Das Duell zwischen Admiral und Ich (おかぴ1129)
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Der Beginn des Duells

 私の名前はビスマルク。栄光あるわが祖国ドイツを代表する戦艦、ビスマルクの名を冠する艦娘よ。今は深海棲艦との戦闘ノウハウや艦娘の運用方法、鎮守府の運営実習を兼ねて、駆逐艦のレーベとマックス、重巡洋艦のオイゲンとともにこのJapan(ヤーパン)の鎮守府に赴任しているわ。

 

 それにしてもJapanに来てもう数日……驚くことばかりだわ。このJapanという土地、艦娘に関してはわが祖国ドイツの先を進む艦娘先進国なだけのことはあるわね。私は今まで自分自身のことを世界で最高の艦娘だと信じていたけれど、ここに来てその自信は見事に打ち砕かれたわ。

 

 コンゴウやナガト、ヤマトといった戦艦たちはもちろんのこと、重巡洋艦のミョウコウや正規空母のカガ、重雷装巡洋艦のオオイとキタカミ……この鎮守府には手練がいっぱいよ。オオイは別の意味でも恐ろしいんだけど。

 

 この前なんか、紐パン履いて頭にうさぎの耳のアクセサリーをつけた駆逐艦の娘に演習でボッコボコにやられたわよ。なによあの連装砲ちゃんって。自立兵装なんて聞いてないわよ。破廉恥な格好をしているくせに油断ならないわ。伊達に『変態国家ニッポン』などと揶揄されているわけではないようね。

 

 でも、このJapanに来て最も驚いたことはそれではないわ。フソウとヤマシロの、バベルの塔を思わせるおぞましい艦橋にも驚かされたけど、それはまだカワイイ物よ。この前夜戦でボッコボコにやられたんだけど、語尾に『クマ〜』とつけてしゃべる、ホッカイドウの土産物みたいな娘だって、別に大したこと無い。ウシオっていう駆逐艦の子の、駆逐艦らしからぬバディにも戦慄を覚えたけど、それさえまだ霞む脅威が、この鎮守府には存在するのよ。

 

 この鎮守府で一番の脅威……何を隠そう、提督よ。

 

 提督は、この鎮守府という施設の最高責任者よ。深海棲艦との戦闘においては指揮官として完璧な指揮を行い、鎮守府の運営においても資材管理から艦娘たちのシフト管理まで、すべてを一手に引き受けているわ。

 

 もちろん、そんな数多くの仕事をすべて一人で片付けられるはずはないから、提督を補佐する秘書艦が必要になってくる。今は私がそれよ。つまり、この鎮守府の秘書艦は今、私が任されているわ。

 

―覚悟するクマ。提督の秘書艦は大変クマよ……

 

 私が秘書艦に任命されたあと、演習で私をボッコボコにしたクマはそう言ったわ。言われた時は意味が分からなかった。でも今はよく分かる。

 

 ここの秘書艦が大変な理由。それは、この提督の性癖にあるわ。この性癖のため、秘書艦は時折、提督と決闘をしなければならないのよ。そして私は、提督との決闘に一度として勝った試しがないわ……恐ろしい男……このビスマルクが勝つことが出来ないなんて……

 

 そして今日も、私のプライドと体型を賭けた決闘が始まるのよ。

 



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Reis, Miso-Suppe,und ein Ei

 昨日、私は提督から指示を受けたわ。

 

―起床した後、支度を済ませたら速やかに執務室に来るように

 

 これは、提督からの決闘の申し込みよ。私はこの通達を聞いたその瞬間から、『今回こそは、負けるわけにはいかない』と決意を新たにしたわ。

 

「ビスマルクは提督と朝ご飯か〜……うらやましいな〜……ボクも秘書艦やってた頃が懐かしいよ……」

 

戦いが控えていることを知ったレーベが、のんびりとこんなことを口走る。舐められたものね。あなたが考えているような甘いものではないのよ。これは決闘よ。栄光あるわが祖国ドイツと、提督の祖国Japanとの、互いの誇りをかけた文化戦争と言ってもいいわ。

 

「んーまぁとりあえず早く行きなよ。提督、準備して待ってると思うよ」

 

ええ、そうね。私は戦いに行くわ。提督。今日こそ私は勝ってみせるわよ。

 

 執務室の前に立ち、私は深呼吸して高ぶる気持ちを沈め、ドアをノックする。

 

「秘書艦ビスマルク、入るわよ」

 

私はいつものように、提督の返事を待たずに執務室のドアを開けて入ったわ。執務室の中では提督が、いつもは食堂でマミヤやホウショウが着ているような割烹着を着て、頭には三角巾をまいて目を閉じ、執務室内の調理場の片隅で鍋の中のものの味見をしていたわ。

 

「執務室内に漂うこの香り……今朝はハッチョウミソね?」

 

提督は静かに目を開き、私を見たわ。その後、迷いなく淀みない動きで、鍋の中の味噌汁をお椀に汲み、グリルの中から取り出した塩鮭を皿に盛り、それらをお盆の上に丁寧に配膳すると、相手を射殺さんばかりの眼差しを私に向けて、こう言ったわ。

 

―座れ

 

何度向けられても慣れることのない眼差し……かつて私は祖国で、殺し屋という職業の人間と何度か相まみえたことがあるわ。でもそいつらよりも、この提督の眼差しは鋭く、殺気がこもっていると言っていいわね。提督のこの尋常でない凄みには逆らうことが出来ず、私はいつも提督に見つめられると、素直に秘書艦の席に座るしか出来なくなるわ。

 

 私が秘書艦の席に座ると同時に、提督は食事が乗せられた盆を私の前に持ってくる。味噌汁のハッチョウミソの香りが私の鼻腔をくすぐり、ジュージューという焼きたての塩鮭の音が、耳から私の食欲を刺激してくる。駄目よ。負けるわけには行かない……

 

「わ、私が、この程度のメニューに陥落するわけないでしょ?!」

 

私がそう言おうとしたときだったわ。提督は、その鋭く殺気のこもった視線を私から外すことなく、おひつから炊きたてのご飯をよそっていたの。ご飯の香りが執務室に充満し、その瞬間、私の全身がご飯のぬくもりと味を欲したわ。

 

「ぁ……ぁあ……」

 

口が半開きになり、よだれが垂れてくるのが抑えきれない……私のお腹が音を立てて、目の前にある欲望の権化を食べてしまえと誘惑する。いけない。このままでは負けてしまう。

 

 提督は、ご飯を山盛りにしたご飯茶碗を私の目の前に置いたわ。そしてこうつぶやくの。

 

―さあ……食べるんだ……

 

「……う、うわぁぁあああああん!!!!」

 

私はその手で箸をつかみ、味噌汁のお椀を持ち上げ、味噌汁をすすったわ。鰹だしとハッチョウミソの渋みのある独特の風味が私の全身の細胞を目覚めさせ、さらに美味を求め始めるの。私は味噌汁のお椀をお盆に置くと、その手でそのままご飯茶碗を持ち、焼きたての塩鮭をかじり、その塩気を堪能しつつ、夢中でご飯を口の中にかきこんだわ……いえ、かきこんでしまったわ。

 

「止まらない! 止まらないわ提督!!」

 

ダメ。もう止められない。私の肉体はご飯→塩鮭→ご飯→味噌汁→ご飯→塩鮭という悪夢のサイクルに入ってしまった。私はこのとき、ご飯と塩鮭と味噌汁を体の中に取り込むためだけに生まれてきたといっても過言ではないと真剣に考えていたわ。

 

 それにしても、なぜご飯と塩鮭はこんなにも合うのかしら。塩鮭の塩気とご飯のほんのりとした甘みが互いに互いを引き立て、もっとご飯を…もっと鮭を…と際限なくその2つを求めてしまう。口の中一杯にご飯と塩鮭を頬張り、それをお茶で無理やりに飲み込む苦痛と快楽。喉が苦しくなり、細い食道を大量のご飯と塩鮭が無理矢理に通る苦しみと快感……提督が作った朝食は、私の五感すべてに襲いかかり、私の理性を力づくで潰しにかかってくる。

 

 ご飯を四杯食べてしまい、五杯目のおかわりをしたところで、私はフと気付いたわ。皿の上に、あの忌まわしくも蠱惑的な塩鮭がなかったの。そう、私は夢中になるあまり、塩鮭を全部食べ尽くしてしまったのよ。

 

 その時、私はやっと安心できたわ。あとはこの五杯目のご飯を冷静に食べお味噌汁を飲み干せば、朝食は終わる。提督との決闘によって負った欲望という傷跡をこれ以上広げなくても済む。その時は確かにそう思ったわ。

 

 だけど、勝負に厳しい提督が、そんなことを許すはずがなかったのよ。

 

―そろそろいいだろう……

 

 提督は執務室の調理場の冷蔵庫から、生卵を持ってきたわ。

 

 まさか……

 

 私にあれをやれというの……?

 

 ダメよ……私はもう……

 

 非情な提督は、殺気のこもった眼差しを私からそらすことなく、私に殺気をぶつけながら、私のご飯の上に生卵を割り乗せ、ソイソースをかけたわ。

 

―さぁ……食べるんだ……

 

「卑怯よッ!! 提督! あなた卑怯だわッ!!!」

 

食べたわ。私は無心に、ただひたすらに貪り食ったわ。だって抗える? 炊きたてあつあつのご飯に生卵よ? Japanスタイルの朝食として究極にして至高のメニュー、たまごかけごはんなのよ? 

 

 お茶碗からご飯がなくなる度、提督は速やかに私のご飯茶碗にご飯をよそい、冷蔵庫から新しい卵を持ってきたわ。そして私の舌がたまごかけごはんの絶味に疲れ始めた頃、今度はきゅうりの古漬けを持ってきて、その酸味で無理矢理に私の舌を蘇生させる……おかげで私は止まることなく、連続で8杯ほどたまごかけごはんを平らげてしまったわ。

 

 その後も提督は絶妙のタイミングで塩鮭の追加や味噌汁のおかわり、箸休めのほうれん草のおひたしなどを持ってきてくれ、気付いたら私はおひつ3つを空にしていたわね。

 

「負けよ……提督……今日も私は、あなたに負けたわ……」

 

私は空になった3つのおひつを前にしてそうつぶやき、提督に負けを認めたわ。その瞬間、提督が小さくガッツポーズし、そのガッツポーズを中心にして、見えるはずのない集中線が、私には見えたわ。

 

―ッッッッッッッシャァァアアアアア!!!!!!!!

 

その日の夜、私は入渠直後に体重計に乗ってみたわ。……背後からレーベが覗いてきてたけど、なんとか死守出来たわね。

結果は予想通りよ……これはピンチだわ。いい加減、提督の誘惑に打ち勝つ、強い自分を取り戻さなければ……

 



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In dünne Scheiben geschnitten Schweinefleisch und Reis Bälle

 今日、私は第一艦隊の旗艦として出撃し、見事作戦を成功させ、敵艦隊を夜戦で葬った後、鎮守府に戻ってきたわ。

 

「いいのよ? もっと褒めても」

 

私は提督にそう進言したわ。だって作戦を成功させたのよ? それぐらいのねぎらいは提督として当然だと思わない?

 

 でも提督は、いつものように殺気のこもった鋭い眼差しで私を見るだけで、結局ねぎらいの言葉すらかけてくれなかったわ……部下を部下と思わない、冷酷で酷い男よね。

 

 その上、私を欲望のはけ口として利用する最低の男なんだから、始末に負えないわ。

 

 そんなことを考えていると、鎮守府内にオーヨドの声で放送がかかったわ。

 

―秘書艦ビスマルク、至急執務室に来てください。提督がお呼びです

 

 ほら。

 

 またお呼びがかかったわ。

 

 また私をおのが欲望のはけ口に利用するのね。

 

 最低の男……

 

 それでも提督は私の上官。私は速やかに執務室に向かったわ。

 

 私は執務室の前に立ち、高ぶる気持ちを深呼吸で抑え、ドアをノックする。

 

「秘書艦ビスマルク、入るわよ」

 

 そして私はいつものように、提督の返事を待たずにドアを開け、執務室に入ったわ。今日の提督は、たすき掛けをした漆黒の和服を着ている。そしていつものように鍋の前に立ち、目を閉じて鍋の中身の味見をしているわ。

 

 いつもと少し違うところがあるとすれば、鍋が土鍋ということぐらいかしら。

 

「提督? このビスマルクを呼んだ理由は何かしら?」

 

私は執務室に漂う極上の鰹だしの香りに不覚にも高鳴ってしまう胸を抑えつつ、努めて冷静に提督にそう問いかけたわ。しかし提督はいつものようにこちらの問には答えず、目を開き、いつものように鋭い眼差しで私を射殺したのよ。

 

―座れ

 

その氷のように冷酷な眼差しに私の心臓は撃ちぬかれ、言われるがままに私は秘書艦の席に座ったわ。

 

 その後私の前に置かれたのは、ソイソースと柑橘類の果汁を合わせたソース『ポン酢』、丁寧にSesamをすりつぶして仕上げたソース『ごまだれ』、そして卓上コンロとその上に置かれた土鍋だったわ。土鍋の中では、黄金色に輝く美しい鰹だしのスープが静かに滾っていたわ。

 

 次に提督が持ってきたのは、美しいピンク色をした薄切りの豚もも肉。

 

 卑怯よ……

 

 豚肉は私達ドイツ人にとって特別な意味を持つ肉なのよ?

 

 それを私の前に持ってくるなんて卑怯だわ……

 

 提督はその薄切りの豚もも肉を2枚、土鍋の中で静かに沸騰しているスープの中で泳がせたわ。私から視線を外さずにね。

 

―しゃぶ……しゃぶ……

 

 提督はじっと私に殺意の眼差しを向けながら、悪魔の呪文のような言葉を口走りつつ、豚のもも肉をスープの中で泳がしていたわ。そして、豚肉の芳香が執務室を漂い始め、私の全身がその豚のもも肉を摂取したいと訴え始めていたその時、提督は薄ピンク色になった豚のもも肉を土鍋から引き上げ、ポン酢とごまだれの中に一枚ずつ投入したわ。

 

「ぁあ……あああ……」

 

そのかぐわしき豚肉の香りに、ドイツ人の私の身体が反応してしまう。私はみっともなく口を半開きにし、よだれが垂れてくるのを抑えられなかったわ。食べてみたい……この極上の豚を口に運び、丹念に咀嚼して、口いっぱいにその妙味を味わいたい…私の体の中のドイツ人のDNAが今、ポン酢とごまだれの中で静かに佇む豚肉を欲したわ。

 

―さあ……食べるんだ……

 

「うわぁぁああああああああああああ!!!!!」

 

私は、提督が準備した豚の薄切り肉を貪ったわ。スープの中で泳ぐことで、ほんのり色の変わった豚の薄切り肉は、味、香り共に最高の仕上がりになっていたわ。そしてポン酢はその豚から脂のクドさを取り除いてさっぱりと、ごまだれは豚の素晴らしさを美しく包み込みさらに芳醇にし、豚の魅力を十二分に引き出していたわ。

 

 提督は私が豚を食べるスピードに負けない早さで次々と豚肉を鍋に投入し、絶妙の火の通り加減で鍋から引き上げてくれる。そして豚だけでなく、私の舌が豚に疲れてきたらほうれん草を投入し、私の舌を強制的にリフレッシュさせたわ。無理にリフレッシュさせられた私の舌はさらに豚肉の味を欲し、私はただ豚を摂取するためだけの女と化してしまったわ。

 

 加えて、私が豚を食べることに夢中になっているスキをついて、提督がおにぎりを準備していたのよ。

 

―試してみるんだ……

 

 おにぎりには塩が効いていて、その塩気がまた、ご飯の甘みを引き出していた。豚のもも肉を食べ、ほうれん草を咀嚼し、おにぎりにかじりつく……この欲望のみに支配された悪徳の循環を回し続けることに、私は夢中になったわ。

 

 フと、提督の動きが止まったわ。何事かと提督を見ると、提督がその手に持っていた皿の上に、あんなに山盛りになっていた豚もも肉の薄切りがなくなってしまっていたの。

 

「あ……ああ……」

 

 いけない。

 

 あの言葉を発してはいけない。

 

 発してしまっては提督の思う壺だ。

 

 しかし私がこうやって誘惑と戦っていた時、提督は私から視線を外さず、こう言ったわ。

 

―言うんだ……何が欲しいかを……

 

「豚をッ!! 私にもっと豚をッ!!!!」

 

 堕ちてしまった……またしても私は負けてしまった……気がついた時、私はそう叫んでいたわ……。

 

 一旦冷蔵庫に戻った提督は、その両手に山のように豚のもも肉を乗せた大皿を持ってきたわ。そして、次々と鍋の中に豚を投入していった。

 

―しゃぶ……しゃぶ……

 

提督は私から視線を外すことなく、次々と豚を土鍋の中で泳がせ、絶妙のタイミングで引き上げていく。次々に私の前に準備されていく薄ピンクの食欲の権化。堕落の象徴にして極限の美味。私はこの豚を食べることに、ただひたすらに夢中になったわ……

 

 悪夢のような提督との決闘も終わり、私は今、入渠している。結局あのあと、大皿50皿分の豚を食べてしまったわ……なんという不覚……。

 

「ビスマルク姉様! 秘書艦はどうですか?」

 

一緒に入渠しているオイゲンが私に話しかけてきたわ。この子私よりあとに着任したのに、まだ秘書艦になったことがないのよね……。

 

「大変よ。あなたもそのうち嫌というほど思い知ることになるわ」

「そうなんですか? でも姉様、毎日すごく楽しそうですよ?」

「そうかしら?」

「そうですよ? 今日なんか特に姉様のお肌、プルプルです」

 

 あとでオイゲン本人に聞いたところ、『肌ツヤがいい』と言いたかったらしいのだけど、その時の私はそんなことを思いつく余裕なんてなかったわね……私はすぐさま湯船から上がって、体重計に乗ったわ。

 

 結果はあなたの予想通りよ。笑うがいいわ。

 



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Jiaozi

 ごきげんよう。クマノですわ。……ウソよビスマルクよ。ちょっと機嫌が悪いからフザケてみたのよ。

 

 私が機嫌が悪い理由……それは、今朝の朝食にあるわ。私はドイツ人。朝食には黒パンとたくさんのハムとソーセージ、そしてチーズと決めていたのよ。

 

 でも今日、レーベに指摘されたわ。

 

「ビスマルク、いつの間にか朝食にご飯とお味噌汁を食べるようになったよね」

「……?!!」

 

 そう。私は知らないうちに食堂で朝ご飯を食べる時、自然と朝食セット(和)を選んでいたの。自分でもいつからなのか思い出せないぐらい、私はご飯と味噌汁の朝ごはんに慣れてしまっていたのよ。

 

 なんという屈辱……私はドイツ人なのよ? それなのに、まず味噌汁を飲みご飯を口に運びつつ『やっぱ玉子焼きはだし巻きが一番よね』とか言ってるのよ? 納豆を食べてる駆逐艦の子に対して『混ぜが足らないわね。もっと混ぜれば納豆はふわふわになるわ』『辛子を入れると匂いが気にならなくなるわよ。私は匂いが強いほうが好きだけど』とかアドバイスしてるのよ? 信じられる? 日本人の子にドイツ人の私が納豆の食べ方のアドバイスしてるのよ?

 

 くそッ……これもあの提督のせいだわ……何度も何度も私を誘惑し堕落させる、最低の男……

 

 でもいいニュースもあるの。今日は私たち、他の鎮守府で演習だったのだけれど、演習に出る前に提督はこう言っていたわ。

 

―今日の夕食は食堂だ

 

 これってつまり、執務室で夕食は取らないイコール、提督の料理は食べなくて済むってことよね。これだけはうれしいわ。今晩は体重計に乗らなくて済みそうね。

 

 演習から帰って夕食の時間になった頃、私は意気揚々と食堂に向かったわ。食堂入口ではクマがアホ毛をぴょこぴょこ動かしながら上機嫌になっていたけど、そんなことは別にどうだっていいのよ。なにより重要なのは、今日食べる量が常識的な量で済みそうなこと。それだけでも私はうれ

 

「今日は提督の大ぎょうざパーティークマ〜。クマクマ〜っ」

 

 ちょっと待って。

 

 クマ。今なんて言ったの? もう一度あなたの発言を聞かせて?

 

「んお? ビスマルクは初めてクマ? 今日は提督の大ぎょうざパーティークマ」

「なんなのよそれはぁあ?!!」

「いや月に一度だけ、提督手作りの大ぎょうざパーティーが開催されるクマ。その日だけは間宮や鳳翔も料理当番から外れて、艦娘みんなで提督の絶品ぎょうざを堪能するクマ」

「バカなッ?! この鎮守府に一体何人の艦娘がいると思ってるの?! しかも人間じゃなくて艦娘よ?! 食べる量半端じゃないわよ?!」

 

私はクマの襟を掴み、彼女を前後に揺らしまくったわ。当たり前よね。こんなバカな話、聞いたことないわよ。

 

「ゆ、揺らすなクマッ?!」

「本当なの?! 提督はたった一人でここの艦娘全員分の食事を準備するの?!!」

「ほ、本当クマッ! 量も加賀や赤城たちも満足できるだけの量を作ってくれるクマッ!」

「バカなの?! バカじゃないの?! これだけの艦娘が満足出来る量の料理をたった一人で準備出来るはずないでしょう?!」

「そ、そんなこと球磨に言われても困るクマッ……?!!」

 

 クマからの信じられない事実を聞いて、私は戦慄を覚えたわ……提督、あなた一体何者なの? 私は恐怖に震える己の身体から勇気を振り絞り、食堂に入ったわ。

 

 すでに食堂ではたくさんの子たちが各々気の合う仲間同士でテーブルを確保し、提督の料理に陥落しているようだったわ。特に目立つのはジュンヨウがいるテーブルね。ナチやチトセ、キリシマといったアルコールの強い面子が揃っていて、彼女たちはすでにビールを飲みながらぎょうざを食べていたわ。

 

 私は空いてるテーブルに、クマと一緒に着席したの。そしてその瞬間、背筋に悪寒が走ったわ。

 

―来たか……

 

 そう、調理場から提督が、あの、人を殺すつもりとしか思えない鋭い眼差しで私たちを見ていたわ。

 

「ぉお〜テートク〜! 来たクマ〜。早くぎょうざが食べたいクマ〜」

 

クマはのんきにそう言って、提督に向かってブンブンと手を振っていたわ。ありえない……すべてがありえない……

 

 ほどなくして、手に焼きぎょうざを山のように乗せた大皿を手に、チャイニーズコックの格好をした提督がやってきたわ。話飛ぶけど提督、あなた料理用の服を一体何着持っているのよ。

 

「ぉお〜! 来たクマ来たクマ〜」

 

私とクマの前に大皿が置かれる。大皿の上には、黄金色に輝く焼き餃子がジュウジュウと音を立てて綺麗に丸く並んでいるわ。

 

「それじゃあいただくクマ〜。ビスマルクも早く食べるクマ。タレはポン酢でいいクマ?」

 

 いけない。

 

 この香りと音はいけない。

 

 この、肺の中いっぱいに吸い込むだけで私のお腹を刺激する、小麦が焦げる香ばしい芳香……音を聞くだけで口の中に美味が広がっていく焼きたてのトーン……いけない。抗わなければ……でなければ私は、またしても提督の毒牙にかかってしまう……この音を聞くだけで分かる。この香りを堪能するだけで想像出来る。この餃子が恐ろしいほどに美味であることを。

 

 だからこそ私は抵抗しなければならない。これ以上私は、あなたの料理に陥落されるわけにはいかない……いかないのよ!!

 

 ハフハフとぎょうざを食べ始めるクマをよそに、私は精一杯の抵抗をしたわ。でもその時、私から一切視線をはずさなかった提督が、口を開いたの。

 

―さぁ……食べるんだ……

 

「うわぁぁああああああああん!!!!」

 

 私は割り箸を開きポン酢を小皿に取って、無心にぎょうざを食べたわ。焦げた部分の皮はパリパリと香ばしく、そうでない部分の皮はもっちりとして、歯ごたえと感触を同時に楽しめる……口の中でぎょうざを噛みしめると、中から飛び出してくるのは熱々の肉汁……そう、まるで祖国ドイツの極上のソーセージのように、溢れる肉汁が私の口の中で飛び出して、その肉のうまみがクチの中で三式弾のごとく弾けたわ。

 

 それだけじゃない。肉汁が運ぶ肉のうまみと共に口の中に広がるのは、野菜の優しい甘みと芳香。白菜の甘みが肉のうまみをマイルドにし、生姜の香りが爽やかさを与え、ニラとニンニクの刺激が暴力的に私の食欲を掻き立てる……口に運べば運ぶほど、食べれば食べるほど、私の身体はこのぎょうざを欲したわ。

 

 そして信じられないことに、提督は本当に一人で過不足なくこの食堂を回していたわ。たった一人でぎょうざを焼き、焼けたぎょうざを運んでくる……周囲からも『早く持ってきて』という不満の声は聞こえず、私とクマのテーブルにも、ちょうどぎょうざが無くなったタイミングで提督は次の大皿を持ってくる。なんという男なの……なんという恐ろしい男なの提督……

 

「やっぱさー! ぎょうざにはビールだよねー!!」

 

大盛り上がりしていたジュンヨウたちのテーブルから、こんな声が聞こえてきたわ。

 

 ……白状するわ。私この時、欲しくなってたのよ……アレが……

 

 その時、私の目の前に一本の茶色い瓶が置かれたわ。瓶は表面がうっすら濡れていて、それがキンキンに冷えていることを如実に物語っている。そして、その瓶に貼られているラベルには、光り輝く『ヱビス』の文字……

 

「こ……これは……!!」

 

 そう。これを私の目の前に置いたのは提督。提督はヱビスビールの瓶とともに、キンキンに冷やしておいたであろう、白く曇ったジョッキを手に持って、私の前にそびえ立っていたわ。そしてヱビスビールをジョッキに注ぎ、泡の比率を完璧な状態にして私の前に置いて、こう言ったわ。

 

―望んだのだろう? 飲むがいい……

 

「ぅあああ……ぁあああああああ!!!! ゴギュッ…ゴギュッ…ゴギュッ……!!! くぁああああああああ……!!!! ぅふぁあぁあああああああ……!!!!」

 

 飲んだわよ。その大ジョッキ、一気に飲み干したわよ。私の喉は餓えていたの。ビールの炭酸の刺激とホップの苦味、そしてアルコールの熱狂に餓えていたのよ。私は口の周りに白いヒゲが出来てしまうことも恐れず、ただ無心に、ヱビスビールを胃に流し込み、そしてぎょうざをむさぼったわ。

 

 ぎょうざと冷えたビール……なんという黄金の組み合わせなのかしら。口の中でぎょうざが弾け、その瞬間私の身体はビールを欲し、ビールを飲めば口の中は綺麗にリフレッシュされ、そして身体は次なるぎょうざを欲する……ぎょうざがビールを呼び、ビールがぎょうざへと誘う……この、凶暴な悪夢の循環……繰り返される味の暴力……抗えなかったの……抗えなかったのよ。

 

 その後も提督は、私たちのテーブルからぎょうざがなくなればぎょうざを、私のジョッキからビールがなくなればビールを持ってきたわ。しかも、ある程度時間が過ぎたところで、ジョッキもキンキンに冷やしたものと交換したのよ。

 

 提督の恐ろしいところは、それを全部のテーブルに対してやっていたことよ。テーブルは全部で50席ほど。一つのテーブルに大体5〜6人は艦娘たちが座っている。それらのテーブルすべてのぎょうざの減り具合を把握し、次にどこのテーブルのぎょうざが無くなるか、今ビールが足らないテーブルはどこかを完璧に理解して動いていたわ……なんという男なの提督……

 

 そしてさらに驚嘆すべきは、そのぎょうざの量と焼くスピード。一体提督はいつから、いくつのぎょうざを準備していたというの? 私やナガト、ヤマトといった戦艦たちはもちろん、カガやアカギたちのテーブルからすら、『そろそろお腹が一杯になってきましたねぇ』というセリフが聞こえてくるわ。信じられないことに、カガやアカギたちですら食べきることの出来ない量を、カガやアカギたちですら追いつけないスピードで焼いているのよ? ありえないわよ。ありえないわ提督……あなた一体何者なのよ……。

 

 欲望と狂乱の宴が幕を閉じ、私は今、レーベやマックスたちと共に入渠しているわ。レーベたちは同じく駆逐艦のアカツキやヒビキたちと食べていたらしく、彼女たちも一緒に今、入渠しているわね。

 

「ビスマルクさん! 今日も司令官のぎょうざは美味しかったわね!!」

 

私が湯船でゆっくりと今日の決闘の疲れを癒していると、アカツキが話しかけてきたわ。この子は一人前のレディーになりたいらしく、よく私に話しかけてくれる。アカツキが言うには、私は目指すべき一人前のレディーということよ。いいのよもっと褒めても。

 

「ええ。美味しかったわね。いささか憎らしいほどに……」

「ぇえ〜。憎らしいってどういうこと?」

「ふふ……アカツキ、いいことを教えてあげるわ。一人前のレディーはね。食事の時に、はしたなくがっつくものではないのよ?」

「……てことは、ビスマルクさんは一人前のレディーではないの?」

「あら、どうしてかしら。私は誰しもが認める一人前のレディーよ?」

「だってビスマルクさん、さっきのぎょうざパーティーで、誰よりもぎょうざとビール食べてたわよ? 綺麗な金色の髪をかき乱して、一心不乱に平らげていたわ」

 

 なッ……?!

 

 私は湯船に浸かっているにも関わらず、全身から血の気が引いていくのを感じたわ。そして弾かれるように湯船から出ると脱衣所に飛んでいって、そこにある体重計に乗ったわ。

 

 ……笑うがいいわ。記録更新よ。

 

 

 



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Omelette Reis

※ちなみに提督のビジュアルイメージは『ターミネーター2』のT-1000です。


 アカツキよ! 一人前のレディーとして扱ってよね! ……ウソよビスマルクよ。最近私のことを影で『デカいアカツキ』とか言う子が多いから、ちょっとへそを曲げてみたのよ。断っとくけど、アカツキとの仲は良好よ?

 

 あの欲望の権化ともいえるぎょうざパーティーのあとも、私は相変わらず秘書艦を務めているわ。いい加減そろそろ新しい艦娘の子が来てくれないと、私は自分の身体を適正に維持し続けることが困難になってくるのだけれど、そんな様子はまったくないわね……

 

 そういえば今日、私は3回目の改修を受けたわ。戦艦であることに代わりはないけど、なんと魚雷を発射出来るようになったの。これで戦闘力も向上するし、鎮守府の役に立てる機会も増えるわね。

 

「このビスマルク、出撃でも演習でも、付き合ってあげてもいいのよ」

 

ちょっと気分がいいから、こうやって提督に言ったの。だけど提督、相変わらず目が合うだけで命を奪われかねないあの冷酷な眼差しで私を見つめるだけで、結局演習も出撃も行かせてくれなかったわ。私を己の性癖のはけ口にしか考えてない、最低の男……本当に信じられない。

 

「そうクマな〜……ビス子の秘書艦歴、ちょっと長いクマ〜……」

 

甘味処『間宮』で冷やしおしるこを食べながら、私とクマは私の秘書艦歴の長さの話をしていたわ。パフェとかアイスクリームとかいろいろあるのに何のためらいもなく『冷やしおしるこ一つ』と注文した5分前の私を張り倒したいわ。ドイツ人なんだから『キルシュトルテはないかしら』とか言いなさいよ5分前の私!! 何が『やっぱあんこの甘みって冷やしてもサイコーよね』よ! 『塩昆布がたまらないわ…これで舌が蘇るのよ』とか口走るドイツ人なんて聞いたことないわよ!!

 

「でしょ? なぜ提督は私を秘書艦からはずさないのかしら……」

 

私は、この秘書艦に関する疑問をクマにぶつけてみたわ。彼女は普段はマイペースだけど、いざというとき頼りになることはよく知ってる。だから、古参でこのことを相談出来るのは、彼女以外にはいないと思って、間宮でデザートを一回おごることを条件に、彼女に相談に乗ってもらったわ。

 

 ちなみに余談だけど、クマが注文したのはバウムクーヘンとオレンジジュースよ。もはやどっちがドイツ人か分からないわ……

 

「んー……なんとなくだけど、提督はビス子のことを気に入っているように見えるクマ」

 

ん? それはどういうこと?

 

「今まで何度か長い間秘書艦を勤めた子がいるけど、その子たちはみんなよく食べる子クマ。赤城、大和、加賀……」

 

確かに、名前だけを聞くと錚々たるメンバーね……

 

「んで、この前のぎょうざパーティーの時の話クマが、赤城や加賀たちが食べ終わってお腹パンパンになった後も、ビス子はまだぎょうざを平らげながらビールを水のように飲んでたクマ」

 

カガ、アカギ以上……我ながら恐ろしい食欲だわ……そら体型維持も大変よね……

 

「実際、提督もビス子のとこにぎょうざを持ってくる時が一番楽しそうだったクマよ?」

 

バカな……どう見ても殺人衝動を抑えている危険人物の眼差しにしか見えなかったわよ……

 

 とはいえ、クマはこの鎮守府でも最古参の一人だし、あの提督との付き合いも長い。信ぴょう性は高いわね。

 

 そうやってクマから貴重な証言を聞いていたら、オーヨドの声で放送が入ったわ。

 

―秘書艦ビスマルク。本日1800より執務室にお越しください。

 

「ほら。今日も提督が待ってるクマ」

「まったく……女の敵よ。いい迷惑だわ……それはそうとクマ、私のことをビス子と呼ぶのはやめることね」

「そういうことはクマに勝てるようになってから言うクマ」

「Scheiße!!」

 

 その後クマと別れて自身の用事を済ませた後、私は提督に指定された1800になった頃合いで、執務室に向かったわ。

 

「秘書艦ビスマルク、入るわよ」

 

私はいつものように、提督の返事を待たずにドアを開け、執務室に入ったわ。執務室の中では、2つの寸胴鍋の前で静かに鍋の中身をかき混ぜる提督の姿があったのよ。信じられないことに、今日の提督はフリフリのフリルがついたピンク色のエプロンと、同じくフリフリのヘッドドレスをつけていたわ。あなた一体何を考えているの?

 

 執務室内の香りを確認したわ。これはホワイトソースとデミグラスソースね……否応なしに私の食欲を刺激する香りに私は己の自制心のなさを呪ったわ。

 

―座るんだ

 

 提督はいつの間にか私の姿を確認していたようで、いつの間にか私にあの殺人的な眼差しを向けていたわ。私もあの視線に慣れてきたということかしら。でも見てしまうとダメね。恐怖で体がすくんでくるわ。

 

 私が秘書艦の席についた途端、提督はそのフリフリのエプロンをなびかせて一つの皿とスプーンを運んできたわ。これが女の子なら文句なくかわいい仕草なのに、女の子じゃなくて数々の修羅場をくぐった者特有の、見たものすべてを確実に殺す眼差しをした提督だけに、その姿は恐怖以外の何物でもないわ。

 

 提督が持ってきた皿には、ホワイトソースがたっぷりとかけられたオムライスが盛られていたわ。ホワイトソースの優しく芳醇な香りが私の鼻腔をくすぐり、私のお腹が反応する。卵の下から覗くのはケチャップで味付けられたチキンライス……そしてその上に載っているのは、半熟状態でなんとかまとまっている、ふわふわとろとろの卵……とろふわな卵とチキンライス、そしてそれらを美しくまとめあげる、シルクのように美しいホワイトソースの優しい味……食べなくても分かる、この世でもっとも優しい存在たちが織りなす、女神のハーモニー……

 

 いけない。

 

 この優しさに身を委ねてはいけない。

 

 このままでは私はさらに堕落してしまう。

 

 私は戦艦ビスマルク! 誇り高きドイツの艦娘! ここで堕ちるわけにはいかないのよ!!

 

そんな風に私が気持ちを強く持たんとしていたとき、私の耳元で提督が囁いたわ……

 

―召し上がれ

 

「うわぁぁああああああああ!!!!」

 

堕ちてしまった私は、女神の優しさを讃えたオムライスを貪り食ったわ。なんて…なんて優しい味なの……ぎょうざを味の暴力だとすれば、このオムライスはまさに味のヒーリング……もし食べ物の世界にアスクレピオスの杖があるとすれば、このオムライスがそれよ……チキンライスと卵とホワイトソースをまとめて口の中に頬張ると、その優しくまとめあげられた3つの味が、私の口の中にゆっくりと優しく広がっていく……世界はこんなにも優しくて、私はこんなに優しい世界に生まれてくる事ができたのね……この時ほど、新たに艦娘として生を受けたことを、神に感謝した瞬間はなかったわ。

 

 オムライス本体を食べ終わり、皿に残るホワイトソースをスプーンですべてすくい取り口に運んだその時、提督は二皿目のオムライスを持ってきたわ。さっきと香りが違うことに、私の体はすぐに反応したの。そして、ホワイトソースとは異なる喜びを享受出来ることに、私の細胞一つ一つが歓喜しているのを感じたわ。

 

「デミグラスね……これはデミグラスね?!!」

 

オムライスを包み込むソースは先程の純白とは異なり、美しいブラウンの輝きを見せていたわ。私には分かる。これは何時間も何日もかけて丹念に作り上げられたデミグラス……私は疾る気持ちを抑えきれず、デミグラスと卵とライスを一緒にスプーンにすくい、それを口に運んだわ。

 

「なんて……なんて男らしい優しさなの……?」

 

 気付いた時、私は涙を流していたわ。先ほどのホワイトソースを母の優しさだとすれば、このデミグラスの味は父の威厳……酸味とほのかな渋みが織りなす味のハーモニーは、まさに父親が子供に見せる、優しさを讃えた厳しさと言ってもいい……止まらない。優しさがもっとほしい。母さん、父さん、私はここにいます。私、艦娘だから両親なんていないけど。

 

 オムライスをすべて食べ終え、皿に残るデミグラスをすべてスプーンですくい取ったあと、私の心は、ある満たされない思いに支配されたわ。第三の欲望に支配され、私の心は乾いていたの。

 

―何が欲しいんだ……

 

 私をジッと見据えていた提督が、私にこう囁いたわ。

 

「あ……あの……」

 

―ハッキリと言うんだ……

 

私は我慢できず、羞恥心をかなぐり捨てて叫んでしまったわ……

 

「ケチャップよ!! 私にケチャップのオムライスを食べさせてッ!!」

 

 提督は私のそのセリフをきいて、一際に目を鋭くしたわ。そして調理場に行き、すみやかにオムライスを作って、それを私の元に持ってきたの。

 

 今度のオムライスには、ホワイトソートもデミグラスもかかってなかったわ。代わりにケチャップで『びすまるくだいすき』と書かれていたわ。

 

 そのオムライスを見た瞬間、私の心に一陣の風が吹いたのを感じたの。私の意識は遠い世界に旅立ち、別世界の自分と意識がリンクしたわ……

 

……

 

…………

 

………………

 

心地よい春風に頬を撫でられ、私は目を覚ました。ソファで横になっている間眠ってしまってていた私は、どうやら夢を見ていたみたい。私が戦艦の名前を冠して化け物と戦っているだなんて、おかしくて不思議な夢ね。

 

『ママ~!!』

 

息子のケチャップが私を呼ぶ声が聞こえたわ。ふふ……いつもはあの人に似て無愛想なのに、今日はどうしたというのかしら。

ケチャップが玄関から走ってきて、私の足にしがみついたわ。私とあの人との、大切な宝物……そして私とあの人のすべて……あの人に似て人を殺しそうな眼差しだけは珠に傷だけど……でもそれすら愛おしいわ。

 

『ママ! グランパとグランマが来たよ!!』

『あら。早かったわね』

 

 玄関が開き、ホワイト母さんとデミグラ父さんが優しい微笑みを称えて入ってきたわ。そういえば今日は、母さんと父さんが来る日だったわね。あの人と一緒になっても、私の父デミグラスと母ホワイトは、私とあの人、そしてケチャップに惜しみない愛を注いでくれる……私とあの人も、この二人のような、ケチャップにとって素晴らしい親になれるかしら…

 

『ビス子……久しぶりね』

『ええ……ホワイト母さん』

『やあビス子。幸せそうで何よりだ』

『デミグラ父さん……私、幸せよ』

 

 唐突に来客を告げるチャイムが鳴ったわ。そのチャイムが来客ではなく、あの人の帰還だと言うのが、私には分かったの。

 

『父さん母さんちょっとまって。あの人が帰ってきたわ!』

『そうか。早速迎えて上げなさい』

『ええ!! ケチャップ。行くわよ!』

『うん! ママ!!』

 

私とケチャップは玄関に駆けて行ったわ。待ち遠しかった。朝仕事に出掛けてから、一日会えないことで私の心は沈んでいたけど、やっと今会える! あの人が帰ってくる!!

 

 玄関のドアがゆっくりと開き、光り輝く外の世界から、フリフリのエプロンとヘッドドレスをつけたあの人が戻ってきたわ。いつものように険しい顔つきだけど、私には分かる。あの人は今、私と再会できたことに喜んでいる!!

 

『提督! おかえりなさい!! 今日もあなたの帰りが待ち遠しかったわ!!!』

 

………………

 

…………

 

……

 

「待ち遠しくなんかないわよ!!!!」

 

 気がついた時、私は入渠していたわ。

 

 なんという恐るべき兵器……オムライスを食べただけで別世界に意識が飛ぶだなんて、提督は一体どういう存在なのよ。

 

 冷静になって思い出してみると、あの後私は、ホワイトソースとデミグラスとプレーンなケチャップ……少なくとも30セットは食してるわね。単純個数でオムライス90人前ってどういうことよ。どうなってるの私の胃袋は……

 

 それにしても、あのホワイトソースやデミグラスに引けをとらない出来だったわ……あのケチャップのオムライス。

 

 あの酸味の効いた無邪気なハーモニーは、まさに年端もいかぬ子供の一途さ。『美味しいという気持ちを届けたい』という一途で真摯な思いが、あのケチャップには込められていたわ……そのせいよ。あんな夢を見たのは……。

 

 しかも私があの提督と家庭を築いてるってどういうことよ?! 人間と艦娘の間で子供が出来るかどうかは知らないけど、ありえない! ありえないわ!! ホワイト母さんって誰よ! デミグラ父さんなんか知らないわよ!!

 

「今日の提督の料理は美味しかったクマ?」

 

湯船に浸かりながら憤慨している私の背後に、自身のアホ毛を丹念にシャンプーしているクマがいたわ。

 

「……オムライスよ。美味は美味だけどありえないわ……意識が別世界にダイブする味よ……」

「そら一大事だクマ」

 

 クマはケラケラと笑いながらシャカシャカとシャンプーしている。あなた、私の言うこと信用してないわね?

 

「いや信用してるクマよ? 今日もたくさん食べたクマ?」

 

 ……?!!

 

私は弾かれるように湯船から出て、脱衣所に戻って体重計に乗ったわ。もう恒例になりつつあるわね。

 

 ……私、今が遅れてやってきた成長期だと思うことにするわ。背は伸びてないけど……ぐすっ

 



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Sushi

 ド、ドイツ第三帝国で産まれた、交換留学生の、ビ、ビスマルクデーす!! ヨ、ヨロシク……オネガイシマーす……!! ……あーもう、そうよコンゴウのマネしてみたのよ。ちょっと気分が塞ぎこんでいたから、コンゴウの真似したらちょっとは気が紛れるかと思ったのよ。

 

 実は先日、祖国ドイツから私達ドイツ組に、一通の通達が届いたわ。

 

―本国において初の鎮守府が完成間近。

 よって現時点を持って、日本での鎮守府運営実習を終了とする。

 至急、本国へ帰還すべし。

 

 ええそうよ。帰還命令よ。元々期間が決まってなかったとはいえ、こう突然に帰ることになるとは思わなかったわ……

 

「ん~…せっかく仲良くなったのに残念クマ~……」

 

もう恒例となりつつある、甘味処『間宮』でのクマとの会合で、クマはこんなことを言ってくれたわ。

 

「クマ、もっと言って。このビスマルクがいないと寂しいと言うのよ」

「調子に乗るなクマ。とはいえ寂しくなるクマ~……ところで提督は何か言ってたクマ?」

 

この頃になると、私はコンゴウやナガト、そしてこのクマのように主力艦隊の一員になることが増えたわ。そんな私がこの鎮守府を抜けるなんて一大事。だからちゃんと提督にも報告したのよ。

 

「提督。私達、明日、ドイツに帰ることになったわ」

 

―……。

 

「ここで学んだことは、本国の鎮守府で活かすことを約束するわよ」

 

―……。

 

「いいのよ? 寂しがっても」

 

―……。

 

いつもの如くこんな調子よ。結局あの人殺し光線を発射しかねない物騒極まりない眼差ししかくれなかったわ。

 

「あービス子、それ、提督寂しがってるクマ」

「バカなッ?! あれのどこが寂しがってるというのよッ?!」

「提督とももうだいぶ長い付き合いになるのに、まだそれも分からないクマ?」

 

そんなの分かるわけないわよ!! 私に分かるのは、四六時中提督から私に向けられる殺気だけよ! まったく!! それとも提督は寂しくなると殺気を振りまく妙な性癖でもあるとでも言うのかしら?! いやすでに人にやたら料理を食わせるという意味不明な性癖があるけど!!

 

「んー…まぁそのうち分かるクマ」

「分からないわよ! 分かりたくもないわよあんな最低の男!!」

「そうクマ? てっきりビス子も提督のことが好きだと思ってたクマ」

 

クマのこのセリフを聞いた瞬間、私の脳裏に、あの日見た異世界の出来事がよぎったわ。あの、私と…てい……提督が結婚、してて……ケチャップって名前の、その、子供がいて……ぅぁああああもう!! ありえないわよそんなこと!!

 

「ガールズトークですか?」

 

絶妙のタイミングで、マミヤが私たちの注文した品を持ってきて話の腰を折ってくれたわ。Gut!!  Gutよマミヤ!!

 

「クリームぜんざいはどちらですか?」

「球磨だクマ」

「じゃあところてんがビスマルクさんね」

「Danke」

「それじゃあごゆっくりどうぞ~」

 

マミヤは私たちの前にクリームぜんざいとところてんを置くと、静かに去っていったわ。私は自分のところてんにたっぷりと三杯酢をかけ、和辛子を溶いて山のようにノリをかけたわ。海苔は多ければ多いほどいいわね。

 

「それにしてもびっくりだクマ」

「? 何が?」

「海苔の良さがわかるドイツ人がいるのは驚きだクマ」

「だって素晴らしいじゃない。辛子の風味と三杯酢の酸味が乗ったところてんに海苔の香りが合わさって……」

 

ここまで言ってハッとしたわ。そうよ普通ドイツ人は海藻の味や香りなんか分からないわ。私だってここに来て間もない頃『日本の艦娘たちはあんな黒い紙なんか食べて美味しいのかしら……』とか言ってたのに……

 

「全部提督のせいよぉおッ!!!!」

「クマクマっ」

 

 クマと別れた後、私は自室に戻って自分の荷物を整理したわ。出立は明日。レーベもマックスもオイゲンも、みな一様に寂しそうな顔をしていたのが印象的だったわね。

 

「姉様……私、まだ本国に帰りたくない」

「仕方ないわよ。ここも大切だけど、本国の命令だし」

「ボクも寂しいよ……せっかくみんなと仲良くなれたのに……」

 

私だって寂しいわ。でもマックスの言うとおり仕方ないじゃない。私達には、誇り高きドイツの為に戦うという、崇高な使命があるのだから。

 

 寂しい気持ちを抑えながら、私達は荷物整理をしたわ。時刻は1730。私の予想が正しければ、そろそろ放送が入るわね。

 

―秘書艦ビスマルク。2000に執務室に来てください。提督がお呼びです。

 

 ほら来た。ちょっと時間が遅いのが気になるけど。

 

「ビスマルク、今日で提督との食事も最期だね」

「そうね。今日こそは提督の料理を拒絶してみせるわよ」

 

 時間を見計らい、私は執務室に向かったわ。いつものようにドアをノックし……

 

「秘書艦ビスマルク。入るわよ」

 

そう言って、返事も待たずに入ったわ。

 

 執務室の中は、今日は寿司バーのようになっていたわ。提督は頭にねじりはちまきを巻いて、背中に『鮨』と書かれたハッピを着て、寿司バーの中央に立っているわね。

 

「ふふ……結局一度として、同じコスチュームを着たことはなかったわね」

 

私は微笑みながらそう言い、カウンターに座ったわ。その途端、提督は1回だけ威勢よく手を叩いたわね。気合を入れたように見えたわ。

 

―さぁ……何が食べたい……

 

「そうね。まずはお任せといきたいわねマスター?」

 

提督に私はそう伝えたわ。その言葉を聞くなり提督は、鮮やかな手つきで私の前ににぎり寿司を出してくれた。改めて見ると、彼の手は魔法ね。あざやかな手つきで、次々と私においしい料理を作り出してくれる、魔法のような手よね。

 

 はじめはトロ。こってりとしたトロは旨味が強く、脂もよく乗っているわ。そのクドさをシャリとわさびの香味が程よく打ち消し、後に残ったのはトロの旨味とシャリの旨さ。

 

 次は鯛。蛋白な鯛の旨味をシャリとワサビが引き出し、私の口の中で鯛とシャリの味が渾然一体となって、素晴らしいハーモニーを奏でる素晴らしい一貫に仕上がっていたわ。

 

 次はタコ。ねぇ提督……覚えてる? ここで初めてタコを出された時、『クラーケンの子供なんて食べられるわけがないわよッ?!』って私が半べそになったこと……あなたのおかげで今では大好物よ? 吸盤の歯ごたえがたまらないわ。

 

 次はうにの軍艦巻き。私に海苔の美味しさを教えてくれたのが提督だったわね。知ってる? 筋金入りのドイツ人だった私なのに、今では朝はご飯と海苔がないと物足りないわ。まったく……最低の男ね、あなた。

 

 その後も色々なネタで寿司を作ってくれたわ。その寿司すべてに、提督との思い出が詰まっていたわ。イカ、コハダ、イワシ、かんぴょう、かっぱ巻き……すべて素晴らしかったわ。提督も私のペースに合わせ、一貫一貫、丁寧に握ってくれた。

 

「なによ……いつもこうやって食べさせてくれればよかったのに……」

 

思わずこうつぶやいたわ。そうすれば私も、もっと素直になっていたのかもしれないのに。

 

 ねえ知ってる? この前あなたが私にオムライスを作ってくれた時……あの時の私、あなたと家庭を築く夢を見ていたのよ。おかしな話よね。あれだけ憎んでいた男と、家庭を築く夢を見るなんて……でもあの夢の中の私、とても幸せな気持ちだったわ。

 

「ねえ提督? 私ちょっと酔いたいわ。サケはない?」

 

最初で最後の、私から提督へのわがまま。提督は私のこのオーダーを聞いて、私の前に冷やした日本酒とぐい呑みを置いてくれたわ。

 

 私がぐい呑みを手に取ると、提督が日本酒を注いでくれた。

 

―はなむけだ

 

 私は、提督から日本酒が注がれたぐい呑みを煽ったわ。その瞬間、口の中に日本酒の甘み、アルコールの香味…複雑な味が広がって、口の中に残っていた寿司の生臭さをかき消してくれた。そして最後に残ったのは、人生のほろ苦さ。

 

―きっとまた会える

 

……そうね。また会えるわ。私は戻ってくる。あなたの元に戻ってくるわ。あの日見た幸せな幻影を、あなたと実現するために。

 

 だからその時は、私の体型にも配慮した、こんな素晴らしい食事を用意するのよ?

そして誰にもあなたの料理を食べさせてはダメよ?

 

 あなたの料理は、私の胃袋にのみ入るべきなんだから。

 




もうちょっとだけ続きます。


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Mabo Tofu und gebratener Reis

 ……信じられない事が起こったわ。今日、本当なら私たちは本国に帰る予定だったのよ。

 

 でも今、信じられない伝令が私の目の前でこれ見よがしに光り輝いているわ。

 

―ビスマルク以下、日本国にて実習中の艦娘は、帰国予定を破棄。

 

 そう。私たちの帰国はなくなったのよ。

 

「やったー! ボクたちまだ日本にいられるんだね!!」

「やりましたね姉様!!」

 

 レーベたちはのんきにこんなこと言って喜んでるけど、私は怒りが込み上げてきていたわ。具体的に問題なのは、次の一文よ。

 

―理由:現状の日本鎮守府の戦況を鑑み、日本国提督より強い要望があったため

 

 そうよ! すべて提督の仕業なのよ!! 自分が私を鎮守府に残しておきながら、それを隠してあんなロマンチックな晩餐を準備したのよ!!

 

 ムカつくわ!! だってそうでしょう?! そんな要望出したというなら私にもちゃんと教えなさいよ!! こっちはこれでお別れだと思ってこっ恥ずかしいことまで口走ってしまったわよ!! 何がはなむけよ! 次の日にはまた会えるじゃない!! 何が家庭を築く夢を見て幸せよ!! きっと裏で『プークスクス』とか笑っていたのよ!!

 

 許せない……許せないわ提督……これはガツンと一回叩く必要があるわね。

 

 そうやって私が怒りに我を忘れていると、オーヨドの声で放送が入ったわ。

 

―秘書艦ビスマルク。至急執務室に来て下さい。提督がお呼びです

 

 ええ行ってやるわよ。行って一発ぶん殴ってやるわよ。覚悟しなさい提督! 私の乙女心を弄んだ罪は重いわよ!!

 

 私は執務室の前まで来ると、いつものように……いえ、溢れんばかりの怒りをこめて、ドアをノックしたわ。ノックというよりドアを殴ったわ。ヒビが入ってたわね。

 

「秘書艦ビスマルク!! 入るわよ!!!」

 

 執務室のドアを開いた瞬間、豆板醤と甜麺醤の香りが部屋の中に充満しているのが分かって、お腹が鳴ったわ。……いけない。ここで気持ちが折れてはいけない。今日は提督にこの怒りをぶつけなくてはいけないのだから!!

 

 提督は大火力の炎の前で中華鍋を振っていたわ。それにしてもあなた、なんて格好してるのよ! チャイニーズコックなのはこの前と変わらないけど、何その金ピカな服は?! 冗談にもホドがあるわよ?!

 

「ねえ提督?!」

 

 提督は中華鍋を振るのをやめ、コンロの火を消すと、中華鍋の中身を大皿に移し替えた後、こっちを振り向いたわ。

 

―座れ

 

 提督は、いつも以上に殺気のこもった鋭い眼差しで私を見つめたわ。この目で見られる度、私の心臓は恐怖で鼓動を早め、全身に嫌な緊張が走り、言われるがままに秘書艦の席に座ってしまう。

 

 席に座った私の前に、提督は大皿に盛られた麻婆豆腐を持ってきたわ。

 

 ……ダメよ。

 

 ……ダメ。

 

 …………朝から麻婆豆腐だなんて……反則よ……

 

 私は理性を総動員させて、目の前の麻婆豆腐からたちこめる香りに抵抗したわ。このピリリとくすぐる豆板醤の香り……鼻ではなくお腹までダイレクトに届く甜麺醤の甘い香り……そしてそれらをまとう、純白の豆腐……ダメよビス子。今だけはダメ。

 

―よく見てみるがいい……

 

 提督にそう言われ、私は麻婆豆腐をよく見たわ。そして、その時気付いてしまった。麻婆豆腐の下に隠れる、黄金色に輝くチャーハンの存在に、私は気付いてしまった……

 

「ぁああ……あああ……」

 

私のおなかが……全身がこの目の前の料理を欲しているのが実感出来る……食べなくとも口の中に広がる、豆板醤の刺激的な辛さと甜麺醤の暴力的なまでのうまみ……そしてそれらに包まれるのは、純白にして大豆のうまみを極限にまで濃縮した豆腐と、米と卵を炎で煽ることによって生み出された奇跡のチャーハン……私のイマジネーションが口の中に幻想の味を作り出し、全身がそれを直に味わいたいと懇願したわ。

 

―さあ……召し上がれ……

 

「うわぁあああああああああん!!!」

 

 卑怯よッ!!! 卑怯よ提督!!! 麻婆豆腐とチャーハンを合わせるだなんて卑怯すぎるッ!!! こんなの美味しいに決まってるじゃないッ!!!

 

 貪ったわ……ええ貪ったわ。額から汗を流し、自慢の金色の髪をかき乱して、みっともなくハフハフと音を立ててね……

 

―お前は離さん

 

 なんか提督がボソッと言ってたけど、まったく聞き取れなかったわ……それよりも……また今晩も、恐怖におののきながら体重計に乗らなきゃいけないのね……提督と共にある限り、この恐怖からは逃げることは出来ないのね……

 

「まぁそういう幸せがあってもイイと思うクマ」

 

Duel noch weiter

訳:二人の戦い(いちゃいちゃ?)はまだまだ続くクマ。

 



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