勇者さんのD×D (ビニール紐)
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1話

読み専なのに、俺は何を書いているんだ…….。


  天地が鳴動し、空間が軋む、それは正に世の終わりのような光景だった。

 

  世界を埋め尽くす幾千幾万の魔法陣、そこから放たれる無数の魔法が異界の魔神に殺到する。

 

  轟音、轟音、また轟音、盛大に大地を抉りながら放たれ続ける魔法、全方位から迫る雨粒の如き数のソレは当然避けられる隙間などない、結果、その魔法の殆どは狙い違わず魔神に直撃した。

 

  しかし、まだ幼さの残る少年は……この数の魔法を放ち続ける恐るべき魔法の行使者は未だ険しい顔で次の魔法の準備に取り掛かっていた。

 

  少年は知っていたのだ、この程度で魔神が殺れる筈がないと、この程度では傷一つつけることが出来ないと。

 

  少年が手に持つ剣を天へと掲げる。すると魔神の真上に一際巨大な7つの魔法陣が重なるように出現した。それと同時に世界に影がさす。

 

  太陽を遮る様に現れたのは直径数百メートルはある鉄球だった。鉄球は重力に引かれ地に落ちる、そして鉄球が魔法陣の一つを通過した瞬間、ゆっくりに見えた落下速度が倍加する。

 

  7つの魔法陣は架空の砲身、魔法陣を通過する度に加速する鉄球は7つ目のソレを通過した時点で音速を遥かに超えた速度となっていた。

 

  いけるか?

 

  少年は期待した、魔法を介しているがアレは単純物理攻撃、どうやっているかは不明だが、今日まで全属性全魔法を無効化してきた魔神もこれなら倒せるのでは?

 

  ……そう、期待したのだ。

 

 

  気付けば何故か目の前に鉄の壁、疑問に思う間もなく多重魔法障壁全てを粉砕され全身に激痛が走った。

 

 それに遅れて「ミルキィィイスパイラルゥウスティイイイイクッ!!」っという雄叫びが遠くから聞こえ、少年は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

「……夢か」

 

  布団から飛び起きた少年ーー宮藤勇真(クドウ・ユウマ)が疲れたように呟いた。生存本能でも働いたか? 少年の周りには多数の魔法障壁が展開され自身には意味もなく再生魔法と回復魔法が掛けられている。

 

  そんな状況を見て勇真は溜息を漏らすと全ての魔法を解除し、寝汗でビッショリの寝巻きを脱ぎ捨てた。

 

  寝ぼけて魔法を使ってしまう事は魔法使いにはよくある事だ、特に頭で思い浮かべただけで魔法を行使できるタイプの高位の魔法使いなら尚更だ。

 

  だからこそ勇真は寝る前に必ず破壊魔法系を封印している、今回はそれが功を奏したらしい。

 

  まあ、勇真の部屋には万が一に備え強固な結界魔法が張ってあるので例え寝ぼけて攻撃魔法を使ったとしても自室がメチャクチャになるだけで自宅が消滅する事も街に被害が出る事もないのだがそれでも片付けが面倒なので勇真としては良かった。

 

  スマホで時間確認する、現在時刻は朝の9時、普通ならば慌てる時間だが、高校に通っていない勇真からすればどうという事もない。

 

  勇真は大きく欠伸をすると、脱ぎ捨てたパジャマを持って自室を後にした。

 

 

 

  宮藤勇真は勇者である。

 

  この地球とは全く別の世界、魔法世界セラビニア、そこに召喚された彼は誰にも引き抜けなかった勇者の剣を引き抜き、セラビニアの人々達の希望を一心に背負って異界からの侵略者に立ち向かった。

 

  まあ、とは言っても力及ばず、初戦にて勇者の剣を叩き折られ敗北、リベンジしようにも所有者の魔法行使能力を数百倍に高める力を持った勇者の剣を失い戦闘力が激減、戦闘で倒す事は不可能となってしまった。

 

  結局彼は、戦闘で侵略者を倒す事を諦め、話し合いにより帰ってもらうという方向で彼女? と交渉、それが成功し世界を救った……ちょっと勇者として情けない方法である。だが、しかし、それでも彼はセラビニアを救った救世者なのである。

 

 

  パジャマを洗濯機に入れ、朝食はコーンフレークで済ませた。時刻は10時、学生でもなく会社にも務めていない勇真は暇である。彼は食器を片付けるとシャワーを浴び寝巻きに着替え再びベットに転がった。

 

  彼はそのままボーっとスマホを弄りながら今日は何をして時間を潰そうかなと考える。完全にダメ人間だ。

 

  だが、本当にやる事がない……正確にはやらねばならない事がない。

 

  それに堕落した自分を叱咤してくれる両親は帰ってきたら居なくなっていた。当面の生活に支障が出るほど生活は困窮していないし、最悪なにか問題が起こっても大抵の事は魔法でパパッと解決できてしまう。

 

  まるで無趣味、仕事一筋で定年を迎えてしまった男、あるいは平和な時代、金はあるが仕事がない傭兵、ああ、その背には若いのに既に哀愁の様なものが漂っていた。これでも元は世界を救った勇者なのだが。

 

 

「……はぁ」

 

  勇真は溜息を吐いた。大方面白そうなニュース記事もニヤニヤ動画も見終わった。彼は連日のスマホの見過ぎで疲れた目に回復魔法を掛けるとベットから起き上がる。時刻は午後4時、昼食をとっていないなで腹が減った。

 

  しかし、何かを作る気力がない。とは言え、コーンフレークはもう飽きた。

 

  勇真はダラダラと私服に着替えると家を出て近所の商店街にある行きつけのファミレスへと向かった。道中

 

「えー、迷える子羊にお恵みを〜」

「天の父に代わって哀れな私たちにご慈悲をぉぉぉぉ!」

 

  とか騒ぐ怪しい白ローブの二人組に出会ったが華麗にスルー、彼は行きつけのファミレスに入店した。

 

 

 

「ふぅー」

 

  食事を食べ終えた勇真はファミレスを出る、相変わらずチェーン店のくせになかなか美味い。勇真は行きより軽くなった足取りで家路を行く。

 

  道中、やっぱりまだ白ローブの二人組みが “ ご慈悲〜” とかやっていた。近くの雑貨店の店員が嫌そうにそれを見ている。明らかに営業妨害になっていた。

 

  しかし、勇真は誰か通報しないかなぁ、と思いつつも自分では通報せずにやっぱりスルー、二人組みの前をさっと通り。

 

  そして腕をガッと掴まれた。

 

「……何か、御用ですか」

 

「宮藤勇真くん、だよねッ!?」

 

  その通りである。しかし勇真は澄ました顔で

 

「違います」

 

  と、否定した。馬鹿でも分かる。ここで関わると面倒な事になると。

 

「え!? 嘘、人違い? ……いや、絶対勇真くんだよ、間違いない!」

 

  ああ、その通りである間違っていない。だがやっぱり勇真は澄ました顔で

 

「僕は高橋です」

 

  と、ナチュラルに嘘をついた。勇真は暇人だが、進んで面倒事に頭を突っ込むほどは暇ではない、そんな事するくらいなら高校に通った方がマシだ。

 

「えっ!? でも、え? え?」

 

  勇真の腕を掴んだ白ローブがオロオロ慌てている、よく見れば栗毛で整った顔立ちの可愛い少女だった。見覚えがある気がする、名前は忘れたが小学校低学年の時によく遊んだ……かもしれない。

 

  さて、どうしたものか? 勇真は考える。人違いだと言っても目の前の知り合い? は離してくれない、道を行き交う人に視線で助けを求めても目を逸らされる。まあ、そうだろう、勇真だって同じ状況だったらスルーする。

 

  ここは正攻法で行こう。

 

「離してもらえますか?」

 

  勇真は少女の目を真っ直ぐ見て言った。

 

「……いや、でも、面影あるし、間違い? いやいや、そんな事は……う〜ん、アレどうだったっけ〜」

 

  無視された。あれ? それとも聞こえてない? もう力尽くで振り払うか? そう、勇真は思ったがやっぱりやめる。

 

  この少女の握力は普通じゃない、明らかに100Kgを超えている。無理やり引き剥がすと服が破れる。

 

  それにしても力加減をして欲しい。掴まれているのが常人なら今頃悲鳴を上げている所だろう。

 

  本当にどうしたものか? 勇真がどう脱出するか考えていると栗毛の少女が何かを決意した様に勇真の顔を見る。

 

  そして一言。

 

「じゃあ、高橋君! ごはん奢って!!」

 

「コイツ、図々しな」

 

  勇真は思わずそう言った。

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 

  つい先程退店したファミレスに勇真は来ていた。10分もせずに店へと舞い戻った勇真を店員が怪訝な顔で見る、だが、そこはプロ、一瞬で切り替えると笑顔でお一人様ですか? と聞いて来る。勇真は三人ですと答え嫌そうに後ろの白ローブ二人に視線を送った。

 

「なんで、そんな嫌そうな顔するの!?」

 

  答えないと分からない? そう言いたかったがその気持ちをグッと抑え、勇真は怪しい白ローブの二人を見て顔を引き攣らせている店員に軽く頭を下げた。

 

 

 

「うまい! 日本の食事はうまいぞ!」

 

「うんうん! これよ! これが故郷の味なのよ!」

 

  ああ、美味いだろうさ他人の金で食う飯はね。勇真は欠片も遠慮せずに次々とメニューを頼む二人を呆れた目で見た。

 

  カレー、ラーメン、オムライス……ドリアに続きステーキセット、最後にパフェ二種類に抹茶アイス、ざっとメニュー表を見た限り二人共、摂取カロリーが5000を超えている。

 

  ついでに勇真が払う勘定は1万を超えている。

 

  この程度で勇真の財布はダメージはないが、こうも遠慮なく食べられると少しばかり頭に来る。

 

  しかし、まあ、良いだろう。こんな日もある。

 

  勇真はさっさと帰る為に伝票を取るとレジに持って行こうとした。

 

  するとまた、ガシッと腕を掴まれてしまう。今度は栗毛の少女じゃなく、もう一人の青髪に前髪の一房だけ緑のメッシュを入れた奇抜な髪だが顔立ちは整っている女の子にだ。

 

  おかしいな、女の子に腕を掴まれるのってこんなに嫌な気分になるものだったっけ? 勇真は軽く現実逃避をしてからノロノロと視線を青髪緑メッシュの少女に向けた。

 

「なにか?」

 

「すまない高橋、私はジャンボチーズハンバーグセットが食べたい」

 

「……お好きにどうぞ」

 

  あれ? 今、デザート食べてなかった? と思わなくもない、そしてそれを言いたくもあった。しかし、面倒くさいので言わない、今更帰るのが20分遅れようが1280円料金が追加されようがどうでも良いことだ。そう自分に言い聞かせると勇真は溜息を吐いて椅子に座った。

 

 

 

  それから約30分。二人は更に三品、追加注文してようやく満足したのか幸せそうな顔で勇真に話し掛けた。

 

「ふぅー、落ち着いた。腹が空き過ぎて任務を果たす前に餓死するところだったよ」

 

「はふぅー、ご馳走様でした。ああ、主よ。心やさしき高橋君にご加護を」

 

  二人は揃って十字を切ると、両手を組んで祈る様に目を閉じた。その姿と祈りは非常に様になっている。しかし、あいにく勇真は浄土宗、キリスト教の加護はノーサンキューなのである。だからその加護は日本に居るかもしれないキリスト教徒の高橋君にあげて下さい。

 

「どういたしまして、それでは俺はこれで」

 

  予定調和だろうか? やはり席を立った勇真は一歩進む前に腕を掴まれてしまう……しかも今度は二人同時に。

 

  勇真は本日最高の嫌がる顔をして二人を見下ろした。

 

「まだ、なにか?」

 

「いや、これほど良くしてもらってそのまま帰らせる訳にはいかないな」

 

「高橋君、もし、困った事があったら私達に言ってね、任務の合間に時間があれば出来るだけ協力するから」

 

「………」

 

  今、困ってるよ! 変な二人組に絡まれて家に帰れなくて困ってるよッ!! そう言えば帰してくれるだろうか? そう勇真は思った。

 

  しかし、やはり例の如く更に面倒くさくなりそうなのでそれは言わない。

 

  だから別の願いを言う事にした。

 

 

 

「さっきからガラス越しにメチャクチャコッチを見ている外の三人をどうにかしてください」

 

  そう言って勇真はガラスの外の三人組を指差すのだった。まあ、内一人は幼馴染なのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




勇真「そう言えば中学の頃はユウマって呼んでなかったっけ?」

一誠「……ナンノコトデスカ?」


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2話

勇者さんD×D 2

 

 

「では少し行ってくる」

 

「高橋君はまだ帰らないでね」

 

そう言って白ローブ二人はーーゼノヴィアとイリナは殺る気満々でファミレスを出て行った。外の三人が慌てている、悪い事をしたなと勇真は思った。

 

しかし、まあ、勇真は自分が一番可愛い、自己中と言うことなかれ、大抵の人間はそういう風に出来てるのだ。

 

「悪いなイッセー」

 

勇真はファミレスの外から何事か此方に文句らしき物を言っている幼馴染に軽く手を上げると会計を済ませ、素早くファミレスを後にした。

 

 

 

 

 

……今日は厄日か?

 

そう、勇真は思った。イッセー達を囮にファミレスを脱出、家に帰るついでにお菓子とジュースを買い、近道の為に森林公園を通ったら今度は黒ローブの変質者に出会した。

 

呪われてるのか? それ系は毎日解呪している筈なのだが? そんな事を考えていると、黒ローブはフラフラと此方に近ずいて来た。

 

思わず勇真が距離を取ると、黒ローブは掠れた声で助けて、と言ってから吐血、そのままドサリとぶっ倒れた。

 

倒れた拍子に脱げたフードから見えるのは今にも死にそうな顔の白髪少女。

 

俺ってそんなに日頃の行いが悪いのかなぁ、と勇真は頭を抱え、直ぐに治療に取り掛かった。

 

 

 

 

「……あれ? 生きてる」

 

少女ーールミネアの第一声はそれだった。

 

彼女は自分に掛けられたタオルケットを取りは身体を確認する。衣服を全て脱がされてはいるが、乱暴された形跡や身体の痛みはない。彼女はそれから不安そうにキョロキョロ周囲を見回した。

そこはルミネアの知らない部屋で、少なくともコカビエルの隠れ家ではない。その事に彼女はホッとする。

 

すると部屋の外からトントントンというノックの音が聞こえてきた。ルミネアは一瞬ビクリと震えると、とっさにタオルケットを肩まで被った。

 

「は、はい、どうぞ!」

 

「失礼します」

 

入って来たのはルミネアと同年代に見える黒髪の少年だった。少年は疲れたように、だがどこかホッとしたように息を吐くと、片手に持っていたペットボトルを開け、コップに中身を注ぐとそれを机に置いた。

 

「もう、起きたのか、身体は大丈夫?」

 

「はい、なんともないです……もしかして貴方が治療してくれたんですか?」

 

ルミネアの記憶通りならば、自分は聖剣使いの因子結晶を身体に入れられ拒絶反応で死に掛けていた筈なのだ。

 

そう、ほぼ死んでいたと言える状況だった筈なのだ。

 

それが今では身体の何処にも痛みがない。

 

「一応、そうなるね」

 

ルミネアの問いを少年はあっさり肯定した。

 

それを聞きルミネアは驚く、エクソシスト故に自分を救うのがどれ程困難な事かルミネアには分かっていた。最低でも高位の治癒魔法と治療薬を併用する必要があった筈だ。

 

ルミネアはそんな真似が出来る少年を少し警戒し、そして見ず知らずの自分に手間とお金が掛かる治療を施してくれた事を深く感謝した。

 

「ご面倒をお掛けしました、本当にありがとうございます」

 

「どういたしまして、ところで身体に痛みはない? 力が入らないとか」

 

「あ、大丈夫です、驚くくらい体調が良いです」

 

「それは良かった。でも一応、危ない状況だったからしばらく安静にしてね、あ、喉が渇いたらそれ飲んで、あと君の服は洗濯中だから、本当に悪いんだけど少しの間、我慢してあと30分もしたら持って来るから」

 

少年は踵を返し部屋を出て行こうとする。

 

「あ、あの!」

 

「ん、なに?」

 

ドアノブに手を掛けたまま少年が振り返る。反射的な行動だった。ついなんとなくルミネアは少年を引き止めてしまった。

 

「ルミネアと申します、本当に治療、ありがとうございました」

 

「気にしなくていいよ、俺は宮藤勇真、なにか困った事があったら声を掛けてね」

 

少年ーー勇真はそれだけ言うと今度こそ部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

「……どうしよう」

 

勇真はリビングで一人、悩んでいた。

 

成り行きで死に掛けの家出少女(裏稼業関係者)を拾ってしまった。勇真は今後どのよの様な行動を取れば良いのか分からない。

 

取り敢えずなにかヒントを探す為にスマホで家出少女、拾った、裏稼業で検索するも出てきたのは18禁SSばかり、しかも監禁陵辱物が多数……参考にならない。

 

これは面倒ではあるが身の上話を聞かねばなるまい。少女ーールミネアの様子からそのまま家か、住んでいた場所に帰す事は出来ない、まず高確率で悲惨な目に遭う。

 

勇真は面倒くさがりではあるが人の命が掛かる状況を面倒くさいでスルーする程、冷酷ではなかった。

 

「……さて、そろそろ30分か」

 

彼はイスから立ち上がると、洗濯魔法と修復魔法で新品同様に仕上げたルミネアの服を持って、自室の扉をノックした。

 

返事はすぐに来た。

 

「は、はい、どうぞ」

 

どうやらまだ、あまり落ち着いていないらしい。いや、それどころか先程以上に声色に緊張感や焦りがうかがえる。

 

「失礼します、洗濯終わったよ、服は置いとくから着替えたら声を掛けて」

 

「は、はい、分かりました」

 

 

 

 

「お待たせしました、着替えました」

 

「分かった、じゃあ入るよ」

 

勇真が自室に入ると黒のローブを着たルミネアがベッドに腰掛けていた。彼女はかなり緊張した面持ちだ。

 

膝の上に置かれた手は固く握られ、顔は若干青ざめている。そして綺麗な翡翠色の瞳が自信なさげに揺れている。

 

不謹慎だが、勇真はそんな彼女を見て可愛いの思った。勇真の金でファミレスで馬鹿食いした二人とは大違いである。

 

「……イリナ達に見習わせたいよ」

 

「な、何か言いましたか?」

 

「いや、ごめん独り言」

 

勇真は机に備え付けられたイスをずらすとルミネアに向き合う形で配置し座った。それど同時にルミネアの緊張感が一気に増したような気がする。

 

「ああ、そんな緊張感しなくて良いからね」

 

勇真は出来るだけルミネアの緊張させないように落ち着いた声で言った。

 

「は、はい!」

 

ただ、残念な事にあまり効力はないらしい、そんなルミネアの様子を見て勇真は苦笑した。

 

「まず、いくつか質問に答えて欲しい、どうても答えたくないものがあったら黙秘して構わない、じゃあ、まず一つ目、家族か保護者はいる?」

 

「……居ません」

 

「じゃあ、帰る場所は……いや、帰りたい場所ある?」

 

その質問にルミネアの肩がビクリと震える。

 

「……ありません」

 

「今後、生活出来るだけのお金は持ってる?」

 

ルミネアの震えが大きくなる。

 

「あ、ありません……無一文です」

 

「そうか、では、もしかして追われてる?」

 

「…………」

 

三つ目の質問にルミネアは黙秘する、しかし、肩を震わせ涙目で俯くその態度で答えなんて簡単に分かってしまう。

 

まあ、ここまで想定通りだ、助けた状況から充分に予想出来る範囲内だ。

 

「オーケー、そうか、そうか、よし分かった。じゃあ、次ね、ルミネアは料理は作れる」

 

「……?」

 

「あれ? これも言いたくないか……もしかして作れない?」

 

「……え? い、いえ、孤児院の教会では当番制で作ってましたので、美味しく出来るかわ分かりませんが、作れ、ます」

 

「そうか、じゃあ、掃除洗濯は?」

 

「あ、それは、出来ます」

 

「良し、優秀! ところで話は変わるんだけど、君の治療にフェニックスの涙を使ったんだけど、代金を払ってくれるかな?」

 

「え?」

 

そんな事を言われても払える訳がない。フェニックスの涙は世界でも最高峰の回復回復薬だ、その効力は四肢の再生能力こそないが、致命傷を含めたあらゆる怪我を癒してくれる超貴重な薬だ。

 

その価値はひと瓶1000万では足りない。

 

「ん、払えない?」

 

「は、払えません……も、申し訳ありません」

 

ルミネアは涙目でオロオロしている。どうやら意地悪が過ぎたようだ。

 

勇真は反省する、反応が可愛かったのでつい虐めてしまった。

 

「ああ、更に話が変わるんだけど、俺ってかなり面倒くさがりなんだよね、もう自分で料理もしたくないし、掃除も洗濯もやりたくたい。例え暇でもやりたくたい、そんなダメ人間なんだよね」

 

「………」

 

「で、今度家政婦さんを雇おうと思ってるんだけど、中々いい人が居なくてね何処かに居ないかなぁ〜二十四時間住み込みで俺の世話をしてくれる様な人」

 

白々しく、本当に白々しく勇真はルミネアを見ながらそう言った。

 

しかし。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「……あれ? 伝わってない?」

 

「は、はい、何がでしょうか?」

 

え、いや、伝わるよね普通、いや、漫画の読みすぎ? ……ごめん真面目な場面でするべきじゃなかった。いや、でも、こういうシチュエーションで一度でいいからやってみたかったんだよ。

 

と、勇真が言い訳にならない言い訳を脳内で展開していると、ルミネアが悲壮な顔をした、何かを決意した様な顔をした。

 

「……お金でしたら、本当に申し訳ありません、私には払う当てがありません……もし、不快でなければ私の身体を好きに使って下さい」

 

そう言って、ルミネアは震える身体でローブを脱ぎ始める。それを慌てて勇真は止めた。

 

「ちょちょ、ちょっと待ってね、冗談だから! 身体とかダメだよ、お金とかも払わなくて良いから」

 

「え…….ですが私には返せるモノがそれしか、ありません」

 

涙目でそう言うルミネアは実に可愛らしく、勇真の嗜虐心をくすぐった。

 

どれくらいくすぐったかと言うと、正直、もう、ちょっとくらい身体で払って貰っても良いんじゃないか? と頭によぎるくらいくすぐった。

 

しかし。まあ、ここでじゃあ身体で払ってもらおうか! などと言ったら鬼畜外道である、そう言う鬼畜系の欲求は誰にも迷惑が掛からないエロゲで発散すれば良い。

 

勇真はちょっと……いや、かなり勿体無いかなぁと思いつつも、深呼吸してなんでもない顔を無理やり作り話を続けた。

 

「……問題ない全部魔法で治したから、魔法力くらいしか消費してないから、だから気にしないでね、よし、じゃあそれは置いておいて、取り敢えずだけどルミネアは暫くここに住んでね」

 

「は、はい、とてもありがたいのです……しかし、私などがいても宜しいのでしょうか?」

 

「大丈夫、問題ない。家事をしてくれるだけで良いから、滞在費とか要らないし、なんならお小遣いもあげる、とにかく家にいて、言っちゃ悪いけど元いた場所に帰ったら殺されるよね? そして帰らなくてもここら辺をフラフラしてたら始末される……違う?」

 

「……はい、おそらく」

 

「でしょ、じゃあ、決まりね、ルミネアは家で家政婦をして下さい、あ、暫く家の外にも出ないでね、庭は良いけど門を潜っちゃいダメだよ? 敷地内に分からない様認識阻害と防御結界を張ってるから、ここに居る限り追っ手に早々発見される事はないから、良いね!」

 

「は、はい」

 

「宜しい、じゃあ、もう遅いからお休み、ベッドはそのまま使っていいよ」

 

そう勇真は一気にまくし立てて話を打ち切り、部屋から出て行った。

 

 

 

 

「疲れたぁ」

 

勇真は力なくテーブルに突っ伏しながら誰に言うでもなく呟いた。

 

他人と長時間真面目な話をするのは疲れる、それを改めて実感した。

 

もう、当分、真面目な話はしたくない、そう思いつつ、勇真は身を起こすと、真剣な目付きで虚空を睨む。

 

すると一瞬にして勇真の周りに複数の魔法陣が展開された。

 

「キーワード【ルミネア】」

 

勇真がそう言うと、魔法陣の輝きが増す、そして魔法陣から何者かの会話が流れてきた。

 

勇真はセラビニアから帰って来て魔法を得た事により、地球にも超常の存在がいる事を知った。そして軽く調べた結果、自分が住む街のあまりの人外率に危機感を覚えたのだ。

 

そのため彼は密かに駒王町を覆う監視結界を張っていたのだ。

 

この結界の効力は駒王町に知的生命体の会話の盗聴、録音能力を持ったもので、キーワードを言う事でそのキーワードに関する会話を新しい順に自動で再生する機能を持ち、また駒王市に居る人外の数と種族を特定する事が出来るのだ。

 

勇真として映像記録機能もつけたかったのだか、これをつけると結界の隠蔽が難しくなるのでつけられなかった。

 

ちなみに言うまでもなく犯罪であるが、私的に悪用するつもりは勇真にはない、まぁ、今の所と但し書きがつくが。

 

「………」

 

勇真は無言で魔法陣から流れて来る会話を聞く、ルミネアをキーワードにして再生される会話で出てくる者は主に四人、その中でも特に多いのが丁寧口調だがルミネアを実験動物と言い切る歳を取った男ーーバルパー。そして口調が汚らしくルミネアを売女と呼ぶ聞いてて不快になる声の若い男ーーフリードだった。

 

その二人の会話を大まかに纏めると、『実験中にルミネアが逃げた、死体が見つかっていないから生きている、用済みだが聖剣使いの因子を回収したいから捕まえろ、捕まえた後は殺していい』という胸糞悪内容だった。

 

やはり、無理にでも引き止めて良かった。

 

勇真は自分の選択の正しいさに安堵する、そして更に情報を集める為に、判明したバルパーとフリードをらキーワードに調べて行く、すると出るわ出るわ、危ない話が山程か交わされている。

 

特にヤバイのが……

 

バルパー達のボスは堕天使幹部コカビエル。

 

聖剣エクスカリバーがバルパー達の手元に複数本ある事。

 

駒王市民を誘拐し聖剣使いの因子を抜き取ってから殺す計画を立てている事。

 

駒王市を壊滅させようとしている事。

 

そして、コカビエルは神と魔王が滅びた為に中途半端に終わった天使、堕天使、悪魔の三つ巴の大戦、その再開の引き金に引こうとしている事だった。

 

 

「………」

 

勇真は無言で魔法陣を消し、今後の行動方針について考え始めた。

 

ヤバイ過ぎる状況だ。

 

今週中、遅くとも来週までにコカビエルは動く、魔王の妹、リアス・グレモリーとソーナ・シトリーを殺して戦争を引き金を引く為に。

 

そして、もし、助っ人を呼ばずにコカビエルと戦えば高確率でリアス達は殺され、この街は壊滅する事だろう。そうなれば犠牲者の数は数千ではきかない。

 

風の噂でリアスとソーナは優秀と聞いているが、かつて神や魔王と戦い生き残り、千年以上の時を生きる古強者に魔王の妹とはいえ成熟していない成人前の悪魔達が勝てると考える方がおかしい。特に人間と違い人外は能力が成長しきるまで百年以上の時を必要とするのだから。

 

 

 

だが、ならばどうする? 勇真が戦うか?

 

それもいいだろう、いや、それがいいだろう。勇者の剣がらなくとも勇真の実力は現時点のリアス、ソーナ眷属全員を束ねても及ばない程高いのだから。

 

しかし、コカビエルの正確な実力が分からない、分からないまま戦いを挑むのはあまりにもリスクが高い。下手に挑んで格上でした、なんて事になれば目も当てられない。

 

まずはコカビエルの戦闘力の把握が必要だ。

 

 

 

「…….試してみるか」

 

勇真は冷蔵庫を開ける、中から取り出したのは2リットルコーラ、彼は蓋を開け、それをコップに注ぐ。

 

そして注いだ際に開けたキャプ……正確にはドラグ・ソボールとのコラボ企画の空孫悟のフィギュアキャプを手に取った。

 

 



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3話





 

 

その日はバルパー・ガリレイに取って厄日としか言いようのない日だった。

 

コカビエルと契約を交わし、かの堕天使の協力を得て教会から三本のエクスカリバーの強奪に成功、そして数日中には長年の夢だった、7つに分かれたエクスカリバーの統合、その第一歩を踏み出す。

 

その直前だったのだ。

 

しかし。

 

 

 

「おっす、オラ空孫悟!」

 

山吹色の変な服を来た男が突然現れ、神父狩りに出掛けようとしていたフリードを不意打ちで瞬殺、彼に渡していた三本のエクスカリバーを強奪すると見たこともない術式の魔法でそれを何処かへ転移させてしまったのだ。

 

で、フリードを騙し討ちした奴のセリフがこれである。

 

 

 

「おめぇらつええんだってな、オラ、ワクワクすっぞ!」

 

「なら、不意打すんなよ!」

 

珍しく声を荒げてとバルパーは叫んだ。しかし、男はそれを無視してアジトに突入、コカビエルと戦闘に入ってしまった。

 

不意打ちとは言えフリードを瞬殺しただけの事はある、訳が分からない奴だが、男の実力は大したモノだった。

 

翼もないのに当たり前のように空を駆けるし、高威力の魔法を複数同時に操る。体術の心得もあるのか接近戦も強い、それ故、コカビエルともそこそこいい勝負をしていた。

 

しかし、それはコカビエルが遊んでいただけの事、しばらく戦っていると戦闘に飽きたコカビエルが本気の一端を見せる、結果、ものの1分で男は光槍に串刺しにされ……

 

「クソソソのことかああぁぁ!」

 

と言って木っ端微塵に爆散した。

 

 

 

 

 

きっといいお嫁さんになる。勇真はルミネアの働き振りを見てそう思った。

 

別に凄く家事が上手い訳ではない。むしろ一部は勇真よりダメだ。ただ、気遣いが出来て働き者、何より仕事だからやっているのではなく勇真の為に頑張ろうとしているのが伝わって来るのが良かった。

 

まだ、ここに来て日が浅いからという理由もある。だが、それ以上に真面目で他人に優しくなれる気質を持って生まれたからだろう、そうでなければこうも自然とグウタラ過ごすダメ人間に優しく出来るだろうか? いや、出来ない。

 

そして、あんまりルミネアが一生懸命なものだからグウタラしている自分が恥しくなり少しだけ勇真は更生し始めていた。

 

 

 

加熱したフライパンに刻んだニンニクを入れる、少し炒めて香りが出てきたらそこに牛肉を投下、味付けは塩コショウのみのシンプルかつ王道。

 

肉を炒め終わったフライパンに少量油を追加し再加熱、そこに豆苗と燃やしを投下、さらに鶏ガラスープを入れて手早く炒める。

 

鍋に水を入れ加熱、ある程度温まったら刻んだ豆腐、油揚げ、ワカメを投下、その後オタマに味噌を入れ、菜箸でムラなく溶かしていく、最後にカツオだしで味を調整し完成。

 

 

勇真の隣でルミネアが唖然とした顔をしている。それを横目に彼は若干得意げな雰囲気で料理を皿へと盛り付けていく。

 

本日の昼食はご飯に味噌汁、牛の焼肉、もやしと豆苗の炒め物、デザートにはブルーベリーと刻んだバナナにヨーグルトと少量の蜂蜜を加えた一品。品数は少ないく、野菜も足りないがまあ、面倒だからいいだろう。勇真はそう妥協し、ルミネアに料理を盛った皿を渡していった。

 

「勇真さん、お料理出来たんですね」

 

「まあ、多少はね」

 

ルミネアの驚きの声に少し照れた様に勇真は答える、昔、セラビニアに召喚される前は家族で夕食担当は勇真だった。

 

1人となった現在は面倒くさがり外食かお菓子ばかりの食生活になっていたが、まだ、多少は作れるらしい。

 

ちなみにルミネアにはまだ料理をさせていない。

 

ルミネアが来て2日目の朝、つまり今日の朝、料理は何が出来るか聞いたところマッシュドポテトという名の蒸して潰したジャガイモ(味付けは塩のみ)との答えが返って来た、そして冷蔵庫にジャガイモがなかった時の絶望した彼女の顔からそれしか出来ないのだろう。

 

聞けばルミネアが居たイギリスのエクソシスト機関での食事はマッシュドポテトに青汁プロテインの様なモノのみだったらしい。

 

それなんて地獄?

 

勇真はイギリスのエクソシスト機関だけは何があっても入らないと固く誓った。

 

 

 

食事を終え、食器の片付けまで終わったので、勇真はリビングで空孫悟のフィギィアキャップに魔法陣を刻んでいた。

 

「なにをしているんですか?」

 

ルミネアが小首を傾げながら聞いてくる。

 

「ちっと魔道人形を作ろうと思ってね」

 

「魔道人形、ですか?」

 

「そ、言うなればゴーレムと使い魔の中間みたいなモノかな……ほら、出来たよ」

 

そう言ってフィギュアをテーブルに置く、するとフィギュアは一人でに動き出し、演武の様な動きを始めた。

 

そのフィギュアとは思えぬ細やかな動きにルミネアは感嘆の息を漏らす。

 

「わぁ、すごい可愛いですね」

 

「まぁ、この状態ならね」

 

そう言って勇真はヒョイっとフィギュアを掴むと窓を開け、それを庭へと放り投げた。

 

「ええ〜ッ!?」

 

その行動にルミネアは驚き、急いで拾いに行こうとする。がそれを勇真は止める。

 

「あ、拾いに行かないで見てて」

 

「はい……」

 

口では素直にそう言うのだが、拾いに行きたそうにウズウズしているルミネアに勇真は苦笑する。

 

そして、2人でフィギュアを眺めていると、何を思ったのかフィギュアは手で土を掘り身体を地面へと埋めてしまった。

 

すると地面が蠢き、フィギュアが埋まった地点に集まり出した……そして。

 

 

 

「おっす! オラ空孫悟!」

 

地面からフィギュアと似た姿の等身大の人形、と言うか人間にしか見えないモノが現れたのだ。

 

その男? の出現にルミネアはフリーズする。しかし、勇真は慣れたように近づくと、その肩に右手で触れてーー

 

「【五属性と転移と呪い、魔法力一割を与える】じゃ、よろしく」

 

ーーと言った。しかし、勇真の言葉に人形は。

 

「つええヤツと戦いてぇ」

 

という答えになってない答えを返す、そしてそのまま唐突にこの場から消え去った。

 

「……え?」

 

フリーズから解けたが状況が理解出来ずルミネアが目を白黒させる。

 

「ええと、魔道人形は何処へ行ったのですか?」

 

「ちょっと敵情視察かな」

 

敵情視察と聞きルミネアの顔が一気に青ざめる。敵情視察される様な場所に心当たりがあるのだ。

 

「それってまさか、私が、居た所にですか? ダメです、あそこには!」

 

「堕天使幹部コカビエルがいる?」

 

「ッ、はい」

 

「大丈夫、魔道人形にこちらを特定する様なモノは持たせていないし、倒されるか時間が来ると自然と爆散して証拠は残らない。それに強い相手と戦う為には情報と下準備が大事でしょ?」

 

勇真の話を聞き、更に顔色が悪くなる、ルミネア、彼女は心の底から恐怖を抱いているように自分を両腕で抱きしめた。

 

「た、戦う気ですかッ!? ダメです、勝てる訳ないです、あんな怪物には絶対勝てないんですッ!!」

 

「そうかもしれないね、でも、先ずは勝てるか勝てないかを調べる為にもこの様子見は必要だったんだよ。……お、これは運がいい、不意打ちが決まってあっさりゲットだ」

 

そう言って、勇真は右手を虚空に伸ばした、すると魔道人形が消えたのと同く、唐突に3本の剣が姿を現した。

 

「エクスカリバーッ!?」

 

「そう、エクスカリバー。と言っても本物を7つに分けてその破片を核にそれなりに頑丈な魔法金属で水増しした出来損ないだけどね、しかも何の為かは知らないけどヘンテコな刀身の形をしている……まるで折って下さいと言ってる様だと思わない?」

 

「そ、そんな事より逃げないとッ!」

 

「落ち着いて、この家に居れば見つからないし、最悪コカビエルでも追ってこれない場所に転移してしまえばいい、だから大丈夫」

 

「で、でも、もし見つかったら! 見つかったら……ッ!」

 

「問題無い、今、魔道人形がコカビエルと戦ってる、視界を共有して俺もコカビエルを見てるけど強いね、流石は堕天使幹部、あの魔道人形じゃ歯が立たない」

 

「ダメじゃないですか!」

 

「ハハ、珍しく手厳しい、でも本当に大丈夫だから、確かにコカビエルは強いよ、でも想定の範囲内、むしろ、予想よりもかなり弱い、おそらくアレは全盛期じゃないね、以前の大戦の後遺症でも有るのかな? 神や魔王と戦って生き残れる程の力は感じない、あの程度なら俺の方が強い」

 

堕天使幹部より自分の方が強い、そう、なんでもない風に、いや、どこか自嘲する様に言う勇真、ルミネアは彼を恐れる様に一歩後ずさる。

 

それに気づいて内心気落ちしつつも、勇真は顔には出さず静かにこう言い切った。

 

「コカビエルは今夜の内に片付けるよ、アレがやろうとしている事は流石に俺も見過ごせない」

 

 

 

 

 

 

 

 

コカビエルは苛立っていた。

 

彼を苛立たせている当然、今日の襲撃が原因だった。

 

昼間いきなり襲ってきた人形に、正確には人形を操る術者にまんまとエクスカリバーを盗まれてしまい、せっかく練っていた計画を変更せざるを得なくなってしまっのだ。

 

本来、コカビエルは魔王の妹達を殺し、彼女達が管轄のこの地方都市をエクスカリバーが統合する際に生じる力を利用して滅ぼすつもりだった。

 

だが、エクスカリバーを盗まれた為、地方都市を滅ぼすのに自前の力を使わなければならなくなった。

 

別に自前の力で滅せない訳ではない、ただ、如何にコカビエルでも都市を丸ごと消し去るには少なくない労力が掛かる。

 

そして最も問題なのは来るべき魔王や大天使との戦いの際、統合されたエクスカリバーを戦力にしようとしていた計画が破綻してしまった事だ。

 

今の7本に別れたエクスカリバーは弱い、だが、コカビエルは折れる前の真のエクスカリバーの力を知っていたからだ。

 

膨大な聖なる力を内包し、使いこなせば如何なる状況にも対処できる7つの強力な能力、その上、デュランダル程ではないが神や魔王ですら破壊困難な頑強さと斬れ味、アレこそ万能にして最高の聖剣なのだ。

 

今のコカビエルは大戦時程の力はない、内包する光力はかつての半分程、総合的な戦闘力は全盛期の四割に届かない程、弱体化していた。

 

これは30年ほど前、今世紀最強の聖剣使いと謳われたヴァスコ・ストラーダとの戦いで負った怪我による後遺症と、平和な時代が続き腕が衰えたことに起因する。

 

だからこそ、コカビエルはバルパーと協力関係を結び、聖剣使いの因子を得て、エクスカリバーで自身の戦力増強を図ろうとしたのだ。

 

しかし、その目論見が潰れ、コカビエルは焦る。

 

「クソッ、今回の計画は見送るか?……いや、ダメだ」

 

コカビエルとて考えなしに戦争を起こそうとしていた訳ではない、今戦えば堕天使が勝つと確信しての事だった。

 

現在、グリゴリには総督アザゼル、副総督シェムハザを始め大戦前から存在した殆どの幹部が残っている。

 

そして食客に史上最強の白龍皇、更にもう一人、成熟した神滅具の使い手、幾瀬鳶雄がいる、後者はともかく前者は戦闘狂、戦争となれば喜んで力を振るう事だろう。

 

そう、今しかないのだ。ここ数十年で悪魔陣営は悪魔の駒イービル・ピースにより急速に戦力を回復させている、このまま手をこまねいては悪魔陣営の一人勝ちになってしまうのだ。

 

今しかないのだ。だからこそ自身の傷が治るのを待たずに計画を実行に移した。戦争に消極的なアザゼルとシェムハザを出し抜き引き返せない段階まで事を運ぼうと思ったのだ。

 

だからこそ、今しか……。

 

 

 

 

そんな事を考えながらコカビエルは深い眠りに堕ちていった。

 

 

 

「さようなら、コカビエル」

 

千里眼で眠りにつくコカビエルを見ながら。

 

胸と首を真っ赤に染め永遠の眠りにつくコカビエルを見ながら勇真は静かに呟いた。

 

敵情視察、そう評して勇真が送り出した魔道人形は何もコカビエルの実力を計る為だけに創られた訳ではない、コカビエルを安全に暗殺する布石というもう一つの役割の為に創られたモノでもあった。

 

魔道人形には壊されて初めて発動する呪いが込められていたのだ。まあ、呪いと言ってもそこまで大したモノではない、正面切った戦闘中ではあまり意味のないものである。

 

呪いの効力は魔道人形を壊した者に目印をつける事、そして対象が気を抜いている時、密かに眠りに誘い、眠りについた時、意識が浮上するのを遅らせる。その3つだけだ。

 

後はただ、目印を元に千里眼と透視能力で機会を伺い、コカビエルが眠りについた時、静かに近くに転移して不治の呪いをたっぷりと込めた短剣で急所を抉り、転移で逃げるだけ。

 

戦闘時、光力を纏い防御力が上がった状態なら難しくとも安眠中、力を抜いた身体に短剣を突き立てるなど造作もないことだ。

 

ゲームや試合ではないのだ、わざわざ敵が強い時に戦いを挑む必要はない、例え小細工抜きで勝てそうな相手だろうと戦闘ではなにが起こる分からない、特に十中八九勝てるなどという勝率9割 “程度” の状況で命懸けの戦いを挑むなど正気の沙汰ではない。

 

実戦ならば、自分の命が掛かっているなら、ましてや街の多くの住民の命が掛かっているならば、ありとあらゆる手を使い、敵を罠に嵌め確実に始末するのが大切なのだ。

 

勇真は千里眼を解除すると大きな欠伸をした。

 

時刻は朝の3時。良い子も悪い子も寝るべき時間である。ゆえに勇真はシャワーを浴びて寝た。

 

 

こうして、コカビエルの計画はあっさりと、彼の命と共に崩れ去ったのだった。

 

 

 

 

 




本当に命が掛かってたら勝率8割の勝負なんて受けませんよね、だって10回やったら2回は殺される訳ですし。


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4話




勇者さんのD×D4

 

 

「それで酷いのよ、勇真君たら『僕は高橋です』なんて嘘ついて私を騙したのよ! イッセーくんもそう思うでしょう!」

 

「うん、そうだね」

 

イッセーはもう10回は聞いたイリナの愚痴に棒読みで答えた。おかげで俺もイリナに殺されかけたしねと内心で付け足して。

 

ファミレス前で勇真にイリナ達を押し付けられて一週間が経過していた。

 

まあ、押し付けられたと言っても元々、イッセーは彼女達にエクスカリバーの回収、破壊の協力を打診する為に探していたので結果オーライ、それに対してイッセーが勇真に思うところはない。

 

だが、中学以来久しぶりの再会したにも関わらず手を挙げるだけで声も掛けずに消えるほな如何なものか?

 

その事で勇真に怒りを覚えたイッセーだが、今は気にしていられない。今はエクスカリバー搜索に集中すべきなのだ。

 

「で、今日はどうする?」

 

本日四品目のセットメニューを平らげながらゼノヴィアが言った。

 

相変わらずの食べっぷりである。

 

金の事など全く考えていない、悪魔の金だから別にいい、といったある種開き直った考えがゼノヴィアとイリナにはあるのかもしれない。

 

「相変わらず、凄い食べっぷりだなぁ」

 

財布の中を覗きながら震える声で匙さじが言った。

 

そう、ここのファミレスでゼノヴィア、イリナは金を払わない。何故なら無一文だから、故に仕方なくイリナとゼノヴィアの為にイッセー、匙は毎日ファミレスを奢っているのだ(小猫は別、女の子の後輩に出させるなんて男じゃない)

 

ちなみに菓子パン等では力が出ないらしい。迷惑な話である。

 

「……兵藤、金大丈夫か?」

 

匙がボソリとイッセーに耳打ちする。匙の顔が心なしか青いのも無理からぬ事だ。

 

イリナとゼノヴィアは毎日一食で過ごしている、そしてファミレスのメニューが気に入ったのか、イッセー、匙に奢られる際、滅茶苦茶食べる、もう、フードファイターか? と言ったくらい食べる。既に、この一週間でイッセーと匙が奢った食事代は5万を超える、既にバイトもしてない、特に家が裕福でもない学生には少々厳しい額になってる。

 

「大丈夫だ。毎年のお年玉を将来ハーレムを作る為に貯めていた俺に隙はない!」

 

キリッ、という効果音がつきそうな顔でイッセーは言った。それを聞き、匙は安心と呆れを混ぜた溜息を吐き出す。

 

「はぁ……そうか、良かった。悪いがもう、俺は今日で限界だ、後はお前のしょうもない貯金が頼りだ」

 

「しょうもなくねぇよ! 将来を考え、コツコツと、そうコツコツと貯めてきハーレム貯金なんだぞ!」

 

「イッセー先輩、五月蝿いです」

 

立ち上がり、どんな気持ちでこの貯金に手をつけたか! と力説しようとしたイッセーを小猫が冷静に鳩尾に拳を叩き込む事で黙らせた。

 

小猫は腹を押さえて悶絶するイッセーを尻目に更に口を開いた。

 

「それにしても、コカビエルに動きがないのが気になります」

 

「確かに妙だ、コカビエルはともかくフリード・セルゼンを見かけないのはおかしい、伝え聞く奴の性格なら毎日神父狩りをしていてもおかしくないはずだ、なのにこうも出くわさないのはどういう事だ?」

 

ゼノヴィアは何かを考えるように顔を俯かせる。

 

「たまたま、見つけられないとかか? 地方都市っても駒王市は結構広いし」

 

「それはないと思う」

 

匙の言葉をイリナが否定した。

 

「この街に入ってるエクソシストは私達だけじゃないの、他にも数十人、密かに街を探索してるわ」

 

「そ、そんなにエクソシスト来てるのか!?」

 

うわぁぁ、怖えぇ! と匙が呻く。悪魔からしたら自分の街を夜な夜な数十人の殺人鬼が徘徊してるに等しい状況だ、そりゃ怖い。

 

「安心して、私とゼノヴィア以外はエクソシストと言っても補助専門、戦闘力は低いわ、で、もしフリードが神父狩りを続けていたら仲間にもっと犠牲が出ているはずよ」

 

「そうか……って、数十人も居たら俺たちが協力してるのが教会にバレてるんじゃ!?」

 

「ああ、だから本来、君達と私達が居るのはかなり不味いんだ、神父の格好をさせて居るのも上に余計な報告をされない為のカモフラージュという為でもある、まあ、これでも私達は聖剣使いだ。悪魔と協力しているのがバレても、任務が終わり次第関係を断てば上もとやかく言うまい」

 

「……どう関係を絶つ気ですかねぇ」

 

やけに鋭い視線のゼノヴィアに寒気を感じつつ、悶絶から復活したイッセーは本題へと話を戻した。

 

「で、今日はどうするこの辺は大体探し終わったよな? 少し遠出するか?」

 

「でも、祐斗先輩がフリードと遭遇したのはこの辺です」

 

「確かに、神父狩りをしてないにしてもアジトはこの辺にあって魔法かなんかで隠されてるかもしれないよな」

 

「そうねぇ……ん?」

 

どうすかなぁ、と悩んでいたその時、イリナの携帯に電話がかかって来た。

 

「 あ、ごめん、丁度言ってた仲間のエクソシストから連絡が来たわ、ちょっと外すわね」

 

続けててね、そう言って、イリナは席を立つ。

 

「おう……でも、どうすっかなぁ、そろそろ木場がかなりヤバイ、学校は来てないし、部室に顔を出しもしない。今もきっと一人でエクスカリバーを探し回ってるぞ」

 

「しかたないだろ、あんなキツい過去があったら」

 

「……祐斗先輩が心配です。おそらくここ数日まともに寝ていないです」

 

「だよなぁ〜昨日会ったらクマとか出来てたし、でもあの様子だと無理するなとか言っても絶対に聞かないぞ」

 

ああでもない、こうでもないと3人が話し合っていると、何かしらの連絡を受けたのか、携帯を凝視し、しばらく静観していたゼノヴィアが聖剣捜索とは関係ない事で口を開いた。

 

「……アーシア・アルジェントの時も思ったが君達は仲間思いなのだな」

 

「いきなり、なんだよ」

 

一週間前、部室でゼノヴィアがアーシアを貶したことを思い出したのか、イッセーの口調が若干荒くなる。

 

「正直、全ての悪魔はもっと自分本位で仲間の事など考えない欲望に忠実な輩だと思っていた、いや、君は性欲に忠実だがね」

 

「一言余計だ!……エロに忠実なのは否定しないし出来ないけど」

 

「ふっ、だが、君達はそうではない、転生悪魔だからかも知れないが、私としては他の悪魔よりはずっと好ましかったよ」

 

そう言ってゼノヴィアもイリナ同様席を立った。

 

「何処に行くんだ?」

 

「帰還命令が出た、本国に帰る」

 

「「はぁ!?」」

 

イッセーと匙が驚愕の声を上げる、小猫も口を半開きにして唖然としている。

 

「どういう事だ? 説明してくれッ!」

 

「コカビエル達のアジトが判明した、ここからそう遠くない場所に魔術的な方法で隠されていたらしい…….そして、そこでコカビエルは何者かに殺されていた。アジトにはフリードもバルパーも居らず、そしてエクスカリバーも残されていなかったとの事だ」

 

「……どうなってんだよ」

 

「知らん、ただ、コカビエルという目印を失いエクスカリバーの所在が完全に分からなくなった以上、任務は失敗だ。それ以上の事は今は分からない」

 

「そんな、じゃあ、木場はどうするんだ!?」

 

「木場祐斗には兵藤一誠、君の口から伝えてくれ、コカビエル達が持つエクスカリバーが無くなった以上、彼の剣の矛先が私とイリナに向かいかねない」

 

短い間とはいえ共に協力した仲だ、斬り捨てるのはいささか心苦しい、そう言ってゼノヴィアは踵を返し出口へと足を進めた。

 

「ではな兵藤一誠、悪魔と協力、なかなか出来ない体験だったよ」

 

最後にそれだけ言うと彼女は完全にファミレスを出て行ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

実に平和である。

 

コカビエルを暗殺してから二週間が経過していた。勇真は家でのんびりと、家事を手伝う以外はゲームをしたり漫画を読んだり、趣味の魔法の研究をしながらいつも通り自堕落な生活を送っていた。

 

コカビエルを暗殺した当初、ルミネアに経緯を説明し、もう自由に外を歩き回っても大丈夫だと伝えたところ、酷く怯えた目で見られた。

 

しかし、その視線も5日も経てば薄れ、一週間後には、怯えてしまい申し訳ありませんと、律儀に勇真に謝ってきた。

 

そもそも、ルミネアに取ってコカビエルとは恐怖の象徴であった。

 

かつて教会のエクソシストだったルミネアは堕天使討伐の任務でたまたま居合わせたコカビエルに敗北、そして半殺しにされ恐怖のあまり命乞いをした事が堕天使側に寝返ってしまう結果となったそうだ。

 

そして、その時の事が原因でコカビエルだけではなく自分より強い力を持つ者を必要以上に恐れる様になってしまったらしい。

 

だから、コカビエルを殺した勇真を恐れてしまった様だ。

 

無理もない話である。詳しくルミネアは説明しなかったが、フリードとバルパー、そしてコカビエルの会話を魔法で録音、盗み聴聞いていた勇真は彼女の事情を説明された以上に知っていた。

 

彼女は命乞いの際に “なんでもしたし、なんでもさせられた” 強者に蹂躙される恐怖を体の芯まで味合わされたのだ、心が壊れてないだけマシである。

 

よって当然、勇真はルミネアの謝罪を受け入れたし、謝る必要もないと言い切った。

 

 

で、前記の通り今は平和なのだが、一つだけ問題が発生していた。

 

ーーそれも重要な問題が。

 

 

「……寿命、か」

 

そう、ルミネアの寿命である。初日にルミネアを治療した時点には分かっていた事だが彼女の寿命は長くない。

 

捨て子で身寄りのなかった彼女はエクソシスト養成機関で戦闘力が伸びる様に非人道的な人体改造を施されている。

 

それにより、潜在能力の解放、怪我の治癒力上昇、病気や毒等に対する強い耐性などを得て劇的に戦闘力がアップしているのだ。

 

しかし、当然の事、殆どの上手い話には裏がある。戦闘力上昇の代償に髪が白髪となり、寿命の約半分が削られ、怪我をすれば常人の数倍の速さで治る代わりにまた寿命が大幅に減る。

 

そしてコカビエルの元で酷い待遇を受け、更に最近はバルパーの無理な実験により更に大幅に寿命が減少、おそらくルミネアが生きていられるのはあと数年、それは勇真の魔法でも覆せない事だった。

 

勇真の回復、再生魔法の実力は高い、単純な外傷に対してなら殆ど万能と言っても良し、時間を掛ければ手足の欠損すら直すことが可能だ。

 

しかし、だからと言って既に無い寿命を延ばす術を彼は持っていなかった。

 

今のルミネアを救うにはそれこそ、記憶と魂を取り出し保管して身体丸ごと取り替えるか、あるいは伝説上に存在する寿命を延ばす効果があるアイテムを使用するか、はたまた悪魔の駒イービル・ピースなどで人間より高位で寿命が長い種族に転生してしまうくらいしか方法がなかった。

 

はっきり言って前二つは絶望的である。

 

一つ目は生命に関する権能を持った神の力が必要なレベル、勇真の寿命があと数百年あったとして、死ぬ迄魔法研究に没頭してようやく届くかな? といった奇跡の業である、当然間に合わないし却下。

 

二つ目は世界各地に似た様なアイテムの話が残っているが実在するものは驚く程少なく、本物を探していては数十年は掛かるだろう。

 

更に確実に存在しているモノは闘神クラスの実力者が守っている、流石に勇真も闘神レベルが相手では小細工を幾ら使っても勝ち目がない。いや、手段を選ばなければ勝てずともモノをゲットする方法がないではないがゲットした後に神話体系まるまる一つを敵に回しかねないので却下。

 

ならば残るは三つ目だけだ、これも難易度が高い、だが、これは前二つよりはかなりマシだ、駒王市には二人の上級悪魔が存在している、言うまでもなくリアス・グレモリーとソーナ・シトリーだ。彼女達と交渉し、ルミネアを眷属に加えてもらう、これが最も簡単に寿命の問題を解決する方法だ。

 

とは言え、眷属悪魔は狭き門だ。なりたい者は人外を含めて山のように居る、倍率は相当高い。

 

しかも例え眷属にしてくれたとしても問題はある。これをすると当然ルミネアは眷属悪魔になってしまう、種族が変わるのは抵抗があるだろうし、主の命令を聞かなければならなくなる、また、リアスとソーナは人間から見てかなり当たりの主であるが、万が一、眷属トレードなどされればルミネアがコカビエルの様な主のモノになりかねない。そして逃げ出せば指名手配され最終的に殺される。

 

もう一つ、いや、二つ悪魔の駒なら選択肢がないではない。適当な上級悪魔、例えばソーナから悪魔の駒を強奪し、王の情報を魔法で書き換え、擬似的に勇真を王に据えて勇真が悪魔の駒を使う、不可能ではないし、主が勇真なので勇真がトチ狂わなければ問題ない。

 

もう一つは勇真が誰か、例えばリアスの眷属となり全力で出世を目指し、ルミネアの寿命が尽きる前に上級悪魔となり悪魔の駒を政府から貰いルミネアに使う。これがおそらく一番安全ではあるが一万年という長命種族における出世のスピードは人間の社会のそれとは比べものにならない程遅い。

 

下級悪魔からたった数年で上級悪魔になるとか、勇真がどんなに優秀でも無茶である、飛び級に飛び級を重ねた三歳児が大学を卒業、そのまま起業し成功するくらい無茶で現実味がないものである。

 

まあ、運悪く悪魔社全体に被害が及ぶような大事件が複数起り、その解決で目覚ましい活躍をしたとかでもすれば分からないが。

 

ならばどうする?

 

 

「やっぱり、悪魔の駒を奪うか? 上手く行けばバレないし、最悪指名手配されても協力すれば逃げられなくはない……いや、それどころかルミネアを悪魔にしたら一緒にセラビニアに逃げれば問題ない? いやいや、あそこ文化水準低過ぎだし、今頃、脅威ミルたんが去ってまた種族間戦争でもしてるだろうし、行くのは止めよう」

 

勇真はローリスク、ハイリターンな方法がないものかとあれこれ候補を考えて行くが結局、まともそうなのはルミネア自身が良い上級悪魔の眷属になる事だった。

 

まあ、なんにしても、勇真だけでは決められない。結局選択するのはルミネアで、勇真に出来ることは手助けだけなのだから。

 

「ああ、この頃、悩んでばっかだ。あれ、俺ってもっとグウタラキャラだったよね? 何も考えずにボーとしていたいのに、どうしてこうなった?」

 

どう考えても後先考えずにルミネアを拾ったからである、とは言え勇真は後悔していない。彼はのんびり一人でゲームでもしながらゴロゴロしているのが何よりも好きだが、誰かと居るのも悪くない。

 

ルミネアは家族が居なくなった勇真にとってもう新しい家族なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




祐斗君は犠牲となったのだ、古くから続くオリジナル展開、その犠牲になぁ。


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5話

勇者さんのD×D5

 

 

もしもの話だ。病気か何かで家族が余命数年となってしまったら、それを本人に伝える方が良いのだろうか?

 

この選択は人によるだろう、家族の性格にもよるだろう。

 

だが、なんにしても大きな選択だ。場合によっては生きる気力を失ってしまうかもしれない。あるいは家族から罵倒される可能性もある。

 

 

で、そんなネガティヴな事ばかり考えていた勇真はルミネアに寿命の件を切り出せなくなってしまったのだ……ヘタレである。

 

 

「……はぁ」

 

「勇真さん、どうかしましたか?」

 

溜息を吐いた勇真を心配そうに、そして私、何かマズイことをしてしまいましたか? と気落ちした様にルミネアが聞いてきた。

 

「ああ、大丈夫、ちょっと考え事をね」

 

「心配な事でもあるんですか? でしたら私に言って下さい、私なんかじゃ、力になれないかもしれませんが出来る事なら何でもします!」

 

「うん、ありがとう、でも本当に大したことじゃないから」

 

「そう、ですか」

 

「…………」

 

「…………」

 

会話が続かない。場に気不味い沈黙が流れる、二人とも自分から会話を進めるタイプでないので一度切れると中々会話が再開しない。故に勇真家は偶にこうなる。

 

で、こういう時、率先して、頑張って場を和ませようとするのは勇真ではなくルミネアの方だった。

 

「と、ところで前から聞きたかったのですが、勇真さんは若いのに凄い魔法使いですよね、一体誰に魔法を習ったんですか?」

 

「……魔法、魔法かぁ、実はコレ習った訳じゃないんだ?」

 

「え、まさか、独学ですか!?」

 

「いや、独学というか、聖剣を引き抜いたら勝手に知識と能力が頭に入った」

 

「え、聖剣をですか?……なるほど、エクスカリバーを回収してたのはそれでですか、でも魔法行使能力を与える聖剣って珍しいですね」

 

「ああ、それはそうだね……ルミネアは冥界とかとは別に異世界が有るって言われたら信じる?」

 

「勇真さんが有ると言うなら」

 

そう断言しキラキラとした目でルミネアは勇真を見上げた。

 

勇真はルミネアの背に揺れる尻尾を幻視した。少し……いや、かなりこの頃のルミネアは勇真を信じ切っていた、もう、勇真がする事は殆ど全部正しいとか思っているくらい信じ切っていた。

 

嬉しい事だが、それを勇真はマズイと思う。

 

その気持ちは分からなくもない。長い間続いた辛い境遇から救い上げてくれた相手を信じたくなるのは分かる、だが、異世界なんて荒唐無稽の話を一発で信じるのは如何なものか?

 

いつかこの子、詐欺に合うんじゃなかろうか?

 

「ルミネア、少しは俺を疑おうね」

 

「え、じゃあ、嘘なんですか?」

 

「……いや、まあ、本当だけど」

 

心なしか、ルミネアの目の輝きが増した気がする。

 

「……まあ、いいや。で、話を戻すと魔法は異世界で聖剣を抜いたら習得してた。というか俺、いきなり異世界に召喚されたんだよね勇者として」

 

「そうなんですか!?」

 

凄いです! 流石勇真さん、とルミネアは尊敬の眼差しを勇真に送った。

 

「ええーこれも信じるの? ルミネア、俺も嘘つくからね、人間は誰でも嘘つくからね、信じる者は救われるとか嘘だからね。掬われるのは足だからね」

 

「え、じゃあ嘘なんですか」

 

「……いや、まあ、本当だけど」

 

ルミネアの目の輝きが増した……展開がループしている。

 

「もう、いいや、それで世界救ってくれって勇者として召喚された訳だけど、それまで全くこれっぽっちも俺は戦闘とかした事なかったんだよ、そんな奴を勇者として呼んで役に立つと思う?」

 

「何の役にも立ちません」

 

流石は元エクソシスト、戦闘関連はシビアで、勇真さんだから大丈夫です! とか思わないらしい。勇真は少し安心した。

 

「そう役立たずな訳だよ、ならなんで俺なんか召喚したかというと、条件指定して召喚したら来たのが俺だったらしい、その条件が勇者の剣を扱える事」

 

「そうだったんですか、でも、その割には勇真さんって剣を使うイメージないですね」

 

「日常生活に剣とか不要だからね、技量も大したことは無いよ、それは分かるかもしれないけど」

 

「はい、失礼ですが素人ではない程度のレベルに見えます」

 

「うん、その通り。魔法で身体能力強化をすれば別だけど、魔法無しの素の状態じゃルミネアにも絶対勝てないだろうね、ただ召喚されて初めて知ったけど俺は神器持でね」

 

そう言って勇真は左手を持ち上げる、同時に彼の手首に光が集まり黄金のルーン文字のようなモノが刻まれた腕輪が出現した。

 

「【無窮の担い手】って言うらしい。効果は身体能力上昇とあらゆる武器の使い手に成れる事、発動中は勝手に武器の使い方が頭に浮かぶし、技量も上がる」

 

「あらゆる武器……とは、つまり聖剣、魔剣、神話や伝説の武器でもですか?」

 

珍しく信じられないといった表情でルミネアは言った。

 

「そう、まあ、まだ神剣とか神槍は試してないけど異世界の聖剣は使えたし、この世界でも魔帝剣グラムとかは使えた」

 

「え? グラムって魔剣最強と言われる、あのグラムですか!? じゃあ、勇真さんはグラムの使い手なんですか!? ……いや、でもアレって教会のエクソシストに使い手が居たはずですが?」

 

「教会の人だったの? 背中から腕生やす、確か白髪でジークとか名乗ってた奴なんだけど、もしかして知り合い?」

 

「……はい、一応、同じ戦士養成機関出身の先輩です」

 

「ああー……ちょっと悪い事したかな? 1年くらい前に傷心旅行にヨーロッパに行ったんだけど、なんか、いきなり『一緒に英雄にならないかい?』とか言って来てね、胡散臭くて断ったらいきなり襲い掛かって来たんだよ。やたら強かったけどなんとか勝ってね、あ、殺してはいないよ、だけど危ないから二度と俺を襲えないように呪いを掛けた、ついでに賠償も兼ねて魔剣は没収したんだよ」

 

「じゃあ、今のグラムは勇真さんが使い手なんですか?」

 

「いや、グラムは売った」

 

「え、なんでですか!?……せっかく最強の魔剣の使い手に成れたのに勿体無くないじゃないですか」

 

「いや、確かに思ったよ、凄い性能だったし。でも、やっぱり要らない。アレ持ち主の寿命を吸うんだよ? ジークから他にも何本か貰ったけど魔剣は全部デフォルトでライフドレイン効果が着いててね、使うだけで寿命が減るとか最悪、だからコレクターに売った。まあ、おかげで一生のんびり暮らせるくらいお金が出来たんだけど」

 

俺は聖剣の方が好きだし、それに魔法だけで充分、そもそも俺、必要に迫られなきゃ戦う気ないし、ルミネアは違う? そう付け足して勇真は笑った。

 

「……そうですね、分かってはいるんです。でも、私は弱いから力が減るって事が凄く怖い、今は違うのに、戦う必要なんてないのに」

 

そう、俯きながらルミネアは答える、トラウマで自分より強い者全般を怖がる彼女に取って力を手放すという事は恐い者を増やす事に他ならない。

 

だから、今は戦う必要がなくても、誰かに襲われる心配がなくても自分の力は減らしたくない。そんな思いが勇真には感じられた。

 

「まだ、エクソシストを止めて二カ月も経ってないからね、仕方ないよ。俺もルミネアの状況だったら切り札の為に絶対取っとくし、まあ、今はのんびり暮らそう、危なくなったら……まあ、守るから」

 

そう、最後だけ小声で若干恥ずかしそうに勇真は言った。それを聞き俯いていたルミネアは顔を上げると、嬉しそうに微笑んだ。

 

「……はい、よろしくお願いします」

 

近年、戦うヒロインが数多く存在するが、やっぱりヒロインは守る者だな、と勇真は思った。

 

 

 

 

 

「会談ですか?」

イリナ、ゼノヴィアが駒王市から去ってから一週間が過ぎた。リアス眷属一同の説得もありようやく木場が学校に復帰、部活にもしっかり顔を出すようになった。

 

その為、リアスは眷属一同を集め、政府から、正確には兄の魔王サーゼクスから伝えられた重要な情報を眷属に伝えたのだ。

 

「そう、今回のことで堕天使の総督アザゼルから提案されたらしいわ、なんでも話したい事があるみたい、その時にコカビエルのエクスカリバー強奪について謝罪するかもなんて言われているけど、あのアザゼルが謝るかしら」

 

紅髮を揺らし、忌々しそうにリアスは言った。

 

「堕天使ですもの、信用できませんわ」

 

リアスの疑問に朱乃も珍しくどこか吐き捨てるように答える。

 

「でも、結局、エクスカリバーはどうなったんでしょう」

 

落ち着いたとはいえ、やはり気になるのか木場が真っ先にエクスカリバーの所在を確認する。

 

「さあ、真相は堕天使側もまだ掴めていないらしいわ、でも、注意してね、堕天使幹部がこの街で殺されたのは事実、もしかしたら私達が知らないだけで相当な実力者がこの街に潜伏しているかも知れないわ」

「そう言えば堕天使幹部ってどのくらい強いんですか? 俺、イマイチ想像つかなくて」

 

「イッセーくん、堕天使幹部は最上級悪魔と同等レベル、戦闘力は低く見積もってもライザー氏の十倍以上と考えるのが妥当だよ」

 

「焼き鳥野郎の十倍ッ!? そんなのがご近所にいるかも知れないのかよ!?」

 

「でも、何の為なんでしょう」

 

「エクスカリバーがなくなっていたらしいし、聖剣が欲しかったとかか?」

 

「考えられなくはないけど、もし、コカビエルを倒したのが僕みたいな剣士だったら既に愛剣を持っている筈だし、部長や朱乃さんみたいな魔法、魔力メインの使い手ならそもそもエクスカリバーは要らない、使い手がいない状態で教会の保管庫から奪うなら分かるけど、堕天使幹部と戦うリスクを犯してまで欲しがるとは思えない、僕としては復讐か何かでコカビエルを殺したかっただけで、エクスカリバーはあったからついでに奪ったとかだと思う」

 

木場が嫌そうに言う。何が理由にせよ復讐の邪魔された形になるのだから当然である。

 

「なんにしても用心が必要よ、出来るだけ私達はみんなで行動すべきだわ……で、それについて考えがあるのだけど」

 

 

そう前置きして、リアスは本題である眷属全員でイッセーの家に下宿するという話を切り出すのだった。

 

 

 

 

 

ゴシゴシと勇真は目を擦った。

 

「わぁ、大きなお家、日本にもこんなお家があるんですね」

 

「……そうだね」

 

ルミネアが驚いたような声を上げる、しかし、それ以上に勇真は驚いていた。

 

お小遣いをあげているのにそれに一向に手をつけないルミネアに業を煮やした勇真は彼女を連れ出し、近所の服屋に向かった。

 

服すら勇真が緊急に買った物(定員に生暖かい目で彼女さんにですか? と言われ死にたくなった)しか着ていないのだ。

 

別に勇真だって服を多く持っているわけではない、しかし、室内用のダボダボしたジャージ2着と外出用の、全身コーディネートの見本として置いていた微妙にサイズが大きい物が1セットのみだ、流石にこれは勿体無い。

 

との事で、勇真はルミネアの好みと店員のアドバイスの本、数万円分の服をプレゼントしたのだ。

 

カモにされた気がするが、ルミネアもとても喜んでいたので良しとする。

 

で、問題はここから、帰り道、スーパーに寄ろうとした際にイッセーの家の前を通った勇真が見たものは周りの一軒家の三倍……いや、奥行きも考えて五倍に増築? されたイッセーの家だったのだ。

 

それはまさに豪邸、日照権とか大丈夫か? と疑いたくなる程の他と隔絶した大豪邸だった。

 

勇真は再び目元を擦ってから表札を見るがやっぱり『兵藤』と書かれている、見間違いではないらしい。

 

「ルミネア、ここがこの街を仕切る悪魔の住居だから、注意してね。まあ、もう知ってるかも知れないけど」

 

「え? あ、上手く隠蔽されてますが、確かに悪魔の気配が僅かに」

 

ルミネアが若干顔色を悪くし、勇真の側による。

 

「ああ、大丈夫だよ。まだ正午過ぎだからね、この時間は悪魔達は学校に行ってる、だから鉢合わせることは無いよ。それに俺にもルミネアにもかなり強い認識阻害の魔法を使ってるから」

 

「そうだったんですか? すいません……私、全然気が付きませんでした」

 

「術者以外は気づけない魔法だからね、ルミネアに気づかれたらそれは失敗だよ、でも注意してね、高位の悪魔や魔法使いには違和感を抱かれる恐れがあるから、この家の近くを通るのは9時〜15時の間だけか、俺と一緒の時の方が良い」

 

そう、勇真が注意を促していると、突然、その悪魔の住居の玄関が開いた。驚いてルミネアが勇真の背後に隠れる。

 

「あら? もしかして勇真君?」

 

出てきたのはイッセーの母だった。

 

「あ、お久しぶりです。おばさん」

 

「そうねぇ、一年ぶりくらいかしら? 元気にしてた」

 

「はい、おかげさまで」

 

「そう、良かったわ。後ろの子は……あらやだ、もしかして彼女さん?」

 

そう言ってイッセーの母は微笑ましそうに勇真とルミネアを見た。勇真は自分の赤くなるのを自覚した。

 

「……まあ、そんな感じです。ところでリフォームされたんですね」

 

見え透いた話題転換である。

 

「そうなのよ! つい先日、リアスさんのお父さん建築関係のお仕事をされていてね、タダでリフォームしてくださったのよ!……あ、リアスさんていうのはウチに下宿している留学生のすっごい美人の女の子ね、なんとその子、イッセーに気があるみたいなのよ!」

 

「おお、それはおめでとうごさいます」

 

「そうなのよ、おめでたいのよ、それでウチには最初留学生のアーシアちゃんも……」

 

 

 

イッセー母の話は長くなった。もう一人の留学生アーシアの話に続き、新たに下宿しに来た、姫島朱乃、塔城小猫、木場祐斗の話、更にはイッセーの近況報告まで語ってきた。

 

ついには立ち話もなんだからと家に招待されたのだが、それは予定があるのでと断り(意味深な笑顔をされた)買い物もせずに帰宅。

 

その後、暫くの間、ずっとルミネアが顔を赤くしてチラチラと勇真を見上げるのが印象的なとある日常の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作と違い、眷属全員でイッセーの家に下宿する事になりました。

ギャスパー? 封印中ですので部室のダンボールで寝てますよ?


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6話

勇者さんD×D6

 

 

 

「明日から旅行に行こうか、ルミネアはどこか行きたい所はある?」

 

季節は夏になろうかという今日、ルミネアの前で幾つもの魔法陣を操る勇真が急にそんな事を言い出した。

 

「旅行ですか? すみません。私、旅行は初めてで、任務で遠出する事は良くあったんですが……でも、勇真さんが行きたい場所なら私も行ってみたいです」

 

きっと素晴らしい所です。そう、笑顔で言うルミネア。信頼という名のハードル上げに勇真の顔が引き攣った。

 

「あ〜〜〜………じゃあ、京都辺りに行こうかな」

 

「あ、知ってます。南禅寺とか天龍寺がある地方ですよね?」

 

「……うん、そうそう、確かそこら辺、まあ、この街を暫くの間離れられれば何処でも良いんだけどね」

 

正直、京都の寺の名前なんて金閣寺と銀閣寺、あとは清水寺くらいしか覚えてない、なので勇真は適当に濁し話を続けた。

「なにかあったんですか?」

 

「うん、実は天使、堕天使、悪魔のトップ会談が行われるらしい、最初は冥界の中立地帯で行われるはずが、どうも堕天使側から打診があったらしくてね、結果、この街であと一週間足らずで行われるとか」

 

「三大勢力のトップ会談ですか!? ……それって大戦停戦から初めてのことなんじゃ?」

 

「俺はそういう知識があんまりないからはっきり言えないけど多分、そうなんじゃないかな? 少なくとも頻繁に行われるようなものでもないでしょ。で、問題はそんな悪魔、天使、堕天使のトップに来られると色々と面倒くさい。流石にトップとなると隠蔽仕切れないし部分も出てくるし、鉢合わせてイチャモンつけられたら嫌だからね」

 

まあ、イチャモンもなにも堕天使幹部を殺害しエクスカリバーを拝借したのは事実なのだが、しかし、あれはコカビエルが悪い、別に三大勢力が戦争をするのは一向に構わないが関係ない者を巻き込むのがいけないのだ。

 

よって元凶のコカビエルには退場してもらい、使い手も決まってないのに天界で保管せず、あっさり敵勢力盗まれる様なずさんな管理体制の聖剣を3本貰うくらい別によかろう、と勇真は思っていた。

 

「と、言うことで、急で悪いけど明日の朝には出かけるから準備してね」

 

「はい! 分かりました」

 

元気よく言うルミネアに笑顔を返すと、勇真は密かにスマホを取り出し『京都観光』で検索した。

 

 

旅行未経験の外人さんより京都の知識がないのはマズイですから。

 

 

 

京都まではおおよそ5時間の旅だった。

 

既に堕天使のトップが密かに駒王市に入っている事を感知した勇真は街に掛けていた盗聴術式と自宅の結界を解除、あえて魔法を使わずに文明の利器で京都へ行くことにした。

 

タクシーを呼び駒王駅に、そこから電車を乗り継ぎ東京駅へ、そこで駅弁を買い新幹線で京都へと向かった。新幹線初乗りのルミネアが窓から見える景色や普段食べない弁当を食べて、はしゃいでいた。

 

まあ、はしゃいでいたと言っても周りに迷惑がかからない程度で、具体的にはちょっと声が高くなり口調が若干早くなるくらいである。しかし、普段殆どはしゃがないで珍しく印象的に残った。

 

 

しかし、最も勇真の印象的に残ったのは隣に座る若いスーツ姿の社会人で終始ルミネアを微笑ましそうな目で見ては勇真を射殺しそうな目で見ていた事だ。途中から『リアジュウシネフノウニナレフラレテシマエ』という呪文を唱え始めたのでレジストしておいた。なかなか強力な呪詛だった。

 

で、列車の移動は順調だったのだが問題が全くなかったかと言えばそうでもない、リアジュウシネの呪いを掛けられたのは言うに及ばず、急だった為、新幹線の予約を取らずに行くことにしたから自由席を探すのが大変だった事、あとは時間潰しに二人でトランプをしたのだがあまり盛り上がらなかった事だ。

 

正確にはルミネアは楽しんでいたのだが、勇真はあまりトランプを楽しめなかった。隣のサラリーマンのせいもあるが、やはりトランプはそれなりの人数でやった方が楽しい。

 

なので勇真は真剣に次の手を考えるルミネアを鑑賞しながら楽しんでいた。

 

毎日見ているのだが、ルミネアはやはり美少女である。やや小柄で若干の幼さを残した顔立ちは可愛らしく庇護欲をそそられる。翡翠色の瞳は宝石の様でコンプレックだと言う長い白髪ともマッチしていた。

 

美人は三日で飽きる、ブスは三日で慣れる。という言葉があるが、考えた人はよほどのブス専か、目の肥えた貴人だったのだろう。

 

少なくとも三日では飽きない、と勇真は思った。

 

京都に着いた二人は予約していた宿に荷物を置き、軽く休憩してから観光に向かった。

 

 

「清水寺は法相宗系の寺院で、広隆寺、鞍馬寺とともに、平安京遷都以前からの歴史をもつ、京都では数少ない寺院の1つなんだ。また、石山寺、長谷寺などと並び、日本でも有数の観音霊場で金閣寺、嵐山などと並ぶ京都市内でも有数の観光地で、季節を問わず多くの参詣者が訪れる。あと、修学旅行で多くの学生が訪れるね、古都京都の文化遺産として世界遺産に登録されているし(wikipedia参照)」

 

「すごい……勇真さん詳しいんですね!」

 

「ま、まあ、日本人だからね、これくらい当然だよ」

 

ルミネアのキラキラした尊敬の眼差しを勇真は冷や汗混じりに謙遜した。

 

昨日京都の名所の説明を一夜漬けで覚えようとした勇真だったが、最初の一時間で、寺の由来なんいちいち覚えきれるかッ! と匙を投げた。

 

結果、それぞれの観光名所をwikipediaで検索、そしてその内容を若干要約改変した文章を自身以外読めない様に認識阻害を掛けた上、魔法使用感知対策を取って空中に投影して読み上げるという無駄に洗練された無駄のない無駄な魔法を使い勇真はルミネアに見栄を張ったのだ。

 

この魔法に加え自身の強大な魔法力を一般人並みのソレに見せる魔法、不意打ち対策の対物、対魔法、対光力障壁を魔法使用感知対策を取った上で自身とルミネアに常時七重展開しているのだから呆れてしまう。

 

 

 

勇真とルミネアは、清水寺→地主神社→二年坂(一念坂・二寧坂・産寧坂)のコースで京都を観光して回った。

 

魔法使いだから分かるのだが、京都は凄まじい魔都である。勇真は京都の所々に施された呪術に(あとはWikipedia朗読がバレないかと)冷や汗を流した1日だった。

 

京都全域に施された認識阻害により街で普通に妖怪が店員をしている土産屋があったり、喋る傘(妖怪)や下位魔剣並みの強度がある木刀(対魔術式付き)が売られていたりとなかなかに個性的であった。

 

そして、地主神社の『恋占いの石』はガチで、目を瞑って境内の2つの守護石を石から石に辿り着けば想い人には軽いチャーム効果を本人には催淫効果がある呪術が掛けられる事が判明した。

 

『ちょっとやって来ていいですか?』と顔を赤くして言って行った、ルミネアから呪術が送られてきたので間違いない。

 

当たり前だが勇真はレジストしないでおいた。

 

ちなみに一念坂・二寧坂・産寧坂の転ぶと2年以内に死んだり、3年寿命が延びるという話はデマだった。本当だったらルミネアを20回くらい転ばせようと考えていただけに勇真としては残念だった。

 

 

 

「ああ、楽しかったですね」

 

「そうだね、本当にそう思うよ」

 

感慨深い、素晴らしいお寺でした。と京都の街を歩きながら呟くルミネアに勇真も同意した。

 

時間を気にせずのんびりと観光するのは思った以上に楽しかった。

 

正直、最初は、寺なんか見て何が楽しいのか? と思っていただけに良い意味で勇真は期待を裏切られたと言える。

 

もっとも、勇真は、一人で来たからでなく、楽しそうに笑うルミネアに釣られた結果だとも思っていた。

 

もし、一人で来ていても当時の技術の粋を集めた美しい寺院と京都の街並みに感動したかもしれない、しかし、きっと楽しさより寂しさの方が強く感じたと思う。

 

ヨーロッパに行った時が正にそれだった。マチュピチュやサクラダファミリアは神秘的だったり荘厳だったりで感動はしたが、また、一人で行きたいとは思わなかった。

 

しかし、ルミネアとなら再び訪れても良いと思う。

 

 

「……なんだ、そういう事か」

 

「はい? 勇真さん、何か言いましたか?」

 

「いや、なんでもないよ」

 

何てことはない、勇真は京都観光が楽しかったのではなく、ルミネアと出かけるのが楽しかっただけなのだ。

 

それに気づき、勇真は一人静かに苦笑した。

 

 

 

 

1日目の観光を終え、宿に戻った二人は取り敢えず自慢だという広々とした露天風呂(非混浴)に浸かってから部屋でまったりと過ごしていた。

 

部屋は和式でかなりの広さがあり、見晴らしも良く清水寺から程近い。夕食はまだだがこれは期待出来る。

 

これで一泊二食付き5500円なのだからお得である。

 

出る部屋、格安宿、京都で、検索して良かったと勇真は思った。

 

まあ、想定した通り夕食前にちょっとした悪霊が出現したが、ホラー映画は不得意でもリアルホラーは得意な勇真が理由も聞かずに二秒で成仏させたから安心である。

 

 

「明日はどうしましょうか?」

 

夕食を食べ終え、布団に潜りながらルミネアが言った。布団こそ違うが、同じ部屋で近くに寝ている為かその頬は微妙に赤い。

 

「そ、そうだね、ルミネアは何処か行きたい場所はある?」

 

勇真はそんなルミネアの姿に不意を突かれ、ドギマギしながらなんとか答えた。

 

「私は、天龍寺と金閣寺に行ってみたいです」

 

そう遠慮勝ちにルミネアは言った。

 

「そっか、でも銀閣寺はいいの?」

 

「あ、はい……銀閣寺は、その、銀箔が張っていないので」

 

「はは、よくご存知で」

 

「勇真さんは行きたい所はありますか?」

 

「……そうだね〜、八坂神社に行ってみたいかな」

 

瞬時にWikipediaを空中に投影しながら勇真はそう答えた。今日一日で何度Wikipediaに頼った事か。

 

「そうですか……あ、そう言えば京都にはどれくらい滞在するんですか? 時間に余裕がなければ天龍寺は行かなくてもいいです」

 

「そういう遠慮は要らないから、滞在予定は一週間、時間的に大体の観光地は回りきれるし、もし気に入ったなら延長してもいい」

 

「……でも、お金が掛かりませんか?」

 

「大丈夫、言ったでしょ、魔剣を売って一生暮らせるくらいのお金があるって、正直、一人じゃ使い切れないから丁度良いくらいだよ」

 

もっと浪費して良いんだよ、お小遣いにも全然手をつけないし、そう勇真が言うと、ルミネアは布団を目元まで引き上げた。

 

「でも、私は勇真さん返せるモノがありません、お金を返そうにもエクソシストの教育しか受けていない私では働く事も出来ません」

 

「掃除、洗濯、炊事と充分返してくれてるよ、料理の腕なんて見違えるほど上達したしね、あと、ルミネアは自分を下卑し過ぎ」

 

勇真は布団から手を伸ばし、少し躊躇したあとルミネアの頭を優しく撫でた。

 

「本当、君はもっとワガママになりなさい……そうだね、学校に行ってみたら良いんじゃないかな?」

 

「学校、ですか?」

 

「そう、学校に通って、友達を作って、同年代の “普通” を体験したらいい。俺を見れば分かるだろうけど、ルミネアくらいの年代の子供はもっともっと我儘だよ、でも、それはそれだけ自分を出せているって事、ルミネアは自分を押さえすぎ」

 

「私は、勇真さんが我儘には見えないのですが? いつもと優しくて、自分の事よりも私の事を気に掛けてくれますし」

 

「はは、それは気のせい、俺は滅茶苦茶我儘だよ。お金があるから働かないで悠々自適に暮らしてるし、家の事も殆ど全てルミネアに任せてるダメ人間だよ、正直ね、普通に中卒で働いてる人からすれば俺みたいな奴がいたら張り倒したくなるくらい我儘でムカつく生活を送ってるように見えるよ」

 

「……やっぱりそうは見えません」

 

「ルミネアは優しいからね」

 

「…………」

 

「…………」

 

「それでどう、学校に行ってみない? 高校に通ってない俺が言うのもなんだけど、学校はそれなりに楽しいよ。授業は面倒なのが多いけど、友達と過ごす日常ってのは悪くない、きっとルミネアならいっぱい友達が出来るだろうしね」

 

「…………」

 

勇真の問いに、ルミネアは無言で思案する。

 

 

 

そして、彼女は悲しそうな、諦めたような顔で答えを返した。

 

「……行ってみたいです。でも、私は、長く生きられないんです」

 

「…………」

 

「ずっと、言えませんでした。自分でも認めるのが怖くて、こんな事言ったら勇真さんに捨てられるんじゃないかと怖くて」

 

「捨てたりしないよ、逆に俺がルミネア捨てられる可能性はあるけど」

 

「そんなのはありえません。だって勇真さんは私が出会った人の中で一番優しくて頼り甲斐があってカッコイイ人なんですから」

 

「……俺が一番とは、ルミネアは本当に運もいい出会いもなかったんだね」

 

「そんな事はありません! 勇真さんおかげで私は今生きています。勇真さんがあの時、救ってくれたから生きています! こんなに楽しい日々を生きています! 勇真さんと出会えた事は私の何よりの幸運です!」

 

珍しく、本当に珍しくルミネアは叫ぶように自分の気持ちを吐露すると、勇真の胸に顔を埋めた。

 

「でも怖い、今が幸せだから、この生活がもう少しで終わってしまうなんて嫌です、嫌なんです! どうして、なんで私はあと少ししか生きれないんですか!?」

 

「…………」

 

「私は悪い子です、死にたくないから、仲間を殺した堕天使に命乞いするような悪い子です! でも、それがそんなに悪い事なんですか!? 自分の身体を好き勝手に弄られて、死にたくなるくらい恥ずかしい事をさせられて……それでもようやく幸せな日々が送れる様になったのに……好きな人が出来たのに」

 

「…………」

 

「でも、あと数年も生きられないなんて! ああ、主よ! なぜ私をこんなに苦しめるのですか! 私は貴方の為に戦った! 確かに最後は教えに反しました。でも戦ったんです、苦しい訓練に耐えて、それでも命懸けで戦ったんです! なのに! どうして!?」

 

ルミネアの慟哭が悲しく響く、それは普段控えめな、自分を押さえつけるルミネアの心からの叫びだった。

 

それを聞き勇真は後悔する、彼はルミネア自身が残りの寿命の少なさを知らないと思っていた、いや、たとえ知っていても表面上は気にしていない風だったので勇真は解決策を考えてから話そうと判断していた。

 

言われなければ分からない、そう言ってしまえば終わりだが、こんな気持ちを押さえつけて生活させていなんてと、ただ強く彼は後悔した。

 

「ルミネア、質問いい?」

 

勇真は出来るだけ優しくルミネアを抱きしめると、落ち着かせる様に静かな声で言う。

 

「……は、い」

 

「落ち着いて聞いてね。君を救う方法がいくつかある。ひとつは不老不死、あるいは不老長寿の薬を作る、あるいは手に入れる、孫悟空の伝説に登場する『蟠桃』とか、インド神話の『アムリタ』とかだね」

 

「…………」

 

「もう一つは、人間じゃなくなってしまうけど、悪魔の駒で眷属悪魔になる事だね、悪魔の下僕になるのが嫌なら、俺が主になる。俺なら上級悪魔から駒を奪って魔法で擬似的に主人となって使用する事が出来るから」

「…………」

 

「最後の一つが、長命種とのキメラになる事だ。これはあまりオススメできない。下手をすると君の意識が消えてしまう恐れがある」

「…………」

 

「すぐに答えを出さなくてもいい。一生に関わる事だからゆっくり考えて答えを出して」

 

「…………勇真、さんは」

 

ルミネアが勇真の胸から顔を上げ、不安そうに、縋るように、潤んだ瞳で彼を見つめた。

 

「ん?」

 

「勇真さんは、私が人外になっても一緒に居てくれますか? 捨てたりしないですか?」

 

「しないしない。言ったでしょ、俺が捨てられない限り一緒に居るから」

 

「本当ですか?」

 

「嘘じゃないから」

 

「私より可愛くて優しい子が勇真さんに好きです! って告白してもですか?」

 

「ありえないから」

 

「……じゃあ、私を、お嫁さんにしてくれますか?」

 

「ルミネアが俺で良いなら、あ、でも結婚可能な年齢になったらね」

 

「やった! 勇真さんて何歳ですか?」

 

「17歳」

 

「私も15歳だからあと1年……あと1年くらいなら生きれるかな?」

 

「……え? 不老長寿の薬か、悪魔になれば寿命を気にしなくて良いと思うけど?」

 

勇真の問いに、ただでさえ赤かった頬を更に赤く染め、ルミネアは恥ずかしにこう、そうに呟いた。

 

「いえ、結婚は人間の内にしたかったので……あと、子供も」

 

「…………」

 

 

 

 

せっかくの京都観光だが、2日目の観光は中止となった。

 

なんで中止となったかは……言うまでもあるまい。

 

 




サラリーマン「リアジュウシネフノウニナレフラレテシマエェェッッッ!!」


Q.あれ? 未成年の男女が宿に同じ部屋で泊まるの無理じゃない?

A.魔法です。


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7話

戦闘描写が難しい……そして主人公を強くし過ぎた気がする。


 

勇真7

 

勇真は思った。周囲の視線が痛いと。

 

理由は当然、隣のルミネアが原因だった。

 

「どうかしましか勇真さん?」

 

上機嫌に、幸せそうに、勇真の腕に自分の腕を絡めてルミネアは勇真を見上げた。その姿は恐ろしく可愛いのだが、それが周囲の視線を引き寄せる。

 

「いや、なんでもないよ」

 

「ふふ、そうですか」

 

正直、勇真は恥ずかしくてしかたないので、出来れば、とても残念ではあるが街を歩く際はもう少し、そう、せめて手を繋ぐくらいにして欲しい、と思っているのだが、ルミネアがあまりに幸せそうなので言うにに言えない。

 

そして、その状況を放置していればいつの間にか、勇真は嫉妬の視線の嵐に晒されていた。

 

その視線は既に常軌を逸したレベルとなっており、勇真の7重展開した対魔術防壁を素通りし、彼にザクザクと刺さっては精神ダメージを与え続けている。

 

このままでは呪殺されかねない……誰か助けて!

 

そんな風な事を勇真が考えていると、空気を読んだのか、悲しげな目で、残念そうに、名残惜しそうに、ルミネアは勇真の腕を解放した。

 

そして一言。

 

 

「……あの、やっぱり、嫌ですよね」

 

「いや、なにが?」

 

勇真は離れたルミネアの手を自ら握る、それに、ルミネアは、あっと小さな驚きの声を上げ……すぐに嬉しそうに笑うと勇真の腕を抱きしめた。

 

呪の視線が3割り増しになったが、知ったことかと勇真はルミネアを伴って京の街を歩き回った。

 

 

 

 

昨日 “ゴニョゴニョ” した結果、勇真とルミネアの仲は急速に深まった。特に今までは自分を押さえあまり勇真に甘えていなかったルミネアが完全な甘えん坊と化していた。

 

勇真の言うことはちゃんと聞く、しかし、隙あらば、まるで幼子が絶対の信頼を置く父親にくっ付く様に、いつでもどこでも、勇真に腕を絡めたり、抱きついたり、したがるのだ。

 

まあ、離れてと一言言えばゴネることなく離れる(悲しげに)

 

今はダメと言えば素直に聞く(寂しげに)

 

やめてと言えば従う(涙目で)

 

可愛すぎるでしょ。by 勇真

 

そんな訳で、あまり目立ちたくない街中でもつい、勇真はそれらの行動を許してしまっていた訳である。

 

 

 

 

 

それが、いけなかった。

 

 

 

 

勇真の視界に黒い霧が映り込む、ヤバイと判断し、咄嗟にルミネアを抱きしめ転移魔法をしょうとするが時既に遅く、勇真とルミネアは現実世界とは位相の違う結界内へと飲み込まれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、久しぶりだね」

 

背後からの声に、勇真は答えずルミネアを抱いて魔法で数十メートルの高さまで飛翔、同時に展開されるのは多種多様の防御魔法陣、常時展開されていたソレとは明らかに違う、戦略核の直撃すら余裕で防ぐ超高密度多重防壁である。

 

これに加え、魔法で無理のない限界まで身体能力を上げる。

 

更には探索魔法で周囲を確認、ここが外界と隔離された約半径2kmの人工フィールドとの確認まで行う、そこまでしてようやく勇真は声の方に身体を向けた。

 

魔法で強化された視界に映るのは見覚えがある白髪の男、更に二メートルはある大男に、黒髪黒メガネの魔術師の様な男……そして、聖なる槍を担ぎ、学生服の上に漢服を着た男だった。

 

 

「……どちら様ですか?」

 

勇真はルミネアだけにさらなる防御魔法を掛けると、魔法で声を大きくして眼下の四人の男に問いかけた。

 

「はじめまして、俺は曹操、と名乗っているものだ」

 

四人を代表してか、同じく魔法で声を大きくして、槍持の男ーー曹操が勇真を見上げ笑顔で言った。曹操はただ槍を担いでいだけなのにまるで隙がない、勇真は警戒心を高めた。

 

「それで、三国志の曹操さんが俺たちに何か用ですか?」

 

「いや、なに勧誘だよ、たまたま用があって京都に来たのだが、ウチのジークフリートが君を見つけてね、是非勧誘したいと言ってきたのさ」

 

勇真は視線を白髪の男ーージークフリートに向ける。

 

「やあ、改めて言うけど久しぶりだね、僕のことを覚えているかい?」

 

「魔剣使いのジークフリート」

 

「正解、嬉しいね、覚えててくれたとは、嬉しいついでに君の名前を教えてくれるかい?」

 

「高橋です」

 

下手に本名を教えて呪われては堪らない。勇真はナチュラルに嘘の名前を言った。

 

「そうか、よろしく宮藤勇真」

「…………」

 

知ってるなら聞くなよ、そう思い、勇真はジークフリートを睨みつけた。

 

「で、勧誘とはどういう事ですか? 宗教はお断りですよ」

 

「去年、言っただろ? 一緒に英雄になろうって、今日はそのリベンジ、ついでに僕の魔剣達を返してくれると助かるんだけど」

 

「じゃあ、去年と同じ事を言いますね、俺は英雄になんか興味がない、他を渡ってくれ、あと魔剣は売ったから返せません」

 

「……え? 冗談かい?」

 

「そう聞こえますか?」

 

「…………」

 

「へっ! 売られてやんの、まあ、お前が負けんのがわりいんだよ」

 

呆然しているジークフリートを大男が鼻で笑った。

 

「……うるさいよヘラクレス」

 

「お、やるか?」

 

勇真を置いてジークフリートとヘラクレスが険悪な雰囲気を醸し出す。

 

「二人とも落ち着け、敵前だぞ」

 

それを魔術師の男が仲裁した。

 

「ハッ、ゲオルクは心配性だっての、相手は2人……いや、1人はお荷物みたいだから実質1人だろ、敵になるにしろ俺たちが負けるわけねぇだろ」

 

「いや、この結界に取り込んでからの彼の反応は素晴らしいものがある、あまり油断はしないで行こう、ゲオルク、彼の魔法使いとしての力量はどの程度か分かるか?」

 

「見たことない術式だが、今、分かっているだけでも相当だぞ、飛翔術、魔術防壁、探索魔法、身体能力強化、魔法隠蔽術式、そしてそれらの発動スピード、どれを取っても凄まじい、特に魔術防壁と身体能力強化は完全にこちらを凌駕している、あと会話に混ぜて呪詛を飛ばしているな、弱いモノだが聞き続けると身体が麻痺していく効果が有るようだ、こちらでレジストしているが、一応気をつけろ」

 

ゲオルクの言葉にマジかよ! と自身の身体をペタペタ触るヘラクレス。

そんな状況の中、勇真は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

こちらの魔法が殆ど全て見抜かれている、特にさり気なく会話に混ぜた呪詛に気付かれレジストされたのがヤバイ、この時点で得意分野の違いはあるだろうが、敵の魔法使いの力量が魔法力を除いて勇真に近いのは確定だったからだ。

 

その上、このフィールド内で何度か転移魔法を試したが発動しない、いや、正確にはフィールド外に出る転移が使えない状況だった。

 

つまり退路がない。

 

「勇真さん」

 

その声に勇真は抱きしめているルミネアの顔を見る、彼女は不安そうにずっと勇真を見つめていた。

 

それを見て、仕方がないと勇真は腹をくくった。

 

 

 

「分かりました、仲間になりましょう」

 

「分かった、歓迎するよ。取り敢えず君と彼女に爆弾付きの首輪をつけるから魔法障壁を全て解除して降りて来てくれ」

 

「……おかしいですね、あなた方は仲間にそんな危険物をつけるのですか?」

 

「顔に『暫くしたら裏切ります』と書いてあるからね」

 

「あれ、俺そんな酷い顔してます? カッコイイってよく言われるんですが(ルミネアに)」

 

「ハハハ、悪くない顔立ちだよ、まあ、顔に書いてあるうんぬんは冗談、君は一度ジークフリートの勧誘を断ってるからね、ついでに洗脳魔法も効かなそうだから物理的に縛っておきたいだけさ」

 

「なるほど……はぁ、分かりましたよ、あ、所で皆さんは戸籍って持ってます?」

 

「ん? 当然持っているが」

 

「ああ、本当ですか? うわー面倒くさいなぁ」

 

 

 

そう言って勇真は頭を掻くと、下ろす動作に連動させ何気ない仕草で右手を曹操達に向けた。

 

「本当、事後処理が面倒くさいなぁ」

 

 

凄まじい衝撃がフィールド全体を揺らした。

 

不意打ち気味に勇真が放った重力魔法が曹操達を拘束する。

 

とはいえ相手は曲がりなりにも英雄を目指すもの達、そう簡単には行かない、いち早く反応したゲオルクが全員が押し潰される前に、魔法と黒い霧で重力波を無効化する。

 

「ぐぅ」

 

だが、魔法の威力にゲオルクは呻く、どうやら技量は近くとも魔法力は隔絶しているらしい。

 

ならば押し込む、勇真は更なる魔法力を重力魔法に込めようとした、次の瞬間、拘束していた四人の内、ゲオルクを除いた三人が消える。

 

「ッ! 転移か!」

 

瞬時に探索魔法で三人を探す、それと同時に勇真とルミネアを囲み様に曹操、ジークフリート、ヘラクレスが黒い霧を纏って現れ、それぞれ槍を、剣をそして拳を勇真とルミネアに叩き込もうとして来た。

これに対し、勇真も瞬時にルミネアを連れて転移、三人の頭上を取ると、ルミネアを重力魔法で浮かべて両手をフリーに、両掌から怒涛の魔術爆撃を繰り出した。

 

逃げ場のない広範囲に渡り、毒と治癒阻害の呪詛を込めた多種多様の属性魔法が雨あられと降り注ぐ、一撃もらうだけでも曹操達には致命的だ、いかに人間離れしていようが人間は人間、毒には弱い。

 

しかし、この魔法も防がれてしまう。黒い霧が曹操達を覆ったかと思えば、勇真の攻撃を完全にシャットアウト、一撃たりとも当てる事は叶わなかった。

 

「本当に面倒くさいなぁ もう!」

 

生半可な攻撃では魔法と霧の防御を抜けないと悟った勇真は右掌に炎熱球を作り出すとそこに猛烈な勢いで魔法力を込め始めた。

 

「ヤバイ! それを撃たせるなッ!」

 

ゲオルクが顔を青くして叫ぶ、彼には分かったのだろう、炎熱球に込められた魔法力の強大さが、そしてその一撃の常軌を逸した破壊力が。

 

しかし、分かったところで攻撃を阻止できるかは別、曹操、ヘラクレス、ジークフリートが時間差をつけてゲオルクの転移魔法で勇真を追う、だが、勇真自身も転移で逃げるのだ、魔法完成まで逃げるのは難しくない。

 

そして何度目かの転移中に魔法は完成、勇真はデタラメに転移し、狙いを乱すと、初めて敵から逃げるのではなく、近づく為に転移を発動した。

 

 

 

転移先は勿論、ゲオルクだ。

 

理由は今の所、最も面倒なのが彼だから、そしておそらくこのフィールドを作り維持しているのも……故に勇真がゲオルクを狙うのは当然の事である。

 

 

だが、その動きと狙いは当然、故に読まれる。

 

ゲオルクは勇真が至近に転移した瞬間、黒い霧ーー神滅具『絶霧』(ディメンション・ロスト)で盾を作り出しながら転移で回避。先の勇真で分かるように転移合戦は逃げる方が有利、故にこの攻撃は空を切る。

 

そして、そんな事は当然、勇真も分かっていた。

 

次の瞬間、空を切った “炎熱球” が転移する、場所は勇真の背後、隙をついて攻撃しようとしたジークフリートとヘラクレスの間である。

「ッ!?」

 

「ヤベエッ!?」

 

焦った所でもう遅い、ゲオルクが転移で二人を救おうとするが、それを勇真は妨害、魔法力を込めに込めた炎熱球が炸裂した。

 

 

 

 

鼓膜を破る轟音と共にフィールド内に閃光が瞬いた。

 

朱炎龍すら焼き殺す、焼滅必至の大魔法、一切合切を焼き尽くし空間すらも歪ませる、絶大威力の大炎撃、そのあまりの熱量に地面は残らず融解した。

 

そして、この一撃でフィールド内の温度は何処もかしこも2000℃を超える灼熱地獄と化していた。

 

こんな空間で生きていられる人間は存在しない。

 

 

 

魔法なしで、生きていられる人間など存在しない。

 

 

勇真は自身の一撃を魔法障壁で無傷で耐えると、障壁内を魔法で作り出した酸素で満たした。

 

勇真は視線を右に移す、そこには浮遊する四人、恐ろしい事に、この一撃で四人は全員生きていた。

 

とは言え、ジークフリートとヘラクレスは絶霧で防ぎきれず転移での回収も遅れた様で大火傷、残り二人は無傷だが、魔法を使えないらしい曹操はゲオルクが作った防御結界から一歩も出れず、肝心のゲオルクは結界維持が限界らしい。

 

つまり、これで。

 

「終わりだな」

 

勇真が両手を振るう、すると融解した地面が意志を持ったかのように動き出し、巨大なマグマの津波となって曹操達を防御フィールドごと飲み込んだ。

曹操達を飲み込んだマグマは不自然に宙に浮くと数十メートルの球体となって浮遊し続けている。

 

それは曹操達を逃さない為のマグマの牢獄だった。

 

「ルミネア、もうすぐ終わるから、あと少し頑張ってね」

 

勇真は隣に浮遊するルミネアに優しく話し掛けた。

 

「……はい、大丈夫です」

 

そうは言うがルミネアの顔色は今にも死にそうなほど悪い。

 

勇真はルミネアに自身に掛ける以上の防御魔法を掛けている、故に彼女がこのフィールドにより影響を受けるはずがない。

 

しかし、だからと言ってこんな灼熱地獄の様な風景は人間には受け入れ難いのだ、それはまた、この地獄を作り出した本人にも言える事。

 

故に、さっさと終わらせる。

 

 

勇真が右手をマグマの牢獄に向かい突き出した。右手に集まるのは天地を焦がす裁きの雷光、先の大炎撃をも上回る、勇真が使う二番目に高い威力の大魔法だった。

 

「……今日は疲れたから観光は中止だね」

 

 

勇真はため息混じりにそう呟くと、右手の雷光の解放した。

 

 

 

 




勝ったッ! 第3部完!


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8話

無双タイム終了のお知らせ。


 

 

 

決まった、確実に絶対に。

 

勇真が放った雷撃は雷神のソレに劣るとは言え、直撃すれば魔王だろうど蒸発し、神相手でも手傷を負わす、そんな超絶威力の大魔法だった。

 

故に弱っちい人間が耐えるなんて到底不可能な威力だった。

 

 

にも関わらず……。

 

『ーー汝よ、意志を語りて、輝きと化せ 『覇輝』(トウルース・イデア)

 

完全に無効化させられた、それもアッサリと、マグマの牢獄に届く前に。

 

「はぁ!?」

 

勇真が驚愕の声を上げる。しかし、そんな勇真を御構いなしに状況は更に進む。

 

雷光の次に無効化されたのはマグマの牢獄だった。

 

牢獄は一瞬で冷え固まると、真ん中からヒビ割れ粉砕、中から膨大な聖なる光を放つ槍を掲げ、曹操が飛び出してきた。

 

曹操は灼熱地獄などないように障壁も張らずに生身で飛翔、勇真に向かう。

 

いや、灼熱地獄がないわけではない、ただ、曹操が無効化しているのだ。

 

曹操が飛び出て数秒としない内に、灼熱地獄は正常な空間へと、人が生身で生存可能な空間へと戻されてしまう。

 

そんな有り得ない状況に呆然となりそうな勇真、だが。そんな状態になれば致命的だ。彼は必死に冷静さを保つと、強力な魔法を次々と放った。

 

しかし、その魔法を曹操は光の穂先を巨大化させ、たった一振りで無効化してしまう。いや、それどころか、僅かに掠った魔法障壁が音もなく砕け散る……それも触れてない部分を含めて全て。

 

「そんなのアリかよッ!」

 

全ての魔法障壁を砕かれ丸裸同然となった勇真はルミネアと共に冷え固まった地面に転移、神器『無窮の担い手』を発現させ、圧縮空間倉庫から一本の聖剣を取り出す。

 

刃渡40㎝ほどのソレは3本のエクスカリバーから取り出した真のエクスカリバーの破片、それを錬金術にて一つとした、強度のみなら真のエクスカリバーに匹敵する聖短剣だった。

 

勇真は神器の能力で聖短剣の適切な斬りつけ方、内包された聖なるオーラの引き出し方、そして刀身に宿る『天閃』『透明』『夢幻』の使用方法を理解すると、ルミネアを後ろに下がらせ、こちらに突っ込んでくる曹操を迎え撃った。

 

次の瞬間、聖槍と聖剣が火花を散らし噛みあった。

 

連続して起こる剣戟の音がフィールド全土に響き、大気が震え、地が揺れる。

 

音速を遥かに超過した神速の斬り合いは、勇真が押していた。

 

魔法で限界まで引き上げた身体能力を神器の力で二重に強化する。当然、その身体能力は圧倒的。

 

今の勇真は大型トラックを小石のように投げ飛ばし、至近距離から放たれたマシンガンをあくび混じりに回避する。

 

そしてそんな身体能力に『天閃』を加え更なる加速を実現する。

 

それは正に人類最速、今の勇真は速度だけならば神話の英雄だろうと上回り、神にすら土をつける。

 

 

だが、それなのに勇真は押し切れない。否、押され始めていたッ!

 

「もう少し接近戦の訓練をした方がいいな」

斬り合いの最中、曹操がそう言った。

 

彼は大量の汗を流し流しながらも自身の何倍もの速度で動く勇真の攻撃を完全に凌ぎ、あまつさえ勇真に忠告までして来る。

 

「…………」

 

それに答える余裕は勇真にない。

 

三重の身体強化は圧倒的な力を勇真に与えているが、長時間維持できるモノではない、今の勇真は限界を遥かに超えて酷使される肉体に回復魔法をかけ続けて騙し騙しなんとか動いている状態だ。

 

言うなれば決死の特攻、残された時間は既に少ない。

 

どんどんとタイムリミットに近づく中、勇真は必死に打開策を考えていた。

 

『魔法攻撃は可能か?』

 

ダメだ、どういう理屈か知らないが遠距離攻撃魔法全般が無効化させられる。

 

『曹操に対して人質は有効か?』

 

ダメだ、有効か分からない上、逆にルミネアを人質に取られる。

 

『曹操を無視して結界維持者の霧使いを殺す』

 

ダメだ、瞬殺出来るか分からない上、ルミネアを人質に取られる。

 

 

 

 

 

『ルミネアを捨てて霧使いを殺し、この場を逃げる』

 

可能……だが、してたまるかッ!

 

 

「う、おぉぉおおおおッ!!」

 

ヤケになった勇真は絶叫を上げて特攻する。

 

 

 

と見せかけ、『透明』『夢幻』を同時使用、自身は透明となり、12の幻影で注意を逸らした瞬間、ここまで温存していた空間転移で曹操の死角へと移動、そして『天閃』を全開とし最速最短距離で聖短剣を胸の中心に突き放つ。

 

 

ーー鮮血が舞った。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

勇真の攻撃は確かに通った。

 

「今のは、惜しかった」

 

ただし、狙いを外され、曹操の片腕を肩口から切り離すに留まったが。

 

曹操は英雄的な直感で、勇真が特攻などしないと見切ると、勇真同様ここまで温存していた禁手状態の『黄昏の聖槍』(トゥルー・ロンギヌス)の能力の一つ『馬宝』(アッサラタナ)で自身を転移、直撃を避けたのだ。

 

「…………」

 

そして、勇真の攻撃を受けながらもカウンターで彼の鳩尾に聖槍の石突きを深々の食い込ませた。

 

それが、最後の一刺しとなる。

 

そう、勇真は酷使した肉体に攻撃を叩き込まれ、ついに限界を迎えてしまったのだ。意識を失う直前、明滅する彼の目に映ったのは泣きながら此方に駆け寄るルミネアの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

擦れた鎖の音で勇真は目を覚ました。

 

「…………」

 

寝起きでも意識を失う前の事は鮮明に覚えている、敗北したのだ、曹操に。

 

「…………」

 

勇真は慌てず騒がず、自身の状況を確認する。

 

「(部屋は普通、一般家庭? 手足は鎖で拘束、しかし、強度は並で壊す事は容易い。だけどルミネアが近くにいない……人質か? あと魔法力、身体機能ともに十全、魔法行使能力も問題ない……問題は)」

 

勇真は右手を自分の首元に持っていく、そこに有るのは漆黒の首輪、勇真は戦闘前に曹操が言っていた事を思い出した。

 

「(宣言通りの首輪か)」

 

勇真は内心で独り言ちると、苦笑いを浮かべ、首輪の機能を調べ出した。

 

「(居場所感知に、緊縛効果……うわぁ、本当に爆弾付きだよ、しかもご丁寧に障壁突破構造とか、マジで殺しに来てるよ)」

 

解除出来なくはない。おそらく絶霧で出来たコレはとんでもなく高度で頑丈な首輪だが、時間を掛ければ解除は可能だ。

 

しかし、ルミネアが人質に取られている、そして、ルミネアにも同じ首輪がされていたとしたら……。

 

「(同時進行で解除は無理だな、多分、そういう場合、どちらか一つが外れたらもう片方も爆発するのがスタンダードだし)」

 

まずは情報収集だ。幸い、ジークフリート、ヘラクレス……そして曹操に掛けた呪いがまだ機能している。

 

勇真は音もなく振動魔法で手足の鎖を粉々にすると、一度大きく伸びをして部屋か出て行った。

 

その顔に悪そうな笑みを張り付けて。

 

 

 

「おはようございます、いい朝ですね」

 

自身が掛けた呪いを辿り、勇真はアッサリと曹操達が居る部屋を見つける。そのまま彼はノックもしないで扉を開け、イイ笑顔で挨拶、ズカズカと中に入って行った。

 

「おはよう、宮藤勇真」

 

勇真に挨拶を返したのは曹操だ、彼は椅子にリラックスした様子で座っている。

 

ただし、その左腕は肩口から無く、傷口には包帯と呪いの進行を抑える呪符が多数張り付けられているが。

 

「さて、俺と一緒にいた女の子、ルミネアは何処ですか?」

 

「ハハハ、挨拶の次がそれか、もう少し余裕を持ったらどうだい?」

 

「これは失礼、しかし、そういうそちらの方々はあまり余裕がないようですが?」

 

そう言って勇真が視線を向けるのは包帯と呪符で全身を覆い、今も複数の少女達から治癒の光を受けているヘラクレスとジークフリートだった。

 

「ふざ、けるなよ……クソ野郎ッ!」

 

「本当に、やって、くれたね」

 

勇真の言葉にヘラクレスとジークフリートは毒づくが、心なしかその声に力がない、さもありなん今も勇真が掛けた……正確には炎熱球に付与されていた毒と治癒不全の呪いが彼等を蝕んでいるのだ。

 

むしろ、まだ死んでいないどころか、意識があり口が聞ける事が奇跡である。

 

「いや〜さすが英雄候補、あれを受けて蒸発しないどころか死んですらいないなんて本当に頑丈です、威力だけじゃなく呪いもタップリ込めたのですが」

 

勇真はニコニコと、態と敬語を使って嫌味を言う。

 

「ッ、ゲオルク、この呪い、本当に解けねぇのかよッ」

 

「無茶を言うな、術式は解析出来たが込められた魔法力が桁外れでな、解呪どころか進行を遅らせるのが精一杯だ」

 

「じゃあ、曹操ッ! このクソ野郎をぶっ殺してくれッ!」

 

怒鳴り散らすヘラクレスに曹操は肩を竦めた。

 

「おいおい、落ち着けヘラクレス、彼はこれから仲間となる同士だぞ?」

 

その言葉にヘラクレスとジークフリートが驚愕の目で曹操を睨んだ。

 

「はぁ!? 冗談だろッ!」

 

「僕が推薦しといてなんだけど、危険過ぎないかい?」

 

まあ、ジークフリートが推薦したのは仲間になるか敵対して勇真を倒せば自分の魔剣達が帰ってくると思っていたからなのだが。

 

「曹操の言う通りだ、二人とも落ち着け、それにお前達に掛けられた呪いは術者を害すと効力が増すタイプだ、下手に彼を殺せば、いや、それどころか、彼が少し呪いに力を加えるだけヘラクレス、ジークフリート……お前達二人は確実に死ぬぞ」

 

「…………」

 

「…………」

 

ヘラクレスとジークフリートがふざけた呪い掛けやがってと、言いたげな視線を勇真に送る。

 

「おお! 仲間と認めてくれたんですか、じゃあ、この首輪外して下さい、あとルミネアも無事に返して下さい」

 

しかし、勇真はそんな二人の視線を無視して、誠実さの欠片もない雰囲気でルミネアと首輪の解放を要求していた。

 

「そうだな、良いよ、ただし、俺たちに掛けた呪いを解呪してからね」

 

「もちろん解呪しますよ、でもまずはルミネアに合わせて下さい」

 

「いいだろう、ゲオルク」

 

「了解」

 

曹操の言葉にゲオルクが答えると、次の瞬間には黒い霧を纏ってルミネアが部屋に出現した。

 

「勇真さんッ!」

 

転移させられたルミネアは勇真を見つけると涙目で駆け寄り抱きついて来た。

 

「良かったッ! 無事だったんですね!」

 

「……ああ、俺は大丈夫、ルミネアも無事で本当に良かった」

 

勇真はルミネアを抱き締め返しながら探索魔法を発動、やはり、勇真と同じ構造の首輪がされているが、それ以外には外傷も洗脳魔法を掛けられた形跡もない。

 

嬉しくはあるが若干それを訝しむ勇真だった。

 

「(洗脳魔法くらい掛けられてると思ったけど……まあ、無事に越したことはないか)」

 

「私、私、勇真さんが死んじゃったかと思って、悲しくて、心細くてッ」

 

「ああ、よしよし、俺は大丈夫、この通りピンピンしてるから」

 

勇真は心底愛おしそうにルミネアを抱き締めながら優しく頭を撫でる。

 

「ケッ、ラブコメなんかしてんじゃねぇよ」

 

勇真が指をパチンと鳴らす、するとヘラクレスに掛かった呪いが少し強まって……。

 

「ぐおぉぉッ!?」

 

少しばかり、ヘラクレスの呪いの進行を進めさせた。

 

「ラブコメの途中で口挟んでんじゃねぇよ」

 

勇真はルミネア向ける目とは全く違う、養豚場の豚を見る目でヘラクレスを見つめた。

 

「さて、大事なお姫様は返した訳だか、この呪いを解いてくれるかな」

 

「ああ、分かった」

 

そう言って勇真はルミネアを左腕で守る様に抱き締めながらジークフリートに近付く、彼を治療していた少女達が勇真を睨んだ。

 

随分と大事にされているなと勇真は内心で苦笑してからジークフリートに手をかざす。

 

すると、勇真の掌から暖かな治癒の光が走り、室内を照らしだした。

 

それから僅か数秒し、光が収まるとそこには呪いは勿論、全身に及んでいた火傷と体内の臓器破損まで根刮ぎ治った無傷のジークフリートが。

 

治癒を担当していた少女達が驚愕と恐怖が入り混じった瞳で勇真を見る。

 

同じく治癒魔法が使えるから分かったのだろう、そのあまりのデタラメさが。

 

「ルミネアに危害を加えなかったサービスだ。俺が与えた呪い、火傷は勿論、幾つかの古傷っぽいのも治しといた」

 

ジークフリートは立ち上がると、軽く手足を動かす。

 

「……驚いたな、本当に古傷も治ってる、これはもう、聖母の微笑もフェニックスの涙も要らないレベルだ」

 

「やはり彼の魔法は興味深い、未知の魔法を見ると探求意欲が湧くな」

 

ゲオルクが勇真の魔法を見て目を輝かせる。どうやら彼は術式バカらしい。

 

 

そして勇真は、次は俺の番だな、とか思ってそうなヘラクレスを無視してルミネアと共に元のドアの直ぐ前まで戻る。

 

「さて、この通り呪いは解呪した」

 

「解呪してねぇよッ!」

 

ヘラクレスが叫んだ。

 

「あれ? ああ、ごめんごめん。じゃあ、次はこのルミネアに着けられた首輪を解除してもらいましょうか?」

 

嫌らしい、悪役染みた笑顔を浮かべ勇真は曹操に要求した。

 

「良いだろう、だが、今度はこちらが先だ。ヘラクレスを治してやってくれ」

 

「……分かりました」

 

勇真はその場で指を鳴らす。ヘラクレスの呪いが解呪された。

 

「はい、解呪しましたよ」

 

「怪我も治せよッ!?」

 

「ええ〜、もう、俺、魔法力の使い過ぎて倒れそうなんですけど?」

 

そう言って勇真は態とらしく頭を押さえフラフラする。

 

「勇真さん、大丈夫ですか!?」

 

「うん、大丈夫」

 

心配そうなルミネアに勇真は笑顔で答えた。

 

「コイツ、うぜぇぇぇぇえッ!!」

 

ヘラクレスが叫び、直ぐに全身火傷の痛みで跨った、治癒を担当している少女達が嫌そうにヘラクレスに治療魔法を再開する。

 

「(あ、ジークフリートと態度が違う……イケメンは得ですね)」

 

世界の心理と、彼女がいる優越感から勇真はヘラクレスに憐れみの視線を投げ掛けた。

 

「ゲオルク、ヘラクレスの呪いは解呪されているか?」

 

「ああ、確かに解呪を確認した」

 

「そうか……では “彼” の首輪を解除してくれ」

 

「了解」

 

すると、勇真に着けられた首輪が元から煙だった様に消え去った。

 

しかし、勇真が要求したのは自分のではない。

 

「……俺はルミネアの首輪を解除して下さいと言ったはずですが?」

 

「勇真、取引しないか?」

 

「取引なら今してますが?」

 

「もっと、別の取引さ、勇真、改めて言うが俺たちの仲間になれ、君程の力の持ち主が仲間になってくれれば俺も心強い」

 

「ルミネアの首輪を外してくれれば良いですよ」

 

「それは出来ない、まだ君とは信頼関係が築けていないからね、彼女を解放したら君は俺たちの前からアッサリ消えてしまうだろう?」

 

「……まあ、バレバレだから白状しますが、そうですね。でも、だからと言って俺は貴方達が何をしようと邪魔はしないつもりですよ、まあ、人間を大量虐殺するとかだったら自分に被害が及ばないレベルで妨害しますが」

 

「それもなんとなく分かる。君は面倒くさがりに見えるからな」

 

「その通り、俺は静かに暮らしたい」

 

「彼女と共にかい?」

 

「そうです」

 

「そうか」

 

 

 

 

 

 

「でも、彼女はもうすぐ死ぬだろう?」

 

「…………」

 

「ゲオルクに調べさせた。怪我や病気ではない、既に寿命があと数年しかない、どうやらデタラメな魔法能力を持つ君も寿命を延ばす術は持っていなかったようだね」

 

「だったら、どうだと言うんですか?」

 

殺気を滲ませる勇真に曹操は笑いかけると懐から一個の “果実” を取り出した。

 

それを見て勇真は目を剥く、それは彼が喉から手が出る程欲しいモノだったからだ。

 

「さて、これが何か分かるかな?」

 

曹操は大きな魚を釣った釣り人のような満面の笑みで勇真に語りかける。

 

「……仙桃・『蟠桃』(ばんとう)バカな、天帝の宝物庫に保管されるレベル宝桃……なんでそんな物がある?」

 

「ちょっとばかし、天帝にコネがあってね、出来が悪いのを一個貰ったのさ」

 

「…………」

 

「さて、ゲオルク、例の物を」

 

「了解、はぁ、流石にこのレベルのモノはもう作れんぞ」

 

そう言って、ゲオルクが取り出したのは黒い首輪だ。先程、勇真がしていたのと同じモノ、違うのはその完成度が桁外れな事だけ。

 

「勇真、俺の呪いを解呪し、これを着けて仲間になるなら蟠桃は君にあげよう……どうだい? 仲間になる気になったかな?」

 

「…………」

 

 

 

勇真は無言で歯を噛み締めた。

 

勝ち誇る曹操の笑みに、答えなど言われずとも分かっているだろう? と返し、首輪を受け取る。

 

 

ここに契約はなった。

 

かつて、異世界で勇者と謳われた少年が、英雄達の卵の仲間になる事を決めた瞬間だった。

 

 




勇者陥落! 曹操さんは強かった。

Q.あれ? 曹操さん原作よりエゲツなくない?

A.英雄はね、みんな卑怯でえげつないのさ。


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9話

英雄派の仲間になった勇真の運命やいかに!


 

「……何をしてるんだ勇真? ルミネア?」

 

「俺の名前はランスロットだ、長いならランスと呼べ」

 

「私はルミネアじゃなくてエレインですよ! 曹操さん」

 

「…………」

 

それは勇真が曹操の仲間になって(買収されて)3日目の事だった。

 

入って早々、英雄派の幹部となった勇真は、志半ばで倒れた同士達(無理な任務と実験で亡くなりました)が残した(死ぬ前に摘出された)神器、その保管庫から一つの神器を貰って来たのだ。

 

それは『名剣創造』何てことない有り触れた神器で名前の通り、なんの能力も無いただの硬い剣を創る事ができる『魔剣創造』や『聖剣創造』の下位互換の神器である。

 

そして、それを応用すれば盾や鎧も作成可能だった。

 

で、現在、勇真は神器で創り、魔法で強化に強化を重ねた、フルフェイスの黒鉄の騎士甲冑を男女用で合計2体創り出していたのだ。

 

「……勇真、それは裏切る宣言かな? でもそれにしたって、なんでランスロット卿なんだ? 無双を誇った完璧な騎士の名を語るには、君は技量不足だと思うのだが?」

 

「勇真と呼ぶな、私はランスロットだ。何故ランスロットかと言うと鎧が黒いからだ」

 

「黒いからですよ曹操さん」

 

「……そうか、まあ、いい。では何故フルフェイスの鎧を着ている? 身体能力まかせの接近戦も強いは強いが、君は魔法使いタイプだろ? 防御ならあの異常に硬い魔法障壁で事足りる、違うか?」

 

「違う、全然足りない。硬い障壁の下に硬い鎧を着ないと不安だ。というか魔法障壁はつい数日前、お前にあっさり砕かれただろ? ……と勇真は嘆いていた。いや、私はランスロットなのだがね」

 

「……あれはちょっとズル(覇輝)しただけさ、普通だったら俺でも相当手こずるよ……というか、君達いつもと口調も声のトーンも違くないか?」

 

「声質は変声魔法で変えている、口調はランスロットだからな強気にならねば」

 

「……そうか、でもなんでそこまで?」

 

「いや、近い将来ここ(英雄派)を出て社会復帰するにあたり元テロリストとか凄い邪魔な肩書きだろ? 俺は一般人だからそういう肩書き要らないんだ……と、勇真は言っている」

 

それを聞き、曹操が警戒する。

 

「本当に裏切る気か?」

 

「冗談だこれは趣味だ……と勇真は言っている」

 

「そうか」

 

曹操はランスロットの言い分をアッサリ信じた。流石は現代で英雄なんて危篤なモノを目指す人、変なところで常人とセンスが違う。

 

「で、今日はこのランスロットに何用で来た?」

 

「用があるのは勇真になんだけど」

 

「残念だが勇真は永遠に留守だ、代わりにこのランスロットが承ろう」

 

「…….はぁ、まあいい。明日、駒王学園で天使、堕天使、悪魔による会談が行われる、そこに禍の団の別派閥、『旧魔王派』が襲撃を掛ける」

 

「昨日の説明では『真魔王派』じゃなかったか?……と勇真は言っている」

 

「おっと、正式名称はそれだったな、しかし、旧魔王派の方が言いやすくてね、それに彼等が本当に真の魔王と成れるかはかなり疑問だ」

 

それを聞き、ランスロットはこう言った。

 

 

 

「うわー、ザ・五十歩百歩だ。俺も英雄派が真の英雄になれるとか思えないんですけど?……と勇真は言っている」

 

ランスロットの態度に曹操は顔を引きつらせるが、なんとか無視して話を続ける。

 

「その主な襲撃者はカテレア・レヴィアタン、クルゼレイ・アスモデウス、そしてその二人を狙う者がいる……エキドナだ」

 

「エキドナ? あのギリシャ神話の?……と勇真は言っている」

 

 

 

「いや、違う、禍の団の最大派閥『魔獣派』のリーダー【魔獣幼帝レオナルド】の神滅具、『魔獣創造』(アナイアレイション・メーカー)その独立亜種禁手、魔獣女王エキドナだ、彼女は旧魔王派の主力を捕食し、力を上げようとしている、君は、ヘラクレスとジークフリートと共にそれを阻止してほしい……そして、こっそり旧魔王の主力を始末しての死体か、最悪でも大きめの肉片を持ち帰ってくれ実験で使う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔獣女王エキドナだってね、大変そうだね “ランスロットくん” と “エレインちゃん” は」

 

「そうですね、“勇真さん”」

 

とある南の島でパラソルを広げ、勇真とルミネアはのんびりと砂浜で寛いでいた。

 

「それにしても駒王市は呪われてるのかな? 大丈夫かなぁ、今回の件で滅びないと良いんだけど……出来るだけランスロットくんには頑張って貰うけど話を聞く限りヤバイよね」

 

「そうですね……商店街の皆さんが心配です」

 

皆さんには良くしていただいたのですが、とルミネアが若干暗い顔を浮かべる。

 

「うん、俺も流石に心配だね、魔法で無理やり避難させた方が良いかもね、ランスロットくんにそう指示を出しておくよ」

 

「はい、すみません、私、何もできなくて、先日も人質になってしまい、勇真さんにご迷惑を」

 

「ハハ、また言ってるの? 気にしなくて良いって、それに曹操達は死ぬ程面倒くさかったけど、お陰で楽にルミネアの寿命の問題を解決出来た、今では感謝しているくらいだよ」

 

「いえ、でも、勇真さんは酷いお怪我をしてしまいました」

 

「大丈夫だって、アレは99%自己責任、無理な身体強化で負った怪我だからルミネアは気にしなくていい」

 

「でも」

 

「はいはい、この話はお終い! もっと楽しい話をしよう」

 

「はい……あ、楽しい話じゃないんですが」

 

「ん、なに?」

 

「あの、私と勇真さんに着けられた首輪はどうしてあんな簡単に外せたんですか? 確か、あのゲオルクさんが、『例え、勇真でも君の首輪を外すのに3時間、自身に掛かっている方を外すのには丸一日かかる』って言っていたんですが」

 

「ああ、アレね、確かにゲオルクの読みは正確だね、その通り、魔法だけで解除しようと思ったらそれくらい掛かった、でもさ、首輪の能力に指定条件を破ると爆発する機能がついてたんだよ、これは知ってる?」

 

「あ、はい、聞きました」

 

「これがね、突破口。要するにあの首輪は爆弾だった訳だ。で、前に言ったよね俺の神器の能力」

 

「……あっ! 武器を操る能力ですか?」

 

「そういう事、俺の神器は武器ならなんでも使い手になれる、使い方が分かる。後は楽勝、首輪を外して俺が貰ったばかりのもう一つの神器で鎧を二個創ります、そしたらそれを【魔道人形】変えてそいつに首輪を装着、魔道人形を身代わりに転移で逃げた訳だ、首輪が有るから大丈夫とタカを括ったね、妨害されずにあっさり転移で逃げれたよ」

 

「なるほど、そうだったんですか」

 

ルミネアが関心した様に勇真を見る、その視線がこそばゆく、彼は視線をルミネアから逸らした。

 

「まあ、魔道人形のランスロットくんには契約で俺の九割五分の魔法力と転移を除いた殆ど全ての得意な属性を与えてるからね、契約を破棄するかランスロットくんが壊れるまでは、俺はちょっと強い上級悪魔くらいの力しか使えないんだけど、正直、今襲われるとかなりヤバイ」

 

「それだけ強ければ大丈夫ですよ! それにここなら誰も襲って来ません」

 

「そうだね、遠隔操作機能も切ったし、これで完全に此方の居場所は分からない筈だ、あとは最後に命令した通りにランスロットくんが動いてくれるのを願うだけだよ」

 

 

はぁ、疲れた。そう呟いて勇真は静かに目を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お、俺は嘘はついてねぇ! 前話の地の文で仲間になると決めたと書いたが、3日で裏切らないとは書いてねえぇ! べ、別に感想を読んで展開をか、変えた訳でもねぇッ!

……本当です。


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10話


とあるキャラが超強化されます。ちなみに勇真、ルミネアでありません。


 

 

 

予想通りで予定通りに三すくみのトップ会談は和平反対の勢力に襲われた。

 

まあ、当然であろう、千年単位で争っていた者が急に手を取り合おうとすればこうなる、そう、過激な行動を起こしてでも止めたい者達はいくらでも出て来る。

 

何故なら手を取り合おうとする種族が天使、堕天使、悪魔とことごとく長命種族なのだから。当事者であり戦争で敵対者に家族を殺された者、友を殺された者、恋人を殺された者、全てを失った者、それが山の様に生き残っているのだから。

 

何故、仇と手を取り合わねばならない? そう思って当然なのだから。

 

そして、そんな者達を利用し、従え、力を得た旧魔王派は今日、三すくみのトップ達を抹殺し、冥界をその手に収めようとしていたのだ。

 

 

 

「お兄さま、私が責任を持ってギャスパーを助け出しますわ!」

 

リアスはその美しい紅髮を揺らし、兄である魔王サーゼクスに志願した。

 

現在、駒王学園を中心に時間が止まった空間が展開されている、それはギャスパーが敵の手に落ちたからであった。

 

これはギャスパー彼の神器『停止世界の邪眼』(フォービトゥン・バロール・ビュー)を襲撃者が強制的に禁手させる事によって作られたモノ、つまりは眷属を敵に利用されたリアスの落ち度である。

 

それゆえ彼女が責任を持ってギャスパーを助けると言っているのだ。

 

まあ、情が厚い彼女の事だ、実際の所、そんな事は関係なく大事な眷属を助けたいだけかも知れない。

 

それはイッセーも同じだった。彼は大事な後輩を助ける為、大事な主を守る為、リアス同様救出作戦に志願する。

 

そして二人は魔王サーゼクスの力を借り、部室にあるリアスの戦車の駒とキャスリングする事で、直接、ギャスパーの元に乗り込もうとしたのだ。

 

 

 

まあ、それは失敗するのだが。

 

 

 

 

「あ、あの〜、何をしているんですか?」

 

ダンボールが……否、ダンボールに隠れたギャスパーが恐る恐る問い掛けた。

 

「調べている」

 

ギャスパーに問い掛けられたのは二メートルを超える大男だった。彼は宣言通り、ごそごそと、旧校舎の部室の机を調べていた。

 

それは今から数分前の事だった、ギャスパーと小猫がいきなり現れたローブ姿の魔女たちに拘束されてしまい、ギャスパーが神器を強制的に禁手状態にさせられてから少しした時、ふらっと “ヘラクレスと名乗る大男” が現れると何をしたのか、魔女達までギャスパーの能力に晒され停止してしまったのだ。

 

彼は拘束されていたギャスパーを解放し、それからは一心不乱に何かを探している様だった。

 

ちなみに、小猫もギャスパーの能力でパンツ丸出しの逆さ吊りで停止させられていたりするが劣情を抱いたりしない大男は余裕を持ってスルーした。

 

「だ、だから、何をしているんですか?」

 

「調べている」

 

「そこはリアス部長の机なんですが!?」

 

「俺はヘラクレスだ、問題ない」

 

「他人の家に忍び込んでモノを盗んでいいのはゲームの中の勇者だけですよぉ!」

 

「俺は勇者だ、問題ない」

 

「ああ、ダメだぁ、会話が通じないよぉ、この人怖いよぉ、小猫ちゃん僕はどうしたら!?」

 

ギャスパーはダンボールから上半身を出し、必死に小猫を揺すって起こそうとする……まあ、揺すって治る時間停止なんて聞いた事がないが。

 

そんな事をギャスパーがしている内に、大男は一つの、宝石箱の様なモノを見つけ出した。

 

彼が箱を持つと電流が流れた。盗難防止機能だろう。しかし、それも大男が箱にデコピンしただけでなくなってしまう。

 

そして、大男は宝石箱の蓋を開いた。

 

「あった」

 

「ああッ! それは部長の未使用の悪魔の駒ッ!」

 

「ラン……ヘラクレスは悪魔の駒(騎士と戦車)を手に入れた」

 

そう言って大男は無造作に空間に穴を開けるとにポイと悪魔の駒を放り込んだ。戦車の駒が恨めしそうな光を放ったが、もちろん無視、そんな恨めしそうな光も空間が閉じれば見えなくなった。

 

そして大男は無言で部室を出て行こうとする。

 

「ああ! ダメですぅ、行かせません! 返してくださいッ! それは部長の大切なモノなんですッ!!」

 

それを、勇気を出してダンボールから完全に飛び出したギャスパーが両手を広げて通せんぼする。

 

つい数日前まで、いや、今ですら半対人恐怖で引き篭もり彼からすればそれはとんでもなく勇気が要る偉業だった、きっと、眷属の誰かが見ていれば心の底から褒め讃えただろう行動だった。

 

しかし、そんな彼の勇気も虚しく、大男が指を鳴らすと金縛りにあった様にギャスパーは動けなくなってしまった。

 

で、大男はギャスパーの横を悠々と通り、部屋から出る直前、振り返ると……。

 

悪魔の駒(それ)を捨てるなんてとんでもない」

 

と、言って無駄にカッコ良く親指を立て、ギャスパーの健闘を讃え姿を消した。

 

「捨てるんじゃなくて返して下さいぃぃぃッ!!」

 

ギャスパーの悲しい叫びが旧校舎に木霊した。

 

これが、後々までリアス眷属を苦しめる悲しい敗北の1ページである。

 

 

 

 

 

 

「勇真、どこに行っていたんだい?」

 

「避難誘導だ。それと私は勇真ではない、へ……ランスロットだ」

 

「またかい?」

 

「ケッ、遅えんだよ」

「遅れてごめん、だけど、俺を気にせず先に行ってやられてくれても良かったのに……と勇真はきっと言う」

 

「うぜぇ……で、どうするよ、曹操は旧魔王派どもの死体を持って来いってたが、まず何奴から殺る?」

 

「他人に意見を聞く前に、まず自分で考えて意見を言ったらどうだ……と勇真はきっと自分を棚上げにして言う」

 

「コイツ、マジうぜぇッ! てか、なんだよその口調! ふざけてんのか!?」

 

「ふざけていない、ランスロットにふざける機能はついていない。だがきっと勇真ならば……はぁ、これだから自称ヘラクレスは、と溜息を吐く可能性がある」

 

「やっぱり、ふざけてるじゃねぇか!? あと自称じゃねぇよッ! 自称はお前だろッ!」

 

「ランスロットは自称ではない。私の本名、生まれた時に与えられた真の名前だ」

 

「まさか、勇真はランスロット卿の魂を引き継いでいるのかい?」

 

「魂を引き継ぐ? 自称ヘラクレスじゃないんだから妄想も大概にしなよ、と勇真は思うが、面倒くさい事になりそうだから口にしない、とランスロットは思う」

 

「口に出してるじゃねぇかッ!」

 

「勇真は口に出していない、私はランスロット」

 

「うぜぇぇぇぇえッ! コイツぶっ殺してぇぇッ!!」

 

「落ち着け、自称ヘラクレス」

 

「テメェも乗ってんじゃねぇよ!?」

 

「いや、実は前々から僕も魂を引き継ぐの意味が分からなくて……自称ヘラクレスはヘラクレスの血を引いてないんだろう? 前世の記憶もないって言ってたし、なんでヘラクレスを名乗ってるんだい?」

 

「記憶と血を継いでないだけだ! 俺はヘラの栄光と呼ばれたヘラクレスの黄金の魂を引き継いでるんだよッ!」

 

「黄金の魂(笑)」

 

「黄金の魂(笑)」

 

「コイツら殺してェェェェッ!!」

 

 

 

 

 

「さて、茶番はもう充分だろうから、本題に入ろうか」

 

そう言って、ランスロットが両掌を胸の前でパンと叩く、すると、唐突にヘラクレスとジークフリートが地面に倒れ意識を失った。

 

「君達は学ばないね、まるで何度言われても夏休みの宿題をやって来ない小学生の様だよ、以前ゲオルクが忠告した、会話に呪詛を混ぜる技術を忘れてたの? それとも首輪で敵対出来ないと思ってた? でも、例え首輪が機能していたとしても、今は旧魔王派の結界の中、ゲオルクもこちらの行動が分からないんだよ? 仲間になったばかりの新入りをもう少し警戒してもいいんじゃないかな?……と、私は、そして多分勇真も思う」

 

そう言ってランスロットは倒れたヘラクレスの背中に触ると、英雄派で知った儀式で手早く神器を取り出し、その身に取り込む。そして用無しとなった彼の心臓を魔法で強化し、治癒不能の呪詛を込めた黒鉄の剣突き刺さし、アッサリ絶命させた。

 

次にランスロットは倒れたジークフリートの背中に手を乗せヘラクレス同様神器を取り出す。しかし、今度はその身に取り込む事はせずに、ポイッと地面に投げ捨てた。捨てた神器は明滅していたが、数秒もすれば空気に溶けるようにこの場から消え去った。

 

 

 

「ジークフリート、君はどうも魔術方面を軽視して警戒を怠る悪い癖がある。けれど、その剣の技量は素晴らしい、そう、技術だけなら君は私の “中の人” に相応しい」

 

すると、ガシャンという音を立ててランスロットの全面が大きく開く、それはまるで怪物が大口を開けている様で、人間に本能的な恐怖を呼び覚ます。

 

まあ、そんな事はどうでもいいと、ランスロットは捕食する様にジークフリートに覆いかぶさった。

 

 

 

そして、十数秒後。

 

 

「さて、名前を変えなければ、ランスロット+ジークフリート……ランスリート? ジークロット? うむ、何か語呂が悪いな、着てるのはジークフリートだからジークフリートで良いか」

 

そこには微妙に型と大きさが違う、新たな黒騎士が一人。

 

彼はマイペースに独り言を呟くと、空間圧縮倉庫から “魔帝剣グラム” を取り出した。

 

「男はやっぱり一刀流、二刀流も三刀流も六刀流も邪道、剣は最強の一本さえあれば事足りる」

 

それを聞いて、魔帝剣グラムが嬉しそうな波動を周囲に走らせる。

 

そして、ラン……ジークフリートはグラムを調子を確かめる様に数回振るうと、自然な動作でいつの間にか作られていた黒鉄の鞘にグラムを仕舞った。

 

「ふむ、いい感じだ身体に馴染む、いや、鎧に馴染むなぁ〜あ、あ、あ、あ〜……初めまして、僕は英雄シグルドの末裔、ジーク。知り合いは『ジークフリート』と、呼ぶけど、ま、好きに呼んでくれかまわないよ」

 

そう、独り言の様に、誰かに、あるいは世界に自己紹介をすると、ジークフリートはのんびり、激戦区へと足を運ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 




やったね! ジークフリート超強化だよ!(目を背けながら)


Q.グラム売ったんじゃねぇのかよ!

A.売ったと言ったな、あれは嘘だ(他の魔剣は全部売りました)


Q.グラム有るならなんで曹操戦で使わなかったんだよ!

A.魔帝剣グラム→超強いビーム撃てるよ! でも撃つと寿命と体力がゴッソリ削れるよ! 勇真→要らない! 超強いビーム(魔法)無効果されたもん!

聖短剣エクスカリバー→簡単に、運動速度が上がるよ! 簡単に幻術が使えるよ! 簡単に透明になれるよ! 特にデメリットは無いよ! 勇真→要る! だって接近戦だもん!……という心理が働きました。


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11話

ジーク「義によって助太刀いたす」


和平会議への旧魔王派襲撃事件は佳境へと入っていた。

 

ついに、その主犯格、カテレア・レヴィアタンとクルゼレイ・アスモデウス、シャルバ・ベルゼブブ、そして彼 旧魔王派と三すくみトップを捕食しようとエキドナが現れ、それぞれセラフォル、サーゼクス、ミカエル、アザゼルと戦闘になっていたのだ。

 

そして、その一方で。

 

 

 

「ぐはぁ!?」

 

「これが俺のライバルか? ハハハハ! 困っな、弱いよ弱過ぎる!」

 

二天龍、堕天使を裏切った白龍皇ヴァーリと赤龍帝イッセーの激突も起こっていた。そして、その激突は戦いとは呼べない一方的な蹂躙劇となってしまっている。

 

アザゼルに与えられた腕輪を使いイッセーは一時的に禁手へと至り、『赤龍帝の鎧』(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)を纏って戦っていた。

 

しかし、相手のヴァーリは禁手を使っていない、いや、それどころか神器を全く発動させずにイッセーを圧倒していたのだ。

 

「どうした、本当にその程度なのか? 兵藤一誠、君の評価を改めよう、以前俺はキミを不完全な鎧込みで世界で千〜千五百の間と言ったがこれでは一万も怪しいところだ、はぁ、俺のライバルなんだからもう少しは強いと思ったのだが」

 

「く、うるせぇ、俺はライバルなんて興味ないっての!」

 

「そうか、だが、俺にはあったんだよ、まあ、もうまるで興味がなくなってしまったが」

 

そう言ってヴァーリはイッセーの右ストレートをスウェーバックで躱すとイッセーの脇腹に痛烈な回し蹴りを叩き込んだ。

 

「がはっ」

 

魔力がたっぷり乗った強力な蹴りに鎧の一部が砕け散る。蹴りの勢いでイッセーは吐血しながら地面へと叩きつけられた。

 

「イッセー!?」

 

そんなイッセーにリアスが悲鳴を上げて駆け寄る、それをつまらなそうに一瞥するとヴァーリは右手を倒れたイッセーとそれを抱き締めるリアスへと向けた。

 

「さて、この程度の実力、才能ではいくら待っても強くはなれないだろう、という事で、俺は次の赤龍帝に期待するよ」

 

ヴァーリの右手にとんでもなく強大な魔力が収束する。その魔力はイッセーの全魔力を万倍しても到底太刀打ち出来ないほど強大だ。そして、この場でそれに対処出来る味方は全員戦闘中……ようするに詰みである。

 

「さよなら兵藤一誠、来世ではもっと強く生まれるといい」

 

リアスが目を閉じ、イッセーが無意味と理解しつつもリアスの盾になろうと前に出る。

 

そしてヴァーリの右手から強大な魔力砲が放たれ、その魔力砲は唐突に横合いから来た更なる威力の攻撃に消し飛ばされた。

 

 

「危ないところだったね」

 

そう言って現れたのは白髪に黒い騎士甲冑を纏った優男だった。

 

「あ、あんたが助けてくれたのか?」

 

「そうだけど気にしなくていいよ、当然の事だからね、あと僕はジーク、知り合いは『ジークフリート』とか『魔帝ジーク』と呼んでいるけど、ま、好きに呼んでくれてかまわないよ」

 

そう、優男ーージークフリートは多くの女性を魅了しそうな爽やかな笑みでイッセーとリアスに笑いかけた。

 

「ハハハハ、乱入者か? いいね強い魔の波動を感じる、キミと戦うのは面白そうだ!」

 

イッセーへのトドメを邪魔されたにも関わらずヴァーリの口調は楽しげだ。おそらく新たな強敵の予感に子供の様にワクワクしているのだろう。

 

「僕はキミが引いてくれるなら戦う気はないよ」

 

「残念だったな、俺は引くつもりはない」

 

ヴァーリの言葉にジークフリートが肩を竦める。そのジークフリートの姿には全くと言って良いほど緊張感が感じられなかった。

 

まるで自分が負ける筈がないと思っているような、あるいは自分の命などどうでも良いと思っているそんな態度であった。

 

『ヴァーリ、奴の右手の剣には気をつけろ、あれは魔帝剣グラム、最強の魔剣にして最悪の龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)の一つだ、まともに喰らえば一太刀だけで死にかねんぞ』

 

そこで神器に封じられた白き龍アルビオンがヴァーリに忠告を入れる。

 

「なりほどッ、アレが有名な魔帝剣か、直接見るのは初めてだ」

 

ヴァーリは嬉しそうに笑うと背中に白龍皇の翼を展開させた。とても致命的な武具が敵の手にあると聞いた者の反応ではない、まるで新しいオモチャを貰った子供の様な反応である。

 

「魔帝剣グラムが相手なら不足はないだろう、見た感じ使い手も一流だしねーー禁手化(バランス・ブレイク)

 

『Vanishing Dragon (バニシング・ドラゴン)Balgnce Breaker(バランス・ブレイカー)‼︎‼︎‼︎』

閃光が辺りを照らし、次の瞬間にはヴァーリは白銀鎧に包まれていた。それを見たイッセーは血の気が引く感覚を覚えた。

 

先程自分が遊ばれていた時ですら強大極まりないオーラを纏っていたヴァーリだが、鎧を纏った彼はその比ではない。明らかに桁が一つ、あるいは二つ違う強さを持っている、そう素人に近いイッセーにも分かった。

 

にも関わらず。

 

「ほう、これは凄い」

 

ジークフリートは鎧を纏ったヴァーリを見て平然とそんな感想を口にした。

 

その顔に焦りはない、剣を構えてすらいない。自然体でありながらまるで隙が見出せない佇まい、否応にも分かってしまう、その実力があのヴァーリにすら匹敵しているのだと。

 

そしてイッセーが分かった事をヴァーリが分からない筈がない。彼は兜の奥で獰猛な笑みを浮かべると一瞬にしてジークフリートに接近した。

 

光と見紛う超速、その速度にイッセーもリアスもヴァーリの影すら追うことが出来なかった。

 

だが、ジークフリートはその動きを普通に捉え反応する。

 

ジークフリートは半身を引くとヴァーリの突撃からの右ストレートをグラムの斬り上げで迎撃する。

 

右腕を斬り落とさんと迫るグラムにヴァーリは尋常じゃない反射神経で対応、右ストレートを途中で止める、そしてグラムが空を切った瞬間再び放たれるストレート、それをジークフリートはグラムを持たない左手で難なく鷲掴みにして止めてしまった。

 

ジークフリートに握られた手首の鎧が僅かに歪む、人間とは到底思えない常軌を逸した腕力と握力、そして発動させた筈の半減の能力が弾かれた。それに驚愕しヴァーリは一瞬動きを止めてしまう。

 

そこに、ジークフリートの斬り下ろしが襲い掛かった。片手を握られて逃げられないヴァーリは咄嗟に左手からの至近距離で魔力砲を放つ。

 

溜めなしのノータイムながら先程以上の威力の攻撃、ヴァーリとジークフリートの間で凄まじい爆発が巻き起こる。

 

爆発によって二人の距離が離れた。

 

「クッ」

この行動でなんとか致命の一撃を貰わずに凌いだヴァーリ、しかし、彼の鎧は掠った魔帝剣で大きく破損、身体に刃が触れてもいないのにそのオーラだけで強大な魔力で守られたヴァーリに確かなダメージを与えていた。

 

だが、この攻防がヴァーリの闘争心に火をつける。

 

「フッ、面白いッ!」

 

ヴァーリは兜の奥で獰猛に笑うと一瞬にして鎧を再構成、新品同様のソレに戻すと超速で飛翔し更に距離を取る。

集中力が増し正真正銘本気となったヴァーリは今だ、もうもうと煙が立ち込める爆心地を睨みつけた。

 

あの一撃で敵が死んだ、などとヴァーリは欠片も思っていない。そしてヴァーリの予想は正しかった。

 

煙の中からのんびりとジークフリートが姿を現わす、その姿にダメージは確認できない、鎧の破損すらない完全な無傷。それを見てヴァーリは更に口の端を吊り上げた。

 

「危ないな、至近距離で魔力砲とか自分も巻き込むよ? もう少し回避に余裕を持ったらどうだい?」

 

そう軽く冗談を飛ばすとジークフリートは虚空からフルフェイスの兜を取り出し自分に装着する。

 

「ああでもしなければ俺は今頃真っ二つだっただろう?」

 

「僕としては余裕を持って真っ二つにされてくれれば嬉しかったんだけどね」

 

『ヴァーリ、あまり奴と会話するな、奴が口を開くたびに何かしらの呪いが飛んできている効力は不明だが、良いものではないのは確かだ』

 

「ッ!? 意外とキミはセコいんだな」

 

「失礼だな、戦術と言ってくれないかい? むしろこんなのを喰らう方が間抜けなのさ」

 

つまりキミは間抜けだ。そう言ってジークフリートはヴァーリを嘲笑った。

 

「言ってくれるッ!」

 

その挑発にヴァーリの顔が引き攣った。ヴァーリは挑発をよくするが、された事は殆どない、当たり前だ、誰が白龍皇、それも歴代最高の彼に挑発などするだろうか?

 

だが、それはつまり挑発に慣れていないと言うこと、その時、ヴァーリは集中力が低下し、若干冷静さを欠いていた。

 

「まあ、敵が間抜けなのは僕としては助かるんだけどね」

 

そう言ってジークフリートは一歩踏み出し……石に躓いて倒れこんだ。

 

「は?」

 

強敵の突然の転倒に、ヴァーリは一瞬、呆然となる。

 

 

そんな状態になったヴァーリに……。

 

『避けろヴァーリィィィッ!! 後ろだッ!!』

 

危機感を孕んだアルビオンの叫びが飛んだ。

 

相棒の忠告に無意識で動いたヴァーリ、それが彼の命を救った。

 

背後から放たれた剣閃にヴァーリの右手が宙を舞う。

 

ヴァーリは右手の付け根から焼き鏝を押しつけられたような激痛を感じた。

 

「ーーッッ?!」

 

「外したか、良い相棒だね」

 

呪詛をたっぷりと込めてジークフリートはヴァーリに笑いかけた。

 

『マズイッ! ヴァーリ、距離を取って体制を立て直せ!』

 

「させないよ」

 

超速で距離を取ろうとするヴァーリ、それにジークフリートは超速の飛翔術で追い縋りトドメを刺す為、剣を振るう。

 

しかし、飛翔速度は若干ヴァーリの方が速い、ジークフリートの剣閃は空を斬りトドメとはならなかった。

 

「残念」

 

ジークフリートは大して惜しくもなさそうに呟くとヴァーリを追うのを諦める。代わりに斬り落とされ地面に転がったヴァーリの腕を千切りの様に切り刻み、腕の再生を不可能とした。

 

「貴様ッ!!」

 

「はは、そう怒るなよ、大事なら早めに取りに来れば良かっただろ?」

 

「クッ『我、目覚めるは、覇の理にーー』」

 

『待て、ヴァーリッ! いくらお前でもその怪我と精神状態で『覇龍』を使うのは危険だッ!』

そんな二人のやり取りを隙と見たジークフリートは眼前に三つの魔法陣を作り出し、そこを通過する軌道で右手に持った黒鉄の剣を全力でヴァーリに投げつけた。

 

超速で投擲された剣は魔法陣を通過すると更なる加速を得て音速の数十倍という高位の人外でも知覚困難な超々高速に達する。

 

 

そのまま黒い魔弾と化した剣がヴァーリの胸の中心に直撃、彼の上半身を木っ端微塵に吹き飛ばした。

 

 

 




ジーク「真面目に真正面から正々堂々戦いました!」

ヴァーリ「…………」

歴代最高の才能を持ち、幼い頃より戦い続けてきたヴァーリと歴代最低の才能しか持たず悪魔になるつい数ヶ月前まで戦闘とは無縁の生活を送っていたいたイッセーならこれくらいの実力差があってもいいと思う(おっぱいが絡まなければ)

まあ、原作よりイッセーが弱いのはコカビエル戦が無かったので経験値が足りなかったということでお願いします。


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12話

名も知らぬ青年「…………」


少しもったいなかった、とジークフリートはヴァーリの下半身に残った白銀の鎧が消えるのを見て思った。

 

神滅具『白龍皇の光翼』

 

言わずと知れた最強格の一つに数えられる神器だ。

 

最大攻防力という点に置いては『赤龍帝の籠手』劣る(宿主のスペックが互角の場合)も決まれば敵の能力を半減させ、その半減した力を許容量が許す限り自分に上乗せ可能という反則的な能力を持った超兵器である。

 

一度でも決まれば大抵の相手はその時点で詰む、そんな必殺に等しい能力はジークフリートをして脅威と言う他なかったのだ。

 

 

そう、だから勝負を急いだ。

 

一応半減能力は障壁で無効化可能だった。しかし、100%無効化出来る訳ではない。

 

おそらく確率的に十回に一度は喰らう、そんな危険な技だったのだ。

 

しかし、惜しい、もし宿主のスペックがもっと低ければ、間違いなく捕縛し奪っていた。だが、残念な事にこの宿主が滅法強く、下手を打てばあっさり滅ぼされかねない程の強敵だった。

 

あの短い攻防の間だけで、いくつかのスペックでジークフリートはヴァーリに負けていたのが分かったのだ、むしろ確実に勝っていたのは魔法力だけである。

 

これには感情が薄いジークフリートも驚いた。

 

そこそこ良い運動神経の勇真とは違う、ジークフリートは素の時点で人間離れした身体能力を持つ生粋の剣士だ。その彼の身体能力を魔法で限界まで強化したにも関わらず僅かとはいえヴァーリに劣っていたのだ。

 

こんな強敵を生かして捕縛など出来ようはずがない、故に、彼は全力で相手の隙を作り、油断を誘い、速攻で勝負を決めた。

 

その判断を間違いとは思わない、しかし、やっぱり……。

 

「やっぱり、惜しかったな」

 

そう、ジークフリートは呟く、すると地面に転がっていたグラムが恨めしそうな波動を放った。

 

グラムはヴァーリがフェイクの鎧を本物のジークフリートだと錯覚する様にあえてそちらに持たせていたのだ。

 

で、ヴァーリの隙を作る為に傀儡の鎧を盛大に転ばせた結果、グラムも地面を転がり土まみれとなってしまった訳である。

 

グラムの波動からジークフリートにはグラムがその点について文句を言っているように感じた。

 

「ごめんごめん」

 

ジークフリートは素直に謝るとその機嫌を直す為、未だ不機嫌な波動を放つグラムを魔法で徹底的に磨いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

さて、後片付けをしよう、手入れを終えグラムを仕舞ったジークフリートがそう思った時、月をバックに一人の青年がヴァーリ(の残骸)のすぐ側に降り立った。

 

「ヴァーリ、迎えにきたぜぃ」

 

その青年は三国志の武将が着るような鎧を纏い片手に赤い長棍を持っている。

 

ヴァーリの仲間、つまりテロリストらしいが、まあ、とにかくご苦労な事だと、ジークフリートは思った。

 

「……おかしいな、確かにここらからヴァーリの気配がしてたはずなんだが、おーいヴァーリ、何処だよぉ! おーい!………あれ? マジでいねぇ!? あ〜おい、あんた何か知らねぇか?」

 

「…………」

 

ジークフリートは無言で青年の少し後ろに転がる二本の足を指差した。

 

「…………あ〜まさかとは思うけど、これ、ヴァーリの?」

 

ジークフリートは無言で頷く。

 

「…………え〜、マジでぇ!? いやいやいや、お前、ヴァーリって一応あれでも史上最強の白龍皇だったんだけどぉ! 何、あんたがやったの!?」

 

それに対しジークフリートは少し離れた、斜め後方にいるイッセーを指差した。

 

それを見て青年は目の色を変える、ボロボロの鎧を纏い、美女に支えられるイッセーの姿はたった今、激戦を制しましたという雰囲気がありありと漂っていたのだ。

 

少なくとも無傷のジークフリートよりは戦ったのがイッセーだと言った方が説得力がある。

 

いや、まあ、実際戦ったんだけど。

 

「……なるほどね、今代の赤龍帝は超優秀だった訳か、まさかヴァーリが死ぬとはなぁ……はぁ、しゃあない、勝者の赤龍帝に挨拶したら帰るか」

そう言って自身に背を向けイッセーへと歩いていく青年。

 

 

 

 

なに考えてるんだコイツ、ジークフリートそう思った。

 

彼は限界まで隠蔽術式を用い、また加速用の魔法陣を形成すると、新たに作り出した黒鉄の剣を静かにかつ全力で青年の背に投げつけた。

 

そして音速の数十倍の魔弾が青年の背に直撃、名も知らぬ青年の上半身はヴァーリ同様消し飛んだ。

 

「……はぁ、戦場で何してるんだか」

 

強そうなのにあっさり死んだ青年にジークフリートは溜息を吐くと彼は惨殺現場を近距離で見せられ、顔を引き攣らせているイッセーとリアスにゆっくりと歩み寄るのだった。

 

 

 

 

 

「つまり、君は禍の団の英雄派に所属していたのだね」

 

「はい、そうなります」

 

それぞれの戦いが終わり、会談も結果的に和平で纏まると、直ぐに襲撃時に現れたジークフリートの事情聴取に移ることになった。

ジークフリートは去年、曹操達に襲われ無理矢理従わされていたと、供述、信用を得る為に、自身が知りうる限りの情報を嘘も交えてサーゼクス達、三勢力のトップに報告した。

 

「英雄派を仕切る男は曹操と言います、彼は神滅具『黄昏の聖槍』(トゥルー・ロンギヌス)所持者で既に禁手化に至っている極めて強力な使い手です」

 

「英雄派の構成員は、はぐれエクソシスト数百人とはぐれ魔法使い数十人、更に誘拐して洗脳した一般家庭の神器所持者数百人、そしてその幹部にはゲオルク、ヘラクレス、そして無理矢理従わされていた僕の三人が居ました」

 

「ゲオルクは極めて高位の魔法使いです、僕が使っている魔法も元々は彼が作り出したオリジナル魔法です、その上、彼は神滅具『絶霧』(ディメンション・ロスト)の使い手であり、彼も曹操同様に禁手化に至っている強敵です」

 

「ヘラクレスは名前負けした、ただの大男です。多少、魔法が使えますが、曹操、ゲオルクに比べれば大したことない小物です。でも、一応攻撃力と防御力はそこそこあるので注意して下さい」

 

「ゲオルクは悪魔の駒を集めています、彼はそれを複数用いて強大なキメラを多数作ろうと目論んでいるようです、悪魔の駒の回収は主にヘラクレスがやっています、なのであまり数は集まっていないようです」

「曹操は名目上は『人間のままどこまでやれるか試してみたくなった、英雄になる為に禍の団に入った』と言っていますが、彼の本当の目的は全くの別です。まあ、英雄になる為にテロリストになったとか言われても説得力が全くありませんが、一応はそれが名目上の目的です」

 

「曹操の真の目的は人外全ての根絶、彼は無限の龍神の力を使いこの世全ての人外を排除するつもりです、そして今、ゲオルクと共に無限の龍神から力を奪い取る為、ハーデスと契約を交わし最強の龍殺しサマエルを解き放とうとしています、当たり前ですがハーデスはこの曹操の真の目的を知らないようです」

 

 

 

 

 

「……なるほど、曹操とはかなり危険な男なんだね」

 

「はい、その高い戦闘力もさることながら平気で人質を取ったり、その人質で人体実験を行ったり、結んだ約束を自分の都合で破る卑劣な男です、奴のせいで一体どれだけの罪のない人間が殺されたか……しかも、奴はそれだけの事をしているのにまるで罪悪感を抱いていないのです! 『殺した人数? 千から先は覚えてないなぁ』という言葉を僕は今でも忘れられませんッ!!」

 

ジークフリートはいかに曹操が卑劣かを熱心に語った、もう、名誉棄損で曹操が訴えるレベルで語った。

 

ジークフリートが語る曹操のあまりの悪逆非道な行動の数々に話を聞いていた大半の者達が顔を歪め曹操許すまじたいった雰囲気になっている。

 

これを曹操が見ていたら涙目である。しかも、微妙に嘘とは言い切れない事を多数混ぜるのが嫌らしい。

 

まあ、もちろん少数だがジークフリートを胡散臭い目で見る者もいる。

 

 

堕天使総督アザゼルもその一人だった。

 

アザゼルは不機嫌そうにジークフリートを睨みつけると、彼を問い詰め始めた。

 

「嘘くせぇな、お前、あのヴァーリに無傷で勝ったんだろ? 無理矢理従わされていたと言ったが、去年の襲撃の時点に返り討ちに出来なかったのか?」

 

ヴァーリと口にした際、アザゼルは僅かに悲しげな表情をした、裏切られたとはいえ、ヴァーリはアザゼルの養子の様なものだ。

 

自業自得とはいえ下半身だけとなった息子を見れば殺した相手に怒りを感じるのは自然な事である。

 

それが分かっている為かジークフリートはアザゼルの態度をとくに咎めはしなかった。まあ、それ以前にアザゼルの『嘘くせぇな』が大当たりなので何も言わない可能性もあるのだが。

 

「無理でした。襲撃は曹操とゲオルクの二人行われました。僕も禁手化した上位神滅具の使い手二人を同時に相手するのは不可能です。……いや、今なら辛うじて可能かもしれませんが、去年の僕はそこまでの力を持っていなかったのです」

 

これは嘘ではない、純然たる事実である。

 

そしてその事に疑問を持っていたミカエルが静観を止め、ジークフリートに質問した。

 

「確かに、戦士ジークは教会のエクソシストの中でもトップクラスの実力者でした、しかし、申し訳ありませんが、貴方が無傷で白龍皇を倒したと聞いた時、私は信じられませんでした、あの白龍皇はそれだけ強かった、私が知る貴方では確実に勝てないと断言してもいいほどに………一体どうやってそれ程の力を」

 

「ゲオルクの実験です、彼は潜在能力を限界以上に引き出す研究もしていました、彼は『オーフィスの蛇』を触媒としそれに成功します。まあ、最もこの施術をされた者は著しく寿命を消耗してしまい一年も生きられなくなってしまうのですが」

 

「ーーッ!? それでは貴方は!」

 

「はい、持って半年、早ければ1ヶ月の命です」

 

それを聞き、ミカエルが痛ましげな顔をした。

 

「ミカエル様、そんな顔をしないでください。大丈夫です。僕も短命で終わるのは嫌なので、申し訳ないのですが悪魔になろうと思ってます。それに元々、魔剣使いという事で教会からは異端視されてましたからね」

 

これも事実である。『魔剣創造』が異端の神器とされているのに伝説の魔剣が異端視されない筈がない、むしろ、今までジークフリートが異端の烙印を押されなかった事の方が異常なのだ。

 

それだけジークフリートの実力は高かった。ただ、やはり待遇は非常に悪かったと言わざるを得ない。

 

ジークフリートが禍の団に入った原因もそれである。自分より遥かに劣るゼノヴィアやイリナを聖剣使いだというだけで優遇する教会が許せなかったのだ。

 

「……そうですか、仕方がないでしょう。それに私には止める権利がありません。私は貴方の、いえ、魔剣等を操るエクソシスト達の境遇を知りながらも放置していた。言い訳ですが、神が亡くなり稼働が危うくなったシステムを維持するには聖なるモノを優遇するしかなかったのです」

「いえ、本当にお気になさらず、きっと例え教会の待遇が良かったとしてもいずれはこうなっていたと思います、何せ伝説の魔剣に選ばれてしまいましたからね」

 

「そうか、ジークフリート君は悪魔になりたいのか、優秀な悪魔が増えるのは喜ばしい。特に君はリアスとイッセーくんを助けてくれたからね、主人候補が見つかっていないなら協力するよ」

 

「助かります、魔王サーゼクスにそう言っていただけると心強い、ミカエル様もお気遣い感謝いたします」

 

そう言ってジークフリートはサーゼクスとミカエルに微笑んだ。

 

 

 

 

 

「おい、良い雰囲気のところ悪いが、まだ俺の質問は終わってねぇぞ」

 

そんな当たり前の事で口を挟んだアザゼルだが、こいつ意外と空気読めないな、と三人に冷めた目で見つめられてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おのれ、セラフォルーッ、おのれ、サーゼクスッ」

 

全身所々から血を流した褐色肌の美女ーーカテレアが地の底から沸き立つような強い怨讐を秘めた声を零した。

 

 

此度の三大勢力トップへの襲撃はカテレア達の敗北、つまり旧魔王派の敗北で幕を閉じた。

 

この戦いでカテレアが失ったモノはあまりに多い。

 

家臣は殆どが死に、同士にして実質旧魔王派リーダーのシャルバ・ベルゼブブも死に、そして、恋人だったクルゼレイ・アスモデウスまでもが死んでしまった。

 

カテレアが生き残ったのはクルゼレイが、サーゼクスに殺される寸座に彼女に逃げろと言ったから、そして、セラフォルーがカテレアに負い目があったからトドメをさせなかった故である。

 

 

つまり、彼女は情けをかけられ、一人だけおめおめと生き残ってしまったのだ。

 

 

「クルゼレイ……私は一体どうしたら」

 

カテレアは悲しげに、途方に暮れた様な呟きを漏らした。

 

既に旧魔王派は瓦解している、復讐しようにもカテレア一人では魔王の一人にすら勝てはしない。

 

そして、共に理想を語り合ったクルゼレイももう居ない。

 

「クルゼレイ、なんで、あの時私に逃げろなんて言ったのですか? セラフォルー、なぜ私を逃したのですか?……こんな惨めに生き残るなら、クルゼレイ、私は貴方と一緒に死にたかった」

 

 

 

 

 

「本当? じゃあオバさん、私のご飯になってよ!」

 

「え?」

 

それは一瞬のことだった。背後からの声に振り返ったカテレアが見たのは巨大な顎、そう、それがカテレアが見た最後の光景だった。

 

恋人から遅れる事、約半日、カテレア・レヴィアタンは恋人が待つ世界へと旅立っていった。

 

こうして幹部全員と実質リーダーを失った旧魔王派は完全に瓦解したのだった。

 

 

 

 

 




ジーク「僕は勇真とは違うんです、ちゃんとトドメをさせるんです」

勇真「…………」


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13話

前話の最後を加筆してます、良かったら見てください。


……やばい、ご都合主義が起きてしまった。内容は本編で(白目)


魔法は偉大である。

 

勇真は今更になってそんな事を思い知った。

 

何と言っても資材現地調達の無人島で二階建てのログハウスをたったの30分で作れてしまうのだから。

 

「ああ〜気持ちいぃ」

 

勇真は床に転がりながらそう呟いた。

 

三十度を超える気温の中、魔法で常温より温度を下げたフローリングの肌触りは最高で、その僅かに感じる “ひんやり” は束縛効果でもあるのか? 勇真を掴んで離そうとしなかった。

 

「勇真さん、あんまり床に転がっていると風邪を引いてしまいますよ」

 

ダメですよ〜とルミネアが座り込み優しく勇真の肩を揺らす。

 

「ああ、ごめんルミネア、でもあと30分だけ、30分だけだから」

 

「もう、勇真さんは30分前もそう言ってましたよ」

 

「そうだっけ? ごめんごめん」

 

そう反省の色なく勇真は転がりながらスマホを弄る。

 

当たり前だが日本から遥か離れた無人島まで電波は来ていない。しかし、そんな問題も魔法の一発で解決してしまうのが勇真クオリティである。

 

「もう、勇真さんたら」

 

そんな勇真の態度にルミネアが頬を膨らませる。だが、その仕草からはまるで怒りが感じられない。むしろ勇真への親愛の情が滲み出ているくらいだ。

 

「あ、そうだルミネアは住みたい街とかある?」

 

「住みたい街、ですか?」

 

「そう、いくらなんでもずっと無人島では暮らせない、それに駒王市もこれからどんどん住み辛くなりそうだから早めに引越しの候補地を決めようと思ってね」

 

そう言いながら勇真は圧縮空間に手を突っ込み冷えたコーラとポテトチップを取り出し食べ始めた。

 

 

……お前、ずっと無人島でも大丈夫だろう?

 

そう誰かしらに思われた気がしないでもない勇真であった。

 

 

 

 

 

勇真とルミネアが無人島にバカンスに来て既に5日の時間が経過していた。

 

まあ、バカンスと言っても2日目の朝にログハウスを作成した勇真は自宅に居るのと殆ど変わらない行動スタイル、つまりはグウタラ生活を送っているのだが。

 

 

あ、もちろんグウタラ生活を送っているのは勇真だけである。

 

 

 

「はぁ、はぁ……ふぅ、只今、戻りました」

 

薄手のスポーツウェアを着たルミネアがタオルで汗を拭きながら家に戻って来た。

 

「おかえり、また走ってたの?」

 

「いえ、今は素振りをしていました」

 

曹操達から逃げてからルミネアはトレーニングに励んでいた。走り込みに素振り、筋トレに遠泳、無理し過ぎない範囲ではあるがかなりキツイメニューである。

 

以前からルミネアは健康維持程度の運動は毎日欠かさず行っていたが、今現在のメニューは健康維持などというレベルではなく、明らかに身体能力向上を目指したソレであった。

 

「ここ最近、頑張ってるね、どうしたの?」

 

「……強くなりたいんです」

 

そう、ルミネアは呟く、小さいながらもその声には強い意志が感じられた。

 

「強く? なんでまた」

 

「この間、私は何も出来ませんでしたから」

 

「この間って曹操達の? いや、あのレベル相手に何も出来ないのは別に仕方がないんじゃないかな」

 

「……はい、分かってはいます。私なんかがいくら努力してもあの人達には絶対勝てないって、でも、せめて勇真さんの足を引っ張りたくない」

 

そう、自虐的に言うルミネア。だが、勇真として難しくとも不可能ではないと思った。

 

おそらく曹操、ゲオルクは厳しいだろう。しかし、ジークフリート、ヘラクレスは努力次第でなんとかならないレベルでもない。

 

3日だけとは言え英雄派にいた勇真は二人の戦闘力をある程度正しく理解している。

 

確かに二人の戦闘力は大したものだ、特にジークフリートの剣技など正に達人という言葉が相応しく単純な接近戦での力量は同等の武器さえあれば曹操相手にもそこまで劣りはしない。

 

だが、どうにもこの二人は油断が過ぎる。ヘラクレスは自分の防御力を過信しているのか、あまり攻撃を避けようとしない。だから凶悪な毒でも使えばあっさり勝ててしまうだろう。

 

ジークフリートは得意分野の接近戦では油断しないのだが、専門外の魔法分野の知識が乏しく警戒も薄い、故に簡単に呪いを受けてしまう。

 

まあ、それでも難しいことは事実である。

 

そもそもルミネアに戦って欲しくない勇真は可哀想だと思いつつもルミネアのネガティヴな発言をフォローするつもりはなかった。

 

「……う〜ん、やっぱり気にしなくて良いんじゃないかな? もう、俺は曹操達と接触する予定はないし、ランスロットくんが上手くやってくれれば、英雄派は近い内に三大勢力と他の勢力から優先的に狙われて壊滅するだろうから」

 

「でも、また、似たような状況で私が足手まといになるかもしれません」

 

「……まあ、残念ながらないとは言い切れないね」

 

普通にあり得る嫌な可能性に勇真は少しだけ顔を顰めた。確かに、その通りだ。故にルミネアが強くなるのは良い事なのだろう。それは勇真にも分かる。

 

だが、ルミネアは性格的に戦いが嫌いな女の子なのだ。傷つくのも怖いのも苦手で今まで戦って来たのは孤児でそう育てられたから仕方なくという面が強い。

 

だから、せっかく無理に戦わなくていい環境になったのにルミネアが戦う状況というのを作りたくなかった。

 

力があると否応にも戦わざるを得ない状況になってしまう事があるのだ。

 

強い者は弱いから戦えませんと言い訳出来ないのだから。

 

そんな事を考えている勇真にルミネアは声を落として話を続けた。

 

「私は卑怯で臆病です。いざとなったら私を置いて逃げて、なんてきっと言えません。多分、死ぬのが怖くて助けてと勇真さんに縋ってしまう」

 

「それは本当に仕方がないよ、誰だって自分の命は惜しい」

 

「でも、勇真さんは私を見捨てないでくれました! あの時、曹操達と戦ってる時、私を見捨てれば逃げれたんじゃありませんか!?」

 

とても幸せそうに、そして、同時に咎人が懺悔する様にルミネアが告げた。

 

「…………まあ、そうだね、多分、可能だったよ」

 

勇真はルミネアの言葉を認めた。絶対にとは言い切れないが、少なくない可能性が有ったのもまた事実である。

 

落ち込むルミネアを慰める為にあえて否定しようかと考えたが、ルミネアは勇真が逃げれたと確信しているらしく勇真が否定したところで彼女の罪悪感を減らす効果は見込めないのでやめた。

 

「私にはきっと無理です。もし、勇真さんと同じ状況だったらきっと勇真さんを見捨てて一人で逃げてました……そして、あの時、きっと勇真さんは私を置いて逃げるんだろうなと思って怯えてたんです、それが恥ずかしくてッ」

 

そう言うルミネアの声色には強い悔恨の情が混じっていた。

 

「だからトレーニングを?」

 

「はい、誰かに、勇真さんに縋りたくなる弱い心は直せないかもしれません、なら出来るだけ縋らないで済むように様に強くなりたいんです!」

 

それは強い決意を秘めた瞳だった。

 

ルミネアは俺が守るよ、とか言っておいて守れなかった勇真に止める事など出来ないほどに。

 

「……………………はぁ」

 

長い長い沈黙の後、勇真は溜息を溢す、そして彼は何かを決意したような表情をすると静かにルミネアを見つめ口を開いた。

 

「…………それじゃあ仕方ない、俺も手伝うよ」

 

「あ、い、いえ、お手を煩わせるのは、悪いです」

 

手伝いを遠慮するルミネアに勇真は首を振ると言葉を続けた。

 

「いや、手伝うよ、そんなに真剣なら手伝わない訳にはいかない、それに俺が手伝った方が多分よりルミネアは強くなる、中途半端な実力が一番危ないんだ。だから強くなると決めたなら突き抜けて強くなるべきだ」

 

「つ、突き抜けてですか?」

 

「そうだよ……まあ、俺としてはね、男女差別になると思うけど、女の子には出来るだけ戦って欲しくないんだ。だから前回曹操から逃げられなかったのはルミネアが悪いんじゃなくて俺が自分の能力に胡座をかいていたのが悪い、そう思ってた、いや、今も思っている」

 

「勇真さんは悪くありません! それにあれだけ強かったら胡座もかくと思います」

 

「でも、それで前回失敗した。で、ルミネアに自分が強くならなきゃとか思わせてる、もう、この時点で俺的にはアウト」

 

そう言って勇真は立ち上がり大きく伸びをした。

 

「だからルミネアの訓練の手伝いだけじゃなく、俺も強くなろうと思う、なに、勉強とか仕事は嫌いだけど身体を動かすのは好きだった。だから身体を鍛えるのは嫌いじゃない、こんなグウタラじゃ説得力がないかもしれないけどね」

 

「確かに、あんまり……説得力が」

 

ちょっと申し訳なさそうに言うルミネアに勇真は苦笑した。

 

「はは、普通そう思うよね、だからまあ、飽きないように取り敢えず遊び感覚から少しづつ鍛えていくよ」

 

勇真はそう答え、圧縮空間から用途の分からない魔導道具の様なモノを取り出した。

 

 

 

 

 

ルミネアの訓練を手伝うと言ってから直ぐに勇真はやらなければならないことがあると一人で黙々と何かを作り始めた。

 

その間、ルミネアは勇真に訓練をしても良いけど絶対に体調だけは崩さないでとお願いされた為、彼女は素直にキツイ訓練メニューは控えていた。

 

そして3日後、今日から訓練の手伝いをすると勇真は言い、何故か寝室にルミネアを呼び出した。

 

 

「さて、待たせたね、でももう少しだけ待ってね、手伝うと言ったけど、まずルミネアには魔法を使える様になってもらいたいから」

 

「魔法ですか?」

 

「そう、魔法があればかなり便利だよ、戦闘の幅も広がるし相手の隙や油断を作るのも簡単に出来る。なにより強化魔法があれば簡単に筋力、速度、耐久力、そして知覚速度を高めることが出来るからね、普通に身体を鍛えるだけよりずっと効率が良い」

 

「でも、私って魔法力があるのでしょうか?」

 

「あるよ」

 

ルミネアの疑問に勇真は即答した。

 

「元々ルミネアはそれなりの魔法力を持っていた。そして今は以前と比べて格段に強い魔法力をルミネアは持っている、何せ今のルミネアは半分、仙人みたいなものだからね」

 

「仙人って、中国のあの仙人ですか!?」

 

「そう、出来が悪いモノとは言え、ルミネアは蟠桃を食べた。不老長寿を約束する仙桃、三千年に一度しか実らないという宝桃、それがルミネアに与えたモノは多いよ、数百年を超える寿命に強い魔法力、身体能力も以前より上がって、成長速度も遥かに増したんじゃないかな?」

 

そう言って勇真は以前のルミネアとの比較図の様なモノを魔法で虚空に投影して見せた。

 

「あ、はい、確かに、まだ数日しか鍛えてないのに訓練の効果が直ぐに出てました」

 

「うん、それは強くなるにはいい事だ。で、多分、ルミネアが得た魔法力を使うなら仙術が最も適しているんだろう。でも、生憎俺は仙術が使えないから教えられない。だから代わりに俺が使っている魔法知識を全部あげるよ」

 

そう言って勇真は圧縮空間から一本の剣を取り出した。

 

それは刃渡は60㎝ほどで癖のない真っ直ぐな両刃の美しい剣だった。その刀身には幾つかの魔術文字と魔術文様が刻まれ、剣全体から強い聖なる波動が漏れ出ている。

 

「これは?」

 

「見ての通り剣だね、そして杖でもある。聖短剣を作る際に出た水増しに使われていた魔法金属、それを錬金術で剣にしたんだ。長年エクスカリバーの破片のオーラを吸っていたからかな? いつの間にこの金属にも聖なる属性が着いていたらしい……」

 

そこまで言って勇真はしばし口を噤む、そして若干言い辛そうに説明を続けた。

 

「これは鍔の部分に蟠桃の種を入れてある、だからルミネアとの相性は良い、はずだ……でここからが問題なんだけど、これにはある種の洗脳魔法が掛かっている」

 

「…………」

 

「もちろん、洗脳って言っても意思や身体を自由に操れる様になる類じゃない、ただ俺が設定した魔法知識をルミネアの記憶に刻みつける効果がある、これの柄を握るだけでルミネアは俺の魔法知識の殆どを得る事が可能だ、いや、でも一応洗脳魔」

 

勇真が何か長々と言い訳をしようとした所でルミネアはヒョイっと軽い覚悟でその剣の柄を握った。

 

それと同時に大量の魔法知識が一気にルミネアに流れ込む。

 

「ちょっ!?」

 

「ッッ!?……う、うぅ、凄い頭痛が、します」

 

「ルミネア! もう、話聞いてた!? 洗脳魔法だよ! 洗脳魔法! 俺に悪意が有ったらどうする気だったの!」

「だ、だって」

 

あまりの知識量にルミネアはクラクラしながらも揺れる視線でなんと勇真を捉える。

 

「勇真さん、変な、ところで遠慮して、ます。私を、洗脳、したいなら最初からしてるはず、です」

 

「……それは、そうだけど。気が変わってルミネアを玩具にしたいとか思わないとも限らないんだよ?」

 

「それでも、勇真さんなら、私を大事にしてくれますよね?」

 

頭痛で辛いだろうにルミネアはとても穏やかに勇真に笑いかけた。

 

「…………はぁ、そうだね、分かったよ、もう何も言わない。あ、やっぱり一つだけ……俺以外の洗脳魔法には絶対に注意するんだよ」

 

「はい、もちろん、です」

 

勇真さん以外に洗脳なんてされたくありませんから、そう小さく零してルミネアは倒れ込む様に勇真に抱きついた。

 

「……よろしい、じゃあ、今から催眠魔法で眠らせるからね、丸一日眠れば知識も定着して頭痛も無くなるはずだから」

 

「はい、じゃあ、大分早いですけど、おやすみなさい、勇真さん」

 

「はい、おやすみ、しっかり休んでね」

 

そう言って勇真はルミネアを優しくベットに寝かせると軽い催眠魔法で眠らせたのだった。

 

 

 

 

 

 

「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、ビックリ、ビックリ、まじビックリ♪」

 

吸血鬼の総本山、ツェペシュ本城で一人の悪魔が楽しげな笑い声を上げた。

 

長い銀髪の外見年齢が、中年から老年に差し掛かった男は銀を基調とした鎧とローブが混じったような衣装ーー『魔王の衣』に身を包みながら外見に似合わぬ軽い口調で笑い続けた。

 

その男の名はリゼヴィム・リヴァン・ルシファー、全悪魔の中でたった三人だけの『超越者』と呼ばれる者の一人である。

「聖杯で邪龍ちゃんの魂を集めてなら、まさかまさかの事態発生! ウチのきゃわいい孫が家出から戻って来ました! はい、ユーグリット拍手〜!」

 

「おめでとうございます、リヴァン様」

 

「…………」

 

 

リヴァンの言葉に答えたのはこれまた銀髪の青年ーーユーグリットだ。

 

彼はパチパチと拍手をすると、淡々とした声でリヴァンに話し掛けた。

 

「リヴァン様、今、私になにか御命令はありますか?」

 

「ん? ないよー」

 

「分かりました。それでは、私は吸血鬼の案件に取りかかりたいのですが宜しいでしょうか?」

 

「オーケオーケ、吸血鬼はメンドイからユーグリットくんに任せるわ、その間に僕ちんは家族水入らずでお話ししてるから♪」

「は、仰せのままに」

 

リヴァンに許可を貰ったユーグリットは一礼すると静かにリヴァンの部屋を後にした。

 

「さて、ヴァーリちゃん、何からしようか、おままごと? 人形遊び? うひゃひゃひゃ!」

 

リヴァンの言葉に銀の首輪をさせられたヴァーリが、死んだはずのヴァーリが憎しみに満ちた目で祖父であるリヴァンを睨みつけた。

 

「…………」

 

「もう、ねえねえ、ヴァーリちゃん、おじいちゃん無視されるの悲しいなぁ、せっかく生き返らせてあげたのに……あ、そうだぁ、じゃあ、人形遊びをしようか? ちょっと『おじいちゃん大好き』って言ってみてよ」

 

「……オジイチャンダイスキッ!」

 

ヴァーリは射殺す様な憤怒に満ちた表情でリヴァンに吐き捨てた。

 

「わーい! おじいちゃん孫に好きって言ってもらえたの初めて♪ うれぴーな〜、さて次はなんて言ってもらおっかな〜うひゃひゃひゃ! じゃあ次は『助けてくれてありがとう』ね♪」

 

「タスケテクレテアリガトウッッ!」

 

「うひゃひゃひゃひゃ、マジウケる! 」

 

そう言って、リヴァンはヴァーリの肩を叩こうとしたのだが、何かを思い出したかのようにその行動を取りやめた。

 

「おおっと、いけね、危うく壊しちゃう所だったよ、孫は大事にしないとね〜、じゃあ、仕方ないもう少し人形遊びで我慢するかぁ♪」

 

「…………」

 

 

 

リヴァンの一人遊びは続く、彼が満足するその時まで。

 

 

 




銀髪トリオ結成!

やったねヴァーリ、生き返ったよ!(黒い笑み)


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14話

……主人公が情けない。


 

勇真14

 

 

辛くとも認めなければならない現実がある。

 

それは考えられる可能性だった、それは予想して然るべき当然の事だった。

 

「………こ、これでルミネアの」

 

そう、ただ目を背けていただけの事、最初から分かっていた事だったのだ。

 

 

 

 

 

 

「十二連勝だね……ぐすん」

 

ルミネアが勇真より強いなんて事は。

 

 

 

 

 

「ゆ、勇真さん」

 

勇真がいじけて砂浜に転がってしまい、ルミネアがオロオロしている。

 

しかし、そんなルミネアを構う余裕は今の勇真に残されていなかった。

 

「ああ、本当、俺ってダメな奴だなぁ〜、ガチで戦って超手加減してもらった女の子にボロ負けとかマジ引くわぁ、え、お前って本当に男? 筋力よわ、マジもやし、能力使えない一方○行よりもやし、いや、むしろもやしとか言ったらもやしに失礼なレベルで貧弱、ああ〜この人これで自分は運動神経が良い方とか言ってたんだよ〜笑っちゃうよね〜とか思われてるんだろうなぁ……はぁ、死にたい」

 

「お、思ってませんから! 落ち着いて下さい勇真さん!」

 

もう、勇真は色々とダメダメだった。

それは勇真がルミネアに魔法知識と聖剣を与えた次の日の訓練の事である。

 

まず勇真はルミネアに魔法有りの戦闘を実際体験してもらう為に軽く模擬戦を行おうとしたのだ。

 

そう、“軽く”

 

 

 

模擬戦一戦目

 

「まず、ルミネアは俺があげた魔法知識に慣れるところから始めよう、大丈夫、加減はするから全力で掛かって来て」

 

結果・敗北

 

模擬戦二戦目

 

「凄い! ルミネアは魔法のセンスあるよ、じゃあ、今度は俺も結構本気で行くから覚悟してね!」

 

結果・敗北

 

模擬戦三戦目

 

「天才だ、マジ天才だ! よし、俺も本気で行く! だから今回は勝たせてもらうよ」

 

結果・敗北

 

模擬戦四戦目

 

「はは、は、つ、強いなぁ、ルミネアは。ちょっと俺、油断しちゃったよ、じゃあ、今度こそ正真正銘の本気で行くからッ!」

 

結果・敗北

 

模擬戦五戦目

 

「……じゃあ。今度は俺、神器も使うね、覚悟してね」

 

結果・敗北

 

模擬戦六戦目

 

「………聖剣も使うね」

 

結果・敗北

 

模擬戦七戦目

 

「…………今回ルミネアは会話に呪詛を込めるの禁止ね」

 

結果・敗北

 

模擬戦八戦目

 

「……………追加で、空間転移禁止ね」

 

結果・敗北

 

模擬戦九戦目

 

「………………さ、更に追加、雷と炎属性は禁止ね」

 

結果・敗北

 

模擬戦十戦目

 

「…………………ついか、七属性禁止」

 

結果・敗北

 

模擬戦十一戦目

 

「……………………つ、いか、物体、浮遊と障、壁もダメ」

 

結果・敗北

 

模擬戦十二戦目

 

「………………………オレゼンリョク、ルミネア、シンタイキョウカイガイキンシ、オーケー?」

 

結果・敗北

 

「……………………………はは、ゴメン、ルミネア、俺はもう、ダメだ」

 

 

 

ダメ人間ここに極まれり。

 

軽く二回程模擬戦するつもりが、勝てないので熱くなり、更に数回負けた続け、最後には恋人の女の子に超手加減してもらった上で自分は全力全開で倒しに行っての敗北、カッコ悪いなんてレベルではない。

 

それどころか、この男、このザマで昨日『女の子には出来るだけ戦って欲しくないんだ』とか『中途半端な実力が一番危ないんだ』とかほざいていたのである。

 

まったく嘲笑モノの愚か者だ。

 

「……俺は弱いね、はは、分かりきってた事じゃないか、俺が強かったのは聖剣から力をもらったからだし、小細工が出来る魔法がなきゃ俺なんてミジンコ程度の実力さ、勇者時代もあっさりミルたんに負けちゃうし、聖剣折られるし、あ、そう言えばミルたんどうしてるかなぁ、魔法少女にしてあげるからセラビニアから帰ってって騙してから会ってないなぁ〜、ちょっと探して会いに行こうかなぁ、逝こうかなぁ〜」

 

「落ち着いて勇真さん! た、たまたまですよ! と言うより今、勇真さんはランスロットくんに魔法力95%と殆どの属性魔法と呪詛系列と高位魔法障壁と身体能力強化まで契約で渡してるから本来の百分の一以下の実力しか出せないじゃないですか!」

 

ルミネアがいじける勇真を必死でフォローする。

 

「…………うん、それ言い訳にしようと思った。でもさ、ルミネアに身体能力強化以外禁止させてコッチは神器と聖剣と空間転移使って敗北って……もう、死んだ方がいいかなぁ?」

 

「死なないで下さい!?」

 

「………はは、大丈夫、冗談だから、死んだりは、しないから」

 

そう言って、勇真ゆっくりと砂浜から身を起こした。

 

「はぁ………それにしても今の俺の戦闘力がここまで低いとは思わなかった。ジークフリートとかを魔術知識が乏しい上、魔法に対する警戒も薄い、って思ってたけど、俺も全く人の事を言えなかったよ。俺は接近戦の技量が皆無な上、それに対する危機感が欠如していた……数倍以上の速度差が有ったのに曹操に接近戦で負けるわけだよ」

 

今回の勇真が如何に魔法に頼りきっていたか分かる結果だった。

 

模擬戦の敗因は主に自分がピンチの時、契約で使えない魔法を癖で使用しようしてしまうことでそれが発動せず、動揺で隙が生まれ敗北というパターンが多かった。

 

そう、例えば攻撃が当たりそうだから魔法障壁で防ぐ→今、強い魔法障壁はランスロットくんにあげてますよ? の様な行動をつい取ってしまうのだ。

 

そして、この行動を取るのは癖だけではなく、知覚速度の倍化が出来ないからという要因も関係する。

 

勇真は戦闘の際に身体能力強化に合わせ、知覚速度も倍化している、その速度は通常時の数百倍以上。これにより勇真は余裕と冷静さを失わずに戦う事が出来ていたのだ。

 

だが、これを無くすと途端に勇真から冷静さが消えてしまう。そして、目まぐるしく変わる戦況に対処出来なくなってしまうのだ。

 

 

 

 

「まず、勇真さんに足りないのは判断力です、私との模擬戦で勇真さんは何度も判断ミスをしています、先ずはここから治しましょう!」

 

「はい、分かりましたルミネア先生」

 

「ーーッ!?……よろしい、勇真くん、勇真くんが強くなるまで先生が勇真くんを守ります!」

 

「すいません、それだけは勘弁してください。リアルファイトで女の子に守ってもらうとか精神的に死んでしまいますッ!」

 

 

 

こうして、勇真はルミネアの訓練をつけるつつ自分の訓練をするつもりが、ルミネアに指導してもらい彼女には魔法のアドバイスをするという状況に変わってしまうのでした。

 

 

 

 

 

 

 

高めに高めた集中力を持って魔剣を創造する。イメージするのは常に最強の魔剣、聖剣を、聖剣エクスカリバーを打ち砕く最硬の魔剣だ。

 

そうして創られた魔剣を片手に木場はジークフリートに踏み込んだ。

 

「はあああッ!」

 

木場は強い踏み込みで加速、一気に間合いを詰めると裂帛の気合いと共に手加減など一切無い、殺す気の横薙ぎをジークフリートに放った。

 

しかし……。

 

「まあ、悪くはない踏み込みだね」

 

木場の横薙ぎの十倍以上の速度で振るわれた黒鉄の剣が彼の魔剣を木っ端微塵に打ち砕いた。

 

「ただ剣の出来は悪い」

 

「ーーッ!?」

 

そして次の瞬間、魔剣を砕かれ隙が出来た木場の腹筋にジークフリートの前蹴りが叩き込まれる。

あまりの激痛に腹が爆発したと木場は錯覚した。

 

木場はくの字に折れ曲がりながら大地と平行に数十メートル吹っ飛び、地面に接触、そこさら更に数十メートルゴロゴロと地面を転がり、ようやくその動きを止めた。

 

「ガッフ、ガ……はぁ、ぁあ、はぁッ!」

 

甚大なダメージに木場の身体が悲鳴をあげる、それでも彼は血反吐を吐きながら立ち上がる。

 

 

しかし……。

 

「起き上がりが遅い」

 

何時の間にか至近距離に居たジークフリートのアッパーが木場を天高く舞い上がらせた。

 

そして彼は20秒を超える長い長い滞空時間を経てから地面にべちゃりと墜落した。

 

「き、木場さんッッ!?」

 

アーシアが悲鳴をあげて木場に駆け寄ろうとする。だが、ジークフリートの作った結界に阻まれ近付けない。

 

「アーシアさん、まだ回復は早いよ」

 

結界の前で涙目のアーシアに無情の言葉が突き刺さった。

 

「そ、そんなッ!」

 

非常に珍しくアーシアが非難の目でジークフリートを見た。だが、そんなの御構い無しに、いや、それどころか彼はアーシアに一瞥すらせず、ただ静かに地面で痙攣する木場を観察していた。

 

「木場くん、キミの鍛え方は少々極端過ぎる」

 

倒れて痙攣する木場の周りをゆっくりと歩きながらジークフリートが木場に語り掛けた。

 

「 “当たらなければどうということはない” ……確かに、それは真理だ。どんな攻撃も当たりさえしなければ問題は起きない。その認識は正しよ」

 

ジークフリートは木場の周囲をクルクル回る。

 

「しかし、そんな事が本当に可能なのかな? 僕はこう思っている。どんなに高位の悪魔だろうと、そう、それこそ何処ぞ神話の主神だろうと全ての攻撃を回避出来る者なんて存在しないと」

ジークフリートは木場の周囲をクルクル回る。

 

「例えば、“音” なんてどうだろうか? 戦闘中の会話に、音に呪いが乗っていたらどうやって回避する? 聴覚を遮断するかい?」

 

「例えば、“姿” なんてどうだろう? 僕を見るだけで掛かる呪いがあったとしたら、どうやって回避する? 目を瞑って戦うかい?」

 

「例えば、今、僕が張っている “結界” なんてどうだろう? この結界の範囲を一気に狭めて圧殺するとしよう、360°から迫る壁をどうやって回避する? 結界をすり抜けるかい?」

 

生徒に語りかける教師の様に、ジークフリートはゆっくりと木場の頭に浸透する様に自説を語る。

 

しかし、倒れた者の周囲をクルクル回りながら語りかけるのその姿は、何処となく洗脳儀式の様で、この光景を見る者に強い不安を抱かせた。

 

 

「軽く上げただけで君がまず回避出来ない攻撃が三種も出たね? この攻撃は果たしてこのまま速度鍛えていけば回避出来るモノかな? 良く考えてみると良い。……さてと、長くなったね、そろそろ休憩は終わり、続きをしようか?」

 

そう言ってジークフリートはほんの少しだけ木場に回復魔法を掛ける。そしてバックステップで20メートル程距離を取った。

 

「さあ、再開だ、向かって来るといい、でも、もしあと10秒経っても来なかったら……僕から攻めるよ?」

 

そう言ってジークフリートは冷徹な瞳で起き上がろうとする木場に発破をかけるのだった。

 

 

 

 

悪夢はサーゼクスの何気ない発言から始まった。

 

「実は近々プロ入り前の優秀な若手悪魔を集めてレーティングゲームが行われる事になったんだ、そこでジークフリートくん、ウチのリアスとソーナさんを鍛えてもらえるかな?」

 

主候補が見つかり、やる事がなく暇だったジークフリートにサーゼクスが言ったのがこれである。

 

そう、これがリアス、ソーナ眷属の悪夢の始まりだったのだ。

 

後にサーゼクスは言う、言い訳の様に言う。ほんの軽い気持ちだったと、強力な魔導騎士を暇にさせておくのはもったいないと思ったと。

 

 

 

『Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost‼︎』

 

「うおぉおおおおおッ!!」

 

ジークフリートの戦闘教室が始まって今日で一週間。

 

イッセーは度重なる臨死体験とジークフリートに見せられたリアスの乳を吸う幻覚により完全な禁手へと至っていた。

 

彼は限界までパワーを高めると脇目も振らず一直線にジークフリートに突っ込んだ。その速度はジークフリートを除くこの場の誰よりも速い、この短期 “超” 集中型ジークフリート教室で最も成長しているのは彼なのだ。

 

「良い速度だ、パワーも素晴らしい」

 

ジークフリートはイッセーの動きを褒める。

 

だが、彼が褒める後は決まって……

 

「だが、少々一つの事に集中し過ぎだね」

 

ーーダメ出しが飛ぶのだ。

 

次の瞬間、ジークフリートの手前に “アーシア” が現れた。

 

「ッ、あぶねぇッ!?」

 

イッセーは今まさに叩き込もうとしたパンチを辛うじて止める。

 

その間にジークフリートはバックステップで距離を取った。

 

「イッセーさん?」

 

目の前で止まった赤い拳を見て、“アーシア” はキョトンとした顔をした後、嬉しそうにイッセーに抱きついた。

 

「良い反応ですよ、イッセーさん、でも、ここでの正解はそれではないんです」

 

次の瞬間、“アーシア” が大爆発を引き起こした。

 

「そう、一つの事に集中し過ぎると幻術と本物の区別がつかなくなる、キミが冷静だったら少し距離を取って本物のアーシアさんが居た場所を確認したと思うよ」

 

 

「ーーッ、イッセーくんッ!? クッ、おのれ!」

 

爆心地で倒れ込むイッセーを見て木場がキレた。彼は一直線にジークフリートに踏み込むーー振りをしてフェイント、巧みなステップで彼の背後に回るとその首を切り落とした。

 

 

そして、再び大爆発が巻き起こる。

 

「フェイントを入れたのは評価しよう。でも木場くん、キミも冷静ではない。今、爆裂魔法球を幻術でアーシアさんに見せたばっかりじゃないか、なんで僕は本物だと思ったんだい?」

 

そう言って、少し離れた場所で気配を消し透明になっていたジークフリートが姿を現した。

 

「さてと、残ったのは女性と、男の娘か……攻撃するのはちょっと気が引けるね」

 

そう言いつつ、ジークフリートは100を超える魔法陣を自身の背後に展開する。

 

「と、止まれッッ!!」

 

展開された大量魔法陣に焦ったギャスパーがジークフリートに『停止世界の邪眼』を発動、そして次の瞬間、ギャスパー “が” 停止した。

 

「ギャスパーくん、もう対象を絞って神器を使えるようになったんだね、素晴らしい成長だよ。でもね、そういう呪いに近い神器って呪詛返しに弱いんだ。君は魔法のセンスがあるけど時間停止に対する備えがないね、自分の神器が返される類の能力ならちゃんと備えないとダメだよ。まぁ、今は聞こえないだろうから後にするか」

 

そうして、ジークフリートは集まって隙を伺うリアス、朱乃、小猫、アーシアに視線を投げかけた。

 

「うん、下手に分散しないのは良い事だ。隙を伺うのも正しい。でも、攻撃を躊躇するのはいただけない。僕は今、視線をギャスパーくんに向けていただろう? それは明確な隙だったはずだ、例え作られた隙だとしても、隙は隙、通常時より攻撃が当たり易いのは確かなんだよ? だから、今は朱乃さん、貴女が最速の雷を撃つべきだったと僕は思うよ」

 

それが “ラスト” チャンスだった。そうジークフリートは付け加えた。

 

「…………」

 

ジークフリートの言葉に朱乃は無言、いや、朱乃だけでなく、リアスもアーシアも小猫も無言。

 

反論が浮かばないのではない、物理的に出来ないのだ。

 

「あと、もう一つ、何度もやったからあえて説明はしなかったけど、君達は短時間で勝負を決めるしかなかったんだよ? 知ってたよね、僕が会話に呪詛を混ぜる事が出来るって」

 

ジークフリートはゆっくりと固まって動けないリアス達に歩み寄る。

 

「それだけではなく、ギャスパーくんのソレには遥かに及ばないけど邪眼も一応使えるんだよ? 僕の呪いは君達レベルじゃレジストするのは難しい。だから僕の話を聞くたびに僕に見られる度に君達の勝機は薄くなっていったんだ、だから時間稼ぎが目的じゃなかったら玉砕覚悟で特攻すべきだった」

 

そしてジークフリートは良く “音” が聞こえる様にリアス達の近くで指を鳴らす。

 

それと同時に四人が地面に倒れ込む。

 

「これでリアス組、第三回目の模擬戦を終了とする」

 

ジークフリートはそう呟くと視線をリアス達から結界の外のソーナ達に移した。

 

視線を投げられたソーナ眷属がビクリと身体を震わせる。

 

「さて、よく休めましたかソーナさん? リアスさん達を片付けたらソーナ組の三回目を始めますよ?」

 

そう言ってジークフリートは爽やかな笑みを浮かべた。

 

「………はい」

 

そして、笑顔のジークフリートに答えるソーナの顔は死刑前の罪人よりも青かった。

 

 

 

隙がない、油断がない、躊躇がない、遊びがない。ジークフリートはいっそ笑いが出るほど合理的に冷徹にリアス眷属とソーナ眷属を鍛え抜いた。

 

その苛烈さは地獄の炎をも上回る、途中、あまりの苛烈さに保護者乱入(レヴィアたん襲来)もあったがそれすらあっさり片付け、ジークフリートはリアス、ソーナを鍛え抜いた。

 

その結果。

 

まあ、つまり、言うまでもない事だが、リアス眷属とソーナ眷属は大幅レベルアップを果たしたのだった。




流石は原作主人公勢、オリ主とは修行密度が違うなぁ。


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15話

“勇者さん” のD×Dですから、魔法使いに非ず。


「はぁ、やってくれたな、宮藤勇真」

 

とある孤島に重なる様に作られた異界、現英雄派本拠地の会議室で、曹操が溜息と共に恨み言を呟いた。

 

「……ゲオルク、各支部への襲撃で戦力はどの程度減った?」

 

「エクソシストが九割、魔法使いが八割、そして神器使いが七割捕縛ないし死亡した。ジークフリート、ヘラクレスの行方不明も考えて総合的に……戦力は八割減と言ったところか」

 

「そうか、ハーデスとの交渉は?」

 

「難航している、どうやらどこぞの筋から英雄派の目的がオーフィスを使った全人外の排除という内容で各勢力に伝わったらしくてな、それを信じたハーデスはサマエルの貸し出しを拒んで来た……オーフィスの力を奪う計画は頓挫したといっていいだろう」

 

「……そうか、それで勇真の行方は?」

 

「不明だ」

 

そこまで聞くと顔を憤怒に染め、右手を振り上げた曹操は怒りに任せ机の一部を叩き壊した。

 

「ーーッ! ……すまない、五月蠅くしたな」

 

「いや、気にしないでくれ、こんな事態だ物に当たりたくもなる」

 

「はぁ……ありがとう、少し落ち着いた。しかし、戦力で動くのは無理か、暫くは戦力補充に努めよう、ゲオルクはエクソシストの勧誘を頼む、天使が悪魔と組んだことで不満を持つ者が大量に居るはずだ、特に人外に恨みを持つ者は現状を許せないだろう」

 

「了解した。曹操はどうするのだ?」

 

「新幹部予定の者達を鍛えておく」

 

「ああ、あの複数の神器を持たせた者達か?」

 

「ああ、それとバルパー・ガリレイをだ」

 

 

 

 

 

 

 

恐怖のジークフリート教室は本日10日目を迎えていた。

 

 

 

「うおぉおおおおおッ!」

 

「はあぁあああああッ!」

 

雄叫びを上げながらイッセーと木場がジークフリートに接近戦を挑む。

 

そのコンビネーションは正に阿吽の呼吸、二人は高速で目まぐるしく立ち位置を変えながらも一度も接触する事無く、それぞれの隙を埋める様にジークフリートを攻め立てる。

 

その連携攻撃にジークフリートの頬が楽しげに歪んだ。

 

「いいよ、実にいい。そうだ、一人で戦うな、せっかくの集団戦だというのにキミたちと来たらなぜか一対一ばかり仕掛けてくる、訓練初日から僕はそれがとても不満だったんだ」

 

そう話しつつ、ジークフリートは剣も使わず体捌きだけで二人の連撃を躱し続ける。

 

「クッ!」

 

「このッ!」

 

攻撃が当たらない事に焦り始める木場とイッセー。この間にもジークフリートの口撃(呪詛)が二人の身体を少しづつ蝕んでいく。

 

「うん、本当にいい。中々のコンビネーションだ。だが、まだ僕に攻撃を当てるほどじゃないね、キミたちは少しアイコンタクトをし過ぎている、それはもっと短時間かつ、さり気なくしないと、僕にまで次の動きが読めてしまうよ?」

 

そう言ってジークフリートは予め木場来ると分かっていた場所に足を出す、それに引っ掛かり、木場が宙を舞う。しかし、彼は巧みに空中で体制を立て直すとうまい具合に着地、直ぐに視線をジークフリートの方に向ける。

しかし、木場の視線に移ったのは困惑顔のイッセーのみ、ジークフリートは何時の間に姿を消していた。

 

「ーーッ!一体何処に!?」

 

「僕はここだ」

 

そう、 “困惑顔のイッセー” が言って木場に拳を叩き込んだ。

 

「ご、がぁッ!?」

 

「木場ぁぁッ!?」

 

それと同時に、もう一人のイッセーが叫びながら姿を現わした。

 

「何度も言ってるけどキミは……キミ達リアス眷属は仲間を信用し過ぎだ、いや、正確には仲間の姿を信用し過ぎだ。キミ達は眼に映るものが自分と同じ眷属だと直ぐに警戒心を解いてしまう」

 

そう、“困惑顔のイッセー” は言いながら、顎に拳を喰らいフラつく木場に追撃の回し蹴りを叩き込んだ。

 

「か、はぁッ」

 

その一撃で木場は地面と平行に吹き飛ぶ。そして、それに視線を向けたイッセーの腹に黒鉄の剣が突き刺さった。

 

「ーーッ!? ガッ!」

 

「だからこんな気配も誤魔化していない幻術に引っ掛かる。なぜ、消えたのが僕で残ってるのがイッセーくんだと判断した? イッセーくんを消して僕がイッセーくんに変身したとは考えなかったのかい? あとイッセーくん、仲間を心配するのは素晴らしいがそれで隙を作ってたら世話ないよ?」

 

そう、笑い、ジークフリートは腹に刺さった剣に視線を向けたイッセーの死角を通り移動、その首筋に強力な蹴りを叩き込み意識を奪った。

 

 

「さて、残るは塔城さん、キミだけだ」

 

「…………」

 

「残念だが、キミがリアス眷属で一番成長していない、そして一番中途半端な戦力だ……いや、オブラートに包むのはよそう、はっきり言って、キミが一番使えない」

 

「ーーうるさいッ!」

 

挑発ではなく事実だ。そう思わせる雰囲気で語るジークフリートに小猫がキレた。

 

しかし、ジークフリートはどこ吹く風、小猫渾身の右ストレートを指一本で止めると、当たり前の事を言うような、世間話をする様な口調で話し出した。

 

「キミはなぜ、最初のコンビネーションに参加しなかった? 二人が作った僕の隙を突くため? そうじゃないよね、ただレベルが高くてついて行けなかっただけだよね?」

 

「…………ッ」

 

「あの二人はリアス眷属の中でも特に成長している、今の禁手なしの状態ですらね。キミが着いていけないのは仕方ない。でもね、それよりも、僕はなぜこの接近戦メインのメンツにキミが含まれているの? と思ったんだよ」

 

「……私は『戦車』(ルーク)です。接近戦をして当然じゃないですか」

 

「そんなモノは後天的に与えられたモノに過ぎないよ。僕は魔法も“そこそこ” 使えるからキミの才能が何に片寄っているか分かっているつもりだ。その上で断言しよう、キミがこのまま与えられた特性のみに縋って行けば必ず、リアス眷属の足手纏いとなる」

 

「ーーッ、言いたい、放題ですね」

 

事実だからね、そう言ってジークフリートは肩を竦めた。

 

「決断するなら早い方が良い、リアス眷属は勤勉な “秀才” タイプが多い、あまり遅くなると取り返しがつかなくなるよ?」

 

「………秀才、タイプですか。天才は居ないんですか?」

 

「そんなの見れば分かるだろう? この10日間で確かな成長はあれど僕にこうもあしらわれるキミたちに天才は含まれて居ないよ」

 

そんな無茶を言うジークフリートに小猫はあからさまに顔を顰めた。

 

「貴方を基準にしないで下さい、みんな貴方のような怪物(てんさい)ではないんです」

「何を言ってるんだい? 僕は秀才タイプだよ? 少なくとも “ジークフリート” はそうだった。まあ、秀才の中ではトップクラスの才能だったけどね」

 

「………貴方で秀才とか、天才はどんなバケモノですか」

 

「………バケモノか、その通りだね。天才って言うのはね、秀才が努力を重ねてようやく到る領域にほんの短期間で辿り着き、そこから成長を止めない者の事を言うんだ」

 

「本当の天才ってのは冗談抜きで理不尽で、凡人と秀才のやる気を根刮ぎ奪う嫌な奴なんだ。特に秀才くらいになるとて天才との才能の差が朧げながらに分かっちゃうから危ないね。だからもし、本物の天才と出会ってしまったら一緒に訓練は絶対しない方が良いよ? 天才の理論は秀才には理解不能でその成長速度は本当に理不尽としか言いようがないからね」

 

 

 

 

「僕はそんな天才を一人知ってるよ、グウタラなやる気のない天才をね」

 

そう、ジークフリートは若干の焦りを滲ませて憎々しげに呟いた。

 

 

 

 

 

高速で、連続で、剣閃が交差し火花を散らす。

 

二振りの剣がぶつかる澄んだ金属音はあたかも楽器が奏でた様に美しく、規則正しい交わりは、まるで何かの曲の様にさえ聞こえて来る。

 

そして、奏者の片割れであるルミネアは現状を見て、ありえない! と思っていた。

 

何故なら、この現状が示す事は自身の全力が勇真にあっさり受け止めてられているという事に他ならないのだから。

 

「ーーハッ!」

 

素早く、連続でルミネアが剣を振るう、しかし、まるで当たらない、当たる気さえしない。

 

フェイントを織り交ぜた十二の剣閃、勇真はそのどれがフェイントでどれが本命か最初から分かっていたように最小限の動きで躱してしまう。

 

「ーーッ」

 

そんな現状にルミネアは内心慄いた。

 

なぜなら、素人同然だった彼が訓練を始めてまだ10日も経っていないのだ。

 

邪魔になると魔法を封印し、剣の訓練に明け暮れる様になった勇真はたったの7日でルミネアの技量と並んだ。8日目からは完全に彼女を上回る。

 

そして今では最初とは真逆、ルミネアこそが素人に毛が生えた実力だったのでは? と思わせてしまう程に隔絶した力の差が生まれていたのだ。

 

 

「はぁあああッ!」

 

気合一閃、ルミネアは起死回生の願いを乗せて限界超えの身体強化魔法を一瞬だけ発動、今の勇真の倍する速度で斬撃を繰り出した。

 

それは今のルミネア最速の袈裟斬りにして音速突破の破断の刃、愛剣たる『仙種の聖剣』(エクスカリバー・シード)の斬れ味を持ってすれば巨石をも両断する剣撃だった。

ーーにも関わらず、勇真はその袈裟斬りに反応、受け止めるどころか余裕を持って受け流してしまったのだ。

 

「ーーッ!?」

 

その動きは正に達人、才ある者が長年剣に人生を注いでようやく可能な領域の絶技だった。

 

また、上手くなってるッ!?

 

ルミネアは心の内で愕然とした。

 

自分も強くなってるはずだ、確かに成長しているはずなのだ、なのに、この感覚はなに? ルミネアは酷く困惑する。

 

そう、勇真の成長速度は本当に、圧倒的だった。

 

まるで自分が急速に弱くなっている。そうルミネアに錯覚させてしまうほどに。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、ようやくだよ」

 

疲れたような、ホッとしたような声で勇真は呟いた。

 

勇真とルミネアの勝負はあっさりと決着した。

 

「これで、なんとかルミネアを守るとか言えそうだよ。まあ、まだルミネアに身体強化以外の魔法を使われたら勝てないんだけどね」

 

勝者は勇真、袈裟斬りを受け流し、身体が泳いだルミネアの首筋に刃を突きつけての勝利だった。

 

「…………勇真さん、もしかして今日まで手加減してました?」

 

そうルミネアが珍しく、拗ねたように勇真に聞いた。

 

「いや、全然。するにしてもあんな情けない姿は見せたくないよ」

 

「じゃあなんでそんなに一気に剣が上手くなるんですか?」

 

ルミネアは不満顔だ。彼女は別に勇真が自分より強くなるのが嫌なのではない、勇真に何かを教えるという状況を彼女は楽しんでいたから、もう少しだけ先生役をやっていたかったのだ。

 

なのにたったの一週間で指導は不要となりその後は自分が指導される立場となってしまった、これは拗ねても仕方ないだろう。

 

そんな中々見れないルミネアの姿に勇真は苦笑した。

 

「それは神器の能力のおかげだね、今までは魔法の武器とかの特殊能力の発動方法ばかりを神器で引き出して使ってたんだけど、この頃は能力じゃなくてただの剣として使うとして正しい動きはどうすれば良いかを引き出してた。あとはその引き出したモノを自分に合ったようにアレンジして身体に覚えさせる……それの繰り返しだね」

 

「……確かに通常より成長が早くはなりそうですが、ここまで劇的に成長するものですか?」

 

「現に今なってるじゃん」

 

「それは、そうなんですが納得が行きません、私はこれでも年単位で剣の訓練を行っているのですが?」

 

「う〜ん、そう言われても」

 

勇真は困った顔でルミネアを見る。

 

「絶対、何かを理由がありますよね」

 

「理由って言われてもねぇ、本当に特別な事はないよ」

 

「……分かりました、じゃあそれとは別で勇真さんて私の動きを先読みしてませんか?」

 

「してるけど、どうかしたの?」

 

「…………なんで、出来るんですか?」

 

「雰囲気?」

 

「からかってます?」

 

「いや、全然、むしろなんでルミネアはしないの? 俺の雰囲気を見ればいつ剣を振るとか分かるでしょ?」

 

そんな無茶苦茶な事をあたかも自明の理を語るように勇真はルミネアに問い掛けた。

 

「……そんなの出来ませんよ、ねぇ、勇真さん、本当の本当になにか強くなった理由ってないんですか?」

 

「そんな、何度も聞かれたってないものはないよ……あ、強いて言えば」

 

「言えば?」

 

「勇者だからかな、あと、お世辞だと思うんだけどね、異世界に勇者として召喚された時、あっちの神様に最強の剣士に成り得る才が有るって言われたくらいかな? はは、案外冗談じゃなかったりしてね」

 

「…………」

 

いや、絶対ソレ、冗談じゃないですよね!? 世界の危機にそんな冗談言いませんよね!? とルミネアは思った。

 

そこでふと、ルミネアはある事に思い至った。

 

そう言えば、勇真はあらゆる武具の使い手となれる神器を持っていたから召喚されたと言っていたが、コレは事実なのだろうか?

 

そもそも、この世界の神器の能力が異世界の武具に、それもその異世界の神すら使用不能だった聖剣に適応可能なのだろうか? 案外、“そんなものなくても” 勇真は扱えたのではないだろうか?

 

つまり、勇真は……

 

 

「ーー天才というものなのでしょうか?」

 

「ん、なんか言った?」

 

「いえ、なんでも、それよりももう一本やりましょう!」

 

「はは、案外ルミネアも負けず嫌いだね」

 

 

戦いはやっぱり勇真の勝利で終わった。

 

 

 

 

 

「リゼヴィム様、ご報告が」

 

「お、ユーグリットくん、んちゃ! どうしたのヴァーリきゅんが死んじゃった?」

 

「いえ、彼は問題ありません、ただ、彼と模擬戦を行ったグレンデルとラードゥンが暫く行動不能です」

 

「あらそう、ざぁんねん♪ でも邪龍ちゃんも、情けないねぇ、二対一ならヴァーリきゅんくらいボコってくれないと」

「それは仕方がありません、今の彼は以前と比べてさえ圧倒的に強いのですから」

 

「う〜ん、最強厨のきゃわいい孫の為におじいちゃん、頑張っちゃったからねぇ、聖杯で弱点補強と性能強化とかしなくて良かったかなぁ? あ、頑張ったのはヴァレリーちゃんか、うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 

「それで報告なのですが、吸血鬼の邪龍化術式のセットは滞りなく終了致しました、何時でも “出来ます”」

 

「おお! 流石はユーグリットくん、仕事がはやいねぇ、おっさん嬉しいよ♪ じゃあ、一時間後に発動よろしく、おっさんは高いところから見守っとくから♪ うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ! あ、そうだ今回の準備でヴァレリーちゃんはどうなった? まだ、使える?」

 

「今回と同規模使い方は出来てあと一回ですね」

 

「オッケーオッケー、十分だよ。じゃあ、伝説級邪龍のコピーと偽赤龍帝軍団と偽白龍皇軍団を作ったら “中身を取り出して”ポイしちゃって♪……あ、流石にそれは可哀想かぁ、じゃあ、聖杯を取り出したら抜け殻は邪龍に加工しといてからポイしてそれなら聖杯抜かれても死なないでしょ うひゃひゃひゃひゃっ! おっさん優しいぃ!」

 




天才主人公……いやね、この人、魔法能力は貰い物で本当に才能があるのは剣というか武術だったりします。


Q.リゼヴィムがゲス過ぎるだろ!?

A.え、原作通りですよね


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16話

……なかなか話が進まないこれじゃあただのジークフリート無双(リアス眷属イジメ)じゃないか。






まあ、リアス眷属が原作より強くなってるからいいか。







あ、グロ注意でお願いします。


な、なんて声を掛けましょう? そう、レイヴェルは緊張しながらイッセーを遠くから眺めていた。

 

此度、サーゼクからの打診により最初の眷属を持つことになった彼女は駒王学園を訪れていたのだ。

 

そして、軽い手続きの後、旧校舎のオカルト研究部の部室を目指している、そんな時、前方にイッセーを見掛けたので声を掛けようと思ったのだ。

 

しかし、最初になんと挨拶すれば良い?

 

年上だから敬語? 下級悪魔だからタメ口? いやいや、慕っている年上の男性にタメ口なんて有り得ない!

 

 

レイヴェルは意を決して、イッセーに近付くと勇気と共に声を掛けた。

 

 

「お」

 

「ーーッ!?」

それは尋常じゃない反応だった、レイヴェルの声に即座に振り返ったイッセーは肩を叩こうか迷い宙を彷徨っていた彼女の手を攻撃と判断、即座にしゃがみこみ腕を躱すとレイヴェルの腕で出来た彼女の死角を利用し、背後を取ったのだ。

 

あんまりの事態に「お」に続くはずだった “久しぶりですわね、赤龍帝” を飲み込むハメとなったレイヴェルだった。

 

イッセーは赤龍帝の籠手を発現させ、鋭い瞳でレイヴェルの胸を中心に全身をくまなく観察、数秒してからようやく警戒を解いた。

 

「………ふぅ、幻術じゃないな? ええと、確か、焼き鳥野郎の妹か?」

 

「レイヴェル・フェニックスです! それよりなんですか今の反応は!?」

 

私なにかしました!? 声掛けちゃいけない感じでした!? バケモノと相対したようなイッセーの反応にレイヴェルは涙目で困惑した。

 

「あ、ああ、悪かったな、この頃な背後から声を掛けられるとついこんな反応をしちまう癖がついちまったんだ……特に放課後は、な」

 

「どんな癖ですか!?」

 

その言葉に、好きでついた癖じゃねぇよ! とイッセー答える。

 

「で、どうしたんだ、こんな所で」

 

「え、そ、それはですね」

 

急に冷静になったイッセーに言葉を詰まらせるレイヴェル。

 

恋心を抱いてからしばらく会っていなかったせいか? イッセーの顔つきが最後に見た時よりも精悍に見えるのだ、特にその目は以前よりキリッとしており、身体は一回り大きくなるも、以前より締まった様に感じる。

 

「それは?」

 

「け、眷属を見に来たんですわ」

 

「眷属? そうか、上級悪魔だもんな、眷属くらいいるか、でも、ここに来たって事は駒王学園関係者か? 今更だけどこの学校は悪魔が多いなぁ……ところで、その眷属って女の子?」

 

「なんでそんな事を聞くのですか? ……いえ、その顔を見れば分かります。しかし、赤龍帝には残念でしょうが男性ですわ」

 

「なんだ、野郎か」

 

イッセーはそう心底残念そうに呟いた。それにレイヴェルがムッとする。

 

「なんだとはなんですか、私の眷属は素晴らしいですわよ? 赤龍帝なんて五秒でノックアウトしてくれますわ!」

 

「へぇ、凄いな、でも俺もこの頃かなり強くなってるぞ? 以前の俺と思うなよ」

 

そう言って軽く構えるイッセーには、なるほど確かに隙がない。

 

レイヴェルはそんなイッセーの姿にドキっとした。

 

「お、面白いですわね、では赤龍帝! 私の眷属と戦ってみたらいかがかしら?」

 

「マジで!? 良いよ! すぐ戦おう、今日戦おう! そっちが良いなら毎日戦おう!!」

「な、なんでそんな積極的なんですの!?」

 

「いや、ただ戦いたくなっただけだから! 理由なんて他にないよ? 俺はただ、レイヴェルの眷属と戦いたいだけだから!」

 

 

 

 

 

 

 

「はっはっは、嬉しいこと言ってくれるねイッセーくん」

 

その声にイッセーは凍りついた。

 

「あ、ジークフリート、こんにちは、昨日振りですわね」

 

「ええ、我が主、主はイッセーくんとお話し中でしたか、邪魔をしてしまい申し訳ありません」

 

「いえ、別に良いですわ、ちょうど貴方を紹介しようと思ったところですのよ、赤龍帝、こちらが私の最初の眷属にして女王、ジークフリートですわ!」

 

「昨日からレイヴェル・フェニックスの眷属悪魔となったジークフリートです、今後ともよろしくイッセーくん、お近付きの印に毎日 “僕” と模擬戦したいというキミの願いを聞き届けよう、今日から集団戦の後に一対一の模擬戦もメニューに加えるね」

 

「オレガ、タタカイタイノハ、レイヴェルノ、ケンゾク、デス」

 

「ん? 僕がそうだって言ってるじゃないか、あ、ちなみに僕以外はまだ彼女に眷属は居ないよ」

 

 

変な人だね、そう言ってジークフリートは爽やかに笑った。

 

だが、イッセーは知っている、彼が爽やかに笑った後は決まって良くないことが起こる事を……。

 

 

 

 

 

 

『Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost‼︎』

 

Transfer‼︎(トランスファー)

 

「いっけぇえええ木場ァァァァッ!!」

 

イッセーの譲渡により通常の何倍もの速度で木場が駆ける、向かう先は当然ジークフリートだ。

 

木場はジークフリートによって作り出された幻術を即座に見破ると右手に持った魔剣を本物に投擲、同時に新たなより強力な魔剣をその手に作り出した。

 

『魔剣創造』(ソード・バース)『禁手化』(バランス・ブレイク)……『黒呪の死剣』死を呼ぶ呪いの刃、その身で受け止めるといい」

 

刀身から柄まで全てが黒いその魔剣は木場の禁手『黒呪の死剣』である。

 

つい最近至ったその禁手は伝説の魔剣に近い強度と斬れ味を誇り、傷つけた対象に治癒阻害と毒の呪いを掛ける、そして毒が相手に回れば回るほど木場の傷と体力が回復するというエゲツない能力を持つ剣だ。

 

その外見も相まって誰に影響されたのかよく分かる剣である。

 

「死ぬのに受けるのはごめんだね」

 

投擲された魔剣を軽々と躱し、ジークフリートは木場を迎え撃った。

 

次の瞬間、二人の間で剣撃の嵐が巻き起こる。

 

金属がぶつかり合う音が途切れる事なく響き渡り、剣撃の余波で地面に幾筋モノ傷が刻まれる。

 

双方共に超音速、二人の剣速はあまりに疾い、それゆえにその剣は並みの者では影すら捉える事が出来ない。

 

しかし、それ以外で戦況を知る方法が一つある。

 

 

火花の位置だ。

 

 

火花の位置は剣と剣の接触点、すなわち火花が身体に近い側が押されているに他ならない。

 

そして、火花は常に木場の近くで舞っていた。

 

「なかなか疾いね、だが、君に掛けられた倍化はあと何秒持つ?」

 

「20秒も持たないだろうね、でもそれで充分なのさ!」

 

 

『Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost‼︎』

 

Transfer‼︎(トランスファー)

 

「ギャスパーッッ!!」

 

「了解です、イッセー先輩ッ!!」

 

イッセーの呼び掛けにギャスパーが『停止世界の邪眼』を発動、譲渡で力を得たギャスパーは呪詛返しを受け自身を停止させながらもジークフリートの足だけは止める事に成功した。

 

「はあぁあああああッ!!」

 

そこに木場の猛攻が襲い掛かる。

 

さしものジークフリートでも、文字通り足が止まった状態で動きが倍化した木場の剣を受けきるのは難しい。

 

故にスタイルを剣主体から魔法メインにシフトする、絶大な魔法力がジークフリートから迸り、彼の周囲に常時張られた高密度多重障壁が力を増す。そして障壁は捌き切れず直撃コースだった木場の剣の悉くを遮断した。

 

木場はこの障壁を自分では破れないと判断、魔法攻撃を警戒し即座にジークフリートから距離を取る。

 

そして、この行動はイッセー達への合図でもある。

 

『Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost‼︎』

 

Transfer‼︎(トランスファー)

 

「朱乃さんッッ!!」

 

『Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost‼︎』

 

Transfer‼︎(トランスファー)

 

「部長ッッ!!!」

 

イッセーの瞬間最大倍化譲渡、木場、ギャスパーを含めて四連続の瞬間最大倍化だ。

 

この無茶で猛烈な怠惰感がイッセーを襲うが彼は構わず、五度目の瞬間最大倍化を開始する。

 

 

『Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost‼︎』

 

「ドライグゥゥッ! アスカロンに力の譲渡だッ!」

 

『承知! Transfer‼︎(トランスファー)

 

三大勢力の会合なった前、ミカエルに願掛けとして貰った伝説の聖剣、そこにイッセーは高めた力の全てを譲渡する。

 

すると、籠手から生える聖なる刃に凄まじいオーラが集中した。

 

そして……。

 

「部長ッ! 朱乃さんッ!」

 

「ええ、行くわよイッセーッ! 朱乃ッ!」

 

強大な滅びを纏うリアスが……。

 

「はい、部長!」

 

眩く輝く雷光を纏った朱乃が……。

 

聖なるオーラを迸らせるイッセーが……。

 

「「「はあぁあああああッッ!!!!」」」

 

ーー同時にジークフリートに牙を剥いた。

 

三人同時の最大倍化攻撃、未熟な彼等ではあるが、その同時攻撃にはかなりの威力がある。それこそ下位の最上級悪魔なら何も出来ずに滅殺されてしまう程の高威力がある。

 

それ故にその攻撃を脅威と感じたジークフリートは腰から愛剣を引き抜いた。

 

 

 

 

「………グラム」

 

最初から最高潮、鞘から抜いた瞬間、強大無比の魔の波動を放つグラム、ジークフリートはソレを即座に上段に構え、今まさに自身の障壁と接触しそうな同時攻撃に向い振り下ろした。

 

 

瞬間、大河の如き強大な光の奔流が天へと昇る。

 

光の大河は一瞬にしてリアス達の同時攻撃を飲み込むと訓練フィールドに穴を開け、空の彼方へと消えていった。

 

魔剣の中でも頂点に位置するグラム、その一撃をジークフリートの魔法で限界まで補助、強化すればそれこそ戦神にさえ通じる一撃と化す。

 

要するにこの結果は驚くことでもなんでもないのだ。

 

 

 

とは言え、こんな超威力の攻撃を撃たれたリアス達からすればたまったものではない。

 

 

「こ、殺す気かッッ!?」

 

イッセーがリアス、朱乃を脇に抱え、ジークフリートに猛抗議する。

 

そんなイッセーにジークフリートは何か悪い事した? といった感じに首を傾げる。

 

「ちゃんと当たり “にくい” 場所に撃ったよ? まあ、一週間くらい前の君なら掠るくらいしたかも知れないけど、今なら余裕で避けれる速度とコースだったでしょ?」

 

まあ、掠ったら死んでただろうけど。とジークフリートは内心で付け足した。

 

「余裕全然なかったから! 超ギリギリだったから!」

 

「それはキミが二人を助けてから回避したからでしょ? 二人を見捨ててたら余裕で回避出来たよね?」

 

「余裕で避けれるって見捨てる事、前提かよ!?」

 

「いや、あんまりイッセーくんに頑張られるとリアスさんと朱乃さんの回避スキルが上がらないから困るんだ。というかよく助けられたね? 二人を助けてたら回避出来ないくらいの速度で撃ったつもりだったんだけど、キミ歴代最弱の赤龍帝とか言われてるけど潜在的には案外中堅くらいはあるんじゃないかなぁ」

 

そんな事を呑気に言うジークフリート、彼は微笑を浮かべたまま、膝を曲げ頭を下げる。

 

そのジークフリートの頭上を死剣が通り過ぎた。

 

「木場くん、お話中に斬りかかるのは……なかなかいいよ、躊躇なく首筋を狙ったのもいい。以前のキミなら出来なかった行動だと思う」

 

「模擬戦終了は告げられてないからね、これで死んだらキミが間抜けだったというだけの事だよ」

 

爽やかだが、どこか黒い笑みで木場が言った。

 

「はは、いいねぇ、そうだ、戦闘中に隙を見せる方が悪い、でもね、一応今日の訓練は我が主に僕の力を見てもらうという目的も含まれていてね? あんまりいつも通り過ぎると引かれるかなぁとか考えてたんだよ?」

 

「キミ……自分の戦い方がエグいって知ってたの?」

 

「そりゃ知ってるよ? 当たり前だろ、まぁ、だから今日はあまり小細工せずに圧倒させてもらうよ」

 

そう、言ってもジークフリートはグラムのオーラを完全に抑え込むと、ただの袈裟斬りを放った。

 

そして、その一撃であっさり死剣は砕かれ、木場は死なない程度かつ戦えはしないダメージを負ってしまった。

 

「がっ!?」

 

木場が驚いた様な顔をする。何故ならイッセーの譲渡は生きていたのだ。さっき木場が言った20秒も持たないというのはフェイクで、本当はもう少しだけ強化が持続する。

 

つまり、強化された状態にも関わらず木場は一刀の下に斬り伏せられてしまったのだ。

 

「ん、何か驚くような事をしたかい? もしかしてさっきの斬り合いが僕の全力だと思った? はは、それだったら考えが甘過ぎるよ」

 

教師役が簡単に全力を出すわけないでしょ? そう言ってジークフリートはグラムを天に掲げた。

 

「でも、今日はサービスだ。少しだけ、死なない程度に本気を出そう、いや、本当に死なないでね? 事後処理が面倒くさいから」

 

ジークフリートは先のグラムで壊れかけたフィールドを簡易修復、それと同時に数千の魔法陣が天に出現した。

 

 

リアス眷属一同は青い顔で、ちょ、やめろ! と言ったニュアンスの言葉を繰り返す。

 

だが、まあ、そんな抗議くらいでジークフリートがやめる筈もなく……。

 

 

 

「さあ、受けるといい!【全魔法陣術式解放】」

 

そして、数千の魔法陣から数万の魔法が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

「どうでしょうか私の戦闘力は」

 

「非の付け所がございません」

 

レイヴェルがカクカクと青い顔で頷いた。

 

強過ぎる。

 

それが、レイヴェルのジークフリートへの感想だった。サーゼクスに彼を紹介された時、かなり強い、将来有望と言われたが、“かなり” が魔王基準でかなり強いとは思わなかったのだ。

 

というか、つい数日前、魔王レヴィアたんが何者かに敗北するという、本当か疑わしい記事がゴシップ誌に載っていたが、これは目の前の男のせいなんでは? とレイヴェルは思った。

 

だってレヴィアたんに勝ったのは魔法剣士って書いてあったし!

今更になってレイヴェルは悟った。

 

「(サーゼクス様が私に彼の眷属化を打診したのは女王の変異の駒を私が持っていたからからですわねッ!?)」

 

間違いない、これを眷属悪魔にするには兵士8個では足りない、女王1個でも、戦車2個でも足りない。それこそ戦車の変異の駒+普通の戦車の駒か女王の変異の駒でもなければ不可能だ。

 

「え〜……一つ聞たいのですが?」

 

「何ですか我が主」

 

「あ、レイヴェルでお願いいたします主と呼ばれるのは恐れ多いです。もちろん敬語も不要ですわ」

 

レイヴェルがタメ口を許したのは親しみからではなく、明らかに自分の十倍以上強いジークフリートに萎縮してしまったからだ。

 

「分かりました。いえ、分かったよレイヴェル、それで聞きたいこととは?」

 

「ジークフリートは元異教の邪神でしたっけ?」

 

「嫌だなぁ、人間に決まってるじゃないか」

 

「俺の知ってる人間とちげぇ」

 

約束通り一対一の模擬戦で満身創痍となったイッセーが倒れ伏しながら呻く様に呟いた。

 

「イッセーくん、それはキミが人間を知らな過ぎるだけだよ。僕レベルの人間も居ないことはないんだよ? 世界に十数人くらいは居るかな? あ、ちなみに、禍の団の英雄派に最低二人はいるから戦う時は気をつけてね」

 

「……俺、英雄派が攻めてきたら部長達を連れて逃げるわ」

 

割と本気でイッセーはそれを決意した。

 

 

 

 

 

 

それはいつも通りの昼下がりだった。

 

街の公園の一角で一人の男が鞄から弁当を取り出した。

 

「〜〜♪」

 

男はご機嫌な様子で布に包まれた弁当ーーそう、愛妻弁当の蓋を開く。

 

男の予想通り、弁当は男が望んだオカズが綺麗に並べられ、ご飯には若干歪んだ “LOVE” の文字がノリで書かれていた。

 

国際結婚で日本人の妻は良くこのノリ文字を好んで弁当に作る。

 

「ふふ」

 

男は思わず笑みを浮かべると妻に習い、目を閉じ、両手を合わせる。そして日本の食事前の挨拶……。

 

「いただきます」

 

を言うとパクリと一口で “食べられた”

 

グジャ、ガギジャと強い水気と硬い何かが噛み砕かれる音が聞こえる。

 

男のすぐ近くのベンチに座っていた女性が目を見開きフリーズする。

 

 

 

そして、その女性が我に返った時、つぶらな瞳の黒い龍と目が合い、公園に大きく “短い” 悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Q.あれ? 木場くんこんな性格だったっけッ!?

A.多感な時期ですからね〜性格もよく変わるんですよ(目を逸らす)


Q.ジークフリート、これ以上強くしてどうすんだよ!?

A.作者も困り果てています。


そろそろ物語が進む……かも?



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17話

さてそろそろ勇真くんに頑張っもらいますか。


連日のニュースはそれ持ちきりだった。

 

 

それとは『ニューヨーク壊滅』『ドラゴン・パニック』『悪夢の昼下がり』『大魔王襲来』と呼ばれる大事件の報道である。

 

その内容は荒唐無稽かつ恐るべきもので、多くの者が架空の生物と信じて疑わなかったドラゴン……それが数十万匹、昼下がりのニューヨークに突如現れて街を破壊し尽くしたというものだ。

 

ドラゴン達はたったの一時間で影も形もなく消え去ったのだが、ニューヨークは完全に壊滅、死者、行方不明者は現在調査中だが最低でも100万人を超えると言われる未曾有の大災害である。

 

そしてドラゴンが消え去ったの後、空に巨大な三人の銀髪の男が映し出され、その中心の老年に差し掛かった男が人を馬鹿にした口調と内容の話をしたのだ。

 

要約すると……。

 

「おじちゃんは大魔王リゼヴィム♪ 退屈で代わり映えしない平和に飽き飽きしているみんなの為に、楽しい娯楽を用意したよ〜! 一週間ごとにランダムで適当に選んだ国をドラゴンで襲わせまーす、みんなの頑張ってドラゴンを倒してね! やったね、リアルモンハンだよ! みんなの健闘を祈る! うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」

 

 

と、いったものだ。

 

これに各国首相陣は大パニックとなった。彼らはの多くは人外の実在を知っている。

 

故に、そのニューヨークに現れた数十万匹のドラゴンが持つある程度の戦力を理解していたのだ。

 

 

………その絶望的な戦力を。

 

 

 

 

 

 

「まさか、こうも早くまた俺らが直接顔を合わせるとはな」

 

アザゼルが苦笑を浮かべそう言った。

 

「仕方ありません、此度の件は通信でやり取りするには余りにも大きな問題ですから」

 

アザゼルの言葉に沈痛な面持ちでミカエルが答える。

 

「……すまないな、同盟早々 “悪魔” が迷惑を掛けた」

 

サーゼクスが悪魔を代表して、ミカエル、アザゼルに謝罪する。確かに今回の件は完全に悪魔側の者がしでかした事、故にその責任は悪魔の手綱を握りきれなかったサーゼクスにあったのだ。

 

「本当だぜ、会議の時も旧魔王の末裔共に邪魔されたが、悪魔は本当に大丈夫なのかサーゼクス?」

 

「アザゼル、貴方も人の事は言えないでしょう、白龍皇の件は忘れていませんよ」

 

「へいへい、分かってるって、ちょっとした冗談だ………今回の件、俺らの方で幾つか情報がある、まずそれを話したい」

 

アザゼルは顔を引き締めると、堕天使側が把握している情報について語り出した。

 

「今回の件、首謀者はリゼヴィム・リヴァン・ルシファーだ。まあ、これは分かってると思うが奴の協力者に……ヴァーリが居る」

 

「映像は私も見ました。しかし、彼は戦士ジークフリートによって倒された筈」

 

その問いにアザゼルは苦々しい顔で吐き捨てるように答えた。

 

『幽世の聖杯』(セフィロト・グラール)だ、それが奴らの手にある」

 

「……あの、厄介な神滅具か」

 

「そうだ、どんな怪我も病気を完全に治し、種族の弱点すら克服させ、基本能力を大きく引き上げることが出来……そして、場合によっちゃ死者蘇生すら可能とする神滅具、最悪の相手に最悪の神滅具が渡っちまった訳だ」

 

ハッ、参ったぜ、とアザゼルはお手上げのポーズを取る。

 

「だが、なぜ幽世の聖杯がリゼヴィムの手に有ると分かった?」

 

「吸血鬼だよ、俺んところに少数保護を求めて来てな、代表はエルメンヒルデそいつから聞いた情報だよ……で、分かったのが、リゼヴィムが連れている大半のドラゴンは吸血鬼を聖杯で改造した邪龍モドキらしい、元となった吸血鬼によって個体差が激しいが最弱の個体でも並みの中級悪魔レベルの力を持っている」

 

「……それでは吸血鬼は」

 

「滅んだ。少なくとも生き残りは全体の0.1%に満たないだろう、後は殺されたか邪龍モドキになったらしい、保護したエルメンヒルデを除いて、主要な吸血鬼はみんな死んだ。向こうで生きていると思われるのは幽世の聖杯の所持者のハーフヴァンパイアのヴァレリー・ツェペシュただ一人らしい、まあ、これも微妙なところなんだがな」

 

「……そうか」

 

衝撃の事実に場に重い沈黙が訪れる。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

その沈黙を破ったのはミカエルだった。

 

「……次は天界側で分かった事をお話しします。今回の悲しい出来事で100万人を超える死者が出た訳ですがーーこの亡くなった方々の魂が全く天界に来ておりません」

 

「おいおい、事件が起こったのはニューヨークだろ? お前らそんなに信仰が廃れてんのかよ……とか、冗談言えたら良かったんだが、間違いなく幽世の聖杯の仕業だな」

 

「100万人の魂、一体何に使うつもりか分からないが、途轍もなエネルギーだぞ」

 

「ハッ、悪魔がわざわざ契約なんてもんしてまで得たいもんだからな、しかし、そんな量、聖杯に注いで何にをする気なんだ?」

 

「…………未だ不明です。しかし、良くない事に使われるのは確かでしょう」

 

「まあ、簡単に目的が分かりゃ苦労はねぇ、か。でサーゼクス、お前んとこも何か情報はあったか?」

 

「……先ずは契約関係で一つ、悪魔と人間の契約数が激減した」

 

「そりゃそうだ、テレビで全世界に宣戦布告した奴が大魔王を名乗ったんだ、誰が悪魔と契約したがる?」

 

「逆に今回の件で神を信仰する方は増えました」

 

「ハッ、良かったなミカエル」

 

「こんなの喜べる訳ないでしょう」

 

「まあな、で他には?」

 

アザゼルの問いにサーゼクスは懐から一枚の手紙を取り出した。

 

 

 

「…………リゼヴィムから冥界政府に予告状が届けられた、二週間後、魔王領でテロを起こすとの事だ」

 

 

 

 

 

 

 

「……大変な事になりましたね」

 

「……そうだね」

 

島でニュースを見ていた勇真とルミネアが深刻な表情で話していた。

 

「悪魔の総意って感じじゃないけど、まさか、こんな大っぴらに悪魔が人間を虐殺するなんて思ってなかった、これはまだしばらくこの島で様子を見た方がいいかもね」

 

「……そう、ですね」

 

勇真の言葉にルミネアは答えるも、それは何処か歯切れが悪かった。

 

「どうしたの、ルミネア?」

 

「いえ、ただ、私も人の為に戦った方が良いのかなと思ってしまいました」

 

戦える力が有るのに我が身可愛さで戦わない、それに彼女は強い罪悪感を抱いているのだ。

 

「…………下手に首を突っ込まない方がいい、きっと、悪魔か天使か堕天使か、あるいは他の神話体系勢力が対処するはずだから」

 

勇真は若干の罪悪感を感じながらもはっきりルミネアの意見を却下する。

 

まず敵の居場所が分からないし、次に何処を襲うかも不明、天使などの組織に協力者として加わる事は可能かも知れないが、使い潰される恐れがある。

 

勇真は人外をあまり信用していなかった。

 

「人外が起こした事だ、人外に対処させよう」

 

「……はい」

 

ルミネアはやや躊躇いながらも勇真の言葉に従った。

 

「しかし、今の俺の力じゃ少し不安だね」

 

「そうでしょうか?」

 

勇真の言葉にルミネアは疑問を浮かべる、今のルミネアの戦闘力は並みの上級悪魔を凌駕する。

 

そして、今の勇真の力はそんなルミネアをも上回るのだ。

 

「不安だよ、確かに俺は強くなった。でも、万全の時と比べて攻撃力も防御力も圧倒的に低いし、何より出来ることが少なすぎる、単一能力特化で引き出しが少ない奴ってのは強くても対処されやすいんだ」

 

「なら勇真さんが出来ない事は私がやります。勇真さんにいただいた知識と力を無駄にはしたくありません!」

 

「はは、ありがとう。でもね、俺自身が出来ないと不安なんだ。あとね、力なんて無駄になった方がいいんだよ、魔法は戦いに使うんじゃなくて日常生活のちょっとした時に使うくらいが丁度いいんだ、寝っ転がったまま、手の届かないところにあるリモコンを手繰り寄せるとかね。それともう一つ、ルミネアは戦闘訓練のせいか少し好戦的になってるよ」

 

言われて気付いたのかルミネアに驚愕が張り付く。

 

「ーーッ!? ……すみません、確かに気づかない内に戦闘方面に考えが偏っていました。あんなに戦うのが怖かったはずなのにッ!?」

 

「人間、そんなものだよ。自信がつけば強気になるし、力があれば試してみたくなる。でも、それに流されると大変な事になる事が多いから注意が必要だ」

 

そうルミネアと話ながら勇真は空中に契約文書を投影する。

 

今のルミネアにはそれが何か分かった。それは勇真がランスロットと結んでいる契約を司る魔法文書だった。

 

「……とは言え自信が無さ過ぎるのも困りものだ。取り敢えず多少は自身を取り戻す為に一カ月の予定だったランスロットくんの契約を解除しようかな? エレインちゃんは……とっくに壊されちゃたか。まあ、良い。ある程度時間はあったから細工は充分してくれたでしょ」

 

そう言って、勇真は魔法文書を消し去った。

 

「バイバイ、ランスロットくん」

 

それと同時に勇真の身体が輝く、契約によってランスロットに与えていたモノが勇真に戻って来たのだ。

 

「……さようならランスロットくん」

 

ルミネアが静かに目を閉じる。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………あれ?」

 

しかし、勇真は疑問の声を上げた。

 

「どうしたんですか?」

 

「いや、ちょっと待ってね」

 

勇真はおもむろに左手を伸ばすと海に向かって雷撃魔法を放つ。

 

そして、雷撃は何事もなく海に着弾、大きな水柱を立てた。

 

「…………」

 

それを見て勇真無言、彼は右手を構えると今度は炎熱魔法を放った。

 

それも当然のように海に着弾、大量の海水を蒸発させ、あたり一帯の視界を水蒸気で奪った。

 

だが、勇真顔は不可解な現象を見たように強張る。

 

「…………おかしい」

 

勇真は小さく呟いた。

 

「え? 何がですか、使えなかった魔法も戻ってますよね」

 

「…………うん、契約で使えなかった魔法は使用可能になった」

 

「じゃあ、何がおかしいんですか?」

 

 

 

 

 

「…………魔法力が帰ってきてない」

 

その声には強い焦燥が込められていた。

 

 

 

 

 

 

調子を確かめるように剣を振るう。

 

使えるか確かめるように魔法を使う。

 

そしてホッとしたようにジークフリートは息を吐き出すと。彼は静かに目を閉じて “敵” の姿を思い浮かべた。

 

「どうしたのですかジークフリート?」

 

そんないつもと違う彼の様子にレイヴェルは心配そうに声を掛ける。

 

「…………いや、なんでもないよ」

 

「本当ですの? さっきから貴方はおかしいですわ、急に固まったと思ったらいきなり剣を振るうし、魔法まで使うのですから」

 

「はは、悪かったね、ちょっと、どうしても今、身体の調子を確かめたくなってね」

 

「……本当に大丈夫ですの?」

 

「ああ、心配ないよ、ただ少しだけいつもより身体と魔法のキレが悪いかな? でも許容範囲内だ」

「それは全然大丈夫じゃないではありませんわ!」

 

そう言ってレイヴェルは病院に行きましょうとジークフリートの手を引く。そんなレイヴェルを見て彼は良い主人に恵まれたとレイヴェルと彼女に巡り会わせてくれたサーゼクスに感謝した。

 

「レイヴェル、一つお願いがあるんだけど、3日ほど、どうしても休暇が欲しい」

 

「……リゼヴィムの件で忙しい時期ですが、良いですわよ。ただし、病院に行ってからです!」

 

「それじゃあ、ダメなんだ」

 

「なんで、ですの?」

 

「どうしても今じゃないといけない、これ以上 “奴” に時間を与える訳にはいかないんだ、そう、本当はもっと早く、昨日にでも行くべきだったんだけど」

 

そんな事を言うジークフリートにレイヴェルは困惑した。

 

「貴方は何を言ってますの?」

 

「こっちの話さ、で、ダメかい? もし許してくれたらその後10年は休み無しでいいんだけど?」

 

「……それは危険な事ですの?」

 

「危険だよ」

 

即答するジークフリートにレイヴェルは顔を引き攣らせた。ジークフリートが危険と断言する事、一体彼は何をしようとしているのか?

 

「ひ、否定しませんのね、しかし、ならば体調は万全にしてからの方が良いですわ」

 

「……ああ、その通りだ。ところでレイヴェル、君、今眠くない?」

 

「こんなの真昼間に眠いわけないでわありませんの」

 

「そうかな、僕は眠いし……君は、寝てるじゃないか」

 

そう、ジークフリートが言うとレイヴェルは急激な眠気に襲われ意識を失った。

 

ジークフリートは倒れ込むレイヴェルを優しく抱きとめると、旧校舎近くの木の幹に自分の上着を掛けて座らせた。

 

 

「さて、行くか」

 

そう、ジークフリートは呟くとフェニックスの転移魔法陣を作り出した。

 

 

「はじめよう、僕の命運を掛けた戦いを」

 

そう言ってジークフリートは空間転移する。

 

 

 

 

 

行き先はとある南の島だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




Q.あれ、これって……無理ゲー!?

A.大丈夫、勝機はあります!(高いとは言ってない)


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18話

トラップ満載の島「来るなら来い! 私は逃げも隠れも動きもしないぞッ!!」


ジークフリートは今日この日まで第一撃をどうしようか考え続けてきた。

 

一日中考えて来た。

 

案は初日で100を超え、数日で300に達した。

 

だが、結局の所、最も有効と思われるのは二つに絞られる。

 

 

一つは、友好的に近づき油断した所を斬り殺す。

 

もう一つは不意打ちで超高威力、広範囲攻撃を遠距離から叩き込む。

 

 

 

そして、ジークフリートが選んだのは後者だった。

 

 

島の上空に転移したジークフリートは即座に島を転移妨害つきの結界で覆う。

 

そして、彼は逡巡など欠片もせずに、その結界目掛けて完全開放したグラムを全力で振り下ろすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは危機感を覚え、勇真が身体能力強化をしたすぐの後の事だった。

 

「うわぁ、本当何やってくれてんのランスロットくんは」

 

知覚速度の倍化によりスローモーションとなった視界の中、勇真は天から堕ちる黄金の奔流を眺めそう呟いた。

 

転移妨害の結界に超広範囲、超威力攻撃、ランスロットは問答無用でこちらを殺すつもりのようだ。

 

映画とか漫画じゃないんだから人形が造物主に逆らうなよ、そう思いつつ彼は急いで逃げ出す準備をする。

 

 

 

それから0.1秒後、魔帝剣の一撃が島を跡形もなく消しとばした。

 

 

 

 

 

「…………」

 

ジークフリートは鋭い目でグラムの着弾点を睨んでいる。

 

島は跡形もなく消し飛んだ、島跡地には大量の海水が流れ込んでいる。不自然な魔法反応はない。

 

普通に考えたら死んだ、ということなのだが。

 

 

 

 

しかし……。

 

 

「……避けたか」

 

ジークフリートは頭上から襲い掛かった聖短剣をグラムで受け止める。

 

噛み合う聖なる刃と魔の刃が互いを拒絶し、バチバチと電撃状の聖魔のオーラが周囲に飛び散った。

 

そして、一秒未満の鍔迫り合いの後、勇真は飛翔術でジークフリートから少し距離を取って剣を構える。

 

その構えはジークフリートから見ても隙がない見事な構えだった。

 

これだからコイツは面倒くさい、天才なんだから努力なんかしてんじゃねぇ、いつも通りグウタラしてろよ、と内心で毒づき、ジークフリートはグラムを正眼に構えた。

 

 

「おはようランスロットくん、モーニングコールありがとう。しかし、モーニングコールにしては時間が遅い上、少しばかり殺意を込めすぎだと思うのだが、なんのつもりかな?」

 

冗談めかして、勇真がジークフリートに問い掛ける、その言葉にはたっぷりと呪詛が乗っていた。

 

その呪詛でごく僅かだがジークフリートの感覚が鈍くなる。

 

そういえば、言葉には呪詛を込めて話す事は良くするが、逆に呪詛が込められた言葉を投げ掛けられた事はないな、とジークフリートは苦笑した。

 

「いやいや、万年寝坊助の主人の目を覚ますにはこれくらいインパクトが必要かなと思いましてね、あと僕の名前はジークフリート、そこの所はお忘れなく」

 

勇真の問いに、こちらもたっぷりと呪詛を込めて返すジークフリート。しかし、勇真は特に呪詛の影響を受けた様子はない。

 

それにやはりか、とジークフリートは内心で勝率が更に下がった事に溜息を吐く。

 

「はは、面白いことを言う。俺は君にランスロットという名前をあげた。ジークフリートの身体を乗っ取ったからってそれを捨てるなんてとんでもないと思わないのかい? しかも、俺はジークフリートを殺せと言ったが身体を乗っ取れと言った覚えはないが?」

 

勇真は口では笑いながらも目が全く笑っていないあからさまな作り笑いをしながらジークフリートを遠回りに咎めた。

 

「ふふ、主人が命じたのはジークフリートの殺害ではなく無力化でしたよ? 今、ジークフリートは、いや、元ジークフリートは無力化されていています。その為、命令に反しているとは思いませんが?」

 

それに対し、ジークフリートは主人と言いつつ全く敬った態度を見せずに、お前の命令が悪いんだよ、と解釈出来る言葉を返し、隠していない忍笑いで勇真を挑発する。

 

「そうか、分かった。俺の命令の仕方が悪かったようだな、頭の残念な君では理解出来なかったか。では、それはいい。だがいくつか聞かせてもらおう、俺の命令は全てちゃんと果たしたか?」

 

「ちゃんと、と言われてしまうと微妙ですね、少しばかり “僕の解釈” で命令を実行しましたので」

 

「人形が自分の解釈で動いた? はっはっは、これは傑作だ! 君はとんだ欠陥品だね、つまり、悪魔になったのもランスロットくんの解釈ってこと?」

 

その言葉には、黙って命じられた事だけしてろ、そんな意思を込められていた。

 

それにジークフリートは肩を竦めた。

 

「ええ、その通りです。主人は僕に悪魔になるなとは命じなかった。あと僕はジークフリートですよ、数秒前の会話もお忘れですか?」

 

若年性アルツハイマー? そう首を傾げて挑発するジークフリートに勇真は青筋を浮かべそうなったが、戦闘中に怒るのは単なる隙を作る行為だと、自分に言い含め、不敵な笑みを保つ。

 

「その言葉はそっくりそのままお返ししよう……いや、そこまでランスロットという名が気に入らないなら他の名前をあげようじゃないか、そうだなぁ、ガラクタくんなんてどうかな?」

 

「ハッ、主人のセンスを疑いますよ、中学生ですか?」

 

「いやいや、いい名前だと思うよ? まあ、ガラクタくんの言う通り俺って中卒だからね、これ以上いい名前なんて思い浮かばないなぁ〜、あ、ガラクタくんがどうしても気に入らないならスクラップくんなんてどうかな?」

 

「はは、どうぞご自由にどうせすぐに呼ばれなくなる名です」

 

「そうだよねー、すぐに本当のスクラップになっちゃうもんね〜…………まあ、冗談はここまでで、どうして、そしてどうやって俺を裏切った?」

 

「どうして……本気で言ってますか? 主人は自分の存在理由が “とあるダメ人間” のアリバイ作りと邪魔者排除で、それが終わったら即人生終了だったとしたら、受け入れます?」

 

え、本気で分からなかったの? そんなニュアンスを込めてジークフリートが言う。

 

それに対し、勇真は。

 

「いや、もちろん無理。でも君は人形じゃん」

 

と応える、自分勝手過ぎる言い分にジークフリートはイラッとした。

 

「酷い事言いますね、高度な知性を持たされた人形は人間と大差ありませんよ? そもそも、僕の人格の半分は主人の性格をトレースして出来たモノなんですが?」

 

「俺は君ほど性格悪くないよ? 何かの間違いじゃないかなぁ?」

 

「いやいや、僕の性格の悪さなんて主人の数分の一にも満たないですよ……まあ、今の性格はだいぶジークフリートに影響を受けているんだけどね」

 

そう、ジークフリートはあからさまな慇懃無礼な言葉遣いを止めると、乗っ取ったジークフリート “ぽい” 口調で言った。

 

「はは、じゃあジークフリートの性格が悪かったんだな。もう、せっかくいい子に作ってあげたのに、そんな “バッチイ物” 取り込むからいけないんだよ、拾い食いはダメって親に習わなかったの?」

 

「悪かったね、あいにく “親の” 常識が欠けていたのか習わなかったんだよ」

 

「それは親の顔が見てみたい。まあ、子供をエクソシストにする様な親だ、どうせロクでもない奴だろうけどね」

 

「はは、違いない、子供を使い捨ての道具にする卑劣な奴だからね、あ、鏡を貸そうか?」

 

「いや、結構だ。それでどうやって裏切った? そもそも君は俺を裏切れる様に作ってないんだが?」

 

「ふふ、あの時、主人は曹操に敗北したショックで若干冷静さを欠いていた、その為、安全装置の作り込みがいつもより甘かったんだよ。ああ、本当この点は曹操に感謝しなければならないね」

 

「…………マジで?」

 

「マジだよ。単なる主人のミスだ」

 

「マジか、時間を戻してこのポンコツどうにかしてぇ……いや、ルミネアと仲良くなれたし戻れたとしても戻らないか」

 

もう一度なれるか分からないし、あと曹操死ね、と勇真はナチュラルな惚気と曹操への恨み言を言う。

 

「……バカップルかい?」

 

ジークフリートが呆れたような馬鹿にしたような雰囲気で告げるが勇真は気にせず肩を竦めた。

 

「はは、言われたことないなぁ、ここ最近ルミネア以外と会ってなかったし、それに……別に時間を戻さなくても目の前のスクラップくんをさっさと廃棄処分にすれば良いだけの事だからね」

 

「フッ、出来ると思ってるのかい?」

 

「余裕余裕、スクラップくんこそ、人形如きが造物主に勝てるとか思っちゃってるの?」

 

「それこそ余裕だね、漫画やゲーム、映画で良くあるだろ? たいていこういう場合は造物主が負けるんだよ」

 

「はは、人形の癖に生意気、あとそういうのはね……主人公になってから言ってね脇役くん」

 

「じゃあ、今から僕が主人公だ…………さて」

 

 

 

 

 

 

 

「主人、小細工の準備は整ったかい?」

 

「さてね、そっちはルミネアの探索は終わったか?」

 

その言葉を最後に、二人は時間稼ぎの無駄話を終了する。

 

そもそも、本来会話など不要だったのだ、勇真にとって反逆した人形の言葉など何一つ信用するに値しない。

 

どんな理由があろうともジークフリートは勇真を殺そうとした。ならば勇真が取る対応は廃棄処分ただ一択、そして、ジークフリートの目的も勇真の殺害ただ一つ。

 

故に、これから起こる戦闘に避けられない必然だった。

 

 

南国の空に強大な雷が迸った。

 

 

 




トラップ満載の島「……………」


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19話

自業自得の戦い決着!


  これもダメか。

 

 ジークフリートは最速で放った高位雷撃魔法があっさり無効化され落胆した。

 

 転移妨害結界、言霊呪詛、その二つの時点でおおよそ見当はついていた。

 

 

 ……自分の魔法は勇真に殆ど通用しないと。

 

  そもそも、悪魔になったとはいえ自分は勇真に作られたモノだ、そして自分が使う魔法は全て勇真の魔法力によって形成されたモノである。

 

  故に自分が放った魔法の支配権を奪われ勇真に攻撃が到達する前にただの魔法力に戻されてしまうのだ。

 

 

  たが、問題はない。

 

  やりようならいくらでもある。

 

 

 ジークフリートは雷撃を無視しながら高速で迫る勇真に複数の黒鉄のナイフを投げつけた。

 

 魔法で軌道を修正し、それぞれ別々の速度、タイミングで黒鉄のナイフは勇真に迫る、これはむしろ完全な同時攻撃より対処が難しい。

 

  だが、勇真は自身の前方に加速用の魔法陣を作り出すとそこに自ら突入、身体を捻り、正面から来る二本を躱すと側面、後方から来るナイフを引き離し、超高速でジークフリートに接近、剣の間合いまで距離を詰めた。

 

 

 一瞬にして接近されたジークフリートだが彼は冷静だった。

 

  勇真同様知覚速度を倍化しているジークフリートの目は超高速の勇真の飛翔も、幼子が投げた小石の様な速度に映る。

 

  ジークフリートは突撃の勢いのまま刺突を放った勇真を躱すとその首目掛けてグラムを一閃する。

 

 グラムは吸い込まれる様に勇真の首に迫る。

 

 

 そして、グラムは空を斬った。

 

 瞬間高速転移魔法! ジークフリートが使えぬ数少ない有用な魔法だ。

 

「……ッ!」

 

  勇真が転移したのはジークフリートの右後方、つまり、今、ジークフリートが体制的にも視覚的にも最も対応し辛い場所。

 

  ジークフリートは呻く。

 

  それを合図に勇真の猛攻が始まった。

 

 刺突から始まる高速連撃、ジークフリートは無理な体制を強いられながらこの聖剣乱舞に対処する。

 

 防御魔法は意味をなさない。そんなものは勇真に接近された時点でレジストされた。

 

  ジークフリートはレジストされつつある身体強化と飛翔魔法を必死に維持しながらこの不利な体制を立て直そうとする。

 

 しかし、勇真はいちいち体制を乱す様な軌道で連撃を放って来る、こちらの “意” を読んだいやらしい剣捌き、その動きにジークフリートは確信を持った。

 

 

 

 このままでは敗北すると。

 

 

 たが、ジークフリートは当然そんな結末認めない。

 

 彼は左手に黒鉄のナイフを作り出すとほぼ後ろを向いたまま、手首のスナップだけでそれを投擲する。

 

  その至近距離からの投擲を勇真は当たり前の様に避ける。

 

 だが、時間は稼げた……0.02秒に満たない僅かな時間だが、確かに稼げた。

 

 ジークフリートは極限の集中力で刹那の間に黒鉄の盾を背後に形成、それを勇真に斬り裂かせる。

 

  それにより生まれた更なる隙にジークフリートは一気に体制を立て直すと勇真を転移阻害の結界に閉じ込めた。

 

 直径5メートル程の結界は勇真の魔法力で作られたモノではない、“ジークフリート” の魔法力で形成されたモノだ。

 

  故に、先程までの裏技的な無効化は出来ない。

 

  勇真が結界脱出に必要な予想秒数は約3秒、それはこの高速戦闘に置いてあくびが出る程の長時間だった。

 

 

 

  ジークフリートはニヤリと嗤うと一瞬で勇真が魔法をレジスト出来ない距離まで飛翔、そこからクルリと振り向き黒鉄のナイフを形成、形成、形成、形成、形成、形成、形成。

 

 

  僅か2秒で千の黒鉄のナイフと数千の加速魔法陣を形成、結界に囚われている勇真に全方位から魔弾の雨を掃射した。

 

 

 当たれば必殺、逃げ場は皆無。

 

 その最速の包囲殲滅攻撃に対し、勇真は心を落ち着けて対処する。

 

「フゥ……ッ!」

 

 神器を完全稼働、身体強化を最大に、そして『天閃』を全力発動、この三重強化により勇真は一瞬だけ神話の英雄を上回る運動速度を得ると、初めに到達した魔弾に聖短剣の剣先で “チョコン” と触れる。

 

  それだけで魔弾はあらぬ方向へと飛んでいく、いや、それだけではない、後続の魔弾を巻き込み、包囲網に小さな穴を開けた。

 

  その小さな穴に臆せず勇真は飛び込んだ。

 

 魔弾同士の衝突で砕けたナイフが多数の傷を勇真に刻む、だが、勇真は破片を出来るだけ体捌きで躱し、受けた破片は身体強化と障壁魔法、そして回復魔法で耐える。

 

 そして、勇真はなんとか僅かな時間を稼ぎ転移する。

 

 

  転移先は言わずもがな、大技で隙を晒したジークフリートの背後だ。

 

「ーーッ!?」

 

 背後に転移した勇真にジークフリートは即座に反応する。

 

 だが、僅かに遅い、極々短時間の事だがこの瞬間だけは勇真の方が疾い!

 

  勇真の袈裟斬りがジークフリートの背中に大きな傷をつける。

 

 

 それは致命傷ではない。重症だがまだどうにかなる負傷だ。

 

 

 そう……勇真が回復魔法を阻害しなければ。

 

 そこで、勇真二刀目、超速の斬り上げと、振り向きざまに放たれたジークフリートの横薙ぎが激突する。

 

 それを皮切りに勇真とジークフリートの間で剣戟の嵐が巻き起こる。

 

 聖短剣と魔帝剣が噛み合う度に衝撃で大気が揺れ、聖魔のオーラが迸る。

 

 この斬り合い、押しているのはジークフリートだ。

 

  聖魔の刃が噛み合うのは常に勇真の身体のそば、そう、勇真はジークフリートの剣撃を魔法障壁まで持ち出し辛うじて凌いでいる状況なのだ。

 

 何故なら瞬間最大身体強化は既に切れている、三重強化から二重強化に、そして先程無理をした反動で勇真の速度は大幅に落ちている。

 

 今の勇真の運動速度はジークフリートの半分、いや、ジークフリートの身体強化を邪魔しているにも関わらず三分の一程しかない速度だ。

 

 

  だが……。

 

「………クッ」

 

  呻くのは常にジークフリートだ。

 

  確かにこの剣戟はジークフリートが押している、それは間違いない。

 

  しかし、押し切れない、倍以上の速度差があるにも関わらず!

 

  それは勇真の剣技がジークフリートを上回っているという事、更に彼が魔法障壁に加え防御主体で剣を振るっているからだ。

 

  この現状にジークフリートは焦る、何故なら彼には時間がないからだ。

 

  勇真はこの剣戟の中でも自身に回復魔法を掛け先の負傷を回復しつつある。

 

 だが、ジークフリートは勇真に魔法を阻害され回復魔法どころか身体強化と飛翔術の維持で精一杯、ジークフリートの魔法力で回復魔法を掛けるもそれは治癒阻害の呪いに邪魔されてしまう。

 

 つまり、このまま勇真に近くに居られるとジークフリートは傷を治せない。そして彼は今も絶えず血を流し続けていた。

 

 

「……ッ、いい加減に離れろッ!」

 

「フッ、男に言うのは気が気が引けるけど、君が “死ぬまで離れない”」

 

  黒い笑みに呪詛まで込めて勇真は口撃を放つ。

 

 その容赦ない姿こんな状況なのに思わずジークフリートは笑ってしまう。

 

 ああ、流石によく似てると。

 

 ジークフリートはここでちょっとした賭けに出る。彼はこの剣戟の最中、グラムのオーラを解放する。

 

  それは当然大きな隙となる、そこに勇真の剣が襲い掛かった。

 

 それをジークフリートはグラムを持たない左手に黒鉄の小盾を作り受け止める。当然、強化魔法を使えない現状、聖短剣の前では黒鉄の盾など紙切れの盾に等しい。

 

 だが、紙切れも馬鹿に出来ない。紙だろう厚みがあれば多少は動きを阻害する。ジークフリートはその速度が落ちた聖短剣を左手で鷲掴みにした。

 

  それによりジークフリートの左手は爆弾を握り締めた様に爆散する。

 

  だが、これでいい、斬撃は止めた!

 

  ジークフリートは解放出来るだけのオーラを解放すると至近距離からグラムの大斬撃を勇真に放った。

 

 大ピンチ! この攻撃を勇真はギリギリの所で転移魔法で回避する。

 

 これによって勇真の魔法妨害が一瞬切れた。

 

 その瞬間、ジークフリートは最大速度の飛翔術で勇真から距離を取ると、転移を警戒してメチャクチャな軌道で飛び回り、海面に高速で突っ込んだ。

 

  ミサイルが着弾した様な巨大な水飛沫が立ち昇る。

 

  そして、ジークフリートは海中で身を潜めながら解呪魔法で治癒阻害を消しさり全力で回復魔法を自分に掛けた。

 

 

 

  それからおおよそ2分、ジークフリートは勇真から逃げ切ると、左手まで再生させた完全な姿で勇真の魔法妨害が及ばないギリギリの距離で彼と相対した。

 

  ジークフリートが逃げている間、勇真も回復に努めたのだろう、彼の姿も完全な無傷、これで勝負は振り出しに戻った。

 

 

 

  ーー様に、“傍目からは” 見える。

 

 

 

 だが、状況は圧倒的にジークフリートが有利だった。

 

 

「本当に強かったよ、流石は僕の創造主……でも、僕の、勝ちかな?」

 

「…………」

 

  ジークフリートの勝利宣言に勇真は無言、彼の顔には戦闘開始から初めて焦りが浮かんでいた。

 

  ここまでの魔法力の消費は勇真が1とするとジークフリートは3〜4だ。この数字だけ見れば圧倒的に勇真が有利なように見える。

 

  だが、残りの魔法力量で見るとジークフリートは残り85%、そして勇真は残り10%と圧倒的に勇真が不利なのだ。

 

  それはそうだ、ジークフリートの総魔法力量は勇真の20倍。多少のロスがあろうと先に魔法力が尽きる事はないのだ。

 

 

「さて、ここからはチマチマ削らせて貰うよ、あ、逃げたかったら逃げててもいいよ、もちろん隠れてもいい、結果は見えてるからね」

 

「……ハッ、人形が言ってくれるね」

 

 勇真はそうジークフリートを嘲笑うが、その声に力はない。

 

  それに対し、ジークフリートは口端を釣り上げる。

 

「いや〜ごめんね、造物主くん、映画の主人公みたいになっちゃって」

 

  この会話の間も、ジークフリートは油断なく多数の黒鉄のナイフと加速魔法陣を作り出し、勇真を削る準備をする。

 

  もう、ジークフリートは勇真に接近させるつもりはない、そして、逃げさせる気もない。この場で殺す、確実に消す、それだけを考えジークフリートは冷徹に勇真を削る手順を考え始めた。

 

  そんなジークフリートの姿に勇真は溜息を吐くと諦めたように両手を上げた。

 

「……はぁ、降参、助けて下さい」

 

「却下です。というか降伏する気ないでしょ? 呪詛飛ばさないでよね」

 

  勇真の降伏を蹴り飛ばし、ジークフリートは両手をあげる彼には複数の魔弾を極音速で放った。

 

  それを勇真は体捌きで躱す、そこに更なる魔弾をジークフリートは放つ、数十、数百と放つ、勇真が避け辛い速度で、転移を使わざるを得ない量で。

 

  これを何度も何度も繰り返し、ジークフリートは勇真を削り切るつもりなのだ。

 

 

 

 

 

  そんなやり取りが数分続く。

 

「はッ、はあ、は、はぁーーッ!?」

 

  勇真は息も絶え、辛うじてジークフリートの魔弾を躱し続ける、しかし、その動きは当初と比べかなり落ちている。

 

  おそらく、あと1分、長くとも2分以内に勇真は完全に魔法力を使い果たす。

 

 それが分かっていながらジークフリートは手を休めない、万に一つも逆転されない様に、逃がさない様に、確実に勇真を殺せる様に。

 

 そんな時だった。

 

 

 いきなり勇真の身体が輝いた。

 

「ッー?!」

 

  そして、勇真の魔法力が回復する。

 

「これ、は、契約魔法ッ!?」

 

  魔導人形などに使われるそれは術者の魔法力や属性を人形か、パスが繋がった相手に貸し与える魔法である。

 

 この魔法が使えるのはこの世界でただ三人、勇真とジークフリート、そしてルミネアだけだ。

 

  これにより一気に勇真の魔法力が全開近くまで回復する。

 

 だが、だからと言って、それが良い事とは限らない。

 

 

 状況は依然として勇真が不利だ。いや、違う、更に不利になった。

 

「ふふ、弱点(ルミネア)見っけ」

 

 ジークフリートは酷薄な笑みを浮かべ反転、勇真への攻撃を止めると一気に魔力反応があった場所に飛翔術で向かう。

 

「ーーッ!? 待てッ!」

 

「ハッ、そう言われて待った奴がいたかい?」

 

  ジークフリートは一気に加速、勇真を引き離し、契約魔法が発動したと思われる地点へと急いだ。

 

  勇真は飛翔術と瞬間転移魔法で追いかけるも瞬間転移は長距離を飛べないので飛翔術の速度差でどうしても追いつけない。

 

  それでも勇真は諦めずにジークフリートに食らいつく。

 

 

 全ては、彼を倒す為に。

 

 

 

 

 

 見えた、僕の方が速い! ジークフリートはとある無人島の岩場にルミネアが居るのを発見する。

 

  彼女は勇真の勝利を祈っているのか目を瞑り、手を組んでいる。

 

  それは正に隙だらけだった。

 

  ジークフリートは振り返り、勇真との距離を確認、自分の勝ちを確信した。

 

  この距離差ならルミネアを人質に取る事は充分可能だ。

 

  なんのつもりか知らないが、勇真はルミネアを命をに変えても守るという魔術契約を結んでいる。つまり、彼女さえ人質に取ってしまえば勝ち確定。

 

 

 

  そして、ジークフリートは超速の飛翔術で彼女の背後に回り込むと、その首にグラムを添えた。

 

「僕の勝ちだ、勇真おとなし」

 

  それはズブリという音だった。

 

  何が起こったか、理解出来ない。

 

  ジークフリートは呆然と自分の胸に刺さる聖短剣を……“ルミネアごと” 自分に刺さる聖短剣を見下ろした。

 

  そんな、混乱するジークフリートを無視して、勇真は聖短剣を “捻る” これにより一気に傷口は広がり、更に治癒阻害と猛毒の呪詛がジークフリートの体内に送り込まれた。

 

 

 そう、これは完全に致命傷だった。

 

 

「バ、カな、君は魔術契約でルミネアを傷付けられない、はずッ……どうしてッ!?」

 

「え、そんな魔術契約、結んだ覚えはないよ?」

 

 先程までの焦燥が嘘のような顔でーーいや、嘘の焦燥の顔を脱ぎ捨て、勇真はジークフリートを嘲笑った。

 

「魔術契約についての会話を君と俺の間でしたかな? いや、してないよね、だって俺がそう錯覚する様に君に呪詛を掛けただけだから。最初の方に自分で言ってたじゃないか “小細工の準備は整ったかい?” ってね」

 

  今だから言うけどけど、あの時点で準備万端だったんだ。と会心の笑みで勇真は言う。

 

「だと、しても、愛した女だろッ!!」

 

「あ〜……愛とか正直まだ分からないんだけど、確かに俺はルミネアが好きだよ、自分の命と同じかその次くらいには大事だ、でもね、俺はルミネアが好きなだけで彼女の人形まで好きになったつもりはないよ」

 

「人形、まさかッ!?」

 

  その言葉と同時に “ルミネア” がドロリと溶けると、ジークフリートにへばりつき彼の身体を拘束する。

 

「ルミネアが自分の魔法力のほぼ全てを込めて作った魔導人形だ、外見、魔法力の性質、保有量、その全てが本物とほぼ同じ、君がルミネア本人と錯覚するのも無理ないよ、増してや俺の呪詛で魔法感知能力が低下していれば尚更ね」

 

「あ、この子名前はグィネヴィアちゃんね、彼女を介して契約魔法でルミネアから魔法力を貰ったんだ。あと、思い返してみなよ、なんで俺は君が逃げ回ってる時に後々不利になると分かっていながら逃げ出さなかったかを?」

 

  確実に君をここで始末する為だよ? そう、言いたくてたまらなかった事を言えたようなスッキリとした顔で勇真はジークフリートの疑問に答えた。

 

「まさか、最初からッ!?」

 

「ご名答、ルミネアの位置が分かれば、俺が命に代えても守るなんて魔術契約を結んでいると錯覚していれば、必ず君は彼女を人質にする、そう、確信していたよ、だって俺が君の立場ならそうするし」

 

 勇真の笑顔が会心のモノから冷酷な笑みへと変わる、それはあたかもラスボスの様な笑みで、少なくとも勇者が浮かべる様なものではなかった。

 

「クッソ、勇真ァァァァッ!!」

 

「はは、人形風情が気安く呼ばないでくれるかな?」

 

 ジークフリートが血を吐きながら勇真に手を伸ばそうとする。だが、その努力も弱った身体と魔導人形の呪詛拘束の前には無意味だった。

 

 勇真は聖短剣を引き抜くと、胸を突き刺さした時に奪い返した魔法力を左手に集中、動けないジークフリートの顔面に向ける。

 

「ありがとう、君のおかげで魔導人形の危険性がよく分かった、次からは絶対暴走しない様に多少スペックが落ちるとしても高度な知性なんて持たせない様に作るよ」

 

  このグィネヴィアちゃんみたいにね。勇真はそう言って勇真は左手に灼熱の火炎球を作る……そして。

 

「さよならランスロットくん」

 

 火球が放たれランスロットの顔面に直撃、彼が一瞬で炭化、蒸発するとほぼ同時に島全体を揺るがす大爆発が巻き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ジークフリート「……やっぱり主人公には勝てなかったよ」


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20話

これも全て……


 

 

「はぁ〜……疲れたぁ」

 

勇真は深い深い溜息を吐いた。

 

自分で作った人形に殺されかけるという馬鹿みたいな、それでいてとんでもない危機からなんとか脱した彼はゴロンと岩肌に転がった。

 

そんなことをすれば普通メチャクチャ痛いし怪我をする、だが強大な魔法障壁を有する勇真からすれば岩肌に寝っころがるのも、布団に寝転ぶのも大差ない。

 

余程疲れたのだろう、彼はボーと空を眺めながら独り言を呟いた。

 

「もう、今日は動かない、ルミネア連れて家帰って寝っころがって二ちゃんでも…………ああ〜ッ!? 家もスマホもパソコンも島ごと消されちゃったじゃんッ!ーーオノレ、ランスロットォォッ!!」

 

ああ、データ移行出来ねぇ、ソフ○バンク行くの面倒クセェ、と勇真は呻いた。

 

今日一番のダメージである。回復魔法で治せないのが困りものだ。

 

「………はぁ、もういいや、ルミネア拾って実家に戻ろう」

 

そう言って勇真は寝っころがりながら指をパチンと鳴らす、その音を媒介として探索魔法を発動、探索網は周囲一帯を音速で駆け巡り三十秒後にはルミネアの現在地を補足した。

 

 

しかし……。

 

「……あれ? この反応ってイッセー? と、リアス眷属ッ!?」

 

 

勇真はまた面倒事が起こった気がして頭を抱えた。

 

 

 

 

……どうしまよう。

 

ルミネアはとても困っていた。

 

勇真に言われて魔導人形を囮に他の無人島に隠れていた彼女なのだが、ジークフリートを追ってきたという悪魔達に捕まってしまったのだ。

 

いや、特に拘束などされている訳ではないので、捕まったというよりは保護されたというのが正しいか。

 

「(こういう言い方はおかしけど、良い悪魔さん達だなぁ)」

 

ルミネアはそう思った。

 

何故なら、咄嗟に元エクソシストだと名乗ってしまったルミネアに危害を加えないのだ、三大勢力が和平を結んだとは言え、未だエクソシストに反感を持つ悪魔は多い。

 

普通、こんな無人島に一人でいるあからさまに怪し元エクソシストが居たら取り敢えず殺る、最低でも無力化するのが悪魔というものだ。逆にこの島に居たのが悪魔で発見したのがエクソシストだとしても同じ状況になるだろう。

 

にも関わらず、彼らはルミネアに危害を加える事はなかった。なので間違いなく、彼らはお人好しで優しい悪魔なのだろう。

 

ルミネアはちょっとだけ悪魔にも良い人が居るんだなぁとホッコリした。

 

「まったく、ジークフリートはどこいったんだよ」

 

そう、イッセーと名乗った悪魔が独り言を言う。

 

「彼の事だ、心配はないと思うけどね」

 

イッセーの独り言を木場と名乗った悪魔が拾う、彼を見ると何故かゴールドジークというか単語がルミネアの頭に浮かんだ。

 

「お外怖いですぅぅ、帰りましょうよぉ、イッセー先輩ッ! 祐斗先輩ッ!」

 

そう怯えるのは茶色い紙袋を頭から被った小柄な人物だった。

 

ジャージ姿で正確な性別は分からないが小柄な体躯と高い声からおそらく少女と思われる。

 

「ギャスパー、まだここに来て30分も経ってないぞ、ジークフリートの扱きを思い出せ、こんなの全然怖くなくなるぞッ!」

 

 

そう言ってイッセーは身震いした。

 

「嫌ですぅぅ、そんなの思い出したくないですぅ、そもそも、あの人がどうこうなるはずないじゃないですか! もう、帰りましょうよぉ〜」

 

「はは、念の為だよ、ギャスパーくん」

 

 

こんな感じの緊張感のない会話を繰り広げる、三人だが、その姿に隙は殆どない。

 

今も、ルミネアが変な行動を取らないか、さりげなく見張っている。

 

囲まれている現状、魔法力を使った瞬間袋叩きに合う、そうルミネアは感じ取り下手な動きを取れないでいた。

 

「(この悪魔さん達、優しいけど油断がない。お人好しだけど高レベル、うう、逃げれない………でも、それよりも、勇真さんは大丈夫かな、きっと、勝ってくれたよね?)」

 

彼等が探しているジークフリートという人物がもし、ランスロットの偽名なら悪いがきっともう、この世にもう居ない。

 

それを申し訳なく思いつつも、ルミネアはそれよりも勇真の無事を祈った。

 

 

その時だった。何者かの探索魔法が使われた。

 

「(これは、勇真さんの探索魔法!)」

 

ルミネアは勇真の無事に安堵し、ホッと息を吐き出した。勇真は別れる前に言っていたのだ。勝ったら風系統の探索魔法を使うと。

 

 

この探索魔法にルミネアを除いていち早く反応したのはギャスパーだった。

 

「……この探索魔法、そしてこの魔法力の波長はジークフリートさんですよぉ! やっぱり無事じゃないですかぁ! さあ、帰りましょうイッセー先輩!祐斗先輩!」

 

「なんだ、やっぱり無事だったか、心配して損した」

 

そう言ってイッセーがホッとしたように呟いた。

 

しかし、ルミネアはこの会話を焦ってしまう。

 

「(あ、そ、そうです! この悪魔さん達が探しているジークフリートというのがランスロットくんなら勇真さんの魔法力と波長は同一のはず! こ、これって不味くないですかッ!?」

 

指紋と同じように魔法力の波長は一人一人で違うもの、故意に無理矢理同じにするのは難しい上、完璧に同じにするのはほぼ不可能なのだ。

 

にも関わらず、ジークフリートと全く同じ波長の勇真がひょっこり顔を出したりしたら……絶対に面倒な事になる。

 

うわぁ、面倒くさい、と言う勇真の姿がはっきりとルミネアの頭に投影された。

 

 

「……この感じだと戦闘をしている様子はないね、おそらく彼は僕たちの存在に気付いたはずだよ、ならここでしばらく待って彼が合流したら一緒に帰ろうーー彼女も連れてね」

 

そう口にして木場はルミネアを見つめた、その目には強い警戒心が浮かんでいる。

 

彼には分かるのだ、ルミネアの力量が並みのエクソシストを大きく逸脱しているということが。

 

そして、疑っているのだ、ジークフリートの行動にルミネアが関係していると。当然だ、じゃなきゃこんな無人島で実力者が何をしているというのだ。

 

その時、新たに通信魔法が四人の耳に届いた。

 

『イッセーッ! 祐斗ッ! ギャスパーッ!』

 

通信は若い女性の声である。そして、その女性の声色は明らかに焦っていた。

 

「あ、部長? ちょうど今『今すぐそこから逃げなさいッ!』……はい?」

 

イッセーの声を遮って通信の女性ーーリアスは鬼気迫る様子でイッセー達に離脱を命じた。

 

「ど、どうしたんですか? そんな焦って」

 

『いいから逃げてッ! そこにジークフリートは居ないわッ! 早くッッ!!』

 

「え、でも、今ジークフリートの魔法が」

 

『ーーーが返って来た』

 

「あ、探索魔法だけ掛けて帰っちゃったんですか、あいつ」

 

『違うのッ! 帰って来たのは、レイヴェルの召喚魔法で帰って来たは、彼女の悪魔の駒だけなのッ! つまり、死んだのよジークフリートはッ! 殺されたのッ! その近くに居る何者かにッ!!』

 

 

瞬間、イッセー、木場、ギャスパーはルミネアの近くから飛び退くと、彼女を囲む様な陣形を組む。

 

そして、即座にイッセーと木場は禁手化(バランス・ブレイク)、イッセーは龍帝の鎧を纏い、木場は死剣を握り締める。

 

ギャスパーはルミネアに停止世界の邪眼を向けながら転移魔方陣を作り出した。更にギャスパーは左手を複数の蝙蝠に変身させると全方位を警戒するように見張らせる。

 

 

「あ〜、本当に悪いんだけど、そのまま、動かないで一緒に転移してもらえるかな? この近くにメチャクチャ危ないヤツが居るみたいなんだ……もしかしたら君かも知れないけど」

 

そう、遠慮勝ちにイッセーがルミネアに告げる。

 

「……イッセーくん、彼女は眷属じゃない、だからこの魔方陣では一緒に転移出来ないよ」

 

「ッ!? さすがにそれは酷いだろッ! ……ギャスパーなんとかならないか?」

 

「ま、魔方陣の様式を若干変更すれば大丈夫ですぅ、で、でも、いいんですか?」

 

ルミネアをチラチラ見ながギャスパーが言う。

 

明らかにギャスパーはルミネアに怯えていた。

 

「大丈夫だ、もしこの子がジークフリートを倒した奴なら俺たちはとっくに殺られているはずだ、それに例えこの子がジークフリートを倒した奴だとしても俺たちが生きてるんだから敵対の意思ないんだろう? それなら事情を聞きたい」

 

「……確かに、そうかも知れないね」

 

「わ、分かりました…………様式を変更、問題なく彼女も一緒に跳ます!」

 

 

「(ど、どうしましょう?)」

 

このまま連れ去られると色々と、そう色々と不味い。自分は良いかもしれないが、勇真が色々と面倒な事になる。

 

そう、ルミネアは思うも逃げ出す方法が思い浮かばない。

 

瞬間転移で逃げる? ………無理だ、いきなりの襲撃を警戒しているのだろう、ギャスパーがこの一帯に自身以外の転移魔法阻害の結界を張っている。

 

飛翔術で逃げる?………無理だ、これも同じく襲撃に備えた球体状の防御結界からは簡単に出られそうにない。

 

結界を切り裂いて逃げる………結界を壊している間に袋叩きに合います。

 

三人を無力化して逃げる………一対一なら可能かも知れないがそれ以上の人数は不可能。

 

諦めて一緒に転移し嘘の事情を話す………そんなに口が上手くありません。

 

 

「(ど、どうすればッ?)」

 

 

そう、ルミネアが焦っていると……。

 

 

『話を合わせるか、ちょっと黙っててね』

 

という、ルミネアだけに聞こえる通信がギャスパーの結界を抜いて彼女の耳に届いた。

 

 

 

次の瞬間、ギャスパーの結界が風の切断魔法で両断された。

 

 

 

 

 

「ここに居たか、探したぞ」

 

そう言って、“黒い霧” を纏ったローブ姿の男が四人の前に現れた。

 

その男の登場に、リアス眷属三人は凄まじい重圧感じた。まるで、本気のジークフリートを目の前にした様なプレッシャー、間違いないコイツが……。

 

「……お前がジークフリートを殺したのか?」

 

イッセーがそう、問いかける。静だがその声には抑えきれない怒りが滲んでいた。

 

「ふむ、その通りだ……仕方なくね」

 

イッセーの言葉に男は軽く答える。

 

「テメェッ!………仕方なくねというのは?」

 

男に激昂しそうになったイッセーだが、ジークフリートに何度も言われた『戦闘中に怒るのは単なる隙だ』という言葉を思い出し、努めて冷静さを保とうとした。

 

そもそも相手はジークフリートを倒した奴だ、自分の遥か格上だ、冷静さを無くしたら一瞬で殺られるッ!

 

ジークフリートの訓練を経て、イッセーは確実に成長していた。

 

「ああ、私は彼に、ジークフリートに英雄派に戻って来てもらいたかったのだよ、彼は優秀だったからね、それで、密かに彼に通信を入れた」

 

「ッ! そうか、だからジークフリートは一人で、いきなり消えたんだね」

 

木場が得心がいった様な顔をした。

 

「その通り、場所を指定し、一人で来るように告げた。そして彼は一人で来た……残念ながら私と戦うためにね」

 

心底残念そうな顔をして男は溜息を吐いた。

 

「な、なんでお前からジークフリートさんの魔法力の波長を感じるんだ!」

 

「ジークフリートの魔法力の波長?……………………ああ、これか、それはな、元々この魔法力が私のものだからなのだよ」

 

やけに長い沈黙の後、男は思い出したようにそう告げた。

 

「……それはいったいどういう事だい?」

 

「簡単な事だ。私は研究で忙しくてな、出来るだけ前線には出たくなかったのだよ。だから密かに私の魔法力を彼に貸した。私の分も働いてもらう為にね、それで、彼には実験の結果その魔法力を得たと嘘を言っておいたのだよ」

 

彼は働き者だったからね、と男は付け加えた。

 

「じゃ、じゃあ、ジークフリートさんが負けたのはッ!?」

 

「ふふ、気が付いたか、そう、交渉が決裂した為、戦闘開始となった、だから開始と同時に私が魔法力を返してもらったのだよ。そして、動揺で隙が出来た彼を極大魔法で始末した。実に呆気なかったよ」

 

そう、邪悪な笑みを浮かべ男は告げる。

 

「……下種が」

 

木場が吐き捨てるように呟く。

 

「戦術と言ってもらいたいね、ジークフリートとて私の行為をそう認識しているはずだ……さて、まあ、話はここまでにしよう、彼女を渡してもらおうか?」

 

「「「ッ!?」」」

 

「…………」

 

男の言葉に三人はルミネアへの警戒心を高める。そしてルミネアは無言で防御魔方陣を形成した。

 

「何を驚く? まさか私と彼女が無関係だと思っていた訳ではあるまい? 彼女はね、私の大切な実験体なのだよ」

 

「実験、体?」

 

「モルモットと言い換えても良いがね……ああ、彼女を渡せば君達は見逃そう、悪くない取引だと思わないか?」

 

そう言って男はプレッシャーを強める。

 

そのプレッシャーは今までイッセー達が敵対した中で最も強く、そして重い。

 

間違いなく過去最悪の敵。

 

これにたった三人で立ち向かうのは完全に無謀な行為だった。

 

しかし……。

 

 

「………断るッ!」

 

少し、躊躇しながらもイッセーはルミネアの受け渡しを拒否した。

 

イッセーの意見に、実験体と聞き自身と境遇を重ねた木場も賛同した。彼は鋭い視線で警戒しながら死剣を男に向ける。

 

その間、ギャスパーは再び転移魔方陣を作り出す。彼も決意を固めたのか、僕も男なんだ、と小さく呟き男を睨む。

 

 

「………はぁ、交渉決裂か、ジークフリートに言われなかったか? 勝機がないのに立ち向かうのは単なる自殺だと」

 

男はやれやれと首を振ると、黒い霧を残して一瞬で消える。

 

高速瞬間転移! 男は一瞬にしてルミネアの背後に移動すると彼女の防御魔法を打ち砕き、彼女を拘束、そして、ルミネアの方を振り向いた三人は猛烈な暴風を叩きつけられ吹き飛ばされてしまった。

 

「ハハハハ、彼女は返してもらう、君達はここ死……いや、君達如き殺すまでもないか? 私は実験で忙しいのでねここらでお暇させていただこう」

 

「ま、待てッ!」

 

転移で消えようとすると男に、鎧で最もダメージが少なかったイッセーが、即座に接近、凄まじい拳打を浴びせ掛ける。

 

しかし、その拳打を男は動きもせずに高密度魔法障壁で完全にシャットアウト。

 

「弱々しい拳だ、もっと腰を込めて打ってはどうかな? まあ、下手に魔法障壁を抜くと彼女が危ないのだかね」

 

その言葉に更なる攻撃を躊躇したイッセー、、そこに男の凄まじい雷魔法が襲い掛かった。

 

「ガガガガゴガッ!?」

 

関電するイッセーを男は指を指して笑う。

 

「ハッハッハッハッ! 変な声出すなよ! 笑ってしまうだろう? まあ、健闘賞だ私の名前を教えてやろう。私はゲオルク、英雄派のゲオルクだ! 私と再戦を望むなら英雄派を追うといい、まあ、私は魔法研究以外のことで記憶を割かない主義だからな、もしかしたら次会うときは忘れているかもしれないが、そこの所は許してくれたまえ」

 

 

そして、痺れるイッセーを嘲笑い男ーーゲオルクはルミネアと共に何処かへ転移してしまった。

 

 

次の瞬間、無人島にイッセーの慟哭が響き渡ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「…………悪い事したかな?」

 

連続転移で追跡を出来なくしてから幻術を解いた勇真が珍しく本気で悪い事したかも、といった顔をした。

 

「はい、間違いないです」

 

勇真の言葉にルミネアも同意、彼女の中でもあの勇真の行為は完全に悪い事だった。

 

「いや、ね、一応、手加減したよ? 出来る限り傷つけないようにしたし」

 

「私が捕まってしまったのが悪いのですが、あれはやり過ぎだと思います。言ってる事もやってる事も完全に悪党でしたよ?」

 

私、勇真さんにとってはモルモットなんですか? と、ルミネアがジト目で勇真を見る。

 

「い、いや、下手に良い奴だとおかしいし、仲間って言ったらルミネアを人質に取られるかもしれなかったし、それにゲオルクってあんな感じの奴だった……よね? 確か」

 

「……勇真さんが演じるゲオルクさんの方が百倍悪役でしたよ? 完全に悪の幹部でした」

 

「え、でも、ゲオルクってテロリストで悪の幹部だし……良いんじゃないかな?」

 

「…………まあ、そう、ですね」

 

ルミネアは同意するが、歯切れが悪い。どうにも納得仕切れていないようだ。

 

勇真はルミネアに謝りながら今度イッセーに会ったら飯を奢ろうと決意した。

 

 

 

 

……明らかに飯の奢りで帳消しになるレベルの事ではないのだが。

 

 

 

 

 

 

 




ゲオルクって奴の仕業なんだッ!


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21話

最悪の展開になったby駒王市 左に同じくby千葉県




ーー千葉県房総半島のとあるホテル

 

 

 

「うん、美味しい」

 

「はい、生でお魚を食べるのはちょっと抵抗がありまたが、慣れるととても美味しいんですね!」

 

勇真とルミネアは新鮮な刺身に舌鼓を打ちながら今後について相談し合っていた。

 

「さて、今後について話そうか先ずはイッセー達について、ルミネアは彼らに顔を見られた」

 

「……はい」

 

ルミネアが申し訳なさそうに肯定する。

 

「あ、気にしなくていいよ、それでルミネアは自分の名前を名乗った?」

 

のんびりと甘エビの殻を向きながら勇真はルミネアに問い掛けた。

 

「あ、いえ、昔同僚だったマリアというエクソシストの名前をお借りしました。でも、元エクソシストとは名乗ってしまいました」

 

「よし、問題ない。じゃあ、彼等については大丈夫だね」

 

殻を剥き終えた甘エビを口に運び、美味そうに咀嚼しながら勇真は言う。

 

「え、で、でも顔を見られてしまいましたよ?」

 

「それは大丈夫、彼等には会話しながら呪詛を掛けたから」

 

「呪詛って事は……認識操作か記憶操作ですか?」

 

「うん、そうだよ。俺がルミネアの背後に転移した瞬間、彼等は驚いて俺とルミネアを見たよね? その直前、転移して直ぐに俺はルミネアに幻術を掛けた、そこからルミネアは金髪碧眼の女の子になっていた訳だ。で、その時に見た君の姿を “ルミネア” と認識する様に仕向けたんだ、あ、違うかマリアだったね」

 

そんな、まるで風呂掃除したから湯船入れといたよ。みたいな軽い感覚で言う勇真。

 

もはや彼は勇者というより詐欺師かマジシャンだ。

 

「け、結構高レベルの悪魔さん達に見えたんですが、そんなに簡単に呪詛に掛かるものなんですか?」

 

「身体の自由を奪うとか、気絶させるとかはあの短時間で警戒された複数相手には難しいね、でもこの程度の認識操作なら警戒されてても問題ないよ」

 

今度、ルミネアも試してみるといい、そう、真鯛の刺身をパクつきながら勇真は笑う。

 

「そもそも記憶ってのは結構適当な所があるんだ。ルミネアも有るんじゃないかな、車に乗ってる時に『あ、この道通ったことがある』と思っても実際は全く通ったことがない道だった、みたいな経験が」

 

その言葉にルミネアも思い当たる節があった。

 

「あっ! はい、似たような事なら、前行った教会の近くの家の屋根の色を白だと思っていたら黄色だったという思い違いをした事があります」

 

「そう、それと同じだ、俺がしたのはちょっとだけその間違いをし易いように操作しただけだけ」

 

はい、これでルミネア関連は大丈夫。そう言って勇真はマグロの赤身に醤油をつける。

 

「あ、じゃあ、魔法力の波長はどうしますか?」

 

「ああ〜それね……………ほい、どう、波長変わった?」

 

「え? か、変わってます、え? こんな簡単に波長って変えられるんですかッ!?」

 

勇真は海鮮丼を食べながら、あっさりと、なんでもない事の様に魔法力の波長を変える。

 

 

「他人は知らない、でも俺は出来る、で、ゲオルクの波長については残念ながらどうしようもないね、あの三人の認識を狂わせても他にもランスロットーーいや、ジークフリートの波長を覚えている人が居るはずだし、下手に操作するとかえって不自然になっちゃうからね」

 

「そう、ですね。三人だけ認識がズレてたら明らかに不自然ですもんね」

 

「まあ、そこはゲオルク(本物)の外道っぷりに期待だね」

 

 

 

あるいは、イッセー達がゲオルクに会う前に俺がゲオルクを消すか、とルミネアに聞こえないくらい小さな声で勇真は付け足した。

 

 

まあ、多分、勇真は面倒くさがってしないのだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

死剣と赤腕がぶつかり火花を散らす。

 

「はあぁああああッ!」

 

「ーーハッ! セイッ!」

 

音速を超える攻防、押しているのはイッセーだった。

 

当然だ、今のイッセーはリアス眷属最強、赤き龍帝の鎧を纏った彼はパワー、スピード、共にリアス眷属の中で “断トツで” 一番なのだ。

 

『Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost‼︎』

 

イッセーは最大倍化で下級悪魔の赤子並の魔力を瞬間的に並の上級悪魔以上まで引き上げる。

 

「ドライグゥッ! 制御を頼む『身体強化』だッ!」

 

『任せろ、相棒ッ!』

 

そしてその魔力で持って自身に身体強化を施すのだ。

 

この身体強化はイッセーがジークフリートから教えられモノに出来た数少ない魔法の一つ、発動、維持に使われるのが魔法力ではなく魔力の為、完全に同一の魔法ではないが、ジークフリートが残した遺産だった。

 

龍帝の鎧により馬鹿みたいに上昇していたイッセーのパワー、スピードがこれによりまた更に数段上昇する。

 

それは最大倍化から持って30秒の強化に過ぎない、だが、この短時間だけならイッセーは本気のジークフリートの身体能力に迫る、いや、パワーだけなら完全に彼を上回っているのだ。

 

 

「ーーグゥッ!」

 

その常軌を逸した身体能力を前に木場は一気に防戦一方となってしまう。

 

仕方あるまい、速度差は3倍以上、パワーに至っては10000倍以上の差なのだむしろ防戦でも戦えているのが奇跡だ。

 

 

 

しかし、その奇跡も長くは続かない。

 

イッセーは地面を思いっきり蹴り上げ、超音速の大量の土塊を木場に浴びせ掛けると、その攻撃を対処しきれず吹き飛んだ木場に追いすがり、彼の顔面にその剛腕を寸止めした。

 

「俺の勝ちだな」

 

「はぁ、また僕の負けか」

 

イッセーの勝利宣言を木場は溜息まじりに首を振ると素直に負けを認めた。

 

「……この頃、イッセーくんに全然勝てないな」

 

少し落ち込んだ様に木場が漏らした。彼の言う通りここ数日、彼はイッセーに負け続けている……いや、彼だけではない1人を除いて眷属全員がイッセーとの模擬戦で敗北し続けているのだ。

 

 

「そうだけど、身体強化なしなら普通に負ける時もあるだろ?」

 

「それってつまり、全力じゃないイッセーくんにしか勝てないって事でしょ?」

 

悔しそうに木場は言う。さすがに模擬戦での連敗は彼もショックを受けるのだろう。

 

「そんなこと言ったら木場だって今、全力じゃなかっただろ? まだジークフリートに教えてもらった魔法を使ってないんだから」

 

「はぁ、使う前に負けちゃったんだよ、僕が教えてもらった魔法は使い所が難しいし、寸止めとか出来ないから模擬戦だと使い辛いんだ。あと、防御魔法と身体強化は僕もしてたよ」

 

じゃなきゃ最後の散弾に当たった時に死んでたよ。そう言って肩を竦める木場に急いで駆け寄って治癒を施すアーシア。

 

 

 

そんな彼らの様子を見ながら小猫は完全に置いていかれたと、焦っていた。

 

『キミが一番使えない』

 

ジークフリートは小猫をそう評した。

 

彼女にとって本当に悔しく、悲しい事だがそれは事実だった。

 

アイデンティティーだったパワーと防御力はポジション丸被りのイッセーの完全下位互換。スピードもイッセー、祐斗より遥かに遅く、朱乃の様に中距離、長距離射程の高威力攻撃を使える訳でもない。

 

また、ギャスパーの様に他人を補助する魔法も、もちろん時間停止能力も持たず、アーシアの様に他者を癒せる訳でもない。

 

そう、小猫にしか出来ないというポジションが無いのだ。全てが誰かの下位互換、その上、器用貧乏とすら言えないほど得意分野が偏っている。

 

とは言え、決して小猫が弱いわけではないのだ、ただ、彼女仲間には小猫以上が多数いるそれだけの事なのだ。

 

 

「…………」

 

小猫は無言で強く歯を噛み締める。

 

「どうしたの? 小猫ちゃん」

 

小猫の様子が気になったのか、ギャスパーが心配そうに話し掛けてきた。

 

「………ギャーくん」

 

「何か心配ごと? ぼ、僕で良ければ相談に乗るよ」

 

「…………」

 

ギャスパーのこの言葉に、ギャーくん変わったな、と思うと同時に小猫は彼を強く嫉妬した。

 

 

 

イッセーがリアス眷属最強ならギャスパーは眷属最高の悪魔だった。

 

どうも彼はジークフリートの魔法が合っていたのか、攻撃、防御、補助と彼から多くの魔法を学ぶ事になる。

 

それに吸血鬼の特異能力を組み合わせると眷属の殆どが手に負えない存在と化してしまうのだ。

 

数百匹のコウモリに変身して全方位から攻撃魔法と時間停止を行い、遠距離の複数の仲間に補助魔法を掛け、その上コウモリの『きゅ、きゅ、きゅ』という可愛い鳴き声は全てが強い行動阻害を敵に与える呪詛という最悪具合。

 

余程の力量差がなければ、広範囲攻撃を持たない者に勝機はない。

 

 

 

そう、もはや小猫の手の届かない高みにギャスパーは居るのだ。

 

 

そして、彼は対人恐怖症をある程度克服してすらいる。特にそれが顕著になったのはジークフリート捜索から帰ってきてからだ。

 

ギャスパーが帰ってきたその時、小猫は見たのだ。何か強い決意を秘めた彼の目を。

 

 

「(私とは大違い)」

 

小猫は暴走してしまうのでは? という恐怖から仙術を封印して使うことが出来ない自分の不甲斐なさに涙を流した。

 

「え? え、えええッ! ちょ、こ、小猫ちゃん!? ど、どうしたの!? どこか痛いの!?」

 

いきなり泣き出した小猫にギャスパーはあたふたする。

 

そして小猫は元引き篭もりにこうも心配される自分が更に情けなくなり、声を噛み殺し泣き続けた。

 

 

 

地図が描かれた的がクルクルと回転する。

 

 

その的目掛け、珍しく真剣な表情をしたリゼヴィムがダーツを投擲した。

 

投擲されたダーツはしっかりと的に刺さる。それにヨシ! とリゼヴィムはガッツポーズを取った。

 

「ユーグリット♪ どこ刺さったぁ?」

 

「少々お待ちを………千葉県ですね」

 

「え〜マジで? おじさん東京狙ったんだけど?」

 

ニューヨークの時は狙い通りだったのにぃ、そう、不満顔でリゼヴィムは言う。

 

「では襲撃場所は東京という事でよろしいでしょうか?」

 

そう、問うユーグリット。

 

「いやいや、分かってないなぁユーグリットは、おじさん全世界にランダムに国を襲うっていたじゃん? 約束は守らないと♪ だから地域もコレでランダムに選ぶんですよ! ダ○ツの旅ならぬダーツの襲撃、良いんじゃない? うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、あ、ヴァーリきゃん、次の襲撃は千葉県ね、じゅんびよろぴく〜」

 

「チッ……出掛けてくる」

リゼヴィムに言葉を投げ掛けられたヴァーリは舌打ちして、部屋を出て行った。

 

「もう、ヴァーリきゃん反抗期? うひゃひゃひゃひゃひゃ! かわうぃね♪ 」

 

「……よろしいのですか? 彼の態度はいささか目に余るのですが」

 

「いい、いい、問題ないから♪ だって突っ張っても結局おじいちゃんのお願いには逆らえないわけだしぃ、少しくらい好きにさせてあげないとね、あんまり反抗されるのも面☆倒♪ また、ストレス解消に邪龍と戦わせるのも聖杯の無駄遣いになっちゃうからねぇ♪」

 

そう、リゼヴィムは孫好きの祖父の様に朗らかに笑った。

 

あくまで “様に” だが。

 

 

 

 

 

 

ヴァーリはムシャクシャしていた。

憎い祖父にアゴで使われる現状、それが彼に与えるストレスはどんな屈辱を受けるよりも強く彼を攻め立てた。

 

もう、今、ヴァーリはとにかく誰でもいいから戦いたかった。

 

そんな時、彼は思ったのだ。

 

 

そうだ、駒王学園に行こう、と。

 

 

何故ならそこには強敵が居る、自分を殺し、こんな最低な環境に叩き堕とした憎い敵が居る。

 

頭に来る事だが、ヴァーリはリゼヴィムによってかなり強化された。余程相性が良かったのか死んでからしばらく『白龍皇の光翼』はヴァーリの魂にくっついていた。

 

その為、復活したヴァーリは依然として白龍皇である、それも復活前より遥かに強大となった間違いなく史上最強、未来においても魔王以上の存在が白龍皇の光翼を奪うとかでもしない限りまず超えられる事がない程、圧倒的最強の白龍皇だった。

 

ヴァーリは確信している、今ならジークフリートに勝てると。

 

これは驕りでも油断でもない、純然たる事実だ。今の彼は油断さえしなければ万全のジークフリート相手に無傷で勝つ事も不可能ではない、それ程に力を上げていたのだ。

 

 

 

そして、彼は駒王市に向かう、だが、肝心のジークフリートはもう居ない。

 

 

 

 

もしかしたら、駒王市は終わりかもしれない。

 

 




やったね、ギャスパー、イッセー超強化! 木場強化! その他眷属も描写は無いけど強化!

……小猫現状維持。



あ、ついでにヴァーリも超強化!





……勝てる気がしない。


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22話

これも全て……


妙だな、とヴァーリは思った。

 

時刻は深夜、駒王市に訪れたヴァーリだが、ジークフリートの魔法力反応を見つけられないでいた。

 

「……あれだけ強大な魔法力の持ち主だ、例え魔法力を封印していても俺なら見つけられると思ったのだが」

 

今のヴァーリは魔法感知系の感覚も聖杯で強化されている、例え相手が隠れていても見つけられる、その自信がヴァーリにはあった。

 

しかし、見つけられない。

 

これはつまり……。

 

 

「ジークフリートは駒王市に居ないのか?」

 

ヴァーリは落胆した。

 

そういえばジークフリートと戦ったのは駒王学園だが、別に彼が駒王市に住んでいるとは限らない、それに思い当たりヴァーリは頭を押さえた。

 

 

「こんな簡単な事に気が付かないとは、苛立って冷静ではなかったか……まあ、いい、ならば知ってそうな奴にジークフリートの居場所を聞けばいいか」

 

そう言ってヴァーリは気を取り直すと、魔の気配が集中する場所ーー兵藤家に向かうのだった。

 

 

 

 

 

「今更かも知れないけど、悪魔ってハードな生活だな、俺、悪魔になってからの数ヶ月で100回くらい命の危機を体験してるんだけど?」

 

「ハハ、イッセーくん、それはジークフリートの模擬戦も命の危機に含まれていなかい?」

 

「おお、落ち着き過ぎですよぉぉぉッ!? イッセー先輩ッ! 祐斗先輩ッ! 分かってますよねこの異常な魔力にぃッ!?」

 

そう、ギャスパーはいつも通りの感じで会話する二人に突っ込みを入れた。

 

深夜に現れた異常に巨大な魔力、それに飛び起きたリアス眷属は家の外へ出て、様子を伺っていたのだ。

 

で、その魔力の持ち主は、まるで意図を隠す事なくその強大な魔力を放出しながらイッセー家へと向かっていた。

 

リアス達は即座にこの襲撃者と思われる者の力量を悟り、自分達だけでは対処困難と魔王と堕天使総督に応援を要請したのだ。

 

 

「ギャスパー、焦っても仕方ないだろ? むしろお前は落ち着け、怖いのは分かる、それは俺も同じだ、でも落ち着かないと力を発揮出来ないぞ?」

 

「ーーッ!?」

 

ギャスパーは見た、そう彼にアドバイスするイッセー、その顔に若干の恐怖心が浮かんでいるのを。

 

当たり前だイッセーはこの魔力に思い当たりがある。

 

かつて神器も使わずに自分を圧倒したあのヴァーリのモノだ、しかも、以前より二回りは力を増している。

 

そう、イッセーにも直ぐに分かる程、魔力の波動は強大になっていた。

 

それでも、イッセーは冷静さを保とうとしているのだ。

 

 

そんなイッセーの姿を見てギャスパーも勇気付けられ決意を固めた。

 

「……はい、そうですね、すみません、突然の事で焦りました、もう大丈夫です!」

 

「よし! それでこそ男だッ!」

 

「偉いよギャスパーくん……それで部長、副部長、サーゼクス様とアザゼル総督の増援到着予定は?」

 

木場はギャスパーを褒めると視線をリアス、朱乃に重要な質問を投げかけた。

 

「……お兄さまの、魔王様の軍勢到着予定は役一時間後よ」

 

「……アザゼル総督は40分ほどで到着するそうです」

 

木場の質問に若干顔を青くしてリアス、朱乃が答える。

 

その軍勢到着予定は絶望的だった。

 

 

 

「ハハ、参りましたねこれは」

 

「そうだな、本当に参った……と言う事で、あと一時間くらい待ってくれね?ーーヴァーリ」

 

 

 

 

「却下だな」

 

そう言って、宙に浮かぶ銀髪の少年ーーヴァーリはイッセーの意見を却下した。

 

 

マジかよ、それがヴァーリを見たイッセーの感想だ。

 

イッセーは少しだけ期待していたのだ、ヴァーリから以前より遥かに強い魔力を感じるのは彼が全力ーーつまり『白龍皇の光翼』の禁手化状態『白龍皇の鎧』を纏っているが故に放つモノであると。

 

しかし、蓋を開ければヴァーリは神器未使用状態、つまり、ここから更に大幅パワーアップ出来る訳だ。

 

笑えねぇよッ! イッセーは内心で厳しい現実に唾を吐いた。

 

 

「で、お前は何しに来たんだ? もう、ライバルの俺には興味がないんだろう?」

 

「そうだな、兵藤一誠には興味がない、ただ聞きたい事があったから聞きに来たんだ……ジークフリートはどこだ?」

 

そう、強い戦闘意欲を滾らせてヴァーリは言う。

 

それにイッセー達は内心で呻いた。

 

「……それを聞いてどうするんだよ?」

 

「決まってるだろ? リベンジさ」

 

「はは、相変わらずの戦闘狂、また負けちまうぞ?」

 

「今度は負けないさ……とは言い切れないか。しかし、今回は最初から油断も慢心もしないで戦うつもりだ。そうすれば多分、今の俺なら勝てる」

 

嘘や冗談ではない、ヴァーリは本当に油断も慢心もしない気だとイッセーは感じ取った。

 

そして、多分勝てるという彼の言葉も強がりではないと。

 

 

「……じゃあ、もしジークフリートの居場所を言えば俺たちに危害は加えないか?」

 

「せっかく来たんだ、ウォーミングアップついでに戦うつもりだが?」

 

「いや、そこは『雑魚に興味はない』とか言えよッ!」

 

「悪いな、俺は力が拮抗した勝負が好きだが、気分が悪い時は蹂躙戦もしたくなるんだ」

 

「お前、最低だなッ!?」

 

「ハハハハ、悪かったな、だがもっと悪いのは弱いキミ達だ……さて、お喋りはそろそろ終わりにしようか? やったな、この長話で俺相手に3分近くも時間を稼げたぞ、嬉しいだろ?」

 

「ああ、涙が出るほど嬉しいぜ! ……部長ッ! 朱乃さんッ!」

 

そのイッセーの言葉にリアスと朱乃が両手をヴァーリに向ける。

 

 

次の瞬間、ヴァーリの足元に魔法陣が現れる。

 

そして、閃光が辺りを照らし出し……ヴァーリが消え去った。

 

「転移、成功ですか?」

 

「ええ、問題なく戦闘フィルードに送ったわ」

 

この前の会議襲撃やニューヨーク壊滅の事件を受けて周囲に被害を出さないようにテロ対策用に悪魔陣営はレーディングゲームの技術を応用した強制転移付き特殊戦闘フィールドを空間の狭間に作っていたのだ。

 

「白龍皇がフィールドを破壊して出てくる予想時間は?」

 

リアスの言葉に朱乃が高速で魔法陣を操りヴァーリの脱出時間を予測する。

 

「…………魔王級単独がーーセラフォルーさまがフィールド破壊で脱出するのに四時間かかる戦闘フィールドです。もちろん、魔法が得意な者なら転移でもっと早く逃げ出す事は可能です。セラフォルーさまも転移の場合は30分で脱出してしまいました、禁手化状態の白龍皇の予測最大魔力値はセラフォルーさまの約3倍、魔法が得意な場合、最悪10分で脱出されてしまいますわ」

 

朱乃の説明にリアスが頷く。

 

「分かったわ、では、私達は8分後にフィールドに突入、そこで白龍皇を応援が来るまで足止めするわ、絶対に駒王市に出してはダメよ? あのレベルの存在なら一瞬で街が壊滅する。今回は命懸けよ、でも、絶対誰も死んではダメよッ!」

 

「「「「「「はい、部長ッ!」」」」」」

 

「それと、小猫」

 

「はい」

 

 

 

 

 

「貴女はここに残って」

 

「え?」

 

リアスは静かに、だが有無を言わさぬ口調でそう言った。

 

「貴女は応援が来たら迅速に転移出来るように、転移座標とフィールド内に入る為の空間封印の解除コードを教えてね、通信で教えると他の、そうリゼヴィム達に傍受される恐れがあるわ」

 

「……サーゼクスさまとアザゼル総督は無条件で突入出来るはずです」

 

「そうね、でも、他の応援は無条件では入れないわ、解除コードは毎回ランダムで変わる、その解除コードを知ってるのはこの場にいた私達だけ、それは分かるわね?」

 

「……はい、でもそれなら使い魔を残せば」

 

なおも小猫は食い下がる、その声色は縋るようで、彼女の目には小さく涙が溜まっていた。

 

 

それでもリアスは……。

 

「小猫、主として命じるわ、残りなさい」

 

小猫に残るよう命じた。

 

「……今回は相手が悪過ぎるの、多分敵の軽い攻撃ですら当たればイッセー以外は重症、あるいは致命傷になるわ、だから接近戦はイッセーと祐斗に完全に任せる、そして、私と朱乃、ギャスパーが遠距離から二人の補助と攻撃を行う、アーシアは殆ど休みなく『聖母の微笑』を使い続けてもらうわ」

 

「それなら、私は一緒に入ってアーシア先輩を守ります!」

 

それはもはや懇願だった。

 

小猫はポロポロと涙を流しリアスに連れて行って下さいと願い出る。

 

それを見て、リアスは辛い表情となる。

 

だが、それでも彼女は首を縦には振らなかった。

 

「ダメよ、アーシアは私と朱乃、ギャスパーが魔法障壁で守るわ……この障壁は硬い分、あまり大きく作れないの」

 

「……ッ、私は、お役に立てません、か?」

 

「そんな事はないわ! 残るのも大事な役目なの、だからお願い、分かって小猫」

 

その言葉に、小猫は俯く。

 

「…………はい、分か、り、ました」

 

それは嗚咽交じりの震える声だった。

 

 

 

 

 

8分が経過し、リアス達はフィールド内に消えていった。

 

それを悔しさと悲しさと、自分の情けなさで歯を噛み締めながら小猫は見送った。彼女の目は以前とし涙で濡れている。

 

 

 

 

そんな小猫に……。

 

 

「あらら、白音は置いていかれたの? 」

 

ーー声を掛ける者がいた。

 

 

 

 

それは懐かしい声だった。

 

 




英雄派の所為なんだッ!



ヴァーリ「本当にたったの3倍かな?」

セラフォルー「ーーッ!?」


天○飯「小猫は置いてきた居ても戦力にならないと思ったからな」

小猫「ーーッ!?」


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23話

千葉県「どうやら駒王市が助かったようだ、この調子なら私もッ!」


「遅かったな」

 

万全の体制を整えてバトルフィールドに転移してきたイッセー達を余裕の態度でヴァーリは出迎えた。

 

「てっきりいきなり襲い掛かって来るかと思ったぜ、脱出しなくて良いのか?」

 

龍帝の鎧を纏ったイッセーが何処かホッとした様な声で言い。

 

「冗談だろ? する必要がない、街に被害を出さない為に、キミ達はここに来るしかないのだから……まあ、もしあと五分待っても来なかったら、脱出しようと考えてはいたがな」

 

龍皇の鎧を纏わぬヴァーリが軽い口調でそれに返す。

 

そんなヴァーリの様子を見て……

 

 

 

 

 

ーー今しかないッ!

 

そうリアス達全員が思った。

 

 

 

ヴァーリは油断も慢心もしないで戦うと言っていたがそれは “ジークフリート” 限定の話なのだろう。

 

彼は万全の戦闘準備を整えているリアス達を前にしても禁手化どころか神器の発動すらしていない。

 

 

「「「「「「(チャンスッ!!)」」」」」」

 

これによりリアス達は予定を変更する。

 

 

 

つまり、時間を稼いで助けを待つ事から彼の “打倒” へと。

 

 

 

『Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost‼︎』

 

Transfer‼︎(トランスファー)

 

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『Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost‼︎』

 

イッセーの瞬間最大倍化譲渡5連続、そして自身に最大倍化、僅か3秒でなされた高速譲渡と最大倍化により、短時間だがイッセー、木場、アーシアが上級悪魔の上位、そしてリアス、朱乃、ギャスパーが最上級悪魔に片足を突っ込むレベルの魔力を得る。

 

それを見てもヴァーリは『……ほう』と、軽く感心するだけで神器を使う様子を見せない。完璧にイッセー達を舐めている。やはり、つけ込むなら今しかない。

 

自身は全ての力を引き出し、相手には全力を出させない。

 

それが格上と戦う際の鉄則だ。

 

敵が油断している内に、遊んでいる内に、慢心している内にーー殺す。

 

そもそも今のリアス達が魔王以上の実力者相手に数十分も時間を稼ぐなんてほぼ不可能、それよりも、本気を出さない内に殺す方がまだ勝率が高い。

 

もちろんこれは高リスクの博打だ。失敗すれば相手を怒らせ、格上が即座に本気になってしまう場合もある、つまりベストは殺害、最低でも重症を負わせなければリアス達の死はほぼ確実となる。

 

だが幸い、敵は『変身』という手順を踏まねば全力を出せない特殊な相手だ。いかに即座に変身出来るとは言え、それでも普通の相手よりも本気を出すのに時間が掛かる。故に通常より時間に余裕がある。

 

だからこその決断だった。

 

「お、いきなりか? なんだ意外と好戦的じゃないか」

 

そう笑うヴァーリに答えずにイッセー、木場が飛び出した。

 

「うぉおおおおッ!」

 

「はぁああああッ!」

 

気合の叫びと共にイッセーと木場は絶妙なコンビネーションの連続攻撃をヴァーリに見舞う。

 

だが、ヴァーリは余裕と若干の失望が入り混じった表情でそのコンビネーションを軽々と捌いてしまう。

 

「なんだ、この程度か? 纏うオーラからもう少しはやると期待したのだが」

 

「悪かったな! お前と違ってこちとら凡人なんだよ!」

 

「悪いね、白龍皇、これが僕らの精一杯さッ!」

 

二人の言葉に更にヴァーリの顔に失望の色が滲み出る。

 

「…………つまらないな」

 

期待して損した。そんな表情でヴァーリは軽くイッセー、木場を攻撃する。

 

 

ーーそう、この程度の相手には充分だろうと思われる攻撃をする。

 

それをイッセーと木場はあっさり回避した。

 

「むッ!?」

 

回避から一気に木場とイッセーが加速する。

 

そう、全てはフェイクだったのだ。気合の叫びも、ヴァーリとの会話も、これが自分達の全力だと、ヴァーリに “錯覚” させる為に行われたブラフなのだ。

 

「はぁああああッ!!」

 

今度こそ本当の気合を込めて木場が死剣を振るう、攻撃を回避され身体が泳いだヴァーリはその斬撃をまともに受けてしまった。

 

「ぐ、このッ!」

 

遥か格下の相手の斬撃で胸に一文字の傷をつけられたヴァーリ、その怒りで彼は意識を木場に向ける……向けすぎる。

 

その背に無言でイッセーが剛腕を振るった。

 

その剛腕がヴァーリにヒット、それと同時にパイルバンカーの様に籠手から射出されたアスカロンがヴァーリの腹を貫いた。

 

「ぐふぉあッ!?」

 

腹を貫抜かれたヴァーリが吐血、それに構わずイッセーは刀身を捻り傷口を広げるとアスカロンにパワーを譲渡、聖なる波動を傷口からヴァーリに叩き込もうとする。

 

「舐めるなッ!!」

 

だが、流石にそのまでは許さずヴァーリは自身を中心に全方位魔力砲撃でイッセー、木場を弾き飛ばした。

 

「ブラフとはやってくれるッ!」

 

ヴァーリは怒りに満ちた表情で自ら吹き飛ばしイッセー木場を睨みつける。

 

次の瞬間、彼の動きが『停止』した。

 

ギャスパーの停止世界の邪眼だ。

 

最大倍化譲渡により力を大幅に増したギャスパーはヴァーリの意識が完全に自分から逸れた瞬間、全力で神器を発動、彼を停止させる事に成功した。

 

しかし、停止は0.1秒も持たない。

 

それを分かっていた為、停止と同時にリアス、朱乃が最大威力の滅びの魔力と雷光をヴァーリに放った。

 

ヴァーリが停止から戻っ瞬間、目の前には凶悪な攻撃があった。

 

普通は直撃する。だが、彼は普通ではない!

 

ヴァーリは混乱しながらもその攻撃を瞬時に作り出した強大な魔力障壁でなんとか防ぎきった。

 

 

 

 

そこに、アーシアが放った “赤い” 魔力が急接近、その魔力はヴァーリの魔力障壁を素通りし、彼の身体に吸い込まれる様に浸透、そして……

 

 

ーー甚大なダメージをヴァーリに刻んだ。

 

 

「がぁああああッ?!」

 

予想外の激痛にヴァーリは驚愕の叫びを上げる。

 

【反転】(リバース) 堕天使が研究段階の性質を反転させる能力である。闇を光に、聖のオーラ魔のオーラに、そして回復魔力は攻撃魔力に。

 

ある意味で反則的な能力だが、これは未だに研究段階の危険なモノ、ジークフリートが自身の魔法技術を堕天使側に提供した際の対価で教えられた禁じ手、彼がアーシアに残した危険な遺産。

 

この能力の代償は攻撃魔力の使用不可。

 

アーシアはこの反転回復魔力以外の攻撃魔力を一生使う事が出来ない。とんでもなく高い代償を払って得た能力である。

 

だが、それでもお釣りが来る。アーシアのこの攻撃は防御不可で回復魔法等が効く相手には、当たればほぼ確実にダメージを与えられるという最悪の攻撃である。

 

その攻撃力は回復力に比例する。

 

つまり、重症を完全に治せるくらいの回復力を込めれば、相手に確実に重症を負わす事が出来るのだ。

 

全身くまなく酷いダメージを負ったヴァーリ、その彼に再びギャスパーの『停止』が突き刺さる。

 

ダメージゆえか、停止時間は先程よりも長い、その時間を生かして眷属最速のイッセーが超音速で接近。

 

「うぉおおおおッ!!」

 

停止しているヴァーリの頭上からアスカロンを一閃、彼を頭から真っ二つに両断した。

 

 

 

 

 

 

 

「……俺、何か悪い事したっけ?」

 

そう、勇真は疲れたように呟いた。

 

「……いっぱいしている様な気がします」

 

勇真の呟きにルミネアが答えた。

 

「酷いなぁ、俺は結構善良に生きてきたつもりなんだけど」

 

「……勇真さんの善良は定義が広過ぎると思います」

 

「はは、まあ、俺は自分に優しくをモットーに生きてるからね、ちょっとばかし自分に甘くなるのは仕方ないんだよ」

 

でも、自分に甘い奴なんて世界にいくらでもいるでしょ? そう勇真は笑う。

 

「……そうですね、私も自分に甘いですし」

 

「そうそう、人間、自分と大切な人を第一に考えては生きてれば良いんだよ、他人にはちょっぴり親切にするくらいでね…………と、言うことで」

 

勇真は足元に魔方陣を形成する。

 

ーー長距離転移魔方陣だ。

 

 

「逃げようか」

 

「……はい」

 

 

 

突如千葉県の空に現れた数十万匹の邪龍、それに勇真は準備していた極大魔法七種を叩き込むと怒り狂う邪龍達を無視して、ルミネアと共に逃げ出したのだった。

 

 

 

 

 

 

「………….スッゲェェ、嫌な事思い出した」

 

イッセーが勘弁してくれ、と言った風に呟いた。

 

それはリアス眷属一同の思いを代弁した言葉だった。

 

 

「いや、驚いた。正直舐めていた。悪かったなキミ達を侮って、まさか神器無しとはいえ強化された俺を倒せる程の実力を着けているとは夢にも思わなかったんだ。もう一度謝ろう、侮ってすまなかった」

 

 

そう “無傷” のヴァーリがイッセー達に告げた。

 

その口調は何処が敬意を表する様に聞こえたが、そんな事を気にする余裕はイッセー達になかった。

 

「ああ〜いつの間にお前、フェニックスに転職したんだ?」

 

「数日前にちょっとな、まあ、これはフェニックスではなく『聖杯』の力なのだが」

 

そう言うヴァーリは左手には金色に輝く小さな杯が握られていた。

 

「『幽世の聖杯』まさか、これを使う羽目になるとはな……はぁ、俺も学ばないものだ。まさかまた油断で、しかもキミ達の様な格下に “殺される” とはーー禁手化(バランス・ブレイク)

 

 

その力ある言葉にヴァーリの身体が閃光に包まれる、そして一秒後には強大な白銀の鎧を纏った恐るべき龍皇が一人。

 

 

「もう、油断はしない。キミ達の知恵と勇気と力は俺が本気を出すに値する」

 

そう言うヴァーリの放つオーラはイッセー達の何百倍も強い。

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

「さあ、再開といこうじゃないかッ!」

 

 

 

絶望がイッセー達を支配した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ザ・ムリゲー。


千葉県「闘えよ!? 勇者だろッ!!」

勇真「極大魔法7発も撃ったじゃないですか」


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24話

ごめんなさい、千葉県さん


最初のターゲットはイッセーだった。

 

ヴァーリは龍帝の鎧を纏い、身体強化を発動中のイッセーですら反応仕切れない超々高速で接近、左籠手に強大な魔力を収束させると鋭い魔力刃とし、それをイッセーの首目掛け一閃、その一撃でイッセーの頭は胴体から離脱した。

 

 

次の獲物は木場だった。

 

ヴァーリはイッセーが殺られて怒りの表情となった彼が一歩目を踏み出す前に接近、その顔面を右手で掴むと一瞬で握り潰した。

 

 

 

その次は犠牲者はギャスパーだった。

 

コウモリになって難を逃れようとしたギャスパーにヴァーリは消え掛けの木場の死剣を投げつけた。死剣は音速の30倍ーー秒速10Km以上でギャスパーに直撃、その上半身を木っ端微塵に打ち砕いた。

 

そして、最後の生贄はリアス、朱乃、アーシアだった。

 

左手に作られた魔力刃、そこに更なる魔力込めて巨大化させたヴァーリはそれを一閃、長さ数十メートルとなった刃は狙い違わずリアス、朱乃、アーシアを真っ二つ両断した。

 

 

 

 

この間、僅か2秒、そんな超短時間の惨劇であった。

 

 

 

 

 

「はっ!?」

 

途切れていたイッセーの意識が覚醒する。

 

「ゆ、夢?」

 

とんでもない悪夢を見た、そんな気がしたイッセーが思わずそう呟く。

 

「夢ではないぞ」

 

そのイッセーの呟きに何時の間にか、すぐ横に居たヴァーリが答えた。

 

「なッ!?」

 

それに驚いたイッセーは横っ飛びでヴァーリから距離を取ると即座に禁手化、龍帝の鎧をその身に纏った。

 

「ヴァーリッ!」

 

イッセーは油断なく構えを取ると、静かに佇む白龍皇を睨みつける。

 

「戦闘再開か? 俺はそれでも良いが今は止めた方がいい、まだ、身体が馴染んでない筈だからな」

 

「なんの、は」

 

なんの話だ? そうイッセーが、聞こうとした瞬間、彼の全身から一気に力が抜け、地に膝を着けてしまう。

 

「な、んだよ……これ?」

 

力がまるで入らない、口も上手く開けない、そんな身体に戸惑いながらも、イッセーはヴァーリから視線を逸らさず彼に問い掛けた。

 

「強化して生き返ったばかりだからな、魂が肉体に馴染んでないんだ」

 

イッセーの問いにヴァーリはなんでもない風に答える。

 

「きょうか、いき、かえった?」

 

「そうだ、キミは一度死んだ、それを覚えてるか?」

 

「…………」

 

ヴァーリの言葉に、イッセーは悪夢の内容を思い出す。

 

 

瞬間移動の如き速さで接近したヴァーリが霞む速度で腕を一閃、首に感じた激痛と、グルグルと回る視界。

 

そして、その視界に映った仲間たちの最後。

 

 

まさか、アレが全て……

 

 

「そう、事実だ」

 

ヴァーリはイッセーの思考を読んだように彼の疑問に答えを述べた。

 

「キミたちは一度死んだ。俺が殺した……そして魂が身体離れる前に生き返ったんだよ、この聖杯の力でね」

 

そう言ってヴァーリは右手に持った小さな黄金の杯を掲げた。

 

「…………なんの、ために?」

 

自分をそして仲間を殺された怒りと、自分で殺して自分で生き返らせるという意味が分からない行動にヴァーリになんの為にそんな事をしたのか? とイッセーは説明を要求した。

 

「フッ、キミたちは一度、曲がりなりにも俺を殺した。本来なら俺は死亡し、この戦いはキミたちの勝利で終わった筈だった。だが、俺は聖杯の力で蘇り結果は……知っての通りだ」

 

「なに、が、いいたい?」

 

「いや、さすがに死んでから生き返って逆転勝利ってのはちょっとズルいと思ってね」

 

そう言いヴァーリは肩を竦めた。

 

「だから今回、俺は引こうと思う。この戦いはドローだ」

 

「なら、なんでおれたちを、ころしたッ!」

 

「なに、殺られたら殺り返すのは常識だろう? なんたって俺にはキミたちを生き返らせる手段があったんだしね」

 

やられっぱなしはプライドが許さない。そう、ヴァーリは理不尽な事を言う。

 

「おまえ、マジでさいあく、だな」

 

「ハハ、酷い事を言う、せっかく聖杯で強化してやったのに……まあ、いいか、それではな兵藤一誠、興味が無いという言葉は取り消す。また、俺とキミは戦う事になるだろう、それまで力を上げておけ」

 

それだけ告げるとヴァーリはジークフリートの居場所を聞きもせず、イッセーたちが気絶している間に準備していた転移魔法でバトルフィールドから消え去った。

 

「……勝手な、奴」

 

イッセーは少しはマシに動くようになった口で疲れた呟きを漏らした。

 

「ッ! そうだ、みんなは!?」

 

イッセーはヴァーリばかりを見ていて確認出来なかった周囲を見渡す。

 

そして、イッセーの視界に倒れる仲間たちが映る、それを見て、イッセーは悔しさで歯を噛み締めた。

 

イッセーは鎧を解除すると一番近かった木場の手首を取り、脈があるか確認する。

 

「……良かった、生きてるッ!」

 

どうやらヴァーリが嘘を言ったわけではなかったようだ。意識はないが木場は確かに生きている。それにイッセーはホッとすると、直ぐに次の仲間たちの元へ。

 

 

「……部長」

 

「……朱乃さん」

 

「……アーシア」

 

イッセーは三人の胸を揉み、心音が確かにあるか確認すると三人をできるだけ凹凸が少ない平らな地面に移動させた。

 

 

そして、イッセーは最後に、作りは良いが歴史を感じさせる古めかしいストライプの服を纏った黒髪の少年の元へ近づき、彼の脈を取る、彼も問題なく生きている。

 

「ふぅ、良かったみんな無事か」

 

イッセーは安心したのか、額に浮かんだ冷や汗を手で拭うと……

 

 

 

「………….って、誰だよコレぇぇぇぇェッ!!!!」

 

 

ーーと、バトルフィールド全体に響き渡る大声でツッコミを入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

「もう、誰だよ、こんな酷い事をする奴は」

 

そんな自分の行為を全力で棚上げしてリゼヴィムが呟いた。

 

彼の目の前には半径数kmに渡る巨大なクレーター、その中心部には湖程の規模の燃え盛る灼熱の溶岩、クレーターの周囲は見渡す限り更地となり、おおよそ人口物は何一つ確認出来ない状況となっていた。

 

「凄まじい威力の魔法でした。直撃すれば危なかったですね」

 

そう、リゼヴィムの隣に佇むユーグリットが呟いた。

 

「ユーグリットくん、量産邪龍はどれくらい死んだ?」

 

「……三割ほどかと」

 

「うわー、結構死んだねぇ、まあ、この威力の攻撃で7割も生き残ったと考えればマシな方かな?」

 

まっ、いっか♪ とリゼヴィムは呟く。

 

「しかし、この威力、恐らくは魔王級の力量の持ち主だと思われますが、いかがいたしますか?」

 

ユーグリットの質問にリゼヴィムは顎に手を当てて考える振りをする、答えなどとっくに出ているからだ。

 

 

「殺そっか、めんどくさそうな相手だし実行はヴァーリくんに頼もっかな♪ はぁ、せっかくの襲撃なのにさぁ人間達はみーんな転移で逃がされちゃうし、やんなっちゃうよ……あの、黒いのって『絶霧』?」

 

「はい、超々広範囲同時転移、こんな真似が出来るのはあの神滅具を置いて他にはないかと」

 

確か、英雄派に『絶霧』の所持者の魔法使いが居たはずです。そう、ユーグリットは付け足した。

 

「魔王級の魔法を使える神滅具所持者か、今代の神滅具所持者はヤバイのが多いねぇ、絶霧は無効化出来るけどちょっとこの威力の魔法は喰らいたくないなぁ、で、そのチート魔法使いくんの名前は?」

 

「確かゲオルクと呼ばれていました」

 

「なるほど、覚えとこ♪ さて、じゃあ、帰りますか人が居ない国を襲撃しても意味ないしぃ、まったく、とんだ無駄足だよ」

 

 

 

 

 

「ホント覚えてなよゲオルクくん、おじさんちょーと怒ったよ うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 

 

 

 

 

 

ゲオルクは盛大な悪寒を感じ背を震わせた。

 

「どうしたゲオルク?」

 

曹操は急に肩を震わしたゲオルクを心配して声を掛けた。

 

「いや、譲渡系の神器で大量の魔法力を渡されていたが、さすがにこの規模の転移は身体は堪えたようだ」

「そうか、すまない無理をさせたな」

 

「いや、大した事ではない、流石にこの大量虐殺は防がねばならないからな」

 

そう、かなり消耗した顔でゲオルクは言った。

 

ニューヨーク襲撃で使われた転移魔法を解析、そして、マーカーを付けることでこの転移魔法が使われた地域の生物を対象に瞬間超々広範囲転移を『絶霧』で施すという神業的な転移術、それを多数の魔法使いの補助があったとはいえほぼ個人でやってのけたのだ、消耗して当たり前だ。

 

「そうだな、ゲオルクはしばらく休んでくれ……それでバルパー、転移者の方の方はどうだ?」

 

「千葉県及び、その周辺の生物の完全転移を確認した……もう少しどうにかならなかったのかね? 人はともかく犬猫、昆虫、果てには一部の邪龍まで一緒に転移されてたぞ」

 

邪龍の処理が大変だった、そうバルパーと呼ばれた金髪の青年が苦情を述べた。

 

「この規模で人だけ選別して転移など不可能だったんだよ。で、作業は順調か?」

 

「まあまあだ、だが、数が数だからな完全に終了するのには2、3日の時間が掛かる、ああ、望むなら現時点で分かっている神器所持者数を教えようか? ついでに抜き出して出来た聖剣使いの因子結晶の数も」

 

バルパーはマッドサイエンスティストがしそうな邪悪な顔で曹操に笑い掛ける。

 

その笑みに曹操は引いた。

 

「……因子結晶については構わない、それはお前にやる契約だからな」

 

「クックック、そうか、分かったなら神器所持者についてだな、発現、非発現を問わず、現在分かっている神器所持者は256人、おおよそ5000人に一人の割合で神器を持っているな」

 

「……調べ終わって使えないと判断した者、因子を抜き出した者は?」

 

「言われた通り、追跡防止の為に世界中の都市にランダム転移させてある、しかし、こんな面倒な事をせずとも次元の狭間にでも捨てる方がよっぽど足がつかないし楽なはずだ」

 

何故しない? そう、バルパーは曹操に疑問を投げ掛けた。

 

「……俺たちは英雄を目指す者だ、無意味な殺しはしない」

 

「それが分からんのだよ、お前が目指す英雄とはなんだ? 誘拐洗脳して無謀な戦いを他勢力に挑ませるのは許容できて、なぜ次元の狭間に無能共を捨てる事が許容出来ない?」

 

「…………」

 

バルパーの問いに曹操は答える事が出来なかった。

 

「ふむ、それが嫌なら転移させる前に全員洗脳しお前を英雄と認識するようにすればよかろう? そうすれば簡単に英雄となれる、一般人を洗脳するなんて、そこらの雑草を引き抜くより容易いからな、それにこの人間共の命を救った事は事実なのだから多少の洗脳くらいはかまうまい?」

 

「…………そんなものは英雄ではない」

 

曹操は絞り出した様な声で言った。

 

そんな曹操の様子にバルパーは皮肉げな笑みを浮かべ肩を竦めた。

 

「クック、まあいい、私は別にお前の英雄像や英雄願望などにさほどの興味はないからな、興味があるのは最強の聖剣を創る事、そして “私が” 最高の聖剣使いとなる事だ」

 

 

 

 

「喜べ曹操、英雄派の戦力不足は直ぐに解消されるぞ、私と千の聖剣使いの力によってな」

 

 

 

 

「ようこそ白音、歓迎するよ」

 

そう言ったのはまだ年端もいかない少年だった。

 

おそらく年齢は10歳前後、彼は荘厳な玉座に腰を掛けながら隣に寝そべる巨大な獅子の頭を優しく撫でていた。

 

巨大な獅子は世界的に見ても最高位に近いレベルの魔獣ーーネメアの獅子だ。

 

「私は白音ではなく、小猫です」

 

「白音は君が両親から与えられた大切な名前だろう? 簡単に改名するのは良くないと思うよ? 僕も親に捨てられたがこの『レオナルド』という名は捨ててはいないし」

 

緊張しながら言った小猫の言葉をレオナルドは優しく嗜める。

 

「…………」

 

そんなレオナルドの嗜めに小猫は無言。

 

それでもレオナルドは余裕の態度を崩さず微笑むと、おもむろに王座から立ち上がり小猫に向かって歩き出した。

 

「………ッ!」

 

なんて、プレッシャーッ、小猫はレオナルドの歩みを見て顔を青ざめさせた。

 

なんの変哲も無い、ただ小さな少年が自分に歩いてくる、その光景が小猫には何百メートルもある巨大な魔獣が自分を踏み潰そうとしているように映った。

 

「ほう、仙術は封印していると聞いたが、勘がいいんだね」

 

そんな意味深な事を少年は言う、小猫にはそれが何に対して言われた言葉か分からなかった。

 

それ以前に考える余裕がなかった。

 

小猫は重力が何十倍にも増加したような重い重圧をただただ耐えるしかなかったのだ。

 

「まあ、良いだろう、君が望むなら君を小猫と呼ぼう、さて、改めてようこそ『魔獣派』へ、僕はレオナルド、この魔獣派の王をしている者だ。これからは君の王でもある覚えておいてくれ」

 

そう言ってレオナルドはプレッシャーで片膝をつく小猫の頭を優しく撫でるのだった。

 

 

 

 

 

 

 




さすがゲオルク! 勇真には出来ない事を平然とやってのけるッ、そこにシビれる! あこがれるゥ!



英雄派クリーン化計画! 反面教師にバルパーを雇ったよ!


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25話

どうしよう、なんか不憫な小猫にゃんは唆られるモノがある。


「これ、やめて下さい」

 

そう言って小猫は 『KONEKO』という黄金のネームプレートがついた赤い首輪をレオナルドに突き返した。

 

「うん? 何が気に入らないんだい? 中々良いデザインだと思うんだけど?」

 

ちゃんと飼い主の名前と住所、電話番号も書いてあるよ? そう付け加えレオナルドは首をかしげる。

 

「……首輪が嫌なんです」

 

「飼い猫には首輪をするものでしょ?」

 

「……私は猫じゃありません」

 

「自分で “小猫” と名乗ったじゃないか、それに猫も猫又もネメアの獅子も大して変わりないよ」

 

ほら、ネメアの獅子のリオンくんだって、ちゃんと首輪をしてるでしょ?

 

そう言ってレオナルドはリオンくんの顎の下を擽る、雷鳴の様な大音量の “ゴロゴロ” がリオンくんの口から響いてきた。

 

「……黒歌姉さまはしていませんでした」

 

「ああ、彼女もしてるよ、ただ仙術で見えなくしているだけだね。彼女は素晴らしい術者だから未熟な君が気づけないのも仕方ない」

 

「……嘘、ですよね?」

 

小猫が引き攣った顔でレオナルドに問う。

 

「いや、本当だよ」

 

小猫の言葉をレオナルドは笑顔で否定した。

 

「…………」

 

あの我が儘な姉に首輪をつけさせるとは、小猫は無言で戦慄した。

 

「うーん、何を驚いているのか手に取るように分かるけど黒歌は我が儘でもなんでもない、素直な良い子だよ?」

 

「……私は姉さまが素直だった事を知りません」

 

「そうかな? かなり分かりやすい子だと思うんだけど? そうじゃなければバトルジャンキーの白龍皇が居たあんな危険地帯からすぐに離れた筈だ。君を魔獣派に誘うことなくね」

 

「……姉さまが欲しかったのは私ではなく私の仙術です」

 

「はは、それは自分を過大評価し過ぎだよ。僕も君が良いセンスを持ってるとは思うよ? でもね、正直、君くらいの才能なら探せばそれなりに見つかるんだ」

 

それくらい、自分でも分かってるんじゃないかな? そう、レオナルドは諭す様に言った。

 

「…………」

 

「黒歌はね、主を殺し、はぐれとなった自分の側に居るよりも、それなりに優しい悪魔(リアス)の元に居た方が安全で幸せになれる。そう思い泣く泣く君を置いて行ったんだよ」

 

「……なんでそんな事が言えるんですか? 貴方は黒歌姉さまじゃないのに」

 

そんな話は信じられないし、そもそも黒歌が他人に話す筈がない。そう小猫は思っていた。

 

「それは僕が黒歌の心を覗いたからだね」

 

「…………」

 

「あ、【嘘だ】って思ったね【信じられない】に【本当に?】と……【チョコバナナ】これは僕が本当に心を読んでるかの確認の為だね」

 

レオナルドが言った事はたった今、リアルタイムで小猫が思っていた事だった。

 

「ま…さか、本当に」

 

「そうだよ、僕は他人の心が読める。まあ、四六時中読んでたら疲れるし、会話する必要もなくなっちゃうからね、読むのは必要な時に最小限にしているよ」

 

会話は大切なコミュニケーションだからね。と告げるレオナルド。

 

彼に何度目か分からない戦慄と恐怖を小猫は抱いた。

 

「ああ、怖がらなくていいよ、僕は君を傷つけるつもりはない、むしろ守るよ、君は僕のペットで家族だから」

 

 

 

 

 

 

「そう、だから早くみんなの元へ帰りたいなんて思うのはやめな、もう既にその “みんな” は僕達、魔獣派を指す言葉なんだから」

 

そう言ってレオナルドは優しく微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「私の所為だわッ、私が小猫に残れなんて言ったからッ!」

 

リアスが悲壮な顔で強く叫んだ。

 

「部長の所為じゃありません、あの時誰も貴女を止めなかった。それにあの判断は間違いではなかったと思います」

 

リアスの言葉をいち早く否定し、彼女を慰めたのは木場だった。彼は責任は自分達全員にあると言いリアスの心理的負担を減らす様に動く。

 

「そうですわ、あの時、誰かが残る必要がありました。そして、最も適任だったのが小猫ちゃんだった。リアス、貴女の判断に間違いはなかったわ」

 

次に木場のフォローの言葉を補足する様に朱乃が言葉を続け、彼女の肩に優しく触れる。

 

「祐斗ッ、朱乃ッ」

 

リアスは震える声で二人の名を呼び、静かに涙を流した。

 

そんな彼女に……

 

 

 

「いや、あなたが自分で言うように、リアス、小猫の誘拐はあなたに責任があるんじゃないかな?」

 

ーーそう、黒髪の美少年が責任の所在を追求した。

 

「バロールッ!」

 

「フッ、祐斗。僕はギャスパーだって言ってるじゃないか」

 

そう少年は言うが、彼とギャスパーの容姿は大きく異なっている。

 

ギャスパーの髪が金髪に対しバロールと呼ばれた少年は黒、身長も少年の方がギャスパーより頭一つ分は高いし、女装もしていない。

 

何より纏うオーラの質が違い過ぎた。その魔力の高さに対して何処か弱々しく感じられたギャスパーのそれに対し、少年のオーラはただ暗く深く、そして圧倒的に力強い。

 

だが、確かに少年の容姿はギャスパーに通ずる所が多々あった。顔立ちもそうだが、そのルビーの様に赤い瞳、そして神器『停止世界の邪眼』もギャスパーと同じモノ。

 

 

 

ただし、彼の神器は既に禁手化に至っているが。

 

「……ギャスパーくん、イッセーくんはどうしました?」

 

「赤龍帝なら僕との戦闘訓練で負った怪我をアーシアに治してもらってるよ」

 

かなりハードにやったからね、もう一時間は意識が戻らないと思うよ。

 

そうギャスパーは言った。

 

「……その割には君は無傷に見えるんだけど?」

 

「無傷だからね」

 

そうなんでもない風にギャスパーは話すが、それは容易な事ではない。今のイッセーは並の上級悪魔なら瞬殺出来る程力を高めている。

 

それに無傷で勝利する、それは相性を抜きに考えても上級悪魔レベルの者が出来る事ではない。

 

少なくとも最上級……あるいは魔王級かもしれない。

 

「さて、責任の話に戻ろうか、リアス、あなたは昔から小猫が仙術を恐れていた事、現在は自身の脆弱さを悩んでいた事を知っていたな?」

 

「……そうよ」

 

「そして、今も昔も小猫の悩みを知りながら放って置いた」

 

「そんなつもりはッ!」

 

「ない、そう言い切れるかな?」

 

「………私は小猫に自分で乗り越えて欲しかった」

「それがいけなかった。あなたは年単位で小猫の主だった筈だ、少しずつでもいいあなたに小猫に仙術を使わせるべきだった、そうすれば小猫を置いて行くなんて事にはならなかっただろう」

 

小猫が言ったように代わりに使い魔を置いて行けば良かったからね、とギャスパーは言う。

 

「小猫は仙術にトラウマを持っていたわッ!」

 

「その通りだ。しかし、そのトラウマを克服させる努力を怠った。あなたは優しく小猫に接して彼女の心の傷を癒したが、小猫のトラウマの元である仙術に対する知識をつけようとしなかった」

 

「…………」

 

その言葉は事実ゆえ、リアスは言い返す事が出来なかった。

 

「小猫の姉は力に酔い、主を殺して逃げ出したと言われているが、それは真実なのかな? 逆に真実だとすれば別に仙術に限らず力をつければそれに酔うといことではないかな?」

 

「…………」

 

「あなたの罪はその眷属に対する甘さだ、優しさと甘さは別物だよ?」

 

「………そうね、あなたの言う通りだわ」

 

「よし、それで良い。自分の間違いを正確に理解しなければ人も悪魔も神も成長なんて出来ないからね、そしてもう一つアドバイスをしよう」

 

そう言うとギャスパーは大きく息を吸い込んだ。

 

 

「いい加減立ち直れ、ウザったいッ! もう小猫が攫われて2日だぞッ! 捜索を専門家に任せるのは仕方ない事だが、いつまでクヨクヨしているつもりだッ! それでも僕の主人か!?」

 

リアスの耳がキーンとなる程の音量でギャスパーは彼女を叱咤する。それにリアスは目をまん丸にした。

 

「……今までのギャスパーとは完全に別人ね」

 

「それは仕方ない事だよ、ギャスパーとバロールは同一人物にしてある意味二重人格の様な状態だった。それを何処かのバカ(ヴァーリ)が一つに融合しまったんだあなたの知るギャスパーと性格が異なるのは仕方がないよ……さて、僕も小猫の捜索にあたるかな、あなたはここ2日寝てないんだからちゃんと寝るんだよ、寝れないならその二人に付き添って貰えばいい」

 

そう言ってギャスパーは停止している木場と朱乃を指差した。

 

「……妙に静かだと思ったらッ! ギャスパー、制御出来るのに味方に神器を使うのは止めなさいッ!」

 

「了解、まあ、あなたと静かに話したかったからね、二人はあなた同様甘い。いちいちフォローされるのは面倒でね、だから止めさせてもらったんだよ」

 

じゃ、そういうことで。そう言ってギャスパーはリアスの部屋を後にした。

 

それから数秒後、随分と遅くなったフォローが木場と朱乃の口から飛び出したのだった。

 

 

 

 

 

 

『続いてのニュースです、千葉県に突如として現れた多数のドラゴンと超巨大クレーターは大魔王……』

 

「はぁ、どうすっかなぁ」

 

手頃な無人島を見つけ、再びそこに家を建てた勇真は一人浜辺でラジオを聴きながら今後の事を悩んでいた。

 

何についてかなど言うまでもない。

 

 

リゼヴィムについてだ。

 

千葉県で見た大量のドラゴン、その大半は大したことない龍だったが、その内の数匹は明らかにヤバイ雰囲気とオーラを纏っている強敵だった。

 

これに勝つには骨が折れる、中には手に負えないんじゃ? というレベルのも混じっていたくらいである。

 

だからこそ、勇真はこっそり超威力の攻撃を準備して連発した上で転移で逃げたのだ。

 

まあこの攻撃はドラゴン出現の直前に起こった超々大規模強制転移により千葉県がほぼ無人となったからこそ出来た暴挙なのだが。

そこだけは英雄派に感謝しても良いと勇真は思った、おかげでリゼヴィムの戦力を幾分か削れたのだから。

 

「ほっときたいなぁ……でも、これほっとくと人類滅びるんじゃないかなぁ?」

 

勇真は嫌そうに呟いた。

 

勇真が直接見たリゼヴィム達の戦力は常軌を逸していた。もう、冗談抜きであっさり人類は根絶やしにされてしまうんじゃ? と勇真が危惧する程度には異常だった。

 

とは言え、生き残るだけなら容易いと勇真は思う、今いるこの島に全力で認識阻害を掛けてのんびりと食べる分の野菜を作り、海から魚を取ってルミネアと一緒に生活してれば大丈夫だと思う。

 

だが、勇真はそんな娯楽の少ない生活を続けられる気がしなかったな。

 

「テレビもネットも漫画もライトノベルも美味しい外食もカラオケも……カラオケは行かないか、とにかく何も出来なくなるんだよなぁ、それは嫌だな」

 

面倒くさいッ! そう言って勇真は浜辺を転がる……やはりコイツはダメ人間だ。

 

「俺が戦うしかないのかなぁ? でもなぁ、頑張って戦うぞ〜!……なんて俺のキャラじゃないし、もう、自分は一切苦労せず相手を一方的に排除する方法がないものか」

 

そんな外道とか悪役が考えそうな事を呟きながら元勇者はリゼヴィム対策を考える。

 

英雄派は大量虐殺を防いだ、ならば少なくともリゼヴィムと協力関係にはないのだろう、しかし、完全に敵対するかは分からないし、戦力がどの程度残ってるか不明の上万全でも厳しいと思う。

 

悪魔陣営は人間の魂が欲しいはずだからリゼヴィム阻止に動くかもしれないが、リゼヴィム自身も悪魔だし、別に悪魔に人間の魂が必ず必要という話でもないから少々怪しい。

 

堕天使は喜んで戦争を仕掛けるかもしれないが、幹部が思いの外弱かったのであまり期待が持てない。

 

天使はむしろある程度人類の文明を破壊させてから介入して信仰心を集めようとする様な気がする、そして神を欠いた天使達にあのリゼヴィム達を止められるかは不明。

 

他の神話体系がリゼヴィムをどうにかしてくれるかもしれないがギリシャ神話とかはむしろリゼヴィムより下衆が多数いそうで逆に心配になるし、北欧はなんか勝手にラグナロクが起こって自滅しそうだ。

 

インドは介入してくれればどうにかなりそうだが、スケールが大き過ぎる攻撃を撃ってむしろリゼヴィムを倒す余波で人類が滅びそうである。

 

 

勇真は多数の偏見を織り交ぜた思考で対策を考えた上で……

 

 

 

 

「……あ、良い方法があった」

 

一つの策を思いつく。

 

そして、勇真は、俺って天才かも、そう黒い笑みを浮かべて細心の注意を払い策の準備に取り掛かるのだった。

 

 

 




信じられないだろ? これまだ夏休み前なんだぜ。


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26話

日頃の行いって大事ですね、全く同情が湧かない。



ほんの少しクロスオーバー要素がありますが知らなくても全く問題ないので知らない方も気にしないで下さい。


それは一枚の手紙だった。

 

書かれている内容な挑発一色、それは彼? に対する挑戦状だった。

 

「…………」

 

彼? は無言で手紙を出した者の名前を確認する。

 

 

宛名はリゼヴィム・リヴァン・ルシファー、今、世界でも最も注目されている大魔王を名乗る男の名だった。

 

しかし……

 

 

「……違うにょ」

 

何が違うのだろうか?

 

男? 何かをしばし考えるとおもむろに左拳を振るった。

 

同時に表現不能の不思議な音がアパートに鳴り響き、男? の正面の空間に旅人の扉的な穴が創り出された。

 

「これは、嘘だにょ」

 

そう言うと男? は空間の穴に自ら身を踊らせる。

 

 

そして男? はアパートから消え去った。

 

『嘘よ! それは邪悪な者がついた嘘なのよッ!!』

 

付けっ放しのテレビからは魔法少女ミルキーオルタナティヴ7の再放送が流れている。

 

 

それは主人公が悪の帝王の卑劣な策を見破るミルキー屈指の名場面であった。

 

 

 

 

 

 

 

「フッフッフッフ」

 

「……勇真さんどうしたんですか? さっきから笑ってばかりですよ」

 

ルミネアがやけに上機嫌な勇真にそう尋ねた。

 

「フフ、実はリゼヴィム問題があっさり片付きそうだからね、それが嬉しくて」

 

よくぞ聞いてくれました! そう言わんばかりの笑みで勇真は答えた。

 

たまに勇真はこういう状態になる。

 

で、こういう時に限って良くないことが起こるんですよね、とルミネアは若干警戒心を強めた。

 

「え、あのリゼヴィム達をですか?」

 

「そうだよ、あのリゼヴィム達をだ」

 

「でも、勇真さん彼らを見てもかなりヤバイって言ってませんでしたか?」

 

「うん、言ってた。でも、そんなの比較にならないくらいヤバイ奴をリゼヴィム達にけしかけたから大丈夫」

 

「そ、それは違う意味でヤバイのではッ!?」

 

「大丈夫、大丈夫、“この世界” ならアレが暴れても世界崩壊なんて事は起きない筈だから、きっとアレならリゼヴィムをそれこそ蟻を踏み潰すより容易く片ずけてくれるよ、ああ、しかし、なんで最初からアレを利用しようと考えなかったんだろう? トラウマの所為かな?」

 

ルミネアは悟った。

 

あ、これダメな時の勇真さんだ、と。

 

こういう前段階の状態で自信がある時、勇真は大抵何かで失敗するのだ。

 

「ええと、そのアレって何ですか?」

 

「ミルたんさ」

 

「ミルたん、ですか? それって人の名前なんですが?」

 

ルミネアは勇真が異世界で勇者をしていた事は聞いているが具体的にどんな敵から世界を守ったのか知らないのだ。

 

「うん、種族的には………………認めがたいけど、人……らしい」

 

やけに葛藤した感じに勇真は言った。

 

「それって、どんな人なんですか?」

 

「二メートル以上の長身に異常に発達した筋肉……そうだなぁ、簡単に言うとトロルが猫耳つき魔法少女のコスプレした様な感じかな」

 

 

その時、ルミネアは自分と勇真以外居ないはずの無人島で確かな人影を確認した。

 

で、その人影はゆっくりと此方に近づいて来る、特徴は魔法少女コスをしたマッチョ……たった今、勇真が話していた人物に合致する。

 

しかし、害意を知らせる島の結界は作動していない。

 

勇真も警戒した様子はない。自分が気づいて勇真が気づかないはずないだろうとルミネアは判断。

 

そして、なるほど、勇真さんが呼んだんですね、と彼女は思った。

 

 

「それってあの人ですか?」

 

そう言ってルミネアは、遠慮勝ちに此方に近づく勇真が呼んだと思われる魔法少女? を指差した。

 

「そうそう、あんな感じの、あんな感じの、あんな………………え?」

 

ルミネアが指した対象を見て勇真の笑顔が凍りつく。

 

 

 

「お手紙、確かに受け取ったにょ」

 

巨漢の魔法少女? はそう言ってヒラヒラと勇真が出した手紙を振った。

 

 

 

 

 

「うわあああああああああああああああああああああああああああッッッ!?」

 

「ゆ、勇真さんッ!?」

 

突然恐慌状態に陥った勇真にルミネアは慌ててしまう。

 

しかし、そんなルミネアの千倍勇真は慌てていた。そして焦っていた。

 

 

 

バカな、バカなバカなバカなバカなバカなッッッ!? 認識阻害の結界は? 敵対者探知結界は? 防御結界は? え、無視? 俺確かにこの島に張ったよねッ!?

 

勇真は大いに混乱した。

 

ちなみに勇真の策はこうだった。

 

①リゼヴィムの居城を突き止める。

 

②リゼヴィムを騙ってミルたんに手紙を出す。

 

③ミルたんにリゼヴィムを倒してもらう(完)

 

 

……穴だらけに感じるが魔法少女に憧れ正義感が強いと思われるミルたんには対しては割といい手ではある。

 

しかも、手紙を出す為に……

 

リゼヴィムの口調を真似て書いた手紙を最高位の逆探知不可能の探索魔術で見つけ出したミルたんの自宅(実家の近所と判明し、二度と家には戻らないと決意した)のポストにリゼヴィムの姿と魔力性質を模した魔導人形を使ってシュート! 追跡不可能の多重転移を用いて地中海沿岸まで転移させ、そこで契約解除し、完全に手掛かりを無くした。

 

……ここまで面倒な事をしたのだ、普通はバレない。

 

 

……はずなのだが。

 

 

 

「バ、ババ、バカなっ!? な、な、何故ここにッ!? というか、なんで俺がそれを出したとッ!?」

 

「ただの勘だにょ」

 

え、やっぱりこの人? 理不尽ッ!

 

勇真はそんな事を思いつつも神器を完全発動、身体能力最大強化に設定、更に『天閃』を全力発動、その三重強化で上げられる限界まで自身の身体能力を強化する。

 

そして、神話の英雄を上回るおおよそ人類最速のスピードを得た勇真はルミネアを連れて死ぬ気でこの場を離脱しようとする。

 

 

しかし……

 

 

「遅いにょ」

 

そんな勇真の何千倍も速く、というか最早速度という概念が狂ってるとしか思えない超々々々々々………………………々高速で勇真に接近したミルたんが勇真の超々高密度多重対物魔法障壁を紙のように破り捨て彼の頭を鷲掴みにした。

 

ちなみに移動の際の足音すら鳴らなかった。完全に物理法則も魔法法則を超越してしまっている。

 

ミルたんは鷲掴みにした勇真の頭をゆっくりと捻り、自分と目が合うように角度に合わせた。

 

「さて、話を聞かせてもらうにょ」

 

凄まじい殺意に満ちた、しかし、純粋な輝きを秘めた瞳が勇真を貫いた。

 

「…………はい」

 

 

勇真はなんで自分はこんなバケモノを思い通りに操れると思ったんだッ! と深く深く後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、リゼヴィムを騙ってミルたんに手紙を出し、リゼヴィムをミルたんに倒させようと思ったにょね?」

 

「申し訳ございませんッ! その通りでございますッ!」

 

人の尊厳? 誇り? なにそれ美味しいの?

 

勇真は元勇者として、というか人としてどうなの? というレベルでプライドを投げ捨てると砂浜に頭を打ちつける、ザ・土下座と呼べる様な美しい土下座をかましていた。

 

 

そんな勇真を悲しそうな目でルミネアが見ているが、彼にそれを気にする余裕はないし、焦りすぎて見られているという自覚もなかった。

 

 

「なんでこんな回りくどいことをするにょ? どうして勇者さんが倒さないにょ?」

 

勇者さんなら簡単なはずだにょ、と首を傾げるミルたん。

 

 

その仕草は絶望的に可愛くない。

 

「い、いえ、自分は力不足でして、はい」

 

砂浜に頭を擦り付けたまま、勇真は答えた。

 

決して不可能ではない、不意打ちが決まればなんとかなる可能性はある。だが、勇真は出来るだけリスクを負いたくなかったのだ。

 

 

 

……まあ、結局リスクを負わないための小細工が裏目に出でてこんな状況に陥ってしまったのだが。

 

「そんな事はないと思うにょ、勇者さんは強かったにょ」

 

「そ、それは昔の話でして」

 

困った様に勇真は言う。

 

「……確かに、さっきの動きは悪過ぎたにょ、昔の数十分の一の速度だったにょ、魔法障壁も紙みたいに脆かったし、何かあったにょ?」

 

それに勇真は……

 

 

「貴方に聖剣を叩き折られて魔法行使能力が数百分の一になって、時間操作と運命操作と因果律操作の魔法が使用不可になったせいですよッ! !」

 

ーーと言いたかったが、やっぱり怖いので言えなかった。

 

 

「はは、実は鈍ってしまいまして、今の俺は一般人にも劣る貧弱なモヤシくんなんですよ」

 

代わりに出てきたのは不必要なレベルで自分を下卑する言葉、しかもわざわざ情けない声まで作る徹底振り……この男、自分の情けなさを強調して自分には本当に出来ない、そういう認識をミルたんに刷り込もうとしているのだ。

 

これが、元勇者とは悲しい話である。

 

 

「それは仕方ないにょね」

 

勇真の言い訳を受け入れたのか、ミルたんは目を瞑って頷いた。

 

あ、これ助かったんじゃない!? ミルたん出陣の流れじゃない!?

 

ちょっと勇真は期待した。

 

 

 

しかし……

 

 

 

 

 

 

「じゃあミルたんが勇者さんを鍛えるにょ」

 

ミルたんの口から出た勇真の期待と予想の斜め上を行く言葉だった。

 

 

「……………え?」

 

思わず呆然とした声が勇真の口から漏れた。

 

「ミルたん、弟子を持つのは初めてだから少し嬉しいにょ」

 

「…………」

 

勇真は顔を上げてミルたんを凝視する。

 

そして、トラウマから吐き気を催した。

 

「う、げっ………あ、あの今なんと?」

 

「だからミルたんが勇者さんを鍛えるにょ」

 

 

「………いやいやいやいや、あのですねミルたん様ッ!? 貴方様がちょっと手紙に書かれた場所に行って一発パンチを撃ってくれれば済むわけでして、私のような小僧が出る幕など欠片もなく、その役目は完全無欠に魔法少女様の役割と言いますか、つまり、修行とか全くもって必要ないわけでして! え、で、なぜ修行などという話にぃッ!?」

 

よほど混乱しているのか、勇真は支離滅裂な言い訳なんだかよく分からないことを口走った。

 

「実は今、ミルたんは害意を持って他者を傷つける事が出来ないにょ」

 

「あれ? さっき俺、魔法障壁を砕かれた上で首を捻じ切られそうになりましたが」

 

「あれは逃げようとした勇者さんを止めようとしただけで害意はなかったにょ」

 

「なるほど、では逃げようとするリゼヴィムを害意がない感じにぶっ殺して下さい、これで全て丸く収まります」

 

「何言ってるにょ? そんな事は出来るわけないにょ? 頭大丈夫かにょ?」

 

何言ってんだコイツ、そんな感じの呆れた目でミルたんは言った。

 

「……〜〜ッ!!」

 

それに勇真はキレかけた。

 

そんな言葉をそんな態度で、どこに行くにも魔法少女コスをする頭の大丈夫じゃない変態マッチョに言われた日には勇真だってキレそうになる。

 

だが、勇真は負ける戦いを挑まない主義だ。敗北の美学? ハッ! 負け犬が好きそうな言葉だなぁ! な思考の勇真は再び頭を砂浜に打ちつけると冷却魔法で物理的に頭を冷やしバカな行動を起こさぬ様に自分に拘束魔法を掛けた。

 

「…………それで、何故、害意を持って傷つけられないんですか? 魔法少女になる為の儀式ですか?」

 

「実は2ヶ月前くらいにミルたんまた魔法少女になる為に異世界に出掛けたにょ」

 

「そんなユ○キャンで資格を取ろうとする感覚で異世界に行かないで下さい! 世界が滅びますッ!」

 

大袈裟ではなくマジの話だった。なんたって勇真はその体験者である。ミルたんは存在の格が高過ぎて生まれた世界でしか生きていけないのだ(世界がミルたんの存在に耐えきれないので)

 

「勇者さん大袈裟にょ、で、その世界からこの世界に帰る時に、ちょっとパンチに力を入れ過ぎて予定よりも三枚くらいに多く次元の壁砕いてしまったんだにょ」

 

「…………」

 

 

パンチで、次元の壁を、砕く? 意味不明な言葉に勇真はフリーズした。

 

「で、繋がった先が勇者組織? 勇者組合? みたいな感じの組織のロビーだったにょ」

 

人間とか、鬼とかドラゴンとか悪魔さんとか猫さんがいたにょとミルたんは補足を入れた。

 

「…………」

 

勇真は無言を貫いた。

 

どこから突っ込みを入れたら良いのか分からなかったからだ。

 

「で、そのロビーでミルたんはいきなり襲われてしまったにょ」

 

「いや、そりゃそうでしょ……あ、いや、おかしいか普通逃げるよね」

 

勇気あるなぁ、と勇真は内心でミルたんに襲い掛かった勇者(愚か者)を称賛した。

 

「確か、剣聖さんと呼ばれてたにょ、とんでもなく強かったにょ」

 

「うわぁ、マジですかぁ、ミルたん様の基準で強いですか、凄いですねその方、異世界の創造神か何かですか?」

 

勇真の中ではミルたんの強い=世界の創造神級以上という方程式が成り立っている。そしてそれは決して間違いとは言い切れない。

 

「でも、ミルたんは魔法少女を目指す者にょ、簡単には負けられないと頑張って剣聖さんを倒したにょ、おかげでお気に入りの服がボロボロになったにょ……でも、それはほんの始まりだったにょ、そこから大量の人達がミルたんに勝負を挑んで来たにょ」

 

「…………」

 

うゎ、その人達絶対勇者(バカ)だ、これに襲い掛かるとかもう、ガチで勇者(命知らず)だ。勇真は心の中で名も知らぬ勇者達を讃えた。

 

「それで、これにはミルたんも堪らなかったにょ、なんとか半分くらい倒したところでミルたんは呪いをら掛けられて強制的にこの世界の戻されてしまったにょ、それのせいで少しでも害意ある攻撃が出来なくなってしまったんだにょ」

 

「え、マジすかッ!?………凄い」

 

勇真は少し感動した、この理不尽の権化に対して呪いを掛けた上で強制的にこの世界に戻すとは凄まじいなどというレベルではない。

 

「(うぁ、何者だよその集団……あ、勇者集団か、でもスゲェ、もう人類史上類を見ない偉業だよ……出来れば2年前にその呪いをかけて欲しかった)」

 

……自分がコレと戦う前に掛けて欲しかった。というかタイミング悪ッ! もしかしてまだリゼヴィムが生きてるのってその呪いの所為? じゃなきゃとっくに対処してるか?

 

そんな間の悪自体に勇真は疲れた溜息を吐き出した。

 

「……だからミルたんはリゼヴィムを倒せないにょ、勇者さん! ミルたんの、ミルたんの代わりにリゼヴィムを倒して欲しいにょ!」

 

「ああ〜それ、俺のセリフなんですけど? というか、実力的に厳しいモノがあります」

 

「だからミルたんが鍛えて勇者さんを昔の強い勇者さんに戻してあげるにょ!」

 

これも魔法少女への第一歩にょ! と勇真にとって死ぬ程ありがたくない好意を、正にありがた迷惑をミルたんは言った。

 

「いや、自分はほら、才能ないですし、それに昔の実力に戻るとかは装備的に絶対不可能でして、だからミルたん様にはもっと才能があって使命感に燃える素晴らしい方を見つけて指導していただきたいと思います……あ、俺の知り合いに兵頭って奴が居るんですけど、そいつなかなか熱血で良い装備(ブーステッド・ギア)持ってるんでそいつを指導してもらえますか?」

 

他力本願! 勇真はこの理不尽を押し付けるべく数少ない幼馴染を売ろうとした。

 

それを見てルミネアがうわーといった感じの冷たい目をする。少なくとも彼女は勇真以上の才能の持ち主を知らない……目の前のよく分からない(ミルたん)は除いてだが。

 

……ということで。

 

 

「良いんじゃないでしょうか」

 

ルミネアは勇真が訓練を受ける事を賛同した。

 

「ル、ルミネアッ!?」

 

勇真が未だ嘗てない程焦った顔で、信じがたい事を聞いた様な目でルミネアを見る。

 

「良い機会じゃないでしょうか? 勇真さんを指導出来る格上の人なんてそれこそ世界でも殆どいませんし、せっかくの才能を眠らせて置くのはもったいないですよ」

 

「ルミネア、前にも言ったけど才能に踊らされるのは愚かな事だよ、人間自分らしく生きるのが良いと俺は思うんだ!」

 

「それはただ勇者さんが努力したくないだけですよね?」

 

勇真のサボリ思考をあっさり読んだルミネアがそう言った。

 

「い、いや、そんな事は」

 

「……ミルたんさん、勇真さんの代わりに私を鍛えてもらえますか?」

 

踏ん切りがつかない勇真にルミネアは溜息を吐くと、強い決意を秘めた目でミルたんに自身を鍛えてくれるよう願い出た。

 

それに勇真は更に焦った。

 

「ま、待ってッ! ルミネア、それダメ! マジで死んじゃうからッ! 命を粗末にするのは良くないからッ!! 俺がやる、俺がやるよッ! その方がマダマシだよッ!!」

 

そんなルミネアの行動を止めさせる為に勇真がミルたんに修行を願い出た。

 

 

 

「だ、そうです。ミルたんさん勇真さんをお願いします」

 

「任せるにょ、きっと立派な勇者に戻してみせるにょ!」

 

「あ、あれ? なんでそんなにあっさりッ!? え、もしかして、ハメた? え、俺、嵌められたの!?」

 

「さあ、さっそく始めるにょ、でもここは訓練するには狭くて脆いにょ、でもミルたん良い場所を知ってるにょ」

 

そう言ってミルたんは腕を振るう、すると不思議な音と共に旅人の扉的に空間の穴というか渦のようなモノが虚空に出現する。

 

そして、ミルたんは勇真の頭を鷲掴みにして……

 

「ちょ。ま、ルミネアァ! ルミネアァァァァ!!」

 

ーーポイッと穴へと投げ入れた。

 

そして勇真の声は聞こえなくなった。

 

「じゃ、行ってくるにょ」

 

そして、ミルたんも穴へと飛び込む。

 

 

数秒後、空間の穴は音もなく塞がった。

 

 

「……どうか、気をつけて下さい」

 

ルミネアの声が無人島に小さく響く、それも直ぐに波の音に消えていった。

 

 

 

 

 

 




やったね勇真! 高性能師匠が出来たよ!


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27話

ミルたんは大変なモノを盗んで行きました。


その者は音もなく無人島へと帰って来た。

 

 

サラサラの黒髪に強い意志を秘めた黒曜石の如き瞳、その口元は優美な弧を描き、優しげな微笑を浮かべている。

 

身体つきも一回り大きく頼りある様になり、いつもはやる気なく曲げられている背筋も今は鉄心が入ったかの様に真っ直力強い。

 

そして、その青年に足を踏み入れかけた美少年は、頭に “絶世の” がついてもおかしくない、街で出会えばどんな女性も絶対放っておかないだろうイケメンが気配を感じ目の前までやって来たルミネア目掛けその口を開いた。

 

 

 

「やあ、ルミネア今戻ったよ」

 

「…………」

 

ルミネアはフリーズした。

 

「ん、どうしたんだい? 私の顔を忘れてしまったかな?」

 

そう、若干悲しげに美少年は言った。

 

「……ええ、と、勇真、さん……ですよね?」

 

「良かった、忘れられてしまったかと思ったよ」

 

そう言って嬉しそうに “推定” 勇真は笑顔を浮かべた。

 

その笑みは思わずルミネアが、いや、世の殆どの女性が、人型なら悪魔だろが天使だろうが、女神だろうが見惚れただろう素晴らしい笑みだった。

 

しかし、ちょっと、いや、かなり驚きが勝って今、ルミネアはそこまで反応していないが。

 

「……か、変わり過ぎです! 本当に勇真さんですかッ!? ……いや、確かに顔立ちは似ている? でも、いや……あれ?」

 

ルミネアは混乱した。

 

「はは、三ヶ月も会ってなかったからね、見違えるのも仕方がないさ」

 

「………勇真さんがこの島から旅立ってまだ3日なんですが?」

 

「本当かい? ……ああ、そうか、時間の感覚が狂っていたよ。いや、この世界とは時間の流れが違う異世界に居たからね、それを忘れていた」

 

うっかりしてたね、そう言って微笑を浮かべる勇真、いちいちイケメンオーラが半端ではない。

 

そんな勇真にルミネアは冷や汗を流す。

 

 

「…………こ、これって、良いんでしょうか?」

 

ルミネアは小さく呟いた。

 

容姿だけ見れば、完全に以前の勇真よりルミネアの好みである。纏うオーラも優しげで温かみがあり力強く隙がない。

 

性格はこの短時間では判断できないがおそらく良いだろう。

 

 

 

しかし、決定的なコレジャナイ感が凄まじかった。

 

勇真はこんな完璧超人美少年勇者的な存在ではなく、一般人、どちらかと言うとダメ人間よりの感じの存在だったはずだ。

 

いや。それが改善されて真人間となったのは良い事なのだろう、しかし、違和感が拭えない。

 

 

「……う〜ん」

 

「どうしたんだい?」

 

「………いえ、なんでもありません、そう言えばミルたんさんはどうしたんですか?」

 

「師匠なら私に修行をつけ終えると『魔法少女になれそうな気配がするにょ!』と言って異世界に旅立ったよ、確か空中庭園だったかな?」

 

「師匠?…空中庭園?」

 

ルミネアの混乱は深まった。

 

「さて、ルミネアへ挨拶も済ませたし私は行くよ」

 

「……行くってどこにですか?」

 

「はは、決まってるじゃないか、大魔王を名乗るリゼヴィムの下にさ」

 

「い、今からですか!? 何か準備とかしないんですか!?」

 

ルミネアの言葉に勇真は静かに首を振る。

 

「今も人々がリゼヴィムへの恐怖で震えている、私は勇者だ、一刻も早く人々の希望となり絶望を払わねばならない」

 

そう言って頼りある美しい微笑を浮かべると勇真は転移魔法で消え去った。

 

長距離瞬間転移魔法…….明らかに以前より魔法技能のレベルが上がっている。

 

そして、そんな勇真を見送って数秒。

 

ルミネアは……

 

 

 

 

「ぜ、絶対違う! あの人勇真さんと別人ですッ! きっと、きっと遠い遠い平行世界から連れてきた同姓同名同一人物だけど、明らかに違う歴史を辿った誰かですッ!!」

 

という叫びを上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

「まさに魔王の城って感じだな」

 

そう、“推定” 勇真は呟いた。

 

中世ヨーロッパの城、それを数十倍の大きさにした巨城、紫色の空を埋め尽くすのは数十万の邪龍モドキだ。

 

もう、まさに悪の親玉が居ますよ、と宣伝しているような場所だった。

 

そんなあまりにもあからさまな悪の巣窟を見て、勇真は苦笑する。

 

そして、彼の苦笑いに邪龍達が反応した。

 

勇真の存在に気づいた邪龍達は今にも襲い掛かって来そうな攻撃体制をとる。

 

だが、それを見ても勇真は余裕、彼は胸の前で両掌を鳴り合わせると、その音を媒体とし魔法を発動、そして、たったの数秒で巨城を覆う高度な転移阻害結界が形成されてしまった。

 

「さてと……やりますか」

 

自分に襲い掛かって来た邪龍達を見ながら勇真は落ち着いて、むしろのんびりと丁寧に新たな術式を組んで行く。

 

その間、多数の邪龍が炎を吐き、体当たりをし、噛み砕こうとするなど、容赦ない攻撃を勇真に加えていく。

 

しかし、その攻撃は全て彼の多重魔法障壁に阻まれてしまい勇真には届かない。鉄壁どころの騒ぎではない防御力、その障壁の前では邪龍モドキの攻撃などないのと同じだった。

 

 

 

そして、邪龍達の無駄な努力が十数秒続いた後、一つの魔法が完成した。

 

 

同時に閃光が結界内を満たす。

 

その閃光に触れた邪龍が次々と吸血鬼に戻って行く。

 

それは超広範囲高位解呪魔法、その魔法により聖杯の力をレジストしたのだ。

 

 

 

「あ、あれ? 私は確か……」

 

先頭の邪龍だった吸血鬼の少女が混乱したように呟いた。

 

「大丈夫かい?」

 

その少女に勇真は優しげな笑みを浮かて問い掛けた。

 

その笑顔に吸血鬼の少女は魅了されてしまう。そして熱に浮かされた様にボーっと勇真を見上げる少女は自分が勇真に質問された事を思い出すと慌てて彼の問いに答えた。

 

「あ、は、はい! 大丈夫です!」

 

そんな慌てる少女を微笑ましく思い、勇真は笑みを深める。

 

それにまた少女が……いや、勇真の近くにいた殆どの吸血鬼が魅了されてしまった。

 

「そうか、では少し離れていてね、これからここは戦場になるから」

 

そう言って勇真はゆっくりと、だが力強い足取りで巨城へと足を進める。

 

その歩みはモーゼの如く、吸血鬼達は恐れ多い者を見るように道を譲る、中には頭を垂れる者さえいた。とてもプライドが高い吸血鬼とは思えない行動だ。

 

しかし、無理もあるまい、今の勇真は正に救世主、吸血鬼にすら希望をもたらす、救世の勇者なのだから。

 

 

 

硬く閉ざされた城門を魔法で砕くと、勇真は威風堂々、力強い足取りで城の内部に侵入する。

 

城の中心に向う途中、伝説級の邪龍のコピー体が多数勇真に襲い掛かるも、それを彼は余裕で撃退、傷一つ負うことなく城の中程まで進んでしまった。

 

 

そこで……

 

 

『やるじゃねぇか、劣化コピーとはいえ俺様をああもあっさり倒してくれるとはなぁッ!!』

 

ドラゴンの特徴を色濃く持った巨人と。

 

『私はラードゥンと申します、主に結界、障壁などを担当しおりますが、貴方が張った結界は見事なモノでした』

 

巨大な樹木で構成されたドラゴン。

 

ーー二体の伝説の邪龍が現れた。

 

強大な龍のオーラがその場を満たす。神話、伝説に語られる強大で邪悪なドラゴン、その力は神話の英雄すら手こずらせ、凡百の勇者モドキを殺し喰らってきた。

 

それが二体……絶望的な状況だ。

 

しかし、それでも勇真は微笑を崩さなかった。

 

当たり前だ、彼は凡百の勇者モドキではない、真の英雄、真の勇者なのだから。

 

「こんにちは、いや、今はこんばんわかな、初めまして勇真です」

 

『俺様を見てその態度たぁ、肝が据わってるじゃねぇかッ!』

 

勇真の態度を気に入ったのか巨人型の邪龍は尻尾でバシバシと地面を叩いた。

 

逆にその態度を気に入らなかったのか樹木型の邪龍ーーラードゥンがその瞳を怪しく光らせる。

 

『はは、勇敢なお方だ……しかし、随分と余裕そうですね、気づきませんか? あなたは既に私の結界に囚われているという事が?』

 

そう、ラードゥンが勝ち誇った様に言う。そしてラードゥンの宣言通り勇真は何時の間か半透明な結界に囚われていた。

 

『おいおいおいおい、ラードゥンッ! コイツの相手は俺だッ!』

 

『そんな取り決めありましたか? グレンデル、こういう場合早い者勝ちでしょう?』

 

そんな囚われた勇真をよそに二体の邪龍は口論を始め出した。

 

それは実に……

 

 

 

「実に愚かな行動だね」

 

次の瞬間、ラードゥンの首が飛び、胴体は数十のパーツに分解された。

 

パーツは地に落ちると燃え盛り、一瞬にして灰へと変化して風に流され飛んで行く。

 

『え?』

 

頭だけとなったラードゥンが呆然とした声を上げた。

 

その額に勇真はなんの躊躇もなく聖短剣を突き立てる。

 

「稚拙な構造に単純な術式、その上あんな脆い結界に入れただけで勝ち誇るのは良くないよ?」

 

 

 

油断大敵、そう言って勇真は聖短剣を伝い炎魔法をラードゥンの頭に直接送り込んだ。

 

『ギィヤアアアアアアアアッッッ!?』

 

ラードゥンの断末魔が巨城に響き渡る。

 

そして、事数秒、ラードゥンは完全に焼滅、勇真は聖短剣に残った灰を振り払うと視線をグレンデルへと向けた。

 

 

「………さて、わざわざ待ってくれたんですね、ありがとうございます」

 

『ハッ、気にすんな、ラードゥンが殺られた後の方が俺様には好都合だっただけだからよッ!』

 

「おや、仲間意識はないんですか?」

 

『仲間意識ッ!? ハッ、笑わせんなよッ! 俺様は、んあ?』

 

言葉の途中でグレンデルは地に膝つく。

 

『ハァッ!? なんだコレ、身体に力が入んねぇぞッ!?』

 

混乱するグレンデル、それを無視して勇真は力ある言葉を告げる。

 

 

 

「『無窮の担い手』禁手化(バランス・ブレイク)……『無窮の英雄』」

 

勇真の腕にあった黄金の腕輪が聖短剣と融合する。

 

……出来たのは一本の美しい聖剣だった。

 

その聖剣は無窮の担い手の禁手化『無窮の英雄』によって再現された聖剣エクスカリバーだった。

 

無窮の英雄、その能力は担い手が振るう武具の能力を極限まで強化する事、勇真はこの能力を応用した。

 

聖短剣に使われた真のエクスカリバーの破片、そこに僅かに残る『支配』『破壊』『擬態』『祝福』を最大強化し、聖短剣に付与、そして神器そのモノを刀身へと混ぜ長剣状態の七つに分かれる前に近いエクスカリバーを創り出したのだ。

 

それはアーサー王が使った折れる前のエクスカリバーに匹敵……いや、神器の能力も加味すれば、完全に上回る史上最強最高の聖剣だった。

 

そして、その聖剣を勇者は静かに構えた。

 

その構えには隙が全くない、ある程度の実力の剣士が見ればあまりに完成された美しい構えに剣を交える前に敗北を悟ってしまうことだろう。

 

それほど勇真の構えは完璧だった。

 

『ガァアアアアッ!? な、なんでだッ!? なんで動けねぇッッッ!!』

 

「言ったでしょ “待ってくれて” ありがとうってね……それではさようなら」

 

勇真はまるでこちらの呪詛に気づかず、最初から対策もしていなかったグレンデルを会話に混ぜた呪詛で縛りつけていたのだ。

 

つまり、先ほどな “待ってくれてたんですね、ありがとうございます” とはラードゥンを始末する事に対して言ったのではなく、呪詛に掛かるのをわざわざ待ってくれてありがとうと言ったわけだ。

 

勇真は微笑を浮かべ、動けないグレンデルに聖剣を振るう。

 

そして、閃光の如き疾さで放たれた数千の斬撃が一瞬にしてグレンデルをラードゥン以上に細切れにした。

 

 

「ふぅ、幹部っぽいのも出てきたし、そろそろかな?」

 

勇真はまるで作業をする様にラードゥン、グレンデルを1分弱で焼滅させると、焦ることなくゆっくりと歩き出す。

 

 

 

その堂々たる態度はまさにラストダンジョンに挑む勇者だった。

 

 

 

 

 

……ただし、 “レベルを上げ過ぎた” が勇者の前につくのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




……敵対者の勝機です。


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28話

引き続き、綺麗な勇真くんでお送りします。


カッカッカッと大理石の床に規則正しいリズムで歩調を刻み、勇真はゆっくりと城の中央へと向かっていた。

 

その歩みは力強さと同時に優美さすら備え、今、ここが戦場だということを見る者に忘れさせる。

 

 

「ふむ、流石に広いな、そろそろ時間も経ったし歩く必要もないかな?」

 

勇真がそんな独り言を呟いた。

 

そんな時、一体の邪龍が勇真に襲い掛かって来る。

 

それは伝説級邪龍のコピー、劣化グレンデルだった。

 

「また君か……いや、丁度良い」

 

勇真は超音速で振るわれるコピーの腕をあっさり躱すとその胸にエクスカリバーを突き刺した。

 

そして、勇真はコピーに『支配』の力を流し込む。

 

数秒後、そこには従順となった邪龍(イヌ)が一体、勇真に対し膝をつき命令をただ待っていた。

 

「……よし、【私を運べ】」

 

そう、勇真が命じるとコピーは壊れ物を扱うように勇真を持ち上げ自分の頭に乗せると高速で走り出した。

 

 

 

コピーに乗っておよそ5分、コピーに走らせ自身は騎乗から適当に他のコピー邪龍達を蹴散らし、途中で現れた《グヘッ、グヘへへへ!》とか言う伝説級小物邪龍も秒殺、勇真は異常に広い大広間に来ていた。

 

勇真はコピーに少し戻って待てと指示し騎乗から飛び降りると、大広間で待っていた一人の男と相対する。

 

金と黒が入り乱れた髪に同じく金と黒のオッドアイという極めて珍しい容姿を持った青年ーー人間体を取ったクロウ・クルワッハだ。

 

 

 

「失礼ですが、道を通していただけますか? 私はこの先に用があるのです」

 

優しげで余裕に満ちた微笑を浮かべ勇真は告げる。

 

勇真が見たところ彼は人間虐殺に関与していない。神話では神々を虐殺したがそれは遥か昔のこと、ゆえに勇真としては彼とは戦いたくなかった。

 

この勇真は無益な殺生をしない主義なのだ。

 

「悪いな、ここから先に行かすわけにはいかない」

 

しかし、クロウ・クルワッハにひく気はない。彼はその背から巨大な龍翼を生やすと拳を構え臨戦態勢に入る。

 

瞬間、迸る龍気が勇真の全身に叩きつけられた。

 

 

強いーーそれも恐ろしいほどに。

 

それが臨戦態勢のクロウ・クルワッハを見た勇真の感想だった。

 

纏う龍気は先のグレンデルとラードゥンを足してすら半分に届かない。内包された力の総量はもはや膨大とか絶大などという陳腐な言葉では言い表せず勇真もその全て把握する事は出来なかった。

 

間違いない、クロウ・クルワッハの戦闘力は勇真が戦って来た者達の中でも五指に入る。

 

 

 

それでも勇真は静かに笑った。

 

 

 

「……何故笑う?」

 

「いえ、ただ運が良かったなと」

 

「運が良かった?」

 

この俺と戦うことがか? そうクロウ・クルワッハは疑問を述べる。

 

「はい、あなたは強い。それも私が戦って来た者達の中でも五指に入るでしょう、だからこそ、あなたが一人なのは好都合だ。あなたが誰か他の相手と組んでいたらあなたを殺さないで倒すなんて不可能でしょうからね」

 

「……舐めているのか?」

 

勇真の言葉にクロウ・クルワッハは殺気を高める。

 

何故なら勇真こう言ったのだ。

 

例え自分を含めた多人数でも殺す気なら勝てる、一対一なら不殺で勝利が可能。

 

そう、言ったのだ。

 

ダーナ神族の王、ヌアザすら屠り、その後も千年を超える時を鍛錬に費やし更なる力を得た自身に自分の百分の一も生きていない餓鬼が堂々と何の気負いもなく言い切ったのだ。

 

これを許せる訳がない。

 

 

「いえ、舐めているつもりはありませんよ」

 

「……そうか、ならば見るがいい」

 

次の瞬間、龍気が爆発した。

 

それは物理的な攻撃力をもって勇真の魔法障壁を揺らす。

 

そして、刹那と言える短時間でクロウ・クルワッハは人形から本来の黒龍としての姿を現した。

 

「……なるほど」

 

黒龍と化したクロウ・クルワッハを見て勇真は今日初めて顔を引き締めた。

 

「既に臨戦態勢と思っていましたが、あれはお遊びという事ですか、あなたから先の数倍の力を感じます。それがあなたの真の実力……これは前言を撤回せねばなりませんね、残念ながら殺さず倒すのは難しそうです。殺してしまったら申し訳ありません」

 

『不要な謝罪だ。死ぬのはお前だからな』

 

戦闘開始。

 

クロウ・クルワッハがこの豪腕を振るう。

 

高位人外が知覚する事すら難しい超々高速で振るう。

 

だが、勇真はその速度にもしっかり反応、尋常ならざる体捌きで腕を回避、カウンターで閃光の如き剣閃をクロウ・クルワッハに走らせた。

 

強烈な斬撃がクロウ・クルワッハの脇腹を直撃、その鱗を抜き彼の身体を傷つける。しかし、その傷は予想以上に小さい。

 

「硬いですね」

 

『俺の鱗を一撃で抜くか』

 

勇真とクロウ・クルワッハはこの攻防で互いの実力を上方修正、警戒心を高めると超々高速の剣打混合の接近戦を演じ始めた。

 

聖剣と豪腕がぶつかり天地を揺らす。

 

今の勇真の運動速度は修行前の倍以上、それもほぼ時間制限なしで魔法、神器、聖剣による三重強化が可能というもはや反則と言っていい最速具合だ、今の彼には英雄最速のアキレウスすら及ぶまい。

 

 

しかし、その最速も『人類の中では』という但し書きがつく。

 

 

そう、クロウ・クルワッハはその勇真よりも速いのだ。

 

一瞬千撃、速度重視で振るわれたクロウ・クルワッハの両腕が連続で止め処なく勇真に襲い掛かる。その攻撃を悉く勇真は受け流すがあまりの速度に反撃の隙がなく、その超威力に彼の腕が悲鳴をあげる。

 

 

「………ッ!」

 

速度重視とはいえクロウ・クルワッハの拳はその一発一発が数百メートルのクレーターを作り出す超威力、いかに勇真でもクロウ・クルワッハと真正面からの接近戦は無謀だった。

 

 

ならば、と勇真は戦術を変える。

 

いくつかの攻防の後、隙が出来た勇真にクロウ・クルワッハの爪が迫る。

 

その爪は勇真の防御を巧みにすり抜け、回避不可能というレベルまで彼の身体に接近した。

 

当たる。そうクロウ・クルワッハが確信した豪腕が何故か空を切る。それと同時にクロウ・クルワッハの背筋に盛大な寒気が走った。彼は本能が教えるままに自分の危機に咄嗟に身体を傾ける、その次の瞬間、今まで自身の首があった位置を鋭い斬撃が斬り裂いた。

 

『瞬間空間転移か?』

 

「御名答」

 

振り払う様に放たれたクロウ・クルワッハの尻尾を躱しながら勇真は答える。

 

「すみません、あなた相手に普通の接近戦は厳しそうなので小細工させてもらいます」

 

他にもね、そうつけ加えた勇真の姿が一瞬にして分裂する。そして五人に分かれた勇真が一斉にクロウ・クルワッハに襲い掛かった。

 

『実体を持った分身……聖剣の力の混合か?』

 

「「「「「その通り、博識ですね」」」」」

 

クロウ・クルワッハの身体に次々と傷が生まれていく。いかに彼でもこの数の勇真を相手にするのは難しい。とは言え与える傷はどれも軽傷、まさにかすり傷といった有様だ。

 

『ずいぶん攻撃力が落ちたものだな』

 

「ええ、でも確実にダメージは溜まるでしょう?」

 

『フッ、確かにな、だが小賢しいッ!』

 

瞬間、クロウ・クルワッハを中心に猛烈な爆発が巻き起こる。この爆発で大広間が消し飛び、城の半分を崩壊した。

 

クロウ・クルワッハの近くに居た勇真の分身は抵抗すら出来ずに全滅、残ったのは魔法障壁で耐えた本物だけだ。

『終わりだ!』

 

その勇真にクロウ・クルワッハは瞬時に接近、爆発の余波で回避行動を取れない彼に渾身の拳を叩き込んだ。

 

攻撃力すら伴った轟音が結界内に鳴り響く、次の瞬間生まれたのは結界全土を丸々陥没させた超巨大クレーターだ。

 

いかに勇真の魔法障壁が強固といえどこの攻撃は耐えきれない。

 

 

そう、この瞬間、勝負は決したのだ。

 

 

 

ーークロウ・クルワッハの敗北という形で。

 

 

「………ッ?」

 

痛みを感じ、クロウ・クルワッハが無言で自身の拳を見定める。

 

そこにあった光景は拳に刺さる。勇真の聖剣。

 

つまり勇真は……

 

『避けたというのかッ!?』

 

次の瞬間、拳に刺さった聖剣から強力な呪詛が流れ込みクロウ・クルワッハの動きを鈍らせる。同時に呪いで動きが落ちた彼に幾重もの拘束魔法が掛けられた。

 

『この程度ッ!』

 

クロウ・クルワッハは全身に力を漲らせ拘束魔法を砕いていく。その力は常軌を逸していた。勇真のとっておき、龍王だろうと完璧に縛っておける超強度の拘束魔法が行動阻害の呪詛を受けた身体で砕かれようとしているのだから。

 

 

だが、それでも、既にチェックメイトなのだ。

 

縛られたクロウ・クルワッハに凶悪な魔弾が突き刺さる。

 

『グォッ!?』

 

長い龍生のなかでも数えるほどしか感じたことがない猛烈な激痛、それに思わずクロウ・クルワッハは声を上げた。

 

痛くて当然、魔弾の名は魔帝剣グラム、並の龍なら掠っただけで消滅する龍滅の魔剣なのだから。

 

そして、痛みだけで済まないのがこの魔弾だ。

 

この一撃でクロウ・クルワッハの右腕が大きく抉られる。魔法で加速投擲されたグラムは勇真の剣速の10倍という驚異的な速度、いかに彼が圧倒的な防御力を持とうともグラムの斬れ味とこの速度の前には意味をなさない。

 

だが、それでもクロウ・クルワッハは倒れない。彼は超々高位のドラゴンだ。世界でも五指に入る強大な龍はこの程度では死なないし、まだまだ、戦闘力は保たれている。そしてこの怪我さえも数分もすれば完治させる事が可能なのだ。

 

 

しかし、クロウ・クルワッハにとって不幸な事にこの魔弾は単発ではないのだ。

 

 

勇真は遠隔瞬間転移(アポーツ)で放ったグラムを回収すると再びそれを全力投擲! 5枚の加速魔法陣を通過したグラムは雷速にすら迫る驚異的な速度でクロウ・クルワッハに直撃、今度は彼の右足を吹き飛ばした。

 

そして、三撃目、今度はクロウ・クルワッハの左腕が千切れ飛ぶ。

 

更に四撃目、今度は脇腹が抉られる。

 

 

 

 

 

ここに至りクロウ・クルワッハは悟った。

 

……もはや逆転の目はないと。

 

『……見事だ、勇者よ』

 

 

己の敗北を認めたクロウ・クルワッハは勝者である勇真を讃え目を閉じた。

 

そして彼は魔弾の雨に撃たれ、その長い長い生涯に幕を閉じるのだった。

 

 

 

 

「…………」

 

勇真は大地に降り立つと、目を閉じ亡骸すらないクロウ・クルワッハに黙祷を捧げた。

 

「………さて、行くか」

 

そう小さく呟くと勇真はクロウ・クルワッハが死した場所に背を向けて半壊した城へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「うへぇ、なにあれ、ほんとに人間?」

 

遠見の魔法で勇真を見ていたリゼヴィムが呆れたように呟いた。

 

「………おそらくは」

 

ユーグリットはそんなリゼヴィムの呟きに曖昧な答えを返した……まあ、無理もあるまい。

 

「ユーグリットくん、あれに勝てる?」

 

「クロウ・クルワッハが敗北した以上、私一人では難しいかと……いえ、聖杯さえあれば可能でした」

 

その言葉にリゼヴィムは舌打ちする。

 

「……クソ邪龍くんめッ!」

 

リゼヴィムの手に今、聖杯はないのだ。

 

間の悪いことに僅か半日前、自らが蘇らせ使役していた伝説級邪龍のアジ・ダハーカとアポプス、伝説級邪龍の中でもクロウ・クルワッハと並び別格とされる二体がリゼヴィムに反逆し持ち去ってしまったのだ。

 

「………ヴァーリくんは?」

 

「強者漁りに出かけております。通信も張られた結界で出来ません」

 

「やだ、俺の孫、肝心な時に使えな過ぎッ!………まぁ、いいか♪ なんとかなるんじゃね? 俺とユーグリットくんで掛かれば、さすがにあれもかなり消耗してるだろうし」

 

そう、リゼヴィムは楽観的に言う。

 

だが、確かに彼の言うことにも一理ある。勇真は連戦に次ぐ連戦でかなり消耗している。肉体面は回復魔法で癒しているがその魔法力は既に4割を切りかなり心許なくなっていた。

 

「はい、無傷で勝利は難しくとも勝利自体は可能と思われます……それに、あれが神器に頼るならばリゼヴィムさまは無傷で済むかもしれません」

 

「よしよし、んじゃ、もうちょっと削ろっか? ヴァレリーちゃん出番だよ〜♪」

 

そのリゼヴィムの言葉に一匹の邪龍が二人の前に姿を現す。

 

「おうおう、なかなか良いオーラ放ってるじゃん♪」

 

他の量産型とは明らかに違うその強力なオーラは平均的な伝説級邪龍に匹敵していた。

 

「はい、元々神滅具所持者ということでスペックが高かったようです。聖杯の強化とも相性が良くグレンデル程度の実力はあるかと思われます」

 

ユーグリットの言葉にリゼヴィムは微妙な顔をする。

 

「グレンデルかぁ、確かに強いんだけどさぁ、あれに瞬殺されたよねぇ?」

 

「はい、しかし、あれば油断があった為でしょう、油断さえなければもう少し善戦したはずです。これに伝説級のコピー体を複数つければかなり彼を削れると思われます」

 

「そっか、まあ、多少でも削ってくれればいっか♪ あ、確かこの子 “嫌がらせ機能” がついてたのよねぇ?」

 

「はい、つけてあります、ついでに死亡した際は人型に戻る様に設定してあります。もっともこれは彼相手ではあまり効力が見込めませんが」

 

「うひゃひゃ、いいよ、いいよ別に嫌がらせ機能だけでじゅうぶんじゅうぶん♪ もしかしたら優しい勇者さんはこの子を殺せなくなっちゃうかもね〜そうすりゃ楽でいいんだけど♪」

 

 

そう言ってリゼヴィムはワインを煽ると邪悪な笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




コピーさん「あれ……俺への黙祷は?」


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29話

全てを終わらせる時ッ!!


「ふぅ、さすがに少し疲れたな」

 

勇真は小さく溜息を吹くとたった今、助けた少女を優しく床に寝かせた。

 

 

クロウ・クルワッハに勝利してから直ぐにグレンデルとラードゥンのコピーと共に襲い掛かって来たのは元吸血鬼と思わる邪龍だった。

 

その邪龍はしきりに助けを求めながら攻撃を仕掛けて来るという困った個体でその実力の高さも相まって勇真を大いに苦しめた。

 

邪龍からの助命願いはおそらく邪龍にされた少女が言っているのではなく、そう命じられて機械的に言っているだけだ。それは分かる。だが勇真はそうと知りながらも見捨てる事が出来ず、多大な魔法力を消費し彼女を拘束、そして他の邪龍モドキと同じく魔法で聖杯の力をレジストし彼女を吸血鬼に戻した。

 

しかし、戻したは良いが、今度は何故かどんどん衰弱する。理由を調べると身体に在るべきものが、無いことによって起こる現象だった。

 

魂の一部、つまり神器の消失だ。

 

産まれながらに神器を持つものは多かれ少なかれ神器を抜かれると体調を崩し能力が落ちる。神器と魂の繋がりが強い場合、神器を抜かれただけで死んでしまう事もあるのだ。

 

そして、少女はその死んでしまうくらい繋がりが強いタイプ。つまり、ほっとくと死んでしまうのだ。

 

その為、勇真はかつてジークフリートが回収した戦車の駒を神器の代わりを果たす様にその場で改造、そして少女に使用し彼女を転生悪魔としたのだ。

 

信じがたい魔法技術である。

 

悪魔の駒作成者アジュカ・ベルゼブブがこれを見れば彼を自分の組織にスカウトしたかもしれない程の技術力だ。

 

 

 

……とは言え今の問題はそこではない。

 

そう、問題は勇真に残された魔法力の少なさだ。

 

 

 

勇真は地に寝かせた少女に強力な結界魔法を使う。この魔法でついに勇真の魔法力は二割を切った。

 

 

はっきり言って絶望的、今の勇真の状態でこの城をこれ以上進むのはあまりに無謀だ。

 

それでも彼は止まらない。

 

全てを終わらせる為、人々の平和の為、彼は立ち上がると城の最深部へと足を進めるのだった。

 

 

 

それから数分、ついに勇真は城の最深部ーー謁見の間の前までやって来た。

 

謁見の間の扉は素晴らしくも禍々しい装飾がなされただ静かに閉じている。それはまさに冥府への扉だった。

 

そんな扉を前にしても勇真は怯まない。彼は扉の前で数秒立ち止まると罠がないか確認しその扉を開けた。

 

 

「ようこそ勇者よ、しかし、ノックくらいしてはどうかな?」

 

 

謁見の間に入った勇真に一人の男が問い掛けた。

 

長い銀髪に整った顔立ち、外見年齢は40代後半から50代前半と言ったところか? 強大な魔力を纏うその男ーー大魔王(自称)リゼヴィムは居城の最深部へ侵入されたにも関わらず王座に腰掛け余裕の態度で勇真を出迎える。

 

リゼヴィムの左隣には銀髪の悪魔の青年ユーグリッド、彼は左腕に赤い籠手を装備し油断なく勇真を観察していた。

 

 

「君の事はここから観察させてもらっていたよ。見事な戦いぶりだった」

 

そう、リゼヴィムはどこか作ったような口調で勇真に笑いかける。

 

「ありがとうございます。しかし。あなたに褒められても嬉しくありませんね」

 

それに勇真は形式的な礼を述べると、リゼヴィムを強く睨みつけた。

 

そんな勇真の態度をリゼヴィムは気にしない、何故なら彼は勇真がかなり消耗しているのが分かっているのだから。

 

リゼヴィムもこれから死ぬ人間の悪態の一つくらい許してやる度量はある。いや、と言うよりリゼヴィムは強がっている勇真を嘲るのを楽しみにしているのだ。

 

「ふふ、しかし、そろそろ限界なのではないかな? 肉体面はとにかく魔法力は直ぐには回復しまい?」

 

「さあ、どうでしょう? 実は回復用の魔法薬を隠し持っているかも知れませんよ?」

 

「それはないだろう、あるならばここに来る前にとっくに使っている筈だ」

 

「…………」

 

リゼヴィムの指摘に勇真は無言になる。

 

そんな勇真をニヤニヤと観察すると、リゼヴィムは楽しげに口を開いた。

 

「しかし、君は立派だたった一人でここまで来たのだからな。はっきり言ってあり得ないレベルの活躍だったよ。もしかしたら万全で一対一なら私を倒せたかも知れないくらいに………ふふ、ふは、はひゃひゃひゃひゃひゃ! 真面目な口調やーめた♪ 馬鹿だろお前、普通戻らない? ラスボス前に体力がヤバくなったら最寄りの街で休んでから来るだろ! RPGの鉄則でしょ」

 

「……この機を逃せばあなたは行方を暗まし、また多くの人間を殺すでしょう? 私はそれを見過ごす訳にはいかないッ!」

 

勇真の心からの言葉にリゼヴィムは吹き出した。

 

「ぶは! うわ、出たよ、良い子ちゃん発言! 勇者らしいねぇ♪ ユーグリットくんも何か言ってよ!」

 

「犠牲を恐れ先にある勝機を逃すとは、愚かとしか言いようがありませんね」

 

「…………」

 

「てか、なんで一人で来たの? もしかして友達いない? 愛と勇気だけが友達な可哀想な子だったり? ああ、ありそうだなぁ、それだけ強けりゃ周りも引くもんねぇ♪」

 

「…………」

 

「え、もしかして図星!? うわー可哀想な勇者さん♪ ひゃひゃ! 勇者さん、何しに来たんだっけ? みんなを守る為?」

 

「……だとしたらなんです?」

 

そう、苦々しい表情で勇真は告げる。

 

それにリゼヴィムは嘲笑を浮かべ……

 

 

 

 

「ほんと良い子ちゃん♪ 君が馬鹿で助かったよ」

 

ーーと言った。これが戦闘開始の合図となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの方は大丈夫でしょうか?」

 

そう吸血鬼の少女が呟いた。

 

彼女は勇真によって結界外に送られな元邪龍の少女である。彼女は不安そうに今は見えない巨城の方を眺めていた。

 

「彼なら大丈夫さ、見ただろう? 彼の勇姿を! あの余裕に満ちた凛々し姿を! 彼が負けると思うか?」

 

そんな彼女に同じく元邪龍の男の吸血鬼が答える。

 

その男は少女の父親で、彼は娘の不安を打ち消すように力強く断言すると彼女の頭を優しく撫でた。

 

それに少し不安を薄めたのか少女は小さく笑う。

 

「そう、ですね、大丈夫ですよね、あの方が負けるはずありませんよね!」

 

「そうだ、不安がるのはむしろあの方に失礼だ。我々はあの方の勝利を確信していればいい。ふふ、まさかこの私がよりにもよって人間をあの方のなどと呼ぶ日が来ようとはな」

 

「私も思ってもみませんでした」

 

「そうか……そうだな、彼が帰ってきたらお前の婿になってもらうよう頼んでみるかな」

 

「ちょ、お父様!?」

 

「はは、満更でもあるまい?」

 

そんな話しを吸血鬼の父娘は続けていった。

 

 

 

 

 

ちなみ、人はこういう会話を死亡フラグと言う。

 

 

 

 

 

「ふははははははッ! どうした勇者くん? スピードが落ちて来てるぞぉ?」

 

笑いながらリゼヴィムが多数の魔力弾を勇真に放っていく。

 

流石は超越者と言ったところか? 一撃一撃に桁外れの魔力が込められた魔力弾は一発でも勇真の障壁数枚を砕く程の威力がある。

 

その攻撃を勇真は左手に持った魔帝剣を乱舞させ纏めて全て斬り払う。

 

しかし……。

 

「背中がお留守ですよ」

 

その言葉と共に勇真の背に激震が走る。

 

「ぐはっ!?」

 

偽赤龍帝の鎧を纏ったユーグリットの一撃だ。

 

背後から放たれたそれは一撃で勇真の全ての魔法障壁を貫通すると、勇真の背に直撃、彼を地面に猛スピードで叩きつけた。

 

「ぐぅーーッ!?」

 

勇真は直ぐに立ち上がろうとするがダメージで立ち上がれない。立ち上がる為に必死に回復魔法を掛けるが傷の回復速度が遅い。

 

 

「そろそろ限界かなぁ?」

 

「そのようですね」

 

そんな地に跨る勇真を余裕の態度で空から見下ろすリゼヴィムとユーグリット。彼らが言うように勇真の限界は直ぐそこまで迫っていた。

 

「いやーよく頑張った♪ ほんと頑張ったよ? 花マルをあげてもいいくらいだ」

 

そう、バカにしてるとしか思えない口調と表情でリゼヴィムは言う。

 

「くそッ」

 

勇真は回復魔法でどうにか動けるまで復帰した身体に鞭を打ち、即座にリゼヴィムに斬りかかった。

 

「おっと、危ない」

 

しかし、その動きに戦闘開始時のキレはない、見る影もなくなった動きはリゼヴィムからすれば目を瞑っても避けられるレベル。

 

当然リゼヴィムはその攻撃をひょいと躱しカウンターで痛烈な回し蹴りを勇真の腹に叩き込んだ。

 

「ーーッ!」

 

バキメキという骨が何本も折れた音が勇真の腹から響いてくる。彼は吐血しながら吹き飛ぶと地面を何度もバウンド、そして数百メートル転がり、ようやく止まる。

 

しかし、止まってからも勇真に動きはない。そう、彼は身体を起こす事もままならないのだ。

 

「ゴフッ…かふ、はぁ、がぁ、げほ」

 

勇真は倒れた地面で苦しそうに吐血を繰り返す。

 

回復魔法を掛ける様子はない。この一撃で彼の魔法力は完全に底をついた。

 

つまり、完全に終わりだった。

 

倒れる勇真に心底愉快げにリゼヴィムは近づくと彼の腹を弱めに踏みつける。

 

「ごぉげッ!」

 

途端に勇真の口から大量の血が溢れ出す。それをリゼヴィムは楽しげに見つめた後、急に白けた様な表情をした。

 

「うわ、服に血がついた、最悪この服お気に入りだったのに……もう、死ねば?」

 

リゼヴィムは勇真の腕を踏み砕くと彼の手から離れたグラムを拾いその腹に突き立てた。

 

鮮血が周囲に飛び散る。

 

「グハァ……無、念だ、悪を」

 

そして勇真は何かを言い掛けた後……完全に沈黙した。

 

「はい、お終い……ああ、つっかれた、ユーグリットくん? 甘いジュースが飲みたいな、城の冷蔵庫って生きてる?」

 

「少々お待ちを、ただいま確認いたします」

 

ユーグリットは偽赤龍帝の鎧を解除するとゆっくりと地に降り立ち膝をついた。

 

 

 

 

 

“がくりと” 膝をついた。

 

「おや?」

 

急に力が抜けた足に疑問を持ちながらユーグリットは立ち上がろうとする。

 

しかし、立ち上がれない。

 

「……なにやってんの?」

 

何してんだコイツ、そんな顔でリゼヴィムはユーグリットを見ると、彼の方に行こうとて一歩踏み出し、地面に膝をついた。

 

「あ、あれ? どうなってんの?」

 

リゼヴィムが自分の膝を見て疑問の声を上げる。

 

それと、同時に、ゴトリと重くて硬いものが地面に落ちる音がした。

 

 

ーーそれに続いて何かの液体が勢いよく流れる音も。

 

「…………おいおい、マジかよ」

 

そう呻くリゼヴィムが見た光景は倒れたユーグリットの身体と転がる彼の頭。

 

そして……

 

 

 

「いやー強かったですね、流石は大魔王とその側近」

 

そう言ってユーグリットの死体のそばで笑う勇真の姿だった。

 

彼は右手に聖短剣を左手には高そうな魔法薬の空ビンが握られている。

 

この状況にリゼヴィムの顔から冷や汗が垂れた。

 

「あ〜勇者くん? 君、死んだんじゃないの? てか、そこに君の死体があるんだけど?」

 

そう言って勇真の死体を見るリゼヴィム。そんな彼に多数の魔法の鎖が掛けられた。

 

「ちょ、ぐぇ」

 

リゼヴィムが苦しげな息を漏らす、鎖は彼を絞め殺す勢いで狭まると彼の両手足胸回りを完全拘束し棒立ちの状態で固定した。

 

そんなリゼヴィムの様子を満足げに見つめ勇真は楽しげに口を開いた。

 

「俺の理想、それは自分は一切傷つかず、憎い敵を一方的にいたぶれて、なおかつ絶望の淵へと叩き込める戦術、それがこれだ。どうだ? 確かに勝ったと思っただろう? 油断しただろ? ふふ、よ〜〜〜く見させてもらったよ、大魔王を名乗るとは思えぬ実に小物の様な馬鹿面をね」

 

縛りつけられたリゼヴィムに清々しい、だが沸き立つ様な悪意と殺意がたっぷりと篭った笑みで勇真は告げた。

 

「ど、どういことだよ、え? 別人? 双子!?」

 

「フフフ、ネタばらししたい所だが、そんな事して逆転されては目も当てられん。ゆえにお前は疑問を抱いたまま死ね……行くぞッ! 自称大魔王リゼヴィムゥゥッ!」

 

勇真は笑顔から急変、憤怒の形相になると全力で駆け出し、棒立ちにさせられたリゼヴィムの顔面に渾身の右ストレートを叩き込んだ。

 

「これは俺がミルたんに異世界に連れ去られた時の恨みッ!」

 

「ぐはっ!?」

 

続き勇真は渾身の前蹴りを鳩尾に打ちつける。

 

「これは俺がミルたんの扱きで死に掛けた時の恨み!」

 

「ごふっ!」

 

更に三撃目、もう一度リゼヴィムの鳩尾に今度は左ストレートを抉りこむ。

 

「これはミルたんの要望で魔法少女コスさせられた時の恨みッ!」

 

「げはっ!?」

 

勇真の全身から膨大な魔法力が迸る。

 

「そしてこれはーー」

 

現れたのは加速魔法陣、その数72、それはリゼヴィムの背後で砲身の様に重なり合って展開されていた。

 

「俺がミルたんと出会ってから受けた全ての苦痛の恨みだぁぁぁぁぁッッ!!」

 

連続で大振りで、型も速度を気にせず筋力強化に極振りした両拳に渾身の力を込めて勇真はラッシュ攻撃をリゼヴィムに仕掛ける!

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ」

 

ラッシュ!ラッシュ!ラッシュ!ラッシュッ!! 大地に巨大クレーターを穿つ程のパンチがリゼヴィムに雨あられと降り注ぐ。しかし、呪詛で行動阻害され、魔法の鎖で拘束された彼にそれを避ける術はないッ!

 

「ぐぇ、ずり、おま、やめッ」

 

リゼヴィムが何かを訴えるがそれが意味を持つ前に勇真の拳に黙らせられる。

 

 

そしてたっぷり一分間、軽く数万発の拳を叩き込んだ勇真はバックステップで距離を置き、助走からの渾身の一撃を放った。

 

 

「これで終わりだッ! この世界から消えてなくなれぇぇッッ!!」

 

全力全壊、あらん限りの力を込めた右ストレートがリゼヴィムの顔面に直撃、同時に勇真は拘束魔法を解除、リゼヴィムは「うげっぐあ〜」とさけびながらパンチの威力で極音速で殴り飛ばされ加速魔法陣に突入、加速に次ぐ加速を経て一気に亜光速まで到達すると結界を突き抜け宇宙の彼方へ消えていった。

 

それを見送ると勇真は歓喜の笑みを浮かべて両手を広げる。

 

「フハハハハハハッ! 悪は滅びた! 正義は必ず勝つのだッ! たとえ、どんな手を使ってもッ!!」

 

テンションがおかしい勇真は高々と勝利の哄笑をあげる。

 

 

 

 

その姿はどう贔屓目で見ても正義には見えなかった。

 

 

 

 




無駄無駄の方が合ってる様な気が……


リゼヴィム「実は俺は数万発殴られただけで死ぬぞ!」


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30話

リゼヴィム「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃッ!」


最後の最後だけ一部文章を追加しております。


……これにより1人のキャラがゲス野郎? に。


「さてと、リゼヴィムは始末出来たし、帰るか」

 

そう満足気に呟き、勇真は転移魔法を発動しようとする。

 

 

その時。

 

 

『本当さぁ、マジあり得ないんだけど』

 

結界内にリゼヴィムの声が響いた。勇真は転移魔法を取り止めると魔法障壁を強化、警戒心を高めた。

 

『でもさぁ、こいつが発動したってことは、俺はもうやられたんだろうな……はぁ、もう少し待とうぜぇまだ準備中だった訳よ』

 

どこか疲れたような残念なようなリゼヴィムの声が響く。この音声が言うにはリゼヴィムは死んだらしい。

 

しかし、逆に嘘くさい。

 

勇真は怒りに任せずもっと念入りに滅殺すれば良かったと後悔した。

 

『まださぁ、トライヘキサも見つけてないのよ、異世界に行く為の準備段階だった訳よ、あ、俺の目的が異世界で大魔王しちゃう、てのは知ってるよね?』

 

「……そんな、馬鹿なこと考えてたのか?」

 

現地の勇者に殺されるぞ? と勇真は呆れたように呟いた。

 

そんな勇真に気にせず声は話を続ける。

 

『はぁ、死んだ憂さ晴らしいにトライヘキサの封印を解いて暴れさせようと思ったのに最悪だよ、マジ最悪だよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

『最悪だから、取り敢えず人間は滅んでおこうか?』

 

「うわーマジ最悪だぁ、さすが自称大魔王」

 

勇真は自分がいきなり掛かった呪いを解呪しながらそう呟いた。

 

『聖杯に溜め込んだ100万の人間の魂を触媒にアジ・ダハーカに全人類と人間からの転生悪魔と人間のハーフに呪いを掛けさせたぜぇ、俺が死んだら発動するようにしといたよぉ、まあ、高位の魔法使いか上位エクソシスト辺りなら生き残れるだろうけど、何人残るかなぁ? 人間は数百万人残れば上出来かなぁ♪』

 

本当はこんな使い方じゃなかったんだけとなぁ、と楽しげに言うリゼヴィムに勇真は頭を抱えた。

 

今、解呪した呪いの強さから考えて、これが全人類に降りかかったらもしかしなくてもヤバイ状況だからだ。

 

「発想が酷い、あのクソ野郎めッ!『あ、あ、あ〜ルミネア、聞こえる! 生きてる!』」

 

勇真は通信魔法で直ぐにルミネアの安否を確認した。

 

『……勇真さんですか!? はい、いきなり強い呪いが飛んできましたがなんとかレジスト出来ました! この呪いって何か分かりますか?』

 

『自称大魔王の負の遺産だよ』

 

『という事はリゼヴィムを倒せたんですね!』

 

『ちなみに、もういくつか置き土産があるから人外くんたちも安心してね』

 

『もちろん……と言いたいけど怪しくなってきた。で、それよりもかなり良くない事が起こってるから、まだ、続きがあるみたいだから! ルミネアは防御を固めていつでも逃げられる様にしといてねッ!』

 

『あ、そう言えば俺を倒したのはサーゼクスくんかな? アジュカくんか? まぁ、誰でもいっか♪ もう俺は死んじゃったしぃ』

 

『はい! 分かりました』

 

『OK、じゃあ切るよ』

 

 

 

『まずは強化ヴァーリきゅんを暴走させて覇龍状態で暴れさせます! ヴァーリきゅんが誰か分からない? 俺の可愛い孫でぇす♪ あ、ちなみに暴れさせる日時、場所はヒミツ♪ ヴァーリきゅんは聖杯のおかげでエンドレス覇龍状態だからガ・ン・バ・レ!』

 

「…………」

 

『次に量産型偽赤龍帝と偽白龍皇の連合軍を解放しまーす♪ 何体いてどこで解放するか? はは、教える訳ねぇだろ!』

 

「…………」

 

『で、最後に制御出来なかったスーパーハイブリット邪龍キメラのヴァルブルガちゃんを解放しまーす♪ 本物のヤマタノオロチをベースにグレンデルコピー、ラードゥンコピー、そして神滅具所持者のヴァルブルガちゃんに偽赤龍帝の鎧をミックスしたスペシャルキメラでーす、ヴァーリきゅん並にマジで超強いから頑張って! あ、そうだ悪魔の皆様は気をつけて、紫炎が熱いよッ!』

 

「…………」

 

『以上! リゼヴィムの遺産でした♪』

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

『あ、実は隠し要素があと一つあるからもし全部に対処出来た方もお楽しみにぃ〜うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃッ!』

その高笑いを最後にリゼヴィムの声は聞こえなくなった。

 

 

「…………」

 

勇真は無言で探索魔法を発動する。しかし、結界内に目立った反応はない。リゼヴィムの仕掛けが発動するのはここではないのだろう。

 

「…………」

 

膨大な魔法力が勇真から迸る、すると勇真を中心に数百枚の魔法陣が現れ強く輝き始めた。

 

勇真が発動している魔法、それは地球規模の超々々広域探索魔法だ。

 

その対象は人類、結果は………

 

 

 

 

 

「……………生存人数460万飛んで12人?……451万68……428万……390万5000…………………256万……」

 

次々と減っていく人間の数に流石の勇真も青ざめる。

 

自分はどうやらとんでもない引き金を引いてしまったらしい。

 

 

 

この日、人類は致命的なダメージを受けた。

 

 

 

 

 

とりあえず勇真は吸血鬼を洗脳して責任を英雄派に押しつけた。

 

 

 

 

 

緊急で開かれた三大勢力会議は重苦しい沈黙に包まれていた。

 

「…………」

 

アザゼルは無言で頭を押さえ。

 

「…………」

 

ミカエルは神に祈り。

 

「…………」

 

セラフォルーは机に突っ伏している。

 

 

「……あ〜そろそろ、会議を始めようぜ」

 

アザゼルが常の彼からは考えられないほど暗い声で独り言の様に呟いた。

 

「そう、ですね」

 

「…………」

 

ミカエルが鎮痛な面持ちでそれに答え、セラフォルーが無言で机から顔を上げる。

 

「もう、前振りとかいらねぇよな、天界は今どんな状況だ?」

 

「……数十億を犠牲者の魂がごった返しになっていますよ。よほど強い呪いを受けたのですね、ほとんど全ての魂が暗く濁っていました、そして信者の方は高位の戦士を含めた極々少数の方以外は……亡くなりました」

 

現在、私を除いた殆ど天使が総動員で浄化作業に取り掛かっています。そう沈んだ声でミカエルは説明した。

 

「そっか、セラフォルー、悪魔はどうだ?」

 

「悪魔は人間からの転生悪魔の三割が死亡、人間との契約がほぼ消失しました」

 

恐ろしほどの無表情で機械的にセラフォルーが言う。それにアザゼルとミカエルは痛ましそうな目を向けた。

 

「……大丈夫ですかセラフォルーさん」

 

「何がでしょうか?」

 

「何がってお前…………いや、なんでもない。最後は堕天使だな、堕天使に協力的なエクソシストの九割以上が死亡、再編には時間が掛かるな、あとこれは調査中だが人間が異常な数一気に死んだもんだから行き場を失った神器が生き残ったエクソシスト達に宿る現象が起きてる。中には複数宿った奴もいた」

 

「それは天界も起きましたね……その方の多くが神器の能力に耐えられず」

 

「……やっぱりか? 調整もしてない神器をいきなり打ち込まれるわけだからな、そういう奴は無理やり神器を摘出してなんとかしたが、それでも俺たちもかなりの犠牲者が出た」

 

で、その犠牲者から出た神器がまた……そう、神器大好の堕天使総督とは思えない程忌々しそうにアザゼルは神器の話を続けた。

 

「アザゼル総督、神器が人間に宿る事を止める事は出来ないのですか?」

 

「初めての現象だからな、今、全力で解析してるが、その前に人類が滅びそうだ、いや、すでにほぼ滅びてたな、天界の方ではなんとかならねぇか?」

 

「神が残したシステムには不明な点が多々ありますので……こちらも専門の天使全員が精一杯解析していますが」

 

アザゼルの問いにミカエルは芳しくない答えを返す。

 

「そうだよなぁ……ああ、そうだこれも一応報告しとく。神器が宿る流れはある程度確認出来るようになったんだ、で、その流れから英雄派のアジトと思われる場所を発見した」

 

それにミカエルは更に顔を顰める。

 

「……急いで対処したい所ですが、今天界から出せる戦力はありません」

 

「悪魔陣営も同じくです。リゼヴィムから送られた音声が嘘でなければこれから更なる被害が出ると予想されます。その為、自衛の為にも戦力は裂けません」

 

「だよな〜、堕天使もそれは同じだ。だが、詳細送っとく、あとこの情報は他の神話勢力にも送っといたが期待はできねぇな北欧とは何故か連絡も繋がらねぇし……はぁ、奴らに時間はやりたくねぇんだけどな」

 

時間を与えると数千と得た神器で奴らは大幅強化されてる。そうアザゼルは付け加え溜息を漏らした。

 

「北欧でしたら現在白龍皇ヴァーリが暴れているようです」

 

セラフォルーの言葉にアザゼルは顔を顰めた。

 

「まさか、リゼヴィムが言ってた時間無制限の覇龍状態でか?」

 

「はい、現在フェンリルと大戦中(誤字に非ず)北欧領地の二割が壊滅、神族にも多数の被害が出た模様です」

 

「あ〜裏切ったとはいえ、ヴァーリが悪いな、オーディンの爺さんに謝らねぇと」

 

俺の首一つで済むかなぁ、済まないよなぁ、と現実逃避した様にアザゼルは呟いた。

 

「ちなみにその主神オーディンとは現在連絡がつかなくなっています。もしかしたら既にラグナロクが起こっているかも知れません」

 

「………マジか」

 

「マジです」

 

「…………」

 

「………悲しいことです。しかし、申し訳ありませんが、北欧は今は置いておきましょう。それよりも聞きたい事があります……リゼヴィムを倒したのは英雄派なのですか?」

 

ミカエルが淀んだ空気を変えるために話題を転換する。

 

「ああ、曹操が倒した。まあ、あくまで邪龍から吸血鬼に戻された奴が言うにはだけどな」

 

ミカエルの問いにアザゼルは即座に返答。しかし、彼は何故か納得いかない様な顔である。

 

「……それはおかしいですね」

 

アザゼルに続きミカエルも訝しげな顔をする。

 

「……ああ、おかしいんだよな」

 

「はい、おかしいですね」

 

セラフォルーも変わらずの無表情だが、その情報を疑っているようだ。

 

 

 

 

 

「リゼヴィムに神器の力は通用しなかったはずだ。だか神器の力なしに奴らがリゼヴィムを倒せるはずがねぇ」

 

魔王以上の実力者、超越者リゼヴィムと強化復活した伝説級の邪龍、それに協力者の魔王に近しいレベルの悪魔ユーグリット、このメンバーを神器なしの英雄派が倒すのはまず不可能だ。

 

「それに彼等の目的は人外の排除のはず、吸血鬼を助ける理由がありません。そもそも彼等の戦力は随分と減っていたはず」

 

更にミカエルが英雄派の目的と今回の行動が矛盾する事を指摘する。

 

その通り、ジークフリートから告げられた彼等の目的に反する行動、それは明らかにおかしいのだ。

 

「つまり、何者かが吸血鬼達を騙して英雄派にリゼヴィム討伐の功績を、人類壊滅の責任を押しつけた」

 

最後にセラフォルーが結論を述べる。

 

 

 

この会議で着々と勇真包囲網が形成されていく。ほんの少しだけジークフリートの遺産が関係しているのは勇真の自業自得であった。

 

 

 

 

勇真はこれをまだ知らない。

 

 

 

 

 

そして、セラフォルーは内心で笑う。どうにかこの場は責任を悪魔から別の相手に受け流せたと。

 

魔王レヴィアタン、彼女は外交担当、ここぞという時はちゃんと働くのだ。

 




勇真「そんな……ミルたん師匠が言うように正々堂々リゼヴィムを倒したら人間社会が崩壊した…! 俺は悪くねぇっ! 俺は悪くねぇぇぇ!!」

アザゼル「ここにいると馬鹿な発言に苛々させられる」
ルミネア「異世界から帰って来てからのあなたは、まるで別人です」
リアス「こんなサイテーな奴、消した飛ばした方がいいわ!」
ジーク「あんまり、幻滅させないでくれ…」
曹操「少しはいいところもあるって思ってたのに…俺が馬鹿だった…」


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31話

独自設定あり。


20××年、世界はリゼヴィムの悪意に包まれた!

海は枯れず、地も裂けず! 全ての生命が特に問題ない様に見えた。だが、人類だけは死滅していたっ!


【新世紀救世主伝説 勇真の剣】







嘘です。



「さて、ルミネア、出掛けようか」

 

勇真は優しげな天上の神々さえも惚れてしまいそうな美少年スマイルでルミネアの手を引いた。

 

「え、どこにでしょうか?」

 

そんな勇真に一瞬ドキリとしたルミネアだが、すぐに彼女は困惑した様な顔をする。

 

当然だ、どこに出掛けようと言うのか? 人類は既に殆ど絶滅している。その情報は彼女も知っていた。

 

そして、その責任の一旦が自分にあるとも。

 

「もちろん、ネット環境が…つまり娯楽が生きてる異世界にさ!」

 

そう言って勇真は異世界転移魔法陣を発動する。

 

「こんなこともあろうかと、ミルたんとの修行の旅の間に密かにマーカーを設置していたんだ。そしてその中の一つにネット環境が整った地球の並行世界がある。そこに行けばこの世界にいるよりはマシな環境なはずだ。残念ながら読みたい漫画や小説の続きは読めないけどね」

 

そう言う勇真は相変わらずの美少年スマイルだが、その目はどこか淀んでいた。

 

「勇真さん、育った世界を簡単に捨てたらいけませんよ」

 

「……そうは言ってもね、もう、人類ほぼ壊滅だよ? 今残ってる人間はたったの十数万人、しかも大半が男だ。多分繁殖管理とかしなければ確実にこのまま滅ぶね」

 

地球最後の2人、とかになったら笑えない。そう勇真は呟いてルミネアを転移魔法陣に連れ込もうとする。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 今回の責任は私が勇真さんに修行しろなんて言ったから起こった事ですよ!? その私が責任も取らずにこの世界を離れるのはいけないと思いますッ!」

 

ルミネアのそんな責任感溢れる言葉に勇真は首を振る。

 

「ルミネア、初心を思い出そう。作戦【命を大事にだ】というか今回の責任はルミネアに一欠片もないからね、全部悪魔が、リゼヴィムが悪いッ! つまり俺も悪くない!……でもこの惨状を見たら異世界から帰ってきたミルたんに俺は殺されてしまうんだ! だから逃げようッ!!」

 

もう、とっくにミルたんの呪いは解呪されてしまってるんだッ! と勇真が必死の形相で訴える。

 

ちなみにこの男はこれでも勇者だ。

 

「その場合異世界に逃げても殺されてしまいませんか!?」

 

「…………まあ、そうなんだけどね、でも少しは長生き出来る。その間に俺はルミネアの安住の地を探すから安心してくれ」

 

希望の異世界はある? 超科学文明? ファンタジー世界? それともやっぱり地球の並行世界? 暗い顔をした勇真はルミネアにそんな質問を投げ掛けた。

 

「勇真さんと一緒にこの世界で暮らしたい、それが私の希望です」

 

「とても嬉しいよ、でもね、もう人間は終わりだよ……ああ、悪魔になって生きるって方法もあるか、確か冥界はネット環境もあるし。でもなぁ、主要な娯楽ドラマ?が『魔法少女レヴィアたん』だからなぁ、そんなハイセンスな連中に俺は合わないと思うんだ」

 

マジつまらん。勇真は真顔でレヴィアたんを批判した。

 

内容が内容だから仕方あるまい、なんたって水戸黄門魔法少女バージョンだ。ちなみにキャストは悪党とレヴィアたん(レヴィアたんとは黄門様とスケさんとカクさんとその他お助けキャラとお色気キャラを合体させた様な存在)で戦いは常に元気100倍のアンパ○マンvsバイキ○マン様な状態だ。

 

どっちがアンパ○マン? そんなの決まってるでしょう?

 

勇真はこのドラマ? を見た時ありきたりすぎて逆に笑が込み上げてきた程だ。

 

「……本当に人類はお終いなんですか?」

 

勇真がレヴィアたんのつまらなさを思い出していると、ルミネアが真剣な顔で勇真に問いかけて来た。

 

それに対し、勇真も顔を引き締める。

 

「うん、さっきも言ったけど誰かが繁殖管理しないと無理なレベル。俺ヤダよ、悪魔か何かに繁殖管理された世界で暮らすなんて」

 

「それは、私も嫌ですが、でも、例えばあり得ない事でしょうが、死んだ人間を生き返らせるとか出来ないんですか?」

 

「いやいや、そんな都合の良いドラゴ○ボールみたいな展開」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あるじゃん、なんで忘れてた?」

 

「え…本当ですか!?」

 

ルミネアは取り敢えず言ってみました! な意見が肯定されて驚いた。

 

「聖杯だよ聖杯、リゼヴィムが使ってた幽世の聖杯! アレを使えば人間を生き返らせる事も可能なはずだ。魂は天界が管理してるはずだからいけるッ!……あ、でも、無神論者の日本人は復活出来ない…いや、他にも………う〜ん、多分半分くらいは生き返れないけど半分生き返らせれたら上出来かな?」

 

さよなら田中くん、さよなら加藤くん。勇真は遠い目で呟いた。

 

「上出来ですよ! それなら人は滅びませんよね!?」

 

「もちろん、ついでに聖杯で人類を強化すれば寿命も大幅に伸びるだろうし、これは案外いけるかも……でも、俺の主要な娯楽は殆ど全部日本人が提供してくれてたんだよなぁ、ああ、マジでリゼヴィム殺してぇ、もう一度徹底的に嬲り殺しにしてぇ」

 

深い深い猛毒の沼の様なドス黒い憎悪を秘めた瞳で勇真は語る。

 

そして勇者の底知れぬ殺意は一瞬にして呪詛と化し、ルミネアを除く周囲の全てを呪い始めた。

 

「ちょ、勇真さん呪ってます! 周囲を呪ってますよ!?」

 

「あ、ごめん、リゼヴィムへの殺意でうっかり。しかし、そうだね、異世界に行くにしてもその前に人類を復活させてから行こうか? じゃなきゃミルたんに殺されるし」

 

だが、例え人類を復活させても日本人作者のミルキースパイラルは……もう、復活しない。

 

もしかしたら無駄な足掻きかも知れない。そう思いつつも勇真は未来への希望を信じた。

 

 

「……ミルたんさんてそんなにすぐ人を殺す方なんですか?」

 

「いや、そんな事はないよ。でもね、ルミネア、アリを潰さずに踏むのは難しいんだよ? ミルたんのちょっとした怒りは世界の破滅を誘発するんだ、ミルキースパイラルが復活しないと知ったらミルたんはそこそこ強く俺を殴るかも知れない。そうなったらお終いだ、もう、100%俺は死ぬ。だから出来うる限りミルたんを怒らせたくないんだ」

 

「そこまで言いますか、すみません、そこまで恐ろし方とは知らず、修行しろなんて言ってしまって」

 

ちょっとルミネアが申し訳なさそうに言う。そんな彼女を勇真は笑って許した。

 

「いや、良いんだ。他の奴だったら嬲り殺しにしてたけどルミネアは良いんだ。まあ、俺の恐れ方もちょっと大袈裟かも知れないね、でも仕方ないんだよ。元々、トラウマだったのに修行を受けて更にトラウマになった。ああ今思い出しても本当あの修行はあり得なかった。特に最初の一カ月のミルたん無限組手は一万回は死に掛けたから、もう、辛くて辛くて、一週間はリゼヴィムへの憎悪でなんとか保たせたけどそれ以降はもう全力で逃げたからね」

 

「……私は勇真さんに三カ月修行したと聞いたんですが?」

 

「ああ、そうだよ。俺の “身体” は三カ月ちゃんと修行したよ」

 

「身体は?」

 

「うん、最初にルミネアに会った勇真はね、俺が修行から逃れる為に魔導人形の技術を応用して作り出した第二人格だったんだ」

 

「え、どういう事ですか?」

 

「つまり、ルミネアが最初に会ったのは鍛練大好きで正義感が強い超真面目くんに作った俺の第二人格だ。まあ、その人格はもう魔導人形にしてリゼヴィムを倒す布石になってもらったんだけどね」

 

「え………な、なんて事をしてるんですか!? 身体を乗っ取られたらどうする気だったんですかッ!?」

 

ルミネアが怒って叫ぶ。勇真はそれをまあまあと宥めた。

 

「大丈夫大丈夫、そこら辺はランスロットくんで懲りた。でも主導権はあげてたよ? じゃなきゃ楽できないし、それにね、もう、乗っ取られても良いかな? ってくらい俺は追い詰められていてね、ほんとミルたんの修行は常軌を逸した辛さだったんだ。今でも俺がした判断は間違って無かったと確信しているよ、じゃなきゃ今頃…俺は精神崩壊を起こしていたはずだ、確実に」

 

勇真はげっそりとした顔で言った。

 

彼にここまで言わせるとは、ミルたんの修行はそれほどヤバかったのだろう。

 

「そ、そんなに、ですか?」

 

「そう、詳しくは思い出したくないから聞かないで。ただ、魔法少女コスさせられるのが癒しの時間だった。それくらいヤバイ環境だったとだけ覚えておいてね」

 

「は、はぁ」

 

いまいちピンとこないルミネアは困惑した様な微妙な返事を返した。

 

「まあ、修行の話はもう良いんだ。まず、人々を生き返らせる作戦を練らないと」

 

それは置いておいて作戦作戦、そう言って紙とペンを取り出した勇真はサラサラと何かを書き始める。

 

紙には人の名前と “死” の文字が多数書かれていてまるでデス○ートの様な惨状だ。

 

「さ、作戦も何も、幽世の聖杯を探して使うだけなのでは?」

 

「無理無理、数十億人を生き返らせるんだよ? 力が足りなすぎる。俺の力でもそこらの神の力でも無理だ。こんな事をするには……無限の龍神の力が要る」

 

勇真の言葉にルミネアは心底驚いた。

 

何故なら彼はこの世界最強のドラゴンを利用すると宣言したのだから。

 

「む、無限の龍神って、本気ですか?」

 

「もちろんだ。龍神を捕まえて電池にして人類を復活、強化させようか」

 

龍神を電池代わりにするという正に神をも恐れぬ事を言う勇真にルミネアは戦慄した。

 

「か、勝てるんですか、無限の龍神にッ!?」

 

「普通にやったら無理だね、でもね弱点がない存在はいないし、本当に無限の存在なんて存在しないんだよ」

 

ミルたん以外はね、と勇真は付け加える。

 

「え、無限の龍神なのにですか?」

 

名前に無限ってついてるのに? ルミネアは問う。

 

それに勇真は当然とばかりに頷いた。

 

「もちろんだよ。もしオーフィスが本当に無限なら禍の団なんて作らずに赤龍神帝をさっさと排除している筈なんだ。オーフィスは別に本当に無限の力を持っている訳じゃない。アレは超々々強過ぎるだけのドラゴンに過ぎない」

 

「じゃあ、なんで無限なんて呼ばれてるんですか?」

 

「次元の狭間、無の世界から生まれた存在だからと言われてるけど実際は違う。誰もオーフィスの力の全容が分からなかったからそう呼ばれてるんだよ」

 

「分からなかった、つまりは無限ではないんですか?」

 

「違うよ、1の力しか持たない者は億の力を持つ者の全容を把握出来ない。この1が神で億がオーフィス、そう、ただこの世界の存在では彼の力の全容を把握出来なかった。だから無限なんて呼ばれてるんだよ」

 

そう、自信を持って断言すると勇真は紙とペンを置き大きく伸びをした。

 

早くも作戦が出来たらしい。

 

「勇真さんはオーフィスの力の全容を把握したんですか?」

 

「もちろん無理だ。でもオーフィスが有限だという事だけは分かる。なら勝ち目はあるんだ例え俺の一億倍力が強くても限界があるならば……でもねそれはオーフィスが一人で居る場合に限る」

 

 

 

 

 

「つまり、禍の団が邪魔だ。ふふ、これも人類の為、彼等には早急に退場してもらおうか」

 

テロリストなんて居ない方が世界の為でしょ? そう言って勇真は透き通った優しい笑みを浮かべる。

 

その笑みは言ってる内容と全くマッチしない、まさに完璧な善人が浮かべる笑顔で、敵意も悪意も欠片も抱いていない “様に” 見えた。

 

そんな勇真を見てルミネアは外面って怖い、相手が笑顔だからって油断しない様にしよう。と心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、でも冷静に考えたら危険だから、やっぱり止めていい?」

 

そう、呟く勇真にルミネアは両手でバッテンを作って抗議した。

 

 

 




本当にオーフィスが無限なら何個に割られても無限ですよね。


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32話

ミルたんの修行によりアグレッシブに生まれ変わった勇真くんをお楽しみ下さい。


「ふふ、やはり頭を失った勢力は潰すのが楽で助かる」

 

禍の団、旧魔王派の本拠地で仮面を被った男が呟いた。

 

「お、お前は何なんだッ!?」

 

拘束された上級悪魔が怒りと恐れが混じった声で仮面の男に怒鳴り散らす。そして、彼の背後には同じく拘束、気絶させられた数百の上級悪魔と中級悪魔が倒れていた。

 

「通りすがりの一般人です」

 

「一般人なわけあるかッ!? 目的は何なんだッ!」

 

「俺より強い奴に会いに来た」

 

「お前は、たった今ッ、頭を失った勢力はとか言っただろッ!? お前は一体誰なんだッ!」

 

「細かいなぁ、ちょっと言ってみたかっただけだよ……俺は英雄派の曹操だ」

 

「……俺の知ってる曹操と違う」

 

「これが曹操の素顔だ。下っ端の君は知らなかっただけだよ」

 

大仰に手を広げ仮面の男は告げる。その動作はどこか見る者に不安を与えるような不気味さを持っていた。

 

「仮面が素顔なわけねぇだろッ! それで、それで…曹操は何をしにここに?」

 

自分で否定しておきながら何故か仮面の男を曹操と呼ぶ上級悪魔。

 

いつの間にか上級悪魔の目は虚ろに、半分開けられた口からは今にも涎が垂れそうな状態になっていた。

 

それを満足気に見つめ仮面の男は上級悪魔と会話を続ける。

 

「実は情けない事に英雄派のアジトの位置を忘れてしまってね、ゲオルクが頑張り過ぎてるせいで位置が分からないんだ。君は何か知ってるかな?」

 

「……いや、何も知らないな」

 

「では魔獣派のアジトについては?」

 

「すまない、そちらも私は知らない」

 

「オーフィスの居場所は?」

 

「知らない」

 

「……そうか、ありがとう」

 

そう仮面の男は残念そうに礼を言う。

 

「ここもハズレかぁ、英雄派と魔獣派はどんだけコミュ症なんだよ、あとオーフィスどこ行った!? 魔女の夜(ヘクセン・ナハト)、ニルレム、堕天使の派閥、そしてここも何一つ情報を知らないとか……はぁ、まあ良いや、取り敢えずやれる事はやっておこう」

 

仮面の男は強大な魔法力を右手に集中、そしてパチンと指を鳴らした。

 

次の瞬間、悪魔達の拘束が解かれ、意識がなかった者も虚ろな目でフラフラと立ち上がる、それはまるで亡者の軍団の様に不気味だった。

 

だが、そんな事は気にせず仮面の男は明るい声で悪魔達に “命令” を告げる。

 

「はい、じゃあ君達には今からこの契約書を書いてもらいます。やる事は実に簡単、この契約書に自分の名前…あ、偽名はなしね、それと血印を押して貰うだけです。出来た契約書は俺に持ってきてね」

 

 

 

契約書には異界の文字でこう書かれていた。

 

 

 

 

 

【私は宮藤勇真に魔力及び全ての超常の力を永続的に貸し与えます】と。

 

 

 

 

 

「うっぷ、うぇ」

 

そう、仮面の男ーー勇真は吐き気を抑える様に右手で口元を覆った。

 

「……はぁ、流石にこの数は多過ぎたか? まあ、多い分には良いから少しくらい我慢するか」

 

勇真は軽く気合を入れると久しぶりに『名剣創造』を発動し二つの鎧甲冑を創り出す。

 

そして次々と魔法を発動、その鎧甲冑の強度を最大強化……それから僅か数分で鎧を魔導人形へと生まれ生まれ変わらせた。

 

「ふぅ、良かった収まった」

 

魔導人形に奪った悪魔達の力を全て与えると、勇真は一息つく。

 

「やっぱり無理なパワーアップは身体に良くないね、いっぱい注ぐなら無機物に限る……あと、君達は拾い食いしちゃダメだよ、当然反逆も」

 

『『了承致しました』』

 

「よろしい」

 

勇真は了承と答えて以降ただ無言で跪く二体の魔導人形に更に幾つか命令を下した後、視線を超常の力の全てを勇真と魔導人形に奪われた悪魔達に向けた。

 

「さて、力を失った残りの君達は、そうだなぁ」

 

あ、良い事思いついた! そんな顔を仮面の内に秘め、勇真は断れないお願いを悪魔達に言う。

 

 

「日本のサブカルチャー復興の為に日本の漫画とライトノベルを読み漁って作家と漫画家を目指してもらおうかな?」

 

死ぬ気でね、そう勇真は付け加え仮面の下で邪悪に笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

「父さん、母さん」

 

『……相棒』

 

イッセーは一人静かに泣いていた。

 

そんな宿主にドライグはなんと励まして良いか分からなかった。

 

 

リゼヴィムの呪い、それが世界に襲い掛かったのは数日前の日曜日の事だった。

 

小猫の居場所は未だ分からないが、どんな相手からも彼女を救い出せる様に必死で訓練していたリアス眷属、その内の主人のリアスを除いた訓練場にいた全員、イッセー、木場、朱乃、アーシア、ギャスパー……つまり人間か人間とのハーフからの転生悪魔がいきなり凶悪な呪いに襲われたのだ。

 

その呪いはかなり凶悪でジークフリートの修行がなければイッセー達の内、何人かは死んでいたかもしれなかった。

 

それでも、彼らは見事に全員生き残ったのだ。

 

しかし……

 

 

 

 

 

イッセーの両親は耐えきれなかった。

 

イッセーが急ぎ駆けつけた時には二人床に倒れ “緩く” なっていたのだ。

 

 

「なあ、ドライグ、またなんだ。また俺は救えなかったんだ」

 

『…相棒、気を落とすな今回の事は突然で誰も対処など出来なかったはずだ』

 

「本当にそうか? 俺が自分の呪いを速攻で解いて、転移で駆けつけて解呪魔法を強化して譲渡すれば助かったんじゃないのか?」

 

『…………』

 

「ーー俺はいつもそうだ。肝心なところで大事な人を救えない」

 

『そんな事はない、相棒は良くやっている』

 

「良くなんて、出来てねぇよッ! アーシアは一度死んだ。部長の結婚が掛かったレーティング・ゲームで負けた、ジークフリートは殺されて仇には傷一つつけられなかったッ! 小猫ちゃんは攫われたッ! みんなをヴァーリから守れなかったッ! そして父さん、母さんを……救えなかったッ!!」

 

涙を流し吼えるイッセー、悲痛な叫びは墓地全体に響き渡った。

 

「なあ、ドライグ、俺はどうしたら良いんだ? 頑張ってるんだよ、これでも俺なりに精一杯頑張ってるんだッ! でもダメなんだ結果が出せねぇッ!」

 

『落ち着け、相棒はこの短期間で確実に強くなっている』

 

「それでも遅いんだッ! 遅過ぎるんだよッ! 敵のランクアップに対して俺の成長スピードは遅過ぎる、いや、そもそもあのレベルまで到達出来るのか? ゲオルクには全然本気じゃないのに圧倒された、ヴァーリには一瞬で全滅させられた。俺はあいつらに追いつけるのかッ!? なぁ、教えくれドライグ、俺は俺はッ!」

 

 

 

「次に奴らと戦ってみんなを守れるのか?」

 

血を吐くようなイッセーの叫びにドライグは居た堪れない気持ちとなる。歴代で初めてなのだ。これほど自分の力のなさを嘆く赤龍帝は。

 

だから、なんと言えば良いか分からない。そもそも赤龍帝が力のなさをこれ程嘆くなんて事自体が異例なのだから。

 

『…………相棒次第だ、そうとしか言えん』

 

「………そうか、そうだよな、悪い取り乱した。地道に訓練を続けるわ」

 

ドライグの有り触れたセリフにイッセーは静かに落ち込んだ。

 

そんなイッセーに……

 

 

 

 

 

 

 

「お困りかな?」

 

背後から声が掛かった。

 

「ッ!?」

 

その背後からの言葉にイッセーは即座に振り返り禁手化、龍帝の鎧を纏うと油断なく拳を構える。

 

振り返ったイッセーが見た者は、神父服を着た特徴の薄い白人だった。

 

「ほう、なかなかの反応だ。隙の少ない構えに即座に禁手化する技量と判断力、なんだ、力が無いと嘆いている割にはやるじゃないか」

 

これで歴代最弱とは酷い評価も有ったものだ。と男は笑う。

 

「……誰だ?」

 

警戒した様にイッセーは言う。取り乱していたとはいえ、自分はおろかドライグにすら全く気づかれずに背後を取り、そして龍帝の鎧を纏った自分に対してこの余裕の態度。

 

プレッシャーはない。

 

だが相手の力量は高い、それもおそらく自分よりも。

 

それを悟りイッセーは警戒しているのだ。

 

「私はそうだな……【与える者】とでも名乗ろうか」

 

「……その与える者さんが何の用だ?」

 

「なに君が力を欲しているのを感知してね、ささやかながら君に力をプレゼントしに来たのさ」

 

「何の為に?」

 

イッセーは胡散臭い奴を見る目で自称与える者を見た。

 

「おや、信用されていないな悲しいねぇ」

 

言葉とは裏腹に与える者はちっとも悲しくなさそうに笑う。

 

それにイッセーの警戒心が更に増した。

 

「まあ、そうだなぁ、気づいていると思うが私は人外だ」

 

「ああ、分かる、それに日本に人間は数えるくらいしか残ってないからな」

 

で、人外だからどうした? そうイッセーは言う。

 

それに与える者は苦笑した……自分が知るイッセーから随分と変わったものだと。

 

「ふふ、いやなに、最近禍の団の英雄派が煩いのだよ。あ、禍の団は知っているかな?」

 

「ああ、知ってる。よくな」

 

「……念の為に聞くが君は禍の団ではないな?」

 

「当たり前だッ!」

 

怒鳴るイッセーの態度に与える者は満足気に頷いた。

 

「よしよし、これで君を殺さずに済む、あ、もう一つ君は禍の団と戦っているか?」

 

「……積極的に戦っては居ない、だが目の前に現れたら倒すつもりだ」

 

「ふむ、少々戦闘意欲が薄いようだがまあ良いだろう、君は私と契約して英雄派を潰してくれないかな? 私は静かに暮らしたいのに奴らがちょっかいを掛けてきてな面倒で困っているのだよ」

 

「…………」

 

「おや、返事がないな、もしかしてお断りかな?」

 

「……なんで俺なんだ? あんた強いだろ自分でやれば良いじゃないか?」

 

「ああ、君の言う通り私は強い……だがなぁ、英雄派の首領曹操との相性が悪いのだよ」

 

「相性が?」

 

「そう、相性がね、だから出来れば奴と直接戦いたくない。それでね、代わりに私の力を君に上乗せして曹操を倒して貰おうと思ってな、日頃から倍化能力で力を上乗せは慣れっこだろう? だから君ならば私の力を貸しても破裂しないと思うのだよ」

 

「破裂……とか、随分と物騒な単語が出るな」

 

「身に余る力を受け取るとそうなってしまうものだよ? ペットボトルに湖の水を全部入れる事は出来ないだろう? だが君は別だ。日頃の倍化で元の力の脆弱さの割に容量が桁外れに大きい君ならばね」

 

脆弱さ、その言葉にイッセーは苦虫を噛み潰した様な表情を取る。

 

だが、それも一瞬の事、イッセーはしばし思案するとおもむろに口を開いた。

 

「………報酬が欲しいな」

 

『あ、相棒!? 受ける気かッ!?』

 

イッセーの言葉にドライグが驚愕する。

 

そして、その言葉に与える者はニヤリと口元を歪めた。

 

「おお、流石は悪魔、力を与えると言うのに更に報酬を強請るか?」

 

「あんたの力はいずれあんたに返さなきゃならないんだろう? 俺は手元に残る力が欲しい」

 

「ふふ、良かろう。最初からタダで受けて貰おうなどと思ってはおらんよ、それに私は与える者だからな」

 

そう言って与える者は虚空から一つの盾を取り出した。

 

「……それは?」

 

迸る光力にイッセーの背筋が震える。美しい装飾がなされたその盾はまるで何百柱もの天使か堕天使が光力を収束させたかのような強大な光力を耐えず纏っていた。

 

「私が作った盾だ。名前はないがその強度と能力は保証しよう。その籠手の内から聖なる波動を感じる……それは聖剣だな? ならばこの盾はそれと最高に相性が良いはずだ互いの能力を高め合う程にな」

 

「…………あんた本当に何者だ?」

 

「ふふ、言っただろう、与える者だと」

 

『相棒、やめろ、そいつはなにか決定的にヤバイぞッ!』

 

「おや? 天龍と称されたドライグ殿とは思えぬ弱気なセリフですなぁ」

 

『ーーッ! 貴様』

 

「ドライグ、落ち着いてくれ」

 

『相棒、落ち着くのはお前だ、本当にこんな怪しい契約を受ける気か!?』

 

イッセーの態度にドライグは怒鳴る。しかし、イッセーは油断なく与える者を睨みながらも迷いなく頷いた。

 

「ああ、受ける、次にいつヴァーリが襲って来るか分からない。俺は一刻も早く強くならなきゃならない」

 

その言葉にドライグはショックを受けた。

 

こんな怪しい奴の手を借りる、それはつまり赤龍帝の倍化能力が頼りないと言ってるのと同じ事だったからだ。

 

『………勝手にしろ……』

 

ドライグは拗ねた様に呟くと、それっきり何も言わなくなった。

 

「ごめんなドライグ……待たせたな」

 

「いやいや構わんよ、それに面白いモノを見させてもらった。天龍も拗ねるのだな」

 

『……………』

 

「そんな事はどうでもいいだろ……それで英雄派を倒せと言うがいつまで倒せばいい?」

 

「期間はない。奴らのアジトは私も知らないしな。しかし、赤龍帝なら必ず奴らと出会うだろう。その時、お前の力が足りると判断したら倒してくれ、足りないと思ったら逃げてもいい」

 

「………曖昧な上に随分と甘いんだな」

 

「はは、優しいと言って欲しいなぁ、それでは力を渡す、私の右手を握ってくれ」

 

そう言って与える者は右手をイッセーに差し出した。

 

「…………」

 

しかし、イッセーはその手を取らない。

 

「どうした? やめるかね、私はそれでも構わないぞ、力を渡す候補は君以外にも居る」

 

「……いや、やるよ」

 

そう言って罠がないか変な呪いが掛かってないか最終確認を終えたイッセーが与える者の手を取った。

 

同時にイッセーの中に膨大な魔法力が、高位魔法使い数百人分の魔法力が入って行く。

 

そしてそれは一瞬でイッセーの身体に定着した。

 

それを見届けると与える者は楽しげな笑みを浮かべ右手を離した。

 

 

「なっ!?」

 

同時にイッセーが驚愕の声を上げる。

 

何故なら与える者が砕け散り砂と化したからだ。

 

そしてその砂は風で舞い……

 

 

【はははははははッ! さらばだ兵頭一誠、健闘を祈るぞ!】

 

ーーという声を残してどこか遠くへ飛び去った。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、どんな呪いを掛けたんですか?」

 

勇真がルミネアに魔導人形でイッセーに接触したと言う話をした所、彼女が最初に発したのがコレである。

 

「え、幼馴染に会っただけなのに呪いを掛ける前程ッ!?」

 

「え、じゃあ何も掛けてないんですか?」

 

「いや、掛けたけど」

 

「………で、どんな呪いを掛けたんですか?」

 

結局掛けたんじゃないですか、そんな呆れた表情でルミネアは再び同じ質問をした。

 

「まあ、呪いと言うか加護かな? 魔女の夜(ヘクセン・ナハト)の構成員から奪った魔法力の半分をあげて、堕天使の派閥から奪った光力の三割を付与させた盾を渡しただけ」

 

そんな思いの外、というか本当にただの異常に高い加護を与えただけの内容にルミネアは面食らった。

 

故に……

 

 

「本当にそれだけですか? 特定の相手に出会ったら特攻させる呪いとか、必要な時に言いなりなさせる呪いとかは掛けなかったんですか?」

 

勇真の説明にルミネアは疑いの目を向けた。

 

「ル、ルミネアのイメージの中では俺ってそんなゲスなのッ!? さすがに幼馴染にそんな事はしないよ!?」

 

「でも、この間、結構酷い事しませんでした?」

 

勇真は抗議しているがイメージも何も普通にそんな事をしているからだ。可愛い彼女にそんな事を思われても仕方あるまい。

 

「い、いや、それはこの前も言ったけど出来る限り手加減したから」

 

「………まあ、そうですね、あれは私のせいでしたね。すみません。でもなんでイッセーさんにそんな力をあげたんですか?」

 

武器とかに加工した方が良かったのでは? そうルミネアは述べる。

 

「…………」

 

その言葉にしばし勇真は無言となる。そして彼は深い溜息と共にルミネアに理由を話し出した。

 

「死んで欲しくないってのがあるかな、イッセーは俺が知らぬ間に二回も死んでたからね、まあ、アレでも幼馴染だから」

 

それを聞いて自分の勇真を見る目がいつの間にか曇っていたとルミネアは思い知った。

 

それを申し訳なく、そして恥ずかしく思った彼女は深く勇真に謝罪した。

 

「そう、でしたか。すみません、酷い勘繰りをしてしまいました」

 

 

 

 

 

 

 

「あ……いや、でも、赤龍帝の籠手と白龍皇の光翼所持者は出会いやすくなるみたいな呪いが元々着いてたからそれを大幅強化したよ。なんか今白龍皇が聖杯持ってるみたいだし、イッセーを強くしたのは出来たら足止めしてもらって俺が後ろからザックリとやろうかなとかも考えててね」

 

「…………」

 

 

そんなやっぱりいつも通りの勇真にルミネアは小さく溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ルミネア「与える者……? それよりもむしろ」


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33話

ゲオルクさんマジ有能。


「………はぁ」

 

異空間に作られた英雄派のアジトで曹操は深い溜息と吐き出した。

 

「どうした曹操、溜息など吐いて」

 

そんな曹操を心配しゲオルクが話し掛ける。

 

それに曹操は苦笑いを浮かべると溜息の訳を話し出した。

 

「いや、ただ俺は何をしているのだろうなぁと、思ったんだ」

 

「何をしてるか?」

 

「そうだ。俺は英雄になりたかった、だが英雄の定義が今は分からないんだ」

 

「…………」

 

「いや、そもそも俺にはこれと言った強い英雄像がなかったんだ。以前バルパーに言われて初めて気づいたよ」

 

「……それで、どうする気なんだ?」

 

「はは、それが分からないんだ。人類もほぼ壊滅状態だからなぁ」

 

これでは人々を守る英雄も名乗れない。

 

「あまり暗い雰囲気を作るな、お前は英雄派のトップなんだぞ? お前がその調子では英雄派全体の士気に関わる」

 

「いや、士気なら大丈夫だろう?」

 

そう言って曹操は執務室から見えるトレーニングルームを指差した。

 

そこには……

 

 

 

 

「私の後に続けぇぇぇッッ! 聖剣最高ぅぅぅうッッ!!」

 

「「「「「「「「「「「聖剣最高ぅぅぅうッッ!!」」」」」」」」」」

 

「聖剣最強ぅぅぅうッッ!!」

 

「「「「「「「「「「「聖剣最強ぅぅぅうッッ!!」」」」」」」」」」

 

「聖剣無敵ィィィッッ!!」

 

「「「「「「「「「「「聖剣無敵ィィィッッ!!」」」」」」」」」」」

 

……と、叫びながら聖剣を創り、聖剣を振るい、聖剣を飛ばす。そんな訓練? をしているバルパー達の姿があった。

 

 

 

 

「…………」

 

それを見てゲオルクは無言で目元を押さえた。

 

「……何時からああなった?」

 

「ゲオルクは結界に集中してもらっていたから知らなかっただろう? バルパーが来て直ぐに布教を始めた聖剣教がついこの間、実を結んだ……というか、バルパー直属の聖剣使い部隊以外殆の下級構成員がリゼヴィムの呪いで死んでしまい、結果としてアレらが残ったという訳だ」

 

「……お前が育てていた複数の神器を使う幹部候補は?」

 

「あのバルパーの隣でやけに叫んでるのがソレだ、だがあの野郎、今は何故か聖剣系神器しか使わないんだ…困った事にな」

 

せっかくレア神器を複数持っているのに、と曹操は嘆いた。

 

「……そうか、派閥の名前を英雄派から聖剣派に変えるか?」

 

「既にバルパーから打診があった。現在検討中だ」

 

どこか暗い瞳で言う曹操に、ゲオルクは居た堪れない気持ちになった。

 

それはともかく、彼はそろそろ曹操に話し掛けたもう一つの理由を切り出す事にした。

 

「…………それで曹操、お前に言われて調べていた勇真のここ一週間の行動を記録したモノが在るんだが、見るか?」

 

 

ゲオルクの手元には幾つもの鏡の様なモノが浮いている。それはリゼヴィムの件により彼が新たに得た神器だった。

 

この神器の能力は訪れた場所の “過去” を写し記録する事。

 

その性質上この能力を知っていなければ防ぐことが難しい情報収集において非常に有用な神器だ。

 

この神器を用いて勇真の能力と目的を調べてくれ、それが曹操がゲオルクに言われた事だった。

 

「ありがとう、見させてもらうよ、でもなんか嫌な予感しかしないなぁ」

 

その言葉にゲオルクは目を逸らす。

 

「……心して見るべきだ、かなりヤバイぞ」

 

「分かった覚悟しよう」

 

ゲオルクの様子に曹操は冷や汗を流すも、彼は迷いなくゲオルクの神器の端末を受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにあのチート」

 

映像を見終わった曹操は暗い顔で呟いた。

 

「リゼヴィム討伐から英雄派と魔獣派を除くすべての禍の団派閥を単独撃破? はは、これ本当に勇真か?」

 

顔立ちは似ているけどやけにイケメンになってるし、と曹操は付け加える。

 

「使う魔法から間違いない筈だ」

 

しかし、そんな曹操の疑問にゲオルクはそれが勇真だと断言した。

 

それを聞き曹操は痛そうに頭を押さえる。

 

「嘘だろ、信じられないな俺達と勇真が戦ってからまだ二ヶ月も経ってないんだぞ? このパワーアップはいくら何でも狡いだろ……特に接近戦の技量がなんで化物級になっているッ! あれ、確か最初に戦った時は身体能力はともかく技量は素人に毛が生えた程度だったよな?」

 

え、なに? もしかして油断させて英雄派に潜入する為にわざと手を抜いてたの? そんな呟きが曹操の口から漏れた。

 

「正直、私には勇真の技量がどれほど上がったかイマイチ分からないのだが……それほど上がったのか?」

 

ゴクリと生唾を飲み込みゲオルクが問う。

 

それに曹操は心底嫌そうな顔で答えた。

 

「……俺と勇真で接近戦をすれば例え同等の身体能力でも負けそうだ。で、実際の俺との身体能力の差は、最大速度は俺の十倍、筋力は千倍と言った所か?」

 

もちろん、この十倍と千倍は “俺” のね、ははは、参ったな、と曹操は遠い目をした。

 

「そうか……困った事に魔術方面でもかなり伸びている。魔法力は1.5倍程に属性にもよるが魔法技術もそれくらい上がったな、で、極めつけが前から使えたのか知らないがあの力の略奪と奪った力で創る使い魔の存在だ」

 

「ああ、見たよ。随分とエゲツない魔法だな、奪った力の総量は既に魔王数体分か? 一体何千の人形が創れることやら」

 

「いや、アレだけ強力な魔法だおそらくなんらかの制限がある筈だ。例えば最大10体しか創れないとか」

 

「それでもキツイがまだマシか……で、今のところこのアジトの位置は勇真にバレて居ないかな?」

 

「ああ、私も遊んでいた訳ではない。絶霧と新たに得た神器、それに多数の魔法をミックスして作られた空間だ。いかに勇真でも見つけるのは困難だろう」

 

そう、自信を持って断言するゲオルクの姿に曹操は安心した。

 

「さすがゲオルク頼りにしてるよ……さて、では俺も遊んでいられないか、おおよその勇真の力と出来る事が分かったからな対策を立てて修行しなければ」

 

そう言って曹操は聖槍を出現させて立ち上がると、ゆっくりと槍を回し準備体操のような動きをする。

 

「映像では使っていないが我々同様勇真も新たに神器を手に入れている可能性が高い、その点は忘れるなよ?」

 

「もちろんだ」

 

曹操は今日初めて普通に笑う。

 

そして、彼は聖槍片手に聖剣バカ達に突撃して行った。

 

 

 

 

 

「さて、どうしようか」

 

勇真は思案する様に呟いた。

 

「どうしようかとは?」

 

「いや、魔導人形の人格面だよ」

 

そう言って勇真は家の隅で体育座りで待機する二体の鎧と一人の女の子に視線を送った。

 

「必要なんですか? 今のままでも良いんじゃないですか?」

 

ルミネアの疑問ももっともだ。命令を聞き実行に移せるなら下手な人格など必要はない。

 

しかし、それでは問題点がある。

 

「今のまま人格なんて持たせずに了承致しました、しか言わない完全な人形だと、いちいち命令しないと動かないから面倒だし、戦闘力もかなり落ちてしまうんだ」

 

「ああ、なるほどじゃあ “勇真くん” みたいな人格にしては?」

 

「それだと真正面からしか戦わないバカになっちゃう」

 

そのせいでリゼヴィムまでたどり着けるか実はハラハラしたと、勇真はあの時の本音を口にした。

 

「じゃあ、ランスロットくんみたいな人格ですか?」

 

「……それが効率的なんだけど、なんかまた裏切られそうだからね」

 

そんな警戒したように言う勇真にルミネアは疑問を投げ掛ける。

 

「え、でも、そもそもちゃんと条件を設定すれば裏切られる心配はないんじゃないですか?」

 

「ああ、うん、ただの気分的な問題だよ。反逆時の人格消滅と身体崩壊システムをつければ基本は大丈夫なはず。でもさ、完璧と思っても思わぬ見落としってあるものでしょ、前回ランスロットにはこのシステムをつけたけど転生悪魔になるな、という条件をつけなかったから転生時に上手い具合に人格をジークフリートの身体に移されて回避されたしね、あんまりエグい性格にするとそこら辺が怖くてね」

 

「じゃあ、勇真さん大好きか、狂信者的な性格ならどうです?……何故か女の子も居ますし」

 

「……女の子は置いておいてね、それも無理だね。だって魔導人形の人格は創る者の性格をベースに作られるから、例えばランスロットくんは俺の悪い部分を集めて作られ勇真くんは良い部分を集めて作られた、だから俺が抱いていない想いは人形も抱けない」

 

俺は狂信もしてないし、俺大好き=勇真大好きではなく自分大好きになってしまうからね、と言い勇真は苦笑した。

 

「色々と条件があるんですね、私は人格なしの人形しか作ってなかったので知りませんでした」

 

「まあ、人格設定する時に初めて分かる事だからね、あ、いっその事、ルミネア大好きに設定してルミネアに命令してもらおうかな? この性格の人形ならいけるかも」

 

「……ちょっと、恥ずかしいので出来れば止めてください」

 

そう言ってルミネアは顔を赤くした。

 

 

 

 

しかし、その顔はどこか嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

「どこかでリア充が楽しそうにしているッ!!」

 

冥界のグレモリー宅にバカな叫びが響き渡る。

 

「ちょっと、聞いてるのイッセー!」

 

説教中に突然叫び出したイッセー、そんな彼の頬をリアスは思い切り抓った。

 

イッセーの頬からミリミリという音が聞こえてくる。

 

実に痛そうだ。

 

「イデデッ! すいません部長、聞いておりますッ!」

 

「もう、本当に心配したのよ! この時期に怪しい男と契約して力を借り受けたなんて何かの罠じゃないかと気が気じゃなかったわ!」

 

「……すみません、部長」

 

そう言ってイッセーは深々と頭を下げた。

 

そんなイッセーに他のリアス眷属が次々と声を掛ける。

 

「僕たちにはなしかな?」

 

「赤龍帝、いくらなんでも軽率が過ぎると思うよ」

 

「私も心配しましたわ」

 

「イッセーさん」

 

「木場、ギャスパー、朱乃さん、アーシア、ごめん、心配を掛けた」

 

「はぁ、まあなんにしても精密検査で特に異常が出なくて良かったよ」

 

そう、ホッとしたように木場は言う。

 

イッセーは【与える者】を名乗る男から力を貸し与えられたその日に仲間たちにより無理やり精密検査を受けさせられた。

 

そして数日に渡る検査の結果、ようやく先程、特に問題なしという結果が出たのだった。

 

『相棒、あんな怪しい奴との契約は俺も二度とゴメンだぞ』

 

「悪いドライグ、お前にも心配掛けたな」

 

『全くだ、次奴が現れて何を言っても絶対に耳を貸すなよ? 俺の直感が言っている、奴こそ真の邪悪だと』

 

「さすがに大袈裟じゃないか? 事実検査で何もなかったじゃないか」

 

『いや、一つだけ変わった』

 

「……本当か?」

 

ドライグの言葉にイッセーの顔に真剣さが宿る。

 

『ああ、変わったのは相棒の気だ。やけに “俺” の気に近くなっている。俺の力を操るには適している状態だが、その気は他のドラゴンや力有るものを呼び寄せる効果がある、特に白龍皇なんかをな』

 

「マジかよ、あの野郎、何がいずれ出会うだろうだ、俺と曹操、もしかしたらヴァーリを無理やり出会わせる気かよッ!?」

 

いかにも出会うのが運命だから、的な事を言っていたくせにその実その運命は操作されたものと知りイッセーは呻いた。

 

『まあ、実際のところ、これを奴が意図してやったかは分からん、あの短時間で意図して出来るかもな、しかし、これが奴の思惑通りの結果なら奴の力量はそこらの神を軽く上回る力を持つ筈だ。場合によっては主神級……あるいはそれ以上かもな』

 

ドライグの言葉にイッセーは嫌そうな顔をした。

 

「うげぇ、なるほどあんなスゲェ盾をポンとくれる訳だよ、曹操と相性が悪いって言ったのもどっかの神だったからなのか?」

 

実はラスボスで戦います、とかいう展開は止めろよ、そうイッセーは恐々と呟いた。

 

「その話が本当だとすると、その与える者とはどこの神なのでしょうか?」

 

朱乃がそう疑問を口にする。

 

「バロール、あなたは何か心当たりはありませんか? どうせイッセーくんが帰って来たときに彼の目から男の姿を確認してるのでしょう?」

 

「はぁ、祐斗だから何度もギャスパーだと言っているだろ? まあ、そうだな赤龍帝の瞳から男の姿を確認したが、僕も知らない奴だったな、実は知ってる奴で正体を隠している可能性も捨てきれないが」

 

そうなんでもない事を言うように話すギャスパー、しかし、その内容はなかなかにエゲツない。

 

「ちょ!? 覗いたの!? そういうのをするならせめて最初に一言言えよ!」

 

そんなプライバシーを考えないギャスパーの行動にイッセーが抗議、しかし、ギャスパーはどこ吹く風、軽く肩を竦めて新たな言葉を紡いだ。

 

「まあ、気にすることはないだろう? 君が見ているのは9割は胸なんだから、そしてそんな事は言われるまでもなくこの場の全員が知っている」

 

「9割は言い過ぎだから!」

 

「はは。では8割という事にしておこう。さて」

 

そう呟き、ギャスパーが視線を細める。

 

彼の視線の先には一人の女性が寝かされていた。

 

 

 

 

「僕はそれよりも彼女の……ヴァレリーの結果を聞きたいんだ。赤龍帝の結果なら診察前から僕はある程度分かっていたからね」

 

そう言ってギャスパーは鋭い視線をリアスに送った。

 

 

 

 

 

 




……何かのフラグが勇真に立った気か


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34話

勇真「でも、一つだけ見落としてる事があるよ」


「おはようございますルミネア様、早速ですが勇真(アレ)は貴女に相応しくありません、直ぐに別れるか消す事を進言します」

 

「うぁ、第一声がそれとか人格構成間違えたわ」

 

勇真は鎧くん1号(仮)を見て頭を押さえた。

 

「黙れマスター! 私はルミネア様へ話し掛けている、邪魔をするなッ!」

 

で、そんな勇真に鎧くん1号(仮)は話し掛けんなというニュアンスの言葉を吐き、野良犬を追い払うようなジェスチャーをするとルミネアを口説き始めた……鎧の癖に。

 

その鎧くん1号(仮)の態度に勇真は静かに激怒、数秒の葛藤の後、たった今、二十分ほど掛けて作った鎧くん1号(仮)の契約文を手に掛け……

 

「…………人格消去だ」

 

そう呟いて勇真は虚空に浮かぶ魔術文字を引き裂いた。

 

「え?….ちょ、ま、や、やめろよッ! やめろおおおおおおお、お、ぉ…ぉ…………」

 

そして、暫しの断末魔の後、鎧くん1号(仮)は再び了承いたしましたとしか言わない人形に戻った。

 

そんな人形を見て勇真は爽やかな笑顔で汗を拭う。

 

「さて、作り直すか」

 

そんな勇真を見てルミネアはドン引きした。

 

 

 

 

 

 

芳ばしい香りが立ち上る。

 

コーヒー好きには堪らないある種のリラックス効果すらあるこの香り。

 

しかし、そんな素晴らしい香りが漂うカップからレオナルドは顔を顰めて口を離した。

 

「う〜ん、やっぱりブラックコーヒーは不味いな、これが美味しいと言う人の気持ちが分からないよ」

 

それとも、僕が子供だからダメなのかな? そう言ってレオナルドは小猫に笑い掛ける。

 

それに小猫は嫌そうな表情を作ってこう答えた。

 

「あなたは舌が子供だからです」

 

「はは、小猫は相変わらずの毒舌だなぁ、でも本当に苦いんだよーー飲んでみる?」

 

そう言ってカップを小猫に寄せるレオナルド。

 

小猫はそのカップを結構です、と言ってレオナルドに押し返した。

 

「……何が目的なんですか?」

 

「ん、目的ってなんの?」

 

「あなたの目的の話です。人類は滅亡し禍の団はココと英雄派を除いて全滅、にも関わらずあなたは動きを見せない」

 

「ああ、人の存亡も禍の団の壊滅も僕にとっては些細な事だからね、正直あまり興味がないな……いや、禍の団の殆どを潰した宮藤勇真には少し興味があるけど」

 

レオナルドの話に小猫は眉を寄せる。

 

「宮藤勇真が潰した? どういう事ですか?」

 

「ああ、小猫には他の派閥が潰されたとしか言ってなかったね、全ては今言った宮藤勇真個人によってなされた事なんだ」

 

レオナルドは小猫の質問にミルクと砂糖をコーヒーに足しながら軽く答えた。

 

しかし、その内容は軽いレベルの話ではない。

 

事実、その話を聞いた小猫は一瞬呆然とした。

 

「……冗談ですよね」

 

「いや、本当だよ、見てごらん」

 

そう、レオナルドが言うといつの間にか彼の肩に留まっていた小さなコウモリの目が光る。

 

そしてコウモリの目から出た光は虚空に立体映像を描き出した。

 

そこに移るのは勇真がリゼヴィム一派及び他の派閥を潰した際の戦闘映像、もちろん勇真が知らぬ間に撮られたものである。

 

それを見て小猫は愕然としたーーあまりにも、強過ぎると。

 

「なに、これ」

 

「どうだい、剣も魔法も凄いだろう? これが現在人類最強の男だよ」

 

「凄いと言うか、凄すぎます。これは本当に人間なんですか? この力はジークフリートさん以上です」

 

「ははは、それは当然さ何と言ってもジークフリートは彼の使い魔だ、宮藤勇真が自分の力を分け与え作り出した使い魔、それが英雄派のジークフリートに憑依したのが、君を鍛えていたジークフリートの正体さ」

 

レオナルドの想定外にも程がある話に小猫は痛そうに頭を押さえた。

 

「……あなたと話していると驚きばかりで疲れます。まさかとは思いますが、ジークフリートさんがゲオルクに殺されたというのは?」

 

「真っ赤な嘘だ。いや、残念だろうけどジークフリートはもう居ないよ。ジークフリートは勇真の命令を果たし終われば消される運命だった。だから彼は自分の命運を掛けて造物主である勇真に挑み、そして破れ散っていった。ゲオルクは勇真に罪を被せられたのさ、自分の存在を隠蔽する為、そして君達に英雄派を憎ませる為にね」

 

そう言ってレオナルドは勇真とジークフリートの戦闘映像を映す。そこに移るのはジークフリートの最期、そして勇真がゲオルクに化けた瞬間だった。

 

その映像を見て小猫の胸がチクリと痛む。

 

ジークフリートは決して好きな類の人間ではなかった。戦闘映像でも人質を取ろうとする下衆な部分も映されている。良い人間ではないのは確か。

 

だが、それでも彼は自分を鍛えてくれた人なのだ。

 

「……クズ」

 

小猫の口からそんな言葉が零れ落ちた。

 

それには小さくも確かな憎しみが篭っている。

 

そして、そんな小猫の姿にレオナルドは僅かに目を細めた。

 

「そうだね、でも下手に挑んじゃダメだよ。どうしても勇真を殺したければ僕に言ってね」

 

「……あなたはアレを殺せるんですか?」

 

小猫の目は懐疑的だ。

 

全てを把握している訳ではないが、小猫はレオナルドの圧倒的な実力を知っている。

 

しかし、映像で見る勇真の実力はそのレオナルドすら上回っている様に感じるのだ。

 

「おや、疑うの?」

 

心外だなぁ、とレオナルドは苦笑し、ミルクと砂糖をたっぷりと入れたコーヒーに口をつけた。

 

「あなたは彼を人類最強と言いました」

 

「そう、彼は人類最強だ。確かに正面からは僕でも分が悪い。でも、搦め手を使えば勝つ方法は何通りもある」

 

「映像から彼は搦め手も得意そうですが?」

 

「うん、得意だろうね、多分正面戦闘よりも」

 

「……ダメじゃないですか」

 

「いや、問題ないよ。だって彼よりも僕の方が搦め手は上手いからね」

 

静かに、だが確かな自信を持ってレオナルドはそう断言する。

 

もちろんそれは根拠のない自信ではない。

 

「僕らの居場所は彼にはバレていない。しかし、彼はこんな映像を僕に撮られている。この時点で優劣はハッキリしている、そうは思わない?」

 

「……確かに」

 

ここまで言われれば小猫にも分かった。

 

全くもってその通りであると。

 

情報とは相手を罠に嵌めるのに極めて重要な要素だ。そして現在、勇真はレオナルド及び魔獣派の情報を殆ど持っていない。

 

逆にレオナルドは勇真の最大魔法力量、体術レベル、戦い方の癖、使用魔法、そして彼のアジトにルミネア(弱点)の存在、それら多くの有用な情報を持っていた。

 

これを勇真が知れば盛大に青ざめる事であろう。

 

 

 

「まあ、とはいえ危険な相手だ。出来れば僕も彼を敵に回すのは避けたい」

 

「そう、ですか」

 

「残念かい?」

 

「いえ、別に」

 

「ふふ、小猫は嘘が下手だなぁ。でも安心して、彼はきっちり僕が殺すから」

 

「……今、敵に回したくないって言いませんでした?」

 

「言ったよ、でも残念な事に彼にとっては僕ら魔獣派も敵なんだ。彼は必ず僕らを狙う、だから情報アドバンテージがある内に消してしまおうと思うんだ……それに彼が英雄派を見つけてそこを壊滅させたら複数の神滅具が彼の元に行く事になる、そんな事になったらもうどうしようもないからね、消すなら今しかないんだ」

 

「なるほど」

 

その説明に小猫は納得した。

 

確かに、ただでさえ強敵なのにこれ以上強くなったら目も当てられない。

 

「ふふ、それに彼の役割は終わったからね、危険な駒は消すに限る」

 

「……役割? 駒?」

 

 

 

 

 

「そう、彼は僕の計画の駒の一人だ。そして彼には大事な大事な役割があったんだよ。リゼヴィムを消すという役割がね」

 

「……ッ!?」

 

息を呑む小猫。

 

だが、それを気にせずレオナルドは話を続けた。

 

「なぜ僕がこんなに彼の情報を持っていたと思う? それはね、最初から彼に目を着けていたからさ」

 

「さ、最初からとは?」

 

「彼が一時的に英雄派の仲間になった時からだよ。僕は以前からリゼヴィムを消してくれる人材を探していた。だから世界中に仲間を放ち情報を集めていたんだ。それに引っかかるった内の一人が彼だったという訳だ」

 

上手くいってよかった。そう言って楽しげに笑うレオナルド。

 

そんな彼に小猫は首筋に氷を押し当てられた様な寒気を覚えた。

 

「……ひっ」

 

小猫の口から小さな悲鳴が漏れる。

 

「怖がる事ないじゃないか、普通の事だよ天敵を排除したいと思うのは」

 

そんな小猫の様子にレオナルドが悲しげに、拗ねたように苦言を漏らす。

 

普通、こんな子供にそんな態度をさせれば多少は心が痛むもの。

 

だが、小猫はレオナルドのそんな態度を見ても全く罪悪感は浮かばない。

 

むしろ彼女の胸の内は恐怖心でいっぱいだった。

 

そんな小猫の内心にレオナルドは苦笑すると軽く肩を竦める。

 

「仕方ないじゃないか、リゼヴィムと僕は相性最悪、絶対に勝てない相手だったからね、誰かの助けが必要だったんだよ」

 

 

「……じ、じゃあ、彼がリゼヴィムを殺したのは」

 

恐る恐るといった様子で小猫が問う。

 

あなたが全て仕組んだのかと。

 

それにちょっとだけ得意げな笑顔でレオナルドは答えた。

 

「はは、僕がした事なんて微々たるものだよ。彼は都合がいい事に元々リゼヴィムを消すつもりだったからね、だからリゼヴィムの居場所を探知しやすいように少しだけリゼヴィムのアジトに手を加えた。たったそれだけさ」

 

「…………結局全て掌の上、ということですか」

 

「そんな事はないよ、僕の想定外が幾つもの起こっている。それにね、僕がした事なんて本当に普通の事だよ。魔獣創造を持っていれば誰でも出来る実に簡単なお仕事さ」

 

子供でも出来るね、そう付け加え楽しげに笑うレオナルド。

 

ここまで会話してついに小猫は限界に達してしまった。

 

「……ッ、失礼します」

 

そう言って彼女は席を立つと、広い広い食堂から出て行った。

 

 

 

「ああ、行っちゃったか」

 

そう呟き、レオナルドは腕時計を確認する。

 

「約10分、新記録だ。小猫も日々成長してるね。いい事いい事、やっぱり君の教え方が上手いからかな?」

 

「……あんまり白音を虐めるないでくれる」

 

そう言って、レオナルドと小猫以外は誰も居ないと思われた食堂に黒髪金眼の美女ーー黒歌が姿を現わす。

 

その目に若干剣呑さを宿らせて。

 

「虐めたつもりなんてないけど?」

 

「レオと話すだけで白音には虐めにゃん」

 

「えー酷い」

 

「そう思うならまずそのプレッシャーを抑えるにゃん」

 

「これも訓練の内だよ、強大な敵のプレッシャーに動けなくなったら大変だから」

 

そう言ってレオナルドは自然に纏っていた巨大な魔獣の如きプレッシャーを抑え込んだ。

 

「しかし、黒歌はなんでもっと小猫と話さないの? せっかく再開出来て一緒に暮らしてるのに仙術の訓練の時くらいしか顔を合わせてないじゃないか」

 

「…………」

 

「それに会話も素直じゃない。今みたいストレートに話さずどこか茶化すように話してるよね、それって嫌われると思うんだ」

 

「……余計なお世話にゃん」

 

「はは、ごめんごめん、それで準備は整った?」

 

「……宮藤勇真のアジトの孤島近海に仙術で気配を消した大量の魔獣を設置したにゃん、元々気配が薄いタイプの魔獣だから気付かれる事もないと思うわ」

 

「さすがは黒歌、仕事が早いね、じゃあ、今日の深夜に夜襲を掛けようか」

 

「……今日? いきなりなの?」

 

「うん、準備万端なら直ぐに攻めよう。彼は理不尽なくらいの才能の持ち主だからね、下手に長引かせるのは危険だ」

 

「理不尽な才能ってのはレオの方な気がするにゃん」

 

「はは、僕は普通だよ。じゃ、僕は仮眠を取るから夜の12時になったら起こしてね」

 

そう言ってレオナルドは自室へと去っていく。それを見送り黒歌は溜息を吐いた。

 

「……ご愁傷様にゃん」

 

それが誰に当てた言葉かは彼女だけしか知らない。

 

だが、彼女の視線は今も映されている映像、魔導人形の人格作成に四苦八苦する勇真の方を向けられていた。

 

 

 

 

 

 




勇真「俺もまた、レオナルドにおどらされただけの犠牲者の一人にすぎないってことさ」


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35話

島ひとつ使い切った完璧な魔導要塞だ。

結界240層、魔法力炉30基、猟犬代わりの魔導人形三体(魔王級)無数の致死トラップ、島の中心部は異界化させている空間もある。

自身のアジトに対する解説 宮藤勇真



 

戦いが始まった時点で勝敗が決している。

 

余程戦力に差がない限りは綿密に計画を練り、準備に時間を掛けた方が勝つ。

 

勇真もレオナルドもそう思っていた。

 

 

そして……

 

 

 

 

 

 

今回より綿密に計画を練ったのはレオナルドの方である。

 

 

『Boost Boost Boost Boost Boost Boost‼︎』

 

魔獣派のアジトで力を倍化する音が鳴り響く。

 

これは赤龍帝特有のもの。

 

しかし、今回に限って、否、今の世界に限ってはこの倍化音は赤龍帝だけが放つものではない。

 

『Boost Boost Boost Boost Boost Boost‼︎』

Transfer‼︎(トランスファー)

『Boost Boost Boost Boost Boost Boost‼︎』

Transfer‼︎(トランスファー)

『Boost Boost Boost Boost Boost Boost‼︎』

Transfer‼︎(トランスファー)

『Boost Boost Boost Boost Boost Boost‼︎』

Transfer‼︎(トランスファー)

『Boost Boost Boost Boost Boost Boost‼︎』

Transfer‼︎(トランスファー)

『Boost Boost Boost Boost Boost Boost‼︎』

Transfer‼︎(トランスファー)

 

「そこまででいい、それ以上の譲渡は必要ない」

 

「私の方も大丈夫にゃん」

 

「了解、もういいよロート、ルブルム、パルガン、ヴェルメリオ」

 

そうレオナルドが声を掛けると、黒歌とゲオルクの周囲に居た四体の赤い毛並みの龍と犬が混じった様な魔獣が嬉しげに尻尾を振ってレオナルドに駆け寄って来た。

 

その龍犬を一体一体優しげにレオナルドは撫でる。

 

そして、龍犬を撫で終わるとレオナルドは視線を彼等から力を譲渡された黒歌とゲオルクに向けた。

 

「よしよし、さて、いけそうかな? 黒歌、ゲオルク」

 

問い掛けるレオナルドに二人は頷く。

 

どうやら力の問題は大丈夫な様だ。

 

「そうか、じゃあ早速やってもらおうかな」

 

「分かったにゃん」

 

「了解した」

 

同時にゲオルクと黒歌から黒い霧と膨大な魔法力、妖力が迸る、更に二人の周囲には多数の魔法陣が現れた。

 

「行くわよ」

 

「分かっている」

 

黒歌とゲオルクは息を合わせると、自身が作り出した魔法陣をゆっくりと重なり合わせる。

 

そして、完全に重なり合った多重合一魔法陣に二人から発生した黒い霧が吸い込まれていく。

 

出来上がったのは一本の黒い剣ーー『絶霧』の禁手化『霧の中の理想郷(ディメンション・クリエイト)』による結界装置だ。

 

 

「ふぅ、完成だ。奴の居る孤島近海の魔獣を起点に転移阻害、魔法妨害の結界を張った、魔獣は起点ではあるが倒されて問題はない、要はココにあるその剣だからな」

 

額の汗を拭いながらゲオルクがそう言った。

 

倍化譲渡は初体験のゲオルク。

 

自身の全魔法力を遥かに上回る力を初めて使用した為、若干いつもより消耗が激しい様だ。

 

「勇真が脱出に要する時間は? あと魔法妨害はどれくらい効くと思う?」

 

ゲオルクと黒歌の結界作成を静かに見守っていたレオナルドが口を開く。

 

そのレオナルドはゲオルクは既に計算していた予想を口にした。

 

「……あくまで予想だが、全力で脱出に取り組んでも半日は掛かるな、魔法妨害については全ての魔法に強い妨害効果を発揮する。勇真なら使おうとして使えない事はないが通常時に使うより遥かに威力が落ち、また魔法力の消費量も膨大となるはずだ」

 

「分かった。協力感謝するよ。それで黒歌の方は?」

 

「結界内に人間にだけ効く仙術によって作った毒の霧を散布したわ、倍化で効力を高めてるから常人なら1秒でお陀仏にゃん♪……でも、あのクラスの魔法使いなら回復魔法で保たせるでしょうね、多少時間を掛ければ根刮ぎ解呪される恐れもあるにゃん」

 

「それで充分だよ。エキドナ」

 

「はい!」

 

レオナルドの声に元気よく、彼の “影” から金髪金眼の可愛らしい少女が飛び出してきた。

 

「エキドナは今から結界内に入って勇真と戦闘開始、勇真との戦闘時は創る魔獣は実力重視、数は100体も居ればいいよ別に無理に倒す必要はないから。ただ絶対に勇真を結界内から脱出させない事、黒歌の呪いを解呪させない事、良いね?」

 

「分かりました! あれ? でもたった100で良いの? マスターなら100万くらいで攻めろって言うかと思ったんだけど?」

 

「超威力の範囲攻撃が出来る相手に弱いのを多数の用意しても意味ないからね、創る魔獣は最低でも最上級悪魔レベルの力は欲しい。もちろん必要と判断したら創っても構わない、そこは実際戦ってみて決めてね」

 

「そっか、了解♪ じゃあ、いってきまーす!」

 

「うん、頑張って」

 

「はーい、頑張ります!」

 

そう言って、エキドナは笑うと再びレオナルドの影に潜ってこの場から消えた。

 

「さて、じゃあ、黒歌は引き続きみんなに力を譲渡してもらって仙術で毒霧の生成を頼むね、ゲオルクはその毒を結界内に転移よろしく」

 

「分かったにゃん」

 

「了解。それにしても倍化した魔法阻害に毒か……エゲツないな」

 

「そう? この程度で勝てるなら楽なくらいだと思うけど」

 

「まだ、何かする気だったのか?」

 

ゲオルクが呆れたように言う。それにレオナルドはさも心外だと言う不満顔をした。

 

「何かする気かって? 当然するよ。君達だって勇真の情報はある程度持ってるだろ? なら分かるはずだ、この程度なら彼は普通に破ってくるよ」

 

「魔法を阻害された中、倍化譲渡で大幅に強度を増した絶霧の結界をか?」

 

「もちろん。きっとエキドナも撃破される」

 

「……自分の半身を撃破されると知りながら送り出したのか?」

 

「エキドナは僕が死なない限り消滅しないからね。例え倒されても復活出来る。だからもっとも勇真に余裕があり、味方の死亡率が高い戦闘開始に彼女を送ったんだよ。もちろん、それはエキドナも知っての事だ、なんたって僕の半身だからね」

 

だから、毒霧転移の次はこの準備をよろしく。

 

そう言ってレオナルドは虚空にある映像を映すとゲオルクに次の作戦を説明し始めた。

 

それを聞いてゲオルクの顔が青ざめる。

 

「しょ、正気かっ!?」

 

「当然、正気だよ」

 

「下手をしなくても死ぬぞッ!?」

 

「大丈夫、長い間、身体を調整してきたからね、短時間で多少なら問題ない」

 

「だ、だがいくら何でとこれは不味いぞッ! それに今から取り掛かっては間に合わないッ!」

 

「時間なら問題ない。こちらで殆ど終わらせているから、ゲオルクには最後の一押しと最高の結界装置を作って欲しいんだ。力なら幾らでも譲渡するから」

 

レオナルドがそう言うと四体の龍犬がゲオルクに近づきおすわりし、譲渡しますか? といった感じに首を傾げた。

 

「…………はぁ、曹操に謝らねばならなくなるな、いや、失敗しても良いか。もう人類はほぼ滅亡してるのだ構うまい」

 

 

そして、ゲオルクは深い溜息を吐くと、龍犬から大量の力を譲渡され、過去最高の結界装置を創り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「釣れたね」

 

「釣れましたね」

 

凶悪な結界に包まれた島の中心で勇真とルミネアが落ち着いて呟いた。

 

そんな状況下で何故二人が落ち着いているかというと、この襲撃が予定調和だったからだ。

 

勇真は自分が監視されている事に気が付いていた。だが、感知魔法を使ってもその監視者が何者かは分からず、また、どうやって監視しているのかも不明だった。

 

しかし、監視者が誰なのかは、ある程度予想出来る。

 

三大勢力もその他の神話体系も死ぬほど忙しい現状、普通に考えてこうも長時間、高度な技術で自分を監視するのはある程度自分の事を知っている禍の団しか居ない。

 

そう予測を立てた勇真はあえて監視に気付いていないように見せかけ自分の情報を監視の目がある場所で披露した。

 

自分がどの程度の戦力を持っているのかを。

 

自分はどの時間帯に隙が出来るかを。

 

そして、自分の弱点はなんなのかを。

 

 

全ては自分を襲撃してもらう為、敵の居場所を見つける為に。

 

そして今、その思惑通りに大きな魚が餌に食いついた、あとはリールを上手に巻くだけなのである。

 

 

「絶霧の結界、つまり、ゲオルクーー英雄派か? 丁度いい、絶霧は是非とも欲しかったんだよね」

 

「勇真さん、悪い顔してますよ」

 

「おっと、ごめんごめん、外面意識っと」

 

そう言って勇真は悪党全開の黒い笑みから優しげな美少年スマイルに笑顔の種類を切り替えた。

 

「さて、ルミネアこの家が毒と魔法阻害に侵食される予想時間は出た?」

 

「はい、残り1分20秒です」

 

「よし、普通にしたらこの結界解呪は間に合わないね、なんか強い力を持った奴がこっちに向かってるし……と、言うことで」

 

 

勇真の左腕に赤い籠手が現れる。

 

それに元々着けていた黄金の腕輪ーー『無窮の担い手』が溶けるよう混じり合う。

 

そして、勇真の口から力ある言葉が紡がれた。

 

 

「『禁手化(バランス・ブレイク)』」

 

その言葉と共に勇真から閃光が走る。

 

次の瞬間、勇真は赤と金を基調とした美しい騎士甲冑に包まれていた。

 

『Boost Boost Boost Boost Boost‼︎……』

 

勇真の全身から超越的な、完全に常軌を逸している魔法力が迸る。

 

通常の勇真の30倍以上、主神級すら勝ち目が薄い、人外から見ても尋常ならざる魔法力。

 

今の勇真は小細工抜きで世界で五指に入る実力を持っていた。

 

「5回が限界かぁ、もうちょい頑張ろうよ……まあ、充分か」

 

ちょっと残念そうに勇真は呟くが、気を取り直し彼は瞬時に最高位の結界粉砕魔法を形成、そこに……

 

Transfer‼︎(トランスファー)

 

倍化した魔法力を譲渡する。

 

「ルミネア、貴重品や大事な物は圧縮空間に仕舞ってあるよね?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「よろしい、じゃあ、ちょっとズルいけど無理矢理出させてもらおうかな?」

 

そう言って勇真は結界粉砕魔法を発動。

 

光の速さで駆け巡った粉砕魔法が絶霧の結界を空気を入れすぎた風船の様に破壊。

 

ついでに巻き起こった物理破壊が島と近海……そしてエキドナ、ありとあらゆるものを原子単位の塵へと還した。

 

 

 

 

戦いは綿密に計画を練り、準備に時間を掛けた方が勝つ。

 

 

 

ただし……余程戦力に差がない限りは。

 

 

 

 

 

 

 

 

魔獣派の主城で突き立っていた黒い剣ーー結界の要が音を立てて砕け散った。

 

「ッ!? ……結界を崩壊を確認、本当にアレを破るとはしかもこんな短時間で」

 

当たって欲しくない予想が当たってしまった。

 

そんな心底嫌そうな顔でゲオルクは呻いた。

 

「あ〜 予想より遥かに早いね、これは監視の目に気づいてたね。で、あえて情報を与えて襲撃を待ってたかな? 」

 

レオナルドが困ったように言う。

 

……実際は困ったなんて生易しいレベルではないのだが。

 

「レ、レオッ! どうするの!? 多分、逆探知でこっちの居場所に気付かれたにゃん」

 

「そっか、それで彼はどれくらいで来ると思う?」

 

「………三分くらい」

 

 

 

 

 

「フフフ、それは随分と自分に甘い予想ですね」

 

次の瞬間、レオナルド達は強固な結界に包まれていた。

 

「ーー勇真ッ!? バカな早過ぎるッ!?」

 

「いや、お待たせするのも悪いですから」

 

ゲオルクの叫びにのほほんとした顔で勇真は答える。

 

その言葉に倍化された行動阻害呪詛を織り交ぜて。

 

「ぐおっ!?」

 

「ッ!?」

 

たった一言言葉を交わしただけで地に膝を着いたゲオルクと会話を聞いていた事により立ってるのがやっとの状態になった黒歌。

 

それを満足気に見てから、勇真は唯一普通に立っているレオナルドに視線を向けた。

「それにしてもゲオルクは久しぶりですが、他の方は初めましてだね。知ってるかも知れないけど俺は宮藤勇真って言うんだよろしくね」

 

倍化呪詛をたっぷりと込めて自己紹介。

 

これにゲオルクは意識を失いかけ、黒歌は地に座り込む。

 

「ええ、よろしく勇真、僕はレオナルドと言います」

 

しかし、そんな凶悪な呪詛を受けてもレオナルドは自然体だ。

 

それを見て勇真は目を細める。

 

コイツは強い……と言うより得体が知れない。それが勇真のレオナルドに対する感想だった。

 

故に……

 

 

「そうか君がレオナルドくんか小さいのに魔獣派のリーダーなんだってね。本当に凄い。これからよろしくね」

 

『Boost Boost Boost Boost Boost‼︎』

 

勇真の右手に倍化した魔法力が収束する。

 

「まあ、短い間の事だけど」

 

危険な敵は即滅殺。

 

勇真の右手から神すら滅ぼす神滅の雷撃が放たれる。

 

 

 

この一撃で、魔獣派の巨城は防御結界諸共跡形もなく消し飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




勇真「立つ鳥跡を濁さず」

無人島「……………」


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36話


男女平等パンチ(白目)



「……流石に防ぎ切れなかったか」

 

両手を突き出し、衣服をボロボロにしたレオナルドがそう洩らす。

 

そんな彼を見て勇真は眉をひそめた。

 

「……全力で撃ったつもりだったんだけど?」

 

「いや、今ので手加減したとか言われたら僕もお手上げだよ」

 

そう苦笑するレオナルド。

 

そんなレオナルドに勇真は警戒心を強めた。

 

今勇真が撃った魔法は生半可な威力ではなかった。それこそ高位の神を防御の上から消し飛ばす、超絶の威力があったはずなのだ。

 

にも関わらずレオナルドは両手が焼け爛れる以外は目立った外傷はない。

 

それどころが後ろのゲオルクと黒髪の猫娘ーー黒歌すら完璧に守り切っていた。

 

「…………」

 

そんなレオナルドのあり得ない実力に若干の危機感を覚えた勇真はそのカラクリを見抜く為に探索魔法を発動する。

 

結果、ある程度だがレオナルドが攻撃を防げた理由を理解出来た。

 

 

 

 

「……なるほど、そちらも倍化能力を使った訳か」

 

「ふふ、ご名答」

 

 

探索魔法の結果、レオナルドの “影” の中から大量の力が彼に流れ込んでいるのが分かった。

 

これは赤龍帝の倍化能力と譲渡。

 

リゼヴィムの遺産の偽赤龍帝軍団、何処にも現れていないと思ったら魔獣派が密かに確保していたらしい。

 

「これは面倒になったなぁ、それにしても影の中から譲渡なんて真似も出来たんだね、知らなかった……もしかしてそれは『影の大盾』?」

 

「秘密だよ」

 

「だよね〜」

 

世間話をする様に勇真とレオナルドは楽しそうに話し続ける。

 

勇真は倍化呪詛をレオナルドに流し込む為と、彼のそばに倒れているゲオルクと黒歌が人質として有効か探る為。

 

そして、レオナルドは勇真の次の狙いを “読む” 為に。

 

でなけば戦闘中に楽しくお喋りなどする筈がない。この二人は戦闘狂でもなければ戦闘中に無駄話をする様なタイプでもないのだ。

 

で、それ故にレオナルドは数秒会話をしただけで即座に戦闘に入ろうと考えた。

 

何故ならレオナルドは勇真の心を読めなかったから。

 

同格以上というのもあるが、洗脳魔法等を警戒した勇真の精神防衛魔法が硬すぎて心を覗けなかったのだ。

 

逆にレオナルドは勇真の呪詛を完璧に防げているようで実はそうではない。

 

凶悪な呪詛はごく僅かだが今も確実に彼を蝕んでいる。

 

故にレオナルドは一方的に不利になる会話を切り上げ、影に避難させていた信頼する家族をその場に出現させる。

 

 

現れたのは金色の少女と赤が4体、白も4体、計8体の龍犬だった。

 

龍犬は白と赤でタッグを組むと、超強固な防御結界を形成する。

 

しかし、何故か金色の少女だけは防御結界に入らず勇真を睨みつけた。

 

「さっきはよくもやったな!」

そう言いたらビシッ!、という音が鳴りそうな勢いで金色の少女ーーエキドナが勇真を指差す。

 

それに勇真は困惑した。

 

「え、君と俺って初対面だよね?」

 

「顔を合わせる前にやられちゃったんだよッ!」

 

「ん……ああ、あの島に向かってた強い気配の奴が君か、おのれ、俺は女性には手を上げない主義だったのに君のせいでそう名乗れなくなってしまったじゃないかッ!」

 

「逆ギレッ!?」

 

勇真の言葉にブンブンと両手を振り回して抗議するエキドナ。

 

 

超隙だらけである。

 

「はぁ」

 

勇真は小さく溜息を吐くと、おもむろにエキドナを指差した。

 

「な、なによ」

 

そう、警戒したように言うエキドナ。

 

そんな彼女を無視して勇真は指の差す場所をエキドナから彼女の斜め後ろに移動させる。

 

で、その指の先を追ったエキドナが勇真から目を離した瞬間、勇真の右手によって放たれた収束魔法力弾が彼女の頭を木っ端微塵に吹き飛ばした。

 

 

 

女性に手を上げない主義とはなんだったのか? 舌の根も乾かぬ内の凶行である。

 

 

「な、なにすんのよッ!!」

 

この凶行にエキドナは激怒。

 

瞬時に頭を再生させ勇真を怒鳴り散らす。

 

しかし、そんなエキドナを勇真は無視、彼は怒る彼女を尻目に再び溜息を吐き出した。

 

「はぁ、やっぱりダメだよな、結界破壊用とは言え倍化魔法を受けて死んでないんだから当然持ってるよね再生能力……いや、魔獣創造の独立亜種禁手って言ってたからもしかして神器所持者を殺さないと消えないタイプか? 良い禁手をお持ちで」

 

「ふふ、自慢の僕の半身だからね……まあ、おバカなのが玉に瑕だけど」

 

「マ、マスター!?」

 

「はいはい、エキドナ前を向いて、また攻撃を受けるよ」

 

「……むぅ、分かりました」

 

エキドナはバックステップで龍犬が張っている障壁の内側まで下がると勇真に向かってあっかんべぇをした。

 

「うーん」

 

このエキドナとレオナルドの様子を見ながら勇真はどうするか考える。

 

敵は12、内の2は戦闘不能中、人質の価値があるかは不明。

 

10の敵の内の2は魔王級以上の実力者、残りの8は平常時は下位最上級悪魔レベル、しかし瞬間最大攻防力は魔王級の倍以上の難敵だ。

 

「…………」

 

勝てないことはない。

 

いや、今の勇真ならむしろ勝率は高いだろう。

 

しかし、相手は確実に何か隠し球を持っている。偽赤龍帝の鎧も使用時間と最大倍化出来る回数が決まっておりあまり余裕がある訳ではない。

 

そして、鎧なしでは勝率は一気に激減する。

 

 

ならば……

 

 

『Boost Boost Boost Boost Boost‼︎』

 

速攻でカタをつける。

 

「そう言えば聞きたいことがあるんだけど?」

 

そう話す、“幻術” を元の位置に残し、勇真は倍化により効力を増した瞬間転移で8体の龍犬が作る強固な防御結界を素通りしレオナルドの背後に移動。

 

レオナルドが振り返る前にその首を斬り落とし心臓を抜手で貫いた。

 

だが、レオナルドはエキドナ同様瞬時に頭を再生させる。

 

再生の際に火の粉が舞った。

 

フェニックスの不死性!

 

本体まで不死とか面倒い事やめろよ。そう思いつつ勇真はレオナルドの胸を貫いている左手で神器抜き取りの術式を発動、彼から魔獣創造を奪い取ろうとした。

 

しかし、術式は不発。

 

やはり独立亜種禁手と言うだけあり、エキドナ自体が魔獣創造の核なのだろう。

 

ことごとく狙いを外された勇真は舌打ちし、左手から爆裂魔法を放つとレオナルドを身体の内側から粉微塵とした。

 

 

「お前ぇぇぇッッ!!」

 

ここでレオナルドを木っ端微塵にされてキレたエキドナが勇真に特攻する。

 

しかし、その速度は遅い。

 

いや、世界的に見ても速い方なのだが、勇真から見れば遅い。

 

勇真はエキドナが拳を引きパンチを繰り出そうとする間に彼女の首を斬り落とし胴体を両断、首から離れた頭を胴体ごと縦に真二つに斬り分けた。

 

「ううぇ?」

 

二つに割れて宙を舞うエキドナの頭から変な声が漏れる。

 

そんな頭を勇真は殴り飛ばし、胴体を蹴り飛ばす。

 

そして、エキドナのパーツが飛ばされた先には何時の間にか張られた多重加速魔法陣が……。

 

 

次の瞬間、エキドナのパーツが超々高速弾と化し左に固まっていた4体の龍犬に激突する。

 

最大倍化時が魔王級以上とはいえ平常時は所詮下位の最上級悪魔レベル、前にしか障壁を張っていない龍犬はエキドナもろともバラバラに吹き飛んだ。

 

 

 

しかし、その龍犬すらもレオナルド達と同様に瞬時に再生してしまう。

 

 

赤龍帝の次はフェニックスのバーゲンセールか。勇真は内心で溜息を吐くと今回レオナルドを倒す事を断念、倒れて気絶しているゲオルクの首根っこを掴むと氷結魔法で氷の彫像とし圧縮空間に放り投げた。

 

『Boost Boost Boost Boost Boost‼︎』

 

「今回は引かせてもらおう」

 

そう言って勇真は両手に強大な炎熱球を作り出し。

 

Transfer‼︎(トランスファー)

 

そこに力を譲渡。

 

転移で逃げる間際に炎熱魔法を炸裂させ、せっかく再生したレオナルド達を一瞬にして灰にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま〜」

 

「お帰りなさい、怪我とかしてませんか?」

 

勇真は追跡阻害の魔法を掛けながら複数回転移して、ルミネアに指示して新たに太平洋の深海に作ってもらっていたアジトに足を運んだ。

 

「はぁ、怪我はしてないよ」

 

そう、溜息と共に言う勇真。その顔には『疲れた寝たい』と書いてあった。

 

「大丈夫ですか、なんか凄い疲れてません?」

 

「うん、慣れない倍化のせいですんごい疲れた……しかも、こんな労力を掛けたのに敵の首領を打ち取れなくてね」

 

「逃げられたんですか?」

 

「いや、俺の方から撤退した」

 

「そ、そんなに相手は強かったんですかッ!?」

 

それを聞いてルミネアは驚愕する。

 

当たり前だ、偽物とはいえ赤龍帝の鎧を纏った勇真が撤退するとは只事ではない。

 

それこそ主神級かあるいは……

 

「オーフィスが出たんですか?」

 

無限の龍神が出なければあり得ない。そうルミネアは思っていたのだ。

 

しかし、勇真はルミネアの言葉に首を振る。

 

「いや、オーフィスは出てない。ただ敵が強かった、それ以上に不死性がヤバかった。もうね、倍化能力でフェニックスの不死性を高めてくるもんだから神クラスの一撃でも全然死んでくれないんだよ。で、あんまり時間を掛けると鎧が解除されちゃうから危険と判断して逃げてきたって訳」

 

「そうだったんですか……倍化能力ってまさか赤龍帝のですか?」

 

「そう、リゼヴィムが言ってた量産型赤龍帝と白龍皇、それを魔獣派が確保して研究したんだろうね、魔獣創造で倍化能力と半減能力持ちの魔獣を創ってたよ。ほんとそんなのありかよって感じ、幽世の聖杯もそうだけど魔獣創造のスペックってどうなってんだろう? チートにも程があったよ」

 

あのチート少年め、そう毒づく勇真。

 

この言葉を聞いたらレオナルドは笑顔で鏡見たらと言う事だろう。

 

そしてそれは勇真の才能と実力を知るルミネアも同様だ。

 

「……勇真さんはあんまり人のことは言えませんけどね」

 

どこか呆れたように言うルミネア。

 

その言葉に勇真は肩を竦めた。

 

「自覚はあるよ。でもそれはそれ、隣の芝は青く見えるっていうでしょ?」

 

「確かに、言いますけど……いえ、それで今後はどうしましょうか?」

 

どこか釈然としない思いを抱きつつルミネアが今後の方針について勇真に聞く。

 

「魔獣派はしばらく放って置く。残念だけだ今の俺だと殺しきれない。だから先には英雄派を堕として奴等のというか曹操の『黄昏の聖槍』を奪おうと思う。あれを倍化能力と『無窮の英雄』で強化すれば流石にレオナルドにも通じると思う」

 

てか、それで通じなかったらなお手上げ、そう付け足す勇真。

 

「でも、英雄派のアジトは分かるんですか?」

 

「分からない。だからこれから聞く」

 

「はい?」

 

勇真の言葉に首を傾げるルミネア。

 

それを尻目に勇真は圧縮空間から氷塊をーー氷結封印したゲオルクを取り出した。

 

「こ、これゲオルクさんですか!?」

 

「そう、お土産のゲオルクです。今から彼に英雄派のアジトを聞いて聴き終わったら神滅具と魔法力を奪ってポイしようか、ふふふ、例え情報を喋らなくても守りの要のゲオルクが居ない英雄派を見つけるなんて楽……………あれ?」

 

言葉の途中で疑問を口にする勇真。

 

その表情からは驚きが見て取れる、一体何があったのか?

 

「……どうしたんですか?」

 

「いや、ちょっと待ってね」

 

そう言って勇真は氷結封印を解除。

 

すると……

 

 

ゲオルクの輪郭が崩れドロドロの液状になってしまった。

 

「……やられた、魔導人形だ」

 

そう勇真は苦々しい表情で呻いた。

 

「ま、魔導人形って勇真さん英雄派にいた時に教えたんですか!?」

 

「そんな訳ないよ、セラビニアの魔法は基礎の基礎、簡単な攻撃魔法しか話してない。多分、今回、監視されてる時に魔導人形の作り方を理解して盗まれたんだろうね」

 

顔に焦りを滲ませてガリガリと頭を掻く勇真。

 

その表情から不味い状況になったのがルミネアからも一目で分かった。

 

「……もしかして以前英雄派に置いて来たエレインちゃんが原因では?」

 

それにそんなはずはないと横に首を振る勇真。

 

「いや、英雄派に置いてきたエレインちゃんは自爆させたから術式解析なんて出来ないはずだ」

 

「では本当に見ただけで模倣を? あれって知識があっても創るのが難しいですよね?」

 

そんな事が可能なんですか!?

 

驚くルミネア、しかし、驚いてるのは勇真も一緒だった。

 

「俺は無理だと思ってた。実際、俺も同じ状況でコレを盗めと言われたら出来ないと思う……そう言えばゲオルクは多数の神話体系の魔法をミックスして使ってたなぁ、迂闊だった。多分、技術を盗むことに掛けて天才的な能力を持ってたんだ」

 

それにしたって異常だ、なにアイツ複○眼でも持ってたの? うわぁ、超面倒くさい事になった。そう言って勇真は頭を抱える。

 

「……こ、これってもしかして、契約魔術も盗まれてますか?」

 

恐る恐るといった風にルミネアが勇真に聞く。

 

もしそうだったらヤバイなんてレベルの状況ではない。で、ルミネアはその質問の答えが勇真の顔から垂れた冷や汗で簡単に分かった。

 

 

「……多分ね、これは何としても早急に英雄派を潰さないととんでもない事になる」

 

勇真は疲れたように天を仰ぐと。

 

圧縮空間から魔法薬を取り出し一気飲み、嫌々ながら徹夜の覚悟を決め探索魔法で英雄派のアジトを探し始めた。

 

 

 

 

 

 

 




あれ? チートvsチートの筈がレオナルドくんサンドバッグにしかなってないッ!?


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37話

すいません遅くなりました……ちょっと外道ルートにするか超外道ルートにするか迷いまして。


 

 

「……見つからねぇ」

 

疲れた呻きと共に勇真はベットに倒れ込んだ。

 

魔獣派の居城から撤退してから20時間。

 

アジトを飛び出し数百回の転移魔法と数千回の探索魔法で地球中を探し回った勇真だが、結局、英雄派のアジトを見つける事が出来なかった。

 

その為、彼は仕方なく疲れた身体を引きずり新アジトに戻って来たのだ。

 

 

 

「お疲れ様です」

 

そう言ってルミネアが魔法薬が入ったコップを差し出す、勇真はベットから身体を起こしコップを受け取ると一気に飲み干した。

 

「……ぷはぁ、ありがとう。少し疲れが取れた」

 

「どういたしまして、しかし、その様子では英雄派は見つからなかったよんですね」

 

「……うん、世界中探したけど影も形もなかったよ、これはもう地上じゃなく、冥界か他の神話体系の世界で更に異界を形成して隠れている可能性があるね」

 

「もし、そうだったらどうしますか?」

 

「今はお手上げ、もう異世界に逃げようか?」

 

「……冗談ですよね?」

 

そう言って白い目で見てくるルミネアに勇真は肩を竦めた。

 

「半分は本気、でも、まあ、まだ何とかなる。魔導人形作成と契約魔法が使えるのがゲオルク一人だけならまだ大した問題じゃない」

 

「そうですね、魔導人形は基本術者の力を分けて作る人形、ゲオルクさんのキャパシティーではそこまで強大な人形はつくれません」

 

魔導人形は特殊な方法を用いないかぎりは基本的に作り手よりスペックが落ちる。

 

それ故に技巧派のゲオルクが作った場合の単純スペックは勇真が作るそれより遥かに劣る事になるのだ。

 

「その通り、魔導人形を一度に使役出来る数は決まってるし、魔導人形を作る際は例え他人から魔法力を奪う契約魔法を併用しても一度奪った力を自分が保持しないといけないから、出来ても下位の最上級悪魔レベルが数体、いや、ゲオルクの場合はリスクを嫌ってむしろ力を奪って作る人形はあんまり作らないと思う」

 

「リスク、そんなのあるんですか?」

 

勇真の言葉に疑問を述べるルミネア。

 

彼女自身も魔導人形の知識を持ち実際に作成出来るのだが、力を奪ってからの人形作成で特にリスクがあるとは知らなかったのだ。

 

「リスクっていうか当たり前の事なんだけど、例えばゲオルクが他人から力を奪って人形を創ったとする、これが一回なら問題ない。ちゃんと自分が保持できる力の量で創られた人形だからね、でも、同じ事を数回して複数の人形を創ったする……この人形が同時に倒されたとしたらどうなる?」

 

「ゲオルクさんに力が……あ、そういう事ですか」

 

「分かったかな? そう、ゲオルクに力が戻る。で、戻って来た力を保持しきれなかったら内側からドカン、汚い花火となる訳だ」

 

「………あれ、それだと勇真さんも危ない状況なんじゃ」

 

そう言ってルミネアは壁際に座る三体の魔王級の人形を見つめる。

 

「そうだね、でも俺の場合は死なない様に計算された量だから大丈夫、偽赤龍帝の鎧という優秀な補助器具があれば俺の身体は5回のまでの倍化に耐えられたしね」

 

「へぇ、赤龍帝の鎧って倍化のアシストもしてくれるんですね」

 

「当然だよ、じゃなきゃ元の自分の数倍、それどころか数百倍とか数千倍の力に身体が耐え切れるはずないでしょ?」

 

「それもそうですね」

 

「で、話は戻るけどゲオルク1人がこの魔法を使うのなら良いんだけど、もし、多人数に教えていたら……ヤバいんだよなぁ」

 

勇真は疲れた様に頭を押さえる。

 

「でも、今はリゼヴィムのせいで英雄派の魔法を使える構成員も減っているのでそこまで気にしなくても良いのでは?」

 

「まあ、そうだけどね。でも、英雄派から他の種族、最悪は神族とかにこの魔法を知られて使われる様になるとねとんでもない事になるんだよね……最悪、数十体の高位神級の魔導人形が創られる可能性があるし……まあ、神族は元々桁外れな力を持ってる種族だから、今更得た新しい力に酔って変な行動を起こしたりはしないと思うんだけど」

 

「………なんにしても早めの対処が必要という事ですね」

 

「そうなるね、はぁ、ここからは先は戦闘ばっかになるなぁ、ルミネアも覚悟しておいてね、多分君も戦う事になる。情けない話だけどルミネアを守りながら戦う余裕がなくなりそうだ……それが嫌なら今から適当な異世界に送るよ?」

 

出来ればルミネアには戦って欲しくない。俺としてはそっちの方が安心と勇真は付け足したい。

 

それにルミネアは首を横に振り、強い決意を秘めた目で勇真の目を正面から見る。

 

「いえ、私も残って戦います。私なんかでも多少は戦力の足しになる筈です」

 

「……うん、その通りだ。確かに足しになる。今の君はキャパシティ限界まで魔法力を高めている。その魔法力は魔力換算なら間違いなく最上級悪魔に匹敵する。新たに得た神器も含めれば魔王とだって互角に渡り合えるだろう」

 

契約魔法で『魔女の夜』の構成員から奪った魔法力。

 

リゼヴィムの負の遺産による人類滅亡、それにより得た複数の神器。

 

そして、元々のエクソシストとしての経験と勇真によって与えられた多数の魔導知識と能力、これらを十全に使えば間違いなくルミネアは魔王級の実力を発揮出来る。

 

実際、戦闘訓練では偽赤龍帝の籠手なしとはいえ、勇真が秒殺出来ないレベルまでルミネアの実力は向上していた。

 

しかし、それでも勇真は不安だった。なぜならここから先は魔王レベル以上の敵が普通に出てくる事になるからだ。

 

「……本当に残るの? 確かに戦力の足しにはなるけど死ぬ可能性も高いよ? 俺的には逃げて欲しいんだけど」

 

「はい、残って一緒に戦います」

 

死にたくありませんが覚悟はあります。そう付け加え、ルミネアは強い決意を秘めた瞳で勇真を見る。

 

それに勇真は嬉しい様な困った様な微妙な笑みを浮かべた。

 

「………はぁ、分かったよ。でも命は大事にしてね」

 

「はい、もちろん勇真さんに助けていただいたこの命、大事に使わせてもらいます」

 

「バトル漫画とかでよくあるけど、そういう言い方は俺は好きじゃないな。聞いてて恥ずかしくなるし、俺が同じ立場だったら感謝はすれど逃げろと言われれば素直に逃げると思うよ」

 

「勇真さんは恩知らずなんですね」

 

「うあ、酷い……う〜ん、じゃあ、フィ、アルマ、ハルナス、お前達はルミネアの危険がないように彼女を守れ、俺の事は気にするな、最優先でルミネアを守るんだ」

 

「「「はい、了解しました」」」

 

そう言って壁際に座っていた魔導人形達が立ち上がりルミネアの側に侍る。

 

「ゆ、勇真さん? 幾ら何でも三人も私に着けるのは大袈裟じゃありませんか?」

 

それに勇真は首を振る。

 

「いや、正直これでも足りない位だよ。しばらく俺はルミネアの様子を見れなくなるからね」

 

「え? それって一体、ど」

 

 

 

 

どういうことですが? そうルミネアが言い終わる前に彼女の足元に巨大な魔法陣が現れる。

 

そして驚くルミネアを他所に魔法が発動、彼女と三体の魔導人形を勇真が修行中に見つけた安全な異世界へと転移させた。

 

 

「……ごめんね、本当に悪いんだけど、元々ルミネアには避難してもらう予定だったんだ。俺はね、たとえ強くても君には戦って欲しくないんだよ」

 

勇真は聞こえるはずない謝罪をルミネアにすると、虚空に魔法で映し出した立体映像を浮かべる。

 

そこには小型の白き龍皇と紫炎を纏った巨大邪龍キメラ、そして神滅狼フェンリルが冥界の各地で街を破壊する姿が映っていてた。

 

「…………」

 

その映像を勇真は真剣な表情で見る。

 

そして、この三大脅威と戦う悪魔達の戦力を比較し勇真は参戦する予定時刻を決めた。

 

 

 

「……あと、10時間くらいは保つかな?」

 

そう呟いて勇真はベッドにダイブ、目覚ましをセットして目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

裂帛の気合を込めて黄金の甲冑を纏った男ーーサイラオーグが、覇龍と化したヴァーリに拳を叩き込んだ。

 

響き渡る轟音、そのあまりの威力に覇龍の兜にヒビが入る。

 

しかし。

 

「ぐふっ」

 

お返しにそれ以上の威力の拳がサイラオーグに打ち当たり、彼は凄まじい勢いで殴り飛ばされてしまう。

 

超速で殴り飛ばされたサイラオーグはなんとか体制を立て直して足から着地、直後サイラオーグの着地地点の地面が吹き飛び巨大なクレーターが出来上がる。

 

それほどの威力で殴り飛ばされたのだ。

 

「はあ、はぁ、はぁ……フッ、パワー、スピード、魔力、何もかも上とは恐れ入る」

 

たったの一撃で膝をつく羽目となった自分に苦笑を浮かべるサイラオーグ。

 

彼の鎧は今の一撃で半壊している。

 

特に直接ヴァーリの拳が当たった箇所は酷い。そこは鎧部分が完全に砕け散り、砕けた破片が深々とサイラオーグの胸と腹に埋もれ、今も大量の血が流れていた。

 

『サ、サイラオーグ様、早く傷の手当をッ!』

 

サイラオーグの眷属悪魔にして彼の鎧たる神滅具のレグルスが焦った声でサイラオーグに告げる。

 

「問題ない、まだやれる」

 

だが、レグルスの忠告をサイラオーグは拒否、彼はふらりと立ち上がると、今も街で暴れるヴァーリを睨みつけた。

 

『し、しかし』

 

「狼狽えるなレグルス、獅子王の名が廃るぞ? そして見ろ、あの戦場を」

 

そう言ってサイラオーグはヴァーリの近くを指でさす。そこには今も必死に戦っている赤い龍帝の姿が。

 

「人間からの転生悪魔を戦わせて純血の上級悪魔が傷の手当で戦線を離脱するのか? このバアル領の上級悪魔たるサイラオーグ・バアルが?」

 

『…………』

 

「レグルス、忠告感謝する。お前の言っている事は戦略的に正しい……しかしな、意地があるんだ」

 

そう言ってサイラオーグは鎧を再生させると、全力で地を蹴り激戦地へと再び舞い戻っていった。

 

 

 

 

 

最初にヴァーリが暴れた北欧は最悪の結末を迎えていた。

 

白龍皇ヴァーリによりヴィーガルが殺害され、ラグナロクに死する運命だったフェンリルの予言が外れたのだ。

 

これによりヴァーリと共にフェンリルがアースガルズで暴走、ロキの陽動も相まってたった数日でアースガルズは滅ぶ事になる。

 

そして、ロキは数多の神々を喰い殺し更に力を増したフェンリルに、暴走し何もかも殺し尽くそうとするヴァーリを抑え込ませると。史上最悪のイタズラとしてフェンリルとヴァーリを冥界の別々の都市に転移させてしまったのだ。

 

 

で、そこに遅れて発動したリゼヴィムの忘れ形見の一つ、伝説級邪龍とキメラにされた神滅具使いのヴァルブルガが追加、更にこの機に乗じて目障りな三大勢力を潰してしまおうと三大勢力に恨みを持つ他の神話体系の神々が大量に攻め込んで来て、冥界文字通りの地獄と化してしまったのだ。

 

 

 

 

 

「悪いな兵藤一誠、少し外した」

 

「サイラオーグさん!? 大丈夫ですか!?」

 

「問題ない、まだまだやれる……奴は、封殺中か」

 

サイラオーグの視線の先には黒炎に包まれ、多数のラインで雁字搦めにされている白龍皇の姿があった。

 

 

『大丈夫かい? バアル大王』

 

「ギャスパー・ヴラディか、お前が白龍皇を止めているのか?」

 

『まあ、僕一人じゃなく匙とのコンボだけどね。この感じだと後1分は止められるからの今の内に回復させるよ』

 

その言葉と共にサイラオーグとイッセーは優しい光に包まれる。

 

ギャスパーの回復魔法だ。

 

ただし、普通の回復魔法ではなく遠距離からのモノである。

 

「……流石は魔神バロールの生まれ変わりと言ったところか? 視線を送るだけで回復も攻撃も思いの儘とは」

 

リアスは本当に良い眷属を持ってるな少し妬んでしまいそうだ。そう言ってサイラオーグは笑う。

 

「なあ、匙、ギャスパー、今の内に攻撃しちゃまずいのか?」

 

『今はやめてくれ、吸収力重視のラインと黒炎でパワーを吸ってるから、これで拘束出来てんのはギャスパーの時間停止のおかげなんだ、だからイッセークラスの攻撃なら余波で弾け飛ぶくらい脆い拘束なんだよ』

 

イッセーの問いに少し離れた位置にいる漆黒の鎧を纏った匙が答えた。

 

黒炎とラインを操る匙の周囲には凄まじい濃度の呪詛が渦向いている。まだ彼は禁手に慣れてない故に呪う対象を限定できていないのだ。

 

『僕もしない事をオススメする。停止が即解除される上、外から強力な障壁と時間停止、あとラインと黒炎で動きを止めてる訳だから攻撃してもあんまりダメージを与えられない、今はむしろ白龍皇から力を吸収して体力、魔力の回復を図った方が断然良いよ……と、そんなこと言ってる間にそろそろ時間だ。アレ相手に時間停止をするには少し力を溜めないといけない。次、時間停止を使えるのは3分後になるからそれまで頑張ってね』

 

ギャスパーの言葉が終わると同時に黒炎とラインが内側から弾け飛び、ヴァーリが自由となる。

 

匙が大量の力を吸収した筈なのだが未だヴァーリのオーラは絶大、イッセーとサイラオーグを足した軽く十倍のオーラを纏わせゆっくりとした動きでイッセー、サイラオーグに振り返る。

 

 

次の瞬間、死角から迫ったラインがヴァーリの四肢に絡みつき、彼の胸の中央に剛力と加速魔法陣で超々高速となったアスカロンが突き立った。

 

「「ハッ!」」

 

そして四肢拘束と魔弾の直撃で大きく体制を崩したヴァーリにイッセーとサイラオーグが同時に襲い掛かった。

 

止め処なく降り注ぐ拳打の嵐、匙が強固なラインでヴァーリの行動阻害とパワー吸収、更に凶悪な呪いの流し込み、サイラオーグが超威力かつ熟練の体技でヴァーリの体制を崩し続け、イッセーがラインの強度を『譲渡』で向上させながら、攻撃に転じようとするヴァーリの動きを潰していく。

 

 

拘束してボコる。

 

シンプルだが効果的な強者潰しの戦術だった。

 

これにヴァーリは何も出来ずにタコ殴りにされてしまう。だが、それでも最初のアスカロン以外でヴァーリに目立ったダメージは見られない。

 

せいぜい、鎧にヒビが入っているくらい、だが、それも一瞬で修復される始末だ。

 

 

まるで疲弊していない。

 

それがサイラオーグ、イッセー、匙、そしてギャスパーの感想だった。

 

幽世の聖杯でコストを支払いその上でフェニックス並の回復力を得た時間無制限の覇龍、これほど理不尽な存在は世界中を見渡しても両手の指で余る。

 

こんなものに立ち向かへとか完全に罰ゲーム、勘弁してくれと匙は内心で愚痴った。

 

「おい、ヴァーリッ! お前がしたかった戦いってこんなものになのかよ! 所構わず適当に暴れるのがお前のしたかったことなのかッ!?」

 

「…………」

 

『…………』

 

イッセーがヴァーリに攻撃を加えながら話し掛ける。それにヴァーリもアルビオンも答えない。いや、そもそも二人は今、意識がないのだ。

 

アルビオンはヴァーリが生き返った時から、そしてヴァーリはリゼヴィムが死んだ時からない。

 

だから、リゼヴィムに命じられたままに全てを破壊しようと動いているのだ。

 

だが、それはある意味幸運なことでもある。

 

彼等に意識がないからこそ、この戦いが成り立っているのだ。ヴァーリの意識がある状態で彼がやる気なら、勝負は一瞬で着いていた。

 

残念だが、それほどまでに今のヴァーリと四人のスペックには大きな隔たりがある。

 

それを理解しつつもイッセーは強い憤りを感じていた。

 

「くそッ! 簡単に操られやがってッ! お前、それでも最強の白龍皇なのかよ!? それで俺のライバルのつもりなのかよ!? 悔しかったらいつもみたいに挑発でもなんでも返してみやがれッ!!」

 

「…………」

 

「……本当に意識ないのかよ」

 

何も答えないヴァーリにイッセーはどこか寂しげに呟いた。

 

『時間停止の準備が出来た。10秒後に停止するからそれ以降は攻撃しないでくれ』

 

「…………分かった」

 

 

 

そして、10秒後、再びヴァーリの時間が停止する。それと同時に匙が黒炎をヴァーリに纏わせ、ラインの様式を拘束力重視から吸収力重視に変更、ラインをイッセー、サイラオーグ、ギャスパーにも繋げるとヴァーリがら吸い出した大量の力を譲渡し始めた。

 

『攻撃してみてどうだ? 言っちゃなんだが全然効いてないように見えるんだが』

 

匙がどこか不安そうにイッセーに話し掛けた。

 

「正直、効いてない」

 

イッセーは匙の問いに疲れた声でぶっきら棒に答える。

 

だが、それにサイラオーグが異を唱えた。

 

「いや、多少は効いている、だが、回復力が高過ぎてダメージとして残っていないだけだ。……ギャスパー、お前は能力の『停止』も出来ると聞いたのだが、あの回復力をなんとか出来ないか?」

 

『残念だけど無理だね。使い手がちょっと強い程度の相手なら停止する事も可能だけど、あのレベルの相手の能力を封じるのは不可能だ。むしろ、時間停止もあと何回出来るか分からない。慣れたのか知らないけどどんどん停止するのが難しくなってきた』

 

「神器取り出しは使えないか? 匙はアザゼル先生に聞いてやり方を知ってるんだよな?」

 

『出来るぞ、俺抜きでアレを三時間、身動き出来ない状態にしてくれればな』

 

「はは、出来れば3分に短縮してくれ、そしたら死ぬ気で羽交い締めにするから」

 

『……ごめん嘘、俺じゃあ神器取り出しは無理。多分アザゼル先生でも10分は掛かる』

 

「そのアザゼル総督は今どこに?」

 

『総督はシトリー領で、三人の魔王と共に悪神ロキ、神滅狼フェンリル、龍王ミドガルズオルム、死の女神ヘル、その他多数の高位魔獣と戦闘中だね。かなり押されてる様だから救援は難しそうだよ』

 

うわぁ、寝坊助ドラゴンが本気出してるよ。そうギャスパーは付け加えた。

 

「……詰んでるな、こっちも『覇龍』に掛けて短時間で決めるしかないか?」

 

「ならば俺も『覇獣』をしよう、二人ならばまだ倒せる可能性がある」

 

『おいおい、落ち着いてくれ、それはもう少し考えてからでも良いだろう。体力、魔力は今の所はヴァーリから吸収して回復出来るんだ、まだ焦る時間じゃない』

 

『匙の言うとおりだね、君達に今リタイアされると困る。それに敵は白龍皇だけじゃないんたよ? フェンリル組にヴァルブルガはもちろん、今冥界は聖書勢力が気に食わなかった多数の神に襲われてる。特についさっき参戦したゼウスとハーデスがヤバいねアレは完全に聖書勢力を潰す気だ』

 

そちらは魔王サーゼクスとその眷属が抑えているが、主神級二柱相手にいつまで持つか。そう、ギャスパーは言う。

 

「ゼウスって、前会った時は気の良いおっさんみたいだったぞ!?」

 

『はは、そんなの外面だけさ、ギリシャ神話を知らないのかい? あそこの神々は下衆の巣窟だよ……と、そろそろ停止が解ける。再開の準備をッ!?』

 

ギャスパーが驚きの声を上げる。

 

それと同時に虚空から巨大な鎖が出現し、ヴァーリを雁字搦めにして宙に張り付けた。

 

そしてヴァーリの背に一人の男が現れる。

 

 

 

 

「やあ、兵藤一誠、調子はどうかな?」

 

「あ、あんたは『与える者』ッ!?」

 

イッセーが驚きを露わにする。

 

こんな所で会うとは思わなかったのだ。

 

「そう、与える者だ、覚えていてくれて嬉しいよ」

 

相変わらず特徴が薄い与える者、しかし、纏うオーラは以前よりも遥かに強い。はっきり言ってヴァーリに近いレベルである。

 

「……何しに来た? まさか、お前も冥界を襲いにッ!」

 

イッセーが警戒した様に構える。

 

それに与える者は違う違うと、手首をひょいひょい動かして否定する。

 

「はは、まさか、私は平和主義者だ。そんな事はしないさ。私がここに居るのは契約者の君の危機を感じ取ったから加勢に来たんだよ」

 

そう言って胡散臭い笑みを浮かべると与える者はヴァーリの胸からアスカロンを引き抜いた。

 

そして、彼はその傷口がふさがる前に自分の右手をヴァーリの胸の中に突っ込んで神器取り出しの術式を発動する。

 

その行動にヴァーリが激しく抵抗、暴れるヴァーリによって頑強な鎖が大きく揺れた。

 

しかし。

 

「騒がしい」

 

その言葉と共に与える者は引き抜いたアスカロンを今度はヴァーリの顔面に突き刺さすと行動阻害の呪詛をたっぷりと流し込み、ヴァーリの動きを強制停止。

 

そこで匙とギャスパー、そしてイッセーが疑問を覚える。

 

与える者が使った行動阻害の魔法に見覚えがあったのだ。

 

だが、三人の疑問を他所に与える者は右手を起点に神器を抜き取ろうとする。

 

それにより凄まじい拒絶反応が巻き起こり、衝撃波が与える者に叩きつけられた。

 

だが、与える者はこの衝撃波を涼しい顔で耐えきり、更なる魔法力を術式に込める。すると、拒絶反応が消えヴァーリの胸から黄金の光が漏れ出した。

 

 

そして、与える者の右手をヴァーリの胸から引き抜く。そこには黄金の杯ーー『幽世の聖杯』が握られていた。

 

ほんの1分足らずの早業である。

 

『なっ!? そんなあっさりッ!?』

 

簡単に引き抜かれた神滅具に匙が思わず声を上げた。

 

「ん? そんな驚く事でもない。この聖杯は元から彼が持っていたモノではない。故に魂との結び付きが弱いんだ。だから簡単に引き抜ける……問題はここからさ」

 

そう言って与える者は圧縮空間倉庫に聖杯を入れると、もう一度神器抜き取りの術式を発動する。

 

今度は白龍皇の光翼を奪い取るつもりなのだ。

 

「ふふ、有用な神器だからなこれも『Divid(ディバイド)ッ!』む?」

 

与える者の言葉の途中に白銀の鎧が怪しく輝き言葉を発した。

 

それは半減能力の発動音、それに危険を察知した与える者が即座にヴァーリの近くから退避、同時に……。

 

 

 

『Divid Divid Divid Divid Divid Divid Divid Divid Divid Divid Divid Dividッ!!』

 

『「うおぉぉおおおおおッッ!!」』

 

ヴァーリとアルビオンが吼えた。

 

そして暴れるヴァーリの前に半減能力で強度を落とされたグレイプニルが砕け散る。それを見て与える者は小さく溜息を漏らした。

 

 

「はぁ、せっかく北欧で拾って来たグレイプニルを壊さないで欲しいな、まだまだ使い道があったのに、コレは弁償して貰わねば……あ、白龍皇の光翼をくれるなら弁償しなくても構わないよ?」

 

そう軽口を言う与える者に、ヴァーリは顔面に刺さったアスカロンを引き抜いてから答えた。

 

「グゥッ! …はあ、はあ、はぁ………フゥ、ふ、ふふふ、それは悪い事をした、だが弁償なら幽世の聖杯でお釣りが来るだろう?」

 

そうヴァーリが答える間に彼の顔面が修復されていく。完全に致命傷だったはずだが、まだ僅かだが聖杯の加護が残っていたのだ。

 

「いやいや、北欧最高の拘束具だよ? 全然釣り合わないさ、それに洗脳から解放してあげたんだから少しくらいサービス出来ないの?」

「恩着せがましいな。洗脳が解けたのは意図的ではないだろう?……とはいえその点は感謝している。だがやれないものはやれないな、どうしてもと言うのなら相手になるが?」

 

そう、好戦的な笑みを浮かべるヴァーリ。

 

それを見て与える者は呆れたような目をした。

 

「洗脳されて戦わされて、解放されても戦いを求めると、生粋の戦闘狂だね……おーい、兵藤一誠! 一緒にコイツをボコらない? 報酬は弾むよ?」

 

そう言って与える者は少し離れたイッセーに提案する。

 

それにイッセーはしばし無言で考えてから、ヴァーリをまっすぐ見て彼に質問を投げかけた。

 

「………ヴァーリ、お前はまだ冥界を襲う気はあるのか?」

 

その言葉にヴァーリは与える者を警戒しながらイッセーに視線を向けた。

 

「今はないな、むしろ俺は冥界を襲っている奴ら、特にフェンリルと戦いたい」

 

「その言葉、嘘じゃないな」

 

「ああ、嘘じゃない」

 

「………分かった信じる。与える者、俺は今、ヴァーリとは戦わない。どうしても戦いたいなら1人で戦うんだな」

 

イッセーの言葉に与える者は眉をひそめた。

 

「敵の言葉を簡単に信じ過ぎじゃあないかな? ……まあ、良いか、ではそちらの三人はどうだい?」

 

「俺は止めておく、それよりも他の襲撃者の対処がしたいからな」

 

『サイラオーグさんに賛成だ。白龍皇に戦意がないなら俺も早く会長達と合流したい』

 

『僕も手伝う気はないね…….そもそも幻術で姿を偽っている奴なんて信用出来ない』

 

ことごとく協力を拒否される与える者。

 

この状況に与える者は苦笑いで肩を竦めた。

 

「ふむ、嫌われたな。仕方あるまい、どうしても欲しいモノでもないからな今回は退くとしよう。では兵藤一誠、英雄派についてはくれぐれもよろしく頼むよ」

 

それだけ言うと与える者はイッセーの答えも聞かずこの場から転移で消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヒロインは退避させるもの!

ヒロインは戦わせるものじゃないんだ!

正直、好きな子が戦ってたらそっちに意識が行って上手く戦えないと思う。その点、イッセーは凄い、割と高頻度でヒロイン達をボコられてるけど意識がそっちにそれて隙を晒す描写がほとんど無いし、むしろ怒りでパワーアップする位だし。


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38話

超外道(勇者)ルートは回避されました。

つまり勇真の外道度が下がりました。




……まあ、相対的に見ての話なんですがね。


盛者必衰。

 

どんなに勢いがある者も、どうなに強大な力を持つ勢力も。遅かれ早かれいずれは朽ちて滅びゆく。

 

 

つまり、これはごく自然な事だったのだ。

 

 

 

 

《ファファファ、大したバケモノぶりじゃったが、流石にそろそろ終わりかのぉ?》

 

「ガハハハハ、我ら相手に良くやったよ!」

 

そう嗤う二柱の神ーーゼウスとハーデス、彼らは周囲に大量の死神と下級神を従えながら敗北者へと視線を送る。

 

 

敗北者は紅い髪をしていた。

 

敗北者は魔王の鎧を纏っていた。

 

そして、敗北者は滅びのオーラを纏っていた。

 

そう、敗北者とは最強の魔王、サーゼクス・ルシファー。彼と彼の眷属はこの二神と多数の軍勢の前に敗北してしまったのだ。

 

 

「ゼウス、殿。何故、冥界を襲ったッ!」

 

満身創痍、息も絶え絶え、地に膝をつきながらサーゼクスが苛烈な瞳でゼウスを睨みつける。そう、この冥界侵略はハーデスが主導で行った事ではなく三大勢力の和平に賛成を表明していたゼウスが起こした事だったのだ。

 

「ほう、まだそんな元気があったか、流石は超越者と呼ばれるだけの事はある」

 

口ではそう褒めつつも、ゼウスの表情は完全にサーゼクスを見下していた。

 

それに日頃の優しげな口調を投げ捨ててサーゼクスが叫ぶようにゼウスに問い詰める。

 

「答えろッ! なぜだゼウスッ!」

 

「ふん、悪魔風情がこのゼウスを呼び捨てとは不敬極まる……だが、まあ、答えてやるか。何故襲ったかだったな? そんなもの三大勢力を滅ぼすチャンスだったからに決まっておろう」

 

両手を広げ、心底サーゼクスを馬鹿にし態度を取るゼウス、それにサーゼクスは拳を硬く握り、血を吐く思いで質問を投げかけた。

 

「貴方自身の口から言ったはずだッ! これから協力体制で行こうと、そう約束したはずだ……自分の、自身の言った事も忘れたのかッ!?」

 

「ふん、魔術的拘束力のない約束など守るに値しないわ、そもそも儂が本気で三大勢力の和平に賛同していたと思っているのか? そう思っていたならば愚かとしか言いようがあるまい」

 

「……ッ!」

 

「儂はギリシャの主神だぞ? 悪魔の味方ではないのだ。当然悪魔ではなく自分の勢力の利益を追求する、それがトップのやる事だろ? ほれ、儂の行動に何か間違いがあったかな?」

 

そう言ってサーゼクスを嘲るゼウス。

 

彼の性格の良さが滲み出ていた。

 

《ファファファ、サーゼクスよ、お主やアザゼルは私がゼウスに逆らい三大勢力の和平を壊そうとしている、そう考えていたようだが、実際は全く違う。この兄使いの荒い弟が自身の冥界侵略の戦力集めの隠れ蓑にする為に私に頼んできたのじゃよ、目立った行動でお主らの意識を集中させてくれとな》

 

ここでハーデスがネタバラしをする。

 

今までハーデスが『禍の団』の英雄派と繋がっている、という情報がゼウスからもたらされていた。

 

そして、ハーデスを裁くために戦力を集めているとも言っていた。

 

それらは全てゼウスの罠だったのだ。

 

戦力を集めていたのは冥界を落とす為、そして、禍の団と繋がっているのは何もハーデスだけではなくゼウスも繋がっていたのだ。

 

「いやすまないな兄上、儂としては天使どもを煽って再び大戦に持って行こうと考えていたのだが、こやつらの結束が思った以上に硬くての、全くの嘆かわしい話じゃよ特に天使など神に創造された分際で無き神の意志に背くとは、異教の神ながら儂も聖書の神が哀れでならん」

 

そう言って楽しげに談笑するニ神、あまりの怒りにサーゼクスの目の視界が赤くなった。

 

「貴様らは、貴様らはッ!」

 

《ファファファ、もう喚くなコウモリよ》

 

「その通り、目障り故、即消えよ」

 

そう言ってゼウスとハーデスが両手に凄まじい力を収束する。ゼウスは眩いばかり神雷をハーデスは闇色の死呪を。

 

共に威力、効力は絶大、たとえ万全サーゼクスだろうと直撃すれば大ダメージは否めない超絶威力の攻撃である。

 

当然満身創痍で本来の姿すら保てない今のサーゼクスでは絶対に耐えられない攻撃である。

 

 

 

 

だが、避けるだけなら辛うじて可能だった。

 

 

 

 

 

後ろに魔王領がなければだが。

 

 

サーゼクスは最後の力を振り絞り、強固な魔力障壁を幾重にも作り出した。

 

そんなサーゼクスを見て嗜虐的にゼウスとハーデスは嗤うと、収束された力の一部を解き放ち、魔力障壁に打ち当てた。

 

この攻撃をサーゼクスは歯を食いしばって耐える。

 

それが面白いのかゼウスとハーデスは大笑いしながら少しずつ攻撃に力を込めていった。

 

 

《ファファファ、避けなくて良いのかな? 今ならまだ間に合うぞ?》

 

「ガハハハハ、健気じゃのう、健気じゃのう、命を賭して民を守るか」

 

「…………」

 

その二神の嘲りに必死のサーゼクスは言葉を返せない。

 

それが、つまらなかったのか、二神は出力を一気に上げてサーゼクスを一瞬で消し炭へと変えた。

 

超越者とは思えぬ呆気ない最期である。

 

《ほう、魔王領は守ったか、感心感心》

 

ハーデスがそう呟く。

 

彼の言う通り攻撃の射線上にあった魔王領に被害はなかった。

 

これがサーゼクス最後の意地の結果である。

 

 

「ガハハハハ、実に健気、そして実に愚かじゃ、ではのサーゼクス、お主が守った民は儂らが奴隷として扱ってやろう、ちょうど頑丈で寿命が長い奴隷が欲しかったのじゃよ」

 

そう言ってゼウスは周囲に侍る、下級神達に指示を出す。

 

「奴隷とする故、魔王領の民を捕まえよ」

 

《ファファファ、お前達も行け》

 

ゼウスに続きハーデスも死神達に同じ指示を出した。

 

「さて、兄上、取り分は儂が6で兄上が4で良いかな?」

 

《いやいや、何を言う弟よ、ここは苦労を掛けられた儂が6でお主が4じゃろ》

 

「えー儂が主神じゃし、ここは儂が6でよいじゃろ?」

 

《いやいや、ここは兄の顔を立てようと思わんか?》

 

「……むう、では儂が4で良い、ただし美女は全て儂のものだぞ」

 

《ファファファ、ならば7・3でなければ釣り合うまい……これを飲むならヘラには内緒にしてやろう》

 

「むむむむ、足下見るのぉ、いや、しかし」

 

 

二神のじゃれ合いは続く。

 

 

……これがサーゼクス最後の意地の結末だった。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、どこで狂っちまったのかねぇ」

 

アザゼルが、疲れたように呟いた。

 

自慢の人口神器の黄金鎧は全壊し、その右腕は肩口から消滅、脇腹には拳大の大穴が穿たれている。

 

そう、正にアザゼルは満身創痍だった。

 

満身創痍で撤退しているのだ。

 

「聞こえるかシェムハザ?」

 

アザゼルは撤退しながら信頼する親友に通信を入れる。

 

答えは即座に返ってきた。

 

『無事ですかアザゼル!? すぐ連絡を入れろとあれほど言ったでしょう!』

 

焦った声でシェムハザが怒鳴る。

 

よほど心配したのだろう。彼の声は掠れ若干何時もより高かった。

 

「ああ、悪い立て込んでてな。俺はなんとか無事だよ。で、それよりグリゴリの様子はとうだ? どっかから攻められてたりしないか?」

 

アザゼルは地上に降り立ち、怪我を人口神器で癒しながらシェムハザに問い掛ける。

 

『今の所は大丈夫です。どうやら襲撃は悪魔のみにされているようです……アザゼルはどの程度状況を把握していますか?』

 

その言葉にアザゼルは目を細め、安心した “様” に息を吐き出した。

 

「あんまり把握は出来てないな、俺の無事が確認出来てなかったって事はソッチも状況把握は出来てなんだろ?」

 

『ええ、ただ、知っているかも知れませんがギリシャ神話勢力が参戦しました。そして、魔王サーゼクスは……討ち死にです』

 

衝撃の事実にアザゼルが絶句した。

 

「…………マジかよ、じゃあ、四大魔王は全滅か? 俺の方も一緒に戦ってた魔王三人が戦死した。神滅狼フェンリル、龍王ミドガルズオルム、死の女神ヘルを道連れにな」

 

『ロキはどうなりました?』

 

「奴は生きてるよ、後フェンリルの子供二体もな」

 

で、俺は残ったロキ達から逃亡中。そうアザゼルは付け足した。

 

『それにしても四大魔王が全滅ですか………最悪の事態になりましたね、いや、でも貴方だけでも無事て良かった。貴方にまで死なれては困りますからね』

 

貴方が死んでは堕天使は終わりです。そう言ってシェムハザは笑う。

 

それにアザゼルは一瞬悲しげな表情をした。

 

「……はは、死なねぇよ、サーゼクス達には悪いが、これでも俺は堕天使のトップだからな、いくら協力体制とは言え悪魔の為に命までは掛けられねぇ、俺が命を賭けるのは堕天使がヤバくなった時だけだ」

 

『それで良いんですよ、トップとしては当然の考えです。では、転移の準備をします、貴方の座標を教えてくれますか?』

 

「ああ、分かった……所でさぁ」

 

 

 

 

 

「お前は誰だ」

 

アザゼルは静かに、だが強い怒気を込めて通信先に言い放った。

 

『はぁ? こんな時にいきなり何を言ってるんですか?』

 

「シラ切ってんじゃねぇよッ! 何がグリゴリは大丈夫だ、舐めてんじゃねぇぞッ! 知ってんだよ既にグリゴリが襲われてたなんてなぁッ!!」

 

誤魔化そうとする通信先の相手にアザゼルは怒りを露わに怒鳴り散らした。

 

それに通信先の雰囲気が変わる。

 

『………ふ、ふふ、ふは、ははははははッ! 失敬、失敬、ちょっと甘く見過ぎたな』

 

その声はシェムハザのものは違う若い男の声だった。

 

「誰だテメェは?」

 

再び問うアザゼル。

 

それに通信先の男? は不思議そうな声を上げた。

 

『ふむ、分からないか? お前は私をよく知る筈なのだが……いや、この場合分からぬのも無理はないのか? 以前よりかなり変わっているからな』

 

「知っている? 変わった? グダグダ言わず簡潔に言いやがれッ!」

 

曖昧な男の言葉にアザゼルがキレた。

 

『まあ、分からなければそれで良い。私は自ら名乗るつもりはないのでな、己が頭で考えよ』

 

「ふざけんなよッ!」

 

『ふざけんてなどいないさ。何でもかんでも教えてもらえると思ったら大間違いだ』

 

そう言って男は笑う。

 

そこで若干冷静さを取り戻したアザゼルが煮え滾る怒りを押さえ込み、努めて静かな声で問い掛けた。

 

「……じゃあ、一つだけ聞かせろ」

 

『ふむ、それくらいなら構わない。ただし、私が誰かは教えないぞ?』

 

 

 

「テメェは俺が死んだら堕天使は終わりだって言ったな……あれは事実か?」

 

外れても良い、むしろ外れろ! そう願いながらアザゼルは男の答え待つ。

 

 

しかし、現実は非情だった。

 

『おっと、気付いたか冴えてるな。その通り

さっきは無事と言ったがあれは嘘だ。グリゴリならば滅ぼした。現在生粋の堕天使の生き残り君だけだ』

 

男はなんでもない風に言う。それにアザゼルは目の前が真っ暗になった。

 

『ああ、あと、一つ。グリゴリにあった人口神器なる不出来なゴミはこちらで処分しておいた故安心せよ、それではなアザゼル、今度は通信でなく直接会うとしようか』

 

そう言って通信は切れた。

 

「…………」

 

アザゼルは無言で地を叩く。

 

虚しい轟音が周囲に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ、鬼の居ぬ間になんとやら、白龍皇の光翼は勿体無いなかったけど、第一目標を忘れてちゃあダメだよね、そう思わないですか? プルート」

 

《仰る通りです “ハーデスさま”》

 

冥界より更に下層、冥府に存在する荘厳かつ暗い雰囲気の神殿ーーハーデス神殿。

 

その神殿の最深部の封印の間、そこに最上級死神プルートの案内でハーデスと呼ばれた少年がやって来ていた。

 

もちろん、この少年は本物ハーデスではない。本物のハーデスは今、冥界に居るのだから。

 

「さて、プルート。この封印魔法の解呪方法、貴方は知っていますか? 知っていたら教えて下さい」

 

声に呪詛を潜ませて少年はプルートに問う。

 

《申し訳ありません、この封印はハーデスさまが掛けたもの故にハーデスさましか解呪方法知らず、私ではハーデスさまにお教えする事が……はて? 何かおかしいような?》

 

首を傾げるプルート、それに少年ーー勇真は微笑んだ。

 

「ふふ、何もおかしくはないよ。知らないなら良いんだ。ではプルート、君は少し眠れ」

 

その言葉と共に勇真は人差し指でプルートの額を突く。

 

次の瞬間、氷結封印が発動プルートは氷塊と化し意識を失った。

 

「さてと」

 

勇真は左手に装備していた偽赤龍帝の籠手を外すと氷結封印したプルートと共に圧縮空間に放り込んだ。

 

そして、勇真は偽赤龍帝の籠手を使用した際に溜まった体内の龍気を魔法で完全に消し去る。

 

これで準備は完了だ。

 

 

 

 

 

「初めまして、君を解放しに来たよ」

 

そう言って勇真は十字架に張り付けら、多数の拘束具で縛られたとある存在に声を掛ける。

 

 

最強最悪の龍殺しが、最強最悪の人間の手に渡った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




外道キャラばかり生き残り、原作キャラがボロボロ死んで行く……このSSはこれで良いのか?


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39話

お待たせしました(こんな駄文待ってない?)

時間はあったんですがどうも上手く書けずこのザマです。

……せめてシルバーウィーク中に更新はしたかったのですが。


「まさに波乱の時代だな」

 

曹操は冥界の映像を見ながら呟いた。

 

ゲオルクの魔法によって映されているのは悪魔、堕天使の存亡の危機である。

 

まさか、こうもあっさり滅亡寸前まで行くとは、そんな思いが曹操の胸の内に渦巻いた。

 

「ふふ、良かったではないか英雄が必要な時代だぞ」

 

そんな曹操をからかう様にバルパーが言う。曹操と同じ映像を見ているのに随分とアッサリした反応である。

 

それもそのはず、バルパーにとっては悪魔や堕天使の存亡など興味がないのだ。

 

彼に有るのはただ異常な聖剣への執着心。彼は自分が創り出した聖剣の力さえ証明出来ればどんな状況でもノープロブレムなのである。

 

そんなだいぶイカれた頭のバルパーに曹操は苦笑を浮かべ頭を掻いた。

 

「……はは、まあ、その通りではあるんだが、俺が想定していたより波乱の規模がでかくてね」

 

「英雄冥利に尽きるではないか」

 

「まあね」

 

「ふん、それで、行動目的は決まったのか?」

 

そう問うバルパーの視線は鋭い。

 

彼は戦闘訓練だけの日々に苛立ちを募らせていた。

 

どれくらい募らせていたかと言うと、口癖が「聖剣で斬らせろ!」になるくらい募らせていた。

 

そんなバルパーに対し、曹操は一度目を瞑ると、静かにだかはっきりとした言葉で英雄派の目的を告げた。

 

 

 

「俺、いや、俺たち目的は人類の救済、そう、今から俺たちは人類を復活させる事を目的とする」

 

「…………」

 

ちょっとドヤ顔で言う曹操。

 

そんな曹操をバルパーは胡乱な、ダメ人間を見るような瞳で見詰めた。

 

「…………あ〜、バルパー? 泣きたくなるから『え〜、今まで考えてようやく出した結論がそれ?』みたいな目を止めてくれないか?」

 

「そんな事は考えていないから安心しろ、戦い以外はまるでダメな奴だと思っただけだよ」

 

「なお、悪い! ……これでも色々と悩んだ結果出した答えなんだよ」

 

「はぁ、分かった分かった。それで結局戦いになるのだろう? 最初の相手は誰だ?」

 

どうでもいいから早く話を進めろ。

 

そんな態度のバルパーに曹操は青筋を浮かべた。

 

「……バルパー覚悟しろよ、ここからは激戦続きになる。しかも初戦から魔王級の敵だ」

 

「ふん、魔王級か望むところだ、ふははははははッ!それでこそ証明しがいがある。私の聖剣が最強だとなッ!」

 

 

曹操の話を聞きバルパーはテンションが一気に上がった。

 

その姿はまるで遠足前の子供。

 

子供と違うの微笑ましいか微笑ましいく無いかだけの差である。

 

「初陣が魔王級とか、普通は怒る所だと思うのだが……まあ、やる気があるのはいい事か、それでゲオルク、人類復活は可能なんだな?」

 

ここで曹操は予め目的を知っていたゲオルクに話を振った。

 

「ああ、莫大な力が必要だが理論上では可能だ」

 

「……勇真の目的も人類復活だったよな?」

 

「協力を求める気なら止めておけ、アレは敵を味方に付けるとか考えない奴だ。しかも、相当根に持つタイプ、一度殺すと決めたらあらゆる手を使って殺しに来る相手だ、その上、直接戦闘も異常に強いから最悪だ」

 

「ふむ、私は直接面識はないが、こいつの行動を見る限り、おそらく一時的に協力して用済みになったら背後から刺すタイプだな、絶対に手を組みたくない」

 

良くない提案をしそうな曹操をすかさず止めるゲオルクとバルパー。

 

息ピッタリの否定。

 

彼らの中の勇真像は極悪非道の下衆野郎らしい。

 

……まあ、概ね正解である。

 

 

二人の強い拒否に「あ〜やっぱりか」と意気消沈する曹操。

 

どうやら未だに曹操は勇真を仲間に引き込みたかったらしい。

 

「二人がそこまで言うなら仕方ないか、バルパーが言うと説得力があるしな……では勇真とは関わらない方向で行く。それでは二時間後、準備をしてゲート前に来てくれ」

 

そう言って曹操は会議室の椅子から立ち上がる。

 

そして、彼は不敵な笑みを浮かべ攻め入る場所を二人に告げた。

 

 

 

 

 

 

「ああ、そうそう、目的地は天界、先ずは救うべき人類の魂を準備しようじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気分はどうかな?」

 

勇真は自身のアジトで一人と男に話し掛けた。

 

「……悪くない」

 

男は身体の調子を確かめながらそう答えた。

 

長い黒髪に切れ長の赤い瞳を持ち、その背に6対の翼を背負う優男。

 

彼の名はサマエル、全ドラゴン最悪にして最強の天敵 “だった” 者である。

 

「それは良かった。呪い(コレ)を貰ったかいがあったよ」

 

そう言って勇真は魔帝剣グラムを見せる。

 

それを見てサマエルは顔を顰めた。

 

「そんなモノを欲しがるお前の気がしれんな」

 

「貴方にとってはそうでしょう、しかし、今の俺にはコレが何より必要だった」

 

そう言って勇真はグラムを優しく撫でる。

 

グラムの刀身は幾重にも巻かれたベルト状の拘束具で見えない。しかし、拘束具の僅かな隙間から漏れる黒いオーラはかつてのグラムが纏っていた龍殺しのオーラとは比較にならない程強大だ。

 

それもそのはず、グラムから放たれるのはサマエルに掛けられた聖書の神の呪い。究極の龍殺しの呪詛なのだから。

 

 

 

「……絶対ここで解放するなよ」

 

サマエルが警戒したように言う。

 

彼はこの呪いに耐性がある唯一の龍属性の持ち主である。

 

しかし、だからと言って受けたい呪いではない。第一、耐性と言っても死なないだけで食らうと死ぬ程の激痛を齎す呪詛なのだから。

 

「分かってますよ、早々このグラムを使う気はありません、もっとも呪いの方は薄めて普通に使いますが」

 

そう言って勇真は虚空に溶かすようにグラムを消し去る。

 

圧縮空間にしまったのだ。

 

「その程度ならば問題ない。それで、お前の目的は何なのだ?」

 

「ああ、言っていませんでしたね。人類の救済ですよ」

 

それを聞きサマエルは怪訝な顔をした。

 

「……………世界征服ではないのか?」

 

「いやいや、なんでそうなるんですか?」

 

心外ですね、と言う勇真。

 

それに続き、勇真の背後には居た二体のドラゴンもサマエルに抗議を入れた。

 

『サマエル様、勇真様は本気で人類救済を目指す素晴らしい方なのですよ』

 

『その通り、勇真様は素晴らしきお方です』

 

そう口にしたのは伝説級邪龍の二体、グレンデルとラードゥンだ。

 

……口調や性格に全く面影がない上、その身体がやけに赤い(・・)が確かにグレンデルとラードゥンだった。

 

「ほら、グレンデルもラードゥンもこう言ってますよ」

 

「………言わせているの間違いだと思うが?」

 

「違いますよ、二体とも心から言ってますよ、だよな、グレンデル? ラードゥン?」

 

『『その通りでございます』』

 

「……………」

 

この三者を前にサマエルは無言。

 

彼は哀れな者を見る目で変わり果てた二体のドラゴンを見つめ無意識の内に十字を切った。

 

嫌いな神の教えだが、サマエルはこれしか彼等に贈れるものがなかったのである。

 

そして、サマエルはつい先程、まだ、この身体から呪いを取り切る前に勇真が言っていた事を思い出した。

 

 

 

 

 

 

『逆らうの? お前達は所詮、代わりの居る駒に過ぎないんだよ?』

 

 

『反抗的な駒には記憶も感情も必要なし戦闘経験以外は削除削除っと♪」

 

 

『この呪いは素晴らしい、薄めて使えば強固な汚れ(邪龍の精神・記憶)も一発で良い具合に綺麗にできますね、しかも『支配』の力と相性抜群!』

 

 

『疲れた、使い過ぎは禁物か? しかし、幽世の聖杯、予想以上の性能だ。これを上手く使えば英雄派も魔獣派も容易く始末出来る……俺が手を下すまでもなくッ! ふふ、ふは、ふははははははッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

「やはり世界征服が目的だろ?」

 

確信を持って言うサマエルに勇真は苦笑した。

 

「もう、だからなんでそうなるんですか、人類の救済って言ってるじゃないですか」

 

「…………」

 

サマエルはそんな勇真を胡散臭そうに見た後、ため息を漏らした。

 

「はぁ……まあ、良い。それで人類救済の為にお前は何をするつもりなのだ?」

 

「天界に行って人間の魂を確保したら龍神を燃料に聖杯で人類を生き返らせるつもりです」

 

「またさらっと神をも恐れぬ所業を口にするな、それで俺の呪いを欲したか」

 

「はい、そうです。たまたま究極の龍殺しの噂を耳に挟みましてね、ふふ、まあ、龍神確保は念の為なんですが」

 

「念の為?」

 

「ええ、正直聖杯の性能を舐めてました。これなら複数の偽赤龍帝の籠手と併用すれば今からでも人類救済が出来そうです。なので取り敢えず試しに天界に行こうかなと思います」

 

そう言って転移魔法の準備をする勇真。

 

気付けばグレンデル、ラードゥン、サマエルの足元にも魔法陣が展開されていた。

 

「今からか? 随分と急だな」

 

「はい、出来る出来ないは置いておいて魂の確保だけはしておきたいんで、他勢力に天界を堕とされたら人間の魂がどうなるか分かりませんから、強い魂なら聖杯で簡単に探せますけど弱い魂は聖杯の探知能力に引っかからないんですよ」

 

「……そうか、しかし、良いのか? 聖杯は使い過ぎると使用者の精神と魂を蝕むのだぞ? 人類救済などすれば確実にお前の精神が保たないと思うのだが?」

 

「もちろん、その点は大丈夫です。俺が直接使うつもりはさらさらありません、ハーデス神殿で多数の死神を捕らえているので、彼等にやって貰います」

 

「……お前に捕まった者達は皆、哀れな事になるな」

 

「いえいえ、人類救済なんて素晴らしい偉業じゃないですか、そんな手柄を他人にあげるんですからむしろ感謝して欲しいですよ、あ、もちろんその死神の精神が壊れたら俺が聖杯で治すのでご心配なく」

 

でぇじょうぶだ、聖杯があればなんとでもなる。

 

そう言って笑う勇真をサマエルは白い目で見た。

 

「…………お前を見ていると聖書の神を思い出すよ」

 

それはサマエル最大級の称賛であり侮蔑だった。

 

そんなサマエルの視線に勇真は肩を竦めて笑う。

 

「ははは、神に似ているなんて光栄ですね、まあ、それはさて置き行きましょう」

 

その言葉と共に魔法陣が輝きを増す。

 

そして数秒後、勇真達は天界を守る大結界を無視して天界内部へと進入したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「俺は行くぜ……例え一人でもな」

 

静かに、だが強い決意を持ってイッセーが言った。

 

今回の複数勢力の同時襲撃で四大魔王全員が死に、レーティングゲーム上位陣の多くもヴァルブルガとの戦闘で亡くなった。

 

更に、襲撃して来た一つであるギリシャ勢力に魔王領及び殆ど全ての主要都市を強奪されてしまい、多くの悪魔達がギリシャ勢力の奴隷と化してしまう。

 

そして、その奴隷の中にはイッセーの大事な主人と仲間も含まれている。

 

それ故、イッセーは彼等の救出に向かう事を決意したのだ。

 

「俺も行くぜ」

 

そう言ったのは匙だ。彼も仲間と主人をギリシャ勢力に囚われている。

 

匙はイッセー同様仲間意識が強い。故に彼も高い危険が伴う救出を決意したのだ。

 

「本気? まさか二人だけで何とかなると思ってる? 十中八九死ぬよ」

 

ギャスパーがそう警告する。彼が言うようにまず二人で何とかなるとレベルではない。

 

だが、そんな事はイッセーも匙も分かっていた。

 

それでも二人は行く事を決意しているのだ。

 

 

「……ギャスパー、止めたって無駄だぞ?」

 

そう言って匙が神器を発動する。

 

最悪、ギャスパーを無力化してでも救出に向かうつもりなのだ。

 

しかし、そんな匙の前にイッセーが立った。

 

「兵藤?」

 

「ああ、匙、大丈夫だ、この感じはギャスパーも来てくれるらしい」

 

イッセーの言葉に匙は「え?」と驚いた顔でギャスパーを見る。

 

見られたギャスパーは途端に顔を綻ばせた。

 

「ふふ、バレたか、君達二人じゃ、仲間が何処に囚われてるかも分からないだろう? 僕も行くよ」

 

「助かる……でも、わざと勘違いする様に言うなよ」

 

イッセーがそうジト目で言う。

 

それにギャスパーは悪戯が成功した子供の様な笑みを浮かべた。

 

「良いじゃないか、君達の顔がまるでバンザイアタックを命じられた特攻部隊の様に強張ってたからさ、ちょっとその緊張を解いてあげただけだよ」

 

「……ありがとな、ギャスパー」

 

「そう、だな、確かに少し緊張が解けたありがと」

 

緊張し過ぎの自覚があった二人は軽くギャスパーに礼を言った。

 

「ふふ、どういたしまして。じゃあ、早速行こうか」

 

「お、珍しいな、割と慎重派なギャスパーが用意もせずに行こうだなんて」

 

「今がチャンスだからね」

 

「チャンス?」

 

ギャスパーの言葉にイッセーと匙は首を傾げた。

 

「ああ、丁度今、ヴァーリがギリシャ勢力に攻め込んでいる。向こうは良い具合に混乱してるよ、それに何故かハーデスが居ない。さすがにここから冥府の様子は見えないが、どうやら不測の事態で自身の神殿に戻っているらしい」

 

ギャスパーがそう言うとイッセーと匙の視界が切り替わる。

 

二人の目に映ったのはギリシャ勢力と戦うヴァーリだ。

 

ヴァーリは下級神相手に無双の戦い見せている。そして、そのヴァーリをゼウスが苦々しい表情で睨みつけていた。

 

「………確かにハーデスが居ないな」

 

イッセーがそう呟いた。

 

彼の言う通り、ハーデスがこの場に居ない。

 

「しかも死神の姿も全然無い」

 

「よほどハーデスにとって良くないことが起こったって事か?」

 

遠からず激突するだろうゼウスとヴァーリ。

 

オーラで判断する限り二人の力量はゼウスが若干ヴァーリより上に見える。

 

だが、ヴァーリはまだ覇龍ではない。

 

つまり、どちらが勝ってもおかしくはない、この状況に置いてハーデスが居ないのはおかしかった。

 

「ふふ、そういう事。さあ、急ごうじゃないか、ギリシャが慌てている内にね」

 

「ああ、で、みんなの居場所は分かってるのか?」

 

「舐めてもらっては困る。残りカスとは言え、これでもの魔眼のバロールの転生体だよ? もちろん、把握済みだ。幻術で隠してるけど、僕はどんな(・・・)幻術だろうと見破れるからね」

 

次の瞬間、再びイッセーと匙の視界が切り替わる。

 

見えたのはリアスとソーナが囚われた牢獄。更に視点が変わり今度はソーナ眷属がまとめて囚われた牢獄、その次が木場とアーシア。次の次がヴァレリーが囚われた牢獄だった。

 

ギャスパーにより何度も切り替えられた視界には全ての仲間たちの居場所が鮮明に映し出されている。

 

そして、そこまで辿り着く最短ルートさへも。

 

「うわぁ、千里眼に時間停止に能力停止、その上幻術看破とかその神器チート過ぎだろ!」

 

ギリシャの神々が張った結界をあっさり突破したギャスパーの魔眼に匙は戦慄する。

 

だが、日頃の訓練でギャスパーのチート能力には慣れっこのイッセーはただ笑みを浮かべギャスパーの行動を称賛した。

 

「さすがギャスパー、頼りになるぜ!」

 

「ふふ、褒めても何も出ないよ」

 

そう言いつつギャスパーは転移魔法陣を作り出した。

 

「さあ、行こうか……あ、そうだ赤龍帝、君に一つ聞きたいんだけど」

 

ギャスパーがイッセーの顔を真剣な顔で見る。

 

そんなギャスパーにイッセーは何故か嫌な予感がした。

 

「……なんだ? てかいい加減赤龍帝って呼ぶの止めろ」

 

「分かったじゃあ、イッセーと呼ぼう。それでイッセー……」

 

 

 

 

 

 

「宮藤勇真って知ってる?」

 

そう質問し、ギャスパーはイッセーの目を視る(・・)のだった。

 

 

 

 

 

 




次回はバトル? それとも協力? 勇真の心の広さが全ての鍵です(白目)


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40話

天界まで行きませんでした。英雄戦は次回!……か、次次回で。


「……ひどいと思いませんか?」

 

地面にのの字を書きながらルミネアは愚痴を口にした。

 

ここは地球とは違う世界。ぶっちゃけ異世界のとある天空島である。

 

空飛ぶ島に寂れた古城。まるでどこぞの天空の城の如く無人のこの場所にルミネアは強制的に転移させられてしまったのだ。

 

「そう仰らないで下さい。勇真様はルミネア様が心配なのです」

 

そう言ったのは金髪碧眼の少女ーー魔導人形のフィだ。

 

彼女は勇真が『魔女の夜』を潰した際に見つけた大量のフェニックスクローン、その一体に残りのクローン全ての魔力と『魔女の夜』構成員達の魔法能力を注ぎ込まれて創られた生体ベースの魔導人形である。

 

その実力は非常に高く、三体の魔導人形の中では最強であり、ルミネアもまだ彼女には勝ったことはない。

 

「それは、分かってます。でもフィちゃん、本人が残りたいって言ってるのに問答無用で異世界に送るのはちょっとひどいですよね?」

 

「ふふ、それだけルミネア様が大切なのですよ」

 

「……嬉しいんですが、私は残りたかったです」

 

ルミネアだって勇真が自分を大切にしているからこそ、異世界に自分を送った事くらい分かってはいる。

 

それでも彼女は人類救済を勇真一人に押し付けるのは嫌だったのだ。

 

「ええ、分かります。しかし、例えルミネア様が残っても……いえ、私達全員が残っても大した助けにはならないと思いますよ」

 

フィは悲し気に自虐を含んだ言葉を口にした。

 

フィ達魔導人形は強い、ルミネアだって弱くない。彼等は誰もが上位の最上級悪魔から魔王級の力を有しているのだ。

 

これで、弱いと言われるのはあまりにも理不尽な話である。

 

 

しかし、残念ながら勇真はその理不尽の塊だ。

 

彼は聖短剣と神器があれば魔王級と互角以上に戦える。魔法も有りなら無傷で圧勝出来る。そして、偽赤龍帝の鎧を纏えば主神級の相手だろうと余裕を持って勝利出来る。

 

 

そう、今の勇真はあまりにも強過ぎるのだ……他人の助けなど要らないほどに。

 

「そうですか? 悔しいですけど、私はともかくフィちゃんは残れば助けになったと思いますよ?……フィちゃんは強いですから」

 

フィの自虐にルミネアがフォローを入れる。ただ、ルミネアの表情はどこか拗ねた子供ように見える。

 

そんな彼女にフィは思わず笑みを浮かべた。

 

「ふふ、ありがとうございます。私も自分が世界的に見ても強い方だとは思っています。しかし、真のトップクラスの方々には遠く及びません」

 

「それでも、食らいつく事は出来るでしょう?」

 

「まあ、これでもフェニックスクローンをベースに創られてますからね、不死性だけなら勇真様以上だと自負しています」

 

薄い胸を張り、ちょっと誇らし気に言うフィ。

 

ルミネアはそんなフィを微笑ましく思うと同時にちょこっと嫉妬した。

 

「やっぱり、悔しいです……フィちゃんに勝てないのも」

 

「そうですか? でも正直。私とルミネア様の力量はそれほど変わりませんよ? いえ、攻撃の多彩さ、それに最大攻撃力もルミネア様の方が上の筈です」

 

「……その割には、私は一度も模擬戦でフィちゃんに勝ててませんが?」

 

「そこは耐久力の問題ですね、フェニックスと半仙人とは言え人間ではあまりにも大きな差がありますから」

 

「むぅ」

 

良いなぁ、といった目でフィを見るルミネア。

 

そんなルミネアにフィは困ったような頬を掻いた。

 

「そう焦らなくてもルミネア様なら訓練していけばきっと私に勝てる様になりますよ」

 

「……私は強くなりたいんじゃなくて、勇真さんの助けになりたいんですよ」

 

「では、今回は諦めましょう。きっと頑張っても間に合いません」

 

「ええ〜」

 

「ふふ、良いじゃないですか、時間ならまだまだありますよ? 人類救済の助けにはならなくてもその後の私生活で助けになれば良いじゃないですか」

 

「…………はぁ、そうですね、今回は諦めます」

 

そう言うとルミネアはのの字を書くのを止め、スッと地面から立ち上がる。

 

そして、彼女は真剣な表情でフィに向き合うと彼女の手を優しく掴んだ。

 

急に手を取られたフィの頬が僅かに蒸気する。

 

「では、次回の為に準備をしましょう! フィちゃん、ちょっと訓練に付き合ってくれませんか?」

 

「ふふ、次回が有るかは分かりませんが、それでしたらお安い御用です」

 

フィの答えにルミネアは満面の笑み浮かべる。

 

そして、二人は訓練の為に天空城の近くに浮かぶ浮遊島へと向かうのだった。

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

ちなみにそんな二人を寂しげに見ながら、アルマとハルナスの鎧コンビは警備の為に天空城でお留守番するのであった。

 

 

 

 

 

「うわぁ、これ俺の出番ないじゃん」

 

戦闘中にも関わらずイッセーはそんな事を口にした。

 

イッセーの目の前で展開されるのはもはや戦闘ではない。こんなものは単なる蹂躙だ。

 

そう、あんまりにも相性が良い匙とギャスパーのコンビネーションにギリシャの兵士達はただただ手も足も出ずに呪殺されて続けているのだ。

 

 

ギャスパーがその瞳を怪しく光らせた。

 

するとギリシャの兵達の動きが停まる。そこにすかさず匙のラインが伸びて兵士達に絡みつく。

 

そして、匙はヴリトラの呪詛で抵抗力を奪うとラインから魔力、生命力、血液を一気に吸収、3秒後には骨と皮だけになった死体の山の出来上がり。

 

で、匙は吸収した魔力と血液をラインからギャスパーに送る。そして、その魔力と血液を得てパワーアップしたギャスパーが更に強く能力を発動、今度の敵は睨まれただけで即死する。

 

で、ギャスパーが呪殺した死体に匙がラインを絡ませると、霧散する途中の魔力を根刮ぎ強奪。それを再びギャスパーに送り、更にギャスパーがパワーアップ。今度は透視と千里眼を用いて遥か遠くのギリシャ兵を呪殺した。

 

 

 

近場の敵を停めて力を奪いパワーアップ、そしてちょっと遠くの敵を呪殺してまた更にパワーアップ、最後はまだこちらに気付いていない遥か遠くの相手を一方的に呪殺してフィニッシュ。

 

もう、なんと言うか、RPGで雑魚敵相手にAボタンを連打するだけの完全に作業と化した戦闘だった。

 

あんまりにも2人が無双し過ぎるのでイッセーは少しギリシャ兵が可哀想になる。もう、そんなレベルの蹂躙だった。

 

 

 

「ははは、いい感じだ。思った以上に敵が弱い!」

 

「どうやら冥府の次はオリュンポスで問題が発生したらしいよ。高位神の多くが本拠地に戻って行ってる。ふふふ、これは案外悪魔全てを救出なんて事も可能かもね」

 

そう言って黒い笑みを浮かべる匙とギャスパー。呪いの連打でどうやら性格まで少し悪くなっているらしい。

 

「お前ら怖えよ!」

 

黒い二人にイッセーが涙目で喚いた。

 

しかし、イッセーの喚きに匙とギャスパーは何騒いでるんだコイツ? といった目を向ける。

 

「いや、何処がだよ、いつもしてる事だろ?」

 

ヴァーリ戦も同じ事したし。そうなんでもない風に述べる匙。

 

「うん、いつも通りの事だね、何をそんなに怖がってるんだい?」

 

匙に続きギャスパーもそう言って笑う。そんな二人の態度にイッセーは、あれ? もしかしていつも通り!? と自分の認識が正しいのか自信がなくなってしまった。

 

「……え、いや、なんか黒いし」

 

自信なさ気に言うイッセー。そんな彼を匙とギャスパーは冷めた目で見つめると、あからさまな溜息を吐き出した。

 

「はぁ、赤龍帝ともあろう者がなにを言ってるんだい、仲間を、それもヴァレリーを攫った相手だよ?……手心なんて必要なのかな?」

 

「そうだぞイッセー、こんな事に怖がってないで……ギリシャ共をさっさと殺して会長達を救い出すぞ」

 

そう言って尋常じゃない殺意を滾らせる匙とギャスパー。

 

ここでようやくイッセーは気付いた。

 

「(こ、この二人、冷静に見えてブチギレてるッ!?)」

 

この二人がマジギレしている事に。

 

どうやらこの二人、想像以上に、そしてイッセー以上に仲間を攫われた事に苛立っているらしい。

 

「どうしたんだイッセー?」

 

「何を黙ってるんだいイッセー?」

 

「い、いや、なんでもない。さっさとみんなを助けようか!」

 

「(な、仲間思いは良い事、だよな?)」

 

イッセーは内心で戦慄した。

 

そして何気に冷静な自分に、もしかして、俺って冷めた奴なんじゃ? と一人で勝手に落ち込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

『ウオォオオオオオオッッ!!』

 

雄叫びと共に50の顔と100の腕を持つ異形の巨神がヴァーリ目掛けて拳打の嵐を繰り出した。

 

それは正に拳の豪雨。

 

数えるのも馬鹿らしくなる拳撃は一撃一撃が大地に大穴を穿つ超威力である。

 

「フッ」

 

だが、ヴァーリはそんな攻撃を前に好戦的な笑みを浮かべると臆する事なく、真っ向から突っ込んだ。

 

彼は次々と迫る拳を紙一重で躱しながら直進する、途中、避けきれなかった拳に幾度か鎧を削られるもヴァーリは見事に拳打の豪雨を潜り抜け、巨神の胴体へと右ストレートを叩き込んだ。

 

次の瞬間、衝撃波が天地を揺らし、巨神の身体が宙を舞う。

 

『Divid Divid Divid Divid Divid Divid Divid Divid Divid Divid Divid Dividッ!!』

 

更にヴァーリは『相手に触れる』という条件を満たした半減能力を発動、一気に巨神から力を奪い取ると、その力をそっくりそのまま魔力弾に流し込んだ。

 

「終わりだ、ブリアレオスッ!!」

 

放たれたのは数百メートルはある超巨大な魔力弾。

 

そして、その魔力弾は天高く舞い上がっていた巨神に直撃、冥界中に響き渡る轟音と共に巨神を跡形も無く消し飛ばした。

 

 

 

 

「はぁはぁ……フゥ」

 

『大丈夫かヴァーリ』

 

神々との連戦に若干疲れを見せ始めたヴァーリ。そんな彼を心配しアルビオンが声を掛けた。

 

「大丈夫だ、問題ない。ふふ、疲れるという感覚は久しぶりだ」

 

リゼヴィムに聖杯を埋め込まれてからヴァーリは一度も疲労を感じた事がなかった。

 

神滅具の名は伊達ではない。最強の回復系神器たる聖杯はヴァーリに無制限の体力と限りなく不死に近い再生能力を与えていたのだ。

 

しかし、それも今は昔、勇真に聖杯を抜き取られたヴァーリは当然、疲労するし、頭か心臓を抉られれば絶命する。

 

そう、ヴァーリはそんな普通の生命体に戻ったのだ。

 

『疲れるのが嬉しいのか?』

 

「ああ、疲れないというのはどうも性に合わないようだ。あの頃はイマイチ戦っているという実感が持てなかったからな」

 

『明確に弱体化したのだぞ?』

 

「それでもだよ」

 

『……そうか、なら良い。だが、無茶はするなよ? 拳打の雨に突っ込んだ時は肝を冷やした』

 

「分かっている、さっきのは俺も少し無謀だったと反省していた所だ。まだ、少し不死性があった頃の癖が抜け切って居ないようだ。次からは気をつける」

 

『……本当だろうな?』

 

どこか疑うように言うアルビオン。それにヴァーリは苦笑いを浮かべ肩を竦めた。

 

「信用がないな、まあ、今までの事を考えれば当たり前か……さて、『美猴、アーサー、そっちはどうだ?』」

 

アルビオンとの会話を終えるとヴァーリは離れて戦う仲間の元に通信を入れた。

 

『こちらは大丈夫です。大した相手ではありませんので』

 

『なんだとッ! 貴様、このアレスに対し、ふべぇら!?』

 

先にヴァーリの通信に出たのはつい最近ヴァーリの仲間になったアーサーだった。

 

どうやら彼は優勢に戦いを進めているらしい、通信越しに敵神の悲鳴が聞こえるのが良い証拠だろう。

 

『流石だなアーサー』

 

『たまたま敵が弱かった、ただそれだけの事ですよ』

 

アーサーはヴァーリが強者狩りの時に戦った人間で、最強の聖剣と称される聖王剣コールブラントの所持者である。

 

その実力は凄まじく、ヴァーリが出会った当初から人類最強レベルの力を有していた。

 

しかし、それでも聖杯で強化されたヴァーリには及ばず、彼に敗れたアーサーは彼の配下に収まったのだった。

 

ちなみに、ヴァーリとの戦いで致命傷を受けた彼は、一度は死んでいる。だが、その実力を惜しいと思ったヴァーリが聖杯の力で復活させたのだ。

 

 

……もちろん、死亡前より強化した状態で。

 

 

 

『お、おう、アポロンと戦闘中だぜぃ、状況は、あぶねッ!? ……ちと旗色が悪りぃ』

 

アーサーから遅れること数十秒、次にヴァーリの通信に出たのは名も無き青年……ではなく、初代孫悟空の血を引く美猴だ。

 

彼はジークフリートの不意打ちで命を落とし、魂の状態で彷徨っている所をヴァーリに捕まえられ聖杯で復活した。

 

こちらも当然強化済み、だが、流石はオリュンポス十二神と言ったところか? 強化されてる美猴ではあるが、それでもアポロンに押されているらしい。

 

『分かった直ぐに行くから後2分持たせてくれ』

 

『おう、助かるぜぃ、だが、良いのかヴァーリ? お前ゼウスと戦いたがってただろう?』

 

『ああ、今回は諦める。残念ながら体力的にキツイ……それにゼウスは現在先客と戦闘中だからな』

 

『先客ぅ? 悪魔か堕天使にまだゼウスと戦える奴が残ってんのか?』

 

美猴が疑問の声を上げた。

 

彼の言う通り、悪魔にも堕天使にも、それどころか冥界全土を見渡しても既に大神ゼウスと戦える様な者は残って居ない。

 

 

だが、それは冥界に限った話である。

 

 

『戦ってるのは悪魔でも、堕天使でもない』

 

『へ、じゃあいったいどちら様よ?』

 

 

 

 

『ふふ、お間のよく知る初代殿だよ』

 

 

そう言ってヴァーリは激戦極まる二神の戦いを少しだけ見つめた後、急いで美猴の救援に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アレスもオリュンポス十二神だって? はっはっは、だからなんですか?


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41話

……なかなか天界まで行けない。


至大の雷が冥界の空を染め上げた。

 

ゼウスの神雷。

 

宇宙をも粉砕するというギリシャ最強神の一撃だ。

 

まあ、もちろんそれは誇張である。さすがのゼウスも宇宙を破壊するなどどうあがいても不可能だ。

 

だが、それでも個人で冥界を滅ぼす事は不可能ではない。

 

ゼウスとはそれ程の力の持ち主なのだ。

 

 

 

にも関わらず。

 

「さすがに老体には堪えるぜぃ」

 

その男は未だにゼウスの前に立ちはだかっていた。

 

斉天大聖・孫悟空。

 

西遊記で語られる世界的に有名な猿神である。

 

彼は天帝の命でゼウスの足止めを行っていた。その目的はゼウスをオリュンポスに帰さない事である。

 

現在、釈迦天は世界の覇権を握る為、主神不在で大幅に防衛能力が落ちたオリュンポスを攻め行っているのだ。

 

欲深いと言うことなかれ、どの勢力も大なり小なり世界の覇権を握りたがっている。ただそれだけの事、それ故に釈迦天はオリュンポスを攻めるのだ。

 

 

「そこをどけッ! クソ猿ッ!!」

 

「ふふふ、それは出来ぬわいのぉ」

 

「そうか……ならば死ねッ!」

 

怒りを露わにゼウスが叫んだ。

 

ゼウスは大量の神雷を作り出し、それを悟空に放つ。

 

放たれた数千の雷弾は水面を泳ぐ蛇の様に、生物的な動きで孫悟空に迫る、追尾式の雷撃だ。

 

雨あられと降り注ぐ雷撃の弾幕。そこに避ける場所などないし、例え避けれたとしても追尾する、オマケに威力は一つ一つが馬鹿げた威力。

 

そんな理不尽極まりない攻撃を前に悟空はふっと笑みを浮かべた。

 

「おいおい、追尾ってのは扱いが難しいんだぜぃ、上手くやらんと力の無駄だ」

 

悟空がそう言うと、彼に迫っていた雷撃が彼を追う軌道から逸れていく、そして、雷弾が逸れた先にも “悟空” が居た。

 

それは悟空が予め作っていた分身の一体、彼は仙術で自身の存在感を薄める事により、雷弾に分身を悟空と認識させたのだ。

 

そして、数千の雷撃が分身(デコイ)に着弾、間抜けな轟音を冥界中に響かせた。

 

「チッ、小賢しいマネを」

 

「ハッ、そう言うお前さんは大雑把じゃの、頭が回るのは浮気の時だけじゃい」

 

「フン、ならばこれはどうだ」

 

ゼウスがクイッと人差し指と中指を揃えて天に向ける、次の瞬間、悟空を中心に直径数千メートル、F6を軽々と超えたトルネードが発生する。

 

更にゼウスが指を鳴らすと、トルネード内に凄まじい雷が発生、更に炎も巻き起こり、トルネードは雷走る火炎旋風へと姿を変えた。

 

魔王とて灰塵と化す超範囲の殲滅攻撃だ。高位の神でも炎と相性が悪い者なら数秒で焼かれ死ぬだろう。しかし、悟空は八卦炉に49日間入れられて生き残った実績を持つ。

 

この攻撃では決定打にはならない。

 

故に駄目押しにもう一つ攻撃を準備する。

 

ゼウスの全身から凄まじい神力が迸り、それ全てが右手に収束、彼の右手に極大の雷槍が形成された。

 

それは先の追尾雷撃を全て足してなお上回る極大威力超攻撃。

 

ゼウスが誇る必殺の一撃だった。

 

「消し飛べッ!雷霆(ケラウノス)ッッ!!」

 

狙いを定め、解き放たれは神槍が大気を貫き雷速で走る。

 

風で動き縛り、炎で視界を塞がれ、飛び交う雷で軌道を悟れない、もちろん結界機能も備えてあり転移は不可能、そんな状態の悟空に迫る必殺の神滅の雷槍。

 

それは正に絶対絶命のピンチだった。

 

 

しかし、そこは孫悟空、天帝をして釈迦如来に泣きつくより他はなかった猿神はそんじょそこらの高位神とは格が違う。

 

悟空は結界外の分身と視界を共有、ゼウスの動きを見切ると、永きに渡る戦闘経験により培われた慧眼で神槍の着弾点とタイミングを完璧に予測した。

 

そして、悟空は全闘気を集中させた如意棒の石突きで雷速の神槍を弾き逸らし、雷霆で空いた穴から飛び出した。

 

恐るべき技の冴え、それは正しく神技であった。

 

 

 

 

 

だが、神技を使えるのは何も悟空だけではない。

 

何せこれは神対神の戦いなのだから。

 

お返しだとばかりに今度はゼウスが悟空の動きを先読みする。彼はこの展開を予知していたのだ。

 

つまり先の雷霆は囮である。

 

ゼウスは大技を凌ぎ、僅かに緩んだ悟空の心の隙を見事に突き、分身の死角を通り神速で移動、彼の背後に回り込むとその手に持つアダマスの大鎌を全力で振り下ろした。

 

「ぬぅ!?」

 

その一撃を悟空は直感だけで反応し受け止める。しかし、不十分な体制とゼウスのあまりの剛力に苦悶の声が口から漏れた。

 

「ガハハハハッ! 防いだか、やりおるわ」

 

「おいおい、ここは挑発に乗って力技で行くところじゃろ? 大神が小細工使うなよ」

 

「儂は戦術が得意な賢い主神じゃからな、当然、小細工も使うわい」

 

「ハッ、お前さんが得意なのは戦術じゃのうて、弱みに付け込む事じゃろうッ!」

 

鍔迫り合いの状況から孫悟空が如意棒を傾けアダマスの鎌を受け流す、顔面スレスレを通った鎌に悟空の体毛が僅かに切られ宙を舞った。

 

「フッ!」

 

「セイッ!」

 

そこから二人は瞬時に体制を立て直すと同時に攻撃に移る。

 

魔王領の上空で二神の武具が交差した。

 

刹那の間に幾度も放たれる攻撃は一撃一撃が山河を砕く超威力。両者が避けた攻撃の余波で都市のビル群が崩壊し、大神を見守っていた下級神が次々と消滅していった。

 

「避けるな、味方に当たる」

 

「ふん、それが嫌なら雑魚は下がらせな」

 

軽口を交わしながらも目敏く互いの隙を探す悟空とゼウス。両者の実力は拮抗している様に見えた。

 

しかし。

 

「(不味いのぅ)」

 

この現状に悟空は僅かな焦りを感じ始めていた。

 

戦いは拮抗している。これは間違いない。だが、実力まで拮抗しているかと言うとそうではないのだ。

 

両者の戦闘力を比較するとゼウスの方が悟空より確実に上だった。

 

流石はギリシャの主神と言ったところか? 技量と技の多彩さを除き、パワー、スピード、耐久力、その他全てでゼウスは悟空を上回る。

 

今、戦いが拮抗しているのは悟空が持久力度外視で全力を尽くしているからに過ぎない。

 

それがゼウスにも分かったのだろう彼は神らしからぬ邪悪な笑みを浮かべ悟空への攻勢を強めた。

 

鋭い斬撃に加え高出力の神雷が悟空を襲う、悟空は斬撃を刺突で逸らし、雷撃を仙術で防ぐ、だが、自力の差か、少しづつ防ぎきれなくなっていく。

 

「そら、そら、そらッ! どうした石猿ッ! そんなものか? その程度で天にも等しと名乗るのは少々驕りが過ぎるのではないか?」

 

「ふん、その石猿を押し切れぬ天空神に言われとうないわぃ!」

 

そう言い返すも悟空が不利なのは事実である。拮抗していた戦いもゼウスの激しい攻勢にどんどん劣勢へと追いやられ、今では攻撃を防ぐ事で手一杯になりつつあった。

 

このままでは不味い。

 

悟空は流れを変えるべく戦法を変えた。

 

悟空はゼウスの猛攻を冷静に観察すると、優勢になり僅かに乱れた斬撃を見切り、如意棒でアダマスの鎌を跳ね上げる。

 

そして、そのままゼウスに激しい炎を吹き掛けた。

 

「うおッ!?」

 

顔面に灼熱の炎を受けたゼウスが僅かに怯む。

 

それを機に悟空は攻勢に転じた。

 

一瞬千撃、仙術による身体強化を速度に極振りした悟空の超々高速のラッシュがゼウスの身体に突き刺さる。

 

だが、ゼウスが受けるダメージは軽微だった。

 

この連撃に重さはない、当然だ。これはあくまで速度重視、威力度外視の連撃である。腰が入りきらない突きの連打などゼウスからすれば小石がが当たる程度のダメージでしかない。

 

しかし、それで良いのだ。この連撃はゼウスを倒す為に放っている訳ではないのだから。

 

 

「ガハハハハ、無駄だ、この様な軽い攻撃、何億打とうが儂は倒れんぞッ!」

 

「ハッ、別に倒すつもりなんてないわい、儂が天帝に言われたのはお前さんの足止めじゃからな」

 

「ぬッ!?」

 

悟空の言う通り、この連撃は足止めが目的だ。

 

攻撃力が低い分、体力の消耗が抑えられる。そして、高い威力こそないが、絶妙なタイミングで放たれる如意棒がゼウスの攻撃に移る動きを尽く潰していく。

 

この展開は急いでオリュンポスに行きたいゼウスからすればかなり不味かった。

 

 

「こ、このクソ猿がッ! 勝ちを諦め足止めに徹するつもりかッ!!」

 

「最初から言ってんだろ、儂の目的はそれだと」

 

ゼウスは体制を立て直す為に一旦悟空から離れようとする。

 

しかし、悟空はそれを許さない。彼は先ほどゼウスに斬り飛ばされた “毛” を用いて分身を作り出す。力は弱いが悟空の技量を完璧に反映した分身が巧みな棒術と仙術でゼウスの動きを阻害する。

 

そして、四方を悟空に囲まれたゼウスは、そのままは何も出来ない状態で全身を打たれ続けたのだった。

 

 

 

 

 

「会長、お怪我はありませんか?」

 

そう、匙がソーナ・シトリーに伺う。

 

最初の救出作戦は無事成功、イッセー達はリアスもソーナを無傷で奪い返した。

 

これはギリシャが監視者の人数を減らす為に、出来るだけ一纏めにして監視していた故に割と短時間で救出が出来たのである。

 

リアスとソーナが別々の場所に入れば救出にはもっと時間が掛かっただろう。

 

 

「大丈夫です……ありがとう匙、本当に助かりました」

 

「ッ! 会長の眷属として当然の事をしたまでですッ!」

 

無事ソーナを助け出せた喜びと、その彼女に礼を言われた事により、匙は感極まって涙ぐんだ。

 

そして、匙とソーナの隣ではイッセーとリアスが似た状況になっている、まあ、こちらは匙達より少しばかり情熱的だが。

 

「そろそろ良いかな?」

 

そんな四人に少し冷めた態度でギャスパーが言う。彼もリアスを無事救出できた事を喜んでいる、だが、まだ仲間全員を助け出せた訳ではない。

 

何よりギャスパーは早くヴァレリーを助けに行きたいのだ。

 

「ええ、そうね、ギャスパー、あなたも」

 

しかし、何を勘違いしたのか、リアスはイッセーを離すと今度はギャスパーに抱き着いた。

 

どうも、リアスはギャスパーの言葉を「早く僕も抱きしめて」と認識したらしい。

 

イッセーが羨ましそうにギャスパーを睨む、それにギャスパーは溜息を漏らした。

 

「はぁ、まあ、少しくらいなら良いか……本当に無事で良かったですよ」

 

ギャスパーは渋々抱擁を受け入れると、小さく苦笑いを零すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減にしろッ!!」

 

 

長らく攻撃に晒され続けたゼウスが吼えた。

 

身体は傷つかずともプライドは傷がつく。

 

「ヌゥオオォォッッ!!」

 

本気でキレたゼウスは悟空の攻撃を無視して神力を溜め込む、そんな防御を捨てたゼウスに悟空は攻撃力重視に切り替えて連撃を打ち当てた。

 

しかし、ゼウスはそれさえも無視、彼は臨界まで高めた神力を雷に変換、全方位に解き放つ。

 

「消えろクソ猿ぅゥゥッッ!!」

 

ゼウスから放たれた絶大威力の神雷に悟空が弾き飛ばされた、更にゼウスの攻撃はこれだけに留まらない。

 

蜘蛛の巣の様にゼウスから放出された雷が天を埋め尽くすと、そこに雷雲が形成される。

 

雷雲の中で一気に力を増す神雷。

 

そして、ゼウスは天に掲げた両の手を勢い良く振り下ろす。

 

瞬間、雷雲から放たれたのは大瀑布の如き神雷だった。

 

荒れ狂う神雷が全てのモノを焼き尽くす。

 

山河は元より強固に作られた冥界都市を、囚われた悪魔達を、そして味方の下級神達を一挙に消滅させた神雷はそのまま勢いを衰えさせることなく地面に激突、直径数十kmの冥府まで続く巨大な穴を作り出した。

 

 

 

 

「はあ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

流石のゼウスもあの攻撃には多くの力を裂かれたのだろう、纏う力が大きく減じ、激しく息を乱している。

 

「はあ、はあ……あのクソ猿めッ」

 

ゼウスが血走った目で大穴を見下ろした。

 

なぜすぐにオリュンポスに行かないのか? それはもちろん悟空にトドメを刺す為である、そう、悟空は生きている。ゼウスはそれを確信していた。

 

何故ならゼウスは見たのだ、神雷が当たる直前、悟空が強固な結界を張ったのを。

 

如何にゼウスの雷が強かろうと、先の攻撃は超々広範囲に放ったモノ、拡散する分威力は落ちる。つまりあの猿神を仕留めるにはいささかパワー不足だったのだ。

 

「…………」

 

無言で探索魔法を使うゼウス、その探索網に一つの反応が引っかかる。

 

大穴の底に生命反応あり、この特徴的な闘気は孫悟空のモノに相違なかった。

 

「……ふん」

 

ゼウスは鼻を鳴らし、宙を踏みしめる。

 

彼は地を蹴る様に加速、数秒で穴底までの到達すると、音も立てずに地に降り立った。

 

目の前には如意棒を支えに立つ悟空。その姿は完全に満身創痍である。

 

そんな悟空を見てゼウスに酷薄な笑みを浮かべた。

 

「クックック、好い様だな、孫悟空」

 

「……ふん、何が戦術が得意じゃ、こんな大味な攻撃なんぞしおって」

 

吐き捨てる様に言う悟空、ただし、その言葉に力はなかった。

 

「そいつは悪かったな、まあ、素直に褒めてやろう、お前は強かったよ、儂が今まで戦った中でも五指に入る」

 

「ふん、そいつはどうも」

 

「ガハハハハ、存分に誇るが良い……さて」

 

ゼウスは両手でアダマスの釜を持つと上段に構えた。

 

終わらせるつもりだ。

 

「儂を始末する気か? はは、そいつは欲張りだなぁ、儂を倒しただけで満足すれば良いものを、欲を張ると破滅するぜぇ?」

 

弱々しい言葉を発する悟空、その姿はまるで死期を悟った老人の様である。

 

「ふん、それは体験談か? だが、生憎と儂はお前と違う」

 

「そりゃそうだ、儂とお前さんは違う、儂の場合は更生したが、お前さんは無理だろうからな」

 

「……何を言っている?」

 

「つまり “次” が有るか無いかの話だ」

 

 

 

 

「HAHAHA! そういうこった」

 

その声にゼウスは驚愕、声の元から横っ跳びに距離を取った。

 

「遅いわい、天帝」

 

「ハハハハハハハハッ! 悪ぃ悪ぃ、まさか天下の孫悟空さまがそんなンなってるなンて知らなくてYO!」

 

そう言いながら天帝ーー帝釈天が悟空にフェニックスの涙を放り投げた。

 

「助かった、圧縮空間ごと焼き払われてしまっての、危うく本当に死ぬところだったわい」

 

悟空はそれを即座に受け取り自分に使う。

 

これで悟空の負傷が全快した。

 

「しかし、ソッチの命令で頑張った儂に嫌味とは、相変わらず性格悪いのぉ」

 

「そう言うなよ、助けてやったんだからさ、てか、その前にお前はお前が今までしてきた事を許した俺の懐の深さに感謝しろ………さて、ゼウス、準備はOK? お前も今の間にこっそり回復薬使たよなァ?」

 

「……オリュンポスはどうした? まさか、もう堕としたのか?」

 

ゼウスは回復薬の空ビンを、捨てながら鋭い視線で帝釈天を睨む、それを見て帝釈天はニンマリと口の端を釣り上げた。

 

「いんや、安心しろまだ墜とせてねェよ。だが、先にタルタロスに行ってお前のお父さま達を解放してやったZE、この意味分かるよなァ」

 

「……業突く張りのクソ仏が」

 

「ハッ、お前に言われたくねェな、欲張り大神、さあ、第二ラウンドと行こうか、まあ、今度は一対一じゃないけどYO!」

 

「フン、二対一でも儂は負けんぞ?」

 

「確かに負けちまうかもなァ、お前が万全だったらよ」

 

「…………」

 

帝釈天の言葉にゼウスは無言となる、心なしかその顔は青い。

 

「その様子だと、体調悪りぃンだろ? 分かるぜ、悟空は割とえげつねェからな、コイツ、強い癖に小細工が好きでYO、お前、効かないからってコイツの攻撃しこたま食らってたよなァ」

 

「見てたなら助けろ」

 

悟空がチャチャを入れる。

 

「……仙術か」

 

「そういうこった、傷は回復出来ても身体の気の流れは中々治らねェンだよ、仙術の強みだ……あとなかんちがいすんなよゼウス、だれが二対一って言った?」

 

その言葉と共に複数の神格がゼウスの周囲に現れる。

 

現れたのは持国天・広目天・多聞天・増長天の四天王、そして哪吒太子いずれも劣らぬ高位の神達だった。

 

「さて、勝負と行こうか大神ゼウス、HAHAHA! 悪りぃがこっちは7人がかりだけどなァ」

 

「…………………」

 

 

 

 

これにて決着、この日、また一柱神がこの世界から神が消えた。

 

誰が消えたかなど聞くまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 




どっかの主神がログアウトしました。


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42話

ラスボス降臨。


「……おかしいな」

 

そう、不審そうに与える者ーーに扮した勇真が呟いた。

 

そんな勇真に十数体の天使が同時に襲い掛かる、そのいずれも10枚羽、つまり、セラフィムに近い力を持った天使なのだ。

 

まあ、だからどうしたという話だが。

 

「ーーふっ」

 

鋭い呼気と共に勇真の腕が消える、いや、消えた様な速度で動く……少なくとも天使達には見えない速度で。

 

そして、消えた手に持たれた聖短剣と魔帝剣が天使達の四肢をバラバラにし、その胸元に大きく切り裂いた。

 

殺さず、それでいて戦闘不能になるような絶妙な手加減(再起可能とは言ってない)である。

 

凄まじいが、当然の結果だ。この程度の相手、今の勇真からすれば雑魚に等しい。例え千体来ようと鎧袖一触、無傷で倒す事が可能だろう。

 

 

だが、それは良い、それは良いのだ。

 

勇真が不審に思ったのはそこではないのだから。

 

地に堕ちた天使達が、手足の再生を始める。まるでトカゲの尻尾の再生映像を早送りにしたような回復力ーーこれが明らかにおかしかった。

 

 

「…………」

 

無言で指を鳴らす勇真、それを合図に、勇者がつけた傷口から凍りつき氷像と化した天使達、勇真が良く使う氷結封印だ。

 

「……ねぇ、サマエルさん」

 

勇真は前を向きながら同行者の一人、サマエルに問い掛けた。

 

「……なんだ」

 

「天使ってこんな再生能力持ってましたか?」

 

「持ってなかったな」

 

「……そうですか、じゃあ、もう一つ、知ってたら教えて下さい」

 

 

 

 

 

 

「今の天界ってこんなに戦力豊富でしたか?」

 

勇真はそう言って天使の軍勢を睨みつけた。

 

ここは天界の第一階層、俗に言う第一天。

 

第一天は七階層ある天界において前線基地の役割をしている。軍勢が居るのは至極当然の事であり、その数が10万を越えようと不思議はない。

 

問題はその “質” だ。

 

本来、軍勢の大半を占める筈の下級天使、それが何処にも居ないのだ。

 

天使達全員が例外なくが6枚羽以上、そして、中には12枚羽の天使もちらほら……どころか軽く数十は混じっている、それはもう、あり得ない戦力だった。

 

 

 

「最近の事は知らん、だが、戦争前の全盛期と呼ばれる頃でも、この数の高位級天使が第一天に居ることはなかった……しかし、それよりおかしいのはこいつらが生まれたての天使だという事だ」

 

「生まれたての?」

 

「ああ、間違いない、この意思が薄そうな瞳は創造されて直ぐの天使特有のものだ」

 

なるほど確かに。勇真は天使達の目を見て納得した。ガラス玉のような、寝ぼけているようなその瞳には強い意志があるようには見受けられない。

 

まるで、喜怒哀楽が薄い赤子の目だ。

 

「しかし、神が消滅して純粋な天使は生まれなくなったはずでは?」

 

「その通りだ。だが、例外は何時でも起こる。それに方法がないわけでもない。例えばお前が持つ『幽世の聖杯』などを使えば可能だろう、もしかしたら人類滅亡により新たな神滅具級の創造系神器が発見され、それを天使が使っているのかも知れんな」

 

『幽世の聖杯』しかり『魔獣創造』しかり、創造系の神滅具は笑えない戦力を創り出す、使い手次第では、それこそ、個人で一つの勢力を殲滅出来る軍勢を創り出す事さえ可能だった。

 

「なるほど、チート神器ですか、十分あり得る可能性ですね面倒くさいーーしかし、まあ、ラッキーですね。超強い数体の天使を作るのではなく、雑魚を大量に創ってくれたのは有難い」

 

「……雑魚、か。高位の天使、それも熾天使級も混じっているのだが?」

 

「ええ、熾天使級が最高戦力で助かりましたよ」

 

「…………」

 

高位の天使が千体来ようと勇真の敵ではない。問題は千体分の力を持った一体が来ることなのだ。

 

もちろん12枚羽ーー熾天使級は魔王と同等、それなりに強いだろう。

 

だが、その熾天使すら今の勇真の敵ではない。

 

今の勇真の “敵” になるにはせめて熾天使級の数倍、神格級の実力が必要なのだ。

 

もっとも一体にそれ程の力を注ぐのは至難、それは勇真も良く知っている。いくらポリタンクに水が大量に入っていても注ぐべきコップが小さければ意味はない。

 

おそらくこの天使の造物主は大きなコップを作るのが苦手なのだろう。

 

「さて、こんな無駄話をしているのに襲って来ないのは最初の十数体が瞬殺されたからですかねぇ」

 

「それもあるだろう、だが、それよりも経験不足だからだな。でなければもっと早く遅い掛って来るはずだ」

 

 

そう勇真とサマエルが会話をしている間にもボトボトと堕ちていく天使達。これは勇真の言霊呪詛である。

 

生まれたて故に対応力が低いからか? 半分近く堕とされてようやく勇真の呪詛に気付いた天使達。彼等はこのままでは不味いと呪詛で鈍った身体を動かす。

 

動ける全員が右手に光力を集中し、大きく振り被る。

 

そして、天使達は示し合わせたように、同じタイミング、同じ動作で光の槍を投擲した。

 

その人形染みた動きに勇真は失笑を漏らす。

 

ああ、なんて捻りのない攻撃だと。

 

 

「ラードゥン」

 

『ハッ』

 

呼び掛けに応え、ラードゥンが勇真の前に出る。

 

そして、ラードゥンは透明な障壁を張った。

 

同時に降り注ぐ光槍の雨、それが透明な障壁に激突し、アッサリと砕け散る。呪詛で弱った天使の攻撃など物の数ではないのだ。

 

そのままラードゥンは結界を維持、それから数秒、放たれ続けた数十万の光槍は一発たりともラードゥンの障壁を超えることが出来なかった。

 

『勇真様には指一本触れさせません』

 

そうどこか天使達と似通った虚ろな目で言うラードゥン、勇真はその姿に満足そうに頷いた。

 

「ありがとう、ではラードゥン、グレンデル、二人は力を倍化し俺に譲渡を」

 

『『了解いたしました……Boost Boost Boost Boost‼︎』』

 

声を揃えるラードゥンとグレンデル、彼等は偽赤龍帝の籠手と魔獣派で見た獣達を参考に聖杯の力で倍化能力を付与されているのだ。

 

『『 Transfer‼︎(トランスファー)』』

 

二体による同時譲渡に勇真の力が何倍にも跳ね上がる。

 

その力を両手に圧縮、勇真は一つ魔法球を作り出した。

 

「ふふ、上出来だ。では天使諸君、しばらくお休みなさい」

 

笑顔で勇真は魔法球を放つ。

 

瞬間、多数の天使ごと第一天が丸々氷漬けとなったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……凄まじい威力だな」

 

サマエルが氷漬けの天使達を見て呆れたように口を開いた。

 

彼が呆れるのも無理はない、なんせ、たったの一発で熾天使級を含めた天使の軍勢10万を凍結封印してしまったのだから。

 

 

しかし、勇真はそんなサマエルの言葉に誇るでもなくただ苦笑し肩を竦めた。

 

「いえ、別に大した事ではありません。倍化譲渡があってこその威力ですからね」

 

確かにその通りだろう、勇真の言う通りこの威力と規模は倍化無しでは出せないものだ。

 

だが、それを差し引いても恐ろしい。

 

譲渡有りとは言え、この空前絶後の大魔法を、主神級が力の大半を込めてようやく出来るレベルの封印魔法を楽々行使してしまう魔法技能と魔法力。

 

人類の範疇を軽く千歩は逸脱した力である。

 

「…………」

 

「どうしました?」

 

「……いや、なんでもない、それよりもなぜ天使達を殺さないのだ? てっきり殲滅するとばかり思っていたのだが」

 

聖杯を使わせる為か? そう問うサマエルに勇真は首を振った。

 

「アジトでも言いましたが俺の目的は人類の救済ですよ? 世界滅亡とかを企んでる訳じゃないんです、ならば殺しは避けるでしょう?」

 

もっともな言い分である……説得力はあまりないが。

 

「しかし、封印よりも殺した方が危険も減るし楽だろう?」

 

「まあ、そうではありますがあまり天使は殺したくないんですよ」

 

「それは何故だ?……まさか、キリスト教だからとかは言わんだろうな?」

 

「それこそまさかですよ、俺が宗教をやってる様に見えますか?」

 

さあ、想像して下さい、と不敵な表情で両手を広げる勇真。

 

自然と纏う強大な魔法力も相まって、その姿は信仰心がある者には見えず、むしろ何処ぞの邪神かナニカにさえ見える始末だ。

 

 

「……あり得ないか、むしろ、お前が祈っている姿すら想像出来ん」

 

「でしょう? 俺は無神論者ですからね、まあ、神が実在していると知ってはいますが」

 

「そうか、で、結局、なぜ殺さないのだ?」

 

「それはこれから俺が生き返らそうとしている人々が全員漏れなくキリスト教信者だからですよ」

 

「まあ、天界に居る魂を生き返らせるのだからそうだろうな」

 

「はい、で、彼等を生き返らせた後に導く者達が必要だとは思いませんか?」

 

「お前が導くのではないのか?」

 

「まさか、俺がそんな事するわけないでしょう、俺はリーダーシップとかないんですよ」

 

「………そうか?」

 

間が良いのか悪いのか、サマエルはまだ、勇真がサボっている姿を見た事がない。

 

それどころか積極的に聖杯と自身から抜き出した毒を使い、従順な邪龍を創り出す姿と、自ら前線に立ち天界に攻め入っているアグレッシブな姿しか知らないのだ。

 

故にサマエルの認識は何か良からぬ事を企む。圧倒的な力を持った人間である。

 

「そうです。で、せっかくキリスト教信者なんだから天使達に導いて貰いたいんですよ、だって復活当初は色々と大変でしょうし、しばらくは誰かに導いて貰わないと人間社会が回らないと思うんです……まあ、この生まれたての天使達を見ると導けるか不安になりますがね」

 

コンコンと、勇真は氷像と化した天使をノックした。

 

「……それならば、やはり、天使達を皆殺しにしてお前が人類を導けば良いと思うのだが?」

 

「絶対に嫌です。人類を導く? ハッ、誰がそんな面倒な事をしますか、俺は毎日、家でゴロゴロしたいんですッ! 働きたくないんですッ! てか、正直、この頃働き過ぎだから、さっさと人類を復活させて休みたいんですッ!!」

 

 

 

 

 

 

「と、言う事で別に邪悪な事を考えている訳ではないのでそこを通していただけますか?」

 

そう、勇真は第二階層に続く扉から出て来た複数の天使達に言った。

 

「…………」

 

しかし、彼等は無言で光剣や光槍を作り構える。

 

侵入者と話す気がないのか、あるいは初めから話す機能がないのか、勇真はどちらかというと後者の様な気がした。

 

「はぁ」

 

勇真は面倒くさそうに溜息を吐く。その溜息が呪詛と化し、天使達を一瞬で呪い動きを封じる、そして勇真は動けない天使達を遠距離から氷結封印。

 

僅か数秒の早業だった。

 

 

 

「会話すら出来ないんですかね? それなら流石に欠陥品だと思いますが、天使って最初はみんなこうなんですか?」

 

勇真は呆れたように真偽を問う。

 

「いや、違うよ、彼等は練習作、天使を創るのは久しぶりだからね、出来が悪いのは見逃して欲しいな」

 

 

勇真に答えたのはサマエルでもラードゥンでもグレンデルでもなかった。

 

「え?」

 

思考が停止し、口から間抜けな声が漏れる。

 

だが、思考は止まっても身体は止まらない。驚愕に支配された頭とは裏腹に培われた戦闘経験が自然と身体を前方に運んでいた。

 

そして、振り返る勇真。

 

彼の視界に入ったのは悠然と佇む一人の男だった。

 

「こんにちは、随分と暴れたみたいだね」

 

男は慈愛に満ちた声と笑みで勇真に語り掛ける。

 

そんな男に勇真は驚愕と共に身震いした。

 

何故なら男の周囲にはバラバラとなった、サマエル達が転がって居たのだから。

 

「(バカな、たった数秒であの三者を殺した、のか? 俺に気付かれる事すらなくッ!?)」

 

戦慄を禁じ得ない。

 

まさか、この至近距離まで存在を悟らせないどころか、同行者全員を始末してしまうとは。

 

明らかな格上だ。

 

「…………」

 

「うん? 聞こえなかったかな、こんにちは、宮藤勇真くん」

 

「……こんにちは」

 

勇真は挨拶を返すと、刺激を与えないように男を観察する。

 

容姿は黒髪黒目、だが、それはどうでもいい。

 

重要なのは男の力量とそのタイプだ。

 

男から感じるのは龍気と神力、割合は龍気が1000に対し神力が1。だが、決してこの神力が弱いという訳ではない。

 

むしろ1の神力ですら強大過ぎる、その総量はおそらく倍化前の勇真の最大魔法力に匹敵する。龍気に至ってはあまりにも膨大過ぎて本当に1000程度で済んでいるのか判断出来ない。

 

張られた障壁の数は数千枚、一枚一枚は半透明で紙より薄く、傍目にはとても頼りなく見える。しかし、緻密に練られた術式は勇真ですら完全には理解出来ない程高度で、そこに込められた力はあり得ないほど強大。

 

試すまでもなく分かる。最大倍化した勇真の魔法でも揺らぎもしないという事が。

 

「さて、挨拶もしたし、そろそろ始めようか?」

 

「…………」

 

タイプは後衛型魔法使い。

 

暫定戦闘力は主神級………の数百倍〜数千倍。

 

 

 

勝ち目はない。

 

 

 

勇真は目の前の脅威に、引き攣った顔で冷や汗を垂らすと、静かにグラムを構えるのだった。

 

 




勇真「……\(^o^)/」


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43話

レオナルドくんは超有能。


「なんの真似だレオナルド」

 

曹操は鋭い瞳でレオナルドを睨んだ。

 

それは、ほんの数分前の事、いざ天界に行かんとした曹操達の前に突如レオナルドが現れ、せっかく作った転移魔法を完膚なきまでに打ち砕いてしまったのだ。

 

「そんなに睨まないで欲しいな、僕は別に敵対しに来た訳じゃないから」

 

「では、なんの為に我々の邪魔をした?」

 

苛立ったように言うのはバルパーだ。

 

自身が聖剣と共に活躍する、彼に取ってそれを邪魔する者は万死に値する。

 

故に、理由次第では同じ『禍の団』のメンバーだろうと容赦しない。

 

そう、バルパーはレオナルドの答えが気に入らない場合、彼を殺すつもりである。

 

それを知ってか知らずか、レオナルドは笑顔でバルパーの問いに答えた。

 

 

「それは、あなた達を天界に行かせない為だよ」

 

 

次の瞬間、レオナルドの首が飛んだ。

 

彼の答えが気に入らなかったのだろう、バルパーは欠片も容赦せず、自身が創った聖剣を振り抜いたのだ。

 

そんなバルパーの行動にレオナルド……の生首は苦笑する。

 

「もう、せっかちだなぁ、理由くらい説明させてよ」

 

そうレオナルドの生首が言うと、彼の “影” からエキドナが飛び出す。

 

エキドナは宙を舞う生首をキャッチ、彼女はソレを優しく胴体の上に置き、バルパーにあっかんべをしてレオナルドの影に戻って行った。

 

「それで、あなた達を天界に行かせない理由なんだけど」

 

「なんでもない風に進めるのだな」

 

首を飛ばされながら、なに食わぬ顔で回復し、話を続けようとするレオナルド。そんな彼を見てゲオルクは呆れたように呟いた。

 

「はいはい、茶々入れないで、理由はね……今行くと全滅するからだよ」

 

再び抜き放たれたバルパーの聖剣、それをレオナルドは素手で鷲掴みにする。

 

「騒ぐなバルパー、話の邪魔だ」

 

「ーーガキがッ!」

 

キレ掛かったバルパーが禁手化しようとし、レオナルドは冷笑を浮か迎え撃つ姿勢に入った。

 

一発触発。高まった二人のオーラに会議室が揺れる。

 

その二人の中間に聖なる槍が突き出されたのは次の瞬間だった。

 

「落ち着け、二人とも」

 

「……曹操、邪魔をするな」

 

誰であろうと斬り殺す、そんな鋭い殺気を込めて言うバルパー。

 

そんな彼の目を真正面から見て曹操は静かに告げる。

 

「俺は落ち着けと言ったぞ」

 

「…………」

 

「…………」

 

暫しの間、無言で睨み合う曹操とバルパー。

 

結局折れたのはバルパーだった。

 

「……よかろう、訳くらいは聞いてやる」

 

そう言って着席したバルパーに曹操はホッと息を吐き出した。

 

「はぁ、そうしてくれ……ではレオナルド続きを言え」

 

「ありがとう、助かったよ。無駄な戦闘をする所だった」

 

「勘違いしないでくれ。俺はお前の襲撃を許した訳ではない。心して答えろ、全滅するとはどういう事だ? バルパーではないが、もしも下らない理由だったら即戦闘に入るぞ?」

 

そうって曹操はレオナルドに聖槍を突きつけた。

 

「それは困るね、僕はあなた達と協力する為にここに来たからね」

 

「簡潔に説明しろ」

 

「はぁ……分かったじゃあ。超簡単に言うよ。天界の戦力が桁外れに増しました。彼等が世界征服をしようと企んでます。個別に戦っても彼等に勝てません。だから協力しましょう、って訳だよ」

 

そう言ってレオナルドは疲れたように肩を竦めた。

 

「天界の戦力が桁外れに増した、とはどういう事だ?」

 

すぐに上がるモノでもないだろう。そうゲオルクがレオナルドに問う。

 

「まあ、それは彼女を見て貰えば分かるよ」

 

「彼女?」

 

レオナルドの影が怪しく蠢く。

 

彼の第二の神器『影の大盾』だ。

 

レオナルドはそのまま、影を操作し、その中から天蓋つきの豪華なベッドを取り出した。

 

「「「………ッ!?」」」

 

そのベッドーー正確にはそこに寝かされている者を見て英雄派三人は驚き、絶句する。

 

そして、一早く立ち直った曹操が掠れた声でその者の名を呼んだ。

 

 

「……オーフィス」

 

そう、ベッドに寝かされていたのは黒髪の幼い少女。

 

人間の姿を取った無限の龍神オーフィスだったのだ。

 

「バカな、何故オーフィスが!?」

 

動揺を隠せない声でゲオルクが問う。

 

動揺するのも無理はない。傍目から見てもオーフィスが弱ってるのが分かるからだ。

 

しかし、これは本来あり得ない事である。

 

何故ならオーフィスは世界最強。並ぶ者なき絶対強者。

 

オーフィスは主神級が100柱集まろうと勝ち目がない究極のドラゴンであり、無限の体現者と呼ばれる程の他とは隔絶した力の持ち主なのだから。

 

「……弱っている? いや、コレは力を奪われているのかッ!?」

 

聖剣厨だがその他の知識や分析力に優れたバルパーがオーフィスの状態を診断する。

 

「そう、彼女は力を奪われてしまったんだ」

 

バルパーの言葉を肯定し、レオナルドは悲しげな目でオーフィスの頭を撫でた。

 

「しかし、一体どうやって?」

 

バルパーがそう呟く。

 

その言葉に反応したのはゲオルクだ。

 

「………そうか、サマエルか! サマエルならばオーフィスを倒す事も、その力を奪う事も可能な筈だッ!」

 

以前、英雄派もサマエルを使ってオーフィスの力を得ようという計画を練っていた事がある。それ故、その結論が出てくるのは当然の事だった。

 

しかし。

 

「違うよ」

 

レオナルドはその答えをあっさり否定する。

 

そんなバカな? という目をするゲオルク。だが、本当にオーフィスを倒すのにサマエルは使われていなかった。

 

「……では、誰がどうやってオーフィスから力を奪ったんだ? 天界が力を増したという事はミカエル辺りか?」

 

「曹操はミカエルがオーフィスをどうにか出来ると思ってるの?」

 

「………いや、思わない。そもそも、サマエル抜きでオーフィスから力を奪うなんて出来るとは考えられない。まさか、勇真がやったのか?」

 

「もちろん違う」

 

「………では誰が?」

 

 

「天界のトップだよ」

 

心底嫌そうに言うレオナルド、その顔はいつもの彼に似合わない疲れが見えた。

 

「本当の意味でのね」

 

 

「「「…………」」」

 

暫しの沈黙。

 

そして、英雄派はレオナルドの言葉の意味を悟り、再び絶句するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇真が取れる手段は一つしかなかった。

 

「ふふ」

 

男が楽し気に笑いながら人差し指を勇真に向けた。

 

殺意や戦意は感じない。

 

だが、勇真には分かる。あの男は自分を殺そうとしていると。

 

認識の違いだ。

 

人が人を害そうとすれば少なからず殺意が生まれる。

 

だが、人が蟻を潰そうと思ったとき、殺意など抱くだろうか?

 

それと同じだ。男は勇真を敵と認識していない、ただの “蟻” と認識しているのだ。

 

 

勇真は自身の直感を信じ全速力で身体を捻る。

 

同時に男の人差し指から放たれた閃光が魔法障壁をあっさり貫通、勇真の左腕を根元から消し飛ばした。

 

「…〜ッ!!」

 

激痛が勇真を襲う。しかし、それに構う余裕はない。

 

勇真は痛覚遮断で激痛をやり過ごすと、魔帝剣グラムを完全開放した。

 

ここで二撃目の閃光、次は右足が消し飛んだ。

 

だが、これも勇真は無視。彼は完全開放したグラムを地に突き立てると、刹那の間に発動させた結界魔法で男の姿を覆い隠した。

 

 

 

「…………」

 

その実力、主神級の数百倍以上。

 

勇真であろうとも、こんな馬鹿げた力の持ち主に勝つなど不可能だ。

 

しかも、ただ力が強いだけでなく魔法使いとしての技量すら、おそらく上、そんなのどうしろという話である。

 

故に勇真が取る手段は逃亡一択。しかし、これもまた不可能だった。

 

何故なら勇真が知らぬ間に、第一天は彼以上の技術と力で張られた超々高度な転移阻害の結界で覆われていたからだ。

 

つまり、勇真はここで死ぬ。

 

それが確実に訪れる未来だった。

 

 

 

 

相手が龍気を纏っていなければ。

 

 

「……おおおおおおおおおおおッッ!!」

 

勇真は裂帛の気合いを込めて結界を維持する。

 

結界内を満たすのは陰惨で凶悪な龍滅の波動、それはただ深く龍の死を望む、禍々しい破龍の結界だった。

 

この結界は勇真のオリジナル魔法、来る龍神との戦いに備えた切り札中の切り札。

 

その名も龍滅結界。

 

魔帝剣グラムとサマエルの究極の龍殺しの力を合成、強化し、その力を持って編まれた対ドラゴン究極の滅殺魔法である。

 

「おおおおおおおおおおおッッ!!」

 

この結界に囚われては龍属性の持ち主は死ぬ、例外なく死ぬ。

 

それこそ龍属性ならば、例え龍神だろうと真龍だろうと致命傷は免れない、そんな勇真最高傑作の魔法だった。

 

 

 

しかし。

 

「おおおおおおおおおおおッッ!!」

 

「……うるさいよ」

 

瞬間、男から爆発的に放出された神力により風船のように膨らむ結界。

 

……そして、数秒後、あまりにも簡単に龍滅結界が弾け飛んだ。

 

 

「…………」

 

龍属性が、アレを破った?

 

勇真は目の前の光景にただただ絶句する。

 

あらゆる龍を例外なく消滅させる筈の龍滅結界が龍属性に破られたのだ、意味が分からない。

 

そんな勇真を尻目に、男は埃を払うように自身に纏わりついた龍滅オーラの残滓を払い落とした。

 

 

「君は愚かだな」

 

先程の楽し気な様子から一転、白け切った表情で男は言う。

 

「…………」

 

「今の魔法、何故私に使った? あんなものが私に効くと思っていたのか?」

 

「……思っていた」

 

正確にはあれ以外効くはずがない、そう勇真は思っていた。

 

しかし、勇真の言葉に男は首を振る。

 

「嘘だな」

 

鋭く言う男に勇真は怯む、それは事実だったからだ。

 

確かに、勇真はあの龍滅結界しかないと思っていた。

 

 

だが、その一方、心の奥底で龍滅結界も効かないだろうと半ば諦めていたのだ。

 

「君は私が誰か分かっていた筈だ、まさか分からぬほど愚かではあるまい?」

 

そう、男の言う通りだ。

 

男の正体など、簡単に分かった。

 

勇真は気づかぬフリをしていただけだ。

 

死んだはずだ、あり得ないと言い聞かせただけだ。

 

 

何故なら男の正体が勇真の想像通りだった場合、どう足掻いても勝ち目がなかったからだ。

 

そう、勇真は信じたくなかったのだ。

 

 

男の正体が 聖書の神だと。

 

 

「そう、私は神だ」

 

勇真の心を読んだのだろう、聖書の神が答えを言う。相手は神様、人の心を読む程度造作もない事なのだろう。

 

「だから愚かだと言ったのだ。私の正体を早々に悟りながら、私がサマエルに掛けた呪いを使って攻撃するなど無意味極まりない愚行」

 

「…………」

 

「私は楽しみにしていたのだよ、私の正体を悟りながら諦めずに何かをしようとする君を、だから、あえて心を読まずに攻撃の発動を許した。にも関わらず、君がしたのはあの下らぬ結界魔法だ」

 

「…………」

 

勇真は無言で聖杯の力と回復魔法を併用し一瞬で左手、右足を再生させると、グラムをしまい『無窮の英雄』を全力発動。

 

同時に強化された偽赤龍帝の鎧を纏い、同じく強化により長剣と化した聖短剣を正眼に構えた。

 

そんな勇真の行動を神は気にしない。神はただ興醒めしたような表情で勇真を見るだけ。

 

おそらく、無駄だと思っているのだろう。

 

まあ、実際、その通り無駄な行動である。

 

「やはり愚かだ。勝機がないと知りながらなお足掻くか、君がすべきベストな行動は、ただ一心に頭を垂れる事だった。私が神と気づいた瞬間、その行動を取っていれば許してやったものを」

 

「………勝機がない? どうかな、やってみなければ分からないぞ」

 

「自分も騙せぬ嘘をつくか……君は救えぬな」

 

 

それが再開の合図だった。

 

突如、勇真の前に数万の魔法陣が発生する。

 

勇真はただ黙って神の話を聞いていた訳ではない。

 

彼は必死に準備していた。この局面を乗り切る為に。

 

 

『Boost Boost Boost Boost ……Boost‼︎』

 

限界を超えた五段階の倍化にレプリカの赤龍帝の鎧にヒビが入る。

 

だが、構わない。一撃だけ保てばいい。これがラストチャンスなのだから。

 

「うおおおおおおおおッッ!!」

 

発動されるのは最高位の結界粉砕魔法。

 

ただし、全魔法力の八割を込め、それを64倍に高めたソレは副次効果で天界そのものが粉砕される威力と範囲を持つ極大殲滅魔法だ。

 

しかし、そんな空前絶後の超魔法を前に神は心底つまらなそうに溜息を吐き出した。

 

そして、神は無言で指を鳴らす。

 

次の瞬間、発動されようとした勇真の魔法が跡形もなく消え去ったのだった。

 

 

「えっ?……ごふぁ」

 

呆然と呟く勇真、そしてその直後、彼の口から鮮血が漏れた。

 

「無駄だと言ったはずだ」

 

聞こえてくる神の冷たい声。

 

神の左手にはいつの間にか赤い肉塊が握られている。

 

「…………」

 

神は無言で肉塊を地面に落とした。

 

落とされた肉塊は白い床を赤く濡らし、今もドクンドクンと蠢いている。

 

それは心臓だった。

 

「…………」

 

勇真は隙になると知りながら、左手を聖剣から離し自分の左胸に触れる。

 

そこには鎧の硬い感触も、肉の柔らかい感触も全く感じる事が出来なかった。そう、勇真の左胸にはただ、大きな空洞があるだけだった。

 

 

「………ッ!」

 

思い出したかの様に左胸から激痛が走る。

 

痛覚遮断が効いていない。

 

勇真は先ほどの手足と同様、魔法と聖杯で傷を塞ごうとした。

 

だが、傷は全く塞がらない。レジストされている訳ではない。しっかり聖杯も魔法も発動しているのに塞がらないのだ……まるで、死ぬ事が決定づけられてしまったかのように。

 

まさか、と勇真は戦慄する。

 

 

先の不可解な魔法消滅、そしていつの間にか抜き取られた心臓。こんな理不尽な現象を起こす攻撃に勇真は一つ思い当たるモノがあったのだ。

 

 

 

「運命、操作?」

 

口から血を零しながら言った勇真の言葉に神はどうでも良さそうに頷いた。

 

「ご名答、魔法は発動せず、心臓を抉られて死ぬ運命を作った」

 

その言葉を聞いた瞬間、勇真の意識が薄れていく。

 

決定された運命が強制的に勇真を消そうとしているのだ。

 

「………ッ!!」

 

勇真は偽赤龍帝の鎧で魔法力を最大倍化、その強大極まる魔法力で運命操作を捩じ伏せんとする。

 

勇真から迸る魔法力に天地が揺れ、空間が軋み、風景が歪む。

 

主神級すら寄せ付けぬ空前絶後の魔法力。

 

 

だが、それでも運命には抗えなかった。

 

どんな力も一度決定された運命をひっくり返す事は出来ない。

 

 

そして。

 

「…………あ」

 

努力も虚しく、勇真の意識は水底に沈む石ころの様に急速に消える。

 

 

 

死の直前、勇真が最後に目にしたものは、つまらなそうに自分に近づく、神の冷たい顔だった。




ナレーション「ユウマのめのまえが、まっくらになった」



ラスボスは理不尽なくらい強くしないと(使命感)


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