とある魔術の黄金錬成 (翔泳)
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その男の名前は

にじにて投稿していたものです。
こちらも完結を目指したいと思います。


 夕日に包まれる繁華街を一人の青年が歩いていた。

 ジーンズを穿き、黒のTシャツには中心のずれた十字架の様な白い模様が入っている少し地味で特に変わった所も何も無い普通の服装。

 細くキリッとした眉毛に整った顔立ち。髪は染めたように真っ黒でショートヘアー。身長は一九〇センチほどで、線は細く痩せ型と言えるだろう。

「くっ……何も思い出せん」

 青年は記憶喪失だった。

 ただ、全てを忘れた訳ではない。ここが日本であり、学園都市であり、その中の第七学区である事も分かっている。

 がしかし、なぜここにいるのか、自分が誰なのか、過去にどんな事をしていたのか、青年には分からなかった。

 思い出せるのは自分自身の名前だけ。

 ちょうど下校時刻なのだろうか、辺りには学生の姿が多く見られる。

 青年はそんな中を行く当てもなくただ黙々と歩いていた。

 

 

 ――とある魔術の黄金練成――

 

 

 一人の少年がスーパーのレジ袋を片手に、もう片方の手には鞄をぶら下げて駆け足で自宅へを急いでいた。

「ふう、今日はツイてるツイてる。まさかスーパーのセール時間に間に合うなんて、この不幸少年上条さんにしては珍しくラッキーだ」

 珍しく運の良かった上条当麻は少し上機嫌だった。

 彼、上条当麻にとっては、スーパーのタイムセールに間に合わない事など当たり前だ。携帯電話を落とせばその上を車が走り去る。地面に転がったボールを避けようと思えば風で転がったボールがちょうど足の真下に来る。

 とりあえず、不幸なのだ。

 だから今回、スーパーのタイムセールに間に合った事は上条当麻にとってこの上ないラッキーな事だった。

「だが安心するなよ上条当麻。どうせこの曲がり角から人が急に現れてぶつかるパターンが落ちに決まってる」

 と、その曲がり角に差し掛かった時、目の前を自転車が横切った。

「ぬおっ、自転車のパターンか!」

 しかしある程度警戒していたお陰で、お腹に大事に抱えていたレジ袋は無事危機を乗り越える事に成功した。

「へへ~ん。そう何度もお決まりパターンに引っかかるほど、この上条さんは甘くはないぜ、ってふがっ!」

 ドン、と上条当麻は曲がり角を曲がろうとした所で何かにぶつかった。

 その衝撃で少し気のゆるんだ手元からレジ袋が離れる。ぐちゃ、と言う音を立ててタイムセールで購入した激安の卵が無残にも地面に叩きつけられた。

「あぁちくしょう! 分かってますよ。結局こう言う落ちになるって事くらい」

 半分泣きべそをかく様に上条当麻はぶつかったモノを見上げると、

「すまない、大丈夫か?」

 一人の青年が手を差し伸べていた。

 

 ***

 

「すまない、大丈夫か?」

 うっかり考え事をしていた所為で、どうやら人とぶつかってしまったようだ。

 目の前には尻餅を搗いて地面に座る少年が一人。その少年に手を差し伸べるが、

「大丈夫も何も、見てくれ! せっかくタイムセールで購入した卵が全部パーになっちまったじゃねぇかー、ちくしょう」

 少年の指差す方には確かにレジ袋から飛び出した卵パックの中で無残にも卵が割れ、中身が飛び出していた。

 どうやら悪いことをしてしまったようだ、と青年は考える。

 目の前の少年は、どうすんだよこれ、などとぼやきながら改めてパックの中身を確認しようとしていたが、僅かな希望も空しく全てダメだった様だ。

「うむ、私が悪かったようだ。同じものを買う事で許してもらえるだろうか?」

「え? 何? おごってくれるの? 無償で? 後で倍にして返せなんて不幸な落ちがあるとかじゃなくて?」

「無論、そんな事はないが」

「ぬおぉ、あんたいい奴だ!」

 少しテンションの高くなった上条当麻と青年はスーパーへと向かった。

 

 ***

 

「いやぁ、なんか悪いな。余分におかずまで買って貰っちゃって。おまけに荷物まで」

 レジ袋を余分にもう一つぶら下げた上条当麻と青年は住宅街にいた。予想外の買い物が出来た上条当麻は上機嫌で鼻歌交じりに歩き、その後ろを両手がふさがった上条当麻に代わって青年は鞄を持って歩いていた。

「かまわない。行く当てもをなかったのでな」

 記憶喪失で行く当てもなかった青年にとっては、目的と言うものがあるだけで何かが違った。この荷物を少年の家まで運ぶと言う小さな目的。

 しかし、それは終わってしまえば、また当てもなく歩く羽目になるだろう。

 なんせ、記憶がないのだから。

 少しして、上条当麻の指示あって一つの建物へ向かっていく。

 建物の見た目はワンルームマンションで、四角いビルの壁一面に直線通路とドアがズラリと並んでいた。

 二人はオートロック式の入り口を抜けてエレベーターへと乗り込んでいく。

 と、ここで上条当麻が徐に口を開いた。

「自己紹介、まだだったよな。俺は上条当麻。あんたは?」

 七階で止まったエレベーターはガコガコといった古びた音を立ててドアを開く。そんなドアを押しのけるように上条当麻は通路へと出て行き、青年もそれに続く。

「名前……」

 青年はぼそりと呟いた。

「そう名前だよ。あんたの名前」

 隣のビルとの距離が二メートルの通路を歩きながら上条当麻は振り向くことなく言う。

(……名前)

 自分自身の事で唯一覚えているモノ。

 その名前をゆっくりと、そして自分に言い聞かせるように呟く。

「私の名前は……」

「え……?」

 名前を聞いて上条当麻の足は自室の直前で止まった。

 耳を疑ったのだ。本当にその名前がこの青年の名前なのかどうかを。

 上条当麻は自らの目で再び確かめる様に振り返った。

「私の名前は……アウレオルス」

 ――アウレオルス=イザード



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アウレオルス=イザードだった男

 ――アウレオルス=イザード

「何で……お前がこんな所に!」

 上条当麻は言葉を発して、しかし改めてその顔を確認する。

 その顔はやはり上条当麻の知っているアウレオルス=イザードのものではなかった。

「(そう言えば……ステイルが魔術側の目を欺くために顔を変えたって言ってたっけ? それに確かこいつは――)」

「君は私の事を知っているのか?」

 かつてアウレオルス=イザードは上条当麻に破れ、全ての記憶を失ったのだ。

「ならば教えてくれ。私は……アウレオルス=イザードと言う男はどんな人間だったのだ!?」

 上条当麻はすぐに言葉が出てこなかった。本当の事を話して良いのかを迷ったのだ。「自分の友達を殺そうとした男」突然そんな事を言われた日にはショックは大きいだろう。

 増してアウレオルス=イザードには記憶が無い。以前の自分がそんな人間だったと言う事を聞かされればどれほどの衝撃を受けるだろうか?

 その気持は痛いほど上条当麻には分かっていた。なにしろ上条当麻も記憶喪失なのだから。

「お前は……かつて俺の友達を殺そうとした男だ」

「な……に……?」

 しかし上条当麻はだからこそ真実を伝えた。もしも自分が相手の立場なら真実を伝えてもらいたいと思ったからだ。

「私は……そんな人間だったのか……」

 驚いたアウレオルスはすぐさま落胆の色を見せた。それはそうだろう。自分自身を知るための情報、その一つ目が「人を殺そうとした」では自分が一体どんな人間だったのか、知ることすら怖くなってしまうはずだ。

 もしかしたら自分はとんでもないダメな人間だったのかもしれない。そうアウレオルスが考えはじめると

「でもお前は一人の少女を助けるために全世界を敵に回した男でもある」

 訊けば、アウレオルス=イザードと言う男は魔術師だったらしく、その中でも錬金術師と呼ばれていたそうだ。

 なんでも、ある一人の少女(名をインデックスと言うらしい)を助ける為にローマ正教と言う組織から離反し世界を敵に回した。

 さらに、黄金練成(アルス=マグナ)と言う、頭の中で思い描いたものを現実に引っ張り出す魔術を使えたそうだが、それを使って上条当麻の友達を殺そうとしたらしく、その際に上条当麻に破れ記憶を失ったようだ。

 そして本来なら処刑されるハズが顔を変える事によって生き延びた、と言うことらしい。

 「魔術」と言うフレーズは頭の中にあった。魔術師と言う存在がいると言う知識はあるようで、ただ自分自身がその魔術師だったと言う事に関しては驚いていた。もっと驚いているのは、かつて自分の敵だった者に対してなぜこの少年はこれほどまで真実を伝える事が出来るのだろうか? と言う所だ。自分の記憶が無くなったのも上条当麻に敗れた為だと言うが、正直上条当麻の友達を殺そうとした自分に問題があるので、責める気にはなれない。それにこうして生きている事だけでも感謝しなくてはならないのかもしれない、と以外に冷静な自分がいる事にも驚きだ。

「俺が知ってるのはこれくらいだけど、お前を昔から知ってる奴に聞けばもっと分かると思うけど」

 しかしアウレオルスは「いや、いい」と首を横に振った。聞いた所でこれ以上何かが変わる訳でもない。それに自分は人を殺しそうになった人間なのだ。それ以外の何者でもない。

 アウレオルスが顔を曇らせていると

「確かにお前は俺の友達を殺そうとしたけど、お前は命がけで一人の少女を守りたいと思える奴だったって事に変わりはないぞ」

 アウレオルスは唖然としたが、構わず上条当麻は言葉を続けた。

「あの時をお前は色々とあってどうにかしちまってた。だから仕方が無いって訳じゃないけど、本来のお前は誰かを守るために命を賭けれる奴に変わりはない。現に世界を敵に回してまでインデックスを助けようとしていたんだからな」

「とうま?」

 と、ここで会話に割り込むように小さな声が部屋の中から聞こえてきた。

「うう、とうま、帰ってきてるなら早くご飯にしてほしいかも……って、とうまのお友達?」

 扉を開けて外へと顔を出したインデックスは今にも倒れそう、と言う表情でご飯を要求すると共にアウレオルスの姿を見て上条当麻に質問する。

 さすがに本名を言うのはマズイと上条当麻は考える。インデックスは記憶を失う前のアウレオルスと認識があるからだ。完全記憶能力を持つインデックスにこの目の前の男がアウレオルス=イザードだと言う事を言ってしまうとまずいと判断した上条当麻は咄嗟に

「あ、ああ、そういやインデックスは初めてだったよな。ええっと、あ、アルスって言うんだ」

 アウレオルスを省力してアルスなのか、黄金練成(アルス=マグナ)のアルスなのか、今一捻りの足りない偽名でアウレオルスを紹介した。

「アルス? 外人? それともハーフか何かかな? でも私はそれより今はご飯のが大切かも」

「インデックス……人がせっかく紹介してるのにそれはないだろ? それに心配しなくてもほら」

 と上条当麻は両手に抱えたレジ袋をインデックスの目線に合わせるように軽く上へと上げる。

「何々?? どうしたのとうま!? 貧乏なハズなのに今日は珍しく豪勢っぽいんだよ」

「う、貧乏なのは余計だろ。まぁ確かに貧乏学生だけど……今日は違うぞ、今日はアルスのおごりだ!」

「やっぱりとうまのお金じゃないだね。珍しいと思ったんだよ。最近家計簿と睨めっこしてるとうまがそんな豪勢っぽいのを買えるはずがないんだよ」

 ええいうるさい、と上条当麻は叫ぶととりあえずインデックスを部屋の奥に戻らせる。

「今の少女が……」

「ああ、インデックスだ」

 どうやら今の白い修道服に身を包んだ少女が、かつての自分が助けたかった少女の様だが、やはりアウレオルスの記憶にはなかった。

 皮肉なものだ。とアウレオルスは思う。世界を敵に回してまで助けたかった少女だったハズが、今では顔を見ても何も思い出せない。そしてふと考える。

「という事は、あの少女は君によって救われたのだな」

「でも、誰が助けたなんてもんはあんまり関係ないだろ。さっきも言ったけど、インデックスを助けたかったって気持ちは俺もお前も変わらねぇよ」

 そうか、と呟いてアウレオルスは一瞬笑みを作った。

 そして上条当麻に背を向けてその場を後にしようとした。

 かつて自分が助けたかった少女は既に救われている。つまりは過去の自分の目標は既に達成されている。これ以上ここにいたとしても迷惑になるだけかもしれない、とアウレオルスは考えていたが、

「おいおい、どこに行くんだよ。これお前の分も含まれてるぞ?」

 と、上条当麻は再び両手のレジ袋を軽く持ち上げる。

「しかし、私がいては――」

「飯を食べる事は関係ないだろ? これはお前が買ってくれたんだから食べる権利は十分あるぞ、寧ろ食べてくれたほうが気を使わなくてすむ」

 この少年は……

 再び笑みを作ったアウレオルスは思う。

(話しを聞いただけだが、過去の私とこの少年の違いはここにあるのだろうな)

 アウレオルスはそんな事を考えながら上条当麻に後に続いて部屋へと入っていった。

 

「……さて、どうしたもんか」

 隣の建物の屋上から一部始終を眺めていた金髪にサングラスと言う格好の少年、土御門元春は徐に携帯を取り出し予め登録されている番号を呼び出し携帯を耳に当てる。

 程なくして繋がった電話の向こうから男の声が聞こえた。

『何の用だい? 特に上からの指令も何も出ていないはずだけど』

「ああステイル、今回は個人的なお話ぜよ」

『……僕は男性とゆっくりお喋りする趣味は無いんだけどね』

「アウレオルス=イザードが現れた」

『なに?』

「正確にはかつてアウレオルス=イザードと呼ばれていた男と言うべきかにゃー」

 ありえない、と電話の向こうでステイル=マグヌスは言う。なんせアウレオルス=イザードはステイルが自分の手で殺したからだ。

 ここで言う「殺す」は単に命を奪うと言うことではない。

 アウレオルス=イザードは記憶を失った。そこにステイルの力で外見を変形させる。中身も外見も違うとなればその人間はアウレオルス=イザードとは呼べず、まったくの別人となってしまう。つまりアウレオルス=イザードと言う人間をこの世界から殺すと言う事になる。

 そういう意味での「殺す」

「なんなら、写真でも送って自分の目で確かめてみるかにゃー?」

 そう言って土御門元春は手際よく携帯電話を操作に写真をステイルへと送信する。そして数秒後折り返しの電話が土御門元春へと来た。

『……間違いない。アウレオルス=イザードだった男だ』

「どうやら自分がアウレオルス=イザードだったと言う事は思い出しているみたいだぜい?」

『バカな、なぜそんな事が?』

「詳しくは分からない。だが思いあたる点がない訳じゃないぜい」

『どういう事だ?』

「なぁに難しい事じゃない。人間の脳は思いのほか優れているって話しだにゃー。あの男がどれほどインデックスを助けたいと思っていたか、何てことはステイル、お前が一番分かっているはずだぜい」

『……何が言いたい』

「世界を敵に回してまで助けたかった存在だぜい? 記憶を失ってもその気持ちは脳のどこかしらの部分に残っていたんじゃないかって話だにゃー」

『つまり君は、インデックスを助けたかったと気持ちが何らかの形で記憶を取り戻す引き金になったとでも言いたいのか?』

 ふざけてる、とステイルは言葉の後に付け足した。

「皮肉にも当の本人はインデックスの事、いや、自分に関わりのあった物は思い出せていない様子だったが……」

『で、君はこの事を上に報告するのかい?』

「まぁ、様子見ってとこですたい。何せ相手が相手だ。アウレオルス=イザードが生きていたとなれば大騒ぎだぜい」

『まぁ、懸命な判断ってとこだね。僕もすぐにそちらに向かうとするよ』

 電話はそこで途切れた。

 携帯電話をポケットへとしまった土御門元春は再び視線を落とした。

「さて、一先ず奴が何を考えているのか知る必要があるんだが、まぁ頃合を見計らって直接会って見るのも良し」

 鼻で笑うように息を漏らす。

「今回ばかりはどうなるかこの土御門元春にも分からないぜい」



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黄金錬成

 おっふろ♪ おっふろ♪ といつも以上にご機嫌なインデックスは洗面器を両手に抱えながら上条当麻の数メートル前を歩いていた。

「あのジャパニーズ・セントーをあがった後に飲むコーヒー牛乳が格別なんだよね」

 と言いながら振り返るインデックスに上条当麻は笑顔で答える。

「その後にデザートなんかを食べれたら最高かも」

 数十分前に一人で五人前以上食べた人間の口から出る台詞とは思えない、と上条当麻の少し後ろを歩くアウレオルス=イザードは思う。

 買い物をする際に

『少し多めに買っておかないと俺達の分がなくなっちまうかもしれないんだけど……大丈夫?』

 なんて事を言っていたが、その通りにしておいて正解だったようだ。ちなみに夕食は鍋だった。

「一体あの体のどこにあれだけの量が入るのだろうか……?」

 上条当麻の言う話しでは、インデックスには完全記憶能力というモノがあるらしく、彼女の頭には一〇三〇〇〇冊の魔道書が記憶されているらしい。それを管理するために大量のエネルギーを使っているのではないか、と言うのが上条当麻の予想だそうだ。

 確かに、インデックスの体はラインが細く、食事の量の割りに脂肪が付いている訳ではない。それどころか、脂肪が付かなければならない部分にもついていないのが、食べたエネルギーが他に回されている証明ではないだろうか?

「ねぇねぇとうまとうま。早くジャパニーズ・セントーに行こうよー。もうコーヒー牛乳とデザートが待ちきれないかも」

「って、デザート買うのは決定事項かい!」

 インデックスに対して突っ込みと入れる上条当麻であったが、当のインデックスはトコトコと一人で先へと駆け足で行ってしまう。

 って話しを聞けー、と叫ぶ上条当麻であったが、その顔はどこか暖かいものに包まれていた。

 まったく、と頭を掻きながらフと上条当麻はアウレオルスの視線に気がつき

「どうかしたか?」

「いや、今日初めて聞く会話のハズなのだが、そんな会話が二人にとって当たり前のように見えてな」

「んーまぁいつもではないかもしれないけど、大体はこんな感じなんじゃないかな? 振り回されっぱなしって感じだけどな」

「それにしては満更ではないって顔をしているぞ」

 そうか? と上条当麻は首を傾げるが、それほどこんなやり取りが日常のモノになっていると言う事だろう。

「ってかインデックスのやつ、先々行っちまいやがって」

 と上条当麻は何やら財布の中身を確認して、

「悪いアウレオルス、ちょっと先にあるコンビニでお金を下ろして来るわ。インデックスにも追いつかないと行けないし先に行っててくれ」

 そう言い残して上条当麻は駆け足で一〇〇メートルほど先にあるコンビニへと向かって行った。

 一人になってしまったアウレオルスは改めて回りを見回してみる。

 時間も遅い為か辺りに人の気配は全く無い。風力発電用のプロペラが風の力を受けて道の真ん中で回っているのがただ見えるだけ。

 インデックスもかなり先まで行ってしまったらしく、無人の通りが続くだけだった。

(さて、私も上条当麻の言う通り先に行くとしよう)

 と、次の一歩を踏み出した瞬間

「初めましてだにゃー、アウレオルス=イザード」

 気配も何もなかった背後から突然と声が響いた。

 アウレオルスは咄嗟に後方へと振り返る。そこには金髪にサングラス、アロハシャツにハーフパンツと言う男が立っていた。

「誰だお前は」

「土御門元春、って言っても分かるはずないよな。もともと面識があった訳でもないし――」

 土御門元春はニヤリと笑い、

「――これから深い眠りにつくヤツに自己紹介しても無意味だって話しだぜい?」

「な!?」

 アウレオルスが言葉の意味を捉え、理解しようとしていた時には既に土御門元春はアウレオルスの懐へと入り込んでいた。

 アウレオルスは咄嗟に後方へと移動しようとしたが、足が地面に縫い付けられた様に動かない。土御門は懐に飛び込むと同時にアウレオルスの足を踏みつけ身動きの取れない状態にしたのだ。

 全くの無防備な顎へと土御門の拳が突き刺さる。

 同時に踏みつけていた足を離し、アウレオルスは一瞬にして宙を舞った。

「が……は……っ」

 地面に背中を叩きつけ、肺に溜まっていた酸素を全て吐き出す事になる。

「様子見って方法もあったんだが、よく考えればアウレオルス、お前は危険すぎる」

 首だけをどうにか上げようとするアウレオルスを土御門は見下ろすように言葉を続ける。

「頭で考えた通りに世界を歪める黄金練成(アルス=マグナ)もそうだが、それ以前にアウレオルス=イザードと言う男が生きていると言う事が危険なんだ。悪いが気づかれる前に片付ける事にさせてもらったぜい」

 痛みに耐えながらもアウレオルスはようやく上半身を起こす事が出来た。

 記憶を失う前の自分が一体何をしてきたのか? あの少女を助ける為に世界を敵に回した、上条当麻の友達を殺そうとした。聞いたのはその程度の事しかない。

 ただ、この目の前にいる男は以前のアウレオルス=イザードと言う男を知っていて、その男が危険だと言っている。

 そしてこの男は片付けると言った。

 つまりは

(私を……殺す気か)

 土御門は地面を踏みつけ勢いよく駆け出し、足を振り上げた。

(くそっ)

 上半身を起こしただけのアウレオルスができる事には限りがあった。土御門が繰り出す蹴りに対して両手を前で交差し防ぐ事くらいしか出来ない。

 しかし、アウレオルスの行動を予想していた様に土御門はその蹴りをワザと空を切らせ

(蹴りは囮!?)

 無防備な側面から回し蹴りを放つ。

 肩で受け止める形になったものの、アウレオルスはその反動で地面を三回も四回も転がる。

「さて、そろそろ仕留めに行くぜい」

 土御門はそう呟き、立ち上がったアウレオルスへと一気に間合いを詰める。

 放つ技はフックと見せかけての後頭部攻撃(ブレインシェイカー)。空手やボクシングでも反則とされている技。

 最早アウレオルスとの一メートルまで迫っている。

 そしてアウレオルスへ初撃であるフックを放とうとして

 

  ――止まれ

 

「な……に……!?」

 アウレオルスに拳が届くまで五〇センチもなかった。しかし土御門はその場から動けない。アウレオルスの「止まれ」と言う一言に体が石化した様に動かなくなってしまった。

「まさか……」

 土御門は驚いていたが、それ以上にアウレオルスも驚いていた。

(今のは……??)

 無意識、反射、そう言った言葉が合うのか。体が勝手に動いたと言うよりも言葉が勝手に出たと言う方が正しいのか。

 確かにあの瞬間、アウレオルスは土御門が止まればいいと思ったかもしれない。

 それが言葉となり、そして現実を歪める。

(まさか……)

 ――黄金練成《アルス=マグナ》

 パチン、と効果が切れる様に再び土御門の体が動き出す。

 本来ならばフェイントに使うハズだったフック。しかし忽然の開放にその拳はそのままアウレオルスを捕らえる。

 アウレオルスも突然の事に反応できず、土御門の拳が頬へと突き刺さった。

 飛ばされたアウレオルスは地面をゴロゴロと転がる。

「まさか、黄金練成(アルス=マグナ)まで……」

 放った拳を少しの間見つめ、何かを思考していた土御門は

「こりゃ、拳だけじゃ足りないみたいですたい」

 懐からフィルムケースを取り出し中身をばら撒いた。

「──場ヲ区切ル事(それではみなさん)紙吹雪ヲ用イ現世ノ穢レヲ祓エ清メ禊ヲ通シ場ヲ選定(タネもシカケもあるマジックをご堪能あれ)

 辺りに一センチ四方の四角い紙片が大量に舞い上がる。

「──界ヲ結ブ事(本日の舞台はこちら)四方ヲ固メ四封ヲ配シ至宝ヲ得ン(まずはメンドクセエしたごしらえから)

 空気が変わった。静かな夜にさらに静けさを上乗せしたようなモノに。

「──折紙ヲ重ネ降リ紙トシ式ノ寄ル辺ト為ス(それではわがマジックいちざのナカマをごしょうかい)

 言葉に続くように土御門は新たに四つのフィルムケースを取り出す。中には亀、虎、鳥、龍、それぞれの小さな折り紙が入っており、それを自分を中心に四方へと放り投げる。

「──四獣ニ命ヲ(はたらけバカども)北ノ黒式(げんぶ)西ノ城式(びゃっこ)南ノ赤式(すざく)東ノ青式(せいりゅう)

 言葉に反応する様に四つのフィルムケースは光を発し、部屋を模るように光の壁を作り出す。

「──式打ツ場ヲ進呈(ピストルは完成した)凶ツ式ヲ招キ喚ビ場ニ安置(つづいて弾丸をそうてんする)

 部屋を模った壁は、黒、白、赤、青、それぞれ折り紙の色に合わせて輝き始める。

「──丑ノ刻ニテ釘打ツ凶巫女(弾丸にはとびっきり凶暴な)其ニ使役スル類ノ式ヲ(ふざけたくらいの物を)

 光はさらに輝きを増す。

「──人形ニ代ワリテ此ノ界ヲ(ピストルにはけっかいを)釘ニ代ワリテ式神ヲ打チ(弾丸にはシキガミを)槌ニ代ワリテ我ノ拳ヲ打タン(トリガーにはテメェのてを)

「土御門ー!!」

 振り返る先には上条当麻の姿があった。

「土御門、アウレオルスをどうするつもりだ!? それになぜ魔術を」

「言ってなかったかにゃ、俺も必要悪の教会(ネセサリウス)の一員ぜよ」

 土御門は未だ地面に倒れるアウレオルスを見つめながら

「カミやん、アウレオルスは危険なんだ。ただでさえ世界を敵に回した男だぜい? そんな男が生きていると魔術側に知られでもしたら、魔術側は学園都市ごとヤツを破壊する可能性だってあるんだにゃー。それにあいつは黄金練成(アルス=マグナ)の力も取り戻しつつある」

 いや、と土御門は付け加え

「俺の予想ではあれは本来の黄金練成(アルス=マグナ)じゃない。本来の黄金練成(アルス=マグナ)は考えた通りに世界を歪めてしまうモノだったハズ。どんな事でもだ」

 土御門はアウレオルスを見つめたまま続ける。

「それなら、既に現実に何かしらの影響を与えているハズだ。発動したのは偶然かもしれないが、ヤツはその時言葉を発した」

「けど、以前のアウレオルスも言葉を発していたぞ」

「確かにそうだにゃ。しかしステイルの報告ではアウレオルスは思考を固める為に言葉を発していた。不安を解消させる為に鍼まで常時して、違うか?」

 そうだ。と上条当麻は思い出す。

 黄金練成(アルス=マグナ)は思った事をそのまま現実にする事。ゆえに自分にマイナスになる事さえも現実にしてしまう事から、かつてのアウレオルスは鍼を使用に言葉に出す事で思考を固めていた。

 そして冷静さを失い、自らの黄金練成(アルス=マグナ)で敗北したのだ。

 なら今のアウレオルスはどうなのか?

「じゃあ今のあいつは……」

「多分、言葉に出す事が発動のキーになっているハズだ。それが中途半端に記憶を取り戻した脳が術式を書き換えたか、敗北から得た知識なのかは分からないがな」

 まったく、と土御門は付け加えて

「記憶が不完全、その為黄金練成(アルス=マグナ)も不完全、ゆえに最強となってしまった。分かるか? カミやん。アウレオルスはここで始末しておかなくちゃならねぇんだ。黄金練成(アルス=マグナ)を使いこなせていない今のうちに、例え俺の体がどうやってもな!」

 その時上条当麻は初めて気がついた。

 土御門の立っている地面に血が滴り落ちている事に。

「土御門! 能力者が魔術を使うっちまうと――」

「無事ではすまない。下手すると一発でお陀仏だにゃー」

 能力者に魔術は使えない。

 脳の回路の違う者が魔術を使おうとすると体の中から破壊されてしまう。

「止めろ土御門! 今のアウレオルスは以前とは違う! お前が魔術を使ってまで倒さなくちゃいけないような、悪いヤツじゃねぇ!」

「カミやん、この赤ノ式は超距離砲撃用の魔術だ。範囲状の物体を吹き飛ばし全てを破壊する。それをこの距離で打つんだぜい? 例え魔術を使って生き残ったとしても、その威力に巻き込まれたらおれは死ぬ。……俺は本気なんだ」

 地面には大量の血が溜まり、今のなお口から、頭から血が流れ落ちる。

「それともカミやん。その幻想殺し(イマジンブレイカー)でこの赤ノ式を破壊するのかい? 例え破壊した所で今の俺は出血多量で立ってるのがやっと。後は術式の発動させる事しか出来ない様な状態だ。赤ノ式を止めた所で大量出血で死亡確定。俺を犬死させるつもりならそれでもかまわねぇぜ」

 朦朧とする意識の中、アウレオルスは会話の全てを聞いていた。

 どうやら自分の存在と言うのはこの目の前の男が命をかけなければならないほど危険なモノらしい。

 それならいっそ、このまま流れるままに身を任せてしまった方が良いのではないか? とアウレオルスは思う。

 しかし、頻りに上条当麻は何かを叫んでいる。

 あの少年はこの場において二人ともが助かる事を望んでいるのだ。

(なら……私にできる事は……)

 目の前の少年は例え自分を殺さなくても死んでしまうと言っている。

(上条当麻は私だけが助かっても喜ぶ事はない)

 かといって、このままでは二人とも、下手をすれば上条当麻すら巻き込んでしまう可能性だってある。

 アウレオルスは二人の会話を思い出す。

 黄金練成(アルス=マグナ)は考えた通りに現実を歪めてしまう。そして今は言葉がその発動キーになっている。

(なら……私にできる事は……!)

 イメージしろ、あの少年の姿を。

 思え、あの光の壁が無いこの場所を。

 言葉に出せ、発し現実を歪めろ。

 それで救えるのなら。

(元に――)

 

 ――戻れ

 

 瞬間、土御門を覆っていた光の壁が消え去り、辺りを元々の静寂な空気が包み込む。

 そして、土御門は自分の体の異変に気がつく。

「傷が……まさか……っ」

 土御門が視線を抜ける先には地面に倒れていたアウレオルスが、震える両手を支えに立ち上がろうとしている所だった。

「どうやら……私自身の事を忘れていたようだ」

「まさか……この短期間で黄金練成(アルス=マグナ)を使いこなしたのか」

 チッと舌打ちする様に、再び土御門はフィルムケースを取り出し、

 しかし、そこで視界を遮るように上条当麻が割って入った。

「土御門、もう止めるんだ」

「邪魔をするなカミやん。見ただろう? こいつは最早黄金練成(アルス=マグナ)をも使いこなしちまった。今やたった一言で人を、世界を殺せる力を再び手に入れちまった。もう俺の命だけでも足りないくらいだぜい」

 上条当麻は土御門の目を見つめる。その瞳はサングラスによって遮られてあるが、そのサングラス越しに土御門がどれほど本気かと言うものがビリビリと伝わってきている。

 なら、と上条当麻は呟く。

「アウレオルス!」

 上条当麻は背を向けたまま叫ぶ。

「俺と今、約束しろ! その力を他人を犠牲にしたり人を傷つける事には一切使わないと! かつてお前がたった一人の少女を救いたいと願ったように! その力を人を助けるために使うと! 今ここで約束しろ!」

「カミやん、それでこいつがその約束を破ったらどうするつもりだ?」

「俺が止める。頭ぶん殴って、這いずり回ってでも止める」

 言うだけなら簡単だがにゃー、と土御門は呟く。

「アウレオルス、お前はどうなんだ!? 俺とここで約束するのか!?」

 上条当麻は振り返りアウレオルスを見つめる。

 アウレオルスには首を横に振る理由などなかった。

 かつての自分はどうだったのか、それは思い出せない。だが、こうして上条当麻と出会い、一瞬でもこの少年の様に生きてみたいと思う自分がいた事は確かな事だ。

 だからこそ、首を縦に振る。

「ああ、約束しよう。この力、人を傷つける為には使わないと」

 その言葉で、上条当麻の顔の緊張は解れていく。

「土御門、これでいいだろ?」

 土御門は険しい表情を解くことをしばらく止めなかったが、ハァと深々と息を吐ききると、

「まったく、素人が勝手に決めやがって。もし魔術側にアウレオルスの存在がバレたらカミやんはどうする気ぜよ? 一人でどうにかなるってレベルじゃないんだぜい?」

 黄金練成(アルス=マグナ)があれば何とかなるかもしれないがにゃ、と付け足して

「まぁ、その辺に関しては俺に任せておけって事ですたい」

「土御門」

 さぁて、と大きく背伸びをするように土御門は腕を上げると

「これから忙しくなりそうだぜい」

 土御門は呆れるように、そして笑うように言う。

「かつて敵だった男にここまでなれるとは。正直カミやんには適わなぇよ」

 皮肉にも聞こえる言葉だったが、どこか嬉しそうに見える土御門がそこにはいた。



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とあるファーストフード店で

 学園都市には二三〇万人の人間がいる。その八割が学生であり、能力の強さに応じて無能力者(レベル0)から超能力者(レベル5)の六段階に分けられているのだが、実際は六割以上が無能力者(レベル0)であり、トップの超能力者(レベル5)は現在七人しかいない。

 そんな中でも割と多い部類、低能力者(レベル1)に属する一人の少女、初春飾利がとあるファーストフード店の一角でパフェを目の前に目を輝かせていた。

「で、話しと言うのは何ですの?」

 その正面に座っている白井黒子は、最早目の前のデザート以外視界に入っていなさそうな初春飾利の表情に、半分呆れたような声で話しかける。

「はのでふね、ほほさいひん」

「ああもういいですわ、食べ終わってからで結構」

 風紀委員(ジャッジメント)

 学園都市の治安を守る警察的組織の一つ。学生だけで形成されており、基本的に校内の治安維持にあたっている。

 名前からも分かるように、主に校内での事件を管轄とし、その事から支部はそれぞれ各学校内に設置されている。入室の際に指紋、静脈、指先の微振動パターンの三種をクリアする必要がある辺りはさすがは学園都市と言えるだろう。

 現在口の中にパフェを頬張っている初春飾利も第一七七支部に所属する風紀委員(ジャッジメント)の一人なのだが、見た目によらず学園都市屈指のハッカーであり、風紀委員(ジャッジメント)の資格を得るための十三種の適正試験では、情報処理の一点突破で切り抜けたほどの実力の持ち主だったりする。

「白井さんは食べないんですか?」

「生憎、わたくしには太る趣味はございませんので、どうぞお一人で余分な脂肪をお付けになって下さいな」

 対する白井黒子も風紀委員(ジャッジメント)の一人で、学園都市に五八人しかいない空間移動能力(テレポート)の使い手でもあり、風紀委員(ジャッジメント)においての初春飾利の一つ先輩でもある。ちなみに、年齢では二人は同い年だ。

「そんな言い方ひどいですよぉ」

 にも関わらず初春飾利が白井黒子に敬語を使うのは、先輩・後輩関係というよりもどちらかと言えば性格の影響が大きいらしい。

 相変わらず順調なペースでパフェを口へと運ぶ初春飾利に対して、白井黒子は少し疲れた表情でため息をつく事が多かった。

 そんな姿を見てか

「白井さん元気ありませんね。もしかして無理に我慢してないですか?」

 食べます? と初春飾利はパフェの乗ったスプーンを白井黒子へと差し出すが、

「そんな事で苦労出来るのならそちらのがありがたいですわ」

 と、ため息を一つ吐き

「特例で始末書くらい免除して下さればいいものを。ホント、毎度毎度あんなものを書かされてはこちらの身がどうにかなりそうですわ」

 風紀委員(ジャッジメント)は基本的に校内の治安維持を管轄とする為、校外での活動をした際には始末書を書かされるのだが、

「そうですね。最近、能力者や武装無能力集団(スキルアウト)による事件が頻発してますからね」

 ここ最近、学園都市内の治安が乱れているらしく、管轄外である校外にも風紀委員(ジャッジメント)が出て行かなければならない場合が増えているのだ。

 警備員(アンチスキル)が言うには年に稀ではあるがこう言う時期があるのだとか。偶々武装無能力集団(スキルアウト)の行動が重なったり、壁に行き詰まった能力者が連鎖反応の様に事件を起こしたりする為らしいが、正直程々にしてほしいと白井黒子は内心思う。

「そんな事に使う元気があるでしたらもっと別の事に使えばいいものを。とんだ迷惑ですわ」

 と白井黒子がため息混じりに発言していると、視界によく見知った姿が飛び込んで来た。

「オッス黒子、初春さんもこんにちは」

「御坂さん、こんにちは」

 御坂美琴。

 常盤台中学に所属する三年生で、学園都市に七人しかいない超能力者(レベル5)の第三位、超電磁砲(レールガン)

 白井黒子がもっとも憧れる存在でもある。

「まぁ~お姉様。どうしてこんな所へ? さぁさぁどうぞお座りになって下さい」

 ありがと、と御坂美琴は白井黒子の隣へと腰を下ろし、

「おっ、美味しそうなパフェ発見。一口いただき~」

 パクっと初春飾利が使っていたスプーンでパフェを口へと運ぶ。

「ん~美味しい」

「そうですよね~。それなのに白井さんはいらないって言うんですよ」

「何黒子? あんたダイエットでもしてる訳?」

 しかし、今の白井黒子の耳にそんな会話は入って来なかった。

(あ、あ、あのスプーンは先ほどまで初春が使っていた物……つまり、間接キス!! おのれ、初春……っ!)

 ゴオオオ、と何やらどす黒いモノが湧き上がって、そしてハッとする。

「そうですわ。確かにお姉様は初春と間接キスをしてしまいましたが、あのスプーンを最後に使ったのはお姉様。つまりあのスプーンをこのわたくしが使えば、お姉様と間接キス!! パフェを食べるフリをしてスプーンさえ手に入れれば……うっへっへ、ぐへへへ」

 その内容が全て口から漏れ、隣にいる御坂美琴に全て聞こえてしまっている事に気がつかず、白井黒子は更に妄想を膨らましていく。

「そう言えば、どうして御坂さんはここへいらっしゃったんですか?」

 パフェの残り一口を食べ終え、初春飾利は質問する。ちなみにスプーンは白井黒子が妄想に耽っている間に初春が普通に使用。白井黒子の妄想は妄想のままで終わってしまった。

「ん? 私? 私は偶々この前を通り過ぎた時に二人が見えたから寄ってみただけ。そう言う二人はやっぱり風紀委員(ジャッジメント)関連?」

 と、ようやく我に返った白井黒子が何かを思い出したように、

「そう言えば初春、話しって言うのは何だったんですの?」

 はい、と初春飾利は足元に置いてあった鞄からノートパソコンを徐に取り出して、

「白井さんも先ほど言われていたここ最近の能力者や武装無能力集団(スキルアウト)達による事件のことなんですけど」

 キーボードを叩くと画面に様々な画面が現れ、文字が流れるようにスクロールしていく。

「ああ、最近事件が多いってこの前誰かが言ってたっけ」

「えぇ、偶々こう言う風に事件が重なる時期があるとかで。それとも初春、やはり何か原因があるとでも言うのですの?」

「いえ、関連となる原因な恐らく無いと思われます。犯人の事情聴取でも一貫性は無かったそうですから」

 とりあえずこれを見て下さい、と初春飾利は画面を二人へと向ける。そこには一つの動画が移されていた。最近の事件の犯行時の映像だろうか、犯人らしき人物が風紀委員(ジャッジメント)であろう生徒に取り押さえられている現場が映っている

「これがどうかしましたの?」

「ただ犯人を捕まえた所が映ってあるだけだけど?」

 確かにそうなのだ。この動画にはただ犯人が捕まる所が映ってあるだけで、何か特別なモノがあった訳ではない。

 それでも初春飾利は表情を変えずに画面を次々とクリックしていくが、出てくるのは同じように犯人が風紀委員(ジャッジメント)、或いは警備員(アンチスキル)に捕まっている所ばかりである。

 と、白井黒子はいくつかの動画を見ていて初めて少し違和感を覚えた。それを見計らったように初春飾利は言葉を発する。

「おかしいとは思いませんか?」

 何が? と御坂美琴は首を傾げるが、現場に幾度と無く出ている白井黒子には初春飾利が何を言いたいのかが分かった気がした。

「初春、最近の事件は全てがこの様な形に?」

「いえ、割合的には一割にも満たないですが、これもおかしな事に全てがこの第七学区に限定されています」

 確かにおかしいと白井黒子は腕を組む。

「ねぇ、一体何だって言うのよ?」

 一人だけ萱の外な御坂美琴は二人の間に割って入る様に言う。

「お姉様はこれまでにも何度か事件に首を突っ込まれた事がおありですわよね?」

「首を突っ込むって何か嫌な言い方よね」

「……おほん、よく助けていただいた事がありますけど。その際、犯人をどのようにしてお捕まえになられました?」

 ん~、と御坂美琴は数秒考えて

「大体はビリビリって動けなくしたりとか、超電磁砲(レールガン)ぶっ放したり、とかかな」

 あ、と御坂美琴はここで先ほど見たいくつかの映像の違和感に気がついた。

「お気づきになられたみたいですわね。ホント、よくこんな些細なことに気がつきましたわね、初春」

 いえいえそんな事ないですよ、と初春飾利は首を横に振って

「私は偶々事件の整理をしている最中にドジな犯人さんばかりだなぁ、なんて思ったのがきっかけですから。本当に偶然なんですよ」

「でもこれってただの偶然って可能性もあるでしょ?」

「ですがお姉様。犯人が揃いも揃って足を躓く、車が全輪パンクする、こんな事がこの第七学区だけここ数日の間に数件も起きるというのは、些か不自然過ぎはしません事?」

 初春飾利が表示した映像の全てが、風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)が手を出す前に自ら墓穴を掘るように捕まっていたのだ。

「じゃあ何? これが全部――」

「能力者の仕業。初春もそう思っているんですわよね?」

「断言は出来ませんけど、ここは学園都市ですしそう考えた方が妥当だと思います」

「大方、念動能力(テレキネシス)或いは風力使い(エアロシューター)と言った所ですわね」

 と、白井黒子は静かに言う。

 全ての事件がそうでは無いことから、恐らく偶々通りかかった際に犯人を捕まえる手助けをしたのか。少なくともその能力者は第七学区で生活をしているハズだ。

 ただよくよく考えてみれば悪いことをしている訳ではなく、寧ろこれは学園都市の治安を守るために役立っている事から良い事なのだ。

 一体誰がこんな事をしているのか気にはなるが、

(わざわざ探る必要もなさそうですわね)

 と白井黒子が呟いていると

「ねぇ、その能力者強いのかな?」

「出ましたわ、お姉様の悪い癖」

 何よぉ、と御坂美琴は頬を少し膨らます。

 御坂美琴の悪い癖と言うのは、要するに何かあるとすぐに力試しをしたくなる、と言う点だ。

「だって、こうやって手助けをしてくるって事はかなりの使い手って事でしょ? 大丈夫よ、きっと向こうはいいヤツだろうし、ちょちょいっと手合わせをお願いするだけだから」

「手合わせすると仰いましても、お姉様は学園都市第三位。そんなお姉様とまともに戦える能力者なんて、そうはいませんですわ」

 白井黒子が言うように、御坂美琴は学園都市第三位の超電磁砲(レールガン)。まともに戦える相手など指で数えるほどもいない。だが御坂美琴は例外を知っている。無能力者(レベル0)でありながら超能力者(レベル5)である御坂美琴の攻撃を全て防ぎきった男を。

「(そうよ、あいつだって無能力者(レベル0)でありながら私の攻撃を全て防ぎきった。今回の能力者だって戦ってみないと私の方が強いかなんて分からない)」

 と、御坂美琴はここで見知った顔が歩いているのに気がつき、そして

「いた!! あいつこんな所に!」

 バンとテーブルに手をついて勢いよく立ち上がると、

「今日という今日は逃がさないんだから!」

 一目散に店内から外へと飛び出して行った。

「お姉様一体どうしたんですの!? 初春、私達も後を追いますわよ!」

「あわわ、ちょっと待って下さいよぉ」

 慌ててパソコンを鞄へとしまうと、初春飾利も白井黒子と共にファーストフード店を飛び出した。



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今日は一人じゃない

 上条当麻は不幸な人間だ。

 一緒に歩いていればブレーキの効かなくなった自転車が突っ込んで来るわ、公園で遊んでいる子供達が打った球が彼目掛けて飛んで来たり、取り出そうとした携帯電話が地面に落ちて外れたバッテリーが偶々通りかかった掃除ロボットに吸い込まれたり、(本体が無事なだけでもラッキーだったらしい)

 ただ歩いているだけで最早ヘトヘトになっていた。

「何と言うか、君の不幸は筋金入りと言うべきか」

「欲しいなら分けてやってもいいぞ」

 いや、結構。とアウレオルスは首を横に振る。

 彼、上条当麻の右腕には幻想殺し(イマジンブレイカー)と力が宿っている。それは超能力であろうが魔術であろうが、異能の力であればどんなモノでも打ち消してしまうと言う凄まじい力なのだ。

 ただその代わり、神様の加護、つまり運と言われる様なモノまで片っ端から打ち消してしまっているらしく、そんな上条当麻には不幸ばかりが訪れると言う訳だ。

「つぅか、まさかお前が隣の部屋に住み始めるとは思いもしなかったな」

 あの夜、土御門と一時間後にこの場所で会う、と言う約束をし上条当麻とアウレオルスは銭湯へと向かった。案の定インデックスは先に行っていたのは良いものの、お金を持っておらず銭湯内に入ることが出来ない為、外で待ちぼうけをくらっていた。  

 そして銭湯の帰り、デザートを買うと言う名目でコンビニに立ち寄った際、外で土御門元春と合流。

 そこに彼が持って来たのは一つの鍵だった。

 その鍵こそが上条当麻の隣部屋の鍵であり、土御門元春が言うには

『近くに住んでいた方がこちらとしても監視が利くし、いざと言う時に行動が早くできるってもんだ。カミやんが面倒を見るって事もあるが、まぁ手続き等はこちらで済ませてあるから心配するなって事ですたい』

 だそうだ。

 簡単に言えば監視しやすいと言う事で上条当麻の隣部屋に移住させられたと言う訳で、どうやって学生でもないアウレオルスに学生寮が貸し出されたのは不明だが、土御門曰く自分にある特権みたいなモノを使っただけらしい。

「まぁこっちとしてはインデックスの面倒を見てくれる人が増えたのはありがたいこった」

「面倒を見ると言うより、あれは単なる食事係みたいなものだろう」

 アウレオルスは学園都市の学生ではない。その為上条当麻が学校(夏休みの補修)へといっている間インデックスの面倒を見ていると言う訳なのだが、アウレオルスの言うようにそれは食事係に近い物がある。

 常に口から出るのは『お腹が減った』と言う決まり言葉。その都度何かを作っては与えている訳だが

「ああアウレオルス、前にも言ったけど我慢させる事も大切だぞ。じゃないとインデックスは我慢の出来ない子になっちまう」

「それもそうなのだが」

(あんな今にも空腹で死んでしまいそう、みたいな顔をされてしまうと何かを作ってあげたくなってしまうだろ)

 ちなみにインデックスが言うには、料理に味はとうま以上まいか以下との評価。まいか、と言うのは土御門の義妹の事らしく、アウレオルスの反対隣に住む土御門に部屋によく訪れているそうだ。

「てか、アウレオルスは普段なにをしてる訳? ずっとインデックスの面倒って訳じゃないだろうし」

「あぁ、とりあえず辺りの探索と言ったところか。知識としては残っているみたいなのだが、一度自分の目で見ておいた方がいいと思ってな」

 なるほど、と上条当麻は軽く頷く。

 上条当麻も記憶喪失だからその気持ちは良く分かる。現に今も夏休みの補修のお陰で学校までの道のりや学校の見取り図も一通りのチェックは完了している。下駄箱の位置もバッチリ。残る問題は自分の座席位置だけとなっているのだが、それだけは新学期になってみないと確認の仕様が無い。

 補修のお陰などと言っているが、本来補修は七月の段階で終わっているハズだったのだが、記憶を失う前の上条当麻はどうやらその補修に出席していなかったらしく、八月になってもただ一人補修を受けさせられている。

「なんて言うか、不幸だ」

 ぼそっと呟かれた言葉にアウレオルスが首を傾げていると、

「見つけたわよ!」

 後方より声が聞こえた。

 アウレオルスが振り返ると、そこには茶色の短髪に半袖の白いブラウスにサマーセーター、灰色のプリーツスカートの少女が何やら険しい表情でこちらを、正確には上条当麻を睨みつけていた。

 上条当麻はその声を聞くが否や、片手で頭を掻きながらハァと深くため息をつく。

「で、何の用なんだ? ビリビリ」

「わったっしっには、御坂美琴って名前があるって言ってんでしょうが!」

 御坂が怒鳴った瞬間、その茶色い髪の先端から青白い火花が散った。

「おまえっ、またこんなとこで!」

 上条当麻が右手を突き出した瞬間、青白い雷撃の槍が上条当麻の右手を避雷針にするかのように襲い掛かった。その雷撃は上条当麻の右手に触れた瞬間弾けるように消滅する。

「あぶねぇだろ! 殺す気か!」

「あんたにしたらこれくらいどうって事ないんでしょ」

「お姉様、どうなされたんですの?」

 空間移動(テレポート)を使って追いついた白井黒子は御坂美琴を見つめながら訊ねる。

「黒子、邪魔しないでね」

 御坂美琴は前を向いたままそう答えた。

 白井黒子はその目線を追うように視線を移すと、そこにはツンツン頭の少年が立っており、その隣には染めた様に真っ黒なショートヘアーの男が一緒にいた。

「(そう言えば、こんな噂を耳にしたことがありますの。つい最近、お姉様が負けた。正確には勝てなかった能力者がいると。まさか、この男性のどちらかが?)」

「つか、毎度毎度町のど真ん中で電撃をぶっ放しやがって、もっと時と場所を考えろよ!」

「場所を移したらちゃんと勝負してくれるのかしら」

 御坂美琴の軽く上げた手の指先からはバチバチと青白い火花が絶え間なく血走っている。

「(やっぱりそうですの。あのツンツン頭がお姉様が勝てなかった能力者ですのね)」

「悪いけど、ただいまこの上条当麻さんは色々と不幸なことの連続でお疲れモードなんです。現在もその不幸は継続中なんだけど」

 今にも襲い掛かってきそうな御坂美琴とは逆に、ため息をついて一気にローテンションになる上条当麻。

「上条当麻。あれは一体何なのだ?」

 一部始終を観覧していたアウレオルスは呆れたように上条当麻に訊ねる。

「ん? ああ、まぁストーカーみたいなモノかな?」

「だっれが、ストーカーよ!」

 額から火花が散ると同時に、上条当麻目掛けて電撃の槍が放たれる。

 しかしそれは上条当麻の右手に当たると弾け飛ぶ様に消滅した。

「ハァ、不幸だ」

 そう呟いて、頭を掻きながら上条当麻は数秒考えると

「アウレオルス……走れ!」

 一八〇度方向転換して走り出した。隣にいたアウレオルスも二秒ほど遅れて上条当麻の後へと続く。

「ちょっと! 待ちなさいよ!」

 御坂美琴もすぐさま反応して追いかける。

 上条当麻との距離は一〇メートルも無いが、一向にその距離が縮まる気配が無い。上条当麻は意外とタフだ。例えこのまま追い続けても捕まえることは難しい。過去に一晩中追い掛け回した揚句逃げ切られてしまった経験のある御坂美琴にはよく分かっていた。

「(仮に電撃を放っても防がれちゃったら意味無いし、でも前に出れれば――)」

「お姉様!」

 御坂美琴がチラッと後ろに目線をやると同じようして白井黒子も御坂美琴のすぐ後ろを走っていた。

「お姉様、理由はよく分かりませんが。お姉様が良いと言うのであればこの白井黒子、手をお貸しいたしますわ」

 そうね、と御坂美琴は細く笑うと

「じゃあお願い。私をあいつらの前に出して」

「――まだ追ってきているようだが?」

 後ろを振り返ったアウレオルスが上条当麻へ問いかける。

「くそぉ、本当にしつこい」

「相手をしてあげれば良いのではないのか?」

 それはムリだ、と上条当麻はきっぱりと答えた。

「あいつの相手をしてたら今日の残り時間全てがそれだけで終わっちまう。あいつは毎度一日中追い掛け回されるこっちの身にもなれってんだ」

 確かにそれは大変だとアウレオルスは思う。ただ後ろを見ていれば分かるように、向こうはこちらを捕まえるまで追ってきそうな雰囲気である。それに正直な所、このまま走り続けたら上条当麻より先に自分がへばってしまうだろうとアウレオルスは考えていた。

「なるほど、なら向こうが止まってくれれば話しは早いと言う訳だな?」

「アウレオルス、お前まさか――」

「逃がさないわよ!」

 上条当麻が何かを言おうとした瞬間、前方一〇メートルの辺りに突然と御坂美琴が現れた。

「のわっ」

 急に現れた御坂美琴に反応して止まろうとした上条当麻であったが、ここでも不幸ぶりを発揮。地面に転がっていた小さな石ころに躓き、地面にヘッドスライディングをぶちかます。

「痛~。くそ、空間移動(テレポート)か」

「そう言う事ですの」

 ジャリっと地面を踏みしめながら、満更でもない表情で白井黒子は言う。

「残念だったわね、今回は私一人じゃないの。そう簡単に逃げ切れると思わないで」

 ったく、と腰に手を当てながら、御坂美琴は地面に座る上条当麻を見下ろす形で見つめる。

 前後を挟まれて逃げ場を失った上条当麻とアウレオルス。

 そんな状況を見てアウレオルスは一歩前へと踏み出した。

「アウレオルス、お前」

「分かっている。人を傷つける事に使わないと約束したであろう。今回もじっとしてもらうだけだ」

 『も』と言う言葉の意味が今一上条当麻には分からなかったが、そんな上条当麻の疑問を知る由もなくアウレオルスは数歩前へ出る。

「何よあんた。私が用があるのはそこのツンツン頭だけなんだけど?」

「私も別に君に用はないんだが、このままだと私も上条当麻も埒が明かないのでな。君達にはここで諦めてもらう事にしよう」

「何を言ってんのよ。巻き込まれたくなかったらそこを退いた方がいいわよ」

 バチン、と髪の先から火花が飛び散る。

 やれやれ、とアウレオルスは息を吐くと後方にいるもう一人の位置を確かめるように一瞬振り返ると、再び前を向き、

 

「双方――その場から動くな」

 

 たった一言そう言い放っただけで変化は現れた。

「「な!?」」

 御坂美琴と白井黒子は驚愕した。

「(そんな。足が……)」

「(体が動きませんわ……っ)」

 まるで金縛りにあったように二人はその場所に固定されたまま動けなくなってしまった。

「心配する事はない、直に動けるようになるだろう」

 御坂美琴は幾度も足を動かそうと試みるが、地面と接着剤で固定されているかのようにビクともしない。

「(ちょっとどうなってるのよ!? これがあいつの能力?? でも動けないなら)、こいつでどうよ!」

 バチン、と額から青白い電撃が飛び出した。槍となって放たれた電撃はアウレオルスへと向かい、しかしその直前に何かに当たり弾ける様に消滅する。

「悪いなビリビリ」

 そこには上条当麻が右腕を突き出して立ちふさがっていた。

「今日はこっちも一人じゃねぇんだ」



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タバコは座って吸うのが一番なんだ

「ふーん。ここが学園都市」

 肩までかかるくらいの赤い髪で、小柄な少女だった。

 年齢は一四歳と言った所か。

 まだ幼さの残る顔立ちだったが、同年代には感じられない女性らしさが見え隠れしていた。

 白衣を着ていた。

 しかし、普通のものではない。

 白ではなく、青や緑、黄色などのカラフルな模様が描かれて、浴衣のようだ。

 さらに、サイズが三つも四つも大きいのではないかと思えるくらいの白衣は、一見ドレスにも見える。

 その服は、前のボタンをすべて閉めて、裾からは手は見えない。生地が二〇センチほど遊んでしまっている。

 スカートの部分は、言うなればツバメだ。

 後ろの部分に縦に大きく切れ目を入れて、前と後ろとでは丈の長さが二〇センチほど違っている。

 学校でこれを穿いていたなら、間違いなく階段ではスカートの中をのぞかれる事はないだろう。

 ただし、上りに関してだが。

 加えて、東洋ではないその白い肌が、彼女を日本人でないことを証明しているようだった。

 学園都市の建物を見渡すような仕草をする彼女を見れば、誰もが外の人間だと分かるだろう。

 ある建物を探していた。

 一際目立つその風格で、大通りを通り交差点を渡り、目的の建物を探す。

「お、発見発見」

 小柄な彼女は躊躇することなく、その建物の中へと足を進めていく。

「必要なものは早めに確保しておかなくちゃね」

 

 

 上条当麻とアウレオルスはビリビリこと御坂美琴の追撃から逃れ、帰路へとついていた。

「へぇ、お前そんなことやってたのか。でも力の使いすぎはよくないと思うぞ。ただでさえそれは科学の力じゃないんだからさ」

 上条当麻は頭の後ろに手を組みながら、注意を促す。

「それは偶々が重なっただけだ。そもそもここは科学の最先端なのだろう? ああ言った類の事件くらいどうにかならないものなのかね」

「まぁ、大方そう言った事件を起こすのは無能力者だからな。俺も何度か間違われそうになったこともあるけど」

「……それは君の右手の所為だろう」

 事件と言うのは、最近頻発している無能力者達(スキルアウト)が起こしている連続的な事件のことだ。

 ただ、連続的と言っても関連性はほとんどなく、偶々連続して無能力者達の事件が立て続けに起こっているだけらしい。

 この時期は事件が多いですね、などと言われる部類のものだ。

 その事件にアウレオルスは少しながら貢献していた。

 犯人と遭遇した際には、その犯人の足を躓かせたり、逃走している車があればそのタイヤをパンクさせたりと、誰かが何かをやっていると言う事が分からない程度に力を使用していた。

「しかし、あの少女達は何だったんだね?」

 アウレオルスは素直に訊く。

 上条当麻は冗談でストーカーなどと言っていたが、

「うーん。一度能力を防いでからずっとなんだよな」

 きっかけは不良に絡まれていた御坂を助けようとした事からだった。

 もちろん、学園都市に七人しかいない超能力者の一人である御坂美琴にとって不良の数人くらいあしらうのは簡単だ。

 だが、そんなことを知る由もなかった上条当麻は、いつもながらの不幸振りを発揮したのは言うまでもない。

「それは……大変だな」

「だろ? 会うたびに追われるこっちにもなってみろってんだよ」

 会うたびにあれが繰り返されているなら、上条当麻がうさだれるのも無理はない。

 と、

「あれ?」

 異変に気がついたのは上条当麻だった。

 寮までの道は確かに人通りが少ない。

 それでも、まったくいないと言うのはおかしい。

「そろそろ慣れてもいいだろう。いつまで驚くつもりだい?」

 現れたのはステイル=マグヌス。

 そのルーンによって刻まれた人払いによって辺りからは人がいなくなっていた。

「久しぶり、いや、はじめましてになるかな? まぁ一応礼儀として挨拶くらいはしておくよ、アウレオルス」

「君も、私の過去を知っているのだな」

「自分が顔を変えておいてあれだけど、本当なんの因果で中途半端に記憶を取り戻してしまったのやら。あのままでいれば、理不尽な苦労をすることもなかっただろうに」

 ステイル=マグヌスは一際大きく銜えたタバコの煙を吸い込み、ため息の様に吐ききる。

「率直に言うよ。君の存在が魔術側にバレた」

 え? と声を上げたのはアウレオルスではなく上条当麻だった。

「なんで!? 土御門がどうにかしてくれたんじゃないのか!?」

「土御門だって万能じゃないんだ。確かに彼は情報を工作するのがうまい。だが、べつのルートから情報が洩れた場合、彼も対処が追いつかないだろう」

「別のルート?」

「誰がやったのかは分からない。が、アウレオルス=イザードと言う魔術師が生きていたと言う情報は魔術師達に知れ渡っていくだろう。もしかしたら、君に恨みを抱くものが明日にでも学園都市に乗り込んで来る可能性だって考えられる。特に君はあの子の為にローマ正教を裏切ってる。生きていると分かったなら、裏切り者として始末しにきても可笑しな話しじゃない」

 かつてアウレオルスは、ローマ正教十三騎士団を殺めている。

 それだけではなく、グレゴリオ聖歌隊の魔術を跳ね返し、大打撃を与えた。

 ローマ正教は『異教徒』であれば何ら処刑も躊躇わない。

「言葉もでないのかい?」

 不自然に黙り込むアウレオルスにステイルは訊ねる。

「……正直実感がないのだが、私のしたことは、それほどの事だったのだな」

「まぁ、今の君に問いただした所で何の解決にもならないんだけどね」

「アウレオルス」

 上条当麻が呟く。

「前にも言ったけど、お前はインデックスを守るために世界を敵に回したんだ。それは事実であって変えることはできない。でも、そんな事をしてまでインデックスを助けたいと願った事も事実だ。それは誇ってもいいことだと思う」

「……」

「それに、お前は約束してくれただろ。もう他人を傷つける事にその力は使わないって、誰かを助けるためにその力を使うって。だから、俺はお前の味方だ」

「……本当にめでたい奴だよ君は」

「お前はどうなんだステイル」

「僕は、正直に言って彼を助ける義務はないんだけどね。ただ、一応一度はあの子のパートナーとしてイギリス清教内にいたこともあった訳で、僕も多少なりにも彼の顔を変えて野に放ったと言う責任があるんでね」

 ステイルの言葉はそこまでだった。

 タバコを吸い終わったステイルは箱から新たなタバコを取り出して火をつける。

「だそうだ、アウレオルス」

 ステイルの中途半端な会話で上条当麻はある程度の事情を把握できた。

 恐らく、イギリス清教全体としてはアウレオルスの事に関して関与することはできないと言う事。

 ただ、大っぴらに宣言することは出来ないが、ステイル=マグヌスも自分にもある程度の責任を感じていると言っている。

「だからこそ、態々学園都市まで出向いて来たと言う訳さ」

 そう言う事だった。

 実感のわかないアウレオルスだったが、素直に受け取るべきだと思った。

「すまない」

「クッ、君に礼を言われると上条当麻に言われた時と同じくらい寒気がするから止めてくれないか」

「……なんで俺に言われると寒気がするんだよ」

「分からないかい? 馴れ合いたくないって事だよ」

「俺は今さっきお前は実はものすごくいい奴だったんだって見直した所だったんだぞ。その気持ちを返せ!」

 内心、アウレオルスはこの二人の仲がよいのか悪いのか分からなかった。

 が、互いに認め合っている感じにも見えなくはなかった。

「まぁ正直そんな事はどうでもいい。そうだね、この先に確か公園があったハズだ。そこで今後の方針でも決めるとでもしよう。先に行って待っていてもらえるとすごくありがたいね」

 と、ステイルはそういいながら歩道に置かれた椅子の一つに腰掛けた。

「お前も行くんじゃないのかよ」

「タバコはね、休憩しながら吸うのが一番なんだ。ここに来るまで一度たりとも休憩を挟まなかったんだ。少しくらい腰を下ろしてもいいだろう」

 新しいタバコを取り出したステイルは、火をつけて本当に食事が終わった後の様にタバコを吸い始めた。

「いつもみたいに歩きながら吸えばいいんじゃないのか?」

 上条当麻の問いかけにも応じず、ステイルはただ黙々とタバコをふかす。

「分かった。そこまで吸いたいなら先に行く。ったく、いつも歩きながら吸ってるくせに」

 アウレオルスは一瞬どちらか迷ったが、ステイルが手で払う仕草をしたので、上条当麻と共にその場をさっていく。

 フゥ、とステイルは一つ大きなため息をついた。

 馴れ合うつもりなんてなかった。

 助ける義理もなかった。

 自分がどうしてこんな行動を起こしたのか、正直自問自答したいくらいだった。

「……出てきたらどうだい」

 上条当麻とアウレオルスの姿が見えなくなったのを確認すると共に、ステイルは呟いた。

 コツ、コツ、と路地裏から聞こえてくる一つの足音。

 ステイルのまさに目の前の出口へと向かって近づいてくる。

 闇の世界から光の当たる表へと出てきたその影は、

 背は低かった。

 真っ赤な髪は肩まで伸び、その服装は独特で浴衣なのかドレスなのか分からない。

 手先は二〇センチ以上余った状態で、指先は見えない。

 前と後ろで長さの違うスカートを靡かせてブーツを履いたその少女はツンツンと尖ったような声で言う。

「態々一人にならなくてもよかったのに。二度手間になっちゃうでしょ?」

 背はステイルの胸元くらいまでもないだろう。

 こうして、座っていても僅かに顔を上げる程度の身長しかない。

「目的を聞くまでもないだろうね」

 立ち上がったステイルは、静かに告げる。

「お好みはなんだい? レアかミディアムか、それともウェルダンを希望かい? しかしそうなると加減が効かなくなって跡形もなくなるかもしれないけどね」

 それは、遠まわしに焼き殺すと言っている。

 にも拘らず、少女は顔色一つ変えず、むしろ呆れたような表情で、

「それって一方的って事でしょ? ほんとイヤになっちゃう」

 腰に左手を当てて吐き捨てるように言う。

「泣き言は燃えてから言ってくれないか」

 ステイルがタバコを弾くとそれが炎へと変わる。

 渦を巻き、摂氏三〇〇〇度にも及ぶ炎が生き物の様にうねり、ステイルの手の上で踊っている。

「自分が強者だって思ってる台詞。それほど軽くて儚い言葉は無いわよね?」

 少女は不意に歩き出す。

 ステイルの炎など気にも留めず、背を向けるような形で上条当麻とアウレオルスが行った方向とは反対の方向へと数歩進んで、

「一つ忠告してあげちゃう」

 少女はゆっくり振り返ると、裾に隠れてしまった右手をステイルへと向けて何かを唱えるように言う。

「振り向かない方がいいよ。そこには貴方を狙う私の人形達がいるから」

 ぐわ、とステイルはそちらに目を向けた。

 三匹。

 得体の知れない何かが蠢いていた。

 銀色のネバネバとしたそれは、地に這いながらステイルを狙っている。

 人の形をした人形。

 完全ではなく、形を固める前に投げ出されてしまったようなそれは、

 轟! と、

 次の瞬間には炎に包まれて完全に形をなくした。

 ステイルの振りかざした炎が三匹をまとめて飲み込んだ。

「この程度の人形で僕がやられるとでも思ったのかい?」

 まさにこの程度だった。

 人形達は成す術もなく消え去っていく。

「まさかこれで終わりとでも言うんじゃにだろうね? 魔法名すら名乗る必要がないね」

 しかし、攻撃が簡単に破られて、それでも、少女の表情は変わらない。

 それどころか、その口元は笑みを浮かべている。

 もちろんまだ何かあるだろう、とステイルはルーンのカードを取り出して、

 突如、口の中に鉄の味が充満した。

「が……ごはッ……な、なにが」

 吐血する。

 何が起きたのか分からない。

 攻撃を受けたのか。

 仮にそうだとしても、彼女は人形に支持をだしていらい一歩のその場を動いていないのだ。

 それどころか、言葉も発する事もなく、指一本動かしていない。

「クソッ……」

 内側からの締め付け。

 或いは破壊。

 外ではなく、内側で異変は起きている。

「忠告してあげたのに、貴方馬鹿? って訊ねちゃうよ?」

 ようやく少女は動き出し、ステイルに近づく。

「まずは一人っと。歯ごたえなくて残念だったけど」

 少女はステイルの懐に飛び込む。

 大して速度は速くない。

 しかし、今のステイルはそれすら避ける事が出来ない状態だった。

 ドガ、と腹部に手の外側で打撃を与える。

 それだけで、ステイルは地面に崩れた。

「さぁて、これをいぶり出しにつかっちゃお」

 少女が右手を振るうと、先ほどの人形達がステイルを囲む。

「命はもうしばらくお預け。一緒に殺してあげなきゃ不公平だもんね?」



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危機迫るのは

お久しぶりです。
久々に書いたので、文が大変な事になってる気がします。


「遅いな」

 ベンチへと腰を下ろしている上条当麻が呟いた。

 彼のいる場所は公園の入口に近い場所だった。

 レンガが敷かれた道が入口から続いており、左右には街灯とベンチが置かれている。公園の中央は噴水が置かれてありその周りにもベンチが並べられ、それを囲うように砂の広場が広がっていた。

 ちょうど、噴水の部分が片側に寄っているので、普段であるなら子供達で賑わっているのだろうが、今日はその姿は見えない。

 「確かに遅いな」

 公園へとやって来てからカップラーメンを作っていたなら一〇は作れているだろう。

「アイツ一体何本吸ってやがんだ? 今日吸えなかった分ですとか言って五本も六本も吸ってんじゃねえだろうな」

 上条当麻曰く、ステイル=マグヌスと言う魔術師は根っからのヘビースモカーらしい。

 時間の経過具合から一本では足りず、座り込んで新しいタバコに火をつけ続けている可能性も無きにしもあらずだ。

 だが、すでにアウレオルス=イザードが生きていると言う情報が魔術側にも知られてしまった以上、これからどうして行くか決めなければならない。

 そんな状況の中で、態々科学側の本拠地である学園都市までその事態を伝えに来た魔術師が、無駄に時間を潰すとも考えづらい。

「上条はステイルと言う魔術師のことをよく知っているか?」

「何でも知ってるって言う仲じゃねぇけど、インデックスの為なら何でもするってことは確かだな」

「インデックス? では彼も」

「今のパートナーが俺、その前がステイル、んでもってその前がアウレオルス、お前って訳」

 公園のベンチに腰を下ろし、頭の後ろに両手を回して空を眺める様な姿勢で上条当麻は言う。

「救えなかった者と救えた者か」

「おいおい、前にも言っただろ」

 上条当麻はベンチから立ち上がり、アウレオルスに面と向かって、

「俺もお前も、インデックスを助けたいって気持ちは同じだって。ステイルだってそうだ。結果が違っただけ」

 その結果が大きな差なのだろ、とアウレオルスは思ったが、実際に記憶の無い事柄について、深く考えようとしても、答えにたどり着くのにいったいどれだけの時間がかかるか分からない。

「君が言うのなら、そうなのだろうな」

 素直に上条当麻の言葉を受け入れ、そしてふと思う。

 ステイル=マグヌスの遅れている理由。

「なら、インデックスに何らかの危険が迫っているのではないか?」

「インデックスに?」

「彼は、彼女の為なら何だってするのだろう?」

 土御門元春は世界を敵に回し組織を裏切ったアウレオルス=イザードと言う魔術師が生きていると言う情報が出回れば、ローマ正教が必ず何かしらの行動を起こしてくるだろうと考えていた。

 そして、ステイル=マグヌスはその情報が魔術側に伝わってしまっている、と学園都市に足を運んだ。

 その状態を差し置いて優先すべきことと言えば、インデックスの身の危険、と言うキーワード以外に考えられない。

 と言うより、持っている情報からはそれくらいしか考えられないと言う方が正しいが。

 上条当麻は携帯電話を取り出し、メモリに登録してある番号へ直ぐに連絡を入れる。

「・・・・・・くそ、繋がらない」

 インデックスは機械音痴なところがあるので、携帯電話を充電し忘れていると言う可能性も十分にあったが、

「ここは、最悪を想定した方がいいだろうな」

「ああ」

 携帯電話を閉じると、それを強く握りしめる。

「とにかく、ステイルと合流しよう」

 上条当麻の言葉にアウレオルスも頷く。

「しかし、どうやって?」

「とりあえず、さっきの場所に戻るのが一番いいと思う。ステイルが態々俺達を遠ざけたってことから考えると、あの近くにインデックスを狙っているヤツがいるって考えた方が筋が通るしな」

 ステイルがベンチへと座り込んだ場所と、この公園との距離は二キロ程度しか離れていないため、走れば一〇分も掛からずに元の場所へと戻れるだろう。

「走るぞ」

「あぁ、ただ少しペースを落としてもらえると助かる。あのビリビリ少女の時の様な速度では行った頃にヘトヘトになってしまうのでな」

「まぁ、確かについた時にはもうヘトヘトでしたってのは、さすがにキツイな」

 互いの口に笑みがこぼれる。

「なら、この場で戦ってみる?」

 その笑みをかき消す様に声が聞こえた。

「誰だ!?」

 広場を見回してもそこには誰もいない。

「上条当麻、上だ!」

 街灯に一つの影があった。

 赤い髪が特徴的な少女だった。

 白衣なのだろうか、サイズ違いにも限度があると言いたくなるほどその袖は余っており、様々な色で模様が描かれていることから、浴衣に見えなくもない。

「お前、魔術師か」

「お前ではないわ。私はパラミラ」

 幼さが残っているも、刺のある声だった。

 顔立ちもそうだ。

 歳は一四程度だろうが、それとなく大人びた風格も感じる。

「あんたが現在の禁書目録のパートナー幻想殺し(イマジンブレイカー)ね」

「やっぱりインデックスが狙いか、インデックスをどうするつもりだ」

「は? 禁書目録? なんで私がそんなもの狙わなくちゃいけないのよ。まぁ、目的はそっちでも達成できなくはないけどね」

 え? と呆気にとられたのは上条当麻だった。

「インデックスが狙いじゃない?」

 それこそ、こちらが勝手に想像を膨らませただけだった。

 最悪の状況を想定し、出た結論がインデックスに危険が迫っていると言うものであって、結論付けるものは何一つなかった。

 それを、単に相手側から禁書目録と言う言葉が出たからといって決めつけただけの話なのだ。

「だったら、お前は何が目的で学園都市に来た? ならステイルはなんで?」

「ステイル=マグヌスねぇ。それはこれのことかしら?」

 パラミラが長い袖の中から指先を出すと、そこにはラミネート加工された一枚のカードが挟まっていた。

「そのカードは・・・・・・」

 アウレオルスにとって、そのカードは初めてみるモノだったが、上条当麻の反応からそのカードがステイル=マグヌスのモノで間違いないと確信する。

「以前の禁書目録のパートナーって言うからどんなものかと思ったけど、意外と呆気なかったわ」

 パラミラが指を弾くと、カードがひらりと宙を舞い落ちてくる。

「まぁ、パートナーの選出方法が強さでないことくらいは分かっちゃいたけど、正直拍子抜けよ」

 と、右手の手の平を上に向けて言う。

 相手の狙いがインデックスではないと言うことから、やはり自分が狙いかとアウレオルスは薄々ではあるが思い始めた。

 決して自惚れている訳ではない。

 今持ち合わせている情報から考えた結果、そう言う考えに行き着くのは当然であり、ただ一つ、気になる事があると言えばあった。

「アルス、お前は余計な事するんじゃねぇぞ」

 上条当麻も相手の目的を察しているらしく、アウレオルスではなく、インデックスに紹介した時の偽名で呼んだ。

「あぁ、分かっているが、しかし」

 バサァと、パラミラが動きにくい袖を振り払う仕草をする。

 何か仕掛けてくると踏んだアウレオルスと上条当麻が足を広げて重心を落として構えると、

「この場で殺ってあげたいのは山々だけど、やっぱり同時じゃないと、失礼よね?」

 刺のある声を出していた口元が不気味に笑い、同時に、

 ゴボゴボと、沸き上がる様な音が耳に入り、二人は後方へ振り向いた。

「取りあえず、私の可愛い子達にあいさつでもしといちゃえば?」

 二人の視界に入ってきたのは、得体の知れないネバネバとしたモノだった。

 銀色で、人の形をした人形に見えなくもないが、そうであるならば、出来損ないとしか言いようがないだろう。

 形は完成しておらず、上半身に見える高さ一メートル程の塊に、腕に見える先端が二本左右から生えている。

 シュコシュコ音が聞こえるのは、人の呼気を連想させるためだろうか。下半身は地面に埋もれてしまった様に見えない。

 と言うよりも、形成されていないのかもしれない。

 蠢く塊は三つ。

 少しずつ近づいて様子を伺っている。

 と、思った矢先、

 その内の一つが左右から生える腕で地面を叩きつけ、その勢いを使い、それこそ弾ける様に飛びかかってきた。

「クッ」

 アウレオルスはさらに重心を落とし、言葉を紡ごうとして、

「アルス!」

 その声が聞こえると同時に左に転がった。

 グチャ、と蠢くそれが地面に激突し、弾けては元に戻ろうともがいている。

「魔術で作ったものなら!」

 上条当麻が、蠢くそれ目掛けてアッパーの要領で右手をぶち当てた。

 元の姿に戻ろうともがいていたそれは、右手が当たると同時に吹き飛び、地面に飛び散った。

「あははッ、それが噂の幻想殺し(イマジンブレイカー)、なるほど、いとも簡単にそれを粉砕しちゃうなんて」

 パラミラが面白おかしく笑う中、リミットが外れたかの様に襲いかかってきた残りのそれを幻想殺しで破壊した上条当麻がパラミラを見上げた。

「これで終わりか、パラミラ」

 破壊したそれらは再生することなく沈黙している。

 周囲に気を配るが、新たにそれらが生み出されて行く様子も見受けられない。

 上条当麻の問いかけに対し、パラミラが尖った笑みを見せる。

 と、

「がぁああッ!」

 皮膚が張り裂けた。

 外から切り刻まれたのではないく、内から溢れてきた何かに耐え切れず弾けたと言う方が正しいだろう。

 アウレオルスの右腕が赤に染められ、夥しい数の傷が一瞬にして現れた。

「何が・・・・・・ッ」

 パラミラは街灯の上から動いていない。

 かと言って、パラミラの生み出した蠢くそれらの攻撃を受けた訳でもない。

 アウレオルスは地面を転がり、三つのそれらは上条当麻によって破壊された。

 ただそれだけのハズ。

「うーん、右手か。まぁ、それに対しての効力をもう少し確かめたいって気もするけど、噂通りに魔術を打ち消すってとこを見れただけでよしとしなきゃね」

「これは貴様が、やったのか」

 腕を抑えながら、アウレオルスは訊ねる。

「貴方も不運ね。あいさつはちゃんとしなくちゃダメってことよ」

 パラミラは視線を上条当麻に変え、

「ところで上条当麻。ステイル=マグヌスを返してほしかったりしちゃう?」

「ステイルは無事なのか!?」

「さぁ? それを知りたければそのカードが指す場所にまで来ることね」

 そう言い残し、パラミラが二人に背を向ける。

「クソ、待てッ・・・・・・ッ!?」

 上条当麻が叫んだと同時に、急に周囲が暗くなった。

 影に覆われたのだと気がつくのに、それほど時間を有しなかった。

「上か!」

 ガラスにしては少々濁りすぎている。氷の様にも見えるが、そんな事を考えている暇などない。

 直径一〇メートルにも及ぶであろう、巨大な円柱が、今まさに頭上から落下しようとしているのだ。

 飛び退けばなんとか大丈夫だろうが、位置的に腕の痛みで反応の遅れたアウレオルスの真上だったため、逃げるには時間が足りない。

 一瞬、言葉を紡ごうとしたアウレオルスであったが、その声を上条当麻の突き上げた右腕がかき消した。

 威力や大きさは関係ない。

 それが異能であるならば、上条当麻の右腕が全てを打ち消す。

 氷の様な円柱がガラスの様に粉々に散っていく。その向こうに、パラミラの姿は無い。

 地面に突き刺さったカードが一枚、風に舞って二人の近くに向かって来た。

 そこに書き記されてあったのは――



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正体と目的

 倉庫番でも出来そうな場所だった。

 長方形のコンテナが大量に敷地を囲むように埋め尽くしている。

 柵に覆われたその場所は、外から見れば雑に作られた迷路にも見えなくない。

「・・・・・・正直、この場所には来たくなかった」

 上条当麻が呟く。

「ここで何かあったのか?」

 まだ日が傾き始めたばかりだと言うのに、辺りには人がいない。

 最終下校時刻までは時間があるため、作業に取り掛かっていないだけと言う可能性もあったが、言うまでもなくこれがパラミラがかけた『人払い』と言うことは大方予想がついていた。

「ちょっと色々とな」

 物音一つないその場所に違和感を覚えているのではなく、遠い日々を思い起こしている様にも見える上条当麻に、

「うむ、しかしどうやって入るものか」

 話題の方向を変えるために何となく呟いた一言。

 顎に添える右腕は来る途中に黄金錬成で治したため、元通りになっていた。

「ん、あぁそれなら、普通によじ登っていける。前に来たときもそうしたからな」

 そう言いながら、フェンスへと手をかける上条当麻。

(気をつかったつもりが、これでは逆効果か)

 上条当麻は何気ない顔で、「ステイルを助けに行くぞ」とフェンスをよじ登っていく。

 それに続いてアウレオルスもよじ登り、

「なぜパラミラはこの様な場所を選んだのだろうな」

「・・・・・・俺もそれを考えていた」

 上から砂利の敷き詰められた足場へと飛び降りる。

「ここは学園都市の中でも中心部から外れた学区の一つだ。人気がないと言う事に関しては納得できるかもしれねぇけど」

 砂利からアスファルトで固められた地面へ移動すると、若干ではあるが足が軽くなった気がした。

 第七学区から一七学区にある操車場までの距離は息を切らさず走りきるには遠すぎる。

 正直はところ、口には出していなかったが、アウレオルスの足はいい感じに張ってきていた。

「どうやってここまで彼を運んだのかも気になる。彼の身長は二メートル近くあるだろう」

 パラミラの身長はステイルの肩の高さにも満たない。

「あのネバネバのヤツに運ばせたんじゃねぇのか? この学区の隣りには大きなダム施設がある。そこから伸びている『パイプ』を使えば表を移動しなくても何かをここまで運ぶ事くらいできるかもしれない」

 上条当麻は、それに、と付け加え

「俺達がステイルと別れてから数十分。パラミラがステイルを何かしらの方法でこの場所まで移動させるにしろ、パラミラ本人がやっていたなら時間的にも無理がある。まぁ、空間移動能力者(テレポーター)とかなら話は別だけどな」

 コンテナが積み上げられた区画を抜けると少し広めの空間に出た。

 コンクリートで固められた地面と砂利で覆われた地面が半分ずつくらいに分かれており、砂利の上にはレールが走っている。

 上条当麻は左ポケットにしまってあったコーティングされたカードを取り出し、描かれた場所を再度確認した。

 カードは描かれているハズのルーンの上から無理やり上書きされていたが、どう言う方法かは分からないが地図がはっきりと見える仕組みになっている。

 場所はちょうどこの操車場の最西端を指していた。

 と、

 カードを入れていた反対のポケットが不意に震えた。

 上条当麻は右手でそれを取り出し、液晶に表示される名前を見るなり通話ボタンを押す。

「土御門ッ」

『あぁ遅くなってすまない。何度か連絡が入っていたみたいだが、こっちも色々立て込んでて処理に追われている所なんですたい』

 パラミラが公園をさった後、上条当麻はパラミラの情報を得るために魔術側の人間でもある土御門に連絡を取っていたのだ。

「時間がない、教えて欲しいことがある」

『アウレオルスの存在がバレた件の事か。それなら今こっちで対応――』

「ステイルが捕まった」

『捕まった? 誰に?』

「パラミラって言う魔術師だ」

『クソッ、もう手を打ってきたってのか。こっちも立て込んでるってのに』

 土御門が動けないと言うことは、大方予想がついていた。

 ステイルが態々学園都市に入り込んで来た時点で、土御門が何かしらの作業に追われていて動けず、代わりにステイルがやってきたであろう、と。

「あぁ分かってる。だからこっちがこれから提示するピースで、できるだけの情報を教えて欲しい。パラミラが指定した場所まで、もう数分しかないんだ」

 上条当麻は土御門にパラミラに関するピースを伝える。

 服装から容姿。

 使用した魔術がどんなものであったか、見たものを口答で伝えていく。

 上条当麻は伝え終わると、携帯をスピーカーモードに切り替え、隣にいるアウレオルスに聞こえるように調整する。

『服装については、そこからどんな魔術的要素があるのかは正直言って分からない。それぞれの服装によって使用している魔術の大元である宗派を特定することは出来なくもないが、神裂のねーちんみたいに、術式に組み込みやすくするために左右非対称の服装を選んでるって場合もある。だから一存にそれだけで分かると言うもんでもない』

「つまりパラミラがどの魔術結社に所属しているかってのも、曖昧ってことか?」

『今の状況の中では、ローマ正教と考えるのが妥当だが、流れの魔術師って可能性もある』

 パラミラがどの魔術結社に所属しているか特定できれば、予想ではなく、目的の特定にも近づけたのだろうが、そううまくは行かない。

 次に相手の使用する魔術についてだが、と土御門は続け、

『人の形をしたネバネバか。それも出来損ない。意図的にその様な形を取っているのか、或いはその形でしか具現できないのか。考えられるとすれば、死霊魔術師(ネクロマンサー)が妥当か』

死霊魔術師(ネクロマンサー)?」

『簡単に言えば、死者の魂を呼び戻し一時的に生命を与え活動できるようにする魔術を使う魔術師のことですたい』

「では、あのネバネバは過去に死んでしまった者たちと言うことなのか?」

『いんや、死者とは限らない。死霊魔術師(ネクロマンサー)は死者の魂から情報を聞き出す事を得意としている魔術師だぜい。憎む相手を聞き出すなら悪意を、愛する者を聞き出すなら愛情を、そう言う風に特定の感情のみを埋め込む事によって不必要な情報をカットして効率を高めている』

「どう言うことだ?」

『適当な器に特定の感情を入れる事によって、自在に動く人形を作り出す事も可能ってことだ』

 誰かを殺したいほど憎む感情を詰め込めば、その人形は殺戮人形に。

 忠義の感情を詰め込めば、命令通りに動く忠実な人形に。

「あのネバネバはその入れ物ってことか」

『あくまでも推測の中の話だ。俺はインデックスじゃないからな』

 禁書目録の中にある知識を使えば、小さなピースから何十倍もの情報を知る事ができただろうが、携帯の電源が入っていないため繋がらない。

「分かった。じゃあ、体を内側から破壊するような魔術も、それを応用したものってことなのか?」

『すまない、それについてはちょっと俺にも分からない。体を内側から破壊する魔術は存在するが、例えば特定の武器を使って切りつけることで、相手の中に自分と異なる魔力を入れて内側から壊すものや、呪いの類で体の中から破壊していくようなものだ。カミやんの話を聞く限りでは、それらとも違う』

 あの瞬間、パラミラは剣の様なものを取り出すどころか、動いてすらいない。

 かと言って、呪いをかけたとも思えない。

『となると、カミやんの言う様に応用した魔術かもしれないが、魂と感情のある肉体に、別の魂や感情を入れて肉体を内側から破壊できるとは思えない』

「仮にできたとしたら?」

『いや、カミやん。死霊魔術師(ネクロマンサー)の使う魔術は、本来死者に対して使用するものだ。作られた人形であるならまだしも、生きている人間に対して使用できる魔術じゃない』

 気が付けば、指定された建物が視界に入りつつあった。

 土御門もまるでそれを察したかの様に、

『いいかカミやん、まずはステイルを助けろ。分かっていると思うが、今の状態では実質的な戦力はカミやんの右手だけだ』

 上条当麻は一瞬考えたが、直ぐに理解する。

 今、土御門は魔術側に広まりつつある情報の対処に追われているところだ。

 アウレオルス=イザードが生きていたと言う情報。

 学園都市には魔術的なサーチがかけられ、アウレオルスの魔術に対して反応する様になっていると言う。

 既に一回。

 ここに来るまでに黄金錬成を使用してしまっている。

『今の所ある一定のところで食い止められているが、より大きな反応がキャッチされれば、いくら俺でも対処しきれない』

 アウレオルスの黄金錬成を使わず、素人の上条当麻一人で魔術師を倒せ、とはさすがに言わず、プロの魔術師であるステイルを救出し、パラミラを倒せと言うこと。

『その右手なら、どんな拘束魔術がかけられていようが、触れるだけで解除できる』

 異能の力ならどんなものでも打ち消してしまう力。

「分かった。ステイルを助けることを優先する」

 しかし、それは右腕、それも手首から先だけと言う恐ろしく短い範囲でしかない。

 感情を入れられた人形、内側から体を破壊する魔術、そして氷を操る魔術、それらが同時に向かってくれば、全てを右手一本で防ぐ事は難しいだろう。

 と、

「あぁ、そうだ土御門。その死霊魔術師(ネクロマンサー)ってのは、氷を操ることもできるのか?」

『氷? どう言うことだ?』

「伝えるの忘れてたけど、氷の柱みたいなものを使って来たんだ」

『氷・・・・・・ッ!? 待てカミやん、その氷みたいな柱は白く濁っていたりしなかったか!?』

「白く・・・・・・確かに、鏡って感じじゃなくて、氷が凝縮されて白く濁ってる感じだったな。あれ、でもステイルの炎は熱く感じるのに、パラミラの氷は冷気を感じなかったような気もする」

 上条当麻の言葉に、土御門は数秒考えた後、

『チッ、そう言うことか』

「何か分かったのか?」

『いいか、・・・・・・やん。パラミ・・・・・・・・・・・・はれ・・・・・・・・・・・・しだ・・・・・・恐らくあ・・・・・・・・・・・・のかた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 ノイズが走った。

 ザァァァと言う砂の様な音が、言葉をかき消し、聞き取れない部分が多い。

「おい土御門! どうした!?」

 ジャミング。

 科学で言うならまさしくそれだった。

 この周辺に、携帯電話の周波数にノイズを加える様な別の何かがあるのか、或いは故意に妨害する波を引き起こしているのか。

 恐らく、この場合は後者であろう。

 この場においてそんな事をするのは誰か。

 カツン、とアスファルトを叩くヒールの音。

 明らかに、男の二人が生み出す音ではない。

「ようこそ私のフィールドへ」

 ヒールを叩く音にまぎれて、尖った声が聞こえてくる。

 指定された建物の中から、堂々と真正面から現れたのは、まだ幼くも見える少女。

 魔術師パラミラ。

「こっちから誘っておいてなんだけど、よく指定された場所に堂々二人でやって来れたわね」

 空が赤く染まり始めていた。

 パラミラの赤い髪が、その光を帯びて深紅に染まって見える。

 それは、まるで怒りの色にも見えた。

「生憎、ここは学園都市なんだ、中の人間を巻き込む訳にはいかねぇだろ」

「なら、そっちのもう一人は少なくもとこちら側に関係がある人物と言う事ね。まぁ、何にしろ私の目的はただ一つなんだけど」

 一五メートルほどの距離を置いてパラミラは立ち止まった。

「お前の目的は何だ? ステイルを捕らえて、俺達をここへおびき寄せて何がしたい」

「何がしたいか、ね」

 パラミラは長い袖で見えない左手を上へ突き上げ、

 パチン、と指を鳴らす。

 何かの攻撃か、と上条当麻とアウレオルスは警戒したが、数秒待っても何も起きない。

 と、

 ガラゴロと硬い何かを引きずる様な音がパラミラの背後から近づいて来た。

「あれは・・・・・・?」

 よく見れば、そこにいたのはネバネバした人形だった。

 三匹ほどが何かを引きずりながらこちらへ向かっている。

 パラミラが頭上の左腕を前に振り下ろし、

 同時に、ネバネバのそれが運んでいたモノを二人に向かって放り投げた。

 距離としてはまだ二〇メートルはあるだろう。

 氷の様なモノの塊。

 大きさはざっと見た限りでは二メートルほどの大きさだろうか。

 前回の様に、頭上へ出現させるのではなく、ネバネバの人形に投げさせると言う、魔術師にしては原始的な方法だった。

 避ければ済む、その考えが直ぐに頭を駆け抜けたが、

「上条当麻、あれは・・・・・・」

 アウレオルスの言葉に上条当麻は目を細めると、

「な・・・・・・ッ? す、ステイル!?」

 その氷の様な塊の中には、ステイル=マグヌスの姿があった。

 瞬時に、二人の頭の中に、次に起こるであろう光景が描かれる。

 地面に氷の様な塊が落ち、それが粉々に砕かれるであろう瞬間を。

 同時に地面を蹴った。

 既に、ステイルが入った塊は、落下の過程に至っていた。

 落下地点は、二人の五メートルほど前、ちょうどパラミラとの中間点だ。

「あの塊が魔術で出来てるならッ」

 上条当麻が突き出した右手が塊のに触れると同時に、パリィン、と塊が結晶となって消えていく。

 その中から飛び出したステイルを、アウレオルスが受け止める。

 かなりの衝撃を覚悟していたが、魔力の力で飛ばしていたのだろう、上条当麻が触れると同時にその速度も急激に下がり、二メートル程の高さから受け止めると言う形になった。

「ナイスなチームプレイおめでとう。お約束の人質は返すわ」

「うぅぅ、く、そ」

 それほどダメージは残っていないのだろうか、塊から飛び出したステイルは、頭を抑えながら立ち上がる。

「お前、本当に何がしてぇんだよ」

 態々人質と言う形で捉えていたステイルを開放するパラミラに、上条当麻は問いかける。

「それを返しちゃわないと、私の目的が達成出来ないからね」

「目的、だと」

 パラミラが両手を左右に広げると、二〇センチ以上余った袖が地面に垂れ下がる。

「そう。二人同時じゃないと意味がないのよ」

 それが合図だった。

 ゴボゴボと三人の周りを囲むように、ネバネバの人形が取り囲んでいく。

 その数は二〇匹ほどある。

「あんたたち二人を同時に殺さなきゃね!」

 広げた手を前に合わせると同時に、ネバネバの人形は一斉に三人へと襲いかかった。



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メルシナ

 周囲を爆炎が包んだ。

 三人を囲んでいたネバネバした人形が炎に飲み込まれ、苦しみの様な声を上げながら消えていく。

「言っておくがこんな人形では、僕たちを倒す事は出来ない」

 ステイルは吐き捨てる様に言う。

 触れることすらできず、朽ちていく人形達を見てもパラミラの表情が崩れることはない。

 うっすらと笑えを浮かべたまま距離を保っている。

「そうね。まぁそれくらいでやられてもらっちゃやり甲斐がないわよね」

 パラミラが指を鳴らすと、炎の収まった場所から更に一〇もの人形が現れる。

 片方が肘の下辺りまでしかない両手を前に付き、まるで地面から抜け出そうとしている様にも見える。

 今度は合図なしに、人形が動きを見せる。

 土御門の予想通りであるならば、先ほどまでの人形は、指示に従う様に作られた人形であり、今周りを取り囲んでいるのは、恐らく相手を襲う様に作られた人形。

 憎しみや怒りなどを詰め込んだ戦闘人形だ。

「灰は灰に、塵は塵に――」

 懐から散蒔かれたルーンのカードが辺り一面の壁や床、コンテナへと張り付いていく。

「――吸血殺しの紅十字!」

 左右一振り。

 それだけの動作で、一〇もの人形は一瞬にして形を失っていく。

「この魔術では倒せないと言っている、早く本気を出したらどうだい」

「あら、一度くらっただけで捕まってしまったのに、もう一度くらうことを望むのね」

 いいわ、とパラミラは間を置き、

「別にバレたところでどうしようもない訳だし」

 ステイルだけではなく、上条当麻とアウレオルスも身構える。

 今まではステイルの憂さ晴らしといった感じであったが、今からは雰囲気がガラッと変わる。

 ステイル自身が捕まり、アウレオルスは右腕を内側から破壊された魔術。

 それを、宣言して使用すると言っているのだ。

「ステイル、アイツは死霊魔術師(ネクロマンサー)じゃないかって土御門が言っていた。人形の魔術は大凡仕組みは分かったけど、あの魔術は土御門も小さなピースだけでは分からないって言ってたぞ」

「なるほど死霊魔術師(ネクロマンサー)か。一体どんなカラクリを仕掛けているかは分からないが、それを見極めない限りこちらの勝機は小さい」

 ステイルも闇雲にパラミラを挑発したのではなく、あえてあの魔術を使う様に仕向けたのだ。

「いいかい、恐らく土御門にも忠告されたと思うが、お前は力を使用するんじゃない。幸運なことに、パラミラの狙いはお前ではなく、僕と上条当麻みたいだからね。逃げ回ってればいい。むしろこの場所から離れてもらったほうがこちらとしてはありがたいんだけど、恐らくお前も上条当麻と一緒で素直にうんと頷いたりしないんだろう?」

 パラミラの目的は、理由は定かではないが、ステイル=マグヌスと上条当麻を同時に始末することらしい。

 つまり、アウレオルス=イザードが生きていると知って、それを排除しにきた魔術師ではないと言う事だ。

「だったら、自分の出来る事を考えろ。少なくとも知識としてはその頭の中に残っているだろ」

 ステイルの言葉が終わると同時に、パラミラが動いた。

 と言うも、右手の袖を外に払う仕草だけ。

 だたそれだけの動作。

「じゃあお望み通り、二人纏めて始末してあげる」

 三人が重心を落として、構えると、

「――避けるな」

 パラミラはただ一言そう告げる。

「避けるな、だと?」

 その言葉にパラミラはニヤリと不気味な笑みをこぼすと、

「五大元素を生み出す三大神秘の一つを展開。その力を刃と成して大地を覆う無数の柱と化して降り注げ!」

 瞬間、三人の頭上に無数の塊が姿を現した。

 半径一〇メートルほどの頭上を覆い尽くす白い塊。

「氷の塊か!」

 上条当麻とアウレオルスが見たモノに比べると大きさとしては半分にも満たない。一つの大きさが直径一メートルほどだろう。

 しかし、その数は見ただけでは把握しきれない。

 浮力がなくなり重力に引っ張られる様な形で、地面へと突き刺さっていく白い柱。

 ステイルの頭上で待ち構えていた塊が落下を始める。

 一瞬、炎の剣で焼き尽くすか避けるかを考えたが、

 そこで言葉がふと頭を過ぎる。

『避けるな』

「(まさか――)」

 咄嗟に、ステイルは炎剣を頭上へ向けてなぎ払い、その柱を丸々焼き尽くそうとする。

 が、

「完全に燃やし尽くせないだと!?」

 寸前のところで、なぎ払っ左手とは逆の右手を今度は、炎を纏った塊を横殴りに叩きつけ、軌道を無理やり変更する。

 ガシャン、と地面へ突き刺さることなく、その塊は音をたてて砕け散り、それでも尚炎を纏い燃え続けている。

 と、同時に複数の柱が真下へ落下するのではなく明らかに標準を合わした様に柱が一斉に落下を始めた。

 ステイルだけではなく、上条当麻とアウレオルスへも同じ様に柱が襲いかかる。

「クッ、危ない!」

 上条当麻がアウレオルスを押しのける形で、地面を転がった。

 その後を追う様に地面へと柱が刺さっていく。

「上条当麻!」

 アウレオルスの声に上条当麻が頭上を見上げると、複数の柱が同時に落下してくるのが見えた。

 上条当麻は右手を突き出し、その手に宿る力で氷の様な柱をぶち壊そうとして、

 ブシャ、と左腕が内側から破裂した。

「あッ?」

 と、気がついた時には痛みが頭の隅から隅までを駆け巡っていた。

「があぁぁぁ」

「内側からの破壊ッ、クッ!」

 アウレオルスは地面を力強く蹴り、上条当麻の体を右手で巻き込んで抱え込み、既に地面へ突き刺さっている柱と柱の隙間へと滑り込んだ。

 ズガガガ、とその柱ごと破壊するかのように残りの柱が頭上より降り注いでくる。

「――魔女狩りの王(イノケンティウス)!」

 轟! と、それらを巻き込む様に、紅の塊が具現する。

 重油の様な黒くドロドロとした人の形をした塊の周りに、三〇〇〇℃の炎を纏った巨人。

 無数に突き刺さった氷の様な柱を飲み込み、辺り一面を火の海へと変えていく。

 その一角で、

 バシュッ、と炎が消滅し、裂け目から上条当麻とアウレオルスが姿を現す。

「死んだんじゃないかと心配していたよ」

「痛ッ・・・・・・誰が、死んだって」

 魔女狩りの王の炎はステイルが配置したルーンの刻印を全て消滅させない限り消えることはない。

 絶対に殺す、と意味付けられた炎の巨人。

 それらを例え上条当麻の右手で触れた所で直ぐに再生し、何度でも燃やし尽くす。

 にも拘わらず、二人がいる場所が再び燃えださないのは、ステイルがそう言う計らいをしれいるからだ。

 口では言わないが、上条当麻の右手があるからこそ、容赦なく一帯を焼き尽くすほどの炎を生み出し、柱を全て破壊したのだ。

「あの時と同じ、か」

「クッ、指先の感覚があんまり無い。また体の中からの攻撃か」

 左腕をダラリと垂れ下げ、上条当麻は苦悶の表情を浮かべる。

 魔術が見えるものであれば、右腕で防ぐ事が可能であるが、その出処が分からなければ、破壊することはできない。

「なるほどね。所有者自体に魔術が効かないんじゃなくて、右腕だけってことね。予め情報はあったけど、こうして確かめる事ができて良かったわ」

 パラミラは更に一〇メートルほど離れたコンテナの上から見下ろしていた。

「まぁ、術者の私から言うのもなんだけど、人の言葉はよく聞くべきね」

 周囲を覆っていた炎は、柱を焼き尽くすと同時に消えていった。

 魔女狩りの王はステイルの合図で、二メートルを超える巨大な十字架を作り出し、

魔女狩りの王(イノケンティウス)!」

 両手でそれを振り上げると、それこそそれをブーメランの様に放り投げた。

 中心軸がずれている十字架は奇妙な回転を描きながら、コンテナの上から見下ろしているパラミラへと弧を描きながら飛んでいく。

 パラミラはそれを見つめながら、スっと右手を横に振る。

 すると、今にもパラミラへと直撃しそうな十字架の炎の上から、直径五メートルの氷の様な塊が降り注いだ。

 ジュボ、とまるで巨大な足に踏みつけられた様に、十字架は地面へと埋もれた。

 その柱を炎が包み込む。

 十字架から派生した三〇〇〇℃の炎が、高さ一〇メートルはある柱を優に焼き尽くしていく。

 チッ、とステイルが吐き捨て、魔女狩りの王が次の行動へと移ろうといたと同時に、

「――動くな」

 不気味な笑を浮かべたまま、パラミラが呟く。

 魔女狩りの王は、その言葉を気にも止めない。

 摂氏三〇〇〇℃の炎を纏いて、ターゲットであるパラミラを殺すためにその一歩を踏み出す。

 刹那、

 グルォォォ、と魔女狩りの王が苦痛の悲鳴を上げた。

 踏み出した一歩から次の一歩を踏み出すことが出来ない。

 ルーンの刻印を全て破壊しなければ消えることのない、魔女狩りの王が、

 ボン! と内側から破裂した。

 ドロドロとした黒い塊が周囲に飛び散り、蒸気となって消えていく。

「やはり、そう言うことか」

 それを見ていたステイルが呟く。

「やはり、と言うのはどう言うことだ?」

 アウレオルスはステイルから言われた言葉を飲み込み、情報の収集に徹していた。

 その眼が見る限りでは、上条当麻の左腕の破壊も、魔女狩りの王が破裂したものは同じものに見えていた。

 そして、パラミラの言葉にその秘密が隠されているであると、そう考えていた。

「いいかい、体を破壊されたくなかったら、そのまま動かないことだ。そうすれば上条当麻の左腕の様に破壊されることもないだろう」

 パラミラは左手を腰に当て、

「ご名答」

見るなのタブー(メルシナ)、僕たちは君のタブーを犯していたと言うことか」

「ステイル、どう言うことだ」

「上条当麻、なぜ君の左腕が内側から破壊されか教えてあげるよ。君は彼女が作り出したタブーを犯したんだ。『避けるな』と言う禁忌事項をね」

 アウレオルスを突き飛ばした時、その動作が氷の様な柱を『避けた』と判断されたのだ。

「タブーを犯した者たちの末路は、様々にある。恐らく、破壊出来る場所を特定することが出来ないんだろうね。僕は体の中の臓器を、君は腕をやられた。意図的に場所を操作できれば、僕ならまず心臓を貫く。殺すと宣言しておきながらそうできない辺りからそう推測するしかないね」

 ある者は冥界へと引き戻され、別の者は目を失い、足を失ったものさえいる。

 そう言う伝説をモチーフにしているからこそ、場所を特定することができない。

「それは魔術で生み出されたモノも例外ではないと言うことか」

 ルーンの刻印を破壊しないかぎり消滅することのない魔女狩りの王。それですら、タブーを犯せば破壊されてしまう。

「それでどうする訳? タブーを無視して行動しちゃうの?」

 それは大きな賭けだ。

 現在のタブーは『動くな』。

 それを破ってパラミラに攻撃を仕掛けることはできない訳ではない。

 が、

 それでもし、破壊箇所が心臓或いは肺などの臓器になってしまった場合、致命傷は避けられない。

「つまり、こちらは体の破壊覚悟で動かなければならないと言うことか」

 動くな、と言うタブーが設定されている以上、動く、と言う行動で体の破壊が起きてしまう。

 それが、どの程度の『動く』まで適用されているのかは、パラミラ本人にしか分からない。

 その中で、

「いや、そうとも限らない」

 ステイルはパラミラを睨んだまま、

「こう言った魔術のほとんどは、ある一定の領域にのみ適用されている場合が多い。元々のエピソードにしたがって魔術を構成しているなら尚更だ」

 冥界から妻を連れて帰る最中、その妻が約束である『振り返るな』と言うタブーを犯してしまい、冥界に引き戻された話は有名だろう。

 冥界から出るまでの間と言う領域で与えられたタブー。

 それを越えてしまえば、振り向いてしまった所で、タブーを犯したことにはならない。

「領域から出ればいいって事か?」

「そうじゃない。対象は自分自身も含まれると言う事だ」

 対象にタブーを設けるのではなく、領域に対してタブーを設ける。

「つまりパラミラも動けないと言うことだ」

 こちらが動かない限り、向こうからも動いてくることはないと言う事。

 例え、動かずに魔術を発動した所で、パラミラが扱うのは、器に対して感情を詰め込むことによって、殺戮人形を作り出す事だ。

 その人形も動けばタブーを犯したことになり破壊されてしまう。

 加えて、氷の柱の様な魔術を使用する際には、必ず手を動かす動作を必要としていた。

「・・・・・・」

 パラミラはステイルの睨みをただ真正面から受けていた。

 目を逸らすこともなく、ステイルの謎解きの内容を噛み締める様に。

「なるほど、さすがと言うべきね。イギリス清教の魔術師も捨てたものじゃないわ」

 パチパチとパラミラは拍手も混ぜる。

「一の内容から一〇を知る。まさにその典型的な内容ね」

 その光景に違和感を覚えたのは、アウレオルスだけではなかっただろう。

 ステイルも上条当麻も、そのパラミラの行動を目に、同じ事を感じただろう。

「タブーが解除されたのか・・・・・・?」

魔女狩りの王(イノケンティウス)!」

 ステイルが名命じると同時に、炎の巨人が具現化する。

 摂氏三〇〇〇℃を纏った巨人が、二メートルを越す十字架を振りかざして、

 バシュン、と内側から弾け飛んだ。

「まだタブーは健在か!」

 ステイルが魔女狩りの王を具現化させたのは、攻撃が目的ではない。

 『動くな』と言うタブーがまだ健在かどうかを確かめるために魔術を使用したのだ。

「だったらどうしてパラミラは動ける!?」

「簡単な話ね」

 パラミラの口元がニヤリと緩み、鋭い犬歯が顔を覗かせる。

「貴方の推測が少し間違っていただけの話よ」



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その理由は

 

 周囲をパラミラの生み出した人形達が取り囲んで行く。

 感情を詰め込まれた人形は、地面から生えるように上半身だけ作られ、両手は左右の長さが違う。

 出来損ない。

「正確に言うと、ステイル=マグヌス、貴方の推測は正しいわ。見るなのタブー(メルシナ)の魔術は対象者の破壊部分を指定できない。モチーフにしている出来事にいくつもの違った結末があるからね」

 次々と増えていく人形は、二〇体に達する。

「ただ、領域の範囲を指定できない訳じゃないわ」

 人形達はある一定の距離を保って三人を取り囲んでいる。

 パラミラの言う指定された領域の外と言う事なのだろう。

 見るなのタブーの領域内にいる三人はタブーを破る事はできず、その領域の外にいるパラミラと人形達はタブーに縛られない。

「なるほど、便利な魔術だね。自分自身は縛られず、相手の行動を制限する」

 ステイルは、苦笑いをしながら答える。

 こちらは動くこともできず、魔術で生み出したモノでさえも身動きがとれない状態。

 対して、パラミラは自由に動くことができる。もちろん魔術で生み出した人形達も含めてだ。

「その出来損ないの人形が境界線と言うことか」

 ただ、例えその人形達が領域の外で行動できたとしても、攻撃するために領域の中に入ってしまえば、同じくタブーを犯すことはできない。

「分かりやすいでしょ? もちろんその子達に攻撃はさせないわ」

「なら、攻撃の方法は、やはり」

「――三大神秘の一つを展開」

 パラミラが袖に隠れた右腕を振るう。

 同時に三人の頭上一〇メートルほどの辺りに、氷の塊の様な柱が無数に生み出されて行く。

 直径一メートルから三メートル。大きさも疎らな柱。

 白く濁った筒が、三人を踏み砕く為に頭上から落下を開始しようとしている。

「さて、これから殺しちゃうんだけど、んーそうね、最後にもう一つ訂正しといちゃおうかな」

 パラミラは犬歯を覗かせたまま、

「貴方たちは、まず根本的に、私を勘違いしてる」

「まさか、この期に及んで実は僕たちを殺すことが目的ではありませんでした、とか言い出すんじゃないんだろうね」

 ステイルの頬から汗が一滴流れ落ちる。

「それはないわ。私の目的は魔術師ステイル=マグヌスと上条当麻を殺すこと、それ以外にありえない」

「なら何を間違っていると言うんだい」

 覚悟は出来ている。

 例え見るなのタブー(メルシナ)の魔術の領域内と分かっていても、動かなければただ潰されるのを待つだけとなる。

 それであるなら、体を破壊されながらも、行動する。

 それは、パラミラが攻撃を仕掛けたと同時に起こすつもりで構えていた。

「私は、死霊魔術師(ネクロマンサー)ではないわ」

「な、に?」

「貴方たちがどんな推測をしたのかは知らないわ、まぁ、全てを知る頃には潰されているでしょうけど」

 その言葉に一瞬ではあるが、ステイルの行動が遅れた。

 死霊魔術師(ネクロマンサー)でないのだとすれば、一体彼女は何者なのか。

 その思考が、コンマ数秒ではあるが、ステイルの魔術の発動を遅らせる。

「潰れちゃって」

 パラミラの合図と同時に、柱は重力にしたがって落下を開始する。

 さらに、同時で人形たちを一斉に飛びかかって来た。

 上半身だけの体を、腕を地面に叩きつけることによって宙へを舞い上がる。

 領域内に入れば破壊されると分かっていても、そちらにも反応してしまうのは、人間の心理上仕方のないことなのだろう。

魔女狩りの王(イノケンティウス)!」

「今更動けない巨人を出したところで何になるの?」

 ステイルの目の前に具現化した魔女狩りの王。

 轟々と燃えたぎるドロドロとした塊は、それでも動くことはできない。

「所詮は虚仮威しね」

「さて、どうかな?」

 なに? とパラミラが眉を動かすより速く、

「僕が体の破壊を恐れて動かないとでも思ったのか」

 ステイルが深く重心を落とす。

 頭上からは無数の氷の様な柱。周囲からの人形が無視していても破壊されるとしても、上空からの攻撃を全てどうにか出来る訳ではない。

 加え、頭上からの攻撃は動かないことを前提にしているにしては、範囲が広い。

 人形ごと押しつぶす事を想定して生み出されている。

 柱がステイルの炎で焼き尽くすことができない事は、十分承知していた。

 しかし、摂氏三〇〇〇℃を超える魔女狩りの王の炎なら話は別だ。さらに、魔女狩りの王はルーンの刻印を消去しない限り消滅することはない。

 だが、それには問題があった。

「(大きさが足りないのであれば、ルーンの刻印を増やすまで)」

 ただ、刻印を増やすとなれば、動かざるを得ない。

 魔女狩りの王を動かなくても柱を防ぐ事が出来る大きさにするためには、ステイル自身が動いてルーンの刻印を配置しなければならない。

 神父服の下に収めている一〇〇〇枚以上に及ぶカード。

 腕をひと振りだけでいい。

 それだけで、ルーンの刻印を配置することが出来る。

 恐らくは、それだけの動作でタブーを犯す事になるだろう。

 それを覚悟で、腕を懐に動かす。

 それよりも速く。

「は?」

 と、間の抜けた声をあげたのはパラミラだった。

「何、が・・・・・・?」

 視界が一瞬にして変貌した。

 見えるのは周囲を取り囲む人形たちの姿。

 頭上には、氷の様な柱が今まさに降り注ごうとしている。

 加えて、二メートルも離れていない場所に、ステイル=マグヌス、上条当麻の姿が見えたのだ。

 驚いていたのはパラミラだけではなかった。

 突如隣に現れたパラミラに驚愕したのはステイルと上条当麻も一緒だった。

「まずい・・・・・・ッ!」

 見るなタブー(メルシナ)の魔術は、領域内にいる者全てにタブーが適用される。

 それが術者とあっても例外ではない。

 突如として領域内に入ってしまったパラミラも、タブーを犯せば体を破壊されるのだ。

「さ、三大神秘の一つを解除!」

 瞬間、パシュと何かが吹き飛ぶ様な音がした。

 それと同時に、パラミラが横に飛び退く。

「――吸血殺しの紅十字!」

 周囲を囲んでいた人形達が紅蓮の炎に飲み込まれていく。

「クソッ、何が起こったの!?」

 魔女狩りの王が雄叫びに似た轟音を吐き出し、その手に握られた十字架を握り直している。

 続けざまに、パリィィン、と無数の柱が透明な乾いた音をたてて無残に砕け散った。

 その中心に立つのは上条当麻。その右腕が纏めて落下してきた柱を根こそぎ破壊したのだ。

「(見るなのタブー(メルシナ)の魔術を設置しようにも、この状態じゃ・・・・・・)」

 横へと飛んで距離を取ろうとするパラミラだったが、両手に炎剣を掴んだステイルがそれを許さない。

 魔女狩りの王と共にパラミラを追い詰める。

「――三大神秘の一つを展開!」

 パラミラが腕を振るうと、上空に巨大な柱が生み出された。

 数は一つ。

 直径一〇メートルにもなる柱が、ステイルの頭上目掛けて落下を始めた。

 それでも、ステイルはパラミラから目を離さない。

 頭上の柱に気がついていないかの様に、目もくれずパラミラを追い続ける。

「(コイツ何を考えて――)」

 落下を始めた柱がステイルを捉えようとした。

 同時に、

「うぉおおおお」

 雄叫びと共に上条当麻がその柱を粉々に砕いた。

 カラスが割る様に、ガラガラと破片が崩れながら消滅する。

「おいステイル、今のは完全に人任せだっただろ!」

「その右手はそのためにあるんじゃないのかい」

 上条当麻もパラミラとの距離を縮める為に後を追う。

「(ク、私に見るなのタブー(メルシナ)を使わせないつもりね)」

 領域内にいる者に適用させるタブー。

 その最小範囲は、一〇メートル。

 それをステイルと上条当麻が知っていると言う事はないが、恐らくパラミラ自身と接近していれば、術式の効力から逃れられると言う予想は既についているだろう。

「なら意地でも離れてもらうわ」

 一〇メートル以上の距離を空けなければ、タブーを設定することは出来ない。

 正確に言えば、設定は出来る。

 ただ、自分自身もそれを守らなければならない。

「――三大神秘の二つを展開!」

 今度は柱ではなかった。

 ガラスの様に透明ではないが、氷の様な冷気は感じない。

 それでいて、氷の結晶の様に白く濁った人の形をした巨人。

 ネバネバした人形達に似ていた。

 上半身だけと言う訳ではなかったが、足は膝の辺りまでしか見えず、両手も左右で長さが違う。

 その腕を振り上げ、ハンマーでも振り下ろすかの様にステイル達に叩きつける。

 轟! とその腕が炎に包まれた。

 両者同じ様な大きさ、白と赤の巨人がぶつかり合う。

「魔女狩りの王でも燃やし尽くせないのか」

 白の巨人の腕が炎に包まれるがそれまで。燃やし尽くすまでに至らない。

 摂氏三〇〇〇℃の業火を前に、白の巨人は引けを取らない。

「――領域を設定」

 その間にパラミラは十分な距離を取った。

 例え、上条当麻がその右腕を使用し白の巨人を破壊し、距離を詰めようとしたとしても、パラミラは自分自身が領域の外にいた上で見るなのタブー(メルシナ)を発動することが出来る。

「――その領域内では体を動かす・・・・・・」

 そして、視界が変わった。

 今まで視界に入り込んでいた白と赤の巨人はいない。

 しかし、その後方から確かに感じる。魔女狩りの王が生み出しているであろう熱気。

 それを確認しようとパラミラは振り返り、

 ゴン! と鈍い音と振動が頭の中に響いた。

 一秒ほど宙を舞い、地面を転がり止まったところで自分が殴られたのだと気がついた。

「チッ、戦況を変える為とはいえ、そう何度も力を使うんじゃない。お前だけの問題じゃないんだぞ」

 ステイルの罵声にも似た声が飛ぶ。

 揺れる頭の中でパラミラは上条当麻のことかと一瞬思ったが、そうではない。

 彼の力は、異能の力を全て打ち消してしまうモノだ、相手の位置を移動できるような力は持ち合わせていない。

 パリィィンと白い巨人が崩れ去って行く。上条当麻の右腕が触れるだけで、そこには何も無かったかのように跡形も残らない。

「そこまでだ」

 炎の巨人を背にステイルが言う。

 パラミラは周囲を見回した。

 炎の巨人。そして取り囲む炎の壁。その中にはステイル=マグヌスと上条当麻の姿が見える。

 もう一人いたハズであるが、パラミラの視界には入って来ない。

「もう観念するんだね」

 大凡で作った炎の壁なのだろうが、領域内に収まってしまっている。

 この状態では、自分自身に影響が出ないようにタブーをかけることは出来ない。

「なら殺しなさいよ。貴方たちを殺すか、私が殺されるか、どちらか一つしかないわ」

 パラミラは上半身だけを起こす。

「もちろんそうするつもりさ。だが、一つだけ聞いておこうか。どうして僕たちを狙った」

「ふん、愚問ね。でも良いわ、そんなに知りたいなら教えてあげる」

 パラミラは一瞬間を置くと、

「私を認めさせる為よ」



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事実

 一族の出来損ない。

 そう言われたのは何回目だったか覚えていない。

 一族揃って魔術師と言うのは意外と珍しいのかもしれない。

 魔術師と言うのは、個人の理由の為に力を振るう。

 自分自身の挫折、悲しみ、そう言ったものが魔術師になるまでの過程として存在することが多い。

 そんな中でパラミラは、生まれた時から魔術師になることが決まっていた。

 己の感情や意思など関係ない。

 一族として生まれた時から、魔術師になる運命にあった。

 挫折などない。

 魔術を必要としていた訳でもない。

 出来損ない。

 そう言われても仕方がなかった。

 パラミラには兄がいた。

 三つ歳の離れたその兄は、一三の時にはローマ正教の中でも名の知れ渡る魔術師だった。

 一族は、そのことに満足していた。誇り高き一族の末裔が、世界最大魔術結社であるローマ正教の中でも必要とされている魔術師となったことに。

 しかし、パラミラには何もなかった。

 魔術師として、成功するためには信念が必要だと、誰かが言っていた。

 もしかしたら、パラミラの兄はそれを持っていたのかもしれない。

 何かを成し遂げたいと言う信念。

 魔術師なら誰でも抱えているであろう挫折。

 それをパラミラは持っていなかった。

 魔術を必要とした訳ではなかった。

 ただ、生まれた瞬間から魔術が隣りにあった、だから魔術師になった。

 それだけだったのだ。

 しかし、だからと言って、罵声を浴びせられるのは嫌だった。

 努力をする。

 だが、誰も認めてはくれない。

 一族の視界に写っているのは兄ばかり。

 才能のないモノに向けられる目はなかった。

 そんな中である時事件は起きた。

『守りたいモノがある』

 その言葉を残して兄が、ローマ正教を裏切ったのだ。

 その波紋は、一族に、そしてパラミラ自身にも伸し掛った。

 兄に注がれていた期待が、パラミラに襲いかかる。

 元々魔術師である事に意味など考えなかった自分自身に、落とすれた転機は最悪もモノだった。

 何をするにも出てくるのは兄の名ばかり。

 一族からは代用品として扱われ、ローマ正教内からは、裏切りの魔術師の妹として見られ始めた。

『貴様の兄はこんなモノではなかった』

『貴様の兄は魔術師の恥だ』

 そんな言葉が、内と外の両方耳に風穴が空くほど飛び込んでくる。

 うんざりだった。

 努力しようが、周りからくるのは罵声と侮辱の二つ。

 バカの一つ覚えのように、それだけが頭の中へと叩き込まれる。

 なら、

 だったら、

 超えてしまえばいい。

 

「それじゃあ答えになっていないよ。君は言葉の理解も出来ないのかい。それは理由になっていない、それではまるで魔法名の由来を話しているみたいじゃないか」

 パラミラの話しを聞いてステイルが答える。

「天才には、分からないでしょうね。凡人の気持ちなんて」

 パラミラは吐き捨てるように言う。

 そこへ、

「パラミラ、間違ってるぞ、お前」

「何?」

「いいか、認められたいなんて気持ちで動くヤツなんか、周りは誰も認めてくれねぇ。それがどんなに凄い力を持っていたとしてもだ」

「違うわ。力を持っている者は認められる。持っていないモノは努力したところで誰にも認められないわ」

 努力したものが必ず報われるとは限らない。

「それはお前が認められる為に努力をしたからじゃねぇのか。その努力を誰かの為にしていたら、話しは変わったハズだ」

 力のあるモノが認められるのではない。

 誰かの為に力を使うモノが認められ、その者が偶々力を持っていただけの話しなのだ。

「俺はお前の兄の事なんか知らない、だが、その兄は何か守りたいモノの為に魔術を使っていたんじゃないのか? 天才だから認められたんじゃねぇ、それでも誰かの為に力を使っていたから認められたんだ」

「ふん、綺麗事ね。なら一族はどうなるの。そんな誰かの為に力を使用したくらいで、一族が『認める』」訳ないでしょ」

「周りが認め始めれば、一族だって認めていた可能性だってあったハズだ」

「もういい」

 パラミラは短くそう言うと、

「貴方たちを殺せなければ私のこれまでの努力は報われない」

 一〇センチ以上余っていた右手の袖を、左手で捲った。

 小さな鞘に収まった短剣が見えた。

 長さは約一〇センチ程度か。

 銀色の光を放つそれを、鞘の部分を持っていた。

 柄の部分を差し出す形で、不自然過ぎるその構え。

 そして、ステイルは見た。

 銀色に輝く短剣の柄頭の部分に刻まれてある『Azoth』と言う文字を。

「まさか、君は・・・・・・ッ」

「兄さんを殺した貴方たちを殺し、兄さんよりも優れていることを証明する。それが、私の全て!」

 柄頭が激しく光を放つ。

 その光に一瞬視界を奪われた二人のスキをついて、パラミラは距離を取る。

 二回後方へ飛ぶと、

「――三大神秘の三つを展開。四大元素を生み出し一つは海より精神を運び、二つは大地から肉体を精製、三つを成して空より魂を降り注ぐ」

 周囲の地形が変わった。

 ちょうどステイルの炎の内側に新たな領域を設定するかのように、地面からいくつもの白い柱が生えそびえ、取り囲んで行く。

「ステイル、これは・・・・・・ッ?」

 上条当麻の前に現れたのは、パラミラの生み出したドロドロとした人形だ。

 ただ、出来損ないであったモノとは少し違う。

 完全な人の形をした人形。

 上半身も下半身も、腕から足まで均等に標準とされる人の形をしている。

 それが、五体程度領域内に具現化された。

「クッ、何をするつもりだ」

「塩、水銀、硫黄、三つの三大神秘を展開し、ここにソドムを再現する」

 上空に無数の光が見えた。

 星ではない。

 それは、かつてソドムを焼き払ったとさせる硫黄と火の雨。

「チッ、上条当麻! あの短剣を破壊してパラミラを止めるぞ!」

「破壊しろって」

「あれは、アゾットの剣。錬金術師パラケルススが使用していたとされる霊装だ」

「パラケルススって、確か・・・・・・」

 上条当麻は、かつてパラケルススと言う名を聞いたことがあった。

 ステイル=マグヌスと協同で、その末裔と戦い、勝利を収めたのだ。

「そこまで分かれば、パラミラの言う兄が誰だかも想像が出来るハズだ」

「まさか、アウレオルス」

 上空の光の強さがより増した。

 よく見上げてみると、光と言うよりも青い炎だった。

 硫黄と炎とが混ざり合って作り出す色は、夜空に光る星にも見えて、それでいて不気味な光にも見える。

「止めろパラミラ、そんな事をしても何もならない!」

 上条当麻の叫ぶ声も、周りを覆い隠していく光に埋もれて、パラミラの耳には届かない。

 領域を区切っている塩の柱がその光と共鳴して、青く彩られていく。

 出来損ないではなく完全な人の形をした人形は、それこそ世界の終わりが来たかのように、両手で頭を抱え空へ絶望の声を上げる。

「上条当麻。頭上の光はこっちでなんとか抑えておく、君はパラミラの剣を破壊するんだ」

 ステイルが上空を見上げると、青い炎はより数を増していた。

「早く行くんだ! それともこのままこの領域ごと焼き尽くされたいのかい?」

 領域と言う言葉から、周囲を覆い尽くしている白い柱を破壊すれば良いのではないか、と上条当麻は一瞬考えたが、魔術師であるステイルがそう言わなかったのだから、それでは無理なのだろうと視点をアゾットの剣へと変更する。

 その上条当麻の前を、完全な形となった人形たちが遮る。

「邪魔だ!」

 右手をひと振りするだけで、人形は跡形もなく消滅していく。

 それと同時に、上条当麻の足が急に前に進まなくなった。

 重心だけは前へと移動していたのでそのまま地面へと胸をぶつけた。

 地面は周囲で燃えているステイルの炎に温められていたからか、少し暖かい、などと思いつつ、上条当麻は自分の足元に視線を向けた。

 二体。

 左右の足をパラミラの作り出した人形が、鷲掴みしていた。

「このッ、離せ!」

 体を反らして起き上がろうとするも、さらにもう一体が腰の辺りへと乗りかかり、右腕の肘の部分を持って地面に押さえつける。

 異能を打ち砕く力も、触れることが出来なければ効力を示さない。

 舌打ちと同時にステイルが炎剣で人形たちを焼き払おうと、腕を動かして、

 それより少し速く、

 ポツリと呟くように、パラミラは、

「終わりよ」

 上空に広がった無数の青い光は、白い柱で覆われている領域目掛けて降り注ぎ始めた。

 目が眩みそうな激しい光を放つ。

 その中で、パラミラの周囲から更に白い柱が数本生え、彼女を囲い覆い尽くしていく。

 察するように、その中には硫黄と炎の雨が降り注がないようになっている。

 かつてソドムを襲った硫黄と炎の雨は全てを焼き尽くし、町を破壊した。その周囲には塩の柱だけが残ったと言う。

 白色の正体は塩。

 その柱は、硫黄と炎の雨すらも凌ぐ母なる海を作る三大神秘の一つ。

 パラミラの視界が白色に染まっていく。

 次に、別の色を見る時には全てが終わっている。

 ステイル=マグヌスと上条当麻を殺し、兄を超える事で新しい自分に生まれ変わるのだ。

 一つ目の光が地面に突き刺さろうとしてた。

 それを見届けるように、視界は白色一色に染まり、

 パリィィンッと、ガラスが粉々に砕けるように、塩の柱が宙を舞い、降り注ぐはずの青い光は空へと帰っていく。

「な・・・・・・に・・・・・・ッ?」

 驚愕したのは、パラミラだけだった。

 上条当麻とステイル=マグヌスは多少驚いているものの、パラミラほどではない。

 ステイルに関しては、やっぱりか、と半分呆れたような顔をしている。

 周囲を囲っていたハズの炎も、柱も全て消えていた。

「全く、何のために君を外に出したと思っているんだい」

 その区切られていた領域の外から、

「この様な状況になっているにも拘わらず私に力を使うなと言うこと自体が無理な話だ」

「まぁ、正直に言うと少々手こずりそうだったから、少なからず感謝だけはしておくよ」

 パラミラが振り返ると、そこには一人の青年の姿があった。

 先ほどまで上条当麻とステイル=マグヌスと行動を共にしていた青年だった。

 パラミラの中では、上条当麻とステイル=マグヌスの共通の知り合いと言う程度にしか考えていなかったのだが、

「まさか、この男が」

 数回感じた、奇妙な現象。

 自分の位置が変わると言う、異能の力。

 なぜ、気がつかなかったのか。

 上条当麻とステイル=マグヌス、この両名しかパラミラの目には映らなかった。

 二人の共通の知人と言う認識でしかなかった青年。

 まさか、それが切り札的な存在であったとは思いもしなかったのだ。

 そして、時折混ざる奇妙な違和感。

「さてと」

 と、ステイルは軽くタバコでも加えそうな軽い感じで、

 轟! とパラミラの正面に一本の火柱を舞い上がらせる。

「キャッ」

 何とも可愛らしい声をあげてパラミラは尻餅をついた。

「全く、そうならそうと言えばいいものを。これであの子に何か危険が迫るようなら、灰になっても燃やし続けたいところだよ」

 舞い上がった火柱の火の粉を利用し、ステイルはタバコの火をつける。

「貴方、なめてるの!?」

 立ち上がろうとしるパラミラを横目に、ステイルは一服する。

 明らかに戦闘の意思、と言うよりも意欲が全く感じられない。

「別になめている訳じゃない。単に戦う理由がなくなってしまっただけさ」

「貴方になくても私には――」

「誰も僕の理由が無くなったとは言っていない」

 言葉を覆いかぶせるようにステイルは語る。

「僕の理由は何があっても変わらない。あの子の為に戦い、あの子の為に燃やす。生憎、今この学園都市ではとある理由で魔術側からのサーチが強化されていてね。あの子に危険が迫りやすくなっている状態なんだよ。僕はてっきり君もそちらの方かと思っていたんだけど、どうやら当てが外れたようだね」

「何が言いたいのよ」

 ステイルは吸い込んだ煙を宙へと吐き出すと、

「分からないかい? 理由が無くなったのは君だと言ってるんだ」

「何を言うかと思えば」

「君の理由は、兄を殺した僕と上条当麻を殺し、自分が兄よりも優れていることを証明すること。なら、その兄が死んでいなかったとなれば、君の理由はなくなると言う訳だ」

 なッ、と驚愕を露にしたのは言うまでもなく、パラミラだった。

「な、何をバカなことを・・・・・・」

 兄が生きているなど、馬鹿げている話だった。

 なにせ、その兄が死んだ事実をローマ正教へ伝えてきたのはイギリス清教であり、必要悪の教会(ネセサリウス)であり、ステイル=マグヌスであるからだ。

「と、信じないみたいなんだけど、その辺りどうなんだい、お兄様は」

 ステイルが横目に語りかける。

 パラミラも釣られるようにそちらへ目を向けて、

 案の定、そこにいるのはステイル=マグヌスと上条当麻の共通の知り合いの青年。

 その青年は、

「いきなり言われても、こちらが困るのだが」

 戸惑いを隠せていない。

 ふざけているのか、とパラミラは心の中で歯噛みした。

 その青年は、違い過ぎる。

 顔も、声も、雰囲気も、

 何もかも、パラミラの『兄』とはかけ離れている。

 それに、その本人すら戸惑いを見せていると言うのは、いかがなモノなのか。

「なにせ、名前は愚か妹がいたと言う事実すら忘れてしまっているみたいなのでな」

「忘れて、しまってる?」

「記憶を失い、顔を変えてしまった場合、その男がアウレオルス=イザードであったことを証明するものは無くなる。それを死と言わずに何になる? まぁ、とは言うものの、こうして記憶が中途半端に戻ってしまった訳だが」

 つまり、ステイル=マグヌスがローマ正教に伝えたアウレオルス=イザードの死と言うのは、そう言うことなのだ。

 記憶も失った。外見も変わった。

 かつての人物は死に、新たな人物として人生を送る。

「だったら、逆も言えるハズよ。その男が私の『兄』だったと証明出来るものはないわ。ただ中途半端な記憶を植えつけられた全くの別人であってもおかしくない」

 その言葉を聞いて、一番そのことについて思考を巡らせたのは、言うまでもなく彼だろう。

 ありえない話ではない。

 そのことについては全く疑問を持たなかった。

 自分が記憶を植えつけられた全くの別人である可能性。

「全く、兄妹揃って分からず屋みたいだね。確かに、変えた後の顔を知っているのは僕だけだ。別の人間を用意し、何らかの方法で記憶を植え付けることができたとしよう」

 ステイルは、そこで短く間を置いて、

「でもね、例えそんな事をしたとしても、どうしても欺けないものが一つだけあるだろう。彼だと、断定できるものが一つだけ」

 彼を彼自身だと断定する為の、たった一つのもの。

「君の魔術を打ち消したモノは一体なんだって言うんだい?」

「あ・・・・・・」

 吐息にも似た声を出したのはパラミラだった。

 心の片隅では気がついていたのかもしれない。 

 積み上げてきたものが崩れるのを恐れたのか。

 だが、確信してしまった以上自分をごまかすことは出来ない。

 兄が極めた大いなる魔術。

 パラミラが知らぬはずがなかった。

 その魔術を使えると言うこと自体が、兄の事実を確定させるモノ。

「本当に・・・・・・」

 幼い頃に戻ったかの様な声で、パラミラは呟く。

「アウレオルス兄さん?」



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違和感の正体

 

 眩いほどの朝日を浴びて、自然とその瞼が開いた。

 特徴的な飾りもない、ごく普通の間取り。本棚一つに卓袱台、テレビに机。

 台所にあるのも、冷蔵庫に電子レンジ、後はトースターくらいなもの。

 一人が生活するには十分な家具が備え付けられている。

 が、一人な故に、今目が覚めたばかりのアウレオルスの部屋から、卵を焼いたような匂いが漂うハズはない。

「ん?」

 違和感はそれだけではない。

 朝日が差し込んでくる顔の半分を遮る不自然な影があった。

 本来、窓際には光を遮断する様なものは配置しておらず、備え付けのカーテンも使用していないので、障害物はないハズなのだが、

「・・・・・・君は一体ここで何をしているのだ?」

「ん? いやぁ、それにしても知らない顔だなぁと思っちゃったり?」

 アウレオルスの顔を覗き込むようにしていたパラミラは笑顔でそう答える。

 数日前、上条当麻とステイル=マグヌスを殺害するために、学園都市へと侵入した魔術師。

 その理由が兄であるアウレオルス=イザードを殺した二人を殺すことによって、自分が兄より優れていることを証明することであったが、当の兄が生きていると言う事実を突きつけられて一度は本国へと帰還したハズであったが、どう言う理由か今現在、アウレオルスの部屋へと侵入しこうして現在を迎えている。

「君はあの二人を殺す理由を無くして、本国へ戻ったのではなかったのか?」

「妹が兄に会いに来ちゃダメって法律はないと思うけど?」

 そう呟きつつ、前かがみになっていた姿勢を起こし、

「それに、私が近くにいた方が何かと便利だと思っちゃうワケよ」

「どう言うことだ?」

「ほら、あのイギリス清教の土御門だっけ? あの魔術師が言ってたんだけど、兄さんの生存の情報を受けた魔術側が学園都市に検索魔術をかけてるって話」

「だから、私に極力『力』を使うなと言う話だったハズだが?」

「だからそこよ、そこ」

 パラミラは服に隠れてしまっている右手の平を返して、

「不便でしょ? 魔術師が自由に魔術を使えないなんて。いざという時、それで兄さんに死なれたら困るのよ」

「フム、それで?」

 アウレオルスは上半身を起こした。

 先ほどから、何か鼻の辺りに違和感を覚えつつも、パラミラの言葉に耳を傾ける。

「私たち、兄妹よ」

「フム」

「宗教も同じ、魔術も同じ偉大なるパラケルススから応用してる」

 アウレオルスが使用する黄金錬成(アルス=マグナ)はパラケルススが唱えた錬金術の到達点であり、パラミラが使用する魔術は。パラケルススが唱えた三大神秘の塩、水銀、硫黄を使用したものだ。

「魔力に流れが似ていると思わない? 魔力を精製する生命力は血の繋がりで類似していて、宗教も魔術のパターンも同じよ」

 魔術とは、生命力(原油)から魔力(ガソリン)を精製することから始まる。

 魔術のパターンによって、同じ原油から軽油やガソリンへと精製を行い、それぞれの魔術を発動する訳であるが、同じ原油と言えど、生命力には個々に差がある。

 検索魔術も、その個々の原油から精製される魔力を辿るモノがほとんどである。

「つまり、君が近くに入れば私が力を使っても誤魔化せるといいたいのだな?」

「そう言うことよ。検索魔術だって一〇〇%じゃないわ。付け入る隙は十分すぎるくらいあるのよ。増して私が学園都市へと潜入しスパイでもするなんて言えば、学園都市内で兄さんの魔力が検索されても、私だって言い切れる訳だし」

 パラミラが一度本国へと戻ったのも、その為だった。

 どう言う理由をつけてきたのかは分からなかったが、正直そこまでしてくれるのはありがたい話だった。

「しかし兄とは言え、顔が変わってしまった私にそこまで出来るモノだな」

「まぁ、正直まだ違和感はあるけど、兄妹に変わりない訳だし、兄さんがローマ正教を裏切ってから敵が多いのは知ってたから」

 とは言うものの、アウレオルス自身も整理が出来た訳ではない。

 いきなり出てきた妹、と言う存在に戸惑いを隠せていないのも事実であり、それでいて何故か懐かしいと言う気分が湧き出るのは、パラミラが本当の妹だからだろうか。

「それにしても」

 とパラミラは、再度アウレオルスを覗き込むように近づき、

「本当に顔変わっちゃったね? あのステイル=マグヌスが言うには他の魔術師から誤魔化すためって言ってたけど」

 以前オールバックだった髪型も今では特に特徴のないショートヘアー。緑だった髪色も真っ黒に染められている。

「んー、顔の選びは正直中の中ってとこかしら、ごく一般的な顔にしたのも誤魔化すためだろうけど」

 正直納得いかない、と言う様な仕草で顔を傾げるパラミラ。

「ちなみに、私の顔はそのままだからね」

「・・・・・・すまんが、君との記憶がないのでな、私にとってはその顔が私の妹と言う認識しか出来ないのだよ」

「まぁ、しょうがないよね」

 と覗き込んでいた顔を元に戻し、

「互いに兄妹だと証明できるものが、兄さんの黄金錬成(アルス=マグナ)だけじゃね」

 黄金錬成(アルス=マグナ)を使えるのは、アウレオルス=イザードだけ。

 その事実があれば、例え顔が違っていたとしても、その人物がアウレオルス=イザードであると言う証明になる。

「なら、君が私の妹だと証明できるのは、君の証言だけと言うことになうのか」

 その言葉に、今まで華やかだったパラミラの表情から色が消えた。

「・・・・・・そう言うことになるね」

 アウレオルスは考え事をするように、少し俯いたまま右手に顎を乗せていたので、その変化に気がつかない。

 でも、とパラミラが付け加えて。

「それってどう言うことか分かる?」

「ん?」

 そうアウレオルスが顔を上げたところで、

「ッ!?」

 その小さな左手がアウレオルスの口元を覆い隠した。

 いや、覆い隠すと言った生半端なモノではなかった。親指とその他の四本の指を左右に広げて、頬を鷲掴みしている。

 声を出そうにも、口を開くことが出来ない。

黄金錬成(アルス=マグナ)を使えるのはアウレオルス=イザードだけ」

 色をなくした表情でパラミラは言葉を続ける。

「なら逆はどうかしら?」

 両手を使ってその手を引き剥がそうとするが、細い腕からは考えられない力によってビクともしない。

「アウレオルス=イザードに妹がいるのは事実。でも、その妹が本物と証明出来るモノは何一つない。貴方が言うように、証言のみで妹であることを証明するだけよ」

 アウレオルスは黄金錬成(アルス=マグナ)でパラミラをどうにかしようと試みた。

 が、

「無駄よ。今の黄金錬成(アルス=マグナ)は考えたことを声に出す事によって発動される。故に、声に出せなければ魔術を発動させることは出来ない。以前は諸刃の剣だったけど、今も今で不便よね? こうして口を塞がれるだけで何も出来ないんだからね」

 パラミラの右手の裾から何かが床へと落ちた。

 それは、長さ一〇センチ程にも満たない柄だった。

「さて、ここで問題よ」

 パラミラは肘を引きながら右手を肩の高さまで上げる。

 その裾からは、銀色に光る鋭い刃が見えた。

 名を『Azoth』。

 かつて、パラケルススが使用していたとされる霊装。

「証言でしか証明できない私は一体誰? その正体は貴方の妹、パラミラ=ホーエンハイム? それとも、貴方を始末しに来たローマ正教の刺客?」

 その可能性までは、アウレオルスは愚か、土御門元春を始め、ステイル=マグヌスや上条当麻も考えていなかったであろう。

 アウレオルス=イザードの妹だと言い、ステイル=マグヌスと上条当麻を殺しにやってきた魔術師が、実はアウレオルス=イザードを始末しに来た刺客だったとは。

「まぁ、今の貴方には答えることも出来ないでしょうけどね」

 アウレオルスにとって幸運なことは、隣りが上条当麻の部屋と言うことだろう。

 幸いなことに休日であるこの日。上条当麻は学校に行かず、自宅にいる可能性は十分に考えられた。

 どうにかしてこの状況を上条当麻に伝えることが出来れば、この状況を打破出来る可能性が高くなる。

 パラミラを名乗る魔術師の左腕へと伸びていた自分の手を、今度は後ろの壁へと目掛けて勢い良く殴りつける。

 その音を聞いて、上条当麻が異変に気がつく事を祈りつつ、その手に力を込める。

 それより速く、

 その腕が何かに掴まれた。

 目の前の魔術師の左手はアウレオルスの口を覆い、右手は肩の高さでその手に握った『Azoth』の剣の刃を光らせている。

 では何か。

 その正体は、その感覚と共に明らかになる。

「隣にいる上条当麻に知らせるつもりだったんだろうけど、無駄ね。彼なら朝から外出するところを確認しているわ。まぁ、居たとしても知らされる様なへまはしない。この子たちも作ってあることだし」

 アウレオルスが横目でみると、そこには魔術師によって生み出された人形たちが腕を握っていた。

 さらに、どこからか現れた新たな人形が、足までも押さえつける。

 最早、声を出せず、腕も足を押さえつけられた。

 まさに打つ手なし。

 最後の望みと言えば、魔術師が作り出した人形たち。

 魔術を使用したとなれば、当然魔力を精製したことになる。

 その魔力の流れを、インデックスが察知し異変に気がついてくれることを祈るだけ。

 ただそれだけのことしか、今のアウレオルスには出来ない。

「さて、問題の答えを直接聞くことは出来ない訳だし、そろそろ終わりにしましょうか」

 魔術師の尖った口元から歯がむき出しになる。

 それと同時、右手に握られた刃が躊躇なくアウレオルスに振り下ろされた。

 ちょうど、眉間に辺りに標準を合わせたそれは、次の瞬間アウレオルスの額に突き刺さる。

 グサ、と銀色の刃がアウレオルスの額を捕らえて、その刃は完全に突き刺さり柄の部分しか見えていない。

 まだ意識はあった。

 手足を拘束していた人形たちが離れ、刃がアウレオルスから抜き取られて、魔術師の手がアウレオルスから遠ざかっていく。

 その刃にはアウレオルスの血が付着し、赤い液体が床へと滴り落ちているハズだ。

 以外にもしっかりとした意識の状態で思考を続けているアウレオルスに対し、魔術師は静かに一言伝える。

 

「なんてこともありえるから気をつけてよね、兄さん」

 

「・・・・・・・・・・・・は?」

 一瞬、頭の中が真っ白になったが、状況を確認するために動くようになった手をそっと額へと持っていく。

 額からは、出血どころか、傷一つない。

「それにしても、なかなかの演技だったと思わない? 実はこう言う素質があったりする?」

 パラミラは、その手に握っていた刃の先を人差し指で触りながら、

「それにしても、ここまでうまくいくとは正直思っていなかったわ。映像で残ってるならビックリ映像で応募しても面白かったかもよ」

 要は、ジャックナイフだった。

 おもちゃとして販売されている刃が引っ込むナイフ。それを『Azoth』の剣に見立てるほどの徹底ぶりには正直脱帽するしかない。

「君は、まったく」

 一気に力の抜けたアウレオルスは、大きくため息をつく。

「心配しなくても、私は兄さんの妹のパラミラ=ホーエンハイムに間違いないわ。まぁ証明するものは、証言しかないのは事実だから、一〇〇%信用するのは難しいだろうけど」

 さっきのようなことがない訳でもないから、とパラミラは付け加える。

 そう言った可能性がない訳ではなかったが、アウレオルスが感じた懐かしさ、加えて先ほどの行動も心配した上でのことなら、妹である事実は信用できるものであるだろう。

 少なくとも数日前、アウレオルスが生きていたと言う事実を知った時の表情は、パラミラが嘘をついているようには感じさせなかった。

「正直、心臓に悪い。君のことは信用しているから、もう少し加減してくれ」

「なら、君は止めてほしいな」

「フム、ならどうすればよい?」

「普通にパラミラでいいよ。前もそうだったしね」

「なるほど、ならそうしよう。パラミラ」

「・・・・・・なんか、久しぶりだな、そう言うの。まぁ顔は違うけどね」

 と、数分前までの穏やかな状況に戻り、ふと起床した直後に感じていた違和感の正体が、露になってくる。

「時にパラミラ。少し聞きたいのだがいいか?」

「どうしたの? 改まって」

「君は私が寝ている間台所にいたのではないか?」

「うん、そうだけど」

「あまりの衝撃にすっかり気がつかなかったが」

 アウレオルスは問題の台所に目線を向けながら、

「君は料理の途中に、こんなことをしていたのではないかな?」

「あ・・・・・・」

 ようやく、鼻を襲っていた違和感が現実のモノと一致した。

 それはコクと言えばコク。しかし、行き過ぎればそれはコゲとなり、やがては、

「あわわわぁぁあああ」

 もちろん、数分前までいい匂いだった黄色いモノが、今はどうなってしまっていたかは、言うまでもない。

 部屋に設置されていた警報機が作動しなかっただけでも、よかったのかもしれない。

「やれやれ」

 劇的な朝を迎え、アウレオルスの新たな一日が始まる。



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なぜそうなる

 

「ねぇ兄さん」

 そう呟いたのはアウレオルスの隣りを歩くパラミラだった。

「何だい?」

 妹によるドッキリ作戦が実行されて後、二人は外出することとなった。

 一応、パラミラは学園都市に潜入しスパイを行うと言う名目でこの場にいるらしいので、最低限この学園都市について知る必要があるとのことだった。

 大方、公表しても問題ないモノに関しては外部に発信されているので、データとして入手可能であるが、実際に目で確かめると言うことは重要なことだ。

 『百聞は一見に如かず』と言う言葉は、世界共通語であるのと同時に、科学も魔術も関係なく存在しているらしい。

「何故か、周りの目がこっちに集中しているのは、気のせいじゃない?」

 男女のカップル。と言う構図なら現にアウレオルスとパラミラ以外にも数組が視界に入る圏内でも見て取れる。

 問題はそこでない。

「フム、それはパラミラ、君の服装に問題があるのではないか?」

「ん?」

 そう指摘されて、パラミラは改めて自分の体へと目線を下げた。

 学者の白衣に浴衣用の色彩が盛り込まれたような塗装。

 前は太ももの真ん中までしかないのに、後ろは地面に擦れるほど長く、燕のように左右に分かれている。

 正面のボタンはちょうど臍部の辺りまでしかなく、そこからしたはスカートへと繋がっていた。

 白衣のようで、浴衣のようで、ドレスのようで。

 羽織っているのか、着ているのか。

 おまけに、裾は手元が一〇センチ以上も余ってしまっている。

「これのどこがいけないのかしら?」

「多分、どれもが中途半端すぎる、と見て取られているのだろう」

「あら、でもこれはあえてどっちつかずにすることで、魔術の構成を補助する役割があるのだけど」

 と言う理由があることなど、学園都市の住民に分かるハズもなく、要するに目立っているだけだ。

「フム、ならその時折変わる口調も、魔術と何かしら関係があると言うことか」

「口調なんてものは、一つにしないといけないと言う決まりは無いハズだけれど? まぁ実際は、兄さんの言うように魔術自体を完全にするために、自分自身を不完全な状態に置く、つまり中途半端ってことね」

 服装だけではなく、口調までも中途半端な状態に置く。

「それに、不完全なモノこそ完全なモノを作り出すために必要なパーツ、と言うのは錬金術の教えの一つではなくて?」

 と、パラミラは裾に隠れた手のひらを、肩の高さで上に向けて、

「現に、兄さんの黄金錬成(アルス=マグナ)もこうして弱点の一つを補えた訳だし」

 パラミラが言うのは、アウレオルスの記憶についてだろう。

 不完全な記憶が、黄金錬成(アルス=マグナ)を完全な状態へと一歩近づけたのは、誰が見ても明白である。

 いつ引き金が動いてしまうか分からない銃に、安全装置が備え付けられたようなモノだ。

 言葉一つで自由に魔術を発動させることが出来ると言う利点。

 が、言ってしまえばパラミラの指摘があったように、言葉を封じられてしまえば、発動が出来ないと言うことでもある。

「君の助言は十分理解している。諸刃の剣でなくなった分、封じる手段も増えたと言うことであろう」

「・・・・・・三回に一回ですね」

 ん? とアウレオルスが首を傾げる。

「兄さんはパラミラのことをパラミラと呼ぶことにまだ躊躇がお有りで?」

 と、パラミラは懸念するように、

「私はこんなに兄さんを思慕していると言うのに」

 思慕すると言うのは、今こうして隣りを歩いる状態を言うのか、はたまた今朝のパラミラの行動を指すのか。

 軽い内容で考えるのであれば、前者であると考えるのが無難であろう。

 兄妹が並んで歩く、と言うシュチュエーションなら、確かに思慕していると言えるのかもしてれないが、

「いや、そう言う訳ではないのだが、少々慣れるまでに時間がかかりそうなのでな、もうしばらく時間をくれるとありがたい。こうやって慕ってくれるのは正直嬉しい限りだ」

「こうやって?」

「ん?」

 と、アウレオルスは再度首を傾げて、

「私が言うのは、今朝のことですけれど?」

「・・・・・・あれのどこが慕っている、のだ?」

 前者ではなく、後者。

 あの一連の出来事をどう思慕していると受け止めればよいかアウレオルスが思考していると、

「分かりません? あの瞬間、パラミラがどんな決死な感情で演技を続けていたか」

 と、パラミラは一瞬間を置いて、アウレオルスの表情をのぞき見た後、

「もし、兄さんがその気になれば、黄金錬成(アルス=マグナ)で私をどうすることも出来たハズ」

 口を封じられていたとしても、例えば噛み付いてその手を剥がすことも出来ただろう。

「でも、兄さんはそれをしなかった。つまり、心のどこかで私を妹であると確信していたと言うこと。その事を疑わなかったからこそ、私はあの行動で兄さんの弱点を伝えたと言う訳である」

 それが、パラミラの言う『思慕』と言うことらしい。

「まぁ、正直顔が全くの別人と言うこともあって、多少の戸惑いもありましたけど、黄金錬成(アルス=マグナ)を使えるのは兄さんだけですからね。それが絶対的な証明ですの。だから兄さんも早くパラミラとお呼び下さい」

 変に注目が集まっている、などと言うことは忘れ街中を歩く二人。

 その隣りをドラム式の清掃ロボットが通り過ぎていく。

 それを見ながら、ドラムの形にした方がこの街では自然に溶け込めるか、などとパラミラが呟いている。

「そう言えば、スーパーで良いのであったな?」

「そうね。この街で調達するならそこが一番手っ取り早いわ」

 繁華街に入る手前に位置づけられたスーパーマーケットにパラミラとアウレオルスは入っていく。

 店に入るなり、パラミラはカゴも取らずに一直線に調味料のコーナーへと足を進めた。

 そこで一つ、瓶詰めされた白い粉を手に取りレジに並ぶ。

「ム、五〇〇円か。やはり業務用でない分値段は高くなるのね」

 レジ袋は断り、シールを貼られた瓶を手に取り店から出ると、直ぐにラッピングされたビニールを剥がす。

「要するに、何でもよい訳だな」

 アウレオルスが眺めながら呟く。

「まぁ代用品ってことですわ。一番良いのは死海などから直接手に入れることだけれど、毎回そう言う訳にはいかないから」

 裾の中に入った状態の手で器用にキャップを外したパラミラは、それを右手の裾に隠していたとある短剣の柄頭へと近づけ、予め柄頭を外しておいたその中へと白い粉を流し込んでいく。

「形状は何でもいいですの。粉末であろうと、液体であろうと、固体であろうと。それが短剣の中に入っていると言うことが重要なの。こんな街中では粉末を使うことが多いけど、海辺にならば直接水を使うことだってありますわ」

 中身を全て入れ替えたパラミラを瓶を徘徊中のドラム式清掃ロボットの近くに置いた。

「さて、用事も済みましたし、これからどうされます、う?」

 パラミラの歯切れが悪かったのは、アウレオルスが自分とは全く別の方を向いていたからだ。

 何か珍しいモノでもあるのかと、パラミラがアウレオルスが向ける視線へと方角を合わせる。

 そこには女の子の姿があった。

 ム、とパラミラが眉をひそめていると、

「あッ」

 その女の子がこちらへと近づいて来た。

 もちろん、数日前に学園都市に入ったパラミラに知り合いなど居るはずもない。

 かと言って、魔術側の気配もない。根っからの科学側の雰囲気が漂っていた。

「あんたッ、この前はよくも邪魔してくれたわね」

 と、少女はいきなりアウレオルスに向かって突っかかって行く。

「・・・・・・あぁ、君か。邪魔と言うよりも、正当防衛と言ってもらってもよいと思うのだが。彼に取っては日常茶飯事のようだが、私には免疫がないのでな」

 学生服を身に纏った茶髪の少女は、アウレオルスの顔見知りだった。

 と言っても、会ったのは一度きりだったが、とある少年のおかげで出会ったと言うよりかは巻き込まれたと言う方が正しいのかもしれない。

「今日はあのツンツン頭と一緒じゃないみたいね」

「まぁ、常に一緒にいると言う訳ではないのでな。お目当ての彼がいなくて申し訳ないな」

「お、お目当てって、別にそんなつもりはないわよ!」

 少しふてくされつつあるパラミラを他所に、二人の会話は続く。

「で、どうしたのだ? 今日はこの前邪魔されたお返しをしにきたのかい?」

 頬を火照らせていた少女は、ピクっと反応すると、

「ふーん、それもいいわね。あんたもあのツンツン頭と同じでよくわからない能力を持ってるみたいだし、正直今度は正々堂々と勝負をお願いしたいくらいだけど」

 バチン、と少女の前髪から火花が散る。

「でも、残念だけど今はそんなことしてる場合じゃないのよね」

 少女は少し残念そうに肩の高さで右手の手のひらを上に向ける。

「で、質問なんだけど、銀色の髪の女の子見なかった?」

「銀色の髪?」

「そうそう。背は私の同じくらいかな。結構長めの髪だし、色も色だから見てたらすぐ分かると思うんだけど」

 長い銀色の髪。その時点でアウレオルスの脳裏に浮かんだのは言うまでもなく一人の少女の顔だった。

「それは、白い修道服を着ているのではないか?」

「修道服?」

「違うのかい?」

 アウレオルスの中では、銀色の長髪と言うキーワードからはインデックスと言う姿しか連想出来なかった。

 かつ、共通して二人は上条当麻の知り合いであり、面識があってもおかしくはない。

「いや、ウチの生徒だから、修道服はないと思うわ。私と同じ常盤台の制服を着てると思う。だから余計に目立つと思うんだけど、見てないってことはこの辺には来てないってことか」

 顎を手に乗せて考えるように呟く少女。

 その少女に聞こえるようにボソっと呟く一言。

「兄さん、この中途半端なモノは一体誰ですの?」

「も、モノ!?」

「女ならスカート、男なら短パンと区切りをつければいいものを、両方備えつけるなんて。実はその胸も付けモノではなくて?」

「ッ!! あんたに言われたくない! 中途半端って、そう言うあんたの方がそうじゃないの? 長すぎ! 短すぎ! ちょうどいい具合があったんじゃないの? って言うかあんた誰?」

「人に聞く前に自分から名乗るのが筋ではなくて?」

「ふん、私は御坂美琴」

「私はパラミラ。貴方に教える名などこれで十分」

 ハァ、と一つため息をつくアウレオルス。気が付けば周りから人気がなくなっている。

 恐らくは、瞬時にパラミラが人払いをかけたのだろう。

 要するに、戦う気が十分にあると言うこと。

「人をモノ呼ばわりするなんて、失礼なんじゃないの?」

「あら、私は事実を言ったまででは?」

「ふーん。ちょっと不本意だけど、しばらく地面で大人しくしてもらう必要があるみたいね」

 と、前髪から火花が飛ぶ。

「貴方も、いきなり慣れ慣れしい。そんな中途半端で兄さんに近づくな。私が排除してあげる」

 なぜそうなる。

 と、一人で突っ込んでみたところで事態は解決する訳でもなく、アウレオルスは頭を抱えた。

 それこそ、とある少年のように一つ深いため息を吐く。

「いいのかしら? 謝るなら今のうちだけど?」

「さぁ、何の事かしら?」

「そう、残念」

「そうね、残念、ね!」

 パラミラが腕を振るうと、頭上に白い氷柱の様なものが生み出され、それが地面へと突き刺さる。

 それを察知した御坂美琴は後方へ手を伸ばすと、吸い付けられるように体が宙へと舞い、街灯の上に着地した。

「水流操作系の能力? それとも直接氷を作り出す氷結能力者か。それにしては冷気を感じないけど」

 御坂美琴は街灯の上で片膝を付きながら分析する。

「先程の火花といい、電気を操る能力者か」

 パラミラが手を振るう度に頭上から氷柱のような塊が降り注ぐ。

 数は一〇ほど。

 ゴツゴツとした柱は貫くためではなく、どちらかと言えば押しつぶすことを目的としているようだ。

「そんなモノ!」

 バチン、と火花が散ったと思うと無数の方角へ電撃が走る。

 それらは、落下を始めていた柱を飲み込み、一瞬にして塵へと変える。

 ハズだった。

「えッ?」

 それどころか、柱は電流を纏ったまま落下を始め、容赦な街灯へと突き刺さる。

 瞬時に飛び降りた御坂美琴は軽い受身を取るような形で地面に膝をついていた。

「電撃が、効いてない?」

「雷は何から生み出されるか」

 両足を左右に広げ、左の手首を折り返して腰に当てた状態で御坂美琴を見下ろしていた。

「簡単な話、自然の摂理では雷は雲から生み出される」

「何が言いたいの」

「あら、分からない? 順序の問題よ。雷は雲から、そしてその雲は母なる海から生み出される」

 そして、その海を作り出しているのは『塩』だ。

「要するに矢印は一つの方向にしか流れない。海を作り出している塩が、海から作り出されたモノに砕かれる訳がないのよ」

 ステイル=マグヌスが生み出した摂氏三〇〇〇度を超える炎ですら、パラミラの塩の柱を完全に消し去る事が出来なかったのだ。

「・・・・・・」

 片膝を付いたまま黙る御坂美琴。

「あら、静かになりましたね。態度を見るからに、余程自信があったようですけど、所詮はこのてい――」

「ねぇ、ジュールって知ってる?」

「ん?」

「簡単に言えば、電気抵抗物体に電流を流した時に発生する熱量を言うんだけど」

 そう言いながら、御坂美琴は街灯を壊して無残に地面に突き刺さっている塩の柱の一つに電流を流し始めた。

 案の定、柱は電流を纏うだけで破壊することもできない。

「さて、問題。私の最大出力は一〇億ボルト。その電流を貴方が電気では絶対に壊れないと言ったその(抵抗)に流し続けたら、一体どれだけの熱量が生まれると思う?」

 結果は目に見えて現れた。

 摂氏三〇〇〇度の熱にさえ耐えていた塩の柱が、モノの数秒で跡形もなく消え去ったのだ。

「な、ッ! 高がジュール熱如きで!?」

「別に驚くほどのもんじゃないでしょ。私は自然の摂理みたいな分野に関してはそんなに詳しくないけど、貴方の言う母なる海だって、太陽の熱で蒸発するのと一緒じゃない?」

 確かにその通りだと、一瞬パラミラは納得しそうになった。

 が、事はそう単純ではない。

 四大元素を生み出し三大神秘の一つが。あのソドムを焼き尽くした火の雨の中でさえ破壊されなかったとさせる塩の柱が、こんな電流を流しただけの熱でいとも簡単に壊されてよいのか。

「なるほど、腐っても学園都市の能力者。こちら側の摂理だけでは対応出来ない事柄が存在すると言う訳か」

「大気系の能力になるのかな、まだよく分からないけど、それだけならこっちが全部出すまでもなく終わっちゃうわよ?」

「いい気にならないで」

 少し前傾姿勢になった御坂美琴と、右手を斜め前に突き出し裾の中に隠れた短剣の感触を確かめるパラミラ。

 両者とも、小手調べは終わりと言わんばかりに次なる能力の使用を考えていた。

 御坂美琴の前髪から火花が散り、パラミラが短剣の柄部分を軽く振る。

 それと同時に、

 

「動くな」

 

 ガリガリガリ、と全身を走り抜けていく奇妙な感触。

 一歩踏み出そうとしていた足が、地面にへばりついたまま離れない。

「これは・・・・・・ッ?」

 御坂美琴には覚えがあった。

 数日前、とあるツンツン頭の少年を追いかけていた日に、同じような状態に陥った。

 それがまさに、この状態。

 自分の意思とは関係なく体の自由を奪う。

「精神系の能力? それも、意識のレベルを変えないまま他人の行動を支配できるわけ?」

「パラミラ」

 低い声が響いた。

「もうその辺にしたらどうだい」

 一つため息をつきながら、アウレオルスは額に手を当てて二人の間にゆっくり近づいて行く。

「私を慕ってくれるのは嬉しいが、方向を間違えないでくれるとありがたい。このままでは彼のようになりそうだ」

 ちょうど真ん中に立ったところで、

「御坂美琴だったか、君ももうその辺でいいだろう。妹が無礼を働いたことは私が謝ろう」

 アウレオルスは御坂美琴に正対し頭を下げる。

「に、兄さん!?」

 動けないまま、パラミラは口だけをパクパクさせている。

「ま、まぁ、私も大人気なかったと思うし、今日はこれくらいにしてあげてもいいわ。で、これどうにかならないの?」

 少し前かがみの状態で固まってしまった自分を、視線を動かして訴える。

「ウム、そうだな。もう『動いていいだろう』」

 パシィン、と目に見えないガラスが弾けるような音がした。

 その瞬間、不自然な格好で固まっていたパラミラと御坂美琴の体は呪縛から開放されたように自由になった。

 透明なセメントの中に閉じ込められていたような感覚を思い出し、御坂美琴は少し身震いしながら自分の手足の感覚を確認する。

「全く、一体どんな能力なのよ。あの第五位能力でさえあたしに干渉出来ないってのに」

 御坂美琴の言う第五位とは、常盤台もう一人の超能力者(レベル5)心理掌握(メンタルアウト)の能力を持つ少女のことだ。

 記憶の読心、人格の洗脳、念話、想いの消去、意志の増幅、思考の再現、感情の移植などなど精神に関する事ならなんでもできる十徳ナイフのような能力を持っているのだが、御坂美琴に対してだけは、電磁バリアにより能力が妨げられるため干渉できないでいた。

 つまり洗脳で言えば、彼女とは全く異なる方法で人間の行動を掌握しているのか、或いはその一点に関しては彼女を上回る力を持つことになる。

 しかし、後者の可能性は極めて低いと御坂美琴は考える。

 学園都市における最高の精神系能力者である彼女を上回る能力者が存在するのであれば、名前が知れ渡る以前に、彼女が黙っていないだろう。

 つまり、考えられることは全く異なる能力者と言うこと。

 例えば、大気系能力者。

「(空気の流れを制御できれば、ある領域の空気を固定することで相手の動きを制御できる?)」

 一定範囲の空気をコンクリートのように固まらせることが出来れば、動きを拘束させることは可能だ。

「御坂美琴」

 御坂美琴が考え事をしていると、何やら恐る恐る話しかけるような声が聞こえてきた。

「その、なんだ。急に突っかかるような事をして悪かったわ。それと、モノなんて言ってごめんなさい、むしろ貴方はかわいいわ、女性の私から見てもね」

「な、べ、別に今更お世辞まで付け加えなくてもいいわよ。それに、あたしも少しやりすぎたと思うし」

 頭を下げて謝るパラミラに一瞬戸惑いながらも、御坂美琴は自分自身にも落ち度があったと反省する。

 一方のパラミラは下げていた頭を上げると、御坂美琴へと一歩歩み寄り、

「仲直りよ」

 と、右手を伸ばす。

 御坂美琴もその右手を取りに行って、

 グワっとパラミラはその右手を引き寄せて、御坂美琴の頬へ自分の頬を近づける。

「ちょッ」

 一瞬驚いた御坂美琴であったが、そう言えば外国では挨拶や何かことがあるごとに『ハグ』をする習慣があったような、などと思い出していると、

「次は、兄さんのいない所で」

 そう言い放つと、御坂美琴の右頬へ軽くキスをし、クルリを回りながら御坂美琴から距離を取る。

「なッ、ちょっとあんた!」

「そう言えば、何か用事があったのではなくて?」

 再度突っかかりそうになった御坂美琴はパラミラの一言で、自分がなぜここに居るのかを思い出す。

「クッ、そうね、こんなことしてる場合じゃなかったわ」

「フム、先ほど話していた銀髪の少女のことか」

「そうよ。あんた達も、そんな子を見かけたらあたしが探してたって伝えてもらえると助かるわ」



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その目的は

「ねぇ兄さん」

 数分前にも同じような言葉を聞いたな、と思いつつアウレオルスは自然に振る舞いながら返答する。

「何だい?」

「あの女、能力者ではどのくらいの位置にいるの?」

「あぁ、確か彼女は学園都市に七人しかいない超能力者(レベル5)の一人だったと思うが」

 学園都市の人口は二三〇万人。

 つまりは、三二万分の一の天才。

 さらに加えると、魔術とは才能の無い人間がそれでも才能ある人間と対等になる為の技術であることを考えると、その天才ぶりは一体どれほどのモノになるのか分からない。

 にも拘わらず、彼女は言う、

「なるほど。ならもう少しで学園都市頂点の一人を始末できそうだったってことね」

 でも、とパラミラは歯噛みして、

「あの女、さすが学園都市のトップクラスに君臨するだけのことはある。まさか、酸素を分解してオゾンを作りだし毒を中和させるとはね。そんでもってそれをやってのけて平然としているってのが無性に腹が立ちそうだけど」

「おいパラミラ、毒とはどう言うことだ?」

「あら兄さん、簡単な話じゃない? 食塩を電気分解すると金属ナトリウムと塩素に分解される、ってのは錬金術の一族に生まれた私たちにとって当たり前のことだけど、その辺の知識は覚えてる?」

「あぁ」

「なら説明するまでもないと思うけど、私が生み出した塩の柱を彼女がジュール熱で消滅させた瞬間、本来であるなら電気分解によって生じた塩素ガスが彼女を襲うハズだった」

 塩素は強い毒性を持つ為、人類初の本格的な化学兵器としても使われたことがある。

 身近なモノで言えば、塩素を含む漂白剤とトイレの洗剤を混合すると、有毒な単体の塩素ガスが発生することは有名な話だ。

「それをあの女はオゾンを作り出して中和させたのよ」

 オゾンも有害ではあるが、科学反応ですぐに酸素に戻ってしまう。

 結局あの場では、パラミラの作り出した塩の柱が御坂美琴の電撃に破壊されたと言う事実が残っただけ。

「・・・・・・」

 アウレオルスは、パラミラの話を聞きながら何故か黙り込む。

「ん? あぁ、なんで私がこんなにこっち側の知識を持っているかって話? それはただ単に自分自信の魔術を効率よく使うにはどうしたら良いかってことを考えた結果、メリットとデメリットを調べ上げた賜物と言うべきかしら?」

「パラミラ」

 呟く声はパラミラには届かず、

「学園都市のトップランカーを仕留め損なったのは大きいかしらね。一族が認める材料になり得た可能性もある訳だし」

「パラミラ!」

 耳元と言う訳ではないが、予想以上の声量にパラミラは思わず片目を瞑る。

「に、兄さん?」

「すまないパラミラ。一つ頼みたいことがある。その周辺に『人払い』を貼ってくれないか」

 予想外のお願いに一瞬戸惑ったパラミラではあったが、特に理由を聞くわけでもなく一定の範囲にかけて『人払い』をかける。

 アウレオルスの突然の声に注目していた一般人も、次第にこの場を離れるように歩き出し、モノの数秒で視界には人一人見えない状態となった。

「これでいいの?」

「・・・・・・あぁ、すまない」

 視界数百メートルに渡り二人だけの状態。

 一体何が始まるのか、パラミラがそれを訪ねようとした、直後、

 

 ドン!!、と鈍い音が一面に広がった。

 

「・・・・・・アッ・・・・・・?」

 自分自信に何が起こったか分からない。

 理解出来るのは、何故か自分の目線が地面スレスレになったことと、アスファルトが冷たいと言うこと。

 加えて、一言呟くように聞こえた、兄の声。

 その一言を鮮明に覚えていたからこそ、徐々に自分が今どんな状態でいるかが理解し始める。

「パラミラ」

 低い声が響いた。

「君は何か勘違いをしているのではないか?」

「に、兄さん?」

「私は君に、なぜ毒など使用したのか、と聞いているのだよ」

 化学兵器として使用されたこともある、有毒物質。

 つまり、人を殺す力を持つ。

「パラミラ、君に一つ言っておく。私には記憶がない、故に昔の私がどんな人物だったと言うことも他人から聞いた情報しか持ち合わせていない」

 かつて、三沢塾の一室で一人の少女を殺そうとした事実。

「だが、今の私はこの力を誰かの為に使うと約束しているのだよ」

 一人の少女を助けるために会得した力。それを破壊に使用したと言う事実。

「だからこそ、君がこれからも自分の力をそんな形で使っていく、と言うのであれば、私はその力の犠牲になる誰かのためにこの力を使用しなければならない」

「・・・・・・」

 今度はパラミラが黙り込む。

 兄が自分にしてきた要求、むしろ命令に近いだろう。

 つまり、アウレオルスはパラミラが無闇矢鱈に人を傷つけるような行為、或いは死に至らしめるような行為を続けるのであれば、誰かがそうなる前に手を打つと言っているのだ。

 それが、自分の妹であろうと。

「フフ」

 地面にひれ伏した状態でパラミラが笑う。

「何がおかしいのだ?」

 いえ、と一言呟いた後、

「兄さんは昔も今も変わらないのですね」

 何故かうれしそうにパラミラは続ける。

「今はこの力を誰かのために使うと約束している。『今は』ではなく『今も』ですわね。隠秘記録官(カウセラリウス)だった頃も、ローマ正教を抜け出した時も、兄さんは自分の力を誰かの為に使っていたのでは?」

 記憶がなくなっていようと顔が変わっていようと、根本的な部分は何も変わっていない。

 誰かのために、力を使う。

 アウレオルス=イザードと言う男は、そう言う人間なのだ。

「なら、なぜパラミラはそうしようとしない」

「育ち方の違い、と言うべきかな、要するに私には余裕がなかった」

 一族に認められるために、他人に構っている暇はなかった。

 自分のために力を使う。

 パラミラにはそれしか出来なかった。

 それが、自分の兄との大きな違い。

 そのことに当時のパラミラは気がつくことが出来なかった。

 他人のために力を使うからこそ認められる。

 とある少年がパラミラに向かって言い放った言葉だ。

「でも、兄さんがそう言うのなら、今から私はこの力を誰かの為に使うと約束しましょう」

 その時から、薄々自分の中では感じ始めていた。

 実行出来なかったのは、自分の生き方を否定することになるからだろうか。

 しかし今となれば、兄の一言でその壊れかけの鎧はいとも簡単に剥がれ落ちる。

「本当か」

「ええ、だからこれをどうにかして頂けません? さすがに地面の上は堪えますの」

「ウム、そうだな。もう立っていいだろう」

 ふわり、と今まで鋼鉄のように動かなかった体が、まるで背中に羽でも生やしたかのように動く。

 時間でも巻戻しているように、体が起き上がり立位へと戻る。

 パラミラはスカートについている埃を手で払うと、

「こんな事をなさらずとも、兄さんが一言言ってくれたら解決することなのに」

 今のパラミラにとって、兄の一言こそ最優先となる。

 過去の生き方を否定することになっても、今からの生き方を肯定すればいい。

 それほど、パラミラにとって、『兄』と言う存在は大きい。

「まぁ、その保証は正直言って分からんが、言うならお返しと言った所か」

「お返し?」

「今朝の事だよ」

 あぁ、とパラミラは妙に納得した。

 言うならドッキリ返しと言った所か。

 危機感溢れる演出ぶりはさすがは兄と頷いてしまうほどのモノだった。

 予告なしの黄金錬成(アルス=マグナ)の使用。そして上から見下ろす目線は、プロの魔術師その者の目だった。

 記憶を忘れていようが、顔が変わっていようが、根本的な中身は変わることはない。

「意地悪な兄さんだこと」

「君の兄なのであろう?」

「えぇ、それは間違いなく」

 未だに周囲に人はおらず、二人で空間を支配している気分になるが、恐らくこれで『人払い』をかけた用事は済んだだろうと、パラミラは魔術を解除しようとして、

「あぁ、そう言えば」

 とアウレオルスはパラミラに一歩近づくと、

「痛くなかったか?」

「フニャァァ」

 奇妙な声が出た途端、周囲に張り巡らされていた人払いが解かれる。

 それはと言うのは、アウレオルスの手のひらが、パラミラの頭に乗せられたからだ。

 次第に人が戻ってくる中で、アウレオルスの手のひらがパラミラの頭を撫でる。

 まるで、子猫みたいな声を出すパラミラだったが、フとさらに周囲の視線が集まっていることに気がつく。

「・・・・・・兄さん、それくらいに」

「ん? あぁ、そうだな。倒れた時に傷も見受けられんしな」

 意外にも、アウレオルスは他人の目を気にせず、意外にもパラミラは他人の目を気にしている。

 普段であるなら、アウレオルスは周囲に目を配って気にするようなタイプであり、パラミラは周囲など気にせず我が道を行くようなタイプなのだが、何故か今はそれが逆転してしまっているようだ。

「兄さん、もう少し人目につかないように歩きましょう」

 そう言いながら、パラミラはアウレオルスの手を引く。

「具体的にはどうするのだ?」

「基本的に街には人に死角となる場所が多く存在するから、要するにそれを辿るように歩くって感じかな」

 建物の影に隠れなくとも、街路樹や広告など障害物を利用し、視線を留まりにくくすることで他人の死角に入り込む。

 大人数相手に効果的なのか、多少の疑問も残るが一般的より目立っているパラミラにあっては、それくらいでちょうどいいのかもしれない。

 普段ならこんな事しないのになぁ、などとぼやきつつパラミラは自然な形で死角になる場所を辿るように歩き続ける。

 単純に考えて、死角になる部分を歩くと言う事は、それだけ他人と重なる可能性が低いと言う事だ。

 意識しなければ通る事のない線の上を、何気なしに通る一般人はそう簡単にはいない。

 にも拘わらず、歩き出してまもなくパラミラの肩が相手に擦れそうな距離で、女性とすれ違った。

 黒い長髪から日本の女性と思われるが、日本の女性にしては、背の高い部類に含まれるだろう。

 パラミラの肩が肘上に擦れる辺から一八〇センチ近くはあるのではないだろうか。

 そして、その女性と連れ違った瞬間、パラミラの足が止まった。

「どうしたのだ?」

 パラミラはゆっくりと振り返り、

「何で、あんなのが学園都市にいる?」

 意識して追わなければ、直ぐに死角に消えてしまう。

 そんな風に歩いている人物が自分たち以外にいる。

 それはつまり目立ってはいけない理由があると言うことになる。

「(まさか、兄さんを? いや、魔術側が感知した魔力の流れは予め潜入していた私のモノだったと言う事になっているハズ)」

「パラミラ、あの女性か」

 アウレオルスもその違和感の正体に気がつき、視線の方向を合わせる。

「えぇ。もしかしたら、兄さんを狙って入り込んだ魔術師かもしれないと思ったけど、この前の検索魔術に兄さんの魔力が引っかかったのは誤認と言うことになってるから、その線は大丈夫だと思う」

「ただ単に学園都市に入って来ただけと言う可能性はないのか?」

 パラミラは小さく首を横に振る。

「態々敵の本拠地に用もない魔術師が侵入するとは思えない。増して、あの女の規模になれば何もないことなんてありえないわ」

 パラミラは視線を外さずに話を続ける。

「兄さん、少し後を追いませんか?」

「ウム、そうだな。その魔術師に何かしらの目的があるのであれば、気になるしな」

「意見が一致して嬉しいですわ」

 魔術師から一定の距離を保ちつつ、アウレオルスとパラミラは追跡を開始する。

 彼女の歩いたルートをそのまま同じように歩き、周囲から視線を集めることなく、追跡を続ける。

「念のため」

 そう呟きながら、パラミラは偶々通りかかった裏路地に向けて右手を伸ばした。

 アウレオルスが通り過ぎなにそちらに目を向けると、何か銀色の液体の様なものが地面に広がって行くのが見えた。

見るなのタブー(メルシナ)には領域の設定が不可欠なの」

 何をしたのか、と言うアウレオルスの思考が分かったかのように、パラミラは説明を始める。

「正確な領域を設定しなければ見るなのタブー(メルシナ)は発動しない。まぁ、今回の場合は一種の保険みたいなもの。どちらかと言えば見るなのタブー(メルシナ)は攻撃をすると言うよりも相手の動きを制限し拘束する役割の方が大きいからね。もし、相手が兄さんに対し何か害のある行動を取ろうとしているなら、まずはこれで相手を動きを拘束する。その上で、次の一手を講じて行くわ。もちろん、これは兄さんの為だから魔術を使用してもいいでしょ?」

「私に限らず、誰かのために魔術を使うと言うのなら、私が止める理由もない」

 ありがとう、と小さく呟きつつ魔術師が裏路地に入って行くのを確認する。

 自然な流れで壁に寄りかかると、体を傾け角の先へと目線を送る。

「・・・・・・クッ、いない」

 が、その先には誰の姿もない。

 ただ真っ直ぐな直線が続くにも拘わらず、そこには魔術師の姿がない。

「まさか上へ?」

 頭上を見上げれば、高さ四〇メートルほどの建物がそびえ立つ。

「この短時間で上へ登ったというのか?」

「えぇ、あの魔術師になら可能な芸当だわ。兄さん、お願い出来る?」

 一体どんな魔術師なのかと言う疑問を抱きつつ、アウレオルスはパラミラの肩に手を回す。

「では、上に参ろうか」

 次の瞬間には、体が宙を浮いていた。

 一〇メートルほど下に高さ四〇メートルのビルが見えた。

 アウレオルスはパラミラをお姫様抱っこすると、

「あのビルに着地する」

 瞬きをした回数を数えるとするなら、大凡三回にも満たないだろう。

 それほど一瞬と言う間に、アウレオルスは上空へと舞い上がり、着地点を確認した上で再度黄金錬成(アルス=マグナ)を発動した。

 片膝をついてパラミラを下ろすと、周囲を見渡した。

 パラミラの予想では、追跡中の魔術師も何かしらの方法でビルの屋上へと移動したと言うことだが、

 カツン、と。

 それを決定付けるようにブーツで地面を叩くような音が響いた。

「私に何か用でしょうか? しばらくの間私をつけていたようですが」

 特徴的なのは、その長く腰まで伸びた束ねられた黒髪。左足だけ極端に短いジーンズ。その腰元には二メートルを越す日本刀が改造されたガンホルダーに収められている。

「なるほど、気づいていながら泳がせたと言う訳ね。まぁ、遅かれ早かれこっちから接触はするつもりだったし」

 アウレオルスは率直に訊ねる。

「用があるのは他でもない、君の目的が知りたくてね」

「目的、と言うのはつまり、私がどうして学園都市にいるのか、と言うことでしょうか?」

「そう言うことになるな」

 対峙しただけで普通の魔術師ではないのがビリビリと伝わって来る。

 パラミラが、あんなの、と呟いた理由が分かるような気がしていた。

 土御門元春やステイル=マグヌスとはまた一つ違う。

 彼らから感じたことのある殺気とは異なる重圧。

「それを聞いてどうするのですか」

「それによっては、こっちの行動も変わってくるってことよ」

 どちらかと言えば、殺意がない。

 重圧を放って、自分に近づけさせない処置を取っている様にも感じる。

「なるほど、つまり」

 と、魔術師は短く間を切って、

「私の目的がアウレオルス=イザードか、と言うことですか」

 ビリビリっと体の中を電流が走った。

「(この女)」

「(知ってる。兄さんがアウレオルス=イザードだってこと)」

 ステイル=マグヌスに顔を変えられてから、現在の顔を知る者は両手で数えられるほども人数しかいない。

 にも拘わらず、初対面の魔術師がこの場でアウレオルス=イザードの名を出してくると言うのは、それは現在のアウレオルス=イザードを知っていると言うこと。

「・・・・・・もう一度訊くわ、貴方の目的は何?」

 パラミラはすでに見えない裾の中で短剣を構えていた。

 確定させる発言があれば、すぐに領域の最終調整を終わらすだけで見るなのタブー(メルシナ)を発動させられる。

「無駄ですよ」

 眉一つ動かさず、魔術師が言葉を続ける。

「パラミラ=ホーエンハイム。貴方が領域を設定する時間と、私の『七閃』どちらが速いのでしょうね」

「なッ?」

 アウレオルスだけではない。

 パラミラに関しては魔術の発動条件まで把握されている。

 自然と重心が数センチ下がった。

 スタンスがジワリと広がり、少しずつ緊張が高まっていく。

 それでも魔術師の表情は変わらない。 

 ただ淡々と事実を伝えていくのみ。

「と言うのは扠措き、本当の目的を話しましょうか」

「・・・・・・は?」

 と間の抜けた声をあげたのはパラミラだった。

「私が貴方たちの事を知っているのは。ステイルと土御門に聞いたことに他なりません」

「ステイル=マグヌスと土御門元春となれば、君はイギリス清教の魔術師と言う訳か」

「はい。神裂火織と申します」

「やっぱりそうだったか」

 気を取り直したパラミラが名前を聞いたと同時に呟く。

「世界に二〇人といない『聖人』。そんなものが出てくるとはね。兄さんが目的ではないとすれば、いったい何のために学園都市に?」

 おや、と神裂火織は不思議そうに、

「何のために、ですか。貴女方ローマ正教も同じ目的で魔術師を送り込んでいると聞いていたのですが、貴方ではなかったのでしょうか」

「同じ目的?」

「ええ、そうです」

 神裂火織はビルの上から学園都市を見下ろしながら、

「学園都市に捉えられている『ある人物』を救出することです」

 ピクリ、と誰も気づかない範囲で体が動いた。

 それは、聖人である神裂火織でも気がつかないほどのもの。

「さぁ、私が学園都市にいる目的は兄さんだから、それ以外は何もないわ」

「そうですか」

 それはよかった、と神裂火織は続ける。

「貴方たちとの交戦は避けれそうです」

 聖人と言う言葉は頭の中に知識として残っていた。

 生まれた時から神の子に似た身体的特徴・魔術的記号を持つ人間。

 世界に二〇人といない天才。

 それほどの存在が学園都市に送り込まれ、ある人物を救出すると言う。

 なら、その人物は一体どれほどの者なのか。

「君ほどの魔術師が学園都市に潜入し、救出を行うとなれば、一体それはどんな人物なのだ」

「そうですね。貴女方は直接ローマ正教に関わりが無いようですし問題はないでしょう」

 何か特別な力を持っていることは間違いないだろう。

 科学と魔術。

 その両方が奪い合うような何かを。

「名を岩見澤(いわみざわ)と言います」

 

 岩見澤セレナ、と。



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クリティカル

「A班、そちらの様子はどう?」

『こちらはまだ発見できず』

「そう、了解したわ」

 とある車の後部座席に座り、布束砥信は小型無線を握りつつ、少し焦りを感じていた。

「全班に通達、あの子を見つけ次第直ぐに連絡を。or else、あの子が危ないわ」

 数時間前に上層部より連絡を受けた。

 外部からの侵入者。

 こう言う時に限って、相手の携帯電話に連絡がとれないと言う事態が起こる。

 普段携帯電話を使うことが無いからといって、電池の残量くらいは確認するのが普通だろう。

(最後に確認するべきだったわ)

 絶対能力進化計画の最中、計画を阻止するために感情のデータをミサカネットワークを通じて全個体へインストールし、事件を阻止しようとしたが失敗。

 暗部に堕ちることとなった。

(今、あの子を失う訳にはいかない)

 最終的に絶対能力進化計画は、とある一人の少年の活躍で中止を余儀なくされた、と言う報告を受けている。

(because、私にはやることが残っている)

 がしかし、全てが解決したと言う訳ではない。

 最終的に大きな問題に直面すると分かっていながら、彼女たちは今を過ごしているのだ。

『B班より通達。ターゲットを捕捉した。これより捕獲に移る』

「くれぐれもあの子に怪我させないように」

『了解している。しかし同じく超電磁砲(レールガン)の存在も確認、どうすればいい?』

 学園都市第三位、常盤台中学の超能力者(レベル5)

 絶対能力進化計画の中枢とも言える存在。

 彼女のDNAマップ無しでは、妹達(シスターズ)は生まれず、計画も存在しなかった。

 故に、最も精神的ダメージを被った人物と言える。

「・・・・・・」

 布束砥信は少し考えた後、

「彼女が関与してくることは予想外ではないわ。that is、こちらも準備は怠っていない」

 ナビに表示されている場所を確認すると、運転席に乗っていた男性に発進の指示を出す。

「私が直接向かうわ。彼女が納得してくれるかは別の話だけど」

 

 

 

 

 

 岩見澤セレナ。

 それが学園都市に捉えられていると言う少女の名前。

「その少女が、科学側と魔術側の両方に関係する何かを持っていると言う訳なのだな?」

「ええ、そのようです」

 と言う少し曖昧な返答にパラミラは、

「そのようです、って詳細な情報はないってこと?」

 神裂火織は、少し言いづらそうに

「情報がない訳ではありません。ただ、詳細となるとこの後合流する予定の土御門が把握していますので」

 なるほど、とアウレオルスは頷く。

 土御門元春は魔術師でありながら、学園都市の学校に通う能力者でもある。

 二重スパイ。

 本人はそう言っていたが、要するに場合によってはどちら側にもつくことが出来ると言うこと。

 根本的な原動力は義妹の存在が大きいらしいが、

「なら、土御門と合流した方が良さそうだな」

「そうね兄さん。でも今分かっている情報だけでも教えてもらえると助かるわ。彼と合流するまでに何も起こらないと言う保証なんてないからね」

「分かりました。ではまず根本的な話から致しましょうか」

 アウレオルスとパラミラは神裂火織の言葉に耳を傾ける。

「吸血鬼はご存知でしょうか」

 そのフレーズを聞いた瞬間、アウレオルスの頭の中で僅かな痛みが生じたが、あまり気にすることなく神裂火織に意識を戻す。

「吸血鬼って、あのカインの末裔と言われている?」

 吸血鬼。

 吸血した相手を仲間にする能力を持ち、その体は不老不死と言われている。

 さらに、魔力とは生命力を変換して使用するため、不老不死である吸血鬼にはその制限がないため、無限の魔力を持つことになる。

 時間的制約から人間には発動できない魔術も使えるのに加え、一四〇年の記憶を保管出来るとされている人間の脳、彼らは、その制限を超えるための何かしらの方法を所持していると言うことになる。

 かつて、アウレオルスは、その方法を知るために特別な少女と手を組み、吸血鬼を呼び出そうとしたことがあった。

 もちろん、そのことをアウレオルスは覚えていない。

「その少女が吸血鬼だと言うのか?」

 魔力を無限の持つ吸血鬼。

 普段から大真面目にオカルトを扱う魔術側でさえ、その存在には懐疑的である。

 もし、その様な存在を学園都市が確保し、何かしらの研究を行なっているとすれば、それは魔術側にとっては大きな問題となり得るかもしれない。

「いえ、そう言う訳ではありません」

「えッ」

 話しの流れ的にそうじゃないの!? と言うツッコミを全力で入れたパラミラであったが、対して神裂火織はと言うと至って冷静に

「誰も岩見澤セレナが吸血鬼であるなどと言っていませんが」

 その通りだな、と納得するアウレオルスに対し、パラミラは妙に納得がいかないと言う顔をしているが、神裂火織は話を続ける。

「しかし、岩見澤セレナが同じ様な存在であるのであればどうでしょう」

「同じ様な存在?」

「正確に言えば、同じ様な存在を作り出すことが出来る、でしょうか」

 作り出す、と言う言葉に引っかかりを覚えたのはアウレオルスだけではなくパラミラも同じであろう。

 この話を聞いた者誰もが違和感を感じるハズだ。

 しかし、そう言う存在がいないと言う訳ではない。

 例えば、現在必要悪の教会(ネセサリウス)の研究施設で保護されているとある少女は、

 存在するだけで周囲の生物に強制的に突然変異を起こさせ、ほんの数時間で急激な『歪んだ進化』を行わせてしまうという『進化体質』の特性を持っている。

 それと同様の特性を持った存在がいてもおかしくはない。

「つまり、その少女が吸血鬼ではなく、吸血鬼を作り出す能力を持っていると言うことか」

「寿命の延命です。彼女には他人の寿命を引き伸ばす力があるそうです」

 不老不死の存在と言う訳ではなく、限りなく寿命を伸ばす。

 それによって、吸血鬼にはならなくともそれと同等の存在になれる。

 学園都市はそんな力を持つ少女を捕獲し、研究を行なっている。

 しかし、そうなってくると、もう一つ気になることがあった。

「その少女がそのような力を持っているのであれば、魔術側はその少女を助けた後、どうするつもりだ」

 魔力は生命力を変換して作り出すモノ。

 人間の生命力のは限界がある。

 だが、その生命力を限りなく増やす事が出来るとなれば、魔術側はその存在を力ずくでも奪い自分たちのモノにしようとするのではないか?

「他の魔術結社がどうであるかは知りません。が、私たちイギリス清教必要悪の教会(ネセサリウス)の研究施設では、同じ様な境遇にあった一人の少女を保護しています。その子は周囲の生物を強制的に突然変異させてしまうと言う特性を持っていますが、私たちはその特性を押さえ込む霊装を開発しているところです」

 神裂火織は、要するに、と間を置き、

「本当の意味での保護。私たちには、その少女を救出した後その少女の力を利用しようとなど考えていません。少なくとも、私はそのつもりでここまでやってきました」

「でも、そうとは限らないんじゃない? 本当にその少女が生命力を引き伸ばす力があるのなら、魔術師に取ってこの上ない存在のハズよ。それをイギリス清教は保護するだけって言うのは些か信じれないわね」

 パラミラの言う事は正論だった。

 自分たちに取って大幅な利益にしかならない存在を、その利益を差し置いて手を差し伸べる理由などあるのだろうか。

 神裂火織は、少し考え事をするかの様に目を瞑り、静かに呟く。

「salvare000」

「何?」

「魔法名ですよ。貴方も魔術師であるなら、自分自身を動かす信念をお持ちなのでしょう?」

 神裂火織は吐いた言葉は、ため息にも近かった。

 呆れたのではなく、何かを思い出し、それに対して現したモノだ。

「力があるから誰かを助ける、ではなく、誰かを助けたいから力を手に入れた、でしたか」

 神裂火織は、少しだけ微笑むと、

「今なら自身を持って言えるでしょう。救われぬ者に救いの手を、それが私の信念です」

 目を開いてアウレオルスを見る。

「貴女方はどうするのですか」

「私は、兄さんについて行くわ。まぁ、そんな事を改めて訊かれる前から兄さんの気持ちは決まっているでしょうけど」

 それは、とある少年と出会ったからではない。それ以前から変わらないもの。

 誰かのために力を使う。

「ウム。私はこの力を誰かのために使うと決めているのでな」

「では、早く土御門と合流した方が良さそうですね」

 

 

 

 布束砥信は無線の声を聞きながら額に右手を当てた。

『目標を捕獲しようとした所超電磁砲(レールガン)と遭遇! 反撃を受けている! 応援を!』

 時折、ザーザーと言うノイズが走る中、布束砥信は一つため息を漏らす。

「あれほど私が直接行くと言ったのに、nevertheless、それが守れないのかしら」

 元々特に信頼関係が築けている訳ではない。

 自分は、暗部に落ち上の命令に従うマリオネット。

 そして、彼らはそのマリオネットに動かされるモノに過ぎない。

 そもそも、自分に与えられたのは、その中でも『モノ』に成りきることの出来ない『人間』ばかりの集団だ。

 深い闇の中では息が出来ず、しかし、光の下に戻ることの出来ない半端物。

「But、私も人には言えないけど」

 暗部に落とされたものの暗部になりきれない。

 言うなれば、彼らと同じ。

 だからこそ、時には命令通りに動かないことや、自分の考えを突き通すこともある。

 最も、闇に染まりすぎた者は、いずれそこにたどり着くと聞く。

 うまく命令通りの行動をさせるためには、深すぎず、浅すぎず。

 何事にも丁度良い値と言うのが存在する。

 現場付近まで来た布束砥信は、運転手に停車するよう伝え、車から降りた。

 オレンジ色の光がボンネットに反射し、少し目を細める。

超能力者(レベル5)相手にこれだけと言うのは少々心もとないわね」

 右のポケットから取り出した小型の拡声器の様なモノに目を落とした。

 小型の拳銃にも見えるが、銃弾を詰める場所はない。

 かと言って、開口部にマイクの部分が付いていない。

 トリガー部分の感触を確かめると、太もものガンホルダーに収める。

 態々隠す必要はない。

 彼女相手に、本物の弾が入った拳銃など無意味なのだから。

「A班、そのまま二〇〇メートル南下して」

 ザザザザー、とノイズが走る。

 たったの二〇〇メートルで通信が途絶えるとなれば、その理由は限られてくる。

 ただこの場合、状況から判断すれば、相手からの応答がない理由は明白である。

 ザッ、と地面が擦れる音。

 その先に視線を向けずとも、布束砥信にはその正体が誰か大方予想出来た。

「あ、あんたは確か・・・・・・ッ」

「久しぶりね」

 コンコンとボンネットを叩くと、車を大きく旋回し建物の影に消えていく。

「どうしてあんたがこんなとこにいる訳?」

「私の部下たちがお世話になったみたいだけど」

「ッ! ‥‥‥あんたが指示してるって言うの?」

「たったの二隊ではさすがに無理があったわね」

 まさにたったの二隊だった。

 外部からの侵入している者がいる中、目標捕獲のために貸し出された一〇名の半端物。

 上層部は、本当に彼女を確保するつもりがあるのか、些か疑問に思う数字である。

 が、布束砥信にとっては、そう言っている暇はない。

 目のまえの超能力者(レベル5)をどうにか説得し、その後ろに隠している、とある少女を確保しなければならない。

「あんた、この子に一体何をしてる訳? また理解の出来ない研究をしてるんじゃないでしょうね!」

 理解の出来ない研究ね、と布束砥信は小さく呟く。

 彼女が言っているのは、増産型能力者(レディオノイズ)計画や絶対能力進化(レベルシフト)計画の事であろう。

 両方共、布束砥信が関わった研究であり、目の前で敵対している超能力者(レベル5)の御坂美琴が関係していることだ。

「確かに前回の分はそう呼んで貰っても構わないわ」

 結局は、実験を阻止しようとして失敗。

「However、今回はそうは言わせない」

 目線を御坂美琴の後ろにずらすが、ちょうど重なり合う様になっているので、向こうからはこちらが見えてない。

 無理やり連れて帰ることも出来るかもしれないが、目の前の超能力者(レベル5)をそのままにして置くと、後々に響く可能性がある。

 そのためには彼女に納得してもらう必要がある訳だが、

「まぁいいわ。どっちにしろこの子は渡さない。どうしてもって言うなら、全力であんたを撃退するしかないわね」

 スイッチの入った御坂美琴を止めるには少々材料が少なすぎる。

 仕方なく、布束砥信はため息を吐く。

「初めから予想はしていたけど、therefore、一人では手こずりそうね」

超能力者(レベル5)相手に一人でやろうってんの」

「それなりの準備はして来たわ」

 布束砥信はガンホルダーに手を伸ばした。

 小型の拳銃にも見える拡張器。

「そんな鉛を打ち出すヤツで私に通用すると思ってんの?」

「そうね。鉄の塊では無理でしょうね。but、それが鉛でも鉄でもないとしたら」

 布束砥信は拡張器を両手に構え、姿勢を低くし地面を蹴った。

 元々、体を動かすことは得意ではない。

 アクロバティックな銃技を使える訳でもなく、跳躍力も高が知れている。

 目的はそこではない。

「大人しく寝てなさい!」

 御坂美琴の前髪から火花が散った。

 それと同時に、布束砥信は拡張器の銃口を御坂美琴に合わせた。

 バチバチッ! と電撃が生み出される。

 殺すような出力ではなく、相手の動きを拘束する程度の出力。

 ニヤリ、と布束砥信の口元が緩んだ。

「なッ!?」

 瞬間、御坂美琴の放った電撃が、まるで布束砥信を避けるように軌道を変えていく。

 それを確認すると、布束砥信は小型無線を取り出し一方的に指示を送る。

「C班、次のタイミングで右足を狙って」

『・・・・・・了解しました、と・・・・・・』

 全てを聴き終える前に無線をしまい込んだ。

 ちょうど弧を描くように回り込み、九〇度ほどの所で立ち止まり、銃口を向ける。

「さぁ、まずは動きを止めてからゆっくり話しをしましょうか」

「出来るものならね!」

 バチンッ、と火花が散る。

 その瞬間、まるで足が一本なくなったかのような感覚を覚えた。

「な、何!?」

 御坂美琴は慌てて自分の右足を確認する。

 そこには、しっかりと自分の足が付いている。が、そこに本当に右足があるのか分からない。

 動かそうとしても、信号が足へと伝わらない。

 地面に足をついているにも拘わらず、その感覚が脳へと伝達されない。

「言ったでしょう? それなりの準備はしてきたと」

 ガクン、と体勢を崩しそうになりながら、どうにか左足に重心を移動させることで姿勢を保つ。

「み、御坂さん・・・・・・」

 初めて、御坂美琴の後ろに隠れていた少女が微かに呟いた。

「大丈夫、こんな事でやられたりしない」

 と言いつつも、正直な所どう対処するべきか悩んでいた。

 先ほどから、ある一瞬の間だけ、『能力が使えない時間』が存在するのだ。

 或いは、制御が出来なくなる。

 おまけに、右足は使い物にならない。

 電気信号を与えようと、それは動いてくれない。

 御坂美琴が考える限り、布束砥信が手に構える銃がそれを生み出していると推測していた。

 ならば、やることはただ一つ。

「その銃を破壊すればいいだけ!」

 地面の隙間から砂鉄が舞い上がった。

 宙を浮かぶ砂鉄は一つの線になり、チェーンソーの様に細かな振動でモノを切り裂く。

 その目標は、布束砥信が握る拳銃。

 先端が触れただけで何もかもを切り裂く砂鉄の剣。

 普通に考えれば、避ける行動を取るだろうが、布束砥信は決して速くはない速度で地面を蹴り、御坂美琴との距離を縮めにかかる。

 それなら、と御坂美琴は砂鉄を自在に操り、拳銃に狙いを定めた。

 逃げ回らず、直線的に向かってくると言うのなら、逆に狙いやすい。

 相手が銃口を向けた瞬間が最後。引き金を引くよりも速く、砂鉄の剣がその銃を真っ二つに切り裂く。

 しかし、気が付けば御坂美琴は地面に仰向けの状態でいた。

 その上から、布束砥信が額の辺りを押さえつけている。

「どう、して」

 砂鉄の剣は、布束砥信の銃を捉える直前、制御を失い形を崩した。

 そして、無防備な御坂美琴の懐に飛び込んだ布束砥信は、御坂美琴を地面に突き倒したのだ。

寿命中断(クリティカル)と言えば分かるかしら」

 接触した相手にしか対象に出来ないが、一度触れてしまえばどこへ逃げようと必ず命を絶つ事が出来る能力。

「違う、それはあんたの能力じゃない」

 そう。実際に布束砥信にはそんな能力はない。

 実際には、演出と話術で相手を気絶させると言うものでしかない。

「However、急所命中(クリティカル)と言う能力が存在するとなればどうかしら」

 布束砥信は拡張器の銃口を御坂美琴に向けたまま、

「相手に対し絶対的なダメージを与えるためのタイミングやポイントが分かるとすれば?」

 要するに、このタイミングで相手に打撃を与えれば怯みやすい、とか、

 ここに攻撃すれば一番効率よくダメージを与えられる、とか、

 能力を発動するまでの過程で、このタイミングにある特定の周波数の音を流せば、極少規模のエネルギーで演算を妨害出来る、とか。

 御坂美琴が経験した『能力が使えない時間』。

 それについては、御坂美琴も経験済み。

「その拡張器は、まさか、キャパシティダウン!?」

 しかし、そう考えた上で、その小ささに目を奪われる。

「あれは、鉄塔みたいな大きいサイズでしか効力を十分に発生させることが出来ないハズじゃ・・・・・・!?」

 さらに、そう考えた上で、布束砥信の言葉を思い出す。

 絶対的なダメージを与えるためのタイミングが分かる能力。

 以前の布束砥信から考えれば、その能力事態も出任せの可能性は十分に考えれた。

 が、本当にそんなこと出来るとなれば、

「(最小限の出力で、演算能力を阻害出来る!?)」

 例えば、能力発動の瞬間、必ず『溜め』となる瞬間が存在する。

 それは、どんな高位能力者にあっても、無意識下に発動される能力であっても、演算していることには変わりはない。

「必要最低限の出力でいいのなら、大きな装置は必要ないわ。because、他の能力者をどうこうするのではなく、あなた一人の行動を抑制出来ればいいのだから」

 拡張器の銃口が御坂美琴を捉えている。

 御坂美琴が能力を使用したと同時に、そのタイミングを算出し、一番効率よく相手の演算を阻害。最小限の出力で最大限の効果を与える。

「さて、これで大人しく話しを聞く気になれたかしら?」

 布束砥信が目線を変えると、そこには一人の少女が立っていた。

 口元に手を当てて、その足は小刻みに震えている。

 恐怖してか、声すらまともに出さないでいる。

「(少し感情を揺さぶりすぎたかしら)」

 捕獲目標である少女は目の前にいる。

 が、先ほども述べた通り、ただ確保するだけではない。

 特に今回の場合は、御坂美琴に納得させた上で回収すると言うのが、最大の目標である。

「・・・・・・そこまで言うのなら、それなりに納得出来る理由があるんでしょうね」

「えぇ、こちらはそのつもりよ」

 布束砥信が押さえつけていた額から手を離すと、御坂美琴はムクリと上半身を起こす。

 右足に力を入れてみたが、まだ力は入らない。

「ん」

 と、御坂美琴は右手を差し出す。

 しかし布束砥信はその手を取らない。

「誰も手を取った瞬間に電撃なんか流したりしないから。こっちはお宅の誰かさんが打ち込んだ麻酔の所為で起き上がれないっつってんの」

 仕方なく、布束砥信はその手を取り御坂美琴を立たせた。

 拡張器の銃口は御坂美琴に向けたまま、もし何かしらの行動を起こす様であるなら、ただその引き金を引くだけ。

 にも拘わらず、

 グウァン、とその視界がブレた。

「あ、が、な・・・・・・何が」

 左手で額を抑える。

 一瞬、御坂美琴が自分の気が付かない所で何かをやったのかと思った。

 が、その御坂美琴も同じように額に手を当てると、右足の自由が効かない分、地面へと崩れ堕ちる。

 布束砥信は、状況を理解しようと思考する。

 呼吸が速い。そして極度の呼吸苦に、全身の脱力。

 これは、全身が酸欠状態になった場合に発生する症状だ。

 言うなれば、誰かが空気中の酸素濃度を下げたと言う事。

 それが出来るのは、

「(やはり・・・・・・御坂美琴か)」

 電気により空気中の酸素を分解し、オゾンを作り出す事で酸素濃度を激減させる。

 電撃使い(エレクトロマスター)であるなら可能な芸当である。

 しかし、それにしては自分自身まで巻き込む形で、そんな現象を引き起こすだろうか。

 それでは、自分自身も最終的には気を失ってしまう。

 まさか、我慢比べでもしようと言うのか、と言う考えが脳裏に少しだけ過ぎったが、

 一人の少女の存在がそれを否定した。

 その少女が、と言うより、

 同じように頭を抑える少女を強引に肩へ担ぎ、連れて行こうとする人影を布束砥信が捉えたからだ。

「クッ、待ちなさい!」

 市販用のマスクを口元に付けただけの人影は一瞬振り返り布束砥信を見たが、そのまま建物の影へと走り去っていく。

 人間は空気中の酸素濃度が一二パーセントを切ると歩けなくなる。それを考える限りでは、そこまで酸素濃度が低下した訳ではなさそうだ。

 布束砥信は、ポケットから注射器を取り出すと、地面に座り込む御坂美琴の右足に付いているかどうかも分からない程の針を指す。

「麻痺は取れてくるはずよ。こちらに来なさい、相手にも空気中の酸素をコントロール出来る範囲が存在するはず」

 御坂美琴も頷くと、感覚の戻りつつある右足に力を入れ、布束砥信の指示通り移動する。

 大凡二〇メートル程移動すると、頭痛は収まり、手足の脱力や呼吸数は収まり始めた。

「どうしてくれるのよ、あれはあんたの仲間じゃないの?」

「いいえ違うわ。油断した、まさか学園都市内にも敵がいるなんて」

「どう言うことか説明してもらうわよ」

「・・・・・・初めから、話しをしていればこんな事にはならなかったわ。However、前にも言ったけど」

 と、布束砥信は一瞬間を置き、

 ベチッ、と御坂美琴の額を指先の背で叩く。

「私は高校生。あなた中学生」

「・・・・・・あい。説明して下さい・・・・・・」

 そうね、と布束砥信は呟き、

「相手を追いかけながら話しましょうか」

 そう言いながら、徐に小型無線を取り出す。

「C班、あの子を捕捉しているわね?」

『・・・・・・こちらC班、現在目標は北へ向かって移動中です、とミサカは一流の刑事さながらの尾行を行いながら現状を報告します』

「え? ミサカって・・・・・・」

 フフ、と布束砥信は小さく笑うと、

「それについても説明が必要だけど、besides、根本的な話しからしましょうか」




ちなみに個人的ですが、布束砥信に関して言えば、アニメのジト目ではなく、漫画のギョロ目派です。


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不老の術《すべ》

今回はうまく書けた気がしない、
と言うか、いつもうまくは書けていないが・・・・・・


 土御門元春と合流したアウレオルス達は、学園都市に捕らえられている少女についての詳細な情報を得ることとなった。

「さて、時間が惜しいから移動しながら話そうか」

 急ぎ足でアウレオルス達は移動する。

 先頭に土御門元春。

 それに続くように、神裂火織とアウレオルス。

 最後尾をパラミラと言った感じで、ヒシ形となって移動する。

「ねーちんからある程度の事は訊いたって話しだが」

 岩見澤セレナと言う人物は、他人の寿命を引き伸ばす力があると言う。

 その力を手に入れるために、魔術師が学園都市内に侵入して来ていると言う話だった。

「加えて言うなら、どうやら敵は魔術師だけじゃなさそうですたい」

「どう言うことだ?」

「要するに、学園都市側にも同じように彼女を狙っている集団がいるってことだ」

「・・・・・・厄介な話しね」

 パラミラが最後尾でぼそりと呟く。

「どちらにとってもそれなりの理由はあるようだが、まずは彼女が何なのかを知るべきだな」

 土御門は少し間を空けると、徐に口を開く。

「彼女は、人魚だ」

「・・・・・・人魚だと?」 

「なるほど、だから他人の寿命を伸ばす力を備えていると言う訳ですか」

「どう言うことだ?」

「人魚の伝説ですよ。そのモノの血肉を啜ればその肉体は不老の力を得る。特に『東洋』ではその様な伝承が強く残っています」

 一番有名な話しとなれば『八百比丘尼』であろうか。

 人魚の血肉を口にしてしまった少女は、八〇〇という年月を生き、自らの命を絶つまでその容貌は変わることがなかったと言う。

 不老と不死身は別者。

 だからこそ、少女は最後に自分で命を絶った。

「寿命を伸ばすと言う考えより、老いないと考えた方が良さそうね。『八百比丘尼』では少女は八〇〇年もの間、一五歳程度の容姿を保っていたって話だし」

「しかしそうなってくると。魔術側が岩見澤セレナを狙う理由は分かるが、学園都市が彼女を捕らえて研究を進めるのはどう言う理由がある?」

「寿命の延命、でしょうか。古来より人類の最大目標の一つに『不老』と言う希望があるのは間違いありませんし、或いは学園都市ならではの理由が存在するのかもしれません」

 学園都市の目的も『不老』であるなら、彼女の身がどうなっているのかが心配だった。

 話し通りであるなら、岩見澤セレナの血肉を口にすることで『不老』の存在になれると言うこと。

 つまり最悪な話し、人が人の肉を口にすると言う現代ではあまり想像をしたくない光景が映し出される事になる。

 背を向けたままであるにも拘わらず、アウレオルスの考えを予想した土御門元春は、

「なぁに、学園都市もそう簡単に岩見澤セレナを傷つける様なことはしない。何せ彼女は貴重な『原石』って事になっているからな」

 『原石』と言う言葉は知識として残っていた。

 学園都市のような人工的な手段に依らず、超能力を発現させた天然の異能者の事を言う。

 学園都市の開発によって作られる異能者を人工ダイヤモンドとするならば、天然のダイヤモンドにあたる存在。

「確か、世界に五〇人といない能力者であったか」

 かつて、アウレオルスはインデックスを救うために一人の原石の少女と手を組み、吸血鬼を呼び出そうとした。

 知識はあっても記憶は無く、アウレオルスはその事を覚えていない。

「そう言うことだ。が、その状態も危ういと考えていいだろう」

「どう言う意味だ?」

「学園都市は今の今まで彼女の存在を明らかにしなかった。そして魔術側はどのようにしてか分からないが、彼女の存在を突き止めた。人魚と言う存在は言わばオカルトの領域だ。そんな存在を学園都市が捕獲していたとなれば、魔術側は黙っていはいない。現に今も既に俺達以外の魔術師も動き始めている」

 彼女がオカルトの存在であるなら、魔術側はいくらでも口実を作ることが出来る。

 しかし、学園都市側では彼女を原石であると主張している。オカルトの異能使いではなく、学園都市側の能力者であると。

「そして敵は魔術側だけではなく、学園都市側にまで広がっている。今まで無事で済んでいたとしても、もし他の集団や機関に捕まりでもすれば、彼女が安全と言う保証はない」

 中には、強引にその能力を利用しようと考える輩も存在するだろう。

「魔術側に彼女を強奪されても、学園都市の他勢力に奪われても、彼女が良いようにされる保証はない。寧ろ、彼女にとってそれはきっとプラスには働かない」

 だからこそ、自分たちで保護しないといけない訳だ、と土御門は付け加える。

 他者から考えれば、イギリス精教に捕まった場合の保証も正直言って無いのではないか、と思いたくもなるが、現在の選択肢にはイギリス精教に保護してもらうと言う方法が一番の打開策のようだった。

 第七学区の西端にまで移動したアウレオルスであったが、土御門について行くがままの状態であったために正確な目的地が分からない。

 と言うより、岩見澤セレナがどこにいるかも分かっていない。

 さて、と一度足を止めた土御門は振り返り、

「実はここから二手に別れないといけないって話しぜよ」

「魔術側の勢力と止める側と学園都市の勢力を止める側と言うことか」

「ご丁寧に正解をありがとう。ちなみに、アウレオルスの担当は学園都市側と決まっている。あとは残りの三人を何の基準に沿って分けるかって話なんだが」

 自分が学園都市の勢力を止める側と言われ、理由を考えたが、その答えは直ぐに分かった。

「無論、私は兄さん以外と行動するつもりはないわ。寧ろ、そうしないと兄さんが自由に魔術を使うことが出来ないって言うことで、決定ぇ」

 パラミラはそう言いながらアウレオルスの腕に両手を巻き込む。

 アウレオルスが学園都市側の勢力ではないとダメな理由は簡単。

 魔術師相手では黄金錬成(アルス=マグナ)を使用することが出来ない。

 例えそれで岩見澤セレナを救えたとしても、アウレオルスの存在が魔術側にバレてしまう。

「まぁ、最初からそうなると分かっていたんだがにゃー。俺が魔術をろくに使えないからねーちんには頑張ってもらわないとって事ですたい」

 ほら、と会話が終わるなり土御門はアウレオルスへ携帯の端末を放り投げる。

「これは?」

「相手の現在地だ」

 画面の中心で赤いランプが点滅している。

「情報では彼女は今学園都市のとある勢力に捕まっている。やつらはどう言う理由かは分からないが第二学区を目指している。学舎の園を横断出来れば先回り出来るんだが、それは向こうも同じだ。だからお前たちはこのまま第一五学区を横断し第二学区を目指せ」

 画面の表示は現在第一五学区を指しているが、赤い点滅もそれほど速い速度で移動していない。

 恐らく、移動手段は車ではなく徒歩の可能が高い。

「俺とねーちんはこのまま魔術師側へと向かう。うまく彼女と合流し救い出す事が出来たらその端末の中に登録してある番号に連絡しろ」

 アウレオルスが登録番号を確認すると、電話帳にたった一件番号が登録されていた。

「ウム。分かった」

 アウレオルスが返事をすると、土御門と神裂火織はアウレオルス達とは逆方向へと姿を消していった。

「・・・・・・兄さん、私たちも」

「あぁ」

 かつてとある塾だった建物を背にアウレオルスは走り出す。

 多少の疑問を抱きながら。

 

 

 

 

 第一五学区の一角を御坂美琴と布束砥信は走っていた。

「で、まだ詳しい説明をうけてないんだけど?」

「そうだったかしら?」

 車ではなく走って追跡するのは、繁華街に多い路地裏へ逃げ込まれた時に対する対処と言う事らしい。

 御坂美琴が知りたい事は山ほどあった。

 布束砥信がまたおかしな研究に携わっている件。

 数ヶ月ぶりに登校してきた岩見澤セレナが事件に巻き込まれている件。

 妹達(シスターズ)が関わっている件。

「そもそも、あんたは一体何の研究をしてるのよ」

 何の、と言うより岩見澤セレナをどうするつもりなのか、と言う方が正しい。

「あなたに納得してもらえるだけの理由があると言ったけど?」

「だからそれを訊いてる」

 相手の居場所を聞き出して能力を使い最短ルートを通った方が速いのでは? と思いつつ、御坂美琴は布束砥信の言葉に耳を傾ける。

「一体何の研究をしているか、と言う質問に答える前にこちからもいいかしら?」 

「何よ」

「もし自分が犯した罪を償えるチャンスがあるのなら、貴方はどうする?」

 「罪」と言う言葉に御坂美琴は少し反応する。

 自分に対するそれ、と言うなれば、一万人に及ぶ『人間』の命。

 かつて自分がDNAマップを提供したことから始まった、一連の事件。

 御坂美琴の罪が何なのか、と聞かれれば間違いなくそれを指すだろう。

 そして、それを償えるチャンスがあるのなら、

「私の罪は、多分あの子達」

「その、あの子達を救える方法があるなら、貴方はどうする?」

「え?」

 と御坂美琴が疑問に思うのは無理ない。

 妹達(シスターズ)は既にとある少年の活躍によって救われている。

 一万人にも及ぶ犠牲が出てしまったが、残りの約一万もの妹達(シスターズ)は殺されることもなく、自分たちを実験動物などと思うこともなく、生活をしているハズだ。

「とある少年の活躍によってあの子達が事件から開放された事は、暗部に落ちた私の耳にも入ってきているわ。However、それで全て解決した訳ではない」

「どう言うことよ」

「あの子達は生まれてから一体何日であの姿になっているか知っているわよね?」

 たったの一四日。

 妹達は生まれて二週間で現在の御坂美琴と同じ年齢にまで成長する。

「Moreover、成長促進薬の投与、ホルモンバランスの欠落、大凡の寿命は調整を加えて約半年。単細胞クローンは只でさえ寿命が短い。いくらホルモンバランスを調節し、細胞核の分裂速度を調節したところで限界があるわ」

 妹達(シスターズは)は実験直後、そう言った体の調節を行うために一時的に施設に分散された。

 その調整を経て、妹達(シスターズ)の寿命はある程度回復している。

 が、ある程度止まりである。

「要するに、それをどうにかする方法があるってこと?」

 疑問を口に出してから、御坂美琴は気がついた。

 布束砥信の行動には、自分が納得できるだけの理由がある、と言うことだった。

 そして話しの流れからすれば、それは妹達(シスターズ)に関係していること。

「あの子には、他人の寿命を伸ばす力がある」

 衝撃の一言だった。

「ち、ちょっと待って。そんな都市伝説みたいな能力が本当にある訳!?」

「能力と言うより、『性質』と言うべきかしら。because、その力に彼女の意思は関係ないの」

 AIM拡散力場みたいなモノか、と御坂美琴は思ったが、どうやらそうではないらしい。

 布束砥信が言うには、

 個体の老化は染色体の末端にあるテロメアと呼ばれる末端粒子が大きく関与していると言う。

 細胞が分裂するたびにテロメアが短くなり、ある一定の回数を超えるとテロメアが短くなってしまい細胞の分裂が出来なくなる。

 しかし、体を司る六〇兆の細胞全てがそうなるわけではない。

 御年一〇〇を迎える老人であっても、細胞の分裂が無くなる訳ではなく、

 例えば抹消リンパ球のテロメアは、六〇歳を過ぎる頃から短縮するため、一部のリンパ球が増殖不全に陥り、免疫機能の低下や異常が起こる。また、損傷と修復を繰り返す部位の血管内皮細胞では、分裂が進みテロメアが健常な部分よりも短縮し、修復不全により動脈硬化などを起こしてしまうのだ。

「そのテロメアを修復させる酵素としてテロメラーゼと言うものがあるわ」

 細胞の分裂によって短縮していくテロメアをテロメラーゼが修復し伸長していく。

 一つの例として、がん細胞が挙げられる。

 突然変異によってがん細胞化した細胞には分裂の限界がない。

 その背景には、テロメラーゼの活性化と言う秘密が隠されている。

「つまり、そのテロメラーゼって言う酵素を操れば、テロメアの短縮を食い止められるって事――」

 そこまで言って御坂美琴は気がついた。

 寿命を伸ばす能力。

「(つまりは、そのテロメア或いはテロメラーゼをコントロールする能力者って事!?)」

 それも、無意識下でそれをやってのけてしまうと言うことになる。

「ちょっと待って、でもそれだったら能力を使わなくたって、学園都市の科学でどうにかなるんじゃないの?」

「確かに学園都市の技術なら、酵素の一つを操るくらいどうってことないでしょうね。However、それによって薬漬けになることを『上層部』は望んでいないのよ」

 例えば、六〇兆の細胞の中にたった一つでもガン化した細胞があったとして、

 ただでさえ、テロメラーゼが活性化している細胞に、さらに活性化させる処置を行ったら、まさに油に水を注ぐようなものである。

「RPA13、LBH589、抗がん剤なんてものはいくらでも存在する。Or、新しい体を汚したくないってことらしいわ」

 『新しい体』と言う言葉に疑問を覚えたが、それに変わり新たに浮上した疑問。

「全体図が少しずつ分かってきたけど、そもそもアンタの専門は生物学的神経医学じゃ?」

「上層部が掲げる目標と私の目的に違いがあると言うだけ。私はその余波を受け取るだけでいいのだから」

「言ってることがよく分かんない」

「クローン体の延命が可能になり、妹達(シスターズ)の寿命を改善することが可能になれば私はそれでいいの。その上に成り立つ上層部の目標に到達することで私の目的が達成出来れば」

「だから質問と答えの趣旨が違うって」

「例えば、上層部の目的が自らのクローンを作り出し、それに乗り移ることだったら?」

 『新しい体』。つまりは自分のクローン体。

 自分と同じ遺伝子を持つクローンに記憶を移し替え、新しい自分として生きていく。

 だからこその、布束砥信なのだ。

「まさか、学習装置(テスタメント)を応用して、自分の記憶をクローンに植え付けるってこと?」

「正確には、記憶装置(メモリスト)で視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚の五感全てに対して電気的に情報をアウトストールし、学習装置(テスタメント)でクローン個体へとインストール。これが学園都市の上層部が考えた『不老』。But、これは学生向きではないわ。クローン個体では能力に差がでるから二五〇年法も利用出来ない」

 人間はさまざまな不老不死を研究してきたが、一つの到達点がここにあるのかもしれない。

 自分自身を『不老』にするのではなく、クローン個体へ自分を『移動』させる。

 つまり、布束砥信はそう言う研究をやらされているのだ。

 学習装置(テスタメント)を開発し、妹達(シスターズ)の研究にも参加していた布束砥信に、まさに最適な研究と言えよう。

 元々クローン個体は、テロメアの長さが通常の個体より短い。

 その長さは、半分にも満たされていない。

 つまり、クローンに自分の記憶を移したところで、寿命は通常の半分以下であればマシな方である。

 正直なところ、様々な『薬』を投入すればいくらか寿命を伸ばすことは可能である。

 が、それこそ薬漬けの日々である。

 上層部は、それを望んではいない。

 メリットは高く、コストとリスクは低く。

 それを可能にするのが、岩見澤セレナと言う訳だ。

「彼女の体内でつくられる酵素が他人の体内へと侵入すれば、特殊なテロメラーゼとなってテロメアを修復する事が分かっている」

 クローン個体の単価は、約一八万。

 ホルモンバランスの調節や、成長促進剤の投与。

 などの、ある程度の薬の投与はさけることは出来ないが、岩見澤セレナの性質があれば、その程度のコストで済む。

「私はその性質を利用して、あの子達の寿命を伸ばしてあげたいだけ」

 学園都市の上層部は、自らの不老を、

 布束砥信は、その過程である特殊なテロメラーゼを、

 御坂美琴に納得させるだけの理由と言うのは、

 つまり、妹達(シスターズ)のために、岩見澤セレナを研究していると言うこと。

「(なるほどね。それが私を納得させることができる理由ってことね)」

 確かに、御坂美琴にとって、妹達《シスターズ》と言うフレーズは敏感にならざるを得ないものである。

 妹達(シスターズ)の寿命が普通の人間よりも短い事実は既に知っている。

 だからこそ、寿命を伸ばせる可能性があるのなら、魅力的な話しである。

 しかし、御坂美琴にとっては魅力的な話しでも、岩見澤セレナにとってはどうなのだろうか。

 御坂美琴は考えてしまう。

「(あの子達の未来が変わるって言うだけの話しなら、私は納得してしまう。でも、その所為で岩見澤さんが傷ついたり苦しんでいるって言うのなら、私は納得しちゃいけない)」

 と、思考している御坂美琴の視界からあるモノが消えた。

「あれ?」

 話しをしている最中、ずっと『走っていた』御坂美琴は立ち止まって後ろを振り返る。

 先ほどまで隣りを走っていた布束砥信は、両手を両膝に付き、

「さすがに、説明しながら走るのは、キツかったわ」

「ってやっぱりキツかったんかいッ!」

 ったく、と頭を掻く御坂美琴。

「で、貴方は納得してくれるの?」

「・・・・・・・・・・・・」

 御坂美琴は少し間を開けると、

「・・・・・・納得はしない。いいえ、私が納得して済む問題じゃない」

 そもそも、御坂美琴自身が納得すればOKと言う話ではない。

 問題は、岩見澤セレナがどうなのか、と言う一点だ。

 自分自身が納得するのは当たり前だった。

 ただでさえ寿命が短いとされている妹達(シスターズ)の問題が解決する可能性がある、と言うのであれば否定する必要はない。

 しかし、その中に他人が巻き込まれているとなれば話しは別だ。

「岩見澤さんが嫌がっているのなら、いくらあの子達のためと言っても私は、ううん、私『も』多分納得出来ない。だから、早く岩見澤さんを助けるわよ。あの子がどうなのかを聞くために」

 話しを聞きながら、布束砥信は小さく微笑むと、

「と言う訳わけだから、ミサカ一九〇九〇号、そろそろ合流しましょうか。貴方のお姉さんもこう言ってる訳だし」



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同時消し

 万々谷旬(まがたに しゅん)は第二学区のとある訓練場にいた。

 中央はグリーンラバーと呼ばれる緑に塗られたフィールドがあり、その周囲には一周三〇〇メートルのトラック。その周りをグラウンドが覆っている。

 主に警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)が訓練に使用する場所なのだが、演習などの訓練をするような施設は無く陸上のフィールドみたいになっており、想定を配慮した訓練を行うというよりは、

 とにかく動いて体力をつけろ、と言う訓練を行う場所だ。

 にも拘わらず、そんな場所にいるにしては、服装が見合わない。

 どこかの学校の制服なのだろうが、カッターシャツは前腕の中間でバッサリと切られており、同じようにズボンも膝下で終わっている。

 暑くて袖や裾をまくるのが面倒くさいから切ってしまいました、と言わんばかりの格好。

 動きやすくはなっているのだろうが、訓練場には似合わない服装だった。

 第二学区は警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)の訓練場の他にも、自動車関連の学校用のサーキットなどがある。

 その関係で、とにかく騒音が大きいため防音壁を使用し、さらに防音壁に設置されたスピーカーから騒音と逆位相の音波を放出することで騒音をかき消している。

 施設の周囲にも学区の周囲に使用されている防音壁が同じように使われている。

 つまり、中でどんな騒音を発生させても外には漏れないと言うことになる。

「さて、ここからどうするんだったっすかね」

 万々谷旬は壁にもたれかけさせてある少女に目を落とした。

 常盤台中学の制服を着たその少女は、白い髪をしていた。

 長さは腰くらいにまで達するだろうか。

 肌の色は驚く程白い。

 ほとんど日光に当たっていないのだろう。

「取りあえず予定の場所まで運んだのはいいんすけど、追っ手をどうにかせにゃならんすよ。感じる『吐息』は一つだったっすか。いや、今三つになったっすね」

 元々この施設周辺にいる人数も数に入れるべきなのだろうが、今日は日中から学園都市外部からの侵入者がいるとの情報で、この施設内にいる警備員(アンチスキル)も駆り出されてしまっている。

 つまり三つの『吐息』はこの施設の外からやって来たと言うことになる。

 しかし、この施設に向かう最中に一つの『吐息』が一定の距離を保ちながら追ってきている事には気がついていた。

 それを分かっていながら、今まで放置していたことには、もちろん理由があるのだが、

「さぁアタリが来るか、ハズレが来るか」

 この施設には出入り口が一つしかない。

 端に建てられた建物の中を通り、中央部分に開いた大掛かりな門をくぐってくる必要がある。

 周囲は高さ一〇メートルの防音壁が覆われている。

 普通に考えれば、たった一つしかない入口に目を向けていればいいだけなのだが、

「アタリなんじゃない?」

 声は上から聞こえた。

「なッ!?」

 頭上を仰ぎ見ると、茶髪の少女が壁に片手を付いてくっついていた。

 その少女の髪から火花が散ると同時に、電撃の槍が飛ぶ。

 万々谷旬は後方へと飛んだ。

 両手を地面に付いて、バク転を二回。

 五メートルほどの距離を取る。

「入口が一つだけだと思ったら大間違いよ」

 茶髪に常盤台中学の服を着た少女は、壁を滑り降りて地面へ着地する。

「この壁を登ってきたんすか」

「こんな『鉄』で出来た壁なんか、私にしたら何の障害にもならない。って言うか、その気になれば能力なしでも登ってこれるんだけどね」

 スタッ、と地面に誰かが飛び降りた。

 一瞬、一〇メートルにもなる防音壁の上から飛び降りてきたのかと思ったが、そうではない。

 地面から一メートルほどの高さにロープの端末が見える。

「そもそも、よくこんなモノを持っていましたね、とミサカは貴方に関心の眼差しを向けます」

 こちらの少女も同じ常盤台中学の制服を着ていた。だけではなく、よくよく見れば、容姿も何もかもが同じだった。

 それこそ、遺伝子上全く同じモノであるかのように。

「常盤台中学の電撃使い(エレクトロマスター)となると、超能力者(レベル5)の御坂美琴っすか」

「そうって言ったら潔くその子を返してくれるのかしら」

「自分で決めればいいんじゃねぇっすか? オイラとお前たちの立ち位置から考えても、そのまま奪い取れると思うんすよね」

 白髪の少女は、御坂美琴が着地したすぐ傍の壁によりかかった状態だ。

 万々谷旬からは五メートルの距離が離れている。

 簡単な話し、超能力者である御坂美琴の能力ならば、少女一人抱えて一〇メートルの壁を登ることなど容易いだろう。

「挑発の可能性もありますが、お姉さま(オリジナル)、ここは一先ずその少女を連れて逃げる事が先決ではないでしょうか? とミサカは提案します」

「確かにそうね。まだ、『検知器』に変化はないみたいだし、本来だったら私が足止めをするのがいいんだろうけど、さすがに人一人抱えてロープを登れって言うのは無理がありそうだしね」

「それは理解しています。とミサカは足止めへの行動を起こしながら返答します」

 手のひらから電撃が放たれる。

 立て続けに三本の白い光が地面に突き刺さった。

 相手を攻撃するのではなく、視界を塞いでの目くらまし。

 立て続けに電撃が飛ぶ。

 グラウンドの砂埃が宙に舞い、少女たちが視界から消える。

「あーあ、ハズレっすね。まぁオイラの担当は『一』っすけど、他の相手が出来ないって訳じゃないんすけどね」

 せっかく手に入れたターゲットを奪われようとしているにも拘わらず、視界が砂塵に覆われている中で小さく呟く。

「お前はアタリっすね。千賀沙」

 

 

 

 あまりにも呆気ないと言うのが正直の感想だった。

 相手の能力を考慮し、施設内から空気内の物質量の変化を測定する『検知器』を起動させてあるが、警告音は発せられていない。

「(何か他の手を残している?)」

 先ほどから相手の少年は『能力』すら使わずに妹達(シスターズ)の攻撃をかわしている。

 ミサカ一九〇九〇号が電撃を当てるつもりがないと言うこともあるが、

 岩見澤セレナを奪っていった時と同じ能力者と考えれば、ここにいる全員の動きをどうにかする事など容易いだろう。

「(考えても埒があかないか。検知器が作動していないのなら今のうちの岩見澤さんを救出するのが得策よね)」

 御坂美琴は防音壁に寄りかかっている岩見澤セレナに近づいた。

「岩見澤さん、大丈夫?」

「ん、・・・・・・ん」

 右手を左肩に当てて揺さぶる。

「あ、・・・・・・あれ、・・・・・・私」

「気がついた? どこか怪我とかしてない?」

 皮膚の見える部分では、カスリ傷も無さそうだった。

 髪が目の辺りまで被っているので表情は見えなかったが、血がついたような後はその他には見えない。

「状況は後で説明するから、今はとにかく私に掴まって」

 御坂美琴は岩見澤セレナの手を取り立たせようとする。

 が、相手の能力の影響かどうしてもふらついてしまう。

「やっぱおぶるしかないか」

 御坂美琴は、岩見澤セレナに背を向けて片膝を付く。

「岩見澤さん、背中まで頑張って」

 数秒で、その背中に小さな手の感触がした。

 瞬間、

「ッ・・・・・・!?」

 ゾワゾワゾワ、と得体のしれない悪寒が全身を襲った。

「な、に、これ」

 まるで体の力を吸い取られるような感覚。

 その正体が、背中の小さな手から、と言う事実に気がつくまではそれほど時間を要さなかった。

 バッと立ち上がると、数歩前進し振り返る。

「岩見澤さん一体何を・・・・・・」

「おんぶしてくれるっちゅうから背中に手を当てただけちゃうん?」

 そこで完全に違和感を覚えた。

 岩見澤セレナとそこまで多くの会話をしたことのない御坂美琴だが、これだけは言えることがあった。

 岩見澤セレナは、関西弁では話さない。

「アンタ、岩見澤さんじゃないわね。誰!」

 岩見澤セレナだった少女は、白く長い髪のカツラを放り投げる。

 下から出てきたのは、真っ赤な短髪だった。

 長さ的には御坂美琴と同じくらいだろうか。

 元々赤っぽかった地毛の上からさらに赤を上塗りしたかのような赤褐色。

「人に名前を訊ねるんやったら、まず自分から名乗るのが普通とちゃう? まぁ、あんたの名前やったらもう知っとるけどな、御坂美琴はん」

 少女は、きっちり締めてあったブラウスの第一ボタンを外す。

「うちの名前は、千賀沙安芸(ちがさ あき)。あんたを倒せる能力者の名前や。よう覚えとき」

 千賀沙安芸は手を腰に当て、右手の親指で鼻を一回擦る。

 一種の癖みたいなものだろう。

 その仕草を気にするよりも先に、御坂美琴は思考する。

「(私を倒せる能力者ですって?)」

 思考しながら、ゾクっとまた一つ身震いした。

 過去に二つ、御坂美琴自身が勝てないと思った能力者がいた。

 一つは、一方通行(アクセラレータ)

 あらゆるベクトルを操る学園都市最強の能力者。

 もう一つは、上条当麻の持つ能力。

 無能力者と言うレッテルを貼られているが、御坂美琴の電撃を尽く防いだ挙句、学園都市最強の能力者を倒してしまっている。

 それに加えて、御坂美琴が負ける可能性がある能力者がいる。

「まさか、アンタの能力っていうのは・・・・・・」

電力吸収(アブソプション)

 悪寒の正体はそれだった。

 今現在もこうして正対しているだけでも、能力を吸い取られている感覚に陥ってしまう。

 ピーピーピー、と警報音が鳴り響いた。

 ミサカ一九〇九〇号が持つ検知器からだ。

「妹!」

 御坂美琴が叫ぶと、それまで少年と交戦していたミサカ一九〇九〇号が近くへと駆け寄る。

お姉様(オリジナル)、検知器が作動しています、とミサカは相手の能力が発動された可能性を示唆します」

「分かってるわ。でも、それ以上の事態がこっちも存在したわ」

 互いに背中を合わして正対する相手を見つめる。

「どうやら、私にとって最悪な相性みたい」

 検知器の警報は鳴りやんでいた。

「あの少年の能力も何かしらの制限がありそうです、とミサカは冷静に分析します」

「オイラの能力が気になるんすか?」

 制服の末端カット少年は続ける。

「まぁ別に能力が知られたところで、お前たちがオイラ達に勝てる見込みはないんすけどね」

「って言うか、うち等じゃなくてうち一人でもいいんちゃう? ほら、よりにも寄って二人とも電撃使い(エレクトロマスター)やで」

 千賀沙安芸は、右手の親指で鼻をすすりながら言う。

「油断しない方がいいっすよ。一応千賀沙は超電磁砲(レールガン)専用なんすからね。と言いつつ、電撃使い(エレクトロマスター)のトップを抑えることが出来れば、下位の能力者であっても問題ないだろうっすけどね」

「私、専用?」

「そ。あんた専用」

 千賀沙安芸は、楽しそうに笑いながら、

「しっかし超能力者(レベル5)はんも大変やなぁ。学園都市に七人いる超能力者が全て同時に統括理事会へ敵対行動を取った場合の対応策っちゅうことで、こうやって一人一人に最適な対向者(パートナー)付けられるんやから」

「超能力者たちが敵対行動を取るですって?」

 もし仮にそのような事態が起きた場合、確かにそれは驚異になるだろう。

 一人で軍隊と対等に戦える程の力を有した能力者が七人同時に学園都市を敵対するような事態。

 本来ありえない構図ではあるが、

 現に御坂美琴自身、妹達(シスターズ)の件で関係のある研究施設をほぼ全て破壊したことや、樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)を破壊しようとした(既に破壊されていた)、と言う敵対寸前までの行為に至っている。

「つまり、そちら側が対お姉様(オリジナル)用の能力者であるのと同時に、貴方も対超能力者(レベル5)の能力者と言うことですね、とミサカは分析を開始します」

「対超能力者用の能力者。『同時消し(スキルブル)』なんて呼ばれたりもするんすけど、まぁ研究者曰く、大きな『連鎖』に繋げるための小さな起点、ってことらしいっす」

 ちなみに、と少年は付け加え、

「オイラは万々谷旬。対向者(パートナー)は第一位。まぁこれが分かったところで、状況が変わるわけでもないんすけどね」




御坂美琴って妹達のことなんて呼んでましたっけ?
何冊か読み直しても出てこず、結局『妹』になっちゃいましたけど、いいのかな・・・・・・


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弾丸

 

 同時消し(スキルブル)

 対超能力者用の能力者達。

 学園都市に七人しかいない超能力者(レベル5)。その七人が同時に統括理事会へ敵対行動を取った場合、各個体へ致命的なダメージを与えることの出来る能力者達を指す。

 例えば、対超電磁砲能力者である千賀沙安芸。

 彼女の能力である電力吸収(アブソプション)は、その名の通り電撃使い(エレクトロマスター)の能力の源である電気を吸収する。

 最大二〇億ボルトの出力を誇る御坂美琴の能力も、無限ではない。

 電池切れ。

 御坂美琴はそう呼んでいるが、状態は言葉通りである。

 そうなってしまえば、いくら超能力者とは言えど下位能力者にさえ苦戦を強いられるであろう。

 そして、万々谷旬。

 対一方通行用の能力者。

 学園都市最強の能力者に致命的なダメージを与えることの出来る能力。

 その能力は単純明快。

 『人間』と言う根本的な存在に必要不可欠なモノを取り除くだけでいいのだ。

 空気掌握(アノキシア)

 一方通行(アクセラレータ)に致命的なダメージを与える能力。

 対一方通行と表しているが、それが他の能力者に対象が変われど、同じことと言えよう。

 

 

 

 御坂美琴は検知器が鳴動する度に距離を取る。

「検知器一つでここまでオイラの能力が『見える』ようになるなんて、帰って検証が必要っすね」

 訓練場のトラックは一周三〇〇メートル。訓練場全体の大きさになればその約二倍。

 その範囲を活用しながら、御坂美琴は反撃をする。

「(アイツの能力は有効範囲が限られている? それか、範囲によって発揮できる能力に制限があると見て良さそうね)」

 検知器の鳴動が止めば反撃に転じ、鳴動すれば後退に転じる。

 ヒット&ウェイの繰り返し。

 しかしながら、その攻撃が一度たりともヒットしない。

 電撃の槍はいとも簡単に避けられてしまう。

「って、さっきからちょこまかと!」

 前髪から火花が散る。

 白い閃光が万々谷旬へと一直線に走っていく。

「ほら、オイラってさ」

 が、その閃光は万々谷旬の脇腹を掠めるように地面へと突き刺さる。

「対一方通行(アクセラレータ)用の能力者っすからね。相手に触れられないようそれなりに動き回れる必要があるってことなんすよ」

 触れるだけで人の命を簡単に消し去ることが出来る能力者。

 そんな相手をするとなれば、触れられる前に行動不能に陥れるしかない。

 そのために必要なモノは、俊敏性或いは敏捷性と言ったところか。

 動体視力と言ったものも必要なのかもしれない。

 抜群の運動能力は、自身の能力だけを過信せず、対象を沈黙させるための力。

 一体どれだけの努力をすれば生身でこれだけの動きが出来るようになるのか、想像も出来ない。

 御坂美琴自身、低能力者(レベル1)から努力で超能力者(レベル5)へとたどり着いた努力家だが、彼はある意味それを超えている。

「言っとくっすけど、ドーピングじゃなくて生身っすからね」

 ピーピー、と甲高い警報音が鳴り響く。

 空気中の物質量が変更された音だ。

 御坂美琴は、数発の雷撃を半ドーム状に放ち、一種の壁を作り出す。

 自分自身の場所を変えず、相手から離れさせることによって、能力の有効範囲から抜け出す。

「(アイツ自身が離れるだけで能力の有効範囲から抜け出せたと言うことは、範囲の設定はアイツ自身が基準になっている可能性が高いわね)」

 特定の空気中に存在する物質量を変化させると言うよりは、自分が触れている空気の物質量を変化させると考えた方がよさそうだ、と御坂美琴は思う。

 突発的にではなく、蛇口を捻った水が波紋状に地面に広がっていくようなイメージをすればいいだろう。

 となれば、もしも蛇口から出せる水の量が決まっているのであれば、範囲を広げれば広げるほど水嵩は薄くなり、逆に狭めれば水嵩は大きくなる。

「(最大距離は分からないけど、範囲によって変えられる濃度が違うのなら、遠距離からの攻撃が一番の得策)」

 しかしながら、直線的な雷撃では避けられてしまう。

「なら!」

 御坂美琴が地面に手を翳すと、グラウンドに埋もれていた砂鉄が手中に集まる。

 集まった砂鉄は剣の形を成すと、ムチの様に複雑な動きで万々谷旬に襲いかかった。

 直線的ではなく、曲線的な動き。

 それだけではなく、縦横無尽。

 左右に加えて上下の唸りを入れることで、避けられる範囲を極限にまで減らす。

 生きた蛇の様に動き回る砂塵の剣。

 チェーンソーのように振動する砂鉄の剣は、触れるだけであらゆる物を切り裂く。

 それが、人の体となれば、言うまでもない。

 しかし、当たらない。

 縦横無尽に動き回る砂鉄の剣を、紙一重で避けていく。

「それも、予測ずみだっつーの」

 御坂美琴が地面に手をつくと、数本の砂鉄の柱が万々谷旬の周囲から突き出た。

「お?」

 驚愕した訳ではなく、どちらかと言えば関心するように万々谷旬は言う。

「まるで動物園に捉えられた動物みたいっすね」

 檻の様に砂鉄の柱が行動を抑制する。

 触れればその身を引き裂かれる檻。

「大人しくしてれば怪我しないですむわよ」

 が、ピーピーピーと警報が鳴り響く。

 検知器が空気中の物質量の変化を察知する。

「にゃろ!」

 御坂美琴は大きく後ろへ距離を取る。

 約二〇メートル。

 そこで検知器の鳴動が止む。

「大人しくする気はないみたいね」

「まぁ、ほらオイラ達って誘拐犯っすからね。そもそも大人しくってのが無理な話なんすよ。だから、オイラを大人しくさせるつもりがあるんだったら、超電磁砲(レールガン)でもぶっぱなせばいいんじゃないっすかね」

「挑発してんの?」

「察しの通りっす」

 御坂美琴は中途しながらも、スカートのポケットからメダルを一枚取り出す。

 初速一〇三〇メートル。

 人体に接触すれば、簡単に風穴が空いてしまうほどの殺傷能力を持つ御坂美琴の代名詞とも言える技。

 御坂美琴が超電磁砲を人に向けて発したことは片手で数えられるほどでしかない。

 それも相手は、

 どんな異能の力を打ち消してしまう右手を持つ少年や、

 学園都市最強の第一位、

 或いは、軍事用の特殊アーマーに身を包んだ科学者、

 と、どれも特別な相手であった。

 しかし目の前にいる少年は、彼らとは違う。

 打ち消す能力や、ベクトルを操り反射させる能力もなければ、体を覆う鎧もない。

 右手にコインを握り締めたまま考える。

 こんな安い挑発にのってしまってよいものか、と。

「あーあ、残念っすね。せっかく超電磁砲(レールガン)との差がどれほどか確かめたかったんすけど」

 万々谷旬がそう呟いたと同時に、

 ゴッッ!!

 と、まるで地面に仕掛けられていた地雷が破裂したかのような爆発があった。

「痛ッ」

 衝撃で地面を二度三度転がった御坂美琴は、両手足を地面について爆発源を確認する。

 地雷などではない。

 そもそもあんな場所に地雷なんてものはなかった。

 御坂美琴が目線を上げると、

 右手をまっすぐ前に上げて、人差し指に引っ掛けていた親指を弾くような形で、万々谷旬が立っていた。

「(超電磁砲(レールガン)の構えに瓜二つ? いや、向こうは電気を扱う訳じゃない。能力から考えると・・・・・・)」

 砂鉄の檻はモノの見事に吹き飛ばされていた。

「アンタの能力が空気中の物質量を変化させるものだとすれば、真空砲と言ったとこかしら」

 数メートルの真空状態を保った筒を用意する。

 入口と出口の両方を塞いだ状態で、入口のみを解放する。

 真空状態の筒に空気が流れ込み、爆発的な加速を生み出す。

 超電磁砲(レールガン)の初速一〇三〇メートルには遠く及ばないものの、音速を超えるほどの速度で打ち出された物質は、そこそこの破壊力を生み出す。

真空砲(バキュームガン)なんて言われてるっすけど、まぁ言えば様式はお前の超電磁砲と類似してるっすね。超電磁砲の場合は不可視の砲身を土台にしているはずっすけど、オイラの場合は真空の筒を土台にしてるっす。たった二〇メートルの距離じゃ威力なんて高が知れてるっすけどね」

 万々谷旬は、説明しながら右手の親指でパチンコの玉を上へと弾く動作を繰り返していた。

 重さは御坂美琴が弾丸に使用しているゲームセンターのコインと同様の約五グラム。

 同じ重量の弾丸を使用した場合、それが打ち出される速度によって勝敗が決する。

 超電磁砲(レールガン)真空砲(バキュームガン)

 二つの速度では三倍以上もの差が生じている。

「分からないことがあるわ」

 スカートについた埃を払い、御坂美琴は立ち上がる。

「アンタの能力が私の想像してる能力そのものなら、その運動能力を活かして私の動きを拘束することなんて簡単だったんじゃないの? アンタがどんな理由で岩見澤さんを狙ったのかは分からないけど、今のアンタはそんなことはどうでもいいって顔にみえるんだけど」

「当初の目的は無事に遂行されてるっすよ。どうでもいいように見えたのは、能力者としての本質の所為じゃないっすかね。ほら、自分の力が一体どこまで通用するのか知りたいって言う欲は誰にでもあるもんすから。まぁ、お前を拘束できたって点については否定せざるを得ないっすね、だってお前が全然本気じゃないっすからね」

 この期に及んで相手に傷を追わせずにどう鎮圧させるか、と言うこと考えていた御坂美琴であったが、万々谷旬の言っている事に一部共感できる部分があった。

 自分の力がどこまで通用するのか。

 それを知りたいと思うのは、当然の話しだろう。

 増して、それなりの能力をもっている能力者なら当然。

 もし、別の形で交わっていたなら、それはきっと気持ちの良い勝負になったに違いない。

「なら、そろそろ本気でいかせてもらうわ。こっちも早く岩見澤さんを助けなくちゃいけないし、傷なしってのはちょっと無理かもしんないわよ」

 御坂美琴がコインを弾くと同時に、万々谷旬もパチンコ玉を弾いた。

 ほぼ同時に射出された二種類の砲弾が、空中で重なり合う。

 

 

 

 

 ミサカ一九〇九〇号は、施設の廊下を走りながらつい先ほどのやり取りを思い出していた。

『アンタにお願いがある』

 曲がり角で壁に背を当てたミサカは半身で通路の先を見つめた。

『アンタが同じ電撃使い(エレクトロマスター)と知っていて無理なお願いかもしれないけど、アイツの相手をお願いしたいの』

 通路の先は暗闇に包まれている。

 静寂な空気。

 それを切り裂くように、一発の銃弾がミサカの頬先を掠めるように後方の壁へと突き刺さる。

『能力以外の点ではきっと私よりもアンタの方が上回っている。だからそれでアイツをどうにかしてほしい』

 反撃するように二発、暗闇へ向けて発泡する。

 カンカン、と壁に突き刺さる音。

 対象への命中は確認できない。

「(まったく、無茶な話しです、とミサカ一九〇九〇号は少々ため息を吐きます)」

「(しかし、電気を吸収する能力者が本当に存在するとは思いもしませんでした、とミサカ一〇〇五〇号は驚愕します)」

「(それより対応策を考えるべきでは、とミサカ一〇八四〇号は指摘します)」

 さらに発砲が続く。

 暗闇から閃光が瞬いた。

「(こちらが能力を使用しなければ、条件ではこちらが有利なのでは? とミサカ一〇二八三号は推測します)」

 電力吸収(アブソプション)

 電撃使い(エレクトロマスター)にとって最悪の能力者。

 能力全てを封じられた電撃使い(エレクトロマスター)に残るのは、身体的な能力のみ。

 その点で考えれば、妹達(シスターズ)は御坂美琴を上回っていると言えよう。

 学園都市最強の能力者である一方通行(アクセラレータ)

 触れるだけで人の命をもぎ取るとこの出来る最悪。

 一万と三二回。

 その悪魔と戦闘を繰り返した回数。

 その全てはミサカネットワークによって共有されている。

「(相手も能力に頼りきりとは限らないのではないでしょうか、とミサカ一五一一〇号は考察します。現にミサカ一九〇九〇号からの情報では、こちらの発砲時の発光でこちらの位置を特定し反撃に転じています、とミサカ一五一一〇号は相手の洞察力に敬意を評します)」

 ミサカは改めて自分の装備を確認する。

 KP2000R。

 四〇口径モデルの戦闘用ピストル。

 装弾数は一三発。

 従来のシリーズよりもプラスチックを大胆に使用することで二〇〇グラム以上の軽量に成功した自動拳銃だ。

 カートリッジの予備は三つ。

 既に一つ目の予備を使用している。

 そしてもう一つ。

 右太ももに固定された小型の拳銃。

 感覚遮断銃(パラリシスのはり)と呼ばれる麻酔銃。

 本来は手術中に、痛覚のみを遮断し感覚を残す際に使用されたりするが、感覚遮断銃(パラリシスのはり)の効果は逆。

 痛覚を残し、それ以外の電気信号を遮断することで相手の動きを拘束させる代物。

 対能力者用の武器として導入される予定であったが、扱いにくさから使用を断念された。

 何せ、最終的な弾丸は〇.一ミリ。

 特殊な弾丸を使用しており、発射された弾丸が空気抵抗によって剥がれ落ちていく仕組みになっている。

 そのため、風の流れに標準が通常の拳銃よりも左右されやすい。

 打ち込まれる標的は、人の上下肢がほとんどであるため、

 動き回る相手には不向きと言うことで現在は警備員(アンチスキル)でも扱われていない。

 その代物をミサカが扱うことが出来る理由は、実験の賜物と言えよう。

 学習装置(テスタメント)による知識の導入に加え、

 二〇〇〇〇に及ぶ妹達(シスターズ)の射撃訓練。

 一〇〇三二回に及ぶ戦闘実験。

 その全てをミサカネットワークで共有することによって初めて得られる射撃能力。

「(やはり最後は感覚遮断銃((パラリシスのはり)を使用し動きを拘束する手が一番の得策ではないでしょうか、とミサカ一〇七七七号は提案します)」

「(恐らく、お姉様(オリジナル)はこんな状態になっていたとしても、相手を傷つけずに対処する方法などを考えているに違いありません、とミサカ一五一一〇号はお姉様(オリジナル)の思考を推測します)」

「(それじゃあ、とりあえずこの施設の見取り図なんかが分かった方が色々と作戦を考えやすいかも、ってミサカはミサカは助言してみたり。でもミサカはあの人の看病をしないといけないからあまり手伝うことは出来なさそうかも、ってミサカはミサカは少し残念に思ってみる)」

 足音を殺しながらミサカは施設内を移動する。

 相手も余程感覚が鋭いのか、ミサカが移動するたびにきっちりとある一定の間隔を保ちながら移動して来ている様だった。

「(・・・・・・第二学区、第三訓練場の見取り図のデータを発見しました、とミサカ一〇〇三二号は報告します)」

 どうやら、この建物にはほとんど窓と言う窓が存在しないらしい。

 おかげで外の光が入ってこず、建物の中は暗闇に覆われている。

 電源をオンにすれば明かりはつくだろうが、今回はこの暗闇を利用する。

「(一〇メートル先にT字路があるようです、とミサカ一〇〇五〇号は指摘します)」

「(この前看病中にこんなのを読んだのだぁ、ってミサカはミサカは情報提供してみたり)」

「(では、その探偵さながらのトリックを使用してみましょう、とミサカ一九〇九〇号は準備周到な女性であることをアピールしましょう)」

 ミサカが取り出したのは、携帯用の粘着テープだった。

 もちろんただの粘着テープではない。

 学園都市性の特殊なテープ。

 粘着力は通常の三倍もある代物。

 移動しながら、その粘着テープをKP2000Rに貼り付けていく。

 加えて、続けて取り出したワイヤーを引き金に固定する。

 T字路に来たミサカは一度左へ曲がり、その壁に延着テープを巻きつけておいた自動拳銃を壁に貼り付けると、ワイヤーをさらに後ろのドアノブで固定し、来た道をそのまままっすぐ進んだ所で床に伏せた。

 ワイヤーを引けば、ドアノブが支点となり、引き金が引かれる仕組みだ。

 電子ゴーグルを着用し、頃合を見計らってワイヤーを引く。

 カンッ、と発射された銃弾は壁に跳ね返る。

 立て続けにもう一発、ワイヤーを引くと弾丸が飛び出す。

 恰も、そっちにミサカがいる事をアピールするかのように、弾丸が壁に弾かれる。

 次に、ミサカが取り出したのは感覚遮断銃(パラリシスのはり)だ。

 電子ゴーグルを着用し、暗視になったミサカはT字路へ相手が誘い込まれるのをじっと待ち構える。

 カツカツ、と小さな足音がT字路の壁に張り付いた。

 小型の拳銃を片手に、角からミサカが自動拳銃を壁に貼り付けた方角を半身で覗いている。

 千賀沙安芸。

 対超電磁砲の能力者。

 電子ゴーグル越しに映ったその姿を確認し、ミサカはその手に握られた感覚遮断銃(パラリシスのはり)の引き金に指をかける。

 標準は、標的の左足。

 左足に体重をかけ、半身になっている彼女の軸となる足。

 それに標準を合わし、ミサカをその引き金を引く。



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少女を狙う者達

 

 時間は少し前に遡る。

 場所は、第二学区第三訓練場の建物内。

 暗闇に覆われた通路を一筋の光が照らしていた。

「始まったわね」

 建物外に位置する訓練場から爆発音が鳴り響いている。

「However、対超能力者用の能力者となれば、御坂美琴であっても苦戦を強いられそうね」

 ミサカ一九〇九〇号が開いていた小型無線の会話から大方状況は把握出来ていた。

 訓練場にいた岩見澤セレナは偽物で、本物の彼女はおそらくこの施設にいる。

「Therefore、早くあの子を見つけなければ」

 不老の能力。

 岩見澤セレナの能力を知った上で誘拐を行なったことは間違いない。

 しかし、その理由が分からなかった。

 対超能力者用の能力者。

 彼らが彼女を狙いう理由。

「上層部からの依頼か、but、元々上層部からの指示で彼女の研究をしているのに、その可能性はありえないわね」

 ならば、彼ら自身の独断と言うことだろうか。

 まだ学生の身ながら不老を可能にする少女を狙う。

 そこにどんな理由が存在するのか。

 布束砥信は右のポケットにしまい込んである小型の拡張器の感触を確かめる。

「対超能力者用の能力者と言うことは、最高で七人」

 その内、現在時点で姿を現しているのは御坂美琴とミサカ一九〇九〇号が敵対している二人だけ。

 残るは五人。

「Or、五人を相手にすることも考慮しないとダメということね。意外にこちらのが重労働だったりする?」

 キャパシティダウンの効力を備え付けてある拡声器は相手の演算を一時的に阻害し、能力の発動や照準を狂わせる程度の威力しかない。

 それも御坂美琴との交戦で見せたように、能力発動の際に発生する『タメ』の部分を狙い打つことによって最大の効果を発生させる。

 複数の能力者相手では効力は激減する。

 明らかに岩見澤セレナを救出すには力が足りなさすぎる。

 相手がそれほどの能力者達と言うことが分かっていれば、もう少しまともな準備が出来たかもしれないが。

「元はといえば、私が甘かったからか」

 そう。元はと言えば布束砥信が岩見澤セレナを外出させたことから始まった今回の事件。

 常盤台中学に在学中であるが、登校日数はわずか数日。

 在籍しているだけの状態。

 布束砥信が岩見澤セレナの研究を担当することになったのが、数週間前。

 それまでは、別の研究員がこの研究を担当していた。

 その当時は外部との接触を極限にまで避けるため研究施設からの外出は禁止されていたと言う。

 しかし、布束砥信はそれまでの方法を撤廃し岩見澤セレナの外出を認める手続きを取った。

 上層部はあまり良い顔をしてはいなかったみたいだが、幽閉が続けば研究に支障が生まれると言うレポート付きで、渋々上層部は頷いたのだった。

 結果、この状態である。

 上層部が懸念していたのは、外部への情報の流出だった。

 研究者の間で小さく噂されている『非科学』と言う分野。

 科学を突き詰めた際にどうしても生じる科学では証明出来ない部分。

 或いは、学園都市の対抗組織。

 一体どのようにして岩見澤セレナの情報が流出したのかは分からないが、

 『不老の可能性を秘めた少女』

 と言う存在を欲しようとする組織はごまんといるだろう。

 加えて、学園都市内部からも同じように彼女を狙う勢力が現れた。

 いずれ外部からの侵入者も彼女の居場所を突き止めてやってくるに違いない。

「腹を括りなさい布束砥信」

 自分に言い聞かせ、布束砥信は通路を照らしていたライトを消した。

 壁に背をつけて通路の角までゆっくり進むとゆっくりと通路の先を覗き込む。

 誰もいないハズの部屋からうっすらと明かりが漏れていた。

「アタリのようね」

 処置室と札には書かれてある。

 その名の通り、風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)が訓練で負傷した場合に処置を行う場所だ。

 日中には医師が在中しているため、ある程度の資材が取り揃えられてある。

 岩見澤セレナの体質を知る者ならば、ここの資材を使うのではないか、と言う予測だったがものの見事に当てはまったようだった。

 扉には隙間があった。

 引きドアではなくスライド式だった。

 布束砥信は、半身になって中の様子を探る。

 施設の中では数少ない窓から月の光が差し込んでいた。

 人の気配はない。

 さらに中を様子を伺っていると、室内に設置されているベッドの上に誰かが寝ているようであった。

「(あの子か)」

 他に誰もいないことを確認しながら、スライドドアをゆっくりと開けていく。

 三〇センチほど開けた所で布束砥信は体を滑り込ませて行く。

 静かにベッドへ近づくと、その正体が明らかになる。

 白髪の少女がベッドで寝息を立てていた。

 布束砥信は拡声器を握り締めたまま再度周囲の様子を確かめる。

 物音はない。

 聞こえてくるのは、訓練場からの僅かな爆発音と、建物内から響いてくる銃声。

「一九〇九〇号が施設内で戦闘中みたいね。Therefore、早くここから移動した方がよさそうか」

 拡張器をポケットにしまうと、布束砥信は少女を起き上がらせた。

 途端、強烈は違和感を覚えた。

 その体はあまりにも小さ過ぎた。

 加えて、パサ、と白い髪がベッドの上へと落ちる音。

「クッ、また同じ手ッ!」

 しかし遅かった。

 バチンッ!、と体が一瞬跳ねた。

 糸の切れた人形のように床へと崩れていく。

「同じ手引っかかる、お前たち、バカ」

「おや。僕がトイレに行ってる間にこんな感じになっていた? って言うか入るところ見えてたん感じなんだけどね」

 床にうつ伏せの布束砥信からは声しか聞こえない。

「見た感じ、研究員って感じですけど、あぁこれの研究してた人って感じですか?」

 そう呟いた少年は、ベッドから白髪のカツラをかぶっていた少女が降りると同時に、そのベッドを蹴り上げた。

 ベッドにかけられていたシーツも同時にめくれ上がり、今まで隠れていたモノが姿を現す。

 九〇度回転したベッドの下から出てきたのは、

 紛れもない、岩見澤セレナだった。

 白い髪も、常盤台中学の服装も、その容姿も間違いない。

「探しているのはこれな感じですか? でもダメですね、僕たちにはこの子が必要な感じなんですよね」

 布束砥信は震える体を上体だけ起こす。

 目に入ったのは、小柄な少年だった。

 うす暗い部屋の中に佇む少年は幼く見えた。

 体格的には小学生と言った所。

(かける)。それ、どうする?」

 声は岩見澤セレナに変装していた少女だった。

 こちらも同じように小柄な女の子だ。

「どうにもしない感じですよ楓花(ふうか)。取りあえず眠ってもらうだけです」

 少年が手を前に出すと、少女は自分が手に持っていたモノを差し出す。

 大きさ的には懐中電灯くらいのモノだが、布束砥信にはその正体が分かっていた。

 バチバチ、と少年が手にとったそれの先端で電流が流れる。

「ク、貴方たち・・・・・・」

 スタンガン。

 一般的に市販されているモノで一〇〇万ボルトの電圧があるが、電流は数ミリアンペアしかないため殺傷能力はなく、気絶することもない。

 恐らく今使用されているモノも改造は施されていないのだろう。

 しかし、たった一発では気絶はしないものの、それが数発となれば話は変わってくる。

 少年は、スタンガンを掴んだまましゃがみこむとそれを布束砥信の胸元へと当てる。

「と言う感じなんで、しばらく夢の世界で楽しんで下さい。大丈夫です、知ってる感じだと思いますが、こんなものに殺傷能力なんてないです。もちろん初めから殺す感じなんてないですよ。誰かが死ぬなんて嫌な感じですからね」

 ビクッ!! と体が跳ね上がると布束砥信の体は床へと崩れ落ちた。

「・・・・・・翔、死んでない?」

「大丈夫な感じです。呼吸も脈もあります」 

 少年は布束砥信の手首と背中に触れてそう答える。

「ならいい」

「言ったように気絶させるだけな感じですから。それとも、・・・・・・やですか」

 実際には、布束砥信は気絶していなかった。

 しかし、意識は朦朧の放心状態。

 全身の筋肉は硬直し動かず、少しすれば意識も遠のいていくだろう。

 聞こえてくる会話も少しずつ途切れとぎれになっていく。

「が・・・・・・ばる」

「なら・・・・・・しかない感じ・・・・・・です。僕たちに・・・・・・子しかいない・・・・・・」

 視界に映る映像もぼんやりとしたモノでしかない。

 が、光だけは判別出来る。

 パッ! と、

 真っ暗のハズの部屋が光に包まれた。

 正確には、電気が付けられたのだろう。

 ガヤガラ、とした声が聞こえる。

 だが、言葉ははハッキリとは聞き取れない。

 しかし、先程までとは明らかに場の雰囲気が変わったことは確かだった。

 ぼんやりと聞こえてくる会話の中に聞き覚えのない声が混ざっている。

 少年たちの仲間ではなさそうだった。

 新たな敵なのか、或いは味方か。

 今の布束砥信に、それを判断することは出来なかった。

 が、

 薄れいく意識の中で、はっきりと聞こえた一言があった。

 聞き覚えのない声のたった一つの言葉を耳にして、布束砥信の意識を途切れていく。

 その声はこう言っていた。

 たった一言、

 『眠れ』

 と。

 

 

 

 

 ミサカ一九〇九〇号は天井を見上げていた。

 「何が、起こったのでしょうか、とミサカはミサカネットワークを使用し、視覚の情報を取り出します」

 粘着テープとワイヤーを使用し、相手を惑わすトラップを仕掛けたまではよかった。

 しかし、半身になり仕掛けた亡霊の発砲にまんまと掛かった千賀沙安芸は、ミサカ一九〇九〇号が感覚遮断銃(パラリシスのはり)を打ち込んだ直後、暗闇に潜んでいたミサカ一九〇九〇号に位置を見つけ出し、その顔をゴーグルごと蹴り飛ばしたのだ。

「実は、ワイヤーって意外に見えてしまうもんなんやで? 学習装置(テスタメント)で学習せんかったんか?」

 ミサカが下目で見ると、千賀沙安芸が左手を腰に当ててた状態で見下ろしていた。

 千賀沙安芸は、ミサカの近くまで来ると右手の傍で片膝を付く。

「はい、銃は没収させてもらうで。お、これ、麻酔銃ちゃう? 手術とかで使う麻酔を逆に応用したっちゅうヤツ」

 一瞬、能力を使用し、相手の行動を封じようかと考えたミサカだったが、一瞬でその考えを破棄した。

 それを見透かしたように

「止めときや。うちに電撃は通用せんで」

 対超電磁砲能力者。

 大きく言えば、対電撃使い(エレクトロマスター)用の能力者と言っても過言ではない。

 千賀沙安芸は感覚遮断銃(パラリシスのはり)を手に取りながら、

「つっても、どないしよ。さっきから銃でバカスカやってたけど、別にアンタ等をどうにかしようって気は無いんや。ちょっと大人しくしてもろとったらいいっちゅう話しやねん。これで動かれんようにするってのも手やねんけど、確か空気摩擦で麻酔針の周りが剥がれて行く仕組みやったっけ」

 残弾を確認する。

「一発かぁ、これやったらアンタを拘束するのにはちと厳しいな」

 相手の動きを拘束させようと思えば、最低二発は必要だ。

 あえて必要最低限の弾数を装弾していないのは、ミサカ自身にも相手を完全に拘束させようとする考えがなかったからだ。

 しかしながら、所持していた武器が全て手元から離れ劣勢となった今、考えを変えなかればならない。

 このまま自分が敗れ、千賀沙安芸がお姉様(オリジナル)の所へ行くことだけは避けなければならない。

学習装置(テスタメント)による学習だけなら終了していますが」

「ん?」

「それでも、ミサカは新たな境地を改革してみせます」

 飛び上がる。

 頭の横に両手を付き足を顔を上まで来るように体を丸めると、その反動で一気に跳ね起き、片膝を付いてしゃがんでいる千賀沙安芸を左足の裏で蹴り飛ばす。

 手応えはあった。が、千賀沙安芸は蹴りがヒットする前に両手をクロスさせそれを防ぐ。

 直ぐにミサカは次の行動に出る。

 防がれた左足をさらに蹴り込み、その反動で体を回転させ逆方向への回し蹴り。

 今度は肘を地面に付ける形で重心を下げ、蹴りを避けた千賀沙安芸が水面蹴りを放つ。

 それを、ミサカは蹴りの勢いを殺さずにそのまま振り抜くことで体を傾かせ地面を踏み切る。宙で体を反転させ受身を取って着地すると千賀沙安芸へ正対する。

 一〇〇〇〇回に及ぶ戦闘。

 その過程において、接近戦で格闘を用いる事はなかった。

 何せ、触れるだけで人を殺せてしまう相手にこちらから触れようとする行為など無意味である。

 しかし、学習装置(テスタメント)によって知識は入力されている。

 さらに加えて言えば、実験は結局一〇〇〇〇と数回で終わってしまったが、最終段階の実験では格闘を用いれた想定実験も予定されていたらしい。

 内容は明らかにされることはなかったが、様々なパターンの戦闘を二〇〇〇〇回行う中、その最終局面で接近戦が用いられることには恐らく何かしらの目的があったに違いないが、

 今となってはその理由を知る手段はない。

 が、その知識を屈して目の前の相手を拘束させることが出来れば、この入力されてた知識は意味を持つに違いない。

「へぇ、そないなことも出来るんや。ちと予想外。でも」

 今度は千賀沙安芸が仕掛ける。

 体を回転させ右足での回し蹴り。

 ミサカの腹部に狙いを定めた攻撃。

 それをミサカは体を丸めて腹部を前屈させて避ける。

 さらに続けて上、下、或いは側面からの蹴り。

 連続した攻撃が続く。それをミサカは後ろに後退しながら避ける、捌く。

 一際大きいモーションだった。

 千賀沙安芸が右足を大きく縦に蹴り上げる。

 ミサカの顔を狙った攻撃。

 予備の動作が大きいほど行動は読みやすいモノだ。

 ミサカは余裕を持って上半身を後退させかわして見せた。

 しかし、瞬間体が宙に浮いていた。

 自分の体が傾いた瞬間、足を取られたと言う事実に気がつくまでに時間は掛からなかった。

 大きなモーションはその為だった。

 重心のズレた人の体ほど倒れやすいモノはない。

 ほんの少し、膝に足をかけられただけでモノの見事に人はバランスを失う。

 背中を床に打ち付けたミサカの肺から大量の空気が吐き出された。

 その顔のすぐ傍を千賀沙安芸の右足が踏みつける。

「ほら、うちらって超能力者(レベル5)を相手にする訳やからな、これくらい出来ちゃうって話しや」

 踏みつけた右足の膝に右手を肘を乗せ、千賀沙安芸はミサカを見下ろす。

 ショートパンツの下から水色の下着が露になっていようが気にはしていない様子だった。

 ミサカは自分の手足を動かそうとしたが、うまくいかない。

 ただ単純に馬乗りになったのではなかった。

 ちょうど右足が左足の上に九〇度膝を折った状態で乗っている下半身は、左足が。

 右手は、左手が。

 左手は腹部の上にあるが、それは千賀沙安芸上から馬乗りになることで下敷きになっている。

「何か打開策はないのでしょうか。とミサカは」

「そんなモンはない。普通能力者やったら能力でなんとかしぃ、って言ってやりたいんやけどな、その能力も使いモンにならん。おまけにその他の分野でもどうやらうちが上回ってるみたいやからな」

 千賀沙安芸は口を細めて笑うと、

「ってな訳やから、アンタはあの子を諦めて大人しゅうしとけってことや」

 手と足にさらに力が加えられた。

「(一体、この体のどこにこんな力があると言うのでしょうか、とミサカは疑問を抱きます)」

 対峙して改めて分かったことだが、千賀沙安芸はミサカ一九〇九〇号より一〇センチ以上も小柄であった。

 体の線も太いわけではない。

 どちらかといえば細い部類に入るだろう。

 加えて、能力を使用して肉体を強化している訳ではない。

 彼女の能力は、電力を吸収すること。

 電池切れ、と呼ばれる状態に持って行かれた訳ではない。

 そもそも、千賀沙安芸は能力を一度も使用していないのだ。

 自分自身の力のみで、一〇センチ以上もの体格差があるミサカを圧倒している。

「なぁ」

 小さく、千賀沙安芸が呟く。

「いとも簡単に人間の意識を刈り取る方法って知ってるか?」

 ゆっくりと千賀沙安芸は右手を動かし、ミサカの目の前で親指を立てる。

「答えは簡単、首の両側に通る頚動脈を圧迫してまえば、ほんの十数秒で相手は気持ちい夢ん中って話しや」

 人差し指と親指で直角の形を作ると、千賀沙安芸はそれをミサカの首へそっと当てる。

 少しの力を加えられただけでその指は頚動脈を圧迫し、脳への酸素を遮断する。

 ミサカは懸命に首を左右に揺るが、それだけでは圧迫を逃れきれない。

 次第に意識が遠のく。

 フワフワと床に仰向けでいることすら分からなくなる。

 瞼が重かった。

 自然とそれが重力に引っ張られるかのように閉じていく。

「(あ・・・・・・ミサカは・・・・・・)」

 そして、目の前は真っ暗になる。

 

 

 

 千賀沙安芸はゆっくりと訊ねる。

「そろそろ気持ちようなってきたんとちゃう?」

 既に二〇秒。

 ミサカの頚動脈を圧迫してからそれだけの時間が経過した。

 現に、ミサカの意識無いに等しい。

「もう喋れんか」

 ピクピク、とミサカの体が痙攣した。

 頚動脈の圧迫によって落ちた。

 それを確認すると、千賀沙安芸はミサカから降りてその顔を横に向けた。

 意識消失した人間でもっとも恐ろしい事は、舌根沈下による気道閉塞だ。

 それさえ回避することが出来れば、死には至らない。

 千賀沙安芸は眠るように落ちたミサカの髪をそっと撫でながら、

「大丈夫や、死にはせん。死ぬなんてことは嫌やろ」

 もちろん、意識の無いミサカから返事はなかった。

 その代わりに、パチッ、と一瞬にして周りを光が包み込んだ。

「なんや!?」

 本来なら驚くことではなかった。単に廊下の電気がついただけの話しだ。

 しかし、建物内の電気をつけると言う計画はなかった。

 そして、声がする。

 千賀沙安芸の独り言に答えるように、どこからともなく高く刺のある声。

「だからこそ、あの人魚を狙ったってことね」

「ッ・・・・・・誰や!!」

 パチン、と指を鳴らす音が廊下に響いた。

 ドロドロと得体の知れないスライム状の物体四体が千賀沙安芸の周りを囲っていく。

「なんやこれは? 床面の表層でも溶かして操っとんのか」

 カツン、とさらに音が続く。

「正確には水銀なんだけど、そっち側の人間に説明しても時間の無駄か」

 現れたのは、自分と同じくらいの背丈の少女だった。

 科学者のような白衣を身にまとっているモノの、裾は一〇センチ以上も余っており、おまけに純白だった白衣には、青や緑、黄色と言った色で模様が描かれている。

「アンタもこいつらの仲間か」

「敵の敵は味方って言うし、少なくともあの人魚を狙っているって点ではそうなるか」

 まぁそんなことどうでもいいか、と少女は吐き捨て、

「良かったわね貴方、最近兄さんに考え方を変えろって言われたばかりなの。だから貴方は死なないわ。良かったわね、死ぬの嫌なんでしょ?」

 少女が右手を横に振ると、ドロドロとした物体が千賀沙安芸に襲いかかる。



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大能力者としてではなく

布束砥信が原作であんな形で出てきましたが、まぁ、彼女の考え方に大きな間違いはないと思うので、大目に見てやって下さい。


 

 化け物の末路は何か。

 英国における魔女狩り。

 日本における鬼狩り。

 人と別の生き物とみなされた彼らは、忌み嫌われた。

「じぃ」

 小さな声が裾を掴む。

 まだ小柄な少女だった。

 ようやく義務教育がスタートする、といった年齢だろう。

 背中まで伸びる銀色の髪は、見るものの心を写す鏡の様だった。

 しかし、そこに写っているのは、光輝く黄色や、静かなる青ではない。

 赤。

 瞳の奥に赤を宿した獣達の色だ。

 周囲を覆い尽くす無数の獣が、絶えずその赤でこちらを見ている。

 裾を掴む手に力が入る。

 その手をそっと包み込んだのは、『じぃ』と呼ばれる人物だった。

 言葉から連想するには若すぎる顔立ち。

 青年と呼ぶのがふさわしいだろう。

 大丈夫。

 そんな暖かい声が聞こえる。

 だが、それをかき消す様に獣達が吠える。

 幼い少女にとってはそれを聞き取るどころではない。

 しかしながら聞き取ろうとせずとも、耳へ入り込んでくる言葉があった。

 『化け物』

 少女の目から見れば、どちらがそれなのかは一目瞭然である。

 狂気に溢れた赤い瞳。

 獣の様に雄叫びをあげ、凶器を手に取るそれは言うまでもなく『化け物』である。

 それでも、彼らの口から飛び出す言葉が変わることはない。

「じぃ」

 小さな声は震えた。

 ガチャ、と何かを固定するような音が少女の耳に届く。

 それが何なのかは少女には理解出来ない。

 ただ、それが嫌な音であることは分かった。

 ジリジリ、と『じぃ』と呼ばれる人物が後ずさりする。

 しかし、その後退は僅か数歩で終わる。

 自分自身の後ろに何があるか再度確認したからだ。

 不意に、『じぃ』と呼ばれる人物が少女に振り向くと片膝をたてて座り少女を抱き寄せた。

 そして、耳元で小さく呟く。

「人を恨んじゃだめだよ。彼らも怖いだけなんだから」

 そう言い残し、『じぃ』と呼ばれる人物は少女の元を離れて行く。

 一歩一歩少女から離れるごとに獣達に近づく。

 雄叫びがより一層強くなる。

 ガチャガチャ、と何かを固定するような音がいくつも響き渡る。

 そして一言、

「化け物が死ねばそれで満足かい?」

 その瞬間、少女の視界は真っ赤に覆われた。

 

 

 

 万々谷旬は空を見ていた。

 地面の上に大の字になり、その視界に入る空の色を目に焼き付けているような状態だった。

 一種の放心状態とも見えるがそうではない。

「はは」

 笑っている。

「これが、超能力者(レベル5)

 武者震いにも似た状態だった。

 能力者としての本能。

 自分の力がどこまで通用するのか。その根本的な部分を突き詰めようとする感情。

 ザッ、と地面を擦るような音が聞こえる。

「まさか、超電磁砲(レールガン)一発に対して五発連射で相殺ギリギリとは思わなかったっす」

 万々谷旬が首を反らせて視線を変えると、その先には御坂美琴が腰に手を当てて見下ろしていた。

「よく言うわよ。そんなモノ連射できるってのに」

 万々谷旬は、一度体を丸めてから勢い良く跳ね起きると、ズボンについた砂を払い落とした。

 二人が今いるのは、ちょうどグラウンドの部分だった。

 初速で音速を優に超えていく超電磁砲と複数の真空砲のぶつかり合いで、砂が宙に舞っている。

「井の中の蛙って訳じゃないっすけど、さすが超能力者(レベル5)っすね。最大出力はあっさり罵られ、小細工をしようも応用力でもそっちが上手となると、正直お手上げっす」

「心ではそう思ってないって顔してるわよ」

「いやいや、そんなことないっすよ。単に自己満の時間は終わりって言うことなんすよ」

 能力者として自分が超能力者(レベル5)にどこまで通用するのか。

 結果にすればその差は歴然としていた。

 標準として考えられている、軍隊での戦力的価値が得られる力とたった一人で軍隊を相手にできる力。

 まさに、そのままの結果。

 しかし、それは万々谷旬が単なる大能力者(レベル4)として超能力者(レベル5)に挑んだ結果だ。

 だからこそ、自己満。

 同時消し(スキルブル)

 その名を冠することで、万々谷旬は超能力者(レベル5)に対し決定的な一撃を与えられる存在へと変わる。

 御坂美琴も場の雰囲気が変わったことに気がついたようで、先ほどまで見せていた少し余裕のある表情ではなく、緊張感を漂わせるほど顔が引き締まる。

 その刹那、にらみ合っていた両者の視線がそれた。

 理由は小さな音だった。

 ザッ、と言う地面と靴裏が擦れる様な音。

 嵐の前、ではなく嵐の後の静けさ。そんな中だからこそ聞こえた程度の音だ。

「誰っすか、お前は?」

 長身の青年だった。

 二メートルには達していないだろうが、それ近くはあるだろう。

 黒髪のショートヘアー。

「私は、アウレオルスと言うものだが」

 さらに、青年の腕の中には少女がそっと抱きかかえられていた。

「その子をどうしたっすか。百合野(ゆりの)銀兆(いちょう)が居たはずっす」

「あぁ、あの二人なら少し寝てもらっている」

 簡単なことを言ってくれる、と万々谷旬は心の中で呟いた。

 百合野と銀兆の二人も同時消し(スキルブル)なのだ。

 それぞれ、特定の超能力者に対し決定的な一撃を与えることのできる能力者。

 しかし、超能力者に対し決定的な一撃を与えることができるからと言って、超能力者と同様に一人で軍隊を相手にできる訳ではない。

 特化している、と言うだけで他の能力者から見れば、単なる普通の能力者でしかない場合がほとんどだ。

 この場合、目の前の男が百合野と銀兆の二人では対処出来なかったと言うだけの話しなのだが、

 それにしても、と万々谷旬は思う。

「(どうして、これほど多くの人間が岩見澤セレナの事を知っているっすか?)」

 何かしらの能力者が岩見澤セレナを奪還に来ることは予想出来た。

 それに相応しい力を岩見澤セレナは持っているからだ。

「どうして、その子の事を知ってるっすか」

「詳しいことは言えないが、この子を保護してほしいと言われてたものでな」

 なるほど、と万々谷旬にはそれだけで理解出来た。

 予想通り学園都市の上層部が動いているのだ。

 岩見澤セレナの存在を散々隠してきた学園都市の上層部だが、いざ彼女が奪われるや否や情報を一部公開したのだろう。

 それなら、納得できる部分があった。

 超能力者の一人である御坂美琴。

 彼女が、ここまでやって来た理由は恐らく上層部絡みではない。

 同じ常盤台中学に所属している。大半の理由はそこにあるに違いない。

 しかし、妹達(シスターズ)は上層部絡み。

 同行していた科学者も恐らくそうだろう。

 そして、目の前の男も上層部が動かす駒に違いない。

「アンタは、あいつと一緒にいた・・・・・・」

「御坂美琴か。君も誰かにこの子の保護を頼まれたのか」

「保護? アンタ一体誰にそんな事頼まれたのよ」

「違うのか。すまないが、それを言うことは出来ない」

 今の会話ではっきりした。

 御坂美琴は上層部絡みではない。

 つまりは、後回しでも構わない。

 上層部が送り込んできた目の前の男さえどうにかすれば、何とでもなるのだ。

「(そろそろ、千賀沙が戻ってもいい頃っすか。なら、御坂美琴は千賀沙に任せるっすかね)」

 同時に、施設から近づいてくる人影を捉えた。

 万々谷旬は、千賀沙安芸が妹達(シスターズ)を鎮圧し、戻ってきたと確信していた。

 何せ、千賀沙安芸は超電磁砲(レールガン)専用に能力者だ。

 その劣化版と呼ばれている妹達(シスターズ)相手に負けると言うことなどありえない。

 だが、

「あら、御坂美琴。貴方もいたのね」

 千賀沙安芸の聞きなれた関西弁ではなかった。

 その容姿はまるで違っていた。

 着ているのはサイズ違いにもほどがあるカラフルな浴衣の様な白衣。

 髪は赤いが長さが違う。

「ってアンタもいるの?」

「兄さんがいて、私がいない訳ないじゃない」

「パラミラ、無事だったか」

「あら兄さん。私がそんな簡単にやられると思って?」

 百合野と銀兆と同じだった。

 千賀沙安芸の場合は二人と違い能力者に対する幅が広いが、電撃使い(エレクトロマスター)に限られた話しであり、根本的に対超能力者用の能力者であることに変わりはない。

「あーあ」

 大きなため息が出た。

「こっちは命懸けっての分かってるんすかねぇ、あいつら」

 基本的に、万々谷旬も同じだった。

 が、根本的に違う部分が存在する。

「まぁ、何かしらのイレギュラーが発生すればオイラ一人でどうにかする予定ではいたっすけど。自己満に走ったオイラがいけなかったっすね」

「・・・・・・パラミラ、この子を頼む」

「兄さんが言うのであれば」

 パラミラはアウレオルスに近づき、その腕に抱えられている少女を引き取る。

 両手で抱えると、そのまま五メートルほど下がった所で地面に下ろす。

 パラミラ自身を背もたれとし座らせると、裾に隠れた右手を小さく動かす。

 ドロドロとした人形がパラミラの前に壁を作る。

 と同時に、

 万々谷旬は、ポケットから小型のタブレットケースを取り出した。

「たった一回分しか手に入れれなかったっすけど、『始める前に使わないで終わる』より『始めるために使う』方がいいに決まってるっすよね」

 手の甲に出したのは白い粉末状のものだった。

 それを一口、舌で舐め取る。

 瞬間、何かとてつもなく嫌な空気を感じ取った御坂美琴とアウレオルスが身構えようとする。

 それより速く、

 動いたのは、人ではなく検知器だった。

 ピーピーピー、と甲高い音が鳴り響く。

「まずッ・・・・・・」

 御坂美琴がそう呟いた直後、

 ガクン、と御坂美琴とアウレオルスは糸の切れたマリオネットの様に地面へと崩れ堕ちた。

 手足に力を入れようとするも立てない。

 その様子を見ながら、万々谷旬は無言で一〇メートルほどあった距離を少しづつ歩み寄る。

 五メートルほど進んだ所で立ち止まり、大きく深呼吸を一つ。

 そして、ゆっくりと呟く。

「酸素濃度一〇%の味はいかがっすか」

 

 

 

「・・・・・・一〇、パーセントです、て」

 御坂美琴は地面に体を預けたまま、遠のきそうな意識を保ちつつ返答する。

「オイラも一度体験したことがあるっすけど、あまり美味しいとは思わなかったっすね。とにかく頭が痛くなるっすから」

 万々谷旬が言う様に、御坂美琴は頭痛に襲われていた。

 しかし、その痛みで意識がはっきりするどころか、痛みの増加と共に意識の状態も悪くなりつつある。

「基本的に酸素濃度が一〇%を切ると動くことは難しいっすね」

 万々谷旬は一瞬、間を置き、

「六%になると失神するっすからね」

 御坂美琴はどうにか意識を保ち手足を動かそうとしているが、アウレオルスと言う青年は動く気配がない。

「まぁ、『体晶』を使ってこの距離じゃあ、大能力者(レベル4)にも納得って話しっすよ。それでも対一方通行用の能力者としては成り立つって言うんすから、相性って言うのは怖いっすね」

 おかしい、と御坂美琴は思った。

 万々谷旬の能力は彼自身を中心として発動されるものと考えていい。

 彼自身を遠ざけるか、自分自身が離れる事によって能力の有効範囲から脱出することが出来ていた。

 つまりは、万々谷旬自身も能力の有効範囲にいる、と推測ができる。

「(なら、どうしてアイツは、平気なの)」

 同じ有効圏内にいて、自分たちとは違い満足に行動ができるのは何故か。

「不思議そうな顔をしてるっすね。どうしてオイラだけが能力の影響を受けないか知りたいって書いてあるっすよ」

 万々谷旬は、一瞬間を置き、

「理由は簡単っす。オイラが呼吸をする瞬間だけ酸素濃度を通常に戻せばいいってだけの話っす」

 先ほどから万々谷旬の会話に不自然な間があったのは、そのためだった。

 万々谷旬の能力が自分自身も効力範囲に含まれていると言うのは正しかった。

 しかし、実際には万々谷旬は自分自身が呼吸をするタイミングに合わせ酸素濃度を通常に戻すと言う方法で、他人にのみ濃度の下がった酸素を与えていたと言う訳だ。

 なら、と、

 御坂美琴は万々谷旬へ注目する。

 彼が呼吸をするタイミングのみ酸素濃度が通常へ戻るなら、そのタイミングに合わせて自分も呼吸をすればいい。

 検知器は常に鳴動をやめてはいない。

 検知器では確認できないほど一瞬のタイミング。

 注目するのは、彼の口元ではない。

 すべきは腹部だ。

 口を閉じていても鼻を使えば呼吸をできる。

 だが、呼吸は横隔膜の上下運動を伴うため、腹部或いは胸部の上下運動は解剖学的上必ず起こり得る。

 それを見逃さない。

 服の上からだろうが、その僅かな動きを途切れそうな意識の状態で行う。

 万々谷旬が何かを話しているが、そちらへの意識は遮断する。

 腹部と胸部の動きに合わせて一度大きく深呼吸。

 大まかに見て約三秒の間隔で腹部が動いていた。

 予想以上にも短い間隔だが、それはそれで好都合だった。

 低濃度の酸素を大量に摂取してしまった体には、少しでも多く通常濃度の酸素が必要となる。

 高濃度の酸素が摂取できれば、回復も目に見えて早いのだが、この場合はそんなことを言っていられない。

 手の感覚は戻りつつあった。

 少しだったが、意識の状態も改善している。

 通常濃度の酸素が補給出来ている証拠だった。

「(よし、これなら・・・・・・)」

 そう思った瞬間だった。

 ズキンッ! と頭に激しい痛みが生じた。

「痛ッ・・・・・・」

 心拍数も上がっていた。

 体内の酸素量が少ないため、多くの血液を送り出そうとしているのだ。

 つまり、

「オイラのタイミングに合わせて呼吸をしているみたいっすけど、そのタイミングでオイラが呼吸をしているとは限らないっすよ」

 恐れていた言葉だった。

 腹部や胸部の上下運動は呼吸をする過程で必ず起きる解剖学的現象だった。

 しかし、その現象が起こらないほど少量の酸素を取り入れる作業を続けていたとしたら?

 腹部や胸部の動きはカムフラージュで、実際はそれとは全く異なるタイミングで呼吸をしていたとすれば?

 御坂美琴は低濃度の酸素を摂取し続けていたことになる。

「本来の状態ならそれくらい気がつけたかもしれないっすけど、その頭の状態では難しいって話っすね。寧ろ、よく冷静に観察できたってくらいっす」

 ガクガク、と指先が痙攣を始めた。

 酸素が足りていない。

 応急的に末端への供給を遮断し、中心部、主に心臓や脳への供給を優先させている結果だ。

 それでも、酸素濃度一〇%以下の極限状態で意識を保っているには限界があった。

「(あ・・・・・・ダメだ、・・・・・・ボーっと、する)」

 薄れる意識の中で、フと頭に過ぎったモノがあった。

「(あの子と・・・・・・パラミラ、は・・・・・・)」

 自分達とは五メートルほどしか離れていなかったが、後ろを振り返っていないので、彼女達がどうなったか分からない。

 仮に、今現在無事だったとしても、人一人抱えて万々谷旬の能力圏外まで逃れ続けるのは難しい。

 しかし、もしも能力の圏外にいた場合はどうか。

 実際に御坂美琴はこの兄妹とも付き合いが長い訳ではない。

 が、パラミラが大の兄好きであることは身にしみて体験している。

 たった五メートルの距離ではあるが、能力の圏内ではなく今現在も無事なのであれば、

 パラミラが兄であるアウレオルスが地面に伏している状態を放って置くわけがない。

 そう考えた瞬間だった。

 御坂美琴の視界にそれが映ったのは。



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連鎖

 アウレオルスはゆっくりと立ち上がった。

 御坂美琴と万々谷旬が数分間のやり取りを行なっている間、気を失っていた訳ではなかった。

「まさか、そんな・・・・・・酸素濃度一〇%以下の領域でそんな易々と立ち上がれる訳が無いっす!」

 万々谷旬の言う事は最もだった。

 人間の体はそこまで丈夫に作られてはいない。

 酸素濃度一〇%以下の領域では、生命活動を維持するために必要な場所、主に心臓や脳への酸素の供給を優先して行うようになる。

 冬の山で登山家が遭難した際に、手足の末端から凍傷になるのと同じようなものだ。

 御坂美琴も驚きを隠せていない。

 アウレオルスの体の中でも自分と同じことが起きているハズなのに、どうして、と言う考えだろう。

 その答え合わせをするわけではないが、アウレオルスはゆっくりと口を開く。

「そこまで驚く必要もない。それは単に一〇%以下での話しなのだろう? ならば通常の濃度、すなわち二一%の領域でなら、普通に立ってもおかしくはない」

「何を言って・・・・・・」

「分からないのであればはっきりと言おう。すでにこの君の言う酸素濃度一〇%以下の領域など存在しないと言うことだ」

 万々谷旬からすれば、そんなことあるはずがない、と言う心境だったもしれないが、アウレオルスを言葉を決定付ける事が起きる。

 立ち上がったのだ。

 つい先程まで手足も動かすことが出来なかった御坂美琴が、ふらつきながらも両足だけで地面を支え立ち上がる。

「痛・・・・・・、いったいどうなってる訳?」

「うむ、すまない。二一%の酸素と言うものがどのようなものかイメージするのに手こずってしまってな。対応に遅れた」

「いや、そう言うことを言ってるんじゃなくて、どうやってアイツの能力を打ち消したかってこと。アンタも空力使い(エアロハンド)か何かってこと?」

 そう捉えてしまうのが、能力者として当然であろう。

 しかし、そうではない。

 黄金錬成(アルス=マグナ)

 アウレオルスは気絶していた訳ではなく、

 単に、一〇%の酸素濃度から、二一%の酸素濃度がどれほどのモノかイメージしていたのだ。

「詳しいことは話せないが、もう頭痛に悩まされる心配はないと言うことだ」

「話せないことばっかりね。まぁ、今はいいわ。あとで詳しい話しは訊いてあげるから。今は目の前の事を解決しましょう」

「同感だ。パラミラは引き続きその少女を頼む」

「はい、兄さんがそう言うのであれば」

 さて、と呟きながらアウレオルスは万々谷旬に正対した。

 先程までとは違い、些か表情に余裕がないように見える。

「先ほどから何度も能力を使っている用だが、そろそろ無駄と言うのが分かったか」

「チッ、お前何様のつもりっすか」

 余裕がないと言うよりか、穏やかではないと言った方がいいのかもしれない。

「それほど偉いモノではない。ただ事実を受け入れたほうがよいと言っているだけだ」

「それが出来ないと言ったら、どうするっすか」

「ならば、仕方がない」

 万々谷旬はアウレオルスが言い終わると同時に、小型のタブレットケースに入っている白い粉末の残りを全て口に放り込んだ。

 ゾワゾワ、と言う悪寒が押し寄せる。

 御坂美琴も先ほどと同様に身構えようとする。

 が、それとほぼ同時に、

「ひれ伏せ」

 アウレオルスが言葉を言い放つ。

 たったその一言で、

 ドガンッ、と万々谷旬は地面に這いつくばった。

「がッ・・・・・・・・・・・・何なんっす、か」

 万々谷旬からすれば何が起こったのか理解出来なかっただろう。

 ただ突然体の自由が効かなくなり、動くことすら出来なくなった。

「無駄だ。君は最早体を動かすことすら出来ない」

「く、そ・・・・・・」

 万々谷旬はそれに贖い体を動かそうと試みているが、成果はない。

「周囲の空気を固定させて相手の動きを封じてるって感じかしら。あたしの時もそれをしたってことね」

「そう言う事にしておいてもらえると助かる」

 さて、とアウレオルスはゆっくりと万々谷旬に近づいて行く。

 動くことは出来ず、仮に空気中の酸素濃度を変えよとしたところで、すでにアウレオルスには二一%の酸素がどういったものなのかが理解出来ている。

 変更されれば、二一%の酸素に戻せばいいのだ。

「私は君をどうにかしようと言う気持ちはない。だたあの子から手を引いてもらえるだけでいい」

「それは、できないっす」

 万々谷旬は頑なに拒む。

「あれは・・・・・・あの力はオイラ達に必要なんすよ!」

 動けないと分かっていながらも、体を動かそうとする。

 もし、この一面だけを第三者が目撃すれば、巨大な力に押しつぶされながらも抵抗しもがき続けているヒーローにでも見えてしまいそうな光景だった。

「なら理由を述べたまえ」

「納得出来る理由だったら、その子を渡してくれるっすか」

「それも考えよう」

「ちょっと勝手に」

 スっと、アウレオルスは右手を横へ出し、

「この子の力を知った上で狙うと言うことは、それなりの理由があるはずだ。それを訊くくらいはよいだろう」

 もちろん、理由があったからと言って岩見澤セレナを簡単に渡そうなどとは考えていなかった。

 個人的な感情で物事を決めてしまってもよい問題ではない。

 しかし、理由が知りたいとアウレオルスは思ったのだ。

 そして、ゆっくりと万々谷旬は口を開く。

「『HGPS』これが何か聞いたことはあるっすか」

 その単語を聞いただけで、彼らの起こした行動を理解できる者もいるだろう。

 『HGPS』。正式名称、ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群。

 属に言う、老化病。

 新生児期ないし幼年期に好発し、全身の老化が異常に進行する早老症疾患だ。

「オイラ達同時消し(スキルブル)のメンバーは全員がその病に犯されてるっすよ」

 

 

 

 運がよかった。

 発症が分かる直前、何かしらの理由で学園都市最先端の医療が受けられる病院へ入院が決まり、発症後に最先端の医療技術の下治療が進められたと聞く。

 通常の二〇倍から三〇倍になると言われる尿中のヒアルロン酸濃度の値をコントロールすべく、代謝異常の正常化を図る治療。

 成長ホルモンの分泌を調整する治療。

 ファルネシルトランスフェラーゼ阻害剤(FPTase)の投与。

 ありとあらゆる治療が施された結果、

 少年は老化を迎えることなく、一〇の年月を過ごした。

 主に症状が進むと、動脈硬化や糖尿病、高コレステロール血症を引き起こし、心機能障害や脳血管障害を誘発するとされているが、少年にはそれが見られなかった。

 そして一一年が過ぎたある日、別の研究施設への移動が決定。

 そこには、少年と同じように学園都市の最新技術によって症状の進行を食い止めることが出来た少年少女が五人いた。

 各施設で一通りの時間割り(カリキュラム)を受けてきた彼らには、ある特別な性質があった。

 稀に見る身体能力の高さに加え、現段階で存在する各超能力者(レベル5)に対抗出来る超能力。

 彼らは、同時消し(スキルブル)と呼ばれた。

 目的は、学園都市に存在する超能力者(レベル5)が一斉に反逆を企てた非常時における鎮圧。

 研究者達は、『連鎖(れんさ)』へと始まる第一投、と述べていた。

 六人にとっては、何でもよかった。

 命を救ってくれた学園都市に対する恩は計り知れない。

 だからこそ、『暗部』での仕事も十二分にこなし、数多くの対超能力者用訓練にも耐えてきた。

 これは、恩返しなのだと、六人の誰もが何も疑わなかった。

 しかし、それは訪れた。

 相次いでの仲間の死。

 突然の出来事だった。

 病の全ては順調に改善され、合併も起こさないと科学者は言っていた。

 にも拘わらず、突然死。

 何かしらの原因で突然心臓が仕事を放棄してしまった。

『何でなんすか・・・・・・全て順調じゃなかったんすか! 何でサニーワンと億之(おくの)が死ななくちゃなんないんすか!』

 可能性がないわけではなかった。

 しかし、一度に二人と言うのは、精神的にもショックが大きかった。

 そして、それに追い討ちをかけるように耳に入ってきた会話。

『サニーワン=グレンシアの死は大きいですね。あれの鏡像物質(アリスマター)は第二位に取って変われるほどの存在でしたからね』

『うむ、ところで、『連鎖』の方は順調に進んでおるのか』

『はい。現在ストック『一』からの試運転段階ですが、統括理事会のご期待に添える出来かと』

『そうか。なら、代用品も使い物にならなければストックとして回すようにしなさい。彼らも肉体をなくしても学園都市に貢献出来るとなれば本望じゃろう』

『しかし、いいのでしょうか? 基本的には能力者でないものをストックに、との話しでしたが? 能力者を使った場合のAIM拡散力場の混濁は目に見えてますし』

『所詮は、脳幹の一部以外全て機械じゃ。使い潰したところで何の支障にもならんじゃろ』

 代用品とは、明らかに自分達を指している言葉だった。

 『連鎖』を現す何かが完成し、その第一投であった自分達はもう用無しだ、と言われているようなものだった。

 さらに加えて、彼らは知った。

 この学園都市に、自分達の命を繋ぐことが出来る可能性を秘めた能力者がいることを。

 その存在を知りながら、自分達には明かさず、二人の命が尽きてしまった事を。

 自分達もいつ、サニーワン=グレンシアや億之士道(おくの しどう)の様に命が尽きるか分からない。

 目に見えて病が悪化していなくとも、二人がそうであった様にそれが突如と訪れるかもしれない。

 だからこそ、行動を起こす。

 学園都市が、その可能性を隠すのであれば、奪い取る。

 そして、命を繋ぐ。

 

 

 

 

 だからこそ、岩見澤セレナを諦めるわけにはいかない。

 ここで岩見澤セレナを確保出来ないと言うことは、同時消し(スキルブル)メンバー全員が死ぬと言うことに繋がる。

 命が尽きる前に、科学者の言う『連鎖』の一部にされてしまう可能性もある。

 しかし、目の前の男の能力は未知数だった。

 体は動かない。

 能力を使用し、空気中の酸素濃度を変更しようにも、全く効果が現れない。

 正直なところ、相手がこちらの理由を知って岩見澤セレナを譲ってくれると言う、一発逆転でも起きない限り状況は厳しかった。

 目線を上にし、どうにかして目の前の男の表情を伺おうとするも、うまくはいかない。

 相手が、どう出てくるのは、最早運頼みと言った状態。

 そこへ、

「ふぅ」

 と男のため息を吐く声。

 それに続き、

「御坂美琴。君はあの少女と面識があるのだったな」

「ええ、それなりに」

「なら、あの少女が起きたら君から説得してはもらえないだろうか。この少年達に協力してあげてほしいと」

 嘘の様な言葉だった。

「兄さん!?」

「分かっている、パラミラ。彼らに協力した後、直ぐに土御門と合流すれば問題なかろう」

 そして、少し間を開け呟く。

「少年、顔を上げたまえ」

 指示に従った、と言うよりは従わされたと言う方が正しいだろう。

 自分の意思に関係なく体が動き、丁度両肘をついたような状態で顔を上げる。

「聞いての通りだ。問題はあるまい」

「そんな・・・・・・都合のいい訳が無いっす。何を考えているっすか、お前は学園都市の統括理事会に言われてここに来たんじゃないんすか!」

「残念ながら、あの少女の保護を頼まれたのは学園都市の統括理事会などではない。それに言ったであろう。私は君たちをどうこうするつもりはない、ただあの少女を諦めてもらいたいと。諦めることが出来ない事情があるなら、それを解決した上で、彼女を保護すればいいだけの話しだ。それならば、君たちの目的も達成され、私の目的も達成される。もちろん、あの少女の承諾があっての話しだが、この考えに何か間違いでもあると言うのか?」

 それこそ、理想の考えだった。

 岩見澤セレナが自分達の理由を訊き、納得した上で自分達の問題が解決するなら、それに越したことはない。

 いや寧ろ、彼女と話す機会さえ取れていれば、こんな事態に陥らなかったのかもしれない。

 奪い取る、と言う考えしかなかった。

 自分達の命を繋ぐために、力づくで奪い取る。

 その考えが間違っていたのか。

「異論はないか」

 万々谷旬は小さく頷く。

 当初思い描いていたモノとは異なるが、自分達の命が助かるなら、どんなシナリオでも構わない。

 少なくとも、目の前の男のシナリオの方が傷つく人が少ないのは確かだ。

「そう言うことになる、御坂美琴。彼女を説得してもらえるだろうか」

「ええ、できる限りお願いしてみるわ。でもその後の保護って話しは後で詳しく聞かせなさいよ」

 後は、岩見澤セレナが目覚めてからだった。

 誰もがその彼女を確認しようと振り返る。

 その時だった。

「待ちなさい!」

 一際大きな声が周囲に響いた。

 振り返る速度が速くなる。

 それを、万々谷旬は視界に捉えた。

 一人の少女が両手で小さな剣を握っていた。

「何を・・・・・・してるっすか・・・・・・ッッ?」

 このまま解決に向かうハズだった。

 後は少女を説得し、終わるハズだった。

 それなのに、

 それなのに、

 それなのに。



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小さな悲鳴

お久しぶりです。
パソコンが壊れ、データが全部消えてしまって、宙ぶらりんでほったらかしにしてしまいましたが、記憶を頼りに漸く投稿にこぎつけました。
設定も思い出しながらだったので、あれ?こんなんだっけ?みたいなのもありますが、
それにしても、長い間書いてないと、全然文章が浮かんできませんね、、、


 『あああああああああああああああああああッッッッッ』

 その声は悲鳴だったのか、

 あるいは、悲劇を歌った歌詞だったのか、

 その旋律に合わせるように、

 血で体を染めた獣たちが、今はもう動かない塊を足で踏みつけていた。

 勝利を宣言するかのような雄叫び。

 声にならない声を空へ向かって投げつけ、獣たちは踊る。

 小さな変化だった。

 荒波の中に小石を投げ込み、僅かな波紋を広げたような、その程度のものだった。

 しかし、小さな波紋は、少しずつ荒波へと浸食していく。

 それは、獣が頭を押さえる仕草。

 それは、獣が膝をつく仕草。

 それは、獣の手が以上に広がり、意に反した行動を取る仕草。

 小さな波紋は瞬く間に広がり、赤い瞳の獣は、

 ついに、獣を襲い始めた。

 ある者は、新たな獣を見つけたように怯え。

 ある者は、その凶器によって新たな獣を殺戮していく。

 『ああああああああああああああッッッッッッ』

 その声は悲鳴だったのか、

 悲劇を歌った歌詞なのか、

 旋律に合わせるように、

 獣は死のワルツを踊る。

 視界のすべてが赤に染まる。

 空も、海も、陸も、ただ水分に鉄の混ざったものに変わっていく。

 やがて、辺りは静寂に包まれた。

 獣たちの雄叫びは消え。

 ワルツを踊る影も無くなり。

 血に染まりし大地には、獣たちであったモノが散乱していた。

 ただ一人、小さなその影は、そっと立ち上がりその中を進む。

 声は止んでいた。

 ただ一つ赤い瞳ではなかった、その水晶には何が映っているのか。

『…………』

 足が止まった。

 小さな影は、今は動かないそれにそっと触れた。

 冷たい。

 ただ、冷たい。

 暖かかったそれは、何の言葉も発することなく、地面に伏せている。

『…………じぃ』

 それは悲鳴だった。

 たった一言の悲鳴に応えるものは何もなく、小さく空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 その光景を誰が想像していただろうか。

 誰もが解決策を見出していたハズだった。

 誰も傷つかなかった訳ではない。

 だが、到達点が見えていたハズだった。

 それなのに。

「動くんじゃないわよ!」

 パラミラが叫んだ。

 一体何が起きているのか、状況を理解出来ている者はこの場にいるだろうか。

 突き出した両手の中には小さな短剣が握られていた。

「パラミラ何をしている!」

 アウレオルスが叫び駆け寄る。

「兄さん、ごめんなさい。こんな事になるとは思ってもみなかったわ」

 叫んだのはパラミラだった。

 だが、その短剣を握りしめているのはパラミラではなく、

 岩見澤セレナだ。

 彼女は、その白い肌には似合わない銀色の刃を握り締め、それを体の前に突き出している。

「岩見澤さん?」

 御坂美琴も驚きを隠せていない。

「じぃ、を・・・・・・じぃを返して」

 小さな瞳に光はなかった。

 どこか遠く、遥か先を見つめるように、彼女の視線に写すものはここにはない。

「あなたたちが……じぃを……ッ」

「じぃ?」

 パラミラが小さく呟く。

「そう。……私の……大切な人ッ」

 焦点の合わない視線。

 しかし、その言葉ははっきりしていた。

 月明かりの反射し、短剣が不気味な光を放っている。

 今彼女が平常心を失っているのは明らかだった。

 だからこそ、こちらは冷静に、平常に、物事を見定める必要があった。

「あの凶器、どれくらい危険なもの? あんたの慌て様から優しいモノじゃないってのは分かるけど」

 それは外見だけで言えば、どこにでもあるナイフの様に見えた。

「そうね、詳しい説明を今しても仕方がないから貴方に分かりやすく簡単に言うけど、パスワードを知らない子供が核弾頭のスイッチを振り回してるって感じかしら。それも、あと一つでパスワードが解除できるような状態で」

 一見すれば、と言う言葉は相応しくないと御坂美琴は思った。

 学園都市だからこそ、ナイフのように見せかけた兵器を作ることなど容易なのだろう。

「岩見澤さん、落ち着いて」

 御坂美琴はなるべく平然を装った声で問いかける。

「御坂……さん……?」

 少女の小さな瞳に一瞬ではあるが、光が灯った気がした。

 遥か彼方ではなく、今この時を見つめたような気がした。

「いい? そのナイフを地面に置いて、ここにいる人たちはあなたに危害を加えないから」

「私に……危害を……でも」

 しかし、直ぐに光は失われ、その瞳は遥か遠くを見据える。

「……じぃは……殺すんでしょ」

 瞬間、

「ッ!?」

 ゾワゾワゾワ、と得体のしれない何かが御坂美琴の全身を駆け巡った。

「ま、ずい…………!?」

 同じような気配を感じ取ったのか、パラミラが小さく声を漏らす。

 気配は、すぐに症状として現れた。

「あ…………」

 グワン、と視界が揺らぐ。

 回転性のめまいを思わせるような感覚。

 御坂美琴は思わずその場に膝をついた。

「なに、が……」

 御坂美琴だけではなかった。

 その場にいた全員。地面に倒れている万々谷旬までもが手で頭を押さえている。

「く、……シレネの言霊。見かけで油断した、あの子……まさか、同性に対しても、これほどに効力を発揮するなんて……ッ」

 パラミラが苦悶の表情で何かを呟いていた。

 しかし、御坂美琴は理解できない。

「シレネの言霊? ……何なのよ、それ。……あの子の能力だって言いたいの?」

「あんたに言っても……分からないだろうけど、痛ッ……要するに船員達は歌声に魅了されたんじゃなくて、操られたってこと、痛ッ、痛いから省略!」

「ちょっと分かるように、言って」

 しかし、パラミラは表情を歪めるだけで、続きは望めそうにない。

 加えて、痛みに片目を瞑りながら横目をやると、アウレオルスは片膝をついて視線を地面に向け頭を押さえた状態で動かない。万々谷旬は地面に伏せながら両手を頭に当てている。

 どうやら男性陣は自分よりも苦しんでいるように見えた。

「(操られたって単語。……つまり、精神干渉系。そう考えるのが妥当)」

 頭の中に響き渡る妙な音に遮られながらも、御坂美琴は考察を続ける。

「(でも、私がこうして、影響を受けているとなると……精神系能力じゃない……)」

 御坂美琴に対して精神系能力は通用しないと言っていい。なぜなら、超能力者(レベル5)である心理掌握(メンタルアウト)ですら御坂美琴が有する電磁バリアの影響で干渉することができないのである。

 ならば、可能性として残されるのは、

「(振動を使った操作……)」

 真っ先思い浮かんだのは、キャパシティダウン。

 あれは音の振動を使い、能力者の演算を阻害するものであったが、

「(この……頭に流れる妙な音が、それか……)」

 同じものと言う訳ではないだろうが、何かしらの接点があるのではないか、と考えながら御坂美琴は一つに事実に直面する。

「(……私、あの子のこと、何も知らないのね……)」

 仕方のない話なのかもしれない。

 数か月振りに登校してきた生徒。

 クラス内で浮いてしまう状態はいくら学園都市エリート校である常盤台中学であっても回避することは出来なかった。

 様々な推測が飛び交う。

 妙な噂が湧いて出る。

 噂好きの乙女達にとって、恰好の的であった。

 御坂美琴自身、自分が同年代の中でも上の存在であるという認識はない。

 だが、学園都市第三位である、自分が行動を起こせば周りの対応は自ずと変わっていくであろう、と言う考えはあった。

 だからこそ、声をかけたのである。

 しかし、だからこそ、知らない。

 たった数十分話をしただけ。

 それだけの存在なのかもしれない。

「……クッ…………」

 表情を歪めながら、御坂美琴は正面を見据える。

 尚も短剣を突き出し、遥か彼方を見つめる少女。

 その手は小さく震えていた。

 それが、恐怖によるものなのか、それとも、

「(能力が……暴走している?)」

 その考えが頭を過った矢先、

 それは起こった。

「あ、あああ、あああああああああああッッッッッッッッ」

 それは悲鳴なのか、

 それとも、悲劇を歌った歌詞だったか、

 頭を駆け抜ける、数多の振動が、引き起こす現象。

「ッ?!」

 不意に、御坂美琴の腕が独りでに動き始めた。

「なッ!?」

 それはまるでマリオネットの糸で操られているかのように、自然な流れにそって動き、

「なに、を……ッ?」

 御坂美琴はさらに驚愕した。

 その自分の腕が向かった先は、スカートのポケット。

 そこに入っているモノをおもむろに徐に取り出した腕は、

 その発射口を数メートル先のパラミラへ向けたのだ。

「ッッッッッ!?」

 自分の意思に反してその腕は、バチバチと音をたてながらコインを親指と人差し指で挟む。

「(まずい……まずいまずいまずい…………ッ!)」

 間違いなく、右腕は御坂美琴の代名詞である超電磁砲(レールガン)を放とうとしている。

 初速一〇三〇メートル/秒。

 音速の三倍以上もの速度で打ち出された弾丸を、僅か数メートルの距離で受ければどうなるか。

 対象となったパラミラも表情を歪めながら、その目を見開いていた。

 パラミラは御坂美琴の超電磁砲(レールガン)を知らない。しかし御坂美琴の表情やこの場の雰囲気から自分の置かれている状況を把握したのだろう。

 悲鳴が木霊する。

 一つ一つの音と連動するかのように、御坂美琴の腕も着々と砲弾を発射させる準備を整えていく。

「……一つを展開……ッ」

 パラミラが小さく呟くと地面からドロドロとした人形が現れた。

 一度対峙した時に見た能力。それは一時ではあるが御坂美琴の電撃を防いで見せた。

 しかし、今回はその程度の強度では防ぎ様がない。

 悲鳴が強くなる。

 悲劇を歌った歌詞がその強さを増していく。

 バチバチを音をたてる右腕が、

 ついに、引き金を引く。

「……ん、にゃろッ!!」

 瞬間、御坂美琴は、左手に全神経を集中させ、能力を行使する。

 自らの左手を右腕に叩き付け、不可視の砲台の軌道をずらす。

 一度はパラミラを捉えていた超電磁砲(レールガン)は鼻先をかすめ、50メートル先で跡形も無く消え去る。

 衝撃は後から続いた。

 軌道は修正できたものの、初速一〇三〇メートル/秒の弾丸が鼻先をかすめたのだ。その衝撃は計り知れない。

「クッ…………」

 パラミラは小さく吐息を漏らす。

 一〇メートルは地面を転がったが、それでもかなり衝撃を吸収したのだろう。

 覆いかぶさるようにしていたドロドロの人形が銀色の液体となって消滅していく。

「岩見澤さん……もう、止めて……」

 御坂美琴は、頭痛を覚えふらつきながらその二つを足で地面を支えた。

「(私の能力なら……何とかコントロールを確保出来る!)」

身体の電気信号をコントロールし、体の機能を取り戻していく。

「いや…………来ないで……ッ」

 一歩一歩距離を詰めてくる御坂美琴の姿に目を見開き、暗闇に閉ざされたその瞳に恐怖が彩られていく。

 握りしめた短剣は両手の振動が伝わり小刻みに震えている。

 それは、何かを否定するように、拒絶するように、岩見澤セレナはジリと後ずさる。

「岩見澤……さんッ!」

 ビクン、とその小さな肩が跳ね上がる。

「あ……」

 それが合図になった。

 ダムの堤防に亀裂が入り、僅かながら漏れ出ていたものが決壊し、大量の用水が流れ出たように、

「あああ……ああああああああああああッッッッッッッッッッ!」

 一際大きな悲鳴だった。

 両手で握っていた短剣をも放して、その両手で頭を抱える。

 同時に、

「ゲホッゲホッ……ッ!?」

 大きく咽る声。

 その原因となる人物は、今も地面に倒れ、頭痛を軽減しようと両手で頭を押さえていた。

「ま、まずいっス……コント、ロールが……」

 ハズだった。

 少年、万々谷旬は音もなく立ち上がる。

 マリオネットに様に、腕をだらんと下げ、ふらふらと揺れながら、

 その両足で地面を勢いよく蹴り飛ばす。

「ッ?!」

 瞬間、御坂美琴は電気信号を操作し、腕をクロスさせ万々谷旬の蹴りを防いだ。

 対超能力者(レベル5)。その身体能力は生身の体で第1位の攻撃をすり抜けることを想定されている。

 その蹴りをダイレクトに受け止め、ほぼ無傷で済んだことは、恐らく万々谷旬が操作された状態だったからだろう。

「第2ラウンド開幕……って感じかしら。あんたの能力では、あの子の束縛から……逃れられそうにないもんね」

「……オイラの手に……捕まるんじゃないッスよ」

 万々谷旬の足と御坂美琴の腕が交差した状態で、会話がやり取りされる。

「オイラの手に、捕まれば、真空状態の空気を取り込むことになるッス」

「その状態は、勘弁したいわね」

 言葉を交わすと万々谷旬は後方へと距離を取った。

 生身の人間とは思えないほどに跳躍。

 一蹴りで約一五メートルほど飛んだ万々谷旬は、懐からパチンコ玉を取り出す。

 もちろん、全て万々谷旬が行った訳ではない。彼は、頭の中に流れる旋律によって体を動かされている。

「最大効果範囲は……二〇メートルッス。それ以上は砲身が足りない……それ以下なら砲身が短すぎるッス」

 体の制御と意志が比例しれいないという状況になりながらも、万々谷旬は自分自身の能力を暴露していく。

「そんなに喋っちゃっていい訳?」

「……オイラにはゴールが見えていた。互いに傷つけあったけど……終点は見えていたッス。それを掴むためなら……仕方がないッス。早く、オイラをどうにかして……あの子を助けてあげてほしいッス。……でないと……ッ」

 御坂美琴が横目をやると、そこには頭を押さえながらも立ち上がり、ゆらゆらした足取りで短剣を拾いあげるパラミラの姿があった。

 一瞬、御坂美琴は自分のように、自身のコントロールを得たのかと思った。

 が、その考えは僅か1秒で破棄することになる。

 ゴブォ、と妙な吐息が空気を振動させたと思うと、

 そこに現れたのは、身長三メートルほどの真っ白な巨人。

 同時に、

 ガゴンッッッッ、と白濁の巨人に風穴が開く。

 ちょうど胸の辺りを抉られるように、しかしそれは、みるみる内に修復されていく。

 万々谷旬が放った真空砲(バキュームガン)をパラミラが発生させた巨人が庇った形になった。

「二つのうちに、なんとかしなさい……制御できたのはここまで。……三つを展開されると、下手すればこの学区がなくなるわよ」

 声には焦りがあった。

 学区がなくなる。

 それがどの程度のものなのか、御坂美琴には分からなかったが、パラミラの表情から察するに極めて重要なことであることは分かった。

「私のことは、説明しても理解できないだろうから……省略するわ」

 パラミラは糸で操られたような腕で短剣を構えさせられた。

「私たちを……気絶させて」

 マリオネットと化した腕を横に振るうと、地面に凹凸が現れた。

 隆起したそれは、砂色から次第に濁った白へと姿を変えていく。

「そうすれば、あの子は私たちを……操れない。あれは……気絶した人間まで操れるほど、便利な力ではないッ」

 凹んだ地面には、銀色の水滴が密集し、人型の人形を作り上げていく。

 その人形は、悲鳴を上げたような表情をしている。

 まるで、頭の中を流れる旋律をそのまま表したような、悲劇を歌っているようにも見える。

 その光景が何を意味するものなのか、御坂美琴には理解出来なかったが、今までの勘が何かを訴えている。

「早くして……もうすぐ三つが展開される……いえ、それよりも……あの子が『あれ』に手を出す前にッ!」

 少し荒々しい声でパラミラが叫ぶ。

 そこには緊迫した雰囲気が漂っている。

 パラミラが示唆する『あれ』。

 心当たりが無い訳ではなかった。

 むしろ、御坂美琴自身もそれを危惧していた。

「……加減できない……わよ?」

「この、状況下で高望みはしないわ……、早く、貴方の電撃で止めなさいッ」

 地面に生み出された人形の数は10を超えていた。

 隆起した白濁の柱の数もそれに合わせるように数を増やしていく。

 その中で、

 バチバチバチッッッッ、と

 一際大きなうねりが御坂美琴から発せられた。

 まるで大蛇のようなそれは、敷地全体を覆い尽くすほど広がりを見せていく。

「(クッ……やっぱりこの状況じゃ……ッ)」

 頭を流れる悲劇の歌詞に演算を阻害されながら、御坂美琴は自らを起点とした雷撃を繰り出す。

 自らを含め、全員の意識を刈り取るには十分すぎる規模。

「(あの子も……巻き込んじゃう……)」

 ある意味、暴走にも見えるその放電は、

 その瞬間、悲劇の歌詞を通り越え、少女の視線の先を映し出した。

 

「ッッッッッッ?!」

 そこに見えたのは、

 小さな少女が裾を掴む姿。

 そこで聞こえたのは、

 罵声を浴びせる獣の姿。

 そこで聞いたのは、

 青年の最後の言葉。

 そこで感じたものは、

 少女の深い悲鳴。

 そこに映し出されていたのは、

「(あの子の……記憶…………ッ)」

 放電の嵐は拡散していく。

 その場にいた全員を巻き込み、辺りは眩い光に包まれた。



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ゴールライン

途中から何書いてるのか分からなくなってきましたよ;
ほんと、書くことって難しいですね


 その瞬間、アウレオルスは一つ安堵の息を吐いた。

「(助かった、御坂美琴)」

 それは、パラミラや全貌を全く知らない御坂美琴ですら危惧していたものでもある。

 黄金錬成(アルス=マグナ)

 頭の中で思い描いたものを現実に引っ張り出す、錬金術の到達点。

 アウレオルスは『言葉にしないかぎり発動しない』と言う安全キーと手に入れているが、逆に言うと思考を言葉にしてしまえばそれは現実へと引きずり出されてしまう。

 岩見澤セレナが、黄金錬成(アルス=マグナ)について、どれだけの知識を持っているのかは不明であるが、岩見澤セレナが発動した『シレネの言霊』が相手の能力を理解していないにも関わらずそれを操作し、発動できるものだったとする。その場合、黄金錬成(アルス=マグナ)を知らなくても、その力を振るえていた可能性があった。

 例えば、西洋で有名な人魚伝説の中には、海の航路上の岩礁から美しい歌声で航行中の人を惑わし、遭難や難破に遭わせ、船乗り達を殺した。

 と言ったものがある。

 しかし、伝承と言うものには様々なものがあり、この人魚伝説にあっても複数の物語が存在する。

 その一つとして、

『船員達は人魚の歌声に魅了され、まるで悪魔にでも遭遇したかのように殺しあった』

 それが意味するものは、何か。

 岩見澤セレナが発動した『シレネの言霊』がどの神話に基づいて構築されたかは不明である。

 だが、可能性として、

『誰かの死を連想させて、それを言葉として発せさせる』ことも出来ないことはない。

 つまり、アウレオルスは頭の中で奏でられる悲劇を歌った歌詞に思考を委ね、言葉を出させられないように意識を保つ必要があった。

「(可能性の問題であるがな……)」

 そして、御坂美琴が暴走気味に放った電撃の波を食らっていながら、()()()意識を留めたアウレオルスは、漸く2本の脚を地面につけて体を支えた。

 周囲を見渡せば、至る所で地面は(えぐ)られ、塩の柱だったものが散乱している。

 アウレオルスは一番近くに倒れていたパラミラの元へ向かった。

 近づくとそっと仰向けに倒れる彼女の手首に触れる。

 トクン、と鼓動を感じ無事なことを確認する。

「パラミラ」

 呼びかけるが反応はない。

 ふと、何気に視線を胸元に向けてみると、

 その胸は一寸も上下に動いていなかった。

「まさか?!」

 アウレオルスは慌ててパラミラの顔へと自分の顔を近づけていく。

 胸の上下動が無いと言うことは、呼吸をしていないと言うことである。

 手首の橈骨動脈では脈拍も触知できた。

 しかし、十分な酸素が供給されなければ、その鼓動もやがて止まってしまうだろう。

 アウレオルスは人工呼吸を試みるべく、その顔をパラミラの口へと近づけていき、

 ほんの一呼吸おいて、そっと、息を漏らす。

 

「起きているんだろ。パラミラ」

 

 パチクリ、と尖った瞳が瞬きをすると、パラミラはそっと起き上がりアウレオルスを見るや否や、

「バレましたか」

 と軽く舌を出した。

 以前、似たような手口で出し抜かれたアウレオルスだったが、この度は妹、パラミラの僅かな動きを見逃さなかった。

「以前まんまとやられたからな」

 チッ、と言う舌打ちにも聞こえる音がした気がしなくともないが、アウレオルスは徐に周囲に柱の破片が多いことに気が付く。

「咄嗟に塩の柱を出したのか」

「ええ。御坂美琴が放電した直後、『シレネの言霊』が効力を失いましたので、塩の柱で威力を軽減しましたの。それに、あの女、手加減なんて出来ないと言っておきながら、あんな状況下でオゾンでの解毒までこなして、心底呆れましたわ」

 当の御坂美琴はかなり無理をしたのか、或いは自分自身にも影響を及ぼしたのか、うつ伏せに横たわっている。

 この場合は前者なのだろう。

 アウレオルスはパラミラの手を取り立ち上がらせると、今度は万々谷旬のところへと向かった。

 彼もまた、仰向けに倒れている。

「……()()()()方がよいか」

「いえ、そこまでする必要はないと思うのだけれど」

 アウレオルスは少しだけ考え、そのまま彼を抱えた。

 そして、改めて、実感する。

「……小柄だな」

 身長二メートル近いアウレオルスからすれば大方の人間がそのように映ってしまうのかもしれないが、それを考慮したとしても、少年は軽かった。

 それが、少年達が抱える『闇』の部分でもある。

「まぁ、私もまだ一度しかしてもらったことがないお姫様抱っこを、まさかこんな少年はやすやすと……ッ」

「これがお姫様抱っこに見えるのかね」

「見えなくはないわ」

 少し口元を尖らせたパラミラはぷいっとそっぽを向く。

 何に対して不満があるのか、今一分からないアウレオルスだったが、和みへと向かいつつある思考を引き締め直し足を進める。

 御坂美琴は地面にうつ伏せで倒れていた。

 演算を阻害されながら、大規模な放電を放ち、その中で被害を最小限にするため、自分の能力を酷使し疲れ果てたのだろう。

「兄さん、私が」

「パラミラ、分かっていると思うが」

「……分かっているわ。()()()()はしないから」

 パラミラはそう答え、御坂美琴の顔を覗き込む。

「……あら、無事だったの」

 パラミラが声をかけるより先に、少しげっそりした声で御坂美琴が問いかけた。

「おかげ様で、この通りピンピンしてるわよ」

「そう……」

 発した御坂美琴の声には安堵の息も混ざっているような気がした。

「あの子は……」

 御坂美琴はゆっくりと顔だけ動かし、視線を変えた。

 その瞳が捉えるのは、同じ常盤台中学の制服を纏った少女。

 岩見澤セレナ。

 学園都市上層部で、不老の可能性として研究を繰り返された少女。その正体は魔術側で神話として登場する『人魚』の末裔。

「貴方のことだから、しっかり加減はできたんでしょ?」

 パラミラはそう言いながら、岩見澤セレナへと徐に近づいてそっと胸に触れる。

「大丈夫、息はしているわ」

「そうか」

 アウレオルスが答える。

 御坂美琴は、答える代わりにゆっくりとその上半身を起こし、ふらつきながらも立ち上がった。

「大丈夫か」

「ええ、電池切れになった訳じゃないから。それに、その子達の問題も解決しないといけないから」

 同時消し(スキルプル)と称された少年少女。

 彼らの抱える『闇』を取り除くための、到達点が見えていた。

 その定かで起きたイレギュラー。

 岩見澤セレナ自身が、暴走にも似た状態へと陥り、しかし、それはもう解決へと進みだしている。

 アウレオルスは万々谷旬を抱えながら、ふらつく御坂美琴にも気を配りながら少女の元へと向かった。

「しかし、あれはなんだったのだ。あれも君の能力なのか」

「あれ? ……あぁ、あれは、多分私の放電の所為であの子と私たちの間に電気を介した回線が繋がったんだと思う。以前にも同じようなことがあったから」

 放電と同時に、意識の中へ入り込んできた感覚。

 あれは、岩見澤セレナの記憶なのだろう。

 幼き頃に最愛の人を目の前で亡くし、それが岩見澤セレナのにとっての『闇』となり、ある感情を生み出していたのだ。

 御坂美琴も同じように光景を思い出していたのか、げっそりしている表情がさらに重くなる。

「兄さん、それ、私が面倒をみますわ」

 パラミラはアウレオルスが抱える万々谷旬を指さす。

「パラミラ、さすがに『それ』呼ばわりはどうかと思うが?」

「いいえ、兄さんに抱えられた時点で『それ』で十分」

 なぜか、未だに口を尖らせるパラミラに言われ、アウレオルスは万々谷旬を地面に下ろす。

 脱力している人間の体は、意識のある人間に比べてかなり重い。

「あら、この子、本当に軽いのね」

 パラミラは、にも関わらず自分と同じ背丈の男子の肩に腕を回し、支えながら立たせた。

 アウレオルスは万々谷旬をパラミラへしっかり預けたことを確認すると、目の前の女の子を見下ろした。

「(この場合は、()()()()方がよいか……」

 そう考えたアウレオルスだったが、

 ぴくり、とその小さな瞼が動く。

「ん…………」

 小さな吐息と共にゆっくりを動いたその体は、深い眠りから目覚めたお姫さまにも見えた。

「岩見澤さん、大丈夫?」

「あ、れ、? 御坂さん? …………ここは?」

 まるで、今までここにはおらず、別のどこかにいたように、少女はキョトンとした瞳で首を傾ける。

「岩見澤セレナだったか」

 ビクッとその小さな体が震えた。

「あぁ、すまない。驚かせるつもりはなかったのだが」

 先ほどまでの事を『覚えていない』のであれば、いきなり長身の男性が声をかけてくれば驚くことも無理はない。

 アウレオルスはなるべく安心させるよう声色に気をつかい、

「折り入ってだが、君にお願いしたいことがある」

「……私、に?」

「そうだ。それはきっと。君にしか出来ないことだ」

 アウレオルスは一人の少年を指さす。

 彼らが抱えている『闇』を少女へと伝える。

 その病を、

 仲間の死を、

 そして、生きるために岩見澤セレナを必要としていることを、

「いつ訪れるか分からない『死』と彼らは戦っている。それは君をさらったことを正当化出来るものではない。それを分かっている上で君にお願いしたい。彼らを救ってあげてほしいと」

「……私からもお願いするわ。岩見澤さん」

 岩見澤セレナは両膝をついたまま無言で視線を少し下げ、地面を見ていた。

 その表情は見えない。

 彼女の感情がどのように回っているのか分からない。

 少しばかりの静寂。

 その空気をゆっくりと押しのけるように、岩見澤セレナは、

「……化け物になりますよ?」

 悲しく告げる。

「彼らは、そして、じぃのように…………」

 それは、またも唐突にやってくる。

「じぃの……ように……?」

 ぞくり、と背筋を撫でるような感覚。

 体を揺らしながら立ち上がる少女。

 見上げた彼女の瞳には色はない。

 あるのは、深く彼方へと落ちていくような闇。

 音が消えた。

 変わりに聞こえてくるもの。

「あ………………ああああぁぁぁぁぁぁ」

 それは、悲鳴だったのか。

 それとも、悲劇を歌った歌詞なのか。

「……違う」

 今は、はっきりと分かる。

 岩見澤セレナが奏でるその音は、悲鳴でもない。

 悲劇を歌った歌詞でもない。

「……憎いのか」

 憎悪。

 それはれっきとした殺意だった。

 彼女は、岩見澤セレナは憎んでいたのだ。

 最愛の人を殺した獣を、人を、

 岩見澤セレナが見ていた風景を思い出す。

 御坂美琴の放電によって映し出された、彼女の過去。

 そこに映し出されていた悲劇。

 アウレオルスは歯噛みした。

「…………そんなことをして」

 その感情を知っていたからだろうか、アウレオルスは苛立ちを覚えた。

 それは遠い過去だったのか。

 或いは自分ではない、『誰か』が感じたものだったのだろうか。

 それは分からない。

 この感情の出どころがどこからなのか。

「……そんなことをして何になるのか!」

 『シレネの言霊』が響く中、アウレオルスはたった一つの行動を取った。

 それが正解なのか分からない。

 しかし、アウレオルスの中にある『何か』がそうさせた。

 殺意に身を任せ、感情を振りかざす彼女に向って、

 

 

 バチンッッッッ!

 

 

 その右手を振りぬいた。

 甲高い音が『シレネの言霊』すらかき消してその場を支配した。

「なッ…………………」

 その場の誰もが驚愕した。

 それは、岩見澤セレナ自身も当てはまる。

 アウレオルスが平手を打った。

 その音が夜空へ消えていき、次第に静寂が再度辺りを支配していく。

 時間が止まったように、岩見澤セレナは大きく反り返った顔を戻そうとしない。

 アウレオルスが降りぬいた腕をゆっくりと下げる。

 秒針がカチっと音をたてて動き出すように、岩見澤セレナは自らの頬に手を当てた。

「目が覚めたか」

 ゆっくりとその顔が正面を向く。

 一メートルもない距離で向かい合う二人。

 アウレオルスは見開かれた岩見澤セレナの瞳を見下ろす。

 そこにはしっかりとした色が映し出されている。

 それは、過去を見る目ではなく、今を映し出している目だった。

 岩見澤セレナは小さく頷く。

「なら、ゆっくりと話そう。君は誰だ」

「……私は……岩見澤セレナ」

 岩見澤セレナの声は、まるで自分に言い聞かせているようにも聞こえた。

「じぃとは誰だ」

「……ッ!」

 その言葉に一瞬、岩見澤セレナの体が揺らいだ。

 『じぃ』その言葉が岩見澤セレナにとって、殺意をばら撒き、感情を振りかざす引き金になっていることは間違いなかった。

 しかし、アウレオルスはあえてその言葉を出した。

 そのことが、岩見澤セレナにとって重要なことだと考えたからだ。

 音は止まなかった。

 一瞬ざわついた空気は、そっと落ち着きを取り戻し、言葉を紡いでいく。

「……じぃは、私の、大事な家族だった人、です」

 その言葉には、殺意があった。

 ただ、それは振りかざしたものではない。

 言葉の一つ一つから滲み出てきているものだった。

「彼らは、じぃを恐れました。変わることのないその容姿。衰えることのない体。きっとそれが、彼らにとっては化け物に見えたんです」

 アウレオルスは思い返していた。

 岩見澤セレナの記憶が映し出した罵声を浴びせられる青年と少女の姿を。

「そして、彼らは、じぃを、殺しました」

「だから、その殺意と憎悪で、その者たちを殺したのか」

「…………ッ!」

 岩見澤セレナの瞳が大きく見開かれ、その唇が開かれる。

 それを制するようにアウレオルスは言葉を続けた。

「私たちは御坂美琴の放電の際、偶然であるが君の記憶の一片を見た。だから、じぃの最後も知っている。だからこそ、訊こう。憎悪や殺意をぶつけた後に何が残るか、君も分かっているだろう」

 なぜ、自分がこれほどまで感情的になっているのか、

「その先に待つのは、破滅だ」

 アウレオルスを突き動かすものは何なのか、

「憎しみは何も生み出しはしない。すべてを破壊する。自分自身を含めてだ」

 かつて、アウレオルス=イザードだった男がそれを知っているのかもしれない。

「じゃあどうすればよかったんですか……」

 少女は小さく震えていた。

「あの時の私は、壊れそうだったんです……崩壊寸前だったんです……今だって、『じぃ』の夢を見たり、『じぃ』の言葉を聞くだけでフラッシュバックして、感情が抑えきれないんです……」

 それは、感情を押し殺す精一杯の抵抗なのかもしれない。

 その体のありったけの力を拳に込めて、感情を押し殺そうとしている。

「だが、それでも、他人に殺意と憎悪を振りかざしていい理由にはならない」

「……ッ!」

「私は、君とこの場で出会ったばかりだ。君のすべてを分かっている訳でもない。『じぃ』に関することもほとんど知らない。だが、それでも君に訪ねよう」

 アウレオルスは一度言葉を切って、岩見澤セレナと視線を合わせた。

「『じぃ』と言う者はそんなこと望んでいないだろう」

「ぁ…………」

 心から零れた小さな言葉だった。

 分かっていたのに、わざと思い出さないようにしていたのか、

 しかし、その言葉はしっかりと岩見澤セレナの記憶の中に残っている。

『恨んではいけない』と。

 それが全てだった。

「でも……もうそんな、言葉一つでは……私のこの感情は、どこへぶつけたらいいんですか……」

 それも全てだった。

 最愛の家族が残した言葉では感情をコントロールすることすら難しい。

 そう簡単には割り切れない。

 だからこそ。

 ザッと言う砂を擦るような音。

「なら、糧を作ればいい」

「……糧?」

 ザッザッと靴裏で砂を鳴らす音。

 それは、アウレオルスの隣までやって来ると、ドサっと地面へ両ひざを落とした。

 両手で地面を握りしめ、

「オイラたちを……助けてくれっす」

 万々谷旬は心からの声を吐き出す。

「オイラたちには、アンタが必要なんすよ!」

 岩見澤セレナは改めてその少年たちが抱える闇についての言葉を思い出す。

「岩見澤さん、私からもお願いするわ」

「……御坂さん」

「もちろん、これはお願い。あなたにも拒否する権利がある。もし、あなたがそうするのなら、私はあなたの意見を尊重してあなた側に立ってあげる」

 でも、と御坂美琴は加え、

「確かなことは、あなたの力で救える命があるってこと。それを考えて」

 それは、万々谷旬を含む同時消し(スキルプル)だけではない。

 少なくとも一万にも及ぶ命を救う可能性がある。

「御坂美琴が言うように、これは私たちからのお願いだ。君が拒否するのであれば私もそれ以上は踏み込まない。この万々谷旬が君の力を奪おうとしたならば、全力で排除しよう。だが、このことは君の新しい糧にもなるだろう。そして、そこでぶつければいいのだ、君の感情を。しかし、その時生まれた感情は、殺意でも憎悪でもないであろうがな」

 そこで、漸く、

「ぁぁ…………」

 少女は、岩見澤セレナは少しだけ頬を緩めた。

 それが、ゴールとなった。

 一度は見えかけていたライン。

 誰も傷つかなかった訳ではない。

 しかし、ゴールへとたどり着いた。

 そのゴールを少女は、短く、最後の一言をこう締めくくった。

「はい」

 と。

 

 

 

 

 

 やれやれ、とその様子を眺めていた土御門元春は吐息を漏らした。

「まったく、勝手に決めちまいやがって」

 彼がいるのは、訓練場の建物の屋上だった。

「さて、どうしますかねぇ、ねーちん」

 土御門元春が言葉を飛ばす先には、全長二メートルに及ぶ七天七刀の柄頭に右手を置き、同じように様子を眺めていた神裂火織がいた。

「…………」

 土御門元春の問いかけには答えず、彼女は彼女自身で何かを考えていた。

 岩見澤セレナを狙う魔術師たちを、実質神裂火織ただ一人で一蹴した後、連絡のないアウレオルス達の様子を見に来て見れば、事が勝手に納まってしまっている状態。

 魔術師側としては、学園都市内に、『魔術側の存在である人魚』を放置しておく道理はない。

 イギリス清教としては、とある少女と同様に保護する目的でいたのであるが。

 神裂火織は、少し考えて、七天七刀を握りなおした。

「……行きましょう」

 そう呟き、踵を返した。

「いいんですかい。あのまま、あの存在を学園都市内に放置しても」

「あの者が、救いに手を差し伸べるというのであれば、私がそれを止める理由はありません」

 なるほど、と土御門元春は頷く。

 神裂火織の魔法名は、救われぬ者に救いの手を(Salvere000)

 今そこで救いの手を差し伸べている存在を束縛する意志を持ち合わせていない。

 いざとなれば、強行策を、との通達もあったが、神裂火織は自分の信念を捻じ曲げて任務を遂行するような人間ではない。

 土御門元春は、グラウンドでやり取りさせる様子を見ながら

「さぁて、イギリス清教への報告はねーちんにも考えてもらうとしますか」

 頬を緩ませると、同じように踵を返した。




次回から新しいオリキャラ、原作キャラも出てくるかと。
ついにあのキャラとも?


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その少年は知っている

 『少年はそれを知っている』

 

 大覇星祭。

 毎年九月第四週の一週間にかけて行われる学園都市全学校が合同で行う超大規模な体育祭である。

 競技内容は一般的な運動会と大差はないが、データ収集の名目で競技中の能力使用が推奨されている。要は異能力者が競技を争うということだ。

 その為、燃える魔球や凍る魔球、消える魔球はザラであり、開催期間は外部への一般公開も行われているため、毎日十数万人規模の来客者が学園都市を訪れることになる。

 

 『少年はそれが何なのかを知っている』

 

 一日目には、学園都市の三〇〇か所同時に盛大な開会式が行われた。

 棒倒し、三学区を跨ぐ借り物競争、大玉転がし、綱引き、玉入れ。

 様々な競技が()()終了していく。

 午後十八時から行われたナイトパレードでは、学園都市の空を覆い尽くすほどの花火が打ち上げられた。

 

 『少年はその香りを知っている』

 

 父兄によりごった返えする町中は一般車両の乗り換え禁止をしていなければ渋滞は免れなかっただろう。

 こういった場合の移動には歩きの方が便利で、列車や地下鉄の臨時便も増やしている。

 人の流れは来場者に反比例するようにスムーズだ。

 中にはパンフレットを広げ、道中に立ち往生する大人の姿も見て取れるが、それでも流れは止まっていない。

 

 『少年はその匂いを知っている』

 

 そんな中で、

「Aぁ…………」

 ほんの小さく、空に向かって漏らした声。

 それは、来場者から見れば、競技の合間に一息つく学生に見えたかもしれない。

 背丈は一七〇センチ程度で平均的と言える。

 線は細く見えるが、無駄なモノがそぎ落とされていると表現した方がいいだろう。

 少し茶に染まった髪は天然もので、決して上書きされた色ではない。

 容姿は特に特徴的なモノはない。可もなく不可もなく、至ってどこにでもいる少年。そんな印象を思わせる。

「Koこだ…………」

 服装を除けばだが。

 季節には少し早すぎると言っていいだろう。

 気温は三〇度近くに達することすらある時期に、上下真っ黒なジャージ姿で歩く少年は些か違和感あった。

 だた、それを不振に思う人間はいない。

 現在も、学園都市のどこかで競技が行われており、一般の人間からすれば何かしら意味のある恰好なのだろうと勘違いしてくれる。

 その意味で、少年は季節はずれの恰好であったとしても、一人浮く存在ではなく、周囲に溶け込んでいる。

「Koこにいる」

 

 『少年は。それを知っている』

 

 少年はその手を頭上へかざした。

 青空が広がる上空の何かを掴むように、その手を握る。

 それは、周りから見れば上空を飛ぶ気球を追いかけているようにも見える。

「Maっていろ」

 何かを宣言するように、その拳に力が入る。

 競技へ向けて鼓舞しているようにも見える、その様子に誰も違和感を抱かない。

「Maっていろ」

 大事なことであるように、あえて二回繰り返し、少年は語る。

 雲が抜け、太陽の光が少年へと降り注いだ。

 少年は目を瞑る。

 少しの間。

 何かを探るような、そんな間にも感じた。

 時間にすれば、僅か数秒だろう。

 少年は、ゆっくりと瞳を開く。

 高く上げた拳をポケットへしまい込んで、少年は再度人込みの流れへと身を投じる。

 迷う素振りはない。

 ある一点を目指し、少年は静かにつぶやく。

「Maっていろ、我が『姫』よ」

 

 『少年は。それを。知っている』

 

 

 

 

 

 少女が目を開けると、そこは見慣れぬ天井だった。

 真っ白な壁に真っ白なカーテン。窓の外には所々に雲をまとった空の下から学生たちの声が聞こえた。

「あれ? あたしって……」

 ベッドに横たわる体を起こすと、枕元の机には花瓶に小さな花が添えられていた。

「あ……」

 そこで少女は漸く、自分が病室にいることに気が付いた。

 時は大覇星祭真っ只中。

 少女は自分がなぜこんなところにいるのか思考する。

 競技に参加しているハズだった。

 競技名は何だったか。

 しかし、いくら思い出そうとしたところで、得体のしれない何かがそれを遮るように頭が空回りする。

 そこへ、

「大丈夫ですか?!」

 大きく病室のドアが開かれた。

 スライド式になっているドアが反動で再度閉まろうとするほど、猛烈な勢いでドアを開け放った『頭に花をかたどった髪飾り』をつけた少女は、額の汗を気にする素振りも見せずにベッドへと飛びつく。

「大丈夫……かな?」

「競技中に倒れたって聞きました」

「あーそうだったの? 実はさ、よく覚えてなくて」

「頭も打ったんですか!? お顔に傷は!?」

 自分でよく観察していなかったが、額には包帯が巻かれていた。

 おそらく、転倒した際に頭を打ったのだろう。

 顔にも、ちょっとした擦り傷があった。

 それを見た髪飾りの少女は、

「大事な体が傷物に……ッ!」

「こらこら、表現を間違えるな。これくらい大丈夫だよ」

 実際に処置が行われていないと言うことは、その必要がなかったと言うことなのだろう。

 少しの間傷は残るのだろうが、それは致し方がないと割り切るしかなかった。

「あたしって何の競技中に倒れたの?」

「借り物競争って聞きましたよ?」

 そう言われて、少女はぼんやりとではあるが、その風景を思い出した。

 炎天下の中、学園都市の街中を走る自分自身の姿。

 指定されたモノは何だったのだろう。

「んー、何か少しだけ思い出した気がするけど」

 それでもやはり、頭の片隅に何かがつっかえたような何とも言えないような感覚が残り、一部を思い出すに止まらせる。

「(そうだ、借り物競争と言えば)」

 ふと、少女は一つの場面を思い出した。

 それは、今日の出来事ではなかったが、同じ借り物競争だった。

 とある少年が借り物競争で指定された、『お守り』を貸したという出来事。

 少女は徐にそれがそこに入っていることを確かめるため、ズボンのポケットに手を入れ、

 そこで違和感を覚えた。

「痛ッ」

「大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫」

 大して動かした訳でもないのに、鋭い痛みが右肩を走った。

 体操服の襟を引っ張ってよく見てみれば、そこにも大き目のガーゼがテープで止められていた。

「転倒した時に、肩も打ったんでしょうか」

 髪飾りの少女は、襟の隙間からガーゼを張られた辺りを覗き込む。

「ほほう、おぬしも大胆になったものよのー。怪我をしてか弱い女子の肩を覗き込み、自分のモノにしようとするとはッ」

「わっわっもう! 私そんなんじゃないですってば。からかわないで下さいよ、佐天さん」

「ごめんごめん。いつもみたいにスカートめくってあげるから許してよ、初春」

「めくらないで下さい! と言うより、今日は体操服なのでそれは叶いませんよ」

「じゃあ、下ろすか」

「私お嫁にいけなくなります!」

 その時は私がもらってあげるから、と冗談を交えながらベッドに座る少女、佐天涙子は犬歯が顔を覗かせるほど、口元を緩めた。

 対する、頭に花をかたどった髪飾りをつけた少女、初春飾利は、プンプンと言う効果音が似合いそうなくらい頬を膨らませている。

「ごめんごめん。でも初春が来てくれて元気が出たよ。正直、ちょっとまだボーっとしててさ」

「無理ないですよ。頭打ったんですし、少しの間気を失っていたんですから。あ、先生がちょっと貧血気味って言ってましたよ? ご飯しっかり食べたんですか?」

「ん…………はて、どうだったかな? ちょっとその辺りも曖昧」

 佐天涙子は、左手の指で頭をかく。

 今日の朝食を食べたかどうか、その記憶すら曖昧と言う状況。恐らくは転倒した際に頭を強打し、その影響で一時的な健忘症状が出ているのだろう。

「先生も一日くらいは様子を見るために入院した方が良いって仰ってます」

「まぁ、そりゃそうでしょうね」

 佐天涙子は、自分の頭に巻かれた包帯を軽く触る。

 受傷当時の記憶が曖昧なため、傷に対してあまり現実味の湧かないと言うのが正直な感想だった。

「白井さんと御坂さんには私が連絡しておきますね」

「助かる。でもそれとなくにしといてね? 御坂さん競技とかすっぽかして来てくれそうだから」

「はい。競技の合間に、また三人で様子見に来ますね」

 競技と言う言葉で、自分も競技の途中でリタイアしてしまった、と言うことを思い出す。

「あのさ、私って、やっぱり途中棄権ってやつだよね?」

「……はい。でも状況と天秤にかければ、それは仕方がないんじゃないでしょうか」

 佐天涙子と初春飾利が通う柵川中学は俗に言われる平凡な高校だ。上位能力者がいないのはもとより、無能力者(レベル0)の割合も比較的多い。

 只でさえ学校全体が協力しなければ、十分な結果を出すことが難しい状況で、戦力外通告を受けたにも等しいこの状況は、さすがに心痛かった。

 少しテンションの下がった佐天涙子を見て、

「大丈夫です。佐天さんも分まで、私がんばっちゃいますから」

 ガシっと初春飾利は佐天涙子の両手を掴む。

「うれしいんだけど、ちょっと肩が痛いかな」

「ご、ごめんなさいッ ちょっと力が入りすぎました」

 両手を掴んだ初春飾利が強く手を押し込んだ所為で、佐天涙子は少し右肩に疝痛を覚えた。

 しかし、その痛さの反面、必死で力になろうとする初春飾利の気持ちも伝わってくる。

「でも、私の分はほどほどでいいや。それで初春に怪我されて、仕事に支障がでたら困るもんね」

「私、そんなへまじゃないです」

「え、そうだったの?」

「ひどいですよ?! 佐天さんッ」

 と、ここまで話して、

 漸く、ここまで話て、

「ところで初春?」

 改めて、佐天涙子は、その疑問を問う。

 

「その後ろにいる人は誰?」

 

「え?」

 と言う素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げ、初春飾利は佐天涙子の視線を追う。

 初春が振り向いた先には、一人の少年の姿があった。

 身長は大体一七〇センチ程度だろうか。

 細身の体型には少し大きくも見える学生を身にまとっている。

 どこにでもある、学ランだが、季節を間違えているのか、まだ九月と言うのに、すでに冬服に袖を通している。

 漆黒の学生服を来ている所為か、軽く染まった程度の髪は一段と茶色に見える。

 初春飾利の声には、何を言っているんですか、と言うルビが適しているだろう。

 そう思わせるような表情のまま、初春飾利は少し少年を見つめた後、佐天涙子に正対した。

 そして、ゆっくりとその唇を上下に動かし、

「何言ってるんですか佐天さん?」

 そのまま、首を傾けた。

「アベル=レイミアさん。私と同じ風紀委員(ジャッジメント)ですし、何度もお会いしているハズですよ? それに、佐天さんをこの病院まで運んでくれたのはレイミアさんなんですから」

「え?」

 と、佐天涙子は初春飾利と同じ素っ頓狂な声を上げた。

「あれ? 佐天さん、もしかしてレイミアさんのこと忘れちゃったんですか? 頭を打った衝撃で健忘を通り越えて記憶消失に?!」

「あ、いや、ちょっと待って……」

 まだ、ボーっとする頭を回転させ、その名前を探ろうとする。

「痛ッ」

「あわわわ、佐天さん無理しないで下さい」

「ごめん、初春。やっぱり思い出せないみたい」

「謝るならレイミアさんに言って下さいね? レイミアさん、佐天さんはまだ全快じゃないので、ちょっとレイミアさんの事を()()()しまっているみたいなんです」

 頭を打った衝撃で健忘症状が現れることはあるが、

 はて、人物丸ごとを記憶がなくなることがあるのだろうか?

 と言う疑問が佐天涙子の中に残ったが、

「すみません。ちょっと頭打った衝撃で忘れちゃってるみたいで。その、ここまで運んでもらってありがとうございました」

 佐天涙子は、軽く頭を下げた。

 二コリ、とその姿を見てアベル=レイミアは笑みを見せ、

「ちょっと怒ってます?」

 佐天涙子の問いに今度は首を傾げる。

「レイミアさん、普段から無口と言うか、口数が少ない方なので、大丈夫だと思いますよ」

 初春飾利のフォローにアベル=レイミアは小さく相槌を打ち、口元を緩ませる。

 なんとも整った顔立ちの所為か、佐天涙子はその表情に頬を赤らませる。

「あ、ダメですよ佐天さん。レイミアさんには、心に決めた人がいるって話しですから。もし手を出すのでしたらそれなりの覚悟が必要ですよ」

「い、いや、そんなことしないから! ってこの年で、既にそんなことが?!」

 と、本当に口数が少ないのか、手首にはめた腕時計に目を落とすと、初春飾利に見えるようにその腕時計と二本の指で軽くたたく。

「あ、佐天さん、そろそろ時間なので、行きますね。次は、御坂さんたちとお見舞いに来ますから。競技の結果も気になると思いますけど、しっかり良くなってからですよ?」

「うん、分かってる。ありがと」

「いえいえ、それじゃ行きますね」

 初春飾利は入って来た時とは打って変わって、丁寧にドアを開けて病室を後にする。

 それに続いてアベル=レイミアも病室を後にする。

 出る直後、アベル=レイミアは佐天涙子へと振り返り、小さく口元を緩ませる。

 口数が少ない分、その表情は豊なのだろう。

 そう感じながら、佐天涙子はそれに答えるように、小さく手を上げるが、笑みが眩しすぎるのか、視線を少し外した。

 だから、と言う訳ではない。

 恐らく、それは、病室のドアに隠れてしまい、たとえ視線を外さなかったとして気づいてはいないだろう。

 頬を緩ませた少年の口から、僅かに犬歯が顔を覗かせていたことに。

 しかし、誰しもが頬を緩ませれば犬歯が顔を覗く。

 それは、佐天涙子とて一緒だ。

 初春飾利との会話の最中、佐天涙子の唇の隙間からは常に犬歯が顔を覗かせていたのだから。



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かつての協力者

 『ただいまから、全校男子騎馬戦・本戦を開始します。参加される男子生徒は、本校の誇りと名誉を胸に全力で―――――――』

 

 そんな放送が街頭の巨大スクリーンから流れる。

 大覇星祭、三日目。

 本日の朝一つ目の競技種目、全校男子による騎馬戦が行われようとしていた。

 各三校による勝ち抜きトーナメント。

 第一回戦は、三分間による全体戦。より他校生徒の帽子を奪い人数を減らすことが後に続く決定戦の勝利につながる大事な一戦。

 能力の制限はないが、ルールとして、

 『必ず自分の手で帽子を剥がす』必要がある。

 そうしなければ、念動系能力者や大気系能力者の優劣で勝利が確定してしまうからだ。

 しかし、それ以外であるなら、能力の使用に問題はない。

例えば、風を使い砂を巻き上がらせて視界を奪う。地面を隆起させて、騎馬自体の機動を奪う。或いは、精神干渉系の能力で、相手を操作するということも可能である。

 と言う意味では、結局能力者の優劣で勝敗が左右される競技でもある。

 その影響もあって、とある少年が所属する、とある高校はもちろん苦戦を強いられていた。

「見た感じ、明らかに劣勢よね?」

「……あぁ、やはり能力者の数の差が出ているのだろうな」

 そんなとある高校の奮闘を()()()学生用応援席から眺めていた兄妹、アウレオルス=イザードとパラミラ=ホーエンハイムは小さく呟いた。

 パラミラは、相変わらず服の大きさと体が合致しておらず、かなり目立つ状態であるが、応援に勤しむ学生達の中に紛れても、とやかく言う人物は見当たらない。

 とにかく応援に必死だった。

 空に打ちあがる開始を伝える空砲すら飲み込むほどの声援。

 文字通り、学校の威信をかけて、男子生徒たちが激突する姿は、一般来場者からしても心踊らずにはいられないのだろう。

 応援する側が女子生徒のみにも関わらず声援が激しいのは、来場者の影響が大きい。

「そもそも、私があの上条当麻を応援してやる義理はないんだけれどね」

「まぁそう言うなパラミラ。上条当麻には恩がある。こんな形ではあるが、それを返済するのもいいであろう」

「……兄さんがそう言うのなら」

 フィールドでは、男子生徒達が雌雄を決するため、全身全霊をぶつけ合っている。

 そんな中で、騎馬三騎に追いかけ回されている存在があった。

 くだんの上条当麻である。

『ふざけんなッ! ようやく二騎撒いたと思ったら三騎に増えてやがる?! えぇい、何で他校どうしなのに潰し合いをしないッ!』

 上条当麻が振り返る先には、三騎の騎馬が仲良く並ぶように追走している姿が見えた。

 上条当麻が嘆くように、なぜか体操服が違うにも関わらず、互いを襲うことをしていない。

『不幸を司るカミやんにとって、こんなのは序の口。敵の敵は味方ってことですたい。ほら、なんか前からも集団が押し寄せてるって状況だぜい』

 騎馬の右側には、魔術師でありながら学園都市の学校へ通うスパイ、土御門元春が何やら楽しそうに嘆いていた。

『カミやんに便乗すればいい思いできるんとちゃうか、そう言う考えを一瞬でも持ったボクがぁ悪かったってことなんやなぁ。はぁー、不幸やぁ』

 それに続いて、左側の騎馬である青髪にピアスを付けた少年が上条当麻の決め台詞をぼやいている。

『僕って完全に数合わせだよね?』

 騎馬の後ろを務める学生Aはもはや空気だった。

『土御門ッ、冷静に分析しながら、血相を変えて突っ込んでくる奴らを真正面から迎え撃とうみたいな行動は止めてもらえます?! あと青髪ピアス、それは俺のセリフだから返せ』

 後ろからは三騎、正面からは二騎と穏やかとは呼べない状況。

 そんな状況を作り出した原因としては、

 例えば、態勢を崩す目的で放たれた発火能力を()()()()であしらったり、

 例えば、精神干渉系の能力を騎馬(騎手役が頭に()()を置いて体を支えている側)に対してぶち込んだハズが、何事もなかったのようにスルーされたり、

 例えば、視界を奪うために撒ぎあげられた砂塵を、軽く()()を振るうだけで拡散させたり、

 他、etc.etc……

 などと言う出来事が重なり、大将格と勘違いされた、と言う理由があることを当の少年は知らない。

『ほんじゃまぁ、あの辺りに突っ込んで戦場をかき乱すとしますか』

『ちょっと待て土御門?! 火の玉とか電撃が普通に飛び交う戦場へ当たり前にように突っ込むのは止めてもらえません?!』

『はッはッ、大丈夫安心するんですたい。こちらには、最強を誇るカミやんシールドがあるんだぜい』

『やっぱり俺が全部くらう前提の話しなんだな!?』

 騎馬三騎に追いかけられながら、最終的に五騎ほどを引き連れて上条勢力は戦場へと飛び込んでいく。

「……幻想殺し(イマジンブレイカー)は神の祝福すら打ち消すって話しだったけど、結構楽しんでるんじゃない?」

「あれを『不幸』と捉えるかは個人の判断になるのだろうな。それこそ『人間万事塞翁が馬』と言う言葉があるくらいだ。不運なことが不幸とは限らんのだよ」

 自分が同じ状況に陥った場合はどう感じるのだろう、と疑問に思ったアウレオルスだったが、とにかく今は上条当麻の一戦を暖かく見守ることにする。

 と、

「こらー上条当麻! 逃げてばかりじゃなくて、きちんと攻勢に回りなさい! ほら、貴方もしっかり応援しないと」

「うん……がんばれぇッ」

 声の主は、アウレオルス達と同じ学生用応援席にいた二人の女子生徒だった。

 一人は学校指定の半袖半ズボンの体操服の上から薄目のパーカーを羽織っていた。

 パーカーの腕には『大覇星祭運営委員・高等部』と書かれた腕章をつけている。

 もう一人は、太ももまで伸びる混ざりっけのない純粋な黒髪が印象的な少女だった。

 応援から察するに、どうやら上条当麻と同じ高校の生徒らしいが、

 アウレオルスは、その二人の少女を、正確には、一人の少女を視界へ捉えた瞬間、

「痛ッ」

 鋭い痛みが頭の片隅に生じた。

 それは、まるで針で突かれたような小さなモノに過ぎない。

 しかし、確実に頭の中の何かを抉っているような感覚にも感じる。

「兄さん、大丈夫?」

 その様子に気が付いたパラミラが声をかける。

 その時には、アウレオルスの頭に生じた痛みは消え失せていた。

「……あぁ、大丈夫だ。少し、日に当たりすぎたようだ」

「あら、それは大変。ローマ正教にいた頃の兄さんも部屋に閉じこもる仕事ばかりでしたし、根本的なそれは変わっていないようですわね」

 パラミラが余りに余った裾をまくりあげると、そこにはペットボトルに入った飲料水が握られていた。

「体調を壊すのはよくないわ。はい、ついでにこれも舐めて下さい」

 ペットボトルを渡すと、さらにその裾の中からは一粒の飴玉が握られていた。白く濁ったその飴玉は、明らかに『塩』そのものだった。

「……これはどこから出したのだ?」

「ん? もちろん、『霊装の柄』からですけど?」

パラミラはアゾットの剣をクルクルと器用に回しながら、さも当たり前のように答える。

「……確かに、以前は食用の『塩』を補充していたが」

 熱中症の症状を疑ってか、パラミラはアウレオルスに対して、水分の補給と、塩分(霊装の魔力供給に使われわれていたもの)の摂取を促してくる。

「兄さん、熱中症を甘く見てはだめよ。本人が気が付かない間に体にはダメージが蓄積されていることはよくあるのだから」

 その、『熱中症』と言う単語に反応したのだろうか、

「そこのあなた、今熱中症と言いましたか?」

 先ほど、上条当麻を応援していた一人、大覇星祭運営委員の腕章をつけた少女がアウレオルスの顔を覗き込んでいた。

「えぇ、どうやら兄さんが日に当たりすぎたみたいなの。ところで、貴方は?」

「私は、吹寄制理。今年の大覇星祭の運営委員をやっています。体調が優れないのであれば、休息所まで案内しますが?」

 応援をしていた時のように、鋭い感じはなく、むしろ丁寧に対応してくる。

「いえ、大丈夫ですわ。今、兄さんには飲料水を渡しましたし、塩分の補給も促しているので」

 そう言われ、吹寄制理は視線を少し視線を落とした。

 言われた通り、飲料水と塩分の補給と思われる飴がしっかりと握られていた。

「そうですか、ならもう一つ、塩分に加えてミネラルも摂る方がいいので、これを渡しておきます」

 吹寄制理はパーカーのポケットからビタミン剤のようなものを取り出し、差し出す。

 その行為を眺めていたパラミラは、不意に、

「ムム、同じ匂いを感じる」

 裾をめくり上げ、そこに握られていた保冷剤をアウレオルスへと差し出す。

「兄さん、体温が上がってはいけません。これでしっかりと冷却して下さいませ」

「それはいい案ね。でも保冷材を直接地肌に当てるのはよくないから、これを使って体に当てて下さい」

 吹寄制理はパーカーのポケットから保温用タイルを取り出す。ちなみにこのタオルは『湯たんぽや氷に巻くことでそれぞれに適した温度に保ち効果を高める』と言う健康グッズらしい。

「塩分だけでは心もとないから、柑橘類を取りましょう」

 パラミラは、裾の中からレモンを丸ごと一つ取り出す。

 もはや、どこに隠し持っているのか聞きたいレベルである。

「対策としては上場ね。それに加えてカリウムとビタミンB群を摂取できればベスト」

 吹寄制理はパーカーのポケットから錠剤をいくつか取り出した。

 負けじとパラミラが飲食物等を出せば、吹寄制理が健康グッズをポケットから取り出す。

 お互い、なんでもポケット状態である。

「いや、さすがにそこまで頂く訳にはいかないのだが」

 アウレオルスは、自分の両手に抱えた大量の飲食物と健康グッズを前に少々困り果てた。

 結局、それぞれの元あった場所に返すこととなるが、しっかりパラミラは裾の中へ、吹寄制理はパーカーのポケットへと飲食物と健康グッズを収納していく。

 と、まるでコントのようなやり取りが終了したと同時に、

「自分には応援頑張れと言っておいて。何遊んでるの?」

 声は尖っているのだろうが、テンポがテンポだけに怒っているのか分からないような声だった。

「ごめんなさい。つい話しが弾んでしまって、状況は?」

「残り時間三〇秒。こっちの騎馬はあと五騎。相手は十一と九みたい」

「あら、以外に頑張ってるのね。このまま決定戦に持ち込めば、チャンスはありそう」

 吹寄制理に話しかけた声、それに対して、異様なまでの違和感を感じたアウレオルスは再度その声の主を視野に入れる。

 瞬間、

「…………ッ!」

 今度は痛みではなかった。

 それは、本当に、()()()のような症状で、アウレオルスの頭を弄ぶように揺さぶり、視界を歪ませる。

 額を押さえ、冷や汗のようなモノをかきながら膝をつくアウレオルス。

「アウレオルス兄さん!?」

 咄嗟にパラミラはアウレオルスの肩に触れ、同じように膝をついて表情を伺う。

「すまない。本当に日に当たりすぎたようだ」

「でしたら日陰へと移動しましょう」

 身長差からしても、パラミラはアウレオルスを支えられるような体格をしていないが、パラミラは難なくアウレオルスを支えて立ち上がる。

「本当に大丈夫ですか? 休息所まで案内しますけど?」

「いえ、大丈夫ですわ。あなたは上条当麻の応援を続けていなさい。兄さんの面倒は私一人で見れますから」

「すまないパラミラ」

 額を押さえ、症状が回復しそうにないアウレオルスを支えて、パラミラは学生用応援席を後にする。

 本来であるなら、多少の注目を浴びそうな光景であるが、競技終了間際の熱がその光景を曇らせる。

 目立つことなく、応援席を後にしたパラミラとアウレオルスだったが、本の一握り、その光景をしっかりと眺める存在がいることに二人は気が付かない。

「あの二人、上条当麻の知り合いだったのね」

 その一握りの存在でもある吹寄制理は、一人呟いた。

 のではなく、その言葉は隣にいる黒髪の少女へと向けられていた。

「…………アウレオルス?」

 しかし、その少女はそんな吹寄制理の言葉など聞こえておらず、本当にただ一人で呟く。

 そして、

「ごめんなさい、吹寄さん。私、急用ができた」

 そう言葉を残し、速足で会場を後にする。

「ち、ちょっと姫神さん?! まだ決定戦が残ってるわよ!」

 吹寄制理の声は届かず、ただ空を切る。

 普段では決して見ることがないほどの足取りで、少女は建物の影へと消えていく。

 そして、二人を追いかける少女、姫神秋沙は只々確認するかの様に声を発した。

「アウレオルス=イザード……あの人が……ッ?」

 それは、かつての協力者であり、そして、自分を殺そうとした男の名前だった。




吹寄さんの会話に違和感が……


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