イザナが奪う! (グラサン髭坊主)
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第一話 息子が奪う!

 

 

 ――謀日、正午。

 

 かつては強大な国力を誇り、現在においてもその広大な領土を維持しつつ、様々な異民族との抗争を繰り広げている帝国。

 そんな国の首都である帝都に、その中央にある宮殿の一角にて、とある二人の男達が何事かを話し合っていた。

 

「――フム。つまりは、私の護衛である皇拳寺羅刹四鬼のうち、スズカとメズの二名を護衛に欲しい、という事ですか?」

 

 片方は壮年の男性で、不健康そうなふくよかな体型にもっさりとした髪と髭。そんな彼の手には揚げたてのドーナッツが大量に入った紙袋が抱えられており、会話の合間にもそれらをヒョイヒョイと口に運んで咀嚼している。

 

 この人物こそ、今はまだ幼い皇帝陛下を影から意のままに操り、私腹を肥やしながら国全体を崩壊へと導いている諸悪の根源、オネスト大臣である。

 

 

「……はい。羅刹四鬼でもトップの実力をもつイバラさんと、最も強靭な肉体をもつシュテンさんの二人がいれば、平時の護衛としては十分でしょう?」

 

 それに対するは、大臣とは正反対に引き締まった身体をもつ美形の青年だ。

 やや癖のある頭髪を後頭部でまとめ、顔には痛々しい程に目立つ斜め一文字の傷跡。腰には得物であろう一振りの刀を差しており、その佇まいから高い実力を有している事が窺える。

 

「うーむ。彼らには近々、ある人物の護衛を任せようとしていたのですがねぇ。……まぁ、イザナの頼みなら仕方ないですかねぇ 」

 

「ありがとうございます、()()

 

 そう言って、大臣に頭を下げる青年、イザナ。

 彼はオネスト大臣を父にもつ、正真正銘血の繋がった親子である。

 

「いいんですよ。大切な息子の頼みなのですから。……ただ、私からも一つばかり頼み事があるんですけどねぇ?」

 

「もちろんいいですよ。自分にできる事であれば何でも言って下さい」

 

「そうですかそうですか! いやいや、イザナは本当に父親想いの良い息子ですねぇ」

 

「当たり前でしょう? 多忙なシュラ(にい)が留守にしている間は、自分が頑張らなければいけないんですから」

 

 実は現在、イザナの双子の兄であるシュラはとある理由から帝国から離れている為、彼はその分まで大臣である父の事務仕事等を頻繁に手伝っているのだ。

 更には戦闘能力も高く、特に剣術については天性の才能をもっているので、イザナを高く評価する人物は宮殿内でもかなり多い。かのブドー大将軍ですら、大臣の息子という事実を踏まえつつも一目置いている程である。

 

 ――ただ一点だけ、厄介な性格を除いてではあるが。

 

「……因みに、どうしてスズカとメズが護衛に欲しいのですか? イザナ程の実力があれば、護衛など必要ないでしょう――」

 

 

 

「それはもちろん、彼女達が美しい女性だからですよ! 一目見た時から、常々自分の側にいてほしいと思っていたんです!」

 

 

 

「――って、ああ。やっぱりそうでしたか……」

 

 何気なく聞いた質問に、 満面の笑顔で答える息子(イザナ)を見て、やれやれといった感じに溜め息をつく父親(オネスト)

 

 イザナのもつ唯一の厄介な点。

 それは、あらゆる美女、美少女に対して独占欲が強く、それ故に女癖が悪いというところである。

 

 関係をもった女性は数知れず、地方の町娘から貴族の令嬢まであらゆる美しい女性を手込めにしてきているのだ。

 時には半ば強引に関係をもった女性もいたのだが、最終的にはイザナの完璧なアフターケアと、その後の熱烈なアプローチによって彼に惚れ込み、愛人の一人となった女性も少なくない。

 

「あー、別に彼女達との恋愛は自由ですが、それに伴う厄介事は極力控えなさい。いいですね?」

 

「大丈夫ですよ。安心して下さい。……ところで、父上のお願いとは一体何なのですか?」

 

「ああ、そこまで難しい事じゃありませんよ。ちょっとばかり面倒事ではありますが、イザナにとっては簡単なお仕事です――」

 

 

 

 

 

「――ってな訳で、情報ではそろそろ来る予定の筈なんですが……」

 

 それから数日後。 

 何やら殺し屋やら殺人鬼やらで騒がしかった帝都を離れ、イザナはとある辺境の村にやってきていた。

 村の住人達はいたる場所で力無く倒れ伏し、今にも死んでしまいそうな状態である。このような悲惨な出来事も、彼の父親であるオネスト大臣の影響なのだろう。

 そんな村に彼がやってきたのは、この村を通りかかるであろうある人物に会う為であった。

 

 大臣(いわ)く――。

 

『――私にとって邪魔になりそうな人が、今この帝都に向かってきているんですよ。なので、イザナにはその人が()()()()()()()()して貰いたいんですよねぇ?』

 

 ――との事だ。

 

 つまりは、その人物が帝都に着く前に消して欲しいのだろう。簡単に言えば、これは暗殺の依頼という事だ。

 

「まあ、大事な父上の頼みであれば、聞かない理由はありませんからね。……スズカさん、メズさん。周囲の状況はどうですか?」

 

 イザナが独り言をこぼしながらそう尋ねると、音もたてずに二人の女性が背後に現れた。

 顔に傷跡のある黒髪の女性と、健康的な褐色肌の女性。彼女達こそが、彼の新たな護衛となった皇拳寺羅刹四鬼の二人、スズカとメズである。

 

「んーと、馬車が一台に、護衛の兵士達が十数名の一団が近づいてきてるね」

 

「どう考えても、アレの中に目的の人物がいるのは間違いないっしょ?」

 

「そうですか。では、早速参りましょう」

 

 彼女達の言葉を聞いて、軽やかに走り出すイザナ。そんな彼に一瞬遅れながらも、そのすぐ後を素早く追いかけていく二人。

 三人の走る速さはかなりのもので、かなり離れていた筈の馬車までの距離を、五分とかけずに走破し馬車の前へと立ち塞がる。

 すると、馬車の中から一人の少女が槍を手にして現れ、それと同時に周囲にいた護衛の兵士達が馬車を守るように展開していく。

 どうやらかなり練度の高い護衛のようだが、イザナが注目していたのはそこではなかった。

 

「……スズカさん、メズさん。お二人は護衛の兵士達をお願いします」

 

「へっ? イザナさんはどうすんのさ?」

 

「自分は、あの美しい少女の相手をしますよ」

 

「……ああ、了解した。それじゃあそっちは任せるよ?」

 

 イザナの言葉にどこか納得の顔を見せながら、スズカが完全に迎撃準備を終えた護衛達に駆け寄っていく。

 それを見た護衛達も、それぞれの得物を構えて取り囲むように彼女へと殺到していった。見た目から彼女が得物を所持していないと判断したのか、槍を構えた者達を先頭に武器の間合いを活かして戦うつもりらしい。

 

「――でも、甘いよ?」

 

 そう言うと同時に、スズカが自身の爪を伸ばし、先頭にいた十人の命を刈り取った。そのあまりにも早すぎたその攻撃により、絶命した全員が何をされたのか分からないといった表情を浮かべたままである。

 皇拳寺羅刹四鬼は様々な修行を重ね、更にはレイククラーケンという危険種の肉体をも食べる事によって、身体のあらゆる部分を自在に操作する事が可能となっているのだ。

 スズカの場合は自身の爪を強化し、更にそれを伸ばす事によって護衛達を瞬時に貫いたという訳である。

 

「こ、こいつらかなり強いぞっ!?」

 

「ま、まだ人数はこちらが上だ! 体勢を――」

 

「――はい、よっと!」

 

 残った数名の護衛がスズカから距離を置こうとしたその時、一番スズカから離れた場所にいた護衛二人を褐色の腕が貫いてた。

 スズカのすぐ後ろにまで近づいてきていたメズが、身体操作を利用してその両腕を槍のように伸ばして攻撃したのだった。

 

「これで、おしまいっと!」

 

「ぎゃっ」

 

「グゲッ」

 

 更には、同じ要領で片足を長く伸ばし、その脚で鋭い回し蹴りを放つ。あまりの速さに残りの護衛達は抵抗さえ出来ぬまま、全員揃ってその首をへし折られてしまった。

 

 この間、僅か三十秒の出来事である。

 

「……そ、そんな。この人数差を瞬く間に、しかも、たった二人だけでなんて」

 

 最後に残された槍を握る少女、スピアにとって、目の前で起こった事はとても信じがたい現実であった。

 彼女は父である元大臣のチョウリの護衛として付き添っており、何度かあった賊の襲撃にも他の護衛達と共に難なくこなしてきたのだ。

 しかし、そんな歴戦の仲間とも言うべき護衛達は、たった今全滅させられてしまった。それも、二人の女性達のみの手によって。

 あまりの出来事にスピアは得物を握ったまま膝をつき、呆然とした面持ちでそれらを眺めていた。

 

「さて、戦うその姿すら凛々しく美しいお嬢さん――」

 

 そして、今彼女の目の前には、その二人を従える青年がにこやかに佇んでいる。その優しげな瞳はしかし、今の彼女にとっては恐ろしいものにしか見えていない。

 

 そんな風に、我に返ったものの怯え始めるスピアに対して、その対象となっている青年、イザナは。

 

 

 

「――少し、これからの事についてお話をしませんか?」

 

 

 

 妖しい微笑みを浮かべたまま、彼女に手を差し伸べた。

 

 

 



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第二話 新たな護衛を奪う!

 

「――皆さん、ただいま帰りましたよ」

 

 あれから約三日後。

 イザナと他の者達は彼の自宅に到着していた。

 自宅といっても帝都の一等地に建つかなり立派な洋館であり、流石は大臣の息子といったところである。

 

「……あっ、お帰りなさい、イザナさん」

 

 そんな館でイザナを最初に出迎えたのは、丁度玄関を通りかかった黒髪の眼鏡をかけた少女だった。

 

「ただいま、ウーミンさん。留守の間に問題はなかった?」

 

「はい、特には。……ええと、その後ろの女性は――」

 

「あ、そうそうウーミンさん。今から寝てる()達以外の皆を呼んできて貰えないですか? 今日から仲間になった彼女を紹介したいんですど……」

 

「――また、連れてきたんですね。分かりました。先に皆さん食堂で待っていて下さい。丁度夕食の時刻も近いですし、一緒に食事をしながらにしましょう」

 

「はい。それじゃあお願いしますね?」

 

 ウーミンと呼ばれた少女はそうイザナに笑顔で頼まれ、やれやれといった風な苦笑を浮かべながら立ち去っていった。どうやらこういった事は今までに何度もあったらしい。

 彼女を一旦見送ったイザナ達は、後から現れた館の侍女達の案内によって、揃って食堂へと移動した。

 その食堂も立派なもので、内装に使われている家具や装飾品など、売れば数ヶ月は遊んで暮らせる程の最高級の物ばかりである。

 

 それから待つ事暫く。食堂の入り口からぞろぞろと美女、美少女が入ってきた。

 その大半は食事の配膳の為に現れた侍女達であり、洗練された動作でテキパキと食事の準備を進めていく。

 そして、先程イザナと話したウーミンが食堂に現れ、それから(まば)らにではあるが、この洋館の住人であろう者達も次々と姿を見せ始めた。

 食事の準備が終わり 、全員が席に着いたところで、上座の位置にいたイザナが口を開く。

 

「……では、皆揃ったようですね。まずは食事の前に、この館の新しい仲間を紹介しましょう」

 

 そう言って彼はその場に立ち上がると、近くに座っていた女性も立たせてにこやかに紹介し始めた。

 

「――今日からこの館の一員となった、スピアさんです」

 

「……よろしく、お願いします」

 

 

 

 

 

 ――時間は三日前まで(さかのぼ)る。

 

「――少し、これからの事についてお話をしませんか?」

 

 イザナがそう口にした直後、スピア達が護衛していた馬車から一人の男性が現れた。

 

「ま、待ってくれ! 娘にだけは手を出さないでくれ!」

 

「ち、父上っ!?」

 

 馬車から飛び出して駆け寄ってきたのは、帝国の元大臣でありスピアの父親でもあるチョウリだった。

 すがるように叫ぶその声に、半ば呆然としていたスピアも我に返り、大切な父のもとへと走り出す。

 

「この老いぼれの命が欲しいならばくれてやる! その代わり、娘の命だけは助けてくれ!」

 

「な、何を言うのですか!? ここで父上が死んでしまえば、この帝国の行く(すえ)は終わりを迎えてしまうのですよ!」

「……確かに、この国をどうにかして救いたい。だが、その為に娘の命を見捨てるなど――」

 

「――えっと、すみませんが少々よろしいですか?」

 

 親子が話し合っている中、つい待ちきれずにイザナは二人に声をかけた。その声に反応して、チョウリとスピアは今の状況を思い出し、強ばった表情で彼に視線を向ける。

 

「とりあえず、チョウリさん。貴方が帝都へ『来られない』ようにしろと、自分は父上であるオネスト大臣にお願いされているんですよ」

 

「……思い出した。見覚えのある顔だと思ってはいたが、あの大臣の息子か。そして、お前は大臣の放った刺客という訳なのだな」

 

「貴様のような輩に、父上を殺させなどしない!」

 

 イザナの言葉を聞きどこか納得した様子を見せるチョウリと、その発言に憤り槍の穂先を向けるスピア。

 しかし、彼女が構えたその槍は、今まさに守るべき父親(チョウリ)の手によって下げさせられてしまう。

 

「なっ!? 父上、どうして!」

 

「この男、イザナの剣術は帝国でも屈指の実力なのだ。いくら槍の得意なお前でも、彼には決して敵う事は無いだろう」

 

「そ、そんな……」

 

 まだチョウリが帝都にいた時、たった一度ではあったがイザナの鍛練を見る機会があり、彼の武術の才能を目の当たりにしていたのだ。

 故に、皇拳寺の槍術皆伝であるスピアであっても、戦えば必ず負けるという結果を容易く予想する事が出来たのである。

 

「……まあ、別にチョウリさんを殺さなくても大丈夫ですよ?」

 

「何だと?」

「つまり、貴方が帝都に『来られない』という事ならば、別に生きていても問題は全く無いんです。もしこちらの要望に応じて、更に二度と帝都には来ないというのであれば、貴方を殺すのは諦めますよ?」

 

 唐突に提案してきたイザナの話の内容に、チョウリは少しだけ思案したもののすぐに答えを出した。

 

「……………………そちらの要求は、何だ?」

 

「ち、父上――」

 

「簡単です。貴方の護衛でありるスピアさん、自分の護衛としてこちらに下さいませんか?」

 

「――って、え、えっ!? 私ですか?」

 

 予想外の要求に、目を白黒させて驚くスピア。チョウリも似たような反応を見せており、そんな二人をイザナは楽しそうに眺めている。

 

「な、何故、娘なのだ?」

 

「スピアさんは美しく、そして武術の才能も十分にあります。そんな彼女を地方でずっと過ごさせるには、あまりにも勿体ないではないですか。安心して下さい。チョウリさんには自分から信頼出来る護衛をつけますし、帝都での彼女の生活は私が保障しますよ」

 

「だが、大切な娘の命と引き換えに生き延びるなど……」

 

 イザナの問いかけに、チョウリは表情を曇らせる。

 要求に応じれば二人は助かり、断れば自身は殺され、娘は結局連れ去られる事となるだろう。

 恥を受け入れるか、志をもって死ぬか。

 彼が苦渋の決断に悩む中、娘であるスピアが覚悟を決めた様子で口を開いた。

 

「――父上。この要求を受け入れましょう」

 

「なっ!? しかしそれではお前の身が……っ!」

 

「今はこれしか方法がないんです。これからの事は、まず生き延びてから考えていきましょう」

 

 スピアの言葉に拳を握り、唇を噛み締めるチョウリ。よほど、この要求を受け入れるのが辛いのだろう。

 やがて、彼は下を向いていた視線を上げ、笑みを浮かべたままのイザナへと覚悟を決めた表情を向けた。

 

「……一つだけ約束して欲しい。絶対に娘を不幸にしないと」

 

「約束しましょう。スピアさんは、このイザナの名と存在に誓って幸せにします」

 

 チョウリの真剣な言葉に、いつもの笑顔を浮かべず真面目に返事をするイザナ。

 女癖の悪い彼ではあるが、それは美しい女性に対する独占欲が故であり、女性それぞれに対しては常に真剣に関係をもっているのだ。

 

 『自分の近くにいる美しい女性は必ず幸せにする』

 

 それが、イザナという男のポリシーなのである。

 

「……分かった。私は実家に戻るとしよう」

 

「ありがとうございます。では――」

 

 イザナはそう言って、自身の持つ刀を抜き放ち、そのまま地面へと突き刺した。

 何事かと不思議に思う他の者達の目の前で、刺した地面が途端に隆起し、瞬く間に人のような形を成していく。

 そして、ほんの数十秒の間に土の人形は増えていき、最終的には十体の人形が形成された。

 

「――この土人形に、馬車の取り扱いと周囲の護衛をさせましょう。自宅に戻るまではもつ筈ですから、それまでには信頼のおける護衛をそちらに向かわせますよ」

 

「その刀は、帝具なのか?」

 

「はい。生殺与奪(せいさつよだつ)黄泉国(よもつくに)」といって、傷つけたあらゆるものの生命力を奪い、そして逆に与える事も可能な帝具です」

 

 その刀に鍔は無く、暖かみを感じる白色の柄と鞘に、冷たさを感じる黒色の刀身。まるで昼の明るさと夜の暗さを表したような、そして見る者を惹きつける美しさをも兼ね備えた帝具であった。

 

「……では、父上」

 

「ああ、達者でな」

 

 そう多くない言葉を交わした後、チョウリを乗せた馬車はゆっくりとその場から引き返して離れていく。そんな馬車の姿を、別れを惜しむかのようにスピアは静かに見送った。

 

「……良かったの? 大臣は多分怒ると思うよ?」

 

「今ならまだ、馬車に追いつく事は可能ですが?」

 

 今までイザナの背後で成り行きを見守っていた、メズとスズカの二人が問いかけてきた。その言葉を聞いて、イザナは元の笑顔を浮かべながら口を開く。

 

「……あの二人以外の護衛は全て消しました。このままこの現場を放置すれば、後は野生の獣が更に死体を散らかして、最終的には誰が誰だか分からなくなりますよ」

 

「でもさあ、面倒事になりそうなものはなるべく処理した方が……」

 

「自分は彼女達と約束を交わしました。メズさんは、自分に美少女との約束を破れと言うのですか?」

 

「あー、分かりました。言う通りにします」

 

 段々と迫力の増すイザナの表情に、ついにメズは諦めを迎えた。スズカに至っては早いうちから数歩後退り、事の次第を静観していたようだ。

 

「さてと、そろそろ我が家に帰るとしますか?」

 

「……ウーミンは、十中八九またため息をつくだろうな」

 

「私達の時も、ちょっと揉めたからね」

 

「……まあ、ウーミンには苦労をかけてしまいがちですからね。そこは自分が彼女としっかり話し合いますよ」

 

 そう申し訳なさげに苦笑ながら、イザナはスピアの方へと向き直る。

 

「さて、スピアさん?」

 

「は、はい」

 

「貴女はこれから自分の護衛となってもらいます。スズカさんやメズさんと一緒に、帝都までよろしくお願いしますね?」

 

「……わ、分かりました。これからよろしくお願いします」

 

 少し戸惑いながら挨拶をするスピアを、満面の笑みでもって迎えたイザナ。

 そうして、彼はまた新たに美少女を仲間に加え、帰りを待つ者達がいる帝都へと無事帰還したのであった。

 

 

 



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第三話 恥じらいを奪う!

 

 

 ――スピアのこれまでの経緯と紹介を伝え終えたイザナと女性達は、とりあえず食事を始める事となった。

 ウーミンを筆頭に、女性陣からの軽い文句(主に彼女達に()()無許可で女性を増やした事について)を苦笑いしながら受けとめた後、近くに控えていた侍女長からの遠回しの食事の催促をされた為ある。

 

 そして、食事の後に設けられていたティータイムにて、やや気疲れをした様子のイザナが声をあげた。

 

「さ、さて、それでは今度は皆の事をスピアさんに紹介していきましょう」

 

 そう言って彼は席を立ち、テーブルに座る女性達へとグルリと視線を向けた。

 テーブルに座る女性は全部で六人おり、それぞれが好みのお茶を飲みながら彼の話に耳を傾けている。

 

「スズカとメズは道中に紹介は済ませているから、まずは最初に玄関でも会っているウーミンさん。彼女は元暗殺者の卵で、偶然見つけたところを助けたんですよ。ちなみに、この女性陣の中では古参の一人ですね」

 

「イザナさんには命を救われました。なので、私は命の限りこの人に尽くしていくつもりです」

 

 軽くお辞儀をしながらそう述べるウーミン。その態度や言葉から、イザナに対してはかなりの恩義を感じているようだ。

 

「次に、片足が義足の女の子はサヨさん。彼女は辺境出身で、かなりの弓の名手でもあるんですよ?」

 

「私も、とある貴族の手からイザナさんに救われました。……その、性格は少し奔放ですが、私もイザナさんを慕っていますから……っ!」

 

 サヨはやや強く言葉を発し、それから顔を赤くしながら俯いてしまった。どうやら自身の発言に恥ずかしくなってしまったらしい。

 

「それから向かいに座っているのが、異民族の斥候職だった、ミィンさん」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「皇拳寺の師範代候補だった、コクロさん」

 

「どうも、よろしく」

 

「小さな罪で死刑にされかけていた、トレハさん」

 

「これからお互いによろしくね?」

 

「プトラの遺跡の墓守(はかもり)だった、カショックさん」

 

「……ん、よろしく」

 

 民族風の衣装の少女。

 皇拳寺の胴着を着た女性。

 探検家のような出で立ちの少女。

 最後に、小麦色の肌をした女性。

 

 それぞれが、言葉少なくではあるがイザナの紹介に合わせてそれぞれ挨拶をしていく。

 

「あとは、ウーミンさんの同僚の()とか、帝都警備隊に殺されかけてた()とかもいるけれど、今は身体の調子が悪くて寝ていますので、彼女達については後程紹介していきますね?」

 

「は、はい。分かりました」

 

「――おほんっ」

 

 ……スピアがそう返事をすると、どこからか咳払いが聞こえてきた。

 その方向に視線を向けると、先程も不思議な威圧感でイザナに接していた侍女長が、素知らぬ顔で控えている。

 

「……ああ、そうそう。この洋館の管理等を任せている、侍女長のマーサさん。何か困った事があったら、彼女を頼るといいですよ?」

 

「よろしくね、スピアちゃん。聞きたい事があれば何でも言いなよ?」

 

「はい。……えっと、皆さん、今日からよろしくお願いいたします!」

 

 この洋館で世話になる人達に、礼儀正しく挨拶をするスピア。そんな彼女に、イザナは盛大な拍手で、他のの女性達は笑顔で仲間として迎え入れた。

 

 

 

 

 

「――さあ、食事は終わりました。マーサさん、大浴場の準備は出来ていますか?」

 

「ええ、もういつでも入浴出来ますよ」

 

「そうですか。では、スピアさん。我が家の誇る帝都でも屈指の大浴場、皆さんと一緒に如何(いかが)ですか?」

 

「大浴場ですか!? ぜ、是非入りたいです!」

 

 食堂の片付けを侍女達が終えた後、イザナはスピアに対してそんな提案をしてきた。

 三日間の移動の間、簡単なシャワー程度でしか身体を洗えなかった彼女としては、ゆったり身体を癒せる入浴を断る理由が無かった。

 

「それじゃあ、皆さんは先に大浴場に行ってもいいですよ? マーサさんは、寝ている()達の身体をいつものように拭いてあげて下さいね?」

 

「ええ、任されました」

 

「私は、まだ少しやる事がありますから、それが終わり次第赴きますよ」

 

 イザナとマーサはそのまま食堂を退出し、残されたのは総勢九人の女性達。

 その中でも、特にスピアは喜色満面な表情を浮かべているのだが、他の皆はあまり表情を変えていない。むしろ、ため息をつかんばかりの表情である。

 

「えっと、皆さん? 大浴場に何か問題でも?」

 

「……いえ、()()は別に問題じゃないわ」

 

「でも、ねえ……?」

 

「ま、実際に入ってみれば分かる事だね」

 

「……えっ?」

 

 皆の意味深な発言に、疑問符を頭に浮かるスピア。

 そんな彼女に何故か同情の視線を向けながら、一同は大浴場へと足を運ぶのであった。

 

 

 

 

 

「――うわぁ、本当に凄い大浴場ですね……」

 

 衣服を脱ぎ終え、いざ大浴場へと足を踏み入れた途端、スピアはその中の光景に感嘆の声をもらした。

 

 最高級の公衆浴場と同等か、それ以上に広い内部。

 メインの大風呂を始めとして、泡風呂、薬湯等、様々な種類の風呂が並んでおり、露天風呂、サウナまでもが完備されている。

 こんな大浴場がある場所など、ここ以外では宮殿ぐらいのものだろう。

 

「……まあ、大臣の息子という立場を最大限利用して、彼自らも建設に関わった程にこだわり抜いた大浴場ですからね」

 

「初めて見た時は、私も同じ感想でしたよ。私の住んでいた故郷では、こんな広いお風呂なんてありえないものでしたから」

 

 大浴場の入り口で立ち止まっていたスピアに、ウーミンとサヨが声をかける。他の者達は既にその脇を通り抜け、それぞれ身体や髪を洗い始めていた。

 

「それでは、早く身体を洗ってしまいましょう」

 

「そうね。その方がスピアさんの為になるでしょうし」

 

「え、えっ?」

 

 そんな会話に再び疑問符を浮かべながら、とりあえず二人に倣ってスピアは身体を洗い始め――。

 

 

 

「――さて、お邪魔しますよ?」

 

 

 

 ――そこに、本来ならばいてはいけない人物(イザナ)が現れた。

 

「……やっぱり、来たんですね」

 

「はい。必要な書類が少なかったので、ささっと済ませてきました」

 

「…………な、なっ」

 

「はぁ、その努力をもっと他のところに活用して欲しいんですけどね……」

 

「いやいや、美しい女性との入浴という滅多にない機会を、この自分が逃す筈がないでしょう?」

 

「い……、イッ……」

 

「……おや、スピアさん、どうしましたか? もしや、どこか体調が悪いの――」

 

 そして、そんなイザナの何一つ隠されていない身体(ハダカ)を見て――。

 

「――イイイィヤァアアアア~~~~ッ!!!」

 

 ――大浴場に、空気を震わせる大絶叫と、乾いた破裂音が響き渡った。

 

 

 

 

 

「……まさか、この大浴場が混浴だったなんて」

 

「かなり広いですからね。その方が何かと効率が良いでしょう?」

 

 あれから少しして、スピアを含む女性陣とイザナは同じ広い湯船に入っていた。

 今浸かっているお湯は濃い白色の濁り湯である為、湯船に浸かった部分、つまり肩から下はほとんど見えはしない。

 しかし、スピアはお湯の温かさ以外の理由で肌を赤く染め上げ、そんな彼女の正面にいるイザナは、その左頬に見事な紅葉色の掌の形をつけている。

 何が起こってこうなったのかは、容易く想像出来るだろう。

 

「でも、なんでそんなに平然と入ってくるんですかっ!? 私みたいに叩かれるだけならまだしも――」

 

「あー、もうそういった事は慣れてしまいましたからね。今更張り手一発ぐらいは、私にとってはどうと言う事はないんですよ?」

 

「――って、はい?」

 

 何気なく言うイザナの言葉に、スピアはどういう意味なのかすぐには理解出来ず、代わりに当事者である彼が補足懐かしむかのように補足する。

 

「まず、サヨさんとミィンさんとトレハさんは、スピアさんと同じで強烈な張り手でしたね。コクロさんとマーサさんの場合は、腰の入った綺麗な右ストレートでした。それから、カショックさんは関節技と絞め技の見事な合わせ技で、ウーミンさんは殺気すら込められた隠しナイフの連続攻撃、スズカさんとメズさんに至っては、身体操作による皇拳寺の殺しの技を、二人がかりで私に繰り出してきましたから」

 

「…………それで、よく生きてますね?」

 

 

 

 あまりにも壮絶な体験談に、思わず本音をもらすスピア。それに対し、イザナは何でもないかのように清々しく言い放った。

 

「――美しい女性の素肌を拝めるならば、どのような艱難辛苦(かんなんしんく)をも乗り越える自信がありますね」

 

「……こんな調子が毎日続きましたから、私達ももう慣れてしまったんですよ」

 

「そ、そうなんですね。は、はは……」

 

 どうやら、彼が女性と一緒に入浴するのはいつもの事のようだ。ウーミンがため息混じりにこぼした発言に、他の女性達も頷き合っている。

 それを見て、スピアはやや引きつった苦笑いを浮かべ、この男の護衛に就いてしまった事を、今更ながらに不安に思うのであった。

 

 

 





 女性紹介での後半の四人、どこで出てきた人か分かる人はいますかね?



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第四話 無惨な死を奪う!

 

 

 ――翌日、イザナはオネスト大臣への報告をする為に宮殿へと赴いていた。

 暫く宮殿内を散策していると、丁度大臣はとある人物と何かの会話をしているところであった。

 

「……おお、イザナじゃないですか。今日は一体どうしたんですか?」

 

「――ふむ、私もイザナには久々に会うな。元気にしていたか?」

 

「どうも、父上。それから、お久しぶりです、エスデス将軍」

 

 水色の長髪に切れ長の眼。纏う雰囲気は冷たく張りつめたものであり、見る者全てが絶対的強者と仰ぐ、圧倒的なカリスマを放つ女性。

 

 彼女はかつて南西のバン族の大軍を壊滅させ、つい先日も北の異民族を短期間で攻略した、帝国の誇る最高戦力の一人、エスデス将軍である。

 

「父上。例の依頼、終わらせてきましたよ」

 

「……おお、そうでしたか! いやいや、本当に助かりますねぇ」

 

「大臣、何の話かお聞きしても?」

 

「ああ、エスデス将軍に頼んだ内容とほぼ同じですよ。ただ、将軍には少しプラスして欲しい事があるんですがねぇ?」

 

「分かった。その代わり大臣も先程の件、頼みますよ?」

 

「ええ、しかと承知しました」

 

 そうして会話を終えて、エスデスはこの場から離れていった。おそらくオネスト大臣の頼み事をこなす為、早速行動を起こしに行ったのだろう。

 ただし、姿が見えなくなる寸前、エスデスはほんの一瞬だけではあったがイザナに獰猛な視線を向けていた。それに気がついた彼は、その迫力に気圧され若干引きつった笑顔を浮かべた。

 一年程前、イザナはエスデスに頼まれて模擬試合を少し行った事があるのだが、どうもその時の戦いで気に入られたらしく、それ以来何かと目をつけられているのだ。

 いくら美しい女性が好きな彼でも、命がいくらあっても足りない程の、超ドSな仕打ちに何度も耐えられる精神は持ち合わせていない。

 そんな訳で、彼にとってエスデスという女性は、数少ない苦手な美女という認識をしているのである。

 

「……あ、そうそう父上。ちょっと相談があるんですが」

 

「……またですか? 今度は一体誰が欲しいんです?」

 

「皇拳寺の手練れを最低でも五人、出来れば十人ぐらい、自分のところに欲しいのです。ちなみに、男女は別に問いませんよ」

 

「……ふむ。男女関係なく、ですか? 珍しいですねぇ」

「ちょっと、護衛をつける約束をある人としたんですよ。お願い出来ますか?」

 

「うーむ。……まあ、別にそれくらいなら大丈夫でしょう。後で自宅に寄越しておきますよ」

 

「はい。なるべく早めでお願いします」

 

 女性好きのイザナにしては少々珍しい願いに、少しだけ不思議に思うオネスト大臣。

 しかし、彼の性格上どうせ女性との約束だろうと結論づけ、まさかその約束の対象が、息子に暗殺を依頼した自身の政敵だとは思いもせずに、笑顔で快諾したのであった。

 

「では、自分はこれで失礼しますね」

 

「おや、今日はこれから何か予定でも?」

 

 大抵の場合、オネスト大臣に会いにきたイザナは一緒に食事や世間話をするので、今日のように早々に立ち去る事は希な事であった。

 そんな珍しい態度にふと大臣が尋ねると、当人のイザナは何やら嬉しそうな様子で答えてきた。

 

「実は、先日帝都を出る前に助けた女性が、つい今朝方目を覚ましたんですよ。なので、今はなるべく彼女の側にいてあげたいんです」

 

 

 

 

 

 報告を終えて宮殿から帰ってきたイザナは、すぐに(くだん)の女性がいる部屋へと足を運んでいた。

 その部屋の中には清潔なベッドがいくつか並んでおり、普段は怪我をした時や病気の際に利用する治療場所となっている。

 そんな所の一角に、ベッドに横になっている女性とその側に控えているマーサの姿があった。

 

「お疲れ様です、マーサさん。……あれ、そういえばレムスさんは?」

 

「ああ、彼女も今日は調子が良くてね。今はウーミンと一緒に遅めの朝食を食べていますよ」

 

「ああ、そうだったんですか。それは良かった」

 

 この治療部屋は、今朝目覚めた娘以外にも数人が利用している。その内の一人であるレムスという娘は、とある暗殺の任務の失敗により処分を受ける寸前に、イザナの手によって保護されていたのだ。

 そんな彼女は最初の頃は薬物による影響で目を覚ます事すら(まれ)であったが、ここ最近では精神や身体も安定し始め、同僚であったウーミンと食事をとる機会も多くなっている。

 その事にイザナは嬉しく思いつつ、目の前のベッドの女性へと顔を向けた。

 

「……さて、まずは初めまして。自分はイザナという者です。貴女の事は、帝都警備隊の方から少しは伺っていますが、とりあえず名前を聞かせて貰えますか?」

 

「…………あの。一つ、聞いてもいいですか?」

 

「はい、何でしょう?」

 

 こちらが尋ねた事に対し、女性は逆にイザナに質問をしてきた。彼は不快に思ったりはせずに、彼女に優しく質問を促した。

 そして、本当に不思議そうな、それでいて真剣な様子で――。

 

「――何故、私はまだ生きているんですか?」

 

 ――そんな疑問を、帝都を騒がす殺し屋(ナイトレイド)に所属する彼女、シェーレは静かに尋ねてきた。

 

 

 

 

 

 ~ Side:シェーレ ~

 

 ――最期に思い浮かべたのは、今まで一緒に生活してきた皆さんとの胸いっぱいの幸福(しあわせ)と、新しく入った仲間、タツミに対する申し訳ない気持ちでした。

 

 敵と必死に戦い、でもほんの僅かな隙を突かれ、その次の瞬間には身体を真っ二つにされてしまった。

 それでも、傷ついた仲間を助けたくて、残る力を振り絞って最期まで抵抗してみせた。

 視界が暗くなる寸前、何処からか『まだその娘を殺すなっ!!』という男性の声が聞こえてきたが、次の瞬間には私は意識を手放していました。

 

 そして、次に目を覚ますと、私はベッドの上にいました。あの時、このまま死ぬ事を覚悟していた私には予想外の出来事です。

 すると、丁度よくこの部屋に入ってきた侍女の人と目が合い、彼女は驚いた様子で部屋を飛び出していきました。

 

(……警備隊に捕まっている、という訳でも無いようですが)

 

 最初はあの後に帝都警備隊に捕らえられたのだと思いましたが、今いる場所は牢屋ではなく、何処かの屋敷の一室のような綺麗な部屋で、身体には拘束具の類いもつけられてはいません。

 しかも服を捲って確認してみると、敵の帝具による攻撃で失った下半身もしっかりくっついていて、傷跡すら欠片も残されていないのです。捕まえた犯罪者に最低限の治療はしたとしても、致命傷をここまで完璧に治す事はないでしょう。

 つまりここは、警備隊とはまた別の場所である可能性が高いのです。

 

「――あら、本当に目を覚ましたみたいだね?」

 

 そんな考え事をしていると、一人の女性が現れました。その服装から彼女が侍女であるのは明らかで、どうやらこの場所は本当に何処かの館であるようです。

 とにかく彼女と話をする為に起き上がろうとすると、思った通りに身体に力が入らず、再びベッドに倒れ込んでしまいました。

 

「ああ、とりあえずそのまま寝てなさい。一週間以上も意識が無かったんだから、まだ起きない方がいいわよ。今、簡単な食べ物と水を用意させてるから、少し待ってて頂戴ね?」

 

 そう言って、女性は私にはだけた毛布を再び被せ、部屋を出ていってしまいました。部屋の外からは男性との話し声が僅かに聞こえており、私の事について話している事が伺えます。

 その後は彼女に言われた通り、しばらくの間ベッドでポツンと寝ていた私ですが、そこで今更ながらに重大な疑問が生まれました。

 

「……何故、私は生きているのでしょうか?」

 

 あの時受けた傷は、治療等ではどうにも出来ない程の致命傷でした。何せ下半身をまるまる失い、血も大量に流れ出ていたのですから、傷跡一つ無く生きている今の状態は明らかにおかしいものです。

 それから先程の侍女、マーサさんが水と食事を運んできてくれましたが、私の頭の中はかなり混乱していたので、ほとんど手をつける事が出来ませんでした。気をつかってくれたマーサさんが色々と話してくれてはいましたが、それすらもあまり頭の中に入ってはきませんでした。

 

 唯一つ、この館の主であるイザナさんという人が、私の事を助けてくれた人物だという事はどうにか理解できました。

 もうしばらくすれば、その人も用事を終えて帰ってくるとの事だったので、私はこの頭の中のもやもやした不安を解決する為に、会ってすぐに問いただしてみようと決めました。

 

 ~ Side:シェーレ・了 ~

 

 

 

 

 

「――成る程。貴女がまだ生きている理由ですか。それは、自分が貴女を助けたからですよ?」

 

 シェーレの真剣な問いに、イザナと笑顔のまま真面目に答えを返す。

 しかし、彼女はまだ納得しておらず、身を乗り出す勢いでイザナに詰め寄ってきた。

 

「どうやって、死にかけていた私を助けたって言うんですか?」

 

「帝具の力を使って、貴女を助けました」

 

「帝具、ですか?」

 

「はい。自分の帝具、生殺与奪「黄泉国」の奥の手には、死んだ命を蘇らせる力があるんですよ」

 

 刀で傷つけたものの生命力を操る帝具、「黄泉国」。

 その奥の手には、五十人分に相当する生命力を消費する事を条件に、致命傷を負って瀕死の状態の者、もしくは死んで間もない者を完全に治癒、蘇生させる効果がある。

 この奥の手によって、死にかけていたシェーレを助ける事が出来たのだ。

 

 余談ではあるが、シェーレの他にもこの奥の手によって命を救われた者は多くいる。

 古参であるウーミンやレムス、マーサをはじめとして、トレハはとある洞窟で、サヨは帝都の貴族の邸宅で、それぞれの場所にて一度命を救われていた。

 

「……それで、助けた私を貴方はどうするんですか? 私が殺し屋だという事は知っているんでしょう?」

 

「ええ。あの時の帝都警備隊の少女から、そういった話は聞いています。ただし、だからと言って貴女を尋問したりするつもりはありませんよ」

 

「……信用、出来ません。何故、私の事をそこまでして助けたんですか?」

 

 

 

「貴女が、美しい女性だからです」

 

 

 

「…………えっ?」

 

 いまだ訝しげに問いかけるシェーレだったが、イザナのそんな予想外の発言には目を丸くしてしまう。

 

「自分は、美しい女性が好きです。なるべく自分の側に囲ってしまいたいとまで思っています。そんな自分の目の前で、美しい女性が無惨にも傷つき、命を落としかけているなどあってはならないんですよ」

 

「で、でも、私は殺し屋、なんですよ? そんな人間を助けたら、貴方の立場は――」

 

「――()()()()()()()()()()()? そのようなもの、美女、美少女の命を救うという理由の前では塵芥(ちりあくた)にも劣りますね」

 

「え、えっと……」

 

「とにかく、この館では安心して生活して下さい。貴女の事は自分が守りますから」

 

 そんな風に真剣な眼差しをしながら笑顔を見せるイザナに、シェーレは思わず笑みをこぼしてしまう。

 そして、彼女は何とか右手を差し出し、口を開いた。

 

「……シェーレです。貴方の事は、これから信用していこうと思います」

 

「改めまして、イザナです。早く信用してもらえるように、努力していきますよ」

 

 互いに手を差し出し、握手を交わす二人。

 このイザナの洋館に、元殺し屋という新たな仲間が加わった瞬間であった。

 

 

 



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第五話 特殊警察が奪う!


 夏の休暇が終わりました。
 よって、これからは更新が本当に不定期となりますので、ご理解のほどよろしくお願いします。




 

 

 ――一方その頃。

 殺し屋という表の顔を持ち、その実態は反帝国勢力である革命軍の諜報、暗殺を担う特殊な集団、ナイトレイド。

 そんな彼らが、帝都から遠く離れたアジトにて、リーダーであるナジェンダからの報告を受けていた。

 

「集まったな皆。……悪いニュースが三つある、心して聞いてくれ――」

 

 一つ、地方のチームと連絡が取れなくなった。

 二つ、エスデス将軍が北の異民族を制圧し、つい先日帝都へと戻ってきた。

 そして最後に、帝都やその近郊で文官の連続殺人事件が起きている。

 以上が、ナジェンダもたらされた情報である。

 

「――最後の件については、殺害現場のほとんどに「ナイトレイドによる天誅」と書かれた紙が残されていた。文官の護衛共々殺されている事から、今では私達の仕業と断定されている。こんな事が出来るのは、私達ナイトレイドしかいない、という見解だそうだ」

 

「……つまりは、犯人はこちらと同等の力量を持った者、帝具持ちである可能性が極めて高いという事だな」

 

 アカメの言葉に、ナジェンダは静かに頷いた。

 今殺されている文官達は能力の高い良識派であり、オネスト大臣にとっては面倒な存在となっている。

 つまり、今回の犯人の目的は、良識派の排除をナイトレイドの仕業にする事。そしてそれを誘いとして、本物のナイトレイドを罠にかけて狩る事である。

 

「国を憂う貴重な人材である文官達を、これ以上失う訳にはいかない。私は偽物を潰しに行くべきだと思うが、お前達の意見を聞こう」

 

「……俺は、政治とかはよく分からねぇ。けど、ナイトレイドの名前を外道に利用されるのは腹が立つ!」

 

「そうだな……、その通りだタツミ!」

 

 ナジェンダの問いに、タツミとブラート、それから全員が同意の意思を見せる。

 こうして、ナイトレイドによる今後の方針が決定した。

 

 

 

 

 

「……そうだ。もう一つ、伝え忘れていた事があった」

 

 良識派の文官につける護衛を決め、それぞれが行動しようとしたその時、ナジェンダが再び皆に声をかけた。

 

「また、悪いニュースですか?」

 

「いや、そうではない。どちらかと言えば、良いニュースになる、かもしれん、と思う」

 

 問いかけるアカメに、どこか曖昧な言葉を返すナジェンダ。そんないつもとは少し違った彼女に、他の仲間達は揃って疑問を浮かべた。

 

「それで、その伝え忘れていた事とはどんな事なんですか?」

 

「うむ。……シェーレの事、なんだがな」

 

『…………っ!?』

 

 ナジェンダの言葉に全員が、特にマインが強い反応を見せる。

 ほんの数日前の任務の際、マインを帝都警備隊から救う為に身代わりとなった大切な仲間である。皆が強く反応するのも当たり前だろう。

 

「シェーレが、どうしたって言うんですか!」

 

 思わず語気を強めて詰め寄るマインに、ナジェンダは僅かに逡巡しながらも口を開く。

 

「――命を救われて、あのイザナの手に落ちた可能性がある」

 

「えっ!? …………え、あの、ほ、本当、ですか?」

 

 その告げられた内容に、一瞬だけ喜色を浮かべたマインではあったが、次の瞬間には悲しいような悔しいような表情となる。

 マインだけではなく、話を理解出来ていないタツミ以外の全員が、マインと同様の表情を浮かべていた。

 

「あの、イザナってのは誰なんですか?」

 

「……ああ、タツミは田舎の出身だから、イザナの事は知らないのだな――」

 

 素直に疑問を述べるタツミに、ナジェンダは表情を元に戻し、そのままイザナの事を話し始めた。

 

 曰く、剣術の天才。

 曰く、女好き。

 曰く、命を蘇らせる者。

 

 オネスト大臣の実の息子でありながら、滅多に権力を振るわず、将軍級の実力と高い文官の能力を(あわ)せ持った、文武の両方に優れた良識のある人物。

 しかし、美しい女性に対する庇護欲、支配欲が強く、週に一度は必ず女性に関する問題を引き起こす人物。

 だが、「黄泉国」という生命力を操作する帝具の力で、数々の女性の命を救ってきた人物。

 

 ようするに、性格には難があるが、凄まじい実力と帝具を持つ厄介な相手という事だ。

 

「……つまり、その女好きのイザナって奴が、シェーレを助けて連れていったかもしれないって事か?」

 

「ああ。帝都に潜む諜報員の話では、あの日警備隊からシェーレの死体を半ば強引に譲り受けたイザナの姿を目撃したらしい。あの男の行動は読み難いが、考えている事は分かりやすいからな」

 

「なら、早く助け出しに行こうぜ!」

 

 シェーレが生きているかもしれないという情報から、喜び勇みながら大切な仲間を助けに行く事を提案するタツミ。

 だが、ナジェンダの表情は晴れておらず、他の皆も難しい顔を浮かべている。

 

「助け出す事は、おそらく可能だろう。だが、実行する事は不可能に近い」

 

「なっ!? どうして!!」

 

「……タツミ。イザナという男は、本当に厄介な相手なんだ。その強さだけでも、あのエスデス将軍に匹敵する程の実力がある」

 

「それに、女好きという性格を除けば根は良い人間だ。あの男の側には常に手練れの護衛が数多くいる。もちろん、手元にいる女性達にもな」

 

「でも、シェーレを助けるだけなら――」

 

「――イザナは、関係をもった女性や手元に置いた女性を手放したりしないし、絶対に(ないがし)ろにはしないんだよ」

 

 ナジェンダとブラートの言葉を耳にしても、どうにか言い返そうとするタツミ。

 しかし、突然横から会話に入ってきたレオーネに、続く言葉を遮られてしまう。

 

「……以前、帝都の下町でイザナに気に入られた娘がいたんだ。その娘は最終的には彼に口説かれ、次の日には一緒に住む予定だったんだ――」

 

 ――だが、その直前になって娘は行方知れずとなり、数日後に無惨な死体となって発見された。

 犯人は帝都に住むとある貴族の三男だった。町でたまたま出会った娘を無理矢理(かどわ)かし、複数人で散々に暴力を振るった挙げ句、最後には首を絞めて殺害し、まるでゴミのように捨てていったのだ。

 娘の死体は発見されてから時間が経っていた為、イザナの「黄泉国」の奥の手をもってしても救う事は出来なかった。彼は嘆き悲しみ、同時に怒りに震えたのだった。

 

「――イザナはあらゆる手段を尽くして犯人を調べあげ、ほんの僅かな時間で貴族の三男にまでたどり着いた。そして、娘を殺した三男とその仲間達を、自らの手で惨たらしく処刑したのさ」

 

「あの男は、自分の女性達の為なら己の全てを尽くす。敵に回すとこの上無い程に危険なのだよ」

 

「…………くっ」

 

 手を出したくても出せない理由とその現実に、悔しさを露にするタツミ。しかしそれは他の皆も同じようで、ナジェンダやマイン、アカメらも一様に表情を固くしていた。

 

「……ただ、唯一の救いはイザナの人柄だな。彼ならばシェーレを不幸にはしないだろう。あの男はそういう点なら信頼できる」

 

 そうため息混じりにこぼしたナジェンダの表情は、どことなく安心したかのような苦笑であった。

 

 

 

 

 

 シェーレが目覚めてから数日。

 エスデス将軍直属の三獣士がナイトレイドの手によって殺され、帝具使いのみで編成された特殊警察イェーガーズが発足する等、様々な事が立て続けに起こっていた。

 

 そして今現在、イザナの目の前には、イェーガーズへの勧誘の為に直々に現れたエスデス将軍と、個性的な特殊警察の面々の姿があった。

 

「――大臣からは、お前さえ了承すれば良いと言われている。お前が入ればイェーガーズの力は更に増すだろう。さあ、入る事を了承しろ」

 

「お断りします」

 

 間髪を入れずに返答するイザナ。

 そのまま玄関の扉を閉めようとするも、次の瞬間には扉の蝶番が凍りつき、閉める事が出来なくなっていた。

 

「まあそう言うな。ゆっくりと話し合おうじゃないか? さあ、お前達もこいつの説得を手伝え」

 

「お、おっし、任せろ!」

 

「が、頑張ってみますね」

 

「……了解した」

 

「はい! いくよ、コロ!」

 

「キュ~」

 

「スタイリッシュに説得してみせましょう!」

 

「すみません、上司の命令ですので……」

 

「え、ちょ、ちょっと待っ――」

 

 

 

 ――それから、一時間後。

 

 

 

「……わ、分かりました。とりあえず、正規の所属ではなく、非常勤という形式でもいいですか?」

 

「うむ。まあそれで妥協してやるか」

 

 エスデスとイェーガーズの面々による強引な説得により、精神的にボロボロになり引きつった笑顔となったイザナ。そんな姿を眺めながら、当の彼女は満足したかのような笑みを浮かべている。

 

「では、早速だが手伝ってもらう事がある。人手が少なくて困っていたんだ」

 

「……それは、一体何ですか?」

 

 もはや諦めきった表情のイザナに、エスデスは自信のある笑顔で答えた。

 

「私が主催する、武芸試合の開催準備だ」

 

 

 



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第六話 賊の砦を奪う!

 

 

「――ふむ。つまらない人材らしく、なんともつまらん戦いだな」

 

「いくら腕に覚えがあるとは言っても、彼らは帝都に住む一般人ですから限界がありますよ」

 

 欠伸(あくび)混じりに率直な感想を漏らすエスデス将軍に、近くに控えていたイザナが対応する。

 現在、エスデス将軍とイェーガーズの非常勤であるイザナは、彼女の主催する都民武芸大会の観戦をしているところであった。

 エスデスがこの大会を開いた目的は、以前ナイトレイドの一員から押収した帝具、万物両断「エクスタス」に適合する力量のある人材を探す為である。

 しかし、参加者のほとんどが武術をかじった経験があるという程度の、帝都にて普通の職に就いている一般人なのだ。その中から帝具に適合しそうな人材を探すなど、細かい砂利の中から金剛石の粒を見つけ出す程に困難な事である。

 

『……さて、次の出場者はこの二人! 肉屋のカルビ選手と鍛冶師のタツミ選手だぁ!』

 

 イェーガーズの一人、ウェイブの司会により、新たな出場者が舞台へと上がってきた。

 片方は、牛によく似た顔をした筋骨隆々の男。堂々とした振る舞いをしており、それに見合った実力もあるようだ。

 対するは、やや小柄な若い青年。牛顔の男とは体格差もあり、普通に考えれば簡単に勝負がつくと予想してしまうだろう。

 

(……ねぇ、イザナさん。あのタツミって青年、かなりの実力があるみたいだよ? しかも、彼の足運びや体捌きを見るに、裏の方にも通じてる気配があるね)

 

(ええ、そのようですね。おそらくは、革命軍に関連する密偵か何かでしょう。将軍主催のこの大会に参加するとは、よほどの命知らずのようですね)

 

 だが、イザナの護衛として近くに潜んでいたメズが、皇拳寺羅刹四鬼としての経験からくるずば抜けた観察眼によって、彼がただの参加者でない事をいち早く見抜いた。

 その事を密かに知らされたイザナも気づいており、相手の正体すらも容易に看破してしまっている。

 

『――そこまで! 勝者、鍛冶師タツミ!』

 

「……あの青年、かなりの逸材ですね」

 

「うむ。どうやらそうらしいな」

 

 そうこう話をしている内に、試合はタツミの秒殺という結果で終わりを告げていた。

 相手の牛顔は元皇拳寺の有段者だったのだが、試合開始からろくに攻撃を当てられないまま、彼の流れるような連撃によって僅かな時間で倒されてしまったのだ。

 

「――やったぜ!!」

 

 勝利した事が嬉しかったのか、タツミが得意気に笑顔で感想を述べる。

 そしてその瞬間、エスデスが何を思ったのか静かに立ち上がり、そのまま舞台に立つ彼の下へと歩き始めたのだ。どうやら、彼女の琴線に触れるものを見出だしたらしい。

 ただし、何やら興奮を抑えきれないかのような、熱っぽい雰囲気をエスデスは醸し出しているのだが。

 

(……これは、少し面倒事の予感がするね)

 

(……偶然ですね。私も同感ですよ)

 

 そんな会話をする中、当の本人は困惑にしている様子のタツミへと歩み寄り、そして自然な動きで彼に首輪をつけ、観衆の中でまさかの所有者宣言をするのであった。

 

 

 

 

 

 それから数時間後、エスデス将軍を始めとするイザナを含めたイェーガーズの全員が、特殊警察の会議室へと集まっていた。エスデス以外の者がやや戸惑った様子を見せる中、彼女は自慢気に現在椅子に縛りつけている青年、タツミの事を紹介していたのだ。

 どうやら実力を見込んでイェーガーズの補欠にするという事らしいが、実際には彼に惚れ込んで連れてきた部分が多いようだ。頬を僅かに赤く染め、熱のある視線で見つめるエスデスのその姿は、完全に初恋をする女性そのものである。

 

 そしてその後、会話の途中で現れた兵士による賊の報告を聞いた事で、エスデス達イェーガーズとタツミは大規模な賊の討伐へと向かう事となった。

 イザナは当初無理を言って断ろうとしたのだが、エスデスとイェーガーズの女性陣、元暗殺部隊のクロメと元帝都警備隊のセリューに腕と肩をガッチリと掴まれ、無理に振りほどく事も出来ず仕方なく同行する事にしたのである。

 ちなみに、クロメ、セリューはイザナとは以前からの顔見知りであり、二人は何度かイザナからのアプローチを受けていた。だが、クロメは基本的に無関心、セリューは色恋よりも任務優先であった為、残念ながら彼が相手にされた事はほとんど無いのが現状である。

 

「では、私とドクターの帝具で道を開きます!」

 

 賊の砦を前に、勢いよく飛び出していくセリュー。多数の賊が武器を手に現れる中、彼女の手には相棒の生物型帝具、魔獣変化「ヘカトンケイル」から取り出した巨大な槍が装備されていた。

 

「――正義、閻魔槍ッ!」

 

 ドリルのように高速回転する槍でセリューは突撃し、賊の集団を文字通りバラバラに吹き飛ばしていく。運良くその攻撃を避ける事が出来た賊も、相棒のコロによって瞬く間に食い殺され、砦の外に出ていた賊はほとんどが全滅してしまった。

 その光景を目の当たりにした砦内の賊達は、慌てながらも速やかに砦の門を固く閉ざしてしまう。

 しかし、それを見たセリューは槍をコロの中に収納し、そこから新たな武装を腕に取り付けていた。

 

「正義、泰山砲ッ!」

 

 セリューの身の丈の倍はありそうな長大な砲から放たれた一撃が、重厚で頑強な筈の砦の門を易々と破砕する。突然の襲撃とあまりに大きな戦力の差に、残りの賊達はもはや半ば恐慌状態となっている。

 

「……よし、行くよコロ! セリュー・ユビキタス、悪の殲滅に向かいます!」

 

 嬉々とした様子で砦に乗り込む彼女に続き、クロメ、そして元帝国海軍のウェイブは砦内部の残党処理へ。焼却部隊にいたボルスは砦の城壁上の賊の掃討へ。研究者のDr.スタイリッシュとその手駒である強化兵、地方出身のランは逃走する賊の排除へ。エスデスとタツミ以外のイェーガーズの面々が、それぞれの役目を果たしに動き出した。

 

「さて、それでは自分も行きましょうかね」

 

「イザナ、何をしに行くんだ?」

 

「大規模な賊の集団、しかも男のみの構成ならば、かなりの確率で拐われた女性がいる筈です。自分はそんな境遇の女性を見つけ次第、優先的に救助と保護をしてきますよ」

 

 賊という存在は厄介なもので、人を殺し、物を奪い、そして女性を拐い凌辱するのが当たり前となっている。

 イザナはそんな不遇な女性を見つけ出す為に、他のイェーガーズ達にやや遅れながらも砦へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 ――それから、しばらくして。

 

「エスデスさん。砦の地下に囚われていた女性達を、無事に保護いたしました」

 

 賊の殲滅が無事に終了し、砦の前に集まっていたエスデスとタツミとイェーガーズ達。そして最後に現れたイザナの背後には、ボロボロの衣服を纏う総勢十五人の女性がいた。

 

「そうか。ならばその者達の処遇は任せたぞ」

 

「はい、任されました」

 

 彼女達はしばらくの間、イザナの館にて侍女として働きそれから新たな職を斡旋されるらしい。彼の本音としては全員を雇ってあげたいようだが、侍女自体は館に十分に足りているという事と、今回の影響で男性恐怖症になった女性がほとんどである事から、残念ながら長期の雇用が出来ないのだという。

 

「それでは、自分は彼女達を連れて帰りますね」

 

「ああ、ご苦労だったな。だが、またいずれ手を貸して貰うから、そのつもりでいるんだぞ?」

 

「……次は、強引な勧誘は無しでお願いします」

 

 エスデスの言葉に苦笑を漏らしながら、イザナは黄泉国を地面へと突き刺した。その地面からは十数体もの土人形が生まれ、そして黙々と周囲の木々を加工し始め、あっという間に女性全員が乗れそうな巨大な御輿(みこし)を作り上げてしまった。

 そうして女性達は土人形の担ぎ上げる御輿へと乗り込み、そんな彼女らをイザナと数体の土人形が護衛をしながら、速やかに賊の砦であった場所を後にするのであった。

 

 

 



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第七話 同僚の危機を奪う!


 遅くなりました。
 仕事が落ち着かず忙しくて、書くのがとてもツライんです。

追記:サブタイ少し変えました。




 

 

 賊の討伐から三日後。

 囚われていた女性達はイザナの洋館にて、侍女達の手伝いをしながらゆっくりと療養している。

 そんな女性達を保護した当人であるイザナはというと、彼の仲間であるサヨと一緒にとある場所へとやってきていた。

 彼らの目の前には、帝都の片隅で目立たないように佇む、こぢんまりとした一軒家があり、その入り口には『占い屋 アパッチ』という古ぼけた看板が掛けられている。どうやらその名前の通りに占いを扱う店であるらしい。

 

「……ここの占いで、タツミの居場所が分かるんですか?」

 

「はい。ここならまず間違いは無いですよ」

 

 こんな場所に二人が来た理由は、エスデスに連れられてきたタツミに関係していた。

 

 サヨは元々二人の仲間と共に帝都を目指しており、その途中ではぐれた仲間の一人がタツミであった。道中で行方不明となった彼の事を彼女はいつも気にかけていて、そこでつい先日、その本人と会ったイザナから話を聞き、早速彼に会いに行く事となったのだ。

 しかし、いざエスデスの所を訪ねてみると、なんとタツミはイェーガーズから逃げ出し、再び行方をくらませた後であった。そして、気を落とすサヨを見かねたイザナによって、この占い屋へと足を運んだのだった。

 

 ちなみに、もう一人の仲間である少年、イエヤスについては命に別状は無い。サヨと共に貴族に囚われていたところをイザナに救われ、現在は病気の後遺症を癒す為に貴族御用達の病院にて安静に入院中である。

 

「あの、ここの占い師はそんなに凄い人なんですか? とてもそんな風には見えませんけど……」

 

 人気(ひとけ)のほとんど無い場所に案内されたせいか、サヨはいまだにこの場所に対する不信感を拭えないでいるらしい。

 そんな彼女に、イザナは笑顔で自信のある声で答える。

 

「はい。何せ帝具を用いた占いですから、その的中率は100%ですよ」

 

「……え、帝具を使っているんですか!?」

 

「ただし、その分依頼料はかなり高いですけどね。さて、行きましょうか」

 

 イザナの放った予想外の言葉に驚くサヨ。そんな彼女を(いざな)うように、彼は占い屋の中へと足を運んでいった。

 

 

 

 

 

「――久しぶりデスネ、イザナ。今日はどんな事を知りたいのデスカ?」

 

 中に入ると、突如として一人の女性がイザナとサヨの前に姿を現した。

 赤みがかった褐色の肌に、こちらを睨むかのような三白眼。艶やかな黒髪を真っ白な羽飾りで後ろにまとめ、まるで異民族のような衣装をその女性は身に纏っていた。

 

「お久しぶりです、ローゼンさん。今日は自分ではなくて、彼女のお願いを聞いて欲しいんですよ」

 

「ふぅん。そちらの女性デスカ?」

 

「は、はい! 私の探している知り合いの居場所を、占ってもらいたいんです!」

 

 ローゼンという女性に顔を向けられ、ややこわばりながらも身を乗り出して頼み込むサヨ。そんな彼女の必死な姿に、一瞬だけ面食らったらしいローゼは真剣な眼差しを向けてきた。

 

「……他ならぬイザナの頼みデスシ、貴女のその熱意にもしっかりと答えてあげマスヨ」

 

 そう言うと、ローゼンは静かに右腕を前へとかざし、その握っていた手を下に向けて開く。すると、シャラリ、という音と共に、純白の鎖と半透明の宝玉で構成された振り子が現れた。

 

「私の帝具、吉凶占断「ペンデュラム」は、対象となる者の吉となる方角、凶となる方角を示しマス。……早速、結果が出たみたいデスネ」

 

 帝具に目を向けてみると、彼女の手から吊り下がっていた「ペンデュラム」の宝玉が深い青色に輝き、重力を無視しながらとある方角を指し示していた。

 

「青色は吉の色。深い色なので距離はやや離れているみたいデスガ、この方角が貴女にとっての吉となりマス。探している人は、きっとこの方角の先にいるデショウ」

 

「ほ、本当ですか!? ありがとうございますっ!!」

 

 当初抱えていた疑いは綺麗さっぱりと無くなり、喜色満面の表情を見せるサヨ。そんな彼女を見て、イザナは苦笑を浮かべていたが、ローゼンはまだ真剣な表情を崩してはいない。

 

「……ただ、少し用心が必要デスネ」

 

「えっ?」

 

「……仕事柄、依頼人達の素性は明かせマセン。ただ、以前さっきと同じ方角と距離にて凶と出た依頼人がいマシタ。おそらく、その探している人もその不幸に巻き込まれているデショウ」

 

 冷徹な程に真剣な彼女の言葉と眼差しに、サヨは思わず静かに息をのむ。

 しかし、イザナは素早く思考を巡らせ、今行うべき事をいち早く組み上げた。

 

「サヨさん。至急家に戻り旅支度を始めて下さい。それから、ウーミンさんとトレハさんにも同じ事を伝えておいて下さい」

 

「は、はい!」

 

「ローゼンさん。占いの代金の倍の額を支払いますので、どうか貴女も一緒に来て下さい。貴女の力が必要となるかもしれません」

 

「……ふむ。ま、いいデショウ」

 

「スズカさんとメズさんも、準備の方をよろしくお願いしますね?」

 

『ああ、分かった』

 

『りょーかい!』

 

 イザナの指示の下、素早く動き出す女性達。

 そして、イザナ自身も限られた時間で情報を集める為に率先して動き出すのであった。

 

 

 

 

 

 ――ナイトレイドの隠れ潜むアジト。

 そのすぐ近くの森の中に、イェーガーズの一員であるスタイリッシュと、彼自慢の強化兵達の姿があった。

 強化兵達の並外れた感覚により、ナイトレイドの一人であるラバックの張った警戒網を全てくぐり抜け、遂にはこのアジトの場所を発見する事に成功したのである。

 

「――さて、と。トローマは既に潜入成功。カクサンとトビーもナイトレイド達の下へと向かった事だし、私達は此処を一望出来る場所に移動するわよ」

 

「はい、スタイリッシュ様!」

 

「近くに人の気配はありません。すぐにでも移動出来ます」

 

「それでは、まだ周囲には糸が張り巡らされているので、私と同じ動きできて下さい」

 

 スタイリッシュの指示に従い、強化兵の鼻、耳、目の三人はそれぞれの優れた感覚を活かして行動し始める。

 

(……全強化兵を総動員させた奇襲作戦。成功する確率は良くて五分五分、と言ったところかしらね)

 

 先導する三人に付いていきながら、スタイリッシュは冷静にこれからの事を考えていた。

 何せ、今回の奇襲の事は上司であるエスデスには報告せず、独断のみで彼はこのナイトレイドのアジトへとやってきたのだ。もし作戦に成功したとしても、スタイリッシュ自身にはそれ相応の罰が下ることだろう。

 なので、スタイリッシュとしては最低でもタツミの身柄を確保し、ナイトレイドの戦力を一人でも削る事が望ましいのだが、現状の戦力ではかなり難しいと言えるだろう。

 

 そして、スタイリッシュの不安は実際のものとなった。

 瞬く間に最大の手駒であるカクサンとトビーは撃破され、ナイトレイドの一人を葬ったと思われたトローマは反撃にあい、強化兵達には効かない毒を散布しても、何故か粘り強い抵抗により段々と数を減らし始めていた。

 

「……っ!? スタイリッシュ様、空から別の新手がやってきます!」

 

「何ですって!?」

 

 更には、周囲の音に気を配っていた耳からも悪い知らせが入り、全員が視線を空へと向ける。するとそこには、超級危険種であるエアマンタの背中に乗り、ナイトレイドのアジトの周りを旋回する者達の姿があった。

 しかも、その中の一人は人間型の帝具であるらしく、尋常ならざる力で残りの強化兵達をも簡単に無力化していく。

 もはや、スタイリッシュのこの場での手駒は感覚に特化した目、鼻、耳の三人のみであった。

 

「……こうなったら、最後の手段――」

 

 残る三人がどうにかしてスタイリッシュを守ろうとする中、当の彼は懐から注射器を一本取り出した。

 その中身はスタイリッシュが発明した薬であり、自身を巨大な危険種に変異させ、強大な力を発揮するというものである。

 そんな危険な薬を自らの腕へと打ち込もうとした、その瞬間――。

 

「――こんばんは、スタイリッシュさん。どうやら間に合ったようですね」

 

 ――彼の目の前に、数名の女性を連れたイザナが姿を現した。

 

 

 



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第八話 二人の再会を奪う!

 

 

 イザナとサヨ、ローゼン、スズカ、メズ、それから話を聞いたウーミンとトレハの七人は、目的地に到着するまでにかなりの時間をかけてしまっていた。

 どうにか目的地付近には辿り着いたが、行く先々のあらゆる場所には警報装置や罠が大量に仕掛けられており、それらに詳しいトレハが見抜き、時には全員で力任せに突発して進んでいた為に、必要以上の時間を消費してしまったのである。

 

 遂には目的地だと思われる場所へと到着したのだが、そこではナイトレイドと思われる手練れの集団と、どこか見覚えのある人工的な兵士達が既に戦いを繰り広げていた。そして、イザナは偶然近くにいたスタイリッシュを発見し、同僚の危機であろうと察してやってきたのであった。

 

「……あら、イザナさん。こんな所で会えるとは、私の運もまだ捨てたもんじゃないって事ね」

 

「という事は、かなりのピンチだった訳ですか?」

 

「ええ、それなりにね。でも、貴方の助力があれば、十分にスタイリッシュな反撃が可能になるわ!」

 

「……分かりました。スタイリッシュさんが死ねば、セリューさんが悲しみますからね。とりあえずこの場は加勢しましょう」

 

「イ、イザナさん!? タツミの事はどうするんですか!?」

 

 イザナという予想外の切り札(ジョーカー)が加わった事で、スタイリッシュとその部下達も顔色が明るいものへと変わる。

 しかし、当初の目的とは違う彼の言動に、一緒にいたサヨから驚きの声があがった。

 

「……タツミ? イザナさん、その娘は?」

 

「サヨさんといって、あのタツミさんの同郷の知り合いです。今回、自分達は行方知れずとなったタツミさんの捜索に来たんですよ」

 

 イザナの言葉に、スタイリッシュは彼とサヨ、それからその背後にいる数名の女性達に顔を向け、そして大まかな彼らの現状を把握する事が出来た。

 

「……成る程ねえ。えっと、サヨ、だったわね?」

 

「は、はい」

 

「タツミなら問題無いわ。多分、もうすぐここに来ると思うから」

 

「えっ、本当ですか!」

 

「ええ、本当よ。だって彼は――」

 

 スタイリッシュがそう口にした、その瞬間――。

 

 

 

「――殺し屋集団の一員として、私達を始末しにくる筈ですからね」

 

 

 

 ――彼を仕留めにきた殺し屋(ナイトレイド)達が、剣呑な雰囲気を伴って姿を現した。

 

「見つけた! ……って、え、サヨ? お前、生きてたのか!?」

 

「えっ、その声、まさかタツミなの!?」

 

 その中の一人、全身を鎧の帝具で覆った人物が戸惑うような声を出した。どうやら中身はタツミであるらしく、その聞き覚えのある声を聞いたサヨは目を見開いて驚きの表情を浮かべている。

 

「……やはり、タツミさんはナイトレイドと繋がっていたんですね」

 

「あら、イザナさんはタツミの正体に気づいていたの?」

 

「予想の範疇ではありましたけど、そんな気がしていたんです」

 

 イザナは大会で初めてタツミを目にした時から、タツミの事を疑わしく思っており、最悪のケースとして、ナイトレイドとの関係も予想の一つとして想定していたのだ。

 なので、行方不明となり占いで大まかな居場所が判明すると、高確率で存在するであろう罠の対策としてトレハを、そしてサヨだけではなくウーミン、スズカ、メズといった実力をもつ者達も連れてきたという訳である。

 

「今まで一体何処で何をしてたのよ! あれからずっと会えなくて、やっと見つかったと思っても、またいなくなったなんて聞いたから心配してたのよ!?」

 

「こっちだって心配してたっての! そういえば、サヨがいるって事はイエヤスもいるのか?」

 

「……イエヤスは、今は帝都の病院で入院中。でも、そろそろ元気になる予定よ」

 

「え、入院!? そっちこそ何があったんだよ!」

 

「こっちも色々と大変だったって事よ。でも、タツミが元気そうで良かったわ」

 

「……俺も、サヨやイエヤスの無事が分かってうれしいよ」

 

 そんな会話をしているうちに、二人の感動の再会による会話は白熱していき、更にタツミは鎧の帝具である「インクルシオ」を外し、サヨへと段々距離を縮めていく。

 対するサヨも、そんな彼へと歩み寄ろうとするのだが――。

 

「……え、あの、どうしたんですかイザナさん?」

 

「お、おい、アカメ、何で邪魔するんだよ!?」

 

 ――いつの間に接近していたのか、サヨの前にはイザナが、そしてタツミの前には長い黒髪の少女、アカメが立ちはだかり、それぞれの歩みを遮っていた。

 更には互いに得物である刀を構え、相手の僅かな動作をも見逃さんと全神経を集中させているので、周囲には冷ややかな闘気が満ち始めている。

 

「……大臣の息子の一人、イザナだな」

 

「はい。そう言う貴女は、ナイトレイドのアカメさんですね?」

 

 かつては、イェーガーズのクロメと同じ帝国の暗殺部隊に所属し、しかし帝国のあり方に疑問を抱き、部隊から離反して革命軍へと入ったという殺し屋の少女、アカメ。

 皇拳寺羅刹四鬼にも匹敵するとまでいわれている実力と、僅かな傷からでも呪毒によって相手を殺す刀の帝具、一斬必殺「村雨」はかなりの脅威であり、ナイトレイドの中でも特に注意すべき人物となっている。

 

「……サヨさん、申し訳ありません」

 

「な、なんで謝るんですか……?」

 

「残念ですが、タツミさんはナイトレイド側、自分達の敵となりました。つまり、捕らえた後に法律に基づいて裁判にかけるか、あるいは最悪の場合、この場において処断する必要があるという事です」

 

 普段のイザナからは想像が出来ない程の闘気に、本能的に後ずさって顔を青くしたサヨ。そして彼女は慌てて奥にいるタツミへと顔を向けた。

 

「タ、タツミっ! 今すぐその人達から離れて! 今ならまだ間に合うから!!」

 

「え? な、何を言って――」

 

 

 

「――タツミっ!!」

 

 

 

「――っ!?」

 

 死んだと思っていた仲間の言葉に戸惑うタツミであったが、殺気を放つアカメからの叱責によって口を閉ざし、サヨと同じ様に青ざめた表情を浮かべ立ち竦んでしまう。

 

「タツミの仲間は、可能な限りは助けたいと思う。でも、今目の前にいるイザナを相手にすれば、そんな事を言ってる余裕は無くなってしまう」

 

「そ、そんな……っ!?」

 

 アカメの言葉に詰め寄ろうとしたタツミ。だが、普段はあまり表情を変えない彼女が、眉をひそめながら冷や汗を浮かべている姿に気がついた。

 ここにきてようやく、目の前の相手がアカメにとっても危険な敵なのだと判断できたのだ。

 

「――待たせたね。アカメ、タツミ!」

 

「姐さん、みんな!」

 

 すると二人の後方から、数名のナイトレイドであろう者達が彼らの援軍として次々に駆けつけてきた。

 金髪で獣のような出で立ちをした女性を先頭に、小柄な青年や桃色髪のツインテールの少女、更には棍棒のような武器を持った男性も現れ、イザナ達やスタイリッシュ達の周囲を半円状に素早く囲み、それぞれ臨戦態勢をとり始めていく。

 

「……それにしても、まさか敵の中にあのイザナがいるとは予想外だったねぇ」

 

「敵としては、これ以上無い程に厄介な相手だからな」

 

「でも、ここで逃がす訳にはいかないわ!」

 

 まさかの強敵であるイザナの出現に対し、それでも士気を下げないナイトレイドの面々。

 そんな相手を前に、当人であるイザナは警戒を弛める事無く、逆に肌が粟立ち震える程の凄まじい闘気を放ち始めた。

 

「……スタイリッシュさん。敵の加勢も来てしまったので、今は反撃よりも逃げた方がいいと思われます。直ちに部下の人達と一緒に、この場所から撤退して下さい」

 

「り、了解よ。さあ、スタイリッシュに逃げるわよアンタ達!」

 

『は、はい。スタイリッシュ様!』

 

「ローゼンさんも一緒に撤退を。サヨさんとトレハさんは、ローゼンさんやスタイリッシュさん達の援護と逃走経路の確保。ウーミンさんとメズさんとスズカさんは、申し訳ありませんが自分と一緒に時間稼ぎをお願いします」

 

「はいデスネ」

 

「は、はい……」

 

「わ、分かりました!」

 

「了解です」

 

「はいはーい」

 

「任せて下さい」

 

 いつもの雰囲気とは程遠いイザナからの指示に、我の強いスタイリッシュですらもおとなしく従い、素早くこの場からの離脱を開始する。

 そんな彼らを追うようにローゼン、サヨ、トレハの三人は追従していくが、サヨだけはその場で立ち止まり、それから振り返るとイザナへと声をかけた。

 

「……あ、あの、イザナさん! タツミの事は、出来るだけ助けてやって下さい! タツミは馬鹿なところはあるけど、本当は根は良いやつなんです! だからっ!」

 

 大切な仲間の身を案じ、必死になって懇願するサヨ。

 そんな彼女に、イザナは警戒を続けたままほんの少しだけ闘気を弛め、普段と変わらない優しげな表情で答えた。

 

「……ええ。サヨさんが悲しむような事にはしませんよ。さあ、トレハさんだけでは大変でしょうから、早く一緒に行ってあげて下さい」

 

「……はい、分かりました!」

 

 イザナの言葉を強く信頼し、サヨはスタイリッシュ達を追いかけながら走り去っていく。

 そして、イザナは弛めていた闘気を再び放つと、改めてナイトレイド達へと向き直った。

 

「さて、ウーミンさんは金髪の女性、メズさんは小柄な青年、スズカさんは桃色髪の少女の相手をお願いしてもらえますか?」

 

「ん? 残りはイザナさんがやるの?」

 

「はい。アカメさんは勿論の事、そこの男性を相手にするには、皆さんの実力ではおそらく敵いそうにないですからね」

 

「……確かに、私達では危うい相手ですね」

 

 ウーミン、メズ、スズカの三人は、イザナの仲間の中でも特に優れた戦闘能力を有する者達である。

 しかし、目の前にいる敵の中でもアカメと棍棒の男性については、彼女達をも超える実力があるとイザナは判断した。なので、彼女達の手に余るであろう二人を、飛び抜けた実力を有する彼が相手にするという訳である。

 

「……では、そこのタツミという少年はどうしますか?」

 

「そうですね。一応、手を出してこなければそのまま見逃す形でお願いします。もし攻撃してきたなら、死なない程度にあしらって下さい」

 

「了解しました」

 

 イザナが仲間との会話を終えると同時に、ウーミンは腰に下げていた小太刀を逆手に握り、スズカとメズはそれぞれの構えをとってナイトレイド達へと対峙する。

 イザナも最初から手にしていた「黄泉国」を掲げ、目の前にいるアカメへとその切っ先を向けた。

 

「――では、全力で時間稼ぎをしましょうか」

 

「――葬る!」 

 

 二人のぶつかり合った剣撃を皮切りに、イザナ達とナイトレイド達の戦いが幕を開けた。

 

 

 





人物、帝具の紹介

主人公:イザナ

・オネスト大臣の息子で、シュラの弟。名目上の職業は大臣補佐。現在は特殊警察イェーガーズも兼任。
・戦闘能力は高く、特に剣術は飛び抜けて秀でており、大将軍にも認められる程の実力がある。文官としての能力も高く、オネスト大臣の持て余した仕事をしばしば手伝う事も多い。
・文武両道、質実剛健であり、大臣の息子とは思えない程の良識的な人物だが、気に入った美女、美少女に対する独占欲が高く、女癖が悪い一面がある。
・恋愛対象は、下は十代前半から上は三十半ばまで。関係をもった相手の数は百人以上。ただし幼女、少女は愛でるのみ。
・基本的には、女性への扱いには可能な限り気を配るフェミニスト。常に女性の意思を重んじており、強制する事は滅多にせず、無理を利かせた場合にもアフターケアは欠かさない。
・愛する女性に優しく、傷つけるような輩には一切の容赦をしない。その際にはあらゆる人脈、権力を惜しみ無く発揮する。


帝具:生殺与奪「黄泉国」

・傷をつけた相手の生命力を奪い、それを自在に操る事を可能とする刀型の帝具。更には水や土に一時的に生命力を与え、人形のように操る事も出来る。
・与えた傷が大きければ大きい程、奪い、与える際の生命力は大きくなる。なお、対象に帝具を刺した状態であれば、どのようなものでも短時間で全ての生命力の与奪が可能である。
・なお、生命力の与奪は鞘に刀身を納めている状態では作動しない。与奪の最中に納刀した場合、能力は途中で中断されてしまう。
・奥の手は、一日に三回だけ使用できる「黄泉還し」。死んで間もない者や致命傷を負った者を、五十人分の生命力と引き換えに治癒する能力。しかし、部位の欠損は再生させる事が出来ず、治すには欠損した部位そのものが必要となる。



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第九話 ナイトレイドの勝機を奪う!


 いいサブタイトルが浮かびません……。




 

 

 ~ Side:タツミ ~

 

 ――俺がナイトレイドに所属する切っ掛けとなったのは、帝都に着いてからまだ間もない頃、ある悪辣な貴族との遭遇だった。

 

 甘い言葉をかけて地方からやって来た者を誘い、そして趣味である拷問にかけてなぶり殺すという、極悪非道な裏の顔を持つ貴族の一家だったが、タイミング良く現れたアカメや他のナイトレイドのメンバーによって、その一家は護衛もろとも葬られた。

 たが、俺は助けられた後に訪れた拷問部屋の中で、帝都に向かう途中ではぐれた仲間の二人、サヨとイエヤスが身につけていた花の髪飾りや衣服の切れ端を見つけてしまった。

 既に貴族一家は皆死んでいたので話を聞く事は出来なかったが、それぞれにこびりついた乾いた血の跡が、二人の生存が絶望的である事を表しているかのようだった。

 

 だけど、思わぬ所で死んだと思っていたサヨと再会を果たす事が出来た。

 ナイトレイドのアジトを襲撃してきたDr.スタイリッシュを討ち倒す為に後を追った先に、何やら複数人で話をしているサヨの姿があったのだ。

 そのまま互いに無事を確認し合い、そのままサヨの下に近づこうとしたのだが、それを仲間であるアカメと近くにいた男によって遮られ、そしてそのまま戦いに発展してしまった。

 

 

 

 

 

「う、嘘だろ……」

 

 今、目の前で繰り広げられている戦いに、俺はそう小さく呟いた。

 同じナイトレイドの仲間であり、戦闘においてはかなりの信頼を寄せているアカメ、姐さん(レオーネ)、ラバック、マインと、新たに仲間に加わった生物型の帝具であるスサノオの五人が、それぞれ相手をしている敵に苦戦を強いられていたからだ。

 

「くっ、この、面倒な戦い方しやがって……っ!」

 

 姐さんは、時折姿を消しては死角から現れる、眼鏡をかけた女性の予測不可能な攻撃に翻弄され。

 

「うおっ、ちょ、マジでっ!?」

 

 ラバックは、褐色の女性が分泌した液体により、帝具である「クローステール」の万能性を封じられ。

 

「こんの、ふざけんじゃ、ないわよっ!」

 

 マインは、顔に傷のある女性の素早い身のこなしにより、自慢の射撃を(ことごと)く躱され続けている。

 

「ふっ、せぁっ!」

 

「はぁっ!!」

 

 そして、一番の実力を持つアカメとスサノオについては――。

 

「――鋭いですが、まだ甘い」

 

「……ぐぅっ!」

 

「……がぁっ!」

 

 ――数十にも及ぶ怒涛の斬撃、打撃を、それを遥かに上回る相手、イェーガーズの一人であるイザナの剣術と体術によって全て防がれ、逆に彼からの攻撃は躱しきれずに、既に十数ヶ所以上も手傷を負わされていた。

 

「……葬るっ!」

 

 短く発せられた掛け声と共に、上、中、下段からの三連撃を一息で放つアカメ。

 しかし、それすらもイザナは全て捌ききり、更に返す刀で放った横薙ぎの一撃により、咄嗟に防御した彼女の身体が軽々と吹き飛ばされてしまう。

 

「……せぇい!」

 

 今度はスサノオが死角からの打突を繰り出すが、当たる寸前に手元を弾かれた事で攻撃が外され、逆に袈裟斬りのカウンターを受けてそれなりに深い傷を負ってしまっていた。

 

(――くそっ。ほんの少しでもいいから、俺から意識が離れさえすれば……)

 

 目で追う事すらほとんど出来ず、俺自身では数分耐える事も無理であろう圧倒的な実力の差による激しい攻防。

 何度か手を出そうと試みてはいるが、そんな三人の実力差以上に、機先を制するように放たれるイザナの威圧が、動きだそうとする俺を(ことごと)く遮ってくる。

 

(実力が、違いすぎる。でも……)

 

 だが、まだ別に諦めた訳ではない。

 全ての神経を集中させ、ほんの一瞬の隙をも決して見逃さないように、今は戦いを眺めるしかない……。

 

 ~ Side:タツミ・了 ~

 

 

 

 

 

「……さて、そろそろいいですかね」

 

「な、何を……っ!?」

 

「……くっ、力が、入らない!?」

 

 暫くして、身体中に傷を受けてはいたものの、戦闘には支障はきたさない程度に留めていた筈のアカメとスサノオが、唐突にふらりとよろけて地面に膝をついてしまう。

 イザナの帝具である黄泉国の能力により、アカメは全身に負った細かな傷全てから、スサノオは帝具である為に傷は再生して残ってはいないものの、深手に相当する傷を何度も受けた事で、互いに多くの生命力を奪われていたのだ。

 

「無理に動かない方が良いですよ。今はまだかなり重い全身疲労だけで済んでいます。しかし、命が危うくなるギリギリ手前まで生命力を奪ったその身体では、もはや戦闘は不可能でしょう」

 

 そう言って、イザナは黄泉国を鞘に戻し、生命力を奪う能力を解除する。そのままアカメとスサノオから数歩だけ距離をとると、周囲で戦っていた他の三人へと視線を向けた。

 

「ウーミンさん、スズカさん、メズさん。もう十分ですよ」

 

 その呼び声に反応し、それぞれの相手に対し優勢であった三人は戦いを区切り、イザナの下へと素早く移動してきた。

 彼女達と対峙していたナイトレイドの三人については、突然のその行動が予想外であった為に反応が遅れ、目の前にいた敵を逃してしまう形となり、驚きと憤りがない交ぜとなった表情を浮かべている。

 

「スタイリッシュさん達が撤退する時間は稼げました。あとは自分達もこの場を去るだけです」

 

「いいんですか? このままナイトレイド達を見逃せば……」

 

 イザナの言葉に疑問を述べるスズカ。

 しかし、彼は先程まで浮かべていた威圧を納め、いつもと変わらない笑みを彼女達に向けていた。

 

「美しい女性を殺す事は、自分は極力避けたいですからね」

 

「……はぁ、最後はやっぱりそれですか」

 

「ははっ、結局は女性に甘いんだよねー」

 

「それに、ナイトレイドの存在は犯罪の抑止に少なからず繋がっていますし、簡単に潰すには勿体ない部分もあります。父上には、自分から説明すれば大丈夫ですよ」

 

 イザナらしい相変わらずの態度に、スズカやメズはやれやれといった様子で苦笑いを浮かべている。

 そんな彼らを目の前にして、黙っていられなかったのはナイトレイドの方であった。

 

「……ふざけんじゃないわよっ!? そんな甘い考え方に見逃される程、私達は落ちぶれちゃいないわ!」

 

 怒声と同時に攻撃を仕掛けたのは、桃色の髪の毛をポニーテールにした少女、マインであった。

 彼女は手にしていた帝具、「浪漫砲台」パンプキンを構えると、自分達を侮っているであろう目の前のイザナに向けて、今放てる最大威力の弾を撃ち出した。

 

「吹き飛びなさいっ!」

 

 ピンチになる程に威力を増すというその帝具の特性により、イザナのみならず他の女性達をも丸ごと消し去らんばかりにまで威力の上がった一撃が放たれる。

 だが、ほんの数秒後には消し炭になるという寸前、イザナは鞘に納めていた黄泉国の柄を瞬時に握り、そのまま居合いの構えを見せた。

 

 そして次の瞬間――。

 

 

 

「――“(あま)()ち”」

 

 

 

 ――下から上へと瞬きの間に振り抜かれたイザナの斬撃により、マインの放った銃撃は真っ二つに両断されていた。

 

『……っ!?』

 

 それを目にした者達が驚愕の声をあげる中、パンプキンによる強力な一撃は完全に左右に分かたれ、イザナやウーミン達のすぐ(そば)を破壊しながら通過していった。

 勿論、その間にいたイザナ達四人には傷一つついてはいない。

 

「う、嘘、でしょ……? 私の、パンプキンの攻撃を切り裂くなんて……」

 

 声を震わせ、信じられないといった様子を見せるマイン。他のナイトレイドの者達も、()()()()()たった今目にした光景に言葉を失っている。

 

「――お、りゃあっ!!」

 

『っ!?』

 

 そして、その場にいた者達が黙っている中で、唯一人タツミだけが速やかに動いていた。誰もがイザナの一撃に目を向け、その本人も自身の放つ一撃に集中した為に、ずっと機会を窺っていた彼は遂に攻撃する僅かな隙を得る事ができたのだ。

 やや斜め後方からの全力の刺突。刀を振り上げたままの姿勢でいるイザナには、致命傷にはならずとも避けられぬ攻撃である――。

 

 

 

「“()(くだ)き”」

 

 

 

 ――その、筈であった。

 

「な、ぐは……っ!?」 

 

 振り上げたままでいた刀が雷光の如き鋭さで降り下ろされ、咄嗟に剣で防御したタツミの身体を地面へと叩きつける。

 あまりの衝撃の強さに防御に用いた剣にはヒビが入り、受けたタツミも白目を向き気絶してしまっていた。

 そんな彼に、一番近くにいたウーミンが即座に刃を向けるが、それをイザナが手で制する。

 

「ウーミンさん。別にいいですよ」

 

「ですが……」

 

「彼を殺せば、サヨさんは悲しみます。それは、避けたいですからね」

 

「……はい。分かりました」

 

 イザナの言葉に渋々了承し下がるウーミン。それを確認すると、彼はすぐ近くに寄り添う他の女性達を一瞥しながら、まだ動けずにいたナイトレイド達へと最初に見せたような笑みを浮かべて言い放った。

 

「では、自分達はこれで失礼します。……ああ、タツミさんには一つだけ言伝てをお願いします。サヨさんが悲しむような行いは、くれぐれも選択しないで下さいね、と」

 

 そう言い残し、イザナ達はナイトレイドのメンバーの前から走り去っていった。

 残された者達は、そんないつかは戦う事になるであろう強者の姿を目に焼きつけ、それでもただ遠ざかる彼らを見逃すという手段をとるだけとなってしまった。

 

 

 



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