超平和主義鎮守府 (たかすあばた)
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第1話 五月雨、ドロップ

五月雨がヒロインの予定でした。


 私は、彷徨っていた。深海棲艦に襲われ、仲間を失い、自分もボロボロの状態で。燃料も尽きかけている。思考もおぼろげになり、遂には膝をつく。

ふと、懐かしい声が聞こえた気がする。

―五月雨―?

うつむいた顔から瞳だけを前に向けると、ここにはもう居る筈のない榛名先輩が自分に手を差し伸べていた。

「榛…名先輩」

私にもお迎えが来たみたいだ。そう意識のどこかで判断して、最期の儚い安堵と共に瞳を閉じた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「五月雨!」ふらつく足取りで彷徨う艦娘の正体は、あたいの姉だった。

「落ち着け涼風!息はしておるのか!?」あたいに呼びかけてきたのは利根。あたいらは今、利根を旗艦として川内、那珂、由良、涼風、潮のメンバーで出撃( )している最中だった。

 「息はしてるけど全速力で戻らないとヤバいかも!」

 「しょうがないね、…今日は夜戦してくれるっていうから楽しみにしてたけど…キャンセル入れとくよ」

 「…悪いね川内」

 「謝んないでよ、夜戦は夜になればできるけど、その子は今助けないと不味いもんね」

 「ふむ、それでは皆の者、急いで帰還じゃ!」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 私が目を覚ましたのは、見覚えがあるようでどこか違う、医務室だった。ああ、私だけドロップされたんだ。何だか…こう、胸にすっぽり穴でも空いてる気分。生き残ってたのに、何の感慨も浮かんでこない。あの時、あのまま榛名先輩に手を引かれて逝けたらよかったのに。

 「五月雨、目が覚めたんだね!」不意に聞こえた声の方を見ると、半分だけ開いたドアから洗面器とおしぼりを持って入ってきた私によく似た子…姉妹艦の涼風を見つけたと同時に、感極まったような顔で駆け寄ってきた。「良かったよ五月雨ぇ!バケツぶっかけたのに中々目を覚まさないんだもん、心配したよぉ!!」少し…というか結構痛い位に涼風が抱きしめてくる。

 「い…痛たたた涼風、ちょっ苦し…」私の声が聞こえたのか、抱きしめる力が弱まる。

 「わ、悪い悪い病み上がりだったね」あらためて私たちは顔を合わせる。涼風の目には涙が溜まってた。さっきの喪失感が、ほんのちょっぴりだけ収まった気がする。気持ちも落ち着いた私は、今どこにいるのかが気になった。

「そういえば、ここは何処なの?」

「ここ?小笠原の無人島に建てられた、ちっちゃい鎮守府だよ。五月雨は何処にいたの?」

「私は…」前の鎮守府のことは、思い出したくなかった。所謂、「黒い」場所だったから。先輩や仲間たちとで励ましあい、慰めあってどうにか生きていけるような場所だったから。

「あっごめん、そういうの何度も話すのめんどっちいよね。いま提督とか呼んでくるからさ、ちょっと待ってて」

「て、提督!?」おもわず声を上げてしまった。

「?うん、ここの提督。心配しないでいいよ、ちょっと適当臭いけど、いい人だから」本当にいい笑顔でそう言った涼風を見て、私はそれ以上何も言えなかった。

また、一人になった。涼風が提督を連れてくるまでの間、私のイメージはどんどん悪い方へ流れて行った。今後私は、この鎮守府でお世話になるのだろう。出撃をして、怪我をして帰ってくる。提督は何も言わず、バケツと補給だけを与えて私をまた海へと駆り出す。怪我は治っても疲労の抜けない体で、また、戦う。攻撃を受けてボロボロになった私たちがもう使えないと考えると、提督は冷たい声で進撃を指示する。回収するのも面倒だから、そこで沈めと。

「五月雨?顔色悪いよ?」涼風の声がして振り向いた。「大丈夫?」涼風と、利根さんに潮、那珂さんは前の鎮守府にもいた…。それともう一人女の人と、少し背の高い男の人…。

「本調子じゃないんなら無理しなさんな。横になってていいよ」少し表情を変えて話しかけてきたのは男の人。制服を着ている…

「そうだよ、五月雨」

「ん、ごめん涼風、大丈夫。…ここの…提督さん…ですか?」

「ああ、この人は提督。それと、五月雨を見つけたときのメンバー。」

「うむ、我が輩が旗艦の利根である!意識が戻って何よりじゃ!」

「川内ちゃんだよ!夜戦なら任せておいて!」

「艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよ!」

「由良です、よろしくね。」

「潮です…よ、あ、よろしくです…」

「提督です」提督さんが紹介とともに右手を差し伸べてきて、思わず体を引いてしまった。提督さんの顔が明らかに曇る。

「提督よ、御主早くも嫌われてしまったようじゃの」

「るせぇ、言うんじゃねえよ」嫌われたと思ってしまったみたい。“提督に嫌われるとどうなるのか”が恐くて、私は必死で否定しようとした。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「す、すいません、そんなつもりじゃ…」五月雨はなぜか顔を真っ青にして謝ってくる。自分でも女性に好かれる性格でないのは自覚してるけど、さすがにショックだよ。どんだけ嫌がられてんの。それとも他のみんなは慣れただけで、内心こんな風に俺と付き合ってんのかな。とにかく、五月雨は勇気を出して、震える右手を差し出してきて俺の握手に答えようとしてくれてる。これには答えておかなきゃ失礼だろ。

「いや、俺こそ初対面なのに馴れ馴れしくしてごめん。他のみんなは良い奴らだからさ、アレだ、心配しないで。」

「提督、女の子との接し方がなってないのよ!一度由良とでもデートしてみたら?」川内が謎の提案。

「はぁ!?な、なんで由良とデートしなきゃなんないの?いやだよ」

「ちょっと提督、それはどういうことですか!?」

「あ、いや、由良だから嫌だとかそういうことじゃなくて、そのアレ、あの」

「傷つきました。失礼します。」

「ご、ごめん由良!謝るから!」

「ぷはははははは!」

「おい、涼風!笑うな!」

「いや、だって五月雨、目ぇまんまる!はははははは」涼風の隣を見ると、五月雨が何か信じられないモノを見たようにこちらを見てた。

「なした?」

「いえ、あの…失礼ですけど…もう一度お伺いしても良いですか?」

「?」

「ここの…提督さん…ですよね?」一瞬、沈黙が流れる。

「ふっ…」

「あはははははははは!」

「おいお前ら、笑うな!潮も!つか潮、今笑ったの!?普段笑わないくせになんでこのタイミング!?」

「ひゃーーー、五月雨ちゃんナイス!ナイスツッコミ!ほんとに提督だと思えないんだ、この人!はーーーー!」川内が一番笑ってる。呼吸困難になりそうなレベルで笑ってやがる。今度の夜戦メンツから外してやる。

「そういえばまだ聞いてなかったね、五月雨ちゃんはどこの鎮守府にいたの?」自称アイドルの那珂は一人早く笑いから立ち直ってた。

「あ、その、〇〇の…」五月雨の一言に笑い声がぴたりと止む。そこは、海軍に勤める者なら知らない者はいない、しかしシッポも掴めない、所謂「ブラ鎮」。そっかそっか、俺に怯えてたんじゃなくて、「提督」に怯えてたのね。安堵できない安心と言う妙な気分になった。

「あー、そのー、えっと」どうしよ、声の掛け方わかんない。ごめんね?辛かったね?実際体験していないような人間に言われても困るかな。いや、辛かったねくらいならテンプレだろ。よし、言うぞ…

「気にしないでください。仲の良かったみんなももういないし、わたしも轟沈したものと思われてるでしょうから…皆さんさえよろしければ、ここに居させてください」言えなかった。想像以上にディープ。

「提督ー、いつもの奴らが来てるぜー」廊下の方から天龍の声がする。いつもの人たち。五月雨に何か言ってあげたかったけど、あいつらを待たせる訳にもいかない。何より、艦娘のことならきっと艦娘の方がわかり合えるだろう。

「ウチは来る者拒まずだから。今日はとりあえず涼風が付いててくれるから、具合が良さそうだったら涼風に建物ん中案内してもらっといて。涼風、よろしく。」

「あいよ!」

「俺はお客さんと話してくるね。ほんじゃひとまず解散。」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 なんだかんだ体調は良くって、わたしは涼風といろいろお喋りしてた。でも、「提督」の単語が出るたび、さっきの会話が頭をよぎった。「いつものお客さん」。その単語は、前の鎮守府でも時々聞いてたから。執務室で前の提督と怪しい商談をしていた、「提督よりも偉い人たち」。

「五月雨?」しばらく考え込んでしまっていたみたいで、涼風に声をかけられる。聞いても…大丈夫かな…

「お客さんって…」涼風は少しキョトンとして、すぐにハッとした表情になる。

「あーー、はいはい。…ちょっと執務室のぞいてみる?びっくりするよ?」涼風はいたずらっぽい表情を浮かべた。

 

 涼風に連れてこられたのは、木の板に墨で「執務室」と書かれた扉の前。

「はい」渡されたのは、紙コップ。古風だなと思いながら、扉にコップをあてがって耳を澄ます。

(おー!ホッポ、良く来たなぁ!)

(天龍、遊ンデ!遊ンデ!)

まず聞こえてきたのは週替わりローテーションで現在の秘書官だと言う天龍の声と、「ホッポ」というらしい、妙な訛りで喋る子供の声。

(悪いね、こないだの視察のとき付き合わせちゃって)提督の声。

(気ニスルナ、イツモホッポヤ皆ガ世話ニナッテイルカラナ)ホッポと同じ訛りの女性の声。(タダマア、ソノカワリトイウノモ難ダガ、コチラカラモ頼ミガアル)

(頼み?)

(アア、実ハ私ノ所ニモ近々本部ノ者ガ来テナ、コノ辺リノ海域デノ我々ノ活動状況ヲ視察シテ行クノダソウダ)

(あ〜、深海でもそういうのあんのね、ご苦労様)え?深海って?涼風はニヤニヤしてる。

(ゼロ!ゼロ置イテケ!)

(あぁ、紙飛行機折るんだな?提督、折り紙って…)

(ああ、一番下の引き出しに入ってるよ。で、ウチの艦娘達で偽装戦やりたいのね?)偽装戦?初めて聞く言葉だけど、意味するところは何となくわかるし、そのうえ何だかとてつもなく嫌な予感がする。

(ソウダ。ソレニ際シテ、イロイロ段取ヲ決メネバナランカラナ)

(OK。海図が…いま納戸にあるな、先に作戦会議室行っといてくれるか?海図とってくるから。)

(ワカッタ)扉に足音が近づいてくる。ヤバイヤバイヤバい逃げなきゃ。

「ちょっと五月雨、そんなに慌てなくても大丈夫だって。」涼風、なんでそんなにヘラヘラしてられんの。だって、今の話し合いってもしかして…

程なくして、執務室の扉が開かれた。そこから現れたのは提督ではなく、本来ここに居てはいけない存在…港湾棲姫…

「アー、相変ワラズ長旅ダッター」

「リ級、虫刺サレ」

「コウイウトキダケハイ級トカ羨マシイワァ、肌少ナクテ」

「怒ルヨ、ヲ級」

声がした方を振り向くと、鎮守府内を堂々と歩く深海棲艦…

「きゃああああああああ!!!」

「どうした!…って、五月雨!涼風が連れてきたのか!?」

「五月雨、ちょっと落ち着いて!艦装仕舞って!」

「バカ風!いきなりこんな光景見せたらそうなるに決まってるだろ!!」

「て、提督、ごめんなさい!」

「アラ、新入リノ艦娘サン?ゴメンナサイネ驚カセチャッテ」港湾棲姫がエライ親しげな笑顔で語りかけてくる。が、それも逆に恐い。

「私タチ時々ココニ遊ビニキテルノヨ」

「利根サンヤ大潮チャンナンカトモ仲良クサセテモラッテルワ」

「あら、騒がしいと思ったら皆さんでしたか」

「あ、ヲッきゅんじゃん、おひさー!」廊下の向こうから現れ、当然のように深海棲艦達に話しかけるのは不知火に陽炎。その他にも騒ぎを聞きつけたらしい艦娘たちがわらわらと集まってくる。執務室から出てきた天龍の傍らには、天龍の服をつまんでもう片手には折り紙を持つ北方棲姫。さっきからパニックで色々と思考が追いつかないけど、一つだけわかったことがある。

これから行われるのは、鎮守府と深海棲艦達による、八百長会議…



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第2話 サポーター魂

まどろっこしそうな話はズバッと行きます。


 あのあと五月雨にはいろいろ文句を言われたが、俺がこの辺で沈んだ艦娘は意識を失ってる間に深海の連中に手当されてその辺にドロップとしてばらまかれるって話をしたら、まだ渋々といった顔ではあったけども納得してくれた。ちなみにうちにいる陽炎型二人はそういう約束になってからドロップした。

 八百長会議も一区切りついて、時計を見たら晩飯の時間だった。

 「じゃあウチら飯にするけど、アンタどうする?」

 「食ベテイッテモ良イカ?棲家ノ連中ニハ事ヅケテアルシ、ソノ、デキレバ…」

 「ああ、また厨房が見たいの?間宮さんに訊けばたぶんOKしてくれるよ」

 「感謝スル」

 明確にそうっていう訳じゃないけど、この辺も結構深海との協定に大きく関わってる気がする。深海の連中はそれまで「食」に対する関心が薄かったらしく、薄いというか、ほぼない。生存本能オンリーな状態だったらしい。塩分補給とか海水直飲みとか言ってた。協定を結ぶ前のころ、海で弱った駆逐棲姫に出会った暁型の連中が俺の作った炒飯おにぎり(別に料理上手って訳ではない。俺が私室で思い付きで炒飯を作ったら雷電コンビにせがまれたからおにぎりにして持たせた。)を食わせたら、余りの美味さに失神したレベル。

で、今は時々遊びに来るついでにウチで料理を教わって行ってる。

 そんなことを考えていると、どこかから地鳴りのような音が聞こえてくる。それがだんだん大きくなる。

 「利根、ちょっとそこ退いてもらっていい?」

 「?…ああ、いいぞ」扉の前にいた利根に呼びかける。一瞬戸惑ったみたいだけど、すぐに何かを察して扉から離れる。

 

ドドドドドドドドドドドドドドドドドド!

音が一番大きくなって、ノブが捻られるのと同時に俺は内開きの扉に蹴りをブチ込み扉の向こうの人物を扉に衝突させようとしたが、そいつはそれをものともせず、それどころか扉ごと部屋に突っ込んできやがった。

「HEEEEEY!テイトクゥ――――――!今から私と熱いひと時を過ごすネェ――――――!」俺を下敷きにして扉を挟んだまま金剛が喚いてるけど、俺は半分意識が飛んでて聞こえてない。しかしこのセリフを聞いて陽炎が何かを思い出したらしい。

「ああ、もうすぐ試合始まんじゃん、みんな早く食堂行こうよ」

 「何カ催シ物デモ始マルノカ」港湾がヲ級が興味ありげに訊いてくる。

 「んー、ちょっと違うけど…よかったらヲ級たちも見てく?案外ハマるかもよ?」

 「HEY!テイトク!ハリー、ハリー!テレビの前の席は二人分確保してあるネ!」

 「断る、お前横にいたらうるせーもん」意識が戻ったので、扉ごと金剛を押しのけて立ち上がる。体重は普通の人間とそう変わらないのに、どっからあんなパワー捻りだしてんだか…

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 食堂からはご飯時なだけあって、他の子達の賑やかな声が聞こえてきマスネ。愛しのマイダーリンは組もうと思った腕を振り払って一足先に食堂に入って行ってしまいマシタ。もう、照れなくてもいいのに、カワイイデスネ。食堂に入ると、食事中の子、食事を済ませて部屋に戻る子、食事を済ませて、テレビを見つめる子と様々デス。

 「チャンネル変えるよー!」リモコンを手に声を上げるのは陽炎デス。まだテイトクのことを特別意識もしていないようですが、何かと共通の趣味が多いらしくて要注意人物デス。

 「もうそんな時間なのですか」

 「一人前のレディたる者、『紳士のスポーツ』と言われるものくらいチェックしておかなくちゃだわ!」

 「ハラショー」

テレビの画面は、ちょうど我らが鎮守府の地元、「宿毛FC」の面々が赤と白のユニフォームを身にまとって入場してきていマシタ。

 「コレハ何ナンダ…?」

 「サッカーだよ、知らない?」

「ドウイウモノナンダ?」

「えーっとね…五月雨、教えたげて」

 「ええ!?私だって詳しくは…」

涼風は、新入りの五月雨がウチと深海との特殊な関係に馴染めるように苦心しているようデス。さて、私がテイトクの為にキープしておいた特等席…は、何故か一航戦が独占してるネ。

 「HEY、HEY、HEY!そこの二人何してるネ!」

 「何か用かしら」

 「ここは私とテイトクの為にキープしていたはずネ!比叡と霧島はなにしてたネ!」

 「誰も座っていなかったのだから、誰が座ったっていいはずでしょう?」

 「あの、ごめんなさいお姉さま…」

比叡と霧島が座っていた筈のテーブルは赤城と加賀のキ○ガイ料理が埋め尽くしていて、妹たちは申し訳なさそうに隣のテーブルに座ってるヨ。

 「私とテイトクの愛の席を奪うどころか妹たちの席まで奪うとは…テメーラ覚悟は…」

 「だからうるせーよ金剛、もう試合始るっつーの」テイトクはというと、少し離れた席で天龍&ホッポちゃんや利根と晩御飯そこそこにサッカー観戦してたネ。

 「むう、仕方がない…今回の所は引き下がってやるデス…」

 「こっちで一緒にテレビ見ましょう?お姉さま」

 「サッカーも野球も、戦術を突き詰めてゆくと少なくない共通点があります、例え娯楽といえど、真剣に観察すれば我々の戦術の幅も広げる結果になるでしょう」

あいかわらず霧島は小難しいことを言っているネ。因みに、私たちがサッカーを見るようになったのはテイトクが執務をしながらパソコンの…ポンデマンドとかなんとかいうのをその時秘書官だった陽炎と一緒に観てたのがきっかけネ。ライバルに先を越されまいと私や雷も一緒に見始めたのをきっかけに他の子達にも広がって、一番意外だった霧島の要望で鎮守府にアンテナを設置して食堂のテレビで見れるようになったヨ。まあ、中には

 「ふん、わからんな…軍人であれば野球を見るべきだろう、何が楽しいのやら…」

と言う、長門みたいな頭の固い奴らもいるネ。まあ、あいつらはテイトクのハートを奪うに当たっては眼中にもないからほっとけばいいネ。

 「角田はベンチスタートなんだな…FWには駒沢が入るのか」

 「陣形の割にオフェンシブなのか?」

 「ふむ、秋田も今日はベンチにいるからの、後半から出すつもりなら良いアクセントになるかもしれん」

 「相手が横須賀マリンだしな」

ムムム…天龍も案外テイトクと趣味の合う要注意人物なのデシタ…利根なんかはテイトクとそこそこ付き合いも長いし、テイトクは気づいてこそいないものの利根からはちょっと意識されているようデス。最初は利根も野球派だった筈なのですカラ。

そんなこんなで試合開始。私はサッカーは天龍程よくわからないから、とにかく声を出して応援するネ。テイトクが応援するチームの邪魔をする奴らなんてF○CK’INデス。OH!宿毛の選手が相手のゴール前でボールを持ってマス!今デス!撃っちゃエ!撃っちゃエ!AH!相手のキーパーが…

 「OH!ガッデム!得点の邪魔しやがってキーパーめェ!」

 「そうよそうよ!折角良いところだったのに!」私の最大のライバルである雷も叫んでいマス。まったく、そうよねテイトク?そう思いテイトクの方に意識を向けると、信じられない会話が聞こえてキマシタ。

 「おお、ナイスキー(ナイスキーパー)」

 「良く脚が出たな、今のは凄いぜ」

OH…天龍と共に相手のキーパーを称賛しているネ…。良いプレイをしたのであれば敵であっても称賛する、これがサポーターのあるべき姿ということデスカ…。

天龍、どうやら今日の所は私の敗北のようデス。しかし、いずれはテイトクの瞳に私しか映らないほど夢中にさせてやるデスヨ、今に見てナサーイ。フハハハ…

 



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第3話 MAMIYA割引チケッツ

駆逐艦の皆が「その他大勢」みたいになってきた。


「提督が…ですか」

「そうなんですよ、突然『写真を撮らせてくれ』って、何に使うのかなーと思ったら、こんなに可愛らしく…」

鳳翔さんの店で、加賀を相手に間宮は仄かに頬を染めながら話した。そんな間宮をよそに、店内にいる艦娘たちはかすかな苛立ちを覚えていた。それは、ノロケ倒す間宮に只イラつく者が6割ほど、その他に、自らも提督に少なからず好意を寄せる者が4割ほど(自覚のない者も含む)。

原因は、近頃MVPの艦娘に配られ始めた「間宮チケット」だった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「MVP賞?」

「うん」

執務室に入ってきた川内からの提案だった。

「せっかく頑張ってきたんだしさ~、その日たまたま大活躍だったからMVP!…じゃなくて、MVPを取ると何か特別なことがある!じゃあMVP目指して張り切らなきゃ!って、士気が上がると思わない?」

「なるほどねぇ…」

MVPだった奴には精一杯ねぎらいの言葉をかけてたつもりだったけど、よく考えればおっさん(25だけど、鎮守府内では最年長)に褒められるよりは商品がある方が絶対嬉しいもんな。…よし、アレなんかどうだ。

「だからさ、今度出撃でMVPとったらさ…」

「うん、OKまかせろ、土日明けの出撃からMVPの商品用意しとくから」

そう言って俺は部屋を出る。

「え?ちょ、提督まだ話…」

向かったのは「甘味処間宮」だった。

「私の写真…ですか、一体何に?」

「川内からさ、MVPの子に何か用意したらどうだって提案されてさ、出撃した後って疲れてるじゃん?疲れた時は、甘いモノ、女の子も、甘いモノ好き…です…よね?」

決めつけちゃいかんなと思って、間宮さんに確認を促してみる。

「そうですね、頻度はそれぞれですけど、ウチにいる子達はみんな来てくれてると思います」

「で、MVPの商品としてここの利用券を作ろうと思ったんだけど…大丈夫かな?採算とか」

「出撃に付き一人ですもんね、大丈夫ですよ、で…写真は?」

「ああ、それでチケットに似顔絵でも…」

「え!?提督、絵を描くんですか!?」

しまった…おれの広く浅い多趣味の一つ、絵。なんとなく恥ずかしくて皆には秘密にしてたのに…

「し!ごめん間宮さん俺が絵ぇ描くこと誰にもしゃべらないで!恥ずかしいから」

「あ、え?あ、はいわかりました、それにしても意外ですね、提督」

「あはは…そんなわけでいいかな?三枚位なんだけど」

「どうぞ、お好きなだけ、…可愛く描いてくださいね!」

俺はウチにまだ青葉がいないことを心から感謝した。正面、左右斜めから、お言葉に甘えて後ろ斜めからも二枚ほど。

「ありがと」

「いえいえ~」

間宮さんはヤケに嬉しそうだった。提督の弱みを握ってそんなに嬉しいか…

部屋に戻って、仕事をしつつもノートパソコンで手元を隠し、チマチマとイラストを描き始める。何度かちゃんとした似顔絵を描き、大体の特徴が手に馴染んできたら、デフォルメ開始。二頭身くらいの、妖精さん風の間宮さんを描きあげる。なるべく真上から写メって、パソコンにいれた後は、いつぞやAdobeが誤配信してくださったフォトショとイラレでチケットに仕上げていく…

そして月曜の出撃から、MVPにはチケットを渡し始めた。最初に受け取ったのは、新人駆逐艦レベリングの旗艦に選んだ曙だった。受け取った曙の

「カワイイ…」という無意識の呟きに内心ガッツポーズ。

「そりゃ良かった」

「う…うるさいわね!!アンタが作ったわけじゃないでしょこのクズ!渡すものはこれだけ!?」

「ああ、一回のMVPで一枚」

「そ!じゃあ失礼するわ!」

 

その後、チケットと、チケットに描かれた妖精風の間宮さんのほんわかしたイラストが話題を呼び、提督は(間宮さんや鳳翔さんにもなにか考えないとな)なんて提督室で思いにふけっていたある日、鳳翔さんの店での出来事だった。アルコールが入り、緩くなった思考から間宮さんがぽろっと漏らしたのだった。

加賀は、この場に金剛がいなくて騒がしくならないことに感謝しながら、自らもイラついていた。提督に思いを寄せつつ、普段のキャラクターが邪魔をし、提督自身の鈍感さも相まってモヤモヤしているところに、これである。提督が、間宮の写真をじっくり観察しながら、可愛く仕上げたチケットを加賀は見詰める。

「すみません、用事を思い出しました、今日はこの辺で失礼します、鳳翔さん、お会計お願いします」

「え?ああ、わ、わかりました」

会計を済まし、店を出る。もう一度チケットを財布から取り出し、よし、思い切り握りつぶそう。と思った時だった。

「鳳翔さんごちそうさま!」

「お金置いていくわね!レディーだからお釣りはいらないわよ!」

「ハラショー」

「はわわわ、暁ちゃん100円足りないのです!鳳翔さん、これ!」

暁型が猛ダッシュで店を出、加賀の脇を駆け抜けていった。少し呆気にとられたが、思考の単純な暁型が何をしようとしているのか加賀はすぐに理解し、改めて、無表情でチケットを握り締めた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「私を描けばいいじゃない!」

「間宮さんばかりずるいわ!」

「え?何、何」

こいつらは何を言ってる?いや、言ってることはわかるけど、そうじゃない。

「なんで知ってんのお前ら…」

「鳳翔さんのお店で、間宮さんが言ってたのです…」

「何飲んでた?」

「ウィスキーを飲んでたよ」

「おい提督聞いたぜ!コレお前が描いたのかよ!こんなことできたんだな!」

扉を蹴破って出てきたのはチケットを持った天龍。顔が赤い。こいつも飲んでやがったのか。おれは顔を抑えた。

「っの馬鹿…」

やっぱり酒ってロクなもんじゃないわ。絶対飲まない。そもそもアルコールの匂いが好きじゃないし。ただ、料理に入ってアルコールが飛んだのは別。アサリの酒蒸しマジ神。

そんなわけで、次の出撃からしばらくはMVPのやつの似顔絵を描かされる羽目になった。鳳翔さんと間宮さんにもその流れで似顔絵を描こうとしたら、「間宮さんだけ2回はずるい」っつって阻止された。実際はチケット作成の時に5,6回は描いてるんだけどね。

ちなみにチケットのイラストは、再び川内の提案で描いた全員の似顔絵のチケットを作ってそれぞれに対応して渡す感じになった。

こんど川内にも何かしてやんなきゃ。

 



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昔話

突然の昔話。


 俺が鎮守府に来たばかりの頃の話。俺は二人目の提督だった。前任の提督は、大破進軍捨て艦上等セクハラとっかえひっかえ変態というわかりやすい糞提督で着任から程なくして御用になったらしい。そんな訳で皆とのファーストコンタクトは大変だった。

 

 「秘書官の電…なのです」

 遠い。距離が。必ず5m以上の距離をとってくる。それ以上近寄らせてくれない。

 「…新しく配属になった提督です、よろしく」

 最初の握手なんかも当然なし。どうにかしたいけど、正直こういう状態の人間との関わり方なんか知らない。何で配属俺だったんだよ。とりあえず、いきなり距離をつめようとせずにいつものノリで接することにした。こういう時、コミュ障で良かったと思う。

で、あいかわらず距離をあけたまんま建物の中を案内される。けど、汚い。色んなところがずいぶん汚れてた。途中で、スルーされたいくつかの扉に気づく。

 「この扉なに?」

 「あ…入渠施設なんですが…使われたことはありません…」

 俺の質問にびくびくしながら答える。…む?使ったことないつった?

 「なんで?怪我したらどうすんの?」

 「…そのまま出撃になります、私たちは消費物だと教わりまs」

 「ストップ!OK、それ以上言わなくて良いわ、うん」

 んーふふふビックリしちゃったよー、僕。そんなこと言うやつって本当にいるのねー。一応報告で聞いてはいたけどさ。

 「ご、ごめんなさい!すみません…すみません…」

 なんか電がメチャクチャ謝ってきてる。こんなに重症だとも思わなかった。どんな状態なのかと思って入渠施設に入ってみた。脱衣所みたいだった。その先には磨りガラスの扉。そこものぞいてみると、埃っぽいしお湯も張ってないけど大浴場みたいなのが広がっていた。

 「これ使わなきゃもったいないだろ…」

 「え?」

 「…電、悪いけど皆を会議室に集めてくれる?」

 「!は、はい!いますぐ!」

 「そんなに急がなくていいよ、あと、怪我してる奴がいたらそいつらは休ませといていいから」

 「はい…了解なのです」

 

 「えー、この度こちらの鎮守府に配属になりました、提督です、よろしくお願いしまーす」

 はい、無言。つーか、まじで暗い。恐怖と不信感が立ちこめててまじカオス。

 艦娘は、利根、川内、神通、雷、電、曙。天龍は中破状態なのにいる。休んでていいよとか言おうと思ったけど、めちゃめちゃ睨みつけてきて怖いから黙認した。

 「えっと、早速ですが、皆さんに本日最初の任務を発表します」

 空気がさらに重くなる。ちょ、まってマジ怖い。皆何言われると思ってるの。

 「ま、まず皆で、鎮守府内の大掃除を行います」

 「はぁ?」

 川内天龍曙がハモる。電がめっちゃアワアワしだす。

 「なんで俺たちがそんなことしなきゃいけないんだよ」

 「いや、皆で使う建物なんだし、皆で綺麗にしたら気持ちいいかなって…」

 「アタシ達は兵器なのよ?敵を倒すのが仕事なの、どうせ最後には」

 「よせ、川内」

 言葉を遮ったのは利根だった。

 「不満はあるかもしれんが、今は奴が上司じゃ、指示には従わねばならん」

 「…わかったよ」

 …利根グッジョオオオオオオオブ!!超怖かった!頭真っ白!

 「じ、じゃあ、分担言いますねー、玄関は天龍、トイレは雷電、神通川内は入渠施設」

 「「「え」」」

 え?って…

 「廊下は曙お願い、食堂は俺と利根で、あと、男子トイレも俺がやるから」

 「「「ええ!?」」」

 「え、ちょ、何怖い」

 声に出しちゃった。いや、だってみんなすごい顔でこっち見てくる。

 「提督が掃除するの…?」

 「…うん」

 ちょ、まって皆目つきヤバい。何が眼帯の可愛い方だよ、顔のどこに力入れてるのその顔。電ちゃんそんな目で見ないで。

 「は、はい!それじゃあお掃除開始!みんなレッツゴー!」

 俺はダッシュで会議室から逃げた。

 

 一人でキッチン掃除してると、後から利根も入ってきて無言で掃除を始めた。ただ、黙々と掃除を続ける。…一人で黙って掃除するのと誰かがいるのとでこんなにも気まずいもんかね。ふと、こんなに汚いキッチンを普段使っているのかという疑問に気づく。気になって冷蔵庫を開けてみたら、何も入ってなかった。というか電源すらついてなかった。

 「なあ利根」

 「…なんじゃ」

 異様に静かな声で返事をしてくる。おいおい、怖いからやめてくれって。

 「あの、ふだんって…何食べてるの?」

 「何も」

 「へ?」

 「わしらは基本的には船じゃ、燃料さえあればことは足りる」

 「じゃあ、飯は食えないの…?」

 「食う必要はないのう、食材の無駄じゃろう」

 つまり食べれないことも無いんだな。

 「利根、悪いけどそのまま続けてて、俺ちょっと買い物してくる」

 「…何を言っておるのじゃ?」

 「ああ、きちんと台所は掃除したから、大丈夫、利根は食堂が終わったら廊下の掃除手伝ってあげて」

 そう言い残して俺は食堂を後にした。

 「…買い物…じゃと?」

 

 ちょいと小遣いをはたいて、近所のスーパーで何日か分の食材を買ってきた。食堂に戻ると、利根はもういなかった。出かける前に電源を入れてった冷蔵庫に食材を放りこんで、手元に残った晩ご飯の分の食材を前にした。タマネギ人参ジャガイモ鶏肉米、一から作る自信は無いから固形のルウ。海軍と言えばカレーでしょ。自慢できる程料理ができる訳じゃないけど、レシピを見ながら料理ができるくらいの最低限の技術はある。じっくりことこと、カレーを作り上げた。タマネギは思いつきで、形がなくなるまで調理してみた。米は…

炊けてる。OK。ありがちな失敗してなくてよかった。時間もちょうど晩飯時だった。

『そろそろ晩ご飯にします、手が空いた人から手を洗って食堂に起こしくださーい』

 館内放送で呼びかける。誰も来なかったらどうしよう。ドキドキしながら台所で待ってたら、遠くから足音が近づいてきて、ホッと息をついた。けど、皆食堂の入り口で俺の方を見て固まっていた。

 「おい、そんなとこに立ってたら他のみんな入って来れないだろ」

 動かない。

 「あ、そっか、そこにお盆あるでしょ、一人ずつ手に取って並んでって、カレー盛ってあげるから」

 「そうじゃねえ!」

 天龍が声を荒げる。だからやめてって…お前怖いんだから。

 「この鎮守府で一番偉い人間が何やってんだよさっきから!掃除したり料理したり…そもそも、俺たち艦娘に食いもんは必要じゃねーんだmぐm」

 大声で怒鳴りながらカウンターに近づいてきたから、開いた口にスプーンに乗っけたカレー放り込んでみた。ぶっちゃけ、俺にとっては命がけの賭けにも近かった。実際にカレーを味わって、天龍の態度が変わるかどうか。俺の手ぇめっちゃ震えてる。カウンターに隠れてるけどめっちゃへっぴり腰。様子をうかがってると、天龍の目が驚く程見開かれてく。スプーンに手を添えて、唇で拭い取るようにスプーンを取り出す。モグモグしてる。モグモグしてる。ゴックン。俺もゴックン。天龍がおもむろにお盆を手に取る。ぶん殴られる未来を想像して目を閉じた。

 「とっとと盛れ」

 「へ?」

 おそるおそる目を開くと、すごい剣幕でお盆を構えてる天龍がいた。

 「盛れっつってんだよ!皆もだ!お盆を手に取れ!」

 後ろにいた曙とか雷とかが顔を見合わせながらも、お盆を手に取って行く。後から来た川内神通、程なくして全員にカレーが行き渡った。けど、皆カレーと俺をきょろきょろ見ながら食べ始めずにいる。天龍は皆に早く食べてみてほしい感じになんか、すごい目つきになってる。皆はなんで食べないんだろうか。初めて料理を目の前にして食べあぐねてる?

 「はい、みんな両手あわせて!いただきます!」

 勇気を出して言ってみた。皆も、慌てていただきますをする。一人、また一人、恐る恐る一口目を口にする。

 モグ…モグ…ガツガツガツガツガツ!!

 「おいしい!」

 「んーんーんんん!(おいしいのです!)」

 「だろ!?うまいよな!?」

 天龍がさも自分が作ったかのように自慢し始める。よく見ると、何人か泣いてた。初めて食う料理って泣く程おいしく感じるんだな。よほどがっついてるのかムセる声も聞こえる。

 「お代わりあるからゆっくり食えよ」

人数分の倍くらい作ったカレーが、あっという間になくなった。

 

 「明日から少しずつ出撃するから、今日はもうゆっくり休んでいいよ」

 聞いてるのか聞いてないのか、それぞれ食器を下げにくる。

 「あと、お風呂も沸いてるから!みんな汗かいたでしょ、入ってきて良いよ」

 「「「は?」」」

 本日何度目かの疑問の声である。あのさ、そんなに怖い顔で言わなくても良いじゃん…

 「そう言えば司令官、ご飯はどうしたのです…?」

 「ん?これから食うよ?」

 電の表情がみるみるこわばって行く。

 「いい加減にしなさいよこのクソ提督!」

 食堂の空気が一気に静まり返った。

 「なんなのよ朝から…アタシ達は家政婦を雇った訳じゃないのよ!アンタは提督なの!アタシ達を戦わせるのが仕事なのよ!人間みたいに扱わないでよ!迷惑なの!」

 「いや、だって…」

 「アタシ達は兵器なのよ!!」

 口の端にカレーつけたまんま言われても…

 「一番偉い立場の人間に雑用みたいなことされたら、こっちが気ぃ使うのよ」

会話に入ってきたのは川内。

 「提督!アンタは台所に立ち入り禁止!」

 「へ?」

 「アンタが私たちに三食とれって言うなら従うわ、お風呂にも入る、ただ、アンタは良い椅子に座って指揮を執っていれば良いのよ」

 「いやでも…」

 「わかった!?」

 「はい!」

もうヤダ、怖いこの子達。その後俺は渋々執務室に戻って、相変わらず距離を空ける電と共に執務をこなして寝ることにした。

 

 翌朝、ついに俺の着任以来最初の出撃。執務室に集まってもらったのは、利根、川内、天龍、神通、満潮、霞というほぼ曲者しかいないウチの主戦力。

 「じゃあ、このメンツで1-4に出撃してもらいます…」

 利根以外、目を合わせようともしてくれない。返事もしない。つーか、捨て身の作戦だったとはいえ重巡が利根だけで戦艦倒したのか。すげーな利根。さておき、どうにかお願いするしかないなと思って口を開こうとすると、電が先に喋りだした。

 「私からもお願いするのです…皆さん、一度だけでも…」

 おい電、天使かよ。ちょっとうるっと来たぞ。

 「よい電、わかっておる、いくぞ皆の者」

 利根が声をかけて、皆が執務室を出て行く。

 「無事に帰ってきてね!」

 優しく呼びかけたつもりだったけど、天龍ら辺に思いっきり舌打ちされてしまい、思いっきりドアを閉められた。

 しばらく、沈黙。

 「はあ…ありがとう、電」

 「いえ…」

 それからしばらく執務をこなしていると、無線が入る。

 「はい、もしもし」

 『提督か…海域の奥まで進んだぞ、おそらく次がボスじゃろう』

 「流石だな利根、被害は?」

 『ふん、我が輩と川内が中破しておる程度じゃ』

 「いや、怪我してるんじゃんか、最初の出撃でそこまでいけただけで上出来だよ、一回帰っておいで、入渠風呂温めとくから」

 『ハッ、何を言っておるのじゃ、ボスがもうすぐそこに居るのじゃぞ?言ったであろう、御主はそこでふんぞり返って高みの見物をしておれば良いのじゃ、必ずやこの手で勝利をもたらしてくれようぞ』

 「おい待て、情報が入ったんだよ!その先には」

 すべて言い終わる前に、通信を切られた。

 「っ〜〜〜〜〜〜〜!」

 「司令官…!あそこには空母が出るって…!」

 「ぐぅっ!」

 「司令官!?」

 そのとき、俺に頭痛が走った。

 「あ…あるぜ…ぶら…」

 「へ?」

 「ろ、ローゼンタール…BFF…おーめる…」

 全身に電流が走ったような感じだった。思い出した。俺は前世で、アーマードコアfor Answerをプレイ中に餅を喉に詰まらせて死んだんだ。その時、俺の魂とアーマードコアの俺のアセンブルのデータがミックスされたあげく、超能力とか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃねえ、もっと恐ろしいものの片鱗によって産まれたのが今の俺なんだ。気がついた時、俺は工廠に向かって走り出してた。

 「司令官!?」

 

 工廠につくと、まだ仕事を任されていない妖精さん達が談笑していた。

 「妖精さんVOBとかない!?」

 「はあ?」

 「なにわけのわからないこといってやがるんですかー?」

 「ねごとはねていいやがってください」

 「しごとしろ」

 おい、妖精さんまでこんな調子かよ。まあ、VOBが無いなら仕方が無い。俺は頭の中で俺の使ってたアセンブルをイメージする。そうすると、なんか全身がムズムズしだした。

 「司令官さん、急にどうしたのです!」

 廊下を走ってた俺を見かけたらしい他の艦娘も工廠に入ってくる。それを意識の外に、俺はなんとなく悟空のスーパーサイヤ人みたいなイメージで全身に力を込めた。

 「はあああああ!」

 どん!と、緑色の輝きとともに俺の全身が、よくあるAC擬人化みたいな見た目に変化した。

 ちなみに俺のアセンは以下の通り。

 

 頭 アルゼブラ ソリューヘッド

 胴 ローゼンタール ランセル

 腕 BFF 047AN03

 脚 ローゼンタール ランセル

 手武器 両手BFFライフル

 肩武器 MSAC 左 POPLAR01

右 VERMILLION

 肩ユニット  アクアビット EUPHORIA

 FCS オーメル FS-JUDITH

あとブースターとチューン関係は基本的に空中戦を想定した感じに。

わかりやすい中級二脚、ある程度空中戦にも対応した機体。

てか、緑色の輝きってヤバくない?そう思ってたら、腰の辺りから妖精さんが顔を出してきた。

 「こじまのことならしんぱいいらん、このせかいではなんらえいきょうはない」

 丁寧にどうも。てか、今の声セレンさん?

 「アンタ…誰?」みんなポカンとしている中で曙が漏らすように呟く。

 「電!」

 「は、ひゃい!」慌てた様子で変な返事をする電を気にせず、続ける。

 「あいつら何処いったんだっけ?」

 「な、南方海域なのです」

 工廠のドックから直接海に出る。さっき執務室の窓から観た利根達は海面を地面みたいに歩いてたけど、俺はネクストらしくフワフワ浮いてた。

 「ち、ちょっと待ちなさいクソ提督!アンタどうやって海面に…」

 自分のことを棚に上げて疑問を投げかけてくる曙を無視して、姿勢を屈める。

 

ヒュウウウウウウっギュウウウウウウウウウン!!

 

 チャージしてオーバードブースト。

 

 「…なのです?」

 静まり返った工廠に、混乱しきった電のつぶやきが響いた。

 



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昔話(続)

昔話終わりです。
気が向いたらまたやるかも


利根達は、自らの選択を後悔した。まさかここで空母が出てくるとは。旗艦の利根は、タービンに損傷を受けて既に航行が不可能になっていた。

 「退くのじゃ皆の者!我が輩が引きつける!」

 「バカ!お前だけをおいて行けるかよ!俺も死ぬまで戦うぜ!」

 「進軍を押し進めたのは我が輩じゃあ…提督の帰投命令を無視するような兵器には水底が似合いじゃろうて…」

 『よく言ったぞ利根』

 突然、その場に居る全員に通信が入った。

 「提督か!?」

 「てめえ!そりゃ一体どういう意味だ!」

 『今の台詞はオッツダルヴァが敵に放ったことで自分に死亡フラグを立てた台詞だ、それを自分自身に掛けたということは』

 その瞬間、声の主が高速で6人の間をすり抜けて行った。

 『敵の死亡フラグだ』

 

 艦これの世界で俺の体は所謂、壊れ性能そのものだった。

まず、サイズは人間並みになっている。そのくせして、速度とかの性能はACネクストそのまんま。つまり、オーバードブーストを吹かすと海上を亜音速で突き進める。航行速度で表すとおよそ640ノット。通常ブーストでもおよそ200ノット。うん、馬鹿げてる。

 プライマルアーマーが剥げないギリギリを維持しつつ、レーダーに利根達6人を捕らえられる範囲まで来た。みんな生きてるね。と、安心してたらうっかりOB(オーバードブースト)を使い切ってしまった。

 「PA(プライマルアーマー)剥げているぞ、留意しろ」

 妖精セレンさんがオペレートしてくれる。テンションあがるね。このアセン、燃費を良くしたせいかわからないけどPAの回復が遅いんだよね。俺は利根達に通信をつなげた。何やら言い争いが聞こえたので、上記の台詞を言い放った。6人の姿を確認したら、間をすり抜けてクイックターン。これ苦手だったなあ。レッドラムとか真改を倒すために必死でクイックターン練習したよ。

 「みんな生きてるね」

 「て、提督!?」

 「おま、え、どうやってここに!?」

 「いいから、利根つれてとっとと帰投して、敵は俺が引きつけるから」

早くこの体で戦ってみたくてウズウズしてんだよ、正直。

 「クズ提督に一体何ができるって言うのよ…!」

言うことを言うと霞の言葉を無視して俺は再びクイックターン、敵に向かって通常ブースト(200ノット)で動き出した。

 「「速ッ!」」

 6人は帰投を始めたものの、提督の様子が気になって航行速度は必要以上にゆっくりだった。

 

 楽しい、超楽しい。海面でクイックブーストを吹かすと、フワリと体が上昇を始める。そう言えば空中戦も想定したアセンだったなと思って、俺は海上をクイックブーストを吹かしつつフワフワ動き回る。そしたら、敵の弾があたらないあたらない。ちゃっかりPAも回復してる。通常弾なんか当たったって効きゃしない。急いで回頭する駆逐や軽巡なんかを嘲笑うような速度で死角に回り込み、ライフル掃射。一撃二撃くらいで仕留め、空母…

 

 「味方に敵艦載機が向かっているぞ!急いで援護しろ!」

 セレンさんのオペレートが飛ぶ。レーダーを見ると、利根達がまだ戦闘海域内に居た。何やってんだあいつら。通常ブーストでは間に合わなさそうだから、OB。OBの平均速度は音速以下だけど、初速は1400km/h。

つまり、俺の体は音を置き去りにした。回線を開くと、利根達の慌てた会話が聞こえてくる。

 「天龍さん川内さん!敵の艦載機が…!」

 「御主達、我が輩のことはおいて行け!」

 「馬鹿言わないで!」

 「オメーをおいて行くくらいなら一矢報いてから俺も死んでやるぜ!」

 「とっとと逃げろっつったろ」

 一気に利根達と艦載機の間に入る。で、艦載機の一斉掃射を食らう。

 「キャアアアアアアア!」

 「提督!」

 敵艦載機からも何となく「やったぜ」て感じが漏れてる。残念、PA生きてましたー。ほぼ無傷の俺を見て敵を含め一同、唖然。その隙にクイックブーストで一気に距離を詰め、ライフルで艦載機を片付けた。

 「わかったから、そこで待ってろ、すぐ片付けて一緒に帰ってやるから」

 それだけ言うと、俺はクイックブーストを吹かしつつヲ級に接近して行く。そのときの俺は、さぞかし鬼か悪魔のように見えたのだろう。二人のヲ級は蜘蛛の子を散らしたように回頭して逃げて行って、俺もそれ以上追うのをやめた。

 「敵の撤退を確認、ミッション完了だ。戦意の無い敵は逃がす…か。お前の選択だ、なら私はそれで良い」

 セレンさんがなんか労ってくれた。ヤダ、惚れちゃう。

 戦術的勝利A…いや、利根達の状態を考慮したらBってとこか?俺も振り向いて利根達の元に向かう。

 「おら、帰るぞお前ら」

 帰投の間、会話は無かった。さっきまで調子乗ってたけど、俺がコミュ障なのすっかり忘れてた。ただ、天龍がやたらとチラチラ俺のこと見てきて怖かった。

 

 数時間後、帰投。皆がドックにあがったのを確認して、俺も降り立った。なんとなくガンダムとかの着陸シーンをイメージして、こう、スライドしつつズゥーンと降り立つ。ちょっと、今の俺カッコ良くね?

 「おかえりー、いやー疲れた。あ、利根は即入渠ね。他、怪我のヒドい奴から優先的に…」

 なんて言ってると、曙、電、川内、天龍、利根、霞…つーかその場に居た神通以外がすごい剣幕で歩み寄ってくる

 「え、ちょ、なにゴフッ!」

 曙のグーパンチから始まって平手打ち、足蹴、次々に袋だたきにされる俺。おい、だれか機銃使ってるだろ、やめろ連続攻撃はPAが剥げる。

 「あんたは何考えてるのよクソ提督!味方が被害受けてるからって指揮官が飛び出して行く普通!?」

 「いや、つい心配になっちゃってつい…」

 「言い訳するな!アレでもし死んでおったらどうする気だったのじゃ御主は!」

 「いや、ぶっちゃけ戦艦6匹に囲まれても負ける気しないし…つーかお前は早く入渠しろよ」

 グイッと胸ぐらをつかまれる。うわ、天龍かと思ったら電だった。あれ、君そう言うキャラじゃ…

 「電は!電は…!」

 怒っていた顔がみるみる泣き顔になって行く。そして俺の胸に額を押当てる。

 「誰にも死んでほしくないのです…!提督さんが良い人でも、たとえ嫌な人でも…」

 肩をふるわせて泣き出してしまった。

 「…ごめん…」

 「ほら電ちゃん、提督を離してあげて」神通が電の肩を抱えて連れて行く。やれやれと思って立ち上がろうとすると今度は川内の人差し指が眼前に突き立てられた。

 「提督!貴方は今後出撃禁止!」

 「え?」

 とぼけた声を出している間に、天龍が川内を押しのけて入ってくる。

 「ちょ、ちょっと!」ビックリしたけど、すぐに天龍が少年のようなキラキラした瞳になっていることに気づいた。

 「その代わり!これからは俺たちの訓練につきあえよ!」

 「は?」

 「俺たちもさ、海に出られなくなる辛さはよくわかるんだ!提督の交代を待ってる間は出撃はできなかったからな〜。だからさ、俺たちの訓練につきあってほしいんだ!そしたら提督も退屈しないし、俺たちの戦力強化にもなるしウィンウィンだろ!?」

 「お、おう、別に良いけど…ただお前ら」

 「ああ、これからは言うこと聞くぜ!退けっつわれたらちゃんと退くから!」

 「ま、待ってよ!それよりも皆大事なこと忘れてない!?」

 突然、曙が声を荒げて割って入ってくる。

 「クソ提督、貴方一体何者なのよ!?」

 しん…と静まり返るドック内。

 「えーと…リンクス…かな?」

 

 

 

 

 

 そして現在。工廠に来てこの装備を見るたびに、あの日を思い出す。結局俺の装備はあの後、パーツごとに分けられて工廠に保管されている。ちなみに、PAは俺の体内に据え置きになってるらしい。工廠のドックに入ると、妖精さんがせっせと俺にパーツを装着してくれる。

 「がんばってくださいー」

 「あのなまいきなびっぐせぶんにめにものみせてやってくださいー」

 妖精さん達もずいぶん態度が軟化したよ、ほんと。

 今回は訓練ではなく、長門とのサシの対決。ことの発端は、長門がウチにきたことによる。

 

 実は、長門はまだウチにきて一週間と経っていない。前に所属していた鎮守府の提督がこれまたヒドい野郎だったらしく、この長門が独断で艦娘達の総意を引き受けて、半殺しにしたのだという。ほんとなら解体処分になるところ、他の艦娘達の証言や提督の実態を加味した結果、ウチに転属になったらしい。当然、俺のことは全く信用しちゃいない。指示もまるで聞かない。

 「どうしてもというのならば、力でねじ伏せてみせろ」

 それを聞いた龍田が、満面の笑みで

 「じゃあ戦ってみたらどぉ〜?提督と一対一で〜」

 その発言から、なんやかんやで引けない空気になって、渋々承諾。しかも、いつもの訓練なら両手をライフルから14cm単装砲に変更するところを

 「手加減などしたらたとえ負けても言うことなど聞かん」との発言から、両手、両肩フル装備。妖精さんも長門の発言に腹を立て、ノリノリで専用のペイント弾を作ってくれた。

 

 で、全身装備完了。いつものように、セレンさんが肩にちょこんと乗っかってくる。

 「この装備も久しぶりだな。…礼儀を知らんルーキーに目に物を見せてやれ…!」

 相変わらず、セレンさんはうまく俺のテンションを煽ってくれる。ドックから出ると、既に長門が前方に見えていた。

 「ほう、本当に海に出れるのだな、ほめてやるぞ」

 『それでは、提督と長門さんによる、一対一の模擬戦を開始しま〜す』

 アナウンスは、言い出しっぺの龍田、解説は天龍。

 『おうおう、すげー装備だな、流石ビッグセブン!これは流石の提督も危ないんじゃねえか〜?』

 天龍、意外とうまいな。観客席(建物内)が異様な盛り上がりを見せる。

 『それでは、ピストルとともに始めたいと思いま〜す。よ〜〜い…』

 

ぱん!

 という、どこか懐かしい音とともに対決が始まった。

 

 結果から言うと、圧倒的すぎた。

 手加減するなと言われたので、ホワイトグリントとやるぐらいの気持ちで、開始とともにライフルを撃ちながらOB、長門の横をすり抜けるとクイックターン、ライフル斉射、振り向かれる前にQB(クイックブースト)で離脱、空に逃げて長門の頭上から死角に移動、ライフル斉射。この間、5,6秒程で、長門は全身真っ黄色、大破轟沈判定。たぶん、開始から終わるまで俺のこと見えてない。初めて真改とやった俺の状態だと思う。

 『あら?あらあら、もう終わり〜?』

 この結果を知っていたはずの龍田も、数拍遅れて対決終了のブザーを鳴らした。

 『え〜以上を持ちまして、この度の対決は提督のS完全勝利で終わらせていただきま〜す』

 わああああああっとあがる歓声。

 「わかったな、長門。これからは俺の指示に従ってもらうぞ。心配しなくても別に変な指示出したりは…」

 長門の目が赤かった。だんだんうるうるし始めた。あ、これは…と思ったら、大声で泣き始めた。そして立ちこめる、おい慰めろよムード。え、これ俺のせい?

 「あー…のさ、ご、ごめんな?なんか…」

 「うるさあああああい!」

 長門は泣きじゃくりながら鎮守府内に走り去ってしまった。

 『あらあらあら〜、提督は気にしなくても良いわよ〜?私と長門さんが言い出したことだもの〜』

 「う、うん…」

 

 翌日、今週の秘書官、雷と執務をこなしていると、ノックが鳴った。

 「どうぞ〜」

 「もう、司令官そんなんじゃダメよ!もっと男らしく返事しなきゃ」

 「いいんだよ、世の中にはこんな男も居るの」

 「…入っても良いか?」

 「!お、おう、どうぞ」

 声の主は、長門だった。

 「あー…きのうは悪かっt」

 「言うな!」

 「長門さん…?」

 謝罪を切られた俺の代わりに雷が反応した。

 「謝罪をするのは私の方だ。貴方という人間を知りもせずに頭ごなしに拒絶し、ビッグセブンの名に驕ったあげく喧嘩を売り、そのつまらないプライドも完膚なきまでに叩き潰された…」

 突然何を言い出すんだよコイツは…てか、俺の呼び方が「貴様(きさま)」から「貴方(あなた)」に変わったな。と思ったら、突然近づいてきて机においてた俺の手を握りしめた。

 「あの圧倒的な力に、謙虚な物腰…貴方こそ、この長門の伴侶として相応しい…」

 「は?」

 「へ?」

 俺の目ぇ真ん丸。長門はなんか目を細めて頬を赤らめてる。隣のトトロ…じゃなくて雷なんかリンゴみたいに真っ赤になってる。

 「精一杯頑張るよ。だから私が練度を高めきった暁には、私とケッコンカッコカリを誓ってくれ…」

 「「ええええええええええええええ!?」」

 ちなみにこれ以来ウチの長門は、他の長門と比べると「ビッグセブン」という言葉をあまり使わなくなった。

 



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第4話 対バン

何がやりたかったのか?俺も知らん。


盆を手に取り、食堂の列に並ぶ。今日は休日ということもあってまだ寝ている艦娘もいるようで、朝食をとる人数はまばらだ。いつもなら静かな食堂の風景だったのだが、このところはうるさいのが増えた。

「おはようございます司令官!休日だというのにお早いですねえ!ご立派です!」

「おはよ。何やってんの?」

さっきから食堂でちょろちょろしている、重巡の青葉。そう、噂のやつが遂にうちにも来てしまったのである。

「はい!わたくし何分新参者ですから、一日でも早くこの鎮守府に馴染めるよう、他の艦娘の方々に色々と伺っていました!」

「そっか、朝早いし、程々にな」

「はい!」

って、聞いてるだけだと普通にいい子。噂だけで警戒してた自分をちょっと反省しようかな。ってくらいに。

「あ、それでですね、ぜひ司令官にもいろいろとお伺いしたいのですが…」

「おい貴様、これから提督は私と共に朝食をとるのだ。あまり粗相が過ぎるとこの長門が黙っていないぞ?」

もう一人はこいつ、長門。あの対決以来、やたらと引っ付いてくるようになった。今朝なんか非番だっつうのに5時から起きて、俺が起きてくるまで部屋の前で待っていやがった。なんつうか、俺みたいなやつにそんな引っ付いてきたって後々後悔するだけだと思うんだけどねぇ?

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

私はあのしつこい重巡をどうにか追い返し、提督と共に席に着いた。さて、提督もなかなかウブな方だ。こちらから色々とアピールしなければ恋仲になるのは時間がかかるだろう。私はいただきますをすると、スプーンにカレーを乗せて提督に差し出した。

「ほら提督、あーん」

「…いや、べつにいらないけど」

「そういうな、私と貴方との仲だろう。遠慮せずにほら」

「やめろってハズイから!」

提督は顔を背けたりして抵抗する。無論、こうなることなど想定済みだ。このやり取りで、一滴のカレーがスプーンから、提督の白い制服に向かって落ちる。ニヤリ。カレーの染みは洗っても落ちにくい。白い服など特に。その汚れをきれいさっぱり洗い取って見せれば、提督も私の女子力に

「プライマルアーマー!!」

ブォン!という音とともに提督が緑色に光り、服に付きそうになったカレーが光に触れると蒸発するように消えていった。

「ったく、染みになるところだったじゃねえか」

「おお!今のが電さんや川内さんのおっしゃっていた特殊な防護膜ですか!」

「うん、服に付いちゃうと発動しても無駄だけど、その前だったら外飛んでる虫とかもこれで弾ける」

「便利なものですね~、普段から点けてればいいじゃないですか」

「いや、これ点けてると、何故か工廠の燃料が少しずつ減っていくんだよね。つか、周りの物にも触れなくなるし」

ぐぬぬ…流石、私をねじ伏せて見せた男、伊達ではなかったということか…

「あれ、どうしましたか長門さん、悔しそうな顔をして」

「なんでもない、貴様、用はそれだけか?ならばとっとと離れろ。食事の邪魔だ」

「は、はい!失礼しました!それではごゆっくり!」

ふん。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

俺は薄暗い部屋にいた。何故か?俺には休日になると必ず行くところがあった。俺の広く浅い多趣味の一つ。いや、浅くもないな。常日頃体を鍛えているのはこのためと言っても過言ではない。

ガーガガガガガガガーガガガガガガガガーガガガガガガガーガガガガガガガ

なり始めるエレキギター。所詮打ち込みだからどこかチープだが、まあ仕方がない。加わって来るブラス隊。からの

「他人事じゃない社会情勢引き合いに出して説教モードォォオオオ!箸で人を刺しながら赤い顔をしてるぅー」

カラオケ。全力の。わかる人はわかるかな、今歌ってるのはB’zの「銀の翼で飛べ」。アルバム曲だけどカッコいいんだコレ。一人で歌ってて人目も気にしないから、ライブDVDの稲葉さんを真似して動き回る。こだわんのはラストサビんとこ。

「翼広げー、僕と行きましょーぉー、

どこでも何かが起きている~」

「知らないことを!」で、屈む。

「学ぶ根性あるかい!」で、リズムに乗って跳ねて

「敗北感にぃー、」で跳ねて一気に足を蹴りだす。で、

「悩んでるなら~」と歌い続ける。いや、こうやって文で読んでるだけだと馬鹿っぽく見えるかもしれないけど、DVDのこの稲葉さんマジカッコいいのよ。

「本当はそばにいる、自分を待つ人がいるんだよ!銀色、自立の色、とってもsweeeeeet!!」

そしてアウトロに入る。いやー、気持ちいい。気持ちいいけど、艦娘の皆には見せられないねこんな姿。今日は他にもやりたいことあるから、予約したのは2時間ぐらい。その間も、激しく、力強く、時にしっとり、B’zばっかり歌い続けた。言っておくけど、B’zファン別にこんな人ばかりって訳じゃないからね?俺がたまたまB’zフリークなだけであることを覚えておくように。

 

 

「青葉、見ちゃいましたぁ」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

二日後。執務室のドアをノックもなしに開けてきたのは那珂だった。

「頼もぉーーーーーーーう!!」

「うぉっどうした急に」

「那珂ちゃんは提督に決闘を申し込みます!」

とりあえず、決闘と言われたのでプライマルアーマーを展開した。

「ち、ちょっと、違う違う違う違う!そうじゃなくって!」

なんだよ…つまらん。って、なんで戦闘狂みたいなこと考えてんだ俺。

「那珂ちゃんは、提督に対バンを申し込みに来ました!」

「は?」

「『青葉新聞』読みました!」

「おい加賀」

「承知しました」

俺は今週の秘書艦の加賀にそれだけ言って、執務室を出る。

「あ、提督!返事は!?」

 

『圧倒的歌唱力!歌える艦娘の次は歌える提督?狙いは那珂ちゃんの後釜か!』

何ともまあ、嘘偽りしかない見出しの載った新聞が、食堂の掲示板に張られていた。

「司令官さんお歌が歌えるのです!?」

「ハラショー」

「歌って見せて!私聴いてみたい!」

「ボクもボクも!」

わらわらと、新聞を見たらしい艦娘たちが俺の周りに集まりだした。

「い、いや歌わねえよ。人に見られたくないから一人で歌いに行ってたのに…」

「いーえ提督!」

人だかりの向こうから那珂が声を上げる。

「こんな公の場でこんなこと言われちゃ、那珂ちゃんのアイドルとしての面子は丸つぶれ!正面から那珂ちゃんの凄さを見せつけてあげなきゃ気が済みません!」

「あら~、丁度いいんじゃないかしら~?」

那珂ちゃんとは温度差のありすぎるのんきな声を出したのは、龍田だった。

「たしか、長門さんと青葉ちゃんの歓迎会がまだじゃなかったかしら~。そのときの余興として、二人とも歌ってみたらど~お?」

「いやお前何言って…」

「良いじゃねえか!グッドアイディアだぜ!」

「いいね~、那珂ちゃん賛成!」

それから、次々と湧き上がる賛成の声。この空気でもはや断れなくなった俺は、遠くに聞こえる青葉の悲鳴をせめての心の慰めとした。

 

那珂ちゃんが本気でセットリストを考えたいから、歓迎会は来週の休日ですって~。セットリストとはいっても、那珂ちゃんもまだ他所の那珂ちゃんが作った楽曲を借りて活動してるだけなんですって~。それはさておき、歓迎会までの一週間は鎮守府全体がお祭りムードでした~。話を聞いてノリノリになった明石さんを筆頭に、工廠の妖精さんたちがせっせと野外ステージを組み立て始めていました~。その間に訪ねてきた深海棲艦の皆さんも、話を聞いたら進んで手伝い始めちゃって、なんだか作業現場はとっても不思議な光景だったわ~。当の提督さんも、嫌そうなことを言っていた割には設計を担当する妖精さんと一生懸命話し合っていたりして、実は人前で歌うのが楽しみなのかしらね?面白いのが、提督さんが現場に来ると妖精さんたちの士気がグンと上がるんです。罪な人よね~。そして当日…

歓迎会は飲めや食えやの大盛り上がり。酔った隼鷹さんや加賀さんが提督に言い寄ってみたり、金剛さんがバーニングラブ(抱き付き)して…これはいつも通りね~。暁ちゃんがお菓子を頬張りすぎて喉を詰まらせたり。そういえば、この時提督がヤケに慌てて介抱していたわね~。喉を詰まらせることにトラウマでもあるのかしら~?天龍ちゃんといえば、何だかやけにソワソワしているわ~。

「どうしたの~?天龍ちゃん」

「い、いや別に何でもねえよ」

「はやく提督さんのお歌が聞きたくてソワソワしてるんでしょ~?」

「バッカ、何言って…」

「当日思いっきり楽しみたいから、組み立ててるステージもなるべく見ないようにしてたんでしょ~?かわいいんだから~」

「べ、別にそんなんじゃ…」

「んふふふ~、ステージの時間は決まってるから、もうちょっと我慢しててね~?」

「お、おう…」

 

私たちは野外ステージの前に集まっていたわ~。深海棲艦の皆さんもそうだけど、噂を聞きつけた近所の人たちも集まってきているのよね~。彼ら、深海棲艦の皆さんがちょくちょく買い物に行くものだからすっかり慣れちゃったのよ~。そんなことを考えていると、鎮守府の明かりがフッと消えて、辺りが真っ暗になったわ~。そして聞こえてきたのは、軽快な打ち込みのサウンド。チラホラと声が上がり、そしてステージを覆っていた幕が開くと、中から那珂ちゃんが登場。一気に歓声が上がったわ~。

『みんな集まってくれてありがとう!今日は最高の夜にしようねーーー!』

流石、普段から鎮守府内の小さなステージとはいえ人前で歌っている子はステージ慣れしているわね~。いくらなんでも提督さん、不利なんじゃないかしら~。

 

ふう。那珂が歌っている裏で、俺はスタンバっていた。歌うのはお互い3曲ずつ。実は、人前で歌うのは初めてではない。高校では軽音部に所属していた。理由は、楽器に触ってみたいから。吹奏楽部の一つウン十万する楽器よりも触りやすいだろうと思った。けど、入って担当させられたのはボーカルだった。ギターとかもやって見たかったけど、先輩には「いいからいいから」と歌わされ続けた。が、一人の先輩ボーカルから「へたくそ」「才能ない」「不協和音」などと散々けなされて途中離脱した。そんなにへたくそなのに、何故ずっとボーカルを任されていたのかは未だに疑問だけど。

歌っている那珂は、自称とはいえ流石にアイドルだった。ちょっとした喋りや振り付けで上手く会場を盛り上げている。LEDやレーザーも巧みに演出して盛り上がりに拍車がかかる。結局のところ、俺の歌なんかは余興の余興だろう。ただ、恥ずかしがっていると観てる方も恥ずかしくなるのは知ってる。だから、苦手なMCは少なめに。いい思い出になると考えて、歌に全力を注ごう。

那珂が3曲歌い終えた。一回幕が下りる。が、那珂が3曲目をバラードでしっとり歌い上げたことで、なんだかもう終わったみたいなムードになりつつあった。さてと、俺もわがままの時間だ。演出担当の妖精さんにいろいろ頼んである。

 

白雪です。幕を挟んだ私たちは、今まで誰も見たことがないであろう提督の姿を心待ちにして、ソワソワしていました。

突然始まる、ノイズのような音。誰もが「お?お?」といった感じで身を乗り出します。そして次の瞬間、重く、力強いギターの重低音と共に幕が開き始め、眩しい光を背後から受けながら体をビートに乗せて激しく揺らす提督が現れました。会場のテンションは、もう最高潮です。那珂ちゃんさんの時とはまた違う、異様な盛り上がりです。

 

那珂ちゃんさんとはまた違った、男性らしい力強い歌声です。提督、こんなに歌がうまかったんですね。

1曲目が終わり、提督が喋り始めます。

『えー、みなさん今日はえー、ウチの長門と青葉の歓迎会に集まっていただいて、ありがとうございます』

歌っている最中とは打って変わって、いつも通りの提督ですね。なんだか落ち着きます。二曲目は、ミディアムバラードでした。

しっとりと歌い上げます。すごいです、提督の歌。歌い終わった後自然と拍手が出るほどでした。そういえば、提督は二曲目がバラードでしたね。3曲目は何を歌うのでしょう。

『えー、始まる前は緊張していましたが、いざ始まってみるとあっという間で、ホントに時間というのは不思議なもので、始めの内はなんとなくこう、「あ、長門も青葉も楽しんでくれてるな」って言う、新しい景色みたいな感じで見ていたんですけど、もう、この短い時間の中ですっかり馴染んじゃっているんですよね』

皆が提督の話に聞き入っています。

『普段あまりこういうことを言うキャラではないんですけど…これも今皆から感じる、温かい空気というか…気持ちのおかげかな?なんて、そんな柄にもないことを考えてしまうような、素敵な夜でした。みんなこれから、長門や青葉、それだけじゃなく今まで通り全員と仲良くできるよう、心から願っております、皆最高でしたどうもありがとう!』

感謝の言葉とともに、最後の曲が始まりましたが…なんと超アップテンポの曲!普通締めくくりって言うとしっとりした感じに終わると思ってたんですが…これは意外!

アクセル全開のまま曲が終わりました!なんだか、まだまだ続くんじゃないかっていうテンションのまま幕が閉まっていきます。皆、なんだか物足りなさそうです。そして始まったのは、皆のアンコール。

「「もう一回!もう一回!もう一回!」」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

ライブは大成功に終わった。いや多分、鎮守府の連中が空気が覚めないように気を使ってくれたんだろうけど。因みに、那珂との対決はドローらしい。優しいね那珂ちゃん。

で、その後どうなったか。

「提督~一緒に歌おうよ~!アイドル楽しいよ~!?」

那珂にユニットに誘われるようになった。

 「いーやーだ!人前で歌うのはあれで終わり!ただでさえ恥ずかしかったんだから」

 「よせ、那珂。確かに我が夫の歌声は素晴らしかったし人に聞いてもらいたくなるのもわかるが、こうして嫌がっている以上は仕方がない、諦めろ」

 「むー、那珂ちゃん諦めないからね!いつか絶対に勧誘して見せるから」

 勘弁してほしいわ…

 「お歌が嫌ならドラムはどうかしら~?」

 「「へ?」」

 龍田貴様何故それを知っている!?

 「お休みの日に良く、前の汚物提督が置いてった防音室を改造したスタジオにドラムを置いて叩いているじゃな~い、自分の声が聞かれるわけじゃないし、那珂ちゃんのバックで叩いてみたら面白いんじゃないかしら~?」

 「提督それホント!?」

 「…龍田ぁ…」

 「昨日の青葉新聞に載ってたわよぉ?多分みんな知ってるんじゃないかし…」

 龍田は固まった。提督が今まで見たことがないような殺気を孕んでいたからだ。あの野郎、加賀にこってり絞られたってのに懲りなかったようだ。

 「提督、任せておけ」

 「いや、いい長門」

 俺はそういうと、椅子からジャンプして机の前に着地した。

 「俺がやる」

 俺は一気にオーバードブーストを吹かし、ドアをぶち破って行った。

 「あらあらあら~。ご愁傷様、青葉ちゃん」

 「提督待ってよ~!じゃあユニットのドラムに…」

 

後に、ボーカル&ダンサーとドラマーという異色のアイドルユニットがデビューすることになるが、また別の話である。

 



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第5話 正妻

修羅場的なのを描こうとした。


 艦娘のキラ付けと言えば、提督なら誰もがめんどくさがる作業だろう。来る戦闘のために別の戦闘で勝利し、艦娘の気分を高揚させなければならない。そのため、海域に移動する分の燃料はかかるし、ウチみたいに深海棲艦が演習気分で付き合ってくれるような場所でもなければ弾薬も消費する。

 だがウチの場合、海域に移動する必要も、演習をする必要もない。何故か?鎮守府内での訓練でキラ付けできるからだ。何故訓練程度でキラ付けできるのか?

 

それは相手が俺だからだ。

 

 「まだまだ、筑摩には負けん!」

 「!姉さん、オーバードブーストよ!」

 「Hey、先回りするネ!」

 「いや違う!フェイントじゃ!戻れ金剛―」

 「Oh!」

 金剛が全身真っ赤に染まる。

 「あうう…大破判定ネー。退がってるヨー…」

 「クッ、お姉さまの仇は私が…!」

 訓練だからPA(プライマルアーマー)は起動させなくていいし、そうすると消費するのは俺の体力だけ。消費する燃料は最低限で済む。それに、本気を出すと亜音速で行動する俺を相手にするから、皆メキメキと実力をつける。最近では、昔からいた利根やら曙やらはずいぶん対応してきており、訓練中何発か直撃判定をもらうのだ。それでキラが付く。ただ、この特殊な訓練のおかげでおかしなことも起きてしまっている。

 「っがああ!」

 「おそい…そんなんじゃ…提督は任せられない…夢のまた夢」

 「くっそぉ、駆逐艦風情が…!」

 「私だって…やればできるし」

 俺たちから離れたところで長門の相手をしているのは、初雪。長門の錬度は、50ちょい。初雪は、20ちょい。何故レベルの低い駆逐艦がレベルが倍近くある戦艦の相手をしているか?それで十分だからだ。

 俺が長門に告白された次の日、長門は声高々に食堂で皆に告白宣言をした。長門は前の鎮守府で50レベルに達していた。ウチで一番レベルが高い利根でも、35レベル。確かに今一番ケッコンカッコカリに近いのは、長門である。が、加賀や天龍や他の艦娘たちが猛反発。自分の限界をさらに超えた力を手にできるシステムだ、自分が一番に欲しいと思うのは当然だろう。どうしてもというなら、訓練でウチの駆逐艦たちを倒して見せろと言い放ったのだ。

ふつうは、錬度というのは戦闘に出た経験と実力に伴い、上がっていくもののはず。が、ウチの面子はレベルとは関係しない訓練の中で規格外(俺)を相手にしているせいで、実力がレベルを追い越すという矛盾した状態が発生しているのだ。その結果、数値的な錬度詐欺の状態になってしまい、他の鎮守府との演習では度々苦情を入れられる始末になっている。

つまりだ。ウチにしばらくいる艦娘たちにとって今の長門は例え50レベルだろうが、動きも、反応も、遅い。

因みに長門に限った話ではなく、ウチに来た艦娘の訓練は、始めは他の奴が担当し、俺は所謂最終関門的な扱いになっている。

「ビッグセブンも…大したことない…」

「っ!舐めるな…ビッグセブンは驕りではない!プライドだぁああ!」

「ん…その意気」

初雪は少し微笑んで長門の砲撃をかわしつつ、一定の距離に張り付いて少しづつペイント弾をぶつけていく。アイツああ見えて、相手に合わせてやる気を引き出すの上手いんだよ。っと、筑摩のペイント弾が俺の肩をかすめた。

「うぉ、やべっ」

「甘いな提督よ…その行動パターンも予測済みじゃ!」

…俺も、いつまでもただ訓練に付き合ってるばかりではない。ゴキブリじゃないけど、俺みたいのが一人いる以上、似たようなのが他にもいる可能性はきっとある。俺はいつもとは違うQB(クイックブースト)を吹かした。サイドブースターが、普段の倍近いサイズの火柱を放つ。

「なっ、早っ…」

二段QB。ゲームではR2ボタンを半押しした状態からさらに押し込むことで、普通のQBよりも大きく移動できる高等技術。2008年の発売から現在でもオンラインで戦ってる連中はこんなもの当たり前だという。俺はオフラインとか友達との間でぬくぬくやってるのが好きだったから、そこまで極めようとはしなかった。要するに、俺よりもプレイが上手かった奴がCORE息(こあむす。命名俺。)に転生して敵に回った場合を考えて、俺も二段QBを体得しておく必要があった。もう一度、二段QBで利根に急接近しようとするが、失敗して普通のQBが出る。仕方がなく、上空に移動して死角からライフルを吹かした。

「はい、利根大破ー。」

「ぐぬぬぬ…お主、まだ技を隠し持っておったのか!卑怯じゃぞ!」

「隠してなんかいないよ~。俺もまだまだ成長してるってこと。」

俺はそう言うと残りの4人を片付けに行った。

「あ奴め…最近ようやく目で追え始めたと思ったのに、まだ速くなるというのか…」

「テートクに胸を張って海を任せてもらえるようになるにはまだまだ時間がかかりそうデース…」

訓練待機場所に戻った二人は、大きなため息を漏らした。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

私の司令官ったら、とっても変わってるわ。何がですって?まず思いつくのは、なんといっても海に浮いて戦えちゃうの!人間なのに!しかもとっても強いのよ!でも、自分で戦いに行くのは川内さんに禁止されちゃったんですって。それはそうよ!ここは鎮守府なんだから、頼ってもらわなくちゃ私たちがいる意味がないものね!それでも、皆からは度々戦闘に関する相談を受けてるみたい。本当は、私たちとはスタイルが全然違うから訊きに行っても仕方がないんだけど、司令官ったら優しいんだから、ついつい話を聞いてあげちゃうのよね。それに、解決になるような回答を貰えなくても、相談しに行った皆はとっても嬉しそうに帰っていくんだから、さすがは司令官、何度も来たくなっちゃうわよね!

でも、もう一つ変わってて困るのは…

「あー司令官!またお掃除してるの?そういうのは私たちに頼ればいいって言ったじゃない!長門さんも、手伝ってないで止めてあげなさい!司令官はもっと司令官らしくしなくちゃいけないんだから!」

「む、そ、そうなのか?すまん雷…」

「いや、だって汚れてたら気になるじゃんか…」

「いいから、そのハタキ貸しなさい!あとは私がやってあげるから、司令官は執務をしてて!」

そう、放っておいたら身の回りのことは何でも自分でやろうとしちゃうの!ご飯を食べ損ねて食堂が閉まっちゃったときだって、お部屋の台所で自分で作ろうとしちゃうんだから、油断も隙もあったもんじゃないわ!

「まったくもう…始め長門さんがお嫁さん宣言した時はどうなるかと思ったけど…やっぱりあなたは司令官を任せられる器ではないわね。待ってて司令官!お昼御飯がまだでしょう?作ってきてあげるわ!」

「な…貴様言わせておけば…!私も大人の女だ!子供なんぞよりも手際よくかつうまいうまい飯を作れるぞ!提督よ、少し待っていろ。今、唸るほどうまい昼飯を堪能させてやる」

「いや、今ならまだ間宮さんとこやってるし…別に」

長門さんと言い争いながら部屋を出ようとすると、扉がひとりでに開いたわ。そこにいたのは…

「失礼します提督、加賀です。お昼はまだでしょうか。僭越ながら私、お昼ご飯をご用意いたしました。是非ご賞味いただきたいのですが」

我らが正規空母の一角、加賀さん。司令官に好意を寄せていながら、いつも奥手で中々アピールできていなかったのに、ずいぶんと大胆に出たわね…。

「二人とも?こんな扉の前にいつまで突っ立っているのかしら?何もないのならばどけてくれないかしら。邪魔よ」

「貴様…私の伴侶に手料理でアピールしようとは…いい度胸だな?」

「か、勘違いしないで。赤城さんに手料理を振舞いたいから、提督に味見に付き合ってほしいだけよ」

「それにしては一杯作ってあるじゃない。味見だったら一口ずつでもよかったんじゃないかしら?」

「そ、そうだ貴様!さては妙なものでも入れて、提督を眠らせてどうにかしてしまおうとしているのではあるまいな!かくなる上は私自ら成敗してくれるぞ!」

「誤解を招くようなこと言わないで。それに、そういう言葉はせめて駆逐艦の皆に勝ってから言うことね、ビッグセブン。初雪ちゃんは駆逐艦四天王の中でも最弱よ?」

「な…あ、あれよりもさらに強い駆逐艦が…あ、後3人もいるというのか…?」

「うるっさいわお前ら!執務に集中できないっつうの!」

突然言い争いに夢中になっちゃってて、ここが執務室だっていうことを忘れちゃってたわ…

「加賀、味見くらい付き合うよ。今書類片付けるからそれ持ってきてくれる?」

「ありがとうございます」

「提督…」

「司令官…」

「お前ら、気持ちは嬉しいからさ、少し落ち着けよ。加賀がそんな変なコトするわけないだろ?よかったら、まだ別の機会にそれぞれご飯作ってくれよ」

「す、すまないな…」

長門さんもすっかり意気消沈しちゃったわね…私も、頼ってほしかっただけなのに、つい熱くなって注意されちゃったし…

「期待してるからさ」

そう言ってニッと笑う司令官。それを見て、私も長門さんも表情がぱぁっと明るくなったわ!

「任せて司令官!雷にもーっと頼りなさい!」

「何を言う!提督よ、あなたの身の回りのことはこれからも私に任せておくがよい!必ずやあなたに相応しい女になって見せよう!」

「私よ!」

「いいや、私だ!」

 

「物好きな奴らだな」

「…そうですね…。はい提督、あーん」

「いや…自分で食うけど」

「提督は執務をなさっていてください。これなら食事も同時に行うことができて効率がいいです。はい、あーん」

「!き、貴様何をしている!それは私の役目だ!」

「何言ってるの、長門と加賀は下がってなさい!ほら司令官、私が食べさせてあげるから!…ちょっと加賀、それよこしなさい!」

「ちょ、お前ら飯の近くで暴れんな!」

「くっ、いいところだったのに…!」

「ヘーイ加賀ァーー!抜け駆けとはいい度胸ネー!」

扉を開けてきた新たな乱入者は金剛さん。手に持っているのは…

「テートクゥー!ワタシテートクの大好物の焼き餃子作ってきたネー!」

「うわ馬鹿おまえ真昼間から餃子ってあるかよ!ちょ、ま、脂飛ぶから!書類片付けるから待って!」

「提督!」

「司令官!」

「提督」

「テートク!」

「…加賀」

「!はい!」

「大丈夫、きっと美味しいから赤城に持って行ってやれ。金剛、餃子は晩にまた持って来い」

それだけ呟くと、司令官はOBを吹かして執務室から出ていってしまったわ。

「No…way…」

それからしばらく、司令官はお昼に食堂が開くと、すぐにお昼を済ませるようになったわ。その結果、いつも食堂で司令官に会えない子達による「あーん」合戦が繰り広げられたのはまた別のお話。

 



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第6話 波乱の幕開け

ちょっとシリアス気味の長編入ります。


「ハァ…」

 軽巡寮のある部屋で、大きなため息をついている者がいた。天龍だ。

 「あらぁ?どうしたの天龍ちゃん」

 心配してるのかからかってるのかわからないような呑気な声をかけるのは、同じ部屋で暮らす天龍の妹、龍田。龍田にはため息の理由が聞かずともわかっているのか、終始ニヤニヤしている。

 「別に…」

 「提督のコトでも考えてるのかしら~?」

 「ち、ちが…」

 慌てて否定しようとした天龍だったが、相手は妹だし、こう見えて本気で心配してくれているのだろうと思い、否定するのをやめた。

 「その…さ」

 「提督に怖がられてるのが気に入らないんでしょ~?」

 ギクッ!

 という音が聞こえそうなくらいに肩を震わす天龍。見事なまでの図星である。

 「ぷっ…あっはっはっはっはっは!あの長門さんを一瞬で片づけた提督が、天龍ちゃんのことが怖いなんて…あははは!」

 「わ、笑うことねえだろ!」

 そう。提督は戦闘においては鎮守府一、ひょっとすると全艦娘の中で争っても敵う者がいるのかわからないほど強い。が、基本的には臆病で、ビビりなのである。そのため天龍や摩耶のようなオラオラな感じの相手には、一種のアレルギーのようなものを持っていた。

 「でも天龍ちゃん、怖がってる提督を見て楽しんでるんじゃないの~?いつも脅かしてるんじゃない」

 「それはそうだけど…」

 天龍は思い出す、提督と廊下ですれ違った時。前を走る駆逐艦たちには保護者のような苦笑いで、「走ってると霧島とか大淀ら辺に叱られるぞー」と語り掛ける。そして天龍が近づくと、半径2Mに近づかないように迂回したのだ。そして目を合わせず、「よ、よお…」

 

 あれは、流石に、傷つく。自分だって、本当はもっと提督とお話してみたいのだ。駆逐艦の奴らみたいに顔をもっと近づけて…

 「おめかししてデートにでも誘ってみたらど~お?」

 「…え、は?」

 考え事をしていた上に龍田のとんでもない助言に、リアクションが遅れる。

 「おま、何言っ…で、デート!?」

 「なんだかんだ言って、提督にもっと女の子として見てもらいたくて困ってるんでしょ~?」

 「馬鹿言ってんじゃねえよ!俺はあいつの態度が気に入らないって言ってるだけで…」

 「ふ~ん?」

 龍田がずい、ずいと顔を近づけてくる。な、なんだよ…なんて言おうとしたら

 「提督が来てから香水付け始めたくせに」

 「なぜそれを!?」

 今の提督が来た頃龍田はまだいなかったはず!?誰かに聞いたのか!?

 「あら~?知らないわよ~。」

カ、カマかけやがった!

「うふふ~天龍ちゃん顔真っ赤~。恋する乙女ね~」

「う、うるせえうるせえ!俺だって女だよ!悪い…」

「で、どうなの~?提督とデートしたい?」

!それは…叶うのならば…

「し…」

「ん?」

「したい…デート…」

「良く言えました!」

か~っ!顔から火が出そう!ただなぁ…

「でも…俺が誘ったところで…」

警戒されるのは目に見えてる。

「大丈夫よ~、私にまっかせなさ~い」

「ほ、ほんとか!?」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「作戦」当日。作戦って言っても大したものではないけれど…今私は、鎮守府の正門で提督を待っている天龍ちゃんを草葉の陰からうかがっているわ~。うふふ、天龍ちゃんったら、いつもの動きやすそうな服装とは打って変わって、丈の長いデニム生地のスカートに、胸元に大きな蝶著結びをあしらった白いフワフワしたシャツ、眼帯もマニピュレータも外して、手には淡いブラウンのハンドバッグ。いつも、買い物に行くと一生懸命選んでいたものね~。どこから見てもかわいい女の子だわ~。

 

【挿絵表示】

 

「お!提督が出てきたよ!」

一緒に観察しているのは隼鷹ちゃん。ウチには飛鷹ちゃんがまだ来ていないせいもあってか、よく私や天龍ちゃんと一緒に出掛けるのよね~。

「龍田お待たせ…って、うぉっ!?」

提督には私と隼鷹ちゃんでお出かけとしか言ってないのよね~。遠目から髪の色で私だと思ったのかしら、びっくりしたみたい…あらやだ、提督ったら私服の天龍ちゃんに見とれてるみたいだわ~。

「『うぉっ』とはなんだよ、失礼な奴だな」

 

あ~、天龍ちゃんカワイイ、照れてる!照れて悪態付いちゃうの!?ヤダ、トキメクじゃない!

「お~初々しい、なんで悪態付いちゃうかな天龍ちゃんは」

隼鷹ちゃんもニヤニヤしてるわね。

 

「あ、いや、わるい…」

「…何ジロジロ見てんだよ」

「え、あ、ご、ごめん何でもない」

 

なんでぇぇええ!?可愛いとか言ってあげればいいじゃん!素直になれない初恋でも見てる気分になるじゃない!

 

「…意外と似合うなと思って」

「っ…!ひ、一言余計だろ!」

「え、あぁ、に、似合ってる」

「~~~~っ!」

 

ヤメテえええええ!このトキメキ止めてえええ!

「お、おい龍田大丈夫か?」

天龍ちゃんも提督もカワイイいいいい!!今すぐ抱きしめさせてあげたい!二人の手を取って握らせてあげたいあああああもう無理!そろそろ出よう!そう思った時だった。

 

「ヘーイ!天龍いったいそこで何してるネー!」

な、なな…なんて邪魔を!

 

「こ、金剛!な、何って…」

「テートクをティータイムに誘おうと思って執務室に行ったら誰もいないから探してみたら…こんなおめかしして、テートクを誘惑でもするつもりだったですカ!?」

「はぁ!?んなわけねえだろ、何言ってんだ馬鹿じゃねえの!?」

「そ、じゃあテートクは連れて行っても問題ないよね?テートク、妹たちも楽しみにしてるネ!」

「あ、ちょっと…」

「お、おい、先に龍田たちと待ち合わせ…」

 

「クッ…仕方がないわねあの紅茶馬鹿…」

金剛をどうにかしなければ…そう考え、行動しようとした私の肩に手を置いたのは、隼鷹。

「龍田、お姉ちゃんをしっかり導いてやんな」

「隼鷹?」

隼鷹は、おもむろに懐から一升瓶を取り出しラッパ飲みすると、草葉から飛び出していった。

「よ~う金剛、良~いところにいたぜ~」

「じゅ、隼よ…う!?こんな昼間っから何飲んでやがるですか!?」

「かて~こと言うなよ~。ちょうど飲み仲間探しててさ~、一杯付き合えよ~」

ガシッ

「ちょ、く、酒クサッ!隼鷹、放すネ!隼よおおう!」

そしてこちらにさりげなく目配せし、ウインク。隼鷹、今度良いお酒探しておくわね!私は少し時間をおいて、さも待ち合わせに遅れた風を装い二人に合流して買い物に出かけたわ。

出かけた先は、地元のショッピングモール。今日は週末。沢山の人で賑わっているわ~。こんなにたくさんの人が歩いていると、「いつの間にか誰かがはぐれていてもすぐには気づかなかったりする」のよね~。さて、二人での時間を楽しんでね~。



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第7話 邪魔者

提督は対人もソコソコいける。


 龍田の奴、どうやって俺と提督をデートさせる気かと思ったら、こういうことかよ…。でも、これって、これから龍田を…

 「ったく、しょうがねえな。アイツも大人なんだし一人でも平気だと思うけど…一応探してやるか。」

 だよなあ。提督は俺と二人きりっていうよりもそっちを気にす…いや…待てよ…?

 「で、でも、俺たちも逸れちまわないように気を付けないといけないよな…」

 「ん?ああ、そうだな」

 「て…」

 「へ?」

 「手を…」

 握る!握りたいと言え!俺!

 「いや、腕…掴んでて…いいか?」

 「お、おう…いいけど…」

 うう…俺の意気地なし…。いやまだだ!俺は提督に近づいて行って恐る恐る手を伸ばす。俺が今どんな顔になってるのか、こわばった提督の顔を見れば一目瞭然だけど、そんなこと構いやしない。…掴んだ!掴んだぞ!

 「よ、よし行くぞ!」

 「あ、ああ…」

 半ば強引に提督を引っ張って歩き出す。今だ、歩きながら自然に腕を組め!組むんだ俺えええ!

 「あ、あの、掴みすぎ、ちょっ血流が…」

 「うるせえ黙ってろ!」

 「はい!」

 !し、しまったああああ!怒鳴っちまったらいつも通りじゃねえか!提督の顔を見ると、いつも俺とすれ違う時と同じ顔になっていた。

 「あ…」

 俺は思わず手を離した。

 「わ、悪い…」

 「いや、俺こそゴメンなさい…」

 うう、気まずい空気になっちまった…。どうして、俺ってやつはいつも…

 「おいおいおいおい、真昼間から見せつけてくれるじゃんかよ~、お?」

 

 上記の経過を、龍田はずっと遠目から見守っていた。

 そう!天龍ちゃん今よ!手を繋いでって言うの!ほら、ほら、あああああんもうなんで腕を握っちゃうのかなぁ!でもイイ!すっごくイイそれ!あ、ちょっとそんなに強引に引っ張っちゃダメじゃない!

 ベンチに座って二人の行動に一喜一憂、リアクションするその様は、さぞや周りからは奇妙に見えただろう。が、そんなことを気にする余裕がない程に龍田はトキメキ身悶えていた。そんな時だった。二人が時代錯誤なチンピラ3人に絡まれたのは。

 「かっわいいね~お姉さん、そんなやつ置いといて俺たちと遊ばない?」

 提督は当然。そして天龍も、初めて見るような人種に完全に怯えていた。龍田は、最初は当然助けに入ろうと思った。が、この事態をどう乗り切るか。それで二人の将来は大きく変化するだろう、そう判断し、見守ることに決めた。

 「な、なんだよお前ら…お前らには関係ないだろ」

 「ん?お姉さん男みたいな喋り方するね~。もったいないよ可愛いのに~それともオカマ?」

 「あ?ぶっとばされてえかクソが」

 「じゃ~あ証拠見せてよ、証拠~」

 チンピラが天龍に手を伸ばす。

 「ちょ、おま、離せ!」

 艦娘はよほどの緊急事態でもない限り、一般人に手を上げることは禁じられている。どうするの、提督!そう思ったとき、視界に提督の姿はなかった。

 

 ホントは正面からチンピラに立ち向かえたら良かったのだろう。だが、天龍には悪いが俺にはそんな度胸はない。だから、俺は「群衆に紛れる」ことにした。チンピラは完全に俺の姿を見失っていた。

 「おいおい、彼氏は逃げたのかよ、ひっでぇ奴だな、ハハ!」

 「は、離せ…離して!」

 ゴメンな天龍、俺はこんな奴なんだよ。俺は群衆に紛れながら、チンピラの背後に回り込んだ。そして二人のチンピラの顎先に掌を添えた。

 「あ?」

 発勁!

右手から左手までが一直線になるイメージで瞬時に力を込め、ゼロ距離の無拍子の掌底を顎先にたたき込む。顎先を揺さぶられたチンピラ二人は脳震盪を起こし、床を転がって立てなくなった。

「てめっ…!」

殴りかかってきた最後の一人のこぶしを受け止めると、捻ってそのまま投げ飛ばす。御式内は立ってもできる…。これが立ち取り…四方投げだ…!

俺の、修羅の門を読んだだけのにわか奥義を受けたチンピラ三人はあっけなく床を転がった。

「て、提督…」

天龍は震えてる。俺も震えてる。やっっべぇえええ!やっちゃった!いや、やる気があったからやったんだけどマジでやっちゃった!寒!今日こんなに寒かったっけ!?あ、脚が震えててててててててて

「よし、逃げるぞ!」

俺は何も考えずに天龍の手を握って走り出した。

「ち、ちょ提督!?」

「バッカ野郎!あんなの一回こっきりのマグレみたいなもんだ!走れ!」

 

天龍の手を握った提督を見た時、龍田は自分の背後に穏やかな微笑みを浮かべる女神の気配を感じ、涙を流したという…。

 

提督に手を引かれたままやってきたのは、中庭のベンチだった。体が、熱い。色んな意味で。でも、一番手が熱い。手が鼓動を打っているような気分だった。

「大丈夫?」

慌てて声の方を見上げると、自販機でジュースを買ってきた提督がこちらを心配そうに見ていた。

「ん…」

天龍がジュースを受け取ると、提督もベンチに腰を落とす。

「ふ~…」

と、提督のため息。天龍も少し落ち着き始め、先程の情景がよみがえってきた。

「怖かったんだぞ…」

「え?」

「提督が一瞬いなくなって…」

「あ、ゴメン…」

「でも…」

「?」

「助けてくれたから、許す」

「ありがとう…」

天龍は自分の手をじっと見ながら話していた。

「ゴメン」

「は?」

「急に手ぇ握ったりして」

「い、いやそんな…」

嬉しかったぞ!そう心で叫んだだけで天龍は恥ずかしくなり、悪態をついてしまう。

「そうだぞこの野郎!人前で手なんか握りやがって、メッチャハズかったんだからな!」

喋りながら、心の中では後悔し続ける。自分は卑怯者だと。提督の性格は知っている。さっきのケンカも、自分を連れて走り出した時も、相当な勇気を出したのだろう。このままじゃダメだ。自分も勇気を出さなきゃ、提督のコトを想う資格なんてない。ほんの少し、ほんの少しでも…

「だから…その変わり…」

「は、はい」

「また…いつか、か、買い物に付き合えよ」

「…わかった」

「て、手ぇ繋いでな」

「へ?」

「返事!」

「はい!」

耳から蒸気が出そうだった。言った、言ったぞ!もういいだろ、どこで何してんだ龍田は!

「ごめんね~提督、天龍ちゃ~ん!やっとみつけた~!」

図ったかのようなタイミングで、晴れ晴れとした顔の龍田が出てきた。

「龍田!お前今までどこにいたんだよ!」

「そ、そうだぜ!提督と二人で探してたんだぞ!」

「あんまり人が多いものだからつい~。ごめんなさ~い」

「さて…どうする?龍田はなんか用があるって言ってたけど」

「あら大丈夫よ~、私はもう済んだから~」

「てめっ…」

「どうした天龍?」

「何でもないわよ~。さ、帰りましょう」

3人は並んで歩き始める。天龍ははさまれるような形で真ん中にいた。歩きながら、龍田にだけ聞こえるようにそっとつぶやいた。

「…ありがとよ」

「うふふ、どういたしまして~」

「でもただじゃおかねえ」

「!…や、やっぱり~?」

「どうした二人とも」

「別に」

距離を開けずに並んで歩く提督と天龍を、龍田はいつもとは違う、慈愛に満ちた笑顔で見ていた。そしてその頃鎮守府では――

 

 

「申し訳ありません、提督は現在私用で出ておりまして…」

「たまたま近くに寄ったついでに中を覗いて回るだけだ。別段問題はあるまい」

本部の将校が訪れていた。玄関で応対した大淀に対し、将校はそれだけ言って建物に入り、そのまま食堂へ進んでいった。

時間は12時。様々な艦娘が思い思いに昼食をとっていた。大げさな足音と共に姿を現した突然の来客に、誰もが顔を向ける。

「どいつもこいつもフ抜けた顔をしおって…」

「どちら様ですか?」

静かな口調にどこか不機嫌さを潜ませた声を上げたのは、不知火。

「皆さん、この方は――」

「兵器が食事をとっているとは驚きだ。食材の無駄ではないのか?」

何人か立ち上がりそうになっているのを、大淀が顔を振って止める。

「ここでは提督より、皆三食しっかりとるように推奨されています」

「フン…」

将校は歩き始め、一人の艦娘の前で立ち止まる。長門だ。

「その化粧も提督の指示か?確かにどれも女の形をしているものな。お前たちの提督はずいぶんなスキ者らしい」

長門は言い返したそうなのを懸命に耐えている。が、我慢の限界を迎えている者もいた。大淀は再び制そうとするが、効き目はなかった。

「良さそうな鎮守府ならば一度演習でも――などと考えていたが、その必要はなさそうだ」

「そうねぇ、ウチと演習なんてやったら相手がかわいそうになるだけだものねぇ」

曙だった。

「今までうちのクソ提督しか見たことがなかったから他所はどんなモンかと気になってたけど…やっぱり提督ってどこでもクソなのね」

「ほう?」

「あ、曙!申し訳ありません将校殿!」

「黙っていろ。私は今曙の話を聞いているのだ。曙、貴様が初対面の提督をクソ呼ばわりするのは知っている。しかし、世話をしてもらっている提督までクソ呼ばわりするのか?相当に躾がなっていないらしいな」

「ええ、そうよ。私たちがいくら言っても全然提督らしくしようとしないんだもの。提督としてはクソよ」

「ふむ、お前の話を聞くにたいそうな腰抜けなようだな。そのクソ提督の率いる艦隊に、我々の艦隊が負けるというのか?私が実力で将校に成り上がったのを知らないようだな」

「お、おい曙。いくら我々でも将校レベルの艦隊を相手では――」

いくら何でも無茶だ。そういって止めようとする長門から、皆何かを含んだ顔で目を背ける。ぶっちゃけ、負ける気がしない――。

「ええ、そうよ。私たちはクソ提督に直々に鍛えてもらっているんだもの」

本来であれば考えられないような曙の発言に、一瞬の沈黙が生まれる。そして沈黙を破るのは、嘲笑うような将校の声だった。

「ぶぁっはっはっはっは!こ…これは…傑作だ!お、お前たち…艦娘が提督に負けるというのか!?それでどうやって深海棲艦と戦うというんだ!あはははははは!」

将校がひとしきり笑い終わったころ、外出から戻ったらしい提督が、睦月型の皆に連れられて食堂に入ってきた。一緒に入ってきた天龍がヤケに可愛い恰好をしているのが気になるが、今はそれどころではない。

「も、申し訳ありません将校殿、ウチの者が何やらご無礼を…!」

「いや、そんなことはどうでもいい。それよりも面白い話を聞いた。ここでは提督が自ら艦娘たちを鍛えているそうじゃないか」

「え?」

提督が将校の前でうつむいている曙を見る。口が(このばか!)という形に動いた。この事実は、これまで鎮守府内だけの秘密だったのだ。

「本当なのかね?」

「あ、あ~えぇ、まぁ、なんといいますか…アハハ…」

提督も、誤魔化すのが下手である。知っていたが。

「来月、演習を執り行う。是非とも、艦娘よりも強い提督とやらに戦ってみてもらおうじゃないか」

「ええ!?」

「失礼する」

「そ、そんな、いくらなんでも非常識です!」

大淀は将校の発言を訂正させようとする。すると、将校は提督を見て一言

「信用されていないようだな」

この一言で、大淀は牙を失った。将校は横目で天龍の服装を見、嘲笑を浮かべながら鎮守府を後にした。

 

 

食堂はお通夜みたいに静かになってた。あのおっさん急に訪ねてきてなんだったのかな。つか艦娘と演習とかマジか。

「なん?なしてこんな空気になったわけ」

「アタシよ」

名乗り出たのは、うつむいてた曙だった。

「アタシが余計なこと言って将校を怒らせたのよ」

泣きそうな顔でふてくされていた。

「なんでまた…つか、提督ののコト秘密って言ってたじゃねえか!なんでバラシちまったんだよ!」

「だ、だって…!」

天龍に問いかけられた曙は顔を赤くし、再びうつむく。そして、蚊の鳴くような声でつぶやいた。

「あいつ…クソ提督のコト何も知らないくせに悪く言うから…何か言い返してやりたくてつい…」

「お前だっていつも悪口言ってるじゃんか」

「あ、アタシはいいのよ!提督がどの辺がクソなのか、しっかり見て知ってるんだから!それとアイツが悪口を言うのは別よ!」

なんかわからないけど…俺は曙に目線を合わせた。

「ありがとう」

「な…」

何故か曙が顔を赤くする。

「叱らないの…?」

「俺のことをフォローしてくれたんだろ」

「でもそのせいでアンタが将校の艦隊と戦う羽目に…」

「俺が負けると思うか?」

「それは…あんまり想像できないけど…」

「じゃあ問題ないだろ」

そういって俺は曙の頭に手を置き、曲げていた腰を伸ばす。

「そもそも叱るの苦手だし。そういうのは大淀にでも任せときゃいいんだよ」

「はぁ、そんなことだから上官にも艦娘にも舐められるのですよ」

「いいんだよ、俺にはこのくらいの立ち位置がちょうどいいの。ただ曙、俺以外の目上の人間に対する言葉づかいはちゃんと覚えような」

「…やっぱりあんたクソ提督よ」

うつむいたまま曙は、食堂から去っていった。

「なるほどねぇ…」

突然天龍が何かに納得したようにつぶやく。

「なにが?」

「なんでもねぇよ」

なんだよ気になるぞ。

「それよりも、本当に大丈夫なのか?提督」

心配そうな声をかけてきたのは利根だった。

「確かに、お主が負けるところなど想像もできん。じゃが、将校の率いる艦隊と言えば百戦錬磨の異名を持つほどじゃ。吾輩たちもまだ戦ったことはないし、もしかすると…」

「大丈夫だよ、たぶん」

「その自信はどこから来るのじゃ…」

イージス艦ウン十隻の艦隊も落としたことあるし。

 

 

一か月後、将校がわざわざ、艦隊を引き連れてやってきてくれた。執務室で顔を合わせる。

「すんません、わざわざ」

「一人で6隻を相手にするのだろう?これくらい当然の配慮だろう」

完全になめられてる…いや、余裕があるのか。そりゃそうだよね普通。ただ予想外なのは、連れている艦娘の様子だった。山城、扶桑、大和、武蔵、夕立、時雨それぞれ改二。完全に潰しに来てる面子だね。ちなみに、皆まだウチにはいない。てっきり、ブラ鎮にありがちな死人みたいな目をしているのかと思ったら、それとは違う。確かに感情のない目をしているけど、なんか悲壮感じゃなくて、異様な冷たさというか、カメラのレンズでも見ているような…。

「全員、改二ですか…」

「ふん、世間には艦娘を紙屑のように使い捨てるような無能もいるようだが…どんな兵器も使い様ということだよ。丁寧に使ってやれば長持ちするし、欠点があるなら改装して補う。それが戦いというものだ」

ああ、なるほど。こいつは艦娘のことを人間として見てはいない。だが、使い捨ての道具としても見てはいない。ただ、兵器として、道具としてだけ見て、長持ちするように気を配っている。だから、こう、みんなスラダンの流川の感情のないバージョンみたいな、無機質エリートみたいな感じになってるんだ。

「そういうものですか…」

「無駄話はしまいだ。さっさと演習を始めるぞ。あまり元帥殿を待たせてはならん」

「は、はい、そうっすね」

そう、今日の演習にはなんと元帥が来ていた。将校に急かされて、俺は急いでドックに向かった。将校の艦隊が人数がいるため、先に調整を済ませて海に出た。本来は階級が下の俺が先に出るべきなんだけど、効率を重んじる将校の配慮だった。

「ハァ…」

「大きなため息だな。まあ、理由はわかっているが」

セレンさんが話しかけてくる。

「いやさ、勝っても負けてもメンドクサそうだなと思って…」

「お前のような軍人の方が異質なんだ。あまり人のことを言うな」

マジですか…

「まぁ、そんなお前だからこうして一緒に『ここ』にやってきたんだがな…」

ドキッ。いや、ちょっと何言ってんすかセレンさん、ドキドキするじゃないっすか。

「それよりも、元帥が来ているのだろう。これでお前が勝てば、日々お前と訓練している艦娘たちの良いアピールになる。そう考えればやる気が出るだろう」

「え、ああ、そうっすね」

「そろそろでるぞ」

いつの間にか全身の装備が完了していて、妖精さんからライフルを渡される。俺は少し高鳴った鼓動を抑えつつ、ドックを出た。

『へぇー、あれが…』

『ほう、本当に海に出れるのだな、褒めてやるぞ』

指令室から聞こえてくるのは、驚く元帥の声と、なんだかデジャブを感じる将校の台詞だった。それとウチの艦娘たちの驚く声。

「あの人、すっごい大きな艦装を付けてる…」

「食らえば戦艦の装甲でもひとたまりもなさそうね」

それよりも心地よかったのは、無機質に思えた艦娘たちの表情が、自分を見てほんの少し色を変えたこと。別に感情が死んでいるわけじゃないらしい。

『えー、それではこれより――』

『げ、元帥殿!それくらいの役目、自分が…』

『良いじゃん、たまには俺もこういうのやってみたい』

『いいえ!それは私の役目です!元帥殿は堂々として座っていてください!』

何だか気の抜けたやり取りの後、咳ばらいが響く。因みに、元帥は俺より若い。

『ではこれより、私の率いる艦隊と提督による演習を執り行う。ルールは――とする。』

長ったらしいから割愛したけど、要するに全身ペイントまみれになったら大破轟沈さよならってこと。

 

結果はまぁ、多分皆さんのご想像通り。コテンパンにやられた将校が悔しそうに帰っていきましたよ。元帥は終始興奮しきりだった。で、その夜は俺の祝勝会が行われた。

それからまたしばらく空いた日、そのときの報酬が本営から送られてきた。中身はなんと、鎮守府としては異例の第5艦隊所持の許可証だった。

「どういうことでしょう…?」

疑問をぶつけてきたのは今週の秘書の赤城。驚いたのは、第5艦隊の所持のことだけではない。それに際し、あの将校の第1艦隊の面子…つまり、こないだ戦ったあいつらが来るから、うまく使ってやれとのこと。

「失礼します、提督。急ぎの電文だそうです」

ノックと共に入ってきたのは大淀。

「誰から?」

「それが、将校殿らしいのですが…」

?何かあったのかな。何だか嫌な予感がする。

「ありがと」

電文を受け取り、中身を読む。

<拝啓、提督殿。貴殿がこの電文を読むときは、私はすでに死んでいるだろう。>

おいおい、マクシミリアン・テルミドールかよ。なんてふざけた思考は、後に続いた文章で消し飛んだ。

将校の指揮する艦隊が、第1艦隊を残して壊滅した――

 

 

陽炎は、非番だったため海岸をぶらぶらと歩いていた。何気なく海の方を見ると、鎮守府に向かってくる影が見えた。急いでいるように見える。目を凝らすと、見慣れたシルエットだった。ヲ級の幼体だ。陽炎はヲ級に向かって手を振る。

「おーい!」

コチラに気づいたようで、進路を変えてきた。最初はニコニコとヲ級を待っていた陽炎だったが、海岸までたどり着いたヲ級の顔を見て、何やらただ事ではないことを察した。

「何かあったの?」

声をかけるや否や、ヲ級が陽炎に縋り付いて来る。

「陽炎!オ姉チャンガ!オ姉チャンガ!」

「ちょっと、何があったの!?」

「オ姉チャンガ死ンジャウ!」

 



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第8話 カラス、何故鳴くの、カラスの勝手でしょ

勝手でしょ


 某日、バシー海域上空において黒い鳥のようなものが目撃された。

同日、各所の公共放送能力を有する機関があるメッセージを受信した。

 

我ハ隕石ナリ――

 

「どういうこと!?ヲ級ちゃん、港湾さん達が危ないって言うの!?」

陽炎の持つスマホが鳴る。

「あ、ちょっとごめんねヲ級ちゃん、提督からだ」

『陽炎か?いまどこ』

「鎮守府近くの海岸だよ」

『悪い、戻ってきてくれるか。急ぎの話だ』

提督の声は相変わらずマイペースだが、どこか緊迫感を漂わせていた。

「わかった、すぐ戻るね」

電話を切ると、陽炎はこちらを見上げているヲ級に向き直った。

「ヲ級ちゃん、とりあえず提督の所に行って、皆に話を聞いてもらおう?」

「ウ、ウン…」

陽炎はヲ級をあやしながら、海岸を後にした。

 

<本音が許されるならば、貴様などに頼りたくはなかった。だが、事態は重く、そんな悠長なことは言っていられん。私の艦隊はほぼ壊滅し、辛うじて錬度の高い第1艦隊が大破状態で海域の外に逃れただけだ。貴様は気に入らないやり方だったかもしれんが、私が手塩にかけて育てた艦娘どもだ、大いに力になれるだろう。貴様と、貴様の艦隊の力で奴を倒してくれ。奴は、あの黒い鳥は、世界を滅ぼすかもしれん。>

 前置きに描かれていた文章から察するに、黒い鳥とやらの詳細を描く余裕がなく、この内容で電文を送るしかなかったのだろう。

 「黒い…鳥…」

 「何を意味しているのかしら…」

 会議室に集まった艦娘たちは少なすぎる情報に頭を悩ませていたが、俺はその単語に、どこか聞き覚えを感じていた。黒い鳥…?どこかで…

 「はい…はい…わかりました。提督、艦隊が扶桑さん達を発見したそうです」

 「良かった。扶桑たちは大変かもしれないけど、できるだけ帰投急がせて」

 「わかりました、伝えます。天龍さん、速やかにこちらの鎮守府まで誘導をお願いします。お気を付けて」

 「ごめん、陽炎、今帰投した!いったい何があったの!?」

 張りつめた空気を裂くように、陽炎が部屋に入ってきた。

 「ああ陽炎、わるいね非番なのに。実は…」

 状況を説明しようと思ったが、俺の目は陽炎の手をつかむヲ級に向く。

 「あれ、ヲ級?」

 「テ、提督!」

 ヲ級が俺に向かってくる。と思ったら、扉の陰から他の深海棲艦の幼体やホッポがぞろぞろと駆け寄ってきた。

 「お?うわうわうわうわ、どうしたみんな突然!」

 ワイワイガヤガヤ、何やら只ならない雰囲気で涙ながらに訴えてきているのはわかるが、声が重なりすぎて何一つ聞き取れない。

 「ちょっと、落ち着いてみんな!提督は聖徳太子じゃないんだからそんなにいっぺんに聞き取れないって!」

 「陽炎、その例えは子供にはわからないわ」

 加賀がチビどもをなだめてゆっくり話を聞いたところ、二日前、縄張りの哨戒中に突然謎の敵に襲われたらしい。その敵は圧倒的な力を深海棲艦に見せつけ、自らの支配下に入るように要求。深海側のトップは渋々これを承諾。そいつらから出された指示は、自分たちが露払いをしてやるから、直ちに地上に侵攻して人類を根絶やしにしろとのこと。攻撃的な性格の奴らはともかく、ウチに遊びに来る連中みたいな縄張りさえ侵さなければ何もしないような連中は強く反発、子供たちをウチの鎮守府に避難させ、玉砕覚悟で戦いを挑もうとしているらしいのだ。

 「いったい何の真似だというの…?」

 呆れたような、または信じられないといったような声を漏らすのは神通だった。

 「人類滅亡…?誰だか知らないけど、神にでもなった気でいるのかしら」

 「私タチソンナコトシナイモン!」

 「ソウダ!海デ暮ラシタイダケダモン!」

 「わかってる。私たちは貴方たちのことをよく知っている、そんな風には思わないさ」

 長門が姿勢を低くし、子供たちをなだめる。さすが可愛いもの好きだな。

「そいつがどんな奴だったか、見た子はいるのか?」

 「皆一度ハ見テルヨ!」

 「アノネ、凄ク速カッタ!」

 「蝿ミタイニ飛ンデタヨ!」

 子供たちが思い思いに感想を言い始め、困惑する長門。そこで立ち上がったのは…

 「皆、そいつのこと絵に描けるかな?」

 秋雲だった。いつにも増して…いや、ほぼ毎日同人誌のネタに悩んで深刻な顔をしてる秋雲は見かけるけど…何やら、決意めいた顔だった。

 「秋雲?」

 「提督、その謎の敵の人相書き、私に任せてもらっていい?」

 秋雲は同人誌なんかを描いているだけあって、絵の上手さは折り紙付きだ。

 「俺は例の将校の件で、明日は日帰りで元帥の所に行かなきゃなんないけど、帰って来るまでに仕上がる?」

 口頭で特徴を聞きながら絵に起こすというのは、時間がかかる。それも、相手は子供だ。情報の正確さには欠ける。

 「任せて」

 自信に満ちたひと言と共に、秋雲は微笑む。その自信に満ち溢れた笑顔に、シリアスな空気に関わらずドキッとしてしまう。

 「よ、よし、じゃあとりあえずその話は秋雲に任せた。もうこんな時間だ、皆ごはんにしよう。今日は賑やかになる」

 「そうですね…」

しかし子供たちを除き、一同は部屋から出ずに秋雲をじっと見る。

「ど、どうしたみんな?」

「いえ…」

いや、いえ…じゃないだろ加賀。長門、しゃがみながら睨んでるとヤンキーみたいだぞ。

「ど、どうしました皆さん、あはははは…」

何かを誤魔化すように乾いた笑いを上げる秋雲だが、皆の表情は変わらない。

「そ、それではお先に、失礼!深海の皆、お姉さんについてきてー!」

秋雲は逃げるように部屋から出ていった。

「はあ…。みんな、行きなさい」

加賀に催促されて、子供たちは秋雲の去っていった方にぞろぞろと歩いていった。一体、今のは何の間だったんだろう…?

 

翌日、俺は海軍本部の、元帥の部屋にいた。

「君をここに呼んだのは、他でもない」

「将校のコトっすね」

元帥は静かにうなずく。

「俺のところに、将校から電文が届いてました」

「将校はなんて?」

「『黒い鳥』が、人類を滅ぼすかもしれないと…」

元帥は何かを考えて黙り込む。数秒の沈黙の後、静かに話し始めた。

「実は数日前、各所の公共放送能力を有する機関に対して――」

 

そのことは、無用な混乱を避けるために各機関に世間に公表しないよう通達が出されたらしい。

「黒い鳥…隕石…」

「タイミング的に、無関係とは思えない」

俺はそれと一緒に、深海の子たちが言っていた敵のことを思い出した。

「人類を滅ぼす…隕石…」

「提督?」

人類は恐竜…隕石が…?俺は、意を決した。ここには今、俺と元帥しかいない。深海の子たちのことを言うべきだ。

「俺からも、お伝えしておかなければならないことが…」

その時だった。建物に、轟音が鳴り響いた。

「元帥殿、大変です!」

扉を開けて入ってきたのは、本部の大淀。

「防衛網の外からの砲撃です!」

「な…それでこの衝撃か!?」

「索敵の範囲外のため、迎撃もできません!」

「…っ、第3艦隊を出せ!機動力を生かして砲撃をかいくぐり、接敵させる!鎮守府の護りは第1から第4までをすべて出せ!採算度外視だ!見えた砲撃に向かって全力で…」

その時、窓の遥か向こうの海上で、何かが煌めいた。

「あぶなっ…元帥!」

「え?」

逃げる暇なんかない。俺は二人を抱きかかえると窓に背中を向け、PA(プライマルアーマー)を展開した。

直後、鳴り響く砲撃音。先程のよりも威力は低いが、断続的に鳴り響く。

「きゃああああああああ!」

背中に何発か当たる。PAがあるとはいえ、装甲もないし無茶苦茶痛い。俺は歯を食いしばって耐え忍ぶ。

「な、て、提督!?」

1分か、あるいはもっと短かったのに苦痛で長く感じられたのだろうか。永遠のように感じられた砲撃音が鳴りやむ。

「提督…君は…」

「…大丈夫すか、元帥」

「ああ…いや、私よりも」

元帥の声を遮るように、新たに鳴り響くのは、どこか聞き覚えのあるブースター音。俺は体のサイズで言えば小柄な女性くらいしかない元帥と、少し背の高めな女性の大淀の二人をしっかり抱きしめたまま、後ろを振り向いた。

『お前は…「それ」は…』

機械越しのような声で語りかけてくるそいつは…

「ホワイト…グリン…」

いや、「知っている」者ならそう呼びたくなるシルエットでありながら、黒く、禍々しい変貌を遂げているあの姿は…

N-WGIX/V

それも、俺みたいに擬人化されている訳ではない、ゲームの姿、大きさそのままの。

 

太陽の光を背に受け、細部を観察することが難しいその姿は、黒い鳥と呼ぶにふさわしい…いや、悪魔にも見えた。

俺の腕の中で、元帥も大淀をかばうように腕を回したが、初めての脅威を前に震えは止められないらしい、俺の体に伝わってきた。

 「て、提督、俺のことはいい。逃げてくれ」

 「何を言ってるのですか元帥…!お二人を守ることが、艦娘の役目です!」

 「二人とも、もっと俺にくっついてくれ」

 「な、何を…」

 二人の助言を無視して呟く俺に、元帥は反論しようとする。が、

 「早く…!あと大淀、無線は生きてるか?生きてる皆に、建物から全力で離れるように指示してくれ」

 声に反論できない怒気を含ませて、二人に告げる。

 「は、はい…皆さん聞こえますか?――――これは、元帥の指示です」

 「ありがと」

 大淀は、指示の内容に気を効かせてくれた。二人が、俺により密着してくる。俺はゆっくりチャージを始めた。

 『お前、その「力」は――』

 互いに様子を窺うように、膠着状態が続く。そして――

 「皆、十分に離れたようです」

 「よし」

 俺は二人を、ぎゅっと抱きしめる。

 「きゃ」

 「わっ」

 PAを、攻撃に転換した。

 アサルトアーマー。物理的な攻撃を軽減するPAを攻撃に転換し、広範囲に放出する、ACネクストの奥の手――。建物が、緑の輝きに包まれる。

 俺は知っている。N-WGIX/Vは、PAが不完全。ただでさえ大ダメージを食らうアサルトアーマー、至近距離で食らえば相当応えるはずだ。

しばらく続いた緑色の閃光が、収まり始める。元帥も大淀も、完全に腰が抜けているが無事らしい。俺は再び後ろを振り向く。アサルトアーマー使用後は、PAがしばらく使用できない。これで倒せていなければ…

 そこにあったのは、ダメージを受けてはいるものの空に留まり続けるN-WGIX/Vの姿。

 「クソっ…」

 俺は苦虫を噛んだ。

 『なるほどな…真に落すべきは本営ではなかったか…この状態では…使命を全うしきれん』

 N-WGIX/Vは背を向けると、砲撃のあった方角へ弱々しく飛んで行った。

 気づけば、砲撃も止んでいる。

 「ふう…」

 俺は二人を抱いていた腕を緩めた。女性座りであぜんとする大淀と、後ろ手をついてへたり込む元帥。

 「なんと言うザマだ…本営を守りきれず、部下に抱かれているだけで震えていたとは…」

 「元帥…」

 「教えてくれ、提督…奴は何だ?君は何者だ?この先どうやって戦えば良い?わからない、何が…元帥だ。どうすれば良いのか…何も…!」

 「元帥、落ち着いてください!貴方がしっかりしていなければ私たちは…!」

 「「元帥!!」」

 既に扉もどこかに消え去った、風穴の向こうから現れたのは元帥の率いる艦娘達だった。時折訊ねてくる他の鎮守府の子達と区別が付くよう、大本営所属を証明するバッヂをつけている。

 「元帥!大丈夫!?今の光は何!?」

 「元帥、怪我は…!」

 「俺は大丈夫だよ…それより、彼を心配してあげてくれ。彼に守られた…」

 元帥は力の無い目で俺を見ながら言う。

 「What!?あの攻撃の中を一体どうやって…」

 「…だが元帥がこういっている以上真実なのだろう。礼を言おう、提督殿」

 初めてうちにきたときの長門よりもよっぽど精悍とした顔つきの長門に礼を言われて、思わずドキッとする。女性にときめいたというより、光栄な感じがする。こいつも小動物を前にすると赤ちゃん言葉になったりすんのかな。

 「いえ、どういたしまして…」

 「これから、どうするのです…?」

 崩れた壁からのぞく他の部屋も、穴だらけだった。

 「ここは、使い物にならないな…他の鎮守府を間借りさせてもらって、しばらく仮の本営とするしか無いだろう…」

 「じゃあどこか近くの鎮守府を探すしか無いっすね。電話線生きてるかな…」

 「提督の…」

 「へ?」

 「提督のところに、しばらく居させてくれないか…?」

 「元帥!?」

 「な、他に、設備の整った鎮守府はあるはずでしょう!?」

 「君は…」

 考えを改めさせようとする周りの艦娘をよそに、元帥はすがるような目を向けてくる。

 「なにか、知っているのだろう…?お願いだ…」

 その目は元帥というよりも、年相応の少年が怯えたような色をしていた。

 「わかり…ました」

 しばらく、ウチの鎮守府に元帥含む、本営艦隊が在中することになった。

 

 

 俺が帰ってきたのは、晩飯の時間を過ぎた頃だった。

 「あ…司令官!」

 「提督ー!無事で良かったー!」

 本営襲撃のことはすぐに方々の鎮守府に知れ渡ったらしい。玄関先でもみくちゃにされた。

 「心配掛けさせやがって…!」

 「そうよこのクズ!アンタに言ってやりたいことなんてまだ言い切ってないんだからね!」

 おい、心配してたって悪態付くためかよ。泣くぞ。

 「ああ、でしばらく元帥達がウチに居座るから。大淀、案内と『あの子たち』のフォローよろしく」

 「「ええ!?」」

 「急に押し掛けてすまない、俺が元帥です」

 慌てる艦娘達をよそに、俺は秋雲の姿を探す。

 「提督!こっちこっち」

 人ごみの中で、ぴょんぴょん跳ねて手を振る秋雲を見つけた。

 「ああ、ただいま秋雲。人相書き出来た?」

 「描き上がった。こっち来て」

 秋雲に先導され、廊下を歩く。正直、もう深海の連中を襲った奴の見当もほとんどついてるけど、確信を得るためだ。

 秋雲が部屋に入って行き、一枚の紙を持ってきた。そこに描かれた敵の姿を見て、俺は息をのむ。何度も書き直した跡が残っているが、驚く程的確に「アイツ」の特徴を捉えていた。

 「特徴を聞いただけでこんなに…?」

 「ううん、具体的な外観をつかみたかったから、あの子達に敵の姿を絵に描いてもらったの。それを一枚一枚観察して、共通する特徴とかを抜き出して…」

 俺は思わず秋雲の顔を覗き込む。目元に見えた隈が、秋雲の努力を示していた。

 「て、提督…?」

 俺は思わず両手で秋雲の肩をつかみ、正面から顔を見据えた。

 「ありがと。よく頑張ってくれた」

 秋雲はなぜか顔を真っ赤にして目をそらす。

 「い、いやそんな…だって…」

 そこで俺も正気に戻って、手を離した。

 「あ、ご、ごめん」

 「あ…」

 秋雲は何か残念そうな顔をするが、言葉を続けた。

 「あの子達…かわいそうだし…」

 「あいつらは今何してる?」

 「あ、お風呂入ってるはずだけど」

 俺は財布を取り出して、秋雲に1万円手渡した。

 「これであいつらに間宮でも奢ってやって。ああ、お前の分も当然な。ありがとう」

 「え?あ、ど、ども」

 俺はもう一度秋雲の肩をポンと叩いて、工廠に向かった。

 

 「…えへへ」

 

 

 工廠で、俺は「ある」妖精さんを探していた。金属の無骨な棚に並べられ、艦娘達の出撃を待つ艦装。その奥に、異彩を放つ装備が一式。彼女は、その横に一人でちょこんと座っていた。

 「こんな時間に珍しいな。どうした、志庵」

 “志庵”——この世界に来る前に使っていたACfAのパイロット名で俺を呼ぶのは、今は俺の装備の憑き妖精となった、セレン・ヘイズ。元オペレーター——。

 「秋雲が深海の子供達の情報を元にスケッチした敵の外観です。セレンさんにも見ておいてほしくて…」

 この人にはなぜか俺も、元帥にすらちゃんと使わなかった敬語を使いたくなる、

 

 「これは…ホワイトグリントか…?」

 「ベースは間違いなくそうでしょう。ただ、違う技術によって大幅な改造がなされているみたいです」

 セレンさんがふと、俺の首に張られた絆創膏に目をやる。

 「そう言えば聞いたぞ、大本営で敵の襲撃を受けたそうじゃないか」

 「ええ、コイツに襲われました」

 「何だと…!」

 セレンさんが俺の服をチマッと握る。

 「よく…戻ってきたな」

 「ええ、とりあえずは俺のアサルトアーマーで撃退できました。それよりも、気になったことが」

 「なんだ」

 「そいつが来る前に、本営は砲撃を食らったんです」

 「そいつが率いる深海棲艦か?」

 「いえ、本営の指揮する防衛網の遥か外、水平線の彼方から届く超長距離砲撃です」

 「ほぉう…?」

 セレンさんの口元が、ニヤリとつり上がる。

 「元帥やその艦娘達は、新手の姫級だと考えてるようですけど」

 「そうか。私には奴の姿しか思いつかんがな…」

 「いやぁ、名前から考えて、あながち『姫』って表現も間違いではないかもしれませんよ」

 「笑えない冗談だ…」

 

 翌々日、工廠には「あるもの」を見あげる俺とセレンさん、そして今回の作戦に参加する、利根、加古、那智、川内、陸奥、扶桑の姿があった。

 「凄い…」

 「これが…」

 メンツの構成で重視したのは火力よりも、俺との訓練経験。ではなぜウチに来たばかりの扶桑が入るのか?それは前日の作戦会議でのこと。

 

 「——以上が作戦ね」

 作戦を聞いていたのは、前述の5人と、扶桑じゃなくて榛名。

 「我々が勝てるのかのぅ…その黒い鳥に…」

 不安げな声を上げる利根。そこに鳴り響く、ノックの音。

 「失礼します」

 入ってきたのは、将校からもらった扶桑だった。

 「どうした?」

 「私を、作戦に加えていただけないでしょうか」

 俺は目を丸くした。俺が扶桑に抱く、もの言わぬ兵隊のようなイメージからは想像できない一言だったから。それを察したのか、少しうつむく扶桑。

 「差し出がましいことだというのはわかっています。でも…頭から離れないんです」

 「扶桑さん…?」

 「前の鎮守府のことが…」

 これは…

 「わからないんです…何かが、胸の辺りを締め付けるようで…あの敵を…この手で倒してやりたいという何かが…」

 「扶桑よ、気持ちはわかるのじゃが、今回の敵は…」

 「いい、艦隊に扶桑を加えよう。榛名、悪いけど替わってやってくれるか?」

 「榛名は大丈夫ですが…で、でも…いいのでしょうか」

 「頼む。ある意味、作戦の成功よりも大事なことかもしれない」

 「わかりました…」

 「ありがとうございます」

 

 その6人が見上げているのは、妖精さんに頼み込み、装備開発としては規格外の20時間以上を掛けて完成させた推進装置。

 「ヴァンガード・オーバード・ブースト…VOB」

 「大したものだ、ここの妖精とやらは」

 俺の肩で感心した声を出すセレンさん。確かに、20時間もかかるとはいえ口頭で伝えただけの情報から、VOBをここまで再現してみせるとは思わなかった。

 「作戦が終わったら妖精さん達も労ってやらなきゃな」

 俺は工廠の隅で、死んだように倒れ込む妖精さん達を視界に捕らえた。

 

 「なぜだ元帥!なぜ我々は作戦に加われん!」

 執務室の応接用のいすに座る元帥に食って掛かるのは、彼の艦隊の最高戦力の一人、武蔵。

 「他の鎮守府からも抗議の電話が続いている。そろそろ勝手な判断で艦隊を出す場所も出てくるだろう…」

 「提督の話では、敵は数を集めてどうこうなる相手では無いらしい」

 「元帥…」

 「…」

 「なあ、教えてくれ。あの砲撃で、何があった?あの緑色の光と何か関係があるのか?」

 「武蔵…海軍最大の戦力は、俺たちじゃなかったんだよ…」

 「ここの艦隊だと言うのか?」

 「いや、違う」

 「なんだというのだ?」

 

 12時00分、作戦開始。

 



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第9話 天災、転生

長編終わり。


『現時刻を持って、作戦行動を…ああもう堅っ苦しいな』

『もう少し我慢してください提督。大事なことですよ』

『いやだって普段こんな風に言わないし…』

堅苦しい作戦開始の合図かと思ったら、スピーカーから聞こえてきたのはいつもの間の抜けたやり取り。

「この非常事態に何を呑気にやっているのだここの提督は…!」

大本営から来た艦娘たちには癪に障るようだが、私にはこの空気が心地よかった。

「全く、緊張感がないわね。司令官たら、仕方がないんだから!」

世話が焼けるとでも言わんばかりのセリフを吐く、雷。

「提督のボトルはキープしとくよ~」

「隼鷹ちゃんったら、もう勝利酒~?」

スピーカーの向こうの提督に呼びかけているのか、はたまた本当に聞こえていると思っているのか。赤い顔でボトルを持った手を振る隼鷹。優しく介抱する龍田。

「提督…」

いつもの雄々しさはどこへやら。恋する乙女が如く手を握りしめる長門。

「帰ってきたら熱~いハグで迎えてあげるネ~!私のバーニングラブ、行動で示すヨ!」

「姉様を悲しませるような結果になったら、あの世まで追いかけていってもう一度地獄に落としなおしてあげます」

「扶桑…今のあなたなら、きっと大丈夫です」

「私たちの知る艦隊のレベルから判断すれば、心配する必要もないはずです」

思い思いに、作戦に向かう者たちに語り掛ける金剛四姉妹。

「加古…」

「利根姉様…」

「天龍ちゃん…」

「川内ちゃん…」

「陸奥…」

「扶桑姉様…」

『まぁ…あれだ、行ってきます!皆も頑張ってね!』

いってらっしゃい。また後で、クソ提督って、言わせてね。

 

 

俺はドックに入った。

頭に、肩に、腕に、胸に、背中に、腰に、脚に。妖精さんの手によって装備がつけられていく。隣には、N-WGIX/Vを相手取ることになるウチの仲間たち。

「結局、出撃することになっちゃったね…」

川内が、皮肉めいた言葉を吐く。

「俺の友達にも提督がいてさ…」

「提督?」

急に喋りだした俺を不思議そうに見る陸奥。

「口をそろえて言うんだよ」

「なんとおっしゃるのですか?」

言葉の先を催促する扶桑。

「『できるなら、艦娘と替わって俺が戦ってやりたい』って」

「そんな」

信じられないことを聞いたように、扶桑の目が見開かれる。

「だから俺は今、ある意味幸せだよ」

装備が終わり、俺の“前後”のハッチが開く。前方のハッチから覗くのは、一面に広がる海。背後のハッチから現れるのは…

「皆、そろそろ離れろ」

VOBが、ワイヤーに吊られて降りてくる。背中の位置まで降りてきたのを妖精さんから確認し、俺のOB(オーバードブースト)用のバーニアを展開する。ワイヤーを揺らしながらVOBが俺の背中との距離を縮めていく。

ガコンッ

VOBが接続される一連の流れを、みんなが圧巻の様子で見守る。俺も初めてあのPV見た時はそんな感じだったもんな。

「はっしゃ5びょうまえー!」

妖精さんの一言を合図に、みんなが一斉に離れていく。利根が少しためらうけど、川内に肩を掴まれて引っ張られるように距離を置いていく。

 

 

利根は、昨日の作戦会議を思い出す。

 

「元帥達が新たな『姫級』だと考えているこいつは、たぶん姫じゃ無い」

「姫じゃなかったらいったい…」

「AF(アームズフォート)と呼ばれる、全長1,000mを超える超巨大兵器だ」

「馬鹿な、そんなものが…」

「なぜ、そんなものがあると知っている?」

みんなが疑いを向ける中、利根が問いかける。

「お主は勝てるのか?その化け物に…」

「多分な」

 

あの提督をもってして、「多分」と言わしめる、まだ見ぬ敵、AF。

「3、2、1」

「提督!無事に帰ってくるのじゃぞ!」

最後の言葉は、まるでロケットの様なブースターの音に掻き消されて提督には届かなかっただろう。だが、提督は一瞬こちらを見、ニコッと笑った。

凄まじい煙を吐き出しながら、提督は飛び立っていった。

「…我輩達も行こうか」

「うん」

「おう」

「よっしゃあ!」

「ええ」

「行きましょう」

利根達が相手をする、もしかすると提督と「同じ力」を持つかもしれない敵。しかし、提督は言い放った。

「やってみりゃわかる」

 

「まずはVOBで、スピリットオブマザーウィルに接敵する!超長距離砲撃に注意しろ!」

「了解!」

時折、海上を進む艦隊を見かける。元帥の言った通り、幾つかの鎮守府が独自の判断で「新たな姫級」の討伐に乗り出したらしい。

「無謀なことを…」

その時、遥か遠くで何かが煌めく。聞き覚えのある、凶悪な音と光を、QB(クイックブースト)でかわしていく。

『提督!哨戒中の別の鎮守府からの連絡です!砲撃とは別の何かがこちらに向けて飛び立ったとのことです!』

「来たか…やれるのか、本当に?」

「やるしかないでしょ」

俺の視界に、そいつを捉えた。勝負は一瞬。

『やはり貴様、私と同類か』

そいつが通信に割り込んでくるのを無視し、すれ違いざま――N-WGIX/VのVOBに、ライフルを撃ち込んだ。素手に遥か後方、N-WGIX/VのVOBが異常な煙を上げ、高度を下げ始めていた。

『馬鹿な、VOBがイカれただと!?狙ったか「リンクス」め…!』

「あばよ、『粗製』」

 

 

 鎮守府正面海域には、鎮守府に残った全艦隊が繰り出していた。

 「来ました!撃ち方始め!」

 「いきます…バーニングラアアァァブ!!」

 「電の本気を本気を見るのです!」

 鎮守府に残った艦娘たちの役目は、本土に向けて流れてくる超長距離砲撃の迎撃だった。

 「なんというやつらだ…」

 元帥の率いる艦隊は、N-WGIX/Vの指示で侵攻してくる深海棲艦達を迎撃していたが、遠方で繰り広げられる凄まじい情景にしばし目を奪われた。直線的とはいえ音速を超える砲撃を、提督の艦隊は的確に落とし続けていた。

 「…っ!私たちも負けていられません!」

 「行くぞ!奴らを本土に近づけるな!」

 攻めてくるのは、“やつら”に賛同した攻撃的な奴らばかりだという。手加減をする必要はない。

 

 

利根達は、スロットを消費しない特製の使い捨て大型タービンを装備し、海上を60ノットと言う船としては超高速で進んでいた。なるべくなら海を汚したくない彼女達だが、恐らく今回限りだということで渋々承諾した。

ACネクストとの戦闘で、利根達の索敵機は使えない。速度で敵に劣る以上、発艦させて戻ってくる前に接敵してしまっては何の意味もないからだ。

「来た!」

「皆のもの輪陣形じゃ、囲い込むぞ!」

迫ってくるそいつが背負う黒いVOBは、もはや本土まで向かう推力を失っている。利根達の前方数百メートル先で、パージされた。普通なら、それでも目で捉えることもできないまま蹂躙されていただろうが、「音速の世界」に日頃から慣れている彼女達は、見事な連携でそいつを輪の中心に誘い込んだ。

秋雲の絵の通り、しかし想像を遥かに超える、巨大な、凶悪な姿。しかしここに誘い込むまでの流れで、彼女達は「ある」実感を抱いていた。こいつは提督よりも――

「虚言もここまでじゃお主。進化の現実というのを教えてやる」

『人類の進化はもうとっくに止まったんだよ。地球の新たな生命の歴史を担う存在、それが深海棲艦であり、艦娘だ』

「ふざけやがって…てめえはどうすんだよ。神様にでもなるつもりか?」

『私は隕石だよ!猿を焼き尽くしたら砕け散るだけさ!』

「だったら砕け散りなさい、今ここで」

ただ一人、初めて見る「世界」に狼狽していただけの扶桑は、いつの間にか眼の色が変わっていた。

「皆さん…私…変です」

「扶桑?」

「熱くなってきましたわ」

 

 

「なんだこの化け物は…!」

その頃、提督とセレンは目標に到達していた。が、そこにいたのは…

「マザーウィルとアンサラー…融合してやがる…」

6本の巨大な飛行甲板に、巨大な主砲は、スピリットオブマザーウィルのもの。そしてその中核にさらにアンサラー。傘の柄の様だった物は6本に増え、安定感が増した様だった。そのスピリットオブアンサラーが、語りかけてくる。

『ヒトの姿を失い、この力…これが与えられた運命ならば、破壊し尽くすだけだ。お前もそうだろう…リンクス』

「過ぎた力を手にし、人としての有り様を失い、それでも存在意義を求め続けた末路…どこかで…何かが違ったら、お前も『こう』なっていたというのか…?」

「俺は…」

そんなこと、ないな。だって…

「セレンさんに怒られたくないですもん」

イタズラっぽく笑うその顔に、セレンは、随分ご無沙汰だった「熱」を感じた。

「全く…まるで大きな子供だな」

「だから無茶するんですよ」

その言葉を皮切りに、二人は戦いに身を投じた。

 

 

利根率いる第1艦隊は損傷しつつも、徐々にN-WGIX/Vを削っていた。特に圧巻なのは…

「主砲、副砲、撃てぇ!!」

扶桑がこの極限の状態で、驚異的な速度で順応しつつあった。

「全砲門、開け!!」

『!!』

陸奥の死角からの全力攻撃を受け、N-WGIX/Vが大きくよろめく。

『ぐぁ、ば、馬鹿な…こんな…!』

全員が、一瞬気を緩めた。

『…なんて言うと思ったか!?この程度のダメージ、想定の範囲内だよ!!』

N-WGIX/Vの全身のパーツが隆起し、赤く輝き始める。やがて、周りには緑色の粒子が滞空し…

「これは…アサルトアーマーじゃ!逃げろみんな!」

使い捨てのタービンを全力で回し、退避し始めた時だった。N-WGIX/Vを緑の閃光が包む。間一髪、利根はアサルトアーマーの範囲外に逃れていた。使用限界を迎えたタービンがパージされる。

「皆、無事か!天龍!加古!扶桑!」

「川内、なんとか生きてるよ!」

「天龍、問題ない!」

「はいはい!加古、生きてるよ!」

「もう、火遊びはいい加減にしたいわね」

ただ一人…

「申し訳ありません、扶桑、主砲を持っていかれました」

「生きておるならば問題ない」

しかし、状況は一変した。タービン無しに、アサルトアーマーを掻い潜り闘わなくてはならない。

その時だった。遥か向こうの海に、今とは比べ物にならないほど巨大な緑の輝きを見た。それに気づいた利根、天龍、の背筋が寒くなる。

「利根、何してるの!畳み掛けるなら今だよ!」

「あ、ああ…!」

川内に呼びかけられて、利根は気づく。アサルトアーマー使用後はPAがしばらくの間使えなくなる。大ダメージを狙えるチャンスだ。しかし、動揺した利根の動きは緩慢だった。

「危ねえ利根!」

「へ!?」

天龍が利根を掴んで引っ張る。先程まで利根のいた場所に水柱が立った。

「ボサッとするなよ!死ぬぞ!」

「わ、わかっておる!」

「提督はこんな奴よりもっと強いだろ!?」

…そうだ。こいつはとてつもなく強い。でも、提督の、所謂「勝てる気がしない」加減はこんな物じゃない。

「まだまだ…提督に勝つ前に、貴様なんぞには負けん!!」

「おっしゃあ!俺もまだまだ行くぜぇ!」

「扶桑もまだ大丈夫です…全力で参ります!」

 

 

N-WGIX/Vがアサルトアーマーを放つより少し前。スピリットオブアンサラーのバ火力はそれはもう半端な物ではなかった。下から近づけばレーザーに機銃の嵐。上から近づけば、マザーウィルの垂直発射ミサイルとコジマミサイルの暴風雨。距離を置けば大口径の主砲。そして…

「中心部で大規模な…!わかるだろう離れろ!消し飛ぶぞ!」

「もう離れてますよ…!」

提督はOBを吹かして退避していたが、マザーウィルと融合したアンサラーのアサルトアーマーの範囲は尋常なものではなかった。体が、アサルトアーマーの外郭に触れた。

「がああぁぁ熱っつううぅう!!」

「AP、40%減少!余り余裕はないぞ!」

再びミサイルを掻い潜り、ライフルが届く距離まで接敵する。

「これだけのデカブツ、再充填には時間がかかる筈だ!このチャンスを

無駄にするなよ!」

QBを吹かしてミサイルと、甲板から狙いを定めてくるACノーマルの攻撃を回避しつつ、ライフルと肩のミサイルで各破壊部位を狙っていく。しかし、これだけQBを吹かせば、当然エネルギーが持たない。一度海面まで降りてチャージを待つしかないが、そこはレーザーの射程内。提督は昔から、レーザーの回避が致命的に苦手だった。PAは、レーザーを軽減することは出来ない。

「ぬぅおおおお!」

以前に比べて二段QBを体得してる分回避が上がってるとはいえ、時々当たるレーザーは焼けるように痛い。

「AP、70%減少!頼む、やられてくれるなよ…!お前は私の…」

私の大切な…!

「お前は私のリンクスだ…!そうやすやすとやられてもらっては困るぞ!」

その時。巨大な爆発音が鳴り響く。

「な…!?」

「!スピリットオブアンサラー、バランスを崩し初めているぞ!あと一押しだ!」

エネルギーは回復しきっていた。提督は再び上昇する。それとほぼ同時に、ライフルを使い切ってしまった。残るは、重量を優先して申し訳程度に装備した、肩の追尾重視のミサイル。

「やれるか?」

「…いけますね」

スピリットオブアンサラーは再びコジマ収縮を始める。提督はミサイルを撃ちながら、余裕を持って距離を置く。距離は充分。アサルトアーマーは提督の眼前までに広がった。

「っしゃあ!」

俺はOBを吹かした。

「!?な、馬鹿な、何を考えている!?」

ミサイルを放ちながら目指すのは、アンサラー部分の中心部。何発かのミサイルはレーザーを掻き消す。しかし何本かのレーザーはミサイルを逃れて、亜音速で接近する俺の体を削っていく。

「AP90%減少!命令だ!退避しろ!」

「あばよ、酔っ払い」

「丸裸」のアンサラー中心部に、アサルトアーマーを叩き込んだ。

スピリットオブアンサラーよりも、遥かに小さな煌めき。それは確実に重心を支える基部を削り取った。

『私の…存在意義は…』

「スピリットオブアンサラーが崩壊する…離脱しろ、巻き込まれるぞ」

だが提督はその時、まだ生きている甲板のカタパルトから、何かが射出されるのを見た。

「なんだ?今のは…」

「あれは…!」

提督は、それが何なのかをすぐに理解した。

「まさか…利根達がヤバい!」

 

決して、前将校からそういう教育を受けたわけではない。にも関わらず、N-WGIX/Vの耐久を大きく削っていくのは、扶桑の大破も厭わぬ突撃だった。扶桑には、体を突き動かすモノがなんなのか理解できない。ただ、他の5人は涙を流し、扶桑のダメージを減らすよう全力でサポートした。そしてついに、今度こそN-WGIX/Vはその機体に異常をきたし始めた。

「人の歴史は…まだ終わらん。諦めるのじゃな…」

「?…!!利根、危ない!」

川内の叫びを受けて利根がその場を離れた時、空から巨大な「何か」が降ってきた。四角い柱を扇形に並べたものを5枚重ねた様なそれを、N-WGIX/Vは両肩に載せる。

「な、テメエ何する気だ!動くな!」

『もういい…』

N-WGIX/Vは両肩のユニットを左右に展開し始めた。

『人の言葉など『ピー『不明なユニットが』』意味『ザザッ『接続』』成さな『されまし『ピー』』』

今の今までN-WGIX/Vから感じられた「人間っぽさ」が、言葉から、挙動から、失われていく。

『『直ちに『ザザッ』パージしてください』』

「なんなのあれは…!」

さながらウニの様になったその柱の先が、一つ一つ輝き始める。その状態で、N-WGIX/Vはこちらに突っ込んで来ようとしていた。

「なんか…ヤバっ!」

「みんな逃げ…」

しかし、その悪魔が解き放たれることは、無かった。

この日何度目であろうか、緑の輝き。利根達が退避したことによって、取り残されたN-WGIX/Vだけをスッポリ包み込んだ。完全に停止し、木偶と化したN-WGIX/Vが、海中に没していく。その向こうから現れたのは――

「おめでとうみんな、良く頑張ったねぇ」

「スピリットオブアンサラー及び、N-WGIX/Vの撃破を確認。ミッション完了だな」

「て…」

 両手両肩の武器を失い、全身のパーツもボロボロになっているが、いつものヘラヘラした笑みを浮かべている…

 「提督…!」

 利根が、天龍が、皆が駆け寄ってくる。

 「良く生きておった…!」

 「おっと…」

 利根が胸に顔をうずめてくる。

 「なんだよあのバカでかいアサルトアーマーみたいなのは!ここから見えたぞ!どんな化け物と戦ってたんだよ!」

 「いや、思ったより強くてさ、ビックリした」

 「ビックリしたじゃねぇよ!」

 目に涙を浮かべて噛みついて来る天龍。

 「それよりお前らだよ、よくあそこまで削ったな」

 「当然よ!いつも誰を相手にしてると思ってるの!」

 「へへ、まあね」

 「まったく、あまり調子に乗るなよ…まあ、今回はかっこよかったがな」

 ドキッ。セレンさんに褒められたよ…つか、こないだからなに妖精相手にドキドキしてんだろ俺。ふと、一人離れて、こちらを見つめる扶桑がいた。涙が頬を伝っている。

 「扶桑、初めての相手なのに良くやったな」

 「凄かったのよ、扶桑の活躍」

 「皆さん…私、わかりました。この気持ち…」

 「扶桑…」

 「将校殿の仇を討っていただき、本当にありがとうございます」

 涙を流しながら、凛とした面持ちで敬礼してくる。

 「こちらこそありがとう。手を貸してくれて」

 「提督、アタシたち頑張ったよね!だから…」

 加古が何かを期待した目で腕を引っ張ってくる。

 「そうだな、とっとと帰って寝よう」

 「いよっしゃあ!」

 「本当に寝るのが大好きね、加古は」

 「なあ、志庵」

 「?」

 「ありがとう。生き残ってくれて――」

 「は、はぁ…」

 

 

 砲撃の止んだ鎮守府正面海域――。

 『皆さん、大淀です。今、提督から連絡が入りました』

 大淀の嬉しさを含んだ声に、仄かに艦娘たちが沸き立つ。

 『スピリットオブマザーウィル及び、N-WGIX/Vを撃破しました。提督と第1艦隊、みな無事だそうです』

 歓声。皆が、肩を抱いて喜んだ。

 「流石ボク達の提督だよ!凄いや!」

 「さっすが司令官ね!!帰ってきたらいーっぱいイイコイイコしてあげなくちゃ!」

 「天龍ちゃんたら、すご~いわぁ~。本当に…」

 「扶桑さん…榛名は、感激しています…」

 「榛名さん…」

 「良かったですね、山城さん」

 「はい…」

 

 

 「終わったか…」

 深海棲艦迎撃チーム。深海棲艦が撤退を始めたことで、彼女たちも任務の完了を知った。

 「無事?武蔵」

 「大和か…」

 周りを見ると、皆疲れてぐったりしていた。何名かが先程まで砲撃の続いていた方角を見ているのに気づいて、武蔵達もそちらに振り返る。

 「我々が手も足も出なかった敵を沈めて見せた…流石に認めざるを得んな」

 「そうね…帰りましょう、武蔵」

 「ああ」

 

 翌朝、提督の艦娘、元帥と元帥の艦娘全員で、ドックに帰投した七人を出迎えた。提督含む全員が大破。それを見た誰もが、涙しながら彼らを抱きしめた。

 




補足
Q.結局N-WGIX/Vとスピリットオブアンサラーはなんだったの?
A.運命のイタズラであっちゃーな姿にされた元人間の二人がブチ切れたんです。以上。

Q.N-WGIX/Vは最期に何をしようとしたの?
A.マルチプルパルスという、130門のパルスキャノンを自分を中心とした全方位に発射する悪魔兵器を使おうとしました。余りの威力と光で、
アーマードコアプレイヤーからは「バルスキャノン」と呼ばれるほどとか。


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第10話 後日談

しばらくこのネタ引っ張ると思う。
どこまで?千切れるまで。


便宜的に、元帥の艦娘は名前の後に(‘)を付けます。

例:大淀’は~~雷’は

 

それと、ナレーションの上では提督のことを「志庵」と呼びます。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~

  

作戦終了した夜。食堂ではバイキング形式の祝勝会が行われていた。

 

将校のところから来た艦娘達は、それぞれ鎮守府に馴染むために努力していた。

「時雨も夕立もさっきからキョロキョロして、そんなに珍しいものでもあった?」

「ああ、ゴメンね村雨。あんまり前の鎮守府と雰囲気が違うものだから…」

「ふふ、騒がしいでしょ?でも、慣れたら楽しいわよ」

「楽しい…ぽい?」

 

「楽しんでいるか?武蔵」

「貴方は大本営の武蔵’と大和’ですね」

「お噂はかねがね」

酒を持ってやってきた武蔵’と大和’に武蔵と大和は深々とお辞儀をする。

「おいおい、敬語はよせ」

「同じ大和じゃない。一杯どう?」

 

「扶桑さんお疲れ様ー!」

「戦闘すごかったよー!アタシ感動しちゃった!」

提督−志庵−が食べ物を取りに行って扶桑と山城の横を通った時に聞こえてきた会話。

「ありがとうございます深雪さん、敷波さん」

「扶桑さんこれあげるね!」

将校の所から来た艦娘の中でも、扶桑は作戦に参加しただけあってか少し態度が軟化したようにも感じる。そんな扶桑に文月が手渡したのは睦月型の皆が昼に買ってきてたアイスの中にあったピノだ。

「これは…?」

山城が訝しげな表情で訊ねる。

「ピノだよ、知らないの?」

因みに、本日は最高気温30℃越えの真夏日である。

「申し訳ありません」

「ああ、そんなことで謝んなよ!」

「とってもおいしいんだよ!こうやって箱を開けて…」

何ということでしょう。箱の中から現れたのはチョコレートとバニラアイスのマーブル模様の塊。

「あちゃー、溶けて固まっちゃってるよ、文月」

「ふぇえ!ごめんなさい扶桑さん!別のヤツ持ってくる!」

「構いません」

扶桑は箱を受け取り、その辺にあったスプーンを手に取る。

「ツいてないのは慣れっこですから」

「そんなぁ…」

流石にアレは気の毒だ。提督−志庵−は冷凍庫を覗いて、比較的無事そうなアイスを探す。雪見大福がある。開けてみると、大丈夫そうだった。一個を串で刺し、扶桑のピノの箱の中に放った。

「て、提督!?」

「良かったじゃん、イイことあって」

気を利かせるのが恥ずかしくて、志庵はそれだけ言って席に戻っていった。

「そんな、提督…!こ、こんな、いただけません…!」

「うわーお…」

「提督って時々スッゴイことやるよねぇー…」

「無自覚なのが怖いけどね…」

感激のあまり、渡された雪見大福を食べもせずに眺め続ける扶桑。そそくさと席に戻って行った志庵を、深雪たちは若干ひきつった顔で見ていた。そこに、曙が駆け寄っていく。

「あーちょっとクソ提督!それアタシの雪見大福!」

「あ、そうだったの、ワリ。じゃあこれ、まだ口付けてないから」

志庵は残った一個をまた串に刺し、曙に差し出す。

「な、何よアンタ!こんなとこでアタシにあーんする気!?」

「ひゅー!提督ったら、案外大胆だねぇー!」

顔を真っ赤にする曙を、隼鷹が茶化す。

「いや、皿持って来いよ。ゴミは捨てとくから」

「曙貴様何をやっている!!」

怒鳴って割り込んできたのは長門だった。

 「ちょ、ちょっとなによ長門!」

 「貴様中々に策士だな。そうやって我が伴侶の気を引こうというのか」

 「はぁ!?ば、馬鹿言わないで!クソ提督がアタシのアイス勝手に食べようとしてたから文句を言っただけよ!ていうか、あんたいつまでクソ提督を伴侶って言い続けるの?イタイし、クソ提督もアンタのことどうとも思っちゃいないわよ?」

「何を言うか!女性がこれだけアピールしていて、何とも思わない男など居る物か!」

「なんの話をしとんのだあいつは…」

「あら提督、良い所に」

長門と曙のやり取りを呆れて眺めていた、志庵を呼び止めるのは加賀。口の端に米をつけ、両手には自分で食べ尽くしたらしい、大量に積み重ねられた皿が。そのてっぺんには唐揚げが盛られている。

「わたくし唐揚げが食べたいのですが、ご覧の通り両手が塞がっていて。食べさせてもらえると嬉しいのですが」

「お前はツッコまれるのを待ってんのか?」

「提督」

更に背後から呼びかけられる。

「おう、お前mg」

声で赤城だなと気付き振り返ると、「あーん」とか言いながら口に唐揚げを突っ込まれた。

「赤城さん!?」

「先手必勝です」

いつものポーカーフェイスを崩して驚く加賀を余所に、赤城はバイキングに戻っていった。

「提督!」

志庵も呆然としながら口の中の唐揚げを咀嚼していると、遠くのテーブルに着く元帥に呼ばれる。

「っん…今行きまーす」

慌てて唐揚げを飲み込み、志庵はいまだ言い争いを続ける長門と曙の下を後にした。

「…なぁ!提督もそう思うだろう!」

「提督ならどっかいっちゃったよ~」

「へ?」

 気づいたらいなくなっていた志庵に呆然とする長門を残し、曙も自分の席に戻っていく。

 「隼鷹ちゃんはいいの~?提督と飲みたがってたじゃな~い」

 隣に座っていた龍田が隼鷹に話しかける。

「アタシゃいいのさ。提督がお酒が嫌いなのも知ってるし。こうして見守るのが、アタシの愛さ」

「ふ~ん。大人なのねぇ~、ねえ?天龍ちゃん」

龍田を挟み、天龍もグラスを傾ける。グラスに入った赤褐色の液体に少しだけ口を付けるが、何かを考えると、すぐに口を離した。

「あら、お酒飲まないの?」

「だって…」

「おうおう可愛いね~天龍」

「あ?」

「ねえ知ってるかしら天龍ちゃん」

「何がだよ」

「この鎮守府で唯一提督とデートしたのって、天龍ちゃんなのよ」

数拍おいて、天龍の顔が真っ赤になる。それを誤魔化すように、天龍は一気にグラスを空ける。

 

志庵は元帥に呼ばれて一緒に座っていた。周りには、元帥の連れてきた大淀’や雷’が一緒に座っている。

「お疲れさんっす、色々」

「いや、俺は何もしていないよ。提督には感謝してもし足りない」

「いやいや、そんな大げさな…」

「大げさなどではありません」

大淀’が会話に入ってくる。

「あの時あなたに守られていなかったら、私も元帥もここにはいませんでした」

そういうと、大淀’が志庵の手を包んでくる。酒で少し酔っているのか、手が熱く、頬もほんのり赤い。

「本当に、ありがとうございます」

なんつーか…ていうか、色っぽい。

「い、いや、その、どういたしまして」

「ふふ、顔が赤いですよ?」

「何をしておるのじゃ?」

志庵の背後から現れたのは、利根だった。

「あら利根さん、ちょっとしたジョークですよ?」

「ふむ、そうか。ジョークも選ばないと、笑えんぞ?」

何やら、空気が寒くなり始める。

「おい、大淀’、提督をからかうのもその辺にしとけ」

「利根どうしたんだよ、落ち着け」

「提督もあの程度で鼻の下を伸ばしおって、情けないぞ」

そう言いつつ利根は俺の隣に座る。志庵と元帥、利根と大淀’が向かい合う形だ。どちらも無表情だが、何やら火花が見える。

「本営が最低限使える形に回復するには、一か月ほどかかるらしい」

「そすか」

「迷惑をかけるな」

「気にしないでいいすよ。賑やかで楽しいし」

「そうか…」

元帥が何かを言いたそうにうつむく。

「提督には本当にお世話になった」

「まぁ…さっきはつい否定しましたけど…大変っしたね」

まさか、自分以外のACがこの世界に来るとは。アイツが「粗製」で本当に良かったと志庵は思った。

「今では正直、提督を尊敬してる。艦隊のレベルも、君自身も、あらゆるところで次元が違う」

「いや…俺にできるのは戦いに関することだけっすよ。運営とか…事務仕事とかは至らないところばっかでいつも秘書官に指摘されてますもん」

「お主はやればできるのに、すぐにサボろうとするからいかんのじゃ」

「ふふ、そういうところは同感だわ。元帥もまだまだ子供なんですもの」

珍しく気が合った意見をする利根と大淀。

「はは…とにかくだ、俺はもう、提督をただの部下としては見れない…」

「元帥?」

何だ?何か妙な雰囲気がするぞ?

「なあ、提督のことを…『兄さん』って…呼んでいいかな?」

「は?」

食堂全体が、一気に静かになる。

「な、何を言っておるのじゃお主…!」

何故か、利根が顔を赤くする。

「俺のことも気軽に、『玲(れい)』ってタメ口で呼んでいいから…ダメかな?兄さん」

「いや、もう呼び始めてるし…いいけど。敬語疲れるし」

「ありがとう!兄さ」

「貴様ぁああああああ!!」

武蔵’が鬼のような形相で掴みかかってきたので志庵は思わずPA(プライマルアーマー)を展開するが、間に入った利根が武蔵’を体を張って静止させる。武蔵’は悔しそうな顔で叫び始める。

「私だって元帥にそんなことを言われたことが無いんだぞ!それを…私を差し置いて名前で呼ぶなど羨ま…いや、下の人間が無礼だ!しかも貴様、ににに兄さんだと…!なんて羨…いや、羨まし…じゃなくて、羨ま…羨ましいんだ!」

「落ち着いて、武蔵’!一言も言い直せてないわ!」

更に掴みかかろうとする武蔵’を、大和'が必死に止める。

「全く…大事無いか?提督よ」

「ああ、ありがとう利根」

志庵は大和'に引きずられて席に戻っていく武蔵’を眺める。

「…玲は艦娘に愛されてんねぇ」

「えへへ、それほどでも」

「てーぇとくだって愛されてんだぜー」

突然、誰かが志庵をアスナロ抱きしてくる。

「て、天龍?」

酒臭っ。

「良いなぁ元帥…なぁ、俺も『お兄ちゃん』って呼んで良いかな…」

普段の天龍からは想像もできない様な甘えた声で言ってくる。

「お、お主まで…」

利根がやはり顔を赤くする。しかし、志庵も恥ずかしかった。

「い、いや良いけどさ…」

「ありがと…お兄ちゃん…」

そのまま提督の肩に顔を埋めて寝た。

「あらあら〜天龍ちゃんったら」

少し頬を赤くした龍田が天龍を回収しにくる。

「私は天龍ちゃんを寝かしつけてくるわね〜」

「大丈夫?」

「平気よ〜、天龍ちゃん、軽いからぁ。心配してくれてありがとね、お兄ちゃん」

ヒラヒラと手を振り、龍田は食堂を後にする。

「ヘーイ提督ゥー!私のことは『お姉ちゃん』って呼んで甘えて良いんですヨー!」

「それは絶対に違うな」

「What!?なんでですカー!」

「提督あの、そろそろ駆逐艦の子達が」

「お?」

榛名に呼びかけられた志庵が周りを見ると、ちらほらと寝てしまっている子、うつらうつらとしている子が目に入った。

「じゃ、手分けして寝かせるか」

「いえ、私達が連れて行きます。お兄様が今回の主役なんですから」

「『お兄様』って…いや、でも」

「そうじゃ、兄上は座っておれ」

利根、お前もか。

「利根も出撃してたろうに」

「そうですよ、利根さんも座っていて。金剛姉さん」

「Yes!お兄ちゃん、少し待っててネ!子供達を寝かしつけたらadultの時間ヨ〜」

何人かの艦娘が、駆逐艦を食堂から連れ出していく。

「…おやすみ、お兄ちゃん」

「お兄ちゃん、まったあっしたー!」

…なんか駆逐艦のみんなも真似しだしてんだけど。と、朧型の3人も部屋を出ようとする。漣は元帥の所の所属で、寝る場所が違う。

「おっ休みぃ、おにーいちゃん!」

「あ、あの、…お兄ちゃんお休みなさい!」

「…すみ……ちゃん」

「おーう?どうした曙、そんなに小声じゃお兄ちゃんに聞こえないよー?」

1番声の小さかった曙を朧が茶化す。

「う、うるっさいわねぇ!お休み!クソ提督!」

「お休み」

志庵は苦笑いを浮かべて手を振る。これはハタから見たらどういう趣味の人間だと思われるのだろうなどと考えながら。

「急に兄妹が増えて大変だね兄さんは」

「お前のせいだよ」

そんな感じで、その夜は過ぎていった。

 

 

「こっち人手足りないんだけどー!そっち誰か手ぇ空いてない!?」

「悪いが手一杯だ!他を当たってくれ!」

ウズ。

「駄目よ、お兄様。怪我人なんだから大人しくしてなさい」

「むー…」

翌日から、鎮守府は修復作業の真っ只中だった。スピリットオブアンサラーの超長距離砲撃はほとんどは迎撃したものの、何発かを撃ち漏らしていた。鎮守府に直撃はしなかったが、衝撃により建物の中に色々と影響が出た。艦娘総出で修繕に当たっており志庵も参加しようとしたのだが、

「怪我人は大人しくしてなさい!もっと私達を頼って良いんだからね!お兄ちゃん!」

と止められた。志庵は装備やPAでダメージを軽減できるが、艦娘と違って入渠によって怪我を治すことが出来ない。ミサイルの雨でPAも剥がされ、志庵は結構な怪我を負っていた。そんな訳で志庵は執務室で大人しく書類を片付けていた。

「はいこれ。兄さんの書類」

玲と一緒に。

「ああ、あんがと」

現在、大本営宛の書類は志庵鎮守府に送られてきている。これはまあ仕方がないのだが、書類が志庵鎮守府宛のものと一緒くたにされてしまっているのだ。その為、効率を考えて玲と志庵は同じ執務室で机を並べて職務をこなしていた。

余談だが、玲が使っているのはよくある事務所机だ。始めの頃、志庵が明石の存在に気付かず、ホームセンターで椅子やら机やらデスクライトやら購入してしばらく使っていたのだ。明石の方から痺れを切らして志庵の所に怒鳴り込み、無理やり仕事机を買わせたのはいい思い出である。

 

「これ玲のだな。はい」

「ありがと」

玲はいちいち笑顔で返してくる。なんと言うか…可愛い。変な意味でなく。大淀’の話では、玲は出自が特殊で(18で元帥なんかやってんだからそうだろうなとは思うが)、家族と呼べる存在が少ない為に日頃から兄弟というものに憧れてたんだとか。志庵とは7つも離れているだけに、本当に年の離れた弟のようだった。

「良かったじゃないか志庵、良い弟が出来て」

セレンさんは、用事がないときは志庵の近くにいるようになった。

「ふふふ、何だか微笑ましいですね」

「そうか?」

そして志庵の秘書官をしているのは、元大本営所属の夕雲。他にも北上、大井、球磨、多磨、木曾、最上、三隈、鈴谷、熊野、漣という、ちょうど志庵鎮守府にまだいなかった連中が新たに志庵鎮守府の所属になった。理由は、自分の実力を更に高める為。

あの作戦のとき、志庵の他数名の装備には、玲が資料作成の為に用意した「撮影妖精」とかいうのが小型カメラを持って乗り込んでいた。そこには、海上をF1ばりの速度で動き回るN-WGIX/Vに対し通常の船の航行速度で立ち回る利根達の姿(志庵も見てて泣きそうになった)、志庵がN-WGIX/VのVOBを破壊するところからスピリットオブアンサラーを撃破する所までが克明に記録されていた。それを見た彼女らが、志庵鎮守府への異動を申し出たのである。

だが実際のところ、本当に自分を高める為に来たのは、大井を除く球磨型、最上型である。大井は北上を追いかけてきただけ。そして夕雲は−−

「あらお兄様、バッヂが曲がってます」

「いーよ。なんなら制服も着たくない。暑い」

「いけません。お兄様は鎮守府を象徴するお方なのですから、もっと服装に気を配らないと…」

この為である。志庵に惚れたのだ。デレ方としては雷と同じく、世話を焼くタイプ。雷は密かに危機感を抱いているとか。

「つーか玲はまぁアレとして、お前らいつまでそのネタ引っ張る気?」

「ゔー頭痛ぇ…提督、手紙だぜー。ちゃっちゃと読めよ」

天龍が気分悪そうに封筒を持って執務室に入ってくる。

「ほら、割と言い出しっぺの天龍がもう普通の呼び方に戻ってんだぜ。二日酔いか?昨日は珍しく酔ってたもんな」

「あん?昨日…?」

一瞬疑問で返した天龍だが、顔がみるみる赤くなっていく。

「う、うわああぁぁあ!!」

「アレ…」

ダッシュで逃げていった。ふと、天龍が走り去った先から放たれる視線にきづく。その人物は、換気の為に開け放たれた執務室の扉、そこから伸びる廊下の奥の曲がり角からじーっと志庵を見つめている。扶桑だった。

「見られてるね、兄さん」

「へ、俺なの?」

原因は、昨日の祝勝会でのあのやり取り。当然、志庵にそんな自覚などないのだが。艦娘として生まれて、1度は兵器として扱われ、それを享受した。それがここへ来て初めて人として扱われ、指示を受けるだけの存在だった筈の提督から優しさというものを向けられ、スッカリ心酔してしまったのである。

 

(提督のお側にいれば、きっとまた“良いこと”が…でもいつもいつも近くにいては迷惑になるかも…ならせめて、こうして見つめているだけでも…)

 

「何もしてくるわけじゃないなら良いけどさ…」

「お前は、少し言動に気をつけた方が良い。その方が身のためかもしれんぞ」

呆れたような、仕方がないような笑みを浮かべるセレンさん。

「へいへい」

 

その後、深海の連中から感謝の印に送られてきた様々な海産物を堪能したり、大本営に大打撃を与えた強敵を打ち倒した鎮守府として雑誌のインタビューを受けたりしながら、あっという間に一カ月が経過した。

鎮守府前には、既に迎えの車が来ていた。

「みんな、忘れ物はないな」

武蔵’の問いに、艦娘たちが思い思いに返事をする。

「さらばだ、提督」

武蔵’は志庵と固く握手すると、車に乗り込む。残るは玲だけ。

「賑やかな一カ月だったなあ」

「ホントだねぇ、あっという間だった」

沈黙。やば、少し泣きそう。

「ねえ、兄さん」

「ん?」

「できればさ、これから先も…」

我慢。兄として、泣いてるところは見られたくないな。

「おう。またな、玲」

志庵が玲の頭を撫でると、パァッと顔を上げ、笑った。

「うん!またね!」

そして玲も車に乗り込み、排気ガスを残して走り去っていく。

「またねー!」

「漣をよろしくねー!」

「手紙書くよー!」

「貰ったアクセサリ、大事にするからー!」

「弟をがっかりさせるんじゃないぞー!」

やがて車は点になり、霞んでゆく。

「志庵…これから兄として、しっかりせねばいけないな」

「どうだか」

一カ月と少し。将校鎮守府襲撃から始まった騒動が、幕を閉じた。

 

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第11話 色んな意味で問題児

ちなみに私の所には島風さんサラッと来ました。


協定を結んでいるとはいえ、深海棲艦とのガチの戦闘が全くないわけではない。自分たちの縄張りを持たず、海域をまたいで放浪し、燃料などを強奪して生活する海賊のような連中がいるからだ。時にはレ級とかの戦艦も海賊行為を行うため、日々の訓練は欠かせない−−。

 

「ああもう、当たらないわ!」

「大井っち、そっちから誘い込んで」

「クッ、まるでこちらの動きが読まれているかのようだ!」

鎮守府正面で訓練をする北上、大井、木曾の3人。相手を勤めるのは陽炎、不知火。

「フフッ…徹底的に追い詰めてやるわ」

「ちょ、不知火怖いよ…?」

不知火は、志庵鎮守府駆逐艦四天王の1人。姉妹艦である陽炎との連携で北上たちを追い詰めていく。

少し離れたところでは、紅白で別れて鎮守府内演習を行っている。

「フン、カラス一匹落とした程度で調子に乗るなよ…全主砲斉射!撃てー!」

「作戦成功が伊達では無いところ、見せてくれる!…もらったぁ!」

旗艦同士、長門と利根がぶつかり合う。利根が優勢なようだ。

「利根ったら、ムキになっちゃって…きゃっ!」

一瞬余所見をした榛名のすぐ横を、ペイント弾が飛んでいく。扶桑だった。

「貴方には感謝しています、榛名さん。お返しに、あの死線を掻い潜り提督の信頼を勝ち得たこの実力、お見せします」

「こちらこそ、あの作戦には参加しませんでしたが第1艦隊の一員です。経験の差を見せてあげましょう…榛名、全力で参ります!」

 

みんな妙に燃えている…これも提督の魅力故だろうか。執務室で秘書を務める金剛は窓から見える紅白戦の様子を眺めながら思った。しかし、今はそんなどころではない。険悪な空気に包まれる室内に意識を向けなおす。普段見せないような深刻な顔つきで提督が睨む先には、島風がいた。

 

一週間前のこと。志庵の所に、玲から電話が入った。

要約すると、周りに馴染めず、扱いに困って色んな鎮守府をたらい回しにされていた島風が今度は志庵の所に来るという話である。

『面倒を押し付けるみたいで申し訳ないんだけどさ…これで、兄さんでもダメならどうにかしてウチで面倒を見ようと思ってる』

大本営に所属するには、5年以上の鎮守府経験が最低条件なのだとか。

「まぁ、可愛い弟の頼みだ。わかった、やってみるよ」

『ありがとう!助かるよ!』

それから二言三言交わし、受話器を置いた。

「少しはお兄さんらしいじゃないか」

机の角に座るセレンさんが茶化してくる。

「そ、そすか?」

「But、どうしてそんなに周りに馴染めないのデショウ?」

「ん?あー…」

聞くに、初めはただ普通に馴染めないだけだったらしい。それに、本人の持っていた変なプライドが邪魔をして意地を張り始め、今では提督にも意地を張り、決まって「ある一言」でお手上げになる。

 

そして今、志庵の目の前にいる島風も、少し続いた言い合いの後、その「一言」を残して執務室を出て行った。

 

「私よりも遅い人と友達になる気も、命令を聞く気もないから」

 

「ああもう、気分very,very badネ!」

「だからって、飲み過ぎだよお姉ちゃん…」

「これが飲まずに居られるかってんだべらんめぇ!チクショー…」

「もう、仕方のない姉ですね…あの子が気に入らない気持ちはわかりますが」

食堂の真ん中で、金剛は口調が変わるほどビールを自棄飲みしていた。その様子を苦笑いで見ながら、由良と五十鈴は食事を進める。

「流石に色んな所をたらい回しにされてただけあって、中々強烈な子だよね」

「でも…なんとかしてあげたいね。また追い出すような形にされたらあの子もきっとツライ…」

「あんな奴とっとと追い出せばイイネー!」

金剛のヤジが飛んできて、二人はビクッと振り返る。が金剛は気にせず飲み続ける。

「また対決でもしてみたらどうかしら〜、提督さん?」

由良たちの斜め前、黙々と食事をする志庵とその傍に座るセレンの姿。いつもの笑顔で囁きながら、龍田が隣に座る。

「そうだぜ!ここでガツンと、提督の凄さを思い知らせてやれ!」

龍田の提案を煽るようにまくし立てながら、天龍は志庵を挟んで座った。ちなみに天龍、志庵の隣で非常にニコニコである。しかし、志庵は表情を曇らせて口を開く。

「長門の時はさ、勢いでついああなっちゃったけどさ…」

龍田はいつも閉じているように見える瞼を、瞳が薄く見える程度に開き、珍しく微笑みを消して志庵の話を聞いていた。一点を見つめる志庵はそれには気付かず、話し続ける。

「長門も割と大人だからさ、今はだいぶ周りに馴染んでるみたいだけど…元々前の鎮守府で艦娘同士では仲良くしてたみたいだし、そう時間もかからなかったけどさ」

再び箸を動かし、綺麗に切られたキュウリを掴む。

「島風は同じやり方じゃダメだと思う」

「良かった」

予期せぬ龍田の返答内容に、天龍も志庵も一瞬固まる。

「もしも馬鹿の一つ覚えみたいなことを考えてるのなら、がっかりする所だったわ」

志庵が見た時、そこにはいつもの微笑みを崩さない龍田の顔があった。

「でも、それならどうするんだよ提督、わかり合うまで話し合うのか?」

「それとも、何か考えていることでもあるのか?」

天龍とセレンに問いかけられる。

「…少し…あんま自身は無いスけど」

志庵はどこともなくただ正面を見つめて、コップの水をすする。

「あんまり自分を見失ったやり方じゃダメよ?人を見つめる前にちゃんと自分を見つめてね?」

「まるで母親の様だな龍田。そんなにこいつが心配か?」

「あらヤダ、セレンちゃんったら。でもそうねぇ、こんな優しい子供だったら、いつか持ってみたいかしら〜」

「ほぉ?」

セレンの声がどこか刺々しくなる。

「セレンさん…?」

どうしたのかと聞こうとしたその先は、慌てた天龍の声に遮られる。

「たた、龍田!?お前なに言っ…」

「もう、天龍ちゃんったらどうしたの、慌てちゃって?可愛いんだから〜」

「天龍、お前はどうした」

「おい志庵、食べ終わったろう。そろそろ戻るぞ、島風のためにやらなければならんことがあるのだろう」

「え?あぁ、まぁ…」

天龍の慌てぶりも気になったが、どこか不機嫌そうなセレンの声に押され、志庵は席を立つ。と、その前に。

「あ、龍田、天龍、心配してくれてありがとうな」

いえいえと言いながら小さなお辞儀で返す龍田と、俺はなにもと何やら慌てて手を振って否定する天龍を残し、志庵はセレンを肩に乗せて食堂を出た。

 

ボソッ「…私のリンクスだ」

「何か言いました?」

「気のせいだ」

 

翌日、執務を終わらせた5時頃、志庵は島風を鎮守府前に呼び出した。

「競走?」

「そう、鎮守府からこの先にある学園前バス停まで行って、戻ってくる。大体片道5〜6キロくらい」

実際は7キロである。

「馬鹿じゃないの?人間が艦娘に勝てるわけ無いじゃない」

志庵は、装備も何もない「素の自分」を全力で見せることにした。

「やってみなきゃわかんないだろ。俺が勝ったらちゃんと言うこと聞けよー」

「良いわよ?負けないから」

よーいドンで、二人は走り出した。金剛を始めとする艦娘達は付き添おうとしたが、「島風がいるから大丈夫」と言われ、鎮守府で待っていることにした。

 

流石に艦娘なだけあって、島風は最初からドンドン飛ばしていく。志庵は装備を外している時、普通の人間だ。4キロ地点辺りまではどうにか食らいついていたが、そこからは全くペースを落とさない島風に徐々に距離を離されていき、志庵が学園前を折り返した時、前方の島風はスッカリ見えなくなっていた。

 

何よ、最初はひょっとすると…とか思ったけど、全然遅いじゃない。

島風は悠々とした表情で走り続ける。やがて、鎮守府の正門が見えてきた。私の圧勝ね。自分が走ったはずの道を島風は振り返り、思わず身震いした。陽はすっかり落ち、灯の少ない海沿いの道は、10数メートル先も見えないほど真っ暗だ。まるで、全てを覆いつくしてしまいそうに思える程に。

「フ、フン。あいつが言い出したことだもん、気にかけることもないわ」

不安な気持ちを誤魔化すように言い放ち、島風はまた走り出した。程なくして、正門まで辿り着く。そこで島風はドアノブに手を伸ばしかけ、やめて、ドアに背を向けてそこに座り込み、提督の帰りを待ってやることにした。10分、15分と過ぎ、未だに提督の姿は見えない。

捜しに行った方が良いのだろうか。

 

初めて長距離を走る者でも、10キロ前後はペースを考えれば走りきれる距離である。だが提督は自分に負けじとかなり無理な走り方をしていたし、それに加えて目の前の暗闇は人を不安にさせるに十分な凄みを持ち、彼女のせっかちな性格と相まって、もしかしたらどこかで倒れているのでは…などと考えてしまっていた。そんな風にソワソワしていると、人影が見える。提督かと思い目を凝らしてみたが、そこにいたのは曙だった。

「あら、帰ってたの。中入らないの?」

「別に、ここにいる」

「ふうん、良いけど」

そう言うと、曙は島風の隣に座り、手に持っていた袋からポカリを取り出した。

「ハイこれ。塩分はしっかりとっといた方が良いよ」

「気が効くじゃない」

島風はポカリを受け取ると蓋を開け、一口分を口に含む。汗をかいた体に、清涼感が心地いい。

「こう言うのは運動する前に準備しとくものなのよ。あのクソ提督、こういうことすぐ忘れんだから」

そんなことを言いながら、曙は島風の隣に座り続ける。

「いつまでそこにいるのよ」

「あんたこそ、なんだかんだクソ提督を待ってあげてるわけ?」

「戻ってきたら思い切り馬鹿にしてやろうと思って」

「そ」

島風はイラつき始める。

「だから、いつまでいるのよ」

「お喋りでもしてたら気が紛れるかと思って。不安そうな顔してたから」

「はあ?何であんたにそんな気を使われなきゃならない訳」

「否定はしないのね」

島風は顔を背け、小さく呟く。

「だって…遅すぎんのよ。どいつもこいつも…」

どのくらい、そうして座っていたろうか。

「あ、帰ってきたみたいね」

「え?あっ」

暗闇の奥、白いTシャツがこちらに向かっている。足取りはフラフラし、顔は下がっていた。正門をくぐった白いTシャツがこちらを見ると、大の字にそこに倒れこんだ。島風は走って駆け寄っていく。そこにいる提督は肩で息をし、汗ダクだった。

「おっそーい」

島風は倒れたままの提督を見下ろし、言い放つ。

「…っあぁ、やっぱ速ぇな艦娘」

「当たり前じゃん、馬鹿じゃないの?」

提督は苦笑いをしながら、しんどそうに体を起こす。島風は手に持っているポカリを思い出し、提督に差し出す。

「これ飲む?」

「ん?あぁ、ありがとう」

「!待ちなさいクソ提督!あんたのはこっちの…」

曙が慌てて袋からもう一本のポカリを出す前に、提督は島風から渡されたポカリに口をつけてしまった。

「あ…かかか、関せ…」

「あー、生き返った。あ?どうした、曙?」

「あ、それ曙が買ってきたやつ」

「あ、そか。あんがとな曙」

「この変態クソ提督ーー!」

何故か顔を赤くし、曙は建物に入って行ってしまった。

「なんだ?」

「さぁ…」

島風は、鎮守府の者たちから聞いた話を思い出す。

「ねえ」

「ん?」

「ここの艦娘達に聞いたわよ、あんた装備つけたらメチャクチャ速いって」

「え?あぁ、まあ…ね」

「だったら最初からそれで勝負すれば良かったじゃない。なんでこんな馬鹿正直みたいな勝負しようなんて思ったわけ?」

島風には理解できなかった。自分を屈伏させられる力があるのならばそれを使わない手はないはず。何故わざわざ結果が見えたような勝負を持ち込んだのか。

「なんかさ…」

提督は、言葉を探すようにゆっくり話し始める。

「艦娘にとっての性能差ってさ、埋められるモノじゃないし…そういう、なんだろ、変えようのないことで力を見せつけても、なんかずるい気がするし…」

「そんなこといって、負けて結局私に命令聞かせられないじゃない」

「仕方がないな」

島風は納得できなかった。というより、これで勝っても気に入らない。

「明日もう一度!今度は海の上で勝負しましょ!そこで白黒つけるわよ!」

「え?」

「私は艦娘なんだもの、海の上こそ土俵よ!そこで私の速さ思い知らせてあげる」

島風は今度は何故だか楽しくなってきていた。それが何故なのか、理由はわからない。ただ島風は、その約束をしたことで明日が待ち遠しくなった。

 

翌日。再び、艦娘と提督の直接対決。相手が「あの」島風ということもあり、観客(艦娘)達は妙な盛り上がり方をしていた。しかし、とくに盛り上がっていたのは—

「Hey、チキンガール!テートクにぶっ倒されてお家に帰るが良いネー!Fuuuuu!」

「こ、金剛お姉様…言葉が汚い…」

「困った長女だわ…」

対決方法は島風の望み通り、海上での競走。艦装を付け、10キロ先のゴールに先にたどり着いた方が勝ち。島風と、装備を付けた志庵がスタートラインに着く。島風から「全力で」と言われた志庵は、両手両肩の武器も肩の制波装置も付いていない。今ある装備でできるだけ軽くするためだ。

『それでは、間も無くスタートで〜す』

進行は、これまた引き続き龍田である。

『位置について〜、よ〜い…』

 

ぱん!という、懐かしい音とともに、志庵はOB(オーバードブースト)を吹かす。15秒程で、ゴールにたどり着いてしまった。

『あらあら〜。提督、ぶっちぎりでゴ〜ル!』

ゴールした後、志庵は振り返ってそこに留まった。

「待ってやるのか?」

「はい」

確かめるように訊いてくるセレンに、一言で返す。待つこと数分、島風がゴールにたどり着く。

「はぁっ、は、速すぎよ!」

海面に大の字になろうとする島風を、志庵が受け止める。

「おっと」

 

「What!?あの野郎なに抱きかかえられてやがるデスカ!?私だって抱っこなんてされたことナイネ!」

「お、お姉様落ち着いて」

 

「いつまであんなところにいるのじゃ、あやつは…」

「利根姉さん、爪を噛むのは良くないですよ…」

 

「う、お、お、おお姫様抱っこぉお!?何故だ、何故あんな態度の悪い新入りに先を越されなければならんのだ!?なあ陸奥、どうしてだ!?」

「あ、あまり揺らさないで長門、火薬庫が…」

 

「頭にきました」

「加賀さん、こんなことに艦載機を使おうとしないで!」

 

「別に羨ましくなんかねえけどさ、抱っこぐらい、別に…俺デートしたことあるし」

「はいはい、大丈夫よ。提督は天龍ちゃんのことわかってるからね」

 

「…」

「扶桑姉さん、何処から艦装を出したの?何故無言でゴールの方に向けているの?笑顔なのに怖いのはなぜ?」

「…やっぱ変態クソ提督だわ…。クソ提督…。ブツブツ…」

「おやおやぁ?曙ちゃん妬いてますねぇ」

「ほぉ、曙ちゃんはご主人様をそんな風に…」

「みんな、あんまりからかわないであげて…」

「うるっさいわねぇ!あんた達!」

 

「負けちゃったなぁ〜」

志庵の腕に体重を預けたまま、島風はゴチる。

「昨日は勝っただろ」

「ならどうするんだ?」

肩のセレンが尋ねてくる。

「そうだな…」

数秒考えたのち、島風がある提案を持ち出す。

「じゃあさ」

少しだけ、照れ臭そうに。

「『友達』ってことならどう?」

「友達?」

「命令じゃなくても、『友達の頼み』なら聞いてあげなくも無いわよ?」

少し、考えた後。

「そうだな。よし、島風。早速友達として頼んでもいいか?」

「良いわよ、内容によるけど」

悪戯っぽく笑う島風。志庵は「みんなと仲良く」と言おうとしたが、やめた。そんなこと出来ていれば、これまで苦労はなかっただろう。

「まずさ、みんなとお話ししてみなよ。そこからだ」

島風は少し表情を暗くする。

「出来るかな…」

「出来るよ。俺と話せてるんだから」

島風は何か珍しいものでも見たように志庵を見て、しばらくした後に背中を見せた。

「馬鹿な奴」

「は?」

「頑張るわ」

それだけ言い残すと島風は立ち上がり、鎮守府に向かって海面を滑って行った。

「全く、お前は馬鹿なのかたいした奴なのかわからんな」

「なんすかセレンさん、急に」

「自分で考えろ。戻るぞ」

「あ、はい…」

その後志庵も鎮守府に戻ると、島風を受け止めたことに何故か散々周りから文句を言われた。どうにか乗り切り、夜中には歓迎会を行った。

「はい、という訳でウチに新しい仲間が加わりましたー。拍手ー」

パチパチパチ。あれ、なんか拍手少なくない?駆逐艦のみんなや他のメンツは、暖かく拍手をしている。拍手をしないのは金剛を筆頭とする、いわゆる「いつもの」メンツ。

「え、えっとじゃあ、自己紹介から。はい!」

「艦隊型駆逐艦の最高峰を目指して開発された、高速で重雷装の駆逐艦、島風型よ。よろしくね!」

パチパチ。いや、だから拍手をしなさい君達。と、思ってると、島風がこちらを振り向く。リアクション悪くて不安になったかと思ったら、いい笑顔で

「改めてよろしくね、志庵」

「え?」

時間が止まったように、部屋が静かになる。

「なによ、友達なんだから呼び捨てくらいいいじゃない。ね、志庵」

「ああ、別に構わ無いけど…」

「お、おい待て貴様、今まで志庵と呼んでいたのは私だけで…」

「セレンさん?」

「ちょ、ちょっと待て提督!島風貴様ぁ!私だって無いのに…っ、貴様抱っこはおろか、よ呼び捨て…!」

「いや、今までセレンさんが散々呼び捨てにしてたろ」

「それとこれとは違う!」

「いいなー島風ちゃん、私も名前で呼びたーい!」

「志庵さーん!やだ、恥ずかしーい!」

そんなよくわからない盛り上がりを見せる中、ヤケに不機嫌そうに顔を歪めているのは利根。

「いい加減にするのじゃお主…上官を呼び捨てなどにして…!覚悟は出来ておるのだろうなぁ!?」

「え、利根どうした!?お前最近ちょっと変だぞ?」

「お主は黙っとれ!」

「おっそーい♪」

一瞬島風が眩しい笑顔を志庵に見せるとそのまま廊下に走り去っていき、利根や他の者がそれを追いかけていく。

「ま、待て貴様!待たんかぁー!」

「良い度胸ネ、クソ耳ウサギ!今の私はrabbitを追うlionヨ!」

「ウフフ、追いかけましょ?天龍ちゃん」

「え?お、おう!」

「おい、お前ら待てって!」

「ねー提督ー、ボクも名前で呼んでいいー?」

「し、志庵さん…なのです!な、なんだか照れるのです…」

「志庵さん…なんだか、『お兄様』とは違う親しさを感じます…」

「志庵ー、今日は夜戦つきあってよー!」

島風と利根達を止めに行こうとするも、群がってくる艦娘たちに阻まれる。

「お、お前らちょっと、今はあいつらを…」

「大丈夫よ、あいつらなら」

「曙?」

 

「待て、待つのじゃ!お主いつの間に呼び捨てにするような関係になった!?」

「貴方には色々と聞きたいことがあるわぁ〜」

「ヘーイ!あの熱〜いハグの理由を聞かせるネ!」

「ふっふーん、知りたかったら捕まえてみなさーい!」

 

「変態クソ提督」

「おい待てその不名誉な呼び名固定されたのか?」

「…私の特権だったのに」

なんだかんだ、セレンさんが一番様子が変だった気がする。

 



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第12話 サマーヌードル

夏です。


 艦娘たちは、動揺を隠せなかった。理由は、神通の証言。

 「川内ちゃんが夜更かししているのはいつものことなんですけど…近頃はこっそりどこかに行っているみたいで、私気になってあとを付けたんです。そしたら…」

 「部屋を抜け出すたびに…提督の下へ向かっているというのか…?」

 神通は震えながら頷く。

「戻ってくると、とても幸せそうな顔をしているの…」

 愕然とする者。その場にへたり込む者。泣きだす者。

 「やはり男など…こんなものじゃったか…」

 利根の瞳は、志庵がここに来る前のくすんだ色に戻りかけていた。

 「そんな…俺とデートだってしたのに…川内のやろー…いつの間に…」

 「認めない…私は認めないネ!」

 「金剛…」

 涙を浮かべながら、声を上げる金剛を艦娘たちが見る。

 「私はこの目で見たものしか信じないヨ!今晩、乗り込んでやるネ!」

 その言葉が響いたのか、長門も立ち上がる。

 「そうだ…私が愛する男を信じてやれなくてどうする!」

 

 離れた席で、龍田と曙がご飯をつつく。

 「みんな、色々と勝手に想像を広げすぎじゃないかしら~?」

 「神通さんは中の様子をちゃんと確認してないんだよね」

 

 そんな冷静な意見などどこ吹く風。その日の深夜、作戦は決行された。男子トイレの扉の隙間から、龍田がまだ明かりのつく執務室を覗き見る。神通の話通り、川内がコソコソと入っていった。

 「確認したわよ~」

 金剛、天龍、龍田、利根、長門、神通。神通を除けば「いつものメンツ」が、執務室の前に集まる。

 ボソッ「それじゃあ覗くわよ~?」

 「ヘイ川内!こんな夜遅くにテートクとコソコソ何してるネー!」

 「え」

 音を立てずに扉を開けようとした龍田を押しのけ、金剛が勢いよく扉を開けた。

 「う、うぇっ!見つかっちゃった!」

 そこにあったのは――丸めたエプロンを机の脇に置いて読書をする志庵に、エプロンの上で体を丸くして寝ているセレン。そして湯気の立つどんぶりを片手に、絹のような白い麺を割り箸に絡める川内の姿だった。

 「せ、川内…なにしてんだ?」

 「もー、私だけの秘密にしようと思ってたのに」

 「だから、こんなにしょっちゅう来てたらすぐ見つかるって言ったろ」

 「川内…その、食べているものはなんじゃ?」

 「提督丼」

 「変な名前付けんな、丼ものでもねぇし。ただの乳麺だよ」

 「提督の作った乳麺を食べるために…いつも部屋を抜け出していたの?」

 「い…バレてたの?さ、さっすがお姉ちゃーん…いや、これが美味しくってさ…つい…」

 「夜更かしして夜食に作ってたら、川内に見つかったんだよ。そしたらこいつ、度々来るようになっちまって…」

 なんだ、と、安堵の表情でため息をつく天龍と神通。良かったね、と、天龍の肩をたたく龍田。金剛と長門は、顔を赤くして震えてる。利根は涙を浮かべて震えている。

 「なに、どうしたお前ら…」

 「…ずるいネ川内ばっかりー!」

 「そうだ提督!私にも提督丼を作ってくれ!」

 「いらぬ心配をさせおって!吾輩を満足させるまでは帰らんぞ!」

 「ちょ、ちょっと待て!そんなに冷麦残ってねえよ!」

 その二日後から間宮食堂のメニューには、志庵がレシピを伝えた「提督丼」が加わり、人気メニューの仲間入りを果たした。

 

 

 『そっか、島風は落ち着いたんだ。さすが兄さんだね』

 「いや、褒められたもんじゃねぇな。結局、島風から『友達』で無理やりまとめられちゃったし」

 『それでも、他の提督たちができなかったことを兄さんはやったんだ、凄いことだよ。…強いだけじゃないんだね…』

 「馬鹿にしてんのか?」

 『違うよ。前回の作戦と言い、やっぱり兄さんは俺にはないものを色々と持ってるなって、実感しちゃって…』

 「なぁ…俺からすれば、玲だって俺にはないものを色々持ってるし、俺なんかまだまだだなって思うんだぜ?伊達に元帥になったわけじゃないだろ?」

 『俺が持ってるもの…』

 「それに、そこにいるのはお前だけじゃないだろ?周りを頼れ周りを、好きなだけ」

 『そうですよ、元帥』

『大和’…』

『お兄さんの言うとおり、私達は貴方に支えられていますが、貴方が迷うような時には、私達が道を示します』

 『…そうだね…ありがとう大和’、兄さん』

 「ん、じゃあ切るぞ。ぶっちゃけ、らしくないこと言ってハズイ」

『またね兄さん』

『ごきげんよう』

 志庵は受話器を置く。

 「海軍の最高権力相手に、ずいぶんと親しくなったものですね。ご主人」

 「困った弟だな。全く」

 玲の小さな悩み相談を終えて一息つく志庵に、秘書官の漣とセレンが話しかける。漣は、何故かひどくご機嫌ななめだ。

 「志庵、仕事も電話もおっそーい。まだ終わんないの?早くかまってよ」

 先程から仕事机の周りをちょろちょろしていた島風が、志庵の背中からニョキッと顔を出す。

「終わんねーし、早く終わらせる気もない。その分書類増やされるから」

その辺の管理は玲とは別の人の仕事なのかな。融通きかせてくれたって良いのに。

「えー、つまんなーい」

島風は露骨に上半身を振り、退屈をアピールする。

「島風、仕事の邪魔だから出てって」

「なによ漣、志庵が元帥と電話してる間仕事に集中できてなかったくせに」

「おい、なに言い争いしてんの」

しばし、睨み合う2人。島風が何か思い付いた様にニコッと笑う。

「じゃあ!私仕事手伝う!早く終わらせて遊んじゃおう!」

「ああ、そいつは助かる。じゃあ書類にハンコ押してくれる?」

「よしきた!疾きこと、島風が如し、だよ!」

「丁寧にな」

「はぁ。やれやれ…」

 

それは、北上の何気ない一言から始まった。

「提督ってロリコンなのかな」

対して大きな声で発したわけでもないその一言で、食堂が静まり返る。

「北上はどうしてそう思うニャ」

「だって、このところいつも島風と一緒にいるじゃん」

「もしもそうなら、そんな変態を北上さんに近づけたくはないわね」

実際は島風の方から寄って行っているのだが、まだ来たばかりの北上にはそう見えるのだろう。そして、食堂は一気に騒然とする。

「もう司令官ったら、そうならそうって言ってくれればもーっと甘えさせてあげるのに!」

「うふふ、もっと近くで見て欲しいなぁ、この輝く肌…」

「私にも、チャンスはあるということかな…」

「レディになったら相手にされなくなっちゃうのかな…?」

自分にもチャンスがと、沸き立つ駆逐艦。その一方で…

「まさか…わが伴侶にそんな趣味など…」

「気になる?利根姉さん」

何処か不機嫌そうに食事を続ける利根に、妹の筑摩が問いかける。

「別に…趣味など個人の勝手じゃろう。まぁ、指揮をとる人間として、特定の人物とばかり親しくするのは好ましいことではないが…」

「加賀さん、余り駆逐艦の子を睨まないで…」

「鎧袖一触よ、心配」

「大アリです」

この喧騒に、油を注ぐ者が一人。

「いやぁ、案外あの露出度の高い恰好にヤラレちゃったかもよぉ?」

再び、食堂が静かになる。

「もう、隼鷹ちゃんったら、そういうことはもっと小さな声で言わなくちゃ」

「あれ、聞こえちゃってた?みんな」

いや、わざわざ聞こえるように言っただろ。そんなツッコミが聞こえそうなほど、隼鷹が白々しく言う。そして追い討ちをかける、龍田の一言。

「ビーチ、行きたいなぁ…」

みんなが一斉に席を立つ。

「それじゃ…!」

第一声をあげたのは、無関心を装っていた利根。

「そうだ!女性の水着姿など、提督も何かを感じずにはいられまい…!」

「ああ、気分が高揚します…、少し食べるのを控えた方が良いのかしら…?」

「いえ、少しくらいふくよかさも無いと不健康に見えるわ…!大事なのはバランスよ、加賀さん!」「つまりは食事量は減らさなくても良いから、運動をして引き締まった体をキープして…」

その喧騒を、少し離れて眺める二人。

「…肌くらい、中破した時に見せているではないか」

「あんなに盛り上がることなのかしら?」

「大和も武蔵もわかってないクマね」

「球磨さんか」

「それだと森で貝殻のイヤリングを拾いそうだから、『球磨』でいいクマ」

「わかったわ。それで球磨、中破や大破と水着では何が違うというの?」

「中破は、戦った結果、ダメージとして服が破けて、肌が露出するクマ。水着は違う。肌を『見せるために見せてる』んだクマ」

「見せる…ため?」

「そう。その為に水着も、露出した肌をより魅力的に強調する為に様々なデザインが考案されているクマ」

「中々、奥が深いんだな」

「二人とも、似合うと思うクマよ?」

「えっ」

「わ、私が…水着に?」

「海に行くことになれば、きっとそうなるクマ」

 

「やっぱり、志庵提督はここでもすごい人気だね」

「最上さん、『ここでも』って言うのは?」

食堂のもう片隅で雑談を交わすのは、五月雨、涼風と最上型の面々。

「あら、ご存知ありませんの?志庵提督のブロマイドは大本営でも大層な人気なのですよ?」

最上への問いかけに、熊野が代わりに答える。

「ええ!?ブロマイド!?そんなものが!?」

「お、おい五月雨、急に大声出すなよぅ」

「ご、ごめん涼風」

「『青葉ネット』知らないの?」

頬杖をつく鈴谷が五月雨に問いかける。

「青葉さんはまだココに来て間もないので…」

「情報がまだ行き渡ってないのかしら。まぁ、非公式なものだものね。全国の青葉さんを通して、各鎮守府の提督さんの様々なグッズを販売しているのよ」

「へぇー、そんなものがあんのか…」

長門や金剛辺りは存在を知っていそうだ。鈴谷が妖しい笑みで、指を3本立てる。

「因みに、ここの提督は売り上げランクBEST3に入ってるよ」

「ふぇっ!?」

「ま、マジか!?」

「『レイヴン事件』の写真が出回りだしてから、人気に火がついたみたいだね」

「モガミン、DVDまで持ってるもんね」

「ち、ちょっと三隈!?」

「あ、それ持ってるところ私も見たことあるー」

「鈴谷っ…もう、みんなやめてよぉ!」

最上の顔は真っ赤だ。あまりに赤いので、五月雨も柄にもなく弄りたくなった。

「あの、最上さんがここに残った理由って、もしかして…」

「うわー!違う!違うよ五月雨!僕は単純に強くなりたくて…」

「あら、謙遜することも無いのではなくて?私も好きですよ、志庵提督は」

「え?」

「熊野?」

固まる周りを余所に、涼しい顔で熊野はコーヒーを啜る。

「隠そうとしたって、どうせすぐにバレます。だから、宣言しておきますわ。私は、志庵提督のことが好き。もちろん、愛の意味で」

未だ固まる周りに視線を向け、満面の笑みを浮かべて、熊野は言い放った。

「この場にどれ程いるかはわかりませんが。負けませんよ?」

 

 

「海に?」

「そー、海!みんなでいーきたーいなー!」

執務室に押しかけたのは、睦月型、陽炎型、吹雪型。

「ちょっと待ってよ!そんな話してたら志庵の仕事がまた遅くなるじゃん!」

「そうですよ、ただでさえご主人は仕事が遅いんですから」

「お前らな…」

「いいじゃんか少しくらい!島風だって海、行きたく無い?みんな、このところ水着の話で盛り上がってるんだよ?」

「水着」の一言に、一瞬、島風が揺れる。そして、しきりに志庵をチラチラ見始めた。

「いや、まぁ…楽しそうではあるけど…」

「不知火とか初雪も?」

ニヤリ。提督ならば、普段主張の少ない二人の存在に注目するはず。その計算で、陽炎型と吹雪型が選ばれたのだ。

「はい…その、陽炎や大潮に付き合って、水着を買ったものですから…」

「私も…水着…ん、着たい」

「ご迷惑でしたか?」

よくやった。提督なら、この一言には弱い筈。

「あのさ…こんな大人数で押しかけなくても、頼んでくれたら予定くらい作るよ」

「ほ、本当!?」

「海近いし」

「「それじゃあ!」」

 

翌週。艦娘達は、熱海のビーチでも無く、近所の海水浴場でもなく、鎮守府正面海域の砂浜にいた。

長門も、加賀も、天龍も、岩のような表情であった。

「なんだお前ら、その顔」

「いや、だって…」

その砂浜は、時々ごみ拾い等はしているものの、これといった施設が用意されているわけでも無い。地元住民等はもっと近くの砂浜に遊びに行くし、そもそも軍用施設の近くとあって中々寄り付かない、つまりは、小汚い、見飽きた砂浜

「…なのです」

「今までは、な。C’mon、妖精さん!」

「「よっしゃあー!」」

「はわわわわ!?」

志庵の声を合図に妖精達が艦娘達の足元をすり抜けて砂浜へ駆けていく。そして見る見るうちに、流れ着いた枝などが片付いて行き、パラソルが立てられ、遊泳範囲指定の浮きが浮かび、傍には海の家らしき建物が。

「どうだ、廃棄予定の資材をこの為に取っといたんだよ!」

「「おお〜!」」

なんということでしょう。匠の技術で、小汚かった砂浜が美しいビーチに変身しました。

 

それからは、実に楽しいひと時だった。皆水着になり、海辺を走り、泳ぎ、日に焼け、思い思いの時間を過ごした。

「よーしお前ら、ボールを使った訓練だ!」

「ドジっ子なんて言わせません!」

「涼風の本気見せたげる!」

ただ。ただ一つ。

 「すみません、焼きそばおかわり」

 「私もです」

 「了解した。志庵、焼きそば追加だ!2つだぞ!」

 「…提督よ、お主は何をやっておるのじゃ…?」

 約2名の艦娘を除き、気に入らないことが。

 「?焼きそば焼いてんだけど」

 志庵は水着にならず、鉄板を前に焼そばを焼いていた。セレンに至ってはウエイトレス役である。利根の後ろから、川内や雷が文句を言いに来る。

 「ちょっと、セレンさんまで何やっちゃってるのよ!私たち提督と遊ぶつもりで来たのに、これじゃ意味ないじゃない!」

 「また、司令官がそんなことしてちゃダメじゃない!もっと私たちにも構ってよ!」

 そこに、反論したのはセレン。

「私も、こいつとこうしているのを楽しんでいるのだがな」

最上もやってきた。そして、わらわらと人が増え始める。

「セレンさんは最近いつも提督と一緒にいるじゃないか!」

「そうだぜ!不公平だ!」

「ちょ、危ないって、鉄板から離れろよ火傷すんぞ!いいだろ、いつもこういうのは間宮さんか鳳翔さんがやってるんだからたまには」

「提督、おかわり貰っていきます」

「失礼しますね」

志庵の背後から赤城と加賀が箸を伸ばし、鉄板の焼きそばをさらっていく。

「あの2人にも息抜きしてもらわなきゃ」

その直後、志庵の腕が横から引っ張られる。

「うぉっ」

「しーあん、私とあーそぼっ?」

「島風、お前も引っ張るな…」

「島風、貴様はだめだ」

「はぁ?なんで!」

志庵を引っ張り続ける島風を、長門が止めた。

「貴様はこのところいつも提督といるだろうが…!なぁ、提督よ、私の水着姿はどうおもう?」

「偉そうな口を聞くと思ったら、目的はそれ?浅ましいわね、おばさん。水着似合ってないし」

「おばっ…」

空気が、凍る。

「小娘がぁー!」

長門がどこからともなく艦装を取り出す。

「わ、おっそーいけど…ヤバっ」

島風は志庵から手を離し、砂浜を逃げていく。怒鳴り散らしながら、長門がそれを追いかけていった。

「行っちゃった…水着は似合ってたけどな」

「なんじゃと!?」

何気なく放った一言に、皆が目の色を変える。焼きそばにガッツいてた一航戦まで志庵を見ていた。

「痛だだだだだ!」

突然、セレンが志庵の首元をつねる。

「なんすか!?」

「…指揮官が部下に色目など使わないことだ」

「はあ、スンマセン…」

別に妙な目では見てないんだけどな。ただ、男としていくところに視線がいくのは不可効力だと言っておく。

「ヘーイ!テイトクぅー!私たちのナイスバディもちゃんと見てほしいネー!」

金剛型の四人が前に出てくる。

「わ、私は別にみてもらわなくてもいいけどな…」

「榛名、ちょっと大丈夫じゃないです…」

「まぁ、普段から人並み以上に体を動かす私たちです。ある程度のものであれば着こなせて当然とも思いますが」

いつも通りの金剛に、照れくさそうな比叡に榛名、その通りだとは思いつつも凄い自信の霧島。

「まあ、霧島の言う通りではあるかもな。みんな体は引き締まってるし」

「ウ~ン、褒められてる気はするけど何だかイマイチネ…」

「霧島は今コンタクトにしてるの?雰囲気違って結構新鮮だな。悪くないんじゃん?」

「へ!?そ、そうですか?あ、そ、それはどうも…」

「Why!?」

何故だか皆あたふたしだす。

「提督はギャップがある方が好きなのかしら…」

「榛名、何ブツブツ言ってんの?」

「ウフフ〜、提督さん、天龍ちゃんの水着も見てあげて〜?」

「た、龍田!」

龍田に両肩を掴まれて、天龍が前に出てくる。

「あ、あんまりジロジロ見んなよ…。お、俺の水着…あの、どうだ…?」

志庵はちょいちょい気になっていた下腹に目をやる。

「うん、水着は似合ってるよ」

「本当か!?」

「けどちょっと肉ついた?それとも筋肉?」

天龍が青ざめる。周りの他の艦娘もハッと自分のお腹を見て、サッと隠す。再び天龍を見ると、涙を浮かべて顔を真っ赤にしている。

「バカーーーー!!」

そう言って砂浜へ走って行ってしまった。

「あらあら〜。提督さん、後でちゃんと謝ってあげてね?でないと…」

「龍田も案外かわいい水着着てるのな」

「ふぇ!?」

龍田が珍しく声を上げて狼狽える。

「し、あ、ん?」

なぜかセレンが声を荒げる。

「なんすかセレンさんさっきから…龍田も、天龍と一緒に褒めてもらいに来たんじゃないの?」

「え、あの、やだ、そ、そういう事は天龍ちゃんにもっと言ってあげて〜?そ、それじゃあまた後で…」

「あぁ、これ片付けたら謝りに行くよ。じゃ」

そのまま、あらあらと言いながら龍田も去っていく。

「提督よ…お主は…」

「なにさ」

「ほらほら〜、武蔵に大和も、水着くらいどうって事ないんじゃなかったの?」

「いや、なんだか…なんだろうなこれは…」

「いつも戦闘で見せてる肌なのに…なんだか妙な気分だわ…」

「「おぉ…」」

次は陸奥が武蔵と大和を連れてきた。もともと恵まれたスタイルの二人の水着姿に、周囲から感嘆の息が漏れる。

「提督さん、2人のことも褒めてあげて?」

「いや、3人とも言うまでもなく似合ってるけど…スタイル良いんだし」

「あら?あらあら?あら…」

「に、似合ってるか?そ、そうか、こういう格好もあるのだな…」

「やだ、また妙な気分に…今日は変な日だわ…」

玲のところの武蔵を知ってるだけに、なんだか珍しいものを見ている気分だ。

「司令官!天龍さんや大和さんばかりずるいわ!もっと私や駆逐艦のみんなのことも褒めてくれなくちゃ!」

「いや、お前らの『似合ってる』はなんかベクトルが違う。あぁ、似合ってるよ?うん」

「なんだか納得がいかないわ…」

奥で、時雨と夕立が恥ずかしそうに体を隠してるのに気づく。隣にいる村雨の水着とセンスが似通っている。アイツのチョイスか?

「時雨も夕立も、恥ずかしがんなくて良いぞ、似合ってるから」

えっ、とこちらを見る。

「そ、そうかな…」

「なんだか照れるっぽい…」

「提督さん私は!いっちばん似合ってるでしょ!」

誰かの陰になっていた白露が姿を見せるが、そこそこ発育の良い体にフリフリの付いたワンピースタイプはなんとも

「…ミスマッチ…」

「がーん!!」

口でショックを表し、その場に崩れた。だって、あれ小さい時から同じ水着なんじゃねえのって感じなんだもん。

「ほら、利根姉さん」

「え!?あ、て、提督よ!あまり、特定の艦娘ばかり褒めるのはど、どうかと思うぞ!だから…その」

「そうよ?私のことも褒めてよ、この輝く肌…綺麗でしょ?」

利根が何か言いだしたと思ったら、その言葉に便乗するように如月が現れて体をくっつけてくる。

「お、おい…」

「如月!お主はなにをしておる!」

「なに?利根さんったら慌てちゃって。みんなと同じよ?水着を褒めてもらいに来たの。どう?提督さん…」

如月は腕に抱きついたまま、駆逐艦にしては発育の良い胸を強調するように体をすぼめる。

「お前さ、そういう色気はもっと大人になるまで大事に取っとけよ。じゃねーと変な男ばっか近寄ってくるようになるぞ」

「だってぇ、提督さんこのところ、島風とばかりイチャイチャするんだもの」

そこで、皆が“しまった”と言う顔をする。そう、そもそも今回の目的は、(おそらく)島風の色気に惚殺されてしまった提督の気を、自分に向けさせるものだった筈。皆ビーチに浮かれ、忘れてしまっていた。

「司令官!みんな心配してるのです!提督はロリコンなんじゃないかって…」

「心外どころの騒ぎじゃねぇな」

「違うのか!?」

「あいつとはまぁ、こないだの競走の時に『友達』ってことにはしたけど、それからはあいつが勝手に遊びに来てるだけなんだよ」

「島風とお友達に?どういうこと?」

「だから、如月は離れろっての。もう片付け終わるから。あいつとの競走が1-1の引き分けだったから、命令は聞けないけど友達としての頼みなら聞いてやるって言われて、不服ながら承諾した次第でございます」

「そうじゃったのか…」

「それで司令官を呼び捨てになんてしてるわけね…」

一応は納得した。が、一同は志庵といる時の島風の顔を思い出す。あれは友達というよりも…言うなれば、志庵といる時の長門の表情に近いものがある。

「なるほどな。お主が特別な意識をしているわけではないというのは理解した」

「そ。なら良かった。よし、妖精さん、後はよろしく」

自らも砂浜に小さなパラソルを刺してバカンス中の妖精さんたちに呼びかけると、小さな掌をヒラヒラと返してくれた。鉄板の熱が冷めたら、妖精さんが倉庫に片付けてくれる筈。

「で?俺、水着なんて持ってないけど」

「どうせ白Tに短パンじゃない!ほら、来て!」

川内に腕を掴まれて、走り出す。

「おっと」

「ま、待て川内!提督よ、我輩も一緒に…」

掘立小屋の奥のテーブルで焼きそばを平らげた加賀と赤城も立ち上がる。

「腹ごなしにはちょうど良さそうですね。提督、ご一緒します」

「なにをやりましょう?ビーチバレー?スイカがあればスイカ割りでも…」

「あ、スイカ食べたい!司令官!私がスイカを持ってきてあげるわ!」

「あぁ、じゃあ頼む。場所わかんなかったら妖精さんに聞けよ。でかくて冷蔵庫には入ってなかったと思うから」

そうしてふと海に目をやると、何やら影が近づいてくる。

「ア、 ヤッパリ鎮守府ノ皆ダー!」

「コンナ所ニビーチナンテアッタカシラ?」

「スイカ!スイカオイテケ!」

深海の連中だ。しかもちゃっかり水着を着て、完全にバカンスモードである。

「なんじゃ、お主らなんでこんな所におる?」

競泳タイプのぴっちりした水着に身を包む港湾が答える。

「コノ夏ハ皆デバカンスに行コウトイウ話ニナッテ、コノ鎮守府ノ隣ノ砂浜ナラ安全ダト思ッタノダ」

「あら、深海の皆さん」

控えめな水着の鳳翔が前に出てきた。

「アァ、鳳翔。イツモ世話ニナッテイル」

「いえいえ、私も楽しいですから。水着、お似合いですよ」

「ソ、ソウカ?コウイウノハ初メテ着タカラ良クワカラナカッタノダガ…トコロデ、ソノ、提督ハ…」

「天龍さんに謝りに行ってます。なんだか失礼なことを言ったみたいで」

道路の方が、急に慌ただしくなる。

「きゃー!なんで、なんで港湾棲姫がここにいるのよ!」

「いや、待て。あれは恐らく…」

聴きなれた声だ。

「あちゃぁ、そう言えば元帥たちも呼んだんだった」

鳳翔の近くにいた比叡が玲たちの方を見て、こめかみをペチンと叩く。

「ああ、玲!こっちこっち!」

「あ、兄さん!」

むくれた様子の天龍と一緒に現れた志庵が、ビーチを訪れた玲たちを呼ぶ。

「兄さん!会いたかったー!」

玲は砂浜を走ると、志庵に飛びついた。

「おっと…。うまくやってるか?」

「もちろん!それよりも、なんだか気が引けちゃうな。この間は島風を任せたばかりなのに、こんなビーチまで招待してもらって」

「気にしない。こっちから誘ったんだから」

「ちょっと志庵!誰、そいつ!」

頭にタンコブを作った島風が歩いてきた。

「元帥…いつまで部下に抱きついているのだ?」

怒った様子の武蔵’が、志庵から玲を引き剥がす。

(便宜的に、元帥の艦娘は名前の後に『’』を付けます)

「よう、久しぶり武蔵’。玲と何かあった?カリカリして」

「さあ、なんだろうな?」

ジロリ、と、睨まれて志庵は少したじろぐ。

「元帥殿、ようこそお越しいただきました」

背後から大淀の声が聞こえたので振り向くと、大淀も、というか志庵の艦娘たちも志庵をジト目で見ていた。

「ああ、こちらこそ、この様な素晴らしいビーチに呼んでいただいて感謝する。ところで兄さん、あの深海棲艦は…」

「あぁ、あん時、海産物持ってきた奴ら。警戒しなくて良いよ」

「だ、そうだよ」

玲が自分の艦娘たちに振り向いてそう言うと、安堵の息が聞こえてくる。

「『レイヴン事件』ノ時以来ダナ、元帥殿」

「ああ、あの時はウニやら蟹やら、ご馳走になったよ」

「司令官!スイカ!スイカあったわ!」

鎮守府の砂浜側の扉をあけて、スイカを高々とかざしながら雷が走ってきた。

「おーい雷、スイカそんなに持ち上げて走ってると…」

案の定、雷は頭上のスイカにバランスをとられて派手に転び、スイカはその場で割れた。

「あ〜あ」

志庵と暁型が慌てて駆け寄る。

「ひっぐ…じれいがあぁああん、ずいが割れぢゃっだああぁぁ」

「おーおー、気にすんな、わざとじゃないだろ?お前も怪我してないんだし、スイカならまだあるから」

「もう、1人前のレディはそんな簡単に泣いちゃダメよ。大丈夫?雷」

「スイカ、新しいの持ってくるのです!」

「だめ!私が今度こそしっかりとスイカを持ってくるんだから!」

「それじゃあ、皆で一緒に行こう。待ってて、司令官」!

そう言って暁型の四人が再びスイカを取りに行った。

それからは、スイカ割り大会で玲が50mと言う脅威の記録を周囲のアドバイス全く無しでクリアして見せたり、港湾が片手でココナツを割って見せたり、志庵、玲、深海の混合チームによるビーチバレー大会を開催したり、大いに楽しんだ。そして、陽がすっかり落ちた頃。

「あれ?志庵は?」

島風の声に、みんなも周りを確認する。

「あやつ、また何かする気じゃな…」

「あ、あれ提督じゃない?」

陸奥が指差す方を見ると、見慣れた影が遠くの海上を滑っていた。

 

 

ビーチバレー大会が終わる頃、志庵はこの日のサプライズ目玉企画の準備をしていた。いつものドッグに入り、足元から頭まで装備を付けていく。そして、片手にはいつものライフル。もう片手には、妖精さんに作ってもらったGAのガトリング。妖精さん曰く、それを装備できる者さえいるのであれば、大体のものは再現可能らしい。だからこそ、先のVOBの再現も可能だったとか。

全ての装備を終えると、セレンさんがいつも通り肩に乗ってくる。

「今回の作戦では、通常以上の正確な射撃が要求される。ヘマをするなよ?」

ニヤリ、と笑いかけてくれる。

「了解」

とだけ言って、志庵は海に出た。砂浜から充分な距離を取ると、志庵は真上に向かって一発目を打ち上げた。

妖精さんと皆で知恵を寄せ合って完成させた、特製花火弾。夜空の空高く、満開の花を咲かせた。

「よっしゃ!」

高速で円状に移動しながら、ガトリングで花火を打ち上げる。QB(クイックブースト)で海上に浮かび上がりながら、斜め上に、下に、肩のミサイル花火を撃つ。この日のために、パソコンも使って綿密にシュミレートした。ACネクストの機動力が可能にする、三次元花火だ。

最大弾数を底上げする特殊マガジンを搭載し、10分間、花火を上げ続けた。そして、クライマックス。残った弾をありったけ撃ちまくり、その中央に、アサルトアーマーの輝きで華を添えた。

 

 

艦娘も、深海棲艦も、息を呑んで花火に魅入っていた。荒々しく、しかし繊細で、芸術的に夏の空が彩られていく。

「提督は…好きなのですね」

夕雲が、ポツリと呟く。

「え?」

隣にいた秋雲がスケッチの手を止め、振り向く。

「私たちがどんなに止めても、あの人は自分が何かをして人を笑顔にすることが好きだから、止めてはくれない…料理も、掃除も、身の回りのことも」

「でも、私たちだって、提督のために動いて、笑顔になってもらうのは好きなんだよ。だから、もっと色んなところを頼って欲しいのに」

「そういう気持ちを汲み取れないあたり、やっぱクソ提督よね」

「曙さん、そういう割にはニヤついてますよ?」

会話に入ってきた曙を漣が茶化す。

「花火は好きだもの」

「素直じゃないんだから」

「なんの事かしら?朧」

「別にー」

 

「…やっぱすごいな、兄さん」

「元帥、電話で言われたばかりだろう。元帥には元帥の…」

「わかってるよ武蔵’。俺には俺にしかできない事はきっとある。ただ今は、こうして兄さんにしかできない事を見て、素直に賞賛しているんだ」

「フッ、そうだな。確かに、人間業ではない」

10分間続いた花火は、大量の花火と、いつか自分を守ってくれた、美しい緑の輝きで締めくくられた。

 

装備を外して戻ってきた志庵を、皆が拍手だのハグだの、思い思いに迎える。時刻は、すでに9時過ぎ。以前、玲たちが訪れた時に使ったプレハブがまだ残っているので、彼らはそこに泊まっていくことにした。深海棲艦達は暗い海でも問題なく帰れるとのことで、お土産(スイカや焼きそば)を持ってそそくさと帰っていった。

皆が寝静まった夜。志庵は尋常じゃない寝苦しさを感じていた。というか、体が重かった。夏風邪でも引いたか?熱を測ってみるか。そう思って薄目を開けると

「あら、申し訳ありません提督。起きてしまいましたか?」

扶桑がいた。水着の。志庵は状況を飲み込めずに口をパクパクし続ける。

「私も、水着を褒めてもらいたかったのですけど、その、あの輪に入れなくって…」

扶桑は恥じらうように体を抱きしめるが、そもそも恥じらうタイミングがおかしいというか、なんというかいろいろおかしい。

「どうです?私の水着。もっと近くで見てください、明かりがついてないから良く見えないでしょう?」

そろり、そろりと、妖しく、ゆっくり近づいてくる。「ナニか」の危機を感じて、志庵は割と全力の悲鳴を上げた。数秒後、扶桑がいないことに気づいた山城に引きずられていき志庵は事なきを得た。

翌朝、玲たちも帰っていった。

 



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第13話 季節外れのバレンタイン

なぜこんな時期にバレンタインのネタをやるのか?
思いついたから。
前回の夏から突然バレンタインで、島風は来たばかり。
突っ込んだら負けです。


 ここはとある深海の、広い洞窟の中。彼女達は、絶え間なく得られる水流や海底火山の熱によって電気を得、割と快適に暮らしていた。

 一匹の幼ヲ級と、ホッポを含む6人の深海棲艦の幼体が向かい合う。

 「ソコマデダ黒イ鳥メ!進化ノ現実トイウモノヲ教エテヤル!」

 「フハハハ!人間ノ進化ハ終ワッタノダ!私ガ隕石デ滅ボシテヤル!」

 「オ前ガココデ砕ケ散レ!」

 どこか聞き覚えのあるやり取りの後に、子供達が豆鉄砲で撃ち合いを始める。今、深海の子供達の間で大流行りしている、「レイヴン事件ごっこ」である。志庵鎮守府であの戦いの映像を確認していたときに、深海の子供達も一緒にいた。それ以来、子供達にとって利根達、「レイヴン事件」における志庵鎮守府第一艦隊は完全にヒーローと化していた。因に、N-WGIX/Vが自らを「人類を滅ぼす隕石」と称した辺り、子供達は「敵が隕石を落して人類を滅ぼそうとした」と解釈しているようだ。

 そのすぐ横。椅子に座る港湾棲姫は、何かの写真を眺めている。一枚めくり、赤らめた頬に手を当てる。

 「アア…凛々シイオ顔…」

 もぞもぞと、椅子に座りながら体をくねらせる。

 「何ヲ見テイルンダ?」

「キャッ!」

周りが見えていなかったらしい。横から顔を覗かせた戦艦棲姫が港湾の持っていた写真を手に取る。

「アソコノ提督ノ写真?」

「カ、返シテ」

青葉が資料映像から切り取り、ボケたところなどをリファインした、「志庵ブロマイド」である。

「中々、カッコヨク写ッテルジャナイカ」

「ウゥ…」

いつもイベントで見せる迫力は何処へやら。港湾は上目遣いで顔を赤くし、小さくなっていた。

「フム…」

戦艦はカレンダーに目をやる。2月に入って、1週間が過ぎた頃だ。日頃のお付き合いもあるし、例の事件に関し、個人的にお返しもしたかったところだ。

「何カ考エテイルノカ?」

「ナ、ナニヲ?」

「14日」

 

 

「海に出て戦える提督」というのは、先の将校との演習から、少しずつ大本営でも噂になってはいた。そこに、今回の写真である。元々、青葉同士で繋がる裏のルートで各鎮守府提督ブロマイドを販売していたのだが、「レイヴン事件」の写真が出回って以来、志庵の人気に火がついて爆発的に売れ始めた。「資料映像撮影妖精」の身体能力は装備者に追随して上下し、志庵の装備に同伴した妖精の撮った映像から抜き取られた写真は、VFX顔負けのカメラワークと迫力で志庵の姿を、そしてそれと対峙するスピリットオブアンサラーの姿を捉えていた。それ以外に取り扱われている写真は、青葉がコッソリ撮影した執務中の姿、料理中のエプロン姿、中庭で運動している時のTシャツ・ロングタイツ姿、中には食事中の口元のアップなどというマニアックなモノまで。買っているのは、主に女性や艦娘。ときには提督を志す若い男性も購入するとか。

口元をニヤつかせながら、青葉はノートパソコンのメールボックスをチェックしていく。まだ衣笠が居ないため、夜中部屋には彼女一人だ。

「ンッフッフ…流石は私達の司令官、凄まじい人気です」

メールボックスには様々な鎮守府の艦娘、女性提督、職員から注文のメールが届いている。現在、ブロマイドを始めとする「提督グッズ」売上ランキングは、元帥、長崎のイケメン提督と志庵で1〜3位が常に入れ替わる形だ。

「こうして青葉の懐が潤うのも一重に司令官の魅力のお陰…そろそろ何か還元して差し上げないとバチが当たるかも知れませんね〜」

そこで、一通のメールに目が留まる。

 

Sub: バレンタイン…

 

先日は志庵提督のブロマイド、送っていただきありがとうございます!とっってもかっこいいですね!試しに一枚…と思ったのに、すっかりファンになっちゃいました!それで、今度のバレンタインに是非チョコレートをお渡ししたいのですが…普通に送って大丈夫なのでしょうか?いい方法があったら教えてください!

 

もうそんな時期か…。青葉は画面端の日付を確認する。もう一週間もしないでバレンタインだ。敬愛する司令官の魅力を多くの人間に知って欲しいと、始まったこの「青葉ネット」。他ならない、ここにいる青葉も同じ思いでこのネットワークに参加したのだ。青葉は、腰掛けていたベッドに寝転がる。

「他人のことばっかりやっててもダメですよね…」

バレンタインという「イベント」にばかり気を取られ、その主旨を忘れていた。自分も、天龍や長門には負けていられない。青葉は、自分らしくチョコを渡す方法を考え始めた。

 

Sub: re.バレンタイン…

 

メールをいただき、ありがとうございます。ご存知だとは思いますが、この販売ルートは非公式なもの。秘密性を保持するため、個人的な贈り物などは推奨できません。

ご期待に添えられなくてごめんなさいね。

 

さて、と。私もバレンタインの準備をしなくては。

青葉はノートパソコンを閉じ、その日は取り敢えず寝ることにした。

 

翌朝—と言っても、青葉は日をまたぐまで起きていたのだが。青葉はメモを片手に、鎮守府内を歩き回っていた。バレンタインの準備も大事だが、先に告知していた青葉新聞のバレンタイン特集の為にも取材は欠かせない。まずは、古参メンバーの中でも提督LOVE勢筆頭、天龍の所。提督LOVE勢といえば金剛がパッと思いつくが、実は彼女は志庵鎮守府の金剛型の中では1番最後に建造されている為、古参から当たっていくと後回しになる。

扉の前まで来て、立ち止まる。天龍の部屋に暮らす、「もう一人」。手順を間違えて部屋に踏み入れば、高い一眼レフのカメラを壊されかねない。

コンコン、と、ノックをする。

「ハイハイ〜?」

「だ、誰だ!?」

「天龍さん、龍田さん、青葉ですー。取材にお邪魔してもよろしいでしょうかー?」

案の定、天龍は何やらお取込み中だったようだ。

「構わないわよ〜、どうぞ」

コソコソせず、しっかり許可さえとれば、龍田は割と協力的である。理由は、志庵に対する青葉が、天龍に対する龍田と言った所。

「た、龍田!?ちょ、ちょっと待…」

「恐縮です!失礼いたします!」

扉を開けると、テーブルの上にファッション雑誌を広げ、鏡を前に普段とは違う、小綺麗な服装で身を固めた天龍の姿。

「おお…これは中々…」

「な、なんだよ!ジロジロ見てんじゃねーよ!!」

「あら〜、せっかくそんなに似合ってるんだもの、可愛く撮って貰えば良いじゃな〜い?」

「そうですよ…天龍さん、素晴らしいです!これはきっと司令官も反応せずにはいられませんよ!」

「そ、そうか…?ま、まあ変な写真撮るわけじゃないなら、少しくらい…」

「では、失礼します!」

青葉は靴を脱いで部屋に上がり、カメラを構える。レンズ越しに恥じらう天龍の姿からは、とてもいつもの「フフ怖」は想像出来ない。

「当日は、やはりそのお姿でチョコを渡そうと?」

「いや、まぁ、他にも服の候補は色々…いや別に本命とかじゃないぞ!?提督にはまあ、いつも世話になってるから、お礼にな!お礼!まあ、その…手作りの方が礼の気持ちは伝わるかな、なんて」

頬を赤らめてうつむきながら、時に胸を張って、時に指先を弄りながら。話を聞いている側までドキドキしてくる。

「もう〜天龍ちゃんったら、青葉ちゃんはまだそこまで訊いてないわよ?」

「え!あ、ち、違うんだ今のは!ああのその、ゔわーもう最悪!」

「あはは…ご心配なく、可愛かったですよ?今の天龍さん」

「うるせー!」

そこで天龍は机に顔を伏せてしまった。

「ところで、龍田さんはチョコレートは」

「秘密♡」

仄かな怒気を孕ませ、静かに告げられて、青葉は固まる。

「ズリーぞ龍田!お前も正直に吐けよ!」

「そ、そうですよ!天龍さんは快く色々答えてくれましたよ!」

「テメエ!」

「ひっ!」

不平を訴える天龍に便乗し、青葉も声を上げる。

「うーん、天龍ちゃんに言われたら仕方がないわね…そうね、私もチョコは用意している…とだけ言っておこうかしら」

「あ、ありがとうございます!では!」

天龍に比べて公開した情報の少なさに対する言い争いが聞こえるが、青葉はその場を後にした。

向かったのは、鎮守府のツンデレラ、曙を始めとする漣型のところ。それぞれベッドに腰掛けている。漣だけはこちらを見ず、携帯を片手に我関せずの体制だ。

「チョコ?ご期待に背いて悪いけど、別に用意しないわよ?」

「あれ?そうなんですか?」

照れ隠しとかでなく、本当に渡す気がなさそうだ。

「意外だね曙。私は用意するよ?ね、潮」

「え?う、うん。提督にはお世話になってるし…」

「素直になりなよ〜、潮。提督のこと好きなんでしょ?」

「お、朧ちゃん…!」

「と、言っておられますが?」

「そっか、あんたら割と最近来たんだもんね。変態クソ提督、多分バレンタインには鎮守府に居ないわよ?」

「どういうこと?」

「アイツのことだから、『バレンタインにソワソワしてると思われたくない』とでも考えてるんでしょ。この時期になると、書類をいつもよりも多くこなして、14日を丸一日休暇にするのよ。その間、変態クソ提督はどっかに行っちゃうわ」

心底つまらなそうに、曙が語る。彼女も、チョコを本当なら渡したいのだろう。

「あれ?でも天龍さん、チョコ渡す気マンマンでしたよ?おめかしまでして」

「最近ヤケにクソ提督にくっついてるからね。クソ提督の外出にかこつけてデートでもする気なんじゃない?」

その瞬間、朧と潮の顔が強張る。

「で、デート!?」

「曙はそれでいいの?!」

曙が少し驚いた顔で、朧と潮を見る。

「何よ潮、珍しく大声出して。別に構わないわよ」

「でも…提督のこと、好きでしょ?」

バツが悪そうに、曙は潮から視線を逸らす。

「そんなこと…そもそも、いつも悪態ついてるから、嫌われてると思ってるだろうし…」

「みんなご主人のこと好きねー」

突然、漣が会話に入ってきた。

「そりゃそうだよ〜、私達のこと大切にしてくれるしさ。ちょっと抜けてる所もあるけど、キメる所はキメてくれるギャップがたまんないよね」

朧が身振り手振りを添えながら答える。それを横目で見ながら、潮が漣を見る。

「漣は、やっぱり元帥さんのことが?」

「うん、そう。ご主人様一択」

漣は志庵のことは「ご主人」と、玲のことは「ご主人様」と呼び分けている。

「ねえ、漣って変態クソ提督のこと…」

「ああうん。嫌いだよ」

冷たいトーンで漣は言い放った。

「だってあいつ、私なんかはともかく、武蔵’さんや大和’さんまで差し置いてご主人様を呼び捨てになんかして…正直、『あの』ときはご主人に殺意が湧いたよね」

潮が唾を飲む音が聞こえる。

「それじゃあ、漣さんがこちらに来た理由と言うのは?」

「ああ、それはもちろん妹達がいたからだよ。それに、ついでだからご主人がご主人様のお兄さん足り得るか見極めてやろうと思って」

「それなら心配いらないわ」

「曙?」

「確かにアイツはほっとけば変態クソ提督だけど、支える人間さえいればやることはやる奴よ」

「ふーん、随分信頼してるね、ご主人を」

「…なるほど、色々わかりました」

青葉は、もう何人か、古参メンバーを当たらなければいけないと感じた。

「あ、今の発言使ったら殺すから」

「あはは、了解です」

漣の発言など、見る者が見れば殺されかねない。

 

 

「バレンタイン?初雪とゲームして寝てるよ…」

次に向かったのは加古のところ。部屋には加古の昼寝仲間の初雪と、同じく重巡古株の那智がいた。

「どうせ提督もいないし…」

「ん…積んでるゲーム…進める」

「那智さんは?」

「ん?そうだな、友チョコの交換くらいはしようかと思っているぞ」

「へえ」

意外と女の子らしいところもあるものだ。

「今、『意外だ』と思ったろう?」

「あ、いえ別に」

「いや、良いんだ。周りからお堅いイメージを持たれているのは自覚しているからな」

しかし、やはり那智や加古も、話からするともっとバレンタインを楽しみたがっているように感じる。

 

 

廊下を歩く途中、雷とすれ違った。

「あ、雷さんこんにちは」

「こんにちは、青葉さん!」

見ると、手には志庵がいつも使う万年筆が握られている。海軍特製のインクが支給されていて、重要な書類などはこの万年筆を使わなければ通せなくなっている。

「雷さん、それは?」

「うん?あぁ、青葉さんは知っているかしら?司令官はバレンタインに…」

「ええ、曙さんから聞きました」

「そう、司令官ったらまたバリバリ働いちゃって…このままじゃまたバレンタインチョコを渡せなくなっちゃうから、司令官には悪いけどちょっぴりお仕事の邪魔をしちゃおうかと思って」

「お主じゃったか」

雷の背後に、今週の秘書官の利根が立っていた。

「げ、利根さん…」

「ほれ、万年筆を返さんか。提督が困っておるぞ」

「利根さんは良いんですか?バレンタインに司令官が不在でも」

「そうよ、利根さん司令官のことだーい好きじゃない」

「な、何を言うか!し、仕事が早くなるのなら、我輩は別になんとも…まぁ、日頃の感謝を伝える機会がなくなるのは、ちと寂しい気もしないではないが…」

「そうですよね…やっぱり、皆さんバレンタインは楽しみですよね」

よし、と、青葉は顔を上げる。

「皆さん、ここは一つ、青葉に任せてもらってよろしいでしょうか!」

「なに?」

「何か手があるのかしら、青葉さん」

「ふふふ、青葉にお任せを」

 

 

そして来るバレンタイン当日、艦娘の皆は食堂に集まっていた。テレビに、どこかの部屋が映し出される。そこは普段、志庵が趣味のドラムを叩いてる、鎮守府内に設けられた防音のスタジオだった。中には椅子が2つ置かれている。

『ささ、こちらの椅子にお座りください〜』

『へいへい』

画面の端から志庵と青葉が現れ、向かい合って椅子に座る。

『それではですね、青葉による「志庵提督極秘インタビュー、艦娘達への印象編」、始めたいと思います』

テレビ前の艦娘達から、一斉に唾を飲む音が聞こえた。

 



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第14話 青葉のバレンタインインタビュー

バレンタインインインインイン…


『はい、というわけでインタビューを始めていきたいと思いますけども、司令官本日はどうぞよろしくお願いいたします』

『あ、いやこちらこそよろしくお願いします』

『えー、本日はですね、普段接している艦娘の皆さんのこの、印象というのを艦種別に聞いていこうというわけですけども司令官、まずは駆逐艦の皆さんの印象から聞いていこうかと思いますが』

『駆逐艦ねー。可愛い。何と言っても』

駆逐艦達がおおっと身を乗り出す。しかし、志庵の解答は期待とは違うものだった。

『みんな無邪気で心が和むよね。裏表もあまりないし。如月とかも、よく考えればああいうやつ小学校にも時々いたしね。妙に色気あるやつ』

そういうことか…とため息。

『あー、それは青葉も同感です。なんだか微笑ましいですよね。彼女達に話を聞いてる時は子供の成長でも記録している気分です』

『子供って、随分子沢山だな?父親誰だよ』

『へ!?だ、誰になるんでしょうねー、あ、と、つ、次いきましょうか!軽巡の皆さん!』

艦娘みんなから イラァ と聞こえそうだ。

『軽巡はねぇ…なんだろうな。わかんない』

「えー?」

と漏らしたのは川内。

『わ、わかりませんか…何かないんですか?天龍さんが気になるとか』

「な、なんでそこで俺なんだよ!?」

『な、なんでそこで天龍なんだよ』

天龍のツッコミは志庵とハモり、冷たい視線が注がれる。

『なんだろうね、幼馴染みたいな感覚なのかな。それか兄妹か。距離感が近すぎてなんとも思わないというか…時々私服を見て可愛いとも思うけど、それ艦娘全体に言えることだからね』

『成る程…苦労しそうですね〜』

『何が?』

『いえいえ、気にしないでいいですよ。さて、それでは重巡参りましょうか』

「幼馴染み…でも、そこから始まることもあるって歌にあったな…」

那珂がモジモジしながら呟く。

『重巡か…最近思ったんだけどね、俺、船の中でもしかしたら重巡が一番好きかもしれない』

「ほぁ!?」

「えっ!?」

『え!?』

食堂の至る所から驚く声が聞こえてくる。それは自分も重巡である青葉も同じだった。

「WATS!何故ねテイトク!」

「そうだ、指揮を取るものにとって、戦艦の高い火力は魅力そのものの筈だ!」

『あ、それまた何で…?』

『いや多分ね、ああ言うその気になったらなんでも出来る…火力もそこそこあって、機動力もあるし、艦載機積めるでしょ。ああ言うオールラウンダータイプみたいのが好きなんだと思う。器用貧乏とも言っちゃえるかもしれないけどね』

『そういえば、利根さんや那智さんや加古さんの三人は入れ替わりでずっと第1艦隊にいますね。利根さんは旗艦ですし』

『これねぇ、俺の勝手な思い入れなんだけど、2-1くらいからかな…そろそろね、重巡も火力不足かなぁなんて思い始めた頃ね、そこから3海域のボスの旗艦を利根が仕留めてるんだよね。2-1の時は1回目の出撃で』

「あの時の戦いをまだ覚えておるのか…」

「利根姉さん、顔がニヤついてるわよ?」

『へえ!それは凄いですね!』

『あれはちょっと、変な話だけど、惚れたよね。心動かされたっていうか』

『へ!?惚れたんですか!?』

「ひゃっ!?」

利根の顔が真っ赤になり、先の天龍の時より冷たい視線が注がれる。

『いや、そんなマジに捉えないでね。言葉遊びみたいなもんだから』

「あ、そそそんなことはわかっておるわ!ばば、馬鹿者!」

「利根さ〜ん?テレビに向かってそんなに叫んでも聞こえないわよ〜?」

『あ、で、ですよね。アハハハ…』

『那智はね、本当に偶然なんだけど、何気なく渡した装備でたまたま弾着観測射撃が発生して』

『ああ、那智さんよくやってますね』

「ああ、私のアレか」

「そうですね、那智さんがやってるのはよく見かけますわ」

度々第1艦隊で一緒になる那智と榛名が話す。

『あれ初めて見て、本当にかっこよくて(笑)!あれが見たくて、主力に置いたの!』

「ふふ、提督は力自慢よりも技巧派が好み…ということかな」

「ヘイ那智、お前あとで表出るネ」

『あと、那智は地味に声が好き』

「ふぁっ!?」

『声、ですか?』

『あの戦ってる時とか、喉から唸るような感じ?なんか熱くなるんだよね』

「ふ、ふふふ…そうか、私の声が…」

「おい那智貴様、後で表に出ると良い」

この一瞬で多くの敵を作った那智。長門の脅迫を余所に、インタビューは続く。

『はぇー。加古さんは?』

『加古は、利根の次にウチにずっといる重巡なんだけど、那智が来て、たまたま試しに第1艦隊で使ってみた時に弾着観測射撃が発動して。見た目もそうだけど、やっぱり強いんだよねアレ。それでそのまま主力に定着して』

『それはちょっと…加古さん不憫じゃないですか?』

「うん、少し寂しかったなー…」

『俺も付き合い長かったし、それまで頼りにしてたからどうにかしてあげたいなーって思ってて。それで他の子のレベリングに付き合わせて出撃させた時に、そう言えばと思って試しに主砲と、艦載機と機銃を持たせてみたら、上手い具合に弾着観測射撃が発動して』

『ああー。それで』

『うん、そこから、必要に応じて三人でシフトする感じになったの』

『成る程成る程そうですか…同じ重巡として負けてられませんねぇ…』

「僕も艦載機と機銃を積んだら提督に気に入ってもらえるかな…?」

「ふふ、わたくしも負けてられないわ。まずは第2第3艦隊のレギュラー入りを目指さないとね」

最上と熊野がなにやら燃えている。

『そうだね、まあ弾着観測だけで判断しちゃいないからね。青葉も何かあっと言わせるような強みがあれば、第1に回れるかも知んないからね』

『はい。さて!次は戦艦の皆さんについてですが!』

『あー…戦艦と言えば、一人気になってる奴が居んだけどさ』

一気に食堂が騒つく。

『ほう!気になっているというのは!?』

『あ、いや、別に変な意味じゃなくて。陸奥のことなんだけどさ』

「あらあら、私?」

『青葉、あいつが普段不幸な目に遭ってるところって、見たことある?』

『え?いえ…すみません、青葉、取材不足です』

『いやいやいや、別に良いんだけどさ。いや、あいつの性能表に、「運 3」て書いてあるのが、俺どうにも信じらんなくてさ…』

『あー…確かに、出撃後に大破してるところも余り見かけませんね』

『だしょ?あ、噛んじゃった』

『あはは』

『ふふ…うん、ね。大破しないし、それどころかMVPも良くとるし。だからあいつの間宮割引チケット、若干消費が早いんだよね。もしかしたら俺の運の良さが…相殺?してるのかもしれないけど(笑)』

『司令官は運が良い方なんですか?』

『うん、運はメチャクチャ良い。子供の頃二回くらい死にかけてるし』

『…それは不運と言えるのでは無いでしょうか…』

『いや、幸運だよ。生きてるし』

『成る程深いですね…では最後に、空母の皆さん参りましょうか』

「私、提督に守られてるってことなのかしら…なんだか嬉しいわ」

「くそ…間宮に入り浸って太ってしまえ」

となりで嬉しそうに頬を赤くする妹を見て、長門は心底悔しそうにしている。

「生きていることは…幸せなのね」

「扶桑姉さん…」

『空母はねー、最初は確か、敵に空母が出てきたから急いで一隻作り上げたんだよね』

『そうなんですか。確か隼鷹さんですよね。最古参』

『そうそう。一発目の建造で隼鷹が来てくれたの。あれは嬉しかった。今は耐久性の都合で第1艦隊から退いてもらってるけど…いつか加古みたいに戻ってこれるの期待してるよ』

『やはり、思い入れですか?』

『思い入れは強いねー。初めて目にした空母の力だったからね。それに素直で良い子だし』

皆がチラリと隼鷹を見て、隼鷹は「ニヒヒ」と返す。

『そうですね…確かに素直ですよね、色々と』

『はは…酒はもう少し自重して欲しいけどね。ああ、当然、重巡もそうだけど…今たまたま名前出てこなかっただけで他のみんなも大切に思ってるからね』

『わかってますよそんなこと〜。あ。せっかくの機会ですし、妖精さん達についても伺ってよろしいですか?』

辺りで暇そうにしていた妖精達がわあっとテレビ前に集まってきた。中にはセレンもいる。

『妖精さんかぁ(笑)。あの子達はね…尊敬の対象』

『尊敬…まあ、当然わかりますけど、一応理由を聞きましょうか』

『うん、これは妖精さんにも伝えて欲しいな。まあまずは技術。艦娘達の個性に合わせた調整だとか、装備の開発だとか、初めて来る子に対しても難なくこなしちゃうからね。努力なのか経験なのか、不思議だし、アレが無いと俺たちもやっていけないから大事だし、やっぱり敬わなきゃいけないと思う』

妖精はみんな、エッヘンと言わんばかりに胸を張ったり、腕を組んで頷いたり。

『青葉、アレびっくりしました。あの司令官が使ったデッカいロケットみたいな…』

『VOB?』

『そう、それです!』

『アレねー。アレは凄かったね…だってあれ、全部口頭で伝えたんだよ?「こんな感じ」って言うだけのを』

『いやー、なんなんでしょうね』

『何なんだろうねアレね。凄いけどやっぱり謎だよね。まあ、他にも明石との仲介になってくれたり、艦娘達の装備を動かしてくれたり…やっぱり彼ら…彼女らか。がいて俺ら成り立ってるよね』

『…以上がまあ、妖精さんの印象…ということで、よろしいですか?』

『あー、あと一個気になってるんだけど、いい?』

『ええ、どうぞ』

『セレンさんなんだけど』

ピョコンと、セレンが鼻息荒く、テレビの正面にいる金剛の肩に乗る。

『最初の頃はさ、オペレーター然とした…凜とした感じだったんだけどね?』

『だけど…ですか』

『いや、丁度「レイヴン事件」の頃からかな。ちょっとヘンなんだよね。いつも肩に乗ってくるようになって、それは良いんだけど、他の艦娘と話してるとなんかブツブツ言ってたり、つねられたりして…』

『ほうほう、それは誰と話していても?』

『なんかヤケに楽しそうだな…?いや、誰でもじゃ…あ、でも、みんなを褒めるとなんだか不機嫌になって…そういう時にかな。なんだと思う?』

一同の視線がセレンに集まる。

「な、何を見ている貴様ら?ま、全く何を言っているんだ志庵は、良い加減なことを言うのも大概にして欲しいものだな」

『いや〜、なんなんでしょうね?青葉にもちょーっとわかりませんな』

『そんな感じの顔には見えないけど…まあいいや、そんなところかな』

『はい、では、質問は以上ですけども、最後に何か、艦娘の皆さんにメッセージなんか頂ければ…』

『あー、…なんだろうな。えー、この鎮守府も、俺が来てから2年目に入りました。俺が来る以前にはね、何人か、沈んでしまった仲間もいたようだけど…そういう辛い過去もあれば、まぁお出かけしたとか、誰かが何かして怒られたとか、そういった温かい思い出とか、色んな皆の色んな出来事があって今のところね、俺が来てからは誰一人欠けることなくやってこれました。これは本当に、俺がいたからできたんじゃないし、青葉ががいたから、利根がいたから、そういうことじゃなくて、誰か一人が、何か違っていたら、もしかするとこんなに楽しくやれてなかったかもしれない。今いるこの鎮守府のすべての要素、それが色々と合わさった結果が「今」なんだということ。これをどうか忘れずにね、これからも、誰一人欠けることがなければ、きっとこの先も楽しくやっていけると思いますから、くれぐれも、努力を忘れずに。強くなる努力、生きる努力、楽しむ努力、それに程よく息を抜く努力を忘れないで、これからも頑張って行ってください。以上です』

『…はい。本日は貴重なお時間を頂き、それと素敵なお言葉、誠にありがとうございました!』

『いや、こちらこそ、普段口にしないようなこと言えて楽しかったです、ありがとうございました』

『あ、それでですね、じつはまだお聞きしたいことがありまして、少し資料を取りに行ってよろしいでしょうか』

『ん?いいけど』

そう言って青葉がスタジオを出る。テレビ越しに見ていた艦娘達は、それを合図に一斉に食堂を後にした。

 

 

青葉が出て行った扉の方を見ながら、志庵はボーッと考えていた。

 

いい奴らだよなぁ、本当に。みんなの練度ってちゃんと偏りなく上げられてたかな。隼鷹はそろそろ近代化改修進んできたかな。N-WGIX/Vももういないんだし、第1の編成も空母を入れてバランス重視に戻しても…

 

コンコンとノックが鳴る。青葉が戻ってきたと思い、志庵は返事をした。

「どーぞー」

しかし、中々入ってこない、耳を澄ませると、言い争いが聞こえてきた。

「どけ!貴様は先ほど褒められたんだから満足だろう!せめて、せめてチョコは私が一番に渡すのだ!」

「な、なにを言う!旗艦なのだから我輩が最初に入りことの次第を伝えるのは当然であろう!」

「OK,OK、せいぜいその重巡抑えとくネ長門!」

「待ちなさいあんたら!そんなにガツガツ入ってったら変態クソ提督がびっくりするじゃない!」

「うふふ、天龍ちゃん、殿は任せなさ〜い」

「お前そんなこと言って、一足先にチョコ渡す気だろ!」

バタバタバタと、艦娘達が雪崩れ込んできた。しかし、互いに足を引っ張り合い団子になっている。その中から、小さい影が一つ、更により小さい影が一つ飛び出してきた。

「おっそーい」

「あ、ま、待て!」

島風が駆け足で志庵に近づいてくる。

「ハイこれ。バレンタインチョコ」

「あ、ああ。サンキュ」

それに並び、セレンさんも小さな包みを差し出してくる。

「まあ、その、あまり気にしないでくれ。私からも義理チョコだ」

「セレンは本命じゃないの?」

島風から思わぬ言葉がとび、志庵は変な声を出す。

「へ!?」

「き、貴様何を言う!ち、違うぞ!断じて違う!」

セレンも狼狽える。

「小さい体で、一口サイズまで頑張って大きくしてたくせに」

「え、これ…手作り…?」

「そ、そそそそそそれは!その一応女性として義理でも手作りはスキルとして大事かとおもって!ほ、本当だ!誰が貴様に本命など」

それを見ていて、志庵はクスリとわらう。

「わかってますよ。でも」

志庵はセレンをひょいと持ち上げて手のひらに載せる。

「嘘でも結構嬉しかったです。チョコ、ありがとうございます」

「あ…う、うん…」

セレンは顔を俯けて、消え入りそうな声で答えた。

「意気地なしね」

「何が?」

「提督よ!我輩からもチョコじゃ!受け取れ!」

団子から抜け出したらしい利根がチョコを差し出してきた。

「まあ、日頃世話になっておるからの」

その他にも、包みを持った艦娘達が志庵を取り囲んでいた。

「やーっと渡せたわ、司令官!もっと素直になっていいんだから!去年のバレンタインは残念だったんだから」

「ああ、ごめん雷…」

「ほら、受けとれよ…義理だけど、頑張って手作りしたんだからよ」

天龍はボーダーのシャツに細身のジーンズという、引き締まった身体がよくわかる服を着ている。

「お、おう。ありがと」

「おお〜天龍さん、そうきましたか〜。それは司令官の好みを研究されて…」

「あん?」

「あはは…あ、司令官、青葉からもインタビューに答えていただいたお礼です!私も手作りしたんですよー」

「お前〜、嘘つきやがったな?何が『極秘インタビュー』だよ」

「おーす提督。本当はウイスキーボンボンにでもしようと思ったんだけどね。提督の好みに合わせてあげたよ」

「隼鷹も、もしかしてインタビュー聞いてた?」

「モッチローン!提督、あたしゃいつでも心の準備できてるからね〜?」

「ほら、クソ提督」

「あれ?曙、お前呼び方…」

「何?変態って言われたい?」

「いえ、せめて変態は勘弁してください」

「ならとっとと受け取りなさい。私たちがバレンタインチョコ渡すような男なんて、アンタくらいしかいないんだから」

「そうよ!バレンタインにチョコを作るのもレディの嗜みなんだから!」

「たまには友チョコ以外も作りたいのだよ」

「何か言うことがあるんじゃないかしら〜?」

「あー…」

この状況で責められることって言ったら…

「去年のバレンタインは…なんか、みんなごめん」

「はい。良いですよ〜。じゃあこれ、私からね〜」

再び、扉がノックされる。

「?誰だろ。どうぞー」

入ってきたのは、港湾棲姫だった。戦艦棲姫に背中を押されてる。

「ア、 アノ…」

「ホラホラ、怖気付イテナイデ」

「おーう。どした?」

「ア、 ソノ、チョコ、受ケ取ッテクダサイ!」

港湾も、可愛らしくラッピングされたチョコを差し出す。

「何、わざわざ持ってきてくれたの?ありがとう」

志庵がチョコを受け取ると、港湾は嬉しそうに小さく跳ねる。利根達は、直感した。

「青葉、お主わかっておるな…?」

「ええ、私もマズイ情報の区別くらい付きます。しかし、司令官も罪な人ですね」

「ホラ、私カラモ感謝ノ印ダ」

喜ぶ港湾の後ろから、戦艦もチョコを差し出してくる。

「感謝?なんの」

「日頃ノ付キ合イダ。私個人カラモ礼ガシタイト思ッテイタトコロデナ」

「まじか。そりゃわざわざどうも」

「気ニスルナ。コノ子達モ渡シタガッテイタカラナ」

「利根オ姉チャン!会イタカッタ!」

「天龍!今日ハオ礼置キニ来タ!」

ヲ級幼体やホッポがわらわらと現れた。

「おお、お前達か。よく来たの」

「よう、ホッポじゃねーか!」

「「ハッピーバレンタイン!」」

子供達が懐から取り出したのはチョコレート…ではなく、ウニ、アワビ、ツブ、サザエ、タカアシガニいや待てそれどこから取り出した、などなど。

「あはは…」

どこからか乾いた笑いが。まあ、バレンタインというよりお歳暮とかそんな感じの内容だしね。まあ、彼女達なりの気持ちだろう。

「礼を言おう。また困ったことがあればいつでも呼ぶが良いぞ」

「ウン!」

「せっかくだし、少し遊んでいったらどうだ?なあ、提督」

「ん?そうだな。いいよ、ゆっくりしてって」

「ワーイ!」

「イイノカ?」

港湾がオドオドと尋ねてくる。

「気にしないで、今日は元々休みだったし」

「ナラ、オ言葉ニ甘エルトシヨウ」

「そういえば、戦艦も料理するんだっけ?」

「あ、待ってよ志庵、私にもかまって!」

いつも通り肩にセレンを乗せ、港湾や戦艦と話しながら部屋を出ようとする志庵を島風が追いかけていく。

「のう、青葉よ」

「はい、何ですか?」

「礼を言うぞ、あやつに気持ちを伝えることができた」

「ふふ、やはり本命チョコでしたか?」

「…そうじゃな。1番に感謝を伝えたい相手、そういう意味では本命に違いない」

「もう、素直じゃありませんね」

「お主に言われたくはないのう」

 

因みに、この時のインタビューを載せた青葉新聞は自身最多発行部数を記録したそうな。

 



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第15話 囚われの提督

呼んでれば大体オチが見えるかと。


その日、長門と扶桑は「ある」部屋にいた。そこは、前提督が己の情欲を満たすために設けたプライベートルームを、後任の志庵がその防音性に目を付け、こだわりのAV機器を持ち込んで改造した、視聴覚室である。志庵や艦娘たちは自由な時間にここで音楽を聞いたりDVDを見たり、作戦用の資料映像を確認するのにも使用される。自分たちの部屋で見ることもできるが、ここで見ると断然迫力が違うのだ。この部屋の地下に、ドラムセットを置いたスタジオもある。そこで彼女らが聴いているのは、これまた志庵が実家から持ち込んだ、エアロスミスやらディープパープルやらのアナログレコードだった。

「…どうだ扶桑…」

「少し…理解できた気が…」

「何!?」

「…いえ、すいません、見栄を張りました。まだイマイチ…」

「そうか…そうだよな」

彼女らは、志庵の趣味を理解しようとしていたのだ。元々戦時中に生まれ、現在、人の形を得て生活する艦娘たちの中には、イマドキの日本のポップカルチャーに理解を示さない者も少なくない。他でもない、ここにいる扶桑や長門もその一人だ。しかし彼女らが敬愛する志庵は、バリバリの現代っ子。現代っ子と言う割にはレコードを聴いていたり古風だが、エアロにMSG、それらの影響を強く受けるB’zといったロックが大好物であった。

「…わからん。なぜ、わざわざこんなノイズみたいな音を入れるのか…」

「こんな音楽、お花に聴かせたって元気に育たないわ…」

スピーカーの前で額に手を当て、苦しんでいた。ロックだけではない。彼女らの時代には、男はエプロンを着けて料理などするものではなかった。志庵はする。それだけでなく、志庵の趣味というのは一般男性と比べてもかなり偏りがある。「男をオトすなら〜」的な雑誌の情報なども歯が立たない。

「…諦めん、私はなんとしても『ろっく』というものを理解してみせるぞ」

「そうですね…さ、次はこちらです」

「なんて書いてあるんだ?り、りっちぶらっくもあ…れいんぼう…らいじんぐ?」

「あら?それって、こちらの『でーぷぱーぷる』というレコードにもいるギターの人では?」

「2つの演奏隊を掛け持ちとは、節操のない奴だな。どれどれ…」

 

 

そのころ、志庵は第1艦隊と共に、神戸で演習に来ていた。神戸の提督は、演習における勝率は8割を超える。しかし志庵の艦隊の前とあっては…

 

「そ、それが重巡の動きだってぇのか!?じゃあ私は…私は、何だ!?」

神戸の摩耶の砲撃は、練度で劣るはずの利根にヌルヌルっと躱されていく。鬼の様な命中精度で、志庵鎮守府の艦娘たちは、神戸の艦娘たちをペイント弾の色に染めていく。

 

その光景を、真っ青な顔で神戸の提督は眺める。

「お、おい嘘だろ?夢なら醒め−」

あっという間に、神戸の摩耶、鳥海、日向、伊勢、赤城、加賀は大破轟沈判定。志庵鎮守府の利根、那智、榛名、陸奥、隼鷹、赤城のS完全勝利。

 

「にひひ、お疲れっす」

志庵は神戸の提督にヘラヘラと挨拶する。正式な場のため、セレンはお留守番だ。神戸の提督は志庵の手を必要以上に強く握りしめる。そして睨みつけ、一言。

「いつか絶対コテンパンにしてやるからな!」

フンッ、と手を離し、歩き去っていく。

「帰るぞお前ら!風呂入って飯食って反省会だ!」

「「うす!」」

中々良い提督らしい。そんな風に思ってその背中を見送っていると、神戸の提督は何かを思い出した様に立ち止まり、志庵に振り返る。

「近頃、優秀な提督が次々に行方知れずになっているらしい。せいぜい気をつけるのだな」

「ご忠告どうも」

「ふん」

さて、俺たちも帰るかな。

「提督」

背後から、甘えた声が聞こえてくる。振り返ると、榛名が真後ろに立っていた。ギュッ、と、右腕にしがみついてきた。

「私達の優秀な提督様に何かあったら大変ですから、鎮守府まで私たちがお守りいたします」

榛名の顔の周りにお花の幻覚が見えるくらいに無垢な笑顔だった。

「あら、ズルいわ榛名。わたしも」

陸奥が左腕に、その豊満な体をくっつけてくる。

「お、おい火薬庫が…」

「当ててるんだもの。誘爆が心配なら無理に引き剥がさないほうが良いんじゃない?」

「ふむ、ならばわたしは背中を頂こうか」

那智が背中にしがみつく。

「じゃあ前、失礼しますね」

赤城が胸に寄りかかってくる。

「歩けねえ」

「それでは行進、始め!」

那智の力のこもった声を合図に、志庵を取り囲んだ四人はイチ、ニのリズムで歩き出し、志庵も仕方がなくそれに歩みをあわせた。

「おいおい利根、このままで良いのかい?」

「な、何を言うか隼鷹。そもそも、もうスペースに空きが…」

「そ、じゃあアタシゃここに…」

そう言って、隼鷹は志庵の傍に、夫婦の様に位置取って見せた。そして利根に振り返り、「どうだ」と言わんばかりの笑みを浮かべる。利根は、心底悔しそうに顔を赤くした。くぅ…なら、ならば我が輩は!

利根は志庵の三歩ほど後ろにつき、そのまま歩いた。それは、古き日本で夫と妻の美徳とされている距離感だった。それを見た隼鷹は、ほう。と口を動かす。いつか。いつかは二人きりで、こうして…

『人んちの敷地でイチャイチャしてんじゃねー』

皆が膨らまそうとした妄想は、神戸鎮守府のスピーカーから発せられたイチャモンに遮られた。

「だとよ。おら、離れた離れた」

「残念です」

そんな風にくだらないことを話したりしながら、志庵たちは自分たちの鎮守府に帰っていった。

 

 

翌日、気が向いた志庵は港に座り、自分の装備を磨いていた。セレンは隣に座り、作業を微笑みながら眺めている。すると、ザバァンと何かが海から浮かんできた音がした。気になって振り向くと、そこにはヲ級の姿が。

「よう、ヲ級じゃん。どうした…」

よく見ると耳にイヤリングが無い。どこぞのヲ級が迷い込んだか?なんて考えていると、ヲ級は満面の笑みで背中から何かを取り出し、そこで志庵の意識は途絶えた。

 

 

その晩から、鎮守府は慌ただしかった。

「ねえ、行きつけのカラオケにも今日は行ってないって」

川内が利根に報告する。

「そもそも外出証を出していないのじゃから当然といえば当然じゃが…」

「提督どこー?カレー作るから出てきて一緒に食べようよー」

比叡は鍋を片手に建物内を歩き回る。

「テイトク、今日は私とティータイムしてくれる約束デシタ…」

金剛は執務室のソファに腰掛けていじけている。この日の昼から、志庵がどこにも見当たらなくなったのだ。

「どこに行ってしまわれたの…提督がいないと私…また不幸に…」

「心配するな扶桑、私が付いている」

「長門さんの言うとおりよ、姉様。みんなが今提督を捜していますから」

「私も…私も捜すわ!」

 

「迷子の迷子の司令官〜、貴方の雷ここですよ〜…」

替え歌を歌いながら志庵を捜し回る雷が玄関に来た時、呼び鈴が鳴る。覗き窓には、戦艦棲姫が写っていた。

「あら、戦艦さん。悪いんだけど、いま司令官は居ないのよ。また明日にでも…」

「アア、ソノコトデ話ガアル」

雷は扉を開けた。

「なにか知っているのね?」

「アア」

 

食堂に集まった艦娘たちは皆、戦艦棲姫に注視していた。志庵がいないことに不安を感じているのか、皆苛立っている。

「皆、落チ着イテ聞イテクレルカ」

「内容によるのう」

「良いからとっとと話せよ」

殺気立った天龍が話を催促する。戦艦は一つ深呼吸をして、口を開いた。

「提督ヲ攫ッタノハ深海棲艦ダ」

食堂内が騒然とする。

「どういうこと!?」

「今まで仲良くしてたじゃない!演技だったの!?」

皆が口々に、文句を言う。

「落ち着け、皆の者」

それを鎮めたのは、鎮守府最古参のキャリア、利根の貫禄。

「戦艦棲姫よ、どういうことじゃ?」

「今、深海棲艦の一つの派閥が、『ある』作戦を進めている」

「作戦?深海棲艦が?」

今だ、深海棲艦に良いイメージを持ちきれない時雨が戦艦に問いかける。

「アア、ソノ派閥ハ、長ク抵抗ヲ続ケル艦娘タチノ力ノ秘密ハ、ソノ指揮ヲトル提督ニアルト考エタノダ」

「!まさか…今、優秀な提督が次々に行方知れずになっておるというのは…」

「ソウダ。奴ラハ優秀ナ提督ヲ味方ニツケ、自分タチノ指揮ヲ取ラセルツモリダ」

長門が机を殴る。

「ふざけるな!私たちの提督に仲間を殺させようとしているというのか!」

隣にいた陸奥が、長門をたしなめようとする。

「落ち着いて長門。私たちの提督がそんな簡単に寝返るわけがないじゃない」

「わかっているそんなこと!気に食わんのは奴らのやり口だ!」

「そういえば戦艦さん、港湾さんは来ていないのかい?」

珍しく真剣な顔つきの隼鷹が尋ねる。

「アイツハ我々ノ洞窟ニ縛リ付ケテアル。放ッテオクト提督ヲ助ケヨウト飛ビ出シテイクカラ」

「助けに行かないのです?」

「一応我々ニモ、深海棲艦ノ中デノ立場トイウモノガアル。正面切ッテ戦ウワケニハイカナイガ、オ前タチガ助ケニ行クトイウノデアレバ、救援ニ駆ケ付ケテウッカリ味方ヲ誤射シテシマウカモシレナイナ」

「言われずとも、助けに行くつもりじゃ」

「しかし、あの提督を一体どうやって連れ去ったんだ?」

「ココ以外ニモ、深海棲艦ト付キ合イノアル鎮守府ハ意外ト多イ。ソウイウトコロニハ、素直ニ深海棲艦ヲ送リ付ケテ油断シテ寄ッテキタトコロヲスタンガンデビリリト。深海棲艦ト付キ合イガ無カッタラ、化粧シテ街ニ繰リ出シテ誘惑シテハイエース」

「どうやって洗脳するっぽい?」

「色仕掛ケ」

その一言で、食堂全体が殺気で包まれた。

「聞いたか野郎ども!事態は一刻を争う!俺たちは一刻も早く、なんとしても提督を貞操の危機から救い出さなきゃならねえ!」

地鳴りのように、呼応する艦娘たちの雄叫びが響き渡る。

「大淀ぉ!」

廊下の奥から、どこぞの吸血鬼と戦う神父様のように、速足で、前のめりで、怪しい影が差して顔が良く見えない大淀が現れる。食堂に入ってきた大淀の手には、すでに何かの書類が握られている。それを勢いよくテーブルに叩き付ける。

「提督不在時の緊急事態に与えられる代理指揮権をもって、連合艦隊を編成します」

再び、地鳴りのような雄叫び。戦艦棲姫は、元から白い肌をさらに青くする。本当に、こことお付き合いしていて敵に回すことにならなくてよかった。

編成は、利根、那智、榛名、陸奥、隼鷹、赤城、加古、扶桑、天龍、川内、曙、不知火。志庵鎮守府、もしかすると日本最高戦力である。

 

 

冷たく、じめじめした牢獄で志庵は目を覚ました。

「あ?」

どこ、ここ。いや、ここどこ?牢屋だね。捕まったっぽい?夕立じゃないけど。誰に?志庵は記憶の糸を辿る。装備拭いてた。海辺で。海から何か出てきた。ヲ級だった。いつものヲ級じゃなかった。牢の外を見る。他にも牢があって、志庵と同じ白い軍服を着た人間が囚われている。その牢の前をイ級が歩き回ってた。うん。俺、深海棲艦に捕まった。

「うぇえええええええええ!?」

 



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第16話 超平和主義鎮守府にイーグルダイブ 提督奪還作戦

提督達が交差する決戦の火蓋が今、切って落とされる−−−−


「調査に出たものからの報告です。海辺の公園で何人かの浮浪者が、大きな荷物を抱えて海に飛び込む女性を目撃しているそうです」

「フィル提督も、深海棲艦に連れ去られたということか…?」

長門’が驚嘆の表情で呟く。

「信頼できる『つて』からの確かな情報だそうです」

玲の隣に立つ大淀’が事務的に、しかし仄かに感情が込められた声で応対する。

「奴等の拠点についても既に情報が入っている。我々は直ちに連合艦隊を編成、捕らえられた全ての提督を奪還する!全員だ!」

「はっ!」

有無を言わせ無い、力のこもった玲の声に艦娘たちも敬礼で答える。

無事でいてくれ、兄さん。フィル提督。

 

 

 

「志庵!」

「セレンさん!」

檻の外からセレンさんがとてとてと駆け寄ってくると、俺の膝にしがみついた。

「無事で良かった…探したのだぞ、馬鹿者!」

セレンさんの声は若干涙声で、俺は少しときめく。

「す、すんません…」

「…ずびっ」

鼻垂らしてるし。

「って、セレンさんがいるってことは俺の装備も何処かにあるんすか?」

「壊された…」

「へ!?」

「奴らが研究しようとしたのだろう、回収したあの装備をバラバラに分解して、結局何もわからずに粉砕機に入れてしまった」

俺は少し喪失感に見舞われた。この鎮守府に来てから、ずっとあの装備でみんなを助けたり、みんなの訓練に付き合ったりしてきた。多分、妖精さんに頼めば作ってくれるんだろうけど。

「今の私は妖精だから、何かに憑いてなくては消滅してしまう。だから急いでお前を探していたのだ」

「そっか…」

俺はセレンさんの頭を撫でた。

「へぁっ!?」

「装備がなくなっちゃったのは悲しいけど、それよりもセレンさんが無事で良かったです。俺でよければしばらく憑いていてください」

「う、うん…よろしくたのむ…」

セレンさんは顔を赤くして俯いてしまう。そんなリアクションをされると、俺もなんだか告白でもしたみたいで恥ずかしかった。

話し声で目が覚めたのか、通路を挟んだ目の前の牢に閉じ込められた男が呻きをあげ、目を開けて辺りを見渡す。ただ事では無いことに気が付いたらしく、慌てた様子で上半身を起こす。

「ここはどこだ?」

「わかんない、捕まったみたい」

「誰にだ?」

「深海棲艦の乱暴な奴らに」

「…あの女、深海棲艦だったのか…」

「あんた、なんて名前?」

「まずはそっちから名乗ったらどうだ?」

それもそうか。相手を知るにはまず自分から…なんて風にも言うしね。

「志庵。『こころざし』って字に、『庵』は昔の日本の小屋のこと」

「そっちのちっこいのは妖精か?」

「セレン・ヘイズだ」

「で、あんたは?」

「俺か?俺の名はリンヒル・フィリプス」

そう言いながら、リンヒルは両手を広げて挨拶して見せた。両腕を縛っていたはずの縄は、綺麗な断面を見せて足元に散らばっていた。

「艦娘たちがこの場所を突き止めてくれるかも怪しいし、俺ができる範囲のことをやらないとな」

リンヒルは腕についている籠手からブレードを出すと、檻の鍵をこじ開けて…

待てよ、今のアサシンブレード?マジかよ、アサクリからもゲスト提督参戦?

「あ、ちょっと、俺もついてく」

驚いたような、迷惑そうな表情でリンヒルはこちらを見る。

「志庵提督。ありがたい申し出だが…」

俺は檻の扉にオーバードブースト(OB)でタックルをかます。派手な金属音を上げて、扉は折れ曲がり吹き飛んだ。

「こんな感じだけど…」

「ヒュウッ♪」

 

 

 

 

志庵鎮守府連合艦隊

「来たよ利根!12時の方向真っ直ぐ!まずは戦艦二つ、重巡二つ、空母二つだ!」

隼鷹が艦載機からの情報を艦隊に伝える。

「こんなところで時間を掛けるわけにはいかん!皆の者、気を引き締めてかかれ!」

「直撃させる!」

「全力で参ります!」

「選り取り見取りね…!」

「攻撃隊、発艦しちゃって!」

「慢心してはダメ…!」

「加古スペシャルを喰らいやがれ!」

「主砲、副砲、撃て!」

「突撃よ!」

「うっしゃあ!」

「蹴散らしてやるわ!」

「徹底的に追い詰めてやるわ…!」

 

 

 

 

「退いてよ大淀^」

「申し訳ありませんが、大本営からの指令ですので」

大淀^を挟んだ向こうに玄関がある。川内^を始めとする宿毛の、リンヒルの艦娘達は大淀^と睨み合っていた。

「相手は深海棲艦の大艦隊です。皆さんの練度では命の危険がある、帰ってくる提督を悲しませるような結果にはしたくないという元帥閣下たってのご指示です」

「私たちの提督なんだよ!?助けに行って何がいけないっていうの!」

人混みを掻き分けて陽炎^が大淀^に掴みかかる。

「お願い…助けに行かせてよ…!私たちは艦娘なのに…!」

最後の方は嗚咽でほとんど聞こえなくなり、陽炎^はその場に崩れ落ちる。

「…大本営他、幾つもの高練度鎮守府が連合艦隊を編成しました。彼らを信じて待機していてください」

 

 

 

海底洞窟の一角に設けられた小部屋に、ベッドが置かれている。そこには、全裸で手足を縛られ、提督の帽子だけをかぶった男と、バスタオルを体に巻いて男の上にまたがる戦艦棲鬼。

「力ヲ抜ケ…悪イヨウニハシナイ…。ホラ、女性ノ姿ヲシタ艦娘ニ囲マレテノ仕事トイウノハ、色々ト『溜マル』ダロウ…?私ガ介抱シテヤロウ…」

「は、はい!よろしくお願いします!」

この提督、完全にアウトである。そんなとき、チ級がドアを勢い良く開けて入ってきた。

「戦艦棲鬼殿、捕虜ガ脱走シマシタ!」

「何!?アノ檻ヲ破ッタノカ!?」

「見張リニ立タセテイタ駆逐ガ次々倒サレテイル模様デス!」

「人間相手ニカ!?エエイ、警備ノ軽巡ト雷巡ヲブツケロ!私モスグニ向カウ!」

「え、あ、あの続きは…」

「黙レ変態メ!貴様ヲ慕ウ艦娘ガ哀レダワ!」

「がーん!」

正論以外の何物でもない言葉を叩きつけられ、男はその場に崩れ落ちた。

 

 

洞窟には、本当に大勢の提督が閉じ込められていた。

「ったく、まだこんなに…お前ら、勝手に逸れたら後は知らんぞ」

「ちょっと…あ、すいません付いて来てくださいね〜。俺たちがしっかり守りますんで」

年上だったりプライドが高そうだったりする提督は不満気な表情を浮かべるが、生身で次々に深海棲艦を屠っていく志庵とリンヒルを見、入り組んだ洞窟の中を黙って付いてくる。その時、一人の提督が悲鳴を上げた。

「ひ!ら、雷巡チ級だぁ!」

「マズイ!志庵!」

チ級が提督達に放った雷撃(水上を走る艦娘に当たるんだから、水中じゃなくてもある程度使えんだろって解釈)を、志庵のPA(プライマルアーマー)が防ぐ。が、そこでPAが切れてしまった。現在、志庵は装備がないためOBも直進しかできないうえ、PAが剥がれれば完全に生身。連続攻撃を食らい続けると命の危険があるのだ。

「!ヤバっ…」

「志庵!」

その時、背後から誰かの手が志庵を引っ張った。その男は志庵を自分の背後に放ると、雷撃を正面から受け止めた。

「なっ…」

「今だ、攻撃しろ」

爆煙の中から声がする。それを聞いてすぐにリンヒルが煙を利用してチ級の懐に入り、アサシンブレードで仕留めた。振り返り、男に無事かどうかを問いかける。

「済まない。無事か?」

「問題ない、むしろ良い具合だよ」

解答の意味がわからず、志庵は首を傾げた。しかし、礼は言わなければならない。

「助かったよ。俺は志庵。あんたは?」

「俺か」

爆煙が晴れ、その姿が明らかになる。男としては長い黒髪に、整った顔立ち。一見華奢だが、破けた服から見える肉体は中々引き締まって見える。

「『椅子』と呼んでくれ。艦娘達からもそう呼ばれている」

 




二人目の提督の「リンヒル・フィリプス提督」は、私の二つ目の小説「提督が鎮守府にイーグルダイブしたようです」の主人公を務める、オリジナルのアサシンです。
三人目の提督「椅子提督」は、pixivにて艦これイラストをお描きになっている「山本アリフレッド」氏に許可を得て出演させたキャラクターです。


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第17話 超平和主義鎮守府にイーグルダイブ 激突

予想よりも1話ほど長くなりました。
山本アリフレッドさんすみません、もうすこしだけ提督をお借りしますね。


既に幾つかの連合艦隊が、提督達が捕らえられた孤島に向けて進行する途中に敵艦隊と戦闘を始めていた。既大本営から各鎮守府に、艤装にペイントを施した深海棲艦は味方につくという電文は渡っている。

「くっ、なんて数…全機、発艦!」

蒼龍の放った艦載機が敵艦隊に攻撃する。何体かの駆逐艦を撃破するが、すぐにまた別の駆逐艦が迫ってくる。雑魚だが、数が多い。この艦隊の長門から指示が飛ぶ。

「全てに構うな、弾薬を消耗するだけだ!道を塞ぐ邪魔者にだけ集中しろ!」

それも、言うほど簡単ではない。当然背後からの攻撃にもある程度気を使わなくてはならないし、航行能力を失うような損傷は何としても避けなければならないが、敵もそれは狙ってくる。長門が目の前の敵を殴り飛ばしたその時だった。

「!長門、後ろ!」

「へ?」

「海中」から、「空母」ヲ級が現れた。そう、敵は深海に暮らす、深海棲艦。艦種に関わらず潜水が可能なのだ。不気味な艦載機が、旗艦の長門に迫る。

「くそっ…」

が、その艦載機は全て撃墜される。味方の艦載機が撃墜した様だが、蒼龍のものではないようだ。間髪入れずに一斉射撃を受け、ヲ級は沈黙した。

「あ、あれは…」

沈みゆくヲ級。その向こうの水平線から姿を現した。

大和’、武蔵’、金剛’、山城’、明石’、加賀’、雪風’、羽黒’、神通’、夕立’、阿武隈’、鬼怒’で編成された、大本営連合艦隊。

「行くぞ!この先が例の孤島だ!」

「さあ、やるわ!」

「バアアニング・ラアアアヴ!」

「よく狙って…撃てぇ!」

「当たって!」

「優秀な子たちですから」

「雪風は沈みません!」

「撃ち方、始めてくださぁーい!」

「撃ちます!」

「素敵なパーティ、しましょ!」

「阿武隈、ご期待に応えます!」

「撃ち方、始めー!」

志庵鎮守府に転属した北上、大井に替わって阿武隈’、鬼怒’が編成されているが、長門たちを驚かせたのは、改二が正式実装されている阿武隈’はまだしも、まだ研究中と言われていた鬼怒’までも、阿武隈’と同じ改二の姿をしていた。

「鬼怒改二…!?開発に成功していたのか!」

「フッフッフ、これで北上さん達にも負けないよ!ネオ・ハイパーズと呼んで!」

「さっき別の敵も相手したけど…開幕雷撃ってまじパナイ!」

「長門、私達も負けてらんないよ!」

「おう!ゆくぞ、お前達!」

 

 

 

提督達は、洞窟を進んでゆく。志庵もリンヒルも規格外の力を持っているが、この状況では椅子提督が大いに役立ってくれている。

敵の倉庫から拝借した探照灯を使って敵を引きつけたり、目くらましをしてくれていた。

「そうだ、俺を狙え!他には構うな!ふははは!」

間近に4つも携えていればサウナどころの暑さではないはずの探照灯を平然と携えているあたり相当な精神力の持ち主であるし、心配するのも野暮というもの。ありがたく利用させてもらった。ふと、横の扉から微かに男性の声が聞こえた。

「ここにも提督が捕らえられてるのか?」

「慎重に開けろよ、罠かもしらん」

リンヒルに注意を促されつつ、薄く扉を開けて中を確認する。そこにいたのは…

「はあはあ…戦艦棲鬼の胸…はあはあ、エロかったなぁ…うっ」

提督の帽子を被った全裸の男がベッドにうつ伏せになって体を揺すって

 

バタンッ、と、視覚情報を処理しきる前にリンヒルが扉を閉めた。

「何も居なかった」

「うん、なにもなかったな」

「先を急ごうじゃないか」

「付いてきてください、皆さん」

無かったことにしました。

 

 

 

利根率いる志庵鎮守府連合艦隊は、他の助けを借りずに猛進を続ける。

「どうしたどうしたぁ!そんなものか貴様ら!」

「骨のある相手はいねぇのかよ!俺たちを沈めるつもりならACでも持ってこいっつの!」

「まったく、そんなことを言って本当に出てきたらどうするつもりだ…」

特に頭にきている利根と天龍に半ば呆れ、半ば共感しつつ海原を進んでいく。

この調子ならすぐに提督を取り戻せそうだ。

「艦載機からの情報だ!島まであと少し!それと、大本営の連合艦隊も近くまで来てるって!」

「よし!」

隼鷹がもたらす情報に、皆気合を入れ直す。

「え…?」

「隼鷹?」

「島が…」

突然青ざめた隼鷹に、皆首をかしげる。

「島が…真っ黒って…」

「どういうことなの?」

「深海棲艦で…数え切れないくらいの数…」

やがて、島の様子が観察できる距離に到達した。その様子を見てそこにいる全員が戦慄し、先程までの余裕は消し飛んだ。

海底火山が浮き上がってきたような形状の孤島の頂上から外周の海までを埋め尽くす、深海棲艦。それはまるで地面に転がった飴玉に群がる小アリのように蠢いていた。

「おえっ」

「川内、大丈夫!?」

「ご、ごめん。ちょっと集合恐怖症の気があって…」

「まあ、分からなくもないけど…」

幾ら何でも、多過ぎる。誰もがそう感じた。

「来ます!」

赤城の叫びを皮切りに、皆が戦闘態勢に入った。

隼鷹と赤城、艦載機によるドッグファイト。曙と不知火が攻撃を引きつける。天龍と川内は機動力で敵に張り付く。利根、那智、加古は弾着観測射撃で確実に削る。榛名、陸奥、扶桑は強火力で敵を沈めていく。見事な連携は一切の隙を作らないが、それでもいかんせん数が多い。いつか誰かの放った言葉である、「戦争は数が定石である」という事実を、彼女たちはここにきて実感していた。

 「このままじゃ島にたどり着く前に弾薬が尽きちゃうわ!」

 「クッ…もう島の洞窟も見えるところまできているのに…!」

 「沈みたい船はどこかしら~?」

 「!?」

 編成には加わっていないはずの声と共に、どこからか新たな砲撃が敵を襲った。

 「どの子も撃たれ弱すぎ~。少しはウチの提督を見習ってほしいわぁ~」

 「どいつもこいつも…私たちで不幸を運んであげるわ…ねぇ?山城」

 「提督までしっかり届けてあげなきゃね、姉様…」

 「部下を心配させるいけない提督にはた~っぷりお仕置きしてあげないとね。大和さん、今日も資材のことは気にせずに撃ちまくってくださいね?」

 「はい!なんとしても、提督を取り返して見せます!」

 「この子たちの実力は提督で実証済みよ…!第一攻撃隊、発艦始め!」

 「座り心地の良い椅子なのよね~。返してもらえますか?」

 「執務もこなしてくれる便利な椅子よね?」

 「まだまだ見下したりないのよ!」

 「提督に海底で改修してもらったこの艤装…今こそ、恩を返すときね」

 「この間のオムライスもまだ改良中なのよ!提督にチェックしてもらわなきゃ!行くわよ、磯風!」

 「はい、比叡さん」

 利根たちは少し安堵する。

 「増援じゃな!ありがたい!」

 「貴方たち、志庵提督の艦娘さんね?お噂はかねがね~。ここは任せてちょうだ~い」

 「ソナーに感有り!これは…!」

 磯風が叫ぶと同時に、海中から大量の深海棲艦が現れる。

 「こんなに…!」

 「いや待て!様子が変だ!」

 深海棲艦は同士討ちを始める。よく見ると、戦艦ル級が普通は付けていないはずの髪飾りを付けている。そして艤装には味方を示すペイント。

 「お主たち!」

 そう、志庵鎮守府に出入りしている深海棲艦達だ。

 「待タセタナ」

 「ココハ私タチニ任セテ!オ姉チャンタチハ提督ヲ助ケテアゲテ!」

 「あら…噂の深海棲艦さん…ですか?」

 「ええ、できる限り誤射しないであげてくださいね」

 不思議そうに尋ねてきた香取に、赤城が応える。

 「気を付けます」

 「それじゃ、お言葉に甘えて私たちは島を目指しましょう!」

二つの連合艦隊が共に陣形を組み、孤島に向かって進行し始めた。

「貴様ラ…敵ヲ見逃ストハ、深海棲艦ノ誇リヲ捨テタカ…?」

「ナアニ?私タチノ誇リッテ」

「闘争本能。強サヲ求メルソノ姿コソ、我ラノアルベキ姿ダ」

「争ウコトデシカ見イダセナイ誇リナンテ、コッチカラ願イ下ゲヨ。人間タチニ教ワッタ戦イ方、見セテアゲルワ」

 

 

 

武蔵’たちも深海棲艦の大艦隊と戦闘を始めていた。

「武蔵’さん、北西4㎞の方角に志庵鎮守府と椅子鎮守府の連合艦隊を確認!まもなく島の周辺に出撃した全艦隊が揃います!」

「よし!聞いたなお前たち!日本中の高練度艦隊に志庵提督のイレギュラー艦隊も揃ったんだ!敵がいくらいようが万が一にも負ける要素などない!」

「「「おおー!」」」

日本海軍再運営開始以来、未曽有の戦いが幕を開けた。

 



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第18話 超平和主義鎮守府にイーグルダイブ 聖騎士降臨

戦いを終わらせるのは理屈じゃない、勢いだ――。

※そういえば言ってませんでしたが、リンヒル・フィリプスはゲーム「アサシンクリード」には登場しないオリジナルのアサシンで、もう一つの小説の方の主人公です。


「あれは…戦艦棲姫?」

洞窟の通路の先に見慣れたシルエットが見える。敵意を感じるあたり、いつも料理を習いに来る戦艦棲姫とは別個体なのだろうが。しかし、後ろからついてくる提督の一人が悲鳴に近い声を上げる。

「今すぐ引き返せ!」

「何?」

「あれは戦艦水鬼だ!『姫』じゃない、『鬼』だ!」

「鬼…?」

「いくらあんたらでも勝てるわけが無い!」

叫びが聞こえたらしい、戦艦水鬼が応対する。

「悪イガ逃ゲラレテハ困ルノデナ、大人シクシテモラウゾ」

「やってみなくちゃわからないだろ。セレンさん、しっかりつかまっていてください」

「覚悟はできている!」

装備を失った志庵が、直進しかできないOB(オーバードブースト)で戦艦水鬼にタックルをかます。しかし、背後から現れた巨大な腕に受け止められる。わずかに後ずさるが、程なく停止した。そのまま志庵は掴まれてしまう。

「ホウ、タダノ人間トハ思エナイスピードダナ。驚イタゾ」

「くっ…!」

「俺のことは放置プレイか?悪くないが、少しは構ってほしいな」

四つの探照灯が戦艦水鬼の顔を照らす。椅子提督の声に一瞬早く反応した志庵は目をつぶって強烈な光をやり過ごす。

「眩シッ…!」

響き渡る銃声。リンヒルのほか、何人かの提督が隠し持っていたピストルが戦艦水鬼を襲った。本体の戦艦水鬼そのものは人間並みの肌だし、それをガードする艤装も、ゴム鉄砲程度には痛みを感じる。一瞬怯んだ隙に志庵は腕から逃れ、無防備になったデカブツに再びOBタックルをお見舞いした。

 

 

どこから湧いてくるのか。

終わりの見えない、敵、敵、敵。

「目標をセンターに入れてスイッチ目標をセンターに入れてスイッチ目標をセンターに入れ」

「落ち着いて日向!」

それまで経験したことがないような、絶え間のない戦闘による未知の疲労とストレスにより、こんな様子の艦娘も出始めていた。

 

志庵鎮守府連合艦隊。

「馬鹿な、カタパルトが故障じゃと!?」

「大丈夫、利根!?」

「吾輩は平気じゃが、これでは偵察機が着陸できん…!」

「私が回収しといてあげるから、利根は砲撃に集中してな!」

「恩に着る、隼鷹!」

「あ…扶桑、弾薬残りわずか…きゃあ!」

「下がってて扶桑!加古スペシャル、オラアアアアアア!!」

 

大本営連合艦隊。

「ク…これだけ多いと…駆逐艦の砲撃でもシャレにならんぞ…!」

「真珠湾の様にはいくものですか!私は今度こそ最後まで戦い抜きます!」

「武蔵さん、大和さん、背中は私が守ります!厄介な駆逐艦を蹴散らして!」

「ごめんね鬼怒、雷撃任せちゃって…」

「ご心配なさらず、養生しててください!神通さん!」

「はい、雷撃は艦隊攻撃の要ですから!」

「私たちがひきつけるから、安心して狙うっぽい!」

 

椅子鎮守府連合艦隊。

「あら香取さん疲れてきてるんじゃないの~?」

「馬鹿言わないでくれますか?龍田さん。この程度でへこたれてちゃ提督の『躾』役なんて務まらな…キャアッ!」

「香取さん危ない!無理せず少し休んでいてください、磯風が時間を稼ぎます!」

「…いつも提督に助けてもらって…鈍っちゃったかしら?悪いわね、少し体力を回復させるわ」

 

島に近づけないまま弾薬と燃料をいたずらに消費し続けるしかない艦娘たちを、今作戦の首謀者、港湾水鬼は島の頂上から見下す。

「良イ眺メダ」

色仕掛けによる提督の懐柔など、副産物に過ぎない。最初から、攫われた提督におびき寄せられた艦娘たちを圧倒的物量で押しつぶす狙いだ。

突如、島の岩肌の一部分から何かが飛び出してきた。

「なんだ!?」

何人かの艦娘が噴出物に注目した。火山が爆発したとかではないようだ。見えるのは、不気味な腕の様なものが生えた黒い塊。どこかの艦娘が叫ぶ。

「戦艦水鬼!」

しかしそれともう一つ、人間大の何かが戦艦水鬼を押し出すような形で飛び出していた。

「提督…?」

そう、誰かが呟いたのが聞こえて、利根たちは一斉に何かに気が付く。岩肌を突き破るほどの突進ができるような提督など、一人だけだ。

「偵察機!」

隼鷹と赤城が一斉に艦載機を向ける。彼女たちの耳に、妖精たちが嬉しそうな声で報告を入れてきた。

「提督…。志庵提督!」

他の艦隊の偵察機も、穴から覗く洞窟の様子を確認しに行く。

「提督!」

「司令官…!」

「司令!」

 

「提督たちは皆無事の模様!」

「フ…志庵提督にフィル提督がいるのだ!そうに決まっているさ!」

「Thank you,加賀!これで玲元帥に良い報告がデキルネ!」

 

「司令ったら、こんな時にまで探照灯を付けて…」

「嬉しそうじゃない、叢雲」

「フン、そうね。葬式で無駄な出費せずに済んで助かったわ」

 

「行くぞ皆のもの!この戦いは敵の殲滅が勝利ではない!」

「そうね。クソ提督を連れ帰ってミッチリお説教するまでが作戦よ!」

「沈め!貴様らの相手をしている暇はもう無くなった!」

 

「フム、オメオメト逃ガスクライナラ殺シテイイゾ」

 

「なんだと?」

全深海棲艦が艦娘への攻撃をやめ、島にいる提督達に砲塔を向けた。

「くそが!」

志庵はアサルトアーマーで周囲を取り囲んでいた数十体の駆逐、重巡、戦艦、空母を一瞬で蹴散らす。が、その外にまだ数百を優に超える深海棲艦が待ち構えているだけだった。

「志庵!」

リンヒルが駆け寄る。

「貴様ら俺を狙え!俺だ!俺を撃て!」

椅子提督が探照灯を照らしながら山を下る。

誰かが「提督」と叫んだかもしれない。しかし、大爆音の中、その声が誰に届くこともなかっただろう。

 

 

ピシッ

食堂に集まっていた皆がその方向を見た。

リンヒルが提督として宿毛に着任し、鎮守府正面海域を奪還した記念に皆で撮影した写真だった。カメラを生まれて初めて見たリンヒルが、説明を聞いて「魂を取られるのでは」などと警戒し、皆で笑いあったりもしたものだった。

「提督の写真にヒビが…」

そこにいた皆に動揺が走る。

「ねえ、大丈夫だよね…?」

不知火の腕に手を乗せ、川内が話しかけてくる。段々と、不知火をゆする動きが大きくなる。

「提督、ちゃんと帰って来るよね?ねぇ?」

「嫌な予感がするっぽい…」

「やめてよ夕立…!」

「そうだよ、不吉なこと言わないで!」

「ご、ごめん…」

「大丈夫です」

ざわざわと騒がしくなり始めた艦娘たちを、不知火の通った一声が制した。

「司令なら、大丈夫。深海棲艦に接近戦を挑んで勝つお人ですから」

「その通りだぜ!」

天龍が元気な声で乗っかってくる。

「あの提督なら、逆に深海棲艦どもを全員ぶっ倒して帰って来るに決まってるさ!」

「そう…そうだよね。アサシンなんだから、きっとみんな倒されたことも気づかない内に全滅させてるかもしれないよ!」

「そうなのです!司令官は強いのです!」

「そうだよね!」

「そのとおりだよ!」

 

 

島には煙が立ち込め、まったく視界が効かない。ただ、妙な静けさだけがあった。誰もが戦いの手を止め、だんだんと煙の晴れていく島を見ていた。

まだ洞窟内にいた他の提督達は、瓦礫に阻まれて軽傷で済んだらしい。しかし、砲撃の中心地。

辛うじて直撃は免れたか。五体確かにそこにあるが、ピクリとも動かない二人の提督。少し離れたところに、膝をつく男が一人。探照灯は二つが火花を散らせ、使い物にならなくなっている。

三人を知る艦娘たちは、呼吸が難しい程の焦燥感に見舞われていた。

「てい…とく」

 

提督が死んだ?

「嘘だよね?提督…PAでちゃんと防いでるんでしょ?」

「クソ提督…私たちを驚かせて楽しんでるつもり?だったら承知しないわよ!?変態クソ提督!?」

「利根?ちょっと、利根!?」

もはや周囲の敵に目もくれず、利根は走り出す。

 

「フィル提督!志庵!クッ…志庵!弟が横須賀で心配しているのだぞ!」

「フィル提督!宿毛のみんなが待っていますよ!返事をしてください!リンヒル・フィリプス提督!」

 

「提督!それくらいで膝をついてどうするの!痛いのは大好きなはずでしょう!」

「私とのレッスンはそんなものじゃないでしょう!?提督立って!そこにい続けては危ないわ!」

「扶桑姉様どちらへ…?お姉さま、危険です!待って!」

扶桑の目には、島に小さく見える椅子提督しか映っていなかった。

 

 

 

島に着いたとき、艤装は全て壊れ、服ははだけ、いつ沈んでもおかしくない状態だった。そんなことはどうでもいい。

やっと、提督が目の前にいる。利根は志庵の下に、扶桑は椅子提督の下に。艤装が完全に停止している今、ただの少女が駆け寄っているに過ぎなかった。

 

「提督…提督!ワシじゃ!利根じゃ!ここまで助けに来たぞ!」

「利根か…!」

「セレン!そうじゃ、みんな来ておるぞ!」

 

「提督…!」

「扶桑!来てくれたのか。酷いじゃないか、優しくするなんて…」

「安心してください…帰ったら、皆からのキツイお説教が待ってますから…提督、ここを離れましょう」

「…いや、駄目だ」

「提督…?」

「俺は不幸を求めているんだ…。この世界の誰よりも、長く長く続く不幸をもとめている!」

椅子提督は怒りの形相で志庵とリンヒルを見据える。

「貴様ら、目を覚まさんか!俺の目の前で、俺よりも不幸になることは許さんぞ!」

「提督…。そうですよ!お二方起きてください!」

 

「お主にだけ戦わせたりはせぬぞ!皆、皆お主たちのために戦ってくれてる!」

「返事をしろ志庵!お願いだ!目を覚まして…!」

悲痛な叫びは、伝染していく。艦娘たちに。味方の深海棲艦達に。助けられた提督達に。

「指揮を執るものが部下を心配させてどうする!」

「日本男児の意地を見せんか!」

「私タチヲ助ケテクレタ力ヲモウ一度見セテクレ!」

「提督!」

「司令官!」

「テイトク!」

 

 

 

宿毛の皆は、祈っていた。写真の前に集まり、硬く両手を握り締め続ける。

 

 

 

特定の提督の無事を祈る。最高権力者として、あるべき姿ではないだろう。しかしその部屋にいる彼の姿はそのとき、ただ一人の少年にしか見えなかったかもしれない。正面高く上がる丸い月に、手を合わせて祈る。

「兄さん…!」

その日、日本各地の鎮守府で、謎の光が観測されたという。

 

 

 

利根の体が、武蔵が、味方の港湾棲姫が、白い光を放ちだす。高見の見物を決め込んでいた港湾水鬼は思わず声を漏らした。

「ナンダコレハ…?」

光は、一転に集まりだす。

 

「と…ね…セレ…ン…」

「提督!?」

志庵とリンヒルの体が、少しずつ浮き始める。それと同時に、皆の光が二人を包み始めた。

 

「なんだあれは…?」

椅子提督も呆然とその様子を見守る。

 

「何ヲスル気カ知ランガ、ソノ前ニ消シ炭ニスレバイイダケノコト!ヤレ!」

港湾水鬼が手を上げたのを合図に、深海棲艦達が再び砲塔を志庵たちに向ける。

 

「まずい!皆、奴らに撃たせるな!」

「バアアアアアニング・ラヴ!」

「撃ち方始め!」

元から劣勢だった戦況。数が、足りない。

 

「まずい!」

椅子提督は悲鳴を上げる体に鞭を撃ち、志庵とリンヒルに駆け寄る。

「危ない!」

扶桑もまたそれを追う。巨大化していた光は二人も包み込み、再び爆炎に包まれた。

志庵の下の艦娘たちは既に膝をつくしかなかった。

守れなかった。誰もがそう考えたその時、煙の中から現れたのは…

「…卵…?」

志庵も、扶桑もいない。巨大な光の卵だった。卵がてっぺんからひび割れ、少しずつ割れ始めた。卵の中から現れたのは巨大な赤いマント姿。その懐に利根も椅子提督も扶桑も守られていた。

マントを翻し、そいつは立ち上がる。右腕には、凍てつく氷のような青い狼の頭をかたどった巨大な大砲。左腕には、燃える太陽のような赤い竜の頭をかたどった巨大な剣。そしてそれを携える、穢れなき純白の体。

「志庵提督とセレンさんとフィル提督が…」

「合体した…」

 

「ナンダアイツハ…新タナ艦娘カ!?撃テ!集中砲火ダ!」

 

「また…!」

扶桑は思わず身構える。三度深海棲艦による集中砲火。

巨大な戦士が直撃に合わせてマントを翻すと、その全てを砲撃の主に正確に弾き返した。

 

「ナンダト!?」

 

「扶桑、彼に守ってもらえ」

「提督?どこに行かれるのですか!待って!」

「まだやるべきことがあるのでな」

 

戦士が右腕を振り払い砲塔を露出させると、一発を海上に広がる敵深海棲艦達に向けて放った。砲撃を食らった数百の深海棲艦が瞬時に凍り付き、砕け散る。

左腕を振り払い刀身を出現させると、島に広がる敵深海棲艦に向かって切り払う。斬撃を食らった数百の深海棲艦が、灼熱の炎に包まれて燃え尽きた。

 

「強い…」

どの艦娘も、あんなにてこずっていた深海棲艦達が瞬く間に倒されていく様を呆然と眺めていた。志庵鎮守府の皆は既に志庵というイレギュラーの力を目の当たりにしている筈だが、今の情景はその比ではなかった。天龍が、ここに居る皆の心の声を代弁した。

「これもう…提督だけでいいんじゃねえか?」

 

既に海上にも、島にも敵は見当たらず、静寂に包まれていた。しかし気を抜かず、辺りを見渡しながら武蔵が確認を取る。

「終わったのか…?」

直後、加賀が艦載機の報告を受けた。

「いえ、あと一体残っています!山の頂上!」

港湾水鬼が今まさに逃げようというところだった。水中に逃げられては、流石のあの戦士でも手が出せないかもしれない。予想が当たったのか、急いだ様子で戦士が宙を舞い港湾水鬼に迫る。走る港湾水鬼。山の向こうは崖になっている。港湾水鬼が飛び込むのが先か、戦士が追いつくのが先か。

その時、港湾水鬼の走る先から強烈な光が放たれ、脚が止まった。

 

「どうした?こんなに目立っているんだ、しっかり狙ってくれよ」

椅子提督の探照灯による目つぶしだった。

「ウグッ…!前ガ、前ガ見エナイ…!」

刹那。巨大な剣が港湾水鬼を背後から貫き、椅子提督の眼前で止まった。

「カッ…」

「もう一突き、俺の腹を刺してくれてもよかったんだぜ?」

 

 

 

 

艦娘たちが駆け寄っていったとき、いつの間にか二人の提督と一人の妖精に戻っていた。利根が、那智が、赤城が、次々に飛びつき抱き付いてくる。

「心配を掛けおって、馬鹿者!」

「部下よりも先に死ぬなど、愚の骨頂だぞ馬鹿者!」

「私の気が済むまで奢ってもらいますからね!馬鹿ぁ!」

「ご、ゴメンって…」

他の艦娘と一緒に、曙もものすごい剣幕で歩み寄ってくる。

「あ、曙?」

返答はない。代わりに鼻をすする音が聞こえてきた。

「へ…」

「く、グゾ提督ぅぅうわあぁあん」

よく見ると他の皆も泣いてた。

「ズズッ、女の子を泣かすなんて最低だよ提督」

「司令としてよりも男性としてあってはならないと思います」

「すみません…」

 

「やれやれってやつだな…」

部下に取り囲まれ精神的に打ちのめされる志庵を見てリンヒルは一人ごちる。

「フィル提督」

声がかけられた方を見ると、武蔵がいた。ボロボロの格好だが、大本営所属を示すバッジはしっかりと残っている。

「よくぞ帰ってきてくれた」

「こちらこそ、助けに来てくれてありがとう」

二人は固い握手を交わす。

「フィル提督、初めまして!」

「アンタは?」

「わたくし、武蔵の姉の大和と申します。妹から話は聞いておりましたが、まさかあれほどとは…」

「あー…さっきのアレのことか?」

「はい!まさか他の提督と合体するなんて…」

「スマンが…俺もびっくりしてるところなんだ。なんせ初めての経験だったものでね」

「そう…なのか…?」

「ああ。大したこと話せなくてすまんな」

「フィル殿」

次に声をかけてきたのは椅子提督だった。

「世話になったな」

「とんでもない、こっちこそ助けられた。大した肉体をお持ちだな」

「大事な時に部下を守る壁になるために、このくらいは当然さ。何かの縁だろう。困ったときには連絡をくれと、彼にも言っておいてくれ」

椅子提督が指さす先では、志庵がもみくちゃにどつきまわされていた。

「まったく、愛されてるな」

「羨ましい限りだ」

「そう羨ましがらなくても、鎮守府に帰ったらキツ~イお折檻が待っていますよ、提督?」

椅子提督の艦娘が迎えに来たようだ。ウチにはまだいない…香取だったか。

「リンヒル提督、ウチの椅子が失礼しませんでしたか?好きなだけ罵倒してあげていいのですよ?」

「い、いや遠慮しておくよ」

「そうですか。では、帰りましょうか提督」

そんな調子で、椅子提督は香取に肩を抱かれて去っていった。

「変わった提督もいるもんだな」

「ふっ。鎮守府の分だけ、色んな提督がいるさ。行こうか、フィル提督は我々でお送りしよう」

 

提督達は、それぞれの誇るべき部下に連れられて、島を後にした。

 

 

 

 

「はい、はい…ご報告、感謝いたします」

受話器を置き、大淀は優しい表情を浮かべて振り返った。

「皆さん、いま報告がありました!リンヒル・フィリプス提督は無事救出されたとのことです!」

「「「やったー!」」」

食堂が歓声に包まれた。

「良かった!本当に良かった!」

「流石提督だね!私は最初から大丈夫だと思ってたんだよ!」

「この中で一番『大丈夫かな、大丈夫かな』ってうるさかったくせに」

「う、うるさいな!」

「司令…」

不知火はひび割れた写真に振り向く。ふと、その隣に一緒に掛けてある、前任、金子提督の遺影と目があった気がした。

「…お守りくださったのですか…?本当に、どこまでもお優しい方ですね…。ありがとうございます…」

 

 

 

「やった…!」

報告を受けて、玲は思わずこぶしを握った。

「もうっ…はしたないですよ、元帥ともあろうお方が」

「あ、ああすまない、大淀。」

大淀に指摘されて、少し平静を装ってみる。が、こみ上げてくる興奮は抑えられそうにない。どうしても顔が笑ってしまう。

「まあ、今回は許されるかもしれませんね。幸いなことに、轟沈した子もいないのですし」

「うん。本当に良かった…」

玲は穏やかな顔で、いずれ皆が帰って来る海原を眺める。

 

武蔵、皆…。兄さん…

 

「しかし、回収された提督の中には1名、今後の取り扱いが検討される者がいるようです」

「へ、何それ」

 

 

 

小笠原諸島のちっぽけな島に拠を構える、志庵鎮守府。そこの大淀にも、報告が入っていた。

「みなさん!今回も志庵提督と、他数名の活躍によって、全員無事の様です!」

わああああ!と歓声と拍手。

「流石は我が伴侶だ!それでこそだ!」

「ひゃー、やっぱり志庵提督って凄いんだねえ。ね、大井っち」

「まあ、前回の資料映像の時から異常でしたけどね、あの人は」

「無事でよかったよ、提督!」

「最上さん、とっても嬉しそう」

「な、あ、当たり前じゃないか!僕たちの提督が無事だったんだから!五月雨は嬉しくないのかい!?」

「もちろん嬉しいけど…目の前で最上さんがそんなに喜んでるのを見たら、それだけで満足かも」

「怪我をして帰って来るのかしら?頑張ってお世話してあげなくちゃ」

「夕雲!司令官のお世話は雷の仕事よ!貴方は大人しくしてなさい!」

「お腹も空いてるわよね!帰って来るまでに食事の用意をしなくちゃ!やるわよ、鳳翔さん!」

「ええ、間宮さん!忙しくなりますね!」

「はわわ、私も手伝うのです!」

 

各鎮守府、報告を受けてから提督が帰って来るまでの間、そして提督が帰ってきてから、たいそうな騒ぎっぷりだったという。リンヒルと志庵の鎮守府がどのような様子であったかは、今後それぞれのお話の中で語ることにしよう。

未曽有の提督奪還作戦は、こうして幕を閉じた。

 




椅子提督の出演は、以上になります。
山本アリフレッドさん。本当にありがとうございました。


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16話 沼

一体何が沼かというと、腐ってるというか復活が早すぎたというか、ほんの少し志庵提督と玲元帥の距離が近いので注意。


提督奪還作戦から数週間が過ぎ、各々鎮守府も落ち着きを取り戻した休日、玲元帥は志庵の鎮守府を訪れていた。何故かいつもの秘書官である武蔵ではなく、最近入ってきたという蒼龍を連れている。

「運動を教えてほしい?」

なんともふわっとした相談であった。

「そうなんだ…」

「なんでまた」

「俺、運動に関してはからっきしダメなんだよ…。ちょっとした段差で躓くし、重い荷物も艦娘たちに持ってもらっているし…」

話を聞きながら志庵は雪印コーヒー牛乳に手を伸ばす。「雪印」のコーヒー牛乳。ここ、重要ね。OK?

「人間と艦娘だしこんなものなのかなと思っていたんだけど、こないだの兄さんと瑞鶴との話を聞いてさ」

「…あ。あれか?」

先日、建造で立て続けに瑞鶴と翔鶴が出た(同期の提督に話したら「死ね」って言われた)。同期の話では五航戦所有の通過儀礼だと聞いたが、翔鶴にスペックや得手不得手について質問していたら瑞鶴に艦爆による襲撃を受けた。で、高校生くらいの頃に気づいたけど、俺は地味に運動神経が良い。飛び込み前転の要領で爆撃の内側に転がり込んで事なきを得、瑞鶴を驚かして見せた。

「いや、運動神経なんて人それぞれだろ」

「そうかもしれないけどさ…やっぱり、男性としてあんまりこう、女の子に頼りきりすぎて…」

「つまらんプライドにこだわるのだな、元帥殿?」

胸のポケットからセレンが顔を出す。セレンの言葉に玲は少し苦い顔をするが、今日の秘書官、神通がフォローする。

「そう言わないであげてください。男性なら、皆一度は逞しい肉体と言うものに憧れるのでしょう」

「つか、それならそっちの長門とか武蔵とかに頼んだらいいんでないの?」

「それが…」

玲は困ったように黙り込む。

「?」

「皆さんに反対されたそうなんです」

蒼龍が言葉の先を補足する。

「それまたなんで?」

再び玲が口を開く。

「それが、皆ハッキリ言ってくれないんだ。なんか、様式美がどうとか…」

「で、元帥は出歩くときに護衛の艦娘を最低一人は付けないといけないから、まだ周りの艦娘に影響されてない蒼龍を連れてきたわけだ」

「そうなんだ」

玲もまた変わった部下に囲まれたもんだ。てか、艦娘ってそういうもんなのか?

「まあ、付き合ってやって全然かまわないけど、それにしたってアバウト過ぎんだろ。なにをどうしたいの」

「何って?」

「こう…ダイキョウキン、フクチョクキン、ジョウワンニトウキン…」

「なぜケインコスギなんだ」

セレンさん、ナイスツッコミ。

「…とりあえず…脚…かな?脚を速くしたい」

「脚…ねぇ。やるだけやってみようか。原因によっては100mを1秒くらい縮められるよ」

「本当!?」

小学6年生~中学1年生で5秒縮めた俺をなめるな。

 

 

 

と、いう訳でジャージに着替えて、中庭に集まったのだが。

「なんでお前らがいるのか」

「ヘーイ提督!私も足速くなりたいデース!」

「超弩級戦艦の速力が少しでも上がるのであれば、ぜひともご教授願いたいな」

「夜戦ー!」

「私ももっともーっと速くなっちゃうから!」

「今日は司令官に頼っちゃおうかな!」

「接近戦に強くなりたいクマ!」

「ニャ!」

等々、ウチの鎮守府の面々。

だけじゃない。

「貴様、玲元帥に余計なことをすればただでは済まさんぞ」

「なにさ?余計なことって…」

「もー武蔵’!なんでここにいるのさ!」

「元帥が脚を速くしたいというのだ、私も協力しようじゃないか」

「玲が体力付けるのは嫌だとか言ってたんじゃないの?」

「無駄な筋肉がついて元帥の美しいボディラインが崩れるなど言語道断だが、脚を速くする程度なら許そうじゃないか。大本営を上げて乗り込もうとしていたのを、どうにか説得して私一人が代表してきたのだぞ?」

「速く走るのにもある程度筋肉はいるんだけどな…。つかそっちのお前らもな、地上で足速くしても艤装の速力に関係ないだろが」

「そんなことなどない!」

「海上での移動にも何か生きる筈だわ!」

口々に文句が上がる。

「そんなに足速くしたいのか?言っとくけど今日は玲を専属的に診るからそんなに皆にはつけねーぞ」

「まあまあ兄さん、みんなでやるなら楽しいし、いいじゃないか」

「賑やかな方が好きですよ?私は」

「よろしくね、武蔵'さん!」

「こちらこそ、今日は私の元帥をよろしく頼む」

「…はあ。ま、ボチボチ始めるか」

ちなみに、天龍、龍田、隼鷹はショッピングに行っててここにはいない。

 

まずは基本のランニング。

「兄さんと並んで走りたいんだけどな…」

「いいから。ほら元帥殿、部下を引っ張ってくださいよ」

「もー、『玲』って呼んでー」

「はいはい。行くぞ、玲」

「うん!」

なんて喋ってると、後ろから膨れた顔の島風が並走してくる。

「しーあん」

「どした?フグみたいな顔して」

「別に」

「提督提督!隣が空いてるなら私と一緒に走りまショウ!」

「あーのー、お前らちょっと静かにしてて」

玲の走りを見てどこが悪いのか探してるんだから。そりゃプロみたいに専門的なことは言えないけど、幸い、玲の欠点はかなりわかりやすかった。脚の運びが内股気味だ。女子か。んで、前に出た脚が接地するとき、重心が下がりそうなほどにベタンと着いてる。エネルギーをかなり無駄に使うやつ。手は握りこぶしだし。これもエネルギーの無駄ね。小学校で習う走り方なんて、わざと不器用に走らせてガキっぽさ演出してジジババ喜ばせてるようなもんなんだから。

 

ランニングを終え、軽くストレッチをしてから練習に入る。まずは股関節の運動。腿を真っ直ぐあげて、横に開いて後ろに進んでいく運動だ。まず俺がお手本ね。

「はい、こうやって…こう。反対の足も同じで…」

みんな真剣な面持ちで俺のお手本を見てる。なんだか視線が集中してきて恐さも感じるけど、真面目なのはまあ良いことだ。それにしても金剛がヨダレを垂らしてるのが気になる。

 

 

中庭横の茂みに隠れて、青葉はシャッターを切り続ける。ファインダー越しに見えるのは、志庵の程々に引き締まった脹脛、アキレス腱、そして股関節の運動の際に開かれる股間である。

ジュルリ…

不可解な音に振り向くと、同じように茂みに隠れてスケッチを取り続ける秋雲の姿。

「貴方も物好きですね、秋雲さん」

「そういう貴方こそ、青葉さん」

「ふふ、その様子だと、新刊のテーマはだいたいお決まりのようですね」

「それはもう最高の。青葉ネットの売り上げはいただきですね」

 

 

「はい、じゃあ玲、走ってみようか」

ランニングの時にも一応見たけど、ダッシュのフォームもやっぱり確認は必要だ。

「う、うん」

「あんまり深く考えないで、とりあえずいつものように走ってよ」

「うん」

「じゃあ位置について よーい…」

玲はピタッと腕を上げた状態で固まる。あーホラ、それまたエネルギーのムダ。

「ドン」

バタバタバタ!と玲が走っていく。いやー、面白いね。さっき言った欠点が全部顕著に出てる。タイムは17秒。玲が息を切らして戻ってくる。

「やっぱり玲はフォームだね。フォーム直そう」

てな訳でフォームを直す練習開始。

 

腕振りの練習。

「そーそー、腕は握らなくていいからね。楽に楽に」

「提督〜。村雨のちょっと悪い走り、見て欲しいな〜♪」

「あ?あー…ちょっと腕振りが前にオーバーかな。腕振りは後ろにグッと引くときに推進力が生まれるんだよ」

「提督!睦月の走りも見るにゃしい!」

「恋も!走りも!負けません!」

「だーかーらそんなに色々みれねーって!」

 

前傾姿勢を意識する練習。そこで、事件は起こった。

「前傾?」

「そ。前に進むんだから前に体重をかけるのは当然だわな。お前らも覚えたいならちょっと見とけ」

艦娘達が玲と志庵に注視する。

「玲、前に倒れこんで」

「ええ!?」

「ある程度傾いたら支えるから」

「あ、う、うん…」

多少の恐怖を感じながら、玲は少しずつ体を前に傾けていく。やがて、つま先では支えきれないほどに重心が移動し、玲は重力に従って倒れそうになる。

「わっ」

ポスッと、そこで志庵が玲の胸に掌をあてがい、体を支えた。

 

「んっ…」

 

志庵はあまり意識することなく、今玲がとっている前傾姿勢の説明をしている。が。艦娘達は、その直前に漏れた玲の妙に艶っぽい声と、現在の玲の表情で頭がいっぱいだった。玲は、キョトンとした顔で頬を赤らめ、胸に添えられている志庵の手を見ていた。

「——で、今からやる練習は…あ、ちょっと玲、一回手ぇ離すぞ」

志庵の声は届いていない。胸に置かれた手を確かめるように、上から自身の小さな手を添えている。

「玲?」

「え?あ、な、何?」

「手ぇ離すから転ぶなよって」

「あ、うん。わかった…」

玲は名残惜しそうな顔をするが、志庵は気づかない。

「えー次の練習は、今見たいに前に倒れていって『これ以上無理ーっ』てとこまで行ったら走り出すっていう、高校の部活だと『前傾ダッシュ』てよんでた…」

 

その日の練習で、玲はタイムを15秒9まで縮めることに成功し、大本営に帰って行った。

「何か…タイムは縮んだけど、途中から上の空だったな、玲のやつ」

一緒に見送る神通に話しかけるが、返事がない。

「…」

「神通?」

「え!あ、そう…ですね」

「?つーか、玲だけじゃなくてなんか皆変な空気になってた気が…。どうしたんだと思う?」

「さあ…私には…ちょっとわかりかねますね」

「そう」

 

その夜、志庵には知らされない、艦娘達の緊急会議が開かれた。いつになく真剣な面持ちの金剛が口を開く。

「皆さん、大変なことにナッタネ」

「一体なんだというんだ?」

問いかけたのは那智。

「提督を狙う新たな…それも強烈なライバルが現れたネ」

「な、なんだっつうんだよ?」

普段の提督LOVEを隠す態度を忘れる天龍。

「今日の特訓に参加していた子達は知っていると思うネ」

「まさか、きょう来ていた大本営の蒼龍さん?それとも武蔵’さんかしら?」

金剛は首をふって否定する。

「元帥ヨ」

 

空気が、時間が、凍りついた。

 

「今日の特訓中に見せたあの顔は、完全にfall in loveしちゃってる表情ネ」

天龍が青ざめた顔で立ち上がる。

「え、けど、元帥っ男…」

「確かに、提督はいわゆる『ノンケ』ネ。鈍いところはあるけど普通に女性が好きな人デス。でも皆知っていると思うけど、正直、元帥は女性の私たちから見ても…」

可愛い。それは満場一致の意見だった。

「いくら提督がノンケでも、あの元帥に言い寄られ続ければいずれ『そっち』に傾いてしまう可能性がないとは正直言い切れない」

長門が金剛の説明に付け足す。そして強い決意を示すかのように、机を強く叩いた。

「ここにいる殆どは、提督を意中とするライバルだと思う。それと同時に、皆提督の下で戦う友でもある筈。どうか皆、ここは結託して提督の純愛を守ろうではないか!!」

「「おーーー!!」」

 

 

ところ変わり、大本営会議室。ここでもまた、元帥を交えない艦娘だけの話し合いが行われていた。

「いきなりメイド服はキツいわよ金剛’、そうね…もうすぐクリスマスだし…」

「サンタコスか!胸が熱いな!」

「この間の海で気づいたけど志庵提督、元帥相手ならスキンシップにはあまり抵抗はないみたいよ?」

「いいねえ!ハグから始まり、少しずつ距離を縮めていって、ゆくゆくは…」

彼女達の会話を眺めながら、蒼龍はボソリと呟いた。

「腐ってやがる…」

大本営は腐女子で染まっていた。

 

 

「兄さんの手…」

階級は、自分よりも下。呼び捨てで何ら問題ない。

「志庵…。えへへ、志庵…♪」

 




玲元帥の外見については、10話あたりに挿絵が載ってます


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17話 新参者

面白いネタを思いついたのならば、過去に作った設定など平気で踏み倒してみせよう!


南極の氷の下に存在する、巨大な空間。何万年もの間外界から隔離されたそこは独自の生態系を築き、下手に手を出せば地上の生態系にも影響を及ぼしかねないとされてきた。

人類はそのパンドラの箱を開けてしまった。人類が調査に乗り出すために氷に開けた穴から、深海棲艦と妖精が飛び出してきたのだった。

まず初めに飛び出してきたのは、イ級などの駆逐艦クラス。目についた調査船などを手当たり次第に襲い始めた。後になってから、彼らはそれなりの知能を有し、ある程度以上のクラスは言語を介することも可能だということが判明したが、後の祭り。人類と深海棲艦の戦争がなし崩し的に始まってしまったのだった。

人類は現行の兵器でどうにか対抗するも、彼らの妖精が作り上げた、船の速力に魚の機動力で海上から海中まで自由自在に動き回る艤装の圧倒的な性能を前に、徐々に制海権を奪われていった。

そんな時、ある漁村の老婆が、お菓子を与えた妖精と仲良くなっていたという報告が入る。そこで始まったのが「妖精赤福懐柔作戦」である。別に赤福じゃなくてもチョコでも飴でも何でもいいのだが、要するにお菓子で妖精を釣ろうというわけだ。

作戦は見事成功。多数の妖精を味方に付けることに成功し、人類の企業と結託して人類製の深海棲艦の研究を始めた。そして出来上がったのが、艦娘の扱う艤装である。何故か適性のある「女性」しか扱えないという謎仕様だが、とにかくこれによって劣勢だった戦況は一変。現在に至るわけだ。

因みに、どの企業が作る艤装にどの艦の魂が宿るかは完全にランダムで、姉妹艦が同じ企業製だとは限らない。

例えば、天龍の艦娘としての姉妹艦は龍田だが、艤装としての姉妹機は「10-RU(天龍)」、「10-NG(長門)」、「10-NE(利根)」などがこれに当たる。

さらにもう一つ、近年「駆逐棲姫」や「軽巡棲姫」など、艦娘に酷似した外見の深海棲艦が確認されているが、彼女ら曰くあれは艦娘に影響されたファッションであり、探せば島風のような格好をした空母もいるそうな。

 

 

「はい、えー、幾度かの特殊作戦の中心的存在をウチが担った功績もあり、今日から新しい友達が増えることになりましたー」

食堂に集まった艦娘たちを前に、志庵の呑気な声が響く。志庵が荒れていたこの鎮守府に着任し、無事艦娘たちを静めたことに始まり、先の長門や島風の件、更に提督自身の戦闘能力などが噂を呼び、この鎮守府は「問題のある艦娘を送るとどうにかしてくれる」という都合のいい認識をされていた。

さすがに勝手すぎる要望に関しては大本営を通る際に突き返されるが、中には本当に深刻なものなども存在するため、それに関しては志庵と玲を中心に協議し、選ばれた四名が今回、新たに志庵鎮守府に配属になった。

「Oh!ニューフェイスのお目見えデスネ!」

「どんな子かな!どんな子かな!」

「速いの!?」

「じゃあ入ってきてー。どうぞ」

先頭の子がドアから顔をのぞかせると、自然と拍手が沸き上がる。志庵の横に四人が並び終わり、拍手が止むと一人ずつ紹介を始めた。

「まず一人目ね、陽炎型の9…番艦に、なるのかな、天津風」

「…」

ツンとそっぽを向いたままの態度に、一瞬沸き上がった拍手がしりすぼみになる。

「まあ、この辺はまた後で皆に説明するから。次行こうか、次は…うちでは一人目の愛宕型になるね。3番艦の摩耶!」

「…ども…」

チラッと皆を見渡した後に、小さく返事をする。演習などで会ったことがある摩耶とのあまりの印象の違いに戸惑う色が感じられるが、とにかく皆拍手をする。

「…うん、はいじゃあ次。陸軍が初めて開発に成功した艤装の持ち主が、なんとうちの鎮守府に来てくれました!揚陸艇のあきつ丸!」

「陸軍」という単語に食堂がざわつく中、一歩前に出て、敬礼をするあきつ丸の力の籠った声が響く。

「はっ!ただいまご紹介にあずかりました!陸軍から志庵提督殿の鎮守府に所属することになりました、艤装『AK-20』操縦士、あきつ丸であります!」

ざわ、ざわと、ヒソヒソ話が聞こえてくる。

「ハイそこ、なんか言いたいことがあるならちゃんと目を見て言いなさいよ」

「ちょ、他人のマネしないでよ!」

ベ、と舌を出し、志庵は最後の一人を紹介する。

「えーと、あ、コイツも陽炎型だな。13番艦の浜風」

「は、はい」

食堂がどよめく。他所の浜風も、何度か演習で見かけている。容姿はどの子も一貫して、銀髪で片目隠れのおかっぱ、それとおよそ駆逐艦とは思えない豊かな胸部が特徴だった。しかし今目の前にいる浜風は、顔立ちこそ似ているものの銀髪は短く、両目も耳も出ている。胸はなく、下もスカートではなくパンツだ。

「は、浜風です…よろしくお願いします…」

「なあ提督、彼女は本当に浜風か?」

口を開いたのは木曾。その質問に、浜風は気まずそうに顔をうつむかせる。

「あー、やっぱ言わないと混乱するよな。こいつ、男の子です」

「「え?」」

先程無口だった天津風と摩耶までもが口をそろえる。

「この子は世界で初めて確認された、男の艦む…娘じゃねえな…何…まぁいいか。艦娘です」

「ええええええ!?」

「嘘ぉ!」

「嘘じゃねーって。マジマジ」

志庵は浜風の肩を引き寄せ、頭をぽふぽふとリズムよく叩き始める。

「まぁ戸惑うところはあると思うけどこれから同じ釜の飯を食う仲なんだ」

「ったいなぁ!いつまで叩いてるんだよ!」

浜風に手を払われるも、志庵はいたずらっぽい笑顔で返す。そのやり取りに、多くの艦娘が不機嫌な顔をする。文句を言ってはいるものの、浜風はそんなに嫌そうな顔はしていない。圧倒的に女の子が多い鎮守府内において、男同士というつながりは強いらしい。

「ひひっ。仲良くしてやってくれよ。じゃあ質問ある人ー…と、その前に。神通、摩耶だけ先に部屋に案内してやってくれ」

「わかりました。さ、こちらです」

「…」

無口なまま摩耶は頷き、前話に引き続き今週の秘書官の神通に続いて食堂を後にした。

「よし、じゃあ改めてこの3人に質問ある人!」

艦娘たちは摩耶のことを気にして少しざわついているようだ。

「はい!はい、はーい!」

そんな空気を知ってか知らずか、島風が元気に手を上げ、志庵の指名を待たずに喋り始める。目線の先にいるのは天津風。

「あなた、はやいの!?」

どことなく雰囲気の似ている彼女に対し、なにがしかのシンパシーを感じたのか。質問に対し、天津風は自嘲じみた声で答える。

「ええ。早いわよ。あんたよりは遅いけど」

「えー?なにそれ。速いのに遅いの?」

「あー島風、こいつはな」

志庵がフォローを入れようとするも、天津風が話し続ける。

「私はあんたに搭載された新型タービンの性能を試すために生まれた、言わばアンタの試作機。劣化版よ」

卑屈になる天津風を、島風はポカンと見つめる。

「気にしないでいいわ。前の鎮守府でもう言われ慣れてるから。アンタ(志庵)もそう思ってるんで…」

天津風がちらりと視線を向けた先にはニヤニヤと笑みを浮かべる志庵がいて、思わずギョッとする。

「な、なによその目…」

「いや、ね。俺ね~『試作機』とか『プロトタイプ』とかいう響き、大好きなのよね」

「はぁ?」

「そうだな…秋雲辺り知ってそうかな?」

突然指名され、慌てる秋雲。

「へ!?な、なにが?」

「ほら、ジオングの前身になったさ、ザクをなんかコッテコテにした…」

「サイコミュ高機動試験用ザクですか!?」

反応したのは秋雲ではなく那珂だった。

「お、知ってんだ那珂。とかね。そういう奴ほど活躍させてやりたくなるんだよね~」

「な、なにそれ!わけわかんないんだけど!島風よりも速力は劣るんだよ?どうせ実戦になったら中途半端な性能の私は鎮守府に置き去りにするのよ!」

「いや、でも速いのは間違いないんでしょ?」

「それはそうだけど!」

「何よ志庵、私のことは好きじゃないって言うの?」

島風が不機嫌そうに言う。

「いやいやそういうことじゃなくて、性能の差に関わらず活躍させてあげたいっていう話」

「ふうん。ま、いいけど。でもさ、そういうことなら、天津風は私のお姉ちゃんってことかな」

「はあ!?」

「そういう解釈もアリかもな。それになんだか気が合いそうじゃない、二人とも」

「やったー!私のお姉ちゃんだ!」

「ちょ、いやよ!おね…そ、そんな呼ばれ方されたくないわよアンタなんか!」

そう言いつつ顔が赤い。嬉しそうである。

「フム…なんだか賑やかな方たちでありますな」

キッ!と、叢雲や霧島など、普段割としっかりしたメンツがあきつ丸に厳しい目を向ける。

「あんた、まさか陸軍からのスパイじゃないでしょうね…」

「なな、何をおっしゃいますか!スパイなどと、決してそのような…!わ、私あきつ丸!海軍の拠点に身を置くからには、将…提督殿のご指示に従い!粉骨砕身していく所存でありまちゅ!」

そこここから笑い声。志庵もつい笑ってしまうが、顔を赤くするあきつ丸にフォローを入れる。

「フフッ、慌てすぎ慌てすぎ。そんなんじゃホントにスパイかなんかだと思われちゃうから。気ぃ張んないで、楽にしてよ。ウチはそんなに厳格にやってるわけじゃないから」

「は!精進するであります」

 まだ叢雲らは厳しい目をしたままだが、金剛が手を上げているので指名する。

「はい金剛」

「マヤーは重巡寮でマッツーは駆逐艦寮だとは思いますガ」

「誰がマッツーよ!」

天津風のツッコミを無視して話を続ける。

「アッキーとハマーはどうするのデスカ?」

「確かに…特に浜風さんは男の子ですし他の子と一緒という訳にはいきませんよねぇ…」

「でも一人きりもそれはそれでかわいそうだよね」

金剛姉妹がクラスでグループを作るときにハブられた奴を救済する会議みたいなことを言い出し、浜風は居心地悪そうな顔をする。

「あーとそれだけどね、まずあきつ丸は艦種的には空母に近いそうなんで、空母寮に入ってもらいます」

「あら、そうなんですか」赤城。

「よろしくね、あきつ丸さん」鳳翔。

「はい!若輩者でありますが、何卒よろしくお願いするであります!」

「で、浜風はまあ、そういう訳なんで俺と一緒の部屋に入ってもらいます」

食堂の空気が瞬時に凍り付いた。

「…何か問題でも」

「だ、だ、ダメに決まってんでしょこのクズ!か、艦娘と提督が同じ部屋なんて!非常識にもほどがあるわよ!」

「その制服は朝潮型の方でありますか!いくら規律が厳しくない場所とはいえ、上司に対して『クズ』はいかがなものかと思いますが!」

「霞よ!陸軍は黙ってなさい!」

「なっ!」

「霞!!」

珍しい、志庵の怒鳴り声が食堂に響く。

「今ここに立ってるのは誰?」

「え…」

「こいつだよ、こいつ」

「あ、あきつ丸…」

「そうだよ、名前は知ってるはずだよね?」

「…と、とにかく!あきつ丸は黙ってて!ダメよ、提督と同じ部屋なんて!」

「そ、その通りだ!」

「陽炎型なのだから寮が割り当てられておるじゃろう!」

あまり見ることのない怒った志庵に呆気にとられていた皆が、思い出したように文句を口にする。

「そんなこと言って、毎朝着替えんのにいちいち部屋出なくちゃなんないのもめんどくさいでしょ。うっかり着替え中に入ってバッタリでもなったら嫌じゃない?」

「そ、そうだけど…」

「あの、やっぱ俺…一人部屋でも平気だよ」

「じゃあ訊くけど、女の子ばっかりのこの空間で輪に入っていける自信ある?」

「…」

「だよね。すっごいわかるソレ」

そこここからヒソヒソが聞こえる。

「提督ってコミュ障なの?」

「今はだいぶマシになったけどね。最初のころなんて…」

聞こえない聞こえない。

「俺の部屋なら基本こいつら入り浸ってるし、割と早く馴染めると思うよ?天津風にあきつ丸も、暇だったら執務室に来てみてよ。退屈しないと思うから」

「ふん!」

「お心遣い感謝いたします!」

「む~…」

後に艦娘たちは、この日ほど自分が女であることを悔やんだ日はないと語る。

「提督、そろそろ聞いてもよろしいでしょうか。先程の摩耶のことについてですが」

「…あまり気持ちの良い話じゃないから短く済ますけど、前にいたところで妹…鳥海共々ずいぶんな乱暴を受けたらしい。今は鳥海も失って、心神喪失状態だ」

神通は一緒に書類を見ているため、すでに詳細を知っている。今は部屋で摩耶の相手をしているだろう。

「ひどい…」

「どうして世の中、そういうことする人が居るのかしら」

「まあ、知っての通りここは本州からツアーが組まれるくらい自然が豊かだし、(深海の連中と付き合いがあるおかげで)戦闘も少ないからね。摩耶にはしばらく、出撃せずに療養に努めてもらうから」

「「わかった」」

「「了解した」」

説明しなかった部分を補足するなら、摩耶が以前いたところは鎮守府ではなく、艦娘矯正施設というところだ。本来であれば素行に問題のある艦娘がそこに送られ、強制を受けた後に鎮守府に戻されるはずなのだが、いつのころからか命令違反などで用済みとされた艦娘が送られ、男たちの慰み者にされるようになっていた。提督奪還作戦の少し前にリンヒル・フィリプス提督によって悪事が暴かれ、摩耶たちは救出されたのだが、程なくして鳥海は発狂して自害してしまった。それ以来、勝気だった摩耶の性格は変わってしまったという。

「今晩は歓迎会するんで、皆で手分けして準備しましょうね。とりあえず、解散!三人とも、部屋案内するからついてきて」

「あ、志庵!お姉ちゃんは私が案内する!」

「お、そうか。じゃ頼むわ」

「誰がお姉ちゃんよ!いらないわよ案内なんか!」

「そんなこと言って、部屋の場所わかるの?」

「それは…」

「ホラホラ♪意地張んないで~、お姉ちゃん♪」

「わかったから、その呼び方やめないと怒るわよ!?」

 

「あきつ丸さんは私と加賀さんで案内します」

「加賀殿に似た格好のもう一人…もしや、噂の一航戦のお二人でありますか?」

「あら、ご存知なの?うれしいわ」

「こっちよ。来てちょうだい」

「嬉しそうね、加賀さん」

「き、気のせいです」

 

「じゃ、俺たちもいくか」

「う、うん…」

「あ、鈴谷も一緒に行くー!熊野もいこう!」

「そうですね。浜風君にいろいろ聞いてみたいこともありますし、よろしいですか?」

「あ、ぼ、僕も!」

「あら、じゃあ最上型皆で浜くんとお話しようかしら?」

「俺は良いけど。浜風は良い?」

「あ、は、はいどうぞ…」

「お~?女の子に囲まれて緊張してるのかな~」

「もう鈴谷、からかったらかわいそうだよ」

「……」(やっぱこの環境きついって…。噂には聞いてたけど本当に女の子ばっかり…。せめて提督とは仲良くなりたいけど…)

 

 

「じゃあ摩耶さん、6時にはぜひ食堂に来てくださいね」

「…うん」

扉を閉め、神通が出ていく。一緒の部屋には那智が入る予定だが、まだ食堂から戻っていない。

「…鳥海…また会いたいよ…」

 



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第18話 軍の犬

おやおや、何人かの艦娘が怪しくなってまいりましたよ?


志庵鎮守府工廠にて。

「おーう明石ー」

「あら、提督に浜風君。こんにちは。開発?」

新たに加わった(摩耶を除く)艦娘たちは早く鎮守府に馴染むため、くじ引きで順番に秘書官を担当することになり、その一人目が浜風だ。

「そ、今日もよろしくね~。ハマ、資料」

「あの、明石さん…これ、今日の開発のレシピです」

「はいはいっ…うん、魚雷のレシピだね。了解!」

資料をひらひらと手で弄ぶ。

「今日の妖精さんの機嫌はどうかな~?提督にもらった羊羹まだあったっけ…」

などと言いながら工廠の奥に去っていく。

「そろそろ昼だかんねー。ちゃんと時計見て休憩してよー」

「わかってるー」

ピョンッと、胸ポケットにいたセレンさんが工廠の床に飛び移る。

「私はここの妖精たちと、お前の装備の様子を見てくるよ」

「ウス。また後で」

トテトテとセレンさんも歩いていく。

「じゃ、俺たちも食堂行くか」

「うん」

 

食堂は食事時ということもあって、早く座らないと席がなくなってしまいそうなほどの賑わいを見せていた。賑わっているということは、食堂には今女の子が溢れかえっているということ。志庵はもうさすがに慣れたが、浜風は目の前の光景に思わず志庵の後ろに隠れてしまう。

「ハマ、席取っといて。飯運んでくるから。何食いたい?」

「え…そんな提督の手を煩わせなくても自分の飯くらい自分で…」

「お前単に俺のそば離れて女の子に囲まれたくないだけだろ」

「う゛…」

「気持ちはわかるけどさ、少しでも自分から話しかけられるようになんないと。基本艦娘はチームで動くんだから」

「そうだけど…」

「カレーでいい?」

「え、あ、うん」

「じゃあ俺飯とって来るから、場所取りお願いね~」

浜風の肩をポンと叩くと、志庵は人ごみに突入していった。

「お~う提督、お疲れさん!」

「隼鷹…もしかして今さっき起きた?」

「あっはっは~!いや、昨日は那智の奴とつい盛り上がっちゃってさ~」

 

「凄いなあ提督…。慣れか…」

浜風は食堂を見渡すと二人分空いている席を見つけ、意を決して人ごみの中に入っていった。各々ガールズトークに花を咲かす少女たちは、間をすり抜けていく浜風に気づく様子はない。席にたどり着いてから、はてと浜風は考える。

どうやって席を確保するのだろう。二つの椅子を占領するかのように腰掛けるべきか。手袋でも目印に置いておくべきか。提督から小物でも借りておけばよかったかなどと思考を巡らせていると、隣に複数の人の影が。

「すまない。隣は空いているか?」

「確か、浜風君ね」

大和と武蔵だった。大人の魅力が爆発している二人を前に、浜風はがちがちになる。

「あ、えと、ここに提督が座るので、ここじゃなければ大丈夫です」

「わかりました」

浜風は慌てて自分の正面の席を指し示したが、愚策だった。軽く会釈をし、大和は斜め向かいに座る。そして、武蔵は浜風の隣に座った。「艦隊これくしょん」をプレイしているほとんどの人は、武蔵の服装を知っているだろう。

思春期に入るか入らないかくらいの内気な少年には、少々刺激が強すぎる。浜風は武蔵の露出度の高い双丘に視線が行きそうになるのを、寸でのところで逸らした。

かくいう武蔵は、元々中将の下で兵器としての扱いを受けていた。ここにきて態度も軟化したとはいえ、その手の知識には疎いところがある。

「む…ちょっと失礼する」

混み合う食堂という環境を優先し、躊躇うことなく浜風に体を寄せていく。

「あ…うわうわうわうわ」

「どうした?」

「あ、いえ!なんでも」

「どう?ここの様子は」

大和が話しかけてくる。

「え…いえ、昨日の今日なので、まだなんとも…でもたぶん、雰囲気はいいと思います。軍の施設とは思えないような…」

「フフッ、確かにな。私も最初は提督と艦娘との距離の近さに驚いたよ」

「わたしたち、以前は別の鎮守府に勤めていたの」

「そうなんですか」

「既に亡くなってしまわれたが、こことはまるで正反対の提督でな」

「今になって考えると、厳しい人だったわね」

「うむ、だがその分だけ、あそこでは自分たちの実力にも誇りを持てていたな。…と、すまない。少し湿っぽくなってしまった」

「いえ、大和さんと武蔵さんのことを少し知ることができた気がして、よかったです」

「そう。ならよかったわ」

「…あの、まるで今は実力に自信がないみたいな言い方が少し気になったんですけど…」

「ん?あっはっは!」

「あ、いやあの、気に障ったならごめんなさい!」

「いやいや、それが全くその通りなんだ」

「もし空いた時間があったら、この鎮守府の訓練の様子を覗いてみたらどうかしら?ビックリするわよ」

 

打ち解けた様子で会話する大和たちと浜風を眺めて、志庵は少し微笑む。

「提督、カレーとお蕎麦、出来上がりましたよ」

「あ、はいはいどうも~」

 

「お隣良いかしら?」

「あら、赤城さんに加賀さん。どうぞ」

「失礼します」

山のような食料を持った赤城と加賀が、テーブルに着く。その分、席も詰めなければならなくなる。

「悪いな浜風、また少し詰めるぞ」

「え、あ、いやちょっと」

「すまないな、あの二人はいつもあの調子なんだ。お陰でテーブルが狭くてかなわん」

グイグイと、武蔵がその豊満な肉体を寄せてくる。

(提督早く戻ってきてぇぇ…!)

 

 

 

私は、中将のほかの提督をあまり知らなかった。だから、志庵提督だけがこういう人なのか、それともほかの提督もこんな調子なのかはわからない。ただ、初めてそれをされたときはビックリした。今日も提督は、出撃から帰った私をわざわざ港まで迎えに来てくれた。

「お帰り!夕立大丈夫!?」

「大破は私一人。タービンを損傷したけど、皆に引っ張ってもらって帰ってこれたっぽい。艤装の損失は…」

「報告はあとでいいから、早く入渠して!満潮も、皆も怪我がひどい奴から順に!」

そういって、提督は私の体にタオルを掛けてくれた。

「はい…あっ」

「あぶねっ」

怪我をしていた私はバランスを崩して転びそうになる。その体を、提督が抱き留めて支えてくれた。なんだか顔が熱くなる。

「ふう…一人で歩くのはキツイくさいな」

「すみませんっぽい…」

すると、満潮さんが不機嫌そうに提督から私の体を奪う。

「夕立は私が連れていくから、アンタは執務室に戻って初雪から報告聞きなさい。浜風、手伝いなさい!」

「お、俺!?」

「早くなさい!」

誰に抱えられても同じなはずだけど、何故かその時は提督から離れるのが名残惜しかった。

「そっか、任せた。初雪は無傷か、流石だね」

「駆逐艦四天王は…伊達じゃない」

フンっと両手を腰に当て、初雪は胸を張る。そうして会話をしながら建物に入っていくのを、私は眺めていた。

 

入渠施設の湯船につかりながら、私は提督の腕の感触を思い出す。この鎮守府に来るまでは知ることのなかった、優しく、あたたかな感触。できることなら、もう少しの間触れていたかった。

「なにか悩み事かい、夕立?」

隣の湯船につかる加古が話しかけてきた。小破だが、重巡である為入渠時間は同じくらいだ。

「怪我のことなら気にするなよ。レ級相手じゃ仕方がない」

「ぽい…」

加古なら、相談に乗ってくれるかな。

「怪我のことじゃないっぽい…」

「ふうん、夕立も戦闘のこと以外で悩むようになったんだ。なんか嬉しいな」

湯船のふちで頬杖を突きながら、加古は微笑む。

「あのね…」

 

「報告にはない…レ級が…いた」

「またか」

執務室で、志庵は初雪から報告を受けていた。

「たぶん…いつものやつ」

「あの海賊行為を行うレ級か?」

ドールハウス用のカップでコーヒーを飲むセレンさん。超かわいいけど、今は構わず初雪の話を聞く。

「今週でもう3回目ですよ」

「行動の範囲を絞り始めたのかもしれんな」

「ウチの艦隊を襲ったらメリットは少ないってことはもうわかってると思うんですけどね」

レ級率いる海賊深海棲艦は、過去に志庵とも交戦経験がある。妙なファミリー感があり、思わず見逃してしまったが。その後も度々ウチの艦隊が遭遇しているが、力任せな滅茶苦茶な戦い方に翻弄されて、なんだかんだで沈められずにいつも撃退でとどまっている。

「…」

初雪が何か考えていることに気づき、志庵は声をかける。

「初雪?」

「ん…何でも…ない。報告はそれだけ…」

「そう?ならいいけど。相談事があるならいつでも言ってよ」

「…ありがと、そうする」

回れ右をして執務室を出ていこうとするが、ドアを開けて立ち止まり、肩越しにこちらを振り返る。

「提督…」

「?」

「提督のコト…大事に思ってるから…」

それだけ言い残し、扉を閉めていった。

「なんだろ」

「ふむ…」

さすがのセレンさんも少し困惑気味だった。

 

廊下を歩きながら、初雪はレ級と交戦した時を思い出す。

『今日ハアノ男来テナイノカ?』

提督のコトを思い出しているときの、レ級の表情。嬉しそうで、楽しそうで…

「…お前なんかに…」

あんな危ない奴に、提督となんか会わせてやらない。提督は、もう海には出なくてもいい。提督としては十分すぎるほど、危ない目に遭って来た。これからは安全な場所で、私たちの帰りを待っていてほしい。

「提督は私が守る…」

いつも以上に薄く開かれた瞳に、光は入っていなかった。

 

 

夕立は入渠から上がり、食堂で食事をしながらテレビを眺めていた。食事。テレビ。昔の自分からは考えられなくて、少しおかしかった。でも、すぐにまた思考の渦に飲み込まれる。加古には結局、はぐらかされてしまった。自分はもっと提督のそばにいて、体温を感じたいだけだというのに。なにかおかしなことを言ってしまったのだろうか?もぐもぐ考えながら、ふとテレビを眺める。バラエティー番組のペット特集をやっていた。飼い主が、自分と同じくらいの大きさの犬と戯れている。それを眺めていて、私はピンときた。

 

「これだ…」

 

「夕立?」

「ゴメンね時雨、今日は先に部屋に戻ってて欲しいっぽい」

「何かあったの?」

「ちょっと提督に用事っぽい」

夕立はひょいひょいと残りの食べ物を口に放ると、駆け足で食堂を後にした。

「…なんなんだろう」

 

 

 

その日の執務があらかた終了し、執務室では志庵が最上と雑談し、セレンさんが胸ポケットで幸せそうにうたたねをし、ソファに座る浜風は志庵と最上のことをチラチラと見ながら、どのあたりで話題に入り込もうかと様子を窺っていた。ドアをノックする音が響く。

「はーいどちら様ー?」

「夕立です」

「入っていいよー」

ガチャリとドアが開き、姿を現す。夕立はただジッと志庵を見つめている。

「夕立?」

「わ…」

何か言ったかと思うと、突然夕立はまっすぐ走りだし、机を飛び越えて志庵を押し倒した。

「痛゛っ!」

「提督!?」

「夕立!どうしたのさ!?」

「わ、わん!」

夕立は鳴きまねをすると、志庵の顔をベロベロと舐め始めた。

「わ!ぶ、ちょ、汚…っ!くすぐったい…!」

脚の先まで鳥肌が走り、上手く力を入れられない。秘書官に助けを求める。

「は、ハマ!助け…」

「あ…なんかお忙しいみたいだから…俺、先に部屋に戻ってます」

「ハマアァァァァ!!」

どうにか体をよじり、夕立の顔を離して会話する余裕を作る。

「ぷは…夕立、どういうつもりだよ!」

「提督…。夕立、提督のペットになるっぽい!」

「…志庵」

いつの間にか目を覚ましていたらしいセレンさんが低い声を出す。

「アサルトアーマーの使用を許可する。やれ」

「ダメですよ!」

「ゆ、夕立!いいいいったいなんのマネさ!」

最上は顔が真っ赤だった。夕立は少し唸ると、今度は志庵に抱き付いた。

「夕立…もっと提督と一緒にいたいっぽい…」

「夕立…?」

「出撃から帰って提督が抱き留めてくれたとき…その後満潮に抱えられたとき、離れたくないって…。もっと抱いていて欲しいって思ったっぽい」

「いや…それと今さっきの行動とどういう関係が…」

「秘書官は皆一回りしないと回ってこないし…艦娘は自分の部屋で寝なきゃいけないっぽい」

「そりゃあね」

「ペットになれば、いつでも提督のそばにいられるっぽい!」

「なんでそうなるの!?」

夕立が再び顔をなめようとしてくる。

「飼い犬に顔を舐められると、ご主人はすごく喜ぶっぽい!」

「ク…この、最上!」

何か顔を赤くしてモジモジしながら、ブツブツ言ってる。そして決心したように拳を握ると、志庵の傍らに座り込んで、頭を低くした。

「わ、わん!」

「お前もかい!!!!」

「あ、わ、私のリンクスが…」

その時、執務室の扉が吹き飛んだ。三人とも一斉に扉の方を見る。

 

「何をしておるのじゃ?」

 

光のない目でこちらを見つめる雷、長門、曙、神通、川内、龍田、加賀、夕雲、島風、陸奥、時雨。そして鎮守府最強の艦娘、第一艦隊旗艦、利根。

「夕立が上機嫌で執務室に向かっておったから後を付けてみれば…ずいぶんと楽しそうじゃのう?」

「時雨…提督に迷惑をかけるのは良くないと思うよ…?」

今の今まで顔を赤くしていた夕立も最上も、深海棲艦のように真っ白になっていた。

「夕立も最上も…司令官も、今はPA(プライマルアーマー)展開しといた方が良いわよ?」

「べ、弁明の余地が欲しいっぽい!」

「慈悲はない」

 

執務室の壁が消失した。



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第19話 オータムクラウド

私の漫画もいつか世間に認められるといいなぁ…


風通しのよくなった執務室に、志庵、夕立、最上、浜風、セレンさんまでもが正座させられ、利根たちと向かい合っている。

「さて、事情を聞かせてもらおうかの?」

「いや、あれはその…」

「提督は黙っとれ。そして浜風!秘書官ならなぜ夕立を止めなかったのじゃ!」

「すみません…」

「ふ、二人は悪くないよ!」

「そう!私が提督を押し倒したっぽい!怒るなら私を怒って!」

「いや、まあ、強く押し返せなかった俺も悪いし…」

「もう、そんなところだとは思ったけどね~。だけど提督、こういう時にちゃんと叱れないのは、貴方の悪いところよ~?」

「はい…」

曙がため息をつき、口を開く。

「して、夕立は一体何がしたかったわけ?」

「…提督と一緒に居たかったっぽい」

「いや…それが何であの行動に結び付くの」

「テレビで…ペットの犬とご主人が抱き合ってて…」

「……あんたねぇ…」

発想がおかしいと叱ってやりたいところだが、一般常識が少々欠落している夕立が自分なりに考えた結果なのだろう。頭ごなしに否定するのもよくない。

「提督、とりあえずお主から処分を言い渡してくれるか?」

「あ?ああ…じゃあ、妖精さんと協力して壁直してもらえる?」

「あいかわらず甘いな、志庵…」

「性分なんで」

「わかりましたっぽい…」

「僕も手伝うよ」

「ぽい…ありがとう、最上」

扶桑がどこか妖しい面持ちで志庵を見る。

「それで提督…執務はどうなさるのですか?」

「ん?んー…まあ俺の部屋にも机はあるし…しばらくはそっちで作業するかな」

「よろしかったら、私どもの部屋をご利用してはいかがでしょうか」

「へ?」

他の艦娘たちが顔色を変えた。

「提督のお部屋にはいつも他の艦娘が入り浸っていますし…物も多くて執務に集中できないのではありませんか?」

「それもまあそうだけど…」

「待て扶桑!提督、長門型の部屋はどうだ?」

「そうよ提督。私たちの部屋ならラムネだってあるし、中々快適よ?」

「ダメです。陸奥と一緒の部屋にいては提督も爆発に巻き込まれる危険性があります」

「しないわよ!」

「提督、私たち一航戦のお部屋に来てはいかがでしょうか。提督は日ごろから艦載機の運用に苦心されているように思われます。私と赤城さんで的確にアドバイスいたします」

「貴方たちが部屋に常備してる食料を見たら提督が胸焼けしてしまいます」

「表に出なさい。鎧袖一触よ」

「加賀さんにしては面白い冗談ね。提督、夕雲型のお部屋に来てはいかがでしょうか?まだ私しかいませんし、広くて快適だと思いますよ?」

「司令官、雷のお部屋に来たらどうかしら!私がしっかりお世話してあげるわ!」

「雷さんにお世話されたら提督がダメ人間になってしまうわね。まあ…そうなった提督を私が救い出してあげるのもアリだけど…」

「提督、私の部屋に来て提督丼作ってよ!食堂のメニューにもあるけど、やっぱ微妙に違うんだよねー」

「コラ川内姉さん、それじゃ提督の手を煩わせるだけじゃない」

各々勝手に喋り進めているが、一通り意見を聞いて志庵は一つの結論に達した。

「うん…俺の部屋が一番静かそうだな」

「「ええー!?」」

 

 

駆逐寮のある一部屋。霞を手伝いに迎え、一心不乱に原稿に筆を走らせる艦娘が一人。秋雲である。何故霞が手伝いなのかというと、志庵に影響されて絵を描き始めたもののそれを本人に知られないように、同じく絵を描く秋雲を隠れ蓑にしているわけだ。秋雲はというとそれを承知の上で「いいアシスタントが付いて好都合」ぐらいにとらえている。

この日も秋雲は鎮守府内で月1連載しているストーリー漫画を描き進めているが、どうにも筆が遅い。どうしたのかと霞が様子を除いていると、遂に筆が止まってしまう。

「ヴァ~~~~~!ダメだ!描きたいのはこんな顔じゃない~~~~!」

筆をおいてのけぞりながら秋雲がうめく。霞が原稿をのぞき込むと、そこには眉間にしわを寄せる主人公の絵が。

「いつも通りの絵じゃない。何が…」

「あ~~~違うんだよ~~~~!描きたいのはもっとこう…いぶかしげで、でもなんか…まだ一縷の望みを孕んでるような…う~~~~霞!ちょっとモデルになって!」

「はあ!?モデルって、え…」

「ほら、いつもの不機嫌な顔になって!それからほんの少し、1~2%くらい笑顔を含ませるような感じで!」

「そんなのわかるわけないじゃない!」

「う~~~」

秋雲はいよいよ泣きそうな顔になる。

「ちょ…ちょっとそんな顔しないでよ…!めげずに納得がいくまで描き直せばいいじゃないの」

「う~…こんなんじゃいつまでたっても提督の漫画に追いつけないよー!」

運動は中の上、料理はレシピがあれば出来る程度、頭は提督としては及第点+閃きレベル、歌はカラオケに行けば上手と言われる位と、広くとても浅い才能を発揮する志庵が、中でも抜きん出て得意とするもの。それが漫画である。

 

 

志庵の漫画が鎮守府で広まり始めたのは、提督として着任してから間もない頃。志庵がブラック提督ではないことが証明されたものの、全面的な信頼とは至っていない時だった。

ある日の深夜、川内は何処ともなく鎮守府内をブラブラ歩いていた。ふと、志庵の私室から明かりが漏れているのを見つける。

こんな夜更けに何をやっているのか?次の出撃の作戦?勉強?提督も男、艦娘には言えないコトをやっているかも…

 

弱みを握るのも面白いかもしれない。

 

その日の執務を終え、自室に戻った志庵は段ボールの上に原稿とペンを広げ、黙々と作業に耽る。別にどこに投稿しようとか、プロを目指しているとかいうわけではない。ただ楽しいから、ペン入れからベタ塗りまで最後まで仕上げる。着任前からコツコツと描きためていたネームが仕上がり、筆はノリにノッていた。

どこから侵入したのか、志庵の肩越しに作業を見つめる影が一つ。

「なーにやってーんのっ」

「くぁwせdrftgyふじこlp」

川内は段ボールの上の原稿をヒョイと摘み上げる。

「へー、提督こんなの描いてんだー。ウケるー♪」

「ちょ…返せ!」

志庵も装備を外している時は、基本的に普通の人間である。川内から原稿を奪い返そうとするも、ヒラヒラと躱される。

「恥ずかしがらなくてもいいじゃーん、絵ぇ上手いじゃん提督!てか、マジで上手くない?ずっと描いてんの?こういうの」

「ま、まぁ…子供の頃からずっと描いてるから、少しは…」

「へー…。てかさ、最初に料理してた時にも思ったけど、提督の趣味って女子みたいだよね」

「うるせ!いいだろ、自由な時間に好きなことやったって。お前らの艤装が船だった時代とは価値観が違うの!」

因みに、志庵が来て割とすぐに簡易的な遊戯室を用意してお絵描きの道具もある程度揃えてあったりするが、利用率は低い。

「…もういいだろ!返せよ!」

耳まで真っ赤である。

「次のページ見せてよ」

「まだ描いてない」

「え〜?…あ、ねね、こういうのってさ、あの…お話の下書きみたいな奴があるんでしょ?」

「ネーム?」

「そうそう、それ!見せて見せて!」

「や、やだよ!」

「見せてくれたら他のみんなには黙っといてあげるよ?」

志庵は渋い顔をしながら、足元にまとめてあったネームをページ順に並べ直し、川内に渡した。

「ほうほう…へー、こんなんになってんだ。ふんふん…」

原稿の作業に戻ろうと思ったが、気になって集中出来ない。諦めて休憩することにした。川内はというと、なんだか複雑な顔をしながら読み進めている。つまらないのか?それならすぐに読むのを止めるだろう。理解できないところがある?質問もしてこない。

何ですかその顔。

やがて読み終えて、ネームを足元に置いた。立ち上がり、部屋を出ようとする。

「え、無理やり読み始めといてなんか無いの!?」

「…馬鹿にしようと思ってたのに、普通に面白くてつまんない」

なんじゃそりぁ。

「あ、川内!誰にも言うなよ!絶対だからな!」

「さあねー」

当然の様に言いふらされた。その結果、駆逐艦を始めとして艦娘たちが少しずつ志庵の部屋を訪ね始め、志庵も漫画を見せることに抵抗がなくなっていき、遊戯室は志庵の真似をして絵を描く駆逐艦達が使う様になり、そのうち配属された秋雲の提案もあって製本して遊戯室に設置する様になって、秋雲とともに志庵の漫画は鎮守府内で流行り始めた。

 

 

ストーリーは好き嫌いだし、描く人間も違えば描くジャンルも違う秋雲と志庵の漫画を比べること自体ナンセンスだ。それでも鎮守府内での話題の上がり方に、秋雲は提督との力の差を感じていた。

一つの絵を描くことそのものは、秋雲のタッチの方が艦娘達の好みを捉えてると言える。内緒で志庵をモデルにしたイラストをお願いされることもある。しかし、前後の流れからくる微妙な表情の変化、コマ割りによる漫画のリズム、絵の邪魔をせず雰囲気を助長する効果線や効果音の配置やカメラワークなど、漫画そのものの完成度は志庵の方が上だった。

「どうしたら良いんだろう…」

「めんどくさいわねアンタも」

「…」

そのまま、秋雲は部屋を出てしまった。

「あ、ちょっとどこ行くのよ」

 

今日も今日とて、志庵は執務を終えて漫画に勤しんでいた。以前は暇さえあれば漫画の作業だったが、艦娘側から「もっとコミュニケーションを」という要望が増えたため、日中の作業は一日置きに時間を決めて、後は他のみんなが寝静まった深夜に進める形になっている。

「しかし、一生懸命だな」

机の隅で寝転がりながら作業を眺めていたセレンさんが呟いた。

「まあ、好きなことですからね」

「こっちベタ終わったよー」

「あんがと」

川内は時折、作業を手伝いに来てくれている。

「わぁ、凄い…」

同室の浜風が覗き込んできた。

「ん…そういや、ハマが来てからは漫画描くの初めてか」

「うん、初めて見ました。凄いなあ…絵、上手ですね」

「あ、ありがと…」

未だ、褒められ慣れていない。

「やっぱ、子供の頃から絵は上手かったんですか?」

「全然。みんなと同じ様なぐちゃぐちゃな絵ぇ描いてたよ」

「えー、嘘ぉ!絶対嘘!」

「あまり謙遜するのは美しくないぞ」

「いや、ホントですよ。よくさ、友達とかに、上手っぽく描こうとして…シャッシャッて何本も線引いてる奴いなかった?」

「いました」

「俺の描き方、基本的にアレよ?あれと同じ」

「マジですか?」

「うん。ずーっと描いてるから、この辺に線を引けば良いのかな?みたいなのは成長したと思うけど、基本的には下手だから。絶対に下書きが無いと描けない」

 

気がつけば、志庵の私室の前に足が向いていた。

「秋雲?クズ提督に用があるの?」

「ううん、用は済んだ」

「済んだって…部屋に入ってもいないじゃな…」

「戻ろ、霞!作業再開するよ!」

「え?ちょ…」

 

私は、昔から絵が上手くて、それが自慢だった。艦娘になって妖精さんの加護で観察力が強化されたことで、さらに増長された。

それにかまけていた。

提督の漫画が面白いのは、好きで好きで、ずっと描き続けているから。自分が見下していた、絵の汚い周りの男の子。そんな人でも、描き続けていれば人々を魅了するところまでたどり着けるんだ。

「負けないんだから…!」

作業に向かいながら、秋雲は久しぶりに笑った。



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第20話 位置について

時々シリアスに傾きそうになることもあるけれど、この小説は基本的にギャグです。


今日も、神通さんと一緒に外に出かける。

「先日入った林がありましたよね?あそこをまっすぐ抜けると、港が見渡せる丘があるんですよ」

「港…」

「ええ、視界が開けてて、とても気分が良いんです」

向かいの廊下から、白い軍服をだらしなく着た男が歩いてくる。

男。

「あ、提督」

提督。私と鳥海をどん底に突き落とした存在。

「よっす」

私は返事を返さず、ただ睨み付ける。提督は苦笑いと一緒に肩をすぼめる。

わかってる。こいつはあの提督ではない。でも同じ“提督”。同じではない、けど、こいつの匙加減で私たちはどうとでもなる。それが提督。どこに行っても変わりない。

「お前らも出かけるの?」

提督は神通さんに語り掛ける。

「ええ。提督も?」

「うん。最近体動かしてなかったからさー、ちょっと気晴らしに」

「フフ、またスタジオに?」

“提督”の近くにいるのが嫌で、私は神通さんの袖を引く。

「神通さん…早く、港…見たい」

神通さんは少し呆気にとられたような顔で、そしてすぐに優しく微笑んでくれた。

「では。提督、お気を付けて」

「ん。夕飯までには帰って来るのよー。ってね」

「フフフ…」

 

たどり着いたのは、本当に綺麗な、草原の丘。一方ではうっそうとした緑が佇み、もう一方では深い青を抱く一面の海。また視界をずらせば、向こうの方で人々の営みがうかがえる。まるで、この世のすべてを見ているような…

そこまで思い至ったところで、涙が止まらなくなる。

「摩耶さん…」

「ゴメン、神通さん…少し一人にさせて…」

神通さんは優しく瞬きを一回した後、丘のふもとの方に姿を隠した。

「鳥海ぃ…っ、なんで居なくなっちまったんだよぉ…!」

 

 

「えー、君たちに今一度、『休暇』の意味とその目的とするところをご教授してあげようと思いますが」

週に一度の休みでスタジオとカラオケを梯子しようとしていたところに護衛だなんだと言ってついて来ようとするセレンさんやら明石やら如月やらに言い放つ。

「『休む暇(いとま)』と書いてあるように、日ごろ出撃だ執務の手伝いだなんだで体力を消耗している君たちが少しでも回復できるように、体を休ませる時間を設けたものであって、その時間をわざわざ俺の護衛なんかに費やすことは推奨しません」

「いいじゃーん、カラオケ連れてってよー!オフの那珂ちゃんを堪能できるチャンスだよ☆」

「カラオケに連れてってほしいなら最初からそう言えよ」

「でも提督、最初からそんな言い方したら絶対連れてってくれないじゃないですかぁ」

「まあね」

俺はカラオケには『「熱唱」』しに行ってるんだから、皆には見られたくないに決まってるだろ。個室でマイクを握り締めてうずくまって頭を振りながら歌ってる姿なんて、鈴谷ら辺が見たら「キモーイ☆」を割とマジなトーンで言いかねない。

「以前にはステージまで用意してみんなの前で熱唱していたじゃないか。今更だろう」

「セレンさんやめて、あれは蒸し返さないで」

軽い黒歴史だから。

「そうですよ提督、もぉっと近くで提督の歌ってる姿が見たいわぁ」

「どうせその後はスタジオでドラム叩くんでしょ?あたしベースもってくからまたセッションしようよ!」

「いいだろう、ついて来い」

セッションするのは楽しいからいいよ。いくらでも来い。

その後街で合流した暁型4姉妹も連れてカラオケに皆で行ったけど、あれだ、ね。小さい子がいる家ではDVD見るタイミングとか選んだ方が良いね。

いや、イヤらしいビデオとかは持ってませんよ?ただ、ロックバンドのライブって、腰振ったりとかそういう動きやったりするじゃないですか。俺が見てるビデオを暁とかも覗いてたみたいでしてね、マネするんですよ。マイクスタンド(ないけど、エアで)の部分を握って、上下に擦ってみたり。何もわかってない(と思う)駆逐艦たちはただ盛り上がってましたけど、店出てから明石とセレンさんに軽く怒られました。

あと、やっぱりみんながいてあまりハッチャケられなかった。

 

それから暁たちとは別れて、スタジオに入る。カウンターのおっさんが気を効かせて、大人数で入れるスタジオを貸してくれた。

「わー、すごーい…」

そういえば如月は街のスタジオに入ったことはなかったっけ。

「鎮守府のスタジオよりもきれい…」

「そりゃ、あっちは地下室改造しただけのカビ臭いところだからな」

明石がベースを取り出す。新しいベースだな。メーカーは…「AKASHI」…聞いたことないっつーか、「あかし」って

「明石、そのベースって…」

「うん?フフフ、前のベースをうっかり壊しちゃってさ、せっかくだから、分解して研究して一から作ってみちゃった」

「一から…」

「ああ、ご心配なく。材料は廃材からとってるから」

「ああ、まあ…そっか」

前に廃材から自転車作ってたこともなかったか?そのうち鎮守府から独立でもできそうだな。

「つか、俺らはセッションするけどさ…お前らどうするつもりなの」

「じゃあ那珂ちゃん、二人の演奏に合わせて歌っちゃいまーす☆」

「いや、アタシらがやるのジャムセッションだから歌も何もないんだけど」

「那珂ちゃんを侮らないでいただきたい!」

いや、どうやって入り込む気なんでしょうか…

「…如月は?」

「私は見てるわよ。演奏なんてできないし…見てるだけでも楽しいわよ、きっと」

と、そこで俺が閃く。

「じゃあさ、みんなで如月に楽器教えるってのは?」

「え?でも、何もやったことないし…できるかな」

「大丈夫!那珂ちゃんも最初は楽譜だって読めなかったから!」

「実際、ボーカルはプロでも楽譜読めないって言う人は結構いるみたいだしね」

「つーか、別に上手になれって言ってるわけでもないし。そこで俺たちがギャンギャンやってるのただ眺めてるよりは、如月も退屈しないでしょ」

「…それもそうね!」

「やりたい楽器…ってもベースかドラムしかないけど。どっちがやってみたい?」

「じゃあ…」

結局両方を順番に如月に教えた後、何故か「ズルい」とか言われて那珂にもドラムを教える羽目になった。ただ、まあ、素人丸出しでドラムセットに囲まれてる感じはなんとなく可愛かったです。なんだろう、赤ちゃんがベビーカーに乗ってるのを見てる気分?それも違うな。まあいいや。セレンさんはプロデューサー気分で俺たちの演奏を見てくれてました。で、スタジオを出たら暗くなってたので帰宅。

「楽しかったー!」

「如月、初めての割に結構叩けてたじゃん」

「そ、そうかしら?わたしもドラム始めてみようかしら…」

「いいねぇ、カッコいいんじゃない?もしそうなったら提督に新たなライバル出現だね」

「あっ俺、工廠にいく予定だったんだ」

「そっか。じゃ、私たちは先に食堂に行ってるわね」

「おす。じゃ、行きましょうか、セレンさん」

「…ああ…」

?なんか急にセレンさんのテンションが下がったな。まぁ、行くか。

 

「あ、ていとくさーん」

「おーっす。調子はどう?」

志庵が見に来たのは、妖精さん達によって復元が試みられている、自分の装備の様子だった。志庵に対しては、艦娘の装備ではないために再現には数週間かかるかもと言われていた。実際には、もっと早く再現は可能だった。しかし、すでに2回、志庵の命の危機を目の当たりにした第1艦隊の面々の希望に沿って、作業ペースを遅らせていたのだった。「再現不可能」と言わなかったのは、すでにVOBなどの再現例があるためだ。だがそういった艦娘たちによる思惑とは別に、装備の再現は思うように進んでいなかった。

「…りろんじょうはいぜんのそうびとどうていどのしゅつりょくをはっきできるはずなのですが…」

「やっぱり、動かないのか…」

「はい…」

「妖精さん達が気に病むことはないよ。もともと無茶言ってんのは承知の上だし」

そう言って志庵は妖精さんの頭を撫でる。

「焦る必要もないしさ。暇な時にでもゆっくり進めてくれればいいよ」

「は、はい!ありがとうございます!」

「なぁ、志庵…」

胸ポケットのセレンさんが不安げな声で呼びかけてくる。

「この装備は…やはりなくてはならないのか?」

「セレンさん?」

「N-WGIX/Vももういないのだ。それに、本来戦うのはお前ではなくて艦娘たちの役割だろう」

セレンさんの声はだんだん涙声に代わる。

「彼女たちばかりに戦わせたくないお前の気持ちもわかる。しかし、それでもしまたお前に万が一のことが…あんなことがあったら…わたしは…っ!」

むせび泣くセレンさんを、志庵は手の平でそっと包み込む。

「本当に怖かったんだ…!あのとき、目の前で身じろぎ一つしなくなったお前を見ていて…!」

「別に…戦うために装備を作ってるわけじゃないですよ」

「…本当か?」

「海の上に浮かんでるのが気持ちいいんです。あの感覚をもう一度味わいたくて…」

「志庵…」

 

嘘をついた。言ってみれば、アイアンマンを作りまくってた社長の感覚だと思う。もしも、またACが悪意をもって転生してきたら。ACじゃない、もっと恐ろしい奴が人類を攻めて来たら。艦娘だけで対抗できるのか?彼女たちが沈んでいくところなんて見たくない…。

「あれー?」

気の抜けた妖精さんの声が工廠に響き渡る。

「まやさんのあしのぎそうってだれかせいびしてますー?」

「してないよー?」

「そこにないのー?」

「ないよー」

「提督!」

今度は神通が飛び込んできた。神通は摩耶を診てたな…。もう嫌な予感しかしない。

「摩耶さんが…鎮守府のどこにもいないんです!」

 

 

波と風の音だけが聞こえる、海の上をまっすぐ。行く当ては、どこでもない。この世のどこにもない。

 

頭の中に走る感覚。

 

私の逝きたい場所。その導き手が、この感覚の先にいる。

 



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第21話 ヨーイ

超平和主義はどこに行ったのでしょう。

今回のイメージは、デストロイモードとゾイドのジークです。


鎮守府の外側には、万が一に侵入者などが入ったときのために監視カメラが設置されている。これはどの鎮守府に行っても共通する防犯設備だ。およそ1時間前、「脚の艤装だけを付けて」出港した摩耶の姿が捉えられていた。

 「申し訳ありません!わたしの管理が甘かったためにこのようなことに!申し訳ありません!」

 ひたすら頭を下げ続ける神通を皆があやす。

 「俺たちも逃げだすとは考えなかったんだ。神通だけが悪いわけじゃない」

 「そうだよ。落ち着いて神通」

 志庵が神通の頭を撫でると、少し落ち着いた様子になる。

 既に水雷戦隊を編成して捜索に向かわせた。事態は一刻を争う。

 

 

 ただ、感覚が導くまま、航行を続ける。視線の先に「あるもの」を見つけると、摩耶は静かにほほ笑んだ。

 (なんとなく進んで遭遇するなんて、アタシ本当に死にたがってんだな)

 

 

 「…!電探に感有り!」

いつになく真面目な表情の初雪が叫ぶ。編成は初雪を旗艦に天龍、不知火、曙、霞。志庵鎮守府四天王が揃い踏みである。

 「数は!」

 「11時の方向…一つと、そこから前方に離れて5つ!」

 「早くしないと敵と接触します!」

 

 

「キヒヒ!ナンダオ前!何デ装備モナシニ海ニ出テル!?」

戦艦レ級。戦艦でありながら姫と同等クラスの力を持つ、海の悪魔。返事を返さない摩耶を見て、レ級は勝手に結論に至る。

「ワカッタ!捨テ艦ッテヤツダロ!ソウカソウカ可愛ソウニ」

微塵もそう思ってはいなさそうに、楽しげに喋り続ける。やがて、砲を携えた尻尾を摩耶に向けた。

「ジャア私ガシッカリト深海ニ送リ届ケテヤラナイトナ!」

 

 

「やば…もう始まってる」

目視圏に入り、天龍があることに気づいて志庵に通信を繋げる。

「提督、レ級だ!」

『なんだって!?』

「やつら、摩耶で遊んでやがる…!」

レ級のほか、一緒にいる駆逐艦たちは摩耶が死なないギリギリを見極め、機銃を放ったりしているようだ。

「こンのおおおおおお!」

通常ならば狙えるはずのない距離。だが、四天王の曙ならば牽制ぐらいは可能だ。摩耶に主砲を放とうとしたレ級を弾が掠める。全員で威嚇射撃をしながら接近し、どうにか摩耶とレ級達との間に入ることに成功した。近くで視認し、更にあることに気づく。

「アンタ…この間のレ級…!」

「アハ!マタオ前タチカ!」

自分を守るように立ちはだかる初雪たちに、摩耶は戸惑う。

「みんな…なんで…」

「助けに来たに決まってんでしょ!?このクズ!」

「ナアー、ソイツ返シテヨー。沈ミタガッテンダカラ好キニシテイイダロ?」

「司令官命令…だから…連れて帰る」

「なんで…提督がアタシのことを…」

勝手に出撃したアタシのことなんて放っておけばいいのに。なんで助けようとした?性のはけ口にするため?周りの艦娘でいくらでも代用できる。わからない。わからない。提督なんて…

「司令官ッテアノ男ノコトダロ?ジャアアイツヲ連レテキテヨ!アイツト遊ブノ楽シカッタンダ!」

「クソ提督があんたなんかに会いに来るわけないでしょ。馬鹿じゃないの?」

「…ソッカー、ダメカー…」

レ級はいじけた様に水をパチャパチャと蹴って歩き始める。

「オ前ラヲ殺サナイデ返シテヤレバ、ソノ内会イニ来テクレルカモトカ思ッテタンダケド…」

目の色を変え、睨み付ける。

「モウイイヤ。殺シチャオ」

え?という間もなくレ級は曙との距離を詰める。至近距離で放たれた主砲は曙を…

沈めるには至らなかった。志庵との訓練の中で鍛えられた感覚はギリギリで致命傷を回避したが、艤装は大破して使い物にならなくなった。

「オ前ソンナモンダッタッケ?マ、イイヤ。次」

「クソ…」

「曙…!」

初雪の脇腹に尻尾が叩きこまれそうになるが、初雪はあえて突進、尻尾を脚で受けて後方に跳躍。それと同時に主砲を放つことで反動を殺した。逆立ちの状態で着地するも、そこから雷撃することで隙をなくし、更に反動を利用することで体勢を立て直した。

「ハハ!オ前面白イナ!」

いつも初雪を見ているから、わかる。今日の初雪は絶好調だ。それでどうにか立ち回る程度。

「こいつ…今まで本気で俺たちとやってなかったのか!」

「玩具ハ乱暴ニ扱ウト壊レチャウカラナ」

 

 

無線から伝わって来る。自分の脳みそが導き出す、最悪の状況。周りで一緒に無線を聞いていた川内は何か悟ったようにうつむき、神通は力なく壁にもたれ、長門は海図に手をついたまま動かない。志庵はひたすら思考を回し続ける。今から出港して間に合う船は?島風?天津風?無理だ、それでも遅すぎる。あるとしたら…

思い至ったとき、志庵は駆け出していた。

「提督!?」

 

工廠の片隅、作業台に眠る装備。

「ていとくさん!」

「だめです!これはまだうごいたことがないんです!」

妖精さんの制止を無視して手作業で体に装着していく。すべて装備を終えると、港に向かって走り出す。

「よせ、志庵!」

セレンさんの声を背に、海に飛び込む。案の定装備はピクリとも反応せず、そのまま志庵は海に落下した。

「提督!?」ただならぬ様子に、いつの間にか工廠にはほとんどの艦娘が集まっていた。その中から利根が海に飛び込み、志庵を引き上げる。

「落ち着け馬鹿者!動かぬ装備などただの重しにしかならぬ!」

「ダメなんだ…!」

利根の腕から逃れようと、天龍達の下に向かおうと、志庵はもがき、海の向こうに手を伸ばす。その様子を見ている誰もが、涙をこらえられなかった。

「あいつらは…天龍も摩耶も曙も…皆、こんなとこで沈んじゃダメなんだよ!」

「志庵…!」

「提…督っ…!」

おもわず、利根は志庵を抱きしめた。

「もう良い…お主は今までよく頑張った…!今までがむしろ奇跡だったんじゃ…!あの化け物との戦い…深海棲艦の大群との戦い…あれで一人もかけることなくやってこれたのが奇跡だったんじゃ…!」

尚も海を睨み続ける様子の志庵の横顔に、利根は呼びかけ続ける。

「指揮を執っていれば、いつかこういうことも起こり得るのはお主もわかっておるじゃろう?だから…たのむ…もう、お主は海には…!」

ふと、志庵の手が利根の肩をつかむ。

「…ダメなんだよ…」

「提督…」

「あいつらいくつだ?まだ人生の半分も経験してないやつらばっかじゃねぇか…」

今工廠に集まっている全員の中、同じ意見を持つ者は、艦娘ではなかった。

もしも妖精でなくて元の姿でこの世界に転生していれば、結婚して子供がいてもおかしくない年齢だっただろう。志庵と同じ、彼女たちに経験してみてほしいことは、山ほどある。辛いこと楽しいこと。何も知らないままさよならなんて、悲しすぎる。もし、それがいま助かる可能性があるのなら。その可能性が、自分なら。志庵の装備と共にこの世に転生してきた、自分であるならば。

「まだ沈んじゃダメなんだよ…!」

「提督…その装備、どうしたにゃし?」

志庵の装備が、緑色の光を放っていた。

「うぇ?」

「セレンさん!?」

「どうしたの!?」

吹雪の声がした方を見ると、同じく光を放ち、うずくまるセレンさんの姿。

「志…庵…」

「セレンさん!?」

「私の名を呼んでくれ…」

「へ?」

「あと…少し…何かのきっかけがあれば…また…」

「セレンさん…?」

「私の名『だけ』を叫んでくれ!志庵!」

志庵はうつむくと、大きく息を吸い、そして空に向かって叫んだ。

「セレン・ヘイズ!!」

その時、セレンは緑色のまばゆい光に姿を変えて飛び上がり、志庵に降り注いだ。

「きゃ!」

「わあ!」

余りの輝きに、艦娘たちが声を上げる。その中、志庵の装備は唸りを上げ、関節を補助するボルト状の装甲は勢いよく回転し、内部装甲は光を放ち、カバーがスライドすることでその輝きを見せつけるように強調する。それを見て艦娘たちはもとより、作った妖精さん達も戸惑いを隠せなかった。

「だれですかあんなきこうつけたの!?」

一人が呼びかけるも、皆首を横に振る。志庵はというと、利根の手から離れ、再び海上に浮かび上がっていた。

「…行ってくる」

「ま、待て!」

艦娘たちが駆け寄ってくる。

「吾輩も連れて行ってくれ!」

「榛名も!お供します!」

「扶桑も準備はできています!」

「陽炎、いつでも行けるよ!」

「神通にも責任を取らせてください!」

志庵は、ただ微笑みを返した。

「悪い、急がなきゃいけないから」

志庵は海に体を向け、OB(オーバードブースト)を吹かして姿を消していった。

「また…お主は海に出るのか…」

爆音が去った工廠に、利根の言葉だけが残った。

 

 

初雪と霞は天龍に、曙は摩耶にしがみついて、ようやく浮かんでいる状態だった。

「もういいよ皆…アタシを置いて逃げて」

「…!馬鹿言ってんじゃねえ!」

「こうして助けに来てくれただけでも、嬉しいよ…。出撃もせずに島を歩き回ってただけで、勝手に出港して皆にも迷惑をかけて…アタシには、水底が似合いだよ」

 

水底が似合う。

その言葉を聞いたとき、天龍と霞はある希望に触れた気がした。

そうだ。あの時。そう言い放った利根は生き残ったんだ。「奴」に助けられて

 

『良く言った』

通信に志庵の声が入ってくる。無線とは違う、戦闘時に使われる近距離通信。嬉しくなり、あえて天龍は「前回」と同じ反応で返した。

「てめぇ…そりゃどういう意味だ!?」

『今の台詞はオッツダルヴァが敵に言い放つことで自分に死亡フラグを建てたセリフだ。それを自分に向かって言うということは…』

緑の輝きを放つ物体が、高速でレ級の傍らを横切る。それを見たレ級も、これ以上ないような笑みを浮かべた。

「ヤット来テクレタ…!」

レ級達と天龍達の間でQB(クイックブースト)で高速反転し、レ級を睨み付ける。

「敵の死亡フラグだ」

 



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第22話 ドンって言ったらスタートしてくださいね

「どうなってんだ!?提督の装備は動かないように妖精さんに…!」

「天龍!」

曙に諭されて、天龍は慌てて口をふさぐ。それとほぼ同時に、敵の方から悪寒のようなものを感じた。

 

新しいおもちゃを見つけた子供のような。

大好きな人を見つけた少女のような。

獲物を見つけた獣のような。

 

何と表現すればいいのかわからないような不吉な笑みを浮かべて、レ級は砲を構えた。

笑い、砲を構え、撃つまでに1/10秒もかからなかったが、すでにその射線上に志庵はいなかった。巻き込まれそうになっていた摩耶を抱えたまま、QB(クイックブースト)を噴かす。

 

「きゃ!ちょ…」

 

よけられたことに気づいて虚空を眺めたその一瞬の隙に、レ級は横からOB(オーバードブースト)のタックルを食らう。

志庵は慌てて出てきたため、武装を持ってきていなかった。そもそも、今回の目的は敵の殲滅ではなく、摩耶を連れ戻すこと。

「みんな、離れて!」

志庵の指示を理解した天龍たちが、志庵から全速力で離れていく。レ級は、逃がすまいと距離を詰めようとする。

味方を巻き込まない最高のタイミングで、アサルトアーマーを放った。海ごと抉り取った緑色の光が徐々に弱まっていく中、志庵が、ぼそりとつぶやいた。

 

「…アホみたいな装甲しやがって…」

 

天龍たちも気づく。大破してこそいるが、レ級はまだ沈んでいなかった。

 

「司令のアレに耐えるなんて…!」

 

自力航行は困難になったレ級だが、絶えずに笑い続ける。

 

「アハハハハハハハハ!ヤッパリオ前トヤリアウノ楽シイ!」

 

狂ったように笑い続けるレ級を一瞥し、志庵は振り返ってその場を後にした。

 

「アレ?何ダヨ、モウ行ッチャウノカ?モット遊ボウヨー、オーイ」

 

レ級が無理やり動こうとするたびに、徐々に体が海に沈んでいく。つるんでいた深海棲艦たちが慌てて支えるその光景をしり目に、志庵も天龍たちのもとに向った。

 

 

「司令…戻ってきた」

 

初雪の言ったとおり、間もなく夜明けを迎える薄ら明るい空の下に、見慣れた影が確認できた。その影は次第に大きくなり、はっきりと志庵の姿になって彼女たちの前に現れた。摩耶を抱っこした状態で。

 

「司令…!」

 

真っ先に初雪が志庵に駆け寄り、腰のあたりに顔をうずめて抱き着く。

 

「おっと…」

 

「摩耶さんは無事?」

 

この通り。といった感じに摩耶をみんなに見せる。

 

「ただ、自力航行はできないみたいだから、だれか運んでやって」

 

「っ、いい加減に放せ!」

 

理解の範疇を超えた志庵の戦いを間近で見たせいか先ほどからきょとんとしたままの摩耶だったが、落ち着きを取り戻したのか、志庵の腕を振り払って海に降りた。しかし、航行できない状態の体は勢いのまま海に転がり、慌てて志庵が支える。

 

「触るな!」

 

「摩耶…!」

 

「なんで助けたんだよ!」

摩耶の発言に、沈黙が生まれる。

 

「アタシはここに沈みに来たのに…!危険な目にあってまで助けに来なくてもよかったのに!」

 

志庵の腕から逃れようと暴れるが、志庵は腕の力を強める。

 

「つらいんだよ!何かしてても、どこに行っても、妹のことが頭をよぎって…!きれいな景色を見たって…いつか鳥海と、一緒に経験したかったって…!」

摩耶の目からは涙が溢れている。それを見た志庵は、思わず抱きしめた。

 

「放せよ…!男なんか…!提督なんか…!」

 

「俺には…妹がいなくなる気持ちとか、男が怖い気持ちとかわからないけど…」

 

気づくと、志庵も涙を流していた。

 

「俺にも兄貴はいるけど…もし俺がお前の妹と同じ立場だったら、生きてる兄貴には幸せになってほしいって…そう願うと思う」

 

「なら…アタシのこの気持ちはどうすれば!」

 

「…妹のことを思わない姉なんて、きっといないよ。だからさ…楽しいこととか、いろんな経験してさ、いつか妹に自慢してやれよ」

 

目の周りを赤くした摩耶が、志庵の顔を見上げる。

 

「自慢…?」

 

「そ。妹が聴いたら、絶対にまた生まれ変わってやるって、そう思っちゃうぐらい飛び切りの自慢話…ここの連中となら、きっとできるよ」

 

また俯き、しばらく黙りこくった後に、一言。

 

「バッカみたい」

 

 

「なっ…」

 

「けど…男の人にあんなにやさしく抱きしめられたの…初めて」

 

「……え?」

 

摩耶は妙に熱っぽい瞳で志庵を見上げ、ニヤリと笑った。

 

「…責任とれよ?」

 

と、言った瞬間、志庵の装備が輝きを失い、元の重いだけのガラクタに戻った。当然、志庵は沈みそうになり、航行不能の摩耶も引き込まれそうになる。

 

「うわっぷ…!」

 

「え…ちょっ!」

 

周りの艦娘が慌てて二人を支える。

 

「そ、そういえばクソ提督!その装備はなんなのよ!?妖精さんはまだ『動かない』っていってたんじゃ…」

 

自分たちが開発を遅延させてた部分をごまかし、志庵に尋ねる。

 

「いや…確かに動かなかったはずなんだけど、セレンさんの名前叫んだらなんか動いた」

 

「な、なによそれ…」

 

「訊かれてもねぇ…?」

 

霞に抱えられている志庵の胸ポケットには、気を失っているのか目を閉じたままのセレンさんが収まっていた。

 

「とりあえず、帰ろうぜ?無事に摩耶は回収したんだしよ」

 

「…ごめんな、みんな…」

 

「無事だったんだから、もういいわよ」

 

鎮守府に戻ると、摩耶と志庵はきつ~い説教を食らった。

 

 

その、夜。

「動かないはずの装備が起動したのか…」

「妖精さんが約束を破ったとかじゃなくて?」

「問い詰めたけど、それはなかったみたい」

「おまけに、妖精さんがつけた覚えのない機構まで動いてたって…」

「鎮守府から飛び出した時の速度を見ただけでも、想定した100%以上の力を発揮してるそうよ」

「セレンさんの力…?」

「やっぱり邪魔ね。妖精のくせに、提督にベタベタして…」

「やめなさい。私たちはあの人にも救われた身なんだから」

「そういえば摩耶も…」

「そうだと思うわ。あの顔は」

「…危険ね。新入りで要注意なのはそれだけ?」

「一応聞くけど…浜風君は?」

「大丈夫でしょ。かなり仲は良いみたいだけど」

「ちょっと羨ましいかも」

 

 

「おっはよ、提督」

松葉杖で歩く摩耶が挨拶してくる。

「お…歩き回って平気なの?」

「まぁまぁ、少しならね…おっと」

摩耶はわざとらしくよろめくと、志庵の腕に組みついた。

「えへへーっ」

なんだこいつ…態度ガラッと変わりすぎだろう。心の中で志庵が突っ込む。

「おい貴様…けが人なのだからおとなしく引きこもっていたらどうだ」

志庵の肩に乗っていたセレンさんが不機嫌そうに言う。

「あらー、いつもの妖精さん…セレンさん、だっけ?昨日はありがとな」

セレンさんは結局、一晩寝たままだった。翌朝は何事もなかったように目を覚ました。

「あら、おはようございます提督」

廊下を歩いてきた神通が挨拶をする。

「おはよ」

「おっはよ、神通さん」

摩耶に声をかけられたとたんに、その穏やかな笑顔に一抹の陰りが生じた。

「?」

そのまま挨拶を返さずに神通は松葉杖を拾い上げ、再び顔を上げた時にはまた穏やかな笑顔に戻っていた。

「ほら摩耶さん、これ。必要でしょう?」

「ん、ああ、ありがと…」

手渡すその瞬間、神通の瞳は真っすぐに摩耶の瞳を見つめる。表情こそそのままだが、あからさまな覇気に摩耶は思わず固まった。やがて視線を切ると、軽くお辞儀をして去っていった。

「…摩耶?」

冷や汗をかく摩耶に対し、不思議そうに志庵が声をかける。どうやらあの覇気は、摩耶に対してだけ向けられたものらしい。

 




というわけで、摩耶姉ぇも無事提督LOVERSの仲間入りです


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第23話 時計の音

修羅場って難しいね


他愛のない、執務の合間の休憩時間。神通はこれまでの摩耶の経過をまとめた書類を届けようと志庵の自室を訪れ、中の様子にため息をついた。

「…提督に初雪ちゃん、何をしているの?」

 

「昼寝」

 

「…同じく」

 

志庵はソファの椅子部分を背もたれに、背もたれ部分を椅子にと言ったあべこべの状態で。初雪はソファの背もたれに布団を干したような姿勢でうつぶせに横たわっている。

「提督!お昼寝するのならちゃんとお布団で寝てください、艦娘の皆に示しがつきません!初雪も!女の子なのだからそんなはしたない恰好しないの!」

 

「うぃ」

 

「は~い…」

 

二人とも渋々と言った様子で体を起こし、背伸びをする。

志庵と初雪は趣味こそ違うものの、本質の所では結構気が合うのである。一方、初雪と神通は気が合わない。その様子はそれぞれの戦いのスタイルで明確に出ているだろう。

 

初雪は志庵鎮守府駆逐艦四天王の一角として仲間内はもとより、演習を行ったことのある鎮守府にも知られている程に優秀である。それでも駆逐艦四天王最弱に甘んじているのは、その驚異的な才能がいつも発揮できるわけではないから。普段はあくまで、他の艦娘と同じく教わった通りの動きをするのだ。ピンチに陥るからか、調子がいいからか、才能発現のタイミングは自分でもわかっていない。一例として、ある鎮守府と演習を行った時の一場面。

一瞬だが孤立した初雪に対し、相手の戦艦が2時の方向から攻撃。初雪は、目の前に主砲を発射し、反動で大きくのけぞることでこれを回避、発射した弾は相手の雷巡に命中し、中破。発砲した反動で倒れていくその一瞬の中、足元に無音潜行で迫っていた潜水艦に主砲を発射、水面近くにいた潜水艦はそれで大破。主砲の反動でキリモミ回転する初雪は、その勢いのまま敵艦に主砲を数発発射。当然狙いなど付くはずはないが、それならばと敵の進路を妨害するコースに撃ち、味方の攻撃をサポート。

こんな戦い方、誰に教わる訳もない。志庵と訓練しているうちに形成された我流のいわば喧嘩スタイルである。その時一緒に戦っていた神通に感想を聞いたところ、不機嫌そうに「確かに…素晴らしい戦果ですね。まるで曲芸でも見ている気分でした」と言い放ち、この時に志庵は二人が気が合わないことを知った。

神通はというと、終始一貫して教本通りの戦い方をする。それだけ聞くと柔軟性のなさそうな発展性のない戦い方に聞こえるが、それでも極めれば「しっかり狙う」「しっかり当てる」「しっかり躱す」「しっかり周りに気を配る」。才能に偏らず、普遍的に誰もが生き残る確率を上げることのできる、理想的な戦い方と言えるものになるのだ。

詰まる話、初雪の調子がいい時の戦い方はトリッキー過ぎていざという時に味方からのサポートがしづらい。そして初雪自身、いつ発揮できるのかわからないその才能を頼っていることがそこはかとなく感じられるのが神通は気に入らないのだ。

そして、志庵はどうか。彼の強さというと、ACfaから受け継いだ装備の性能に目が行きがちだが、強さの秘密はそれだけではない。彼は時々装備の出力を押さえて艦娘と訓練するときがあるが、それでも大概勝利する。

海面に漂う小石。魚群。岩礁。波。漂流物。ワカメ。

あるものは何でも使う。勝つためなら手段を問わない、ある意味姑息ともいえるスタイルで艦娘たちを手玉に取り、深海棲艦との戦闘( )でも作戦を成功に導く。しかし、この才能もまたいつも発揮されるわけではなく、初雪のように時々、偶発的に閃くのだ。馬鹿だが、天才。勉強は苦手なくせに、こういうところに頭が働く瞬間を艦娘たちは皮肉を込めて「提督に悪魔が宿った」と呼び、時折実践される教本からまるっきり外れた作戦に神通は度々複雑な顔をする。

神通と合わないから二人は気が合う、という訳ではないが、二人が「やるときはやりたいようにやる」という似た本質を持つあくまで一例である。

 

神通に見られているからか、志庵は欠伸を噛み殺して机に向かい、時計を確認すると、ちゃぶ台に向かって執務を再開する。執務室はまだ直っていない。初雪はというと、執務をしている志庵の背中に背負われるような状態でもたれかかってきた。

「初雪?」

 

「司令官…温かい」

 

「…まぁ、人肌だからね」

そう言って片手間に初雪の頭を撫でながら、執務を続ける。

 

チッ

 

「ん?」

どこかから時計の針のような音がしたと思って、志庵は顔を上げる。が、そこには不機嫌そうな神通の顔があるだけ。なにか機嫌損ねるようなことしたかな、俺。口を開こうとしたら、その前に自室のドアが開いて浜風の次の秘書官、天津風が入ってきた。因みに浜風は今外出中だ。

「ふん、女の子に囲まれていいご身分ね、司令官様?」

 

「天津風」

苦笑いで返そうとした志庵を遮るように、神通が冷たい声を出した。あまりの迫力に、天津風はもとより志庵の表情も固まる。

「提督の執務再開よりも遅くに休憩から帰ってきておいて、その言葉遣いはなんですか?」

 

「あ、いや、その」

 

「何か言い訳でも?」

 

「いやあの神通、俺が勝手なタイミングで執務に入っただけだし、天津風はなにも…」

 

神通は天津風をただ睨み付ける。

「ご…ごめんなさい…」

 

その言葉を聞くと、不機嫌な顔を崩さないままため息を一つ漏らした。

「提督のお言葉に免じて今回は大目に見ましょう。今後は提督の御傍で執務の手伝いをできる光栄さを強く胸に刻み付けて秘書官に臨みなさい」

 

「は、はい!」

 

「それから初雪」

 

神通は視線を初雪に向ける。初雪はもたれかかった状態のまま神通を見る。

「それでは提督の執務の邪魔になります。早く離れなさい」

 

志庵は仕方ないといった感じで初雪にアイコンタクトすると、初雪も名残惜しそうに背中から離れた。

「…そ、そういえば神通、その書類届けに来てくれたんじゃないの?」

 

「はい。こちら、これまでの摩耶さんの経過観察の報告書です」

 

「ども」

 

志庵は受け取った書類をぱらぱらとめくる。

「あいかわらず見やすいね、神通のまとめた書類は」

 

「いえ、当然の仕事をしたまでです」

 

「ありがと。預かっとくよ」

 

「はい。では、これで失礼します」

 

神通は回れ右をして部屋から出て行く。去り際にもう一度、天津風に視線を送りながら。

「…天津風、大丈夫?」

 

「別に、平気…じゃなくって、も、問題ありません…」

 

「あはは…まぁ、ちょっと神通の気が立ってたみたいだな、うん。いや、俺はそんなに気にしないから。最低限ちゃんとやってくれるんならそんなに固くならなくても、ね」

 

「…ふん」

 

 

 

気に入らない。

初雪が…いや、駆逐艦の子がああして甘えてくることに、提督は抵抗しない。当然だ、相手は子供なのだから。きっと自分があんな風に甘えても、提督は緊張してすぐに距離を取ってしまうだろう。

だが、私は知っている。駆逐艦の子たちが、それを理解していて提督にああして甘えていることを。彼女たちを前に提督はあまりに無防備で、そして彼女たちは提督が思っている以上にしたたかなのだ。

当然、ライバルは駆逐艦だけではない。度々夜の提督の部屋にお邪魔して、料理をご馳走になっている川内姉さん。迷惑そうに見えて、お互い楽しそうに音楽の話をする那珂姉さん。提督とデートしたという天龍。天龍を応援しているようで、密かに思いを寄せていることが見て取れる龍田。猛烈なアタックを繰り返す長門に金剛。付き合いも、旗艦として頼られた期間も最も長い利根。etc…

けど、いつかは理解してほしい。いつでもそばにいて邪魔にならず、かつ的確に気を配り、面倒を見、そして命を懸けてお守りできるのは他でもない、この神通なのだと。

 

「志庵さん…いつか、気づいてください。でないと私…」

 

 

「司令官、手伝う…」

 

「おう…って、初雪が?」

 

「私だって、やればできるし…」

 

初雪は、また心持、体を志庵に近づけた。

 



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