雁夜おじさんに憑依してしまった大学生 (幼馴染み最強伝説)
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妄想暴走プロローグ

「はぁ…………なんでこうなった」

 

今ので何回目になるかわからないため息……多分十は越えたと思う。

 

ベンチに座って、コーヒー片手に項垂れながら、半ば自暴自棄になっていた。

 

周囲の人間はそんな俺を心配そうに、だが遠巻きに見ている。

 

まぁ、ジャパニーズの俺がこうして世界の終わりみたいな雰囲気を醸し出していれば、例え周りにいるのが全員外国人だとしても心配くらいはしてくれるだろう。うん、話しかけないでくれてありがとう。今はそっとしておいて欲しかったんだ。言語も全くわからないしね。

 

なんで俺はどことも知れない国にいるんだ。というのは割と重要だが、其処まで悩んでない。言葉が通じなくたって、ボディランゲージがあるじゃない。え?何の解決にもなってない。わかってるよ、そんな事。

 

幸い、地図持ってて、泊まっているホテルがわかるから衣食住には困らないんだけど、それも数日の間だけ。数日あれば頭の中を整理できることには出来るが、それは諦観しているだけなのか、開き直ってるだけなのか、わからない。両方ダメじゃん。

 

さて、良い子の皆。俺が何でこんなにも悩んでいるか教えてあげよう!

 

聞いて驚け!なんと!なんとだ!

 

俺………間桐雁夜になっちゃった!

 

………泣いていいですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

間桐雁夜。通称雁夜おじさん。

 

もうこれでもかってくらいに度重なる不幸に晒され続け、結局最後の最後で救いたかった子に「あの妖怪に刃向かうとこうなります」的な事実を突きつけてしまった救われなさすぎる人。

 

おまけにアインツベルン相談室なる映像特典では自分のサーヴァントであるバーサーカーことランスロットに「自分よりも酷いやつ」と言われていた。作者どんだけ雁夜おじさん嫌いなの?とアニメ観ていた俺は切にそう思った。

 

だってあの人、ちょっと思い込みとか激しいけど、好きな人に幸せでいてほしかったから頑張ったんだよ?そりゃ、時臣殺したら本末転倒な上に寧ろ恨まれるまであったけど、そこは人間。欠点の一つや二つくらいは目を瞑ってあげようよ。欠点が致命的な気がする?そんなのこの世界の住人じゃ常識の範疇だよ。時臣見てみろ。うっかり属性とか言ってるけど、あれもううっかりで済ませていいようなレベルじゃないぞ。ケイネスだってプライド高い奴の典型的なツメの甘さが半端ないし。ウェイバーとか三流以下の魔術師だぞ。あんなの龍之介に毛が生えたくらい……いや、人間スペックは龍之介の方が高いから、あの時点では差し引き無しくらいかな?後で超すごいやつになったけど。

 

まぁ、それはともかくだ。

 

そんな可哀想な雁夜おじさんに同情していなかったわけじゃない。というか、同情しまくっていた。

 

だが、成りたいだなんてサラサラ思っちゃいなかった。

 

普通思うか?人生ハードモードとか超越して、少し先が真っ暗どころか無くなってるんだぞ?そんなのやだ。いくら特典持ち(・・・・)の憑依者でも成りたくないものくらいはある。誰だってサイバイマンとかにはなりたくないだろ?それならせめてラディッツにしてくれって思うだろ?強くなれる要素あるし、強くなれるまで逃げまくりゃいいんだから。

 

や、そりゃ雁夜おじさんだって、聖杯戦争にさえ参加しなけりゃ死なないよ?寧ろ、それなりに良い人生送れるよ?

 

でもね。俺ってば保育士目指してた人なの。半年くらいしかまだ勉強してなかったし、かなり危ない橋も渡ってたけど、これでも子ども好きで虐待とかのニュース見ちゃうと親殺してやろうかって思うくらいには子ども好きだった。

 

子ども嫌いなら「聖杯戦争?HAHAHA!そんなの参加しマセーン!」とか言えた。でもでも、あれってば参加しないと桜ちゃんが原作よりも酷いことになっちゃうの。未来の美少女が、とかそういうのはその頃にはお爺ちゃんに差し掛かりそうなおっさんの俺には関係ないけど、子どもを病ませるような環境を見過ごすわけにはいかん。具体的には臓硯処刑コース。

 

しかし、その臓硯こと妖怪爺さんは本当に妖怪なんだ。

 

本当の身体はとうの昔に無くなってるし、今の身体は何回も乗り換えた蟲の集合体。

 

おかげで本体潰すまで不死身に近いし、本体は何処にいるかわからん上に性格は鬼畜の極み。昔は世界平和のために頑張ってましたな人とは思えないレベル。鬼の手持った教師とかに退治されそうな人だ。麒麟さん、あの人退治してください。先生じゃないのかって?いや、なんか神の使いの方が強そうじゃん?実際先生手も足も出なかったし。

 

話は逸れたが、そういうのもあって、流石に子どもが陵辱されてるのを素知らぬふりして「人生楽しいなぁ」とか言えるほどメンタル強くないし、人格破綻してるつもりもない。死んだほうがマシというわけじゃないけど、永遠に悪夢として魘されるくらいなら多少命懸けでもやるしかない。罪悪感に押しつぶされて自殺する可能性があるくらい、俺時々ネガティヴになるから。

 

そういうわけで目下の問題はいかにして臓硯を殺すか。

 

先ず一つ目は聖杯戦争に勝って、聖杯にお願いする。

 

万能の願望機こと聖杯さんは第三次聖杯戦争によって汚染されて、何もかも悪い解釈で願いが叶っちゃうわけだが、特定の誰かを殺せという始めっから悪いお願いならいけるんじゃね?的な考え方だ。悪い解釈も何もあったもんじゃない。

 

ただ、ここで問題なのは俺がお願いするためには聖杯戦争勝たなくちゃいけない。臓硯からの援護なんて望めないし、多分掴まされるのはランスロットだから、ライダーやランサーとは相性悪い。おまけにマスターには外道神父とか魔術師殺しとかいる。もうやだ。

 

なので、他の可能性も模索してみる。

 

もう一つはいっそ魔術師殺しさんこと悪逆非道、外道、血も涙もない正義の味方、衛宮切嗣師匠にお願いするという手もある。聖杯戦争がいつ始まるのか具体的なことは覚えてないが、その前に接触して「臓硯殺して下さい」ってお願いすれば殺してくれるかもしれん。代行者の言峰に「臓硯、悪いやつ、ころして」と頼むのもいいが、あちらは殺し損ねる可能性ありそうだからな。ほら、相性的に。そこはやはり本職に。

 

とはいえ、こちらもこちらで問題なのが、既に聖杯戦争が始まりかかっている場合。

 

そうなれば「臓硯とか殺してる場合じゃねえし」と言われるのは目に見えている。そりゃ、臓硯に令呪宿れば話は変わるが、多分それはないだろう。今回の聖杯戦争捨てるからとか言ってたぐらいだし、偽臣の書とかあるし、お爺ちゃんだし、聖杯戦争に参加しない方法があるに違いない。

 

そして最後の手段。俺が殺す。

 

殺しに行くまではヌルゲー。殺すとなったら一番ハードな選択肢。

 

油断し切ってるから懐に入るまでは簡単。だって、俺間桐を勘当された落伍者だし。魔術使えないと思われてるからね。

 

ところがギッチョン。俺は魔術使えるんだな、これが。

 

というのも、それは俺の持っている特典というのが関係している。

 

実は俺。端折ったけど死んでるんだよね。一回。理由?多分病気。

 

そんでもって、よくある神様転生ってやつで「生き返りたい?」って聞かれたから、「まあ、どちらかと言われれば」と答えたわけ。

 

そしたら「じゃあ何か欲しいものある?」と聞かれたので即座に某有名ゲームの魔法とか使えるようにしてほしいと答えた。だってあれ夢あるじゃん?魔術じゃなくて魔法だからね。代価とか無いわけだ。素晴らしいことこの上ない。

 

本当はスタンドとか超能力とか欲しかったけど、あれって当事者の影響を結構受けるらしいし、いざ同じ能力を手に入れても劣化コピーとか話にならん。ましてや、日常生活じゃ使えない可能性もある。

 

てっきり、元の世界に戻してくれると考えてた俺はそうお願いしたわけ。今考えればそんなわけあるかって話だが、そんな事特典云々でテンションMAXだった俺の頭の中には無かった。

 

そして現在に至る。

 

自暴自棄になって、街の中心でメテオ打ちそうになったのは許してほしい。せめてコメットにしてあげる。どっちも危ないけど。

 

因みにMP的な概念も存在するらしい……というより、実際俺の頭の中にはそれが見えてる。

 

MP500。

 

なんか強めの中ボス的な微妙なMPだった。せめて最後に0一つ足してラスボスクラスにして欲しかった。ストレス発散にマジック連発できないじゃん。寝ないと回復しないんだよ?それかエーテル。エリクサーの方がいいけど。それにバーサーカーの消費って激しいらしいから、二秒で一減る計算だったら、長期的に戦えないし。

 

いっそ、サーヴァントで戦わないでマスターにデジョンとか打ってみるか。多分防御出来ないから次元の狭間にポーイして終わりだ。

 

あれ?これなら聖杯戦争イージーじゃね?臓硯にデジョンは効かなさそう(というより本体に打てないと意味ない)が、これなら聖杯戦争勝てるんじゃね?

 

勝てる!これなら聖杯戦争勝てるよ!

 

ランサー相手だとゲイ・ジャルグで無力化されそうだし、起源弾とかヤバそうだけどなんかいけそうな気がしてきた!

 

良し、そうと決まれば善は急げ。冬木に戻ろう。原作開始より何年も前ならよし、原作開始直前でも無理ゲーじゃないのはわかった。どうしようもなくなったら、間桐邸だけでもマジック連発でぶっ飛ばす。それで行こう。

 

先程とは打って変わって拳を強く握りしめて立ち上がる。

 

ここからだ。逆襲の雁夜はここから始まるんだ。

 

見てろよ、うっかりバカヤローに妖怪ジジイ。目にもの見せてやるからな!

 

さて、家に帰…………あ。

 

「冬木って………どこだっけ」

 

 

 

 



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楽しい楽しい話し合い

「ふ、ふふふ………やっと………やっと帰ってきたぞ!」

 

両手を大きく広げて、俺は思わずそう叫んだが、仕方のないことだと許してほしい。

 

何せ、冬木に帰ると志した日から一ヶ月。

 

本来なら三日程度で帰ってこられるはずのそれが、帰り道わかんない、帰る場所わかんない、言葉も通じないの三連コンボだ。俺が大好きなのは食う寝る遊ぶの三連コンボだというのに。ずっとゲームは友達。

 

そんなこんなで危うく聖杯戦争どころか、遭難して餓死するみたいな事になりかけた俺だったが、なんとか冬木に帰ってこられた。これがドラクエならルーラとかあるから帰ってこられたんだが、そうは問屋が卸さないらしい。

 

さて、あとは間桐邸に帰るだけ………「雁夜くん?」ん?

 

取り敢えず近場の公園にあったベンチに深く腰を下ろして、帰ってきたことに達成感を感じていたら、黒髪美人に話しかけられた。なんか幸薄そう………というか、何処かで…………見た事あるとかいうレベルじゃないな。

 

「……ああ、葵さん」

 

なんとか疑われないように目の前の女性の名前を口にする。

 

遠坂葵。

 

今回の聖杯戦争の参加者にしてギルガメッシュの最初のマスターである遠坂時臣の妻であり、間桐雁夜の想い人。そして言わずもがな遠坂凛と桜のお母様。よく覚えてないが、魔術師の母体として超優秀な没落家系の娘だっけ?我が弱いのに桜の事を雁夜に頼んだせいで雁夜が聖杯戦争に参加する事になっちゃったんだよな。最終的には言峰のせいで暴走した雁夜に首絞められて挙句精神崩壊だったか。ま、雁夜おじさんに俺が憑依したからそれもないけどね。

 

「どうしたの、その格好」

 

「格好?……ああ」

 

葵さんに指摘されて気づいた。

 

一ヶ月も放浪のような事をしていたせいで、髪はボサボサだし、服も若干ボロくなってる。一応これに着替えたの一週間前なんだけどなぁ。仕方ないか。

 

「軽く遭難してたんだ。今回はなかなかハードだったから」

 

「大変そうね」

 

もういろんな意味でハード。泣きたくなるくらいに。

 

「ところで今日は一人?凛ちゃんと桜ちゃんは?」

 

早速ストレートにカマをかけてみる。桜が間桐に養子として行っているか否か、これがある意味では聖杯戦争が近いという合図でもある。

 

もしこれで葵さんが普通の反応ならまだ聖杯戦争まで時間がある。もし、表情を曇らせれば聖杯戦争開始までもう時間はないと言っていい。

 

俺の問いに葵さんは目を伏せるだけだった。

 

それだけでわかった。

 

既に桜は遠坂の娘ではなく、間桐の娘になっているということが。

 

そう思うと少しだけ時臣に対してイラっとした。

 

それは雁夜とは違うものだ。

 

時臣としては魔道を尊びつつも子の幸せを望み、子の才能を活かすために信頼できる間桐に自らの子を託したのだ。あんな虫ジジイだと始めからわかっていたならば時臣も別の家を探していたに違いない。あれでも時臣は魔術師としても、人としても、良き父だと言えただろうから。だが、子の意志を聞かなかったというのはいただけないから、少しだけ灸を据えてやろう。二、三日悪夢を見る程度のな。

 

「何があったかは聞かない。でも、これから起こる事。俺がする事は許してほしい。それが俺が貴女に出来る友人としての手助けだ」

 

「雁夜くん?貴方一体何を………」

 

「里帰り。少し、うちの爺さんに話があるんだ」

 

俺はそれだけ言うと、間桐の家に向かった…………通行人に道を聞きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こうしてみるのは始めてだけど、随分と陰気臭い所だな。ここは」

 

二十分程度で着いた間桐邸はなんというかお化け屋敷かと思った。

 

やたらと家はでかいのに、人の気配が全くしない。

 

実際、今ここに住んでいるのは妖怪ジジイと桜、後兄貴。

 

メイドが何人もいそうなこの家に二人と一体、そして何百匹の虫だ。そりゃ陰気臭くもなる。

 

確か人避けも兼ねているんだったか。まぁ、どっちでもいいけどな。

 

門を開けて、間桐邸内に入る。

 

勘当されているとはいえ、流石に自分から家を出た人間が帰ってくれば何事かと思って、トラップの類いは発動しないか。流石に昼間っから魔法使いたくないし、何より試し撃ちは臓硯でしたいから。

 

それにしてもこの肌を刺すような感覚。覆いたくなるような汚臭。よくもまあこんなところで生活ができるものだ。

 

取り敢えず勘で書斎まで行ってみるか。なんとなくあいつのいる場所はわかる気がする。

 

昼間だというのに廊下は仄暗く、何処かジメジメしている。

 

一応人は二人住んでいるが、桜は多分蟲蔵、兄貴は酒をあおっている頃だろう。そのせいで人の気配は全くしない。

 

お、一段とデカイ扉があるな。これを開けて………と。

 

「ーーその面。二度と儂の前に晒すでないと確かに申しつけたはずだがなあ」

 

俺が扉を開くと同時に中から嗄れた声が聞こえてきた。

 

中にいたのは一人の老人。

 

見た目はそろそろ百歳に到達しそうなレベルの皺のある肌をしている禿げた老人だが、正体を知っている俺からしてみれば蟲の集合体でよく人に見せられるなあとちょっと感心してたりする。

 

「よお、臓硯。それとも、お久しぶりです、お父様。とでも言った方がいいか?」

 

「ほざけ。お主が魔道から背いた時点で血縁関係など無いようなもの。元より、そのような親孝行な性格ではあるまい」

 

「お前が人間なら、孝行する気も起きたがな」

 

「能書きは良い。何用でここを訪れた?まさかとは思うが、金銭を要求しにきたわけではあるまいな」

 

「お前に頼むくらいなら、もっとブラックな企業に頼む。ーーーー遠坂の次女を養子に迎えたそうだな」

 

ストレートに問う。

 

実際、葵さんは何も言ってはいなかったが、桜が養子に出された事は目に見えていた。事故で死んでしまったと言うのなら話は別だが、それなら何か仄めかすくらいはするだろう。俺が『間桐』だから、言えなかったんだ。例え、家から逃げ出した落伍者だったとしても。俺は結局間桐の人間として扱われるのだから。

 

「フフフ、耳の早い」

 

臓硯は気味の悪い笑い声を上げる。どうやら当たりらしい。

 

「そんなにまでして、こんな落ちぶれた魔導の血を残したいのか?」

 

「それをなじるか?他でもない貴様が?一体誰のせいで、ここまで間桐が零落したと思っておる。雁夜。お主が素直に家督を継ぎ、魔導の秘伝を継承しておれば、ここまで事情は切迫せなんだ。それを貴様というやつは」

 

「小言は後にしろ、吸血鬼擬き。お前は不老不死になりたいだけだろう?そう。聖杯を使ってな」

 

聖杯。

 

俺がその単語を口にした途端、臓硯の表情が変わった。

 

「雁夜。お主……」

 

「臓硯。俺を聖杯戦争に参加させろ、間桐の人間としてな」

 

そう言うと臓硯は一呼吸置いて、人の神経を逆なでするようなイラっとする笑い声を上げた。

 

「カカカカッ!馬鹿を言え、今日の今日まで何の修行もしてこなかった落伍者が僅か一年でサーヴァントのマスターになろうだと?」

 

「ああ。その証拠。見せてやろうか」

 

「何?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連れてこられたのは蟲蔵だった。

 

あの場で見せても良かったが、もしも俺の力が凄まじいものであったときのために無くなっては困るものがあると笑い声を抑えながら言っていた。このクソジジイが完全に見下してやがる。

 

「まさかとは思うが、遠坂の娘はまだ何もしていないんだろうな?」

 

「『まだ』な。主が今日来なければ今日から始める予定だったのだがな」

 

おお、ギリギリセーフか。危うく、桜ちゃんが原作通りに乙女を蟲に食われるところだった。そういうのはやっぱり好きな人にあげないとな。俺は男だし、好きな人もいないからわかんないけど。

 

「さて、雁夜よ。主の力。どれほどの物か、儂に見せてーー」

 

「ファイラ!」

 

「ッ⁉︎」

 

有無を言わせず先手必勝!もちろん狙いは臓硯一択!

 

「ブリザラ!サンダラ!エアロラ!」

 

間髪入れずに連続で叩き込む。何故中級なのかは臓硯が近くにいるから。俺も巻き込まれちゃうからね、一番強いの撃っちゃうと。

 

炎、氷、雷、風の四連コンボに臓硯の肉体は塵と化した。わおっ、凄まじいまでの破壊力にお兄さんびっくり。フレアーとか撃った日には間桐邸は跡形もなく消えそうだな。

 

「………何のつもりじゃ、雁夜」

 

責めるような口調で俺の背後に現れたのは死んだはずの臓硯。

 

やっぱり本体は別のところにあるか。まだ桜の中に入ってないだけでこの蟲蔵の何処かかはたまたこの街の外か。どちらにしても場所がわからない以上、殺せないな。

 

「何。完全に舐めきってたから、身を以て知ってもらおうっていう子どもなりの考えってやつだ。殺すつもりは……というか、殺せる気はしない」

 

殺す気はめちゃあったけどな。あわよくばここで死んでもらおうとさえ思っていた。聖杯戦争?なるようになるだろう。いざって時は凛みたいに触媒無しの召喚をするだけだ。あ、凛は一応触媒ありか。

 

「それで?どうだった?あれくらいならあと十発や二十発撃てるが?」

 

ここに帰ってくるまでにある意味レベルアップして、MPが50も増えたからな!嫌なレベルアップのしかただったが、まあいいだろう。

 

「……良かろう。雁夜よ、主の力を認めようではないか」

 

「そいつはありがとう。俺は聖杯をお前に持ち帰る。その代わり、遠坂桜を俺の養子にしろ。俺が死ぬまでの間、今後一切桜に手を出すな」

 

「何じゃと?」

 

「ボケたのか、臓硯。聖杯持ち帰ってやるから、その前に桜の親権寄越せって言っているんだよ」

 

「ボケているのはお主だ、雁夜。まだ始まってもいない聖杯戦争に早くも勝ったつもりでいるのか?主は聖杯戦争というものが如何なるものなのか、わかっていない。確かに先程の魔術。我が魔導を捨てた身としては凄まじい。だがな、他の魔術師に追随を許さないというほどでもない。だというのに、桜を寄越せじゃと?あれの調整は子が生まれるまで続ける。元より六十年後の聖杯戦争にかけるつもりなのだ。桜の調整は主が聖杯を持ち帰るまで「なら、残念だが桜には死んでもらうしかなくなるな」何?」

 

「桜も女の子だ。こんな醜悪で汚物に塗れた蟲に陵辱されるくらいなら死んだ方が嬉しいだろう。それにその時は俺が桜の蘇生を聖杯に願うだけだ」

 

あまり使いたくはなかったが、最後の手段だ。

 

臓硯にとって、聖杯と桜は必須。

 

聖杯は不老不死のために欲しいし、それを手に入れるための子を作る桜もいる。

 

そこにポッと出で使える駒たる俺が出てきたから、一応参加させて、桜は保険で。みたいな感じにしようと臓硯は思っていたのだろう。だが、そうは問屋が卸さない。

 

桜の純潔は何が何でも守ってやる。近親相姦で無くすのもあれだが、こっちはそれよりも酷いを通り越して、いっそ清々しいレベルだ。其れ程までに酷い。

 

もし、臓硯を殺し、聖杯戦争に勝利し、平和を手に入れたとしても、桜の陵辱された記憶は消えない。封印してもそうすれば必ず日常に誤差が生まれる。その忌まわしき記憶は桜を逃がさないだろう。

 

なら、させない。

 

子どものトラウマっていうのは親がネタにして、子どもが恥ずかしがる程度でいいんだ。

 

「脅しているつもりか?」

 

「脅し?まさか。取引だよ、お父さん。家ごと夢を潰えさせるか。それとも血の繋がった息子にかけるかのな」

 

ファイアで蟲を丸焼きにする。

 

桜くらいのこどもを一瞬で殺すのにはこれくらいの魔法で十分だ。というアピール。

 

そしてそれは臓硯にも伝わった。

 

「…………良かろう。主の意志。しかと受け取った。せいぜい、死なぬようにな」

 

「心配してくれるとは、優しいなお父さん」

 

まあ、ただの皮肉だろうけどな。

 

俺には捨て台詞にしか聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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間桐と遠坂

間桐の家に帰ってきてから、既に一ヶ月が経過した。

 

今に至るまでの一月は聖杯戦争に向けて、知識を蓄えていた。

 

大雑把な事情は知っているし、経緯もわかっているが、詳細までは知らない。

 

原作見てないし、アニメ見たのだって、かなり前だ。大まかな部分すら曖昧なところがあるというのに細かい部分なんて覚えてるわけない。ついでに言うと端折られている部分なんてなおのこと知らない。

 

今日も今日とて、只管本を読んでいるわけだが、はっきり言って気が滅入る。

 

元々本を読むのは好きなのだが、やたらと小難しいこと書いてるし、何よりこの間桐の家だ。陰気臭くて堪ったもんじゃない。間桐の性質上、仕方ないとはいえ、身体に悪そうな事この上ない。

 

コンコン。

 

扉が不意にノックされる。

 

この家の人間で俺の部屋に入るのにノックをする人間は一人しかいない。

 

「開いてるよ」

 

静かにゆっくりと開かれた扉からひょこりと顔を出したのは幼い黒髪の女の子。そーっと様子を伺うように覗き込む少女は俺と目が合うと扉を閉めて、トテトテと歩いてきた。

 

「雁夜おじさん」

 

「何かな?桜ちゃん」

 

深く腰を下ろしていた椅子から立ち上がり、女の子ーー桜と目線を合わせるようにかがむ。

 

にこりと自然な笑顔を浮かべて問いかけると、桜はお腹に手を当てて、元気よく言った。

 

「お腹減った!」

 

そう言われてみればと思い、時計を見てみると既にお昼を過ぎていて、そろそろ一時に差し掛かろうとしていた。

 

ちょうどいい。気分転換も兼ねて、昼食でも食べに行ってみるか。

 

「桜ちゃん。今日はお外でお昼ご飯にしようか」

 

「うん!」

 

ぱあっと花のような笑顔を浮かべる桜は至って普通の女の子だ。やはり蟲にさえ犯されなければこの子も魔術師として稀有な存在というだけで何も変わらない。

 

だからこそ、俺は今回の聖杯戦争。何が何でも生き残って、聖杯も臓硯も打倒しなくてはならない。極力人を殺すのは避けたいが、最悪そうも言ってられない。

 

始まるまでまだ十一ヶ月。入念に準備しておかなければいけないが、この子には何も関係のないことだ。この子が望むなら、俺は便宜上の親として、人並みの幸せを与えてあげないとな。

 

そう思っていた矢先の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………』

 

なんでだよ。

 

心の中で思わず悪態をついた。

 

折角胃を満たすついでに桜とレストランに来たというのに。

 

俺の運のなさを嘆くべきか、それとも運命を呪うべきか。

 

俺と桜の入ったレストラン。割と値の張るところだったのだが、其処にはよりにもよって遠坂一家がいた。隣のテーブルに。

 

気まずいとかいうレベルではない。特に桜が。

 

ほんの一ヶ月前まで親と子、姉と妹だった関係の人間がすぐ隣にいるのだ。本当ならすぐにでも帰りたいだろうに。桜は年の割には聡明だ。感情に任せるには落ち着きがあり過ぎた。

 

おまけに今回に限って時臣がいる。

 

いや、基本的には良い父親だから家族で食事くらいはするだろう。

 

だから明らかに侮蔑の視線を送ってくるのは止めていただきたい。俺だって好きでお前のいるところに来たわけじゃない。気分転換しに来たのにとんだ外出になりそうだ。

 

楽しい食事になる予定が微妙な空気になってしまった。美味い飯もこんな空気では俺が作った料理よりもマズく感じる。別に俺が料理下手というわけではない。

 

その時、静かに時臣が席を立った。

 

葵さんや凛は静寂の中で時臣が立ち上がったことに過剰に反応するが、まあ大方トイレだろう。食事中にトイレに行くのは優雅でもなんでもないが、そこは人間。生理現象には「間桐雁夜」ん?

 

「話がある。ついてきたまえ」

 

そう言うや否や、俺の返事を聞かずして時臣は店の外に出た。

 

おいおいおい、よりにもよってお前が俺に話しかけるんかーい!

 

しかもここで俺が席を立ったら桜が一人になるだろうが。お前は鬼か、時臣。

 

おまけに返事聞かずに外に出て行くし。多分無視したらキレるんだろうなぁ。理不尽なやつじゃないけど、俺の事は現時点では魔道に背いた落伍者ってことで見下しているだろうから。

 

別に見下すのは勝手だし、せいぜい過小評価してくれれば聖杯戦争でもやりやすいが………俺も時臣に用がないわけじゃない。

 

聖杯戦争の時にでも言おうかと思っていたが、この際言っておくか。桜次第だが。

 

「桜ちゃん。デザートなんでも頼んでいいから、少し良い子で待っててくれる?おじさん、大事な話があるから」

 

「なんでもっ⁉︎なんでもたのんでいいの⁉︎」

 

食いつくのそっち⁉︎ま、まあいいや。小さい子ならデザートは食べまくりたい年頃だろう。俺は今でもそうだけどな。

 

「うん。でも、食べきれるようにね。残したらデザートが可哀想だから」

 

「うん!桜、良い子で待ってる!」

 

そう言うと桜はメニュー表に目を通していた。物でつるのは子の教育上、良くないけど今回ばかりはそうも言ってられないし、ここは純粋さを利用させてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

店の外に出るとそこから少し離れたベンチに時臣はいた。

 

「何の用だ、時臣」

 

「一度は魔導の道から背きながら、よくもおめおめと帰ってこられたものだな。雁夜」

 

いきなり嫌味かよ。

 

「そこまでして、聖杯を求めるか。優れた家系に生まれながら、凡俗に身を落とした君が今更になって何を求める?」

 

問いかけてくる時臣の視線は真剣なものだった。

 

俺にとってはこの問答自体、これといって重要さを見出していない。

 

理由は至極簡単。俺は聖杯を求めていない。この地に帰ってきたのは自己満足の極みであり、聖杯戦争も単なる過程でしかない。俺の目的は無事聖杯戦争を生き残り、間桐臓硯を排除すること。出来れば言峰綺礼も排除しておきたい。愉悦覚醒さえさせなければ問題ないが、ギルガメッシュが出てくるのなら時間の問題だろう。

 

そして極め付けは聖杯の降誕。これは是非とも阻止したい。正確にはこの世全ての悪(アンリ・マユ)の降誕の阻止だ。あれは存在してはいけないものだ。いざとなったらありとあらゆる手段を用いて消し飛ばす必要がある。もっとも、俺の魔法で消えればの話だが。

 

話は逸れたが、それゆえに時臣に俺は答えた。

 

「聖杯に託す願いなんてものはない。聖杯が手に入るのはあくまで結果だ。俺の目的は無事に聖杯戦争を終わらせること。そして桜を人の子として真っ当な人生を歩めるようにする事だ」

 

「………雁夜。つまり君が欲しいのは勝ち残ったという結果ということか?」

 

「いや、あくまで生き残る事だ。俺が死ぬと桜が大変な目にあう。あの妖怪ジジイの所為でな。今回の聖杯戦争に参加したのもあのジジイとの取引だ」

 

表面上はな。

 

「間桐の翁か。落伍者を急造で仕立て上げて参加させるほど、此度の聖杯戦争にかける願いはさぞ大望なのであろう」

 

妖怪ジジイで通じるんだ。

 

しかも、臓硯の事をよく知らない時臣は「臓硯の為に聖杯戦争に参加した」という表面上の理由で勝手に納得してしまった。こういう所が綺礼に暗殺された原因なんだよなぁ。もっと人を疑うことを覚えようね、髭のおじさん。

 

「だが、いくら間桐の翁が仕込みを入れようと急造の魔術師に遅れを取るほど、私は弱くはない。此度こそ遠坂の悲願を成就させるために最強のサーヴァントを呼び寄せる手立ても付いている。はっきり言って、遠坂の勝利は決定したも同然だ」

 

確かに原作の雁夜は全くと言っていいほど話にならなかった。寿命を削っての、文字通り捨て身の攻撃も、何の意味もなく、一発で倒された。時臣は凡才ではあるものの、それ故に努力に努力を重ねてきた。結果、一流の魔術師へとなったのだから、努力は人を裏切らないとはよく言ったものだし、この自信も当然だと言える。

 

急造の魔術師なら、な。

 

「本来ならば、再び合間見えた以上、一度は魔導の血筋から逃げた軟弱さ、その事に何の負い目も感じない卑劣さを見過ごすわけにはいかない。間桐雁夜は魔導の恥だ。ここで誅を下すしかない………が、仮にも聖杯戦争の参加者。ここで殺してしまっては遠坂と間桐の古き盟約に背く事になる」

 

「随分と優しいな。魔導の裏切り者を生かすなんてな」

 

「勘違いはするな。今死ぬか、それとも聖杯戦争にて私に屠られるか。ただそれだけの差でしかない」

 

「だろうな。魔導から背いた落伍者じゃ、到底正規の魔術師には叶いはしない。だから、その前に一つ聞かせろ。お前は間桐の魔術の全容を、臓硯の思惑を知った上で、桜を間桐の養子に出したのか?」

 

これは一応聞いておかないとな。

 

確か原作じゃ立派な魔術師にしてくれるから送り出したのであって、蟲に陵辱される事は知らなかった的な感じだったような気がする。知った上で出すような性格でもないだろうから、多分知らないのだろうが。

 

「是非も無し。だからこそ、間桐の申し出は天啓に等しかった。聖杯を知る一族であれば、それだけ根源に至る可能性も高くなる」

 

「姉と妹が相争うことになるぞ。それは悲劇以外の何物でもない」

 

「仮にそんな局面に至るとしたならば我が末裔達は幸せだ。栄光は勝てばその手に、負けても先祖の家名に齎される。かくも憂なき対決はあるまい」

 

「そうか」

 

ここで間桐雁夜ならば激昂して襲いかかる事だろう。

 

狂っていると、姉と妹が命を懸けて争う事を肯定する親がいてたまるかと。

 

その割には時臣を痛めつけるのではなく、殺そうとしていたのは本末転倒な気もする。

 

それ程までに思考が単純化してしまうほど刻印蟲による苦痛は酷かったのか、はたまた雁夜の時臣に対する憎悪が悪い方向に曲解したのかはわからないが、今のやり取りでも十分にわかる。

 

時臣は臓硯が『間桐の当主にするため』に育成していると信じている。

 

単に子を産むための苗床として招き入れられたという事実は知らない。

 

桜からすれば加害者の一人になるが、ある意味では臓硯の被害者でもある。

 

「それ故、気がかりな点がある。何故、間桐の翁は桜を君に預けている?私が聞いた話ではすぐにでも鍛錬を始めると聞いていたが、その様子も見られていない。何がどうなっている?」

 

そんなこともわかるのか。

 

俺が桜を連れていることに疑問視するのはわからなくもないが、臓硯の方まで疑問視するとは思わなかった。

 

本当ならここで事実を告げてもいいが………まだ早いし、こいつを巻き込むのはもう少し先の話だ。具体的には臓硯を殺した後。

 

「あのジジイだって元は人間だ。手間取る事だってある。それにこの歳の子をずっと家に閉じ込めておくのは教育上良くない。だから俺自身の気分転換も兼ねての外出だよ」

 

お前と会うなんて微塵も思ってなかったから、色々と台無しだけどな。

 

想定よりも話し込んだな。そろそろ桜の所に戻るか。

 

っと、その前にやる事があったな。

 

「リレイズ」

 

「?」

 

「見逃してもらった礼だ。忠告しておいてやる。言峰綺礼には気をつけろよ。お前が思ってるほど、殊勝な奴じゃない」

 

忠告はした。

 

それを世迷い言として片付けるか、それとも心の片隅には留めておくかはこいつ次第だ。

 

返事も聞かずに俺は店の中へと戻った。これ以上の問答は無意味以外の何物でもない。

 

「桜ちゃん。戻った……よ……」

 

「おはへりなはひ……んぐっ。おじさん」

 

帰ってきてみれば、机いっぱいにデザートが乗っていたであろう皿が大量に蓄積されていた。もちろん空で。

 

腹ペコ王もびっくりの食欲だーっ⁉︎どう考えたって、あの小さな体にこれだけの量の食べ物が入るわけない。胃に入った瞬間に消化されてるのではなかろうか。人体の神秘だ。

 

「そろそろーー」

 

帰ろうか。そう言いかけて言い淀んだ。

 

別に俺がデザート食いたいとか、爆食いしてる桜ちゃんに葵さんやら凛が軽く引いてるとかそういうのじゃない。

 

「………」

 

ものすごく瞳を潤ませながら、桜は俺を見ていた。まるで玩具を取り上げられた子どものように。実際桜は子どもだけど。

 

まだ食い足りないの⁉︎結構食べてるよ、桜ちゃん⁉︎そんなのじゃ将来太るよ‼︎

 

仕方ない。桜の意思を尊重してあげたいが、将来のことも考えて、ここは心を鬼に……

 

「………」

 

こ、心を鬼に……

 

「………」

 

「もう少し食べよっか」

 

あっさりと折れてしまった。無理無理、子どもの懇願する瞳には勝てませんでした。

 

結局この後三十分くらい居続ける事になり、俺の想定していた三倍は金を消費したが、間桐クオリティでなんとかなった。使えるものはなんでも使います。

 

 

 



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子どもの夢は壊しちゃいけません

コメントで魔法は英語表記の方がfateっぽいと言われたので英語表記にしました!

ついでに詠唱も入れてみました。個人的な趣味で。

詠唱ありってカッコいいよね!


聖杯戦争まで残り半年となったこの頃。

 

ついさっきまで何事も順調に進んでいた。そうついさっきまで。

 

「おじさん!おねがい!」

 

何時もは控えめで自分の意思をあまり口に出して言わない桜ちゃんがこうまで強気に出てきて、懇願してくる。非常に良い傾向だ。世の中控えめな事はいいが、言いたいことはきっちり言える人間にならないといけない。

 

ただ、内容が内容だけに喜べないのも事実。

 

「あれ買って!」とかなら喜んで買ってあげた。だって俺のポケットマネーからじゃなく、間桐の財でどうにか出来るから。間桐の財力って凄いね。まぁ、勝手に使ってるんだけどね。いいじゃん、聖杯戦争終わるまで養ってもらっても。

 

そんなわけで欲しいものならだいたい買ってあげられるのだが、当然のようにそれは買えるようなものじゃない。じゃないとこんなに困らない。

 

さて、そろそろなんで困っているかを言ってあげよう。というか、言ってくれる。

 

「わたしにもあのふしぎなちからをおしえて!」

 

と、つまりこういう事だ。

 

桜のいう『ふしぎなちから』とは俺が使っている魔法のこと。ポ○モンの技みたいに見えるが、そういうのじゃない。

 

事の発端はつい先程の事だ。

 

聖杯戦争で何処で襲われてもいいように、色々と細工をして回りつつ、土地勘を得ていた。

 

間桐雁夜に土地勘はあれど、俺自身に土地勘はないし、相手には衛宮切嗣がいる。

 

外道で畜生以外の何者でもない存在が相手にいるんだから、やれる事は大体やっておかないと桜ちゃんが危険な目にあう。

 

トラップ方式の魔法があれば良いのだが、魔術と違い、発動条件をほぼ必要としないせいでトラップには向いていない。心の底から嫌だが、また臓硯にトラップに向いた魔術でも教えてもらおうかなと思っていた時、小さな手に何かを乗せて桜が入ってきた。

 

その手に乗っていたのは小鳥なのだが、息も絶え絶えで今にも死にそうだった。

 

おそらく他の鳥に襲われて酷く弱っているところを桜ちゃんが拾ってきたところだろう。

 

助けてあげてほしいと頼まれた俺はケアルを使用し、小鳥を全快させた。鍛えられた生物ならともかくとして、それぐらいならケアル程度で抑えておかないと、何かあった時に大変だと思ったからだ。

 

元気になった小鳥はすぐに桜ちゃんの手から飛び立ち、開かれていた窓から飛び立っていった。

 

それを見て、ちょっと良いことしたなと考えていたら、これである。

 

何故に。と思ったが、普通に考えれば思い当たる節しかなかった。

 

というのも、この頃の女の子はテレビの魔法少女に憧れる年頃。

 

煌めく魔法で悪を滅殺しちゃいたい年頃なのだ。

 

そうでなくても子どもというのは未知に憧れる。そうして子ども心を悪い方向に悪化させたのが厨二病。つまりは俺みたいなやつ。でも俺は厨二病が魔法使いになってるから、最早厨二病を超越した何か。

 

それでもってケアルは発動した瞬間にキラキラとしたエフェクトの様なものが出る。

 

子どもにはそれがとても綺麗に見えただろう。

 

それで小鳥を救えるのだから、使えるのなら使いたいだろう。俺だって使いたい。大学生だったけど使いたい。ファンタジー要素たっぷりじゃん!FFだけにな!

 

そういうわけで頼まれているのだが、弱ったものだ。

 

俺のこれは俺にしか使えない力であり、誰にも教えられないし、使うことの出来ない力だ。

 

この力は魔法であって、魔術ではないのだ。適性も何もあったものではないし、試しに唱えてみるなんてこともできない。詠唱がないから。いや、まあ敢えて必要のない詠唱をつけてみるという手もある。本編じゃなかったが、タクティクスシリーズはあった気がするしな。

 

かといって、ストレートに「これは魔法だから、おじさんにしか使えないんだ」とも言えないしなぁ。

 

夢をぶち壊すのも気がひけるが、ただでさえ、あの時ぶっ放しまくったのが原因で臓硯が地味に探ってきているので安易に魔法なんていえない。

 

ど、どうしたもんか………うーん。

 

「え、えーと、桜ちゃん。桜ちゃんにはまだちょっと早いかな」

 

「なんで?」

 

「桜ちゃんが使うと失敗する可能性が高いし、失敗した時に大変な事になるんだ。おじさんも大変な目にあったから」

 

「たいへんなこと?」

 

「うん。いっぱい痛いし、おじさん涙が止まらなかったよ」

 

ちょっと脅しみたいになるが、こうでも言っておかないと諦めてくれそうにないしな。ごめんね、桜ちゃん。

 

「じゃあいつになったらつかえるの?」

 

「あ、え、うーん……」

 

何時になっても使えないんだ。聖杯に望めば話も変わるだろうが、それはあくまでしっかりと機能している聖杯。俺と同じ力を望めば問題ないだろうな。もっとも、その聖杯はマトモに機能なんてしないから、やっぱり無理か。キャス子がいればなんとかなりそうなんだけどなぁ……。

 

「ひ、人それぞれかな?おじさんは結構最近使えるようになったけど、桜ちゃんはおじさんとは違うし、早いかもしれないし、遅いかもしれないから、何時になるかはわからないかな」

 

「そうなんだ……」

 

うぐっ。あからさまに落ち込んだ。

 

こういう子どもが露骨に落ち込んでいるのを見るといたたまれない気持ちになる。

 

「桜ちゃん」

 

「なに?」

 

「まだ桜ちゃんには使えないかもしれないけど、こういう事はしてあげられるよ………慈悲に満ちた大地よ、繋ぎとめる手を緩めたまえ……Levitate(レビテト)

 

桜ちゃんに向けてそう唱えると、桜の身体が宙に浮いた。

 

浮遊系の時空魔法。本当ならダメージ床とか地震系の魔法に対する魔法だけど、こういう使い方もありだろう。

 

「わわわっ⁉︎わたし、お空とんでる!」

 

飛ぶというか、正確には浮くなんだけどな。地面の高さに合わせて上ったり下がったりするし。

 

床から高さ約一メートル半。大人にしては飛んでいるとは形容し難いそれも、桜のような子どもには十分飛んでいるような高さだろう。実際、桜ちゃんの身長よりは浮いている訳だし。

 

「身体を前に倒したら前に進むよ」

 

「やってみるっ!」

 

体を前に倒すとふわふわとゆっくりとした速度で宙を移動している。

 

その状態に桜はより一層目を輝かせて、宙を舞う。

 

嬉しそうで何よりだ。どれ、この辺で……

 

「翻りて来たれ、幾重にもその身に刻め、Haste(ヘイスト)

 

詠唱ってこれであってたか?まあ間違えてても正解知ってるやつなんてこの世界にはいないから、寧ろ勝手に深読みして警戒する程度に収まるだろうな。寧ろ好都合だ。

 

「あ!速くなった!」

 

ヘイストは端的に言うと対象の素早さを上げる魔法ではあるんだけど、某RPGと違って素早さというより対象を身軽にしてとかだったから浮いている桜にはあまり意味がないかもと思ったがなんとかなったな。昔のやつみたいにヒット数ならどうしようとか思った。

 

十分くらい空中ではしゃぎ回っていた桜だったが、レビテトの効果が切れたのか、ゆっくりと地面に降りてきた。

 

「終わっちゃった……」

 

「何時迄も、ってわけにはいかないからね。それだとずっと地面に降りられなくなっちゃうし」

 

一生浮いたままだと何かと不便だろう。特に寝るときとか。

 

「おじさん。もう一回!」

 

「駄目。桜ちゃんは気づいてないけど、あれをするとおじさんも桜ちゃんもいっぱい疲れるんだよ?特に桜ちゃんはいっぱい遊んだから特にね」

 

一概に魔法だから副作用がないなんて言い切れないしな。

 

あまり浮いていたら、地面に降りた時の感覚がおかしくなる可能性もあるしな。あれはせめて一日一回くらいにしておかないと。それに他の用事もあるしな。

 

「また今度してあげるから。今日はもう寝たほうがいいよ」

 

「……わかった。またあしたしてね!おやすみなさい、おじさん!」

 

「あはは、おやすみ。桜ちゃん」

 

寝るテンションじゃないな、あれ。まるで遠足前の子どもみたいだ。

 

さて蟲ジジイのところに………行く必要は無さそうだな。

 

「盗み見とは趣味が悪いな、臓硯。正面から堂々と入ってこいよ」

 

「ーーカカカッ。こうでもせんとまた儂の身体の一部が消し炭にされるでな」

 

部屋全体に響き渡る声。

 

部屋の至る所から極小から手のひらサイズまでの蟲が現れ、一箇所に集まると人の形となる。

 

醜悪なことこの上ない。反射的にファイガを撃ちそうになった。

 

「ほざけ。どうせ、俺の力を自分の不老不死に利用出来ないか企んでいたんだろう?生憎だが、俺のこれは神の奇跡レベルの代物ってわけじゃない。不老不死の肉体を作る術なんて持ち合わせちゃいない」

 

そんなえげつない魔法があったら大変だ。RPGだぞ。ゲームシステムがぶっ壊れるわ。

 

「それにお前の見たかったものはこれだろう」

 

俺は左手(・・)の甲を臓硯に見せる。

 

そこには赤い、血の痣のようなものが形を成している。

 

「ふむ。思うたよりも時間がかかったようじゃが、どうやら聖杯には認められたということじゃな。一先ずは褒めてつかわすぞ、雁夜」

 

何様のつもりだ。と言いたいが、俺も割と焦っていた。

 

臓硯の言う通り、思ったよりも時間がかかった。

 

やはり原作の雁夜と違う意味で正規の魔術師とは違うからか?これも何故か右手にではなく、左手に宿ったわけだし。

 

「令呪が宿った以上、参加権は得た。後はお前が持ってくる触媒次第だ、臓硯」

 

「相変わらずの自信家じゃのぅ」

 

「この闘いに参加する奴は大体そうだろうが」

 

勝てる見込みもなく参加してるやつなんてそういないだろう。無作為に選ばれた人間はともかくとしてだ。全員が全員自信があって参加してるだろうから、大体こんなもんだ。

 

「そこまで自信があるのであれば、雁夜。主は暴れ馬も乗りこなす自信はあろう?」

 

狂戦士(バーサーカー)か」

 

「然り。より万全を期す為にも主はバーサーカーを呼び出してもらう」

 

「わざわざ狂っている使い魔を呼び出してどうする?やり辛いだけだろう」

 

「主ならばそれを御する事が出来ると見立てての計らいよ。バーサーカーは狂っている特性故、理性を代償とした強化がある。御しきる事が出来れば、これほど強力なサーヴァントもいるまいて」

 

よく言う。本当はサーヴァントを利用して自身が滅ぼされる事を恐れているが故にサーヴァントから理性を奪って忠実な僕にしようとしているくせに。

 

ただ、臓硯の言っている事もわからなくはない。

 

実際、正規の魔術師ではなかった雁夜がバーサーカーを呼び出した時、ステータスは補正がかかって強かったし、イリヤの方はそりゃもうチート級の強さだった(チート技が使えなかったけど)。

 

俺が呼び出したらどうなるかはわからないが、あわよくばえげつないステータスのサーヴァントになるかもしれない。何せ、俺には強化系魔法もあるし、いざとなれば狂化を解いたり、かけたりすることも叶う。例え原作通りでも痛くも痒くも無い。完全な上位互換になる。

 

それにどちらにしたって、結局は臓硯の一存で決まるんだ。

 

キャス子を呼んでもらおうにも、あいつがそれを恐れて「持ってこられなかったぜ、テヘペロ」とか言われたら終わりだし。文句は言えない。

 

あ゛ぁ゛……せめて雁夜の記憶があれば、ちょっとルポライターとして培われた土地勘やら知識やら独自の人脈やらで別のサーヴァントに関連するものを手に入れたり出来たかもしれないのに。

 

いや、まあ強奪しに行くのもありだが、それだと確実にバレる。全員皆殺しにすれば話は別だが、無意味な殺生はやだ。殺すのはこのジジイと百歩譲ってマスターくらいでいい。

 

「わかったよ。そこまで言うならバーサーカーを呼んでやる。触媒の方はあんたが良いのを見繕ってくれよ」

 

「言われるまでもない」

 

小憎たらしい笑みを浮かべて、臓硯と言う名の蟲の集合体は俺の部屋から消え去っていった。

 

一々腹の立つジジイだ。次は出てきた瞬間レイズでもしてやろうか。アンデッドみたいなもんだからもれなく即死コースだろう………あれ?蟲だから意味ないのか。

 

仕方ない。こうなったら、臓硯を殺すための魔法の合わせ技みたいなの考えておこう。れんぞくま的な要領でやればなんとかなるだろう。

 

覚悟しろよ、臓硯。聖杯戦争が始まるその日をお前の命日にしてやる。



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英霊召喚?

というわけでキャス孤に決定いたしました!

はっきり言ってキャス孤の事はほぼ知りませんが、なんとか頑張って書いていきます。

結局シリアスバトルの中にもラブコメ入っちゃってなんかすみません。タグからもサーヴァントそのままも消しておきますね。


時は満ちた。

 

陽は既に没しており、桜も眠りについている。

 

俺が何をしようとしているのか?それは至ってシンプルな答え。

 

俺が間桐雁夜に憑依してから一年と少し。

 

長かったようであり、短かったようでもあった。

 

魔術に関する知識を身につけたり、桜と遊んであげたり、聖杯戦争に関する知識を身につけたり、やっぱり桜と遊んであげたり、聖杯戦争のための下ごしらえをしたり、三度桜と遊んであげたり……桜率高いな。

 

というのも、あの日以降、一日に一回はレビテト+ヘイストの遊びを桜が要求してくるのだ。

 

時折、他の魔法を見せて欲しいとの事で白魔法を重点的に見せてあげた。黒魔法は見せる必要はないしな。臓硯に警戒されるかもしれないし………今更か。

 

懐かしいなぁ……桜ってば、クリスマスのサンタさんからのプレゼントに「さくらにもふしぎなちからがつかえるようになりますように」って書いてたっけ。無茶言わんでください。

 

しかし、朝起きた時に桜が咽び泣いている姿を見るのは俺としても本意ではないどころか、サンタさんを殺しに行っちゃうレベル。子どもを泣かせる存在は何人も生かしてはならんのだ………あ、俺か。

 

そこで俺は考えに考え抜いた。どうにかして、桜にそれっぽい形のものを渡しつつ、その場を無事乗り切る方法を。

 

悩みに悩みぬいた末、至った結論は………グリモアだった。

 

そうだ。グリモアあるじゃない。

 

グリモアとは即ち魔道書の類であり、FFにおける学者というジョブに必須のアビリティである。

 

効果を手動で消すことはできず、常に上書きし続けるしかない。一度どちらかのグリモアを発動させると未発動状態に戻すのはほぼ不可能ということだった。例外は色々あるから、基本的にが正しいな。

 

グリモアの欠点としては白と黒の両方を兼ね備えた状態が不可能であること。

 

どちらかが得手になれば、どちらかは不得手になる。

 

とはいえ、桜には白魔法さえ覚えさせておけば特に問題はないから関係ないが。

 

俺は祈った。

 

祈祷師もびっくりするぐらい、祈り、念じ続けた。その時間僅か十秒。

 

あっさり出てきた。マジかよ、御都合主義じゃねえかの二言だけしか出てこなかった。

 

だが、そんな事はどうでもいい。

 

日が昇り始めていたので、俺はレビテトとヘイストを使用して、静かに桜の部屋に移動。

 

枕元にグリモアを置いて、自室に帰った。

 

その瞬間に悩みから解放されたことで脱力感と眠気が凄まじい事になったが、ものの十分程度で桜が起床。俺の部屋にグリモアを手にして突入してきた。

 

あの時の桜の目は未だに忘れられない。

 

それこそギャグ漫画か何かのように目が星マークになっていて、周囲にも星マークがたくさん見えた。

 

とはいえ、何事も全部が全部上手くいくとは限らなかったようで、桜は詠唱をしても、白魔法を発動させる事が出来なかった。

 

理由として考えられるのは原作雁夜同様に魔術回路はあるが鍛えられていない事か、或いはやはり桜といえど魔術師としての稀有な存在であれ、魔導師である俺とは違うこと。

 

どちらにしても使えなかった当初は酷く落ち込んでいたが、其処はなんとか説得して、そのうち使えるようになると言い聞かせた。

 

結局は桜は魔法を使う事が出来なかったが、正直ホッとしている。

 

俺としては桜には普通の人間として生きて欲しい。

 

桜にとっての魔法使いは俺だけでいい。裏で血を血で洗っているような闘いをしているなんて知る必要性は何処にもない。

 

時臣はわざわざ間桐に養子に出したのに。などとほざくかもしれないが、知ったことか。名目上、鶴野の養子ならば俺もそういう事は言ってやれないが、俺の養子ならば桜の幸せを優先する。こんな血なまぐさい、血という因果で縛られた世界を知る必要はない。

 

「どうした、雁夜よ。よもや怖じ気付いたのではあるまいて?」

 

「ぬかせ。色々と、思い出していただけだよ」

 

だからこそ、俺は今回の聖杯戦争にあの子を巻き込むわけにはいかない。

 

そして次回の戦争は何としてでも阻止する。その為に時臣だけは最悪でも生かす必要があるんだ。

 

「雁夜。サーヴァント召喚の詠唱文、しかと覚えてきたな?」

 

「ああ。バーサーカー召喚には通常の詠唱文に二節付け足すんだろ?知ってる」

 

「ならば良い。主に相応しい聖遺物を用意したでな。父の親切に感謝せい」

 

「わかったわかった。さっさと始めるぞ」

 

誰がお前なんぞに感謝するか。全部が全部お前の私利私欲の為に必要な過程なんだろうが。

 

臓硯の手で聖遺物が魔法陣の中心に置かれる。

 

臓硯が魔法陣から出ると同時に俺は魔法陣へ向けて左手をかざし、詠唱する。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公」

 

「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

詠唱文を告げるごとに魔法陣の光が強さを増していき、そこに圧倒的なまでの魔力が集中していくのを感じる。

 

「――――告げる。

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

このタイミングだ。

 

俺は召喚の詠唱の中に二節。バーサーカーを呼び出すための呪文を唱える。

 

「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――」

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

詠唱し終えると同時に膨大な魔力による風が吹き荒れる。

 

身体の中にある魔力がものすごい勢いで奪われていく。視界の片隅に見えているMPが徐々にどころじゃない速度で減っている。そのせいか、普段はあまり感じない魔力の喪失感を感じる。

 

魔法陣による光が収まった時、その魔法陣の中心に立っていたのは……

 

「イケメン魂に惹かれて割り込み推参。別に呼ばれてませんけど、私情を挟んで即参上、軒轅陵墓から、良妻狐のデリバリーにやってきました!」

 

……………え?誰?

 

あるぇ〜?おっかしいなぁ〜?

 

確か、俺はバーサーカー呼びましたよね?詠唱しましたよね?

 

何がどうなったら、狐耳のと尻尾の生えた際どい格好の美女が出てくるんだ?

 

「あ、あれ?掴み間違えたかな?えーと、貴方が私のご主人様……ですよね?」

 

「え?あー……その魔法陣から出てきたなら、多分」

 

ていうか、さっきさりげなく割り込み推参とか言ってたから多分そう。臓硯の驚きっぷりから察するに何の接点もない奴が聖遺物の恩恵をぶっちぎって、召喚されてきたらしい。何やってんだ、このやろう。

 

「はい。では、これにて契約成立です。これからよろしくお願いしますね、ご主人様(マスター)♪」

 

「よ、よろしく……」

 

「ちょ〜っと性能はピーキーなんで不満かも………って、あれ?あれれ?」

 

「どうかしたか?」

 

「何故か知りませんけど良い感じにステータスが上がってるんですよ。ぶっちゃけ漲ってます」

 

自分の身体の至る所を見回し、何故かドヤ顔のケモ耳ち……じゃなかった、美女。

 

しかし、まあ、漲ってますって言われてもなぁ……元のステータス知らないからなんとも言えないんだよな。ピーキーって事は相当偏ったステータスだったと見るべきだが……

 

「ところでご主人様。あそこにいる気色の悪い蟲はなんですか?消しちゃってもいいんですか?」

 

結論早いよ……気色の悪い蟲は消すに限るけど。

 

「ストップ。確かにもう臓硯(それ)に用は無いけど、引導を渡すのは俺の役目だ」

 

「何?」

 

「つまり、今日がお前の命日だって事だよ、臓硯」

 

「カ、カカカカカカッ!面白い!儂を殺すと申すか!たった今召喚したイレギュラーサーヴァントではなく、主の手で!」

 

出来るもんならやってみんかい。端的に言うと臓硯の台詞はこんな感じだ。はっはっはー、嘗めてると痛い目にあうどころの騒ぎじゃないってことを教えてやんよ。

 

Magne(マグネ)

 

詠唱不要。どうせ死ぬんだ。こいつには魔法の名前だけ言っておけばいい。

 

魔法を詠唱すると同時に臓硯に向けて、蟲が集結していく。

 

人の形をしていた臓硯も、圧倒的数量の蟲に人型を維持することはかなわず、本格的にただの蟲の集合体とかした。

 

「うへぇ……人型じゃなくなると気持ち悪いを通し越して、オブジェにすら見えますね」

 

「随分と愉快なオブジェだ。その愉快なオブジェにはご退場願うとするか……Desion(デジョン)

 

臓硯だったものの足元に真っ黒い穴が出現する。

 

そして、その穴の中に徐々に臓硯は沈んでいく。本編だと命中率の問題のある技だから、どうなるかと思ったが、普通に当たるのな。

 

『ヌゥ……!ナゼダ!ナゼ、ハナレラレナイ!』

 

お前じゃ一生わからねえよ、ジジイ。もちろん、お前以外にもな。

 

『シニタクナイ!ワシハ!ワタシハァァァァァァ!』

 

「どれだけの間、身体が持つか知らないが…………朽ち果てるまでの間、次元の狭間で自らの犯した過ちを懺悔しながら死ね。マキリ・ゾォルケン」

 

穴に全ての蟲が飲み込まれ、消え失せる。これで臓硯は二度とこちらの世界に帰ってくることはないだろう。この世界に次元の狭間なんて概念が存在するかわからないが、どちらにしろ、奴の命はもって半年。その間、自らの肉体が朽ち果てていく恐怖と絶望に苛まれながら、死のその瞬間まで、その醜悪な願いのためだけに犠牲にしてきたものたちへ懺悔しながら滅びていくことを祈るだけだ。

 

さてと、後はこのイレギュラーサーヴァントだが……

 

「キャー!なんですか、さっきのキメ顔!ちょーかっこいいじゃないですかー!しかも次元魔法だなんて、ご主人様ったら、ちょー強いじゃないですか!私必要ですか?」

 

「いや、流石にサーヴァントを相手取ったりは出来ないし………え?次元魔法?」

 

このケモ耳。さっき次元魔法とか言ったよな?なんで知ってるの?

 

「え?違うんですか?どう見ても次元魔法の類に見えましたけど」

 

「え……見ればわかるの?」

 

「そりゃまあ……キャスターの適正()ありますから」

 

「じゃあ、キミはキャスター……なのか?」

 

「いえいえ、キャスターではありませんよ?さっきも申しました通り、適正はあるだけですし、基本的にはキャスターとして呼び出されますが、なにぶん今回は事情が事情です。よって少々といいますか……イレギュラー枠として馳せ参じましたわけです」

 

基本的にはキャスターで呼ばれるサーヴァントをイレギュラー枠で召喚?ということはエクストラクラスということか?そりゃまた難儀なやつを召喚したもんだ。

 

「まぁ、いいか」

 

「まぁ、いいかって……私が言うのもあれですけど、ご主人様軽すぎません?」

 

「細かい事は気にしない主義なんだ」

 

イレギュラーは色々と想定外な上にキャスター適正のあるという事は正面切って闘うタイプでもなさそうだが、なんとかなるだろう。え?AUO?時臣の右手ちぎってから、俺が再契約すれば良くね?

 

しかし、まあ。

 

このケモ耳美人は何処の英霊なのだろうか。

 

生憎、ゼロとステイナイトしか知らん俺には全く分からん。もしかしてエクストラのキャラクターか?

 

AUOキャストオフくらいしかわかんねえよ。後、アーチャーがうんたらかんたら。

 

ケモ耳生やした尻尾が三本(・・)のサーヴァントってなんだよ。

 

「まさか、九尾だったりして……んな訳ないか」

 

あはは……と誤魔化し笑いをしてみるが、ケモ耳美人は冷や汗をダラダラと流しながら視線を逸らした。

 

え……嘘だろ。まさか、ビンゴなのか?

 

いやだって、いくら狐っぽい耳で狐っぽい尻尾だからって、それはないだろ……。

 

と思ったところで一つだけ。思い当たる節があった。

 

ゲームをやったことも動画を見たこともない俺だが、名称だけは知っている。

 

キャスターの呼び方の中で『キャス孤』と呼ばれるキャスターがいた事を。

 

どんなのか気になって設定だけ調べたっけ。確か、真名は………

 

「ご、ご主人様?おそらく、私の正体に気づいているようなので、お願いがあるんですけど……出来れば、その……聖杯戦争の事もありますし、真名ではなく、クラス名で呼んでくださると私としては嬉しいです。個人的な事情もありますし……」

 

どうやら真名はケモ耳美人もといキャス狐には地雷だったらしい。

 

「悪い。俺が無神経だった………それでクラスの事なんだが……」

 

「あ、すみません。私とした事が、まだマトモに自己紹介してませんでしたね。これでは良妻失格ですね!」

 

りょうさい?何のことだろう。よくわからないが、それは今は置いておこう。

 

「真名は御察しの通りです!此の度、バーサーカーのクラスで呼ばれるはずだった方を押しのけて、割り込ませていただきました!サーヴァント、従者(サーヴァント)です!」

 

サ、サーヴァント?そんなクラスあるのか?

 

というか、サーヴァント、サーヴァントって一瞬何言ってるのか全然わからなかったんだが……。

 

「あー、わかりますよ。呼び辛いとか、何言ってるのかわからないって思ったんですよね。わかりますわかります。私だって、こんなややこしいクラスになるなんて微塵も思ってませんでした。なんですか、サーヴァントって。一瞬どもってるのかと勘違いされる可能性すらありますよ」

 

今度は自分のクラスについて悪態をつき始めた。なんというか自由奔放だな。

 

とはいえ、一応自己紹介されたので、俺も自己紹介しよう。

 

「俺の名前は間桐雁夜。訳あって聖杯を壊す為に聖杯戦争に参加してる。よろしく、サーヴァント」

 

 

 

 




キャス孤のクラスはトラブる道中記の大河のクラスから。呼び辛いですけど勘弁を。



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そのシリアスをぶち殺す!

キャス孤の口調とかテンションとか何気に難しい………

やっぱり予備知識ないと加減わかりませんね。でも、頑張ります!




「はぁ〜、なるほどなるほど。既に聖杯は汚染されていて、誰の願いでも破滅の未来しか待っていないから、その聖杯を破壊するために聖杯戦争に参加したんですか」

 

「最終的にはな」

 

キャス狐(サーヴァントは色々区別つかない)の陣地作成スキルによって、見事にリフォームされた間桐の部屋の一室で、お茶を啜りながら、俺はキャス孤と話をしていた。隣り合わせで。

 

陣地作成スキルってキャスター固有のものじゃなかったか?というツッコミをしたら

 

『それがなんでかあるんですよ。しかもワンランク上になってますし。きっとご主人様が普通じゃないからですね〜』

 

と満面の笑みで言った。可愛いけど腹が立ったから頭にチョップを落としたのはいうまでもない。それとこれとは話が別なのだ。

 

「それでだ、サーヴァント。そろそろなんでバーサーカーじゃなくて、お前が出てきたのか、説明して欲しいんだが」

 

イケメン魂に惹かれて、とかわけのわからない事を言っていた気もするが、魂にイケメンとかあるのか?

 

「えーとですね。ご主人様もご存知の通り、ご主人様と私にはなーんの接点もありません。無さすぎて、いっそ清々しいくらいです。ですから、本来ならばご主人様のお望みの通り、バーサーカーが召喚されるはずでした………ご主人様の心の声を聞くまでは」

 

「心の声?」

 

「はい。ご主人様がどれ程の決意を持って、この聖杯戦争に望もうとしているのかを偶々聞いちゃったんです。そしたらもう魂ふぇちの私はキュンキュンきちゃいまして、バーサーカーを座に押し戻して私が出てきました」

 

んな、無茶苦茶な。

 

思わずズッコケそうになった。だってしょうがないじゃん。割り込んで入ってくるんだから、それなりの野望を持って出てきたのかと思ったらこれだぜ?想定外すぎる。

 

「じゃあ、聖杯にかける望みは……」

 

「まぁ、ぶっちゃけないですね、はい。私はご主人様に惚れちゃったので、勝手に来ちゃっただけなので。強いて言うなら……いえ、強いて言わなくても、私の望みはご主人様と結ばれる事です!」

 

「結ばれる?ようは家族になろうって事か?」

 

「はい!あ、でも家族といっても意味合いは違いますよ?構図的にはご主人様が旦那様、私はその妻という意味であって、けして家族のように親しい仲とかそういうのじゃありませんから!そんなラノベのキャラみたいなボケは待ってませんよ?というわけで、ご主人様!結婚しましょう!」

 

「いいよ」

 

「軽っ⁉︎恐ろしいほど軽い!さてはあれですか!一夫多妻を狙ってる感じですか⁉︎別に嫁の一人や二人変わらないって感じですか⁉︎許しません!許しませんよ、一夫多妻なんて!斯くなる上は奥義、その名も一夫多妻去勢拳を……」

 

失礼な奴だな。求婚しておいてそれはないだろ。

 

「一夫多妻なんてしねえよ。そんなモテる風貌に見えるか?」

 

「ええ。それはもう」

 

あ、そうなんだ。結構普通の顔してると思うけどね、雁夜おじさん。

 

「と、ともかく安心しろ。一夫多妻はしない。そんな甲斐性はない」

 

彼女いない歴=年齢の俺にそんなクオリティの高い事が出来るわけないだろうが。リ○さんくらいのレベルにならないとハーレムなんて築けない。

 

「ただ、籍を入れるのはいつでも良いが、式を挙げるにしても戦争が終わった後になるぞ」

 

「せ、積極的ですね、ご主人様」

 

そりゃまあ、未来設計は大事だからな。

 

「ま、まさか肉食系女子と謳われたこの私が押し負けるなんて…………でもでも、これはこれでアリなのかも!」

 

「ブツブツ言ってるところ悪いけど、取り敢えずサーヴァントって呼び辛いから、何か別の呼び方にしていい?」

 

もちろん、家の中だけでの呼称だが。

 

作戦会議をするにしたって、サーヴァントサーヴァント言ってたら、キャス狐の事を言ってんのか、他の奴のこと言ってんのか、わかんなくなる。というか、ゲシュタルト崩壊を起こす。

 

「サーヴァントでもタマちゃんでも、勿論ハニー♪でもOKです♪ご主人様に限りますけど」

 

タマちゃんて……モロ真名から取ってるじゃねえか。個人的な事情はどうした。

 

「じゃあ俺はご主人様でもマスターでもカリヤでもいい。勿論ダーリンでもいいぞ。ハニーに限るけどな」

 

「はうっ⁉︎」

 

油断しきっているところにカウンター。ははは、いうだけならタダなのだよ。こういう押せ押せ系なキャラは守ると勢いづくから引くと見せかけて押し戻しつつ、押し倒すに限る。というか、俺は主導権を握られるのが嫌いなんだ。

 

「さてと、話は逸れたが、俺もハニーも聖杯にかける望みはこれといってないわけだ。という事は最悪、聖杯を消し飛ばすとしても問題ないわけだな?」

 

「あるとすれば、この身体は霊体ですので、聖杯が無くなっちゃうと維持できないんですよね。後、ご主人様。真顔でハニーはやめて下さい。夢が壊れちゃいますから」

 

となると目下の目的はキャス孤の受肉か。

 

なんか受肉の為の良い方法とかあったかなぁ………わからないが、それはおいおい探していこう。

 

今はともかく疲れた。

 

英霊召喚に蟲掃除。久しぶりにMPを半分以下にしてしまった。

 

「疲れたから今日は寝る。何かあったら起こしてくれ、ハニー」

 

「わかりました、ダーリン♪」

 

………こいつ早くも適応しやがった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャス孤を召喚して三日が経過した頃。

 

アサシンがアーチャーこと英雄王ギルガメッシュのゲートオブバビロンによって屠られた。

 

「まーた、派手にやられちゃいましたねぇ〜。オーバーキルですよオーバーキル」

 

「そりゃそうだ。アーチャーの実力を見せるにはちょうどいいだろうからな」

 

「ダーリンは何か知ってるんですか?」

 

「知らないさ。ただ、言峰綺礼と遠坂時臣は過去師弟関係にあった。マスターとして言峰綺礼が目覚めたその後は袂を分かったという事にはなっているが、どうにもきな臭い。おそらく、あれはアサシンが倒されたと見せる為の『演出』だ。…………後、ダーリンはやめろ」

 

「えぇ〜、良いって言ったのはご主人様からですよ?構いませんけど。それはそうと、アサシンのあれってどう考えても木っ端微塵、四散霧散してるように見えたんですけど」

 

「アサシンのクラスにはごく僅かな例外を除いて、山の翁こと『ハサン・サッバーハ』が呼び出される。どの時代の、どの世代のハサンが呼ばれるかはわからないが、宝具に身代わりか、あるいは分身の出来る能力の持ったハサンと考えるべきだろうな」

 

とここまでは原作知識。

 

原作と同じ行動をとった以上、綺礼の持っているアサシンは十中八九百の貌を持つハサンだろう。

 

いつまで経っても動く気配のない参加者に発破をかける役割と、そしてその争いの最中に溢れるサーヴァントの情報を死したと思われるアサシンで収集しようとする魂胆だったはずだ。

 

だが、あれは聖杯の器たるアイリスフィールにはわかる事であるし、なにより誰かが言っていた気がするが、対応が早すぎるんだ。いくらギルガメッシュのゲートオブバビロンが広域殲滅だからと言って、あれだけ早い段階でバビロン叩き込めば、訝しむ人間くらいは出てくる。

 

「まぁ、あの金ピカがどれだけ強くても、ご主人様の愛が漲る私にはどう足掻いても勝てませんけどね」

 

「あぁ、それで思ったんだが、なんでお前は万全な状態じゃないのに、あんなにステータスがえげつない事になってるんだ?お前の万全は九本の尾があるはずだろ?」

 

三本しかないのに既にステータスがチートな件。もう宝具抜きで殴り合いしたほうが早いんじゃないかな?だってバビロンとか普通に掴み取りしそうだもん。バーサーカーじゃないのに。

 

「それが私にもよくわからないんですけど、おそらくご主人様が正規の魔術師ではなく、正真正銘の魔法使いであるからだと思います。本来なら制約だとか複雑な事情もありますし、一本だけのピーキー状態なんですが………細かい事はどうでもいいですね♪」

 

「確かに。細かい事はどうでもいいか。取り敢えず召喚した奴もされた奴もイレギュラーのお似合いコンビって事だな」

 

「あ、今のもしかして新手の愛の告白ですか!そんな遠まわしに言わなくても、ご主人様と私はお似合いの夫婦ですよ♪キャー」

 

壮絶な解釈だな。今のは相性が良い的な意味合いで言ったんだが…………まぁ、いいか。多分、キャス孤相手に細かい事を言い出したら負けなんだ。ツッコミに回ったら負け。これ覚えておこう。

 

「それで今後の方針だが「雁夜おじさん?」桜ちゃん」

 

キャス狐が五月蝿かったせいか、寝ぼけ眼を擦りながら、桜が部屋を訪れた。

 

トイレかな?そういえば、桜の部屋とトイレの中間地点くらいにこの部屋があるんだよな。

 

「まだねないの……?」

 

「もうすぐ寝るから、桜ちゃんもおやすみ」

 

そう言って頭を撫でるが、桜は動こうとはしない。

 

まさか立ったまま寝たのか?なんて考えていたら、桜は口を開いた。

 

「おじさん…………どこかとおいところにいっちゃうの?」

 

「え?」

 

「せいはいせんそうっていうまじゅつしのたたかいをおじさんもするんでしょ?」

 

「な⁉︎」

 

なんでそんな事を……

 

桜にはいつも聞かれないように配慮していたはずだ。

 

その為にキャス孤は当然ながら、臓硯と話している時も………まさか、あの蟲ジジイ。桜に聖杯戦争に俺が参加することを漏らしてやがったな。

 

「桜しってるよ?せんそうってたくさんのひとがいっぱいいたくて、かなしいおもいをするんでしょ?それにおじさんもさんかするの?」

 

「………ああ。どうしても、参加しなくちゃいけないんだ」

 

「それはおじさんがまほうつかいだから?」

 

「うん。おじさんは強い魔法使いだから、この戦争で誰も痛い思いをしなくて済むようにしなくちゃいけないんだ」

 

次回の聖杯戦争を起こさないために。

 

次回の聖杯戦争になれば、もしかしたら魔法使いである俺ではなく、桜に令呪が宿る可能性がある。それは僅かな数パーセント程度しかない確率だが、それでもならない保証なんてどこにもない。

 

原作で慎二が桜から令呪を受け取ったように『偽臣の書』を受け取ることが出来れば、話は別だが、臓硯亡き今、その手は使えない。

 

ならば、今回の聖杯戦争で終わるべきだ。

 

冬木の大災害も起こさせない。第五次聖杯戦争も起こさせない。これ程最善の手はない。

 

「………やだ」

 

「桜ちゃん?」

 

「やだよ!桜をおいていかないで!もうはなればなれになるのはやだ!」

 

今までに聞いたことのないくらい大きな声で桜は言った。その事に呆気にとられていた俺だが、すぐに桜の瞳から大粒の涙が零れている事に気付いた。

 

「ひぐっ……まほうはつかえなくてもいいから……うぅ…………さくらをおいていかないで……おじさん」

 

嗚咽を漏らしながら、桜はとめどなく涙を流す。

 

………最悪だな、俺。

 

何も話してないから、子どもに心配させて、不安にさせて、泣かせてしまった。

 

血が繋がってなくても、親としては最低だ。養育者としてクズだ。

 

「大丈夫ですよ、桜ちゃん」

 

「ひぐっ……ふぇ?」

 

「サーヴァント?」

 

気づけば、座っていたはずのキャス狐が桜を抱き締めていた。

 

先程までの軽い雰囲気は何処へやら、完全に年相応の大人びた雰囲気を醸し出している。

 

カリヤさん(・・・・・)は私が護ります。私もこの人も誰よりも強いんです。ですから、桜ちゃんは何も気にしなくても良いんです。絶対にこの人だけは桜ちゃんの所へ帰しますから、ね♪」

 

「おねえさんが?」

 

「桜ちゃんと同じくらい、私にとっても、大切な人なんです。お姉さんが絶対にこの人を護るから。桜ちゃんは帰りを待っててくれるだけでいいの。だから安心して」

 

言い聞かせるように発せられるキャス狐の声は心の奥底にまで響いてくるような、それでいて全身を優しく包み込むような声音だった。

 

その言葉に桜は安心したのかはわからないが、もたれかかるようにして。キャス狐の腕の中でまた眠っていた。

 

「悪いな、サーヴァント」

 

「いえ。私としてもあれは本心です。ぶっちゃけ負ける気なんて全くしませんし、ご主人様と私が組めば向かうところ敵なしです。でも、確率はゼロじゃありません。もしかしたらコンマ数パーセントで負けるかもしれません。主人公補正的なものを持ってる相手には勝てません。あれって確率論無視してますから。でも、例え負けるような事があっても、ご主人様だけは五体満足で桜ちゃんの所へ帰します。それが私の……サーヴァントの務めですから」

 

そう言って微笑みを浮かべるキャス狐は本当に美しかった。

 

生まれてこのかた、心の底から目を奪われるなんて事は一度たりとてなかったが、彼女の笑顔に俺は目を奪われた。

 

「…………いや、帰ってくるのは俺だけじゃない。お前も一緒だ」

 

俺だけでは意味がない。割り込みとはいえ、呼び出したのが俺で、俺を選んだのがキャス狐であるなら、俺は選ばれた人間らしく、キャス狐の求めたマトウカリヤとして振る舞うだけだ。

 

「桜ちゃんに俺が必要なら、俺にはお前が必要だよ。ましてや、マスターとサーヴァントといえど夫が妻に護られて終わるなんて桜ちゃんの教育に悪いだろ」

 

「ご主人様………」

 

「聖杯戦争には勝つ。お前の身体も手に入れる。俺達の聖杯戦争はこの家に二人揃って帰ってくるまでが聖杯戦争だ。だから、令呪は使わないがお前に命令する。タマモ、俺の前から消える事は絶対に許さない。お前には俺と添い遂げてもらう。俺が死ぬ時までな………わかったな?」

 

会ってまだ三日しか経ってないのに何言ってんだという感じだが、何時不測の事態に陥るかわからない以上、今の内言っておくに限る。

 

俺もキャス狐同様に負ける気なんて更々ないが、何かの間違いで令呪のある左手ぶった切られたりしたら終わりだし、起源弾が当たったら本格的におしまいだ。魔術回路自体元々機能しているかわからないとはいえ、機能していた場合、キャス狐に魔力を送れなくなる。

 

「わ……」

 

「わ?」

 

わ、ってなんだ。

 

「ワンモアプリーズ!最後の台詞をもう一度!キャーーーー☆キタキタキタキター!ご主人様!い、今のは俺の嫁宣言と見て、間違いありませんね!」

 

うおっ⁉︎

 

いつも通りの……いや、いつも以上のハイテンションに超びっくりした。

 

「どうなんですか!違うんですか⁉︎」

 

「ち、違わない……ぞ」

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!これはもう録音ですよ!というか、互いの愛を確認したところで次は育みに行きましょう!具体的には◾︎◾︎◾︎◾︎(自主規制)しましょう!霊体ですから子どもは出来ませんけど、気持ち良くはなれます!ほら!ゲームで腹ペコ王とブラウニーがヤッてたやつ的に!」

 

「テンション高えよ!わかったから!でも今日は無しにしよう!な!な!」

 

いい感じの雰囲気で終わってるから!わざわざ自主規制に持っていく必要ないから!

 

「じゃあ明日にしますか!明後日にしますか!それとも毎日にしますか⁉︎」

 

「そこまで盛ってねえよ!頼むからシリアスな空気を返してくれ!」

 

「あっはっはー!特技シリアスブレイクの私にシリアスな空気を維持しようってのが間違いなんですよ、ご主人様!というか、我慢出来ません!食べていいですか⁉︎」

 

「今日はやめろっつってんだろ!ストップ!」

 

「あ、あれ?動けない?」

 

よ、よし、止まった。今のうちに………

 

「こんな魔法!愛の前にはぁぁぁ無力!」

 

バキンッ!

 

というまるでそげぶしたときみたいな音とともにキャス狐は普通に動き出した。嘘だろ⁉︎効かないならまだしも自力でぶち破る奴があるか⁉︎

 

「ご主人様!諦めてBed inしましょう!」

 

目がマジすぎる⁉︎こんな事なら雰囲気に流されてあんなこと言うんじゃなかった!やっぱその時まで黙っとくべきだった、チクショウ!

 

聖杯戦争開始から三日。

 

まだ何もしてないのに死ぬかと思いました。

 

 




活動報告にあったのですが、基本的にキャス狐の介入するSSはキャラの性質上、主人公が押されてばっかりという描写ばかりらしいので、こっちは押しつ、押されつの関係でいきたいです!押し倒される関係よりも押し倒す関係がいいな!

そんなこんなで皆さんお待ちかねのキャス狐のステータス。

クラス:従者

真名:玉藻の前

身長:163cm

体重:49kg

スリーサイズ:86/57/84

属性:中立・悪

特技:シリアスブレイク

ステータス
筋力EX/耐久EX/敏捷EX/魔力EX/幸運EX/宝具EX

宝具:???

本来は呼ばれる筈のない存在。
カリヤの魂に惹かれて、本来呼ばれる筈のランスロットを押しのけて現れた。
本来なら呼ばれたとしても様々な条件により、能力がピーキーすぎて扱い辛い存在であるが、カリヤが特殊な存在であるためにその他諸々をぶっちぎって三尾で出現した為にピーキーじゃなく、チートとなった。
基本的に行け行けドンドンの肉食系ではあるが、きっちり反撃は食らう模様。


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倉庫街のチート

「おおー、やってるやってる」

 

アサシン撃破の三文芝居から数日。

 

倉庫街ではセイバーとランサーが凄まじい鍔迫り合いを行っていた。

 

圧巻の一言に尽きる。

 

頑張り過ぎで有名な某アニメーション制作会社の作画でも凄まじかったというのに、生で見るとなおすごい。というか、視認できない。速すぎて。

 

聞こえるのは鉄と鉄の撃ち合う音と、地面の抉れる音、そして空気を切る音くらいだ。結構離れてるのにそんな音が聞こえるなんて流石は英霊としか言いようがない。

 

因みに俺は原作でアサシンがいたところに座っていて、二人の戦いを見下ろしている。隣には当然ながら霊体化したキャス狐。流石にサーヴァントを家に置いてくるなんて無謀極まる行為はできない。

 

『良いんですかー?ご主人様。やるなら今がチャンスですよー?』

 

「いや、まだ静観するさ。騎士同士の戦いに横槍入れるのは本意じゃない」

 

『戦場の華は愛でるタイプですか?キャー!カッコいいですね!』

 

いや、そういうわけじゃないんだけどね。

 

今横槍を入れると流れが変わるし、何よりライダーがどちらにしろ横槍を入れる。そこにギルが参上して、本来ならその時点でバーサーカー投入の流れで良かったんだが、キャス狐にバーサーカーと同じことを求める訳にもいくまい。

 

あ、セイバーが鎧解いてランサーに突っ込んでいった。そこでランサーがカウンターで喉笛に一突き。無理矢理セイバーが体捻って避けるもお互いに手の健を切られた。良し、原作通り、これで令呪抜きでのカリバービームは撃てなくなったな。

 

さて、そろそろか。

 

見上げた夜空から稲妻が迸る。

 

その稲妻はセイバーとランサーの間に落ちながら、一台のチャリオットが降り立った。

 

「双方、剣を収めよ!王の前であるぞ!」

 

降り立ったチャリオットに駆るのは当然ながらライダー。

 

ライダーは両手を大きく広げて、盛大に自己紹介(馬鹿)を始めた。

 

「我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスを得て現界した」

 

全員が全員呆気にとられていた。そりゃそうだ。

 

クラス名はともかくとして、正体の露見が即敗北につながりかねない聖杯戦争で自分の名前をバラすというのは自殺行為以外の何ものでもない。

 

そして案の定、ライダーのマスターことウェイバー・ベルベットはわめき散らし、ライダーのデコピンによって沈黙させられている。サーヴァントのデコピンとかプロボクサーのストレートくらいありそうなのに。流石にそれはないか。

 

『ご主人様。あんな阿呆に一度は征服されかかったんですか、世界』

 

「世の中を動かすのは何時だって馬鹿だよ」

 

馬鹿だからこそ、人が成し得ない事を達成しようと努力するし、この世の在り方に疑問を抱く。それに馬鹿な方が人望もあるんだな、これが。

 

ここから面倒なので割愛。

 

ランサーのマスターことケイネスがウェイバーに『魔術師同士の殺し合いという課外授業を教えてやるぜ☆』って言ったら、ライダーに『戦場に出てくる度胸のない奴が俺のマスターなんて力不足www』とか言って、続け様に『隠れとるやつ出て来んかーい!出て来ないなら俺はお前ら侮蔑するでwww』って言った。

 

うーん。流石に略し過ぎただろうか。でもまあ、大体こんな感じだろう。

 

そしてその挑発に我らがギルさん参上。

 

ライダーに名を名乗れと問われると

 

『我が拝謁の栄に浴してなお、この面貌を見知らぬと申すなら、そのような愚昧は生かしておく価値すらない』

 

バビローン。と感じに宝具展開。相変わらずの短気具合に笑いが出そう。

 

ここらが頃合いだな。

 

タマモ(・・・)。ちょっと行ってくる」

 

『お気をつけて……ってぇ⁉︎ちょっとタンマ!何言ってるんですか、ご主人様⁉︎」

 

ちょっと散歩してくるわみたいなノリで言ったらキャス狐も反応が遅れたらしい。

 

飛び降りた瞬間にレビテトを発動して、落下ダメージをゼロにする。

 

そこからはレビテトを解除。

 

プロテスとシェルとヘイスト……後ブリンクを重ね掛け。基礎スペックを上げまくった状態でいざ戦場へ。

 

「初めまして、マスターとサーヴァントの皆さん。俺の名は間桐雁夜だ。今後ともよろしく」

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖杯戦争が始まって六日目にして、事態は混沌の一途をたどっていた。

 

ライダーの真名ばらしに始まり、アーチャーの参入。そしてそこに現れたのはサーヴァントではなく、マスターの雁夜。

 

先程まで緊張感の走っていた戦場に現れた一人の男によって、全てのサーヴァント、そしてマスターは思い思いの反応を見せる。

 

セイバー陣営とランサー陣営は驚きに目を開き、ウェイバーは顎が外れるほどにあんぐりとした表情で雁夜を見て、ライダーは顎鬚をさすりながら感嘆の声を上げ、外灯の上に立つアーチャーは目を細めた。

 

「お初にお目にかかる。騎士王、征服王……そして王の中の王。英雄王ギルガメッシュよ」

 

『ッ⁉︎』

 

頭を垂れて、雁夜は確かにそう口にし、その言葉を聞いたアーチャーを除く者達は例外なく驚愕する。

 

「ほう。我を知っているか、雑種」

 

「ええ。その面貌、そのオーラ。例え名が伏せられていようとも拝謁させていただければすぐにわかりました」

 

そう答えた雁夜にアーチャーは気を良くしたのか、宝具を収めた。

 

「許す。面を上げろ」

 

「はっ」

 

「マトウカリヤ……と言ったな。貴様、随分と面白い物を持っている。そこな雑種共とは比較にならん代物だ」

 

「ありがたきお言葉。感謝します」

 

「故に光栄に思え。カリヤ。貴様を我の臣下となる機会を与えよう」

 

先程のライダーと同じ様にアーチャーはそう述べた。

 

だが、ライダーとアーチャーとでは同じ意味を持つ言葉も、異なる重さを持つ。

 

そしてまた、それを断れば、その先に何が待っているのか、当然異なる。

 

「嬉しい申し出だが、断らせてもらう」

 

雁夜はアーチャーからの申し出を断る。否、申し出ではない。

 

ライダーのそれは臣下にならないかという『提案』である。

 

だが、アーチャーのそれは臣下になれという、謂わば『命令』なのだ。

 

ライダーの時のように顔を歪めることなく、アーチャーは口元のみを歪ませる。

 

「王たる我の命令に背く事が何を意味するか……知らぬわけではあるまい?」

 

背後の空間が揺らめき、先程のように二本の宝具が鉾を覗かせる。

 

「ああ。わかった上で断る」

 

「そうか…………では死ね」

 

アーチャーの背後から二本の宝具が音速を超えて放たれ、地面に着弾すると同時に爆ぜた。

 

各々のマスターは雁夜の死を確固たるものだとした。

 

あの音速を超えて飛来する宝具を人間に避けるすべはない。こんな戦場のど真ん中に出てきた挙句、呆気なく散ったどのサーヴァントのマスターかもわからない男に各々のマスターは愚かだと決めつけた。

 

しかし……

 

「あれが彼のサーヴァントですか」

 

「どのクラスか知らんが、あの速度。くやしいが、俺よりも速いぞ……⁉︎」

 

「なるほど。何も考え無しにマスターのみで顔を出したわけではないということか」

 

サーヴァントの視線は爆煙にはなく、そこから少し離れた場所へと向けられていた。

 

離れた位置、アーチャーの向かい側にある外灯の上にそれはいた。

 

狐のような獣の耳を頭から生やし、同じく狐のような尾を三本生やしている着物を着た女性。

 

その両手には先程消し飛んだと思われていたはずの雁夜が抱かれており、他のサーヴァントを見下ろしていた。

 

「ご……」

 

静寂の中、サーヴァントは口を開く。

 

一体何を言わんとしているのか、耳を傾けた時、発せれたのは……説教の応酬だった。

 

「ご主人様、何考えてんですか⁉︎あんな近場に散歩に行くみたいなノリで戦場のど真ん中に顔だした挙句、穏便に済ませるどころか、滅茶苦茶攻撃されてるじゃないですか!数日前に交わした誓いの言葉はどうしたんですか⁉︎無茶苦茶ですよ、色々と!死ぬのなら私と一緒に死んでください!」

 

全員が呆気にとられた。

 

その妖艶な佇まいとは裏腹にサーヴァントのテンションは高かった。高すぎた。

 

「いや、ブリンクかけてたし。後、あれに紛れて離脱しようかと思ってたんだが……」

 

雁夜の目的ははっきり言ってしまえばアサシン同様の死の偽装だった。

 

聖杯戦争に衛宮切嗣がいるのであれば、自分が排除するには手に余る存在だと認識された時、間桐邸ごと吹き飛ばす。あるいは桜を人質にとるという可能性があった。

 

それゆえに自分から一旦監視の目を外し、桜を一旦別の家に住まわせてから、再度姿を表そうと考えていた。

 

サーヴァントに言わなかったのは特に理由はなく、単純に言うのを忘れていただけであるが、それを聞いたサーヴァントは「や、ややこしい事しちゃダメですよ?ご主人様」と完全に自分がやらかしたと勘違いしていた。

 

「坊主。あの女。サーヴァントとしちゃ、どれ程のものなんだ?」

 

「ぜ、全部EXだ……」

 

「何?」

 

「だからぁ!全部パラメーターの限界値なんだよぉ!」

 

最早悲鳴にも近いウェイバーの叫びにセイバーもランサーもギョっとした様子でウェイバーの方を見た。

 

驚きに満ちた表情で見据えられたウェイバーは一瞬睨まれたのだと勘違いして萎縮するも、蚊のような小さな声で呟く。

 

「………間違いない。どのパラメーターもEXって見えるんだ」

 

セイバーは歯噛みする。もしこの傷さえなければ、宝具の解放がかなえば或いはその身に届いたやもしれないと。全快時でさえも圧倒される差にセイバーは剣を構えながらも既に頭の中ではいかにあれと敵対せず離脱するかのみを考えていた。

 

ランサーもまた同様だったが、ランサーの場合は自身に勝ち目が無いことはわかってしまっていた。槍兵である自分すらも圧倒的に凌駕する速度と素手による攻撃すらも致命傷となりかねない筋力。おおよそ鍛え上げられた戦経験では埋めようのない圧倒的差に心の奥底で既に敗北を認めつつあった。

 

対照的にライダーは不敵に笑う。強ければ強いほどに征服する価値があると。サーヴァントに対しては倒してから誘いをかけたほうが面白そうであるとそう思い、先程のように言いかけていた言葉を発さなかった。

 

そしてアーチャーは………ブチ切れていた。

 

「痴れ者が……天に仰ぎ見るべきこの俺と同じ場に立つか!その不敬万死に値する!」

 

ぶっちぎったパラメーターよりも、アーチャーにとっては関係のないことだった。

 

自身と同じ目線に立つ。

 

王自らが同じ場に立つというのであればそれも良かった。

 

だが、自らの意志ではなく、ましてや赦しを得たわけでもないものが自らと同じ目線に立つという事はアーチャーの逆鱗に触れるに足る十分な理由だった。

 

背後に現れる大量の宝具。

 

十や二十程度ではきかない圧倒的物量に誰もが青ざめる中、その敵意と殺意の矛先である雁夜とサーヴァントはというと……

 

「うわぁ………あの金ピカ気短すぎません?マスターが可哀想なぐらい」

 

「時臣がマスターだし、別に良いよ。それより俺のブリンクは三発までしか避けてくれないんだが、あれ避けられるのか?」

 

「さっきよりは余裕ですね。寧ろ、避けられないはずがない的な」

 

全く意に介していなかった。それがより一層アーチャーの激情に油を注ぐのだが、そこでアーチャーが何もない空間へ向けて吼えた。

 

「ッ………貴様ごときの諌言で王たる我に退けと……?大きく出たな、時臣……!」

 

アーチャーは怒りに顔を歪めたまま、展開していた宝具を消す。

 

「雑種共、次までに有象無象を間引いておけ。俺と相見えるのは真の英雄のみでいい」

 

そう言い残すとアーチャーは金色の粒子となりながら、その場から姿を消した。

 

残されたのはセイバー、ランサー、ライダー、そしてサーヴァント。

 

背を見せればその時点で後ろから討たれる。

 

背後から討たれたともなれば、騎士であるセイバーやランサーにとっては屈辱的で、王であるライダーにとっても背を見せて討たれたともなれば、自らを決して許すことは出来ないだろう。

 

故に視線をサーヴァントへと向けたまま、誰もが一歩も動けずにいた。

 

それはこの場を離れた位置から見て、マスターを殺す機会を伺っている切嗣や隠蔽の魔術で肉眼視出来ないようにしているケイネスも同様であった。

 

緒戦にして、令呪を使用しての逃走は今後の戦闘に支障をきたすと考える切嗣と武勲をあげるため、参加した聖杯戦争で真っ先に逃走するなどプライドの許さないケイネス。

 

理由は違えど、両者共に行動に移せずにいた。

 

そしてそれこそが彼等の運命を狂わせることとなった。

 

「えーと……セイバーがあの位置で、ランサーがあの位置。俺がいたのがあそこだから……」

 

「ご主人様?いきなりどうしたんですか?」

 

「いや、厄介なのは初めに潰しておくに限ると思ってな。悪いがそれっぽい動作してくれるか」

 

「それっぽいとはどのような?」

 

「こう、魔法を撃つ感じの」

 

「わかりました………えいっ♪」

 

片手を上げ、振り下ろしたサーヴァントに全員が身構える。

 

その直後、ぼそりと雁夜は告げる。

 

「……Comet(コメット)

 

何も起こらないことに訝しんだその瞬間、空から彗星がコンテナや倉庫へ向けて降り注いだ。

 

「こりゃマズイのう…」

 

「バカ!そんな事言ってないで逃げるぞ!ライダー!」

 

「今回ばかりはそれが良さそうだわい。はあっ!」

 

ライダーはチャリオットを走らせ、降り注ぐ彗星を避けながら倉庫街から離脱する。

 

「主!」

 

ランサーはサーヴァントから視線を外し、我が身を省みずにケイネスのいる場へと一目散に向かう。その場にはすでに幾つもの彗星が降り注いでおり、生存は絶望的と言える。

 

そして最後に動いたのはセイバーだった。

 

「アイリスフィール!キリツグは……!」

 

「わからないわ!けれど、令呪を使わなかったという事は自分でなんとかできると判断したからの筈よ!」

 

「では、離脱します!捕まってください!」

 

セイバーは左腕でアイリスフィールを抱え、風王結界を解除した際に発生する風の勢いを利用し、その場から離脱した。

 

聖杯戦争開始からわずか六日。

 

二戦目にして、全サーヴァント、全マスターの前に超えられない壁が立ちふさがった。

 



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月に変わってお仕置きよ?

気づいたらお気に入りが3,000件突破………思わず、寝ぼけてるのかと勘違いしました。

皆さん、至らぬ点ばかりの作品ですが、読んでくださっている方、ありがとうございます。

某野球アプリのイベントやGOのリセマラやらで執筆が遅れましたが、駆け足で頑張っていきたいと思います。タマモキャット欲しいー!

現在extraしてますけど、執筆中に終わるかどうか………このままニャル子が混じったようなキャス孤で頑張っていきましょうか。

後、自分、Twitterやってますので、感想などで聞きづらいことなどがございましたら、そちらでお伺いいたします。アカウント名は『のほほん@怠惰系男子』です。くれぐれも悪戯などはしないようにお願いします。本当に勘弁してください。


アーチャーのマスター、遠坂時臣は考える。

 

先日の倉庫街でのサーヴァントの決闘。

 

ライダーの挑発に応じた自らのサーヴァント。英雄王ギルガメッシュの行動は王としてのプライドから、ああいった行動に出るのは理解できた。まさか同じ目線に立たれただけで我を忘れそうになる程ブチ切れるとまでは想定していなかった。

 

だが、時臣はその程度のことで頭を悩めているわけではない。

 

もちろん、ギルガメッシュが圧倒的物量の宝具を晒すことはあまり好ましくはない。聖杯戦争が始まって数日、他の勢力の実力も知れぬうちにこちらが手の内を晒す事だけ

避けたかった。

 

けれど、それ以上に問題なのは間桐雁夜の言動とそのサーヴァントであった。

 

(まさか殆どのマスターが揃っている中で王の真名を口にするとは………ましてや、あのサーヴァント。ライダーのマスターの勘違いでない限り、あのサーヴァントは英雄王よりも強いということになる)

 

初めはあの場において、マスターだけで姿を晒すなどという愚行を犯した雁夜に対して、侮蔑と嘲笑を隠し得なかった時臣だが、そこでアーチャーの真名をあっさりとバラしてしまったことに度肝を抜かれていた。

 

バレる要素はほぼなかった。

 

矛を交えれば、何れは看破される可能性もあるが、それも殆ど闘わぬ内から見抜かれ、そして他のマスターがいる中で告げられ、ギルガメッシュもそれを肯定した。時臣にとっては最悪の事態である。

 

そしてギルガメッシュの攻撃から雁夜を助けたそのサーヴァント。

 

ウェイバーの言っていた全てのパラメーターがMAXという常軌を逸した能力を誇るサーヴァント。

 

間違いなく、最強のサーヴァントを呼び寄せたと確信をしていた時臣もその時は優雅さの欠片もない程に驚きの声を上げ、原作とは違った位置からその状況を監視していたアサシンと視覚、聴覚を共有していた綺礼もその報告の声には明らかに動揺が感じ取れていた。

 

そんなド級のサーヴァントと無策に、感情に任せて闘うなど死にに行くようなものだ。そう判断した時臣は令呪を使用し、ギルガメッシュを撤退させた。

 

当然ながら、令呪で強制的に撤退させられたギルガメッシュはかなりキレていたものの、二、三日経った今は既に怒りを鎮め、ソファーの上でワインを片手にくつろいでいた。

 

(令呪は残り二画。どちらも使用すればあのサーヴァントを倒す事は可能かもしれない。だが、そうすれば確実に英雄王との関係を維持出来なくなる。なんとしてでも、令呪一画以内にあのサーヴァントを倒す方法を考えなければ…………いや、他にも方法はあるか)

 

緒戦にして、小さな流星群を降らせるというおおよそ既存の宝具を超えた神秘を見せたサーヴァントに時臣はどうしたものかと頭を悩ませたが、すぐに別の方法に思い至る。

 

(いくらサーヴァントが強くとも、間桐雁夜は魔導から逃げ出した落伍者。一年で魔術師になった急造だ。ならばマスターさえ打倒してしまえば、あのサーヴァントもすぐに消えるだろう)

 

表面上(・・・)、間桐雁夜は魔導から逃げ出し、聖杯戦争に参加するためだけに一年間で鍛え上げられた急造のなんちゃって魔術師として、他陣営にも知れ渡っている。

 

所詮はサーヴァントが強いだけで、マスターは穴。その気になればいつでもやれる。

 

弱点がこうもはっきりしているのなら、悩むのはサーヴァントをいかにして引き離すか。それだけだった。

 

もっとも、雁夜は魔術師ではなく、魔法使いであるのだが、当然ながら誰もそれを知らない。知る由も無い。

 

「英雄王。一つお尋ねしたいことがあります」

 

「くだらぬ問いを投げかけるというのであれば、即刻首を刎ねるぞ」

 

ギルガメッシュはグラスを揺らしながら、なんでもないようにそう言うが、その言葉に嘘偽りはない。

 

ギルガメッシュはアーチャーとして今回の聖杯戦争で現界したわけだが、彼の目的は自らの財であろう聖杯を他のサーヴァントに盗まれるのを阻止するという異例の理由から呼び出されており、マスターに依存してまで現界しておこうなどと考えてはいない。気に入らなければ、マスターであろうとその場で断罪するのだ。

 

「間桐雁夜の事です。王はあの男を見て、『面白い』と。そう仰られました。それはどういった意味合いなのですか?」

 

時臣が気になっていたのはこれもある。

 

急造の魔術師風情が英雄王に気に入られる理由を持ち合わせているはずなどない。寧ろ、醜悪だとして嫌悪を示される方が正しいとさえ思っていた。

 

サーヴァントが原因なのか?

 

そうも考えたものの、それならばサーヴァントへ向けて何かしら問いを投げかけるはずだ。ならば何故マスターに?と。時臣は考えていた。

 

それに対してギルガメッシュはグラスに入ったワインを眺めながら言葉を紡いだ。

 

「『アレ』は異常だ。貴様らでは到達する事のない極地にいる。異質。いや、魔術師である貴様達には異端といった方が正しいか」

 

「と言われますと?」

 

「天上天下において真の王は我のみであるように、奴のような存在は奴以外にあり得ない。人の身でありながら、奴は人の身では到達する事のできない境地にいる。矛盾しているが、それ故に異常なのだ」

 

愉快そうに嗤うギルガメッシュだが、時臣は心中穏やかではない。

 

今のギルガメッシュの発言が正しければ、間桐雁夜は急造の魔術師ではない。それ以上の存在ということになる。

 

(何れにしろ。遅かれ早かれ、聖杯を求めるのであれば間桐雁夜とは相見えることになる。その時にわかるだろう。あの男の正体が……)

 

(神霊と……そして神の恩恵を受ける人間。くだらぬ茶番に呼び出されたと思ったが、なかなかどうして面白い。あの者達だけは我手ずから裁きを下すとしよう)

 

思惑は違えど、この瞬間、アーチャー陣営の目的が一致した。

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まぁ、取り次ぎはごゆるりと。私も気長に待たせていただくつもりなので、それなりの準備して参りましたからね。何、他愛のない児戯ですよ』

 

倉庫街での戦闘から数日経った日。

 

アインツベルン城には十数人の子を引き連れたキャスターの姿があった。

 

魚のように飛び出た不気味な目をギョロつかせ、子供達を見渡す。

 

子ども達は暗示をかけられているのか、虚空を見つめ、虚ろな表情をしていたが、キャスターが指を鳴らすと同時に正気を取り戻したかのように辺りを見渡す。

 

『さぁさぁ、坊や達。鬼ごっこを始めますよ。ルールは簡単です。この私から逃げ切れば良いのです。さもなくば……』

 

キャスターの手が一番近くにいた少年の頭に乗せられる。

 

魔術師のクラスで現界しているとはいえ、サーヴァントの身であるキャスターーーージル・ド・レェの腕は筋肉質で子どもの頭程度であれば容易に握り潰す事が容易である事が見て取れた。

 

その瞬間、セイバーの未来予知にも等しい直感スキルが最悪の未来を想像させる。

 

脳漿をぶち撒け、血飛沫を辺りに飛び散らせるその光景を。

 

セイバーはマスターである切嗣の判断やアイリスフィールの言葉を待たずして、キャスターの元へと向かおうとする。

 

(今からでも一人くらいは助けられるはずだーーッ!)

 

キャスターに対する激情に心を燃やしながらも、子ども達に自身が到着するまで逃げ延びてくれと祈る。

 

悠長にしている暇はないと扉に手をかけた時だったーーーー。

 

『ちょぉぉぉっと待ったぁぁぁぁ!』

 

『ぶべらっ⁉︎』

 

制止の声と共にキャスターの顔面にライダーキックが放たれ、キャスターは錐揉み回転で木々を巻き込みながら、数メートル先へと吹っ飛んだ。

 

キャスターの手に掴まれていた子どもはあまり強い力で掴まれていなかった為か、共に吹き飛ばされる事はなく、いきなり空から降ってきた狐の耳を生やした女性に視線が釘付けになっていた。

 

『世の為、人の為。そしてご主人様からの命により、悪の権化を倒しに参上!ていうか、あんなのがキャスターなんて聖杯が許しても、私が許しません!』

 

ビシッとポーズを決めて、サーヴァントはそう宣言した。

 

その光景に誰もが呆気に取られた。

 

セイバーやアイリスフィールはそうだが、表情の変化の乏しい舞弥でさえ、驚愕に染まっており、切嗣に至っては組み立てていたキャリコを危うく落としかけた。

 

「キリツグ。これは一体ーーー」

 

「………わからない。ただ一つ言えるのは、おそらくこの場にはマスターである間桐雁夜が来ている可能性が高い。ということだ」

 

先の倉庫街での死闘。

 

途中で乱入してきて、あの場を強制的に終了させたサーヴァントとそのマスター。

 

あの場にいた全マスター、全サーヴァントがタマモの実力に対して、逃げの一手を選んだ。

 

見せつけるかのように降らせた彗星による絨毯爆撃にも近い行いに切嗣は久しく忘れていた確固たる命の危機を感じながら、自身の体内時間を加減速する魔術、固有時制御を駆使し、文字通り、命からがら切り抜けた。

 

(彗星を降らせる英霊なんて聞いたこともないーーーが、マスターさえ倒してしまえば、どれだけサーヴァントが強くとも、勝機はある。ましてや、能力が高いのなら、魔力消費も尋常じゃないはず。マトモに闘える魔力すら残っているか怪しいところだ)

 

サーヴァントにもよるが、圧倒的ステータスを誇るサーヴァントによる行動は当然ながら其れ相応の魔力を要求される。それがケイネスや時臣のような優れた魔術師であるならば、サーヴァント共々闘うことの出来る余力がある可能性もあったが、雁夜は急造の魔術師であるとの情報だった。

 

であるならば、サーヴァントを闘わせるのがやっとで抵抗に費やせる魔力も体力も残っていないはずだ。

 

切嗣はそう考えた。それが間桐雁夜の術中に嵌っているとも知らずに。

 

「セイバー。キャスターをあのサーヴァントと共に打倒した後、その場で足止めをしてくれ。その間に僕がマスターを叩く」

 

「わかりました、キリツグ。くれぐれもお気をつけて」

 

セイバーはスーツ姿から鎧姿へと刹那のうちに服装を変化させるとすぐさまキャスターとサーヴァントのいる戦場へと向かう。

 

その最中でふとある事に気付いた。

 

(そういえば、さっきキリツグは私と普通に話してましたね)

 

見た目は平静さを取り繕っていても、混乱を極める戦場にいる切嗣もまた、サーヴァントを無視するという行為を素で忘れてしまう程にテンパっていた。

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(いやー、よく飛んで行きましたね)

 

キャスターを蹴り飛ばし、劇的とも言える登場を果たしたタマモはキャスターの吹っ飛んでいった方向を眺めていた。

 

未だキャスターが起き上がって、向かってくる気配はない。

 

かといって、逃げたわけでも、死んだわけでもないのは空気中に漂う緊張感と狂気がそれを物語っている。

 

それ故にタマモは構えることはしないまでも、周囲には気を配っている。

 

(それにしても、まさかご主人様の読み通りなんて………本当に何者なんですか………マスター)

 

タマモがここにいるのは当然ながら、偶然ではない。

 

ほんの数時間前の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よし。アインツベルン城に行くぞ』

 

『と、唐突ですね……あれですか?早い所聖杯戦争を終わらせて、新婚旅行に行きたいとか⁉︎』

 

『いや、まあ違うんだけどな。今夜、アインツベルン城でどうにも気持ちの良くない事が起きそうだ。だから、早い内に刈り取っておく。…………やっぱ子どもが死ぬのは見過ごせないよな』

 

『まあ、悪い芽は早めに摘んでおくに越したことはありませんけど……………具体的にはどうするおつもりで?前の時のように彗星でも降らせますか?』

 

『戦争屋にも掃除屋にもなるつもりはないから、今回はしないよ。それに彼処には二つ用がある。だからタマモ。お前には正義の味方でもやってもらいたい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(途中で別れましたけど、もう一つの用事って………「お、ヲヲヲヲノレェェェェェ‼︎」うへぇ……)

 

「神聖な儀式を邪魔しおってェェェェ‼︎獣の分際でェェェェ!異界の化け物達に全身を引き裂かれて狂い悶え死ぬがいい!」

 

怒りに目を剥き、キャスターは自身の宝具『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』を開く。

 

彼の友人。フランソワ・プレラーティーがイタリア語に訳したルルイエの異本とされるそれは、それ自体が魔力炉であり、本来正規の魔術師ではないキャスターをキャスターたらしめる魔道書である。

 

キャスターの悲鳴にも似た叫びによって、地面からは異形の触手が無数に現れる。

 

海魔と呼ばれるそれはサーヴァントと比較して、比較にならないほどに弱いものではあるものの、大軍宝具故に数十体にも及ぶ召喚が可能であり、また倒された海魔を糧に新たな海魔を召喚するために燃費は非常に良いと言え、これもまた非正規の魔術師である雨竜龍之介をマスターにもつキャスターにとっては都合が良かった。

 

『◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎ーーッ!』

 

怪音波のような、おおよそ言葉で言い表せないような奇声を発する海魔にタマモは表情を歪ませる。

 

醜い。あまりにも醜い。

 

悍ましい奇声は酷く耳障りだ。

 

今すぐにでもその音源を叩き潰すことは容易だ。

 

けれど、その高すぎる能力では暴力的な力を振るうだけで海魔の奇声に当てられて気を失ってしまった子どもも余波で死にかねない。

 

ただの物理行動ですらも今のタマモが行えば余波で多大なる影響を及ぼす。

 

それはタマモも重々承知の上で、雁夜もそれはわかっていた。

 

故に一撃目で仕留めるつもりだったのだが、思ったよりもキャスターがタフであったために現状へと至った。

 

もっとも、それすらも予想通りの展開なのだが。

 

押し寄せてきた海魔の一部が突如細切れになった。

 

「ーー先日ぶりだな。獣のサーヴァントよ」

 

海魔の一部を斬り払って現れたのはランサーだった。

 

ランサーの持つ二槍によって細切れになった海魔だが、間も無くして、すぐに新たな海魔が生まれ出る。

 

「久しぶりですねぇ、イケメンのーーーいえ、イケモンのランサーさん」

 

「い、イケモン?」

 

「はい。年齢階級立場を問わず女性を魅了するその貌!人妻魅了するなんて論外です!」

 

「いや、それは……なんというかな。この黒子か、或いは自分が女に生まれたことを……」

 

「じゃかあしい!この状況で言うのもあれですけど、貴方のように勝手に女性を魅了してしまう魔貌持ちは神が許しても、この私が許しません!貴方のような者にこそ、この一撃は相応しい!」

 

「ま、待て、獣のサーヴァントよ。今はキャスターの討伐が……」

 

「あー、あんなの瞬殺ですよ、瞬殺。片手があれば充分です」

 

俺のこの手が真っ赤に燃えると言わんばかりにタマモの脚に魔力が込められる。

 

その荒れ狂う程の膨大なオーラにランサーは背筋に嫌な汗をかいていた。

 

(こんなものの足止めを……俺は出来るのだろうか)

 

ランサーがここに来たのは元はと言えば、ケイネスが手負いのセイバーを討ち取り、そしてそのマスターを打倒するためにこの場に訪れようとしたのが、原因だった。

 

偶々、同じタイミングでアインツベルン城を襲撃してきたキャスターを屠り、セイバーとの決着を果たそうとしていたのだが、そこへ乱入してきたのは先日のおおよそサーヴァントの枠組みから外れ切ったサーヴァント。

 

マスターと共にこの場に訪れた瞬間をこれまた偶々見かけたランサーはそれをケイネスに報告すると、ケイネスはランサーにセイバーと共闘してでもタマモを足止めし、マスターを討ち取るまで持ち堪えろとそう命令した。

 

明らかにランサーが勝てるなどと微塵も思っていない発言だったが、生憎と討ち取ってみせるなどという勇ましい言葉をランサーは告げることは出来なかった。

 

矛を交えたとして、何分持ちこたえられるか、自然とそう考えていたが、実際に何故かよくわからない理由で敵意を向けられたランサーはそれすらもおこがましいと考えてしまうほどに実力差を痛感していた。

 

「……とはいえ」

 

「?」

 

「このまま貴方を去勢してたら、ご主人様に怒られちゃいます。今回の功績を交換条件にナデナデプリーズする予定があるので、この場は見逃してあげましょう。いっそ、まとめて倒しちゃう手もありますけど」

 

「……」

 

「それにそろそろ男装王のご到着です」

 

タマモの言葉と共に海魔の波の中に丸い風穴が空き、その中を金髪の甲冑を纏った騎士が駆け抜けてきた。



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魔術師と魔法使い

「えーと、確かこの辺だったような……」

 

タマモがキャスターめがけてライダーキックをぶちかましていた頃。

 

分かれた雁夜はアインツベルン城へと向かっていた。

 

彼がアインツベルン城に向かうのには幾つか理由があった。

 

まず一つ目はタマモにキャスター討伐と子供たちに救助をさせつつ、そちらにセイバーとそしてセイバーのマスターを狙ってきたランサーを向かわせること。

 

二つ目はその両者のマスターをサーヴァントが帰ってくるまでに打倒、或いはマスターとしての権利を奪うこと。

 

三つ目は切嗣のみを狙って襲撃してきたアサシンのマスター、言峰綺礼を殺害ないし、再起不能にすること。

 

特に三つ目はかなり重要であった。

 

言峰綺礼の存在は現時点では殆ど無害と言える。

 

この時点では本人に聖杯にかける望みなど存在しないし、本人も無気力に等しいため、実質的に時臣の手駒といえる状態であり、時臣の意向に反する事も、また独断行動をすることもほぼない。

 

だが、外道覚醒を果たしてしまえば、たちまち言峰綺礼は危険人物へと変貌する。

 

何を考えているのかわからない。何を企んでいるのかわからない。敵なのか、味方なのか、それすらも状況によっては左右するこの存在は次回の聖杯戦争を全力で阻止しようとしている雁夜にとって、今回の聖杯戦争における目的の一部でもあった。

 

「お、あったあった」

 

アインツベルン城についた雁夜は正面の扉を見つけ、堂々とそこから入ろうとする。

 

他の場所から入るのもいいが、それは相手が魔術師殺しである衛宮切嗣相手には些かどころか、愚行にも等しい行為である。

 

(理想的なのは切嗣をここで確実に脱落させつつ、綺礼はこの世界から退場してもらうこと。とはいえ、マジカル八極拳の使い手だし、しぶとそうだから、その辺は切嗣辺りに協力してほしいんだよな。あのての輩は悪運強いから、追い詰めてもワンチャン逃げられる可能性が……)

 

雁夜の思考は其処で止まった。否、強制的に止められた。

 

背中に放たれた水銀の塊が雁夜を吹き飛ばし、アインツベルン城の門を突き破って、中へと吹き飛ばした。

 

「いたたた……補助かけてないと土手っ腹に風穴空いてたな」

 

あらかじめかけておいたリジェネによって、背中を襲う痛みを徐々に癒しつつ、雁夜は吹き飛んできた方を見やる。

 

暗闇から姿を見せたのは巨大な水銀の塊と共に歩いてきたランサーのマスター。ケイネス・エルメロイ・アーチボルトだった。

 

「今ので死んだとばかり思っていたが、悪運は強いようだな。間桐の魔術師よ」

 

「そりゃどうも。それよりもロード・エルメロイともあろうお方が不意打ちとは随分なご挨拶だ。貴族の嗜みは何処に捨ててきたんで?」

 

「安心したまえ。今のは挨拶ではない。先日、君のサーヴァントによって浅からぬ傷を受けた礼だよ。三流魔術師風情が事もあろうにサーヴァントの力を振るってあろう事かマスターを狙うなど不意打ちも甚だしい」

 

倉庫街での一件でケイネスはコメットによる絨毯爆撃で直撃はしなかったまでも、二次災害によって軽くはない負傷をしてしまった。

 

もっとも、ケイネスほどの魔術師ともなれば治療をするのにそれほどまでに時間はかからないのだが、ケイネス自身はこの聖杯戦争を『選ばれた魔術師による戦争』という一種の聖戦にも近い感覚で捉えている。

 

故にサーヴァントはサーヴァントで、マスターはマスターでという区切りを付けているのだが、それを在ろう事か雁夜はタマモでケイネスを攻撃したように見せかけた。

 

それに対してケイネスは『三流魔術師が正面から闘うことを恐れ、サーヴァントによる攻撃で自分を排除しようとした』とそう考えた。

 

圧倒的な殺意と憎悪を身に宿しながら、ケイネスは虎視眈々と雁夜と相見える機会をうかがっていた。

 

そして計らずも此度、セイバーのマスターを討ち取らんと向かったアインツベルン城で雁夜を見つけ、以前の礼とばかりにアインツベルン城の扉の門ごと魔術礼装月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)で叩き切った。

 

死んでいなかったのは想定外ではあるものの、それもサーヴァントによる補助を受けているものだと考え、ケイネスは見下すように地に伏したままの雁夜を見た。

 

「立ちたまえ。いかに自分が愚かな行いをしたか、その身に刻んであげよう」

 

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。天才魔術師殿」

 

「ほざけ、虫ケラが。ScaIp()!」

 

「Haste」

 

ケイネスの詠唱と共に鞭の振るわれるそれを雁夜はヘイストによって加速し、その全てを回避する。

 

元々、戦闘向きの魔術師ではないケイネスが製作したこの魔術礼装はケイネスの詠唱により、予め設定された攻撃を放つため、攻撃内容は比較的単調であり、避ける動体視力があれば回避が可能とされている。雁夜にはそれを見るほど、目はきかないまでも、回避方向を読まれていなければ、回避する事自体は可能なのだが。

 

カチッ。

 

「あれ?」

 

何かを踏んだ。雁夜がそう理解した時には色々と遅かった。

 

城内に仕掛けられていたクレイモア地雷が炸裂。2,800発にも及ぶ鉄の球が雁夜とケイネスに向けて放たれた。

 

凄まじい轟音とともに城内に荒れ狂う鉄の球は城内の様々なものを削り取り、美しい洋風を一瞬にして廃墟同然にまで変貌させた。

 

「ふん。機械仕掛け頼みとは……ここまで堕ちたか、アインツベルン」

 

だが、その鉄の雨の中でケイネスは何事もないかのように立っていた。

 

それはひとえに月霊髄液による自動防御の賜物である。

 

侮蔑の混じった言葉の端々にも怒りが滲んでおり、それは魔術師達の聖戦を汚したとする切嗣への怒りだった。

 

雁夜に対する怒りはもうほとんど無かった。というのも、魔術師を侮辱しているアインツベルンが許せないというのもあるが、それ以前に雁夜は絶対に死んでいるのだ、と、そう思ったからだ。

 

あの超至近距離で爆発に巻き込まれた。

 

機械仕掛けに関して疎いケイネスでも、月霊髄液の自動防御越しに威力はわかった。それを超至近距離で浴びたのだから、確実に死んだとすら思っていた。

 

(あれでは三流魔術師風情では形すら残るまい)

 

そう見切りをつけ、自動索敵を発動させようとした瞬間だった。

 

「ほ、骨折れるかと思った……てか、絶対に折れただろ」

 

「何ッ⁉︎」

 

ケイネスは声のする方向を向く。

 

そこには服が破れてはいるものの、何事もなかったかのように立ち上がっている雁夜の姿があった。

 

「忘れてた。ここって罠屋敷じゃん」

 

「貴様………何故生きている?」

 

「何で死なにゃならん。さてと、当初の目的通り、切嗣倒しに行かないとな」

服の埃を払った雁夜はケイネスに目もくれず、一目散に切嗣のいるであろう場所へと向かう。

 

それをケイネスは逃げ出したのだと勘違いし、すぐさま索敵にかかった。

 

(逃がさんぞ、虫ケラどもめ。魔導を侮辱し、私を侮辱した罪。その身に刻んでやろう)

 

さながら勝者のように余裕のある笑みを浮かばせながら、ケイネスは歩みを進める。

 

それが破滅への一歩である事に気がつかずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんなんだ、あれは)

 

先の光景を見て、切嗣は密かな恐怖心を抱いていた。

 

超至近距離からのクレイモアによる攻撃。

 

魔術師思考の人間達に戦争の常套手段などわかるはずもないが、あの距離、あの威力からの攻撃はケイネスのような高位の魔術礼装でもない限り、影も形も残らないはずだった。

 

だというのに、間桐雁夜は服が破れた程度。

 

下には幾らかの打撃痕などが残っているのかもしれないが、その程度なのだ。

 

先日の倉庫街で流星群を降らせたサーヴァントのマスター。

 

寄せ集めた資料には一年前から聖杯戦争のために帰ってきた落伍者とされている。

 

急造の魔術師であるならば大した障害にはなり得ない。

 

サーヴァントが強力であればあるほど、間桐雁夜は戦闘を行う余裕が無くなる。

 

そう思っていた。

 

だというのにさっきの映像に映ったのは常軌を逸した能力。

 

あれでは急造の魔術師ではない。まるで代行者か、それに準じる存在と相対しているのではないかと思ってしまう程だった。

 

(幸いにして、敵は二人。利用次第ではどうにでも……っ⁉︎)

 

切嗣がその部屋から出ようとした時、ドアノブが吹き飛んだ。

 

完全に不意をつく形となったものの、切嗣は咄嗟に身を横に転がし、ドアと壁に板挟みにならぬよう回避する。

 

「おっ、この部屋で当たり……あだだだっ!」

 

切嗣は雁夜が入ってきたとわかった瞬間にキャリコの引き金を引く。

 

雁夜は両腕をクロスさせてガードするも、痛いものは痛いため、普通に悲鳴をあげていた。

 

(あれを凌いだとなると、これも効かないか………)

 

キャリコが通じないという現状を切嗣は冷静に判断していた。

 

あの距離からあの一撃が効かないのであれば、当然ながら効くはずもない。

 

今のは咄嗟の判断と攻撃に出られないようにするためのものだ。そしてキャリコでも『痛い』のであれば、本命は間違いなく通じる。

 

切嗣が懐から自身の切り札を抜こうとした時

 

パソコンを置いていた長テーブルに何かが走り、円状に床ごと下の階に落ちた。

 

「見つけたぞ、小虫ども」

 

円状に出来た穴から出てきたのはケイネスだった。

 

「魔導の面汚し共め。私自ら引導を渡してくれる。Scalp」

 

先程のように月霊髄液がその形状を変化させ、その一部を槍のようにして、切嗣と雁夜を貫かんと襲う。

 

固有時制御二倍速(タイムアルター・ダブルアクセル)!」

 

その詠唱と共に切嗣の速度が加速する。

 

月霊髄液の攻撃をいとも容易く躱し、ケイネスの作った穴を出て、その場から逃げる。

 

雁夜もまた回避はするのだが、その場から逃げ出すことはせず、その代わりに詠唱を始めた。

 

「湧け、Water(ウォータ)!」

 

詠唱と共に突如鉄砲水がケイネスを襲う。

 

だが、その程度の一撃では月霊髄液の自動防御を打ち破ることは叶わず、ケイネスは不敵な笑みを浮かべる。

 

「やっぱり一番弱いのじゃ無理か。次はもっとキツイのでいこうかな」

 

「それだけか?やはりサーヴァント無しではこの程度か、出来損ないの魔術師が」

 

「出来損ないの魔術師か………ロード・エルメロイ。その言葉には少しばかり語弊があるな」

 

「ほう。まさか、自分が純然たる魔術師だとでも宣うつもりか」

 

「違う違う。俺は魔術師(・・・)じゃない」

 

即座にそう言って否定する雁夜に訝しむケイネスだが、それもすぐに頭の中から振り払う。

 

(この男が何と言おうと、所詮はあの程度の魔術の行使しか出来ん急造の魔術師。サーヴァントが帰還するよりも先に早く片付け、セイバーのマスターにも懲罰を与えねば)

 

そうしてケイネスが月霊髄液に攻撃の指令を出そうとしたその時、雁夜はケイネスーー正確には月霊髄液の方へと手を突き出した。

 

「?」

 

「天空を満たす光、一条に集いて神の裁きとなれ! ――Thundega(サンダガ)!」

 

雁夜の詠唱が終わると同時に凄まじい一筋の閃光がアインツベルン城を月霊髄液ごと貫いた。

 

計り知れない一撃を予期せず受けた月霊髄液は四方に飛び散り、その端々を黒く染めていた。

 

何が起きたのか、ケイネスには理解できなかった。否、理解したとしてもそれはあり得てはいけないのだ。

 

たった二節程度の詠唱から生み出された圧倒的破壊力のある魔術。

 

過去、自身が目にしてきた魔術師は数多くいれど、その中にこんな事をやってのける人間はいなかった。

 

そもそも不可能なのだ。

 

人間であれば、魔術師であればある程にそれは理解出来る。

 

先程のそれはたった二節程度で放つことの出来る威力を超えている。

 

するにはキャスタークラスに至れるほどの素質を持ち、それでいて大掛かりな下準備を施す必要がある。

 

だが、ここはアインツベルンの本拠地。

 

セイバーのマスターである切嗣にはその機会はあれど、雁夜にはその機会が全くない。

 

ともすれば、雁夜はそれをどう行使しているのか。ケイネスが問いかけるよりも先に雁夜が口を開く。

 

「さて、ご自慢の魔術礼装は綺麗に吹き飛んだけど、まだ戦えるかい?ロード・エルメロイ?」

 

そう言われ、ケイネスの混乱していた思考回路はさらに混乱する。

 

先程の一撃で月霊髄液は四方に飛び散り、使用不可能となった。

 

では、他の魔術礼装はあるのか?答えは否だ。

 

それはケイネスが準備を怠っていたわけではない。

 

切嗣によって、本拠地としていたホテルを爆破解体され、その際に大量の魔術礼装を失ったからだ。

 

それでもこの礼装は失わなかった。その事から月霊髄液はケイネスの傑作の一つだったと言える。

 

だが、今は違う。

 

その唯一の魔術礼装を失い、サーヴァントもおらず、身一つで放り出されている。

 

当然ながら魔術を絶対とし、戦闘向きではないケイネスに肉弾戦の経験はなく、完全に詰んでいた。

 

しかし、ケイネスのプライドはそれを認めない。

 

まだ誰も脱落していない。

 

そんな状況で自身がいの一番に脱落するなどあってはならないのだ。

 

ケイネスが魔術を行使しようとした時、既に雁夜はケイネスの懐に入っていた。

 

「おやすみ、ケイネス」

 

補助魔法によって引き上げられた筋力から放たれたブローはケイネスのボディを見事に捉え、その身体をくの字に曲げる。

 

その際、ケイネスは吐血し、呆気なく意識を失った。

 

「まずは一人か。一人目でこれじゃあなかなか骨が折れそうだな」

 

意識を失ったケイネスにストップをかけた後、雁夜は切嗣を追いかけた。

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分前、マスター同士の攻防があった頃。

 

「あー、もう。次から次へと鬱陶しいですね。このイソギンチャク」

 

「俺達三人の力を持ってしても、これではジリ貧だな」

 

「それに此処には子供たちもいる。迂闊に力を解放すると子供たちまで巻き込んでしまう」

 

子どもを囲うように立つ、セイバー、ランサー、サーヴァントの三人は迫り来る海魔の波を打ち払いながら、打破できない現状に苦言を呈していた。

 

その気になれば、この海魔の波を消しとばし、迫る事は可能だ。

 

けれど、その際に発生する暴力的な力は海魔と共に子どもも襲う。

 

その為に迂闊に仕掛けられないでいるーーーというのが、セイバーとランサーの見解である。

 

だが、サーヴァント。タマモは違った。

 

(男装王とイケモンがいる以上、取りに行く事は出来ますけど、セイバーかランサーに取らせちゃうとご褒美が………………あ、そうだ!)

 

「お二方。このイソギンチャクの相手はお任せしますね」

 

「其方はどうするつもりだ?」

 

「どうするって………こうするんですよ」

 

身を沈めたタマモは跳躍する。

 

それは戦線を離脱するためのものではなく、敢えてキャスターの視界から外れない事で攻撃を誘った。

 

「逃がしませんよ、私の神聖な儀式を邪魔した以上はジャンヌ共々、この場で死してもらいましょう!」

 

「なーにが神聖な儀式ですか。貴方みたいなヒス男はとっとと聖杯に帰れって奴ですよっ!」

 

キャスターの意志に答えるように跳躍しているタマモに向けられる海魔。

 

タマモはそれを最小限の動作で薙ぎ払い、無力化していく。

 

その様子に何をしているのかと疑問を抱いたセイバーだが、不意にキャスターの方を見たときに気がついた。

 

「ッ⁉︎そういうことか」

 

「?どうした、セイバー」

 

「彼女の狙いはおそらくキャスターまでの距離に存在する海魔(アレ)を自分に差し向ける事だ。キャスターの方を見てみろ、ランサー」

 

「ッ!成る程、故にあれ程中途半端な位置に飛んだというわけか」

 

「この程度の数ならば、私も賭けに出られる。ランサー、この賭けに乗る気はあるか?」

 

「内容を聞かんとどうにもな。だが、それ以外に現状を打破する機会はない」

 

「ランサー。風を踏んで走れるか?」

 

「ふっ。その程度……造作もない」

 

ランサーは二槍を構え直し、蠢く海魔達の隙間から僅かに見えるキャスターの方へと向く。

 

当のキャスターは完全に意識をタマモへと向けているため、セイバーとランサーが何をしようとしているのか、全く気がつかないでいた。それどころか、空中で動きが制限されているにもかかわらず、未だタマモが無傷で健在している事に怒りを覚え、愚かにもさらにそちらに海魔をあてた。

 

そしてキャスターを護らんとする海魔の集団が手薄になったその時をセイバーは見逃さなかった。

 

風王鉄槌(ストライク・エア)ーーーッ!」

 

セイバーの持つ聖剣ーーエクスカリバーを纏っていた超高圧縮されていた風ーー『風王結界』のもう一つの使い方。凝縮された風を一点集中、解放することで圧倒的なまでの破壊力を生み出す。

 

その一撃は地面を抉り、海魔の波に穴を穿つ。

 

直前にセイバーの行動に気がついたキャスターだったが、何もかもが遅かった。

 

自身を守護していた海魔は跡形もなく消し飛び、再生するにも少なからず時間を要する。

 

相手がセイバーだけなら良かった。だが、今地上にはセイバー以外にももう一人いるのだ。

 

風王鉄槌によってクラスによって高められている敏捷性を爆発的に引き上げたランサーの突進は文字どおり一発の弾丸だった。

 

「いざ、覚悟!」

 

行く手を遮る海魔はいない。それほどまでにキャスターの防御は手薄だった。

 

「ヒイイイイイィィィィッ⁉︎」

 

超スピードで自らに迫るランサーにキャスターはただ悲鳴をあげる。

 

海魔がいたからこそ、数の暴力で押していたからこそ、キャスターには余裕があった。

 

だが、こうなってしまえば、キャスターは何の宝具も持たないサーヴァントに等しい。それ故にランサーに抵抗出来る力などなかったのだ。

 

「抉れーー破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)ッ!」

 

突き出された槍は吸い込まれるようにキャスターの手にあった魔道書へ向かう。

 

それにキャスターは当然ながら反応など出来るはずもなく、魔道書は鮮血とともに溜め込んでいた魔力を散らく。

 

そして媒介を失った海魔もまた、その場で砕け散り、その身を鮮血に染めた。

 

ランサーの方向へと振り返ったキャスターの表情は先程同様に恐怖に歪んでいたが、すぐにランサーのした事に気付き、狂気と怒気の入り混じった表情に染まる。

 

「貴様……キサマキサマキサマーー」

 

自らの髪を掻き毟り、激しい憎悪の言葉を撒き散らすキャスター。

 

だが、海魔が消えたその瞬間にキャスターの死は確定していた。

 

「天誅、鉄槌、天罰必中。そこに直らなくても、叩き直す!」

 

慣性の法則に従って、キャスターの頭上へと舞い降りたタマモの一撃は叩き直すどころか、キャスターの頭を砕き、叩き潰した。

 

本人が気がつく間も無く、頭部を失った身体は立ち尽くしたまま、その身体は空気に溶けるように消失した。

 

それは今まさにケイネスが雁夜によって打倒される寸前の出来事であった。

 

 



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三人の異端者

キャスター討伐後。

 

タマモはセイバーもランサーもそっちのけで気を失った子ども達を介抱していた。

 

その様子は隙だらけで、取ろうと思えば何時でも取れそうな程に警戒心がなかった。

 

(ここで奴を討つことが出来れば、我が主への忠義を果たす事は出来る…………だが)

 

ランサーは葛藤していた。

 

正面から闘えば負けるのは自明の理。

 

ともすれば、このように自らに背後を見せ、隙だらけのその時に必殺の一撃を持って、命を刈り取るほかない。

 

何より、此度の聖杯戦争における最大の障害をここで討ち取ることができるのであれば、不仲であるケイネスにも忠義を示すことができ、信頼を得ることは出来る。

 

だが、それをランサーの騎士としての誇りが許さない。

 

敵を討ち取るならば、正面から堂々と。

 

主君が望み、命令をしたのであれば、その限りではないものの、自らの意思で背を向けている敵を討つということはランサーには出来なかった。

 

そしてそれはセイバーにも当てはまる。

 

確かにセイバーは聖杯を望み、此度の聖杯戦争に参戦した。

 

マスターである切嗣は手段を選ばず、常に結果だけを求め、非人道的な行為に手を染めているが、自らの主である以上、それを諌める事など出来はしない。ましてや、騎士道を謳う自らもまた過去自らの統べる国を救う為に少数の人々を犠牲にした事もある。

 

真の目的のために手段を選ばなかったのは自身もまた同じだった。

 

だがそれでも、騎士としての誇りを捨てる事は出来ない。

 

あれは王としての選択だった。騎士としての選択ではない。

 

その葛藤がセイバーの意志を鈍らせていた。

 

そしてその二人の騎士道精神を知っているタマモはわかっていて、背中を向けていた。

 

近くには子どももいて、戦意もなく背を向けている相手に対して、二人が手出ししてこないのは倉庫街での二人の言動からわかっていたことだ。

 

(まぁ、ぶっちゃけ襲われても対処できますけど)

 

相手から仕掛けてきた以上、子どもが犠牲になろうとも雁夜はそれを責めないだろう。今回の自身の目的は子ども達を救済する事だが、十数人の子どもを背負ってサーヴァント二体を相手にするのはタマモでも些か以上に厳しいものがある。

 

三人の間を微妙な空気が流れていたその時、ランサーがハッとしてアインツベルン城のある方角を向いた。

 

「ランサー?」

 

「……我が主が危機に瀕している」

 

「……行くがいい、ランサー。貴方も私も、その様な決着は望んでいない」

 

「感謝する。セイバー……ッ⁉︎」

 

ランサーがアインツベルン城へ向かおうとしたその時、その前にタマモが立ち塞がった。

 

「良い感じに話をつけるのは良いんですけど、私は許しませんよ?ご主人様の所へ行かせるなんて」

 

「クッ……!」

 

「第一、あなた方の目的は私の足止めですよね?わざわざ分かった上でいてあげてるんですから、大人しくしていましょうよ。それでも行きたいと言うのならご自由に。もっとも、私とあなた方、何方が早くマスターのいる場所へ辿り着けるか、結果は見えてますけどね」

 

セイバーの敏捷値は『A』。ランサーの敏捷値は『A+』に対して、タマモの敏捷値は『EX』。

 

同じ地点から同じ場所を目指すにはあまりにも結果は目に見えていた。

 

セイバーのように風王結界を駆使した加速を用いたとしても、タマモと競争するにしては無謀であり、ランサーは十中八九振り切られる。

 

ならばランサーがケイネスの元に向かうまでセイバーが足止めを出来るかと言われればノーだ。

 

一度距離を置かれれば結果は変わらない。

 

ましてや、片腕を負傷している以上、ランサーがケイネスの元に到着した頃にはセイバーが討ち取られている可能性すらある。それでは意味がないのだ。

 

令呪での強制転移ならばその限りではないものの、ケイネスは今意識のない状態であり、彼等の知らぬところではあるが、文字通り停められているため、令呪による呼び出しも出来なくなっていた。

 

「安心してください。ご主人様はマスターを殺すつもりなんて露ほどもありませんよ。そりゃあ、命の危険があるなら殺しちゃうとは思いますけど、ご主人様を殺せるような人間がこの聖杯戦争に参加してるとは思いませんし、多分捕まってるだけだと思いますよ?」

 

「ッ⁉︎それは我が主に対する侮辱だと捉えるぞ、獣のサーヴァント」

 

「侮辱じゃありません、事実ですよ。私のマスターと貴方のマスター。闘う前から結果なんて見えています。それは私とあなた方のステータスの差を考えればわかるでしょう?マスターが優秀な程に、召喚された英霊は生前のステータスに近づく。私の場合はどれ程優秀な魔術師が召喚しようとも、例外なく、最低のステータスで現界するはずだった。なのに、このステータスです。私のご主人様はそこらの魔術師とは住む世界が違うんですよ」

 

(それ程までに優秀な魔術師なのか。このサーヴァントのマスターは)

 

タマモの言葉にセイバーは歯噛みする。

 

ここに来る前、マスターである切嗣は自身がタマモのマスターである雁夜の相手をするから、セイバーにはタマモの足止めを頼むと命を受けた。

 

この聖杯戦争が始まって初めての会話であったが、その命がタマモの言葉によって、明らかな愚行であることを悟らされた。

 

切嗣は優秀だ。戦争を勝つ為の準備を怠らず、何より手段を選ばない以上、騎士として許せない行いこそあれ、聖杯に近いというのは感じていた。

 

だが、そこまでともなれば、切嗣といえど雁夜を倒せる保証はないどころか、ケイネス同様に捕らえられてしまう可能性も大いにあった。

 

何としてもマスターの所に向かい、この場から一刻も早く立ち去らねば。

 

セイバーが剣を握る手に力を込めたのを見たタマモが口元を歪める。

 

「やりますか?構いませんよ、私は。ご主人様はマスターを殺す事は快く思っていませんが、サーヴァントを殺すのは肯定的です。だって、聖杯戦争ですからね。そうやって割り切っているところも大好きです」

 

拳を握りしめ、セイバーとランサーと対峙するタマモ。

 

一触即発の空気が流れ、今まさに闘いが始まろうとしていた時。

 

タマモの後方、アインツベルン城のある方角で爆発が起きた。

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっこらせっと」

 

無力化したケイネスを担ぎ上げた雁夜はここからどうしたものかと考えていた。

 

ケイネスを打倒したまでは良いものの、気を失った程度では契約は切れない。

 

かといって、右腕のみを消し飛ばすというのもなかなかに難しい作業であり、ねじ切ることはできるが、それは雁夜自身が嫌なのでつまるところ、持て余していた。

 

この場で放置してしまえば、切嗣を追うことに専念出来るが、ここを再度切嗣が通った時、彼はケイネスを見逃す事はないだろう。蜂の巣にされて終わりだ。

 

(つっても、ケイネス担いだままってのは辛いな)

 

悩みに悩んだ末、雁夜はケイネスに対して、自身と同じように補助魔法をかけてその場に放置。

 

切嗣追跡の為にアインツベルン城内を奔走する。

 

(弱ったな。ケイネスの相手をするので一分間見逃した。闇討ちされると辛いものがあるし、何より不意打ちでゼロ距離からコンテンダー喰らったら流石に頭が吹き飛ぶぞ………まぁブリンクかけてるから関係ないか)

 

雁夜が走り回るたび、城内に仕掛けられたトラップが発動し、轟音に揺れるが、雁夜自身は全くの無傷。この光景を見れば、誰しもが雁夜を人間とは思わないだろう。

 

(何回もブリンクかけてるせいで三分の一も使っちまったな。半分切らなかったのは、やっぱりタマモが本気出してないからだよな)

 

そんなことを思いながら、雁夜が曲がり角を曲がると、通路の数メートル先、探し求めていた人物は身を隠すこともせず、佇んでいた。

 

(何か企んでるのか?こいつに限って、自暴自棄になったとは考えにくいし……)

 

そう考え、足を止める雁夜に対し、切嗣は左手に握りしめたキャリコを雁夜へと向け、引き金を引く。

 

案の定、キャリコの弾丸は雁夜に直撃すると音を立てて弾かれるが、それは先程確認済みであり、分かりきっている結果であった。

 

その間、雁夜がこちらの動きを見えないこともだ。

 

キャリコの弾丸をばら撒きながら、切嗣は懐から自身の切り札ーートンプソン・コンテンダーを取り出す。

 

彼の切り札であり、一般の魔術師とは大きく異なる魔術礼装であるコンテンダーはその破壊力もさることながら、本命はその弾丸にある。

 

『起源弾』と呼ばれる弾丸は切嗣自身の第十二肋骨をすり潰して造られた魔弾だ。

 

切嗣自身の起源。『切断』と『結合』を相手に発現させる代物だ。

 

この弾丸で穿たれた傷は即座に「結合」され、血が出ることもなくまるで古傷のように変化する。ただ、「結合」であって「修復」ではないため、「結合」されたところの元の機能は失われてしまう。

 

この弾丸は相手が魔術を行使した時にこそ、真価を発揮し、弾丸の効果は魔術回路にも及ぶ。

 

魔術回路はズタズタにされ、魔術師としての機能を完全に失うことになる。

 

トンプソン・コンテンダーの引き金が引かれようとした時、雁夜が動いた。

 

「闇に生まれし精霊の吐息の、凍てつく風の刃に散れ! Blizad(ブリザド)!」

 

「ッ⁉︎」

 

引き金を引く直前、頭上に現れた氷塊が降り注ぎ、切嗣は一旦その場から飛び退き、体勢を立て直した後、再度雁夜に向けて銃口を向ける。

 

だが、その時、既に雁夜はその距離を半分に詰めていた。

 

(速い!この速度、僕の固有時制御と同じ類の魔術か⁉︎)

 

けれど、まだ距離は十分にあり、切嗣は混乱しながらも引き金を引く。

 

コンテンダーから放たれた弾丸は吸い込まれるように雁夜の額に直撃………通過した。

 

(突っ込む前にブリンクかけ直して正解だった。あれ食らうと洒落にならん)

 

(すり抜けた⁉︎一体どんな魔術を行使したんだ⁉︎)

 

リロードするためにコンテンダーを開き、空になった薬莢を捨て、新しいものを入れる。

 

だが、その頃には雁夜は目と鼻の先まで接近していた。

 

顔面へと向けて放たれる拳。

 

アッパー気味に放たれた拳は凄まじい速さで切嗣へと襲いかかる。

 

固有時制御二倍速(タイムアルター・ダブルアクセル)!」

 

切嗣はそれを体内の時間を二倍に加速させることで回避し、そのままバック転する事で距離を取りつつ、追撃を防ぐために残されたキャリコの弾丸をばら撒く。

 

(どういう魔術かは皆目見当もつかないが、起源弾を躱された)

 

銃口を雁夜に向けながらも、切嗣は歯噛みする。

 

起源弾はそれ程数が多くない。

 

合計にして六十六発。それ以上は手に入らない。

 

今のものを除いて三十七発を聖杯戦争より以前に使用してきたが、一度たりとて仕留め損ねることなどなかった。

 

それは切嗣が常に万全を期したタイミングで撃っていた事や、相手が魔術師としての常識に囚われていたということもある。

 

(起源弾を躱し、キャリコを躱さないのには意味があるはずだ。いや、躱せないという方が正しいのかもしれない。どちらにしても、キャリコの残弾はゼロでカートリッジの交換が必要。コンテンダーは再装填はしているが、躱される可能性が極めて高い。この状況で同じような手段に出るのは得策じゃない)

 

(やれやれ。殴り倒そうなんて浅はかすぎたか)

 

聖杯戦争始める前は腹を括ってたが、いざしようとなると後一歩が踏み出せない。

 

雁夜は自身の心の弱さを少しばかり嘆いていたが、それは人として重要な部分ではある。

 

切嗣のように、心と指先を引き離して動かせる人間というのは少なく、大部分は数十回、数百回にも及ぶ苦悩と葛藤の末に身につける技術だ。決めたから、すぐに実行に移せるという事はない。

 

(こちらが二倍の速さで動くのは相手も理解している。ならば……)

 

(何れにしろ、切嗣はコンテンダーで仕掛けてくるはずだ。それ以外の攻撃は効かないからな)

 

固有時制御(タイムアルター)……」

 

切嗣が雁夜に仕掛けようとしたその時。

 

バリィンッ!

 

「「ッ⁉︎」」

 

切嗣の背後の窓ガラスが割れ、黒い影が転がり込んできた。

 

割れた窓ガラスから射し込む月明かりに照らされたのは神父服に身を包んだ一人の男の姿。

 

「見つけたぞ。衛宮切嗣………そして、間桐雁夜」

 

「言峰……綺礼ッ!」

 

本来この場に来るはずのない人物がそこにはいた。

 

 

 

 

 

 



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激闘のアインツベルン

「見つけたぞ。衛宮切嗣………そして、間桐雁夜」

 

神父服の男ーー言峰綺礼は二人を見て、待ちわびたとばかりにそう口にした。

 

何故この場に言峰綺礼がいるのか、切嗣と雁夜は互いに同じことを考えながら、ある意味では別の事を考えていた。

 

キャスターの侵入を確認した時点では綺礼がこのアインツベルンの森に侵入したという事を確認していなかった。どさくさに紛れてか、或いはその後か、どちらにしても切嗣にとっては最悪の状況である。

 

前門の虎、後門の狼。

 

切嗣の置かれている状況はまさしくその通りだった。

 

だが、前門は虎と呼ぶには些か以上に強大で、後門の狼は虎にこそ劣るが、経歴から考えれば自分にとっては脅威であることに変わりはない。

 

(セイバーにあのサーヴァントの足止めを頼んだ事が裏目に出たか)

 

自身の令呪を一瞥し、切嗣はコンテンダーを握りしめる。

 

何もかも想定外の事態だ。

 

間桐雁夜とそのサーヴァントの出現に始まり、急造の魔術師という情報からかけ離れた圧倒的な実力。そして、自身が危惧していた存在。言峰綺礼の出現。

 

今までも想定外の事態が無かったわけではない。

 

寧ろ、暗殺などを行う事もある切嗣に想定内の事態で収まることの方が少なく、常に想定外を想定して動いているが、こと今回に限っていえば、想定するには想定外過ぎた。

 

そして綺礼がキャスターのいた方角の逆方向から来たとなると、そちら側に逃げたであろう自身の妻、アイリスフィールと舞弥の安否も気になっている。

 

(セイバーを呼んでこの場を離脱するか。この場でどちらかを排除したいところだが……)

 

排除するにはあまりにもリスクが高すぎる。

 

一つでも打つ手を間違えればマスターの資格はおろか命すらも落としかねない。

 

そう判断した切嗣は令呪を使用してセイバーを呼び寄せようとした瞬間、綺礼が動いた。

 

切嗣が目を離した一瞬のうちに黒鍵を三本取り出していた綺礼はそれを投擲する。

 

躱さなければ。

 

切嗣はそう考えたが、投擲されたそれは切嗣を避けるように大きく逸れ、その向こう側にいた雁夜へと飛んでいく。

 

「危なっ」

 

投擲された黒鍵を躱した雁夜に綺礼は何の感情もこもっていない声音で言う。

 

「成る程。『急造の魔術師』と呼ぶには些か以上に優秀なマスターのようだ」

 

綺礼は先程の黒鍵を殺す気(・・・)で投擲した。

 

師であり、協力関係である時臣の話に聞いていた間桐雁夜であれば、今の投擲で即死。

 

おおよそ一般人には反応出来る速度では投げなかったのだが、それを雁夜は躱した。

 

ともすれば、時臣の話は嘘か、はたまた時臣の勘違いのどちらかであり、味方であり、信頼を置く協力者の綺礼に嘘をつく道理はない以上、時臣の勘違いという可能性が一番高かった。

 

(師の勘違いというのであれば、どれ程の実力か、見計らう必要がある。少なくとも……)

 

衛宮切嗣と対峙し、大した手傷を負わないほどに実力を有している。

 

綺礼はその意味を十分以上に理解している。

 

生まれてこの方、万人が美しいと感じるものを美しいと感じる事が出来ず、今日この時まで持って生まれた性に懊悩し続けてきた綺礼は苛烈な人生を送る切嗣を自身と同じ存在であると推測し、聖杯戦争が始まったその日から切嗣の事を調べ続け、もし切嗣の聖杯にかける願いをしれば、自身の答えを見つける事が出来るかもしれないと固執していた。

 

結局時臣の障害になる以上、排除しなければならないが、そうでなくとも、自身の求める答えを持っているかもしれない切嗣を排除しようとする雁夜は綺礼にとって、邪魔な存在でしかなかった。

 

「衛宮切嗣」

 

「………」

 

「無視をするのなら、それでいい。聞き流すだけで構わない。間桐雁夜(アレ)は私にとっても邪魔な存在だ。排除するのに手を貸そう」

 

「……信用できないな」

 

切嗣の意見はもっともだ。

 

綺礼と時臣が師弟関係であり、協力者である事は既に知っている。

 

魔術師殺しという異名を持つ切嗣は時臣にとって、脅威であるはずだ。

 

何より、綺礼が危険な存在であると睨んでいる切嗣からしてみれば、それは願っても無い提案ではあるものの、信用など出来るはずもない。今すぐにでも自然な動作で隣に立ち、雁夜へと戦闘態勢をとる綺礼の頭にコンテンダーを撃ち込みたい衝動に駆られている。

 

だが、ここで綺礼を殺すために引き金を引けば、再装填が必要で、その瞬間に切嗣の敗北も確定する。

 

(この男よりも、今は間桐雁夜の排除が優先だ)

 

深く息を吐いた後、切嗣の敵意の視線が自身から雁夜に向いたのを感じ取った綺礼は雁夜へと肉薄した。

 

「ふっ!」

 

たった一度の踏み込みで開いていた距離を詰めた綺礼はそのまま掌打を雁夜の身体の中心点めがけて放つ。

 

「ぐっ⁉︎」

 

咄嗟に両腕でガードする雁夜だが、腕はミシミシと骨が軋み、踏ん張ることもできずに廊下の奥へと吹き飛ばされる。

 

そしてそれを追撃するように切嗣は持っていた手榴弾を投げると数秒後に轟音とともに城の一角が吹き飛んだ。

 

「………流石は魔術師殺しといったところか。容赦ない…………が、あれにはそれでも足りないらしいな」

 

爆煙の中で何かを捉えた綺礼は驚嘆の入り混じった声でそう呟く。

 

それに対して、切嗣は特に何も言わなかったものの、人影が確認出来ると綺礼同様にまるで悪夢でも見ているかのように独白する。

 

「……本格的に人かどうか疑いたくなる。死徒でも相手にしている気分だ」

 

「並の死徒ならば先の一撃で消し飛んでいる。まだ死徒の方が闘い様もある」

 

死徒であるならば、綺礼の持つ黒鍵は致命的であるし、爆発に耐えるだけの耐久性を持っているわけではない。

 

「酷い言われようだ。ある意味俺はお前達よりまともな人間だけどな」

 

「お前を人間と定義するならば、我々は人以下の存在であると言わざるを得ないが、敢えて言わせてもらうとすれば、お前を人と認めるわけにはいかない」

 

「癪にさわるが、僕も同じ意見だ。お前のような人間界の法則を無視した存在が人間でたまるか」

 

(マジか……。まぁ、魔法使いはこの世界じゃありえない存在だから、ある意味じゃ人外みたいなものだもんな。手榴弾を魔術礼装抜きで耐える存在なんて人間じゃないと思うよな、普通)

 

地味にショックを受けつつも、自身で納得してしまう程に雁夜はチートだった。

 

はたからみれば正面からマジカル八極拳を受け、手榴弾を受けてもなお、平然とそこで立っているやつが人間なわけがない。

 

(殺すつもりで打ち込んだが、あの感触。私同様に肉体と服に多数の防護壁が張られているとみた。であるならば、もっとも防御の薄い頭部を砕くほかない)

 

(あの態勢からの踏み込みであの破壊力のある一撃を生み出すこの男も驚異的だが、それを何食わぬ顔で受けきるこの男はそれ以上に驚異的だ。何故こんな化け物が今の今まで一般人として生活をしていたんだ)

 

(今は痛みは引いたが、やっぱり全盛期の麻婆神父の化け物加減は半端ないな。防御力上げてるのに骨がミシミシいったもん)

 

冷や汗を流しながら、雁夜は静かに敵意の眼差しを自身へと向ける最凶最悪のタッグを見据える。

 

本来なら切嗣と綺礼は水と油。何がどうあっても交わることの無い存在であり、どう足掻こうとも、一時的にであれ、組みすることなどあり得ないはずだった。

 

だが、間桐雁夜という共通の障害にして、強大すぎる敵の存在はそのあり得ない事態を引き起こした。

 

無論、切嗣も綺礼もお互いの事を欠片も信用しておらず、合わせる気などさらさらない。

 

だが、人体の破壊を極めた八極拳の使い手であり、死徒と呼ばれる存在を屠る事を生業としてきた綺礼。

 

魔術師を銃火器や爆破物などありとあらゆる手段を用いて、殺し尽くしてきた切嗣。

 

用いる攻撃手段は違えど、どのタイミングで何をすれば良いか。そのタイミングに関して言えば、非常に近かった。

 

それ故に。信頼も信用もありもしないコンビは互いが思っている以上に相性が良かった。

 

両手の指に挟んだ黒鍵に魔力を通し、綺礼は雁夜へと接近する。

 

「時よ、足を休め、選ばれし者にのみ恩恵を与えよ!Slow(スロウ)!」

 

「ッ⁉︎」

 

接近していた綺礼は自身の身体に何かがのしかかったような重さを感じ、僅かに態勢を崩すが、さらに深く強く踏み込み、床を砕く勢いで突進するように雁夜へと黒鍵を振るうが、倍速で動くことの出来る雁夜とスロウによって速度を半分に下げられた二人の速度差は四倍。捉えられるはずもなく、難なく躱される。

 

隙だらけの綺礼へ向けて、魔法を使用しようとする雁夜だが、それよりも前に一発の弾丸が雁夜の頬を掠めた。

 

直前で気づいていた事もあり、それを紙一重で回避した雁夜ではあるものの、頬には弾丸を掠めた為に一筋の傷跡がついていた。

 

壁際から切嗣と綺礼の間に転がるように移動した雁夜はすぐさま立ち上がり、手を切嗣の方へと突き出した。

 

(綺礼は今は俺の四分の一の速度。元々早い分、其処まで差はないだろうが、少なくとも切嗣を仕留めるだけの時間はあるはずだ)

 

だがその時、雁夜はある事に気付いた。

 

先程の放たれたであろう起源弾が切嗣にしては少しばかり狙いが雑であったこと。

 

回避し、綺礼から目を切る直前。スロウによって速度を半減させられているには余りにも態勢の立て直しが早かったこと。

 

(まさか……!)

 

雁夜がそれに気付いた時には全てが遅かった。

 

固有時制御三倍速(タイムアルター・トリプルアクセル)!」

 

目標を打ち砕かんと振りかぶられた拳と、その反対側から外すまいと超近距離で構えられた銃口。

 

ここに来て、戦闘経験という雁夜には圧倒的に欠落している重大な要素が一筋の光を生み出した。

 

一対二という状況の中、雁夜の力は強大だった。

 

それこそ、時臣やケイネスが加勢したところで焼け石に水、雀の涙程度。話にもならないが、切嗣と綺礼。

 

元代行者と魔術師殺しという特殊な経歴から、二人には他の魔術師にはない経験があり、油断或いは意識の散漫などに対する変化に敏感だった。

 

(これで……)

 

(……仕留めた!)

 

勝利を確信した二人の行動には僅かばかりの油断もない。

 

確信を得ておきながら、より確実に雁夜を殺さなければという脅迫観念にも似たナニカがそこにはあったからだ。

 

そして、彼等の中にあった僅かな恐怖が具現化した。

 

Quick(クイック)!」

 

その声と共に眼前まで迫っていた綺礼の拳と、あと数ミリ動かせば放たれる切嗣の指は止まっていた。

 

より正確に言うならば、二人は完全に動きを止めていた。

 

「あ、危なかった……」

 

今回ばかりは心底肝を冷やした。

 

間違いなく、今の状況は魔法の絶対さゆえに自身が生み出した慢心であり、死へのカウントダウンであった。

 

魔法というこの世界にあってはならない究極の魔術と本来呼び出されないはずのタマモというチートサーヴァント。

 

ほんの1年と少し前までの間、ただの一般人であったものが得るにはあまりにも強大な力であり、この聖杯戦争をゲームとするならば、始めから最強装備を持っているような状態でのプレイは当然ながら慢心を生み、結果として、ゲームオーバーとなりかけた。

 

「……ここで殺しておきたいが…」

 

ちらりと視界の端に見えるMPは魔法の連続使用とクイックの使用で残り僅かとなっており、多数の防御による魔術の補助を受けていて、経歴上類稀なるタフさを有する綺礼を殺すには些か威力が足りなかった。

 

「エアロラ」

 

その言葉と共に暴風が吹き荒れ、二人は吹き飛ばされる。

 

本来であれば、完全に引き剥がしたことにより、止めをさせるのだが、最早大したMPは残っておらず、撃てるのはせいぜいランク1程度の魔法のみだが、使わないよりかはマシだろうと思い、綺礼へ向けてサンダーを放つ。

 

トドメをさせていないのは重々承知の上だったため、仕方なく、雁夜は切嗣の握っていたコンテンダーを奪い取る。

 

二つの魔法の発動という二つの行動を起こしたことでクイックの効果は終了し、壁に打ち付けられた二人は肺にあった酸素をすべて吐き出した。

 

「カハッ……」

 

「グフッ……」

 

何が起きたのか、二人には到底理解できなかった。

 

今まで雁夜がしてきた事全てが理解の範疇を超えていたが、今回は無理矢理自身を納得させようにもできなかった。

 

あと一秒。

 

それだけあれば仕留める事が出来た。

 

だが、その一秒のうちに避けられるのではなく、反撃を受けた。

 

何かどうなったのか、自分達はなぜ地に伏しているのか、思考を張り巡らせてもあるのは漠然とした矛盾だけだった。

 

(三倍の速度で動いていた僕が全く反応できなかった。いや、それどころか、見えなかった。持っていたはずのコンテンダーは敵の手に。考えられるのは三倍で動く僕よりもさらに速く動いたという事だが……)

 

(……それならば何故奴はああして立っていられる?仮にそれぐらいの速度で動いたともなれば肉体にかかる負荷は計り知れん。自殺行為だ)

 

綺礼は立ち上がろうとするが、サンダーを受けた事により、全身が軽く麻痺しており、四肢に力が入らずに壁に背中を預けたまま、近づいてくる雁夜を見据えた。

 

その手に握られたコンテンダーを見て、綺礼は自身の死を悟る。

 

「一つ……聞かせてもらおう」

 

「………」

 

「間桐雁夜。お前は聖杯に何を求め、何を望む?魔導から目を背け、ただの人間となったお前は」

 

「望むものなんて……何もない」

 

「ッ⁉︎」

 

何もない。

 

雁夜の口から出た言葉に綺礼は目を見開いた。

 

対外的には雁夜は魔導を捨てた落伍者として認識されている。そしてそれは事実であるし、この聖杯戦争に参加したのは遠坂同様に間桐家の悲願を達成するために用意された急造の魔術師として認識されている。

 

そうでなくとも、一度は捨てた魔導を絶縁状態にある家に戻ってきて、急造で魔術師になるほどの何かを抱いて、この聖杯戦争に参加したのだと綺礼は思っていた。

 

だというのに雁夜から返ってきた答えは予想外のもの。

 

一度は嫌悪し、捨て去った血筋を利用してまで参加した万能の願望機の為に命を賭して闘う聖杯戦争に、何の願望も持たずに参加した。

 

(それではまるで……)

 

自分のようではないか。

 

思わずそう口にしそうになった。

 

だが、決定的に二人は違う。

 

初めから求めるものなど存在しないものと、自身が何を求めているのかすらもわからないもの。

 

その差は歴然だ。似ても似つかない。

 

「ならば……ならば、お前は何故この聖杯戦争に参加した!求める物があるからこそ……答えを持っているからこそ、参加したのではないのか⁉︎」

 

今まで自身が感じたことのない程の感情の昂ぶりを綺礼は感じた。

 

もしかしたら、切嗣ではなく、この男も自身の追い求める答えを持っているのかもしれない。

 

雁夜の経歴を見れば、綺礼や切嗣とは違い、魔術師に言わせれば「凡俗」としての人生を歩んできた雁夜。

 

それが自身と同じであるはずなどない。と心の底では理解していた。

 

雁夜は自分のように空虚な男ではなく、一般的な美的感覚を持ち、道徳を尊び、悪を許さない。

 

そんな当たり前の人間なのだと。

 

だが、問わずにはいられなかった。

 

それは目の前に死が迫っていた故の焦りか、それとも答えを得られるのであれば誰でも良かったのかは綺礼本人にもわからない。

 

「別に」

 

しかし、雁夜は心底どうでもよさそうに切り捨てた。

 

実際、どうでも良かった。

 

その手に握られた銃を向け、引き金を引くだけで綺礼の頭は吹き飛び、その命は悩みとともに失われる。

 

なればこそ、雁夜の口から出た次の言葉は雁夜本人にとっては戯れ言のような、どうでも良い事だった。

 

「答えなんて自分で見つけろよ。人から得た答えで自分を満足させようとするな」

 

「ッ⁉︎」

 

「まぁ、それもこれで終わりだ。お前が生きてるとこの街(冬木)が大変なことになるからな。悪いとも思わんが、とっとと死んでくれ……ッ⁉︎」

 

咄嗟に雁夜は後方に飛び退いた。

 

その直後に先程まで立っていたところに短剣が刺さる。

 

「ちぃっ!」

 

立ち上がった雁夜はコンテンダーの引き金を引く。

 

直前まで迫っていた弾丸は綺礼の数センチ前で弾かれ、立ち塞がるようにゆらりと黒い装束を着た大男が現れた。

 

「アサシンか……」

 

「申し訳ございません綺礼様。静観しろ、との事でしたが……」

 

「構わない……助かった」

 

「無理をなさらないでください。詳しい事はわかりませぬが、綺礼様のお身体は死に体。我々共で運びますゆえ」

 

大男のアサシンがそういうと、その場に数人の体格や性別、服装の違いがある髑髏の仮面を被った者達が現れる。

 

その内の一人は綺礼を担ぎ、割れた窓から飛び降りて撤退していく。

 

残ったアサシンは雁夜を一瞥すると、何をするでもなく、霊体化し、その場から消えた。

 

「た、助かった……」

 

アサシンとはいえ、流石に魔力切れの状態で相手が出来るほど甘い相手ではない。

 

肉体にかけられた魔法は切れ、今はただの人間。その気になればアサシンは五回は雁夜を殺せた。

 

それをしなかったのはひとえに綺礼がそれを望んでいないからだ。そして、この場に迫る三体のサーヴァントを知覚していたからでもある。

 

「ご主人様ー!」

 

ドガァァァァァァンッ!

 

壁をぶち破り、血相を変えたタマモがその場に現れる。

 

「タマモ……?どうしてここに?」

 

「どうしてもなにもありませんよ!なんか爆発するし、念話しても全然出てくれないし、おまけにサーヴァントの気配までしましたし!ご主人様に何かあったんじゃないかって、心配で心配で……」

 

「あー……うん。悪かったな、ごめん」

 

「謝罪は必要ありません。ご主人様を信頼しきれずに持ち場を離れ、剰えアサシンをこちらに寄越してしまった私にも非はあります。ですから、今は家に帰りましょう。お互いのミスを責めるのはその後ということで」

 

「……わかった。帰りも頼むな、タマモ」

 

「了解ですっ♪こんな陰気臭い場所はとっとと去りましょう」

 

「それブーメランだから」

 

タマモにお姫様抱っこ(性別的には逆)をされた雁夜は間桐邸へと帰っていった。

 

その数秒後に遅れて現れたセイバーは自身のマスターが生きている事に安堵しつつも、そのダメージに心配して駆け寄る。

 

「キリツグ!大丈夫ですか?」

 

「……取り敢えず……生きているよ。結果は完敗だけどね」

 

「それは私も同じです。貴方の危機を知りながら、彼のサーヴァントに足止めを強いられていました。ですが、まだ負けと決まったわけではありません。貴方も私も、まだ脱落はしていないのですから」

 

「それも……そうだね」

 

ぐらりと視界が揺れ、切嗣はその場に倒れこむ。

 

固有時制御三倍速の使用でかかった世界の修正力と雁夜のエアロラで受けたダメージは致命傷ではないものの、十二分に高かった。

 

セイバーの声は何処か遠くに聞こえ、切嗣は意識を深い闇に落とした。




というわけで無謀にも切嗣と綺礼の外道タッグに挑戦してみました。

そして補足です。

おそらく読者の皆様は「なんで綺礼のスロウが解けてるの?」と思われていると思いますが、綺礼からスロウが解けたのは周囲の空間ごと対象を重くする事で発動するスロウに対して、起源弾が効果を発揮したからです。例で言うと月霊髄液に対して発動した感じです。

ブリンクとの違いはあくまであれは分身の方を撃ち抜いたと捉えてくれれば幸いです。本体には当たっていません。

今回雁夜が追い詰められた理由も戦闘経験です。

経験値がモノを言うのはどの世界でも同じという感じですね。


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激闘の後に……

ひゃっほう!

久々の投稿だぜ!

原作も全巻買ったので、これからは遠慮なく書ける!………と見せかけて実習あるし、平日は微妙な事になる事確定ですね。

あー、学校行きたくない、働きたくないでござる。ずっと執筆したい。


テーブルを飾る肉と酒。

 

ミコルタの大宴会場にはエリンの貴族達が一堂に集い、今が宴の最高潮。

 

荒くれ者たちの力自慢や飲み比べも、今日に限っては御法度だ。

 

むくつけき武人達も、今宵ばかりは雅な花の香に酔いしれる。

 

そう、これは愛でるための宴。

 

アイルランド大王コーマック・マック・アートの息女グラニアが、遂に婚約を交わすのだ。

 

相手は誰あろう、クーアルの息子フィン・マックール。

 

知恵の鮭の油に英知を授かり、癒しの水を司る大英雄。彼こそは天下に無双と謳われるフィオナ騎士団の首領である。

 

その力と名声は大王に並び立つ程の益荒男。これ程に目出度い縁談が他にあろうか。

 

老雄フィンに付き従うのは、その息子にして詩人のオーシン。その孫にして英雄のオスカー。そして一騎当千のフィオナ騎士団の勇士達。

 

駿足のキールタ・マック・ロナン。ドルイド僧ジャリング。『戦場の戦慄』ガル・マック・モーナ。コナン・オブ・ザ・グレイ・ラッシィズ。そして最強の誉れも高き『輝く貌』のディルムッド・オディナ。

 

何れも劣らぬ豪傑揃い。

 

その誰もがフィンを敬愛し、揺るがぬ忠義を誓っていた。

 

偉大なる英雄を首領に仰ぎ、その一命に剣と槍と命を託す。これこそが騎士たる誉れ。吟遊詩人に謳われて語り継がれるべき、輝かしき武人の本懐。

 

その道に憧れて。その道を貫いて。

 

いつか我が身は誇り高く戦場に果てるものと、そう信じて疑わなかった。

 

ーーーーあの運命の宴の夜に、一輪の花と出会うまでは。

 

『我が愛と引き換えに、貴男(あなた)聖誓(ゲッシュ)を負うのです。愛しき人よ、どうかこの忌まわしい婚約を破棄させて。私を連れてお逃げください。……地の果ての、そのまた彼方まで!』

 

涙ながらに訴えかける乙女の眼差しは、一途な恋に燃えていた。

 

それが我が身を焼き滅ぼす煉獄の炎になることを……既にその時、英雄は理解できていたのだ。

 

それでも彼は拒めなかった。

 

名誉を試す聖誓の重さと、自ら奉じた忠臣の道とーー果たしてどちらがより尊かったのか。幾度、自問して葛藤しても、答えに至ったことはない。

 

だから、彼を駆り立てたのは、きっと誇りとは何の関係もない理由。

 

英雄は姫と手を携えて、ともに前途の栄華に背を向けた。

 

こうして、ケルト神話の伝承に語り継がれることになる、一つの悲恋の物語が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー奇妙な夢をくぐり抜け、ケイネスは目を覚ました。

 

見た事も、経験したもない遥かな太古の景色。だが、不可解な事ではない。

 

サーヴァントと契約を交わしたマスターは、ごく稀に、夢という形で英霊の記憶を垣間見ることがある。

 

ケイネスとて、当然召喚した英霊ーーランサーにまつわる伝承は熟知している。まさかあれほど真に迫った光景として目の当たりにするとは思わなかったが、先の夢はまぎれもなく、『ディルムッドとグラニアの物語』の一場面だ。

 

(私は……)

 

開いた目に飛び込んできたのは寂れ切った、伽藍堂の空間。

 

廃墟ならではの埃じみた空気と、冬の夜の冷気が寒さを感じさせる。

 

人の営みの痕跡など、過去に遡っても見当たらない、機械装置だけの冷たい空間。

 

見覚えのない場所ではない。ここは冬木ハイアット崩壊後、ケイネスが仮の隠れ家として居を据えた、街外れの廃工場だ。

 

まだボヤける意識のまま、ケイネスは数時間前の出来事を思い出す。

 

キャスターを追跡し、アインツベルンの森へと辿り着いた。

 

そしてその時、時を同じくしてアインツベルンの森に侵入していたサーヴァントとそのマスターを単身追いかけ、倉庫街での報復を行おうとしてーーーー敗れた。

 

顛末の全てを思い出したケイネスだったが、その頭の中にあったのは屈辱でも憤怒でもなく、純粋な疑問だった。

 

自身の最高傑作である魔術礼装月霊髄液(ヴォールメン・ハイドログラム)を一撃の元に消し炭とした雷の魔術。

 

たったの二節で放たれた一撃にしてはあまりにも規格外な威力はサーヴァントにすら通用するものであることはケイネスも理解した。

 

何故あれ程の一撃を自身に向けなかったのか?当たっていれば、間違いなく即死であった事は明白だ。

 

例え、全力で防御に徹していたとしても、消し炭になっていたのは火を見るよりも明らかだった。

 

答えは至って簡単。雁夜の方に微塵も殺意がなかっただけだ。

 

けれど、それをケイネスは知らない。ただ、情けをかけられたか、或いは生かすだけの理由があったのかのどちらかだと考えていた。

 

そしてそれ以上に疑問が尽きないのは、あれだけの威力を持ったものを使用するのに二節の詠唱のみであったこと。

 

あの規模のものを使用するのは『神童』と謳われたケイネスを持ってしても、それなりの下準備が必要で、条件が必要になる。

 

だというのに、雁夜はそれを必要としていなかった。

 

ましてや、それを使用したにもかかわらず、何事もなく立っていて、硬直していた自身を魔術でもなく、拳でねじ伏せた。

 

理解できない。

 

その行動も、専門分野である魔術さえも。

 

雁夜の事が何一つ理解できなかった。天才である自分が。

 

尽きない疑問に対する答えを得られぬまま、ケイネスは口を開く。

 

「ランサー」

 

「ここに」

 

ケイネスの呼び声に数瞬の内にランサーは彼の傍に実体化し、現れた。

 

「私をここに運んだのはお前か?」

 

「は。魔術の類いで動きを制限されていましたが、事は一刻を争っていたため、この場に帰り次第、ゲイ・ジャルグにてその魔術を無力化した次第です」

 

ケイネスの次の問いをわかっていたかのように、ランサーは運んだ事を肯定しつつ、その時の状況をケイネスへと告げる。

 

確かに、あの場は一刻を争う事態だった。

 

サーヴァントによる足止め。

 

セイバーと共闘したとしても、突破する糸口すら微かにしか見えない状況。

 

念話でも反応のないマスターに焦っていたランサーを救ったのは、別のサーヴァントの襲撃。

 

サーヴァントは我を忘れて一目散にアインツベルン城へと向かい、セイバーとランサーも脇目も振らず、自身のマスターの元へと向かった。

 

幸いにして、ケイネスは大した怪我もなく、救出する事に成功し、ランサーは安堵の溜息を吐いた。

 

もし、また忠義を尽くすことが出来なければ、この聖杯戦争に参加した意味など自分にはない。

 

それだけが聖杯にではなく、聖杯戦争にかけるランサーの、ディルムッド・オディナの願いだった。

 

「ランサーよ。その行動、褒めて遣わそう。お前がいなければ、私はマスターの手に落ちていた」

 

「ッ⁉︎も、もったいなきお言葉!」

 

初めて告げられたケイネスからの感謝の言葉に、ランサーは感動に胸を震わせた。

 

誰を討ち取ったわけでもない。何かを得たわけでもない。

 

けれど、間違いなく、ランサーは喪わなかった。

 

新たな主も、忠義も、たった一つの願いも。ランサーは守り切った。

 

「ランサー。いや、ディルムッド・オディナ。今一度問おう。お前は聖杯に何を望み、何を託す」

 

「願いはありませぬ。ただ一つ、主への忠義を示す事。それこそが我が望み。聖杯など必要ありませぬ」

 

ケイネスの問いにランサーは即答した。

 

聖杯など必要ない。

 

ランサーは聖杯戦争にかける願いは今生のマスターに忠義を示すこと。聖杯にかける大望など持ち合わせていない。

 

それこそがケイネスに不信感を募らせた理由の一つである事をランサー自身は知らないが、紛れも無い事実なのだ。ランサーは、最後の一人となり、自身の死をもってケイネスが聖杯にかける願いを叶えられるのならば、喜んで自害する。ただただ、たった一つの祈りの為に。

 

だが、この場において、ケイネスははっきりと断罪の言葉を告げた。

 

「やはりお前というサーヴァントは信用出来ん。過去の英霊が、人間風情の使い魔に身をやつすというのに、何の願いもない?忠義を示すことが出来ればそれでいい?馬鹿馬鹿しいにもほどがある」

 

「返す言葉もございません」

 

返す言葉などありはしない。それが嘘偽りのない、ランサーの願いなのだから。

 

例えどれだけ否定されようとも、その為だけにランサーはこの聖杯戦争に勝ち残る。勝ち残らなくてはならないのだから。

 

「しかし、だ」

 

ケイネスは一拍置くと、横になっていた簡易寝台から身を起こし、大地へと足をつけ、立ち上がる。

 

「聖杯戦争は私情を挟んで勝てるほど甘くはない。それを私も、お前も実感した。私情を挟んだせいで敗北したなどと、魔術師の風上にも置けん。………故にランサーよ。此度の聖杯戦争に限り、私はお前に関係する私情の一切を捨てよう。ただ、聖杯戦争を勝利するためだけに持てるだけの全てを振るう。そしてランサー。お前にも誓ってもらう。私情を挟まず、私に聖杯を捧げるためだけに、その二槍を振るい、共に戦場を駆けると」

 

淡々と告げられるケイネスの言葉に頭を垂れていたランサーは顔を上げ、ケイネスの顔を見た。

 

その顔には何の表情もない。あるのはただ一人の魔術師としての、戦士としての面貌。

 

マスターは覚悟を決めた。後はそれに応えるだけだ。

 

ランサーもまた、感情の高ぶりを抑えつつ、戦士の貌で、ケイネスへと返した。

 

「フィオナ騎士団が一番槍。ディルムッド・オディナ。必ずや貴方に聖杯を捧げましょう。我が二槍は貴方と共に」

 

「よろしい」

 

ここにまた一つ。交わることの無かった魔術師とサーヴァントのコンビが互いに手を取り、ただ一つの願望機を求め、勝利を誓う。

 

(間桐雁夜。撤回しよう。貴様のような存在が断じて急造の魔術師程度ではない。次こそは、私の全身全霊をもって、貴様を斃す)

 

(不敬に値するが…………このような結果を生んだことに礼を言う、獣のサーヴァントのマスター。そして、獣のサーヴァントも、そのマスターも、必ずやこの俺が打ち倒そう)

 

だが、彼らの目に映っていたのは願望機(聖杯)ではない。それよりも強大な存在(間桐雁夜)であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「旦那、まだ帰ってこないのかなぁ」

 

キャスターがタマモの手によって、屠られてから半日が過ぎた頃。

 

キャスターのマスターである雨生龍之介はキャスターが下水道の中に製作した魔術工房で退屈そうに呟いた。

 

魔術工房と言っても、その中は酷いものだ。

 

酷いというのは出来の問題ではなく、その凄惨さ。

 

ありとあらゆる場に血が盛大にぶちまけられており、所々には肉片や臓物の欠片が落ちている。

 

そして、綺麗に並べられた今も生きている(・・・・・・・)子供で作られたナニカ。

 

常人が見れば、思わず胃の中のもの全てを吐き出し、その場からあらん限りの力を振り絞って逃げ出すような場所で龍之介はなんでもないような表情で寝転がっていた。

 

キャスターが贄として、誘拐した子どもを連れだしてから、半日以上が経過している。

 

龍之介もそれを自身の目で観たかったのだが、サーヴァント同士の対決が待っている戦場に連れて行くわけにはいかない。キャスターとしては龍之介にマスター事情を抜きにしても、龍之介に死んでほしくはないし、出来ることなら連れて行きたくはあったものの、魔術師ではない龍之介ではただ観るだけにしても余波で巻き込まれて死ぬ可能性もあったため、龍之介はキャスターが帰ってくるまでの間、こうして工房に身を置き、自身の作った阿鼻叫喚(芸術)で暇を潰していたものの、今では完全に暇を持て余していた。

 

「旦那は帰ってくるまで一時中断って言ってたけど………そろそろ限界かなぁ」

 

龍之介はキャスターの事を信頼し、敬愛している。

 

それ故に言いつけはキッチリ守るし、彼の行動全てが賞賛に値した。何もかもが龍之介にとっては新しい発見の連続で、新たな美を生み出し続けた。

 

とはいえ、ただの殺人機械ではなく芸術家である龍之介は芸術を生み出せない時間は酷く苦痛であり、我慢の限界が既に迫っていた。

 

だからこそ気づかなかった。

 

自身の右手からマスターの資格たる令呪が消失し、すぐ近くに接近する人影を。

 

「ーーやっぱり私だけが来て正解でした。こんな場所……ご主人様には見せられません」

 

「んー?」

 

暗闇からする声に龍之介は後ろを振り返る。

 

長時間暗闇にいた為、目は慣れているため、ある程度はその姿を知覚できた。

 

だが、大まかなシルエットを知覚した瞬間に龍之介の身体は宙を浮いていた。

 

ーー否、浮かされていた。

 

「あがっ!」

 

「なんて醜い。腐りきってやがりますね」

 

一撃で龍之介が死ななかったのは最悪の奇跡と言えた。

 

本気ではなかったとはいえ、規格外の性能を誇るサーヴァントに殴られ、天井に叩きつけられた上で、龍之介は偶然にも生きていた。

 

もっとも、既に内臓器官の機能は殆どが破壊され、停止しており、どう足掻いても死は免れなかった。

 

「……可哀想に。こんな状態でも、生かされている」

 

悲哀に満ちた表情でサーヴァントーータマモは周囲の光景を見渡した。

 

彼女がここに一人で来たのは、雁夜が昨日の激戦にて魔力のほとんどを使い切り、回復に努めているからに他ならない。

 

回復といっても絶賛睡眠中であり、タマモがこうして単独でここに来て、龍之介を勝手に殺したとしてもさしたる魔力の消費はない。微々たるものだ。

 

「私が物理傾倒じゃなかったら、してあげられることもあったのに………ごめんなさい。私が貴方達にしてあげられるのはこれが精一杯。赦してくださいとは言いません。どうか安らかに」

 

タマモは拳を振りかぶると下水道内の支柱をへし折り、壁を破壊する。

 

破壊が進行するとともに音を立てて崩れゆく魔術工房。

 

完全に崩壊した時、そこには誰一人として生存者はおらず、あったのは一人の青年と、行方不明になっていた数多の少年少女達の死体だけだった。

 

 



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王の集いし夜

ウェイバーとライダーがそこを訪れた時にはすでに瓦礫の山だった。

 

おおよそ、魔術師というよりも警察の鑑識のような地道な調査によって、割り出したキャスターとそのマスターが『いるであろう』場所は、『いたかもしれない』場所へとクラスチェンジを果たしてしまっていた。

 

「ふむ。どうやら、一足遅かったらしいな」

 

瓦礫の山を見たライダーがそう呟く。

 

一般人が見れば、謎の倒壊事故で済まされるそれも、聖杯戦争と呼ばれる魔術師の闘争に参加している彼らから見れば、なんらかの意図があって、何者かが破壊したとしか思えない程に不自然過ぎた。

 

ましてや、キャスターの工房があったかもしれないとなると、尚更だ。

 

それが第三者によるものか、それともキャスター陣営が工房を破棄するためにわざわざこんな大掛かりなことをしたのか、判断に困るところではあるものの、連日の隠蔽する気など微塵もない大胆な行動を鑑みても、前者である可能性は極めて高かった。

 

「畜生……やっと手がかりを掴んだと思ったのに……」

 

「気にするでない、坊主。聞くところによると、キャスターとそのマスター。心底外道だったそうではないか。ならば、悔しがる前に喜ぶべきであろう」

 

ウェイバーの頭をガシガシと乱暴に撫でながらライダーは言うものの、ウェイバーとして、とても素直に喜べたものではない。

 

彼がキャスターを標的としていたのは、正義から来る行動ーーなどではなく、ひとえに監督役が提示した追加令呪の報償が目当てなのだから。

 

勿論。そんな事情はライダーには明かされていない。自らを束縛する令呪が徒らに増える事を喜ぶサーヴァントなどいるわけがないからだ。

 

「それにな。キャスターの件は無駄足になったが、これを為した者が誰かは大体の検討はついたぞ」

 

「誰なんだよ、そいつは」

 

「馬鹿者。聞く前に少しは自分で考えてみろ」

 

溜め息と共に吐き捨てるライダーの言葉にウェイバーはムッとしつつ考え込む………が、すぐにそれも止める。

 

何故ならそれは考えるまでもない事だったからだ。

 

「もしかして………例のサーヴァント、か?」

 

「何故そう思う?」

 

ライダーの問いかけに普段の小馬鹿にしたような態度は含まれていない。単純な疑問だけがそこにあった。

 

「正直、どのサーヴァントも凄い……けど、セイバーもランサーも、こういう物を壊すなら普通の攻撃以外の方法を取るだろうし、二人とも、そういうことをする性格じゃない。ランサーのマスターは……僕もよく知ってる。あの人に限って、こんなあからさまな事はしない。アーチャーは性格からしてあり得ないし、アサシンは脱落してる。だけど、あの規格外のサーヴァントなら、殴って壊す事なんて造作もないんじゃないか?……マスターの意図はどうか知らないけど」

 

過程はどうであれ、ウェイバーの憶測は正しかった。

 

先の戦闘を知らない者でありながら、結果的にはこれの元凶を言い当て、それに対してライダーも同意見であったらしく、一度頷いた。

 

「余もそう思っておった。ただ、そうなるとあのサーヴァントのマスター。なかなかに優秀な奴だわな。こうも他の者に悟られずに行動するとはな。英霊達の戦場に単身出てくる気概と根性。おまけに策士ときたか。うーん、こいつは欲しいなぁ」

 

ライダーの呟きにウェイバーはまた始まった、とそう思った。

 

ライダーの真名がばれたのも、元はと言えば他のサーヴァントを自身の臣下として、軍門に降らせたいが故の突発的な行動だった。

 

あの場にいた人間ならば、誰もが度肝を抜かれただろう。

 

サーヴァントが真名を自らバラすなど愚の骨頂。聖杯戦争において、真名は重要な情報の一つであり、それを知るか否か、バレるか否かで勝敗が決まる可能性すらもある。故にサーヴァントによっては、真名を敢えてマスターにも教えないという者もいるほどだ。

 

因みにそんな聖杯戦争では愚行を犯したライダーではあるが、本人は全く気にしていない。

 

「よし、決めたぞ。あの者も誘うとしよう」

 

「はぁ?何言ってるんだよ」

 

「帰るぞ、坊主。宴の準備だ」

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「切嗣。もう身体の方はいいの?」

 

「ああ。アイリのお蔭で、殆ど万全の状態だよ」

 

キャスター、ケイネス、そして雁夜の襲来の翌日。

 

あれ程の激戦を言峰綺礼という同盟を結ぶ可能性が一番無かった者と共闘する事で辛くも生き延びた切嗣は固有時制御による副作用と雁夜から受けたダメージをアイリスフィールに癒してもらいながらも、既に次の作戦への準備に入っていた。

 

殆ど万全とは言ったものの、あれからまだ半日しか経っておらず、状態としてはせいぜい六、七割といった状態だが、昨日の夜見せつけられた圧倒的で、暴力的なまでの強さ。

 

あれを見て、悠長に構えている暇などあるはずもなく、気を失い、目が覚めてから、ひたすら思考を巡らせているものの、未だ良い作戦は思い浮かばずにいた。

 

(もっと注意深く見るべきだった。あんな規格外のサーヴァントを連れているなら、マスターも常識の範疇を超えていることくらいは想定すべきだった)

 

今も悔やまれる。

 

相手にもこちらにも情報がない初戦であれば、或いは勝ち得たかもしれない。

 

実際、綺礼と組んだ時、倒す一歩手前までいった。

 

理解不能な現象によって、次の瞬間には壁に吹き飛ばされていたものの、間違いなく、あと一秒あれば、雁夜は死んでいた。

 

しかし、二度目は違うだろう。

 

例え綺礼と組もうとも、雁夜に届くことは無い。

 

そう切嗣は確信していた。

 

他のマスターと組む事はない。相棒という点でいえば、綺礼との相性は非常によく、他のマスターとでは最悪と言えた。

 

ならば、闘わず倒す方法は?

 

冬木ハイアットの時のように爆破解体する方法をとるとどうなるか?

 

それも考えたものの、切嗣は止めた。

 

そんな事をしても雁夜には効かないとそう確信していたからだ。

 

あの超近距離でのクレイモアを目立った外傷もなく立ち上がった相手だ。爆破解体で死ぬようなビジョンが思い浮かばない。それに相手は『間桐』だ。そんな事をしようとすれば、たちまち気づかれる。

 

セイバーの宝具によって消し飛ばそうにも、左手を負傷している現状、令呪を使用せねばならず、例え令呪を使用して宝具を放ったとしても、隕石を何事もなく降らせるようなサーヴァントがいれば、防がれる可能性すらもある。

 

(これだけの事をしておきながら、未だに真名の糸口どころか、宝具すらわからない。ここまで来ると、間桐雁夜の経歴は完全にダミーと捉える方が正しいな)

 

魔導から逃げ出した落伍者、と経歴上なってはいるものの、ここまで来ればそれに信憑性などなかった。

 

あれ程の実力の持ち主が、魔導から逃げ出した落伍者であるはずがない。

 

此度の聖杯戦争のために周囲の目を欺き、ただ静かに、己が牙を磨き続け、虎視眈々と聖杯を手に入れるために、汚名を被りながらもその時を待っていたのだろう。

 

そう、切嗣は思った。

 

完全に的外れな思考に至ったのは仕方のないことである。

 

例え、この聖杯戦争にどれだけ優秀な魔術師がいたとしても、雁夜の正体に気づくことはないだろう。

 

その身に神の恩恵を受け、偶然その魂が身に宿ったなど、他の魔術師が聞けば卒倒するレベルなのだから。

 

「アイリ。セイバーを……」

 

呼んでくれ、そう頼もうとして、切嗣は言葉を紡ぐのをやめた。

 

今更何を固執する事があるのだろうか。

 

英霊の存在を嫌悪し、相入れることは無いと思っていた自らのサーヴァント。

 

それは事実だ。そしてこの聖杯戦争で何があろうとも、互いの思想や理想が交わることは無い。

 

だが、それに固執して、勝利を落とすというのであれば、それこそ本末転倒だ。

 

ましてや、既にセイバーとは何度か言葉を交わしている。最早、無視を決め込む道理すらそこにはなかった。

 

(私情を挟んで勝てるほど聖杯戦争は甘くはない……か。頭では理解していたというのに、僕もまだまだだな)

 

自嘲めいた笑みを浮かべる切嗣にアイリスフィールは首をかしげる。

 

「切嗣?どうしたの?」

 

「いや、何でも。ただ、漸く気づいたよ。この聖杯戦争を勝ち抜くには、今の関係ではダメだという事がね」

 

そう言われて、アイリスフィールはただ頷いた。

 

経緯はどうであれ、切嗣とセイバーの間にある関係が良い方向に向かっているという事を、アイリスフィールは悟った。

 

そしてその発端は間違いなく雁夜とのやり取りだ。

 

故に、敵であるにもかかわらず、アイリスフィールは感謝した。切嗣とセイバーの確執を取り除いた雁夜とそのサーヴァントに。

 

「セイバーを探してくる。念話で呼ぶのもいいけど、今のアインツベルン城の状態も、自分の目で確かめておきたいからね」

 

「そう。あまり無理をーー」

 

その時、轟音がアインツベルン城のある森に響き渡る。

 

目眩がしたかのようにアイリスフィールは一瞬ふらついた。

 

「大丈夫かい、アイリ?」

 

「え、ええ。大丈夫。少し不意を打たれたわ。まさか、ここまで無茶なお客様をもてなすと思ってなかったから」

 

「すぐにセイバーを向かわせる。アイリはここに」

 

「ええ。切嗣も気をつけて。さっきの音、このやり方。おそらく……」

 

「ライダー……だろうね」

 

アイリスフィールの言葉に切嗣は頷くとそう答えた。

 

轟音と共に響き渡った雷鳴は間違いなく、一昨日の倉庫街で見せつけられた宝具『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』によるものである。

 

雷気を纏う神牛の戦車ーーあれ程の対軍宝具を手加減抜きで解き放たれれば、森に敷設した魔法陣のポイントが根こそぎにされていたとしても無理はない。

 

結界が万全な状態であるのならいざ知らず、前日にキャスターとケイネスによって術式が引っかき回されたばかりで、まだ再調整のできていないタイミングであるが故に術式はさらにめちゃくちゃになっていた。

 

「おぉい、騎士王!わざわざ出向いてやったぞぉ。さっさと顔を出さぬか、あん?」

 

既に正門を踏み越えたのか、ホールから堂々と呼びかけてくる声は、案の定、征服王イスカンダルのそれに違いなかった。

 

間延びして聞こえる声はおおよそ、これより戦闘に臨む者の語調とは思えない。まるで、久しぶりに古い友人にでも尋ねるかのような気の抜けた声。

 

(ルール無用の聖杯戦争で、他の英霊を真名をバラしてスカウトしようとする輩だ。常識で考えるだけ無駄か)

 

理解しようとするのを半ば諦めつつ、おそらく先に向かったであろうセイバーに合流するように自身もその場へと向かう。

 

視線の先、自身よりも早くに到着したセイバーは白銀の甲冑を実体化させ、戦闘態勢に入っているというのに、その場で呆然と立ち尽くしていた。

 

遅れて到着した切嗣がみたのは、確かに声の主であるライダーの姿だったがーー。

 

「城を構えていると聞いて来てみたがーー何ともシケたところだのぅ、ん?」

 

「ライダー、貴様はここに何をしに来た?」

 

気色ばんで呼びかけるセイバーではあったが、あまりに理解しがたい光景に眉を顰める。

 

「おいこら騎士王。今夜は当世風の格好(ファッション)はしとらんのか。なんだ、のっけからその無粋な戦支度は?」

 

セイバーの甲冑姿を無粋と称したライダーの服装はウォッシュジーンズにTシャツ一枚。おおよそ、今から戦を始めるものの格好ではなかった、

 

ライダーの巨躯の後ろにいるウェイバーもまた、判然としない微妙な表情でセイバーと切嗣を見ていた。その顔に『帰りたい、早く』と書いてある。無理矢理連れてこられたのは火を見るよりも明らかだった。

 

嘗てのイスカンダル王が、侵略先の異文化に並々ならぬ興味を示し、率先してアジア風の衣装を纏っては側近達を辟易させたという逸話については切嗣も知っている。その姿や言動を鑑みても、セイバー以上にライダーと自身の相性は最悪だとそう思った。マスターを連れ回すところや、その豪快さは切嗣の聖杯戦争に臨むスタイルを徹底して叩き壊すものだ。それでは『魔術師殺し』も形無しだ。

 

おまけにライダーの携えているモノ。今夜に限っては武器でもなんでもない。

 

樽、だった。

 

どう見ても、どこから見ても、何の変哲も無い、ごくありふれたオーク製のワイン樽。筋骨逞しい腕でそれを軽々と小脇に抱えている様子は、もはや配達に来た酒屋の若大将といった風情である。

 

「もう一度問うぞ、ライダー。ここに何をしに来た?」

 

緊張感を維持しながら問いかけるセイバーに、ライダーはさも当然とばかりに言う。

 

「見てわからんか?一献交わしに来たに決まっておろうが。ーーほれ、そんなところに突っ立ってないで案内せい。どこぞ宴にあつらえ向きの庭園でもないのか?」

 

全くもって図太い神経の持ち主である。

 

セイバーは心底うんざりした様子で切嗣をみた。切嗣自身、ライダーのようなタイプは苦手だった。英霊と称される人間の中でも特にだ。興味を持たれる前に「さっさと案内をしてしまおう」とセイバーにアイコンタクトを投げかける。

 

アイコンタクトを投げかけられたセイバーは目を瞬かせた後、こくりと頷く。

 

「来い、征服王。貴様の『挑戦』。受けて立つ」

 

切嗣から一任された以上、セイバーがそれを断る道理がなかった。

 

自身も王で、相手も王であるのだから、それを断るのは臆したと思われても仕方のないことだからだ。

 

「ふふん、その反応、解っておるようだな。騎士王」

 

「私も王、そして貴様も王だ。それを弁えた上で酒を酌み交わすというのなら、それは一つしかない」

 

そしてセイバーはわかっていた。この征服王をして、何も酒盛りをするためだけにここに馳せ参じたわけではないことを。

 

「おうとも。今宵は貴様の『王の器』をとことん問い質してやるから覚悟しろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宴の場所として選ばれたのは、城の中庭にある花壇であった。

 

昨夜の戦闘の傷跡もここには及んでおらず、一応はもてなしの面目も立つ場所である。他の場など先の激戦で目も当てられないような事になっていたりする。

 

ライダーが持ち込んだ酒樽を真ん中に挟んで、二人のサーヴァントは差し向かいにどっかりとあぐらをかき、悠然たる居住まいで対峙している。下手にはウェイバーと、そして切嗣の代わりにアイリスフィールが並んで座り、共に先の読めない展開に気を揉みながら、一先ずは成り行きを見守ることに徹していた。

 

「聖杯は、相応しき者の手に渡る定めにあるという。それを見定めるための儀式が、この冬木における闘争だというがーーなにも見極めをつけるだけならば、血を流すには及ばない。英霊同士、お互いの『格』に納得がいったなら、それで自ずと答えが出る」

 

竹製の柄杓で樽のワインを一杯、一息で飲み干したライダーは静かな声で口火を切る。

 

セイバーもまた、差し出された柄杓を手に取ると樽の中身を掬い、ライダーに勝るとも劣らない剛胆な呷りようで、それを見届けたライダーが「ほう」と愉しげに微笑する。

 

「それで、まずは私と『格』を競おうというわけか?ライダー」

 

「その通り。お互いに『王』を名乗って譲らぬとあっては捨て置けまい。いわばこれは『聖杯戦争』ならぬ『聖杯問答』……はたして騎士王と征服王、どちらがより、聖杯の王に相応しき器か?酒杯に問えばつまびらかになるというものよ」

 

そこまで厳しく語ってから、ライダーは悪戯っぽい笑いに口を歪めて、白々しく小馬鹿にした口調でどこへともなく言い捨てた。

 

「ああ、そういえば我らの他にも一人ばかり、王を名乗る輩がいたな」

 

「戯れはそこまでにしておけ、雑種」

 

ライダーの放言に応じるように、眩い黄金の光が一同の眼前に湧き起こる。

 

その声音、その輝きに見覚えのあるセイバーとアイリスフィールは、ともに身体を硬くした。

 

「アーチャー、何故ここに……」

 

「いや、な。街の方で暇そうにしているこいつの姿を見かけたんで、誘うだけ誘っておいたのさ。ーー遅かったではないか、金ピカ。まぁ余と違って歩行(かち)なのだから無理もないか」

 

「よもやこんな鬱陶しい場所を『王の宴』に選ぶとはな。それだけでも底が知れるというものだ。我にわざわざ足を運ばせた非礼をどう詫びる?」

 

「まぁ固いことを言うでない。ほれ、駆けつけ一杯」

アーチャーの怒気を磊落に笑い飛ばしながら、ライダーはワインを汲んだ柄杓をアーチャーに差し出した。

 

どう見ても和やかさから程遠い剣幕のアーチャーはライダーの態度に激怒するかと思いきや、あっさりと柄杓を受けとり、何の躊躇もなく中身を飲み干す。

 

アーチャーもまた、王の格を量る為の聖杯問答に参加している身なのだ。認めていないとはいえ、王を名乗る輩が出してきた酒を飲まないわけにもいかない。

 

「ーーなんだこの安酒は?こんなもので本当に英雄の格が量れるとでも思ったのか?」

 

アーチャーが眉を顰めるのも無理はない。

 

かの英霊は最も古き王。神秘の溢れた時代に生きた英雄王なのだ。例え現世において、素晴らしいものだとしても、かの英霊が生きた時代ではとても高級とは呼べない代物になる。最も、現世においても、今ライダーが持っている物は最高級とまではいかないが。

 

「そうかぁ?この土地の市場で仕入れたうちじゃあ、こいつはなかなかの逸品だと聞いたぞ」

 

とはいえ、ライダーとしては十分に美味かった上、自分の気に入っている人物からの薦めとあって、食い下がった。

 

それをアーチャーは鼻で笑って一蹴する。

 

「そう思うのは、お前達が本当の酒を知らぬからだ。そも、王の宴に用意する酒を、雑種に選ばせるなど論外だ」

 

「それは申し訳ないことをした、英雄王」

 

その時。ふと、一陣の風に乗って、何者かの声が響き渡った。

 

「生憎、絵に描いたような凡人の雑種でね。王よりも些か以上に劣るのは勘弁願いたい」

 

「おおっ、漸く来たか!」

 

現れた者の姿を見て、ライダーは待ちくたびれたとばかりに声を上げ、セイバーとウェイバーとアイリスフィールは目を剥き、ギルガメッシュは目を細めた。

 

「どういう了見だ?よもや、この場に『王』ではないものを呼び寄せるなど」

 

ライダーを睨みつけるようにギルガメッシュはその紅蓮の双眸を細める。

 

この場には確かにウェイバーやアイリスフィールはいる。

 

だが、それはあくまでもマスターとして同席せざるを得ない事情があるからだ。単独行動のスキルを持つアーチャーと違い、セイバーやライダーにそれはない。ある程度近くにマスターがいなければならないのだ。ましてや、闘わないといったものの、それも絶対でない以上、同席はしなくてはならない。

 

だが、その者は違う。

 

たった今、サーヴァントと共に現れ、そしてサーヴァントは霊体化したまま、ましてや、セイバー、アーチャー、ライダーの他に王を名乗るサーヴァントは存在しない。

 

「なに、『聖杯問答』をするのは我ら王ではあるが、民の声を聞くのも悪くないと思ってな。我らと対峙してなお、堂々と臆せずに意見を述べられる者は此奴くらいのものだろう?余としても、あの時マスター一人で戦場に現れたその気概は気に入っておってな」

 

「英雄王に次いで、征服王にもお褒めにあずかるとは、凡人の身でありながら末代にまで語られる栄誉ある事だ」

 

朗らかに笑い、ライダーに渡された柄杓を呷った後、毅然とした様子で告げた。

 

「間桐雁夜。至らぬ身ではありますが、此度の『聖杯問答』に参加させていただく」

 

 

 

 

 

 

 



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聖杯問答

軽く一礼をした後、俺は樽を囲っているセイバー、アーチャー、ライダーのように胡座をかいて座った。

 

まさかここに同席するどころか、剰え聖杯問答に参加する羽目になるとは露ほども思っていなかった。

 

「そら、お前さんも飲んでみろ。そこの金ピカはこき下ろしたが、なかなか良い酒であったぞ」

 

ライダーから差し出された柄杓を受け取り、樽の中のワインを掬って飲む。

 

因みにこのワインは略奪されたものではなく、俺が買ったものだ。もちろん間桐マネー。

 

うん。やっぱり美味い。庶民には十分な物だと思う。

 

「何時までその安酒を飲むつもりだ。王の宴を称するというのなら、用意すべきは『王の酒』であろう」

 

嘲るように笑うアーチャーの傍ら、虚空の空間が渦を巻いて歪曲する。

 

アーチャーが傍らに呼び出したのは、武具の類ではなく、眩しい宝石で飾られた一揃いの酒器。重そうな黄金の瓶の中には、澄んだ色の液体が入っていた。

 

「見るがいい。そして思い知れ。これが『王の酒』というものだ」

 

「おお、これは重畳」

 

ライダーはアーチャーの憎まれ口を軽くスルーして、嬉々として新しい酒を四つの杯に酌み分ける。

 

セイバーも、アーチャーの事をライダー以上に警戒はしているものの、僅かばかりの躊躇いをもって、それでも差し出された杯を拒むこと無く、受け取る。

 

当然、俺にも渡されるわけだが…………これ飲んでもいいのか?確か神代の代物だから、人間が飲むとマズいような気がしなくもない。

 

「むほォ、美味いっ‼︎」

 

先に呷ったライダーが、目を丸くして喝采する。それによって警戒心を薄め、好奇心が先立ったセイバーもそれを飲み干すとおそらく無意識であろう感嘆の声を上げていた。まぁ、どれだけ警戒しても、この場で王を名乗るセイバーに飲まない選択肢は存在しないわけだが。

 

「凄ぇな、オイ!こりゃあ人間の手になる醸造じゃあるまい。神代の代物じゃないのか?」

 

惜しみなく賛辞するライダーに向けて、アーチャーもまた悠然と微笑を浮かべるが………俺の方を見て、不服そうな表情を浮かべた。

 

「カリヤ。何故飲まない?」

 

どうやら俺が出した酒を飲まない事に不満を感じたらしい。当たり前か。

 

「人の身で神代の代物(こんな物)飲んだら、大変な事になるんじゃないかと思って」

 

「案ずるな。既に貴様は人を逸脱している。その程度で変われるはずもない」

 

そうなのか?

 

まぁ、アーチャーがーーギルガメッシュがそういうなら、大丈夫だろう。

 

じゃあ、いただきます。

 

喉に流し込んだ瞬間、まるで頭蓋の中身が倍に膨れ上がったような猛烈な多幸感が襲った。

 

かつて味わったどんな物よりも素晴らしい逸品。いくら庶民の味しか知らない俺でも、粗末な物しか食べていないなんてわけじゃないし、美味いものは食ってきただろうが、そんなもの比較するに値しない。

 

全てにおいて、これに勝る多幸感は存在しなかった。

 

「美味い」

 

「当然であろう。酒も剣も、我が宝物庫には至高の財しかあり得ない。ーーこれで王としての格付けは決まったようなものだろう」

 

「ふざけるな、アーチャー」

 

喝破したのはセイバー。どうやら馴れ合いめいてきた場の空気に、そろそろ苛立ち始めていたのだろう。

 

「酒蔵自慢で語る王道なぞ聞いて呆れる。戯言は王でなく道化の役儀だ」

 

「さもしいな。宴席に酒も供せぬような輩こそ、王には程遠いではないか」

 

「こらこら。双方とも言い分がつまらんぞ」

 

なおも言い返そうとするセイバーを、ライダーが苦笑いしながら遮って、アーチャーに向けて先を続ける。

 

「アーチャーよ、貴様の極上の酒はまさしく至宝の杯に注ぐに相応しい。ーーが、生憎聖杯と酒器は違う。これは聖杯を摑む正当さを問うべき聖杯問答。まずは貴様がどれ程の大望わ聖杯に託すのか、それを聞かせてもらわなければ始まらん。さてアーチャー、貴様はひとかどの王として、ここにいる我ら三人をもろともに魅せる程の大言が吐けるのか?」

 

「仕切るな雑種。第一、聖杯を奪い合う(・・・・)という前提からして理を外しているのだぞ」

 

「ん?」

 

「そもそもにおいて、アレは我の所有物だ。世界の宝物はひとつ残らず、その起源を我が蔵に遡る。いささか時が経ちすぎて散逸したきらいはあるが、それら全ての所有権は今もなお我にあるのだ」

 

「じゃあ貴様、昔聖杯を持っていたことがあるのか?どんなもんか正体も知ってると?」

 

「知らぬ」

 

ライダーの追及を、アーチャーは平然と否定する。

 

「雑種の尺度で測るでない。我の財の総量は、とうに我の認識を超えている。だが、それが『宝』であるという時点で、我が財であるのは明白だ。それを勝手に持ち去ろうなど、盗人猛々しいにも程がある」

 

「おまえの言はキャスターの世迷い言と全く変わらない。錯乱したサーヴァントというのは奴一人だけではなかったらしい」

 

「いやいや、わからんぞ、セイバー。この金ピカがかの英雄王というのなら、その見識は間違ってはおらんだろう。ーーーじゃあ何か?アーチャー、聖杯が欲しければ貴様の承諾さえ得られればいいと?……おっと」

 

いれようとしていたので、かわりについで上げた。俺も飲みたかったし、先にライダーがお代わりしたら、俺も飲んでいいだろう。

 

「然り。だが、お前らの如き雑種に、我が褒賞を賜わす理由は何処にもない」

 

「貴様、もしかしてケチか?」

 

「たわけ。我の恩情に与えるべきは我の臣下と民だけだ」

 

「じゃあ、あの時、俺が臣下になってたら、聖杯はくれたのか?」

 

「それ相応の忠義を見せるというのであればな。今からでも、以前我の言葉を否定した謝罪と、それ相応の態度を示せば、今一度臣下になる権利を与えてやろう。誇るがいい、この我が二度も誘いをかけるなど、そうあることではない」

 

だろうな。寧ろ、一回でも誘われたことに驚いているくらいだ。まぁ、単純に俺が神様転生した事に薄々気がついているんだろうな。

 

「いや、それはあり得ない。一度断った手前、懇願して臣下にしてもらうのはちょっとな」

 

「もう次はないぞ?」

 

「ああ。次に相見えた時、俺とお前、雌雄を決する時だろう」

 

「良いだろう。貴様と、そこに控えている女狐は我手ずから裁きを下す。もっとも、雑種如きでは貴様は手に余るだろうがな」

 

口元を三日月に歪め、ギルガメッシュは陰惨に笑った。

 

慢心しているわけじゃないが、確かに本気を出せば、他のマスターには負けないし、サーヴァントと共、ある程度闘える上に斃せる奴までいる。そこにタマモも加わればまさしく鬼に金棒。ギルガメッシュ以外は戦闘にならないだろう。

 

「さて、ライダーよ。先も述べたが、お前が我の許に下ると言うのなら、杯の一つや二つ、いつでも下賜してやって良い」

 

「……まぁ、そりゃ出来ん相談だわなぁ。でもなぁ、アーチャー。貴様、別段聖杯が惜しいってわけでもないんだろう?何ぞ叶えたい望みがあって聖杯戦争に出てきたわけじゃない、と」

 

「無論だ。我の財を狙う賊には然るべき裁きを下さねばならぬ。要は筋道の問題だ」

 

「つまり、何なんだアーチャー?そこにどんな義があり、どんな道理があると?」

 

「法だ」

 

ライダーの問いに、アーチャーは即答する。

 

「我が王として敷いた、我の法だ」

 

「完璧だな。自らの法を貫いてこそ、王。ーーーーだがな〜、余は聖杯が欲しくて仕方がないんだよ。で、欲した以上は略奪するのが余の流儀だ。何せこのイスカンダルはーー」

 

ライダーは杯に入った酒を飲み干して、一つ置いた後、言い放った。

 

「征服王であるが故」

 

「是非もあるまい。お前が犯し、俺が裁く。問答の余地などどこにもない」

 

「うむ。そうなると後は剣を交えるのみ…………が、その前にアーチャーよ。この酒は飲みきってしまわんか?殺しあうだけなら後でもできる」

 

「当然だ。それとも貴様、まさかカリヤのように我の振る舞った酒を蔑ろにしようとしていたのか?」

 

「冗談ではない。我が身可愛さに捨て置けるほど、この美酒は軽いものではない」

 

……ごめんなさいね、我が身可愛さに捨て置こうとして。

 

とはいえ、確かにここまで美味いとなると、致死量の毒が盛られているとか、そういうのじゃない限り、飲みたくもなるというものだ。人の手では生成できない神代の代物というだけはある。

 

「征服王よ。お前は聖杯の正しい所有権が他人にあると認めた上で、なおかつそれを力で奪うのか?」

 

「ん?応よ。当然であろう?余の王道は『征服』……即ち『奪い』『侵す』に終始するのだからな」

 

「そうまでして、聖杯に何を求める?」

 

憮然として押し黙っていたセイバーの問いかけには僅かながらに怒りが滲んでいた。

 

そういえば、セイバーの王としての在り方を鑑みても、ライダーの王道は許容出来たものではないな。

 

はは、とライダーは妙に照れ臭そうに笑ってから、杯を呷り、それから答えた。

 

「受肉だ」

 

「「「はぁ?」」」

 

疑問の声を上げたのはセイバー、ギルガメッシュ、ウェイバーの三人だった。いや、正確に言えば、霊体化したままのタマモも同じように何言ってんだとばかりに同じような反応をしているが。

 

「おおお、お前!望みは世界征服だったんじゃーーぎゃわぶっ‼︎」

 

ライダーに詰め寄ったウェイバーはデコピンによって宙を舞う。人間ってデコピンでも空飛ぶんだな。

 

「馬鹿者。たかが杯なんぞに世界を獲らせてどうする?征服は己自身に託す夢。聖杯に託すのは、あくまでもその為の第一歩だ」

 

「雑種……よもやそのような瑣事のために、この我に挑むのか?」

 

「いくら魔力で現界していても、所詮我等はサーヴァント。この世界においては奇跡に等しいーーだがな。それでは余は不足なのだ。余は転生したこの世界に、一個の命として根を下ろしたい。身体一つの我を張って、天と地に向かい合う。それが征服という『行い』の総て……そのように開始し、推し進め、成し遂げてこその我が覇道なのだ。だが今の余は、その身体一つすら事欠いておる。これでは、いかん。始めるべきモノも始められん。誰にも憚ることもない。このイスカンダルただ独りだけの肉体がなければならん」

 

受肉……か。

 

ライダーはともかくとして、タマモをこの世界に残す上で問題となってくるわけだが、アインツベルンのようにホムンクルスではダメなわけだし、容れ物として、何ら遜色ない、デメリットの無い物を用意しないといけない。その辺り、この聖杯戦争が終わるまでに時臣か、或いはケイネスに聞いておきたいんだが………後者の難易度が高いな。まぁ、わかったら、ライダーにも教えてあげるか。

 

「決めたぞ。ーーライダー。貴様もこの我手ずから殺そう」

 

「ふふん、今更念を押すような事ではあるまい。余もな、聖杯のみならず、貴様の宝物庫とやらを奪い尽くす気でおるから覚悟しておけ。これ程の名酒、征服王に教えたのは迂闊すぎであったなぁ」

 

呵呵大笑するライダー。その様子は心底楽しそうではある……が、二人のやり取りに入り込む余地などありはしないとばかりにセイバーは押し黙っていたままだった。

 

俺の場合は、特例のようなもので参加させてもらっているわけで、王達の赦しを得るか、はたまた話を振られでもしない限り、喋らない方が正しいと思っているのだが、セイバーの場合は単純に二人の王道からあまりにもかけ離れているために、問答をする意味などありはしないのだろう。

 

「ところで、セイバーよ。そういえば、まだ貴様の懐の内を聞かせてもらってないが」

 

いよいよライダーがそう水を向けた時、決然と顔を上げ、セイバーは真っ向からライダーとギルガメッシュを見据えた。

 

「私は、私の故郷の救済を願う。万能の願望機を持って、ブリテンの滅びの運命を変える」

 

セイバーが毅然として放った宣言に、しばし座は静まり返った。

 

その沈黙に驚いたのは、他でもないセイバー自身であり、困惑していたのはライダーだった。

 

「ーーなぁ、騎士王。もしかしで余の聞き間違いかもしれないが……貴様は今『運命を変える』と言ったか?それは過去の歴史を覆すということか?」

 

「そうだ。例え奇跡をもってしても叶わぬ願いであろうと、聖杯が真に万能であるならば、必ずやーー」

 

断言しようとしていたセイバーの言葉尻が宙に浮く。ここに至ってセイバーは、漸くライダーやギルガメッシュとの間に横たわる微妙な空気に気づいたらしい。

 

「えぇと、セイバー?確かめておくが……そのブリテンとかいう国が滅んだというのは、貴様の時代の話であろう?貴様の治世であったのだろう?」

 

「そうだ。だからこそ、私は許せない。だからこそ悔やむのだ。あの結末を変えたいのだ。他でもない、私の責であるが故に……」

 

不意に、弾けるほどの哄笑が轟いた。

 

どうしようもなく、尊厳など踏みにじるかのように何の遠慮もない笑い。

 

その発信源は他ならぬギルガメッシュだった。

 

「……アーチャー、何がおかしい?」

 

怒気に染まった表情で問いかけるセイバー。

 

だが、そんなセイバーを意に介さず、ギルガメッシュは息切れしながらも途切れ途切れに言葉を漏らす。

 

「ーー自ら王を名乗りーー皆から王と讃えられてーーそんな輩が、『悔やむ』だと?ハッ!これが笑わずにいられるか?傑作だ!セイバー、お前は極上の道化だな!」

 

「ちょっと待てーーちょっち待ちおれ騎士の王。貴様、よりによって、自らが歴史に刻んだ行いを否定するというのか?」

 

「そうとも。何故訝る?何故笑う?王として身命を捧げた故国が滅んだのだ。それを悼むのがどうしておかしい?」

 

「おいおい、聞いたかライダー!この騎士王とか名乗る小娘は……よりにもよって!『故国に身命を捧げた』のだと、さ!」

 

爆笑するギルガメッシュに応じること無く、ライダーは黙したまま、ますます憂いの面持ちを深めていく。その沈黙はセイバーにとって、笑われるのと同じ屈辱なのだろう。ライダーのそれは確実に、セイバーの願いを否定しているのと同義なのだから。

 

「笑われる筋合いが何処にある?王たるものならば、身を挺して、治める国の繁栄を願う筈!」

 

「いいや違う。王が捧げるのではない。国が、民草が、その身命を王に捧げるのだ。断じてその逆はあり得ない」

 

「それでは暴君の治世ではないか!ライダー、アーチャー、貴様らこそ王の風上にも置けぬ外道だぞ!」

 

「然り。我等は暴君であるが故に英雄だ。だがなセイバー、自らの治世を、その結末を悔やむ王がいるとしたら、それはただの暗君だ。暴君よりもなお始末が悪い」

 

「そうか?そんな事はないと思うぞ」

 

無意識のうちに出ていたのは、まさかのセイバーを擁護する言葉だった。

 

ぶっちゃけ、この場で適当に答えを返して、問答に答えるつもりだったが………うーん、やっぱりどうにも、セイバーの理想や願いっていうのは、俺達一般人に近いものがある。

 

「王であっても、皆平等に人間だ。滅びを受け入れ、悼み、涙を流してもなお、悔やまない人間だっている。でも、決して滅びを肯定する奴なんていない。救える道があるなら、手段があるなら、そうしたいと願う人間がいてもおかしくない……と俺は思う」

 

「そうはいうがな。それを覆すのは、その時代、自らと共に時代を築いた全ての人間に対する侮辱であるぞ?」

 

「確かに、そうかもしれない。といっても、人間やっぱり変えたい過去の一つや二つはあるだろう?俺なんて十や二十じゃきかないし、それをセイバーの願いと被せるのは失礼だが、過去を変えて、国を救いたい。そう願うのはセイバーがヒトとして生きるが故の、必定の願いだと思うな。例え、セイバーの生き方を誰もが『ヒトの生き方じゃない』と否定しても、俺はセイバーの願いはヒトであるが故の、貴い願いだと思う」

 

そう言い切った後、待っていたのは静寂だった。

 

ギルガメッシュはさしたる変化もなく、ただ微笑を浮かべ、ライダーは困ったとばかりに顎鬚を弄っていた。

 

そしてセイバーはというと、まるで俺に対して憧憬するかのような視線をもって、こちらを見ていた。

 

そんなおかしな事言ったか?普通で普通の一般人ともなれば、妥当な考え方の気がするが。

 

『ごーしゅーじーんーさーまー?なーにしてんですか。私、一夫多妻はダメだって言いましたよね?いくら相手が男装王で、形式上は女性と婚約したとはいえ、相手は女ですよ?口説いたら、惚れるに決まってるじゃないですか』

 

なんて事を抜かしてきた。

 

そんな訳あるか。

 

どう考えても、そんな要素なんてない。普通に生き方や願いを肯定しただけだ。

 

『それがダメだって言ってるんですー。人によっては、肯定されるだけで惚れるような女の子だっているんですー。ご主人様はその辺、疎いですよね。知らず識らずのうちに口説いてる可能性がワンチャンある気がしてきました』

 

そんな事できねえよ。口説いた事すらないわ。

 

「えーと、だな。つまり俺が言いたいのは、正しくない願いなんて存在しないって事が言いたいんだ。騎士王が理想に殉じ、故国の救済を願う。征服王が肉体を得て、もう一度世界征服に乗り出す。英雄王は財を奪わんとする輩を裁く。それでいいんじゃないか?自分の願いが肯定されるか否か、そこは問題じゃない。要は『どんなに否定されても、願いを貫けるか』そこに尽きる。その願いを生かすも殺すも自分次第なんだ。万人に否定されてなお、それを正しいと言い切れるなら、それは正しく『願い』だ。たかだか、その程度で変えるなら、そんなものは願いじゃない…………セイバーはどうだ?ただの一凡人風情に問いを投げかけられるのは不服かもしれないが」

 

「私はーー」

 

一つ息を吐いて、セイバーは凛とした表情で、淀みない声音で、答えた。

 

「私は例え、民に否定され、国に否定されたとしても、それでもブリテンの救済を願う。私の願いは、断じて間違いなどではない。征服王の王道が『征服』に基点するというのなら、私の王道は『理想』にある。全ての民の理想である事、理想に殉じる事が私の生きる道だ」

 

「『理想に殉じる』だと?殉教などという茨の道に、一体誰が憧れ、焦がれる程の夢を見る。聖者は、民草を慰撫出来たとしても、決して導く事は出来ぬのだぞ?確たる欲望の形を示してこそ、極限の栄華を謳ってこそ、民を、国を導けるのだ?王とはな、誰よりも強欲に、誰よりも豪笑し、誰よりも激怒する。清濁含めてヒトの臨界を極めたる者。そう在るからこそ、臣下は王を羨望し、王に魅せられる。一人一人の民草の心に、『我もまた王たらん』と憧憬の火が灯る!」

 

「生憎だが、征服王。それは征服王イスカンダルの王道だ。騎士王としての私の王道ではない。ましてや、国も、時代も、何もかも異なる場で、そちらの王道が通じるとは思わぬ事だ」

 

杯の中身を飲み干し、セイバーが淡々と告げる。

 

「我がブリテンに『導き手』など必要はない。ブリテンに生きる民草の一人一人が、即ち『導き手』であり、私は民を奮い立たせる『理想』であるだけで良かった。私の生きた時代、私の王道に間違いなどなかった」

 

「言うではないか。じゃあ、何故『故国の救済』などという何の意味も持たない願いを抱く?」

 

「それこそ愚問だな、ライダー。確かに私の王道は間違いではない。だが、滅んでしまったことも事実だ。ならば、救いたいと願い、剣をとってこそ、理想に生きた騎士王としての使命だ。例え、それが決められた運命だとしてもだ」

 

セイバーの言い放った言葉に、ライダーは先程とは違い、困ったような表情ではあるものの、憂いたようなものではなく、それこそ倉庫街の時のように酷く楽しそうだった。

 

「なれば、騎士王よ。お前もまた、剣を交え、互いの王道を示すまで、ということで構わぬな?」

 

「元よりそのつもりだ」

 

緊迫していた空気がある程度緩和した。

 

まぁ、つまるところ剣を交えれば解決するんだな。行き詰まったら取り敢えずバトって意志を示すっていうのは何だか脳筋っぽいが、時代が時代だし、そんなものか。

 

「さて、我らの『王道』は相容れぬ事がわかった。後は剣を交えるのみとなったわけだが……」

 

ライダーの視線が俺に移る。

 

「お前さんの話も聞いてみたい。何を持って、何を望み、この聖杯戦争に参加したのかを」

 

「聞かせるがいい、カリヤ。別段、貴様は『王』というわけではないが、稀有な存在ではある。いいぞ、特別に赦す」

 

「私も聞かせて欲しい、カリヤ。貴方ほどの思慮深い人間が、何の為にこの聖杯戦争に挑んだのか」

 

気がつくと王様三人衆に期待のこもった眼差しで見られていた。

 

え、えぇ………そ、そんなこと言われてもなぁ。

 

ちょっと回り始めていた酔いが少し醒めてきた。もっと酔っていたら、勢いに任せて言えたかもしれないのに、なんでこんな時に限って………

 

「んん?どうした?此の期に及んで、まさか話さんということはないだろうな?ん?」

 

プレッシャーをかけられた。そりゃまあ、そうなるよな。

 

俺は一つ息を吐き、大きく息を吸って、白状した。

 

「別に。何もない」

 

『はぁ?』

 

今回ばかりは全員が間の抜けた声を上げた。おまけに全員思った以上に驚いているらしく、セイバーやギルガメッシュすらも表情が崩れていた。

 

「より正確に言えば、願いは成就した。後は目的を達成するだけなんだ」

 

「ほう?その目的というやつはなんだ?聖杯にかける願いでないとするなら、お前さんもランサーと似たようなものか?」

 

「いや、違う。というか、さっきの今であれだが、聞いたら全員怒るぞ、たぶん」

 

「前口上はよい。簡潔に述べろ、カリヤ」

 

「俺の目的っていうのは聖杯を壊す事だ」

 

『…………』

 

途端、空気が凍りついた。

 

俺の前置き通り、全員が怒ったというわけでなく、全員が俺の目的を理解しかねたんだろう。思考がフリーズしているんだ、おそらく。

 

『まぁ、こういう反応ですよね、普通。私の場合は願いなんてありませんので、リアクションは薄かったかもしれませんが、かなり驚いてましたし』

 

だよな。この反応が普通だもんな。

 

「……正気か?」

 

いち早く、フリーズから回復したギルガメッシュが問いかけてきた。その双眸は別段怒りを灯すでもなく、純粋に俺の気が知れないとばかりに訝しんでいた。

 

「一応、理由を聞くが、何故その目的へと至ったのだ?」

 

「長い話になるのと、端的に要所だけ話すの、どっちが良い?」

 

問いかける相手はもちろんギルガメッシュ。セイバーとライダーは多分、理由を聞けたらどっちでも良いだろうし。

 

「簡潔に話せ。下らぬ説明は不要だ」

 

そうか。じゃあ早速。

 

「今の聖杯は前の戦争のせいで中身が汚染されているから、願いがマトモに叶えられず、齎されるのはその全てが破滅。だから、俺は聖杯を壊す」

 

以上、簡潔にまとめてみました。

 

「汚染?破滅?どういう事なんだ、そりゃ?」

 

どうやら端折り過ぎたらしい。アイリスフィールとかウェイバーとかも頭の上に疑問符が浮かんでいるような反応をしているし。

 

「第三次聖杯戦争でな。アインツベルンがルール破って召喚したサーヴァントがいたんだ。そいつの名前は確か『この世全ての悪(アンリ・マユ)』ていってな。最弱のサーヴァントで、すぐに倒された………が、それが問題だった」

 

「倒された事が問題?」

 

「ああ。そのサーヴァントは倒され、聖杯にくべられると無色透明だった聖杯の中身を黒く染めた。そして叶える全ての願いを『人を殺す』という結末に歪めて解釈し、叶えるという欠陥品にした。例えば、世界の平和を望めば、願った者と争うことの無い人間を残して、全ての人間を殺す、とかな」

 

概ね、そんな感じだったろう。少なくとも、切嗣の『恒久平和』に対しては結果が母娘二人と自身しかいない世界だった。

 

「どんな願いであれ、どんな望みであれ、今の聖杯は破滅しかもたらさない。なら、一人の人間として、防ぐ事が出来るのなら、防ぎたいと思うのは必然だろう。まぁ、それを抜きにしても参加しなきゃいけない理由みたいなものはあったけど、主な理由はそれだな」

 

「では、この聖杯戦争はどうなる?そんな欠陥品を手に入れるために闘っている私達はただの道化ではないか!」

 

やり場のない怒りを吐き出すように、セイバーは叫んだ。

 

当然だ。万能の願望機であるからこそ、それを以ってしてしか叶えられない願いを抱き、この聖杯戦争に参加したんだ。なのに、その万能の願望機たる聖杯がマトモに願いを叶えられないなんて言い出したら、怒りたくもなる。

 

「仕方ないんだ、セイバー。こればかりは『この世全ての悪』を召喚したアインツベルンの方も想定外だったから。ぶっちゃけた話、他の魔術師もそうだけど、御三家は寝耳に水も良いところだ。出来レースも甚だしい。誰が勝っても、待っているのは絶望だけ………あ、いや、時臣は別か。あいつの目的に聖杯の状態は関係なかったっけ」

 

「ほう。それはどういうことだ、カリヤ」

 

反応したのは案の定、ギルガメッシュ。しまった、ついうっかり口に出てたか。酔いは醒めてきたかと思ったが、神代の代物となると、思ったよりもずっと酔いは残るらしい。醒めたと思ったのは勘違いか。

 

ま、別にいいか。話しても。どちらにしたって、この聖杯戦争。俺がこの事実を話した時点で、それどころじゃないからな。

 

「話せ」

 

「時臣の目的……というよりも、遠坂の目的は魔術師の最終目標。根源への到達。そしてそれに至るには七騎のサーヴァントの生贄を必要とするらしい」

 

「つまり、其処には我も含まれているわけか…………時臣め。つまらぬ奴かと思えば、そういう魂胆であったか。臣でなければ、或いは少しは面白さも見出せたやもしれんが………我を謀殺しようとしたその不敬は万死に値する。さて、どう言い訳するか、見ものよな」

 

嘲笑するような笑みを浮かべているギルガメッシュ。多分、念話か何かで必死に誤魔化そうと躍起になっているに違いない。マズったな、時臣が死なないように保険をかけたのに、死ぬ原因を俺が作ったら、本末転倒だ。

 

「ま、まぁ、今はそれどころじゃなくなったわけだから、これからの聖杯戦争の為にも、今は時臣を殺すのだけは勘弁してほしい」

 

「それは時臣次第だ。つまらぬ事を言うようなら、即刻首を刎ねる。だが、我の興味を引くようなら、生きる意味の一つもあるだろうさ」

 

つまり、時臣の命運はギルガメッシュの気分次第らしい。ガンバ、時臣。

 

「しかし、どうする気ですか?一度は黒く染まってしまっているものを、また無色透明に還す事は可能なのですか?」

 

「希望的観測になるが、おそらく。何通りか方法はあるが、どれも確証はない。かなり危険な賭けになる事もあるかもしれない。最悪………というか、元々はそうするつもりだったけど、聖杯を吹き飛ばすつもりだ。まぁ、その為には何騎か脱落しないと無理だけど」

 

聖杯そのものを降臨させてしまえば、後は運次第だ。

 

その前に中身を浄化、或いは聖杯とこの世全ての悪を分離させる方法を取るということも出来なくはないが、そちらも結局運次第だ。幸いにして、この聖杯戦争には優秀な魔術師がいる。戦闘向きではないが、この聖杯については戦闘よりも研究者である方が都合もいい。

 

「ともかく、一旦聖杯戦争は中断。聖杯を元に戻す為にーー」

 

その時、不意に背筋に寒気が走り、セイバーが、ギルガメッシュが、ライダーが、視線を外側へと向け、待機していたタマモも霊体化を解き、実体化した。

 

サーヴァント達の視線の先、其処に……否、そこら中には、白い髑髏の仮面を被った者達が俺達を囲んでいた。

 

 




というわけでかなり長くなりました。

ぶっちゃけ、今回の話はなかなか無理矢理感もあったし、キャラ崩壊感もあったかもしれません。特にセイバー辺りは割と無茶苦茶かも。

まぁ、元々無茶苦茶な設定ばかりだし、問題ないか(開き直り)

カリヤーン、うっかり暴露しました。時臣、頑張れ。君の命運はギルガメッシュの気分次第だ!


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王の在り方

月明かりの照らす中庭に、白く怪異な異物が浮かぶ。

 

一つ、また一つと、闇の中に花開くかのように出現する蒼白の貌。冷たく乾いた骨の色。

 

髑髏の仮面だった。さらにその体躯は漆黒のローブに包まれていた。そんな異装の集団が続々と集結し、中庭にいた俺達を包囲していた。

 

アサシン。

 

その健在を知っていたのは、俺とタマモの二名のみ。

 

マスターが協力体制であったギルガメッシュはともかくとして、この複数のアサシンの出現には誰もが驚いていた。

 

初日に遠坂邸で倒された一体限りではなく、今回の聖杯戦争には複数のアサシンが紛れ込んでいるという怪異な現実。だが、それにしても、この数は異常というほかない。全員が揃いの仮面とローブを纏いながらも、体格の個体差は多種多様である。巨漢あり、痩身あり、子供のような矮躯もあれば女の艶かしい輪郭もある。

 

どういうつもりだ?なんでここにアサシンが来た?

 

先程勢いに任せて、遠坂の悲願である『根源への到達』とその方法をギルガメッシュへと話した。そして、それ故に時臣の命運は風前の灯火となったわけだ。

 

だというのに、この状況でのアサシン投入。

 

まさしく原作通りとなってしまっている現状はギルガメッシュへの敵対行為と取られてもなんらおかしくなく、これでは時臣の死は確定したようなものだ。

 

これが綺礼の独断である可能性はほぼない。何の目的も願いも持たない綺礼が、時臣を勝たせる為に参加した綺礼が時臣を死なせるためにこんな事をするはずがない。

 

そうなるとやはり時臣の差し金か?

 

そう思わずにはいられなかった。

 

「時臣め……余計な真似を」

 

かくいうギルガメッシュも怒気を見せるどころか、呆れ返った視線でアサシン達を見ていた。あの様子だと、時臣を殺す事すら、最早ただの徒労と断じそうだ。

 

どういう心情かは知らないが、英雄王は殺る気なくなったっぽいぞ、よかったな、時臣。

 

セイバーはアイリスフィールを庇うように不可視の剣を構えるが、その表情は強張っている。

 

セイバーが一人だけなら、遅れをとることはないし、例え左手が使えなくても、負ける事はまずない。

 

だが、アイリスフィールを庇ってともなると、それはかなり困難だ。

 

総勢にして約八十体。それらをセイバー一人で斬り伏せる事は不可能であるし、それはライダーもまた同様だ。

 

唯一、例外があるとすれば俺ぐらいのものだが………その必要もないだろう。

 

「……一応聞くが、英雄王。これは時臣の計らいか?」

 

「さてな。有象無象の雑種の考える事など、いちいち知った事ではない。ましてや、あの男に、最早俺の臣下たる資格はない」

 

心底興味のなさそうにギルガメッシュは答えた。本人の言う通り、最早時臣に興味は微塵もなくなったんだろう。この調子だとおそらく、手違いがあったのだろう。何せ遠坂は『うっかり』でやらかす一族だ。おおかた、原作同様に綺礼に任せた直後くらいに俺が暴露したから取り返しがつかないことになったんだろう………あれ、これはうっかりじゃないか。俺のせいだな。予想の斜め上を行った。

 

「む……無茶苦茶だっ!」

 

続々と現れる敵影の数に圧倒されたウェイバーが、悲鳴に近い声で嘆く。まぁ、反則的であるか。

 

「どういうことだよ⁉︎なんでアサシンばっかり、次から次へと……だいたい、どんなサーヴァントでも一つのクラスに一体分しか枠はないはずだろ⁉︎」

 

獲物が狼狽する様を見届けて、群れなすアサシンは口々に忍び笑いを漏らす。

 

まぁ、俺から見れば滑稽なのはアサシンの方だが。獲物が果たしてどっちなのか。

 

「左様。我らは群にして個のサーヴァント。されど個にして群の影」

 

ウェイバーにも、アイリスフィールにも、こればかりは理解しようがない。というか、聖杯戦争のルールにとらわれている時点で妥当な反応だな。

 

詳しい事は俺にもわからんが、確か多重人格障害という概念がない時代、それを秘中の能力として、自身固有のスキルとした歴代ハサンの一人だったか。それが宝具化して分身できるようになったとか。分割した分、能力は落ちるが、人間には脅威だ。全員で囲えば、マスターは殺れるだろう。

 

「まさか……私達、今日までずっとこの連中に見張られていたわけ?」

 

「その解釈であっているよ。こいつは今の今まで、各マスターの情報を探っていたんだ。まぁ、俺の所は無理だったみたいだが?」

 

軽く挑発してみると、アサシンは押し黙った。どうやら、図星らしい。殆どタマモのお蔭だが。生憎と魔法にトラップなんて大それたものはないからな。襲われたときの対処しかできん。

 

「……ら、ライダー、なぁ、おい……」

 

「こらこら坊主、そう狼狽えるでない。宴の客を遇する度量でも、王の器は問われるのだぞ」

 

「あれが客に見えるってのかぁ⁉︎」

 

全く動じる気配の見せないライダーはアサシンを泰然とした眼差しでアサシンを眺めていた。対して、ウェイバーはライダーの様子に逆上していた。

 

そんな様子にライダーは苦笑混じりの溜息をつくと、周囲を包囲するアサシンに向けて、間抜けなほど和やかな表情でアサシンに呼びかける。

 

「なぁ、皆の衆、いい加減、その剣呑な鬼気を放ちまくるのは控えてくれんか?見ての通り、連れが落ち着かなくて困る」

 

「あんな奴儕までも宴に迎え入れるのか?征服王」

 

「当然だ。王の言葉は万民に向けて発するもの。わざわざ傾聴しに来た者ならば、敵も味方もありはせぬ。此度の問答には、王ではないものもおることだしな」

 

平然とそう嘯いて、ライダーは樽のワインを柄杓に汲み、アサシン達に差し出すように掲げあげる。

 

「さあ、遠慮はいらぬ。共に語ろうという者はここに来て杯を取れ。この酒は貴様らの血と共にある」

 

ひゅんーーと、虚ろに風を切る音がライダーの誘いに返答する。

 

柄杓はライダーの手の中に柄だけを残し、残る頭の部分が寸断されて地に落ちた。アサシンの一人が投げはなった短刀(ダーク)によるもので、汲まれていたワインは無残に中庭の石畳に飛び散った。

 

「ーー余の言葉、聞き間違えたとは言わさんぞ?」

 

嘲るように笑うアサシンの声の中、殊の外静かなライダーの口調が、響き渡る。

 

「『この酒』は『貴様らの血』と言ったはずーーそうか。敢えて地べたにぶちまけたいと言うのならば、是非もない……」

 

その時、旋風が吹き込んだ。

 

熱く乾いた、焼け付くような風。

 

夜の森の、それも城壁に囲まれた中庭で決して起こり得ないはずの、灼熱の砂漠を吹き渡ってきたかのような熱風。

 

「セイバー、アーチャーよ、これが宴の最後の問いだ。ーーそも、王とは孤高たるや否や」

 

渦巻く熱風の中心に立ち、ライダーが問う。

 

その肩には翻るマント。何時の間にか、征服王としての装束に転じていた。

 

ギルガメッシュは口元を歪めて失笑する。問われるまでもない、といった様子だ。

 

セイバーも躊躇わない。己が王道を疑わないなら、王として過ごした彼女の日々こそ、偽らざるその解答だ。

 

「我が王道は常に理解されない道であった。だが、それを間違いだと思った事は一度たりとて無い。騎士王アーサー・ペンドラゴンの王道は孤高であった」

 

凛々しい声で答えるセイバーに迷いも後悔も感じられない。

 

理想に生き、殉じてきたセイバーはライダーの言う通り、民からは理解されないものだったのだろう。

 

だが、セイバーはそれを間違いだと思ってはいない。ただ、己が掲げた王道を突き進み、民の道となる事こそが、セイバーの王道だったんだろう。

 

「故に、王たらば、孤高の道を突き進む他ない」

 

「それが貴様らの答えか!ならば、それが正しいか否かはカリヤ!お前の口から聞こうではないか!」

 

なんで俺………まぁ、いいけど。

 

「それも正しい。英雄王の治世、騎士王の治世でそれこそが王道だった………だけどな、英雄王に騎士王。王であるならば孤高であるしかないというのは違う。王は、民がいて、臣下がいて、そして信頼できる者がいて、成り立つ存在だ。はっきり言うと、ちょっと寂しいな。俺は惰弱な一般人だ。孤高に生きるってのはわからんし、仮に臣下であるなら、信頼してもらいたいと思う。………まぁ、端的に言うと『王とは孤高にあって孤高に非ず』って事だな。下の者に支えられ、信頼を築いてこその王………ギルガメッシュは違うだろうが、セイバーもそうだったろ?例え理解されなくても、円卓の騎士の間には確かな信頼関係があったはずだ。騎士王アーサーペンドラゴンを慕い、忠義してきた臣下が、民が。なればこそ、王は民の希望であり、理想でいられる」

 

長い高説を垂れてしまったが、割と普通のことしか言えなかったな。おまけに言ったこともライダーの言葉を解釈しただけだし。

 

だが、どういうわけか、ライダーはうんうんと頷いて満足そうにしていた。

 

「おうとも。王とは孤高にあって孤高に非ず。その答えは実に正しい。どこまでも余の心を刺激する男よ。ますます我が軍門に降らせたくなってきたぞ。マトウカリヤ。お主、余の臣下になる気はないか?」

 

「嬉しい申し出だが、断らせてもらう。生憎と世界征服には興味ないんだ」

 

「とんと無欲な男よ。それでは人生つまらんぞ?」

 

「いや、今が十分楽しいよ。何せ、過去の偉人にこうも賞賛されたりしてると自分も偉いと錯覚するしな。それに王よりも臣下が強いと格好がつかないだろ?征服王イスカンダル」

 

「ははは、言うではないか。その豪胆さも実に余好みだ。決めたぞ、カリヤ。お主は何が何でも余の臣下としてみせるぞ」

 

豪快な笑いと共に、そう述べるライダー。

 

一体全体何が気に入られる要素なのか、全く持ってわからん。ただの厨二病だぞ、俺は。

 

その時、より一層強い熱風が吹き寄せ、現実を侵食し、覆した。

 

夜の森には有り得ない怪異。距離と位置が喪失し、そこには熱砂の乾いた風こそが吹き抜ける場所へと変容していく。

 

「そ、そんな……固有結界……ですって⁉︎」

 

照りつける灼熱の太陽。晴れ渡る蒼穹の彼方。吹き荒れる砂塵に霞む地平線まで、視野を遮るものは何一つない。つーか、陽射しが痛い。

 

「心象風景の具現化だなんて……あなた、魔術師でもないのに⁉︎」

 

「もちろん違う。余一人でできることではないさ」

 

誇らしげな笑みを浮かべて、ライダーは否定する。

 

「これはかつて、我が軍勢が駆け抜けた大地。余と苦楽を共にした勇者達が等しく心に焼き付けた景色だ」

 

世界の変転に伴い、そこに巻き込まれた俺達の位置関係までもが覆されていた。

 

囲んでいたアサシンは一群の塊となって、彼方に追いやられ、ライダーを挟んで反対側に俺達。

 

そして単身で立ちはだかる構図に見えるライダーの周囲には蜃気楼のような影が現れる。

 

一つや二つじゃない。倍々に数を増やしていきながら、それは次第に色と厚みを備えていく。

 

「この世界、この景観をカタチにできるのは、これが我ら全員(・・・・)の心象であるからさ」

 

誰もが驚愕の眼差しで見守る中、続々とライダーの周囲に実体化していく騎兵達。

 

人種も装備も多種多様。だが、その屈強な体躯と勇壮に飾り立てられた具足の輝きは、まるで各々が競い合うかのように華々しい。

 

「こいつら……一騎一騎がサーヴァントだ……」

 

ウェイバーの呟きに、ぎょっとしたのはアイリスフィールだ。

 

固有結界もさることながら、それによる一時的な多数の英霊召喚はまさしく切り札といっても遜色はない。ただ、ライダーに都合が悪かったのは、この聖杯戦争にいる英霊には対城宝具とそして対界宝具を持つ者がいたことぐらいだ。後者に関して言えば、まず勝ち目がない。

 

「見よ、我が無双の軍勢を!肉体は滅び、その魂は英霊として世界に召し上げられて、それでもなお、余に忠義する伝説の勇者達。時空を超えて、我が召喚に応じる永遠の朋友達。彼らとの絆こそ我が至宝!我が王道!イスカンダルたる余が誇る最強宝具ーー『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』なり‼︎」

 

「ほぇ〜、凄いのばっかりいますね〜」

 

「詳しい事は俺にはわからないが、誰が誰とかわかるのか?」

 

「聖杯からの知識があるので一応。大体のメンツが歴史に名を残した英霊ですね。あれ一体一体が宝具を持ってたらキツかったですね」

 

タマモはライダーの宝具によって召喚されたサーヴァントを眺めながら、感嘆の声を上げていた。歴史はあまり詳しい方ではないし、真面目でもなかったので顔を見てもわからないが、取り敢えず偉人ばかりな事は確かだ。

 

「久しいな、相棒」

 

満面の笑みで、ライダーは巨馬の首を強く腕で抱く。

 

確かあれも宝具だったか……。馬まで宝具ってつくづく凄いよな、征服王。

 

「王とはッーー誰よりも鮮烈に生き、諸人を魅せる姿を指す言葉!」

 

馬の背に跨ったライダーは声高らかに謳いあげる。

 

「全ての勇者の羨望を束ね、その道標として立つものこそが、王。故にーー王は孤高に非ず!その偉志は、全ての臣民の志の総算たるが故に!」

 

『然り!然り!然り!』

 

おおっ!生で聞くと凄い迫力だ。

 

うーん、懐かしいなぁ。俺もゼロのイベントの時はやったっけなぁ。

 

「さて、では始めるかアサシンよ。見ての通り、我らが具現化した戦場は平野。生憎だが、数で勝るこちらに地の利はある」

 

そう影の群れへと獰猛に、そして残忍に微笑みかけるライダーに、アサシンは烏合の衆と化した。逃げ出したり、吶喊したり、その場で立ち尽くしたり、そこにもはや統率された暗殺集団の面影はなかった。

 

「蹂躙せよ!」

 

『AAALaLaLaLaLaie‼︎』

 

ライダーの号令と共に軍勢の雄叫びが響き渡り、掃討というにはあまりにもあっけなく、そして簡単すぎる蹂躙が始まる。

 

さっきはライダーの下に付くつもりは無いと言ったが、ぶっちゃけ羨ましい。ここが元は創られた世界だと知っているだけになおのこと。

 

輝く『王の軍勢』の鏃型陣形が駆け抜けたその後には、かつてアサシンが存在した形跡など微塵もなく、ただ血臭を孕んだ砂埃が、虚しく濛々と立ち上がるだけだった。

 

『ーーウォオオオオオオオオオッ‼︎』

 

勝鬨の声が沸き起こり、誰もが王である征服王イスカンダルの威名を、勝利を讃えながら、一度役目を終えた英霊達は霊体へと還っていく。

 

それに伴い、彼らの魔力総和によって維持されていた固有結界も解除され、全ては泡沫の夢であったかのように、元の様子に戻っていた。

 

「ーー幕切れは興醒めだったな」

 

「成る程な。いかに雑種ばかりでも、あれだけの数を束ねれば、王と息巻くようになるか。つくづく目障りな男よな、ライダー」

 

「言っておれ。どのみち余と貴様、それにセイバーとは直々に決着をつける羽目になろうて…………そして、カリヤと、未だ名も知れぬ英霊よ。お主達共な」

 

そう言ってライダーは笑うと、残っていた酒を一息に飲み干す。

 

「聖杯の方はお主に任せる。次に相見えた時は尋常に聖杯を求めてあい争おうではないか!」

 

「……ん?ちょっと待った、征服王。それはつまりーー」

 

「うむ。聖杯はお主がなんとかしてくれ」

 

「はいぃ⁉︎」

 

いや、そんなあっけらかんと言われましてもね。

 

「ちょっとは手伝う気がないのか?」

 

「余は魔術師ではないし、坊主もまた『一流』と呼ぶには未熟すぎる故な。それに世の中には『言い出しっぺの法則』というのがあるらしいではないか。何も、アテもなく、ただ混乱させる為に真実を吐露したわけではあるまい?」

 

「……まぁ、無くはないが……」

 

「その間、余は現世を愉しむ。朗報を待っておるぞ」

 

「あ、おい!ちょっと待て、」

 

そう言うとライダーは虚空をキュプリオトの剣で斬り裂き、神牛の戦車を呼び出すとそれこそ言い逃れるようにして去っていった。

 

「あ、あの野郎……」

 

「見事に全投げされましたね、ご主人様。あそこまでストレートだと、いっそ清々しいですね」

 

確かに元々は一人で聖杯ぶち壊すつもりだったし、その他もなんとかするつもりだったが………なんかやだな。俺が必死こいてる間にライダーは遊び呆けて、元に戻ったら聖杯戦争なんてまるでライダーの臣下みたいになってるじゃないか。

 

「カリヤ」

 

「なんだ、英雄王」

 

「我も、別段聖杯に興味はない。貴様らが聖杯を元に戻そうと言うのなら、好きにするがいい。だが、それを奪おうというのであれば、捨て置く訳にはいかん。早々に我も呼び戻せ」

 

「つまり、お前も手伝う気はさらさらないと?」

 

「そも、臣民ではない貴様に手を貸す道理はあるまいて。もっとも、そうだとしても我が動く事はない。貴様らに我手ずから誅を下すまでの間、一先ずは散策し、無聊の慰めとしよう」

 

「……時臣はどうする気だ?」

 

「最早、アレを臣下とも、マスターとも思わん。度重なる不敬は万死に値するが…………その価値すらも既にありはしない。アレと再び相見える事はないだろうよ。例外はあるだろうがな」

 

まるで興味のなさそうな表情で吐き捨てる。本当に殺す気はないらしい。念の為に確認してみたが、これで時臣が死ぬ事はないか…………うっかりしなきゃな。

 

「或いはカリヤ。貴様と新たに契約することも吝かではないが………今はよそう。下らぬ命令をされるのも面倒だ。ではな」

 

そう言うとギルガメッシュは霊体化した。要約すると『お前のサーヴァントになってやってもいいよ。あ、でも聖杯とか面倒だから終わってからね!手伝うの面倒くさいし。因みにマスター変えても最終的にはお前ともバトるから』だそうだ。舐めとるのか。

 

今度見つけたら有無を言わせず、バイオとかでもしてやろうか。場所次第ではアルテマぶちかましてやってもいい…………いや、流石にそれはマズイな。世界が滅ぶ可能性がワンチャンある。

 

「あの……カリヤ」

 

ちょっと苛立っていて、口元をひくつかせていたら、セイバーが声をかけてきた。

 

もうこの際、全員手伝えませんでいいよ。どうせ、ロードもぶちのめしたから「お前に力貸したくねぇ」って言われそうだし?時臣は脱落したも同然だからやる気ないだろうし?切嗣も前のことあるから、どうせ無理って言うんだろ?

 

「何を出来るかはわかりませんが………私達で良ければ、貴方の手助けをさせてください」

 

「………マジで?」

 

「はい。マスターも、私も、貴方の話した聖杯の事は他人事で済ませるつもりはありません。聖杯戦争に参加したものの一人として、私達にも事をなす義務があります。それに……私は貴方に救われましたから」

 

そう言って微笑むセイバーは騎士の王と言うよりも、普通の女の子のような綺麗で、可愛らしい表情をしていた。

 

別段、俺は何かをしてあげられたわけではないと思うんだが………

 

「ありがとう。助かるよ」

 

ぶっちゃけ詳しいことはよくわからないから、そちらに詳しい人間は一人は欲しかったんだ。時臣辺りを上手く利用したかったが、この際切嗣に手伝ってもらうのも悪くはないし、寧ろ僥倖だ。事と次第によっては、外道から元に戻せるかもしれん。

 

「では、中へ来てください。マスターが待っています」

 

セイバーに促されるまま、俺とタマモはアインツベルン城へと入っていった。

 




と、こんな感じにまとめてみました。

納得してない方もおられるとは思いますが、王の軍勢やりたかったので。

トッキー。何もせずに退場。殺されなかったけど、それと同じくらい酷い境遇になりました。英雄王なんて呼ぶからこんなことになるんや……

そしてライダーとアーチャー。事情は聞くも、分野じゃない&興味ないにより、全投げ。二人ならきっとこんな感じだろうとしてみました。


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ヒトを捨てたもの、神を捨てたもの

セイバーに言われるがまま、俺とタマモはアインツベルン城内に招待されていた。

 

もしもの時のためか、前を率先して歩いてくれているセイバーだが、後ろで歩いている俺やタマモをちらちらと見てきている。

 

警戒されているわけじゃないんだろうが……やはり後ろを歩かれるのは戦士として、不安なのだろうか?それか………絶賛、俺の隣でセイバーの事を睨んでいるタマモが気になるんだろうか。

 

「……何で睨んでるんだ、お前?」

 

「なんで?ほっほ〜、なんでときましたか、ご主人様。自分が何をしたのか、お分かりでないと?」

 

にこっと笑顔でそういうタマモだが、目が笑ってない。こ、怖え………

 

「わ、わからないから、教えてくれると助かる……」

 

顔を引きつらせながら問うと、タマモがすっと顔を寄せてきた。

 

「…………わからないんですか、ご主人様?さっきからあのアホ毛騎士王、めちゃくちゃご主人様に熱っぽい視線送ってきてますよ?」

 

「……そうか?特に変わりはないと思うんだが……」

 

寧ろ、あんなに睨んでたら誰だって「何かしたっけ?」と思うのが当然の反応である。

 

「かーっ!ご主人様は鈍ちんですね。ラノベの主人公ですか、全く。さっきの顔、覚えてます?あれが騎士を統べる王の顔に見えますか?」

 

「……普通だったな。普通に可愛い」

 

凛々しさを僅かに残しつつ見せてくれた純粋無垢な笑顔。

 

あれは騎士王というよりは些か可憐さがあった。

 

「どう見たって、あれは恋する乙女の顔ですよ!今まで色恋沙汰に無縁で、自分の気持ちの整理がつかなくて戸惑ってる顔ですよ!」

 

「そうか?流石にそれは……」

 

「あるんですよ!ご主人様は鈍ちんだからわからないかもしれませんけど、このタマモ。恋愛には一日の長があります。惚れた腫れたを見抜くのなんて造作も「あの」はい?」

 

タマモの言葉を遮るように、申し訳なさそうにセイバーが口を挟んだ。

 

「恥ずかしいので、出来ればそういう話をするのはやめていただきたい」

 

顔を赤くして、セイバーは俯き気味に言う。

 

ちゃっかりセイバーの耳には届いていたらしく、その顔は羞恥で真っ赤に染まっていた。まぁ、あんなにうるさかったら聞こえるだろうな。

 

「悪い、セイバー」

 

「あ、いえ。怒っているわけではないので、気にしないでください。ただ………そのような印象を受けられるのは慣れていないもので」

 

騎士王として振舞ってきていたセイバーは、女の子として扱われる事には慣れていないだろう。当然、選定の剣を抜く以前は女の子として扱われていたのだろうが、見た目はともかく、セイバーは俺よりも人生経験が豊富だ。今となっては、そう扱われていた記憶も朧気なんだろう。

 

「むぅ……なんだか私そっちのけで良い雰囲気に………これは見過ごせません!そこな、騎士王さん!この方は、『私の』旦那様(マスター)ですからね!絶対に渡しませんからっ!」

 

「?はい、確かにカリヤは貴女のマスターです。貰おうなどという気は………」

 

ちらっと此方に視線を向けるセイバー。視線が合うと目をそらした。

 

「…………あり、ませんから」

 

「なんですか、今の間は⁉︎やっぱり狙ってるんですね⁉︎ダメです!ダメですからね!絶対に一夫多妻なんて認めませんから!斯くなる上はご主人を去勢しますから!」

 

「最終手段はやっぱりそれか⁉︎やめろ!お前に殴られたら、去勢だけじゃ済まないからな⁉︎」

 

具体的には股間を基点に、それより上、あるいは下が吹き飛んで肉塊になる。

 

「取り敢えず、落ち着けタマモ。このままの空気で行くと、話し合いに来たのに脱線するぞ」

 

「その最たる原因はご主人様ですけど………まぁ、確かに一理あります。わかりました、今の所は保留にしておきましょう。その代わり、後できっちりお話させてもらいますから」

 

ハイになっていたテンションを抑えながらも、何処か非難の目を向けてくるタマモ。

 

再び、静寂の中を歩く音だけが支配して数分。

 

着いたのはボロボロのアインツベルン城内で数少ない、全く無傷の綺麗な部屋だった。

 

「この中に私のマスターがいます。入ってください」

 

「セイバーはいいのか?一応、この話し合いは正式なものじゃないし、もしかしたら俺が君のマスターを襲う可能性もあるぞ?」

 

「それならば、心配していません。その気があるなら、私は貴方をここまで連れてくることは出来ませんでした。マスターが近くにいない状態で、しかも貴方のサーヴァントを相手にするのは無理ですから。それを承知の上で仕掛けてこなかったのであれば、貴方に私達を襲う気はない、と勝手ながら判断させていただきました」

 

成る程。そういう捉え方もあるか。

 

何時でもサーヴァントもマスターもやれる。なのに何もしてこなかったから、信頼に値するというのは………まぁ、悪い気はしない。俺としてはこの行動で切嗣がセイバーに不信感を持たないことを祈るだけだ。

 

「じゃあ、俺もサーヴァントは置いていこう。その方が、普通に話し合いが出来そうだ」

 

「良いのですか?私のマスターは……」

 

「この状況で流石に自分だけサーヴァントを連れて行くのはマズい。変な緊張感が生まれるし」

 

後、こいつシリアスブレイカーだから、もしかしたら真剣な話が台無しになる可能性もワンチャンあるかも。

 

「貴方がそう仰るのであれば………どうか、我がマスターと良い関係が築く事が出来るのを祈っています」

 

「何かあったら何時でも呼んでくださいね、ご主人様。すぐに駆けつけますから」

 

二人に見送られ、俺はセイバーのマスターこと衛宮切嗣のいる部屋へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雁夜が部屋に入るのを見届けてから、数分。

 

部屋の外で待機していたタマモとセイバーだったが、その沈黙に耐えかねたのか、不意にタマモが口を開いた。

 

「騎士王さん。貴女は霊体化しないんですか?」

 

「私はかなり特殊なサーヴァントですので、霊体化が出来ません。私は生きたまま、『世界』と契約をしました」

 

「ふーん、そうですか」

 

自分から話しかけておいて、別段興味のなさそうに相槌を打つタマモの反応に、セイバーもまた別段気にした様子もなく、口を閉ざす。

 

再びの沈黙………と思いきや、今度はセイバーの方が口を開いた。

 

「一つ……聞いてもいいですか?」

 

「なんですか?私の真名と過去以外なら大体答えますよ」

 

「あの時、貴女には聞いていませんでしたが、貴女が聖杯にかける願いはなんですか?」

 

聖杯問答の折、あくまでもサーヴァントとして、雁夜の側で待機していたタマモ。

 

誘われていたわけでもないため、ほぼ口を閉ざしていたのだが、セイバーは彼女が一体何を願って召喚に応じたのか、それが気になっていた。

 

何もそれはタマモ相手に限ったことではないが、雁夜のサーヴァントであるなら、或いは自身と同じように何か大望を抱いているのではないかと思ったからだ。

 

「私もありません。ご主人様と同じです」

 

「……そうですか」

 

「強いて言うなら、私はこの世界に肉体を得て、あの人と添い遂げるのが願いです。いや、使命といっても過言ではありません!」

 

ぐっと拳を握り、豪語するタマモにさしものセイバーも困ったような表情でそちらを見ていた。

 

「そういえば、騎士王さんは『故国の救済』が願いでしたね」

 

「はい。滅んでしまったブリテンを救う事が、今の私に出来る唯一無二の選択でーー」

 

「そうですか?そんな事はないと思いますけどね〜」

 

軽くのびをして、タマモはなんでもないように答えた。それこそ、その雰囲気や口調は征服王に異議を唱えた時の雁夜のように。

 

「何故、そう思うのですか?」

 

一瞬、否定されたのかと思い、語気が荒くなりそうになるものの、セイバーは意識的に語調を抑える。

 

「簡単な話ですよ。人間の選択に、唯一無二(・・・・)なんて存在しないからです。神じゃないんですから。人間には選択肢はそりゃ色々ありますよ。死刑囚にだって、死の間際に何をするかくらいは選べますからね」

 

「では、私にどのような選択を取れと?この身は既にブリテンへと捧げています。国を救い、臣民を救い、改めてその道標となる事こそ、我が王道だと、あの時私は言いました。それは貴女も聞いているはずだ」

 

「聞きましたね、確かに」

 

「ならば、私に他の選択肢などありはしない。ヒトの身では叶わぬ大望ならば、私はヒトである事を辞める事を選んだ存在なのだから」

 

「本当にそうですか?」

 

「?」

 

「本当に、貴女はヒトである事を捨てたんですか?」

 

「はい。選定の剣を抜いた時からこの身はーー」

 

「別に身体の話をしているわけじゃありません。心の問題ですーーそうですね、言い方を変えましょう。貴女は何故、ヒトならざる存在に身をやつしたのに、国を救おうとしているんですか?」

 

問いの意味がセイバーには理解できなかった。

 

国の為、王として生きる為、ヒトとして生きるにはその願いは、祈りは、あまりにも大きすぎた。

 

それ故にセイバーはヒトである事を捨て、心を捨て、剣を取り、国を守る為に騎士を統べる王として、誰よりも戦場で敵を討ち、獅子奮迅の働きを見せた。

 

「矛盾しているようですが、故国の滅びを悔い、憂い、嘆き、否定した貴女は何処までも普通の人間です。確かに貴女の身体は既に『普通』ではないでしょう。でも、心は未だ一人の人間として機能しています。実際、ご主人様がいなければ、貴女は征服王にあそこまで強く出られなかったでしょう?」

 

「ッ……それは」

 

そんな事はない、と言いたかった。

 

だが、セイバー自身、ライダーの言い分に納得してしまう部分はあったし、言い分通り、彼の王道が萬に通じるという気になるのにも納得がいっていた。

 

それに気圧される事がなかったのは、やはり雁夜が口を挟んだ事である。

 

あの瞬間、ライダーの弁は止まったし、矛先も一時的に雁夜へと向いた。

 

そしてなにより、自身の在り方を肯定された。臣民でもなければ、好敵手というわけでもない。ただ一人の人間に。あの言葉がセイバーの力になった。

 

「早い話。私が言いたいのは、其処までして貴女が『王として生きる必要があるのか?』と言いたいんです」

 

「私に王を捨てろというのか?散っていった臣民達の想いを無きものにしろというのか!」

 

「ええ。死者は生き返らず、滅びの宿命は変えられない。ならば、それをやり直す必要がどこにあるんですか?また何度でも絶望しますか?希望に縋りますか?変えられない運命に苦悩しますか?その度に聖杯を求めますか?今という時代がある以上、貴女の国は誰が統べようとも、どんな手段を取ろうとも滅びます。早いか遅いかの差でしかない。なのに救済という行いに何の意味があるんです。王は生きていても、国がなければ王は王たり得ない。まぁ、ぶっちゃけるとその願いは無意味。早々に諦めてしまった方が気が楽になりますよ」

 

「では、どうしろという気だ。私はまだ生きている。なのに、救えるものを救うなというのか……それは私が私自身の生き方を否定しているのと同じだ……第一、他の生き方など……私にはわからない」

 

拳を握り、セイバーは視線を下に落とした。

 

今まで王として生き、騎士としての人生を歩んできたセイバーにとって、騎士王アーサー・ペンドラゴンとしての生き方以外を選択するのは些か以上に難しいものであった。ましてや、故国の救済こそが臣民を救う唯一の方法と信じているセイバーに、それ以外の選択肢を選ばせるというのは酷なものだ。

 

だが、そんなセイバーの心中など知った事ではないとばかりにタマモは言う。

 

「何言ってんですか、受肉しちゃえば一発ですよ。他の生き方がないなら作る。例え死んでいなくても、騎士王アーサー・ペンドラゴンの人生は一度終わったわけですから、二度目は王以外の生き方を、この世界で探せばいいだけです」

 

「王以外の……生き方?」

 

「はい。ないなら探す。知らないなら知る。あの金ピカも征服バカも、めちゃ現世謳歌してますしね。私達からしてみれば、知識があっても知らない事ばかりのいわば新天地。やりたい事なんてその内勝手に見つかります。それに少なくとも、性懲りもなく、前回の失敗を棚に上げて、同じような事をするよりかはずっと建設的ですよ」

 

そう言うと、くるりと踵を返し、タマモは霊体化してその場から消える。そしてそれとほぼ同じタイミングで、雁夜と、そして切嗣が出てきた。

 

「あれ?あいつは?」

 

「……今しがた、何処かへ行ってしまいました。ですが、おそらくこの城内にいるはずです」

 

「そうか。まぁ、あいつの事だし、すぐに帰ってくるだろうな」

 

「敵のサーヴァントがいるのに、よくもそんなに無防備だね、キミは。それとも、余裕ってやつかい?」

 

「いいや、ただ信頼してるだけだ。あいつの事も、お前やセイバーの事もな。それにさっきセルフギアススクロールで契約したばっかりだろ」

 

「それもそうか」

 

皮肉めいた言い方をする切嗣に、雁夜は呆れたような口調で返す。

 

その二人の様子から、セイバーは二人の話し合いが軽口をたたき合える程度に良い方向に進められている事にホッと胸をなでおろした。

 

(何故……私はこんなにも安堵しているのでしょうか。何れは、越えなければならない相手というのに……)

 

言い知れぬ安堵感にセイバーは首をかしげる。

 

わからない。感じたことのない感覚だった。

 

嬉しくはある。喜んでもいる。だが、そのどちらとも似て非なる感情である事に、セイバー自身は気づいている。

 

それ故にもどかしい。わからない答えを背負っていることが。

 

それが先程のタマモとのやりとりの影響か、はたまたセイバー自身の心境の変化であるかはわからない。

 

だが、セイバーはその答えを求めずにはいられなかった。

 

「キリツグ」

 

無意識のうちに、セイバーはマスターの名を呼んでいた。

 

突然、自分が呼ばれたことに切嗣は驚くが、至って冷静な表情で返事をした。

 

「……なんだ?」

 

「カリヤと協定を結び、互いに害は与えられないように契約をしたのですか?」

 

「……ああ」

 

質問の意図がイマイチわからない切嗣は、また清廉潔白な騎士王が裏切り行為や正々堂々とはかけ離れた行為を自分がするのではないかと警戒しているだけだと勝手に解釈した。

 

もちろん、切嗣に始めから裏切るつもりなど毛頭ない。

 

雁夜とのやり取りで得た新たな(・・・)願いを叶える為にも、雁夜と結んだ協定を自身から破棄する気など愚かな真似をするつもりはない。

 

「カリヤ」

 

「なに?」

 

「もし良ければ、私と二人で話をしましょう」

 

そして互いの安全を保障している事を確認したセイバーは雁夜にそう切り出すのだった。




我ながら、かなりゴリ押し展開なような気がしてきました。このまま行けば、多分本格的に平和そのものの解決が見込めそうです。ついでにあと十話以内には確実に終わりそう。

タマモとセイバーのやり取りはああいう感じでしたが、いかがでしょうか?なかなか難しいのでなんとも言えませんでしたが、こんな感じにまとめてみました。


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聖杯同盟

 

セイバーとタマモが話をしていた頃ーー。

 

「久しぶり……と言える程は経ってないか。また会ったな、衛宮切嗣」

 

「……その様子だと、僕がセイバーの本当のマスターという事は以前から知っていたようだね、間桐雁夜」

 

月明かりが照らす室内で、影に同化するようにして立っていたのは、セイバーのマスターである衛宮切嗣。

 

くたびれたコートと死んだ目はまるで亡霊のような容貌を連想させるが、それが今はなお、一層拍車がかかり、本格的に彼の姿は亡霊に見えるだろう。

 

「随分とくたびれてるな。悪夢でもあったか?」

 

「……悪夢か。キミの話したことは、悪夢よりなお、タチの悪い事だ」

 

じろりと見る切嗣の目には何の感情も映されていない。

 

だが、雁夜には切嗣が何を考えているのか、おおよその見当はついた。

 

それは万能の願望機としての聖杯を求めるものであるならば、誰しも考えているような事だ。

 

「聖杯が汚染されているって事実は、そこまで辛かったか?」

 

「求めるものが、この世の悪そのものであるなら、悪意を持ってしか叶えられないのなら、誰だって失望も、絶望もする。………何の願いもないキミには関係のない話だろうね」

 

「おいおい、いやに喧嘩腰だな、魔術師殺し。今はその失望や絶望をどうにかするために話し合いの場を作ったんだろうに」

 

切嗣の言葉を別段気に留めるでもなく、やれやれといった様子で雁夜は受け流す。

 

事実、切嗣の言う通り、願いのない雁夜にしてみれば心の底から平和を望み、ヒトの身では叶えられない願いを、万能の願望機である聖杯で叶えようとしていた切嗣の心境は量れないし、それを理解できると断ずるのは傲慢だ。

 

「お前の心中はとても俺じゃ察せないが、ただまあ……どれだけ精神すり減らして、『世界平和』に貢献してたかはある程度ならわかるな」

 

「はっ……ふざけた事言うな。お前に僕の何がわかる?魔術師であるお前に」

 

それこそ、切嗣は鼻で嗤う。

 

わかるものかと。御三家に生まれ、魔導から逃げ出したと偽り、その実聖杯を手に入れるために、虎視眈々とその時を狙っていた魔術師に。

 

自身の欲望の為なら、他の犠牲を厭わない魔術師にわかるはずはないと。

 

「だから魔術師じゃないって。経歴みただろ?俺は魔導から逃げ出した落伍者。勝手なエゴで絶縁されていた間桐に帰ってきた挙句、勝手に聖杯戦争に参加した一般人だって」

 

「今更、その『嘘』が通じるとまだ思っているのか?あれだけの事をしておいて」

 

「あれは………なんていうかな、魔術じゃないんだ」

 

歯切れ悪くそう告げる雁夜に切嗣は疑問を抱いた。

 

「?魔術でないなら、なんなんだ?まさか『魔法』だ、なんて虚言を吐くつもりかい?」

 

「虚言じゃなくて事実なんだが……」

 

煙草に火をつけ、冗談交じりにそう呟いた切嗣は煙を肺に入れた瞬間に返ってきた言葉に噎せかえった。

 

「ごほっ!ごほっ!」

 

「おい、大丈夫か」

 

「ごほっ……も、問題ない。それよりも……だ。お前は『魔法』を使っている……というのか?」

 

「まあな。信じられないかもしれないし、話すつもりはなかったが………まぁ、これから一時的にでも同盟を結ぼうとしてる相手に、隠し事は無しだろ?」

 

雁夜のこの発言は切嗣にも当てはめられる。

 

同盟は結ぶものの、それはあくまで一時的なもの。

 

その後の事を考えて、切嗣が何かしら智略謀略を張り巡らせる可能性を考慮してのものだ。

 

もっとも、その対象が雁夜自身に向くのではなく、桜に向くことを恐れての事だが。

 

しかし、それを「はいそうですか」と信じられるほど、この世界において、『魔法』という存在は軽いものではない。

 

魔術師の誰もが喉から手が出るほどに欲しているシロモノであり、例え御三家であったとしても、手に入れるにはそれこそ聖杯を利用しなければ不可能であり、単体で魔法の領域に至るには、間桐雁夜という凡俗では不可能だった。例え、マトモに魔導の鍛錬を行っていたとしても。

 

ただ、そんな馬鹿なと吐き捨てられるほど、切嗣は無知でもなかった。

 

以前の綺礼との共闘時、雁夜を追い詰めた際に起きた不可解な現象。

 

追い詰めたはずの対象に、逆に追い詰められていたというありえない状態。

 

おまけに何の魔術礼装も無しに、強化のみで現代兵器を平然と受け止める尋常ならざる防御力。その他もあげればキリがないのだが、ともかく切嗣は否定しようとして、言葉を飲み込んだ。

 

「仮にだ………仮に『魔法』を使えるとして、何故お前は聖杯戦争を終わらせていない?」

 

代わりに放たれた言葉は素朴な疑問だった。

 

間桐雁夜が、真に魔法使いであるというのなら、何故今も聖杯戦争は続いているのか?

 

聖杯が欲しかったわけではない。元に戻す為の方法を模索していたから、敢えて聖杯を降臨させないために、終わらせていないというのであればわかる。

 

だが、そういうわけではない。

 

壊す気があったのなら、あの日、倉庫街でサーヴァントとマスター全員を皆殺しにしてしまえばよかった。

 

残るのはアサシンとキャスターのみで、そのどちらも正面からやりあった所で雁夜に勝てない。

 

だというのに、何故未だ聖杯戦争を続けているのか、理解できなかった。

 

「なんでって言われてもなぁ………特に深い意味はないんだ」

 

「………は?」

 

「いや、まあ、その反応はわかるんだ。『どんな手を使っても、さっさとこんな戦争終わらせて、聖杯戦争も今回で終結させてやろっかな〜』って考えてたんだが………やっぱり、な。いざ行動に移そうとすると『殺すのはやめよう』ってなった」

 

思わずズッコケかけた切嗣は割と普通の反応だった。

 

魔術師とはあまりにもかけ離れた思想、行動理念。

 

どこまでも一般人に近い。あまりにも意志薄弱だった。

 

「流石にな。大の為に小を切り捨てるっていうのは、悲しすぎるだろ。そういう事してたら、何れ助けた数よりも殺した数の方が上回るわけだし。綺麗事だろうが、俺はこの聖杯戦争も『誰も死なせたくない』んだ」

 

「ッ⁉︎」

 

「……あ、いや、正確に言えば、俺の監督不行き届きで、一人マスター殺っちまってるから、目的は達成できなくなったんだが………」

 

キャスターのマスター、雨生龍之介がタマモの手によって亡き者とされたことは、雁夜もテレビのニュースを見て、察していた。

 

そのことについて叱ることをせず、何も言わなかったのはタマモが敢えて自分に黙って行動した事に何か意味があると考えたからだ。

 

だが、そんな雁夜の言葉も今の切嗣には届いていなかった。

 

その前の言葉の全てが切嗣の胸に刺さっていた。

 

誰も死なせたくない。その言葉がかつての衛宮切嗣の掲げていた理想を僅かに思い出させた。

 

世界の闇を知らない子どもの純粋な願い。真実を知るにつれて、歪んで行った望み。

 

『正義の味方になる』。それこそが、衛宮切嗣を衛宮切嗣たらしめ、そして苦しめる呪いでもあった。

 

誰も苦しまない世界があれば、誰もが幸福である世界があればと、その為に衛宮切嗣は引き金を引き、大を救うために小を切り捨てた。そしてその度に精神は磨り減らし、その度に知った。ヒトの身では叶えられない望みであると。

 

故に、衛宮切嗣はアインツベルンの依頼を受け、聖杯戦争に参加した。

 

悲しみの原因とも言える、世界からの争いを根絶し、恒久平和を実現するために。

 

「まぁ、俺はどこまでも半端者って事なんだろうな。人を殺す勇気もないし、かといって全部許せるほど器も大きくない。なのに、平和は望むなんて。傲慢もいいところだろうな」

 

「……お前も、『平和』を望んでいるのか?」

 

「うん?そりゃまあな。元はと言えば、目的のなくなった聖杯戦争に参加してるのは、この世全ての悪が世界を滅ぼさないようにするためだし」

 

雁夜の言葉を聞いて、一瞬切嗣は迷った。

 

目指すところは同じだ、けれど、その言葉を信頼して、すぐに手を結ぼうと考えられるほどに信頼関係は構築できていない。寧ろ、一度は敵対した挙句、今こうして話し合いが成立していること事態が、切嗣自身には考えられない事態だ。

 

だが、雁夜の話した事全てが真実なら、相手側は絶対に秘匿すべきである『魔法』について話した。

 

それならば、自身の聖杯にかける願いを言う程度の事は取るに足らない事であろう。

 

「僕はーー」

 

「ああ、言っておくけど、恒久平和は望んでないからな。聖杯を介さなくても、破滅するような願いは持ってない」

 

切嗣は息を飲んだ。

 

自分の言葉に被せるようにして放たれた言葉は、あろう事か否定の言葉。

 

まるで次の自分の言葉をわかっていたかのような、そんな口調であった。

 

「……何を、言っている?」

 

聖杯を介さなくても、破滅する願い。

 

そんな筈はない。誰も争わないのなら、誰も不幸にならないのなら、人類が滅ぶ筈はない。

 

思わず、そう叫びそうになるのをグッとこらえ、切嗣は問いを投げかけた。

 

「言ってる意味?簡単な事だ。恒久平和っていうのは、不変のもの。つまりは世界に存在する全ての生物から、闘争心、競争心を刈り取るって事だろ?そうすれば誰も争わないから、平和は維持できる……けどな、他の者と競い、争う事を忘れた存在が生きていられると思うか?ーーいいや、無理だ。他者より先へ、他者より前へ。人間っていう生き物は誰かに劣る事を良しとしない、常に自分の方が優れていると思いたい生物だ。それこそが、進化や成長の糧となっていた。なのに、それを奪うってのは、人から進化や成長を奪うのと同義だ。争う事を忘れた人間に未来はない」

 

「なら、お前の言う平和とはなんだ!誰も争わない世界が破滅するというなら、一体お前は何を平和だという気だ!」

 

「今のままで十分平和だ。戦争があるから、それを無くそうとする人間がいる。難民がいるから、それを救おうとする人間がいる。ゼロにならないから、ゼロに向けて努力する人間がいる現状の何処に悪い要素がある?確かに今の世界は不毛だ。でも、それでいいんだよ。ゼロになれば、努力する人間はいなくなるし、或いは一種の冷戦状態が続いているだけなんて捉え方もある。それなら、今よりももっとひどい。下手すりゃ世界大戦の勃発だしな。……まぁ、ここまでは俺の持論だから、衛宮切嗣。お前には特に関係ない。俺がお前に疑問を投げかけるとしたら………そうだな。まず、どうやって恒久平和を実現するかだ」

 

「?そんな事は聖杯に望めばいいだろう」

 

「そうだな。で、具体的な内容は?まさか、『恒久平和にしてください』って言ったら、聖杯がしてくれるだなんて、思ってないよな?」

 

そう言われて、切嗣はすぐに答えようとしたものの、次の言葉が出なかった。

 

確かに、具体的な内容は決めていない。恒久平和を聖杯に望めば、それで世界は平和になると思っていた。何せ、聖杯は万能の願望機だ。叶えられない願いは存在しないはずなのだ。そこに何の疑念も抱かなかったし、それも事実だ。

 

元を正せば、聖杯は無色。誰の願いにも答えられるが、それがどんな願いであれ叶えられるというもの。

 

だが、誰の願いでも叶えられるのなら、それは『抽象的なもの』であってはならない。

 

大金持ちになるのなら、それを実現可能にする財の入手方法を答えなければならない。

 

しかし、切嗣は『恒久平和にしてほしい』という抽象的な願いではあるものの、それを達成する為の手段や方法をしらない。だから、聖杯を求めた。

 

誰も犠牲にならず、誰も不幸にならず、恒久平和にする方法。

 

そんな事は思いつくはずもない。

 

「まぁ、そんな事だろうと思ったよ。大方、人間じゃ出来ない、思いつきもしない方法で世界を救うって思ってたんだろ。それは虫が良すぎだ」

 

確かに虫のいい話だ。

 

今の今まで、聖杯戦争に参加した者の全てがそういった大雑把で抽象的な願いを持っていなかった為に気づかなかった齟齬にここに至って、漸く衛宮切嗣は気づいた。

 

(だからって……どうしろというんだ)

 

気づいたところで後の祭りだ。

 

既に後戻りできるような状況ではない。

 

例え、切嗣の願いはなくとも、アインツベルンとの契約上、聖杯は持ち帰らなくてはならない。それが七年前に結んだ契約だ。破れば娘であるイリヤスフィールにその重責を担わせてしまうだろう。

 

願いはなくとも、目的はなくとも、勝たねばならない。残らなければ、愛する娘が次の聖杯戦争の犠牲になるだけなのだから。

 

「さて、ここからが俺の提案なんだがな、衛宮切嗣」

 

ふぅ、と一つ息を吐くと、雁夜は口にする。

 

「この聖杯戦争が終わった後の話だ。魔術師辞めて大切な者と共に生きるか、それともまた傭兵続けるかの二択だ。前者だとそこに行くまでの過程に苦労するが、後はもう人殺しになる必要はない。後者は比較的楽だ。今までの生活に戻るだけだ。仮に前者なら、俺同伴でアインツベルンに殴り込みに行ってもいい」

 

「ッ⁉︎」

 

それは切嗣にとって、どれほどの甘い誘惑だったか。

 

キャスター襲撃の直前、妻であるアイリスフィールに吐露した心中。

 

妻と我が子を連れて、逃げ出したいという願望は、父として、夫としての衛宮切嗣の叶わぬ願いであった。

 

そして、今目の前にいる雁夜はそれを実現させる手伝いをすると言った。そしてそれは十中八九達成する。

 

しかし、切嗣は首を縦には振らなかった。

 

「……見返りはなんだ?」

 

「うん?」

 

「それじゃあ、そちらにメリットが全くない。いや、それどころか、間桐雁夜が正規の魔術師じゃないと露見する。そうなれば確実に執行者が送られる事になる。挙げられるデメリットはあるが、メリットが全くない」

 

「成る程、確かにそれだと危ないなぁ………桜が」

 

「………なに?」

 

「いや、遠坂から来た養子。俺は意識あれば魔術師とか片手間で殺れるが、桜は普通の子だからなぁ……」

 

本日二度目。切嗣はズッコケそうになった。

 

心配する部分がズレていた。

 

今、切嗣が提示したのは雁夜に対するデメリットであるのだが、雁夜本人は自身にかかる負担を露ほどにも気にしていなかった。

 

「………でもタマモいるしいいか………うん、見返りの話だったな。見返りは、もし間桐桜が『魔術』に興味を持ったら、師になってやってくれ」

 

「?そんな事はお前が教えればいいだろう」

 

「さっきも言ったが、俺は魔術師じゃない。間桐の魔術は使えない上に他の魔術も使えるかはわからない。使えるのは『魔法』だけだ。知識としては教えられるが、技術の方はてんで駄目だ。だから、あんたが教えろ。見返りなら、それでいい」

 

何故師に自分が選ばれたのか、切嗣は理解できなかったが、それはやはり雁夜が切嗣に近い思考をしているからであった。

 

模範的な魔術師として育つのではなく、一般人の感性も失わず、そして魔術を教えられる存在というのは極めて稀であり、桜の魔術系統を知れば、それはなおのことであった。

 

それを知る事になるのは、数年後の話であるが。

 

「ここまでで異論はあるか?ないなら、協定を結んでおきたいんだが」

 

「………最後に確認したい」

 

「ん?」

 

「もし、僕が家族を助ける為にアインツベルンを裏切るとなったら………キミは手を貸してくれるんだな?」

 

「ああ。なんなら、これから結ぶ契約に書いてくれてても結構だ」

 

切嗣の問いに雁夜は一拍も置かずに返した。

 

この一年間で、雁夜も娘を持つ親の気持ちを完全とは言わないまでも理解出来た。

 

ならば、我が子を助ける為に動こうとする人間の手助けをしない道理など存在しなかった。

 

その事に切嗣は何も言わず、ただセルフギアススクロールを取り出すだけに留まった。

 

雁夜は一応それら全てに目を通し、そして迷うことなく契約した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして現在に至るわけだが………

 

「「………」」

 

セイバーに呼び出しを受け、応じたものの、さっきからこの調子である。

 

おまけに現在は俺とセイバーしかおらず、こういう状況を打破できそうな人物(タマモとかアイリスフィール)のような存在はいないので、気まずいことこの上ない。

 

件のセイバーは瞑目したまま、無言。これでは話も切り出せない。どうしたものか。

 

「せ、セイバー?」

 

取り敢えず呼んでみる。これでは返答がなければ、また逆戻りなのだが………

 

「………はい。呼びましたか、カリヤ」

 

一拍置いてセイバーが普段の様子で返事をした。良かった。

 

「話があるって言った割に、黙ってたから何事なのかと……」

 

「それはすみません。何から話したものか、迷っていましたから」

 

そう言うと、セイバーは不可視の剣を取り出し、刀身を覆っていた風の結界を解く。

 

見えたのは黄金の剣。どこまでも美しく輝く希望の象徴。聖剣エクスカリバー。

 

「カリヤ。貴方の目には、この剣がどう映りますか?」

 

「人間の希望、理想、願い、祈り、そういうものが集まった優しい光だ。アーサー王の生き様を描いたような……」

 

理想に生き、故国に全てを捧げたといったセイバーを体現したかのような剣だと、こうしてみると思った。

 

だからこそ、ライダーはアーサー王の生き方を『王ではない』と一蹴した。

 

俺はそんな事はないと言ったけど、この剣を包む光を見ていると、少し悲しい。

 

「この剣には、戦場に散る全ての兵達が今際のキワに懐く尊きユメーー『栄光』という名の祈りの結晶が宿っています。そしてこの輝きを標として、我が臣民は理想を求め、私はそれを示しました。結末は貴方も知るところですが、それに対して、私は間違いがあったとは思っていません。救済したいと願う事はありましたが、後悔した事はありませんでした」

 

エクスカリバーを消して、セイバーはこちらに向き直る。

 

「ですが、あの時、ライダーのーー征服王の言葉、生き様を知った時、私の中には間違いなく後悔や絶望があった。救う事しかしなかった国の末路、カムランの丘での光景が、私の脳裏をよぎりました。もし他の者が選定の剣を抜いていれば変わっていたのかもしれない。騎士王アーサー・ペンドラゴンは王になるべきではなかったのかもしれないと……そう思いました」

 

「でも、それはーー」

 

「はい。可能性の話ですし、私が王でなくともブリテンは滅んだ。それはあなたのサーヴァントにも言われました」

 

タマモが……。

 

なんだかんだ言ってもあいつも面倒見は良い方なのか。それとも、単に捨て置けないと判断したからなのか。わからないが、タマモもなりに助言っぽいことしてたんだな。

 

「そうとわかった上でなお、私はブリテンが滅ばない道があったのではないかと考えてしまうのです。不毛だともわかっています。例えどう足掻いたところで、私の生きたブリテンは滅び、そして今という世界が成り立つことは。しかし、騎士王として、ブリテンを統べたものとして、私は救済の可能性をごく僅かでも秘めた聖杯を諦めるわけにはいかないと……そう、思っています」

 

理屈ではわかっていても、切り替えられるわけじゃない……か。

 

それは正しい。ごく普通の、当たり前の反応だ。

 

だが、駄目だ。

 

今もなお、セイバーはヒトではなく、王としての生き方をしようとしている。

 

そしてそれはヒトならざる王だ。感情を、心を殺す。

 

ヒトとしての葛藤を隠し、苦悩してもなお、ヒトとしての生き方を否定している。まるで、王はヒトとして生きてはいけないと言っているかのように。

 

「セイバー、もういいんじゃないか?」

 

「何が……ですか?」

 

「そこまでして、騎士王として生きる意味なんてもうないじゃないか。セイバーの言う通り、ブリテンは『滅んだ』。そして結末は『変わらない』。さっきセイバーは聖杯が救済の可能性をごく僅かでも秘めている、といったけど、残念ながらそれはない。例え、聖杯が元に戻ったとしても、セイバーが願いを叶えたとしても、そこにあるのは『滅ばなかったブリテン』という一つの平行世界が存在するだけ。セイバーのいるブリテンは滅ぶしかないんだ」

 

それはなにもこの世界に限った話じゃない。

 

どの世界にも、憑依前の異能なんてものがなかった元の世界でさえも、平行世界という概念は存在した。

 

そして平行世界は、選択肢を一つでも違えれば、生まれる無限にも等しい世界だ。

 

ならば、聖杯を用いたとしても、可能性の世界が一つ増えるだけだ。

 

そしてそれをセイバーが知る事はないだろう。

 

またカムランの丘に戻り、変わらなかった結末に嘆き、哀しむだけだ。

 

この世界の間桐桜は助かっても、数多にある平行世界の間桐桜が衛宮士郎に会うまで、救われないように。

 

とはいえ、俺の言葉はやはり赤の他人の言葉だ。

 

一体どれほどの事を理解して、セイバーに説法しているのかと言われれば、殆ど何も知らない。知った風な口を聞くなと言われれば、まさしくその通りだとしか言いようがない。

 

しかし、セイバーは何を言い返すでもなく、どこか納得しているような表情をしていた。

 

「やはり、貴方ならそう言うと思っていました、カリヤ。貴方も、貴方のサーヴァントも、私を王でなく、一人の人間として生きる事を強く望んでいる。私が一度捨てた道を、誰よりも強く」

 

一つ息を吐くと、セイバーは夜空を見上げ、ポツリと話し始めた。

 

「選定の剣を抜く以前の事です。私は、二つの夢を見ました。今の、騎士王アーサー・ペンドラゴンとして生きた未来と、そして貴方達の望む、一人の人間ーーアルトリアという少女として生きた未来です」

 

その夢を見て、セイバーはアルトリアとしてではなく、騎士王として生きる道を選んだ。おそらく、その時のセイバーには、ブリテンを導く者として生きる義務を与えられたのだと思ったのだろう。だから、例え変えられない未来があっても、突き進むしかなかった。

 

「どちらの私も等しく一人の人間であるべきだった。ヒトとしての在り方を捨てるべきではなかった…………とある騎士に円卓を去る時に言われました『アーサーにヒトの心はわからない」と。私は王として、ヒトに理解される生き方であってはならないと、心の何処かで思っていたのかもしれません。ーーだからこそ、貴方が私の願いを『ヒトの願い』であると征服王に説いた時、とても嬉しかった。ヒトとしての在り方を捨てたと思っていた私が、未だヒトでいられたという事が」

 

説いたというニュアンスは若干違うような気がしなくもないが、俺は確かにセイバーの願いは人間の苦悩そのものだと思っていた。

 

過去を悔やみ、変革を求めるのはヒトの常だ。それを乗り越え、強くなる事はあれど、変えたくないと思う人間はごく稀だ。大抵の人間であれば、過去に戻りたい、過去を変えたいと強く望んでいる。かくいう俺もその一人だったから。だからこそ、俺はああいった。

 

「きっと、貴方のような人が円卓にいたのならば、私は……アルトリアのまま、騎士王として生きられたのかもしれません」

 

「それはわからない。何せ、絵に描いたような凡人だ。王に意見するなんて大それた事は出来ないさ」

 

「そうですか?私はそうは思いませんが……」

 

いや、無理です。他の騎士に叩き斬られます。

 

「ともかく、私は貴方にお礼を言いたかった。これからどのような選択をし、どのような結末に至ろうとも、私はそれを後悔する事はしません。カリヤ、本当にありがとうございます」

 

「セイバーは……受肉してこの世界で生きてみる気はないのか?」

 

「わかりません。ですが、貴方と共にいられるのなら、それも良いかもしれませんね」

 

「うーん……まぁ、いいんじゃないか?あいつがマスターだと息苦しいだろうしな」

 

受肉してもマスターに無視されまくりじゃなぁ……幾ら何でも可哀想な気もするし、タマモも流石に同情して許容しそうな気もする。

 

「確かにキリツグはあまり私の事が好きではありませんから。そうしていただけるのならお互いに幸いだと思います。不平不満を言いたいわけではありませんが、貴方がマスターなら、この聖杯戦争も充実していたかもしれません」

 

基本的におしゃべりだからな、俺。というか、昔の英雄とか、王様と話せるというのはなかなかにレアな経験だ。話さない手はないし、マスターとサーヴァントとの信頼関係は大切だ………まぁ、ライダーとキャスター以外はこの聖杯戦争軒並みマスターとサーヴァントの相性が致命的な事になってらっしゃるが。

 

「そろそろ戻りましょう。あまり長居していると、貴方のサーヴァントを怒らせますから」

 

「それもそうだな」

 

またフラグが〜とか言いそうだしな。だからないっつーの。

 

さて、俺達とセイバー陣営しかいないわけだが、聖杯をもとに戻すために一つやってやるか。




またも無理矢理感の半端ない展開に。

あんまり無理矢理だから、ちょっと綺麗に終わらせられるか心配になってきました。

一応考えていたのはこの展開までなので。

まぁ、また書くのが詰まってきたら、当初書く予定であったバーサーカーバージョンの方でも書いてみます。



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無邪気さは時にとんでもない爆弾を投下する

お待たせしました!

最近、ISの方をなんとか投稿しようと頑張っていた結果投稿が遅れました!

まぁ、他にも文化祭あったり法事あったりと忙しかったりしましたけど、これからはきっとこんなに遅れない……と思います。信じないでください。





 

「さてと、これから汚染された聖杯をどうするかについて話していきたいんだが……」

 

場所はアインツベルン城………ではなく、ところ変わって原作における衛宮邸。

 

場所を変えたこと自体に深い意味はなかった。単にこちらの方が落ち着くというそれだけの理由だ。

 

畳の上で茶をすすりながら、というのは日本人的に心安らぐものだ。ああいう洋風な感じで、おまけにズタボロの城じゃ落ち着けん。

 

落ち着けないといえば、タマモの真名を明かした時のセイバー陣営の反応が凄かった。

 

当然といえば当然か。通常、聖杯戦争には神霊は呼べないわけだし、ジルキャスさんが呼ばれたのも汚染の影響とも言われていたが、その程度では神霊を呼ぶ理由として相応しくない。

 

とはいえ、俺が魔法使いである事を考慮した途端に「それじゃあ仕方ないか」という反応で納得したのはどうなのだろうか?いいの、それで?

 

まぁ、一応、俺が伏せていた情報を開示したのだが……

 

「むふ~♪」

 

タマモに関しては落ち着きすぎである。おまけに妙にべったり。真剣な話をするというのに、これではイマイチ緊張感に欠ける。そもそもこいつに緊張感を求めるのは間違いかもしれないが。

 

「まずは大聖杯のある場所だが……」

 

「ああ。それはこちらでも把握している。円蔵山の『龍洞』。ここに六十年かけて冬木のマナを吸い上げてきた大聖杯がある。その際、使い魔越しに観てきたが……雁夜。君の言っていたことは正しかったよ。あんなドス黒いものに、願いなんて叶えられるはずが無い」

 

わかってはいたことだが、それでも切嗣は残念そうな表情でいった。

 

しかし、それもすぐにひっこませて、次の言葉を述べる。

 

「君は『アレ』をどうにか出来ると言っていたね。元に戻せるとか、戻せないとか」

 

「ああ。理屈的には出来なくもないとは思うんだが………」

 

いかんせん、大聖杯に通じるかがわからない。

 

あくまでも「リバース」は障害ステータス。ステータスというからにはサーヴァントなら余裕で効くんだが、果たして聖杯をサーヴァントや人間同様に捉えられるかどうか。

 

俺の思い込み次第なら、いっそ切嗣に簡単な暗示の魔術でもかけてもらって「大聖杯はサーヴァントと同じ」とでも無理矢理思いこませればなんとかなるだろう。

 

「一応出来なかった時の事も考えてくれ」

 

「ああ。最悪、セイバーの『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』で大聖杯を消し飛ばす。あんな物はこの世にあっちゃいけない。問題は後の被害だが………そこは教会に任せよう」

 

「そうだな」

 

何もかも俺達でやる必要はない。とりあえず、人的被害をゼロに抑え、二次災害も防ぐ。それさえこなしていれば、後の事は全投げしよう。神秘の秘匿なんて出来ないしな、こっちは記憶の消去しか持ってない。

 

「一つ、質問してもいいかしら?」

 

手を挙げて問いかけてきたのはアイリスフィール。別に挙手する意味はないのだが、どうにもアイリスフィール的には俺と切嗣だけの作戦会議に見えたらしい。

 

「どうぞ」

 

「聖杯を元に戻すまでの事はわかったのだけれど………その後はどうするの?聖杯戦争を再開するの?」

 

「そうだなぁ……」

 

聖杯を元に戻した後はどうするか………ライダーは聖杯戦争を再開したそうだったし、事情を知らないランサー組も聖杯戦争はやる気満々だろう。アーチャーは再開するなら呼び戻せとの事だったな。

 

「セイバーは聖杯戦争をしたいか?」

 

「どちらかと言われれば……というところですね。以前ほど、私は聖杯を求めているわけではありませんし、強いて言うなら、ランサーと決着をつけたくはあります」

 

セイバーはランサーと死合たいか……成る程。

 

「お前は?」

 

「私ですか?ご主人様が聖杯戦争をしたいのであれば闘うだけです。そうでないのなら、私に戦う意味などありませんね。今この瞬間が、私の求めるものですから♪」

 

聞くまでもなかったか。

 

さて、どうするか。

 

俺としては聖杯戦争を再開したところでメリットがないので、したくはないのだが、今の所、半分以上が再開希望だからなぁ。面倒な事この上ない。

 

まぁ、ぶっ飛んだ願いもないし、誰が勝者になっても問題は………うん?ぶっ飛んだ願いがない?

 

「セイバー。念を押すようで悪いが、ランサーと闘えればそれでいいのか?」

 

「はい。今の所はそれで構いません」

 

やはりか。なら、問題ないな。

 

「アイリスフィールさん。聖杯の状態に関わらず、聖杯戦争は再開しない」

 

「そう。でも、貴方はそのつもりでも、他の陣営が納得しないと思うわ」

 

「それなら問題ない。頭の固い魔術師共はともかく、サーヴァントに関して言えば、聖杯を求める理由さえなければ、聖杯戦争を再開しなくても納得はしてくれるだろうし、文句言うなら、全身全霊をかけて吹っ飛ばす」

 

特にライダーとギルガメッシュ。あいつらは事情を知ってるにもかかわらず、全投げしてきた挙げ句「聖杯戦争シタイナー」とか抜かしたら、マジギレする。

 

「聖杯を求める理由を無くす?どういうこと?」

 

首をかしげるアイリスフィール。まぁ、当然の疑問か。

 

「簡単な事さ。タマモもそうだが、アーチャー、ランサー共に聖杯をそこまで求めてない。ライダーに至っては願望って言っても受肉だ。それくらいなら現時点でも叶えられる願いだろうし、なんなら全員受肉しても問題ないはずだ。後はセイバー次第だったけど………それもさっき解決した。だから聖杯戦争を再開する必要性はない」

 

まぁ、綺礼のお父さんが納得するかは知らないがな。何が何でも時臣を勝たせたいというのであれば、確実に聖杯戦争を再開させて、綺礼に手伝ってもらって、誰かのサーヴァントを奪おうとするだろう。狙われるとすれば、ウェイバー辺りだろう。殆ど一緒にいるとはいえ、常ではなかったし。或いは俺達が同盟を組んでいる事を知らずに切嗣辺りを狙うかもしれない。

 

「とはいえ、それもこれも全て上手く行ってからの話。一先ずは聖杯が元に戻ってから、また決めた方が良い」

 

何もないのに越したことはないが、何もかも上手くいって終わりっていうのは考えづらいしな。ことこの世界においてはそう言うフラグなんじゃないかと思うまである。特に俺というイレギュラーがいる以上、それ以上のイレギュラーも想定しておかないと。

 

「一先ずは大聖杯のある『龍洞』に行ってから。不測の事態に備えて、実行は二日後。それまでに色々準備しておこう。後はなるようになる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

俺はタマモと桜と一緒に街に繰り出していた。

 

準備期間と称して二日を用意したわけだが、その実、俺には特にする事がない。

 

何せ、俺が使うのは魔法。魔術のように発動するための土台が必要ない、なんなら今すぐにでもこの辺りを更地にするくらいはわけないのだ。

 

だから、久しぶりに桜を外に連れ出してみた。流石に聖杯戦争を止めている中、わざわざ桜を家に閉じこもらせる必要性なんてどこにもないからな。

 

久しぶりの外出とあってか、桜はとてもはしゃいでいて、タマモは本当に桜の母であるかのように、まさしく良妻という言葉が似合う程の立ち振る舞いをしている。何時ものシリアスブレイカーが悪夢のようだ。いや、悪夢か。

 

桜の服や玩具などの買い物を済ませ、近くの公園に腰を下ろしていた時ーー。

 

「ほう。このような場で会うとはな、カリヤ」

 

「ん?……………アーチャー?」

 

「なんだ今の間は。今更この面貌を忘れたとは言うまい」

 

そうは言われてもなぁ。

 

今のギルガメッシュははっきり言ってアレだった。

 

というのも、致命的なまでにファッションセンスが皆無だった。

 

思わず、寝起きかよとツッコミたくなるような服装に、片手にはおそらく宝物庫から引き出してきたであろう酒。なにやってんだ、お前。

 

「先日聖杯を元に戻すと言っていたが……何をしている?」

 

「見たらわかるだろう。遊んでるんだよ、俺の子と」

 

「あれがか?見た所、血は繋がっていないのだろうな」

 

桜を一瞥して、ギルガメッシュはそう言った。

 

たった一瞬みただけでギルガメッシュは俺と桜の血が繋がっていないと言った。流石は英雄王といったところだろうか。確か、これがギルガメッシュ自身の強みでもあるとか言ってたような気もするし。

 

「桜の旧姓は遠坂。時臣の娘で、養子なんだ」

 

「成る程。お前の子というには異常性に乏しいとは思ったが………ククッ、あの時臣の娘か。それならば納得も出来る」

 

ギルガメッシュはそう言って、酒を呷る。昼間っから酒呷るなんてダメ人間の鑑だな。

 

「……しかし、あの娘。お前達といるからだろうが、確実に影響を受けているな」

 

「……それはつまり、桜も俺と同じ存在になるって事か?」

 

「いいや、お前のような存在は本来あり得ん。例え神霊がいようとも直接的に神の恩恵を受けているお前のような存在にはなり得ない。だが、近しい存在にはなるだろうよ」

 

俺とタマモの影響で桜も準魔法使いになるって事か?

 

聞いたら桜は大喜びしそうだが、そうなると魔術協会やら聖堂教会やらに狙われる可能性があるから、俺としては全く喜べない。

 

しかし、近くにいるだけで影響を受けるって事は……

 

「もしかして、俺とタマモの間に子どもが出来たりしたら……」

 

「神霊と半神に近い存在の子など、十中八九、神の力を宿すに決まっている。そも、貴様はあの女狐めを伴侶にするつもりだったのか?」

 

「一応」

 

「ハッ!神霊などがこのようないざこざに現れたと思えば、そういう事か」

 

何か勝手に納得してらっしゃるよ、英雄王。こいつ本当にぼっち極めた性格してるよな。人と会話してるのに、自問自答して、勝手に決め付けるなんて。

 

「おじさーん!」

 

そうこう話していると、桜がとてとてと走ってきた。実に愛らしい。

 

「みてみて!これ、タマモおねえちゃんが作ってくれたの!」

 

桜がしていたのは花で作った首飾り。

 

とても可愛らしいものだが、確かタマモには陣地作成スキルみたいなのがあるから、これも普通じゃないよな、どう考えても。

 

タマモの方を見ると、にこやかにこちらに手を振っていた。

 

一応敵サーヴァントが近くにいるわけだが、ギルガメッシュの事を考えても、いきなり不意打ちで俺の首を刎ねる事をしないのは重々承知しているらしく、敵意を見せたりはしていない。まあ、ギルガメッシュが敵意や殺意を見せた瞬間に即座に臨戦態勢に入るだろうけど。

 

「とっても似合ってるよ、桜ちゃん」

 

「ありがとう、おじさん……………?」

 

視線が俺からギルガメッシュへと向けられる。

 

「この人だあれ?」

 

「えーと、この人はーー」

 

「貴様達雑種の王だ」

 

俺が紹介しようとしたら、その言葉にかぶせるようにギルガメッシュが言う。

 

初対面で雑種なんて酷いものだが、これがギルガメッシュの平常運転。それどころか、王と自分から名乗っただけ、子ども相手には良心的なのがわかる。

 

「おう?おにーさんはおうさまなの?」

 

「まだ貴様にはわからん事だがな。何れ、我が拝謁の栄に俗した事を末代の栄誉として語り継ぐ時が来るだろうよ」

 

ギルガメッシュの言葉に桜は首をかしげる。

 

そりゃそうだ。まだ桜は六歳。ギルガメッシュが何言ってんのか、全くわかるはずがない。

 

桜は悩みに悩んだ末、ポンと手を叩いた。はてさて、一体どういう解釈をしたのか。

 

「わかった!おにーさんはちゅーにびょうなんだ!」

 

「ぶっ!」

 

満面の笑みで桜はギルガメッシュに厨二病宣言した。

 

や、ヤバい……これはいくら何でも面白すぎる。

 

「テレビでね。じぶんのことをおうさまっていうひとや、むずかしいことをいいたいひとのことをちゅーにびょうだって、いってたの」

 

「あ、あははははははは!」

 

は、腹痛い!どんだけピンポイントなんだ、そのテレビ番組!

 

あー!死ぬ!死ぬ!笑い死ぬ!

 

ギルガメッシュの方を見てみると、怒髪天を衝く程の怒りに表情を歪ませ………ている事はなく、眉をひそめていた。

 

「ちゅーにびょう?なんだ、それは?偉いのか?」

 

ここでまさかの誤算。ギルガメッシュは厨二病という単語を知らなかったらしい。一応助かったと捉えるべきだが、それはともかく面白すぎる。

 

「答えろ、カリヤ。なんだ、そのちゅーにびょうというものは?」

 

「あー、お前みたいな奴を世間一般でそういうんだ」

 

「我のような偉大な存在をちゅーにびょうと言うのか」

 

やめろぉぉぉぉ!これ以上俺を笑わせるなぁぁぁ!

 

「げほ、げほっ!し、死ぬ!」

 

「だ、だいじょうぶ⁉︎おじさん!」

 

「だ、大丈夫だよ、桜ちゃん。ちょっとツボに嵌ってね」

 

無意識でも面白すぎるだろ、笑い殺す気か。タマモだって、そっぽ向いたまま、肩震わせてるよ。絶対爆笑してるだろ、あい

 

『桜ちゃん最高過ぎますよ、ご主人様!厨二病って!確かに第三者から見ればそこの金ピカは厨二病ですけど!しかも本人も気づいてないとか、マジウケですね!あははははははは!』

 

念話で笑いを煽ってくるなぁぁぁ!そして満足そうな顔をするな、金ピカ‼︎

 

「これは良いこと聞いたな。雑種、確か桜と言ったな。覚えておいてやろう。そしてこれは褒美だ」

 

そう言うとギルガメッシュは王の財宝から宝石を取り出した。

 

「わぁ!きれい!」

 

「ありがたく思え。本来ならば我の敵であるカリヤの娘である貴様は我が恩賞を与えるべき民ではないが、その未熟さにして、我に知識を与えるというのはなかなかどうして見所のある雑種よ。次に会う時はもっと我を褒め称えよ」

 

ふはははは、と笑いながら、ギルガメッシュは去っていった。

 

あいつ、厨二病の本当の意味を知ったら、多分ブチ切れるんだろうなぁ。今のうちに何か手を打っておかないとな。

 

「おねえちゃん!みてみて!とってもきれいな石くれた!」

 

「そ、そうです、ね。ま、また、わ、わた、私が指輪に、して、あげま、すから、ね」

 

「?なんでタマモおねえちゃんわらってるの?なにかいいことあったの?」

 

「う、うん。桜ちゃんのお蔭で、ね」

 

必死に笑い声をこらえながら、それでも笑みを隠しきれていないタマモは言葉を詰まらせながらも答えていた。いや、そんなに笑ってるのに、素が出ないお前凄いな。

 

 

 

 

 

 

 



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聖杯浄化作戦

 

聖杯浄化作戦決行の日が来た。

 

決行の日が来たといっても、別にやる事はただ大聖杯の元にいって、いつも通りにFF魔法をぶっ放すだけだ。

 

メンツは俺とタマモ、切嗣とセイバーの四人。

 

切嗣の補佐である久宇舞弥やアイリスフィールは、念のためにとある事をしてもらっている。

 

何もなければ僥倖だが、こういう時に限って、上手くはいかないものだ。

 

「どうしたんですか、ご主人様。そんな難しい顔をして」

 

「……タマモ、セイバー。この龍洞にサーヴァントらしき気配はあるか?」

 

「いえ、全く」

 

「彼女の言う通りですね。それらしい気配は感じません」

 

そう二人は言うが、何かとてつもなく嫌な予感がする。この龍洞に入った直後くらいからだ。それが大聖杯の汚染具合を感じ取ってのものか、はたまた今まであまり働いていなかった危険察知能力がここにきてフル稼働しているのかはわからないが、どちらにしてもろくなもんじゃないのは確かだ。

 

だが、それはどうにも俺だけじゃないらしい。

 

切嗣もここに来た時から、懐に手を入れたまま、警戒心を崩していない。もしかして……マスターにだけ察知出来るとかそういうのか?

 

「……あともう少しで大聖杯のあるところに着く。一応、切嗣とセイバーは宝具の準備を。タマモ」

 

「はい♪ではでは、今こそタマモちゃんの良妻パワーを発揮する時ですよ~!」

 

そういうとタマモは立ち止まり、すっと息を吸った。

 

「ここは我が国、神の国、水は潤い、実り豊かな中津国

国がうつほに水注ぎ、高天巡り、黄泉巡り、巡り巡りて水天日光

我が照らす。豊葦原瑞穂国、八尋の輪に輪をかけて

これぞ九重、天照……! 水天日光天照八野鎮石 」

 

タマモの詠唱と共に呪詛による結界が張られる。

 

うおっ、凄いなこれ。身体の底から力が湧きあがってくるみたいだ。

 

「普通なら一時的に魔力消費を無くすものですが、ご主人様に呼び出されたお蔭で生命力やらなにやらまでも色々アップしちゃってるみたいですね。軽い骨折くらいならその場で治るくらいに自然治癒力も上がってますし」

 

一部しか力を取り戻していないとはいえ、そこまでチート宝具だったか、それ。ライダー辺りと組んだらえげつない事になりそうだな。それかアサシン。

 

まぁ、何はともあれ、この龍洞内限定では魔力は限定的に無限。仮に聖杯を消しとばしたとしても、現界できなくなるなんて事はないし、その間にセイバーがこの世界に残るための手段も行使できる。

 

このまま歩き続けていけば、大聖杯のもとにたどり着く。

 

それらがどんなものかを俺は直に目にした事はないが、切嗣が「あんなもの」と称した以上、外見すらもロクでもない事になっているのだろう。

 

人が一人ずつしか通れない通路を歩き続けていると、一旦開けた場所に出た。

 

その一瞬の出来事だった。

 

「ご主人様!」

 

「カリヤ!」

 

ほぼ同時。タマモが俺の首根っこをひっつかんで無理矢理退かせたのと、セイバーが何かを弾くように不可視の剣を振るったのは。

 

ガギンッ!

 

硬いものがぶつかり合う音と共に眼前で火花が散る。

 

「ーーへぇ、今のを察知して防ぐか。てめえら、なかなか優秀なサーヴァントを連れてるみたいだな」

 

奥の暗がりから男の声が聞こえてくる。

 

聞いた事のある声だ。この世界で、での話ではない。もっと前、俺が間桐雁夜に憑依する以前の話。

 

……もし、この声が他人の空似でないなら、最悪の予想が当たる事になる。が、どちらにしても敵が見えないと話にならないな。

 

「全員、目を瞑れ!ーーフラッシュ!」

 

二秒ほど待ってから、俺は魔法を撃つ。

 

本来ならこういう使い方をするものではないが、伊達に一年の準備期間があったわけじゃない。応用できそうなものはこういう使い方もできるようにしてある。最も効果はあまり続かないが………

 

「こいつは驚いた。なんの予備動作も無しに魔術を行使する奴がいるとはな。俺がキャスターのクラスで呼ばれるよりも強えんじゃねえのか?」

 

暗かった龍洞内が、俺の魔法で照らされた時、案の定、そこには最悪の予想が当たる結果が待っていた。

 

違う点があるとすれば青いタイツ姿であるはずのそいつが、服装はおろか頭のてっぺんからつま先に至るまで、黒に染まっている事。

 

「クー・フーリン……だと……っ⁉︎」

 

「ほぉ……何を根拠にそう言ったのかは知らないが、ビンゴだ。そんでもって、死にな、魔術師!」

 

「そんな事を宣言して、私がやらせると思うなんて、浅はかなサーヴァントですねぇ」

 

黒く染まったクー・フーリンが殺意を迸らせながら、俺に攻撃を仕掛けてくるよりも速く、その目の前にはタマモがいて、一打の元にクー・フーリンを吹き飛ばした。

 

「貴方が何処のどなたなんて、私には関係ありません。ですが、ご主人様にその穂先を向けるというのなら、等しく死に値する。何よりも不意打ちで殺そうとしたのが許せない。覚悟は……出来ているんでしょうねぇ?」

 

顔は見えないが、声音からわかった。

 

完全にタマモはブチ切れている。俺が不意打ちで殺されかけた事、そしてなおも俺を殺そうとクー・フーリンが動こうとした事に。

 

だが、そんな状態でもなお、タマモは念話でこんな事を言ってきた。

 

『ご主人様。ここは私にお任せください。何故こんな所にサーヴァントがいるのかはわかりませんけど、事は早く済ませた方が良いはずです』

 

良いのか?とか大丈夫か?なんて聞かない。

 

タマモがやると言っているのだから、俺がどうこう言うのは彼女を信頼していないのと同じだ。

 

それにタマモの言う通り、何の気配もなく、クー・フーリンは突然現れた(・・・・・)。なら、俺の予想が正しいなら、時間をかければかけるほどにこちらが不利になる。

 

「……わかった。行こう、二人とも」

 

「いいのかい?ここはセイバーと二人がかりで倒した方が効率が良いと思うが?」

 

「いや、そうなるとおそらく後が大変な事になる。可能性の話だから、そうならない可能性もあるが……」

 

「……最悪の事態は想定しておけ……か。わかった、今回の作戦では基本的に君の指示に従うと決めていたしね。君にとってこれが最善の手段なら、これ以上、僕は何も言わない」

 

そう言うと、俺達は走り出した。

 

「……セイバーさん。ご主人様、かならず守ってくださいね」

 

「……承った。貴方のマスターも、この身を賭して必ずや守り抜こう」

 

タマモの近くを通り過ぎる直前、そんな言葉が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ご主人様も行きましたし……さっさと起き上がって下さいよ、『クランの猛犬』さん?」

 

「やれやれ、後ろにいたセイバー(剣使い)の方が残るかと思ったが、そっちが残ったか。見当が外れたぜ」

 

つまらなさそうにクー・フーリンは吐き棄てる。

 

例え、彼が『聖杯を守るため』に現界したサーヴァントであっても、その魂が汚染された状態で出てきていたとしても、強い者と闘いたいという衝動は消えてはいない。強いて言うなら、目的のためならば手段は選ばないといっただけだ。

 

「まあいい。不意打ちっつっても、俺を吹っ飛ばすくらいは出来るみたいだしな。ちっとは楽しませてくれよ」

 

槍兵は静かに自らの宝具を構え、殺意を迸らせる。

 

だが、対するタマモは未だ構えずに、問いを投げかけるだけだった。

 

「一つ聞きます。七騎のサーヴァントが召喚されているにもかかわらず、ましてや、まだランサーも脱落していないのに、何故貴方が出て来たんですか?」

 

「はっ。そりゃ、そっちがよくわかってんだろ。俺はただ「聖杯を狙っている奴らを殺せ」って命じられてるだけでな」

 

「そうですか。では、もう一つ。貴方は私やご主人様の事を知っていますか?」

 

「いや。さっきも言ったが、俺は命令されてるだけだからな。それに相手が誰だろうと関係ねえ」

 

その言葉を聞いた瞬間、タマモの口元が三日月のように歪んだ。

 

「ふ、ふふ、そうですかそうですか。ならーー」

 

瞬間、クー・フーリンの視界からタマモが消えた。

 

「貴方の負けですね」

 

「ッ⁉︎」

 

この時、クー・フーリンを救ったのは、積み上げられてきた戦闘経験と野生の勘だった。

 

肋骨を粉々に砕かんばかりの勢いで放たれた蹴りを槍を盾に使用する事で防いだ。

 

宝具であるはずの槍が軋みを上げ、そのままクー・フーリンはまたもや壁に叩き込まれそうになるが、直前で踏みとどまった。

 

「さっきの攻撃に反応するとは少し想定外ですねぇ。本気で攻撃していたのなら、殺せていたかもしれませんけど……」

 

「なんだと?貴様、手加減していたというつもりか!」

 

タマモの言葉にクー・フーリンは激昂する。

 

当然だ。英霊として、戦士として、手を抜かれているというのは許せるはずもない事だ。

 

しかし、タマモは首を振る。

 

「手加減はしてませんよ。殺さないようには加減してましたけど、だって……」

 

一発で死んだら、お仕置き出来ないでしょう?

 

今度は見逃すまいと視線をタマモを注視していたクー・フーリンは気づかなかった。

 

タマモが吹き飛ばした方向は最初にタマモが立っていた場所で、その足元には呪符があった事に。

 

クー・フーリンの足元にあった呪符が発動し、クー・フーリンは迎撃姿勢を崩される。

 

「チェックメイト」

 

拳を振りかぶったタマモにクー・フーリンは咄嗟に頭部を庇うように槍を振るう……が。

 

「どっせい!」

 

「ッ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」

 

鋭い拳がクー・フーリンの……股間に入った。

 

「まずは金的!次も金的!懺悔しやがれ、これがトドメの金的だぁー!」

 

殴られ、蹴り上げられ、トドメのライダーキックよろしく、跳び蹴りがクー・フーリンの股間に放たれる。

 

何が起きたのか、クー・フーリンにはわからなかった。

 

わかったのは一つ。自分の股間の辺りから感覚が消え去った事と、あまりの激痛に脳が麻痺するかのような感覚に陥った事だけだった。

 

「ーーーーッ⁉︎」

 

最早、彼の声は悲鳴になっていなかった。

 

それもそのはず、いくら英霊になっていたとしても、サーヴァントになっていたとしても、それは男である限り、絶対にして無二の急所。

 

見ているだけでも悶絶しそうなほどに攻撃を受けたクー・フーリンはそのままくずおれる。

 

だが……

 

「んー、おねんねの時間はまだ早いですよ?今こそ、英霊の矜持を見せないと♪」

 

顔色が真っ青のクー・フーリンの頭をガッシリと掴み、持ち上げる。

 

「ここは私の結界の中、即死さえ免れれば、いくらでも治癒しますからねぇ………ここからは煮るなり焼くなり好き放題。ご主人様を殺そうとした罪は万死すらも超え、死ぬことすらも許されない大罪。さぁて、『クランの猛犬』さん。今こそ、本当の犬の気持ちになってみましょうか?パ・ト・ラ・ッ・シュ?」

 

「い、犬って言うな………」

 

それがクー・フーリンが放った最後のマトモな言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何やら絹を裂くような悲鳴が聞こえました」

 

セイバーが立ち止まり、そんな事を口にするが、俺は特に振り返る事もなく、セイバーに言う。

 

「って事は勝負があったんだろうな。まぁ、元々見えてた勝負だけどな」

 

「違いない。余程のサーヴァントでなければ、君のサーヴァントには手も足も出ないだろう。少なくとも、セイバーを足蹴りに出来るくらいの強さがないとね」

 

俺の言葉に切嗣は同意するように言い、セイバーもこくりと頷いた。

 

しかし、そうなると絹を裂くような悲鳴をあげたのはクー・フーリンの方になるわけだが………まさかな。ギャグ時空ってわけじゃないし、今は割と真剣な問題だ。そんなふざけた事があるわけない。

 

それに、俺の予想だとあのクー・フーリンは俺達みたいな輩から聖杯を護るために出てきたはずだ。他のサーヴァントが居てもおかしくないはずなんだが………それらしい気配はない……事もなかった。

 

「カリヤ」

 

「わかってる……これは」

 

サーヴァントかどうかはわからないが、とてつもなく、禍々しい気配を少し先から感じる。

 

これが汚染された聖杯?だとすれば、本当に目も当てられないかもしれない。例え、直接その身に浴びなくても、近くにいるだけで精神が汚染されそうだから、ここからエクスカリバーで消しとばして欲しいが………それではダメだ。

 

あくまでもそれは最終手段。本来の目的は聖杯の浄化だ。

 

なら、例え精神が汚染されるような事があったとしても、俺は聖杯を浄化しなければならない。

 

よしっ、行くぞ!

 

両頬をパンと叩き、俺達は歩みを進める。

 

そして次に大きく開けた場所に出た時、俺達の目に飛び込んできたのはーー。

 

「「「は?」」」

 

な、なんだあれ?

 

きっと俺達三人の心中はそんな感じだっただろう。

 

汚染された大聖杯の影響からか、この空間がよろしくない事はわかる。ついでに言うと、さっきの禍々しい気配もある……目の前に。

 

だが、その目の前にある禍々しい存在こそが問題だった。

 

「おい、切嗣。お前、大聖杯確認したよな?」

 

「……ああ。確かに確認したはずだ」

 

「……なんかドス黒いのがどうのこうの言ってなかったっけ?」

 

「……言ってましたね、切嗣。ですが、アレはどう見ても……」

 

「…着ぐるみにしか見えないね」

 

俺達の視線の先、そこにいたのはーー。

 

「ぐふふふふ。ようこそ、間桐雁夜、衛宮切嗣、セイバー。君達を歓迎するよ」

 

小学生の落書きか、と言いたくなるような絵面にふざけた口調。

 

だというのに、禍々しさをそのままに全てを知っていると言わんばかりのこいつの名はーー。

 

「初めまして。僕の名前は……そうだね。聖杯くん、とでも名乗っておこうか」

 

ふざけた世界のふざけた願望機こと、聖杯くんだった。




シリアスで終わると思った?残念!ギャグでした!

なんでクー・フーリンが出たのかは……まぁ、大体察していただけたと思います。最後の登場人物で。

シリアスを期待していた方!申し訳ありません!それもこれもギャグに走ってしまった結果です。反省はありますが、でも後悔はしてません。


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間桐雁夜は魔法使いである

歓迎する、と宣った着ぐるみこと聖杯くんを見て、俺は溜め息しか出なかった。

 

いや、確かにこいつは汚染された聖杯だ。

 

某猫型ロボットのように秘密道具を出す感覚で出刃庖丁しか寄越してこないし、それはイコール殺せという命令だし。

 

しかし、ここにきて、これはないだろう。この聖杯戦争に参加して一番頭を抱えたくなった。

 

「……アレはどうすべきなんだ?」

 

「……見た目に反して、アレから感じられる気は禍々しさの塊です。何かされる前に手を打った方が得策だと私は思います」

 

困惑している切嗣に対して、セイバーが告げる。

 

まぁ、蓋を開けてみれば、見た目はアレなだけの、寧ろ黒い聖杯よりもタチの悪い奴が出てきた訳だからな。セイバーの言っていることはあながち間違い邪魔ない。というか、こんなの相手に覚悟を決めていた俺のシリアスを返して欲しい。

 

………早く終わらせて帰るか。こいつはどう見ても一つの生物にしか見えんしな。

 

「リバ「ちょっと待ちなよ、間桐雁夜くん」ん?」

 

さっさと終わらせようと思ったら、止められた。

 

「僕をどうこうする前に、聞きたい事があるんじゃないかい?」

 

「……まぁ、無くはないな」

 

なんでお前がいるのかとかな。後、クー・フーリンが出てきた理由も。

 

「先ずは……そうだね。今回の聖杯戦争について答えてあげようかな」

 

「今回の聖杯戦争?なんかあったか?」

 

「大ありじゃないか。君という他世界からの神の恩恵を受けた人間の参戦、本来なら召喚されないはずの神霊の召喚、不仲のはずのサーヴァントとマスターの信頼関係。そして今。おかしな事なんてそこら中に沢山あるよ」

 

そう言われてみれば………うん?待てよ。

 

「おい、待て。なんでお前はこの聖杯戦争がおかしいって知ってる?」

 

「それはどういう意味ですか、カリヤ?」

 

セイバーがそう聞いてくるが、俺だって聞きたい。

 

しかし、聖杯くんは不敵に笑うだけだ。なんでもお見通しと言わんばかりに余裕の姿勢を崩さない。

 

「まぁ、そんなことは良いじゃないか。考えるだけ無駄だから。それよりもさ、僕と取り引きをしないかい?」

 

「はぁ?取り引き?」

 

「そう。このままだと僕はセイバーの宝具で跡形もなく吹き飛ばされかねないからね。それは僕としては嫌だし、キミも自分のサーヴァントを還したくはないだろう?だから、ここは一つ見逃しておくれよ」

 

「……いやに逃げ腰だな。汚染されてるとはいえ、万能の願望機だろ?」

 

「それは願う人間がいてこそさ。僕の自由で願いは叶えられないし、魔術師やサーヴァント相手ならなんとかなる可能性はあれど、キミは魔法使い。たった一言で僕は無に還るからね」

 

そう言われて漸く気がついた。

 

ひょっとすると、俺みたいな魔法使いが聖杯の天敵なのではなかろうか、と。

 

言われてみれば、メディアは聖杯の汚染をどうにかできるみたいな話を聞いたことがあるし、神代の魔術師でどうにかできる代物をそれより上位の魔法使いに何も出来ない道理はない。

 

つまるところ、この聖杯くんは俺がここに来た瞬間から絶体絶命なのだ。

 

だが、そうなったら余計に気になることがある。

 

「一つ聞くが、なんでもっと守護するサーヴァントを召喚しない?サーヴァントを馬鹿みたいに出しまくれば、なんとかなっただろうに」

 

「無理無理。聖杯の中にはまだ二騎のサーヴァントしか汲まれていないし、仮に聖杯の対抗システムでサーヴァントを召喚しても霊脈が枯渇して、結局聖杯戦争が出来なくなる。本末転倒さ」

 

「じゃあ、なんでクー・フーリンは呼んだんだ?」

 

「彼かい?彼はね、道化(ピエロ)だからだよ」

 

「ようは面白半分で呼んだと?」

 

「端的に言えばそうなるね」

 

……その瞬間、俺は同情を禁じえなかった。いや、俺は疎か、切嗣やセイバーまでもが、遠い目をしていた。

 

見える。きっと今頃タマモの逆鱗に触れたクー・フーリンが可哀想な目に遭っている光景「ご主人様ー!」。

 

と、思った矢先に喜色を孕んだ声音でタマモが来た道から現れた。

 

すっきりとした表情はおそらくストレスを発散したことによるものだろうが、その手には縄が握られていて、その先には首輪をされている額に犬と書かれたクー・フーリンがいた。

 

「くっ……なんと惨いことを」

 

セイバーは相手が敵であるのに、あまりにも惨めな目に遭わされている現状に顔を背けた。

 

「ご主人様に刃を向けたんですから、当然の報いです。寧ろ原形をとどめているだけ良心的だと思いますけどね」

 

……その発言は俺も流石に酷いと思った。

 

これだけの辱めを受けているにもかかわらず、酷ければ、ここから認識不可能になるほどボコボコにされるのかと考えると、可哀想。それが面白半分となると殊更哀れだった。

 

「で、なんですその不細工な着ぐるみは?」

 

「聖杯」

 

「………はい?いやいやいや、ご主人様。いくら私がシリアスブレイカーだからって、此の期に及んで、そんなのが聖杯なわけ……」

 

「「「………」」」

 

「え゛っ。マジですか?」

 

俺達三人の表情を見て、タマモの表情が引きつった。

 

「さあ、早く決めなよ。間桐雁夜くん。この聖杯戦争をどうするかはキミの一存だ」

 

愉快そうに聖杯くんは言う。

 

絶体絶命そうな割に余裕に溢れているのは、恐らくは俺がタマモやセイバー達にこの世界に残って欲しいと思っている事を知っているからだろう。自分が消される可能性が極めてゼロに近いと知っているから、聖杯くんの表情には余裕があった。……いや、まあ、そもそも表情が変わらないからよくわからんが。

 

確かに俺は聖杯を消し飛ばしはしない。

 

そんなことをすれば、俺のタマモが消えてしまう。呪縛を断ち切ったセイバーが消える。

 

それは俺自身としても、許せない。

 

なら、どうする?答えは簡単だ。

 

「聖杯くん。俺はな、初めからお前を消すつもりなんてないんだよ」

 

「……それは取り引きをするって事でいいのかな?」

 

「いいや。ハナからする必要なんて無かったんだ。お前が『汚染された聖杯』というモノではなく、『聖杯くん』という一個人で出てきたのなら、俺はお前を『生物』として認識できるからな!」

 

そうだ。俺が破壊を最終手段として用意していたのは、あくまでも聖杯を一種の生物として認識出来ずにこれが効かなかった場合だ。だが、この姿。いくら不細工な着ぐるみ状態でも話しているし、生物として認識のできるこの状況なら、話は別だ。

 

「リバース!」

 

聖杯くんへ向けた放たれた眩い光が、不敵な笑みを浮かべたままの聖杯くんを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピピピッ、ピピピッ!

 

「……うーん、うるさい」

 

けたたましく鳴る目覚まし時計を止め、私は身体を起こす。

 

「んー……結局昨日も夜更かししちゃったなぁ……」

 

欠伸を噛み殺しながら、私は頭の上に置いていた本ーーグリモアに手を置く。

 

十年前。駄々をこねる私にサンタさんがくれた贈り物。

 

あの時から私はお父さん(・・・・)の使った魔法に魅せられて、魔導の世界を知った。

 

初めは初級の魔法も使えなかった事に落ち込んだこともあったけど、今考えたら、それは普通で、魔法を使えている今の方が他の魔術師の人達から言わせれば異常と言っていた。

 

それでも私はお父さん程に魔法を行使できるわけじゃないし、攻撃よりも治したりする方がずっと得意だ。

 

『桜ちゃーん!早くご飯食べないと遅刻しちゃいますよー!』

 

「はーい!今行きまーす!」

 

私は自分の通っている学校穂群原学園の制服に着替えて、階段を急いで降りていく。

 

「年頃の女の子が夜更かししちゃダメですよー?お肌が荒れますから」

 

「よふかしダメー!」

 

「ごめんなさい。お母さん、コンちゃん」

 

他にも十年前から今まで色んな事がいっぱいあった。

 

割烹着姿のお母さんーータマモさんとお父さんが聖杯戦争と呼ばれる魔術師の死闘を終結させ、それから間もなく結婚した事。

 

その時にお祝いに来た人達の中には聖杯戦争に参加した魔術師の人やサーヴァントと呼ばれる過去の凄い人もいたり、遠坂の叔父様や叔母様もいて、祝福しながらも叔父様が姉さんをお父さんの弟子にしてやってくれと頼んでお父さんにしばかれたりしていた。

 

本当なら聖杯戦争が終わる事で消えるはずだったお母さんや他のサーヴァントが残ったのは、お父さんが聖杯戦争を元に戻して、皆に肉体を与えたからだそうで。

 

身体を手に入れた皆さんは現代を自由に謳歌している。

 

お父さんとお母さんは結婚して間もなく子どもが出来たし、一応私の妹になるその子は半分神様になっているらしく、ものすごい才能を秘めているそうで、それに対抗心を燃やしたのが私が昔『厨二病』なんて失礼な事を言ってしまった人ーーギルガメッシュさんが「我の方がもっと凄い子を見つけてきてやる」なんていって、冬木に孤児院を設立し、日本だけに留まらず、世界から才能のある孤児を引き取ってるそうで、今や大規模で有名な多国籍孤児院として、テレビでよく見るものの、その辺りの応対は無理矢理手伝わされていた言峰さんがしているようで、娘さんもお手伝いをしているそうだ。

 

征服王さんとそのマスターさんのウェイバーさんは世界中を冒険しているらしく、この二人も度々テレビに出ては古代文明から化石まで様々な分野で顔や名前が知れ渡っている。そういえば前にテレビに出た時に「貯まったお金は何に使用しますか?」という問いに「無論。世界征服の為よ!」と征服王さんが答えて、ウェイバーさんがフォローしてたっけ。

 

ディルムッドさんはマスターさんのケイネスさんの護衛として、日々付き添っているものの、魔貌封じのお蔭であまり目立つことはないそうだけど、一度外すと騒ぎが起こるらしく、そのたびにケイネスさんは頭を抱えているらしい。でも、その最たる理由はお父さんのお蔭で解かれた婚約者のソラウさんがまた魅了されないかと心配してるかららしいけど。

 

切嗣さんはお父さんとお母さん助力の元、無事娘さんを救出し、今では武家屋敷の様なお家で母娘と助手の舞弥さんと仲睦まじく楽しく暮らしているそうだ。昔は魔術師殺しと呼ばれる殺し屋なんて聞いたけど、優しい近所のおじさんにしか見えない。

 

そしてその切嗣さんのサーヴァントだったセイバーさんことアルトリアさんはというと……

 

「今日も貴女の料理は美味しいですね、タマモ。朝からこんなに美味しいものを食べられて光栄です」

 

何故か私達の家にいたりする。

 

なんでも、聖杯戦争の際にお父さんが約束していて、結果的にこの家に居候する事になった。最初は一悶着あったとお父さんが言っていたけど、今では立派な家族の一員になっている。

 

近くの喫茶店でアルバイトをしているんだけど、なんというか……接客中も王様だった。

 

後は……

 

「おう。お嬢ちゃん早く飯食わねえと、そこの腹ペコ王に全部食われちまうぞ」

 

ことこの人に関しては本当になんでいるのかわからない。

 

お父さんが聖杯戦争を終わらせようとした際に召喚されて、お母さんにコテンパンにされたらしいけど、生かされていた事でたまたま身体を得たらしい。

 

マスターも知人もいないとなった結果、お父さんが「何かあった時に役立つ」と言って、家に居候する事に。

 

何気に誰よりも現代に順応しているらしいけど、事あるごとに死にかけるのが問題らしい。二日に一回は血まみれになって帰ってくる。生きているのが本当に不思議。

 

そういう事もあって、私の周りはとても賑やか。色々不安な時期もあったけど、今は楽しい。

 

「サクラ。もしも遅れそうなら私がバイクで乗せていきましょうか?」

 

「だ、大丈夫です。走ればなんとかなりますから」

 

それにアルトリアさんは急いでというと、交通ルールを完全に無視した走りをするので、心臓に悪い。

 

「ところでお父さんは?」

 

「雁夜さんなら、そろそろ帰ってくるはずですけど……」

 

そう言っている時にちょうど扉が開く音が聞こえた。

 

「パパだー!」

 

コンちゃんが椅子から飛び降りて、そのまま扉の方まで走っていくと、扉が開かれた。

 

「パパー!」

 

「っと、コンか。ただいま、良い子にしてたか?」

 

「してたー!パパとの約束守ったよー!」

 

「そっか。じゃあ、今日は一日中遊ぶか」

 

「やったー!パパ大好きー!」

 

「俺もコンが大好きだよ」

コンちゃんを抱き上げながら、雁夜お父さんは頭を撫でてあげていた。

 

お父さんの表情はとても優しいものだ。とてもこの人が魔術協会聖堂教会から恐れられ、時計塔と呼ばれる一級魔術師の学校の指名率ナンバーワンの非常勤講師という肩書きを持つ人とは思えない。

 

「お帰りなさい、雁夜さん。お仕事の方は良いんですか?」

 

「ただいま、タマモ。仕事の方は問題ないよ、一週間くらい休みを無理矢理取ったから。死徒狩りは……クー・フーリンがいればいいだろ」

 

「またそれかよ。いい加減雑魚狩りは飽きたぜ」

 

「今回はそれなりに強いのが出たらしい。執行者もかなりの人数やられてるらしいから、楽しめるかもしれないぞ」

 

「馬鹿野郎。それを早く言えってんだ」

 

「ほら、国の地図とパスポート。現地到着までに死にかけるなよ。お前の場合は冗談にならないしな」

 

「あれは不可抗力なんだ、しゃあねえだろ。んじゃま、行ってくるぜ」

 

「いってらっしゃーい!やりのおにいちゃん!」

 

コンちゃんが手を振るとクー・フーリンさんもひらひらと手を振って答える。

 

あの人も時々死にかけるだけで、アイルランドでは有名な英雄さんだから、私の家族や知人は凄い人ばかりだ。その代わりにとても癖が強いのが玉に瑕だけど。

 

「桜も学校か?」

 

「うん」

 

「気をつけてな。何かあったら電話するんだよ」

 

「お父さん過保護過ぎだよ」

 

後、お父さんは私の立ち位置を考えて、とても心配してくる。こう見えても、私だって立派な魔法使いなんだから、そこまで心配しなくてもいいのにと思うけれど、心配してくれる事は正直嬉しい。

 

『行ってらっしゃい』

 

そう言って私を送り出してくれる声が何時も心地良い。

 

最初は養子に出された事が悲しい日もあったけれど、今は良かったって思うし、出会ってきたもの全てに感謝している。

 

「行ってきます!」

 

願わくば今日もまた最高の日になりますように。

 

 

 




計二十話。全て読んでくださった方々、本当にありがとうございます。

途中でグダグダになったり、おかしな展開になったりしましたが、話数的には当初の予定通りに終わりました。

今回の終わり方に満足いかなかった方はすみません。ですが、作者としてはこの辺が落ち着くにはちょうど良いかなと思っていたりもします。

また気が向いたら、閑話や番外編として、聖杯戦争後のお話を書いてみたりしたいと思いますが、一応はこれで最終回となります。

今まで貴重な時間を使って読んでくださっていたみなさま。重ねて御礼を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。


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閑話:1

どーも!

テスト期間中にもかかわらず、投稿しました!

実に一ヶ月ぶりということですが、今回は以前お話ししました通り、閑話です!

時間軸はぶれぶれで他の未完の作品を優先しますので投稿ペースもかなり遅くなりますが、宜しければどうぞ!


 

◇狐とライオンのキャットファイト?◇

 

まずい。非常に気まずい。

 

「「………」」

 

テーブルを挟んで、タマモとアルトリアが無言で火花を散らしていた。

 

何故にこうなった。

 

無事に聖杯戦争も終わって、全員受肉して万事解決と思ったら、いきなり修羅場かよ……なんでさ。

 

「騎士王さん。この際、はっきり申しておきますけどね、ご主人様はわ・た・し・の!ご主人様ですからね!それを踏まえて、ここに居候されるおつもりですか!」

 

「ええ。例え、聖杯戦争が終わろうとも貴女のマスターがカリヤだった事に変わりはありません。ただ、私はこれからはカリヤと共にこの時代を謳歌したいと考えている所存です。後、私はこの時代に留まると決まった以上、騎士王ではありません。アルトリアと呼んでください」

 

「ああ、それはすみません……じゃなくて!ゼンッゼン理解してないじゃないですか、この腹ペコ王!ご主人様は私の旦那様です!そこは揺らぐことのない事実です!どんな事情があっても絶対に譲りませんから!」

 

「なっ⁉︎何故そうなるのですか!私にとっても、二度目の生を謳歌する上で、カリヤの存在が不可欠なのです!それに腹ペコ王とはなんですか!」

 

バチチチ……と両者の間に火花が散る。

 

今のやり取りでわかったと思うが、セイバーことアルトリアは俺の事が好きらしく、最初はタマモと既に話し合いを済ませているのだとばかり思っていたのだが、単に会話が噛み合ってなかっただけらしい。

 

いや、そもそもなんで俺の事好きなの、セイバー。信頼は得ていた。かといって、それが好意に直結するかと言われればノーだ。人類皆ちょろインになる。

 

「そもそも、私に新しい目的を見つけ、二度目の生を謳歌しろと言ったのは貴女のはずだ!」

 

「うっ……これは痛いところを……」

 

タマモにしては珍しく押されている。何時も口八丁と勢いでイケイケドンドンなのに。

 

「で、でも、それとこれとは話が……」

 

「違いません。それにカリヤもここにいていいと言ってくれました。なので、私がここにいること自体は何もおかしなことではありません」

 

威張るようにセイバーは胸を張った。確かに言ってることは何もかも正しい。俺もタマモもぐうの音も出ない……が、今の発言でタマモが生き返ったな。

 

「そうですね、確かに。ええ、アルトリアさん。貴女の言ってることは何一つ間違ってませんとも」

 

「わかってくれまし「ですが!」はい?」

 

「それを言うなら、私は聖杯から召喚されたその日にご主人様に求婚し、聖杯戦争が終わり次第、結婚する権利を手に入れているんですよ!」

 

「そんな……!」

 

あ、セイバーがめちゃ絶望してる。そしてそれとは対照的にタマモは勝ったという表情でくずおれたセイバーを見下ろしていた。とことん悪役風だな、うちのサーヴァント。

 

「ふっふっふっ、貴女に耐えられますか?私とご主人様の新婚いちゃいちゃ生活が。きっとご主人様は猫をかぶってますから、夜になると獣になりますよ。所構わず『■■■■(自主規制)』な事をしますよ?」

 

おい、なんか俺が悪いみたいになってるじゃないか。誰が猫の皮を被った獣だ。確かに新婚初夜は覚醒するかもしれないが、所構わずなわけないだろう。お前じゃあるまいに。

 

「あ、いえ、大丈夫ですよ。それなら」

 

「そうでしょうそうでしょう。大丈夫………は?」

 

「よく考えてみれば、私は『カリヤの側にいたい』とは言いましたが『絶対にカリヤと結婚したい』とは言ってません」

 

「………ようはご主人様と生活出来れば、立ち位置は関係ないと?」

 

「そうですね」

 

ここに来て、まさかの不毛の争い⁉︎どこまで噛み合ってないんだ、この二人⁉︎

 

「おおう、なんだ。騒がしいな」

 

竿とバケツを持って現れたのはアロハシャツのクー・フーリン。

 

「そらよ。今日は結構取れたぜ……つっても大半サバだけどな」

 

「おう、ありがとう………ん?待て、お前なんでさも当たり前のように俺の家にいるんだ?」

 

「固いこと言うなよ。聖杯から直接召喚されちまったから、受肉しても行く当てねえんだ。穀潰しにはならねえから、ここに置いといてくれや」

 

「それならいいんだが……」

 

まあいいか。ある意味こいつ聖杯戦争のせいで不幸な目にしか合ってないしな。それにそろそろ魔術協会やらが何かしてきそうだし、こいつに追っ払ってもらうか。

 

「で、結局こいつら何を言い合ってたんだ?」

 

「正妻戦争……的な」

 

「はぁ?」

 

「いや、なんでもない。それよりも桜ちゃんを迎えに行ってくる」

 

「ああ、あのちっこい嬢ちゃんか」

 

ん?なんでこいつは桜の事を知ってるんだ?

 

「お前と桜ちゃんって会ってたか?」

 

「まあな。今朝方からここにいるわけだし、釣りに行くついでにあの嬢ちゃんも送ってってやった。あの嬢ちゃんも嬢ちゃんで才能あるみてえだな」

 

「わかるのか?」

 

「伊達にキャスタークラスの適性があるわけじゃねえよ。お前の事やあの嬢ちゃんが後生大事に抱えてた本の事はこれっぽっちもわからねえが、魔術ならある程度わかるぜ」

 

そういえばそうだっけ。ランサーって言ったら基本的に自害だからその印象が強すぎて。

 

と、クー・フーリンと話しているとタマモとセイバーの間で何やら商談が成立したらしく、こちらに歩いてきた。

 

「ご主人様。私とアルトリアさんで妥協点を見つけました」

 

「どんな?」

 

「ご主人様と結婚して幸せな家庭を築くのは私です。つまり正妻です。で、アルトリアさんはーー」

 

「私はカリヤ。貴方の剣となり、貴方達を護ります。その代わり、定期的に私と共に旅をしてください。新たな目標を見つけるために必要な事ですから」

 

「これなら一夫多妻ではありませんし、ある意味アルトリアさんはボディーガードみたいなものです。まあ、ご主人様にはそんなもの必要ないとは思いますけど、本人たっての希望ですし、魔法使い一人にサーヴァント二体、犬一匹ならちょっかい出そうなんて事は思わないでしょうから」

 

「だから犬って言うんじゃねえ!」

 

「そうやって吠えるだけしか出来ないところが犬ですよね〜、ご主人様〜♪」

 

俺に同意を求めてくるな。俺はこれでも(一応)尊敬してるんだぞ、英雄だから。

 

「ま、まあ、それはともかくだな。解決したならいいんじゃないか?」

 

闘いにならなくてよかった。そしたら確実にこの家がなくなるし、この家じゃなくても、周囲が更地になるし。

 

「それはそれとして、タマモ。言い合っていたらお腹が空きました。ご飯はいつ食べるのですか?」

 

キリッとした顔でセイバーはタマモに問いかける。

 

「……やっぱりこの腹ペコ王、追放していいですか?」

 

そしてさっきの今で早くも意見を百八十度変えさせるとかセイバー凄いなと思わざるをえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇言峰綺礼の覚醒◇

 

「せんせー!いつものやってー!」

 

「ダメだよ!せんせーはわたしとおままごとするの!」

 

「えー!おれとキャッチボールするってやくそくだったよ!」

 

足元に集う幼子達を見た後、神父服を着た男ーー言峰綺礼は瞑目する。

 

何故こんなことになってしまったのだろうか。

 

聖杯戦争が終わり、また答えを見つけるため、再度間桐雁夜に挑むために修業の旅に出ようとしていたその矢先の出来事だった。

 

『綺礼!貴様を我の臣下としよう!さあ、我の為に働け!』

 

と、ギルガメッシュにいきなりそんなわけのわからない宣言をされた挙句、こうしてギルガメッシュの経営する孤児院に父である璃正共々勤めさせられることになった。

 

父に関しては、実に順応するのが早かった。

 

生まれてこのかた、こう言ってはなんだが綺礼があまり子どもらしくなかったというのもあるが、子どもが好きだったのだろう。実によく馴染んでいた。

 

綺礼も綺礼で黙々と働かされているものの、やはり心は空虚だ。自分のしたかったことはここには無いとわかっていた。

 

(やはり、私の心の隙間を埋めるには、間桐雁夜を打倒するほか無い)

 

その渇望が通じたのか、はたまたただの偶然か。

 

「ギルガメッシュに呼ばれてきてみれば……なんでお前がここにいるんだ?」

 

「ッ⁉︎間桐雁夜⁉︎」

 

そこにいたのはジャージ姿の雁夜。

 

横には芸人の衣装かと突っ込みたくなるような服装のギルガメッシュがいた。相も変わらず、ファッションセンスは壊滅的なのである。

 

「ギルガメッシュ。どういうことだ、何故間桐雁夜がここに?」

 

「なに。我が選りすぐった者共を見せてやろうと思ったまでよ。キレイ。お前は気にするな、命懸けで子ども達の才を磨け」

 

ようは「さっさと働け」である。

 

文句を言いたいのは山々であるが、そもそもギルガメッシュに文句を言おうものなら、その場で打ち首になる可能性がある上、何故かギルガメッシュは子どもに好かれている流石のカリスマである。

 

「それで?どの子にどんな才能があるんだ?」

 

「まずはあそこに泣いている者がいるだろう?タツヤというのだが、タツヤは参謀や策士に向いている」

 

「そうか?めちゃくちゃメンタル弱そうだが」

 

「ふっ。よく見ろ、泣きながら相手の顔色を見ている。あれはおそらく嘘泣きだ。だが、それらを悟らせないのは実にいい。我も初見は嵌められた」

 

「ソースはお前かよ……」

 

「次にあそこで歌っている者がいる。サオリというが、サオリには『アイドル』とやらの才がある」

 

「可愛いからか?超音痴だけど」

 

「確かに容姿もいい。だが、サオリは将来的に世界的な歌手になろう。この我が保証する」

 

「人類最古の王様の保証付きとはあの子は大成する事が確定だな」

 

と、綺礼そっちのけで話をする雁夜とギルガメッシュ。

 

こうなってしまっては話に割って入ろうとしたらギルガメッシュの機嫌を損ねる。そしてその後は言わずもがな。仕方なく、言われた通りに働こうとしていたその時。

 

「キレイ。アキラには何れお前の使う戦闘術を教えておけ」

 

「戦闘術?八極拳の事を言っているのか?」

 

「ああ。アキラには戦士としての天賦の才がある。正しく育てば、凡俗共では指一本触れる事が出来なくなるだろうよ」

 

そう言われてアキラと呼ばれた少年の方を見てみても、そこまで才能があるとは思えない。

 

だが、ギルガメッシュが名を覚え、そして自らの経営する孤児院に連れてきた(働いてはいない)人間だ。無意味や無価値を嫌うギルガメッシュに限って、そんな事は言うはずもなく、その少年もここにいるはずが無いのだ。

 

しかしながら、教えろとは言われたものの、自分にはたして出来るのかどうかと言うのが綺礼の純粋な疑問である。

 

そもそも人並み以下の感性や感情しか持ち合わせない自分が一体何を教えられるのだろうか。

 

綺礼が思い悩んでいたその時だった。

 

「そういえば、あの娘ーーサクラはどうしている?」

 

「サクラちゃんか?最近グリモアーー俺があげた魔道書なんだが、使えるようになってな。俺も教えてるんだが、もののついでに切嗣に魔術の指導なんかをしてもらってる……ああ、切嗣ってのはセイバーのマスターだ」

 

「ああ、あのみすぼらしい男か。アレでなくとも、お前のサーヴァントがいるだろう?」

 

「タマモ的には自分の魔術は教えたく無いんだとさ。黒歴史らしい。だから、俺と切嗣が魔法と魔術を教えて、セイバーとクー・フーリンに剣術とか槍術、後ルーンの魔術とか教えてもらってる」

 

(魔法に魔術、サーヴァントに剣術や槍術をとは……一体、その娘はどの戦場に駆り出されるというのだ)

 

耳に入ってきた情報にさしもの綺礼も雁夜の正気を疑った。

 

無論、雁夜が無理矢理学ばせているわけではなく、桜がやたらと興味を示して、片っ端からおしえてもらっているのだが、それはそれは吸収率の早いこと。なんでもござれの最強少女と化していた。

 

と、そこで綺礼は思った。

 

間桐雁夜と衛宮切嗣という自身が過去と現在において目的としていた人間。

 

その二人の弟子である間桐桜を倒しうる弟子を育成すれば、それは間接的には二人に勝利したことになるのでは無いか?と。

 

そこからの綺礼の行動は早かった。

 

「輝」

 

「あ、キレーセンセー!どうしたの?」

 

「強くなりたいか?」

 

「なりたい!」

 

綺礼の『打倒間桐雁夜の弟子育成計画』がこの瞬間始動した。

 

後にこの輝と呼ばれる少年が、伝説の格闘家として後の世に語り継がれることになることを綺礼はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇壮絶な姉妹喧嘩?◇

 

「桜!今日こそはあんたをぎゃふんと言わせるんだから!」

 

びしっと桜に指をさして宣言するのは赤い服を着た少女ーー遠坂凛。血縁的には桜の姉に当たる人物である。

 

「はぁ……姉さん。二週間前もそう言ってましたよね?」

 

肩を落として、桜は深くため息を吐いた。

 

それも無理は無い。

 

百二十六戦全敗。

 

それが桜と凛の闘いの戦績でもちろん全敗しているのは凛の方である。

 

「今日は違うのよ!」

 

「それも言ってました。でも、前もダメでしたよね?」

 

当然である。

 

魔法を使える桜とあくまで『魔術師としては』優秀な凛。その時点で軍配は桜に上がり、剰え、桜は魔法魔術を無条件で跳ね返すリフレクが使えるのだ。凛がどれだけ宝石魔術を行使しようとも全て返っていく。

 

そしてそれを現時点で正面突破できる人間は雁夜しかいない。

 

「そう言っていられるのも今のうちよ?今日はなんていっても秘策があるんだから!」

 

「はいはい。今日は私もお夕飯を作る準備をしますから、早くしましょう」

 

そう言いながらグリモアを開く桜。凛は何時ものように宝石をその手に持ち、臨戦態勢を整えていた。

 

「行くわよ、桜!今日こそは勝って、雁夜おじさんの弟子にしてもらうんだから!」

 

凛が桜にこうして何度も挑んでいるのには理由がある。

 

それは『凛が桜に勝てば、雁夜の弟子となる権利を与える』。

 

それが雁夜と時臣の間で結ばれた約束で、桜も「早い話、負けなければいいんですよね?」と快諾した。

 

「どこからでも。静寂に消えた無尽の言葉の骸達。闇を返す光となれ。Reflek(リフレク)

 

凛の放ったガンドは桜の目前で見えない壁に当たり、その軌道を凛の方向へと向ける。

 

凛はそれを横に飛んでかわす。

 

「本当に無茶苦茶よね!どんな魔術も無条件で跳ね返すなんて!ーーーSieben!」

 

握った宝石を桜に向けて投げるもやはりダメージは無い。

 

「お返しです!岩砕き、骸崩す、地に潜む者たち。集いて赤き炎となれ! Fire(ファイア)!」

 

桜の手から放たれた炎の球が凛のすぐ横を通過し、地面を焦がす。

 

「珍しいじゃない、桜。あなたから攻撃してくるなんて」

 

「今日は急いでますから。最低レベルの攻撃魔法しか使えませんし、威力もお父さんには及びませんけど」

 

桜自身の言う通り、桜の魔法はその恩恵を直に受けている雁夜には及ばない。

 

グリモアがあって初めて八割程度までの再現が可能で、グリモアが無くなれば、威力は半分以下。詠唱抜きになると二割しか効果が見込めない。だが、魔力消費量は同じなため、魔力保有量が雁夜の五分の一程度の桜では、長期戦は出来ない。

 

(あれで最低レベル⁉︎やっぱり魔法って理不尽すぎるわ……)

 

「でも、だからこそ、私も教えてほしいのよね。一人の魔術師として、その極みを」

 

「はぁ……姉さんって本当に負けず嫌いですね」

 

そうして桜が詠唱に入ろうとした時、凛は不敵に笑った。

 

stark(二番)―――Gros zwei(強化)‼︎」

 

身体を深く沈め、凛は桜との距離を一気に詰める。

 

「はぁっ!」

 

「ッーーProtes(プロテス)!」

 

目の前に現れた凛に目を剥く桜は、詠唱しては間に合わないと詠唱破棄で唱える。そしてその直後、凛の掌打が桜の腹部をとらえた。

 

桜の両足が地面から離れ、数メートル後方へ飛ぶ。

 

もちろん、急所は外してあるが、それでも肉体強化から放たれた八極拳の一撃は『一般人』なら動けなくなるようなものだ。

 

「どう?まさか殴り合いをしてこようとするなんて、思わなかったでしょ?」

 

勝ち誇った笑みで凛は告げる。

 

後は桜が戦闘不能になったと確認できれば、治癒の魔術で治して勝ちを報告しに行かなければ、と考えていた。

 

だが……。

 

「……姉さん」

 

事も無さげに……というほどではないものの、桜はゆっくりと立ち上がった。

 

当然である。桜はサーヴァントから武術を習っている身。痛みには十分に慣れている。

 

「……この闘いを始めた時に決めたルールを覚えてますか?」

 

「ええ。もちろんよ、それが?」

 

「……姉さんはその時こう言ってましたよね?『魔術師なら魔術師らしく、魔術戦だけにしましょう。肉弾戦なんて絶対ダメ』って……」

 

「……そ、そうだったかしら?」

 

冷や汗をダラダラと流し、そっぽを向く凛。

 

ぷちん、と桜の中で何かが切れた。

 

「もう怒りました!いつもいつも自分の都合で私に挑んできた挙げ句に、自分が指定したルールを自分で破るなんて!今までは姉さんだからと我慢してましたけど、堪忍袋の緒が切れましたよ!今日は姉さんには少し痛い目を見てもらわないといけません!Sires(サイレス)!」

 

Acht(八番)……ってあれ?」

 

桜の言葉に反射的に投げた宝石は凛の詠唱に全く反応せずに地面に落ちる。

 

「無理ですよ。一時的に姉さんの魔術を封印しました。本当なら言葉すら発せなくなってしまうんですけど、それだと意味がありませんから、魔術だけ封印しました。これで今日は魔術は使えませんね」

 

「はい⁉︎封印って……」

 

「まだまだいきますよ。時よ、足を休め、選ばれし者にのみ恩恵を与えよ!Slow(スロウ)!」

 

「ぐっ……」

 

身体が重くなるのを感じて、凛は片膝をつく。

 

「どうですか?全然身動き取れませんよね?」

 

「……みたい、ね。はぁ……今回も私の負けか……」

 

そう言って落胆する凛だが、一向に魔法が解かれる気配はない。

 

何事かと顔を上げると、桜は笑顔のまま、凛を見下ろしていた。

 

「言いましたよね?今日は少し痛い目をみてもらうって」

 

「な、何する気?」

 

「痛い目といっても痛い事はしません。ただ、遊んでもらうだけです」

 

「遊ぶって……もしかして……」

 

「はい。スラ太郎くんです」

 

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎」

 

桜の手元に現れたのは緑色の粘液をドロドロと垂れ流しているスライム。

 

これは召喚魔法を使えないかと雁夜が試してみた結果、たまたま近くに置いてあったおもちゃのスライムが反応。ただただぬめぬめした気持ち悪い粘液を出し続けるだけのスライムが完成したのである。

 

その時、たまたま間桐邸に遊びに来ていた凛はその被害者第一号で、それが若干トラウマになっていた。

 

因みに桜は何故か気に入っていたりする。

 

「スラ太郎くん。今日は姉さんがいっぱい遊んでくれますよ〜」

 

「……」

 

「そうですか。スラ太郎くんも嬉しそうです」

 

「何も言ってないわよ、そのスライム!」

 

「そんなことありませんよ。私はスラ太郎くんの気持ちが伝わってきますから。では、一時間たったらまた来ますから、いっぱい遊んであげてくださいね?」

 

「ちょ、ちょっと待って、桜!謝るから!ごめん!本当にごめん!だから許して!無理無理無理!気持ち悪い気持ち悪い!スライムだけはいやぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 

凛の必死の懇願も今回ばかりは桜の耳に届かず、結局は三時間後、忘れていた桜が迎えに来るまで、凛はスラ太郎の遊び相手となり、一ヶ月ほど戦いに来る事はなかった。



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閑話:2

 

◇お姫様救出大作戦?◇

 

「うぅ〜、寒い。なんでここだけ吹雪いてるんだ?」

 

「これもアインツベルンの人払いによるものだ。低レベルの魔術師なら凍死するまで彷徨い続ける事になる」

 

俺、間桐雁夜と衛宮切嗣は視界を覆うほどの吹雪の中、少し離れた位置にある森林に囲まれた城の見える場所にいた。

 

聖杯戦争が終わって翌々日。準備を整えた俺達が何をしに来たのかというと、切嗣とアイリスフィールの娘、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの奪還である。

 

これは聖杯をどうにかすると話し合った時から切嗣との交換条件として約束していたことだ。妙に構えられても面倒なので聖杯戦争を終わらせてすぐにこちらに来た。これならバレないかとも思ってみたが、翌々日だというのに、遠見の魔術か何かでこちらを見ているのか、完全に門前払いされているらしい。

 

「なあ、切嗣。森ごと吹き飛ばすのはアリか?」

 

「……君は僕達の娘の墓標をあの城にするつもりかい?」

 

「冗談だ。だからこいつがいるんだろ」

 

俺が指差したのは、もうこれ以上ないくらいに不機嫌そうな表情のギルガメッシュ。なんなら俺を消しとばしかねない上に場違い極まりないこいつが何故ここにいるのかといえば、単に俺に負けたからである……ゲームで。

 

「……カリヤ。我は王だ。故に約束は違わぬ………違わぬがこれはどういうことだ。何故、我がこんな不愉快極まりないところへ来ねばならん」

 

理由は一応説明した。でないとバビロンで城を吹き飛ばしかねないと思ったからだ。実際、今すぐにでもこの辺り一帯を消しとばしそうだしな。

 

「俺の方も約束でな。囚われの姫を救わないといけない。魔法をぶっ放してもいいが、其れよりもより明確な脅威――サーヴァントを引き連れてる方がインパクトがあるだろ?」

 

聖杯戦争をしていてわかったことだが、どうにも初見で魔法使いというのは伝わりにくい。だから、こういう脅しの時は俺が力を振るうよりもサーヴァントが暴れた方が相手にも脅威が伝わるだろう。

 

「あの狗はどうした。このような瑣末な事、王の仕事ではあるまい」

 

「クー・フーリンは別用。お前は暇そうだったし、一緒にゲームしてやっただろ。賭けにも俺が勝ったんだから文句言うな」

 

「……………カリヤ。次は我が勝つぞ」

 

「わかったから、さっさとやれ」

 

「……貴様というやつは………どこまで王の使いが荒いのか」

 

ギルガメッシュが手を上に上げると、夥しい数の宝具が顔をのぞかせる。

 

「……まあよい。偶には庭師の気分を味わってみるのも一興だろう」

 

そう言うと、一斉に展開された宝具が森林めがけて放たれる。

 

響く轟音と爆音。

 

森林を吹き飛ばし、地を抉る一撃は絨毯爆撃と言っても遜色ないものだ。

 

きっちりと城は避けているのは俺が事前に言い聞かせたからである。森ごと城を吹っ飛ばすのなら、俺でもできるが、ピンポイントで森だけ無くして更地に出来るのはギルガメッシュだけだ。俺だと山火事になるか、どデカイ氷山を作るか、地割れを起こすかの規模になり、イリヤスフィールが大変なことになりかねない。

 

その点、王の財宝は破壊力こそえげつないものの、最大補足数は一から千という事もあり、切嗣では出せない火力を出しつつ、俺よりも威力を抑えられる。

 

それが一分くらい続いた頃だろう。

 

城までの道のりにあった森林は全て跡形もなく消し飛び、普通に歩いて行くだけで問題ないレベルになった。

 

「よし。それじゃあ行くか」

 

更地になった場をそのまま歩いて行く。一枚の幻想的だった絵のような様相は見る影もない。

 

「……全く、サーヴァントっていうのはどこまでも無茶苦茶な存在だな」

 

辺りを見渡しながら歩いて行く俺と切嗣………って、何故にギルガメッシュは帰ろうとしているんだ⁉︎

 

「我は帰る……おい、待てカリヤ。何故我の腕を引っ張る」

 

「もしかしたらこの城を護ってる奴らがいるかもしれないだろ。そいつらも吹き飛ばしてくれ」

 

「貴様……ひょっとして、我を露払いに使おうというつもりか?」

 

あ、ヤバい。そろそろギルガメッシュが本気でキレそうだ。ちょっと雑過ぎたか。

 

「まさか。これは英雄王ギルガメッシュにしか出来ない事なんだ。露払いなんて滅相もない」

 

ちょっと真剣な表情で頼んでみる。

 

(そんな口先だけで大丈夫なのか?)

 

と、切嗣が耳打ちしてくる。

 

「……カリヤ……」

 

肩をプルプルと震わせるギルガメッシュ。流石に騙されは……

 

「仕方あるまいな!気は乗らんが、そこまで言うのなら、我手ずから雑種共を間引いてやろう!」

 

(英雄っていうのは本当に馬鹿の巣窟だな……)

 

切嗣が呆れたように小声で呟いた。いや、俺もそれは思ってしまった。まさかこんなあからさまな持ち上げに気を良くするなんてな……。

 

「行くぞ、カリヤ!それとそこのみすぼらしい雑種!いい加減、この鬱陶しい場にも飽きた。早々に片付けるぞ」

 

「やりすぎるなよ、ギルガメッシュ。あくまでも殲滅じゃなくて救出だ」

 

「ふん。どちらも変わらん。鬱陶しい雑種共を間引けばいい」

 

「それで巻き込むかもしれないって言ってんだろうが!絶対城を攻撃するなよ、そっちには俺達が………行く必要はないかもしれないな」

 

「……当然だな。これだけ暴れれば、当主殿が黙っているはずがない」

 

「雑種と思えば……出来の悪い人形と来たか。興醒めだな」

 

ぞろぞろと俺達を出迎えたのは、様々な武器を携えた者達が出てくる……ギルガメッシュの発言とアインツベルンとくれば、ホムンクルスか。

 

「当主殿!僕は娘を、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンを迎えに来ただけだ!それ以外の理由はない!」

 

森林を吹き飛ばすのは想定外だったが、一応実力行使の前にダメ元で用件だけ伝えてみろと切嗣を説得してはみた。

 

そしてその答えは……静寂、そしてホムンクルス達の臨戦態勢を見て、伝わった。

 

当然か。聖杯を持ち帰らなかった挙句、その次に利用しようとしているイリヤスフィールを寄越せなど、あちらからしたらふざけているとしか言いようがない。

 

……まあ、だからと言ってこちらが譲歩する気は微塵もないんだけどな。

 

次は俺の番だ。

 

「交渉決裂とは実に残念だ。アインツベルンの当主。こちらとしても御三家の一角を潰えさせるのは忍びないと思ったが、ここからは実力行使だ。滅んでも恨むなよ」

 

割と無茶苦茶な事を言ってると思うが、約束はきっちり果たさせてもらう。

 

俺が手をかざし、ホムンクルスの軍団手がけて魔法をぶっ放そうとした時――。

 

「キリツグー!」

 

その時、切嗣の名を呼びながら、ホムンクルスの軍団の間から走り出してくる小さな人影が見えた。

 

「イリヤ!」

 

「ほう。人間とホムンクルスの混ざり「お前はちょっと黙ってろ」」

 

余計な事を言いそうだったので、ギルガメッシュを黙らせる。戦力のためとはいえ、感動的な再会が台無しになる。

 

「キリツグの言ってた通り、ずっと良い子で待ってたよ!」

 

「ああ……だから、父さんも、迎えに来たよ。母さんも……日本にいる」

 

「お母様が⁉︎」

 

「ああ。イリヤが良い子にしてたから、母さんも早く帰ってきてくれたんだ」

 

「やったー!……って、なんでキリツグ泣いてるの?」

 

「なんでかな……多分、目にゴミでも入ったんだ」

 

そうして我が子を抱きしめる切嗣は聖杯戦争で対峙していた人物とは思えない程に弱々しいものだった。やっぱりこいつには人を殺すのは向いていない。割り切ってはいるだろうが、その本質は俺達一般人と変わらない感性をしている。

 

しかし、一触即発の空気では油断できないな……と思っていたら、一向に襲ってくる気配はない。

 

返事がないだけで一応通じたのか?まあ、サーヴァントを引き連れて攻めてきたら流石に拒まないか?

 

そんな事を思っていたら、切嗣も何もされてないことに疑問を感じたのか、イリヤスフィールに問いかける。

 

「ところでイリヤ。アハト翁は……大爺様はいるかい?」

 

「うん。でもね、お外がうるさくなった時に急に大爺様が寝ちゃったの」

 

「「………」」

 

「む。なんだその目は」

 

最初の威嚇がえげつなかったせいで卒倒したのか………いや、予想通りの反応ですけども!

 

切嗣の娘を迎えに行ったつもりだったのに、何故だか俺達の方が悪役な気がしたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ロード・エルメロイの日常◇

 

「知ってるか?最近日本から来た講師の話!」

 

「ええ。なんでも三十歳の若さで魔法に至った天才なのよね!」

 

「月に二回しか講義してないらしいから、倍率半端ないんだってよ!」

 

「俺、偶々受けられたんだけど、凄い人だった!皆に平等だし、普通に魔法見せてくれたし」

 

廊下で話をしている生徒達の口から発せられるのは先日、この時計塔の非常勤講師として招かれている間桐雁夜の事だ。

 

自分が着々と勝利の準備を積み重ねていたのをよそに勝手に聖杯戦争を終わらせてしまった忌々しい宿敵……といえばいいのだが、ケイネスも知っていた。というか、その講義で知らされてしまった。間桐雁夜の異常性に。

 

時計塔きっての天才講師。九代を重ねる魔導の名家アーチボルトの嫡男で、エリート中のエリートだった。

 

だが、すべては聖杯戦争から狂った。

 

サーヴァントに嫁は取られ、サーヴァントと仲直りしたかと思えば聖杯戦争は終了、剰え自分に敗北の苦汁を舐めさせた相手は時計塔で不動とも言えた自分の地位さえも脅かしている。

 

腹立たしいことこの上ないが、ケイネスにもわかる。間桐雁夜には勝てない。自身の全てを費やしても勝てないと。

 

そして自分のプライドを抜きにすれば、雁夜には寧ろ尊敬の念すら送っている事も。

 

一人の魔術師として、魔導を極め、魔法の境地に達しているということは間桐雁夜が家督をあえて継がず、たった一人の力でその境地に達したということ。

 

それを認めずして、いったい何を認めろというのか。

 

それがケイネスの苦悩でもあった。

 

そして目下もう一つの悩みがあるとすれば……。

 

「雁夜殿。如何ですか?」

 

「ああ、ありがとう、ディル」

 

ケイネス専用の部屋に雁夜が居着いてしまっていることだ。

 

「……間桐雁夜。何故、貴様が当たり前のようにここにいる?」

 

「いやぁ、俺って非常勤講師だから自分の部屋が無くてな。かといって人目につくところじゃ、絶対に生徒が寄ってくるだろ?だから、基本的に人が来ないここが一番ベストと思ったんだ」

 

さも当然のように自分の部屋でくつろいでいる雁夜にケイネスは肩をわなわなと震わせる。

 

本当なら怒鳴り散らして追い出しても良いのだが、そう出来ない理由がある。

 

「あら、お帰りなさい、ケイネス」

 

「ああ、ただいま、ソラウ」

 

笑顔でケイネスを出迎えたのは、婚約者であるソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。ケイネスの唯一の癒しであり、また雁夜を追い出さない理由でもあった。

 

「ちょうど良かったわ、ケイネス。貴方が気に入ってくれた紅茶に合ったお菓子を作ってみたのだけど、どうかしら?」

 

「すぐにいただくとしよう。ディルムッド、紅茶の用意を」

 

「畏まりました、主よ」

 

実に慣れた手付きで紅茶を用意するディルムッド。

 

それもこれも間桐雁夜の影響を受けているというのが実に腹立たしいのだが、ソラウがいる手前、怒れないというのもあるし、そうでなくとも一応は恩人である雁夜を怒鳴り散らしていいものかというのも大いにあった。

 

聖杯戦争が終わって二週間経った頃。

 

全サーヴァントが受肉し、聖杯の浄化という形で幕を閉じた聖杯戦争。

 

他の陣営こそ円満な形でサーヴァントとマスターの関係が終了または継続していく中、ケイネス達のところだけはそうもいかなかった。

 

ディルムッドの魅了にかかったままのソラウ。そしてそれを強く拒絶することはないディルムッド。

 

完全に聖杯戦争序盤の頃に逆戻りしてしまっていたこの陣営の関係。それを打ち破ったのが何を隠そう雁夜とタマモであった。

 

挙式を控えているということで、知り合いに片っ端から招待状を送っていた雁夜は取り敢えずケイネス達に渡しに来た時――。

 

『お前、凄い酷い顔してるな。大丈夫か?』

 

『雁夜さん。これきっとあれですよ。あのイケモンに嫁寝取られて病んでるやつですよ』

 

『あー、ランサーか。苦労してるんだな、お前』

 

そう軽く言ってのける雁夜に精神的に参っていたケイネスは掴み掛かったのだが、次の瞬間に返ってきた言葉は予想だにしないものだった。

 

『それ。俺達がどうにかしてやろうか?』

 

そして今に至る。

 

いったい何をどうしたのか、それは教えてはもらえなかったものの、ソラウにかかっていた魅了は解かれ、ディルムッドもケイネスの用意していた魔貌封じで魅了を振り撒くことは無くなっていた。そして魅了の解かれたソラウは何故かディルムッドに恋慕を抱いていた時のようにその心をケイネスに向けていた。

 

嬉しい。確かに嬉しいのだが……。

 

(時折、目が据わるのは何故なのだろうか……)

 

偶にケイネスを訪ねてくる女子生徒がいた時、ソラウはいつも通りの笑顔だと言うのに、何故かものすごいプレッシャーを放っている。

 

嫉妬してくれているというのならケイネスは嬉しい……が、どうにもそれより危ない匂いがする。

 

「時に雁夜殿。騎士王や光の御子殿はいつ手合わせ出来そうですか?」

 

「クー・フーリンなら頼めばすぐ来る。アルトリアは……どうだろうな。働いてるから……まあ、どうにかしてやる」

 

「おおっ……かたじけない」

 

「礼はいいさ。また今度貸しは返してもらうからな」

 

ついでに言うと、ディルムッドもケイネスよりも雁夜に懐いているようにも見えたりする。別にケイネス的にはどうでもいいことなのだが、雁夜の周りに大英雄が集まっているというのは少し奇妙だ。

 

「間桐雁夜。この際、君が好き勝手に出入りしている事は目を瞑ろう。それで話というのは何かね?」

 

「ああ、その事なんだがな……ライダーのマスター、ウェイバー・ベルベットについてだ」

 

ウェイバー・ベルベット。

 

その名を出された途端にケイネスは眉を顰める。

 

当然の事だ。自分の用意した聖遺物を盗んだ挙句、事あるごとに邪魔をしてきた輩だ。

 

凡才の身でありながら、くだらない妄想を書きなぐった論文を破り捨てた事に関してはケイネスとしては当然の事をしただけだと思っている。自分に非はなく、ただの逆恨みだと。

 

聖杯戦争後は征服王に振り回されながらも、以前のように時計塔に通っているが、別段聖杯戦争を通じて魔術師として一皮むけたとは言えない。人間としては成長したのだとケイネスから見てもわかったが、やはり凡才は凡才のままであった。

 

「彼が……どうかしたかね?」

 

「時計塔にいる間だけで良い。面倒を見てやってくれ」

 

「何故だ?そんな事をして何の得がある?」

 

「あるといえばあるし、ないといえばない。ただ、彼は自分の持つ才能が何たるかを理解していないだけだ。育ち方さえ間違えなければ、ケイネス。お前と同じくらいの人間になれる」

 

「はっ、馬鹿馬鹿しい。魔道は血統を重んじる。代々積み重ねてきた成果あってこその魔術師だ。たかだか三代の浅い家柄でこの私と同列になれると?努力すれば天才にも勝ると?それが君の持論かね?」

 

「いいや。俺だって努力だけで超えられる壁に限界はあると思っている……だけどな。彼にも才能はある。それをお前が伸ばしてやってくれ」

 

はっきり言って、何故に雁夜がこんな事を頼んできているのかは皆目見当もつかない。

 

つかないが、断る理由がほとんど無い上に無下にも出来ない。

 

さっきからディルムッドが何か言いたそうにしているし、ソラウも自分を説得しようとしているのが雰囲気でわかる。完全に劣勢だ。

 

「……ならばこうしよう。ウェイバー・ベルベットを私の助手としよう。本人は嫌がるだろうが黙殺する。ただし、間桐雁夜。君のその魔法究明。私にもさせてもらおう」

 

「別にいいぞ。なんなら、俺の講義の時、助手役してくれるか?俺、説明下手で時々困るんだよ」

 

「……助手役というのは気に入らないが、それでいい。君の魔法。解明して、このケイネス・エルメロイ・アーチボルトの功績の一つとしよう」

 

たかだか助手程度で魔法にも近づけるのなら、こんなに安い事はないとケイネスは内心でほくそ笑む。雁夜が魔法というものを少し軽くみすぎているというのは考えものではあるものの、そのお蔭で魔道の極みにこんなにも簡単に近づけるというのは有難くもある。本来なら人の身では到達できないとされている魔法だ。生粋の魔術師であるケイネスが魅せられない筈もない。

 

こうしてケイネスは魔術師としての半生を魔法解明に費やす事になりながらも、妻と共に仲睦まじく暮らしていく事になり、その間にもうけた子ども達がウェイバーの教え子となるのはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇もう一つの聖杯戦争:序章◇

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」

 

魔方陣の中心から召喚による魔力の紫電が迸り、術者である間桐慎二は小さな悲鳴をあげる。

 

本来、魔術の才能を持たない慎二が何故サーヴァントを呼び寄せる術を唱え、ついにはサーヴァントを召喚する事に成功したのか。

 

それは召喚の魔力を代用したものがいるから。そしてそのものこそが触媒であり、また本来のマスターであったからだ。

 

「召喚に従い、参上しました。私はサーヴァント・魔法使い(ウィッチ)これからよろしくお願いします……あれ?」

 

現れたのは東洋人の容姿をした黒髪の少女。

 

基本的に東洋の英雄を呼ぶ事が難しい聖杯戦争において、その少女の出現は異例といえるが、それ以前に慎二はその少女に見覚えがある……否、瓜二つの少女が目の前にいた。

 

「お、お前……なんで桜と同じ顔をしてるんだよ……」

 

そう。触媒とした間桐桜と瓜二つだからだ。

 

髪の色や瞳の色などは違っても、それ以外は殆どが同じなのである。

 

そして召喚された少女もまた、同じ疑問を抱いていた。

 

「私……ですよね?でも、見た目が違いますし、それにここはお父さんが壊しちゃったから無いはず……」

 

「おい、僕の話を聞いてるのかよ!」

 

「ああ、すみません。えーと、どちら様(・・・・)でしょうか?」

 

「僕はお前の主人だ!見ろ、これがその証拠だ!こ、これの力はわかってるんだろう⁉︎」

 

「それ……ですか」

 

少女は慎二へと一歩ずつ近づいていく。

 

ごく自然に慎二の手にしていた本――偽臣の書へと手を置くと……

 

「岩砕き、骸崩す、地に潜む者たち。集いて赤き炎となれ。Fire(ファイア)

 

「ひっ⁉︎」

 

本に火をつけた。

 

「な、何するんだよ、お前!」

 

「厄介なので燃やしました……あ、ごめんなさい!何も言わずにいきなり。火傷とかしてたら治しますよ?」

 

「呵呵ッ。慎二、やはりお主には荷が重かったようじゃのう」

 

暗闇から姿を見せたのは矮躯の老人。一族の家長たる間桐臓硯だ。

 

「何を成したかは知らぬがな。お主、桜じゃろう?」

 

「ええ。お久しぶりです、といえばいいんでしょうか。お爺様」

 

「いいや。その様子からして、お主は間桐の魔術をその身に受けておらぬようじゃしの。さてはあの落伍者が聖杯を手にしたか……或いはそもそも間桐を捨てなんだか……どちらにしてもお主にとっては僥倖よな、桜」

 

「ええ、全く。そしてお爺様。貴方にとっては奇禍だったようですね」

 

「ほう?」

 

臓硯は気づいていた。

 

先程から目の前の少女が――サクラが自身に敵意を向けていた事を。

 

だが、それがなんだというのか。

 

臓硯の本体は此処にはない。その本体である蟲は桜の心臓に潜み、もし仮に反逆しようものならいつでも殺せるのだ。

 

例え相手がキャスターだとしても。その限りでは無い。何かを成す前にこちらが桜を殺してしまえるのは相手もわかっているはずだと。

 

それ故の余裕。

 

相手がキャスター程度のクラスにとどまらない存在である事を知らないが故の慢心だった。

 

RAISE(レイズ)

 

それは一瞬の出来事だった。

 

サクラの手に魔導書が現れたかと思うと、たった一言。そう唱えるだけで、間桐臓硯の瞳から光が消え、肉体を構築していた蟲が崩れていった。

 

「サーヴァントって凄いんですよね。本当ならグリモア有りの全詠唱でないと成功率が低くなるのに」

 

「お、お前……お爺様に何したんだ⁉︎」

 

「別に何もしてませんよ?ただ、腐った肉体は不便だろうと思って、生き返らせてあげただけです」

 

にこりと笑うサクラに慎二は恐怖のあまり気を失った。

 

もちろん、サクラは別に威嚇したつもりもない。ただ、状況が状況だけに慎二の心が保たなかっただけだ。

 

「あ、そんなところで寝てたら風邪ひきますよ?起きてください。えーと、何処かの誰かさん」

 

揺すってみるものの、全く起きない。

 

仕方が無いのでサクラはこの世界の自分に向き直った。

 

「えーと、大丈夫ですか?マスター」

 

「……ぅあ……え?」

 

まるで今の今まで意識がなかったかのようにぼんやりとした瞳で桜は自分のサーヴァントを見上げる。

 

始めは虚ろだった瞳も、徐々に焦点が合っていき、瞳に光が戻った時、桜は目を瞬かせた。

 

「わ、私?」

 

「はい。間桐桜、偉大な父と母を持つ魔法使いです!……っていっても、お父さんほどじゃありませんけど」

 

えっへんと胸を張るサクラは最後にぼそりと呟くが、そもそもこの世界には魔法使いが今は存在しないため、サクラこそが最強の魔法使いであったりする。

 

「なんで私が……?」

 

桜の疑問はもっともである。

 

何故、自分が英霊として呼び寄せられたのか。何故容姿に違いが見られるのか。何より、生命力に満ち溢れた瞳をしていられるのか、疑問でならなかったが、それはサクラの方も同じだ。これ程弱り切っている自分を見るというのはなかなかに異様な光景だ。物理的ならまだしも精神的にやられているというのはよほどの事をされたのだろうと悟っていた。

 

「本当なら私なんかが呼ばれるはずは無いんですけど、多分触媒を間桐桜()にしたからでしょうね。ちょうど、私もお父さんとお母さんの結婚記念日のプレゼントを悩んでいましたから、都合も良かったんでしょうね」

 

「都合が良かったって……そんな理由で聖杯戦争に参加したんですか⁉︎」

 

「結構重要ですよ?お金で買えるものでもなく、かといって魔術的なものは必要としてませんし。何がいいかわからなくて。そしたら私が呼んでいる気がしたので」

 

これには桜も呆気に取られた。英霊というのは規格外であると認識していたが、まさか自分が、よりにもよってそんな理由で参加してきたのかと思うと呆気に取られるほか無かった。

 

「何はともあれ。よろしくお願いしますね、マスター」

 

「こ、こちらこそ……」

 

自分に対して頭を下げるというのはなんとも不可思議な状況に首をかしげる桜だが、その時、左手に走った痛みに体を少し痙攣させた。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「は、はい。なんとか………あ」

 

左手を見た時、桜は気づいた。

 

兄の慎二に譲った令呪とはまた違った紋様の令呪が左手に宿ったことに。

 

かくして桜とサクラ。平行世界の同一人物の主従関係という奇妙な陣営が誕生した。




ということで、こんな事をやってみました。

え?バレンタイン?ナンノコトカワカラナイナー。

それはともかく、サクラのステータスはこんな感じ。

クラス:魔法使い

真名:間桐桜

身長:155cm

体重:秘密

スリーサイズ:秘密

属性:善

ステータス:筋力D/耐久D+/敏捷D/魔力EX/幸運A+/宝具EX

好きなもの:家族、鍛錬、料理、スラ太郎

嫌いなもの:外道とか悪者

平行世界の間桐桜。結婚記念日のプレゼントを悩んでいたら、呼ばれた気がしたので推参すると言う異例づくしの子。同じ桜なので基本的に超良い子。でも、悪い奴には問答無用で魔法をぶっ放しちゃう危ない子。コトミーは絶対に会っちゃいけない子。幸運は本当ならEXのはずが、マスター桜の影響で幾らか落ちた。それでも高い。超幸運持ち。魔法使いというイレギュラーのチートクラスで呼ばれたため、ステータスはともかく最強のサーヴァントとして君臨すると言う義母(タマモ)と同じ扱いに。実は他にもセイバーやランサーの適性があったり……。

スキル

詠唱破棄:A
詠唱を破棄して使用できる。なお、グリモアありきの場合は三割減。グリモアもなければ半分以下となる。サーヴァントになったお蔭で減少する割合が幾分かマシに。
神性:E-
神霊適性を持つかどうか。サクラの場合は神霊と神の恩恵を宿した雁夜の側にいつづけた影響で最低ランクの神性が宿った。
奇跡:C
時に不可能を可能とする奇跡。本当なら魔法を使用できなかった所を使用できるようになったという経験から。
異形会話:D
既存の生物ではなく、怪物などと言葉を通わせる事が可能。むしろそれしか出来ない。簡単な意思疎通は出来る。
ルーン:C
北欧の魔術刻印・ルーンを所持することを表す。クー・フーリンからの教え。
魔力放出::C
武器・肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出することで能力向上をする。魔力のジェット噴射。アルトリアからの教え。

宝具
白の魔導書(グリモア)
ランク:EX
種別:-
レンジ:1〜?
最大補足:100
雁夜から渡された白魔法を使用するための魔導書。これを使用、詠唱する事でこの世界とは異なった魔法を発動する。白魔法故に直接的な攻撃はほぼ存在しないが、応用することで戦闘不能、あるいは即死させる事が可能な上に対魔力がほぼ意味をなさない。つまりチート。


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閑話:3

◇もう一つの聖杯戦争:第二章◇

 

「~♪」

 

鼻歌交じりに通学路を歩くのは昨日、同じ日に二体目のサーヴァントを召喚する、平行世界の自分を召喚する、クラスがエクストラクラスという異例づくめのマスター、間桐桜だった。

 

いつものように同じ穂群原に通う先輩であり、想い人である衛宮士郎の家で朝食を摂り、これまたいつものように時間をずらして登校している彼女の足取りはいつも以上に軽い。

 

それは昨日の出来事だ。

 

間桐桜を苦しめていた元凶、彼女の精神を歪めていた根源である間桐臓硯の消失。元々、兄の方は養子の自分が来たせいで魔術師の家系の長男としての責務を奪ってしまった呵責があった分、そこまででもなかったものの、彼女の心の闇を増長させるものは一日のうちに全て消え失せ、残った虫も細胞一つ残さず焼き払われた。

 

自らの生に絶望し、諦観しつつも何処かで救いを求めていた彼女は、皮肉な事に既に救われている自分に救われることになったものの、それはそれで良かったのかもしれない。

 

少なくとも、穢れた自分を知られる事はなくなったのだから。

 

ところで、その件のサーヴァント、サクラはというと、今現在は家に待機中だ。

 

本来ならばサーヴァントは常にマスターの側にいるべきなのだが、サクラは生きたままサーヴァントとして召喚された性質上、霊体化する事が出来ない。

 

ともすれば、瓜二つの桜と入れ替わるという方法もあったのだが、髪の長さに始まり、瞳の色や体つきに差があり、何より記憶に差がある。

 

姉である凛との関係は当然の事、そもそもサクラの世界では衛宮士郎が存在しない。

 

学校の生徒である意味一番接触の多い人間との記憶がない事は致命的で、仕方なく、サクラは家で待機し、いざという時は令呪による強制召喚の方法を取るという事で話はまとまった。

 

(聖杯戦争なんてしたくないけど……助けてもらったお礼はしなくちゃ)

 

聖杯にかける願いなど桜は微塵もありはしないが、サクラが聖杯を求める以上、お礼として聖杯を勝ち得る事とした。闘争自体好きではないものの、それだけの事をしてもらったのだ。お礼をしないわけにはいかない。桜はそう思った。

 

(でも、姉さんもきっと参加するはず……)

 

そうなると戦いは避けられず、魔術師として育てられなかった桜が魔術師の鍛錬を受けてきた凛に勝てる要素はない。マスター同士で戦ったら、瞬殺されるのがオチだ。普通なら。

 

未だ桜は知らない。自分がどれ程えげつないサーヴァントを引き当てたのかという事を。

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしっ!お掃除完了です」

 

時刻は午後二時が回ろうかという頃。

 

ウィッチことマトウサクラは間桐邸内を一通り掃除し終えて、そういった。

 

「お昼ご飯の時間に……と思ったんですけど、サーヴァントって凄いなぁ。お腹減らないんだ」

 

本来ならすぐに胃が空腹を訴えていてもおかしくはない時間であるにもかかわらず、全く空腹感を感じていないことにサクラはサーヴァントという存在の神秘を改めて感じていた。

 

とはいえ、サクラは存命中にサーヴァントとして召喚された身であるため、空腹は感じず、睡眠も必要としないものの、霊体化は出来ない。それ故にマスターたる桜の側にはいられなかった。

 

その気になれば入れ替わることもできるのだが……。

 

「折角、髪の毛伸ばしたの切りたくないし。聖杯戦争は人目のつかない時にするってお父さん達も言ってたし、いざとなれば令呪もあるから大丈夫だよね」

 

実は念の為にこっそりリレイズもかけたことはマスターには内緒である。

 

「一応籠城する可能性も考えて、今日のうちに買い貯めておかなきゃ。戦争は決闘じゃない、だもんね」

 

数多い師の一人である衛宮切嗣の教えを復唱し、サクラは渡されている金銭を持って、間桐邸を出る。

 

霊体化できない以上、認識阻害の魔術をかけるしかないのだが、これまた買い物に行かなければいけないので使用できない。してしまえば、透明人間扱いになってしまうからだ。

 

「あーあ、こんな事なら認識阻害の魔術は変装用の方を教えてもらうべきだったなぁ」

 

愚痴を言っても仕方がない。

 

サクラは人目がない事を確認して、間桐邸を出ると、サーヴァントのステータスを活かして、常人の目に留まらない速度で屋根伝いに移動していく。もちろん認識阻害も忘れずに。

 

いくら敏捷値が高くないとはいえ、それでもサーヴァントである事に変わりはない。超人的な能力を得ているサクラは自然に零れる笑みをそのままに屋根の上を駆ける。

 

そうして新都へと向かっている途中、人通りの少ない場を通過した時だった。

 

「よおっ、随分楽しそうだな、お嬢ちゃん」

 

突然、背後から声が聞こえてきたかと思うと、鋭い一撃がサクラの胴の真横を通り過ぎた。

 

咄嗟に避けたサクラは体勢を崩しながらも、地面に着地する。

 

声の主もそれ以上の追撃はしてこず、サクラより少し離れた位置に着地した。

 

「ッ!?」

 

襲撃してきた相手を見て、サクラは驚愕に表情を染める。

 

それもそのはず、その相手はつい先日まで彼女と顔を合わせていた人間なのだから。

 

青い全身タイツに深紅の長槍。

 

サクラとの鍛錬の際に彼がよく着ている服装だ。

 

「クー・フーリンさん?なんでこんなところに……」

 

サクラの問いに襲撃者は目を見開く。

 

「………当てずっぽうってわけじゃなさそうだな。なんでわかった?」

 

「へ?えーと、なんといいますか………ともかく知ってたんです」

 

「戦う前から真名がバレるとはな……お前、どこの神話の英霊だ?」

 

問われて、サクラは黙る。

 

どこの神話の英霊でもない。というか、英霊だと言っていいのだろうか。

 

サクラは答えに困り、押し黙るだけだった。

 

クー・フーリンは答えが返ってこない事に別段何を言うでもなく、槍を構える。

 

「まあ、別に教えてもらえるなんざ思ってねえ。ただ、俺の真名を知ってるなら、そっちの名前も教えてもらうぜ。でないと不公平ってもんだからな」

 

そう言って、クー・フーリンは全身から殺意を迸らせる。

 

手加減なく放たれる殺意の波動にサクラは身を怯ませる……事はなかった。

 

それどころか、嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

それもそのはず、サクラは師の一人であるクー・フーリンに一度も勝てた試しはない。

 

英霊であるのだから、勝てるわけもないのだが、しかし勝ちたいという気持ちはある。

 

ましてや、今のクー・フーリンはマトウサクラだからという理由で手加減はしてこない。状況次第では宝具を打つ事も辞さないだろう。

 

ならば、相手がどんな状態であったても、師弟関係を築いているクー・フーリンよりも死合う事ができるはずだ。

 

「ライダーか、アーチャーか、セイバーか。どのクラスのサーヴァントか知らねえが、さっさと構えな。得物を構える時間くらいは待ってやる」

 

「優しいんですね」

 

「はっ!闘わずに倒すのは面白味がねえからな。そっちも負けたときの言い訳が得物を出せなかったなんざ、嫌だろ?」

 

「そうですね。では、お言葉に甘えて」

 

サクラがそう言うと、何もない空間から一本の槍が出現する。

 

その槍を見たクー・フーリンは目を剥いた。

 

何故ならその槍はーー。

 

「……てめえ、マジで何処の英霊だ?なんでゲイ・ボルクを持ってる?」

 

サクラの手に握られた槍。それはまごう事なく、クー・フーリンの持つものと同じものだった。

 

贋作ではない。使用している本人にはそれがわかる。サクラの手に握られたゲイ・ボルクが真作である事が。

 

(俺より後の時代の英霊なのは確かだ。ましてや、俺以外にゲイ・ボルクを使った英霊なんざ限られてくるが、間違いなくこいつじゃない)

 

自然と槍を握った手に力が込められる。

 

今現在、自分にかけられた令呪のせいで十全に闘えないクー・フーリンもといランサーだが、この相手はここで倒せと英霊としての本能が告げていた。

 

「まあいい。それがあっても、使い手が弱けりゃ意味ねえからな!」

 

地を蹴り、ランサーは肉薄する。

 

相手がどのクラスだろうと関係は無い。敵だから倒す。特にわけのわからない敵は早々に倒すにかぎる。

 

薙ぐように振るわれた槍は吸い込まれるようにサクラの首めがけて放たれる。

 

「翻りて来たれ、幾重にもその身に刻め、Haste(ヘイスト)!」

 

その詠唱と同時、首を刎ねんと迫った穂先は空を切った。

 

「っ!」

 

完全に捉えていたはずの一撃が躱されたことにランサーは僅かに目を見開いた。

 

すぐにお返しとばかりに喉元目掛けて突き出された穂先を躱す。

 

(急に加速した?隠してたのか、それとも何らかの魔術で補強したか……だとしたらキャスター適性のあるサーヴァントか、厄介だな)

 

(流石はクー・フーリンさん。殺す気で来られると魔法の補助無しでの近接戦闘は無理)

 

お互いに警戒レベルを一気に跳ね上げ、同じ構えを持って相対する。

 

そして次に仕掛けたのはサクラだった。

 

「はあっ!」

 

振るわれる槍の一撃は何れも鋭く、全て致命傷足り得る一撃だ。

 

それをランサーはいなし、反撃にでる。

 

刹那の死闘において、何度も攻防が入れ替わる。

 

ただ違うのは、余裕が無いのはサクラの方で、ランサーには幾分か余裕があるということ。

 

魔法による補助をかけたとしても、槍兵相手に魔法使いであるサクラが槍だけで勝てる道理は無い。

 

そう槍だけでは。

 

Thunder(サンダー)!」

 

攻防の切り替わる瞬間にサクラは詠唱する。

 

対魔力を持つランサーには詠唱破棄された魔術など恐るるに足らない。

 

だが、忘れることなかれ。

 

彼女の使うものは神代すらも届かない。魔法であることを。

 

「っ!?」

 

身体を焦がす一撃にランサーは一瞬動きを止めた。

 

それは攻めるにはあまりにも短い時間ではあったため、サクラは攻めることはせず、すぐさまその場を離脱した。

 

敵前逃亡をしたのには理由がある。

 

一つはまだ手を完全に明かすつもりはないこと。一つはまだ人目がないだけで聖杯戦争の時間。つまり夜ではないこと。そして最後にクー・フーリンが全力で無い事だ。

 

勝つのなら今しか無い。

 

しかし、サクラとしては師であるクー・フーリンに勝ちたい。それも全身全霊をかけた闘いで。

 

他の条件も重なり、今は撤退する事にしたのだ。買い物をする事を忘れていたというのもあるが。

 

すぐに槍を構え直したランサーの前にもうサクラはいない。

 

少し離れた位置に建物の屋根を跳躍する影が見えたものの、これ以上の深追いは他のサーヴァントを呼び寄せかねないとランサーは槍を消した。

 

「野郎……俺の対魔力をぶち抜いてきやがった。どうなってやがる」

 

大規模な魔術……というには奇襲に対してあまりにも対応が雑だった。

 

それに槍で対応する道理がない。詠唱破棄で打ち込めるなら、ランサーの攻撃に合わせれば、カウンターで打ち込める上に今よりも遥かに隙ができただろう。なのにしてこなかったという事は何かしらの意図があったとしか思えなかった。

 

「ちっ……まあいい。次やるときは全力だ。きっちり殺してやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「他のサーヴァントと闘った!?」

 

「はい。真名はクー・フーリン。クラスは多分ランサーだと思いますよ」

 

帰ってくるなり、他のサーヴァントと闘ったという事実を聞いて、桜は驚きの声を上げた。

 

「宝具はゲイ・ボルク。対人用の一刺一殺とその投擲から繰り出される対軍用のものの二つで、避けるのはかなり難しい……って本人は言ってました」

 

「そう……え?本人?」

 

「はい。『この槍を避けられる奴がいるんなら、そいつは普通の英霊じゃねえか、俺のマスターがダメなんだ』って」

 

「?」

 

なんで相手が自分の宝具の特性を話してくるのか、桜は首をかしげる。

 

無論、サクラの言っているクー・フーリンはサクラの世界の方である。

 

「でも、そんなサーヴァントがいるんじゃ、勝つのは難しいと思うけど……」

 

「あ、その辺は大丈夫ですよ。私、心臓刺された程度ならすぐに蘇生しますし、なんならこっちもゲイ・ボルク打ちますから」

 

けろっとした表情で言うサクラに桜は本格的に頭が痛くなってきた。

 

自分の人生も大概波瀾万丈ではあったものの、平行世界の自分は心臓刺された程度ならすぐに蘇生してしまうような化け物になっているのだから。

 

元より英霊となるような存在だ。平行世界の自分は蟲に陵辱されていなくとも、ろくな人生は送っていないのだろうと思っていた。

 

「それよりもです。姉さんはどうでした?」

 

「……マスターだったし、私がマスターなのもばれちゃった」

 

「あー、やっぱり。まあ、別に?姉さんがどんな英霊呼び出してても、日頃の鬱憤はきっちり晴らさせてもらいますけどね。寧ろ、姉さんだけには何があっても負けません。他のサーヴァントに負けても姉さんのサーヴァントだけは倒します」

 

がしっと握り拳を作るサクラ。

 

常日頃から溜められた鬱憤はきっちり晴らすとその目にはメラメラと私怨の炎が燃え上がっていた。

 

「他のマスターはどうですか?」

 

「わからない……けど、一人だけ、心当たりがあるの。でも、その人は私にとって大切な人で……」

 

「大切な人……つまり、好きなんですね」

 

「べ、別にそういうわけじゃ……!」

 

「隠さなくてもわかりますよ。好きな人ができた事はありませんけど、こう見えて恋愛相談は百戦錬磨。結んだ愛の数は私達の両手足の指じゃ数え切れませんから!」

 

どうだとばかりに胸を張るものの、完全に恋愛出来ない人の典型的なパターンだった。相談に乗るばかりで自分の好機を逃すタイプであることに本人は気づいていない。

 

「じゃあ、明日にでも確認してさくっと同盟組みましょう」

 

「え……そんなにあっさり」

 

「『愛は全てにおいて優先すべし』。お母さんが言ってました。聖杯戦争に勝ちたいのはあります。でも、マスターの好きな人がマスターとなれば、その恋路。全力で応援するしかないでしょう。ましてや、私が好きな人。きっと男らしい人に違いありません」

 

「え、えーと、私がいいならそれでお願いするけど……」

 

なんだか、嫌な予感しかしないなぁと桜は思った。

 

そしてその予感は的中する事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇バカ二人◇

 

「雁夜。実は折り入って頼みがあるんだ」

 

「あ?どうした、そんなに畏まって」

 

ある日のこと。

 

喫茶店に呼び出された雁夜は切嗣から真剣な表情で問いかけられていた。

 

「実は……イリヤが」

 

「なんだ、好きなやつでもできたのか?」

 

「そんなわけがあるか。もしそんなやつがいたら、僕は今すぐ魔術師殺しに戻って家ごと爆破解体してやる」

 

煙草をふかし、真顔で言う切嗣。

 

いっそ怒鳴った方がまだマシだった。その顔は完全に聖杯戦争時代のものに戻っていた。

 

「まあ、そんな事はどうだっていい。実は……」

 

「嫌われたのか?反抗期にしては早いな」

 

「間違ってもイリヤに反抗期なんかあるもんか。来たら僕は自殺する」

 

これまた真顔……だが、目が泣きそうだった。やたら真剣すぎる切嗣の言葉に雁夜は若干引いた。

 

「はぁ……そんな来ない未来の事はどうでもいい。僕が言いたいのは、イリヤが魔法を使いたいと言い出したことだ」

 

「………何?」

 

ぴくりと雁夜の眉が動いた。

 

「以前、僕が桜ちゃんに魔術を教えている時に桜ちゃんが魔法を使っているのをイリヤが見てね。それを見て、イリヤも使いたいと言い出したんだ」

 

「魔術じゃダメだったのか?」

 

「僕もそう言ったさ。でも、イリヤがどうしてもって言うからさ。断るわけにも行かなくなったんだ。それにね……僕の、僕の魔術は地味だって……」

 

「そ、そうか……ま、まあお前のは暗殺向きだもんな」

 

「くそっ……こんな事ならもっと派手な魔術を覚えておくんだった……!」

 

心底悔しそうな表情で切嗣は言う。その様子に雁夜はなんとなく察した。

 

自分にも、まだ生まれて間もない子どもがいる。

 

もしも、切嗣と似たような状況に陥ったらと思うと同情せずにはいられない。

 

しかしだ。はい、そうですかと教えられないのも事実だった。

 

魔法は今現在使える人間は雁夜と桜のみ。タマモも使えないのだ。

 

「頼む、雁夜!同じ娘を持つもの同士、君にもわかるだろう!?」

 

「わかる事にはわかるんだけどな……そうなるともう一人うるさいのが……」

 

「それは私の事を言っているのかな、雁夜」

 

「げっ……時臣……」

 

いつの間にか、その場には時臣がいた。

 

「なんだ、遠坂時臣。人の話に割り込むんじゃない」

 

「それを言うなら、衛宮切嗣。雁夜の弟子入りについては私が先約だ」

 

「僕はイリヤを魔法使いにしたいんじゃない。ただ、イリヤが魔法を使ってみたいというから、教えてほしいと頼んだだけだ。お前みたいな魔術師脳と一緒にするんじゃない」

 

「何を言うかと思えば。魔法とは即ち魔導の極み。それを使用する以上、魔導の道を歩むのは必定だ。それを使ってみたいなどという安易な考えで指南してもらおうなど、程度が知れるというものだ」

 

「何?今、イリヤをバカにしたな?表へ出ろ。今すぐ魔術回路を全部壊してやる」

 

「面白い。魔術を手段としてしか見ていない不届きものには誅を下さねばと常々思っていたところだ」

 

席を立ち懐に手を突っ込む切嗣と手にしていた宝石杖を持ち直す時臣。

 

まさしく一触即発の空気。

 

二人の迫力に客は静かに席を離れ、一つの場所に固まる。

 

お互いに内心で怒りの炎を燃え上がらせていたその時ーー。

 

「お客様、店内での揉め事は困り……カリヤ?」

 

「すみませ……アルトリア?」

 

止めに入ってきたのはセイバーだった。

 

その姿は騎士王としての服でもなく、雁夜が買ったものでもなく、ウェイトレス姿のものだった。

 

「なんでここに?」

 

「言っていませんでしたか?私はこの喫茶店でアルバイトをしています。まだ一週間ほどなので、もう少し経ってから、カリヤを招待するつもりでしたが……それはそれとして、何故このような状況に?」

 

「実は切嗣に連れてこられてな。色々と厄介な事になったんだ」

 

「そうですか。他のお客様が怯えているので、やめていただきたいのですが……」

 

セイバーは切嗣と時臣を一瞥する。

 

どう見ても止まらなさそうな雰囲気を醸し出す二人を見て、二人は溜息を吐いた。

 

それも仕方ない。二人にとって、それはタブーなのだ。

 

「……やむを得ません。こうなれば、実力行使に訴えます」

 

「は?いや、ちょっと待て!流石に宝具は……」

 

「ご安心を。私は箒を使います。例え宝具が無くとも、遅れをとる事はありませんので」

 

そう言ってセイバーは箒を構える。その姿は実に俗世に染まっていると言わざるを得ないが、それで騎士王としての戦闘経験がなくなるわけではない。一切の隙も見受けられなかった。

 

「では、今すぐ鎮めてーー」

 

「ちょっと待った、アルトリア。そんな事しなくてもあいつら止められるから」

 

箒を片手に切嗣と時臣の元に向かうセイバーを雁夜が止める。

 

セイバーは怪訝そうな表情で雁夜に何故と問いかけると、雁夜は言う。

 

「あー、他人に迷惑かけるような奴等の娘に教えたくないなー」

 

その言葉に切嗣と時臣は肩をびくりと震わせて睨み合いを即座に止め、そして何事もなかったかのように席に着いた。

 

「な?」

 

「流石です、カリヤ。一体どんな魔法を使ったのですか?」

 

「お父さんは娘に弱いんだ。あの馬鹿どもも結局そうなんだろ」

 

「はい?」

 

「何はともあれ、問題は解決したし、アルトリアも仕事に戻っても大丈夫だぞ」

 

きょとんとした顔で疑問符を頭の上に浮かべるセイバーに雁夜が言うと、セイバーは不思議そうにしたまま、仕事へと戻っていった。

 

「お前らの熱意はよくわかった。俺も、二児の親だ。気持ちはわからなくもない」

 

「じゃあ……」

 

「だが、魔法は負担がかかりすぎる。桜は俺やタマモと長い時間いたから、漸く初級魔法が使えるようになったが、それ以上はなかなか難しい。桜でも難しい事を、イリヤちゃんや凛ちゃんにさせるのは二人の身が危険だ。それはお前達も嫌だろ?」

 

「確かに……凛は遠坂の次期当主以前に私の大事な娘だ。出来れば危険な目に合わせるのは避けたい」

 

「そうだ。イリヤにもし何かあったら僕は……」

 

「そこでだ。イリヤちゃんや凛ちゃんにやる気があるなら、教えてやらなくもない」

 

「「何!?」」

 

がたっと席を立つ二人。

 

特に時臣は今の今までどれだけ頼み込んでも弟子入りは拒まれていただけにその表情は驚愕と共に喜びに満ちていた。

 

だが、普通の魔術師に魔法は使えない。

 

それは雁夜も承知している。ならば、どうするか。

 

二人とも、魔法の影響を受ければいいだけだ。

 

「二人が魔術師として一端になった時、魔法を覚えたかったら、桜に勝て。そしたら教えてやる」

 

「……それでいいのか?」

 

意外そうに雁夜に尋ねる切嗣。

 

「ああ。尤も、勝てればの話だがな」

 

二人が魔術師として一端となっている頃、桜は魔法使いとして一人前になっている、というのが雁夜の見解で、そうなれば十中八九二人に勝ち目はない。かなり意地の悪い提案だが、雁夜としてはそれでも二人が諦めずに桜に挑み続けるほどの根気を持つのなら、或いは桜のような奇跡が起きるかもしれないと考えた。

 

「桜には俺から説明しておく。あとはお前達次第だ」

 

「是非も無し。凛ならば、必ずその機会を活かせるはずだ」

 

「イリヤは良いっていうだろうな……でも、危ないしなぁ……僕の魔術は身体の負担大きいし……どうしようかな……」

 

時臣は自信たっぷりに頷き、切嗣は顎に手を当てて唸る。

 

どちらにしても雁夜にとっては構わない。負け続ける覚悟がなければ、それで終わりの話だ。いくら桜がやさしい子だとしても、そこは姉妹同士似ているのか、凛同様に極度の負けず嫌いだ。仮に勝てるとしても遥か先の話なのは分かりきっている。

 

「ま、せいぜい悩め。魔法は教えてやらんが、それ以外なら付き合ってやるからな」

 

この約束がきっかけとなり、凛は桜に挑み続ける事となる。

 

そしてイリヤもイリヤで、桜に勝つべく、様々な分野に手を出し、虎視眈々とその機会を伺うというどちらも実に親の影響を受けた魔術師として育った。

 




指摘されましたのでサクラの追加ステータス。

宝具:刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)
ランクC+
種別:対人宝具。
最大補足:一人。
クー・フーリンの編み出した対人用の刺突技。
槍の持つ因果逆転の呪いにより、真名解放すると「心臓に槍が命中した」という結果をつくってから「槍を放つ」という原因を作る。ゆえに必殺必中……のはず。
躱すには幸運値の高さを要求され、それを持ってして稀に外れるといったもの。なのにマトモに当たったことは相打ちの時しかなかったのが可哀相。
サクラが使用できるものはエクストラクラス故に対人用かつランクが一つダウンし、第5次におけるセイバー(幸運高め+未来予知レベルの直感)には確実に躱される。しかし、本人の幸運の高さ故か、幸運値が低いものは令呪で強制転移しない限り絶対殺す。幸運値が高いものもサクラを下回れば必中ではないものの、当たる確率は高い。ランサークラスなら投げる方も使える。
サクラがクー・フーリンの宝具を使用できるのは、現代においてゲイ・ボルクを使用して全力を出せる敵になかなか巡り会えない為、自らに制限をつける事で闘いを楽しもうとした結果、サクラの手にゲイ・ボルクが渡った。戦闘スタイルや真名解放はクー・フーリン直伝である。両者が宝具を使用した場合、同じ軌道で相手の心臓を穿つ為、ゲイ・ボルクがぶつかり合って終わる(FGO談)



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