バシャアと水を被せられ、俺は目を覚ます。
「ん、んぐっ」
徐々に意識が覚醒する。
如何やら俺がいる所は何処かの民家の一室のようだ。
状況を確認するため、動こうにも動けない。
縄で拘束されているようだ。一体誰が?
「ボス、コイツ目ェ覚ましたみたいっすよ」
声のする方向に目を向けると、目だし帽を被った男が、ヨレヨレのスーツを着た壮年の男に告げていた。
「おお、そうかい。なら、テレビをつけてくれ」
「はい」
壮年の男の近くにいた、下っ端っぽい男が部屋のテレビをつけた。
そこに映っていたのは――
『第二回モンド・グロッソ決勝戦、開始まであと五分に迫りました』
――第二回モンド・グロッソだった。
壮年の男が告げる。
「君を誘拐したことは在独日本大使館を通じて日本政府に伝えてある。ただし、織斑千冬に伝わっているかは不明だ。もし彼女が決勝戦を敗退すれば君は助かる。もし彼女が優勝すれば君はこの地の土となる。君の生死がかかった試合を君も見たまえ」
ここまで言われて俺は思い出した。
今日は第二回モンド・グロッソの決勝戦。
ホテルに籠っていることに飽きて、見に来たんだった。
席を探している時、いきなり背後から襲われ、よくわからない薬を嗅がされて、意識を失ったんだ。
おそらく、日本政府はこのことを千冬姉には決して伝えないだろう。
もし伝えたのなら、決勝戦をほっぽり投げてでも探しに行くことが目に見えているからだ。
だが世間はそれを許さない。
世間にとっては織斑千冬の二連覇>織斑一夏の命なのだ。
それは、俺が技術家庭以外の教科で劣っていることとこの世界が女尊男碑であることが関係している。
女尊男碑が進んだこの世界では俺は織斑千冬の付属品であり、ステータスを下げる邪魔者でしかないのだ。
その為、熱狂的信者は事あるごとに俺を排除しようとする。
こんな世界にはもう飽きた。
だから――
――別に殺されても構わない。
『シールドエネルギーエンプティ―。勝者、日本代表織斑千冬』
如何やら、遂にお別れが決まったようだ。
壮年の男は懐から拳銃を取り出し、俺に向ける。
それと同時に、部屋に備え付けられている大きな鏡に円と六角形で構成された魔方陣らしきものが浮かび上がる。
なんじゃありゃ?まあこれから死ぬ俺には関係ないのだろうけど。
「じゃあな、織斑一夏君。もし何か最期に言い残すことがあれば君の遺言として聞くよ」
それはありがたい。遠慮なく言わせてもらおう、最期くらい。
「七たび生まれ変わり、必ずや――」
俺は最後まで言い切ることができなかった。
何故なら、目の前であり得ないことが起こったからだ。
「マテリアルペースト」
壮年の男の後方からそう聞こえた瞬間、三人の男全員が体中の穴という穴からピンク色の液体を流れ出し、バタバタと倒れていったのだ。
そして、三人の男が斃れた後には見たことのない二人の男が立っていた。
一人は二十代後半くらいで、銀色の短髪、眼鏡をしていてトレンチコートをきている。
もう一人は二十代前半くらいで、オールバックの青髪、右手にオートマチック式の拳銃を持っている。
トレンチコートの男が俺に近寄ってくる。
俺の目の前に止まり、腰に差していた日本刀を抜いて俺を拘束していた縄を斬る。
そして問い掛けた。
「魔法世界に興味はないか?」
魔法。
それはラノベやおとぎ話の産物であり、普通に聞けば、この人頭大丈夫?となるわけだが、あの摩訶不思議なことを見せられた後だと、そうはならない。
むしろ、納得できる。
だが三人の男を殺すことに躊躇が無いように見えた。おそらく、このトレンチコートの男は殺し合いを経験しているのだろう。
はいと答えれば、きっと巻き込まれる。
でも、それでもいいと思った。
この世界に飽きていたから。
だから、俺の答えは決まっていた。
「はい、あります」
と。
「そうか。俺の名は鷲津吉平。向こうの世界ではトレイラ―って組織で五格をしている。で、俺の隣にいるのが百格の輝一和久。俺等トレイラ―はウィザードブレスを始めとしたⅭ7(セブンス・コミュニティ)と戦争をしている。君はこの世界の住人としては珍しく、強い魔法使いになれる可能性が高い。詳しいことは教えてやる。だから――」
トレンチコートの男――鷲津吉平は、一拍おいて俺に手を差し伸べた。
「俺達と一緒に来ないか」
「はい、よろしくお願いします。俺の名は織斑一夏です」
こうして俺は、鷲津さんと輝一さんに連れていかれ、鏡を潜り、魔法世界へと旅たった。
オリキャラ解説
輝一和久(てるいち・かずひさ)
系統魔法 回避魔法:分析回避(マジカルアナリスト)
破壊魔法:質量破壊(フィジカルドライヴ)
化身:オートマチック式の拳銃
地位:トレイラ―百格
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