千冬さんはラスボスか (もけ)
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ありきたりなプロローグ

初めまして、お久しぶりです、ご贔屓にどうも。
現在こちらで『リリカルなのは』『H×H』で連載させてもらっている、もけです。
この作品はにじファンに掲載していたものの再投稿になりますが、ちょこちょこ手直しを入れたいと思っています。
コミケの企業ブースでISのレーベル移動&新刊予告を見たら、このまま消してしまうのが残念になりまして……。
良かったらお付き合いください。


「疲れたぁ~~」

 

 着替える余裕もなくリビングのソファーに倒れこむ。

 

 連日の検査と警護という名の自由のない生活により僕のライフゲージはレッドゾーンで絶賛点滅中だった。

 

 高校受験の日、会場を間違えた先で興味本位で触れた、本来女性しか動かすことができないはずのロボット、ISことインフィニット・ストラトスがなぜか起動してしまい、僕は世界でただ一人の男性IS操縦者となった。

 

 なぜ動かせたかは分からない。

 

 ISの生みの親、篠ノ之束さんでも解らないそうなので、きっと誰にも解らないだろう。

 

 と言うか、僕が動かせた理由はこの際どうでもいい。

 

 そんなのは束さんなり何処かの偉い学者さんなりが解明すればいい事で、僕としては早く姉さんの役に立ちたいと考えていた人生設計が粉々に砕け散ってしまった事の方が問題だった。

 

 なんて愚痴をこぼした所で、現実は非常だ。

 

 この問題は僕がどう思うかなんて極小なスケールの話ではなく、文字通り世紀の大ニュースになってしまったのだから。

 

 まさに青天霹靂。

 

 そして驚天動地。

 

 個人の感情なんて人権ごと無視される様な巨大な流れに飲み込まれ、あまりの事態に未だに混乱しているし、あの時のうかつな自分の行動に後悔もしている。

 

 だけど、姉さんに少しだけ近付けたことが嬉しかったりする自分は単純なのかもしれない。

 

 僕たち姉弟は親に捨てられ、姉さんは自分もまだ中学生だと言うのに女手一つで僕を育ててくれた。

 

 家事は壊滅的に苦手な人だけど、ISの世界大会で優勝するほど強く、立ち姿は弟の目から見ても見惚れるくらい格好良く、そしてすごく優しい。

 

 そんな姉さんが僕は大好きだ。

 

 だから少しでも早く恩返しができるように就職率の良い高校に行こうとしたのだけど……。

 

 あぁ、疲れてるせいか思考がループしそうだ。

 

「これから、これからか……」

 

 もう普通の生活は望めないよね。

 

 最悪、人体実験の日々が待っているかもしれない。

 

 どうにかどこかの研究機関に就職みたいな形にできないかなぁ。

 

 調べた所によると国の代表やその候補生になると公務員や軍の所属になって給料が貰えるみたいなんだけど……。

 

 世界でただ一人の男性IS操縦者なら貴重価値からいって高く売りつけられそうだけど、貴重すぎて非売品て感じかも。

 

 そもそも僕に決定権があるか非情に怪しいところだ。

 

 そんなことを意識を半分手放しながら考えていると玄関の鍵が開く音が聞こえた。

 

 うちは二人暮らし。

 

 帰ってきたのは姉さんしかありえない。

 

 瀕死状態だったのもなんのその、僕は飛び起きて玄関に向かう。

 

 その様は僕が犬であれば耳をピコンと立ち上げ尻尾をパタパタさせていたことだろう。

 

「姉さん、おかえり」

 

 満面の笑みで迎える。

 

「あぁ、ただいま一夏」

 

 笑顔で応えてくれる姉さんからバックを受け取る。

 

「僕は食べてきちゃったけど、姉さん夕飯は? 何か作ろうか?」

「いや、私も食べてきたから大丈夫だ」

 

 ジャケットを脱いでソファーに身を沈める姉さん。

 

 僕はそのジャケットが皺にならないようにハンガーにかける。

 

「お風呂はタイマーかけといたから沸いてるはずだけど先に入る?」

「そうだな……いや、その前にちょっと話がある」

 

 なんだろう?

 

 とりあえず姉さんの隣りに座って聞く体勢をとる。

 

「突然だが一夏、お前にはIS学園に入ってもらうことになった」

「えっ?」

「悪いがこれは決定事項だ。拒否権はない」

「どういうこと? 姉さん」

「うん、ここ数日で嫌というほど実感していると思うが、お前は今とても特殊な状況にいる。世界で唯一の男性IS操縦者。その存在は良い意味でも悪い意味でも世界中が注目している」

 

 悪い意味、危険ということか。

 

 今現在、女性だけがISに乗れるという事を起因にして世界は女尊男卑という価値観が占めている。

 

 その社会構造が都合の良い人達にしてみれば男性でもISに乗れるという可能性を示す僕は邪魔でしかないだろう。

 

 もちろん良い意味では、女性に虐げられ、肩身の狭い思いをしてきた男性たちの希望の星という事になる。

 

「それだけじゃない。今、国際機関でお前の所属について議論されている」

 

 所属?

 

 所属って何?

 

「お前は日本国民じゃなくなるかもしれない」

「よく分からないんだけど」

「もしかしたら国際IS委員会の所属になって自由国籍で世界を飛び回るといった生活になるかもしれんという事だ」

「それはまた」

 

 スケールが大き過ぎて実感が湧かない話だ。

 

「それだけお前の存在が特殊だということだ。正直、一国の手に余る」

 

 これは最悪の予想の通りモルモット扱い決定なのか?

 

「だがな。各々の国が自分たちに都合の良い主張ばかりするものだからなかなか答えが出ない。だからお前にはとりあえずIS学園に入ってもらって三年間の時間稼ぎをさせてもらおうということになったわけだ。あそこはどこの国の干渉も受けない治外法権な施設であると同時に外部からの侵入を防ぎやすいからな。都合が良い」

 

 どうやら僕の意思は考慮されず大人の都合だけで僕の進路は決められてしまったようだ。

 

 そりゃあ「どうしたい?」て聞かれても良い案なんてすぐには思いつかないけど、せめて選択肢を提示して欲しかった。

 

 この流れで行くと、この先も僕には決定権が与えられないかもしれない。

 

 それはマズい。

 

 僕はどうにかして早く自立して姉さんの負担を減らしたいのだ。

 

 少しでも早く、少しでも多く恩返しがしたい。

 

 最悪のケースとか言ったけど、国際機関か……給料良いかな?

 

 でも姉さんと離れ離れになるのは嫌だな。

 

 そりゃあ今だってあまり一緒にはいられてないけど、それでも月に何回かは会えてるわけだし……。

 

 と思考に没頭していると、ふいに暖かな温もりに包まれた。

 

「心配するな、一夏。どういう風になろうと私がお前を守る」

「姉さん……」

 

 正直不安は尽きないけど、姉さんの腕の中にいると自然と大丈夫だという気持ちが湧いてくる。

 

 でも「守られてばかりはそろそろ卒業したいんだけどなぁ」と思いながらも今だけはもうちょっとだけ姉さんの匂いに包まれていようと甘えてしまう僕だった。

 

 

 

 

 

――――――――――おまけ――――――――――

 

「よし、じゃあたまには一緒に風呂に入るか」

「何が『じゃあ』なのっ!?」

 

 爆弾発言だよ。

 

「嫌なのか?」

「嫌じゃないけど、恥ずかしいよ」

「何を言っている。二人だけの家族じゃないか」

「これでも思春期の男子なんだから察してよっ」

 

 ホント勘弁してください。

 

「なんだ、お前はそういう目で私を見ているのか?」

「なっ!? そ、そんなことないけど、姉さんは美人だしプロポーションも抜群だし、何と言うか色々と不都合が……」

 

 主に下半身的な意味合いでっ!!

 

「ふふふ、褒められて悪い気はせんな」

「自慢の姉さんですから」

 

 はい、やけくそですよ。

 

「お前だって自慢の弟だぞ?」

「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、僕なんて姉さんに守られてばかりで……」

「何を言う。私はお前がいるから頑張れるのだぞ」

「姉さん……」

「それに私は家事が、まぁ、苦手だからな。助かっている。お前の作る食事は美味いよ」

「ありがとう、姉さん。じゃあもっと喜んでもらえるように腕を磨かないとね」

「それは楽しみだな」

「ところで、姉さん」

「なんだ?」

「そろそろ離してくれないかな」

 

 実はずっと抱かれたままでした。

 

「ダメだ」

「な、なんでっ!?」

 

 よりギュっとされました。

 

「一夏分を補給中だからな。まだ足りん」

「なにアホみたいなこと言ってるのっ!?」

「アホとはなんだ。重要な事だぞ。切れると死んでしまう」

「死んじゃうのっ!?」

「風呂は断られてしまったからな。その分も補給しなくては」

「うぅぅぅぅ……」

「一夏?」

「嬉しいけど、恥ずかしい」

 

 こっちが死にそうです。

 

「ふふふ、可愛い奴め」

 

 姉さんには敵わないな。

 

 でも幸せだ。




一緒にお風呂に入ればいいのにと思った人、僕もそう思いますw
まぁ、気長に待っていていただければそのうちきっとそんな事もあるかもしれないです。
原作でもシャルと入ってるくらいだから実姉と入って何の問題があろうか。
いや、ないw


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やっぱり、ありきたりな学園初日

最初は仕方ないんです……という言い訳。
大筋は変わりませんが、ちょっとずつ改編されて行くと思うので、しばらくお待ちください。



「これは想像以上にキツイ」

 

 IS学園に入学した僕は今教室にいるわけなんだけど、ISは基本女性にしか動かせない。

 

 そして僕は唯一の男性操縦者。

 

 つまり女子高に一人だけ放り込まれた状態なのだ。

 

「(なのだって、我ながらやけくそだな)」

 

 悪友は「ハーレムじゃねえか。それなんてエロゲだよ」と羨ましがっていたけど、これじゃあ針のむしろだよ。

 

 代われるものなら喜んで席を譲らせていただきたい。

 

 と言うか、誰か代わってください。

 

 お願いします。

 

 リアルに背中に刺さる視線が痛いんだよ。

 

 僕は救いを求めるように窓際の生徒に何度目かの視線を送る。

 

 見間違いじゃないと思うんだけど、窓際の席に座っている黒髪ポニーテールのキリっとした女の子は彼女が引っ越してしまう小学四年生まで付き合いのあった篠ノ之箒ちゃん……のはず。

 

 でも視線が合う度、そっぽを向かれてしまう。

 

 六年も経ってるから忘れちゃったのかな?

 

 嫌われる様な事はしていないと思うんだけど……。

 

 そんな生き地獄に耐えているとようやく教師が入ってきた。

 

「皆さん、入学おめでとう。私は副担任の山田真耶です」

 

 ちょっと低めな身長、十代にしか見えない童顔に眼鏡がよく似合う優しい感じのする先生……なんだけど、えっと、それよりもですね、これは男の性(さが)というか、どうしても目が行ってしまうんだけど、胸がですね、大変大きいです。

 

 こういう時は何て言うんだっけ……ありがとうございます? ご馳走様? いや、僕だって思春期真っ只中の男子高校生、見るなって方が無理ですよ。

 

「……くん……斑く……」

 

 姉さんはプロポーション良くて胸も大きいけど、確実にそれ以上だよね。

 

 目のやり場に困るな。

 

「織斑一夏くんっ!!」

「は、はいっ!?」

 

 思いのほか夢中になっていたみたいで呼ばれていたことに全然気づかなかった。

 

「あの~~大声出しちゃってごめんなさい。でも『あ』から始まって今『お』なんだよね。自己紹介してくれるかな? ダメかな?」

 

 胸を寄せるように強調しながら困った感じの可愛らしい笑顔を向けてくる。

 

 狙ってやってます?

 

「いや、あの、そんなに謝らなくても……」

 

 動揺を顔に出さないように気を落ち着かせてから立ち上がる。

 

「え、え~~と、織斑一夏です。男性唯一の操縦者ということで珍しいかもしれませんが、稼働時間はやっとこそさ十時間といった所で、勉強もまだ始めたばかりで分からないことだらけなので色々教えてくれると嬉しいです」

 

 うわぁ~~、なんかみんなの見る目が獲物を見る目に見える。

 

 まさに蛇に睨まれた蛙状態。

 

 しかも「もっと続けろ」という無言の圧力を感じる。

 

 何か話題、話題……やっぱりIS関連が良いのかな。

 

「えっと、名字から分かるかと思いますが姉は織斑千冬です。ブリュンヒルデの呼び名はみんなの方がよく知ってると思いますが、そんなのは関係なしにしても僕にとって自慢の姉さんで――――――」

 

 ポコン、ふいに頭を何か固いもので軽く叩かれた。

 

 驚いて振り返ると、

 

「何を恥ずかしことを言っている」

 

「えっ!? 姉さん?」

 

 そこにはスーツを隙なく着こなし出来る女という印象をしたカッコイイ姉さんがいた。

 

「ここでは織斑先生と呼べ」

 

 予想外の事態に混乱する。

 

 え? 姉さんが教師?

 

 確かに職業不詳で、何度聞いてもはぐらかされていたけど……。

 

 でも、そういえば納得する部分もある。

 

 入学前の話、だからあんなに事情に詳しかったのか。

 

「諸君、私が担任の織斑千冬だ。君たち新人を――――――」

 

 姉さんの軍隊の鬼教官みたいな挨拶に対して教室が黄色い歓声で埋め尽くされるのを見ながら、これから三年間は一緒の時間が増えるかななんて考えていた。

 

 HRが終わった休み時間、

 

「ちょっといいか」

 

 さっきまで僕を無視し続けていた箒ちゃんが話しかけてきた。

 

 やっぱり箒ちゃんは箒ちゃんだったんだね。

 

 ん? でもこれって素直に喜んでいいのか、無視されたことを悲しめばいいのか……。

 

 まぁ、とりあえず、

 

「そうだね、外で話そうか」

 

 人目を避けて屋上に出る。

 

 誘ってくれたんだから何か話があると思うんだけど、黙り込んだまま視線も向けてくれない箒ちゃん。

 

 次の授業まで時間もあまりないし、こっちから切り出そうかな。

 

「久しぶり、箒ちゃん。六年振りだね」

「う、うむ」

 

 固い表情で言葉少なに応じる箒ちゃん。

 

 緊張してるのか、不機嫌なのか、その辺の見分けはちょっと難しい。

 

「ポニーテールとリボン、昔と変わってないからすぐに箒ちゃんだって分かったよ」

「そ、そうか、よくも覚えているものだな」

 

 良かった。

 

 やっと笑ってくれた。

 

 うん、この調子でちょっと冗談でも混ぜてみよう。

 

「でも箒ちゃんは覚えていてくれなかったみたいだね」

「なっ!? そ、そんなことないぞっ!!」

「でも教室で目が合っても無視されたよ?」

「うっ……それは……」

「いじめ?」

「そんなことはしないっ!!」

「じゃあ、なんで?」

「うぅぅぅぅ……」

 

 箒ちゃんが顔を赤くしながら言いにくそうにモジモジしていると、助けるかのようにチャイムが鳴り教室に戻ることになった。

 

 久しぶりに会った幼馴染はコミュニケーションを取るのが苦手みたいだけど、素直な反応が可愛くて好印象でした、マルっと。

 

「では、ここまでで質問のある人?」

 

 一時間目の授業、入学前に渡された電話帳みたいな参考書を一通り読んできたおかげで何とか付いて行けそうだ。

 

 でもIS学園に入るような女の子たちは小学校からISについて勉強しているので付け焼刃の僕とは知識面で雲泥の差がある。

 

「織斑くん、何かありますか?」

 

 真耶先生が優しく聞いてきてくれる。

 

 ここは見栄を張らずに甘えることにしよう。

 

「今の範囲はまだ何とか大丈夫ですけど、みんなの足を引っ張らないためにも後で質問や補講をお願いしてもいいですか?」

「大丈夫ですよ。任せてください。なにせ私は先生ですから」

 

 授業以外にも色々仕事があって忙しいだろうに何の躊躇も見せずに快く引き受けてくれる真耶先生の優しさに自然と口元がほころぶ。

 

 決して、胸を張った事でさらに強調された胸が、ドンと叩かれた事で揺れている事にニヤけたわけではない。

 

「ありがとうございます。”真耶”先生」

「はうあっ!?」

 

 突然真耶先生が奇声を上げて顔を赤くしている。

 

 姉さんが額に手を当てて「またか」みたいな顔してるけど、僕なにか変な事言ったかな?

 

 それにしても真耶先生と教室で二人っきりとか緊張しちゃうだろうなぁ。

 

 同年代みたいな可愛い顔してるのに巨乳でしかも先生だなんて……。

 

 弾(中学時代の悪友)に話したら何て言われることやら。

 

 弾たちとこっそり開いたビデオ鑑賞会のネタ、そのまんまだもんね。

 

 でも姉さんと二人っきりも良いなぁ。

 

 キリっとして教師してる姉さんはひたすらにカッコイイ。

 

 うちにいる時の優しい姉さんも好きだけど、カッコイイ姉さんもいい。

 

 今度写真撮らせてもらおう。

 

「なんだ? 織斑。だらしない顔して」

 

 おっと、無意識に姉さんを見つめていたみたいだ。

 

「姉さ、織斑先生に見惚れてました」

 

 ポコン、出席簿で軽く叩かれる。

 

「ふん、おだてても何も出んぞ」

 

 そう言った姉さんは満更でもないみたいな顔をしていた。

 

「ちょっと、よろしくて」

 

 休み時間に入ってすぐ声をかけられた。

 

 見上げるとそこには

 

「…………お姫様だ」

 

 気品を感じさせる雰囲気、縦ロールの綺麗な金髪ロングヘア、吸い込まれるような碧眼、陶器のような白い肌、均整のとれたプロポーション、おとぎ話の世界から飛び出てきたようなお姫様がいた。

 

「はぁ? 何を言ってますの?」

 

 思わず口から出てしまったみたいだ。

 

「え、えっと、ごめん。お姫様みたいに綺麗だったからつい……。セシリア・オルコットさんだよね? イギリス代表候補生の。何か用かな」

 

「あら、ふふふ、なかなか気の利いたことを言うのですね。それにイギリスの代表候補生であり、主席で入学したわたくしの名前をちゃんと押さえている。まぁ当然と言えば当然ですけど、なかなか殊勝な心掛けですわ。世界初の男性IS操縦者がどんな方かと思いましたが、とりあえず最低ラインはクリアしているようですわね」

 

 ISについて調べた時、代表候補生についても載ってた人はチェックしといたんだよね。

 

 それにしても尊大な口調が似合う人だな。

 

 確か、同い年なのに貴族の当主様なんだよね。

 

 必要に迫られてな部分もあるのかな?

 

 僕も『世界で唯一』なんて周りからプレッシャーをかけられてるけど、ある意味僕なんかよりずっと重たくて現実的なものを背負ってるんだろうな。

 

 そういう目で見ると、あの態度は自分を守るための鎧なのかもしれない。

 

 想像もできないくらい頑張ってる人なんだろうな。

 

「先ほどISの実技と座学に自信がないようなことを自己紹介で仰っていましたが、貴方が頭を下げて頼むというのでしたらエリートであるわたくしが個人的に教えてあげてもよろしくってよ」

 

 胸を張ったり手を広げたりとオーバーリアクションが目立つ彼女だけど、言い終わる瞬間、ドキッとするような魅力的な流し目で見られてしまった。

 

 凄い威力だ。

 

 顔赤くなってないよね?

 

「ほ、本当? 代表候補生の人に教えてもらえるなんて凄く助か――――――」

 

 バンッ!! 突然机を叩く大きな音がして、驚いて音のした方に顔を向けると

 

「一夏っ!! おまえはっ」

 

 犯人は窓際最前列の箒ちゃんでした。

 

 「どうしたの」と聞こうとしたけど、その前にチャイムが鳴ってしまい、その場はうやむやになってしまった。

 

 箒ちゃん、怒ってたみたいだけどどうしたんだろう?




千冬さんの叩き方が優しい件についてw
今話はそのくらいですね。
箒の活躍は次話、セシリアは……もうちょっと先ですね。
移転はさせませんが、にじファンに書いてた『宇宙への夢』というISのもう一つのSSでは、セシリアとの試合で『どっちが奴隷になるか』なんて賭けをしましたが(もちろん一夏圧勝)本作では普通です。
ちなみに『宇宙への夢』ではヒロインが束さんと助手のくーちゃんで、入学前に一夏と恋人になり、肉体関係を結びます。
反省も後悔もしていないw
と言うか、それが出だしであり、根幹だったので。
あぁ、そういえば今作の一夏のISはあっちの作品とのミックスにしようと思っています。
ではでは。


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同室は……。

さてさて誰になるでしょう。


 初日の授業が終わり、早々に帰ろうと教室を出ると真耶先生がパタパタ走ってきた。

 

 揺れてるなぁ~~いやぁ、自然と目がいってしまう。

 

「織斑くん。良かった。間に合って」

「どうしたんですか? ”真耶”先生」

 

 いい笑顔で応じる。

 

「はうっ!? お、落ち着くのよ真耶。こんなことで動揺してはいけないわ。仮にも相手は生徒。私は先生……禁断の関係……いやんいやん、ダメよ真耶……」

 

 なんか教師にあるまじき台詞が聞こえるけど、どうしたもんだろう……。

 

 どうも真耶先生は妄想が暴走するタイプみたいだな。

 

「で、でも、織斑君と結婚したら織斑先生がお義姉さんって事で……」

「真耶先生?」

「家事が苦手な織斑先生と織斑君の帰りをエプロン姿で待つ私……」

「おぉ~~い、真耶先生ぇ~~」

「食事にします? お風呂にします? それともワ・タ・シ♪ なんちゃって……」

「てりゃあっ」

「あうっ」

 

 放って置くといつまでも自分の世界にトリップしていそうだったのでチョップをお見舞いする。

 

「な、何するんですか、織斑君。仮にも私は教師で」

「その教師は生徒に何か連絡事項があるみたいでしたよ?」

「はっ!? そうでした」

 

 とりあえず我に返ってくれたみたいだ。

 

「こほん、えっと、織斑くんに寮の部屋が決まったことをお知らせにきました」

「えっ? 確か空きがないから一週間くらいは自宅からって話だったと思うんですけど……」

「それがですね。身辺警護の観点から無理にでも寮に入れるようにと政府から通達が来ちゃいまして」

 

 まぁ、警護もタダじゃないしね。

 

 良い意味でも悪い意味でもって姉さんは言ってたけど、悪い意味は警護の対象だとして、良い意味ってどうなってるんだろう?

 

 今の所、外国からの勧誘とかは特に受けてないけど……。

 

 みんなで条件出し合って、僕に選ばせてくれないかな?

 

 まぁ、進路についてはそのうち姉さんに相談してみよ。

 

「はぁ、じゃあ仕方ないですけど、荷物とかどうしましょう?」

「それなら心配するな。私が持ってきてやった」

 

 後ろから急に声がして驚く。

 

 姉さん、気配消して近づかないでよ。

 

「あ、ありがとう、姉さん」

「放課後だろうと学園にいる間は織斑先生だ」

 

 また軽く叩かれてしまった。

 

 どうにも姉さんの顔を見ると油断してしまう。

 

「とりあえず、服と携帯の充電器があればいいだろう? 足りないものは買うなり、外出許可を取って取りに行くなりすればいい」

「了解です。それで部屋はどこですか?」

「1025号室です」

「一人部屋ですよね?」

「いや、相部屋だ」

「はっ?」

 

 しばし絶句してしまう。

 

「それはさすがに問題あるんじゃ……」

 

 年頃の男女が密室で二人とか間違いが起こったらどうするんだ。

 

 さすがに姉さんのいる学園でそんなことするつもりはないけど、万が一ということもある。

 

「確かに我々もそう思うが上の決定だからな。どうにもならん」

「姉さ、織斑先生と一緒はダメなんですか? 姉弟なんだし」

「教員は機密情報を扱うから無理なんですよ」

「そう、ですか」

「そう気落ちした顔をするな。私だって我慢するのだ。お互い様だぞ?」

「そうだね。姉さん、ごめん」

 

 叩く代わりにワシワシと頭を撫でてくれた。

 

「それに一人部屋だとハニートラップの危険もあるからな」

「…………ウソ」

「嘘なものか。お前から間違いを犯さなくても、力づくや薬という手段もある」

「同い歳の女の子にそんな事を……?」

「あぁ、国や組織からの命令だったり、自ら望んで行う者もいるだろう」

 

 信じられない……いや、信じたくない。

 

「織斑君」

「は、はい」

「ハニートラップは織斑君を離れられなくさせて自発的に自分たちの陣営に引き込むのが最善ですが、最悪妊娠の責任を取らせる形で引き抜こうとするでしょう」

 

 まだ高校生の女の子を妊娠なんてさせたら男として責任を取らざるを得ない。

 

「でも、話はそれだけでは終わりません」

「え?」

「多分、口には出しませんが、みんな織斑君の子供にも注目しているはずです」

「あ…………」

 

 確かにそうだ。

 

 世界で唯一ISを動かせる男である僕の遺伝子を受け継いだ子供。

 

 注目しないわけがない。

 

「ですから、ハニートラップを仕掛ける様な組織なら男の子が生まれるまで…………いえ、ISを動かせる男の子が生まれるまで何人でも生ませようとするでしょう」

 

 愛も夢もあったもんじゃない話だ。

 

 気分が悪い。

 

「ですから――――――」

「山田君」

「は、はい」

「その辺でいい」

「そう、ですね。すみませんでした」

「一夏」

 

 姉さんの優しい声に顔上げる。

 

「色々言ったが、私がいる限りそんな事は絶対にさせん。安心していい」

「うん」

「それにルームメイトは信用の置ける者にしておいた。それに奴ならお前のストレスも少なくて済むだろう。まぁ何かあったら言ってこい」

「ありがとう。姉さん」

「織斑先生だ」

 

 最後に軽くデコピンをして姉さんたちは去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、何とか気分を立て直してさっそく部屋に来てみたわけなんだけど、なぜか巷で大人気の某電気ネズミがベットの上でゴロゴロ転がっていた。

 

 「これは夢か?」と最初は驚いたけど、何か癒される光景だな。

 

 姉さん、どうやって捕まえてきたんだろう?

 

「あっ、おりむぅだ~~待ってたよ~~」

 

 癒し空間を眺めていると僕に気付いた電気ネズミ、もとい女の子が振り向いた。

 

 見覚えのある顔だな。

 

「えっと、確か同じクラスの……」

「布仏本音だよ。よろしくね。おりむぅ」

 

 既にあだ名で呼ばれている。

 

「こ、こちらこそよろしくね。布仏さん」

「固いな~~おりむぅもあだ名で呼んでよ~~」

 

 いきなりの無茶振りだったけど、あだ名と聞いて閃くものがあった。

 

「じゃあ『のほほんさん』て呼んでいいかな?」

「おっけ~~」

 

 この何とも緊張感の欠ける癒し系着ぐるみ少女が同室か。

 

 女の子と同室って聞いて不安だったけど、うん、何とかやっていけそうだ。

 

 その後、着替えやシャワーについて取り決めがあった方がいいだろうと思って話してみたら

 

 「わたしは気にしないよ~~」「一緒に入ればいいじゃ~~ん」と嬉しい反応が返ってきたが、そこは丁重にお断りしておいた。

 

 ハニートラップじゃないんだよね? 姉さん。

 

 着ぐるみだから分かりにくいけど、のほほんさんって意外と一部の発育がよろしいようで、露出が少ないので助かりました。

 

 いや、残念がったりしてないからね。

 

「本音いる~~? ご飯行こうよ」

 

 のほほんさんとの話し合いが終わったタイミングでノックもなしに扉が開き女生徒が入ってきて、

 

「てっ!? 織斑くんっ!?」

 

 驚いてフリーズした。

 

 身長は平均的でショートカット、スポーツをしてそうな引き締まったスレンダーなボディライン。 

 

 オレンジ色の生地に小花柄のキャミソールとデニムのホットパンツを着た活発そうな子。

 

「あ~~きよきよ~~。うん、ご飯行く~~」

「のほほんさん、こちらの方は?」

「あ、相川清香ですっ!! ハンドボール部入部予定。趣味はスポーツ観戦とジョギングです。よろしくお願いしますっ!!」

 

 フリーズから復活したと思ったらいきなりテンションMAXになった。

 

 面白い子だな。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。相川さん」

 

 挨拶していると袖がクイクイと引っ張られた。

 

「おりむぅも一緒にご飯行こうよ~~」

「いいの?」

「も、もちろんですっ!! 大歓迎っていうか、むしろこちらからお願いしますっ!! 」

 

 なんか発言にいちいちビックリマークが付いてそうな感じで、おっとりしたのほほんさんといいコンビみたい。

 

「うん、じゃぁ同席させてもらおうかな」

「よ~~し、じゃあ食堂にレッツゴ~~♪」

 

 元気よくベットから飛び起きたのほほんさんを先頭に部屋を出ようとすると

 

「清香お待たせ~~本音いた?」

 

 ぶつかりそうなタイミングで女生徒が顔を出した。

 

 彼女は知ってる。

 

 背は相川さんより少し低めで、細いけど女の子らしい柔らかな感じのするスタイル。

 

 こげ茶色のショートカットに赤いカチューシャと眼鏡が印象的な、岸原理子さんだ。

 

 僕の後ろの席で、休み時間に少し話したんだよね。

 

 ちなみにこちらは水色の肩の出たワンピースを着ている。

 

「わっ!? びっくりした。お待たせ~~って、なんで織斑くんがいるの?」

「リコリコ、それはおりむぅがわたしのルームメイトだからだよ~~えっへん♪」

 

 意味はよく分からないが胸を張るのほほんさん。

 

 そして

 

「「 えぇぇぇぇっ!! 」」

 

 前と後ろでハモる絶叫。

 

 うぅ、耳がキーンってする。

 

「どういうことよ本音っ!?」

「ズルい、ズルいわ、私と代わってよっ!!」

 

 のほほんさんに詰め寄る二人。

 

 揉みくちゃにされてあぅあぅしてるのほほんさんが助けを求めるように視線を向けてくる。

 

 小動物のようなその姿、正直凄くカワイイです。

 

 もう少し見ていたい気もするけど

 

「そろそろご飯に行かない?」

 

 振り返って二人は、僕の存在を思い出したみたいで手を止める。

 

 とりあえず仲裁成功っと。

 

「話は食事しながらにしようよ」

 

 しかし移動した食堂でものほほんさんはみんなに囲まれてしまい、とても食事どころではなかった。

 

 僕は人だかりから何とか逃亡を成功させ、離れた席にいた箒ちゃんの所に避難する。

 

「箒ちゃん、ここいい?」

「あぁ」

 

 どこかブスッとした表情で焼き魚を突いている箒ちゃん。

 

 食事時にうるさくて不機嫌なのかな?

 

 僕も食事を始める。

 

 夕飯は、から揚げ定食。

 

 初日ということもあって気疲れしちゃったからお肉を食べて元気を出すのだっ!!

 

 ということでモニュモニュから揚げを食べていると

 

「一夏」

「なに? 箒ちゃん」

「聞きたいことがあるのだが」

「うん?」

「布仏と同室というのは本当か?」

 

 さすがにあれだけ騒いでいれば、ここからでも話は聞こえてしまう。

 

「うん、そうだよ」

 

 素直に答えると、突然箒ちゃんが机を叩いて立ち上がった。

 

「どういうつもりだっ!? 男女七歳にして同衾せず。常識だっ!!」

 

 随分古い価値観だけど、言いたいことは分かる。

 

「確かに僕も問題だと思うけど、政府からの要請で学園側がまだ準備できてないのに無理矢理寮に入らなくちゃいけなくなって、仕方ないんだよ」

「なら、千冬さんの所でいいだろうっ!!」

「僕もそうしたいけど、教師は機密情報を扱うからダメなんだって」

「う、うぅぅぅ……」

 

 納得がいかないという顔でうなる箒ちゃんだけど、ため息を一つして力を抜き、座り直した。

 

「お前から希望したのか?」

「へ?」

「布仏と同室になりたいとおまえから希望したのか?」

「まさか。姉さんが決めたんだよ」

「千冬さんが?」

「うん」

「そう、か……」

 

 いくら箒ちゃんでも姉さんの決めたことには逆らえないとしぶしぶながら納得してくれたようだ。

 

 でも、なんか死んだ魚のような目になってるよ?

 

 なんかフォローしないと。

 

「でもね、話を聞いた時、僕は箒ちゃんと相部屋だと思ったんだよね」

「それはどういうことだ?」

 

 とりあえず顔を上げてくれた。

 

「うん、姉さんが信用できて、僕の負担の少ない相手にしてくれたって言ってたから、てっきり幼馴染の箒ちゃんが相手だと思ったんだよ」

「そ、そうか、私だと思ってくれたのか」

 

 急に機嫌を良くした箒ちゃんは「そうか、そうか」と何度もうなずいている。

 

 とりあえず、フォロー成功かな?

 

 きっと幼馴染なのに蔑(ないがし)ろにされたと思って悲しくなっちゃったんだよね?

 

「あっ、でも……」

「ん? どうした?」

「箒ちゃんと同室だとちょっと困ってたかも」

 

 箒ちゃんの笑顔が固まる。

 

「な、なにが困るというのだ?」

「えっと……」

 

 ちょっと恥ずかしいけど、正しく男子の事情を知ってもらういいチャンスだよね。

 

「箒ちゃん綺麗になったしスタイルいいから、一緒に生活したら目のやり場に困るというか、ちょっと緊張しちゃうかなって」

「なっ!!」

 

 胸を手で隠し、顔を真っ赤にして絶句する箒ちゃん。

 

 言った僕も絶対に顔が赤くなってる。

 

「ふ、ふしだらだぞっ、一夏っ!!」

「ごめん。でもこれでも思春期の男子だからさ」

「だ、だからって……」

 

 真っ赤な顔で落ち着きなく視線を彷徨わせる箒ちゃん。

 

 でも、しばらくしてなんとか復活したのか

 

「ふ、ふん、私だって男子がそういうものだということくらい知っている。だからって許したわけじゃないからな。ほ、他の女をそういう目で見るんじゃないぞ」

「うん、気を付けるよ」

 

 ついつい目が行っちゃうけどね。

 

 姉さんとか、姉さんとか、真耶先生とか。

 

「ど、どうしても見たい時は、わ、私を見るのだぞ」

 

 途中から消え入りそうな小声になっていたけど、しっかり聞こえた。

 

 聞いた瞬間、あまりの衝撃に息が止まる。

 

   「私を見るのだぞ」

 

 み、見ていいの?

 

 真っ赤な顔をそむけ、腕組みした箒ちゃん。

 

 気付いてないだろうけど、結果として豊満な胸を押し上げる形になっている。

 

 そして衝撃のままに凝視してしまう僕を誰が責められよう。

 

 その視線に気づいた箒ちゃんは大慌てで

 

「ば、馬鹿者っ!! 公衆の面前で何をしているっ!!」 

「い、いや、箒ちゃんが見てもいいって」

「TPOを考えろっ!!」

「ご、ごめん」

「ふ、ふん」

 

 真っ赤な顔を怒ったようにして席を立ち、食堂を出ていく箒ちゃん。

 

 でもその後ろ姿のポニーテールが、犬が尻尾を振るみたいに嬉しそうにピョコピョコ跳ねていた。

 

 び、びっくりした。

 

 まさか箒ちゃんがあんなこと言うなんて。

 

 やっぱり同室じゃなくて良かったよ。

 

 今、部屋で二人きりになんてなったらメチャクチャ意識しちゃうじゃん。

 

 気心の知れた幼馴染の箒ちゃん相手にこれじゃあ、ハニートラップなんてあった日には冷静に対処できる自信がないな。

 

 いや、気心が知れた相手だからこそギャップでキタのかも。

 

 それにいくら幼馴染でも箒ちゃんが美人で胸が大きい事には違いないし。

 

 と、とりあえず、なるべくそういう目で見ないように気を付けよう。

 

 まぁ、無理だろうけど。

 

 

 

 

 

――――――――――おまけ――――――――――

 

 うつむきながら廊下を早足で移動する。

 

「こんな顔、誰にも見せられん」

 

 箒は顔に集中する熱に茹っていた。

 

「あぁ、なんてことを言ってしまったんだ。あれでは私の方がふしだらではないか」

 

   「私を見るのだぞ」

 

 思い出してさらに顔が熱くなる。

 

「あ、あんなこと言って、一夏に幻滅されていないだろうか」

 

 不安がよぎるが、自分の胸を凝視する一夏を思い出し、わずかな不安など吹き飛ぶ。

 

「あ、あ、あんなに凝視するなんて……」

 

 自分でも分かっているが、私は胸が大きい。

 

 しかし、これは私にとってコンプレックスのようなものなのだ。

 

 転校続きの自分に向けられる好奇の視線。

 

 そこには少なからずそういう視線も含まれていた。

 

 だから嫌だった。

 

 視線も、胸も、女である自分も……。

 

 「でも」と思う。

 

 一夏の視線は嫌じゃなかった。

 

 ずっと会いたかった一夏。

 

 幼い頃の面影を残しつつも成長した一夏。

 

 わんぱくだった少年は、優しい雰囲気をまとって少し落ち着いていた。

 

 背は165くらいと平均より低いが、体は鍛えているようで引き締まっていた。

 

 剣道、続けていてくれたのかな?

 

 そう思うと頬がゆるむ。

 

 一夏の顔を頭に浮かべる。

 

「格好良くなったな」

 

 と惚けていると、想像の中の一夏の視線が徐々に下がっていき胸の辺りに……。

 

「うぅぅぅぅ……」

 

 再度、熱暴走。

 

 恥ずかしさで死ぬんじゃないだろうか。

 

「でも……」

 

 一夏が夢中になるくらい見てくれるなら。

 

 一夏が私を女として見てくれるなら。

 

 この大きすぎる胸も少しは好きになれそうだ。

 




と言うわけで、同室はのほほんさんでした。
そして箒ちゃんの最初の見せ場♪
ヒロインが増えてくると空気になるので今のうちにと言うやつですww


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IS学園2日目、前編

一夏の朝はこんな感じになります。



 入学二日目の朝、目覚ましの音で起床。

 

 時刻は六時ジャスト。

 

 隣りのベッドに目を向けると、のほほんさんは爆睡中。

 

 目覚ましの音で起こさなかった事にホッとするが、寝ている女の子を見るのはマナー違反だと思い、なるべく視線を向けないように気を付ける。

 

 一応、間仕切りはあるのだけど、のほほんさんが顔が見えないと寂しいからと使用に反対したので昨夜は使わなかった。

 

 外に出て簡単なストレッチをしてから、朝のトレーニングとして三十分ほど走りに行く。

 

 何人かの生徒とすれ違い挨拶を交わす。

 

 六時四十分、部屋のシャワーで汗を流し身なりを整える。

 

 七時、のほほんさんの目覚ましが鳴るが起きる気配なし。

 

 女子の支度がどのくらいかかるか分からないけど、朝食の時間を考えるとそろそろ起きないとまずいと思い声をかけるが定番の「あと五分~~」が発動。

 

 仕方ないので「ほら、のほほんさん起きて。朝ご飯間に合わなくなっちゃうよ」と肩を揺すりながら餌で釣ると、半覚醒ながら起きてくれた。

 

 フラフラしてるので洗面所まで手を引き、袖を捲って顔を洗わせ、タオルで拭いてあげる。

 

 やっと意識が浮上してきたのか「おはよ~~おりむぅ」とポヤポヤした笑顔でご挨拶。

 

 まだちょっと真っ直ぐ歩けないようなので手を繋いだままで食堂まで行く。

 

 途中周りの生徒からキツい視線をいただいたが、のほほんさんの状態を察するとみんな癒された顔になっていた。

 

 さすが癒し系着ぐるみ少女。

 

 食堂に着いて、のほほんさんの分はどうしようかと困っていると相川さんと岸原さんが来て選んでくれた。

 

 聞くと二人は同室なんだそうだ。

 

 そして四人でいただきます。

 

 端の席に箒ちゃんがいたけど、目が合うと二人揃って赤面してしまった。

 

 誰にも気付かれてないよね?

 

 平静を装いながら食事をしていると

 

「いつまで食べてる。食事は迅速に効率よく取れ。私は一年の寮長だ。遅刻したらグラウンド十周させるぞ」

 

 白いジャージ姿の姉さんが登場。

 

 寮長か……だから滅多に帰って来れなかったんだね。

 

 とりあえず、姉さんの弟として遅刻はするわけにはいかないなと食べる速度を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝のHR、姉さんが教壇に立つとざわめきがピタっと止まる。

 

「再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決める。クラス代表者とは対抗戦だけでなく生徒会の会議や委員会への出席など、まぁクラス長と考えてもらっていい。自薦他薦は問わない。誰かいないか」

 

 クラス代表か、大変そうだな。

 

 そういうのは姉さんみたいなカリスマ・行動力・リーダーシップがある人が向いてるよね。

 

「はい、織斑くんがいいと思います」

 

 はっ?

 

「賛成」

 

 ちょっとっ!?

 

「私もそう思います」

 

 みんな何言ってるのっ!?

 

「他にはいないのか。いないなら無投票当選だぞ」

 

 姉さんに戸惑いと救いの眼差しを向けるが黙殺されてしまう。

 

 姉さん、僕がこういうの苦手だって知ってるくせに……。

 

 けど、このままじゃマズい。

 

 みんな男が珍しいからって客寄せパンダにするつもり満々だ。

 

 回避するためには自分で誰か推薦しなくちゃっ!!

 

「はい、織斑先生」

「なんだ、織斑」

「僕はセシリア・オルコットさんを推薦します」

「理由を言ってみろ」

 

 僕の名前が挙がった時には何も聞かなかったのに、後押しをし易いようにする姉さんなりのフォローなのかな?

 

 こういうさり気ない気遣い、嬉しいな。

 

「代表候補生であり入試主席でもあるオルコットさんの実力は間違いなくクラスナンバー1です。それに人の上に立つことに慣れている点からクラス長としての面にも適していると思います」

「うむ、真っ当な意見だな」

 

 よし、姉さんは納得してくれたぞ。

 

 後は……。

 

 立ち上がって振り返り、みんなの注目が集まったのを確認してから説得をする。

 

「みんな、一人しかいない男を広告塔にしたい気持ちも分かるけど、やっぱり実力あってのものじゃないかと僕は思うんだ。対抗戦で毎回初戦敗退とかみんな嫌でしょ? もちろん僕に決まってみんなが応援してくれるなら一生懸命頑張るけど、現状の差は天と地ほどあるわけで……。だからその辺をちゃんと考慮して決めてくれると嬉しいな」

 

 みんなの反応を見る。

 

 オルコットさんは少し驚いたような顔をしてるけど、全体としては最初の浮ついた感じが引き、真面目に考えようという雰囲気になってくれた。

 

 それに満足して着席する。

 

「では、多数決といこう」

 

 みんなの良識を信じてるよ。

 

「織斑がいいと思うもの」

 

 背後で多数の手が上がる音がする。

 

「オルコットがいいと思うもの」

 

 同じくらいの音が聞こえ、僕も手を上げる。

 

 結果は……。

 

「15対15。引き分けだな」

 

 なんだってぇぇぇぇっ!?

 

 みんな、そんなに僕を客寄せパンダにしたいですか。

 

「さて、どうするかな」

「決闘ですわっ!!」

 

 突然、バンっという机を叩く音とともにオルコットさんが立ち上がった。

 

 えっ? なんだって? 決闘?

 

 いきなり飛び込んできた時代錯誤の発言に理解が追い付かず、クラス中に困惑が拡がる。

 

 しかしそんな微妙な空気など歯牙にもかけないといった感じでオルコットさんが語りだす。

 

「せっかく彼が、わたくしがいかに優秀であるか説明したというのにクラスの半数がそれを認めないだなんて納得がいきませんわ。これはわたくしセシリア・オルコットに対する侮辱です。こうなっては実力をもって示すしかありませんわ」

 

 だから決闘ですか。

 

 言いたいことは分かったけど、代表候補生がついこの前ISについて勉強を始めたばかりの落ちこぼれ学生に戦いを挑むって、もはやイジメじゃないですか?

 

「だいたい、男がクラス代表なんていい恥さらしですわ。このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか」

 

 おぉ~~、女尊男卑広まってるなぁ~~。

 

 どうやらオルコットさんはヒートアップしやすい性格みたいだね。

 

「そもそも文化としても後進的な国で暮らさないといけないこと自体、わたくしにとって耐えがたい苦痛で……」

 

 「じゃあ、本国に帰ればいいんじゃないかな」と軽く考えながら、姉さんはどうするつもりなんだろうと顔を上げた瞬間、

 

「あっ、ヤバい」

 

 表情は仕事モードのままだけど、その雰囲気が剣呑なものに変わっていた。

 

 気のせいじゃなければ、教室の温度も幾分下がっている様に感じる。

 

 いくら国際的な教育機関と言っても、そこはやっぱり日本人の方が多いわけで、もちろんこのクラスも過半数が日本人だ。

 

 正直、僕がフォローしなきゃいけない積極的な理由はないんだけど、少なくともオルコットさんが不満に思ってる『男』はこの場合僕を指すわけで、この騒動の切っ掛けを担っているのは確かだから。

 

 それに姉さんが担任をやってるクラスの揉め事だもんね。

 

 不出来な弟としては、少しでも力になりたいと思うわけですよ。

 

 と言うわけで、

 

「オルコットさんっ」

「なんですの?」

 

 自分の演説が急に止められてキョトンとしている。

 

 くっ、この子、空気読めない子か。

 

「今の発言は、イギリスの代表候補生が公の場所でしていい発言だったか少し考えてみて欲しい」

「ふん、男性が女性に劣っているのは常識でしてよ」

 

 僕が男性を批判されて文句を言ってきたと勘違いしたみたいだけど、違うんだよ。

 

 それに姉さんの怒り炎に油を注がないで。

 

 姉さんはそういう十把一絡げな言い方が嫌いなんだよ。

 

「そっちじゃなくて、責任ある立場の人がこういう場所で特定の国に対して個人の価値観で不当に侮辱するのは下手したら外交問題の火種になる可能性があってね」

 

 最初は「何を言ってますの?」みたいな表情だったけど、僕の説明を徐々に理解していくにつれ顔から血の気が引いていき、終いには動揺も隠せないくらいオロオロしてしまった。

 

 早く謝らないといけないのに。

 

 仕方ないと自分の席を離れ、みんなの視線を浴びながらオルコットさんに近付く。

 

 僕の接近に気付いた彼女は怒られるとでも思ったのか、ビクっと体を震わせ、逃げる様に後ずさる。

 

 まずは落ち着かせないと。

 

「オルコットさん」

 

 なるべく優しく声をかける。

 

 声に反応して目は合ったけど、その視線に力はない。

 

 これは言葉では難しいかな。

 

 よし、姉さんみたいにやってみよう。

 

 そう決めると、僕は彼女を優しく抱きしめた。

 

「「「「「なっ!!」」」」」

 

 周りで驚きの反応が聞こえるけど今は彼女が優先だ。

 

 フリーズした彼女の背中を子供をあやすように撫でながら声をかける。

 

「落ち着いてオルコットさん。まだ大丈夫だから。みんなちゃんと謝ったら許してくれるから。まずは落ち着こう。ゆっくり深呼吸して」

 

 僕の言葉に促されるように深く深呼吸をしてくれた。

 

 制服越しに体の緊張が和らいでいくのが分かる。

 

「じゃあ、さっきの発言の問題点を考えて、それに対する訂正と謝罪。急がないでいいから言葉をしっかり選んで」

 

 腕の中の彼女が考えをまとめ易いように、ゆっくり噛みしめるように伝える。

 

 そのまま1分、2分と背中を撫でていると

 

「もう、大丈夫ですわ」

 

 と言って彼女から体を離してきた。

 

 その顔にはさっきまでの動揺が消え、真剣な眼差しが戻ってきていた。

 

 みんなが注目する。

 

「皆様、先ほどの偏見や先入観による不当であり不適切な発言と非礼、ここで正式に謝罪いたします」

 

 一息入れ

 

「申し訳ございませんでした」

 

 そう言って彼女は深々と頭を下げた。

 

 いっそ美しいと言って差し障りないお辞儀だった。

 

 ふいに、パタパタという音が聞こえ、見ると拍手をしているのほほんさんと目が合った。

 

 互いに微笑みあう。

 

 僕も拍手し出すと、みんなも続いてくれ教室は拍手で包まれた。

 

 良かった。

 

 何とか収まったみたいだ。

 

 顔を上げて涙を浮かべるオルコットさん。

 

 目が合うと、年相応の脚色ない素の彼女の最高に可愛い笑顔を向けてくれた。

 

「うん、やっぱりお姫様みたいだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、とりあえず場は収まったようだが、教師として言うべきことは言わせてもらおう」

 

 姉さんがけじめをつけるために仕切りなおす。

 

「オルコット、貴様には一国の代表候補生としての立場と責任がある。以後、発言には気を付けるように」

 

「はい」

 

 神妙な声で応じるオルコットさん。

 

 まだちょっと不機嫌そうだけどやっぱり教師してる姉さんは凛々しいな。

 

「そして……」

 

 そんな事を考えながら気の抜けた感じにぼんやりと姉さんを見ていると、教壇から降りた姉さんの腕がおもむろに上がって行き――――――

 

 バコンっ!!

 

 いきなりの衝撃に目の前に星が飛んだ。

 

「織斑、教師の前で堂々と何をやっている。少しはわきまえろ」

 

 姉さんにかなり本気で叩かれたらしい。

 

「す、すみませんでした」

 

 あ、あれ、せっかく頑張ったのに何で僕怒られてるの?

 

「この後、ちょっと私の所まで来い。説教してやる」

「ちょ、姉さ」

「分かったな」

「…………はい」

 

 姉さんの眼光には敵いません。

 

「後、クラス代表については帰りのHRで再度決める。皆、考えておくように」

 

 そう締めくくり教室を出る姉さん。

 

 置いて行かれないように後に続く。

 

「織斑先生?」

「付いて来い」

 

 ズンズン進んでいくと生徒指導室に到着。

 

 こういう部屋に入るのは初めてだな。

 

 先に入室を促され、入ると「カチッ」と背後で鍵のかかる音がした。

 

「織斑先せ」

 

 振り返ると同時に抱きしめられた。

 

 あまりの事態に状況がつかめない。

 

「織斑せ」

「姉さんだっ!!」

「えっ?」

「姉さんと呼べっ!!」

「姉さん?」

「一夏…………」

 

 「あぁ」と思う。

 

 やっと分かった。

 

 きっと姉さんはさっきのやり取りに嫉妬しているのだ。

 

 弟が取られたみたいな気がして。

 

 僕だって立場が逆なら嫉妬しているだろうから。

 

 嬉しいな。

 

 姉さんをギュっと抱き返す。

 

「一夏?」

「姉さん、大丈夫だよ。僕はどこにも行かないから」

「当然だ。馬鹿者」

 

 そのまましばらく抱き合っているとチャイムが鳴った。

 

「姉さん、チャイムだよ。授業に行かないと」

「ダメだ」

「ダメって」

「まだ足りない」

「いや、でも遅刻しちゃうし」

「大丈夫だ」

「なにが?」

「これは教室で学生にあるまじき振る舞いをした生徒への指導だ」

「同じことしてるよねっ!?」

「私たちは姉弟だから問題ない」 

「いや、あるよ。教師と生徒でしょっ!!」

「その前に一人の人間だ」

「意味が分からないよ」 

「じゃあ、分かるまでこのままだな」

 

 無理矢理な理屈だろうと姉さんに離す気はないらしく、そのまま十分くらい抱き合っていた。

 

 もちろん授業は遅刻だったけど、お説教だと思われていたので「早く座りなさい」とだけ言われてお咎めなしだった。

 

 姉さん計画的ですか?

 




後半、セシリアと見せかけて最後はやっぱり千冬さんが持っていきましたw
次話は、大幅に書き直すか悩んでいるのでちょっと時間かかるかも……それでも明日の夜には……って、感じです。


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IS学園2日目、後編

大幅な修正は見送りました。
死に設定ですが、後で使われるシーンがある事を思い出して、それとの兼ね合いの結果です。
まぁ、とりあえずどうぞ。


 キーンコーンカーン。

 

 学校のチャイムって小学校から変わらないけど、これってまさか世界共通……なわけないか。

 

「はい、ではここまで」

 

 午前中の授業、無事終了。

 

 さぁご飯だ。

 

 今日は何食べようかなぁと思いながら席を立つと後ろから声をかけられた。

 

「”織斑さん”ランチご一緒してもよろしいかしら?」

「オルコットさん……」

 

 緊張しているのか、わずかに固い表情のオルコットさんだった。

 

 朝のHRであんな事があったから、休み時間の度に気になってどうしてるか見ていたんだけど、ぎこちないながらも周りの生徒とおしゃべり出来ていたから良かったと安心していた。

 

 まぁ僕とも何度か目が合ったけど、さすがに気まずいのかすぐ視線は逸らされてしまったけど……。

 

 で、今、食堂の二人席に向かい合って座っている。

 

 クラスメイトの視線をヒシヒシと感じるけど気にしないでおこう。

 

 僕のお昼はハンバーグ定食。

 

 うん、このデミグラスソースは絶品だな。

 

 付け合せのマッシュポテトも良い。

 

 オルコットさんはBLTサンドイッチ。

 

 まだ手をつけていない。

 

 話したい事があるんだろうなと思い、黙って食事しながら待つ。

 

 しばらくして決心がついたのか、顔を上げ、視線が結ばれる。

 

「織斑さん、先ほどの非礼重ねて謝罪させていただきますわ。そして、感謝を。ありがとうございました。もしあのままだったら大変な事になっていましたわ」

「ううん、無事に済んだのはオルコットさんが頑張ったからだよ」

 

 自分の非を素直に認めるのは難しいものだ。

 

 それにあの非の打ちどころのない謝罪の仕方、さすが貴族の現当主様。

 

 同い年なのに本当に凄いな。

 

「むしろみんなの前で、だ、抱きしめちゃったりして、その、ごめんね」

「い、いえ、あれで落ち着くことが出来たのですから感謝こそすれ責めたりなんていたしませんわ」

 

 二人で顔を赤くする。

 

「じゃあ、これだ仲直りだね」

「はい♪」

 

 笑顔を見た途端、鼓動が高まる。

 

 こんな美人が笑顔をむけてくれているのだ。

 

 ときめかない方がおかしい。

 

 しばし見惚れていると、ふいにオルコットさんの表情が引き締まった。

 

「織斑さん、クラス代表の件なのですが」

「あ、あぁ、うん、どうしたの」

「わたくしと試合をしていただけませんか」

「え」

 

 予想外の展開だった。

 

 いくらHRでの多数決が引き分けだったからといって、あの謝罪を見て彼女の責任感の高さ、潔さに感銘を受けない人はいないだろう。

 

 だから仮にもう一回多数決となっても彼女が選ばれるだろうと思っていた。

 

「理由を聞いていいかな」

「はい、わたくしと貴方のIS操縦者としての実力は自惚れるわけではないですが、かなりの開きがあるのは承知しています。ですが、わたくしを助けてくれた貴方にわたくしは正面から全力で当たりたいのです。このセシリア・オルコットを知ってもらいたい。そして貴方のことが知りたい。勝ち負けが重要ではないのです」

 

 その表情と声から真摯な思いが伝わってきて胸が熱くなる。

 

 彼女は一人の人間として僕に対しようとしている。

 

 これを断るなんてできるわけがない。

 

「分かったよ、オルコットさん。どこまでやれるか分からないけど全力でやらせてもらうよ」

 

 そういって右手を差し出す。

 

「よろしくお願いしますわ」

 

 握手を交わす。

 

「それと、これからはセシリアとお呼びください」

「じゃあ、僕のことも一夏でいいよ」

 

 自然と笑顔を浮かべあった。

 

 そして帰りのHR、セシリアと二人で姉さんにクラス代表は試合で決めたい旨を伝えた。

 

「話は分かった。それでは勝負は次の月曜。第三アリーナで行う。織斑とオルコットはそれぞれ準備しておくように」

 

 視線を合わせ、頷き合う。

 

 一週間しかないけど、できるだけのことをしよう。

 

「しかしな、織斑。おまえのISだが準備まで時間がかかるぞ。予備の機体がない。だから学園で専用機を用意するそうだ。本来なら専用機は国家あるいは企業に所属する人間しか与えられないが、お前の場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意される。理解できたか」

「は、はい」

 

 専用機については”事前に知っていた”けど、やっぱりモルモット扱いか……。

 

 いや、今はモルモットでもいい。

 

 最終的にこの状況を利用できるようになればいいんだ。

 

 今まで姉さんが背負ってきたものをまずは二人で持てるように。

 

 そしていつかは……。

 

「試合までにISの練習もしたいだろうが、訓練機は今週予約いっぱいでな。専用機が来るまでは座学とフィジカルトレーニングでもしていろ」

「了解です」

 

 座学はもちろんだけど、ISを操縦するのに体のキレを落とすわけにはいかないからね。

 

「それでは解散」

 

 さて、とりあえずは稽古場の確保かな。

 

 荷物を手に、誰に相談しようか考えていると、

 

「織斑」

 

 教室を出る姉さんに付いて来いと顎で呼ばれる。

 

「どうしたの」

 

 気安くはなってしまったけど”姉さん”は飲み込んだ。

 

「周りには聞かれたくない。小声で話せ」

 

 窓際に立ち、お互いの耳に口を向け話す。

 

「おまえの機体だが、あいつが作っている」

 

 その話か。

 

「知ってる。僕がISを動かせた理由に心当たりがないか聞きたくて電話した時に聞いたよ」

「そうか……。今回、あいつ妙に張り切っていてな。本当にギリギリになるかもしれんから、そのつもりでいろよ」

「心配してくれてるの」

「当たり前だ」

 

 そう言って頭を一撫でしてくれた。

 

 過保護だな~~と思うけど、正直嬉しい。

 

 それにしても、専用機か。

 

 電話で色々話してアイデア出し合ったけど、あの人の事だからその斜め上を行っちゃいそうで怖い。

 

 魔改造とかされてないといいんだけど。

 

 あっ、これフラグかも?

 

 何かお礼したいけど、電話番号しか分からないし、どうしようかな?

 

 というか、かける度に登録されてる番号がいつのまにか勝手に変わってるんだけど、ハッキング怖いです。

 

 姉さんの後ろ姿を見ながらそんな事を考えていると

 

「い、一夏」

 

 姉さんの離れるタイミングを計っていたように箒ちゃんが声をかけてきた。

 

「どうしたの、箒ちゃん」

 

 今は考えることがいっぱいあって、今朝まで感じていた妙な意識は鳴りを潜めている。

 

「う、うん、良かったら道場に来ないか? 私が稽古をつけてやるぞ」

 

「あ、あぁ……」

 

 そうだった。

 

 箒ちゃんには言わなくちゃいけない事があったんだ。

 

「ん?」

 

 言いよどむ僕をいぶかしむ箒ちゃん。

 

 でも、ある意味ちょうどいいかも。

 

「あのね、箒ちゃん。三つ言いたい事があるんだけど、聞いてくれる?」

「うむ、いいぞ」

「一つ目、去年だけど剣道の全国大会優勝おめでとう」

「な、なんでそんなこと知ってるんだっ」

 

 おっ、顔が赤くなった。

 

「新聞に載ってたから」

「なぜ、新聞なんて見てるんだっ」

 

 それはさすがに理不尽じゃないかな。

 

「二つ目、申し訳ないんだけど実はもう剣道やってないんだ」

「なっ!? どういうことだ、一夏っ」

 

 やっぱり、そういう反応になっちゃうよね。

 

 箒ちゃんの大声に視線が集まる。

 

「それについては後で二人の時に話すよ」

 

 暗に”他の人には聞かせたくない”と示す。

 

「そ、そうか……」

 

 周りの視線に気付き、しぶしぶながらも同意してくれる。

 

「じゃあ、三つ目。剣道じゃないんだけど、僕の訓練に付き合ってくれないかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうつもりだ、一夏っ!!」

 

 ご立腹の箒ちゃん。

 

 あの後道場に移動して、今は剣道の面以外の防具をつけた箒ちゃんと対峙している。

 

「なんでISのスーツなんか着て……説明しろっ!!」

 

 そう、僕は道着ではなくISスーツを着ている。

 

「箒ちゃん、順を追って説明するから、とりあえず声のボリューム下げてくれる? 道場内は僕たちだけだけど、外にはギャラリーがいるみたいだからさ。箒ちゃん以外には聞かれたくないんだよ」

「う、うむ。すまない」

 

 箒ちゃんは直情型みたいだけど基本素直でいい子です。

 

「えっと、箒ちゃんは姉さんが第二回モンド・グロッソの決勝戦を棄権したニュースはもちろん知ってるよね?」

 

「当たり前だ。あれは世界的なニュースだったからな」

「でも、理由は知らないよね?」

「あぁ、報道では謎となっていた」

「これから話す事は絶対に他言無用だよ? いい? 反応も極力控えて欲しい」

「分かった」

 

 聞く準備が出来たのを確認してから話し出す。

 

「実は姉さんが決勝戦に出られなかったのは、誘拐された僕を助けに来てくれたからなんだ」

「っ!?」

 

 約束通り驚きを口から出すことに耐えてくれた。

 

「犯人グループは今も分かっていない。僕の情報をくれたのが開催国だったドイツで、その後姉さんは見返りみたいな形で一年間ドイツでISの教官をする羽目になったんだよ」

 

 箒ちゃんは黙って聞いていてくれる。

 

「その時、思ったんだ。無手の状態でも戦える力が欲しいって」

 

 箒ちゃんの目が見開かれる。

 

「だから剣道をやめて、合気道、正確には古武術だけど、それを習い始めたんだ」

 

 箒ちゃんが悔しそうな、苦しそうな表情を浮かべ、俯いてしまう。

 

「当時、仮に僕の習っていたのが今の武術だったとしても誘拐はされてた思う。結果は変えられなかったと思う。でも縄で縛られてる時の、武器が手になく、ひたすら自分の無力を実感するしかなかったあの気持ちが忘れられないんだ。だから自分の体を武器にしようと思った。そうすれば武器がなくなることもないから」

 

 しゃべりながら不快感から胸に手がいく。

 

 過去の感情を思い出すと今でも吐きそうになる。

 

 それに気付いたのか、

 

「すまなかった。辛い話をさせてしまって」

 

 自分も複雑な心境だろうに気遣かってくれる。

 

「ううん、聞いてもらえて良かったよ」

 

 なんとか笑みを作って応じる。

 

 そしてしばしの沈黙。

 

 うん、これは良くない。

 

 このままじゃ埒が明かないと思い、無理矢理軌道修正を試みる。

 

「このまま二人して沈んでても仕方ないから、気持ち切り替えよっか」

「う、うむ。そ、そうだな。」

 

 今日は最悪稽古にならないかな。

 

「そういえばISスーツを着てる理由だけど、うちの武術の先生が『普段着で練習しないで、いざという時動けなかったらどうする』ていう考えの人でね。つまり、想定される戦いの衣装でやるべきってことで、だから今回はISスーツが適正かなと思ってさ」

「実践的な思考なのだな」

 

 納得してしてくれたようだ。

 

 でも道場でISスーツって正直自分でも浮いてると思うけどね。

 

「それで訓練なんだけど、箒ちゃんに打ち込んでもらって、躱す練習がしたいんだ。お願いできるかな」

「躱すだけなのか? できるなら反撃してもらってもいいぞ」

「打撃はいいだろうけど、投げられたり関節きめられて平気?」

「大丈夫だ。私だってスポーツではなく武術として剣道を修めている。遠慮はいらない」

 

 道は違っちゃったけど、互いに鍛えあえるという事でなんとか気持ちを切り替えてくれたみたいだ。

 

「全国チャンピオンにどこまでできるか分からないけどね」

 

 軽口で場を和ませる。

 

 箒ちゃんの優しさに応えるためにも頑張ろう。

 

 体と気持ちの準備のため軽く準備運動してから、3mくらい間を取って対峙する。

 

「お願いします」

 

 互いに一礼する。

 

 箒ちゃんは竹刀を正眼に、隙を感じさせない構え。

 

 僕は足は肩幅、腕は下ろし、自然体で臨む。

 

 こちらの隙を窺いながら気を高めていく箒ちゃん。

 

 それに対し、僕は相手の呼吸に自分を合わせていく。

 

 そして……。

 

 動いたのは同時。

 

 箒ちゃんは鋭い踏み込みで上段から切り下してくる。

 

 それに合わせて、左足を右足の後ろに引き体を斜にすることで竹刀の軌道から逸らす。

 

 文字通り目と鼻の先を竹刀が通り過ぎる。

 

 予想以上の剣圧に圧され本来なら無手の自分は接近戦でいなければいけないのに思わずバックステップをしてしまう。

 

 それを最初から読んでいたかのように横なぎに胴を狙われる。

 

 さらに一歩後ろに引きギリギリで躱すが、相手はさらに踏み込んできて上段から一撃を放つ。

 

 引いてはダメだと判断し、後ろ足にかかる重心を前に倒し右前方へ。

 

 振り下ろされる手を狙おうと右手を出そうとするが間に合わず、そのまま体を回転させ背中合わせの格好になる。

 

 わずかにお互いの動きが止まるが、合わせたかのように飛び離れ、間合いを取って最初と同じように対峙する。

 

「さすがだね、箒ちゃん。予想してたよりずっと早いし鋭いよ」

「一夏こそよく避けたな」

「本当は最後手を捕りたかったんだけどね」

「気を付けるとしよう」

 

 次は打ち込まれる前にこちらから仕掛ける。

 

 ただし踏み込むでも駆け寄るでもなく、普通に歩いて近づく。

 

 虚をつかれた箒ちゃんは一瞬戸惑うもすぐに立ち直り距離を取ろうと後ろに引こうとする。

 

 それは悪手だ。

 

 あちらの重心が後ろに傾き始める瞬間に合わせて一気に踏み込み距離を詰める。

 

 鼻と鼻が触れ合いそうな距離。

 

 だが彼女の顔は驚くより先に痛みに歪む。

 

 後ろに引こうとして残っていた足を踏まれたのだ。

 

 彼女はこちらを引き離そうとつばぜり合いの要領で押しのけようとするが、その手を捕り、相手の勢いのまま自分の後ろに引く。

 

 彼女の重心が前のめりになる。

 

 掴んだ手を円運動で下方に回し、反対の手を腹部に当て押し上げることで円運動を促し、投げる。

 

 次の瞬間、仰向けに倒された箒ちゃんが驚いた表情を浮かべていた。

 

「大丈夫? 箒ちゃん」

 

 手を引いて立たせる。

 

「あ、あぁ。見事なものだな」

「奇襲みたいなものだけど上手くいったよ」

 

 基本的には受けからの反撃が主なのだが、できるなら先手を取った方がやり易い。

 

「合気道の投げとは、なんというか、流れのようなものなのだな。体をコントロールされるというか。うん、気付いたら天井を見ていた」

 

 初めての体験にちょっと面白がっているみたいだ。

 

「そうだね。重心のコントロールが基本であり極意らしいよ」

 

 まだまだ未熟者の僕では至れない先が山ほどある。

 

「あの後、関節技やとどめの打撃となるのか?」

「そうだね。投げが起点になることが多いけど、躱してカウンターで打撃とかもやるよ」

「興味深いな」

 

 武術というものは基本的に門外不出である。

 

 知られれば対策を立てられてしまうから。

 

 よって試合ならまだしも訓練での交流はない。

 

 それに半ばスポーツと化してしまっている現在は異種試合自体珍しい。

 

「でも、ISにはやっぱり使えないよね」

「あ、あぁ……」

 

 納得されてしまった。

 

「空に浮いてるISでも投げればバランスくらい崩してくれるだろうけど、関節技ってどうなんだろ?」

「絶対防御が働いて、シールドエネルギーが削られるんじゃないか?」

「そうだといいんだけど、でも斬ったり撃ったりした方が早いのは確かだね」

「それはそうだな」

 

 二人して苦笑い。

 

「まさかISに乗ることになるなんて思ってなかったからな~~。でもいまさら方向転換もできないし。武器に期待ってところかな」

「私はもちろん剣だが、一夏はどんなのが良いのだ?」

「夢と希望とロマンと皮肉が合わさったような感じ?」

「なんだそれは?」

「コンセプトの話し合いはしたけど、基本的に作ってくれる人任せだから開けてみるまではお楽しみにって所だね」

 

 その後は協力しながら二時間ほど訓練をして解散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に帰ると誰もいなかったので気兼ねなくシャワーを浴びる。

 

 部室棟には男子が使えるシャワーがないので自室一択なのだ。

 

 大浴場も使えないし、男一人じゃ我儘も言えないか。

 

 シャワーから出ると、いつの間にか着ぐるみに着替えたのほほんさんがいらっしゃった。

 

 うまいタイミングで着替えるもんだな。

 

「シャワー先に使わせてもらったよ」

「わたしはご飯の後に大浴場行くから大丈夫だよ~~」

「羨ましい……」

 

 湯船がですよ?

 

「おりむぅも一緒に入る?」

「なっ!?」

 

 言葉に詰まってのほほんさんを見ると、いたずらっ子の笑顔を浮かべていた。

 

「からかわないでよ。足を延ばせる湯船が羨ましいだけで他意はないよ」

「あぁ~~、男の子は部屋のシャワーしかないんだっけ?」

「残念な事に」

 

 外出許可が出たら銭湯でも行こうかな。

 

「女子の使用時間の後にこっそり入っちゃえば~~?」

「バレたら姉さんに殺されるよ」

 

 「それもそうだね~~」なんてのほほんさんは気軽に笑っていた。

 

 夕食は箒ちゃんととり、道場の使用や訓練の相談をした。

 

 その後、部屋に帰って座学。

 

 まずは今日の復習と明日の予習。

 

 仕方ないとはいえ一人だけ大幅に遅れているのだからこれは欠かせない。

 

 それが終わって、さて、試合用に何を重点的にやろうかと考えていると、湯上りのホコホコしたのほほんさんが帰ってきた。

 

「おかえり、のほほんさん」

 

 湯上りでも着ぐるみじゃ色っぽいとかないな。

 

「ただいま~~おりむぅ何してるの~~?」

「ん? 試合に向けて何を勉強しようか悩んでるんだけど、良かったらアドバイスしてくれないかな?」

 

 周りはみんな自分より先に進んでいるのだ。手を借りない手はない。

 

「そうだね~~、やっぱり機体の構造と制御からじゃないかな~~」

 

 理に適ってる。

 

 効率良い運用には慣れやカンに加え知識が必要不可欠だもんね。

 

 のほほんとしていようと基本この学園の生徒はみんな優秀なのだ。

 

「そっか、ありがとう。その辺りから手を付けてみるよ」

「良かったら教えてあげようか~~?」

「ホントっ? それは助かるよ」

「お菓子三個で♪」

 

 ちゃっかりしてらっしゃる。

 

 でも、

 

「お願いします」

 

 なりふり構ってる余裕はないもんね。

 

 相手は代表候補生、現状、全てにおいてこちらが劣っているのだ。

 

 それを分かったうえで、それでも勝つつもりでやる。

 

 セシリアさんの気持ちに応えるためにも、応援してくれるみんなのためにも、何より自分のために。

 

 そのための準備は怠らない。

 

 後は専用機を待つだけだ。

 

 束さん、大変だと思うけどお願いしますよ。

 




一夏君、合気道できます。
しかしISには死に設定というw
箒ちゃん、せっかくの活躍シーンですが、防具があるので胸の描写がないという残念な感じにorz
次話は……ちょっと問題がある回でして、番外編でifって事にしようかなと思ってます。


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真耶先生の個人レッスン

これは「もしかしたらこんな事もあったかもしれない」という妄想の産物です。
本編には影響しません。
それをご了承のうえお楽しみください。


 入学式が月曜日。

 

 次の火曜日にクラス代表の試合が決まり、その放課後から箒ちゃんに稽古を、のほほんさんには座学を手伝ってもらっている。

 

 稽古は初日こそ二人きりだったけど、道場は剣道部も使うわけで、お邪魔する形で練習に参加させてもらった。

 

 箒ちゃん以外にも立ち会いをさせてもらったり、みんなとても親切で、入部も勧められたけどさすがにそれはお断りさせてもらった。

 

 やっぱり剣を握らないのに籍を置くのは厚かまし過ぎるだろう。

 

 座学の方は、基本的な構造や機動は分かってきたけど、実物が来てみないと分からない部分も多くちょっと心配。

 

 ISは初期状態のものを装着、個人登録(フォーマット)を行ってから、ある程度稼働してデータを蓄積することで最適化(フィッティング)され、第一次移行(ファーストシフト)を経て初めて搭乗者個人のISと呼べるものになる。

 

 ここからさらに稼働を積み重ねていくと低確率だが第二次移行(セカンドシフト)が成され、さらにさらに低確率で単一仕様能力(ワンオフアビリティ)が使えるようになるという。

 

 これらはISのコアに知能ともいうべきものと自己進化が組み込まれているためで、各々のISがその搭乗者と一緒に最善を求めて行くからだとされている。

 

 だからISはただの機械ではなくパートナーとして扱われる。

 

 自分の機体にどんな単一仕様能力が発動するのか興味津々で夢は大きく持ちたいけど、先ばっかり見てても仕方がないから、まずは第一次移行が目標だ。

 

 専用機が来たらねっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、土曜日の放課後。

 

 真耶先生にお願いして一週間分の復習も兼ねた補講をしてもらっている。

 

「どうですか? 織斑くん」

「はい、問題ないです」

 

 外見の幼さとイジられてオロオロしてる愛らしさが目立つ真耶先生だけど、さすが教師というか、教えるのが丁寧で上手い。

 

 個人レッスンというシチュエーションのせいで、いつもよりその豊満な胸部に目が奪われちゃうけど、それでも理解が進むのは間違いなく真耶先生の指導力のおかげだ。

 

 うぅ……不純な目で見てごめんなさい。

 

 でも思春期男子とはそういう生き物なのです。

 

 つまり先生の魅力が僕を惑わすのがいけないのです。

 

 えぇ、責任転嫁ですがなにか?

 

「……斑く……織む……」

 

 姉さんだって胸は大きいけど、いつもキチっとした格好してるから印象は常にカッコイイだ。

 

 でも真耶先生は狙ってるのかバストが強調された服ばかり……見るなって方が無理だ。

 

「織斑くんっ!!」

「は、はい」

「ちゃんと聞いてますか? ぼ~としてちゃダメですよ」

 

 可愛く”めっ”とされてしまった。

 

 え、なにその可愛さアピール。

 

 誘ってますか?

 

 …………乗ってみようかな。

 

「真耶先生のせいです」

「えっ?」

「真耶先生が僕を惑わすんです」

「な、何を言ってるんですかっ!?」

「真耶先生の魅力で気が逸らされるんです」

 

 そう言って胸を凝視する。

 

 真耶先生はその熱い視線に気付いて慌てて胸を隠す。

 

「お、落ち着いてください、織斑くんっ!! 教師をそんな目で見てはいけませんっ!!」

 

 凝視する。

 

「ダ、ダメです」

 

 凝視する。

 

「お、織斑くん」

 

 凝視する。

 

「み、見ないで……」

 

 半泣きになる真耶先生を凝視し続けていると、耐えられなくなったのかしゃがみ込んでしまった。

 

 仕方ない、イジメるのはこのくらいにしておこうと思いフォローするために近づくと、こちらの存在に気付いてビクっとした後、様子を窺うように涙目の上目使いでこっちを見上げてきた。

 

 ぐはっっっっ!!

 

 なんだこの可愛い生き物はっ!?

 

 これが年上とは思えないっ!!

 

 その時、今まで感じたことのない感情が自分の中に生まれた。

 

 体の中心から熱が拡がり、じっとしていられず叫びだしたくなる。

 

 沸々と湧いてくるこの感情は

 

     ”イジメたい”

 

 ゴクリと生唾を飲み込み、手を差し伸べながら思い切って名前を呼んでみる。

 

「真耶」

 

 真耶の目が驚いたように見開かれる。

 

 それを優しい笑みで見つめ返しながら

 

「イジメてごめん。ほら、立って」

 

 恐る恐る差し出してきた手を取り、立たせる。

 

 距離が近いせいか、名前で呼ばれたせいか、真耶の顔が真っ赤だ。

 

 まだ手は離さない。

 

「お、織斑くん?」

「一夏」

「えっ?」

「名前で、呼んで欲しいな」

 

 真耶の手をゆっくり持ち上げていく。

 

「い、一夏、くん」

「なあに、真耶」

 

 視線は外さないまま

 

     ちゅっ♪

 

 真耶の手の甲に軽く口づけをする。

 

「 っ!? 」

 

 プシュ~~っと、限界だったのか、真耶が頭から煙を出して倒れてしまった。

 

 やりすぎちゃったかな。

 

 横たわる真耶先生を見つめる。

 

 でも、なんだろう、この達成感。

 

 自分の中でいけない何かが目覚めてしまった気がする。

 

 とりあえず、そのままにはしておけないので保健室に運ぶ。

 

 もちろんお姫様だっこでっ!!

 

 土曜の放課後ということもあり廊下に誰もいなかったのは助かった。

 

 保険の先生がいなかったから無断でベットを拝借。

 

 眼鏡を外し、皺になるといけないのでジャケットを脱がす。

 

 そこで一旦逡巡して手が止まるけど、

 

「これは、このままだと窮屈で寝苦しいだろうからで、決してやましい気持ちがあるわけじゃないんだ」

 

 と自己弁護して意を決する。

 

 ベットに腰掛けた状態の真耶先生の正面に立ってる僕は抱きしめる体勢で背中に手を回し、指先の感触を頼りにブラジャーのホックを外す。

 

 外した途端、その大きな膨らみがタユンと揺れたのを密着している体から感じて、鼓動が激しくなる。

 

 自制心を最大限発揮してなるべく見な

 

「柔らかそう」

 

 い様にしながら真耶先生をベットに寝かせ、スカートのホックを外してファスナーを下ろす。

 

 シャツ越しに水色が透けている様に見えたけど、確認する前にタオルケットをかけてしまう。

 

「これで大丈夫かな」

 

 ワザとらしく溜め息なんてついていると真耶先生が寝言で、

 

「ダメです~~、私は先生、教師と生徒でなんて、えへえへ、いやんいやん」

 

 うん、いつも通りだから大丈夫だな。

 

 それにしても大胆なことしちゃったな。

 

 ブラジャーとかじゃないよ?

 

 あれは介抱しただけ。

 

 教室での件ね。

 

 あれ、フォローとか出来る?

 

 というか、どんなフォローをしたらいいんだろう?

 

 ベタに夢オチとかダメかな。

 

 いや、別に後悔とか全然ないし、むしろ続けたいくらいだけど、真耶先生が無理そうだからなぁ。

 

 教室でも僕は目の前の席だし、目が合うだけで「あうあう」されてたら姉さんに何されるか……。

 

 真耶先生か……。

 

 この場合、僕は年上好きになるのかな?

 

 イジメられてる時の真耶先生は年下にしか見えないんだけど。

 

 他だと、眼鏡に巨乳か……。

 

 う~~ん、この場合、僕は実はSだったってのが一番しっくりくるんだけど。

 

 でも、こんな気持ちになったの初めてだから正直よく分からない。

 

「う、ううん、あ、あれ? ここは……」

 

 おっ、真耶先生が起きた。

 

「織斑くん、私、どうして……」

 

 けど、状況がまだよく分かっていないみたいだ。

 

「夢? あ、あれ? でも……」

 

 絶賛混乱中だな。

 

 夢オチにするのもいいけど、やっぱりここは正直にいこう。

 

「真耶先生は教室で倒れちゃったんですよ。覚えてないんですか?」

「えっ!? じゃ、じゃあ、やっぱり……」

 

 先生の顔が赤くなっていく。

 

「真耶先生っ!! そのことで相談があります」

 

 ちょっと大きな声で意識をこっちに向けさせる。

 

「な、何でしょう」

「僕、可愛い真耶先生を見てたら、イジメたいって気持ちが止められなくなっちゃって……僕、変なんでしょうか」

「なっ!? えっ!? そ、それは、私には……よく……分かりません」

 

 動揺する先生。

 

「他の人には恥ずかしくて言えないし、こんなこと相談できるの真耶先生しか……」

 

 正面から見つめる。

 

 先生は最初こそあたふたしていたけど、頼られる教師という自覚が勝ったのか

 

「分かりました。先生に任せてください。織斑くんが間違った道に進まないように一緒に頑張っていきましょう」

 

 まだ顔は赤いけど、そこには頼れるお姉さんの笑顔があった。

 

「ありがとうございます。真耶先生」

「いいえ、私、先生ですからっ!!」

 

 ドンっと叩いて大き過ぎる胸を張る。

 

 もちろん自然と目がいく……が、両頬に手が添えられ視線を上げさせられ、目が合う。

 

「ダメですよ? お・い・た・は」

 

 ズキュンッ!!

 

 何かが胸を貫いた音が確かに聞こえた。

 

 自分の優位性を演出した大人の余裕の笑みを浮かべる真耶先生。

 

 その”背伸び感”がたまらず背筋がゾクゾクする。

 

「は、はい」

「よろしい♪」

 

 自分でも恥ずかしかったのか顔を真っ赤にして照れている。

 

 僕の中の何かがまた動き出す。

 

「真耶先生」

「なんですか、織斑くん」

 

 ”真耶”の手を取り

 

「これからは二人の時は名前で呼んでください」

 

 見つめる。

 

 息を飲み固まる真耶

 

「真耶」

 

 催促する。

 

「い、一夏、くん」

「はい、よくできました」

 

 デジャヴが働いたのか手に力が入るが、次はそこじゃない。

 

     ちゅっ♪

 

 真耶のおデコにキスをした。

 

 意味不明な聞き取れない絶叫をあげて再度ベットに倒れこむ真耶先生。

 

 次、目を覚ました時は、夢と現実どっちで認識するのかな?

 

 顔を真っ赤にして混乱してる真耶先生を想像して幸せな気持ちになりながら保健室を後にした。

 

 これは背伸びした二人のイタズラ勝負なのかもしれない。




真耶先生のエロ可愛さはバグキャラ並みだと思いますw
年上なのにM属性、眼鏡、巨乳、女教師……完璧じゃないかっ!!
ゲフンゲフン、ちょっと熱くなりました。

次は、試合前日の話です。


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日曜日、姉さんと二人で

セシリアとの試合前日の日曜日の出来事です。


 試合を明日に控えた日曜日。

 

 今日は疲労を残さないために訓練と座学はお休み。

 

 ということになっていたけど、今いるのは道場。

 

 午前中の澄んだ空気の中、ゆっくりと一つ一つの動きを確認するように演武をしている。

 

 頭の中で仮想の相手を作り上げ、その攻撃を躱し、いなし、投げる。

 

 箒ちゃんや剣道部の人達の影も出てくる。

 

 精神が統一され、感覚が研ぎ澄まされていく。

 

 だから入り口に近づいてくる人の気配にもすぐに気付いた。

 

 それが誰かも……。

 

 入り口が開く。

 

「おはよう、姉さん。どうしたの?」

「おはよう、一夏。邪魔したか?」

 

 スーツでもジャージでもない、青いジーンズに白いシャツ、中は黒のタンクトップという格好の姉さん。

 

 こういう格好はスタイルいい人しか似合わないんだよね。

 

 もちろん姉さんは似合ってる。

 

「大丈夫だよ。それより何処か出かけるの?」

「あぁ、外出許可を取った。一夏、家に帰るぞ」

 

 決定事項みたいだ。

 

「うん、いいよ。掃除もしたいしね」

 

 二つ返事で応じる。

 

「よし、ではシャワーを浴びて来い。三十分後に校門に集合だ」

「了解」

 

 学園だとなかなか姉さんと二人きりになれないから、今日はいいリフレッシュになりそうだ。

 

 食事は、昼と夜だけ手作りにするのは材料が余って勿体ないから、外食に決定。

 

 帰宅前に駅前のイタリアレストランでランチにする。

 

 姉さんはペスカトーレ、僕はカルボナーラ、そしてマルゲリータピッツァを頼んだ。

 

 パスタも取り皿で分け、ピザも合わせて仲良く半分こ。

 

 二人だと色んな味が楽しめていいよね。

 

 コンビニで飲み物とかを買い込んでから一週間ぶりの帰宅。

 

 窓を全部開けて空気を入れ替え、簡単な掃除をしてからお風呂を入れる。

 

 家に帰った時くらい湯船に浸かりたい。

 

 お風呂は日本人の心だよ。

 

「姉さん、一段落したから入っていいよ」

「あぁ」

 

 およそ家事に向かない姉さんには庭に出ててもらったのだ。

 

「それじゃあ、何すればいいの?」

「ふっ、やはり分かっていたか」

「そりゃあね」

 

 こういうことだ。

 

 明日は格上の相手との試合である。

 

 準備はして、し過ぎるという事はない。

 

 しかし、まだ自分のISは来ていない。

 

 肉体的トレーニングなら道場でいい。

 

 座学なら寮でいい。

 

 つまり外出許可まで取ってわざわざ帰って来たということは、家でなければてきないことがあるということだ。

 

「これを見る」

 

 姉さんが鞄から何枚かの記録メディアを取り出した。

 

「それは?」

「まず、機密レベルではない通常の手段で入手できるオルコットの乗る機体名ブルーティアーズの戦闘映像。後は遠距離射撃型に対して、近・中・遠距離型がどう戦うかの基本的な映像教材だな。これは2・3年が使うやつから持ってきた」

 

 姉さんの発言に、ちょっと呆気に取られる。

 

 ここまで教師が一生徒に肩入れするのは問題だろう。

 

 だから学園から出て家でか……。

 

「姉さん……」

 

 嬉しさでちょっと目頭が熱くなる。

 

「ホントに姉さんは過保護なんだから」

「ふん、弟の心配をするのは姉の特権だ」

 

 少し照れくさそうにする姉さん。

 

 それに対して僕はありったけの愛情と感謝をこめて、自分から姉さんを抱きしめる。

 

「ありがとう、姉さん」

「そう思うなら、結果で示せよ」

 

 姉さんは僕にすごく甘いけど、甘いだけじゃない。

 

「うん、勝つよ」

「しかし、無理して怪我はするなよ」

 

 あれ? 甘いかも?

 

「それは、難しいかも」

「馬鹿者。お前だってただ見ているだけの辛さは分かっているはずだろう?」

 

 もちろん分かっている。

 

 姉さんの試合はいつも怪我しないか心配しながら見ていた。

 

「だから私はいつでも完勝していたのだ。少しでもお前に心配させないためにな」

 

 言葉がすぐに出てこない。

 

 そんな気持ちでいてくれただなんて……。

 

 ホント敵わないな。

 

 姉さんの背中は大き過ぎる。

 

 見えてるつもりでも、まだほんの一部なんだろうな。

 

 でもそれを教えてくれたってことは僕にも出来ると思ってくれているんだ。

 

 それなら……。

 

 抱きしめている腕に力をこめる。

 

「やるよ、姉さん。姉さんに心配はかけない」

「ふふ、期待しているぞ」

 

 五分経過

 

 十分経過

 

「ね、姉さん?」

「なんだ?」

「そろそろ離して欲しいかな、なんて……」

 

 体勢としては僕が姉さんを抱きしめている形だけど、下から回された姉さんの手がガッチリ僕の腰をホールドしている。

 

「ダメだ」

「ほら、映像見ないと……」

「一夏分を吸収中だ。もうしばらく待て」

「なぜか激しくデジャヴを感じる」

「いい匂いだ」

「ちょっ!? 恥ずかしいよっ!!」

 

 姉さんが顔を僕の首筋に摺り寄せてくる。

 

「ふふ、何を恥ずかしがる? 姉弟ではないか」

「説明になってないからっ!?」

「なんなら一夏も嗅いでいいのだぞ?」

「えっ……」

「嫌なのか?」

「そんなこと、ない、です」

「私は一夏の匂いが好きだぞ」

 

 姉さんの息がかかり首筋がゾクゾクする。

 

「うぅぅぅぅ……」

「ん?」

 

 観念して僕も姉さんの首筋に顔を埋める。

 

「僕も、大好き」

「よし♪」

 

 今、絶対顔から火出てるよ。

 

 誰か消防車呼んで、消防車っ!!

 

 これは僕のせいじゃない……そう、放火なんだっ!!

 

 つまり、犯人は姉さんだっ!!

 

 って、ははは、我ながらアホなこと考えてるなぁ。

 

 ていうか、そうでもしないと色々やり過ごせない。

 

 うぅ、ホント勘弁してください。

 

 その後は、映像を見ながら姉さんのアドバイスを聞き”努めて真面目に”試合の対策を考えて過ごした。

 

 僕の機体のスペックが分からない以上、なるべく多くのパターンを想定しなくちゃいけなくて骨が折れたけどやりがいがあった。

 

 姉さん曰く、仮に自分とは違った戦い方でも見るべき所はあるし、相手が何をしたいかや、タッグ戦の参考になるので見れば見ただけ有用なんだそうだ。

 

 夕飯は豪勢に出前でお寿司をとった。

 

 姉さんはトロやイクラにウニみたいな高いネタが好きだけど、僕は玉子、サバ、貝類が好みでかぶらない。

 

 甘い玉子焼きは人類の宝だよ。

 

 そして、くつろぎのお風呂タイム。

 

 いや、ちゃんと一人で入ったから変な想像はしないように。

 

 こんな感じで、姉さんのおかげで、実践的な知識と精神の充実が図れた凄く有意義な休日でした。

 

 これには明日の勝利で報いてみせる。

 

 これが姉さんに近づく一歩になるように……。

 

 

 

 

 

――――――――――おまけ――――――――――

 

「そろそろ花見の季節も終わりか……」

 

 春の陽気に独り呟く。

 

 今、後ろでは一夏がせっせと部屋の掃除をしている。

 

 「姉さんは庭で日向ぼっこでもして寛いでてよ」と、やんわりと戦力外通告されてしまい、庭で時間を潰している。

 

 まぁ、確かに私は家事が苦手だ。

 

 その方面ではあいつが小学生の時分から頼りっぱなしである。

 

 私が外で稼ぎ、一夏が家の事をする。

 

 親のいない私たちに選択肢がなかったこともあるが、私は存外この関係が気に入っていた。

 

 一夏を守っている実感があったし、帰れば一夏のぬくもりに包まれて安らぎを感じていた。

 

 一夏は自分のことを過小評価しているようだが、一夏は私が私であるための支えだ。

 

 帰るべき場所なのだ。

 

 それを傷つけようとするものは容赦しない。

 

 しかし、一夏は力を手に入れてしまった。

 

 分かりやすい力。

 

 武力。

 

 ISだ。

 

 理由などはこの際どうでもいい。

 

 問題は、男で世界唯一という希少性ゆえに発生する危険だ。

 

 本人も分かってはいるだろうが、実感が伴わないせいかまだ認識が甘い。

 

 だから近い未来、危険に直面したとき正しい対処ができるよう鍛えておかなければならない。

 

 それが姉として、教師として私がしなければならないことだ。

 

 そのために癪だが束にも力を借りた。

 

 ルームメイトも生徒会との連携を考慮して決めた。

 

 クラスも寮も私の目の届く範囲にし、いい刺激になればと代表候補生を、訓練の足しになればと篠ノ之を近くに置いた。

 

 出し惜しみなく、打てる手は打っておく。

 

 明日の試合もいい訓練になるだろう。

 

 一夏は自分で自分を守れるようにならなければならない。

 

 そのためなら私は何でもしよう。

 

 愛する一夏のために……。

 




千冬さんからの愛が溢れてますw

次回はセシリアとのバトルなんで、オリジナルISの登場です。


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vsセシリア、前編

ISを新しくしたのでバトルは書き直しなので、ちょっと大変でした。
と言っても、本格的なバトルは次回となります。


 セシリアさんとの試合当日。

 

 第三アリーナのAピット。

 

「来ないね~~」

「来ないね~~」

「お菓子食べる?」

「うん、貰おうかな」

「おりむぅ飲み物ちょうだ~~い」

「はい、どうぞ」

「ありがとう~~」

「そこっ!! 和んでるんじゃないっ!!」

 

 僕とのほほんさんが寛いでいると箒ちゃんが吠えた。

 

「まぁまぁ、シノノンも落ち着いて。お菓子食べる?」

「いらんっ!!」

 

 なぜ箒ちゃんがご立腹かというと、後十五分で試合が始まるというのにまだ僕の機体が到着していないのだ。

 

「箒ちゃん、抑えて抑えて、ここでイライラしても仕方ないからさ」

「なぜ、お前が落ち着いているのだっ!!」

 

 まぁ、来ないものはどうしようもないからね。

 

「そうだ、リラックスのいい方法があるから、箒ちゃん手出してよ」

「あ? あぁ、こうか?」

 

 ぶっきらぼうに出された手をとり、両手で広げるようにして手のひらをマッサージをしてあげる。

 

「なっ!?」

「どう? 気持ちいいでしょ」

「あ、あぁ、そ、そうだな」

 

 赤くなって俯いてしまったけど、さっきまでのイライラは落ち着いたみたいだ。

 

 効果満点だね。

 

「おりむぅ、来なかったら打鉄で出るの?」

「そうだね。いきなり射撃は無理だろうし」

 

 訓練機には打鉄とラファール・リヴァイヴの二種類があり、打鉄は刀による近接戦闘が主で、ラファールは銃火器によるオールラウンダーとなっている。

 

 汎用性でいけば間違いなくラファールの方が優秀なのだが、しかし銃を持ったこともない人間に扱えるものではないので、近づいて斬るだけの打鉄もそれなりに人気がある。

 

「し、しかし、オルコットの機体は遠距離射撃型なのだろう? 刀だけでは難しくないか?」

 

 もみもみ継続中。

 

「そうなんだけど、相手の土俵である射撃で挑むよりかは可能性があるんじゃないかなと思ってさ」

 

 もみもみ。

 

「そ、そうか」

 

 もみもみ。

 

「い、一夏っ」

 

 もみもみ。

 

「なに? 箒ちゃん」

 

 もみもみ。

 

「もう、大丈夫だから。は、離してくれ」

「そう? 逆の手もしようか?」

 

 素直に離す。

 

「い、いや、大丈夫だ」

 

 箒ちゃんは慌てた様子で反対の手を体の後ろに隠す。

 

 理由が分からず見つめていると、

 

「おりむぅ、シノノンはおりむぅに手を握られて嬉し恥ずかしなんだよ~~」

「なっ!? 何を言っているっ!!」

 

 真っ赤な顔で声を荒げる箒ちゃん。

 

「ち、違うぞっ!! こ、これは、その……」

 

 僕にも弁解しようとするが言葉が続かない。

 

 これって意識してくれてるって事だよね?

 

 そんな箒ちゃんを見て僕の顔も自然と赤くなる。

 

「二人とも真っ赤っか~~」

「うるさいっ!!」

 

 そっぽを向く箒ちゃんと、ニマニマするのほほんさん。

 

 二人のおかげで試合前なのに緊張しなくていいや。

 

 そんな感じで時間を潰し、試合まで後五分と迫った時、

 

「織斑くん、織斑くん、織斑くん」

 

 スピーカーから真耶先生の声が響いた。

 

「来ましたっ!! 織斑くんの専用ISっ!!」

「やった~~」

「心配させおって」

「間に合ったね」

 

 三人で笑顔になりながら、

 

「(束さん、お疲れ様でした。ありがとうございます)」

 

 心の中で呟く。

 

「織斑、すぐに準備しろ。アリーナを使用できる時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ」

 

 搬入口のシャッターが開き、そこには

 

「これが織斑くんの専用IS『キュクロープス』です」

「これが一夏のIS……」

「ほえ~~」

 

 色は白一色。

 

 フォルムは腕と足が太く、肩に厚みがありパワー系である事を窺わせ、全体的に武骨な感じを受ける。

 

 しかし、ひときわ目を惹くのはやはり全身装甲な点だろう。

 

 うん、まぁ、こいつの目的を考えればこうなるよね。

 

 自分で言っといてなんだけど、生身の僕との戦闘スタイルが真逆なのにはちょっと笑える。

 

 苦笑を浮かべているとスピーカーから聞こえる真耶先生の声でレクチャーが始まる。

 

「織斑くん、復習です。ISの試合は相手のシールドエネルギーを0(ゼロ)にした方の勝ちです。ISは操縦者を守るためにシールドバリアを張っているのですが、それを攻撃することでエネルギーを減らせます。それと、バリアを貫通するほどの威力のある攻撃がされた場合、操縦者の命を守るために絶対防御が働きます。これにより操縦者は大怪我をしないで済むのですが、その代わり大幅にエネルギーを使ってしまいます。もし自分の乗るISがパワー型なら積極的にシールドバリアを抜く攻撃を狙っていくのも戦術としては良いかもしれません。分かりましたか?」

「はい、大丈夫です」

 

 真耶先生の説明は分かりやすいな。

 

 最後にこっそりアドバイスもくれたし、優しいよね。

 

 まぁ、素人が代表候補生に挑むんだから、そのくらいのサポートはあって然るべきなのかもしれないけど。

 

「では、すぐに装着しろ。時間がないからフォーマットとフィッティングは実践でやれ」

 

 それは初期状態で戦えって事か。

 

 じゃあ作戦としては、積極的に基本スペックで押し切るか、消極的に一次移行まで時間稼ぎをするかの二択だね。

 

 教本通りに背中を預けるように座る感じで装着すると、開かれていたボディが閉じ、スッポリと包まれる。

 

 すると次の瞬間、全身にぬくもりが広がった。

 

 なんだろう、凄く落ち着く。

 

 姉さんに抱きしめられてるみたいだ。

 

 守ってくれるの?

 

 その絶対的な安心感を感じたのも束の間、目の前にウインドウが開き、

 

「やぁやぁ、いっくん。久しぶりだねぇ。未来永劫いっくんだけのアイドル束さんだよ♪」

「束さんっ!?」

 

 ウサギ耳を付け、無邪気な笑顔がデフォルトのもう一人の姉的存在の女性が映し出された。

 

「どうした、織斑。気分でも悪いのか?」

「え、あ、い、いえ、大丈夫です」

 

 姉さんの声で我に返る。

 

「お、お久しぶりです、束さん。IS、ありがとうございました。大変だったでしょう」

「へーき、へーき。私を誰だと思ってるんだい? 天才の束さんだよ? いっくんのためなら愛情パワーで一週間完徹なんて余裕のよっちゃんだよ」

「なんか、ごめんなさい」

「謝られたっ!?」

 

 画面の向こうで、ガーーンなんてベタなリアクションをしている。

 

 その昔から変わらないいつも通りの束さんの姿に懐かしさと安心を感じ、

 

「でも、ありがとう。”お姉ちゃん”」

 

 昔の呼び名を使うと一瞬驚いた様に固まり、次いで笑みが深まって

 

「お礼はいっくんの体でいーーよーー♪」 

 

 ナチュラルにセクハラしてきた。

 

「でもそれは次の機会に取っておくとして、今はやらなくちゃいけない事をササッと済ませるよ」

 

 言い返す前に話はどんどん進む。

 

「時間ギリギリになっちゃったから、これから実地でチュートリアルを行いたいと思いまーーす」

「うわっ!?」

 

 と言うか、勝手に体も動いた。

 

 僕の意思とは関係なし、ピットからアリーナに飛び出す。

 

「一夏、勝ってこい」

「おりむぅ、頑張って~~」

 

 二人の声援に応える余裕もない。

 

「はーーい、まずはスラスターね。背中にある大型のやつがメインで、こいつは後付けパーツと組み合わせる事で大気圏も突破できる束さん印の特別製。と言うか、このキュクロープスは全身隅から隅まで束さんのいっくんに対する愛情いっぱいの手作りだから全部が全部特別製なんだけどねーーっと、後は肩・胸・腰・足にサブがいっぱいあって細かい姿勢制御や短距離移動をサポートするよ」

 

 アリーナの地面に着地するまでに、上下左右と細かい機動をしてみせる。

 

「それでね、それでね」

 

 ウインドウが別に開き、武装の一覧が出る。

 

「武器はいっくんのリクエストを参考にこんな感じになりましたーー。どう? どう? 夢とロマンが詰まってる感じでしょーー」

「おぉ、確かに」

 

 そのラインナップに感心する。

 

「じゃあ、まずはこれで行ってみよーー」

 

 両手に武装が展開されると同時に、タイミングを見計らっていたように、

 

「それでは、セシリア・オルコットと織斑一夏の試合を始める…………始めっ!!」

 

 試合開始を告げる姉さんの声がアリーナに響いた。

 

 

 

 

 

――――――――――セシリアside――――――――――

 

 

 

 

 

「時間、ギリギリですわね」

 

 アリーナの上空400m、10分前には既にスタンバイしていたわたくしの眼下に、一夏さんが乗っていると思われる白い機体が飛び出してきたのが見えた。

 

 いくら時間通りだろうと、レディを待たせるなんてマナーがなってませんわ。

 

 ですが、これくらいの事でいちいち目くじらを立てるのもレディとしての慎みに欠けると言うもの。

 

 ここは優雅でありながら、しかし婉曲にマナー違反を指摘してさしあげなければなりません。

 

 言葉を選び、いざ声をかけようと白いISを正面から視界におさめた瞬間、口から出た言葉は用意したものではなく、驚きのあまり見たままをただ表現した優雅さの欠片もないものになってしまった。

 

「全身装甲ですって」

 

 別に禁止されているわけではないのですが、表向き競技スポーツであるISにおいて「顔を隠す」という行為は、戦術的なメリットより戦略的なデメリットの方が遥かに大きく、正式に採用している機体はありません。

 

 どういう事かと言うと、表向き競技スポーツであるISの操縦者は国の威信をかけて戦うため、国の顔、軍の顔といった広告塔やアイドルといった側面を持ち、他人に見られるのも仕事の内という事になります。

 

 それなのに顔を隠す。

 

 しかも自分だけ隠すと言うのは酷くイメージを悪くする事になります。

 

 さらに全身を隠したISは見るからにロボット兵器という外見になってしまいますから、その外見で対戦相手を蹂躙でもした場合、内外からの非難は避けられないでしょう。

 

 戦術的には、表情が読まれないと言うのはそこそこのメリットになるのですが、表情が見えていても逆にフェイントに使われることを考えれば隠すことに固執する理由もなく、勝率を確実に上げるわけではない選択肢では戦略的なデメリットを覆すことは出来ません。

 

 そもそも絶対防御で守られているISでは基本的に装甲の厚さはほとんど防御力には関係がないのも軽装化される一因でしょう。

 

 ISはあくまでもスポーツであり、絶対防御が効かなくなった後の事は表向き想定されていないのですから。

 

 しかし、そこをおしてまで全身装甲を選択した一夏さんのISの意味……。

 

 その先を見越しているのか、または単純に女性との差別化なのでしょうか。

 

 どちらにしても、あの外見ではエレガントさに欠けますわね。

 

「一夏さん、お待ちしておりましたわ」

 

 驚きの波が引いた所で、当初の予定通り遅れてきた事を指摘しようと声をかける。

 

 が、返答がない。

 

 と言うより、そもそもウインドウが開かず、目の前のISと交信が持てません。

 

 ジャミング等の妨害はないようですが、何かのトラブルでしょうか。

 

 一夏さんがISに乗れることが発覚してからまだ二か月ちょっと。

 

 たたき台となる機体があったとしても、専用機を作り上げるにはあまりにも期間が短すぎます。

 

 スラスターや姿勢制御は大丈夫の様ですが、一応織斑先生に進言した方が良いでしょうか。

 

 と悩んでいる間に、スピーカーから試合開始の合図が送られてしまう。

 

 そして目の前のISはこちらの心配をよそに既に武装を展開していた。

 

「っ!?」

 

 狙撃が主体の中・遠距離型であるわたくしにとってファーストアタックは大事な意味を持ちます。

 

 奥の手がないわけではありませんが、基本戦術は近付かせずに削り勝つ事ですから、相手がこちらの狙撃に対してどのような対応をして見せるかは戦闘において大きなウエイトを占めるのです。

 

 だと言うのに、先に動かれてしまうなんて、これは明らかな失態です。

 

 こちらも素早く主力武装である大型レーザーライフル『スターライトmkⅢ』を展開し、照準を合わせる。

 

 が、その時点でようやく相手の両手に展開された武装の異質さに気付く。

 

「ドリルと…………あれはショベル、ですわね」

 

 スポーツと言ってもISはやはり兵器である以上、その武装は刀剣や銃器がほとんどとなっています。

 

 百歩譲ってドリルはまだしもショベルというのは、ふざけているとしか思えません。

 

 銃器と重機をかけたジョークとでも言うつもりでしょうか。

 

 そう考えるとちょっとムカムカしますが、一夏さんが作ったわけでもないので、一夏さんを責めるのはお門違い。

 

 再度照準を合わせ、気を静める。

 

 あちらの機体情報はありませんが、あれだけ重量級のフォルムならパワー型ですわね。

 

 大きくて遅いのなら的としては最適ですわ。

 

 これは一方的な展開になってしまうかもしれませんが、だからと言って容赦はいたしません。

 

「まずは、お手並み拝見ですわ」

 

 上空から地上で顔だけをこちらに向けて直立不動の彼を狙い撃つ。

 

 が、

 

「なんですってっ!?」

 

 そのビームは、先程馬鹿にしたショベルによって防がれてしまう。

 

 あまりの予想外な出来事に一瞬固まってしまうが、何とか気を取り直して、試しにもう一度狙撃を行う。

 

 先程の焼きまわしの様に、右手のショベルで何でもない様に防がれる。

 

 冷静に今起こった事を分析すると、あのショベルは形は変わっていますが盾の代わりなのでしょう。

 

 そして、わたくしのスターライトmkⅢではあれを抜くには火力が足りない。

 

 次に、躱すのではなく防ぐ事を選択した事に着目すると、やはり敏捷性には難があると見ていいでしょう。

 

 躱せない事を想定するからこそ盾が必要になるのですから。

 

「ならば、手数で勝負ですわ」

 

 そう結論付けて、機体名の由来にもなっている第三世代兵器を起動させる。

 

「お行きなさい。ブルーティアーズ」

 

 四機のビットが空を舞う。

 

「さぁ踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルーティアーズの奏でる円舞曲でっ!!」

 

 さぁ、一夏さん。

 

 わたくしの代表候補生としての実力、その全てを余す事なく見ていただきますわ。

 




とりあえず、まず出てきた武装はドリルとショベルの二つでした。
もちろんまだ出ますよw
ショベル、ちゃんと意味があるので、次回か次々回に説明しますね。


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vsセシリア、後編

遅くなりました。
でもバトルはサラッと流れます。

※大事なお知らせ
束さんのチュートリアルが終わった時点で、キュクロープスの全身装甲からフェイスとボディの着脱、オン/オフが可能になり、一夏操作時はオフになっています。
後でその描写を書き加えておきますが、とりあえずは先にご報告だけ失礼します。



「どんな地層でも掘り進めるショベルと、どんな岩盤だろう打ち砕くドリル。他のもそうだけど、キュプロークスの武装は基本的に束さんオリジナルブレンドの超合金を使ってるから丈夫で長持ち100年どころか1000年保証の優れもの。だからへなちょこビームなんかでは傷一つ付かないのは当然なんだよーー」

「さすがです。束さん」

 

 セシリアから打ち出されたビームを事も無げに防いで見せたショベル。

 

 驚きはするが、束さんの天才振りには免疫があるのでリアクションを取るくらいの余裕はある。

 

「にゅふふ、次は一気に行くから目つぶっちゃダメだよ?」

「はいっ」

 

 ハイパーセンサーの360度ある視覚情報に戸惑いながらも、意識を上空のセシリアに向け、気合いを入れる。

 

 そしてセシリアの機体からブルーティアーズが射出されるのを視認した次の瞬間、今まで感じた事のない感覚に支配された。

 

 時間感覚が引き伸ばされ、自分の意思は働いていないはずなのに、自分の脳がISに指示を飛ばす。

 

 肩に内蔵されている二つのワイヤーブレードで2機のブルーティアーズをターゲットロックし、ランダム機動のプログラムに乗せて射出すると同時に自分も急上昇。

 

 上昇中に左手のドリルをロケットパンチの要領で側面の新たにターゲットした機体に打ち出し、右手のショベルでセシリアまでの直線上にある4つ目のブルーティアーズを殴り飛ばす。

 

 勢いは止まらない。

 

 そのまま上昇する僕はセシリアを衝突するギリギリの所でかわし、飛び越え、勢いを殺さない様に宙返りして急降下。

 

 振りかぶった腕に巨大ハンマーが展開され、セシリアに振り下ろ――――――

 

 そうとしたハンマーが上向きに弾き飛ばされ、両腕が跳ね上げられる。

 

 同時に爆音と前方の視界を埋め尽くす黒煙。

 

「ふーーん、ゴミ屑のくせに抵抗するんだ」

「束さん?」

 

 ISの補助のおかげで、体にかかる負荷はそれ程でもなく、生身なら到底処理しきれない情報量も理解できる。

 

 さっきの爆発は、セシリアが自爆覚悟で隠し玉であるブルーティアーズの最後の2機、ミサイルユニットを使ってハンマーを防いだのだろう。

 

 それはいいとして、問題は束さんの方だ。

 

 束さんは子供っぽい所があって、自分の思い通りに行かないと道理の方を曲げてでも我が意を押し通す傾向がある。

 

 例外は姉さんと箒ちゃんと僕の事くらい。

 

 その幼い頃からの経験が、束さんの発言に警笛を鳴らす。

 

「た、束さん」

「いっくん。束さんはちょーーっとゴミ掃除しないといけないから待っててくれるかな。大丈夫、すぐ終わらせるから」

 

 全然大丈夫じゃないっ!?

 

 マズい、何とかフォローしな――――――

 

 いとと思った時には時既に遅く、セシリアの機体に向けて雨のように爆弾が降り注いでいく。

 

 止める術を持たない僕は、ただ眼下に広がった火の海に青い機体が飲み込まれていくのを眺めている事しかできなかった。

 

 そして爆煙が収まるのを待たずに、試合終了のブザーと姉さんの勝ち名乗りがアリーナに虚しく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~~、快勝だね。瞬殺だね。さっすが私っ♪」

「束さん、オーバーキルって言葉知ってます?」

「もちろん知ってるよ。わらわらと湧いてくる羽虫同然の奴らを辺り一面焼け野原にして滅殺する事だよね」

「ごめんなさい」

 

 スケールが違い過ぎる。

 

「じゃあチュートリアルも終わったし、細かい事はキュプロークスのデータ見て確認しといてね。オススメはステルス機能内の光学迷彩で、見た目を好きな色と模様にできるから色々楽しめると思うよ。水玉とかシュールで良いよね。メンテナンスと武器の補充は待機状態にしたらオートで勝手にやるからいっくんは何もしなくても大丈夫。と言うか、その辺のゴミ屑共に束さんのいっくんへの愛情がたっぷり詰まったキュプロークスを触らせたくないだけなんだけどね。何かあったらすぐ飛んでいくから安心していいよ。いっくんは第二のお姉ちゃんである束さんがしっかり守ってあげるから」

「あ、ありがとうございます、束さん」

「ちっちっち、違うでしょ? いっくん。そこは”お姉ちゃん”って言ってくれないと」

 

 立てた人差し指を横に振りながら「ちっちっち」って、束さんくらいしか似合わないよね。

 

「ありがとう、お姉ちゃん。僕もお姉ちゃんの役に立てる様に頑張るよ」

「にゅふふ、いっくんは良い子だねーー。じゃあ、良い子のいっくんにお願いが一つ。さっきのチュートリアルは二人だけの秘密ね。ちーちゃんに知られたらお仕置きされちゃいそうだし」

「姉さんのお仕置きは怖いからね。うん、了解」

「うん、うん。じゃあ、またね、いっくん。イチャコラのお礼、楽しみにしてるからねーー」

 

 そんなセクハラ発言を最後にウィンドウは閉じられた。

 

 …………とりあえず頭を振って煩悩を追い出す。

 

「さ、さてと」

 

 意識を無理矢理切り替えて、眼下を確認。自由の戻った体の動作を確かめてから、チュートリアル中の感覚を思い出しながらアリーナの地面に出来たクレーターへと降下していく。

 

「セシリアさん、大丈夫?」

 

 着地した所でISを待機状態に戻し、同じくISを解除して目のやり場に困るレオタードの様なブルーのISスーツ姿の彼女に手を差し伸べる。

 

 露出されている太ももが眩しいとか思ってないったらない。

 

 これ、煩悩抜けてないな。

 

「一夏さん…………え、えぇ、このくらい何ともありませ、あっ」

「っと、無理しないで」

 

 手を取って立ち上がろうとしてよろけた彼女を正面から抱き止めると、ISスーツ越しに柔らかさと体温が伝わってきた。

 

 髪から良い香りがする。

 

「あ、ありがとうございます」

「う、うん」

 

 顔が見えないのが幸いした。

 

 自分の顔がだらしない事になっていないかちょっと自信がない。

 

 でもそれも彼女の次の言葉で素に戻る。

 

「完敗、でしたわ」

 

 冷や水をかけられた様に一気に熱が引いた。

 

 さっきの試合は、束さんの力によるものだ。

 

 確かに僕の脳がISに指示を出してはいたけど、あれは多分僕という端末を通して束さんが動かしていただけで、僕の実力では決してない。

 

 その時の感覚が残っているから再現は可能かもしれないけど、それとこれとは話が違う。

 

 何とか弁解がしたい。

 

 でも束さんの事を話すと言う選択肢はない。

 

 二人の秘密云々もあるけど、そもそも束さんの存在は軽々しく話していい話ではないのだ。

 

 世界の軍事バランスを一変させたISの生みの親にして、誰にも作れない、解析すらできないISコアを世界でただ一人作る事が可能な世紀の大天才。

 

 世界中のありとあらゆる国や機関がその身柄を探していて、捕まれば拷問が待っているかもしれない危う過ぎる立場。

 

 とは言っても、束さんを本気で敵に回すのは勇気でも何でもなくただの蛮行愚行でしかないけど、何時誰がトチ狂うかは分からない。

 

 だから束さんの情報は極力秘匿しなければいけない。

 

 これは束さんを心配すると言うより犯人、ひいては巻き添えを食う人たちのためと言う意味合いの方が強い。

 

 なぜなら束さんを怒らせると冗談抜きに国が、世界が滅びかねないのだから。

 

 今の世界は情報で管理されている。

 

 交通や経済は当たり前として、お茶の間の家電製品ですらネットに繋がっている時代だ。

 

 その情報の世界で絶対の力を持つ束さんが本気になったら、世界は第一世界大戦前の文明まで逆行する事になる。

 

 それはただ文明レベルが下がるだけの話では済まない。

 

 文明の発達と共に増えていった人口を支えられなくなると言う事でもあるし、通信網とGPSを遮断されるだけで目と耳と足が死に、残った手で資源の奪い合いが始まるだろう。

 

 束さんの存在はそれだけの危険性をはらんでいる。

 

 だから、世界中の国は表向き束さんの機嫌を取る姿勢を崩さない。

 

 篠ノ之家に対する要人保護プログラムは、小さな親切大きなお世話に見えなくはないけど、その姿勢自体は責められるべきものではないと思う。

 

 なぜなら、世界が本気で束さんの排除を望んだら、まず最初にすることは箒ちゃんと僕を人質にする事だろうから。

 

 いくら強い姉さんだってISが10機も20機も来たらさすがに数の暴力に屈してしまう…………よね?

 

 姉さんが負ける所って正直想像がつかないけど。

 

 話が逸れた。

 

 つまり束さんは誰にとっても地雷なので「触らぬ神に祟りなし」と言う事で、それは裏を返せば無闇に触らせない様にしようと言う事でもあるのだ。

 

 奔放な束さんの行動を止める事は出来ないから、せめて周りが隠せる事は隠さないといけない。

 

 まぁ「しないよりはマシ」と言うレベルだけど。

 

 そもそも機械が絡んだ情報に関しては束さんが自分でどうにかしてしまうので、僕に出来る事は余計な事は言わないくらいしかない。

 

 姉さんなら、実際に見ている目を潰したりしていそうだけど。

 

 さておき、セシリアさんの誤解をどうにかしないと。

 

「セシリアさん」

「はい」

「潔く負けを認める姿勢は好感が持てるけど、正直な所、もう1回やったら負ける気はしないでしょ?」

「え?」

 

 体は密着したまま、セシリアさんが僕の方に顔向ける。

 

 身長差がほとんどないから顔が近い。

 

 まつ毛、長いな。

 

「さっきのは実力差じゃなくて、不意打ちや騙まし討ちの様な事前の情報の差だと僕は思ってるんだけど、違う?」

「……………………いえ、そうですわね。負け惜しみに聞こえるかもしれませんが、次は簡単には負けないと思います」

「それはなぜ?」

「一夏さんの機体はやはりスピードに欠けるので、飛び道具に注意しながら逃げに徹し、遠距離からの多角的な狙撃を繰り返せば削り勝てると思います」

 

 セシリアさんが考える素振りなんかで身じろぐ度に、形を変える柔らかさに意識が逸れる。

 

「うん、僕もさっきみたいに簡単に距離が詰められることはもうないだろうと思う。だからさっき勝てたのは僕の実力でも何でもなくて、ただ条件が良かっただけだと思うんだ」

「一夏さん……」

「セシリアさんは試合をしようって決めた時、勝ち負けが重要じゃない。正面から全力で当たって、セシリア・オルコットを知ってもらいたい。僕の事を知りたいって言ってくれたよね?」

「はい」

「正直嬉しかったよ。唯一の男性IS操縦者なんて持ち上げられて、新しく出会う人達は僕を肩書で見て、何処か特別なものを期待してる感じだったから。例外は幼馴染の箒ちゃんとルームメイトののほほんさんくらいかな」

 

 箒ちゃんは幼馴染だから納得だけど、のほほんさんはマイペースで超然とした雰囲気がるんだよね。

 

「それは、責任ある立場に立った人間には必ずついて回る問題ですわね」

「まぁ、色眼鏡で見られるのは『ブリュンヒルデの弟』で慣れてるからいいんだけど、それでも僕自身に対してぶつかって来てくれたのが嬉しかったんだ」

「わたくしも教室で助けていただいて嬉しかったからお相子ですわ」

「うん、そうだね」

 

 至近距離で微笑み合う。

 

 が、僕は思いが伝わる様に真剣な表情を作る。

 

「でも、だからこそ僕はもっとセシリアさんを知りたいんだ。セシリアさんの日常を彩る小さなピース、趣味や好きな食べ物や小さい頃の思い出だけじゃなくて、IS操縦者であるイギリス代表候補生セシリア・オルコットの本当の実力を」

 

 セシリアさんが息を飲んだのが分かる。

 

「セシリアさんの実力を僕はまだ欠片も見せてもらってない。ビデオで見たセシリアさんの戦う姿は相手を射抜く鋭さと、それでいて常に優雅さを併せ持っていた。その勇姿を僕に見せて欲しいんだ」

 

 セシリアさんの綺麗なブルーアイを見つめる。

 

 長いまつ毛が一度その瞳を隠し、

 

「一夏さんには醜態を晒してばかりですわね」

 

 呟きと同時に、トンと軽く体を押され温もりが離れる。

 

 そして再度開かれた瞳には力強い輝きが宿っていた。

 

「セシリア・オルコット、謹んでその申し出受けさせていただきます」

「ありがとう」

 

 その高貴と言っていい佇まいに見蕩れ、言葉少なに応える事しかできない自分は小市民なのだろう。

 

 

 

 

 

――――――――――おまけ――――――――――

 

「じゃあ、ピットに戻ろうか」

 

 僕がISを展開してもセシリアさんはそのまま。

 

 それに首を傾げると

 

「わたくしのブルーティアーズは先程のダメージですぐには飛べませんから、お気になさらず先にお戻りになってくださいな」

 

 そう言われても、女の子を残して行くのはちょっと心苦しい。

 

「う~~ん、じゃあ」

 

 ちょっと茶目っ気を出す。

 

「お姫様、お手を」

「え?」

「「「「「えぇぇぇぇっ!!」」」」」

 

 片膝をついて手を取ると、逆の手を彼女の膝裏に通しお姫様抱っこの体勢で持ち上げる。

 

 観客席から悲鳴が上がった気がするけど気にしない。

 

「い、一夏さん」

「セシリアさんを置いて行くなんて出来ないから、ピットまで送らせてくれないかな」

「よ、よろしいのですか?」

「むしろ僕のためにお願い」

 

 気持ちを抜きにしても、僕だけ先に帰るのは体裁が悪い。 

 

「そう、ですわね。では、お願い、できますか?」

 

 レディファーストが基本の国の彼女はその辺を酌んでくれる。

 

「もちろんです。お姫様」

 

 赤い顔で上目使いは、普段の気品ある美人さんとのギャップで反則級に可愛いです。

 

 そのままゆっくりと飛行し、セシリアさんの控室であるBピットに入る。

 

 ピットには誰もいなかったので、そのままベンチの前まで行こうとするが、大きな姿見の前で足が止まってしまう。

 

 そこにはISを装着した僕がスーツだけのセシリアさんをお姫様抱っこしている姿が映っていて、現状を正しく客観的に僕たちに自覚させる。

 

 二人とも顔が赤い。

 

 そして鏡の中で目が合い、

 

「「えっと、あの、これは……」」

 

 誰に何の言い訳をしようとしてるのか、意味不明な二人。

 

 どちらも混乱していてどうにもならないでいると

 

「一夏っ!!」

 

 扉を壊さんばかりの勢いで箒ちゃんが飛び込んできた。

 

「何をしているっ!! さっさと下ろせっ!!」

 

 いきなりテンションMAXでご立腹のようだ。

 

「え、えっと、これはね、箒ちゃん。セシリアさんのISが――――――」

「言い訳はいいっ!!」

「は、はい」

 

 何で僕、怒られてるんだろう。

 

 その場でISを解除し、足からそっとセシリアさんを下ろす。

 

「一夏さん、ありがとうございました」

「どういたしまして」

 

 感触とか匂いとか最高でした。

 

 口には出さないけど。

 

「見つめ合うなっ!!」

 

 吠える箒ちゃん。

 

「おりむぅエッチさんなんだよ~~」

 

 ひょっこり現れたのほほんさんまで責めてくる。

 

「ち、違うよ。不可抗力だよ」

 

 誤解とは言わないのがミソ。

 

 その後、更衣室に逃げ込むまでお説教が続きました。

 

 

 

 

 

――――――――――セシリアside――――――――――

 

 試合後のメディカルチェックを受けてから自室に戻り、今、シャワーを浴びている。

 

 わたくしは男性に対して強い不信感を抱いている。

 

 それは、父の姿がきっかけだった。

 

 婿養子だった父は、気高く優秀な母に常に媚びへつらうような態度を見せる人で、幼心にあまり好きにはなれなかった。

 

 そんな両親も3年前に事故で他界。

 

 わたくしは残された莫大な遺産を群がるハイエナ共から守るため、あらゆる努力をした。

 

 その一つがISであり、登り詰めた代表候補生の座だ。

 

 しかしISに関わるようになって、さらに男性不信が進んだ。

 

 世に広がる女尊男卑の流れ、こちらの機嫌を取ることしかしない男たち。

 

 わたくしの中で男性とは1ランクも2ランクも下の生き物という感覚が普通になってしまっていた。

 

 そんな時、彼に出会った。

 

 織斑一夏。

 

 世界で唯一人、男性でありながらISを操縦できる存在。

 

 最初は興味だけだった。

 

 でも彼の優しさに助けられた事で、一人の対等な人間として接してみようと戦いを挑んだ。

 

 敗れてしまった事は正直悔しいし、不甲斐無い自分に反省する所多数ですが、またここでも彼の優しさに触れられた事に嬉しく思っている現金なわたくしがいる。

 

 それを自覚すると胸が高鳴る。

 

 トクン、トクン、

 

 この体の中から溢れ出るような感覚はなんなのでしょう。

 

「織斑一夏」

 

 名前を口にすると胸が高鳴なる。

 

「織斑一夏」

 

 もう一度、今度は彼の柔和な表情を頭に描いて呟く。

 

「織斑一夏」

 

 抱きかかえられた時のたくましさを思い出す。

 

「織斑一夏」

 

 呟くたびに鼓動が高まり体が熱を持っていく。

 

 名前を発する唇の動きが彼の輪郭を表しているかのようで自然と指がその形をなぞる。

 

 そして鏡に映った自分と目が合った。

 

 その瞬間理解した。

 

 あぁ、自分は恋をしているのだと……。

 




一夏を操作しての束さん無双w
感覚共有と言う完璧なるチュートリアルを考えてみました。
しかしそのせいでファーストシフトならず……でもセカンドシフト程大げさではないはずなので問題ないかな~~なんてw
後でこっそりさせます。
武装はショベル、ドリル、ハンマー、爆弾、ワイヤーブレードと、とりあえずはこんな感じで、杭打機も出したかったんですが持ち越しとなりました。
基本コンセプトは、セシリアに馬鹿にされてましたが、重機です。
ISは本来、宇宙での船外活動用のパワードスーツですからね。
機体が白い理由はキャンパスをイメージしていただければ……束さんの台詞に混ぜ込めなかったのでこちらでw
光学迷彩は隠れるためではなく、事故防止のためにどんな環境でも目立つために付けました。
まぁ、自衛の意味がないとは言いませんが。
セシリアさんは原作同様チョロイさんになってしまいましたw
本当はライバルとか同士とかいう方面に持っていこうとしたんですが、書いてみたらやっぱりそっちに流れて行ってしまった。
原作のパワー恐るべしw


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クラス代表就任パーティー

本日2話連続投稿です。

自分が過去に書いた文で砂糖を吐く事になろうとは……。
丸々書き直す時間がないのでとりあえず上げますが、後で修正したい……。


 セシリアさんとのクラス代表決定戦が終わり、メディカルチェックをしてから空いた食堂で一人遅めの夕食をとる。

 

 箒ちゃんとのほほんさんが待っていてくれると言ってくれたけど、いつ終わるか分からなかったから先に行ってもらった。

 

 でもその時、21時に部屋に集まって欲しいとお願いしておいた。

 

 理由は内緒にしておいたけど、二人には今日中にお礼がしたかったからだ。

 

 食べ終わり、食器を片づけた足でそのままもう一度カウンターに行く。

 

 部屋に持っていけるプリンやゼリー、カップ系のデザートなんかを10個ほど買い込む。

 

 女の子にとって甘いものは正義っ!!

 

 喜んでくれるかな?

 

 コンコンコン。

 

 自分の部屋だけど一応ノックをする。

 

 開けたら着替え中とかだと大変だからね。

 

「は~~い、開いてますよ~~」

 

 それは大丈夫ってことだよね?

 

 のほほんさんだといまいちその辺安心できない。

 

「ただいま~~」

「お~~おりむぅおかえり~~」

「邪魔してるぞ」

 

 着ぐるみののほほんさんと浴衣姿の箒ちゃんがすでに待っていてくれた。

 

「その袋なぁに~~?」

 

 目ざといのほほんさん。

 

 甘いものレーダーとか装備してそう。

 

「これは訓練に、勉強にと協力してくれた二人にお礼をと思って」

 

 テーブルにデザートを並べる。

 

「やた~~♪」

 

 バンザイするのほほんさん。

 

 うん、揺れたね。

 

「どこを見ている」

 

 箒ちゃんの低い怒気をはらんだ声。

 

「な、なんの事かな」

 

 のほほんさんから箒ちゃんへ体ごと方向転換。

 

「ふんっ」

 

 腕組みしてそっぽを向く箒ちゃん。

 

 ……デジャヴが。

 

     「私を見るのだぞ」

 

 ここは自室だからいい……のかな?

 

 考えた途端、そのまま視線が固定される。

 

 大きい……。

 

 クラスで一番大きいんじゃないかな。

 

 やっぱり柔らかいんだろうな。

 

「なっ!?」

 

 箒ちゃんが視線に気付いて体を捻り胸を隠す。

 

「い、一夏っ!!」

「え、あ、何? 箒ちゃん」

「『何?』じゃないっ!! どこを見ているっ!!」

「だって、この前箒ちゃんが見ていいって」

「た、確かに言ったが」

 

 真っ赤になって口ごもる箒ちゃん。

 

「なになに~~どぅしたの~~?」

「なんでもないっ!!」

 

 箒ちゃんは照れると大きな声で誤魔化す癖があるね。

 

 と、一人で納得していると、突然背中に柔らかい感触がっ!?

 

「おりむぅもう~~甘いの食べていい~~?」

 

 のほほんさんが後ろから抱きついてきたっ!!

 

「うわっ、ちょっ、のほほんさんっ」

「なっ!? 何をしているっ!! 早く離れろっ!!」

 

 吠える箒ちゃん。

 

「えぇ~~甘いの~~甘味~~デザート~~」

 

 くっついたまま体を揺するのほほんさん。

 

 そ、そんなにされると、背中で、マシュマロが……。

 

「ええい、離れんかっ!!」

 

 箒ちゃんが実力行使でのほほんさんを引っぺがす。

 

 引っぺがされたのほほんさんは「あうあう」言って目を白黒させている。

 

「箒ちゃん、落ち着いて、落ち着いて。ほら、せっかく買ってきたんだし、仲良く食べようよ。ね?」

 

 なんとか取り成して、落ち着いてもらう。

 

「じゃあ、改めて、二人とも一週間ありがとうございました。今日なんとか勝てたのも二人の特訓と勉強のおかげだよ。これからもよろしくね。あ、僕に出来ることがあったら遠慮なく言ってね」

 

 まぁ、実際は束さんのおかげなんだけど、彼女たちの協力が嬉しかったのは本当だから。

 

「えへへ~~」

 

笑顔ののほほんさん。

 

「ま、まぁ感謝は受け取っておこう」

 

 照れてそっぽを向く箒ちゃん。

 

「じゃあ、色々買って来たから食べて、食べて」

「わ~~い♪」

 

 先陣を切ったのほほんさんがプリンを開けて、一口

 

「美味しい~~♪」

 

 笑顔で幸せそうな声を上げる。

 

「私はこれをもらおうかな」

 

 箒ちゃんは蜜豆のカップを取り

 

「うん、この豆の塩味が甘さを引き立てるな」

 

 と満足そうな顔をする。

 

 そんな二人を見てニコニコ顔の僕。

 

「ん? 一夏は食べないのか?」

「うん、二人に買って来たものだからね。日持ちもするし、余ったら冷蔵庫に入れておけば――――――」

 

 言い終わる前に、目の前にプリンの載ったスプーンが差し出される。

 

「はい、おりむぅも」

「なっ!?」

「いいの?」

「みんなで食べた方が美味しいんだよ? だから、あ~~ん」

「じゃ、じゃあ、あ~~ん」

 

 差し出されたプリンを頬張る。

 

 硬めでカラメルが濃い方が好みだけど、こういうトロケル系もそれはそれで美味しい。

 

「うん、美味しいね」

「でしょ~~」

 

 二人で微笑みあう。

 

「お、お前たち、な、なにを」

 

 なぜか、狼狽している箒ちゃん。

 

「ほら、シノノンもおりむぅに食べさせてあげなきゃ」

「え? あ、あの、そ、そうなのか?」

「そうだよ~~」

 

 僕は視線だけで「くれるの?」と聞いてみる。

 

「い、一夏も、私のを食べたいか?」

「うん」

「そ、そうか、じゃ、じゃあ、仕方ないな」

 

 箒ちゃんが顔を真っ赤にしながら嬉しそうに

 

「ほら、あ、あ~~ん」

「あ~~ん」

 

 黒蜜の甘さと対照的な豆のしょっぱさ、寒天の食感を楽しむ。

 

「どうだ?」

「和風のも美味しいね」

「そうか、そうか。もう一口食べるか?」

「ダメだよ、シノノン。かわりばんこなんだよ?」

「む、そうか……」

「そうなの?」

 

 こうして僕は雛鳥よろしく両側から餌をもらいながら、三人で楽しいひと時を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合の翌日、朝のHR。

 

「では、一年一組のクラス代表は織斑一夏くんに決定しました。あ、一(いち)繋がりで良い感じですね」

 

 教室が拍手の音に包まれる。

 

「頑張ってね~~」「格好良かったよ~~」などの歓声も聞こえる。

 

 けど、

 

「気が重い……」

 

 一人沈んでいく僕。

 

 雑用とかするのは嫌いじゃないんだけど、前に立ってあれこれするのは苦手だ。

 

 姉さんの弟として変に注目され、期待され、失望され、頑張って結果を出しても「そのくらい?」と言われる日々を過ごしてきた。

 

 でも姉さんは大好きだ。

 

 みんなが憧れる部分も僕にしか見せない部分も……。

 

 だから周りに何て言われようと耐えられたけど、自分から不必要に目立つことは避けるようになった。

 

 なのに……。

 

 そうじゃなくても男一人だけで悪目立ちしてるっていうのに。

 

 ”今更だ”とは割り切れない。

 

 はぁ~~、憂鬱だ。

 

 誰か僕に癒しをください。

 

 ん? そうだっ!!

 

「真耶先生」

「なんですか? 織斑くん」

「クラス代表は生徒会や委員会の会議にも出るんですよね?」

「そうですよ」

「補佐してくれる、副代表みたいなポジションはお願いできないんですか?」

 

 ざわっ、

 

 教室がざわめく。

 

「副代表ですか……私はいいと思いますけど、織斑先生はどう思われますか?」

「私も別にかまわんが。織斑、どうやって決める?」

「指名でもいいなら、のほほんさ、布仏さんにお願いしたいんですけど」

「「「「「えぇぇぇぇっ!!」」」」」

 

 絶叫が走るが

 

「うるさいっ!! 黙れっ!!」

 

 すぐに鎮圧。

 

 静かになった教室で

 

「おりむぅ嬉しいんだけど、わたしは生徒会に入ってるから多分無理なんだよ~~」

 

 と申し訳ない感じでのほほんさんが応えてくれた。

 

「そう、なんだ。知らなかったよ。ごねんね。それじゃあ仕方ないね」

 

 ホントに残念だ。

 

 僕の癒しが……。

 

「どうする? 織斑」

「そうですね……」

 

 答えに詰まっていると

 

「一夏さん。そういう事でしたら、このセシリア・オルコットにお任せください。一夏さんに推薦していただいた通り、わたくしにはその手の事に心得がありますから」

 

 立ち上がったセシリアさんが、胸に手を当て堂々と立候補してくれた。

 

「い、一夏。サポートなら気心の知れた幼馴染である私の方が、その、適任だと思うぞ」

 

 箒ちゃんも声を上げてくれる。

 

 しかしこれだけではなかった。

 

「これは織斑君と仲良くなるチャンスっ!! 私も立候補します」

「私だって仲良くなりたいっ」

「夕暮れに染まる教室で二人っきりっ」

「放課後デートっ」

 

 後半は聞かなかったことにして、「わたしも、わたしも」とクラス中で立候補の声が上がってしまった。

 

「うるさいと言っているっ!!」

 

 姉さん、再びの鎮圧。

 

「織斑。自分でまいた種だ。明日までにどうにかしておけ」

「…………はい」

 

 みんなの好意は嬉しいけど、どうしたもんかな。

 

 HRが終わり休み時間になるとさっそく箒ちゃんとセシリアが飛んできたけど、何か言われる前に手で制し、教壇に立つ。

 

 気は進まないけど仕方ない。

 

「みんな聞いてくれる?」

 

 騒がしかった教室が静まり返り、みんなの視線が集まる。

 

 うわっ、凄い圧力だ。

 

 これは厳しい。

 

 変な汗出そう。

 

 で、でも頑張ねば……。

 

「さっきはみんなありがとう。とりあえず立候補してくれた人が知りたいんだけど」

 

 ほとんど全員がビシっと挙手をする。

 

 どこの軍隊だ。

 

 正直ちょっと怖い。

 

「えっと、委員会に出る事や雑用を考えると、部活動が忙しかったり厳しかったりする人は難しいと思うから手を下してくれるかな」

 

 悔しそうな声とともにパラパラと手が降りるけど、まだ多い。

 

「じゃあ、廊下側の人から順番に名前を言ってってくれる?」

 

 机からノートを出して書き写し、終わった所で再び教壇に上がる。

 

「お昼までにはどうやって決めるか考えておくから、少し待っててください」

 

 次の授業は申し訳ないけど話半分で、先の案件を考える。

 

 そして休み時間にプリントを作成。

 

 その次の休み時間に人数分のコピーをさせてもらいに職員室へ。

 

 その時、

 

「織斑くんは人気者ですね」

 

 なんて真耶先生が茶化してきたので

 

「本当は真耶先生と一緒がいいんですけどね」

 

 と切り替えし、あぅあぅさせておく。

 

 三時間目の後の休み時間、みんなにプリントを配ってから教壇に立つ。

 

「お待たせしました。じゃあ、プリントを見てください。これには立候補してくれたみんなの名前が書いてあります。そこに自分以外で『この人なら向いてそう』と思う人を一人選び丸で囲んでください。その性質上、記名制なので一番下に自分の名前を忘れないように。プリントは放課後に集めます。プリントは集計したらすぐに廃棄、結果も選ばれた人以外は発表しないので安心? してください」

 

 説明を終え、みんなの反応を見ると、

 

「織斑くんっ!!」

 

 相川さんが立ち上がった。

 

「なに? 相川さん」

 

 質問かなと思ったら

 

「女の子には色々あるから、織斑くんは放課後まで教室を空けてください」

 

 決定事項を告げられた。

 

 みんなの目も同意を強く示している。

 

「おりむぅ、じゃあ私と売店に行こうか~~」

 

 僕が何を言うより早く、のほほんさんが僕の腕を取って教室の外に引きずって行った。

 

 まぁ、いいけどね。

 

 そんなわけで、なぜかお昼も食堂は立ち入り禁止にされ、のほほんさんと屋上でパンを食べて過ごした。

 ポカポカ陽気にのほほんさんと二人、癒されるわ~~。

 

 そして放課後、プリントを回収して集計……。

 

 票のほとんどは二人に集中していた。

 

 その差、なんと一票。

 

 栄えある当選者は……。

 

 「集計が終わったら食堂に来てね」と言われていたので行ってみると、

 

 パンッパンッパンッ!!

 

「おわっ!?」

 

 不意打ちのクラッカーの大音量に目が回りそうになるが、間を空けず畳み掛けるように

 

「織斑くん、クラス代表決定おめでとーー♪」

「「「「「おめでとーー♪」」」」」

 

 大合唱。

 

「あ、ありがとう」

 

 若干腰が引けてます。

 

「さぁ、一夏さん。こちらにどうぞ」

 

 混乱から立ち直る前にセシリアさんに手を引かれる。

 

 ふと、顔を上げると奥の壁に『織斑一夏クラス代表就任パーティー』とお手製の看板が掛けられているのが目に入った。

 

 やっと理解が追い付く。

 

 みんなわざわざ集まってくれたんだ。

 

 嬉しいな。

 

 自然と口元が緩んでくる。

 

 あれ? でも人数多くないか?

 

 よく見てみると、他のクラスや上級生の人、剣道部のメンバーも来てくれているみたいだった。

 

 移動しながらだけど剣道部のみんなに手を振る。

 

 みんなにも今度何かお礼しなくちゃな。

 

 と思いながら着席。

 

 ほぼ同時に右側に箒ちゃん、左側にエスコートしてくれたセシリアさんが座る。

 

 何かガッチリガードされてる気がするんだけど気のせいだよね?

 

「織斑くんがクラス代表になってくれて良かったよね」

「せっかく男子がいるんだから持ち上げないとね」

「男子がクラス代表だなんて他のクラスの子に自慢できるよ」

「いや~~これでクラス対抗戦も盛り上がるね」

「ホント、ホント」

「ラッキーだったよね~~同じクラスになれて」

 

 うん、まだまだ客寄せパンダ継続中って感じかな。

 

 まぁ、歓迎してくれてるみたいだし良しとしておこう。

 

「人気者だな、一夏」

 

 箒ちゃんがちょっと不機嫌そうにつぶやく。

 

 なんで怒ってるの?

 

 どうフォローしようか考えていると、いきなりフラッシュがたかれた。

 

「はいはーーい、新聞部でーーす。話題の新入生、織斑一夏くんに特別インタビューをしに来ましたーー。あ、私は二年の黛(まゆずみ)薫子(かおるこ)。よろしくね。新聞部の副部長やってまーーす。はい、これ名刺。ではでは、ずばり織斑くん。クラス代表になった感想をどうぞっ!!」

 

 一方的にまくし立てるエネルギッシュな先輩。

 

 茶系の髪をアップにしていて、眼鏡と合わせてまさに新聞記者って感じ。

 

「えっと、みんなの期待に応えられるように頑張ります?」

「なんで疑問形かなーー。もっと男の子らしい感じで『俺の雄姿に惚れるなよ』とか言っちゃってよーー」

 

 無茶振りキタっ!?

 

「まぁ適当にねつ造しとくからいいやーー」

 

 いや、ダメだろそれ……。

 

「じゃあ次、イギリス代表候補生のセシリアちゃんもコメントちょうだい」

 

 しかも切り替え早っ!!

 

「わたくし、こういったコメントはあまり好きではありませんが仕方がないですわね」

 

 と言いつつ満更でもなさそうなセシリアさん。

 

 咳払いを一つしてから

 

「ではまず、どうしてわたくしが一夏さんとクラス代表をかけて戦うことになったかというと、」

「あぁ、長くなりそうだからいいや。適当にねつ造しておくよ。よし、織斑くんに惚れたからってことにしよう」

「「なっ!?」」

 

 僕とセシリアさんが同時に絶句し、同時に身を乗り出し、同時に隣に気付き、同時に向いて至近距離で目が合った。

 

 瞬間、顔が真っ赤にな――――――パシャ!!

 

「「えっ?」」

 

 またまた同時にフラッシュがたかれた方を見る。

 

「いやーーいい写真が撮れたよ♪ お似合いだねーーご両人」

「な、何を言っていますのっ!!」

「そうですよっ!!」

 

 いい様に手玉に取られる。

 

「はいはい、じゃあ次は立って撮ろうか。注目の専用機持ちだからね。ツーショットもらうよ」

 

 押し切られるままに二人で立つ。

 

 この人には何を言っても勝てない気がする。

 

「んーー何か固いな。握手とか、腕組んだりとか、肩に手回すとか、腰を抱き寄せるとかしてくれないかな」

「それは、ちょっと……」

 

 恥ずかしいです。

 

 どうしようと隣に視線を送るとセシリアさんが赤い顔でモジモジしながらこっちをチラチラ見ていた。

 

 なんだ、この可愛い生き物は。

 

 こ、これは男がエスコートする場面なんじゃないか?

 

 うん、きっとそうだ。

 

 よ、よし、いくぞ。

 

「セシリアさん」

「は、はい」

「か、肩に手を置いてもいいかな?」

「ど、どうぞ」

 

 了解が取れたので、恐る恐る肩に触れ、軽く引き寄せる。

 

「あっ……」

 

 セシリアさんから吐息が漏れる。

 

 普段の尊大な態度が鳴りを潜め、リードされるがままの弱弱しい姿に頭がクラクラする。

 

 周りでキャーキャー言ってるみたいだけどよく分からない。

 

「いいね、いいね。じゃあ、いくよ」

 

 連続でたかれるフラッシュもどこか他人事だった。

 

 フラフラになりながら着席すると、突然足に痛みが走った。

 

「痛っ!?」

「ふんっ」

 

 どうやらご立腹の箒ちゃんに踏まれたようだ。

 

 それで茹った頭が我に返る。

 

「あっ、黛先輩」

「なんだい?」

「お時間平気なら、もう何枚か個人的にお願いしたいんですけど」

「いいよ。誰と撮るんだい?」

 

 先輩の口元が急にニヤニヤする。

 

 そんなんじゃないですからね。

 

「クラスのみんなと1枚、剣道部のみんなと1枚、箒ちゃんとのほほんさんと1枚、あとクラスの副代表と1枚お願いします」

 

 最後の一言で場がざわめくが

 

「オーケーオーケー、じゃあ、さくさくいこうか」

 

 慣れているのか、効率良く場を仕切ってくれる。

 

 集合写真は早い者勝ちの並びで騒ぎながらも問題なく終了。

 

 次は箒ちゃんとのほほんさんと思ったら、いきなり両側から問答無用で腕を絡められた。

 

 むにゅっ♪

 

 両腕にクラスナンバー1と2のマシュマロがっ!!

 

 あわあわしてる間に撮影終了。

 

「えへへ~~、気持ちかった?」

 

 いたずらっ子のほほんさん登場。

 

「ふんっ」

 

 箒ちゃんは真っ赤な顔で、照れ隠しなのかな?

 

「あ、ありがとうございます」

 

 とりあえずお礼を言っておいた。

 

 間違ってない。

 

 そして最後は副代表の発表。

 

 みんなが興味津々といって感じで視線を向ける。

 

「じゃあ、発表します。クラス副代表は岸原理子さんですっ!! 」

 

 みんなから「えぇーー」と「おぉ~~」が同じくらい出る。

 

 1票しか差なかったもんね。

 

 撮影のために彼女を呼ぼうとすると

 

「なんだってぇぇぇぇっ!?」

 

 という絶叫が。

 

 今のは相川さん?

 

「理子っ!! どういうことよっ!!」

 

 何か詰め寄ってるみたい。

 

「ふっふっふ~~、これが私の真の実力なのだ~~♪」

「私がなけなしのお菓子二か月分を放出したっていうのにっ」

「ちっちっちっ、甘いのだよ、清香。私が出したのは、なんと三か月分だぁぁぁぁっ!!」

「えぇぇぇぇっ!?」

 

 ガクッと膝から崩れる相川さん。

 

「負けた……」

「そう、これは三か月分のお菓子で手に入れた織斑くんとの婚約指輪なのよっ!!」

 

 やっすいな~~それ。

 

 と言うか、僕を締め出して買収合戦してたのか。

 

 ふっふ~~ん♪ とご機嫌で岸原さんがこっちに来て

 

「さっ、織斑くん写真撮ろ~~♪」

 

 と腕を取る。

 

 ”ある”よりないけど”ない”よりある岸原さんの柔らかさが腕に……。

 

「き、岸原さんっ 」

 

 箒ちゃんやのほほんさんの破壊力より少ない分、冷静さが残っていて逆に焦る。

 

「いいから、いいから♪」

 

 押し切られる形で撮影……と思いきやっ!!

 

 シャッターが切られる瞬間、復活した相川さんが反対側から僕の腕に抱きついた。

 

「ちょっと、清香っ!!」

「理子にだけにいい思いはさせないっ!! せめて二か月分の元は取るっ!!」

 

 騒いでる二人に便乗しようと

 

「二人でけズルーーい」

「私もくっつきたい」

「みんな、いけーー!!」

 

 みんなが突撃してきて、揉みくちゃにされました。

 

 色々柔らかかったです。

 




次回は満を持して鈴ちゃんの登場ですw


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空回りの鈴ちゃんなう

今回はテンポを良くするために、わざとチープな擬音語の表現を使っています。
軽い感じでお読みください。

※大事なお知らせ
束さんのチュートリアルが終わった時点で、キュクロープスの全身装甲からフェイスとボディの着脱、オン/オフが可能になり、一夏操作時はオフになっています。
後でその描写を書き加えておきますが、とりあえずは先にご報告だけ失礼します。


「もうすぐクラス対抗戦だね」

「そういえば二組の代表が変わったらしいよ」

「聞いた、聞いた。転校生でしょ」

「こんな時期に転校生なんて変だよね?」

 

 眠い~~。

 

 なんか昨日の疲れが残ってるみたいだ。

 

 パーティー、パーティーか、柔らかかったな…………って、違う違う、楽しかったな。

 

「なんでも中国の代表候補生なんだってさ」

「あら、わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら」

「「「「「ない、ない」」」」」

「な、なんですの、その態度はっ!!」

「このクラスに転入してくるわけではないのだ。別段騒ぐほどの事でもあるまい」

 

 もう眠いと本音ダダ漏れちゃうよね~~。

 

 嬉しいし、気持ちいいし、ありがとうございますだけど、思春期男子には色々キツいですよ~~。

 

 同室がのほほんさんでホント良かった。

 

 彼女の着ぐるみは癒しのオアシスだよ~~。

 

 くっつかれると破壊力満点だけどねっ!!

 

「織斑君にはぜひ頑張って優勝してもらいたいよね」

「うん、うん」

「優勝したクラスには全員に学食のデザート半年フリーパス券がもらえるんだよ~~」

 

 頑張る?

 

 何を頑張るの?

 

 誘惑に負けるなってこと?

 

 まぁ姉さんのいる学園で変な事するつもりはないけど、正直「善処します」ってとこだよね。

 

 昨日だけで、どれだけのマシュマロに触れたことか……。

 

「今の所、専用機持ってるのってウチと四組だけだから楽勝だよ」

 

 ガラガラ、ピシャン。

 

「その情報、古いよっ!!」

「「「「「だれ?」」」」」

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

「ど、どちら様?」

「中国代表候補生、凰鈴音(ファン・リンイン)。今日は宣戦布告に来たってわけ」

「ちょっと、よろしいかしら?」

「あんたは?」

「わたくしはイギリス代表候補生セシリア・オルコット」

「へぇ~~、じゃあ候補生同士よろしくね。私の事は鈴(リン)でいいわ。私もセシリアって呼ぶから」

「えぇ、鈴さん。よろしくお願いしますわ」

「何かバトル漫画みたいだね」

「闘気のオーラとか出てそうだよね」

 

 オーラか。

 

 オーラといえば姉さんだよね。

 

 怒った時の姉さんはそりゃあ恐ろしいの何の……。

 

 絶対殺気とか出てるって。

 

 でも普段の姉さんは優しいから淡い桃色って感じかな~~。

 

 あぁ~~でも教師してる時はキリッとしててカッコイイからブルーかも。

 

「と、ところで、さ」

「どうしましたの?」

「このクラスに織斑一夏っているのよね?」

「えぇ、いらっしゃいますわよ」

「ど、どこ……」

「おりむぅならここでお休み中だよ~~」

「あっ……」

「「「「「?」」」」」

 

 キーンコーンカーン。

 

「おまえら、席につけ」

「ち、千冬さんっ!?」

 

 バコンッ!!

 

「痛っ!?」

「織斑先生だ。鳳、自分のクラスに戻れ」

「は、はい」

 

 パコン♪

 

「んあ?」

「いつまで寝ている」

「あぁ……おはよう、姉さん」

 

 パコン♪

 

「織斑先生だ」

「「「「「(音が違いすぎる)」」」」」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 お昼休み、屋上にて。

 

 もぐもぐ。

 

「いい天気だね~~」

 

 もぐもぐ。

 

「そうだね~~♪」

 

 もぐもぐ。

 

「日差しが気持ちくて眠くなっちゃうよ」

 

 もぐもぐ。

 

「そうだね~~♪」

 

 ごくごく。

 

「ごちそう様でした。携帯のアラームかけて、ちょっと昼寝しちゃうかな」

 

 ごくごく。

 

「ごちそう様でした。膝枕したげようか~~♪」

「えっ、あ、い、いいよ。悪いし」

「気にしなくてもいいよ♪」

「さすがに、は、恥ずかしい……です」

「おりむぅったら、恥ずかしがり屋さんだな~~」

「もう、からかわないないでよ」

「ぬふふ♪ じゃあ起こしてあげるから寝ててい~~よ♪」

「そう? ありがとう。じゃあお言葉に甘えて」

 

 その頃、食堂では、

 

「なんで来ないのよぉぉぉぉっ!!」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 帰りのHRが終わった教室。

 

「一夏さん、今日この後のご予定は空いていらっしゃいますか?」

「うん、大丈夫だけど?」

「アリーナの許可を取ってありますの。よろしければ、ご一緒にISの訓練をいたしませんか?」

「それは助かるよ。色々教えてくれる?」

「はい、もちろんですわ。では、さっそく参りましょう」

「ちょっと待て。私も同行するぞ」

「なんですの? 篠ノ之さん。訓練機の許可もなしでは邪魔なだけでしてよ」

「見学だ。専用機持ち二人の訓練だ。見る価値がある」

「一理あるね。うん、じゃあ一緒に行こうか」

「仕方ないですわね」

 

 その数分後、

 

「一夏いるーー? ―――――― えっ、いない? どこ行ったか分かる? ―――――― セシリアと一緒だった? じゃあ、アリーナかしら……。ありがとね」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 ところ変わって、第三アリーナ。

 

「では、一夏さん。何から始めるか、ご希望はありますか?」

「やっぱり飛行訓練かな。まだ空を飛ぶって感覚に自信がなくて」

「では、空の追いかけっこでもいたしましょうか」

「追いかけっこ?」

「はい。逃げるわたくしを捕まえてくださいまし」

「了解」

「じゃあ、10数えたらスタートですわよ」

「オッケーっ!! 1、2、3、4、」

 

 その頃、第一アリーナでは、 

 

「なんでアリーナが何個もあるのよっ!! しかも離れてるしっ!!」

 

 

 

 

 

 そんな事は露とも知らず、

 

「ふふふ、鬼さんこちら~~♪」

「くそ、急旋回についていけない」

「回避に専念したわたくしを捕まえられますかしら」

「絶対捕まえるっ!!」

 

 楽しそうに遊んでいる姿を観客席で見せつけられている人が一人。

 

「くっ、訓練機さえ使えれば接近戦の訓練ができるというのに……」

 

 そして学園某所では、

 

「一夏ぁ~~~~待ってなさいよぉ~~~~って、ここどこよっ!?」

 

 

 

 

 

 キャッキャウフフな追いかけっこもようやく終わりが見え、

 

「よし、取ったぁぁぁぁっ!!」

「キャッ♪」

「捕まえたぞ。セシリア」

「ふふ、捕まってしまいましたわ」

 

 勢い余ってセシリアを抱きしめてしまった一夏に対して観客席から「何をしている、一夏っ!! 破廉恥だぞっ!!」と野次が飛ぶ。

 

「ご、ごめん、セシリア。抱きついちゃって」

 

 慌てて体を離そうとする一夏をセシリアの手がそっと止める。

 

「構いませんわ。それだけ真剣に取り組んでいたということですから。それよりも」

「うん?」

「今、セシリアと……」

「えっ、あっ、ご、ごめん。呼び捨てに」

「い、いいえっ!! 嬉しかったですわ。良かったらこれからもそうお呼びください」

「セシリア……」

「はい、一夏さん」

 

 見つめ合い、今にもキスしそうな二人に「こら、そこ、イチャイチャするんじゃないっ!!」再度野次が飛ぶ。

 

「もう、せっかくの雰囲気が台無しですわ」

「ははは……」

 

 その頃、第二アリーナでは、

 

「はぁ、はぁ、次は第三アリーナね」

 

 

 

 

 

「次は模擬戦でもいかがですか?」

「うん。ぜひ、お願いします」

 

 先日の試合が嘘のように接近を許さないセシリア。

 

 一夏も何とかブルーティアーズを2機落とす事ができたが、善戦もそこまで。

 

「はぁ、はぁ、やっぱり、逃げ切られちゃったか」

「今日はわたくしの完勝ですわね」

「これがセシリア本来の実力か……さすがだね。積み重ねてきたものが違うって実感したよ」

「一夏さんにそう言っていただけると喜びもひとしおですわ。これでようやく汚名返上ができました」

 

 仰向けに倒れている一夏の横で、セシリアがそっと胸を撫で下ろす。

 

「僕もキュクロープスに恥じない様に頑張らないと」

「そうですわね。わたくしもブルーティアーズの期待にはまだまだ応えられていませんし」

「僕はまだ素人同然で全てにおいてISのスペック頼りだけど、セシリアはどういう所を頑張ってるの?」

「そうですわね。苦手な近接戦をどうにかしたいと思ってはいるのですが、今は長所を伸ばす事に重点を置いています」

「長所……狙撃ってこと?」

「えぇ、わたくしの機体は最大稼働になるとビームを曲げることができますの。理論的にはですが」

「それは凄いねっ!!」

「ですが現状ではまだまだで……」

「そっか。僕なんかが言うのはおこがましいかもしれないけど。一緒に頑張って行こうね」

「一夏さん…………はい♪」

「くしゅんっ」

「くすくす、体が冷えてしまいましたわね。今日はもう上がって、早くシャワーを浴びるといたしましょう。体調管理も大事ですわよ」

「そうだね。今日はありがとう。セシリア」

「いいえ、こちらこそ」

 

 二人が去ったその少し後、

 

「一夏ーーーーっ!! 神妙にお縄を……って、いないじゃないっ!! もう~~~~

 

     一夏のばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 




空回りする鈴ちゃん可愛いw
次回はちゃんと一夏と絡みます。


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再会の鈴ちゃんなう

ついに鈴ちゃんの登場です。
可愛く書けてるといいんですが……。


 訓練の後、男子の更衣室にはシャワーがないから一旦解散して寮の部屋に戻り、のんびりシャワーを浴びる。

 

 生徒会が忙しいのか、のほほんさんが僕より先に帰っていることはない。

 

 それにいつも大浴場のほうを使ってるから部屋のシャワーは僕の専用となっている。

 

 これには正直助かった。

 

 だって一緒に部屋にいる時にシャワーなんか浴びられたら、いくら出てくるのが着ぐるみだとしても意識してしまう。

 

 では逆の立場はどうかというと、これは問題ないみたいで、特にそういう素振りはない。

 

 たまに僕が動揺するのが面白いのか、くっついてきたり、意識させる様な事を言ってくるけど、あちらが動揺してるのは残念ながらまだお目にかかった事がない。

 

 まぁたまにご褒美、もとい動揺させられるけど、基本的には癒しのオアシスなのほほんさんですよ。

 

「一夏いるか」

 

 着替えが終わった所でタイミング良く、ノックと共に箒ちゃんの声がかかる。

 

 約束の時間まで後5分、5分前行動とはさすが箒ちゃん。

 

「どうぞ、開いてるよ」

 

 入ってきた箒ちゃんは、いつもと変わらぬ制服姿。

 

 箒ちゃんは寝る時以外、制服で通しているそうだ。

 

 あのマシュマロ、じゃなかった、プロポーションでみんなみたいなラフな格好されたら目のやり場に困ること確実だから助かってるけど、私服も気になる所だね。

 

 と思って箒ちゃんに目を向けていると、勘違いした箒ちゃんが体を捻り胸を隠した。

 

「また見ているな?」

「違うよっ!? 誤解だよ」

 

 今だけは違います。

 

「男子がそういうものだと分かってはいるが、一夏は少し見過ぎじゃないか?」

「そんなことないって」

 

 見てないとは言わない。

 

 このくらい普通だよ。

 

「違うのか?」

「違います」

「私の胸は見たくないか?」

 

 爆弾発言きたっ!?

 

「え、えっと~~」

 

 箒ちゃんが探るような目をしてくる。

 

「見たい、です」

「そうか♪」

 

 僕の答えに満足そうな顔になる。

 

 という事は、

 

「見てもい――――――」

「ダメだ」

 

 否定、早っ!!

 

「私はそんなに安い女ではないからな。それに時間だ」

 

 何か期待した分、余計に損した気分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セシリア、準備できた?」

 

 一緒に夕食を取るため、箒ちゃんと連れ立ってセシリアを迎えに来た。

 

 セシリアは貴族のお嬢様、ではなく現当主様なので身だしなみには人一倍気を使っている。

 

 訓練の後も更衣室でシャワーを浴び、部屋に帰ってからもう一度ちゃんと浴びるのだと言っていた。

 

 大変なんだな。

 

「ちょっと、お待ちになってください」

「はぁ~~い」

 

 箒ちゃんと雑談しながら待つ。

 

「一夏、そういえば週末はどうするのだ?」

「対抗戦が来週だからね。練習するつもりだよ。もうアリーナの許可も取ってあるし」

「そ、そうか。あのだな、一夏。私も、その、一緒にいいか?」

「うん。もちろんだよ」

「そうか♪」

「わたくしも当然ご一緒しますわ」

 

 ドアが開くなり、宣言するセシリア。

 

 こちらは決定事項のようだ。

 

「なっ!? 貴様、邪魔する気かっ!!」

「何を言ってますの? 代表候補生のわたくしを倒してクラス代表になった一夏さんにはぜがひでも優勝していただかなければなりません。そのための訓練にクラスで”二人だけ”の専用機持ちであるわたくしが協力するのは当然ではないですか」

「ちっ」

「ふふん♪」

 

 何かいがみ合ってるけど、一緒に練習してくれるって事でいいのかな?

 

 二人が相手してくれるなら近接戦も遠距離戦も練習できて助かるな。

 

「とりあえず、ご飯に行こうよ。お腹空いちゃった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三人で移動していると食堂が見えてきた所で、向こうから小柄なツインテールの子が全力でダッシュしてきて、

 

「へっ?」

 

 そのまま抱きつかれた。

 

「「なっ!?」」

 

 隣の二人もビックリしている。

 

「ちょっ、ちょっと、な、なに?」

 

 状況が理解できない。

 

 女の子はこちらの反応を窺う様子もなく、ただただ僕の胸にぐいぐいと頭を押し付けてくる。

 

 あれ? この感触には覚えが……。

 

「ちょっと、鈴さん、あなた何をしてますのっ!?」

 

 セシリアが件の女の子を引き離そうとする。

 

 しかし僕にとって問題だったのは、その行為よりも呼ばれた名前の方だった。

 

「えっ? 鈴?」

 

 僕が名前を呟くと、女の子の勢い止まり、ゆっくりと顔を上げる。

 

「鈴っ、鈴じゃないかっ!!」

「いぢがぁぁぁぁぁぁ」

 

 なぜかマジ泣きの鈴。

 

 そっか、再会に感動してくれてるのか。

 

 僕もつられて目頭が少し熱くなる。

 

 年頃の女の子が泣いてる所をあまり他人には見せたくないだろうと二人には先に行ってもらい、なかなか泣き止まない鈴の手を引き人目を避け外へ出る。

 

「ぐす……ひっく……うぅ……」

「ほら、拭いてあげるから顔上げて」

「……うん」

 

 ハンカチを取り出し、涙でグシャグシャになった顔を拭いてあげる。

 

 なんか、幼児退行してるな。

 

 それにしても、弾(中学時代の悪友)に『男はいつでも女の涙を拭ける様に綺麗なハンカチを別に持っておくもんだ』と言われ続け習慣になってたのが初めて役に立ったな。

 

「落ち着いた?」

「……ありがと」

 

 落ち着いたら恥ずかしくなったのか、手を後ろに組んで俯き、つま先で地面をグリグリしだした。

 

 その姿がまた可愛く、

 

「鈴、久しぶり」

 

 自然とその小さな頭を撫でてしまう。

 

 載せられた手に驚いて顔を上げた鈴だけど、撫でられて落ち着いたのか、

 

「うん、1年振りだね。一夏」

 

 再会して初めての笑顔を見せてくれた。

 

 小柄な鈴は身長150cmくらいで、凹凸の少ないスレンダーな体型をしている。

 

 トレードマークは、黄色いリボンのツインテール。

 

 ぴょんぴょんと揺れ動く尻尾は、元気な鈴に良く似合っている。

 

 「変わってないな」と懐かしい気分に浸っていると、腰に手を回す形でまた抱きつかれた。

 

「えへへ~~♪ 一夏だ~~♪」

「ちょ、鈴っ」

 

 いくら寮の外に出たからって人目は気になる。

 

「いいじゃない。1年ぶりの再会なんだから。減るもんじゃなし」

「減るよっ!! 羞恥心でメンタルが削られてくっ」

「それくらい我慢しなさい」

「横暴だっ」

「ご褒美よ?」

「そう、だけどさ」

「むしろ足りないと?」

「いや、そんなこ――――――」

「えいっ♪」

 

     ちゅっ☆

 

 軽くジャンプした鈴。

 

 その直後に感じた、頬に振れた柔らかい感触。

 

 え、これって、キ、キスされた?

 

 その答えに行き着いた瞬間、衝撃で思考がフリーズする。

 

「えへへ♪」

 

 僕が立ち直るより早く、パッと体を離した鈴は、顔を真っ赤にしながらも悪戯に成功した子供の様な笑みを浮かべる。

 

「一夏、夕飯まだでしょ? 私、お腹空いちゃった。行こ♪」

「う、うん……」

 

 未だフリーズから抜け出せない僕は、鈴に腕を引かれるままに食堂へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周りの目を気にしないでいい様に、奥の二人席に座って食事をする。

 

 鈴は好物のラーメン。

 

 僕は油淋鶏定食。

 

 鈴を見ていたら中華が食べたくなったのだ。

 

「それにしても鈴が学園にいたなんて知らなかったよ。メール送った時に教えてくれたらよかったのに」

「サプライズよ、サプライズ。せっかくの再会なんだからドラマチックな方がいいでしょ?」

「それで大泣き?」

「あれは忘れて。と言うか、実は一昨日転校してきたばっかりなのよ。転校生の噂聞いてないの?」

「うん。知らない」

 

 今日は休み時間ほとんど寝てたからね。

 

「あぁ、あんた教室で寝てたもんね」

「なぜ、知っているっ!?」

「教室まで会いに行ったからよ。時間なかったから声かけれなかったけどね」

 

 それは申し訳ない。

 

「しかもお昼に食堂で待ってても来ないし、放課後はすぐどっか行っちゃうし、ようやく探し当てたアリーナではもう帰っちゃってるし」

 

 おぅ、ここは地雷原だ。

 

「ご、ごめん」

「いいわ。今こうして一緒にご飯食べられてるんだし」

 

 この切り替えの早さは鈴の美点の一つだ。

 

「それに」

「それに?」

「さっきは優しくしてくれたし♪」

「ばっ!? な、何言って」

「ふふふ、照れちゃって、可愛いんだから♪」

 

 顔に熱が集まるのが分かる。

 

「あれは鈴が大泣きしてたから仕方なく」

「だからそれは忘れてって」

 

 それは無理ってもんだ。

 

「可愛かったよ?」

「そ、そういうこと言うの反則っ」

 

 照れて赤くなった鈴が可愛くて、自然と笑みがこぼれる。

 

「ははは♪」

 

 最初ムッとした顔をしたが、こちらの笑いにつられて、

 

「えへへ♪」

 

 鈴も笑顔になる。

 

 うん、二人でご飯食べて、笑い合って、やっと気持ちが落ち着いて、実感できた。

 

「鈴」

「なに?」

「おかえり」

「っ!? うん♪ ただいま」

 

 ひまわりのような笑顔にちょっと見蕩れたのは内緒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏っ!!」

「一夏さんっ!!」

 

 和んでいた所にいきなりの大音量でビックリする。

 

 そういえば鈴のキ、キスの衝撃のせいで二人の事をすっかり忘れてたよ。

 

「大変仲がよろしいようですが、鈴さんとはどういったご関係ですのっ!!」

「ま、まさか、つ、つつ付き合ってるのか?」

 

 勢いのまま詰め寄ってくる二人。

 

「べ、別に、私は……」

 

 鈴も動揺しているのか、答えにキレがない。

 

 これは僕が説明しないと。

 

「ううん、付き合って”は”いないよ。鈴とも幼馴染なんだ。箒ちゃんと入れ違いで転校してきて、小五から中二の終わりまで一緒だったんだよ。そうだね、セカンド幼馴染って感じかな」

 

 まぁ、それだけじゃないんだけど。

 

 隣に視線を送ると鈴が複雑そうな顔をしていた。

 

「セカンド幼馴染……」

「そうですの。幼馴染の方ですの……」

 

 二人は納得したのか、とりあえず矛を収めてくれた。

 

「鈴、セシリアとは面識があるみたいだから箒ちゃんを紹介するよ。こちら篠ノ之箒ちゃん。小一から小四まで学校でも剣道場でも付き合いのあった僕のファースト幼馴染」

「ファースト……」

 

 紹介がお気に召したのか、箒ちゃんの顔から険が取れた。

 

「ふ~~ん、そうなんだ。初めまして、これからよろしくね。アタシの事は鈴でいいわ。そっちのことも箒って呼ぶし」

「あぁ、それでいい。よろしく頼む」

 

 なんか火花が見える気がするけど、漫画でもあるまいし気のせいだよね。

 

「そういえば、あんた一組の代表になったんだって? 良かったら私が練習見てあげよっか?」

「ホントに? それは助かるよ。あっ、でもISはどうするの?」

「あぁ、あんた寝てたから聞いてなかったんだっけ。アタシは中国の代表候補生で専用機持ちよ」

「へっ? そうなの? す、凄いじゃないか、鈴っ!!」

 

 思わず、身を乗り出してしまう。

 

「キャッ!? ち、近いわよ。バカ」

「ご、ごめん」

 

 何となく二人してちょっと赤くなる。

 

「一夏っ!!」

 

 例の如く箒ちゃんが吠えた。

 

「あなたは二組でしょ。敵の施しは受けませんわっ!!」

 

 さらにセシリアも口を挿んでくる。

 

 あれ、僕の意見は?

 

「アタシは一夏と話してんの。関係ない人は引っ込んでてよ」

「わたくしは一夏さんの関係者ですわっ!!」

 

 確かに僕はもう友達のつもりでいるけど。

 

「ただのクラスメイトでしょ? どう関係してるっていうのよ」

 

 ”ただの”とか言うなよ。

 

 と言うか、鈴。

 

 ISに乗れる事は聞いてたけど、代表候補生になったなんて初耳だぞ?

 

 まだ他にもサプライズあったりするのか?

 

「お」

「お?」

「お姫様だっこされましたわっ!!」

「「なっ!?」」

 

 他の事に意識が行っていた所にセシリアのいきなりの暴露。

 

 何言い出してんのっ!?

 

「肩を抱き寄せられた写真だってありますわっ!!」

 

 ポケットから生徒手帳を取り出し、中の写真を見せつけてくる。

 

 昨日の今日でもう焼き増ししてもらってたのか……って、持ち歩いてるんですか?

 

「今日だって練習中に抱きしめられましたわっ!!」

 

 あれは完全に不可抗力です。

 

 箒ちゃん、証言して。

 

「だから、わたくしは一夏さんの立派な関係者ですわっ!!」

 

 セシリアは食堂中に聞こえるような大声で宣言する。

 

 その迫力に圧されて言葉が出なくなる僕たち。

 

 最初に復活したのは鈴。

 

「ちょっと一夏、どういうことよっ!?」

 

 しかしその矛先は僕。

 

 勢いのままに掴みかかられる。

 

「ちょっ、待っ、苦し、息が」

 

 タップ、タップ。

 

「お、落ち着け、鈴」

 

 見兼ねた箒ちゃんが止めてくれる。

 

「止めないで、箒っ!! これにはアタシの人生がかかってるのっ!!」

「だから、落ち着け。私が説明してやるから」

「えっ?」

「いいか? よく聞けよ?」

 

 咳き込む僕をよそに、説明がなされる。

 

 そして、

 

「な~~んだ。そうだったのね」

 

 全ての場面に居合わせている箒ちゃんの簡潔な説明に納得した、鈴。

 

 セシリアはその説明が不満そうだったけど、事実は事実なので文句は言わなかった。

 

「そんなことじゃないかと思ったわよ」

 

 裁判なしに死刑執行しようとした奴の台詞じゃないな。

 

 謝罪を要求する。

 

 僕がムッとしていると、

 

「ごめんて、一夏」

「ふんっ」

「そんなに怒らないでよ~~」

 

 実際はそんなに怒ってるわけじゃないけど、そうだな。

 

 どうせなら……。

 

「鈴が酢豚を作ってくれたら許す」

「え……それって……」

「上手くなった?」

「あ、当たり前よ。私を誰だと思ってるのよ」

 

 そう言った鈴の顔は真っ赤だ。

 

 バレバレの照れ隠しだな。

 

「あの、今のお話、何かありますの?」

「「あ……」」

 

 そんな質問がされると思っていなかった僕たちは、言葉に詰まって視線を合わせる。

 

「何かあるのか?」

 

 その態度に箒ちゃんが質問を重ねてくる。

 

「鈴?」

 

 どうする? と視線で聞く。

 

「い、一夏が話していいなら、構わないわ」

 

 許可を出しながらも、やっぱり恥ずかしいのか視線を泳がしている。

 

「一夏っ!!」

「一夏さんっ!!」

「分かったよ。小学校の時に鈴が言ってくれたんだ。『料理が上達したら毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』って」

「なっ!?」

「それって」

「プロポーズかっ!?」

「プロポーズですのっ!?」

「…………うん」

 

 真っ赤な顔で鈴が答えた瞬間、

 

「「「「「きゃーーーーーーっ!!」」」」」

 

 食堂中に嬉声が響いた。

 

 散々騒いでいた僕たちだ。

 

 注目されてることに気が付くべきだった。

 

「プロポーズだって」

「さすが織斑くんね」

「あの子、転校生の子でしょ」

「特ダネだわ♪ 号外、号外よ!!」

 

 食堂は一瞬にして蜂の巣をつついたような状態になる。

 

 てか、最後の絶対、黛先輩だよね。

 

 渦中の鈴に視線を向けると、

 

「あ、あ、あ、あ、」

 

 完璧にテンパっていた。

 

 名前を呼んでも反応がないので肩を叩くと、ビクッと体を跳ね上げてからゆっくりこっちを振り向き、

 

「大丈夫?」

「む」

「む?」

「むりぃぃぃぃぃぃっ!!」

 

 ダッシュで食堂から逃げ出した。

 

 その後ろ姿に呆気にとられていると、

 

「そ、それで一夏、こ、応えたのか?」

「そうですわ、一夏さんっ!! どうなんですのっ!!」

 

 衝撃から立ち直った二人が質問を再開する。

 

 僕もそれで我に返り、

 

「断った」

 

 簡潔に事実だけを答える。

 

「そ、そうか」

「そうですか。安心しましたわ」

「だからさっきのやり取りは二人のお約束のネタというか。そんな感じなんだ」

 

 嘘ではない。

 

 嘘ではないけど、正しくもない。

 

 その後の僕と鈴の関係をわざわざ説明する気はない。

 

 鈴からのプロポーズは、後日ちゃんと悩んだ末に断った。

 

 小学生も高学年になれば安易に結婚の約束なんかしないものだ。

 

 でも、それで仲が壊れることはなかった。

 

 むしろ、より仲良くなった。

 

 活動的な鈴が消極的な僕を連れまわし、僕も喜んで付いて行った。

 

 小学生の時はまだ恋愛感情というものが分からなかったけど、好きか嫌いで問われれば即答で好きだった。

 

 中学生になって周りが恋愛に敏感になるにつれ、僕たちは冷やかされる様になった。

 

 というか、もう学校公認でカップルのように扱われた。

 

 それは僕に鈴を一人の女の子として意識させるきっかけになったけど、でも付き合うことはなかった。

 

 理由は、僕の内面の問題。

 

 第二回モンド・グロッソでの誘拐事件。

 

 あの事件の後、僕は自分を鍛えることに多くの時間を使うようになった。

 

 たまに悪友とみんなで遊んだり、鈴が稽古場に来たり、僕が鈴の実家の中華料理屋に行ったりと交流は他の誰よりも多く持っていたけど、それでも「姉さんに守られているだけの弱い自分が恋愛なんて」と敬遠する気持ちが抜けなかった。

 

 そして中学三年に上がる前、鈴は両親の離婚で帰国してしまった。

 

 だから僕にとって鈴は”今までで一番意識していた女の子”というのが正しい。

 

 そんな相手にプロポーズの酢豚の話をするのは、ある意味で好意の確認だった。

 

 僕は鈴に「覚えてるよ」と伝え、鈴は「まだ好きなのよ」と作ってくれる。

 

 自分でもズルいなと思うけど、このぬるま湯のようでいてどこかくすぐったい関係は、実は鈴からの申し出に甘える形で始まった。

 

 あれは中学一年の僕の誕生日、鈴が酢豚を作ってくれた時のこと。

 

 小学生の時より格段に美味しくなった酢豚を食べて、僕は鈴が未だにあのプロポーズを守っていることを感じた。

 

 だからちゃんと説明したのだ。

 

 鈴の事は異性として意識してるけど今の自分に恋愛は有り得ないと。

 

 そうすると鈴は「アタシが勝手にあんたを惚れさせるだけだから気にしなくていいわ。でも、意識してくれてるなら酢豚は食べくれると嬉しいな」と笑ってくれた。

 

 だから酢豚は二人の約束なのだ。

 

 メールや電話はしていたけど、直接会うのは一年振り。

 

 久しぶりの鈴の酢豚。

 

 思いの外楽しみにしている自分に苦笑してしまう。




一夏がズルい?
いえいえ、鈴ちゃんが策士で積極的なだけです。
酢豚にしろ、プロポーズの暴露にしろ、ちゃんと理由があってのこと。
しかし策士策に溺れるタイプなのが鈴ちゃんクオリティ。
そこは残念ではなく、チャームポイントです。


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訓練、しかし力の差は歴然で

 今週は四月の第三週。

 

 セシリアと試合をしたのが月曜日。

 

 みんながパーティーを開いてくれたのが火曜日。

 

 鈴と再会したのが昨日、水曜日。

 

 そして今日が木曜日。

 

 明日は放課後に真耶先生の補講。

 

 土日はアリーナでIS特訓。

 

 クラス対抗戦は来週の土曜日にあるから、残り平日五日間をどうするか。

 

 普通に考えたら全部ISの特訓に当てるんだろうけど、勉強を疎かには出来ないし、たまには道場にも行って体を動かしたい。

 

 まぁ、でも勉強は後回しでもいいかな。

 

 クラスの代表なんだから対抗戦の優先順位が一番だよね。

 

 とりあえずアリーナの使用許可を取ってみて、取れなかった日は道場に行こう。

 

 うん、そんな所かな。

 

 なんて予定を考えながら教室に向かっていると、二組の教室に入っていくツインテールが見えた。

 

「鈴……」

 

 昨日、鈴は食堂から全力で逃げ出したまま帰って来なかった。

 

 きっと、恥ずかしさのあまり部屋で悶絶していたと思われる。

 

 意外とパニックに弱いんだよね、鈴て。

 

 まぁ一晩経てば鈴の事だから復活してるとは思うけど、朝のうちに声かけとこうかな。

 

 一組を通り過ぎ、二組へ向かう。

 

 鈴は窓際の一番後ろの席に座り、頬杖をついて窓の外に顔を向けていた。

 

 さて、どうしよう。

 

 他のクラスに入るのは抵抗があるけど、大声で呼ぶのはもっとハードルが高い。

 

 かと言って呼んでもらおうにも手近に人はいず。

 

 仕方ないか。

 

 観念して、せめて自然に見えるように振る舞いながら教室に入る。

 

 こちらに気付いた子たちには、騒がないでもらえるよう口に指を当て「しぃーー」とアピール。

 

 とりあえず目立った騒ぎにもならず、無事鈴の所まで到着。

 

 短い距離なのに変に緊張したな。

 

 鈴は考え事をしているのかまだ気付かない。

 

 …………これはチャンスでは?

 

 悪戯心が顔を出す。

 

 気付かれない様に注意しながら、そっと顔を鈴の耳元に近付け、

 

「鈴」

「ひゃんっ」

 

 予想以上に可愛い、いや、エッチぃリアクションにドキっとする。

 

「い、一夏ぁぁぁぁっ!!」

 

 驚いてこっちを見た鈴は現状を理解すると同時に羞恥と怒りで顔を真っ赤に染め、ISを腕だけ部分展開して殴りかかってきた――――――が、

 

「きゃっ」

 

 とっさに懐に潜り込み、腕を取って勢いのまま一本背負いの要領で投げる。

 

 と言っても、そこはしっかりと痛くしない様に足とお尻から下ろす。

 

「っと、危ないじゃないか、鈴」

 

 鈴はこちらの言葉には反応を示さず、ISを解除して立ち上がると顔を俯かせたまま振り返り、寄り添うように僕の胸に頭を預け――――――

 

「ぐっ」

 

 た様に見せかけての頭突き――――――を喰らうギリギリの所で間に手を挟む事が出来た。

 

「セーフ」

「ちっ」

 

 舌打ちしたよ、この子。

 

「心配して顔見に来たんだけど、その様子なら大丈夫そうだね」

「えっ? あ、そ、そうだったんだ……ありがと」

 

 鈴は昔から「ありがとう」と「ごめんなさい」をちゃんと言える良い子。

 

「って、さっきのは許さないわよっ」

「あぁ~~、エロ可愛かったよ?」

 

 周りに聞こえない様に再度耳元に口を寄せ囁く。

 

「エ、エロ、なっ、何言ってんのよっ」

 

 なぜか鈴も小声になる。

 

 小声で怒鳴るって器用だな。

 

「いやだって『ひゃん』って、鈴からあんな声初めて聴いたよ」

「そ、それはいきなりだったからで、耳は卑怯よっ」

 

 顔を真っ赤にして抗議する姿が子猫みたいで可愛い。

 

 そう思うと、自然と頭を撫でていた。 

 

 なでなで「へ?」なでなで「ちょ、ちょっと、一夏」なでなで「こんな事で誤魔化されないんだから」なでなで「あ、でも、はふぅ~~♪」撫で繰り回された鈴の表情から険が取れる。

 

 ますます猫っぽいな。

 

 そんな感じでHRのチャイムが鳴るまで5分くらい撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お昼は購買でお茶とおにぎりを買って屋上で食べることにした。

 

 昨日の今日で食堂はさすがに行き辛かった。

 

「なんだかピクニックみたいだね」

「そうだな」

「暖かくなってきましたし、本当にどこか行きたくなってまいりますわね」

「おやつは三百円までかな~~?」

「どこの小学生よ、それ」

 

 適度な暖かさと日差しの中、和気あいあいとしたランチ。

 

 癒されるな~~。

 

 しかし、この状況になるまでにちょっとした一悶着があった。

 

 四時間目の授業が終わって、事前にメールで約束していた鈴を迎えに行こうと教室を出ようとすると、

 

「一夏さん、ランチご一緒にいかがですか?」

 

 セシリアに呼び止められた。

 

「ごめん、セシリア。今日は屋上で鈴と食べる約束なんだ」

「同行しよう」

「わたしもわたしも~~」

 

 なぜかちゃんと断ったのに箒ちゃんが僕の腕を取り、のほほんさんが背中を押して強制連行される。

 

 この二人、デザートの食べさせ合いっこからこっち、連携とれるようになったっぽい。

 

「お、お待ちなさいっ!! わたくしも行きますわよっ!!」

 

 とセシリアも付いて来る。

 

 そんな状態で来た僕たちに対して鈴は

 

「なんであんた達がいるのよっ!!」

 

 当然、怒るわけで……。

 

「ふんっ」

「抜け駆けは許しませんわ」

「おりむぅはみんなのおりむぅなんだよ?」

 

 いやいや、僕は僕のものですよ?

 

「ごめんね、鈴」

 

 約束を破る形になってしまった責任として、謝罪と一緒に頭を撫でると

 

「ふ、ふん、まぁ、いいわ」

 

 そっぽを向いてしまうが

 

「次からは気を付けなさいよ」

 

 振り返って人差し指を突き付けてくる。

 

 それに頷くと、満足したように一度微笑み

 

「ほら、行きましょ」 

 

 自然な動作で僕の腕を取り、引っ張って行く。

 

 後ろで何やら言っていたみたいだけで、僕としては感触やら匂いやらでそれ所ではなかったとだけ……。

 

 ちなみに僕と箒ちゃんはおにぎりで、鈴は中華まん。

 

 セシリアはサンドイッチで、のほほんさんは菓子パン。

 

 何て言うか、みんなブレないな。

 

「ピクニック行くならみんなでお弁当作って”交換こ”とか良いね」

 

 何の気なしに言った僕の言葉に、みんなが驚いた顔をする。

 

 あれ? 僕なんか変な事言った?

 

「い、一夏さんはお料理ができますの?」

「うん、ほとんど一人暮らしみたいなもんだったからね。家事は一通りできるよ」

「おりむぅえら~~い」

 

 頑張ってくれてる姉さんに僕が出来る事は少なかったからね。

 

「アタシだって料理はちょっとしたものよ」

「うん、確かに鈴の作る中華は美味しい」

 

 酢豚以外も普通に作れるんだよね。

 

「でしょ。えへへ♪」

「わ、私だって、弁当くらいなら作れるぞ」

「あぁ、箒ちゃんって割烹着で台所とか似合いそうだもんね」

 

 道着や浴衣を見てるからか余計に純和風のイメージが強い。

 

「そ、そうか?」

「わたしは食べる専門~~」

「のほほんさんらしいね」

「でも頑張ると意外とできるんだよ?」

「そうなの? それは楽しみだな」

「頑張れたらね~~」

 

 そのフリは頑張らないでしょ?

 

 ふと、みんなが盛り上がってる中で一人だけ複雑な顔をしているセシリアに目が行く。

 

「セシリア?」

「は、はいっ!? なんでしょう、一夏さん」

「どうしたの? 難しい顔して」

「そ、それは……」

「あんた料理したことないんでしょ」

「っ!?」

「そうなのか?」

「セッシーは立場的にそうだよね~~」

「立場?」

「雇い主に家事されたら使用人の立場がなくなっちゃうんだよ~~」

 

 おぉ、ブルジョア階級。

 

「そ、そうですわ。貴族として仕方のないことなのですわ」

「まっ、別にいいけどね」

「そうだな」

「むぅぅぅぅ」

 

 唸るセシリア。

 

「興味があるなら、一緒に作ってみる?」

 

 一人だけつまらないのは可哀想だしね。

 

「「「「っ!?」」」」

「サンドイッチとか簡単に作れるものとか」

「す」

「す?」

「素晴らしいアイデアですわっ♪ はい、ぜひ、ぜひお願いします。あぁ、一夏さんと初めての共同作業……いい、いいですわ~~」

 

 凄い食い付きっ!?

 

「う、うん、喜んでもらえて良かったよ」

 

 セシリアのハイテンションに若干引いている僕。

 

 その横で、何やら難しい顔をする三人。

 

 でも、同じ結論に達したのか視線を合わせてから

 

「一夏。あんたはセシリアとサンドイッチを作りなさい。アタシは中華を作るわ」

「私は和食を作ろう」

「じゃあ、わたしは面白いの作るよ~~」

 

 と、宣言。

 

「そう? 楽しみだな。じゃあ、五月の土日に予定合わせようか? それとも平日のお昼にお弁当持ち寄る?」

「せっかくだから土日にしましょ。アタシはいつでもいいわ」

「うん、私も特に予定はない」

「わたしはちょっと聞いてみないと分からないな~~」

「わたくしも少し調整してみないとお答えできませんわ」

「僕は最初の土曜日だけ予定があるけど、後は平気。じゃあ、セシリアとのほほんさん次第ということで」

「りょうか~~い」

「分かりましたわ」

「それにしても、あんたに予定があるなんて珍しいわね」

「酷い言われ様だ」

「一夏……」

「一夏さん……」

「元気出しておりむぅ」

「いやいやいや、ぼっちとかそういうんじゃないからね」

「それで、何かあるの?」

「鈴からフッておいて放置しないでよ」

「い・い・か・ら」

「まぁいいけど、いや全然良くないけど、久しぶりに弾と遊ぶ約束してるんだよ。ここは関係ないけど世間ではGWだからさ。良かったら鈴もおいでよ」

 

 IS学園って、日本であって日本じゃないから長期休みはあっても祝日ないんだよね。

 

「弾の奴か……そうね、考えとくわ」

 

 中学時代のメンバーで集まるのも楽しそうだ。

 

「話を戻すが、ピクニックの行先はどうするんだ?」

「モノレールから見える、海に面した公園とかどうかな?」

「いいんじゃない? 近くて」

「遠いと疲れちゃうしね~~」

「決まりだね」

「楽しみですわ」

 

 みんなと行くのも楽しみだけど、たまには姉さんとも出かけたいな。

 

 姉さんが休み取れるなら土日で一泊でもいいから旅行とか。

 

 姉さんは働き過ぎだと思うんだよね。

 

 近場に良い温泉とかないかな?

 

 今度ちょっと調べてみよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、昨日に引き続きセシリアとアリーナに来ると、

 

「なんで鈴さんがいますの」

「なんでも何も幼馴染だし」

「あなたは二組の代表なのでしょう? 敵ですわ」

「別に対戦相手だからって一緒に練習しちゃいけないわけじゃないでしょ?」

「そんなの屁理屈ですわ」

「じゃあ、セシリアはもう一夏と試合はしないの?」

「そんなことありませんわ。時には友として手を取り、時にはライバルとして戦い、日々切磋琢磨し高め合い、そしてゆくゆくは……」

「つまり、問題ないわけね」

「はっ!? くっ、仕方ありませんわね」

 

 鈴は相変わらず口が達者だな。

 

 んじゃあ、とりあえず丸く収まったみたいだし、

 

「じゃあ、どうしよっか?」

「アタシがあんたの近接戦の特訓に付き合ってあげるわ」

 

 鈴の機体は、中国の第三世代機『甲龍(しぇんろん)』。カラーリングは黒と赤紫。

 

 僕のキュクロープスとはまた違った感じの重量感のあるフォルムで、印象としては固くて強そう。

 

 武器は双天牙月(そうてんがげつ)という両の先端に刃のある矛で、分離して二本の青竜刀にもなるそうだ。

 

 あと肩の上に丸い浮遊砲台らしきものが浮いているけど、それについては「な・い・しょ」とのこと。

 

 そんな可愛く言われたら追及なんて出来ません。

 

 そもそもISは国家機密扱いだしね。

 

「お待ちなさい。まずはわたくしが遠距離戦のお相手をいたしますわ」

「それは昨日もやったんでしょ? じゃあ今日はこっちからよ」

「うっ、い、一夏さんっ!!」

「は、はいっ」

「一夏さんはどちらが先がよろしいんですのっ!!」

 

 そんな涙目で睨まなくても……。

 

「さ、最初は鈴にお願いしたいかな」

「そんな……」

 

 ヤバい。

 

 泣かれそう。

 

「ほ、ほら、鈴は代表候補生なんだし、その接近戦を集中力がある時に見ておいた方がセシリアのためになると思うんだ」

 

 口から出まかせのフォローではなく、本音です。

 

「そう、ですわね」

 

 少し落ち着いたのか、納得の意思を示し

 

「一夏さんは、わたくしの事をちゃんと気にかけてくれているのですね。嬉しいですわ」

 

 笑顔を向けてくれた。

 

 セシリアは感情の波が激しいけど、そのコロコロ変わる表情が魅力的だと思う。

 

「僕も練習に付き合ってくれて嬉しいよ」

 

 笑顔には笑顔で、感謝には感謝で応える。

 

「それは良かったですわ」

 

 そうしたら、不意打ちでとびっきりの笑顔をプレゼントされてしまった。

 

 この笑顔に釣り合うものは僕にはないな。

 

「さぁ、一夏。話もまとまった所で、さっさと始めるわよ」

「う、うん、お願いします」

 

 鈴の声で我に返る。

 

 パワータイプ同士とはいえ相手は格上の代表候補生。

 

 しっかりと勉強させてもらおう。

 

 空中に上がり、距離を取って構える。

 

「いくわよ、一夏っ!!」

「おうっ!!」

 

 鈴が一直線に突っ込んでくる。

 

「どりゃあーーーー!!」

 

 リーチのある矛の状態の双天牙月を振り上げ、力いっぱい振り下ろされる強力な一撃。

 

 対して、右手に展開したショベルで受け止める――――――が、

 

「へぇ、初撃を防ぐなんてやるじゃない。でもっ」

 

 しかし攻撃は一撃では終わらない。

 

 上下左右、空中戦だからこそ可能な機動で連撃を受け続ける。

 

 幾度か隙を突き、左手のドリルを差し込むが届かない。

 

「くっ」

「まだまだこんなもんじゃないわよーーーー!!」

 

 双天牙月が二本の青龍刀に分かれる。

 

 こっちはショベルとドリルだけど、これで二刀対二刀。

 

 しかしリーチが短くなって回転速度が上がり、しかも両手から繰り出される攻撃は防ぐので手一杯。

 

「このままじゃ」

 

 一度仕切り直そうと、距離を離すために後退すると

 

「なっ!?」

 

 その隙に連結させた双天牙月が飛んできたっ!!

 

 横回転しながら迫る凶刃。

 

 慌てて全てのスラスターを全力噴射し、ギリギリで横に躱す。

 

「危なかった。でも今なら」

 

 武器を手放した今がチャンスと鈴を見ると、鈴の口元が悪戯に成功した時みたいにニヤついていて――――――

 

「ぐはっ」

 

 ヤバいと思った瞬間、背後から強烈な衝撃が襲い、肺から強制的に空気が吐き出される。

 

「油断し過ぎよ、一夏。武器を投げたら戻ってくるなんて定番じゃない」

 

 その言葉に応えようと思った刹那、頭の隅の方で再度警笛が鳴る。

 

 鈴の声が近い。

 

 顔を上げるより早く、360度視認できるハイパーセンサーで意識を上に――――――

 

「がっ」

 

 しかし知覚できたのはただ頭部への痛みのみ。

 

 視界が一瞬ブラックアウトし、次いで全身に痛みと衝撃が走る。

 

 戻った視界には、青空と、こちらに近付いて来る一機のIS。

 

 どうやら吹き飛ばされて、地面に衝突したみたいだ。

 

「ま、ざっと、こんなもんよ」

「お見事」

 

 見上げた体勢のまま称賛を送る。

 

「まだまだISの戦闘には慣れてないって感じね」 

「お恥ずかしい限りで」

「とりあえず、私達みたいなパワー系スタイルは相手のペースに乗らず、力で押し切るのが基本よ。同じタイプの場合はガチンコ勝負ね。ちょっとでも相手より上の部分を見付けてそこを突くこと」

「はい」

 

 今回は鈴の速度と手数で何もさせてもらえず、正直力比べすら出来ていない。

 

 武装のチョイスも良くなかったし、ワイヤーブレードや爆弾なんかの選択肢を意識する事すら出来なかった。

 

 これじゃあ、キュクロープスにも束さんにも申し訳が立たないな。

 

「一夏さんっ!? 大丈夫ですの!!」

 

 鈴のレクチャーを受けながら反省していると、心配したセシリアが駆け寄ってきてくれた。

 

「大丈夫だよ。ありがとう、セシリア」

 

 ISを解除し、体を起こそうとすると、

 

「痛っ」

 

 頭に軽い痛みが走る。

 

「無理をしてはいけませんわ」

 

 声と同時に柔らかい感触が頭を包む。

 

 目を開けると、セシリアの顔が反対向きで近くに……。

 

 そして優しく頭を撫でられている。

 

「あ、あ、あんた、何やって」

 

 鈴の慌ててる声がする。

 

 あれ? この体勢って……。

 

「膝枕、されてる?」

「はい♪」

 

 笑顔のセシリアを見上げ、理解が追い付くと顔に熱が集中して来るのが分かった。

 

「セ、セシリアっ」

「ダメですわ。まだ動いては」

 

 慌てて動こうとする僕をセシリアの手が優しく止める。

 

「頭を打ってるようですから、もう少しこのままで」

 

 それは有無を言わせない説得力のある言葉だった。

 

 大人しく体の力を抜く。

 

 そうすると次第に太ももの柔らかさと優しく撫でる手の感触に緊張が抜けていき、

 

「気持ちいい」

 

 つい言葉が漏れてしまう。

 

「それは光栄ですわ」

 

 いつもより大人っぽい微笑みを浮かべるセシリアに見蕩れていると、

 

「いつまでやってんのよっ!!」

 

 鈴が吠えた。

 

「静かにしてくださいまし。怪我人ですわよ」

「ISに乗ってるんだから怪我するわけないでしょっ!!」

「そんなことありませんわ。致命傷は防げてもある程度のダメージは通過してしまいます。ご存じでしょ?」

「うぅぅぅぅ、そうだけど……」

「そもそも鈴さんが負わせたダメージですのよ? 大人しくしていてくださいまし」

 

 ぴしゃりと鈴をやり込めるセシリア。

 

 なんかいつものセシリアよりしっかりしてるな。

 

 いや、忘れそうになるけど、セシリアには貴族の当主としての顔があって、それはもう立派な責任ある大人の顔なんだ。

 

 無邪気に笑ったり怒ったりしてるセシリアも、今みたいなセシリアも、合わせてセシリアなんだな。

 

 そんなことを考えていたら無意識にセシリアを見つめていたようで、

 

「どうかなさいましたか?」

「ううん、セシリアは凄いなと思って」

「なんですの、それ」

 

 くすくすと笑われてしまった。

 

 つられて僕も笑みがこぼれる。

 

 そんな僕らを見ながら、鈴は一人でむくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、激しい訓練はセシリアに止められ、昨日と同じ追い駆けっこをして過ごした。

 

 最初は1対1で鈴とセシリアを交互に僕が追い駆けていたけど、最後は2対1で追われる側になり、加減されてるのが丸分かりだったけどどうしようもなく追い立てられていた。

 

 その後は、食堂で一緒に夕飯を取りながら反省会。

 

 というか、二人による僕へのダメだし。

 

 僕なんか代表候補生の二人から見たらまだまだ殻をかぶった生まれたてのヒヨコなわけで。

 

 束さんのチュートリアルのおかげでISを動かす感覚は問題ないけど、圧倒的に経験が足りず、基本はISのスペック頼り。

 

 まぁ、ない物ねだりをしても仕方がない。

 

 地道な訓練の反復こそが一番の近道。

 

 それはさておき、それを踏まえた上で対策を立てないと来週のクラス対抗戦はどうにもならないだろうな。

 




これから対抗戦まで日常パートが何話か続きます。
ヒロインズを考察すると、鈴は一番庶民派で一夏の感覚に近く、セシリアは逆に一番遠い貴族様。
一夏に対してはチョロイさんですが、現実的でしっかり者、そして当主として守らなければならないモノがある。
セシリアは一番芯がしっかりしていると思うんですよね。


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酢豚と桃まん

甘いです。
えぇ、桃まんですから。


※補足説明①

 ISはコア同士でネットワークを作っている。

 それを介することで、オープンチャンネルとプライベートチャンネルという2種類の通信ができる。

 プライベートチャンネルは任意の相手に対する秘匿通信で、他に聞かれる心配がない。

 ちなみに学園は無断でのIS使用を禁止しているので、専用機持ちといえども無断で通信を行ってはならない。

 見つかった場合は、お説教or反省文or千冬の鉄拳制裁などのお仕置きが待っている。

 

※補足説明②

 大雑把に、IS学園には

 1クラス30名 × 1学年8クラス × 3学年 = 720名

 これだけの生徒がいる。

 そして強制でもないのに、みな何某(なにがし)かのクラブに属している。

 一夏のような帰宅部は稀(まれ)らしい。

 つまり結構な数の部活が存在する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後の教室に一人。

 

 廊下に教師がいないことを確認してから、鈴とのプライベートチャンネルを開く。

 

「鈴、鈴」

「一夏?」

「うん、今話しても平気かな?」

「いいけど、どうしたの? あんた補習は?」

「そのはずだったんだけど、山田先生が急に用事入っちゃってキャンセルになったんだよ。それで何してるかな~~と思ってさ」

「ふ~~ん、それはツイてなかったわね。ところで、この事もう誰かに話した?」

「ううん、鈴が最初」

「そっか……アタシが最初か……」

「鈴?」

「ううん、何でもないわ」

「それで、鈴は今何してるの?」

「あーー、ま、いっか。アタシは今、料理部って所に顔出してるのよ」

「へぇ、そんな部活があるんだ」

「うん、それで酢豚の研究を、ね?」

「それって……」

「うん、一昨日あんたが食べたいって言ったから」

「……」

「ちょ、ちょっと、黙ってないで何とか言いなさいよ」

「あ、あぁ、うん。あの、あ、ありがと。楽しみにしてる」

「そ、そう。じゃあ、夕飯の時に作って持って行ってあげるから食堂に20時に来なさい」

「ん、分かった」

「絶対に一人で来るのよ。いい?」

「うん。それじゃあ、夜にまた」

 

 回線を閉じる。

 

 ちょっとドキドキしてるな。

 

 やっぱり鈴が酢豚を作ってくれると思うと嬉しい。

 

 それに加えて恥ずかしさと、ワクワクする様なこそばゆい気もしてちょっと落ち着かなくなる。

 

 鈴の気持ちは嬉しい。

 

 僕だって鈴が好きだ。

 

 でもこの気持ちは僕の中で真ん中にはなっていない。

 

 だから友達以上ではあるけど、その先の関係には進めない。

 

 僕の中心は姉さんだ。

 

 今までいっぱい負担をかけてきた姉さんに恩返しがしたい。

 

 強くなって姉さんを守れるようになりたい。

 

 世界でたった一人の家族である姉さんに幸せになって欲しい。

 

 義務感とかじゃなくて、それが僕の幸せ。

 

 僕自身の幸せのために、姉さんを幸せにしたい。

 

 でも姉さんの幸せは姉さんが決めるもの。

 

 だからその役に立てる自分になりたい。

 

 そうなって初めて僕は――――――。

 

    「ほら、そんなとこ突っ立ってないでこっち来なさい」

    「傘忘れちゃった。入れてってよ」

    「稽古お疲れ~~、はい、スポーツドリンク」

    「いらっしゃい。今日は何食べる?」

    「やっぱり夏はプールよね。どう、この水着?」

    「頭キーーンってきた、キーーンって」

    「あーーーー全然終わんないっ!! ちょっとあんたの宿題見せなさいよ」

    「へへ~~ん、今回のテストはアタシの勝ちね」

    「えいっ、あははは、さぁ雪合戦するわよ」

    「具合どう? 今、お粥作るから待ってなさい」

    「ちょっと、一夏」

    「ほら、一夏」

    「ねぇ、一夏」

    「一夏」

 

 僕も鈴に何かしたいな。

 

 鈴が僕に酢豚を作ってくれる様に、僕も鈴を喜ばせたい。

 

 そうだな。

 

 鈴も女の子らしく甘いもの好きだし、お菓子でも作ったら喜んでくれるかな?

 

 でもどうせならクッキーとか在り来たりな物じゃなくて……。

 

 やっぱり中華っぽいもの?

 

 そう、例えば月餅とか。

 

 他には、カステラ、ゴマ団子、杏仁豆腐……。

 

 いや、ここは見た目も可愛いし『桃まん』にしよう。

 

 じゃあレシピは携帯で調べてっと……。

 

 よし、まずは材料調達のために職員室で外出許可もらおう。

 

 あ、でも、その前に食堂に行って都合してもらえるものがあるかお願いしてみよっかな。

 

 着色料とかあると嬉しいんだけど。

 

 少ししか使わないのに買うのはもったいないしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言うと、無事食材は調達できた。

 

 最初に寄った食堂で、親切なオバちゃんたちが「うちのなら好きに使っていいよ」と言ってくれたのだ。

 

 有り難や有り難や。

 

 でも食堂が混む時間にお邪魔するのはさすがに忍びなかったから、早い時間帯に仕込みだけして後は蒸すだけの状態にしておいた。

 

 そして現在18時。

 

 後2時間か……どうしようかな。

 

 とりあえず知り合いには極力会いたくない。

 

 だから部屋にはいられない。

 

 できれば寮からも離れたい。

 

 校舎……かな。

 

 とりあえず特に仲の良い子たちには縁の遠そうな図書室に足を向ける。

 

 上級生がパラパラといるのがタイの色から見て取れる人口密度の薄い図書室で、せっかくなので来週のクラス対抗戦に向けてISの機動技術やその練習法について調べる。

 

 ワイヤーブレードや爆弾があるとは言ってもやはり僕の基本スタイルは近接が主軸となるので、そこから考えると瞬間加速(イグニッションブースト)というのが有効そうだと目星をつける。

 

 イグニッションブーストとは、スラスターから放出したエネルギーと一旦取り込み、圧縮。

 

 それを一気に噴射することで0(ゼロ)からMAXに急加速する技術だ。

 

 これが出来れば相手の間合いの中に入り込みやすくなる。

 

 と言うか、ドリル突き出して突撃できる。

 

 クラス対抗戦まで一週間しかないけど、付け焼刃でもやるだけやってみよう。

 

 参考資料を探して視聴コーナーで解説映像なんかを見ていると、ポケットの中で振動する携帯のアラームが時間を知らせる。

 

 お腹も空いたし、いい頃合いだな。

 

 20時5分前、食堂に入る。

 

 この時間だとほとんど人がいない。

 

 僕が入ってきたことに気が付いて、奥の席の鈴が手を振る。

 

「お待たせ、鈴。でも、ちょとだけ待っててくれる?」

「いいけど、何よ?」

 

 それには曖昧な笑みで誤魔化して席を離れ、おばちゃんに断って厨房に入り蒸し器に火を入れる。

 

 タイマーをセットして、席に戻る。

 

「何だったの?」

「後のお楽しみ」

「まっ、いいけどね」

 

 それで切り替えたのか、鈴がタッパーを取り出す。

 

「さぁ、一夏。アタシのあ、愛情いっぱいの特製酢豚よ。有り難く食べなさい」

 

 照れるくらいなら言わなければいいのに……嬉しいけど。

 

「ありがとう、鈴。いただきます」

 

 と言っても箸がないな。

 

 カウンターに取りに――――――と思ったら、

 

「あら、箸が一つしかないわね。仕方ないから食べさせてあげるわ」

 

 鈴が箸でお肉をつまみ、こちらに向けていた。

 

「あ~~ん」

「えっと」

「ほら、早く。やってる方も恥ずかしいんだから」

 

 鈴は顔を赤くしているが、やめるつもりはないらしい。

 

 鈴さん、棒読みだったし、時間にしても箸にしても計画的ですね?

 

「あ~~ん」

「そ、それじゃ、あ、あ~~ん」

 

 押し切られる形で食べさせてもらう。

 

 口の中に甘酸っぱいタレの味が広がり、弾力ある豚肉の歯ごたえを楽しむ。

 

「あ、美味しい」

「でしょ♪」

 

 僕の素の反応に満足顔の鈴。

 

「この香りは黒酢?」

「そう、こういうのも良いでしょ?」

「うん、凄く美味しいよ」

 

 ガッツポーズの鈴。

 

「あぁ、そういえば酢豚だけじゃ足りないわね。ちょっと買ってくるから待ってなさい」

「いいよ。自分で」

「ダメよ。それも含めてアタシに準備させて」

「分かった。ありがと、鈴」

 

 鈴が買ってきてくれたご飯・漬物・お味噌汁と一緒に酢豚を食べる。

 

 この味はもう店で出せるレベルなんじゃないかな?

 

 そう言うと「まだまだよ」と自己評価が厳しい鈴。

 

 まぁ、親父さんの料理美味しかったからな。

 

 と思いながら舌鼓を打っていると、タイマーのベルが聞こえた。

 

「ちょっと、ごめん」

 

 一言断ってから厨房へ向かう。

 

 蒸し器から桃まんを取り出し、席に戻る。

 

「鈴」

「ん?」

 

 自分の分のワンタン麺を食べ終わった鈴の前に

 

「これは酢豚のお礼」

 

 お皿に載った桃まんを置く。

 

「こ、これ?」

 

 鈴は僕と桃まんの間で視線を行ったり来たりさせる。

 

 状況が上手く飲み込めないみたいだ。

 

「鈴のために作ったんだ」

「っ!?」

 

 目を真ん丸にして言葉をなくしている。

 

 驚き過ぎじゃないかな?

 

「上手く出来てるといいんだけど、食べてみてくれる?」

「う、うん」

 

 蒸したての熱々を火傷しない様にハフハフしながら食べる姿が可愛らしい。

 

「どう?」

「美味しい……」

「良かった」

 

 まぁ、レシピ通り作っただけだから少し申し訳ないけど。

 

「なんで?」

 

 ぽつりと呟く様な小さな声が鈴の口からこぼれる。

 

「僕も鈴のために何かしたくてさ」

「そう、なんだ」

 

 それだけ言うと俯いてしまった。

 

「鈴?」

 

 心配になって声をかけると、ゆっくりと顔が上げられ

 

「ありがと、一夏。凄く嬉しい」

 

 ちょっと涙目だった。

 

 でも、喜ばせるのには成功したみたいで良かった。

 

 これまで姉さんと二人きりだったからあんまりお菓子は作って来なかったけど、これからは挑戦するのもいいかもしれない。




他のヒロインズと比べて、鈴ちゃんには一夏と積み上げてきた歴史の重さがあるのですよっ!!
しかし、それを言うなら千冬さんが一番なわけで……。
この優先順位を変えるのは至難の業でしょうw


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暴走in男子更衣室

後で手直し入れるかもしれませんが、とりあえずどうぞ


 土曜日、第三アリーナ。

 

「さぁ、一夏。今日は私が相手をしてやろう」

 

 日本製第2世代型IS『打鉄』を装備した箒ちゃんが、やる気満々で剣を抜く。

 

 打鉄の鎧武者のようなフォルムが、剣道少女の箒ちゃんによく似合っている。

 

「ちょっと待ちなさいよ。一夏、近接戦ならアタシがまた相手してあげるわよ」

「いいえ、この前は近接戦からだったのですから、今日はわたくしが先でしてよ」

「何を言っている。お前たちはもう一夏と訓練しているのだから今日は私の番だ」

「何で順番なのよ。一夏の訓練の事を考えたら専用機持ちが相手した方がいいに決まってるじゃない」

「そうですわ」

「うるさい。クラス対抗戦、専用機持ちは8人中一夏含め2人だけ。つまり訓練機に当たる可能性の方が圧倒的に高いのだから、私とやった方がいい練習になる」

「いや、クラス代表になるような奴はラファールを使うと思うわよ?」

「そうですわね」

「そ、そんなことはない。防御に特化し、銃弾を防ぎながら間合いを詰め一刀のもとに切り伏せる。打鉄は優秀な機体だ」

「まぁ、否定はしないわ。ラファールは何でもできるオールラウンダーだけど、技巧派向けだし、射撃に慣れてないと話にならないからね」

「一つの事を極めるのに向いている方は打鉄の方がおススメですわね」

「うむ、私は剣一筋だからな」

「うん、まぁ、あんたがそれでいいなら何も言わないわ」

「それで結局どうしますの?」

「一夏、お前が決めろ」

「そうね。まっ、アタシを選んでくれるって信じてるけどね」

「一夏さんさえよろしければ、わたくし何でもしてさしあげますわよ」

「なっ!?」

「ちょっと、セシリア。何言ってるのよっ!!」

「あら、わたくしはそれだけの覚悟があるとお伝えしただけですわ」

「絶対うそ。色仕掛けなんて卑怯よっ!!」

「そうだ。破廉恥だぞっ!!」

「それは言い掛かりというものでしてよ」

「くっ、そ、それなら私だって。一夏、接近戦なら私のむ、胸もよく見えるぞ」

「なっ!? 喧嘩売ってんのっ!! いいわよ、買うわよ」

「鈴さん、落ち着いてください。見苦しいですわよ」

「ア、アタシのどの部分が見苦しいですってぇぇぇぇっ!!」

 

 とまぁ女三人寄ればかしましいを地で行く状況に放置を決め込んでいたけど、アリーナの使用時間がもったいないので沈静化に着手することにする。

 

「鈴」

「あぁん、何よっ!!」

 

 もはやチンピラ状態の鈴。

 

 こういう時は下手になだめるより爆弾投下が効果的だと経験から分かっている。

 

 耳元に顔を近付け

 

「僕は鈴のプロポーション”も”好きだよ」

「きゃうっ!?」

 

 奇声をあげ、一気に茹蛸(ゆでだこ)になる、鈴。

 

 よし、鎮圧完了。

 

 確かに大きいのは好きだけど、鈴の小柄だけど元気いっぱいに動くネコ科のようなしなやかな無駄のないボディも好きだ。

 

「箒ちゃん」

「な、なんだ。やっぱり私の胸が見たいのだな。は、破廉恥な奴め」

 

 おぅ、いきなり謂れのない中傷を受けたよ。

 

 まぁ、事実無根じゃない辺りどうしようもないんだけど。

 

「いやいやいや、否定しづらいけど、それは一旦置いといて。近接戦は後に取っておいて、まずはセシリアから一緒に機動の指導をしてもらわない?」

「うん?」

「あら、わたくしですの?」

 

 急に名前を呼ばれてキョトンとするセシリア。

 

「うん、この中で高速軌道が1番上手いのはセシリアだからね。先生になってもらえないかな」

「ふふふ、一夏さんの先生ですか。ちょっといい響きですわね。まぁ個人指導じゃないのが残念ですが」

「私もなのか、一夏?」

「うん、箒ちゃんの訓練にもなるし、それこそ対抗戦に向けて打鉄のスペックも見ておきたいしさ」

「そうか、分かった。セシリア、お願いする」

「分かりましたわ。このセシリア・オルコットにお任せください」

 

 という感じで、ようやく話がまとまり訓練スタート。

 

 基本の動きから丁寧にやっていく。

 

 セシリアの教え方は若干細かすぎる感じもするが、そこは代表候補生。

 

 見本を交えながら的確な指導をしてくれる。

 

 途中、茹蛸から復活した鈴も加わり、ワンランク上の動きで僕たちに発破をかけ、いい見本になってくれた。

 

 みっちり1時間ほど飛び回り、さすがに動きのキレが悪くなってきたので少し休憩を取る。

 

「鈴もセシリアもやっぱり凄いな」

「当ったり前よ。これでも代表候補生だからね」

「ふふ、当然ですわね」

「ほ、惚れ直した?」

「うん、二人とも凄くカッコイイよ」

 

 二人とも真っ赤な顔になり照れている。

 

「こほん、一夏、この後は私との接近戦だな?」

「うん、お願いするよ。でもちょっと、そうだな、5分くらい時間くれる?」

「構わないが」

「ありがとう。セシリア、ちょっといいかな」

「は、はい。なんでしょう」

 

 箒ちゃんと鈴から離れ、アリーナの端の方に行く。

 

「セシリアに教えて欲しいことがあるんだけど。瞬間加速(イグニッションブースト)の注意点とかコツとかあったら聞かせてくれないかな」

「瞬間加速ですか? あれをやるおつもりですの?」

「うん、手数や速度で敵わないなら突破力に活路を見出そうかと思ってさ」

「そう、ですわね。選択肢を増やす意味でも有効だと思いますが、制御の難しい技術ですわよ?」

「そうみたいだね。映像教材で失敗例見たけど、あらぬ方向に飛んで行ったり、バランスを崩して大変なことになってたよ。でも、今のままじゃ鈴に勝つのは難しいから、奇襲技くらい用意しておかないと」

 

 僕の覚悟を量るように見つめてから

 

「ふふ、それでこそわたくしが認めた殿方。いいでしょう、わたくしが対抗戦までにみっちり仕込んで差し上げますわ」

「ありがとう、セシリア」

「いいえ、一夏さんのためですもの。わたくし何でもいたしますわ」

 

 セシリアのちょっと頬の赤くなった微笑みに思わずドキッとする。

 

 やっぱりセシリアは美人さんだな。

 

「やっぱりセシリアは美人さんだな」

「えっ」

 

 驚いた顔のセシリア

 

「えっ」

 

 それに驚く僕。

 

「一夏さんたら、いきなり何を」

「ご、ごめん。口に出ちゃってた」

 

 二人で照れまくる。

 

 ま、まずい。

 

 話題を変えないと。

 

「そ、それで、瞬間加速のアドバイスとかあるかな?」

「え、えぇ、そ、そうですわね。やはり何と言っても注意するのは機体制御ですわね。スラスターのエネルギーの吸収、圧縮、再放出。それ自体は難しくありません。ですが、その急加速ゆえの問題としてバランスを取るのが大変困難ですわ。PIC任せではなく、自身の身体操作技術が問われます。分かりやすく言うと、加速に耐える筋力、慣れ、勘が必要ですわ」

「勘?」

「えぇ、勘です。出来る人は出来るし、出来ない人は出来ない。もちろん修練で何とかなる方もいらっしゃいますが、そもそもが近接戦闘の技術ということもあって、無理してでも覚えようという方自体が少ないのです」

「そうだね。射撃がメインだと必要性薄いよね」

「ですから、正直に言わせていただくと、わたくしもちゃんと出来るわけではありませんの。でも、練習はしていたのでお役には立てますわ」

「ありがとう、セシリア。鈴にバレないように練習したいから頼れるのがセシリアしかいなくてさ」

「わたくしだけ……。で、では、対抗戦まで2人だけの秘密特訓ですわね」

「うん、月曜日からよろしくお願いします。先生」

「せ、先生っ!? いい、いいですわ~~」

 

 セシリアがそのまま自分の世界から帰って来なくなっちゃったけど、箒ちゃんをずっと待たせとくのも悪いので、申し訳ないが放置して戻る。

 

「お待たせ、箒ちゃん」

「あぁ、アレはもういいのか?」

「うん、月曜からの秘密特訓の打ち合わせをしてたんだ」

「秘密特訓て、何よ」

「このままじゃ鈴に勝てないからね。少しでも武器が欲しくてさ」

「へぇ、そんな付け焼刃でアタシに勝てるとでも思ってんの?」

 

 挑発的な笑みを浮かべる鈴。

 

 八重歯が覗き、小さな虎のような印象を醸し出す。

 

「やるからには勝つつもりでやるさ。それに」

 

 鈴に再度近づき、耳打ちする。

 

「鈴にも惚れ直してもらいたいからさ」

「きゃうっ!?」

 

 鈴、再度の撃沈。

 

 積極的なくせに意外と照れ屋さんな鈴を愛でていたいけど、我慢してISを展開。

 

「それじゃあ、始めようか」

「うむ」

 

 箒ちゃんが剣を、僕はハンマーを構える。

 

「では、いくぞっ!!」

 

 剣道全国優勝の実力にISの力を加えた踏み込みからの面打ち。

 

 それに対して僕は箒ちゃんの掛け声に合わせて、バックステップ。

 

 スペック差を感じさせない踏み込みだったが、柄の部分で受け止め押し返す。

 

「いきなり後退とは、臆したか、一夏」

「いや~~、これは見(けん)と言って欲しいな。ISを装着した箒ちゃんの初見をどうにかするなんて無理だし」

「ふん、お世辞のつもりか?」

「いや、事実だよ」

「そうか。では次はどうかなっ!!」

 

 箒ちゃんが再度踏み込んでくる。

 

 胴を狙う横薙ぎの一閃。

 

 同じ要領で受けるが、今度は単発ではなく畳み掛けるような連撃がくる。

 

 鈴の叩き潰す様なパワフルな攻撃とは違い、切り裂く様な箒ちゃんの鋭い斬撃。

 

 鈴との模擬戦の反省を生かし、勢いに乗せないために今度は足を止めて受ける。

 

 10撃目で放たれた突きを躱し、その流れのまま体を反転させ、初撃となるハンマーの一撃で弾き飛ばす。

 

 ガードされてしまった様だが、距離が離れた事で一息つく。

 

 見ると、何やら箒ちゃんが手を握ったり開いたりしている。

 

「どうしたの? 箒ちゃん」

「うむ、ISの反応が少し悪いようなのだ。タイムラグが気になる」

 

 おぅ、あれで遅くなっていると仰いますか。

 

「ま、まぁ、訓練機だからね。箒ちゃんに合わせて調節すれば少しは良くなるんじゃない?」

「そうか。しかし今は時間が惜しい。続きをやるぞ、一夏」

「うん」

 

 今度はこっちからと上空に飛び上がり、肩から2本のワイヤーブレードを撃ち出す。

 

 複雑な軌道を描きながら襲ってくるブレードを一つは剣で弾き、もう一つは上空に回避する事で躱した箒ちゃんだけど、飛ぶ事にまだ慣れていないため、1、2、3と躱した4撃目で足を絡め取られる。

 

 それを思いっ切り引っ張り、今度こそハンマーで打ち据える。

 

 吹き飛ばされ、地面にクレーターを作る箒ちゃん。

 

 僕は新たに爆弾を展開し――――――

 

「本番ならここで追撃っと」

 

 確認した所で戻し、様子を見に行く。

 

「大丈夫? 箒ちゃん」

 

 頭を軽く振ってから、何でもない様にすぐに立ち上がる箒ちゃん。

 

「ISの絶対防御と言うのはやはり優秀なのだな。これだけの衝撃を受けてあのくらいで済むのか」

 

 心配はいらないみたいだね。

 

「エネルギー、どのくらい減った?」

「今の一撃で4分の1くらいだな」

「ふ~~ん、絶対防御が働くとやっぱり消費が大きいんだね」

「さすがパワー型と言った所か」

「ワイヤーブレードはやっぱり避けにくかった?」

「あぁ、あの複雑な動きは厄介だな。あれは一夏が操作しているのか?」

「ううん、ターゲットロックは任意だけど後はプログラムが勝手にやってくれるんだ」

「それはズルいな」

「僕としては便利でいいよ」

 

 撃ち出してしまえば、後は僕も自由に動ける所が特に。

 

「あの後は本当だったら、セシリアの時に見せた様に爆弾を?」

「うん」

「つまり、こちらは吹き飛ばされ動きが止まった時点で詰みというわけか」

「どうなんだろう? 地面や壁を背にした状態だと爆発は前面に限定されるから、防ぐ手段は色々あるんじゃないかな」

「そう言われるとそうだな。すぐ思い付くのは盾か」

「後は相殺するだけの火力があれば」

「どちらにしても訓練機では難しいな」

「そうだね。申請すれば後付け装備でお願いできるかもしれないけど」

「まぁ、ない物ねだりをしても始まらん。それに今は一夏の訓練だからな。続きをするとしよう」

「うん、お願いします。次はショベルとドリルで行かせてもらうよ」

「うむ、では、いくぞっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 箒ちゃんとの訓練後、鈴とも模擬戦をして本日の訓練は終了。

 

 更衣室に下がりベンチに寝転ぶと「つっかれた~~」自然と声がこぼれる。

 

 箒ちゃんの攻撃は、剣道と篠ノ之流剣術の混合でありながら、それでも正統派の太刀筋をしている。

 

 対して鈴の攻撃は、武器が変わる事もそうだけど、回転を多用したトリッキーとも言うべきスタイルをしている。

 

 それに対して僕はと言うと、正直まだ自分のスタイルを決めかねている。

 

 生身の僕のスタイル、古武術が使えないせいもあるんだけど、武器の選択肢が多くて使いこなせてないというのが痛い。

 

 こういう場合は多くのパターンをシュミレーションして、後は実践と反復でモノにしていく事が大事だ。

 

 感覚としては飛び道具の使い方が鍵になると思う。

 

 そんな一人反省会をしていると、

 

「一夏~~入るわよ~~」

 

 鈴がノックもなしに男子更衣室に侵入してきた。

 

 その無警戒っぷりに少し呆れる。

 

「鈴、着替え中だったらどうするんだよ」

「今更あんたの裸見たってなんとも思わないわよ。一緒にプール行ってたじゃない」

「いや、これ直に着てるから本当に裸になっちゃうんだけど」

「へっ!?」

 

 みるみる鈴の顔が赤くなっていく。

 

「バ、バカ!! エッチ!! 変態!!」

「いや、ここは男子更衣室で、入ってきたのはそっちなんだけど」

 

 さすがに理不尽だろう。

 

「ふ、ふん、知らないっ!!」

 

 腕組みをして、そっぽを向いてしまった。

 

 と、その手にタオルとボトルが握られていることに気付く。

 

「鈴、もしかしてタオルとスポーツドリンク持ってきてくれたの?」

 

 それは僕が稽古している時に、よく目にした光景だった。

 

「そ、そうよ。感謝しなさい」

 

 タオルが顔に投げつけられる。

 

「サンキュー、鈴」

「ふん」

 

 手渡されたボトルに口を付ける。

 

「うん、温くて美味しい」

「アタシは冷たい方が美味しいと思うけどね」

「温い方が体にいいんだよ」

「知ってるわよ」

「鈴も飲む?」

「へ?」

「ボトル、僕の分だけみたいだし」

「あ、あぁ、そ、そうね。喉渇いちゃったから、も、もらおうかしら」

 

 なんか急に慌てだしたな。

 

「それじゃあ、はい」

 

 とりあえず、手渡す。

 

「う、うん……」

 

 なぜか緊張したようにボトルを見つめた後、意を決したように口をつける。

 

 いや、なんなの?

 

 ……………………はは~~ん♪

 

「どう?」

「温いわ」

「いや、間接キス」

「な、なななな何言ってんのよっ!! そんなの全然気にしないわよっ!! バカじゃないのっ!!」

 

 おぉ~~、正解だったみたいだ。

 

 いや、照れるのは分かるけど慌て過ぎでしょ。

 

「じゃあ、僕ももう少し飲みたいからちょうだい」

「えっ?」

 

 途端、固まる鈴。

 

「ほら」

 

 手を伸ばす。

 

「で、でも」

 

 ボトルを後ろに隠してしまう。

 

「ダメなの?」

「そうじゃないけど」

 

 俯いてモジモジし始めた。

 

「鈴」

「うぅぅぅぅ」

「ちょうだい」

「…………はい」

 

 観念したようだ。

 

 受け取り、ふたを開け、口をつけようとすると、鈴が上目使いでチラチラこちらを見ていた。

 

「鈴、飲みにくい」

「だって」

 

 まぁ、いいか。

 

 僕は間接キスとか気にしない方なので、特に意識せずに口をつけて、一口。

 

「あ……」

 

 鈴が赤い顔で呆けたような表情をしている。

 

 間接キスより、その顔に照れるよ。

 

 そのまま、しばし沈黙が流れ――――――

 

 気まずい。

 

 なに、この甘酸っぱい空気。

 

 意識し過ぎだって自分。

 

 ただ男子更衣室と言う密室で、普段はいるはずない女の子と二人っきりになってて、その女の子が差し入れてくれた飲み物で間接キスして、しかもその相手が意識し合ってる鈴だってだけじゃないか。

 

 えぇ、自爆ですね、分かります。

 

 動揺を隠しながら改めて鈴に視線を向けると、自然とその柔らかそうな唇に注目してしまい「ゴクリ」と喉を鳴らしてしまった自分にまた動揺する。

 

 このままじゃ良くない。

 

「えっ?」

 

 いつもの感じに戻るために鈴の頭に手をやる。

 

「え、あ、な、なに?」

 

 鈴もそれで我に返ったのか、ちょっと慌てている。

 

「いつものスキンシップだから気にしないで」

 

 答えになっていない僕の答え。

 

「ぷっ、なによそれ」

 

 でも鈴はいつもの様に笑ってくれた。

 

 その笑顔にさっきまでの動揺はなくなり、代わりに温かい物が胸に拡がる。

 

 なんて、気が抜けた所で、

 

「い~~ちか~~♪」

 

 いきなり抱きつかれたっ!!

 

「ちょ、ちょっと、鈴っ」

 

 鈴は頭をグリグリ押し付けてくる。

 

 状況のアップダウンに頭が上手く回らない。

 

「まだシャワー浴びてないからっ、汗臭いから離れてっ」

「大丈夫。一夏の匂い好きだから」

「いや、こっちが恥ずかしいからっ」

「えへへ~~♪」

 

 鈴はご満悦のようだ。

 

 僕はよく解らない、よく解らないけど……。

 

「きゃっ」

 

 鈴を抱きしめ返す。

 

「い、一夏っ!?」

 

 腕の中で慌てた声が聞こえるが気にしない。

 

 鈴の頭に顔を埋めて匂いを嗅ぐ。

 

「ちょ、ダメ、一夏。私もシャワー浴びてないんだから」

「大丈夫。鈴の匂い好きだから」

 

 そのまま返してやった。

 

「あ、あぅぅぅぅ」

 

 鈴は観念したのか、ただテンパっただけなのか大人しくなる。

 

 なんだろう、これ。

 

 どうしたらいいんだろう。

 

 頭は相変わらず茹っている。

 

 ISスーツ越しに鈴の体温と柔らかい感触を感じる。

 

 気持ちいい。

 

 その感覚に溺れそうになった瞬間、鈴の腕にギュッと力が入る。

 

 そして、

 

「一夏のバカバカ。恥ずかしい、恥ずかしいよーー!!」

 

 鈴が壊れた。

 

 前にも増して頭をこすり付けてくる。

 

 でも離す気はないらしい。

 

 僕の腕にも自然と力がこもる。

 

「鈴が悪いんだぞ。無防備に抱きついて来るから」

「だって、だって」

「だってなんだよ」

「一夏が好きなんだもーーーーんっ!!」

 

 う、うわ~~~~。

 

 可愛い、可愛い、可愛い、鈴が可愛い。

 

 胸の鼓動が早くなる。

 

 顔に熱が集中して、さらに頭が回らなくなる。

 

 鈴を抱きしめている腕を離したくなくて、さらに力がこもる。

 

「鈴、鈴、鈴、」

 

 無意識に鈴の名前を呼ぶ。

 

「いちか、いちか、」

 

 鈴も名前を呼び返す。

 

 暴走状態の男女が密室で抱き合ってる現状で、何の間違いが起こっても不思議じゃな――――――

 

 こんこん。

 

「「っ!?」」

 

 突然のノックの音に、心臓の鼓動までも一緒に動きを止める二人。

 

「一夏さん、いらっしゃいますか?」

 

 次いでかかるセシリアの声で、自分たちの状況を理解する。

 

 ガチャ。

 

「一夏さん?」

 

 ドアノブの回る音と同時に、超人的な反応速度で2mほど飛び退く二人。

 

「あ、あぁ、セシリア。どうしたの?」

 

 何とか声は裏返っていない。

 

「いえ、お部屋にいらっしゃらないようでしたので、まだこちらかもと思いまして……って、何で鈴さんがいますの?」

 

 そのまま鈴に詰め寄るセシリア。

 

「べ、別にいいじゃない」

 

 鈴もいつもの勢いはないまでも何とか平静を装えている。

 

「よくありませんわ!! 殿方の更衣室に入るなんて破廉恥なっ!!」

「あんただって入ってきてるじゃない」

「わたくしは一夏さんを探しに来ただけですわ。一夏さんの格好からするとあれからずっと一緒にいたのでしょう? 白状なさいませ!!」

「そ、そうよ。悪い」

「まぁ、開き直りましたわね!!」

 

 このままヒートアップしていきそうだったので仲裁に入る。

 

「あぁ、セシリア。鈴はタオルとスポーツドリンクを持ってきてくれたんだよ。それで今まで話し混んでたんだ。1年ぶりで再会したって言うのにまだまとまった時間、話す機会が作れてなくてさ。セシリアはどうして僕を?」

 

 口から出まかせだけど何とか会話の方向をズラす。

 

「わたくしはディナーをご一緒にいかがかと思いまして一夏さんを探していたところですわ」

「そう、探させちゃってごめんね。今から急いで部屋帰ってシャワー浴びるから、もうちょっとだけ待っててくれるかな?」

「えぇ、では、お部屋までご一緒いたしますわ」

 

 そう言って僕の腕に自分の腕を絡ませてくる。

 

「ちょっ、いきなり何してんのよっ!!」

 

 さすがに鈴が吠える。

 

「あら、女性をエスコートするのは殿方の努めですのよ?」

「いいから、一夏から離れなさいよっ!!」

 

 激しく同意する所だけど、自分の事は棚上げですねと思わなくもない。

 

 とりあえず埒が明かないので、打開策を講じる。

 

「鈴」

「何よ。あんたは黙ってなさい」

 

 「口答えしたら殺すわよ」という目で睨まれる。

 

 それに対して、セシリアが絡んでいるのと逆の腕を出す。

 

「鈴も」

「えっ」

 

 一瞬キョトンとするが、すぐに意味を飲み込み、

 

「ほら」

 

 僕の催促で、渋々といった様子だが腕を絡めてきた。

 

 そのまま両手に花状態で部屋まで戻る。

 

 仕方なかったとはいえ、周りの視線が痛かったです、はい。

 

 途中で自室に戻る鈴にセシリアも付いて行ってもらって一人で部屋に戻り、シャワーを浴びながら考える。

 

 あのままだったらどうなっていたか。

 

 腕の中にいた鈴の感触を思い出す。

 

 自分の理性に自信は……今は微塵もない。

 

 でも鈴は幼馴染で、友達以上で、意識してる特別な女の子で、とても大事な存在だ。

 

 だから、さっきみたいなその場の流れでどうこうって言うのは良くない。

 

 しかもここには姉さんもいるわけで。

 

 もっとしっかりしないとな。




鈴ちゃんが可愛過ぎて書くのが辛いw
と言うか、甘すぎて辛いですorz


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マシュマロ天国

ふかふかですか?
それとももにゅもにゅですか?




 日曜日。

 

 普段通り6時に起き、猫の着ぐるみで丸くなってるのほほんさんを起こさないように外に出て、日課のランニングへ。

 

 休日という事もあって、すれ違う人数が少ない。

 

 部屋に戻り汗を流す。

 

 7時、いつもならのほほんさんを起こして食堂に引っ張って行く所だけど、休みの日の寝坊や二度寝は至福のひと時ということで、ほっぺをプニプニするだけに留め、一人で食堂に行く。

 

「おはよう、箒ちゃん」

「おはよう、一夏」

 

 先に来ていた箒ちゃんの隣りにお邪魔する。

 

 箒ちゃんは規則正しい生活態度をしている出来た子なので、毎朝食堂で一緒になる。

 

 ちなみに鈴とセシリアは日によってまちまち。

 

 箒ちゃん基本的に、僕は朝は和食党なので、だいたい日替わりの焼き魚の付いた朝食セットをお揃いで食べている。

 

 静かなひと時。

 

 二人とも食事中は食べることに集中する性質なので、他に人がいないとこんな感じになる。

 

 先に食べ終わった箒ちゃんがお茶を飲みながらようやく口を開く。

 

「今日の訓練は午後からだったな」

「うん、1時から」

「メニューはどうするんだ?」

「昨日と一緒がいいかなと思うんだけど、箒ちゃんは?」

「それでいい」

「協力してくれてありがとね」

「構わん。好きでしている事だ」

 

 あっさりしてると言うか、潔いと言うか、箒ちゃんはカッコイイな。

 

 ホント、武士って感じだよね。

 

 道着を着て剣を振っている姿なんて最高に凛々しい。

 

 でも、長く綺麗な黒髪をリボンでポニーテールにしている所はやっぱり女の子。

 

 黙って大人しく着物とか着てたら大和撫子って言われそうだけど、口を開けば勇ましく、動けば猛々しい。

 

 うん、やっぱり箒ちゃんを形容するならカッコイイだな。

 

「一夏は午前中はどうするのだ? 良かったら道場に顔を出さないか?」

「ごめん、箒ちゃん。午前中は部屋で勉強するつもりなんだ。一昨日の補習はキャンセルになっちゃったし、今週は無理だろうし、僕だけ遅れて迷惑かけられないからさ」

「そうか……」

「また午後にね」

「う、うむ。午後にな」

 

 箒ちゃんと別れ自室に戻る。

 

 未だ爆睡中ののほほんさんをスルー、しないで再度ほっぺをプニプニしてから机に向かう。

 

 10時、ようやくのほほんさんが活動を始める。

 

「おはよう、おりむぅ。お休みなのに早いね~~」

「おはよう、のほほんさん。もう10時だから早くはないよ」

「午前中に起きたら早いんだよ~~。だから今日のわたしは優秀」

「ははは」

「えへへ」

 

 うん、癒されるな。

 

 のほほんさんがいると部屋が癒し空間になるよ。

 

「ねぇ~~、おりむぅ~~」

 

 洗面所から顔を出したのほほんさんに呼ばれる。

 

「どうしたの?」

「ん、ん、」

 

 腕を出される。

 

「あぁ、はい、はい」

 

 袖を持ってあげる。

 

 それに満足した笑みを返してから、バシャバシャと顔を洗うのほほんさん。

 

 そして洗い終わると僕の方に顔を向ける。

 

 今度はポフポフと優しく押さえるようにしてタオルで拭いてあげる。

 

「ありがと、おりむぅ」

 

 幸せそうな、ほにゃっとした笑顔を向けてくれる。

 

「いえいえ、どういたしまして」

 

 何かこっちが得した気分ですから。

 

「じゃあ、ちょっと待っててね~~」

「うん」

 

 洗面所で少し待つ。

 

「いいよ~~」

 

 お許しが出たので部屋に戻ると、のほほんさんの着ぐるみが猫から犬に変わっていた。

 

 着ぐるみにも普段着用と就寝用とがあるらしい。

 

 見た目は……就寝用の方が若干柔らかそうかな。

 

「じゃあ、ちょっと何か食べてくるね~~」

「うん、いってらっしゃい」

 

 のほほんさんというお日様がいなくなって、ちょっと冷たくなった部屋で勉強を再開する。

 

「一夏いる~~?」

 

 のほほんさんが食堂に行ってから5分くらいして制服姿の鈴がやってきた。

 

「鈴、おはよう。昨日に引き続きだけど、ノックしようよ」

「おはよう、一夏。細かいことは気にしないの」

 

 と言いいながら遠慮なしに入ってきて、僕のベットに寝転ぶ。

 

 幼馴染の気安さで、その辺は今更だ。

 

 だけど、僕の視線はあるものが見えてしまっていることで固定されてしまった。

 

 それに気付かない鈴。

 

 ちなみに鈴はうつ伏せで枕の方に頭、僕の方に足を向けパタパタさせている。

 

 言葉を発しない僕。

 

 しばらくすると、

 

「えへへ~~、一夏の匂いだ~~♪」

 

 と恥ずかしいことを言って枕に顔を埋めだした。

 

 さすがに看過できず、文句を言うが

 

「ちょっ、鈴、またそういう」

「いいじゃない。減るもんじゃなし」

 

 やめる気はなさそうだ。

 

 ならば仕方ない。

 

「鈴」

「な~~に~~」

「見えてる」

「なにが~~」

「しまパン」

 

 ガバッ!!

 

 猫のような俊敏さで飛び起きた。

 

「な、な、何見てるのよっ!? スケベっ!!」

「鈴が寝転んでからずっと見てました」

「バカ、バカ、変態っ!!」

「見せてたのは鈴なんだけど」

「うるさい、うるさい、そういうのは見ないのが優しさってもんでしょっ!!」

「いや、どちらかと言うと、見るのが礼儀なんじゃ」

「そんなわけあるかーーーーっ!!」

 

 怒鳴り過ぎて肩で息をしている鈴。

 

「でもさ、鈴。昨日の今日で意識するなって方が無理だと思わない?」

「あっ……」

 

 その言葉で我に返り、思い出すにつれ徐々に赤くなって顔を俯かせてしまう。

 

 思い出されるのは「一夏が好きなんだもーーーーんっ!!」という絶叫。

 

 あれは強力だった。

 

 セシリアが来てくれなかったらどうなっていたか……。

 

「鈴」

「な、なによ?」

「昨日は我慢できなくなっちゃってゴメン」

「えっ」

「途中から鈴の可愛さに理性が負けちゃって」

「可愛いって……」

「ん?」

「ア、アタシのこと、か、可愛いって思ってくれるの?」

 

 恥ずかしいのかチラチラとこちらを窺うように見ながら聞いてくる。

 

 そんな今更な質問。

 

「当り前だよ。鈴は可愛いよ」

「あっ……」

 

 僕の答えに一瞬固まり、ゆっくりと顔を下げたかと思うと小刻みにプルプルしてから、

 

「凄く嬉しい」

 

 蕩けそうな、見様によっては艶っぽい笑顔を見せてくれた。

 

 うん、やっぱり鈴は可愛い。

 

「ね、ねぇ、一夏」

「うん?」

「昨日はドキドキした?」

「うん。大変だった」

「さっき、アタシのし、下着見た時もドキドキした?」

「そ、それは、うん、目が離せなかったよ」

「そっか」

「うん」

「えへへ~~♪」

 

 ご満悦な表情を浮かべる鈴。

 

 こっちは羞恥プレイを強要された気分だよ。

 

「つまり一夏はアタシの魅力にメロメロってことね♪」

 

 でもここで鈴の雰囲気が変わる。

 

「でも、一夏。あんたやけに箒とセシリア、あと着ぐるみと仲いいわよね?」

「えっ、う、うん、まぁ」

「どういうこと?」

 

 鈴さん、笑顔のままなのが逆に怖いです。

 

「え、えっと、のほほんさんは同室で勉強見てもらったりしてるし、箒ちゃんは幼馴染だし、セシリアは戦って認め合った仲で戦友(とも)というかライバルというか先生というか」

「あんた、セシリアを初めて見たとき、お姫様って言ったそうね?」

「なぜ、それをっ!?」

「確かにセシリアは女のアタシから見ても美人でスタイルも良くてお人形さんみたいだけど、箒と着ぐるみはなんなのよ?」

「なにって」

「やっぱり胸なの?」

 

 しかしその笑顔も消えた。

 

「へ?」

「胸なんでしょっ!! どうせ、一夏も大きな胸がいいんだっ!!」

「り、鈴?」

 

 そしていきなりの激昂。

 

「アタシだって好きで小さいわけじゃないんだかねっ!! でも大きくならないんだもん。こんなんじゃ、こんなんじゃ、一夏に嫌われちゃう……」

 

 急上昇したボルテージは、一気に下降。

 

 目に薄ら涙まで浮かべてる。

 

 ちょっとジェットコースターみたいで状況に付いて行けないけど、目の前で鈴が泣いているなら僕の選択肢は一つだ。

 

 ポンっといつもの様に鈴の頭に手を置く。

 

「鈴、昨日も言ったけど、鈴のプロポーションも好きだよ」

「で、でも、大きな胸も好きなんでしょ?」

「まぁ、そこは否定できないし、目は行っちゃうけど、それでどうこうってわけじゃないからさ」

「うぅぅぅぅ」

 

 子供みたいに、顎を引き下から睨みつけてくる鈴に、苦笑いの僕。

 

「一夏のスケベ」

「ごめん」

「エッチ、スケベ、変態」

「ごめん」

「でも、許してあげる」

 

 抱きつれた。

 

 でもそれは昨日の様なドキドキするものではなく、子供をあやす時の様なもので、自然と背中に手が行き撫でる。

 

「いつか、アタシを選ばせてやるんだから」

「ありがとう」

 

 しばらくそうしていると、

 

「ねぇ、一夏」

「ん?」

「今度の対抗戦、賭けをしない? 勝った方が負けた方に何でも1つ言う事を聞かせられるの」

「いいよ。鈴は何か希望があるの?」

「それは…………内緒」

「ちなみに僕の出来る範囲でお願いね」

「それは大丈夫」

「常識の範囲内だよ?」

「アタシを何だと思ってるのよ」

「後、あまり高いものは避けてもらえると嬉しいな」

「それも大丈夫。代表候補生って結構いい給料もらえるのよ」

「激しく気になる話だ」

「あんた、早く自立したいって言ってたもんね」

「うん、実験動物になるのは勘弁だけど、できたら早く所属が決まって姉さんへの負担を減らしたいよ」

「千冬さんは負担だなんて思ってないと思うわよ?」

「それでもだよ。僕が一人前になるまでは結婚しないって言ってたし」

「あぁ、言いそうね」

「姉さんには幸せになって欲しいから」

 

 でも、実際にそんな話になったら嫉妬しちゃうんだろうけど。

 

「一夏」

「ん?」

「他人の幸せを勝手に決めつけちゃ駄目よ? 例えそれが家族でも」

「……うん、分かってる。ただ選択肢を減らす事をしたくないんだよ」

 

 親の喧嘩と離婚を見てきた鈴の言葉には重さがあった。

 

 抱き合ったままの僕らにしんみりした空気が流れるけど、せっかくなので楽しくいたいと話を戻す。

 

「賭けの話だけど」

「うん」

「僕が勝ったらデートしてくれる?」

「えっ……」

「ダメ?」

「う、ううん、ダメじゃない。全然ダメじゃない。でも……」

「でも?」

「ア、アタシもそう言おうと思ってたから……」

「ぷっ、それじゃあ賭けにならないね」

「ホントね」

 

 二人してクスクス笑いあう。

 

「あぁ、でも、いい事思い付いた。勝った方がデートのプランを考えられるっていうのはどう?」

「いいわね。勝った方が連れ回せるのね」

 

 お気に召したのか、跳ねる様に顔が上がる。

 

「いや、そこはあくまでデートだから相手の事も考えて、ね?」

「甘いわ。勝者に対するご褒美なんだから自由に行くわよ」

 

 テンションの上がった鈴は勢いのまま体を離すと、落ち着かないのか歩いたり、座ったり、寝転んだりしながらデートプランを考え始めた。

 

「お、お手柔らかに」

 

 昔を思い出し「連れ回されるのも悪くないかな」なんて思ってみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから30分ほどしてのほほんさんが帰ってきて、雑談しながら2人で僕の勉強を見てくれた。

 

 活発の裏返しで割と短気な鈴と、のほほんとしてるのほほんさんは相性どうなんだろうと思っていたけど、ただの杞憂だった。

 

 と言うか、のほほんさんが凄い。

 

 本人と話してると気付かないけど、自分が良く知っている鈴と話してるのを聞いてると、相手に合わせながら自然と自分のペースに巻き込んでるのが分かる。

 

 天然なのか計算なのかは分からないけど、あの癒しワールドに敵う者はいないんじゃないだろうか。

 

 何て言うか、のほほんさんって軸がぶれないんだよね。

 

 大きな山って言うか海って言うか。

 

 その柔らかくも大きな流れに身を任せてしまう感じ。

 

 いや、むしろ埋(うず)める?

 

 のほほんさんを形容するのに”柔らかい””大きな”を使うと、どうしても目が行ってしまうのはお約束。

 

 そしてそれを鈴に気付かれるのも。

 

「い~~ち~~か~~!! いくら許すって言ったからって、アタシがいる前で見なくてもいいでしょっ!!」

「え、冤罪だよ。弁護士を要求する」

 

 とりあえず白を切ってみる。

 

「おりむぅ」

「な、なに?」

 

 ニコッと微笑まれてから

 

「見てたよね?」

「ごめんなさい」

 

 のほほんさんには逆らえないです。

 

「くぅぅぅぅ!! どうして一夏の周りには巨乳がいっぱいいるのよっ!!」

 

 ご立腹の鈴。

 

「まぁまぁ、リンリン落ち着いて」

「あんたが敵なのよっ!!」

 

 うがーーーーってなってる鈴をどこ吹く風で受け流すのほほんさん。

 

 僕含め、箒ちゃんも鈴ものほほんさんには敵わないみた――――――

 

 ぷにゅ♪

 

 突然視界が暗くなり、顔に柔らかい感触が……。

 

「一夏は渡さないんだからねっ!!」

 

 声と匂いから鈴に抱きしめられたと分かる。

 

 座ってる僕を、立ってる鈴が抱きしめる。

 

 つまり自分の胸に僕の頭を抱きかかえる位置関係だ。

 

 という事は、この柔らかい感触はっ!?

 

「り、鈴っ、当たってるっ、当たってるっ」

 

 状況に焦る僕。

 

「当ててんのよっ!!」

 

 おぉ、確信犯でしたか……って、冷静になれるかーーーーっ!!

 

「の、のほほんさん、ヘ、ヘルプっ」

 

 加害者の説得を無理と判断し、救援を頼む。

 

「了解だよ。おりむぅ」

 

 頼もしい声に安心したのも束の間、さっきよりも大きな柔らかいものが顔を包む。

 

「ちょっと、何してんのよっ!!」

 

 鈴の焦る声。

 

「ふ、ふ、ふ、おりむぅはそう簡単に渡さないんだよ~~」

 

 宣戦布告とも取れるのほほんさんの発言。

 

 と、という事は、この至福と言って過言ではない感触を作り出している顔全体を包み込む柔らかいものはっ!?

 

「ふごふごっ」

 

 窒息はしないが、しゃべれなかった。

 

「返しなさいよっ!! 一夏はアタシのなんだからっ!!」

 

 鈴も負けじと再度手を出してくる。

 

 結果として顔の右側には小さなマシュマロ、左側には大きなマシュマロという何とも幸せな状況になった。

 

 しかし頭の上では、威嚇する鈴と、それを余裕で受け流すのほほんさんというバトルが継続中。

 

 関係性で言えば鈴の方に余裕があっていい気がするんだけど、鈴の胸に対するコンプレックスが必要以上に劣等感を煽ってるみたい。

 

 なんて事を思う僕の脳みそだけど、その外側、頭を包む至福のマシュマロ天国によって思考が浮かんではすぐ消える。

 

 そんなずっと浸かっていたいと思わせる幸せな時間も、いつかは終わりを迎える。

 

「何をしてますのーーー!!」

 

 3人とも色々と夢中になり過ぎてセシリアが入ってきたことに気付かなかった。

 

 フリーズして、顔だけを入り口に向ける3人。

 

 そこには髪の毛が逆立つほど怒り心頭のセシリア。

 

 こちらが復活する間を与えず距離を詰め、突き飛ばす勢いで僕から2人を引き離す。

 

「お二人とも、一夏さんからお離れなさいっ!!」

 

 呆気にとられ、言われるがままの二人。

 

「一夏さんっ!!」

「は、はいっ」

「これはどういう事ですのっ!!」

 

 怒りで赤くしたセシリアの顔が、鼻が触れ合うほどの至近距離に迫る。

 

 距離を取ろうと後ろに仰け反りながら弁解を考える。

 

「え、えっと、と、とりあえず、落ち着いて」

「これが落ち着いていられますかっ!!」

 

 詰問の手を緩めるつもりのないセシリアがさらに迫ってきて……。

 

「うおっ、わわっ」

 

 バランスを崩して後ろに倒れる。

 

「きゃっ」

 

 その際、咄嗟に宙を掻いた手がセシリアの手を掴んでしまった。

 

「いてて……て?」

 

 倒れた拍子に背中と後頭部をぶつけ、痛みに顔を歪めるが、なぜか顔にはまた柔らかな感触が……。

 

「あ、あ、あ、」

 

 という鈴の声と

 

「あわわ」

 

 というのほほんさんの声。

 

 そして

 

「もう一夏さんたら、こんな所ではダメですわ」

 

 という声が頭の上から。

 

 つまり、こののほほんさんより小さいが鈴より大きく、バラのいい香りのする柔らかみは……。

 

「セ、セシリアっ!? ゴ、ゴメンっ」

 

 状況を理解し、急いで体を離す。

 

「あん、一夏さんたら、もう少しこのままでもよろしいですのに」

 

 と、色気たっぷりの上目使いで言われ、ドキっとしてしまう。

 

 セシリアから目が離せなくなっていると頭上から

 

「い~~ち~~か~~」

「おりむぅはホントにエッチさんなんだよ~~」

 

 というお怒りの声が。

 

「ち、違うよっ。今のはどう考えても不可抗力で」

 

 と弁解するも

 

「正座っ!!」

「は、はいっ」

 

 鈴に一括され、説教体勢に。

 

 その後20分ほど、鈴には膝をグリグリされ、のほほんさんには頭をペシペシされ続けた。

 

 それをセシリアはどこか楽しそうに眺めていた。

 




えぇ、書いてて思いましたよ。
一夏もげろw


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クラス対抗戦

戦闘シーンが丸々書き直しなのでちょっと大変でした。
バトル描写苦手なので、楽しめるものになっていればいいのですが。
とりあえず頑張って盛り込んでみました。


「初戦で当たるとはね」

「万全の態勢で戦えるってのは願ったり叶ったりじゃない」

 

 クラス対抗戦当日。

 

 今、僕は鈴と大型モニターに映し出されたトーナメント表を見ている。

 

 ちなみに左から1組、2組と8組まで順番通りだ。

 

 まぁ入学したてじゃ戦力差が未知数で仕方がないんだろう。

 

 早々に専用機持ちが当たったことについて穿った見方をすれば、鈴が言ったように全力同士のデータを取るためというのもあるのかもしれない。

 

「それで秘密特訓は上手くいったの?」

「うん、形にはなったよ。期待してて」

「ふん、こっちにも隠し玉があるんだから。見てなさい」

 

 挑戦的な笑みを浮かべ、八重歯が覗く。

 

 その楽しそうな表情に、もう一つの楽しみなことを思い出し

 

「鈴」

 

 耳元に顔を近付け

 

「デート、楽しみだね」

 

 囁くと、鈴の顔が若干赤くなり

 

「そ、そうね」

 

 モジモジし始める。

 

「行きたいとこ決まった?」

「う、うん。あんたは?」

「僕も決まってる」

「そ、そう。でも、絶対勝ってアタシの行きたい所に連れて行くわ」

「僕だって負けないよ」

 

 視線を絡ませるが

 

「「ぷっ」」

 

 同時に吹き出してしまう。

 

 緊張感はあまりないけど、適度にリラックス出来てるな。

 

「よろしくね、鈴」

「えぇ、いい勝負をしましょ」

 

 拳を合わせて、お互いのピットへ向かう。

 

「うわ~~、凄い人」

 

 ISを纏いピットからアリーナに出ると、満員の観客席とその歓声に圧倒される。

 

「世界で唯一の男性IS操縦者と、専用機持ちの代表候補生との試合だからね。注目度満点なのよ」

「鈴」

「一夏、こんな雰囲気なんかに飲まれるんじゃないわよ」

「うん」

「アタシに集中しなさい」

「了解」

 

 呼吸を意図的に深くしていき、雑念を一つ一つ消していく。

 

 考える事は目の前の鈴の事だけ。

 

 その一挙手一投足に意識を集中する。

 

「それでは両者、試合を開始してください」

 

 そして試合開始のブザーがアリーナに鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕はISの戦闘に関しては、まだまだずぶの素人だ。

 

 でもそれがイコールで戦う事に対して素人と言うわけではない。

 

 なぜなら僕には生身での戦闘経験があるからだ。

 

 僕が学んできたものは、広義では合気道に含まれるがその実は古武術であり、スポーツと化したものでも道を説くものでもなく、純然たる戦う力だ。

 

 その継承には技術だけでなく知識も含まれ、その中には相手と駆け引きする術も当然ある。

 

 僕がこの戦いのために用意した手札は『イグニッションブースト』。

 

 これは分かり易く言うと奇襲技だ。

 

 そう何度も通用するものじゃない。

 

 こういう初見のみ効果を期待できる技の場合、出し所は二つ。

 

 一つは、まだエンジンの掛かり切っていない開始直後のファーストアタック。

 

 もう一つは、相手が自分の優位を信じて油断した瞬間を狙ってのカウンター。

 

 しかし後者は、前提条件として『こちらの手札が出尽くした』と相手に誤認させる必要があるため、今回は難しい。

 

 つまり、狙うは先手必勝。

 

 ただし、距離が離れていては急加速も意味がなく、動きながら発動させるには僕の練度が足りない。

 

 よって取れる選択肢は、ファーストコンタクト時に突っ込んできた相手へのカウンター。

 

 必然的に突撃技になるから、自分の武装の中で最適なのはドリルという事になる。

 

 ドリルは練習でも多く装備していた武装なので最初から展開していても警戒される心配は少ない。

 

 意図していなかった事とはいえ、都合が良かった。

 

 相手に何もさせずに一気に決めるつもりで、気持ちの上でギアを上げる。

 

「それでは両者、試合を開始してください」

 

 試合開始のブザーが鳴ると同時にショベルとドリルを展開し、待ち受ける――――――

 

 が、いきなり誤算が発生する。

 

 鈴が仕掛けて来なかったのだ。

 

 盛大に出端を挫かれた形になる。

 

 その一瞬の戸惑いが隙となり、ISのセンサーが甲龍の浮遊ユニットに異常を検知すると同時に銃口の様な部位が発光、とっさに両手でガードするが直後に襲った腹部への衝撃で吹き飛ばされる。

 

 それほど威力が高くなかったのかダメージは軽微で、すぐに体勢を立て直す。

 

「今のが」

 

 鈴の隠し玉。

 

 予想の一つではあったけど、やっぱり射撃武器か。

 

 明らかに怪しい浮遊ユニットだったもんね。

 

 セシリアのブルーティアーズみたいに動くか、肩の上にあるから砲台だとは思ってたけど、まさかあっちも開始直後を狙ってくるとか、嬉しくない所で気が合うな。

 

「今のはジャブだからね」

 

 鈴が攻撃的な笑みを浮かべ、再度、浮遊ユニットの銃口が光る。

 

「ヤバっ」

 

 初撃を見る限り、と言うか見えなかった結果から、何らかの不可視な弾丸なんだろう。

 

 ジャブって事はストレートもフックもアッパーもあるかもしれないけど、とりあえず威力はさっきのあれ以上があると思っていい。

 

 しかし弾速不明、連射速度不明、弾倉不明では分が悪い。

 

 情報を集めるために、もっと撃たせる必要がある。

 

 よって、全力で回避運動に移る。

 

 アリーナを大きく使って逃げ回っていると、地表やアリーナの壁、観客席を守るシールドに連続して着弾する音が聞こえる。

 

「見えないのによく躱すじゃない。これがアタシの隠し玉『龍砲(りゅうほう)』よ。砲身も砲弾も目に見えないのが特徴ね」

 

 鈴は一方的な状況に上機嫌で、得意気に説明してくれる。

 

 サービスいいな。

 

 ついでにスペックも教えてく――――――

 

「でもっ!!」

 

 射撃から一転、鈴が連結させた双天牙月を振り上げて突っ込んでくる。

 

 龍砲に意識が集中し過ぎて、上手く誘い込まれた。

 

「っ!!」

 

 自分の中のスイッチが切り替わる。

 

 瞬時に防御を捨て、両手の武装をキャンセル。

 

 左手を指の先まで真っ直ぐ伸ばし上段に構える。

 

 頭上からの振り下ろされる刃にその左手を合わせ、腕の側面を滑らせると同時に右足を前に出して体を斜に、その流れのまま右手の手刀で鈴の握りを打ち据え、さらに回転するままに左の肘をバックブローの要領で鈴の顎を刈り取る。

 

 とっさに出たのは体に染みついた古武術『柳流』の動き。

 

 普通なら武器の握りを打ち据えるまでで終わりだろう所を、うちではもう一歩踏み込み意識を刈り取る所までやる。

 

 スポーツではない、人の道を説くものでもない、試合は死合。

 

 殺るか殺られるか。

 

 降参した振りをして、後ろを向いた所を斬られるかもしれない。

 

 そういう世界で培われてきた武術。

 

 でも、これは生身ではなくIS戦。

 

 最後の肘は鈴の顎に触れるギリギリの所で絶対防御によって阻まれる。

 

 それは僕の感覚として『防がれ、意識を刈り取れなかった』として脳に情報が送られる。

 

 ――――――危険、危険、危険。

 

 フィニッシュが防がれたのだ。

 

 それは最大級の危機を意味する。

 

 ――――――追撃を。

 

 引くよりも防ぐよりも早くさらなる一撃を。

 

 振り切った左の肘、体が流れない様に踏ん張った左足、右手のパンチでは体重が乗らない。

 

 考えるよりも早く体が動く。

 

 左足を軸に、右肩をその前に倒し、打ち下ろす様に右足で蹴りを放つ。

 

 自分の顔は下を向いているが、360度が視認できるハイパーセンサーと意識が相手に固定されているせいで、蹴りが相手の首にヒットし吹き飛ばしたのが見えた。

 

 蹴られた黒と紫の機体は、そのままアリーナのシールドに衝突し、バウンドして地面に落ちる。

 

 それを認識した所でようやく思考が戻ってきて、一息つく。

 

 と、唐突に自分のISが発光し出した。

 

「な、なにっ!?」

 

 いきなりの事に驚いていると、目の前にウインドウが開かれる。

 

『ファーストシフトを実行しますか』

 

 正直、

 

「あぁ~~、すっかり忘れてた」

 

 と言うのが本音だ。

 

 これは、柳流を使った事で僕本来の動きを認識したって事なのかな?

 

 とりあえず、これは喜ばしい事なので特に悩まず実行を押す。

 

 直後、視界が光に包まれ――――――

 

 後方で、アリーナを揺るがす程の爆発が起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうもうと噴き上がる黒煙。

 

 ざわめく観客席。

 

「僕のせいじゃない……よね?」

 

 呆気にとられるが、とりあえず合流しようと鈴の所まで飛び、立ち上がるのに手を貸す。

 

「大丈夫? 鈴」

「うん。でも、何があったの……って、一夏。あんたその格好は」

「あぁ、今さっきようやくファーストシフトしたんだよ」

「あんた今まで初期状態だったのっ!?」

「うん、お恥ずかしながら」

 

 キュクロープスは、太い手足は変わらないがラインがよりシャープになり動きやすく、かつ洗練された印象を受ける。

 

 そして、白い全身装甲は顕在。

 

 それに気付いて、頭部のみ装甲をパージする。

 

 その直後、オープンチャンネルから姉さんの切羽詰まった声が流れた。

 

「試合中止っ!! 織斑、鳳、ただちに退避しろっ!!」

 

 同時に非常事態のアラームが鳴り響き、アリーナ中が騒然とするが、観客席を守るために下ろされた隔壁によりフィールドには静寂が戻る。

 

「何が起こって」

 

 状況が掴めず判断ができない。

 

「一夏、すぐピットに戻ってっ!!」

「鈴」

 

 続いてISからも警告音。

 

『ステージ中央に熱源。所属不明のISと断定。ロックされています』

「ロックされている? 敵……なのか」

 

 煙が薄くなり、相手の姿が徐々に見えてくる。

 

 キュクロープスとは真逆の黒い全身装甲。

 

 地面まで届く長い腕。

 

 胴回りはあろうかという強大な手。

 

 そして頭部には赤く光る目が5つ。

 

 その目が一段と輝きを増すと同時に腕が持ち上げられ、砲門がこちらを向く。

 

「一夏っ!!」

「分かってるっ!!」

 

 極太のビームを左右に飛び退き回避する。

 

 ビームの着弾したアリーナ壁面は、溶解し丸い穴が空く。

 

「あっちはやる気満々のようね」

「そのようだね」

 

 威力は高いが連射性の悪いビームを観客席に被弾しない様に上空に上がり回避していると

 

「織斑くん、鳳さん、今すぐアリーナから脱出してくださいっ!! すぐに先生達がISで制圧に行きます」

 

 真耶先生から通信が入った。

 

 一旦敵ISと距離を取る。

 

「真耶先生、この状況で無理言わないでください。もう戦闘に入ってるんですよ。先生達が来るまで継続します」

「でもっ」

「それに避難が終わるまで、あいつを引き付けておかないと」

「それはそうですがっ」

「織斑、鳳、やれるか?」

 

 割って入ってきた姉さんの声に、

 

「「はいっ」」

 

 声を揃えて答える。 

 

「一夏っ!!」

「一夏さんっ!!」

 

 後ろで真耶先生の「きゃっ」と言う悲鳴が小さく聞こえた辺り、マイクを奪い取ったと思われる二人。

 

「箒ちゃんにセシリア? 織斑先生、そこにいるならセシリアに増援をお願いできませんか」

「無理だな」

「なぜですのっ!!」

「今確認したところ、アリーナの遮断シールドがレベル4になってしまっていて侵入も退避もできなくなってしまっています。その上、アリーナ内の扉もなぜか全てロックされていて観客の避難も進んでいません」

「そんな……」

「それって、あいつの仕業ってことですか?」

「……………………そのようだ」

 

 ん? 今、何かタメがあったような。

 

「現在3年の精鋭がシステムクラックを実行中だが、いつになるか分からん。最悪、増援はないものと思え」

「「了解」」

 

 厳しいけど、やるしかない。

 

「一夏、やるわよ」

「おう」

 

 敵はアリーナのシールドを破るほどの攻撃力を持っている。

 

 ここで僕らが抜かれたらどんな被害が出るか分からない。

 

 学園の仲間が、クラスメイトが、友達が、姉さんが危ない。

 

 なんとしても、ここで仕留める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏、アタシが龍砲で牽制するわ。その間に突っ込みなさい」

「了解」

 

 試合では使わないと決めていたステルス機能を全開で発動する。

 

「え、あ、一夏?」

「大丈夫。ちゃんといるよ。姿を隠してるだけだから。これで隙を突く」

「便利な機能ね。アタシの甲龍にも付けてくれないかしら」

 

 その軽口を皮切りに鈴の龍砲が火を噴く。

 

 ステルス機能は大きく分けて二つからなっている。

 

 レーダー等観測機器を誤魔化すジャミング機能と、直接の視認を誤魔化す光学迷彩機能。

 

 これで敵ISはキュクロープスを認識できなくなる。

 

 ただし、光学迷彩も装甲が立体である以上完璧に姿を誤魔化す事は出来ず、意識して目を凝らして見れば景色との違和感に気付くだろう。

 

 ただしそれを戦闘中に、しかも2対1で片方から射撃を受けながら実行するのは難しい。

 

 今回はそこを突く。

 

 鈴と敵ISが射撃戦を行っている間に全体を俯瞰(ふかん)できる位置、さらに高い位置に陣取る。

 

 単一の色彩と無限遠の奥行を持った青空がバックなら光学迷彩の効果を最大限に発揮できる。

 

 ハンマーを構え、強襲ポイントを決めておき、敵が入った所でハンマーを打ち下ろ――――――

 

「がっ!?」

 

 

 振りがぶってがら空きになっていた腹部に強烈な衝撃が走る。

 

 次いで、背中への衝撃。

 

 機体制御も出来ずにアリーナのシールド壁面に叩きつけられた。

 

 エネルギーゲージが目減りしていく機械音が頭に響く。

 

「な、なんで……」

 

 あのタイミングで目が合うなんて。

 

「一夏っ!?」

「だ、大丈夫」

 

 通信ウインドウで繋がっている鈴は、敵ISの挙動と合わせて、僕の声と表情で異変を感じてくれたみたいだ。

 

 鈴の声のおかげで少し冷静になれた。

 

 信じられないけど、起きた事実は変わらない。

 

 確かにハンマーを振り下ろそうとした瞬間、こちらを振り向いた敵ISの赤い瞳と目が合った。

 

 ステルス機能を確認するけど、今もそれは十全に働いている。

 

 どういう事だ。

 

 いや、どういう事も何も、相手は鈴との戦闘をこなしながらキュクロープスの動きにも意識を割いていたのだ。

 

 いや、落ち着け。

 

 ジャミング機能の方が破られている可能性も……束さんお手製のものがそんなに簡単に崩せる? 悪い冗談だ。

 

 それなら見えていたと考える方が可能性が高い。

 

 迎撃された事から、相手は意識を分割して鈴と僕を同時に対応できるとしよう。

 

 意味はないかもしれないけど、少しでも相手の負担になればとステルス機能は維持する。

 

 でも、見えないキュクロープスで近接戦を仕掛け、鈴との連携を取るのは難しい。

 

 なら、

 

「鈴、今から下で爆発を起こして敵の注意を逸らした隙にワイヤーブレードで絡め取る」

「了解。こっちもフェイト入れるわ」

「カウント、5、4、3、2、1、」

 

 爆音と共に、炎と煙が地表を覆う。

 

 ワイヤーブレード射出。

 

 鈴の牽制ではない、タメを使った一撃が敵ISを襲う。

 

 意識を逸らす事に成功したのか、回避ではなく腕をクロスしてのガードを選択した敵ISは、威力に圧され上半身を仰け反らせながら後方に吹き飛ばされる。

 

 その両足にブレードが刺さり、ワイヤーで絡め取って地面に叩き付ける。

 

 ――――――追撃を。

 

 両手に巨大なカニのハサミを連想させるガジラカッターを展開。

 

 うつ伏せで倒れている敵IS、操縦者の首の付け根を踏みつけ、強度が落ちる関節部、肘の所を挟み込む。

 

 装甲の表面で強い抵抗を感じるが、切断力に特化したガジラカッターはものともせず一気に切断。

 

 切断面から軽い爆発が起こり、壊れた玩具の様にボディが跳ねるが、スラスターを上向きに放出する事で押さえつける。

 

 全身装甲と言ってもボディからは操縦者の体格は見て取れ、そこから計算して異様に腕の長い敵ISの肘の部分には生身がないだろうと確信しての切断だったので、この反応は機械的なものだろう。

 

 そもそも切断できたのがその証拠。

 

 もし生身部分があったなら、絶対防御が働いていただろうからだ。

 

 鈴との戦闘を見る限り、敵ISの武装は手の甲にあった大型の砲門と、両肩の小型の砲門。

 

 後はその長い腕を振り回すくらいだったので、これで残るは肩口の砲門のみ。

 

 潰しておきたいが、仰向けにした瞬間に撃ってくるかもしれない。

 

 一人では無理か。

 

 ステルス機能を解除して、武装をチェンジする。

 

「鈴」

 

 離れた位置から不測の事態に対応できる様に龍砲を構えてこちらを窺っていた鈴を呼ぶ。

 

「アンタ、さっきの凶悪なハサミは何よ」

「知らない? ガジラカッターって言って、解体作業に使うやつだよ」

「あぁ、テレビなんかで見た事あるかも」

「それより、こいつの肩の砲門をつぶしたいんだけど、協力して」

「了解。アタシは左をやるわ」

「オッケー。じゃあ、いくよ」

 

 腹部に蹴りを入れ仰向けになった所を鈴は連結させた双天牙月で、僕はドリルで肩を貫く。

 

 再度の小爆発。

 

 鈴はそのまま切っ先を相手の首元に突き付ける。

 

「一夏との勝負に水差してくれちゃって。さぁ、あんたの名前、所属、目的、きりきり吐いてもらうわよ」

 

 武器は潰した。

 

 足も拘束している。

 

 さすがにこれで終わりだろうと気を抜いた所で、

 

『警告。敵IS内部に高エネルギー反応。自爆の危険』

 

 突然アラートが表示される。

 

「はっ!?」

「冗談でしょっ!?」

 

 鈴にも同時に警告あった様で、二人同時に飛び退く。

 

 が、直後、視界は爆炎に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏、生きてる?」

「一応。鈴こそ大丈夫?」

「一応」

 

 爆発に吹き飛ばされた僕らは、アリーナの対角線上の壁に埋もれていた。

 

 エネルギー残量は……1割ちょっとか。

 

 減り具合から見て、絶対防御働いたんだな。

 

 至近で爆発に巻き込まれて生きてるとか凄いよね。

 

 これなら宇宙でも安心して活動できる。

 

 さすが束さん。

 

「織斑、鳳、大丈夫なら状況を報告しろ」

「姉さん」

「は、はい」

 

 戦闘中は邪魔しない様に切られていた管制室との通信が開く。

 

「鳳、織斑両名は敵対ISの武装を無力化。尋問を始めようとした直後、自爆されたものと思われます」

 

 鈴の初めて見る軍人の様な口調に少し驚く。

 

 でも考えてみれば、中国の代表候補生なら軍籍だろうしおかしな事はない。

 

「そうか。爆発直後、アリーナの遮断シールドと隔壁のロックが解除された。二人ともピットに帰還後、メディカルチェック。事情聴取はその後とする」

「「はい」」

 

 姉さんの事務的な口調に少し残念に思っていたら、

 

「二人とも、良くやってくれた」

 

 通信が切れる前に、そんな言葉が滑り込んできた。

 

 なんとなくウインドウ越しに鈴と目が合い、

 

「「ぷっ」」

 

 同時に吹き出して、完全に気が抜けた。

 

「さてと」

 

 いつまで埋まってても仕方ないので瓦礫から這い出し、アリーナを横断する形で鈴の方に飛んで向かおうとすると、その変わり果てた景観に自然と足が止まる。

 

 真下のクレーターは爆心地。

 

 そこから放射状に残骸が飛び散っている。

 

 そこに至って、考えていなかった自爆がもたらす結果に思考が追い付く。

 

 その一瞬で、スプラッター映画の様な映像が頭に浮かび、血の気が引き、胃からせり上がってくるものを感じる。

 

 が、見たところ赤だったり肌色だったりするものは見当たらず、黒い塊やコードや破片が散らばっているだけだった。

 

 それに安堵の息をもらしていると、いつの間にか隣りに来ていた鈴から驚きの声が上がる。

 

「そんな……ありえないわ……」

「どうしたの? 鈴」

「どうしたって、一夏。アンタ、見て分からないの。自爆したのに死体がないのよ? それって」

 

 そこまで言って言葉を止め、考え込む様にブツブツと独り言に移ってしまう。

 

「いえ、そんな事あるわけないわ。有り得ないもの。なら、どうして……。蒸発する程の熱量だった? いえ、それよりも爆発に紛れて逃走したと考える方が……」

 

 人の体が一瞬で蒸発するなんて核爆弾並みの熱量が必要だろうけど、さっきの爆発はそれ程の規模ではない。

 

 あの爆発の中、逃げおおせた?

 

 ISでも装着してない限り無理があるだろう。

 

 という事は、

 

「無人機だったって線は駄目なの?」

 

 鈴の目が見開かれる。

 

「有り得ないわ。ISは人が乗らないと動かない。それは絶対よ」

「そうだけど。でもあれがISじゃなくて、ISに似たものだったら?」

「え?」

「あの敵IS、ううん、機体は、武器は備え付けで量子変換していなかったし、切断した時や肩の砲門を潰した時も絶対防御が発動していなかった。それってISと既存の兵器を分ける特徴が出てなかったって事じゃない?」

「た、確かに」

「飛ぶのもスラスターの推進力でどうにかなるし、ビームは言わずもがな。つまりアレって、ISに使われてる部品を組み合わせて作ったロボットなんじゃないかな」

「で、でも、あれだけのエネルギーを賄える動力炉なんてないわよ」

「そこだけが問題だよね」

「ほら、無理があるじゃない」

 

 うん、そこだけしか問題がない。

 

 まぁ後は、ISに人間が乗っていると誤認させる方法なんてものがあればだけど、僕なんかには思いつかないしな。

 

「じゃあ、あの爆発の中、逃げ出したって事にしとく?」

「そうね。それが一番座りがいいわ」

 

 じゃあ、とりあえずそういう事にしておこうか。

 

 詳しい事は姉さんだったり束さんに任せておけば大丈夫だろう……し?

 

「…………あぁ、そっか」

「一夏?」

「あ、何でもない。そろそろピットに戻ろうか」

「そうね。早くシャワー浴びたいわ」

 

 後で要連絡だな。

 




死に設定が勿体ないと言うお声をいただいたので、ISに武術の動きを入れてみました。
そして読者の方にお勧めされたガジラカッターの登場っ!! 切るなら無人機かなと思って突っ込んでみました。
ファーストシフト、実はすっかり忘れてましたw
心残りなのは零距離パイルバンカーが出せなかった事ですね。
ラウラは諸事情により無理なんで、シャルにでも使えたらなと思います。


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五反田家に遊びに来ましたよ

操作ミスで前半部分が消えて凹んだorz
しかも書いたの1年くらい前で覚えてない所だったし。
束さん、電話越しでどんな暴走してたんだっけな。
とりあえずこんな感じだったかな~~と直してはみました。



「やぁやぁ、いっくん。おはようからおやすみまでいっくんを陰に日向にストーキング、もとい見守る束さんだよ。いやーー1か月ぶりのラブコールだね。電話越しじゃあハグはできないからチューしようチューーーー」

 

 切った。

 しかし、僕が何も操作しなくても勝手にまた繋がる。

 

「もう、いっくんたら照れ屋さんなんだから。そんな所も可愛いから束さん的には余裕でウエルカムだけど、もはやそれって誘い受けだよね。つまりいっくんは私に襲って欲しいと。そうならそうと言ってくれればいいのに。いいよ。束さんはいつでもどこでもどんな事でもいっくんのしたい様に愛を受け入れてあげ」

 

 切った。

 

 再度繋がる。

 

「いっくんたらツレないなーー。大丈夫、分かってるって。いっくんの一番はちーちゃんなんだよね。オーケーオーケー、私も箒ちゃんも2号3号でも大丈夫だ・か・ら♪ やったね、いっくん。モテモテハーレムだね」

 

 切った。

 

 再度繋――――――

 

「”お姉ちゃん”」

「なんだい、いっくん」

 

 昔の呼び方をするとようやく止まってくれた。

 

 ……呼ばせたいだけで、ワザとって事はないよね?

 

「さっきの無人機、束さんの仕業ですよね?」

「どうしてそう思うんだい?」

「あんな事できるの束さんしかいないじゃないですか」

「まーーそうだけどね」

 

 あっさり認めたな。

 

「そもそも無人機に使われてたISコア、姉さんが言うのにどこにも登録されていないもの、つまり新品だって話じゃないですか。束さん、隠す気なかったでしょ?」

「それはそうだよ。いくらサプライズプレゼントだからって匿名で送っても意味ないでしょ?」

「プレゼント?」

「そう、いっくんへのプレゼントだよ。世界初の男性IS操縦者のいっくんが束さん特製のISに乗っての華々しいデビュー。普通の試合じゃつまらないからねーー」

 

 おぉ、なんてスケールの大きいはた迷惑を……。

 

「あんまりやり過ぎると姉さんにまたお仕置きされますよ?」

「あれはちーちゃんからの愛情表現だから問題なしさ」

「ミシミシいってますけど」

「たまにお花畑が見えるよ」

 

 姉さんのアイアンクローは凶器だからね。

 

「今回の事はまぁ置いとくとして、キュクロープスの件でお礼がしたいんですけど、次の土曜の夜にでもウチに来れませんか?」

「いっくんを食べさせてくれるの♪ いくよ、イクイク」

 

 違った意味に聞こえるのは気のせいだからツッコまないですよ?

 

「食べさせるのは料理です」

「えぇーーまぁいっか。いっくんの手料理は美味しいからね♪」

「じゃあ、待ってますね」

「うん、うん、楽しみにしてるねーー」

 

 切った。

 

 数秒間、受話器を耳に着けたままで待つ。

 

 よし、ちゃんと切れてる。

 

 土曜日は外泊許可取って、昼は久しぶりに弾と遊んで、夜はお食事会だな。

 

 姉さんも帰って来るし、箒ちゃんにも声をかけよう。

 

 昔みたいにみんなが揃った方が束さんも喜ぶだろうし、僕も嬉しい。

 

 そんな事を考えながら、携帯をサイドテーブルに置き、ベッドに横になる。

 

 3時間前、無人のIS擬きとの戦闘終了後、まずはメディカルチェックを受けたが二人とも特に問題なし。

 

 ISに備わっている絶対防御は、操縦者の命を守る最後にして絶対の盾。

 

 でも逆に言えば命に別状のない程度、つまり骨折くらいはするそうなんだけど、今回は運の良い事に打撲くらいで済んだ。

 

 原理はよく解らないけど、自然治癒力を活性化させる薬を飲んでお終い。

 

 実はこれも束さんの発明品だったりする。

 

 IS開発途中、姉さんが怪我した時なんかに僕に心配かけさせないために証拠隠滅、もとい早期回復のために作ったんだとか。

 

 ISが世界中に広がると同時に、どうせだからとセットで広めたらしい。

 

 悪用されない様に、かなり効果を軽減させてだけど。

 

 感覚としては一般的に売られている漢方のちょっとパワーアップ版くらいで、今では市販もされている。

 

 著作権フリーらしいので価格は製薬会社の頑張り次第と言う事で常識の範囲内に収まっている。

 

 束さんが作ったって事はIS関係者なら知ってるけど、一般的な認知度は低い。

 

 僕としては「たまには束さんだって良い事するんだからな」と声を大にして言いたい。

 

 あくまでも意図せず、結果的にな辺り残念だけど。

 

 え? いや、僕は束さんの事好きですよ?

 

 好きだからこそちゃんと事実を受け止めてるだけで、変に擁護する気がないだけです。

 

 まぁ、このスタンスは姉さんの影響かな。

 

 でも世界中が束さんの敵になっても僕と姉さんだけは最後まで味方でいようと決めている。

 

 もちろん束さんが道を外れたら全力で止めてお説教タイムだけど。

 

 姉さんにとっては無二の親友だし、僕にとっても第二のお姉ちゃんだから、もう家族みたいなもんだよね。

 

 家族なら味方でいるのも、怒ってあげるのも普通な事だから。

 

 さておき、メディカルチェックの後は、別室にて簡単な事情聴取と機密情報の書類へのサイン。

 

 隔壁が降りた後の事情を知っているのは生徒では実際に戦った僕と鈴、それに管制室にいたセシリアと箒ちゃんだけだ。

 

 あの無人機の情報は世界情勢をひっくり返す可能性があるそうなので絶対に漏らすわけにはいかないんだとか。

 

 その後、やっと自室に戻ってきてシャワーを浴びた。

 

 のほほんさんがいなかったけど、きっとあんな事があって生徒会も忙しいんだろう。

 

 そして束さんに電話して、今に至る。

 

「夕食まで後1時間か」

 

 忘れないうちに箒ちゃんに電話してみようかな。

 

 と、ぼんやり考えているとドアがノックされた。

 

 のぞき窓の視界には、見慣れたツインテイルの頭頂部。

 

 ドアを開けると、案の定私服姿の鈴が立っていた。

 

 英字の入った白いTシャツの上にオレンジのパーカー。

 

 下はデニムのショートパンツ。

 

 活発な鈴らしい格好だ。

 

 でも、どことなく元気がない。

 

「鈴、どうかした?」

「入っていい?」

「うん、どうぞ」

 

 鈴が僕のベットに腰掛ける。

 

 僕は机の椅子に。

 

「お茶でもいれようか?」

「ありがと。でも、それより」

「うん?」

「勝負、つかなかったわね」

「そうだね。でも二人とも無事で良かったよ」

 

 俯いていて表情の見えない鈴。

 

 どうしたんだろうと思っていると、

 

「デート、どうしよっか」

 

 ポツリと呟いた。

 

 それを聞いて、鈴の態度に合点がいった。

 

 鈴は賭けが有耶無耶になった事で、楽しみにしてたデートに行けなくなってしまったと思って凹んでいるのか。

 

 うわ、可愛い過ぎるだろう。

 

 自然と口元がにやけてくる。

 

「良かったら、鈴がどういうデートプラン考えてたか教えてよ」

「えっ? あぁ、うん、1時くらいに待ち合わせして、映画見て、お茶して、買い物して、お夕飯は外食、みたいな。初めてだし、ド定番ってくらいのデートにしようかなって」

「そっか」

 

 変に凝ってない分、身の丈に合った無理しないで楽しめそうなプランだ。

 

「一夏のも教えなさいよ」

「僕も定番なんだけど、ディ○○ーシーに行こうかと思ってた」

 

 ランドじゃない所にちょっとだけ大人っぽさを演出してみた。

 

「何かちょっと意外ね」

「ダメかな?」

「いいんじゃない? 楽しそう」

 

 鈴は元気がないながらも微笑みを浮かべてくれる。

 

 でも、僕は元気な鈴の方が好きだ。

 

 だから、

 

「じゃあ、行こうよ」

「えっ?」

 

 鈴の目が点になる。

 

「勝負がつかなかったから両方行こう。まずは鈴のプラン。それでディ○○ーシーに着て行く服とか見てさ。どうかな?」

「いい、の?」

 

 鈴はまだ戸惑ってるようだ。

 

「もちろんだよ。むしろ、」

 

 視線を合わせるために鈴の前にひざまずいて手を取る。

 

「鈴、僕とデートしてくれる?」

 

 鈴は一瞬息を飲んだ後、

 

「喜んで」

 

 目にうっすらと涙を浮かべながらも、向日葵の様な笑顔を見せてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、夕飯までの時間、部屋で鈴とデートの予定を組んだ。

 

 鈴のプランは5月最初の日曜日に、僕のプランはその次の土曜日に決まった。

 

 ただしピクニックの約束が先にあるから、それによっては1週ズラす事も入れて。

 

 鈴は入ってきた時とは打って変わって、ハイテンション。

 

 恥ずかしさがあるのか顔は少し赤いままだけど、ああしたい、こうしたいとしゃべりまくっていた。

 

 そのまま一緒に食堂へ行き夕食を取っていると、後からセシリアと箒ちゃんも加わった。

 

 4人で顔を合わせると、無人機の事を話したくなるが、機密なので話せない。

 

 そのジレンマがあるからなのか、会話はいまいち盛り上がらなかった。

 

 食べ終わって少しすると食堂も混んできて、そうすると事件の話を聞きたいと野次馬が集まってきてしまい、早々に退散する事に。

 

 部屋に帰る途中、

 

「箒ちゃんちょっといいかな?」

「なんだ?」

 

 ここでは話せないと暗に示し、外に促す。

 

「あら、お二人で内緒話ですの?」

 

 目つきが険しくなるセシリアと鈴。

 

「家の事でちょっとね」

 

 でも、そう言われると弱いのか、

 

「それなら仕方ないですわね」

「一夏、変な事するんじゃないわよ」

 

 とりあえず、引き下がってくれた。

 

 外へ移動。

 

「それで、どうしたんだ?」

「うん。良かったらなんだけど、次の土曜日、うちで4人で夕飯食べない?」

「4人?」

「僕と姉さんと箒ちゃんと」

「姉さんか……」

 

 箒ちゃんが渋い顔をする。

 

「箒ちゃんが束さんに色々思う所があるのは知ってるけど、僕は出来たら昔みたいに4人でテーブルを囲みたいんだ」

 

 そして沈黙。

 

 考え込んでしまったようだ。

 

 しばらく待っても反応がないので、

 

「今、返事が欲しいわけじゃないんだ。当日までに決めてもらえばいいから」

「分かった。すまない」

 

 沈んだ様子のまま踵を返して行ってしまった。

 

 せっかくだから仲良く出来たらと思うんだけど、こればっかりは当人たちの問題だからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして5月最初の土曜日。

 

 現在、時刻は13時過ぎ。

 

 僕は中学からの悪友である五反田(ごたんだ)弾(だん)の部屋で対戦格闘ゲームをしている。

 

 こうして遊ぶのは一月以来だから四か月振りだ。

 

 先月は新しい生活でいっぱいいっぱいだったし、それより前は僕がISに乗れる事が判明したあれやこれやで忙殺されてたし、と言うか、マスコミと黒服さんたちの警護が凄くて外出なんてとても出来なかった。

 

「それにしても、おまえ以外全員女子か、いい思いしてるんだろうなぁ」

「誘惑が多いのも考えもんだよ?」

「嘘をつくな、嘘を。おまえのメール見てるだけでも楽園じゃねぇか」

「いや、姉さんが担任で、しかも寮長やってる所で間違いは起こせないし」

「相変わらずシスコンだな」

「まぁ」

「認めやがったっ!?」

「姉さんが大事なのは本当だしね。弾だって蘭(らん)ちゃん大事でしょ?」

「まぁなぁ。でもおまえ程じゃないぞ?」

「そうかな?」

「俺は蘭にときめいたりしないが、おまえはするだろ?」

「うん」

「即答かよっ!?」

「いや、だって、姉さんは美人だし、スタイルもいいし、教師してる時の姉さんなんて凛々しくてそりゃあ格好良いんだから」

「はい、はい、シスコン、シスコン」

「弾だって、蘭ちゃんが世界一可愛いと思ってるじゃん」

「当り前だ」

「そこのシスコン共。同類なんだから少しは自重しなさいよね」

 

 後ろのベットから声がかかる。

 

「なんだよ、鈴。嫉妬か?」

「ち、違うわよ。バカッ!!」

 

 枕が弾の顔面に命中。

 

 そう、今日は鈴と一緒にお邪魔してるのだ。

 

 それを考えると、こうやって遊ぶのは約1年振りになる。

 

「痛ってぇなぁ。それにしても鈴までISに乗ってるとはな」

「うん、僕も転入を知った時は驚いたよ」

「なんつんだっけ? 代表候補生? すげぇよな」

「ホント、ホント。一国を担う候補生だもんね」

「ふん、そんな大したもんじゃないわよ」

「しかもIS学園で感動の再会か。んで、おまえらもう付き合ってんのか?」

「なっ!?」

 

 焦る鈴。

 

「ううん、まだ。でも今度デートするんだ」

「ちょっ、一夏っ!?」

 

 さらに焦る鈴。

 

「マジかっ!! そりゃあ、目出度いな。一夏もついに観念したってことか」

「そういうわけじゃないんだけど、でも鈴の事はやっぱり好きだしさ」

「あっ……」

 

 今度は赤くなった。

 

「熱いなぁ熱い。なんだ、ここ俺の部屋なのに俺お邪魔虫か?」

「そんなことないって。前みたいに3人で遊べて嬉しいよ?」

「うわぁ、おまえ学園でもそんな感じなんだろ?」

「なにが?」

「はぁぁぁぁ。おい、鈴」

「な、なによ」

「苦労するな」

「分かってくれる?」

「おぅ。こいつから送られてきたメールを見る限り、他にも仲良い子いるんだろ?」

「そうなのよ。アタシ以外の幼馴染とか、貴族のお嬢様とか、同室の着ぐるみとか。何であんたの周りは女ばっかりなのよっ!!」

「そんなこと言われても、男は僕1人だし」

「そういうこと言ってんじゃないわよっ!!」

「どうしろと」

「しかも巨乳だしな」

「わ、ちょ、弾っ」

 

 鈴の顔が般若に変わって行く。

 

「写真見せてもらったが、かなりのもんだよな」

「い~~ち~~か~~」

「鈴、落ち着いてっ!? 僕は何にも言ってないからっ」

「てか、副担任のなんとかって先生がさらに凄いんだろ?」

 

 やめてっ!! 火にダイナマイト投げ入れないないでっ!!

 

「やっぱり、巨乳がいいのかーーーーっ!!」

「弾のバカーーーー!!」

 

 飛び蹴りの一つでも覚悟した所で、捨てる弾あれば拾う蘭あり。

 

 鈴が僕に飛びかかった所で、突然部屋の扉が勢いよく開き盛大に音をたてた。

 

「おにぃ、お昼できたよ。さっさと食べにきなさ………い、一夏さんっ!?」

 

 今、扉を蹴り開けたらしい驚き顔の彼女は五反田 蘭(らん)。

 

 中学3年生になる弾の妹さんだ。

 

 容姿を上から見ていくと、紫色の柔らかそうな生地のバンダナでアップにされたボリュームのある赤い髪。

 

 美人揃いのIS学園でも十分通用する整った可愛らしい顔立ち。

 

 上は胸元の膨らみが窺えるラフなピンクのキャミソール。

 

 そして下は前ボタンが開けられているデニムのホットパンツで、ピンクの下着が覗いている。

 

 うん、目のやり場に困る。

 

 と思っていると、蘭ちゃんが僕に飛びかかったまま停止している鈴に気付いて急接近、

 

「ちょっと、鈴さん。何してるんですかっ!!」

「わ、ちょ、何すんのよっ」

 

 立ち直りが遅れた鈴は、蘭ちゃんによって強制排除された。

 

 そのままにらみ合う二人。

 

 このやり取りも久しぶりだな。

 

「蘭ちゃん?」

「は、はい。何ですか、一夏さん♪」

 

 体をクルっと反転させて、笑顔を向けてくれる。

 

 その変わり身の早さにちょっと驚くが、

 

「久しぶりだね。元気にしてた?」

「はい、もちろんですよ。一夏さんは慣れない環境で体調崩したりしていませんか?」

「うん、おかげさまで。でも注目されるのは慣れないね」

「一夏さんの立場じゃ仕方ないですよ」

「でも蘭ちゃんだって生徒会長で注目集めてるんじゃない?」

「わ、私はそんなでもないですよ」

「謙遜しちゃって。こんなに可愛い生徒会長さんならファンクラブとかありそうじゃない?」

 

 男子が放っておかないよね。

 

「か、可愛い……」

 

 蘭ちゃんが口元に手を持っていき、嬉しそうに顔を赤らめ――――――

 

「蘭っ!! そうなのかっ!? ファンクラブなんてあるのかっ!? くっ許せん……蘭を愛でていいのは俺だけだーーーーっ!!」

 

 たのも束の間、弾が壊れた。

 

「ちょ、ちょっと、おにぃ」

「蘭っ!! 犯人はどいつだっ!! 俺が成敗してやるっ!!」

 

 吠える弾に宥める蘭。

 

 ここの兄妹は本当に仲がいいな。

 

「ちょっと、一夏」

「なに、鈴?」

「和んでないで、どうにかしなさいよ」

「いいんじゃないかな? 先に下行ってようよ」

「はぁぁぁぁ、あんたって……。まぁ、いいわ」

 

 二人を部屋に残し、鈴と階下に降りていった。

 

 おじさんの料理も久しぶりだな。

 

 弾の家は五反田食堂という大衆食堂だ。

 

 味良し、量良し、値段良しの3拍子揃った地元民に愛されるお店だ。

 

 僕も中学校の頃はよくお世話になった。

 

 鈴と先に食事を始めていると、半分くらい進んだ所でようやく弾と、さっきとは服装の変わった蘭ちゃんが降りてきた。

 

「蘭ちゃん、着替えたんだ。さっきのもいいけど、そういう清楚なのもいいね」

 

 蘭ちゃんは、アップにしていた髪を下ろし、半そで、膝上、襟元にフリルをあしらった水色のワンピースを着ていた。

 

「そ、そうですか? ありがとうございます♪」

 

 褒められたのが嬉しいのかニコニコしている。

 

「一夏さんは、ど、どっちの方が好みですか?」

「好みは……置いといて、元気いっぱいな蘭ちゃんなら、さっきの方が似合ってる気がするな」

「まぁ、ピンクの下着も見えてたしね」

「り、鈴っ」

 

 そこはスルーしてあげて。

 

「え、あ、あ、」

 

 蘭ちゃんの顔が羞恥に染められていき、

 

「い、一夏さんも、その、見ました?」

「あぁ~~、その、うん、ごめん」

「わ」

「わ?」

「私のバカーーーーっ!!」

 

 逃げてしまった。

 

 やっぱり年頃の女の子が下着見られたら恥ずかしいよね。

 

「鈴、俺の妹をいじめるな」

「ふん、敵は倒すものよ」

 

 よく分からない受け答えをする二人。

 

 蘭ちゃんが僕を慕ってくれてるのは知ってるけど、それは背伸びしたい女の子が年上の男性に惹かれる憧れみたいなもので、鈴とは比べるべくもないのに。

 

「まぁ、いい。飯食ったらゲーセンでも行くか」

「そうね」

「うん」

 

 こうやってまた昔みたいに遊べて嬉しいな。

 

 そういう意味でも鈴が帰って来てくれて本当に良かった。

 




お食事回は次回に持ち越しです。

束さん、天才過ぎて思考が想像つかず正直使いづらいキャラですが、その破天荒な所が好きなんですよね。
束さんの考える「一夏のため」と「自分の夢」がどの辺りに落ち着くかが、本作のキーポイントになりそうな予感。


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4人で囲むお食事会

4人にとって、これはこれで幸せの形なんじゃないかと思います。


「さて、作りますか」

 

 鈴と弾、二人とゲームセンターで遊び、4時頃に解散。

 

 最寄りの商店街で材料を買い込みながら帰宅。

 

 掃除は弾の家に行く前に済ませてあるので、さっそく料理に取り掛かる。

 

 いつもは作っても2人分だから今日は作り甲斐がある。

 

 メニューはポテトグラタンをメインにサラダとミネストローネ。

 

 何よりも先にオーブンに火を入れる。

 

 次はスープ用の野菜をカット。

 

 ベーコンを短冊に、ジャガ玉人参は賽の目、ニンニクは細かくみじん切り。

 

 鍋でニンニクを炒めたら、火の通りにくいジャガイモと人参を加え、最後にベーコンと玉葱。

 

 火の通った所でホール缶のトマトとローリエを入れ、コンソメの固形スープの素と塩・胡椒で味を調える。

 

「よし、スープはこれで完成」

 

 グラタン皿を人数分出して、時間の確認。

 

 まだちょっと早いかなと思っているとチャイムが鳴った。

 

 玄関に向かう。

 

「いらっしゃい」

「う、うむ、お、お邪魔します」

 

 昨日になって、ようやく箒ちゃんは来てくれることを了承してくれたのだ。

 

 ちなみに箒ちゃんの私服は、スキニーデニムの七分丈パンツに、ピタッとしたTシャツとジャケットというラフだけどカッコイイ感じの格好だ。

 

「まだ姉さん帰ってきてないんだ。ちょっと居間でお茶でも飲んでようか」

「う、うむ」

 

 これから束さんに会うせいか緊張してるみたい。

 

「お茶と紅茶とコーヒー、どれがいい?」

「お茶を頼む」

「了解」

 

 向かい合って座るが、出されたお茶に手を付けても箒ちゃんの空気は固いまま。

 

「今日は来てくれてありがとね」

「い、いや、こちらこそ気を遣わせて悪かったな」

「緊張してる?」

「分かるか?」

「そりゃあ」

「そうか……」

 

 自分でも自覚してるのか、ため息を漏らす。

 

 何とか少しでもリラックスさせてあげたいんだけど……そうだ。

 

 席を立ち、箒ちゃんの後ろに回り込む。

 

「一夏?」

 

 箒ちゃんの肩に手を置き、指先に力を入れる。

 

「あっ」

 

 おぉ、これは張ってるな。

 

「気持ちいぃ」

 

 箒ちゃんの口から甘い吐息が漏れる。

 

「箒ちゃん肩凝ってるね」

「あぁ、こればっかりは仕方ない」

「だよね~~」

 

 心の中で「大きいもんね~~」と付け足す。

 

「一夏」

「なに?」

「今のはセクハラか?」

「な、なにを言ってるか分からないよ」

 

 肩越しに見たりなんてしてないよ?

 

 ピタッとしたTシャツだから谷間も見えなかったし。

 

「ふふふ、あんっ、まぁいい。あっそこっ」

「箒ちゃん」

 

 調子も戻ってきたみたいだし、もうちょっとイジっておこうかな。

 

「んっ、くっ、な、なんだ?」

「なんか声がエッチィ」

「なっ!?」

 

 暴力に訴えられないように、肩に食い込む指先に少し強めに力をこめる。

 

「そ、それは、んっ、おまえのマ、マッサージが、あっ、気持ち、いいからぁ」

 

 おぉ、何か凄いな。

 

「喜んでもらえて良かったよ」

「くっ、あっ、あ、後でお、覚えてろ、よぉ」

「うん、ばっちり覚えとくよ」

 

 キュクロープスでこっそり録画しているのは内緒にしておこう。

 

 そのまま5分くらい続けていると姉さんが帰ってきたので、名残惜しいけどマッサージは中断。

 

「おかえりなさい、姉さん」

「あぁ、ただいま、一夏。ほら、頼まれてたフランスパンだ」

「ありがと、姉さん。ご飯の前にお風呂入るよね?」

「あぁ」

 

 バックとジャケット、お使いを頼んでいたフランスパンを受け取り後に続く。

 

「なんだ、あれは?」

 

 居間に入ると、気が抜けてふにゃふにゃになった箒ちゃんが目に留まったようだ。

 

「あぁ、緊張してたから肩揉みをしてあげてたんだよ」

 

 なんかそのまま床にたれていきそうな感じだな。

 

 『たれほうき』、普段のキリっとしてる感じとのギャップで萌えるかも。

 

「まぁ、いい」

 

 関心がないのかバッサリ切ってお風呂場に向かう姉さんを見送ってからキッチンに戻る。

 

「さぁ、続き、続き」

 

 鍋でバターを溶かし、溶けた所に小麦粉投入。

 

 ダマにならない様に掻き混ぜ、牛乳で伸ばしていく。

 

 最後にコンソメと塩・胡椒で味付けして、ちょっと煮詰めればホワイトソースの完成。

 

 バターを塗ったグラタン皿に輪切りにしたジャガイモを並べ、ホワイトソースをかけてオーブンへ。

 

 サラダを作りながら、スープを温めなおす。

 

 ふにゃふにゃ状態から復活した箒ちゃんが「何か手伝うか?」と言ってきてくれたけど、もう特にやる事もないのでテレビを見ててもらった。

 

 姉さんがお風呂から上がったタイミングで、グラタンがちょうど焼きあがる。

 

 買っておいたフランスパンをカットしてバターを添え、テーブルに4人分の料理を並べる。

 

「い、一夏、それで、姉さんは……」

 

 箒ちゃんが未だ現れない束さんに緊張と困惑の混じった声で質問してきた。

 

 それに対して僕は指を差す動作だけで応える。

 

 指の向く場所は、箒ちゃんの顔。

 

 一瞬戸惑う箒ちゃんだが、その意味を理解して、バっと勢いよく振り返ると――――――

 

 鼻と鼻が触れ合うくらいのドアップで束さんの顔がっ!!

 

「うわぁぁぁぁっ!?」

 

 反射的に束さんを殴り飛ばす箒ちゃん。

 

 しかし当の束さんは空中でクルリと回転して壁に着地(?)して跳ね返ってきた。

 

 無駄にスペック高いんだよな、この人。

 

「ひどいよ箒ちゃんっ!! いきなり殴るなんてーー、数年振りの感動の再会が台無しだよっ」

「あんな登場しといて言う台詞ですかっ」

「あれはあのまま、ちゅってしてからハグハグコースなんだよーー」

「しませんよっ」

 

 あれ? 感動の再会がそれですか?

 

「分かってるよーー。うんうん、ファーストキスはいっくんにとってあるんだよねーー。乙女だねーー。さっすが我が妹♪」

「なっ!?」

 

 おぉ、爆弾発言キタ。

 

「ち、違うぞ、一夏っ!! あれは姉さんが勝手に言ったことで、私は別にそんなつもりはっ」

 

 大慌てだな箒ちゃん。

 

「……無きにしも非ずだが……」

 

 ん? よく聞こえなかった。

 

 急にモジモジし始めたけど照れてるのかな?

 

「そ・れ・に・し・て・も」

 

 そんな箒ちゃんに束さんの追撃がかかる。

 

「成長したねーー、箒ちゃん。特にムネがっ♪」

 

 箒ちゃんの豊満な胸が、脇の下から回された手に鷲掴みにされる。

 

 おぉ、なんて素晴らしい光景。

 

 と思った瞬間、再度、束さんが吹き飛んだ。

 

 しかし怯まない束さんは、今度はその勢いのまま姉さんに飛びかかる。

 

「ち・い・ちゃーーーーん♪」

 

 が、それを簡単に許す姉さんではない。

 

 必殺のアイアンクローで撃墜する。

 

 プラ~~ンと宙吊りにされる束さん。

 

 しかしその程度でこの人の勢いは止まらない。

 

「いやーー、ちーちゃんも久しぶりだねーー。さぁ、ハグハグして愛を確かめ合おーー♪」

 

 手を姉さんに向けてバタバタさせている。

 

「するか、バカ」

 

 次の瞬間にはその手からスルリと脱出する束さん(どうやった?)。

 

 そして次の標的は僕。

 

 イグニッションブーストで距離を詰め(生身でISレベルかっ!?)、

 

「いっくーーーーん♪」

 

 抱きつかれたっ!!

 

 視界が柔らかい大きなマシュマロに塞がれる。

 

 あっ……なんかミルクみたいな甘い匂いが……。

 

「いやーー、いっくんの感触も久しぶりだよーー。私に会えなくて寂しかった? 昔みたいに泣いてなかった? なんならまた添い寝してあげるよ? いっくんがして欲しければ他にもあんな事やこんな事も何でもしてあげるんだからーー♪」

「姉さんっ!!」

「その辺にしておけよ」

 

 視界が回復した目の前では宙吊りの束さんの公開処刑が。

 

 うわぁ、人体で鳴ってはいけない音が聞こえる。

 

「ち、ちーちゃんっ!! ストップストップっ!! 割れちゃうっ、束さんの頭が割れちゃうよーーっ」

「ふんっ」

 

 しかし、それさえも脱出してみせる束さん(だから、どうやってっ!?)。

 

 でも、さすがに痛かったのか涙目でしゃがみ込んで、頭に手をやっている。

 

 ちょっと可哀想に思い、頭を撫でてあげる。

 

「いっく~~~~ん」

 

 上目使いで嬉しそうな顔をしてくる。

 

 いつまで経ってもこの人は変わらないな。

 

「いらっしゃい、束さん。さぁ、もう夕飯出来ますからテーブル着いてください」

「うんうん♪」

 

 登場からの大騒ぎも収まり、冷蔵庫からワインとジュースを出して、ようやくディナータイムになった。

 

「美味しいっ!! 美味しいよ、いっくん」

 

 と、ハイテンションな束さん。

 

「おまえは静かに食えんのか」

 

 と、叱りながらも口元が上向きで機嫌がいいのが丸分かりな姉さん。

 

「うん、美味しい」

 

 と、素直に褒めてくれる箒ちゃん。

 

 ぎこちないながらも束さんとも会話している。

 

 みんなが笑顔で食卓を囲む。

 

 こういうの、幸せだな。

 

 食後のお茶を飲み終わって、そろそろ帰りの時間。

 

 姉さんには相変わらずアイアンクローで撃退され、箒ちゃんにはウザがられながらもハグハグできた束さんが最後に僕の前に立つ。

 

「いっくん、今日はありがとね。美味しいご飯も、箒ちゃんも」

「いえ、僕の方こそ。こんな楽しい食事は久しぶりでした。それにISの事も」

「いいんだよーー、いっくんのためなら束さんはなんでもしてあげるんだからーー」

 

 無茶苦茶な人だけど、僕はこの ”お姉ちゃん” が好きだ。

 

 彼女は天才ゆえの弊害なのか、僕と姉さん、妹の箒ちゃんしか人として認めていない。

 

 後は有象無象の虫けら以下の扱いしかしない。

 

 でも天才だとかISだとか抜きにして、僕にとって彼女は近所の優しい ”お姉ちゃん” なのだ。

 

 この明け透けなまでに愛情を示してくれるのが恥ずかしいけど、その分余計に嬉しい。

 

 他の2人に聞こえないように耳元に顔を近付け

 

「またね、 ”お姉ちゃん”」

 

 と2人だけの時の名前で呼ぶ。

 

「うん、またね。いっくん」

 

 ちゅっ♪

 

 不意打ちで唇を奪われた。

 

「「なっ!?」」

 

 背後で驚きの声が上がるが、

 

「それじゃあ、みんな、バイバーーイ♪」

 

 と言って(どうやってるのか謎だが)来たときのように唐突に姿を消した。

 

「い、い、一夏っ!! どういう事だっ!!」

「一夏、ちょっとここに座れ」

 

 いや、お怒りはごもっともだけど、僕だって不意打ちで感触だってよく分からなかったっていうのに怒られても……。

 

 束さん、地雷爆発させたまま逃げないでよーー。

 

 この後、30分は床に正座させられたまま詰問と説教が続いた。

 

 それがどんな感じだったかと言うと、

 

「い、一夏の、ファ、ファーストキスが姉さんに……しかも、目の前で……」

「ゆ、許さんぞ。束めっ!! 今度現れたら……」

 

 沈む箒ちゃんに、怒れる姉さん。

 

「いや、あれがファーストキスってわけじゃ」

 

 つい、弁解してしまう僕。

 

「「なんだとっ!?」」

 

 おぅ、ミスった。

 

「どういう事だ、一夏っ!!」

「説明しろ、一夏」

 

 詰め寄る箒ちゃんと、目に殺気がこもる姉さん。

 

 ここは正直に答えるしか生き残る道はない。

 

「えぇっと、姉さんがドイツに行ってた期間があるじゃない? あの時、僕が1人で寂しいだろうと、たまに束さんが来てくれてたんだよ。その時にまぁ何度か」

 

 「色々と」と言う言葉は飲み込んだ。

 

 束さんは世界で唯一ISのコアが作れる事から、世界中の国から追われている。

 

 もちろんウチにも何度か強面の人が調べに来たことがある。

 

 でも、そこは天才であり天災の束さん。

 

 世界中のコンピューターは彼女の支配下にあると言っても過言ではない。

 

 つまり、クラッキングもダミーも改ざんもお手の物。

 

 束さんを見つけるなら肉眼しか手段はない。

 

 まぁ、それすらも光学迷彩とかで難しいんだろうけど。

 

「ちっ、あの時か」

 

 爪を噛んで悔しがる姉さん。

 

「あ、あの人は、私が会えなかったのに自分だけ……」

 

 また沈んでいく箒ちゃん。

 

「あの時は、誘拐された後で1人で心細かったし、本当に助かったんだよ? だから変な言い方だけど、大目に見て欲しいな」

「ちっ、仕方ないか」

「いや……でも……しかし……」

 

 姉さんは渋々ながら納得してくれたみたいだけど、箒ちゃんはまだ複雑そうだ。 

 

「まぁいい。だが一夏」

「なに、姉さん?」

「軽々しくそういう事をするのは姉として認められん。説教だ」

「……はい」

 

 観念するしかないな。

 

 




束さんとの「色々」ってなんでしょうねw 
私、気になりますっ!!


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初デート in レゾナンス

前半に余計なのがくっついてますが、一夏と鈴の初デートです。
レゾナンスのイメージは、お台場のヴィーナスフォートとディズニーリゾートのイクスピアリを足して割ったような感じです。
まぁ、そんな描写はないわけですが……。



 時刻は12時30分。

 

 改札を出て周りを見回す。

 

 予定通りまだ鈴は来ていない。

 

 約束の時間までまだ30分あるが、初めてのデートで女の子を待たせると言う失敗は無事回避できたようだ。

 

 ここは駅に隣接している大型ショッピングモール『レゾナンス』。

 

 映画、カラオケ、ボーリング、ビリヤード、ダーツ、ゲームセンターまである総合アミューズメント施設も併設されていて、定番のデートスポットだ。

 

 今日は鈴の計画したデートプランで1日遊ぶ予定になっている。

 

 ちなみに僕の服装は下から皮製の茶色のショートブーツにカーキ色の細身のパンツ、ベルトは真鍮製のボタンで装飾された白で、インナーはVネックの黒、上着に胸上で白に切り替わっている赤のライダースジャケットを羽織っている。

 

 一応、変装の意味も込めて下半フレームの伊達眼鏡も着用。

 

 自意識過剰かもしれないが、顔が売れているのは事実なので用心に越したことはない。

 

 ちなみにキュクロープスの待機状態は艶消しされた黒い金属製のアンクレットで、日の目を見ることはない。

 

 ISの待機状態は常に身に着けていられる物と言う事で装飾品である事が多いが、古武術の技を出すのに邪魔にならない物はなんだろうと束さんと話し合った結果、足輪なら問題ないだろうと言う事でこの形に決まった。

 

 指輪は殴った際にこちらの指が心配だし、手首の自由は重要なのでブレスレット等は不可。

 

 首回りは敵の攻撃を回避した際に引っかけられる危険があり、男の耳にイヤーカフスなど目立ちすぎるため「これが待機状態のISですよ」と宣伝している様なもので防犯上大変よろしくない。

 

 二の腕に腕輪でも良かったのだが、服を着る際の利便性と、より違和感のない方という事でこうなった。

 

 男のアンクレット、しかも金属と言うのも十分違和感があると思うが、まぁ単に見えないから気にならないのだ。

 

 海にでも行けば違うのだろうが、それはそれでシチュエーション的にオシャレで通るだろう。

 

 さておき、鈴と今日回るコースや、次のデートで鈴にどんな服を着てもらい、自分はどう合わせるかなんて桃色な思考に浸かっていると、

 

「あなた、可愛い顔してるわね。ちょっと付き合いなさいよ」

 

 突然目の前に来た女性に声をかけられた。

 

 相手は20代後半で細身、髪は明るめの茶色に染めてウェーブの効いたロングヘア、服装や装飾品から少々ブランド志向に偏った「私、オシャレに気を使ってます」と全身でアピールしているかの様な女性だった。

 

 目鼻立ちは化粧のせいかハッキリしていて美人の部類に入るが、何と言うか「ご時世ですね」と言うか、男を見下している雰囲気がにじみ出ている。

 

 騒がれるのも困るが、そうか、変装しているとこういう弊害があったか。

 

 正直、普通だったらため息の一つでは済まない程にこの状況はマズイ。

 

「せっかくのお誘いですが、連れの女の子を待ってますので」

 

 女の子の所を強調して、何とかやり過ごそうとするが、

 

「はぁ? なに口答えしてんのよ。男だったら素直に「はいはい」従ってりゃいいのよ」

 

 こちらの人権すら無視した態度が返って来る。

 

 だが、これは今の日本では別段珍しい光景と言う事でもない。

 

 女尊男卑の価値観に首どころか頭の先まで浸かり、男性を家畜か何かのように扱う女性。

 

 「ISは女性にしか操縦できないのだから女性の方が偉い」という弱肉強食そのままの価値観自体に疑問はあるが、自然の摂理だと言われればまだ納得もできる。

 

 しかし、それはISを操縦できる女性に限って適応されることであって、それ以外の女性まで優遇されるのは明らかに道理に反する。

 

 そして、この手の手合いは後者の可能性がなぜか高い。

 

 ちなみにこういう輩は同性の女性からも嫌われている。

 

 イジメを実際に行う人間より、それを周りで見ている人間の方が圧倒的に多い様に、他人を積極的に害するという行動は心理的抵抗が強いのだ。

 

 しかも自分の家族までその標的にされる危険があるなら尚更だろう。

 

「なに、ぼっとしてんのよ。さっさと行くわよ」

 

 問答無用でこちらの腕を取り、強引に引っ張って行こうとする女性。

 

「離してください」

 

 せっかく鈴を待たせないために早く来た言うのに連れて行かれては堪らない。

 

 腕を捻って弾く。

 

「ちょっと、いい度胸じゃない。いいのかしら? 警察呼んじゃうわよ」

 

 携帯を取り出し嫌らしく唇を歪ませて笑うその態度に、自分の思考が冷えて行くのを感じた。

 

 と同時に、こういう状況になった場合に使う様言われていた手段を思い出す。

 

 せっかくの初デートだと言うのに、このままでは鈴にまで嫌な気分を味わせてしまう。

 

 それは鈴のためにも自分のためにも絶対に避けたい。

 

 自分の中の優先順位が目の前の女性に対する罪悪感を抑え込む。

 

「この手段は正直取りたくないんですが、僕にも譲れないモノがあります。貴女には自業自得と言う事で後で死ぬほど後悔してもらいましょう。そこの警備の人、来てください」

 

 遠くからこちらの様子を窺っていた警備員を呼びつける。

 

 改札前と言う事もあって、そこそこ注目を浴びていたのだが、僕の対応に周囲から「こいつ正気かっ!?」と言う目が向けられる。

 

 まぁ普通の反応だと思う。

 

 なぜなら今の日本は、女性が訴えたというだけで有罪になってしまう冤罪事件が横行している世界なのだから。

 

 周囲の視線が集まる中、警備員が来る。

 

「ふふん、後悔するのはどっちかしらね。謝ってももう遅いわよ」

 

 と件の女性が勝ち誇っているが気にしない。

 

「何かありましたか?」

 

 と警備員が呼んだ僕ではなく女性の方に声をかけたのも重ねて気にしない。

 

 さて、気は進まないけど、やるならさっさと終わらそう。

 

 眼鏡を外し、ポケットから取り出した生徒手帳を開いて、見せつけるように突き出す。

 

「僕はIS学園一年織斑一夏です。その女性を恐喝と傷害の現行犯で拘束してください」

 

 今まであったざわめきが一瞬にして凍りつく。

 

「早くしてください。僕に手を出した時点で国家反逆罪レベルの重罪に相当するんですよ」

「は、はいっ!!」

 

 警備員が慌てて女性を拘束する。

 

「警察に引き渡す際も必ず僕の名前を出してください。後で確認して手抜きがあった場合、責任問題にしますから気を付けてください」

 

 女性はまだ状況が呑み込めず、されるがままになっている。

 

 その間抜け面に顔を近付け、耳元で囁く。

 

「これから貴方がどうなるか分かりますか? 僕が口を利かない限り一生牢屋暮らしですよ。しかも普通の懲役刑ではなく危険人物として陽の全く当たらない地下の一室で、面会もなく、差し入れもなく、ただ出された食事を食べるだけの日々を送るんです」

 

 教えられていた脅し文句を思い出しながら、つっかえない様にゆっくりと言葉にする。

 

 それが逆に効果的だったのか、女性の顔色が理解が追い付くに従って青から白へと変わっていく。

 

「でも仕方がないですよね? だってこれは貴女が今までしてきた事なんですから。自業自得、因果応報です。まぁ、考えようによっては働かないで三食食べれる生活が保障されてるわけですから、むしろ喜ぶべきかもしれませんよ? じゃあ二度と会う事もないと思いますが、この後の人生せいぜい楽しんでください」

 

 恐怖と絶望から頬を涙で濡らし、許しを請おうにも歯の根が合わない女性を一瞥だけして、

 

「連れて行ってください」

 

 無慈悲にも連行させる。

 

 途中で何やら泣きわめく声が聞こえた気がするが、気にしない。

 

 携帯電話を取り出し、学園と、入学する前に警備を担当してくれていた公安の担当者の人に一報を入れておく。

 

 さっきのやり取りは、その公安の人に教えてもらった非常手段だ。

 

 ちなみに、多分だけど今もどこかからこちらを監視していると思う。

 

 IS学園に在籍しているとは言っても、僕はれっきとした日本人でここは日本だ。

 

 取り扱いは難しいし微妙な所だけど、動かないわけにはいかないらしい。

 

 世界で唯一と言う肩書は僕の予想以上に重い意味を持つのだとか。

 

 さておき、これで心置きなくデートに臨める――――――

 

 とは、いかない。

 

 一部始終を見ていた周囲の視線だ。

 

 さすがにこのままってわけにもいかないだろう。

 

 変な噂を立てられても困るし。

 

 ただ聞かれてもいない事を不特定多数に対してベラベラと話し始めると言うのも難しいものがある。

 

 と言うわけで自分の中の折衷案として、逆に質問してみることにした。

 

 聞く体勢を作らせるために、手をパンパンと叩いて気を引き、

 

「さっきのやり取りで、聞きたい事がある人は集まってもらえれば時間の許す範囲で質問に応じますよ?」

 

 と周囲に呼びかけてみる。

 

 最初は「どうする」「でも」と言ったざわめきが広がるだけだったが、一人が足を踏み出すと釣られて数人が動き、結局はその場にいた全員、中学生くらいから大学生、新社会人くらいまでの男女で構成された不思議な集まりが完成した。

 

「じゃあ、何から聞きたいですか?」

「はい」

「どうぞ」

 

 なぜか律儀に挙手をした中学生くらいの女の子。

 

「あの、本当に織斑一夏さんなんですか?」

「うん、さすがにここでISを展開させるわけにもいかないけど、生徒手帳でいいなら、ほら」

 

 再度、生徒手帳を取り出して見せてあげる。

 

「ホントだ……あ、あの、握手してもらってもいいですか」

「え、あ、うん、はい」

 

 学園で好奇な視線で見られる事はあっても、さすがにこんなアイドル紛いの扱いは初めてで気恥ずかしいものがある。

 

「ありがとうございます。後で友達に自慢します」

「そ、そう。ありがとう、でいいのかな? あ、他にありますか」

「はい」

「どうぞ」

 

 だからなんで挙手制なんでしょう?

 

 しかも相手が年上だとこっちがやりにくいです。

 

「さっき国家反逆罪って言ってたけど、マジで?」

「あくまでそれに相当する扱いを受けるって話ですけど、警備に当たってくれた警察の方からはそう聞いてます」

「じゃあ、さっきの女」

「あ、でも大丈夫ですよ。実際に殺されそうになったり怪我したわけでもないので、こういうケースが起きた場合は二、三日反省させるくらいだって言ってましたから。事情は監視カメラか何かで見てると思いますし」

 

 そう言って視線を駅の監視カメラに向けると、みんなも釣られてそちらに顔を向ける。

 

 事情を知らない人が見たら異様な光景なんだろうな。

 

「おまえ、監視されてんの?」

「身の安全には変えられないですからね」

 

 見られる事には、さすがに慣れた。

 

 それに直接黒服の集団に囲まれてるよりずっと楽だし。

 

「ネットとかで『ハーレム野郎』とか『どこのエロゲだよ』とか言われてるけど、何て言うか大変なんだな」

「『自由? 何それ美味しいの?』って感じですね」

 

 何だか大学生風のお兄さんに酷く同情されてしまった。

 

 場に微妙な空気が流れた所で、待ち人来る。

 

「一夏?」

「あ、鈴」

「この状況は何?」

「あ~~、不可抗力?」

 

 みんなの視線が僕と鈴の間で行ったり来たりする中、鈴も周りに訝しむ視線を送る。

 

「知り合いって訳じゃないわよね?」

「そうだね」

「あ、あの」

「……あんたは?」

 

 最初に握手を求めてきた子が、みんなの代表者の様な形で鈴に声をかける。

 

「あ、私は田辺幸子って言います。中学二年、14歳です。それで、あの、もし良かったらなんですが、織斑さんとどういったご関係なのか教えてもらいたいなって」

 

 田辺さんが周りに視線を送るとみんなも「うんうん」と頷く。

 

 何か妙な連帯感が出来てるな。

 

「状況がイマイチ分からないし、何であんた達にそんな事教えてやらなきゃいけないのか分からないけど、まぁいいわ。アタシは一夏の幼馴染よ」

「彼女さんではないんですか?」

「違うわ」

 

 と即答してから、獰猛とも挑戦的とも言える笑みを浮かべて、

 

「まだ、ね」

 

 と爆弾発言を付け加えた。

 

 その強気な態度に「おぉ~~」とか「キャーー」とか歓声が上がる。

 

「ちょっと、鈴」

「いいじゃない、一夏。これからデートするんだし」

「そうだけど」

「ほら、映画の時間もあるし行くわよ」

 

 そう言うと鈴は見せつける様に僕の腕を取り、周囲を置き去りにして引っ張って行った。

 

 後日、週刊誌に『世界唯一の男性IS操縦者、中国の代表候補生とラブラブデート。意中の相手は幼馴染』と言う記事が載ることになるが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初こそ引きずられる様にして歩いていた僕だけど、さすがに人混みをそれでは歩きにくいので、すぐに歩幅を合わせて鈴の横に付く。

 

 そうすると、その、何と言うか、普通に腕を組んで歩いているカップルみたいで……。

 

 そこでふと店頭にある姿見に映る自分たちが目に入る。

 

 自然と立ち止まる二人。

 

 そして鏡の中で目が合う。

 

 いつもならここで照れて離れるシチュエーションのはずだけど、今回は違った。

 

 僕の腕にかかっている鈴の手に力が入り、よりいっそう体が密着される。

 

 一緒なのはその行為でさらに顔が赤くなってるって事か……。

 

「鈴」

「な、なに?」

「その服、ちょっと大人っぽいけどよく似合ってるね。モデルみたい」

 

 今日の鈴のコーディネートは、焦げ茶のショートブーツとショートパンツの間を黒のニーハイソックスで引き締め、上は白のタンクトップに透かし編みをミックスしたフード付きのゆったりしたベージュのニットを着ている。

 

 主張の激しい絶対領域と、ニットの網目から覗く肌が眩しい。

 

 大人の、とは言わないけど魅力たっぷりな感じだ。

 

「そ、そういう事は最初に言いなさいよ」

「ご、ごめん」

「でも…………ありがと」

 

 照れた鈴の笑顔を見ると「あぁ、デートに来たんだな」と言う実感が湧いてくる。

 

「一夏もいつもと雰囲気違っててカッコイイわよ? 眼鏡も似合ってるし」

「そう? 良かった」

 

 比較的大人しめな服装を選びがちな僕に弾と数馬(中学時代のもう一人の悪友)が冒険させようと一緒に選んでくれたコーディネートで、割と気に入っている。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 映画館は、ショップやレストランを抜けた先にあるので少し距離があるけど、事前にダウンロードしてある前売り券の時間まではまだ30分あるので余裕がある。

 

 後でお茶するカフェやショップの目星をつけながら奥へ進む。

 

 今日見る映画は『その先に』というタイトルの恋愛映画だ。

 

 普通に暮らしていた女の子に高いIS適正が見つかり、幼馴染の男の子に支えられながら国家代表を目指すというもの。

 

 普段はアクションやSFを見る事の多い僕達だけど、今日はデートを意識してこれをチョイスした。

 

 休日という事もあって映画館はほぼ満員だったけど、座席指定券なので問題なし。

 

 しかも割増料金の中央のいい席なので、文句もなしだ。

 

 定番のポップコーンは雰囲気的に憚られたのでジュースだけ買ってシートに座る。

 

 さぁ、楽しもう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって、カフェテリア。

 

 目の前には季節のフルーツタルトとティラミス、紅茶がポットで2つ並んでいる。

 

 その上で交わされるのは、もちろんさっき見た映画の話。

 

「なかなか見ごたえあったわね」

「うん、あのISバトルは凄かった」

「あれ、マジバトルだったわよ」

「映画でも実弾使うんだね」

「あれには少し驚いたわ。しかも主役の子、本物の代表候補生の子だし、国家代表まで出てたし」

「専用機出しちゃって良かったのかね?」

「あれだけのクオリティなら、うっかり教材に使えそうじゃない?」

「分かる」

 

 こんな感じで、ティータイムは映画の感想で盛り上がった。

 

 しかし、二人の心の中では同じ疑問が。

 

 映画は確かに面白かった。

 

 面白かったけど――――――

 

 僕達が見たのってアクション映画だったっけ?

 

 そう、確かに感動のラストシーンで気持ちの通じ合った二人がキスをしてエンドロールだったのだけど、その前にあったラストバトルの無駄に高いクオリティに興奮してしまい、その辺をサラっとスルーしてしまったのだ。

 

 これもIS乗りの悲しい性。

 

 まぁでも会話は弾んでるしOK……なのかな?

 

 カフェを出たら、次の予定はショッピング。

 

 なんだけど、でもその前に確認しておかないといけない事が。

 

「ねぇ、鈴」

「なに?」

「中学の時にみんなでディ○○ーランドに行ったの覚えてる?」

「もちろんよっ!! あの時の悔しさは忘れないわ。後ちょっとで全アトラクション制覇できたのにっ」

 

 あ~~、確かにあの時の帰りもそんな風にワナワナしてたよね。

 

「ということは、今回も?」

「と~~ぜん、全アトラクション制覇を目指して行くわよっ!!」

 

 予想通りの反応に思わずため息が出る。

 

「ちゃんと回る順番も考えてあるんだから。まずは」

「鈴」

「ん、なによ」

「ガッツリ遊ぶのもいいけど、デートって趣旨忘れてない?」

「うっ」

 

 ディ○○ーで朝から晩まで遊び続けるのは予想よりずっと過酷だ。

 

 人気アトラクションの待ち時間は一時間を優に越え、園内も広く、基本的に立ちっぱなしで歩きっぱなし。

 

 しかも屋外にいる時間がほとんどになるので、天気と気温によっては倒れる人もいるくらいだ。

 

 人混みのストレスも相当だろう。

 

 そんなわけで、遊びに方に合った服装選びは欠かせない。

 

「エネルギー全開の鈴も鈴らしくていいんだけど、ワンピースとか着て落ち着いた感じの鈴も見てみたいな~~なんて思ってるんだけど」

「ワ、ワンピースでハシャいじゃ……ダメ?」

 

 反則の上目使いで抵抗を試みる鈴。

 

「いいけど、ワンピースにスニーカー合わせるの?」

 

 サンダルで一日歩き回るのは大変でしょ?

 

「うぅぅぅぅ」

 

 鈴はこういうイベントは全力で遊ぶ性質だ。

 

 でも今回は遊びに行くにしてもデート。

 

 鈴の中でもカップルっぽい事がしたいという気持ちがあるのか、そのまま悩み続ける。

 

 このまま待ってるのもなんだし、そろそろ助け舟でも出そうかな。

 

「鈴」

「ちょ、ちょっと待って。もう少し」

「何もこれが最初で最後ってわけじゃないからね?」

「えっ?」

 

 余程びっくりしたのか目と口が真ん丸だ。

 

「鈴さえ良ければ、また行こうよ」

「い、いいの?」

「うん、だから最初はどうしたい?」

 

 言われた言葉が染み込むにつれ、鈴の顔に笑顔が広がっていく。

 

 そして、

 

「一夏ーーーー♪」

 

 抱きつかれた。

 

 というか、飛びつかれた。

 

 後ろに倒れそうになるが、体を回転させて勢いを逃がすと小柄な鈴が一緒に振り回される。

 

 そのままクルクルっと2回転して、元の場所にストンと着地。

 

「じゃあ、最初は下調べも兼ねてのんびり回るわ」

 

 そして向けられる向日葵の様な笑顔。

 

「うん、そうしよ」

 

 これさえ見られれば僕は満足だ。

 

 方針が決まったところで、コーディネートを話し合いながら店を見て回った。

 

 19時半。

 

 買い物も終わり、本日最後の予定となるディナー。

 

 夕飯時という事もあってどこの店にも列ができているけど、予約を入れておいたので問題なし。

 

 事前準備って大切だよね。

 

 お店は変に背伸びせずに、オムライスの専門店にした。

 

 種類が30種類くらいある。

 

 僕はオーソドックスにデミグラスソースでハンバーグが乗ってるヤツにしたけど、鈴は中華と聞いたら食べなければいけない縛りでもあるのか中華風あんかけオムライスを注文。

 

「どう、鈴?」

「うん、悪くないわ」

 

 美味しいとは言わないんだね。

 

「こっちのは美味しいよ」

 

 定番は万人に高評価だからこそ定番なのだ。

 

 創作料理とか、無理に頑張る必要を僕はあまり感じない。

 

「一夏、こっちの味見したい?」

「え、うん」

「じゃあ、あ~~ん」

 

 スプーンが差し出される。

 

 鈴さん、ここでですかっ!?

 

「ほら、早く」

 

 顔は笑顔だけど、目の奥に獲物を狙う光が感じられる。

 

 店内は満席で、みんな自分たちの世界に入っているとは思うけど、だからって全く見られないというわけではない。

 

「は・や・く」

 

 固くなった笑顔から圧力が増す。

 

「う、うん。あ、あ~~ん」

 

 ここで拒否れる程、僕は強くないのです。

 

「どう?」

「恥ずかしくて、よく分からなかったです」

 

 羞恥で周りが見れません。

 

「そう? じゃあもう1度ね。はい、あ~~ん」

 

 おぅ、自爆った。

 

 し、仕方ない。

 

「あ、あ~~ん」

 

 今度は努めて味を確認する。

 

「今度はどう?」

「うん、何か、かに玉みたいだね」

 

 美味しいけど、オムライスである必要は感じないかな。

 

「同感だわ」

「次は鈴だよね? はい、あ~~ん」

 

 自分だけ羞恥プレイと言うのは悔しいので反撃する。

 

「あ~~ん」

 

 な、なにっ!? そんな、ためらいなくだって……。

 

「ど、どう?」

 

 鈴の対応に僕の方が動揺を隠せない。

 

「定番だけに普通に美味しいわね」

 

 あ、でも顔が若干赤い所を見ると恥ずかしくないわけではないらしい。

 

 なら、やめておけばいいのにと思わなくもないけど、鈴の中でこういうのがカップルっぽい事なんだろう。

 

 僕だって、まぁ嬉しいし。

 

 付き合うのもやぶさかではない感じと言いますか……。

 

 とりあえず、こんな感じで僕と鈴の初デートは終了した。

 

 バッチリ事前準備してたから、割かし上手くいったと思う。

 

 やってる事は普通に遊びに来た時と変わらないけど、意識してるだけで気持ち的には全然違うものだった。

 

 友達と遊ぶ気楽さはなく、むしろ緊張で疲れるけど、その分ドキドキして、これがデートなんだなってしみじみ思う。

 

 さぁ、次はディ○○ーシーだ。

 

 今度もしっかり準備して、楽しいデートにしよう。




デート、あんまり甘く書けなかった気がします。
でも初心な二人の初デートですからこのくらいでご勘弁をって事でひとつ……。
それとも会話文主体でショッピングしてる所を中心に書いた方がデートっぽかったですかね?
ディ○○ーの回はデートは描写されず後日談的と言いましょうか、そんな感じになるので、デート自体の描写はストック分ではこれだけですので、物足りなかったという感想が多ければ書き直しや追加も考えます。


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デートの後は裁判っ!?

一夏と鈴のディ○○ーシーデートの内容は以下の通りです。
別に一々読まなくても本編だけで大丈夫ですが、まぁ一応。

5:30 起床
6:00 別々にこっそり寮を出て駅で落ち合う
7:30 舞浜駅到着、喫茶店で朝食をとる
8:00 入場ゲートに並ぶ
9:00 入場
   アメリ○○ウォーターフロントへ
9:10 タワテラのFPを取得
   ミステリ○○アイランドへ
   ジャーニーに並んで乗る
9:40 ○○リカンウォーターフロントへ
   タワテラにFPで乗る
10:00 ロスト○○ーデルタへ
10:20 インディのFPを取る
    ○○ーマーラインでメディ○○ーニアンハーバーへ
10:40 空いてる内にショッピング
    ショーの抽選をする
12:10 ○○クトリックレールウェイを経由して○○トリバーデルタへ
    インディにFPで乗る
12:40 テイクアウトのフードを買い込み、○○ィテレーニアンハーバーで場所取り
14:00 水上ショーを鑑賞
14:30 ○○リカンウォーターフロントへ
15:00 ウォーター○○○○パークで抽選に当たった期間限定のショーを鑑賞
15:30 ポート→ロスト→アラビー→ラグーン→ミステリアスとのんびり一周
17:30 チャイナ○○ジャーで早めのディナー
18:30 ○○ィテレーニアンハーバーで場所取り
19:30 夜の水上ショー
20:30 花火
20:45 ポートへ移動
    ○○アトピアに並んで乗る
22:00 閉園


「これより裁判を始めるっ!!」

「何、これ」

「何よ、あんたたちっ」

 

 いきなりで僕自身よく分かっていないけど、とりあえずどういう状況かと言うと、鈴とディ○○ーシーから帰って来るとそのまま食堂に連行され、1組のみんなに取り囲まれました。

 

「検察側、罪状を述べてください」

「はい。被告、織斑一夏と鳳鈴音は先に提出した行動によりデートをしていたのは明白であります」

「「(まぁ、そうだけど)」」

 

 二人して頷き合う。

 

「よって、死刑を求刑します」

「はぁぁぁぁっ!?」

 

 僕は開いた口が塞がらなかったので、鈴の絶叫だけが響き渡る。

 

「それでは弁護側、反対意見を述べてください」

 

 言葉に釣られて反対側に目を向けるが誰もいない。

 

「弁護人不在のため、弁護なしと判断。これより求刑に移ります」

「ちょっと待ったぁぁぁぁっ!!」

「何か?」

「『何か』じゃないわよっ!! なんでデートしただけで死刑にされなきゃいけないのよっ!!」

「そうだよ。別に悪い事なんかしてないんだし」

「ちなみに死刑執行人は織斑先生です」

「「うっ」」

 

 それはリアルに怖い。

 

「べ、弁護士を要求するわ」

「構いませんが、果たしてこの場に弁護を引き受けてくださる方がいらっしゃるとは思えませんが?」

「じゃ、じゃあ、自分たちで」

「お待ちなさいっ!!」

 

 一同の視線が声のした方に集まる。

 

「わたくし、セシリア・オルコットが弁護いたしますわ」

「セシリア……」

「一夏さん。どうぞ、わたくしにお任せください。見事嫌疑を晴らしてごらんにいれますわ」

「ん、あれ、でもそれって……」

「ありがとう、セシリア。お願いするよ」

 

 隣りで鈴が首をひねっているけど、今は気にしないでおく。

 

「はい、承りましたわ。大船に乗ったつもりでいてください」

「それでは弁護側、改めて反対意見を述べてください」

「はい、これは断じてデートなどと言うものではありませんわ。そもそもデートというものは恋人同士がするものであって、恋人関係にない一夏さんたちには該当いたしません」

「今週、例の週刊誌にフライデーされてましたが」

「あれも今回と一緒です」

「と言うと?」

「ただの友人同士が遊びに行っただけですわ」

「なっ、ちがっ」

 

 とっさに声を荒げそうになる鈴の口を塞ぐ。

 

「(鈴、落ち着いて。自供してどうするの)」

「(だってあの金髪、アタシたちのデートをなかった事にするつもりなのよ)」

「(仕方ないよ。このままじゃ待ってるのは姉さんによる確実なDead Endだよ)」

「(だからって)」

「(大丈夫だよ。僕たちがデートだって自覚してればいいだけの話なんだから)」

「(それは、そうだけど……。)」

 

 納得が行かない様子だけど、とりあえず抑えてくれた。

 

「分かりました。それでは、これより審議に入ります。検察側の証人、前へ」

「は~~い」

「の、のほほんさんっ!?」

「ごめんね、おりむぅ」

「それでは布仏さん、当日までの織斑くんの行動と当日朝の行動を証言してください」

「は~~い。わたしが部屋に帰って来ると、おりむぅが部屋の端末でディ○○ーシーについて色んなサイトを調べてたのを何度も目撃しました。それで、当日は朝早くからおめかしして出かけて行きました」

 

 なんだこの羞恥プレイ。

 

「このルームメイトからの証言により、織斑くんが事前に必要以上に入念に準備していたことと、当日の行動が証明されます。この気合の入れっぷりはデートだからと言えるでしょう」

「(一夏ったら、そんなに一生懸命準備してくれたんだ)」

「弁護側、反論は」

「遊びに行く先をリサーチするのは当然ですわ。しかも行く先は世界でも有数のレジャースポット。準備し過ぎるということはありません。早い時間からの行動はパスポートの金額から考えて開園から閉園まで遊びたいと思うのも自然なことではないでしょうか。服装については、身だしなみとして当然なことですわ」

「(くっ、こいつ本当になかったことにするつもりね)」

「それでは、次の証人」

「は~~い」

「ティ、ティナっ!?」

「悪いね、鈴」

「それでは鈴さんのルームメイトであるティナさんに質問です。布仏さんに質問した期間の鈴さん行動を教えてください」

「は~~い。鈴はこの一週間、突然ニヤニヤしたりブツブツ呟きだしたりして、ぶっちゃけちょっとキモかったです」

「キ、キモいって言うなっ!!」

「被告人は静粛に」

「くっ」

「続けてください」

「当日の朝は、普段着ないヒラヒラのワンピースなんか着て、鏡の前でクルクル回ったりして浮かれてるのが丸分かりでした」

「み、みみみ見てたのっ!?」

「バッチリと」

 

 親指を立て、ドヤ顔のティナ。

 

「恥ずかしさで死ねる」

 

 膝から崩れ落ちる鈴。

 

「鈴、あのワンピース姿、可愛くて僕は好きだよ」

「一夏~~」

 

 涙目ながら何とか持ち直す。

 

「弁護側、反論は」

「むろん、ありましてよ。鈴さんが妄想の世界に入って気持ち悪いリアクションをしているのはいつもの事ですわ」

 

 酷い言い様だな。

 

「それに、友達としてのお出かけだろうと相手が一夏さんなら浮かれるのもオシャレするのも当然ではなくて? 仮に皆さんでもそうなると思いませんか」

 

 取り囲む他の面々から「確かにね~~」「頑張っちゃうよね」「私なら勝負下着履いてっちゃうかも」と同意の声が上がる。

 

 最後の発言は聞かなかった事にしよう。

 

「それではここからは園内に入ってからの証言に移りましょう。 証人の方々、順番にどうぞ」

「オープン1時間前から並ぶほど気合入ってたのに、入場してから全然走ったりしなくて、むしろゆっくり余裕ある感じでした」

「お昼前でまだみんな元気にアトラクションを回ってる時間帯に、たっぷり時間をかけてショッピングをしていました」

「お昼はショーを待ちながらピクニックみたいに食べてました」

「いつもの鳳さんのイメージなら「全アトラクション制覇だーーっ」みたいな感じだと思うんだけど、午後はショーを3つも見てました」

「花火見た後に定番のデートスポット、○○アトピアに乗ってました」

 

 続々とされる証言。

 

「てか、みんな来てたのっ!?」

「「「「「うんっ♪」」」」」

「そして僕らをストーキングしていたと」

「それはたまたまだよ」

「そうそう」

「ちゃんと遊んでたよ?」

「抽選は外れちゃったけどね」

「お土産も買ったし」

 

 ちょっとジト目で見てしまう。

 

「(一夏、こいつら確信犯よ)」

「(やっぱりそうだよね)」

「これらの証言から、余裕を持った大人のデートをしていたのは明白です」

「異議ありっ!!」

 

 セシリアが吠えた。

 

「わたくしが一つ一つその誤解を解いてさしあげますわ」

 

 いつも不思議に思うんだけど、セシリアはどうしていつもこんなに自信満々なんだろう。

 

「まずは、余裕のある遊び方、時間をかけたショッピング、ショーを複数見たこと、これらは合わせて説明することができます。それは一夏さんだからです」

 

 みんなの頭にクエッションマークが浮かぶ。

 

「いいですか、鈴さんの視点から考えるからおかしくなるのです。エスコートするのはあくまで一夏さん。つまりこの遊び方は一夏さんの視点から見なければいけません」

 

 一旦言葉を切り、みんなの反応を窺う。

 

「一夏さんなら、子供みたいにハシャグ姿より、こんな大人な遊び方の方が合ってると思いませんか?」

「確かに」

「言われてみれば」

「落ち着いてるもんね~~」

 

 口々に同意の声が上がるが、

 

「それではデートをしていた反論になっていませんが」

 

 中には丸め込めない人も。

 

「いいえ、遠回しですが否定になりますわ。これは鈴さんから見て『いつもと違う行動をとっているからデート』という考え方の否定になっていましてよ。一夏さんにとってこれは誰をエスコートしていたとしても普通のことなのですから」

「(くぅぅぅぅっ!! あの金髪ロール、言いたい放題言ってぇぇぇぇ!!)」

「(どうどう)」

 

 鈴が爆発しそうだ。

 

「次に○○アトピアですが、綺麗なものが好きなのはなにも女性だけではありませんわ。それにただ特定のアトラクションに乗ったからというだけでデートの根拠にするのは無理があるのでは?」

 

 確かにあれは綺麗で僕も好きだな。

 

「そしてここからが、わたくしの反撃ですわ」

 

 腰と胸に手を当て挑戦的な微笑みを浮かべる。

 

「ランチについて、みなさんは疑問に思いませんでしたか? ピクニックのように食事をとると考えていたのなら、なぜお弁当を作って行かなかったのかとっ!!」

「そ、それは園内でのお弁当は禁止されていたからで」

 

 検察役の子が押されつつも何とか反論するが、

 

「それでも一度外に出ればピクニックエリアなるものがあり、お弁当を食べることができますわ」

 

 一蹴され、

 

「気合の入ったデートなればこそ、手作りのお弁当を一夏さんに食べて欲しい。これが自然な流れではなくて?」

「くっ」

 

 やり込められた。

 

「(鈴)」

「(な、なによ)」

「(作りたかった?)」

「(ちょっとは……ね)」

「(ごめん)」

 

 その発想はなかったや。

 

 「せっかくディ○○ーに行くんだから中のものを食べた方が楽しめるんじゃないかな」と思っただけど、女の子は難しいな。

 

「そして決定的な反論がありましてよ」

 

 みんなの視線が集まる。

 

「お二人はキスをしてませんわっ!!」

「「「「「おぉ~~~~」」」」」

 

 なぜか一斉に感嘆の声が上がる。

 

「日本では定番のデートスポットで朝から晩まで一緒にいて、花火も見て、カップル御用達のアトラクションまで乗って、結果、キスもしていない。これではカップルとは言えませんわ。つまり、翻って、これはデートではありませんっ!!」

 

 「どうだっ!!」と言わんばかりの勝ち誇った顔するセシリア。

 

「検察側、何か反論はありませんか」

 

 苦虫を噛み締めたような表情になる検察官。

 

「それでは陪審員のみなさんの決を採りたいと」

「待ってくださいっ!!」

「検察官?」

「こちらにはまだ切り札があります」

「な、なんですって……」

「これは使いたくなかったんですが、こう劣勢では仕方がありません。黛先輩、お願いします」

「はいは~~い♪」

 

 みんなの後ろから声がして、モーゼの如く人垣が割れる。

 

「証拠物件を」

「毎度あり♪」

 

 そう言って黛先輩は懐から3枚の写真を撮り出した。

 

 お金取ってるんですか?

 

「1枚目の写真はこれ」

 

 そこには手を繋いで歩いている二人が写っていた。

 

「んで、次はこれ」

 

 さっきよりも大胆に、鈴が僕の腕を取り引っ張っている写真。

 

「そして、とっておきの写真はこれだぁぁぁぁっ!!」

 

 大声で啖呵を切った示されたそれは――――――

 

 逆光でシルエットになっているが、花火をバックに、僕の頬に鈴がキスしている写真だった。

 

「「「「「キャーーーーー!!」」」」」

 

 瞬間、大歓声が上がり、

 

「な、ななな何てもの撮ってるのよっ!?」

 

 鈴もたまらず大声を上げる。

 

「いや~~、普通に花火バックのシルエット写真撮ろうと思っただけなんだけど、まさかあのタイミングでキスするなんてね~~♪」

「と、盗撮だわっ!! 訴えるわよっ!!」

「そんなこと言っていいのかな~~♪」

「な、なによっ」

「この写真欲しくないの?」

「うっ」

「被写体になってくれたお礼に焼き増ししてあげようと思ってたんだけど」

「うぅぅぅぅ」

「どうする?」

「わ、分かったわ」

「よっしゃ♪」

 

 黛先輩強いな~~。

 

 後で僕も頼もう。

 

「手を繋ぎ、腕を組み、ほっぺとは言えキスをしている証拠写真です。さぁ、これでデートだとみなさんにも分かってもらえたはずです」

 

 今度は検察側が勝ち誇る。

 

 セシリアの顔も険しくなるが、

 

「まだ……まだですわっ!!」

 

 裂ぱくの気合で跳ね返す。

 

「ふふ、無駄な事を」

「いいえっ!! いいですか、皆さん。腕を組むなどの行為は何も鈴さんだけでなく、わたくしや箒さん、布仏さんなどもしていますわ。そして問題のキスの写真ですが」

 

 何を言い出すか、みんなに緊張が走る。

 

「これは鈴さんが一方的にしているだけで、一夏さんがしているわけではありませんわ。言わば、これはただの不意打ち。写真の出来に惑わされてはいけませんっ」

 

 これには賛否両論のようで「確かに」「いや、それでも」「う~~ん」といった声が聞こえる。

 

 セシリア、ちょっと弱いか……。

 

 そしてみんなの視線は裁判官に集まる。

 

「これにて審議はお終いです。それでは陪審員のみなさんの決を採りたいと思います」

 

 みんなの顔に真剣みが帯びる。

 

「それでは有罪だと思う方は挙手を」

 

 半分くらいの手が上がる。

 

「次に無罪だと思う方は挙手を」

 

 こちらも半分くらいだ。

 

「それでは――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 12人対13人で無罪っ!!」

 

「「「「「わぁぁぁぁ」」」」」

 

 歓声と同時に拍手が起こる。

 

「やりましたわ、一夏さん♪ わたくし達の勝利でしてよ♪」

 

 セシリアが僕の手を取り喜びの声を上げる。

 

「ありがとう、セシリア」

 

 僕としては複雑な気分だったけど、頑張ってくれたセシリアにはお礼を言っておく。

 

 隣りの鈴に視線を向けると、

 

「…………」

 

 俯いていて表情が読めない。

 

「鈴?」

 

 声をかけても反応がないので肩に手を触れてみると、キッと顔を上げ、

 

「納得いかないわっ!!」

 

 吠えた。

 

 突然の大声に静まり返る。

 

「これはアタシと一夏の問題よ。関係ない人は首を突っ込んでこないでっ!!」

「私は関係あるぞ」

 

 いらっしゃったんですか、箒さん。

 

「わたくしだって関係者ですわ」

 

 まぁ友達だからね。

 

「わたしもわたしも~~」

 

 のほほんさんまで参戦ですか。

 

「あんた達はそう言うけど、アタシとあんた達には決定的な差があるわ」

 

 鈴は3人を睨みつけてから、僕に向き直る。

 

「アタシは一夏が好きっ!!」

 

 堂々とした告白に、その場にいる全員が息を飲む。

 

「確かにアタシ達はまだ恋人同士じゃないわ。でもこの気持ちは誰にも負けない。だから告白もしてない人がアタシの邪魔しないでっ!!」

「鈴……」

 

 鈴は気持ちを正直に表せる子だけど、だからってみんなの前で告白して平気ってわけじゃない。

 

 その想いの強さに僕の胸も熱くなる。

 

 鈴が気まずそうに「迷惑だった?」と言うような視線を僕に向けてくるが、それに首を横に振って応え、

 

「ありがとう。嬉しかったよ」

 

 と頭を撫でると、

 

「うん」

 

 頬を赤くし笑顔を浮かべてくれた。

 

「一夏、確認したいことがある」

 

 僕ら二人以外で最初に口を開いたのは箒ちゃんだ。

 

「なに、箒ちゃん?」

「おまえはどうなのだ? おまえの気持ちは」

「鈴が好きだよ」

 

 場がどよめく。

 

 鈴の気持ちに応えるために僕も正直に答える。

 

「一夏~~」

 

 隣りで鈴が嬉しそうな声を上げる。

 

「で、でも、付き合ってはいないんだろう?」

 

 さすがに狼狽を隠せない箒ちゃんが質問を重ねる。

 

「うん」

「なぜだ?」

「鈴には伝えてあるけど、それをわざわざ他の人に言う気はないよ」

 

 これは僕と鈴の内面に深く関わる問題だ。

 

 おおっぴらにするつもりはない。

 

 僕から強い拒絶が来るとは思っていなかったらしく、誰も後を次げないでいたが、

 

「分かった」

 

 やはり動いたのは箒ちゃんだった。

 

 しかも、

 

「一夏」

「なに?」

「私はおまえが好きだっ!!」

 

 聞き間違う余地のない告白。

 

 予想外の展開に驚きの声が上がる。

 

 僕も驚きでまともなリアクションを取れないでいると、箒ちゃんが言葉を重ねてきた。

 

「一夏、私は引っ越す前からおまえが好きだった。そして要人保護プログラムのせいで転校を繰り返す日々の心の支えがおまえへのこの想いだった。そしておまえがISを動かすという奇跡を経て、この学園で再会することが出来た。ニュースでおまえの顔を見た時は運命を感じたよ」

 

 一度言葉を切り、

 

「小学1年生で出会い、好きになり、4年生で離れ離れになって、再開するまで6年だ。まだたかだか16年に満たない人生だが、おまえへの想いは私の人生と言ってもいい。だからおまえが誰を好きでいようと簡単に諦められるものじゃない。そこの鈴とまだ付き合っていないというなら、私は自分を選んでもらえるチャンスに賭けたい」

 

 最後はしっかりと僕の目を見て、

 

「改めて言おう。一夏、私はおまえを愛している」

 

 自分の存在全部を賭けてぶつかってくる箒ちゃんの迫力に呑まれた。

 

 頭がうまく回らない。

 

 けど、何か言わないと……。

 

「あ、ありがとう。嬉しいよ」

 

 うん、嬉しいのは本当だ。

 

 そんなに想い続けてもらえるなんて男冥利に尽きる。

 

 でも、

 

「箒ちゃんの潔い所とか、凛々しい所とか、たまに見せる女の子らしい所とか、綺麗な黒髪とか、端正な顔立ちとか、ついつい目がいっちゃう所とか、好きな所いっぱいあるよ」

 

 言葉を探すが、傷つけない言い方なんて浮かばない。

 

「でも、ごめんなさい。僕は今誰かと付き合うつもりがないんです」

 

 真っ直ぐな気持ちには真っ直ぐに応えたい。

 

「それは……」

 

 若干血の気の引いた箒ちゃんが何とか声を出す。

 

「僕には絶対に譲れない事があって、今はそれだけで精いっぱいなんだよ。同時に全部やれるほど僕は器用じゃないんだ。だから、ごめんなさい」

 

 謝ってどうにかなる問題じゃないけど、傷つけたことは謝りたい。

 

「じゃあ、鈴はどうして」

「アタシは、一夏が好きだから全力で口説いてるだけよ。いつか一夏から付き合ってくださいって言わせてやるんだから」

 

 鈴が挑戦的な表情を浮かべ堂々と宣言する。

 

「そうか……そういうことか……」

「箒ちゃん?」

「一夏っ!!」

「は、はいっ」

「私は諦めない。今はまだ付き合うつもりがないと言うなら、その時が来た時に私を選んでもらえるよう全力を尽くす。いいなっ!!」

「え、あ、はい」

 

 勢いに負け、返事をしてしまう。

 

「鈴」

「なによ」

「負けないからな」

「こっちの台詞だっての」

 

 にらみ合う二人。

 

 それを微妙な表情で見つめるセシリア。

 

 そして、いつもの笑顔が固い感じのするのほほんさん。

 

 周りのみんなの反応は様々だった。

 

 この直後、見回りにきた姉さんに見つかり、一喝され、解散となった。

 

 




自分、バイト経験あり&年パス所持者だったんで詳しいんですよw
初デートで行くと別れると言う都市伝説はちゃんと理由があって、長い待ち時間を退屈しないで会話が続くかどうかとか、女の子の疲労に気付いて気が使えるかとか、初デートの緊張に加算される人混みのストレスとか、慣れていないと上手く回れない等々、デート初心者にはハードルが高いんですよね。きちんとした情報収集と事前の計画が大事なのです。ちなみに、一度でいいからパレードは一時間半待ってでも(一時間前に地面に座っていい放送が入るのでその前から立って待っている)最前列で見る事をおススメします。迫力が全然違うのですよ。ダンサーさんやキャラクターが構ってくれる事もありますし。

さておき、裁判ネタはどうだったでしょうか?
ぶっちゃけ最後の鈴と箒が全部持っていった感じでしたけど……。
でもこれで一夏を巡る戦いのスタートラインは、告白にランクアップしました。
してない人は論外って事で。


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のほほんさんには敵わない

今回はちょっと短いです。



 日曜日、今朝は起きる気がしなくて二度寝を決め込み、只今10時過ぎ。

 

 腹の虫はとっくに空腹を訴えているけど、何とも気分がスッキリせず、未だにベッドでゴロゴロしている。

 

 憂鬱の原因ははっきりしている。

 

 昨夜された箒ちゃんの告白だ。

 

 もちろんその場でちゃんと断った。

 

 でも箒ちゃんは諦めないと、諦めないでいてくれると言ってくれた。

 

 それは嬉しい。

 

 本当に嬉しい。

 

 でも僕はもう鈴を待たせてしまっている。

 

「どうしたらいいんだろう……」

 

 高校生男子として、誰に聞いたってこれは贅沢な悩みだろう。

 

 僕自身、当事者じゃなければ羨ましい気持ちになると思う。

 

 だけど、それはやっぱり当事者じゃない立場からの無責任な感想に過ぎなくて……。

 

 少なくとも、これでもう箒ちゃんとは普通の幼馴染には戻れないと思う。

 

 いや、そもそも普通の幼馴染と思っていたのは僕だけだったのだけど。

 

 でも、言い訳をさせてほしい。

 

 たかだが10歳の小学生男子に恋だの何だのを分かれと言われても無理があるだろうと。

 

 女の子は早熟だって言うけど本当なんだね。

 

 そういえば鈴に最初に告白されたのも小五の時だったし。

 

 恋って脳の構造上、第二次成長に伴って出来る様になると思うんだけど、僕のそこら辺ってちょうど誘拐事件に遭ったせいで情緒不安定だったからな。

 

 なかなかいないと思うよ?

 

 この平和な日本に生まれて誘拐され拘束された上に生身で銃口突き付けられた経験ある人とか。

 

 あの恐怖を克服するために自分を鍛える事に夢中になった中学時代。

 

 そうしないと立っていられなかったし、姉さんの迷惑になっちゃうからと言う想いが強かった。

 

 いや、優勝のかかった試合を棄権させちゃった時点で十分迷惑はかけちゃってるんだけど。

 

 そんな中学時代の僕を支えてくれたのは束さんと鈴、あと悪友である弾と数馬だ。

 

 姉さんのいない家に一人でいる孤独を埋めてくれた束さん。

 

 自分を鍛えるだけの生活から引っ張り出してくれた鈴・弾・数馬。

 

 僕一人ではどうにかなっていたかもしれない。

 

 そんな自分の恵まれた環境を思うと、ずっと一人だった箒ちゃんの孤独がどれ程のものだったか想像もつかない。

 

 その間、僕への恋心を支えにしてくれていたと言う想いの深さはどれ程の……。

 

 だからって鈴の想いだって負けていないと思うし、そもそも優劣のつく問題じゃない。

 

 考えを戻そう。

 

 ずっと待たせている鈴と、新たに告白してくれた箒ちゃん。

 

 僕の取るべき選択は、とりあえず思い付くのが3つ。

 

 一つは、鈴か箒ちゃんどちらかと付き合ってしまうこと。

 

 僕だって思春期の男子だ。

 

 彼女とデートしたり、その先のあれこれにだって興味がある。

 

 もう一つは、現状維持。

 

 自分のために、姉さんのために、出来ることをする。

 

 僕にとって優先されること、優先したいことは姉さんだ。

 

 たった一人の家族である姉さんが笑っていてくれてこそ、僕も笑える。

 

 最後の一つは、前の二つの折衷案。

 

 恋人も姉さんも大事にする。

 

 理屈で言えばこれがいいって事は分かっている。

 

 でも正直なところイメージがわかない。

 

 恋人がいた事がないってのもあるけど、そんな器用に立ち回れる自分が想像できない。

 

 姉さん、鈴、箒ちゃん

 

 誰か一人としかいられないなら、多分僕は姉さんを選ぶ。

 

 我ながらシスコンだと思うけど、こればっかりは仕方ない。

 

 ずっと2人だけで支え合ってきたんだ。

 

 姉さんのいない人生なんて想像できない。

 

 1番好きな相手というのが恋人の条件なら、やっぱりまだ鈴と箒ちゃんは選べないと思う。

 

 でも姉さんを家族だからと除外していいなら……。

 

 いや、でも僕が姉さんをただの家族と思っているかは正直自分でも微妙だ。

 

 よく弾に言われる事だけど、家族にトキメクのってやっぱり変じゃないだろうか。

 

 凛々しい姉さん、優しい姉さん、可愛い姉さん。

 

 みんなに見せている顔も僕だけに見せている顔も全部が好きだ。

 

 一緒にいられれば嬉しいし、抱きしめられたりするとドキドキする。

 

 もし、姉さんが恋人だったら……。

 

「って、何考えてるんだ、自分っ!!」

「んん……おりむぅ?」

 

 自分ツッコミの声が大きかったせいで、のほほんさんが起きてしまったみたいだ。

 

「お、おはよう、のほほんさん。ごめん、うるさかった?」

「ん~~大丈夫~~今、何時~~?」

「もうちょっとで11時だよ。起きる?」

「起きる~~」

 

 のそのそとベッドから這い出るのほほんさん。

 

 一緒に洗面所に行こうかと思ったら、

 

「えっと……のほほんさん?」

 

 いきなり抱きつかれた。

 

 なに、この状況?

 

「おりむぅ」

「な、なに?」

「ハグ、気持ちいい?」

「えっと、う、うん」

 

 そんな可愛い上目使いで聞かれたら他に答えようが……。

 

「悩んでるだけじゃ疲れちゃうでしょ?」

 

 バレてるのかーー。

 

「だから癒しをプレゼント~~♪」

 

 さらにギュッとされる。

 

 これって心配してくれてるって事だよね。

 

 それに気付くと、モヤモヤした気持ちが柔らかく解けていくのが分かった。

 

 広がっていく温かい気持ち。

 

 自然と僕の手はのほほんさんの背中へと回されていく。

 

「ありがとう、のほほんさん。のほほんさんは優しいね」

「いいんだよ~~ルームメイトだし~~」

 

 うん、のほほんさんがルームメイトで良かったよ。

 

「お友達だし~~」

 

 うん、1番仲良しな友達だよね。

 

「おりむぅのこと好きだし~~」

 

 僕ものほほんさんのこと好きだよ~~。

 

 …………ん?

 

 今、何と?

 

 恐る恐るのほほんさんの顔を見る。

 

 抱き合っているけど身長差もあり、顔の位置は拳2つ分くらい離れている。

 

 そこには夏の向日葵のようにニコニコしてるのほほんさんの笑顔。

 

「えっと、のほほんさん?」

「な~~に~~おりむぅ?」

 

 無邪気な笑顔のまま。

 

「今のって、どういう?」

 

 自分の頬がちょっと引きつってるのが分かる。

 

「大丈夫だよ?」

 

 なにがですか?

 

「大丈夫なの?」

 

 それは友愛って事だよね?

 

「うん、大丈夫♪」

 

 そこでのほほんさんは一度俯いてから顔を上げ、

 

「ただの私の初恋だから♪」

 

 そう言った時ののほほんさんの笑顔は恥ずかしさからなのか若干頬に赤みが差していて、でも決して目は逸らさず、何て言うかいつもの子供みたいな笑顔と違って、年相応の恋する乙女って感じでいつもよりずっと可愛く見えた。

 

 それに見蕩れた僕だけど、その後は当然、頭の中は大混乱。

 

 今、初恋って言われた?

 

 聞き間違いじゃないよね?

 

 鈴、箒ちゃんに次いでのほほんさんまで……。

 

 いや、嬉しいし、光栄だけど……。

 

 それにしてものほほんさんは昨日の告白劇を見てるわけで、じゃあ断られるのも分かってるはずだ。

 

 じゃあ、なんで?

 

「の、のほほんさん……」

「おりむぅ、心配しないで」

 

 そう言ったのほほんさんの顔はもういつものそれに戻っていた。

 

「私もおりむぅと一緒で、この気持ちよりも優先させるものがあるの。だから大丈夫。困らせたりしないよ? でも昨日リンリンが告白もしてない人が邪魔するな~~って怒ってたからね~~。女の子同士のケジメって言うかそんな感じなんだよ~~」

 

 話してるうちに、口調もいつもののんびりしたものに戻っていた。

 

「でも、おりむぅを好きな気持ちは本当だからね?」

 

 ちゅっ

 

 ジャンプして距離を詰めたのほほんさんに唇を奪われた。

 

 一瞬の事に反応ができない。

 

 その隙にのほほんさんは自分から体を離して、一旦俯き、次に顔を上げた時には

 

「今のがその証拠。私のファーストキスは高いんだからね? おりむぅ♪」

 

 真っ赤な顔でそう宣言した。

 

 完璧にペースを握られたままの僕はもう観念して笑うしかない。

 

「肝に銘じておきます」

「じゃあ、はい♪」

 

 両腕を差し出される。

 

 一瞬戸惑うがすぐに合点がいって、

 

「了解」

 

 いつものように袖を持ってあげ、洗面所に顔を洗いに行く。

 

 顔を拭いてあげ、気持ち良さそうにしているのほほんさんを見ながら考える。

 

 のほほんさんって、多分すごく頭がいい。

 

 いつもののほほんとしてるのも素なんだろうけど、場の調整力とか、他人に負担をかけないように自分の意思を通すのがすごく上手い。

 

 いつも周りを気遣って、うまくコントロールして……。

 

 そういえばのほほんさんの事、全然知らないな。

 

 突っ込んだ話する機会もなかったし……。

 

 いや、聞かれたくないから、そういう風にしてるのかな?

 

「そんな事ないよ~~」

「え?」

 

 今、声に出してなかったよね?

 

「おりむぅは分かりやすいからね~~」

 

 そうかな?

 

「まぁ別に内緒ってわけじゃないんだけど、わざわざ広める事でもないからね~~」

 

 じゃあ、聞けば教えてくれるのかな?

 

「どうしよっかな~~」

 

 ダメ?

 

「おりむぅが寝る時に添い寝してくれたら話たげる♪」

 

 ハードル高いですね。

 

「でもエッチな事はダメだよ?」

 

 気を付けます。

 

「って、何で僕はしゃべってないのに会話が成り立ってるのさっ!!」

 

 どうやらのほほんさんはある意味1番の強敵なようだな。

 

「敵じゃないよ?」

 

 分かってますとも。

 




のほほんさんからの告白。
でも鈴や箒とは大分趣が違います。
のほほんさんは従者の家系、今はかんちゃんが一番大事なのです。
しかもお家の事情で一夏を取り込む事は不可能と言っていいでしょう。
可能性があるとしたら一夏に付いて行く形だけど、それは簪がいるために難しい。
簪か会長と一夏が一緒になれば2号さんで行ける?
いやいや、裏稼業である更識が表の世界で輝いてしまっている一夏を抱えるのは無理でしょう。
と言う事を聡いのほほんさんは分かっています。
それでも鈴の台詞を言い訳に使ってまで告白してしまった辺り、やはり乙女といった所で……。
ところで、のほほんさんが鈴を呼ぶ時って、何て呼んでましたっけ?
とりあえずリンリンにしておきましたけど、これは鈴が怒りそう。
良かったらどなたか教えてください。


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ラウラ・ボーデヴィッヒ、前編

前後編でラウラのお話ですが、かなりアンチと言うか、酷い扱いとなっておりますのでその点ご注意ください。
ただしこれはラウラがヒロインズから新たなステージへとクラスチェンジするための布石の様なもので、その先の展開ではラウラに萌えられる仕様となっております。



 休み明けの月曜日、朝のHR。

 

 教壇の上に立つ真耶先生を「うん、今日もたわわに実ってるな」なんて呑気に見上げていると、

 

「今日は皆さんに嬉しいお知らせがあります。なんと、このクラスに新しいお友達が増えます。転校生です」

 

 「え、鈴に続きまた転校生?」と疑問に思ったのも束の間、 

 

「「「「「えぇぇぇぇっ!?」」」」」

 

 教室が絶叫に支配され、あまりの大音量に耳鳴りがする。

 

「転校生だとっ!?」

「そんな情報、聞いてないよっ」

「くっ、私としたことが……」

 

 次いで、口々に悔しがる声が上がる。

 

 男の僕にはよく分からないけど、女子は噂好きだ。

 

 鈴の時も先に情報を掴んでたし。

 

 でも今回は完全に不意打ちだったみたいだ。

 

 そんなみんなの喧騒が収まらないうちに、教室のドアが開く。

 

 現れたのは、腰まで伸ばした綺麗な銀髪の小柄な女の子。

 

 しかし言葉は悪いかもしれないけど、その異様な外見にみんなが反応に困る。

 

 伏せられた瞳は右目のみで、左目は武骨な眼帯に隠されている。

 

 改造された制服は、軍服のように裾野のすぼまったズボン。

 

 そしてなにより、その良過ぎる姿勢と緊張感のある雰囲気はまさしく軍人といった感じで……。

 

「え~と、ドイツから来た転校生のラウラ・ボーデヴィッヒさんです」

 

 紹介する真耶先生も、ちょっと口元を引きつらせている。

 

 入ってくるまでの騒ぎが嘘のように静かになった教室。

 

 その沈黙を破ったのは教壇の隅で腕を組んでいた姉さん。

 

「挨拶をしろ、ラウラ」

「はい、教官」

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。織斑先生と呼べ」

「了解しました」

 

 教官ってことは、姉さんがドイツに居た時の教え子?

 

 じゃあ、やっぱり軍人なのか。

 

 鈴も所属は軍らしいけど、ISの部隊というのは一般的に連想される軍人とは大きく違い、学校の運

動部をちょっと厳しくした感じなんだそうだ。

 

 でも目の前の彼女は根っからの軍人といった雰囲気を醸し出している。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 軍人らしい簡潔な名乗り。

 

 みんなその続きを待つ……が、続くのは沈黙のみ。

 

「あ、あの~、以上ですか?」

「以上だ」

 

 恐る恐るといった感じで真耶先生がラウラに尋ねるがバッサリ切られてしまう。

 

 僕も含め一同唖然。

 

 呆けていると、その時、彼女の目と僕の目がかち合う。

 

 そして、

 

「貴様がっ!!」

 

 いきなり激昂した転校生に疑問を感じた瞬間、相手が僕に平手打ちを出したのが視界の端に映った。

 

 体に染みついた反射で、その手を受け止め手首を返し捻ろうとすると、相手も反射だったのだろう、いつの間にか握られていたナイフを持った逆の手が僕の顔面に突き出された。

 

 ギリギリで顔を反らしたが躱し切れず頬が切り裂かれ血飛沫が舞う。

 

 と同時に掴んでいた相手の手首でブチッという嫌な音がする。

 

 顔を反らしたと同時に、さらに手首を捻じり、筋を捻じ切ったのだ。

 

 痛みに顔が歪む転校生。

 

 しかし至近距離にあったはずの顔が急に視界から消えた。

 

 と同時に窓際で何かぶつかる音が聞こえた。

 

 ここで箒ちゃん、セシリア、のほほんさんがそれぞれ声を上げ、席を立つ。

 

 僕は転校生の行方と、音の原因を探るためそちらに顔を向ける。

 

 すると、窓際にうずくまる転校生とその前に立つ姉さんが……。

 

 認識した途端、姉さんが転校生を蹴り上げた。

 

 高々と宙を舞う転校生。

 

 そして、再度足が地面に着く前に姉さんが拳を――――――

 

「ダメだ、姉さんっ!!」

 

 僕の叫びに、寸前で拳を止めてくれた姉さん。

 

 再び倒れ伏す転校生。

 

 ここは3階だ。

 

 もしあのまま殴り飛ばされていたら……。

 

 箒ちゃんの横を通り過ぎ、姉さんを後ろから抱きしめる。

 

「姉さん、大丈夫だよ。僕は大丈夫だから……」

「一夏……」

 

 みんなが固まっている中、最初に動いたのは意外にも真耶先生だった。

 

「織斑先生、織斑くんを保健室に連れて行ってあげてください。ボーデヴィッヒさんは私が。皆さんはこのまま教室で待機していてください。後、織斑くんの血ですが、証拠写真を撮らないといけないのでそのままにしておいてください」

 

 いつもと違う厳しい大人の顔をした真耶先生が場を仕切ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室での騒動から1時間半が経過した日本時間午前10時、事実確認を終えた学園側が日本・ドイツ両政府とIS委員会に事件の報告が成された。

 

 いくら治外法権のIS学園といっても殺傷事件をもみ消すことはできない。

 

 日本政府は緊急会議を開き、日本時間11時、ドイツ政府に対して激しく抗議することを表明。

 

 IS委員会でも、世界でただ一人の男性IS操縦者を殺害しようとした彼女とドイツに対し、厳しい制裁措置をとることを日本時間13時に決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室を出た僕は姉さんに付き添われ保健室で治療を受けた。

 

 その際、傷はそこまで深くなく痕は残らないと言われ、姉さんと一緒に胸を撫で下ろす。

 

 髪や服に付いた血が気になったが、それよりも先に事情聴取を受ける。

 

 事件自体は目撃者がクラス丸々1つ分いるので問題なかったが、背後関係、つまり動機については姉さんの口から語られた。

 

 どうやら彼女はドイツ時代の姉さんの教え子で、第2回モンド・グロッソで姉さんが棄権した経緯に対して僕を逆恨みしていたらしい。

 

「後の事はこちらでやっておきますから着替えていらっしゃい」

 

 そんな学園長の言葉に甘え、姉さんと一緒に寮に戻る。

 

 姉さんは僕から離れるつもりがないらしく、一緒に僕の部屋へ向かった。

 

 部屋に着くなり「着替えを持って私の部屋に」と言われ、不思議に思ったが素直に従う。

 

 そして寮長室へ。

 

 入室すると、そのまま浴室に繋がる洗面所に連れ込まれた。

 

 いきなり脱ぎだす姉さん。

 

 慌てて止めようとするが、姉さんの追い詰められた子供のような表情に思わず手が止まる。

 

 観念して、僕も裸になる。

 

 そして子供の頃のように二人でシャワーを浴びた。

 

 まずは姉さんが、次に僕が、相手の頭を洗う。

 

 姉さんの頭を流し終わると、立ち上がった姉さんが振り向き、いきなり僕を抱きしめてきた。

 

「ね、姉さんっ!?」

 

 いくら姉弟といっても、思春期男子。

 

 美人でスタイルもいい大好きな姉さんと裸で抱き合うなんて理性がもたない。

 

 しかし、静止の声を続けることは出来なかった。

 

 姉さんの肩が震えていることに気付いたからだ。

 

 そして、

 

「すまない。すまない……」

 

 シャワーの音に消されてしまいそうな弱弱しい謝罪の言葉が耳朶に響く。

 

 さっきまでの動揺はどこかへ行ってしまった。

 

 いつも強く優しく甘く過保護に僕を守ってくれる姉さんが、今は僕の腕の中で子供のように震えている。

 

 最初は戸惑い、次に困って、最後には愛おしさだけが残った。

 

 ずっと思って来た事だ。

 

 姉さんを守ってあげたいと……。

 

 姉さんの背中に手を回し、優しく撫でる。

 

 姉さんが落ち着くまでずっとそうしていた。

 

 しばらくして姉さんの肩の震えが治まると、

 

「もう、大丈夫だ。すまなかった」

 

 と、俯いたまま体を離そうとしてきた。

 

 でも今度は僕が姉さんを抱きしめる。

 

「一夏?」

 

 不思議に思ったのか顔を上げた姉さんと至近距離で目が合う。

 

 僕は笑顔で、

 

「ありがとう。守ってくれて。姉さん、大好きだよ」

 

 と、思いの丈を口にする。

 

 それに驚き、目だけじゃなく顔まで赤くした姉さん。

 

「馬鹿者」

 

 と言ってそっぽを向いてしまったけど、こちらに向き直った時には優しい微笑みを浮かべて、

 

「私も愛している」

 

 と言ってくれた。

 

 その心を掴んで離さない魅力的な表情に見蕩れていると、自然と姉さんの唇に目がいって……。

 

「したいのか?」

 

 唐突な投げかけに我に返り、意味を理解する。

 

「え、あ、いや、その……」

 

 慌てて混乱する僕。

 

「嫌なのか?」

 

 重ねられる質問。

 

「……したい……です」

 

 恥ずかしくて姉さんの顔が見れない。

 

 俯いていると、

 

「私もだ」

「えっ」

 

 瞬間、唇をふさがれた。

 

 視界が姉さんでいっぱいになる。

 

     えっ? なに?

 

          やわらかい

 

               どうしてこんなに近いの?

 

                    やわらかい

 

                         分からない

 

                              やわらかい

 

 唇が離れる。

 

 姉さんの顔が離れる。

 

 姉さんから目が離せない。

 

 姉さんは目を伏せ、さっきまでの感触を確かめるように唇を指でなぞって……。

 

「っ!?」

 

 その動きに、目を見張った。

 

 息を飲んだ。

 

 心臓が痛いくらいに鼓動する。

 

 瞬間、顔に熱が集中する。

 

 理解した。

 

 やっと追い付いた。

 

 僕は姉さんとキスしたんだ。

 

 驚きと羞恥と歓喜が僕の中で暴れ出す。

 

 そして、目の前の姉さんが、可愛いと思った。

 

 綺麗だと思った。

 

 色っぽいと思った。

 

 もっと抱きしめたいと思った。

 

 もっとキスし――――――

 

 パチン。

 

 不意打ちでおでこに軽い衝撃が来る。

 

「そんな目で見るな。恥ずかしいだろう」

 

 姉さんにデコピンされたと遅れて気付き、我に返る。

 

 鳩が豆鉄砲くらった様な僕の様子に頬を緩める姉さんは、

 

「私のファーストキスは弟か。ま、悪くないな」

 

 と、また舞い上がる様な事を言ってくれた。

 




皆さんはこう思っていませんか?
せっかく一緒にお風呂に入ったのにキスだけなのかと。
思春期思春期言ってるくせにその程度で我慢できるのかと。
その不満は当然だと思います。
何を隠そう作者自身がそう思っているのですから。
と言うわけで、18禁の方にこの続きを上げておきます。
ストック分の範囲なのに更新遅れた理由はそれです。
人生初の18禁小説。
はっきり言ってかなり難しかった上に、満足のいく出来には持っていけませんでした。
まず語彙が不足している。
そして的確な表現方法、描写の仕方が分からない。
つまり知識が全く足りていませんでした。
それもそのはず、二次ならまだしも、ちゃんとした18禁小説を読んだ事がなかったんですよ。
なので、ご期待に沿えるとは思えませんが、良かったらそちらも読んでやってください。
読まないor読めない場合は「あぁ、色々したんだろ」くらいの認識でも大丈夫です。


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ラウラ・ボーデヴィッヒ、後編

ちょこちょこ直してみましたが大筋は変わりませんでしたorz
むしろ一夏の性格が悪どくなった気が……。
あ、ラウラ虐めるシーンがあるので苦手な人は途中飛ばしてください。
それでは、どうぞ。


 血を洗い流すために入ったお風呂だったけど、出てみれば2時間近くが経過していた。

 

 半分は頭を洗ってたせいだとしても後半は……姉さん、可愛くて綺麗でエッチかったな。

 

 この事は一生忘れない。

 

 と言うか、姉さんとの思い出は全部特別だから忘れるわけがない。

 

 さておき、お風呂を出てからお互いの髪を乾かし合っていると学園長から電話があり「食事は手配するので極力寮長室から出ないように」と待機を言い渡されてしまった。

 

 浮かれた頭もいつしか覚めるもので、事件がその後どう処理されたか気になったものの、待機を言い渡されてしまってはどうしようもないので、姉さんは部屋で出来る書類仕事を、僕は簡単な掃除やお茶を入れたりしてまったりと過ごした。

 

 放課後になると鈴、箒ちゃん、のほほんさん、セシリアがお見舞いに来てくれたので中に入ってもらい、事件がどうなったかを聞く事が出来た。

 

 一つ、日本政府がドイツに対して正式に抗議する事を表明した。

 

 一つ、IS委員会がドイツに対して厳しい制裁措置を取る事を決定した。

 

 一つ、ラウラ・ボーデヴィッヒの身柄はまだ学園内に拘束されたままである。 

 

「あの転校生はどうなると思う?」

 

 誰にともなく聞いてみる。

 

「そうですわね。他国のことですから想像でしかありませんが、悪くて死刑。良くて一生牢屋、ないし強制労働ですわね」

「そんなにっ!?」

 

 さすがに死刑は言い過ぎなんじゃ……。

 

「仕方ないわよ。普通の民間人のケースなら傷害事件で済んだでしょうけど、今回は特殊部隊の人間が刃物出したんだから殺人未遂は確定。しかも相手があんただからね」

「だからって」

 

 いくら世界唯一の男性操縦者だって言ってもさ。

 

「おりむぅはもうちょっと自分の価値を自覚するべきだと思うな~」

 

 僕の発言に対して、いつもの口調に責める空気を滲ませるのほほんさん。

 

「ご、ごめんなさい」

 

 その冷たいものを感じる迫力につい謝ってしまう。

 

「よしよし」

 

 すぐにフォローで頭を撫でてくれる。

 

「一夏さんの扱いはIS関連で言えば最重要案件。うっかり戦争が起きるレベルでしてよ?」

「は?」

 

 ごめん、冗談だよね?

 

「まぁ、その辺の事情はさておき、一夏を傷つけた時点でアタシ的に死刑確定だから」

「当然ですわ」

「むろんだ」

「うんうん」

 

 その反応は凄く嬉しいけど、みんなちょっと怖いよ?

 

 と言うか、さっきのを誰か否定してください。

 

 そう思って一同を見回した所で、一人だけ会話に参加しないで難しい顔をしている姉さんが目に留まる。

 

「姉さん?」

 

 余程集中しているのか反応が返って来ない。

 

「姉さんっ」

 

 手の届く距離ではなかったため、仕方なしに少し大きな声を出す。

 

「ん? あぁ、何だ?」

 

 心ここに非ずと言った感じだ。

 

 この場面で姉さんがそれ程考え込む事と言えば……。

 

「彼女のことが気になるの?」

「あぁ……いや……」

 

 姉さんにしては珍しく煮え切らない。

 

「彼女、姉さんのドイツでのお教え子さんなんだよね?」

「あぁ」

「動機からすると随分と慕われてるみたいだね?」

「そうだな。当時からあいつは私を妄信しているフシがあった」

「助けたい?」

「分からない」

「分からない?」

「そいつらと一緒で、お前を傷つける奴は許さない。殺そうとする奴がいたら何の躊躇もなく殺せる自信がある。事実、そうしそうになった。お前に止められたがな」

 

 自嘲するかのように苦笑いを浮かべる。

 

「だが、気持ちが落ち着いて、原因の一端を私が担っていると思うと……」

「助けたい?」

「分からない」

「じゃあ、彼女が転校してきて、再会できて嬉しかった?」

「あぁ、それは嬉しかった」

「そう……」

 

 じゃあ、僕にはやらなきゃいけない事が出来た。

 立ち上がって部屋の電話から内線をかける。

 

「学園長、織斑一夏です。折り入ってお話があります。お時間をいただけませんか――――――えぇ、できれば今すぐに――――――分かりました。ありがとうございます」

「一夏?」

「一夏さん?」

 

 電話を置いた僕に箒ちゃんとセシリアから疑問の声を上がる。

 

「ちょっと野暮用が出来たからいってくるよ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。説明を」

 

 言いかけた鈴をダボダボの袖が制する。

 

「一人で平気?」

 

 のほほんさんが何しに行くか分かってるといった顔で確認を取ってくる。

 

「うん、今はまだ。でも後でみんなに協力してもらう事になるかもしれない」

「分かった。いってらっしゃい、おりむぅ。頑張ってね」

「ありがとう、のほほんさん。いってきます」

 

 部屋を後にし、学園長室に向かう。

 その途中で携帯電話からいつもいつの間にか変わっている番号にかける。

 

「あ、束さん?――――――えぇ、大丈夫です。傷も残らないって。――――――心配かけてごめんなさい。――――――あぁ、ちょっと待ってください。その事でお願いしたい事がありまして――――――」

 

 根回しって大切だよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、寮長室では。

 

「ちょっと、あんた。どういう事かキッチリ説明してくれるんでしょうねっ!!」

「うん、そうしないとみんなに協力してもらえないからね~」

 

 全員の視線が本音に集まる。

 

「おりむぅはね~。転校生に会いに行ったんだと思うよ~」

 

 これは想像の範疇だったのか、眉を寄せるくらいの反応しか返って来なかったが、

 

「それで、おりむぅは彼女を助けるつもりなんじゃないかな~」

 

 続く言葉は看過されなかった。

 

「どうしてよっ!! 自分を殺そうとした相手よっ!!」

「そうだ」

「そうですわっ!!」

「分からないの?」

 

 しかしその反応に本音は心底不思議だと言わんばかりに首を傾げ、一同言葉に詰まる。

 

「織斑先生は分かりますよね?」

 

 離れた席に座る千冬にも話を振るも

 

「私は……」

 

 分からないと言う代わりに首が横に振られる。

 

「そんなの織斑先生のために決まってるじゃないですか~」

 

 一同、見落としていた物に気付いた様なハッとした表情を浮かべる。

 

「おりむぅはシスコンさんだからね~。大好きなお姉ちゃんのためなら自分が傷つくのなんか気にしないんだよ~」

 

 千冬以外の3人が納得とばかりに頷く。

 

「私のために……」

 

 千冬だけが動揺していた。

 

「わたしはおりむぅを傷つけたあの子を許せないし、許さないけど、おりむぅが望むなら協力するつもり。みんなは?」

 

 沈黙がわずかに流れるが、それも一瞬のこと。

 

「私は一夏の味方だっ!!」

 

 堂々と宣言する箒。

 

「一夏さんがそう望まれるのでしたら」

 

 セシリアも同意する。

 しかし、いつもなら続くはずのもう一人がいない。

 

「リンリンはどうするの?」

 

 そんな鈴音に本音は水を向ける。

 

「アタシは一夏が大事。一夏を守るためなら何でもする。例え一夏の意思に反しようとも、一夏が危険に飛び込もうとするなら止める。でも、それが出来ないなら」

「出来ないなら?」

「隣りに立って、アタシが守るわっ!!」

「さすが、リンリン。カッコイイ~♪」

 

 言い切った鈴音にポフポフと締まらない拍手を送る本音。

 

 そして全員の同意が取れた所で話を進める。

 

「代表候補生のセッシーとリンリンには自国への根回しをお願いすることになると思うよ。おりむぅに貸しが作れるとか言っとけば多分オッケー。わたしは日本政府とロシア政府に直接じゃないけどツテがあるから。それでシノノンには篠ノ之束博士に連絡を取ってもらうんじゃないかな」

「姉さんに?」

「うん、博士はジョーカーみたいなもんだからね。わたし達が何もしなくても博士が動くだけで何とかなっちゃうくらいだよ」

「あぁ、そうだな……」

 

 箒が複雑な表情を浮かべながら納得する。

 

「それで織斑先生には、ドイツに連絡してもらいます」

「決定事項なのだな」

「はい♪ ドイツにとって彼女は厄介者です。交換条件さえ良ければ問題なく譲ってもらると思いますよ」

 

 本音は一同の瞳に理解とやる気の光りが灯ったのを確認してから、

 

「じゃあ、おりむぅが帰ってきたらミッションスタートだね♪」

 

 いつもの緩い感じでそう締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか秘密基地って感じだな」

 

 学園長にラウラ・ボーデヴィッヒとの面会をお願いした所、IS学園の地下施設に連れて来られた。

 

 まぁ訓練機とは言え兵器であるISを多数所持しているんだから、基地としての顔があっても驚きはしても不思議じゃない。

 

 と言うか、IS保有数だけで言ったら大国並みだもんね。

 

 そんな事を考えながら歩いていると、取調室と書かれたプレートの掛かった部屋に通され、ようやくお目当ての彼女と対面する事ができた。

 

 件の彼女は両手と両足を椅子の固定されながらも、僕が入ってくるとこちらを噛み殺す勢いで睨みつけてくる。

 

 まぁ姉さんに殴られた頬が腫れていて、いまいち迫力に欠けるけど。

 

 さて、始めようか。

 

「いきなりあんな事があったから自己紹介がまだだったよね。僕は織斑一夏。よろしくね」

 

 もちろん返事なんて返って来ない。

 

「名前を教えてもらえないかな? 忘れちゃって」

 

 別に返事は期待していない。

 

「じゃあ、適当に呼ばせてもらうね。そうだな、妖精さんにしよう。ねぇ、妖精さん。僕は君に聞きたい事があって来たんだ。君も僕に言いたい事があるんじゃないかな? どう?」

 

 あくまでポーズだ。

 

「じゃあ、先に僕から話すね。まずは現在の状況を説明しておこうかな。妖精さんのせいでIS委員会はドイツに厳しい制裁措置をとることを決めたよ」

 

 無視を決め込んでいた彼女が身を乗り出したことで椅子が音を鳴らす。

 

「さっき自覚が足りないって怒られちゃったんだけど、僕って超VIPらしくてさ。妥当な措置らしいよ?」

 

 僕を睨む瞳に動揺が見て取れる。

 

「僕にはよく分からないんだけど、ねぇ妖精さん、軍人の君が自分の国に取り返しのつかない致命的とも言える損失を出した時ってどんな気分なのかな?」

 

 睨んでいた視線が逸らされ、ギリッという音が聞こえるほど歯を食いしばっている。

 

「これでドイツはIS事業から撤退するしかなくなるかもしれないね。今の時代、ISを保有しない国は弱小国扱いだ。ねぇ妖精さん、自分のせいで国が傾いて、さぞ満足だろうね?」

 

 再度殺意のこもっていそうな瞳で睨みつけてくるが、まだ言葉は発っせられない。

 

「(この方向じゃダメか。仕方ないな)」

 

 そう胸中でゴチてから、攻める方向を変える。

 

「じゃあ、話を変えよう。ねぇ妖精さん、自分が姉さんの立場を悪くした事は理解してる?」

「なんだとっ!!」

 

 おっ、やっと反応した。

 

 やっぱりこっちの話題か。

 

 姉さん愛されてるな~。

 

「その様子じゃ分かってなかったみたいだね。妖精さんの頭は相当お目出度く出来てるみたいだ。ちょっと考えれば分かることだよ。自分の元教え子が、自分の職場で、自分の弟を、自分のせいで殺されそうになったんだよ? 立場なんてあるわけないじゃないか。多分姉さんは表向きもうIS関連の仕事にはつけなくなるだろうね」

「そ、そんな……」

 

 自分の行動のツケが姉さんに及んだと聞かされ、動揺し、顔から血の気が引いていく。

 

「それにこの事件は世界中にニュースとして流れてる。しかも運の悪いことに姉さんは誰もが知る有名人だ。想像してみてよ。姉さんが一歩家を出るたびに言われるんだ。自分のせいで弟さんが殺されかかったのによく平気でいられるわねって。服を買っても、食事をしても、どこに行っても、みんなが姉さんを蔑む。ねぇ妖精さん、姉さんのこれからの人生を滅茶苦茶にして満足かい?」

「な、なんで、そんなつもりじゃ……教官、私は……」

 

 さっきまでの威勢は微塵もなく、生気のない瞳でうわ言のように弁解を口にする。

 

 そのまま彼岸に旅立ってしまいそうな雰囲気だ。

 

 何て言うか、ここまで効果あるとちょっと引くな。

 

 だって、姉さんについては真っ赤な嘘なんだもん。

 

 むしろ、ナイフを出した転入生を速やかに鎮圧した英雄扱いされてるよ。

 

 「現役を引退しても、さすがブリュンヒルデだ」って。

 

 ま、ここはこの勘違いを利用させてもらおう。

 

 とりあえず、意識を戻してもらうために平手打ちで頬を張る。

 

 もちろん、姉さんに殴られて腫れている方だ。

 

 いや、そっちの方が痛いだろうけど、両方腫れるよりいいでしょ?

 

 さっきのは嘘だけど、僕がもっと重症だったら本当になってかもしれない事だけに実は内心煮えくり返ってなんかしてないよ?

 

「ねぇ妖精さん、僕が憎いんでしょ? その理由を聞かせてよ」

「き、貴様が教官の栄光に泥を塗ったからだっ!! 貴様さえいなければ教官は第2回モンド・グロッソで優勝し、連覇を成し遂げたはずなのだ。それを貴様がっ!!」

「いや、まぁ、そうなんだけど、開催国である君のドイツがしっかり警備していればあんな事にはならなかった辺りはスルーですか?」

「うるさいっ!! 口答えするなっ!! 貴様がもっと強ければ防げたはずだっ!!」

「12歳の一般人の子供に何を期待してるんだよ。はぁ、まぁ、いいや。ところで、それって気に食わない原因の一つではあるだろうけど、憎んでる理由じゃないよね?」

「なっ!?」

「正直に言ってごらんよ」

「くっ……」

 

 ここでまただんまりか。

 

 自分の口から言わせたかったんだけどな。

 

 仕方ないか。

 

「姉さんが君の下を去って、僕の所に帰ってきたのが許せないんだよね?」

 

 言い当てられたのが余程驚いたのか目と口が目一杯開かれる。

 

 そして隠す必要がなくなった途端、激情が溢れた。

 

「そうだっ!! その通りだっ!! なぜ、私ではなく貴様なんだっ!! 私のほうが強い。私の方が教官の役に立てる。教官は私のすべてだ。返せっ!! 私の教官を返せっ!!」

 

 睨みつけ、怒鳴りつけ、怒りを、悲しみを、憎しみをぶつけてくる。

 

 でもその姿は、僕には泣きじゃくる子供にしか見えなかった。

 

 さて、やっと本音を引き出せたか。

 

 ここまではお膳立てに過ぎない。

 

 ここからが本題。

 

 彼女は睨んだ目に涙をうるませ、息を荒くしている。

 

 そんな彼女を正面から見つめ、

 

「姉さんを好きになってくれてありがとう」

 

 お礼を言う。

 

 彼女は何を言われたのか理解できないといった感じだ。

 

 だから重ねる。

 

「こんな事件を起こすほど、姉さんを想ってくれてありがとう」

「バカにしてるのかっ!!」

 

 まぁ当然の様に激昂するけど、想定通りの反応なので取り合ったりはしない。

 

「違うよ。妖精さんは姉さんの味方。そういう事だよね?」

「そうだ」

「姉さんのためなら何でもする」

「当然だ」

「姉さんが大好き」

「その通りだ」

「じゃあ、僕と一緒だね」

「なっ!?」

 

 驚きから一転、

 

「一緒にするなっ!!」

 

 もう本当に癇癪起こした子供にしか見えないよ。

 

 何て言うか、メンタル弱過ぎるだろう。

 

 いや、それほど姉さんに執心してるって事なのかな。

 

 姉さん、僕の知らない所で何やってるんだよ。

 

 いや、でも考えてみれば姉さんはカッコイイし、綺麗だし、スタイルもいいし、強い、優しいし、実は可愛い所もいっぱいあるし、魅力的で人を惹き付けるカリスマもあるんだから、こういう子が出てくるのは必然か。

 

 じゃあ、その尻拭いをするのはやっぱり弟の僕の役目だよね。

 

 うん、仕方ない仕方ない。

 

「妖精さんの方が詳しいだろうけど、このままだと妖精さんは死刑か一生牢屋行きなんだってね?」

 

 視線を逸らしたって事は肯定だね。

 

「という事は、もう二度と姉さんには会えなくなるわけだ」

 

 肩がビクッと跳ねる。

 

「姉さんの一生を滅茶苦茶にしたまま、何も出来ずに消える。姉さんに嫌われても当然だよね」

 

 肩が小刻みに震え出す。

 

 そのまま待っていると、

 

「う、うぅぅぅぅ、うぇ、」

 

 耐えきれずに子供みたいな嗚咽が漏れ出した。

 

 さて、鞭はここまで。

 

 古典的で悪いけど、追い詰めといて飴で釣りますよ。

 

「ねぇ、妖精さん」

 

 なるべく優しく呼びかける。

 

「僕と一緒に姉さんを助けるつもりはないかな」

「うぇっ?」

 

 涙にグチャグチャになった顔が上がる。

 

「姉さんを守るために妖精さんの協力が必要なんだ」

「どういう……?」

「上手くいけば、妖精さんも姉さんの近くにいられるようになるかもしれない」

「近くに、教官の近くに……」

「うん、だから僕を信用して協力してくれないかな?」

 

 彼女の目を真っ直ぐ見つめる。

 

 すがる様な幼い表情。

 

「私は、何をすればいい」

 

 よし、落ちた。

 

 その答えで一段落したと一息ついて、ハンカチで顔を拭いてあげる。

 

「ありがとう、妖精さん」

「ラウラだ」

「ん?」

「私の名だ。これからはラウラと呼べ」

「分かった。じゃあ、僕の事は”兄様”と呼ぶように」

「は?」

 

 さてと、これで本人の同意は得られた訳だから、後は外堀を埋めてから本丸攻略だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

 ラウラと一旦別れて寮長室に戻ると、みんなの真剣な表情に迎えられ、その迫力に思わず一歩引きそうになる。

 

「おりむぅ、話は出来た?」

「う、うん」

「じゃあ、どうしたいか言って」

 

 みんなの顔に、準備は出来てると書いてある。

 

 その緊張感に僕も一度大きく息を吸って気持ちを切り替え、計画を伝える。

 

「僕はラウラを助けようと思う」

 

 それに対して、みんなは疑問も挟まずに頷いてくれる。

 

 けど、

 

「と言うか、彼女ごとドイツからIS部隊丸ごといただいちゃおうと思ってる」

 

 続くこれには、さすがに予想外だったらしく「は?」とか「へ?」とか間の抜けた声が返って来た。

 

 見ると姉さんまで鳩が豆鉄砲くらった様な顔をしている。

 

 レアだな。

 

「お、おりむぅ?」

 

 台無しにした雰囲気から最初に復帰したのはのほほんさん。

 

「なんだい、のほほんさん」

「いただくってIS部隊を? 丸ごと?」

「うん、黒兎部隊って名前だったと思うんだけど、部隊長が起こした不祥事はやっぱり連帯責任が基本だよね」

「だよねって、あんた……。自分が何言ってるか分かってんの?」

 

 呆れた様な、胡散臭い物を見る様な表情の鈴。

 

「もちろんだよ。本人の同意はもらってるし、布石も打ってあるし」

 

 同意については、ラウラ個人の事しか話してないけど問題ないよね。

 

「なによ。布石って」

「説明するより見た方が早いよ。ISでも携帯でもいいから誰か国際ニュース見てくれる?」

「はい、でしたらわたくしが」

 

 セシリアがISの片腕だけを部分展開して通信ウインドウを開き情報を出す。

 

 そこには原因不明の大規模停電で大混乱しているドイツのニュースが流れていた。

 

「一夏、おまえ……」

 

 さすがに姉さんはすぐ分かったみたいだね。

 

「ラウラに会いに行く前に束さんに電話しておいたんだ」

「姉さんに?」

「うん。あ、でも勘違いしないでもらいたいんだけど、僕が何とか穏便にしてもらってこの状況だからね? もし止めてなかったらうっかりドイツって国がなくなってても不思議じゃなかったんだから。姉さんと箒ちゃんなら分かるでしょ?」

「あぁ、確かにな」

「姉さんならやりかねない」

 

 鈴、セシリア、のほほんさんは僕らの反応に口元を引き攣らせている。

 

「まぁそんな訳でドイツはこのまま脅迫しちゃえばいいと思うんだけど、問題は他の国とIS委員会でね。そっちは僕から交渉材料出すし、束さんの力も借りるつもりではいるんだけど、なるべく穏便に話を進めたいからみんなにはその根回しを協力してもらいたいんだ」

 

 そこで姿勢を正して頭を下げる。

 

「協力、お願いします」

 

 想像してなかった展開にちょっと腰が引けてたみんなたけど、すぐに立ち直って、

 

「ふん、アタシとあんたの仲に、そんな他人行儀はいらないのよ」

「そうですわ。このセシリア・オルコットにお任せください」

「私はいつだって一夏の味方だ」

「おりむぅのお願いなら聞かない訳にはいかないよね~」

 

 口々に賛同してくれる。

 

「みんな、ありがとう」

 

 みんなの笑顔で部屋の雰囲気が明るく温かいものに変わる。

 

 そんな中、

 

「姉さん」

「一夏……」

 

 一人だけ思いつめた表情の姉さんに近寄る。

 

「姉さん。彼女を、ラウラを助けよう」

「そう、だな。分かった」

 

 IS部隊はオマケとして、当初の目的はそれだからね。

 

 上手く行くといいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからは怒涛の勢いだった。

 

 まずは姉さんと僕が学園長に説明して了解を得る。

 

 その間に鈴が中国に、セシリアがイギリスに、のほほんさんが生徒会経由で日本とロシアに根回しをしてくれた。

 

 そして僕、箒ちゃん、姉さんの3人で改めて束さんに電話。

 

 束さんがドイツの軍事施設にハッキングしてたのはこの際スルーしておいて、IS委員会への助力をお願いする。

 

 その後、姉さんがドイツに連絡を取っている裏で、僕がIS委員会へ交渉を持ちかけた。

 

 これには地下施設にある映画に出てくる様な大型のテレビ電話を使わせてもらい、議長の人と直接話すことになった。

 

 ちなみにIS委員会の議長は、アメリカ、ロシア、中国、EU、アジア連合、太平洋連合、アフリカ連合の代表が持ち回りで就く事になっていて、現在の議長は太平洋連合の代表、オーストラリアのサラ・ギブソンさん。

 

 彼女は自身も元IS乗りでありながら引退と同時に国政に出た傑物で、未来の大統領候補と有名なんだそうだ。

 

 そんな彼女と前置きの軽い世間話を交わしていると、割り込む形で束さんからの脅迫と言う名の要望が届き、畳み掛ける様に僕の無茶な要望と交渉カードである飴を提示する。

 

 別に彼女に決定権がある訳ではないので、そのまま緊急会議が召集される運びとなった。

 

 自分で使わせてもらって実感したけど、テレビ電話って便利だよね。

 

 別に実際に集まらなくても会議が出来るんだから。

 

 もちろんセキュリティ的にはいくらか問題があるんだろうけど、別に国家機密とかってレベルの話じゃないから大丈夫。

 

 その会議に出席すること1時間、事前の根回しもあり、無事に望んだ通りの結果が得られた。

 

 その結果は以下の通り。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは軍籍及び国籍を剥奪された上で、無期限の強制労働。

 

 ドイツは黒兎部隊を解散し、配備されていたIS5機全ての所有権を放棄。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒの強制労働は織斑一夏の護衛任務とし、その所属は織斑一夏に帰属する。

 

 つまり現状ではIS学園の所属となり、織斑千冬の指揮下に置かれる。

 

 ただし、元黒兎部隊員の中で同行を希望する者は同措置を許可する。

 

 この罰則に対してドイツ政府は受け入れる姿勢を示し、一件落着となった。

 

 本来なら国防の要のISを手放すなんてありえない事だけど、それに固執して世界を、ううん、この場合は束さんを敵に回す事のリスクを天秤にかけた末の結論だったんだと思う。

 

 交通と通信が麻痺してたら国自体が立ち行かないもんね。

 

 さすが天才にして天災の束さん。

 

 はっきり言ってバグキャラだよね。

 

 さておき、必要な書類のやり取りや物資や人員の移動が慌ただしく進む中、事件から5日後のHR――――――

 

「今日は改めて転校生を紹介します。ラウラ・ボーデヴィッヒさんです」

 

 真耶先生の明るい声にも関わらず、教室の温度が下がったのが肌で感じられた。

 

 目の前でクラスメートを傷つけた相手なんだから敵意を持つのは仕方ないと思う。

 

 でも、

 

「(ラウラ頑張れ)」

 

 心の声が届くように目の前で姿勢良くたたずむ少女を見つめる。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 教室中から向けられる厳しい視線にも動じず、前回と同じように名前を告げる。

 

 でも今回はそれだけで終わらない。

 

「先日は迷惑をかけた。すまなかった」

 

 謝罪を口にし、頭を下げた。

 

 予想外の出来事だったのだろう。

 

 教室の時間が止まる。

 

「これから私と黒兎部隊は姉様指揮の下、兄様の護衛に当たる。皆、思う所はあるだろうが、よろしく頼む」

 

 堂々と胸を張って言い切ったラウラ。

 

 しかし、みんなの顔にはクエッションマークが張り付いていた。

 

 どうしようかと姉さんに視線を送ると、私は知らんと言わんばかりにそっぽを向いているので、しょうがないから自分で補足するために席を立つ。

 

「えっと、ラウラと黒兎部隊の人達はドイツでの軍籍どころか国籍すらなくして、僕の専属SPとしてIS学園に所属する事になりました。管理は織斑先生に任されてます。ちなみにラウラのポジションは僕の義妹です」

 

 理解してくれたか、みんなの顔を見回す。

 

「軍隊育ちでちょっと変わってるけど、出来たら仲良くしてくれると嬉しいな」

 

 みんなはまだ複雑そうな顔をしている。

 

 ここで何かもうひと押し欲しい……。

 

「おりむぅはそれでいいの?」

 

 そう思っていると、打ち合わせもしてないのにナイスなタイミングでのほほんさんが助け船を出してくれる。

 

 さすがだ。

 

「うん、これはそもそも僕が言い出した事だからね」

 

 教室が少しざわつく。

 

「流血沙汰になっちゃったけど、原因はちょっとしたすれ違いで、それはちゃんと解決したから」

 

 みんなの反応を確認してから、

 

「だからラウラのこと、お願いします」

 

 頭を下げる。

 

「兄様……」

 

 ラウラが僕の袖を掴んできた。

 

「ほら、ラウラも」

 

 隣りに立たせ、

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 一緒に頭を下げた。

 

 ポフポフ。

 

 最初はのほほんさんの気の抜けた拍手が。

 

 そして、

 

 パチパチパチパチ。

 

 教室が拍手で包まれた。

 

 ラウラと顔を合わせ微笑みかけると、照れたような顔をしていた。

 

 こうして僕に心強い護衛と義妹が出来ました。

 




えぇ、義妹ですよ。
「血の繋がってない妹なんざ、萌えるだけだろうがぁぁぁぁ!!」と言う名台詞もある事ですし。
あ、ただしこの作品では「おに(いちゃん)愛」ではなく「おと(うと)愛」なんで、その辺はご了承ください。

ちなみにラウラと黒兎部隊の給料や諸経費は一夏の所属する団体、この場合はIS学園、つまりは日本から出る事になります。
ISの世界観では日本は超好景気なんで、そんなの蚊に刺された程度なので問題なしです。
そもそも弱腰外交でIS委員会には逆らえませんし。

作中で一夏がIS委員会に提示した飴は、夏休みに明らかになるのでお待ちください。


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ラウラの定番イベントと言えば……。

サブタイ、わざわざ言わなくても皆さんお分かりでしょう。
義妹でも発動しますよ。
しかも過激になってます。
ではでは、お楽しみください。


「ここは……リビング」

 

 意識が覚醒すると、そこは見慣れた自宅のリビングだった。

 

「あれ? でも、何でここに?」

 

 昨日はラウラが二度目の転入を無事果たして、放課後は黒兎部隊の人達と初顔合わせ、一緒に夕飯を食べてから部屋に戻って、夜は普通にのほほんさんとお喋りしてから自分のベッドで寝たはずだけど……。

 

 それにいつもより視点が大分低いような気がする。

 

 座ってるわけでも膝立ちしてるわけでもないのに。

 

 確認する様に足元に視線をやると、その距離が近い。

 

 そして目に入る今の自分よりずっと細い脚。

 

 両手を見ると、その手も小さくなっていて柔らかそうだ。

 

 疑問を解消するべくさらに周りに視線を送ると、窓ガラスに小学生くらいの男子が写っていた。

 

 右手を挙げるとガラスの中の少年も鏡合わせに手を上げる。

 

 ていう事は、この少年は僕なわけか。

 

 そこにきてやっと「あぁ、これ夢か」と結論に至る。

 

 過去の自分の容姿なんて見ても分からないもんだね

 

 毎朝見てるとは言っても鏡の中でちょっとの時間だし、それも髪型とかどっかに何んか付いてないかチェックするくらいだから仕方ないのかもしれないけど。

 

 とりあえず、どうやら小学生の頃の夢を見ているみたいだね。

 

 明晰夢なんて珍しい。

 

 現状を理解した所で玄関から鍵を回す音が聞こえ、その瞬間頭に「姉さんだ」と閃く。

 

 まぁ、二人暮らしだから当然なんだけど。

 

 体が勝手に動き、子供の僕は嬉しそうに玄関まで駆けて行くと靴を揃えて振り返った高校生の姉さんのお腹に抱きつく。

 

「姉さん、お帰りなさい」

「ただいま、一夏」

 

 紺のセーラー服を着た姉さんは、優しい微笑みを浮かべながら僕の頭を撫でてくれる。

 

 そんな姉さんから鞄を受け取り、先導する形で姉さんの部屋へ向かう。

 

 今でも続けているこの『鞄を受け取る』と言う行為だけど、当時の僕の中では大きな意味があった。

 

 それは『鞄』と言うものが『出かける』と言う行為の象徴で、つまり姉さんから鞄を受け取ると言う事は、姉さんがもう出かけない、この後は二人でいられると言う事のサインだと感じていたからだ。

 

 ではなぜ鞄なのかと言うと、想像してもらえると分かってもらえると思うんだけど、朝、姉さんは町内を一周してから庭で素振りをして、それからシャワーを浴びて身だしなみを整えてから朝食を食べる。

 

 そして時間になると鞄を持って玄関に向かい、靴を履いて家を出る。

 

 この一連の流れの中で、出発の合図になっているのが鞄なのだ。

 

 だから僕は、帰って来てくれた嬉しさと、一緒にいられる嬉しさを併せて姉さんから鞄を受け取る。

 

 その後は部屋着に着替えた姉さんと一緒に夕飯を食べる。

 

 この頃の僕の料理はお世辞にも美味しいと呼べるものではなかったけど、姉さんは嫌な顔一つせず「美味しい」と言って食べてくれていた。

 

 それが嬉しいやら申し訳ないやらで篠ノ之のおばさんに料理を習ったりもしていたな。

 

 食事が終わったら一緒にお風呂に入る。

 

 今思えば、家にいる時の姉さんは極力僕と一緒にいようとしてくれていた。

 

 親のいない寂しさを少しでも埋めてくれようとしていたんだと思う。

 

 今よりもスレンダーな姉さんと泡まみれになりながら洗いっこをする。

 

 うん、夢の中でも姉さんは綺麗だ。

 

 お風呂から上がったら一緒の布団で眠る。

 

 石鹸の香りのする姉さんに抱き締められ、その温もりに安心して眠りにつく。

 

「姉さん大好きだよ。おやすみなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢の中で眠りに落ちるのとリンクして、現実世界で徐々に覚醒していく。

 

 ぼんやりした頭で「いい夢だったな」と幸せな気分に浸る。

 

 少し頭が回り始めると、今見た夢について考えが及ぶ。

 

 こんな夢を見るのは、やっぱりこの前姉さんとシャワーを浴びたからだよね。

 

 それにキスとか、あんな事までして……。

 

 と問題の場面を思い出してしまい、たまらない気持になっていると、

 

「あれ?」

 

 夢から覚めても自分とは別の体温と、柔らかな肌の感触がする?

 

 そっと布団をめくって中を覗くと、そこには、

 

「ラウラっ!?」

 

 驚いて声を上げてしまうが、目ではしっかりその肢体を見てしまう。

 

 丸まっているので大事な所は見えないが、背中や腰、足を見る限り寝間着だけでなく下着まで何も着ていない模様。

 

 いや、正確には待機状態のISを太ももに付けているが、別にどこも隠せていないから意味はない。

 

 その透ける様な白い肌と綺麗な銀髪、それに反してあどけない寝顔のラウラに見蕩れ、じっくりたっぷり堪能してから、今更のようにハッと我に返り、とりあえず自分はベッドから抜け出してラウラにきちんと布団をかけ直す。

 

 すると、振動のせいか、はたまた温もりがなくなったせいか「……兄様?」と呟いてラウラが目を覚ましてしまう。

 

 そしてそのまま体を起こそうとすると掛け布団が捲れてしまい、慎ましい二つの膨らみと眩しいばかりの肌が露わになる。

 

 慌てて肩に手を置き、体勢を戻して布団で隠してから

 

「ラウラ、なんでここにいるの?」

 

 と当然の疑問をぶつける。

 

 ラウラはさすが軍人といった感じで寝起きから頭が回るらしくハキハキと説明を始めた。

 

「私は兄様の護衛として、なるべく近くにいるのが望ましい。それにクラリッサから、妹は兄を起こしに来てうっかり一緒に寝てしまうのが喜ばれると聞いたので実践してみた。どうだ? 嬉しかったか兄様」

 

 あの人のせいか……。

 

 クラリッサという人は、ラウラが隊長を務める黒兎部隊の副隊長で、二十○歳と(詳しくは教えてくれなかった)一番の年長であることもあって部隊のまとめ役をしている……のだが、大の親日家でありながら、その情報ソースはアニメと漫画オンリーという大変残念な人でもある。

 

 しかも困った事に、その色々間違った日本観を当然の様に他の隊員に教えるもんだから、部隊丸ごと変な感じになってしまっている。

 

 昨日初めて全員と顔を合わせた時なんて「親方様と呼んでも構いませんか」とか、まだ中学校入りたてくらいの子に「わ、私たちハーレムにされちゃうんですよね」なんて涙目で言われて誤解を解くのが大変だった。

 

 と、回想はこのくらいにして、今はラウラだ。

 

「そんな妹は現実にはいないから。それになんで裸なの」

「私は寝る時は裸と決めている」

 

 いや、そんなドヤ顔で言われてもリアクションに困るから。

 

「とりあえず、裸は禁止。一緒に寝るのは……嬉しいけど、そういうのは姉さんにしなさい」

「姉様には追い出されてしまったのだ」

 

 先に姉さんの方に行ったのか。

 

 ちょっとシュンとなってしまったラウラに「今度一緒にお願いしてあげるから」と頭を撫でてあげると、

 

「本当か!? ありがとう兄様♪」

「わっ」

 

 勢いよく飛びつかれ、ドタンと大きな音をたてて床に押し倒される。

 

 軍隊育ちのラウラがこういう普通の子供みたいな反応をしてくれると義兄としては嬉しい限りだけど、いかんせんその体勢と格好がよろしくない。

 

 胸の感触は、まぁよく分からないけど、事実として裸の女の子に抱きつかれ押し倒されて密着していれば、健康な思春期男子、しかも姉さんとのアレコレを思い出した直後とあっては暴走気味の下半身が反応してしまうのは必然で、しかも体勢と身長差的にちょうどラウラを下から押し上げる位置にアレが……。

 

「うんっ」

 

 マズいと思った時には時既に遅く、普段のラウラからは想像もつかない様な可愛い声が上がり、反応した体が跳ね、僕の首に回している腕に力が入る。

 

「な、なんだ、今のは」

 

 何が起きたのか分からない様子のラウラは、恐る恐る体を元の位置に下ろそうとして、

 

「あっ」

 

 再度の接触で、甘い声が漏れる。

 

「ラ、ラウラ」

「に、兄様、これは……」

「と、とりあえず一旦離れようっ」

「ダメだっ」

 

 体を離そうと肩に手をやった所で、逆に離れまいとして強く抱きしめられる。

 

「ラウラ?」

「クラリッサから聞いたのだ。男は、男性器は欲情した時とは別に、寝起きは大きくなってしまうものだと。そして、そういう場合は、その、介抱してやるのが妹の努めだと」

 

 あんた、純真無垢な女の子に何教えてんだよっ!!

 

 どこのエロゲ知識だっ!!

 

 脳内でサムズアップしたクラリッサさんのドヤ顔が浮かぶ。

 

 後で覚えてろよ。

 

「で、だな、兄様。クラリッサはやり方までは教えてくれなかったのだ。その時は兄様に聞けばいいと。言われるままに奉仕すればいいと言っていた。なのでな、その、」

 

 話しているうちに腕の力が弱まり、言いよどんだ所で首に回されていた手は肩に移り、ラウラの上半身が起こされる。

 

 間近で見る、赤い顔。

 

 眼帯をしていないために綺麗な金と赤のオッドアイが一種蠱惑的な雰囲気を感じさせる。

 

 そして視線を下げて行けば、二つのなだらかな曲線と雪の様な白い肌、そして……「生えてないんだな」と思った所で我に返り慌てて視線を戻す。

 

 そして絡まった視線の先で、意を決したラウラが口を開く。

 

「私に兄様がどうすれば苦しくなくなるか教えて欲しい」

 

 ぐはっ!?

 

 勢い余って、少しだけ浮かせていた後頭部を床にゴンとぶつけてしまう。

 

「だ、大丈夫か、兄様」

「う、うん、大丈夫大丈夫。ちょっとラウラが可愛すぎて」

「か、可愛い……私が……」

 

 そんなラウラの反応も後頭部の痛みも気にならないくらい、僕の頭の中は参ってしまっていた。

 

「(こ、これは、凄い威力だ)」

 

 姉さんしかキョウダイがいなかった僕に、妹と言うこの刺激は新鮮で、かつ強力過ぎた。

 

 いや、普通は妹とこんなシチュエーションにはならないんだろうけど。

 

 未だに僕のお腹の上に座り、顔を赤くしているラウラを見ると、後頭部の痛みで収まりかけていた下半身が再度頭をもたげる。

 

「(いや、落ち着け自分。ここで流されてどうする)」

 

 そう自分を戒めた所で、

 

「んん……おりむぅどうしたの~」

 

 「マズいっ!!」と思った瞬間、ラウラを持ち上げ、ベッドの中に投げ入れ、布団をかける。

 

 そして恐る恐る背後を振り返ると、まだ布団の中で寝起きのポヤヤンとした雰囲気をしているのほほんさんと目が合った。

 

「お、おはよう、のほほんさん」

「うん、おはよ~おりむぅ。何か痛そうな音したけど、大丈夫~」

「う、うん、大丈夫大丈夫。特に何があったわけじゃ」

「いきなり何をするのだ。兄様」

「あっ」

「へ?」

 

 僕のとっさの隠蔽も空しく、布団から出てきた裸のラウラに僕とのほほんさんは違った意味で固まる。

 

 そして、

 

「お~~り~~む~~」

 

 いち早く復活した笑顔ののほほんさんの背後には怒りのオーラが立ち昇っていた。

 

 誰か助けて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、のほほんさんに着ぐるみパジャマを着せられたラウラと一緒に正座でお説教タイム。

 

 「あれ? 僕悪くないよね?」と思ったら、頭をぺしぺしされた。

 

 30分ほど説教されてから3人で遅い朝食を食べ、休日という事もあり、買い物に行くことにした。

 

 向かうのはこの近辺で一番大きい、というか関東最大のショッピングモール、鈴とデートで行った『レゾナンス』。

 

 休日という事で結構人もいたけど、ラウラの服やパジャマを買って回った。

 

 最初ラウラは「必要ない」と言って拒否していたけど、のほほんさんに「ラウちんが可愛い格好してた方が織斑先生もおりむぅも喜ぶと思うよ」と言われ動揺。

 

 こちらに視線を向けるので「うん、ラウラが可愛い格好してくれたら嬉しいよ」と頭を撫でながら後押しすると「に、兄様がそう言うなら仕方ないな」と頬を赤くしながら了承してくれた。

 

 そして始まる着せ替えと言う名のショッピング。

 

 ピタTにチェックのプリーツスカートとニーハイソックス。

 

 半そで膝丈のワンピースにつば広帽子。

 

 フリルをあしらったシャツにサスペンダーのついたショートパンツとストライプのストッキング。

 

 そして極め付けは、ゴスロリ調の黒のワンピースとお揃いの帽子。

 

 元々妖精のような容姿をしているラウラが、オシャレする事でまさかここまで可愛くなるのかと驚きの連続だった。

 

 試着しながら恥ずかしそうにしているラウラに「凄く可愛いよ」と絶賛の嵐を浴びせていると、ショートしたのか途中から何か頭から煙が出てる様だったけど、まぁ大丈夫だろう。

 

 ちなみにパジャマはのほほんさん御用達のお店で着ぐるみパジャマを数点買った。

 

 あえて言わせてもらおう。

 

 のほほんさん、グッジョブだ。

 

 その夜、さっそく黒兎の着ぐるみパジャマを着たラウラと一緒に姉さんに直談判に行ったところ、見事に添い寝の許可がおりた。

 

 その際、真っ赤な顔で何かを必死に我慢しているという大変レアでアレな姉さんが見れた事を追記しておく。

 

 姉さん、普段はシンプルで落ち着いた感じの物が好みだけど、動物とかだと結構可愛いもの好きなんだよね。

 

 うん、作戦勝ちだ。

 

 ちなみに僕の部屋で寝る時は、僕とのほほんさんの間に簡易ベットをはめ込んで、そこで寝るという条件でお許しが出た。

 

 残念になんて思ってませんよ?

 

 何がとは言いませんが。

 




自分で書いといて何ですが、いや、もう、義妹ラウラ最高です。
「兄様だけど血が繋がってないから問題ないよね」
はい、ノープロブレムです。
いや、ラウラをヒロインから外したつもりだったんですが、ちょっと調子になってしまいました。
しかし反省も後悔もしていないw
まぁ、ラウラは家族としての愛情を求めているので、100%クラリッサに騙された形になります。


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転校生シャルル・デュノアに対する対策会議

さて、この話と次の話で、にじファンに投稿していた分のストックは終了となります。
それに併せてストップさせていた他の作品も再開させますので、更新は遅くなると思います。
3作同時進行とは自分でも無茶だなとは思うんですが、本当はもう1作品やりたいんですよね。
にじファンに投稿していたゼロ魔のやつなんですけど。
でも昔の作品って、読み返してみると本当に黒歴史っぽいですよね。
ゼロ魔のは特にあえてテンプレに挑戦したので余計に。
おっと、話が逸れてしまいましたね。
まぁそんな感じなので、気長にお付き合いしていただけると有り難いです。


「姉さん、来たよ」

「一夏か、入れ」

 

 夕飯後、姉さんに呼ばれていたので寮長室に来た。

 姉さんは見慣れた白いジャージを着て、椅子に座り書類に目を落としている。

 

「姉さん、何か飲む?」

「ん? あぁ、珈琲を頼む」

「了解」

 

 暇を見つけては掃除に来ているので、何処に何があるかは姉さん以上に把握している。

 

 珈琲と自分の分の緑茶を入れて戻るが、まだ少しかかりそうなので簡単な掃除と片づけをしておく。

 

 姉さんは散らかす才能が人より秀でているので、出来る時に少しずつでもやっておかないと後で大変なことになってしまう。

 

 まぁでも姉さんは他が完璧なのだから家事が苦手なくらいはチャームポイントの内だろうと僕は思っている。

 

 というか、そうじゃないと僕が姉さんにしてあげれることがなくなっちゃうからね。

 

 姉さんは結婚しても家庭に入るタイプじゃないだろうし、そういう面をカバーできる人じゃないとそもそも姉さんが好きになったりはしないんじゃないかな。

 

 それも僕とずっと一緒にいれば問題ないわけなんだけど……ずっと、ずっとか~えへへ♪ うん、この前の事から何か自分の頭ん中がお花畑になってるみたいだけど気にしたら負けだな。

 

 何に負けるかは分からないけど。

 

 あっ、でもこの妄想は告白してくれた三人に悪い気がする。

 

 特にのほほんさんはファーストキスまで捧げてくれてるんだし。

 

 そう言えば、のほほんさんにも僕にとっての姉さんのような存在がいる(ある?)って言ってたけど、まだ聞けてないな。

 

 なぜかって? それは告白してキスまでしてくれた相手と平気な顔で添い寝できるほど僕は図太くできていないからです。

 

 って、誰に言ってるんだ僕は? とお茶を飲みながら考え事に浸っていると、部屋の扉がノックされた。

 

「姉様、ラウラです」

「入れ」

 

 書類から顔を上げた姉さんがそう言うと、制服姿のラウラが入ってきた。

 

 未だに軍服みたいな裾の窄まったズボンにリボンではなくネクタイの改造制服なんだけど、せっかく可愛い私服や着ぐるみパジャマも買ったんだから制服も違うタイプを勧めてみようかな。

 

 参考までにみんなの制服を例に挙げてみると、通常型を着ているのは箒ちゃんだけで、その箒ちゃんも白のニーハイソックスで絶対領域を強調している。

 

 露出の全くないのはセシリア。

 

 ワンピースの丈は膝の隠れる長さでフレアスカートの様に広がっていて、その下には黒のストッキング、袖口と裾に黒いフリルの付いたデザイン性の高い改造をしている。

 

 逆に露出の激しいのは鈴。

 

 リボンを外して首元を空けているのはいいとして、丈は普通のワンピースなのになぜか肩を出している。

 

 あえてツッコミは入れないけど、なんでそこを出しちゃったのか……。

 

 ちなみに、腕を振り上げた時の脇の下が眩しいとか、新しいフェチに目覚めたりはしていない。

 

 ついつい目が行っちゃうだけだ。

 

 男の本能に近い反応で、エロいだけで他意はない。

 

 しかし気になる事が一つ、あの袖どうやって止まっているんだろう?

 

 肩口は開いているし、袖口もノーマルタイプと同じで緩い。

 

 内側にバンドでも仕込んであるのかな?

 

 最後はクラス、と言うか学内でも異彩を放っているのはのほほんさん。

 

 どこがと言うと一目瞭然、袖が長い。

 

 なぜか袖がダボダボと長い。

 

 いや、可愛いんだけど、とりあえず不便そう。

 

 ノート取る時に袖が汚れそうだし、物を持つ時も袖越しなので滑りそうで見ていて心配になる。

 

 まぁ今の所その心配は杞憂で終わっているんだけど。

 

 後、地味に変更されているのはインナーがシャツじゃなくて黒のハイネックを着ている所。

 

 さて、じゃあラウラにはどんなのがいいかな?

 

 今のコンセプトは明らかに軍服。

 

 露出がなく、動きやすく、何かに引っ掻ける様な部分もない。

 

 上下に分かれてなくて下はズボンて、ツナギみたいなもんだよね。

 

 全く方向性変えて、普通の制服っぽくワンピースをジャケット丈にして、下にプリーツスカートとかどうだろう。

 

 または、逆に足首まであるドレスみたいなロングのワンピースにするとか。

 

 今度、試しにイラストとか頼んでみようかな。

 

 なんて、僕が余計な事を考えているうちに姉さんとラウラは話を進めている。

 

「どうだった?」

「生家というわけではなく、2年前に入ったようです。それまでの経歴は不明。この2年間は別邸と研究施設以外に立ち寄った形跡はなし。候補生になったのは今年の4月になってからですが、しかし公表はされていません」

「そうか。よく調べてくれた」

「はっ」

 

 ラウラからの報告を聞いて、難しい顔する姉さん。

 

 僕としては何の話かさっぱりだけど邪魔するのも悪いと思い、とりあえずラウラにオレンジジュースを出す。

 

「一夏」

「何? 姉さん」

「ちょっと厄介な事になった」

「うん」

 

 それは何となく雰囲気で分かるけど。

 

「だが本題に入る前に、まずは予備知識の確認だ。EUの進めるイグニッション・プランは知っているな?」

「うん、少しは。EU各国が開発した第3世代機を選抜して、統一した防衛システムを作る計画だよね」

「そうだ。オルコットのブルー・ティアーズや、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲン、イタリアのテンペストⅡ型が挙げられる」

 

 ラウラの機体はこの前見せてもらったけど、近接ではプラズマ手刀、中距離ではワイヤーブレード、遠距離ではレールカノンと距離を選ばない万能型で、その特徴はAIC、慣性停止結界、アクティブ・イナーシャル・キャンセラーだ。

 

 これは、ある程度の範囲にある任意の物体を停止させることができるという反則の様な能力で、模擬戦の時は早々に捕まってしまった。

 

 遠距離武器の少ない僕では相性が悪過ぎる。

 

 その辺を即日束さんに電話で相談してみると何か考えておいてくれるそうなので期待しておこう。

 

「一つ目のポイントは、この計画にはフランスが含まれていないという事だ」

 

 フランス?

 

「次に、うちの学園でも訓練機として使っているラファール・リヴァイヴだが、これは第2世代型ISの最後期の機体で、最後発でありながら現在配備されている量産機ISの中では世界第3位のシェアを誇っている。それを製造している会社が、フランスのデュノア社だ」

 

 フランスのデュノア社か、そこが話の中心みたいだな。

 

「しかし、いくら優秀な機体だろうと第2世代機であることは変わらない。これからの世界の主力は第3世代機だ。これは公然の秘密というやつなんだが、ポイントの二つ目だ。デュノア社は第3世代機の開発の目途すら立っていないらしい」

 

 ふむふむ、つまりフランスもデュノア社もピンチという事だね。

 

「少し補足を入れておくが、ISの開発というやつは膨大な時間と資金がかかる。しかしコアの数が限られていることから市場と呼べる程のものはなく、普通なら全く商売にならない。だがISは国防の要だ。開発しないわけにはいかない。よって国が自国の防衛のために企業に資金を出し、ようやく成り立っているのが実情だ」

 

 もはや一般常識になっちゃってるけど、ISにはISでしか勝てない。

 

 つまり他の国より強いISさえ作れれば、簡単に侵略ができてしまうということだ。

 

 まぁ、実際そんな事になったら国連やIS委員会、他の国が介入してくるんだろうけど。

 

「噂では、フランスはデュノア社への資金援助の打ち切りを検討しているそうだ」

 

 デュノア社は、崖っぷちまで追い詰められていると。

 

「それらを踏まえた上で本題に入るが、明後日転校生が来る。名前はシャルル・デュノア。フランスの代表候補生で、デュノア社の社長の子供だ」

 

 姉さんは一旦言葉を切ってから忌々しいといった感じで、

 

「そしてこいつは男だ」

 

 吐き捨てた。

 

「は?」

 

 予想外のことに間の抜けた反応しか返せなかったけど、徐々に理解が追い付くにつれ、

 

「男っ!? 僕以外にISを動かせる男が見つかったのっ!?」

「落ち着け、兄様。まだ話は終わっていない」

 

 取り乱した僕をラウラが止めてくれ、姉さんの後を引き継ぐ。

 

「シャルル・デュノア。こいつの生家はデュノア家じゃない。2年前、何処かから連れて来られ、家に入っている。養子だとは思うが、隠し子という線もある。それから2年間は研究施設で訓練漬けにでもされていたんだろう。代表候補生になったのはこの4月だ。しかし問題なのは、フランスもデュノア社もこいつが男だという事を全く公表していないという点だ。これは不自然が過ぎる」

 

 あぁ、何となくオチが見えてきた。

 

「いくら兄様の二番煎じでインパクトに欠けると言っても、その有用性は変わらない。落ち目のフランスが世界の脚光を浴びる絶好の機会を逃すはずがないし、デュノア社にとってみても独占して情報を売ろうが、共同研究で出資させようが、会社を立て直すチャンスを棒に振るとは考えにくい」

「つまり?」

 

 僕の合いの手に乗る形で、姉さんが締めに移る。

 

「つまり、シャルル・デュノアが男であるとは考えられない。では、何故そんな嘘をついてまで男としてここに転入して来るかというと」

 

 そこまで言って、姉さんとラウラは「分かるだろう?」と視線だけで聞いてくる。

 

 あぁ、うん、大丈夫。

 

 ちゃんと分かってるよ。

 

「僕に近付くためだね」

「そうだ。目的は、本当の男性操縦者であるおまえと、おまえのISのデータだろう」

「キュクロープスは束さん特製だもんね」

 

 そのデータは即開発の役に立つのだろう。

 

 って、思ったんだけど、

 

「…………あれ? でも」

 

 何かちょっと変だな。

 

「どうした?」

「それって男装する理由になってなくない?」

「どういう事だ? 兄様」

「うん、確かに男子が転入してきたら僕は自分からすぐに仲良くなろうとするだろうけど、でもそれは別に女の子でも出来ないわけじゃないよね? 現にセシリアとは友達だし」

「「…………」」

 

 二人は僕の言う事を吟味しているようだ。

 

「例えばなんだけど、同性ってことは僕と同室になるんだよね? そのメリットって、仲良くなる以外に何かあるのかな?」

「それは……」

「……ないのか?」

 

 そうだよねぇ?

 

「僕のDNAを調べたいなら更衣室や部屋にこっそり入って髪の毛でも何でも採取したらいい。逆に、キュクロープスのデータは勝手に見たりはできないんだから近くにいる理由にならないし、戦闘データなら模擬戦を頼めば済む話だよね」

 

 二人の反応を見る限り、僕の意見は的外れということもないようだ。

 

「それに、性別なんていつまでも隠し通せるわけないよね? 怪我や病気で医者にかかったら一発でバレるし、そうじゃなくても他人と同室なんだよ? 着替えやシャワーの時にうっかりバレる可能性が高過ぎるでしょ」

 

 もし隠し通せると思ってるなら楽観が過ぎる。

 

「つまり、僕に接触する難易度を下げるためだけに、わざわざ高いリスク、しかも失敗が目に見えてるリスクを負うっていうのは考えにくいんじゃないかな?」

「確かにそうだな」

 

 じゃあ、どうしてっていうのは分からないんだけどね。

 

「兄様」

「なに? ラウラ」

「奴の時間軸に沿って考えてみてはどうだろう」

「どういう事?」

「うん」

 

 と、一つ頷いてから

 

「まずは2年前、奴は高いIS適正を見込まれ家に引き取られた。または、引き取られてからその適正が見つかった。そこから2年間は研究所詰めだ。大方、訓練とテストパイロットでもやっていたんだろう」

「うん」

 

 姉さんも横で頷いている。

 

「しかしこの4月になっていきなり、しかも秘密裏に男として代表候補生になった。そしてこの学園に転入だ。これは転入のために表に出てきたとも考えられる」

「確かに、IS学園の転入条件には国からの推薦が必要だ。それはつまり代表候補生以上の肩書が必要だという事になる」

 

 姉さんが僕にも分かるように補足してくれる。

 

「男装という嘘が長くはもたないとすると、男装の理由は代表候補生になるためではないのか? つまりデュノア社はシャルル・デュノアを何とかしてこの学園に入れたかった」

 

 確かにそう見ると男装の説明がつく。

 

「ここで考えられるのは、入ることそれ自体が目的というケース。もう一つは正体がバレるまでの短期期間に何かしようというケースだ。前者の理由は分からないが、後者ならテロなどが考えられる。しかしデュノアの名前が出てしまっている以上、それも考えにくいのだが……」

 

 一民間企業がテロをする理由なんて僕には思い付かないな。

 

「脅迫されていたらどうだ?」

「え?」

「例えば、デュノア社社長の家族を誘拐したり、会社の不正の証拠などを使って、どこかのテロ組織が自分たちの手を汚さずにこの学園に攻撃しようとしていたら」

 

 誘拐か、脳裏に嫌な記憶がチラつく。

 

「ただ、犯行後、間違いなく会社は潰されるだろうから、どちらかと言えば誘拐の方がしっくりくるがな」

「だが姉様。代表候補生になる根回しや準備に少なくとも一ヶ月はかかるとして、情報を集めた限り、それだけの期間行方が分からなくなっている者はいませんでした」

「これもダメか……」

 

 手持ちの情報では、さすがに行き詰ってきて3人で黙り込んでしまう。

 

 ふぅ~、気分転換でもしようかな。

 

「少し休憩しようか」

 

 立ち上がり、珈琲とお茶、オレンジジュースを入れなおす。

 

「今これ以上続けてもいい考えが浮かぶとも思えないし、いくつかケースを想定して対策に話を進めない?」

「そうだな」

「ラウラ、お願いできる?」

「了解だ。兄様」

 

 ラウラは紙とペンを用意し、書き出しながら進める。

 

「まずはケース①。対象が男である場合。これは特に問題がない。ただし情報を公表していない理由を探る必要はあるだろう」

「これだったら僕は素直に喜ぶだけなんだけど」

「確率は低いな」

「ですよねーー」

 

 姉さん、分かってるけどお願いだからバッサリ切らないで。

 

 少しくらい期待しても罰は当たらないと思うんだ。

 

「ケース②。対象は男装した女で、転入そのものが目的である場合。これは目的が既に達成されているので危険はないが、理由の如何(いかん)によっては発覚した時の対処が難しくなる可能性がある」

「転入が目的って事は、国か会社か家にいられなくなったって事かな?」

「おまえと同じで学園を避難所として使うという事か……」

 

 IS学園特記事項第21項、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。

 

 本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする。

 

 これのおかげで、僕はモルモットにならずに済んでいる。

 

 もし似たような境遇なら味方になってあげたいかも。

 

「ケース③。同じく男装した女の場合だが、こちらは転入後、短期間のうちに何らかの行動を起こすのが目的だ。テロや暗殺、拉致などの危険性があり速やかなる対処が必要になる」

「嫌な想像だけど……」

「それだけに一番確率が高いだろうな」

 

 この場合、黒幕が他にいる可能性もあって、その場合は攻撃がこれ一回で終わるとは限らないと言うのが性質が悪い。

 

 まぁ、僕には現状他に行く当てがない……わけじゃないけど、出来れば社会性を守るためにそれは避けたいから、対処する以外の選択肢がないわけなんだけどね。

 

「でもIS学園を襲うなんて、世界を敵に回すようなもんだよね?」

「そうだな。標的が誰にしろ、周りに被害が出た場合、他の国も黙っていないだろう。まぁ、そんな事態になる前にどうにかするのが我々教師の努めなんだが」

「姉様、そのような時は、我が黒兎部隊にお任せください」

「ラウラ……あぁ、頼りにしているぞ」

「は、はい♪」

 

 姉さんにそのまま頭を撫でられ、子供みたいな笑みを浮かべるラウラ。

 

 なんだか本当の姉妹みたいで見ていて嬉しくなってくる。

 

 家族が増えるっていいな。

 

「よし。では一夏、ラウラ。おまえ達には少し協力してもらうぞ」

「うん」

「望むところです」

「うむ、最悪のケースを考えれば後手に回るわけにはいかないからな。転校初日を叩く。おまえ達には朝のHRには出ずに、アリーナでデュノアと模擬戦をしてもらう。その間に黒兎部隊のメンバーに奴の私物をチェックさせる」

「拘束して尋問しますか?」

「必要ならばそれも辞さないが、まずはISのエネルギーをゼロにする所まででいい」

「どういう建前でやればいいのかな?」

「相手の機体の性能テストも兼ねて、サービスでおまえと対戦させてやるとでも言っておけばいいだろう」

「1対1?」

「いや、2対1でいい。訓練では多対1など珍しくもないからな」

「分かった。じゃあ、ラウラ。明日、コンビネーションの特訓をお願いしてもいいかな」

「了解だ、兄様。きっちりしごいてやろう」

「次の日に響かないくらいで、お願いします」

「それは兄様次第だ」

 

 そう言って腕を組み、不敵な笑みを浮かべ、下からなのに上から目線と言う高等テクニックを披露する義妹。

 

 姉さんにしてもラウラにしても基本が軍隊のソレだから、やるとなったら容赦がないんだよね。

 

 ま、でも必要な事なんだから泣き言言ってても始まらない。

 

 フランスからの転校生、シャルル・デュノア。

 

 代表候補生にして自称二番目の男性操縦者か……。

 

 できたら平和的に解決できたらいいんだけど、そのためにはまず模擬戦で勝たないとな。

 

 ラウラの足を引っ張らない様に頑張ろう。




こういう事を原作の裏側では千冬さんの頭の中、または教師陣で話し合っていたと思って書いてみました。
一夏の存在が世紀の大ニュースになったのに対して、シャルの扱いはおかし過ぎますもんね。
次回は、シャルを殺りますw


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のほほんさんの部屋移動

前話でストックについて書いたの間違いで、この後にもう一話分ありました。
と言うか、今話の存在を忘れてたんですよね。
でも、のほほんさん萌えとしては外せない回でした。
と言うわけで、お楽しみください。


 寮長室で転校生について話し合った後、姉さんから明日のほほんさんが部屋を移動する事を聞かされた。

 

 一応現段階では入ってくるのは男子という事になっているので、僕と同室にするしかないそうだ。

 

 うん、筋は通っている。

 

 そうじゃなくても部屋さえ準備できれば男女が一緒に生活している現状は解消されてしまうはずだったわけで………………本当に?

 

 もう5月も終わりだ。

 

 入学してからもう二ヶ月も経っている。

 

 いくらクラス対抗戦で無人機騒ぎがあったからって部屋一つ用意するにしてはかかり過ぎじゃないか?

 

 そのくせもう一人の男、シャルル・デュノアが転校してくるとなったらこの対応の速さだ。

 

 疑うなって方が無理があるだろう。

 

 後から聞いた話だけど、ラウラの事件の時にのほほんさんが見せたと言う非常時の対応力。

 

 そして日本政府やロシア政府に顔が利く生徒会という組織の大きさ。

 

 これって学園側がわざと僕の近くにのほほんさんを置いているって風には考えられないだろうか。

 

 いや、でも単純に護衛という意味ならラウラみたいな専用機持ち、は無理としても生身の戦闘力があるタイプの方が望ましいはずだ。

 

 でものほほんさんはどう見ても、いや、実際に触ってみても柔らかいだけで……って、いやいや、そうじゃなくて。

 

 もしかして強かったりするのか?

 

 実は普段のポヨポヨした雰囲気や危なっかしい行動は全部周りを油断させるためのカモフラージュで、ダボダボの着ぐるみも毒から肌を守るための全身スーツ的な役割と、中に仕込んだ武器を悟らせないためのフェイクだったり。

 

 いや、もしかしたらあの着ぐるみはただの可愛いだけの着ぐるみじゃなくて、実は着ぐるみ型のISで、戦闘モードに移行すると相手の装甲をいともたやすく切り裂く爪が生えたり、尻尾が猫又や九尾の狐みたいに増えて、猫ならワイヤーブレードに、狐なら全身をカバーできるシールドになったりして、後は火炎放射とか、放電したりとか、人魂型の浮遊ユニットを出したりとか……。

 

 うん、まぁ、ないな。

 

 途中から妄想が変な方向に行っちゃったし。

 

 でも、くのいちみたいなのほほんさんより妖怪型ISを纏ったのほほんさんの方がイメージは合うかも。

 

 着ぐるみのイメージの延長線上だからかな。

 

 さておき話を戻すと、姉さんが入寮する時に僕が気負わずにいられる相手としてのほほんさんを選んでくれた以外に理由があるとしたら、生徒会への連絡役の可能性が高いんじゃないかと思う。

 

 他の在校生に問題が起きないとは言わないけど、僕が学内で最も目立つ問題児である事は厳然たる事実なわけで、学校運営に係わる生徒会としたら常に監視下に置いておきたいと思うのは当然だろう。

 

 そしていざ問題が起こった時は、IS学園最強と名高い生徒会長が解決に乗り出してくると。

 

 現会長の楯無さんはロシアの国家代表らしいからね。

 

 学内最強の呼び名も納得だ。

 

 あ、そういえばラウラの件でまだお礼に行ってないな。

 

 今度のほほんさんに付き合ってもらおう。

 

 なんて考えてるうちに部屋に到着。

 

「ただいま」

「おりむぅーーーー!!」

 

 部屋に入ると、黄色い固まりがドタドタと音をたてて走ってきて、そのまま突撃してきた。

 

 まぁ、のほほんさんだ。

 

「おりむぅーー、おりむぅーー」

 

 抱きついた勢いのまま僕の胸にぐりぐりと頭を押し付けてくる。

 

「のほほんさん、どうどう」

 

 馬をあやすように(したことないけど)背中を撫でて落ち着かせようと試みる。

 

 数分してようやく大人しくなった所で、

 

「どうしたの? のほほんさん」

 

 と理由を聞いてみると、抱きついたまま顔だけ上げて、

 

「織斑先生がぁーー、部屋替われってぇーー」

 

 それが如何にも理不尽な仕打ちであるかのように涙目で訴えてくる。

 

 いつも、見ているこっちが穏やかな気持ちになれる、おっとりとした微笑みを浮かべている顔が、今は癇癪起こした子供みたいに赤く染まり、頬が膨らんでいる。

 

「あ~あ~、そんな情けない顔しちゃって。可愛い顔が台無しだよ?」

 

 とりあえず膨らんだほっぺをぷにぷにしてみると、

 

「おぉ~りぃ~むぅ~」

 

 「今はそれどころじゃないんだよーー」といった感じで、両手をパタパタさせて抗議の声をあげる。

 

 十分にのほほんさんのほっぺを堪能してから、一向に治らないご不満なのほほんさんをあやすべく、パタパタしている手を外側から包み込み、姉さんが僕にしてくれるように優しく抱きしめる。

 

「話はちゃんと聞くから、少し落ち着こうね」

「むぅぅぅ」

 

 抱き締められたのほほんさんは一度短く唸ってからパタパタ抗議を中断。

 

「もうズルいんだから、おりむぅは」

 

 と文句を言いながらも、それでも背中に手を回してくれた。

 

 あぁ、やっぱりのほほんさんは小っちゃくて柔らかてヌイグルミみたいだな。

 

 頭を撫でる動きに合わせて着ぐるみのフードを外し、柔らかい栗色の髪に顔を埋める。

 

 のほほんさんは特に嫌がる素振りも見せずに、逆に自分も匂いを嗅ぐように僕の胸に顔を埋め返してくる。

 

 それが少し気恥ずかしくて、でもそのくすぐったい感覚を手放すのも勿体なくて、そのまましばらく堪能していると意識が段々と子供をあやすものから、

 

「(のほほんさんの匂い、感触、体温。このまま頭にキスしたらどうなるだろう。耳たぶを甘噛みしたら……)」 

 

 ちょっとエッチな方向に流れて行きそうになったので、さっきより落ち着いたであろうのほほんさんんを腕から解放する。

 

 自己主張をしてしまっている下半身をバレないようにしながら、とりあえず部屋の中に移動するように促すと、パタパタ走っていきボフンとベッドにダイブするのほほんさん。

 

 そしてそのままゴロゴロ転がり出す……僕のベッドで。

 

 仕方ないから僕はのほほんさんのベッドに腰掛ける。

 

「織斑先生は勝手なんだよーー。自分の都合で相部屋にしたくせにーー。転校生が来るから追い出すなんて横暴だ横暴ーー」

 

 珍しくムキーってなってるのほほんさん。

 

 ……レアだな。

 

 ところで、

 

「姉さんの都合って?」

「内緒ーー」

 

 そうですか。

 

「だいたい私達の気持ちも少しくらいは考慮してくれたっていいじゃないかーー」

 

 今度はクロールみたいに手と足をバタバタさせ始めた。

 

「おりむぅはそれでいいのっ!!」

 

 お~ぅ、矛先がこっちきたよ。

 

「もちろん僕はのほほんさんと一緒がいいよ」

 

 ここは空気を読んで素直に答えておく。

 

「でしょーー。私もおりむぅと一緒がいーーいーー」

 

 もうただの駄々っ子みたいになってる。

 

「のほほんさん」

「むぅーー」

 

 僕の呼びかけにもご不満なお返事だけど、

 

「おいで」

 

 と手を広げてあげると、ふてくされた顔のまま下向いたり上向いたり自分の中の何かと戦ってから、

 

「いくーー」

 

 と飛びついてきてくれた。

 

 のほほんさんは賢い子だから事情も分かってて姉さんの決定に逆らう事はしないだろう。

 

 でも頭と心は別だ。

 

 理屈でどうすればいいか答えが出てたって不満がないわけじゃない。

 

 だからこれは甘えたいだけなんだと思う。

 

 二ヶ月近くも一緒に生活して、僕を好きだと言ってキスまでしてくれたのほほんさんのちょっとしたワガママくらい、僕は受け止めてあげたい。

 

「おりむぅ好きーー」

「僕も好きだよ」

「ちーーがーーうーーのーー」

「ん?」

「ちゃんと男の子として好きってことーー」

「僕ものほほんさんを女の子として好きだよ」

 

 と答えると、バッと勢いよく体を離し、驚いた顔をされた。

 

 うん、この表情もレアだな。

 

「ホント?」

「ホント」

 

 固まるのほほんさん。

 

 だけど今度は、

 

「う~ん、う~ん」

 

 と何か考え始めた。

 

「のほほ」

「おりむぅ」

「なに?」

 

 遮られたけど気にしない。

 

「質問です」

「うん」

 

 いきなりだな。

 

「おりむぅは夏休みに旅行に行かなければいけなくなりました」

 

 ほうほう。

 

「行き先は6ヶ所だけど、行けるのは1つだけ、オーケー?」

「オーケー」

「一つ目、シノノンと温泉旅行」

 

 あっ、そういう趣向なんだ。

 

 でも夏に温泉?

 

 せめて海にしようよ。

 

 まぁ、純和風の箒ちゃんには温泉が似合うけどさ。

 

 まさに浴衣美人って感じだよね。

 

「二つ目、リンリンと本場中国のパンダに会いに行こうツアー」

 

 パンダって辺り自爆臭がするな。

 

 それ、本人に言ったら絶対怒られるよ?

 

 でも中国か……北京、広東、上海、四川と本場の料理を食べ尽くすコースとかの方がいいな。

 

 後は興味本位でマカオでカジノとか。

 

 いや、鈴は熱くなるタイプだから危険だな。

 

「三つ目、セッシーとイギリスで社交界デビュー」

 

 映画の中みたいでちょっと見てみたい世界だけど、ハードルが棒高跳び並みに高いな。

 

 と言うわけで、イギリスならベタな観光がいいな。

 

 大英博物館にバッキンガム宮殿、ベイカー街に行ってシャーロックホームズ記念館とか。

 

 食事は多彩なアフタヌーンティセットが楽しみだね。

 

「四つ目、ラウラウとドイツで軍隊体験」

 

 させられそーー。

 

 いや、絶対させられる。

 

 しかもドイツと聞いて観光スポットが全く思い浮かばないのがまた逃げ道をなくしてる。

 

 ラウラや姉さんがどんな所で生活してたかは気になるけど、これでもかってくらい扱かれそうだからな。

 

「五つ目、織斑先生と自宅でゴロゴロ」

 

 一言言わせてもらおう。

 

 それ旅行じゃないよね?

 

「六つ目、わたしと気持ちいい事したり美味しいもの食べたりキャッキャウフフな幸せ極楽ツアー」

 

 …………自分だけやけに盛ってません?

 

「さぁ、おりむぅはどれに行く?」

 

 う~ん、この質問はあからさまに選んで欲しい答えが用意されてるけど、

 

「やっぱり姉さんと一緒かな」

「だよねーー。うん、分かってた」

 

 素直に答えたら、ガクッと肩を落とすのほほんさん。

 

 だけど、すぐに復活して、

 

「残念ですが、織斑先生は急遽やまぴーと一緒に出張に行ってしまいました」

「どこに?」

「南極」

 

 すげーー!!

 

 真耶先生の泣き顔が見えるようだ。

 

 でも真耶先生の事だからペンギン見てすぐに復活するんだろうな。

 

 そして姉さんに怒られるっと。

 

 いや、姉さんも可愛いもの好きだしペンギンに囲まれたら喜ぶかも。

 

 でも何かしらの葛藤があって最初はなかなか触れられず、真耶先生に勧められてやっと手を出す感じ。

 

 そこからは撫でまくりで、先に満足した真耶先生に声をかけられてハッと我に返り、咳払いを一つ。

 

 照れ隠しで誤魔化した所に真耶先生が余計なこと言ってお仕置きタイムが始まると。

 

 何か見てきたように頭に映像が浮かぶな。

 

「さて、困ったおりむぅは次に誰を選ぶ?」

 

 のほほんさん……もう誰って言っちゃってるじゃん。

 

 でも、

 

「そうだな……。ちなみにのほほんさんの気持ちいい事って何?」

「え?」

「ん?」

 

 その質問は予想外といった感じで慌てるのほほんさん。

 

「えっと~~~~、と~~~~」

 

 一度息継ぎしてからポフと手を叩く。

 

「おりむぅがお風呂でわたしの背中を流してくれたり、お風呂上がりにマッサージしてくれたり、寝る時に添い寝してくれたりします」

「僕がするばっかりっ!?」

「いや?」

「うっ……嬉しいです」

 

 そんな可愛く小首傾げるのはズルいと思います。

 

「でも、のほほんさんは何かしてくれないの?」

「わたしは……」

 

 そう呟いて顔を伏せてしまった。

 

「わたしは?」

 

 先を促すとゆっくり顔を上げるが、その顔は林檎の様に真っ赤で、それを隠す様にダボダボの袖で口元を隠し、

 

「わたしの初めてをあげる」

 

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 

 可愛い。

 

 可愛過ぎる。

 

 なんだこれ。

 

 初めてって初めてだよね?

 

 いいのか僕なんかで。

 

 あぁ、顔が熱い。

 

 心臓もうるさい。

 

 舌がうまく回らない。

 

 どうしよう、どうすれば、どうなる。

 

 えぇ、テンパってますが何か?

 

 何かってなんだーーっ!!

 

「おりむぅ」

 

 とパニクってる僕をのほほんさんが止めてくれた。

 

「な、なに?」

「嬉しい?」

「そりぁあもうっ!!」

 

 勢い片膝を立てて、手はガッツポーズ。

 

「えへへ~~♪」

 

 僕の正直過ぎる答えにトロケる様な笑顔を浮かべるのほほんさん。

 

 目が離せないくらい可愛い。

 

 そんなのほほんさんに見蕩れていると、

 

「でもダメ」

 

 と悪戯っ子の顔に変わった。

 

「それはわたしを選んでくれた時ね」

「…………はい」

 

 その顔も魅力的です。

 

 そんなやり取りで質問自体は有耶無耶になったけど、その代わりに、

 

「最後ぐらい一緒に寝よ~~」

 

 と僕のベッドに潜り込んできた。

 

 嬉しいよ?

 

 嬉しいけどさーー。

 

 あんなこと言われた後に添い寝とか生殺しにもほどがあるって。

 

 対してのほほんさんは平気みたいで、僕にしがみついて気持ち良さそうに眠ってしまった。

 

 その幸せそうな顔を見てると、焦ってる自分が馬鹿らしく思えて、苦笑。

 

 その後は程なくして僕も夢の世界に落ちていった。

 

 あ、これで添い寝クリアしたから色々のほほんさんについて教えてもらえるのかな?

 




のほほんさん、どうだったでしょうか。
この話を書き直す際に「のほほんさん イラスト」でググって見てみたら、その可愛さに萌えましたw
小っこいのに巨乳って、鈴に喧嘩売ってるよねw


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フランスからの転校生

やっとシャルロット登場です。
彼女のバックグラウンドをほんの少しだけ救われる方向に変えてあります。
まぁ、概ねそのままなんですけどね。





「確認するぞ、兄様」

「うん」

 

 今、僕らがいるのは第3アリーナ。

 

 時刻は8時半になろうとしている。

 

「対象のISはラファール・リヴァイヴのカスタム機。学園に提出されているデータを見ると、通常の2倍近くある拡張領域に追加された武装は20にも及ぶ。しかも転入試験の模擬戦を見る限り、対象は武装を瞬時に切り替える高等技術『高速切替(ラピッドスイッチ)』の使い手だ。これは近中遠、どの距離、どの場面でも最適なパフォーマンスを取れるということだ」

 

 ここで僕らは転校生であるシャルル・デュノアと模擬戦を行い、相手のISを無力化すると同時にその身柄を拘束しようとしている。

 

 それにしても高速切替か……それって、

 

「例えば、遠距離からのライフルを掻い潜って近付いてもショットガンやブレードに切り替えられてカウンターを取られるって事だよね?」

「そうだ」

「やり辛そうーー」

 

 僕なんかキュクロープスの武装でも苦労してるって言うのに20って……まず状況に合った武装を選ぶだけで大変じゃないか。

 

 もちろん高速で武装を切り替える事も凄いけど、その状況判断の速さこそがシャルル・デュノア個人の能力の高さを示しているんだと思う。

 

 尊敬ものだけど、その分余計に警戒もする。

 

「いいか、兄様。こういう相手に弱点はない。しかし逆に言えば脅威になるのはその対応力だけだ。相手はあくまでも第2世代型。ビット兵器や衝撃砲、AICのような特殊兵装はない。下手な対策など考えずに、我々は我々のスタイルで押し切る」

「了解」

 

 会話が一区切り付いたところで、タイミングよく姉さんからプライベートチャンネルが開かれる。

 

「一夏、ラウラ、シャルル・デュノアがピット入りした。もうすぐ出てくる」

 

 その一言で戦闘への緊張感が高まるけど、それよりもまず僕には確認しなければいけない事がある。

 

「姉さん、それで……」

「予想通りだったよ」

「そう、やっぱり女の子だったの……」

 

 もしかしたらって、ちょっと期待してたんだけど、やっぱりか……。

 

 ちなみにどうやって分かったかと言うと、姉さんは骨格を見ればそれが男か女か分かるんだそうだ。

 

 ISスーツじゃ体形は隠せないからね。

 

「一夏、気落ちしてる暇はないぞ。奴が女だということは、我々の予想でいけば危険性が増したということだからな」

「うん、分かってる」

 

 姉さんの言う通りだ。

 

 自分の意思にしろ、そうじゃないにしろ、テロ行為をしようとしている”かもしれない”相手なのだ。

 

 油断は禁物。

 

 シールドエネルギーがなくなり絶対防御が効かなくなった状態で銃にでも撃たれたら、そこに待ってるのは死。

 

 いくら模擬戦とは言っても、相手がその気になればそこは戦場になる。

 

 昨日、ラウラに嫌ってほど叩きこまれた。

 

 具体的には、シールドエネルギーが切れた状態でAICで動きを封じられ目の前でレールカノンを連射された。

 

 さすがに当てられてはいないけど、顔の横を銃弾が通り過ぎていくあの感覚はトラウマになりそうなほど怖かった。

 

 アレはもうスパルタとか軍隊式とかそんなレベルじゃ収まらないと思う。

 

 ラウラ、布団の中じゃあんなに可愛いのに……いや、変な意味じゃないよ?

 

 着ぐるみパジャマに天使の様な寝顔のラウラは、ついつい携帯で写真撮って待ち受けにしちゃったほど可愛かった。

 

「どうした兄様?」

 

 おっと、無意識にラウラを見て頬が緩んでいたみたいだ。

 

「ううん、なんでもない。ラウラの寝てる姿を思い出して緊張を解いてただけだよ」

「兄様は任務というものが初めてで緊張するのも分かるが、過度の緊張は体を強張らせ、咄嗟の判断能力を阻害する。かと言って、あまり緊張感がないのもいただけないぞ?」

 

 お説教されてしまった。

 

「了解」

「だが、安心はしていい。新兵の兄様は上官である私が守ってやるからな」

「頼りにしてます。上官殿」

 

 不敵な笑みを浮かべる僕の義妹に苦笑を返していると、ピットからオレンジ色の機体が飛んで来るのが見えた。

 

「来たぞ、兄様」

「うん」

 

 プライベートチャンネルを閉じて、オープンチャンネルを開く。

 

「はじめまして、織斑一夏です。IS学園へようこそ」

「はじめまして、フランスから来たシャルル・デュノアです。転校早々織斑君と模擬戦が出来るなんて驚いたけど嬉しい誤算です」

「どこの国の人もこの機体に興味があるみたいだからね。これは学園側からのサービスみたいなものらしいよ? 学園の訓練機の一つが君の会社の機体だからかもしれないけど」

「いつもご贔屓(ひいき)に……で、当ってるのかな?」

「うん。この学園に来る人は日本語が堪能で助かるよ」

「ISに携わる以上、日本語は必修だからね」

 

 IS開発者の束さんが頑(かたく)なに日本語しか使わなかったせいで、そういう事になっている。

 

 僕にしてみれば大助かりだ。

 

 英語はできなくはないけど、お世辞にも得意とは言えない。

 

 もしIS学園の授業が英語だったらと思うと冷や汗どころの話じゃない。

 

 まぁそれはさておき、和やかに当たり障りない世間話をしながら目の前の人物を観察する。

 

 デュノア君は中性的な顔立ちとスレンダーなスタイル、髪は濃いめのブロンドを伸ばし後ろで一つにまとめている。

 

 その人当り良さそうな笑顔は可愛い王子様といった感じだ。

 

 でも本当の性別を知ってしまっているせいか僕には女性にしか見えないけど。

 

「それで、えっと……」

 

 デュノア君の視線が、僕の横で自分の事を無言で睨みつけているラウラに向けられる。

 

「ラウラ」

 

 放っておいたらこのままだろうと挨拶を促すが、

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 相変わらず簡潔な自己紹介で。

 

 お義兄ちゃんとしては、その愛想の無さが少し心配です。

 

 仕方ないので、笑顔が若干引きつってしまった彼女に補足を加える。

 

「IS関係者なら話くらいは知ってると思うけど、ラウラには僕の護衛をしてもらってるんだ。だから悪いんだけど、この模擬戦も2対1でやらせてもらうよ。実を言うと、こっちの連携のデータ収集も兼ねてるんだ」

 

 嘘をつくなら具体的に。

 

「うん、それは織斑先生からも聞いてるから大丈夫。こっちとしてもドイツの第3世代機と戦えるのは大歓迎だからね」

 

 代表候補生として違和感のない感想を口にするデュノア君。

 

 面と向かって話をしてると悪い子には見えないんだけど、IS学園に性別を偽って入って来るぐらいだから僕の観察眼じゃ見破れない面もあるんだろう。

 

 そう思い直していると、姉さんから通信が入る。

 

「織斑、ボーデヴィッヒ、デュノア、挨拶は済んだか? そろそろ始めるぞ」

「了解です。姉様」

「僕もいけます」

 

 即答する二人をよそに、一度大きく深呼吸してゆっくりと思考を切り替える。

 

「やれるよ。姉さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう視界してるんだよ」

 

 開始のブザーから数分、ディノアさんの弾幕を掻い潜り何とか接近戦に持ち込もうとしているけど、いい様にあしらわれてしまっている。

 

 射程・威力・連射性の違う銃で緩急をつけながらも途切れることのない弾幕。

 

 しかも自分の動きに加え、こちらの回避を誘導して僕とラウラに挟撃されない様な位置取りを常にしている。

 

 いくら360度の視界を持つISのハイパーセンサーと言っても使用している人間の意識はそういう風には出来ていない。

 

 だと言うのに、こちらを向きもしないで後ろ手でピンポイントで撃ってくるとか、泣き言も言いたくなるというものだ。

 

 まさかマルチタスクとか使える人なのか?

 

「兄様、やはりこのままでは近付けない。次のプランに移るぞ」

「了解」

 

 2対1で、あちらは射撃型。

 

 ここまでのレベルは想定外だったけど、弾幕を張られる事くらいは織り込み済みだ。

 

 だから挟撃しての接近戦はあくまでも1番甘い見通しのプランでしかない。

 

 まぁ、無理をすればこのまま被弾覚悟で突っ込んで初見ではまず避けられないAICで絡め取っても構わないんだけど、相手がテロを企んでいる相手の場合、後で何が起こるか分からない。

 

 だから用心のために、なるべくなら余計なダメージは避けておきたい。

 

 それに打算的な考えだけど、この戦闘が後で問題視された時の事を考えて、デュノアさんに言った建前が通る様な戦闘内容にしておきたいというのもある。

 

 つまり、相手の捕獲というこちらの目的を悟られない様な『お互いのデータを引き出し合う戦い方をする』というわけで、次はこっちの番だな。

 

「そろそろ反撃させてもらうよ」

「いいよ。簡単にはやられないんだから」

 

 ラウラと示し合せて高度を上げ、デュノアさんの上を取る。

 

「兄様っ!!」

「おうっ!!」

 

 ラウラは6本、僕は4本のワイヤーブレードを同時に射出。

 

 プログラム頼りのキュクロープスのワイヤーブレードは変則的な機動を描きながらも基本的に真っ直ぐディノアさんを追い立て、自分で操作できるラウラはシュヴァルツェア・レーゲンのワイヤーブレードをアリーナを広く使うように展開してデュノアさんの行く手を阻む。

 

 それに対してデュノアさんは回避運動を取りながら両手にショットガンをコール、的が小さく、かつ高速で接近してくるため迎撃しにくいワイヤーブレードをその面制圧力で抑え込む。

 

 だけど、それも予想通り。

 

「ぐあっ」

 

 前後からのワイヤーブレードの対処で僅かに逃げ足が止まった所をラウラは見逃さず、シュヴァルツェア・レーゲンの右肩に装備されている大型のレールカノンが火を噴き、ラファール・リヴァイヴ・カスタムIIの左肩の装甲がはじけ飛ぶ。

 

 さらにバランスを崩した所に、

 

「Lock,Fire」

 

 今度はキュクロープスの両手からドリルをロケットパンチの要領で撃ち出す。

 

 デュノアさんはバランスを崩しながらもとっさに右手のショットガンの引き金を引くが、迫るドリルの足は止まらない。

 

 それに一瞬目を見開くデュノアさんだけど、次の瞬間その手には機体と同じオレンジ色の物理シールドが握られている。

 

 一瞬で行われる状況判断と武装のチョイス、そして高速展開。

 

 『高速切替(ラピッド・スイッチ)』

 

 機体の性能に頼らない彼女だけ力。

 

 シールドとドリルが接触し、火花が舞う。

 

 敵を穿つまで止まらないと言わんばかりの推進力を発揮しながら回転し続けるドリルと、どんなに削られようと守り切ろうとするシールドのせめぎ合い。

 

 でも、健闘もここまで。

 

 完全に足の止まったオレンジ色の機体を黒い糸が絡め取る。

 

「くっ」

 

 デュノアさんは首と両手両足をワイヤーで締め上げられ、十字架に磔にされた様な恰好でアリーナのシールドに叩きつけられる。

 

「ぐはっ」

 

 背中への衝撃で肺から強制的に空気を吐き出される。

 

 そしてダメ押しとばかりに接近したラウラがAICを展開。

 

「こ、これはドイツのAICっ」

 

 瞬時に何をされたか理解したみたいだけど、抗う術はない。

 

 僕は視界が相手の顔で埋まるほど近寄り、こちらに意識を向けたデュノアさんと目が合ってから、

 

「痛いかもしれないけど我慢してね」

「えっ」

 

 右手にパイルバンカー(杭打機)をコール、それを無防備な腹部にあてがい零距離で打つ。

 

 鈍い打撃音と短い苦悶の声が5回繰り返された所で、

 

「勝者、ラウラ・ボーデヴィッヒ、織斑一夏」

 

 無機質な音声がアリーナに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合形式で行われるIS戦闘はシールドエネルギーをゼロにした方が勝者だけど、実際はリミッターが付いていて完全にエネルギーがゼロになるわけではなく、装甲は維持しされ、操縦者を守る絶対防御が切れる事はない。

 

 よって、試合が終了した直後の現在は3人が揃ってISを纏った状態でアリーナに立っている。

 

「ごめんね。大丈夫だった?」

「う、うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 

 お腹をさすっていた手を後ろに引っ込め笑顔を向けてくれるディノアさんは、

 

「僕の負けだね。うん、やっぱり第3世代機2人を相手にするのは無謀だったかな」

 

 そう言ってISを解除して地面に降り立つ――――――が、

 

「え?」

 

 再度ラウラのAICによって拘束され、目の前にレールカノンを突き付けられる。

 

「えっと、どういう」

「質問に答えろ」

 

 ラウラの厳しい声が相手の言葉を遮る。

 

「貴様の目的はなんだ」

 

 単刀直入に切りこまれた質問に対しデュノアさんは、

 

「何の事かな」

 

 今までの柔和な雰囲気から一転、棘のある攻撃的な表情を浮かべる。

 

 が、そんな事で怯むラウラではない。

 

「とぼけても無駄だ。貴様が男装している事は既にバレている」

 

 続くラウラの言葉に凍りつく。

 

 そして畳み掛ける様に、

 

「もう1度聞く。貴様の目的はなんだ」

 

 ラウラが質問を繰り返すが、それはデュノアさんの耳には届いていない様だった。

 

「黙秘か。いいだろう。特殊部隊で鍛えた私の尋問は甘くないぞ」

「ストップ、ラウラ」

 

 いきなり物騒なことを言い出したラウラを止める。

 

「なんだ、兄様」

「尋問の前に僕に話をさせてくれないかな」

「構わないが、拘束は解かないぞ」

「うん、それはむしろお願い」

 

 もしテロを企んでるならISがなくても相当な腕前かもしれないからね。

 

 油断は禁物だ。

 

「デュノアさん」

「……」

「デュノアさーーん」

「……」

「返事がない。ただの屍の様だ」

 

 ていうか、本当に目が死んでるな。

 

 しょうがない。

 

 先に姉さんの方の結果を聞こう。

 

 管制室にいる姉さんに通信を繋ぐ。

 

「姉さん」

「なんだ」

「荷物の方はどうだった?」

「黒兎部隊の報告では、爆発物や通信機といった物はなかったそうだ。あえて言うなら男装用の特殊なコルセットがあったくらいか」

「コルセット?」

「男装するために胸を潰しているんだろう」

「あぁ、胸があったら一発でバレちゃうもんね」

「そういうことだ」

「じゃあ、テロ目的じゃないってことでいいのかな?」

「そうとも言い切れないが……とりあえず、おまえが聞き出してみろ。それが出来なかったら」

「あぁ、言わないで。何とかやってみるから」

「任せたぞ」

「了解」

 

 目の前の子が尋問という名の拷問に遭うのも可哀想だけど、それよりも姉さんやラウラにそんな事をさせたくない。

 

 だから僕が聞き出さないとな。

 

 改めてデュノアさんに目を向けるが、屍継続中。

 

 仕方ないので、ある事をラウラに耳打ちする。

 

「触ればいいのか、兄様」

「揉んでもいいよ」

「分かった」

 

 快く了承してくれたラウラはデュノアさんに近付き、AICを発動させている手とは反対の手の装甲を消してから、躊躇なくデュノアさんのISスーツの下に手を滑り込ませる。

 

 ちなみにデュノアさんのISスーツはお腹が出てて上下に分かれてるタイプだ。

 

 あぁ、もちろんラウラは上に手を入れましたよ。

 

「…………え」

 

 そして屍だったデュノアさんの口から声が漏れる。

 

 それに気を良くしたラウラは、そのまま指を動かして――――――

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「っ!?」

 

 デュノアさんのいきなりの悲鳴。

 

 驚いたラウラはうっかりAICを解いてしまうが、デュノアさんはショックで地べたに女の子座り。

 

 両手で胸を隠している。

 

「な、な、ななななんで、なんで」

 

 うん、いい感じに混乱してるな。

 

 もう1度AICをかけようとするラウラを手で制し、デュノアさんの前にしゃがみ込み目線を合わせる。

 

「女の子だってはっきりしたから、ここからはデュノアさんって呼ばせてもらうね」

 

 そう切り出すと現状を思い出したのか、混乱して上がったテンションが一気に落ちる。

 

「ねぇ、デュノアさん。いくつか聞きたい事があるんだけど、お互いのためにも素直に答えてくれないかな」

「お互いの……ため?」

 

 おっ、反応が返ってきたよ。

 

 良かった。

 

 とりあえず一歩前進だな。

 

「うん、このままだと君はかなり厳しい尋問に遭う。それは嫌でしょ? そして僕も僕の大切な人にそんな事はさせたくない。だから質問に答えて欲しんだ」

「……」

 

 顔を下げられちゃったけど、とりあえず質問を開始する。

 

「デュノアさんがここに来た理由は、テロみたいな破壊工作をするため?」

「え?」

「ん?」

 

 俯きから一転、鳩が豆鉄砲くらった様な反応を返された。

 

 これ、素の反応じゃないか?

 

「例えば、デュノア社がどこかのテロ組織に脅迫されてて、仕方なく君を送り込んだとか」

「何を……言ってるの?」

 

 うん、この呆然とした表情は嘘じゃないだろう。

 

「うん、分かりやすく言うと、僕たちは君が破壊工作のために来たと思ってる」

「そんなっ!? 違うよっ!! 僕はただ実家から君とキュクロープスのデータを盗んで来いって言われててっ…………あっ」

 

 今『あっ』て言ったよ『あっ』て。

 

 もう決まりでいいよね?

 

「デュノアさん」

「はい」

 

 こっちも観念したみたいだし。

 

「僕は君の事を信じるよ」

 

 笑顔で手を差し伸べる。

 

「え、あの、だから、僕は君のデータを盗みに……」

 

 困惑している姿が、ちょっと可愛い。

 

「そのくらいなら気にしないよ」

 

 機密って言われてるから見せないけど、別に僕が隠したいわけじゃないしね。

 

「あ、あの、でも、えっと」

 

 もう一押しかな。

 

「ほら、まずは僕の手を取って」

 

 デュノアさんはしばらく迷う素振りを見せてから、

 

「うん」

 

 と言って手を取ってくれた。

 

 立ち上がったデュノアさんに、先日ラウラと姉さんと3人で話し合った内容を説明する。

 

「というわけでね。データを盗むために男装するっていうのは無理があるんだよ」

「確かにそう言われると、僕が破壊工作しに来たって方が説得力あるね」

「でしょ? でも、それは君が否定してるし、僕もそれを信じてる。だから考えられるのは2つ目のケースで、君を学園に入れること自体が目的の場合だ。何か思い当たる事はないかな?」

 

 さっきの話だと、データ盗って来いとしか言われてないみたいだけど。

 

「僕はね、織斑君。デュノア社社長、その隠し子なんだ」

 

 そういえばラウラがそんな事言っていたっけ。

 

「僕は生まれた時からお母さんと二人暮らしでね。でも、僕はお母さんが大好きだったから、二人でもとっても幸せだったんだ」

 

 母の面影を思い出したのか一瞬幸せそうな表情を浮かべるが、それはすぐに掻き消える。

 

「それが2年前、お母さんが急病で死んじゃってね。僕はどうしたらいいか分からなくて。近所の人に手伝ってもらってお葬式して、お墓を立てて……」

 

 目に涙がたまってくるが、手で拭いとり先を続ける。

 

「その後にね、父の使いの人っていう黒服の人たちが家に来て、その時初めて父の事、自分がその人の隠し子だって知らされたんだ。それでそのまま会社に連れて行かれて初めてお父さんに会った。最初は、養子にすること、別邸で住むこと、各種検査を受けること、淡々と指示されるだけで、やっぱり僕は認めてもらえない隠し子なんだなって、きっとお母さんともどうせ遊びだったんだろうなって思ったよ。でも、このままじゃお母さんが可哀想だから、昔お父さんからプレゼントされたって大事にしてたペンダントを見せたんだ。そしたら無表情だったお父さんが『アイシャ』てお母さんの名前を呟いて涙を流してくれたんだ。その涙で僕は二人の間に確かに愛があったんだって確信できた。何で結婚できなかったのか、どうして会いに来れなかったのかは聞けなかったけど、僕にはそれで十分だった。だから指示に従って受けた検査で高いIS適正が出た時も、抵抗なく非公式のテストパイロットになったんだ。他にしたい事もなかったしね。お母さんの愛した人がどんな人か見ていようって思ったんだ。それから2年間、特に会話らしい会話もなかったけど、たまに僕の訓練を見に来てくれてたのは知ってた。オペレータの人が気のいい人でね。こっそり教えてくれてたんだ」

 

 ラウラの報告からもっと酷いものを想像してたけど、そうでもなかったんだな。

 

「でも、またここで問題が起きてね。会社が経営難になったんだ」

 

 それも聞いた。

 

「第3世代機の開発の難航と、国からの援助打ち切り話だね?」

「やっぱり知ってるんだね。うん、そう。そこでお父さんに、男装してIS学園に転入して織斑君とその機体のデータを盗んで来いって言われたんだ。機体のデータはすぐ役に立つし、もし男性がISを動かせる理論を解明したらその利益は第3世代機なんて目じゃないものになるからって」

 

 ここで少し考えるように言葉を切る。

 

「言われた時は特に違和感なかったけど、織斑君が説明してくれた通り、改めて考えると変な事ばっかりなんだね」

「うん。それで話は戻るんだけど、何か思い付く事はある?」

 

 今度はたっぷり時間をかけて考える。

 

 そして、

 

「まさか……でも……そんな……」

 

 何かしら思い当たるものがあったらしい。

 

「当ててあげようか?」

 

 昨日の寝る前に考え付いた答えがあるんだ。

 

「え?」

「君を守るため」

「っ!?」

 

 その表情は図星みたいだね。

 

「会社が潰れたり、他に吸収された場合、社長の養子であり隠し子である君にも責任が及ぶかもしれない。しかも君は非公式ながらテストパイロットを任される程の実力者だ。どんな様に利用されるか分かったもんじゃない。だから一時の避難場所としてIS学園に転入させた。ここは治外法権の施設。しかも本人の意思さえあれば外部からのいかなる干渉も受けないで済む場所だ。そうだね、僕みたいな扱いに困るイレギュラーが唯一平穏に日常を送れる場所って言えば分かり易いかな」

 

 ちょっと最後は冗談めかしてみる。

 

「もちろんただの推測だけどね。でも僕には他に考え付かないかな」

 

 後はデュノアさんが何を信じるか。

 

 そう思い反応を待つと、

 

「お父さん……」

 

 小さな呟きが漏れ、胸の前で組まれた手は震えていて、頬を伝う涙は地面に点々と跡(あと)を作り出す。

 

「うん、そうだね。大好きなお母さんが愛した人だもんね」

 

 口にしなくても彼女の中の答えが分かった。

 

 そして僕は彼女を優しく抱きしめる。

 

 ここにいない人の代わりに。

 

「お父さん、お父さん、お父さん、」

 

 彼女が落ち着くまでそうしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう。もう、大丈夫だよ」

 

 僕の胸からそっと離れた彼女は、泣きはらした赤い目だけど笑顔を向けてくれた。

 

 それを見てしみじみ思う。

 

「やっぱり無理がある」

「え、何が?」

「そんなに可愛いのに、男装とか無理があるよ」

「えっ!? ぼぼぼ僕がか、可愛いっ!?」

 

 何をそんなに驚く事があるんだろう?

 

 鏡見ないんだろうか?

 

「うん、凄く可愛いと思うよ」

「そ、そう、なんだ。僕が可愛い……あ、ありがとう……」

 

 照れてるのか、真っ赤になってもじもじしてるのもまた可愛い。

 

 なんて目の保養をしていると、

 

「兄様」

 

 引っ張られた袖に振り返ると、ふてくされた顔のラウラ。

 

 なんだ、この可愛い生き物は。

 

「ラウラも可愛いよ。自慢の義妹だ」

 

 素直に褒め、頭を撫でてあげると、満足そうな笑みを浮かべた。

 

 それを見て僕も笑顔になるが、

 

「何をしている、馬鹿者どもが」

 

 いつの間にか背後に来ていた姉さんの声に引き戻される。

 

「ふん、とりあえず事態は最悪のケースではなかったが、後処理の手を抜くわけにはいかん」

 

 ラウラ、そしてデュノアさんと意思を確認する様にアイコンタクトを取ってから頷きあう。

 

「デュノア、おまえの身柄はこのまま一旦預かる」

「は、はい」

「姉さん……」

「心配するな。こいつの入学は既に認められている。その点は安心しろ」

「うん」

「その上で、デュノア社には情報の不備としておまえの性別を訂正してもらう。フランス政府とデュノア社の間でどういう密約が交わされてるかは分からんが、フランス政府もこれに追従するしかないだろう」

「姉様、その際に先ほどの戦闘データを添えれば彼女がここにいる有用性を示せ、事がよりスムーズに進むと思われます」

「そうだな。そうしよう」

 

 さすが姉さんだ。事前に事後処理の方法まで考えていたんだね。

 

 じゃあ、僕は最後の確認をしておこう。

 

「デュノアさん」

「はい、あ、えっと、なに?」

「ここに残る。それでいいのかな?」

 

 答えの代わりに、

 

「お、織斑君は僕がここにいても、その、迷惑じゃ……ない?」

 

 質問が返ってきたが、

 

「もちろんだよ」

 

 即答する。

 

 学園を避難所にしたり、その間に身の振り方を決めなきゃいけなかったり、そういう似たような境遇の人がいてくれるのは連帯感があってちょっと安心する。

 

 ISの操縦にしたって学ぶ所ばかりで、ぜひまた模擬戦に付き合って欲しいし、それに、その、可愛いしね。

 

「そっか……うん」

 

 正面から目が合う。

 

「僕はここに残るよ。この学園で頑張ってみようと思う」

 

 その顔にはしっかりとした決意が見て取れた。

 

「それで……なんだけど」

 

 でもそれ勢いも急に失速。

 

 どうしたんだろうと思っていると、

 

「良かったら、僕と友達になってくれる?」

 

 そこでウルウルな上目使い。

 

 そんな反則技使わなくったって、君みたいな可愛い子のお願いを断る理由がない。

 

「うん、大歓迎だよ。よろしく、デュノアさん」

 

 彼女は差し出された手を握り返しながら、

 

「シャルロットって呼んで欲しいな」

「それが本当の名前?」

「うん」

「分かった。じゃあ改めて」

 

 一旦言葉を切ってから、自分に出来る最高の笑顔を贈る。

 

「ようこそIS学園へ、シャルロット」

 




これにてストック分終了です。
この後は更新が遅くなりますが、学年別個人トーナメント、臨海学校、夏休みですね。
原作ではサラッと流される夏休みですが、本作ではちょっと違う流れを予定しています。
具体的には、ラウラと黒兎部隊を見受けする際にIS委員会に対して飴を提示するというフラグをこっそり立てておいたのでその回収です。
回れて4か国だけど、どこ行こうかな。
順当に考えれば、アメリカ、中国、イギリス、ロシアなんだけど……。
まぁ、そこを書くのは当分先なので、とりあえず目先の事からちょくちょくと書いて行こうと思います。


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学年別個人トーナメントまでの話、そのいち

「フランスから来ましたシャルロット・デュノアです。4月に代表候補生になったばかりですが、実家でテストパイロットをしていたので搭乗歴は2年程になります。専用機はみなさんも使っているラファール・リバイブのカスタム機ですので、アドバイス出来る事もあるかもしれません。良かったら気軽に声をかけてもらえると嬉しいです。スタートは遅れてしまいましたが、これから一年間よろしくお願いします」

 

 あの模擬戦から三日経った朝のHR、真耶先生の「またまた転校生が」と言う台詞に、先のラウラの件の影響で教室に変な緊張感が走ったけど、シャルロットの丁寧な挨拶と柔らかい雰囲気、何よりその人当たりの良い笑顔に場の空気はすぐに和んだ。

 

 人の印象の9割は第一印象で決まるって言うし、シャルロットの心配はいらなそうだね。

 

 まぁその理論で言うとラウラは大変な事になるんだけど、あんな事があったのに受け入れてくれたクラスメートの懐の広さに関心すると共に感謝している。

 

 さておき話をシャルロットに戻すと、姉さんからフランス政府とデュノア社に連絡を入れ、晴れて女性として転入する運びとなったわけだけど、専用機はデュノア社の物なので問題なく、代表候補生の肩書きもそのままになっている。デュノア社については「彼女が入学さえできれば良かった」で結論が出ているけど、果たしてフランス政府は彼女の男装、性別詐称を知っていたのだろうか。

 

 姉さんみたいに見ただけで骨格から性別が分かる様な人がそう何人もいるとは思えないけど、身体検査一つでバレる様な変装に国家政府が簡単に騙されると思うのは短慮と言うか浅慮と言うか無理がある気がする。

 

 世の中そんなに甘くないだろう。

 

 それに、もし騙されているだけならフランス政府にしても二番目の男性操縦者の情報を隠す必要がないわけで。

 

 じゃあ、どういう事なのか。

 

 考えられる可能性は2つ。

 

 一つは、性別詐称自体を知らなかったケース。

 

 フランス政府としてはデュノア社のテストパイロットであるシャルロットを正式な手続きで代表候補生にしていて、まさかIS学園に転入する段階で性別詐称するなんて夢にも思っていなかった。

 

 楽観的な見方なのは分かっているけど、でもこれが余計な波風が立たない理想的な形。

 

 もう一つは、性別詐称を気付いていたのに黙認したケース。

 

 これはさらにデュノア社と共謀しているケースとそうでないケースに分かれるけど、どちらにしても発覚した際は「自分達は騙されていた被害者で全責任はデュノア社にある」と押し付けて切り捨てるつもりだった事は想像に難くない。

 

 でもそれもまだ何もしていないうちに学園側から「情報の不備では」と指摘されてしまってはそれに乗っかる以外に選択肢はなかっただろう。

 

 わざわざ自分からまだしてもいない罪を自白するなんてのはナンセンスに過ぎる。

 

 そして一度代表候補生として転入を推薦してしまった以上、取り下げるには国の面子を傷付けないだけの理由が必要になってくる。

 

 書類上の不備だけではただの難癖にしかならない。

 

 しかもいくら次のイグニッションプランのトライアウトまでに第三世代機を形に出来なければ出資を打ち切るとしているとは言っても、曲がりなりにも現段階で自国最大のIS企業に対してだ。

 

 そんな事をしたら裏があると自分から言っている様なものだ。

 

 だからシャルロットの肩書きを取り下げる事はしなかった。

 

 いや、出来なかったと言った方が正しいか。

 

 このケースの方が裏があるだけに説得力がある。

 

 まぁ邪推とも言うけど。

 

 ちなみにこの企み「シャルロット・デュノアを男装させて織斑一夏と専用機のデータ盗んじゃおうぜ作戦」が今の状況の様に実行前に頓挫したとしても、フランス政府に明確なデメリットが発生するわけではない。

 

 強いて言えば代表候補生の席を一つ使ったくらいだけど、候補生の人数制限なんて有っても無くても一緒だろう。

 

 全員に専用機を用意しなきゃいけないわけじゃないだろうし、あくまでもただの候補生なんだから例えば10人くらいいたって国で10人なら希少価値を損なう事もない。

 

 そして僕個人として忘れちゃいけない大事な事が一つ。

 

 それは「データ盗んじゃおうぜ作戦」が失敗し、シャルロットが女の子として転入した事により発生したメリット。

 

 男性操縦者、まぁ僕なんだけど、それの引き抜きが可能になった。

 

 いわゆるハニートラップだ。

 

 僕の所属未定と言う宙ぶらりんの状態はIS学園に在籍していられる三年間だけの期間限定のもの。

 

 もし卒業後の進路に僕の意向が反映される余地があるとした場合、引き抜きたいと思っている勢力がアクションを起こすなら在学中、しかも学園内に限られると言ってもいい。

 

 なら、その工作員は三年間を共に出来る同じ16歳が望ましい。

 

 さらに言えば世界唯一と言うネームバリューに見劣りしない肩書きと実力、交流の足掛かりとして専用機があれば尚良い。

 

 つまり女の子としてのシャルロットにはうってつけと言う事になる。

 

 そして転入早々僕とコンタクトが取れた事はそういう方面で有用性を示せたんではないかと言う見方も出来る。

 

 入学してからこっち、僕の周りは幼なじみの箒ちゃん、ルームメイトだったのほほんさんを除くと、セシリア・鈴・ラウラと代表候補生で固められている。

 

 それに加えて先日鈴とのデートをフライデーされた事で焦る勢力もあるんじゃないだろうか。

 

 フランス政府にしてもダメ元でもあわよくばと言う欲が出ても不思議じゃない。

 

 デュノア社への援助を取り引き材料にすればシャルロットも本気にならざるを得ないだろうし。

 

 こういう考えは何もフランスだけに限った話じゃなくて、きっと代表候補生の三人も自国から大なり小なり指示を受けていると僕は考えている。

 

 せっかくのチャンスがあるなら当然だろう。

 

 でもラウラは最初あんなだったし、今や義妹だ。

 

 引き抜く所か、ミイラ取りがミイラになってしまっている。

 

 鈴については疑う気すらないので論外。

 

 もしアカデミー賞並みの演技力で騙されているとしても鈴相手なら本望だしね。

 

 でも中国が好きじゃないのが困った所。

 

 難癖つけて武力で脅す国境問題、大量の劣化粗悪品をばら撒く著作権問題、政府を批判も出来ない政治形態と活動家を拘束する人権問題、自分たちに不都合な事はすぐに弾圧する情報統制、賄賂が常習化された社会構造、国内製品に対する信用の無さから見て取れる自国民も否定する信用度の低い国民性、共産党員さえ良ければいいと言う貧富の差などなど挙げて行ったらキリがない。

 

 もしもの時は鈴に亡命してもらおうか真剣に悩むな。

 

 最後、じゃあセシリアは?

 

 セシリア個人に対しては尊敬もしているし友情も感じているけど、如何せん立場が違い過ぎていて正直半信半疑といった所。

 

 僕が姉さんを自分の中心に据えている様に、セシリアはきっと貴族としての自分を中心に置いていると思う。

 

 なら、頭首として守るべきモノのために必要な時に必要な事をするだろう。

 

 それに対して嫌悪感はない。

 

 自分よりも優先する事がある事に共感するし、守るべきモノの大きさとその責任感の強さに尊敬もする。

 

 ただそういう場面になった時に受け入れると言うか、誘いに乗るかは別問題。

 

 セシリアはお姫様みたいに綺麗で、姉さんとはまた違った意味で完璧なプロポーションをしている。

 

 内面も一本しっかりとした芯が通っている強さと美しさがあって、彼女の素であろうコロコロ変わる表情は可愛らしい。

 

 身嗜みも人一倍気を使っていて香水一つ取ってもセンスが良く、家事スキル以外の女子力はピカイチだ。

 

 もしそんな彼女に迫られる様な事があったら男として光栄の至りだけど、その理由が好意ではなく打算だとするなら、自分のためにも、彼女のためにも、僕に好意を寄せてくれている人達のためにも、間違ってもその誘いに乗る訳にはいかない。

 

 じゃあ、その好意が本物だったら?

 

 その時は……やっぱりお断りさせてもらう事になると思う。

 

 僕の中心にいる、家族として、そして一人の女性としても魅力的な姉さん。

 

 僕が悲しい時、苦しい時にその底抜けに明るい笑顔と温もりで支えてくれた束さん。

 

 同じ目線で同じ時を過ごし、想いを積み重ねてきた鈴。

 

 ただただ僕への想いを生きる支えにしてくれてきた箒ちゃん。

 

 16歳という多感な時期に男と同室になっても嫌な顔一つせず、逆に女の園にあってストレスを溜め込んでいる僕を癒やしてくれ、さらに僕の負担にならない様に初恋とファーストキスを捧げてくれたのほほんさん。

 

 彼女達を差し置いて選ぶ程の何かを僕はまだセシリアとの間に築けてはいない。

 

 まぁ現時点でこんな考えはただの自惚れ以外の何ものでもないのでサラッと流して話をハニートラップまで戻すと、国の意向がどうであれセシリアにしてもシャルロットにしても何かある前に先入観で警戒して壁を作るのも馬鹿らしいし、何より相手に対して失礼なので、二人には友達としてクラスメイトとして節度ある接し方をしようと思う。

 

 いざとなったらキュクロープスを発動して逃げればいい訳だし、さすがに姉さんも弟の貞操の危機なら形式以上には怒らないだろう。

 

 …………怒らないよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み、シャルロットがクラスメートに連行されて行くのを横目に見ながらラウラと購買に行きサンドイッチと飲み物を買って校舎の外、木陰にあるベンチに腰を下ろす。

 

 今日は珍しく二人きりだ。

 

 ランチは基本的に食堂で済ませる事が多く、外で食べる時でも屋上を使う。

 

 ではなぜ今日は違うのかと言うと、食堂を避けたのはシャルロット目当てで人が多そうだったからで、屋上じゃないのは今日みたいに天気の良い日はそろそろ直射が暑かったりするからだ。

 

 6月に入り、もうしばらくすれば日本は雨に濡れる紫陽花の季節。

 

 それが過ぎれば太陽に向かって咲く向日葵の季節がやってくる。

 

 そうなるとさすがに外で食事をするのは厳しくなってくるから、今日みたいな日は貴重と言う訳で、まぁつまる所、束の間のこの幸せを謳歌しようと言う趣向だ。

 

「兄様」

「ん?」

「来週からの学年別個人トーナメントについてなんだが」

「あぁ、うん」

 

 学年別個人トーナメントは夏休み前の期末テストの様なもので、6月の第2週から月末にかけて約3週間かけて行われる。

 

 その期間の長さに驚かれるかもしれないけど、IS学園の生徒数は、1クラス30人が8クラスで3学年分、計720人。

 

 単純に計算して一回戦だけで360試合、優勝するまでには8回も勝ち抜かなければならない。

 

 しかも場所もISの数も限られている上に試合後のメンテナンスまであるとあっては、日程が長期に及ぶのも納得してもらえるんじゃないだろうか。

 

 ちなみに専用機持ちは別枠で戦い、数の調整に訓練機の上位数名が入る形になる。

 

 その試合は来賓を呼んで盛大に行われ、自国の代表や代表候補生の成果を確かめたり、青田狩り、つまりスカウトの機会にもなっている。

 

 なので卒業後の進路でIS乗りを希望していて、しかし未だに所属の決まっていない三年生の先輩の意気込みと言ったら鬼気迫るものがある。

 

「私が転入して来る前に行われたクラス対抗戦で兄様の試合に乱入してきた黒い全身装甲のIS。学園側の発表では所属も目的も分からず終いだったために、あれが再度襲撃して来る可能性が考えられている」

「あぁ~~~~うん、そうだね」

 

 アレが束さんの仕業とはさすがに言えないな。

 

 しかも理由が「僕の華々しいデビューのため」だもんね。

 

 それにしてもアレが無人機だった事実をちゃんと秘匿できてる事が何かちょっと意外。

 

 スパイ衛星とかないのかな?

 

 それともラウラが知らされていなかっただけ、またはドイツが知らないだけって可能性もあるか。

 

 一応僕の護衛って事になってるんだから姉さんも教えてあげればいいのに。

 

 信用してない訳じゃないと思うんだけど、やっぱり知ってる人間は最小限に抑えておきたいのかな。

 

 でも、いざって時に相手が機械か人間かって大きく違うと思うんだよね。

 

 痛覚なかったり限界なかったり。絶対防御がないから壊れやすいのは逆に弱点だけど、その分エネルギー効率は高いわけで、そこは一長一短。

 

 でも最終手段で自爆とかあったら嫌だな。

 

「前回の教訓を生かし、教師陣と黒兎部隊が連携して警備に当たる事になっていてな。ついては私も兄様の護衛としてトーナメントには参加せずにいようと思っていたのだが、姉様に却下されてしまったのだ。いや、もちろん姉様の指示に不満があるわけではないのだが、私は生徒と言う形で在籍してはいてもその本来の任務は兄様の護衛。それを放棄する訳にはいかない。だから兄様からも姉様に何とか言ってもらえないだろうか」

 

 何となく頬が膨れている様に見えなくもないラウラの横顔を見て微笑ましい気持ちになりながら、どうしたものかと考える。

 

 姉さんは表向きは公私混同しないタイプだし、教師としての判断だと覆すのはほぼ無理と言っていい。

 

 護衛対象からの依頼と言う形でねじ込めば行けそうな気もするけど……。

 

「ラウラ、僕も姉さんと同意見だよ」

「しかし、それでは」

「どうどう、落ち着いて」

「う、うむ」

 

 頭を撫でてあげると、少しボルテージが下がる。

 

 うん、義妹は今日も可愛い。

 

「別に護衛任務を放棄して一般生徒として過ごせって言ってる訳じゃなくてね。参加者側からの視点で警備するのも重要じゃないかと思うんだ。警備って言うとついつい外側にしか目が行かないじゃない?」

「確かにそれは一理あるな……。さすが兄様だ」

 

 悩みが解決し、今日の天気みたいな晴れやかな笑顔になるラウラ。

 

 その邪気のない可愛さに当てられ、自然と頭に手が伸び、その綺麗な銀髪を撫でると、子猫の様に目を細める。

 

「ラウラ」

「なんだ、兄様」

「可愛いよ」

「なっ!?」

 

 飛び退いたりはしなかったが、目と口は丸く開き、陶器のような白い肌が赤く染まっていく。

 

「わ、私がかかか可愛いなどと、戯れ言が過ぎるぞ。兄様」

 

 動揺凄いな。

 

「どうどう」

「ぅぅぅぅ……」

 

 とりあえず撫でて勢いを止める。

 

「軍隊式のピッとした凛々しいラウラは姉さんの格好良さに通じるものがあるけど、ちゃんと女の子らしい可愛い所もあると兄としては思うんだけど」

「そ、そんなことは……」

 

 何かニョゴニョゴと言ってるけど聞こえません。

 

「ラウラはまだそんなに知らないだろうけど、姉さんだってオンオフ切り替えたら家族にしか見せない可愛い所がいっぱいあるんだよ? だからラウラもさっきみたいな素の表情を僕や姉さんにくらいもっと見せて欲しいな。家族なんだから」

「家族……家族か……そうだな。私はもう一人じゃないんだな」

 

 普段は力強いオーラを纏っているラウラが、この時ばかりは年相応の小柄な少女に見えた。

 

 その儚い笑顔に胸がギュッと締め付けられ、思わず抱き締めてしまう。

 

「に、兄様っ」

「ラウラは僕と姉さんの妹だよ。忘れない様にね」

「…………うん」

 

 小さく頷くと、優しい力加減で腰に手を回し抱き締め返してくれた。

 

 ちなみに二人で抱き合っているこのベンチだけど、人通りはなく、木陰と言う事で上の階からは死角になっているけど、別に隠れている訳でないので全く誰にも見られないと言う訳にはいかない。

 

 そのせいで放課後に話を聞きつけた鈴や箒ちゃん、のほほんさんに責められる事になったけど、兄として反省も後悔もしていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS乗りと言う進路のために必死でアピールする者と、実技の関係ない進路を選んでいるテンションの低い者とがはっきりと分かれている三年生。

 

 選択科目が分かれ、実力の差が顕著になってきた二年生。

 

 まだ入学して二ヶ月しか経っておらずドングリの背比べな一年生。

 

 そんな学年ごとに違う雰囲気を醸しながら始まった学年別個人トーナメント。

 

 と言っても専用機持ちは月末までやる事がなく、それ所か学園内では訓練するスペースもないので、各々が自分のバックボーンである国や企業の施設に放課後移動して訓練する事になっているんだけど、ご存知の通り僕とラウラは今のところIS学園にしか所属していないために行く宛がない。

 

 かと言って変に他国に借りを作る訳にも行かないと言う事で、一応まだ僕が日本国籍と言う事と、真耶先生の代表候補生時代の友達を頼る形で海上自衛隊の横須賀基地にお邪魔させてもらえる事になった。

 

 学園でも訓練機として採用されている第二世代型IS『打鉄』を製造している倉持技研と言う企業の施設の方が近くて設備もいいらしいんだけど、そこは一年四組のクラス代表にして日本の代表候補生でもある更識簪さんがお世話になっているとの事なので、ライバルとしてはお願いする訳にはいかなかった。

 

 ちなみに更識さんの専用機は『打鉄弐式』と言うそうで、薙刀を振り回しながら荷電粒子砲を連射し、必殺技は6機かける8門のミサイルポットからミサイルの雨を降らす凶悪な機体だそうだ。

 

 何て言うか、打鉄の後継機なのに見る影もないね。

 

 正直、名称詐欺だと思います。

 

 あぁそれと名字から分かる通り、生徒会長の妹さんだ。

 

 姉妹で国家代表と代表候補生なんて凄いね。

 

 そしてとても重要な事だけど、彼女はのほほんさんの想い人でもある。

 

 言い方に誤解を招く要素があるかもしれないけど意味的には間違っていないので問題ない。

 

 更識家と布仏家は代々主従関係にあるそうで、のほほんさんは簪さん専属の付き人なんだとか。

 

 そうやって聞くと物々しい感じに聞こえるけど、実際は幼馴染で大好きだから何よりも優先したいって言ってた。

 

 その時ののほほんさんの表情は包み込む優しさと受け止める柔らかいさが合わさった、抱きしめてくれる時の姉さんの様な雰囲気があって、どれだけ彼女を大切に思っているのか伝わってきた。

 

 普段は甘えん坊でドジっ子で面倒くさがりで怠け者のマスコットキャラなのに、こういうギャップがズルいと思う。

 

 さておき、横須賀基地への移動だけど、てっきりモノレールかバスで行くもんだと思っていたら、

 

「さぁ、若。どうぞこちらへ」

「いや、ヴェローニカ。若は勘弁してよ」

「では、やはり殿とお呼びすれば?」

「違います。ヴェローニカ、ここは兄貴と呼ぶのが正解です」

「コルネリア、それも違う」

「お前たち、兄様を困らせるんじゃない」

 

 黒兎部隊が輸送用ヘリで送迎してくれる事になった。

 

 ちなみに送迎を担当してくれるヴェローニカとコルネリアは二人とも今年19歳で、姉さんが強権を発動させた「18歳以下は学生として在籍させる。これは決定事項だ。貴様等に拒否権はない。分かったら返事は「はい」か「Ja(ドイツ語のYES。発音は「ヤー」)」で答えろ」の範囲外であるため普段は学園の警備をしてくれている。

 

 年上の二人に普段なら絶対にしない俗に言うタメぐちをしているのは、お願いとしがらみのせいで、お願いの方は単純に隊長のラウラを呼び捨てにしている手前、他の隊員からも呼び捨てを希望されたからで、しがらみの方は対外的な力関係とでも言えばいいのか、彼女たち黒兎部隊の存続は僕の存在に依存しているので、僕としては運命共同体の様に解釈しているんだけど、彼女たちにしてみると今まで忠誠を誓っていたドイツが僕に取って代わった様に感じているらしく、ヴェローニカの呼び方じゃないけど、まさに殿様と臣下の関係なんだそうだ。

 

 ちなみに副隊長のクラリッサが最年長で、後はリーゼとエルナが年長組のメンバーとなっている。

 

 それにしても若とか兄貴とかお兄ちゃんとかご主人様とか旦那様とか呼び方が偏ってる人をどうにかして欲しい。

 

 みんな揃って親日家なのは嬉しいけど、何かが盛大に間違っていると思う。

 

 まぁ犯人は当然クラリッサな訳だけど。

 

 そのくせ自分は無難に姉キャラ、または後妻に入った若奥さんキャラで「一夏さん」なんて普通に呼ぶし。

 

 でも、その呼び方に妙な艶っぽさがあるのがちょっと気になったり……。

 

 それに何より最年少13歳のカレンに「お兄ちゃん」て呼ばせるのは反則だと思います。

 

 あ、この子、初対面の時にクラリッサに騙されて「わ、私たちハーレムにされちゃうんですよね」なんて涙目で言ってきた例の子です。

 

 そんなカレンは純真で真っ直ぐで頑張り屋さんで隊みんなの妹として可愛がられています。

 

 余談だけど、ヴェローニカは「姫」、コルネリアは「姉御」と姉さんを呼んで出席簿で叩かれていたっけ。

 

 最終的には隊長の上役だから「司令官」という事で落ち着いたみたいだけど。

 

 司令官……ちょっと響きが格好良いな。

 

 先頭に立って人を引っ張って行くカリスマ性に富んだ姉さんにはピッタリかも。

 

 ヘリに揺られながらそんな取り留めもない事を考えていると、ふいに操縦席がある前のスペースからヴェローニカが身を乗り出して振り返る。

 

「若、これから友軍の陣地に赴くわけですが、友軍だからといって油断なされぬよう。むしろ友軍だからこそ余計に気をお引き締めください」

「それは自衛隊を、日本を疑えってこと?」

「はい。他国が若を引き抜こうと画策するのと同様に、若の母国である日本もまた若を引き留めようと必死になるのは道理」

 

 それは……どうなんだろう?

 

 逆に厄介者扱いされているんじゃないかと思っているんだけど。

 

「それに加えて兄貴の命を狙う不逞の輩にしてみれば、学園を離れた今の状況は千載一遇の好機。何時仕掛けて来られても不思議ではありません」

 

 ヴェローニカの背後から、操縦桿を握ったままのコルネリアが話に加わる。

 

「ただ外敵に対してはそれ程警戒する必要はございません。私とヴェローニカもISを携帯して来ておりますので、兄貴と隊長に参戦していただければこちらの戦力は合わせてIS四機。下手な小国なぞすぐにでも攻め落とせるだけの戦力を有しております」

「なので、若に注意していただきたいのは我々が介入しにくい小手先の技や絡め手。分かり易い所でいくと、飲食に混入される毒や、個室や密閉空間でのガス、色香なので油断させて接近してからの不意打ちなどです。ただし手段を限定するのは対処において柔軟性に欠けますので、あくまでもおおよそそういったものと幅を持たせておいてください」

 

 こうやって真正面から真剣に心配されると、嫌でも自分が暗殺される危険のある立場にいるんだって事を実感させられる。

 

 正直、過去のトラウマが刺激されて胃が縮みあがる程ストレスを感じているけど、それでも負けずに姿勢を正していられるのは、守ってくれるみんなのおかげと、最終的な所で束さんに絶対の信頼を寄せているからだと思う。

 

 言ったら意味がないから内緒にしているけど、そういった暗殺や不意打ちを防ぐために、束さんがキュクロープスに自動防御機能を搭載してくれている。

 

 まぁ要は勝手に起動するだけなんだけど、絶対防御があれば大抵の事は心配ない。

 

 それにオートの探知機能で、付近に毒物があると勝手に検知してくれる。

 

 だからこの手の行為で命を落とす確率は限りなく低いと言っていい。

 

 それでも絶対はないし、用心してし過ぎると言う事はない。

 

「分かった。注意するよ。ありがとう。ヴェローニカ、コルネリア」

「勿体ないお言葉、恐縮です」

「兄貴あっての我々ですから」

 

 二人からの注意事項が終わると、隣りに座っていたラウラが立ち上がる。

 

 その顔からは人の上に立つ者の威厳が感じられた。

 

「作戦の確認だ。コルネリアは輸送機で待機。外敵に備えろ」

「Ja」

「ヴェローニカは我々に同行し、周囲への警戒と脱出経路の確保」

「Ja」

「私は兄様と常に行動を共にし、警護に当たる」

 

 三人の雰囲気が軍人のそれに変わり、ヘリ内の空気が引き締まる。

 

 そしてラウラから「最後に兄様からも一言」と視線で促され、少し考えた後に護衛対象としてはこんなこと言っちゃ駄目なんだろうけど、本心からの希望を口にする。

 

「何かあれば僕もラウラの指示に従ってキュクロープスで出るから、みんな無理はせず、一緒に学園に帰る事を最優先にしよう」

「若……」

「兄貴……」

「ふん、当然だ、兄様。我ら黒兎部隊、誰一人欠ける事なく今後とも兄様を守護し続けるのだからな。そうだろう、二人ともっ」

「「Ja」」

 

 そんな頼もしい言葉を聞きつつ、四人を乗せたヘリは横須賀基地に到着する。

 



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