈夫。」

「タイミングは私が指示するから、あなたは狙うことだけに集中なさい。いいわね。」

「わかった。私頑張る……!」

 

 本隊たる前衛艦隊は神通を先頭にして梯形陣となった。神奈川第一の龍田たちの艦隊行動を参考にし、なるべく流れるように砲撃や雷撃をするためだ。流れるように動く必要があるため一度狙われれば脆いが、攻撃の初動と狙いがあえば砲撃・雷撃の威力が何倍にも高まり、敵の回避を妨げることができる。まさに決戦仕様の陣形。那珂が全員にそれを提案し、旗艦神通が承認してその陣形が採用された。

 

 

--

 

 万全とはいえないが後半戦に向けての準備は整った。那珂たちは奮起して掛け声をあげようとする。音頭を取ろうとしたその時、時雨が手のひらで那珂の背後を指し示した。

「あの……那珂さん。後ろに神奈川第一の方が……。」

「えっ?」

 

 那珂は振り上げた手をおろして後ろを向く。するとそこには神奈川第一鎮守府の独立旗艦、鳥海が静かな笑顔で立っていた。

「あ……鳥海さん。どうかされたんですか?」

「いえ。前半戦の判定勝利のお祝いにと思いまして。はっきり言ってあなた達を甘く見ていました。素晴らしい奮闘っぷりでした。判定勝利おめでとうございます。」

「いえいえ。こちらこそそちらの動き方とか大変勉強になっています。この勢いで後半戦も勝っちゃいますよ~~?」

「ふふっ。それはどうでしょうね。お互い全力を出し切って良い後半戦にしたいですね。」

「はい!」

 

 和やかな会話が進む。話してみれば意外と話しやすい。とっつきやすそう。那珂はそう感じた。今回そしてこれからこの人と接する機会がどれだけあるのかわからない。しかしこの優しげだが一片が見えた底の見えない強さと、そうだと感じさせるオーラは絶対只者ではない証拠だ。

 那珂は、この今の声掛けがただの挨拶と賞賛ではないと踏む。

 

「ところで、うちの天龍と一騎打ちを約束していたとか。」

 突然話題が変わった。那珂は一瞬身構えるが平然を装って会話に乗ってみた。

「え、あ。はい。なんというか……天龍ちゃんがどうしてもって誘ってきて~。」

「そうですか。天龍が我儘を押し付けてご迷惑をおかけしました。あなたももっとやりたい別の作戦もあったでしょうに。」

「いえいえ、お気になさらずに! なんだかんだで天龍ちゃんと真っ向勝負できて満足しましたし。」

 

 那珂がケラケラと笑いを交えながら応えると、鳥海も釣られて笑みをこぼす。

「ふふっ。そうですか。よかった……安心しました。それでは我儘ついでに私のお願い聞いていただけますか?」

「へ?」

 その後に続いた言葉は那珂の想像を超えるものだった。

「私とも、一騎打ちをしてください。」

 

 

 五十鈴達は那珂のように笑みをこぼすことなくほぼ無表情だったが、那珂もまた笑みが次第に消えた。言葉の意味がすぐに理解できなかったためだ。

「えーと、それは……どーしてですか?」

「那珂さん、あなたと一対一の勝負をしたいのです。あなたに、非常に興味が湧きました。」

 真正面からそう言われて那珂は戸惑う。それは口の重みにも表れた。

「し、勝負って……別にあたし、そういうの趣味じゃないんですけど。たまたま天龍ちゃんだったから乗ってもいいかなって思っただけで。」

 

「そこをなんとか。」

 食い下がる鳥海に対して沈黙で応える那珂。鳥海は2秒ほど黙った後、再び那珂に提案の言葉を投げかけた。

 

「それではこうしましょう。一騎打ちして、あなたが勝ったらその時点で演習試合、千葉第二の勝利としましょう。うちに戦闘継続可能な艦娘が残っていても負けとします。」

「……それって。それじゃああたしが負けたら、うちらも同じように負けですか?」

「いえ。あなたが負けてもそれは那珂さんの轟沈のみで、そちらは引き続き戦闘を継続してもらって結構です。」

「へぇ~~。随分、自信おありなんですね~?」

 那珂は鳥海の言い方にカチンと来て、厭味ったらしさを30%ほど混ぜて言い返した。それに鳥海はリアクションせずに答える。

「えぇ。」

 まったく変わらぬにこやかな表情。那珂は内心困惑した。いきなり一騎打ちをと言われても唐突過ぎて理解が追いつかない。そもそもほぼ初対面で交流がない。受ける理由がないのだ。

 こと今回に関しては、集団戦を最後までこなしたい。集団の中の個だったらまだよいが、個だけではいけない。自分だけ経験値を積んでレベルアップしても仕方ないのだ。全員で挑んで、(多少の差はあれど)全員で経験値を得てレベルアップせねば。

 那珂の答えは決まっていた。一旦後ろを向く。すると五十鈴始め川内、駆逐艦たち、そして妙高や提督ら大人勢全員の視線が一点に集まっている。

 それぞれの目は、那珂の答えを待っていた。那珂は少しだけ口の両端を上げてその意をほのめかし、そして鳥海の方を向いて返した。

 

【挿絵表示】

 

「せっかくのお誘いですけれどお断りします。あたしたちは全員で力を出し合って全員で挑みます。その結果負けちゃったなら、それはそれであたしたちの経験値なのでおっけぃですし。」

 

 那珂の返事に鳥海は表情を一切変えず笑顔(眼鏡の奥に光るものは別として)のまま無言で見つめる。そして小さいため息と共に諦観して言った。

「そうですか。最後にと思って思い切ってみたのですが、振られてしまいましたね。わかりました。それではこちらも全員で挑み、あなた達を倒してみせます。そして願わくば、那珂さんあなたと一対一で砲を交えられることを期待しています。」

 

 終始無表情にも感じられる笑顔を崩さぬまま、鳥海は神奈川第一の集団に戻っていった。

 それにしても何が“最後”なのだろうか? 何気なく漏らしたと思われるその単語になんとなく引っかかるものがある那珂であった。

 

 

--

 

 後半戦が始まるまでの休憩時間、テレビ局のカメラはずっと向いていてその視線?を感じていたものの、那珂達は見学者たる同学校のクラスメートたちとおしゃべりに興じるなどして気にせずこの後のために英気を養った。那珂の高校としてはメディア部がインタビューをしてきたので応対するのも忘れない。

 

 すでに神奈川第一の艦娘達は外に出て行っていない。出撃用水路の前には、前半戦を生き残った那珂、神通、五十鈴、時雨、村雨、五月雨、不知火、妙高そして名取がいる。

 彼女たちの向かいには惜しくも轟沈判定してしまった川内、夕立、長良、そしてずっと見守ってくれていたクラスメート達が立っていた。

 

「那珂さん、神通。あたしの分まで頼みましたよ。絶対勝ってよ!」

「時雨~ますみん~さみ~!それからぬいぬい~! あたしのカタキ?お願いだよ~!」

「アハハ!りんちゃぁ~ん、みゃ~ちゃん。良いお手本期待してるよー!」

 

「会長、頑張ってください!」

「俺たちの会長~~!」「「わーー!!」」

「なみえちゃん、ガンバ!」

 

「さっちゃん、頑張ってくださいね。」と和子。

「神先さんのかっこいいところ見たいよ。頑張ってね!」

 

 五月雨らには同中学校のクラスメートたちが同じように声援をかけて送り出そうとしている。不知火に対してもまた、クラスメートが熱い声援を投げかけたり肩をポンポンと叩いて冗談めかした応援をしている。

 

「うん。行ってくるねみんな!あたしの活躍期待しとけよ~~!」と那珂。

「はいはい、お手本になってあげるからこの後の訓練期待しててよね。」

「あ……うん、和子ちゃん、○○さん。なんとか、生き残って勝ってみせる、から。」

五十鈴そして神通が那珂に続く。そして時雨たちも目の前からの声援に応える。

 

「ゆう、○○さん、××さん、みんな。行ってきます。」

「あんまり自信ないけど、生き残ってみせるわぁ~!」

「私、頑張っちゃいますから! みんな、私のやる気見ててね!」

「(コクリ)」

 

 全員が一通り決意と応援の応酬を終えた。那珂は全員を見渡し、別作業のため今この場にいない人物の代わりにいつも慣れきった言葉を発した。

「それじゃあ行ってきます。皆、暁の水平線に勝利を。」

「「勝利を!」」

 送り出す側では川内と夕立のみ同じ言葉を口にする。

 

川内たちとクラスメートたちが見守る中、後半戦に挑むため艦娘達は海に足を付けて出て行った。

 

 

 

 




なお、本作にはオリジナルの挿絵がついています。
小説ということで普段の私の絵とは描き方を変えているため、見づらいかもしれませんがご了承ください。
ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=75025835
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1mEHkfOEoc-vYJPU0SAW-u-OmBx8bcvHr60HK0X6PFRo/edit?usp=sharing

好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

演習試合(後半)
登場人物


 神奈川第一鎮守府の艦娘達との演習試合後半戦。今までの自分たちにない力と迫力を持つ、強敵鳥海率いる神奈川第一鎮守府の艦娘達に、那珂たちはどう立ち向かうのか。互いに消耗する中、彼女たちが見た結末とは?

【挿絵表示】



<鎮守府Aのメンツ>

軽巡洋艦那珂(本名:光主那美恵)

 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。演習試合前半をかろうじて中破で生き残る。後半では強敵鳥海にどう立ち居振る舞うか。

 

軽巡洋艦川内(本名:内田流留)

 鎮守府Aに在籍する川内型のネームシップの艦娘。演習試合前半で轟沈。

 

軽巡洋艦神通(本名:神先幸)

 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。演習試合後半の旗艦。いろいろなことに責任を感じやすい彼女が見せる戦い方とは。

 

軽巡洋艦五十鈴(本名:五十嵐凛花)

 鎮守府Aに在籍する長良型の2番艦。演習試合後半では支援艦隊。

 

軽巡洋艦長良(本名:黒田良)

 鎮守府Aに在籍する長良型のネームシップ。演習試合前半で轟沈。川内とともに、試合中に何かあったときのための作業係となる。

 

軽巡洋艦名取(本名:副島宮子)

 鎮守府Aに在籍する長良型の艦娘。演習試合後半でも支援艦隊所属。ビギナーズラックは……あるか!?

 

駆逐艦五月雨(本名:早川皐月)

 鎮守府Aの最初の艦娘。演習試合後半では本隊所属。元来のドジっ子属性が発揮される中、初期艦・秘書艦の意地なのか奮闘する。

 

駆逐艦時雨(本名:五条時雨)

 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。演習試合後半では本隊所属。那珂と組んで奮戦する。現状の白露型では一番の姉艦たる意地を見せられるか?

 

駆逐艦村雨(本名:村木真純)

 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。演習試合後半では本隊所属。

 

駆逐艦夕立(本名:立川夕音)

 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。演習試合前半で轟沈。

 

駆逐艦不知火(本名:知田智子)

 鎮守府Aに在籍する陽炎型の艦娘。演習試合後半でも本隊所属。

 

重巡洋艦妙高(本名:黒崎(藤沢)妙子)

 鎮守府Aに在籍する妙高型の艦娘。演習試合後半でも支援艦隊。

 

工作艦明石(本名:明石奈緒)

 鎮守府Aに在籍する艦娘。工廠の若き長。演習試合では艦娘達のステータスチェックとジャッジ・アナウンス役。悪いと思いつつもやはり自分らの鎮守府Aの艦娘びいき。

 

提督(本名:西脇栄馬)

 鎮守府Aを管理する代表。演習試合の最初と最後の号令係。自分の艦娘達の戦いっぷりと勝敗の行方を実は誰よりもハラハラしながら気にして見ている。

 

<神奈川第一鎮守府>

練習巡洋艦鹿島

 村瀬提督から提督代理を任された艦娘。今回はほぼほぼ西脇提督と一緒に行動。霧島曰く、天然の魔性の女。影では変な言われようだが、出張先では提督代理を務めることが多い、神奈川第一鎮守府の上層部でもかなりの位置に実はいる女性。

 

軽巡洋艦天龍(本名:村瀬立江)

 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。演習試合前半で轟沈。那珂のことを知りたくて、試合終了後の懇親会でなんとかして絡んでやろうという考えで頭の中はいっぱい。

 

駆逐艦暁、響、雷、電

 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。演習試合前半で轟沈。試合終了後の懇親会では鎮守府Aで唯一仲良くなった川内と絡む。

 

重巡洋艦鳥海

 演習試合に参加する神奈川第一鎮守府側の独立旗艦。演習試合後半の旗艦。那珂の強さに興味を示し、一騎打ちを申し出るも断られた。そのため戦いの中でその強さと彼女のことを知ろうと立ち回り仕掛ける。僚艦の艦娘達はなにかと彼女を気にかけた素振りがあるが、鳥海は何か事情を秘めている。

 

戦艦霧島

 演神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。演習試合後半でもその強烈な火力の一撃で戦場をかき乱す。

 

軽空母飛鷹・準鷹

 演神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。演習試合後半では本隊ながらも後方に位置して航空攻撃を繰り出す。

 

駆逐艦秋月・涼月

 演神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。演習試合後半では常に鳥海に付き従い連携の取れた攻撃を仕掛ける。

 

<鎮守府Aにかかわる一般人>

那珂の通う高校の生徒達

 同高校から、一年~三年、教師と大人数で見学のため来ている。生徒会からは和子が来ているため、神通は終始安心することができている。

 なお、メディア部の井上は提督に頼みこみ、学生の立場として撮影・記録担当。

 

五月雨の通う中学校の生徒達

 五月雨はじめ白露型担当の少女達の通う中学校からも見学目的で十数人が来ている。

 

不知火の通う中学校の同級生2人

 不知火の中学校からは、彼女の友人兼艦娘部のメンバーが二人来ている。彼女らもまた近い将来なるために観察を熱心に行う。

 

提督の勤務する会社の社員

 西脇提督と同じ会社に勤務する社員も数人来ている。西脇栄馬という先輩(後輩)が関わる艦娘世界とはどういうものかを興味本位で見に来ているとかなんとか。

 

ネットTV局のスタッフ達

 縁あって鎮守府Aとつながりを持った。ネットテレビ局。今回は演習試合はじめイベント全体の撮影・広報役。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後半戦開始

 神奈川第一鎮守府の艦娘達との演習試合後半戦の火蓋が切って落とされた。鳥海らの特殊な陣形に驚き感心を継続するまもなく、凄まじい気迫で近距離・遠距離から襲いかかられ、那珂達は早速右往左往する。


 那珂たちが前半戦開始前と同じポイントに立つと、神奈川第一の鳥海たちもまた同様に同じポイントに立っていた。しかし、その陣形は何かおかしい。

 

「何……あれ?」

「……鳥海さんと駆逐艦のお二人が前に、戦艦の霧島さんと空母のお二人が……ちょっと見えにくいですが前の三人の遥か後方にいますね。少ない人数でも、前衛と支援艦隊で分けたのでしょうか?」

 

【挿絵表示】

 

 那珂がぽろりと素直な疑問を口にすると、並走していた神通が確認がてら説明をする。

「ふつーなら6人で来ると思ったんだけどなぁ~。まぁ理にかなってるよね、あの並び方。」

「そう、ですね。遠距離を狙える戦艦と空母が後方に……。以前、近代の海戦の参考書で見たことある気がします。」

「油断できないなぁ~鳥海さん。やっぱあの人強いわ~。」

 那珂の普段の口調気味な感想に神通は言葉なくコクリと頷いて同意した。

 

 気を取り直して那珂はメンバー全員に向けて音頭を取った。

「さて、うちらも陣形変えるよ。」

「「はい。」」

 

「さてここからは旗艦の神通ちゃんにお譲りしま~す。神通さん、よろしくね~。」

「うぇっ!?」

 

 那珂は普段の軽調子でおどけながら神通に手で仕草をしながら主導権を譲った。未だその調子に慣れぬ神通は思いっきり驚き慌てる。しかし呼吸とツバを飲み込み、すぐに感情を落ち着けて思考を切り替える。

 もう一度開いたその目つきを見た那珂は、安心して口をつぐんだ。

 

「そ、それではこれから後半戦です。先程の作戦どおり、私と那珂さんそれから駆逐艦の4人は梯形陣という並びになって基本的に戦います。支援艦隊の妙高さん、五十鈴さん、名取さんは遠距離からの砲撃支援をお願いします。細かい動きは旗艦の妙高さんにお任せします。」

 神通からの確認と指示に全員返事をした。

 もはや誰も、そこにいて指示をしているのは数週間前までは素人(艦娘)JKだった少女としてではなく、艦娘神通としか見ていなかった。

 

 神通としても、もはや自分をまだ新人という免罪符を振るうつもりはなかった。艦娘をやっていなければただひたすら黙って静かに過ごす人生を送るしかなかった。それ以外をきっと考えなかっただろう。そんな自分がこうして普通の人間なら絶対に立てない海上に立ち、大勢の仲間がいて、彼女たちに指示を出している。

 なんと面白おかしい人生なのだろう。艦娘になってから成長できている気がする。今までは短い間隔・尺度でしか見ていなかったが、艦娘着任前、後、訓練直後、そして今、日々積み重ねた結果の自分。ある程度大きめの分類で見てみると、その時自身にできなかったことが、次の分類で見てみるとできている。

 

 自身の成長物語の妄想はここまでにしておこう。神通は考えふけるのをやめた。この間、神通は全員に指示を出し終わり、前方を向いて沈黙していた。

 那珂始め他のメンツから見ると、単に戦い前の精神統一か何かの微細な時間としか捉えられていない。

 

「神通ちゃん?」

「……はい。気持ちを落ち着けました。もう、大丈夫です。」

「そっか。うん。後ろは任せて、旗艦さんは安心して前を目指してね。」

「はい。……それでは皆、行きましょう!」

 

 掛け声とともに陣形を変え始める鎮守府Aの艦娘達。終わった後、神通は通信で明石に合図を送る。それを受けて明石は提督に伝えて提督が宣言した。

 

 

「それでは……始め!」

 

 

--

 

 

 提督の声がメガホンを介して検見川浜の一角に響き渡った。

 神通達はまず様子見のためゆっくりと10度の方角へ動き出した。とそうして神通たちが動き始めるわずか前に鳥海は秋月・涼月を伴って速力を数段回飛ばして動き出した。

 神通からは同じように動き始めたようにしか見えない。しかし、違いはすぐに判明する。

 

「え、速い?」

 

 独り言のように口にして驚きを密やかに表す。それは後ろに並んでいる不知火始め皆も気づく。

 最後尾の那珂から通信が入った。

 

「神通ちゃん、敵の動きが速い。この陣形じゃ不利かもしれないから一旦複縦陣になろ。」

「わかりました。那珂さん、私と並走してください。他の皆さんは私か那珂さんの後ろに!」

「「「「了解!」」」」

 

 那珂の進言を受けて神通が指示する。那珂が最初に速力を上げて神通の隣に移動し、そのうしろに村雨、五月雨がスライドして移動する。結果として神通の後ろには不知火と時雨が残った。

 

神通 不知火 時雨

那珂 村雨  五月雨

 

 

 陣形の変更が終わる頃には鳥海は目前に迫っていた。

「まずい!二手に分かれるよ!」

「はいぃ!!」

 那珂の急いた指示に神通も焦りをつられて湧き出して返事をする。

 

「遅い!!」

ズザバァァ!!

 

 鳥海達はまったく加減せぬ速力で神通と那珂の間を激しい波しぶきを立てて通り過ぎる。ギリギリで避けることができた神通と那珂の列はフラフラ若干蛇行するが、体勢を立て直すべく前進を続ける。一方速力を一旦緩めた鳥海は速力を緩めながら順次回頭してグルリと反時計回りに方向転換して鎮守府Aの艦隊の右舷に当たるメンツを目指す。

 そして主砲を左舷に構えた。

 

「てーー!」鳥海の掛け声が響いた。

 

ドドゥ!

ドゥ!

ドゥ!

 

「きゃあ!!」「!!」「きゃっ!」

 

 狙われた神通、不知火、時雨は直撃こそしなかったものの、足元、自身にかなり近いポイントにペイント弾が着水し水柱を立ち上げられたことに悲鳴を上げて驚いた。

 砲撃した鳥海達はペイント弾が自身から離れてすぐ速力を上げて移動していたため、神通たちが驚きによる身体の硬直を解いて視線を返した時にはすでにいなかった。

 

「神通ちゃん!5度の方角! 前!前! あーもう二人とも前方10度の方角に砲撃開始だよ!」

「「はい!」」

 

ドゥ!

ドドゥ!

ドドゥ!

 

 神通達の左舷に回り込もうとしていた鳥海たちを邪魔すべく那珂達は応戦する。那珂の咄嗟の指示による砲撃は方角やタイミング良く、鳥海ら三人を狙い撃ちする形になった。

 しかし、そのペイント弾はすべて当たらなかった。

 

ズド!ズドド!ズドアァァァ!!!

バッシャーーン!!

「甘いです。」

 

 

 鳥海は海面に向かって数発砲撃し、故意に水柱と激しい波を巻き起こす。それらは通常の戦闘であれば目くらまし程度で防御力皆無でしかないが、ことペイント弾を使う演習においては強力な防壁となる。ペイント弾はすべて激しい勢いの水柱と波でかき消されてしまったのだ。

 

「なっ!?」

 那珂はさすがに驚きを隠せず戸惑う。そしてその戸惑いをさらに悪化させる出来事が直後に起こった。

 

ヒューン……

 

ザッパアァァーーン!!

 

「うわうわ!」

「きゃあ!」

「きゃー!」

 那珂に続いて村雨、五月雨も悲鳴を上げる。

 

「夾叉夾叉!」

「きょうさってなんですかぁーーー!?」

「さみはだまってなさーい!」

 

 当たりはしなかったが間近に着水したことに那珂がやや慌て気味な分析結果を口にする。後ろの二人の反応はもはや気に留めない。砲撃をかわした那珂たちはやや355度に針路を向けて大きめの時計回りをした。鳥海達とは一定の距離を開けて対峙し続ける。

 一方で神通達は那珂から警告されて前方を向き鳥海達を狙うべく構えたものの、反航となっていたため攻撃のタイミングを逃した。

 

「ほ、砲撃かいs

「神通さん!反航!ダメです!」

「距離を取る!」

 

 神通が指示を言いかけると反航戦になっていることに時雨が気付いて忠告し、不知火が次に取るべき行動を叫ぶ。

 

 先輩たる駆逐艦二人に言われ、神通はトリガースイッチを押すのをギリギリで止め、10度の方角に針路を切り替えて鳥海達から距離を取った。その後反時計回りに大きく弧を描き始めた。

 ふと視線を左に向けると、那珂たちもまた同じように弧を描いていた。このまま互いが進めばどこかで合流する。

 さらに神通は斜め後ろに視線を向けた。鳥海達はまだ反対側を向いて回頭していない。位置関係を把握してハッとし、すぐに通信する。

 

「那珂さん、この位置なら、全員で雷撃すれば!」

「おっけぃ。やる?」

「やります!!」

 

「不知火さん、時雨さん、雷撃用意!」

「村雨ちゃん、五月雨ちゃん、思いっきり雷撃!」

 

「「「「はい!」」」」

 

 

 那珂と神通の揃った掛け声で各々が雷撃を放つ体勢を取り、そして放った。

 

ボシュ……ボシュ……

ボシュ……ボシュ……

 

シューーー……

 

しかし、放った魚雷とは別に那珂達に轟音を発して近づいてくるものがあった。

 撃ち終わって油断していた。油断していたというより、安定して確実に狙って撃つために速力を一時的に大きく落としてそれぞれがベストに近い体勢にしていた。結果として魚雷を撃つには最適な状態にはなったが敵の攻撃に対応するには不適だった。

 那珂は空気の流れの嫌な変化を鼻先で感じた。

 

「皆ジャンプかしゃがむかして回避!!」」

 

 那珂は早口で指示を出しながら主機をはめている足を海面から放し重力に従って海面に伏せた。

 

「「えっ!?」」

 那珂の早口と行動に理解が追いつかない残り5人がそれぞれバラバラな振る舞いをしたその直後。

 

 

ズドゴオオオォォ!!!

 

 

 轟音が鳴り響き白き爆弾が飛来した。

 

ヒューーーーン……

 

ズドゴアアアアアァァァン!!!

 

 

「「きゃああー!!」」

 

 バシャバシャ!バッシャーーン!!

 

ズザバァァーー……

 

 

 後方からの戦艦の砲撃をかろうじて避けてノーダメージでいられたのは那珂だけだった。那珂が海面に顔を出すと、神通らは前方にふっ飛ばされていた。

 と同時に、那珂たちのはるか前方で爆発音と水柱の立ち上がる音が巻き起こった。

 

ズドドドオオオオオォ!!

バッシャーーーーン!!

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

くじかれる出だし

 勢いのある敵の裏をかいたつもりが、那珂たちは出だしから手痛いカウンターを食らう。しかしただでは転ばない。再編成して再び鳥海らに立ち向かう。


 

--

 

ザパァ!

「神通ちゃん!みんなぁ!!」

 

 神通たちは那珂から数m離れていた。同じタイミングで海面に顔を出す者もいれば、被弾の拍子に天地逆転して吹っ飛び着水して沈んだため、いまだ藻掻いている者もいる。

 那珂は浮き上がるのと同時に移動を再開し、神通たちに近づく。

「被害状況確認して!」

 

「皆さんの状態を教えてください! わ、私は中破です!」

 神通がそう叫ぶと、那珂を始めとして皆ほうほうの体で報告し合った。

「あたしも中破。前半から変わってないよ!」

 

「ゴメンなさぁ~い。私耐久度0になっちゃいましたぁ。きっと轟沈ですぅ~。」と村雨。

「ふえぇ~~ん痛かったよぅ~。私は小破です~。」と五月雨。

 

「……大破。」一言で済ませる不知火。

「っつぅ……。すみません。僕は中破です。」

 ほぼ最後に時雨が言い終える形となった。

 

 全員の状態を聞いて飲み込んだ神通と那珂は顔を見合わせた。

「たった一発でメンバー全員がこれだけの被害なんて……。」

「ううん。一発じゃない。瞬間的に2~3発は飛んできた感じかな。一発だけじゃちょっと距離空いてる6人全員をさすがに狙えないはずだもん。」

 神通は那珂の判断と想定に頷くしかできない。

 神通たちは全員立ち上がり終わりひとまず集まった。すぐに狙われないとも限らないし、自分たちが狙った鳥海達の結末が不明なのだ。そうこうしているうちに明石から発表があった。

 

「千葉第二、駆逐艦村雨、轟沈!」

 

 

 言われた本人と友人たちそして那珂と神通は一斉に落胆のため息を吐いた。

「ハァ……私今回いいところなしですねぇ……。」

「まぁまぁ。よその鎮守府との初めての演習試合だもの。こういうこともあるさ。ね、さみ、那珂さん?」

「そ、そうだよますみちゃん!」

 

「私がもっと早く的確に回避指示出しておけばね~。ほんっとゴメンね村雨ちゃん。」

「わ、私も……旗艦として至らなくて。」

「わあぁ! 二人とも頭下げないでくださいよぉ! 熱い戦いの雰囲気味わえただけでも十分ですから。それに戦艦の攻撃受けてこんな姿になったのは、ある意味勲章ですしぃ。」

 那珂と神通二人から謝罪を受けて村雨は慌てて取り繕って苦笑気味にフォローし返した。

 

 アハハと誰からともなしに笑い出す那珂達。しかし視線はすぐに先程までの前方に向く。

「とりあえず村雨ちゃんは退場ってことで、残りの皆は引き続き鳥海さんたちの撃破、だよ。」

「砲撃に気を取られてわかりませんでしたけど、魚雷はどうなったのでしょうか?」

 神通がそう口にすると、那珂がサラリと答えた。

「放送がないっていうことは、相手は轟沈に至ってないってことなんだろーね。」

 

 事実、鳥海たちは魚雷の波をうまくいなし終えた様子だった。遠く離れた場所で立ち上がった水柱や波が収まったことで鳥海たちの姿をすぐに確認できた。実際の状態はどうだか那珂たちは把握できていないが、ピンピンしているように見えた。

 鳥海たちは丁寧にも、那珂たちが体勢を立て直すのを待っていた。

 

「はぁ~~~どうやら外したか回避したかなんだね~。元気いっぱいピンピンしてるよぉ。」

「皆で一斉に雷撃したのに……そうなるともう一回仕掛けないと三人とも倒せないのでは?」

「もう一回雷撃するんですか?」

 神通の提案に五月雨が反芻して確認する。しかし那珂はそれに対して頭を横に振った。

「ううん。多分もう一斉雷撃は通用しない気がする。あとはそれぞれのタイミングで攻撃の一つとして雷撃を挟むしかないかな。」

「砲撃と雷撃を五月雨式に、ですね。」と時雨。

「私がなぁに、時雨ちゃん?」

「……さみ、そういうボケはいいから。」

 五月雨の反応が素のものだとすぐに気づいた時雨はキョトンとしている彼女のことは無視し、神通と那珂に進言した。

「二手に分かれたほうがいいかと思います。ますみちゃんがやられてしまったのは痛いけど、残り5人でうまく立ち回るしかないかと。」

 時雨の言葉に頷く全員。そして那珂が口を開いた。視線は神通に向けたまま。

「そうだね。二手に分かれよっか。」

「人選はいかがします?どちらか二人っきりになってしまいますが。」

「はい。」

 シュビッと音が鳴るかのような静かだが素早く鋭い挙手で不知火が注目を集めた。何かを提案したいのだ。

「はい、不知火ちゃんどうぞ。」

 

「神通さん、私、五月雨で。那珂さん、時雨で。」

「おおぅ。そのこころは?」と那珂。

「足し引きすると、みんな中破になるので。」

 

「「へ?」」

 

 不知火以外揃って間の抜けた一言を発した。不知火は五月雨に耳打ちし、説明の代行を依頼した。

「え、ええと。不知火ちゃんが大破、私が小破なので、足して二で割ると二人とも中破だろうって。」

「あ~アハハ……そういうことね。な~るほど。」

 納得の意を苦笑に乗せて示す那珂。この微妙な空気を早く変えたかったので言葉を引き継いで話を進めることにした。

 

「え~っと、不知火ちゃんの提案採用。あんまりあちらさんを待たすのも悪いからサクッと行動しよう。神通ちゃん、指示お願い。」

「え、あ、はい。それでは、不知火さん、五月雨さん私についてきて下さい。時雨さんは那珂さんに従ってください。以後、そちらの指揮系統は那珂さんにお任せします。」

「りょ~かい。それじゃいっくよ、時雨ちゃん!」

「わかりました!」

 

 那珂と時雨から返事を受けた神通は不知火と五月雨に視線を向けた。移動を始めて離れていく那珂たちのことをもはや気に留めない。

「それでは行きましょう。」

「あの~私達、どうすればいいんでしょう? 正直言って、勝てる気がしません……だって。」

 言い淀む五月雨の視線は不知火に向かう。その行動の意味するところは、不知火の耐久度の判定にあった。

 五月雨の視線を追って不知火を見た神通は、ハッと気づいた。

 

「不知火さんをカバーしながら戦います。私……が旗艦なので、私が盾に、です。」

「そんな! それだったら小破の私がお二人の盾になりますよー!」

 なぜか神通に食らいつき始める五月雨。神通と五月雨の名乗り合い合戦が2~3巡した時、不知火がある方向に頭と視線を急に動かし、珍しく叫んだ。

「二人とも動いて! 対空!」

「「えっ!?」」

 

 神通が上空を見ると、後方から前半戦に何度か見た敵爆撃機・戦闘機の編隊が向かってきていた。それに気づいた神通は慌てて指示を出しながら自らも動く。

「ここから離脱します!二人とも機銃パーツを上空に向けておいてください!」

 

 敵航空機の編隊が迫る中、神通たちは一気に速力を上げてようやく移動を再開した。

 

 

--

 

 自らを囮にし、敵が一斉雷撃をしやすいタイミングを作る。目論見が合えばきっとするはず。そしてこちらはそのタイミングを逃さない。

 鳥海は速力をやや緩め、鎮守府Aの艦隊に背を向けたまま彼女らの行動を待つ。うまく翻弄しておいたから、彼女らの意識はほぼ確実に自分らに向いている。鳥海はそう踏んでいた。

「今です。霧島さん、お願いします。」

「……了解よ。」

 

 数発の一撃でうまく行けば全滅できる。鳥海の望むところは那珂だけが生き残り他は全滅が理想だが、演習試合ベースの距離設定であっても、長距離砲撃はなかなか細かい調整が難しい。那珂含め全滅してしまってもそれはそれでアリかと鳥海は判断した。

 

 そして放たれた戦艦霧島の全砲門斉射。その直前の一斉雷撃。全ては期待通りのタイミング。

 しかし結果は、駆逐艦村雨以外は轟沈の報告なし。想定と異なるがそれは些細な問題でしかない。戦艦の砲撃を食らって(耐久度的に)無傷でいられるわけがない。

 そして自身らに迫る雷撃は、軌道がほぼ読めた段階で真横に針路を変え、全速力でギリギリでやり過ごした。数発のうち2発ほど海面から飛び出して対艦ミサイルのように迫ってきたが、そのうち一発は屈んだ姿勢のため容易にかわし、もう一発は秋月の機転のきいた機銃による弾幕により、届くギリギリで爆破処理した。ただ、狙いの妙な鋭さは誰のものか、なんとなく察するものがあった。

 

 それだけでも、一人だけが異様に強いあるいは将来期待しうる強さの可能性を秘めていることが読み取れる。

 あの少女の可能性をもっと引き出したい。そして戦いたい。

 

 鳥海の標的は、完全に那珂に絞られていた。そのためには僚艦が邪魔だという判断の思考に至った。

 

 

--

 

 神通達が移動し始めた後、那珂達は大きく反時計回りで進んで近づいた。相手はもちろん鳥海達だ。しかしそのまま接近するつもりはない。

「時雨ちゃん、あたしの右後ろに隠れて、魚雷を一発発射して。」

「あ、はい。でもすぐバレるんじゃ?」

「なるべく最初から深く潜るようにしてね。あたしは今からおおげさに砲撃して気を引いておくから。」

「わかりました! 狙いは?」

「駆逐艦のうちどちらかでいいよ。」

 

 那珂は時雨に指示すると、弧を描く移動を速力を緩めずドリフトするように激しい波しぶきを立てて中断し、方向を急転換させて左腕の主砲パーツから砲撃した。狙いは鳥海たちの移動を一旦緩めることだ。相手の力量や経験値を想像するに効果があるとは思えないがとにかくすることにした。

 

ドゥ!ドドゥ!ドゥ!

 

「今ですね!」

ボシュ……ザブン

 時雨は那珂がわざと立てた波しぶきに隠れるようにして移動を多めにとってから魚雷を発射した。魚雷へのインプットは、浮上と直進をエネルギーの燃焼を最小限に抑えて行い、互いの距離の中間まで来たら燃焼を強くしてスピードアップ。標的が進む方向へと一気に向かわせるのだ。

 

 直後那珂の砲撃が鳥海たちの間近に届いた。

バッシャーーン!!

 

ドドゥ!ドゥ!

 

ベチャ!ベチャ!

 

 

「うあっちゃ~~やっぱあっさり相殺しちゃうかぁ~。なんかそんな気がしてたんだよね~~。でももう一発!」

 那珂が放ったペイント弾のうち、2発ほど以外はすべて鳥海の砲撃で相殺されてしまった。その間、鳥海たちは速力を緩めなかった。那珂の思惑による行動は通用しそうにない。それでも時雨の魚雷が当たるかどうかを見届けないといけないため、左腕のすべての主砲パーツでもう一巡砲撃する。しかし今度はわざとらしくないよう、ややマジ狙いだ。

 つまり、全てのペイント弾は鳥海に集中して向かっていった。

 

「小賢しい!! それで私の動きを止められると思うのなら甘いです!」

 そう口にしたものの那珂の砲撃の数に対し自身の主砲の連射数で対応しきれず、数発相殺したが残り数発は姿勢を動かしてかわした。そうして視線を下に向けた時、鳥海は気づいた。

 

「はっ! き、緊急回避!!」

 最終的に鳥海は那珂の作戦にハマった。時雨に打たせた魚雷は狙い通りに敵に近づいていた。真ん中にいた駆逐艦秋月の足元を捉え、海上に飛び出した直後に爆発した。

 

ズガアアアァァン!!

 

「きゃあーー!!」

 間近で爆発に巻き込まれた秋月は訓練用の魚雷の爆発のシミュレーションどおりの衝撃で吹っ飛び、海面を何回も横転して海面に複数の波紋を作った。

「秋月!」「姉さん!」

 列から外れた秋月を復帰させるべく鳥海たちは針路を転換して秋月に駆け寄る。その時、鳥海たちは神通らの針路上に入ってしまった。

 そのことに気づいた神通たちも、この機を逃す手はない。

 

「二人とも、梯形陣に!一斉に撃ちます!」

「はい!」「(コクリ)」

 

 神通は針路を左に5度ほど緩やかに変え、続く二人が自分の真後ろでなくなったところで速力を自身が問題なく砲撃可能なギリギリまで落としてから砲撃開始した。

 

ズドォ!

ドドゥ!ドドドゥ!

 

「応戦!涼月も頼みます!」鳥海は撃ちながら素早く口にする。

「はい!」

ズドドォ!ドドゥドゥ!

 

 

ベチャベチャ!ベチャ!

 

ピチャ!

 

「っ……雑魚風情が、私に被弾させるなんていい度胸してますね……。」

 神通たちの放ったペイント弾はほとんどが鳥海によって相殺されたが、そのうちの一発が鳥海をかすめた。すると鳥海は眼鏡の奥の目を鋭く細めて神通たちを睨みつける。

 梯形陣と流れによってすでに鳥海たちから離れつつあった神通たちは背後を見せないように速力を高めて反時計回りに大きく転換し、再び針路に鳥海たちを納める移動をし始めた。

 そして鳥海らが神通に気を取られたスキに那珂たちもまた、移動を再開しゆっくりと近づいていく。

 

 

--

 

 神通に応戦している間に秋月が大勢を立て直した。

「すみません。もう大丈夫です。」と秋月。

「なら動きましょう。一旦那珂さんを目指します。私が思い切り目くらましするので、油断したスキにあの駆逐艦の少女の方を至近距離の雷撃で倒して下さい。あちらの小賢しい3人は無視です。」

「「はい!」」

 

 秋月・涼月の返事を確認するやいなや鳥海は速力を通常より3~4段階上げることを指示して動き出した。

「遅れないように!」

 

ズザバアアアアァァーーーー

 

「おぉ、近づいてくる……ってはやっ!! ヤバイ、曲がるよ時雨ちゃん!」

「はい!」

 

 鳥海たちが近づいてくることに那珂はすぐ把握したが、その速力に焦りを隠せない。那珂は敵を左舷に見つつも距離を取るべく10度だけ右に針路をずらす。そんな動きはまったく妨害にも回避にもなんにもならないとわかるほど、鳥海たちは猛スピードで迫る。

 

「てーー!」

 那珂が叫んだ。

 

ドドゥ!ドゥ!ドドゥ!

 

 那珂と時雨は左腕あるいは左手に持った主砲パーツで左舷の方角に向けて砲撃した。

 

ドゥ!ドドゥ!ドドゥ!

ドゥ!ドゥ!

 

 那珂が向かう方向に進路を変えた鳥海達は速力を緩めず、そして那珂たちの砲撃に臆さず、応戦しながら猛スピードで移動した。例によって那珂たちの砲撃の大半は相殺されてしまった。

 残り数発が鳥海に当たる。しかし鳥海はまったく慌てる様子を見せない。

 

「よしヒット。ってなんで当たってるのに平然と来るのーー!?普通びっくりするか何かで動き止めるでしょ~~~!」

「那珂さん追いつかれます!!」

 

 那珂が愚痴り、時雨が状況を冷静に口にする。時雨の指摘したとおり鳥海はまさに目と鼻の先に迫っていた。その時、那珂はとっさに時雨に指示した。

「雷撃用意。ただしギリギリまで動作をしないで。」

「カウンターですね?」

「そーそー。ただし狙うのは足元じゃないよ。あの人たちの体に直接向けちゃってね。あたしはエネルギー噴出のための水しぶき起こすからそれに向けてね。」

 那珂が早口で言うと時雨はもはや声に出さず頷くのみで承諾を示した。時雨は、那珂が自分に通常の雷撃をさせるつもりがないことを察した。

 

 

そして、両艦隊がぶつかる。

 

バッシャーーン!

バッシャアアアァーン!!

 

 那珂は時雨の雷撃を支援するためにわざと海面に機銃掃射して複数の水柱を立たせ。

 鳥海は秋月・涼月の雷撃を支援するためにわざと副砲で連続砲撃して複数の水柱を立たせ。

 それぞれの旗艦は駆逐艦に指示した。

 

「今だよ!」「はい!」

「今ですよ!」「「はい!」」

 

 

「「えっ!?」」

 那珂と鳥海が互いに顔を見合わせつつも本当にぶつからぬようその身を捩り飛び退いて強引に針路を変えたその時、その後ろに続くそれぞれの艦隊の駆逐艦は指示通り雷撃の操作をした。

 

 鎮守府Aの時雨が発射した魚雷は、那珂が起こした海水の水柱に直撃し、その直後青白い光を噴出して勢い良く宙を直進していった。対して神奈川第一の秋月と涼月が通常用途通り海中に放った魚雷は鳥海の起こした海水の壁により敵に気づかれずに海面ギリギリの深さを高速で泳いで直進した。

 そして……

 

 

シュー……ズガアアアアァン!!

「うあっ!!」

 

ヒュンッ……ズガッ!ズガアアアァン!!

「え!? きゃあ!!」「きゃーー!!」

 

【挿絵表示】

 

 

 海中を進む2本の魚雷が時雨の足元で爆発し、宙を進む2本の魚雷否対艦ミサイルが秋月と涼月の腰回りの艤装に直撃して爆発を起こした。3人の駆逐艦はその衝撃でそれぞれ後ろに吹き飛ばされる。そしてその衝撃の余波の爆風で那珂と鳥海も煽られバランスを崩しかけるが、僅かに蛇行しながらもなんとか体勢を立て直した。

 

 その驚き様を比較すると、度合いは鳥海のほうが大きかった。

「な……飛んできたのって魚雷!? そんな使い方するなんて……!」

「時雨ちゃぁーん!だいじょーぶー!?」

 那珂は敵への驚きというよりも、時雨の被弾に対して驚きそして心配していた。

 後方に数mふっ飛ばされた時雨は何度もでんぐり返しする最中那珂の声に意識を取り戻した。しゃがんだ姿勢で両足で踏ん張り片手で海面を触り長い航跡を作ってスピードを殺してようやく立ち上がって返事をした。

「は、はい! 多分轟沈はしていないかと!」

「一旦離れよう! そっち行くよ!」

 那珂は機銃パーツを取り付けた腕を背中に回し、暗に警戒しながら敵たる鳥海達に振り向かず速力を上げてその場から離脱した。

 

 

--

 

 一方の鳥海は、被弾して同じく後方にふっ飛ばされていた秋月・涼月両名に駆け寄るべく後退していた。

「二人とも、大丈夫ですか!?」

「つぅ……なんなんですかぁ今の!?」と秋月。

「いったぁーい……何が飛んできたのかよくわかりませんでしたよ……。」

 涼月も耐えきれぬ痛みを表情と口に表しつつ疑念の言葉を発する。二人の駆逐艦をなだめつつ鳥海は想像した分析結果を口にした。

「あれは……魚雷でしょう。どうやったのかわかりませんが、艦娘の魚雷をあのように使うなんて普通は考えらません。しかもそれをやったのが那珂さんではなく、駆逐艦の娘ということは……あちらの教育体制を甘く見積もっていました。彼女らを追い詰めるとどうやら手強くなりそうですね。非常に面白いです。」

 鳥海の様子をじっと見つめる秋月と涼月。

 

「いいでしょう。こちらももはやなりふりかまっていられません。……霧島さん、応答願います。」

 後方の霧島に鳥海は通信した。すると霧島はすぐに返事をした。

「はい。早く次の指示を頂戴。」

「お待たせして申し訳ございません。次は神通、不知火、五月雨を狙ってください。飛鷹も同様にその三人を。集中して徹底的に早期に潰してください。隼鷹は支援艦隊を攻撃して邪魔してください。途中の行動に関しては問いません。」

「了解よ。それじゃあ那珂さんたちは?」

「彼女は私の獲物ですから。」

「はいはい。あなたの最後の戦いを綺麗に飾れるように支援してみせるから、安心して立ち回りなさいな。」

「感謝します。」

 

 通信を終えると鳥海は二人の駆逐艦に向かって指示した。

「二人ともまだ動ける耐久度ですよね?」

「「はい。」」

「いいでしょう。標的は引き続き那珂、時雨の両名です。」

 

 鳥海は遠く離れた場所から飛鷹・隼鷹の航空機が放たれたのを確認すると、隊列を立て直して発進した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

変化する戦況

 那珂と時雨が鳥海にしかけるその周囲で、神通たちが、五十鈴達がそれぞれ自分たちの戦況の変化に追いつかんと欲する。その変化は神通に影響を与えるか。


 後半戦もしばらく経つと、那珂・時雨を追い回す鳥海達、神通たちを追い詰める霧島の砲撃・飛鷹の爆撃隊の爆撃、妙高達を苦しめる隼鷹の爆撃・攻撃隊からの攻撃、それぞれが中々目的を果たせぬすくみ状態になっていた。

 

 特に苦戦を強いられたのが神通ら、妙高らである。

 激戦区でない限り、深海棲艦相手に対空など通常はありえない。そのため対空訓練の度合いが低かった鎮守府Aの面々は、演習で初めて本格的に対空を経験することになり、中々慣れないでいた。

 相手のように砲撃で支援を行いたい妙高は、対空装備を整えていた五十鈴の対空射撃でなんとか致命傷を逃れていた。同じ長良型の名取はそもそも対空の訓練をまだ受けていなかったため、五十鈴に指示されるがままとりあえず空に向かって機銃掃射するという初心者丸出しの対応をしていた。

 

「これではーー、遠距離砲撃で支援するなんてできませんねー。」移動しながらのため声を大きめに出して言う妙高。

「たった4機のおもちゃくらいの飛行機なのにこんなに苦戦するなんて……対空に強いとされる軽巡五十鈴の艤装が聞いて呆れるわね。もっと訓練しておけばよかったわ私!」

「でもー、りんちゃんの指示のおかげで私ー、役に立ててるかもー!」

「えぇそうねー! もっと頑張りなさいよ名取!」

「えへへ~! りんちゃんに褒められたぁ~~!」

 

 同じ場所に留まるのは自殺行為のため、妙高率いる支援艦隊は航空機に追われて8の字や様々な文字を航跡で海上に描くように回避運動に集中していた。そのため、まともに支援ができない。

 防御の要として強く意識している五十鈴は、どうにかして空襲の合間を縫って落ち着いて妙高に砲撃させてあげたいと考えていたが、その対策を考える時間すら作れないでいた。

 ふと意識を一瞬だけ前方に向けると、同じように神通が回避運動に取り組んでいる姿が垣間見えた。その動きは、頼もしさすら覚えるものだったため安心して自分達の危機の方へと意識を戻した。

 

--

 

 神通たちはグルリと大きく回って鳥海達に再び砲撃を加えようとしたが、その前に彼女らが動き出し、そして那珂とぶつかったため離れて様子を見ていた。

 両艦隊がぶつかる手前、その行動をそばで見た五月雨と不知火が神通に進言した。

「あのままだと鳥海さん達、那珂さん達とぶつかっちゃいますよ!なんとかしないと!」

「!!(コクリ)」

 しかし神通は、二人の言葉に頭を横に振って制した。

「いいえ、このまま様子見です。ヘタに私達が加わると、那珂さんの邪魔をしてしまうかもしれません。きっと那珂さんなら、何か考えているはず。」

 神通の言葉に五月雨と不知火は眉をひそめたまま黙りそして神通の見る方向を同じように見ることしかできなかった。

 そうこうしているうちに那珂と鳥海らがぶつかった。そして両者の雷撃。前方で波しぶきと水柱と爆風が発生して視界不良な海域が構築されたのを目の当たりにした。

 

 そして神通はタイミングを読んだ。すでに那珂と時雨の無事は遠巻きながら確認済みだ。

「行きましょう。遠巻きに砲撃してなんとか倒せれば……。」

「「はい!」」

 神通が動き出したことに駆逐艦二人はようやく明るい表情を取り戻して返事をした。

 

 速力をやや上げて鳥海達に迫る神通達。しかし、その行く手を遮る物があった。

「あれは……また戦闘機!?」

 神通が口にしたその存在とは正しくは、飛鷹が放った爆撃機・攻撃機の編隊だった。

「た、対空用意!すべての機銃を上空に向けて構えておいてください!」

 神通の指示で五月雨と不知火は機銃パーツを構える。針路はまだ前進するため変えない。このまま進めば航空機らのコースとぶつかる。

 

「神通さん!まっすぐ前に飛行機来てますよぉーー!?」と五月雨。

「……回避!回避!?」不知火もさすがに焦りを隠せない。

 

「いいえ、まだです!」

 

 神通は、後半戦が始まる前に五十鈴から密かに受けたアドバイスを思い出していた。

 

 

--

 

 皆が観客とおしゃべりしたり思い思いに休んでいる中、神通は手招きだけで密かに五十鈴に呼び寄せられた。

「なんでしょう?」

「旗艦であるあなたに敵の情報とアドバイスをしておくわ。」

 五十鈴の台詞に頭に?を浮かべた顔をする神通。そんな反応を無視して五十鈴は続けた。

 

「これは私自身の反省でもあるんだけどね、爆撃機と攻撃機、違いをよく覚えておきなさい。」

「……どちらも敵の艦を攻撃するための艦載機ですよね? あ……爆撃と雷撃?」

 一応の正解を口にし途中で本当の正解を答えた神通に、五十鈴はコクリと頷く。

「えぇ。本当の艦船のそれを見たことなんてないけれど、艦娘の艦載機から放たれる爆撃と雷撃は、見た目に違いがなかったわ。私達はそれを見誤ったから、前半戦で苦戦して長良の轟沈を許してしまったのよ。だから……敵の航空機の挙動をよく見て、予測して動きなさい。撃ち落とすのは私もできなかったけれど、人間が遠隔操作する以上はきっとどこかに限界があるはず。視界にせよ、旋回の角度にせよ攻撃範囲にせよね。引きつけておいてどうにかするっていう手もあるわ。……曖昧でゴメンなさいね。そういう戦略的なシチュエーションは川内ならきっと漫画やゲームを引き合いに説明できるんでしょうけど。」

「あ、いえ……そんな。私も前半戦で偵察機を操作して敵航空機と空中戦していたので、五十鈴さんのおっしゃりたいことなんとなくわかります。……なんとか、対策考えてみます。」

「うん。頑張ってね。」

 

 五十鈴のアドバイスを受けて神通はやる気と責任感が増した。ある意味プレッシャーにもなったが、そちらの方面では考えないようにした。

 

 

--

 

 あの時受けた五十鈴からのアドバイス。それをどう実現するかは自分にかかっている。

 対空射撃してもたくみにかわされる。艦載機の操作はさすが空母の艦娘、自分達が想像付かないくらい上手いのだ。

 しかし人間が脳波で操作する以上、そしていくら最新技術を駆使した機械といえどこかに限界があるのだ。

 ふと、自分が操作したときのカメラ視点を思い出した。カメラの画角そしてカメラからの映像を映し出す人間の目の視野角。どういう原理かは知らないが自分の目で見える光景にカメラの映像が、まるで映像の端をわざとぼかしたかのような光景として飛び込んできていた。敵の空母艦娘も同じ見え方をしているなら、きっと端は見えづらいはず。

 神通はそう予想し、その仕様を突こうと試みた。

 

「私が合図をしたら同じ姿勢で後に続いてください。その際、機銃パーツも私と同じ方向に向けて撃って!」

「「はい!」」

 早口になっていた神通の指示に不知火と五月雨は素早く返す。

 

 迫る敵爆撃機・攻撃機の編隊。そしてついに攻撃が神通達に向かってきた。

 

ババババババ!

ボシュ、ボシュ、ボシュ……

 

「今です!」

 

 神通は咄嗟にしゃがんで姿勢を低くし、身体を素早く左に傾け、11時の方角に針路がずれるようにした。その際機銃パーツをつけた右腕を上空へ向けたままだ。事前にほんのわずかにかがんだので、その動作は後ろの二人に気づいた。そのため駆逐艦二人も咄嗟に後に続くことができた。

 

 そして

 

 

ババババババババ!!!

 

ズガッ!ボゥン!!

 

 

 神通から不知火そして五月雨と、3人の流れるようなしゃがみつつの右手上空への対空射撃の弾幕は、見事に敵爆撃機・攻撃機4機に命中し、撃墜に成功した。

 そのまま神通達は10~11時の方角に進み、鳥海や那珂たちとも違うポイントに移動した。

 

「よし。できました。」

「爆撃機と攻撃機、撃墜。」

「やりましたねぇ~!これでもう空からの攻撃は怖くありません~!」

 不知火と五月雨の言葉に神通は強く頷く。

 

 速力をやや緩めながら姿勢を戻すと、不知火と五月雨も後に続いて戻した。

「もう私の完全なマネはいいですよ……。」

「エヘヘ、はい。それで次はどうしますか? やっぱり那珂さんたちに合流して鳥海さんたちを?」

「?」

 五月雨の問いかけに神通はすぐに首を振らずに考えるため黙り込む。

 多分那珂は何か考えているだろう。いきなり両艦隊の戦闘海域に紛れ込むのはまずい気がする。神通はタイミングを見計らい、とりあえず那珂に通信して確認することにした。

 

 

--

 

 しかしその時、何か違和感に気づいた。空気の流れがわかる気がする。無数の空気の流れの中に、嗅ぎ覚えのある嫌な匂いのする流れがある。遠くから、きっともう間もなく轟音がする。

 

ズドゴアアアアアァァ!!!

 

 神通の嫌な予感は的中した。戦艦霧島の再びの砲撃が襲ってきたのだ。

 

ズオオオオオォォォ……

バシャ!ベシャシャ!!

ザッパアァァーーーン!

 

 

 なぜ感じ取れたのかわからぬままにとっさの判断で神通は左に倒れ込み左半身を下にして海面に倒れ込んだ。直撃はしなかったが砲撃たるペイント弾の壁からは逃れられずに右手と右膝から下が白濁で染まった。

 

 五月雨は立ち位置的に運良く2つのペイント弾を目の前と背後に見過ごした形になりなんとか被弾を免れる。

 そして不知火は身を前に倒してかわした……はずが、背中の艤装にペイント弾が命中し、その衝撃に耐えきれず強制的に後ろへふっ飛ばされてしまった。急な体勢の変化で首を痛めるほどに頭が振り子のようにガクンと背中側へと激しく揺さぶられる。

 

「し、不知火ちゃん!!!」

 

 我に返り真っ先に異常事態に気づきのは五月雨だった。目の前を通り過ぎたペイント弾が目の前にいた不知火を連れ去った。視界から一瞬にして消えた不知火に何が起こったのか刹那理解が及ばなかったが、失った我を瞬時に呼び戻すことはできた。

 五月雨は急停止して前へつんのめりつつも海上を通常の航行ではなく普通に駆けて方向転換し、不知火へと駆け寄った。不知火はもともと通ろうとしてたポイントから10数m後ろへ何度も横転しながらふっ飛ばされていた。

 神通はというと、一度海中で反転して方向転換し不知火の方向を向きながら浮上した。そのため不知火が被弾したという実感は、彼女に五月雨が駆け寄る光景を見て数秒して理解した。

 

「ふ、二人ともだいじょ……不知火さん!!?」

 

 神通は瞬間的に速力を数段回飛ばしで上げて不知火の元へと駆け寄った。五月雨の支えで海中から身を起こした不知火は飲み込みかけた海水をゲホゲホと咳払いをして苦しんでいる。もちろん彼女が苦しむ原因は海水の鯨飲だけではない。むしろ、被弾した艤装に引っ張られる形で吹き飛んだ際に痛めた首や背中や頭部などの部位が主たる原因だ。

 不知火は、若干過呼吸に陥っていた。

「不知火ちゃん?不知火ちゃん!?喋れる?大丈夫?」

「カハッ……ケホッ……!」

 

 五月雨が介抱のため声掛けをするも、不知火は咳と荒げた呼吸音しか発さない。五月雨が不安げな表情のまま顔を上げて神通を見つめる。神通もまた、不知火の容態に憂慮の面持ちでいた。

「神通さぁん……不知火ちゃん、まずいんじゃ?」

「……えぇ。ちょっと提督に伝えます。」

 

 神通は視線を何もない海上の方角に向け、腕のスマートウォッチを操作して通話アプリを起動し、提督に通信した。

「はい?どうした?」

「不知火さんなんですが、被弾の衝撃で打ちどころが悪かったらしくて、苦しそうで……。」

「ち、ちょっと待ってくれ。おーい明石さん……」

 

「千葉第二、駆逐艦不知火、轟沈!」

 

 明石は轟沈判定の叫びを上げた後、提督の声掛けに応じて神通との通信に参加した。

「はい、神通ちゃん? 不知火ちゃんがどうしました!?」

「あの……不知火さん、打ちどころが悪くて様子がおかしくて、早く診ていただきたいんです。」

「あらま大変!わかりました。今から川内ちゃんたち向かわせますね。提督は試合の一時中断を。」

「わかった。」

「すみません、お願いします……!」

 

 神通の懇願に提督も明石もすぐに応対した。提督の放送で試合の一時中断が発表され、明石の指示で川内・長良が小型のボートを引っ張って再び戦場の海域に姿を現した。

 神奈川第一の艦娘達には鹿島の口から事の概要が伝えられ、その場に待機が指示された。

 

「お待たせ! 迎えに来たよ不知火ちゃん。」

「ダイジョーブなの、不知火さん?」

 ボートを引っ張って川内と長良が口調はそのままながら心配そうな表情で神通たちのいるポイントにやってきた。

 神通と五月雨は川内と長良と一緒に不知火をボートに誘導して乗船させた。

「よし。不知火ちゃん、さぁ同調切って。後はあたし達に任せなさい。ね、長良さん。」

「そうそう。そうだよ! 前半でやられちゃったんだから、せめてこれくらいはあたしに役立たせてよ。」

「……!……!」

 不知火は未だ荒々しく呼吸をしながらボートに寝かされた後、神通の手を掴みながら同調を切って本来の智田知子と駆逐艦不知火の艤装に戻った。体重と重量でボートがやや沈むが、幾つかのパーツは長良が手に持つことにしたためボートの耐重量に収まった。

 

 ボートを引っ張ってゆっくりと進み始める川内と長良。そんな二人を見送る神通は誰へともなしに言った。

「あの、私試合止めて不知火さんの容態を見に行きます……!」

「……あんた、それ本気で言ってるの? 本当に言ってるんだったらひっぱたくからね、神通。」

「え……!?」

 カラッと明るい雰囲気から一瞬にして恫喝気味の顔と雰囲気になった川内が神通の戸惑いの言葉を遮った。

 

「そりゃ不知火ちゃんの容態心配だろうけど、だからって一度決めたことをやり遂げないで戦場から離れるなんて許さないよ。あたしの敵討ちしてくれるって言ったよね? 大人しいあんたがあそこまで言ってくれたこと、すっごく嬉しかったんだから。あの決意をあんたにさせる原動力にあたしがなれたんなら、親友としてこれほど嬉しいことないよ。その決意をひっくり返さないでよ。」

「せ、川内さん……。」

 憤りを覚えた川内は語気強くそのまま続ける。

「不知火ちゃんのことはあたしたちや明石さんに任せて、あんたはあんたのやるべきことを果たしてよ。体育会系の部活だってそうだよ。誰かが怪我したとしてもその介抱は他の人にお願いして、残りのメンバーは試合を続行してその人の分まで頑張って自分達のできることをやるんだよ。あんたいわば試合に出てるチームのリーダーなんだよ!? あんたがすることは不知火ちゃんについていって容態を診ることじゃない!」

「じ、じゃあ……私は何を?」

「あんたにはまだ五月雨ちゃんがいるじゃないのさ。それに那珂さんに時雨ちゃんも。……前半で取り乱したあたしが言うのもなんだけどさ、感情に流されないでよね。もう行くね。」

「あ……。」

 

 川内の怒りの琴線に触れてしまったことに神通は激しく後悔した。一瞬でも感情に流されて自分の役目を放棄しかけた。川内と皆を自分で説得してこの手に獲ったその役目を手放すなんて、相手が川内ではなくともきっと怒られたか注意されたかもしれない。

 

 神通は頭をブンブンと横に振った。反動で長い髪が何度も顔に当たる。

 思考をクリアにし、自分を見つめ直した。

 

((私は旗艦神通。皆をまとめあげて艦隊を勝利に導いてみせる。そのためには鬼にだってなってやる。))

((……言い過ぎた。川内さんに影響されたかな。……せめて恥ずかしい負け方をしないよう一矢報いてみせる。))

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

主力艦隊を討て

 神通は川内に叱咤激励され、自分が先陣を切るべき旗艦であることを思い出した。普段大人しい自分らに似合わぬやり方で敵に立ち向かうことを五月雨に指示し行動に移す。


 神通は再び決意した。その強い感情の高まりは、五月雨への指示となって表に表れる。

「雷撃用意を。ただしいつでも打てるよう角度調節だけでかまいません。」

「は、はい! 鳥海さんたちを狙うんですね?」

「いえ。私達の標的はあちらです。」

 そう言って神通が指差したのは、遠く離れた位置にいる霧島と準鷹・飛鷹だった。

「え……でもいいんでしょうか?」不安そうに尋ねる五月雨。

「私たちはあちらの編成を支援艦隊ともなんとも聞いていません。ただ離れて攻撃してきている相手です。だとすれば、私達が攻撃したらダメということはないはずです。」

「なるほどー。」

 理解したのか否かイマイチ判別しにくい返事をする五月雨に神通は続ける。

「ある程度近づいてから魚雷を放ちましょう。きっと私達なら攻撃して逃げられるはず。」

「え……と、なんでなんですか?」

 五月雨が素朴ながら鋭い質問をする。それに神通は一拍置いて答えた。

「私が担当している軽巡、五月雨さんが担当している駆逐艦は、軍艦の中でも船速が速い艦種なんだそうです。対して戦艦や空母は遅い。それが艦娘の同じ艦種にどの程度再現されているかわかりませんが、同等であると考えれば……可能かと。最大速力で近づいて、魚雷を撃ってそのままの勢いで逃げる。」

「果たして……うまくいくでしょうか?」

「転びそうになっても踏ん張って進みましょう。私が叫んで合図をしたら、車でいうところの……こうした動きで曲がってこの時に撃ちます。そしてこうして逃げます。この間、速力はなるべく落とさないでください。」

 説明を口にするが、口頭だけでは説明できそうにない部分はジェスチャーを加えて五月雨に伝える。神通は車やバイク等で行うドリフトを想定していた。その動きに五月雨は若干引く。

「うわぁ……なんか怖いです。私できませんよぉ~~。」

「やるんです。私だってできないかもしれません。でもこのくらい吹っ切れないと、きっと私たちは遠くからの砲撃でこのままやられるだけです。そんなの……悔しいじゃないですか。」

「神通さん……。」

 苦虫を噛み潰したような険しい表情をする神通を見た五月雨は、先程神通が川内に叱られていたのを思い出した。神通の気持ちをなんとなく察した五月雨は、もう反論的な愚痴を発するのをやめる意思表示した。

「が、頑張ります。私だって、ゆうちゃんもますみちゃんも不知火ちゃんもやられて悔しいです。神通さん、私も吹っ切れてみます!」

「(コクリ)私達に似合わない行動を、たまにはしてみましょう。」」

 

 意識合わせをした神通と五月雨は向かうべき方角を見定め、姿勢を低くし思い切りダッシュし始めた。

 

 

--

 

 神通と五月雨はいきなり速力を最大のリニアに近い度合いにまで高めた。訓練時に一度だけ出したことのある速力、それに近い高速。神通と五月雨の身体は水の抵抗と僅かな波で何度も上下に揺さぶられるが、それでも必死に耐えて進む。

 その行動に標的となった霧島達と、那珂と交戦中だった鳥海も気づいた。

 

 鳥海は那珂に反撃しながら霧島に通信した。

「あれは……霧島さんったら倒せなかったのね。……霧島さん、応答願います。」

「はい。」

「敵がそちらに向かっています。近づかれる前に撃破を。」

「そんなのこっちだってわかってるわよ。けど戦艦の主砲はペイント弾であっても装填に時間がかかるのよ。すぐには撃てないわ。」

「それでは飛鷹。すぐに次の爆撃機か攻撃機を飛ばして。」

「ち、ちょっと待ってくださぁい! さっきの撃墜されたショックで頭がまだ痛いんです。すぐに飛ばせる体調になれません!」

 鳥海は若干険しい表情をする。

「仕方ないですね。それではこうしましょう。一人でもよいので生き残れるようなんとかしてください。その一人が中破しなければどなたでも構いません。」

「くっ……しれっと無茶苦茶言ってくれるわね。」

「ひどいことを言っているようですがお願いします。」

「あんたのことだから何か考えがあるんでしょうね。なんとかやってみるわ。」

 霧島は苦々しく表情を変え、飛鷹と隼鷹は不安げな表情をさらに深める。

「生き残った方はなんとか敵に反撃を。敵が油断するのは攻撃した後と相場が決まっています。軽空母の二人の場合は中破してしまわないように特に気をつけて。それではお願いします。」

「はいはい。わかったわ。」

 

 霧島は鳥海との通信を切断した。そして向かってくる神通たちから離れるために移動し始める。

 神通と五月雨は霧島たちが動き出したのに気づいた。

 

 

--

 

「相手が動きましたよ!」と五月雨。

「問題、ありません!このまま突進するように……!」

「はぁい!!」

 

 多少の跳ねを恐れるのをやめた神通と五月雨は最大に近い速力で前進し霧島たちにグングンと迫る。対して霧島たちは初速も遅ければ加速も遅い。演習時の暗黙のルールを皆で守っているとはいえ、速力の違いは歴然だった。

 神通は自分の魚雷発射管の腹をパンパンと叩いて合図をしてから口を開いた。

 

「そろそろ行きます。次に私が叫んで曲がってみせたら続いて下さい! 転んでもかまいません。とにかく最大出力で撃って!」

「はい!!」

 

 神通は曲がった時にバランスを崩さないようしゃがみ始める。それを見て五月雨も若干腰を落とした。霧島達との距離が神通が想定している距離にまで縮んだその時、神通は行動を起こした。

「今です!!てーー!」

 

ボシュッボシュッボシュッボシュッ

シューーーーー……

 

 思い描いたとおりのドリフトばりのカーブを始めた神通の姿勢は左足を完全に折り曲げそれを軸に、伸ばした右足で半円の航跡を描いた。そして半円の途中で右腰の魚雷発射管の全てのスイッチを流れるように押した。神通の思いを載せた魚雷は浅く沈み海上スレスレを一気に進む。

 

 ボシュッボシュッボシュッ

シューーーーー…・・

 

 同時に、神通の後方からも魚雷が放たれたのか、神通の4本に続いて4本が神通の魚雷を追いかけるように忠実に向かって泳いでいった。タイミングとしては神通が想像していた以上にベストなものである。

 しかし撃ったと思われる当人の当惑の声が響いた。

「あれ?あれあれ?えええぇーーー!? 私まだ押してないのにどーしてどーして!?」

 

 神通はその言葉を気にする間もなくドリフトばりにカーブしてUターンを始めていた。そのため彼女がしたのは、自身の放った魚雷とその後を自身の期待通りの角度で広がりつつ追いかけていった五月雨の魚雷を視界の端で見届け、満足したところまでである。続く五月雨は自身が意図せぬ挙動をした魚雷に焦りと疑問を抱いたが、とりあえず神通に続いてUターンして敵から離れることにした。

 

 二人が放った魚雷は扇状に広がきった後、霧島達めがけて逆扇状に集約していった。その速さたるや霧島・隼鷹・飛鷹の最大船速ではとても逃れられない。2~3本ならば不可能ではないが、その多さと範囲で逃れるのことの不可能さを格段に高めていた。

 

シュー……

 

【挿絵表示】

 

「くっ!? ダメッ、とても逃げ切れな……!」

「「きゃあああ!」」

 霧島、そして隼鷹と飛鷹が前のめりの姿勢で全速力の回避行動を続ける。しかし彼女たちの努力虚しく、彼女らを追いかける動作を若干し始めた魚雷達に捕捉された。

 そして演習試合の海上に命中音付きの魚雷の炸裂音が轟き渡った。

 

ゴガッ!ズドボオオオオオオォォン!!!!

ザッパーーーーン!!!

 

 

 神通はその音を聞いても移動する速力を緩めなかった。続く五月雨も同じだ。二人が速力を落として止まったのは、明石からの発表を聞いてからだ。

 

「神奈川第一、戦艦霧島、軽空母飛鷹、轟沈!」

 

 減速しながらカーブして方向転換後神通と五月雨は停止した。二人の視線の向く先は霧島たちがいた海上だ。

「ふぅ……なんとか、なりました。」

「やりましたね~! 私たち、あの戦艦さんや軽空母さんを倒したんですよ!」

「えぇ。」

 五月雨の喜びにあふれる言葉に短く相槌を打って同意する神通。傍から見ると冷静そうな神通も、内心は小躍りしたくなるくらい喜びと達成感に溢れていた。しかしキャラではないことを厳として自覚しているので行動に移すことはしないが。

 

「ありがとうございました五月雨さん。あそこまでタイミングよく私に合わせてくれたのはすごいです。さすが経験トップです。」

「あ、エヘヘ。あ~でもアレ違うんです!私まだ撃ってなかったんです!」

 神通が先刻の攻撃の連携の良さを褒めると五月雨は照れ笑いしたがすぐに慌てた表情になり、言い訳を言い出した。しかし神通としては彼女の見事な連携プレーを褒める気しかしなかった。

「そんなに謙遜しなくてもいいですよ。」

「うー! ホントなんですよぉ~。アクションスイッチを押して撃ち方決めなきゃって思ったらいきなり発射されちゃったんです。」

 五月雨の言葉の雰囲気に嘘が混じっていないことを感じ取った神通は疑問をどうやってぶつけて解析したらよいか一瞬悩んだが、今それをする必要もないだろうと判断し、五月雨に一言返した。

「ともあれ、無事に攻撃が成功してよかったです。2人も倒せたのですから。」

「はい! でも……一人残っちゃいました。隼鷹さんでしたっけ?」

「えぇ。軽空母ですね。」

 神通と五月雨が隼鷹のいるポイントへと視線を向ける。同調して強化された視力とはいえ、それなりの距離があるために間近で見るような鮮明さとはいかない。しかしそれでも隼鷹が中腰になって息を切らしている姿だけは確認できた。轟沈した二人は視界にあれど無視だ。

 おそらくは中破、よくて大破間近だろうと神通は察した。艦娘制度の教科書で学んだことをふと思い出した。艦載機を扱う艦娘は、艤装の健康状態が中破になると、艦載機を発着艦することができなくなるかあるいは著しく精度が落ちてまともに扱えなくなるという。それには同調率が大きく影響していた。

 

 戦闘中のため、神通は難しいことはすぐに思い出せなかったが、関係しそうなポイントだけはスッと思い出した。実際に被害がない演習中とはいえ艤装の健康状態はつぶさに把握できる。把握したことにより心が乱されば同調率にさらに影響する。おそらくはその複合条件のために艦載機が扱いにくくなるのであろう。

 そう考えると今の隼鷹、彼女の状態から想像するに、最大の武器である艦載機を扱えないのはこちらにとって不幸中の幸いかもしれない。後はじわじわと倒すかあるいは無視して放っておいてやるか、好きにできる。

 神通はそう捉えた。

 

 

--

 

「行きましょう。早く那珂さんに加勢します。」

「えっ!? 隼鷹さんはいいんですか?」

 五月雨が驚いて尋ねると、神通は頭を振って答えた。

「彼女は放っておいて、後で倒してもいいでしょう。おそらくは中破していますから艦載機は扱えないはず。さすがに攻撃能力がない相手を二人がかりで追い打ちして倒すのは……気が引けますので。」

 相手に情けをかけ寛大、冷静で心優しい判断と言い表せなくもないが、傍から見聞きすれば傲慢な考えで慢心と思われてもまったくおかしくなかった。

 神通は視線を隼鷹の方向から真逆に向けた。つまりは那珂と鳥海たちが戦っている海域だ。もはやターゲットから取り除いた相手を見る気はなかった。五月雨は神通のその様に一抹の不安を感じていたが、仮にも年上、従い頼るべき軽巡艦娘と熱心に信じていたので反論をせず彼女の動きを真似て行動再開した。

 そんな二人がこれから向かうその先では、那珂・時雨VS鳥海・秋月・涼月の戦いの膠着状態があった。

 

 

--

 

 霧島と飛鷹が轟沈判定をくだされたその海域では、ようやく雷撃による激しい波しぶきと水柱が収まって視界が開けてきた。辺りが収まる前に轟沈をくだされた霧島と飛鷹は落胆していた。

「はぁ……さすがにあの速さと多さでは逃れられなかったわね。狙いもえらい的確だったし。那珂さん以外も侮れないじゃないの。」

「う~、私も轟沈です。それにしても隼鷹、大丈夫だった?」

「えぇ。二人のおかげでなんとかね。後1~2発砲撃を食らったら中破になる程度にはやられちゃったけどね。」

 準鷹は中腰になって艦娘の制服の端々をギュッと絞って海水を抜き出した後、顔を上げて霧島達に言葉を返した。

 

「さて、これからが肝心ね。準鷹一人でどうやって切り抜けるかだけど……あら?」

「おや?なんかあの二人、近づいてこないどころか明後日の方向向いてますね。あ、あっち行っちゃった!」

 霧島が神通たちの異変に気づき、続いて飛鷹がその様子の確認内容を補完した。

「え、なんでなんで!? 私まだ生き残ってるのに……。」

 準鷹はその意味のわからなさに不気味な感覚を覚えた。霧島と飛鷹も同様だ。

「何かの作戦なのかしら? あえて準鷹にトドメを刺さない、と。まさかまだ雷撃が残って!?」

 霧島の言葉に飛鷹と準鷹は慌ててソナーの感度を上げて海中の探知を試みる。しかし反応はない。仮にあったとしても停止しているこの状況はもはや準鷹をかばうことも逃すことも叶わない。

 警戒を説いて飛鷹が尋ねる。

「あの二人って相当強いんでしょうか?」

 準鷹がその言葉にウンウンと頷いて同じ質問だと意思表示した。二人の疑問に霧島は答えられるはずもなくただ言葉を濁すのみにした。

「さてどうかしらね。あの鳥海が特にマークしてないところを見ると、鳥海のお眼鏡に適う相手ではなさそうというくらいしか想像できないわ。」

「でもこれはチャンスですよね。このスキに準鷹が艦載機放って攻撃すれば、あの二人を逆に追い込めます。準鷹どう? 体調は回復した?」

 飛鷹が尋ねると準鷹はステータスアプリを見つつ自分自身の身体の状態を手を当てて探ってから答えた。

「え、えぇ。飛ばせるだけの同調率と精神状態だとは思う。」

「そう。私たちはもう行くから、後は頑張って反撃なさい。それから雷撃にだけは気をつけて。深く潜らせて狙ってくる可能性もあるらしいから。」

「は、はい。」

 

 一人になることに戸惑う準鷹を簡単に鼓舞した後、霧島と飛鷹は堤防沿いに向かって行った。準鷹はその二人の背中をしばらくジッと見ていたがすぐ思考や感情を切り替えた。

「逆にチャンスってことなのね。勝敗は行動の速さで決まるんだから、今のうちに……。」

 中破一歩手前の彼女は、バッグから艦載機たる専用紙を2枚取り出し、おもむろにクシャクシャと丸めてアンダースローばりに海面スレスレに飛ぶよう投げた。

 丸められた紙くずは薄いホログラムを纏って攻撃機に変化し、安定状態になって超低空飛行で飛んでいった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

支援艦隊の防衛戦

 支援艦隊として務めていた五十鈴らを襲う敵機。対空慣れしていない彼女らの結末は・・・。


 神通の行動に疑問をいだいたのは霧島達だけではなかった。監督役および見学側として堤防沿いに観客とともにその場にいた提督や、不知火の治療開始を見届けてから戻ってきた川内もその行為を目の当たりにした。

 

「いや~お待たせ~。後は技師の○○さんたちが病院に連れて行くってさ。ねぇねぇ提督。戦況はどう?」

「あぁ川内か。神通と五月雨すごいよ。二人だけの雷撃で戦艦霧島と軽空母飛鷹を倒したよ。」

「マジで!? う……なんかあたし神通にあっという間に追い越されそう。」

「ハハッ。あの娘は順調に経験を積んでるな。あながち現実になるんじゃないか?」

「うー。提督の意地悪!」

「ゴメンゴメン。でも成長の度合いなんて人それぞれだから、気にすんな。君は別のやり方で活躍してくれればいいんだよ。」

「まぁ……わかるけどさぁ……。」

 口をとがらせ不安を湧き上がらせる川内を提督はカラッとした笑いでからかいつつ最後は励まして落ち着かせた。

 

「ところで……神通と五月雨ちゃん、なんで隼鷹に近づかないだろうね?」

「間合いとかタイミングとか図ってるんじゃないか?」

 

 提督と川内、そして周りの観客が見ている中、神通と五月雨は隼鷹に追い打ちをかけるどころか、逆の方向つまり那珂と鳥海の戦いの方向へと向かうべく動き出そうとしていた。

 

「えっ? 神通ってばどっち行くのさ!? まだあの隼鷹ってやつ轟沈してないでしょ?」

 川内の言葉に反応して会話に入り込んできたのは、タブレットと実際の光景を交互に見て確認していた明石だ。

「そ~ですねぇ。まだ隼鷹さんは轟沈していません。それに艤装の健康状態は○○%です。中破までは後少しですが行動に支障はありませんね。」

「敵の艤装の健康状態なんて読み取れないし、距離あるとまた艦載機の餌食になるの多分わかってないぞ。何考えてんだ二人は。」と提督。

 

「神通ってば……大丈夫かなぁ。教えたいけど、口出ししちゃダメなんでしょ?」

 提督と明石は同時に頷いた。

 川内はたった今明石から聞いた敵の状態を伝えたかったが、提督と明石に釘を刺されたため眉をひそめ腕組みして見守るしかなかった。

 

 

--

 

 そんな堤防沿いからの懸念にも気づくことなく、神通達は前進していた。移動しながら主砲の砲身の向きを調整する。前方の戦いにすぐ対処できるよう、ペイント弾の装填をステータスアプリの更新ボタン連打で急がせつつ。

 前方では激しい戦いが続くと思いきや、静かに対峙する那珂と鳥海がいた。今のうちなら通信しても問題ないと踏み那珂に通信を試みた。

 

「那珂さん、こちらは戦艦を倒しました。」

「神通ちゃん? やったね~。こっちはなかなか切り抜けられそうにないよ。参った参った~。」

 那珂は台詞の最後に苦笑を交えて愚痴る。しかしそれほど苦戦しているように感じられない口ぶりだ。

「私も加勢します。挟み撃ちにして雷撃をしましょう。」

 神通は那珂に提案してみた。那珂からの返事は数秒経った後聞こえてきた。

「あー無理。タイミングがもう図れないんだよね。思った以上に駆逐艦の動きがいい仕事してるし。」

「それではその駆逐艦達を先に倒すように狙いましょうか?」

「うーん、それもどうかな。鳥海さんが妙にかばってる素振りしてるからなぁ~。狙いの精度や回避力が上がってて、敵も本気出してきたわ~って感じ。」

 那珂の言は歯切れ悪く聞こえた。食い下がって神通は提案を続けたが、那珂からは想定せぬ返しを受けてしまった。

「……では、今のこの距離で私達がそうっと最大速の雷撃するか、五十鈴さんたちに支援砲撃を頼みましょうか?」

「うーんとね、そっちはそっちで最後まで倒してね。まだ一人轟沈判定上がってない人いるでしょ。」

「え? あぁ、隼鷹さんですね。あの雷撃で生き残ったのは意外でしたが、きっと彼女は中破しているかと。となると艦載機が使えないはずですので、危険度は低いかと。」

 神通がやや自信ありげに自信に関わる先程までの戦況を説明すると、那珂はそれに喜ぶ声色を示さず、静かに返してきた。

「……神通ちゃん、その判断は危険かなぁ。」

「え?」

「そういうの慢心って言うんだよ。今あたし鳥海さんから目離せないからそっちを構えないから、一度状況を確認してね。あたしとしては鳥海さんとの戦いに集中したいんだよね。だからそっちには後方の安全を任せたよ~。」

「わ、わかりましt

 

 神通が那珂に返事をし終わるが早いか、五月雨が叫んだ。

「神通さん!! 何か飛んできます!!」

「えっ!?」

 那珂の不安、五月雨の不安は現実のものになった。

 真っ先に気づいた五月雨が追加情報を急いで口にした。

「160度の方向、えとえっと私の右後ろです!!」

 五月雨の急いた指摘を耳にした神通は素早くその方向に視線を向けた。目を細めて凝視する必要もなくすぐにその物体がわかった。

 

 

ブーン……

 

シュバッ!!

 

 

「きゃっ!」

「きゃあ!」

 

 

 高速の攻撃機は神通達スレスレで上空に旋回し急上昇して飛び去る。二人は突然の攻撃機の襲来にバランスを崩し、まっすぐの前進をやめて蛇行し、ぐるりと反時計回りに旋回して脅威から逃れる移動を続けた。

 急上昇した攻撃機は大きく縦回転をして再び海面へと降下していく。

 そして海面スレスレを風圧により水しぶきを巻き上げながら神通達めがけて直進しながらエネルギー弾をボトボトと海中に落とした。

 それらは、青白い光を尾のように残しながらやがてスピードを攻撃機よりも上げて海中を進みだした。

 

「危ない! 右10度にずれて避けます!」

「はい!!」

 

 神通は素早く指示を口にして行動に移す。五月雨はそれに続いて移動し、攻撃機からの雷撃をかろうじてかわした。二人ともスピードに乗り始めていたためかわすのは問題なかったが、同時に敵攻撃機を見逃してしまった。

 時計回りに回頭し続けていざ攻撃機を見据えようとしたとき、それはすでに自身らの射程距離を抜けて遠く離れていた。

 

((まずい。向こうには五十鈴さんたちが……!))

 

 

 対空用意に遅れた神通が見た時は、敵攻撃機は神通たちを抜け那珂と鳥海たちを超えた先へと飛び去っていた。標的が五十鈴達に向いていることは火を見るより明らかだ。

 神通は慌てて通信する。

 

「五十鈴さん! そちらに攻撃機が向かってます!」

「……わかってるわよ!」

 

 五十鈴はなぜか若干の苛立ちを交えながらそれ以上の言葉を返さず、神通との通信をブチリと切った。

 

 

--

 

 自身らを追い回していた敵航空機が急に墜落していった。五十鈴たちはようやく空襲の恐怖から開放された。と同時に幸運の発表を聞いた。

 霧島・飛鷹の轟沈である。

 その前に轟いた雷撃の炸裂音がその全てを物語っていた。

 

「ふぅ……。やっと攻撃が止んだわ。どうやら神通達がやってくれたのね。」

「えぇそのようですね。これで私達も本分を果たせそうです。」と妙高。

 

 五十鈴が顔のこわばりを緩めて妙高の言に頷いて同意を示していると、隣にいた名取が駆け寄って来た。

 

「ふぇ~んりんちゃぁ~ん! 怖かった~! 生き残れたよぅ~!」

「ちょっ、名取!?」

 ガシッと効果音がせんばかりに抱きついてきた名取に五十鈴は驚いて裏声になりかけた。おとなしい名取こと宮子が感情的に抱きつくなどあり得なかったからだ。友人の珍しい一面に若干感動を覚えた五十鈴だが、すぐに彼女を引き剥がした。

 

「ホラ離れて! 戦場で抱きつかないの!危ないわよ。」

「あ、うん。」五十鈴に怒鳴られても名取は笑みを保って返事をした。

 

 二人の掛け合いを見て微笑んでいた妙高はタイミングを図り終えたのか、二人に言った。

「それでは二人とも被害状況等を報告してください。」

 その指示に五十鈴は目視およびスマートウォッチのステータスアプリで確認する。同じ手順を名取にもすぐに教えて同じようにさせた。

「五十鈴、外装に故障はありません。ただし耐久度が5%減です。」

「私はどこも問題ありませ~ん。あ、えっと。ステータスは……です。」

 五十鈴の報告に、自身のステータスをすべて読み上げての名取の報告が続く。妙高はそれを受けて体勢を立て直す作戦を言い渡した。

「改めて砲撃支援に移ります。五十鈴さんは念のため引き続き対空の警戒を、名取さんは流れ弾や魚雷があると危険なので周囲の警戒にあたってください。」

「了解。」「り、了解しましたぁ。」

 

 五十鈴と名取は眼前の様子を改めて見た。

 那珂と鳥海たちは五十鈴たちが空襲に悩まされていた一方で砲撃し、回避し、時々雷撃を撃ち、それを爆破処理して戦場たる海域に2~3mの水柱を立てたりし、それらの繰り返しをしていた。五十鈴達が落ち着いて観察できるようになったこの時遠目でその様子を見ても、那珂と時雨は鳥海達に決定打を与えているとは言い難い。

 

「まずいわね……さすがの那珂も切り抜けるのに苦戦してるわ。あの鳥海って人、一筋縄では行かないわ。」

「や、やっぱり早く助けたほうがいいよね……? ここから私たち砲撃する?」

 五十鈴の苦虫を噛み潰したような表情で行った洞察の一言に名取は不安げながらも助ける意思を示す。その言葉に頷くが、五十鈴は素直に同意しきれなかった。

「小説やドラマの世界だと隙がないとか良く言われるけど、正直どういう感覚なのかわからなかったわ。けどなるほど、現実にはこういうことを言うのね。」

「りんちゃん?」

 五十鈴は観察してはみたものの、砲撃をして当てられる自信が湧き上がらない。外野が砲撃をするのを許す空気を鳥海は纏っていない。なんとなくゾワリと身体が震える。それが感じ取れた。

 

 つまり鳥海には隙がない。

 

 五十鈴はテレビなどの物語でしか聞いたことが無い”隙がない”という状態を現実に初めて感じ取ることができた。腕が上がらない。鳥海を狙うべく睨みつけても、妙な覇気を察知してすぐに視線をそらしたくなる。臆病風に吹かれでもしたのかと自分を揶揄したくなってくる。

 

 そんな臆病めいた自分にバチがあったかのような事態が通信で伝わってきた。というよりも鳥海から外した視線の先に異変があるのに気づいたのだ。

 

「五十鈴さん! そちらに攻撃機が向かってます!」

「……わかってるわよ!」

 

 神通からの通信。五十鈴の視界の先で神通と五月雨が急に動き激しく何かをかわすのが見えた。そして小さく聞こえるプロペラ音。さきほどまで苦しめられていた存在だ。

 隼鷹の艦載機が飛んできたのだ。

 五十鈴は自分への腹立たしさをこちらの心境など知らぬ神通にぶつけて彼女からの通信をブチリと切り、妙高と名取に報告した。

「航空機が一機。いえ……その先に……もう二機!? 飛んできます! 妙高さん、対空準備しますから、回避運動の指示お願いします!」

「えぇ、このまま停止していたら危険ですしね。速力スクーターで発進。五十鈴さんを先頭、名取さんは私の後ろについてください。」

「「はい!」」

 妙高は素早く返事をし、そして指示を出して3人だけの支援艦隊を再起動させた。

 

 ほどなくして隼鷹の航空機がやってきた。その後ろからもう二機も迫って合流しようとしている。

 先頭を任された五十鈴はその後の妙高の指示どおり、大きく8の字を描くようにその場の海域を動き先導する。最初の1機目が後の2機と合流すべく速度を落とした。1機目をあっという間に追い抜いた後の2機が交差して弧を描いて再びの合流ポイントを五十鈴達の上空に定めた。

 そして……

 

 

バババババ!!!

 

 

 機銃掃射を五十鈴は左20度に針路をずらしてかわす。交差し終わって通り過ぎた攻撃機2機は大きく旋回して再び五十鈴たちを視界に収めた。同時に最初の1機が飛行速度遅めに飛んできたせいでようやく五十鈴たちを射程距離に収める位置についた。

 

 

ヒュー……

 

 

バシュ!バシュ!ザッパーーーン!

 

シュー……

 

 それは重みを感じさせるエネルギー弾を次々と落下させ海面に水柱を立てる。いくつかは海中に没した後、五十鈴達の方向に向かって進みだした。さすがに学習していた五十鈴はその光景を目にするや否や素早く妙高に判断を仰いだ。

 

「今度は誤らないわ。妙高さん、回避指示を!」

「はい。全員速力車で大きく時計回りに回頭!その後速力バイクにやや減速!」

「「はい!」」妙高の指示に急いた返事をする五十鈴と名取。

 五十鈴の意図を察した妙高は彼女の意を汲んで回避のための速力と方向を指示した。向かってくる数本の航跡を引く魚雷は五十鈴達の位置を予測していたかのように若干角度を変えて向かってきた。それでも通常の速力より約2倍の速力バイクで直進やがて右に角度をずらつつ進む五十鈴達を追いかけきれなかったのか、それらは五十鈴達が通り過ぎた後ろ20m位置を直進してやがて何も誰もいない海域で爆発した。

 回頭し終えて前方に3機を視界に収めた五十鈴は、即座にその位置関係を分析した。

 

 近い距離に最初の1機、やや離れて旋回し終えて合流し向かってこようとしている後の2機。いずれもそのまままっすぐ飛んでくれば合流して3機になり、広範囲攻撃でもしてきそうな予感が五十鈴の頭をよぎった。そうなると多少横に針路をずらしてもかわしきれない。

 たった3機、されど3機。

 撃ち落とすか? しかしまだ距離がある。射撃のプロでもないのでさすがに距離あるうちに撃ち落とすのは無理だ。近づけばいいことだがリスクがある。

 それ以上の思案を敵機は許してくれなかった。

 

 前方の1機がやや速度を落として後からの2機と合流した。想定通り3機の編隊だ。五十鈴が妙高に指示を仰ぐ前に妙高が叫んだ。

「速力はこのまま、5~6秒後に左10度で!」

「はい!」

 五十鈴は妙高の指示どおり左に針路をずらした。5秒も進むと敵機も目前に迫っていたが、始まった射撃をギリギリでかわすことに成功した。妙高の判断と指示は的確だった。

 敵機と通り過ぎた五十鈴は今度は左に旋回し続ける。反時計回りに海上を進み、同じく反時計回りに旋回してきた敵機を三度視界に収めた。

 その敵機は再び二手に分かれていた。完全に旋回し終えて五十鈴達の正面に2機、右舷に1機と迫ってくる。

 

「挟まれる! 妙高さん!!」

「えぇっと……右45度に突っ切って!」

 

 前と右から迫ってくる敵機の隙間を妙高は狙った。五十鈴は返事をする間も惜しんですぐに体と意識を指示通りに傾け、姿勢をやや屈めながら海上を右ななめに爆進し始めた。右に激しい波しぶきと航跡が描かれる。

 迫る前方の敵機、右の敵機をやり過ごしたが、五十鈴達の動きは読まれていた。

 

「「「えっ!?」」」

 

 五十鈴、妙高、名取はすでに通り過ぎたと思っていた先程まで前方の敵機2機のうち、1機が自身らにまっすぐ向かってくるのを視界の端に収めた。“その攻撃機”はまとっているホログラムとエネルギー波をまるで炎が激しく燃えがるように発して突っ込んできた。

 同時に燃え上がる攻撃機は広がったエネルギーから無数の爆撃と雷撃、射撃用のエネルギー弾を撒き散らして五十鈴たちに向けて急降下して迫る。

 

「かわせn……!」

 

 五十鈴が叫びかけるが、その言葉の残りを言い切ることができなかった。

 

 

ヒュー……

 

バババババババ!

バシャバシャ!バシャバシャ……

シュー……

 

 

 展開された弾幕と乱暴に放たれた爆撃用のエネルギー弾が先に五十鈴達に豪雨のように降り注いで着弾し、遅れて攻撃機本体が五十鈴の背面の艤装に命中し衝撃で彼女を無理な大勢で転ばす。そしてトドメは海中から襲いかかる無数の一撃必殺の槍たる魚雷であった。

 

ズザバアァァァ!!バシャッ!バッシャーン!

ズガアァーーーン!!

ザッパーーーン!!

 

 

--

 

「千葉第二、軽巡洋艦五十鈴、重巡洋艦妙高、轟沈」

 

 明石による発表が放送された。

 

 当の本人たちは爆撃雷撃の衝撃で天海逆転しながら転げ回って海中に沈み、浮き上がって顔を出したときに現実のものとして知ることとなった。

 

「ぷはっ! ……はぁ、はぁ。くっ……まだやれr……えっ!?」

「ぷっはぁ~……けほっケホッ。え、りんちゃん轟沈?」

 五十鈴と名取は顔を見合わせ、そして同時に仰天の声を上げた。そんな少女達のそばに浮かんできた妙高もまたすぐに自身の結末を知った。

 

「妙高さんも轟沈……。」五十鈴が言い淀む。

「申し訳ございません二人とも。私の判断ミスで思い切り被害を受けてしまいました。」

「いえ、気になさらないでください。急に曲がって特攻してくるなんて……あれをかわすなんて超人的なこと絶対できませんし。」

 海面に浮かび姿勢を整える三人。五十鈴と妙高の視線は自然と名取に向く。

「それにしても……まさかあんたが生き残るなんて思いもよらなかったわ。」

「あ、え……うん。私もびっくり。どうしよう~一人でなんて何もできないよぉ。」

 不安で表情と姿勢を包み込んで示す名取に五十鈴は自身の額を抑えてため息をついた。呆れる五十鈴と異なり、妙高は至って冷静に尋ねる。

「名取さん、ステータスはどうなっていますか?」

「はい。……○○%です。」

 名取から耐久度の数値を聞いた五十鈴と妙高は顔を見合わせて状況を認識した。

「名取さんは大破の一歩手前といったところでしょうか。」

「正直、まだ基本訓練終えていないあんたがそんな状態で残ったってどうしようもないんだけど。」

「うぅ……ゴメンね~生き残っちゃってぇ……。」

 申し訳なさそうに悄気ながら謝る名取に本気でツッコんでやり込める気はない五十鈴は、訓練の中の身の彼女ができそうな水準での行動指針を考えそして口に出した。

 

「生き残ったんならせめて一矢報いてみなさい。私たちが離れて動き出したらまだ飛んでる攻撃機爆撃機が確実にあんたを狙ってくるでしょうね。だからその前に対空射撃しまくるか、あっちに向かってダメもとで砲撃か雷撃して今のこの戦況を掻き乱すのよ。」

 そう言いながら五十鈴が指し示したのは鳥海たちの方向だ。結局まともに支援攻撃をできなかったため、後のすべてを名取のビギナーズラックに託すつもりなのである。

「うぅ~……できるかなぁ?」

 五十鈴は弱音を吐く名取の肩に手を当てて釘を差した。

「できるかじゃない。やるのよ。どうせ死にはしないんだしうちの学校からは誰も来てないんだから、こんなときくらい思い切りはっちゃけなさいな。」

 五十鈴は退場のため彼女からゆっくりと離れた。妙高も合わせて離れ始める。

「やられる前にやるのよ。ほんっとに気をつけてよ。いいわね?」

「う、うん。怖いけどなんとかしてみるね。」

 弱々しい決意の声を聞いた五十鈴は一抹の不安を拭い去りきれず後ろ髪を引かれる思いで退場者の待機先である堤防へと向かっていった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神通の後悔と決意

 自分で巻いた災いの種は自分で片を付ける。神通は決意し、五月雨についてこないよう指示して単身で己の最終決戦へ赴く。



 五十鈴たちの様子を遠巻きに見ていた神通は、何も行動できずにただボーっと海上に佇んでいた。数歩分後ろで五月雨も同じようにしている。

 

「あ、あぁ……五十鈴さん、妙高さん……名取さん!」

「あ~~、あ! 危ないです! ねぇ神通さん!助けに行かないと!」

 五月雨の悲痛そうな感情が多大に込められた懇願が耳に飛び込んでくる。神通はそれに答えたかったが自身の慢心から来る判断ミスでこの状況を招いてしまった悔いが、我が身をギュッと縛り付けているようで救援の一歩を踏み出すことができない。

 さらに声が出せない。口をパクパクと開け閉めし僅かな呼吸だけが漏れ響く。

 

 神通が動けず、合わせて五月雨が動かないでいるその先で五十鈴達が対空のため回避行動を行っている。やがて神通たちの視線の先で海に水柱が立ち上がり、波しぶきが撒き散り衝突音やら炸裂音やらの多重奏が鳴り響いた。

 そして神通と五月雨は放送を聞いてしまった。

 

 五十鈴と妙高の轟沈判定である。

 

 神通は”艦娘とは航空攻撃でこうもあっさりとやられてしまうものなのかな”と甚だ他人事かつ勝手な感想が頭に思い浮かんだ。口は呆気にとられたという感情を示すように半開きのままである。

 やがて神通はようやく動くきっかけを得た。一人残ってしまった名取の危機だ。

 五十鈴らが離れていくと、それを待っていたかのように残りの航空機が時計回りループを止めて大きく逆向きに旋回し、名取めがけて急降下してきた。

 

「あ……あ! 名取さん!」

 神通の上半身が前へと動き出した。神通はコアユニットに速力スクーターで前進を命じる。その思念に呼応して神通の艤装がようやく再稼働して神先幸の体を前へと進ませる。

「五月雨さん、行きます!」

「は、はい!」

 神通は後ろを見ずに指示を口にするだけして前進し始めた。速力をすぐに1段階上げてまさにダッシュばりの高速航行だ。穏やかな検見川浜の海とはいえ、高速で移動すれば水の抵抗で体が跳ねては沈みを繰り返す。しかし気になるほどではない。神通は対空射撃を用意してそして叫んだ。

 

「名取さーーーーん!だ、蛇行してくださーーい!それから機銃を上にーーー向けてーー!」

 

 一方の名取は背後の上空から空気を切り裂く音を聞き、急降下してくる存在を理解して逃げるべく前進し始めたところだった。その時前方から自身へと向かってくる神通の声を聞いた。

 神通の指示は適切な対空の行動の範疇ではあったが、それを基本訓練真っ只中しかも運動音痴の名取が実際に行動に移せるべくもない。しかも名取は親友の五十鈴からやられる前にやってみせろとある意味指示を受けていて、同時に二人の指示をこなせるほどの精神状態ではなかった。

 結果として、名取が優先的に行動に移したのは五十鈴からの指示だった。

 

「えっとえっと……きっとりんちゃんはあっちの敵を攻撃するのを望んでたんだよね。あっちには那珂ちゃんもいるし。私だって……りんちゃんの、友達だもん。やっと友達のために艦娘になるって行動移したんだもん。友達にがっかりされないよう、やれるもん!」

 

 名取はそう口にした後、腰の左側に位置する魚雷発射管装置のスイッチに手をあてがい、そして4つすべて押した。

 

ボシュ、ボシュボシュ……ボシュ……シューーーーーーーー

 

 名取の魚雷は2本は海面スレスレの海中を緩やかな右寄りの曲線を描いて高速で進み、もう2本は急速に深く沈みそして大角度で浮上するコースを描いた。

 いずれも名取はそう念じていない。咄嗟のインプットが偶然そうなっただけだ。

 

「やった!きちんと撃てた! やったよ~りんちゃあぁ~~~ん!」

 

 名取は初めてまともに雷撃を放つことができた現実をすぐに五十鈴に知らせるべく、未だ堤防へ向かっている最中の彼女の方向に視線を向けて手を振って知らせた。

 

 しかしその雷撃の結末はよろしくなかった。

 海面スレスレを進む2本は敵の涼月に爆破処理され、深く沈んで浮上した2本は鳥海達を超え、那珂達を超えて誰もいない海上に水柱を立ち上げて終わりを迎えた。

 

 そんな雷撃の結末を名取が試合中に知ることはなかった。自分の成功体験に満足するというある意味幸せな状態で名取は試合を終えることができたのだ。

 名取の意識は自身の成功体験を親友たる五十鈴に知らせることに全て向けられた。回避行動はおろか速力調整なぞ頭にあるはずもない。

 結果として背後に迫る敵機の脅威に気づかず恰好の的であり続けた。

 

ズガアアアアァァァァーーーン!!!

 

 

「きゃああああぁーーーー!!」

 

「名取さん!」

 神通は速力バイクで進み、体が波に合わせて激しく上下しながら叫んだ。敵機に激突される名取を目にし唖然としたが今回はそれでも止まらない。

((きっと、きっとまだ大丈夫。これは慢心じゃなくて希望だから……!))

 そう思いながら爆走するが、とうとう間に合わなかった。

 

「千葉第二、軽巡洋艦名取、轟沈!」

 

 無残にも明石の報告の叫びが耳に飛び込んできた。その瞬間、神通は速力を2段階減速した。

 

「やった! あなたたちの行動なんて予測しやすいのよ。これで支援艦隊全員潰した!」

 

【挿絵表示】

 

 遠く離れて、ギリギリの精神状態で操作していた隼鷹が左のこめかみを押さえて若干苦しそうにしながら叫んだ。彼女の目的はほぼ果たされた。残るは自身らをピンチにさせた神通と五月雨である。

 

 

--

 

 名取に近づこうとしていた神通たちは力なく水上に立ち尽くそうとしたが、その行動もこれ以上の前進も阻むものがあった。残り1機となった戦闘機である。

 本来の戦闘機ならば敵航空機以外への攻撃能力は持ち合わせる機体は限られているが、そこは艦娘の艦載機だ。雷撃のエネルギーと同等のエネルギーを機体にまとい、ホログラムのように姿を模してまるでミニチュアの戦闘機・攻撃機・爆撃機のように見せる。

 実質的にはあらゆる機種の特徴を再現できるのが艦娘の艦載機なのである。名取に特攻したこの時の航空機は最初は爆撃機状態だったが、その爆撃投下用のエネルギーをすべて自身の機体にまとい強力な自爆をしてみせる特攻機となった。

 そして神通達に向かってきた戦闘機は、最初に神通達に向かってきた機体そのものである。戦闘攻撃機となったその機は神通達の3~4m上空という近距離の高さから機銃掃射してきた。

 

ババババババババババ!!

 

 

「危ない!!」

「きゃっ!!」

 

 神通は咄嗟に右に体を傾けて航跡を左に引っ張って残しつつ避けた。五月雨も小さな悲鳴を上げたが危なげな様子なく神通に従って回避し、戦闘機とすれ違った。

 

ブゥン・・・・・・!!

 

 たかだかおもちゃ程度の大きさとはいえ、エネルギー波をまとった恐るべき兵器である。その風圧で神通と五月雨の髪は激しくなびき、脅威を間近に感じさせられる。基本訓練の時に味わった程度とは比べものにならない脅威。甘さや未熟さなどあるはずもない。自分たちを本気で潰しにかかってきてる他鎮守府の艦娘の航空機。

 何度も脅威を感じさせられたその機を早くどうにかせねばと神通は焦る。

 

 神通の頭には轟沈した名取の心配はもはやなかった。轟沈判定されて物理的に問題なくなった他人の心配よりも、今ある自分たちの危機とこれからの行動が優先されるべき指針だからだ。今この時、神通の中から名取に感情的な自分は自然と消え去っていた。

否完全に消え去ったわけではなく、彼女たちの結末を原動力とする程度に利己的な神通は存在した。

 

 

--

 

 何度目かわからぬ衝突が予測された。

 このままだと自身らの左舷に命中もしくは戦闘攻撃機の特攻が当たりかねない。神通は目前に迫る魚雷群を見据えた。このままではどう動いても被雷してしまう。

 

 自分があえて見逃してしまったから。

 

 逆にピンチになってしまうなんて完全に自分の失態だ。自分たちだけのピンチなら気にかけるほどでもなかった。しかし現実には五十鈴ら3人の轟沈という大惨事を招いてしまった。

 こんなこと予測できなかった。いや、危険予測としてあらかじめ事態を考えて対策を練っておかなければならないはずなのに、自分の今までしたことがないはっちゃけたアクションと作戦で戦艦を倒せたから、興奮のために危険を予測する思考が鈍っていた。いや、鈍ったのではない。無視したのだ。自分が強くなったと思い込んで残った敵を格下に見て情けをかけた。

 神通は心の底から悔やんだ。しかし今この時過去の行動を悔やみ続けるよりも目の前の脅威をどうするかが頭の中を占めていた。とはいえ後悔を完全に忘れていたわけではなく、片隅のその感情は神通を奮い立たせた。

 

「五月雨さんは減速して右120度回頭して離脱、絶対に私に付いてこないでください!」

「えっ、神通さん!!?」

 

「私が巻いた種は、私が片付け、ます!!」

 五月雨に見えぬ角度で、思い詰めて渋らせた顔で神通は叫んだ。

 

ズザバアアアァァ……

 

 神通は五月雨に一言指示した後、彼女の反応を一切気にせず速力を数段階飛ばし最大速力リニアまで上げて身体を左に傾けて航行の方角を変えた。本来の航行のコースであれば、その先に待つのは海面スレスレを飛び続ける戦闘攻撃機と海中を海面スレスレで泳ぎ進む魚雷だ。待つ、ではなく向かってくるという表現がふさわしい。

 敵機から放たれた魚雷は艦娘が使うようにコースや速度が調整されて進む。この時の魚雷は神通達のコースを予測してまっすぐだった。五月雨を離脱させた今、被弾の可能性があるのは自身神通だけだ。それも神通が進む方向をあえて敵機の方に向けて魚雷群のコースから逸れたため、被弾する可能性はなくなり神通に待ち受ける脅威は敵機のみになった。

 だがむしろその戦闘攻撃機こそが恐ろしいと神通は痛感している。だからその危険に身を委ねる気はサラサラなかった。

 両腕に2基ずつ取り付けた機銃を前方へと構えそして敵を見据える。敵機も神通の動きを待ってましたとばかりに機体の角度と向きを変えて神通めがけ特攻コースをまっすぐ伸ばす。

 神通は姿勢を平行に戻し、いよいよ迫る敵機との衝突に備えた。

 上空をにらむ。

 この機体さえ撃破すれば、後はあの隼鷹だけだ。今度は油断せずにあの敵機を破壊してみせる。そうして撃破できたのなら、そのままの勢いで隼鷹を確実に仕留める。今度は迷わない。情けをかけない。最悪差し違えてでもあの空母を倒してみせる。

 

 決意は強く固まり、その決意を後悔や憎しみといった人間をかき乱す感情でぐるぐる巻きにして発火させた。

 

 そして・・・・・・

 

 

バババババババババ!

 

ボシュボシュボシュ……

シュバッ!!

 

 肘に近い端子に機銃を取り付けていたため神通は最初の掃射を、脇を締め腕をクロスして行った。4基8門から超高速の微細なエネルギー弾が宙を飛び交う。しかしそれらはスピードに乗った敵機にとって大した障害ではなく軽い錐揉み飛行であっという間に過ぎ去る。

 神通の上空を敵機が通りすぎた。まさにその時、神通は左腕を背後に伸ばした。左腕の3番目4番目の端子に取り付けた連装機銃パーツからは機銃掃射が止まらない。

 つまり弾幕になっていた。機銃による弾幕がエネルギー刃となって敵機に切り込まれる。

 

「そこ!!」

 

 

 伸ばした左腕を頭だけで僅かに振り返り腕の角度・向きを確認する。のんびり確認していたのでは遅すぎるが、予測して予め角度・向きを計算して振って伸ばしたので、その行為は単に機銃掃射の結末をチラ見したいという思いで行ったに過ぎない。つまり射撃にはすでに影響はない。

 

 

ガガッ……バシューーーー!!!

バーーーン!

 

 スピードに乗っていた神通の数十m後ろでエネルギーが蒸発し、爆発の咆哮が鳴り響く。神通は撃破を確信し反時計回りに急回頭した。

 刹那、上空に見たのはエネルギー波の蒸発による火花と、艦載機を形作っていた紙が燃えて誘爆して巻きあがった爆煙だった。小さくとも中々に迫力ある光景だったが、神通はそんな光景に感傷にひたる間もなく引き続き反時計回りに回頭し、航行する向きを変えた。

 目指すは離れたポイントにいる隼鷹である。

 

 

--

 

 もう艦載機は撃てまいと一瞬思ったがその考えを瞬時に収める。再び艦載機を放たれる前に倒さなければ、今度こそ自分達のほうが終わりだ。

 強引なイメージで全速力を艤装に念じて猛然と海上を走るが、神先幸としての体力の限界が見え始めたのか、その疲れにより精神状態が怪しく揺さぶられているのか、期待通りの速力と安定した前進にならない。このままではたどり着く前に一度へばってしまう。そうなると隼鷹に逃げる時間を与えてしまう。それはイコール艦載機発艦によるさらなる危機を意味していることはすぐに連想できた。

 

((もう少し保って、私の体力!))

 

 体力と精神の限界が近いため自然と蛇行し始めるが、ようやく隼鷹を自身が自信を持って狙える有効射程範囲に捉えた。ただし停止した状態のことだ。自身の能力の限界に従って狙い撃つのでは意味がない。艦娘となった人間の動体視力と反射神経の強化っぷりは自身も重々理解している。一般的な艦船では船速が遅いとされる空母だが、艦娘としての空母が大幅に自身ら軽巡・駆逐艦に劣るとも思えない。

 つまり十分避けられる恐れのある距離だということを念頭に置かなければならない。

 

 神通は狙おうとして構えかけた腕を一旦下げ、全速力で走る時のように脇腹にあてがって前進に意識を戻した。

 やるなら絶対相手が避けられない距離で砲撃するべき。そう考えた。

 視線は隼鷹からずっと反らさない。睨みを利かせ、自身がより確実に狙い撃てるタイミングを図る。疲れなど気にしている場合ではない。軽く頭を振って思考と集中力を強制的に回復させる。

 隼鷹が動き出した。しかしゆっくりとした初動。スピードに乗っていた神通は身体と足の艤装を若干傾けて敵の動きに呼応した。それだけで十分隼鷹の向かう方向へ行ける。

 

 逃さない。

 

 やがてあと100mを切る距離まで近づいた時、隼鷹の懐に動きを見た。神通は青ざめた。まさかまだ艦載機のストックがあるのか!?

 こうなったら放たれる前に特攻して至近距離で倒すしかない。いや、それでは遅い。

 

「や、やあああぁぁーー!!」

 

ドゥ!

ドドゥ!

ガガガガガガガ!

 

 神通は遮二無二に砲撃して相手の動きを阻止することにした。叫び声をあげてその行動は正解だった。

 隼鷹は近づいてくる神通がただの一回も砲撃せずに向かってくることに嘲笑し残りの艦載機を放つことにしたが、神通の突然の攻撃に目を見張って驚きその手の動きを止めた。さすがに航行まで止めるわけにはいかないので20度右に針路を変える以外はそのままの前進を保つ。それは神通にとっては若干遠のいただけで、方向的にはまったく問題なかった。

 

 再び、三度砲撃する。移動しながらの砲撃でありなおかつ確実に当てる必要はない砲撃のため、とにかく数打つ。

 そしてトドメはようやくの至近距離砲撃。ぶつかろうとも避けるつもりがない神通の動きは純然で迷いのない突進となった。そんな神通の行動に覚悟を決めた隼鷹も、神通の砲撃の一瞬の合間を縫って最後の艦載機を放って迎撃せんとする。

 

「やああぁーーー!!」

「ただでやられるわけにはいかないんだから!!」

 

ドドゥ!ドゥ!ガガガガガガガ!

 

ブォン・・・・・・!!

 

 神通の砲撃によるエネルギー弾が宙を切り裂いて飛び、一方で隼鷹が放った艦載機がエネルギー波を纏い、まるで燃え上がる火の鳥のような爆撃機となって上空に急旋回し急降下してきた。

 

「「しまっ・・・・・・!?」」

 二人同時に同じ声を上げる。ただし視線は違う。隼鷹は自身の目線の高さのまま、そして神通は上空。

 

【挿絵表示】

 

 そして……

 

ベチャ!ベチャ!

 

 先に相手の攻撃が命中してしまったのは隼鷹だった。神通から放たれた3~4のペイント弾に先だって機銃の弾幕が隼鷹の前と後ろを塞ぎ彼女に前進する意志をくじかせ、直後飛来するペイント弾の命中率を格段に高める役目を果たした。ペイント弾が命中した隼鷹はその衝撃でよろけて神通とは反対側に倒れ込む。

 神通はそんな彼女を案じてしまい、本当にぶつからぬよう針路を数度左に傾けた。それが神通の最後の情けだった。

 

ブワアアアァァ……ズッガアアアアアアァーーン!!!

 

「きゃあああ!!!」

 

 左に舵を切ったため右側を先にして当たり判定を拡大させた神通の背中に上空から縦旋回して急降下してきた爆撃機否特攻機が命中した。ペイント弾ではない訓練用のエネルギー波がその衝撃で火花が激しく散り爆発を起こし神通を左に思い切り吹き飛ばす。結果その衝撃で神通は隼鷹とは異なり海面を何度ももんどり打ちその身を強く打ち付けてしまった。

 辺りを爆煙そして熱によって気化したペイント弾による白濁とした濃厚な白い煙が包み込む。やがてその煙が四方八方に散り景色が晴れる。

 

 二人から離れた位置で停止していた五月雨がその光景の行く末を目の当たりにした時、明石の放送を耳にした。

 

「神奈川第一、軽空母隼鷹、千葉第二、軽巡洋艦神通、轟沈!」

 

 神通は己が一瞬望んだ通り、相打ちを果たして敵を撃破することに成功した。

 

「あ、ああぁ……神通さぁん!!」

 

 その場に響いたのは五月雨の悲痛そうな叫び声だけとなった。

 

 

--

 

 五月雨は慌てて駆け寄るべく速力を数段飛ばした。ペイント弾が当たっただけでよろけながらも海上になんとか立ちとどまった隼鷹とは違い、神通は海面を転がって最後は足の艤装、主機部分のみ残して海中に沈みかけている。そんな神通の様子に気づいたのは五月雨だけでなく隼鷹もだった。

 

「つぅ……は~ぁ。負けちゃった。ま、でも相打ちだからいっか。ん?」

 

 

「神通さん! 神通さーん!」

 五月雨は前進途中から主機の推進力による移動を忘れて普通に海面を走って神通に駆け寄りそして沈みかけた神通の上半身を持ち上げようとした。

「ふ……んっと……! うえぇ~持ち上がら……ないよぅ~~!」

 海水を吸いしかも気を失って力が抜けている神通の体は、艤装と同調してパワーアップしているはずの五月雨こと早川皐月の腕力では持ち上げることは難しかった。そんな少女の様子に気づいた隼鷹が駆けより声をかけた。

 

「私も手伝うよ。」

「えっ!?」

 

 五月雨が顔をあげると、そこには先程まで敵だった隼鷹が焦燥しきった顔ながらも優しい笑顔で手を差し伸べていた。五月雨の驚きの一声の先が沈黙だったのを承諾と受け取った隼鷹は肩からかけていたバッグを背中に回し、五月雨とは逆の方向から神通の体を持ち上げた。

 ザパァ……と海水が滴り落ち、水分を吸って若干重みを得ながらも神通の体は海中から上がった。

 

「神通さん!神通さん!しっかりしてください!」

 しかし神通は気を失っていて五月雨の声に反応しない。

「あ~、彼女気絶してるわね。訓練用とはいえ艦載機がまとうエネルギー波って結構強力なんだよね。多分彼女のバリアが発動して衝撃を和らげてくれたとは思うけど、それでも強い一撃だったんだと思う。」

 自身がやったのに他人事のように分析を口にする隼鷹に、五月雨は普通の人であれば感じる苛立ちなどは一切感じなかった。そんな感情よりも神通への心配がはるかに勝っていたためだ。彼女の口から出たのは、敵である隼鷹への問いかけだった。

 

「ど、どうすればいいんでしょう……!?」

「んーとね……私が堤防まで運んでおくよ。」

「えっ?」

 五月雨は目を見張った。隼鷹はそんな少女の反応を気にせず続ける。

「あなたはまだ生きてるでしょ。だから早く試合に戻って。私は負けちゃったんだし、もう自由の身だからさ。それに私の攻撃が原因だから……せめてこれくらいはさせて。あなたのお仲間さんはちゃんと安全に運ぶから安心してよね。」

 

 そう言って神通を持ち替えて背中に背負おうとする隼鷹を五月雨はポカーンと見ていたが、その動きにハッと我に返り、背負う動作を助けた。

「あの、あの……本当にお願いしても……?」

「えぇ。もう艤装の演習用判定はクリアされたから全力出せるし、もし運ぶの辛かったらうちの人呼んで一緒に運んでもらうから。ホラホラ行った行った。この神通って人が残してくれたチャンス、大事にしてよ。残ってるうちらの仲間はハッキリ言って強いから、早くあなたもあなたのお仲間さんに合流してあげて。」

 

 もはや隼鷹の動きを止めることなどできない五月雨は神通の身をまかせる決意を固め、あてがって持ち上げていた神通の右腰からそっと手を離した。

 

「それじゃあ、神通さんのことお願いします!」

「うんうん。お姉さんに任せて。」

 

 五月雨は隼鷹と、彼女の背中に背負われている神通それぞれに対して一礼をし、その場から反転して一路那珂と時雨のもとへとダッシュしていった。

 残された隼鷹はしばらく敵チームだった少女の後ろ姿を見ていたが、目を閉じ軽く息を吐いて視線を堤防に向け、やがてゆっくりと航行を再開した。

 

「さて、私も行きますか。……あ、もしもし飛鷹?私も負けちゃったわ。……うん、うん。ありがと……ね。あ、うん。お願いしよっかな。」

 移動しながら隼鷹はすでに退場して堤防下の消波ブロックに腰掛けていた飛鷹に通信し、神通を運ぶのを手伝ってもらうことにした。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

那珂VS鳥海

 那珂・時雨VS鳥海・秋月・涼月の戦い。軽巡と重巡の違いはあれど、那珂と鳥海の実力はほぼ拮抗していた。一進一退の攻防が繰り広げられる・・・。


 五十鈴や神通たちが奮闘している中、那珂は時雨とともに鳥海らと一進一退の攻防を続けていた。雷撃合戦をなんとか切り抜けて耐久度を中破ギリギリで収めた時雨をかばうように那珂は彼女の背後を位置取り、鳥海たちから距離を開ける。

 

「時雨ちゃん、状態の報告をお願い。」

「はい。まだ中破です。大丈夫です、まだやれます。」

「うんうん。女は根性だよ~。中破同士がんばろ。とはいえさすがにこのまま普通に砲戦してたら、これ以上は切り抜けられそうにないかも。」

 那珂が不安を若干含めて愚痴を漏らすと、隣を併走していた時雨が口を噤んだまま不安そうな視線を向けた。那珂は彼女に顔は向けずただ視線をわずかばかり動かしてその表情を確認した後、若干速力を上げ時雨を追い抜いた。その際、指示にも懇願にも取れる言葉を投げかけた。

 

「うまく距離を取って、五十鈴ちゃん達に支援砲撃してもらおう。射線上に入って巻き込まれないよう、しっかり付いてきて。」

「了解です!」

 

 言い終わると那珂は速力をスクーターよりわずかに上まで出力した。時雨も置いてかれまいと前傾姿勢になってスピードに乗る。

 鳥海たちがようやく体勢を立て直した頃、那珂と時雨は反時計回りに大きく距離を取り回って再び鳥海たちを遠目ながら正面に迎える位置取りをした。

 

 その時、那珂の視界の左端から右端へと上空を横切る存在があった。それは隼鷹の艦載機である。その方角と向かう方向からして、五十鈴達を狙っていると那珂は容易に察しがついた。

 それは時雨も気づいたようで、那珂に急いた声で言った。

「あの!今のってもしかして!?」

「・・・・・・うん。ちょっとヤバいかも。」

 

 そう一言だけ発して那珂はすぐに通信した。相手はもちろん五十鈴である。

「ねぇ五十鈴ちゃん、そっちに

「えぇ見えてる。すぐに迎撃態勢に入るから、私たちのことは気にしないで。それからそっちを支援できそうにないからもうしばらくあんたはあんたで頑張って。」

「アハハ・・・・・・さいですか。五十鈴ちゃんたちの支援もらいたかったけど、自分の身が最優先だもんね。うん、そっちも気をつけて。」

 長々と話していてはあっという間にたどり着いた敵航空機に狙われかねない。那珂はそう察し、五十鈴も同じ懸念を抱いていたため互いにややぶっきらぼうに通信を終え、それぞれの戦闘態勢を継続させた。

 那珂は反時計回りをやや角度鋭く針路を変え、鳥海たちに向けた。

「時雨ちゃん、魚雷はあと何本残ってる?」

「ええと、右ゼロ、左4本です。」

「上等!もうちょっと近づいたら撃たせるから、心づもりだけしておいて。」

「はい。」

 

 那珂はそう指示し、速力をそのまま維持して鳥海たち目指して猛然とダッシュした。途中、距離とタイミングを見て時雨を真後ろに移動させる。二人だけの単縦陣だが、目的はあった。

 対する鳥海らは背後を取られぬよう、発進するとすぐに反対方向に回頭し、那珂たちと反航すべく針路を切り替えた。

 

 やがて再び激突せんとグングン迫る那珂と鳥海。その前に那珂は完全に背後にいて同一線上を辿る時雨に指示した。

「魚雷1本放って。標的は3人のうち真ん中。速度はあたし達の同じ針路を一足先に行く感じで!」

 

 ボシュッ・・・・・・シュー・・・・・・

 

 時雨は言葉での返事の代わりに行動で答えた。

 時雨の魚雷は真下に放たれ一度深く海中に潜った後、海面に向けて急旋回した後速力を一気に高めて前へと泳いでいった。その針路は那珂がこれから海原をかき分けようとしていた流れだ。そして唯一違うのは、途中で魚雷は20~30度左に曲がり、敵の向かう位置を目指したことだ。

 青白い光の矢が海中に現れたことに気づいた鳥海は冷静に指示した。

 

「やはり来ましたね。向き、速力に問題なしこのまま直進。涼月、念のため爆破処理準備願います。」

「はい!」

 

 魚雷の針路と速力を予測した鳥海は自身に当たる可能性はないと判断したが、最後尾にいる涼月が魚雷の発するエネルギー波に巻き込まれる危険性を想定し、内々に教えていた通り魚雷の直前での爆破処理を指示した。涼月は教えられた通り自身の魚雷発射管と主砲パーツを構えてやや中腰になる。距離はまだあったため、鳥海の合図がなければ迎撃態勢を解除するだけだ。

 

 

--

 

 そんな敵の一方で、那珂は魚雷をよける方向を想定し、針路をやや10度右にずらし、小さめに弧を描くように移動を調整した。那珂の目的は反航戦を逆丁字戦法にして背後を狙うことだった。

 付き従う時雨は単に魚雷の結末しか那珂に尋ねない。

「魚雷当たるでしょうか?」

「うーん多分外れるかな。まぁ敵の動きを切り崩すのが目的だから、途中経過はどうでもいいんだよね。」

「え・・・・・・はぁ、そうなんですか。」

 時雨の表情がやや曇る。その気配に気づいた那珂はフォローの言葉で続けた。

「時雨ちゃん、そうガッカリしないで。道具はアイデア次第で色んな用途に使えるし、結果はそう急ぐものじゃないよ。ぶっちゃけあたしも探り探りだからあたしの行動が正解ってわけじゃないし。だから戦局を見てもしなにかよさげなアイデアあったら言ってね。うまく立ち回って見せるから。」

「あ、はい!」

 

 そうして那珂と時雨は再び鳥海たちと接近した。ただし今回は目的があるため、中距離を保ちつつ反航戦を切り抜ける。互いに砲撃はせずに通り過ぎた。鳥海もまた無闇な砲撃戦を繰り広げるつもりはないのだ。

 

 背後を狙おうとしたが相手は遠くに。自身の射撃に自信がないわけではないが、相手が相手なので素早い移動中に中距離砲撃するのでは効果が望めないと那珂は考えた。実際の軍艦の海戦の戦術が艦娘相手に通じるとはどうしても思えなかったので慎重にならざるを得ないのだ。

 艦船とは違い生物である以上は、艦娘(深海棲艦)は姿勢を変えて避けることも、海中に咄嗟に潜って避けることも、ジャンプして避けること等いくらでもできる。それでも陸ではなく水の抵抗を受ける海面を進む以上、ある程度似通う。

 加えて演習試合では諸々の制限を設けて行われることがあるため、その海戦はより実際の軍艦の海戦に近づく。それ故、スーパーヒーロー同士が戦うバトル等とは異なり、決定打に欠け戦闘が無駄に長引くことも多々あり得る。もちろん戦闘技術に長けた艦娘がいれば戦局が一気に傾くこともある。

 

 今のこのとき、この戦いで頭一つ二つ抜きんでた存在は二人いた。那珂と鳥海である。担当する艦種の違いや発想力の差はあれど、実際には二人の実力はほとんど拮抗していた。そのため、戦闘はまさに決定打に欠ける展開とならざるを得なかった。

 

 

--

 

 遠く離れた海域で五十鈴達が対空戦闘を切り抜け、神通達が思い切った反撃に転向する。

 自分たち以外は展開が進んでいる。那珂は視線はずっと鳥海に向けながら、頭の片隅ではそう観察していた。

 

 疲れた。

 

 相手の背後を取ろうと立ち回りすぎてペース配分が乱れる。那珂は速力を自然と落としていた。相手の鳥海はそのわずかな変化を逃さない。

 

「てー!」

 

ドゥ!ドドゥ!!

 

 鳥海の指示が発せられて僚艦の秋月・涼月は一斉に砲撃した。エネルギー弾の射線上にさしかかった那珂はハッと我に帰って現実を見た。

「ヤバッ!姿勢低く!」

「はい!」

 那珂は上半身を咄嗟に傾けて姿勢低くした。那珂の鋭い叫びのような指示に時雨もすぐに従って、命中予測された射線上の高さから辛くも逃れる。

 

バッシャーン!!

 

 那珂と時雨が通ってきた海上の航跡10m右にエネルギー弾が着水して水柱を発生させる。二人の航跡が間延びした蛇行を見せると、鳥海は続けざまに砲撃した。

 

ズドッ!ドドゥ!ドゥッ!

 

 那珂は姿勢を低くしたまま速力をようやくあげた。時雨も従い、その危機を逃れたタイミングで姿勢を戻した。

「那珂さん!敵に狙われ始めてます!僕達も攻撃を!」

「ゴメンゴメン!ちょっと油断してた。そろそろちょっとは動きを見せないとね。方向変えて二人だけの複縦陣に切り替えるよ!」

「はい!」

 

 那珂は角度緩めに一斉回頭し、時雨と併走する形になった。二人だけなので複縦陣というよりは単横陣だ。実際の艦船とは異なり正面に向けてすべての砲撃を注力でき、向かってくる攻撃も正面に見ているだけに対処もしやすい、まさに艦娘の本来の戦闘陣形、突撃陣形だ。ただ常に敵を真っ正面に見なければならないだけに敵の動きを逃しやすく、自身らの陣形も崩されやすい。

 それでもタイミングを見計らい、反撃に転じた。

「時雨ちゃんはあたしから5度くらい左に向けて撃って。てーー!」

 

ズドゥ!

ドゥ!

 

 那珂と時雨の砲撃でエネルギー弾は鳥海たちの針路の予測ポイントの10m手前、そしてもう一発は三人の中間にいる秋月を捉えた。

 

「秋月、相殺ですよ!」

「はい!」

 

ドドゥ!

ドドゥ!

 

バチッ!!

 

 向かってくるエネルギー弾の射線を想像した鳥海は逃れようもないと察し、自身と秋月で砲撃することで危機を封殺した。

 

「続けて!!」

 

ズドッ!

ドドゥ!

ドゥ!

 

 砲身が冷えぬうちに鳥海・秋月・涼月は一斉射した。陣形をあくまでも艦船と同じくさせて崩さない鳥海たちは横向きの砲撃を行う。

 その砲撃を那珂と時雨は言葉で明示をせず黙って互いの考えた方向へ姿勢と針路を傾けて避ける。そしてまた一定間隔を開けて併走状態に戻った。

 しかしその先の展開は、鳥海らが速力を上げて時雨に近づいたせいで、那珂達にとって丁字不利となってしまった。

 

「しまった!時雨ちゃん速力あげて一旦離れて!」

「は・・・・・・!」

 

「もらいました!!」と鳥海が甲高く叫ぶ。

 

ズドッ!

ドドゥ!

ドゥ!

 

 那珂の指示で速力をあげようとした時雨の動きを逃さない鳥海達三人の一斉砲撃が、時雨の到達予測ポイントまでも捉えた。

 時雨は那珂の指示通りに動いてももはややられると感じた。と同時にこれまでに那珂が行った動きを思い出してそれを再現した。

 

 時雨は海面から両足を素早く離し、身を捩って海面に平行する形で宙返りし、命中の面積を限りなく減らした。鳥海らによるエネルギー弾が時雨の左(上)と右(下)の宙をギリギリ触れぬ間隔で過ぎていく。エネルギー弾の行く末は、元々が時雨を狙う射線だったため、海面に早々にも着水した。そのため時雨から一定の距離を開けていた那珂にまでは届かなかった。

 宙で身を捩った時雨は海面に着弾して起きた水柱の音を聞いた後自身も着水して激しい波しぶきを巻き起こした。那珂は前進をやめ急回頭して時雨に駆け寄る。

 時雨が沈んだポイントの海面はようやく穏やかになろうとしたが、その静けさはすぐに破られた。

 

ザパァ・・・・・・

 

「ぷはっ!! ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・」

「時雨ちゃん! ダイジョブ!?」

「コホッ・・・・・・は、はい!」

 

 時雨は足の艤装の主機の推進力を使って一気に浮上して宙へと飛び上がった。その際、止めていた息を吐いて咳き込む。

 那珂は時雨の背中に手をあてがって前進を暗に促した。止まった状態では、移動し続けている鳥海たちに背後を取られてやられかねないからだ。

 時雨もまた那珂の促しを受けて意図に気づき、すぐに前進をした。

 

「時雨ちゃんナイス回避!」

「は、はい。ちょっと前に那珂さんがした避け方を思い出したので、やれるかどうかよりもまず身体が動いてました。」

「うんうん!そーいう発想と行動、そういうのを期待してたんだよ。あたしたちはまだまだイケるよ。」

 那珂は時雨を強く鼓舞した。時雨はやや気恥ずかしさを覚えながらもまんざらではない様子で小さくはにかんでみせた。

 

 

--

 

 前進しつつ那珂はチラリと後方に視線を向けると、なぜか鳥海たちは停止していた。それを見て那珂は怪訝に思い、自身らもまた鳥海たちを真っ正面に見る姿勢になるべく回頭して立ち止まった。

 

((何・・・・・・なんで停止したの?))

 

 那珂がジッと見ていると、鳥海が動きを見せた。それは、遠目からではわずかとしか見えぬ腕をまっすぐ向ける構えだった。

 そして……

 

 

ズドアアアアァァ!!

 

 

「!!!」

 

 

 鳥海が自身の艤装の主砲の本来の射程を発揮すべく、中遠距離砲撃をしたのだ。

 那珂は相手の観察をしすぎて同じ行動を取り、立ち止まってしまったことを後悔した。那珂と時雨は相手の砲撃のエネルギー弾の通る道筋が二人の間にあったことを察して、互いに逆方向に倒れ込んだ。

 

「ぷはっ!時雨ちゃん、さっきと同じように併走して前進!」

「は、はい! でも那珂さん、まっすぐだと鳥海さんの砲撃の射程範囲のままです!」

 海中から一気に浮上して体勢を立て直すよりが早いか前進しながら那珂は切羽詰まった口調で言った。

「姿勢低くして突っ込むの!距離あっても立ち止まったらあたしたちの負け!動き続けないとダメ!」

「はい。となるとまた接近戦ですか!?」

 

 時雨の確認に那珂は行動だけで示した。身をかがめてまるでスピードスケートをするかのように一気に加速して疾走し始める。時雨は那珂の行動に一瞬呆気にとられたが、ハッと我に帰って同じ行動をし始めた。

 

 その様子を視界に収めていた鳥海は穏やかながらも敵をあざ笑うかのように言った。

「あなた方が安全圏だと思っている距離、私にとっては造作もありません。……向かってきますか。」

 鳥海は那珂達の針路を想定し、突進してくるその身をまっすぐに狙うべく撃ち出した。

 

ズドオオオオゥ!

 

ズドオオオォ!!

 

 鳥海は引き続き立ち止まったまま中遠距離砲撃を行う。

 那珂と時雨はその砲撃をスッとかわして前進を続けた。スピードに乗っているため避けるのは容易だ。避けたことで若干航行コースを変えてしまったがすぐに元の航行の範囲に戻り、二人は緩やかな弧を描いて一旦二手に分かれて鳥海らに向かう。

 形としては挟み撃ちになる。

 

 鳥海はその流れを見て、冷静に後ろの二人に指示を出した。

「おそらく近距離で砲撃か雷撃をしてきます。私が盾になりますので二人はあの駆逐艦の撃破を狙ってください。」

「盾だなんてそんな!だったら私たち三人で相殺しましょうよ!」

「そうです!姉さんの言うとおりです。」

「・・・・・・二人共、その気持ちだけで十分です。私は重巡、まだまだ耐久力はあります。それにあなた方は、自分たちの判断だけで簡単に相殺ができるほどの成績なのですか?」

 鳥海の鋭い指摘に駆逐艦二人はすぐに黙った。それ以上言葉を発さない二人が理解を示したことを察すると、ゆっくりと航行を再開した。

 

 鳥海が動き出したのに気づいた那珂は時雨から通信を受けた。

「敵が動き始めました。どうしましょう!?」

「なんとかうちらの真ん中に収めるよう動くよ。」

「了解です。やや僕の方に向かってるようですから、こっちですね。」

 そう言って針路を5度左に動かした時雨に那珂は追随して動いた。5度の角度は進むうちにそれ以上広がる。そして再び鳥海らをきっちり挟み込むように位置取った。

 

「もうちょっと距離縮まったら、一度あたしたちも間隔狭めよう。で、あたしの最初の合図で一気に間隔縮めて迫る、もう一度合図したら一気に離れて通り過ぎて反航戦!」

「!! そ、そうか! はい、わかりました!」

 

 那珂の目的が敵のギリギリでの砲雷撃かつ離脱でないと時雨は理解した。リスクが減ったことを察すると俄然やる気をみなぎらせ、手に持つ主砲パーツに片方の手をグッと強く当てて安定させた。

 

 あくまで敵からは寸前での砲撃逃げであることを匂わせたままでいる。それがどこまで本心を悟られずにすむかは自身の指示のタイミングと反射神経による。プラス時雨がきちんと追従できるかもだ。

 前方からは鳥海が相も変わらずターゲットを時雨から外さぬよう針路を調整して向かってくる。その度に時雨は相手の針路から逃れ、那珂は間隔を縮めすぎないよう詰める。

 やがて距離を測った那珂は1回目の合図を出した。

 

「今!」

 

 那珂と時雨は鳥海らをほぼ等しい距離で左右に捉えたまま、角度鋭く一気に迫った。その速さと勢いに鳥海は後ろの二人に指示を出した。

「秋月は若干速力落として雷撃用意、涼月は秋月と並走!砲撃を右に構え!」

「「はい!」」

 

 鳥海たちもまた、タイミングを測り終えた。そして……

 

「てー!」鳥海の合図の声が甲高く響く。

 

ボシュ……シューーー……

ドドゥ!

 

 秋月の魚雷が深く潜りいっきに速度をあげて鳥海を追い越し、涼月の砲撃が右10度の線上に向けられる。そのわずか前に那珂が2回目の指示を叫んだ。

 

「今!」と那珂。

「は……あぶっ……!?」

 

 那珂の指示と同時に敵の攻撃に驚いた時雨は悲鳴に似た叫びを上げ、それと同時に瞬時にその上半身を左前方に思い切り傾ける。涼月の砲撃を寸前で避けられたがそのせいでバランスを崩し、本来想定していた作戦行動に移るのに遅れてしまった。よろけた先わずか1m手前を秋月の魚雷がエネルギー波の羽を極大に広げて突っ切る。

 

「うわうわっ!!」

 

 左前方に傾けた上半身を更に前に屈めてその姿勢と慣性に沿うように時雨は下半身そして足の主機の推進力で海面を思い切り蹴り、プール飛び込みをするごとく前の前の海面にダイブした。

 

ザッパーーーン!!

 

「時雨ちゃん!!?」

 

ズドドドオオオォ!!

 時雨の後方の誰もいない場所で魚雷が爆発を起こして海面を荒げた。

 那珂は当初の反航戦として鳥海達を通り過ぎようとしていた前進をやめて主機の推進力を使わず海面をジャンプして強引に回頭した。若干通り過ぎていたために完全に方向転換した時、眼前に見たのは、海面から浮き上がろうとしている時雨を囲む鳥海達三人だった。

 

「まずい! 時雨ちゃん浮かないで!沈んで沈んで!!!」

 

 那珂の悲痛な叫びが周囲にこだまする。駆け寄ろうと目論むが間に合わない。那珂の眼の前で展開される、鳥海ら三人によるこれから浮き上がろうとする時雨の近距離での狙い撃ち。

 

「これで一人、打ち取りました。」

 

 鳥海の冷たい一言が聞こえた時那珂は腰の背面部分から熱い力を感じ、次の瞬間腹の底から震えるほど叫んでいた。

 

「……あああああああぁぁぁっあぁぁ!!!!」

 

 那珂の叫びに呼応するかのように、那珂の立つポイントを中心として海面が激しく波打ち始める。合わせて那珂の腰の背面にあるコアユニットからパチパチと破裂音も響き始めた。それは直接的ではないが周囲の艦娘ですら覚えないわけがない異変として察知された。

 

「何……なんです!?」

 鳥海は思わず主砲のトリガーから手を離し振り向いて視線を時雨から那珂に向けた。その時鳥海が見たのは、やや中腰になった那珂が海面を思い切り蹴る瞬間だった。

 

【挿絵表示】

 

バシャアアアァ!!!

 

 那珂はまるで水上バイクで最大速度を出して水の抵抗により跳ね上がったかのように前方へ跳躍して鳥海らに迫った。その光景はまさに宙を切り裂く巨大な矢だ。那珂は跳躍と同時に右腕の全主砲・副砲・機銃を前へ向けて撃った。

 

ズドォ!

ドゥ!

ガガガガガ!

 

 那珂よりも先にエネルギー弾が鳥海らに到達する。

「きゃ!」

「きゃあ!!」

「二人とも!?」

 それらは秋月・涼月を囲むように飛来し二人をひるませ後方へと転ばせる。二人の危機を瞬時に感じた鳥海は予備動作なしで海面を蹴り二人をかばうように倒れ込んだ。その位置は、丁度那珂が突っ込んでくる位置だった。

 

【挿絵表示】

 

ガッ!

「くはっ……!」

 

 那珂は鳥海にぶつかる直前、砲撃した右腕を背後に振りかぶり代わりに左腕を前方に突き出した。その拳は鳥海が左肩に装備していた艤装のショルダーパーツに命中し、それを砕いて彼女の肩を突き左肩から後方によろけさせる。しかし鳥海は咄嗟に左足で踏ん張り、秋月たちをかばおうとして伸ばした右腕を咄嗟に左へと薙ぎ払った。

 

ガシッ!

 

 鳥海が右腕に装備していた主砲の砲身が那珂の左鎖骨~首に命中した。その衝撃で那珂は飛翔の勢いを殺され、方向を右つまり鳥海らとは逆方向へと変えざるを得なかった。というよりも変えられてしまった。

 

バシャーーー……ザザザザザ

 

 2回ほど宙を横転しながらも那珂は姿勢を戻して土下座に近い体勢で海面に3つの航跡を立て踏みとどまる。対して鳥海は、右に薙ぎ払ったその姿勢の限界を感じて受け身を取る如く海面へ倒れ込んだ。

 那珂は相手総崩れのその隙にジャンプして回頭し、時雨に駆け寄って彼女の浮上を助けた。

 時雨はなんとなく聞こえた那珂の指示により、浮き上がろうとする前に足の主機を海上に向けその推進力でギリギリ浮上を免れた。潜っていたため我慢していた大きな息を吐き出して酸素を体内に循環させようやく呼吸をすることができた。

「時雨ちゃん! もー大丈夫だから早く早く!」

「うっく……はい!」

 

ザアアアアアアアアァァ

 

 

 那珂は時雨を引航しながら敵から距離を取った。

「ゴメンなさい……また僕がピンチを招いてしまって。」

「いいっていいって。」

 那珂はほんの少しだけ速力を落とし時雨と並走して彼女の目を見つめる。時雨は那珂の優しい目を見て気持ちを落ち着けることができた。ホッとして視線を那珂の顔から下に移した時、時雨は仰天した。

「那珂さん!! 首と肩! 血が出てるじゃないですか!!」

「え……?」

 那珂は指摘された左首筋から肩にかけてを撫でた。アザが出来、制服が赤く染まっていた。強く押すと制服に染み込んだ血が指にうっすら付着する。指摘されるまでまったく痛みはなかったし、指摘されても痛みは感じない。まったく感じないというわけではなく、気分的に気にならないといったほうが正しい。

「あ~ホントだ。でも……これくらいはいいや。後で病院行くから。」

「え、でも……」

 時雨は心配で食い下がろうとしたが、演習試合の大事な局面であり那珂の気持ちをおもんぱかってそれ以上は口にしなかった。

 

 

--

 

 背後を見ながら那珂は停止するポイントを見計らい、鳥海らに向けて回頭して止まった。そこは鳥海の射程の範囲内ではあるが、彼女らの体勢が戻るまでは安心できると踏む。

 

 そしてようやく鳥海らも体勢を立て直した。

「くっ……ハァハァ。だ、大丈夫ですか、二人とも?」

 左肩を抑えて荒げた呼吸をしながら鳥海は秋月・涼月に歩み寄った。

「すみません……私は今の機銃掃射をくらって大破になってしまいました。」そう正直に報告する秋月。

「は、はい。私はなんとか。姉さん大丈夫ですか?」自身の無事を報告する涼月は喋りの勢いをそのまま秋月への心配の声掛けに向けた。

 

「まさか……あんな動きができるとは。」さすがの鳥海もたった今までの出来事に驚きと焦りを隠せない。

「あの人……今のは何だったんですか?」と秋月。

 鳥海は唾を飲み込み数秒黙っていたがゆっくり口を開けた。

「わかりません。彼女のアクションは天龍や霧島達から聞いていたのである程度予測範疇でしたが、さすがにあんなことまでは。艦娘になって向上する身体能力の水準を超えているのでは……。それに私達が急に感じたしびれ。一体何が起こったやら。」

 鳥海の心に戸惑いと恐怖が芽生える。しかしそれは純粋な恐怖ではない。理解不能な物への畏怖の念そしてそれを突き詰めたいという好奇心の混ざった感情だった。

 

 

--

 

 堤防付近で見ていた艦娘そして提督らも那珂の異変を間接的に感じていた。ただし提督はそれを明石から聞いてようやく状況を把握した。

「今の那珂ちゃん、すごいですよ提督。」

「ん?どうしたんだ?」

「あ~提督は直接はわかりませんでしたね。私も一応艦娘ですし、こうやってコアユニットを装備しているので感じたのですけど、那珂ちゃんの同調率が瞬時に跳ね上がったと同時に周りの艦娘の同調率が一斉に下がったんです。一人の同調率の上昇が他の艦娘に影響するなんて私も初めてです。」

「ん、アレか?けど他の艦娘にも影響ってどういうことよ?」と提督。

 

「わかります。私も今さっきピリッと感じちゃいました。今のって何なんです!?」

 そう口にして会話に割り込んできたのは神奈川第一の鹿島だ。

 タブレットですべての戦況をチェックしていた明石は顎に手を添えて考える素振りをした後、提督に耳打ちした。それは那珂の同調率の変移だった。明石はそれを局外極秘にせねばならないと捉えたからだ。

 提督は明石から観察と想定を聞き、どう伝えるか悩んだ末に鹿島に向けて説明した。

「ハッキリとはわからないです。ただうちの川内が暗視能力を持っているように那珂固有のものかもしれないし、別のなにかかもしれない。ところでそのピリッとしびれる感覚は今は?」

「ええと、ありません。」

 鹿島はブレザーの裾に突いているコアユニットの収納装置を撫でながら言った。その反応を見て提督はコクンと頷いて続けた。

「鹿島さん、どうかこのことは口外しないでいただきたい。何分初めての現象で調査が必要なので。この現象はうちの工廠から通じて艤装装着者管理署の本部と製造会社に報告しておきます。」

「あ……はい。それはもちろん。」

 数割増しの真面目な懇願に鹿島が同意を見せたことで提督は密かに胸をなでおろした。やがて皆視線を再び前方の海上に向けた。

 海上を見つめながら、提督は今の現象を整理した。那珂は再び同調率を動的に変化させたのだろうと。瞬発的に能力が高まることも期待できるその現象、提督が公式に記録して把握しているのは五月雨と那珂だけのものだ。しかし過去の報告と比較してみると、他の艦娘にまで何かしら影響を及ぼすのはおかしいと感じるのは容易すぎた。

 一抹の不安が提督の眉をほんの僅かにひそめさせ続けていた。

 

 

--

 

 鳥海たちの警戒態勢が増したこともあり、那珂と鳥海の戦況は再びにらみ合いになった。さすがの那珂も先程発揮した状態をもう一度出そうにも出来ないのだ。

 しばらく経ち、遠く離れたポイントで雷撃の炸裂音と高い水柱と波しぶきが起きて海面を広範囲に揺らした。神通と五月雨が敵を撃破した知らせが続く。それを耳にして那珂は安堵し、時雨は喜びの声を那珂に通信して聞かせた。

「さみ達、やったんですね。すごいや。僕達も負けてられないですよね?」

「うん、そーだね。二人にMVPをかっさらわれないようにしないとね!」

「アハハ。はい。」

 

 軽口を叩き合う余裕を見せる那珂と時雨だったが、再び容易に動かせぬ戦況になったことをひしひしと感じ取って、切り込み口を探るため安易に動く気が起きない状況だった。

 小刻みな移動を繰り返して間合いを縮め、那珂と時雨は再び鳥海たちに近づく。それは鳥海たちも同様だ。

 

 何度か移動を繰り返して再びゆっくりとした速度、速力徐行から停止に切り替えたとき、那珂は神通から通信を受けた。

 

「那珂さん、こちらは戦艦を倒しました。」

「神通ちゃん? やったねー。こっちはなかなか切り抜けられそうにないよ。参った参った~。」

 そう口にする那珂。すると神通から支援の提案を受けた。確かに揃って雷撃して混乱させることができれば撃破は難しくないかもしれない。しかしつい先ほどからの敵の動きが気になるのだ。やはり警戒されている。戦況を一時的に動かせたのはいいがその結果敵が遠のき、また決定打に欠ける展開が待ち受ける状況になったことに那珂は反省と後悔をしていたのだ。その考えから那珂は神通の提案をやんわりと拒否した。

 それでも食い下がる後輩に対し、撃破の発表がされぬ敵艦娘が一人いることに気づいてそれを指摘した。

 

 敵はもう中破だろうし捨て置いても良い

 

 そういう内容だったのでその判断の危険性を那珂は即座に感じた。思慮深い後輩にしては珍しい判断だ。劇的な撃破劇で気分が向上しているのだろう。その気持ち自体はわからないでもない。しかし未来の可能性を必死に探り、得た答えではどうあっても残った敵空母にやられる神通の未来しか見えない。それに自分達と鳥海の戦いも他の邪魔されず続けたい。

 那珂は厳し目に後輩を諭した。

 

「……神通ちゃん、その判断は危険かなぁ。」

 

 その指摘の先を那珂はもはや覚えていなかった。冷たくあしらった気もするし、やんわりとした気もする。どのみちあの後輩ならわかってくれるだろうと信じていたから後味の悪さはない。

 そうして那珂が鳥海と対峙し続ける間、外野の展開は那珂の不安が半分的中する流れになっていた。それでもなお、那珂は動き出せなかった。傍にいる時雨もその空気のおかしさをつぶさに感じ取り、目の前の軽巡に従うしかなかった。

 

 

--

 

「ゴメン那珂。やられてしまったわ。後よろしく。」

「申し訳ございません那珂さん。ろくに支援もできないまま……。」

 五十鈴と妙高から思い切り悄気た声色で報告を聞いた那珂は困り笑いを浮かべて返した。

「いーえいーえ。戦局が複数あると大変だってわかっただけでもめっけもんですよ。あとはあたしに任せて。」

「那珂……あんた、まぁいいわ。あ・な・た・たちに任せる、わね。」

 五十鈴は那珂に違和感を覚えたが、気にせず通信を切った。

 

 神通が逃した隼鷹の艦載機によって五十鈴達はついに撃破されてしまった。それを那珂と時雨は鳥海たちから視線を外せぬまま音と海面の様子だけで察した。報告を本人達から聞きやっと現実のものとして理解に至った。

 あと残るは自分と時雨、神通そして五月雨の四人である。

 那珂は内心焦っていた。ある程度覚悟していたとはいえ、ここまで切り抜けられないのはもどかしい。歯がゆい。イライラする。後半の残り時間も迫っていることに気づいていてその感情はさらに膨れ上がっていた。

 

 

--

 

 ごまかしの前進と砲撃を3巡ほどさせたとき、遠くで激しい爆発音が連続し、那珂の外野の戦況がさらに動いた。

 

「神奈川第一、軽空母隼鷹、千葉第二、軽巡洋艦神通、轟沈!」

 

 後輩が相打ちで敵を撃破した。

 あの大人しいながらも頑固で意志の強い少女にしては十分頑張った。順当なところだ。那珂は後輩の成果をさも自分のことのように喜びを心の中で溢れさせた。その身を呈して戦況を自艦隊に有利に保ってくれた。それに応えたいが残り時間は少ない。

 敵は強いのだ。一時的なスーパーアクションでは撃破には至ることはできそうにない。川内の思考ではないが、スーパーヒーローになるには現実にはこんなにも不安定で足りない。

 

 ゴクリと唾を飲み込み息を吸って吐いて酸素を肺に取り入れる。その時、那珂は五月雨から通信を受けた。

 

「あ、あの!私生き残りました!今そっちに向かいますね!」

「五月雨ちゃん?」と那珂。

「さみ……そっか。うん、よかった無事で。すぐ来て。」

 時雨の優しい声かけに五月雨は明るい雰囲気を湧き上がらせてスピードをあげた。ほどなくして那珂と時雨の右舷に五月雨が姿を現した。

 

「二人とも、お待たせしました!」

 五月雨は右手を額にあてがって敬礼のポーズをした。

「うん、やっと合流できたね。これで戦力的には五分五分になるわけだ、うん。あたしとしても心強いや~。」

「えぇ、僕もですよ。さみ、耐久度の報告を。」

「あ、うん。えっとね……○%でぇ、中破の手前かな。」

 五月雨からの報告を聞き、那珂は改めて今の状況を思い直し、そして二人に伝えた。

 

「よし、ちょっと状況を整理しよう。」

「「はい。」」

 

・那珂:中破

・時雨:大破

・五月雨:小~中破

 

 艦娘としての耐久度判定とは別に、那珂は肉体的に痛みを感じていた。鳥海から先程受けたなぎ払いにより、左鎖骨~首付近が痛むのだ。そういう肉体的な負傷まではさすがに耐久度判定には反映されない。あえて本人が申告しなければ、見える形でない限りは他のメンツが知ることはない。

 那珂は自身の肉体的状態については二人に明かさなかった。

 

「敵も3人、重巡に駆逐艦二人ですね。人数も艦種的にもほぼ互角でしょうか。」

「そうですよね~。那珂さんなら重巡って言っても問題ないです!だから互角です互角!」

「アハハ……時雨ちゃんも五月雨ちゃんも、それは言い過ぎだよぉ~。」

 那珂は後頭部に手を当てて髪を撫でながら恥ずかしそうに言った。

「いえ、さみの言う通りですよ。囲まれて狙われてた僕を助けてくれた那珂さんの動き、僕は直接見てないけど、感じるものはありました。あれをまた発揮してくれればきっと勝てます。残り時間もあと僅かですしこの三人で最後まで……!」

 時雨の言を聞き、一瞬表情を曇らせる那珂。彼女の期待を裏切るのは忍びないが、楽観的になっても仕方ないのだ。戦況は戦術とともに芳しくない。

「うーん、そうは言ってもねぇ~。自由に発揮できたらいいんだけど、ホラあれですよ。うち特有のあの変化。五月雨ちゃんならわかるでしょ?」

「あ……はい。ということは?」

「うん。」

 那珂の一言と頷きで時雨と五月雨は理解した。同調率の瞬間的な動的変化、あれを発揮できたことを公式の記録に残しているのは那珂と五月雨しかいない。五月雨もまた最初に発揮して以降何度か試したが、意図的に再現することは叶わなかったのだ。

 そのことを十分理解しているがゆえ、五月雨は察して無理を言うことはしなかった。時雨はそんな友人のことをわかっているがため、彼女の思いを察して自分ももはや控えた。

 二人の反応を確認して那珂は視線を鳥海へと戻した。眼の前の鳥海達が近づいてきているのが見て取れた。

 その時通信が入った。鳥海である。

 

 

--

 

「……はい。」

「私です。鳥海です。」

「鳥海さん!? ど、どうしました?」

「残り時間も少ないので最後くらいは観客の近く、肉眼で見応えのある戦いをしませんか? ちょうど3対3になりましたし、条件的には良いと思うのですが。」

「え? ……それは、始まる前の提案とかそういう話の……?」

「いえいえ。単純に距離を活用した戦いに疲れただけです。それに今回は見てくださっている方々もいらっしゃるのに、ずっとドローンのカメラや双眼鏡で観覧していただくのもどうかと思いまして。」

「はぁ……。」

 突然の鳥海の提案に那珂は思考の切り替えが追いつかなかった。自分も話題の切り替えが突然すぎると三千花始め友人達から言われることしばしばだが、鳥海たるあの女性も中々だ。那珂は友人たちの気持ちがわかったような気がした。

 しかしその内容を否定したいとは思わない。むしろ同意なのだ。那珂もまた、距離ある海域を動きまくって飛んでくる砲撃を回避して無駄に時間を消費する展開に辟易していた。

 そのため那珂の返事は鳥海の意に沿うものになった。

「まぁ、いーんじゃないでしょ~か。」

「よかった……それではすぐに移動しましょう。」

 

 鳥海の明るい声に合わせて那珂は普段調子で返事をした。が、心の中までは素直に明るくできない。確かに賛同し得ることだが、鳥海の真意がわからないのでそう疑念を感じてしまい拭い去れない。

 ただ承諾した以上は合わせないといけない。那珂は駆逐艦二人に尋ねるのを忘れていたと気付き、振り向いて弱々しく白状した。

 

「あのさ、二人とも。鳥海さんから提案を受けたんだ。時間も近いし皆がもっとハッキリ見える堤防の近くでお互い近距離で戦わないかって。勝手に承諾しちゃったんだけど……いいかな?」

 那珂の恐る恐るの言葉を聞き終わった時雨と五月雨は顔を見わせた後、笑顔で答えた。

「いいと思いますよ。実は……広く逃げ回るのに疲れていたところだったんです。普段の訓練では皆もっと近い距離感でやっていましたし。それに近いイメージになるのでしたら。」

「堤防の近くでっていうのはいいと思いますけど、私はちょっとだけ怖いなぁ~って。あ、でもでも! イヤってわけじゃないですよ。思い切りが大事って神通さんも言ってましたし、今日は私、なんでもできるって気がしているんです!」

 フンス、と鼻息荒く意気込む五月雨に那珂はもちろん時雨も笑みを漏らした。

 同意を得られたということで那珂は胸をなでおろし、二人を引っ張るように先導して堤防の近くへと航行を再開した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決着

 戦場を観客のいる堤防近くに移し最終決戦。那珂と鳥海の戦いの決着やいかに。そして最後に戦場に立つ艦娘とは。


 那珂たちと鳥海たちが急に戦闘を止めて戻ってくる光景を見て観客はもちろん、提督らとすでに轟沈した艦娘達は訝しんだ。

 

「あ、あれあれ?なんで那珂さんたち戻ってくるの?それにあっちの人たちも。ねぇ暁何か知ってる?」

 堤防の石壁に寄りかかって見ていた川内は暁に尋ねた。その暁は川内のいる位置の海側、消波ブロックに乗り上がって見ていた。その少女もまた同じような疑問を口にして驚きを隠さない。

「ううん。鳥海さんってば何も言わないからわからないわ。ぜーんぶ上の人だけでお話終始させてるし……。」

 暁の愚痴に傍にいた響雷電はそれぞれの声量とともに頷いた。他鎮守府の艦娘の様子を堤防の上から視線を下げて見ていた川内は、眉をひそめたままその視線を那珂たちが戻ってくる海上に戻した。

 

 戻りながら那珂は提督に、鳥海は鹿島に事の次第を報告することにした。

「そ、そうなのか。わかった。今回は観客やテレビ局も来てる手前確かにもうちょっと近くて見やすいほうがいいだろうしな。今更だろうけどこちらとしても特に問題はない。あと少ししかないから、頼むぞ。」

「うん、りょーかい。」

 

 提督は隣にいた鹿島にこの事を伝え、相手からも同じ内容を聞いたため話はすぐに互いの鎮守府の代表同士で承認された。

 ただ一つ提督が心配したのは、近いがゆえに流れ弾が観客に飛んでこないかという点であった。それは鹿島も同じ心配をしていた。そこで、すでに退場した艦娘らに念の為の防壁代わりになってもらうことが指示として両鎮守府の艦娘に発令されるに至った。

 

 

--

 

 堤防の先、約50mの位置に20m程の距離を開けて那珂達と鳥海達は改めて対峙した。今までよりも堤防も突堤も近い。観客も近いため流れ弾を懸念したがそれは提督らが対策を考慮してくれたため気にせずにいられる。

 その防壁を担う鎮守府Aの艦娘達、神奈川第一の艦娘達はある意味特等席での観戦だ。

 

「うおああ! 那珂さーん頑張れー!」

「さみー、時雨ー頑張ってね~~!」

「不知火と神通のことは心配しないで頂戴! 村雨と長良、名取に面倒は任せてあるから!」

 川内、夕立そして五十鈴の掛け声が響く。神奈川第一からも天龍や暁達、霧島の掛け声が発せられていた。

 

 雰囲気はいよいよ最終決戦という空気を嫌でも感じてしまう。那珂がそう感じた空気は鳥海も感じとっていた。どう決着を付けるかに思考を張り巡らせる。

 近距離での戦いはとにかくスピーディーに動き回り、敵の攻撃を避け攻撃を命中させなければならない。そして砲雷撃戦だけではなく肉弾戦の可能性も頭に入れておかねばならない。とはいえ鳥海も那珂も格闘技の経験なぞあるはずもない。艤装の外装を活かした肉弾戦も、先程の自身らの咄嗟の行動で危険性を覚えたばかりなので最悪最後の手段だろうと互いに思っていた。

 

「せっかく近距離で戦うのです。ルールを決めましょう。」

「いいですね~それ。じゃあ、場所は長さ堤防のあそこから河口のあそこまで、幅は突堤のあそこまで。いわばリングです。いかがでしょう?」

「えぇ、良いでしょう。その位であれば適度に動けていいと思います。それでは、こちらからもお願いよろしいでしょうか?」

「えぇどーぞ!」

 

 せめてものルール決めだ。近距離での戦いとはいえ、ある程度の広さを確保して自分だけでなく時雨と五月雨両名の回避の確実性を担保しておきたい。

 那珂はこの後の展開と作戦を雑に考えながら鳥海の提案を待つ。

 

「3対3、お互い艦種も丁度良いことですし、それぞれ1対1というのはいかがでしょう?」

「えぇ、いーですよ~~……へっ!?」

 一旦戦闘を中断して那珂は気が緩んでいた。軽快さと安堵感が底辺で支配する会話の雰囲気と流れで思わず即答してしまったのだ。

 後悔とはまさにこのことだなと思って慌てて言い直そうと一文字発しようとしたが鳥海の言のほうが早かった。

「その返事は承諾として確かに受け取りました。これで安心して駆逐艦二人に任せ、私も本来の目的を果たせます。」

「う、うぅ~~……ずるいですよぉ~今の流れぇ!」

 高い声ながらもくぐもった那珂の文句は鳥海には届かなかった。メガネの奥の表情はきっとしてやったりといった感じなのだろうと那珂は妄想する。その妄想が現実にどうなのかは鳥海の口ぶりからは感じ取れないが、冷静に感情を隠しているのだろうと思うに留めた

「騙すような言い方で申し訳ございません。けれど、最後にあなたのような艦娘と戦えることが……いえ、まだ戦いは終わってないですね。時間ももう限られているのでそれでは行きましょう。」

「最後? そーいえば始まる前もそんなこと言っていた気がしますけど、何かあるんですか?」

「いえ。こちらの問題です。お気になさらずに。」

「はぁ。そんじゃまぁ、覚悟を決めましたのでこっちもOKです!」

 

 那珂は通信を終えて、未だ脳裏をもやもやした感情で支配されながら振り返り五月雨達にルールを知らせた。せめてもの反抗でわざとらしく大げさに鳥海のセリフを再現してみせ、駆逐艦二人の笑いを大いに誘う。

 きっかけや原因はどうであれ、お互いの心は温まって精神状態は回復し、覇気を得た。

 

「というわけだから、時雨ちゃんは秋月って娘を、五月雨ちゃんは涼月って娘をお願いね。ヤバかったら入れ替わってもいいから。もし撃破できたら片方を手伝いに言っていいよ。」

「はい。頑張ります。」

「はい! か、勝ちたいです!」

「うん、勝とう。あたしも腹をくくったよ。」

 

 二人から意気込みを聞いた那珂は自らも意気込みを語る。途中で前方を向き、そして締めくくった。

「自分の限界まで動いて一瞬でケリをつける勢いで、やっちゃうよぉ~。」

 言葉の末尾は那珂の普段調子だが、語り口調の奥に秘める攻撃的な鋭い感情を察して時雨と五月雨はその身を引き締めた。

 

 

--

 

「それじゃあ散開!」

「「はい!」」

 

 那珂は中腰になった後、かつて鎮守府で一度見せたことのある、激しく波しぶきを立てて爆走してまっすぐ突っ切った。真正面で待ち迎えるのはもちろん鳥海である。五月雨達二人の行動の行く先を見ることなく、動きはまるで一瞬だった。

 

ザバアアアァァ!!!

 

「速い!? くっ……!」

 鳥海は那珂の突進のスピードに目を見張った。今までとは異なり近距離のため、先にスピードを出されては進むも戻るも対応できなくなる。どうにか右側に倒れ込むように体を動かしてこれから予測される突進してくる那珂の物理的な一撃をかわそうと目論む。

 どちらも格闘のプロというわけではなく、機械的に身体能力が強化されたただの少女と女性であるため、相手の動きに完璧に対応するのはよほど元々の運動神経が良くなければ可能とは言えない。

 一応学校の体育でも成績は良い那珂は、疾走中ながらも鳥海を逃がすまいと追随した。

 そして那珂の砲撃が鳥海を狙い撃つ。

 

ドドゥ!

ベチャ!

 

 そのまま突っ込めば鳥海と物理的に衝突してしまうところだったが、那珂は高速航行の勢いを利用して海面を思い切り蹴って鳥海の左舷の宙に半月を描くように飛び上がって避けた。

 一方の鳥海は命中の衝撃を物ともせずバランスを取り保ち、バランスを取った右とは逆、左腕を飛翔中の那珂へと伸ばし、反撃に転じた。

 

ズドンッ!

 

バシャ……ザアアアアアァァl

 

 那珂はフィギュアスケートのジャンプ・回転のような流れるような動きで鳥海の攻撃を回避し、海面に着水したと同時に体の回転を止め高速航行を再開した。そこはまだ航行を始めていない鳥海の背後を取る形になった。

 

ドドゥ!ドゥ!

 

ベチャチャ!

 

「くっ!」

 

ザアアアアアァァ……

 

ブン!

 

 背後を撃たれた鳥海は低速ながらもようやく安定した航行をし始めて那珂の方向に回頭する。しかし那珂は反時計回りに弧を描くように移動し、鳥海のこれからの砲撃の射線上からすでに逃れていた。そして那珂は低姿勢になって高速で蛇行しながら鳥海に迫る。

 

「また速い!!」

 

 蛇行に惑わされ鳥海は狙いを定めることができずにまた那珂の砲撃の餌食になった。

 

ドゥ!ドゥ!ドゥ!

 

 蛇行しすれ違いざまに鳥海の右腕・腰を白濁に染めさす。那珂の主砲の砲撃による衝撃程度ではよろけないが、外装が大きいため対応に若干の時間差が生じる。

ブン!

 

「追いつけなっ……!」

 

 鳥海が右へ振り返り砲を構える頃、那珂は蛇行から通常航行に戻りすばやく時計回りに小さく半周してまっすぐ突っ切る。完全に有利な丁字になった。

 そして……

 

ドゥ!

ドドゥ!

ドドゥ!

 

 

 移動しながら続けざまに連続砲撃。たとえ那珂とはいえ移動しながらの砲撃では威力が落ちるが、そんなことはお構いなしにとにかく当てる。当てられるだけ当てる。

 

 

「くっ、小賢しい!! えっ!?」

 

 鳥海が那珂の方を向き直すとやはりすでに那珂は鳥海の視界から消えていた。

 

((なんて速い。そして恐ろしい運動能力。先程までとはまったく違う。さっき垣間見たあのときの速さ迫力強さには劣るけれど、とても対応しきれない。これが……これが軽巡洋艦那珂の本気の力なの!?))

 そう分析する鳥海は止まらぬよう速力をあげて小刻みに動き始め、続けて那珂を考えた。

((いえ、これは私が知る艦娘の単なる力ではない。この娘……の最も得意とするフィールドにわざわざ飛び込んでしまったということなの?それだけじゃない。だとすると私は……。))

 

 那珂の間合いに入ってしまったことをようやく理解した鳥海は、もはやこの近距離戦で素直に追いかけていては勝てぬことを察した。気づいたら中破の耐久度に達してしまっていた。

 幸い那珂の先程からの砲撃一発一発は大した威力ではないし、追いかけられぬならば自分の艦種の能力を生かすしかない。

 

 那珂は左舷に旋回し、距離を開けて鳥海と対峙した。鳥海はところどころをペイントで白濁に染めてはいるが、至って平然とまっすぐ立っている。

((やっぱ小さな砲撃だけじゃ轟沈判定はまだまだ遠いかぁ~。雷撃をしたいけどこの距離だと反則気味だし、避けられたらあっちの川内ちゃんたちや消波ブロックに当たって危ないもんなぁ~。立ち位置が逆になるよううまく動くしかないか。))

 

 那珂は鳥海に近づかないよう右40度に移動を再開した。鳥海を左舷に見ながらの動きだ。それをされる鳥海は右舷に那珂を見て構える。しかし互いに砲撃はしない。

 那珂は気づいたら弾薬エネルギーが少なくなっているため、もはや無駄な数打ちゃあたるやり方をできないと悟っていた。やるべきは残りのエネルギーを全部費やしての高出力の砲撃がベストと考えていた。対して鳥海は那珂を警戒しているがゆえ、そして強烈な反撃を食らわすためにあえて温存することにした。

 互いに思いは違えど結果として無駄な砲撃合戦をしたくないという点では一致していた。

 

 

--

 

 そんな二人の一方で、時雨と五月雨は秋月・涼月と戦っていた。決して見ごたえのある激戦ではないが、一進一退の攻防を繰り広げて観客をハラハラさせていた。

 

 大破である秋月を追い回す時雨も大破していた。しかし互いに相手のそんな状態は知らない。お互い、目に見える形で状態が見えるペイント弾の付着を見て想像するしかない。

 時雨の連続砲撃を辛くもかわし続けていた秋月だったが、ようやく反撃に転じる。

 

ドゥ!

 

「くっ……!」

 

 時雨は左舷に向かってきたその砲撃を速力アップ+宙で身を捩って回転してかわす。しかし、その後かわし続ける体力が切れてしまった。それは2度も海中に身を落としていたことも影響していた。

 一回転半して一度バランスを崩しながらも航行に移行した時雨に2撃目、3撃目の秋月の砲撃が迫る。

 

ドドゥ!

ドゥ!

 

ベチャ!

 

「うっく……まだまだ!」

 

 

「千葉第二、駆逐艦時雨、轟沈!」

 明石の声が聞こえてもすぐに停止することをせず時雨は反時計回りに移動して秋月を捉えようとする。それを止めたのは提督の声だった。

「時雨、轟沈判定だぞ!今すぐ停止しなさい。」

「えっ、提督!? 僕は……え? あ……。」

 

 時雨はようやく現実を直視し、姿勢でもハッキリ肩を落として緩やかに速力を落としてやがて停まった。

「はぁ……多分、もうちょっとだったのになぁ……。」

 

 時雨が視線を秋月に戻すと、彼女は主砲を一旦下ろして別の方向を向こうとしているところだった。その方角には涼月がいる。そして彼女と戦っている五月雨も。

 どちらかといえば秋月が見ていたのは、五月雨の方だった。

 

((まずいな……さみ。気づいてないや。教えたいけどもうダメだしなぁ。まだ耐久度的にはギリギリで中破行っていなかったって言ってたし、頑張ってもらうしかないか。))

 

「頑張ってね、さみ。」

 

 時雨は小さく一言を数十m離れた海上にいる友人に投げかけ、回頭して堤防へと向かっていった。

 

 

--

 

 涼月と戦う五月雨は、時雨より危なげという点では観客をハラハラさせる攻防を繰り広げていた。闘争的という概念など程遠い性格をしている五月雨である。1対1となるとどうしても相手に気後れしてしまっていた。相手の涼月もまた穏やかな性格をしていたが、彼女はリアルでも姉である秋月とともに真面目に黙々と訓練に励み堅実に成果を積み重ねてまずまずの評価を得ていた。姉妹揃って多少なりとも戦闘センスがあり必要なケースで強気になれる性格だ。

 この今の戦闘で優位に立っていたのは涼月だった。

 

ドゥ!

 

バッシャーン!

「きゃっ!」

 

 五月雨は善戦していたがとうとう背後に涼月を迎えてしまい、続けざまに飛んでくるペイント弾をかろうじてかわして逃げ続けていた。立ち位置的に反撃ができない状態だ。

 

((うぅ・・・・・・せっかく思い切ってみるって神通さんと決心したのに、涼月さんの砲撃が怖くてどうにもできないよぅ。))

 

 どうにかして相手と面と向かって対峙したいがタイミングが掴めない。大なり小なり被害を気にしないで思い切れば急速回頭して反撃することも不可能ではないことは頭の中のシミュレーションで答えは出ている。しかしせっかくここまでギリギリで中破に到達せずに来たのにという思いが拭い去りきれないのだ。

 とはいえそのようなみみっちい考えがいけないのだということも十分理解している。

 五月雨は様々な要素を天秤にかけまくり、逃げ惑いながら考えを整理してようやく決断した。

 

((よし、次の砲撃をやり過ごしたら海面をジャンプして強引にむき直してみようっと。そうすれば涼月さんもビックリして砲撃をやめちゃうはず。))

 

 五月雨は逃げの姿勢を活かすことにした。わざとらしくならないよう、少し速力を落として肩で息をする仕草をした。あとは後ろからする航跡を作る音で涼月との距離感を計る。視線の先では時雨と秋月が戦っている姿が見えた。しかしその光景もぐるりと旋回し続けることで見えなくなる。友の奮闘が励みになり、五月雨は下腹部から太ももにかけて力を入れる。

 そして……

 

 

「えいっ!」

 

 

ザパアァッ!!

 

 五月雨は前方に航行する力を瞬時に止め、後方右80度に向けて飛び退く形にジャンプし、空中で身を捩って方向転換をした。後を追ってきていた涼月とは狙い通りあっという間に距離が縮まり衝突の危険性が一気に高まる。

「えっ!?あぶな……!」

 涼月は五月雨をかわすべく左に身体を傾け思わずのけぞりバランスを崩しかけるが前進を保った。その結果、五月雨を右舷に一瞬見て通り過ぎた。

 わざと追い抜かせることに成功した五月雨は空中での回転を海面へ着水して止めた。先についた右足を軸にすぐさま回頭して涼月を追いかける構図に持ち込みたかったが、姿勢のバランスはそれを許してくれなかった。

 

「あうっ!!」

 

ザッパアァーーン!!

 

 

 先に付いた右足に続いて左足をつけて踏ん張ろうとしたが五月雨は耐えきれずに左側面から海面に飛び込んだ。その音を聞いた涼月は大きめに旋回して向きを変えて五月雨を再び視界に収めた。

 その場で五月雨が浮き上がってくるのを待って狙えばよいものだが、涼月はそれをせず、わざわざ五月雨の近くまで移動した。一方で沈んだ五月雨はもがきつつも浮き上がる際、主砲を装備している腕を先に海面から上げ、偶然にも涼月がこれから向かってくる方向に向けた。そして後から浮き上がらせるその拍子にトリガーを押してしまった。

 

ドドゥ!

 

「!?」

 

 

ベチャ!ベチャ!

 

 

「うえっ!? な、何・・・・・・? あれ、ペイント?」

 

 涼月はこれからまさに五月雨に向かおうと必死に前進していた矢先に突然の砲撃とその命中を受けて呆気にとられた。そしてザパァと勢いよく浮き上がった五月雨に対して何もできずただ呆然としてしまった。五月雨の形勢立て直しを許してしまったのだ。

 

 そのとき自身の視界の左端、五月雨からすると後方の戦闘の結果が放送された。呆然とする中で涼月は数秒経ってから遠くから姉である秋月が向かってくるのを見た。呆けた顔がやがて自然と喜びと自信の表情に移り変わる。

 一方で五月雨は浮き上がる際の様々な音と自身の集中力の一時喪失のため、たった今の放送が頭に入ってこなかった。

 

「ケホッ、ゴホッ・・・・・・せっかくのチャンスだったのに~。」

 

 海面に全身を出してすぐ前進し始め、涼月をきちんと狙うべく構える。対する涼月は五月雨とは違う方向を見ていたのだが、五月雨は若干の距離もあったためかその視線の動きと先に気づかない。わずかなチャンスを捉えるのに夢中だった。

 

ズザアアアァ……

 

「えーい!」

 

ドゥ!ドドゥ!

 

ベチャ!

 

「くっ!」

 

 姉の来る方向に気を取られて五月雨の砲撃を再び食らってしまった涼月は頭をブンブンと振って思考をリフレッシュさせて五月雨を見定めた。そして左45度に向けて移動を再開する。その際秋月に通信を取り、五月雨を挟み撃ちにしようと目論んだ作戦を進言した。妹のアイデアに秋月は乗ることにし、大破のその身を奮い立たせて速力を上げた。

 五月雨は涼月を右舷に見ながら時計回りに近づく。そのとき、涼月のその先から秋月が向かってくるのにようやく気づいた。

 

「あれ!?あれあれ!?なんで秋月さんがぁ!? 時雨ちゃんは……あ!」

 

 五月雨は移動しながら時雨の行方を探すと、彼女はすでに退場して堤防に向かっていた。愕然としたが友人を暗に責めても自身の境遇を嘆いても仕方ないと感じ、目の前の敵二人に意識を戻す。

 

((敵が増えちゃったから、もう背中は見せられないよね。もう誰にも頼れないんだし……!))

 

 まだ涼月と秋月が合流していないこの時がチャンスだと感じ、五月雨は両腕から砲撃した。右腕は自身の右50度の方角に移動しつつある涼月を、左腕はこれから向かってくる秋月に向け、同時砲撃した。

 

ドドゥ!

ドゥ!

 

ペシャ!

バッシャーン!

 

 連装砲だった右腕の砲撃の一発が涼月の耐久度をまた下げた。秋月に対して当たらずもきょうさだ。さすがに何度も違う方角に対して同時砲撃をできるほどマルチタスクな脳ではない五月雨は右腕だけを構えて狙いを定めることにした。

 その狙いはこれからやってきてさらに近づいている秋月である。必死になっていた五月雨のやる気は彼女に素早く鋭い砲撃をさせた。

 

ドドゥ!

 

「きゃあ!」

 

 再びきょうさになって驚き蛇行する秋月。そこに五月雨は装填が半分終わって一つの砲身から撃てる状態の連装砲から間髪入れず砲撃した。

 

ドゥ!

 

ペチャ!

 

「!!」

 

 秋月はペイント弾の付着に左の頬をゆがめて気まずい表情をした。蛇行のバランスを取り戻しようやくまっすぐの移動になった時、自身についての放送を聞いた。

 

 

「神奈川第一、駆逐艦秋月、轟沈!」

 

 

 たった一発で秋月は轟沈判定になってしまった。しかしたった一発ではない。最終決戦が始まって時雨が当てた数発が効いていたのだ。そのため五月雨からの一発で轟沈判定を得た結果である。

 

 敵を倒した五月雨は秋月の轟沈に喜びを沸き立たせたが、その感情の増大を途中で止めて意識と視線を涼月に戻す。

 ギリギリの戦いで油断してはいけない。ゲーマーたる川内から、何かのゲームに喩えられてそう教わった。記憶力のよい五月雨はその教えを思いだし、素直で律儀なため忠実に守ろうとした。

 

 涼月はせっかく姉と一緒にしようとしていた挟み撃ち作戦に至ることができなかった。姉が加勢してくれるという安心、そして秋月は妹と助けてあげられるという慢心。その二つの要素が涼月と秋月の共闘を阻んだ形になった。一気に意気消沈する涼月。そこに同調率ではなく、速力低下という目に見える油断が生じた。

 さすがの五月雨もその変化を見逃さなかった。航行を涼月に向けて一直線にし、移動しながらの砲撃の安定を図って命中率を高める。ペイントの装填が完了した両腕の主砲をほんの少し間隔と角度をつけて涼月に向けて定め、そしてトリガースイッチを押した。

 

 

ドドゥ!

ドゥ!

 

ペシャ!ペシャシャ!

 

「あ……。」

 

 

 涼月は飛来するペイント弾を避けられなかった。五月雨の放ったペイント弾は見事に彼女の胸元と腹に当たり、耐久度判定を一気に下げた。

 

ドゥ!

 

ペシャ!

 

「まだ……まだだよ!」

 五月雨は一発だけ装填を待ってからダメ押しですぐさま発射した。そして本当に突進しないよう身体を左に傾けて左に旋回して涼月を左舷に見るように距離を開け、様子を見る。

 

 

「神奈川第一、駆逐艦涼月、轟沈!」

 

 

 明石からの放送を聞き、五月雨はやっと胸を仕草的にも気持ち的にも撫で下ろした。

「や、やった……私、一人で勝てたんだぁ~!なんだかすっごく久しぶりな感じ。うぅ~~嬉しいよぅ~~!」

 

 安心して自然と停止した五月雨は半泣きした。そして後方を見てその先の堤防のそばにいる時雨に向かって小さく手を振った。

 対する時雨、そして夕立は五月雨に向かって声大きくエールを送って返した。

「さみー、よく頑張った!偉いよ!」

「やったじゃん~さみぃ!あと少しっぽ~~い!」

 

 友人二人からの声援を受け、五月雨は頬を伝い始めた涙を左手でぬぐい取り、視線をこれからの方向に向け直した。

 その先には、那珂と鳥海がグルグルと弧を描いて航行し続けている。

 

 

--

 

 素早い動きで鳥海を翻弄し続けていた那珂は僚艦の時雨と五月雨の戦いの結果を耳にしても思考や感情に一切影響を及ぼさなかった。那珂の集中力の向く先は完全に鳥海に絞られていたためだ。

 対する鳥海もまた、結果的に負けに至ってしまった秋月と涼月に対し、口ではもちろん心の中でも労いの言葉をかけなかった。そんなことよりも目の前の好敵手との戦いに専念したかったためだ。

 

 互いに無駄な砲撃は避けるようになった。弾薬エネルギーが残り少ないためでもあるが、互いに機会を窺っているためだ。鳥海の重巡主砲ではもちろんのこと、那珂の軽巡主砲であってもエネルギーを溜めに溜めた強力な一撃ならば、あと一撃で敵を倒せる耐久度に二人ともなっていた。

 那珂は後半戦開始時点で中破、鳥海は最終決戦が始まってみるみるうちに耐久度を下げられて今や大破に近い中破。互いに疲労も溜まっていて、次の砲撃が最後になる、実質勝敗が決まると考えていた。それだけに隙を窺う集中力も半端なものではない。先ほどまでの距離ある戦いとは違い非常に近いために一瞬の隙が敗北につながる。そのことを重々理解していた。

 

 那珂は鳥海の狙いがカウンターであるということを察していた。今までは腕を掲げて砲撃をしていたため、そこに隙があると思い込まれていたのだ。しかし川内型の砲は、別に腕を向けなくとも、砲塔と砲身さえ適切に向いていれば腕の構えなど全くの不要なのである。そこを突くことにした。

 もし失敗してトドメの砲撃をできずにカウンターを食らってしまえば自分は確実に負ける。ブラフの砲撃をすることで倒せるだけのエネルギーが足りずにトドメの砲撃をしてもその先に待つのは敗北。後を託せるのは唯一残った五月雨だけ。しかし彼女では鳥海の迫力に対し完全に気後れしてしまうのは容易に想像が付く。作戦を言い渡したいがそんなことをしてしまえば隙ができる。那珂は心の中だけで頭をブンブンと振る仕草をして集中力を戻した。

 

 鳥海とまるでランデブーを踊るようにさきほどからクルクルと旋回して円を描いていた。それはまだ変わらないが那珂は左腕を身体に隠しつつ手首から先、つまり1番目の端子に取り付けた主砲のみ顔を覗かせて待機させた。鳥海から常に見えている右腕はずっと腰にあてがって海面に対し水平に向けていた。アクションスイッチを押して角度を調整しそれを先ほどから続けている旋回の最中、バレないように小刻みに行う。

 そして意を決して動いた。腰に当てて水平にしたままの右腕をあえて肩の高さまで掲げてトリガースイッチを押し下げた。

 

 

ドゥ!ドドゥ!ドゥ!

 

 ギリギリの出力で右腕の全砲門から一斉にした砲撃。それらによるペイント弾は鳥海を捉えて彼女の服や艤装に命中した。

 

ペシャペシャ!

 

 しかし鳥海はそれらが見せかけの砲撃だと見抜いていた。それ故のけぞったり回避したり相殺するといった動きを一切せずに食らうがままにしておいた。耐久度に大きく影響があるほどではない。

 そしてその直後に来るであろう一撃を待った。

 

 那珂は鳥海が素直に砲撃を食らったのを見て、自信があるのか狙いがあるのか避けないのを見て確信した。

 川内型の砲の特徴に気づいていない。

 

 最初の砲撃から数秒経ち、互いに4分の1周をしたタイミングで那珂は左腕の手の甲つまり1番目の主砲から砲撃した。

 しかしその動きは身体をピクリともさせずだ。

 

ズドオオオオォ!!

 

「!!?」

 

 ベッシャアアァ!!

 

 那珂の腹の先から何かが発射された。そう気づいた時には遅かった。鳥海は右胸元から肩、そして右腕の主砲パーツにかけてびっしりとペイント弾を食らってしまった。彼女の視線は右腕の主砲群に向いていたため、那珂の身体に隠れていた左腕のことなど頭から抜け落ちていたのだ。

 強烈な一撃の衝撃でよろけた自身の被害状況を確認する前に鳥海は急いて左腕の主砲で反撃の一撃を発射した。

 

「つああああ!!!!」

 

 

ズドゴオオオオオォォォ!!!!

 

 

「やばっ……うあっ!!!」

 

バッシャーーーーン!

 

 那珂はたった今の砲撃で弾薬エネルギーを使い果たし相殺叶わず、また鳥海への命中確認をしたところで体力が限界だったことに気づき、回避ができなかった。自身の主砲の砲撃よりも衝撃が強い重巡の砲撃の衝撃により那珂は左に思い切り吹き飛ばされ、海面を二度ほど跳ねて海中に没した。

 

「那珂さん!」

「「那珂さぁーん!」」

「那珂!!」

 

 二人の戦いの空気に入り込めなかった五月雨が叫ぶのと同時に外野たる堤防沿いからも口々に叫び声が発せされる。

 

 程なくして、誰もが聞きたくなかった発表が明石の口からなされた。

「千葉第二、軽巡洋艦那珂、轟沈!」

 

 那珂は海面に顔を出した直後にその放送を聞いて落胆した。やはり、鳥海を倒す一撃に足りなかったのだと悟った。もし倒せていたら、先にその旨放送がされるはずなのだから。

 

「う~~~ハァ……ダメだったかぁ~~~。」

 

 そう口を真横に大きく開いて愚痴をこぼした。そして事態は那珂が心配していた通りになってしまった。どう考えても勝てない構図、鳥海VS五月雨である。

 

 しかしその後見たのは意外な光景だった。それは那珂自身起こしたことのある状態だったが客観的に見られなかった光景、そして鎮守府Aで最初に同調率の動的変化を起こした初期艦の本気モードだった。

 

 

「う……ああああぁぁあぁぁ!!!」

キイィーーーン……

 五月雨の発する悲鳴じみた雄叫びのごとき叫び声。

 浮き上がった那珂は腰のコアユニットから痺れるような感覚をおぼえた。それは鳥海も同じであるが彼女は二度目だった。そしてその感覚は先程の那珂のように素直に畏怖しつつも称賛し、好敵手として喜べるものではなかった。

 

「な、これは……!」

 

 背筋にゾクリとくる、純粋無垢で得体のしれぬ恐怖。那珂はその恐怖を発する存在とその原因を察することができたので恐怖を軽減できたが鳥海はそうではない。

 この演習試合何度目かわからぬ仰天をし動けない。そして……

 

ズドドゥ!

 

ベシャ!

 

「うっ!」

ザッパァーン!ズザザアアアァ……

 

 突如食らった砲撃に鳥海は吹っ飛ばされて右舷から着水した。慌てて身を浮き上がらせて砲撃の元の方向を見ると、その先に立っていたのは隣の鎮守府のただの駆逐艦でありながら、先刻の飛びかかってきた那珂以上の妙な迫力と気配を感じる一人の少女であった。

 

【挿絵表示】

 

 

「神奈川第一、重巡洋艦鳥海、轟沈!」

 

 

--

 

 自身の敗北を理解した鳥海はたった今起こったことに対して戦慄を覚えた。演習用のペイント弾とはいえ、ただの駆逐艦の砲撃で重巡洋艦である自分が衝撃ではじき飛ばされるなどあり得ない。きっと傍から見ればただ単に砲撃がまぐれ当たりしたようにしか見えないのだろうが、当事者の艦娘達にはハッキリわかる反応。

 鳥海は自分の鎮守府で訓練として駆逐艦からの最大出力の砲撃を食らうシーンを咄嗟に思い返した。先ほどの五月雨が放ってきた砲撃はそのどれとも比べ物にならぬ大出力だったように思える。まるで自分のように重巡洋艦レベルの重い一撃だ。

 もしかして違う鎮守府では駆逐艦でも高性能の主砲を装備でき、それが許されているとでもいうのか。自分のところよりも人が少なく練度も低いと提督や鹿島から教えられていた弱い隣の鎮守府にこのような艦娘がいるなどいうことがあり得てよいのか。

 

 いや、那珂ばかりに気を取られていた自分を悔いた。そして井の中の蛙になっていたことも反省した。違う鎮守府には艦娘の異なる成長がある。最後の最後にそれを思い知らされた鳥海の眼鏡の奥の表情は、どこかすがすがしい笑顔だった。

 

 

--

 

 最後まで海上に立つ艦娘は鎮守府Aの五月雨一人になった。そのため複雑な判定確認なく、西脇提督と鹿島は揃って発表した。

 

「「今回の演習試合、千葉第二鎮守府の勝利となります!」」

 

 その瞬間、観客席たる堤防沿いと消波ブロックの前に並んでいた艦娘たちは大いに歓声を上げた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

試合後

 昨日の敵は今日の友。試合後に懇親会が開催された。那珂らを囲むのは神奈川第二の艦娘達をはじめ学校・会社の友人たち。そんな光景を撮るのはテレビ局!艦娘達は戦いから日常へ…。


 勝敗を提督と鹿島が発表した後、那珂は五月雨に慌てて駆け寄った。なぜなら、崩れるように力尽きて倒れ込もうとしていたからだ。意識が飛んで気絶したのではと想像するに容易い。

 

「五月雨ちゃん!!」

 

ザブン!

 

 若干潜るはめになったが救出に事なきを得た那珂は時雨たちを呼び寄せ、五月雨を運んでもらうことにした。

 そして自身はある方向に向かう。その先にいるのは鳥海だ。

 

「鳥海さん。お疲れ様でした。」

「那珂さん……えぇ、お疲れ様でした。」

 

 鳥海がそれ以上口を開きそうもないとわかると那珂はその重々しい空気を壊すべく軽調子で言った。

「鳥海さんに及ばなくて残念でしたよ~。まさか五月雨ちゃんにぜーんぶ持って行かれちゃうなんて。でも、最後以外はいい勝負できたって思ってます。鳥海さんはいかがです?」

 那珂がそう言うと、鳥海はため息を吐いて数秒して答えた。

「私こそ、試合はもちろんあなたとの勝負にも負けていたとわかりました。あなたのその強さ、それはいったい?」

 

 那珂はその質問にあごに指を当てて考える仕草をして答えた。

「ん~~、これ別の鎮守府の人に言ったらダメって釘刺されたんですけど、鳥海さんには特別に教えてあげちゃいます。私、同調率が98%あるんです。」

「きゅ、98%!?あなたまさか……改二なのですか!?」

「かいに?いーえ、私はただの那珂ですよ~。」

 那珂のあっけらかんとした口ぶりに鳥海は驚き呆れ、そして納得した。

 

「そう、ですか。改二でもないのに同調率が……。あなたの強さの理由がなんとなくわかりました。それならば重巡洋艦である私はおろか、加賀さんたち空母、そして戦艦霧島ですら敵わなかったのも頷けます。そうなるほどまでに、あなたは軽巡洋艦那珂の艤装と馴染んでいる、いえ馴染みすぎているのですね。だから、本来想定されている艦娘の動作を超える動きができる。しかし不可解なのは、少し前に飛びかかってきたあなたや、ついさっきの駆逐艦の妙な気配。あれも同調率が高いと及ぼせる影響なのですか?」

 その疑問に那珂はさすがに答えられなかった。それは提督や明石からもっとも釘を刺されている、鎮守府Aに配備される艤装の最重要機密にかかわるからだ。

 那珂は考えるそぶりをしてうなりつつ答える。

「うーーん……それに関してはあたしはなんとも。あのときは必死でしたし、さっきの五月雨ちゃんについても正直何が起きたのか。後で明石さん……うちの工廠の人たちに聞いてみないと。」

「そう……。」

 

 二人は話を切り上げた。堤防の先にいる提督と鹿島に集合を叫ばれたためだ。

 

 

--

 

 堤防の消波ブロックの先に両鎮守府の艦娘たちは整列した。堤防には提督と鹿島を囲むように観客が群がっている。

 

「改めて発表します。総合的な勝利は千葉第二です。MVPについてはこの後試合中の判定を確認してから発表をします。……みんなご苦労様!君たち的にも観戦してくれた皆さんとしても、良いものが見られたんじゃないかなと思っているよ。」

「皆さんお疲れ様でした!弊局としても、千葉第二の皆さんの強さを知ることができて勉強になったのではないですか?」

 

 提督に続いて鹿島がそう口にする。すると神奈川第一の艦娘達は口々につぶやき頷き、鹿島の台詞を肯定した。

 提督は一度締めくくりかけたが鹿島の台詞を聞いて自分のところの艦娘達に問いかけた。

「いやいや、うちとしてもお隣さんである神奈川第一の皆さんの強さを身をもって学べてよかったです。だよなぁみんな?」

 

「うん、そーだよ!勉強になったし面白かった!」

「そーですね。まぁあたしは前半戦で早々に退場だったけど、那珂さん達の戦い見ていてそう思いました。きっと神通もそう思ってると思いますよ。」

 と川内は那珂に続いて意見を口にした。その意見に続いたのは夕立だ。

「うんうん!あたしももーちょっと試合参加したかったけど、そー思うっぽい!」

「そうね。私もそう思います。」

 夕立に続いたのは妙高だ。本来続くと予想された時雨は、気絶してしまった五月雨を介抱するため先に工廠に戻っていた。

 

「よーしみんな。工廠に一旦戻ってくれ。この後は○○TVさんからのインタビューが待っているからな。」

「えー!?みんなこんなに汚れてるのにテレビに映させる気ぃ!?提督ってばきっちくぅ~~!」

 那珂は身体をブンブンと振りながらわざとらしく文句を言うと、その場にいた皆はアハハと笑いを漏らした。当の提督はその返しに無言でたじろぐしかなかった。

 

 

--

 

 工廠に戻った艦娘達は高速洗浄装置で全身のペイントを簡単に洗い流し、艤装を解除した後観客の前に姿を現した。ちなみにTV局のカメラと那美恵の学校のメディア部の井上のカメラは那珂たちが出てくるところから撮影を再開していた。

 

「はぁ~~これでなんとか綺麗に……ってうわぁ!」

「や~や~どもども。当校のヒロインにヒーローインタビューですよ~。」

「は~あ。さっぱり。うおっと、那珂さん急に止まらないでくださいy……え?」

 那珂を驚かせたのは井上の撮影だ。続いて出てくる川内も捉える。そんな学生の撮影をも撮って全体を捉えるのはネットテレビ局のカメラだ。二つのカメラのことなど気にせず那珂の高校の学生、五月雨達の中学校の学生はそれぞれの学校出身の艦娘達に駆け寄る。そんな自然な姿をテレビ局の撮影クルーは熱心に撮っていた。

 

「会長、お疲れ様です!」

「なみえちゃんすごかったよ~!めちゃかっこいい!女のあたしでも惚れちゃう!」

「男の俺なんか元から会長に惚れてたっすよ!」

「俺も俺も!」

「あんた達……どさくさに紛れてなみえちゃんに告ってんじゃないわよ。」

「会長、お疲れ様です。後でさっちゃんのところに連れてってください。」

 

「お、和子ちゃん。うん、和子ちゃんが看てあげると神通ちゃんきっと喜ぶよ。あとみんなもありがとー!あなたの学校の那珂ちゃんは勝負には負けたけど試合には勝ちましたよ~!」

「「アハハハ!」」

 那珂は同校の学生達それぞれにきちんと声をかけて応対し、最後に皆に普段調子の冗談めいた口調で改めて報告をした。その口ぶりの軽さに皆笑いを隠さない。

 

 

--

 

「ながるんお疲れ様!会長もすごかったけど、俺達的には前半のながるんの猛ダッシュと突進がよかったなぁ~。あれは熱い展開だわきっと。」

「あぁわかる。○○のちょうどボス戦みたいな感じだよなぁ。ね、ながるん?」

 男子生徒数人が口々にゲームを絡めて自身の行動に触れたことに川内は気恥ずかしさを覚えたが素直に同意しそして感謝を示した。

「え?あーうん。そう言われるとそうかも。負けたあたしなんか気にしてくれてありがとね。」

「「お、おぅ!」」

 川内のキリッとしつつも柔らかい笑顔に男子生徒らはドキッとしてまごつく。同校では黙って立っていれば正統派美少女トップレベルと評される川内こと内田流留である。その素の可憐さと男子趣味による人懐こさで男子の間ではまだまだ影ながら人気は誇っていたが故の反応だった。

 

 

--

 

 その後、那珂達鎮守府Aの艦娘と神奈川第一の艦娘たちはテレビ局からの取材を受けながらステージを本館に移した。

 医者にかかりにいった不知火はその後経ってようやく回復し、鎮守府に戻ってきた。その前に五月雨と神通は意識を取り戻していたため、出迎える際にその姿を見せることができた。

 

 MVP発表と演習試合締めくくりのための報告会は、本館1階のロビーで行われた。提督と鹿島が本館裏手口の手前に経ち、那珂達鎮守府Aのメンバーは二人から見て左側、神奈川第一鎮守府のメンバーは右に並んだ。

 

「えー、改めて今回の演習試合ご苦労様。試合の評価をまとめたので、ここで発表させていただきます。」

「本件はうちの村瀬提督にも報告し、評価をすりあわせていますので公式なものです。」

 西脇提督に続いて鹿島が説明をする。

 

「それでは最優秀MVPは……。」

 

 

--

 

 発表が終わった後、妙高と大鳥夫人によりお茶と軽食が運ばれ、その場で簡単な懇親会が開催された。その場には艦娘をそれぞれに囲んで和気藹々とした会話の花がそこかしこに咲いている。

 

 神通は病院から戻ってきた不知火と共に卓を囲んでいた。その隣には和子とその友人達もいる。加えて不知火の学校の同級生もいるという大所帯。その賑やかさにやや辟易気味だったが、これもまた人脈作りの一環だと己に強くいいつけ、この場の雰囲気をどうにか享受していた。

 

「ねー智子、あんたマジで大丈夫なの?」

「(コクンコクン)」

「艦娘ってああいう目にもあうんやね。ウチも今のうちに身体鍛えておかなあかんね~。」

 

 神通は不知火が同級生としている会話を横に聞き、もう片方では和子とその友人達のお喋りを同時に聞いていた。仲良くしている二人の友人が自分の友人でもあるというわけではないことはわかっている。和子の友人とはイメチェン以降、会話をして急速に距離が縮まった気がするがそれでも自分の中では友達というランクに至るほどではない。冷静に分析する思考の隣で、そんな自ら距離を開けてどうするという自分を叱る思考もあった。集団の中のボッチはやはり辛い。

 

 和子は愛想笑いして輪の中に無理して混ざろうとしている友人を見てハッと気づいて話題の流れをどうにか変えるよう試みた。

「アハハ、そうだよね。ところでさ、さっきの艦娘の戦いどう思いました?私としては親友ですし、さっちゃんに個人的MVPをあげたいなと思ってます。」

「あ~和子っちはさすが神先さんびいきだね~。かくいう私も神先さんに一票かな~。」

「私はね~、あの時雨って娘かな。最後のほうまで残ってたし、会長と一緒にずいぶん長いこと組んで戦ってたからなんか好きかもあの娘~。」

「あたしはね~……」

 口々に感想と個人的な好みを言い出す女子生徒ら。それでも最終的には和子の気持ちを察したのか、話題の集約先を神通に定めた。

「まぁでも、友人としてはさ、神先さんを推したいね。」

「やっぱそ~だよね~。神先さん……っと神通さんだっけ。神通さん海にミサイルみたいなの撃って敵倒すところスクリーンで見てても迫力あってよかったよ~。」

「あたしもあたしも!知り合いが活躍するのってこんなに誇らしいんだね~ってよくわかったもん。」

 そして最後に和子が、神通の肩に手を置き優しく言葉をささやきかけた。

「さっちゃん、皆さっちゃんのこと誇りに思ってますよ。だって私はもちろん○○ちゃんも○○さん達もすでにさっちゃんの友達だもの。誰がなんと言おうと、私たちの中ではさっちゃん……ううん。神通ちゃんが一番です。」

「わ、和子ちゃん……皆ぁ……あり、ありがとう、ございます……!」

 これまでの自分の艦娘としての行動がプライベートの世界に影響を与え、報われた気がして神通は思わず涙ぐむ。それを見て和子や友人達は柔らかい笑みでじっと神通を見つめる。

 そんな神通とその友人たちに混ざりたかったのか、男子生徒の一部が顔と言葉を突っ込んできた。

 

「俺も俺も!」

「僕も神先さんすげぇ活躍したって思ってるよ!」

 急に男子生徒から称賛と同意の言葉を受けて神通は涙目をそのままで表情に狼狽の色を付け加えた。そんな神通をかばうように女子生徒の一人が男子に向かってツッコむ。

「あんたら……さっきは会長がいいっていってた男子にまざって激しく頷いていたのにかっるいわねぇ~~。」

 

「え~~いいじゃん別に。」

「僕は純粋に戦う女の子はかっこいなって思っただけだし。なぁ?」

「そうそう。神先みたいな大人しい娘があんな特攻かけたりとか、その普段とのギャップがまた萌えm

「ちょっと……私達のさっちゃんに変な妄想抱かないでくださいね。」

 男子生徒達のよからぬ発言に和子をはじめとして女子生徒達はさらに神通の前に壁として立ち塞がるように身を寄せ合った。

 神通は目の前と周囲で展開される自身のための攻防に苦笑するしかなかった。

 

 

--

 

 川内は懇親会が始まると、暁らとともに提督と鹿島を囲んで今回の演習試合に関わる事情を聞いていた。

 

「へぇ~そういう風にして今回の演習試合って決まったんだ。上の人には上の人の事情あるんだね~。」

「当たり前だろ。よその地方局との演習試合は地域にもよるけど、全国的にも月に1回以上はされているんだと。それでお互いのところの艦娘達の交流や情報交換をする、と。」

「えぇ、そうです。うちも神奈川第二やアメリカの艦娘達の演習試合を頻繁に行っています。」

「まぁ、そちらは海自や米軍が近いためでもあるんでしょうね。」

 提督がそう指摘すると鹿島はフフッと笑みを漏らして同意を示した。

「それじゃあうちはよそよりも演習試合が格段に少なかったってこと?」と川内は素直に疑問をぶつけた。

「あ、あぁ。それについては本当、申し訳ない。君たちを世間知らずなままにさせていたことは心苦しかった。今回やっと実現できて一安心だよ。」

 

「アハハ。でも提督。一回だけじゃダメでしょ? 今後も開いてくれないと。」

「わ、わかってるよ。次は千葉第一とやるのもいいなと思ってるんだ。」

 

「そーいやうちは千葉第二だよね? 千葉第一鎮守府ってのもあるんだ。それにそちらは神奈川第一ですけど、第二鎮守府ってのもあると?」

 またまた素直に川内は質問をぶつけた。その質問に提督と鹿島は順番に答え始めた。

「あぁ。うちはここ検見川浜にあるだろ。千葉第一は千葉県の銚子市にあるんだ。」

「うちの神奈川第一は横浜市の磯子に構えています。」と鹿島。

 

「最寄り駅は根岸よ。もし遊びに来るときは間違えないでよね川内。」

「そうそう。間違えて磯子駅から来るとちょっとだけ遠いから気をつけてね。」

「わ、わかったよ!ってかいつあたしがそっちに行く話になってるの!?」

 暁と雷が補足的に説明して川内をやり込めると鹿島と提督は苦笑した。そして鹿島は説明の続きをする。

「それで、神奈川第二鎮守府は熱海にあります。」

「へぇ~~、熱海!いいところじゃないですか。暁たちは神奈川第二に行ったことあるの?」

「うん。まだ2ヶ月目くらいの新人のときにね。響と雷も一緒だったわ。演習終わった後、神奈川第二が提携してるっていうホテルの温泉に入ったのよ。ね、響、雷。」

 暁がそう言うと、二人は良い思い出を湧き上がらせたのが強く頷いてみせる。対して電の反応はあまり良くない。ショボンとしながら弱々しく口にした。

「いいなぁ~3人とも。私はまだ行ったことないのです。」

「あのときは電はまだ着任してなかったから仕方ないよ。」と響。

「ウフフ。それじゃあ今度演習しに行く時は、連れて行ってもらえるよう提督にお願いしておきますね。」

 そう鹿島が言うと、電はパァッと表情を明るくして安堵の空気を取り戻す。

 

 いくつか雑多な話題を経て、再び川内の質問が提督らに差し出された。

「そういやさ、鎮守府って一つの都道府県にいくつあるの?」

「ん~、大体0~2個だな。海に面していてもない県もある。」

「深海棲艦の脅威の頻度や艤装装着者制度のための設備と敷地確保の条件が揃っていないと開設できないんですよ。ですので、鎮守府によっては防衛担当海域が隣の県にまで広がっているところもあるそうです。」

 提督に続き鹿島が答えた。

「へ~、そうなんだ。ってかうちら普通に鎮守府って言っちゃってるけど、昔の本物の鎮守府は横須賀、呉、舞鶴、佐世保の4つと警備府が日本国内じゃ1つしかなかったけど、艦娘の鎮守府はたっくさんあるってことなんだよね。」

「さ、さすが川内はそっち方面じゃ博識だな。まぁな。深海棲艦はあらゆる海域に出没するようになってしまったから、さすがに本物の鎮守府通り4つじゃ対処しきれないだろ?」

「わかるけどね。それにしても面白いなぁ~艤装装着者制度って。こうして今回よその鎮守府の艦娘と戦ってみてわかったけど、よそにはよそのなんというか、いい感じの物があるね~。」

「いい感じって何よ川内~。曖昧すぎない?」

 

 暁が川内にそうツッコミを入れると響・雷そして電はクスクスと笑ってその場の雰囲気を賑やかした。

「べ、別にいいじゃん! 察しなさいよね。」

「アハハ。ま~いいわ。理解してあげる。」

「く~~~、相変わらず生意気なしょうg……ガキだなぁ。」

「!!! また良からぬこと言いかけたわね! もー許さないんだから~!」

「お、やるの?一対一ならあんたとじゃあ負けないわよ?」

「二人とも、いい加減に」「してよね!」「するのです!」

 

 川内と暁の掛け合いが繰り広げられようとしたが、それは響達によってツッコまれそれ以上展開されなかった。提督は鹿島とともに目の前の中高生達の仲の良いやり取りを呆れながらも微笑ましく視界に収めていた。

 

 

--

 

 那珂は最初こそ自校の生徒達に囲まれ、メディア部の井上から学校向けのインタビューを受けていたが、それが落ち着いた空気を見せるや否や神奈川第一の艦娘達の突撃を受けて彼女らの輪の中に拉致された。救いの表情と手を同級生らに求めた那珂だったが、井上を始め同級生、ファンの男子生徒達からは見送りの朗らか笑顔のみ送られ、肩を落として大げさに溜息を吐いて素直に拉致られた。

 

 那珂を連れ去った主犯は天龍と霧島だ。

「自分のとこの学校の用事は済んだんだろ?さ~あたし達ともちゃーんと絡んでくれよ。な?な?」

「えぇそうね。那珂さんには聞きたいことが山ほどあるし。」

「え?え?えぇ~!? 天龍ちゃんはしっかたないと思うけど霧島さんまでどうしたんですかぁ?」

「おいあたしは仕方ないってどういうk「ふふっ。いいじゃないの。」

 那珂の言い草に天龍は文句を言いかけたが、それは霧島の強引な割り込みに阻止された。

「霧島さんこそMVPゲットしちゃったし、あたしとしては悔しい思いでどうせならプライベートなことあれこれ聞き出していじってやろうと思ってたんですよぉ~!」

「あなた……サラリと怖いこと言うわね。」

 

 那珂が連れてこられた神奈川第一の輪には、密かに一番話したかった鳥海の姿はなかった。

「おっし。あたしがまず聞きたいのはだ……」

「うぅ~わかったからとりあえず首に腕回すのやめてよぉ~左のところまだ痛いんだから。」

「あ、そういや鳥海さんにやられたところだっけ?マジ大丈夫なのかよ?」

「うーん、一応血止めと消毒はしてもらったけど、後でちゃんと病院行けってさ。」

「まぁ名誉の負傷ってやつ?」

「天龍ちゃん……他人事だと思ってぇ……。」

「アハハ!わりぃわりぃ。」

 那珂と天龍は昔からの友人ばりの親しげな雰囲気で掛け合いをする。

「そういえば、鳥海もあなたのパンチを左肩に食らったのよね。彼女も鎮守府戻ったら最寄りの提携病院で看てもらわないといけないわ。」

 霧島の言に那珂はウンウンと頷く。そして話の流れ的に鳥海に触れる良いタイミングだと感じて口にした。

「そーいえば鳥海さんの姿見えませんけど、どこですか?」

 那珂の質問に霧島と天龍そして周りにいた艦娘達はやや気まずそうに、しかしどこか照れを交えている。それに那珂は思い切り頭にクエスチョンマークを浮かべて目を点にさせた。

 

「彼女は……婚約者と一緒に外にいるはずよ。」と霧島。

「えっ、婚約者!? っていうことは、鳥海さん結婚するんですか?」

 那珂が素っ頓狂な驚き方を示すと、隣にいる天龍がニヤニヤしながら言った。

「あぁ。ま~ホントなら本人の口から言ってもらった方がいいんだろうけど、いいよな霧島さん?」

「えぇ。」

 

「鳥海さんはな、結婚するからもうすぐ艦娘辞めるんだよ。んで、今回は提督に無理を言ってお願いして参加っというわけ。」

「そ、そうなんだ……まさか艦娘やめるだなんて。強かったからきっとこれからもそっちで活躍するんだろーなって思ってたよ。」

「うちじゃあ戦績の上位組に常にいるつえー人だけに、提督も辞めるのを惜しがってたもん。だけど、本人の意思尊重ってことで。」

 そう天龍が説明すると、霧島は思い返して深々とため息をついて口にした。

「でもまさか鳥海が結婚だなんて未だに信じられないわね。」

「そうだよなぁ~。」天龍は霧島の発言に深く頷いて同意を示す。

「彼女、何事も結構淡々として事務的だったから、彼氏がいたことにまず驚いたわね。」

「アハハ! 霧島さんそれってひでーよ!」

 霧島的には鳥海のプライベート事情に引っかかるものがあったのか冗談めかしてやっかんでみせ、笑いを誘うのだった。

 

 

--

 

 霧島と天龍の会話が続くが、那珂はそれが頭に入ってこなかった。気がかりなのは何も鳥海が結婚とか彼氏がいたとかそういう事自体ではない。結婚間近の女性に怪我させてしまったかもしれないというおそれについて、那珂はその心配で頭が一杯になってしまった。

 あまり記憶が定かで無いとは言え、パワーアップした腕力でもってパンチを食らわせてしまった。防御用の肩当てらしきものを砕き、生身にも影響を及ぼすほどの一撃。思い返すと嫌な予感が頭を占める。

 

 那珂はもはや居ても立ってもいられなかった。目の前で会話が続いているが気に留めず立ち上がる。

「お? どうしたんだよ那珂さん?」と天龍。

「うん。ちょっと。鳥海さんのところに行ってくる。」

 那珂の発言に天龍たちは驚く。

「さすがに今は二人っきりにさせておいたほうがいいんじゃない?」

 霧島の言葉には同意できるが、どうしても伝えておかねばならない言葉と思いがある。素直に従ってなぞいられなかった。

「でもあたし、謝らないといけない!」

 

「おい待てよ!」

「ちょっ、那珂さん!?」

 那珂は天龍達の制止も聞かずその輪から離れ、ロビーを駆けて裏口から外へと出ていった。

 

 

--

 

 那珂は裏口から外に出て左右を見渡した。しかし鳥海の姿はない。そこにはただ普段見慣れた庭が広がっているだけだ。人気を避けるなら本館西にある木々しかない敷地の角か、グラウンドの先の林か堤防沿い。

 とりあえずグラウンドに出ることにした。

 

「鳥海さーん!どこー!?」

 

「なに、そんな大声で。」

「えっ!?」

 

 不意に聞こえた鳥海の声。ハッとして那珂がキョロキョロすると、当の本人は婚約者の男性とともに裏門を出てすぐのグラウンド側の壁に寄りかかっていた。那珂は少し駆けて荒くなった息を深呼吸して落ち着かせ、鳥海に一歩二歩と近寄ってから口を開いた。

 

「ここにいたんですか鳥海さん。」

「えぇ。」

「あの、そちらは……?」

「言ってなかったですね。彼です。今回は私たちの付き添いとして特別に同行してもらったのです。」

 鳥海から紹介されて男性は一礼した。那珂も釣られて会釈をする。

「あ、さっき霧島さん達から聞いてきました。今度ご結婚されるとか?」

「あの人は勝手に……まぁいいわ。えぇ、結婚を機に艦娘をやめることになりました。」

「やっぱりそうなんですか。だから“最後”っておっしゃってたんですね。」

「えぇ。プライベートなことですし、他所の鎮守府との演習試合に事情を持ち込む必要なんてないから言わなかったけれど。思わせぶりなことで気にさせてしまってゴメンなさい。」

「い、いいえいいえ!」

 那珂がブンブンと手と頭を振ると鳥海は右手拳を口に添えて微笑む。そして那珂に返した。

 

「それで、私になにか用ですか?」

 鳥海の問いかけに那珂はハッとして改まり、問いただした。

「そ、そうでした。あの……左肩大丈夫ですか?」

「左肩? あぁ、試合のときの……。」

 鳥海は思い出したように自身の肩を私服の上からそっと撫でた。そして視線を肩から那珂に戻して言った。

「まぁ、痛みはだいぶ引いたから大丈夫でしょう。艤装と同調していたときに受けたものだからきっと残ったとしても大したことないと思います。」

「でも、これから結婚されて、その……結婚式で花嫁の体に傷があったりしたら!! あたし申し訳ないですよ!」

 

 那珂の心配の声を受け、鳥海はもちろん、婚約者の男性も目を点にした。

「「へ?」」

 時間にして2~3秒といったところだが、那珂にとっては1分くらいに感じた妙な沈黙。そして静寂は二人の失笑で破られる。

「ふふっ……そんなこと? あなた結構律儀なのね。でも……気にしてくれてありがとう。」

 鳥海がそう言うと続けて男性が口を開いた。

「うちの葵のこと心配してくれてありがとうございます。俺はもちろん、俺の親族や友人だってそんなこと気にしないと思うよ。仮に後に残ってしまったとしても、名誉の負傷ってことで逆に見せびらかしてやるさ。なぁ?」

「えぇ。私が艦娘してることは皆すでに知ってますし。」

 那珂は目の前の二人がまったく気にする様子もなく笑い飛ばしたことに拍子抜けした。

 

「あ、アハハ……そう言っていただけるとなんかホッとしました。えっと……鳥海さん? いま葵って?」

「あ、申し遅れました。私、本名は細萱葵(ほそがやあおい)といいます。先祖が……まぁ、私たち艦娘にとって本名よりも担当艦名が全てだから、名前で気にすることなんてないでしょう?」

「あ、はい。そうですね。けど結婚されて艦娘やめるんですし、今後もしお会いしたときになんとお呼びすればいいのかちょっと気になったもので。」

「そうね。それじゃああなたのお名前も伺ってよいですか?」と鳥海。

「はい! あたし、光主那美恵っていいます。高校2年です。」

 那珂は背筋を若干ぴしりと正し自己紹介をした。

「那美恵さんね。ご心配ありがとう。私こそ花の女子高生の身体に傷をつけてしまって申し訳ないわ。首筋大丈夫?」

 お返しとばかりにケガのことを口にする鳥海に、那珂は苦笑しながら返した。

「え~と、はい。まぁ。それじゃーお互い後で病院行かなきゃですよね!」

「フフッ、そうですね。お互い様。彼も言ったけど、これは名誉の負傷そして良い記念。あなたのような強い艦娘と出会えたこと、私はきっと忘れません。」

「あたしだって鳥海さんのこと、忘れません。他所の鎮守府にはまだまだ強い人がいるんだなってわかってすごく勉強になりました。それに鳥海さんの記憶に残ることができたなら、誇らしいです。」

 那珂の言葉に鳥海ははにかんだ。

「私は艦娘をやめるけど、うちの鎮守府には私以上に強くなれる素質のある娘がたくさんいます。私は退役日までの期間、彼女らの訓練の監督役としてサポートに徹するつもりです。元々提督もそのつもりだったそうですし。最後に聞いてくださった私の我儘の恩返しを精一杯してから、辞めようと思っています。」

 那珂はコクンと頷いた。婚約者の男性は語る鳥海を感慨深い目で見つめている。

「あなただってきっとまだまだ強くなれる。そして千葉第二の他の娘もきっと。それと負けじと神奈川第一の艦娘達も強くなります。お互い切磋琢磨して精進して、この日本の海を守ってください。私は一主婦として、あなた方の今後を見届けますよ。」

「はい……期待しててください!」

 鳥海の言葉に感極まり那珂は思わず涙ぐむが、強い決意を表わすために鼻をすすり涙を人差し指ですばやく拭い取って言った。

 

 その後、那珂は鳥海と婚約者の男性を再び二人っきりにするため、お辞儀をしてから本館へと駆けて皆のもとへと戻っていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一日の終わり

 懇親会も終わり、演習試合のイベントはつつがなく終了となった。神奈川第一鎮守府の艦娘たちとのお別れの時。様々な思いをいだきつつ、それぞれ帰路につく。


 懇親会は1時間ほどでお開きとなった。

「えー、ご歓談中であると思いますが、このへんで一度お開きとさせていただきます。この後のスケジュールですが、神奈川第一の皆様は帰られるということなので、支度のほど我々もお手伝いし、お見送りさせていただきます。今回弊局に見学しにきてくださった皆様は、ここで自由解散とします。知り合いの艦娘と引き続き敷地内を見学なさっても結構です。本館内は1階のみ自由に居てくださってかまいません。それから……」

 提督の案内に皆思い思いに相槌を打ち、この後の予定と行動をどうするか考え始める。その一方で神奈川第一の艦娘達は西脇提督の案内の後、鹿島を中心に集まって合図の元に帰り支度を始めた。

 

 那珂たちは彼女らの艤装をトラックに積み込むのを手伝うため、神奈川第一の艦娘の後をついていくことにした。そんな鎮守府Aの艦娘の後ろを見学者たちがついていくという、いわゆるカルガモの親子の引っ越し状態が出来上がっていた。

 

 

--

 

 工廠前に停められたトラックに神奈川第一の艦娘達の艤装を積み込む。その作業は本来であれば運搬用のリフトを使い技師達が行うことになっていたのだが、那珂達はせっかくということでそれを自分達が代わりにすることにした。

 作業に真っ先に加わったのは那珂達川内型だ。三人はもっとも外装が少なく、コアユニットのみの装備であっという間に地上でも艦娘になることができたためだ。外装の多い五十鈴達や時雨たちは明石に頼んで取り外せる外装は全て外してもらい、限界まで軽装化してから積み込み作業に臨むことにした。

 程度の差はあれどどの少女も、地上であるために移動は海上のようにいかないながらも腕力や身のこなしは海上で発揮するのと同じ力量を簡単に発揮できる状態になって、神奈川第一の艦娘達の艤装を持ち運び始めた。

 

「申し訳ございません皆さん。手伝ってもらってしまって。」

 鹿島が前の前で自身らの艤装が運ばれる様子を申し訳なさそうに見て言った。那珂は試合の疲れを感じさせぬ溌剌とした声で受け答えをする。それに川内が続く。

「いーえいーえお気になさらずに! だって手伝いたかったんですもん。ね、みんな?」

「はい!これくらい朝飯前ですよ!」

「(コクリ)」

 神通は不知火と一緒に運んでいたことと、特に反応を示す必要もないだろうと判断したため、無言で頷くに留めた。それを見て不知火も同じく首を縦に振って返事とした。鎮守府Aの他のメンツはやや離れたところから那珂の言葉に賛同を示しあった。

 

 艦娘とはいえ見た目普通の少女であるクラスメートがいかにも重そうな機材を運ぶ光景を目の当たりにした和子ら高校生、五月雨達の同級生たる中学生たちは我が目を疑う。そしてそんな光景をネットテレビ局の取材クルーが引き続き撮影していた。途中、同学校からの生徒に艦娘の艤装を試しに持ってもらい自身らと対比し、それをネットテレビ局に撮影してもらうという余興を挟んで艦娘の陸上での実情をアピールすることも忘れない。

 そして神奈川第一のトラック車に艤装を全て積み込み終わった。

 

 

--

 

 先にトラック車に出発させ、残る神奈川第一の艦娘らを送り出すことになった。那珂たちは工廠前から移動し、本館前の正門に戻ってきた。神奈川第一の艦娘達が乗り込むマイクロバスを車道脇に停め、那珂たちと鹿島や天龍らは向かい合って立ち並んだ。

 

「それでは皆さん、これで失礼させていただきます。」

「この度は演習してくださり誠にありがとうございました。またよろしくお願いいたします。」

「ウフフ。こちらこそありがとうございます。」

「道中お気をつけて。」

 鹿島と挨拶を交わす提督はやや頬に熱を保ちドギマギしながら鹿島の言葉に頷きそして互いに手を前に差し出し握手をしあう。そんな管理者二人の周りで那珂たちもまた揃って別れの挨拶を口にしあっていた。

 

「天龍ちゃん、霧島さん、それから鳥海さん。この度はホントーにありがとうございました!」

「おう!今回は那珂さんにやられたけど、次は負けねーからな。」

「私も結構油断があったから反省してるわ。あなた達との戦い、勉強になるものがあったわ。やっぱり他の鎮守府の艦娘との演習はいいものね。」

「うん。あたしたちもためになったよ。鳥海さんも……あ。」

 

 那珂が天龍・霧島から視線を鳥海に移すと、彼女は車に詰め込んだ荷物の確認をしている婚約者の男性と寄り添っていた。しかし那珂からの視線を感じて向き直して那珂らに近寄ってきた。

「艦娘生活最後にあなたのような強い人と出会えて本当によかったと思います。もっと早くこちらの鎮守府との演習試合が実現していれば良い交流ができたんでしょうけれど。」

「エヘヘ。私もそー思います。」

「今回私が得た経験はしっかりとうちの艦娘達に教え伝えます。そこまでが私の仕事でしょうから。そして次に千葉第二と演習試合するときは圧勝してみせます。覚悟してください。」

 鳥海の口調は優しげだが厳とした鋭さもあった。那珂はたじろぐものの笑顔を絶やさずに接した。

 

 

--

 

 那珂たちが言葉を交わす一方で、川内もまた仲良くなった神奈川第一の艦娘たちと別れの挨拶をかわしていた。

「じゃあね、暁、響、雷、電。直接戦えたわけじゃないけど、初めての演習試合なんだかんだで楽しかったよ。」

「お互い前半戦でやられちゃったものね。でも私も楽しかったし勉強になったわ。川内が言ってた通り、那珂さんはほんっとに強いのね。あの鳥海さんをあそこまで追い詰めるなんて。すごいわ!」

 暁がそう口にすると響がコクンと頷き、そして雷と電が言葉で反応を返した。

「うちにも軽巡洋艦那珂が着任したらああいう感じの人になるのかしら?」

「強い人だといいのです。」

 

「アハハ。あんな人がこの世の中に2人もいたら周りは疲れるってば。あたしとしては一人いてくれりゃ十分だけどさ。」

 川内の言い返しに暁たちは苦笑する。

「な、なんにせよそう思える人がいるっていいわね~。」と暁。

「そう、だね。」

 響が小さく言葉で同意すると、川内が尋ねた。

「そっちにだっていれば安心って人いるでしょ?」

「うーん、あんまりそういうの意識したことないわ。電はどう?」

「えぇと。私からしてみると、むしろ軽巡や重巡の人達みんなそうなのです。」

 雷が尋ねると電は当たり障りのない無難な答えを口にする。それは素直な気持ちと理解していたのか、雷も暁・響も強く頷いて同意を示すのだった。

 

「演習試合もそうだけど、私達は有る種目的を果たせたから満足ね。」

 いきなり方向性の違う事を言い出す雷。それに電と暁そして響は頭にクエスチョンマークを浮かべて呆ける。が、雷から耳打ちされてすぐに理解で表情を明るくしかしニヤケ顔にする。

「川内が気になって仕方ない西脇提督を見られたんですもの。」と雷。

「うえっ!?」

「そ、そういえばそうだったわね。うちのパパ司令官より若くて頼りなさげだったけど、ちゃんとリーダーしてて結構かっこいい人だったじゃないの。うん。川内ってばああいう人がタイプなのね~。」

暁が達観したように頷きながら言う。

「はわわ……。」

「ちょ!ちょ! そんなんじゃないっての! 単にぃ~、兄貴的な感じで……そこまでいえば大体わかるでしょ!?ホラホラそういう話はもういいから!」

 雷の茶化しに暁が乗り、電が顔を真赤にしてうつむき、響が視線を若干そらして口に手を当てて方を小刻みに揺らして耐える。川内は4人のそれぞれを受けて頬を赤らめてアタフタと取り繕った。

 暁達4人が顔を寄せ合ってヒソヒソ話をしている中、その輪に入り込めぬ川内はバツが悪そうに頭を乱暴にかきむしって明後日の方向を見て、その輪が解けるのを待っていた。

 

 

--

 

 神通は五月雨、そして神奈川第一の隼鷹・飛鷹とともに別れの挨拶をかわし合っていた。

「お二人の艦載機、とってもすごかったです!私達ずーっと苦戦してましたもん。」

「あなた達こそ中々手強かったよ。色々考えさせられたな~って思ったもの。」

 五月雨の純度100%の感想に飛鷹が返した。

「そっちにも早く空母の艦娘が着任するといいわね。その時また再戦願いたいわ。もちろんあなたの偵察機の操作テクもなかなか良かったわよ。」

「うぅ……恐縮、です。」

 隼鷹が神通を評価すると、神通は恐縮しペコペコした。

 

「ところで……神通さん。その後身体の調子は大丈夫?」

「あ、はい。もう大丈夫です。なんだかんだで……着任当初から体力づくりは欠かしてませんから。」

「フフッ。あまり無理しないでね。」

 隼鷹の心配に神通はペコペコしながらも強気で返す。そんな神通を隼鷹は微笑み返して労うのだった。

 

「じゃ、またね。」と飛鷹。

「それじゃあね。」隼鷹も続けて口にした。

「「はい。お気をつけて。」」

 神通と五月雨は揃って晴れやかな笑顔で二人に返すのだった。

 

 

--

 

 それぞれの挨拶が終わり、やがて鹿島を除く神奈川第一の艦娘全員がマイクロバスに乗り終わった。鹿島はバスの乗車口前に立ち、代表して最後の挨拶を述べる。

「それでは西脇提督、それに皆さん、失礼致します。」

「本日はご足労いただきありがとうございます。道中お気をつけて。のちほどメールでも連絡差し上げますが、村瀬提督にもよろしく伝えておいてください。」

「ウフフ。はい。それでは……。」

 

 鹿島が乗り込み、バスの扉がプシューという音とともに閉まった。そしてやがてゆっくりと速度を上げて那珂達から遠ざかっていく。西脇提督と那珂達鎮守府Aの面々は神奈川第一の艦娘達の乗せたバスが見えなくなるまで手を振り続けるのだった。

 

 

--

 

「さてと。皆、今日はご苦労様! これで本日のイベントは終わりです。この後は後片付けだけど、那珂達はなにかあるのかい?」

 提督がそう尋ねると、那珂は川内と神通そして阿賀奈を呼び寄せて話を確認し合った。

「見学会としては一通り皆に見てもらえたから、あたし達はそろそろ皆と一緒に帰ろうかなって思ってるよ。あとはうちの学校内の連絡とかあるからちょっとだけ場所貸して。」

「あぁいいよ。会議室を使うといい。」

 

 提督がそう促すと、那珂は同高校の皆に合図を出し会議室へと向かうことにした。同じく五月雨達は自分の中学校から見学に来た生徒達、不知火も少ないながらも同級生達と場所を変えて小打ち合わせに臨んでいった。残る提督や妙高・明石ら大人勢は片付けおよびネットテレビ局の撮影の締めのため、少女たちに続いて本館へと入っていった。

 

 会議室に集まった那珂たち同高校のメンツは、見学会の締めとして連絡会を行っていた。

「鎮守府公式の演習試合のイベントも終わって、あたし達の見学会としてもスケジュールは全て終了しました。皆さん色々感想を持っていただけたかと思いますが、それをぜひSNSや学校のホームページで感想を述べて情報共有していただけると艦娘部として助かります。」

「そ~ですよ~皆さんの自主的な情報共有は大事ですよ~! ちなみに艦娘部の三人はレポート提出必須ですからね~。来週までにまとめてくださいね~。」

 那珂の言葉の勢いに乗って阿賀奈が言う。部活動の範疇としてしっかり釘を差された形の那珂ら三人はほんわか顧問のセリフに“えぇ~~!”という本気半分冗談半分のリアクションを取る。生徒達や他の教師はその光景を見てクスクスと笑いを漏らした。

 

「それからメディア部の井上さん、今回色々撮ってもらったと思うけどどうでした?」

 那珂が尋ねると、井上はカメラとタブレットの操作を一旦止めて視線を那珂たちに向けた。

「えぇ。えぇ。とりあえず撮りまくってマイク集音最大で皆さんの意外な会話もしっかり動画撮影しておきましたので、いかようにでも編集することはできます。我がメディア部からの記事にも期待していただけると幸いです~。」

 試合以外大したことしてないし、変な内容の記事が書かれることはないだろうと判断した那珂は井上の発言に言葉なくコクンと頷いて相槌を打ち、引き続きの確認・編集作業に没頭してもらうことにした。

 

 その後見学会に参加した生徒達から自由な意見を集めたところ、工廠で整備をする技師に惹かれたのか、艦娘とまではいかないが技師として那珂ら同高校からの艦娘を支えたいという申し入れがあった。

「おぉ~! それは嬉しいなぁ~! ○○くんと○○くんに△△さんね? うんうん。そういう形での艤装装着者制度への参加も是非お願いしますって提督も明石さんも前々から言ってたんだよね~。だからこのことはしっかり伝えておくよ。もしなんだったら別日程で工廠の見学を明石さんにお願いするし。君たちの意思が固いんだったら艦娘部としてもあたしと四ツ原先生が入部を認めます。いいですよね、先生!」

「えぇ!もちろんです! 青春ね~~。部活動に生徒が集まってくるなんて。先生顧問冥利につきちゃうわ~。」

 その後の阿賀奈の妙な悶え方は無視することにして、那珂は話を締める方向へと進めた。

 

「それじゃー連絡事項はこれで終わりです。皆さん今日はお疲れ様でしたー! 最後は提督にお別れの挨拶して帰りましょ。」

 那珂の音頭に生徒達は異なる温度差ながらも賛同しあうのだった。

 

 会議室を出た那珂たちは、まだロビーで片付けをしていた提督にひと声かけた。

「提督。会議室使い終わったよ。」

「お。もう帰るかい?」

「うん。皆を送った後片付け参加するから待ってて。」

 那珂のセリフに神通が強く頷き、川内が渋々そうに頷く。そんな三人を見て提督は笑って返した。

「いやいやあともう少しだし今日はいいよ、そのまま帰って。」

「そーお?それじゃあお言葉に甘えちゃうよ。後でやっぱ手伝ってーっていってももう家にいるかもしれないよ。」

「はいはい。大丈夫だって。安心して帰宅しなさい。」

「よーっし、提督からあたし達も帰っていい指示が出たから一緒に帰るよ川内ちゃん、神通ちゃん!」

「おー!やったぁ!もうヘトヘトだったんだぁー!」

「(コクコク)」

 

 その後、提督は那珂たちに続いて挨拶のため前に出てきた阿賀奈ら高校教師達と社交辞令的な会話をしあう。先に本館を出た那珂ら生徒達は教師達が提督・妙高を伴って出てきたのを確認した後、一礼して歩みを鎮守府外へと向けて再開しだした。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ex 1:ヒロインインタビュー

 試合後、懇親会中のお話。テレビ局のカメラが艦娘達を映してインタビューをする中で、那珂たちはこんな応対をしていたり。


 演習試合が終わり懇親会が始まった。ネットテレビ局の段取りによって懇親会の最中に行われたのは、ヒーローインタビューばりの参加艦娘達への取材だ。

 

 ネットテレビ局の取材クルーの一人の司会により進行が進んでいく。とはいえ別に会場のど真ん中に移動させられてというわけではなく、カメラと司会役のスタッフとADが本人のところにその都度移動した。

 順番は脱落順だ。川内は那珂や神通と揃ってインタビューしてもらえると勝手に思い込み鼻息荒くして待っていた。夕立の次にマイクを向けられたことに何の疑問も抱かずに臨んだ川内に待っていたのは、自分の盛大で豪快な突撃とあっけない脱落に対する解説の要求と今後への意気込みだけだった。

 

 熱血な質問を期待していたわけではないが、自身の醜態たる最期について根掘り葉掘り聞かれた川内はインタビューが終わるや否や眉をひそめて歯ぎしりをして明らかに不愉快満点の表情で一緒にいた暁らや提督らを苦笑させた。

 

 その後前半戦最後に脱落した神奈川第一鎮守府の龍田達へのインタビューが少々長く続き、続いて後半戦で脱落した順にカメラとマイクが向けられていった。

 

 神通はカメラとマイクが向けられた瞬間に和子や友人達の影に隠れてしまったことで、テレビ的にも本人的にも友人的にもかなりみっともない態度を晒してしまう。

「もー、さっちゃん!艦娘になって最近はしっかり振る舞えるようになったのになんで隠れちゃうんですか?ホラ、テレビにそのまま映っちゃいますよ?恥ずかしいですよ?」

 和子のお叱りの言葉に友人らもウンウンと頷き神通をフォローする。しかし言葉と行動が合っていない。神通の腕を引っ張ってカメラ前に出そうとしているのだ。

「神先さん、ホラ。あたしたちも間近でし~っかり見ててあげるから大丈夫だよ。」

「あ、うー……○○さん、和子ちゃん、やめてぇ……!」

 友人達にある意味売られた神通は顔を思いっきりうつむかせつつ気を取り直してどうにかインタビューに応対し始めた。

 インタビューの内容は、仮にも旗艦として後半戦を最後の方まで五月雨ら駆逐艦を牽引して戦い抜いたその実績に対する印象のためか、戦い方や仲間との交流に関する質問が多かった。神通はそれに対し自分の得意分野と感じたのか妙な安心感を覚えたのか、心落ち着けて回答していくことができた。

 結果として、神通のインタビューは川内が当初望んでいたような充実した内容になった。……ということを川内はまったく知る由もなかった。

 

 

 最後の三人、つまり那珂の順番が回ってきた。自校の同級生・下級生らに囲まれて談笑していた途中で司会のスタッフからマイクを向けられた。

「それではお次は那珂さんにお話を伺いたいと思います。え~~、那珂さんは神奈川第一鎮守府の旗艦の鳥海さんと死闘を繰り広げ、惜しくも負けてしまいましたが今の心境をお聞かせいただけますか?」

 司会の言い回しに苦笑したが、その質問を受けて那珂は首を傾げて“んー”とぶりっ子声で小さく唸った後2~3秒して答えた。

「死闘って……。そんな漫画やアニメの世界じゃないんですから~。ん~~~? 負けは負けで悔しいですね~。もっとカッコ可愛く勝ちたかったです。」

「でもいい線いってたじゃないですか? まずは前半戦ですが、相手の旗艦の軽巡洋艦天龍さんと何度か一対一で戦うことがあったようですが、彼女との戦いはいかがでしたか?」

「え~っと。これ正直に言っちゃっていいですか?」

 那珂の妙な確認にテレビ局スタッフ達は一瞬目を点に仕掛けたが、すぐに微笑して言った。

「えぇえぇ、かまいませんよ。艦娘の皆様の素の感想をお聞きできることが何よりです。」

「それじゃ~。天龍ちゃんは実力的にはきっとあたしよりほんの少し下ですかね~。」

「ほぉ~。試合のVTRを見たところ、ちょっと苦戦していたシーンもあったように見えましたが?」

「それはなんていうんですかね~。演出ですよ演出。天龍ちゃんってばあたしと一対一で戦いたがってたけど、あたしは前衛のみんなをうまく戦場に誘導したかったので、正直天龍ちゃんと戦い続ける気はなかったんですよねぇ。」

「ハハッ。なかなか辛口ですね。」

「でもまぁ、実力は拮抗していたと思いますし、思っていた行動はさせてもらえなかったな~というのが彼女との戦いで思った正直なところです。」

「なるほど。彼女は剣も使っていましたし、装備的な面も影響はあったのでしょうか?」

「あ~、それはありますあります!天龍ちゃんと龍田ちゃんって、接近専用の武器持ってるんですよね~。あれずるいですよね~!だからあたしはカタパルトで応戦しましたけど!」

「そういう機転の効き方は素晴らしかったですよ。」

「エヘヘ、ありがとうございます~。」

 

 いくつかの質問に対する回答の後、後半の鳥海との最終決戦の話題に移った。

「鳥海さんの強さはいかがでしたか?」

「はい。あの人はほんっとに強かったです。担当の艦種が違うっていうのももちろんあるんですけど、純粋に立ち回りが油断できなくて強いと感じましたね。」

「おぉ~那珂さんにそこまで強く語らせるとは~。これはこの後のインタビューが楽しみですね。」

「そりゃ~もうあれこれ鳥海さんから聞き出してください。お願いしますね?」

 

 那珂の若干わざとらしい演技気味の回答と説明に、司会のスタッフ達は感嘆の息と声を漏らしてテレビ撮影を演出する。そして続けざまにいくつか質問が続き、那珂はそれに答えていった。

 

 そうして那珂の番が終わり、スタッフ達は鳥海のいる席へと向かっていった。那珂はしばらく鳥海の様子を見ていた。しかし鳥海の席とはテーブルを囲む島がそもそも異なるためボソボソとしか耳に入ってこない。あまり見続けていても意味はないと判断し、那珂は周りの同級生下級生たちとの歓談に意識を戻した。

 

 

--

 

 またしばらくしてからスタッフたちの姿が自然に司会に飛び込んできた。彼らが向かったのは最後まで戦場たる海面に立っていた五月雨の席だ。個人戦として見るならば唯一の勝者たるこの少女に注目しない理由がない。テレビ局スタッフたちの五月雨への応対の様は今までの艦娘達とは異なるものだった。ただ等の五月雨が普段の数倍以上よろしくない。

 同級生や時雨らに囲まれつつインタビューを受けている彼女のその様子は、慌てふためかないタイミングなど一切ないというくらいアガりまくった状態だからだ。見かねた別のスタッフが提督を呼び寄せたことで五月雨の慌てっぷりは穏やかものになる。そこでようやくまともなインタビューが展開され始めた。提督と五月雨、鎮守府の顔たる二人がインタビューに立ったことでテレビ局の思惑通りに進んだのか、大分長い時間が費やされた。

 

 那珂はもはや途中で気にするのを止めていたため気づかなかったが、別のタイミングでふと思い出して見ると、すでにインタビューは終わり、五月雨は時雨らとともに会話に戻り、提督もまた神奈川第一の鹿島の元へと戻っていた。

 

 那珂はふと思った。あのまま五月雨がテレビ局スタッフへの露出が増えた暁には、もしかしてアイドルデビューも可能性としてあり得るのか!?と。

 

 アカン、愛しの五月雨ちゃんに先を越されてしまう!

 アイドルになるのはこのあたしを置いて他にはない!

 

 ただそうなったらなったで色々楽しそうなので、艦隊のアイドル五月雨を応援、後援、支援、プロデュース、マネージメントする心構えくらいはある。マネージャーとして五月雨に付く傍であわよくば……。

 学友との会話を進める脳の極一部で、那珂はそんな妄想を膨らませていた。

 

 

--

 

 親睦会がお開きになった直後。那珂はテレビ局スタッフから、最後に相手の鎮守府のメンツや視聴者に対する面目を立てることをしてくれとお願いされた。親睦会もお開きになり終幕間際でそんなこと言われても困ってしまう。それにテレビ局が作成したいのはドキュメンタリーと聞いている。それなのにテレビ的な見どころとクライマックスが求められているというのは、矛盾をはらんでいるのではないか?

 

 さすがに拒否したり文句を言える立場ではないことを理解していたため、那珂は苦笑をしつつ曖昧な態度を取りつつ、承諾の度合いを強めて会話を終えた。

 きっと大抵のテレビ番組はこういうことなのだろうと、那珂は察することができた。

 仮にも話を受けてしまった以上は提督と五月雨・妙高に相談せなばならない。那珂は片付けを周りに一旦任せて、提督らに近づいて話した。歩いている間にふと思いついたアイデアを引っさげて。

 そうして提案したのは、神奈川第一鎮守府の艦娘達の艤装の運び出し・積み込みを手伝うということだった。

 

「……ということなの。」

「そうか。テレビ的にドキュメンタリーといえどなにか演出が求められてるんだな。」

「そう思うでしょ~?な~んか現実を知ってちょっとなぁ~って思ったよぉ。」

「アハハ……でもテレビに協力できるってなんか私、ワクワクしちゃいます!」

 提督と意見が合い愚痴に拍車がかかりそうになったが、五月雨の純朴な喜びようにあてられて那珂は瞬時に現実に戻ってきた。

 

「それで考えたんだけど、神奈川第一のみんなの艤装をあたしたちで運んであげるっていうのはどうかなって思ったの。」

「運び出す!?」

「えぇ~! そんなこと私達できますかねぇ~~?」

 提督の仰天に続いて五月雨が遠慮がちに否定の念を交える。二人と対照的なのは妙高だ。

「それはいいですね。神奈川第一の皆さんの純粋な助けにもなりますし、今日来てくださってるみなさんのご学友・同僚の方々へのアピールにもなります。コアユニットだけ装備して同調すればいいのですよね?」

「えぇそうです!」妙高のドンピシャな返しに満面の笑みで頷く那珂。

「うーむ。みんながそれでいいなら俺は構わないよ。ただ明石さんや○○さんら技師のみんなにも了解を得ないと。」

「それなら早速。ねぇ~~~明石さぁ~ん!」

 那珂はその場で声を張って明石に呼びかけた。自社や神奈川第一の技師とまだ談笑していた明石は気づいて駆け寄ってきた。

 

「はいはいなんですか?」

「実は……ということなんですが、いかがですか?やってもいいですか?」

 那珂の提案を聞いた明石は数秒うつむいて考え込んでいたが断って那珂たちから離れて先程までいた席に戻った。そこには神奈川第一の技師たちがいる。身振りを交えて何かを話していた明石は相手から指でサインをもらい、それをそのまま那珂たちに返した。そして那珂たちに再び近寄って口を開いた。

「先方からも承諾いただいたので別にいいですよー。ただ一応精密機械なんで、私達の注意に従って運んでくださいね。」

「やった!それじゃあみんなに伝えるね!」

 

 明石からもOKサインをもらった那珂はこの提案を伝えるべく鎮守府Aのメンツを集めた。

 那珂が説明すると、五十鈴はもちろんのこと神通そして不知火、時雨らも快く承諾の意を示した。川内と夕立は初めて開く口では面倒くさがったが、那珂が鼓舞しながら説得すると態度を改めて承諾した。

 全員からOKを受け取った那珂は提督と明石に目配せをする。ハンドサインをした提督は帰り支度を始めた神奈川第一鎮守府の鹿島に向かってそのことを伝えた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ex 2 お礼

 演習以外で艦娘達をただの人間以上の艦娘たらしめる行動。相手への感謝の念も合わせて行う一同なのでした。これにて演習エピソード、完結です。



 神奈川第一鎮守府の艦娘達の艤装を運ぶことになった。

 

 運ぶとはいえ、すべてがすべて那珂たちがやれるわけではない。艤装が積み込まれた台車の移動と神奈川第一のトラック車両への積み込みであり保管場所から台車への運び出しは明石ら技師たちが運転する台車が担当するてはずだ。工廠の入り口にたどり着いた一行は明石達技師の指示によりそこで待機となった。それは神奈川第一の艦娘も同じだ。

 しかし明石達技師に続いて工廠内に入っていく者達がいた。ネットテレビ局のスタッフ達は事前に両鎮守府から許可を得ており、また見学者たちもおおよそテレビ局スタッフの雰囲気を感じ取っていたため気にはしなかったが、気になる集団がいた。

 

 那珂達である。

 

「え? おーい那珂さん!ここで待ってろってあんたらもじゃねーの?」と天龍。

「使う以外で艤装に触ろうとすると○○さんたちにものすごく怒られるのよ!」

 霧島は自身の鎮守府の技師と思われる人物の名を口にし、艤装の取り扱いに関わるエピソードじみた白状をする。

 

「えっへへ~。まぁそこで待っていなさいって!」

「「???」」

 

 那珂の不敵さがほんのりこもった意地悪そうな笑顔を送られて天龍を始め神奈川第一の艦娘達は疑問符を頭に浮かべて呆けた。そんな彼女らをよそに那珂たちは技師たちに付き従って工廠の奥へと向かっていく。

 

 

--

 

 保管庫出入り口付近で明石は一旦立ち止まり、振り返って注意を呼びかけた。対象はネットテレビ局スタッフである。

「申し訳ございませんがここから先は関係者以外立ち入り禁止ですので、◯◯テレビの皆様はご遠慮願います。」

 

 明石の説明に艦娘達はヒソヒソと口にし合う。

「関係者以外って、なんだかあたしたちすごいすごくね?」と川内。

「事実、艦娘も工廠の関係者ですしね。」やや冷静に同僚に返す神通。

 

「そーそー。あたしたちはえら~い関係者なんだから、ここから先はあたしたちだけっぽい。」

「ゆうったら……。偉さとか関係ないって。立場的に偉いのは……明石さんと提督かな?」

「そうねぇ~。ここでは明石さんがトップでどちらかというと提督さんはあたしたちより下の下っ端かしら。」

「村雨、さすがにそれは。」

 身振り手振りやや大きめな体の振りを交える夕立の言に時雨がツッコみ、村雨が補足し、その毒舌気味な補足を不知火がツッコみ、そんなやり取りを一人クスクス笑う五月雨という構図があった。

 

 そんな中学生組のとなりでは五十鈴たちが同じように感想を言ってやりとりしていた。

「ねぇねぇりんちゃん!あたしたちも関係者? 関係者!?」と長良。

「えぇそうよ。高校生なんだからはしゃがないでくれる?友人として恥ずかしいわ。」

「まぁまぁりんちゃん~。普通の学生の私達がこういうこと言える側になるって感慨深いものがあるし、気分が高まるのってわかるよ~?」

 五十鈴のツッコミに続いて名取はやんわりとフォローするのだった。

 

 そんな皆のおしゃべりを冗談を交えて制する艦娘が一人。那珂である。

「アハハ。みんな~。色々言うのはいいけど、こういう何気ない会話もしっかり撮影されてるからね~?」

「うぇ!? マジで!?」

「(フルフルフル)」

 真っ先に反応したのは川内と神通だ。川内は珍しく慌てながら服や髪の毛を整えだす。神通はいつもどおり縮こまるのみだ。その隣りで、腕を組みながら落ち着きはなって五十鈴が冷静なセリフを口にする。

「ま、そうでしょうね。私は普段どおりだから気にしないけど、長良や名取には恥ずかしくないようきちっとしてほしいところね。」

 

「そう言いながらも、実は緊張で足がプルプル震えている五十鈴、17歳であった。」

「……那珂あんた! 変なナレーション付けるのやめてよ!!」

「まぁまぁりんちゃん。そんな大声あげるのって恥ずかしいよ?」

 那珂のボケと長良のツッコミにより、冷静さをつらき抜き通すことはできない五十鈴の姿がそこにあった。

 

 

--

 

 那珂達は工廠の中のある区画、自身らの艤装が保管されている場所に来た。那珂と五月雨は2回目だが他の面々は初めて見る艤装の保管の様子に感心のため息を漏らして眺めている。

 

「神奈川第一の皆さんの艤装はこっちですよ。」

 明石に促されて那珂たちが視線を向けたのは、保管庫の端の端の棚だった。そこに12~3個の艤装が棚の区画一つ一つに収まっている。

 

「端っこに置くのはなんか意味あるんですかぁ?」と那珂。

「いえ、特に。決まりとかもありません。ただたんに私達の艤装と分けて置いておきたかっただけです。」

「はぁ……私、ここ初めて見るわ。艤装ってこうやって仕舞われていたのね。ねぇ那珂はあまり驚いてないわね?」

 那珂の質問と明石の回答の端で五十鈴がそう口にする。

「んっふっふ~。五十鈴ちゃんよ。私はすでに一度見ているのだよ~。ね、五月雨ちゃん!」

「は、はい!けど、2回目でもやっぱり圧倒されちゃいます。」

 五月雨の感想に時雨たちが同意を示してウンウンと頷いているその脇で川内はふと疑問を口にした。

 

「てかさ、どうせすぐに帰る人達のなんだから仕舞わなくてもいいんじゃないっすか?」

 やや乱暴な物言いでの疑問には、明石ではなく女性技師の一人が答えた。

「それは駄目なのよ。艤装はあなたたち艦娘が装備するために一時的に下ろす以外は、どんなに短い時間でも必ず保管用のスペースに仕舞うよう制度上義務付けられているの。」

「ほへ~~なんか面倒っすね。」

「一応精密機械だからね。仕方ないわ。」

 女性技師の言葉に明石や他の技師達は強く頷くが、質問した当の本人は興味なさそうに返事する。

 

 皆愚痴や感想は程々に、神奈川第一の艦娘達の艤装を運び出す準備を始めた。基本的には保管庫に内蔵のリフトで台車まで自動的に運び出す。それと同時に那珂達は自身の艤装のコアユニットと一部パーツだけを装備して同調し始めた。

 台車を工廠入り口まで持っていくのは那珂達の役目だ。

「台車は少ないのでとりあえず一人分ずつ持っていってくださいね。」と明石。

「「はーい!」」

 

 艦娘達の返事が響き渡る。と同時に那珂の違うタイプの台詞が響いた。

「そだ!ここから出たらテレビ局の人たちに録ってもらお。いいですか明石さん?」

「ん~そうですねぇ。ここまで来て何も撮らせないのはあんまりですしね。」

 リフトを操作する技師と話していた明石は那珂の方に振り向いて許可を伝えた。那珂はそれを受けて小さくガッツポーズをして保管庫の入り口へと駆けていく。

「よっし!それじゃああたし伝えてきます!」

 そう言って艤装が台車に運ばれるその様子を見ていた川内達をよそに出ていった。

 

 保管庫の入り口付近で待機していたテレビ局スタッフは、那珂の姿を見て振り返った。

「……というわけですが、これで大丈夫ですか?」

「えぇかまいませんよ。やっと撮影許可が降りるんですね~。待ってましたよ。」

「申し訳ございません。で、なにかあたしたち心がけることってあります?」

「いえいえ特に。皆さんはカメラを気にせず普段通りに運ぶ姿を見せてください。多少はっちゃけてもらってもいいですよ。」

「は~い。」

 軽快に返事をして自身も運ぶために戻ろうとすると、背後からファインダーの気配を早速感じ始める那珂だった。

 

 

--

 

 台車を運ぶ第一号として、那珂と川内が保管庫から工廠の大通路へと出てきた。テレビ局のカメラはすかさず撮影を始める。

 那珂と川内が二人で台車を動かして工廠の入り口へとゆっくり進み出すと、二人を映していたカメラの内の一台が追随しはじめた。

「ねぇ那珂さん。普通にしてろっていうのはこのあたしには無理だね。」

 一緒に台車を押している川内をチラリと見ると、今までに見たことのないくらいの仏頂面をしている後輩の顔がそこになった。

「何を偉そうに言ってんのさ……。まぁ川内ちゃんの気持ちもわかるけどさぁ。とりあえずカメラを見ないだけでいいよ。」

「は、はい。」

 

 那珂と川内の後を追ってテレビカメラとリポーター代わりのスタッフがついて来る、そんな不思議な4人編成となって工廠の入り口に戻ってきた。

 そんな光景を見て真っ先に開口して仰天してみせたのは天龍だ。

 

「えっ!?おいおい何してんだよ!!」

「ちょっと那珂さん?」

「!!」

 

 神奈川第一の艦娘達が口々に驚きを吐き出す。天龍、霧島を始めとして皆アタフタとし始める。

 

「えっへへ~。そんな驚きなさんなって。ちゃーんとそちらの技師の皆さんにも許可もらってるから。」

「そうですそうです。なんだかんだで演習面白かったし、気持ちっすよ気持ち。ね、那珂さん?」

「そーそー。お・れ・い!」

 

 天龍らの反応なぞ完全に想定の範囲内だった那珂は至って冷静にかつ普段どおりの軽調子で振る舞う。先輩が強気なため川内も強くノる。総じてふたりとも平常運転なのである。

 

「後から他のみんなも運んでくるからね~。皆の艤装、責任持って積み込んでみせますぜぃ!」

「お、おいおい……。あたし知らねぇ~ぞ~。」と天龍。その視線は周囲にいる霧島ら艦娘に向けられた。

「よく○○さんたち許可したわねぇ……。」霧島はこめかみ付近に手を添えてわずかにうなだれてしまっている。

 二人始め神奈川第一の艦娘達は那珂の軽口に苦笑するしかなかった。

 

 

--

 

 そんな神奈川第一の艦娘達と見学者が見守る中、那珂と川内は台車をトラックの荷台にくっつけて止め、載せてきた艤装を二人で持ち上げて荷台にいる神奈川第一の技師らに受け渡した。二人が運ぶところはテレビカメラのファインダー以外に、見学者の視線も向いている。

 一般人たる彼らは海上を自由に移動し砲撃雷撃する艦娘の様を見て迫力感は抱けたが、どことなく現実味がなかった。そんな見学者たちがこの眼の前の知り合いの艦娘達に驚異のパワーアップの現実味を抱けたのは、まさにこうした重そうな機材をやすやすと運ぶ様だった。

 

 テレビとしても艦娘たる少女や女性達がまさにすごい存在ということを示すのに、段階を踏むという意味でこうした現実の延長線上たる豪快な行為は最適だった。

 そのためテレビ局スタッフの態度もそれまでとは若干違う。

 

 

--

 

 後からやってきた神通や五十鈴、時雨たちによる運搬もまた、テレビ局スタッフや同級生らを驚かせ続けるのに十分な行為だった。那珂と同じ学校の高校生たちは、我らが会長であればこのくらいありうるかも?という勝手な妄想のもと目の前の展開を見ていたが、さすがに時雨や五月雨たち他校の中学生艦娘らが同じことをしていると、これまた改めて艦娘となった人間の異常さを覚えるのに十分すぎた。

 

 一通り艤装の運搬と積み込みが終わると、最後の運搬組に続いて明石らも外に出てきた。それを待ってテレビ局スタッフは那珂や時雨、明石ら鎮守府Aの艦娘らに感想を聞きつつのインタビューを始める。

 

「ふぅー……。まぁこんなもんでしょ。」と那珂。

「さすがに疲れましたよ。いくらパワーアップしてるっていってもしょっちゅう重いもの運ぶわけじゃないからなぁ~。那珂さんは疲れないんすか?」

 川内の質問に那珂はカラリと答える。

「ん? いや~あたしだって疲れてるよ。けどテレビの目もあるし、今の川内ちゃんみたいなヘトヘトすぎる表情をみっともなく世間に見せられませんよ。」

「うえっ!? あ、あたしそんな顔……してましたぁ!!?」

 

 那珂のあっさりとした指摘に川内は慌てて頬やこめかみを触って自分が今していた表情を確かめる。そんな慌てふためいた行為に那珂はもちろん、神通や五十鈴らは失笑しあう。

 

 テレビ向きの意識や振る舞いがないそうした艦娘同士の素のやり取りを撮るのもまた、テレビ向け撮影のしどころなのである。那珂たちは自分たちが思っている以上に撮影されていることを、知るよしもない。

 

 

--

 

 一通り艤装の運搬が終わると、鎮守府Aの艦娘達は工廠入り口の一角に集まった。そのタイミングを見計らって那珂の高校のメディア部の井上がテクテクと歩み寄る。

 

「いや~、皆さん海の上だけでなく陸の上でもすごいですねぇ~!ささ、会長。ここで一言一言」

「うわっ。井上さ~ん。まだ作業終わってないよ。」

「まぁまぁ気にしませんので。」

 強引な井上の促しに那珂は苦い表情を浮かべるが、口元はたぶんに緩んでいる。彼女からのインタビューにまんざらでもないのだ。

 那珂は井上に今回のイベントでの撮影はどうか尋ねてみた。後で大々的に尋ねるつもりだったが、二人だけの本音探りということで聞きたいこともあったからだ。

「そ~ですねぇ。○○テレビの皆さんと仕事ごいっしょできたのはすっごく良い機会だと思いましたよ。プロの撮影テクとか立ち回りとかこっそり教えてもらえたのでワタシ的には大満足です。ただ欲を言えば私率いる○○高校メディア部がこの鎮守府の全ての宣伝と広報を担当させてもらえたらなぁ~というのはありますねぇ。」

「アハハ、井上さんったら!」

「エヘヘ~。まぁそれはやりすぎとしても、メディア部としては会長ひきいる艦娘部のために広報の高みを目指してみせますから。今後共メディア部をご贔屓に~。」

「ハイハイ。それじゃ~この後の様子まできちっと撮影しておいてね~。」

「このメディア部井上にお任せあれ~。」

 

 

--

 

 メディア部井上とのやりとりもほどほどに皆のところに戻った那珂は天龍達に向き直しそして合図した。

「さ~て天龍ちゃんに霧島さん。あたしたちきちんと運べたでしょぉ~~?」

「あー、わーったわーった。わかったからよぉ!ありがとよ!感謝してやったんだからそのうぜぇ表情で迫るなっての!」

 

 フフン!と鼻息鳴らして小憎たらしい表情を浮かべて天龍に顔を近づける那珂。そんなうっとおしい那珂を片手で払う仕草を交えつつツッコんだ。

 霧島に至っては何度めかわからぬ、こめかみ付近を抑えて苦笑交じりのため息を吐いて言った。

「なんとなくあなたのことがわかってきた気がするわ那珂さん……。テレビの目もあってこうしてイベントごとのときにこういうことしてくれるなんて……戦闘だけじゃなくて普段も一筋縄ではいかないわね。」

「お褒めに預かり光栄で~す!」

 

「「褒めてない褒めてない!」」

 

 天龍と霧島の目立つツッコミで神奈川第一鎮守府の艦娘達の笑い声が漏れたことで那珂はツカミは鷲掴みでOKだと判断すると、会話の流れと主導権を我らが西脇提督と提督代理の鹿島に譲るようウィンクで促すのだった。

 

 




なお、本作にはオリジナルの挿絵がついています。
小説ということで普段の私の絵とは描き方を変えているため、見づらいかもしれませんがご了承ください。
ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=75905877
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1aTXOubIZIP-Gfgz2yBYbZtxnng55xrhFpNy09tWweyk/edit?usp=sharing

好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。