真剣でアッガイになった。【チラ裏版】 (カルプス)
しおりを挟む

時系列:原作前
【第1話】 九鬼ビルで僕と握手!


 皆さんは【アッガイ】という存在をご存知だろうか。

 

 アッガイ (ACGUY)。それはTVアニメ機動戦士ガンダムにて登場したモビルスーツ――以下MS表記――である。物語の敵側であるジオン公国にて開発された量産型水陸両用MS。焦げ茶色とクリームブラウンの機体色に、丸みを帯びたボディが特徴だ。頭部にはモノアイレールがあり、横方向全周囲と上方向に設置されている。タコのような口があったり腕が伸びたり、当初は設定自体が曖昧だったりと、まだまだ語るべき部分は多いのだが割愛させていただく。

 

 ところで何故このような話をするのか。それはとある一人の青年の事を語らなければならない。

 

 ある世界に一人のアッガイ好きな青年がいた。世代的にはガンダムシリーズで言う所のSEED世代だったのだがゲームなどでアッガイを知って、それからアッガイ好きになったのだ。

 

 まぁそんな事はそう重要ではない、何故ならその彼は今――

 

 

「やだ……なにこれ……」

 

 

――アッガイになったからである。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「現実逃避を始める前に言っておくッ! 俺は今、アッガイをがっつりと体験している。い、いや……体験しているというよりは、もうアッガイそのもので、まったく理解を超えているのだが……。

 あ、ありのまま、今、起こった事を話すぜ! 俺は大学を出てバイトに行き、家に帰って寝たと思ったら、いつのまにかアッガイになっていた。

 な、何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何が起きたのか、分からなかった……。

 頭がどうにかなりそうだった……。ドッキリだとか夢オチだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。

 もっと恐ろしいものの片鱗を味わっているぜ……!」

 

「素晴らしい! こんなに流暢かつバラエティに富んだ会話が出来るとは! これで九鬼に――」

 

「ウルサイ!」

 

「ぎゃふ!」

 

 

 アッガイは混乱している自分の横で何やら騒いでいた白衣の男の腹を殴りつけた。白衣の男は少し空中を飛んで数メートル先に落下して気絶。しかしアッガイは心底どうでも良かったのだ。

 と言うのも、アッガイは先程の白衣の男に起こされた。寝ぼけたままのアッガイはそのまま目の前にあった大きな鏡を見る。最初は目の前に等身大アッガイが居ると一気にテンションが上がったのだが、すぐに鏡だと気付いておかしい事に気付く。【自分】はどこに映っているのか。目の前の鏡にはアッガイ。しかし自分が見ているのだから自分が映らなければおかしな事になる。

 腕を動かせば鏡のアッガイも全く同じ動作をした。サタデーナイトな感じにポーズをとってみても同じ。ふと不安になって下を見てみる。ずんぐりむっくりで機械的で焦げ茶色とクリームブラウンな体が目に入った。手を見てみる。アイアンネイルだった。

 

 

(あるぇー?)

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 アッガイは取り敢えず状況を確認してみる。まずこれが夢であるという可能性。そこらへんの壁に向かって結構本気で頭突きをしてみる事にした。

 

 

「ふんぬ!」

 

 

 壁が凹んだ。

 

 

「壁さん、ごめんなさい」

 

 

 次に恐らく違うと分かっている事なのだが、一応、後ろにファスナーが有るのかを確認してみる。

 

 

「……デスヨネー」

 

 

 無かった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「ふん、むん」

 

 

 青年だった存在は数十分でアッガイという新しい体に完全に慣れていた。何故か自分の本当の名前が思い出せないが、そこまで重要じゃない気がしたので深く考えない事にしている。今は鏡に向かって様々なポージングをしている途中だ。ちなみに気絶している白衣の男は後ろ手に、近くにあったビニール紐で縛って部屋の隅に放置してある。

 

 

「なんだかこうまで慣れ親しんだように動けると、今までのが全部夢で本当は自分が人間じゃなくてアッガイなんじゃないかと思ってしまう……。いやもしかしてホントにそうなのか? いやでもしかし、このサイズのアッガイって……。いやしかしなんか自分の性格とかも変わって……」

 

「……う……?」

 

「あ、起きそう」

 

 

 気絶していた白衣の男の意識が戻ったみたいなのでアッガイは男の目の前まで移動した。まだハッキリと覚醒しないのか、寝ぼけたような視線をアッガイに向ける白衣の男。しかし事は一刻を争うのだ。アッガイにとって。

 

 

「ねぇ起きてー」

 

「あひん」

 

 

 男に容赦なくビンタを浴びせるアッガイ。伸縮自在の腕のしなりもあり、その威力はかなりのものなのだが、気にしないでビンタし続ける。それによって白衣の男の顔が真っ赤になったとしても。

 

 

「ねぇ起きてー、ねぇ起きてー」

 

「ごっ、ぐぇふ」

 

 

 明らかに別の意味でもう一度眠りそうな白衣の男を、アッガイが気にせず殴る。しかしさすがに命の危険を感じたのか、白衣の男が必死に声を出す。

 

 

「起きてブッ! 起きへリュッからっ! やめヴェッ!」

 

「あらホント」

 

 

 漸くアッガイを止める事に成功した白衣の男は、息も切れ切れに説明をし始める。早くしないと再び攻撃されるのではないかという不安が強烈に頭を支配していたからだ。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 白衣の男の話によると、アッガイの本当の名前はコミュニケーション護衛ロボ・アンタレスという事。しかしどう見てもアッガイだろうという本人の強い物理的な訴えもあって名前は正式にアッガイになった。身長は130Cmである。イマイチ想像が出来ない人はリアルドラ○もん人形で検索してみよう。体型もほぼ変わらない。

 

 

「大体なにさコミュニケーション護衛ロボって。コミュニケーションを護衛するの? 仲睦まじく話している二人の人間の所に入り込もうとする別の人間をボコボコにするの? ねぇなんなの? 馬鹿なの? 死にたいの?」

 

「ちっ違う! コミュニケーションも出来て主人を護衛する事も出来るロボットという事だ!」

 

「だったらコミュニケーション兼護衛ロボとか言えよ! イラっとしたからもっかい殴る!」

 

「理不尽!」

 

 

 体を両手で抱き締めて震える白衣の男。ふとアッガイは、この白衣の男の名前を知らない事を思い出す。正直、アッガイにとっては至極どうでも良かったのだが、これからも『お前』とか『オイ』とか呼ぶ訳にもいかなくなると思ったので、極めて遺憾ながら聞く事にした。

 

 

「お前の名前は?」

 

「な、何故、アイアンネイルを出しながら聞くの……」

 

「え、無駄にかっこいい名前とかだったら殴ろうと思って。いいから早く言えよ、切り裂くぞ」

 

「いっ、石動(いするぎ) 陽向(ひなた)です。……なんか自然に敬語に……」

 

「……うーん……。まぁいいか。良かったね。名前だけは素晴らしいと思うよ」

 

「あ、ありがとう……」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 石動陽向。170Cmの細身でメガネ付き。顔だけは整っているものの、髪や服装には無頓着なようで、正直に言えば汚い。白衣はオイルなどで汚れており、髪も整えずにいるのかボサボサである。

 そんな陽向の話をまとめると、そもそも脱サラしてロボットを作り始めたのが始まりだ。自分でロボットを作るのが夢だったそうなのだが、そこそこの大学を出たもののロボットを作っているような企業に入れず、入れたとしても自分の作りたいロボットとは違う物ばかりだったという。

 そこで陽向は貯金をしてどうにかこうにか自力でやっていける目星がついた時点で会社を辞め、アッガイを作り出したのだ。もっとも、アッガイを作った時点で彼自身の貯金はほとんど無くなっており、これからこの先の資金確保へと動き出そうとしていた。アッガイからすればそこそこの若さで、ロボット一体を作れる金額が手に入っているという事実に、ちょっとこの世界の金銭価値が気になったが。

 

 

「んでその資金調達の元が九鬼財閥ってトコだと」

 

「そうなんだ。あそこは実力が高く評価されれば受け入れてくれる。それに工業関係の部門には前の会社の時に交渉した事のある顔見知りも居るんだ。だからアンタレ……アッガイが認められれば資金には目処が着くし、やっていけると思う。ロボット技術に注目しているらしくて、もしかするとトップと直接話せるかもしれないんだ」

 

「まぁそもそも一般人が個人でロボット作り出した事のが凄いと思うけどね。どうした褒めてるんだから頭を垂れて喜べよ」

 

「普通こういうのって製作者が製作物に敬われるんじゃ……」

 

「……実は君に伝えなければならない事があるんだ……」

 

「えっ?」

 

 

 急に真面目な口調になったアッガイに、陽向は何事かと息を呑む。そんな陽向を見つつ、アッガイは自分の為に、今度の為になるように話し始める。――嘘を。

 

 

「実は僕は付喪神なんだ」

 

「……は? 付喪神?」

 

「そう、この八百万の神が居る日本では珍しい事じゃないさ」

 

「え? えっ?」

 

「君が作ったこのアッガイの体は最高だった。誇っていい。しかしだ。君自身、僕がこのように流暢に話す事が出来ると思うかい? 体は最高でも、本来、内部のプログラミングはここまででは無かっただろう?」

 

「! それは……まぁ……」

 

「では何故それが可能なのか。それは僕が付喪神で、その力を使って動かしているからさ」

 

「なん……だと……」

 

 

 驚愕の事実に目を見開く陽向。その様子を見て、モノアイを輝かせながら心中で『チョロいぜ』と思うアッガイ。しかしまだ押しが足りない。

 

 

「だ、だけど。例え付喪神だとしても動いている事実には変わらない。それに九鬼に認めてもらえば――」

 

「そう、そこが問題なんだよ明智君」

 

「……石動陽向なんですが……。しかし問題とは?」

 

「確かに九鬼という企業は優秀なのかもしれない。だけど分解とか痛い事とかされると私はこの体に居られなくなるんだ」

 

「なっ!?」

 

「いいかい。付喪神そのものにも種類があって、偶々とり憑く事もあれば理由がある場合もあるんだ。僕の場合には強烈な君の感情が込められて作られたからさ」

 

 

 一応言うとアッガイの言っている事は嘘である。しかし陽向は信じてしまった。

 

 

「……つまり九鬼に認められたとしても、そこで解析の為に弄られると君は消えて、九鬼に認められる程の物では無くなってしまう、という事かい?」

 

「認められる物かどうかは君がよく分かっている筈だよ。(実際、僕は知らないし)」

 

「――くそぅ! 一体どうすればいいんだ!!」

 

 

 悔しそうに両手を壁について悩む石動陽向。そしてその様子を見て、モノアイを輝かせながら心中で『fish!』と思うアッガイ。取り敢えずアッガイの思うままに石動陽向を誘導出来たのだ。しかしこのまま九鬼に資金提供をさせないと生活するにも厳しいのはアッガイにも分かっていた。というよりも食欲だのエネルギーだのと自分自身もまだ分かっていない事が多く、まだ石動陽向という人間と一緒に居なくてはならないと思ったのだ。自分の安全を確保しつつ、この石動陽向という人間を破産させないようにしなければならない。

 

 

「まぁでも方法はあるんじゃない?」

 

「! 何かあるのかい!?」

 

「唾飛んだよ汚いな拭けよシルクで拭けよ」

 

「ご、ごめん……普通のハンカチで我慢してくれ……」

 

「まったくしょうがない奴だなぁ君は。まぁいいや。とにかく君はもうお金が無くてマズイ。しかし九鬼で僕は分解されると消える。ならば方法はただ一つ。九鬼で僕の有用性を示しつつ、分解とか何か新しいプログラム入れるとかそういうのをしないで解析してもらう」

 

「つまり直接的に君に何かをしなければ大丈夫という事かい?」

 

「簡単に言うとそうだね。更に言えば僕が嫌がる事をしなければいいのさ。それさえ守ってくれれば僕は消えないよ。(多分ホントは何やっても消えそうにないけど)」

 

「――よし! よぉし! これで未来が開けてきたぞ!」

 

 

 両手を天に突き上げて喜びに満ちている石動陽向。そしてその様子を見て、モノアイを輝かせながら心中で『計画通り』と超悪人面で思うアッガイ。

 

 それから暫く二人の生活は続いた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 石動陽向の家は神奈川県の川神市にある一軒家だ。元々は両親が住んでいた家なのだが、両親は東南アジアに移住して使わなくなったので陽向が住んでいる。そこそこに広い敷地があり、家の他に物置小屋、鯉の居る池、畑があった。近くには川が流れており、かなり良い家と言える。アッガイはこの家や敷地を見て、『あいつ(陽向)って親の金使って僕作ったんじゃね?』と本気で思った。ちなみにその後に質問を物理的にぶつけてみたが、本当に自分の貯金だけで作った事が判明する。

 

 ――アッガイになってから二週間程が経過。その間にアッガイは自分の体の仕組みや能力、疑問に思っていた事の大部分を解明していた。

 まず食欲なのだが、ほぼ無い。ロボットだから無いのが普通なのだが、時々食欲が沸くのだ。しかも信じられない事に、普通に食べ物を食べる事が出来た。それを目の前で見せられた石動陽向は酷く動揺したのは言うまでもない。彼からすればまず口や食道、胃などの消化器官が無いのにどうやって食べたのかという事なのだが。実際に見てみると本来は口の役目ではなく、体内で発生した熱を蒸気として排出する為の口のような部分があるのだが、そこが口の役目となっていた。つまり見た目通りの機能となっているのだ。ちなみに消えた食べ物の行方は不明である。ただ、設計上アッガイは電気で動くロボットであり、充電が必要ではあるのだが、食べ物を食べるとその電気が回復している事が分かった。ちなみに睡眠もする。睡眠しても何故か電気が充電されるのだ。まぁその電力がそのまま利用されているのかも減っているのかも観測データを見ると最早分からなくなりつつあるのだが。

 

 これにはアッガイの能力が関係している事をアッガイは突き止めた。そもそもアッガイが作られた時、アッガイには何が装備されていたのか。石動陽向が作った時には腕に出し入れ可能な護身用三爪アイアンネイル、頭部に護身用の四連ミニ催涙弾。両腕の掌も催涙弾という物だった。しかしいつの間にか頭部武装は普通のバルカン砲。掌は六連装ロケットランチャー、メガ粒子砲といった本来のアッガイの武装に変化していたのだ。しかも驚く事に弾切れしない。ずっと撃ち続けると疲れる程度である。試しに何も作っていなかった畑に向かって撃ち続けた事で判明した。ちなみに撃った弾丸は暫くすると勝手に消える。あと最初にスプーンとかお箸が持てなくていたら、いつの間にかアイアンネイルが三本から五本になっていた。伸縮も自在になって喜んだ。

 この事からアッガイは実験的にとある事をしてみた。頭に思い浮かべるのはジオン軍のMSグフ。その武装の一つである電磁鞭ヒートロッド。それが手から飛び出るイメージを作る。

 

 

「ほあっちゃー!」

 

 

 気合の入った叫びと共にアッガイの掌からは本来は有り得ない、ヒートロッドがシュルシュルと前方に勢い良く伸びていった。到達した床でバチバチと電気を放出している。ヒートロッドはアッガイの掌部分から脈絡もなく出ており、出ている根元は輝いていて接合部分がどうなっているのかは分からない。

 

 アッガイ自身が突き止めた能力。ずっと良い子にしてた自分に神様とか仏様とかサンタクロースとか多分その辺が何も言わずに付与した能力。

 

 

「これはアッガイこそが世界の頂点になれという意思なんだ!! 僕は天才! なぁんだって出来るんだぁぁ!!」

 

 

 自分の思うがままに世界を操れる能力。とは言っても現在は自分以外に何かしら影響を及ぼす事が出来ないようだ。しかしきっとこんな素敵能力があれば世界制覇も夢ではなく、死ぬまでウハウハな生活を送れるだろうとアッガイは予想する。

 こんなチートな能力があれば未来は薔薇色黄金色なのだ。テンションが上がりまくったアッガイはその想いを畑の中心で叫ぶ。

 

 

「僕は人間をやめたぞ! ジョジョォーーーーッ!!」

 

「近所迷惑になるから静かにねー」

 

 

 畑のど真ん中で叫ぶアッガイに陽向はやんわりと注意した。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 更に月日が経過し、アッガイは自分の居る世界の事を調べた。日本であろう事は知っていたのだが、個人でロボットを作る事が出来るのであれば文明レベルも自分の知っている世界とは違うのではないかと考えたのだ。しかし文明レベルは至って普通で、自分の知っている世界とほとんど変わらなかった。

 

 ただ一つ。異常な戦闘力を誇る人間達を除いて。

 

 

「…………ヤダナニコレ」

 

 

 無意識に口から出た言葉は、ニュアンスが違うが、アッガイにとってどれ程の衝撃だったかを表現していた。自分の姿がアッガイと知った時と同じレベルなのだ。

 ある意味、アッガイはこの世界での自分の優位性を理由に若干天狗になっていた感があった。なにせ何かしらを強く想像すればそれが叶う能力を持っている。個人でロボットを作成出来る石動陽向という人間が居たとしても、それはあくまで技術の話だ。アッガイの妄想力はそれと一線を画す能力である。その気になれば何でも出来るのだ。

 人間よりも強固な体。無限の可能性を秘めた妄想力。『圧倒的ではないかアッガイは……!!』とアッガイが言ってしまうのも無理はない。

 小さなロウソクの炎に腕を出して『我が肉体は無類無敵……!!』と言ってしまうのも無理はないのだ。

 しかし、しかしだ。今テレビの画面に映っているのはそういったアッガイの驕りを消し飛ばす内容だった。

 明らかな老人が両腕からビーム的な物を放出したり、明らかに十数メートル以上軽くジャンプしてたり、普通の拳で地面を砕いたり。挙句の果てには画面に映らない速度で攻防を繰り広げたり。

 

 

「過程が消え去り結果だけが残る。……キングクリムゾンッ!」

 

「凄いよねー。さすが世界に誇る川神院の武神だよ。でも九鬼の従者部隊にはこの人の好敵手も居るっていうし、九鬼も凄いよなー」

 

「九鬼にも同じようなのが居る……だと……!?」

 

「あ、うん。ヒューム・ヘルシングって人」

 

「銀の弾丸……! ヴァン・ヘルシィィィィィングッ!!!」

 

「ヴァン・ヘルシングじゃなくてヒューム・ヘルシングだよ」

 

 

 石動陽向の適応力もなかなかに凄いものがある。当初は完全に主導権を握られていたアッガイにも今はそこまで怯まずに、上手い事返す事が可能となったのだ。場合によっては切れたアッガイが襲いかかってくるのだが、なんとなく雰囲気で言っても大丈夫かどうかが分かってきた事が大きい。

 

 

「あ、そうそう。明日は九鬼に行くからね。画面に映ってるヒュームさんとも会えるよ」

 

「アッガイ は めのまえ が まっくら に なった!」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「へぇー、これが噂のロボットか。なんか変なデザインだな」

 

「変なデザインとは失礼な! これは未来で宇宙世紀と呼ばれる頃の最先端を先取りした、先進かつ愛らしさに富んだ最高のデザインなのだよ!」

 

「ほー、書類にはあったがお前さん付喪神なんだって? 未来の事も分かるのか?」

 

「付喪神の勘はよく当たるから間違いない!」

 

「付喪神の勘(笑)とか」

 

「カッコワライとか付けるんじゃない!」

 

「ちょ、ちょっと。九鬼のトップに向かってそんな言葉遣いしないでよ」

 

 

 アッガイと石動陽向はとあるビルの一室にてある人物を会談していた。その人物とは九鬼帝。陽向が資金提供を期待していたあの九鬼財閥の頂天である。ソファーにどっしりと構えてアッガイと会話する九鬼帝はまさに大企業のトップとしての威厳に溢れていた。傍には九鬼家従者部隊で最強と言われるヒューム・ヘルシング。執事王と呼ばれるクラウディオ・ネエロがいる。この二人が居れば出来ない事は無いと言われており、陽向はこの濃すぎる面子の中でアッガイが粗相をしないかとヒヤヒヤしていた。実際、ヒュームは鋭い眼光をアッガイに向けている。

 

 

「んで、まぁカタログスペックやら仕様やらは書類で見させてもらったが、実際問題どうなのかねぇ」

 

「な、何がでしょう?」

 

「いやね、こっちはこっちでロボット開発も視野に入れてたもんでな。他にも居るんだよ。ロボット開発してる人間」

 

「! そ、それはもしかしてこちらには援助協力いただけないという……」

 

「まぁそう焦るなよ。確かに書類の内容だと結構厳しいものがあるけど、このアッガイにはそれを吹き飛ばす位の価値がある」

 

「このアッガイをお求めとは、お目が高い。今だったら握手一回1000円にしておいてあげよう。いつもは3000円なんだよ? お得でしょう?」

 

「話す内容自体にはかなり問題があるが、コイツを解析出来れば一気に九鬼のロボット開発は段階が進む事になるだろう。そうすれば色んな所に応用出来るようにもなる」

 

「で、では!」

 

「おう、まぁとりあえず九鬼でロボット開発の部署を今度用意するから、そこに所属して貰いたい。個人での開発を援助するにしても、これだけの技術となると安全性の為にも、こっちで囲っちまった方がいいんだわ。詳細な契約書はまた別に送るが、大まかに言えば、こっちはアッガイの解析とうちの部署への所属。これが求める条件だ」

 

「はい! ありがとうございます」

 

「ねぇ握手は? 1000円は?」

 

「しねぇよ馬鹿か」

 

 

 アッガイはしょんぼりした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第2話】 勝利など容易い!

 

 九鬼での契約も終了し、部屋から退出しようとソファーから腰を上げる陽向と、すでにソファーの上に立っていたアッガイ。アッガイはしょんぼりして体育座りしていたのだが、すぐに立ち直ってサタデーナイトなポージングを帝に見せつけていた。それはともかくとして、二人はドアへと向かおうとする。するとその進行方向にヒュームが入り、待ったを掛ける。

 

 

「ちょっと待て」

 

「なんですかルガールさん」

 

「いやヒュームさんだよ……誰さ、ルガールって」

 

「94の頃、多くの人間に絶望を見せた奴さ。あの野郎スーツ脱ぐとスゲェんだ……」

 

「何の話だよ。んでヒューム、どした?」

 

「帝様、正直な所、このロボットは不確定要素が多すぎます」

 

 

 鋭い眼光をアッガイに向けるヒューム。それに対して内心で超ビビリながらも『じ、軸のアルカナ使えるかな……いやそれとも吹き荒ぶ風の……』とか考えるアッガイ。この時、意図せずにモノアイが一層輝き、ヒュームの警戒度が上がったのは不運としか言い様が無かった。

 

 

「そうだ、その視線や纏う気。有り得ないのだ。機械が気を纏っている事自体がな」

 

「いや付喪神だから。付喪神なん――」

 

「だから少々試させてもらおう」

 

(無視された! だけど怖くて言えない! 涙が出ちゃう、だってアッガイだもん!)

 

「えーと、ヒュームさん、何を試すのでしょうか……?」

 

「万が一の時に俺がこいつを抑える事が可能かどうか。引いて言えば最悪の場合にコイツを破壊出来るかどうか、だ」

 

「死亡フラグやないですか!」

 

「それなりに加減はしよう、それなりにな」

 

「せやかて工藤!」

 

「いやヒュームさんだよ、誰なの工藤って」

 

「いちいちウルサイぞ! 大体お前製作者なんだから庇えよ! お前の金注ぎ込んで作ったこの僕がスクラップになるかもなんだぞ!」

 

「ハハハ、ヒュームさんはそんな人じゃないよ」

 

「おう、それに壊したらもっかい作れるだけの金はこっちで用意するぜ」

 

「チクショウメェェェェェ!!」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 九鬼財閥には多くの社員が居る。その筆頭とも言えるものが従者部隊と呼ばれる集団。序列が存在し、順位が上に行く程に高等な技術を持った優秀な人材となる。そしてアッガイの目の前に居る金髪執事、ヒューム・ヘルシングはその頂天に君臨していた。武神、川神鉄心と同等の戦闘力を持ち、大概の事ならばその実力をもって解決する事が可能なのだ。

 そんな金髪執事の前で内心かなり焦っているのはアッガイである。というかぶっちゃけ自分に気というものがある事自体、先程のヒュームの言葉で知ったばかりだった。無理もないだろう。これまで自分の力は試していたが、それは気とは全く関係ない系統の力だったのだ。更に言えば、周囲に気というものを感知したり、使える人間が居なかったというのもある。アッガイが知らず知らずに気というものを使ったり纏っていても、それを『気だ』と伝えてくれる人物が居なかったのだから。

 

 九鬼のビルには地下が存在しており、そこは従者部隊の訓練場となっている。地下であるにも関わらず、それなりに広い空間である。ここからも九鬼という組織の大きさと、それに属する人間の多さが垣間見えるだろう。

 しかしアッガイにはそんな事は至極どうでもいい事であり、如何にしてこの場を凌ごうかという事に必死だった。

 

 

「――ではそろそろ始めるとしようかロボット」

 

「ちょっとタイム! 具体的に言えばあと5分程タイム!」

 

 

 陽向や帝相手であればまずロボットと呼ばれた事に対して噛み付くであろうアッガイだが、この時ばかりはそこに構っている余裕は無かった。少なからず何かしらをしなければならない。最悪の場合には目の前にいるヒュームを倒してでも自分の安全を確保する必要があるのだ。

 そしてこの場を切り抜けるには自分の持つ能力こそが絶対不可欠となる。何かしらを具現化出来れば対抗出来る筈。それを信じて一生懸命に考えるのだが、目の前の恐怖が強すぎて上手く能力を発動出来ない。

 

 

(なにこの無理ゲー。ルガールの前でなにかしら想像してどうにかしろってナニコレ。ルガール対アッガイってどこの需要? 静岡の方面には供給待ちしてる人がいるんだろうか……。あ、もしかしてカプ○ンvsS○Kとかみたいな――)

 

「……そもそもこちらにお前を待ってやる道理はなかったな」

 

「え、ちょ、まっ――」

 

「ジェノサイドチェーンソーッ!!」

 

「あーん! アッガイがー!」

 

 

 ヒュームのジェノサイドチェーンソーによって十割持って行かれたアッガイは空中高く舞った。そしてそのまま頭を下にして落下する。大きな落下音の後に聞こえて来たのはアッガイの声だった。

 

 

「うわーん暗いー出してー」

 

 

 所謂、犬神家状態というやつだ。足だけを地上に出してジタバタとしている。

 その様子を見て、鋭い視線を送りつつも警戒心を大幅に引き下げているヒューム。そして観戦室で腹を抱えて大笑いしている帝。そんな帝に『頑丈でしょう?』と更なる説明をしている陽向。そんな二人に自然と紅茶を出すクラウディオ。

 

 その後、ヒュームによって引っこ抜かれたアッガイ。しかしヒュームの姿を見た瞬間、恐怖のあまりアイアンネイルで攻撃して、そのまま画面端まで運送されたのは言うまでもない。ちなみにアッガイのアイアンネイルでもヒュームはノーダメージだった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「そんなこんなで部長になったよ!」

 

「はいはい、大人しくしてるんですよー」

 

 

 九鬼帝との会談から約一ヶ月後、アッガイと陽向は九鬼の持つビルの一室に居た。ここは帝が用意した九鬼人型機械技術研究室となっており、設備や広さは『さすが世界の九鬼財閥』と言わせるレベルだ。ちなみに陽向は【とりあえず】の研究室責任者、室長となっている。これは帝が陽向に着かせたもので、陽向本人は『人の上に立つのは慣れない』と拒否しようとしていた。しかし現在の研究室自体が陽向の作ったアッガイを調べる為のようなものであり、製作者がトップじゃないと色々と面倒なので帝が強制したのだ。ちなみにアッガイは『アイツ(陽向)はコミュ障だから無理』と言っていた。実はこの言葉で陽向が奮起したのは秘密である。実は交友関係が少ない事を気にしていたという事は。

 

 今はアッガイに色々な機材をくっつけて調べている途中である。ちなみにアッガイを触っているのは女性。アッガイ曰く『野郎に触られるのを我慢する僕の気持ちを考えろよ!』との意見があり、それを無視すると暴れるので女性が担当する事になっているのだ。ちなみにあまり暴れるとヒュームが来るので限度は弁えている。

 

 ちなみにアッガイの言う部長とはアッガイの役職である。そう、アッガイは部長なのだ。これには色々な事情が関係している。まず最初にアッガイ本人がなにかしらの役職を要求した事。これは本人が無職というレッテルを恐れた為だ。周囲からすればそんなレッテルを貼る事などないのだが。周囲からは働くという事になにかしらの意義を見出していたのかもしれない、と思われた。アッガイ本人の考えとしては、今後誰かに『無職ロボ(笑)』とか言われるのを想像したら滅茶苦茶、苛ついたからなのだが。ちなみにそう考えた時に言った人物は九鬼帝。

 ……で、電話越しに帝に直談判したのだ。多忙を極める九鬼帝に電話が出来るという時点でアッガイもかなり凄いのではあるが、本人は知らない。そして帝はその訴えに了承を示し、後で席を用意すると言った。

 そして作られたのが、【九鬼特殊広報部】である。所属はアッガイ一人。しかしアッガイはとりあえずでも肩書きが出来たので喜んだ。しかし作った帝が、後でアッガイに『ボッチ乙』と言ってやろうと思っていた事をアッガイは知らない。

 

 

「はい、これでおしまいですよー」

 

「ふぅ、ロボット使いが荒いぜ……」

 

「あ、アッガイ。今日は僕帰るの遅くなるからね」

 

「おう、どうでもいい」

 

「酷い!」

 

「アッガイちゃんはこれからいつものですか?」

 

「そうだよ、若葉ちゃん。千里の道も一歩から。僕にとっては一里位だけど、いやもっと短いかもだけど!」

 

「頑張るですよー」

 

「うん、またねー!」

 

 

 研究員の一人、村井若葉に見送られ、研究室からドタドタと慌ただしい足音で出て行くアッガイ。静かになった研究室では研究員達が忙しなく動き出していた。と、ある事を思い出したのか若葉は陽向に話し掛ける。

 

 

「そういえば今度いらっしゃるそうですね。津軽さん」

 

「そうだね。僕も楽しみだよ。電話で話したけど考えとか凄く分かるし。きっと会話するだけでも凄く良い経験になると思うよ」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 アッガイを調べるにあたり、とある問題が浮上した。それは調査から解析、そして再調査という期間の間である。調査を行い、その解析が終了するまで、アッガイは待たなければならない。しかし解析がそんなにすぐに終了する筈もなく、場合によっては一月単位の話となる。しかしその間も研究室にアッガイが居られては正直な話、迷惑だった。とにかく喋る、とにかく暴れる、とにかく邪魔だったのだ。

 そんな時にアッガイが帝に役職を要求した。アッガイの話は帝にも報告されており、対応策を考えている時だったのだ。とにかくアッガイが研究室の邪魔にならないようにする事を念頭に置いての役職でなければならない。だが下手にやる事の無い役職では意味がないのだ。やるべき事を与える事で研究室から離れさせなければならないからだ。やる事がなければまた暇つぶしに研究室に行ってしまうだろう。そしてそれなりの自由も重要だ。一定の自由を与え、尚且つ続けられる仕事を与えなければならない。

 

 そして九鬼帝はアッガイに九鬼特殊広報部の部長という役職を与えた。この特殊広報部というのは、アッガイそのものが広報材料となっている。業務範囲は川神市全域。市長や議会への許可は既に下りている。主な活動内容は全域に渡っての美化作業。小学生の登下校における見守り活動である。九鬼の技術の高さとイメージアップを兼ねた業務だった。

 

 しかし一応、アッガイは高等技術の塊の為、従者部隊の一人が護衛に付いている。アッガイには護衛と説明しているが、実際には従者部隊の訓練となっていた。アッガイは時折、予想外の行動をする事があり、そういった想定外にも対応する事によって、柔軟かつ迅速な行動が取れるようになるのではないか、という予想がされたのだ。実際にどうなのかというと、護衛としてアッガイに同行する回数が増えれば増えるほどに想定外への対応力が上昇したという結果が出た。最初こそダメ元だったのだが、結果が出れば行動は早く、アッガイは従者部隊の育成過程に組み込まれていたのだ。数日のローテーションでアッガイには従者部隊から護衛がやってくる事になった。

 

 そして今日もまた、アッガイは河川敷の美化作業に勤しんでいる。

 

 

「ひゃっはー! ゴミを分別だぁー! 外来植物は消毒だぁー!」

 

 

 空き缶空き瓶その他のゴミを素早く分別して従者部隊の護衛が持つゴミ箱に放り込み、繁殖力が高く河川敷をあっという間に占領する外来植物は火炎放射で焼き尽くす。火炎放射も能力による力だ。ヒートロッドと同じように掌から炎が吹き出ている。

 

 

「ブタクサもセイタカアワダチソウもまとめて焼却だぁー! ススキもそれなりに焼却だぁー!」

 

 

 ススキも北米の方では侵略的外来種となっているのだ。

 

 

「はっ!? もう小学校の下校時間か。チビッ子達を見守らねば!」

 

 

 思い出したように火炎放射を止めて、河川敷を凄まじい速度で走るアッガイ。それを慌てながら追いかける護衛。確かに良い訓練となっていた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 アッガイは九鬼特務広報部の部長となって考えていた。確かに現在は部長という肩書きを手に入れ、日々を過ごしている。しかし自分が解析され、お役御免となればどうなるのか。社会というのは厳しいものだ。ブームがされば見向きもされない。つまり自分は自分で資金を貯めていく事が肝心だとアッガイは思った。老後の為にも。だが、このまま九鬼で部長をやっていても、自分一人でどうにか暮らしていく金額を貯蓄するよりも早く、解析が終わってしまうのではないかという不安が大きい。

 勿論、能力に関しては解析出来ないだろうとは思っているが、九鬼は能力ではなく、純粋な人型ロボットの技術を求めている部分も大きいので、能力を深くまで調べようとはしないだろう。というかヒュームがあれの解析は無理だと、ある時にアッガイの目の前で帝に言っていた。何故と問う帝に、ヒュームは『自分の武力を解析するようなものだ』と言う。つまり知った所で再現する事は不可能なのだ。未来的には不可能ではなくなるのかも知れないが、今そこに掛けるべき資金は無い。それを瞬時に察した帝は、『コレがヒュームと同じようなもんだとはねぇ。不相応過ぎるだろ』と言ってアッガイに殴られ掛けた。殴られ無かったのは即座にヒュームが画面端までアッガイを運送したからである。

 

 様々な事があり、アッガイは現状している業務を上手く利用出来ないか考え、一つの名案を思い付いた。

 

 

「ゆるキャラ日本一に! 僕はなる!」

 

 

 アッガイに目標が出来た瞬間である。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「いいかいチビッ子達よ。ゆるキャラグランプリの際には僕に、アッガイに投票するんだよ。アッガイに投票するんだよ。大事な事だから二回言うんだよ」

 

「なにそれー」

「変なロボットさよならー」

「帰ってあそぼー」

 

「……大丈夫、大丈夫だ……。いつかこれが刷り込み作用で効果を発揮する筈……。毎朝毎夕言い続ければきっと……フ、フヒ、フヒヒ」

 

 

 横断歩道を元気に走り去っていく小学生達を見送りながら、不安な心を必死に抑え込んで自分を信じるアッガイ。自分を信じた未来を想像して自然と清らかな笑いが漏れる。そんなアッガイに近付く執事服の男。

 

 

 

「お前は一体何をしているんだ」

 

「ゆるキャラグランプリの為の下準備だよ。えーと……」

 

「ゾズマだ。ここに来る前に言った筈なんだがな」

 

「そうそう、DJゾズマ」

 

「……ゾズマ・ベルフェゴールだ。もう間違えるなよ。間違えたら……」

 

「え、やだ、この人もルガールと同類?」

 

「ルガールとは誰の事だ」

 

「いや気にしないで。ゾズマはアレだよね。日本名だとキリツグとかヨシカゲとかが合いそうだよね」

 

「何を言っている」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 アッガイとゾズマは九鬼のビルへと向かって歩いていた。アッガイが川神市で活動を開始してから、まだ一月も経過していないが、周囲ではそこまで騒がれもせずにアッガイは受け入れられている。アッガイ自身にちょっかいを出す人間達もいたが、悉くアッガイと従者部隊の護衛によって撃退されていた。アッガイの活動が治安維持や改善にも役立っていると判断され、住民からの印象は良い。

 

 ゾズマ・ベルフェゴールは中東の国出身の黒人で、身長が185Cmの長身。武術は足技がメインだ。戦闘能力の高さも買われて九鬼の従者部隊へと入っている。従者部隊の中では高位にいるのだが、本人が自分の序列は低いと感じ、序列向上の為に仕事に没頭していた。この頃のゾズマの序列はアッガイの護衛をする程の低さではないのだが、今日は偶々、帝から命じられてアッガイと行動を共にしている。ゾズマとしては言いたい事もあったのだが、九鬼のトップである帝の指示に従わないという訳にもいかず、アッガイの護衛をしていた。帝からは『アッガイと一緒だと面白いぞ』としか言われず、とにかく帰還するまで護衛するしかない状態なのだ。ちなみにゾズマからすれば面白い事など一つも無かった。美化作業は言わずもがな。小学生の見守り作業に至っては『外人だ』と小学生に群がられる始末。ゾズマの見た目はハッキリ言って簡単に声をかけられるような印象ではないのだが、執事服でアッガイと一緒に居た事が子供達の警戒心を下げる結果となった。

 

 

「むっ!? 草っ原でチビッ子達が遊んでる! 危ない事しないように見守ろうじゃないか、ジャマイカ!」

 

「何故ジャマイカと言った」

 

 

 そう言うとアッガイは静かに素早く、子供達から見えないように草の影へと向かう。ゾズマも溜め息を吐きながらアッガイの後を負う。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 まだ開発が進まずに自然が残る草原では数人の子供達がかくれんぼなどをして遊んでいた。アッガイはその様子を背丈の大きい草の影から見守りつつ、ゾズマに話し掛ける。

 

 

「ゾズマってアレだよね。ズを抜いて伸ばし棒入れると強そうだよね。魔王的に考えて」

 

「……お前はロボットにしては理解不能な事ばかりを話すな。欠陥品じゃないのか」

 

「理解不能なのは君の勉強が足りないからだよ。日本語おけー?」

 

「…………私はお前の廃棄処分が決定したら絶対に処理を担当しよう。火薬の扱いは慣れているんだ」

 

「なにそれこわい」

 

 

 アッガイは震えながら子供達を見守り続ける。ゾズマはフンと鼻を鳴らして共に子供達を見ていた。暫くするとアッガイは一人の少年に目を付ける。その少年は時折、体をクネッと捻りながらポーズを取り、何やら漫画などでよく見るような【格好良い】言い回しをしている。アッガイはその少年を見た瞬間に閃いた。

 

 

「そうか……! そういう事か、リリン!」

 

「……?」

 

「僕はいつも不思議に思っていた……。何故可愛らしさを体現している僕が今だに世間に注目されないのか……。周囲に原因があるものだと思っていた……。この世界の人間は皆、目の奥が腐ってるんじゃないかとも考えた……。しかし、しかしである! 今ここに来てこのアッガイは天啓を得た!」

 

「……確か天啓というのは神からのお告げだったと思うが」

 

「え、そうだけど何か?」

 

「お前、付喪【神】じゃないのか?」

 

「……べ、別にノリだし! 最初から分かってるし! 僕付喪神だもの! 天啓なんて無いし最初から分かってるし! あ、また誰か来たね! 見守らなくちゃ!」

 

「…………」

 

 

 目に見えて焦りだしたアッガイに目を細めて疑惑の眼差しを向けるゾズマ。しかし自分が疲れるだけという結果が頭に過ぎり、そのままアッガイと同じく子供に目を向けた。

 新たにやって来たのは【白い】少女。髪が真っ白なのだ。横でアッガイが『あの歳でキャラ作りか……』と呟いていたが、ゾズマは無視した。キャラも何もアルビノなのだろうとすぐに分かったからだ。そしてゾズマは少女の【他】の特異性にも気が付いていた。暫く洗われていないような髪。何日も着続けているような、汚れのある服。草原で遊んでいる同年代の子供と比べても痩せていると断言出来る程の細い体。ゾズマは明らかに少女は異常である事を察したが、だからと言って何をするつもりも、アッガイに言うつもりも無かった。自分はアッガイの【護衛】であり、アッガイの業務の【補佐】ではないからだ。他の従者部隊は補佐もするのだろうが、正式な指示ではない自分はそれに当たらないとゾズマは思った。どこか心の片隅に居心地の悪さを感じながら。

 

 

「お、あの少女、少年に近付いていく。子供ながらの甘酸っぱい展開になるのかしら……」

 

「……ならんだろう」

 

「え、なんで分かるの。って仲間に入れてってやつか。いっその事、『少女は仲間になりたそうにそちらを見ている!』とか言ってくれると面白いよね。お前が言うんかい、という」

 

 

 直後、少年は『定員オーバーだ』と少女を仲間に入れようとしなかった。少女は手に持ったマシュマロを、あげるから仲間に入れてと頼むが少年は相手にしない。その様子をアッガイとゾズマは黙って見ていた。少年はしつこい少女から離れるように仲間の所へと走り去り、少女は寂しそうに俯く。暫くすると少女はとぼとぼと草原から去っていった。その後、少年とその仲間も家に帰るのか、草原からいなくなる。

 子供達がいなくなったのを確認してアッガイはゾズマと共に再び九鬼への帰り道へと向かった。その帰り道ではアッガイが何度となくゾズマに話し掛けたのだが、ゾズマは言い返す事もなく、ただただ無言で歩くだけ。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 草原の少年からヒントを得たアッガイは、暫く少年の様子を観察してみる事にした。草原で遊ぶ少年達を草の影から見守るアッガイ。そしてその隣りには何故かゾズマ。

 本来であれば彼は別の任務に向かう筈だったのだが、草原から帰って来て帝に事の詳細を報告していると、その帝本人から正式に数日間、アッガイの護衛を命令されたのだ。最初はさすがに命令の意味を問うたが、帝は『お前の為になる』と異議を認めなかった。トップにそう言われてはゾズマも引き下がるしかない。

 そしてアッガイに付き合う事、数日。アッガイは必ずこの草原で遊ぶ少年達を見続けていた。そしてその少年達に近付く少女の事もゾズマと一緒に見ている。結果はいつも同じだった。少年は少女の願いを断り、仲間の元へと走り去る。そして少女は悲しそうな表情をして帰っていく。

 そして今日もまた、同じ事が繰り返されようとしていた。

 

 

「……ねぇ、ゾ・ズーマ」

 

「ゾズマだ」

 

「あの子ってもしかしてキャラ作りじゃなくてアルビノとかいうやつなのかな?」

 

「………………だろうな」

 

「まじか。さすが僕、アルビノにも気付く! そう、これは最早、時が来たと言う事なのだよ……」

 

 

 本当は初日に気付いていたのだが、面倒なのでゾズマは言わない事にした。横ではアッガイが自画自賛し続けている。と、思ったら突然静かになって少女に視線を向けていた。この変化にゾズマはアッガイを観察するように視線を送る。アッガイの視線の先にはここ数日と同じように少年に仲間に入れてと頼む少女の姿。

 

 

「仲間にいーれーてー!」

 

「しつこいな! だから定員――」

 

「イ゛ェアアアア!!」

 

 

 少年が少女の願いを断ろうとした瞬間。何故かアッガイは奇声を上げて少年に突撃した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第3話】 僕はね、正義の味方になりたかっ(割愛

 

 突如として奇声を上げながら突撃するアッガイ。奇声とアッガイに驚いて身動きの取れない少年と少女。アッガイは凄まじい速度で少年に近付き、後ろから腕で少年を拘束した。アッガイの突然の暴挙にさすがのゾズマも焦る。しかしここで下手に動けば更に何を起こすか分からなかった為、いつでもアッガイから少年を助けられるように常備している爆発物の一つに手を掛けて待機する。

 

 

「な、なんだよお前っ!?」

 

「僕はこの草原という劇場に舞い降りたアッガイ。っていうか知らないの? 僕を?」

 

「お前みたいなの知るか!」

 

「なん……だと……!?」

 

 

 この時アッガイは衝撃を受けていた。少なくとも小学生の見守り活動で自分の知名度は上がっていた筈だったからだ。それなのにこの少年は自分の事など知らないと言う。一体これはどういう事なのか。

 その時、アッガイの頭に一つの可能性が過ぎった。それは『違う小学校』である。これまでアッガイが見守り活動をしていたのは最初に紹介された小学校だけだった。しかしよく考えれば川神市に小学校は複数存在しているのだ。つまりアッガイの知名度が広がったのは担当している小学校の範囲だけ。

 それを知り、今度から複数の小学校をローテーションで順番に見守り活動する事で対応する事も考えた。しかし同時に刷り込み効果の低下も考えてしまう。一体どうすればいいのか。アッガイは頭が真っ白になりそうだった。しかし目の前に実際に頭が真っ白な髪の少女が居たので、なんとか踏み止まって当初の目的を果たそうとする。

 

 

「そのキャラは僕が頂いた……! 厨二病キャラは川神に二人も要らないのだよ……!」

 

「な、なにを言って……」

 

「君がそのキャラを捨てるというならば見逃してやろう。もし捨てないというならば……フフフ、デッドエンド……フフフ」

 

「や、やめろー!」

 

「あふん!」

 

 

 突如、少女がアッガイに飛び蹴りを行い、アッガイは少年を拘束していた腕を離してしまう。アッガイは体が横にも大きいので少女が攻撃を当てる事は簡単だった。解放された少年は呆然としながらも、すぐに正気を取り戻して少女へと近付く。少女も解放された少年を気遣うように、心配した表情を浮かべていた。

 

 

「だいじょーぶ?」

 

「あ、ああ、大丈夫だ問題ない。……しかしコイツは一体……」

 

「まだだ! まだ終わらんよ!」

 

「フッ。狂った機械か。哀れだな……」

 

「ムキー! そのキャラは僕のだって言ってんだろー! こうなったら……サモン! ゾズマ!」

 

「なんだと!? 召喚術が使えるのか!?」

 

「しょーかんじゅつ?」

 

「……お前は一体何をやっているんだ」

 

 

 別に召喚された訳でもなんでもないゾズマが草影から出てくる。その姿を見て少年と少女は警戒心を持つ。しかしその警戒心とは裏腹に、ゾズマはアッガイに近付くと思い切り蹴飛ばした。

 

 

「あーん! アッガイがー!」

 

「私には帝様からお前への攻撃に関する権利が与えられている」

 

 

 アッガイは草の上を数メートル滑って行き、止まった。その様子を二人で呆然と見ている少年と少女。そんな二人にゾズマは話し掛ける。

 

 

「……済まなかったな。アレが迷惑を掛けた。少々頭が残念なのだ。許してやってくれ」

 

 

 二人にそう言うとゾズマはアッガイの所へと歩いていく。その背中を見ながら少年と少女は正気に戻り、少年は再びくねっとしたポーズをとって言葉を放つ。

 

 

「ホントに哀れな奴だぜ……」

 

「……あの」

 

「ん?」

 

 

 少年が横を見ると、少女が両手を握りながら俯いた状態で話し掛けてきた。だが少年には少女がこれから何を言うのかが分かっている。ここ数日、ずっと言われてきた言葉だからだ。

 

 

「僕を……仲間に、いれて……」

 

「…………」

 

 

 少女は僅かに震えていた。それは今日だけの話ではない。それを少年は分かっていた。だが少年はこれまでのグループの雰囲気が好きだったのだ。だから新しい人間を入れてそれが壊れるのが嫌だった。だからこれまで何度もお願いされようが断り続けてきたのだ。しかし、今の少年はアッガイから助けてくれた少女に対して、恩も感じていた。

 

 

「……定員オーバーでお前する事ないかもだぞ」

 

「! うんっ、いいよ、それでいいよ!」

 

「そっか。んじゃお前も今日から仲間だ。俺は大和」

 

「僕は、僕は小雪だよ!」

 

 

 

 そんな少年少女のやり取りを羨ましそうに見るアッガイ。ちなみにまだ横の状態である。傍にはアッガイを見下ろすゾズマ。彼の表情は明らかに呆れたものだった。

 

 

「お前は結局何がしたかったんだ」

 

「濃いキャラが手に入れば良い武器になると思ったんです……」

 

「それが何故少年を拘束する事に繋がるんだ。そんなもの捨てる捨てないでどうにかなるものでもないだろう」

 

「怖かったんです……。キャラ被りが居る事が、怖かったんです……」

 

「キャラが被る事なんて無い程に濃いと思うのだがな」

 

「え、誰が?」

 

「お前だ」

 

「意外! それは自分ッ!」

 

 

 この後、アッガイはゾズマに殺気を向けられながら少年少女に謝罪し、草影から少年達が帰るまで見守った。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「で、なんで少女を尾行しているの」

 

「…………」

 

「もしかしてゾズマってロリコ――」

 

「爆破するぞ」

 

「ホントすいませんでした」

 

 

 草原から九鬼ビルへと帰還すると思っていたアッガイだったのだが、何故かゾズマが小雪という少女を尾行すると言い、付き合わされていた。今回はゾズマが先を行き、アッガイがそれを追う形となっている。暇なのか、何故かアッガイは両手を前に出して合わせ、さながら手錠でも掛けられているかのようなポーズを取りながらゾズマを追っていた。

 

 

「ねぇ、僕もう万引きしてGメンに見付かって警察に連れて行かれる真似、飽きたんだけど」

 

「誰もそんな事をしろとは言ってない」

 

「……あのさぁ、ゾズマ何するつもりなの?」

 

「…………」

 

 

 アッガイの問いにゾズマは答えない。黙って少女を尾行し続けている。

 

 

「あの小雪って子。虐待でもされてるのかなぁ」

 

「……知っていたのか?」

 

「さっき大和だっけ? あの少年捕まえた時に近くで見たからね。なんか腕とかに痣みたいなのあったし。あと臭った。だけど少女とは言え本人には言わないよ! 僕はジョースターさん並の紳士だからね!」

 

「状況によっては児童相談所に情報を渡す。それだけだ」

 

「スルーされたのはこの際もういいよ。ゾーさんはいつもそうだ。僕を蔑ろにする。でもなんで?」

 

「…………何がだ」

 

「いやだってずっとゾズマは僕の手伝いとかしなかったじゃない。ホントに護衛だけでさ。何て言うの? 融通が利かないっていうか? それが急に自分から動き出したんだもの僕がロリコンを疑うのも無理はない。バックベアード様だってきっとそう思う」

 

 

 アッガイは両手を上げ、肩を竦めるような動きをして頭を振った。

 

 

「帝も言ってたんだよねー。余裕がない、もっと視野を広げればアイツは更に伸びる、って。いつも勘頼りな癖に突然キリッとしやがってあのバッテンシルバーめ!!」

 

「……帝様が」

 

「アレ? これ帝が尊敬されるパターン? あ、ごめんごめん、僕だよ。言ったの僕だよ。ほら敬って」

 

「――だったらご期待されるように動くだけだ」

 

「アレまたスルーされた? ゾズマのスルースキルを育てたのは儂じゃ!」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 そんなこんなで少女を尾行していると、少女が一軒の家へと入っていった。少女の自宅なのだろう。家の前でゾズマとアッガイは中の物音や敷地内の状態を確認していた。敷地の庭では草が好き放題に伸びており、手入れがされているという形跡は無い。家もカーテンが締め切られており、薄暗い印象だ。

 

 

「…………」

 

「――お分かりいただけただろうか……」

 

 

 アッガイが心霊系の番組でよく聞くような言葉をナレーション口調で喋っていた。しかし夜になれば本当にそういった番組で取り上げられそうな雰囲気が、この家にはあったのだ。反応が無いのでアッガイはふとゾズマを見ると、強面な顔がいつにも増して強面になっていた。アッガイは思った。『怖い』と。やっぱりヒュームと同じ系統の人間じゃないかと改めて思う。

 

 そんな事を思っていたアッガイに大きな物音が聞こえて来た。ゾズマにも聞こえたのか、玄関に近付いてもっと聞こえるようにしてみる。すると大人の女性の声で、『お前が! お前が!』と叫んでいた。

 しかし考えてみよう。この家には誰が住んでいるのか。一人は先程の少女だ。そして中で叫んでいる大人の女性もそうだろう。他に誰が居るのかは分からない。となると大人の女性の言う【お前】とは誰の事なのか。アッガイがある可能性を思い付く。そしてその思い付いたと同じ瞬間に、ゾズマは少し後方へと下がって、玄関ドアを破る為であろう体勢を整えていた。

 

 

「ちょいちょい! 何するの!」

 

「ドアを爆破する」

 

「待ちなさいって! 火薬系は駄目だって!」

 

 

 アッガイは咄嗟に玄関ドアの前に立ってゾズマを止めようとする。しかしゾズマはすぐにでも爆発物を投げ付けてきそうな気配だった。アッガイは両手をブンブンと振りながらゾズマに話し掛ける。

 

 

「僕がやるから! 僕がやるんで爆発物は仕舞いなさい!」

 

「緊急事態だ。やるならさっさとやれ。やらないならお前ごと吹き飛ばす」

 

「急にこれだよ! 真面目な奴ほどブッ飛んだ時がヤバいんですよ!」

 

 

 アッガイは自分への危険を知り、即座に玄関ドアの鍵に向かって頭部のバルカン砲を発射した。四門のバルカン砲は瞬く間に玄関ドアの鍵部分を破壊し、その機能を失わせる。そしてそのまま玄関ドアを開き、アッガイは中に突入。

 

 

「颯爽登場! 銀河美――あぶなっ!!」

 

 

 中に入ったアッガイに包丁が飛んできた。間一髪、尻餅をついて回避すると、アッガイは包丁を投げてきたであろう張本人を視界に収める。大人の女性だ。しかし目の焦点が合っていないような虚ろで狂気に満ちた瞳をしており、包丁を投げた逆の手では少女、小雪の首を絞めていた。

 

 アッガイの心から怒りが溢れ出る。そしてそのままその怒りを女性に向け、突撃。

 

 

「僕の登場名乗りを邪魔しやがってーーーーーッ!!」

 

「うるさいうるさいうるさい! お前がいけないんだ、消えろ消えろ消えろ!!」

 

 

 アッガイがアッガイと理解できていないのか。それとも別の何かに見えているのか。女性は付近にあったものを手当たり次第にアッガイに投げつける。中にはカッターなどの鋭利な刃物類もあった。

 

 

「出てくる物は全て打ち落とす怒涛のアクション!!」

 

 

 しかし投げつけられた物をアッガイ全て腕で叩き落す。そしてそのまま頭から女性に突っ込んだ。アッガイの頭突きを顔面で受けた女性はそのまま受けた勢いで後方へと吹っ飛ぶ。アッガイは女性と小雪の間に立ち、周囲を確認する。小雪は絞め付けから解放されてか、ゴホゴホと咳き込みながらも懸命に空気を吸い、女性は鼻血を出し、呻き声を上げながらもまだ意識はあった。アッガイが確認を開始してすぐにゾズマも臨戦態勢で家の中に入ってきている。

 

 

「僕の迸る伊達ワルは川神ダムでも止められないぜ……!」

 

「川神にダムはないがな。……あの女、薬でもやっているな」

 

「分かるの?」

 

「やっていなくてアレだけなのだったら、どちらにしても救えん。お前はその少女を連れて外に出ろ。入って来るまでに通報は済ませてある」

 

「え、それは僕が一般家庭の玄関ドアをぶっ壊した事に対しての通報!? 不法侵入!? ゾズマ! それは裏切りッ!」

 

「馬鹿な事を言うな。こっちの母親に対しての、だ。爆破するぞ」

 

「サーセン!」

 

「……ん」

 

 

 アッガイは外に向かい、アッガイに抱き抱えられながら小雪が見たのは、薬物で狂った自分の母親が喚きながら長身の黒人に突っ込み、それを強烈な蹴りで黒人が吹き飛ばす光景。それを見た後、外の光に包まれるように小雪は意識を失った。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「んで、何か言う事あるか?」

 

「それでも僕は、やってない」

 

 

 九鬼ビルの一室には帝、ヒューム、クラウディオ。そしてアッガイとゾズマが呼ばれていた。ちなみに凄まじい眼光をヒュームがアッガイに向けており、アッガイは目に見えて震えている。ゾズマは目を閉じて全てを帝に任せると言った様子で直立していた。

 帝は椅子に座り、備え付けの机に両肘を置いて手を顔の前で組んでいる。ヒュームとクラウディオは帝の左右に分かれて立っていた。

 

 

「まぁ虐待受けて殺されかけた子供を助けたのは大手柄だ。あの母親はゾズマの睨んだ通り、重度の薬物依存だったみてぇだしな」

 

「帝様」

 

「わぁーってるよ。だけどまぁ緊急事態で、他人の家のドアぶっ壊して、ってのは結果からみれば正解だった訳だ。だけど、あの家はこっちとはちと方向が違うよな? って事はだ。なんでお前らがあの家に行ったのか。正確には行けたのか、って事だ」

 

「ゾズマ君が尾行しようって言いました」

 

 

 アッガイは正直である。それが保身の為ならば尚更だ。自分に恐ろしい視線を向けるヒュームが自分から意識を外すならば、とアッガイは思った。

 

 

「ゾズマ。アッガイの言ってる事は本当か?」

 

「間違いありません」

 

 

 ゾズマもあっさりと自分が尾行を主導したと認める。閉じていた目はしっかりと帝へと向けられており、自分がした事をなんら後悔していないのは明らかであった。そんなゾズマの様子を見て、帝は目を細めながら再度問う。

 

 

「何故尾行した?」

 

「少女の様子や状態から虐待を受けている可能性が高いと判断し、その程度を確認して児童相談所に通知しようとしました。その確認行程の中で先の事件が発生し、現在に至ります」

 

「だがお前さんはアッガイの護衛としての任務しかしていなかったじゃないか。補佐としての役目はしていないという報告はお前自身がしていた筈だぜ? それが急に自ら進んで行動し、こんな事件が起きたんじゃ、ハイそうですかっていう訳にもな」

 

「…………」

 

 

 帝の問いに黙るゾズマ。そんな彼の様子を見て、ヒュームとクラウディオは一様に鋭い視線を向ける。そんな中、自分にはもう矛先は向かってこないだろうと判断し、精神的に余裕が出来たアッガイが帝に話し始めた。

 

 

「そんな事も分からないのかい、帝」

 

「なんだ? お前には分かるってのかアッガイ」

 

「当然さ! いいかい帝。ゾズマはね、僕の仕事振りを見て奮起したんだよ!」

 

「は?」

 

「僕のブリリアントな仕事振りがゾズマを篭絡してしまったのさ! 今まで融通が利かなくて暴力的で無表情なゾズマ君はもういない! これからは柔軟に、保護的で、僕に優しいゾズマ君になるんだよ!」

 

 

 アッガイは『なっ!』とゾズマの腕を叩く。ゾズマは無言だが青筋を浮かべ、ヒュームとクラウディオは溜め息を吐く。そして帝は下を向いて表情が見えなかったのだが、次第に震えだし、その数秒後には大笑いし始めた。

 

 

「フハハハッ! アッガイがゾズマを篭絡! 篭絡だってよ! フハハハハ!」

 

「なんでそこで爆笑するのさ!?」

 

「いやいや、笑うしかねぇだろ! プハハハハハ!」

 

「ムキーッ!」

 

 

 大爆笑している帝に憤慨するアッガイ。帝の笑いは暫く続いたが、漸く落ち着いてきたのか、目尻の涙を拭いながら話し始めた。ちなみにアッガイは途中で帝に飛びかかって、現在はヒュームに踏まれている。

 

 

「ゾズマよ。俺はお前が成長して嬉しいと思うぜ」

 

「……今回の私の行動は成長と言えるのでしょうか」

 

「少なくとも俺はそう思う。ゾズマよ。お前さんは頭が固いんだよ。時には指示を無視してでもやらなきゃいけない事だってあるぜ?」

 

「ですが上からの指示は絶対です」

 

「絶対なんてねぇよ。そりゃ確かに守ってもらわなきゃならない制約であったりはするけどよ。現場にいない上司の判断よりも現場の信頼する部下の判断の方が重要に決まってる。上司が現場の状況を把握していないであれば尚更にな。俺はお前さんを信頼してるんだぜ?」

 

「…………」

 

「そして今回、上司である俺はお前の行動を賞賛する。よくやった」

 

「――ハッ」

 

 

 帝の言葉に正しかった姿勢を、更に正しくするようにビシッと整え、頭を下げるゾズマ。そんな彼の様子に帝は笑みを浮かべながら、更に話し出す。

 

 

「お前が今回の事を活かし、仕事に励んでくれるようになれば、アフリカ方面の開発を任せるのも遠くないな」

 

「――ありがとうございます、帝様」

 

 

 ゾズマは真剣な、それでいて覇気に満ちた瞳で帝に視線を向けた。そんな視線を受けて帝は満足そうに笑みを浮かべる。ヒュームとクラウディオもゾズマの様子に微笑し、また、いきなり大きな計画の責任者を任命した事に少々呆れていた。

 しかしそんな様子に意見を述べたいロボットが。

 

 

「ちょっと待った! 僕は!? ねぇ僕頑張ったよ! 褒美、褒美プリーズ!」

 

 

 素早くヒュームの足元から抜け出したアッガイは帝の机の正面に行き、机を両手で叩きながら自分へのご褒美を要求する。

 

 

「そういや一つ流れを確認したいんだがよ、アッガイ」

 

「どうぞどうぞ! なんでもお聞き下さい!」

 

「少女を追う、家まで行く、玄関ぶっ壊す、少女助ける、でいいんだよな? 玄関ぶっ壊すのだけはお前であとは二人でやった、って事でいいのか?」

 

「そうだよ! 玄関だけは僕だけでやったんだよ! ゾズマ君は何もしなかったよ!」

 

「よし、お前の給料から玄関ぶっ壊した分引いておくわ」

 

「謀ったな! 帝、謀ったな!」

 

 

 これをもってゾズマはアッガイの護衛任務から外れ、他の任務をこなして順調に出世していく事となる。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「これが噂のアッガイか。うん、素晴らしいね」

 

「漸く僕の魅力を正しく評価出来る人間が来たか……」

 

 

 九鬼の研究室には珍しい人物が来ていた。現在、アッガイを観察している人物は津軽海経。彼こそが陽向と同じようにロボット研究を進めていた存在である。とはいっても彼の場合にはまだまだ設計などを細かに計算しながら詰めている状態で、陽向のように作り出す段階にまでは来ていない。と言っても陽向が凄いという事ではないのだ。

 ロボット開発だけではないが、こういった計画は設計とテストを繰り返し、多くの資金と時間を使って行うもの。しかし陽向の場合には資金的な問題もあって、早めにアッガイを作り出したという背景がある。アッガイという付喪神の存在がなければ九鬼とて資金援助をしていたかどうかも怪しいレベルなのだ。

 

 

「データは……なるほど、これは凄い」

 

「ええ、僕達も見て驚きましたよ。なにせこちらで作った時とプログラムや素材にも変化が起きていたんですから」

 

「興味が尽きない対象だね。まさに付喪神の力とでも言えるかな」

 

「良い目をしている。だがこのアッガイ、自らを安売りせんのですよ」

 

「そうだね。君という存在はとても大きな可能性を秘めている。データを他者に軽々しく渡せるようなものではないね」

 

(……なんか真面目過ぎて面白さに欠けるなぁ)

 

 

 陽向と津軽はまだまだ話す様子なので、アッガイは研究室から出て、適当に歩く事にした。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「おお、アッガイではないか」

 

「おや英雄と……どちらサマー?」

 

「これが帝様が興味を示したというロボットか。我は九鬼局。帝様の妻であり、英雄の母である」

 

「これはこれは、息子さんとは仲良くさせて頂いてます」

 

「其方は帝様から言葉遣いに関する優遇を受けていると聞いたのだが?」

 

「僕は人によって敬語になったらフランクになったりしますので」

 

 

 九鬼ビル内で遭遇したのは九鬼局と英雄の親子。英雄は野球での成功を夢見て頑張っており、時々相手をするアッガイとは仲がいい。一方の局は、これまで国内外問わず仕事があり、また帰ってきてもタイミングが悪かったのか、アッガイと会う事が出来なかった。

 局の言う言葉遣いの優遇というのは、アッガイの敬語に関してである。一度ヒュームが物理的矯正を行って帝に敬語で話させようとしたのだが、ヒュームに怖気付いたアッガイが自ら敬語で話した。しかし敬語で話された帝はどこか気持ち悪さを感じ、アッガイの矯正にヒューム達を使うのも勿体無く感じた為、アッガイの言葉遣いは自由という事に。勿論、極端に下品な言葉や調子に乗った発言をした場合にはヒュームやクラウディオから一時的物理矯正が入る。

 

 

「英雄は今日も試合だったのかい?」

 

「うむ。今日も見事に抑えてみせたぞ!」

 

「良かったねー。ちゃんと帝に認めてもらえるように頑張るんだよ」

 

「……そうであるな。結果を出すのならば、という条件であるからな。九鬼の名に恥じぬ行動をするのだぞ、英雄よ」

 

「はい、母上!」

 

(英雄からサインを貰っておけばプロ野球選手になってプレミアが付いて……。ゆるキャラ日本一とプロ野球選手という相乗効果が……)

 

 

 英雄は九鬼の長男ながら、将来はプロ野球選手になるという夢を持っている。九鬼財閥という大企業の跡取りとして、両親が進んで貰いたい道とは違う道だ。しかし英雄の熱意に帝は条件付きで野球をする事を認めた。条件とは勉学にも励む事。一定のレベルを保ち続け、勉学と野球の両立をせよ、という事だ。また、当然野球でも結果を残せという条件もある。九鬼財閥を継がぬというならば、それ以上に価値のある事なのだという心意気を現実に見せてみよ、という事なのだろう。

 だからこそ、英雄は毎日一生懸命に野球と勉強をしている。英雄にとって、遊びというものが野球と同じ意味になっているので、こういった両立も可能なのだろうとアッガイは思う。

 

 

「母上! 英雄!」

 

「! 姉上!」

 

「おお、揚羽か。小十郎もご苦労」

 

「いえ! 自分はまだまだ大丈夫です!」

 

「小十郎は熱いねぇ。シュウゾウというか勇者王だねぇ」

 

 

 三人で話しているとそこに少女が素早く駆け寄ってきた。少女の名は九鬼揚羽。九鬼家の長女であり、英雄の姉だ。そしてその後ろからは揚羽の専属従者である武田小十郎もやってくる。小十郎はまだまだ能力的にも未熟な部分が多いが、とある理由から専属従者となっている。その理由とは彼の体に流れるAB型(RH-)という血液だ。揚羽も同じ血液型であり、この血液型の人間は希少である。彼は揚羽に何かあった際、その血液を提供する役目を持っているのだ。だからこそ、彼はまだ若く未熟でも専属従者となっている。

 

 

「アッガイは今日も可愛らしいな! 思わず抱きついてしまいそうだ」

 

「揚羽ちゃん。それはとても嬉しいんだけど、加減が出来なきゃダメだよ。前回、僕の体からミシッて音がしたんだからね。アレ絶対に出ちゃいけない音だと思うんだよ」

 

「フハハハハハ」

 

「いや笑って誤魔化さんでよ」

 

 

 この後、アッガイ達は暫く談笑して別れた。この数日後、英雄はパーティーに参加する為、外国へと飛ぶ。そこで英雄の夢が砕け散る事となってしまうのを、まだ誰も知らなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第4話】 思わざれば花なり、思えば花ならざりき

 

 その日、九鬼に衝撃が襲った。外国のパーティーに参加していた英雄がテロの標的にされ、負傷したのだ。幸いにも腕のある人物がパーティーにおり、最悪の事態だけは回避出来た。現在は意識が戻っていないが直に目を覚ますとの事。しかし英雄は負傷した事で夢を諦めざるを得ない状態となっていた。

 

 

「…………それホント?」

 

「嘘をついてどうなる」

 

「この九鬼で最も英雄様と親しかったと言えるのは貴方でしょうからね。早めに知らせておく事にしたのですよ」

 

 

 アッガイは英雄の容態をヒュームとクラウディオから聞いていた。アッガイもいつものフザけた様子ではなく、静かにヒューム達の話を聞いている。

 

 

「英雄様の肩は怪我の影響で、もうまともに野球が出来る状態ではない」

 

「九鬼の医療技術とかそういうのを考えて、何年か後でも再生とか出来ないの?」

 

「将来にそういった事が出来る可能性はあります。ですが少なくとも英雄様が成人になるまで、いえ、なったとしても、その頃にその技術が完成している可能性は限りなく低いでしょう」

 

「…………」

 

 

 九鬼財閥は様々な分野に進出している企業だ。しかもその成長率は非常に高く、新しい技術などを次々と生み出したり、発見している。アッガイはそういった九鬼の能力に期待したのだが、クラウディオからはその期待が無理である事を告げられた。

 

 

「じゃあ英雄はこれからどうするの?」

 

「それは本人にもよるが、確実に九鬼を継ぐ者としての道を進むしかないだろうな」

 

「野球で結果が出せない以上、帝様とのお約束は果たされませんからね」

 

 

 野球が出来なくなった英雄はどうするのか。それこそがアッガイの抱いた疑問であり不安でもある。そしてその不安は九鬼の従者部隊にも広がっており、九鬼財閥全体の雰囲気は非常に重苦しいものとなっていた。

 

 

「……とりあえず、英雄の事を狙った奴らは?」

 

「向こうの軍と協力して一掃した」

 

「んじゃソイツらからの心配はもう無いね。で、ソイツらは殺したの? 裁判で裁かれるだけ?」

 

「……おい」

 

「アッガイ。少々物騒ですよ」

 

「言葉を放つだけで物騒なら実際にテロをする奴らはどうなのさ。今回は最悪の状況にはならなかっただけの事だよ? また同じ事があったら、今度こそ掛け替えのない存在を無くす事になるかもなんだよ?」

 

 

 アッガイの言葉にヒュームとクラウディオは目付きを厳しくしながらも、黙って聞いている。その様子を見てアッガイは話し続けた。

 

 

「しっかりと見せつけないと駄目なんじゃないの。強者は常に狙われるんだよ? 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、って言葉があるじゃない。連中は今回それに倣っただけ。そうなると、ここでただ何のアクションもしなければまた同じようなのがやって来るよ」

 

「……警備やその他の態勢は既に大きく警戒レベルを上げている」

 

「こちらも何もしていない訳ではないのですよ」

 

「それは内部に対しての、でしょ? 外部にそんなの関係ないよ。いくら堅牢だろうが『狙わない』って選択肢が消えない以上はずっと狙ってくる。『狙わない』『狙えない』って思わせる程じゃないと意味無いよ」

 

「九鬼財閥は大きく、そして成長が早い。狙われないというのは不可能だ」

 

「別に全部に狙われるな、って話じゃないよ。少なくとも有象無象な雑魚、数を減らせればいいんだし。このままだと下手に九鬼を舐めた馬鹿共が次から次へと攻撃してくるかも、って心配を僕はしているだけなんだから。いつまでも緊張状態が続けば分が悪いのは、見えない敵に怯え続けるこっちだよ?」

 

 

 アッガイの話を二人は理解出来た。しかし現実にするにはとても難しい話でもある。そもそもにおいて敵にこちらを狙わせないという選択肢を作らせる事自体が厳しすぎるとしか言えない。直接交渉している、出来るならばまだしも姿の見えない、これから襲ってくるかも分からない連中にそんな事をするのは不可能に近いのだ。

 

 

「……まぁそんな事、僕にとってはどうでもいいんだけどさ」

 

「――どうでもいい、だと?」

 

 

 アッガイの言葉に青筋を立てながら睨みつけるヒューム。いつもならばこれでアッガイは必死に謝って来るのだが、今回は全く気にしない様子である。その様子にヒュームとクラウディオは違和感を覚えた。少なくともいつものアッガイではない、と。

 

 

「だって僕はどんな風に思ったって、実際には痛めつける程度しか出来ないんだもの」

 

「お前が力を使えば命を奪う事など簡単な筈だ」

 

「そりゃそうだよ。だけどそんな事をしたら陽向も泣いて面倒になるだろうし。少なくともそんな事をさせる為に作ったんじゃない、ってね」

 

「…………」

 

 

 ヒュームとクラウディオはアッガイの言葉に様々な思いを抱いた。このアッガイというロボットは、二人からすれば本当に子供そのものと言った性格で、こんなに深く物事を考えているような存在ではなかったのだ。

 最初にアッガイというロボットの話を聞いた時には、警戒も疑いもしたのだが、なんにしても不思議な解明不可能の力で動いているという事は分かった。時々、いや、結構な頻度で理解不能な行動を起こすが、ほぼ全てが問題なく処理出来る範囲での行動であり、これまで悪い方向に動いた事がない。揚羽や英雄にも懐かれ、良い影響を与えていると言ってもいいだろう。

 しかしそれはアッガイの子供並の考え方と行動力があっての事で、それが作り出された、計算された行動や態度ならばこうは行かないと思っていたのだ。だからこそ、ヒュームとクラウディオはアッガイが製作者である陽向の事を、こう思っているという事自体が、これまでのアッガイとの大きなギャップとなった。

 

 

「まぁ、さ。世界一寛容で優しさ溢れる僕でも怒る時もあるって事だよ。それに子供を守るのは大人の役目でしょ? クラウディオもヒューム氏も僕の分まで頑張って働くんだよ! じゃあね!」

 

 

 小走りで去っていくアッガイの背を見つめるヒュームとクラウディオ。最後の言葉はいつも通りの話し方だったが、二人が見たアッガイの後姿にいつもの明るさは全く無かった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「ちゃおっす。英雄、元気ー?」

 

「おお、アッガイか」

 

 

 アッガイは英雄の病室を訪ねていた。葵紋病院という川神市でも最大規模を誇るこの病院の特別病室に英雄は入院している。特別病室と言っても集中治療室などといった部屋ではなく、政治家などの一定以上の権力者か、それの家族に当たる人物が使用可能な部屋の事だ。一般の病室に比べて広く、家具なども配置されている。

 そんな病室にはベッドから半身を起こして本を読んでいた英雄。そして付き人として傍に待機している従者部隊の人間。アッガイは前に自分の護衛になった従者ならば覚えているが、この従者には見覚えが無かったので、特に何か話し掛ける事は無かった。

 

 

「英雄、お見舞いのメロンとかそういったやつ無いの? 僕、それが楽しみで来たんだけど」

 

「フハハハ、それは済まないな。先程食べてしまったぞ」

 

 

 アッガイはいつも通りに話し掛ける。しかし英雄の声に少しだけ元気がない事はアッガイには分かった。恐らく野球の件に関して聞かされたのだろう。しかしそれでも元気な姿を見せようとし、他者や物に八つ当たりする事も無い英雄の様子にアッガイは素直に感心した。『英雄は帝よりもビッグになる』とアッガイは思う。

 しかしだ。夢を打ち砕かれた英雄が何故こんなにも冷静でいられるのかはアッガイにも分からなかった。だからこそ、アッガイは聞いてみる。

 

 

「英雄、野球の件は残念だったね。でもそれ以上に英雄がプロになって、僕の持ってるサインにプレミアが付かないという事に、僕はもっと残念なんだよ」

 

「フハハハハッ! それなら安心するがいい、アッガイ」

 

「? なんで?」

 

「確かに我自身が野球でプロになる事は最早出来ないだろう。しかし野球は一人でするものではない。我がチームを指導し、成長したチームが結果を残せば父上も認めてくれる筈だ!」

 

「……つまり監督になるの?」

 

「行く行くはな。とりあえずコーチとなってみよう。きっとチームは今よりも強くなる筈なのだ!」

 

「そっかー」

 

 

 アッガイはそのまま英雄の夢の話を聞いていた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

『英雄の話? あの野球のコーチで将来は監督って話か?』

 

「そうそう。あれって帝は了承したの?」

 

 

 英雄の見舞いに行った翌日。アッガイは専用回線で海外出張中の帝に連絡を取っていた。話の内容は、英雄から話された夢の話である。

 

 

『了承したぜ』

 

「それってやっぱり無理そうだから? 英雄が監督っていうかコーチっていうか。そっちで結果を残すのが」

 

『……お前気付いてるのか? って、英雄を一番近くで見てたのはお前だったな』

 

「そりゃあね。九鬼のエースと言っても過言ではない僕という存在は伊達では――」

 

『お前の思ってる通りだぜ』

 

「言葉を遮るなよ! ……はぁ。なんだか英雄が可哀想だなぁ」

 

『過去は変えられない。もう英雄が野球で結果を出す事は出来ないだろう。テロの件に関しては不幸だったとしか言い様がねぇし。命が助かっただけでも幸運だよ、本当に』

 

「コーチとか監督は野球の【選手】としての才能とはまた違うからね。それにチームの温度差に英雄は気付いていないのがね」

 

『そんな状態であっても結果を出せたなら、俺は認めてやってもいいと本気で思ってるぜ? だが、最初から躓くだろうな』

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 英雄が退院して数日後。英雄は早速野球チームの所へと、自分がコーチとなって指導するという意思を伝えに行った。しかし帰ってきた英雄は酷く落胆し、沈痛な表情と雰囲気を纏っていたのだ。

 予想していたアッガイは普通だったが、他の者達はその様子に心配した。しかし英雄は何も言わずに、部屋へと閉じ篭ってしまったので理由を聞く事も出来ない。

 

 

「――で、皆なんで僕の所に集まってるの? 僕の握手会は次の日曜日だよ!」

 

「お前は英雄様がああなった原因を知っているのだろう?」

 

「……知っているというか予想はしてるよ、ヒューム氏」

 

「それを教えて頂きたいのですよ、アッガイ」

 

「教えた所でどうにもならないと思うから教えなーい」

 

「いいからさっさと言いやがれ! このロボットが!」

 

 

 アッガイがヒュームとクラウディオに英雄が落ち込んでいる原因を聞いたのだが、アッガイがそれを教える気配がない。それに業を煮やしたのか、少女、いや少女というよりも女性と言った方がしっくりくる、一人のメイドがアッガイに掴みかかった。アッガイの大きな頭を両手で掴み前後に揺らす。

 

 

「いいから言え! なんで英雄様はあんな事になってんだ!」

 

「やーめーてーよーーー、やーめーてーよーーー」

 

「まだ言わねぇか!」

 

「あずみ、やめよ」

 

「! 揚羽様、でも……」

 

「揚羽様がやめろと言っているんだ、やめろ、あずみ」

 

「くっ……」

 

 

 あずみはアッガイを睨み付けながらも、雇い主一家の一人であり、英雄の姉でもある揚羽の言葉、そして上司に当たるヒュームの高圧的な気の乗った言葉に渋々従い、アッガイを離す。離されたアッガイは、まだ中身が揺れているのか、フラフラしている。

 

 アッガイの前に集まったのは揚羽とあずみ、ヒュームとクラウディオだった。揚羽の専属従者である小十郎はここには来させていない。本来であればあずみもここに居られるような立場ではないのだが、今回は特別に来ている。それは彼女が九鬼に来た理由に関係していた。

 

 

「頭がぐわんぐわんするよぅ。っていうかそのペッタンコは誰なのさぁ。僕見た事ないよぅ」

 

「テメェ!」

 

「やめろ! ……あずみは英雄様がテロに遭った時に、英雄様を守った元傭兵だ」

 

「傭兵とな!」

 

 

 何故か傭兵という言葉で回復するアッガイ。

 

 

「僕も傭兵には色々な思い出があるよ。GAのグレートウォールをぶっ壊したり、BFFのスピリット・オブ・マザーウィルに突撃したり……」

 

「なんの話でしょう?」

 

「あ、ゲームです」

 

「ふざけてんのかテメェ!」

 

「あずみ、やめよ!」

 

 

 アッガイのどうでもいいような話に再びあずみが掴み掛ろうとするが、揚羽が先程よりも強めに言葉を放ち、それを止める。そろそろ一発殴られそうなので、少し話してあげようと思うアッガイ。足が少し震えているのは気のせいだろう。ヒューム程ではないが、言葉とか表情が怖いのだ、このあずみは。

 

 

「英雄が落ち込んでる原因を聞いたところで何も出来ないし、僕は見守るのがいいと思うんだけどなー」

 

「我等が原因を聞いて、何か妙案が思い浮かぶかもしれないではないか」

 

「それで何かするの? でもそれじゃあ帝との約束はどうなるの? 帝は英雄自身の力で結果を出す事を条件にしているんだよ?」

 

「直接的に何かする訳ではない。少なくとも励ます事は許容されるであろう?」

 

「励ます位ならそうだけどさ。今はその励ましも駄目だと思うんだよねー。まぁでもこれ以上引き延ばすと物理的に言わされそうだから教えてあげるよ」

 

 

 アッガイが教えると言った瞬間、揚羽とあずみは少し目を見開いて、表情には喜色が浮かんだ。ヒュームとクラウディオは少し目を細める程度だった。それを見てアッガイは『やっぱり』と思う。ヒュームとクラウディオは九鬼で最も帝に近い位置に居る。そんな二人が帝と英雄の約束や、その内情を知らない筈がないのだ。となるとここに来たのは揚羽とあずみが暴走しないように見張る為だろうか。アッガイはそんな事を考えた。

 

 

「英雄が落ち込んでいる原因の予想だけど。野球チームの皆に拒絶されたからだと思うんだな」

 

「拒絶された?」

 

「おい、どういう事だよ」

 

「あのね、英雄はもう自分でプロ野球選手になるのが出来なくなったでしょ? だから指導者として野球に携わって結果を出そうとしたんだよ。それは帝も了承したし。だけど、そんな英雄の想いと野球チームの子達の想いは違ったって事さ」

 

「想いが違う?」

 

「本気度っていうの? まぁやる気だわね。英雄は皆が自分と同じ気持ちで野球をやっていると思ってたんだろうね。だけど英雄が特別だったんだよ。他の子達は本気でプロになろうとか考えてなかったし、英雄程の才能も無かった。精々、そこそこ上手になって楽しく野球がしたい、って程度さ。だからそんな子達に英雄が指導をしてやると言ってもお節介なんだよ。だから拒絶したんじゃないの、ってのが僕の予想。気持ちの熱が違うっていうか? そんな感じ」

 

「…………」

 

 

 アッガイの予想に、それぞれ何を考えているのか。皆が黙り、部屋が沈黙で満たされた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 アッガイが自分の予想を伝えて揚羽達に数日後の夜。陽向の家にて、陽向とアッガイはコタツで温々としていた。陽向はお茶を飲みながら何やら考え事をしている。アッガイは部屋から持ってきたノートパソコンでゲームをプレイ中だ。器用にキーボードを叩き、自由自在にマウスを動かしている。

 

 

「……ねぇアッガイ」

 

「お風呂沸いた? ちょっと待って。今マインなクラフトやってるから」

 

「いや違うけど」

 

 

 『はぁ』と溜め息を吐いて、陽向は頭を抱える。それを横目にゲームをプレイし続けるアッガイ。

 

 

「最近、九鬼が暗いよね」

 

「英雄が怪我して、落ち込んで、それで明るい雰囲気だったら鬼畜だけどな」

 

「……なんか今の雰囲気はキツイなぁ」

 

「しょうがないだろ。我慢しなよ。英雄のがキツイんだぞ」

 

「それは分かってるけど……」

 

「大体さ。僕にそんな事を言えるの?」

 

「え?」

 

 

 アッガイの言う事をイマイチ理解出来ない陽向は、首を傾げながらアッガイを見る。そんな陽向の様子にアッガイはゲームから目を離し、陽向へと視線を向けた。

 

 

「僕だって英雄に怪我させた奴らをボコボコにしたいけど、人を怪我させたり殺したりするとお前がギャーギャー騒ぎそうだから、僕は自重してるんだぞ! このアッガイの気配りを察しなよ!」

 

「え? アッガイ我慢してるの? でも相手に怪我させたりする事に、僕は何か言う訳じゃないよ?」

 

「――は?」

 

 

 陽向がアッガイの言葉を理解出来なかったように、今度は陽向の言葉をアッガイが理解出来なかった。そして目を離したアッガイのノートパソコンから導火線に火が着き、軽い音ではあるが爆発したような音が響く。その音にアッガイは視線を戻すも時すでに遅し。

 

 

「ぼ、僕の作った家がーーッ!? 砂地に建てたオーシャンビューのお洒落な家が匠に吹き飛ばされたーーッ!?」

 

「な、なんかごめん」

 

「折角、整地までして周囲にも気を配った家が……。畜生! もういいよ! んで、さっきの言葉の意味は! はよ!」

 

「う、うん。そもそもアッガイはコミュニケーション護衛ロボとして作ったんだけどね。大元は心の傷を癒す役割と対象者を守るという事に特化させたかったんだよ。それに守るって言う事は相手を傷つける事もある、って死んだお爺ちゃんからも聞いてたから、アッガイを設計した時点でそれなりに僕も覚悟してたんだ」

 

「僕が相手をフルボッコにしたり、運悪く殺しちゃう事も?」

 

「うん、まぁね……。傷つける事や殺す事が目的のような使われ方は認めないけど、結果としてそうなってしまう事には、僕は理解出来るよ。理解しなくちゃいけないと思う」

 

「…………」

 

 

 アッガイは下を向いて黙り込む。そんなアッガイの様子に陽向は、アッガイも悩んでたんだなぁと感じた。そして自分の言葉を聞いて黙っているアッガイを見て、これで少しは製作者として敬われたりするんだろうか、とも考えていたのだ。もしかしてアッガイは自分の言葉に感動してくれたのではないか、と。製作者が製作物に愛情を向けるのは当然である。そして理解するのも同じだ。陽向はそういった自分の姿勢を見せた事で、アッガイに変化が起こるのではと思った。

 すると、陽向の想像通りなのか、アッガイが小刻みにプルプルと震え始める。これは本当に感動してくれたのではないだろうか、と陽向は期待した。そんな期待をしてはいけなかったのだ。

 

 

「僕が自重する意味無かったじゃねぇかぁーーーーーー!!」

 

「うわっ!?」

 

 

 両手を天に向けて突き出し、怒りの咆哮を放つアッガイ。その声量と行動に陽向は大いに驚き、コタツに入っていた体は少し後ろに下がった。

 

 

「ハードコア! ハードコア!」

 

「ア、アッガイ!? どうしたの!?」

 

 

 アッガイは頭を激しく上下に振っている。その激しさにどこか壊れておかしくなってしまったのではないかと心配する陽向。

 

 

「キエェェェェェッ! キエェェェェェッ!!」

 

「ちょっ!? 落ちついて!」

 

 

 心配する陽向など関係ないと言わんばかりに奇声を上げながら、壁や棚に当たっては逆方向へ突撃するという奇行を続けるアッガイ。その姿は上半身裸で下は黒タイツのみの某芸人を彷彿とさせるものだ。

 しかしその被害が大きい。棚からは落ちた皿やコップが割れ、壁は少し凹んでいる。このまま続けば掃除やら壊れた物の買い出しやらで大変な労力が必要となる事だろう。陽向もアッガイの行動は長く見てきているが、ここまで意味不明な行動をしたのは初めてだった。

 

 

「圧倒添削徹底問題! 圧倒添削徹底問題!」

 

「あっ! ちょっとどこ行くの!?」

 

 

 どこぞの受験生の為のCMで流れていたような言葉を叫びながら、勢い良く玄関からアッガイは飛び出していく。それをただ眺めるしかなかった陽向は、家の中の惨状に目を向けて、盛大に溜め息を吐いた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「誰かソイツを止めろっ!」

 

「闇の覇者! 悪霊の神々! そして伝説へ!」

 

「いい加減に止まりやがれぇ!!」

 

 

 アッガイは九鬼家の住むビルの中を疾走していた。夜の突然の訪問。そして意味不明な叫びと、制止の言葉にも従わないアッガイに従者部隊は必死に対応している。しかし何故かヒュームとクラウディオという、九鬼の絶対障壁が出て来ない。それには必死にアッガイを止めようとしているあずみも、違和感を感じ得なかった。そもそもアッガイはヒュームを恐れている。どんな混乱状態や激昂状態でもヒュームが一睨みするだけで効果があるのだ。それがこんな風になっている現状にも関わらずに一向に姿を見せない。一体何を考えているのか。

 そしてあすみはハッと気付いた。アッガイをただ止めようと必死になっていたのだが、アッガイがこのまま突き進めば、その先にあるのは英雄の部屋だ。ヒュームとクラウディオはアッガイが英雄に何かしらの影響を与えてくれると考えて出て来ないのかもしれない。

 しかし、しかしである。

 

 

「こんな暴走状態の馬鹿を英雄様の所に行かせられる訳ねぇだろがぁッ!!」

 

 

 そう、あずみにとって英雄という存在は至高なのだ。いくら上司達がアッガイに何かを期待していようと、英雄に危害が及びそうな場合には全力で排除する。それが彼女の使命なのだから。これまではクナイを使ってどうにか止めようとしていたあずみだが、英雄の部屋へと向かっていると分かってから、思考を切り替える。

 クナイはあくまでもアッガイに気を遣いながら止めようとして使用していたのだ。しかし彼女はもう手加減などしない。使い慣れた短刀を抜き、接近して一気に仕留める。その筈だった。

 

 

「一体なんの騒ぎだ!」

 

「っ! 英雄様!?」

 

 

 騒ぎを聞きつけて英雄が部屋から出てきたのだ。出てきた英雄を見て、あずみは内心で舌打ちをする。英雄とアッガイは九鬼の中でも特に仲の良い関係だ。そんな英雄の前で友であるアッガイを攻撃したとなれば、どう思われるか。あずみとしては一度でも英雄に嫌われるような行動は取りたくなかった。だからこそ、アッガイへは接近のみに留め、短刀は仕舞う。

 

 

「英雄ぉぉぉぉ! 僕はもう自重を止めるぞぉぉぉぉッ!」

 

「おお!? こんな夜にどうしたのだアッガイ!」

 

「英雄も自重を止めるんだ! そしたら陰鬱な雰囲気も吹っ飛んでハッピーうれピーになれるよ!」

 

「アッガイさーん? 意味不明な話を英雄様にしないで下さいね☆」

 

「え、なにそのキャ――」

 

「余計な事言ったらモノアイに短刀ブッ刺すぞ」

 

 

 あずみの変わりようにアッガイは戸惑うが、何か言う前にアッガイに接近したあずみが小さな声で脅しをかける。声の感じから本気と認識したアッガイはさっきまでの暴走はどこへやら、震えながら頷いた。

 そんな二人の様子を見つつも、二人よりも更に戸惑っているのが英雄である。夜に何やら騒がしいと思ってみればアッガイがやって来て、あずみと何かを話してるのだ。しかし、先程のアッガイの言葉を聞くに、アッガイの目的は自分なのだろうと英雄は思う。

 

 

「英雄はさ、もっとビッグになれると思うんだよ僕は」

 

「む、なんの話だ?」

 

「英雄は野球以外でもきっと大活躍出来ると思うんだ! 運動系はもう難しいのかも知れないけど、だったら頭脳でいけばいいと僕は思うんだよ! 英雄の器はもっとでっかい筈なのさ!」

 

「アッガイ……」

 

(……結局コイツは英雄様の事を思っての暴走だった訳か……)

 

(ゆるキャラグランプリの時に権力者がいれば有利! 帝はアテにならないし、言った所で協力もしてくれなさそうだからね! もう全ての自重をやめてやるのですよ! 僕は勝つんだ! そうさ、いつだって!)

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 この後、英雄は野球が出来なくなっても変わらず接してくれる友を見つけ、九鬼の後継者としての道を歩み始める。その気鋭には帝も大層喜んだという。

 あずみは英雄への忠誠、英雄からの信頼を勝ち取り、専属従者として仕える事となった。相変わらず英雄の前では強烈な猫かぶりキャラをしているが、英雄がそれを猫かぶりと分かっているのかどうかは不明のままである。

 

 そしてアッガイは――

 

 

「うわーーーん! 助けてーーーー!!」

 

「夜に騒ぎを起こした罰を素直に受け取るがいい。ジェノサイドチェーンソー!!」

 

「あーん! アッガイがー!」

 

 

――夜の九鬼ビルへの無断侵入と、騒ぎを起こした罰としてヒュームのお仕置きを受けていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第5話】 うぷぷ……

 

「――アイドルゆるキャラ、アッガイ。こんな手紙を書いているには理由があります、っと……」

 

 

 アッガイしかいない陽向の家で、アッガイは手紙を書いていた。何気にちゃんとした筆で書いている。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「アッガイがいなくなった?」

 

「そうなんですよ! 朝起きたらテーブルに手紙があって……。でもまだ封筒からは出してないんです。とにかく驚いちゃって……」

 

 

 ある日の朝、石動陽向は大急ぎで九鬼へと訪れた。その理由とはアッガイの事である。なんとアッガイが陽向の家から居なくなっていたのだ。テーブルに置いてあった封筒を見て、そのまま大急ぎで九鬼まで来たと言う。

 陽向の話し相手はヒュームである。陽向の気を察したヒュームが、陽向の様子がいつもと違う事に気付いたのだ。そしてアッガイがいなくなった事と、封筒の存在を知った。

 

 

「とにかくその手紙を見せてみろ」

 

「は、はい、これです」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 以下、アッガイの手紙内容である。

 

 

 九鬼の皆へ

 

 

 

 やぁ。川神市のアイドルゆるキャラ、アッガイだお☆ こんな手紙を書いているのには理由があります。

 僕はちょっと旅に出ようと思うんだな。お、おにぎりが美味しいんだな。

 ですが突然旅に出ると言っても、僕の事が大好きな貴方達は僕の事をきっと、絶対、確実に引き留める事でしょう。ですがアッガイは籠の中の鳥ではないのです。ジオンのアッガイなのです。故にこのような行動を取らせて頂きました。テヘペロ(。・ ω<)ゞ

 しかし何故旅なのか。ですが旅に行くだけです。そう【旅】に【行】くだけなのです。きっと分かってくれるよね? そうだと言ってよバーニィ!

 今は巡り巡って夏です。カブトムシやクワガタなどの昆虫採集に心が踊りますね。そしてそれを都会の子供達に気持ち法外な値段で売り付けると思うと笑いが止まりません。

 英雄も野球の挫折から回復し、九鬼の後継者として頑張っているし、傍にあのペッタンコもいれば大丈夫でしょう。学校も夏休みで見守り活動もありません。ついでに僕の解析も夏の終わりぐらいまで掛かるとか掛からないとかいう話も盗み聞きしました。

 正直、最近になって武力が増大しまくってる揚羽ちゃんが怖いです。いつか僕の体が粉々に砕け散るのではないでしょうか……。揚羽ちゃんに殴られている小十郎が何故あんなに元気なのか分かりません。

 前に助けた白子ちゃん(小雪だっけ?)も榊原さん家に引き取られてちゃんとした生活を送っているようだし、あの厨二少年のグループとも遊んでいるようで何よりです。さすが僕が助けただけの事はある。なんでもゾズマに足技を教えて欲しいとか。やっぱアイツ、ロリコ――おや誰か来たようだ。

 ただ一つ問題があるとすれば、あの事件の後に見守り活動の小学校を増やしましたが、危険な少女と出会った事でしょう。川神の孫娘は化物かッ! と思わず叫んでしまいました。中学に入れば大人しくなるかと思いましたが、そんな事は無かった。

 

 さて、ですが僕が旅に行く本当の理由をお話しします。

 

 それは……………………

 

 

 

 

 

 

 お前だよ陽向ァァァ□■□!!!!

 お前なにいつの間にか若葉ちゃんとデキちゃってるの!? なんだよ「僕達、結婚するよ」って!

 知るかよッ! 結婚とか知るかよッ!! 僕はこれほどまでに若葉ちゃんのセンスに絶望した事はないよ! 僕が親だったら絶対にお前との結婚なんて認めないよ!! この□■□■□!!!

 

 お前の■□■□なんて□■□■で■□■だから■□■□■□だ■□■□そして■□■□が

 □■って□■□■□■□■しても■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□だかんな!

 

 ※上記、筆の乱れ及び、大変汚らしい言葉が書いてあった為、お見せする事が出来ません。ご了承下さい。

 

 

 

 

 

 

 ――失礼。少々興奮してしまいました。

 ご結婚おめでとうございます。陽向だけくたばれ。

 ですが正直、僕は家で不自然にベッドが軋む音なんて聞きたくはありません。陽向だけ事故れ。

 なので、夏の間は旅に行って、見聞を広めようと思います。西の方に行く予定です。そして夏の終わりまでに僕の部屋を九鬼ビルに用意しておいて欲しいのです。陽向だけ土に埋まれ。

 

 九月になる手前位に迎えに来てください。場所はそっちで探してくださいね☆ 陽向爆発しろ。

 

 P.S 僕の新しい部屋は出来る限り豪華にお願いします。※オーシャンビュー必須(笑)

 

 

 ☆彡ACGUY☆彡

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「………………」

 

「………………なんかすみません……」

 

「……その、なんだ。……結婚おめでとう」

 

「ありがとうございます……」

 

 

 なんとも言えない雰囲気がヒュームと陽向の間に流れた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「海を見ながら食べる弁当美味しいなー」

 

 

 アッガイは電車に揺られながら駅弁を食べていた。川神から出ると周囲の人間はアッガイというロボットに様々な視線を向けたのだが、アッガイの付けていたタスキを見て、そのまま話し掛ける訳でもなく去っていく。

 アッガイのタスキには『九鬼財閥の誇る、ゆるキャラ、アッガイです』と書かれている。タスキはアッガイの自作。周囲の人間は「あぁ、あの九鬼か」と深い理由もある訳ではないのに、何故か納得してしまったのだ。あの九鬼財閥ならロボットくらい作っていてもおかしくはない、筈。と。一部は精巧な着ぐるみだと思ったようだが。

 ちなみに電車でもアッガイは子供に人気だった。人気と言っても小学校低学年くらいの子供からで、赤ん坊には大泣きされて凹んだ。懐かれ度は男女割合的には綺麗に半々位である。

 

 

「最初はやっぱり京都かなー。どすえー」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「京都なう」

 

 

 京都に到着したアッガイはとりあえず、寺などの文化財を見て回る事にした。京都は外国の観光客も多く、何気にアッガイは注目を集めている。その注目に気付いてか、アッガイは得意のサタデーナイトなポージングを見せ付け、観光客からのカメラフラッシュを一身に浴びていた。

 ちなみにその時に撮影しながら仲間と喋っていた外人の話は――

 

 

『おいおい、このロボット、ヤバいな。このセンスに共感できない』

 

『ああ、日本人はイカれてるぜ。こいつら未来に生きてるよ』

 

 

――である。

 

 

 そんな話がされているとは露とも知らず、アッガイは有頂天モードでポージングし続けるのだった。そしてそんなアッガイを見つめる少女が一人。

 

 

「あのロボット……使えるかも!」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「納豆ウマー」

 

「でしょー! 松永納豆って言うんだよー」

 

 

 アッガイは外人からの写真撮影の後、一人の少女から話し掛けられていた。少女の名は松永燕。京都で松永納豆を販売している松永家の娘である。燕はアッガイを自分の家へと案内すると、自慢の松永納豆をアッガイに食べさせたのだ。アッガイも松永納豆が気に入ったのか、ウマーウマーと言いながら食べ続けている。

 

 

「でね。アッガイにお願いがあるの」

 

「なんだい燕ちゃん。この納豆に最適なお米を探してこようか?」

 

「ううん、それはいいよ。あのね。アッガイってあの九鬼財閥のロボットなんでしょ?」

 

「そうだね。九鬼のアッガイというか、アッガイの九鬼と言っても過言ではないね」

 

「だからね。アッガイの力で松永納豆を売る手助けをして欲しいの。……駄目かな?」

 

「イーヨ!」

 

 

 アッガイはどこぞの芸人のネタのように、グッと親指代わりのアイアンネイルを立てて同意を示す。その即断に燕も驚いて少しの間、声が出なかった。しかしすぐに瞳をキラキラさせてアッガイに抱きつく。

 

 

「ありがとー! 助かるよー!」

 

「ふっ、アッガイは歌って踊れる素敵な紳士なアイドルゆるキャラですから。キリッ」

 

(よぉーっし! 九鬼とのパイプゲット! これでおとんとおかんも仲直りしてくれるはず!)

 

 

 抱きついた燕の瞳が明らかに策士の、見る人が見たら恐ろしいと感じる瞳であった事をアッガイは知らない。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「松永納豆ダヨー。アッガイのお勧めの松永納豆ダヨー。ミクダヨー」

 

「京都名産松永納豆でーす! お一ついかがですかー!」

 

 

 アッガイと燕は一緒に街中で松永納豆の売り子をしていた。元々、美少女と呼べる容姿の燕の集客力もあったのだが、アッガイという見た目のインパクトには事欠かない存在が居る事で、更なる集客効果を生み出している。燕の父親である松永久信もこの売れ行きに笑みが止まらない。

 

 

「いやぁ! 僕もずっと松永納豆売ってきたけどこれは凄い集客力だよ! 燕ちゃんだけでも結構なもんだけど、アッガイ君がこれほど人を呼び込めるとはねぇ」

 

「おとん! 追加の納豆早く!」

 

「はいよー!」

 

「アッガイお勧めの松永納豆ダヨー。この納豆を買うとゆるキャラグランプリでのアッガイへの投票権が得られるヨー」

 

「なんか勝手に付属された!?」

 

「おとん!」

 

「あぁーごめんごめん!」

 

 

 この日の松永納豆の売上は歴代でも最高レベルのものとなった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「本当に行っちゃうの……?」

 

「燕ちゃんがこのアッガイを求める気持ちは分かるけど、僕のような可愛さの権化とも言える存在は――」

 

「アッガイ、またね!」

 

「お、おう……」

 

「アッガイ君。九鬼と商売する時にはヨロシクねー!」

 

 

 アッガイはこうして松永家との交流を深め、別れを惜しまれながら次の目的地へと向かう。だが結局、燕の母親とは会う事が出来なかった。なんでも久信に怒って家に帰って来ないらしい。

 ちなみにアッガイは、納豆屋なのにツナギを来ている久信を『ウホッ』と呼ぼうとしたのだが、燕に止められた。しかも話をよく聞くと松永納豆を売り始めたのは比較的最近で、特に歴史も無い事が判明する。元々技術者の久信はとてもアッガイに興味深々で、言う事をよく聞いてくれたので、アッガイは仲良くしてやろうと思った。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「思えば遠くに来たものだ……」

 

 

 アッガイは九州は熊本までやってきていた。ここにやって来た目的はただ一つ。ゆるキャラ日本一を目指すアッガイにとって最強の好敵手とも言える存在が誕生する地だからだ。だがまだその存在は確認されていない。そしてもしも誕生の兆しがあれば、それを容赦なく潰す為にアッガイはここに来た。

 

 

「油断をしていると次から次へとライバルが生まれる……熊本然り、今治然り。船橋のアイツはダークホース……」

 

 

 アッガイは熊本城を前にして、一人で呟き始める。そんな様子をまた観光客達に撮影されていたのは言うまでもない。

 

 この後、熊本を歩き回ったが、例のクマが生まれている様子は無かった。アッガイは安堵しながらも、クマの放つプレッシャーに押し潰されそうな気持ちとなる。

 ホテルの一室でアッガイはバスローブを着ながら椅子に座り、ワイングラスを傾けていた。グラスに入っているのはデコポンジュースだ。熊本の夜景を見ながらグラスを呷る。ゆらゆらとグラスを弄りながら、窓に反射した自分の姿を眺めた。

 

 

「……クマの威力が凄い事は分かっている……。熊本のアイツ然り、半分白で半分黒の『うぷぷ』も然り……」

 

 

 そう言うとグラスに残っていたデコポンジュースを一気に飲み干すアッガイ。大袈裟に口を腕で拭い、グラスをテーブルに置いて立ち上がる。そして窓の傍に行って話し続けた。

 

 

「僕だってベアッガイとか、新作のⅢとかニャッガイとか、シロクマテナッガイというバリエーションがあるんだ。……でも最初からその姿であれば何かしらの言い訳も出来るけど、後から動物系の姿になったら『動物の可愛さを取り入れてあざとい』みたいに言われてしまう……! 主に帝に……! 特に帝に……!!」

 

 

 アッガイは両手を窓に置いて、プルプルと震え始める。

 

 

「今はとにかくライバルを潰す事に集中せねば……。バリエーションは切り札として取っておいた方がいいだろうし……」

 

 

 そう言うとアッガイは窓から離れ、着ていたバスローブをバサっと空中に放る。そしてバスローブが乱暴に床に落ちた時、アッガイはベッドにダイブしたのだった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「この世ーはー、でっかい桜島!!」

 

 

 アッガイは桜島までやって来ていた。だが周囲にはアッガイのような観光客の姿は見えない。

 

 

「道に迷っちゃったから適当に入ってきちゃったけど、まぁ大丈夫だよね。獣道だったけど、愛さえあれば関係ないよねっ!」

 

 

 ちなみにこの日、桜島は数日前から続く火山活動の活発化によって入山規制がされている。現に、アッガイは火口付近まで来ているのだが、モクモクと噴煙が上がり続けていた。

 

 

「火の国じゃぽん……。このエネルギーを僕が受けて更なる力を――」

 

 

 アッガイが火口に背を向けて、エネルギーを受けるかのように両手を広げた瞬間。桜島は中規模クラスの爆発的噴火を起こした。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「…………う、ぅぅ……」

 

『目覚めるのだ、旅人よ……』

 

「……ぅ……うぅ」

 

『天から降り注ぐ力強き光と、海からの心地よき波に抱かれし者よ……。目を覚ますのだ……』

 

「……ぅ、うう?」

 

『さぁ、目覚めの時だ……』

 

「…………ハッ!?」

 

 

 アッガイはガバっと体を起こす。今までうつ伏せ状態だったのだ。アッガイの体半分は海水に浸かり、波が体に打ち付けた。目の前は砂浜が広がっており、とても綺麗な風景である。

 しかし一体ここはどこなのか。桜島で噴火に巻き込まれたのはアッガイでもなんとなく分かった。噴火の瞬間から後の記憶は無いが。致命的なダメージを負った様子は無い。というか、ヒュームの蹴りを喰らってもボディが凹まない時点で、アッガイの体の堅牢さが分かる。しかし背中の方がやたらチクチクするのだ。

 アッガイがその原因を知ろうと視線を少し動かした瞬間。

 

 

『旅人よ……。我が姿を見てどう思う……』

 

「すごく……大きいです……」

 

 

 アッガイの目の前には大きなムラサキオカヤドカリが居た。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「ここは沖縄だったんですか! グランゾンさん」

 

『然り……ここは人が琉球と呼ぶ島なり……。グランゾン?』

 

「種別で呼ぶのもアレなので、名前を付けてみました!」

 

『そうか。名前を付けられるのは初めてだ……』

 

 

 アッガイは自分に呼びかけていたムラサキオカヤドカリをグランゾンと命名した。背中のチクチクの正体は、小さなオカヤドカリ達がアッガイをハサミで啄んでいた事が原因と判明。今は一匹残らず退いて頂いている。

 

 

「しかしグランゾンさんは大きいですね……。サッカーボールレベルの大きさだ……。というかそのサイズの貝が存在したのか……」

 

『随分と長く生きているからな』

 

 

 このグランゾン。ハッキリ言って異常である。そもそもオカヤドカリにも種類があるのだが、一般的には最大で野球ボール位の大きさがほとんどである。自然界では10年も20年も生きるとは言われているが、そういった年月を経てもグランゾン程の大きさになるのはかなり厳しいだろう。

 

 

『其方、アッガイと言ったか。そう畏まらずでよいぞ』

 

「いえいえ、グランゾンさんが声を掛けてくれなかったら、あのまま錆びて朽ち果てたかも知れませんし……」

 

「我のお陰というならば、尚更だ。其方のような存在とこうして話す事など、一生にあるかないか、だからな。気にせず話してくれるとありがたいのだ」

 

「んじゃよろしくね、グランゾン!」

 

『……切り替えが早いな、其方』

 

「そういえば思ったんだけど」

 

 

 砂浜でグランゾンの正面に体育座りするアッガイ。傍から見ると大きなムラサキオカヤドカリと、ずんぐりむっくりなロボットが向かい合っているという不思議な光景である。

 

 

「グランゾンってどうして話せるの? 僕と同じように特殊な力でもあるの?」

 

『我は何もしていないぞ。長くは生きたが知能が仲間よりも上なだけで、人と話す事など出来ない』

 

「え、いやでも今こうして僕と喋ってるじゃない」

 

『分からぬがそもそも我は言葉を発する事など出来ない。其方に何か力があるのなら、その力の影響ではないのか?』

 

「うーん。僕ヤドカリと話したいとか思った事ないんだけどなぁ……」

 

 

 アッガイは首を捻って今の状況を考える。

 

 

「桜島噴火。僕吹き飛ばされる。なんやかんやで沖縄なう。グランゾン喋る……」

 

 

 『うーん』と唸りながらアッガイは考え続ける。その間に周囲の小さなオカヤドカリ達は再びアッガイの体によじ登り始めた。もうチクチクにも慣れたのか、それとも気付いていないのか、アッガイはオカヤドカリ達の行動に何も言わない。

 

 と、そこに他者の声が響いた。

 

 

「さーて、今年もオカヤドカリとるさー」

 

「ヤドカリビジネスさー」

 

 

 地元の人間であろうか、中年で日焼けしたオヤジが二人、歩いてきたのだ。そして砂浜にいるアッガイとグランゾンを視界に捉えた。

 

 

「凄く大きいオカヤドカリと、なんかよく分からないのがいるさー!?」

 

「捕まえてボーナス貰うさー!」

 

 

 オヤジ二人は勢い良くアッガイ達の元へと駆けて来る。アッガイは二人からグランゾンを守るかのように立ち塞がった。

 

 

「なんだオマエラ! さーさー言いやがって! 僕のネット友達のハートマン先任軍曹の所に送るぞッ!」

 

「邪魔するんじゃないさー! というかお前も捕まえてお金貰うさー!」

 

 

 一人のオヤジがアッガイに襲いかかった。アッガイを脅威だと思っていないのか、素手で押さえつけようとする。アッガイの頭を掴んで強引に地面に倒そうとしていた。その態度にブチ切れたアッガイは攻撃行動に移る。

 

 

「アッガイコレダー!!」

 

「ひぎゃぁぁぁぁ!?」

 

 

 アッガイの体から強烈な電気が放たれ、掴んでいたオヤジ一名はそのまま気絶。倒れたオヤジを見て、もう一人のオヤジは唖然としていた。そんなもう一人のオヤジにアッガイは話し掛ける。

 

 

「おいオマエ」

 

「はっ!? な、なんなのさ、お前!」

 

「お前じゃない、アッガイ様と呼べ。そして敬語だ。敬語を使え。自重を暫く前に止めた僕にこんな横暴を働いて、こうして話せているだけでも光栄と思うがいい。敢えて言おう。お前はカスであると!」

 

「酷い言われようさー!?」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「なるほど、天然記念物か……」

 

「そうさ――そうです。オカヤドカリは天然記念物だけど、許可を得た捕獲業者であれば、一年の限られた期間に捕獲量を限って捕獲して売る事が出来るさ――です」

 

「つまりこのグランゾンも、一緒に連れて行くには捕獲業者が捕獲したのを購入するという手続きを取らねばならないという事か……」

 

『アッガイよ。我をどこかに連れて行くのか?』

 

「自然が減って住む所を探すのも大変なんでしょ? ついでにこのオヤジ共みたいに捕まる危険性もあるし。僕の家は世界屈指の財閥が用意してくれるんだよ! だから一緒に行こうよ、無限大の彼方へ!」

 

『ふむ……』

 

 

 オカヤドカリが天然記念物であるという事を知ったアッガイ。気の合う仲間が出来たから連れて帰ろうと思っていたら、法律に抵触する行為だと知り、少しだけイラっとした。そもそも法律なんぞは最低限守っていればいいと思うアッガイは、食べ物は賞味期限までに食べなくてはいけない、という事以外は特に意識して守っていない。自重をやめてからは暴力関係はそこそこ増えた。逆に盗みなどはしない。これまで特にお金を使ってなかったので、それなりに貯金があるからだ。ちなみに暴力関係では英雄に『英雄、暴力はいいぞぉ!』と言ってヒュームにお仕置きされて少しまた自重気味である。

 だがしかし自分を除いて、自分勝手な人間が多いせいで、法律が多く複雑になっていく事にも理解は出来た。アッガイは自分のように綺麗な心を持ち、自分ほどでは無いにしろ、可愛い見た目の生物ばかりであれば、と思う。

 

 

「大体、優しい人とか趣味の合う人、とかが好みです、って書いてあっても、そこに※マーク付けて『ただしイケメンに限る』とか入る訳ですよ……。とんだ詐欺だよ!」

 

『アッガイ、突然どうしたのだ』

 

 

 突然、意味不明な話をし始めたアッガイに心配するグランゾン。そこでハッとして元に戻る。

 

 

「いやちょっと世間の無情を嘆いていたのさ……。で、どうするのグランゾン。僕は一緒に来て欲しいけど、無理強いはしないよ。どこぞのブライトさんみたいにガンダムに乗れとは言わないよ」

 

『ブライト? ガンダム? まぁそれはいいとして、其方の体にくっついている他のオカヤドカリも連れて行ってくれるならば、我は其方と共に行こう』

 

「そんなのお茶の子さいさいですよ!」

 

「あのぅ……」

 

 

 グランゾン他、オカヤドカリ達が付いて来てくれる事となり、喜ぶアッガイ。しかしそんなアッガイに気まずそうに話し掛けるオヤジ一名。雰囲気を壊すようなオヤジの声に、アッガイはゆっくりと、しかし威圧感を滲ませて視線を向ける。

 

 

「なんだよモブオヤジ。僕の殺意の波動を受けたいのかい?」

 

「い、いやいや! ただほら、オカヤドカリは許可を得た捕獲業者じゃないと……」

 

「……話をしよう」

 

「え?」

 

 

 突然、威圧感を消して、静かに語り始めるアッガイ。そんなアッガイの様子に安堵しながら話を聞くモブオヤジ。これこそ、アッガイが西日本を歩いている中で得た技術である。どんな技術かというとアッガイの実力を見せつけ、恐怖を与え、ギリギリまで相手が萎縮した所で、それを消して安堵感を与えるのだ。そしてその安堵感がある間に自分の話を聞かせて都合の良い方向へと誘導する。だがこれはまだ途中だ。まだ仕上げもあるのだ。

 

 

「あれは今から36万、いや、1万4千年前……。いや年月などどうでもいい。とある一人の可愛らしい。それはもう可愛らしいゆるキャラが居たんだ」

 

「は、はぁ……」

 

「そのゆるキャラは琉球の地で友と呼べる存在と出会ったんだけど、それを邪魔する奴が居た」

 

「……ぇ」

 

「そのゆるキャラはその邪魔する奴の善意の行動に期待したんだけど、ソイツは法律を順守しようとしたんだ。だからゆるキャラは行動するしかなかった。そう、目撃者は消えなければならない……」

 

「…………」

 

 

 モブオヤジから汗が滴り落ちる。先程までの僅かな精神的余裕はとうに無くなり、喉はカラカラに乾いていく。心臓の音が大きく聞こえ、心なしか目眩までしてきた。そんなモブオヤジにアッガイは話し掛ける。

 

 

「僕にとっては過去の出来事だけど……、君にとっては今日の出来事さ」

 

「お好きにどうぞぉぉぉぉ!!」

 

 

 モブオヤジはアッガイに屈した。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「…………で、なんだその大量のヤドカリは」

 

「僕の友人達さ! 一緒に住むんだ! ちゃんと捕獲業者の許可も取ったよ! 違法じゃないよ! 出来るよね、クラウディオ」

 

「簡単な事でございます」

 

 

 クラウディオはオカヤドカリ達を容器に入れると、アッガイを迎える為に乗ってきた九鬼家所有の特別製ヘリへと積み込んだ。その手際の良さはアッガイですらも惚れ惚れするものだった。

 

 

「あっ、クラウディオ。オカヤドカリは水に沈めちゃダメだよ。息できなくて窒息死しちゃうから」

 

「存じておりますので大丈夫ですよ、アッガイ」

 

「……さすが執事王。そこに痺れる憧れるゥ! でも驚いたのはもうすぐ9月って事だよネー。桜島の時はまだ8月上旬だったんだけどネー。これって――」

 

「さっさと乗れ!」

 

「あーん! 久々のヒューム氏の蹴り!」

 

 

 こうしてアッガイとオカヤドカリ達は沖縄を離れた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「こんなの絶対おかしいよ!」

 

「おかしくなんてないんだよ。少しは黙りなアッガイボーイ」

 

「マホトーン!」

 

「何やってるんだい?」

 

「とりあえず魔法を封じようかと……」

 

 

 アッガイとオカヤドカリ達は新たな新居へとやってきていた。だがそれは川神市の九鬼ビルではなく、離島だった。

 そして目の前には魔女のような格好をした老女。星の図書館の異名を持つマープルが居た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第6話】 サイド3ジオン軍 アッガイ先生

「ハッ、命令される為に生まれてきた傀儡。未来を決められた英雄の模造品。とんだ茶番だぜ」

 

「……厨二……だと……」

 

「べ、弁慶。アッガイには触ってもいいのだろうか……?」

 

「いいんじゃない? 私が許す」

 

「じゃあ私も触ろっかな」

 

 

 沖縄から川神ではなく、とある離島に連れてこられたアッガイは、少年1人と少女3人に面会していた。アッガイの横には、この4人の元へと連れてきたマープルも居る。

 

 

「いいかい、アッガイボーイ。さっき説明した通り、この4人が英雄のクローン達さ。【武士道プラン】のね。史実とは性別が違ってるが、まぁあんたは気にしないようだね。じゃあ自己紹介しな」

 

「義経は源義経のクローンだ! ……あの、アッガイ、ちょっと触ってもいいだろうか……?」

 

「いいぜ、アッガイのボデーに酔いな」

 

「うわぁ! ありがとう! 義経はとても嬉しい!」

 

「はいはい、とりあえず後でね。私は武蔵坊弁慶ね。ヨロシク。んでもってそこでクネクネしてるのが那須与一。ちゃんと自己紹介しそうもないし、アッガイは分かっていそうだから詳しくは言わないよ。あと義経に攻撃したら潰す」

 

「破滅への輪舞曲(ロンド)!」

 

「お、おい姉御!」

 

「なに?」

 

「い、いや……なんでもない……」

 

 

 弁慶の鋭い眼光に与一は怯え、何か言おうとしていた口を、そのまま閉じた。視線はオロオロと地面に向かい、弁慶の方を向こうとしない。そんな与一の様子にアッガイは『あれは厨二でも放っておいて大丈夫か』と思った。

 

 

「最後は私だね。私は葉桜清楚。義経ちゃん達の一つ上だよ。よろしくね、アッガイちゃん」

 

「よろしくーネッ!」

 

 

 アッガイは両手を右横に向け、挨拶と共に逆方向に腕を動かし、更に左の膝を捻りながら右側に持ち上げるという不思議なポーズをする。しかしすぐにポージングをやめて、口元に手を当て、首を傾げて喋る。

 

 

「葉桜清楚、って英雄いたっけ?」

 

「あっ、それは――」

 

「それはあたしから説明するよ、アッガイボーイ」

 

「マープルさん、説明はお願いしたいんだけど、ボーイってのはどうにかならない? どこぞのペガサスを思い出してしまうよ」

 

「清楚は25歳になるまで元となった英雄の正体は明かさない事になっているんだよ」

 

「……九鬼の幹部はクラウディオ以外、僕に冷たすぎない? 君達のスルースキルを磨く為に僕が居る訳じゃないんだよ!?」

 

 

 マープルの華麗なスルーに酷く傷付くアッガイ。

 

 

「僕の心はダイヤモンドみたいに輝いている純粋な心なんだよ! 傷付いたらどうするのさ!」

 

「アッガイボーイ。ダイヤモンドはとても傷付きにくいんだよ。ただ砕ける時は呆気ない程に木っ端微塵だがね。硬度と強度の違いってやつさ」

 

「第4部が否定された!」

 

 

 アッガイは両手を床について嘆く。そんな様子を見て心配しているのは義経だけ。

 

 

「大丈夫だアッガイ。義経はアッガイを応援しているぞ! アッガイは強い子だ!」

 

「アッガイは源氏を応援しています!」

 

「立ち直り早ッ!?」

 

「アッガイは面白いねぇ」

 

「うん」

 

 

 義経の言葉で即座に立ち直ったアッガイは、与一の突っ込みと弁慶、清楚の暖かな視線の中、マープルによって新たな役目を聞くのだった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「サイド3、ジオン軍ー! アッガイ先生ーーーー!」

 

「お前何言ってるんだよ」

 

「うるさい、このバカチンがぁ! そんな事ばっか言ってるから弁慶の前で厨二が崩れるんですよバカチンがぁ!」

 

「う、うるせぇ! 俺のは真実なんだよ……。この世の真理を突く言葉なん――」

 

「与一うるさい」

 

「……くっ」

 

 

 アッガイと武士道プランの4人は学校が終わって九鬼所有の自宅へと帰って来たのだが、新たな役割を与えられたアッガイによって一つの教室のような部屋に集められている。4人には学校と同じ机と椅子が用意された。

 義経はアッガイが余程気に入っているのか、目をキラキラさせて何が始まるのかを待っている。与一は面倒臭そうにしながらも、下手な事を言うと弁慶から【指導】が入るので、とりあえず大人しくしていた。弁慶は義経の様子を観察しており、ニヤニヤしている。清楚は椅子に姿勢正しく座っており、かなり美しい状態だった。そんな清楚の様子を見てアッガイは呟く。

 

 

「ふつくしい……」

 

「あはは、アッガイちゃんありがとう」

 

「清楚はあれだね、正しい姿勢を学ぼうとか言う本を出せば売れると思うよ。売る時は僕が企画立案という事で報酬の割合は――」

 

「いい加減に始めろよッ!?」

 

 

 話し始めると横へと逸れるアッガイに、与一は叫んだ。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「今日も大変だったよグランゾン」

 

『あの武士道プランという偉人の世話か……』

 

「まぁまだ偉人なんてレベルじゃないけどね。クローンだからって偉人になれるとは限らないし」

 

『確かにな……。偉人や英雄がそう呼ばれるには個人の力も必要ではあるが、それ以上に周囲や世界を大きく変えたり、魅了する行いが重要であろう……』

 

「さすがグランゾン、よく分かってるよ。そういえば勉強の方はどう?」

 

『うむ。とりあえず平仮名は覚えた。まだ筆を持って書くには程遠いな』

 

 

 夜、新たな新居となった部屋でアッガイは今日の出来事をグランゾンに話していた。アッガイがマープルから任された新たな仕事というのは、武士道プランの4人との特別授業である。武士道プランの4人は世間にその存在を、まだ知られてはならない。だからこそ、離島という環境の中で時が来るのを待っているのだ。その間、少しでも世界の広さを知る為に、アッガイが抜擢されたのである。

 何故世界の広さを知るにアッガイなのか。それはやはり帝の一言があった。

 

 

『世界は広いが、アッガイほどブッ飛んでおかしい奴もそうそう居ないだろ』

 

 

 とにかく世界は広い。常識では考えられない行動や言動をする存在が居る。しかしテレビや本でただ、情報としてしか知るだけでは駄目なのだ。直接会って、話して、感じなければならない。何故なら4人は英雄のクローンであり、その存在自体が、大きな期待という責務を背負っているのだから。だからこそ、教えなければならない。少しでもその責務を果たせるように。

 そしてもう一つ、アッガイには話していないが、マープルには期待している事があった。それは那須与一の精神ケアである。何故与一なのかというと、彼の厨二病の発症が原因だ。心無い研究者の言葉によってまだ純粋だった与一は酷く傷付き、悲しみ、いつの間にか歪んで厨二少年となってしまった。

 

 ハッキリ言って現在の与一の状態は好ましくない。さすがに大人になるまでにはどうにかなるだろうと予想しているが、武士道プランの発表時期、投入時期は義経達が高校生の頃を予定している。英雄のクローンとして、九鬼の計画の成果としても、あまり変な行動や言動をされては困るのだ。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「――とか思ってるでしょ?」

 

「……一体なんだい、藪から棒に。アッガイボーイ」

 

 

 ある日の夜。アッガイはマープルの所へとやって来ていた。話は武士道プランの4人。そしてその行く末である。アッガイとしては自分がいつか来たる、ゆるキャラグランプリで優勝すればそれでいいのだが、なんだか勝手に利用されてる気がしたので、思った事をそのままマープルに言った次第だ。

 アッガイが思った通りであるならば、アッガイにはどうしても認められない事があった。それは与一の厨二病を英雄として恥ずべきものである、と思われている事だ。

 

 

「……おかしなロボットだとは思ったけど、変な所で鋭いね、あんた」

 

「アッガイは凄いんだぜぇ! なにせあのガンダムに勝った奴だっているんだからなぁ!」

 

「その切り返しの意味不明さはとことん残念だよ」

 

「まぁあれだよ。厨二病を否定されると困るんだよ僕が。キャラの一つなんだから」

 

「前にキャラが被ってた少年を襲ったとか言う話を聞いたんだがね?」

 

「過去は振り返らない! 希望は前に進むんだ!」

 

 

 まるでコトダマを飛ばすかのようにビシッと腕をマープルに向けるアッガイ。それを溜め息を吐いて首を振るマープル。

 

 

「あんたは結局何が言いたいんだい?」

 

「うーんとね。一つ聞きたいんだけどさ。武士道プランって最終的に何を目指してるの?」

 

 

 アッガイの言葉にマープルは一瞬、鋭い視線をアッガイに向ける。それはただの老女ではなく、九鬼家従者部隊を束ねる立場にある一人としての視線。だがアッガイのモノアイと視線が交差すると、その視線を隠すように被っている帽子を顔が隠れるように引っ張った。

 

 

「武士道プランは過去の英雄達同様、人々を導き、人類が進むべき道を提示するんだよ。それが最終目標さ」

 

「ふーん。そりゃ責任重大だね」

 

「そうさ。だからもうこの話は――」

 

「でもさぁ」

 

 

 マープルの言葉をアッガイが遮る。アッガイに言葉を遮られたマープルは、先程のような視線ではなく、ごく普通の視線をアッガイに向けた。マープルとしてはこれ以上、この話をしたくはなかったのだ。マープルはアッガイを今まで【おかしなロボット】という認識でしか無かったのだが、先程の問いや思考など、所々にマープルでさえも、一瞬ゾッとさせるような部分がある。どこからその思考に至るのかは全くもって不明ではあるが何かを教えれば、どこまでも突き進んでくる、そんな印象を抱かせた。

 

 

「英雄ってそんな簡単になれるもんなの?」

 

「……どういう意味だい? 義経達は英雄と呼べるポテンシャルを持ってるよ。そもそも過去の英雄のクローンなんだ」

 

「おかしいなぁ。マープルは星の図書館って呼ばれてるんでしょ? なのになんでクローン作れば英雄になるって簡単な考えなの?」

 

「だから、英雄に相応しくなるべくこの離島で育てているんじゃないかい」

 

「相応しいとか相応しくないとか言う話じゃないよ。僕はね、英雄は時代に望まれて生まれるものであって、個人が望んで生まれるもんじゃないって思うんだよ」

 

「…………」

 

「別に義経達がどうこうではないけどさ。武士道プランって結局、昔の人の力を頼るって事だよね? それって今頑張ってる人達には期待してないって言う風にも思える訳ですよ、うん」

 

「……ッ」

 

 

 アッガイの話にマープルは話すべき言葉を見失う。マープルが何か言うまでもなく、アッガイは本当の武士道プラン、その生まれた本当の意思まで辿り着いてしまったのだ。マープルは考える。アッガイはプランが何故生まれたのかまで、到達する寸前だ。全てを話してこちら側に引き込むのか。それともヒューム達と協力してアッガイをプラン実行後まで隔離するか。どちらも悪手としか言えないが、プラン実行まで失敗する事は出来ない。

 そんなマープルの考えを水の泡とするアッガイの言葉が聞こえる。

 

 

「まぁいつの時代も年寄りは若い人に未熟だの何だのって言うよね。未熟、未熟、未熟千万、だからお前は阿呆なのだぁ! って」

 

「…………」

 

「お婆ちゃんは夜が辛そうなので、話を締めようと思います。気配り上手なアッガイに拍手」

 

「……一体なんだって言うんだい?」

 

「与一が傷付いたのが、大人の勝手な英雄像から来たものだったら、今の厨二病を勝手にまた相応しくないって否定するな、って話だよ。大体、元々那須与一って英雄は厨二病だったかも知れないじゃない。『某の弓は日の本の神々をも貫く!』とか言ってたかも知れないじゃない! 僕がもしかしたらギルガメッシュだったかも知れないじゃない!」

 

「とりあえずあんたがギルガメッシュでは無かった事だけは断言出来るよ」

 

 

 先程までの緊迫した内心はどこへやら、マープルは酷く疲れた感覚だった。本当にこの目の前にいるロボットはなんなのか。突然、喉元に刃を突き付けたと思いきや、それを離して曲芸をし始める。マープルは帝が言っていた言葉を再度、思い出していた。

 

 

『世界は広いが、アッガイほどブッ飛んでおかしい奴もそうそう居ないだろ』

 

 

 帝の言葉を脳内で再生すると共に、後日マープルは与一への性格修正を完全な白紙として、部下に通達した。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「ほ、本当にやるのか弁慶? 義経は心配でしょうがない……」

 

「何言ってるのさ。義経だって興味深々、っていうか一番興味があるでしょ?」

 

「ったくなんでこんな朝から俺が……」

 

「与一君、あんまり愚痴ってると朝からお仕置きされちゃうよ?」

 

 

 アッガイが離島で生活し始めて約3ヶ月。季節は巡り、冬となり、もうすぐ年越しである。そんなある冬の日に、武士道プランの4人は朝早くからある部屋へと向かっていた。

 

 

「着いた着いた。さ、アッガイの部屋へ侵入~。マスターキー借りてきたし、楽勝~」

 

「なんで弁慶はそんなに準備がいいんだ……?」

 

「だって義経喜ぶでしょ? 寝てるアッガイの姿見て喜ぶでしょ?」

 

「そ、それは……」

 

「おい姉御、行くなら早くしようぜ。ここでもたついてアイツが起きたんじゃ早起きした意味ねぇよ」

 

(与一君も寝てるアッガイちゃんの姿見たいのかな?)

 

 

 4人は弁慶が開けたドアから部屋に侵入。アッガイの部屋は4人の部屋よりも少しだけ大きい。しかし構造は一緒で、入ってすぐにベッドに行く事が出来る。

 すぐにベッドで寝ているアッガイを見付ける事が出来たのだ。アッガイはベッドの上で鼻提灯のようなものを作った状態で眠っており、起きる気配は無い。ちなみに毛布などは体の一部に掛かっている程度で、寝相が悪い事が分かる。

 

 

「……コイツはいつも思うけど、一体どういう構造なんだ? モノアイと口の間っていうか、何も無い特徴の無い、あそこが鼻なのか? というかそもそも鼻提灯なのかアレは」

 

「うわぁ……アッガイ寝てる……!」

 

(うわぁ、義経その顔チョーいい!)

 

「でも本当に寝るんだね、アッガイちゃんって。ロボットなのに」

 

 

 4人はそれぞれにアッガイを観察――弁慶は義経を観察――しているが、寝ているアッガイが何かをムニュムニャと話し始めた。

 

 

「……ま…………ま…………」

 

「なんか言ったぞコイツ」

 

「ま、ま? ママって言ったのかもしれない。アッガイも親が恋しいんだろうか、義経はとても切ない気持ちだ……」

 

「……ま…………ま……」

 

「まだ言ってるよ? 意外とアッガイってマザコン?」

 

「んー。アッガイちゃんってそんな風には見えないんだけどなー。作ったのも男の人なんだよね?」

 

「起きたらこれネタにしてからかってやろうぜ」

 

「与一、そんな事をしちゃダメだ。アッガイも寂しいのかもしれないぞ」

 

「少しくらいいいだろ。いつも意味不明な行動に付き合わされ――」

 

 

「真島の兄貴が沖田総司だなんて! いいぞもっとやれ!!」

 

 

「わっ!?」

「おっ?」

「うおっ!?」

「きゃっ!?」

 

 

 アッガイの突然の叫びに4人は驚く。弁慶だけは他の3人ほど驚かなかったが、関係なしにアッガイは完全に覚醒する。

 

 

「ふぁーあ。ゾンビが来たから、いつかまた何かやらかすと思ったらやってくれるぜ……!」

 

「お前どういう夢見てんだよ!?」

 

「おや? なぜ与一が僕の部屋に? まさかトイレに行って間違って僕の部屋に入って来て一緒のベッドに寝てたとかいうトラヴルな展開!? トラヴルというか与一だとクソミソな方だよ!! ふざけんな馬鹿野郎!!」

 

「訳分かんねぇ!?」

 

「アッガイ済まない! 義経達はさっき勝手に入ってきたんだ! 義経は素直に謝る!」

 

「私達もいるよ」

 

「おはようアッガイちゃん」

 

「やぁ3人共、おはよう」

 

「俺と態度違い過ぎるだろ!!」

 

 

 アッガイの部屋は朝から騒がしいものとなった。そしてそんな様子を見守る存在。

 

 

『やれやれ、偉人とはいえやはりまだ子供よな……』

 

 

 4人が入って来た時から起きていたグランゾンは、騒々しくなった部屋で、その様子を眺めていた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「僕の歌を聴けぇ!!」

 

「今日は何やるんだよアッガイ。ラノベ読みたいんだよ俺は」

 

「歌う? アッガイが歌うのか? 義経は興味津々だ!」

 

「まぁ確かにアッガイが歌うのって見た事無いしね」

 

「どんな曲を歌うの?」

 

「皆で歌うんだよー。僕の後に続いてねー。座ったままで歌いにくいなら立ってもいいからねー」

 

 

 そう言うと与一以外の3人は席から立ち、アッガイが歌い始めるのを待った。

 

 

「朽ちー果てるー宇宙そらの~ ビームの雨の中~ 散り逝く貴方へ~ コロニー落とし~~」

 

「どんな曲だよっ!!」

 

 

 思わず席を立って突っ込む与一。

 

 

「えー? これ駄目なの? じゃあ【駆けろ!蜘蛛男】でも……」

 

「何を俺達に歌わせようとしてるんだよ!?」

 

「も、もっと普通の曲はないのか? 義経はその曲を知らない……」

 

「っていうかなんで今日に限って歌なの?」

 

「いつものアッガイちゃんって、折り紙だったり昔話だったり、ゲームとかの話をするだけだよね」

 

「今改めて思い返しても、コイツって授業する意味なくねぇか……?」

 

「チャラーン、与一アウトー。弁慶パンチー」

 

「いえーい」

 

「なんで姉御は乗り気なんだよ!?」

 

 

 与一が弁慶に怯える中、義経は弁慶を止めるべきなのか、アッガイが言った事だから見守った方がいいのかで悩み、清楚は以前のアッガイの授業を思い出して、思い出し笑いしていた。

 

 

「いやね。僕ちょっと川神に戻らなくちゃいけなくなったのよ」

 

「えっ!? アッガイ居なくなるのか!? 義経は寂しい……」

 

「もうこっちに戻ってこないの? アッガイ」

 

「いやいや。多分長くても数ヶ月で戻って来ると思うよ。それにいずれは君達が川神に行く事になるだろうしね」

 

「向こうで何かあったの?」

 

 

 清楚の問いに、アッガイは首を傾げながら腕を組んで答える。

 

 

「なんか帝の隠し子が見付かったみたいなのよねー」

 

「隠し子? 九鬼のトップの?」

 

「それって結構っていうか、かなりのスキャンダルなんじゃねぇか……?」

 

「まぁ帝がどうなろうが知ったこっちゃないんだけどさ」

 

「そうなんだ……。でもアッガイちゃんらしい……のかな?」

 

「まぁそれで、その隠し子の母親が亡くなったとかで、九鬼で引き取る事にしたんだって。でもなんか、まだ慣れないっていうか、ギクシャクしてるらしいから、僕が間に入ってどうにかしてやるのさ。全く、アッガイが好きで困るぜ九鬼家は。大体いつも僕に――」

 

 

 アッガイが一人で喋り続けている中、義経達4人は、アッガイの見送り会をしようという話で盛り上がっていた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 数日後、川神にある九鬼ビル。

 

 

「――んで、なんなのコレは」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 アッガイの問いに答える人物はいない。とある人物の部屋の前で、従者部隊の者や九鬼家――揚羽と英雄と局――が無言で立っている。皆一様に厳しい表情で、揚羽と英雄には哀しみと心配が強く出ていた。

 そんな中、アッガイは見送り会で被せられたトンガリハットを頭に被り、紙で出来た輪っかを首から下げている。ハッキリ言って場違い甚だしい状態だ。

 

 

「とりあえず何があったのか教えてくれないと、僕この格好で完全に空気だからさ。誰か何か言いなさいよコラ」

 

「……ちょっとこっちに来て下さいね、アッガイさん☆」

 

「おぉ、ペッタン子。久し――」

 

「いいからコッチ来い」

 

 

 やっと声を掛けてきてくれたので、フレンドリーに接しようとしたアッガイ。しかし近づいて来たあずみは、耳元でいつかのように怖い声を出すと、アッガイをそのまま九鬼家が見えない廊下の角にまで連れていく。アッガイは思い出した恐怖でそのまま抵抗出来なかった。

 

 

「チッ。テメェは帰ってくるのが遅いんだよ。もっと早かったら、もしかしたら……」

 

「え、なんで僕責められてるの? 特に理由のない暴言がアッガイを襲う!」

 

「……紋様が自分で額を切った」

 

「はっ? そもそも紋様って誰さ? 黄門様?」

 

「九鬼紋白様。新しく九鬼家になったお方だよ」

 

 

 九鬼紋白。先日、アッガイが義経達に話した帝の隠し子である。紋白と九鬼家の間を取り持つ事を目的として戻って来たアッガイにとっては、今最も深い関係とならねばならない人物だ。

 

 

「あー、例の子なのね。っていうか何故に額を?」

 

「お前も知ってんだろ? 九鬼家は皆額にバツ印を刻んでる。局様に至っては自分で自主的に切ったらしいしな」

 

「なんだ、局ちんと同じ理由なんじゃない。九鬼家になった、っていう証明みたいなものが欲しかったのかな。っていうか僕が呼ばれた理由は結局なんなのさ? 紋白って子と九鬼家の間をうんたらってのは聞いたけどさ。誰かと仲が悪いの? っていうか紋白って子は性格悪いの? どこぞのガキ大将なの? 空き地で開くリサイタルが壊滅的なの?」

 

「お前は余計な事ばっか喋ってんじゃねぇよ! ……ぶっちゃけ紋様は良い子だよ。気配りも出来るし、真面目だし。時々元気過ぎてヒュームに怒られたりもしてるけどよ。でもまぁなによりやっぱ帝様や九鬼家に通じるカリスマみたいなのも感じる。ただ……」

 

「ただ?」

 

「……局様がな」

 

「え? 局ちんと仲が悪いの? 同じような行動してるから気が合うと思ったんだけどなぁ。同族嫌悪ってやつかな」

 

 

 あずみの言葉にアッガイは素直に驚いた。アッガイの中でも局の印象というのは帝に尽くし、九鬼という家に尽くす、【女傑】という言葉が相応しい人物であると思っていたからだ。帝とは違って、真面目で実直な人間と思っていたアッガイは、何故、局が紋白と仲が悪かったのかが想像出来なかった。そんなアッガイの様子を察してか、あすみは自分から話し始める。

 

 

「……紋様は帝様の隠し子だろ。だからだよ」

 

「いやいや。それは知ってるよ。でもそんなの紋白って子には関係ないじゃない。知らない所でハッスルしたのは帝で、怒るべき矛先は帝でしょ? なんで紋白に向くのさ」

 

「まぁなんていうか。やっぱ自分の旦那が他の女と作った子供ってのが、許容出来ないんじゃねぇか」

 

「うーん……」

 

 

 アッガイが唸っていると、先程集まっていた廊下の方から声が聞こえて来た。アッガイとあずみは話を切り上げると、先程まで居た廊下へと向かう。そこには先程まで中に居たのであろう、姿が見えなかったヒュームとクラウディオの姿があった。

 

 

「取り敢えず傷は大した事ない。処置も済ませたからこれ以上悪化する事もない」

 

「色々と感情が入り混じって混乱に近い状態でした。本人は大丈夫と仰っていたのですが、こちらの判断で少し休んで頂いています。今は会われない方が良いでしょう」

 

「そうか……。明日には会ってもいいのだろう?」

 

「はい」

 

「ならばここに居ても紋白に心労を掛けるだけであろう。英雄、我等は部屋に戻ろう」

 

「姉上ッ…………。そう、ですな。我は部屋に戻ろう。あずみ、すまぬが茶を頼む」

 

「了解しました☆ 英雄様」

 

 

 そう言うと揚羽と英雄は自室へと戻り、あずみは英雄に言われて茶の用意をしに行った。戻り際に揚羽と英雄は何かを期待するような目でアッガイを一瞥する。他の従者部隊の人間もそれぞれの場へと戻り、廊下には、ヒュームとクラウディオ、そして局だけが残った。

 

 

「うん、取り敢えず局ちん。暇だから僕とお喋りしようぜ」

 

「……アッガイよ。我は今はそんな気分では――」

 

「真剣九鬼家喋り場!! ヘイ、カモンカモン! オッケェーイ!」

 

 

 そう言うと拒否の意思を示していた局を強引に抱き上げて連れ去るアッガイ。その暴挙とも言える行動に抱き上げられた局は言葉を失い、ヒュームとクラウディオは止めようと思えば止められるものの、そうしようとはせずに二人を見送った。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「はい、アッガイの淹れたオイシー汁。略してアオ汁だよ!」

 

「…………」

 

 

 アッガイに和室へと連れて来られた局は、よく分からない茶色の飲み物を出されていた。実際に飲めるのかどうかは酷く不安になる色合いではあるが、それ以上に局が不安だったのは、アッガイがこれからするであろう話である。きっとあずみから少しは聞いたのだろう、と局は思う。

 局は九鬼家にやってきた紋白を悉く無視した。話し掛けられても、廊下で擦れ違っても、食事の時も。自分の行動が紋白を追い込んだという事は理解出来る。自分の行為に問題があった事も。だが、どうしても認められないのだ。帝と、誰かも分からぬ、自分ではない女との間に成した子供など。帝の妻は自分であり、帝に相応しい、九鬼家の女として努力してきた。それが、どこの誰かも分からぬ女に、まるで帝を取られたかのような想いだったのだ。紋白がそんな怒りの対象には当てはまらないのは分かる。頭では。しかし実際に目の前にすると駄目なのだ。どうしても拒絶してしまう。紋白を認めれば、紋白の母親、つまりは本来怒りを向けるべき相手すらも認めてしまうような気がして。

 

 

「最初に言っとくけどさ。僕は結婚とかした事ないし、これからもする事ないだろうから局ちんの想いは分からないよ」

 

「……我を責めぬのか?」

 

「責めぬのか、って言うけどさ。責められたいの局ちんは? 意外とM――」

 

「分からぬ」

 

 

 局の正直な気持ちだった。認めたくない気持ちはある。だが局とて母親だ。そして大人の女性でもある。自分のしていた行動は改善しなければならないのは分かるし、自分も変わらなければならないという事も分かる。だがそんなに簡単に割り切れるならば苦労はしていない。局もまた、混乱していたのだ。

 

 

「こんな状態でも僕の言葉を遮る九鬼家に僕は驚愕だよ……。まぁそれは置いておいて、局ちんはさ。立派な大人だと僕は思う訳ですよ」

 

「…………それは皮肉か?」

 

「いやいや。素直にそう思ってる訳ですよ。帝の遺伝子を継いでる揚羽ちゃんや英雄はまだしも、一個人として九鬼に嫁いできた局ちんはホントに凄いと思うのよ」

 

 

 アッガイは腕を組んで『うんうん』と頷く。しかし局はいつまでも下を向いて落ち込んでいるような状態だ。

 

 

「九鬼というか、帝の為に一生懸命なんだなぁって感じがビンビンに伝わってますよ。ビクンビクンッ!」

 

「それが我の誇りであり、子供達に見せる姿であると思っているからな」

 

「んでさぁ、相談なんですよ。九鬼の未来の為に……」

 

 

 局はここまでアッガイの言葉を聞いて、『紋白と仲良く出来ない?』と言うのであろうと思った。しかしアッガイは局の予想の斜め上へと行く。

 

 

「僕と協力して、帝をフルボッコにしようよ!」

 

 

 どこぞの魔法少女勧誘のように局を誘った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第7話】 神のご加護があらんことを

 

 紋白の自傷事件から5日後の昼。川神市九鬼ビルの地下訓練場では、人が集まっていた。

 訓練場に居るのはアッガイと局、そして帝とヒュームだ。観戦室には揚羽と英雄、紋白とクラウディオ。九鬼の子供達は訓練場の4人の様子をハラハラしながら見ていた。専属従者である小十郎とあずみも、それぞれの主の後ろで待機している。

 

 

「ハッハッハッ! 遂にこの時がやってきましたよ! このアッガイの方が上であると帝に物理的、暴力的に教えてやる、この時が!」

 

「やっぱりお前かよアッガイ。こんな変な事になってるのは」

 

「……帝様。確かにアッガイの企画ではありますが、了承したのは、この局です」

 

「……俺はお前に謝る事しか出来ねぇよ。だがな。紋白が生まれた事や、紋白の母親を愛した事には一片の後悔もねぇ」

 

「……ッ」

 

「いい感じで盛り上がって参りました! シュッシュッ! アッガイはスパーを開始したようです」

 

「…………」

 

 

 アッガイは空中に向かって素早くパンチを繰り出していた。それを静かに見つめるヒューム。

 こんな状況になったのは、今から5日前。アッガイが局を和室に連れて行った、あの時に遡る。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「ア、アッガイ。お前は我に帝様を殴れと申すのか!?」

 

「いやいや。局ちんは女性だし、なによりも人殴るのって自分も痛いからね。局ちんは言葉で帝を問い詰めるのさ。そして僕はその言葉の威力に合わせて帝に物理的制裁をするだけの事」

 

 

 『帝をフルボッコにしよう』というアッガイの提案に局は酷く動揺していた。まずそのような考えが局に無かったからだ。局はずっと帝を愛しているし、これからそれが変わる事はないだろう。そして帝は世界を飛び回る九鬼財閥のトップだ。怪我などさせれば九鬼財閥の収益が大きく減少する事になる。

 

 

「大丈夫、ダイジョウブ、ダイジョーブ博士。きっと帝も愛のムチを快く受け入れてくれるよ! そして怪我をしてまで働く姿に世界は感動するんですよ! ラスト15分の衝撃を見逃すな!」

 

「いやしかし……!」

 

「大体さー。局ちんと帝は夫婦でしょ? 聞きたい事を有耶無耶にして、時が解決するのを待つのは揚羽達、子供達に見せるべき親の姿かい?」

 

「…………それは……」

 

「帝が好きで好きでしょうがないのは分かるけどさー。子供が居るんだからハッキリするべき所はハッキリさせないと駄目だと思う訳ですよ。じゃないと局ちんもきっと後悔すると思うよー。まぁ九鬼家が中途半端な仲良し親子のままでいいなら、このままでもいいんだろうけどねー。でも絆を大事にしている九鬼財閥なのに、そのトップである九鬼家ではそんな事無かった状態なのはどうなのカナー?」

 

「…………」

 

 

 九鬼財閥は従業員との絆を大切にしている。それは世間的にも有名な話で、その絆の強さが世界で拡大し続ける九鬼財閥を支えているとも言われているのだ。狙って絆を作っている訳ではない。ただ、帝の基本方針が【信頼】の構築と言えるものであり、その姿や行動に魅了され、結果として絆となっている。

 だからこそ、帝の築いた【絆】を、妻である局自身が壊してしまう事を、何よりも局が恐れた。そして、局は決断する。

 

 

「……確かに帝様に何も思う事、所が無い訳ではない。……とにかく、帝様と話してみよう」

 

「ミッションコンプリート!」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「帝様。何故、何故我以外の女と……」

 

「…………」

 

「答えてください帝様」

 

「無言は防御と見て、アッガイ、戦闘行動を開始する!」

 

 

 局の問いに黙る帝。それを防御と勝手に解釈して腕を振りかぶりながら帝にダッシュで接近するアッガイ。しかしそんなアッガイの前に壁が現れた。

 

 

「待て、帝様に攻撃するのは俺が許さん」

 

「ちょっとどきなよ、ヒューム氏。これはね、九鬼財閥で2番目に権力を持つ局ちんが許可した事なんだよ? 今は悪魔が微笑む時代なんだよぉ!!」

 

「……局様。帝様が怪我をすれば業務に支障が出ます。故に、局様の代わりがアッガイであるように、帝様の代わりを私が勤めたく思います」

 

「はっ? え、何言ってるの? 僕は僕より弱いと思う人間を相手にして俺ツエーしたいんだよ? 大体これはもう決まった事で――」

 

「……よいだろう。帝様の代わりでもなんでもするがよい」

 

「獅子身中の虫とはこの事か!」

 

「どちらかと言うと、それはお前だろうアッガイ。とにかく帝様に攻撃したいのなら俺に攻撃するんだな」

 

 

 ヒュームの提案にアッガイは拒絶を示すも、頭に血が上ってきているのか、局はヒューム達を一瞥もせずに無言の帝を見続けている。許可されたヒュームの提案に絶望しているのが他ならぬアッガイだ。

 

 

「どうしてどうしてこうなった!? 良い流れだったの最初だけじゃない!」

 

「俺が出て来ないと思っていた時点でお前の浅慮が分かるな」

 

「くうぅっ! こうなりゃもうヤケだ! 僕だっていつまでも何も身に付けなかった訳じゃない!」

 

「ほう?」

 

「チェーンジアッガイ! スイッチオン!」

 

 

 アッガイがそう叫ぶと、アッガイの体全体から強烈な光が発せられる。ちなみにスイッチなどは押していない。さすがのヒュームも、その光に若干驚いていた。観戦室の人間達もアッガイの光に驚き、しかしそれにも全く動じずに居る帝と局の九鬼夫婦の様子も気になっている。そしてアッガイの光が収まると――

 

 

「主よ……」

 

 

――何故か牧師の格好をしたアッガイが居た。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 これはまだアッガイが武士道プランの子供達がいる離島での話。毛布で包んだグランゾンを連れ、砂浜までやって来た。季節はもう秋も半ばで、寒さに弱いグランゾンを毛布で包み、さらにホッカイロを装備させている。

 

 

『アッガイよ。ここで何をするのだ?』

 

「いやね。義経達みたいな英雄のクローンまで出てきちゃったでしょ? 九鬼にはヒューム氏やクラウディオもいるし、あのペッタン子もなかなかやるみたいだし。思い返してみるとゾズマも結構強かったりするよね」

 

『後の2人は知らぬが、ヒュームとクラウディオは、かなりの猛者であるな』

 

「でしょう? あいつらの武力があれば、どんなに僕が正論を言っても武力で捻じ曲げてくる訳だよ。全くもって嘆かわしい! 出る杭は打たれるとはこの事だよ!」

 

 

 アッガイは砂浜の砂をゲシゲシと蹴っ飛ばす。

 

 

「だからね。僕もそろそろ本気を出して武力を上げようと思うんだよ」

 

『確かに其方の力とやらを使えば武力を上げる事も容易であろうな。しかし何故、これまでその力を十二分に発揮してこなかったのだ? そうすればヒュームにもっと早くから勝利する事も出来たのではないか?』

 

「まぁあれだよ。僕の目指すゆるキャラ日本一に武力は必要ないカナーとか思ってたんだよ。武力持ってると振るっちゃいそうじゃん? 暴力ゆるキャラとか言われるのも嫌だしさぁ。それに世界の九鬼財閥がバックに居れば問答無用でゆるキャラ日本一になれるとか思ってたんだよね。だけど帝は期待できないし、局ちんはそもそも裏工作許しそうにないし、揚羽ちゃんや英雄がもっと上の立場になるのも時間が掛かり過ぎちゃうんだよ。僕が狙っているのは、ゆるキャラグランプリ初代王者だからね!」

 

『初代だと何か違うのか?』

 

「王者になるとさ。2回目とかは殿堂入りで出られなくなるじゃん? つまり僕以上のゆるキャラであると証明出来る奴は居なくなるのさ!」

 

 

 アッガイは海に向かって胸を張り、両手を腰に当てる。

 

 

「なんだかこの世界では、武力やら暴力に関してかなり寛容であると僕は理解したんだよ。そして自重をしなくなって暫く経つ僕も、そろそろ本格的にチートキャラになろうと思うんだ」

 

『ふむ……。実際どうするのだ?』

 

「僕はね。別の世界でヒューム氏に酷似しているキャラから、右目を奪っているキャラを知っているんだよ。そのキャラの力を僕が使えるようになればヒューム氏にも勝てると思うんだ」

 

 

 

 この日から2週間程の後。アッガイはゲーニッツというキャラクターの力や技を使用する事に成功した。

 

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「……一体なんだと言うんだ、その姿は」

 

「さぁ、神に祈りなさい」

 

 

 アッガイの突然の変化に目を細めて観察するヒューム。そんなヒュームを全く気にしていないアッガイは、両手をゆっくりと広げてヒュームに向き合う。

 一方の九鬼夫婦はというと――

 

 

「何故答えて下さらないのですか帝様! 我よりもその女の方が好きになったのですか! だから――」

 

「ちげぇよ! 俺は局とアイツが、どっちが上とか下とか考えた事は一度もねぇ!」

 

「ではハッキリと答えて下さい!」

 

「それは! ……まぁ色々あったんだよ!」

 

「答えになっておりません!」

 

 

――徐々にヒートアップし始めていた。

 

 

 そんな九鬼夫婦の様子を見て、アッガイはヒュームに話し掛ける。

 

 

「やれやれ、夫婦喧嘩というのは騒々しいものですね」

 

「……お前本当に一体どうしたんだ」

 

「私達も始めるとしましょう。さぁ、心地良い風が吹いて来ましたよ……」

 

 

 気持ち悪い程に丁寧になったアッガイを本気で心配し始めるヒューム。しかしアッガイはそんな事など気にせずに戦闘態勢へと移行した。無風のはずのフィールドでアッガイを中心に風が吹き始め、それは徐々にヒュームの方へと吹き付ける。

 

 

「ここですか?」

 

「むっ!?」

 

 

 アッガイが腕をクイッと上に持ち上げた瞬間。ヒュームの真下から小さな、しかし細く鋭い竜巻が発生する。ヒュームは即座に後退する事で直撃を避けたが、彼の執事服の前面は発生した竜巻に添うように切り刻まれており、先程の風の威力を物語っていた。

 

 

「お前……ッ!?」

 

「遅いですね」

 

 

 自分の執事服のダメージを見て、ヒュームは鋭い視線をアッガイに向けるのだが、先程までの場所には既にアッガイは居らず、ヒュームの後ろからアッガイの声が聞こえて来た。

 

 

「お別れです!」

 

「うおぉぉぉッ!?」

 

 

 ヒュームがアッガイの声を聞いてその場から退避しようとした瞬間。アッガイは後ろからヒュームの首を掴んだ。元々身長差が大きいヒュームとアッガイである。本来であればヒュームの首を掴むにしても、腕の伸縮機能を最大限に使用しなければ厳しい。しかも伸縮機能を使っても、ヒュームを持ち上げた状態ではいられないのだ。

 しかし今のアッガイはヒュームを、自分の腕を伸ばした状態で空中に持ち上げている。ヒュームの足は完全に地面から離れているのだ。ヒュームを持ち上げているのはアッガイの使う風の力である。風が強烈な竜巻を発生させ、その力でヒュームを持ち上げているのだ。逃げられない状態で竜巻の直撃を受けるヒューム。執事服がボロボロになっていく。

 

 

「舐めるなぁッ!」

 

 

 しかしヒュームもやられるだけではない。体を捻って強烈な蹴りを後方のアッガイに叩き込む。顔面に蹴りが直撃したアッガイは、ヒュームの首を掴んでいた手を離し、吹き飛んでいく。余程強烈な蹴りだったのか、吹き飛んだアッガイは訓練場の壁に激突した。激突の衝撃で土煙が発生し、アッガイの様子は分からない。しかし先程の事かがあるので、ヒュームは警戒を解かずに土煙を睨みつけている。

 

 ヒュームとアッガイの戦闘に驚いたのは口論をし続ける九鬼夫婦以外の全ての人間だった。付き合いの長い揚羽と英雄、クラウディオですらアッガイのあのような姿を見た事がない。というよりも、いつも泣きながらヒュームから逃げ、捕まり、お仕置きされる姿しか見ていないのだ。そもそもアッガイが真面目に戦闘をしている所など見た事が無かった。戦闘をするような事も無かった訳ではあるが、攻撃しても頭部のバルカンやらアイアンネイルなどの装備品攻撃だけで、その攻撃も悉くヒュームに無力化されている。

 そんなアッガイが突然光って牧師服を着たと思ったら、あのヒュームに傷を付けるレベルにまで戦闘力が向上したのだ。

 

 

「あ、姉上。アッガイはあのように強かったでしょうか?」

 

「いや……。先程のヒュームの後方へと移動した時の速度は、我でもギリギリ見えるレベルの速度であった……。そもそも我等はアッガイの真剣というのを見た事が無かったかもしれん。あれが本来のアッガイの強さであるとすれば……。ふふっ、武者震いがしてきたわ! 後で我とも手合わせしてもらおう!」

 

(マープルからプランの事を知られる危険性が大きいと聞いていましたが……。正直、これは予想外の戦闘力ですね……。プラン実行中に暴れられれば……)

 

 

 英雄と揚羽、そしてクラウディオがそれぞれに思うものがある中、まだアッガイをよく知らない紋白だけは、ヒュームとアッガイの双方を心配していた。また、小十郎は素直にアッガイを賞賛し、あずみは目の前の出来事が信じられずに呆然としてる。それから数秒後には意識を正常に戻せたが、いつものあずみらしからぬ時間だった。英雄が傍に居るにも関わらず、このような事になったのは、やはりいつものアッガイとのギャップが大きすぎたせいなのだろう。

 

 

「……フフフ、さすが九鬼家従者部隊の頂天に立つだけの事はありますね」

 

「お前がここまでやれる奴だとは思わなかったぞ、アッガイ」

 

「そういう貴方は温いですね。こんなものでは無いのでしょう?」

 

「それは直接味うがいい、ムンッ!」

 

 

 土煙の中から姿を現したアッガイは大したダメージを負っている様子はなく、目の前のヒュームを挑発する。そんなヒュームは戦闘の認識段階を上げたのか、先程以上の鋭い蹴りをアッガイに打ち込む。ヒュームの蹴りはアッガイに当たったものの、打撃箇所を意図的に逸らされ、壁際から逃げられてしまう。

 

 そこからは凄まじい攻防が始まった。距離を離したアッガイが竜巻を発生させてヒュームに攻撃し、更にヒュームの攻撃タイミングにも合わせてリズムを崩しにかかる。対するヒュームはアッガイの動きを読みつつ一撃を当て、再度壁際に追い込み攻撃の機会を無くす程の連撃を狙う。

 ヒュームには面倒と思える事があった。それはアッガイの堅牢なボディである。石動陽向がアッガイを作製した当初のスペックや素材のままであれば、まず先程の反撃でもボディは砕けていただろう。しかしアッガイの体は何故か変化していた。その変化は驚愕の一言であり手加減されたとは言っても、あのヒュームが繰り出す強烈な蹴りを受けて凹み一つ出来ない程だ。だからこそ、ヒュームは例えアッガイにダメージが与えられずとも、その攻撃という手段を封じる程の連撃を狙っている。

 

 アッガイの竜巻が土埃を巻き起こして土煙を生む。その土煙をヒュームの強烈な蹴りが切り裂く。

 ヒュームが蹴りを繰り出せば、アッガイが打撃点を逸らす。高速移動でヒュームを掴みに掛かるアッガイを、間合いを見つつ蹴りで弾き飛ばすヒューム。近付いては離れ、離れては近付く。

 

 

 数十分経っただろうか、数分だったであろうか。それとも数秒での出来事だったのだろうか。それほどまでに、アッガイとヒュームの攻防は見ている者を魅了し、視線を奪った。

 

 

 ――そのすぐ近くで大元の問題が解決すると言うのに。

 

 

 

 突如、肌が強く叩かれる乾いた音が訓練場に響いた。その音に、訓練場に居た全ての人間が、その音の出元へと視線を向ける。

 

 

「――これで、この話は終わりです」

 

「……あぁ。ありがとよ局」

 

「……アッガイの言うように、人を叩くというのは痛いですな……。愛している人なら尚更……」

 

「手、見せてみろ」

 

「帝様」

 

「赤くなっちまって……。ごめんな、局。……ありがとう」

 

「帝様……」

 

 

 アッガイとヒュームの戦闘に皆見入っていたら、戦闘の理由たる九鬼夫婦が仲直りし、ラヴラヴな雰囲気を醸し出していた。局の赤くなった手を優しく帝が摩る。局は目尻に涙を溜めながら帝の優しさを噛み締めていた。もういつ抱き締め合ってもおかしくない雰囲気である。

 そんな九鬼夫婦の様子に呆然とするのが観戦室の人間達だ。アッガイとヒュームの戦闘に注視していたら、いつの間にか、そもそもの問題の主達が仲直りしていたのだから。一体どのような会話がなされていたのか。帝がどのような理由で紋白の母親を愛したのか。それらは当人達以外に知られる事は無かった。

 

 

「おやおや……。ですがこちらはまだ決着がついていないのですよ!」

 

「ふん、いいだろう。付き合ってやる!」

 

 

 しかしアッガイとヒュームの戦闘はまだ終わらない。いつもなら真っ先に戦闘を中止して逃げ出すであろうアッガイが、戦闘中止を認めないのだ。そしてヒュームも、そんなアッガイに付き合うように攻撃を仕掛ける。

 

 二人の様子を見たクラウディオが、即座に仲直りした帝と局を安全な観戦室へと連れて行く。局は観戦室に入ると、真っ先に紋白の前へとやって来た。自分の前に来た局に、紋白は驚く。なにせずっと存在を無視されて来たのだ。ここ5日程はそもそも出会っていなかったので、無視されていたという訳ではないが。

 

 

「紋白よ。済まなかった……」

 

「え……」

 

 

 局は紋白に向かって深く頭を下げた。その様子に紋白だけでなく、観戦室に居た帝以外の全ての人間が驚く。

 

 

「我がお前を無視したのは、我の下らぬ嫉妬、八つ当たりであった……。何の落ち度もないお前に、我は最低の事をした……。本当に済まなかった」

 

「……あの、……えっと……」

 

「我は母親として失格である。どんな言葉もお前の心の傷に比べれば、軽く、安いであろう。我を母と呼びたくない気持ちも理解出来る。だが――」

 

「そんな事ありません!!」

 

 

 頭を下げながら謝罪する局。これまで自分が紋白にしてきた行動に、本当に後悔している。だからこそ、紋白に精一杯の謝罪をして、その結果を受け入れようと思ったのだ。それが例え、自分を母と呼ばないという結果になったとしても、受け入れるつもりだった。

 しかし局の言葉を途中で紋白が遮る。九鬼に来てから初めて聞く大きさの紋白の声に、今度は帝を含めた観戦室の人間達が驚く。九鬼に来てからの紋白というのは、どこかオドオドしているというか、人の顔色を見ながら静かにしている、といった印象だった。揚羽や英雄のような剛毅さは見えず、一部の者からは本当に帝の遺伝子を継いでいるのかと疑われるレベルだったのだ。それが、あの局の言葉を遮った。

 

 

「わた、我は、母上を母では無いなどと思った事は一度もありません! 母と呼びたくないと思った事もありません!」

 

「……紋白」

 

「母上は母上です! 例え母上が私を娘と思ってくれなかったとしても、それは変わりません!」

 

「……やはりお前は帝様の子であるな。本当に……本当に、大きい」

 

「我も、九鬼ですからな! ふ、フハハハハハ!」

 

「……そうであるな。紋白、お前も九鬼である」

 

「……っ!」

 

 

 『お前も九鬼である』という局の言葉を聞いて、見る見る内に紋白の顔が歪み、目には涙が溜まる。それを必死に堪える紋白だったが、スッと局が紋白を優しく抱きしめた。そのまま局は紋白の髪をゆっくりと撫でる。それに耐え切れなかったのか、紋白は涙腺を崩壊させて、声を出して泣き始めた。その光景に、揚羽も少し涙ぐみ、英雄は腕を組んで満足そうに目を閉じている。他の人間も、局と紋白の様子に暖かなものを感じている様子だった。

 

 ――その一方、訓練場ではそんな心温まる光景など関係なしの攻防が続いている。

 

 

「その右目! 私が貰ってあげましょう!」

 

「貴様にやる物など一つとして無いッ!」

 

 

 先程の戦闘とはまた違う。強烈な乱打戦が繰り広げられていた。アッガイの乱打をヒュームが蹴り飛ばし、リズムが崩れた所でヒュームの乱打が始まる。ヒュームの乱打を、アッガイは鎌鼬のような風の刃で対応し、再び自分のリズムへと引きずり込む。そしてまた乱打を繰り出し、それをヒュームが蹴り飛ばす、という光景が延々と続いていた。

 

 九鬼家自慢の訓練場は、地面が割れ、壁の多くが砕けている。さすがにこのままではマズイと判断したのか、戦闘力の高いクラウディオとあずみ、揚羽、それと従者だからと言う事を聞かない小十郎も出てきた。揚羽としては戦闘力の低い小十郎を、アッガイとヒュームの戦闘に巻き込んで怪我をさせたくなかったのだが、とにかく早く二人の戦闘を止めなければならなかった為、今回は許可した。

 

 観戦室から数人が出てきたのを確認したアッガイは、ヒュームとの乱打戦を止め、大きく後方へと移動する。ヒュームも揚羽達に気付いており、アッガイと同じく後方へと飛んだ。揚羽達はアッガイとヒュームを横から見えて、二人の丁度中間位の位置に居た。

 

 

「一体何ですか? 戦いの途中で水を差すとは」

 

「アッガイよ、もう父上達の話し合いは終わった! もう戦うのはやめるのだ!」

 

「おいコラ、おふざけロボット。調子に乗って暴れてんじゃねーぞ」

 

「ヒューム、貴方もそろそろ抑えて下さい」

 

「……俺は問題無い。問題があるのはアイツだ」

 

「……やれやれ、貴方達のせいで彼がやる気を失ってしまったではありませんか……!」

 

 

 アッガイはどこかイラついたように腕を広げる。すると徐々にアッガイを竜巻が包み込み、強烈な風が訓練場全体に吹き付け始めた。風の規模も大きいせいか、訓練場の物などに当たって『ビュー』と大きな音を其処ら中で響かせ始める。

 

 

「くうっ!」

 

「揚羽様っ! 俺の後ろに!」

 

「あんのロボット……!」

 

「ええい、風が騒がしいな……!」

 

「でも少し、この風……泣いています……ハッ!?」

 

「ム?」

 

「これは……止んだ?」

 

 

 ある瞬間にアッガイの風が全て止み、訓練場は静けさを取り戻した。アッガイを見てみると、既に牧師服ではなく、普段のアッガイとなっている。この事態にアッガイ以外の人間は理解に苦しむ。逆にアッガイは焦りに焦りまくっていた。

 

 

(まずいまずいまずい! 制限時間に近付いてネタっぽい言葉を聞いたら思わず釣られて解除しちゃった!)

 

 

 そう、アッガイのあの変身のようなものには時間制限があった。現在の時点で約20分。しかも時間制限に近付けば近付く程に雑念が多くなり、切欠させあれば解除してしまうのだ。

 

 

「……オイ、アッガイ」

 

「あ、ヒューム氏。グッドファイトだったね、うん。良い戦いだったよ。とても良い終わり方だよね、うん。九鬼の青春だよ。よしっ、皆で焼肉食べに行こうぜ!」

 

「お前は問題が解決しても戦闘を自分の意思で続行したな? 覚悟はいいか……!」

 

「ちょっと待って! 分かったよ、僕が悪かったよ、責任取るよ!」

 

 

 そう言うとアッガイは自分の体の数箇所を素早く突っついた。その行動に見ていた者達は?マークが頭に浮かんだ。そんな様子を見て、アッガイが自分の行動を説明し始める。

 

 

「今僕が突いたのは人体に708あるとされる経絡秘孔さ……。この秘孔を特定の順や種類を突く事で人体に多大な影響を及ぼすんだよ……」

 

「多大な影響……?」

 

「そうさ……、僕は今、自分自身の体の自由を奪ったのさ……! うぐっ!?」

 

「アッガイ!?」

 

 

 揚羽がアッガイを心配する声を上げる中、揚羽と小十郎以外は冷めた視線をアッガイに送っていた。

 

 

「この技の名は残悔積歩拳……! あ、足が! 足が勝手に!」

 

 

 そう叫ぶとアッガイは後ろ向きのまま、後方の出口に向かって猛ダッシュしていく。しかしその出口には既に回り込んでいたヒュームが。

 

 

「手間を取らせるなッ!!」

 

「あーん! うわらばぁー!」

 

 

 ダッシュの速度と、ヒュームの蹴りが合わさって、強烈な衝撃を受けたアッガイは地面に沈んだ。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 夕刻。九鬼ビルの入口には簀巻きにされたアッガイが縄で吊るされていた。時折吹く風で横にブラブラと揺れている。近くではカラスが鳴いていた。その鳴き声を聞いてアッガイは自分がカラスにバカにされているような気がしてくる。そして落胆しながら茜色に染まった夕焼けを見て、アッガイはこの世の無情を嘆いた。次兄のように有情があってもいいじゃないかと。

 

 そんな九鬼ビルに、やってくる人間達が居た。

 

 

「あれ? アッガイどうして吊るされているの? またヒュームさんを怒らせたの?」

 

「陽向に若葉ちゃん……」

 

「ダメですよーアッガイちゃん。あんまり悪戯したらー」

 

 

 やって来たのはアッガイの製造者である石動陽向と、その妻となった若葉であった。二人はなにやら紙袋を持っており、袋からして外国のお土産だと判断出来る。

 

 

「言ってなかったんだけど、遅い新婚旅行に行ってたんだ。皆が気を遣ってくれてね」

 

「お土産買って来ましたよー」

 

「……幸せそうで何よりです、とアッガイは言葉と違う冷めた視線を送ります」

 

「いつも通りだねアッガイ」

 

 

 アッガイは拗ねているのか、二人に対してどうでもいいような態度を見せる。そんなアッガイを見て、苦笑いしつつも、陽向は土産の一つのお菓子を開封し、そのお菓子をアッガイの口元へと持っていく。

 

 

「……なに?」

 

「そのままだと食べられないでしょ? はい。僕らのお土産は最初にアッガイに食べさせてあげる」

 

「美味しいですよー」

 

「…………うう」

 

 

 アッガイは陽向差し出したお菓子を簀巻きのままで食べた。

 

 

「……なんかこのお菓子、しょっぱいや……」

 

「あれ、おかしいな。凄く甘いお菓子だった筈なんだけど……」

 

「…………ふふふ」

 

 

 アッガイの言葉の意味を理解していない陽向と、理解している若葉。

 

 

「陽向……。思えば僕と君ともなかなかの付き合いだよね……。君が結婚する前から僕は君と一緒だった……」

 

「え、突然どうしたのアッガイ」

 

「なんていうかさ。なんやかんやで一番優しいのは陽向だと僕は思ったんだよ。陽向と僕はやっぱり製作者と製作物じゃなくて、それを超越した【友人】なんだと僕は思ってる」

 

「……アッガイ」

 

「……陽向はどう思ってる?」

 

「……僕も、僕も友人だと、友達だと思ってるよ、アッガイ!」

 

「じゃあこの縄――」

 

「それはダメ」

「それはダメですよー」

 

 

 仲の良い夫婦だ、とアッガイはニヒルに笑う。そして翌日の昼まで吊るされたアッガイは、3日程、九鬼の部屋ではなく、陽向の家で寝泊りした。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 簀巻きにされ、吊るされ、やっと解放されて陽向の家でダラダラとしているアッガイ。しかしそのモノアイには憤怒の感情が溢れ出ていた。あともう少しで帝に物理的制裁を加える事が出来たというのに、なんでか計画はズレにズレて結局自分の一人負けみたいな感じになってしまったのだ。

 

 

「どうにかしてこの溢れ出るストレスを発散したい……! しかし帝以外に暴力を振るう相手もいないし、居たとしてもきっとストレス解消にならないだろう……。ぐあぁぁぁ!! ピャァァァ! モアーーーー!!」

 

 

 どうにもならない現状に、アッガイは畳の上を激しく転がり、思うがままに叫ぶ。いっその事、世間で人気のキャラクターのぬいぐるみでも購入してサンドバッグにでもしようかと考えたが、購入してそのキャラクターのファンと勘違いされるのも嫌だし、だからと言ってサンドバッグにします、とも言える筈がない。

 

 叫び続けたアッガイは、喉(?)を休めるために水分を取ろうと冷蔵庫へ向かう。そしてふと、自分で電源を入れたままに放置していたテレビを視界に入れた。テレビではアニメが流れているのだが、そのアニメを見てアッガイに衝撃が走る。自分の頭に浮かんだ天才的な発想、それに対して自分自身が驚愕したのだ。

 

 

「なんという事だ! そうだ、この方法があったじゃないか! ストレス解消&異世界侵略ってやつですよ!!」

 

 

 アッガイは異世界に行くという事を思い付いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

時系列:原作開始
【第8話】 嵐山


 

 季節は春。桜が美しく咲き誇る季節である。川神市では、春休みを終えた川神学園の生徒達の登校姿を見る事が出来る。再び始まる学園生活に、喜んでいる者も居れば、まだまだ休んでいたかったという感じの者まで、様々な様子の生徒が居た。また、新たに川神学園に入学した新入生達は、どこか緊張した雰囲気を持っている。

 

 そんな中、生徒達には色々なグループが存在し、その中でも特に有名な風間ファミリーというグループが川神学園を目指して登校していた。グループは川神学園2年の風間翔一がリーダーを務め、キャップと呼ばれている。本日はこの登校メンバーには居ないが、強烈なリーダシップと幸運を持つ男だ。

 他のメンバーは体格が良く、パワー自慢の島津岳人。少し気弱だが、パソコン関係が得意な、愛称【モロ】の師岡卓也。そして昔、アッガイに草原で拘束された経験のある軍師的存在、直江大和。不在の風間翔一を含めたこの4人が風間ファミリーの男性陣である。

 そして大和の後ろを歩く女子が椎名京。椎名流弓術を使う武士娘だ。小学校時代に酷い虐めを受けていたのだが、小雪の一件もあって大和が助けた。大和はただ心の傷が癒えるようにと接したつもりだったのだが、いつのまにかガチで大和ラヴな女の子になっていた。そしてそのまま風間グループに入り、現在に至る。

 

 

「みんな、おっはよー!」

 

「おはよう、ワン子」

 

「おう、ワン子」

 

「おはよう。姉さんは一緒じゃないのか?」

 

「そういえばそうだね」

 

「お姉様は先に行ったわ」

 

 

 合流してきた元気一杯な女子は、川神一子。愛称【ワン子】である。以前は岡本一子だったのだが、家族が亡くなった事もあって川神院の養子となった。以前はここまで元気の良い女の子ではなかったのだが、川神院の影響もあって、毎日トレーニングに励んでいる。目標は川神院の師範代になる事だ。

 

 そして大和の言う【姉さん】の事であるが――

 

 

「あっ、あそこに居るのってお姉さまだわ!」

 

「なんだよ、またモモ先輩に挑んでるのか?」

 

「うわっ、今回は随分大人数だね。こりゃ大変だ……回収の人が」

 

「大和、いいの?」

 

「……あーもう! 怪我するだけって分からないかなぁ! 姉さん! ちゃんと加減してよー!」

 

「おーう、弟ー! コレ終わったら合流するからなー」

 

 

――武神。川神百代である。

 

 風間ファミリー最大戦力であり、風間ファミリーが他の生徒達から一目置かれる理由だ。一子の姉であり、川神鉄心の孫であり、川神院を継ぐ者。そして世界最強の称号を持つ者である。

 そんな彼女には、いつも力自慢の自称猛者達が勝負を挑む。不良から一端の武芸家まで、その質は幅広いが、未だに百代を納得させるような挑戦者は現れていない。

 今現在、百代の前には不良が30名居るが、彼女にとっては良くてウォーミングアップ程度、大体がお遊び程度の力で片付いてしまう。

 

 現に大和との会話から約10秒で不良は全員、地面に倒れていた。一人残らず意識を無くしており、中には口から泡を吹いているような人間も居る。

 

 

「あーあ、やっぱり全然ダメだなー。揚羽さんクラスじゃないと全然物足りない……」

 

「……アッガイに投票。アッガイに投票……」

 

「ん? おい、アッガイお前何してるんだ」

 

「やぁ百代。何って刷り込みってやつだよ。いざとなったら投票する時に僕を応援するように仕込んでるんだ」

 

 

 いつの間にか、不良達の所にアッガイがやってきており、倒れて意識の無い不良の耳元で、『アッガイに投票』と言い続けていた。

 

 アッガイと風間ファミリーの関係は中々に長い。始まりは、あの小雪の事件からだ。あの事件の後、一時的に入院していた小雪の様子を見に来たアッガイは、同じように様子を見に来た風間ファミリーと遭遇。

 風間ファミリーの中でも特に翔一とモロには懐かれた。翔一は見た事の無い存在に滅茶苦茶興奮し、家に連れて帰ろうとした程だ。モロは元々ロボット系が好きな事もあって、翔一程ではないが興味深々であった。岳人は見た目でアッガイを小馬鹿にしたので、アッガイからチョイ制裁を受けている。何をしたかと言うと、フレンドリーに握手を求めて、握手をした瞬間にガッチリと手を固定。そのまま電流を流すというものだった。一子は最初、そんなアッガイに怯えていたのだが、アッガイの熱心な説明によって今ではとても仲良しだ。時々、川で一緒に泳いでいる所を見る事が出来る。

 京との仲も良好ではあったが、最初からという訳では無かった。一気に良好になったのは、大和に対する京のアタック応援が理由である。如何にして大和を落とそうか、そう思い悩んでいた京に、あの手この手と知識を与えたのがアッガイだったのだ。アッガイ本人はただ面白そうだったから協力しただけだったのだが、それによって京とは良い関係を築く事が出来た。大和曰く、『京を暗黒面に落とした張本人』である。

 そして、百代との関係もそこそこに良好。とは言っても、アッガイから百代へ向けた良い関係という事ではなく、百代からアッガイに向けた良い関係という事である。そもそも、一子や京と違い、百代の場合にはアッガイの方が百代を怖がり、避けていたのだ。何故アッガイが百代を怖がり、避けたのかはアッガイの小学生見守り活動にまで遡る。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「やぁ皆。僕は君達の登下校を見守るアッガイだよ。ゆるキャラグランプリの際には――」

 

「おい、そこのロボット」

 

「ん? やぁなんだい。強気な感じのお嬢ちゃん。僕のサインが欲しいの?」

 

「そんなのいらない。私はお前が強いのか知りたいんだ。九鬼のロボットなんだろ、どうなんだ」

 

「僕のサインを要らないだなんて絶対後悔するよ! 絶対後悔するよ! ねぇいいの? ホントに――」

 

「言いから答えろーー!!」

 

「ひごぇッ!?」

 

 

 アッガイお決まりのやられ文句、『あーん! ○○ー!』という言葉すらも言わせて貰えない程の、強烈かつ突然の攻撃だった。この後、近くの川に飛んでいったアッガイは水面を数回跳ね、沈んだ。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「しかしアレだよね。百代も美人に育ったのに中身が残念過ぎるよ」

 

「アッガイは私に可愛がられたいと見た!」

 

「歪曲した愛! やったら鉄心氏に言い付けてやるからなー!」

 

「お前、私相手だといっつもそれだよな。本当に撫でたいだけの時とかもやたら怖がるし」

 

「コイツ……! 最初に何をしたのか忘れてやがる……ッ!?」

 

「あれはお前がさっさと答えなかったからだろー!」

 

「若者のキレやすさに僕は驚愕だよ! これだからやたら武力を持ってる奴は!」

 

 

 そう言いつつ、アッガイと百代は二人で風間ファミリーの所へと歩いていく。ファミリーの皆は二人の様子を『またか』と言った目で見ており、この光景が幾度となく繰り返されてきた事を容易に想像させた。

 

 

「やぁ。翔一は始業式の日から欠席かい? あと、この間、翔一に頼んでおいたビラ配布ちゃんとやったかどうか知ってる人居る?」

 

「おはよう。あのビラだったら駅前ですぐに配ってたぞ。俺とモロとガクトも手伝ったけど、すぐに配り終わったな」

 

「あーあのビラか。っていうか何だよあのビラは。なんで俺様があんなのもの配らなきゃならなかったんだ――」

 

「知るかよ筋肉バカ黙れよ電気流すぞ」

 

「お前ホント俺様に冷たいのな!」

 

「ガクトは最初にアッガイを馬鹿にしたのがね……。僕やキャップみたいに仲良くしようとしなかったのが尾を引いてるね」

 

「ホントだよ。もしもモロがガクトみたいな事を言った場合には、恥ずかし固めするって僕決めてるんだ」

 

「なにそれ!?」

 

 

 アッガイは大和にガクト、モロと話しつつ、歩きながら一子や京にも話しかけて行く。

 

 

「おはようワン子。今日も元気でよろしゅうござんす」

 

「おはよっ! ねぇアッガイ。また今度一緒に川で鍛錬しましょ!」

 

「いいぜ、アッガイのスイムに酔いな」

 

「ワン子が風邪引いたらお仕置きなー」

 

「破滅への輪舞曲(ロンド)!! ……あれこのネタ前にも使ったような……」

 

「ワン子、もうちょっと暖かくなってからにしなよ。それとアッガイ、そのネタはもう何回も使ってるよ」

 

「ん~? 別に平気なんだけど……」

 

「アレだよワン子。時期に合わせた鍛錬をしましょうと君の姉は言っているとアッガイは推理します」

 

「そうだったの!? 気を遣ってくれてありがと、お姉さま」

 

「……そういう事にしておいてやるか。よしアッガイ。お前に合わせてやったんだから抱きつかせろー!」

 

「下手に出たらこれだよ! そして発言だけ聞くと変質者だよ!」

 

 

 ギャーギャー言いつつも百代の武力には勝てず、もっと酷い目を見る前にアッガイは降参した。百代は満足した表情を見せながら、アッガイに後ろから抱きついている。抱きついているというか、最早アッガイにオンブして移動している状態だ。ちなみにアッガイ。そこそこ前から体の材質が変わっている。どの位前からかと言うと、九鬼夫婦の喧嘩から数週間後位の時だ。

 アッガイの体が今現在どうなっているのかというと、金属的な肌触りではなくなり、ぬいぐるみに近い肌触りのいい体となっている。見た目では全く変化が見られないが。ちなみに肌触りだけであり、押しても凹む事はないし、今だにヒュームの蹴りを受けても平気なボディである。温度もあり、冬は暖かく、夏は冷たいという便利グッズな体だ。

 

 

「やっぱりアッガイはいいなぁ。お前ホントにウチに来ないか?」

 

「全力でお断りします」

 

「なんでだよー! ワン子の所へは行くじゃないかー!」

 

「ワン子とチミを比べるんじゃないよ! 百代の抱きつくは零距離ガイアクラッシャーなんだよ! 砕けちゃうの! 僕が!」

 

「ちゃんと加減するからー!」

 

「戦闘衝動抑えられない人の言葉を信じちゃいけないって、鉄心氏が言ってましたー」

 

「あんのクソジジイーーーッ!!」

 

 

 アッガイの言葉を聞いた百代は、アッガイから飛び降りて一目散に川神学園へと走っていく。その速度は凄まじいの一言に尽きるもので、鉄心を一発殴りに行くのだろうと、風間ファミリーメンバーは思った。

 

 

「やれやれ、嘘も方便とはこの事だぜ……!」

 

「嘘なのかよ!」

 

「アッガイ大丈夫なの? モモ先輩の事だから、その事がバレたら何するか……」

 

「っていうか、これアッガイの弱みじゃねぇか?」

 

「ほんと筋肉ばかりで気持ち悪い考えが出来るようになったねガクト。筋肉に失礼なレベルだよ」

 

「ハン。今の俺様はお前の弱みを知ってるんだぜ? そんな事言ってて――」

 

「鉄心氏にはいつも電気マッサージしてあげてるから、何かあった時には話を合わせてくれるように交渉済みだもんねー」

 

「おいモロ、今週のジャソプ見せろよ」

 

「ちょっと!? 僕を巻き込まないでよ!」

 

「オイコラ、ガクト。こっち来いよ。電気鼠もびっくりなレベルで電気流してやるよ。ピカピー!」

 

「ふざけんなーーーーーーっ!!」

 

「逃げんじゃないよこのーーーッ!」

 

 

 逃げる岳人をアッガイが追いかけていく。残された大和とモロ、京とワン子は、その光景を見て『学校始まるなー』と何故か感慨深げに思っていた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「まったく、朝からエライ目にあったわい……」

 

「まぁまぁ、こうして電気マッサージしてるから大目に見てよ、僕を」

 

「まぁお主は前からそういう約束をしていたしのぅ……。おぉ、効くのぅ……」

 

 

 朝の学長室にて、アッガイは鉄心の腰を中心に電気マッサージを行っている。登校時、アッガイの言葉を聞いた百代が、予想通り鉄心に殴りかかった事で発生したプチ戦闘。それにより鉄心の腰痛が少し酷くなり、それを和らげる為にアッガイはマッサージをしているのだ。なんと言っても、今日は始業式、学長である鉄心が居なければ話にならない。そしてアッガイにとっても、今日は特別な日なのだ。

 

 

「儂が少し話をするでな。その後で紹介するからそしたら壇上に登ってきてくれい」

 

「早くしてね。僕待ってるの嫌いなんだ。そして面倒も嫌いなんだ、スティンガーさんのように」

 

「……お主、それが雇われる側の態度かのぅ……」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 川神学園はA~I、そしてSと呼ばれる一学年十クラスがある所謂マンモス校である。川神には先祖が武士や侍だった家が数多くあり、必然的にそういった家系の子供が川神学園に集まる確率も高い。そういった生徒の特色を反映してか、川神学園には決闘システムという勝負を公認する仕組みもあるのだ。

 まぁそういった話は一先ず置いておくとして、実はアッガイの認知度というものも、なかなかに凄いものとなっていた。元々、百代達が小学生の頃から地道に見守り活動をしていた事や、河川敷の雑草を一掃する様子などが多くの人に見られており、アッガイを生で見た事が無い、という人間はほとんどいないレベルなのだ。例外として県外や市外からの人間であれば、知らないのも無理はない。しかしこの川神学園の生徒は、ほぼ全員がアッガイの事を知っているという状態だろう。

 

 

「そんな人気者の僕が! なんとこの川神学園で働くよ!」

 

「これ! まだ儂の話の途中じゃろが!」

 

「鉄心氏、物事はスピーディーかつエレガントに、ってやつだよ」

 

「……はぁ、もういいわい。本日から川神学園で用務員兼特別授業担当として働くアッガイじゃ。皆も知っておろう。県外から新たに入学した新入生等は、後でアッガイが居る授業の時や、休み時間にでも本人に直接聞いとくれい」

 

「あとファンレターはちゃんと九鬼に宛てて出してね。手紙だけじゃなくてお菓子とかも一緒だと嬉しいよ!」

 

「以上で朝礼は終了じゃ。各自教室に戻るように」

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

「という訳でヒゲの教室にお邪魔したよ!」

 

「なんでSに来るのじゃー!?」

 

「そこの着物煩いよ、少しは慎みというものを学びなさい」

 

「なんで此方が悪くなっているのじゃ!」

 

「はいはい。オジさんもこれ以上面倒な事を増やしたくないから、皆大人しくしててくれない?」

 

 

 アッガイは2年S組へとやって来ていた。理由は教師がヒゲ――別名は宇佐美巨人――ならば、好き勝手やっても大丈夫だろうと思っての事だ。風間ファミリーの居るFクラスに行こうかなぁとも思ったのだが、あのクラスは小島梅子が担任であり、フザケると鞭で打たれるので初日は行かない。

 

 

「アッガイやっほー」

 

「おお小雪。暫く見ない間にまた白くなったね。キュベレイみたいな白さだよ」

 

「意味不明な上に嘘吐くんじゃありません! 大体お前と一昨日会っただろうが俺達!」

 

「ロリコンハゲと出会ってなんかいないよ? あ、でも小雪と冬馬とは会ったね、ごめんごめん」

 

「そうだよ、アッガイひどいよー。でも準は居なかったよね?」

 

「もしかしたら居なかったかもしれませんね」

 

「なんで二人はそっち側なんだよぉーッ!?」

 

「性犯罪者予備軍に居場所は無いと思え」

 

「違うッ! 俺はただ穢れ無き幼女達とお風呂で洗いっこしたり、一緒に寝てちょっとトラヴルな感じを楽しみたいだけだ!!」

 

「十分に問題じゃわ!!」

 

 

 Sクラスには昔助けた榊原小雪。葵紋病院院長の息子、葵冬馬。葵紋病院副院長の息子、井上準が在籍している。そして時折会話に混ざる変な言葉遣いの着物は不死川心。英雄やあずみも同じクラスだが、英雄は九鬼の仕事もしている為に欠席や早退も多く、今日も欠席となっている。

 小雪と冬馬と準は普段から3人組で行動する事が多く、葵ファミリーと呼ばれる事もある程だ。小雪は風間ファミリーとも仲良しではあるが、冬馬と準は小雪を通じてなのでそこまでではない。とは言っても何かと関わる事は多く、よく知っているとも言える。

 小雪は元気に育ち、スタイルの良い美人となった。冬馬は川神学園でイケメン四天王と呼ばれる程の美形であり、頭脳明晰、さらにはあの英雄が友と呼ぶ男だ。個性派揃いのSクラスで唯一の良識派、ストッパー役である。準はいつの事だったか、禿げた。いや、自然に禿げた訳ではなく小雪に剃られたのだが。何故かそのまま気に入ってずっとハゲのままだ。

 

 

「しかしアレだね。心はもうその痛々しい自虐的な話し方はやめたらどうだい?」

 

「此方のどこが自虐的なのじゃ!!」

 

「え、アレでしょ? 体の成長(一部)が遅いから話し方だけでも年寄り臭くしてるんでしょ? 分かるー」

 

「此方のどこが成長が遅いと言うんじゃー!」

 

「……自虐もここまで来ると笑ってあげるのも憚られるよ」

 

「いやアッガイ。不死川はこれでいいんだ……。一年経ったら王国追放だがな!」

 

「にょわー! 誰か此奴等をどうにかするのじゃー!!」

 

「あのさぁ、オジさんも仕事させてくれない?」

 

 

 着物の少女、不死川心は名家である不死川家のご令嬢である。家の持つ権力は日本政府のみならず、外国にも影響力があるとまで言われている程。しかしこの川神学園ではそんな権力は使えない。そもそも心はそんな風に使おうとは思っていないのだ。というか思っていないのではなく考えついていない。ただやはり名家という自負なのか、驕りなのか、いつも他者を見下すような言動が目立つ。基本的に努力家で、寂しがりなのだが、それによって友人と呼べる人間は皆無だ。

 先程から自分の事をおじさんと呼ぶヒゲ、宇佐美巨人は、収拾がつかなくなる前にどうにかしたい気持ちで会話に割り込んでいった。ヒゲは川神学園でもかなり特殊な教師で、規律を守れと堅苦しく言う事はない。というのも、彼の本職は代行業で、根っからの教職者ではないのだ。しかし今はFクラス担任の小島梅子にご執心である。

 

 

「ヒゲはアタック成功したの?」

 

「それがさー。全然お誘いOKしてくれないのよ。休日に食事も駄目。帰りに一杯も駄目。一緒にお昼も駄目。視線合わせるのも駄目。どうすりゃいいのかねー?」

 

「諦めろ」

 

「……お前はいつもシビアだな。でもオジさん諦めないぜ。なんかこうもうすぐ風向きが俺に向いてきそうな予感がするのよ」

 

「それアレじゃね? 風は風でも向かい風じゃね? もうそこまでなると断られてる事に愉悦を感じているのではないかと心配になるよ」

 

「いい加減に授業を始めぬかぁー!」

 

 

 話がどんどん脱線していく、そんな様子に心はキレた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「僕の授業はね。基本的に自習なんだよ」

 

「? それではアッガイが授業をする意味がないのでは?」

 

「いいね冬馬いいね。良い質問をしてくれた君には後で【平等院鳳凰堂極楽鳥の舞】を教えてあげるよ。でもこれ覚えると根暗なボッチでストーカーになるから気を付けて」

 

「ではお断りしますね」

 

「あーん! イケメンの華麗なお断り!」

 

 

 アッガイは自分の授業を行っていたのだが、その内容は基本的に自習というものだ。その内容に当然疑問を抱いた人間は居て、冬馬が代表するかのうようにアッガイに質問した。

 

 

「あのね。僕は君達に極限の集中力というものを身に付けて貰いたい訳だよ」

 

「極限の集中力ー?」

 

「そうだよ小雪。どんな時でも集中力が大切なのさ。大学受験を控える生徒は特にね。だから僕は君達の集中力を伸ばしてあげるのさ」

 

「結局どうするんだよ」

 

「ハゲは黙って説明聞けよ」

 

「何故だ! 何故俺の性癖はこんなにも人から蔑まれる!?」

 

「無視するよー。で、内容だけど、君達が一生懸命に自習をしている時に僕が邪魔――為になる話をするから、それに惑わされないようにするだけの事さ」

 

「今、邪魔って聞こえたような気がするんじゃが……」

 

「心、耳まで遠くなった設定はやりすぎだよ。邪魔なんて誰が言ったんだい。はい、じゃあ始めるよー。40秒で支度しな!」

 

 

 アッガイはそう言うと教卓の上に仁王立ちする。

 

 

「この授業の時には僕も色々試してみる事にしたのさ。チェーンジアッガイ! スイッチオン!」

 

 

 いつかのゲーニッツの力を使用した時のように、アッガイから光が放たれ、アッガイの姿を隠す。数秒の後に光は収まり、そこには姿が変わったアッガイが居た。

 

 

「この姿は僕考案のオリジナル……。名付けて【ブルジョアッガイ】さ!」

 

 

 高級そうな毛皮のコートを纏い、頭には何かの羽が華麗に飾られた帽子。アイアンネイルには宝石が付いた指輪があり、首からは千年パズル。

 この姿になると路上で高価そうな猫に出会いやすくなる。他に何か特別な能力はない。あったとしても古代エジプトのファラオの力がどうこうなるだけである。

 

 

「首から下げてるやつだけおかしいだろ! どういうセンスだよ!?」

 

「じゃあ授業開始するよー。皆好きな教科の自習してねー」

 

 

 準のツッコミを無視して授業の開始を宣言するアッガイ。準はどこか納得いかない様子だったが、授業が進まないのも嫌だったのか、自習の為の用意を始める。

 

 1分程経って、2-Sにはペンを走らせる音が響き始めた。小雪は自習よりもアッガイが何をするのかの方が気になるようで、用意も何もしていないが、アッガイは許容する。そもそも小雪にはあまり効果が無いと思っていたからだ。

 

 アッガイは生徒達の様子を見て、教卓に座り、とある本を取り出した。

 

 

「『ノンケをその気にさせる801の方法』。この本の監修は阿部――」

 

「ちょっと待てぇぇぇぇッ!?」

 

「中々に興味深い本のようですね」

 

「とうまー。ノンケってなにー?」

 

「ユキは聞いちゃいけません! 若も本気で興味深々な顔しないで! あとアッガイ! お前学校になんてもの持ってきてるんだ!!」

 

「お前が鞄に入れてる写真の方が余程悪質だと思わんかね?」

 

 

 瞬間、教室の時が凍りつく。否、凍ったと思ったのは準だけだ。Sクラスの視線が準へと集中する。その視線はどれもこれも『マジかよ』『遂にやったか』『いつかやると思った』と言った感じのものだった。

 準は汗をダラダラと流しながら必死に否定する。

 

 

「な、なな、ななな何をい、言ってるのかなアッガイは。は、はははねーよ。そんなもんねーよ。だってほら、お、俺紳士だし」

 

「はい、ここに証拠があります」

 

 

 スッとアッガイは皆に見えないようにして写真を取り出した。いつの間にか準の鞄を持っていたのだ。今度はその写真に視線が集中する。

 

 

「準、この写真。今は僕だけにしか見えていないよ。この写真に写っているモノを知っているのは僕と準だけだ」

 

「畜生一体何が目的なんだ頼む許してくれお願いします!」

 

 

 準はアッガイの居る教卓の前へスライディング土下座して移動する。最早突き刺さる視線なんてどうでもいい。この写真が見られれば破滅が待っているのだ。

 そんな準の様子にアッガイは優しい視線を向ける。

 

 

「ハゲ。今回は最初っていう事もあるし、僕の言わんとする状況にもなってるから見逃してあげるよ」

 

「は、ハハー! ありがとうございますーーッ!」

 

「はい、焼却」

 

「うわあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 アッガイは写真を握り締めた状態で炎を放出し、一瞬で写真を燃やした。あまりの惨状に準は悲鳴を上げて燃えカスを拾い集める。普通に泣いていた。

 生徒達がドン引きしながら準を見ていたが、アッガイはそんな生徒達に向けて言葉を放つ。

 

 

「ほらー皆、集中出来てないよー? ハゲの性癖なんか気にしてたら受験落ちちゃうよー?」

 

 

 アッガイの言葉に『それもそうか』と生徒達は一部を除いて自習を再開し始めた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「おーい後輩ー。ポップコーンちょうだーい」

 

 

 学園が終わった後、アッガイは島津寮という寮へとやって来ていた。この島津寮は風間ファミリーの島津岳斗の母である、島津麗子が入寮者の世話をしている。寮の利用者は、風間翔一、直江大和、椎名京、源忠勝だ。そしてクッキーという九鬼のロボットも居る。アッガイが後輩と呼んだのはこのクッキーだ。クッキーにはポップコーンを作る機能があり、アッガイはそれをよく貰いに来る。

 しかし今日は居ないのか、返事が無かった。しょうがないと諦めて帰ろうとするアッガイは、ふと自分に向けられた視線を感じる。誰か居るのかとも思ったが、島津寮に居る人間はアッガイを見て声を掛けないという事は無い。アッガイは自分が大人気だからと思っているが、本当の理由は違う。声を掛けておかないと勝手に自分の部屋に入ってゴロゴロしているからだ。もしも自分に用があった場合には、留守中に部屋を荒らされているなんて事もある。アッガイからすれば自分が用事で訪ねたのに留守だったから部屋で楽しく待たせて貰った、というだけの話なのだが。

 ちなみに女子の部屋は2階となっており、男子禁制だがアッガイは許可されている。しかしアッガイも女子の部屋に強引に入ったりはしない。留守の場合には、ちゃんと男子の誰かの部屋で待っている。

 

 話を戻すが、とにかくアッガイは自分に向けられている視線が、自分の知らない相手である事を察した。こういうのは勢いが大切である。初対面から見下したり馬鹿にしてくる人間をアッガイは悉くお仕置きしてきた。しかし一々相手にするのも面倒なのだ。だから最初から威圧して、馬鹿な事を仕出かさないようにする必要がある。

 アッガイは気配を探って、視線の主がどこに居るのかを見付けた。そしてその方向に勢い良く振り向いて叫ぶ。

 

 

「誰だお前は!!」

 

「はうぅ!? ……こ、こっちです……」

 

「全然見当違いじゃねぇかYO!」

 

 

 全く違う方向から視線の主が現れた。刀を握り締め、アッガイをオドオドとしながら見ている。そして何故か馬のストラップが喋っていた。というか腹話術だろう。

 

 これが黛由紀江と松風、アッガイの出会いだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第9話】 やらせはせんぞぉ!

 

「え、ちょっと待ってちょっと待って。日本語で頼む」

 

「オラも九十九神って話じゃん? 見た目名馬のこのストラップに宿った」

 

「もちつけ……もちつくんだ僕……!! そうさ、これはアレだよ。僕の人気が一定以上になった証拠じゃないか。そうだろうアッガイ……。そうさアッガイ……。人気者はいつも真似されるものだ。設定を真似されてもしょうがないじゃないか………………無理だ! 消えるがいい!!」

 

「! せいっ!」

 

「あーん! 日本刀の恐怖!」

 

 

 黛由紀江、そして松風と対面したアッガイ。だが松風が【九十九神】という話を聞いて大いに動揺していた。なんとか必死に落ち着こうとしたのだが、やはり設定被りは許容出来ない。即座に松風――実際は持っている由紀江――にメガ粒子砲で攻撃を仕掛けようとするのだが、攻撃の前に日本刀の一撃で簡単に地面に沈む。

 実は刀を振るった後に由紀江もマズイと思っていた。手加減はしたが、切れ味鋭い刀だ。ロボットとは言え、どこかを傷つけてしまったのではないかと心配したのだ。しかしヒュームの蹴りにも耐えるボディを持つアッガイには何の問題も無かった。

 

 

「あああ、あの、あのあの! 申し訳ありませんでした! でもそのあの! 癖というかなんというか!? 反射的にですね!?」

 

「君ちょっとキョドりすぎでしょ。落ち着きたまえ。3分間待ってやる」

 

「っていうかアッガイ先輩が攻撃しよーとしたのがいけないんじゃね?」

 

「キョドったと思ったら僕に責任転嫁してくるとはなんという娘!!」

 

「い、いえ! そのような事は滅相も……。それに今の松風が言った事で……」

 

「いや君でしょうよ! そんな腹話術で惑わされる僕ではないんだよ!」

 

「なぁアッガイ先輩YO」

 

「なにさ!」

 

「いつから……いつからオラが腹話術だと、錯覚していた……?」

 

「なん……だと……」

 

 

 衝撃を受けるアッガイ。まさか自分が錯覚していたとは。この世界は自分を中心に動いているものだと信じて疑わないアッガイは、まさか自分が鏡花水月の術中に居るとは思いもしなかった。自分のアイデンティティを守らなくてはならないという思いも、目の前に広がる光景も、一体どこまでが真実なのだろうか。しかし、ふと思う。『この台詞言った奴って最後負けるんじゃなかったっけ』と。つまり自分は負けていない。

 

 

「最後に勝てればよかろうなのだぁぁーーッ!!」

 

「はうぅ!?」

 

「行動も言動も予想外過ぎるぜアッガイ先輩YO!」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 アッガイは由紀江の部屋にお邪魔していた。部屋はまだ完全に物が整理されていないのか、少し雑な部分もある。しかし基本的に綺麗にされており、【和】という感じがよく合う雰囲気だった。

 そんな部屋でアッガイは座って、ちゃぶ台に用意されたお菓子と出されたお茶を飲んでいる。アッガイの対面には由紀江、そして由紀江側のちゃぶ台には松風が居た。お茶を飲んで一息吐いたアッガイは、話し始める。

 

 

「んで、僕に何の御用かな? というかさ、先に住み分けしようぜ。ちょっと考えたのよ」

 

「は、はい! どうぞどうぞお構いなく!!」

 

「……君は今までに接した事の無いタイプだよ。まぁそれは置いておいて、松風」

 

「なんスかアッガイ先輩」

 

「いいかい、キャラ被り以上に設定被りはマズイ。僕も松風も、最早これはどうにもならない死活問題だと思うんだ。だからまぁ緊急策を考えたんだよ。僕は【付喪神】。松風は【九十九神】。これでいこうじゃあーりませんか!」

 

「…………さすがアッガイ先輩ー! スゲー閃きだぜー!」

 

「ハッハッハ! 僕の頭脳にかかればこんなもんですよ! ゼロシステムさえ凌駕する僕の頭脳であれば!」

 

 

 上機嫌になってお菓子を黙々と食べ始めるアッガイ。そんな様子を見て、由紀江は静かに松風に話し掛けた。

 

 

「……松風。確か付喪神と九十九神では、九十九神の方が正しくて付喪神は当て字という話があったような。それにどちらも意味は同じ筈……」

 

「いいんだよーまゆっち。アッガイ先輩はチョロそうだからそういう事にしておけってー」

 

「……いいんでしょうか……?」

 

「全く甘いなーまゆっちー。本人がいいって言ってるんだからいいんだYO! それよりこっちの話しないと駄目だぜー」

 

「そ、そうでした……! あ、あの! アッガイさん!」

 

 

 二人の会話にも気付く事なくお菓子を食べ続けていたアッガイに、由紀江が話し掛ける。というよりも、本来、部屋に招いたのは由紀江であり、由紀江が用のあった筈だったのだが、アッガイが住み分けの話をしてしまったので、すっかり忘れかけていた。

 

 

「なんだい由紀江。というか松風の言う『まゆっち』というのは黛だから? 僕もまゆっちと呼ぼうか?」

 

「え!? えええ!? 呼んで頂けるのですか!? いやでもそんな畏れ多い!?」

 

「君はホントに出会った事の無いタイプだよ。見た目可愛いのに、その言動の卑屈さで10割損してるよ」

 

「ソイツは酷いぜアッガイ先輩ーッ!」

 

「あ、あとお前ね松風。お前と話してるってのも損だわ」

 

「オラという存在の意味がーっ!」

 

 

 愛称で呼んでもらえるかもしれないという歓喜と、しかし出会って間もないのにそれは進みすぎではと思い、自分から遠慮してしまいそうな由紀江。そして存在を否定されたも同然の松風。

 再び、由紀江と松風は二人で話し始めた、というか一人だとアッガイは思っている訳だが。とりあえず出されたお茶とお菓子が無くなったので、アッガイはアクションを起こす。

 

 

「じゃ、ご馳走様ー。またねー」

 

「!? あのっ!? ちょ、ちょっとまだ話がありましてですね!?」

 

「なんでそこで帰るって選択するんだアッガイ先輩!」

 

「え?」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 再度注がれたお茶と、更に追加で出されたお菓子を手に取り、アッガイは話し始める。

 

 

「ふーん、つまり友達が欲しいという話かー」

 

「そうなんです……。地元では駄目でしたが、ここ川神で心機一転、頑張って友達100人作りたいんです!」

 

「まゆっち燃えてるぜー。マジ燃えてるぜー!」

 

「っていうかなんで友達出来ないの? 松風というデメリットがあっても、使い方によっては面白キャラになるのに」

 

「チクショー! オラの存在価値が暴落していくー!」

 

 

 由紀江がアッガイに話したかったのは【友達作り】の事に関してだった。この黛由紀江、実を言うと友達と呼べる人間が一人も居なかったのだ。地元は北陸、そこから遥々川神市までやってきた。川神学園に入ったのは武道が盛んであると共に、地元では最早、切磋琢磨出来る相手も、環境も無かった事が理由でもある。

 さて、そんな彼女なのだが、実はまだクラスメイトにすらまともに話し掛ける事も出来ていない。普通であれば、クラスメイトの方からも多少なりとも話し掛けてくるパターンもあるのだろうが、由紀江の場合には皆無である。

 

 

「うーん。それっておかしくない? まゆっちは見た目別に悪くないしさー。松風はアレだけど。松風の事を含めたとしても話し掛けられないってのはねぇ……。松風はアレだけど」

 

「やめて! オラのライフポイントはもう0よ!!」

 

「でも……皆話し掛けて来てくれません……。ちゃんと笑顔を作って待機していたのですが……」

 

「ふむ……。じゃあちょっと話し掛けられた、という感じで練習してみよう。もしかしたら偶々皆話し掛けてこなかった、という事もあるかも? だし。明日は誰か話し掛けてくるかもしれないよ」

 

「そ、そうですね! 気合を入れて練習します!」

 

 

 そう言ってアッガイは、練習という事で由紀江に話し掛ける役をする。雰囲気的には、後ろから話し掛けて、まゆっちが笑顔で振り返り、そこから話を広げていく的な感じだ。

 

 

「ねぇ君――」

 

「なんでしょうか?」

 

 

 しかしアッガイは停止した。正直、自分が何をしているのかすらも吹き飛んだ。何故なら今、アッガイの目の前に【笑顔】とは程遠い、人を射殺せるのではないかという程の【睨み】を向け、目の前にある命をどう散らそうかと涎を垂らす狂人の如き笑みを浮かべ、圧倒的恐怖を与える表情をした由紀江が居るのだから。アッガイは思った。『殺される』と。

 

 何故だろう。アッガイの脳裏に様々な思い出が蘇ってくる。前世で初めて両親に買って貰ったガンプラ。父から貰ったニッパー。母に貼って貰った絆創膏。友達と一緒にやった戦場の絆、エクストリームバーサス。

 陽向と出会い、帝に出会い、ヒュームに蹴られ。九鬼家で過ごした日々。陽向と若葉の結婚。グランゾンとの出会い、ヒュームの蹴り。幼き英雄達との邂逅。局と帝の夫婦喧嘩、ヒュームの蹴撃。

 ヒュームの蹴りばかりが目立つが、それも良い思い出。そう、思い出。記憶が蘇っては消える。暖かかったり、痛かったり、寂しかったり、嫉妬したり。記憶に登場した人物達の優しい笑顔が目の前に広がる。

 ――そして即座に目の前の修羅へと引き戻された。

 

 

「あ……ぁ……あぁ…………」

 

 

 アッガイはこの世界に来て初めて心の底から恐怖を感じる。他の人間達は武力はあってもどこか手加減というか、アッガイが見下す事の出来る部分があった。しかし目の前に居る修羅はまだ出会って間もない。何も知らない、この事実がアッガイを恐怖の渦へと引き摺り込んだのだ。

 アッガイのモノアイから一粒の、しかし大きな雫がポタリと床に落ちる。

 

 

「殺さないでぇ……」

 

「はい!?」

 

「なんでアッガイ先輩泣いてるのー!?」

 

 

 この日、アッガイは初めて武力によるものではない、精神的な恐怖で女子に泣かされた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「生きねば」

 

「あの、本当に申し訳ありませんでした……」

 

「まさかアッガイ先輩が泣――」

 

「それ以上言ったらもう協力しないよ」

 

「いやぁアッガイ先輩に協力して貰えて感激ですわ!」

 

「素直でよろしいよ、松風。まゆっちに友達が出来ないのはどう考えてもまゆっちが悪い!」

 

 

 なんとか落ち着いたアッガイは、まだ由紀江の部屋に居た。精神的な恐怖から思考が混乱してしまったアッガイをなんとか元に戻すのに十数分を要したのだ。由紀江の友達作りという問題に関しては全く進展するような提案はなされていないが、友達が作れない、周囲の人間が寄ってこない原因をアッガイは特定した。特定したというより味わったと言った方が正確だろうか。

 由紀江に誰も話し掛けてこなかったのは、彼女の【表情】にあったのだ。

 

 

「まゆっちね。君の表情怖すぎるから」

 

「えええ!? 私は笑顔を作って……」

 

「君の言う笑顔ね。笑顔じゃなくて【修羅】だから。修羅の国の人もビックリする程に修羅だから」

 

「そ、そんな……」

 

「まゆっち鏡見てる? 鏡の前で表情作ってごらんよ?」

 

「鏡の前では大丈夫だった筈なのですが……」

 

 

 そういって部屋にある姿見を使って笑顔を作る由紀江。確かにこの状態ならば、かなり不器用ではあるが笑顔を作れている。

 

 

「んじゃそのまま維持してこっち向いて」

 

「は、はい!」

 

 

 姿見からアッガイの方へと顔を向ける由紀江。まだ笑顔だった。しかし数秒で既に笑顔が崩れ始める。目つきは徐々に険しくなり、口元は獲物を見つけて笑む獣のような状態に。

 

 

「絶句だよ」

 

「ええええ!?」

 

「そ、そんな馬鹿なー!?」

 

「表情一つに力みすぎだって。もっと楽にしなよ」

 

「うぅー。難しいです……」

 

「よしっ、じゃあ諦めよっか。おつかれー」

 

「ああ!? ま、待って下さいぃ!?」

 

「アッガイ先輩鬼過ぎるぜ!」

 

 

 帰ろうとするアッガイの腕を掴んでなんとか懇願する由紀江。アッガイの方はもう本当に面倒くさくなったのか、本気で帰りそうだった。

 ここでふと、アッガイは閃く。『面倒事は丸投げするもの』と。アッガイの頭にはバンダナを頭に巻いた幸運持ちが浮かんでいた。

 

 

「まゆっちって新入生だけどさ、川神学園の生徒が作ってるグループとかって知ってる?」

 

「あ、はい。さすがに一年では少ないみたいですが、上級生では多くあるみたいですね」

 

「でもそういうのって仲良しグループとかそういう感じじゃねーの? アッガイ先輩」

 

「多くはそうだね。別にいくつグループがあっても構わないんだけどね。次兄も『戦いは数だよ、兄貴!』って言ってたし。まぁそれは置いておいて、僕と親しいグループがあってね。複数あるんだけど、風間ファミリーというのがあって、そこなら仲良くして貰えるのではないかと思った訳さ」

 

「風間……? 確かこの寮の先輩にも風間という名前の方がいらっしゃったような……」

 

「あ、そいつそいつ。風間翔一って言ってね。風間ファミリーのリーダーなのよ。今日はいないみたいだけど、ちょっと話してあげるよ」

 

「本当ですか!? ……でも急にそんなグループに入れてもらってもいいのでしょうか……?」

 

「まぁ加入反対するのも居ると思うけどさ。僕が口利きしてあげるよ。事情もちゃんと話してさ。真面目に仲良くして、それでも向こうが駄目だ、って言うならまた別のグループなり友達見付けるしかないしさ」

 

「それは……確かに……」

 

 

 アッガイの提案に不安の色を見せながらも、前向きに検討しているであろう由紀江が居た。アッガイからすれば面倒事をどう処理するかが重要なので、当面はこれで大丈夫だろうと安心し、再びお菓子へと手を伸ばす。

 

 結局この日、翔一は帰らず、口利きは後日となった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「ねぎラーメン美味いなう」

 

「だろー? 俺もテレビで見て食いたくなってよ。ひとっ走り行ってきた訳よ」

 

「しかしそこで食い逃げと遭遇して捕まえるというのが翔一らしい所だよね」

 

 

 アッガイは翔一とねぎラーメンを食べていた。昨日はこのラーメンを食べる為だけに学校をサボったとの事。そして食べに行った先で食い逃げと遭遇して捕まえ、店主から感謝されて色々と貰って帰って来たのだ。ちなみに今日も学校があるが、翔一は行かずに島津寮の自分の部屋でアッガイと一緒にラーメンを食べていた。

 

 

「あ、そうだそうだ。まだ前のビラ代渡してなかったよね。はい、3万」

 

「おーっ! これでまた色々買えるぜ!」

 

「流石に1000枚配れば認知効果もあるだろうし、僕も安心さ。いずれ来たるグランプリの為に……」

 

「そうは言ってもよー、アッガイの言うゆるキャラグランプリってのも開催されるような感じないぜ? しかも何でアッガイ、用務員やら特別授業担当とかになってんの?」

 

「グランプリはいつか必ず開催される……筈……。用務員とかはしょうがないんだよ。僕が仕事し過ぎたせいで草刈りとかの仕事奪っちゃってたみたいだからさ。雇用機会は与えないと。見守り活動もモンスターペアレントがうるさいし。全く、ちょっと刷り込みしてるだけで大騒ぎだよ!」

 

「色々大変そうだなぁアッガイも。……ぷはぁ! やっぱうめぇぜ!」

 

 

 翔一はラーメンの汁を飲んで満足そうに笑う。逆にアッガイは少し難しい表情であった。アッガイにはここ最近になって非常に気になる事があるのだ。それは【ゆるキャラグランプリ】そのものである。これまでアッガイはゆるキャラとしての自分を川神市で懸命に売り込んでいた。しかしである。そもそもゆるキャラというキャラクターが全国でもほとんど存在していないのだ。そんな状況でグランプリが開催される筈もなく、アッガイは先の見えない戦いへと突入していた。

 考えれば考える程に不安が増していく。アッガイは自分の不安を消し去るように頭を横に振ると、思い出したかのように、翔一にある件について話し始めた。

 

 

「翔一さー。またお願いがあるんだ」

 

「お? なんだよアッガイ。またビラか?」

 

「いや、流石にもう一度は早すぎるよ。実は川神学園の新入生から相談を受けてさー」

 

「新入生? あーそういえばここにも誰か来たっけ」

 

「そうそう、その相談したのがこの寮に新しく入った女の子なのさ」

 

「へー。んで俺に何して欲しいんだ?」

 

「その子、北陸の方から来たらしいんだけどさ。基本恥ずかしがり屋みたいで、表情が時々、本気を出した時の拳王様みたいになるんだ。まぁそういう感じで友達はこっちに一人も居ない訳さ。でも元々友達作るのが苦手みたいでどうすればいいのか、って聞いてきたんだ。だから、ちょっと風間ファミリーで面倒見てくれない?」

 

「んーー。まぁいいぜ? でもファミリーに入れるかどうかは別だ。皆で話して最終的に決める。俺もそいつの事知らないしな」

 

「それでいいよ。少しでもこっちの空気に慣れてくれば友達作りの経験にもなるだろうし。そしたら僕面倒みなくて済むし。でも翔一は気に入ると思うよー? 真面目に見えて自称九十九神と喋ってたりするし」

 

「なにそいつ!? 超面白そうじゃん!」

 

 

 アッガイは翔一の興味を見事に由紀江に向けた。とりあえずこれで暫くは大丈夫だろう、とアッガイは翔一と別れて寮の玄関へと向かう。途中、クッキーに出会ったのでグランゾン用のポップコーンを貰って帰った。商店街やゲームセンター、親不孝通りと河原などに寄り道して。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「ただいまー」

 

『帰ったか』

 

「グランゾン、ポップコーン貰ってきたよー」

 

『おお、ぽっぷこーんか』

 

 

 夜、アッガイは九鬼ビルの自室へと戻り、同居人のムラサキオカヤドカリ、グランゾンと会話をする。アッガイがポップコーンを手に取ると、グランゾン以外にも小さなオカヤドカリ達が集まって来てポップコーンを欲しがっていた。

 以前は離島のアッガイの部屋で暮らしていたグランゾン達だが、アッガイが本格的に川神に戻ったのを契機として、川神のアッガイの部屋に引っ越したのだ。ちなみにアッガイの部屋は特別製であり、二つの部屋の壁を取り払って一つの部屋としている。部屋の半分はアッガイの部屋となり、もう半分はオカヤドカリ達のスペースだ。大きなガラス壁で仕切られており、下にはサンゴ砂が敷き詰められ、適度な湿度と温度が24時間365日維持されている。

 アッガイは知らない事ではあるが、グランゾンはアッガイと同等かそれ以上に手厚く面倒をみてもらっていた。まずアッガイ自体が自分のお金でグランゾン達の面倒を見ているという事もある訳だが、九鬼に所属する人間達からも可愛がられているのだ。まず天然記念物という保護すべき存在である事。そして何より、意外とグランゾンはスキルが高いのだ。

 

 現在のグランゾンは普通に会話こそ出来ないものの、筆談が出来るようになった。しかも書く文字はとても綺麗である。硬筆検定や毛筆検定の資格を持っており、文字に関しては完璧だ。最近では経理事務や外国語、お米マイスター等の資格取得を目指している。

 

 

「ロッケンロール!!」

 

「また来たのか、このエセアメリカ人め! ちゃんとノックしろよ!」

 

「オイコラ、私のどこがエセアメリカ人なんだ」

 

「じゃあ星条旗出せよ」

 

「持ってねーよ!」

 

「だったらお前はエセアメリカ人だ! テレビで言ってたぞ! アメリカ人は常に星条旗を持っているって! 持ってない奴はニセモンだ!」

 

「んな訳あるか!!」

 

「ステイシー。落ち着いて下さい」

 

「君とステイシーはいつも一緒だね、静初。きっとズッ友なんだね!」

 

 

 ノックせずに入って来たのは九鬼家従者部隊のステイシー・コナー。そして後から入って来たのが李静初である。

 ステイシーは金髪でスタイルの非常に良いアメリカ人だ。元々、特務部隊に所属していた事もあって戦闘能力も高い。ただしヒュームなどとは比べず、であればだ。あずみとも前から知り合いで、あずみがメイドになった事を聞いてからかいに来た際に、ヒュームに教育的指導を受けて強制的に従者部隊に入った。特技は戦場での出来事等を思い出すフラッシュバック。これが出ると暫く能力が落ちる。アッガイ曰く『特技じゃなくて弱点』だ。気分の上がり下がりが激しく、そこだけはアメリカ人だとアッガイも認めている。

 李静初は黒髪のスレンダー美人だ。静初も自分から従者部隊に入った訳ではない。彼女は暗殺者だったのだ。九鬼帝の命を狙い、暗殺しようとしたのだが、クラウディオによって取り押さえられた。本来であれば何らかの処罰を受ける所ではある。しかしクラウディオが彼女を諭して生き方を変えるように言い、静初もまた、その言葉に真剣に耳を傾けた。その様子を見た帝が、彼女を従者部隊に誘ったのだ。帝は能力が高い人間を好む。例え過去に何かしらあったとしても、帝は気にしない。とは言ってもさすがに『自分を暗殺しに来た人間までを取り込むとは』と、クラウディオも少し呆れた表情を見せたそうだが。静初は九鬼でその能力を開花させ、着実に実力をつけていった。しかしメイドにも関わらず、無口無表情が多いので、今だに矯正中である。

 

 性格的に正反対のステイシーと静初であるが、やはり最初はぶつかった。しかし何度も一緒に仕事をしている内に打ち解け、今ではアッガイの言うように大切な友人、親友となっている。

 

 

「それで何用なのさ? 僕は今からグランゾン達にポップコーンを――」

 

「お、ポップコーン貰い! ……ってなんだこれ!? 味が全然ロックじゃねぇ!」

 

「当たり前だろうが! 人間と同じ味付けしたらヤドカリ死んじゃうよ!」

 

「ファック! この味、アフリカに行った時の事を思い出す……。あの時、ケビンが……」

 

「勝手にポップコーン食べてフラッシュバック起こしてんじゃないよ!!」

 

「ステイシー、とにかく今はどうにか踏ん張って下さい」

 

「ああ……ファック……」

 

 

 最初の勢いはどこへやら、ステイシーは落ち込んだ様子で俯いている。それを宥める静初。アッガイからすれば『こいつらホントに何しに来たんだよ』という感じだ。そんなアッガイの視線に気付いたのか、静初が話し掛けた。

 

 

「アッガイ、紋様がお呼びですよ」

 

「紋白が? 電話かメールくれればいいのに」

 

「同じビルの中に居るのに、それは無駄遣いだと言っておられましたよ。これからお風呂ですので、ご一緒しようとの事です」

 

「あいよー。グランゾン、このポップコーン皆で分けて食べてね」

 

『分かった。ありがとう友よ』

 

 

 アッガイはポップコーンをグランゾンに渡して部屋を出て行く。静初とステイシーもアッガイに続いて部屋を出る。後にはポップコーンを啄むヤドカリだけが残った。

 

 

 風呂に向かう途中、アッガイは静初とステイシーと会話する。それは九鬼従者部隊の内情であったり、愚痴であったり、様々なものだ。途中でステイシーも完全に復活したので、そこそこに騒がしい。

 少し歩くと、風呂場の前で紋白が待っているのをアッガイは見つけた。紋白もアッガイに気付いたのか、早足でやってくる。

 

 

「アッガイ、わざわざ済まぬな! フハハ!」

 

「いいさいいさ。ところで僕の分のタオルとか用意されてる? 柔らかくて肌触り優しいやつ」

 

「先に用意しておきましたよ」

 

「さすが静初。どこぞのエセアメリカンとは違うね!」

 

「誰の事言ってんだコラァ!!」

 

「ステイシーも静初も済まなかったな。呼びに行ってもらって」

 

「紋様を歩かせるよりは幾分もマシですよ」

 

「そうそう。コイツを歩かせた方がいいですって」

 

「星条旗持ってないクセに」

 

「お前の認識が間違ってんだよ!」

 

「二人も1日疲れたであろう。よし、今日は皆でお風呂だ!」

 

「え? 紋様、私達は……」

 

「よいよい、我が許可する! フハハッ!」

 

 

 結局この後、アッガイは紋白、静初、ステイシーと共にお風呂に入った。途中、ステイシーに対して『ジロジロ見るんじゃないよ!』とアッガイが騒いだ事で、お風呂でも騒がしい状態となる。しかし紋白は楽しそうにその様子を見ているだけだった。

 ちなみにこの風呂にて、紋白が川神学園に飛び級で入学する事になる事や、武士道プランの投入時期が早まった事などをアッガイは聞いたのだが、ステイシーと泡でふざけていたので結構な部分を聞いていなかったりする。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 九鬼紋白にとって、アッガイという存在は姉や兄同様に重要で、恩人のような存在でもあった。紋白を嫌っていた局との仲を改善し、現在とても良い関係でいられるのはアッガイのお陰だと紋白は思っている。

 何よりも、アッガイの優しさが紋白は好きだった。局と帝の喧嘩の後、アッガイは紋白の話し相手として何度も部屋に遊びに行っていたのだ。そのまま一緒に寝た事も何度もある。しかしながら当初のアッガイの体というのは金属的で、誰かと一緒に寝るのには少々難のある状態だった。アッガイも、それを気にして、紋白が寝たらソっと出て行くという事もあったのだから。

 しかし朝起きたらアッガイが居ないのであれば、紋白とて気付く。最初は紋白が『大丈夫』とアッガイと寝る事を希望したのだが、アッガイとて考える。相手に負担を掛けるようではゆるキャラ失格であると。そして考えた結果、肌触りはぬいぐるみ。夏冷たく冬暖かいという、一年通してとても抱き心地の良いボディに生まれ変わったのだ。この変化には紋白だけでなく、姉の揚羽も大喜びした。大喜びした結果、抱きしめられた時、揚羽の腕の力でアッガイは数年振りの生命の危機を体感したが。

 

 

 ちなみにアッガイ。男女問わずに結構な頻度で一緒にお風呂には入る。勿論一人でも入るが、誰かとでも、とにかく毎日入っているのだ。ロボットなのに大丈夫なのかという質問には、『ジオン軍水泳部舐めるなよ!』と何故かブチ切れる。そしてシャワーだけで終了は許さない。湯に浸かれ、と強制である。

 話し方からすれば男性型である事は分かるアッガイなのだが、性欲自体無いようでやらしい視線も向けない。なので女性達も一緒に入る事を許していた。ちなみにアッガイ。お風呂に入る前には体をよく洗う事をまたまた強制する。紋白等が一緒の時には洗ってあげる事もあるのだが、その時の為に、極め細かいミクロの泡を手から出す能力も作った。先程ステイシーとふざけていた時の泡はこれである。

 

 実はアッガイ、能力は結構な頻度で使うのだが大体が生活面に関わる能力で、戦闘に関してはゲーニッツ位しか今だ使えていない。これには理由がある。九鬼夫婦の喧嘩の際、ヒュームと同等にまで戦闘力を強化出来たアッガイだったが、それを見た揚羽が手合わせをしようとしつこく頼んできたのだ。アッガイとしては一回位なら良かったのだが、何度も何度もお願いしてくるのである。

 遂には揚羽と知り合い、更にアッガイの事も知っていた百代までもが手合わせを頼んでくる始末。アッガイは思ったのだ。『類は友を呼ぶ』と。それから積極的に戦闘力向上の能力を使用するのを止めた。少しは戦闘の力も覚えたが、絶対に揚羽や百代の前では使わないと固く誓ったのだ。

 

 

「強すぎる力は身を滅ぼす……いやリアルに」

 

 

 アッガイは震えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第10話】 機風堂々 アッガイとクッキー

「クッキィィィィィ!!」

 

「アッガイィィィィ!!」

 

「ここから先のことは、お前には関係ない!! お前の存在が間違っていたんだ!! お前は九鬼から弾き出されたんだ!!」

 

「結果は何よりも優先される! 戦術的勝利などいくらでもくれてやる!!」

 

「クッキィィィィィ!!」

 

「アッガイィィィィ!!」

 

「うるせぇ! 何騒いでやがる!」

 

「あ、ゲンちゃん」

 

 

 ある日の島津寮。朝から騒がしかった。原因はアッガイとクッキー2の声である。その騒がしさに、一人の男が不機嫌そうに部屋から出てきた。源忠勝。アッガイは『ゲンちゃん』と呼ぶ。言葉遣いは少々乱暴だが、面倒見はよく、イケメン四天王にも数えられている程の美形だ。元々は孤児院の出で、川神一子と同じ出身である。保護者として川神学園2-S担任である宇佐美巨人が面倒を見ているが、どちらかと言うと面倒を見て貰っている方が多いかもしれない。

 

 

「ちょっとした運動だよ、ゲンちゃん。朝の気怠い感じをテンションを上げる事で吹き飛ばしているんだ」

 

「まぁこれをやるとクッキーダイナミックで誰かを切り刻みたくなるのがデメリットだな」

 

「あぶねぇ事してんじゃねぇよ。……ったく。まだ他の奴らは起きてこねぇだろ。茶でも淹れてやる」

 

「わーい、ゲンちゃんがお茶くれるー」

 

「勘違いしてんじゃねぇよ。お前らそのままにしておくとまた騒ぎ出すからだ」

 

 

 そのまま台所へと入って行く忠勝。そんな彼を見つつ、アッガイは『アレが王道のツンデレなのか……!!』とその威力に震えていた。クッキーは第二形態から第一形態に戻って、主人である翔一の部屋へと向かった。

 クッキーには変形機構が備わっており、状況に応じて変形する事が出来る。クッキー1は丸い形状のロボットで、家事やポップコーンを提供し、クッキー2は戦闘形態だ。

 

 

 結局この後、大和や京、そしてクッキー2に無理やり起こされた翔一が来るまで、アッガイはまったりと島津寮で過ごした。内容は、テレビを見ながら煎餅を食べ、お茶を飲み、京を煽って大和に突撃させたり、である。

 

 アッガイとクッキー。この二人の出会いや付き合いも、もう数年となる。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「後輩? って事は九鬼でロボット作ったの?」

 

「そうなんだ。基本的な設計やデザインは津軽さんがして、僕は技術的な部分をね」

 

 

 ある日、陽向の家で過ごしていたアッガイに、家の主人である陽向が新たなロボットについて話していた。台所では赤ん坊を背負った若葉が洗い物をしている。

 

 

「津軽……あぁ、あのボッチね。良かったな陽向、あれレベルにならなくて」

 

「いや、アッガイ凄く失礼だからね? 津軽さんはちょっと技術的分野にのめり込んじゃっただけだから……」

 

「ハッ! 美人の嫁さん貰って子供まで生まれているリア充は言う事が違いますなぁ!!」

 

 

 陽向と若葉の結婚から数年が経過し、石動家には新たな家族も増えていた。それが若葉の背負っている赤ん坊。石動家長女として生まれた石動水萌(みなも)である。アッガイも可愛がっていた。若葉も母となり年齢を重ねたのだが、【老化】という言葉とはなんなのだろうか、と言える程に綺麗なままだ。

 元々、視力が弱く、大きめのメガネを掛けていた若葉なのだが、服等をちゃんとすればとんでもなく美人だったのだ。しかも巨乳で、スタイルが良い。だからこそ、若葉が陽向と結婚するとなった時のアッガイのショックは計り知れないものだった。『こんな美人があんなコミュ障のどこに惚れたのか』、アッガイが未だに解明出来ていない謎の一つである。元々アッガイが、陽向はコミュ障ではない、という事実を認識していないが為の謎だ。

 水萌はもうすぐ一歳の誕生日、スクスクと育っていた。若葉は髪をポニーテールにして、現在は育児休業中。つまり名実ともに石動家は陽向が大黒柱となったのだ。なのでアッガイも陽向への攻撃に関しては完全に自重している。暴れないのは、別世界で色々やっているのでストレスも溜め込んでいないのが大きいだろう。

 

 

「で、こんな話をして僕に何かさせるの? 僕、水萌ちゃんと遊んでる方がいいんだけど」

 

「水萌とはいつも遊んでるじゃないか……。アッガイにはさっき話したロボット、クッキーと会ってもらいたいんだよ」

 

「なるほど、さすがだな陽向。僕の事をよく理解している。グランゾンよりは数段階、下とはいえ、さすが僕の友人に名を連ねているだけの事はある」

 

「え? まだ何も言ってないよね? 会って欲しいとしか言ってないよね?」

 

「アレだろ。僕より優れていた時には速攻で潰せるように、会わせてくれるんだろう?」

 

「違うよ!?」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「ほー。君が僕の後輩かね」

 

「うん! 僕はクッキー! ヨロシクね先輩!」

 

「なるほどなるほど……。うん、津軽のデザインセンスがよく表れているよプークスクス」

 

「? なんで先輩は笑っているの?」

 

「いやいや、なんでもないよプークスクス」

 

「なんでもなくないだろ! なんで僕を見て笑うのさ!」

 

 

 アッガイとクッキーは九鬼ビルの研究室にて邂逅したのだが、アッガイがクッキーを見て笑う。チラッと見ては視線を逸らして『プークスクス』と分かり易い程の笑いをするのだ。そんなアッガイの態度に、クッキーはブチ切れた。体から出ている青い光は赤色に変わり、更に姿も変化する。クッキー1からクッキー2へと変形したのだ。

 

 

「実力こそが全てにおいて優先される!」

 

「なんだそのライトな感じのセイバーは! 宇宙で一番活躍しているのはジオン軍だぞ! 上下関係というものを教えてやる!」

 

 

 この後、ヒュームに二人してボコられ(アッガイは容赦なく)、落ち着くまで戦いは続いた。しかし肉体言語というべきか。戦闘で生まれたのか、はたまたヒュームに二人仲良くボコボコにされたからなのか、二人の間には友情が芽生えていたのだ。

 

 

『……やるじゃない』

 

『フッ……伊達に私の先輩ではないな』

 

 

 というような感じである。この後に、アッガイはクッキーに激励の言葉を送った。何故ならクッキーは九鬼の誇るロボットであり、今後、自分のように活躍していくのだろう、とアッガイは思っていたからだ。津軽のデザインセンスを、自分のゆるキャラ優勝への障害とはならないと判断したアッガイ。だからこそ、こんなにも早く打ち解ける事が出来たのだろう。

 

 だが試作品としての意味合いが強いクッキーは、アッガイの思っていたような活躍をする訳でもなく、英雄から一子へのプレゼントとして送られた。そして一子から翔一へと渡る。さすがにこのタライ回しにはアッガイも同情した。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「では、これにて職員会議を終了する」

 

 

 川神学園の職員室では定例の職員会議が行われていた。ちなみにアッガイも参加しているが、特に面白い話もないので、ずっとお茶を飲んでいる。今日の議題は、川神市全域においての治安悪化に関する話で、脱法ドラッグなどの事だった。まだまだ範囲の小さい不安要素だが、安易な考えで事件などに巻き込まれないように注意を促すという。関係している風紀系の話をして、会議は終了した。

 

 アッガイはそれぞれの教室へと向かう教員達の中、2-Fの担任である小島梅子に話し掛ける。なんでかヒゲが期待するような視線をアッガイに向けたが、アッガイは無視した。

 

 

「ウメちゃん、ウメちゃん」

 

「む? アッガイか。何か用でも?」

 

「今日はウメちゃんのクラスに特別授業しに行くからさ。サボろうなんて努努思わぬように、って釘を刺しておいてよ。特に筋肉な奴に」

 

「島津か……まぁいいだろう。伝えておく」

 

「あ、小島先生、今日の帰り――」

 

「ではな、アッガイ」

 

「頼んだよー」

 

 

 会話の途中で、さり気なく混ざろうとしたヒゲを華麗に無視して梅子は教室に向かう。アッガイも何事も無かったように再びお茶を淹れに戻る。後には溜め息を吐きながらも『諦めないぜ』と未練がましく呟くヒゲが残るだけだった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 川神学園の教室、その一つに静かな、静寂と呼べる空間となっていた教室があった。その教室は2-F。風間ファミリーのほとんどが所属するクラスである。しかし2-Fというのは風変わり、協調性無しなど、とにかく個性の強い人間達が所属するクラスなのだ。故に、教室は常に喧騒に包まれており、2-Sが毛嫌いしているクラスでもある。

 しかし2-Fは現在、とても静かだ。生徒達が教室を移動しているのだろうか、それは否である。生徒達は全員、教室に居た。そして誰も騒がず、視線は机に向かっている。

 そして教卓の上には、特別授業担当のアッガイ。そう、現在はアッガイの特別授業を、2-F生徒は受けているのだ。2-Sでは【極限の集中力】を教えようとしていたアッガイ。では2-Fでは何を教えようとしているのか。

 

 

(……ふむ。流石に最初は騒いだけど、やはり僕の【公平教育】には従うか。さすが僕! いつ教えるの? 今でしょ!)

 

 

 アッガイがしたのは、【公平教育】という自習強制である。自習をするように強制しているだけではあるのだが。

 

 

『僕は【平等】ではなく【公平】を愛するゆるキャラなのさ。だから君達が頑張ろうが頑張るまいが、それはどうでもいいんだ。ただ、頑張った奴には進級した時に僕がご褒美あげる。頑張らない奴は僕がムカつくから即時お仕置きする。ね、簡単でしょう?』

 

 

 最初、このアッガイの話を聞いた2-F生徒は大いに拒絶した。とは言っても少なからず言う事を聞く人間も居るのだが。大和や京、モロにワン子。委員長である甘粕真与。不機嫌そうな表情ではあるが、言う事を聞くであろう忠勝。食べ物を食べつつ大人しくしている熊谷満。

 逆に騒いでいたのは翔一に岳斗、大串スグルやヨンパチと呼ばれる福本育郎。女子では小笠原千花、羽黒黒子。そしてその他の2-F生徒達だ。

 

 

 Sクラスからは落ちこぼれ呼ばわりされる程に、2-Fの生徒というのは我が強い癖に自堕落な奴が多い。そして何よりも、強制される事を嫌う。しかしそんな事はアッガイには関係無い。

 まず手短に逆らった場合のお仕置きを見せてあげる事にしたアッガイ。お手伝い(強制)は島津岳斗。最早定番となった電気ショック。更には健康には良いけど滅茶苦茶痛いツボ押し。だいたいこの辺りで教室が静かになってきたので、一人うるさかったガクトを気絶させて再び2-F生徒に語り掛ける。

 

 

『僕は別に仕事するだけだからね。文句がある人は言ってね。記憶飛ぶまで電気流すから。後から告げ口するような奴には……まぁ言わないでもいっか。じゃあ始めるよー。自習開始ー、ドンドンパフパフー』

 

 

 こうして、2-Fは静寂に包まれたのだった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「大和は素直に僕の言う事に従ってたね。このまま真面目にやってれば進級した時にご褒美確定だよ!」

 

「まぁ別に自習はいいんだけどさ……」

 

「なに? Sの連中が今日はF組が静かな時間があった、って言ってたけどアッガイの授業だった訳?」

 

「そうだよヒゲ。実力ある僕だからウメちゃんも会話してくれるんだよ。どこぞのヒゲと違って」

 

「……ちっとは協力してくれてもいいんじゃね?」

 

「え、ヤダ」

 

「ヒゲ先生はもうちょっと色々考えようぜ……」

 

 

 とある和室。川神学園で使われていない一室なのだが、そこでアッガイ、直江大和、ヒゲこと宇佐美巨人がだらだらと過ごしていた。既に授業は終了し、帰宅する生徒や部活に向かう生徒で、学校内も幾分か静かになっている。

 

 

「皆、終わったら色々言ってたぞ?」

 

「どうせ強制されたのが嫌だった云々の話でしょ? いいよそんなもん。ネットに書き込んだら特定して、本気でお仕置きしてやるけど」

 

「大体、S組の時と内容が違うらしいじゃないか? 井上から聞いてたけど」

 

「? 井上って誰?」

 

「井上準だよ! ほら、姉さんと一緒にラジオやってる! ハゲの!」

 

「あー! ハゲか! アイツ井上って言うんだ……へぇー、トリビアー」

 

「お前絶対知ってたろ!」

 

「知ってたかもしれないけど、アイツに興味なんかないし? 忘れてもしょうがないと思うんだ」

 

「っていうかよ。おじさん思うんだけど、生徒に嫌われるのってお前嫌なんじゃないの? お前の言う、例のグランプリの得票に影響あると思うんだけど?」

 

 

 ヒゲの言う事は最もな疑問だった。事実、一緒に居た大和も頷いて同意を示す。これまでアッガイは敵対してきた人間には徹底的に反撃したが、基本的には友好的である。しかし今回、2-Fで行った事は、生徒からは非難されるであろう行動だ。これまでイメージを大切にしてきたアッガイにとって、こういった行動は自らの首を絞めるのではないか、それを大和とヒゲは気にしている。

 

 

「あのさー、S組みたいに集中力とか養える訳ないじゃん、F組で。アイツ等に集中力とか求める方が馬鹿だよ」

 

「いやまぁ、それはそうだろうけどさ。……じゃあアッガイはFで何を教えようとしていたんだよ?」

 

「お、それおじさんも気になる」

 

 

 ゴロゴロと体を横にしていたヒゲも、大和の質問に同意して体を起こす。ヒゲとしても、アッガイが何を教えようとしていたのかが気になるのだ。

 

 

「僕がF組に教えようとしていたのは【理不尽】さ! 北海道のほうのシルバーなスプーンの漫画を参考にしてね!」

 

「は? 理不尽? そんなの教えてどうするんだよ。っていうかソレは教えるべきものか?」

 

「いやいや、おじさんは結構分かるぜ。社会に出てからしか分からない事を少しだけ体験させてるみたいな感じか?」

 

「ほー、流石にヒゲはそういう分野は分かってるね。あとは輪廻転生な感じで魂からイケメンになれば、ウメちゃんを落とせると思うよ!」

 

「え、なに、それはおじさんに一度死ねと? おじさんそこまでしないと小島先生落とせないの?」

 

 

 がっくりと肩を落とすヒゲとは反対に、少し分かったような表情をして、天井を眺める大和。

 

 

「そういえば、小笠原さんとかは終わった後、何も言わなかったな……」

 

「千花りんは実家の手伝いとかしてるからねー。ああいうのは慣れてるのさ。だからまぁ分かってる人は普通に自習で学力上げればいいのさ。そういう生徒は僕の授業の対象じゃないしー」

 

「って言うと、アルバイトとかそういうのした事無い奴らが対象だったのか? キャップとかにも強制させたのに?」

 

「僕が授業しているのに将来ニートやらを出す訳にはいかないだろー。やるからには敏腕教師アッガイ先生と呼ばれたいのさ、僕は! 翔一はまぁ冒険家になるってのは知ってるけどさ。最低限の学力は必要だし」

 

 

 そしてアッガイは二人に自分の思惑を語り始めた。アッガイの思惑としては、第二に自分が授業をしたのに将来、ニート等になられては困る、という事である。『あのゆるキャラは駄目教師だった!?』なんていう記事が頭に浮かび、それを滅茶苦茶に切り裂くアッガイ。

 そして第三に、真面目に授業をする事で、ヒュームのお仕置きを回避する。学園での仕事ぶりは定期的に九鬼へと鉄心から報告されるのだ。そしてその報告を受けるのは基本的にヒューム。川神学園での仕事は、ヒュームと鉄心というコミュニティから優遇を受けた結果であり、ちゃんと仕事をしていなければ、ヒュームの面子に泥を塗る事となる。そこから繋がる未来は想像に難くない。

 第四に、これはついで程度なのだが、生徒達に将来、世間を生きていけるような強さを持たせる事。社会の理不尽さに負けず、強かに生きていけるようになって欲しいのだ。これは小さい頃から見守ってきたアッガイの、親心のようなものである。

 

 

「第一としては、言う事聞かない奴らを、お仕置きの名目で洗脳して僕の広報活動労働力にしたい、って感じなんだけどねグヘヘ」

 

「第一で全部台無しだよ!! 結局そこにいくんかい!」

 

「まぁアッガイらしいはアッガイらしいけどな。これで真面目だったらそっちの方が不自然だしよ」

 

「だって厳しくして嫌われるパターンもあるだろうしさー。そうなって時の為に自由に動かせる駒とか欲しいじゃない? 僕策士だからさー。あ、そういえば昔厨二な感じの軍師(笑)もどっかにいたっけー? 僕に協力してくれないかナー? じゃないと口が滑りそうだナー?」

 

「なんでアッガイを教職に就かせたんだ!!」

 

 

 大和は本気で叫んだ。

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「ほぉ……さすがは技術立国日本。サムライの国はここまで進んでいるのか」

 

「……まさか、こんな所で、【赤い彗星】に出会うだなんて……!」

 

 

 学校からの帰り道、仲見世通りでお菓子を買おうと歩いていたアッガイに、話し掛けて来た人物が居た。軍服を着こなし、鋭い眼光を向け、明らかに周囲から浮いている存在。そしてその声は、アッガイに【赤い彗星】の存在を強烈に思い出させた。

 

 

「赤い彗星……。そう呼ばれた事はないが、何故だかしっくりとくる呼び名だ……」

 

「……僕は貴方から、足利義輝のような力強さを感じる……。只者ではないですな?」

 

「足利義輝……かの剣豪将軍と同じと言われるとは、私も鼻が高い。……私はフランク・フリードリヒ。ドイツ軍にて中将をしている」

 

「……僕はアッガイ。九鬼で生まれたジオン軍一のゆるキャラさ」

 

「私を前にしてこうも物怖じしないとは……。やはりサムライの国、物にまで武士道を宿らせるか……! いや最早、物とも呼べまい……。アッガイと言ったね。君とはまた会う予感がするよ」

 

 

 そう言ってフランクはアッガイに背を向けて雑踏の中へと消えていった。

 

 

「……フランク・フリードリヒ、一体何者なんだ……。あ、でも仮面被ってないから、そのままか」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「クリスティアーネ・フリードリヒ! 今日からこの寺子屋で世話になる!」

 

 

 翌日。川神学園に、一人の少女がやって来た。馬で。

 彼女の名前はクリスティアーネ・フリードリヒ。アッガイが昨日、仲見世通りで出会ったフランクの娘である。金髪に白い肌、整った顔と、まさに美少女と呼べる容姿だった。クリスの登場にガクトやヨンパチは歓喜し、明らかに日本という国を【間違った知識】で見ている転入生に大和などの良識ある人間達は頭を抱える。ちなみに現在、2-Fにはクリスの父親であるフランクが居た。彼もまた、娘と同じく、日本は今だにサムライの国であると思い込んでいる。娘が馬で登校した事も、当然だと思っているのだ。

 

 そしてそんな状況で、間違った認識を改めるどころか、正しいと誤認させてしまうような存在も登校してきてしまった。

 

 

「フハハハハハ! 九鬼英雄、登校である!」

 

「皆さーん、英雄様のご登校ですよー。挨拶して下さいねー☆」

 

「そしてついでに寝坊した僕、参上!」

 

「おお! ジンリキシャ!」

 

「転入初日から馬とは見事! 我は九鬼英雄! いずれ世界を統べる者である!」

 

「まさにトオヤマ……! これが日本……!」

 

(なんか面白そうな娘きたなー)

 

 

 ジンリキシャに目を奪われているクリスを、横からアッガイは眺めていた。そして機会を見て、自分の勢力(ファン)へと取り込めないかと考え始める。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 アッガイは川神学園の廊下にて、フランクと再会していた。どうやら帰る途中のようだ。フランクと学園の門まで歩きながら会話をするアッガイ。

 

 

「クリスというのは本当に可愛い娘なのだ。目に入れても痛くないという言葉もあるが、私ならば現実に入れても痛くないと確信をもって言える」

 

「とりあえず娘を過保護しすぎじゃない?」

 

「何を言うか! 娘が異国で生活するなど、心配をしない親がどこにいる! 私は別れ際に、『何かあれば戦闘機で駆けつける』と約束したのだ。だからこそ、何かあれば絶対に駆けつける。それは何よりも優先される事なのだ」

 

(うわー。日本文化を勘違いしている上に実力行使出来る親とかタチ悪いわー)

 

「……だがやはりクリス本人からの話や、監視役の報告だけでは詳細までは確認のしようがない……。クリスは自分の感じた事を話してくれるのだろうが、あの子は純粋だ。悪意を持った誰に誑かされるか分かったものではない! ええい! 冗談ではない!」

 

「ちょっと落ち着こうよ」

 

「……ああ、済まない。認めたくないものだな、親ゆえの過ちというものを」

 

 

 娘を溺愛しているフランクに、普通にドン引きのアッガイ。声は赤い彗星なのに、親バカが出始めるとボロボロと崩壊していく。でも声は好きだし、ドイツ軍中将という偉い立場にいるので、アッガイは突き放したりしない。コネクションは大切にするのだ。

 

 

「――そこで、だ。アッガイ。君をサムライと見込んで頼みがある」

 

(いや、僕はサムライじゃなくて、ゆるキャラなんだけど……)

 

 

 否定したかったのだが、また興奮すると面倒なので黙っているアッガイ。その沈黙を、頼みを聞いてくれると勘違いしたフランクは、そのまま話を進める。

 

 

「異国で私が最初にサムライと認めた君に、私の代わりをしてもらいたい。クリスを見守って欲しいのだよ」

 

「いやでもフランク氏。クリスは島津寮でお世話になるんだよね? 僕は島津寮には住んでいないし、クリスを見守れるのも学校の中とかちょっとした放課後位だよ?」

 

「そこは大丈夫だ。学校以外では常に監視役がクリスを見守っている。逆に学校の中までは監視役は入れないのだよ。だから学校内でのクリスの様子を見られる人物が良いのだ」

 

「でも……」

 

「もし君がこの件を引き受けてくれるならば、我がドイツ軍をもって有事の際に必ず助ける事を誓おう」

 

「勝利の栄光を君に!」

 

 

 アッガイは強力なコネクションと、現段階で最大規模の切り札を手に入れた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 フランクを見送ったアッガイは、校舎に戻ろうとしたのだが、ゾロゾロと生徒達が校庭に出てきた。都合よく京の姿が見えたので、どうしたのか聞いてみると、ワン子が転入生に決闘を申し込んだ、との事だ。その申し出をクリスが承諾し、学園長である鉄心も許可を出した。つまりこれから、校庭でワン子とクリスの決闘が始まるのだ。

 

 正直、アッガイは焦った。何故焦る必要があるのか、と疑問に思う者も居るのだろうが、アッガイはまだクリスの事をよく知らない。知らないがフランクと約束してしまった。これでクリスが駄々っ子だった場合には、決闘で怪我をしてフランクに連絡、『約束を破ったな!』とアッガイに軍が。おお、アッガイよ、死んでしまうとは情けない、となってしまうのだ。

 つまりアッガイはクリスが怪我をしても、自分を悪く言わないようにして貰わなければならない。簡潔に言えば仲良くならなければならないのだ。しかし、登校時には英雄の人力車に目を奪われていたクリスは、当然アッガイとは話もしていないし、そもそもアッガイを見たのかも分からない。

 そんな状況で決闘はマズイ。どうにか接触しなければならないアッガイだが、ただ出て行くだけではインパクトが弱い。どうしたものかと焦るアッガイに京が話し掛けた。

 

 

「あの転入生。やたら日本を尊敬してるみたい。時代劇とかが大好きみたいだし。それにかなり強――」

 

「! ありがとう京! 活路を見出したよ!」

 

「え? ちょ、アッガイ……行っちゃった。……しょーもない」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「いざ尋常に――」

 

「ちょっと待った鉄心氏!!」

 

「この声はアッガイ……って何しとるんじゃお主は」

 

 

 今まさに決闘が行われようとした瞬間。鉄心の声を遮ってアッガイが登場した。しかしその姿は今までとは全く違うものだ。

 

 

「アッガイ? なんで羊みたいになってるの?」

 

「アッガイ……? 一体誰なんだ?」

 

「僕はアッガイ。川神学園で用務員兼特別授業をしているよ。クリスと言ったね。日本は好きかい?」

 

 

 今のアッガイは全身を白くてモコモコした毛で包まれている。顔だけが出ている状態だ。そしてそんな状態でクリスに話し掛ける。

 

 

「日本は大好きだぞ! ずっと憧れていたんだ!」

 

「では【義】を知っているかね?」

 

「! ああ! 私が一番好きな言葉だ! 義理人情、サムライの魂!」

 

「では改めて聞かせてあげよう」

 

 

 アッガイはゆっくりとクリスの正面へと近付きながら話し始めた。

 

 

「義の字は、我と羊である。

 羊は美しいと同じである。そしてアッガイも同じである。

 故に義とは、我を美しくアッガイのようにするという意になる。

 繰り返す。

 義とは、まさに己を美しゅうする生き方なのである」

 

「お……おお! 素晴らしい! やはり義は素晴らしいものなんだな!」

 

(チョロい!!)

 

 

 一人感動するクリスを余所に、周囲の人間は『何言ってんだコイツ……』状態である。明らかに嘘が混ざっているアッガイの話を、素直に信じるクリスにも、周囲は呆れている様子だった。

 

 この一件により、クリスと良好な関係を築く事に成功するアッガイ。しかしこの一件により、鉄心その他によってお仕置きをされる事となる。

 後日、川神院からはアッガイの悲鳴。そしてその翌日には、やけに上機嫌な武神が居たという。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第11話】 9回裏2アウトからのメークドラマ

「僕はこの【出向】のコンボカードを【銀行員】にセット! サイコロを振って出た目によって銀行員は出向先を決める事が出来る!」

 

『……!』

 

「出た目は……1、だと……」

 

『倍返しとはいかなかったようだな』

 

「ま、まだだ! まだデュエルは終わっていない!」

 

『ならば我が終わらせてやろう……、我は【俳優】のカードに【マグロ】のコンボカードをセット! サイクロを振る……。ふっ』

 

「そ、そんな馬鹿な! ここに来て5を出しやがった!?」

 

『出た目は5。これによって俳優カードの特殊攻撃が変化。【マグロ、ご期待下さい】が発動』

 

「ぼ、僕の資産がーーーッ!?」

 

「……お前ら、なにやってんだ?」

 

 

 九鬼ビルの中、アッガイの部屋では白熱したデュエルが行われていた。そんな所にやってきたのはあずみである。いつものメイド服とは違い、飾り気の無い私服姿だ。

 あずみは入って早々、アッガイとグランゾンが何をしているのかに視線がいった。ヤドカリがカードゲーム的な物で遊びやサイコロを振っている時点で少しというか、かなりおかしい状態ではあるのだが。

 

 

「やぁ、あずみん。これは僕考案の新型カードゲームの試作品さ! これを売り捌いて老後の蓄えにするんだ!」

 

「あずみんって誰の事だ? ああん?」

 

「……そ、それはそうと一体どうしたの? メイド服着てないし」

 

 

 アッガイは相変わらずあずみの睨みに弱い。理由は『怖いから』である。露骨に話題を逸らしたアッガイだが、実際にあずみがメイド服姿でないのも珍しいのだ。珍しいと言っても、昼間にそういった姿で居るのが珍しいというだけで、夜や休日には珍しいものでもない。

 

 

「ちっと野暮用でな……。居ないのは少しだけだが、その間、何かあったら英雄様を頼むぞ」

 

「おけーおけー。英雄一直線な忠誠心は見事なものだね。その一直線な感じを僕のカードゲームにも――」

 

「んじゃ頼んだぞ」

 

 

 アッガイが言い終わる前にあずみはドアの向こう側へと消えた。残ったのはデュエルの熱気も消え、どこか寒さすら感じる静寂。アッガイはサイコロへと視線を向けてグランゾンに問いかける。

 

 

「なんでこのハートフルボッコ系カオステレビジョンカードゲームの良さを誰も理解してくれないんだろう……」

 

『……うむ、何故であろう……』

 

 

 案外、グランゾンは気に入っていたりする。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 あずみから英雄の事を頼まれて20分程後、アッガイは英雄と合流して九鬼ビルの中を歩いていた。あずみの話からだと、まるで英雄に誰も付いていないような話しぶりだったのだが、実際には他の従者が英雄に付き添っていたのだ。これにアッガイは『呼ばれて来たのに既に居るとか新手の嫌がらせか!』と憤慨。そんなアッガイに対し、英雄は付き添っていた従者を本来の任務へと戻るように命じ、アッガイを護衛としたのだった。

 だがアッガイに護衛など出来るのだろうか、と多くの人は思うだろう。途中でどこかに行ったり、放棄したりしないのだろうか、と。そういった危険性はある。実はアッガイには前科があるのだ。しかし今回、英雄は重要な予定もなく、ただ九鬼ビルの中を散歩しているだけなので、アッガイで大丈夫だろうと判断された。

 ふと、英雄は足を止めて窓へと視線を向ける。そこには綺麗に晴れ渡った空があった。

 

 

「アッガイよ、この空の下、今日も一子殿は鍛錬で汗を流しているのだろうか」

 

「ワン子? まぁどっかでは汗かいてるんじゃない?」

 

「そうか……。努力を惜しまないあの姿勢、上を目指す心意気、惚れ惚れする。何か贈り物を……」

 

「やめておきなよー。英雄が感激するのは勝手だけど向こうは特別なんでもない、日常の一コマなんだからさー」

 

 

 実際、クッキーという悲劇があった。

 

 

「だがアッガイよ。我は一子殿のあの直向さに惚れているのだ。ただ一直線に、努力して進んでいくあの姿に」

 

(あずみんも一直線は一直線なんだけどなぁー)

 

「何か手助けをしたいのだ。このまま真っ直ぐに一子殿が歩んでいけるように」

 

「だったら向こうから英雄を頼って来た時に精一杯応援してあげなよ。ワン子にはワン子なりに考えてるんだろうしー」

 

 

 アッガイはとりあえず適当に英雄を誤魔化す事にする。英雄が一子に惚れている事はアッガイも知っているのだが、その想いは一方通行だ。英雄からすれば一子は素晴らしい女性であり、魅力的な女性でもある。しかし、一子からすれば何故か大財閥の跡取りに気に入られたという状態でしかない。昔から付き合いがあった訳でもないし、学校だって違った。それが急に好意を向けられても、ただ戸惑うだけなのだ。

 アッガイから見れば、一子も迷惑そうにしている感じだってあった。しかし純粋に応援してくれているのを一子も感じたようで、邪険にする事はない。というかそもそも一子は意味も無く邪険にするような性格でもないが。

 

 

「そうか……。歯痒いものだな、何かしてやりたいが、何もせぬのが最良というのも……」

 

「……英雄はさぁ、一子が応援を欲しがれば応援してくれるんだよね?」

 

「勿論である! 我が持ち得る全ての手段を使って応援するであろう!」

 

「じゃあさ、僕が困ってる時も同じように助けてくれる……?」

 

「ああ! アッガイは九鬼になくてはならない大切な存在である! そして我が友だ!」

 

「あのですね、実は僕、こういったカードゲームを――」

 

「こちらに居りましたか英雄様」

 

「ヒュームか」

 

 

 アッガイは自作のカードゲームを英雄に披露しようとした瞬間、音も無くヒュームがやって来た。英雄はアッガイからヒュームへと視線を移し、アッガイはヒュームの登場によって素早くカードを隠す。一瞬、ジロリとヒュームの視線がアッガイへと向いたが、アッガイがプイッと顔を横へと向ける。そんなアッガイの様子に何か言いたげなヒュームだったが、英雄への用件の方が重要なのだろう、すぐに英雄へと急の用件を報告していた。仕事の予定が入ったようだ。

 ヒュームから報告を受けた英雄はすぐに支度の為、自室へと戻っていく。そんな英雄について行こうとするアッガイだが、ヒュームから『ここからはクラウディオがお供します』と英雄に説明がされた為、無理に付いて行けなくなった。何よりもヒュームが視線で『話がある』的な雰囲気を出しまくっていたので、アッガイは何故か震えが止まらなくなり、仕方なくその場に留まる事に。

 

 

「な、なにかなヒューム氏。僕、別に悪い事してないよ? してないよ?」

 

「……武士道プランの件に関してだ。紋様から聞いているだろうが、プランの投入時期が早まった。それにより、川神市においての裏社会に関して、掃討が行われる」

 

「なるほど、それで僕のストレス解消を行えという事ですな、分かるー」

 

「…………」

 

「はいすみませんでしたごめんなさい」

 

 

 アッガイは即座に土下座した。ヒュームの無言の圧力は何よりも怖い。いつの間にか意識を持っていかれ、いつの間にか知らない場所に居り、いつの間にか時間が経過している、なんて事はよくある事だ。アッガイもかれこれ6回はそんな経験をしている。

 土下座を続けるアッガイだが、そのままの状態でヒュームは話し始めた。

 

 

「最近は土下座するのが随分と早くなったな、アッガイ」

 

「ヒューム氏には分からない……! 土下座する者の気持ち……! このアッガイの気持ち――」

 

「そのままでいいから聞け。掃討する裏社会の人間達の中に、英雄様やお前と面識のある人間の家族が居る」

 

 

 ヒュームの言葉に、アッガイは言葉を止める。そして少し経ってゆっくりと立ち上がった。

 

 

「もしかしてそれって葵紋病院関係? 冬馬の父親とか?」

 

「……知っていたのか?」

 

 

 ヒュームは珍しく驚きを含んだ声色でアッガイに問う。それもその筈、こういった裏社会の事に関して、アッガイに情報が行くような流れは無いのだ。後々、揚羽や英雄、紋白が成長し、九鬼を背負っていけるレベルになれば、こういった裏の事も知っていかなければならないが、今はまだそういった時ではない。そして揚羽達がそういった時ではないように、揚羽達と関わりが深く、精神的な面でも支えとなっているであろうアッガイにも、裏の話は伝わらないようにしていた。

 だがアッガイはピンポイントで裏社会の人間を言い当てたのだ。いくら知り合いの中に居るという、ヒントのような情報があったとしても、即座に言い当てるのは難しい筈である。

 

 ヒュームは少しだけ目を細めながら、アッガイに再び問う。

 

 

「何故、お前がそんな事を知っている?」

 

「勘だよ、勘。付喪神の勘はよく当たるって言ったでしょー」

 

「それで納得すると思っているのか」

 

「はい、ちゃんと説明するので、引いた右足を元に戻して下さい」

 

 

 自然な流れでヒュームは自身の右足を少し後ろへと引き、いつもの蹴りを出せる体勢へと移行していた。そんなヒュームを見て、アッガイは即座に自身の生命を守る行動を取る。即ち、正直に、おふざけしないで話すという事だ。

 

 

「なーんかそこそこ前から冬馬やハゲが時々暗くてねー。本人達は何でも無いようにして僕に説明しないからさー。小雪に色々聞いたんだよ」

 

「小雪というと、あの白い少女か」

 

「そうそう。んで直接的に聞くとダメだろうからさー。冬馬達が避けてるような話題とか、あんまり話さない事とかを聞いた訳さ。そしたら【親】ってのが浮かんで来たんだよ。まぁ大病院ともなると利権やらなにやらブラックな感じもあるのかとは思ったけども」

 

「…………」

 

「さすが僕! 見た目はゆるキャラ、頭脳は大学(レベル)! その名は名探偵……ってヒューム氏どこ行くのさ! 僕の口上位は聞いていきなよ!」

 

 

 どこぞの、週に一回以上殺人事件に遭遇している主人公のような口上をアッガイは言っていたのだが、ヒュームは途中で背を向けて離れ始めていた。さすがのアッガイもこれには『激おこ!』だったのだが、しつこいと蹴り飛ばされるので、言う事は言って、ちょっと様子見している。

 するとヒュームは歩みを止めずにアッガイへと話しかけた。

 

 

「掃討は明日の夜。葵紋病院は桐山が担当だ。アイツが許可を出すなら俺は付いて行こうが何をしようが知った事ではない。だが、行くならば奴の指示には絶対に従え」

 

 

 それだけ言うと、ヒュームは姿を消す。後には『もうちょっとしつこく言っても大丈夫だったかな……』とか考えているアッガイだけが残った。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「では、これから潜入を開始するのですが……」

 

「ステンバーイ、ステンバーイ……」

 

「アッガイ、今回の潜入に段ボールは使用しませんよ」

 

「え? そうなの?」

 

「既に院内のカメラはこちらの特殊部隊がハッキングしています。物事はエレガントに、です」

 

 

 アッガイは深夜に近くなった葵紋病院の前へとやって来ていた。話し相手は今回の掃討を担当している桐山鯉である。桐山はマープル派の人間であり、少々癖のある人間だ。故にあずみや静初、ステイシー達とは細かな所での対立も多い。しかしながら戦闘力は足技だけに注目すれば壁を越えた能力者レベルであり、その他の技能も十分に会得している。だからステイシーなどには、序列が低い事を理由に扱き使われたりする事も多い。

 また、彼には特殊な性質があり、アッガイもそれを上手く利用して仲良くなった。

 

 

「さすが鯉きゅん。きっとお母さんもハッピーウレピーだよ!」

 

「ええ、私は母が喜ぶ事ならどんな事でも可能ですから」

 

 

 そう、桐山鯉は自他共に認める【マザコン】である。皮肉としてマザコンと呼んだとしても、何のダメージも受けないどころか、返って喜ぶ始末なのだ。アッガイが彼の事を知って最初に思ったのが『トールギスⅡとかが似合いそうな声だね』である。

 

 

「ねぇ鯉きゅん。そろそろあれ会得した? 【釘パンチ】をさ」

 

「釘……? よく分かりませんが、どちらにしても私は足技の方が得意なので、覚えても釘キックになりそうですが……」

 

 

 他愛の無い話をしながら二人は院内へと侵入していった。二人が通り過ぎた後には、ガードマンが【寝ている】だけである。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「順調のようだな……この分で行けば冬馬にも……。ん? どこからか紅茶の良い香りが……」

 

「この紅茶の良さが分かりますか」

 

「!? 誰だ!」

 

「大病院の院長の癖にこのアッガイを知らぬとは不届き千万! 貴様には地獄すらも生温い!!」

 

「! お前は冬馬や井上の倅と一緒によく居る……!」

 

「遅すぎる! お前には何よりも速さが足りない! キエェェェェェェッ!!」

 

 

 院長室へと侵入を果たした桐山とアッガイだったが、何故か直前で桐山は紅茶を淹れ、敢えて侵入を院長に知らせる事にした。そして院長が自分を知らない事に【ムカ着火ファイアー】したアッガイは即座に院長をフルボッコにする決意をする。院長が誰だ、と言った相手は桐山だったのだが。

 アッガイは院長に飛び掛り、そのまま押し倒す。マウントポジションを獲得したアッガイは、体の奥底から湧き出てくる魂の叫びを院長に聞かせながら両腕で打撃攻撃をする。

 

 

「バチスタ! 心肝同時移植! カテーテル! 4期は……なんだっけ!?」

 

「ごはぁ!」

 

「アッガイ、私がちゃんと粛清理由を話してから気絶させるように、と言ったではありませんか」

 

「あ、ごめんねー。病院独特のアルコール臭で何故かテンション上がっちゃった、テーヘーペ――」

 

「では運びましょうか」

 

「あーん! エレガントな遮り!」

 

 

 この後、アッガイは院長室にあった金庫を開けて、多くの諭吉さんを発見する。横目で別の資料の運び出しをしている桐山を確認しつつ、『没収没収!』と札束を握り締めたのだが、即座に桐山に発見され、彼の蹴撃によって窓から葵紋病院を後にする。

 

 

 葵紋病院院長、及び副院長は、裏にて様々な悪事に手を染めていた。川神市に広がりつつあった違法な薬物も、彼らが主導しての物だった事が、九鬼によって判明したのだ。彼らはそういった悪事を表沙汰にされない代わりに、九鬼による更生プログラムを受けさせられる事となっている。裏金や闇献金、政治家との汚れたパイプを綺麗にし、世の為、人の為、九鬼の為に働くように。当然であるが、彼らに拒否権は無い。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「やぁ冬馬に小雪、そしてハゲ」

 

「おはようございます、アッガイ」

 

「アッガイおっはー」

 

「おはようさん」

 

 

 アッガイは朝から風間ファミリーではなく、葵ファミリーへと顔を出していた。今日は日曜日で学校は休み。しかし葵紋病院は慌ただしい状態となっている。原因はトップ二人の休養だ。突如、葵紋病院のトップである院長と副院長が怪我をしてしまい、様々な方面への対応に院内の人間は追われている。

 冬馬と準も葵紋病院の人間という風にはなるが、学生であり、まだ経営などには深く関わっていないので別段やる事もなく、アッガイと話していても問題ない。

 

 

「いやー大変だねー。人が働き蟻のように忙しなく動いているよ。僕もああいう風に人を動かしたいもんだ。そして『見ろ、人がゴミのようだ』とか言ってみたい」

 

「お前その台詞、都内に遊びに行った時に散々言ってただろうが」

 

「いや、僕はハゲと都内になんて行ってないよ……? はっ! あまりのショックで記憶が……! そして髪も抜け落ちて……!」

 

「ショックを受けてもいなければ記憶が飛んでもいない! そしてこれは剃ってるんだ! 抜け落ちた訳じゃない!!」

 

「おいおい、いつのもアッガイジョークだろうが。顔真っ赤にして茹蛸みたいだぜ? このアオ汁やるから落ち着けよ」

 

「おいなんだよ、この明らかに人体が拒否するような色合いの飲み物は!?」

 

「アッガイの淹れたオイシー汁。略してアオ汁。それを飲んで真っ赤な顔を真っ青にしようぜ! そして『これがアオの力だ!』とか言おうぜ!」

 

「テメェ、馬鹿か!」

 

 

 ギャーギャーと騒ぐアッガイと準を見ながら、冬馬は穏やかに微笑み、小雪は耐え切れなくなって二人に混ざりに行った。その後、冬馬に宥められて、4人は場所を移して駄弁る事に。

 

 

 冬馬の部屋へと場所を移したアッガイ達は、他愛の無い話題を話しながら過ごしていった。アッガイ本人は何も言わないが、冬馬と準は、アッガイが自分達を心配して遊びに来たのではないかと思っている。どこら辺が心配しているのか、と聞かれれば答えにくい訳ではあるのだが。そこらへんは長い付き合いで培った勘とでも言えるだろう。なんとなくいつもより優しいような気がしたり、なんとなく自分達の言葉を待ってくれていたり、そういう雰囲気を感じる事が出来るのだ。これは小雪も同じだろう。

 

 

「冬馬の射程(ナンパ)ってどのくらいなの?」

 

「13kmや……って所でしょうか」

 

 

 小雪の事件から繋がった冬馬と準との出会い。そしてそこから続いた今日までの絆。こんな他愛の無い話を続ける事が出来なかったかもしれない未来。

 

 

「僕、ハゲの為にロリコン矯正装置を作ったんだ。脳波を監視して、ロリな事を考えたら耳元でヤンデレな弟が『殺し合おうよ! ハァッ!』とか色々言ってくれるよ!」

 

「いらねぇよ! なんで頭の中まで監視されなきゃいけないんだよ!」

 

 

 もしかすると、小雪まで巻き込む形となってしまったかもしれない、そんな予想が冬馬と準にはあった。小雪は自分達が言っても付いてきてしまうだろうから。そうなった時、小雪だけでもどうにか助けられるようにと考えていた。

 

 

「ハゲが幼女について語り出しそうだから僕の持ってきた無双やろうぜー」

 

「僕、孫尚香使うー」

 

 

 しかしその考えは徒労に終わった。誰よりも自由に生きる存在が、何もかもをぶっ壊してくれたから。闇に引き擦り込まれる前に引っ張ってくれたから。いや、闇そのものを打ち消してくれたから、なのかもしれない。

 

 

「アッガイ、ありがとうございました」

 

「サンキューな」

 

「突然感謝され始めるとは、このアッガイにも遂に本格的なカリスマ性というものが……」

 

「よく分かんないけど、トーマと準が明るいから、僕もありがとー!」

 

「ぐへぇ! いきなり飛び乗ってくるのはやめなさい! なんで百代といい、小雪といい、僕に飛び付いてくるんだ!」

 

 

 だから感謝する。絆を守ってくれた事を。こんな風に笑いあって過ごせる時間を守ってくれた事を。自分達を救ってくれた事を。

 

 

「よーし、皆で異民族相手に一騎当千しようぜー!」

 

「たまにはこういうゲームもいいですね」

 

「若はリアルで恋愛ゲームしてるようなもんだろうが。しかもとっかえひっかえのハーレム」

 

「ねー。これって準のキャラを倒したりとか出来ないのー?」

 

「なんでユキはそんな考えが出てくるんだ! 味方だから! 協力プレイだから!」

 

 

 3人は思う。願わくば、この時間がずっと、続いていきますように。学園を卒業しても、大人になっても、ずっと、ずーっと。またこんな風に、笑いあえますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「知ってたと思うけど、まだまだ続くんじゃよ」

 

「? 急にどうしたのだ、アッガイ」

 

「いや、なんか言っておかないと『俺達の冒険はこれからだ!』みたいな流れになりそうでね……。にしても忙しかったってのもあるけど、2ヶ月振りかー」

 

「義経が寂しがっておったぞ。アッガイはこっちに来ないのかー、いつ会えるのだー、と」

 

「電話ではちょこちょこ喋っているんだけどなぁ」

 

「フハハ! 義経はアッガイが大好きであるからな! 勿論、我もであるが」

 

「実はね、紋白。僕こういったカードゲームを……」

 

「紋様、もうすぐ到着します。ご準備を」

 

「うむ!」

 

(なんでいつもいつもヒューム氏が出てくるかなー! こうなったらヒューム氏が居ても無理矢理説明して支援をば……)

 

「おい、アッガイ。時と場所を弁えねば、また吊るすぞ」

 

 

 アッガイは黙って何回も頷いた。もう簀巻きにされて縛られ、九鬼ビルから吊るされて見る夕焼けなんて嫌なのだ。ブルブルと震えだすアッガイの頭に手を乗せて『よしよし』と撫でる紋白。いつの間にか色々逆転している事にアッガイは気付かない。

 

 現在、アッガイ達は九鬼家所有のヘリに乗って移動中である。目的地はとある離島。現代に蘇った英雄達が居る島だ。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「久しぶりだねアッガイボーイ。鯉から話は聞いてるよ。掃討に協力してくれたそうじゃないか」

 

「最高のステルス性能を誇るこのアッガイにかかれば潜入なんて簡単なものなのだよ。ジャブローの地下水域は全て僕が支配しているのさ!」

 

「相変わらず言ってる事は理解不能だが、礼は言っとくよ」

 

 

 島に着いてアッガイを迎えたのはマープルだった。相変わらず魔女のような服装ではあるが、桐山を従えている事からも分かるように、序列2位は健在である。

 と、そんなアッガイの所に、猛烈な勢いで走ってくる少女が居た。その少女の後ろからは3人が同様に走ってきている。

 

 

「アッガイ! 久しぶりだ!」

 

「おー、義経。お元気ー?」

 

「義経は元気だぞ! でもアッガイに会えなくて寂しかった」

 

「どっちも忙しかったしねー。でもプランが早まったから、一緒のビルで住む事になるしー」

 

「うん! 義経はとても楽しみだ!」

 

「ちょっと義経。嬉しいのは分かるけど私達を置いて行かないでよ」

 

「まったくだぜ。どこから組織の連中が狙ってるか分からないってのに……」

 

「あはは。それだけアッガイちゃんに会いたかったんだよ」

 

 

 後から弁慶、与一、清楚がやって来た。弁慶は一人先に到着していた義経にジト目を向け、与一は顔を片手で隠しながら何故か周囲を警戒している。清楚は文型少女なのに全く息を乱さずに、ニコニコしていた。義経は弁慶に謝りながら反省し、そんな様子を見て弁慶は何故かホッコリと満足気な表情を浮かべている。

 

 少しだけ騒がしくなったところで、紋白もヒュームを連れてやって来た。その表情は義経達の楽しそうな雰囲気にあてられたのか、同様に笑顔である。ヒュームは離島の九鬼を統率しているマープルへと向かう。

 

 

「皆、変わりないか?」

 

「マープル、用意は出来ているのか」

 

「こっちは準備万端って所さ。既に大方の荷物は従者部隊が運んでる途中だろうね」

 

 

 今回、義経達の居る離島へとやって来たのには、当然ながら理由がある。プランの実行が早まった事で、義経達の住居も川神へと移す為だ。簡単に言えばただの引越しなのだが、引っ越す人間達は未だ世間には知られていない英雄のクローン。警戒するに越したことは無い。故に九鬼で最高戦力であるヒューム、そして何かあった時に何か出来るかも知れないアッガイが来ているのだ。

 ちなみにアッガイは戦力として呼ばれていると思っているし、そう説明もされたのだが、それは嘘である。いつも理解不能な行動を仕出かすアッガイを、敢えて戦力とする意味はないし、デメリットの方が大きい。大体、戦力ならばヒュームが居るし、義経達も十分な戦力として育った。ならば何故、アッガイを連れて来たのか。それは紋白が義経達を気遣ってのちょっとした我侭であった。

 プランの早期実行に伴い、義経達も川神に居る九鬼も、その動きを活発化させていたのだが、その影響もあって、定期的に義経達に会いに行けていたアッガイでさえも、時間を作る事が難しい状態となっていたのだ。いくら時が来ればいつでも会えるようになるとはいえ、これから大きな責務を背負っていく義経達に、少しでも楽しく日々を過ごして貰いたいと紋白は思っていた。だから反対するヒュームを納得させ、今回の迎えにもアッガイを連れて来たのだ。

 本当に嬉しそうにしている義経達を見て、自分の判断は間違っていなかったと思う紋白。そしてそんな紋白の姿を感慨深げに眺めるヒュームとマープル。最早、老人と呼ばれる程に生きてきた二人に、目の前の若き芽はどのように映ったのか。老人達が答えを出すのは、まだまだ先である。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「部屋の場所ってどこになるのかなー。僕とグランゾンの部屋は動かしようが無いからさー」

 

「義経はアッガイの部屋の近くがいい」

 

「んじゃ私は義経の部屋の隣」

 

「俺は――」

 

「与一も近くだからね。分かってるよね?」

 

「お、……おぅ……」

 

「私もアッガイちゃんの部屋の近くがいいなー」

 

「皆もグランゾンと会ったらお祝いしてやってよー。また何かの資格に合格したみたいだからさー」

 

「そうなのか! 義経はいっぱいお祝いするぞ!」

 

「っていうか、グランゾンってもうヤドカリの領域から出ちゃってるよね絶対に」

 

 

 川神の九鬼ビルへと向かうヘリの中、アッガイと義経達は、自分達の部屋に関しての話題で盛り上がっていた。義経がアッガイの部屋の近くが良いと言い始め、それに追従するように弁慶達も自分の希望を言い始める。与一は問答無用だが。

 そして話はアッガイの親友であるムラサキオカヤドカリのグランゾンに変わっていく。最早、資格マニアの様相を呈してきたグランゾンだが、最近になってまた新しい資格を取得したようで、発行された証書を飾ってはうっとりとしながら眺めている。証書を飾っているだけで、グランゾンの部屋である【だーくぷりずん】は埋まってしまいそうなレベルだ。

 

 

「ダークプリズン……成程、遠き地にて人生を箱庭で過ごす、あのヤドカリには打って付けの住処だろうよ」

 

「僕もなんやかんや言ったけど、まさか与一の厨二が今日まで治らないのは予想外だったよ」

 

「ハッ、世界は俺を見続けている。俺にはアイツらの目を盗んで変わる事なんて出来やしないのさ」

 

「まぁそれはどうでもいいんだけどさ。この間、アニメ見てたら与一にぴったりなキャラが居てさー。物真似覚えようぜ。ボクサーなんだけどね。『肉は柔らかいほうがいいからなぁ』とか『もっと食わせろぉ!』とか言っててさ。まぁ最終的には新型デンプシーでフルボッコにされるんだけど」

 

「お、面白そうだね。私デンプシーやるから」

 

「なんでそう姉御は俺を痛めつけるのを嬉々としてやろうとするんだよ!?」

 

 

 英雄達が表舞台に姿を現す時は近い。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第12話】 悪魔合体

 九鬼ビルのとある一室。そこでは人と言うには似ても似つかない、異形なる者達が蠢いていた。多くの者が黒い眼でギョロギョロと周囲を見回し、幾つもの足を使って地を闊歩している。時には獲物を巡って仲間同士で戦い合い、勝者だけが獲物を得る事が出来るのだ。弱肉強食。まさにこの言葉が相応しいだろう。

 

 ふと、多くの者達が一斉に視線を向ける。そこには異形の者達の何倍も大きい、しかしやはり人ではない、異形の者がゆっくりと、しかし圧倒的存在感を示しながら歩いていた。歩みは鈍重。しかしその歩みの一歩一歩に、周りの異形なる者共は畏敬を向ける。自分達よりも遥かに時を生き、ずっと生き残って来たであろう、その者は、この集団の頂点に君臨しているのだ。異形の王、そう呼べるだろう。

 

 ふと、視界を広く取ってみると、これまでの異形とは姿も大きさも違う存在が居る。しかし小さき異形達はそこまでその存在を恐れてはいないようだ。どちらかと言えば親愛のようなものさえ感じられる。その異形は他の者とは違い、一つ目。しかしその瞳は降り注ぐ日光の如く輝いており、澱み一つ感じられない、清々しい瞳だった。大きさは異形の王よりも更に更に大きい。人型と呼べる体系ではあるものの、それだけである。胴体や手足のバランスは、人とは呼び難い。

 

 異形の王と一つ目は、視線を合わせる事なく、しかし視線は同じ方向へと向いていた。肩を並べる両者、それを見守る者達はその光景を目に焼き付ける。

 

 そう、この二人が居れば出来ない事は無い、そういう想いを皆が感じていた。

 

 

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

『証書を飾るスペースは確保している。この間、従者部隊に手伝って貰って色々と配置換えや整理をしたからな』

 

「遂に壁の面積が足りなくなってきたかー。次はなんだっけ」

 

『行政書士だ。資料請求は頼んだぞ』

 

「任せてよ! 昨日の新聞折り込みの中にあったのを確保済みさ!」

 

 

 アッガイが資料請求し、グランゾンが受講、受験する。この流れは最早、断金の契りレベルで確定なのだ。忠実な資料請求と安定的な合格。アッガイとグランゾンに掛かれば、資格取得など容易いのである。

 

 

「ところで相談なんだけどさー。重度のヤドカリ愛好野郎にグランゾンの事がバレちゃってさー。どうしようかと思ってるんだよ」

 

『ああ……前に言っていた直江という名の……』

 

「アイツ、普段は普通なのにヤドカリの話になると変態レベルだからさー。正直、ヤドカリ関係でアイツと付き合いたくないんだよねー。他の事に関してはいいんだけど」

 

『ふむ……。しかし今まで黙っていたのが何故知られる事となったのだ?』

 

「それがさー……」

 

 

 アッガイは大和にグランゾンの事が知られた経緯を説明する。アッガイも本気で迷惑なのだろう。嫌々な感じが雰囲気で分かる。

 

 そもそもの原因は遡る事、数日前。アッガイは翔一に寿司を食わせてやると誘われ、風間ファミリーの秘密基地がある廃ビルへと行っていた。秘密基地は基本的に風間ファミリー以外は入れないようになっているのだが、アッガイは部外者というよりも部外者に近いメンバーといった扱いな為、何度も入っている。アッガイに言わせれば『僕は常にゲスト! 常に大事にされるのさ! インスペクターではないよ!』なのだ。

 

 しかしこの日ばかりは様子が違った。アッガイが廃ビルの中の一室、風間ファミリーが使用している部屋に入ろうとした瞬間、室内から怒声が聞こえてきたのだ。その声はアッガイもよく知っている椎名京の声だった。かなり久しぶりに聞く京の怒声に、アッガイはちょっとビビッてしまう。部屋の外で様子を窺っていたのだが、どうにもクリスが面倒事を起こしたようだった。

 というよりも、アッガイとしてはクリスがここに居た事自体が驚きである。中には由紀江も居るようだが、由紀江はアッガイが翔一に仲良くしてくれるように頼んでおいたので、別段驚きは無い。しかし、クリスが居たのは完全に予想外だった。いくら島津寮で面倒を見る事になったとはいえ、それとコレとは別問題である。

 アッガイとしてはクリスが風間ファミリーと仲良くなろうが険悪になろうが、どうでもいいのだが、フランクに余計な事を言われるのだけは阻止しなければならない。アッガイは冷静になるように素数を数えて自分を落ち着かせた。素数は間違っていたが。しかし冷静になって気付いたのだ。アッガイは初対面の時にそれなりに好印象を植え付ける事に成功している。そしてアッガイが頼まれたのは学園内での見守りであり、外での事は頼まれていない、と。

 自分の頭の中で考えを整理したアッガイの行動は早かった。即座にニンジャスキル(自称)で音を立てずに廃ビルから脱出し、素早く九鬼ビルへと帰ったのである。しかし廃ビルから出るアッガイを翔一が目撃しており、アッガイが廃ビルに来ていた事は風間ファミリーの知る所となった。まぁそもそも気によって気配を察知出来る百代が居る時点で無駄ではあるのだが。ちなみに由紀江は気付かなかった。通常であれば気付く事は余裕なのだが、あまりの緊迫した状況で完全に混乱してしまっていたのだ。

 

 話を戻すが、後日に何故、部屋の中に入ってこなかったのかを百代に問い詰められたアッガイは、『友達に急に呼ばれた』と軽く嘘を吐いて流そうとした。しかしそこで百代が『友達ってあのヤドカリだろー』とか言ってしまったのだ。

 実は百代はグランゾンの事を知っている。以前から親交のある揚羽からの話や、実際に遊びに行った際にグランゾン本人と会っていた。アッガイも百代は別に問題が無かったので、グランゾンと会う事には反対しなかったのだが、大和だけにはグランゾンの存在を絶対に教えないように、と約束させていたのだ。理由としては幼少期から続く大和のヤドカリ愛が、若干の狂気を帯び始めていた事にアッガイは気付いたからである。まぁヤドカリを見て息を荒くしているのを見れば誰でも気付くだろうが。

 

 百代は百代で黙っている代わりの対価を要求したのだが、黙っていてくれなかった場合には、揚羽は金輪際、試合を拒否すると言い出したのだ。全てはアッガイが困っているのを助けたい一心であった。これにより百代は渋々ではあるが、大和へグランゾンの話をしないように約束するに至ったのだ。ちなみに百代の要求はアッガイを自分の【抱き枕】にする事だった。要求が通らずに百代が心底ガッカリしていたのは揚羽とアッガイの秘密である。

 

 しかし今になってその約束が破られてしまった。当然、大和はヤドカリという事で話題に猛烈に食い付き、その勢いは百代すらドン引きするレベルだ。アッガイは即座に百代にブチ切れたのだが、百代は『揚羽さんとはもう試合出来ないんだし、私が黙ってる得なんてないだろ!』と逆切れ。

 こうして大和にグランゾンの存在が知られてしまったのだ。

 

 

「僕はね。正直、大和とグランゾンを会わせたくないんだよ。あのヤドカリ馬鹿は一度でも会えば、また、またって何度も会おうとすると思うんだ。とんだ童貞野朗さ!」

 

『ふむ……。しかしその大和というのはそこまでヤドカリ好きであるのか』

 

「好きという言葉ではもう表現が足りないレベルだよ。これからの人生(ルート)次第ではヤドカリと結ばれそうな勢いさ」

 

 

 ヤドカリという存在に異様な執着を見せる大和。彼のヤドカリ愛を見れば、グランゾンに何か悪い事が起きるのではないか、とアッガイは割と本気で思ってたりする。故にどうにかしてこの問題を有耶無耶にしたいのだ。

 

 

『友よ。大和には我のどのような情報が伝わっているのだ?』

 

「情報? んーと、グランゾンは大きいヤドカリで、僕の友達で、一緒に住んでいて……」

 

『我が筆談にて、人と会話出来る事も知っているのか?』

 

「……いや、それは言ってなかったと思う」

 

『いっその事、我をただの大きいヤドカリという事にし、一回会って様子を見るというのはどうだろうか。その時に我も大和を観察し、問題があった場合には、すぐに砂やココナッツハウスの中に隠れるとしよう』

 

「なるほどー。グランゾン自身で大和を観察するという事だね。観察しに来た筈なのに、自分が観察されているとも知らず……! 僕とグランゾンにかかれば軍師大和と言えども、簡単に掌の上で踊るのだよ!」

 

 

 アッガイはこの見事な作戦を自賛し、作戦の成功を予想して笑う。そう、自分達にかかれば軍師(笑)なんて何の問題も無いのだから。

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「ああ……凄くいい……。目も足も貝殻も、もう全部、いい!!」

 

「…………」

 

『…………』

 

 

 アッガイとグランゾンは一緒の部屋に住んでいるが、基本的に二つの部屋の間にあった壁を取り払って繋げただけである。そしてアッガイとグランゾンでは住環境が違う。グランゾン達ヤドカリは基本的に砂の上で生活し、アッガイは人間と同じようにフローリングの床の上で行動している。更に言えばヤドカリは温度や湿度にも気を遣わなければならない。故にこの二つの部屋の間には、壁の変わりに強化ガラスが設置されており、基本的にはヤドカリと触れ合う事は出来ないのだ。ただし、アッガイが管理しているドアを使用すればヤドカリ側の部屋にも行く事が出来る。大和には黙っているが。

 

 現在、大和をアッガイの部屋に招いて、強化ガラス越しにヤドカリを見せている最中である。大和は多くのヤドカリに非常に喜んでいた。それはもうドン引きする程だ。その変貌、あまりの酷さにアッガイとグランゾンは言葉を失っていた。アッガイは『こんな子だったっけ』と本気で記憶の改変を疑い、グランゾンは『あれはダメだ』と色々な危機感を持って【ただのヤドカリ】を演じていた。ちなみに他の小さなヤドカリ達は大和の視線に気付いている者といない者が半々位である。

 

 アッガイはグランゾンの貝殻に付けておいた通信機で、大和に聞こえないような小さな声でグランゾンと会話した。

 

 

 

「……こ、こんな奴だけど……どうだい?」

 

『無理』

 

「デスヨネー」

 

 

 グランゾンはアッガイにそう伝えると素早く移動してココナッツハウスの中に入り、更に砂の中へと潜行し始めた。アッガイの横から「あぁっ!」と凄まじく残念、本当に色々な意味で【残念】な声が聞こえたが、アッガイは特に何も言おうとは思わない。

 

 なんだか月日の流れを急に目一杯感じ始めた、そんな感覚がアッガイにはあった。一体この子はどこで間違えてしまったのだろう。厨二病を発症した時だろうか、それとも逆に厨二病が治った時だろうか。ちょっと背伸びした子供位に思っていた少年が、いつの間にか青年と呼べるように成長し、ヤドカリに異常な執着を見せる。もしかしたら昔、自分が風間ファミリーに遊ぼうと誘われたのを、『今日はガルマを乗せていたガウを弔う日だからダメ』なんて言って断らなければ。いや、もしかしたら別の日に同じように誘われて、『今日はこの壺を女神に乗っている艦長に届けるからダメ』とか最早自分でも何を言ってるのか分からないレベルでごちゃごちゃな嘘を吐かなければ、大和はこうも歪まなかったのではないだろうか。そう考えると、アッガイはとても切ない気持ちになった。だからと言って何かしてやろうとは思わないが。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「では、軍師大和よ。僕の為に策を献上するのだ!」

 

「確かにヤドカリ見せてくれたのは感謝するけど、いくらなんでもこれは無理だろ!」

 

 

 場所は変わって、島津寮の大和の部屋。部屋には大和とアッガイが向き合って座っている。しかし大和の方はアッガイに対して拒否の声を上げており、何か揉めている事が窺えた。

 

 

「はぁ? ふざけるんじゃないよ! 約束は約束でしょうよ! グランゾンに会った以上は守ってもらうよ!」

 

「いやコレ無理だろ! お前を川神市公認ゆるキャラにする為だけに国家権力を敵になんて出来ねーよ!」

 

「ちょっと役所に行って脅すか何かして公認して貰うだけだろ!」

 

「その考えの時点でアウトだよ!!」

 

 

 現在、アッガイは大和に対してとある策を貰おうとしていたのだ。最近になってアッガイは『そろそろ川神市公認にしてもらってもいい時期なんじゃね?』とか思ったので、一度一人で役所に行ったのだが、まさかの門前払い。知名度、そして環境美化で印象は最高の筈なのに、である。

 

 可愛いポーズをとってもダメ。泣き落としを使ってもダメ。金銭をチラリズムしてもダメ。

 

 受付が女性だったので余裕綽々だったアッガイもこの対応には激怒。受付の女性を何故かルーシーと呼び始め、終いには子供の駄々が如く、役所のエントランスでジタバタし始める。あまりの面倒臭さに役所の人間がどうしようかと悩み始めた頃、連絡を受けた九鬼からヒュームがアッガイの回収に来て、役所に平穏が戻った。

 その後、ヒュームからキツイ教育を受けたアッガイは、意味なく役所に行かないようにと念を押されてしまったのだ。ヒュームとしては役所に行きたくても行けないレベルで教育した筈だったのだが、予想外にアッガイは強い子だった。『ウォーカーギャリアも男の子! 的な話だよ! 僕は諦めないんだよ!』というのはアッガイの言葉である。

 故にこの機会に大和を使って再度、役所へと強襲しようという心算なのだ。

 

 しかし大和が思ったより腰抜けだったのか、アッガイの励ましにも嫌々と首を横に振る始末。

 

 

「チッ」

 

「おい露骨な舌打ちはやめろ!」

 

「僕は大和がこんな腰抜けヤドカリ豚野郎だとは思わなかったよ! お前のヴェーダはそんなもんか!?」

 

「ヴェーダってなんだよ!?」

 

「あー、そういえば女装版フィギュア出るんでしたね。サーセンサーセン。……この変態女装野朗」

 

「待てコラ! 意味不明な上に誤解を生むような貶し方をするな!」

 

「そうですよねー。大和君はゲンちゃんとおホモな感じですもんねー。デビルサバイバー的に考えて」

 

「いい加減にしろぉ!!」

 

「こっちの台詞だよ! 僕の言ってるのは2だからな! 間違えんじゃねーぞコラァ!!」

 

 

 遂にアッガイと大和の口論は取っ組み合いの喧嘩になってしまった。お互いの両手を掴み合ってゴロゴロと床を転がる。しかしアッガイには大和が命令を聞くように、幾つもの策を用意していたのだ。アッガイは大和と取っ組み合いながら話し始める。今は両手で掴み合いながら、アッガイが下、大和が上という状態だ。

 

 

「対大和用決戦兵器! カムヒア京ー!」

 

「夫がロボットに襲い掛かっていると聞いて!」

 

「ちょっ!?」

 

 

 いきなり部屋のドアを開け放ったのは、大和ガチラヴの椎名京だった。京は「信じていたのに……」と目尻をハンカチで押さえながら大和にゆっくりと近付く。大和は何かを感じ取ったのか、急いでアッガイから離れようとするのだが、アッガイが大和の手を離さない。アイアンネイルが少々食い込み気味である。

 

 

「おまっ、アッガイ離せ!」

 

「京、この男は性癖が特殊すぎるんだ。そんな大和でも君は……」

 

「大丈夫、私が愛で狂性……矯正してあげるから」

 

「オイなんか字が違うような言い方だったぞ!?」

 

「あれだね、性に狂うと書いて狂性だね。大丈夫、君は人類を、京を導けるよ。イノベイターなんでしょ? 楽勝楽勝。ハハッ」

 

「ホントマジでやめろ! 京も手をワキワキ動かしながら近付いてくるな! 分かった! 考えるから! 考えるから手を離してくれ!」

 

 

 余裕の無い声色でアッガイに頼む大和。しかしアッガイは在らぬ方角を見て、言う事を聞く様子は無い。それもその筈、こんなマジな頼みなんてアッガイには関係ないのだ。あくまでも自分最優先。これがアッガイクォリティ。協力しない奴なんて要らないのだ。

 

 

「でも~、約束を破っちゃうような大和君に~? そんな事言われても~?」

 

「分かった! ちゃんと約束守るから!」

 

「約束破ったらお前のフェチズムを川神市全域に広報してやるからな」

 

「分かったから! とにかく手を離せぇぇッ!!」

 

「ほい」

 

「しかし最早私の距離だッ!!」

 

「どわぁぁぁぁっ!?」

 

 

 アッガイは大和と約束し、手を離した。だからアッガイは大和との約束を果たした事になる。それが例え、大和が京から逃げられない距離になっていたとしても。京が腰に抱きつき、そこから大和の体勢を崩して上手くマウントポジションへと持っていく。

 大和が何か言っているがアッガイには関係ない。大和との約束では『手を離す』だけなのだから。大和の上に居る京の口から、少し涎が垂れていたような気もしたけど関係ない。

 とりあえずアッガイは部屋にあったメモ帳に、『3日後までに策を献上するように。出来なかったらお前のフェチズム情報が川神市全域に感染拡大して悪性変異して侵食汚染されて、お前は絶対包囲される事になる』と書いておいた。こんな優しさを与えてやれるアッガイは国宝にされるべきではないだろうか、そうアッガイは思う。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「ふむふむ……なるほど、流石は軍師大和! 違う視点から攻め込めばいい訳だね!」

 

「……色々言いたい事はあるが、これ以上面倒事にされたくないから何も言わないよ」

 

「しかし大和。これだとかなりの時間を要してしまうのではないかな? もしも公認されない内にゆるキャラグランプリが開催されてしまったらどうするんだい!」

 

「それこそ今の状態と変わらなくなるだけだろ? 今の現状としては役所の印象は悪いだろうし、そこからプラスにしてさらに公認まで行くとなれば、長期戦は覚悟しないとダメだと思うぜ?」

 

「なんかこうもっと手早く出来る方法ないの? 脅すとか買収とか」

 

「それが許されるならとっくに言ってるわ!!」

 

 

 大和は約束を守り、策をアッガイに献上していた。もっとも、その内容はかなり長期的なものであり、サクッと公認を貰いたかったアッガイにとっては少し面倒な内容だ。

 大和が言うには、現在の役所に同じように頼みに言っても公認は無理だろう、との事。そもそも、アッガイは九鬼財閥に所属しており、九鬼のイメージアップとしての役割も担っていた。――効果があったかどうかは知らないが。それを川神市という日本国の一市町村が、公認としてしまえば様々な問題が出てくる。民間のプロに頼んで市町村の公認キャラを作るというのは珍しくないが、元々企業が使っていたキャラクターを改めて市町村のキャラクターにするというのは聞いた事がない。そもそもそんな事をする必要性もないからだ。もしも市町村が企業のキャラクターを使用しれば、邪推で癒着などを考える人間だっているだろう。つまり何にしてもデメリットばかりなのだ。そこに付けて印象の悪さ。これですぐに公認させるのはいくらなんでも無理がある。

 そもそもアッガイの公認なんて最初から無理だと思っている大和は、初めから公認させる方法なんて考えてはいない。どうやって問題を先延ばしにするかを考えていたのだ。しかしアッガイも案外鋭い部分がある。それなりの論理を説明しないと納得しないのだから性質が悪い。

 

 大和の出した策は、『役所が認めざるを得ない状況を作り出す』である。そもそも最初から大和は自分達が動く事で公認が貰えるとは一切思わなかった。色々な事情もあるし、何よりも一度決定を出した役所というのは頑なだ。それは迂闊な選択が出来ないという慎重さもあるのだろうが、何よりもコロコロと意見を変えるというのは役所が避けたい事だろう。

 ではそんな役所の意見を変えるにはどうしたらいいのか。それは【民意】だろう。川神市に住む市民からの要望であれば、役所とて一考せざるを得ない。しかしながらその一考をさせるまでが厳しい。川神市はとても大きいのだ。たかだか数十数百の意見程度では動く事なんて有り得ない。それではどうすればいい。

 

 考え方の逆転である。

 

 ゆるキャラグランプリで有名になるという目標。目標の為に公認を欲する。それがそもそも違うのだ。公認とはあくまでもグランプリに出場する為の切符でしかない。――まぁこれも条件自体どうなるのか分からない訳ではあるが。アッガイの目標はゆるキャラグランプリでの優勝だが、優勝すれば人気者になって関連商品の売り上げでウハウハの老後生活的なものを想像しての事なのだ。つまり最終的にはウハウハ出来る程の人気を獲得出来ればいい訳である。それこそ、今の段階で無理に役所へと嘆願しに行く必要もない。逆に人気になってから公認を貰ったっていい筈だ。

 

 

「今はネットで活動だって出来る訳だしさ。ネットで人気に火が着くパターンだってあるだろ?」

 

「ふむ、電脳世界から侵略していくのも一興、デアルカ」

 

 

 何故かどこぞの戦国大名みたいな言葉遣いになったアッガイ。そんなアッガイを見て、とりあえずどうにか出来たと安堵する大和。色々と説明はしたが、大和にとっては正直どうでもいいのだ。色々言ったがとにかくこの状態を誤魔化して時間稼ぎをすればいい、それが大和の本心だった。

 

 

(アッガイに公認取らせるとかどんな無理ゲーだよ。っていうか九鬼も何やってんだか)

 

 

 九鬼としてはこれまでの功績で役所との信頼関係は固い。アッガイという存在も前からの美化作業などで役所の人間はその本性まで知っている。――意味不明な言動や行動等を。つまりアッガイの行動でどうこうなるような関係ではないのだ。そもそも九鬼財閥は世界にも名立たる大きな組織。一地方公共団体どころか、日本という国家そのものと付き合っている。アッガイが出過ぎた真似をしない限りは基本的には自由にさせておくのが九鬼の基本方針なのだ。出過ぎた真似をすればヒュームが10割削るだけの話なのだから。

 

 

「予定よりは早いけど、とにかく電脳世界に進出せねば! 歌と踊りと夢と金で人気を獲得してやるぜ!」

 

「……おう」

 

 

 大和は、もう何も言うまいと思った。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 大和の策を聞いてからアッガイは考え続けていた。なんやかんやでネットからの侵攻も乗り気ではあるのだが、私生活でネットをよく利用しているアッガイは、ネットの怖さも知っていたのだ。一度でもネガティブな情報が出ればそれは瞬く間に広がっていく。まさに感染爆発である。

 となれば最初の一歩こそが肝心なのは言うまでもない。しかしその一歩の踏み出し方に悩む。今やアイドル系も飽和状態。次から次へと生まれては消えていく。アッガイとしてはアイドルとしても十二分に活躍出来る自信はあるのだが、如何せん二番煎じ三番煎じな感が否めない。なんというか、先駆者的な方向で行きたいのだ。何事もパイオニアというのは世間から尊敬されるもの。アッガイが世界のシーンを引っ張っていくのである。

 

 アッガイは悩んだ末に、自分の前世の記憶を思い出す事にした。前世の世界で流行っていた【何か】をそのまま利用しよう思ったのだ。これはパクリではない。ちょっとした流用である。ちょっとしたアイディアをちょっとほにゃららするだけの事。アッガイにあるのは常識ではなく、常識をぶち壊し、未来へ続くであろう高潔な精神なのである。

 そして出来上がったのが……。

 

 

「アッガイこれくしょん! 略してアッこれ! なんだか不意に凄い物を見つけてしまったかのような略称!! 微妙な色合いを含む様々な色のアッガイをコレクションできるゲーム!」

 

 

 とあるブラウザゲーム。

 

 

「アッガイの起動音で歌を作る事が出来る! アッガロイド! 起動音だけじゃ僕は何も作れなかったけど変態技術者が何かに利用してくれるだろう!!」

 

 

 とある電脳歌姫のプログラム。

 

 

「これを使って人気爆発! そしてガッポガッポ! 公認? まぁくれるなら貰っておいてあげるよ。ハッハッハッ!!」

 

 

 アッガイの高笑いは九鬼ビルに響き渡った。他人の事には鋭いアッガイだが、自分の為の行動には不安も心配も躊躇も無かったのである。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「どうしてこうなった……」

 

 

 アッガイは椅子に力無く座り、頭と両手は机の上に重く置かれていた。あれほど輝かしい未来を夢見ていた姿は、もうどこにも無い。一体何故このような事になったのか。

 

 全ては高笑いによるヒューム召喚から始まった。もうそこからは疾風の如くである。開発費用に九鬼からの資金を流用していたのが不味かった。ヒュームにお仕置きを受けた上、流用された分の回収として作った物は全て没収されてしまったのだ。今更ではあるがポケットマネーで作らなかった事が悔やまれる。いや、陽向から資金を徴収しても良かった筈だ。考え始めれば次から次へと後悔が続く。

 

 

「畜生めぇ……畜生めぇ……………………………………」

 

 

 アッガイの呪詛のような言葉は次第に小さくなっていき、ピタリと止まった。そして徐々に体全体がプルプルと震え始める。そして十秒程経過。

 

 

「妖逆門! 妖逆門!」

 

 

 妖逆門。読み方は『ばけぎゃもん』である。だからと言って、今この時言う事に意味があるのかと問われれば、無い。アッガイは妖逆門と叫びながら九鬼ビルを走り回る。止めようとする従者部隊は悉く吹っ飛ばす。こういう事が何回もあったのか、従者部隊の対応は非常に早かった。実はこれも突発的な訓練として従者部隊には認知されていたのだ。つまりこういった事はもう何度も発生しているのである。

 

 

「僕を止められるのは毎週水曜のメンテだけだぜーーーーーーーーー!!」

 

 

 この2秒後、ヒュームの蹴りでアッガイは止まった。ちなみにこの日は金曜日。海上自衛隊がカレーを食べる日だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第13話】 我を阻むものなし

 川神市には親から子供に口酸っぱく言われている事がある。それは『親不孝通りには近付かない』だ。いくら武神や川神院という存在があった所で、彼らは警察でもなければ自警団でもない。要請があれば協力はするが、基本的には武を極めんが為に彼らは修行しているだけに過ぎないのだ。

 故に、どこの都市にもあるように後ろめたい者達の居場所が生まれる。川神市でありながら、川神市の表の雰囲気とは全くの別。まるで異世界のような空気の場所。濁った空気で満ちて同じ性質の者達を引き寄せる。

 しかしそんな場所にも引き寄せられた訳でもなく、やってくる存在が居た。時は夕刻。それはビルの間の、いかにも『不良が溜まってるよ!』という場所へとゆっくりと、しかしスキップで向かっていく。そして都合よく見つけた不良らしき男性2名を発見した。どちらも髪を染めており、鼻にピアスをしている。とりあえず口が悪かったら確定しようと心に決め、男性達に話しかける。

 そう、やってきたのは何と予想外にもアッガイだった。ダーティーなイメージとはかけ離れた、あの純真爛漫で人々に愛され、笑うだけで近くの草花が咲き誇る予定のアッガイである。

 

 

「リアルストリートファイターが出来ると聞いて」

 

「ああ? なんだコイツ」

 

「コイツ確か九鬼のロボットじゃねぇか?」

 

「そこの頭の悪そうなのは中々見る目があるな、優しくノックダウンさせてやろう」

 

「うぜぇんだよ、消えろ! ぶっ壊して――」

 

「無慈悲圧骸拳!!」

 

 

 無慈悲圧骸拳。詳しく説明するとアッガイのパンチである。

 この凄まじい拳を受けた不良らしき男性一名はビルの壁へと吹き飛び、衝突。下にあったゴミ溜めへと落下した。面倒なのでこの男を不良Aと呼称しよう。容赦が微塵も無い、殴られなかった方の男、つまり不良Bは即座にそう思う。確かに口は悪かったが、ここまでやる程のものだっただろうか。

 すると、アッガイの視線が残った不良Bに向けられた。アッガイのモノアイを見て、Bは肩を大きく跳ね上がらせる。視線を移せばゴミまみれで気絶している仲間のA。絶対にああはなりたくない、そう思うレベルで汚い状態のA。汚さはアッガイの基準ではZランク(ゾッとする汚さ)である。自分もああなるのだろうか。Bはこの後の自分の運命を必死に予想し、それから離脱する方法を考える。そんなBに、救世主のような存在が現れた。

 

 

「――お前ら何してんだ?」

 

「りゅ、竜兵さん!!」

 

 

 板垣竜平。この親不孝通りでは知らない人間はいないという男である。筋肉質な体をしており戦闘力も高い。好戦的な性格を隠すつもりもなく、眼光はギラギラと輝いている。彼には姉や妹もおり、実は彼女達の方が戦闘力は上だ。しかしそれでもこの親不孝通りの不良達を束ねられるレベルの戦闘力である事は変わりなく、Bにとっては心強い味方であった。何よりもアッガイが倒したAは、まぁそこそこの不良であり、竜兵とは比べるまでもなく弱い。

 しかしこのBはやって来た幸運を自ら手放してしまう。

 

 

「竜兵さん! あのポンコツが、九鬼のロボットがアイツを!」

 

「はぁ? うわ、そっちの汚ねぇな、ってか誰だよコイツ。あとお前」

 

「い、いや会った事あるじゃないですか!? 一昨日だって――」

 

「お前は優しくノックダウンさせてやると言ったな?」

 

「え――」

 

「あれは嘘だ」

 

 

 瞬間。Bの視界は上下反対となりグルグルと回転する。最後に見たのは迫ってくる地面だった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 Bがアッガイの拳によって空中を舞い、気絶し、地面で強制睡眠させられた直後。アッガイと竜兵の戦闘は始まった。喧嘩に明確な開始の合図など無く、そしてルールも無い。無法。故に全てを上手く利用した者が勝者となるのだ。相手を打倒した人間こそが、無法地帯では勝者となる。無論、喧嘩以外でもこの親不孝通りに居る人間達を屈服させる事は出来るだろう。

 しかしこの板垣竜兵、そういった事はあまりしないのだ。そもそも卑怯な手段をもって打倒しても、不良達に慕われる事は無いだろう。しかし彼は慕われている。彼は自分の武力だけでもって、しかも正面から相手を叩き潰してきたのだ。故に負けた相手は素直に彼の言う事を聞く。強者の庇護を得るのだ。しかも竜兵の家族が更に強い事を不良達は知っている。強力な庇護の下、自分達は好き勝手出来る。そう不良達は思っているのだ。それが良いように使われているだけで、庇護なんてものは存在していなくても。

 

 

「オラァ!!」

 

「ぬるり」

 

 

 竜兵は右手で強烈なパンチを繰り出し、それをアッガイはぬるりと回避する。アッガイは完全に竜兵のパンチを見切っており、体を横に最低限移動するだけで避けたのだ。アッガイのモノアイは突き出された竜兵の拳をジーっと見ており、それを見た竜兵は言い様の無い寒気を感じた。竜兵は自分の直感を信じ、拳を戻すと後ろにステップで移動して距離を離す。アッガイはそんな竜兵を挑発するように言葉を投げ掛けた。

 

 

「ちょっと臆病すぎるんじゃない? そういやチミってリュウヘイって名前なんでしょ? どういう字を書くのか分からんけどさ。アレかな、名字は上島とかなのかな? ヤー!! くるりんぱ!!」

 

「……うるせぇぞ鉄屑が!」

 

 

 狂っている。竜兵は確信した。喧嘩をしていると稀に現れるのだ。明らかに常軌を逸した性質の存在が。何を目的としているのかは理解出来ず、しかし相手にすると確実に自らに危険が及ぶ。勝つとか負けるとかそういう話は意味を持たない。そういった奴と目の前の機械は同じだと、自分の直感が警告しているのだ。

 アッガイからすればヒュームに怒られずに暴力を使用する事が出来る場所を見つけて、そこでストレス発散しているに過ぎない。しかも気絶した相手に都合よく刷り込みも行って正に一石二鳥喜びアッガイである。最早良識とか人として大切な事とかは一切気にしない。『正々堂々とかそんなの知らない美味しいの?』状態である。そこには最早邪念は無い。澄み切っているのだ。そもそもアッガイは人間ですら無い。製作者を敬うとか、人間に尽くすとか、とっくに燃えるゴミで出している。

 

 謂わば欲の極致。決して普通では至らない領域にアッガイは足を踏み込んでいるのだ。踏み込んでドタドタと走り回っているのである。それを竜兵は【脅威】だと認識した。相手を打倒する、勝利する、屈服させる。そんな事はどうでもいい。とにかくまともに相手をするだけ無駄なのだ。この手の相手は。

 

 

「ここは俺達の溜まり場なんだよ。余所者がウロチョロすんじゃねぇ!」

 

「じゃあちゃんと土地の所有者である事を証明しなさいよ。私有地の証明してみなさいよ。その歳で『ここは僕達の砂場だぞ!』みたいな事言ってんじゃないよ! 公園は皆のものだろうが! ぐるっと回って僕のものだろうが!!」

 

「うるせぇ!! 訳分かんねぇ事抜かすんじゃねぇ!」

 

「なんで訳分かんないのさ! 僕は最初、レーツェル・ファインシュメッカーって名前の方がよく分からなかったよ!!」

 

(コイツ、話が繋がらねぇ!?)

 

 

 どうにも雰囲気がおかしくなる。竜兵は背中に嫌な汗が吹き出てくるのを感じていた。自分が目の前の機械を打倒する事は可能、そうは思うのだ。しかしそう思った所で即座にそれが無意味である事も分かってしまう。

 竜兵はただ暴力に魅せられただけの男ではない。暴力を使う必要があった環境、そしてそれが生き方になってしまっただけなのだ。しかしだからこそ、勝負そのものの価値を判断する事ができる。勝てば何を得るのか、負ければ何を失うのか。ここは戦うべき機会なのか、戦わざるを得ない機会なのか。勝つか負けるかは大した判断材料にはならない。最初から勝てないと思う相手と喧嘩はしないし、格上の相手に何も得る物無く挑んだりもしないのだ。川神市には武神が居る。あんな化け物レベルの存在に正面から勝てるとは竜兵だって思っていない。

 話を戻そう。竜兵は今、目の前に居るアッガイの【価値】を見定めていた。勝負すれば自分も無傷では居られないだろう。何せ本当は先程の初撃で終わらせるつもりだったのだから。それが失敗し、更には技量差も見せ付けられた。自分の速度は既に見切られている。見切られているのでは攻撃を仕掛けても容易にカウンターを放たれるだろう。そしてそのカウンターの威力も想像がつく。先程の光景、軟弱とは呼べない体型の男を空中へと舞わせる程の力だ。それがカウンターで放たれれば一撃で意識を断ち切られる。

 どうでもいい野良喧嘩だ。しかし負ければ九鬼のロボットに負けたという事実が広がる。そうなれば要らぬ行動を取らなければならなくなるだろう。組織の頂点は舐められれば終わりだ。特に腕っ節で人を纏めている竜兵のような人間は。

 アッガイの実力を本当の意味で知っているのは川神市でも極僅かだ。大抵の人間は見た目や行動でアッガイの事を下に見る傾向がある。しかしそれは大きな間違いだ。ヒュームという九鬼の従者で最も戦闘力の高い人間が、本気では無いとはいえ、放った攻撃で凹み一つ付けられないという防御力。そしてテンションの高さで変わる攻撃力。追い詰められれば極端な程に変貌を遂げ、いわゆる【壁を越えた】実力者となる。

 

 

「…………」

 

「そんな目で見つめるなよ……。興奮はしないけれども」

 

 

 緊張状態は続く。しかしお互いに相手を牽制し続け、動かない。しかし動けば間違いなく決着はつく。それが何を齎すのか。竜兵には分かっていた。勝ったとしても自分に利など無い事を。いや、もしかすると勝っても状況は悪くなるかも知れない。先程、気絶した男は『九鬼のロボット』と言った。つまり目の前に居るのは九鬼の一員なのだろう。倒した事で九鬼に目を付けられる可能性があるのだ。逆にアッガイにとっては、勝とうが負けようが何も変わらない。事態は膠着しているにも関わらず、先は全く違う結末であった。

 

 そしてこの勝負の決着すらも。

 

 

「竜? アンタなにしてんだい」

 

「! アミ姉――」

「あっ、あみっぺだ!」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「つまりアレか。チミは僕が唯一出会っていなかった板垣家のアッーー! なのか」

 

「表現方法はちょっとアレだけど、まぁその通りさ」

 

「ってか、アミ姉達が言ってたのってコイツだったのかよ」

 

「おいアッーー! コイツと呼ぶな。僕は日本が世界に誇るアッガイだぞ!」

 

「俺をそう呼ぶお前が抜かすんじゃねぇ!!」

 

 

 既に戦闘の気配はなく。そして場所も違っていた。アッガイと竜兵、そして亜巳は3人で板垣家に向かって歩いている。既に工場地帯に入っており、そこ彼処から工場独特の煙や臭いが漂ってきていた。

 

 

「大体なんでアミ姉もタツ姉も天も、ちゃんとコイツの事を教えてくれなかったんだよ」

 

「アッーー! アッーー!」

 

「うるせぇっ!!」

 

「ちゃんとも何も言っただろう? 【変な奴】って」

 

「それだけで分かるかよ!」

 

「辰だって【変な子】って言ってたし、天も【変なの】って言ったじゃないか。それで私らは分かったんだから分からないアンタが悪いのさ。文句あるのかい?」

 

「ぐっ……」

 

「やーいやーい、分からないでやんのー。プークスクス」

 

「殺す!!」

 

「いい加減にしな! どっちも打っ叩くよ!!」

 

 

 苛々している竜兵と華麗に挑発するアッガイ。口を開けば喧嘩になりそうな二人に、亜巳も遂に雷を落とした。怒鳴られた二人はお互いに静かになり、黙って亜巳の後ろを着いて行く。そもそも板垣家のヒエラルキーの頂点は亜巳であり、竜兵は逆らう事など出来ない。しかし何故アッガイも彼女の言う事を聞いているのか。それはアッガイと亜巳の出会いにまで遡る事となる。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 夜の川神市。そこには昼間とはまた違った喧騒があった。夜の顔と言えるだろう。家路を急ぐ者。酒を呑む者。喧嘩をする者。それはもう混沌とした雰囲気だ。しかし大体の人間は本当に危険な場所へは近付いていない。本能的に避けているのだろうか。だが稀にアルコールのせいか、そんな場所に近付いてしまう者もいる。

 

 とある一人の中年男性が居た。小奇麗なスーツを着ており、体型はお世辞にもスマートとは言い難い。腹は大きく出張っており、頭髪は頭頂部を中心にかなり薄くなっていた。男性は酒を呑んだのだろう、顔を真っ赤にして、顔にはギットリとした脂汗が滲んでいる。千鳥足で何処へとも無くフラフラと歩いていた。

 

 ふと、男性の視界に光が飛び込んでくる。男性は鬱陶しそうに手を翳して目に入ってくる光を遮った。そして改めて回転の悪くなった頭で光の正体を探ろうと、光に近付いていく。その光はビルの間にある小さな空間から発せられていた。見る人が見れば不気味とも思えるその空間に、男性は何も考えず、ただ光の正体を知らんが為に進んでいく。

 光に近付いていくと居たのは頭からスッポリと体を隠すローブを着た存在。その顔から放たれている事が分かった。人間で言えば顔があろうその場所から、何故光が放たれているのか。だが男性はそんな事など気にせず、光が鬱陶しかった事を思い出して、怒気を表しながらズカズカと大股で近付いていく。

 より近付いて見ると、なにやら占いをしているようだ。小さな机と椅子、机の上には透き通った水晶玉が置かれていた。だが男性はとにかく自分の怒りを教えたくて堪らなかったのだ。椅子にドスンと勢いよく腰を下ろすと、自分の話をし始める。

 

 

「俺はなぁ! お前なんかよりずーーっと偉いんらよ! お前そんな俺に光なんか当てやがって、うっぷ! 謝るのが当然らろう!? なぁ!」

 

「…………」

 

「黙ってんじゃれぇよ! もういい! うららえ! そしたら許してやる!」

 

「……では、この水晶玉をよーく見て下さい」

 

 

 占い師は水晶玉を見るように男性に促す。男性は脂ぎった顔を水晶玉に近付けて、言われた通りに見続ける。すると水晶玉の中心が少し輝き始めた。

 

 

「さぁ、この光をよーく見て」

 

「……」

 

 

 男性はこれまで騒いでいたのが嘘のように静かになり、その目は徐々に虚ろになっていく。そんな男性の変化も御構い無しに占い師は言葉を続けた。

 

 

「さぁ、今貴方は水晶の中に何を見ていますか?」

 

「……人、いや、誰だっけ……」

 

「その水晶に映っている者こそが、貴方が人生を懸けて支援すべき人です」

 

「支援……」

 

「そうです。現金、小切手、株券、実物資産。支援するのです」

 

「支援する……」

 

「その者の名はアッガ――」

 

「随分と面倒臭い事してるねぇ」

 

 

 瞬間、水晶玉は振り下ろされた棒の衝撃で砕け散った。男性はすぐに正気を取り戻したが、腰を抜かしたのか、椅子から落ちて無様に這い蹲っている。占い師はあまりの出来事に、ローブを脱ぎ捨てて水晶玉を破壊した人間を見た。

 

 

「ムキーッ! 特製の催眠効果付き水晶玉がー! 何するんだバカー!」

 

「うるさいねぇ。完全にアウトな商売してて小さい事抜かしてるんじゃないよ」

 

「このアッガイが小さいですと!? 夢はでっかく! 世界チャンピオンだ! ガルダフェニックス!!」

 

 

 そう、この占い師の正体はアッガイだったのだ。実はこの頃、自分の広報費がかさんで貧しい生活を余儀なくされていたアッガイは、支援者を集める為にこのような事をしていた。水晶玉の中には催眠効果を齎す光が発せられる仕組みとなっており、ついでにアッガイの画像も埋め込まれている。

 そんな水晶玉をぶっ壊してくれたのは一体誰なのか。アッガイは怒りに打ち震えながら相手を見てみると、若い、しかし完全に『あ、これはドSですね』と分かるような雰囲気の女性であった。【女王様】という感じ目は眼光鋭く、化粧も濃い目でより雰囲気があるのだ。鞭ではなくて棒だけど。

 しかしアッガイは別の感覚でもっても、彼女が危険である事を見抜いていた。アッガイがこの川神市、いやこの世界に来てからというもの、一部男性を除いて明らかに女性のほうが強い。そしてそんな強い女性達にアッガイは結構な割合でボコボコにされている。そんな経験がアッガイに生存本能を蘇らせ、危険な相手の場合には何となく分かるようになったのだ。

 

 

「全然理由も何もかも分かりませんが痛い思いはしたくないので謝りますすみませんでしたごめんなさいじゃあこれでさようなら」

 

「勝手に話を終わらせて逃げようとすんじゃないよ」

 

 

 アッガイは自分の華麗な話術でこの場を脱出しようと思ったのだが、どうやらアッガイが思った以上に彼女はやるようだ。自分の話術に流されずに自分を逃がそうとしない女性を、アッガイは更に警戒する。別に痛みは感じないけど、叩かれたとか殴られたとか蹴られたという事実が嫌なのだ。

 

 

「ここはね、うちの店に続くちょっとした通り道なのさ。こんな所で商売されたんじゃ、こっちに影響出るんだよ」

 

「はいすみませんでしたでもシャバ代と言われましてもコイツが最初の客なので払えませんごめんなさいさようなら」

 

「だから逃げるんじゃないよ!」

 

「あーん! 脳天直撃!」

 

 

 諦めずに華麗な話術で逃走を図ったアッガイだったが、今度は容赦なく棒で頭を突かれた。アッガイは痛みこそ感じないものの、衝撃などは普通に喰らう為、頭をフラフラとさせている。

 と、そんな状況で先程まで客だった脂ぎった親父は、やっと我に返ったのか、腰を抜かした状態でアッガイを指差して叫び始める。

 

 

「こ、この馬鹿ロボットが! 俺を騙すなんてふざけやがって! おいそこの女! そのロボットを――」

 

「はぁ? 誰に指図してるんだいこの豚が!」

 

「ぶ、豚だと!?」

 

「そうさ、この醜い豚が! 自分の醜さも分からないような愚図には【お仕置き】必要だねぇ」

 

「え、いや、ちょ――」

 

 

 約20分後。女性の足元でブヒブヒと鳴く親父が出来上がっていた。

 この鮮やかな手並みにアッガイは感動し、二人は知己となったのだ。これが、アッガイと板垣亜巳の出会いである。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「いやーあの時の親父、そこそこな会社の重役さんだったんだっけー」

 

「そうだねぇ。今でも足繁くうちの店に来る醜い豚だよ。まぁそのお陰で定期的に良い物が食えるんだけどね」

 

「ってかお前の方が完全にアウトな事してんじゃねぇか!」

 

「竜兵よ。チミに良い言葉を贈ろうじゃないか、ジャマイカ!」

 

「ああ?」

 

「バレなきゃ警察は動かない」

 

「俺が言うのもなんだが、お前も結構な屑だな」

 

「僕に向かって屑とはなんだ!! 屑は屑でも星の屑なのだよ! スターダストメモリー! 私は帰ってきた!!」

 

 

 アッガイ達は板垣家に到着し、3人でお茶を飲んでいた。話題はアッガイと亜巳の出会い。アッガイは懐かしむように語り、亜巳が心底どうでもいいように補足する。そして竜兵は明らかに呆れた視線をアッガイに向けていた。

 

 

「たっだいまー」

 

「邪魔すんぜー。……あ?」

 

「天さんと……おお! ヒロシ、ヒロシじゃないか!」

 

「ちげーよ!!」

 

「あれ? 釈迦堂ヒロシじゃなかったっけ? それても野原刑部だっけ」

 

「てめぇワザと間違えてるだろ!」

 

「あー! アッガイだー。 いらっしゃい~」

 

「やぁタッちゃん」

 

「なんだよアッガイ遊びに来るなら言えよー! そしたら出掛けずに家でゲームしてたのによー」

 

「天さんは今日もゲーセン行ってたの? 末っ子特権でもお小遣いの使いすぎは良くないよ。アッガイ支援金として全額僕に渡そうよ」

 

「それ返って来ないじゃねぇかよ!」

 

 

 人が増えた事でより騒がしくなる板垣家。やって来たのは板垣天使と釈迦堂刑部、板垣辰子である。辰子は板垣家次女で竜兵と双子で彼女が姉だ。天使は三女であり、彼女らが揃って板垣家全員である。

 辰子は非常にスタイルの良い長身、長髪の女性だ。性格は温和で板垣家では珍しく大人しい。天使は活発な少女で、髪をツインテールにした女の子である。しかしテンションの上がり下がりが激しく、暴力に訴える事も非常に多い。口も悪い。釈迦堂刑部はアッガイ曰く【ヒロシ】である。

 天使と辰子は帰宅しただけだが、釈迦堂だけは違う。しかし全員がアッガイと面識が有るのだ。天使はゲーセンで、辰子は川原で。釈迦堂に至っては約十年来の付き合いである。釈迦堂刑部はそもそも川神院の元師範代だ。故に百代と付き合う内に親交が出来たのである。しかし最近では川神院を破門となり、前ほど会わなくなっていた。それがこんな予想外の場所で再会する事になろうとは。アッガイはそこそこの驚きを感じていた。どの位かと言うと、『この苺、思ってたより甘い!』と同じ位である。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 すっかり空は茜色から完全な夜の色に姿を変え、星々が煌いて空を彩っている。そんな空の下。アッガイと釈迦堂は河川敷近くの道を二人で歩いていた。

 

 

「ふーん、じゃあ今はあみっぺ達に色々教えてるんだー」

 

「おう。あいつらは礼儀はなってねぇが、武に関しては原石だぜ」

 

「ヒロシが他人に礼儀がなってないとか言える立場かよプークスクス」

 

「リングゥ!!」

 

「あーんぎゃあぁぁぁ!!」

 

 

 そこそこの付き合いだからであろう。釈迦堂は自分を笑ったアッガイに躊躇無く【リング】という技を叩き付けた。この技は気を飛ばして相手に攻撃するのだが、当たった箇所で爆発を起こしてアッガイは吹き飛んだ。河川敷近くの道はすぐ横が坂になっており、ゴロゴロと転がっていく。近くだった事もあって、釈迦堂はリングを放ちながらステップで少し距離を離している。

 煙がモクモクと立ち上る中、釈迦堂は口元に笑みを浮かべながら未だに姿が見えないアッガイに話しかけた。

 

 

「どうせ傷もダメージも受けてねぇんだろ? さっさと梅屋行くぞ、梅屋」

 

「危なかった……! アッガイじゃなければ即死だった……!!」

 

 

 煙を掻き消しながらアッガイはヨロヨロとしっかりとした足取りで坂を登る。そんなアッガイの様子を見て、釈迦堂は『やっぱりな』と特に心配した感じも無く、先に歩いていく。それをアッガイは早足で追いかけ、隣に並んだ。

 

 

「だけど何で梅屋なのさー。タッちゃんの料理食べたかったなー」

 

「うるせぇな。俺が奢ってやるってんだぞ? 超レアだって事が分かってんのか?」

 

「ヒロシはいつも梅屋じゃないか。自分の好み最優先じゃないか。もうアレだよ。梅屋で働きなよ。春日部の」

 

「梅屋で働くのも悪くはねぇが、何で春日部なのかは理解出来ねぇな」

 

 

 真面目に考える素振りを見せる釈迦堂。本人としては休憩で出てくるであろう賄いの方に興味があるのだろうが。

 

 

「しかしさぁ。ヒロシにしてはやけに穏便だよね」

 

「ああ?」

 

「だってこの奢りだってアレでしょう? 鉄心氏とかにヒロシの事を黙っておく代わりみたいなもんでしょ?」

 

「……へぇ。よく分かってるじゃねぇか。食わせた後に有無を言わさず約束させる予定だったんだがな」

 

 

 そう、釈迦堂がアッガイにご飯を奢るのには訳があった。それこそ、板垣家での夕飯をやめてアッガイを連れ出す程の事なのだ。特に辰子と天使が『まだ居ろ』とゴネていたが、釈迦堂からすれば板垣家は弟子に当たり、彼女らに有無を言わさず、アッガイを連れ出す事が出来た。

 そしてそんな釈迦堂の目的はアッガイから川神院への通報阻止である。そもそも川神院に伝わる川神流は門外不出。それを破門された人間が勝手に教授するなどあってはならない事なのだ。しかし釈迦堂はそれを破った。これが川神院、引いては釈迦堂の師である川神鉄心に知られれば、必ず粛清をしに来るだろう。それだけは避けねばならない。いくら釈迦堂でも、川神院の粛清を受ければ再起不能は目に見えているからだ。

 よく考えるとかなり危険な状態である筈。だがそれは釈迦堂にとってだけ、とは最早言いがたい。釈迦堂は粛清を受ける可能性が高いが、板垣家はどうなるのか。釈迦堂が考えるに、教育者でもある鉄心とルー師範代は板垣一家をまともな人間に矯正させようとだろう。それは板垣一家にとって窮屈過ぎるものであり、かなりのストレスを与える事になる。釈迦堂としても弟子に嫌な思いは出来るだけさせたくはない。

 

 

「いいよ別に。大体、梅屋のご飯で約束なんてしたら食いしん坊キャラになっちゃうでしょーが! いや、今日は奢ってもらうけどね!」

 

「んじゃなんで黙ってるんだよ?」

 

「ヒロシは危機察知能力とか危機管理能力とか想像力とか良識とか言葉遣いとかもう全部が足りてないから分からないかも知れないけど――」

 

「リングゥ!!」

 

「あーんぶねぇぇぇぇ!!」

 

「ちっ、避けやがったか」

 

 

 再度、リングをアッガイに向けて放った釈迦堂だったが、アッガイが最早体勢を気にせずに回避した事で外れてしまった。アッガイ的にはどこぞのマトリクス的な感じで避けるのを想像していたのだが、尻餅をつく結果となる。不本意ではあるが、『まぁこれはこれでドジっ子みたいで可愛く見えるだろうからいいや』とアッガイは納得した。

 

 

「あのね、僕がヒロシを鉄心氏に報告するとするじゃない」

 

「ああ」

 

「でもね、きっと百代が『もっと前から知っていたに違いない! これはねっとりと取調べをするべきだ!』とか言って僕を拘束すると思うんだよ」

 

「ああ……」

 

 

 釈迦堂でも容易に想像出来た。今でこそ武神と呼ばれている川神百代ではあるが、その性格はかなり癖がある。特にアッガイに関しては武力に訴えて無理を通す事が多く、強制ハグなど、その様も実際に見た事があるのだ。いくらダメージを受けないアッガイとはいえ、拘束を振り解けるのかと言われれば否である。実際問題、アッガイ自身も腕力による圧迫などには警戒心を持っている。今までは何の問題もないが、以前にアッガイは九鬼揚羽のハグによって【ミシミシ】という聞こえてはいけない音が自分の体から聞こえてきたのを覚えているのだ。故に単なる打撃は気にしないが、長時間かけて圧迫されるのは怖いのである。

 そんな先行きを想像したアッガイは、自分の保身の為に釈迦堂の事は黙っている事にした。【黙る事、ミッフィ○ちゃんの口が如く】である。ちなみにミッ○ィーちゃんは愛称であって本名ではない。

 

 

「まぁ黙ってるなら俺は言う事ねぇけどよ」

 

「じゃあ僕のお願い一つ聞いてよ。一発芸みたいなもんだからヒロシでもきっと出来るよ」

 

「はぁ? 一体何しろってんだよ」

 

「リコーダーでギターの音出して」

 

 

 その夜、川神市の川原付近でピューと吹く何か、いやピューと飛んでいくアッガイが目撃されたとかされていないとか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第14話】 僕がいるかぎり負けはしない!

「ガッデム! ガァッデーム!!」

 

 

 アッガイは吼えていた。体の奥底から湧き上がる怒りに身を任せ、大空へと咆哮する。何故、川神温和ランキングでも上位に入るであろうアッガイがこのように怒っているのか。それは風間ファミリーが原因である。

 この時、既に5月のゴールデンウィークに入っていたのだが、風間ファミリーが旅行に行っていて居なかったのだ。別にアッガイは居なかった事に怒っている訳ではない。自分に黙って旅行に行った事が許せないだけである。温泉、卓球、コーヒー牛乳、いちご牛乳、浴衣、想像すればアレもやってみたいコレもやってみたいが一杯だ。しかしである。アッガイは最早それを実現する事など出来ない。何故ならハブられたから。除外されたから。居ない事にされたから。

 

 

「この温泉宿に泊まりに来て貰いたいランキング第一位(自称)のアッガイを温泉旅行に連れて行かないとは!!」

 

 

 まさかのアッガイ省略で温泉旅行。風間ファミリーとはそこそこ付き合い長く、高度な信頼関係も築けていたと思ったのにこの仕打ちである。まさかの連絡無し、いや、九鬼にはアッガイ宛の電話が来ていたらしいが。いやしかし、何故アッガイの持つ携帯電話にかけて来なかったのか。ちょっと前にジオン軍水泳部の血が滾って突然、川に飛び込んで携帯電話を壊してしまっていたとしても、それは理解出来ない。

 

 つまり風間ファミリーにこそ責められて然るべき理由があるのである。あるったらある。無くても有る。この考えこそがアッガイクォリティ。

 

 

「畜生! 不貞寝だ不貞寝!」

 

 

 そのままアッガイは川原近くの草原で昼寝をし始める。草の独特な香りと川のせせらぎ。程よい強さで吹き抜ける風は抜群に昼寝環境を整えてくれる。アッガイは数分で眠りの中へと落ちていった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「…………ぅうん」

 

「起きたらタッちゃんに抱きつかれていたでござるの巻」

 

 

 日は既に大きく傾き、空は綺麗な夕焼けに染まっていた。少々風が冷たくなってきたのを察知して、華麗に起き上がろうとしたアッガイだったのだが、いつからなのか、板垣辰子が抱きついていたのだ。彼女は温和な性格なので、無理に起こしても怒る事は無いだろうがなかなかに力強く、そして起き難い。しかも綺麗にアッガイの両腕を固定するかのように抱きついている為、アッガイは声で起こすしかない。

 

 

「タッちゃーん、起きてー。早く起きないと何故か陸遜になっちゃうかもよー」

 

「んー…………」

 

「三国志の英雄になってもいいのか! 僕が居る限り負けはしない! ってか! まずいちょっと今の格好良かった。僕の台詞としておきたい!!」

 

「んー、うるさいよぅ……」

 

「このアッガイの声をうるさいとはどういう事ですか!! タッちゃんいい加減に起きなさいよ! じゃないとまた顔面にモノアイフラッシュ!!」

 

「うぅん、眩しいよ~」

 

「僕のモノアイフラッシュは奇面フラッシュを参考にしています」

 

 

 アッガイのモノアイから放たれた強烈な光が寝ぼけていた辰子の顔に直撃し、辰子は顔を顰めながらアッガイを解放した。まだ強烈な光の影響が残っているのか、上半身を起こしてあぐらをかき、目をゴシゴシと擦っている。アッガイはやっと解放され、大きく背伸びをして立ち上がった。

 

 

「タッちゃんいつから僕に抱きついていたのさ」

 

「ん~。まだ明るかった頃からー」

 

「判断付かない答えだなオイ。昼間としか言いようがないじゃない」

 

「ごめんねー。アッガイは抱き心地が凄く良くてー」

 

「まぁ抱きたい(枕)ランキング第一位のアッガイですから。それはしょうがない。うん、しょうがない」

 

 

 なんやかんやで褒められると弱いアッガイである。常日頃からきちんと『僕は褒められて伸びるタイプだから!』と説明しているのにほぼ誰も褒めてなんてくれない。故に褒められると大抵許しちゃう。松風曰く『チョロい、アッガイ先輩マジチョロい』である。ちなみによく褒めてくれるのは由紀江と紋白と義経と辰子だ。他は回数的に少ない。故に挙げられた4人は現在アッガイの友好度が赤丸急上昇中である。結構前からの付き合いの人も二人いるのはご愛嬌だ。

 

 

「しかし寝てる時に抱きつかれるとは、最初の出会いを思い出すねー」

 

「そうだねー。でもあの時はちゃんと調べてから抱きついたんだよー」

 

「調べた!? 僕調べられてたの!? タッちゃんに!?」

 

「そうだよー。だって見た事ない物体だったしー。こう、落ちてた枝で突いてみたり」

 

「やめて! なんかこう汚物やらを突くような感じでやるのはやめて!」

 

 

 アッガイと辰子の出会いも、場所こそ違うが河川近くの草原だった。同じように不貞寝していたアッガイに、いつの間にか抱きついて寝ていたのが辰子である。遂に見知らぬ女性にまで魅了するようになったか、と自分の罪深さを嘆いたアッガイだが予想以上に彼女の腕の力が強く、一瞬で『コイツ……! 武士娘じゃねぇか……!?』と辰子の本質を見抜いた。アッガイの中で武士娘認定されるのは血筋とかそういうのではなく、ただ単に武力の強さが一定以上の女子である。

 

 

「でも私がアッガイに出会ってなかったら天ちゃんに酷い事されてたよー?」

 

「まぁそれはあるけれども!」

 

 

 時は暫く前へと移動する。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「ヒャッハー! これで8人抜きだぜー!!」

 

「くっそぅ、なんだよあの子、強すぎじゃねぇか?」

 

 

 川神市のとあるゲームセンター。このゲーセンの対戦型格闘ゲームの設置場所には数人がゲーム画面を注視していた。悔しそうに台から立ち上がる男性とは逆に、反対の台に居る女の子は非常に楽しそうにしている。少女はこの格闘ゲームで既に8人もの対戦相手に勝利しているのだ。その強さに対戦した相手は肩を落として台を離れ、再戦を願う者は他の人の対戦を見て研究している。結果、その格闘ゲーム台の付近だけ、少し人が集まっていたのだ。

 

 

「なにやら盛り上がっているようではあっーりませんか」

 

「! ひ、一つ目だ! 一つ目が来たぞ!」

 

 

 そんな中、とある人物がこの場に姿を現した。ゲーセンの常連なのか、その人物は【一つ目】と呼ばれている。気付いた物見の客は、その人物が台に行けるように次々と避け、一つ目と呼ばれた人物が台へと着席した。

 ドスンと少々乱暴に、しかしどこかどっしりと貫禄を滲ませた一つ目は迷い無く少女に戦いを挑む。少女の方はというと、特に相手を気にするようすもなく、誰が相手でも勝つ自信があった。

 

 

「誰が相手だろーが関係ないっての。またフルボッコだぜー!」

 

「僕に出会った不運を呪うがいい……」

 

 

 そこからはまさに名勝負といえる戦闘が続いたのだ。相手を誘い、攻撃を仕掛けさせ、ジャストガードを駆使しつつカウンター。相手の考えを先読みし、カウンターからコンボを繋げ、ゲージ技の使用を瞬時に判断しつつダメージを確実に蓄積させる。距離を詰め、プレッシャーをかけ、思考させない。

 攻防は激しく、鋭く、しかし確実に進んだ。そして勝利したのは――

 

 

「嘘だろーーーーーーーーーー!?」

 

「ふっ、勢いはあったがまだ若いのだよ……」

 

 

――【一つ目】と呼ばれる人物だった。

 戦い方は非常に多彩で何かの拍子にリズムが簡単に変わる、そんな戦い方をする人物。これまで連勝を続けた少女すらも退けた。周囲からは尊敬と驚きの拍手が鳴り響いており、場は異常な盛り上がりを見せている。

 そんな雰囲気が気に入らないのは負けた少女だ。気持ちよく勝利を重ねてきたのに、一気に気分が悪くなった。しかしこればかりはどうにもならない。せめて次に会った時にはリベンジしようと、少女は反対の台に座る勝者の顔を見ようと立ち上がって横から覗く。

 

 

「はぁ!? なんだお前!?」

 

「チミを負かした、絶対勝者、アッガイですがなにか」

 

 

 少女を負かした相手は変なロボットだった。顔はモノアイがあって一つ目。もうそれで分かる特徴的な顔である。しかしなんだか少女は認めたくなかった。目の前に居る変なロボットに負けた事が。だってあんまりではないか、そんな心情が少女にはあった。何かあるじゃないか、もっと別の選択肢が。なんでよりにもよってこの変なロボットが勝者なのか。なんとなく負けた事が恥ずかしくてしょうがないように少女は感じたのだ。

 

 

「こんなのに負けたのかよ……」

 

「人を見た目で判断するとは未熟。まだまだだね」

 

「あぁん!?」

 

「君はブラックホール城を知っているかね?」

 

「ブ、ブラックホール城……?」

 

「そう、他にも不吉の数字四十八。闇の大奥。歴史のほんの一欠片達さ」

 

「訳分かんねぇよ! うちはそんなの知らないっての!」

 

「多くのゲームを体験し、絶望し、打ち砕かれた。しかしそれでもゲームを求め続ける。それが先駆者であり、探求者なのだよ。君が挑んだ壁はあまりにも大きかったんだ」

 

 

 そう言うと、アッガイは颯爽と台から去る。来た時と同じように周囲は避けて道が出来上がった。入り口からは光が差し込み、新たな旅立ちを祝福しているかのようだ。アッガイはそのまま外の、いや新たなる世界の輝きに包まれた。

 物凄い睨み、そして視線をアッガイに向ける少女を残して。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 九鬼ビルへの帰り道。アッガイはショートカットする為に少々、細い路地裏を歩いていた。するとその後ろからアッガイに声が掛かる。

 

 

「おいちょっと待てよ」

 

「ん? チミはいつかの敗北者ではないか」

 

「敗北者とか言ってんじゃねぇ! お前、ゲームの歴史がどうこう言ってたよな」

 

「言ったっけ?」

 

「言っただろうが! なんで自分の言葉を忘れんだよ!?」

 

「ほら、僕って瞬間その時を生きてるからさ。……分かるだろ?」

 

「何がだよ!? もういい! うちはうちの目的を果たさせてもらうぜ」

 

「切れやすい若者だなー」

 

 

 アッガイの話に着いて来れなかったのか、少女は明らかに怒った状態で話を切り上げる。そして少女が背から取り出したのはゴルフクラブ。少女が軽く振ると、ブンブンと空気を裂く音が聞こえてくる。

 

 

「なんと! 実はゴルファーだったのか! プロテストに落ちて自棄になっているの?」

 

「ちげーよ!! これはうちの武器だっつーの」

 

「ゴルフクラブが武器って、自分で言ってて悲しくならない?」

 

「ウッセー! うちはこれが一番慣れてるんだよ!」

 

 

 完全にペースをアッガイに乱された少女は、頭をブンブンと横に勢い良く振る。特徴的なツインテールも一緒に振り乱す事となり、動き自体が大きく見えた。それにより少女はアッガイに『あれ、なんか怒ってる?』と正しい認識を飢え付ける事に意図せず成功した。だがまだ怖がられる程ではなく、アッガイには余裕が残る。

 

 

「うちは板垣……天だ! 痛い思いしたくなけりゃ、うちに付き合ってもらうぜ!」

 

「え、いや、まずはお友達から……ぽっ」

 

「ふざけんなバカ! そういう意味じゃないっつーの!! マジ打ん殴ってやる!」

 

「あーん! ナイスショット!!」

 

 

 ナイスショットな音がアッガイの頭部から響き渡る。痛みは感じなかったが、意識はOBになった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 アッガイが気を取り戻した時、目に入ってきたのは一般的な家の中、といった空間だった。しかしながら年季が入っているのがアッガイでも分かるレベルである。壁は汚れて少々痛んでおり、柱なども長い年月の経過を教えてくれた。

 アッガイは体を動かそうとしたが、腕を体に縄でグルグル巻きにされている。更に縄は柱に括り付けられており、拘束されていた。

 ふと、視線を移すと古いアナログテレビで、これまたアナログゲームをしているツインテールの少女が目に入る。アッガイの視線に気付いたのか、少女が気付く。

 

 

「いつかこういう時が来るとは思っていた……!! 僕の可愛さに我慢できずに拉致監禁しようとする輩が出てくる事を!!」

 

「おっ、ここに殴り甲斐のある物体が」

 

「すみませんでしたツインテ様」

 

「髪型を名前にしてんじゃねー! うちにはえん……天って名前があんだよ!」

 

「? 今なんか違うの言わなかった?」

 

「ち、ちがくねーよ!」

 

 

 明らかに慌てている少女。名前は天というらしいが、なんだか疑念を持ち始めたアッガイである。

 

 

「それよりも! お前はうちがお前よりも強くなるまで居てもらうぜ!」

 

「ムリポ」

 

「ああん!?」

 

「チミは体ちっさいのに迫力だけはあるよね。僕は排泄行為はしないけど口から何か逆流しそうだよ」

 

「絶対吐くなよ!! そんな事して床汚したらアミ姉達にうちが怒られる!」

 

「ダイジョーブダイジョーブ、アッガイ、シゼン、ヤサシイ、ヘルシーリバースヨ」

 

「なんでカタコトになってんだよ!? やめろよ、マジで!!」

 

 

 アッガイの言葉に本気で慌て始める天という少女。正直言えばアッガイはこんな状況いくらでもどうにかできるのだが、なんだか目の前の少女が面白くなってきたので遊んでみる事にした。

 実は自分でも逆流で何が出てくるのか分からないので、一回やってみたいとか思ったのはアッガイだけの秘密である。

 

 

「チミさ。実は名前違うでしょ」

 

「は、はぁ!? 意味わかんねー!」

 

「うっ、吐きそうだ。どこかで吐き気を催す邪悪が出現した気がする……うっぷ」

 

「うわあぁぁぁ!? やめろ! 吐くな!」

 

「では吐き気共々スッキリさせる為にチミの真実を教えたまえ。そうすればスッキリして吐き気も治る筈さ」

 

「真実なんてねーよ!」

 

「うっ……おろぉぉお」

 

「わぁぁぁぁぁ!? 分かったよ! うちは、その………………えんじぇる」

 

「はい?」

 

「だぁぁぁぁああああ!! うちは天使って書いて『えんじぇる』って名前なんだよ!! クッソ、マジ最悪だ!!」

 

 

 少女、もとい天使は頭をガシガシと掻きながら地団太を踏む。それを見ながらアッガイは驚愕していた。『名前すらもキャラ付けに利用するとは、恐ろしい子!』と思ったのだ。だがまぁよく考えれば親がちょっとアレだったんだろうなぁと思い直す。キラキラしたネームを付ける親というのは本当に子を思っているのだろうかとかちょっと本気で脳内議論しそうになるアッガイである。

 

 

「まぁアレだ。チミも大変だったんだね」

 

「いきなり同情してんじゃねー! ぶっ壊すぞコラ!」

 

「うん、まぁ、そうだね。僕でよければ話に付き合うよ」

 

「クッソー! なんでうちがこんなのに同情されなきゃいけないんだよ!!」

 

 

 それから天使を落ち着かせたアッガイは、とりあえず少女を『天さん』と呼ぶ事にした。ついでに気功砲とか教えようかなとか思ったが、そういやアレは禁断の技扱いだったとか思い出したので止める。

 とりあえず、アッガイは何故自分を誘拐したのかを聞いてみたのだが、天使としては前回、ゲーセンでの敗北時のアッガイの言葉がどうしても納得できなかったらしい。つまりはゲームの歴史を知る=ゲームが強くなる的な発言を、自分を小馬鹿にする為の方言だと思ったのだ。ならばそれはそれで確かめてみる為にアッガイを自宅に連れて来た、という事である。

 つまり、アッガイからゲームの話を聞いて、強くならなければボコボコにしてやろう、という考えである。強くなったらなったで見返す事が出来るだろう。アッガイの言葉が嘘だったとしても、ボコボコにされるのが嫌ならわざと負けるだろうし、どっちにしても天使の気は晴れるという事だ。

 

 

「意外と考えてるんだね天さん」

 

「はん、うちだって策の一つ位考え出せるっての」

 

「よし、それじゃあチミの思惑通り、とりあえず僕の話を聞いてもらおうか」

 

「聞いた後で強くなってなけりゃボコボコにしてやっかんな!」

 

 

 そもそもゲームの歴史を知った程度で格闘ゲームが強くなる筈などない。天使にとっては自分に都合よく事が動けばいい、それだけなのだ。

 しかしアッガイに歴史を語らせるという決断をしてしまったのは完全に天使のミスであった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「つまりだよ、このプログラミングの違いが最初で最後の分かれ道と思われた訳さ。ソフト会社に――」

 

「だあぁぁぁ!! もういい、訳わかんねぇ!!」

 

「まだ! もうちょっとでいい所に入るから! 先っぽだけ入ればあとは楽だから!!」

 

「変な言い方すんな!! もういいよ! お前帰れよ!」

 

「なんでさー、ここから如何にゲームの媒体や流行の変化が訪れるのかが楽しいんだよ!? こっから一気に激動の時代に突入するんだよ! 据え置きや携帯、果てはネットゲーム! そして会社の統合とコラボ!」

 

「こいつメンドクセー!!」

 

 

 アッガイのコアな話に天使はついて行けなくなっていた。最初の頃は興味津々だったのだが、最近のゲームの話になると明らかにアッガイの自論が織り交ぜ始め、更にゲームの内容などではなく、プログラミングの話にまでいってしまったのだ。これには天使がついて行ける道理もなく、全く面白い話ではなくなってしまった。最早、今では苦痛を感じるレベルである。

 天使もこのような事態になって初めて思った。『関わんなきゃ良かった』と。

 

 

「最近のダウンロードコンテンツにうんざりなのは僕も同じだよ! でも頑張って僕の話を聞こうよ!」

 

「もういいっての!!」

 

「ん~? 誰か来てるの?」

 

「あ、タツ姉! 良い所に!」

 

「あれ、タッちゃん?」

 

「あー、アッガイだー」

 

「え!? タツ姉、コイツと知り合いなの!?」

 

 

入ってきたのは天使よりも先にアッガイと知己になっていた板垣辰子であった。天使としてはとんだ災難続きであり、アッガイをどうにかしてもらおうと思っていたのだが、今はアッガイと辰子が知り合いという事に心底驚いている。

 

 結局、アッガイの話を聞きつつ辰子がアッガイを抱き枕にしてしまった為、運良く天使はその場から逃げ出す事が出来た。本来逃げ出すべきアッガイが逃げ出さず、自分の家から逃げる羽目になってしまった天使は滑稽と言えるだろう。これをそのまま後日、アッガイが言ったらまたナイスショットされた訳だが。

 結局その後、亜巳とも知り合いである事が判明し、そのまま板垣姉妹とアッガイの交流が始まった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 時は現在に戻る。どうせ風間ファミリーは温泉旅行で居ないし、暇だったアッガイは板垣家に暫くお世話になった。九鬼では義経が寂しがっていたらしいが、今は武士道プラン実行前で外出そのものも制限されている英雄組と一緒では、アッガイも行動範囲が制限されてしまう。アッガイとしてはとても心苦しいものがあったが、何よりも自分最優先なので、泣く泣く厳しい判断をせざるを得なかったのである。自販機で欲しい飲み物が無かったから横の違うのをしょうがなく買った時と同じ程に。

 そんな感じで数日過ごし、そろそろ風間ファミリーも帰ってきている頃だろうと島津寮に向かうアッガイ。なんやかんやで竜兵とのお喋りも面白くて予想よりも長居してしまった。竜兵の自分なりの好みやらを熱心に話す姿にはある意味、勉強になったのだ。全く知らない未知の性質を持った人間との会話はとても有意義である。大体、九割九分は要らない知識として捨てたけども。

 

 

 と、アッガイが島津寮に到着すると、玄関からアッガイの知らない女性が出てきた。赤い長髪で片目に眼帯をしている。服は軍服でなかなかにスタイルが良い。しかしながら目つきは鋭く、どことなく百代と同じ性質を匂わせた。即ち【戦闘大好き民族】である。『お前強い? ファイトッ!!』な感じで戦闘を開始するあの迷惑民族だ。アッガイもあの民族には度々襲撃されて困っている。

 そんな感じで女性を見ていたアッガイだが、何故か女性はトンファーを取り出して構えた。これにはさすがのアッガイも吃驚仰天。あの百代ですら話しかけてから攻撃してきたというのに、目の前の戦闘民族は言葉すら交わさないで攻撃態勢に入ったのだ。『俺達には最早言葉すら必要ない。拳で語ろうではないか』とでも言うのだろうか。

 

 

「だいたいアンタはトンファー持ってるじゃない! 何が拳で語り合おうだ! こんなの詐欺だよ、こんなの絶対おかしいよ!」

 

「……突然意味不明な事を話し出すというのは本当だったようですね。ともあれ、お嬢様の学園内での行動報告係として、実力を試させてもらいます」

 

 

 そういうと赤髪の女性は凄まじい速さでアッガイに接近。左右からトンファーによるコンビネーション攻撃を仕掛けてくる。その速度からしてかなりの攻撃力があるのは確実だろう。常人であれば相当なダメージが入る。しかし、彼女が相手にしているのはあらゆる意味で予想GUYなACGUYだ。

 

 

「あーん! 世界よ、これがアッガイだ!」

 

「! なにっ!?」

 

 

 強烈なトンファーによる左右攻撃を受けて無傷。意識が途切れる事すらない。少々後退した程度である。女性はトンファーから確実に相手を捉えた感触が伝わっていた。しかし振りぬいた腕の感覚や、音、これまで戦場で培ってきた自身の経験が全く通用しない。

 女性はアッガイを睨みつけながらも構えを解いてトンファーを下ろす。それを見てアッガイも安心して女性に近付いた。実は内心『これもう逃げようかな』とか考えていたのは絶対に言わない。

 

 

「中将がお嬢様を任されたのも理解出来ました。私はマルギッテ・エーデルバッハ。クリスお嬢様の護衛と知りなさい」

 

「色々突っ込みたい所だけどもう面倒だから僕帰るねサヨウナラ」

 

「待ちなさい」

 

「護衛しろよ! おぜうさま護衛しろよ!! アッガイをHA☆NA☆SE! 僕は戦闘民族とは極力交流しない事にして生きていくんだ! もう僕のライフを0にしないで!!」

 

「うるさいですね、武力的に黙らせてあげましょうか?」

 

 

 アッガイは思った。なんか武力とか言葉遣いを変化させただけの亜種百代じゃないこの人、と。

 そのまま静かにしてればどうにかなるかな、とアッガイは無気力な感じでマルギッテに連れて行かれた。片腕を強制的に持たれ、ズルズルと引き摺られていったのだ。そのまま島津寮に入りクリスと合流。リビングにてお喋りが始まる。

 

 

「アッガイ、マルさんはな。ずっと私と一緒だったんだぞ! だから凄く仲良しなんだ」

 

「マルさん? それはこちらの戦闘民族の方の事でよろしいので?」

 

「面倒な言い方をしないように」

 

「いいんだマルさん。アッガイはこれが普通なんだ。だから出来る限りアッガイはアッガイらしくしていて欲しい」

 

「お嬢様……! 日本に向かわれた時には心配でしょうがありませんでしたが、とても、とても立派になられて……」

 

「マルさん……!」

 

「ぶっちゃけ僕いらなくね?」

 

「黙っていなさい」

 

 

 物凄い形相で黙れと言われたのでアッガイは素直にお茶を飲む事にした。持った湯呑がカタカタと震えていたのはきっと幻覚だろう。

 

 

「しかし九鬼のロボットにお嬢様の学内行動を見守らせている、と中将から聞いた時には半信半疑でした」

 

「私も初めて聞いたぞ。父様がそんな事をアッガイに頼んでいたなんて」

 

「別に特別な事じゃないさ。他の生徒同様に見守っているだけの事。見守り活動暦約十年のアッガイには簡単な事でございます」

 

 

 ちょっとクラウディオを真似してみたアッガイだったが、よく考えたらクラウディオを知っている人が居なかった。そのまま何の反応もないし、何も言われないから自分自身でスルーする。これぞセルフスルーだ。

 

 

「まぁこれからは私がお嬢様をより近くで護衛する事になりますし、安心すると良いでしょう」

 

「? え、どゆこと?」

 

「マルさんはな、川神学園に転入する事になったんだ! これで学校でもマルさんと一緒だ!」

 

「お、お嬢様、そこまで喜んで下さるとは……!」

 

「いや、どう考えても年齢――」

 

「不要な言動は貴方に恐怖を教えると知りなさい」

 

「ハッ、そんな言葉でこのアッガイが怯えるとでも思っているのか凄くいい雰囲気みたいなので僕は帰りますね二人とも仲良く~」

 

 

 そしてそのままアッガイは帰宅。恐怖に震えるアッガイをグランゾンが慰めていた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 川神市のどこかにある暗い空間。そこでは老人達が会していた。

 

 

「もうすぐ武士道プランの実行だよ。抜かりはないだろうね?」

 

「事前に行われた掃討で、川神市の裏社会に属する人間達は一掃された」

 

「こちらで確認した限りでは現時点で悪影響を及ぼすであろう可能性のある人間は居なくなっています。情報に関しても完全に遮断出来ているので漏洩の心配もありません」

 

「そんなのは当たり前だよ。事前に出来る事をアンタ達が失敗している筈がないだろう」

 

「ではなんだと言う」

 

「予想外、ってのはどこでもいつでもあるもんだよ。アッガイのようにね」

 

「…………」

 

「……もしもの時、アッガイはどうするのですか?」

 

「どうするもこうするもないよ。あれが素直にこっちの言う事を聞くとは思えないし、【本当の計画】の実行時には金でも与えてどこかに旅行にでも行ってもらうのが最良じゃないかねぇ」

 

「そもそも計画に関われないようにするという事か」

 

「あれは爆弾みたいなもんさ。いつどこで爆発するのかも分からない。爆発の威力も範囲もどの程度なのか予想が出来ない。だったら爆発しても関係ない程に遠くに置いちまえばいいのさ」

 

 

 闇というのはどこにでも存在する。光さえあれば必ず闇は生まれるのだ。それが例え光の中であっても。輝かしい光の中で確実に闇が蠢いていても、同じく光の中に居る人間も、それを外から見ている人間にも分からない。

 

 そう、闇は見えない。見えないのだ。

 

 闇からも。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第15話】 北斗有情ローリングバスターライフル

「川神学園の生徒?」

 

「うん。義経は通う学園にどんな人が居るのか知りたい」

 

「まぁ私も少し興味あるんだよね。武神も居るし、濃い面子が多いみたいだし」

 

「私も一人だけ学年が違うし、知っておきたいな」

 

「ハッ、どうせ特異点なんて居やしない。誰も俺の孤独には共感する事なんて出来ないのさ」

 

「一人よく分からない事を言っているけどまぁいいや」

 

 

 とある休日の朝。アッガイの部屋には英雄組が勢揃いしていた。要件は【川神学園の生徒について】である。武士道プランの実行が間近となり、本人達にも色々と思う所があったのだろう。英雄組は皆、Sクラスに転入する事になっているが、清楚はそもそも3年だから源氏組とは離れてしまうし、Sクラスは競争必須なクラスである。そこに一抹の不安を抱いてもしょうがないだろう。まぁどこだろうと英雄組は大丈夫とアッガイは思っているが。

 

 

「それじゃあ3年から説明していこうか。だけどアレだよ。個人的にコイツ濃いな、って感じの奴しか説明しないからね? 全員は面倒というか覚えてないし」

 

「お前、一応教員に数えられているんだよな? 覚えてないとか……」

 

「お前は今までに食べたご飯粒の数を覚えているのか? ……そういう事だ」

 

「いやお前――」

 

 

 与一が何か言っているようだが、面倒だったのでそのまま無視して説明に入るアッガイ。どこからか大きな画用紙を取り出し、マジックで何かを書いていく。どうやら話すだけではなく、書きながら説明するようだ。

 

 

「まず3年はこの3人! 川神百代、南條・M・虎子、矢場弓子、京極彦一」

 

「アッガイちゃん、3学年は4人しか説明しないの?」

 

「清楚には悪いけど、3年連中は基本的にもう進路決定状態の奴も多くて意外とまったりなのさ。面白い奴も少ないし」

 

「そっか……」

 

「んじゃ紹介入りますよっと。まず3-Fの3人ね」

 

 

 まずは世界に名を轟かせる武神、川神百代。川神学園では3-F所属。学園内外で風間ファミリーというグループに所属している。若い世代でも特に武勇に優れた人間が推薦させる【武道四天王】の一人。

 ハッキリ言えばチート。説明するにもチート。自他共に認める美少女(内面は除く)である。スタイル抜群で顔は整っていてビームが放てる女子高生ってチートと言う他になんと言えばいいのか。唯一の救い(?)は内面が酷い所だろう。

 基本的に弟分である直江大和にじゃれついている。風間ファミリーが有名な最たる理由も彼女。しかしこれまでに自分よりも弱い、情けない男ばかりを見てきたせいか好みが女子に傾倒。街中でナンパした女子に食べ物を奢って貰ったり、食べさせて貰っているのをよく見掛ける。

 基本的には暴君。しかし一応の良識は持っている模様。アッガイがお気に入りのようで、見付けると強制的に抱きついてくる。いつか強制猥褻で訴えてやるとアッガイは計画中。

 

 

「武神かぁ。映像で見た事あるけど確かにチートだよねぇ」

 

「うん。義経も見たけど、未熟な義経ではどこまで戦えるか……」

 

「というか別に無理に戦わなくていいだろ。まぁやるんなら止めはしないが俺を巻き込む――」

 

「与一、まさかと思うけど自分はスルーするとか思ってないよね? 主君を守るのが家臣の役目だよね?」

 

「お、おう! 当たり前じゃねぇか! だから姉御、その明らかに俺に向かってきている手を引いてくれ!!」

 

「不本意だけど、まだ僕の説明中だから抑えておくれ弁慶さんや」

 

「……まぁそうだね」

 

(た、助かった)

 

「あ、清楚は気をつけなよ。絶対に胸とかお尻を触ってくるだろうから」

 

「えぇ!?」

 

「なーんか武神っていうかエロ親父みたいだよね」

 

「で、でも武神は武神だぞ、弁慶」

 

 

 アッガイの説明に清楚は顔を赤くし、弁慶は想像していた武神と違ったのか呆れ顔で川神水を飲んでいる。そんな弁慶に武神は武神である、と油断しないように言っている義経。与一は未だに弁慶の躾から逃れられた事に安堵していて黙っている。

 

 

「んじゃ次、サクッといくよー」

 

 

 3-F所属。南條・M・虎子。川神学園生徒会会長。骨法部部長。頭になんかでかいアクセサリ的なのを着けてるので一発で分かる。なんか見てると人生楽しんでるな、って感じがする(アッガイ談)。滅茶苦茶元気が良い。その割にはアクセサリ製作が趣味で、彼女のアクセサリは数ヶ月待ち状態である。

 

 

「生徒会長。きっと凄い人なんだろうな。人の上に立つ人間として義経も見習う所があるはずだ」

 

「いや、義経。虎子はなんていうか、運が味方したような感じで生徒会長になっただけだから……。いや人気はあるのよ。ただまぁ当選するとは思ってなかったというか……」

 

「そ、そうなのか?」

 

「発言も結構ぶっ飛んでる時が多いしね。良い子なんだけども。んじゃFクラス最後の紹介だよー」

 

(いやよく考えたらアッガイよりもぶっ飛んでるとか、かなりやばい奴なんじゃねぇか……?)

 

 

 3-F所属、矢場弓子。川神市の特徴として挙げられる武士の系譜を受け継ぐ子孫の一人。名は体を表すというが、その名の通り川神学園でも弓道部の部長を務めている。眼鏡さん。常識人と思われる。ただし裏がある模様。語尾に『で候』と付けているが、時々言い忘れたり明らかに素と思われる話し方をする為、キャラクラー作りなのではないかとアッガイは推理している。

 

 

「ちなみに弓ちゃんは僕にも優しいのでとても評価が高いよ! 常識人最高!!」

 

「ふーん、弓使いだってさ。与一どうよ?」

 

「どうもこうもねぇよ姉御。興味も無いしな」

 

「でも与一、同じ弓使いなんだから……」

 

「立ち塞がるなら射るだけの話だ。まぁ特異点である俺をそいつが捉えられるかは知らんがな」

 

「まぁ確かに弓ちゃんは天下五弓では無いし、実力は与一のほうが上なんじゃないの。人間性は圧倒的敗北だがな!!」

 

「うるせぇよ!」

 

「そういや天下五弓なんて称号も出来た事、すっかり忘れてたよ」

 

 

 【天下五弓】。若い世代の、簡単に言えば武道四天王の弓使い版である。天下五弓と言うように人数は5人。しかしこちらはつい最近になって作られた称号であり、どこの誰が天下五弓なのかはまだちゃんと認知されていない。与一も天下五弓とされてはいるが、称号を設立した川神鉄心すらも与一の事を知らないのだ。これはまだ武士道プランの情報を、川神鉄心と言えども教える事は出来ないという判断がされた結果である。

 では何故それにも関わらず与一は天下五弓として数えられているのか。それは鉄心と知己であり好敵手であるヒュームが推薦したからである。いまだに凄まじい戦闘力を誇るヒューム・ヘルシング。その彼が天下五弓に相応しいと判断する人材だ。下手な人間の推薦よりも遥かに信頼でき、価値がある。

 

 

「2年にはもう一人天下五弓に数えられている子も居るよ。まぁそれも3年のが終わったら話すけどさ」

 

「ふーん。やっぱり良い人材が集まるんだね、川神学園って」

 

「先代の武神である鉄心氏が運営する学園だからねぇ。遠くから入学してくる子も居る位だし。んじゃ3年最後は京極彦一。通称ひこにゃん(アッガイだけ呼称)だよ!」

 

 

 京極彦一。川神学園3-S所属。イケメン四天王の一角である。文系硬派のハイパーイケメン。川神学園では多額の援助等をすると許可される私服で通学しており、常に和服。趣味は人間観察で、言霊部という部活に所属している。実家は提灯屋。

 

 

「3-Sって事は私のクラスメイトになるのかな?」

 

「そうだね。ひこにゃんは言霊使いだから中々にレアな存在よー」

 

「言霊使い?」

 

「ひこにゃんが意識して何か言葉を発するとね、催眠のような効果が出てくるのさ」

 

「??? アッガイ、義経はよく分からないぞ」

 

「まぁそうだねぇ。例えば、ひこにゃんが『動くな』って意識して言葉を発し、それを聞くと本当に動けなくなっちゃうのさ」

 

「おー、それは凄いねぇ」

 

「言葉だけで動けなくなってしまうのか! 義経は驚きだ!」

 

「ハン、そんなもんは精神力の無い弱者だけにしか効かねぇって相場が決まってるんだよ」

 

「ところがどっこい、ひこにゃんのはかなり強い言霊なんだな。百代も怖がるレベルを与一は耐えられると?」

 

「う、うるせぇ。やってみなきゃ分かんねーだろ!」

 

「まぁいつか聞く機会もあるでしょ。その時に耐えられなかったら罰ゲームね、与一」

 

 

 実際には百代が怖がるのはある系統の言葉だけなのだが。まぁ弁慶の言葉に顔を蒼くしながら震えているようでは与一にも効果は出るだろうとアッガイは思った。

 

 次は2年の生徒の事を話そうかなーとか思ったアッガイだったのだが、英雄組は清楚が3年、源氏組は2年である。つまり1学年の事は別に紹介しなくてもいいかなと考えた。が、紹介しなければならなくなる理由がやってくる。

 

 

「フハハハー! 我、参上である!」

 

「おや、紋白と……」

 

「俺が居るのが問題だとでも?」

 

「ソンナコトナイヨ、ヒュームシ」

 

 

 アッガイの所に紋白とヒュームがやってきた。若干怯えた視線をヒュームに向けたアッガイだったが、ヒュームの威圧感の前に泣く泣く、しかしかなり頑張って粘った感じを醸しつつ問題ない事を伝える。

 紋白はアッガイ達の近くにやってきてこれまで説明するのに使われた画用紙を「ふむふむ」と眺める。特に川神百代のをよく見ていた気もしたが、すぐに視線をアッガイに変えた。

 

 

「アッガイ、我にも川神学園の生徒を紹介してくれ!」

 

「紋様も英雄組と時を同じく、川神学園へと入られる。データは俺達が集めたが、実際に学園に居るお前から直接聞きたいとの事だ」

 

「うん。いいよ。でもヒューム氏はホラ、忙しいじゃない。紋白への説明は僕がしておくからさ。その間はステイシーとかコナーとかステイシー・コナーとかを鍛えてあげなさいよ」

 

「お前は俺をどこかに行かせたくてしょうがないようだな?」

 

「そんな事ないよ! 僕が一撃で十割持っていくヒューム氏をどこかに行かせたいだなんて思っている筈がないではありませんか! でもホラ、やっぱり生徒紹介とかヒューム氏も聞いててつまらないでしょう?」

 

「俺も入学する以上、情報は多くあった方がいい。それがお前からの情報であったとしてもな」

 

「…………ん? 今なんか黙示録の始まりみたいな言葉があったような」

 

「フハハッ! アッガイ、ヒュームも我の護衛として川神学園の生徒になるのだ!」

 

「ハルマゲドン!!」

 

 

 アッガイ滅亡のお知らせである。一体誰が金髪不良老執事が川神学園に入学するなんて予想できるだろうか、いや不可能だ。最近の中では一番の衝撃を受けたアッガイ。頭の中には【辞表】が延々と浮かび続ける。最早川神学園は修羅道となった。生命の危険がある。学園に入ったからと言って十割攻撃を自重するだろうか、いいやしない。

 

 

「……一身上の都合で――」

 

「あまりふざけた行動をしようとするなよ? すればお前が考えている事よりも更に悪い方向に進むぞ?」

 

「一生懸命お勤めします」

 

 

 最早牢獄である。川神学園での居場所が破界され、ちょっと経ったら再世し、そしてまた時獄がやってきて遂に天獄に行く事になるのだろう。呪われし放浪者である。どこかに呪印でもあるのではないだろうか。

 

 

「さっさと紹介をしろ。紋様の時間は限られているのだ」

 

「一気に生きる希望がなくなったけど、まだ死にたくは無いので続けます。次は一番紹介人数の多い2学年ね」

 

 

 まず今の2年の特徴として、学園でも屈指の濃い面子が揃っている事が挙げられ、更にSクラスとFクラスの仲が非常に良く無い事も挙げられる。何故このような状態になっているのかは色々な理由があるのだが、とりあえず生徒の紹介に入ろう。義経達が入るのはSクラスなので、Sから先に紹介していく。

 

 

「とりあえず英雄とあずみんは知ってるし抜かしていくねー。2-S所属組からいくよー」

 

 

 2-S所属で有名なのは英雄だけではない。葵冬馬。葵紋病院院長の子息であり、イケメン四天王の一人。眼鏡イケメン。完全知能派。Sクラスの中でも良識を持った人物で、Fクラスへの態度も柔らかい。通称、葵ファミリーと呼ばれている井上準、榊原小雪との三人組での行動が多く、この3人は基本的にFクラスへの態度が柔軟である。

 井上準。葵紋病院副院長の子息。ハゲ。ロリコン。性犯罪者予備軍。ここまで悪口のようではあるが、事実である。意外と武力はあるが、意外なレベルというだけで武士娘のレベルには遠く及ばない。彼にかんしては後でヒュームに【紋白に対する最大の危険人物】として報告する予定のアッガイである。

 榊原小雪。真っ白。髪もロングなのでより白さが際立つ。どこぞの洗剤もビックリなレベル。発言や行動から誤解されがちではあるが、立派なSクラス生徒であり、勉学はFクラスよりも遥かに上。脚力に素晴らしい才能があり、蹴りに関しては修行すれば壁を越えられるとアッガイは思っている。ただし、脚の能力を磨き始めた理由が『昔見たゾズマの蹴りが凄く格好良かったから』というのには、さすがのアッガイも激情を思いのままに叫ぶしかなかった。

 

 

「小雪はアレね。昔に僕とゾズマが色々やった時の子ね」

 

「あの時の赤子が立派になったものだな」

 

「うむ、真っ直ぐに成長できたのはアッガイとゾズマのお陰であろう! さすがであるぞ、アッガイ!」

 

「紋白だけは僕の価値を分かってくれる! キャーモンサマー!」

 

 

 続いて紹介するのは不死川心。ぼっち。3年の京極彦一と同じく私服での登校許可がされており、常に高価な和服。日本三大名家である不死川家のご令嬢。家柄が良いので大抵皆を見下している。だからぼっち、一人ぼっち。友人と言える人間を見た事がない。だが基本的にへたれなので、皆から温かい目で見られる事も多い。ロリコンハゲとか特に。ただし、Fクラスは『山猿』と言って滅茶苦茶見下しているので仲が悪く、Fクラスも不死川が嫌いな人間が多い。意外と柔道が強い。でもぼっち。

 

 マルギッテ・エーデルバッハ。トンファーさん。明らかに年齢はアレだけど、学長が気にしないならもう何でもOKなんだと最近アッガイは知った。でもヒュームの入学は無いだろうと本気で思っているが口には出さない。

 彼女はドイツ軍に所属しており、【猟犬】という二つ名がある程に有名である。しかしながら上司であるフランク・フリードリヒ中将の指示により、中将の娘であるクリスティアーネ・フリードリヒの護衛の為、川神学園に入学。しかしながら護衛としながらも同じクラスではないので、おそらく見守る的な立場なのだろうとアッガイは予想している。中将共々クリスに甘い。あと戦闘狂。亜種百代。スタイルも良くて美人なのだが、他の面で色々と台無しなので人気はあっても言い寄られたりはしていない模様。『あれ、ここも百代と被ってね?』とかアッガイは思った。

 

 

「マルちゃんは英雄組には突っ掛かってくるかもね。戦闘狂だから。いやまぁそれ言ったら百代とか他の人間もそうだろうけど」

 

「えー、めんどいなぁー」

 

「英雄組は本格的な決闘に関しては制限がかかる。川神百代など特定の人物との決闘は九鬼の許可が無ければする事は出来ない」

 

「おぉ、ラッキー」

 

「ただしそれなりには力を示して貰わねばならない。分かっているな? 弁慶」

 

「うへぇ……」

 

 

 ヒュームの言葉に項垂れる弁慶。強者との戦闘は九鬼で制限するが、それ以外の決闘はしてもらうという事だ。勿論、本人の自主性に任せる部分は大きいが、全く受けないというのは駄目という釘を刺されてしまった。

 

 

「なんか一人テンション落ちてるけど続けるよー。次は2-Fだけど、多いからサラッとね」

 

 

 2-F。所謂濃い面子が多く集まるクラスである。基本的には勉学に不真面目だったり、何かしらの癖が強い人間がよく集められるクラスだ。この不真面目さや授業中でも好き勝手に騒ぐ自由さが、Sクラスの生徒達の多くがFクラスを嫌いな理由でもある。Fクラスにも例外はいるのだが、大半が当てはまってしまうのでしょうがないと言えばしょうがない。

 

 そんな2-Fを纏めるクラス委員長が甘粕真与である。身長149cmと非常に小柄な彼女。Fクラスでも真面目な彼女は、お姉さん的な立場としてクラスを纏めようと日々頑張っている。そんな彼女にどこぞのロリコンハゲがご執心なのが不憫でならない。

 しかし彼女の親友として小笠原千花がガードに入るのでまだ問題は起きていないようだ。小笠原千花は学園内でも屈指の人気を誇る女子である。性格は明るく、ファッションにも詳しい為、クラスのアイドル的な存在だ。一部男子とは非常に仲が悪い。実家は仲見世通りにある和菓子屋。見た目や言動から遊んでいるような印象も受けるが、ちゃんと店の手伝いをしている姿は多く見かけられる。

 川神学園でイケメン四天王、エレガンテ・クアットロと呼ばれる4人が居るが、その内、二人は2-F所属だ。片方が源忠勝。2-S担当の宇佐美巨人の養子であり、宇佐美代行センターの跡継ぎでもある。言葉遣いに少々乱暴な所があるが、基本的に相手を思い遣る非常に良い青年だ。島津寮に住んでおり、アッガイが行くとお茶とかお菓子をくれるのでアッガイは大好きである。昔、孤児院で川神一子と一緒だった事から仲が良い。

 

 羽黒黒子。黒い。レスラーの娘。

 福本育郎。猿。カメラ持ってる。公認助平野郎。

 熊谷満。大きい。食べ物くれる。

 大串スグル。貧弱眼鏡。二次元に生きる男。

 

 

「えーっと次は……」

 

「ア、アッガイちゃん? なんだか4人が凄く短く説明されたけど……?」

 

「いやもうこれが全てだね。というかもう面倒臭くなってきました正直」

 

「おい」

 

「いやだってちょっと待ってよヒューム氏。今更だけども必要最低限の事だけ教えて、あとは本人達が自分で相手を見定めたほうがいいんじゃないかとか思ったんですよ僕は」

 

「……その言葉、言い訳ではないだろうな?」

 

「何を仰いますか僕がヒューム氏に言い訳した事なんて結構あるかもしれないけど今回はもしかしたら違うかもしれないじゃないですかー!!」

 

「ヒューム。アッガイの言葉にも一理ある。こちらから頼んでやってもらっている以上、今はアッガイのやりたいようにさせようではないか」

 

「キャーモンサマー!」

 

(……紋様はアッガイに甘過ぎる。だがしかしそれほどまでに信頼しているという事なのだろう)

 

 

 紋白の言葉でヒュームは黙ったが、どこか複雑そうな表情を一瞬だけ見せ、すぐにいつもの不敵な表情に戻った。それを見た人間は居ない。誰もがヒュームの些細な変化を捉える事は出来なかったのだ。

 

 

「2年の最後は風間ファミリーっていうグループに入ってる面子だけだから軽く紹介していくねー」

 

 

 まずリーダーの風間翔一。特徴として頭にバンダナを巻いている奴と記憶すればいい。冒険家を目指しており、行動力は異常。結構な確率で危ない橋を渡っているのだが、持ち前の幸運チートで危険を回避している。イケメン四天王に数えられているが、本人に性的興味が皆無。デートのお誘いを【食事を奢ってくれる】と勘違いする事は多い。

 

 直江大和。知能派。仄かに与一と同じ雰囲気を持つ。武力よりも知力を好んでおり、頭脳と人脈で勝負している。本来ならばSクラスに入れるレベルなのだが、人脈構築やその他の理由でFクラスに。ヤドカリマニアで、ヤドカリに関しては変態レベル、というか変態になる。両親は海外で生活しており、父親はかなりやり手のファンドマネージャー。名前は直江景清。母親は昔、神奈川北部を仕切っていた暴走族。名前は直江咲。大和の顔は母親似である。ヤドカリ好きも彼女から大和へ受け継がれた。

 

 椎名京。昔ちょっと色々な事があり、なんやかんやで大和にガチで惚れている女の子。家が椎名流弓術という弓のスペシャリストであり、天下五弓にも数えられている。仲良くなればそこそこに話すが、それ以外には非常に素っ気無い。

 

 川神一子。川神百代の義妹。武器は薙刀。元気一杯天真爛漫。犬のように人懐っこく従順なのでワン子とも呼ばれる。姉に少しでも近付きたいと一生懸命に鍛錬し続けているのだが、アッガイとして姉のようにはなって欲しくないと思っていたり。なんか武道家としては尊敬されるんだろうけども、女性としては残念な感じがあるからだ。一度、ワン子にそれを言った事がアッガイにはあったのだが、気配を隠して近付いていた百代に聞かれて大変な目にあった。

 

 島津岳人。ガクト。筋肉馬鹿。露骨な助平。パワーはある。パワーしかない。パワー。女性と会話をすれば悉くが自分を格好よく見せようとするばかりで全くモテない。しかしながら年下からは人気がある。だが本人は同年代以上が好みの範囲なので、どうでもいいらしい。かなり損をしているが『アイツは損したままでいいや』とアッガイは思った。故に何もしてあげない。

 

 師岡卓也。ツッコミ役。大和に次ぐ常識人。運動系は得意ではないが、パソコンやゲームなどには強い。引っ込み思案で大人しいタイプ。最近、実は女装させると凄い事が判明。そんな彼にガクトが露骨に優しくし始めた為、そろそろ本気でガクトにお仕置きしなければならないとアッガイは思っている。

 

 クリスティアーネ・フリードリヒ。ドイツのリューベックから交換留学で川神学園に来た。日本に対して色々と勘違いしている外国人さん。真っ直ぐ過ぎる思考なせいで策略好きな大和と喧嘩する事も多い。武器のレイピアはかなりの腕前である。簡単な嘘にも騙される事がある愛すべき馬鹿。しかし彼女の背後にいる父親とか猟犬が怖くてキツくは言わない。自分の安全第一がアッガイクォリティ。

 

 

「はい、これで2年はお終い」

 

「いやーなかなかに面白いのが多いんだね」

 

「だ、大丈夫だぞ弁慶。義経達だってちゃんとこの人達と同じ学び舎でやっていける」

 

「なに、義経? 話聞いて緊張してきちゃった?」

 

「そ、そんな事はないぞ!? だけど仲良く出来るかな、と思ったんだ……」

 

「ハン、英雄がビビッてちゃ――」

 

「……」

 

「い、いや。まぁなんとかなるんじゃねぇか?」

 

「! 与一……。そうだな! 何事も恐れず進んでみる事が大切だ!」

 

 

 明らかに弁慶の睨みで言葉を変えた与一だったが、義経は自分を慰めてくれたと勘違いしたようである。与一はまだ弁慶に怯えていたが、結果オーライという事で許して貰えたようだ。弁慶の視線から力が無くなり、与一は安心から溜め息を吐いた。

 

 

「次はいよいよ1年であるな!」

 

「……しっかりやれよ?」

 

「いや先に保険というかですね、言っておきますが1年で紹介するのは二人だけですよ? だからしっかりも何もないんですよ? いや当然しっかりとやりますがね!」

 

 

 なんだかヒュームの視線が痛くなってきたアッガイは、すぐに紹介を終えて逃げ出したい気分である。

 

 1-C所属。黛由紀江。剣士。北陸から川神にやってきた。相棒に九十九神の松風。腹話術ではないらしい。笑顔が苦手で、彼女の笑顔は人に恐怖を与える。剣の腕前はかなり凄いらしい。アッガイは彼女の本気を見ていないので分からないが、百代曰く『相当な腕』との事なので凄いのだろう。現在は友達を増やす事を目標にしている。

 1-S所属。武蔵………………

 

 

「どうした?」

 

「いや、なんか名前が思い出せなくて。武蔵小山? 武蔵小金井? 武蔵嵐山?」

 

「なんでそんなに駅の名前ばっかり出てくるんだ!?」

 

「フハハ! おそらくアッガイが言おうとしているのは武蔵小杉であるな!」

 

「おお、それそれ! ってなんで紋白が知ってるの?」

 

「紋様は事前に入るクラスの名簿をご確認している」

 

「他にも趣味や得意な事など、クラスメイトとなる人間達の事は頭に入れているぞ!」

 

「さすが紋白、そこに痺れる憧れるぅ! でも僕の説明要らないような気もしてるぅ!」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 大分時間の掛かった生徒紹介も漸くの終わりを迎え、義経達はそれぞれの部屋へと帰っていった。しかしながら何故か部屋に残る人物が一人。

 

 

「え、なんで帰らないのヒューム氏」

 

「まぁそう嫌がるな。ちょっとした話だ」

 

 

 話。ヒュームのする話とはなにか。アッガイの脳裏に様々な記憶が蘇る。おふざけ、十割。悪ふざけ、十割。悪戯、十割。なんか常に十割削られてブラックアウトしている気がする。

 

 

「お前も随分と紋様に信頼されたと思ってな」

 

「それって良い事じゃない! やめて! 十割削らないで!!」

 

「お前がふざけた事をしなければ俺とて画面端に叩きつけたりせんさ。まぁ最近では大分大人しくはなってきたようだからな。以前に比べれば、だが」

 

「……えっとそれはつまりどういう事ですかな?」

 

「そのまま真面目にやっていけよ、という事だ」

 

 

 それだけ言うとヒュームはアッガイの部屋から去っていった。残ったのはポツンと現状が理解できていないアッガイだけである。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 生徒紹介を終えた日の夜。アッガイは一人、BARへとやってきていた。しかし今のアッガイの状態は非常に面倒なものである。

 

 

「ゴキュッゴキュッ……ゲフゥゥゥ!」

 

「お客さん。少しはペース抑えたらどうですか?」

 

「酒! 飲まずにはいられない!」

 

(九鬼から酒は飲ますなって言われてるから、それっぽいジュースなんだけどね)

 

 

 アッガイは荒みながらも考えていた。ヒュームに言われた言葉の意味を。『そのまま真面目にやっていけよ』とは一体どういう事なのか。あのヒューム・ヘルシングが、アッガイに、真面目にやれと言ったのである。しかもかなり大人しく。

 分からない、そんな思いがアッガイの頭の大部分を占めていた。考えが纏まらないので、息抜きにボンヤリとしながらバーテンダーの仕事振りを観察してみる。無駄の無い動きだ。全てが川の流れのように自然に見える。激流を制するは静水。

 

 

「……この動きは……ハッ!? ト、トキ!?」

 

「私は魚沼って名前ですけどね」

 

 

 瞬間、アッガイに発想の雷が落ちた。トキと言えば有情。優しさである。まさかまさかで真っ逆さまであるが、アッガイはヒュームに同情されたと考えた。

 

 

「だってあのヒューム氏がだよ!? これまで肉体言語で一発な感じのヒューム氏がだよ!?」

 

(うん、とりあえず聞き流そう。それが俺の作戦)

 

「これはつまり『お前はその程度』と言われたも同然なんだよ! キイィィィィ!!」

 

 

 アッガイの考えを纏めるとこうである。

 

 お前最近大人しいな。まぁお前なんてそんなもんだろう。無理すんな、そのまま真面目にやれよ。

 

 

「しくじった!! この僕が説明役のような事をしてしまったせいだ!! こんな、明らかに物語だと最初の頃に記述されるであろう紹介を! 事もあろうにこの僕が!! 阿呆みたいに長ったらしく!!」

 

(何言ってるか分からないけど黙っておこう)

 

「知らず知らずのうちにまた自重してしまっていた!! 昔程エキセントリックな出来事が無いせいで僕の想像力は大きく低下していたのだ!! それがあんな、ナレーターがする紹介みたいなのをしてしまう原因になった! 結果としてヒューム氏に僕の天井を、限界を見せたような形になってしまったのだ!!」

 

 

 アッガイは出されたアルコール(実際はジュース)を一気に飲み込む。そしてドンッと少々強めにカウンターへと置いた。

 

 

「僕はチートキャラだったんだ! やろうと思えば何でも出来る! そう、それすらもちょっと忘れていた! このままではヒューム氏、いや九鬼従者部隊の連中全員に『アッガイはあの程度』なんて思われてしまう!! おかわり!」

 

「お客さん、飲み過ぎでは?」

 

「このままでは終わらない! 終われない! 機会を見てアッガイがアッガイである事を、今一度知らしめてくれる! 人々の記憶に刻み込んでやる!!」

 

(話聞いてない……)

 

 

 夜は更けていく。ヒュームの言葉がアッガイに危機感を植えつける結果となったが、ヒュームとしては珍しく素直に褒めただけだった。あまりにも珍しい。その事実にアッガイは言葉の裏を探ってしまった。そして勘違いしてしまったのだ。それが後に凄まじい混沌を呼び込む事を、ヒュームも、他の人間も、知る由も無かった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「ジオン宇宙の支配者。僕こそ最強。見事超えてみせよ!!」

 

 

「オラはゴッグだべさ!」

 

 

「……ゾック」

 

 

「こんにちは! 僕はアッグガイです!」

 

 

「ジュアッグだよー」

 

 

「俺はズゴック。怪我をしたくなければ退くがいい」

 

 

 

 東西交流戦。2年の部は混沌と化した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第16話】 1/144しか出てない

「――これを東西交流戦と名付ける」

 

 

 川神学園、学園長である川神鉄心から話された内容は、生徒達に衝撃をもって受け入れられた。鉄心の弟子でもある鍋島正が率いる福岡の天神館。週末に修学旅行で川神へとやってきた天神館は学園ぐるみでの決闘を川神学園に挑んできたのだ。そしてそれを鉄心は快く了承。夜の工場地帯にて三学年それぞれの集団戦が始まる事となった。

 そしてその決定を聞いて密かに動き出す一体のロボット。特徴的なモノアイはより光り輝き、『時は来た』と言わんばかりにこの状況を楽しんでいるようだった。ここに一人、自分の存在を再認識させようとする、野望の炎が燃え上がる。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「次はいよいよ俺達か……」

 

「情報の集まりが悪いですね」

 

「俺も出来た事と言えばこの工場地帯の地理の把握くらいだ。今回ばかりは時間が足りなかった」

 

 

 工場地帯では既に1学年、3学年の決闘が行われており、最後の2学年の決闘を残すのみとなっていた。大和と冬馬は2年の軍師として作戦指揮を任されたが、如何せん、対決までに数日しか時間が無かった事から情報は少ない。情報の少なさは作戦の幅を狭める。武ではなく智で能力を発揮する二人としては、今回は歯痒い思いであった。

 彼らにはそれ以外にも重圧がある。それは2年の結果で川神学園か天神館か、勝者が決まるのだ。現在1勝1敗。川神学園は1年が敗北。3年が勝利という結果になっている。

 

 1年は完全に大将の判断ミスだった。1年大将の武蔵小杉は相手の戦力を見誤り、尚且つ黛由紀江という最高戦力すらも使いこなす事が出来なかったのだ。いや、作戦は良かったのかもしれない。最高戦力である由紀江を使って相手大将を倒させるという作戦は。例え狙ってなかったとしても。しかし武蔵小杉は自らが大将であるにも関わらず進軍してしまった。しかも工場地帯でも更に狭い場所を行軍するという、完全に地理を無視した行軍。結果、狭い場所で数的暴力に押し負け、討ち取られてしまったのだ。これがもっと人を自由に動かせる、広い空間であったら結果もまた違ったのかもしれない。

 

 3年は最早言うまでも無く、川神百代による一方的殲滅だった。天神館も生徒同士が力合わせる事で巨人を作り出す【天神合体】という大技を使用したが、百代のチート武力には為す術も無かったのだ。川神流星殺しという見た目ビームな砲撃で呆気なく巨人は崩壊し、残りはそのまま掃討されていった。

 

 そして今、東西交流戦の最終戦が始まろうとしていた。

 ――が、ここで思わぬ事態が発生する。

 

 

《アッガイの中のアッガイ……出て来いや!! 僕、参上!!》

 

 

 突然、工場地帯にスピーカーから音声が流れ始めたのだ。この突然の音声に川神学園は勿論、天神館も何事かと耳を傾ける。川神学園では知らない人間はいないアッガイだが、天神館からすれば一体何者なのかという感じであろう。

 しかし、このアッガイの行動に驚いていたのは生徒だけではない。

 

 

「アッガイ? 一体彼は何ヲ……。学園長は知っていたのですカ?」

 

「儂だって知らんわい。あやつが『ラッキーキャラとして戦場に居てもいい?』とか言うから、うちの生徒だけ贔屓するような行動はしないように、とは言ったが……」

 

「とりあえずアイツの話を聞いてみましょうよ。ね、小島先生」

 

「何故私に同意を求めるのかは分かりませんが。まぁその通りでしょう」

 

 

 教員のルーや学園長の鉄心、2-S担任の宇佐美巨人や2-F担任の小島梅子も、とりあえずアッガイの話に耳を傾ける。

 

 

《天神館の諸君はナベちゃん以外初めまして。川神学園の人気者アッガイと言います。今回は川神にようこそ》

 

 

 ナベちゃん。つまりは天神館学長の鍋島正の事である。アッガイは過去に川神院で彼とは会った事があり、顔見知りなのだ。

 

 

《1勝1敗という事で次の2年の対決は非常に盛り上がるでしょう。そこで僕、アッガイも緊急参戦したいと思っています》

 

 

 アッガイの話で一気にざわつき始める生徒達。そんな生徒達の様子を知ってか知らずか、アッガイはそのまま話し続ける。

 

 

《天神館の生徒達に言っておくけど、僕は川神学園側しても、ましてや天神館側としても参戦はしません。あくまでもアッガイ側として参戦します》

 

「はぁ? アイツはいきなり何を言い出しやがるんだ?」

 

「学長。あのアッガイと名乗る人物は何者なんだ? 出世街道を行く俺の戦いを邪魔するのか?」

 

「アイツは九鬼のロボットだよ。かなりぶっ飛んでる奴だがな。お前の邪魔するとか、そういう思考をする奴じゃねぇよ」

 

「では学長。我ら天神館と川神学園の決闘に乱入するのは一体どのような考えなのか、分かるのですか?」

 

「あー、お前らにも言っておくがな。アッガイって奴は常人じゃ考え付かない思考で行動してんだよ。だから誰にもアイツが何考えて、どう行動するかなんて予想できねぇんだよ。ってか真面目に考えるだけ無駄なんだよ、マジで時間の無駄」

 

 

 天神館学長鍋島も、天神館総大将である石田三郎、その副将である島右近も、アッガイという存在に警戒をし始めていた。

 鍋島正は白いスーツを着た少々厳つい男である。話してみると案外気さくで良い男なのだが、見た目の威圧感から初対面だと萎縮してしまう人間がほとんどだ。

 天神館の総大将である石田三郎は非常にプライドの高い、しかし向上志向の男である。ただ少々他の人間を見下す発言が多く、時折、それが原因で騒動になる事もあるという。

 島右近は常に石田の傍に居る真面目な男。見た目が完全に中年世代だが、年齢は石田と同級。その見た目で教員だったり保護者だったりと間違えられる事も多く、心が傷つく事も多い。しかしながら真面目で誠実な人間であり、しっかりと石田を支えている。石田がそれに感謝している素振りはないが。

 

 

《川神学園、そして天神館の二年生諸君。このアッガイに恐怖して僕の参戦を無しにするように学園長に頼んでみるかい? チミらがその程度なのは嘆く事ではないよ。この僕が大きすぎたんだ。恥ずべき事ではないよ。チミ達はまだまだ子供だったというだけの事さ。子供らしく僕に恐怖するがいい、震えるがいいプークスクス!》

 

「ふ……ふざけるなっ! 俺達天神館はお前のような奴に怯える程軟弱ではない!!」

 

 

 アッガイの挑発めいた発言に猛反発したのは天神館の石田であった。その石田に続くように天神館側からは『やってやんぞ!』とか『打ち倒す!』と言った好戦的な発言が多く出てくる。

 

 

《ほっほう。天神館の諸君はやる気満々ですな。では川神学園はどうかな? 西の勇気溢れる叫びを聞いても黙ったままなのかな? チミ達みんなサイレントモード? あっ震えてたらマナーモードですなハッハッハ!》

 

「ふざけんなこのポンコツロボット! 俺様がお前に怯える訳がねーだろうが!!」

 

「アッガイでも言いすぎよ!」

 

「って言うかなんでアッガイはあんな事してるんだろ……?」

 

 

 川神学園からはガクトとワン子がアッガイの言葉に反発し、それに同調するように川神学園側からも好戦的な叫びが多く出てきた。モロのように少数はアッガイの行動に疑問を抱いているようだが、圧倒的に戦いを望む声が多い。

 

 

《フッフッフ。これで東と西。川神学園と天神館、双方の生徒からの同意は得られた。さぁどうする? 鉄心氏にナベちゃんよ!》

 

「ふーむ」

 

「っていうか俺だけナベちゃんとか呼ばれると学園長としての威信がまるで違うじゃねぇか!」

 

 

 それぞれの場所で考える両陣営の最高責任者。鉄心は髭を撫でながら目を瞑って考えており、鍋島は自分の呼び方に対して不満があるようだ。

 ここで更にアッガイは発言する。

 

 

《もしも僕が勝ったら来るべきゆるキャラグランプリでの投票を約束してもらうよ! ……と、いつもなら言っている所だけど、今回はそういうのは一切しないよ!》

 

「む?」

「あぁ?」

 

 

 これにはアッガイを知っている人間は全員驚いた。なにせアッガイと言えば、何かすれば必ず投票などの自分が有利になる事への協力を約束させていたからだ。それが今回のように大人数、しかも天神館のように西方面で有名な学校の生徒に投票を約束させれば大きな強みとなる。しかしそれをアッガイはしないという。一体どういう事なのか。

 

 

《今回は僕の力を見せ付けるだけの事。僕の圧倒的力の前にチミ達はただ倒れ伏すがいい! さぁ! 僕の参戦を認めるの! 認めないの! どっちなの!?》

 

 

 アッガイの言葉に鉄心は会場となる工場地帯全域に配置されたスピーカーに繋がるマイクを手に取った。このマイクとスピーカーの役目はなんらかの事態があった場合に速やかに戦闘を停止させる目的で使用される予定だったものだ。普段は工場の作業員に向けた連絡用として使われている。

 

 

「……川神学園学園長、川神鉄心。アッガイの参戦を認める」

 

 

 川神学園側で川神鉄心が承諾。天神館側でもマイクを手に取っていた。

 

 

「……師匠が認めんのに俺が拒める訳ねぇだろ。天神館学長、鍋島正。同じく参戦を認める」

 

 

 そして天神館側で鍋島正が承諾。

 両学園長の許可によって正式にアッガイは東西交流戦2年の部に参戦する事となった。これにより東西交流戦2年の部は川神学園対天神館、そしてアッガイとなる。

 

 

《ではモニターオープン!!》

 

 

 ――突然、アッガイが叫ぶと、両陣営それぞれに巨大なモニターが出現した。出現したと言っても、元々大きなモニターがあったのをビニールシートで隠しておいただけなのだが。

 

 

「って、李! お前なにしてんだよ!?」

 

「アッガイに頼まれたんです。天神館側のモニターはステイシーがやっています」

 

 

 あずみの視線の先には同じ従者部隊の李。モニターを出現させる役目は九鬼従者部隊の李とステイシーが担当していたのだ。李はアッガイの頼みを聞きそうではあるが、ステイシーは何故アッガイの言う事を聞いているのか。簡単に言えば買収されたのである。ハンバーガーとかそっち系で。

 

 

「なんだよ一体。アイツなにしようとしてんだ?」

 

「面白くなってきたじゃねぇか! アッガイと勝負なんて今まで無かったからな! 燃えるぜ!!」

 

「キャップはホント元気だね……。僕は後方支援だからアッガイと戦う事ないし、安心してるよ」

 

「というか皆に聞きたいのだが、アッガイの戦闘力はどれくらいなんだ? 自分はまだよく知らないから教えて欲しいのだが……」

 

 

 ガクトにキャップこと翔一、モロがそれぞれの考えを話す中、一人だけアッガイとはまだ付き合いの短いクリスはアッガイの実力を知らない事から話を聞こうとしていた。

 

 

「アッガイの実力? 俺様はアイツにいつも電気ばっかり喰らってるからそれしか知らねぇけど。大して強くないんじゃねぇの?」

 

「そうかぁ? 俺はアイツはやる時はやる奴だと思ってるぜ!」

 

「うーん。実際どうなんだろうね。これに関しては九鬼に聞いてみるのが一番じゃないかな」

 

「うーん……」

 

 

 クリスが欲しかった情報は3人から得られなかった。ならばと2-Sの九鬼英雄に聞いてこようとするが、モニターから映像が流れ始めたので全員そちらに視線を奪われる。

 

 

《僕がたった一人で川神学園と天神館に挑む筈がないでしょう!? 我が兵を見るがいい!》

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 工場地帯は海に面している。つまりこの海すらも決闘の場所なのだ。そしてその水面がライトで照らされ、見やすくなった瞬間。水面が爆ぜた。いや、正確には爆ぜたような大きな水飛沫が上がり、そこから一見すると修験者のような格好の男達が16人。それぞれ棒のような物を持ち背格好も同じだ。しかし浪人傘を被っていて顔は見えない。彼等は何故か水面の上に沈む事無く立っている。

 

 

「「眩きは月の光、日の光、正しき血筋の名の下に、我等が名前を血風連!」」

 

「血筋っていうかあったとしてもオイルだろうけどね! それかジオンの血統的な!」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

《さぁ! 戦おうじゃないか、ジャマイカ! いざ戦場で相見えん!!》

 

 

 それだけ言うとモニターからは映像が消え、黒い画面だけが残る。しかし川神学園にも天神館にも衝撃を与えた映像だった。

 大和や冬馬、それに部隊長クラスの生徒は、すぐにアッガイが所属する九鬼財閥の子息、九鬼英雄の所へと集まる。今回、九鬼英雄は川神学園2学園の大将を務めていた。大将の護衛として専属従者の忍足あずみが傍に控えている。

 

 

「おいおい、こりゃどうなってるんだよ? あの血風連とかってのも九鬼の従者か何かか?」

 

「いや、我が従者達の中にはあのような者達は居ない。そうであろう、あずみ」

 

「はい。英雄様の仰る通り、九鬼従者部隊には居ない人間達です」

 

「だとするとアッガイが雇った……? しかしあのアッガイが人を雇ってまでして何も求めない……?」

 

 

 井上準が英雄に血風連に関する事を問い質すが、英雄も従者のあずみも九鬼の所属では無いという。従者部隊序列1位のあずみが知らないのだから間違いない。しかしアッガイが金を使って人を雇い、それでも勝利した際に何も求めないというのは非常に違和感があり、それを冬馬は口にしていた。

 

 

「いやいや、そもそも問題なのはあの血風連ってのがどのくらいの強さなのか、って事だろ」

 

「それもそうだが、私としてはアッガイの実力も聞きたいのだが」

 

 

 ガクトとクリスがそれぞれに聞きたい事を話す。一方は血風連の強さ。一方はアッガイの実力。どちらもこの状況では非常に重要な情報となるだろう。幸いにもアッガイに関しては、実力を知っているであろう九鬼の人間が居るのだ。これを利用しない手は無い。

 

 

「まずあの血風連という人間達に関しては我では分からん。あずみよ、お前から見てどうなのだ?」

 

「私見ですが、映像の動きだけを見ればかなりの実力かと。一人一人はさすがに判断出来ませんが、決して倒せぬレベルではないと思われます。ですが、ああいった者達は個々の実力ではなく連携にて力を発揮タイプです。先程の映像ではまさに一糸乱れぬ、という様子でした」

 

「それには同意します。見る限りあれは厳しく訓練された軍人と同等、動きの同調性ならばそれ以上です」

 

 

 あずみの意見にマルギッテも同意する。元傭兵と現役軍人が同じ意見なのだ。相当な実力を持っていると考え、警戒をしたほうが良さそうだ、と軍師役である大和と冬馬は考えた。

 

 

「しっかしいくら何でもあれは俺達と同年代には見えないよなぁ」

 

「学園長も天神館の学長も、一回了承したから取り消せないんだろ」

 

「さっき散々挑発してたしね。これで取り消し求めたら本当に恐れをなしたように見えちゃうし」

 

 

 ガクトと忠勝、モロが学園長達の考えを予想する。了承を取り付けてから戦力を見せるというのは、あのアッガイからはあまり考えられない策略だ。今回はいつもと違う部分が多い。いつもと同じ考えで接すると痛い目を見る事になる可能性も出てきた。

 

 

「まぁ同年代とは言えない人はこっちにも居るけどな」

 

「何か言いましたか? (殺すぞハゲが)」

「何か言いましたか? (潰しますよ)」

 

「ハイッ! 何も言ってません!」

 

 

 準の一言にあずみとマルギッテが反応したが、準は二人に耳元で何か囁かれて直立不動状態で自身の言葉を否定した。

 

 

「ねぇ大和。アッガイと戦わなくちゃいけないの?」

 

「ワン子。もう参戦決定しちゃったんだから覚悟を決めなよ」

 

「うーーー……。さっきはさすがに怒っちゃったけど、あんまりアッガイとは戦いたくないなぁ……」

 

「一番良いのはアッガイと遭遇する前に相手の大将を落とす事なんだけどな。そう上手く進まないだろ」

 

 

 ワン子はアッガイとの戦闘の可能性に落ち込み、京がなんとか覚悟を促す。大和も良い方法を考えてはみたものの、そう上手くは行かないと自己否定する。

 

 

「皆の者、話を戻すぞ。血風連という連中に対しては先程のあずみとマルギッテの認識でよいだろう。次にアッガイの実力に関してである」

 

「俺様達もそこそこ長い付き合いだけどよ。アイツから電撃受ける位でそんなに強いとは思えないんだが」

 

「いや、それは大きな認識間違いだ。かつてアッガイは、現在の九鬼家従者部隊零位と互角の戦闘を繰り広げた事がある」

 

「誤解されないように補足させて頂きますが、九鬼従者部隊零位は一撃で武道四天王すらも倒せる実力者です」

 

「「…………は?」」

 

「信じられないのも無理はあるまい。だがアッガイはそういう力を秘めているのだ」

 

 

 皆が英雄の言葉に絶句する。特にアッガイを舐めていたガクト、それにそこまでの実力を持っているとは露とも思っていなかった風間ファミリー、そして葵ファミリー。英雄の言葉に驚かなかったのは、実際に零位のヒュームを知り、尚且つアッガイとの戦闘も見ているあずみ。そして初見で自身の攻撃を受けて全くダメージを受けた様子が無かったのを知るマルギッテくらいである。

 

 

「防御力に関しては知っていましたが、実力がそれほどのものとは……」

 

「我等が見た時には牧師服をいつの間にか着ていてな。風を操っていた。それも強力な暴風である。当たればただでは済まないだろう」

 

「オイオイオイ! アイツそんな能力あったのかよ!?」

 

「だが約20分程したら牧師服も消えて普通のアッガイに戻ったのだ。風を操る事も出来なくなっていた」

 

「つまりその能力は時間制限付きって事か?」

 

「っていうか風操るとかスゲーじゃん! 俺にも教えて欲しいぜ!」

 

「はいはい、とりあえず風好きのキャップは落ち着いて」

 

 

 アッガイの知られざる能力を知り様々な反応を見せる中、翔一だけは自分が好きな風を操るとの情報にテンションが急上昇していた。大和はそんな翔一を適度に落ち着かせようとしながらも、頭の中ではどのようにしてこの交流戦に勝つかを考えている。

 団体戦では強敵となるだろう血風連という集団。そしてアッガイの本当の実力。前者はどちらにしても情報が少なすぎて、少数で対峙しない事くらいしか考え付かない。だがアッガイに関しては、作戦とまではいかずとも対応策は思いつく。

 

 

「アッガイは強くなった時に姿が変わったんだな?」

 

「そうだ。いつの間にか牧師服であった。言葉遣いや性格そのものも大きく変わっておったわ」

 

「で、元に戻ったらいつもの状態に戻った。となれば姿が変わる前に仕留めるしかない。時間制限があるなら戦闘開始前に使う事はないだろ」

 

「そうですね。さすがに使い所は考えているでしょう」

 

 

 大和と冬馬は同じように考えていた。つまりはアッガイが能力を使用する前に速攻で倒すしかない、という事である。

 

 

「逆に能力を使用された場合には立ち向かわずに退くしかない。交流戦そのものの時間制限もあるし、時間切れまでやり過ごす方向で」

 

「まぁこう言ってはなんですが、アッガイも厳密には川神学園の所属です。天神館の大将を落とせれば実質的には川神学園の勝利とは言えましょう」

 

「……思う所はあるが仕方があるまい。アッガイがあの力を使えばどうにもならぬ。そういう強さだ」

 

「私としては是非とも戦ってみたいのですが」

 

「今回ばかりは堪えてもらおう」

 

「……しょうがないですね」

 

 

 マルギッテは強くなったアッガイと戦ってみたい様子だが、大将である英雄の言葉で渋々下がった。マルギッテとしては戦場で接触した場合には戦うしかないと思っている。つまりここで無理に許可を得ずとも、【意図せず】接触してしまったら戦うしかないのだ。そういう考えと、九鬼英雄、忍足あずみの言う危険性を理解していたからこそ、彼女はここでは大人しくしている。

 

 

「ともかく、天神館だけを相手にするだけじゃ無くなったんだ。もう時間はないけど、部隊長から部隊員へ、さっきのアッガイや血風連への対応はしっかりと行き渡るようにしてくれ」

 

 

 開戦まで残り少ない時間。出来る限りの対応を川神学園陣営はしていた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 工場地帯横の海の中。そこでは複数の丸い光が輝きを放っていた。そう、【複数】である。

 

 

「川神学園も天神館も、僕の戦力が血風連だと思い込んでいる事だろう。しかしながらそうじゃないんだよ……。僕の戦力はあんな、子供一人通してしまうようなザルな能力の連中ではない」

 

「…………」

 

「僕の戦力、それはジオン軍。その中でもデザイン性に優れ、愛らしさを併せ持った奇跡の機体達。水中の覇者と呼ぶに相応しい者達」

 

「…………」

 

「ジオン軍水泳部……! 型番にMS【M】。つまりはマリンタイプの字を刻まれた機体達……!」

 

 

 海中で光る複数の丸が更に輝きを放つ。そしてギョロギョロと動き始めた。

 

 

「僕のチート能力によってエネルギー枯渇の心配はなくなり、実弾は無限に発射する事の出来る無敵の集団……! 今こそ僕達の力を見せ付け、消えぬ記憶を刻み込んでやるんだ! ジオンに栄光あれ!!」

 

「「ジオンに栄光あれ!!」」

 

「Open Combat!! 戦闘開始だぁぁ!!」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 東西交流戦2年の部が開始された。開幕とほぼ同時、川神学園と天神館、双方の本陣への飛来物による攻撃によって。海方向より夜の闇の中を飛来してくるミサイル。間断なく降って来るそれに多くの人間が恐怖を感じてしまう。

 

 

「落ち着け皆の者! 数自体は多くない! 建物を利用してミサイルを回避せよ!」

 

「部隊長は部隊員の動揺を抑えろ! 落ち着いたら前衛部隊は作戦通り進め!」

 

「部隊長は被弾に気を付けて下さい! 負傷は指揮の低下に繋がります!」

 

 

 川神学園は英雄と大和、冬馬の的確な指示によってなんとか混乱を押さえ込む事に成功。しかし予想外の攻撃に心の中では焦りが生まれていた。開幕直後の奇襲。それも一方的な攻撃によって。

 大和達はこの攻撃がアッガイによるものだと確信していた。何故ならばミサイルなんていう武器を持っているのは彼だけだからだ。つまりアッガイは最初に川神学園を潰そうとしていると判断できる。心のどこかで知り合いである自分達を最初に攻撃する事はないだろう、そう思っていたのかもしれない。こうなる可能性を考えつつも、自らその考えを否定してしまっていた。なんとかちゃんと指示を出す事は出来たが、大和達は精神的に大きな衝撃を与えられてしまったのだ。姿を見ていないのにアッガイであると決め付けてしまう程に。

 

 

 所は変わって天神館本陣。こちらにも開始直後より攻撃を受けていた。こちらはロケットによる攻撃である。しかしこちらは少し飛んでくる数が多い。

 

 

「ええい! あのロボット、開始直後に奇襲とはやってくれる! 島、部隊を動かしてこの攻撃の主を潰せ!」

 

「承知! 大友と宇喜多は予定通りの場所まで進め! 十勇士は作戦の通りだ! この飛来物は某の部隊でどうにかする!」

 

「ヌッハハハ! 最初にこちらを潰しに来るとは、やはり川神学園所属だからか?」

 

「舐めくさりおって! 西の力を見せ付けてくれるわ!」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「頑張れ頑張れ、ジュ・アッ・グ! フレーフレー、ジュ・アッ・グ!」

 

「ちゃんと守ってねー、アッグガイー」

 

 

 天神館本陣を狙える高さの場所に、ロボットが二体。片方は腕、指のようにも見える部分から3連のロケットランチャーを次々と発射させている。片方は腕や足を大きく動かして一生懸命にもう片方を応援していた。

 ロケットを撃っているのはジュアッグ(JUAGG)。型番はMSM-04G。応援しているのはアッグガイ(AGGUY)。型番はMSM-04N。彼らはジオン軍水泳部の中でも特にアッガイとは関わりが深い。ジュアッグはアッガイの試作案を転用して開発され、アッグガイはアッガイの試作案を再設計されて生まれた。アッガイの型番であるMSM-04を見ればお分かりだろう。アッガイからすれば彼らは直接的な兄弟と言っても過言ではないのだ。実際、このジュアッグとアッグガイはそれぞれアッガイの事を『兄ちゃん』『兄さん』と呼んでいる。まぁこれもアッガイが彼らをこの世界に生み出した時に作った設定ではあるのだが。

 

 両機はそれぞれに個性的な部分がありつつも、基本的にはアッガイと同じような体型である。

 ジュアッグは象の鼻のような部分が特徴的で、腕部は砲となっているのでアッガイ達よりも細い。装甲も強化されているのだが、これで重量が増加し、実はジオン軍水泳部の中でも泳ぎが得意とは言えないなかなかにレアな子である。

 アッグガイはかなりアッガイに似ている。体型はほぼ同じ。武装が頭部のバルカン砲二門と腕部にヒートロッドが各二つずつと、格闘戦に特化した機体である。実はこのヒートロッド、ズゴックのアイアンネイルと換装出来たりして、微妙に使い分けが出来るのだ。ジオン軍のザクレロと同じく、センサーアレイを集めた複眼型カメラが特徴的。昆虫みたいである。ちなみにアッグガイのヒートロッドはズゴックも換装出来るらしいのだが、装備している所は見た事が無い。

 この二機。性格はジュアッグがのんびり。アッグガイが真面目である。しかしながらやはり兄弟のようなものなのだろうか、相性は良い。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「撃つべさ撃つべさ! ガンガン撃つべさ!」

 

「……」

 

 

 川神学園本陣近くの海面に、その二機は居た。一見すると海面に浮いているようにも見えるロボット。しかしよく見ると下から別のロボットが持ち上げているのが分かる。

 持ち上げられているロボットはゴッグ(GOGG)。型番はMSM-03。アッガイよりは人に近い体型ではあるが、やはり装甲が強化されているせいか、非常に厚みのあるパワフルな印象を持たせる。実際、原作ではガンダムのガンダムハンマーを受け止めた事もある。さすがゴッグだ、なんともないぜ。水陸両用MSとして初めて量産された機体。更にジオン軍MSの量産機で初めてメガ粒子砲を装備した機体でもある。腹部に二門のメガ粒子砲、同じく腹部にミサイル発射管。腕部には人間の手のようなアイアンネイル。フリージーヤードという機雷や爆雷を無効化する装備も持っている。

 そんなゴッグを下から持ち上げているのはゾック(ZOCK)。型番はMSM-10。かなり珍しい前後対称の体を持つ大型の機体である。これには理由があり、それを説明するにはゾックの性能を知らなければならない。ゾックの武装は両肩に四門、体の前後と合わせて計八門のメガ粒子砲が装備されている。頭頂部にはフォノンメーザー砲が一門(実際はメガ粒子砲らしい)。腕にはクロー。これらを全て運用する為にゾック開発当時としては異常とも言える大出力のジェネレーターが搭載されている。だがこれらの装備によって機体は大型になり重量は大幅に増加した。結果、脚部は歩行能力そのものを無くし、熱核ジェットエンジンによってホバーで移動する。これが前後対称の体に繋がるのだ。前後対称、武装も対称に装備されているゾックは、機動性の高い敵に対応する為にこのような形になったのである。ただし、水中に関しては尖った頭頂部やクチバシのようなフェアリングが高い整流性能を発揮し、航行能力は高い。

 

 

「いんやぁ、オラ魚雷しか撃てないもんだと思ってたんべが、ちゃんとミサイルも撃てんだなぁ」

 

「……そろそろ相手も来る頃だ」

 

 

 ゴッグのミサイル発射管は魚雷用という話もあるが、アッガイの柔軟な考えでそんな事は無問題である。撃てるような部分があれば撃てるようにする、それがアッガイクォリティ。

 と、ゾックの予想通り、川神陣営の弓部隊生徒達がゴッグ達を見付ける。

 

 

「お、おい何かアッガイじゃなくねぇか?」

 

「水面に浮いてる……? いや下に別のも……!?」

 

「とにかく射撃をしてあのミサイルを止めるんだ!」

 

 

 生徒達は必死に弓矢をゴッグ達に放つが、距離と彼らの堅牢な装甲によってほとんど無意味である。ゴッグは射撃を継続しつつ、この後の行動をゾックに尋ねた。

 

 

「見付かったらどうすんだべ?」

 

「……好きに暴れていいと言っていた。覚えていないのか」

 

「いやぁ、ド忘れってやつだべ」

 

「……お前を持ち上げているのも飽きた。正面から叩き潰す」

 

「おぉ、それも良いべな!」

 

 

 瞬間。凄まじい水飛沫と共にゴッグとゾックは飛翔した。ゾックがゴッグを乗せたままで飛んだのである。ゾックのジャンプ力は元々の状態でザクの数倍と言われており、今回はアッガイの力で更に能力が上昇しているのだ。

 ドスンと重い音と威圧的な振動を響かせ、ゴッグとゾックは川神学園の生徒達と着地した。生徒達はアッガイだと決め付けていたせいもあって、非常に混乱している。だがゴッグ達はそんな状態なんて関係ない。

 

 

「そぉいやっさー!!」

 

「うわぁ!」

 

 

 ゴッグは一番近くに居た男子生徒を力任せに腕を振るって吹き飛ばした。吹き飛んだ生徒は工場の中へとゴロゴロと転がっていく。

 この一撃によって川神学園生徒は戦闘意思を取り戻し、次々と雄叫びを上げながらゴッグとゾックに突撃する。弓部隊ではあったのだろうが、ちゃんと木刀やレプリカの近接武器を持ってきていたようで、それぞれが力強く武器を振り下ろす。

 しかしゴッグは振り下ろされた武器を楽々受け止め、そのまま掴んで先程の生徒同様に適当に放り投げた。ゾックに至っては防御すらせずに好きなように打ち込ませている。彼の堅牢な装甲は生半可な攻撃ではビクともしないのだ。

 

 

「……ただの子供が我らに削り合いを挑むか」

 

 

 瞬間、ゾックから光が放たれた。ゾックが防御しないのをいい事に延々と武器を振るっていた生徒達が一斉に吹き飛ばされ、今はもう気絶している。服からは煙のようなものが立ち上っていた。

 

 

(……一人逃げたか。我らの事を本陣に伝えるのだろう。だがそれでいい。面白味が足りんのだ)

 

 

 生徒が一人、逃げていくのをゾックは見ていた。だが敢えて見逃す。全てはこの時間を有意義なものとする為に。

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 同じ頃、ジュアッグ達の所にも天神館の生徒が押し寄せてきていた。天神館生徒は副将である島を隊長に、本陣への射撃を妨害する遠距離部隊、そしてジュアッグ達に突撃する近接部隊に分かれている。

 遠距離からの弓がジュアッグを狙うが、飛んできた弓矢は悉くアッグガイがヒートロッドで叩き落していた。しかしその間にも島達はジュアッグ達が居る上へと進んでおり、遂に到達する。

 

 

「見付けた! 覚悟!」

 

「待て! 無闇に近付くな!」

 

「えいっ!」

 

 

 ジュアッグ達を見付けて血気盛んに攻撃を仕掛けた天神館生徒。島は迂闊な攻撃をしないように警告するが遅かった。アッグガイのヒートロッドの方が早く生徒に当たり、吹き飛ばされる。吹き飛ばされた生徒を島がなんとか受け止め、そのまま後ろへと下がらせた。

 

 

「アッガイ……ではない? それにもう一人だと?」

 

「こんにちは! 僕はアッグガイです!」

 

「ジュアッグだよー」

 

「違うロボットがいたのか!?」

 

 

 自分達が知らなかった存在に島は驚愕し、また焦った。ここにはアッガイではないロボットが二機もいる。他に何機居るのかも分からない上に血風連なる者達もこの戦場には居るのだ。迂闊に部隊を進軍させる事は危険だったかもしれない。すぐに島は伝令として本陣へと生徒を向かわせる。そして自分は何としても目の前のロボットを仕留めると決めた。

 

 

「天神館、西方十勇士が一人、島右近。いざ尋常に……」

 

「ていっ!」

 

「ぬおぁ!?」

 

「ちょいなっ!」

 

「こ、口上を言う前に!」

 

「兄さんが言ってたんだ! 『戦場では礼儀作法よりも相手をボコボコにする事を考えなさい』って!」

 

「な、なんて礼儀知らずな!?」

 

 

 島が喋っている間にアッグガイはヒートロッドで攻撃を仕掛ける。尊敬するアッガイから教えられた事を実践しているだけで、礼儀知らずはアッガイだ。しかし戦場では弱肉強食というのにも一理ある。島も最早口上如きどうでもよくなったのか、槍を構えて目の前のアッグガイを警戒し、完全な戦闘態勢へと移行した。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「皆、上手くやってくれてるみたいだねー」

 

「で、俺達はどうするんだ?」

 

「僕とズゴック、そして血風連は中央だよ。おそらく本陣に開幕直後に奇襲を士掛けても、どっちも部隊は進めてくるだろうからね」

 

「どうしてそんな事が分かるんだ? 戦力を集中して攻撃した奴を潰しに来るかもしれないんじゃないか?」

 

「それはね、彼らは攻撃してきたのが僕だと思っているんだよ。僕が攻撃してきたという事は、相手は攻撃を受けていない、または血風連が行っている、もしくは攻撃されていないと思ってる筈なのさ」

 

 

 ズゴックの疑問を受けたアッガイは説明した。

 前提としてアッガイの勢力はアッガイと血風連だけだと両陣営が思い込んでいる事にある。わざわざ目立つように血風連を見せたのはこう思わせる為の手段だ。血風連は見ただけでは棒が武器のように見える。実際その通りではあるのだが、そうなるとミサイルなどの武器はアッガイしか使ってこないだろうと予想するだろう。結果、攻撃しているのはアッガイである、と思わせる事が出来るのだ。

 そうなると、逆に相手には近接戦闘の血風連が向かっている可能性もある。だが全ての部隊をたかだか16人で完全に押さえ込む事など不可能だ。本陣を目指して突撃してくる部隊は必ず出てくる。アッガイ、そして敵側の部隊。これらが自分達の本陣に来るのは絶対に避けたい所だろう。故に本陣には最低限の人数を割いて、後は進軍させる。進軍させて敵の勢力を削ぎ、また、本陣へ向かう部隊を足止めするのだ。こうすれば本陣に二つの勢力が来るのを防ぐ事が出来る。

 

 

「そして僕達は中央に進軍してきて戦う両陣営の様子を見て、疲労した所で倒してやるのさ! まさに漁夫の利!」

 

「なるほどな。しかし中央が終わったら次は?」

 

「ゴッグ達かジュアッグ達と連絡とって、苦戦している方に合流して一気にどっちかの陣営を潰すよ!」

 

 

 アッガイはアイアンネイルを握って『潰す』という言葉を強調する。心なしかアッガイのモノアイの奥に炎が見えたような気がズゴックにはした。

 

 

 

 

 

 川神学園。開幕奇襲により若干の混乱あり。奇襲への対応部隊と作戦通りの進軍部隊を作り、工場地帯中央方面に進軍中。

 

 天神館。開幕奇襲の対応に副将の島が出撃。他部隊は一部を除いて工場地帯中央に進軍中。

 

 アッガイ勢力。川神学園及び天神館本陣への開幕奇襲に成功。一部部隊を誘引する事に成功。今後は中央にて漁夫の利を狙う。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第17話】 ほにゃらら

 工場地帯における川神学園対天神館、そして突如として参戦したアッガイ勢力による東西交流戦は開幕からアッガイ勢力によって奇襲が行われた。川神学園と天神館はこれをアッガイによる攻撃と判断。だが実際にはアッガイ勢力所属のMSによる攻撃だった。攻撃を停止させる為に出陣した双方の学園生徒は、この事を本陣へと伝令する。そしてその情報は両陣営にほぼ同時に伝わる事となった。

 

 

「――アッガイではないだと!?」

 

「伝令の報告ではロボットは二体。どちらも少々大きい、しかしアッガイと同じ単眼のロボットとの事です。英雄、九鬼ではアッガイのようなロボットの開発を?」

 

「クッキーシリーズと呼ばれるタイプの開発は知っているが、それらは現在、最終プログラミングの段階で動かせるレベルではない。そもそもアッガイに持ち出す権限は無い筈である。クッキーシリーズは九鬼の技術の中でも最先端であり、情報漏洩等の対策で最高レベルの警戒がされているからな」

 

「つまり九鬼の開発したロボットではない、と?」

 

「少なくとも我が知る物ではない」

 

「……九鬼が分からないんじゃしょうがない。とにかく今はそのロボット達をどうにかしないと」

 

「恐らくですが、アッガイだと思って向かった鎮圧部隊が壊滅し、障害がなくなった事で進軍してきていると思います。伝令の話では本陣に撤退してくる時点で既に壊滅と言っていい状態だったそうですから」

 

 

 川神学園二年の大将である英雄、そして軍師役の冬馬と大和を加え、川神陣営は作戦の変更を話し合っていた。原因はアッガイでは無いロボット達である。完全にこちら側の認識を利用されてしまったと冬馬と大和は悔やんだ。普段のように注意深く考えていれば思いついた筈の可能性。相手の戦力を自分達で勝手に決めつけ、返り討ちにあってしまった。

 何故アッガイ側の戦力を疑わなかったのか。そこにはどうしようもない程の心の隙間があった。心のどこかでアッガイを下に見ていたのだ。どこか甘えていた。勝負なのにも関わらず、どこかで舐めていたのだ。軍師として、生徒に指示を出す立場にいる人間として、冬馬と大和は自分達の思考を猛省した。

 思えばアッガイがいつもと違う様子なのは察せた筈。勝負なのにも関わらず勝利した時の【景品】を要求しなかった事はその最たる事だろう。疑問に思っていた、違和感を感じた。しかし思考を止めたのだ。何故か。それこそが油断であり甘えだったからだ。

 

 

「アッガイの抑えに中途半端に人を割いたのは誤りだった。そもそもアッガイでは無かったんだからな。だけどだからと言って今から前線に出た部隊を呼び戻すのは駄目だ。部隊長はまだしも部隊員に余計な不安や焦りを与えるし、何よりも時間のロスが痛い」

 

「そうですね。本来ならばアッガイ鎮圧部隊がアッガイを少しでもこちらに到達する時間を引き延ばして欲しかった訳ですが、最早そうとも言ってられません。部隊を進軍させた訳ですし、全てとは言えずとも天神館の部隊を停止させる事は出来るでしょう」

 

「だな。ここは残りの部隊を再編成して本陣周囲を徹底的に警戒させよう。特に一定以上の武力がある奴は残しておきたい。確実に進軍してくるロボット二体。それと突破してくるかもしれない天神館の奴らに対応する為に」

 

「とにかく進軍してくるロボットをどうにかして、それから再度、残存兵力を前線に送りましょう。ただし前線との連絡は密に。準達ならば大丈夫だとは思いますが、もう油断は出来ません。前線が崩壊すれば天神館が雪崩れ込んでくる可能性がある以上、それだけは避けねばなりません」

 

 

 川神学園が進軍させた実力者は一子、クリス、準、翔一である。本陣にて待機しているのは京、岳人、小雪、心、忠勝、マルギッテ、そして英雄の護衛であるあずみだ。

 本来ならば様子を見てもう一人二人は前線に送りたかったのだが、実力不明なロボットが確実に進軍してくる以上は迂闊に本陣の人員を減らす訳にはいかない。

 川神陣営は正体不明のロボットの警戒の為、弓兵の京を周囲を見渡せる高所へと配置した。弓兵である彼女ならば他の人間よりも視力が高い。そして何よりも冷静である。発見と威嚇、本陣への伝達をスムーズに行えるだろう。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 一方、天神館もまた奇襲したのがアッガイでは無い事を伝えられていた。ただ、川神陣営と違うのは天神館の誇る【西方十勇士】にして副将の島右近が鎮圧に向かったお陰で、飛んでくるロケットの量や発射間隔が激減している事だろう。

 そもそも【西方十勇士】とはなにか。大雑把に言えば天神館の中でも特に秀でた実力者達十人の事である。今回の十勇士は二学年に全員が所属しているが、これはかなり珍しい状態であり、この事から石田達の世代は【キセキの世代】とも呼ばれているのだ。ではこの十勇士、実力はどれほどのものなのか。ハッキリ言えば武力知力共にかなりバラついている。文武両道な者、武力一辺倒な者、知力だけの者、武力も知力も持たず魅力のみで十勇士に名を連ねる者。本当に多様なのだ。

 

 

「ええい! 島は一体何をしているのだ!」

 

「いや戦っているんだろう? 伝令によるとロボットはアッガイという奴では無い、二体だそうだからな」

 

「そういう事を言っているのではない! 天神館副将として、西方十勇士として、何をモタついているのだと言っている!」

 

「ハハハハ、まぁそう言うな! では俺が行ってくるか?」

 

「……そうしたい所は山々だが、長宗我部。お前が出れば戦力になり得る奴が毛利だけになってしまう」

 

「大友も宇佐美も前線に出したからな。鉢屋は相手大将への奇襲準備中。大村はネットで川神学園に侵攻中だし、ロケットが散発的になったから尼子も進軍させたしな。龍造寺は知らんが」

 

 

 天神館が誇る西方十勇士はそのほとんどが本陣を離れており、万が一の為の防衛戦力は残しておかなければならない。本来ならば防衛に適している堅実な島が一番なのだが、予想外に梃子摺っているようで未だに帰還しないのだ。

 本来戦う筈だった川神学園とは本格的な戦闘も行えず、遅々として進まない策。総大将である石田は自身の高いプライドも相まって今の状況に大いに苛立っていた。

 そんな石田の傍で堂々としている男は長宗我部宗男。西方十勇士の一人にしてオイルレスラーだ。西方十勇士の中でも最強の攻撃力を持つと言われており、190cmの身長と恵まれた体格を持つ。半端な人間では相対しただけでも萎縮してしまうだろう。

 副将である島が出ている間、長宗我部は大将である石田の護衛をしていた。本来であれば副将である島が石田の護衛に付き、作戦指示を出すのだ。西方十勇士は性格的にも癖の強い人間ばかりで、まとめ役でもある島が指示を出す事によって最も効率良く動く事が出来る。石田は大将としての能力はあるのだが、如何せん自信過剰、相手を見下す癖があり、人を動かすにはまだ未熟なのだ。

 

 

「……こうしていても埒が空かん。」

 

 

 そう、天神館は現在ゆっくりと、しかし確実に自分達のペースを崩し始めていた。誰もがそんな事とは思わず、考えもせず、だが確実に島の不在が戦闘の、天神館の歯車を狂わせ始めていたのだ。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「国崩しでりゃぁぁぁ!!」

 

「犬っ!」

 

「分かってるわよ!」

 

 

 一方、工場地帯中央。川神学園と天神館の進軍した部隊は既に戦闘を開始していた。進軍した川神学園の生徒を大火力の砲撃が吹き飛ばし、部隊長クラスの戦闘が始まった。

 天神館の部隊長の一人にして西方十勇士、大友焔が【国崩し】と呼ばれる大筒を存分に使用し、砲弾を発射しては爆音を響かせる。狙う獲物は川神学園のクリスと一子だ。二人は焔の砲撃を回避しつつ、自分達の戦闘距離まで接近しようとする。しかしそこは西方十勇士の焔。着弾地点と相手の回避方向を計算し、自分に接近できないように攻撃していた。

 思うように攻める事が出来ないクリスと一子は一度、態勢を整える為、敢えて焔から距離を離す。

 

 

「ちょっとどうするのよクリ。このままだと一方的にやられてお終いじゃない!」

 

「そんな事は分かっている! だが相手は飛び道具。いつかは弾切れになる筈だ。そこを突く」

 

「おぉー、確かにそうね!」

 

「ふふん、伊達に軍人の父様やマルさんの傍に居る訳ではないのだ」

 

 

 少々焦りもある一子。しかしクリスはあくまでも冷静に、どこか余裕すらも感じる声色で自分の考えを伝える。そこに焔の声が響いた。国崩しを構え、攻撃体勢のままだ。

 大友焔は非常に小柄な女子で武器である国崩しは焔の身長により、その大きさをより大きく感じてしまう程。焔の身長は153cm。戦っているクリスが163cm。10cmの差がある。しかしながら焔の威容は身長の小ささなどを感じさせない、西方十勇士と呼べる誇らしい姿であった。

 

 

「どうした坂東武者よ! まさかと思うが弾切れを待つなどという弱腰な戦法を取っている訳ではないだろうな!」

 

「弱腰ですって!?」

 

「騎士たる私が弱腰な戦法など取るものか! これは作戦というものだ!」

 

「はっはっは! まぁどっちでもいいぞ! この付近には既に天神館が補給線を築いている! この大友に弾切れなど無いのだ!」

 

 

 そう言って焔は砲撃を再開する。それを回避して再び口を開くクリスと一子。

 

 

「ちょっとクリ! なに相手にこっちの考えバラしてるのよ!? それに弾切れは無いみたいじゃない!?」

 

「ち、違うぞ! あれは向こうの高度な誘導であって、け、決して私がバラしたのではない! それよりも目の前の事に集中しろ犬!」

 

 

 顔を真っ赤にしながら必死に否定するクリス。一子はまだ言いたい事があったようだが、焔の砲撃の回避に集中し始め、会話は途絶え、砲撃の爆音が再び響き始めた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 そんな三人の戦闘を少し離れた建物の上。川神学園と天神館の一般兵による戦闘の喧騒を音楽に、見ている者達が居た。言わずもがな、アッガイ達である。

 

 

「ふむふむ、つまりあの大友って子の話によるとあの付近には弾薬やらが大量に貯蔵されている、と……」

 

「三人共なかなかの腕だな。手合わせしたいものだ」

 

「やだー、なんかその言葉凄く格好良いー。実力者っぽい感じがするー」

 

「で、どうするんだ? 乱入するのか?」

 

「いやぁ、僕、基本的に闇討ちとか数の暴力とかそういうので撃破しようと思ってたからさー。真正面からやり合うのはダメー」

 

 

 あくまでも真正面から戦ってみたいズゴックと、楽して勝利したアッガイ。しかしながらズゴック達を生み出したのはアッガイであり、アッガイの意見が通る。アッガイはくるりと後ろを振り返った。そこには同じくアッガイと共に進軍してきた血風連の姿が。

 

 

「チミ達さ。あの付近に弾薬とかあるらしいから、それ全部場所把握してきて。んで気付かれないようにあの三人の付近に置き直して」

 

「? 弾薬を置き直すのはいいが、それなら使えないようにもっと遠くの別の場所のほうがいいんじゃないか?」

 

「そんなまどろっこしい真似をこのアッガイがする訳ないじゃない! 弾はブッパする為にあるんだよ! だからあそこらにある弾薬は全部、僕達が爆破してやるのさ! まさに僕達の力を誇示するような大きな炎を見せ付けてやるんだよ! まさに焔の錬金術師!」

 

 

 こうしてアッガイの指示を受けた血風連は夜の闇に紛れ、補給線の弾薬配置を変え始める。ワクワクテカテカながら、爆破の時を待つアッガイと、どこか残念という雰囲気を出すズゴック。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 一方その頃のゴッグとゾック。川神学園の部隊を撃破して進んでいた彼らは、川神学園本陣の近くにまで歩を進めていた。だがゾックには不可解に思える事が一つ。敢えて兵を一人逃がしたにも関わらず、本陣到達が目前になっても、何の部隊も差し向けられていなかったのだ。

 自分達の力が川神陣営に伝わっているのは明白だし、そもそも伝わるようにした。だが何の反応もない。これは逆に進軍を逆手に取られている可能性が高いとゾックは考える。小規模な部隊を差し向けて中途半端な時間稼ぎをせず、敢えて懐まで飛び込ませて一気に殲滅、なかなかに粋な作戦ではないだろうか。ゾックはそう考えて自分の闘志がふつふつと熱を帯びていくのが分かった。

 兵を逃がしたのはこの何の感慨も抱けないつまらない戦場を変える為だ。真正面からの力と力のぶつけ合いも良いが、策の中に自ら飛び込み、それを喰い破るのも悪くない。

 

 

「いんやぁ、川神の本陣まで敵がいなくて楽だなぁ」

 

 

 どういう状況なのかを全く理解していないゴッグを横目に、ゾックはただ沈黙しながら進む。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「大和、例のロボット二体、もうすぐこっちに到達する距離まで来てる」

 

「分かった。よし、じゃあ単純だが作戦を説明するぞ。これ以上の一般兵の減少は何としても避けたい。中途半端な実力の人間を使わず、敢えて部隊長クラスの人間を全投入して撃破する。ガクト、ゲンさん」

 

「マルギッテさん、小雪、頼みますよ。あずみさんはそのまま英雄の護衛に当たって下さい。天神館にも隠密行動が得意な十勇士がいるそうですし、隙を与える訳にはいきません」

 

「フハハハ、あずみよ、いつも通りに我と共に居れ!」

 

「きゃるーん! 全身全霊をもって遂行させて頂きます英雄様ー!」

 

 

 ゾックの予想通り、川神陣営はゴッグ達を敢えて本陣付近にまで接近させていた。理由としては中途半端な戦力分散を避け、尚且つ確実に二体を仕留める為である。西方十勇士と同じく、アッガイも精鋭を用意していきたのは最早明白。一般兵が減ればその分、作戦行動にも支障が出てしまう。故に一般兵を消耗させずに相手の戦力を削ぐ事が重要なのだ。

 

 

「にょ? 此方はどうするのじゃ?」

 

「……あー、えっと不死川さんも同じく撃破勢に加わってくれ」

 

「忘れられてたねー、心ー」

 

「わ、忘れられてなどおらぬわ! ふん、此方の実力を見せてやるのじゃ!」

 

 

 純粋に存在を忘れられていた心は不機嫌そうに作戦場所へと向かう。すっかり忘れていた大和は苦笑し、忘れられていた事を遠慮なく言った小雪は特に気にした様子もなく笑顔だった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「うーん、流石にちょっとおかしい気がしてきただよ……」

 

「今更か。だがもう遅い」

 

「んだ?」

 

 

 川神学園本陣直前。流石にこの状況がおかしいと感じ始めたゴッグだった。しかしゾックは既に何かを察知しているのか、視線を上に向けた状態でゴッグに返答する。困惑するゴッグだったが、ゾックの視線の先へと自分も目を向けて、確認した。

 

 

「愛の力で直撃させる」

 

 

――京が先端に爆薬の付いた弓矢を構えているのを。そして放たれる光景を。

 

 放たれた弓矢はまるで吸い込まれるかのようにゴッグのモノアイへと飛翔する。突然の事にゴッグの思考が停止する中、隣にいたゾックはゴッグを守る訳でもなく、粒子砲を放つ準備をしていた。

 

 

「んだぁぁぁぁ!?」

 

 

 直撃。ゴッグは絶叫しながら黒煙に包まれた。そして直撃の爆音と入れ替わるように京に対して放たれる強烈な光の矢。ゾックは最初から攻撃後の京を狙っていたのだ。光の矢もまた、先程の弓矢と同じように寸分違わず京へと向かう。しかしゴッグの時とは違ってその矢が京に当たる事は無かった。

 

 

「イッテェェェェ!?」

 

「ナイスディフェンスだよ、ガクト」

 

 

 そう、ガクトこと島津岳人が京を守ったのだ。攻撃後の無防備な状態から彼女を守るのも彼の役割だった。しかし予想以上の痛みに若干涙目になっている。粒子砲が当たった箇所からは煙が上がっており、服は若干焦げてしまった。

 

 

「アッガイの電撃で慣れているガクトには無意味な攻撃だったね。さすが鋼の肉体。これから攻撃は全部ガクトが受け止めてね」

 

「ふざけんな! アッガイの仲間だからそれなりとは思ってたけど全然アイツより上じゃねぇか! 超痛いんですけど!!」

 

「……身を呈して仲間を守ったか。しかも攻撃を受けきるとは――」

 

「油断は敗北を招くと知りなさい」

 

 

 自身の攻撃を受けきりながらも未だ健在なガクトにゾックが少々の驚きを覚える中、横から凄まじい速度で接近する赤。

 

 

「トンファーコンビネーション!!」

 

「ぬ!?」

 

 

 【猟犬】マルギッテ・エーデルバッハが好戦的な笑みを浮かべながら両手のトンファーを振るう。基本的に移動能力が陸上では大きく低下するゾックはその攻撃に対応しきれず、トンファーが一撃当たる毎に大きく後退しながらバランスを崩す。激しい金属音を響かせ、マルギッテは攻撃をし続ける。時折蹴りを織り交ぜながらの連打は凄まじいの一言であり、傍目からは反撃の機会すら無いようにも見えた。

 しかしアッガイ同様に驚異的な耐久力を誇る今回のMS群。その中でも特に堅牢なゾックには、マルギッテの攻撃の最中でも冷静に反撃の機会を窺っていたのだ。

 

 

「ふん!」

 

「なにっ!?」

 

 

 連撃の途中、最も威力の低いであろう攻撃を予測し、その攻撃に合わせる形でマルギッテの連打を止める。攻撃を止めたのは両手のクロー。アッガイ達のアイアンネイルとは違い、アンカーとしての役割が大きいクローだが、十分に武器と成り得る。反撃の気配を感じ取ったマルギッテはトンファーを前面に構えて防御態勢を取った。

 その様子を見たゾックは自分の体を高速で回転。回転の力で大きなアンカークローはより攻撃力が上がり、マルギッテをガードの上から吹き飛ばした。しかしながらマルギッテも即座に体勢を立て直し、すぐに近くの建物の影へと潜んだ。

 

 

(なるほど、中々にこちらを理解している)

 

 

 ゾックはそう考えた。スペックで考えればゾック達の圧勝は間違いない。強力な攻撃に堅牢な体。真正面からまともにやり合えば地力で劣る自分達が不利な事を理解している。奇襲による一撃離脱に近い戦法。場合によっては一方的にこちらの戦力を削ぐ事も可能なやり方だ。

 

 

「いんやぁ、目の前がドーンで驚いただ!」

 

 

 だがそれでも川神陣営の圧倒的不利には変わりない。何故ならここにはゾックとゴッグ、二体が居るのだから。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「でりゃぁぁ!」

 

「このっ!」

 

「せやぁー!」

 

 

 所は変わって再び工場地帯中央。未だに焔とクリス、一子の戦闘は決着を見せていなかった。延々と続く攻防。三者共に徐々に疲労が蓄積し始めていた。しかし譲れない。ここでの勝敗は戦闘に大きな影響を与える。現状ではどの陣営もまだ部隊長クラスが敗北したという知らせは出ていない。勝てば相手の部隊長を最初に倒したという功が。負ければ相手の士気を大いに上げる事となるだろう。故に負けられない、譲れないのだ。

 

 しかしそんな三人の高まった戦闘意識を一気に急降下させる存在がやってきた。

 

 

「僕、参上!」

 

 

 アッガイである。きっと日曜日の朝に放送すれば人気者間違い無しなポーズを取って、三人を工場の上から見下ろしていた。

 突然現れたアッガイに視線が集まる中、アッガイは「とうっ!」と華麗に回転しながら三人の前に降り立つ。

 

 

「やぁやぁ、頑張っているではあーりませんか」

 

「お前は変なロボット!」

 

「アッガイだよ! なんだよ変なロボットって! 僕程に機械生命体とかそっち系の言葉を体現している存在はいないだろうが! あとゆるキャラとかも!」

 

「そこはモビルスーツと言ったほうが正しいような気がするがな」

 

「!? 貴方誰!?」

 

「俺はズゴック。怪我をしたくなければ退くがいい」

 

 

 アッガイと三人を挟むようにして、反対に現れたズゴックに一子は驚く。しかし焔とクリスには別の疑問が浮かんでいた。そもそも両陣営は飛来物による攻撃で混乱の最中に部隊を進軍。その攻撃の主がアッガイだと断定した状態で、である。両陣営共に攻撃を止める為に部隊は差し向けただろう。しかしならば何故アッガイがここに居るのか。討伐部隊に敗北して逃げてきた、という考えが頭を過ぎったが、目の前のアッガイからは敗北したという雰囲気は全く感じられない。そして隣に居る知らないロボット。

 

 

「まさか……!」

 

「他にもロボットが居たのか!?」

 

「ご名答! 一子君座布団一枚差し上げて!」

 

「え!? ざ、座布団なんてどこにも無いわよ!?」

 

「アッガイのペースに乗るな、犬!」

 

 

 完全に状況を理解したクリスと焔。一子だけはいまいち理解できていないようだが、不味い状況である事は雰囲気で分かったようだった。

 

 

「開幕攻撃を仕掛けたのは僕じゃないよ! 僕と同じ水中の支配者、ジオン軍水泳部の面々さ! 今頃はそれぞれの陣営で大暴れしてくれている筈だよ! フッフー!」

 

「なんだと!? 犬、どうにかしてここを脱して本陣と連絡を取るぞ」

 

「そ、そうね! 皆が心配だわ!」

 

「ふん、坂東武者はまっこと腰抜けよな!」

 

「なんですって!?」

 

「この大友は仲間を信じて突き進むぞ! 相手が攻撃を受けているならば丁度良いではないか。お前達を倒し、その勢いのままに大将を落としてくれるわ! 西は早々に負ける程、軟弱ではない!」

 

 

 そう言うと焔は再び国崩しを構える。本陣を心配し浮き足立ったクリスと一子だったが、焔の言葉に思う所があったのか、瞳に闘志を宿して武器を構えた。それを見て焔も嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

 

「え、ちょっと待ってよ! なにこの疎外感!? ここは僕のオンステージになる感じでしょうよ! なんだ畜生! 新手の虐めか! こうなったら最初からクライマックスだ!」

 

 

 怒りに燃えたアッガイは周囲も燃やそうとボタンの付いた箱を取り出した。これこそが血風連に準備させていた弾薬の爆破スイッチである。弾薬は既に配置し直されており、押せば派手に花火を打ち上げる事だろう。

 

 

「!? 何をするつもりだ!」

 

「ボタン?」

 

「このボタンを押せばどうなるものか、迷わず押せよ……着火!!」

 

 

 その瞬間、弾薬が一斉に爆破され――

 

 

「あーん! アッガイがぁぁぁぁぁ!?」

 

 

――何故かアッガイの下にも弾薬があったのか、空へと飛んいった。

 

 

「…………え?」

 

「…………は?」

 

「……はっ!? お、大友の弾薬が!」

 

「ア、アッガイーーー!」

 

 

 残されたのは呆然とする一子とクリス。弾薬が爆破されてショックを受ける焔。飛んでいったアッガイに向かって叫ぶズゴック。

 

 

「よくも皆が用意してくれた弾薬を爆破してくれたな! 大友の怒りを思い知れ!」

 

「! 犬! 呆けている場合ではないぞ!」

 

「わ、分かってるわよ!」

 

「……予想外の状況ではあるが、これならこれで楽しませてもらうぞ!!」

 

 

 予定外の事態ではあるが、真正面から戦いたいという自分の希望が叶う形となったズゴックはアイアンネイルを三人に向け、攻撃態勢へと入った。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「えいっ!」

 

「せあっ!」

 

 

 一方その頃、天神館の島とアッグガイ、ジュアッグの戦闘はまだ続いていた。本来ならばアッグガイとジュアッグの圧勝に終わるのだろうが、流石に天神館の副将である島は手強い。アッグガイとの接近戦、ジュアッグの援護射撃を切り抜け、未だに決着が付かずにいたのだ。

 

 

「ええい、このままでは御大将に顔向けできん!」

 

「おじさん頑張るね」

 

「ねー。兄ちゃんはどうしてるかなぁー」

 

「おじさんではない! 某は天神館2年だ!」

 

「いやいや、僕達は生まれたばかりと言っても過言ではないもので、僕達からすれば貴方はおじさんと呼んでもしょうがないんですよ」

 

「っていうかやっぱり気にしてたんだー。老け顔ー」

 

「ぐぬぅぅ!?」

 

 

 戦闘ではなく、言葉でダメージを受ける島。しかしながらアッグガイ達が言っているのも正論なのだ。 アッガイ以外のジオン軍水泳部はこの東西交流戦が発表されてから生み出された。とは言っても大元は既にアッガイが用意しており、それを完成させただけではあるのだが。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 異世界侵略という名目で多くの世界を巡ったアッガイは、【仲間】というものの重要性を深く理解していた。決して誰かにボッチと言われたからではない。別にふとした瞬間に疎外感を感じてしまったり、ホームシックになったり、話し相手がいなくて独りで喋っていたら突然虚しくなったりとかそういう訳ではないのだ。ないったらない。

 

 

「よし、ではこの世界に【ジオン軍水泳部】を生み出すとしよう」

 

 

 

 アッガイは自分のアイアンネイルを爪切りで爪を切るような気軽さで一部削り取り、きっと細胞的な物があるのだろうから培養的な感じで育て、あとはとりあえず面倒だから陽向に任せて生み出されたのが、アッグガイを始めとするジオン軍水泳部である。

 性格とかその辺は培養中に声を掛けてそうなるようにした。お花に「綺麗になぁれ」と言って育てると良い、と近所に奥様に教えて貰った知識を利用した形だ。きっと自分の声には彦一と同じように言霊効果があるのだろうとアッガイは推理する。

 

 

   ◇◆◇◆◇◆

 

 

「……あれー?」

 

「どうしたのジュアッグ?」

 

「んー、なんだか天神館の大将が進軍してるみたいー」

 

「な、なんだと!?」

 

 

 ジュアッグが見付けたのは本陣から前線へと進軍している天神館の大将と残りの部隊長。それを聞いて島は大いに驚き、焦った。場合によっては大将が自ら進む事も策としては有り得る。しかしまだ交流戦の序盤とも言えるこの状態で、進軍するのはあまりにも無謀だろう。焦りながらも島は頭の中で考えた。

 

 

(御大将の性格からして我慢出来なくなったのだろう。手段を選ばないという意味では強いのだが、同時に地味で目立たないのも嫌うからな。それもこれもこやつ等を倒して戻れなかった某の失策……!)

 

「なんか考え事してる所にヤーッ!」

 

「ぬおぉ!?」

 

「? 流れ星ー?」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「き、貴様は!!」

 

「そう、僕こそは【流星のアッガイ】! 人間大砲のアッガイではない!! ちょっと煤が付いてるのは気にしないで!」

 

 

 吹き飛ばされたアッガイと天神館大将、石田三郎が出会った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第18話】 Q.嫌いなもの A.甘い物

 東西交流戦も各地で本格的な戦闘が開始された。部隊長の敗北は戦闘結果に直結すると言っても過言ではない。影響の大きさを考えれば、部隊長に抜擢された者達の責任というのは非常に大きく重いものである。故に各地での部隊長同士の戦闘は、見る人が見ればまさに激戦と呼べるものとなっていた。

 

 川神陣営本陣付近では川神学園部隊長達とゴッグ、ゾックの戦闘が。交流戦の舞台である工場地帯中央では川神学園部隊長の川神一子、クリスティアーネ・フリードリヒと天神館部隊長である大友焔、さらにアッガイ勢の一人、ズゴックによる三つ巴の戦闘が行われている。天神館本陣近くでは天神館副将の島右近とアッガイ勢のアッグガイ、ジュアッグが戦い続けていた。

 

 そんな中、戦場に大きな変化が訪れる。天神館大将の石田三郎は副将である島の帰還を待たず、進軍し始めたのだ。本陣に残っていた全戦力を引き連れて、である。本人からすれば一気に戦線を押し上げて他部隊と合流、数的有利をもって敵進軍部隊を撃破、その勢いのままに川神学園本陣を落とすつもりであった。そんな簡単に、都合よく行く筈がないのだが、石田には負ける筈がないという自信があったのだ。それは自分の奥義と呼べる技であり、最悪の場合にはそれを使用してどうにでもなる、そう思っていた。

 

 しかしそんな石田の計画はすぐに狂う事となる。何故なら、今まさに、目の前に敵が現れたのだから。

 

 

「呼ばれてなくてもジャジャジャジャーン! 川神一の愛されゆるキャラ、アッガイ!」

 

「よくもまぁノコノコと姿を現したものだ! 切り伏せてくれるわ!」

 

 

 石田は自身の武器である刀を抜き放ち、アッガイに斬りかかる。間合いに入る速度や刀を振る早さは、流石西方十勇士の大将であると言わせる程の技量を持っていた。しかしその攻撃はアッガイのアイアンネイルによって阻まれ、傷を付ける事は叶わない。

 

 

「まぁそもそもダメージが入る事も無いと思うんだけどもね! でもちゃんと受けるよ! 敵大将との戦闘は必要なシーンだからね!」

 

「何をゴチャゴチャと……!」

 

「大将、美しく下がるがいい!」

 

「っ! 毛利か!」

 

「フガッ!」

 

 

 鍔迫り合いの状況から一度アッガイを押し退けて後方に距離を取る石田。石田が後方に下がった直後、弓矢がアッガイの頭に直撃した。弓矢を放ったのは西方十勇士が一人、毛利元親である。自分自身を愛するナルシストで天下五弓の一人。頭も良く、美に関しては他を寄せ付けない拘りと知識を持つ。だがナルシスト、でもナルシスト。アッガイは衝撃で頭が後ろに仰け反り、体勢を崩しているが更に天神館の攻撃は続く。

 

 

「ヌゥラァァァ!!」

 

 

 頭を射抜かれて体勢を崩しているアッガイに向かって突撃する長宗我部宗男。恵まれた体格、そこにオイルを浴び、オイルレスラーとなった彼の突撃は凄まじい破壊力を誇る。真正面からアッガイに掴みかかった長宗我部はそのまま頭をしっかりとホールドし始めた。本来ならば首を絞めて気絶させる事も出来るのだが、アッガイには首と呼べる部分が無いので、直接頭を圧迫しているのだ。

 あまりの状況にさすがのアッガイも叫び声を上げる。

 

 

「ギャァァァアァァ!」

 

「どうだ! 俺の強烈な腕力!」

 

「野郎に抱き締められるとか最悪すぎるぅぅぅ! しかもヌルヌルしてて気持ち悪いぃぃぃ!! 仄かに感じるレベルじゃない体温が嫌ぁぁぁ!!」

 

 

 そう、なによりも野郎に触られる事が大嫌いなアッガイには、まさに地獄と呼べる状況だった。そんなアッガイの叫びを無視して長宗我部は更に力を入れる。

 

 

「これじゃあ婦女子が僕に触るのを躊躇うだろうが! そうなったらどう責任取るんだコラ!」

 

「安心しろ。俺は四国でモテモテだぞ!」

 

「女心ってなんだろう! お前と僕じゃ支持層が違うんだろうよ! こうなったら見せてやるよ、アッガイの拳を!!」

 

 

 そう言うとアッガイは掌から炎を噴出させた。オイルを被っている長宗我部はこのまま掴んでいては自分に引火するであろう事を即座に予測した。そしてこの状態とアッガイを離して距離を取る事を天秤に掛け、判断する。

 

 

「小賢しい奴よ!」

 

 

 そして長宗我部は勢いよくアッガイを弾き飛ばし、自身も後方まで後退した。

 ダメージが入っているのかもよく分からない状態、しかも炎に対する耐久性はロボの方が人よりも優れているのは明らかである。ジリ貧になる前に、石田、毛利と共に攻撃した方が良いと長宗我部は判断したのだ。

 と、長宗我部の顔に向かって大きめの【何か】が飛んできた。弓矢よりも圧倒的に遅く、しかし金属的な、攻撃的な刃にも見えず、長宗我部はそれを掴んだ。それは普通では有り得ない大きなサイズの【サングラス】だった。しかしその一瞬、アッガイから視線を外したのが不味い。

 

 

「長宗我部!!」

 

「――ッ!?」

 

 

 石田が叫んだ。長宗我部は石田に何事かと視線を向けようとして、見てしまった。アッガイが既に自分の目の前にまで来ているのを。

 『いつの間に』。そんな言葉が長宗我部の頭に浮かんでいる間にも、アッガイは動き出す。

 

 

「……行くぜ。オラオラオラァー!」

 

「ぐおぉぉぉ!?」

 

 

 【アッガイチェーンドライブ】、凄まじい両手両足による乱舞、乱打。長宗我部は咄嗟に腕をクロスさせて防御するが攻撃範囲が大きすぎて攻撃に被弾してしまう。

 

 

「どうした? あぁ!?」

 

 

 これまでよりも更に重い一撃が長宗我部をガードの上から弾き、体を下がらせる。しかしこれまでの乱打と違って攻撃がそれ以上来ないのだ。重い一撃にパターンを切り替えてきたならば攻撃と攻撃の間隔が広がって反撃できるかも知れない。そう長宗我部は考えて視線を前に居るであろうアッガイに向けた。

 

 しかし――

 

 

「アッガイだよ……アッガイ!」

 

「!?!?」

 

 

――アッガイの声は自分の後ろから響き、長宗我部は自身の真下から発生した爆発に飲み込まれて意識を失った。こちらの技は【クリムゾンアッガイロード】である。注意しておくが、どこぞの格闘ゲームのキャラクターとは一切関係ない技の筈だ。関係があったとしても参考だとかちょっと真似たとか、実はほぼ一緒とかそういう事は多分、きっと、ない。

 

 

「ちょ、長宗我部ーーー!!」

 

 

 石田の叫びも虚しく響き、長宗我部の体は力無く地面へと落ちる。西方十勇士が、しかも真正面から向き合えば相当な実力を誇る長宗我部がこの短時間で撃破された事に衝撃を受ける石田と毛利。石田は格下だと思っていたアッガイにここまでの実力があるとは思わず、未だに倒れた長宗我部を呆然と見てしまっていた。その状態を危険だと判断した毛利は即座に【三連矢】をアッガイに放ち、牽制する。三本の弓矢はアッガイの行動を阻害し、時間を作った。

 

 

「大将!」

 

「っ! クソッ!」

 

 

 刀を構えながらもアッガイから距離を取る石田。その顔は苦々しいという感情が露になっている。毛利は即座に弓矢を放てるように用意しており、牽制でも攻撃でも石田に合わせられるように集中していた。

 

 

「ジオン宇宙の支配者、僕こそ最強。見事超えてみせよ!!」

 

「お前なんぞに遅れを取るとは……! こうなったら奥義をもってお前を――」

 

「なりませぬ御大将!!」

 

「!? 島っ!?」

 

 

 気を高め、大技を繰り出そうとする石田。それを止めるように天神館副将の島が合流してきた。必死に走ってきたのか、呼吸は乱れて肩で息をしている。更にその後方からドタバタと足音を立ててやってくる者達がいた。

 

 

「逃げるなーおじさんー!」

 

「逃ーげーるーなー」

 

「アッグガイにジュアッグじゃないか! なんだよ折角いいシーンになる所だったのに! 逃げたのかよオッサン!!」

 

「某は! お、おっさんではなくゴホッゴホ!」

 

「話している場合か島! 下がれ! ソイツは先程、長宗我部を倒したのだ! 奥義を持って葬るしかない!」

 

「な、なりませぬ御大将! 確かにこやつらは勢力の一つなれど、未だに川神との戦いは続いているのですぞ!?」

 

 

 石田は律儀に反論しようとする島に叫び、自身の奥義でアッガイ勢の大将首であるアッガイを倒そうとする。しかしそれに待ったを掛けたのが島だ。各地で戦闘が繰り広げられている中、いまだにどこの戦場からも各勢力部隊長の勝利敗北の報は来ていない。だが現実には既に天神館の長宗我部が敗北してしまっている。そんな中で博打とも言える方法で一気に勝負を付けようとするのは早急に過ぎると思っているのだ。

 しかし石田の考えも上手く行けば上等である。ここでアッガイを倒せば大将敗北によってアッガイ勢の負けは確定。川神学園との対決へと集中できるのだ。例え長宗我部の敗北が伝わってもそれ以上に士気を高める事が出来る。そしてアッガイを倒した勢いのままに他の十勇士と合流。流れを自分達のものと出来る。

 

 

「確かにここでこやつ等を倒せば勢いと流れは天神館に圧倒的有利。しかしこの者達がここに居るという事は、川神へと攻撃しているロボ達をこちらが労力を掛けて倒す事と同じ! 川神の戦力を削ぐどころか川神の手伝いをする事になるのですぞ!? 奥義の使用はお止め下さい!」

 

「どちらにしても倒す事に代わりないわ! 敵が目の前に居るのに臆するとはそれでも天神館副将か!!」

 

「! 大将! 島!」

 

「ヤベッ、ばれた!! でもアッガイは急に止まれない!」

 

「僕もー!」

 

「もー」

 

「うおぉっ!?」

「御大将!」

 

 

 なにやら揉めているようなのでボコボコにしてやろう、そんな考えでいたアッガイ達は攻撃態勢で石田に近付いていたのだ。しかし毛利に察知され、二人に注意を促されてしまった。それによって石田はかなり際どいタイミングではあったが、なんとかダメージを負わずに防御する事が出来た。

 いや、副将である島のおかげだろう。何故ならばジュアッグの放ったロケットは石田に確実に命中する軌道であったからだ。それをギリギリで、自らの得物である槍を使ってどうにか打ち落とした。だが無理矢理に体を動かした代償も少々大きい。

 

 

「ぐうぅ」

 

「島! お前腕をやったのか!?」

 

「……そこまで痛みはありません。が、しかしこの戦ではもう本来の力で攻撃する事が出来るか……」

 

 

 両手掌を見ながら島は答える。その手は意識せずに震えており、ジュアッグのロケットの衝撃を物語っていた。奥歯を噛み締めて悔しさを滲ませる島。そして信頼する副将が自分を守って負傷した事に大将である石田は怒りを燃やす。そもそもの攻撃を仕掛けた目の前のロボット共、そして島に守らせてしまった自分自身の不甲斐無さに。

 

 それとは反対に喜びムードなアッガイ達。敵が負傷しただなんて喜ぶ以外にどんな感情を示せばいいのか、という具合である。

 

 

「ジュアッグ、グッジョーーブ!」

 

「やったねジュアッグ!」

 

「わーい、やったどー」

 

 

 ハイタッチしながらキャッキャと騒ぐアッガイ達。それを苛立ちと怒りの眼で石田は睨みつけた。しかしながら状況は最悪。長宗我部は敗北し、副将である島も負傷してしまった。弓兵の毛利は居るが、如何せんアッガイ達相手では攻撃力の不足は否めない。攻撃力に関して言えば石田、そして彼の持つ奥義を使用すれば戦闘を有利に進める事が出来るだろう。だがここにはアッガイとアッグガイ、ジュアッグの三体が居るのだ。見た限りでは連携も出来ているし、押さえ込むにしても数が足りない。

 一気に天神館敗北の可能性が高まり、石田はこれまで以上にアッガイ達を警戒する。そしてそんな石田の心境を察してか、負傷している島も石田を護衛するかのように斜め前へと移動した。後方から支援射撃をしていた毛利も、動きがあればすぐにでも射撃できる態勢でいる。

 

 そんな窮地の石田達を救うのは、同じく天神館の仲間であった。誰もが意識を向けていなかった、故に【彼】は自由に、大胆に行動する事が出来たのである。

 

 

「ヌゥゥガアァァァァァァ!!」

 

「わっ!?」

「わー」

 

「ちょっ! アッグガイ、ジュアッグー! ってかなんでお前!?」

 

「俺に! 四国への愛を縛る理性はいらない!!」

 

「断空砲、フォーメーションだっ! って違う! 弟達よー!?」

 

 

 そう、長宗我部宗男だ。彼はアッガイの攻撃を受け、爆発によって意識を失った。しかし彼は再び立ち上がり、友の危機を救う為に決死の突撃を敢行したのだ。

 

 長宗我部の強烈な突撃によってアッグガイとジュアッグは吹き飛ばされ、工場の柱に激突。激突の衝撃によって立て掛けられていた建材の柱が雪崩落ちてくる。

 

 

「うわー!?」

「重いー」

 

 

 アッグガイとジュアッグはその建材の下敷きとなってしまい、一生懸命に手足を動かそうとするのだが、どうにも抜け出せない。

 これにはアッガイが焦った。余裕綽々、天神館フルボッコで決勝リーグ進出な感じだったのに、倒したと思った奴に反撃されてアッグガイとジュアッグが行動不能。助ければ十二分に動けるのだろうが、助けている間に攻撃されるのは目に見えている。

 

 焦る頭で考え出した結果は……。

 

 

「チクショウ覚えてろーー!!」

 

「兄さーん!?」

「兄ちゃーん」

 

 

 アッグガイとジュアッグを置いての撤退だった。背を向けて走り去っていくアッガイ。その速度はかなり速く、工場の構造を利用してすぐに視界から消える。石田達天神館組は追撃しようにも間に合わなかった。しょうがないので残されたアッグガイとジュアッグに近付いて確認を取る。

 

 

「おいお前ら。そんな状態だがまだやるか?」

 

「あ、すいません降参で」

 

「でー」

 

「某があんなにも梃子摺った二体が、このような結果になろうとは……」

 

 

 石田の問い掛けに二体は即座に降伏宣言した。さすがに身動きが取れなくなってまで戦闘が出来るとは思っていない。石田の隣に居た島は、開戦直後から戦っていた相手がこのような方法で、しかも降参する事になろうとは思っておらず複雑な心境であった。しかしながらアッガイ勢の二体を倒した事には違いない為、安堵の方が勝っている。

 

 

「お前達、すまんが後は任せたぞ……」

 

「!? 長宗我部!」

 

 

 しかしながら天神館も無傷とはならなかった。やはりアッガイの攻撃が相当にキツイのか、長宗我部が二体の降参宣言を聞いて安心したような、悔しいような表情のまま、再び倒れたのだ。咄嗟に島が長宗我部の体を支えるが、完全に意識は無くなってしまった様子である。

 

 

「長宗我部……俺はお前の事を四国の事しか頭に無い、戦闘事以外ではちょっと距離を置きたい奴、そんな風に思っていた」

 

(御大将、それは別に今言わずとも……)

 

「だがお前の根性は、正に天神館の誇る西方十勇士の見せるべき姿そのものだった。誇れ長宗我部。お前の作った勢いは天神館を勝利へ導くだろう……。島、長宗我部を医務係に任せ、俺達は進軍するぞ!」

 

「承知!」

 

「天神館が西方十勇士、その一人長宗我部宗男! アッガイ勢がロボット二体、見事に討ち取ったり!! この大将石田に続け! ロボに川神、恐るるに足らず!!」

 

『オオォォォーーーー!!』

 

 

 天神館の咆哮は工場地帯に響き渡った。士気は非常に高く、勢いに乗っている。例え西方十勇士の一人が倒れても、その心意気はしっかりと受け継がれたのだ。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「Holy shit! なんてこった! まさかアッグガイとジュアッグをこんな所で失うなんて!」

 

 

 一方、アッグガイ達を置いて走り去ったアッガイは、予想外の状況に頭を抱えていた。アッガイの予定では開幕攻撃から相手の部隊を誘引しつつ撃破、さらに本陣まで進軍して華麗な戦闘を繰り広げ、更に中央戦線も撃破して川神学園か天神館のどっちかを先に潰し、残った方に総攻撃を仕掛けて大規模にフィナーレを迎える筈だったのだ。

 しかし天神館の島は大将進軍を見て開幕攻撃していたアッグガイとジュアッグを放置して合流。そもそもアッガイ自身も中央戦線でズゴックと殲滅戦をする予定だったのだ。しかし弾薬爆破で何故か流星になり、天神館大将の目の前へと落ちてしまった。予想外に予想外が続き、全然予定通りに進んでいない。

 

 想定外の最たる原因はアッグガイ達を戦闘不能に追い込んだ天神館の長宗我部である。そもそも彼はアッガイの攻撃で気絶していた筈。それが何故あんなにも早く、意識を取り戻して突撃できたのか。

 

 

「完全模倣から一時的模倣にしたせいかな? だけど完全模倣は色々と問題あるし……」

 

 

 アッガイは自分の想像をある一定の領域にまで上げる事で、その能力を自分のものとして使用する事が出来る。以前にゲーニッツというキャラクターを模倣しヒュームと激闘を繰り広げた、あの時のように。

 しかしながらあの能力にも限度というか使用限界がある。そもそも完全に【成りきった】状態では約20分が限界。限界に近付けば近付く程に集中力が失われ、模倣を維持出来なくなるのだ。

 故に今回、アッガイは低リスクで強力な攻撃を発動させる為、一時的に模倣出来るようにちょっとした修行を異世界にて行っていた。攻撃時のみに特定のキャラクターの技を模倣し、強力なダメージを相手に与える。そんな予定だったのだが。

 

 

「やっぱり完全模倣よりも格段に威力が落ちてる? じゃないとあの四国マッチョがあんなに早く回復するなんて考えられないし……。こうなりゃ気絶した後にも攻撃加えるか? いやでもそれやると鉄心氏とかナベちゃんから怒られそうだし……」

 

 

 もう気絶した後にも攻撃加えよう、やっぱ怒られそうだから止めておこう、そんな風に考え続けるアッガイ。天神館側へはもう誘引させる人員もいないし、中央のズゴックと合流して川神学園側にいるゴッグとゾックとも合流。一時海中へ避難するか何かして川神学園と進軍した天神館が争う際に機会を見て、再び漁夫の利作戦を実行しようと考えた。

 

 

「しかし皆大丈夫かな。【良いシーン】は撮れてるかな……。血風連も見た目だけだからなぁ……いやマジで」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 その頃、中央戦線のズゴック。

 

 

「ふんっ!」

 

「また止められた!」

 

「犬っ! 下がれ!」

 

「大した速度だ。だが俺には届かない!」

 

「くうっ!」

 

「その大筒もだ!」

 

「!? 大友の動きを予測した!?」

 

 

 一子とクリス、更には大友焔を相手取って圧倒的な技量差を見せ付けていた。一子の薙刀はあっさりと受け止められ、クリスの高速の一撃も避けられる。隙を突こうとする焔の大筒は予測された牽制射撃によって撃つ事も出来ない。接近戦、射撃戦共にズゴックに一撃も与える事が出来ずに時間は過ぎていた。

 

 

「まだまだ未熟だな」

 

「言い返したいけどアイツ強いわ!」

 

「私の突きを、ああも簡単に回避されるとは……」

 

「ふん。ちゃんとした連携ならば俺は既に何回も被弾している事だろう。しかし被弾していない。それは何故か、分かるか?」

 

「大友が弱いと言うか!」

 

「個々の力がいくら強くても、それを発揮出来なければ意味も無い。発揮出来ないように戦闘を進めるのも技術の一つ。お前達はあわよくば隙を突いて俺ともう片方の敵を狙っているのがバレバレだ。目の前の戦闘以外に目を向けるのはいいが、目の前に集中しないで実力を発揮できるとでも?」

 

 

 そう、確かに一子にクリス、焔は実力がある。それぞれが部隊長に任命されている事からもそれは周知である事が分かるだろう。しかしながらそれはあくまでも個人の力での話であり、実力者同士の戦闘の駆け引きは含まれていない。ある意味で純粋、ある意味で未熟。経験不足と言える。

 彼女達はクリスと一子の場合、ズゴックと焔を標的に。焔の場合はズゴックとクリス、焔を狙っていた。しかしその狙いが明らかに露呈してしまっている。そして露呈してしまっているが故に、決定的な攻勢を掛けられずにいたのだ。深く攻め込めば攻撃が当たる。しかしそこを相手に狙われるのでは、という疑心によって実行できずにいたのだ。

 

 

「さぁ、無様に踊るがいい!」

 

 

 考えている間にもズゴックの攻撃がやってくる。クリスと一子、そして焔は未だに大きな決断をする事が出来ずにいた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 そしてこちらは川神学園本陣付近。ゴッグとゾック対川神学園本陣で待機していた部隊長達が戦闘を繰り広げている。川神学園は京に岳人、忠勝、マルギッテに小雪、そして心が攻撃を仕掛けていた。

 

 

「せいっ」

 

「甘いっ!」

 

「そいやっさー!」

 

「あぶねぇ!?」

 

 

 京の弓矢をゾックが叩き落す。ゴッグのアイアンネイルを岳人がギリギリで避ける。京は予想通りという表情で素早く反撃を喰らわない為に建物の影に移動。岳人は冷や汗をかきながらも近距離で粘る。

 

 

「おらっ!」

 

「んだ!? またこんなもん投げてきただよ!」

 

「シッ!」

 

「さすがにそろそろ鬱陶しくなってきたぞ、赤髪!!」

 

 

 間髪入れずにゴッグに向かって鉄パイプを忠勝が投擲。京の弓矢に気を取られているゾックにマルギッテが強襲。既に何度も鉄パイプを投げ付けられてきているのか、ゴッグは怒っているような声を出す。同じように何度も不意打ちを受けているゾックもまた、苛立たしさを隠さずに声を荒げた。

 

 

「おりゃー!!」

 

「んごぁ!?」

 

 

 忠勝に向かって腕をブンブンと振って攻撃意思を存分に示していたゴッグ。そこに空中から勢いをつけた小雪が降ってきた。ゴッグの後頭部に綺麗に決まった蹴りはゴッグの体勢を大きく崩し、ゴッグは前のめりに倒れこむ。そこに更なる追撃が迫った。

 

 

「にょほほ! 貰ったのじゃー!」

 

 

 倒れたゴッグの腕を取り、関節技を極めようとする心。しかしながらこのMS達の装甲は堅牢にして重厚。

 

 

「う、動かせぬのじゃぁー!?」

 

「そんな細っこい腕でオラは動かせないだよ! そぉれ!」

 

「にょわわぁー!?」

 

 

 関節技を極めようとして一気に吹き飛ばされる心。その距離は最早【お星様】になるレベルである。工場地帯の空を飛び、心は消えていった。ゴッグは少し苛々していた事もあって力を出しすぎてしまったのだ。心を飛ばしてからゴッグは『あ、やっちゃった』と思い、焦り始めた。

 

 

「怪我させたら大変だーよ!? 待つだぁぁ!!」

 

「!? おいゴッグどこへ行く!」

 

 

 ゾックの静止の声も聞かず、ゴッグは心の飛んで行った方向へと猛然と駆け抜けていく。その突撃と言えるような強烈さには京の射撃や忠勝の投擲すらも意味を無くし、何も無かったようにゴッグはいなくなった。

 突然の事態に全員が呆然とする中、忠勝が逸早くある事実に気が付く。

 

 

「おい不味いぞ! 不死川が飛んで行ったのはうちの本陣の方角だ!」

 

 

 そう、ゴッグが向かう先は川神学園本陣。そこでは軍師役二人と総大将、そしてその護衛が居る。しかし戦力として期待できるのは大将の護衛であるあずみのみ。大将の英雄も拳法が使えるが大将という立場からあまり戦わせたくない、というのが軍師達の意見だった。

 つまり飛んでいった心が戦闘不能になっていなかったと仮定しても、まともな戦力は二人しかいない事になる。本当ならば今すぐここにいる誰かを救援として本陣に送りたい所だ。

 

 

「…………」

 

 

 しかしここに居るゾックをどうするか。ハッキリ言って攻撃がまともに当たるゴッグと比べてゾックはかなり手強い。中途半端な攻撃は持ち前の装甲で意味が無く、マルギッテの強烈な連打にも対応してくる。射撃にもビームを発射して対応できているし、そもそも装甲がある故に無視する場合もあった。

 

 

「……私見ですが、あのゴッグというロボットよりもこのゾックというロボットをどうにかする方が良いでしょう」

 

「なんでー?」

 

 

 マルギッテの意見に小雪が問う。小雪だけは焦りもせずに純粋に楽しんでいるようで、表情は明るい。

 

 

「ゴッグは能力が高くとも戦闘に関してはこちらが主導できます。しかしこのゾックはこちらの攻撃に対応してくる。ゴッグだけならば女王蜂だけでもなんとか出来るでしょう。……ですが」

 

 

 そこまで言ってマルギッテは両手のトンファーを力強く構える。瞳は好戦的に輝き、獣のように牙を見せて笑う。

 

 

「天神館の部隊長が本陣まで来れば話は別。女王蜂と言えど数的不利では危ない。ならばやる事は唯一つ。このゾックを早急に倒し、本陣へ帰還します」

 

「……そう簡単にやれると思うか? 赤髪」

 

「ふふふ、簡単では面白くもないでしょう。ここからは――」

 

 

 そう言ってマルギッテは自分の片目を隠す眼帯を取り払った。

 

 

「――【狩り】の時間なのですから!!」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「あーもう、いいなーーーー!!」

 

「ひゃうぅ!?」

 

「百代。叫びながら一年の体を弄るなで候」

 

 

 川神学園の観戦席。そこでは既に戦闘を終えた一年と三年の生徒達が二年の戦いを観戦していた。そしてそこで不満を一年の同性の体にぶつけているのが武神、川神百代である。弄られているのは一年で同じ風間ファミリーに所属する黛由紀江。百代を諌めるのは同じ3-Fのクラスメイトである矢場弓子だ。

 二年の戦闘が始まってから事有る毎に由紀江の体――主に胸と尻――を揉みまくる百代。そんな彼女のせいで由紀江はずっと顔を真っ赤にしており、息も荒くなっている。ちなみに当初は男子諸君がそんなやり取りを間近で見ようと近付こうとしたのだが、百代が殺気を放って退散させた。さすがに後輩である由紀江のそんな姿は見せないように気を遣ったのか、それとも独占欲からなのかは分からないが。

 

 

「もうやめてー! やるならオラをやれー!」

 

「今の私が握ったら松風が粉々になりそうだぞ?」

 

「チクショー、オラはここまでだー!」

 

「松風ーー!?」

 

「……まゆっちはホントそういう所を別の部分に活かせれば友達できると思うぞ? しっかし良いよなー。なんだよあのロボット達。私も戦いたいなー。終わったらアッガイに問い詰めてやる」

 

「確かにとんでもない実力、いや能力で候。椎名の射撃もほとんど牽制と妨害にしかなっていないで候」

 

 

 三つ巴の戦いを見ながらも冷静に実力を見定めようとする弓子。百代からすればとにかく戦いたくてしょうがないのだが、彼女は彼女で気付いた事がある。

 

 

(確かに装甲は固そうだけど、あのゾックってのを見てると特定の攻撃だけ意識的に防いでるんだよなー。射撃は無視してる時もあるから射撃は無駄だな。打撃、それも一定以上の攻撃力を持ったやつだけを防いでる。一定以下だと射撃と同じ感じだな)

 

 

 一定以上の攻撃力をもった【打撃】が鍵。百代はそう思いながら戦闘を見ていた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 激しい戦闘が行われている工場地帯に、夜の闇を切り裂きながら進む一つのヘリコプター。そこに乗っている一人の少女は、自分の武器である日本刀を握り締めて目を閉じていた。普段から凛々しくも美しいその顔は今、戦いに向かう一人の戦士となっている。

 

 

(アッガイ……もうすぐ、もうすぐ義経が行くぞ!)

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む