アタランテが咬ませ犬的ポジジョンなのが納得がいかない!というよりペロペロしたい (天城黒猫)
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プロローグ

リメイクしました、
1話の話の流れは前と大凡変わりませんが、ほんの少し変えてあります。
 



 ──ロンドンの時計塔。

 

 ロンドンの街にそびえ立つ巨大な時計塔。それはロンドンで有名な場所は? と言われれば、高確率でその名が出る場所であり、観光名所として有名な場所である。

 そう、()()()は──。

 だが、一般人と大凡かけ離れた位置に存在する魔術師たちにとって時計塔というと、観光名所などではなく、魔術師の協会であり、学校を意味する場所である。

 時計塔の内部にある教室の一角で、

 

「貴様……本気か?」

 

 時計塔に所属する講師の君主(ロード)のひとりであるロード・エルメロイⅡ世は、困惑と戸惑いと怒りによって眉間に浮かび上がった(しわ)を指でグリグリと抑えながら、呟く。

 

「本気も本気です! 今までの人生で最も本気といっても過言ではないほどに本気です!」

 

 アホ毛をブンブンと揺らしながら、ロードの生徒のひとりである川雪 泉(かわそそぎ いずみ)は答える。

 

「そうか、因みに何故そこまで本気か聞いてもいいか?」

「勿論! ボクはアタランテちゃんのケモ耳(ライオン耳)をprprしたい! 腰から揺れている尻尾を掴んでさわさわしたい! ──というか、全身をくまなく味わいたいッ!!」

「死ね」

「グハァッ!?」

 

 ロードは泉の顔面を容赦なく蹴り飛ばし、泉の体は3メートルほど宙を吹っ飛び、地面に落下した。

 

「そもそも、英霊は愛でるようなものではない! というか、仮にアタランテを召喚したところで何故ケモ耳がある事が確定しているッ! 仮にケモ耳があったとしても、それは獅子の姿で召喚されたときのみではないか!? まあ、その時は耳だけではなく体中余すところなく獅子だがな!! というか、貴様は魔術をなんだと思っている! 幻影で人の頭にケモ耳を生やしたり、挙句の果てにアニメキャラを立体化させて歌わせたり!! それだけでならば、個人の趣味ですますが、他の人物、様々な場所でいたずらをして! その後始末をしてやっているのは誰だと思っている!? 下手に優秀だから破門にする事も出来ない! ああ、何たる事だ! 私の失態は貴様を生徒として迎えた事だな!!」

「ちょ!? いたいいたい!! 髪の毛引っ張んないで! 千切れる!!」

 

 ロードは泉のアホ毛を引っ張りながら、一気にまくし立てる。

 後半の破門云々は何時も通りのやり取りとして、何故両者がアタランテの事について会話をしているのか。

 それはアホ毛の引っ張られすぎで、床に「きゅう~」と言いながら伸びている泉──いや、正確に言うと泉の右手にある文様が原因である。

 その文様は、三角の模様からなり、よく観察すると、その紅い文様の一角一角に、途轍もなく膨大な魔力が貯蔵されているのが解る。

 それは、ある日突然。なんの前ぶりもなく、ロードの講習を受けていた時に浮かび上がったものだ。

 ロードは、直ぐにそれの正体を理解した。

 その文様は、令呪と呼ばれるものである。

 令呪とは、聖杯戦争という、己の願いを叶える魔術師の儀式(たたかい)にて──過去、未来、果ては別の世界──にて、生前英雄と呼ばれるに相応しい活躍をしたものが死後にたどり着く場所から──召喚される全てで7つの(クラス)を持つ使い魔(サーヴァント)への絶対命令権である。

 現在世界各地で行われる亜種聖杯戦争に、かつてロードは参加していたため、それが令呪だと理解したのだ。

 何時もならば、何故貴様に令呪が浮かび上がるのだ。などという嫌味を言いながら、聖杯戦争に参加させるだろう。

 ──だが、今回ばかりは事情が違った。

 ロードが参加したのは()()聖杯戦争。

 つまり亜種があるのならば、本家(オリジナル)もある。そのオリジナルの聖杯戦争──正確には、聖杯戦争を行う為の聖杯、通称『冬木の聖杯』によって行われるのだ。

 亜種ならば、召喚されるサーヴァントは多くて4、5体という有様であり、戦いも小規模なものになるが、今回ばかりはそうではなかった。

 オリジナルの聖杯戦争。それはサーヴァントを7対召喚して行われる大規模なものである。それに、ロードの生徒が参加するだけでも、ひと騒ぎするというのに、それだけではなかった。

 今回の聖杯戦争において召喚されるサーヴァントの数。

 

 ────合計14体。

 

 7体でも十分に多い。だというのに、14体。その数は今までにかつてない程に多い。

 ──しかも、それだけではない。

 事情は更に入り組んでいる。

 全ての聖杯のオリジナルである聖杯が、とある一族によって奪われ、冬木からルーマニアへと移動させられ、それを奪還せんと、総勢50人の『狩猟』に特化した魔術師たちが送られた。

 その結果、生きて帰ってきたのは、僅か1名。

 その1名も自力で生還した──という訳ではなく、ただの伝言(メッセンジャー)として、生かされ、洗脳された状態で帰ってきたのだ。

 他の49名は、殺害された。別に敵の魔術師が余りにも強かった訳でもなく、送られた魔術師達が弱かったという訳でもなく、比べようのない、正に次元の違う存在によって殲滅されたのだ。

 ──サーヴァント。

 魔術師たちはサーヴァントによって、返り討ちにされた。

 だが、何の成果も得られなかったという訳ではない。

 聖杯のある装置を起動させる事に成功した。

 その装置は、7つの陣営が全て手を組んだ時に発動される、『戦争』を行わせるための装置。

(ルージュ)』と『(ノワール)』の2組に分かれそれぞれ、

 セイバー

 アーチャー

 ランサー

 ライダー

 キャスター

 アサシン

 バーサーカー

 の英霊を召喚し、戦うという装置だ。

 つまり、召喚される英霊の数は14体となる。それは、亜種、本家の聖杯戦争の規模を軽く超越する聖杯戦争。

 

 ────即ち聖杯大戦。

 

 ──だが、問題はそこではない。

 今回の聖杯戦争に、泉が参加するという事が問題なのだ。

 聖杯を魔術協会は()()奪還しなければならない。

 それには、敵側が召喚するサーヴァントに勝てるサーヴァントを召喚し、更にそのサーヴァントのマスターとなる魔術師も、腕利きのものを集めなければならない。

 故に、泉を参加させる訳にはいかない。

 今回派遣される魔術師と並ぶと、泉の腕はやや互角、もしくは互角以上かもしれない。それでも、まだ卒業すらしていない。──要するに、いくら腕が立とうが見習いぺーぺーという訳だ。

 そんな泉を参加させるわけにはいかない。魔術の腕の問題ではなく、政治的な問題なのだ。

 

「わかったら、その令呪を別の魔術師に渡してだな──」

 

 ロードは、そういった事を泉に説教をかますが、当の泉はロードが少々目を閉じた瞬間に、既に部屋を出て行った。

 

「……って居ないッ!?」

 

 ロードは、ふと目を開けてみれば、泉は忽然と姿を消していた事に衝撃を受ける。

 すぐさま部屋を飛び出し、廊下を駆け、様々な場所を捜索する。

 ──だが、職員に聞いてみれば、泉は既に時計塔を出て、今頃は飛行機に乗っている頃だろう──。と伝えられた。

 

「…………ファック……今頃追いかけていっても、もう間に合わない。か……各方面に頭を下げる準備が必要か? いいや、必要だな、確実に。……帰ったら覚えてろ……」

 

 ロードは、頭を押さえ、体をふらつかせながら時計塔の内部を歩く。

 向かう先は、時計塔の権力者の元────────。

 

 

 

 

 

 ──時と場所は変わり、ルーマニアの街の一角に存在するボロアパートの一室で、泉は床に寝転んで寛いでいた。

 ルーマニア。正確に言うとトランシルヴァニア地方の外れにある都市トゥリファスにある最古の建築物であるミレニア城に、聖杯は設置されており、その聖杯を奪った一族──ユグドミレニア一族──がいる。

 その事は、泉では大凡知ることのできない情報である。

 だというのに、泉は知っている。場所も、ピンポイントで、召喚されるサーヴァントも、──果てはこの先の展開すらも──。

 そう、()()()()()()()()()()から知っている。

 ──それは、泉の特異性と言うべきものであろう。

 泉は、前世の記憶を持っている。魔術によって引き継いだわけでもなく、本人ですら、何故なのか解らないが、唐突に、泉の前世の人物は死亡し、この世界に『川雪 泉』として生をうけたのだ。

 最初は、勿論戸惑ったが、そのうち慣れ、時間が経つと自分が魔術師の家系に生まれた事が分かり、成長すると魔術の修行を必死に行った。

 それは、別に親孝行したいだとか、『  』(根源)にたどり着きたいだとか、そういった立派な動機ではなく、──ただ楽しむためであった。

 彼にとって、魔術というものは、未知の存在であり、憧れであり、玩具であった。

 前世では、魔術などは実在せずに、ただの空想(ファンタジー)であった、だが、この世界には魔術というものが存在する。──彼が、魔術の修行をする動機は。「そこに魔術があるから」というだけのものである。

 ──そして、数年が経過し、彼は時計塔という場所に送られた。

 そこである人物とであった。──その人物こそ、ロード・エルメロイ・Ⅱ世である。

 そして、ロード、時計塔、魔術、他にもチラホラと耳にした単語により、彼は、泉は、理解した。

 

 ────転生した先は型月ワールドだと。

 

 それは、彼が前世で見たアニメ、読んだ小説、ゲームの中と全く同じ世界だった。

 そして、彼はある一つのモノに目をつけた。それこそが聖杯戦争。

 泉は、サーヴァントを召喚する事をいつかやってみたいと思っていた。何故ならば、会ってみたかったからだ。

 前世で、読んだ小説にて、そのキャラクターの内の一人に会ってみたかったのだ。

 そのキャラクターこそがアタランテ。

 泉は、どうしてもマスターとしてアタランテを召喚してみたかったのだ。何故──と問われれば、こう答えるだろう。「好きだから」と。

 つまり、泉は前世でアタランテの事が好きだったのだ。だが、それはあくまでも小説の中の人物であり、実際に話し、触れ合う──。なんていう事はできないのは、承知だった。

 だが、今なら、この世界ならば、実際に召喚する事ができる。話すことができる。そして─────

 

「さて、始めますかっと!」

 

 泉は、体を起こして、床に刻んだ魔法陣の前に立つ。

 魔法陣の中心には、アタランテに所以する物──触媒を設置し、魔法陣にズレが無いか一通り確認する。

 

「すぅ……はぁ……うー、緊張する……よし! 『──セット』」

 

 泉は、深呼吸をし、体内にある魔術回路を起動させる。そして詠唱を紡いでいく。

 

『汝の身は我が元に、我が運命は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ』

 

 魔法陣が泉の詠唱に呼応するように、鈍く光輝く。

 

『えー……っと、誓いを此処に。

 我は常世全ての善となる者、 

 我は常世全ての悪を敷く者。

 汝三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ────────』

 

 泉の詠唱が紡がれる度に、光はどんどん強くなっていった。そして、より一層強く輝き、魔法陣を中心に風が吹き荒れ、部屋のカーテンと窓を揺らす。

 

「おお……」

 

 泉は感嘆の声を漏らす。魔法陣の中心には、人影があった。

 頭部には獅子の耳が生えており、髪の両端を結わえ、スカートの下からは獅子の尾を揺らしていた。その顔は麗しの名に相応しいものであった。

 

「汝がマスターか? よろしく頼む」

 

 彼女こそが、泉が召喚したかったサーヴァント。

 名をアタランテ。

 泉が話し、触れ合いたかった人物。

 

 

 

 ──────今ここに、川雪 泉 という1人のイレギュラーが参入した。

     

 最早正史通りにApocrypha(外典)を進めるのは不可能だ。

 彼は、己の欲望のままに、本能のままに、己の信ずる道のみを歩み、暴走してゆく。

 それがどのような結果をもたらすのか────────。



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召喚

 ルーマニアの街の一角にあるアパートの一室。

 そこには二人の男女がいた。

 

「どうした? 汝がマスターであろう?」

「……ハッ! うん! そうそう! ボクがマスターだよ。名前は泉、よろしくね!!」

 

 泉は、召喚した己のサーヴァント、クラスはアーチャー、真名はアタランテ。

 彼女の容貌に見とれ、呆然と棒立ちになっていたが、アーチャーの声によって気を取り戻し、握手をしようと手を伸ばす。

 アーチャーは、その手を取る前に、泉の姿をまじまじと見る。

 

「え? 何?」

「……まさか、汝のような子供がマスターだとは思わなかったからな」

「ちょ! ボクは18だよ! 車の運転もできるよ! 免許はないけどね!!」

「そうか、余りにも小さいのでな」

「酷い!! ボクが過去現在からずっと気にしている事を!」

 

 泉とアーチャーが会話をしているとき、窓の淵に白い鳩が飛び降りた。鳩は窓を嘴でコンコンとつついた。その鳩は使い魔だ。

 

「ん? ああ、今回の監督役さんかな?」

 

 泉は、窓を開いて鳩を中に招き入れた。

 

『ええ、その通りです。初めまして、私はシロウ・コトミネといいます』

 

 驚いたことに、その鳩はまるで人間のように丁寧に一礼をし、人間の言葉を発した。これは魔術師にとっては別段驚くような事でもない。使い魔を通じて会話するというのは、よくある事なのだから。

 

「よろしくね、ボクの名前は泉。川雪 泉だよ! で、こっちがアーチャー」

『ええ、よろしくお願いします。早速でなんですが、本当にこの聖杯大戦に参加するつもりですか?』

「勿論! でなきゃあ、ボクはここには居ないし、サーヴァントを召喚していない」

 

『そうですか』と訝しげな声を出す。『遊びではないのですよ?』そして次は子供に問いかけるように、真剣な様子で、泉に問いかける。

『これは魔術師の模擬戦といったような軽いものではなく──』といったシロウのお説教とも取れる言葉を、泉はそういった説教が嫌いなのか、それを遮るように言う。

 

「別にいいでしょ? ボクは参加すると言ったら、参加する! 先生に何か言われても無視する所存ですから!!」

『……まあ、ロード・エルメロイ・Ⅱ世から聞いた限りでは、魔術師としての戦力は申し分無いようですが……あの方、電話の向こうで頭痛と胃痛と腹痛が同時にやって来た様な声でしたよ? ──まあ、取り敢えずは私が居る教会まで来ていただけませんか?』

「え、やーだ!」

 

 即答。何故ですか? とシロウは問いかける。

 

「んー、ボクはボクでやることがあるんだよねー。今はサーヴァントも召喚したばっかだし」

『……判りました、ロードからは貴方の扱い方について話していましたが、本当に問題児の様ですね。まあいいでしょう、教会には用が空いたらでいいので。そのサーヴァントの真名と宝具を教えていただけませんか?』

「別にそのぐらいならいいよ、真名は────」

 

 お互い情報交換を行い、街の向こうへと飛び去っていく白い鳩を、泉は手を振って送る。

 

「良いのか?」

「ん? 何が?」

 

 シロウとの会話が終わるまで、後ろに控えていたアーチャーは、泉に問いかける。

 

「これは二つの陣営に分かれて戦うのだろう?」

「ああ」

 

 泉はアーチャーの言わんとしていることを理解した。これは聖杯大戦、黒と赤の陣営に分かれて戦うのだ。通常の聖杯戦争のように、ばとるロワイヤルと言う訳ではなく、チーム戦。つまり、泉は仲間である赤の陣営との交流、顔合わせすらロクに行わなくていいのか。と言っているのである。

 

「別にいいのさ、赤の陣営は……まあ、取り敢えずはお腹も空いてきたし、何か買って来てからにしようか、林檎もね!」

「……まあ、いいだろう。マスターとしての実力は戦争が始まってから見極めさせて貰うぞ?」

「ふっふっふ! ボクはマスターとしては最高だよ! キミもボクにとっては最高のサーヴァントさ!」

 

 泉は財布をポケットに入れ、アーチャーは霊体化し、街に出かける。

 

 

 

 

 

「────さて、川雪 泉ですか……」

 

 どうしたものですかね。とシロウはため息を吐きながら、ロードより頭を下げながら渡された泉のデーターを見る。その書類を読んだシロウの第一印象が「問題児」というものであった。

 時計塔の中、外に限らず何かしら騒ぎを起こす。中には、魔術に関係するトラブルもあり、他の魔術師と対峙する様な事もあるが、全てに勝利している様で、実力は問題なし。と判断したシロウだったが、やはり野放しにする訳にも行かず、彼のデーターを隅から隅まで読んでいた。

 

「まさか、あのようなイレギュラーがあるとは」と、シロウは泉に対する対処を考える。

 魔術協会がやとったマスターではなく、自動的に令呪が浮かび上がり、聖杯大戦に参加する事になった──というよりは、ほぼ無断で参加した予期せぬ存在。

 まず、赤のマスターのうち、ランサー、ライダー、バーサーカーのマスターは、既に洗脳を施している。泉を誘い出し、これまでと同じように洗脳を施し、サーヴァント共々傀儡と化しようとしたが、一応勧告はかけたものの、教会には来そうにない。

 だったら、こちらから出向けばいい。と思うが、わざわざ出向くまでもない。と判断した。

 それにあのような存在の扱い方も心得ている。

 いざとなったら、最悪殺害すればよい。

 

「良いのか? 強引にやらなくて」

「ああ、アサシンですか。別に良いでしょう」

 

 シロウの背後より現れた女性。長く、美しい黒髪を伸ばし、黒いドレスを着た女性。彼女の容姿は美しく、男性を魅了するであろう。──最も、彼女に見惚れた男性は破滅を迎えるであろうが。

 彼女の真名()はセミラミス。アッシリア帝国に君臨した皇帝であり、人類の毒殺の原点となった女性である。彼女がアサシンによって召喚されたのは、ニノス王を毒殺したという逸話によるものだろう。だが、彼女にはもう一つ、クラスがある。キャスターとしてのクラスが。それは二重召喚(ダブルサモン)というスキルによるものだ。暗殺者と、魔術師として両方の力を発することができるという。

 

「かのゲーテは言いましたぞ、『活動的な馬鹿ほど恐ろしいものはない』と、彼は一見したところその馬鹿でしょう。まあ。私としてはあのような人物は非常に美味しいのですがね!」

 

 霊体化を解き、現れたのは男性。彼はキャスター。真名をシェイクスピア。世界三大作家と言われる程に、有名な作家である。

 

「ええ、そうでしょうね。ですが、暫くは静観でいいでしょう。例え独断で黒の陣営と戦ったとしても、良くて1体でも道連れにしてくれれば、こちらとしても助かりますし」

 

 喧しい。とアサシンがキャスターに言うが、キャスターは言葉ばかりの謝罪を述べるだけだ。シロウはその様子を見て、困ったように制す。

 

「取り敢えず、最後のマスター。セイバーのマスターとなる人物がこちらに向かってくるまで、大人しくしていましょう。アサシンは宝具の製作を進めてください。キャスターは、そうですね……書斎(工房)で執筆をしていてください」

 

 シロウの言葉に、アサシンとキャスターは了解し、シロウの元から散っていった。ひとり残されたシロウは、天を仰ぎ見る。

 

 ──少々のイレギュラーはあれど、あの程度で60年は、願いは、決して────。

 

 

 

 

 

 

 

「──以上が事の顛末だ。君には、あの馬鹿を軽く半殺し……いや、半殺しとは言わず9.9割殺しにして、面倒を見てもらいたい。聖杯大戦から身を引け、と言っても無駄だろうしな」

 

 時計塔の一室でロードが言う9.9割殺しというのは、殆ど死んでいるのだが、それでいいのか。と言いたくなったが、相手はクライアント。無粋なことは言わずに胸の中に秘めた。

 泣く子は更に泣くほど強面な顔をした男、獅子劫はロードⅡ世の個人的な依頼を頼まれているところである。

 

「判りました。大切な生徒はこちらが保護します」

「ああ、よろしく頼む。──それと、ヤツが聖杯に何を願うかは予期できないので、仮にヤツが勝つような事があったら、後ろから刺せ。「ギャルのパンティおくれ!」とでも願いかねん。最悪、もっと酷いことになるかもしれんからな」

 

 だからそれでいいのか。と言いたくなったが胸の中に秘める。獅子劫は苦笑いをして言う。

 

「あー……それにしても何だな、ソイツは聞く限り……あー、えー」

 

 言いにくそうに口を募らせる獅子劫に、ロードは容赦なく「馬鹿だろう?」と問い、「ええ、……まあ」と返す。

 

「──兎に角、申し訳ないがよろしく頼むぞ。何か言ってきたらハッ倒して良い」

 

 ロードの言葉に、獅子劫はうなづく。彼は、泉の保護について依頼を受けているのだ。

「ではこれで」と獅子劫は部屋から出る。

 渡された触媒は円卓の破片。それを使えば、円卓の騎士──サーヴァントとしては最高クラスの騎士が召喚されることは間違いないだろう。それと、ヒュドラの幼体の死体をバッグに詰めながら考える。

 泉と戦うことになったら、厄介だろうな。と、渡された資料では、彼がいままでに戦ってきた魔術師とは全く別──というか、魔術師としては異端のスタイルなのだから。

 だが、肝心なのはそこではない。獅子劫にも叶えたい願いがあるのだ。だから、最悪殺してでも願いを叶える。そう決意し、荷物を持ってルーマニアへと向かう。

 

 



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大戦・開幕

  


「おお、始まった始まった!」

 

 泉がアーチャーを召喚してから数日が経ち、アパートの中で一日中ゴロゴロしたり、本を読んだりといった自堕落な生活を送っていた。

 アーチャー自身はそんなマスターを、どうにも本当に大丈夫なのだろうか。と思っていた。最高のマスターである、と担架を切ったのならば、それに相応しい行動を見せてもらいたいと思ったが、まだ戦いは始まっていないので泉について、どんな人物か決め込むのはまだ早計だと思ってる。

 

 

「アーチャー、始まったよ! 聖杯大戦の最初の戦いが!」

「そうか、それでどんな状況だ?」

「相手は黒のセイバー、こっちはランサーだね」

 

 水晶玉には、ある映像が映し出されていた。それは泉が放った使い魔を通じて映し出されているものだ。

 2つの巨大な力がぶつかり合っていた。黒のセイバーは剣を振るい、赤のランサーは槍を振るう。ただそれだけだというのに、剣と槍がぶつかりあうだけで、衝撃波が生まれ、クレーターが生まれ、岩が砕けた。──それは彼らが途轍もない力を持ったサーヴァントだという事を否応なく認められる光景であった。

 

「セイバーはジークフリート、ランサーはカルナ。ぶっちゃけ今日は決着が付きそうに無いから、これ以上見るのは無駄だね!」

「汝、敵──というよりは、あの2人の真名()を見破ったのか?」

 

 泉は何でもないように、水晶玉に写っていた2騎の真名()を言った。それにアーチャーは思わず問い詰める。

 聖杯戦争にて、サーヴァントの真名()は秘匿するという常識がある。何故ならば、黒のセイバー(ジークフリート)を例にすると、彼は悪竜を屠り、その時に竜の血を浴びて不死身となった。──だが、一箇所だけ竜の血を浴びなかった場所がある。それは背中。竜の血を浴びたとき、母胎樹の葉が背中に張り付いており、その場所だけ不死身とはなっていないのだ。

 ──真名()が知られたら、背中という弱点を集中的に狙われてしまうだろう。

 そういった事から、真名()は秘匿されるのだ。

 逆に言えば、相手の真名()を知るというのは、大きなアドバンテージとなる。

 

「まあね、というか触媒の流れとかを調べれば普通に判るよ」

「……そうか」

 

 泉は当たり前のことだ。と言わんばかりに言ったが、それは大嘘である。予め、前世において知っていたのだ。だが、そのことを説明すれば面倒くさいことになるだろう。と泉は考えたので、誤魔化した。

 アーチャーは泉がどこか嘘を言っていることを獣のカンに近いもので感じてっていたが、それを追求するほど野暮ではない。

 

「……それよりも、アーチャー。ちょっと一回だけ矢を放ってくれないかな? 弱めでいいから」

「良いのか? 恐らく赤側だと思うが」

「別に良いよ、もしもシロウだったら厄介だし、警告の意味も含めてね」

 

 アーチャーは了解した。と言い、弓矢をアパートの扉に向けて番えた。

 

 

 

「ここか」

「本当にここにいるのか? その悪ガキとやらは」

「多分な」

「多分ってなんだ多分って」

 

 獅子劫と、そのサーヴァントであるセイバーは、泉が居るであろうアパートの前にいる。彼らはロードⅡ世の依頼により、泉の“捕獲”をしに来ていた。

 獅子劫は、ロードの言葉を思い出していた。「良いか、決して油断はするな。ヤツはどんな魔術を使ってくるかは予想ができない。殺す気で行け」──と。

 だが、彼の言葉は言われるまでもない。獅子劫は油断をする気はないし、敵がどんな魔術を使ってくるか予想出来ないのは、よくある事だ。

 獅子劫は己の武器である銃を構えた。そしてアパートの扉を一気に開けた。

 

「──マスターッ!!」

「────ッ!!」

 

 セイバーが叫んだ。獅子劫を突き飛ばして、扉の向こうから飛んできた矢を掴んだ。

 

「テメエ、いきなりご挨拶だなァ? クソガキ」

 

 セイバーは、手に持った矢を握力でへし折り、もう片方の手で剣を部屋の中に居る少年と、そのサーヴァントに構える。振るうつもりはなく、ただの威嚇だ。

 

「いやあ、ごめんね。セイバーさん。もしかしたら敵かと思うじゃん? 用心のためだよ! うん!」

「白々しいな、わかってやっていただろう?」

「まぁまぁ、お二人さんともそこまでだ」

 

 泉と、セイバーの両者の空気が険悪になる。だが、2人の間に獅子劫が割って入り、セイバーは小さく舌打ちをして引き下がった。一方、泉は笑顔で二人を部屋の中に入るように誘導する。

 獅子劫とセイバーは部屋の中に入る。

 

「──川雪 泉、何故俺がここに来たのか判るな?」獅子劫は床に座り、泉に問いかける。

 大方の予想はつくけどね、と泉は前置きをし「先生からボクを捕まえるように言われたんでしょう?」

「ああ、正確には『聖杯大戦にて、協力して戦え』と言われている」

「そうなんだ。というか、よくここが分かったねぇ」

「まあな、というか真昼間から堂々と出かけているだろう? そこらの人に聞き込みをすれば直ぐにわかったさ、日本人は珍しいからな。というか、無用心過ぎないか? ここは既にルーマニア、敵の陣地だぞ?」

「大丈夫だって、そんな直ぐに敵も手出ししてこないし」

 

 そんな泉の発言に、獅子劫はため息を吐く。確かに白昼堂々と襲って来るとは思えないが、それでも少しばかりは用心をするべきだ。と泉に言う。

 

「ああ、はいはい。わかったよ、次からは気を付けますよーだ。じゃあ、今日のところは帰ってくれないかな? ボクもやることがあるし」

「そういう訳にはいかないな。ロードからはお前の四肢をもいででも捕まえろ、と伝えられている。判るな? この意味が」

「……先生からボクのことについて聞いているなら、知っているはずだ。ボクが他人の言葉に従うのが大嫌いなことを」

 

 座っていた獅子劫と泉は立ち上がった。獅子劫は持っている銃をいつでも引き抜けるように構えた。同時に、セイバーとアーチャーも、己のマスターが殺されては叶わないし、自身に攻撃されるわけにもいかずにそれぞれ剣と弓矢を構える。

 お互い、マスターとサーヴァント。それぞれ同じ場所に居るなら戦う──それは通常の聖杯戦争における話だ。これは聖杯大戦。赤と黒の陣営に分かれて戦う。

 獅子劫と泉は、同じ赤の陣営。戦うようなことはしない──。そう、()()()()()()()()()()()()()は。

 だが、今回はどうだろうか。

 

「ねえ、獅子GOさん。ボクとしてはほっといてほしいんだよね。用が済んだら合流するからさ」

「……今俺の名前のニュアンスが変だったが? まあいい。これは聖杯大戦だ、お遊びじゃあない。最悪死ぬような事もあるんだぞ? いいか、ロードⅡ世はお前のことを心配しているんだ」

「大丈夫だって、あと数日たったら合流するよ」

「そういうわけにも行かない。と言っている。今ここで同行してもらおうか」

「…………」

「…………」

 

 沈黙。お互い向かい合ったまま沈黙する。そして泉は指で鉄砲の形を作って獅子劫の額に突きつける。獅子劫も同時に銃を泉の額に突きつける。

 

「──頑固すぎる。依頼だからボクをそこまで縛ろうっていうの?」

「ああ、その通りだ」

 

 泉は何時でもガンドを放つ事ができる。獅子劫もまた銃の引き金を引くことができる。お互いのサーヴァントも、自身のマスター含め、攻撃範囲に居る。

 沈黙したまま向き合う。お互い動くことはない。お互いのスキを伺っている。

 

「…………ねえ、こういうシーンって絵柄はかっこいいんだけどさ、いつまでやっていればいいの? ボクもう腕が疲れてきたんだけれど?」

「だったら下ろせばいいだろう」

「そしたらそのスキにボクを捕まえるでしょ?」

「まあな」

「そっちの陣営に害を与えるような事はしないからさ」

「だったらその手を下ろせ」

 

 泉は心の中で小さく舌打ちをする。ここで捕まるわけにはいかない。せめてこの先赤のバーサーカーが敵と戦うまでは。

 獅子劫も舌打ちをする。少し迂闊だったか、と。このままではお互いにずっと硬直し続けるだけだ。そうなると、面倒くさい。

 “どうしたものか”とお互い考える。そんな状況で動いた人物がいた。

 

「ええい! 何時まで固まっているんだ! 取り敢えずとっ捕まえる!!」

 

 獅子劫のサーヴァント(セイバー)が、この状況に耐えられなく、苛立った声で泉に手を伸ばす。

「おおっと!」泉はセイバーの手を避けて、ガンドを一発獅子劫に向けて撃つ。獅子劫の魔獣の革によって作られた服は、ガンドを無効化した。だが、それでいい。泉にとっては一瞬のスキさえあれば────。

 これでお互いの硬直は完全に解けた。

 

「させるか!」と獅子劫とセイバーは泉に拳を振りかぶる。

 

光と衝撃よ(light and shock)!」

 

 泉にとって、コンマ5秒あれば十分、一工程(シングルアクション)程度の簡単な魔術を使うことはできる。短く、シンプルな詠唱を紡ぐ。そして閃光と衝撃が発生し、獅子劫の体は吹き飛んだ。セイバーは腕で光を遮り、鎧で衝撃に耐え、手を伸ばす。それでも一瞬のスキができた。「待て!」とセイバーは叫ぶが、泉はアーチャーに抱えられ、部屋を出て行った。

 流石に、足の速さには勝てないと悟ったのか、セイバーは追跡をしようとはしなかった。

 

「ッチ、逃げられたか。どうする? マスター、オレとしては追いかけてブン殴るのが最善かと思うが」

「いいや、追いかけるのは辞めよう。ヘタに追い詰めると本当に厄介なことになりそうだ。それにあいつは赤の陣営にとって不都合な事はしないと言っていた。黒の陣営にちょっかいを出して、ヤバくなったらこっちも手をだそう」

「そんなんでいいのかよ」

 

 セイバーの問いに獅子劫は頷き、渡された資料のある一文を思い出す。泉の使う魔術の内の一つだ。それを使われたら、厄介なことになる。最悪、泉自身が死ぬような事も──────。

 

 

 

「さて、暫くは野宿かな?」

 

 アーチャーに抱えられ、泉とアーチャーは森の中にいた。

 

「しかし、事前に念話で打ち合わせていたから咄嗟に行動できたはいいものの、アレで良かったのか?」

「勿論、ボクはこの聖杯大戦。勝ち抜くつもりさ、だからこの行動にも意味が有るのさ!」

「そうか、なら良いが。私としては願いが叶えば良い」

「うんうん! ボクは最高のマスターさ、生憎ともそれを証明できるのはまだ先だけど、予告をしよう! 次は赤のバーサーカーが単身、黒の陣営に突っ込むと!!」

「……どうだろうな、まあいい」

 

 アーチャーは霊体化し、何処かへと去っていった。恐らくは森の中に居る動物を仕留めに行ったのだろう。

 一人残された泉は呟く。

 

「なーんか、ここんところシリアスばっかだなぁ……蕁麻疹(じんましん)出そう……。まあもうすこし我慢するか、こっから先は既にボクの手のひらの上……なーんてね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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”黒”への襲撃

 泉が獅子劫から逃げて、森の中で過ごして暫く経った。

 泉は使い魔を通じてある光景を見ていた、それは大男が進む様子だ。

 

「始まったか」

 

 泉は小さく呟いた後、アーチャー(アタランテ)のいる向きに振り向いた。

 

「さて、それじゃあ、ボクたちも行動するよ。作戦は──────。

 

 泉はアーチャーに自分の作戦を伝え、アーチャーは泉の指示に従って移動していく────。 

 

 

 

 森の中を笑いながら筋骨隆々の大男が、立ちはだかるホムンクルスやゴーレムをなぎ倒しながら進んでいく。

 彼は赤のバーサーカー。真名()をスパルタクス。

 生前はトラキアの奴隷剣闘士であり、ある日仲間を率いて反逆した反逆の英雄。痛めつけられながらも、逆転し圧制者を引きずり下ろす存在。

 攻撃を受ければ、その攻撃を己の糧とし己のチカラを増大させる。

 狂ったような笑顔。というのは正にこの事なのだろう。赤のキャスター(シェイクスピア)によって煽られ、黒の陣地に単身進撃しているのだ。

 それは自殺行為に近い。彼はサーヴァントである。普通の魔術師では叶わない存在。だが、相手もまた同じくサーヴァント。人知を超えた英雄の群れに、ただ一人突進するというのは愚かな行為だ。

 

「おい! 止まれ、バーサーカー!!」

 

 だから彼の進撃を止める存在がいる。木々を飛び移ってバーサーカーの後を追いながら赤のライダー(アキレウス)は叫ぶ。

 

 バーサーカーは笑顔のままで振り向きもせずに答える。「はは、それは無理な相談だな、ライダーよ」バーサーカーはその歩みを止めない。只々前に進む。

 

「私はあの城に、圧制者のもとに赴かなければならないのだから」

 

「ああ、やっぱりか」ライダーは言葉が通じないと思っていた。それは真実だった。

 言葉を話せるのならば、言葉が通じる。と思うかもしれないが、バーサーカーなのだ。いくら言葉を話せようが、バーサーカーは狂っている。故に狂戦士(バーサーカー)。言葉は通じない。

 バーサーカーは戦うだけだ。

 バーサーカーは圧制者を引きずり下ろすだけだ。

 バーサーカーはその為に圧制者のもとに進むだけだ。

 ライダーはそれを悟り、追いかけるのをやめた。

 

 ライダーは足を止める。「──おっと」己の武器である槍を取り出す。何故ならば、敵。黒のサーヴァントが近づいてくる気配を感じたからだ。

 現れたサーヴァントは2体。巨大な戦鎚(メイス)を持った黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)と、黒のセイバー(ジークフリート)だ。

 ライダーは2体の様子を見て、セイバーとバーサーカーか、と問いかける。それに2体は無言と唸り声で答える。

 

「そうかい、俺は赤のライダー。ああ、騎乗していないのは、まさか戦争も序盤で馬を失ったからじゃない。たった2騎を相手使うのが勿体ないからだ。どうせなら、七騎揃ってなければ面白くも何ともならん」

 

 ライダーは言外にお前らでは相手にならない。と言い、槍を構える。

 それにバーサーカーの唸り声は荒々しくなり、セイバーも眉を潜める。

 3体ともそれぞれの武器を構えた。

 

「──来い。真の英雄、真の戦士というものをその身に刻んでやろう」

 

 その言葉を合図とし、彼らは矛を交える。

 槍と剣と戦鎚(メイス)が振るわれるたびに、大地が、木々が吹き飛び、空気が震える。

 赤のライダー(アキレウス)黒のセイバー(ジークフリート)黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)

 彼らは人類史に名を遺したモノ達。

 それぞれ成り立ちも、人種も、国も、時代も、──すべてが違う。だが、ただ一つ。赤のライダーは実感していたことがある。

 彼らと矛を交え、理解した。常人とは違うと。

 相対している2体は紛れもない“英雄”だということ──。

 

「ハ、いいぜ、もっと戦おうや──!!」

「…………」

「ウ、ウ゛ウ゛ウウウゥゥ────!!」

 

 アキレウス(えいゆう)はもっと戦いたいと笑う。

 ジークフリート(えいゆう)は与えられた命令を遂行しようとする。

 フランケンシュタイン(えいゆう)は赤のライダーを殺そうと唸り声をあげる。

 

 

 その様子を泉は使い魔を通じてみている。

 

「さて、ここまでは原作どおり。──でも、原作通りじゃつまらない。オチがわかっているミステリー小説を読んでいるようなもの。それじゃあつまらない。──さあ、スパルタクス。キミの強さを見せてくれ。

 城を半壊させる? それだけでも凄いけどさ、それだけじゃあつまらない。

 この先はもう何が起こるのかはわからない。──だからこそ面白いんだけどね!」

 

 泉は森の中で無邪気に笑う。そして荷物を背負って走り出す。

 

「アーチャーも仕事しに行った。ボクも仕事しなくちゃね!」

 

 

 巨大なゴーレムを、ホムンクルスをなぎ倒しながら赤のバーサーカーは進む。

 その様子を黒のライダー(アストルフォ)黒のアーチャー(ケイローン)は見ていた。

 

「うひゃあ、凄い凄い。ボクたちも同じように()られちまうのかな」

「ライダー、笑っている場合ではありませんよ。君の役割が一番危険だ。君がここで死ねば彼はたすかりませんよ?」

 

 黒のアーチャーの言葉に黒のライダーは一人のホムンクルスのことを思い、「わかっているさ!」と答える。

 ライダーは黄金に輝く馬上槍(ランス)を持つ。それと同時にアーチャーは弓兵として援護できる最適な距離へと、霊体化して移動する。

 やるしかないか! とライダーは明るい声で言い、気を引き締めて今回の作戦を思い返す。

 ──バーサーカーを()()する。

 それが今回立てられた作戦。

 まずはライダーの宝具、触れれば転倒!(トラップ・オブ・アルガリア)という槍を使い、バーサーカーを転倒──正しくは足を強制的に霊体化させる。

 そして黒のキャスター(アヴィケブロン)が制作したゴーレムにて捕獲し、キャスターをマスターとして操るというものだ。

 まずは、黒のライダーの宝具が発動しないと話にならない。赤のバーサーカーならば、ゴーレムの腕力を遥かに超えている。押さえつけるには足をなくさなければならない。

 

「──ッ」

 

 ライダーは槍を構える。もはや元の形が判らないほどに粉々になったゴーレムや木々の残骸を吹き飛ばしながら、森の中からバーサーカーが現れた。

 

「うわぁ……」 

 

 バーサーカーは戦場であるというのに、緊張した様子すら見せずにどこまでも嬉しそうに笑っていた。

 それを見たライダーは今すぐ回れ右をして帰りたくなった。

 だが、そんなわけにはいかない。槍を強く握りしめる。

 

「遠ざからん者は音にも聞け! 近くば寄って見よ! 我が名はシャルルマーニュが十二勇士アストルフォ! いざ尋常に──勝負!」

 

 ライダーは威風堂々と口上を叫ぶ。それを聞き届けたバーサーカーはより一層笑みを深くして笑う。

 

「はははは。良い、その傲慢さは素晴らしいな。さあ! 踏みにじってみせろ!!」

 

 黒のライダー(アストルフォ)赤のバーサーカー(スパルタクス)はお互い接近するために前進する。

 

 “ライダー!!”アーチャーはライダーに念話を送る。

 回避しろ。という念話を受け取ったライダーは後方に飛んだ。

 

「──うわっ!?」

 

 先ほどまでライダーがいた場所には矢が地面を抉って刺さった。それを見ると矢としては途轍もない威力だということを理解できる。

 もしもアレがまともにライダーに命中していたら、と思うとライダーに冷や汗がにじみ出る。

 こんな事が可能なのは、アーチャーのクラスでしか有り得ない。

 

「バーサーカーよ、私は赤のアーチャー。ここは私が引き受けよう。汝は圧制者の元へと向かうが良い」

 

 どこからともなく声が聞こえる。それはアーチャーのものだろう。

 バーサーカーはアーチャーの声を聞いて笑う。

 

「おお、我が同朋か。助太刀感謝しよう」

「良い、進め」その言葉にバーサーカーは進む。圧制者がいる元へと。もちろん、ライダーはそんなことはさせまい。とバーサーカーに宝具を使おうとバーサーカーに槍を刺さんとする。

「クッ!」ライダーは何処からともなく飛んでくる矢を避ける。バーサーカーに近づこうとした瞬間に矢が飛んでくる。

 これではバーサーカーに宝具を使おうとする前にライダーに矢が刺さって死んでしまう。

 また矢がライダーめがけて飛ぶ。だが、その矢は黒のアーチャー(ケイローン)の放った矢で撃ち落とされた。

 

「ライダー、矢は私が撃ち落とします! バーサーカーの元へと」

「わかった! ありがとう!」

 

 ライダーはバーサーカーの元へと駆ける。

 

「成程、流石は英雄の師ケイローン。私の矢を撃ち落とすぐらいは容易いか」

「──!?」黒のアーチャー(ケイローン)赤のアーチャー(アタランテ)の言葉に少なからず驚く。

 真名()は秘匿していた。だというのに、こうも容易く言い当てられた。

 だが、恐らく生前に見知っているのだろう。という可能性を考えた。

 実際は赤のアーチャーのマスターである泉より真名を教えられ、矢を落とされるということも言われていたのだが。

 その姿を見れば、ケンタロスのように半身人馬という訳ではないが、確かにケイローンだと解った。生前にその名を聞いた事も、姿を見たこともあるのだから。

 

「──だが、これならばどうだ?」

 

 赤のアーチャーは矢を空に放つ。

 

「え? なんで空に?」

 

 ライダーはそれを横目で見上げ、首をひねった。

 アーチャーは「訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)」と呟いた。

「って、ええ!?」ライダーは自分の身を森の木々の中に隠した。

 

 ──其は女神アルテミスとアポロンへの矢文。返信は雨の如く無数の矢となり降り注ぐ──

 

 無数の矢が黒のライダーと黒のアーチャーへと降り注ぐ。

 黒のライダーは木の下に身をひそめ、黒のアーチャーは矢の範囲外へと移動し、回避した。

 

訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)!」

「2発目!?」ライダーは思わず叫んだ。先ほどの攻撃は間違いなく宝具によるもの。少なからずとも、いくらか魔力が必要だ。

 それを連続して放つ。恐らく使う魔力は少ないはずだ、と黒のライダーと黒のアーチャーは推察する。

 今度はライダーへの集中攻撃だったが、ライダーは素早く移動することで何とか回避した。

 

訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)!!」

 

 ──3回目の攻撃。

 

「くっ! しょうがない、恐慌呼び起こせし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)!!」

 

 黒のライダーの腰にぶら下げられた笛がたちまちライダーの体を囲むほどに巨大化した。

 それは生前ハルピュイアの大軍を追い払うのに使用された笛だ。

 

「よーし、いっくよー!」

 

 ライダーは息を大きく吸い込んで、笛を吹いた。爆音による衝撃波が降り注ぐ矢を灰塵と化す。

 そして黒のアーチャーは、森の中を移動する赤のアーチャーの姿を視界に入れ、矢を撃つ。

「ッ!」赤のアーチャーは飛んできた矢を回避しようとするが、腕に少しばかりかすってしまった。

 それを構わずに矢を空に穿つ。

 

「──訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)

 

 ──4回目。一体どのくらい放てるのか。と黒のアーチャーは考える。それを読み取ったように、赤のアーチャーは言う。

 

「何でも、私のマスター曰く15回ぐらいならば放てるそうだ」

「そうですか、──それを教えてしまって構わないのですか?」

 

 黒のアーチャーの問いに、赤のアーチャーはまたもや宝具の真名を解放して答える。

 2発分の矢の雨が降り注ぐ────。

 

 

「──安らかに眠りなさい」

 

 赤のバーサーカー(スパルタクス)はゴーレムとホムンクルスをその剛腕をもって粉々にし、進む。

 しばらく進み、先ほどからあんなにあったゴーレムやホムンクルスの襲撃が無い。だが、それを気にするような頭脳はバーサーカーには無い。

 そして足を止めて上を見上げる。

 

「お……おおおおおおお!!」

 

 バーサーカーは歓喜に包まれた叫び声をあげる。何故ならば、そこにいたのは間違いなく圧制者なのだから。バーサーカーが追い求めてやまない圧制者がそこにいた。

 

「お前が、お前が……!!」

「ああ、その通りだ。バーサーカーよ、そなたが求めているものが権力者ならば、その頂に立つ者こそが、余だ」

 

 バーサーカーを見下ろすものこそが、黒の陣営──否。この聖杯対戦の地となったルーマニアをかつて治めていた領主。

 その名は吸血鬼として、串刺しの極刑王(カズィクル・ベイ)として世界的に名をはせた英雄。

 名を──ウラド三世。

 

「おお……! 圧制者よ……叩き潰す……!!」

 

 赤のバーサーカー(スパルタクス)は腕を伸ばして進む。目の前に戦うべき圧制者がいるのだから。

 それに対し、黒のランサー(ウラド三世)は無情に呟く。

 

 ──極刑王(カズィクル・ベイ)──と、

 

 地面より無数の杭が生え、バーサーカーの体に突き刺さっていく。

 それはウラド三世が生前に,二万ものトルコ兵を串刺しにし、悪魔(ドラクル)と恐れさせ退けたという行いそのものを再現する宝具。

 

「ははははは! この程度で私は死なない! 力尽きない! さあ、もっと踏みにじって見ろ!!」

 

 バーサーカーは刺さった杭をへし折って強引に引っこ抜いた。そして、杭が刺さっていた傷口はたちまち塞ぎ、バーサーカーの巨体は巨大化していった。

 

 ──庇獣の咆哮(クライング・ウォーモンガー)──

 

 それが赤のバーサーカー(スパルタクス)の宝具。

 ウラド三世の宝具が生前の行いが形になったものならば、スパルタクスの宝具もまた生前の行いが形になったものだ。

 嘗てローマの奴隷剣闘士だったが、ある日仲間を連れて反逆した英霊。勝ち目のない人数差であるローマ軍を少人数で撃退し、不利な状況から逆転して勝利した英雄。──其れこそがスパルタクス。

 

 ──国を守護したもの。

 ──国に反逆したもの。

 

 黒のランサー(ウラド三世)は反逆者を退けるべく地面から杭を生やす。

 赤のバーサーカー(スパルタクス)は攻撃を受け、再生し、逆転する為に己の体を強靭なものへと化す。

 

 

 黒のランサーより命を受けた黒のキャスター(アヴィケブロン)は黒のランサーにバーサーカーと一対一で戦かわせるため、ゴーレムを下がらせ、黒のライダーとアーチャーの元へ援護するべくゴーレムを向かわせていた。

 その最中、湖周辺を警護させていたゴーレムが破壊されたのを感じ取った。

 更に、そのゴーレムを破壊させた人物はまっすぐ湖へと向かっている。

 湖の内部に隠してある制作中の宝具、王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマクト)が破壊されたら不味い。と、ゴーレムを何体か湖に向かわせた。

 

 

「──ふう、流石はキャスターが作ったゴーレムだね、壊すのに手間取ったよ」

 

 泉は粉々になったゴーレムを見下ろして、額に流れた汗を腕で拭く。

 

「さて! 進みますか!」

 

 目指す先は湖。魔術によって強化した体で駆ける。

 目的は黒のキャスターの宝具、及びゴーレムにホムンクルス。必要なモノを集めるべく泉はホムンクルスとゴーレムを倒し、その遺体から必要な()()を取り除きながら、湖に進んでいた。

 

「うおっと!」

 

 泉は足を止める。数体のゴーレムが彼の前に立ちはだかったからだ。

 

「こんなにはやく感付かれるとは思わなかったよ……アーチャー(アタランテ)にカッコよく『()()()()()()()()()()()()』ってドヤ顔で言わなきゃ良かった……魔力もつかな? 今更撤回するのもカッコ悪いし、魔力は省エネでやるか!!」

 

 そういって泉はリュックから、あるモノを取り出す。それは大よそ魔術師らしからぬ代物、化学によって作られた兵器、手榴弾だ。

「そぉれっ!」泉は手榴弾のピンを抜いてゴーレムに投げつける。そして轟音を立てて手榴弾は爆発した。

 

「──さぁて、頑張るか!!」

 



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魔術師殺しの魔術

 泉は正面にいるゴーレムに拳を叩き込む。だが、岩の表面が少し凹んだだけで、ダメージにはなっていないようだった。

 ──明らかに手応えが違う。

 先ほど壊したゴーレムに比べると、手応えも、動きも違う。

 それもそうだろう。先ほど泉が破壊したゴーレムは、監視用のゴーレムであり、戦闘には特化していない。

 だが、今泉の前に立ち塞がっている合計で5体のゴーレムは、全てが戦闘用の物であり、更に黒のキャスター(アヴィケブロン)が直々に操作しているのだ。それを考えると、強さが違うのは当然の事だろう。

 だが、それでも──

 

 泉は「チェス!」という掛け声とともに、またもやゴーレムに拳を数発叩きつける。

 一発目はゴーレムの表面がさらに凹んだ。

 二発目はゴーレムの凹んだ部分を中心に亀裂が入った。

 三発目は亀裂が更に広がった。

 四発目は身体中に亀裂が走った。

 そして──五発目。ゴーレムの巨体は粉々に砕け散った。

 

「よっし!」

 

 泉はガッツポーズをする。だが、それも束の間だった。

 他のゴーレムが泉に拳を叩き込むが、泉はそれを回避する。──そんなやりとりが、数秒間続いた。

 泉はゴーレムの包囲網を突破したいが、キャスターも巧みにゴーレムを操作し、時折放たれる泉の拳を回避させ、攻撃をさせる。だが、お互いの攻撃は中々当たらない。

 

「ああ、もう!」

 

 そんな状況に泉はイラつき、呟いた。

 

固有時制御四倍速(Time alter─square acce)

 

 その呟きは、魔術の詠唱だった。

 その魔術は、とある正義の味方を目指した男(衛宮切嗣)が使用する魔術──体内の時間を操り、加速させる魔術だ。

 本来ならば、その魔術は時間を操る魔術を引き継ぐ家系のモノであり、他人が使えるようなものではない。

 だが、泉は使えるのだ。それにどんな理由があるのか。と問いかければ、泉は「面白そうだから」と答える。

 

 泉の体内の時間と体外の時間が切り替わる──。

 

 ──黒のキャスターが気がついた時には、5体のゴーレムは全てバラバラに砕け散っていた。

 

 ──何が起こった!?

 

 ゴーレムの視覚を通しているとはいえ、この身はサーヴァント。その身体能力は、通常の人間とは段違いだ。──それこそ、筋力の無いキャスターでも。

 それでも、泉の動きを見ることはできなかった。

 

「さて、アヴィケブロン。キミの最高傑作(アダム)はいただくよ」

 

 と、泉は口から赤い血を垂らしながら言った。その血は、体内の時間を操作したことによる代償(フィードバック)によるものであり、今、泉は内臓が雑巾のように絞られた様な感覚を味わっている。

 そして、泉の言葉を聞いたキャスターは、僅かに動揺した。

 まず、自分の真名()を見破られたこと。──それはまだ良い。戦場に存在する夥しい数のゴーレムを見れば、ゴーレムに関する逸話を持つ人物が、召喚されたと予想できるのだから。

 ──だが、問題はそこではない。今、彼は、泉は何と言った?

 ──『キミの最高傑作(アダム)はいただくよ』。

 最高傑作(アダム)。それは間違いなく、キャスターの、アヴィケブロンの宝具、王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)の事だろう。

 それは、アヴィケブロンが生前完成させることの叶わなかったゴーレム。故に、宝具として使用するには、一から製作しなければならない。そして、製作途中の宝具は、湖の中に隠してある。

 そして、泉は湖に真っ直ぐ向かっている。

 キャスターが操作するゴーレムをなぎ倒しながら。

 

「──クッ」

 

 黒のキャスターは僅かに、動揺し、焦る。だが、そんな感情を抱けば、自身の視界が、思考が阻まれる事を理解している彼は、一先ず冷静になることにした。

 そして、一つの考えを示そうと、ゴーレムを操作すべく指を振る瞬間────大地が揺れた。

 

 

 

 ──ゴルドは迷っていた。

 

 手の甲にある紋様──令呪を使用すべきかどうか。

 己のサーヴァントは竜殺しの英雄(ジークフリート)。悪しき竜を斃し、その血を浴びて不死身となった英雄。

 その肉体はありとあらゆる攻撃を弾く。

 だというのに、だというのにだ。

 

「────!」

 

 黒のセイバー(ジークフリート)は敵の攻撃を受けて、吹き飛ぶ。

 何故、黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)を加え、2対一だというのに、何故、こちら(黒のサーヴァント)が押されているのだ──!?

 

「この程度か?」

 

 赤のライダーは期待はずれだったと、嘆息する。

 彼の目の前には、赤のライダーの攻撃によって吹き飛んだ黒のセイバー(ジークフリート)と、戦槌(メイス)を持ちながら、赤のライダーを威嚇する黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)がいる。

 黒のサーヴァントである二体は、赤のライダー一体に押されていた。

 竜殺しの英雄(ジークフリート)天才が作った怪物(フランケンシュタインの怪物)

 二体とも、人知を超えたモノ達。とりわけ、ジークフリートは格別の強さだ。だが、それでも、赤のライダーの前では、勝てない。

 

 ──それもそうだろう。赤のライダーの真名は、アキレウス。

 ギリシャにて、ヘラクレスと並ぶ英雄だ。

 竜殺しだろうが、怪物だろうが、──アキレウスにかかれば、敵ではない。

 不死の体を持ち、誰よりも英雄であり、様々な戦場を疾風の如く駆けたアキレウスにとっては、敵ではない。

 

「これで終わりか? 宝具を解放する間も無く──」

 

 ライダーは、話している口を閉じて構えた。黒のセイバーが、掲げた剣に、大量の魔力が収束し始めたからだ。それは、つまり──宝具の解放──!

 

 ”セイバー! 宝具を使用し、あのサーヴァントを殺せえええぇぇッ!!”

 

 ゴルドは、黒のセイバーに令呪をもって命じた。

 このままでは、セイバーがやられてしまう──!と思い、迷いも振り払い、意を決して令呪を使い、命じた。

 

幻想大剣(バル)──」

 

 そして、黒のセイバーは命じられた通りに己の宝具を解放しようとする。ソレに効果はさほど無いと理解しながらも──。

 

天魔(ムン)──」

 

 ゴルドは、我に返り、何をやっているのだ! と先程までの自分を罵倒した。セイバーの宝具を解放するということは、その真名も連動して見破られてしまうということ。

 黒のセイバー(ジークフリート)は不死身の肉体を持つ。だが、その肉体にはたった一つ弱点が存在する。

 背中──。

 竜の血を浴びる時に、背中に菩提樹の葉が張り付いており、その部分だけ血を浴びる事は出来ず、生身のままなのだ。

 つまり、黒のセイバー(ジークフリート)の真名が敵に知られてしまえば、弱点(背中)を集中して狙われてしまい、黒のセイバーの脱落を早めてしまう。──それだけは何としてでも避けなければ。

 ゴルドは再び令呪を使い、黒のセイバーに命じようとした瞬間──大地が揺れた。

 

 

 

「──ふむ」

 

 赤のアーチャー(アタランテ)は呟く。敵は黒のアーチャー(ケイローン)に、黒のライダー(アストルフォ)

 数で見れば、赤のアーチャー(アタランテ)の方が不利だと、馬鹿でも理解できる。

 実際、赤のアーチャーは押されていた。

 宝具(訴状の矢文)を連発するは良いもの、決定打はない。

 ましてや、相手のアーチャーの真名は、ケイローン。

 アキレウス、ヘラクレス、イアソンなどの、ギリシャの英雄たちを育て上げたケンタロウスの賢者。

 その実力は凄まじいものだ。赤のアーチャーの放つ矢を、正確に、矢で撃ち落とすという規格外の行いをするのだから。

 そして、赤のアーチャー(アタランテ)の敵は、黒のアーチャー(ケイローン)だけではない。

 

「くらえ!」

 

 黄金の槍を、赤のアーチャーめがけて振るうが、それはアッサリと回避されて、標的(赤のアーチャー)は森の木々の向こうへと、遠ざかっていく。

 黒のライダー(アストルフォ)。彼の持つ槍は、その刃に触れただけで転倒するという、戦闘中において致命的な事をさせる恐るべき宝具だ。

 ──だが、当たらない。

 赤のアーチャーは、森の木々(障害物)が最初から存在しないかのように、スルリとすり抜けるように間を素早く移動している。

 

「ああ、もう!」

「──ライダー、落ち着いてください」

 

 黒のライダーは、苛立ったように小さく足踏みをする。

 そんなライダーを、黒のアーチャーが諌める。

 

「相手はアタランテ、名高い狩人です。落ち着かなければ、こちらが追い詰められ──……」

「どうしたのさ? アーチャー……」

 

 突如絶句した黒のアーチャーを怪訝に思い、黒のライダーは問いかけるが、ライダーもまた、黒のアーチャーと同じように、絶句するしかなかった。

 目の前にいる()()。それは紛れもなく、巨人の拳そのものだった。森の木々よりも高く、太い拳があった。

 その拳の持ち主は──赤のバーサーカー(スパルタクス)。だが、その肉体は全身に杭が突き刺さっており、最早ヒトの形を留めておらず、子供がこねた粘土作品のように、不定形な物体だった。──そんな中、きちんとヒトとしての原型をとどめているのが、巨大な拳だった。

 そんな物体に、黒のアーチャーもライダーも呆然とするしかなかった。

 

「──よそ見をしている場合か?」

「ガァッ!?」

 

 突如、ライダーの肩に凄まじいスピードで矢が飛んできた。その矢は赤のアーチャーが射ったものだろう。その速度はこれまでに放たれた矢とは、比べ物にならないほどの凄まじい速度だった。

 ライダーは、反射的に体を捻るが、肩に矢が掠り、衝撃によって抉れた。

 

「────く」

 

 黒のアーチャーは弓矢を構えるが、周囲に赤のアーチャーの気配は何処にもなかった。どうやら、この森から立ち去っていったようだ。

 

「ライダー、大丈夫ですか?」

「ああ、問題ないさ。治癒しているから」

 

 ライダーの言うとおり、肩の傷はみるみると治っていっている。それは魔術による治癒だ。

 そうですか。と黒のアーチャーは頷き、目の前にある物体を見上げる。

 

「ライダー、今すぐ霊体化して逃げますよ」

「賛成」

 

 そして、二人は霊体化してその場を立ち去った。

 何故ならば、その巨大な拳が振り下ろされようとしていたからだ。

 あのような巨大な拳が、バーサーカーの筋力によって振り下ろされれば、周囲のものを吹き飛ばすだろう。

 赤のバーサーカー(スパルタクス)と戦闘している黒のランサー(ヴラド)の心配もあったが、彼は地面の上に堂々と佇んでいたので、問題は無いようだ。と判断し、撤退を決め込んだ。

 

 

 ──そして、巨人の拳が振り下ろされた。

 

 

「──!?」「ぬぅ!?」「わっ!?」「キャ!?」「これは……」「うおっと!」

 

 地面が、大地が揺れた。城の窓ガラスは罅が入り、粉々に砕け散った。本棚が倒れて本が散らばった。机の上の実験器具が床に落ちた。

 

「……これは……」

 

 誰かが呟いた。

 今の地震の原因は──赤のバーサーカー(スパルタクス)

 

 



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”赤”の狂戦士の咆哮・師と弟子の再開

「──成る程な」

 

 黒のランサー(ヴラド)は呟く。

 彼の目の前には、全身を串刺しにされても、なお生きている。圧制者(ヴラド)を降さんと、拳を握って進もうとしている──赤のバーサーカー(スパルタクス)がいた。

 全身を串刺しにされようが、いくら血を流そうが、バーサーカーは笑みを浮かべ続ける。

 

「ははははは、良い。良いぞ! この杭は正に圧制者たる象徴なり! ──さぁ、もっとだ! もっとわたし(弱者)を踏みにじってみろ!!」

 

 赤のバーサーカーは、体に突き刺さった杭を気にした様子もなく、その歩みを進める。

 一歩歩みを進めれば、地面から生え、自身の肉体に突き刺さった杭が、動いて肉体を削る。だが、更に一歩進めば、その杭はバーサーカーの体に刺さったまま、へし折れた。

 黒のランサー(ヴラド)は、こうして実際に対峙し、理解する。

 ──赤のバーサーカー(スパルタクス)は、誇り高き反逆者だと。

 例え狂っていようと、その在り方は何処までも純粋だ。

 ──反逆者。

 

「貴様のその在り方──最早一度の尊敬すら抱こう。だが、生憎余は王だ。そして、此処は我が領地。その領地に踏み入った蛮族は──処刑する」

「その傲慢なる思考、正に圧制者。さぁ、反逆の時だ!!」

 

 赤のバーサーカーは、その足を早め、黒のランサーの元へと突撃しようとする。

 だが、黒のランサーは鋭い眼光で、赤のバーサーカーの姿を見、片腕を上げた。

 

「言っただろう? 処刑する、と。──極刑王(カズィクル・ベイ)!!」

「お、おおおぉおおぉ!?」

 

 其はヴラド三世の象徴たる処刑法。即ち──串刺し。

 これまでも赤のバーサーカーへと杭を生やして、打ち込んできた。──だが、この攻撃(処刑)は、これまでのものが生易しく見えてしまうほどに、苛烈であり、凄まじかった。

 ──地面より生えるは、杭──否、其は最早一本の巨大な漆黒の柱だった。

 10本、100本、1000本──何本もの杭が、同時に同じ場所に生えた結果──赤のバーサーカーは、()に飲み込まれた。

 そして残ったのは、黒のランサー(ヴラド)のみであった。

 反逆者(スパルタクス)は、(ヴラド)によって処刑された──。

 それがこの勝負の結果。──誰もがそう思っていた。

 だが、忘れてはいけない。スパルタクスは、──()()()()()()()()()()()()

 

「オオオォォォオオオ雄々々々々々々々々────!!」

 

 咆哮が大気を震わせる。その咆哮は、正に獣の雄叫びそのものであった。

 ──発生源は、杭の柱の中。

 杭を粉々に、内部から砕き、彼は姿を現した。だが、彼の姿はヒトとしての形ではなかった。

 巨人の様に巨大な腕のみがあり、その腕の根元には、足や眼球、歯といった人間の部品であろうものが、肉塊に引っ付いており、僅かに蠢いている。

 それは、赤のバーサーカーの宝具──庇獣の咆哮(クライング・ウォーモンガー)という、敵より与えられたダメージを、己の糧とし、肉体をブーストさせるというものによるものだ。

 そして、口と思わしき部品が蠢いて、言葉を発する。

 

「圧セ──我──愛────を────!」

 

 その言葉は途切れ途切れだった。──だが、黒のランサーは、理解する。

 これから圧制者たる私に対する攻撃が始まると。

 その証拠として、巨人の腕が動いた。拳を振り上げるように、天高く伸ばし──振り下ろす。

 黒のランサー(ヴラド)めがけて、捻り潰そうと、振り下ろされる。

 ──黒のランサーは、その攻撃を回避しようと、後方へと高く跳んだ。

 

「ぐ、ぅっ!?」

 

 確かに、拳の直撃は避けた。だが、その威力は隕石が落ちた、と錯覚させる程に凄まじく、それによって発生した衝撃波だけは、回避する事は叶わず、黒のランサーは吹き飛び、もんどりを打った。

 

「────汝──抱擁──」

 

 そして、2発目の攻撃を行おうと、再びその拳を振り上げる。

 ──人間の身体を棄ててでも、圧制者に叛逆する。

 それは最早悪霊が持つ執念だ。

 起き上がった黒のランサーの形相は恐ろしいほどに、歪んでいた。

 

「──オノレ」

 

 その怒りようから、さらなる攻撃を加える──かに思われたが、黒のランサーは赤のバーサーカーに背を向けた。

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「私はこうも言ったぞ、蛮族。()()()()()()()だと」

 

 ──極刑王(カズィクル・ベイ)

 

「おおおおおおォぉおおおおぉッ!?」

 

 そして、赤のバーサーカー(スパルタクス)()()()()()()()()()

 黒のランサー(ヴラド)は、何度も赤のバーサーカー(スパルタクス)に攻撃を行っている。──そして、攻撃が行われた時点で、赤のバーサーカー(スパルタクス)は、黒のランサー(ヴラド)()()になったのだ。

 ──そして、赤のバーサーカー(スパルタクス)の肉体は、ミキサーにかき回されたように、粉々になった。

 

「──余は王だ、故に我が領地に踏み入った蛮族はこうなる」

 

 黒のランサーは、城の中へと悠々と入っていった。

 

 

失墜()────ッ!!」

 

 黒のセイバー(ジークフリート)は、己の宝具を放つ。途中で地震があったが、この攻撃は令呪の命令によるものだ。よって、地震程度で中断する事は不可能だった。

 そして、剣が振り下ろされ、光が赤のライダー(アキレウス)へと伸びてゆく。

 

「────ッ!!」

 

 ──果たして、赤のライダーの肉体には、傷一つ付いていなかった。強いて言うならば、砂埃が少々付着した程度だろうか。

 

「ナアアァァ──────ッ!!」

 

 黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)が、黒のセイバー(ジークフリート)の放った宝具によって、大気に満ちた魔力を吸い、赤のライダー(アキレウス)へと突貫する。

 だが、振るわれた戦鎚(メイス)は、片手で受け止められた。

 

「────ウゥ」

「宝具を使っても、俺の体は傷つかなかった。そして、お前らはこの赤のライダーが撃ち取る。──死ぬ時は陽気が良いぜ?」

 

 赤のライダーは槍を振るい、黒のバーサーカーの首をはねた。

 はねられた黒のバーサーカーの首は、地面にコロンと転がった。

 ──だが、黒のバーサーカーは死んでいない。

 

「ウ゛ウ゛ウ゛ゥゥゥゥゥ──────ッ!!」

「何!?」

 

 その雄叫びを精神の弱いものが聞いたら、気を狂わせる程に、おぞましい叫びと共に、首の無い黒のバーサーカーが、地面に突き立てた戦鎚(メイス)から、雷が赤のライダーに降り注いだ。

 ──磔刑の雷樹(ブラステッド・ツリー)

 それが黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)の宝具。リミッターを解除し、敵に雷撃を浴びせるというものだ。

 ──だが、今回はリミッターを解除せずに、使用している。

 ──それでいい。

 一瞬の隙さえ作れれば。

 一瞬怯んだ赤のライダーの元から、黒のバーサーカーは離れ、黒のバーサーカーと入れ替わるように、矢が飛んで来た。

 

「ガ────ッ!?」

 

 その矢は、()()()()()()()()()()()()()()()

 ──馬鹿な。

 赤のライダー(アキレウス)はありとあらゆる攻撃を受け付けない不死の肉体を持っている。

 そんな肉体に、傷を付けた。傷付けられる人物がいる。

 

「ハ、ハハハハハハッ!! ──素晴らしい。今のは黒のアーチャーによる攻撃か!?」

 

 その事実に、赤のライダー(アキレウス)は笑い、喜ぶ。

 そして、黒のアーチャーと、自分が戦う事は必須だと理解する。──何故ならば、黒のアーチャーは赤のライダーの肉体に傷を付けた──それはつまり、不死身の英雄(アキレウス)という存在を殺す事が出来るのだから。

 そして、黒のアーチャー()が森の木々の奥から姿を現した。

 

「な──────」

 

 赤のライダーは、黒のアーチャーの姿を見て絶句した。

 ────生前、出会い、寝食を共にし、語り合い、教えられた事が……!!

 

「あ、────なたは──」

 

 赤のライダーは黒のアーチャーに、肉体による攻撃を加えられ、最後まで続かなかった。

 だが、赤のライダー(アキレウス)は未だに戸惑っている。だって、何故ならば、敵は、黒のアーチャーの真名は──ケイローン。

 生前、アキレウスを英雄にする為に育て上げた──アキレウスの師なのだ。

 

「ええ、その通りです」

 

 黒のアーチャー(ケイローン)は頷いた。そして、赤のライダー(アキレウス)は悟る。

 ──ケイローンは、敵として召喚されたと──。

 

「セイバー! バーサーカー! キミ達はボクのピポグリフに乗って!!」

 

 黒のライダー(アストルフォ)は、黒のセイバー(ジークフリート)と、黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)に、彼の(ピポグリフ)に載せるように促す。

 そしてピポグリフは、主人である黒のライダーを置いたまま、少しだけ重そうな顔をしながら、飛び立った。

 

「ボクも後で行くから、頑張れ!」

 

 黒のセイバーと、バーサーカーは、先ほどある指示を受け取った。

 それは、黒のキャスター(アヴィケブロン)の宝具を、破壊しようとしている人物の討伐。

 黒のアーチャー(ケイローン)は霊体化して、セイバーとバーサーカーの元に向かいに行き、そこで自身の弟子(アキレウス)の姿を見て、彼を倒せるのは私だけだ。と確信し、そのまま赤のライダー(アキレウス)と対峙する。

 そして、残った黒のセイバー、ライダー、バーサーカーは、マスターの指示により、キャスターの宝具を守護しに行く────。

 

 

 

 時は、赤のライダーと黒のアーチャーの邂逅より、少々巻き戻り、泉は突然発生した地震により、よろめくがすぐに体制を立て直した。

 同様に、黒のキャスター(アヴィケブロン)もまた、戸惑ったものの、己の策を実行する為にゴーレムを操作する。

 黒のキャスターの策というのは、驚く程に単純だ。ゴーレム一体一体の戦闘力は、サーヴァントには届かないし、腕のある魔術師にも破壊させる。

 ──だが、一つだけ利点がある。それは、ゴーレムの製作者が、キャスター故の利点。

 ────大量生産。

 つまり、──数だ。

 一体で勝てないならば、更なる数を送る。サーヴァントでも大量のゴーレムを雪崩れ込ませれば、良くて勝利、悪くても傷を負わす事ぐらいは出来るだろう。

 黒のキャスターは、付近のゴーレムを──見張り用の物を除き──全てを泉の元へと集結させた。

 

「うわぁ……あんなにいるとゴキブリみたい……」

 

 泉は現れた大量のゴーレムを見て、そんな感想を漏らした。

 数にして、40体近くだろうか。

 あんなにいると、勝てるかどうか──。先ほど使用した魔術を使うにも、代償(フィードバック)があるため、その瞬間を突かれたら、攻撃される──つまり、死ぬだろう。

 故に、ゴーレム達とは徒手空拳で戦わなければならない。

 

「ま、勝つんだけどね!」

 

 泉は、ゴーレムの群れへと突撃していく。

 泉の拳を何度か当てれば、ゴーレムは破壊される。──だが、それでも。

 ──ちょっと無茶だったかな?

 数が多すぎる。一発でも攻撃を食らえば、泉の骨は砕け散るだろう。故にゴーレムの放つ攻撃に当たるわけにはいかない。

 それを大量のゴーレムに囲まれ、行わなければならないのだ。

 

「とう!」

 

 ──これで3体目。

 泉の拳によって、ゴーレムが倒れる。戦闘開始から既に10分が経過しているが、まだ3体しか倒せていない。

 泉の体力は、じわじわと削られていくが、ゴーレムに疲労という概念は存在しない。

 

「……ふぅ……少し──いや、かなーりヤバいかも?」

 

 ──このままでは、負けるのは泉だ。

 そんな絶望的な状況の中、一筋の光明がささった。

 ──否、刺さったのは矢だった。

 ゴーレムに一本の矢が刺さり、砕け散った。

 泉は一瞬戸惑うが、すぐに矢が飛んできた方向を見て、笑顔になる。

 

「──アーチャー!」

「汝、少々無茶が過ぎるのではないか?」

 

 そこには弓をつがえ、獅子の耳と尾と、髪を風に揺らしている泉のサーヴァント(アタランテ)がいた。

 泉はゴーレムの群れから抜け出し、赤のアーチャーの元へと走る。

 

「ありがと! 死ぬかと思ったよ!!」

「……阿呆か、あの数では流石に勝てないのはわかるだろう?」

「いや、行けると思ったんだよ。ま、ムリだったんだけどね!」

 

 そんな泉の言葉に、赤のアーチャーは少々呆れる。

 泉はそんな赤のアーチャーの様子を見て、流石に少しばかり反省した……のか、アホ毛をしょんぼりとさせている。

 

「ま、いいや。今回は読みが甘かったボクが悪いんだし──アーチャー、お願い!」

「承知!」

 

 ──そこからは、あっという間だった。

 アーチャーが弓を穿てば、ゴーレム達はあっという間に粉々になって砕け散り、やがて全てのゴーレムが粉砕された。

 そして、これで一息つける──と思った瞬間、赤のアーチャーの鋭い視覚は、森の向こうよりやってくる存在を捉えた。

 

「あれは……」

 

 赤のアーチャーは、ソレの姿を明確に見定めるために、目を細める。そして見えたのは──ピポグリフという幻獣に跨った黒のセイバーと、黒のバーサーカーであった。

 その姿を視認したアーチャーは、自身の弓を強く引き絞る。

 赤のアーチャー(アタランテ)が持つ弓──名を天穹の弓(タウロポロス)。守護神アルテミスより授かったその弓には、とある機能が存在する。──その機能とは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、というものである。

 そして最大限まで引き絞り、放たれた矢は──黒のセイバー(ジークフリート)の堅強なる鎧を打ち砕いた。

 

「────ッ!?」

 

 黒のセイバー(ジークフリート)は、肩に突き刺さった矢を引き抜く。その矢は頭を狙っていたのだが、直前で肉体をずらして肩へと着弾させた。だが、まさか自身の鎧を貫くとは──! その予想外の出来事に、驚きを露にしながら、黒のバーサーカーとともにピポグリフから飛び降りた。

 敵はアーチャー。このままピポグリフに乗っていては、狙撃されるだけだ──。そんな判断で飛び降りたのだ。

 赤のアーチャーは、ピポグリフより飛び降りて、宙を落下している黒のセイバーに、再び狙いを定めて矢を放った。

 だが、その矢は空中で引き抜いた漆黒の大剣によってはじかれた。

 地面に着地した黒のセイバーと、黒のバーサーカーは走る。泉と赤のアーチャーがいる場所へと────

 

 




お手数ですが、誤字を見つけた場合は、ご一報くださいませ。無いといいんですが……


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”黒”と”赤”との戦い

「──ッ!」

 

 黒のセイバー(ジークフリート)は、森の木々の向こうから射られた矢を、剣で叩き落す。

 赤のアーチャー(アタランテ)からすれば、森の中というのは、絶好の立地だ。何故ならば森というのは、”狩場”なのだから。

 (獲物)に気付かれないように、気配を消して潜み、矢を射る。──狩りとは、簡単に言えばそういうモノだ。

 ”獲物”は黒のセイバーと、黒のバーサーカーの二体。

 彼女(アタランテ)は、既に森の中に潜み、気配を消しながら弓を弾いている。

 ──そこだ。

 赤のアーチャー(アタランテ)は、弦から指を離して矢を射る。そして放たれた矢は、森の木々の隙間を縫いながら、真っ直ぐに黒のセイバー(ジークフリート)へと飛んで行った。

 

「────!」

 

 黒のセイバー(ジークフリート)は、その矢の存在に気付き、漆黒の大剣(バルムンク)で叩き落す。──直後、黒のセイバー(ジークフリート)と、黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は、真っ直ぐに走る。

 彼らが走る方向は、矢が飛んできたところ。つまり、赤のアーチャー(アタランテ)がいる場所だ。

 赤のアーチャーは、自身の元に接近させまい、と矢を連続して射るが、黒のセイバーと、黒のバーサーカーは、それらを剣で、戦鎚(メイス)で、叩き落しながら走る。

 そして、遂に──

 

「──クッ」

 

 赤のアーチャーは、軽く舌打ちをする。黒のセイバーと、黒のバーサーカーは、あと数歩進めば、彼等の武器が赤のアーチャーに触れる、といった距離まで来ている。

 そんな状況で、赤のアーチャーが撮った選択肢──それは逃亡。

 当然だろう。赤のアーチャー(アタランテ)は、あくまでも射手(アーチャー)、そもそもアーチャーとは、一部の例外を除き、弓矢による遠距離攻撃が専門であり、接近されたら一気に不利となるのである。

 故に、接近される訳にはいかない──!

 赤のアーチャーは、矢を放ちながら、サーヴァントより遠ざかろうとするが、黒のセイバーは、そうはさせまい。と一気に距離を詰めて、大剣を振るう。

 

「ッ……!」

 

 大剣の切っ先に、赤のアーチャーの腕がかすり、赤い血を流す。この程度どうということは無い、(黒のサーヴァント)に背を向け、木々の合間を縫うように走る。

 ──逃がさない。

 黒のサーヴァントは、赤のアーチャーを見失わないように、全力で疾走して追いかける。

 時折、二手に分かれて、追い詰めて攻撃を加える。などをし、赤のアーチャーは少しずつ、少しずつだが、体にかすり傷が増えていった。

 ──仕留める!

 追い詰め、追い詰め、いずれは止めを差す──!!

 黒のサーヴァントは、赤のアーチャーを追い詰める。

 その最中、黒のセイバーは、ある異常に気づく。

 ──バーサーカーがいない!?

 周りを見れば、黒のセイバーの後をついてきていた筈の、バーサーカーの姿がなかった。

 更に、気づけば赤のアーチャーの姿さえも、消えていた。

 

「────!!」

 

 そして、黒のセイバー(ジークフリート)()()めがけて、矢が飛んできた。黒のセイバーは、矢が風をきる音に気付き、咄嗟に剣で矢を叩き落す。

 ──偶然か?

 黒のセイバーの額に、一筋冷や汗が流れる。

 ジークフリートの弱点──背中を狙ってきたのは、偶々か? それとも──。

 

「ッ!!」

 

 またもや、黒のセイバーの背中めがけて、矢が飛んできた。

 そして、確信する。

 ──追い詰められている。と、黒のバーサーカーとは分断され、赤のアーチャーの姿は見えない。

 そして時折、背中めがけて飛んでくる矢。

 この状況を見れば、それが理解(わか)る──。

 黒のセイバー(ジークフリート)は、自身の不甲斐なさを感じながらも、この状況を切り抜けるための最善手を考える────。

 

 

 

「──ゥ?」

 

 黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は、首をかしげる。

 ふと周りを見てみれば、黒のセイバーは居らず、赤のアーチャーの姿も見えない。迷子になったのだろうか? と考え──

 

「ゥ────ッ!」

 

 森の木の向こうから、黒鍵が黒のバーサーカーめがけて、飛んできた。それを黒のバーサーカーは、自慢の戦鎚(メイス)で叩き落とす。

 

「ウウ゛ゥゥ……!」

 

 そして威嚇の意味を込め、唸り声を上げる。戦鎚(メイス)を構え、いつでも攻撃が来てもいいように備える。果たして、赤のアーチャーか? それとも別のサーヴァントか?

 そんな彼女の予想に反し、出てきたのは──人間だった。

 身長は、150程だろうか。黒い髪の天辺に、見事なアホ毛を生やしている少年──サーヴァントではない。ただの人間。──名を泉──。

 その事に、バーサーカーは少々戸惑ったが、彼の右手に赤い文様──令呪が刻まれている。そして確信する。

 ──コイツは赤のマスター!

 恐らくは、アーチャーのマスターだろう。ピポグリフに乗っている時に、少しだけその姿が見えた。

 好都合だ。マスターを叩けるならば、そのサーヴァントも脱落する。──というよりは、元々は黒のキャスターより、コイツを食い止める様に言われていたのだ。

 ならば、──殺す!

 

「ナァ────オッ!!」

「おおっ!? 怖い怖ぁいっ!」

 

 黒のバーサーカーは咆哮しながら、戦鎚(メイス)を泉に振るう。泉はおちゃらけた様子で、戦鎚(メイス)を回避し、黒のバーサーカーの懐に潜り込んだ。

 そして、バーサーカーの腹に掌を当て、

 

「シッ!!」

「ウ゛ゥ!?」

 

 泉の掛け声と共に、()()()()()()()()()()に衝撃が走った。

 ──何故?

 自分の身はサーヴァントだ、ただの人間に、ダメージを与えられるのか?その疑問に黒のバーサーカーは、頭を振り、思い直す。目の前にいる人間は、魔術師だと。ならば、何かしらの魔術によって、この様なダメージを与えている筈だ。

 幸い、ダメージはそれ程では無い。ならば、──大した事無いだろう。

 黒のバーサーカーは、そう思って、反撃をしようと戦鎚(メイス)を振るう。

 だが、それは回避された。

 一回後退した泉は、

 

「んー、やっぱ何処かの麻婆やツインテ少女みたいにはいかないかぁ。マジカルが付くには程遠いなぁ。

 ──ま、それでも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()程度、頑張れば行けますかっ!」

 

 泉は何なしに、己の本心を口に出した。──だが、その内容は、黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)の癇に障った。

 ──今、何と言った?

 ──ステータスが低い? それは本当の事だろう。だが、程度? 頑張れば行ける?

 ──巫山戯るな。

 

「ウ゛ウ゛ウ゛ゥゥ────ッ!!」

 

 黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は、怒りの咆哮をあげる。その迫力に、泉は多少驚いたが、人差し指をちょいちょい、と折り曲げたり伸ばしたりしながら、、黒のバーサーカーに「おいでよ、遊んであげるから」と、言った。

 その言動は、ますます黒のバーサーカーを怒らせ、黒のバーサーカーは、戦鎚(メイス)を、己の全力を以ってして、泉の頭部めがけて振り落とした。

 

 泉は、「うわぉ、怖い怖い」などと、馬鹿にしたように言いながらも、深呼吸をして、気を引き締める。

 そして、魔術の詠唱を短く、静かに口ずさんだ。

 

「──投影開始(trace on)

 

 

 

 赤のライダー(アキレウス)は、呆然としながら、目の前の男を眺めていた。

 その男の真名()は、ケイローン。──生前、赤のライダー(アキレウス)を、英雄へと育て上げた師だ。

 まさか黒の陣営として、召喚されているとは、思いもしなかった。

 どうする?相手は、己の師だ。──だが、今は敵同士、戦うべきか?──迷いが、赤のライダーにあった。

 そんな赤のライダーを見て、黒のアーチャー(ケイローン)は、赤のライダーへと、素手で、己の肉体で攻撃を加えるべく、接近する。

 

「──クッ!?」

 

 赤のライダーは、反射的に槍を振るうが、黒のアーチャーは、その槍を回避して、赤のライダーへと攻撃を加えた。

 そして赤のライダーは、後方へと吹っ飛んで行った。

 立ち上がる赤のライダーに、黒のアーチャーは、微笑みながら言う。

 

「アキレウス。これは聖杯大戦です、故にこの様な事もあり得る。──貴方は甘い。

 余りにも甘い。敵には容赦なく、苛烈に攻撃しますが、一度味方だと認めたものには、甘い。──それが貴方の弱点です」

 

 ──そして。

 黒のアーチャーは、先ほどまでは生徒に指導する様な態度だったが、敵の前に立ちはだかるような態度へと、急変し言い放つ。

 

「────わかりましたか?()()()()()()

 

 そんな己の師に対し、赤のライダーは、言う。

 

「……ああ、わかったぜ。先生──いや、()()()()()()()ッ!!」

 

 黒のアーチャーも、赤のライダーも、嘗ては教師と教え子。だが今、この瞬間──敵同士だと認識した。

 そして、赤のライダーは槍を構え、迎え撃つ黒のアーチャーは、無手。アーチャーたる弓矢は持たない。

 だが、充分だ。何故ならば──。

 

「ラァッ!!」

 

 赤のライダーは、槍を黒のアーチャーに攻撃を加えるべく、振るう。

 だが、黒のアーチャーは、振るわれた槍を、逸らし、拳によって赤のライダーへと攻撃を加える。

 ──何故ならば、黒のアーチャー(ケイローン)は、全ての力の意を持つパンクラチオンがあるのだから──。

 そして攻撃された赤のライダーは、少々よろめくが、その程度では止まらない。

 槍を振るうが、その攻撃は通じない──。

 

「無駄ですよ。その槍を与えたのは、槍の振るいかたを教えたのは、誰でしたか?」

 

 黒のアーチャーは、赤のライダーに言う。

 赤のライダーが持つ槍──空駆ける星の穂先(ディアトレコーン・アステール・ロンケーイ)は、ケイローンがアキレウスへと与えたものだ。

 ──故に、黒のアーチャー(ケイローン)は、その槍の長さも、重さも、重心も把握している。更にその槍の扱い方を教えたのも、ケイローンだ。

 だから、その様な攻撃は通じない。

 ──その事実に、赤のライダーは内心舌打ちしながらも、歓喜していた。

 アキレウスという男はつくづく英雄なのだ。

 それを赤のライダー(アキレウス)は自覚し、黒のアーチャー(ケイローン)もまた認める。

 両者は槍を振るい、矢を穿ち、時には拳で相手の体を殴る。それはまさに力と技が入り混じった戦いであり、一瞬のスキが、油断が(敗北)への道となる。そんな中、赤のライダーは思考する。

 

 ──どうすれば目の前にいる男(ケイローン)に勝てる?

 

 戦いながらも、脳内で様々な状況を予想(シュミレーション)する。

 相手(ケイローン)がこう攻めてきたら、こうする。自分がこうしたら相手はああする……そんな無数のパターンを考えながら、己が勝利する映像(イメージ)を思い浮かべる。

 だが、赤のライダーは思う。

 

 ──どうしたら勝利できる? 果たして勝利できるのだろうか。

 

 目の前にいる男は、己の師であり。自身の隙を、癖を知り尽くしている。そんな彼に、どうやったら勝利できるのか……そんな映像(イメージ)が全く思い浮かばない。

 だが、赤のライダーは戦い続ける。逃げようとすることもなく、己が負けるという事もありえるだろうが、それでも戦い続ける。

 それはアキレウスという男が、英雄であるから。そしてもう一つ。──自分の成長を見てもらいたい、そんな子が親に対するような思いに似た感情ゆえに──

 アキレウスがケイローンの元を発ってから、様々な活躍をした。そんな活躍の中で、赤のライダー(アキレウス)は戦車を手に入れた、名誉を手に入れた。

 そして、他にも手に入れたモノ(宝具)がある。それを使うべきか──!? 赤のライダーは激しい戦闘の中で、思考する──。



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”黒”のライダーの願い

 ゴルド・ムジーク・ユグドミレニアの中には、焦り、苛立ち、焦燥……様々な感情が入り混じっていた。

 己のサーヴァントのクラスはセイバー、サーヴァントの7つのクラスの中でも、強力と言われている3騎士、ランサー、アーチャー、そしてセイバーと、強力なクラスの筈だ。

 しかも、ゴルドのセイバーの真名は、ジークフリート。

 聖剣バルムンクを持ち、竜の血を浴びた不死身の肉体を持ち、剣による攻撃はありとあらゆる敵を打ち払い、不死身の肉体は、ありとあらゆる攻撃をはねつける。

 ──そのはずだ。だが、現状はどうだろうか?

 黒のセイバー(ジークフリート)の不死身の肉体──悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファブニール)は、矢が刺さった部分は砕け散り、顕となった肉体に矢が突き刺さっている。

 黒のセイバーが交戦している敵は、赤のアーチャー(アタランテ)。彼女は、森の木々に気配を隠しながら、常に移動しながら矢を黒のセイバーへと射る。

 アタランテの持つ弓は、彼女の守護神アルテミスより授かった天穹の弓(タウロポロス)というものであり、ある力を持っている。

 その力とは、──弓を引き絞れば引き絞るほど、射られる矢の速度が、威力が上昇する、といったものである。

 そして、限界まで引き絞られた弓より撃たれた矢は、黒のセイバー(ジークフリート)の鎧を破壊する程までの威力を持つ。

 

「巫山戯るな!!」

 

 ゴルドは自身の机に、苛立たしげに拳を叩きつける。

 己のサーヴァントはセイバーなのだ! ジークフリートなのだ!! ──だというのに、だというのに、何故負けている!? 

 その抗いようもない事実に、ゴルドは激怒する。その怒りは何ゆえに? ──己のサーヴァントが、黒の陣営の敗北者一号になってしまうから? それとも、己のサーヴァントが負けているから? その通りだ。己の従える使い魔(サーヴァント)が敗北するなど、ゴルドのプライドが決して許すような事ではない。

 ふと、ゴルドの脳内に、唐突もなく一つの考えが浮かび上がる。

 

 ──あのサーヴァント(ジークフリート)偽物(ジークフリートではない)なのか?

 

 それは、どうしたらそのような結論にたどり着くのだろうか、という荒唐無稽な考え。あの血まみれの菩提樹の葉が偽物だった? それとも──。

 ゴルドはそんな事を考える。……それは一種の現実逃避に近いものであろう。だが、ゴルドという人間は、愚直で愚かな虚栄(プライド)に塗り固められていても、優秀な──()()()()という但し書きがつくが──魔術師である。その為、直ぐに思考を切り替えて、この状況からどうすればセイバーは勝利できるのかを、考え始める。

 

 時を同じくして、黒のセイバー(ジークフリート)もまた、どうすればこの状況から切り抜けられるのか、どうすれば(赤のアーチャー)を叩けるかを考えていた。

 赤のアーチャーは常に森の木々の隙間を、すり抜けるかのように移動し続けており、その素早さには黒のセイバーでは敵わないだろう。アーチャーの元へと接近しようにも、敵わずに距離は縮まない。

 それに、あちらはアーチャーなのだから、当然至極──弓という遠距離攻撃を持っている。

 対して、こちらはセイバー。その手に握るは、漆黒の大剣。剣を振るうしかできずに、遠距離の攻撃などは所持していない。

 ──否、たった一つだけ遠距離への攻撃方法は持っている。

 宝具。

 ジークフリートの象徴たる、悪龍ファブニールを屠った聖剣、幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)による攻撃。

 膨大な魔力によって、発生する黄昏の光による攻撃。アレならもしくは──。

 ──それは悪手だ。

 黒のセイバーは頭を振って、自身の考えを否定する。

 そも、宝具を使う直前には、剣を振り上げるという動作により、大きな隙が出来てしまう。もしも、その隙を狙われてしまったら、どうしようもない。

 何とか、弱点たる背中と、サーヴァントの霊核がある頭と心臓だけは守っているが、それ以外の部位はそうも行かない。このままでは、じわりじわりと、黒のセイバーが嬲られ、消滅してしまうだけだ──。

 

 ──ゴルドは、己の手の甲にある令呪を見つめる。“コレを使えば──”どうする? 例え宝具を使わせても、ゴルドの脳裏には、赤のライダーに全く通じなかった光景が鮮明に映し出されていた。

 例え、宝具を放っても、あのアーチャーに効くかどうか……。そんな不安がゴルドの胸中を満たす。

 ならば、後は最早令呪に頼るしかないだろう。

 この膨大な魔力が宿る令呪さえ使えば、サーヴァントに強制的に命令を実行させることが可能だ。──それこそ、魔法の領域たる転移すらも可能だ。

 どうする? どのように使えばいい? 

 ゴルドの脳内に、どうしたらあのアーチャーを敗北させる事ができる? という思考しかない。──そんな思考の中に、──撤退。という一つの考えが浮かび上がる。

 巫山戯るな。と言いたいが、現状ではそれよりもいい策が思い浮かばない。真っ先に自身のサーヴァントが脱落──などという事態は、何としてでも避けたい。

 

「ぐ……ぅ」

 

 ゴルドは令呪を使い、黒のセイバーに命じた。“撤退せよ、我が元に来たれ”

 ──これは戦略的撤退だ。ゴルドはそう思いながら、セイバーを自身のもとへと転移させる。

 

「む、」

 

 赤のアーチャー(アタランテ)は、黒のセイバー(ジークフリート)の姿が突如消滅──令呪の効果により、転移した事を見届ける。

 周囲に敵の気配は居ないかを探り──居る!

 赤のアーチャーの鋭い視覚が、聴覚が、木々の向こうの存在を捉えていた。

 こちらに凄まじい速度で迫ってくるサーヴァントがいる。

 ──その正体は、黒のライダー(アストルフォ)だ。

 彼は途中まで徒歩で移動していたが、黒のセイバーと、黒のバーサーカーを乗せたピポグリフが来たため、それに乗って移動しているのだ。

 空を飛んでは、アーチャ-の格好の的であるため、大地を馬のように駆けさせ、森の木々の中を縫うように移動している。

 刹那──

 

「あぐぅッ!?」

 

 黒のライダーの肩に、一本の矢が突き刺さり、黒のライダーはもんどりを打ちながら、ピポグリフより落馬した。

 

「クッ、アーチャーか!」

 

 さもありなん、赤のアーチャー(アタランテ)は、第二射を射る為に弓に矢を番える。

 黒のライダーはヒポグリフに乗り、手綱を握って高らかに唱える。──自身の宝具の名を。

 

この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)!」

「何──!?」

 

 瞬間、黒のライダーの姿は、赤のアーチャーの眼前より消え去った。

 

 ──この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)

 それは上半身はグリフォン、下半身は馬という、混合生物(キメラ)だ。──このような生物が存在するのは、一端に言えば「ありえない」のだ。

 ヒポグリフというのは、グリフォンと馬の混血生物(ハーフ)。本来ならば、それは成り立たない。

 グリフォンは、馬を捕食する生物である。故に、捕食者と被食者が交わり、子を成す。なとどいうことは、ありえない。

 ──だが、現に両者の成し子はここにいる。ヒポグリフという形で。

 だが、その存在は矛盾しており、ひどくあやふやな存在なのだ。──故に、ほんの一瞬だが、その身を次元の狭間におくことができる。

 ──つまりは、空間転移が可能なのだ。

 

 ──その話は、己のマスター()より聞かされていたことだ。驚くことはない。

 問題は、()()()()()()()()()? という事だ。転移といっても、あくまでも短距離間だけしか移動できないはず。──ならば、周囲を探せば見つかる。

 赤のアーチャーは、周囲の気配を探り、直ぐに黒のライダーの位置を突き止めた。

 

 ──真上!

 

 赤のアーチャーの頭上に、黒のライダーは転移していたのだ。ピポグリフの手綱を操り、赤のアーチャーへと突進──というよりは、落下に近い形で猛進している。

 ピポグリフの突進力に加え、重力に従いながら空を蹴る事による、加速落下。あれにぶつかれば、無事では済まないだろう。

 

「クッ!」

 

 赤のアーチャーはその場を咄嗟に飛びのく。アーチャーが立っていた地面に、黒のライダーのヒポグリフが激突──する直前に、体制を立て直して再び木々の中に入りこんだ。

 ヒポグリフは、森の木々の隙間を擦りぬけるような事は最早せずに、なぎ倒しながら移動する。アーチャーに見つかった今、隠密よりも移動速度を優先せざるを得ないのだから、当然の結果だろう。

 黒のライダーは、先程念話によってあのアーチャーにより、黒のセイバーが撤退に追い込まれた、という報告を得た。

 ──それはつまり、黒のセイバーよりもあの赤のアーチャーの方が、強いということだろうか? 例えそうだとしても、アストルフォは恐れない。

 相手が遥か巨大な体躯を持っていたとしても、自分よりも強くても、──恐ることはなく、愚直に突進する。

 ──それが、アストルフォ。理性が蒸発した英雄なのだ。

 

「やぁ!」

 

 黒のライダーは、飛んでくる矢を剣で叩き落とす。赤のアーチャーは矢を連射するが、それらは木々が盾となり、黒のライダーの身を守る。例え木に当たらなかったとしても、幾つかは体に突き刺さるか、掠るかだが、ほとんどは先ほどのように叩き落とされる。

 黒のライダーは、腰に下げていいた小さな笛を手に取る。

 瞬間、その笛はたちまち巨大化し、彼の体を取り囲むまでになった。

 

「よっし、いっくよぉー!」

 

 ──その笛は、槍、馬に連なる第三の宝具。

 かつてハルピュイアの群れを叩き落とすのに使われたという。

 

恐怖呼び起こせし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)!」

 

 黒のライダーは笛を口にくわえ、思いっきり息を吐く。

 その笛が奏でるのは、美しい音楽に類する様なものではない。その働きは拡声器に近しいものがあるだろう。巨大な音を奏で、音波と衝撃波によって、広範囲に渡っての攻撃を行うのだ。

 

「ぐ、ああァァァァァッッッ!?」

 

 その音は、衝撃は、大地を支える木々を容赦なく吹き飛ばし、赤のアーチャーも例外なく吹き飛ぶ。

 赤のアーチャーからしては、その音は溜まったものではない。常人より聴覚が発達している分、鼓膜に、脳にダメージを与えられるのだから。

 黒のライダーは笛をしまい、眼前の光景を見回す。木はなぎ倒される──というよりは吹き飛び、地面は耕されたようになっていた。

 ──赤のアーチャーは!?

 黒のライダーは、目を細めて赤のアーチャーの姿を探し──見つけた!

 

「ハッ!!」

 

 黒のライダーはヒポグリフを操り、赤のアーチャーの首を撥ねようと剣を手に持って、突進する。

 

 

「う……ぁぐッ……」

 

 赤のアーチャーは、節々が痛む体に鞭を打ち、揺れる脳に耐えながら、体を起き上がらせる。

 ──黒のライダーは……?

 まだ戦いは終わっていない。まだ勝利していない。

 霞む目で前を見ると、黒のライダーがこちらに突進してくるのが見える。

 

「クッ!」

 

 赤のアーチャーは本能によるものか、頭で考えるよりも早く、咄嗟に矢を二発連続して放った。

 

「ッぅ!」

 

 放たれた矢の内一発は、黒のライダーに突き刺さった。だが、それがどうした。今更この突進は止められない。この剣でお前の首を跳ねて終わりだ!

 

「ぐっ……」

 

 赤のアーチャーは、迫り来るヒポグリフから逃れようとするが、どうにも体がうまく動かない。このままでは、終わりだ……! そうはいくまい、と体を転がす。

 その行為は無駄だ、と黒のライダーは思う。もう、終わりだ。ボクの勝利で終わりだ。赤のアーチャーッ!

 黒のライダーの剣が赤のアーチャーの首元に振るわれる瞬間──

 

 ──突如、ヒポグリフの体が傾いた。

 

「なっ!?」

 

 剣の軌道は逸れ、アーチャーが咄嗟に掲げた弓を弾き飛ばし、首はとばなかった。

 

「ッ────うぅ!?」

 

 ピポグリフはそのまま赤のアーチャーとすれ違い、地面に転がった。

 ──原因は、赤のアーチャーが放った二発の矢の内の一発。一発は黒のライダーに刺さり、もう一発はヒポグリフの脳天に突き刺さったのだ。ヒポグリフはそのまま、消滅した。

 黒のライダーは落馬した事により、地面に叩きつけられ──しかも、黒のライダーの笛によって折られた木の枝が、体に突き刺さる。

 

「ぐうぅううぅ……ッ」

「あぐぅぅうう……ッ」

 

 黒のライダーも、赤のアーチャーも、最早満身創痍といっても差し支えない状態だ。

 それでも、両者は起き上がる。

 

 体が痛い。脳が揺れる。──だからどうした?

 体が痛い。血を少しばかり流しすぎた。──だからどうだって言うんだ?

 

 お互い、譲れないモノ(願い)があるのだ。その為ならば、泥を被ろうが、手足の一本や二本もげようが──!

 

 ──子供達の幸せの為に。

 ──名も無き少年(ホムンクルス)の未来の為に。

 

 お互い、人種も時代も性別も文化も思想も──ありとあらゆるものが違う。

 ──それでも、二人は共通した想い(信念)を持っていた。

 

 この戦いには、決して負ける訳にはいかないのだ──!!

 

「やああぁぁぁあああぁあぁッッッ!!」

 

 黒のライダーは剣を振るう。

 

「はあああァァァァあああぁッッッ!!」

 

 赤のアーチャーの手元には弓は無い。故に今は矢を振るう。

 

 お互いがそれぞれの手に、剣を、矢を持ち、ほぼ同じタイミングで振るう。剣は赤のアーチャーの肩に突き刺さり、倒れ伏す。──矢は──

 

「ああ……」

 

 黒のライダーは小さく呟いて倒れる。

 ──彼の胸には、矢が突き刺さっており、霊核を破壊された。──それはつまり、己が存在をこの現世(うつしよ)に維持させる事が出来なくなるという事──消滅。

 

 黒のライダー(アストルフォ)には、大した願いは無かった。強いて言うならば、受肉してこの現世を楽しみたい、──せいぜいがそれぐらいであり、自信より強く願うサーヴァントがいたら、そいつに願いを譲ろう。と思っていた。

 ──だが、この聖杯大戦の最中、とあるホムンクルスがいた。

 彼は黒の陣営の魔力の電池(バッテリー)として鋳造されたホムンクルスなのだ。だが、どうしたことが突然変異と言うべきなのか、彼には膨大な魔力が宿っていた。

 それを見定めた黒のキャスター(アヴィケブロン)が己の宝具の“炉心”にしようと画作していたところを逃亡し、黒のライダーによって匿われたのだ。

 黒のライダーは、彼を助ける事にした。それがこの聖杯大戦に参加する意義と見定めた。

 

 ──だが、自分は破れ、彼を助ける事は叶わないだろう。

 

 黒のライダーは想う、願う。

 

 ──アーチャー(ケイローン)、彼を頼んだよ……

 

 自分の他にも、彼を救うのに手伝ってくれた協力者に、届くはずのない思いを、願いを呟く。

 そして、眼前に広がるどこまでも青い空を見て、想う。

 

 ──ホムンクルス、逃げて、その一生を過ごせ……幸せに、普通に美味しいものを食べて、普通に恋をして……自由になってくれ……自由っていうものは本当に良いんだぜ……

 

 名も無き少年(ホムンクルス)の事を願い、彼がこの先どのように過ごすのだろうか。などと考えながら、青い空に手を伸ばし──

 

 ──そして、出来たら異次元の果て(ビヨンド)まで────

 

 途中で下ろされる。──それは贅沢というものだろう。

 黒のライダー(アストルフォ)は、理性の蒸発した英雄(アストルフォ)は、心優しき男(アストルフォ)は、ホムンクルスの事を想いながら、金色の粒子となって消滅した。

 

 



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投影魔術

 木々が群生する森特有の蜜のような匂いの中に、極めて場違いな香り──機械油(オイル)のような香りが僅かに泉の鼻腔をくすぐる。その香りの主は今現在泉が対峙しているサーヴァント、黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)の物であった。

 黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)の尋常ならざる腕力によって振るわれる戦鎚(メイス)の風圧によって、森の木々の梢が揺れる。その戦鎚(メイス)に僅かでも掠れば、泉の体は見るも無残な肉塊に忽ち姿を変えてしまうだろう。

 だが泉は、それを理解しながらも余裕ぶって、黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)を挑発するかのように紙一重で振るわれる戦鎚(メイス)を回避しながら、何度目かの詠唱を口にする。

 

投影開始(trace on)

 

 泉の魔力回路が、詠唱に反応して物質を投影すべく魔力が奔流する。

 だが、パキリ、とガラスが割れるような音が鳴り響くだけで、投影されたと思わしき物質はどこにもない。

 

「ああ、また失敗!」

 

 泉はそう言いながらも、なおも振るわれる黒のバーサーカーの戦鎚(メイス)を回避し続ける。

 

投影開始(trace on)

 

 そしてまたもや何度目かも知れない詠唱を紡ぐ。

“妙だ”

 黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は泉の繰り返される詠唱を耳にしてそう思う。全力で振るわれる戦鎚(メイス)が中々当たらないのはイラつくが、だからといって思考を放棄してはいけない。──狂化ランクが低いせいか、それとも彼女が天才的な怪物(フランケンシュタイン)なのだからか、バーサーカーとは思えない思考をする。

 投影魔術という魔術は極めて普遍的で基本的な魔術のはずだ。黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は生前にほんの僅かに魔術を齧っていた為、それを知っている。

 儀式の時に足りない触媒を補うために、魔力をもって物質を実体化……投影させる。それが投影魔術の使い方である。

 決してこのような戦闘時に使うような魔術ではない。

 例え武器の類いを投影したといえど、投影魔術にて投影された物質は総じて脆い。決して実践時に剣などを投影しても、あっという間に砕け散ってしまうのがオチだ。

 だからこそ、黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は疑問に思う。

“何を投影しようとしている?”

 幾度も投影しようとしても、その度に失敗している。目の前にいる敵の魔術の実力は、それほどまでに稚拙なものなのだろうか? ……いや、それは決して無いだろう。この聖杯大戦にサーヴァントを召喚して参戦している時点で、魔術の実力はそれなりのものと喧伝するような物だ。

 ならば一体何を企んでいる……?

 黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は思考するが、頭を振って思考を放置する。それは彼女のクラスが狂戦士(バーサーカー)だからだろうか。どれだけ考えようが、最終的には「敵を殺せば良い」という結論になるのだから。

 

「ウ゛ゥ゛ゥ゛ィ!」

 

 黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は唸りながら、会心の一撃を泉の頭上に振り下ろす。泉は迫り来る戦鎚(メイス)を呆然と眺めているだけで、回避する様子は見せない。

 ──否、()()()()()()()()()のだ。

 何故ならば既に泉の投影魔術は既に成功しているのだから。

 黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は眼前の光景を疑った。フランケンシュタインの怪物は、生前に武勇を立てた様な逸話もなく、何かしらの技術を収めたと言う様な逸話もない。──有り体に言えば、フランケンシュタインという英霊は、戦闘経験がなく、決して戦闘向けのサーヴァントとは言えないのだ。

 それでも狂戦士(バーサーカー)として召喚されているために、ステータスの上昇がなされている為、他のサーヴァントと戦闘することができるのだ。

 ──だとしても、有り得ない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だが現に、泉は黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)戦鎚(メイス)を右手の人差し指一本で受け止めていた。その指先はまるで、空気の詰まった風船を突くかのように重さを感じさせていない。

 

「──ッ!?」

 

 黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は背中に薄ら寒い感覚を覚え、思わず背後に後退した。

 泉の雰囲気は、人をからかうような先程のそれとは打って変わり、得体の知れないおぞましい怪物を相手にしているかのようなモノだった。

 

「どう? 凄いでしょう?」

 

 泉は口角を釣り上げながら無邪気に嗤いながらそう言った。その様はまるで、己のとっておきの玩具を自慢する子供のようなものだった。

 

「これこそが僕が編み出した究極とも言える魔術。名を『偽・────』

 最強とも言えるだろうけど、今は聖杯大戦の最中だ。強者が慢心して弱者に討ち取られても可笑しくはない状況……だからこそ、全力でいかせてもらうよ」

 

 泉はそう言いながら、心の中で付け加える。

“ま、制限時間はウルトラマンの変身時間よりも短いんだけどね”

 だがそれをまかり知らぬ黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は、自然と戦鎚(メイス)を握る手に力が入る。

 黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)のありもしないはずの直感が囁いていた。“危険”だと。

 

「さぁ、やろうか」

「ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ゥ゛ゥ゛─────ッ!!」

 

 泉が挑発するかのように構えるとともに、黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は絶叫する。その絶叫を耳にしたものは、常人ならば忽ち泡を吹いて倒れてしまうだろう。だが、泉は強風を受け流す柳の葉の如し、微塵たりとも怯んだ様子を見せなかった。

 だが、その咆哮は開戦の合図としては十分なものであった。

 泉と黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)はお互い敵に攻撃を加えるべく接近する。

 

 

 

 時間は泉と黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)が戦うよりも多少巻き戻り、槍が振るわれれば、その余波で森の木々がへし折れ、弓矢が射られれば、槍によって弾かれ、弾かれた矢が木に命中するに留まらずに、何本か木々を貫通する。

 ──それはまさしく激戦と呼ぶに相応しい状況だった。

 何も知らぬ者がその光景を見れば、天災の一種か何かとも思うだろう。だが、その天災は人間……正確には英霊(サーヴァント)の戦いによって巻き起こされていた。

 それがサーヴァント、英霊と呼ぶに相応しい存在の実力なのだ。

 しかも今回は、世界中の名だたる英霊の中でも遥かに有名な存在──アキレウス。

 そしてそのアキレウスを英雄として教育し、育てたケンタロスの賢者であるケイローン。

 数々の英雄が活躍するギリシャ神話を代表するといっても差し支えないほどの知名度を持ち、強力な力を持つ二騎であった。

 

「シッ!」

 

 赤のライダー(アキレウス)は馬上槍を振るう。だがその穂先は果たして黒のアーチャー(ケイローン)の体を捉える事は叶わずに、虚しく空を斬るだけであった。

 それも仕方の無い事であろう。赤のライダー(アキレウス)が所持するその槍を元々所持していたのは、ほかならぬ黒のアーチャー(ケイローン)自身なのだから。更に言えば、赤のライダー(アキレウス)自身に槍の振るい型を教えたのも、黒のアーチャー(ケイローン)である。

 故に、黒のアーチャー(ケイローン)赤のライダー(アキレウス)の体の使い方、癖などを把握している。

 そういった理由で、赤のライダー(アキレウス)は攻めあぐねていた。最も、攻めあぐねている理由はそれだけではないだろう。

 赤のライダー(アキレウス)は情に厚い男だ。敵と認めた者に対しては、どこまでも容赦無く苛烈に攻撃を加えるが、一度味方だと認めた者に対しては、どこまでも甘い。先程敵として認めたとは言えど、心のどこかで迷っているのだろう。

 黒のアーチャー(ケイローン)もそれを見透かしていた。だからといって黒のアーチャー(ケイローン)は攻撃に加減を加えることは一切合切しない。

 ──これは聖杯大戦なのだ。お互い赤と黒の陣営として召喚され、敵対している。それが例え生前に師と教え子の関係であったとしても。それが聖杯戦争、聖杯大戦の宿命なのだ。

 

「ハッ!」

 

 黒のアーチャー(ケイローン)は弓を番え、凄まじい速度で矢を穿つ。それは一本射っただけで終わらずに、さながらマシンガンのように、次々に矢を番えて射る。

 次々と飛来する矢を赤のライダー(アキレウス)は時には回避し、時には槍で弾く。赤のライダー(アキレウス)は己の体で受け止める事はできない。

 確かに赤のライダー(アキレウス)には不死の肉体を持つという伝承が存在するが、神性を帯びた者からの攻撃は防御する事が叶わない。

 黒のアーチャー(ケイローン)は神性を所持している為に、その攻撃が赤のライダー(アキレウス)の肉体にダメージを与えることを可能としている。

 だからといって、何かが変わる事は無い。

 確かに生前は不死の肉体を持って猛威を振るっていたが、現在不死の肉体に甘えるような事はしない。──要は、何時もと変わらない戦いだ。

 

「オラァッ!」

 

 赤のライダー(アキレウス)は放たれる矢の隙間を縫って、黒のアーチャー(ケイローン)へと急接近する。凄まじい速度で突き出された槍は、やはり黒のアーチャー(ケイローン)の肉体に当たることは叶わずに回避される。 

 だが、回避されただけでは済まなかった。

 

「ゥぐッ!?」

 

 赤のライダー(アキレウス)は肺から空気を漏らす。黒のアーチャー(ケイローン)は何も矢を射るしか能が無い訳ではない。

 全ての力(パンクラチオン)。それは黒のアーチャー(ケイローン)が習得している世界最古の格闘技である。その格闘技(パンクラチオン)を持ってして赤のライダー(アキレウス)に攻撃を加える。

 続いて二撃目が放たれようとするが、そう易々と追撃を許すような赤のライダー(アキレウス)ではない。

 

「……ラァッ!」

「グッ!?」

 

 迫り来る腕を回避し、槍による一撃を加える。

 流石に近距離であったため、回避する事は叶わずに、黒のアーチャー(ケイローン)は一撃を貰い受けてしまう。

“……浅い”

 だが、黒のアーチャー(ケイローン)は事前に体を捻らせていた為、槍は黒のアーチャー(ケイローン)の脇をほんの僅かに掠めるだけだった。

 お互い体制を取り直すために、後方に跳躍して距離を取る。

 赤のライダー(アキレウス)は僅かに歓喜の感情があった。──確かに、己の師を敵として認めているといえど、まだ僅かに複雑な感情が赤のライダー(アキレウス)の胸中にあった。

 だが、そんな感情の中にそれとは全く違う感情──歓喜があった。それは何に対する歓喜なのだろうか? 

 己の師(ケイローン)に巡り会えた事の喜び? それとも強敵(ケイローン)と戦える事の喜び? 成る程、どれもが当てはまるものだろう。だが、やはり最大の理由は──

 

「油断している暇は無いぞ?」

「ああ! 当然だ!」

 

 黒のアーチャー(ケイローン)は神業によって矢を次々と放つ。赤のライダー(アキレウス)は笑いながらも矢を回避する。

 師弟である両者の戦いは森の木々をなぎ倒しながら移動し、より一層加速していく。

 

 

 

 その様子を一言で表すのならば、“一方的”であった。

 黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は受けたダメージによって、満身創痍となっていた。だが、それに対峙する泉は逆に何のダメージも受けておらずに、無傷の状態であった。

 木々は粉砕され、大地が抉れている様子を見れば、その戦いがどれだけ激しいモノであったかは予想できるだろう。だが、その“激しい戦い”というのは黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)にとっての物だけであり、泉にとっては幼児と戯れているかのような感覚だった。

 

「……ゥゥウ……」

 

 だがなおも黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は戦意を喪失しておらずに、殺意の篭った目で泉を睨めつける。

 その目線を泉は軽く受け流しながら黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)に背を向けた。

 

「あぁ。今日はここまでだね。これ以上ここにいたら、ボクたちも巻き込まれちゃうから」

 

 泉はそう言いながら、森の木々の中に消えていく。後を追おうとした黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)の聴覚が、ふと激しい戦いの音を捉えた。

 その音は少しずつだが、黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)がいる場所に凄まじい速度で接近しており、木々をへし折りながら現れたのは、黒のアーチャー(ケイローン)赤のライダー(アキレウス)の姿であった。

 両者は黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)を視界に捉えてはいたが、なおも気にした様子はなく、目の前の敵に打ち勝つべく凄まじい攻防を繰り広げていた。

 成る程、確かにここにずっといれば泉も黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)も両者の戦いに巻き込まれていただろう。

 黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)黒のアーチャー(ケイローン)に加勢すべきかどうか迷っていたが、己のマスターであるカウレス自身の命によって退避する道を選択した。

 サーヴァントですらない人間一人に負けた自身の弱さに歯噛みしながら。“果たしてマスターは己の弱い姿を見て何と思うだろうか”

 

 

 赤のライダー(アキレウス)もまたシロウ・コトミネ神父から撤退の命を受けていた。

 確かに今は黒のアーチャー(ケイローン)に押されていたし、このまま押され続けていれば敗北するのは赤のライダー(アキレウス)であろう。戦略としては妥当な判断だ。

 故に赤のライダー(アキレウス)も納得するしかなく、舌打ちをしながら撤退をするべく僅かに作り出された隙を狙って、己の宝具(戦車)である『疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・ドラゴーイディア)』を出現させ、凄まじい速度で空を駆けていく。

 

「ケイローン……黒のアーチャーよ! 無念だが、今日は持ち越しだ! 貴様の首級()はいずれこの俺が手にする!!」

 

 黒のアーチャー(ケイローン)は弓矢を構えて、空を飛ぶ戦車を狙うが、ため息をつきながら矢を下ろす。戦車はもう既に遥か向こうへと飛び立っていた。

 

「ああ……楽しみに待っているぞ!」

 

 黒のアーチャー(ケイローン)の声が届いたかどうかは定かではないが、黒のアーチャー(ケイローン)は踵を返して己のマスターの元へと向かう。

 

 

 泉は森から出た瞬間、仰向けになって倒れる。

 

「あぁ……キッツい……」

 

 その声は追先程まで黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)を追い詰めていたそれとは違い、弱りに弱りきった声だった。

 何も、余裕というわけではなかった。実質、黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)と交戦している最中に()()()()はギリギリ切れており、あそこで黒のアーチャー(ケイローン)赤のライダー(アキレウス)が来ていなければ、敗北していたのは自分だったかもしれない。

 泉は悲鳴を上げてボロボロになっている魔術回路の検分をして、内何本かが完全に破壊されているのを確認する。

 ──それも仕方がないだろう。泉が投影した物は、彼がこの世界の外の転生者であり、他の世界を知っている事と、彼の“起源”を使用して無理矢理表面だけをなぞらえただけのものなのだから。

 それでも、この有様だ。アレに繋ぐ事は完全にはできない。

“まぁ良いか! 別にボクは興味ないし”

 泉はよろよろと立ち上がり、先ずは己のサーヴァント(アタランテ)と合流すべく移動する。結局アダムを得ることは出来なかったが、別に良いだろう。 

 チャンスはまだあるし、()()()もまだある。

 

 




誤字脱字指摘あれば報告ください。


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1日目の終幕・教師の苦悩

 生い茂る木々の枝は天を隠すかの様に、緑色の葉が着いた枝を広げる。その葉の隙間から降り注ぐ月光が、泉の顔をぼんやりと薄く照らす。

 その表情は、何時もの様に巫山戯(ふざけ)ているかの様な様子は見えずに、全身を痛みという剣で貫かれているかのように、苦悶(くもん)の表情を浮かべていた。女性の様に、柔らかく(つや)のある黒い髪からは、汗が(したた)り落ち、地面を(かす)かに湿らせる。

 息は全速力で走った後の様に、ひっきりなしに細かく呼吸をしている。その呼吸に合わせるかのように、心臓の鼓動も太鼓を打ち鳴らしているかのように激しく脈動(みゃくどう)している。地面を一歩一歩踏み締める足も、どこか覚束(おぼつか)なく杖を持たない老人の様に細かく痙攣(けいれん)している。

 これらは(ひとえ)に、”黒”のバーサーカー(フランケンシュタイン)と戦闘した時に使った魔術の代償によるものだ。衛宮の一族の血を持つものしか使えない、時を操る魔術。その代償は、本来の使い手である衛宮の者でも、体内の時間を操作するという無茶な行為のフィードバックによる苦痛が(ともな)うのだ。そんな魔術を、泉は()()()()血族だとか、魔術回路だとかそういったモノらを一切無視して使っているのだ。

 更に言えば、投影魔術によって投影したモノ。それによる代償の方が大きいだろう。お陰で魔術回路の数本が焼き切れ、使い物にならなくなった。魔術回路が焼き切れる時には、全身に凄まじい苦痛が走ると言うが、成る程確かにその通りだった。泉は精々が全身を針で貫かれたぐらいにしか思っていなかったが、とんでもない。それ以上の苦痛だ。

 

「……ま、それでも死ぬ時よりはマシなんだけどね」

 

 泉はそう呟きながら、目的の場所に辿り着いたのを確認する。

 彼の目の前には、周囲の木々よりも一段高く、太い一本の巨木が大地に根を張り、その太い幹に苔を生やしながら物言わずに存在していた。周囲の木々よりも、永い間そこに存在していることは明らかだった。その証拠に、ほんの僅かに木に神秘が宿っていた。……それでも、魔術の触媒に使えるかどうか、といった微々たるものだったが。

 それでも、周囲を見張る結界の基点とするには、泉にとっては充分であった。尤も、その結界も魔術を(かじ)っている者にとっては、容易(たやす)く破壊できるものだっったが。それでも、近くに魔術師がいる事を(しら)せるには充分なものだ。

 泉は結界に綻びが無いか確認して、その木の根本に崩れ落ちるかのようにして座る。幹に背を任せて空を見上げる。

 雲一つ無い夜空には、ぼんやりと光り輝く黄色い月が夜のルーマニアを照らしていた。

 

「ムーンセルとか、やっぱあるのかなぁ」

 

 その月を見た泉は、ふとそんな事を呟いた。この聖杯大戦が終わったら月に行くのも一興かもしれない。そんな事を思いながら、体を蝕む苦痛に歯をくいしばる。

 

「あー……ダサい……」

 

 泉は先程の戦い……これまでの己の行動を見返し、そう評した。

 

「なんなの……いかにもラスボスっぽい事とかしていたのに、このザマとか……馬鹿じゃないの」

 

 ……いや、そこはバカァ? かな。と笑いながら、自虐(じぎゃく)気味に苦笑する。そして遥か遠くの空に浮かぶ月を眺めながら、周囲を吹く風の音に耳を()ます。風の流れが乱れる。様子からして1人の人物がこちらに向かってきているかのようだった。

 結界にはその存在はかなり前から触れていた。そして泉が近くに来たのを認識して、此方に駆け寄ってきたのだろう。

 

「随分と苦戦した様だな。というか、汝はアレか? 馬鹿か? 現代の魔術師がサーヴァント相手に、戦い勝利できる訳が無いだろう」

「辛辣だねぇ」

 

 泉が使役するサーヴァントである、”赤”のアーチャー(アタランテ)は眉を(わず)かに(ひそ)めて泉に言う。

 ……それも仕方がないだろう。サーヴァントというのは、英霊……その(ことごと)くが人知(じんち)を超えた存在なのだ。そんな存在に、現代の魔術師が(かな)う訳が無いだろう。仮に勝利できると言うのならば、それは根源に辿り着いたのを存在か、魔術師の域を逸脱した”魔法使い”でしかあり得ない。

 例えどれだけ優秀であろうが、魔術師の域を出ない人間がサーヴァント相手に正面きって戦い、勝利できるわけがないのだ。

 幾ら”赤”のアーチャー(アタランテ)が獣に近い倫理観──弱肉強食の思念を持っていても、流石に泉のした事は矢張り無謀でしか無い。

 

「ま、確かにちょっと無茶だったかな」

 

 泉は”赤のアーチャー(アタランテ)の風に揺れる耳と、尾を悟られないように眺めながら言う。

 

「今日使った魔術って使うのこれで2回目だし、やっぱりリスクとリターンが見合ってないね。

 けど、大丈夫さ。だって、死ななきゃ大丈夫! 死んだら何も出来ないけれど、生きているんだったら如何(どう)にでもなるさ。──それこそ、何でもね」

 

 そう言った泉の目は、洞察力のある者ならば狂気が含まれているかのように見えただろう。それは無論、”赤”のアーチャー(アタランテ)も見破っていた。

 だが、それについて追求はしなかった。したところでのらりくらりと、はぐらかされるだけだろう。

 それに、己のマスターの異常性など、今更の事だ。敵のサーヴァントの真名や宝具といった、聖杯戦争において(かなめ)となる情報を、あっさりと見破るのだから。

 ……だが、どうあっても願いを叶えたい”赤”のアーチャー(アタランテ)にとって、それは厄介と言うよりは寧ろ有難い事だ。敵の事を一方的に知れるというのは、それだけで重大なアドバンテージなのだから。利用できるのならば、存分に利用せずにどうするものか。

 

「……まぁ、汝が良いのならば、私はとやかく言わん。だが、そう簡単に死んでくれるなよ?」

「死ぬ? 大丈夫さ! ボクはそう簡単に死にやしない。自分のユメを叶えるまでね。……あぁ。勿論叶えた後も存分に生きるけど!」

 

 泉はそう快活に言った後、”赤”のアーチャー(アタランテ)の姿を眺めながら言う。

 彼女の所々に擦り傷が出来ており、服も数カ所破れている。その姿は見ているだけで痛々しかった。

 

「……取り敢えず、今日は霊体化してくれないかな? お互い回復したいし」

「了解した。……最後に聞かせてもらえないか」

「ん? 何かな?」

 

 ”赤”のアーチャー(アタランテ)は泉をひとしきり眺めた後、(かぶり)を振る。

 

「……いや、矢張り後で良い」

「そう?じゃお休み。余り動かないでくれると嬉しいな。

 明日になると魔力もある程度回復するし、キミも回復させる事も出来る。……今すぐ回復させたい所なんだけど、今日は限界かも。ゴメンね……」

「問題無い。これは私の失態だ。舐めておけば治る」

 

 そんな彼女の発言に泉は”いやナニソレ。傷になりたい……というか、舐めている様子を眺めていたい……”と思いながらも、矢張り今日は限界であり、最早これ以上録に動く事も出来ない。使い魔を使用する事も出来ない。精々が結界を維持するだけだ。その事を悔やみながらも、目を閉じる。

 

 

 

「……寝たか」

 

 ”赤”のアーチャー(アタランテ)は、年齢の割に小柄な体を木に預け、規則正しく胸を上下させている己のマスターの様子を見る。

 その寝姿は、どう見ても何処にでもいるような、(ただ)の少年のそれであった。

 だが、”赤”のアーチャー(アタランテ)には如何しても気になる事があった。

 それは通常ならば気付く事も無い、彼の異常性についてだ。サーヴァントと正面きって戦い、ボロボロになりながらも生還しているという、その強さだけでも魔術師としては異常なのだが、そういった異常さではない。

 彼女が彼に召喚されてから、まだ片手で数える程の日数しか経過していないが、それでも泉の異常さを理解するには十分な時間だった。

 まるで恐怖心というような感情が存在しないかのように、正面きってサーヴァントと戦う。それだけならば、所謂(いわゆる)“頭のネジが外れた人物”という評価だけで済ますことができるだろう。だが、やはり()()なのだ。それは常人では気づかないような、微かな違和感でしかない。だが、やはり狩人である彼女の観察眼、そして獣の如き直感は、泉の異常さを感じ取っていた。それが具体的に何かと示すことは出来ないが、矢張(やは)り異常なのだ。

 

「汝は……」

 

 “赤のアーチャー(アタランテ)は眠る泉の耳に届くはずのない微かな声で呟く。

 

 

 

 仕事机にしては高級感溢れる上質な木材に、これまた腕利きの職人によって掘られた上質な彫刻が刻まれていた。その机の上には、魔術の教科書や、安物の魔術書、果てにはただの書類といった紙が乱雑(らんざつ)に積み上げられていた。

 ふと目を他所(よそ)にやれば、ガラスケースの開閉式の扉が付いた棚の中には、基本的な魔術道具が整然と整列されている。その魔術道具に混じって、この部屋の主の“妹君”の趣味であるティーセットや、ゲームソフトのパッケージといった物が並べられているのは、ご愛嬌(あいきょう)だろう。

 その部屋の主であるロード・エルメロイⅡ世は、薬を摂取(せっしゅ)しても(なお)、襲いかかる頭痛に(さいな)まれながらも己の教え子がやらかした()()に対処する為の作業をしていた。

 とはいえど、その作業も各方面の人物に関する手回しや、時計塔の派閥争いなどに影響が及ばない様にするだけのものであり、残りはほぼ形式的な文書を各方面に提出するだけのものだったが。

 だがそれでも、矢張り彼の頭痛が収まることはない。

 

「あの馬ッ鹿野郎が……! 帰ってきたら、どうしてやろうか!!」

 

 エルメロイは八つ当たりと言わんばかりに、彼の生徒の中でもフラットと並ぶ()問題児の泉の残した手紙を机の上に叩きつけるかの様に置く。

 その手紙の内容は、簡素に言えば『聖杯は必ず持ち帰るので、大丈夫ですよ』といった様な物であった。確かに彼の実力ならば、聖杯大戦を生き延びることも……油断さえしなければ確率は高いだろう。とはいえどだ、今回泉が参加した聖杯戦争は、そこらの贋作の聖杯による聖杯戦争とは訳が違う。

 ユグドミレニア一族が意図的に流出させた情報を元に造られた聖杯は、そのどれもが本物(オリジナル)に届かない贋作である。その贋作による聖杯戦争ならば、エルメロイの生徒が参加したとしても、こうして頭痛に悩まされる事はないだろう。

 だが、今回はわけが違う。泉が参加した聖杯大戦の聖杯は、オリジナルの聖杯だ。それに加え、戦う相手は時計塔に離反した一族。実力的な面から見ても、政治的な面から見ても、この大戦に泉という、時計塔ではエルメロイの一生徒である人物が参加するには、相応しくはないだろう。

 故に問題となり、エルメイロイは彼方(あちら)此方(こちら)を奔走した訳だが……

 

「何とかなったのは、やはりあのバカが過去の亜種聖杯戦争で勝利している、というのが大きいか……」

 

 エルメロイは椅子に腰を落ち着けながら、過去の記憶を思い返す。

 泉は過去に聖杯の贋作による聖杯戦争……所謂(いわゆる)“亜種聖杯戦争”に参加し、見事他のサーヴァントとマスターを退けて勝利したのだ。

 その際に泉が召喚したサーヴァントのクラスは、アサシンだという事は判明しているがそれ以外に細かいことは解らない。強いて言うならば、他のマスターが3流、4流の域を出ない魔術師であり、召喚されたサーヴァントも、それほど強い者ではなかったというのが大きいだろう。

 その際に泉が願った事は、“とある英霊の触媒”を泉の手のものにするというものだった。……最も、それらは泉の口から聞いた物であり、何一つ正しいと確証は持てない。

 そもそも、聖杯戦争に英霊の触媒を願う魔術師など居ない。願いを叶えるという事は、亜種とは言えど聖杯を使用する権利を勝ち取ったという事なのだから。それこそ、根源に達する事は不可能でも、魔術刻印の増幅や、高値の魔術書を入手する事だって出来る。態々(わざわざ)英霊の触媒を欲するというのは、理解できなかった。……いや、この亜種聖杯戦争が蔓延る中、強力な英霊の触媒を金額にするとかなりのモノになる。金が欲しい、という理由で触媒を願うとしても、それならば直接聖杯に金が欲しい、と願えばいいだけの話だ。

 だが、今ならばその英霊の触媒が、何の英霊の触媒だというのかは理解できる。そして、何故英霊の触媒を願ったというのも。

 そう。泉は最初から聖杯大戦に参加する為の下準備をしていたのだと……

 

「何を馬鹿な……」

 

 エルメロイは荒唐無稽な自分の考えを、鼻で笑うが矢張りそうとしか思えない。

 聖杯大戦の開催地であるルーマニアには、三流魔術師に令呪が発現しないように魔術師の入国規制が()かれていた。だが、泉はその入国規制の網をあっさりと通り抜け、ルーマニアに入国……もとい侵入した。その手口は実に周到で、(あらかじ)()()()の人物を用意していたという。

 そもそもの話、可笑しいのだ。泉に令呪が発現するという現象事態が。令呪は通常ならばサーヴァントを召喚した時に宿るか、聖杯によって選ばれて宿るかなのだ。だが、泉が聖杯に選ばれた、というのが理解できない。

 聖杯があるルーマニアとイギリスの距離はお世辞にも近いとは言えず、幾つかの国をまたいでいる。例え聖杯が選ぶマスターに距離の制限が無いとしても、泉に聖杯を求める程の大層な理由などエルメロイの知る限り──

 

「……いや、一つだけあったな」

 

 エルメロイはまたもや襲いかかる頭痛を鎮めるため、机の引き出しの取っ手に手をかける。開けた引き出しの中から一つの(びん)を取り出す。そのビンは泉が調合した頭痛薬であり、他の頭痛薬よりも気に食わないほどに効能が高いのだ。中から取り出した錠剤を二粒、口の中に放り込む。

 実に頭の痛い話である。頭痛をもたらす原因が作った頭痛薬で頭痛を(おさ)めるなどというのは。

 兎も角、エルメロイには一つだけ心当たりがあった。

 

『彼女の耳を! 尻尾を! というか全身をくまなくprprしたいです!』

 

 聖杯大戦に行く前に、彼が言い放った言葉を思い出す。彼が聖杯を──正確にはサーヴァントを──求める理由など、これぐらしか思い当たらなかった。

 ギリシャの女狩人として名を残したサーヴァントであるアタランテに出会うに、聖杯に参加して召喚するしかない。彼の欲望が令呪を招き寄せたというのか。

 

「ファック! 断じて認めんぞ!!」

 

 エルメロイはそう言いながら、(しわ)のよった眉間に指を当てる。

 だが、それは良い。最早そういう事について考えるだけ不毛だ。そもそも日本人(ジャパニーズ)のオタク共の欲望は計り知れないのだ。泉もその一種なのだろう。と強引に結論づけたエルメロイは、改めて思考する。

 

 果たして泉が聖杯に何を願うのかを。

 

 正直言って、エルメロイの観察眼を持ってしても、泉という人物どういう人物なのかが一向に理解できない。表面だけならば、おちゃらけた人物ではある。だが、その深淵に潜む感情。それが解らないのだ。

 始めて泉と出会った時もそうだった。まるでエルメロイの事を、モナ・リザといったような美しい絵画を鑑賞し、ゲームやアニメを眺めるかのような、どこか無機質な目線をしていた。それはほんの一瞬ではあるが、よく覚えている。そのほかの時にも、同じような目をしていた。

 まるで、遥か高みから脚本を知り尽くした人形劇を眺めるかのような目線で……

 あの様な、全てを知るかのような目をした人物は、エルメロイの人生において泉一人しか居なかった。

 あれではまるで、『  』に到達したかのような……

 

「何を馬鹿な」

 

 エルメロイはその思考を遮断する。そんな事は有り得ないだろう。泉の魔術の腕は平均以上と言えるが、それでもどちらかというと器用貧乏……とは言えないが、それでも一つ一つの魔術は、その道を極めんとする魔術師には敵わない。だが、矢張り気にはなる。泉が聖杯に何を願うのかが、教師としてでもなく、ロードとしてでもなく、ただの一個人として気になるのだ。

 エルメロイは背もたれに身を預けて、目を閉じる。これからやってくるであろう、更なる無益な会議や獅子劫の定期報告の為の体力と精神力を蓄える為に。最後に一つだけ呟いて……

 

 

 

「何故──▅▂▅▇▂▅▂▅?」



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”黒”の集い

 辺りには動物や竜などといった石の彫刻が鎮座している。それら全てがその筋を長年歩み続けてきた職人の繊細な技術によって彫られ、(みな)(みな)声なき咆哮(ほうこう)を玉座に座る人物を祭り上げるかのようにあげている。その光景はまるで石が生きているかのようであり、その価値が安くないことが(うかが)える。

 彫刻に一家言(いっかげん)ある者達ならば、(たちま)ちその彫刻に一目惚れしてしまうだろう。だが、この玉座の間にはそんな彫刻がまるで道端の石ころだと思える程に、その存在が、在り方が濃厚な人物が複数居た。その存在とは言わずもがな。過去、世界に名を(きざ)み、その行為が悠久(ゆうきゅう)の時が()(なお)現代に生前()した事を語り伝えられる英雄達である。

 彼らは皆、玉座に座る王に平伏(へいふく)していた。

 

「……一人、同胞を失った」

 

 やおら玉座に座る人物が口を開いた。その声には(わず)かな怒りが(ふく)まれており、その獣の如き鋭い眼光は、目に映ったもの全てを射抜くかに思われた。

 “黒”のランサー(ヴラドⅢ世)……彼は(かつ)てこのルーマニアを治めた領主()である。彼が生前成した行為は、世界中に“吸血鬼ドラキュラ”、“串刺し公(カズィクル・ベイ)”、“悪魔(ドラクル)”といったような呼び名で恐られている。

 生前に身内……仲間に恵まれていなかった彼にとって、此度の聖杯大戦で“黒”の陣営として現界したサーヴァント達は何よりも大切な仲間であった。だが、今日、その仲間を、同胞の命が戦いにおいて失われた。

 それは別に良い。これは聖杯大戦……(すなわ)ち戦争だ。別に仲間を一人失ったからといって、いちいち悲しんでいてはキリが無い。それでも、“黒”のライダー(アストルフォ)はかけがえのない仲間であった。部下であった。故に、ヴラドは“王”として怒りに燃えている。

 

「だが、此方も敵のバーサーカーを討ち取った」

 

 彼の脳裏には、不屈(ふくつ)の魂を持った反逆者(侵略者)の姿が浮かんでいた。彼は愚かなる侵略者であった。その魂の在り方は成る程賞賛すべきものがあった。だが、例えその様な戦士であろうが敵対してきた時点でオスマントルコも同等だ。故に、彼が生前オスマントルコの軍にしたのと同じように、串刺しの刑に(しょ)した。

 

「お互い痛み分け……と言いたいが」

 

 “黒”のランサー(ヴラドⅡ世)はカウレスの方を()めつける。英雄でも何でもないただの魔術師であるカウレスにとって、その鋭い眼光に怯まないというのは(いささ)か無茶な話だろう。

 

「話せ。何があったか、敵はどのような魔術を使ってきたか。そして貴様が何を思ったか、感じ取ったかを」

「……分かりました」

 

 その場にいる全員の目がカウレスの方を向く。彼の横には、彼のサーヴァントである“黒”のバーサーカー(フランケンシュタイン)が居る筈だが、彼女は今この場にいない。……ただの魔術師に手も足も出なかった事を恥じて、“黒”の陣営の皆に顔を見せない様にしているのだろう。

 カウレスは口を開く。“黒”のバーサーカー(フランケンシュタイン)の目を通じて見た光景をありのままに口にする。

 ……紡ぎ出された言葉を聞いたならば、(ほとん)どの魔術師は何を馬鹿な、と嘲笑(あざわら)うだろう。だが、今この場にそんな魔術師は一人もいない。彼の姉も、他のユグドミレニア一族も、サーヴァント達もカウレスの話の全てを信じる。それでも矢張りどこか荒唐無稽(こうとうむけい)な話だと感じられた。

 泉という魔術師が、“黒”のバーサーカー(フランケンシュタイン)の一撃を指一本で受け止め、肉体一つでサーヴァントを圧倒するなど、当の“黒”のバーサーカー(フランケンシュタイン)からすれば悪夢に近い出来事だっただろう。

 

「……アーチャー」

 

 “黒”のランサー(ヴラドⅢ世)は、“黒”のアーチャー(ケイローン)に意見を求める。ケンタウロス族の賢者であり、今回現界した“赤”のライダー(アキレウス)を代表にヘラクレス、イアソンといったギリシャの英雄を育てた偉大なる存在だ。そんな彼の叡智(えいち)ならば、今回の出来事のネタを割ることができるかも知れないと……

 だが、果たして“黒”のアーチャー(ケイローン)は首を横に振る。

 

「解りません。今この場で推測(すいそく)するには判断材料が少なすぎますね」

「そうか……」

 

 申し訳ありません、と“黒”のアーチャー(ケイローン)“黒”のランサー(ヴラドⅢ世)(こうべ)を垂れる。

 “黒”のランサー(ヴラドⅢ世)はそれを許し、次にダーニックに意見を求めた。彼は“黒”のランサー(ヴラドⅢ世)のマスターであり、ユグドミレニア一族を(ひき)いる(おさ)だ。今回の聖杯大戦の()()()()……というには(いささ)か不本意であろうが、大聖杯をナチスと共に強奪(ごうだつ)し、己の物としたのだからあながち間違いではないだろう。今や離反(りはん)したとはいえど、その前は魔術師の最高学府である時計塔の講師に名を連ねるロードの一人だったのだ。そんな彼ならば、泉という時計塔よりの刺客(しかく)について何か知っているかもしれない。

 そんなランサーの予想通り、ダーニックには思い当たる(ふし)があるのか口を開く。……尤も、その言葉には多少なりとも苛立(いらだ)ちといったようなものが含まれていたが。

 

「ええ。知いますとも。というより、彼は時計塔では悪い意味で有名でした」

「と言うと?」

「…………」

 

 ランサーの問いかけに、ダーニックは沈黙する。ダーニックは確かにランサーを王として認め、家臣相応の態度で接している。そんなダーニックとは言えど、泉の事を口にするには些か(はばか)られた。

 

「構わん。どんな些事(さじ)な事でも良い。答えよ、仔細(しさい)に話せ」

 

 王の問いかけに答えないのは、不敬(ふけい)とするところだが、ランサーはその(うつわ)の広さにより許す。そしてダーニックは(うやうや)しく(こうべ)()れ、続きを口にする。

 

「奴の名は時計塔中に(ひび)いておりました。それこそ、通常他人との交流を閉ざし、四六時中(しろくじちゅう)工房に引き(こも)っている魔術師にすら」

「とすると、矢張りそれ程に強いのか?」

「いいえ、私も奴がサーヴァント相手に圧倒する程に強いとは知りませんでした。……魔術の腕はそこらの生徒よりも上を行くでしょうが。ですが、その魔術の使い方というか、普段の態度が如何(いかん)せん(こま)り物でして」

「と言うと?」

 

 ランサーはダーニックが(わず)かに眉を(ひそ)め、眉間に(しわ)()せたのを観察した。時折(ときおり)相手の話に相槌(あいづち)や疑問を交える。そうすると聞き手も話してもお互いにやり(やす)いのだ。

 

「毎日と言っていいほど魔術による悪戯(いたずら)を、他の科の生徒や教師、それこそ相手が誰だろうと関係なく、無差別に仕掛(しか)けているのです。……かくいう私も奴の悪戯の被害に何度か遭っています。

 しかも、その悪戯の内容というのが、実に用意周到(よういしゅうとう)というか、悪質でして。禍根(かこん)が残らないように、被害は最小限に(つと)め、本当に困らせる様な事はせず、その上物質的な証拠も残さない。

 実に計算ずくの悪戯を仕掛けてくるのです。少し始末書を書けばコトが()む程度の。だからこそ、下手に罰する事も出来ないのです」

「成る程な」

 

 普段ユグドミレニアの(おさ)としての威厳(いげん)があるというような表情とは違い、今のダーニックは苦汁(くじゅう)を飲まされたかのような顔をしていた。思い出しただけでその様な顔をするところ、何度も被害に遭っているのだということが推測出来た。

 

「……申し訳ありません。私に話せるのはこれぐらいです。

 奴はエルメロイⅡ世が講師を勤める現代魔術教室に籍を置いていますが、鉱石魔術、降霊魔術、死霊魔術、呪詛、工学など、様々な魔術を使います。これは通常ならば有り得ない事です。それぞれの魔術は、平均よりも上ですが、その道を()く者には到底(とうてい)(かな)いません」

「そうか……」

 

 ランサーは近代の英霊であり、神秘が薄れ始めた時代に生まれた。故に魔術というモノには(うと)いが、それでも聖杯からの現代魔術師についての知識から、それがどんなモノなのかをある程度理解した。

 通常魔術師という生物は、一つのジャンルについて極め、根源に到達する事を生涯(しょうがい)の最終目標とする。故に、時折()()()()する事はあれど、無闇(むやみ)に多数のジャンルの魔術を習得する様な事はしない。

 魔術というのは膨大な“学問”であり、一つのジャンルを人間の限りある寿命で習得しようとなると、時間が足りない事が殆どだ。故に、大抵の魔術師は己の肉体に“加工”を(ほどこ)したり、次代(じだい)の者に(たく)したりする。

 だが、それを抜きにしてもありとあらゆるジャンルの魔術を習得し、しかもその一つ一つが、時計塔の生徒の平均的な実力の上を行くという。そこからその才能がどれほどの物か推測出来るだろう。

 

「ダーニックよ、お前の言葉は今後の参考になるだろう」

「有り難き幸せ」

「そして、セイバーよ」

 

 ランサーはその金の双眸(そうぼう)で“黒”のセイバーを見る。“赤”のアーチャー(アタランテ)との交戦による傷はとうに回復されており、肉体にはかすり傷一つ残っていない。……それでも、彼の宝具である“鎧”を修復するには(いた)らなかったが。

 そもそも、セイバーの“鎧”が破壊されるという事態が異常なのだ。その身に纏った竜の牙や爪を連想させる鎧、そして露出した背には、菩提樹(ぼだいじゅ)の葉の後がある。……彼の真名はジークフリート。悪竜を(ほふ)った英雄だ。

 そしてその悪竜を切り裂いた時に血を浴びた事により、ありとあらゆる攻撃を()ね付ける強靭(きょうじん)なる肉体を得たという。その逸話が宝具と化した“悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)”血の様な赤黒さを思わせるその肉体は、一見無敵に思える。だが、一つだけ弱点がある。それは血を浴びた時に、背中に菩提樹(ぼだいじゅ)の葉が張り付いていた部分だ。その部分だけ血を浴びなかったため、彼の背には菩提樹の後がくっきりと残っている。その部位はただの人間の肉体となっている。故に、セイバーのマスターであるゴルドは真名をランサーとダーニック以外のユグドミレニア一族に秘匿(ひとく)した。

 

「真名はどうだ?」

 

 だが、ゴルドは“赤”のライダー相手に令呪を命じて、宝具を使用させた。それにより、敵に真名が()れていないかどうかが重要なのだが……

 

「…………」

 

 

 セイバーは沈黙するばかりだ。己のマスターであるゴルドに口を開かないように命じられているのだ。臆病者──本人によると慎重──であるゴルドは、セイバーの真名を見破るヒントを少しでも敵に与えないように、一切の発言を禁止した。

 ゴルドはセイバーに発言の許可を与える。

 

「恐らくは看破(かんぱ)されただろう。オレの宝具である“幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)を開放し、あのアーチャーもオレの背中を中心に狙っていた」

「そうか……」

 

 ランサーはそれを重大に受け止め、(うなずく)く。

 

「ならば、貴様の背を守護する者が必要だな……」

 

 ランサーは今この間に居る人々を見回す。ユグドミレニアのマスター達は、ただの魔術師でありサーヴァントの戦闘に近づくだけでも危うい。魔術師を(そば)につけるなどは論外だ。戦闘用のホムンクルスやゴーレムも同様だ。

 そして残るは消去法でサーヴァントになる。

 だが、誰がジークフリートの背を守護するべきか。ジークフリートのクラスは、どんな状況にも幅広く対応できるセイバーだ。故に、この聖杯大戦において、最後まで生き延びさせる必要がある。……だからといって、他のサーヴァントを捨て駒にする訳にも行かない。

 この戦いはチェスの様に、何手先もの未来を読まなければならない。だが、(こま)の行動パターンと移動範囲が限られるチェスと違い、この戦いは何が起こるのか誰にも予測不能なのだ。だからこそランサー……否、ランサーだけではない。他のサーヴァントも、その主達もゆっくりと慎重に行動しなければならない。

 ランサーは(しばら)逡巡(しゅんじゅん)した(のち)、不敵に笑いながら言う。

 

()が。余自身がそなたの背を(まも)ろう」

 

 この発言に、玉座にいるランサー以外の者達は動揺(どうよう)を隠せずにいた。それも無理がないだろう。“王”であるランサーは、前線に出るべき人物ではない。それに、ランサーはこのルーマニアに()いては、カルナとも並ぶ程の力を得る。……つまり、ランサーは“黒”の陣営最強のサーヴァントと呼ぶに相応(ふさわ)しいのだ。もしも、万一にランサーが倒れでもしたら“黒”の陣営は一気に弱体化するだろう。

 とりわけダーニックはランサーにその考えを改め、もう一度考え直す様に進言(説得)する。だが、ランサーは(かぶり)を振る。

 

「確かに王たる余の立場を考えるならば、無闇に戦いに出るべきではないのだろう。そんなことは余とて理解している」

「ならば!」

「だがな、此度(こたび)の戦いは聖杯大戦だ。ここに居るのは()(ほど)、天下無敵の英霊達だ。だが、敵も同じく強靱(きょうじん)なる英雄達だ。

 そして我等は決して敗北する訳には行かない。ここにいる者共は全員が願望を叶えたいのだろう? ならば、尚更(なおさら)敗北する訳にはいかん。──そう。立場などは関係ない──とはいえど、やはり余は王だ。そして王が臣民を守護するのに、理由などは要らんだろう?」

 

 ランサーはそう言って不敵に笑う。最早(もはや)ダーニックが、他の者達が、どれだけとやかく言おうとも、ランサーは決して己の意見を()げないだろう。

 これで決定とする。そして解散する。その言葉に、各々(おのおの)がランサーにひれ()す。

 

 

 

 あと数日で完全に満月となる月は、トゥリファスをぼんやりと照らす。その表面に映る女性の横顔は、まるでこれから、聖杯大戦にて散ってゆく命を(あわ)れむかのように、トゥリファスを、ミレニア城を見下ろしていた。




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朝の交渉

 爽やかな陽光が木々の隙間から、光の柱とでもいったように降り注ぎ、小鳥の軽やかなさえずりが泉の意識を覚醒させる。

 起き上がった泉は、初めに体と魔術回路を検分する。その結果、昨晩よりはいくらかマシにはなっていたが、やはり怪我はともかく、魔力自体が回復しているとはいえど、破損した魔術回路は早々治療できるものではない。というよりは、治療できる方法を知らない。たった一つだけ心当たりがあるとすれば、アッシュボーン家の人々に頼るぐらいだろうか。だが、泉はそういった知識についてはほぼ朧げであり、もう少し調べておけばよかった、と少しばかり後悔した。

 だが、そういった後悔もすぐに忘れ去り、回復した魔力によって己の肉体に治癒魔術を使用する。痛みはあっという間に引いていき、柔らかいベッドの上で8時間ほど睡眠を取った後のように、すっきりした、爽やかな気分となる。とはいえど、多少の違和感を覚えた。いくら何でも、魔力の回復が早すぎると。そして、傷も皮膚を削ったぐらいの、細かい傷は跡形もなく回復されている。泉はそういったものに、先ほどまで手を加えることは無かった。だが、一つだけ心当たりがあったため、すぐにその思考を放棄した。

 そして、泉が起床したのを感じ取って、“赤”のアーチャー(アタランテ)が実体化する。彼女もまた、先ほど泉がかけた治癒魔術によって、傷が消えていた。

 

「や! おはよう!」

「汝、体は大丈夫なのか?」

「ん、問題ないよ。それはそうと、今日は夕方までやる事は余り無いと思うから、自由にしていてもいいよ。市場に行きたかったら、お金を渡すから言ってね」

「ああ、承知した。それはそうと、汝もすでに気づいているだろうが、サーヴァントがこちらに向かってきているぞ」

「分かっているよ。赤のセイバーと、そのマスターだと思う。……ま、別に放っておいてもいい……いや……」

 

 泉は何かしらの事を思いついたようで、アーチャーにこの場でセイバー達が来るのを待つように伝えた。そして、数分が経過して、茂みをかき分けるような、細い木の枝をへし折るといったような、そういう音が聞こえた。

 泉とアーチャーは、その音がした方を見やると、茂みからセイバーと、獅子劫が姿を現した。二人は、何やら苛立ったような、辟易したような表情で、泉を睨めつける。

 それも無理がないだろう。彼らは、泉の元に行こうとして、森に足を踏み入れたら、枝や葉が意志を持ったかのように、2人に襲いかかったのだ。それは、泉が仕掛けた結界によるものだ。文句を言いたかったが、事前に何の連絡もなしに、結界の中に立ち入った方が悪いのだから、責めようがない。

 そんな2人に、泉は笑顔で話しかける。それに対しては、セイバーが答える。

 

「やぁ。いい朝だね」

「それは良かったな、えぇ? こちらとら、最悪の朝だ。朝っぱらから、蛸みてぇに動く根っこを、剣で斬り刻みまくったんだからな!」

「へぇ、それは大変だったね。でもまぁ、朝のいい運動になったでしょう?」

「テメェ!」

「まぁまあ、その辺にしておけ。俺たちは争いに来たんじゃないんだからな」

 

 今にも泉に襲いかからんとするセイバーを、獅子劫は少しばかり焦りながら制止する。セイバーは、舌打ちをしながらも、獅子劫の後ろに引き下がる。

 

「さて、話を始めようか」

 

 獅子劫はそう言いながら、ポケットから携帯電話を取り出す。

 

「まず、なぜ俺たちがお前の所に来たのかから話そうか。訳はまぁ、いくつかあるが最たる理由が、エルメロイⅡ世からの指示によるものだ。

 奴さん、どうやら相当おかんむりなようだったぞ。だが、ひとまずはお前を聖杯大戦に正式に参加してもいいように、時計塔の上層部に手を回してくれた。その点についてはありがたく思っておけよ」

「あ、そうなの?まぁ、時計塔の上からしたら、聖杯さえ持って帰れば良いんだろうね」

「そういう訳だ。その点、過去に亜種聖杯戦争で勝利したお前には、実績がある。その分、いくらか説得しやすかったそうだ。そういう愚痴を長々と聞かされた。

 それとは別に、その代わりに、俺がお前を監視する事になった」

「えぇーそれは本当なの?」

 

 泉は如何にも嫌そうな顔で言う。

 

「ああ、そういうお達しがあった。尤も、常時張り付く訳でもない。俺がお前を監視するのは、聖杯大戦に関わる戦闘の部分だけだ。

 恐らく、お前の事が心配なんだろうな。『くれぐれも死なせないように』って言っていた」

「でも、その後に『まぁ、骨の100本ぐらいなら折れてもいい。腕の1本ぐらいなら、消し飛んでもいい』とか、そんな事を言っていたんじゃないの?」

 

 どうやら、泉の予想は正解のようで、その証拠に獅子劫は苦い顔をした。

 

「……ま、そういう訳だ。これから、お前は昨日みたいに敵の陣営に突っ込んだりはしないだろうな?」

「大丈夫だよ。昨日はある程度実験をしたかっただけだし。今日は特にやる事は無いね。それはそうと」

「なんだ?」

「君ってさ、時計塔からの依頼で来ているんだよね?」

「そうだ。それがどうした?」

「いや、なに。依頼金はどのくらなのかなぁ?って気になってね」

「それは秘密だ」

「へぇ。それはやっぱり、ヒュドラの幼体の死骸なんていう、大層なものだから?まぁ、アレを金額に換算したら、かなりの物になるだろうし、武器に加工しても、下手くそがどう足掻こうが強力な物になるしね」

 

 獅子劫はまるで、心臓を矢で貫かれたかのような思いだった。そういった事は泉には話していない。ましてや、他言したとしても、セイバーぐらいのものだ。それと、そのことを知っているのは、直に取引をした相手ぐらいだろう。つまりは、ここで泉がその事を知っているのは、いささかおかしいのだ。

 獅子劫は泉に対する認識を改める。それと同時にエルメロイⅡ世に言われた言葉を思い出す。

『決して容易くはない。油断ならない。探ろうとするな。逆に骨の髄まで解剖されるぞ』

 といったようなものだった。

 そんな獅子劫の心情を知ってか知らずか、泉は構わずに続ける。

 

「アレの頭さ、一本譲ってもらいたいんだよね」

「できる訳ないだろう」

 

 獅子劫はにべもなく一蹴する。

 

「アレをタダでやる訳にはいかない。お前も魔術師ならば、せめて対等の条件を出してみろ。それで初めて取引というものが成立するんだよ」

「わかっているさ!それで、僕の出す条件なんだけれど、こういうのはどうだい?」

 

 と、泉はサーヴァントの鋭い聴覚でも捉えることのできない小声で、獅子劫の耳元で提示した条件を呟く。それを聞いた獅子劫の背中には、冷たい戦慄が走り、額には、脂っこい冷や汗が浮かぶ。

 

「そんな事ができるのか? 聖杯の力を借りずに」

「もちろん! なんだったら、今すぐ……は無理だけれど、今から準備を始めれば、今日中には終わると思うよ?」

「どうやって? せめてそれぐらいは教えてくれ」

「君も魔術師なら、わかるでしょ? 他人に自分の研究成果を大声で叫べって?」

「……ああ、そうだったな。申し訳ない。失言だった。だが、せめてこれだけは質問させてくれ」

「どうぞ」

「本当に可能なのか? そして、リスクはないのか?」

「当然さ、というか、僕はヒュドラの頭が欲しい。そして、その代わりに君は、僕の儀式を受ける。これは取引でしょう? リスクなんて出す訳がない。でなければ、取引にはならないでしょ!」

「それもそうだな」

 

 と獅子劫は納得したように言う。魔術師である泉ならば、対価は守る筈だ。それは獅子劫もまたじ同様だ。

 

「じゃあ、細かい箇所を決めるか」

「そうだね。ギアススクロールは使う?」

「いや、別にいい。俺は約束を破るつもりはないし、仮にお前が約束を破ったとしても、お前の先生にこっ酷く、怒るように頼むからな」

「うわぁ、それは嫌だね。うん。大丈夫さ、約束は守る。

 それで、僕としては昼頃までには欲しいんだけれど、そっちはどうする? 最低でも5時間ぐらいの準備期間が欲しいんだけれど」

「……そうだな。何があるかわからないから、この大戦が終わった後でいい」

「え? それでいいの?」

 

 と泉は、いささか信じられないような顔で言う。

 

「もしも君か僕のどちらかがこの聖杯大戦で死んだとしたら、契約は守れないよ? 確かに聖杯戦争には、何が起きるかわからないとはいえど、本当にそれでいいの?」

「ああ。構わないさ。俺は死ぬつもりはないし、お前を守れとも依頼されている。つまりは、お互い聖杯大戦が終わるまで死ぬ事はない」

 

 獅子劫の堂々とした宣言に、泉は思わず賞賛の意味を込めて口笛を吹く。

 

「ま、それはコッチも同じさ! 僕は死ぬつもりはないし、君が死んでもまぁ、別に構わないけれど、君が死んだら契約が守れない。

 そうなると、僕の魔術師としての誇りが、木っ端微塵になって、ただの、部屋の隅に積もる埃になっちゃうからね!」

 

 白々しく言う泉に、獅子劫は心の中で、《魔術師の誇りなんざ、本当に持っているのか?》と思いながらも、契約は成立だ、と頷く。

 

「それじゃ、今日の昼頃でいいかな?」

「構わない。それまでに、くれぐれも下手な事をするなよ? それと、携帯電話の番号……あぁ、持っているよな?」

「もちろん。先生からの電話がうるさいから、電源は切ってあるけれど」

「出ろよ……」

 

 携帯電話をポケットから取り出しながら、そう言う泉に、獅子劫はいささか呆れたかのように、ため息を小さく吐く。

 

「ま、番号は教えるから、準備が出来たらそっちから電話してね。場所は……そうだね。いいレストランを知っているんだ。あそこにしようかな」

 

 泉は獅子劫に携帯電話の電話番号を教えて、レストランの店名と大まかな場所を口頭で伝える。獅子劫はそれらを、一言一句漏らさずに、頭の中に刻み付ける。

 

「それじゃ、12時に!」

「ああ、12時だな」

 

 これで話は終わりだ、と言わんばかりに泉はそういう。獅子劫もまた、これ以上この場に留まる理由も特になかったので、セイバーに一声かけて踵を返す。

 

「それにしても」

 

 と、獅子劫は、先ほどいた場所から充分に離れたところで、これまで大人しく付き従っていたセイバーに声をかける。

 

「意外だな。最初の時以外に、お前が大人しく黙っているなんて。俺はてっきり、途中でお前が横から、何かしら言ってくると思ったんだが」

「そうか? それは心外だぜ、マスター。ま、正直に言うと、あの小僧はマーリンに似ているんだ。

 ……あぁ、似ているといっても、姿形の事じゃない。こう、何て言うんだろうな。……そう、キャラ、雰囲気だ。そういったものが似ているんだ。それで、ああいう手合いの前では、基本的には黙っているのが一番なんだよ」

「へぇ、それは経験則からか?」

「うるせえよ。それよりも、そのレストランとやらの飯は、たっぷり食わせろよ」

「……手加減してくれや、王様。多分金は俺持ちになるだろうから」

「ハ、王っていうのはな、大食いなんだよ」

 

 そういって笑うセイバーに、獅子劫はまたもや溜息を吐き、自分の財布の中に入れてある札の数を思い出す。

 それと同時に、過去の記憶もまた思い出して、それを振り払うかのように、わずかに頭を振る。幸い、その様子はセイバーに気づかれなかったようだ。

 

 

 

「さてさて、忙しくなるぞ! 本格的な工房の確保に、道具も用意しないと。アレを加工するとなると、それ相応の準備がいるだろうしね」

 

 と泉はこれからの計画を頭の中で描く。その内容はこういったものだ。

 まずは、森から出て、本格的な魔術工房を確保する。だが、今すぐにゼロから製作するとなると、道具も不足しているし、時間も足りない。だから、適当な魔術師の工房を襲撃という名の、レンタルする為の交渉を行う。そして、確りと工房を手に入れ、獅子劫から受け取るヒュドラの頭を加工する。そして、その後は迫り来るであろう”黒”の陣営と戦うというものだ。

 

「ああ、でも、アダムは惜しいなぁ。ま、ジーク君でもいいし、アヴィケブロンが裏切らないようにして、アダムの起動を延期する様にすればいいかなぁ?」

 

 と、ひとまず結論付けて、考えるのをやめた泉は、アーチャーの方を見やる。

 アーチャーは先ほどから、棒立ちになって微動だにしていない。

 

「アーチャーはどうする? 僕はこれから、僕の工房スタイルに適した魔術師に、工房を借りに行くけれど」

「私はそうだな、市場にでも行こう」

「そう、じゃ、お金とその耳と尻尾を隠す為のローブ、それか僕の魔術で隠すのと、どっちがいい?」

「ローブでいいだろう」

「わかった。じゃ、今準備するから……あ、そうそう。集合場所はさっきの人に言った通り、同じレストランで、同じ時間ね!」

 

 泉はそう言って、アーチャーに5レイ札を数枚と、顔をすっぱり覆い隠せるフードの付いたローブを渡して、移動する。

 アーチャーもまた、それらを受け取った後、市場へと移動する。2人が行く方向は、ほぼ反対だった。

 




次回は、『魔術工房にヒァウイゴー!泉くん!』と、『お使いアタランテちゃん』と、『逃げ切れ!ホムンクルス君!』の3本立てでお送りします。


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ホムンクルスの脱走

最初の方は、少しばかり時系列が下がります。ご承知くださいませ。




 頭髪と肌はまるで産まれたての赤子のように真白でありながら、その双眸は、力強く流れる血液の様に、決して燃え尽きることのない意思の炎の様に赤い。彼はまだ産まれて(製造されて)間もないホムンクルスだ。

 アインツベルンの、未知に等しい高等な技術を流用して製造された為か、同じ方法で、同じ水槽で、同じ時期に造られたホムンクルスとは比較にならないほどの、それこそ一流の魔術師と同等の魔術回路を所持して、彼は産まれた。それはまるで神が気まぐれで生み出したかのような傑物だった。

 それ故か、そのホムンクルスには、他のホムンクルスと比べて、極めて自我が濃かった。自我が濃いということは、感情が濃厚だと言うことだ。そのホムンクルスは、他のホムンクルスの様に、サーヴァントを戦わせる為の魔力電池として、死亡するのを良しとせずに、水槽を内側から破壊して逃げ出したのだ。

 だが、いくら特別な体とはいえ、いくら青年の肉体とはいえど、実質的な身体機能は産まれたての赤子と何一つ遜色ない。違う点を挙げるとすれば、精々が、物事を論理的に考え、自分の意思で行動する事ができるぐらいのものだ。

 ”黒”のキャスター(アヴィケブロン)は水槽に異常が起こった事を感知し、それとなく急いで、彼の元にやって来る。もちろん、体が思うように動かない彼にとって、キャスターが来るということは、死神がやって来るのと何ら相違なかった。

 だが、死神がいれば天使がいるのだろう。偶然か、それとも必然か、ともかく、”黒”のライダー(アストルフォ)が先に彼の元にやってきた。そして彼は、ただ一言だけ、「生きたい」とライダーに願い、気を失った。

 その自分にとってはただの電池に過ぎないホムンクルス。ライダーはあろうことか彼の願いを叶える事にした。キャスター含む他のサーヴァントや、マスターの目の届かない場所、つまりは”黒”のアーチャー(ケイローン)の部屋へと匿った。わざわざ自分の部屋ではなく、アーチャーの部屋を選択したのは、アーチャーは医学について詳しかったからだ。ライダーの狙い通りに、アーチャーはホムンクルスを歩けるまで回復させた。

 

「そう。それがここまでのあらましだった」

 

 ホムンクルスは、アーチャーの部屋に置かれたベッドの上に腰掛けて、己の記憶を探る。だが、今はアーチャーはもちろん、ライダーもこの部屋にはいない。それどころか、ホムンクルスを隠す為に、召使として運用されている他のホムンクルスに、わざわざアーチャーは自分の部屋に入るどころか、近づくことすら無いように、指示を与えている。

 そのため、この部屋はホムンクルスの少年以外、誰もおらず、その部屋の周囲にも誰もいない。偶に黒のマスターの気配がするぐらいで、他のサーヴァントの気配は一切感じられない。いるとしても、キャスターぐらいだった。そして、時折聞こえてくる轟音や爆音、それらに交えて悲鳴やうめき声がホムンクルスの聴覚を刺激した。そういった事から、ホムンクルスは城の外、しかもすぐ近くで聖杯戦争が行われていると判断した。

 それは間違っておらず、丁度この時泉率いる”赤”のアーチャー(アタランテ)と、”赤”のバーサーカー(スパルタクス)”赤”のライダー(アキレウス)が”黒”の陣営のサーヴァントと交戦していた。

 この混乱に乗じて逃亡しようかと思ったが、ホムンクルスは賢明な判断をし、大人しく部屋の中で留まる事を選択した。

 そして、しばらくしていると轟音といったような物音は一切鳴り止んだ。そして、またしばらくしていると、部屋のドアのノブが動いた。ホムンクルスは身構える。果たしてドアを開けて入ってきたのは、アーチャーだった。それにホムンクルスは安堵の息を吐く。だが、アーチャーの表情はどこか浮かないものだった。

 

「ライダーが戦死しました」

 

 アーチャーはただその一言だけを、冷淡に告げた。その短い一言は、ホムンクルスにとって、全身を雷に打たれたかと思う程に、衝撃的で、いささか絶望的な知らせだった。

 

「私も後から聞いたに過ぎませんが、彼は”赤”のアーチャー相手に、勇敢に戦い、相手に幾ばくかの傷を負わせました。ですが、あと一歩というところで敗北したそうです」

「そうか……」

 

 ホムンクルスは、ベッドに力無く、崩れ落ちるように座った。

 

「それで」

 

 アーチャーは、ホムンクルスに問いかける。

 

「貴方はこれからどうするつもりですか?」

「どう、とは?」

「文字通りです。貴方はライダーの手によって、自由を得ました。故に、貴方には、自分の意思で自分のこれからを選択する権利が与えられます。

 また水槽に戻って、魔力電池になるもいいですし、この城から逃げ出して、残りの、ほぼ3ヶ月にも満たない短い自由を送るか、それともまた別の選択をする事もできます」

「選択、か」

 

 と、ホムンクルスは、暫く黙りながら思案にくれる。

 

「そうだな。俺は自由になりたい。彼のように、何事にも縛られず、それでいて強くありたい」

「そうですか」

 

 と、アーチャーは頷いた。

 

「それではこの城から逃げ出す事を選びますか?」

「ああ、その通りだ。俺はこの城、聖杯大戦という鎖から解き放たれて、二つの翼を持つ鳥のように、自由に外の世界に行きたい」

「わかりました。……そうですね、それでは早速明朝にでも脱出しましょう。

 それまでは、私が貴方に外の世界を過ごす為に必要な事を教えましょう。幸い現代知識は聖杯から授かっておりますし、その他の知識についても、凡そ基本的な事は貴方の頭の中にあるようですしね」

「いいのか? 俺などが貴方のような、数々の英雄を育て上げた、素晴らしい教師に教わるなんて」

「何を躊躇するのですか? 私が貴方に教える事は構いません。

 ついでに一つ申し上げましょう。貴方はライダーに「生きたい」と願った。そして、理性が蒸発した彼は、例え己が処罰される可能性があるというのに、そういったものを度外視して、貴方を助ける事にしたのです。ならば、貴方はライダーに報いなければならない。

 彼は消滅する間際に、私に『君の事をよろしく』と念話で伝えました。ならば、私は命を賭して戦った彼の願いを叶えなければなりません。でなければ、私は彼の気持ちを裏切る事となり、彼も報われません」

「そうか」

 

 と、ホムンクルスは頷いた。

 

「わかった。だったら、ご教授願おう。貴方の教える全てを、俺は我が物にしてみよう」

「そうですか。それはいい覚悟です。では、私もまた、貴方に教えられる全てを、徹底的に、この短時間で貴方の身体に、魂に刻ませます」

 

 そう言うアーチャーの言葉には、どこか恐ろしい気配が感じられた。ホムンクルスは、口の端が引きつるのを自覚しながら言う。

 

「お手柔らかに頼むぞ……」

 

 太陽が山の向こうから顔を出して、ルーマニアの陰気な闇を吹きばす頃あいになり、ホムンクルスは城の外に出ていた。物陰に隠れて周囲を見回すと、あちらこちらに見張りのホムンクルスやゴーレム、使い魔などが、異常はないか目を光らせていた。

 ホムンクルスは、そういったものたちを見ながら、アーチャーの言葉を思い出す。

『良いですか?確かにこの城の警備はまさに鉄壁というにも等しいでしょう。外からは勿論、中からもネズミ一匹すら逃さないという意思が見て取れます。

 ですが、結局は人間が作ったものです。どんなに頭が良かろうと、どんなに優れた魔術師だろうが、完璧などというものを作り出すことはできません。何事にも穴はあります。

 それは勿論、この城の警備もそうです。ですが、縫い針の穴に糸を通す程に、神経を使い、慎重に行動しなければなりません』

 ホムンクルスは、アーチャーに指示された場所を通り、指示された行動を寸分違わず行う。その様はまさに、縫い針の穴に、すんなりと糸を通すのと同じだった。

 ホムンクルスは息を殺して、足音をなるべく立てないようにして、足跡を残さないようにして移動する。あまりの緊張に、額に一筋の汗が流れ、自分の心臓が爆音を奏でているような錯覚すら覚えた。

 そういった緊迫に満ちた状況の中で、ホムンクルスは焦りながらも、それでいて冷静だった。一度見つかったら、すぐさま捕獲され、元どおりにあの水槽に戻って、死ぬまで魔力を供給するだけの装置と化すかもしれない。だが、一度逃げ切れば、怯える事もなく、まさに生前のライダーのように自由に、外界を過ごすことができる。後者の想いによって、矛盾した二つの感情を成立させていた。

 そして、どのくらいの時間が経過しただろうか。少なくとも、1時間ぐらいしか経っていなかったが、ホムンクルスにとっては、10年ぐらいの時間を過ごした感覚だった。

 だが、そういった感覚の中で、無事ホムンクルスは見つかる事なく、無事逃げ果せたのだった。街の中で、その目立つ髪型と目の色を隠す為に、ローブを着て道行く人々の隙間を縫いながら、ホムンクルスは振り返って、まだすぐ近くにある城を眺める。その城は、まるで一度入ったら、二度と脱出不能な牢獄の様に思えた。体を震わせたホムンクルスは、再び振り返り、フードを深めにかぶり直して、また歩き出した。

 

 

 

 

 泉は一通り荷物を纏めた後、極めて簡素な卜占により、自分のスタイルにあった工房にあたりを付けた。そして、その魔術師の隠れ家の場所まで移動した。今、泉の前にある建物の外見は他の家となんら変わりないが、その中はまさに魔境と言うに相応しい、魔術師の工房らしくなっているのだろう。

 泉はドアをノックして、施錠されている鍵を無理矢理、魔術によって破壊して建物の中に入る。侵入者にたいする迎撃の魔術が、泉を攻撃する。だが、泉はそれらをなんら苦労する様子も見せずに、ある時は拳で振り払い、ある時は魔術で迎え撃ったりして対処していく。どうやら、この建物の主である魔術師は、奥の方に潜んでいるようだった。泉はそれとなく察して、襲いかかる光弾や炎を蹴散らしながら、奥の方へと向かっていく。

 そして案の定、一番奥の、厳重な場所に魔術師は居た。魔術師は、泉が部屋に姿を現した瞬間、自分の使える一番強力な攻撃魔術で、泉に襲いかかる。だが、哀れながらも、その魔術師の攻撃は通じなかった。呆然としながらも、焦って汗だくになっている魔術師に、泉は言う。

 

「やぁ、君がこの工房の主人かな? この工房さ、少しの間借りるよ」

 

 その言に、魔術師は反論したが、いつの間にか自分の首が宙を舞い、首無しとなって倒れる自分の体を見たのを最後に、魔術師の意識は途切れた。

 首から噴水のように血を吹き出す魔術師の体を背景に、泉は一通り工房を見て回った。やはり泉の求めていた理想の工房だけあり、不足している施設や道具は一通り揃っていた。満足した泉は、散らかっている器具や資料を一通り片付けて、改めて自分に合った工房へと改装していく。

 そして、一通り終わった時に時間を確認すると、獅子劫との約束の時間までには、まだ充分にあった。そこで泉は、かつて、この工房の主だった魔術師の亡骸を加工していく。それが終わって、再び時間があるのを確認すると、今度は財布を持って、約束の時間まで適当に散歩する事にした。

 

 

 

 ”赤”のアーチャー(アタランテ)は、道行く人々を眺めながら、それとなくこれからの事について考えていた。というのも、己の願望を叶える為に召喚に応じたのだから、この先本当に勝利できるかどうか、という事だ。

 今のマスターは、知識も、戦闘にも、なんら文句はない。それどころか絶賛してもいいだろう。だが、そういった事すら、霞ませるほどの得体のしれなさが、アーチャーに疑問を持たせていた。アーチャーは覚悟をする。己のマスターを見極め、裏切るか、そのまま仕えるべきかを。

 それとは別に、路地の端に並んでいる店を一通り眺めて回る。実に様々な店があった。そういった店に、人々は品物を求めて出入りする。その光景は実に賑やかだった。アーチャーが生きていた時代に無い物が多く、聖杯から知識を授かっているとはいえど、実に新鮮な光景であった。

 アーチャーは、とりあえず与えられた金で、何かを買おうとして、しばらく周囲を見回す。その中に、アーチャーと同じように、顔を隠すかのようにローブのフードを深めに被った人物がいた。その姿は、もちろん、アーチャーにも同じ事が言えるが、いささか目立つものであった。

 そして、アーチャーの、狩人の鋭い観察眼は、時折フードからわずかに露出する顔の一部を、見逃さなかった。その顔の特徴は、泉から教えられていたホムンクルスのそれと、全く同じだった。

 アーチャーはどうするべきか一瞬、逡巡して、とりあえずは、彼を尾行することにした。場所が森から町に移ろうが、、獣に発見されないように、森の中にその存在を溶け込ますのと同じように、町の中を行き交う人々の中に、完全に身を隠した。

 

 




細かいところは、土日に修正します。
次回の更新は未定です。というか、イベント始まったら、どうしても投稿が遅くなる……
ともかく、次回予告!
『泉VSホムンクルス』
『アタランテVSモードレッド&獅子劫』
『念には念を入れよ!』


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街中での戦い

 泉は道端にある古びたベンチに座り、売店で買ったひまわりの種を齧りながら、道行く人々を見つめる。この地域に元々住んでいる人も居れば、海外からの旅行者もいる。だが、その中には時折尋常ではない気配を放っている人物がいる。

 隠れながら、時にはさり気なく道を歩きながら、彼らは泉の事を監視している。泉もまた、それに気付いており、あえて放置している。彼らは時計塔の魔術師だったり、ユグドミレニア一族に連なる魔術師だったり、元々地元を拠点としている魔術師だったりした。

 殆どの魔術師は、マスターである泉の動向を監視しているが、時折、聖杯大戦に参加するために、泉の令呪を横から掠め取ろうと、企む魔術師もいた。もっとも、そういった浅はかな思考を持ち、既に泉に襲いかかった魔術師は、人目のつかない路地裏で、物言わぬ肉塊と化している。

 

「まったく、わざわざご苦労様だねぇ」

 

 と、泉はそんな彼らを小馬鹿にしたように眺める。だが、その最中で、何かを思いついたのか、やおら頭の中でこれからの計画を新たに描き始める。

 その中でこれからの計画に、相応しくない考えは廃棄し、相応しい考えを取り入れて、計画をより厳密に、確実なものにしていく。

 いつの間にか、大量にあった袋の中のひまわりの種は、一粒たりとも残っていなかった。だが、丁度最後の一粒を口に放り込んだ時に、泉の計画は完成した。その計画というのは、泉にとっては余りにも完璧と呼べるものであった。

 

 

 

 ”赤”のアーチャーは、人混みの中に紛れて、自分と同じような姿格好をしたホムンクルスの後を尾行する。

 ホムンクルスは時折立ち止まり、誰かが付けて来ていないかと、周りを警戒しながら見回す。だが、狩人たるアーチャーの隠蔽術の前に、その警戒は無力であった。ホムンクルスはとうとうアーチャーの姿を見つける事も出来ずに、一息吐いて大通りを歩き始める。

 アーチャーはそんなホムンクルスの後を、引き続き尾行する。しばらくの間観察していると、アーチャーは狩人特有の観察眼により、ホムンクルスは、何かしらから逃げており、それでいてしっかりと目的地が定まっている事を見抜いた。怪訝に思ったアーチャーは、泉から授かった知識と、現在の状況を合わせて、これから先ホムンクルスがどこに行くのかを推理する。

 元々、あのホムンクルスは突然変異によって、異常な魔術回路を持ったという。故に“黒”のキャスターの宝具の炉心として使用されるつもりだった。だが、ホムンクルスの意思と、“黒”のライダーの優しさにより、ホムンクルスはキャスターを筆頭に、アーチャー除く他のサーヴァント及びマスターか匿われたという。だが、彼を匿った張本人であるライダーは、既にアーチャーが打ち取った。

 ならば恐らく、“黒”のアーチャーの手によって、あの城から逃がされたのだろう。とアーチャーは推測する。そして次にどこを目指しているのかを見当付ける。だが、それはすぐに判明した。恐らく彼はこの街の外に出ようとしているのだ。そもそも、彼は“黒”の陣営から逃亡しているのだ。ならば、真っ先にユグドミレニアの管轄外にある街の外を目指すのは、当然のことだった。

 それを理解したアーチャーは、ローブの下に弓を実体化させる。泉があのホムンクルスを欲しがっていた事を思い出したからだ。泉が何をするつもりかは、アーチャーには分からないが、それでも一種の信頼と言えるものを抱いていた。故に、アーチャーはホムンクルスを泉がどう使うのかを知らないが、彼を泉に渡せば聖杯大戦にて有利になると判断した。

 アーチャーは今までよりも、なるべくその存在を隠して、ホムンクルスが人気のない場所に移動するまで、あるいは移動するように誘導して、手に持った弓に矢を番える機会を狙う。

 

 

 

「さてさて! それじゃ、まずはそう。君! そこの君だよ!」

 

 と、泉は自分を監視する魔術師の内一人を指差す。突然のことに戸惑う魔術師をよそに、泉はその魔術師を強引に、人目のつかない路地裏まで無理やり引っ張っていく。勿論魔術師も抵抗したが、その小柄な肉体とは不釣り合いな、予想外の腕力に為すすべもなく路地裏へと引っ張りこまれていく。

 路地裏へと魔術師を引っ張り込んだ泉は、念の為に簡易的な結界を貼る。そして先ほどの戸惑った様な様子から一転し、戦闘態勢へと入った魔術師に微笑みかける。

 

「僕はさ、面倒くさいのは嫌いだから、ストレートに、素早く行くよ。君さ、ユグドミレニアの魔術師でしょ? で、君に一つ聞きたいことがあるんだけれど」

「断る! 断る! 貴様などに答える口など、持ち合わせていない!」

 

 と、魔術師は、己よりもはるかに、強大な力を持った者の前に立つ恐怖により、体を細かく振動させながらも、声を張り上げる。

 

「そう? でもさ、さっさと喋った方がいいよ? 内容は至って簡単なことだし、君はイエスかノーで答えれば済むだけ。さっきも言ったけれども、僕は面倒くさい事が嫌いだから、ホラ、拷問とかは趣味じゃないし、殺しても、脳や魂に直接聞く魔術を行使するのも、面倒くさいんだ。だからさ、さっさと喋った方が身の為だよ?」

「……何だ。何が聞きたい」

「うんうん。そう、それが一番賢明だよ。至って簡単なことさ。この辺の店について聞きたいんだ。この辺にさ、美味しい果物を売っている果物屋さんってあるかい? あ、それとペットショップもこの辺にあるなら、場所を教えてほしいな」

 

 その質問に答えた魔術師は、あまりの緊張から開放されたことによって失神する。それはつまり、サーヴァントと肉弾戦を行い、しかも一方的にサーヴァントを蹂躙する実力をもった怪物から逃れられたという事だ。魔術師にとって、泉と対話することは、処刑台に縛られた罪人と同じ気持ちだったのだろう。

 泉はそんな彼の事などお構いなしに、早速計画を実行に移そうとしたその瞬間、付近にアーチャーがいるのを感じ取った。これは魔術的なモノではなく、恋する人を持つ者の、恋人へ対する特有の感覚によるものだ。

 早速、泉はアーチャーがいる場所へと移動する。

 そして、泉はアーチャーを発見した。それと同時に、泉のお目当てのホムンクルスも見つけた。そして、様子を見るからに、アーチャーはホムンクルスを尾行しているのだろう。泉はその状況を見て、素早く作戦を思いつく。そして、腕時計を見る。時計は約束の時間の少し前を差していた。

 

「よし! ちょうどいいかな?」

 

 と、泉は言い、アーチャーへと念話で呼びかける。

 

『アーチャー、突然で悪いんだけれども、そろそろ約束の時間なんだ。僕はちょっと遅れそうになるから、アーチャーだけ先に行ってってくれないかな? 僕は少しやることができたんだ。あ、店の場所はわかるよね?』

『大丈夫だ。しかし、本当に突然だな。だが、確かにそろそろ時間だ』

『うん。そういう訳でさ、少し急いで欲しいんだ。遅れるとなったら、申し訳ないからアーチャーだけなるべく急いで欲しいんだ』

『……ああ、了解した』

 

 アーチャーは少しばかり逡巡した様子を見せながらも、ホムンクルスの尾行は諦めて、獅子劫と“赤”のセイバーとの待ち合わせ場所まで移動を始める。アーチャーは、また何かを企んでいるのだろう。と、路地の裏からこちらを伺っている泉を、横目に見ながら嘆息する。

 

 “まあ良いだろう。恐らく目的はあのホムンクルスだ。汝自身で狩るというのならば、私は何も言わん”

 

 アーチャーが移動した事を確認した泉は、ローブを着たホムンクルスの肩に手をかける。ホムンクルスは、突然の事に驚き、肩を一瞬跳ね上げさせて、その場から飛び退く。

 

「やぁ、こんにちは。ジーク君……ああいや、ジークフリートはまだ生きているし、違うかな? 君に名前はあるのかな? ま、どっちでもいいさ」

「……お前は」

「ああ、そう警戒しなくてもいいよ。何、ほんのちょっとだけ、君が欲しいんだ」

 

 と、泉は言うと同時に、ホムンクルスへと掌底を叩き込む。その鋭く、素早く、激しい掌底を受けたホムンクルスは、為すすべもなく背後にあった家屋の壁へと叩きつけられる。続いて、ホムンクルスが壁から跳ね返る前に、泉は再び掌底を叩き込む。

 ホムンクルスの内臓や骨は粉砕され、同時に彼の背後の壁もまた崩壊する。家の中に叩き込まれたホムンクルスは、痛む体を抑えて、よろめきながら起き上がる。

 

「僕としては生きていたほうがなるべくやり易いんだ。実力差は明確でしょう? だから、僕に大人しく捕獲されなよ」

 “ふざけるな” 

 

 と、ホムンクルスは突然やってきた理不尽に、心の中で毒づく。激痛が迸る体を何とか立ち上がらせる。

 

「馬鹿を言うなよ……!」

「へぇ? じゃ、仕方がないね。少しばかり痛い目にあってもらおうか」

 

 と、泉は三度ホムンクルスへと攻撃を仕掛ける。果たしてその攻撃はホムンクルスへと届くことはなかった。その代わりに、泉のみぞおちに、ホムンクルスの拳が深々と刺さっていた。

 泉は咳き込み、よろめきながら後退する。そして、ホムンクルスが取っている構えを見て理解する。その構えは中国拳法を少しばかりかじっている泉でも理解できるほどに、とても洗練されており、とても美しかった。

 

「パンクラチオンか……!」

「その通りだ。“黒”のアーチャーからこの技を授かった。オレが生きれるようにとな」

 

 用心深く構えるホムンクルスに対抗するように、泉もまた八極拳の構えを取る。どちらもお互いの隙を探り合い、お互いのからだの隅々を眺める。

 泉は内心舌打ちをする。というのも、ホムンクルスの構えや、先ほどの一撃から、彼のパンクラチオンは達人のレベルそのものだったからだ。

“本来ならば、私のスキルにより色々と教えたかったのですが……一晩あれば、達人級の一歩手前までは仕込めるでしょう”

というのは、ケイローンの言だ。対する泉の八極拳を筆頭とする中国拳法は、その殆どが我流であり、達人と呼ばれる領域まで達していない。こうした事実から、泉は不利な状況に陥っていた。

 だが、ホムンクルスもまた下手に動くことは出来なかった。というのも、相手はサーヴァントを圧倒する程の実力を持っているというのだから。それに、ホムンクルスにとってこれが始めての実践であり、極度の緊張により中々攻め出す事ができなかった。

 

 “あ、そうだ”

 

 と、泉は拮抗した状況の中で考える。

 

 “別に格闘戦じゃないんだから、魔術使ってもいいよね!”

 

 手のひらを突き出すような構えから、ガンドを放つ。ホムンクルスはその放たれたガンドを回避する。標的を失った弾丸は、そのまままっすぐ飛んでゆき、部屋の壁に爆弾が爆ぜたような音を立てて命中する。それにホムンクルスは肝を冷やす。

 

「さぁ! 僕のガンドは拳銃並みだぜ? 避けてみろ!」

 

 続いて、マシンガンのごとく放たれるガンドを、ホムンクルスはまさに達人の動きで回避し続け、泉へと接近する。そして拳を放とうとしたが、その腕は宙を舞う。遅れてやってきた激痛に、ホムンクルスは呻き声を上げて、よろめく。忌々しげな目で、ホムンクルスは泉を睨めつける。彼の手には、黒鍵が握られていた。その収納式の武器を持って、ホムンクルスの腕を切断したのだった。

 

「さて、そろそろ終わりにしようか!」

 

 と、泉は魔術の呪文を唱える。ホムンクルスはさせまいと、泉に躍りかかる。

 

「遅い! 光よ! 炎よ! 照らして燃やし尽くせ!(Light! Flame! Leave no stone unturned, light)

 

 閃光と炎が迸り、ホムンクルスはまるで白い空間にでも飛び込んだような錯覚を覚えた。それを最後に彼の意識は途絶えた。泉はホムンクルスの腕の断面に火をかけて止血をしてやり、ぐったりとしている彼を抱えて工房まで移動する。

 

 

 

 アーチャーは指定された場所に付いた。そこはこじゃれたカフェとでも言うべきところで、オースケトラをGBMに流すようなところだった。周りを見回してみると、獅子劫達は先に到着していたようで、ちょうどセイバーが食事を注文していた。

 アーチャーはセイバー達がいる席へと移動した。アーチャーがやってきたセイバーは、アーチャーに座るように言った。

 

「それで」

 

 と、セイバーは言う。

 

「お前のマスターはどこだ? 姿が見えないが」

「どうやら遅れるようだ。汝らに私からそう言うように、念話で指示があった」

「そうかい。どのくらい遅れるんだ?」

「解らん。それについては私も聞かされていないのでな」

「そうかい。全く、テメエからここを指定したってのに、遅れるとか、どう見てもナメられてんだろ。なぁ、マスター?」

「ま、そういう事もあるだろう。そうイラつくな」

 

 獅子劫は苛つくセイバーを嗜める様に言う。そして、コーヒーを一口飲む。

 

「ま、なんだ。せっかくだから、二人共親交を深めるために、何か話してみたらどうだ? ホラ、セイバーとアーチャー。近距離と遠距離。お互いの手の内までとはいかないだろうが、俺たちはこれから先、共闘するんだ。何かとお互いの事を少しでも知ると、戦いの中でもスムーズに連携が取れるんじゃないか?」

 

 その言葉にセイバーとアーチャーは、お互い顔を、一瞬だけだが、見合わせる。

 

「関係ねぇな。オレはただ剣で敵をぶった斬るだけだ」

「私としても、右に同じだ。確かに同じ陣営ではあるが、わざわざお互いの手を晒すこともあるまい。どうせ、“黒”の陣営を殲滅したあとは、汝らと戦う事になるのだろうしな」

 

 と、アーチャーは言いながら《尤も、汝らの情報は判明しているがな》と心の中で付け加えた。

 ちょうどその時、セイバーが注文した料理の内のいくつかがテーブルに運ばれた。セイバーはそれを頬張りながら、ふと思いついたように言う。

 

「そういや、お前の願いってなんだ? お前も召喚されているんなら、何かあるんだろう?」

「それを言ってどうする?」

「仮にだ」

 

 と、セイバーは食事を頬張るのをやめ、剣呑な雰囲気を醸し出しながら言う。

 

「お前の願いが『王になる』といった類のものだったら、オレはテメェを斬る事になる。王は二人も要らんからな」

「そうか。汝の願いは、玉座に着くことか」

「そうさ。ま、正確に言えば剣を引き抜くことだが……そんな事はどうでもいい。王になるつもりがあるのか、否か? オレにとってはそれが重要だ」

「ならば、汝は私に剣を向けることはないだろう」

「そうかい。ならいいさ。じゃあ、お前の願いはどんなものなんだ? ちょっと気になっただけだが」

 

 セイバーの言葉に、アーチャーは一瞬考える。

 

「……私の願いは、この世に存在する全ての子が愛される様な世界にする事だ」

 

 その言葉に、セイバーは僅かに眉をひそめる。

 

「全ての子に救いだ?」

「ああ、その通りだ」

「そうかい。……ま、悪くねぇんじゃねえの? 尤も、その願いが叶うことはないが」

「それはどうだろうな。聖杯を手にするのは、私だけだ」

「言ってろ。遠くから打つだけしか能のない弓兵野郎」

 

 剣呑な空気になる両者を見とがめて、獅子劫は慌てて仲裁に入る。そんな状況の最中、何も理解していないであろう呑気な声を出しながら、泉が3人の前に姿を現す。

 

「やぁ。二人共どうしたのかな? そんなに睨み合っちゃって。ま、争うのは構わないけれど、せめて魔術の隠蔽だけは考えてよ? 怒られるのは嫌なんだから。

 それはそうと、獅子劫さん、遅れてゴメンネ! 約束の物は持ってきているかい?」

「ああ。もちろんだ。ほら、この中にある。……分かっているだろうが、それでも念の為に言っておく。くれぐれも慎重に扱えよ? 毒が一滴だけでも肌に触れたら、たちまちお陀仏だからな?」

 

 獅子劫はそう言って、セラミック製のケースを泉に差し渡す。それを受け取った泉は、蓋を少しだけ開いて、中身を確認して頷く。中には、物理的にも、魔術的にも厳重に保管されたヒュドラの幼体の一部が確かにあった。

 

「うん。それじゃ、これで取引は成立かな? 尤も、コッチの対価はまだ支払っていないけれど、本当に後でいいの?」

「ああ、構わないさ」

「そう? それじゃ、僕もここで何か一品軽食したいところだけれど、どうやらここに僕達がいても、雰囲気が悪くなるだけのようだし、今日のところはこの辺で失礼するよ」

 

 と、泉は言いながら、もらったスーツケースをぶら下げて店から出る。アーチャーもまた、その後に追従する。

 

「あ、そうだ」

 

 と、泉は扉の所から、店の中を覗き込み、セイバーに言う。

 

「仮に君達と僕達が戦ったとして、勝つのは間違いなく僕だから。じゃあね、()()()()()()

 今度会うときは、戦場で。あ、そうそう。戦場といえば、獅子劫さん、今晩あたりお互いの本陣がぶつかり合うみたいだよ? その時に、どうなるかは、まぁ。神のみぞ知るってね!」

 

 真名をあっさりと見破られたセイバーは、思わず机に手を叩きつけて立ち上がる。その拍子に、机の上にあった幾つかの皿から、食材が皿の外に落ちる。

 セイバーは苛ついた様子で、椅子の上に乱暴に座る。

 

「なぁ、マスター」

「なんだ?」

「アイツ、本当に一体何なんだ? 斬りつけてやろうと思ったけれど、先にそれが気になっちまった」

「さあな。少なくとも、異状で、油断ならない相手だということは確かだな。俺達が、アイツと戦う、なんてことになったら、本気で、依頼のことも忘れて戦わなければならないだろうな」

「そうかい。だが、そんなモン関係ないか。敵は全てぶち殺せばいいだけだしな」

「ま、その通りだな」

 

 セイバーは、ナイフとフォークを持って、食事を再開した。獅子劫もまた、新たに運ばれてきた食事を口にする。

 2人の様子は、まるで最後の晩餐を食べる囚人のように、とても静かだった。だが、その目には、勝利の光が宿っていた。

 

 

 

 工房に到着した泉は、アーチャーを傍らに貰い受けたヒュドラをケースから取り出す。その様子はとても用心しており、とても慎重だった。無理もないだろう。例え幼体といえども、ヒュドラの毒は強力なことに変わりないのだ。

 

「さて、これからコレを加工するんだけれども、矢尻でいいかな? 毒の滴る矢尻……ヘラクレスがケイローンに射った矢みたいな感じで」

「構わん。そういえば、“黒”のアーチャーはケイローンだったか」

「うん。作れるのは、精々が2本分といったところ。その2本の毒矢をどのように使うかは、アーチャーの判断に任せるよ」

「承知した。“黒”のアーチャーとは、是非とももう一度勝負したかったのだ。私の矢を打ち落とすというのは、些か屈辱的だったのでな」

「あ、やっぱり? ま、これから加工するのに暫く時間がかかるから、アーチャーは自由に時間を潰していていいよ」

「承知した。そういえば」

 

 と、アーチャーは手術台の上に、意識を失って横わたっているホムンクルスを見やる。

 

「奴はどうるすのだ?」

「ああ、彼はちょっと手間がかかるし、時間もかかるから後でね。それでも何をするかは、本番でのお楽しみ……っていうのも、怪しいかな? 君は僕のサーヴァントだから、少しだけヒントをあげよう。ホラ、あの棚の上に置いてある石版をみてごらん」

 

 泉の指さしたところに置いてある石版を、アーチャーは手に取り観察する。どうやら、その石版は化石のようであり、表面には蛇の化石が埋もれていた。

 

「これは?」

「それは、世界で最初に脱皮した蛇の化石さ。とあるサーヴァントを召喚する触媒になる」

 

 アーチャーは、聖杯より授かった知識により、その化石で召喚されるサーヴァントというものに、見当をつけた。些か驚いた様子で、その召喚されるサーヴァントの名前を口にする。

 

「英雄王ギルガメッシュ……!」

「そうさ。クラスはアーチャー。戦い方は、生前に集めた大量の財宝を打ち出す。あと、エアと鎖もあるね。……あー、それと眼もあったけな?」

「……汝、何故英雄王を召喚しなかった。私よりもはるかに強力な力を持つことは明らかだぞ。例え時代が、場所が違えどそのぐらいは解る」

「だってさ、例え僕が英雄王を召喚したとしても、御しきれないもの。それに、例え召喚したとしても、慢心してやられる可能性が高いしね……ま、カルナあたりだとどうなるかはわからないけれど。

 それに、アーチャーに適性のあるサーヴァントは、アーラシュを筆頭にダビデや織田信長、ロビンフッドその他と、沢山いるけれども、その中で召喚するならば、君が一番だと判断しただけだよ」

 

 と、泉は言う。

 

「ああ、ちょっと話がズレたね。で、その触媒と、そのホムンクルスを使ってとある魔術を発動させるつもりなんだけれども、うまくいくかどうかは分からないから、詳細は内緒にしておくよ」

 

 と、言いながら泉は不敵な笑みを浮かべる。

 

「けど、仮に成功したとしたら、この聖杯大戦、勝利出来るのが確実になる。……まぁ、保険みたいなもので、実際は君だけで十分だけれどね。

 さ、今夜は文字通りお互いの陣営がぶつかり合う。それまでに、この加工を終わらせたいから、お話はこの辺にしておくかな。君も、夜までに調子を万全に整えておいてね」

「ああ、承知した」

 

 アーチャーはそう言って霊体化して、この部屋から外に出た。ひとり残された泉は、目の前にあるヒュドラの毒という、危険物を慎重に加工する。

 部屋の中には、泉が操る器具の音のみが鳴り響いていた。

 アーチャーはその音を壁越しに聞きながら、答えが帰ってくることのない問いかけを、小さく呟く。

 

「汝は、聖杯に何を願うのだ? 確実に勝利するのならば、やはり英雄王を召喚するべきではないのだろうか? 御しきれる自身がない、と言ってはいたが、汝ならば恐らく御しきれるのではないだろうか? そういった自信が、僅かに漏れ出ていたぞ」

 

 だが、やはり返答がある訳もなく、あるのはただ沈黙のみだった。




次回、
『念には念を入れよ』
『聖杯大戦』

……の前に、賛否両論ありそうだけれど、一回掲示板回をはさもうかと思います。上手くできるかどうかは分かりませんが、この小説は作者が練習のために書いている面が強く、色々と試したいのです。


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時計塔スレッド

掲示板回です。自分は2ちゃんとか余り詳しくないので、所々違和感があると思います。
というか、作者自信が楽しみながら書いたので、読者の皆さんが楽しめるかどうか不安です。不評でしたら、削除します。好評だったら、第二弾も書こうと思います。





【聖杯大戦にマスターとして参加しているけれど、何か質問ある?】

 

1.IZU

 

 こちら、現在ルーマニアにて聖杯大戦に参加中

【令呪が刻まれた右手と『IZU』と書かれたメモの写真】

 

2.名無しの魔術師 

 

 え、マジ?

 

3.名無しの魔術師 

 

 コテから見るに、アイツか?

 

4.IZU

 

 ≫3

 そうだよ! でも、ココ匿名だから名前は無しでね?

 

5.名無しの魔術師

 

 本物か……? でも本当にヤツならやりかねんな

 何をって、聖杯大戦乱入&掲示板でスレ立てを

 

6.名無しの魔術師

 

 大丈夫なのか? 

 こんなスレ立てて、後で怒られたり……

 

7.名無しの魔術師

 

 ≫7 

 大丈夫じゃね?

 時計塔の爺さん達はこの掲示板の存在知らないし

 誰かがチクらない限り、バレないって

 

8.名無しの魔術師

 

 だなW

 

9.IZU

 

 大丈夫でしょ!

 っていうか、そういった話はこっちでやって!

【時計塔の教師たちにどうやってココの事を隠すか 17スレ目】

 

10.名無しの魔術師

 

 悪い悪いWW

 それで、どうなってんの? 今どんな状況?

 

11.IZU

 

 ≫10 

 えーっとね。まずユグドミレニア一族が離反したのは知っているよね?

 

12.名無しの魔術師

 

 おう

 

13.名無しの魔術師

 

 え、ちょっとまって

 なにそれ、知らないんだけれど

 

14.名無しの魔術師

 

 時計塔だと情報規制を敷かれているから、知っている人と知らない人が分かれているっぽい?

 

15.名無しの魔術師

 

 というか、情報規制が敷かれているのに、何で俺たちがそれを知っているんだか

 

16.名無しの魔術師

 

 フラットがハッキング

 

17.名無しの魔術師

 

 ≫16

 あー

 

18名無しの魔術師

 

 ≫16

 ヤツならば仕方がないか

 

19.IZU

 

 とりあえず、知っている人と知らない人がいるから、軽く説明しようかな?

 

20.名無しの魔術師

 

 

 ≫19

 頼む

 

21.IZU

 

 おK

 軽くさらっと言うと、ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアっているよね? その人が、自分の願いを叶えるために、大聖杯を奪って、ルーマニアに閉じこもった。だから、時計塔は大聖杯を取り返そうとして、刺客を送ったけれど、全部返り討ちになった。けど、聖杯の隠しコマンドを起動させることには成功して、聖杯大戦が開幕した!

 

22.名無しの魔術師

 

 な、なるほど……?

 

23.名無しの魔術師

 

 かいつまみすぎだっての。ま、だいたい合っているし、深く知ってもロクなことにならないから、この辺が一番だろうな

 

24.名無しの魔術師

 

 確か、“赤”と“黒”の二つの陣営に分かれて戦うんだっけ?

 そんな事をどっかで聞いた

 

25.IZU

 

 ≫24

 そうだよー

 僕は“赤”の陣営でアーチャーのマスターをやっているよ

 で、ユグドミレニアは“黒”の陣営ね

 

26.名無しの魔術師

 

 サーヴァントのクラスは?

 

27.IZU

 

 ≫26

 アーチャー。けど、それ以上の情報はナシでね

 

28.名無しの魔術師

 

 ……っていうか、ちょっと待て

 二つの陣営に分かれて戦うって事は、合計サーヴァントって何体になるんだ?

 

29.名無しの魔術師

 

 ≫28

 確かに気になるな……亜種聖杯戦争だと、2体なんていう酷いところもあるらしい

 大聖杯だと、どんな感じになるんだろう? やっぱり7体か?

 

30.名無しの魔術師

 

 ≫29

 7体だと奇数になるだろ

 それで二つの陣営に分かれるとしたら、どっちかが1体多くなるぞ

 

31.IZU

 

 ≫28

 “黒”と“赤”で合計14体だよ

 それとは別に、エクストラクラスでルーラーが召喚されている

 

32.名無しの魔術師

 

 ファッ!?

 

33.名無しの魔術師

 

 多すぎだろ!

 ルーマニア大丈夫か? 壊滅とかしないよな?

 

34.名無しの魔術師

 

 魔術師じゃないけど、知り合いがルーマニアにいるんだが……

 

35.名無しの魔術師

 

 14……いや、15体か

 ……天災が起こるんじゃないか?

 

36.名無しの魔術師

 

 ≫35

 サーヴァント自体が天災そのものだろ

 

37.名無しの魔術師

 

 というか、ルーラーって何だ?

 

38.名無しの魔術師

 

 ≫37

 直訳で「調停者」「支配者」とかそんな意味

 

39.IZU

 

 ルーラーっていうのは、聖杯大戦を管理する為のサーヴァント

 中立で、どこの陣営にも組しないで、主に神秘の漏洩だとか、聖杯を使って悪いことができないようにする為に、聖杯が召喚するエクストラクラス

 今回はジャンヌ・ダルクが召喚されているみたい

 

40.名無しの魔術師

 

 マジで!? これまで、ジャンヌ・ダルクの出現確認されてなかったよな?

 

41.名無しの魔術師

 

 ≫40

 亜種聖杯戦争でも、現界したという話は聞かないな……

 というか、召喚しても応じない、っていう話を聞いた

 

42.IZU

 

 ≫41

 まあ、ルーラーのクラス適正の一つに、「願いを持たない」っていうのがあるからね。呼ばれても、参加する必要が見られなかったから、召喚に応じなかったんじゃないかな?

 

43.名無しの魔術師

 

 お前らそんな事よりも、重要なことがあるだろうが

 

 ジャンヌ・ダルクって、美人?

 

44.名無しの魔術師

 

 ≫43

 おいww

 

45.名無しの魔術師

 

 ≫43

 まぁ、サーヴァントをそういったコト目当てに召喚する魔術師も居るみたいだしな……

 

46.IZU

 

 …………

 ジャンヌ・ダルクは、パツキンの長髪で、美人だよ。あとおっぱいでかい

 

47.名無しの魔術師

 

 パツキン!

 

48.名無しの魔術師

 

 おっぱい!

 ちなみにどのくらい?

 

49.IZU

 

 ≫48

 さぁ? 正確なカップとかバストとかは分からないけれど、例えるならメロンじゃない?

 

50.名無しの魔術師

 

 メ ロ ン

 

51.名無しの魔術師

 

 俺氏、亜種聖杯戦争に参加する機会があったら、ジャンヌ・ダルクを召喚する事を決意する

 

52.名無しの魔術師

 

 ≫51

 無理じゃね? さっき読んでも来ないって書いてあったろ

 

53.名無しの魔術師

 

 オイオイ、話題がズレていないか?

 で、≫1、今そっちはどんな感じなんだ?

 

54.名無しの魔術師

 

 ≫53

 今は、工房で一息ついているよ

 さっきまでヒュドラの死骸を加工していたから、汗びっしょりだよー

 

55.名無しの魔術師

 

 ヒュドラ!?

 

56.名無しの魔術師

 

 ヒュドラ!?

 

57.名無しの魔術師

 

 マザーハーロット!?

 

58.名無しの魔術師

 

 ≫57

 それ違う

 

59.名無しの魔術師

 

 何でそんなモン持ってんの!?

 

58.IZU

 

 ま、ヒュドラについてはどうでもいいでしょ

 それはそうと、今夜に大きな戦いが起こるみたいだから、その時に実況でもしようか?

 

59.名無しの魔術師

 

 ≫58

 余裕ありすぎだろww

 

60.名無しの魔術師

 

 ヤツだから仕方がない

 

61.名無しの魔術師

 

 いや、んな事して死んだらつまらないから、別にいいよ。

 あ、でも映像を取って後でそれをスレにあげるとかは出来る?

 

62.IZU

 

 ≫61

 できるよー

 

63.名無しの魔術師

 

 オイww

 神秘の隠匿は一体どこにいったww

 

64.名無しの魔術師

 

 まぁ、別にここだけなら大丈夫だろ

 魔術師だけしか使えないし

 

65.名無しの魔術師

 

 ≫64

 だな

 というか、ココに入るときの手続きの面倒くささ、アレはどうにかならないのか

 

66.名無しの魔術師

 

 ≫65

 確かにな。パスワードだけならともかく、自分の魔力を付属品の、USBに繋げる水晶に流して、その後会員カードをこれまた付属品のスキャナーに通すとか、いちいち面倒くさい

 

67.名無しの魔術師

 

 まぁ、仕方がないんじゃない? 

 魔術の隠匿をする為の措置だと思うし

 

68.IZU

 

 もう! まーた話がズレているよ?

 そういった話は別スレでやって!

 

68.名無しの魔術師

 

 おう、スマンスマン

 

69.名無しの魔術師

 

 いやぁ、議論してしまうのは魔術師の性だな

 

70.名無しの魔術師

 

 少し自重するか……

 で、今聖杯戦争ってどうなってんの?

 

71.IZU

 

 ≫70

 まず、コッチのバーサーカーが脱落

 でも、相手もライダーが脱落したよ

 で、アーチャーがセイバーをボロッカスにして、僕がバーサーカーをボロッカスにしたよ! 

 

72.名無しの魔術師

 

 へぇ、お互い1騎ずつ脱落か……展開早いな

 

73.名無しの魔術師

 

 ん?

 

74.名無しの魔術師

 

 ちょっと待て! 最後!

 

75.名無しの魔術師

 

 いやまぁ……アイツだから仕方がない

 

76・名無しの魔術師

 

 ≫75

 もうそれでいいや

 っていうか、相手のバーサーカーの真名って判ったのか? それにもよるんだけれど

 

77.名無しの魔術師

 

 あー、真名にもよるか。それで弱点攻めれば、魔術師でもワンチャンあるか?

 

78.IZU

 

 もー……なんなの。皆僕を人外みたいに……

 まぁ、いいけれども。相手はフランケンシュタインの怪物だよ。もっとも、バーサーカーとしては、弱い方だったから、余裕だったけどね!

 

79.名無しの魔術師

 

 フランケンシュタインの怪物? 確か小説とは違って、女性なんだったけ。歴史科の奴がそう言っていたような気がするな

 

80.名無しの魔術師

 

 弱いって……それでもサーヴァントだぞ!?

 

81.名無しの魔術師

 

 どうやって戦ったんだろうな……

 フランケンシュタインに弱点とか、あったっけ? 

 

82.IZU

 

 ≫81

 弱点とか知らない。普通に拳でボコっただけ

 

83.名無しの魔術師

 

 いやいやいやいやいやいやいやいや!!!!

 

84.名無しの魔術師

 

 おかしいだろ! おかしいだろ!

 

85.名無しの魔術師

 

 いや、アイツだから仕方ない……じゃねえだろ!

 

86.名無しの魔術師

 

 相手のステータスにもよるか……? それでも、なぁ

 

87.名無しの魔術師

 

 というか、こんなに強かったのか? 

 いつも悪戯している印象しかないが

 

89.名無しの魔術師

 

 ≫87

 知らないのか? 数年前に、その悪戯が原因で、数人の魔術師と同時に決闘することになって、全員をボコったんだぞ。

 しかも、ボコった張本人は無傷

 

90.IZU

 

 ≫89

 もー! それは僕にとっては黒歴史みたいなものだから、言わないでよ!

 まぁ、実際は強化魔術と、その他を重ねて使ったから、何とかなったんだけどね

 

91.名無しの魔術師

 

 いやまぁ、うーん、その重ねがけした魔術が気になるけど、スルー。

 そういえば、時計塔から刺客が送られたらしいけど、そういった人たちとはもう会った?

 

92.名無しの魔術師

 

 ≫91

 うん、一人会ったよ。実力的にも中々出来る人って感じだったかな?

 

93.名無しの魔術師

 

 そういえば、触媒はどうしたんだ?

 今サーヴァントの触媒って高いだろ? 中々入手出来るもんじゃないし。それとも、相性召喚?

 

94.IZU

 

 ≫93

 ちゃんと使ったよ! 前に参加した亜種聖杯戦争では、相性召喚でのアサシンだったけど、その亜種聖杯戦争で、サーヴァントの触媒をゲットした

 

95.名無しの魔術師

 

 そういや、亜種聖杯戦争参加してたな、コイツ

 相性召喚でのアサシンって、それハサンじゃね? もう対策されすぎて、召喚する奴いないっていう

 

96.名無しの魔術師

 

 ハサンだとしたら、どうやって勝ったか気になるな

 確か、そのときはライダーとアサシンだけなんだったけ?

 

97.IZU

 

 アサシンはハサンだよ。百の貌のハサン、相手はライダーだったけど、顔は見てない。

 ハサンの一人で、ライダーを引きつけて、残りのハサンで敵の工房を攻めた

 

98.名無しの魔術師

 

 ハサン対策はされていたのか?

 

99.IZU

 

 ≫98

 ううん。されてなかった。というか、今のご次世は、ハサンは完璧に対策されすぎて、召喚するマスターはいないから、逆に対策がされてなかった。だから、楽勝だったよ

 

100.名無しの魔術師

 

 あ、そうなの? なんとも間抜けな話だなぁ……

 

101.名無しの魔術師

 

 いやまて、その理論でいくと、今はハサン召喚すれば強いという事か? ちょっと亜種聖杯戦争行ってくる!

 

102.名無しの魔術師

 

 ハサンの対策が改めてされて、時間が経つとまた対策がされずにハサン無双が始まるんですね。わかります

 

103.名無しの魔術師

 

 というか、そろそろ時間大丈夫か? ルーマニアだと、もう日が暮れる時間だろ? 

 夜に戦うとか、言っていただろ

 

104.IZU

 

 ≫103

 あ! そうだった! 忘れてたよ。それじゃあ、そろそろ落ちるね。

 実況する?

 

105.名無しの魔術師

 

 ≫104 

 しなくっていいつーの!

 

106.名無しの魔術師

 

 死ぬなよ? あ、動画はできれば撮っておいて欲しい

 

107.IZU

 

 ≫105

 ≫106

 分かったよ! それじゃ、精一杯、一生懸命暴れてくるね!

 

108.名無しの魔術師

 

 いってらっしゃーい!

 

109.名無しの魔術師

 

 ガンバ!

 

110.名無しの魔術師

 

 っていうか、アイツが全力で暴れたら、どうなるんだろうな……

 

111.名無しの魔術師

 

 というか、何でアイツに令呪が発現したんだか……

 

112.名無しの魔術師

 

 アイツが全力で戦うとなると、周囲の事なんて一切考えないと思うんだ。現に、前の決闘騒ぎの時もそうだったし

 八極拳だけじゃなくて、派手で威力のある魔術使いまくって、観客まで被害が及んだからなぁ……

 きっと、聖杯戦争……聖杯大戦だったけ。きっと派手な事になるだろうなぁ……(遠い目)

 

113.名無しの魔術師

 

 ≫112

 つまり、絶対領域マジシャン先生の胃が死ぬのか……

 

114.名無しの魔術師

 

 グレートビッグベン✩ロンドンスターの胃が爆発四散するのか……

 

115.名無しの魔術師

 

 おwwwwwまwwwwwえwwwwwらwwwwwww

 

116.名無しの魔術師

 

 やめて! 既にマスター・Ⅴの胃のライフはゼロよ!

 

117.名無しの魔術師

 

 まぁ、実際派手な事にはなるだろうな……それでも、神秘の漏洩は守る……よな? 流石に

 

118.名無しの魔術師

 

 ≫117

 まぁ、アイツも魔術師だし……そのへんは流石に大丈夫だろ

 

119.名無しの魔術師

 

 というか、実際エルメロイ講師、すっごいやつれてるぞ

 さっきすれ違ったけど、幽霊かと思った

 

120.名無しの魔術師

 

 ……この聖杯大戦で、一番のダメージを食らうのは、エルメロイ先生の胃……?






次回予告
『念には念を入れよ』
『聖杯大戦』


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聖女


今回は適当に読み流して大丈夫です。特に前半。作者が「あ、アイツのこと忘れていた」となり、適当に書いただけですので。



 ジャンヌ・ダルクは、空腹により、締め付けられるような感覚を覚える腹を押さえながら、不確かな足取りでどことも知れない場所を歩く。

 ルーラーによる感知能力によって、”赤”と”黒”のそれぞれ1騎ずつのサーヴァントが脱落した事は捉えた。神秘の漏洩といった場面も無かったので、両陣営の2回目の戦闘は何の問題も無かったと判断した。

 

「そこまでは良かったんですが……」

 

 と、ルーラーは自分の不甲斐なさに、ため息をつきながら呟く。

 

「ルーラーとしての燃費を考えていませんでした……ですが、まさかここまで消費が激しいとは」

 

 聖水による探索を筆頭に、”赤”のバーサーカーが人目をはばからずに、街中を進撃した時や、その後の、両陣営の戦闘の時に、あちこち休む間も無く移動した。サーヴァントの肉体ならば、そういった行動はなんら問題なかったのだろう。だが、今、ルーラー、ジャンヌ・ダルクの肉体は、サーヴァントのそれでなく、レティシアという人間に憑依しているだけに過ぎない。

 それ故に、一般人であるレティシアの肉体は、大量のカロリーを消費した。

 その事について、ルーラーの精神内にいるレティシアは謝罪する。

 

「いいえ。貴女が謝るような事ではありません。これは私の落ち度です。魔力の使用は、カロリーの消費に繋がるというのに、それを考えずに、私が大量に魔力を消費してしまったのですから」

 

 とはいえど、どれだけ反省をしようが、空腹を解決できる訳でもない。ルーラーは、今にも霞みそうになる意識の中、行くあてもなく一歩一歩足を進める。

 気がついたら、市街地は遠くにあった。周りを見回すと、木や草ばかりが生えており、人の気配は一切しなかった。そうした場所で、ルーラーは、いよいよ限界になり、倒れ込むように、地面に寝転ぶ。

 そうしてしばらく、夜の帳が降りかけた頃、空腹が絶頂に達したルーラーは、傍に生えている木を見て呟く。

 

「もう、いっそ木の根で腹を満たしますか。ええ、大丈夫です。ゴボウだって、ニンジンだって、ダイコンだって、お芋さんだって、みんな根っこじゃないですか。ですから、木の根もまた、食べられるはずです。ええ」

 

 と、ルーラーは這いずりながら、木の根に手を伸ばす。目には、正気の光が消え失せ、その代わりに、錯乱したような目が浮かんでいた。

 ヨダレを垂らしながら、ルーラーはいよいよ、地面から僅かに露出している木の根に手を掛ける。レティシアは、説得するが、その言葉は聞き入れられなかった。今のルーラーには神の啓示をもってしても、木の根を食しようとするのを、やめさせることは不可能だろう。

 もはや、そう思われるほどに、ルーラーの空腹は限界だった。

 だが、神が流石に呆れたのか、それとも、聖人に無償の救いの手を差し伸べたのか、そういった事をしているルーラーの手を、通りかかりの老人が掴んで、制止させた。そして、ルーラーの意識は、空腹と疲労により、闇の中にゆっくりと沈んでいった。

 そして、その老人は、道端に倒れている女性を見て、ただ事ではない、と思い、ルーラーを背負って我が家へと運んだ。

 そして、朝の陽光が降り注ぐ頃になると、ルーラーの意識は覚醒した。

 ルーラーは、自分が空腹である事を忘れて、ベッドからその身を起こす。そして、周りを見回す。

 整然と並べられた小物や家具類。それらには、埃一つ載っておらず、こまめにこの部屋が清掃されていることが伺えた。

 ルーラーは、気絶する前にはこういった場所で気絶した訳ではない事を思い出す。

 

「ならば、誰かが気絶した私を、ここに運んでくれたのでしょうか?」

 

 その推理は当たっており、扉を開けて、階下に降りると、セルジュという名の老人が、料理を作っていた。鍋から漂う、香ばしい、香りにより、ルーラーの腹が、空腹を訴え、大きな音を鳴らす。

 その音を捉えたセルジュは、振り向く。ルーラーは、赤面する。

 

「おお、起きたか」

 

 と、セルジュは鍋をかき回すその手を動かしながらいう。

 

「なに、そう警戒せずともいい。ワシの名はセルジュという。お前さんが道で倒れていたのを、見つけてな、担いでここに運んだんだがね。調子はどうじゃ? 取り敢えず、腹が空いていることは確定のようだ。

 今、見ての通り朝食を作っているから、ホレ、そこの椅子に座って待つといい」

「ありがとうございます。あの、本当に、ご馳走になってよろしいのでしょうか?」

「なに、遠慮するこたぁない。若いモンは、沢山寝て、しっかり食う。それが基本さ。ささ、あともう少しでできるから、待ってくれ」

「はい。ありがとうございます」

 

 そして、しばらく時間が経つと、セルジュは、なんの変哲も無い、白い皿に、蕎麦の実の粥を盛り付けてルーラーに差し出す。

 ルーラーは、手に持ったスプーンで、皿の上にある物を、一気に頬張る。そして、皿の中身が空になると、ルーラーは、目に涙を溜めながら、二杯目を要求した。

 

「そうがっつかんでも、幾らでもあるさ。ささ、ゆっくりでいい。しっかりと、味わってくれ」

「はい! ありがとうございます!」

 

 そして、しばらくの間、ルーラーは無我夢中で、無くなっては次々と皿の上に盛られる粥を頬張る。そして、満腹になった頃には、鍋の中の粥はすっかり無くなっていた。

 一息ついて、その事に気がついたルーラーは、顔を赤らめる。

 

「も、申し訳ありません……つい」

「いやいや、大丈夫さ。どうやら、腹は一杯になった様だな」

 

 と、セルジュはルーラーを優しい目つきで見つめる。

 

「しかし、どうしてあんな所で倒れていたんだ?迷子だと言うのなら、街まで送っていくが。それとも、家出かい?」

「いえ、大丈夫です。家出でも、迷子という訳ではありません。……その、少しばかり空腹になって、倒れてしまっただけで」

「それは大変だったなぁ。お前さんは、これからどうするんだね?」

「私は」

 

 と、ルーラーは姿勢を正して、曇りのない瞳でセルジュに言う。

 

「やらなければいけない事があります。行かなければいけない場所があります。ですので、失礼ながら、今すぐにでも出かけなければなりません。

 せっかく受けたご恩は、今は返す事が出来ませんが、事が済んだら、真っ先に貴方の元に向かいます」

「いや、いいさ。恩など返さずに。

 ……しかし、お前さんの目を見る限り、そのやらなければいけない事というのは、よっぽどの事のようだ。ワシは、お前さんの様な目つき、覚悟を決めたような目つきをした者を、これまでに見たことが無い。よほどの事があるようだな?」

「ええ。場合によっては」

「そうかい」

 

 と、セルジュは頷く。

 

「よし !だったら、ワシから言うことは無い。

 お前さんのような少女が、何故道端で倒れていたのか、お前さんがこれから、どこでどうするのか、とても気になるし、心配だ。

 だが、それでもこう、長く生きていると、そういった事もあるだろう、と納得してしまう。どうやら、悪い事をしている訳ではないだろう。それは、直感でわかる。ここで、例えワシが引き止めても、お前さんはテコでも動かないのだろう?」

「そうですね。私には、使命があるのです。それがどういったものかは話す事ができませんが」

「いいや、充分だ。さて、そうなるとワシも放っておく訳にもいかんなぁ。よしよし。さぁ、これを受け取るがいい」

 

 と、セルジュはルーラーに、余っていた保存食や水を入れ物に詰め込んで渡す。それを受け取ったルーラーは戸惑う。

 

「また腹を空かして倒れてはいかんからな。遠慮せずに持っていくがいい」

「その、こんなに悪いですよ!」

「何を言うか。さぁ、遠慮するな」

 

 断りを入れるルーラーに構わずに、セルジュは食料を押し付けるように差し渡す。それを受け取ったルーラーは、申し訳なさそうな表情をする

 

「あの」

 

 と、ルーラーは戸惑いながら言う。

 

「何故こんなにも親切にしてくれるのでしょうか? 貴方からすれば、私は道端で倒れていて、素性すら判らない怪しい人物だと思うのですが」

 

 セルジュは顎鬚を撫でながら答える。

 

「何を言うか。確かにお前さんの正体は、ワシには解らん。だがなぁ、さっきも言ったとおり、年を取ると細かいことを気にしなくなるのだよ。それに、何かを成そうとしている若者が居る。ならば、それを応援するのが、年寄りの役目だと、ワシは思っとる」

「そうですか。それでは、この食料はありがたくいただきます。そして、同時に貴方からの親切は、私の魂に深く刻まれるでしょう。事が終わったら、真っ先にあなたの元に駆けつけようと思います」

「なぁに。そこまでしなくてもいいさ! さぁ、さぁ。何があるのかはわからんが、それでも言わせてもらおう。余り肩に力をいれる必要はない。時には気楽に行くことも大切だ」

 

 と、セルジュは言いながら扉を開ける。ルーラーはその扉を潜って、家から出る。

 

「はい! ありがとうございます! では!」

 

 そして、ルーラーは手を振りながらセルジュの元を後にする。

 しばらく歩き、ルーラーは振り向く。セルジュの家は完全に見えなくなっていた。ルーラーは、ひとまず啓示が示す通りに行動すべく、歩き始める。親切な老人に、幸福が訪れるように、と祈りながら。

 

 

 

「さぁて、いよいよかな?」

 

 と、泉は出来上がった2本の矢を観察する。先端には、異常な気配を放っている矢尻がついており、それ以外の部分は、通常の木材と、羽が使われている。もっとも、その矢にはサーヴァントにも通じるように、神秘が念入りに施されている。それこそが、ヒュドラを加工して製作された毒矢だった。

 ヒュドラの加工を終えた泉は、額に流れる汗を拭い、立ち上がる。そして、やおら部屋の中心に鎮座しているベッドを見やる。その、手術代にも似たベッドの上には、四肢を拘束されたホムンクルスが、胸を上下させて眠っていた。

 

「どうしようかな? 彼の加工は、うん。今から始めても、時間は対してないだろうし、念のための保険なんだから、また今度でいいか」

 

 泉は、ホムンクルスが目覚めないように、暗示魔術を更に重ねがけして、ホムンクルスの眠りをより確実なものにする。そして、ヒュドラの幼体を加工して出来上がった2本の矢を手に持つ。その矢の先端、つまり矢尻から、紫色の、毒々しい色をした水滴が、一粒滴り落ちる。その水滴が床に触れた瞬間、石でできた床がたちまち融解する。

 

「おっと! 危ない、危ない。ちゃんと封印しておこう」

 

 と、泉は2本の矢を、念入りに封印する。これにより、ヒュドラの毒が何かに触れる事はなくなった。そして、泉は、扉を開けて部屋を出る。

 部屋を出てすぐのところに、“赤”のアーチャーが立っていた。彼女の姿を認めた泉は、彼女に声をかける。

 

「やぁ。ずっとそこに居たの? ま、そんな事はどうでもいいさ。それよりも、やっと! やっと完成したよ! さあ、受け取って。長さや重さに違和感はないかな?」

 

 と、泉はアーチャーに、完成した2本の矢を差し渡す。受け取ったアーチャーは、その2本の矢を検分する。

 

「長さも、重さも、特には問題ないだろう。それどころか、私が普段使っている矢と、なんら遜色ない。これならば、狙った相手に必ず命中させる事が出来るだろう」

「そうかい! それなら良かった。ああ、そうそう。撃つときは、封印を解いてから撃ってね。流石にヒュドラの毒は危ないから、普段は事故が起こらないように封印してあるから」

「ああ。判った。この矢ならば、一度命中させれば、どんな敵だろうが悶え死ぬだろう。……この2本は、必ず命中させよう」

「いいや。そんなに気張らなくていいさ。念のために作ったものだからね。ま、ソレを誰に、どんな状況で使うかは、アーチャーに一任するよ。……ん? 誰か来たようだね。チャイムの音が鳴った」

 

 と、泉は家の扉に付けられている鐘の音が鳴るのを聞きつける。玄関に駆けつけようとするが、アーチャーが泉の肩に手を置いて、静止する。アーチャーは、剣呑な雰囲気を醸し出し、扉の向こうに居る人物を警戒している。

 

「待て。サーヴァントの気配がする。つまり、あの扉の向こうにいるのは、恐らくサーヴァントだ。……それが、“赤”か“黒”のどっちかは分からないが、もしも“黒”の場合を考慮し、警戒する必要があるだろう」

「なんだって? サーヴァント? それは本当? うん。分かったよ。覗き穴から……いや、扉の横にある窓から、外を覗いてみるよ。……どれどれ」

 

 と、泉は足音を立てないように、慎重に移動し、格子がはめられている窓から外を覗く。そこには、泉が良く知っている人物が立っていた。敵意はない、と泉は判断し、アーチャーに扉を開けるよう指示する。

 そして、アーチャーは扉を開ける。扉の向こうに立っていたのは、ルーラーその人だった。

 

「あの」

 

 と、ルーラーは部屋の中を見回し、泉を見つける。

 

「初めまして。私はルーラー、ジャンヌ・ダルクと申します。“赤”のアーチャー、それにそのマスターですね?」

 

 泉は突然の訪問者に戸惑いながらも、それを表に出さないようにする。そして、彼はルーラーに、ひとまず家の中に入るように促す。

 

「それで」

 

 と、泉は椅子に座りながら言う。

 

「何でここに来たのかな? ルーラーというのは、僕の知識が正しければ、聖杯戦争により、世界が滅びる危機ぐらいにしか召喚されない、と記憶しているけれども」

「ええ、その通りです。ですが、何故私が召喚されたかは、私にも解りません。今はそれを調べるために、啓示に従って行動している状況です。それで、啓示……つまり、主が貴方のもとへ向かえ、と仰られていたので、こうして訪ねた次第です」

「へぇ」

 

 と、泉は白々しく頷く。

 

「それで、僕の所に来たというには、何か聞きたいことがあるんでしょう? ま、内容によっては答えられないけれどね」

「ええ。その通りです。私が質問したいのは、貴方は聖杯に何を願うか、という事です」

 

 と、ルーラーは目を細めながら言う。その言葉に、泉の背後に控えていたアーチャーもまた、同じように、僅かに目を細め、耳を動かす。

 泉は僅かな間沈黙し、瞬きをする。そして、ため息を吐く。

 

「まぁ、いいか。そういえば、アーチャーにも言っていなかったし、そういう意味では、いい機会なのかもね。うん、話そう。僕がこの聖杯大戦に参加した理由、そして、何を願うかを」




 
次回予告詐欺すぎて、中々進まない……

次回! 
『聖杯問答』
『開幕の時』



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真・”赤”と”黒”との大戦開幕

 泉に向かい合って座るルーラー、そして泉の背後に起立するアーチャーの二人は、これから泉が語る内容について、一言一句聞き漏らさないように、意識を集中させていた。とりわけ、アーチャーはルーラーよりも、より敏感になっていた。

 

「さて」

 

 と、そんな緊迫した空気の中、泉は口を開く。

 

「僕の願いについてだけれど、はっきりと、結論から言えば幾つかある。だけど、それは木の枝のようなもので、根本的な願い、即ち木の幹にあたる部分を話そう。

 ……まぁ、正直言って照れくさいんだけれども、恋。恋を叶えたい。というのも、僕はとある人物に恋をしているんだ。その人物が誰かを言うことは出来ないけれども」

 

 と、泉は頬を人差し指で掻きながら、はにかむ。

 

「だけど、ま。それだけなんだ。恋というのは、人を盲目的にすると言うだろう? 恋というのは、人を強くすると言うだろう? だから、僕はどんな事があろうと、この聖杯大戦で勝利する。そう、例えどのような事があってもね。……ま、でも、君が聞きたいのは、そういう事じゃないんだろう? それだけならば、啓示が僕に反応するわけないだろうしね」

 

 と、泉は鋭い目でルーラーを睨みつける。その様子は、さながら「僕を邪魔するつもりならば、容赦はしない」目で囁いているかのようだった。だが、ルーラーは臆した様子もなく言う。

 

「ええ。その通りです。貴方の願いは分かりました。私は恋愛などという経験は、おおよそ無かったので、そういった男女の恋心を、細かく理解する事はできません。ですが、知識から言わせてもらうと、貴方の覚悟は余程のようですね。

 確かに、願いを叶えるためならば、どんなことだってしてみせる、といった強い意思を感じ取りました。……恐らくは、そういった部分に啓示は警戒しているのだと思います。ですので、くれぐれも神秘の漏洩には気をつけてください。今のところ、深くまで聞くつもりはありませんので、私に言えるのはこれぐらいです」

「そうなのかい? 本当は、もっと言いたいことがあるんじゃないのかな? ルーラーの察知能力となれば、恐らく、あの扉の向こうの事にも気づいているんじゃない?」

 

 と、泉は魔術によって封印がなされた、重々しく存在している、僅かに錆がかった分厚くて冷たい、鉄の扉を指差す。その扉の向こうにあるのは、泉が先程までヒュドラを加工し、ホムンクルスを封じ込めている部屋だった。ルーラーは、細かい所までは察知できないが、あの向こうの大まかな様子は掴んでいた。

 

「で、僕は聖杯戦争のルールを逸脱しているかい? 工房が欲しいから、知らない魔術師を殺害して、工房を我が物にする。敵のホムンクルスをとっ捕まえて、ああして拘束する。それらの行為は、聖杯大戦、聖杯戦争のルールを違反しているかい?」

「いえ」

 

 と、ルーラーは目を僅かに伏せて呟くかのように言う。

 

「ルールは違反していません。ですが、余り目立つような事はしないでいただけると、ありがたいです」

「確かに! その方が、君の仕事も減るだろうしね。ま、安心しなよ。僕だって魔術師の端くれだ。神秘の漏洩といったものには、極力気を使うさ! ま、聖杯大戦のルールは守るさ。下手なことをやらかして、“赤”と“黒”の両陣営を敵に回しても、蹴散らすのが面倒臭いだけだからね。……それに、僕も多くは語る気がない。推理小説を、一気に飛ばして犯人が誰だかを見るほどに、無粋だからね。

 ま、それはどうでも良いでしょう。君も、色々と言いたい事はあるだろうけど、そろそろ日が暮れてきた。……このへ辺で解散といこうか。今晩は大きな戦いが起こりそうだしね」

「……そうですね」

 

 と、ルーラーはどこか納得が行かないような表情で立ち上がる。

 

「この辺でお(いとま)させていただきます」

 

 と、外へと通じる扉のノブに手をかけ、扉を開く。

 

「ああ、そうそう。……これはルーラーではなく、その身体の持ち主である、レティシア、だったけ? 彼女への言葉だ。

 ……この先、あるのは戦争だ。それはとても残酷で、とても恐ろしい物だ。それこそ、常人が耐え切れるものではない光景が繰り広げられるだろう。(というか、僕が作り出すんだけども)引き返すなら今だよ? 最終的には、君も始末しなくてはならないから」

 

 その言葉に、ルーラーは振り返る。泉は目を細めて、尋常ならざる気配を醸し出していた。

 

「貴方は一体……」

「僕はただの魔術師さ。そら、さっさと閉めた閉めた! 工房の結界が緩くなるでしょう。突貫工事でつけた結界なんだから」

「……分かりました。では」

 

 と、ルーラーはお辞儀をして、扉を閉める。その扉が閉まる音が聞こえると、アーチャーが口を開く。

 

「汝の願いは恋を叶えることなのか? それとも、全く別の事について願おうとしていのではないだろうか? 先ほどの言葉は、本心であり、本心ではない。枝の部分とは、一体どういうものなのだ?」

「……うん、そうだね。一つだけ言おうか。僕が望むのは、根本的にはひとつだけだけど、他にも複数の願いがある。

 ……その内の一つ。それは、観察とでもいおうかな? 言葉にするのは難しいんだけど、そう。せっかくの聖杯大戦なんだ。色々な人物達の人間賛歌というものがあるでしょう? 僕は、それを是非とも見たいんだ。味わいたいんだ。……ま、それも枝の端の端の部分に部類するんだけどね」

「そうか」

 

 と、アーチャーは頷く。その内心では、

 

 “得心が行った。恐らく、私のマスターは聖杯大戦という舞台の傍観者でありながら、その舞台で踊ろうとする役者なのだろう。見ると参加する。この二つを成立させようとしている。……それも、参加するときは、自分が面白くなるような状況の時だけだろう。

 ……それを私はどうこう言う気はない。それで死ぬのならば、構わないだろう。勝ち抜けるというのならば、存分に戦力の一つとして利用させてもらおう”

 

 それと同時に、泉もまたこれからの事について計画を立てていた。

 

 “一番気がかりなのが、“黒”のアサシン、ジャック・ザ・リッパーだ。決してアーチャーと出会わせる訳にはいかない。……恐らく、もうすでに獅子劫と“黒”のマスターであるフィオレが戦っただろう。だけど、やはり仕留める事は出来なかったかな? ……ルーラーさえ来なければ、僕が仕留めたんだけども。それを悔やんでいる場合ではないだろう。

 この戦場で、アサシンは魔力補給の為に、ホムンクルスを仕留めるだろう。その時に、アーチャーと出くわさせなければ良い。その間に、僕が仕留めて……ああ、でも、他にもやりたい事はあるし、どうしたものかな。まあいいか! とりあえず、なるようになるか! アーチャーは原作通りに行動させれば良いかな? いや、それは不可能だろう。既に原作とは状況が違っている。……つまりは、何が起こるかが判らない。……まぁいいか。最低でも、アサシンと出会わせなければ良いんだから。なら、アサシンは放置でいいかな?”

 

 泉はどっと息を吐いて、椅子の背もたれに大きく寄りかかる。そして、勢いよく立ち上がり、戦いに必要な道具を準備する。

 

 

 

 そして、二人は工房を出る。泉はこの後で戦場となるであろう平原を特定し、そこまで移動する。そして、とうとう太陽が完全に沈み、夜の帳が舞い降りる。夜空では、沢山の星が光輝き、あともう少しで満月となる月が、平原をぼんやりと照らしていた。

 

「お、そろそろかな」

 

 と、泉はやおら遠くを眺める。アーチャーもつられて、泉のが眺めている先を見る。そして思わず絶句した。何故ならば、一つの巨大な城が浮遊しているからだ。“赤”のアサシン(セミラミス)の宝具に、浮遊する城があることは、泉から聞かされていたものの、実際に見るとその巨大さと、醸し出す不気味さに圧倒される。

 それを皮切りに、“黒”の陣営の城から、大量のゴーレムや戦闘用ホムンクルスが草原を走る。それと同時に、浮遊城──虚栄の空中庭園(ハンキングガーデンズ・オブ・バビロン)から、3千程の竜牙兵が投下される。

 そして、ホムンクルスやゴーレムの中に混じって、“黒”のサーヴァントが城から駆け出す。同時に、浮遊城からも、“赤”のライダーが戦車に騎乗して、凄まじい速度で宙を駆ける。

 

「さぁ。聖杯大戦の幕開けだ! 先陣はこっちがもらおうか、アーチャー!」

「応とも!」

 

 と、アーチャーは己の弓矢を引く。そして、番えた矢は天へと放たれる。

 

「この災厄を我が神、アポロンとアルテミスの二大神に奉る。訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)!」

 

 宝具の真名が開放されると同時に、放たれた矢は無数の矢となり、“黒”の陣営へと降り注ぐ。ホムンクルスやゴーレムは、なすすべがなく降り注ぐ矢にその体を貫かれる。だが、サーヴァントらはそれらを弾き、あるいは回避する。

 

「クソ! 先陣は俺が切ろうと思っていたんだが、先を越されちまったか!」

 

 それを見た“赤”のライダーは舌打ちをする。

 

「まぁいい! “黒”のアーチャーよ! 今そちらに行くぞ、決着を付けようぞ!」

 

 “赤”のライダーは戦車の速度を早めて、“黒”のアーチャーの元へと向かう。

 

「さぁ、我が領地に立ちはいりし蛮族どもよ。我が杭に貫かれるがいい。慈悲は一切与えぬ。余が与えるのは、ただ一つ。絶望のみだ!」

 

 と、“黒”のランサーは己の宝具を解放する。

 

「まずい! 汝、捕まれ!」

 

 それを感じ取った“赤”のアーチャーは、泉を抱えて、全力でその場から退避する。

 地面から、無数の杭が現れ、竜牙兵を串刺しにする。アーチャーたちがいた場所にも、幾つかの杭が生える。だが、既にアーチャーは居らず、杭はただ空を斬るだけだった。

 

「逃すと思うか?」

 

 それを見た“黒”のランサーは、尚も“赤”のアーチャーとそのマスターを串刺しにせんと、杭を生やす。

 “赤”のアーチャーが駆けるあとに、無数の杭が生える。だが、杭はどれもが彼女を捉える事はなく、虚しく空を切るだけだった。あるいは、命中する場所に生えても、杭は彼女の体を摺り抜けるかのように、捉える事は不可能だった。

 

「まぁ良い」

 

 と、無駄だと悟ったのか、“黒”のランサーは呟く。

 

「蛮族どもには、それ相応の死が待っている。その死を与えるのは我等だ。我が領地に入った敵には、苛烈なる死を与えよう。例え数が劣っていようが、我等に敗北は無い。セイバーは余と共に。アーチャーはバーサーカーと共に。キャスターは城の中でゴーレムを操作しながら、アダムを起動させる機会を伺え。

 さぁ! 往こうか、我等にこそ勝利を!」

 

 “黒”のランサーとセイバーは、キャスターが製造した馬型ゴーレムに騎乗し、草原へと向かう。

 

「では、我等も行きましょうか」

「ウゥゥィ……!」

 

 と、“黒”のアーチャーとバーサーカーもまた、草原に向かう。

 

「アーチャー、君は誰の相手をする?」

「私は黒のセイバーと()るつもりだ。前に仕留めきれなかったからな、今回は完全に仕留める。……汝は、安全な場所で見ていれば良い」

「そうかい? じゃ、任せたよ」

「応とも、さぁ行け。ここにいると巻き添えを食らうぞ!」

 

 と、アーチャーは駆け寄ってくるセイバーへと矢を放つ。だが、それは地面から生えた杭によって阻止される。

 泉は、この場から立ち去り、浮遊城を睨めつける。投下され続ける竜牙兵の中に混じって、一人の人間が大地に降り立つのを見つけ、口の端を釣り上げて笑う。

 

「さて、僕も仕事しますか」

 

 泉は浮遊城の元へと移動する。

 

 “赤”のアーチャーは、迫り来る杭から逃げるように、素早く様々の方向に移動する。やはり、地面より生える杭は彼女を捉えることができない。

 

「オレが引き留めよう」

 

 と、馬から降りた“黒”のセイバーが剣を構える。だが、“黒”のランサーはかぶりを振り、セイバーと同じように馬を降りる。

 

「いいや、それはいけない。セイバーよ、お前の実力は余も知っている。だが、それでも念の為に余が背を護るのだ。余も同時に戦おう。なにも、杭を生やすだけしか能が無い訳でもない」

 

 と、“黒”のランサーは己の槍を構える。そして、“赤”のアーチャーをその双眸で睨めつける。

 

「小娘よ! 覚悟してもらおうか!」

 

 “黒”ランサーの言葉を合図に、両者はアーチャーへと襲いかかる。だが、アーチャーはその瞬足を活かし、接近しようとする2騎から一定の距離を取り続ける。

 

訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)!」

 

 そして、宝具の真名を解放する。それ対する“黒”のランサーは、斜めに杭を生やし、まるで屋根か盾とでもいったように、己とセイバーの身を降り注ぐ大量の矢から守る。

 

「こうしてランサーが守ってくれるのならば、最早オレに敗北はない。一度敵対したのならば、全身全霊を持って迎え撃とう。──幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 

 と、“黒”のセイバーは宝具の真名を解放する。そして、悪竜をも墜とす黄昏の光が“赤”のアーチャーへと迫る。それだけではなく、“黒”のランサーもまた同時に宝具の真名を解放する。

 

「決して逃がさぬ。必ず貫く。オスマントルコと同様に、我が槍に惨たらしく貫かれるが良い。──極刑王(カズィクル・ベイ)!」

 

 最早壁と見間違う程の無数の杭が、“赤”のアーチャーの左右と背後を囲む様に大地より生える。それだけではなく、杭は凄まじい速度でアーチャーへと迫る。3方を囲まれたアーチャーは、その場にとどまり続ければ、為すすべもなく杭に貫かれるだろう。残った正面から逃れようとするが、正面からは“黒”のセイバーが放った光線が凄まじい速度で迫っていた。

 

「これは……! なるほど、敵も全力だということか」

 

 




ルーラーがそこまで感知する事ができるかって? さぁ、できるという事で。わざわざ部屋まで移動させようにも、理由が無いので。

次回予告
『瞬足の狩人』
『最速の英雄』
『交渉』


……そういえば、カリュドンの猪について少し調べてみました。なんでも、イアソンが投げた槍は一発も当たらなかったそうで。
…………簡単にその状況が予想できてしまう。投げた槍が当たらないで、狼狽えるイアソンの様子が……


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作家への提案

プロットを改めて確認したら、最終的に「原作? なにそれ知らねぇよ!」レベルではっちゃけていまして……タグに原作無視とでも入れましょうかねぇ? それとも、もう一回見直して原作通りに進めるか……とりあえず、自分が面白い方向に行くので、後になって叩かないでくれるとありがたいです……(チキンなりの予防線)








「──(アグニ)よ」

 

 その声とともに、檻の如く“赤”のアーチャーを囲む杭が、激しく噴出する高温の炎によって取り払われる。それを機とした“赤”のアーチャーは、正面から迫り来る“黒”のセイバーの宝具による光線から逃れるためにスキルを最大限使用し、さらに自慢の脚力も発揮して逃れる。

 

「“赤”のランサーか」

 

 と、“赤”のアーチャーは先ほどの炎の主を見定めて呟く。

 

「その通りだ」

 

 と、“赤”のランサーは言う。その身にまとう黄金の鎧は、夜だというのにさながら太陽の様に光り輝いており、彼の周囲を照らす。

 

「だが、オレが助けなくてもお前ならば脱出出来ただろう。余計な世話だったか?」

「いや、そうでもない。おかげで余計な体力を使わずに済んだ」

「そうか」

 

 と、“赤”のランサーは頷く。

 

「いつの間に、一体どこから現れた? まぁその様な些細な事よ。“赤”のランサーよ。お前もまた我が領地を荒らす無粋な蛮族の内の一つに過ぎん。我が杭の前に果てるが良いわ!」

 

 と、“黒”のランサーは猛禽類が如く鋭い目つきで言う。

 そして彼が手を振るうと、一度“赤”のランサーの足元より杭が生える。それを“赤”のランサーは跳躍して回避する。

 

「さて」と、地面に着地した“赤”のランサーは言う。「“赤”のアーチャーよ。助太刀させてもらおう。お前はオレの後ろから矢を射ってくれ」

「良いだろう。“赤”のランサーよ。ならば汝はあの二人を引き止めていろ」

 

 と、二人の英雄は前方が“赤”のランサー、後方が“赤”のアーチャーという陣形を一瞬にして取る。

 迫り来る“赤”のランサーの槍を“黒”のセイバーは漆黒の大剣で迎え撃つ。

 

「……“赤”のランサーよ」と、“黒”のセイバーは言う「まさかこうして再び刃を交わせるとはな。嬉しく思うぞ。本来ならば一騎打ちと行きたいところだが、今回はそうはいかないだろう。元より是れは聖杯大戦、一人の兵士としてお前の首を取らせてもらおう!」

 

 と、“黒”のセイバーは“赤”のランサーが振るう槍と撃ち合いながら言う。激しい両者の打ち合いは、お互いの武器が触れるだけで大地が抉れ、空が悲鳴を挙げる。その最中で、“黒”のランサーもまた、“赤”のランサーに己の槍を持ち、杭を生やしながら襲いかかる。“赤”のアーチャーもまた、時折大地より生える杭から逃れながら、“黒”のセイバーとランサーの二騎に、正確無比な射撃を行う。

 そういった混戦の中で、誰しもが最善の判断を行い、最善の行動を行う。戦況は拮抗していた。

 

「なるほど」と、“黒”のランサーは言う。「このままでは最初に“赤”のランサーと“黒”のセイバーの両者が戦った時のように、また夜明けになるまで戦い続けてしまいそうだな。それは余が望むような展開ではない。というわけで、ここらで御終いとしようか!」

 

 “黒”のランサーは己の宝具を発動する。その瞬間、“赤”のランサーの肉体が、激しい痛みに襲われる。さしもの“赤”のランサーといえど、その痛みに呻き声を漏らす。

 

「我が槍による一撃を喰らった時点で、貴様の肉体は我が領地と化した。それが意味することとは、即ち串刺しの刑罰なり!」

 

 そして、“赤”のランサーの肉体を押しのけ、或いは削り取りながら、彼の肉体の内部より無数の杭が外側に向かって発生する。こうして“赤”のランサーの肉体に()()()()()()杭の先端には、彼の肉片乃至鮮血が付着していた。

 

「さらばだ! “赤”のランサーよ!」

 

 こうして出来上がった一瞬の隙を付き、“黒”のセイバーとランサーの両者は“赤”のランサーに止めを刺そうと襲いかかる。だが、その瞬間に、“黒”のサーヴァント両者の肩或いは足を“赤”のアーチャーの放った矢が貫く。

 

「やはり、獲物を仕留めるときは、たとえどのような大英雄でろうと、無防備である事は変わらんな。さぁ、汝等が吾々を串刺しにせんとするのならば、私も汝らを串刺しにしようではないか。──訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)!」

 

 “赤”のアーチャーの宝具により、天上から無数の矢が大地に向かって雨のごとく降り注ぐ。

 

(アグニ)よ、杭を燃やし尽くせ!」

 

 と、“赤”のランサーは炎を纏い、己の肉体に突き刺さった杭を燃やし、溶かしていく。そして眼前の2騎に槍を振るう。その槍を受けるは“黒”のランサーだ。だが、“赤”のランサーは同時にセイバーまでもを相手し、二人をその場に引き留める。

 

「大人しく“赤”のアーチャーの宝具をくらってもらおう」

 

 そしてとうとう、矢は彼ら3騎の元へと降り注いだ。傘のごとく矢を防ごうと生える杭は、すぐさま“赤”のランサーによって粉々に粉砕される。

 

「ヴラドⅢ世に、ジークフリート。両者とも名を馳せた大英雄だ。これだけで仕留め切れるとは思っておらん。よって、念入りに攻撃させてもらおうではないか!」

 

 と、“赤”のアーチャーは降り注ぐ矢が3人に接するかどうかの中で、更に己の弓に矢を番えて放つ。これを連続して放たれた矢は、無数に降り注ぐ矢と交差して、さながら“黒”のサーヴァントの二騎の墓標とでも言うように、十字を描いていた。

 そして、矢は“黒”のランサーの肉体に次々と突き刺さる。一方、“黒”のセイバーは背を庇いながら、尚且つ“赤”のランサーの攻撃を捌きながら、降り注ぐ矢を対処していく。それでも流石のジークフリートといえども無理があった。とりわけ強く引き絞って放たれた“赤”のアーチャーの矢に鎧を砕かれ、“赤”のランサーの凄まじい、無数の攻撃に傷を負わされ続ける。

 

 

 

 音速にも等しい速度で、空を走る戦車の上で“赤”のライダーは次々と飛来してくる矢を、手に持った馬上槍で捌いていた。

 

「畜生! 中々近づけねぇ!」と、“赤”のライダーは愚痴をこぼす。「だが、それでこそだ! “黒”のアーチャーよ! そうでなければ詰まらん! 英雄の戦いとは、難解なものであり、激しいものであり、厳しいものだ!」

 

 と、“赤”のライダーは暗闇の向こうから現れる矢を振り払いながら、手綱を手にして馬の足を加速させる。

 それを暗闇の中でも鋭く見定めた“黒”のアーチャーは、ますます矢を放つ速度を加速させてゆく。

 

「“赤”のライダーよ」と、“黒”のアーチャーは相手に聞こえずとも言う。「前にも言ったが、例え弟子とは言えど手加減はせん!」

 

 と、“黒”のアーチャーは言う。そして放つ矢に魔力を込め、速度の緩急をつけたり、機動を曲げたり、ライダーに触れたら爆発させたりさせる。それに“赤”のライダーは驚きながらも、全てを捌いていく。

 そして、とうとう“赤”のライダーは戦車を空から地へと降下させ、大地の上を走らせる。高速で回転する戦車のタイヤは地面の表面を抉り、石を粉々に砕く。大地を蹴る3頭の馬の蹄は、大地に穴を作りながら、戦車を牽引する。

 

「さぁ!」と、“赤”のライダーは眼前に見える“黒”のアーチャーに言う。「勝負だ! “黒”のアーチャー(ケイローン)よ!」

「良いだろう、“赤”のライダーよ! ただし、これは聖杯大戦だという事を忘れるな!」

 

 突如、“赤”のライダーが騎乗する戦車に衝撃が走った。“赤”のライダーはやおら後ろを振り向く。そこには、純白の花嫁衣裳に身を包んだ“黒”のバーサーカーがいた。彼女は跳躍して戦車に飛び乗ったのだ。

 

「ヴァ゛ァ゛ァァァァアアヴヴヴゥゥゥゥ────!」

 

 “黒”のバーサーカーは、耳にした者全ての気を狂わせるほどに、おぞましい絶叫をあげる。それを至近距離で耳にした“赤”のライダーは一瞬怯む。そうして出来上がった隙に、“黒”のバーサーカーは手に持った巨大な戦鎚(メイス)を振るう。だが、“赤”のライダーはすぐに思考力を取り戻して、それを捌く。だが、“黒”のバーサーカーは、なおも戦鎚(メイス)を槍の様に振るい、“赤”のライダーに攻撃を加える。

 そのわずかな攻防の中で、“赤”のライダーは違和感を覚える。

 

「お前、バーサーカーにしては随分と技が冴えていやがる! というよりは、この技の型には覚えがあるぞ。そう、嫌というほどに知っている! さては、“黒”のアーチャーに何か仕込まれたな?」

「ええ」と、“黒”のアーチャーは言う。「その通りですよ。“黒”のライダー。彼女には私の技術を授けました。それにより、彼女はバーサーカーらしかぬ歴戦の戦士の如く、技量を持って武器を振るいます。……ですが、それよりも、これは聖杯大戦だと言ったぞ? “赤”のライダーよ。相手は彼女だけではない! それを忘れたか?」

 

 “赤”のライダーは“黒”のバーサーカーの攻防の中で視線を背後に向ける。そこには、“黒”のアーチャーが至近距離まで接近し、弓に矢を番えていた。

 だが、“赤”のライダーは何ら驚いた様子も見せずに言う。

 

「いいや! 忘れる訳がないだろう? もしも俺がお前の事を忘れていると思うのならば、それこそ聖杯大戦だという事を忘れているのは、“黒”のアーチャーよ、貴様だ! この“赤”のライダーの真名はアキレウス! 最強無敵であり、様々な試練を乗り越える勇者が召喚されているのだぞ!」

 

 と、“赤”のライダーはその見事な槍さばきで、“黒”のバーサーカーの攻撃をあしらいながら、“黒”のアーチャーが放った矢を弾く。

 

「そうですね。確かに貴方は様々な試練を乗り越える勇者、アキレウスだ。アキレウスそのものだ! ですが、私とて様々な戦いを経験しており、様々の敵を仕留めてきたのだ! そして、最後には毒矢を受けて死を遂げた。だが、私の物語はそれで終わりではいぞ!」

 

 と、“黒”のアーチャーが言った瞬間、“赤”のライダーの背中に一本の矢が深々と突き刺さった。その矢の矢尻は、彼の胸から僅かに露出していた。

 

「馬鹿な!」と、“赤”のライダーは驚愕しながら言う。「正面に居るのに、後ろから矢が放たれるだと? 流石のお前とて、そこまでの曲射は不可能のはずだ!」

「いえ、それは違いますよ、“赤”のライダー」と、ケイローンは星空を指さしながら言う。「私は既に天にて矢を構えている! 後は放つだけだという訳だ!」

 

 

 

「やぁ、今晩は!」

 

 と、泉は地面に降り立ったシロウ・コトミネに笑いかける。

 

「ええ、今晩は。“赤”のアーチャーのマスター、川雪泉さん」

 

 と、シロウ・コトミネも神父特有の、人々を安心させるような微笑みで言う。

 

「で、早速で悪いんだけど、あの城で聖杯を奪うつもりなの?」

「何故それを知っているかは置いておきましょう。その通りです。アレはアサシンの宝具です。彼女が城にいる限り、彼女は神代の魔術師としての力を得ることができます。そして、城の力も手伝い、ユグドミレニア一族の城にある大聖杯を奪還する、という計画ですよ」

「へぇ、それは随分と大掛かりだね。というか、あの城自体、用意するのにかなりの準備が掛かっているでしょう? あれだけ巨大な宝具ともなると、外部で用意しなきゃならないし。運送料とか、一体どれだけのお金をかけたのらや。……ま、そこはどうでもいいや。僕にとって重要なのはね」

 

 と、泉はシロウ・コトミネの背後を見やる。そこには、誰もおらずただ後ろに木々が立ち並んでいるだけだ。

 

「いるんでしょう? “赤”のキャスター」と、泉は言う。「実体化してくれないかな? 少し、君とお話したいんだ」

「ほほう!」と、“赤”のキャスターは、興味津々といった様子で顎鬚を撫でながら言う。「私にお話ですか? それはそれは。確かに何時か私から伺いたいと思っておりましたが、『計ったように時間ぴったりにやって来たな』! ですが、今回は取材とはいかないようですな?」

「取材は後で受けてあげるよ」と、泉は口の端を釣り上げ、不敵に笑いながら言う。「──少し、提案があるんだ。稀代の天才作家、ウィリアム・シェイクスピア」

 

 

 




アタランテのアレは、ケインチを読んでいたら思いつきました。


次回と次々回
なんかもう、色々とカオスになります。


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吸血鬼


今回、やはり自分で書いていてツッコミどころが多いです。もうしょうもねえなぁ。


「“赤”のキャスター、耳をこっちに貸して。ほかの人に聞かれたら困るからね。あ、勿論念話とかも禁止だよ?」

「おや、内緒話ですかな? よろしいでしょう。では」

 

 と“赤”のキャスターは、興味深そうに顎鬚を撫でながら、屈んで耳を泉の元へと寄せる。そして、泉は口を、シロウ・コトミネに見えないように両手で覆い隠し、“赤”のキャスターの耳元でひそひそと呟く様な、ほぼ吐息に近い、限りなく小さな声で囁く。

 そして、それを全て聞いた“赤”のキャスターは、困ったような顔で、何かを考えながらシロウ・コトミネと泉を交互に見やる。

 

「おお! いやはや、これはこれは。どうにも困りました。『この世界という広大な劇場は、我々が演じている場面よりももっと悲惨な見世物を見せてくれる 』……いやぁ、全く。泉殿、本当に反則ですぞ。その様な話をなさるなど! ですが、良いでしょう。とは言えど、最早『時の関節が外れている』のですな。よし! 良し! 決めましたぞ! とは言えど、返答は暫しお待ちくさだれ。この場にはシロウ・コトミネ殿もおりますし、何より、あの女帝殿を本当に怒らせたくない。期が来てから決めさせて頂きましょうぞ」

「うん。それでいいよ。じっくりと考えてもらいたい。さて、次にシロウ・コトミネさん」

 

 今まで興味深そうに彼らの様子を眺めていたシロウ・コトミネは言う。

 

「はい、何でしょうか? キャスターとどのような会話を交わしたのかとても気になりますが、どうやらこの場でそれを追求するのは、間違っているようですね。で、何でしょうか?」

「うん。話の内容は教えないけれども、君にも話があるんだ。これは別に“赤”のキャスターにも聞かれても困らないし、別に耳を貸して貰うような必要もないよ。けれども、話を始めるのは、少し待って欲しいんだ。あともう少しで彼が来るはずだから……おっと、ちょうど来たようだね!」

 

 と泉は言った。ちょうど、けたたましいほどのエンジンの駆動音が森の中に響き渡る。そして、地面に落ちている木の枝をへし折り、小石を弾き飛ばしながら、現れたアメリカ車のヘッドライトが彼らの姿を白く照らす。

 そして、獅子劫はエンジンを止めて、アメリカ車特有の、分厚くて重い扉を開いて降りる。

 

「戦場に出るなら、何かしらのメッセージを送れ。死なれたら困ると言っただろうが」

「ああ。忘れていたよ。ごめんね。次からはまぁ、なるべく気をつけるよ!」

「どうだかな……まぁいい。で、これからどうするつもりなんだ?」

「うん。それをこれから話すところなんだ。皆揃ったし、話を始めようか。ま、とは言っても、内容は至ってシンプルなものさ。端的に、ぶっちゃけて言うと、“黒”の本拠地に僕達だけで攻めて、“黒”のマスター達をぶち殺そう、というだけさ」

 

 泉の提案に、シロウ・コトミネも、獅子劫も呆然とする。そして、獅子劫は怒鳴るように言う。

 

「馬鹿か? あのな、城に攻めようと言っても、魔術によるトラップはふんだんにあるだろうし、その間にホムンクルスやゴーレムもいる。例え無事城の中に侵入したとしてもだ、最悪“黒”のマスター達が令呪でサーヴァントを転移させたら、俺達は塵同然に殺されるだろう。それどころか、ユグドミレニアのマスター達の戦闘能力だって計り知れない。俺はさっきまで“黒”のアーチャーのマスターと殺りあっていたが、アレは中々にできる相手だったぞ? 逆にこっちが返り討ちに遭う可能性だってあるんだ」

「ま、それもそうだけど。大丈夫でしょう。あの浮遊城が大聖杯を奪い取る瞬間に、結界とかその他諸々をスルーして、トラップもことごとくを発動させて、防御しながら城に入るから。で、その隙に“黒”のマスター達と戦う。要は、わずかな時間で、速攻でカタをつけるという事さ。

 それに、“黒”のサーヴァントだって、“赤”のサーヴァントと戦闘しているんだ。それは“赤”のサーヴァントが城の中に入らないようにガードする為だ。仮に呼ばれても、すぐに“赤”のサーヴァントは城を目指すでしょ。僕達は、それまでに逃げ切れば良いだけなんだから。杭を所構わず生やす“黒”のランサーが呼ばれるのだけを警戒していればいい。マスターについては、獅子劫に、シロウ・コトミネ、そしてこの僕。誰もがかなりの実力者だ。とりわけ、そこのシロウ・コトミネがこの中ではトップだと思うけど?」

 

 指さされたシロウ・コトミネは、微笑しながら首をかしげる。

 

「おや? 私ですか? 果たしてどうでしょうかね。確かに代行者としての修行は積んであるので、戦闘にはそれなりの自身がありますが」

 

 彼の言葉が終るや否や、泉は右手に鍵剣を持ち、その刃を凄まじい速度と、正確さでシロウ・コトミネへと振るう。だが、それは素早く抜刀した刀によって、火花を散らして弾き返される。

 

「ホラ、こうやって咄嗟の攻撃にも対応できる。少なくとも、武闘とかだと一番でしょう? そして、実戦経験が豊富な、そこらの死霊魔術師(ネクロマンサー)とは少しスタイルの違う死霊魔術師(ネクロマンサー)そして、自慢じゃないけれども、僕は、時計塔の見習い魔術師の中ではずば抜けて強いと自覚している。さ、戦力は問題ないと思うよ? 相性によっては、一体一でも余裕で勝利できるだろうし。どう?」

「そうですね。それは面白そうです」

 

 とシロウ・コトミネは言う。

 

「浮遊城が大聖杯を奪うという事は、城の魔術や龍脈にも干渉するでしょうし、その瞬間ならば城の結界やトラップが緩む可能性も十分に考えられます。その瞬間ならば、侵入は十分に可能でしょう。あの車を使えば、ホムンクルスやゴーレムを振り払う事もできるでしょうし」

「そうですな。『生きるか死ぬか、それが難題だ』! さて、この私も同行させて貰いましょうか!」

 

 獅子劫は唸る。そのサングラスの下にある目を閉じて考える。

 

「そうだな……確かに可能かもしれないが……それでもリスクがあるだろう。最悪死ぬぞ?」

「リスクだって? そもそも、この聖杯大戦に参加している時点で、リスクなんて四六時中背負っているようなものでしょ。いつ相手が襲いかかってくるか判らないんだから。どっちから仕掛けようが同じ事でしょう? 大丈夫さ、危なくなったら逃げるか、令呪を使ってサーヴァントを転移させれば大丈夫!

 それに、獅子劫さんが行かなくても、僕はもう行くつもりだよ? 死なれちゃ困るんでしょう? 仮にここで僕を止めようとしても、君には不可能さ。だったら、僕と一緒に行動するほうが、僕を守れるんじゃないのかな?」

 

 と泉は言う。そして、さっと素早く手を伸ばして、獅子劫から車の鍵を奪い取り、車に乗り込む。シロウ・コトミネと“赤”のキャスターも同じように、車に乗り込む。それを見た獅子劫は慌てて、

 

「分かった分かった! 畜生が!」

 

 と言いながら車に乗り込む。泉は笑いながら、鍵を鍵穴に差して捻る。そして、エンジンを起動させ、ペダルを踏む。車は激しく吠えたてる。それはさながら突撃する兵士が発する叫び声のようなものだった。

 

 

 

 “赤”のアーチャーによる矢の雨を受けながら、“赤”のランサーによる猛追を捌きながら、なおも“黒”のセイバーは生きていた。だが、自慢の鎧は彼方此方が無残にもひび割れたり、砕かれ、至るところから流血している。更に言うと、彼の背には一本の矢が突き刺さっていた。その矢が与えた傷は深く、“黒”のセイバーの顔色は真っ青になっていた。

 

「最早立てないのではないか? “黒”のセイバーよ」

「何を言うか、“赤”のランサーよ。俺はまだまだ戦えるぞ! 例え菩提樹の葉が張り付いた所に矢が刺さろうとも、問答無用で消滅するわけではない。我が真名の通りに、勝利してみせよう!」

「良いだろう。まだ戦えるというのならば、オレも相手をしようではないか」

 

 “黒”のセイバーと“赤”のランサーはお互いの武器を振るう。その傍らで、“黒”のランサーは全身を矢に貫かれ、最早消滅寸前となっていた。最早彼の意識は途切れ、魔術による治療を施してもすっかり手遅れの状態だった。

 それを察知したダーニックは、手元にある3角の令呪を見る。

 

「さらばだ。ロードよ。その様な状態では、最早戦えまい。ならば、私が手助けをしてやろう。元より発動させるつもりだった。意識が無いと言うならば、私に襲いかからないように令呪を使う手間も省けたというものだ。──令呪を持って命じる。“黒”のランサーよ。鮮血の伝承(レジェンド・オブ・ドラキュリア)を発動させ、“赤”の陣営を徹底的に殲滅せよ!」

 

 “黒”のランサーの目が開く。ただし、そこに正気の光は無く、その代わりに怪物を思わせるような、狂気に染まった闇の様な光があった。そして、体を起き上がらせる。顔はまるで死人のように青白く、口の端からは鋭い牙の先端が、鈍い光を放っていた。

 “赤”のランサーも、“黒”のセイバーも、彼の様子を見て、正気ではないことを悟った。

 

「不味い!」と“赤”のアーチャーは言う。「アレは恐らく“黒”のランサー、ヴラドⅢ世ではない! それをモデルに描かれた小説の怪物、即ち『吸血鬼ドラキュラ』と化している!」

 

 “赤”のアーチャーは“黒”のランサーへと矢を放つ。だが、その矢は霧となった彼の体を貫通して、彼方へと飛び去っていった。“赤”のランサーも攻撃を加えるが、それらも同様に、霧を叩いているような感触だった。

 

「なるほどな、確かに吸血鬼へと変質しているようだ」

 

 “黒”のランサーは“赤”のランサーを見定める。そして、雄叫びながら、凄まじい速度で“赤”のランサーへと襲いかかる。“赤”のランサーは槍を持って迎えうつが、その尋常ならざる腕力によって押し返される。そして、霧となり、“赤”のランサーの首筋に噛み付こうとする。

 

「噛み付かれるな! 血を吸われたら、操られるぞ!」

 

 “赤”のアーチャーは叫ぶ。“赤”のランサーは、咄嗟に素早く移動して、首へと迫り来る牙を躱す。

 

「攻撃は通じない。噛み付かれたならば終わりか。なるほど、難敵のようだ」

 

「何をボヤっとしている! セイバーよ、真名など最早どうでも良いのだ! 宝具を使用し、“赤”のサーヴァントを仕留めろ! ランサーについては問題ない! ただ宝具を発動して、吸血鬼へと変質しただけだ!」

 

 ゴルドの念話によって、これまでその様を眺めていた“黒”のセイバーははっとする。そして、“赤”のランサーへと向けて宝具を開放しようとする。

 

「オイオイ! どうなっているんだ? こりゃあ」

 

 と、その場に新たなるサーヴァントが姿を現す。獅子劫と別れ、道中ホムンクルスやゴーレムを粉砕しながらやってきた、全身を白銀の甲冑に包んだ“赤”のセイバーは、変質した“黒”のランサーを見て驚く。

 

「“赤”のセイバーか。“黒”のランサーが吸血鬼へと変じ、少々面倒な敵となっているだけだ。恐らく、“赤”のランサーでも手に余るだろう」

 

 と“赤”のアーチャーは言う。

 

「なるほどな。良くわからねぇが、分かった。要は敵をぶっ飛ばしゃあ良いだけだろう? それには、コイツが一番だ。マスターからは、自由に、考えて使えと言われているし、許可をもらう必要もないしな!」

 

 と“赤”のセイバーは剣を構える。そして、兜が変形し、彼女の顔が顕になる。彼女の手に持っている剣の刀身には、赤黒い稲妻が纏う。そして、彼女はその武器の真名を発動する。

 

「さぁ、怪物は大人しくくたばってろ! 我が麗しき父への反逆(クラレント・ブラッドアーサー)!」

 

 全てを滅ぼさんとする、赤く、禍々しい光があたりを照らす。そして、その光は“黒”のランサーを包み込む。だが、“黒”のランサーが消滅した気配は感じられなかった。だが、彼の姿はどこにも見られず、あたりには“赤”のセイバーが宝具を発動した事によって、舞上げられた砂埃が満ちていた。

 

「いや、違う!」と“赤”のセイバーは言う。「コイツは砂埃じゃねえ! 霧だ!」

 

 “黒”のランサーは霧となり、あたりに満ちていた。その濃霧の中で、“黒”のセイバーは宝具を開放させる。それは霧によって目隠しされ、気づいたものはいなかった。

 

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 

 そして剣より放たれた黄昏の閃光は、“赤”のランサーの体を包んだ。

 “黒”のランサーは、霧の中から、己の肉体を実体化させながら、“赤”のセイバー、“赤”のアーチャーへと襲いかかっていた。“赤”のセイバーは、強力な“黒”のランサーの攻撃を捌きながら言う。

 

「クソ! 確かに厄介だな! 霧になってこっちの攻撃は当たらない。かと思えば、相手は問答無用で、とんでもない怪力で攻撃してくる。どうしろってんだ!」

「確かに、この場合は銀の武器や杭、流水などドラキュラの弱点で攻めた方が良いのだろう。が、そういったものが果たして用意出来るかどうか。ともかく、このままでは吾々は圧倒的に不利だ」

 

 

 

 






次回!
『時計塔連合魔術師VSユグドミレニア一族』



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魔術戦

 獅子劫、コトミネ・シロウ、“赤”のキャスター、そして泉達は車に揺られながら、“黒”の陣営の本拠地である城へと向かう。車のハンドルを握るのは、泉であり、彼の運転は上手であるとは言えず、車体は激しく揺れていた。

 それでも、彼らは文句を言う事なく、とりわけ獅子劫とシロウ・コトミネは、車に接触する可能性のあるホムンクルスや、ゴーレムを、車の窓から身を乗り出して各々の方法で確実に対処していた。

 

「空中庭園が、城の結界や罠を封じたそうです」

 

 とシロウ・コトミネは言う。車の前方上空に浮遊している、禍々しさと美しさとを両立させた“赤”のアサシンの宝具である空中庭園は、“黒”の城を守護している結界やトラップの類のことごとくを、魔術的に封じ込め、そして城にある聖杯を奪い返そうとしている。

 

「そう。じゃあ、攻めるなら今のうちという事だね! 城の門から堂々と入ろうか」

 

 泉はハンドルを大きく切り、それにつれて車体が大きく振れる。

 城の門は鉄の扉で固く塞がれていた。

 

「獅子劫さん、アレ壊せない?」

「出来るぞ。少し待ってろ」

 

 と獅子劫は、懐をまさぐりながら言う。彼の手に握られたものは、心臓を加工した手榴弾だった。それを車の窓から、鉄の門へと投げつける。鉄の門はいとも容易く、爆ぜた手榴弾によって吹き飛ばされた。

 

「今の音を聞きつけて、ホムンクルス達が寄ってきたみたいだね。ま、ゴーレムは幸いまだ来ていないようだから、このまま車で蹴散らそうか! そして、城内にそのまま突っ込む!」

 

 と泉は言いながら、車のペダルを踏み込む。音を聞きつけて、侵入者を排除する為に集まってきたホムンクルス達を、車の装甲で跳ね飛ばしながら、そのまま城の扉に突っ込む。飾りが施された城の門は、車の勢いによって蝶番ごと城の中へと弾き飛ばされる。

 その衝撃により、運転席のエアバッグが膨らみ、泉の上半身が、エアバッグと座席の背もたれに挟まれる。彼は動じずにエアバッグを破り、ブレーキペダルを踏み、タイヤをスリップさせながらも、停止する。

 

「さて」と泉は車を降り、入口の向こうに立っているダーニックを発見し、言う。「ユグドミレニアのマスター達にお知らせです。ぶち殺しに来ました! 令呪を使ってサーヴァントを呼んでも構わないけれども、その場合は同じく戦っている“赤”のサーヴァントがこの城に直行して、更に酷い事になる事請け合い! 自分だけの力で抵抗するか、それとも、カオスな乱戦になることを承知でサーヴァントを呼ぶかは、お任せします!」

 

 ダーニックは怒りに染まりながらも、いつもと同じ、冷静な態度で言う。

 

「ふん、“赤”のマスター共か。どうやらサーヴァントが戦っている間に、あの浮遊城の主にこの城のありとあらゆる守りを解除させ、その隙にマスター同士で戦おう、という魂胆のようだな。だが、“赤”のマスターよ。その作戦は余りにも愚かというものだ。確かに城の魔術的な守りは全て起動しない。だが、ホムンクルスやゴーレムはしっかりとお前の首筋を狙い、刃を振るう。そして、私達“黒”の魔術師もまた、同じようにお前の命を刈り取る事ができる。はっきり言って、それは愚策だったな!」

 

 ダーニックの合図により、城内で待ち構えていたホムンクルス達やゴーレム達は、泉と車を取り囲むように素早く移動する。円形に並んだ彼らに隙間と呼べるようなものは一切無かった。

 

「おや、これは随分と熱烈な歓迎ですね」

 

 とシロウ・コトミネは車から降りて言う。彼の姿を見たダーニックは目を見開き、身構える。シロウ・コトミネは言う。

 

「お久しぶりです。ダーニック・プレストーン・ユグドミレニア、こうして姿を合わせるのは実に60年ぶりといった所でしょうか」

「何故、何故、お前がここにいる! 何故生きている?」

「何故? それは簡単な話ですよ。私は受肉したのですから。そのお陰で、こうしてここに存在することができているのです。……さて、御二人方、それにキャスター。このホムンクルスとゴーレム達、そしてダーニックの相手は私にお任せ下さい。皆さんはそれぞれ別のマスターの所に」

「よし、分かったよ! 獅子劫さん、あの扉に向かおう」

 

 と泉は、ホムンクルスやゴーレムで出来上がった壁の向こうに、僅かに見える扉を指差す。獅子劫は懐から心臓を取り出し、それをホムンクルス達めがけて投擲する。床に落ちた瞬間、心臓は爆発し、人間の骨や歯が強烈な勢いで四方に噴出される。それらと、爆発の衝撃により、心臓の近くにいたホムンクルスやゴーレムの身体は粉々になる。

 

「これで道ができた! 今のうちに行くぞ!」

 

 と獅子劫は泉と“赤”のキャスターを手招きする。彼らはホムンクルスの肉片やゴーレムの残骸の上を踏みしめながら、扉に向かって走る。

 

「さて、では彼らもこの場から居なくなった事ですし、私達も始めましょうか。ダーニック・プレストーン・ユグドミレニア」

「天草四郎時貞、前回のルーラーよ、役目から逸脱したルーラー! 今回も、60年経った今でも尚、私の前に立ち塞がるというのか! なんとも忌々しい! 死人は大人しく座に帰るが良い!」

 

 2人の殺意がぶつかり合う中、指示を与えられたホムンクルスやゴーレムはコトミネ・シロウ改め、天草四郎時貞へと攻撃を仕掛ける。だが、彼は四方八方から迫り来る攻撃を、全て回避したり、時には刀で受け止めたり、逸らしたりし、様々な武器が振るわれる中、ホムンクルスの首を正確無比に切り落としたり、ゴーレムを破壊したりする。

 

「流石はサーヴァント、といった所か。私の魔術も、その対魔力の前には届かまい。故に、質量で、物理で対応させてもらおう」

 

 ダーニックは天井へと向かって魔術を放つ。それにより、鎖で吊るされているシャンデリアや、砕かれた天井の破片が四郎へと向かって降り注ぎ、視界を塞ぐ程の、大量の砂埃と轟音とが発生する。ホムンクルス達はそれらに押しつぶされ、ゴーレムはその硬さによって無事だった。

 煙が薄くなり、その中にひとりの人影が立っていた。それは言わずもがな、四郎の物だった。彼の体には傷一つなく、服が破れている程度だった。四郎は砂埃を払いながら言う。

 

「これで終わりですか? では私のターンといきましょうか」

「初めからこの程度でお前を殺せているとは思っていない。この程度で死んでいるのならば、私が60年前に殺している。とはいえど、突然故に対策もしていない。故に、ここは退くとしよう。殿は、ゴーレムだ」

 

 とダーニックは言いながら、その場から姿を消す。残ったのは、更なるゴーレムの増援と四郎だけだった。

 四郎は刀を握り、迫り来るゴーレム達を睨み付ける。

 

 

 

「そういえば」と獅子劫は、廊下を走りながら言う。「この城の道とか把握しているのか?」

「いや、全く。けれども、そら。“黒”のマスターからやってきたみたいだよ。尤も、彼女のサーヴァントは既にいないから、相手する必要はないけれど」

 

 と泉は、曲がり角の向こうから現れたセレニケを指差す。彼女の、鋭さを思わせるような、美貌はそこにはなく、すっかりやつれており、目の下には隈がでかでかと浮かんでおり、それでいながら、その目にはどす黒い怒りの炎を激しく滾らせていた。

 

「ねえ、“赤”のアーチャーのマスターはどっち? 正直に名乗り出なさい」

 

 とセレニケは小動物や気の弱いものならばたちまち泡を吹いて気絶してしまうほどの鋭い眼光で、獅子劫と泉の二人を睨み付ける。

 泉は獅子劫を指差していう。

 

「この人です! この人がアーチャーのマスターです!」

 

 獅子劫は泉を睨みつけようとしたが、その時には泉は姿を消していた。“赤”のキャスターも同様に、その場から素早く逃走していた。

 獅子劫はセレニケの針のように鋭く、氷のように冷たい殺意を全身に浴びて、冷や汗を流す。セレニケは顔を歪めて、鬼のような形相で獅子劫を睨み付ける。

 

「殺す! 苦しみに悶えながら、ゆっくりと残酷な方法で殺してあげる!」

 

 セレニケは歯を食いしばりながら、ホムンクルスを招き寄せる。武器を持ったホムンクルスが数体現れ、獅子劫は身構える。セレニケはそばにいるホムンクルス達を、黒魔術師ならではの手際のよさで解体、あるいはその肉体にナイフを入れて切り裂く。ホムンクルス達は悲鳴を上げながら、惨たらしく倒れていく。彼女の全身を濡らす、ホムンクルスの血液は、まるで赤いドレスのように思われた。

 セレニケは詠唱を口ずさむ。すると、獅子劫の全身を激しい痛みが蝕む。

 獅子劫はたまらず呻き声をあげながら膝をつく。額や背中には脂汗がにじみ出、苦悶の表情を浮かべていた。セレニケは嘲笑う。

 

「ねえ、どうかしら? 痛いでしょう? でもね、ライダーを失った事による私の心の痛みはそれの比じゃないのよ。もっと! もっと! じわじわと痛みを与えて、病気が体を蝕むのと同じように、私の心の痛みで殺してやる!」

 

 獅子劫は辛うじて動く腕で、腰にかけてあるホルスターから銃を握る。そして引き金に指をかけて、素早くセレニケにその銃口を向けて、引き金を引く。火薬が爆ぜる音と、燃える匂いとともに、銃弾がセレニケの右肩を貫通する。

 セレニケは僅かに顔を歪めるだけであり、ますます怒りを激しくした。

 獅子劫は呻きながら、立ち上がる。

 

「お前が“黒”のライダーのマスターという訳か。どうやら尋常ではない愛、かどうか分からないが、それに似た感情を“黒”のライダーに向けていたと見える」

「ええ、その通りよ。私は彼の歪む顔を見たかった。その美しい肉体をたっぷりと嬲りたかった。だけれど、それはもう叶わない。だから、攻めてそのマスターに鬱憤をぶつける。それで全てが終わりよ」

「ああ、そうかい。だとしたら、俺に鬱憤をぶつけるのはお門違いだな。アーチャーのマスターは俺ではなく、その隣にいた小僧だからな。だが、お前はアイツと戦う事すらできないだろう」

「……そう、私は誑かされていたという訳ね。尤も、それが本当かどうか分からないけれど、取り敢えずは貴方を殺してから、あの少年も殺す事にするわ」

「そうかい」と獅子劫は、口の端を釣り上げて言う。「だとしたら、それは不可能だな。そら、気づかないか? 俺の弾丸は特別製でな。一度喰らったら終わりなんだよ」

 

 セレニケは肩に走る痛みに、僅かに顔を歪ませる。その痛みは肩から首元に、首元から胸元に移動する。

 

「なるほど。これは私の心臓に移動しているのね」

「ああ、その通りだ。人の指を加工した弾丸でな、心臓に食らいつく」

「そう。……ああ、これはさすがに対処法が無いわ」とセレニケは嘆息し、次に笑う。「とでも言うと思ったかしら?」

 

 セレニケは心臓に近い部位に自分の指を突っ込み、体の中を掘り進む弾丸を掴んで、体外に摘出する。

 

「この程度の痛みなら、黒魔術師である私にはどうということはないのよ。さぁ、全身を引き裂いて、腸を引きずり出して、眼球を抉り出して、それらを食べさせてあげるわ。貴方も、アーチャーのマスターも同じようにね」

 

 彼女は舌で指に付着した血を舐め取りながら言う。獅子劫は彼女から発される悍ましい気配に戦慄する。

 

 

 

 道中で“赤”のキャスターと別れた泉は、適当な扉を片っ端から開いて、誰かがいないかを探す。そしてその中でも一際巨大な扉を開くと、その向こうは大広間とでも言ったような場所だった。

 

「お、ビンゴ!」

 

 泉はその広間にカウレスとフィオレが待ち構えているのを認めて、言う。

 兄弟もまた泉の存在を認めて、身構える。

 

「バーサーカーとアーチャーのマスターか。今から素早く、さっさと惨殺させてもらおうか。と言いたいところだけど、僕も鬼ではない。令呪で自分のサーヴァントに自害する様に伝えれば、見逃してあげるよ?」

「いいえ」とフィオレは言う。「それは出来ません。“赤”のマスターよ。寧ろ逆に言わせてもらいましょう。“黒”のバーサーカーを、人間でありながら圧倒する実力者。貴方への対策はしてあります。死にたくなければ、今すぐこの城から立ち去りなさい」

「いや、それこそ出来ないね。でもまぁ、さっさとかかってきたらどう? 二人共。それと、その扉の向こうに隠れているセイバーのマスターもね」

 

 と泉は自分が入ってきたのとは別の扉を見て言う。その扉の向こうに居るゴルドは思わず跳ね上がる。

 

「とんでもない。フィオレは対策をしてある、と言ったが、そんなものはハッタリだろう。サーヴァント相手に勝利できる相手とどう戦えというのだ」

 

 彼はこういった感想から、泉との戦闘を避けようとしていた。

 泉は出てこないゴルドに興味をなくし、カウレスとフィオレを見る。

 

「そうそう。彼女はそう言ったけれども、弟の方はどう?」

「断る!」とカウレスは叫ぶ様に言う。

「そう。それは残念! 話はこの辺にして始めようか」と泉は言う。「──投影開始(trace on)!」

 

 

 



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竜殺しと施しの英雄

 ニーベルゲンから手に入れた、漆黒の大剣、それを人々はバルムンクと呼んだ。その剣がもつ力は、成る程、数々の英雄が手にしただけあり、かなり強力なものだ。

 しかし、その剣の切っ先が向けられている相手の名はカルナ。あのアルジュナと、数々の呪いを持ちながらも渡り合った、インドにおいて、強力な力を持つ英雄だ。

 カルナを強力たらしめる物といえば、第一に鎧だろう。彼の持つ鎧は、あの神々すら疎ましく思い、策を練って奪い取った事すらある。……しかし、彼には鎧がなくとも、もうひとつ強力な武器がある。その武器こそが、彼をランサーたりえる槍だ。その槍は、かの英雄王の蔵にも収まっていない程の物であり、カルナの鎧を奪い取ろうとした神が与えた槍であり、神殺しの槍である。

 

 ”黒”のセイバーは沈黙する。というのも、彼は幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)の真名解放の攻撃をした相手には、かすり傷すらない事を知っていたからだ。

 ”赤”のランサーは、”黒”のセイバーが放った光線を、その槍にて斬り裂き、傷一つ負う事はなかった。その代わりに、彼の全身を包んでいた黄金の鎧は無くなり、その変わりに、先ほど光線を斬り裂いた槍が、新たにその姿を見せていた。

 

「”黒”のセイバーよ」と”赤”のランサーは言う。「どうやら、お互い本気で戦えるのは、今晩が最後だとオレの勘が告げている」

「ああ」と”黒”のセイバーは言う。「俺もその通りだと感じている。この聖杯大戦、思ったよりも早く決着がつくだろう。……その勝者がどちらかは判らないが。……ともかく、お前と本気で戦えるのは、今回で最後だと理解している」

「ならば、”黒”のセイバーよ、一つ頼みがある。オレと、全力で戦ってくれないだろうか」

「望むところだ……むしろ、それは俺から頼みたい所だ」

 

 ”赤”のランサーと”黒”のセイバーの両者は、お互いに、距離を取り、武器を構える。両者は、正しく戦士としてこの場にいた。

 

「与えられた座は”黒”(ノワール)のセイバー。蒼天の空に聞け! 我が名はジークフリート!」

「与えられた座は、”赤”(ルージュ)のランサー。我が名はスーリヤが子、カルナ。一人の戦士(クシャトリヤ)として、お前を討とう」

 

 そして、両者はほぼ一瞬で接近し、その凄まじい膂力と、技術によって、武器が振るわれる。お互いの武器の刃がぶつかり合えば、凄まじい火花と衝撃波が発生し、或いは空を切れば、風圧によって、草原の草が揺れる。

 戦いの余波によって、草原の表面はめくれ、大地は削られ、空気が振動する。

 ”黒”のセイバーは、かつて、悪しき竜と戦った時と同じ様な、一瞬たりとも油断できない、少しでも選択肢を誤れば死が待っている、あの極限の状態を味わっていた。

 ”赤”のランサーもまた同じく、あのアルジュナと戦った時と同じ、無数の選択肢の中から、最善の行動を探し、選択する、さながら無数の針の穴を潜り抜けるかのような、感覚を覚えていた。

 ”黒”のセイバーは、剣を大きく振り、”赤”のランサーを遠ざける。

 

「”赤”のランサー」と”黒”のセイバーは言う。「いや、こう言うべきだろうか。太陽の子、カルナよ。お前は、早々に鎧を捨て、変わりに槍を手にした。──俺ごときをそこまでの相手だと思ってくれるのならば、光栄だ」

「いいや」と”赤”のランサーはかぶりを振る。「そう下卑するな、竜殺しの英雄、ジークフリートよ。オレはお前に対して、全てを出し切って戦うべき相手だと思っただけだ」

「そうか。ならば、俺も本気を出さねば失礼だろう」

 

 ”黒”のセイバーはそう言い、漆黒の大剣を、ちょうどシュバリエがフェシングを構えるのと同じ様に、垂直に立てて構えた。

 ”赤”のランサーもまた同じく、槍の力と、自分が持つ力全てを出し切れる体制をとる。

 

「”黒”のセイバーよ」と”赤”のランサーは言う。「一つ願いがある」

「なんだ?」

「あの空中庭園には、オレの本来のマスターがいる。が、彼は”赤”のアサシンの毒によって思考力と肉体の自由を奪われ、ただの傀儡となっている。……もしも、お前がオレに勝利したのならば、そのマスターの命を助けてくれないだろうか」

「ああ、承知した」と”黒”のセイバーは言う。「だが、自分が負けようなどと考えてくれるなよ」

 

 ”赤”のランサーは頷く。

 そして、”黒”のセイバーは剣を一層強く握り、その剣の真名を解放しようとする。が、彼の武器の攻撃は強力極まりないだろう。それでも、あの”赤”のランサーがもつ、神殺しの槍にかかれば、こちらの攻撃など、いとも容易く切り裂かれるだろう。現に、”赤”のランサーが初めてその槍を手にした時がそうだった。

 

(ならば)と”黒”のセイバーは決心する。(俺に出来ることは、本当に俺の持つ全力で、”赤”のランサーを倒すだけだ……!)

 

 ”黒”のセイバーは、咆哮する。

 それと同時に、彼の剣が激しく振動し、柄の先端に埋め込まれている結晶が、周囲のエーテルを大量に取り込み、光を激しく放つ。

 漆黒の剣の刀身は、大量の魔力を取り込んだことにより、黒を塗りつぶす程の、曙の光を放つ。──それは、剣が取り込めるよりも多くの魔力を取り込み、悲鳴を上げている証だった。

 

「バルムンクよ、耐えて貰うぞ……!」

 

 と”黒”のセイバーは、剣を振り被りながら言う。

 やおら己のマスターである、ゴルドの顔が、彼の脳裏をよぎった。

 

(すまないな、マスター。俺はサーヴァント失格だ)

 

 そして、剣の刀身にはひびが入り始め、そのひびからは、高熱の魔力が漏れ出、柄を握る”黒”のセイバーの手を焼く。が、それでも”黒”のセイバーは、柄を握る力を緩めるどころか、ますます強く握り締めた。

 

「待たせたな」と”黒”のセイバーは言う。「これこそが、我が全力……!いざ、勝負!」

「ああ」と”赤”のランサーは言う。「オレも、お前と同じく、全力で迎え撃とう」

 

 そして、両者は宝具の真名を解放する。

 

「神々の王の慈悲を知れ──インドラよ、刮目しろ。絶滅とは是、この一刺──!」

 

「邪悪なる竜は失墜する。全てが果つる光と影に──世界は今、洛陽に至る──!」

 

「焼き尽くせ──『日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)』──!」

 

「撃ち落とす──『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)──!」

 

 その槍に、全てを討ち滅ぼす炎を纏わせて突撃する、”赤”のランサーを迎え撃つのは、強大なる力を持つ悪竜をも斃した、黄昏の光線。

 ふたつの凄まじいエネルギーがぶつかり合った瞬間、宇宙の創世の時に発生した、ビッグバンを連想させる程の、激しい衝撃と、激しい光線が発生し、地面と空の区別なく、全てを吹き飛ばす。それは僅かの間であり、衝撃と光とが収まり、土煙が止むと、剣は無残に砕け散りながらも、確かにそこに立っている”黒”のセイバーがいた。

 しかし、彼は剣を無くそうが、その警戒を解くことはなかった。同じく土煙の中から現れたのは、槍を持った”赤”のランサーであった。しかし、鎧が消失したためか、彼の肉体には、幾らばかりかのダメージを受けており、体の所々に、切り傷や火傷を負っていた。

 ”黒”のセイバーは、それを確認しても、なお戦意を落とすことなく、むしろ、彼の戦意はますます上がっていった。

 

「何をしておる!」とゴルドが念話を通じて言う。それは”黒”のセイバーの脳に直接、鐘でも打ったかのように強く響いいた。「よりにもよって、剣を自ら暴走させ、破壊するとは! しかも、肝心の”赤”のランサーを討ててはいないではないか!」

 

 ”黒”のセイバーは、謝罪の言葉を言おうとしたが、

 

「と、いつもの私ならば、貴様を心の行くまで罵倒していただろうな」とゴルドは言う。その声は、先ほどのような、激しく怒鳴り立てるようなものではなく、波一つない、泉のように静かなものであった。しかも、それは掠れた声であり、いつものような、野太い声ではなかった。その他にも、大きく、細かいこきゅうをしていることから、”黒”のセイバーは、ゴルドの身に何が起こったのかを、全て見て取った。

 

「マスター……!」と”黒”のセイバーは言い、思わずゴルドがいるであろう城の方を振り向く。

 

「儂は」とゴルドは言う。「儂はもうすぐ死ぬぞ! 城に、まんまと侵入してきた魔術師に、なすすべなく、儂の腹を裂かれた。何とか生き延びようとし、手を尽くしたが、手遅れだ。もう助からん。儂はもうすぐ死ぬ! ああ、全く、マスターすら守れないとは、最低のサーヴァントだ!」

 

「マスター」と”黒”のセイバーは悲痛な声で呟く。

 

「が、いいさ。少し前までならば、儂は生きる為に、無様に床をはいずりまわりながら、回復魔術を己にかけていた。だが、いざ死に直面するとなると、全てがどうでもよくなる。心残りは幾つもある。息子も妻も居るし、アインツベルンの技術にも届く事はできなかった。……が、どうでもいい。元々は、ダーニックの命により、強制的に参加させられた聖杯大戦だ。その時点で、儂はこうなる運命だったのだろう。……儂だけではない。フィオレも、カウレスも、セレニケも、ロシェも、そして、あのダーニックすらも死んだ。よしんば、他の誰かが生きていても、儂と同じように、その命は長くは無いだろう。儂だけではない。我らユグドミレニアは、何もせずとも、いずれ滅びる運命だったのだ。ダーニックは、そうはさせまいと、色々と抵抗したようだが……確か、日本だか、インドだかに、こういった言葉があったな。『諸行無常』それと同じだ。儂も、ユグドミレニアも、今日でおしまいだ! ……”黒”のアサシンがいるかもしれないが、それもいずれは討たれるだろう。さぁ、セイバーよ! ここからが重要だ!

 ……儂が、令呪を使い、”赤”のライダー相手に宝具を使わせた、あの日を覚えているか? あの後、儂は貴様を、怒りに任せて、思う存分罵倒した。そうするうちで、真名はもう秘匿する必要はないのだから、自由に発言する許可を与えたな。そして、貴様は『”赤”のランサーと戦いたい』と言ったな? ならば、勝手にしろ! 儂が死ぬ時は、貴様も消滅するのだ! さぁ、勝手にしろ!最後の令呪だ!『全力を出せ!』」

 

 その命令により、”黒”のセイバーの肉体、霊核はより確かなものとなり、彼の額からは、捩れた、漆黒の、竜の角が生え、背中からは、これまた同じく、漆黒の翼が広がる。

 彼の肉体の奥から、力が溢れ出、今ならば、あの悪竜すらも、余裕で屠れそうな程の、確かな自信を持った。

 

「すまない」と”黒”のセイバーは言う。「そして、待たせたようだ。”赤”のランサー」

「いや」と”赤”のランサーは言う。「いい。戦士の誇りがそうさせただけだ」

 

 と、”赤”のランサーは言いながら、その槍を消失させる。

 ”黒”のセイバーは、眉をひそめ、

 

「俺に合わせたつもりか?」

「いいや。これもまた、戦士としての誇りによるものだ。……それに、舐めてくれるなよ?”黒”のセイバー」

「そうか」と”黒”のセイバーは頷く。「さて、俺には時間がない。その間に、お前を討たせてもらうぞ!」

 

 と”黒”のセイバーは言い、大地を強く蹴り、一気に”赤”のランサーへと接近する。セイバーの象徴たりえる剣は、既に砕け散ったが、彼にはまだ、その肉体という、剣にも勝るとも劣らない、最終的であり、究極的な武器がある。

 

「だが」と”赤”のランサーは言う。「例え、武器が無くとも、お互い全力で戦うという事だ。でなければ、お前にも失礼だろうし、何よりもオレ自身の誇りがそうさせる」

 

 ”赤”のランサーの全身から、炎が湧き上がる。それは彼の魔力放出によるものだった。彼は、炎を”黒”のセイバーへと向かって、打ち出す。

 しかし、”黒”のセイバーの強靭なるその悪竜の血鎧(アーマーオブ・ファヴニール)は炎を跳ね除け、”黒”のセイバーの突進を止める事はなかった。

 ”黒”のセイバーは咆哮する。それは、まさに竜の咆哮とでも言うべき、激しい咆哮だった。そして、彼は拳を振り被る。

 ”赤”のランサーも同じように、己の拳を握り、振り被る。

 そこから先は、お互いの技量や、防御力、攻撃力を最大限に発揮する戦いなどでは無く、意思の力とでも言うべき、激しく燃え盛る魂とでも言うような、言わば、根性の根競べだった。

 ”黒”のセイバーの攻撃によって、”赤”のランサーが倒れるのが先か、それとも、”黒”のセイバーが消滅するのが先かの戦いだ。無論、”赤”のランサーには、逃げ出し、”黒”のセイバーが一人消滅するのを待つという方法もあるが、それは彼の、戦士(クシャトリヤ)としての誇りが、その選択肢を、真っ先に除外していた。

 両者は、ただただ全力で拳を振るうだけだった。振るわれた拳は、お互いの顔面や、胸、腹、あるいは、拳へといった、じつに様々な場所を攻撃する。

 やおら、”黒”のセイバーの体から、金色に光り輝く、粒子が浮かび上がる。それは、彼の消滅が近いという証だった。しかし、彼らはそれでも、拳を振るうのを止めず、それどころか、ますます加速していった。

 そして、”黒”のセイバーの下半身が消滅し始め、彼らは最後の、そして最大の攻撃を行うべく、拳を握る手の力をいっそう強くし、大きく振りかぶる。そして──

 

「さらばだ」と”黒”のセイバーは言う。「満足の行くまで戦えた。……これは、何という贅沢な事だろうか」

 

 彼の表情は、安らかな、全てをやりきったというような、満足のいったものだった。

 ”黒”のセイバー、その真名はジークフリート。彼の人生は、願望器さながらのものだった。あれが欲しい。これが欲しい。それが欲しい。あの美女が欲しい。あの財宝が欲しい。……そういった、人間たちの、限りのない欲望を彼は聞き届け、実際に叶えた。その有り様は、彼を頼った人々からしたら、その名の通り、勝利と正義そのものだったのだろう。

 しかし、とうの彼からすれば、それは虚無にも等しい生き方であったに違いない。ありとあらゆる人々の、ありとあらゆる願いを聞き届け、勝利をもたらし続けるために戦い続けた。そこに、彼の意志とよべるものはおおよそ無く、機械のように、与えられた命令を遂行するために動くだけだった。しかし、此度の聖杯大戦においては違った。”赤”のランサーという好敵手を見つけ、また、”赤”のランサーもまた、”黒”のセイバーという好敵手を見つけ、戦った。それだけで、”黒”のセイバーにとっては、満足足りえるものだった。一応、ゴルドの事を守れなかったのは、悔いていたが、それも含めて、座に存在する己の本体に、今回の記憶を持ち帰ることを決めた。

 

「さらばだ」と”赤”のランサーは、その全身に、切り傷や打ち身を残して言う。「”黒”のセイバーよ」

 

 そして、”黒”のセイバーの肉体は、とうとう完全に消滅した。

 

「フン」と、その様子を、偶々近くに放っていた使い魔の目を使い、見ていたゴルドは、鼻を強く鳴らし、その生命を終えた。

 

 残ったのは、この場の勝者である”赤”のランサーのみであった。







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吸血鬼の脅威

宝具を使い、吸血鬼となったヴラドのキャラに悩んでいたり。宝具を使用した場合、FGOみたいになるのか、エクストラみたいになるのか、FGOのエクストラみたいになるのか……
いや、エクストラが正解なのでしょうがね……アレはランルー君がいるからああなっているとかなんとか、そんな話を小耳に挟んだり。さんざん悩んだ挙句、オリジナルのキャラみたいになってしまいました。

誰か、答えを知っている人は教えてください。


 宝具鮮血の伝承(レジェンド・オブ・ドラキュリア)によって吸血鬼と化した”黒”のランサーの姿は、世界の人々へと恐怖を植えつけ、その恐怖を宝具の領域までと昇華させた原因である、小説『吸血鬼ヴァンパイア』に描かれている通り、唇からは犬歯が覗いており、目は、壁にかけられた蝋燭が発する光のように、赤く燃え盛ったように、光り輝いていた。

 

「さあ」と”黒”のランサーは言う。「まずは凱歌を挙げようではないか。そう、私という吸血鬼が誕生したという事を、世界に知らしめるための、鮮血と恐怖に塗れた唄を歌おうではないか」

 

 と彼は言いながら、たまたま近くにいたホムンクルスへと手を伸ばし、その生まれたての赤子のように真白な肌をした、首へと、吸血鬼ならではの、口から伸びた鋭い2本の牙を突きたる。ホムンクルスの体は細かく震え、目はだんだんと快楽へと溺れていくようなものへとなり、口からは唾液を垂らす。吸血とともに味わう快感に溺れながら、ホムンクルスの全身を駆け巡る血液は”黒”のランサーの牙を通じて、外へと出て行く。そして血が無くなったホムンクルスの皮膚はまるで、老人のように皺だらけになり、真白な肌も、くすんだ、茶色へと変わっていた。その代わりとして、”黒”のランサーの肌の皺は無くなり、髪も、白髪といったようなものはなくなり、その姿は、4、5歳ばかり若返ったようになっていた。

 そしてホムンクルスの血を全て吸い終えた”黒”のランサーは、命なきホムンクルスを投げ捨て、その場で呆然として立っている"赤”のセイバーとアーチャーを見やる。

 彼女らは、目の前の吸血鬼という怪物に怯えるようなことはなく、剣を、もうひとりは弓に矢を番え、いつでも攻撃できるように、また、吸血鬼の攻撃をいつでも回避できるように、警戒をしながら構えていた。そんな彼女らを見て、”黒”のランサー……否、もはやランサーという言葉では、彼には相応しくないだろう。言うなれば、彼は理性のあるバーサーカーといった所だろうか。吸血鬼と呼称するのが、まさに正しい。ともかく、吸血鬼は彼女らを見て、微笑んだ。その笑みというのは、実に紳士的な、社交界の貴族が、婦人に対して行う、警戒心を持たせないどころか、好感を持たせるような微笑みだった。

 

「ところで」と吸血鬼は言った。「私は宝具によって吸血鬼になった──尤も、その前である私は、必死に抵抗したようだが、令呪の命令を、ダメージを負った肉体で跳ね返せる事もできずに、見ての通りになったわけだが──吸血鬼になったのだが、それはあくまでもクラスの変更のようなものであり、この肉体がサーヴァントである事には変わりない。

 つまりは、私は”黒”のサーヴァントとして、また、マスターであるダーニックの命令によって、"赤”のサーヴァントを皆殺しにしなければいけないのだ。……だが、それでは惜しい。二人共、若く、そして強く、屈強な肉体を持っている。そこで、どうだろうか? 私の配下へと入らないだろうか? 我が元で、召使、あるいは囲いとならないだろうか?」

「ふん!」と”赤”のセイバーは言う。「お断りだな! テメエ、舐めてんのか? ああ? そうだろ。吸血鬼だかなんだか知らねえが、要はアレだろ? 人間大の蚊になっただけだろうが。その上で、配下になれだと? 王にでもなったつもりか? くだらねえ。王という称号は、テメエ如きには、相応しくねえんだよ!」

「やれやれ! 断られてしまったか。では、そちらの婦人はどうだ?」

 

 と吸血鬼は、”赤”のアーチャーを見る。

 

「私もセイバーと同じ答えだ」と彼女は言い、番えてあった矢を、吸血鬼の眉間へと放つ。しかし、彼はその、音速で飛来する矢を、人差し指と親指でつまみ、放り捨て、

 

「そうか……では仕方がないな。吸血鬼となった私にも、願いというものはある。そのために、まずは諸君らを殺害させてもらおう!」

 

 彼の、赤い目が、一瞬赤い光を放ち、口の端から、鋭い牙を見せつけ、そして、吸血鬼としての筋力を存分に振るうべく、彼の両腕や全身の筋肉に力が入りる。そして、彼は、鋭い爪を持つ両手を武器として”赤”のセイバーへと振るう。”赤”のセイバーは、それらをものともせずに、剣でいなし、弾き、あるいは空したり、逆に切り込んだりとしていき、吸血鬼は一寸のところで回避するが、彼の服には、少しずつ切れ込みが出来上がっていった。

 

 

「オラ!」と”赤”のセイバーは言う。「服だけじゃなく、肉体の方もズタボロに切り刻まれな!」

 

 と彼女は意気揚々と剣を振るう。しかし、先程の言葉を言い終わってから、吸血鬼の爪と、彼女の剣がぶつかり合い、金属音と火花を発生させたとき、吸血鬼の胸や腹といった、正面の部分から、まさに無数の杭が、ハリネズミのように生え、その先端一つ一つが、”赤”のセイバーを串刺しにせんとする。

 ”赤”のセイバーは一瞬驚愕したものの、直感によってあらかじめ身の危険を感じていたおかげで、まさに本能というべきか、素早く後退し、杭は宙を貫くばかりだった。

 

「ぬう……惜しいな」

「少し驚いたが、それだけだ! これで手品は終わりか?」

「手品? 手品とは結構だな! よろしい!」

 

 と吸血鬼は言い、第二の攻撃方法を取るべく次の準備を始めた。彼の目は先程よりも赤く光り輝く。それとともに、その光に見とれた、周囲に居るホムンクルス達が、さながら意志なき操り人形とでもいったように、ゆっくりとした動作で、”赤”のセイバーとアーチャーへと近づく。それだけではなく、先程吸血されて、干からびた木乃伊のようになったホムンクルスは、ゆっくりと起き上がり、彼の近くのホムンクルスへの首へと、吸血鬼の証である牙を突き立て、血液を少量ばかり吸い、血を吸われたホムンクルスの口からは、吸血鬼の牙が覗いており、彼はほかのホムンクルスへと噛み付き、吸血を行う。こうしたことが繰り返され、この場にいる2、30ばかりのホムンクルス達は、瞬く間に、全員が吸血鬼の眷属へとなった。

 

「さあ」と吸血鬼は言う。「我が僕たちよ! あの二人も、同じように我等と同じ存在にしてしまえ!」

 

 ホムンクルス達は、戦闘用として調整された力と、吸血鬼になった事によって得た膂力をもって、彼女ら二人へと襲い掛かる。バルバードを持ったホムンクルスが、”赤”のセイバーへと、武器をふるう。”赤”のセイバーは、その武器を、剣で跳ね返すが、ホムンクルスは再びバルバードを振り下ろす。そういった、武器の打ち合いが7、8合ほど続き、ホムンクルスの肉体は切断され、絶命した。

 

「こいつ等」と”赤”のセイバーは言う。「普通のホムンクルスよりも、少し強くなっていやがるな。……ま、あのピクト人共には遠く及ばないが」

「そうか」と”赤”のアーチャーは言う。「そうなると少しばかり厄介だな。ここは私がやろう」

 

 彼女は弓に矢を番え、蒼天へとその矢を放ち、同時に宝具の真名を開放し、雨のごとく降り注ぐ矢が、ホムンクルス達を一斉に貫き、吸血鬼の眷属となった彼らは全滅した。

 

「ほう」と吸血鬼は言う。「なるほど。予想してはいたが、ホムンクルスをいくら吸血鬼にしようが、サーヴァントの高みには遥か遠いか。では、やはり私自身が、貴様らの相手をするしかないようだな! いいだろう! 生娘どもよ! お遊び、娯楽は終わりだ!」

「ハ!」と”赤”のセイバーは言う。「だったら、初めからテメエだけでかかってこいよ」

 

 吸血鬼は笑い、

 

「確かにその通りだ! 我はドラキュラ! 夜の王であり、怪物の王であり、世界へと恐怖を刻み付ける存在である! 

 なればこそ、私はドラキュラとして在ろうではないか! 再び、しかも今度は実在した物として、世界にその名を轟かせようではないか!」

 

 と叫び、”赤”のセイバーへと襲い掛かる。

 再び始まった吸血鬼と騎士の戦いは、先ほどとは違い、吸血鬼が、騎士を圧倒とはいかないが、騎士を押していた。

 

「テメエ!」と”赤”のセイバーは言う。「さっきは手加減してやがったな? 力はさっきよりも強く、技術はさっきよりも鋭い!」

「はは」と吸血鬼は笑う。「確かにその通りだ。私は怪物と名乗っていようが、紳士である故な。少女を相手に、本気でかかるのもどうかと思っただけだ」

 

 彼の言葉に、”赤”のセイバーは、僅か、それこそ刹那にも満たない一瞬だけ、全身を強張らせる。彼はその一瞬を見逃さず、すかさず鋭い爪が生えた手を振るう。彼女はそれを回避するが、爪の先端は頬を掠め、彼女の頬からは血液が一筋垂れる。

 吸血鬼は、爪に付着した、”赤”のセイバーの血液を舐めとり、

 

「乙女の血というのは、たとえ騎士であろうと美味いな! さぁ、貴様の血液をたっぷりと寄越せ! 存分に吸い尽くしてやろう。そのあとは、吸血鬼の配下として、そうだな。メイドあたりとして使ってやろう!」

「何だと?」と”赤”のセイバーは呟く。兜に覆われていても、その声、その気配からして、彼女が怒りに染まっていることは、明らかであった。「少女? 乙女? オレを2回も侮辱したな! 

 そして、メイドだと? オレはテメエなどには仕える気は無い!それは先ほどの答えで言ったはずだがな! テメエは2回もオレを侮辱し、その挙句、オレをテメエの配下に加えるだと? ふざけるなよ! オレが仕える存在はただ一人だ! わかったか? この吸血フェチ野郎が!」

 

 と”赤”のセイバーは、先ほどよりも鋭い、獣が爪を振るうがごとき剣筋で、吸血鬼の胸を切り裂く。そして、彼女の兜は変形し、彼女の素顔を露にする。やはりその顔は、怒りによって歪んでおり、鋭い殺意の光線とでも言うべき視線で、吸血鬼を見据えていた。そして、彼女の持つ剣から、赤雷が発生し、それは徐々に強くなっていく。

 

「さぁ! 死にさらせ! 『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッド・アーサー)!」

 

 そして放たれた光線は、吸血鬼の肉体を、なすがままなく包んでいき、激しい雷と魔力の激流によって、彼は霊核ごと粉々に粉砕されていき、その存在を消滅させた。

 光が止んだころ、”赤”のセイバーは中指を突き立てて、

 

「クソ野郎が」

 

 と言い、剣を仕舞い、周りを見回す。すると、”赤”のアーチャーの姿がどこにも見えず、そして、彼女から少々離れたところで、”赤”のランサーと”黒”のセイバーが、お互い全力の一撃を放つべく、魔力を充填していた。その様子を見た彼女は、驚き、そして巻き込まれてはたまらない、とその場から移動した。

 

 ”赤”のアーチャーは、”赤”のセイバーが宝具を開放し、決着がついたと判断し、その場から移動した。その移動先というのは、己のマスターに指定された場所であり、彼女自身、そこで何をするのかわはっきりと理解していなかったが、その場所に到着した瞬間、己が何をすべきか理解した。というのも、その場所というのは、”黒”のキャスターの最高傑作を隠してある湖であった。彼女は、マスターに、指定の場所に到着したということを、念話によって知らせる。そして、帰ってきた答えは、やはり彼女の予想した通りだった。

 

「やれやれ」と”赤”のアーチャーは呟く。「泳ぎはあまり得意ではないのだがな」

 

 彼女は湖へと飛び込み、中に隠されているものを目にする。それは巨大な、それこそ、今までの量産のゴーレムとは違い、まるで一つの岩山とでも言ったようなものであり、その形状は、まるでミケランジェロが掘った彫刻とでも言うように、どこか、一つの芸術品を思わせるように美しかった。

 ”赤”のアーチャは弓を強く引き絞り、発射する。放たれた矢は、ちょうどゴーレムの胸を貫き、それと同時に、ゴーレムの体に罅が入る。

 

「なるほど。宝具の前身なだけあり、ほかのゴーレムよりも幾ばかりか頑丈というわけか。それでも、これには耐えられまい」

 

 と彼女は、先ほどよりも強く弓を引き絞り、矢を発射する。そして、”黒”のセイバーの鎧を貫通するほどの威力を持った、必殺の矢は、ゴーレムを確実に、粉々に破壊した。ゴーレムの体は崩れ落ち、湖の底へと沈んでいく。”赤”のアーチャーは、水の中を進み、沈みゆく破片をいくつか手に取り、丘へと上がってゆく。

 陸へと上がった彼女は、その身を震わせて、水を跳ね散らし、

 

「しかし」と彼女は呟く。「この破片が魔術の材料となるとの話だが……魔術というのは、奇妙なものだ。せいぜいが、小さな竈か、投げて使うしかないであろうこの石ころが使えるというのだからな」

 

 と彼女は、その身を翻し、空を見上げる。そこには、一つの巨大な空中庭園と、黄金の光を放つ月が光輝いていた。




今回は、自分の実力不足がにじみ出ているなぁ、と。後で治すかもしれません。

次回!
『千年樹の一族』
『聖女と殺人鬼』



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魔術戦・2

少し出来が悪いかな? と自分で思っていますので、後で直すかもしれません。
あと、改行を少し多めにしてみました。



 フィオレは、己の礼装、接続強化型魔術礼装(ブロンズリンク・マニピュレーター)を起動し、泉と相対する。彼女の礼装の防御力は、かのエルメロイの姫君の、従者である水銀のメイドとほぼ同等の反応速度を持っており、かなりの堅牢さ誇っている。そこらの鎧だとか、盾といったようなものよりも、砦を身に纏ったとでもいうかのような、堅牢さを誇っていた。

 だというのに、フィオレは、彼女の目の前にいる泉を見ていると、脆い、砂山を身に包んでいるかのような錯覚を覚えた。

 同時に、カウレスもまた、戦闘向きの、厳選した、強力な使い魔だとか、霊といったものを用意してはいるが、その矛は、一度突けば、粉々に粉砕してしまいそうな、心細さを感じていた。

 

「さて」と泉は、そういった様子の彼らを見て、人差し指を立てて言う。「戦いの前に、一つ聞こうか。君達は、何故、この聖杯大戦で戦っている?」

「それは……」とカウレスは、少し考えて言った。「それは、俺たちがユグドミレニアの一族で、ダーニックから、戦う様に言われたからだ」

「そう。じゃあ、願いというには、無いのかな?」

「いいや、あるにはある。が」

「が?」と泉は聞き返す。

「カウレス」とフィオレは、礼装を操って構える。「お喋りはそのぐらいにしておきなさい。あれは、敵よ。そして、私達を殺そうとしている。カウレスは、自分が殺されるのは、嫌でしょう?だったら、言葉を交わさずに、戦いなさい」

「分かったよ」とカウレスは、使い魔や霊を召喚し、言う。「姉さん。……聞いての通りだ。時間稼ぎのつもりかは知らないが、もうお前と話すつもりはない!」

「そう」と泉は言う。「それは残念! それじゃあ、とっととケリを付けようか。と、その前に、もう一回聞こうか。

 君たちは、僕に敵対するのを諦めて、サーヴァントを令呪によって自害させ、聖杯大戦から、自らの意思で脱落するつもりはあるかい? もしも、そうなら、見逃してあげよう。生かしてあげよう。そうでないのならば、今、この場で殺してあげよう」

 

 兄妹の返答は、無言の攻撃だった。

 カウレスは、豹や獅子、それに虫といった獣の使い魔や、霊を泉へと差し向け、フィオレは、蜘蛛の脚のように、細長い、脚の一つの先端を、針に変えて、泉を攻撃する。

 

「そうかい」と泉は、それらを回避して言う。「それは残念。君達を生かす理由も無いし、それどころか、今、殺した方が、後々の利益に繋がる訳だから、油断しない為にも、僕の全力を持って殺してあげよう」

 

 泉は、兄妹の猛攻を回避しながら、詠唱を口ずさむ。

 

投影開始(トレース・オン)」その言葉を合図に、泉は、10、20節ばかりの、長い詠唱を唱えた。

 その間にも、兄妹の猛攻は続いていたが、彼はそれらを、回避、乃至、拳で迎え撃った。そして、詠唱が終割の頃になると、泉は最後の一句を唱えた。

 

月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)!」

 

 すると、泉の周囲を、木に巻きつく蔦だとか、とぐろを巻く蛇とでもいうかのように、細長い、腕程の太さの水銀が取り囲んだ。

 それこそは、あの、かつてのロードの1人であった、ケイネス・アーチボルトが操る、彼の技術と知識の集約でもある、まさに必殺の礼装だった。

 泉が命じると、水銀は、樹木の枝の様に、無数に広がり、フィオレとカウレスを、針のように尖った先端乃至、鞭の様にしなり、攻撃した。

 

「カウレス!下がっていなさい!」

 

 とフィオレは叫び、己の礼装の脚全てを、薄長く広げて、巨大な盾を、兄弟の前に作る。水銀は、それらの盾によって、攻撃を塞がれた。

 

「へえ」と泉は感心したように言う。「防ぐか。だったら、これならどうだい?……ああ、詠唱は省略させてもらうよ。長々と繰り返すのは面倒臭いからね。『repeat(命ずる)』!」

 

 すると、泉の背後、床に落ちている、彼の影から、無数の、赤い、怪しい光を放つ眼が現れた。それらの目の持ち主というのは、甲冑を覆ったかのような姿、鋭い牙を生やした顎といったものを持っている、自然界ではあり得ない、異形の虫達だった。

 その虫は、間桐の一族が操る虫と、全く同じものであった。

 

「さあ!」と泉は、フィオレとカウレスを指差して言う。「虫達よ! あいつらを食い尽くせ!」

 

 無数の、千や万といった数の虫達が、号令によって一斉に蠢く。羽を使って空を飛ぶものもいれば、凄まじい速度で、床を這う虫と、様々だった。ともかく、それらは、フィオレとカウレスの2人へと襲いかかった。

 カウレスは、使い魔と獣を、虫の群れへと放つが、それらは、あっという間に、虫達に、跡形もなく食い尽くされた。それを見たカウレスは、背筋が冷たくなった。

 次に、フィオレが、礼装を、うちわのように広げ、虫達の群れへと、床がひび割れるほどの力で、思いっきりと叩きつけた。

 叩きつけた虫達の殆どは潰れて、動かなくなったが、何匹かの虫は生き残り、そして、うちわに触れなかった虫達と一緒に、兄妹へと進撃する。

 

「クソ!」とカウレスは叫ぶ。「何とかならないのか……!」

 

 虫達は、兄妹2人へと襲いかかる。彼らは、必死に立ち向かうが、潰した傍から、泉の影から次々と虫が湧き上がり、彼らは、そのうち、虫は無限に存在するのではないだろうか? といった思いを抱き、闘争心が衰えていく。

 ただし、それはほんの一瞬の出来事であり、カウレスとフィオレは、燃え尽きていた闘争心を、再び激しく燃え上がらせ、兄妹は再び虫達及び、泉へと立ち向かう決心をする。

 カウレスは膝を叩き、服や装飾品のあちこちに仕込んであった、使い魔たちを全て召喚し、号令を送る。

 その瞬間、カウレスの腹を、人の腕程の太さの、先端が尖った水銀が貫いていた。カウレスが初めてそれを認識したのは、腹部に、痺れるような感覚を覚え、ふと見下ろした時だった。彼が、それを認識した瞬間、カウレスの腹から、全身を、激しい痛みが襲う。彼は、泡を吹きながら、白目を剥き、床の上に倒れ、痙攣しながら叫ぶ。血液が、さながら噴水のように激しく、腹から吹き出て、カウレスの周りの床を赤く染める。

 

「虫だけじゃあないよ?」と泉は、水銀を、触手のように、無数に分裂させながら言う。「油断大敵。コチラもお忘れなく! だけれども、時既に遅し、みたいだね。でもまぁ、せっかくだから、死体は虫の養分にでもしてあげるよ!」

「カウレス!」とフィオレは叫ぶ。

 

 彼女は、倒れたカウレスを守るように、カウレスを背後に置いて、虫の群れ及び泉へと立ち塞がる。彼女は、時々振り向き、カウレスの様子を見ていたが、彼の痙攣は既に収まり、血液は、既に全て体外に流出したのか、これ以上、彼の体から流れ出る事はなかった。

 

「彼の事が心配かい? でもまぁ、今は戦闘中だからね。君も、そんな、既に魂の抜けた、脂肪の塊よりも、自分の方を心配したほうがいいんじゃないかな?  

 ほら、魔術的に考えれば、回路を継承するのは君だからさ。一族を滅ぼさないためにも……ああ、もう無理だったかな? 君たちはここで死ぬんだし」

 

 泉は水銀を操作し、フィオレへと襲わせる。

 水銀は、蛇の様に細長くなり、鞭のようにしなりながら、フィオレへと攻撃しようとするが、彼女の礼装は、盾やへら、時には剣といったような、その場の状況にあった、様々な形状に変形し、それらを防ぐ。

 フィオレの操作する、蜘蛛の足を思わせるような形状の礼装と、蛇の様に、宙や地面を自在に這う水銀の攻防の合間を縫うように、異形の虫達が、フィオレへと襲いかかる。

 フィオレは、それらを魔術で跳ね飛ばし、泉の操る水銀から逃げるかのように、大きく後方へと飛び退く。

 

「何故」とフィオレは呟く。「あの水銀は、噂で聞いたあのケイネス・アーチボルトの使う魔術と良く似ている。それに、あの虫も、おじい様が60年前に戦ったという、マキリの魔術と同じもの?」

「ああ、その通り!」と泉は、彼女の呟きを、鋭い聴覚で捉え、両手を広げて言う。「何だったら、君のソレも真似てみようか?」

 

 と泉は、何節かの詠唱を唱えると、フィオレが今使っている、接続強化型魔術礼装(ブロンズリンク・マニピュレーター)と全く同じ礼装が、泉を纏うように現れる。

 その現象に、フィオレは思わず絶句した。

 

「さて」と泉は言う。「そろそろ詰みかな? ……城に放った使い魔の様子を見ると、他の、ダーニックとか、セレニケとかとの決着までまだ時間がかかりそうだし、せっかくだから冥土の土産替わりにでも、僕の魔術の事を教えてあげようかな?」

「そうですね」とフィオレは、今までよりも、より一層泉の事を強く警戒しながら言う。「是非ともお願いします」

「そうかい? 以外と素直に頼むんだね。ま、良いか。どうせ終わるんだしね」

 

 泉は一度あげた手を下ろし、水銀と虫に指令を送る。それを見たフィオレは、少しばかり警戒を緩めた。

 その指令というのは、次のように実行された。水銀は、樹木の枝のように広がり、ありとあらゆる方向からフィオレを攻撃し、虫達もまた同時に、ありとあらゆる方向から、彼女を攻撃する。

 彼女の接続強化型魔術礼装(ブロンズリンク・マニピュレーター)は主であるフィオレを守るべく、自動的に作動し、それらを迎え撃つ。

 しかし、その素早い反応で、自動的に行われた防御は、なんら意味を成さなかった。というのも、泉が行った攻撃は、先程までのそれよりも、圧倒的に手数が多く、フィオレの周囲を、水銀と虫が隙間なく壁を作り出していた。

 

「誰が教えると? 馬鹿だね! 魔術師ならさ、普通こっちの手の内を教える訳ないでしょう? さようなら! さようなら! バイバイ!」

 

 フィオレは、水銀と虫の壁を打ち破ろうと、実に様々な手法を考え、実行した。戦火の鉄槌(マルス)によって、魔力の光弾を放ったり、直接殴ったりとしたが、壁に穴が開くのはどれもほんの一瞬であり、とりわけ、いくつも重なり、頑丈なものとなっている水銀の壁は強固なものであった。

 泉は手を振りながら、水銀と虫に次の指令を送る。

 水銀と虫とが折り重なった、球体の壁の内部で、槍のように変形した水銀が、フィオレを串刺しにし、虫達は、彼女の肉体を食い散らかす。フィオレは、悲鳴をあげ、凄まじい恐怖の表情を浮かばせながら、その命を消滅させた。

 

「……ま、暇だから言うんだけれども」と泉はきびすを返しながら言う。「さっきの魔術は、僕の起源を使ったものだよ。というか、僕の名前も、切嗣と同じように起源から来ているんだけれどもね。

 泉の水面は、ありとあらゆるモノを、鏡のごとく映し出すでしょう? 僕の起源は『再現』。ありとあらゆる魔術を、面倒な手順ナシに、行使することができる。それが、例え他の一族の秘術だったとしてもね。──最も、そういう魔術を使うときに、僕の体はかなり強力なフィードバックを食らうんだけれども──僕の全身の骨には、それをより強力なものにする為に、呪文が刻んであるんだ。……ま、それでも、魔力が足りなければ使うことも出来ないんだけれどもね。

 でも、まだまだ魔力は残っているよ? ゴルドさん!」

 

 と泉は言い、隣の部屋に隠れ、これまでのあらましを覗いていたゴルドの方を振り向く。ゴルドは、すぐにその場から逃げようとしたが、除き穴から、水銀の雫が一筋ほど垂れているのを確認し、意を決して振り向く。その瞬間、水銀は、ゴルドと泉を隔てていた壁を、粉々に切り裂き、壁は崩れ落ちる。

 

「ふん!」とゴルドは、傲慢そうに笑いながら言う。「カウレスとフィオレを殺したぐらいで調子に乗るなよ? そもそも、儂には、令呪がある! これを使えば、今すぐセイバーを呼ぶことだってできるのだぞ?」

「その場合は、僕も令呪を使うさ」と泉は言う。「その場合はどうなるのかな? ま、それでも良いんだけれども、そんな隙を与えるわけないでしょう?」

 

 水銀はひとつの刃となって、ゴルドを切り裂くべく襲いかかる。しかし、ゴルドは、その斬撃を、錬金術によって硬化させた拳で殴り、跳ね返す。

 

「一体」とゴルドは呟く。「どうなるか見ていたが、こうなるんだったら、さっさと引くべきだったか。判断を誤った! 今となっては、逃げることも適わないだろう。

 ならばどうするべきか? 戦闘! 戦う! そうだ! この儂が、あのような、時計塔の見習い魔術師に敗北する訳がないだろう! フィオレとカウレスは、油断したから、敗北し、死亡したのだ!」

 

 彼は、膨れ上がった腹と、顎を揺らしながら、拳を構え、泉と対峙する。彼は、兄妹の敗因が油断だと結論付け、己は、一切の油断をせずに、刹那の一時すらも、全身の力、感覚を鈍らせる事をしなかった。

 

「へえ」と泉は言う。「それは間違っているよ? 彼らは、油断とかはしていなかった。単に、実力差がありすぎたんだろうね。ついでに言うと、君程度ならば、目を瞑って見下し、ふんぞり返って、慢心しまくっていても、楽勝で勝てるから……ま、今はそんな事はしないけれど。じゃあね!」

 

 刃となった水銀は、ゴルドの腹を切り裂く。

 彼は、床に崩れ落ち、痛みによってもんどり打ちながら、わめきたてる。泉は、彼を見下し、扉を開けて廊下へと出て行った。

 残されたゴルドは、治癒魔術や錬金術だとかを駆使し、生き延びようとしたが、傷口はあまりにも深く、大きく、それを塞ぐといった事は不可能だと悟り、同時に生き延びる事も不可能だと悟った。

 彼は、泉のことを怨みながらも、今までの人生といった物を振り返った。

 

「さて」と泉は廊下を歩きながら呟く。「これをこうも大っぴらに使ったんだ。下手をしたら、封印指定されるだろうね。だとしたら、この戦い、勝たなきゃいけなくなった訳だ。勝利の方程式は見えている……なんていう敗北フラグを呟くつもりは無いけれども、あえて言わせてもらおうか。

残る敵は、”黒”のアサシン。天草四郎時貞、獅子劫界離の”赤”の陣営達。そして、ルーラー、ジャンヌ・ダルク。ま、どうにかなるでしょ。準備も順調のようだし。──そろそろ召喚するかな?」

 

 

 




 泉君は、戦闘中は、テンションが上がるタイプ。そして、彼の魔術についての詳しい解説は、3話ぐらいあとで行う予定です。
 ついでに補足説明します。
repeat(命ずる)
 これはご存知、赤ザコさんの魔術。前に使った魔術の詠唱を、省略して発動することができるとかなんとか。この人の場合、詠唱に2秒かかる魔術(それでも、詠唱呪文はクソ長い)を、一言で済ますことができる。優秀な魔術師。空の境界を読んだのは、結構昔なのでうろ覚え。
 死因は、とある人物を、とある言葉で呼んだこと。

「え? 泉が前に使った魔術は、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)じゃないの? だから、その場合虫を召喚する事は出来ないのでは?」とか言ってはいけない。



次回予告!
『聖女と殺人鬼』
『死霊魔術師と黒魔術師』



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聖女と切り裂き魔・魔術戦終了

今回、1万文字を超えました。



 ルーラー、ジャンヌ・ダルクは、空中に浮遊する”赤”のアサシンの宝具を見て、真っ先に神秘の隠匿がしっかりと行われているか、様々な調査をした。

 その結果、神秘の隠匿はしっかりと行われている事が判明した。魔術師ではない、一般の人からすると、あの巨大な城は、誰もが月だと認識しており、城自体に認識を阻害する魔術が覆われている事を確認し、ルーラーとしての、第1の活動を終えた。

 そして、彼女は第2の活動に移った。

 その第2の活動というのは、”黒”のアサシンについて、なんらかの対処、なんらかの処罰を行うということだ。

 というのも、此度の聖杯大戦にて召喚された”黒”のアサシンは、魔術師はおろか、一般人すらも、全身を切り裂き、心臓を抉り取るという、猟奇殺人を、神秘の隠匿を行わずに、行っていたからだ。

 地元紙では、既に「ジャック・ザ・リッパーの再来か?」というような報道が行われており、ルーマニアの人々は、毎夜震えて過ごしていた。

 ルーラーとしての特権である、敏感で、正確な感知能力と、スキルの啓示を最大限に発揮し、ジャンヌ・ダルクは、”黒”のアサシンの居場所を突き止めるべく、市街地を駆け回っていた。

 その結果、多少なり時間がかかったものの、”黒”のアサシンの居場所を突き止める事が出来た。いや、その言葉は相応しく無いだろう。正確に言えば、彼女は、”黒”のアサシンに出会った。

 というのも、ルーラーは、市街地を移動していると、いつの間にか、毒性のある、紫色だとか灰色とでもいったような色の霧が周囲に立ち込めているのに気が付いたからだ。

 その霧は、彼女の対魔力スキルの前には、ただ視界を塞ぐだけであった。

 

「”黒”のアサシンですか?」とルーラーは霧の中で、あちこちに響き渡る声で叫ぶ。「私は此度の聖杯大戦を管理する為に召喚されたサーヴァント、ルーラー、ジャンヌ・ダルクです!

 貴方は、聖杯戦争の最も基本的なルールである、神秘の隠匿、聖杯戦争に関係する事の隠匿を行っておりません!」

「へえ、そんなのもあるんだ」とルーラーの背後に突如現れた、”黒”のアサシンは、あどけない声で言う。「でも、わたしたちがどうしようが、勝手でしょう?」

 

 彼女はナイフを構え、宝具の真名を呟く。

 その名は──聖母解体(マリア・ザ・リッパー)。”黒”のアサシンの真名は、斬り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)。言わずもがな、世界で一番有名な殺人鬼だ。

 その正体は、ロンドンの娼婦たちが堕胎した子供達の、霊の集合体である。そういった子供達は、そういった地獄で生まれ、それに怨みを抱いた。──それらが集まったものが、”黒”のアサシンの宝具である。

 

聖母解体(マリア・ザ・リッパー)!」

 

 ”黒”のアサシンのナイフが、ルーラーへと向かって振るわれる。

 ルーラーは咄嗟に旗を構え、”黒”のアサシンよりも数瞬ばかり遅れて宝具を発動する。

 その宝具こそは、彼女の祈りが絶対的な守護へと昇華したものであり、その旗はありとあらゆる呪いを跳ね除ける。

 ”黒”のアサシンはナイフを振るう。月明かりを反射した時の、一瞬のきらめきに混じって、漆黒の怨念とでもいうべき物体がナイフを纏い、ルーラーへと襲いかかる。

 ナイフの切っ先がルーラーへと届く、まさに紙一重の差で彼女の宝具も発動された。その我が神はここにありて(リュミノジテエテルネッル)は”黒”のアサシンのナイフを防御したが、呪いまでは完全に防ぐ事ができずに、呪いはルーラーの肉体を蝕んだ。

 

「何で?」と”黒”のアサシンは首を傾げる。「何で、死なないの? ……そっか。その旗と、確か対魔力だったっけ?それのせいだね」

「ええ」とルーラーは吐き出した血を拭いながら答える。「その通りです」

 

 彼女は言葉を続けようとしたが、それと同時に”黒”のアサシンの呟きを耳にし、咄嗟に旗を”黒”のアサシンへと振るう。

 その攻撃は回避され、”黒”のアサシンは霧の中へと消えていった。

 

「待ちなさい!」とルーラーは叫ぶ。「”黒”のアサシン! その様な事は、私が許しません!」

 

 彼女の焦りの原因というのは、”黒”のアサシンの呟きにあった。その言葉というのは、次のようなものだった。

 

「そっか、通じないなら仕方がないね。……今日は、魔力を使っちゃったから、もっともっと、一杯、手当たり次第にたべよう」

 

 その無差別殺人の宣言が、ルーラーを慌てさせていた。

 しばらくすると、霧の向こうから物音がしたと思ったら、それはすぐに鳴り止んだ。それから暫くして、心臓の無くなった警官の死体が発見された。物音というのは、その警官が倒れた音であった。

 ルーラーは”黒”のアサシンの凶行を制止すべく駆け出した。

 暫く移動すると、道の端に足の健あたりを切断され、呻き声を上げながら倒れている子供が発見された。ルーラーはその子供へと駆け寄り、その体を抱きかかえて容態を確認する。

 

「ねえ」とどこからともなく、”黒”のアサシンの声が響き渡る。「その子、どうしよっか?」

「何が目的なのです……?」とルーラーは虚空を睨み付けて言う。

 ふと見ると、道端には彼女が抱きかかえている子供だけではなく、老人や青年、婦人といった、様々な年代の、様々な性別の人間が、体のどこかしらを痛めつけられ、呻き声を上げたり、泣き叫んだりしながら倒れていた。

 この光景の製作者は、ルーラーへと「わたしたちの要求に従わないと、皆殺しにする」といったようなメッセージを送信していた。

 

「答えなさい! ”黒”のアサシン!」とルーラーは叫ぶ。

「そうだね」と”黒”のアサシンは言う。「まずは、その旗を地面に置いて」

 

 ルーラーは”黒”のアサシンの言葉に従った。

 

「それと、ルーラーは、令呪を持っているんだったけ?」

「ええ、私には2回令呪を行使する権限を所持しています」

「そっか。それは危ないね……どうしようかな?」

 

 ”黒”のアサシンは一瞬思考する。そのわずかな時間をルーラーは見逃さず、ルーラーとしての権限を素早く発動する。

 ──スキル、神明裁決。

 ルーラーは2角の令呪を用いて、「自決しなさい」といったような事を、”黒”のアサシンへと命じた。

 その命令が、ルーラーとして、そしてキリストを信仰するものとして、正しいものであったかどうかを、彼女は考えた。が、彼女は啓示と自分の意思と判断に従うがままに行動した。

 

「”黒”のアサシン!」と彼女は叫ぶ。「貴女はやり過ぎました! 神秘を、証拠を隠匿するのならばともかく、今までの行動、そしてそれを続けていれば、いずれ聖杯対戦乃至神秘が漏洩すると私は判断しました。

 故に、ペナルティを与えます。ルーラーとしては少々行きすぎた、少々出しゃばり過ぎた行ではあるかもしれませんが、私はこのままでは聖杯大戦及び神秘が漏洩すると判断しました」

 

 ”黒”のアサシンは、自分の喉にナイフを突き立てようとしたが、それは彼女のマスターである六道玲霞の令呪によって相殺された。

 それを見越していたルーラーは、”黒”のアサシンが先ほどの行動をしている間に、素早く旗を拾い、ルーラーとしての鋭利な感覚を存分に発揮し、素早く”黒”のアサシンへと攻撃する。

 旗の先端に取り付けられている槍が、”黒”のアサシンの胸へと迫るが、”黒”のアサシンは体を捻り、霊核がある場所には刺さらず、その代わりに肩へとルーラーの攻撃が突き刺さった。

 ルーラーはすぐさま2回目の攻撃を加えるべく、旗をふるった。2度目は腹を切り裂いた。

 ”黒”のアサシンは素早く後退し、ルーラーから逃げ出そうとした。しかし、ルーラーはさせまいと”黒”のアサシンを追い掛ける。

 ”黒”のアサシンは逃げ出す途中で、ナイフやメスといった武器を、追跡者へと、凄まじい速さと正確さを持って投げつける。それらは、振るわれる旗によって弾き飛ばされる。

 そういったことが、曲がりくねった路地裏だとか、大通りだとかの、様々な場所に移動しながら繰り返された。そうしている内に、ルーラーの中に存在する、”黒”のアサシンについての記憶が徐々に朧げなものになっていく。しかし、彼女は経験と勘とを頼りにしながら、”黒”のアサシンを追跡し続けた。

 ”黒”のアサシンはとうとう観念したのか、立ち止まる。

 

「”黒”のアサシン」とルーラーは呼び掛ける。

 

 霧は先ほどよりも一層濃くなり、その中に孕んでいる毒性も幾ばかりか強いものになっていた。それでも、ルーラーは対魔力によってそれらを無効化する。

 霧の向こうにぼんやりと浮かんでいる人影は、ゆっくりとルーラーへと歩み寄る。

 ルーラーは警戒し、身構える。

 人影の姿が鮮明に確認できる程の距離になると、彼女は驚きと共に、小さく声を漏らす。というのは、その姿は”黒”のアサシンのものではなく、寝間着を羽織った、まだ10もいかない幼い少女のものだったからだ。しかも、全身を致命傷にならない程度、それこそ自力で歩ける程度に斬り裂かれていた。これこそは、まさに”黒”のアサシンの仕業に違いなかった。

 少女は涙を流し、怯えたように小さく震えながら、たどたどしい足運びでルーラーへと近づく。

 そういった少女の姿は、ルーラーを刹那よりも多くの間驚かせた。

 そういった僅かな時間を狙った”黒”のアサシンは、始めと同じ様に、ルーラーの背後にこっそりと忍び寄る。

 

「此よりは地獄。わたしたちは炎、雨、力──」

 

 ”黒”のアサシンの宝具の発動条件である夜と霧と女の3つは、完璧に揃っており、そのうえ、先ほどとは違い、ルーラーが旗を手に取るよりも、”黒”のアサシンのナイフが届く方が速いと、宝具による攻撃が完全に成立するには余りにも確実な状況となっていた。

 斯くして、この夜、サーヴァントに対する、ジャック・ザ・リッパーによる殺人は行われた。

 この夜、”黒”のアサシンの霊核は、より強靭な物に、より確実な物となった。

 

おかあさん、(マスター)帰ったらほめてくれるかな? サーヴァントをころしたって」と殺人鬼は微笑みながら、この夜、彼女のナイフに触れた哀れな犠牲者達の心臓を、次々と食しながら言った。

 

 

 死霊魔術師と黒魔術師は、まさに一進一退というべき戦いを行っていた。

 獅子劫の肉体は、黒魔術ならではの、その肉体と魂を激痛という呪いで蝕まれており、少し動くだけでも、全身を激しい激痛が襲う。

 一方、セレニケもまた、獅子劫の、通常の黒魔術師とは全く違った戦闘スタイルによって、その不慣れな相手によって、少しずつ、全身に傷を負っており、今や、衣服の殆どは敗れ落ちたか、彼女の肉体から滴り落ちる血液に染められたかのどちらかであり、今や服というべきものの原型は保っておられず、強いて言うならば、彼女の血液が赤いドレスとなり、彼女の全身をまとっていた。

 

「クソ……」と獅子劫は痛みを堪えるかのように歯ぎしりをしながら呟く。「このままだと、千日手或いはどちらかの限界が来て、倒れるかだな。……尤も、その限界というのは、俺の方が先になりそうだが」

 

 怒りという感情というのは、思ったよりも強いものであり、冷静さとか理性を失う代わりに、強烈な力をその身にもたらす感情だ。

 つまり、セレニケは”黒”のライダーを失った事により、”赤”に対する強烈な怒りを抱いている。それによって、本来ならばとっくに倒れていてもおかしくない状況になっても、その怒りという、不屈の意志によって立ち続けているのであった。

 

「ほら、ほら!」とセレニケはもはや獣だとか、一種の狂人に近い、攻撃的な笑顔とでもいうべき絵顏で言った。「さっさと死にさないよ! このクソ野郎!」

「お断りだね。お前さんこそ、さっさと死にやがれ。イカレキチ野郎が!」

 

 と獅子劫は咆哮にも近い叫び声をあげながら、銃の引き金を引く。

 轟音と火花が発生したと思ったら、銃弾はセレニケへと着弾した。獅子劫の正確無比な射撃によって発車された弾丸は、セレニケの胸、つまりは心臓がある部分に一寸の狙いもなく命中していた。

 しかし、彼女はなんら動揺する様な様子は見せず、それどころか更に興奮や殺意といった感情が高まったようにも見えた。彼女は5寸釘を数本獅子劫へと投げつける。

 獅子劫は、とっさにそれらを躱したが、その内の一本は、彼の肩へと突き刺さった。

 尋常ではない、神経とか、痛覚とかを直接握り、引きちぎられたかのような痛みが、獅子劫の肩から全身へと襲う。

 獅子劫はやはり苦痛にもがききながら、

 

「畜生が!」と呟く。「サーヴァントを失ったマスターなんざ、相手にする必要な無えが、厄介なことに、こういった手合いは、どこまでもしつこく追いかけてくるから、早めに始末するのが一番だ。

 が、思ったよりもしぶとい……判断を誤ったか。今は、アイツの攻撃に含められている、『気絶する事ができない呪い』に感謝するべきか」

 

 獅子劫は全身の力を振り絞り、懐から煙幕を取り出す。

 セレニケが獅子劫の姿を、煙によって見失っているうちに、彼は痛覚によってうまく動かない肉体を、一生懸命動かし、その場から素早く逃れる。

 彼の今までの経験が、こういった仕業を容易なものとしていた。

 煙幕が晴れた。

 セレニケは瞬時に状況を理解し、怒りをより一層激しく燃え上がらせ、廊下を移動し、途中にある扉を破壊し、その部屋の中の家具といったものも全て破壊し、獅子劫の姿を捜索する。

 途中ですれ違ったホムンクルスの生命も、とてつもない素早さで、ちょうど八つ当たりで、部屋に置いてある物を蹴り飛ばすかのように奪い取っていった。

 そういった、彼女の、破壊神シヴァもかくやという暴虐ぶりに、見事に気配と姿を隠していた獅子劫はわずかに身震いした。

 セレニケはそういった暴威と、傷付いた体から血液を流しながら、城内を移動していた。その姿は、まさに抗いようのない、理不尽な、竜巻や地震といった災害のようだった。

 

「おや!」と天草四郎時貞は言う。「これはこれは。どうやらユグドミレニアの魔術師のようですね……そういった傷を見るところ、獅子劫さんの仕業でしょうか?」

 

 彼とセレニケは廊下の曲がり角で、ばったりと出会った。

 セレニケは天草四郎時貞の言葉には答えずに、彼に向かって攻撃をする。それは、ガンマンが、ホルダーから銃を抜くかのように、とても素早く、正確だった。

 しかし、天草四郎時貞もまた、ビリー・ザ・キッドにも負けず劣らずの素早さで、──それこそセレニケよりも早く──黒鍵を抜き、それを彼女の心臓めがけて突き刺した。

 セレニケはまさに悪魔の悲鳴とでもいうべき叫び声を挙げて、地面に倒れ伏した。

 

「さて」と天草四郎時貞はのんびりとした様子で言う。「ここらにダーニックはいない様ですね……おや?」

 

 ”赤”のアサシンより通信を受け取った彼は、小さく、それこそ聖人が浮かべるとは思えない様な、邪悪にも近い微笑みを、一瞬だけ浮かべた。

 その理由というのは、今回の聖杯大戦にて召喚されたルーラーが、”黒”のアサシンによって殺害されたからだ。

 彼はそういった知らせを受け取って、肩の荷が下りた事に一瞬力を抜く。

 

「よう」と先ほどまで身を隠し、事のあらましを眺めていた獅子劫は、天草四郎時貞の前に姿を現して、言う。「さっきのは見事な攻撃だったぜ。神父さん。で、ダーニックがどうこうと呟いていたみたいだが、どうしたのか?」

「それはどうも。大したことはありませんよ」と天草四郎時貞は頭を小さく下げて言う。「それで、私は先程までダーニックと戦っていたのですが、彼はどうやら、この城を逃げ回っているようでして……こうして、あちこちを彷徨いて探しているんですよ」

 

 ダーニックの逃走とも取れる戦い方というのは、実に見事なもので、城の中の魔術的なものから、物理的な物の罠という罠を駆使し、ルーラーである彼に目くらましを仕掛けながら、あちこちを移動していた。

 そして完全に見逃した彼は、先ほどのような行動を取っていたのだった。

 こういった事を聞いた獅子劫に、一つの懸念が浮かび上がる。

 

「まずい!あいつが危ないかもしれないな……!」

「あいつというのは、アーチャーのマスターの事でしょうか?」

「ああ、その通り。もしも、ダーニックがあいつと出くわしたら、恐らく戦闘になるだろう。俺は、依頼主から、泉の生命を守るように言われているんだが……!」

「なるほど」と神父は頷き、獅子劫の言葉を引き継ぐ。「もしかしたら、殺されるかもしれません。相手は腐ってもロード、つまり、魔術の腕もかなり()()

 

 両者は自分達が何をすべきなのかを、即座に理解し、泉乃至ダーニックを捜索する。

 彼らの懸念は、正解であった。

 城内を移動していた泉と、ダーニックは、廊下にて出会った。

 

「おっと」と泉は言う。「ダーニックか、あの神父さんはどうしたのかな?」

 

 その言葉にダーニックは答えず、魔術師らしい、素早い判断と、冷酷さで泉を攻撃する。

 

「やれやれ! 無視するの? 質問にはちゃんと答えましょう! そういうわけで、君にはペナルティー!」

 

 泉の命令によって、天井裏や壁に潜んでいた水銀は、凄まじい速さで、ダーニックへと襲いかかった。それだけではなく、フィオレとの戦闘で生き残っていた虫達も、ダーニックへと襲いかかる。

 ダーニックは、それらに暫くの間抵抗していたが、やがて水銀による致命的な一撃を受け、倒れた。

 

「びっくりした!」と泉は呟く。「まさかダーニックと出会うなんてね。ま、それはともかく、これで残りの”黒”はアサシンのみになった訳だ。

 さて、ここから先は、ひっそりと姿を潜ませて、こそこそ小細工をさせてもらおうかな。

 そして、事が済んだら、”赤”には阿鼻叫喚をプレゼント! 僕とアーチャーは幸せになるっていう寸法さ!」

 

 泉は暫くの間どうするべきか悩み、水銀や虫、その他の魔術を使って、己の肉体を傷つける。

 そして、倒れて動かなくなったダーニックの首を切断し、側にいたホムンクルスに、

 

「ねえ」と言いった。「そこの君。残りのホムンクルスを一箇所に集めてくれないかな? この通り、君たちの主の首は、僕が取った。

 だから、君たちの主人は、僕となる。だから、主人のはじめの命令だ。ホムンクルスを一箇所に集めるようにして。あ、場所は……そう。培養室がいいかな」

 

 ホムンクルスはすぐさま、彼の命令を実行に移した。

 そうして、10、15分ばかりで、ユグドミレニアが鋳造したホムンクルス達は、自らが産まれた場所へと集まった。

 彼らは培養室と同時に、魔力の供給槽も兼ねられている、それなりに広い部屋へと、詰め込まれる様に集まっていた。

 泉は、彼らホムンクルス達の中心に立ち、ざわめく彼らを静かにさせ、黄金の、眩い光を放つ杯を取り出す。

 

「聖杯だと!」と先ほど泉に命令されたホムンクルスが呟く。

「そうさ!」と泉は言う。「これは、亜種聖杯戦争にて、僕が勝ち取り、時計塔の権力とかに屈しないで、ずっと手元に置いておいたのさ! さて」と泉は自慢する様な素振りから、冷酷な表情へと切り替わって続ける。「君達には、この器に捧ぐ魔力になってもらおう! 安心していい。ついさっき、魔力供給の接続先を、この聖杯に繋げた。さあ! 聖杯に召されろ! ホムンクルス共!」

 

 聖杯がより一層強い光を放ったと思ったら、その場にいたホムンクルス達は、抵抗する間も無く次々に倒れていき、魂や魔力といった物質のない、ただの抜け殻となっていった。

 残ったのは、魔力の接続先を行っていない、戦闘用のホムンクルスや召使として扱われている者達のみであった。その内の一体が、

 

「貴様!」と叫ぶ。「何故、こんな事をする?」

「何故? 不思議な事を聞くね。君達は、ただの道具でしょう? だったら、どんな風に扱っても、文句は無いよね?

 どうせ、君達はサーヴァントに殺されるか、聖杯の糧になるかのどっちかでしょう?」

 

 そういった泉の言葉に、ホムンクルス達は各々武器を構える。しかし、そういった彼らを制止するホムンクルスがいた。

 それは、先ほど泉の命令を実行した、あのホムンクルスだった。

 

「皆、聞いてくれ!」と彼は、この場にいるホムンクルス達の、心奥まで突き刺さるような、まさに言葉の剣とでもいうような演説を行う。「そいつの、”赤”のアーチャーのマスターの言う通りだ。俺は、実際に、あのダーニックが無残にも、抵抗しようにも、彼に傷一つ負わせる事なく、一方的な攻撃によって殺されたのを確かに見た! その証拠として、彼の手にぶら下がっている、ダーニックの頭を見ろ! それこそが、ダーニックが討ち取られたという、絶対的な証拠だ!

 彼の言う通りだ。彼に、抵抗しても我々はあっという間にやられてしまうだろう。よしんば生き延びたとしても、これから先、どうするのだ?

 我々を造ったユグドミレニアの魔術師達は、もう居ない。身寄りもない我々は、この先どうすればいいのだ?どの様に生活すればいい? どの様に就職すればいい?

 生き延びても、どうせ、我々は時計塔の魔術師達に処分されるだろう。

 生き延びても、我々ホムンクルスの寿命は短い。持って1月乃至それよりも短いだろう。我々は、そういう風に造られている。それは何故か? 我々は、人間の命令を聞く、単なる道具だからだ!

 そして、道具ならば、道具として生を終えようでは無いか! それが、我々にとっての、道具にとっての誇りだ!」

 

 そういった彼の演説は、確かにホムンクルス達の心を激しく揺さぶり、そして生き延びる方法は無いという、真実を彼らの心奥に深く突き刺した。

 そして、彼の言葉に、ホムンクルス達は次々と賛同の言葉をあげ、聖杯へと自らの魔力を次々と繋げる。

 

「さあ!」と見事な演説をしたホムンクルスは言う。「一思いにやってくれ! ”赤”の魔術師よ!」

「オッケー!」と泉は機嫌よく言う。「見事だったよ! 君は、実に自らの役目というのを、よく理解している!

 さあ、聖杯! 吸い取れ! 魔力を一滴も残さずに!」

 

 泉が聖杯を掲げると、ホムンクルス達は次々に倒れていく。そして、この部屋にいる全てのホムンクルス達が倒れると、聖杯の輝きはかなりのものとなっており、その中に膨大な魔力が収まっていることを証明していた。

 

「ギリギリだったか」と泉は言う。「この聖杯に収まる魔力の、まさにギリギリまで魔力が貯まった。これ以上貯めると、限界になって、爆発するだろうね……そうならないように、注意しないと!

 さて、そろそろ皆と合流するかな。これ以上この城にいる理由も無いしね」

 

 泉は踵を返して、ドアのノブに手を掛ける。

 そのとき、背後で物音が聞こえ、振り向く。

 その物音の正体というのは、倒れ伏したホムンクルス達の肉を、目ざとく、素早く嗅ぎ付けて、漁りに来たネズミや虫のものであった。ネズミが、ホムンクルスの上をウロウロと歩き回っていた。

 泉はドアを開け、他の”赤”の魔術師達と合流すべく移動する。

 そして、彼は他の魔術師達と合流した。

 獅子劫は泉を見つけると、ダーニックについて問いかけてきた。そこで泉は、

 

「ああ! それなら、間違いなく僕が殺したよ」と自ら傷付けた体を見せつけながら、泉しか知りようのない事実を、虚偽の中に埋め込みながら言った。

 彼の実に考えられた、巧妙な話術に獅子劫は、少し眉をひそめながらも、すっかりと騙されてしまった。あの天草四郎時貞も同様に、騙されたふりをしながらも、泉のことを注意深く観察した。

 

「それよりも」と泉は獅子劫へと言う。「君の方が僕なんかよりも、よっぽど重症なんじゃないの? そんなに血を流して。ホラービデオに出演できそうだね」

「ほっとけ」と獅子劫は言う。「この程度の怪我、まあ痛てえが、慣れてはいるさ。治癒の魔術と薬を使って、少し休めばどうということはない。

 それよりも、これで残りの”黒”のサーヴァントは、アサシンのみだろうな。誰かが、こっそりと倒していない限りだが」

「それならば心配いりませんよ」と神父は言う。「つい先ほど、”赤”のアサシンより連絡がありました、霊基盤を確認したところ、サーヴァントが一体、あの戦場とは別の所で消滅したと」

「へえ!」と泉は顔を綻ばせながら言う。「だったら、倒したの? ”黒”のアサシンを。状況的に考えると、倒したのはルーラーかな?」

「いいえ。非常に残念ですが、消滅したのはルーラーの方であり、”黒”のアサシンは生き延びています」

 

 そういった、泉にとっては凶報そのものの言葉を聞き、彼は内心で激しくルーラーを罵倒する。

 泉は少しの動揺も表に見せずに、

 

「で」とマスター達に問いかける。「これで、”黒”はアサシンだけになったんだけれど、誰が倒しに行くの? あ、ちなみに、僕とアーチャーは無理だよ。色々と用事があるからね」

「そうですか」と天草四郎時貞は言う。「では、そちらの”赤”のセイバーが倒しに行くのはどうでしょうか?ああ、ついでにライダーかランサーも一緒に行かせますか。そうすれば、より確実に倒せるでしょうし」

「いいや」と獅子劫は首を振る。「セイバー1人だけでいいだろう。アイツは、前にアサシンと戦っていてな。それで倒しきれなかったのを、しゃくに思っているようだ」

「そうですか。では、そのようにしましょう。サーヴァントの状況を見極めて、そちらのタイミングで、討伐に出てください」

 

 獅子劫は少しの間、”赤”のセイバーと通信をとった。

 彼女からは、「今すぐ戦いに行こうぜ! マスター!」といったような回答があり、獅子劫は泉と神父と別れ、セイバーと合流することにした。

 その後、神父と泉もまた別れ、神父は”赤”のキャスターと合流し、空中庭園へと戻っていった。そして彼は、

 

「ランサー」と”赤”のランサーへと言う。「鎧を失ったようですが、まだ戦えますか?」

「当然だ」と”赤”のランサーは答える。「オレは、まだ戦える」

「そうですか。では、”赤”のセイバーが”黒”のアサシンを倒しに行きました。が、()()()の事があってはいけないので、こっそりと彼らを尾行してやってください」

「承知した」と”赤”のランサーは頷き、”赤”のセイバーと獅子劫2人に気づかれないような距離、気づかれないような場所に潜みながら、彼らを追跡した。

 

「さてさて!」と”赤”のキャスターは言う。「間も無く”黒”のアサシンも倒されるでしょう! つまり、そろそろ始めますかな? マスター! 我輩の方は、いつでも準備万端ですぞ! "黒”のキャスターの工房に乗り込んだ時に、執筆を終わらせましたからな!」

「そうですね」と天草四郎時貞は頷く。「始めましょう。()の願いを叶える儀式を。世界を幸福に染める儀式を!」

 




泉&シロウ「曲がり角でバッタリ出会った貴女を殺しちゃいました✩」

ダーニック&セレニケ「解せぬ」

ちなみに、今回のダーニックVS泉は、あっさりと終わっていますが、本来ならばダーニックが様々な魔術を使って、激しい戦いを繰り広げています。が、描写しようにも、ダーニックさん、原作でどんな魔術を使うかあまり描写されていないのでカットしました。



というか、その場その場で書きたいものを書いているので、時系列が前後


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偉大なる作家とカバラの魔術師






 ”赤”のキャスターが、”黒”のキャスターの工房に乗り込み、不安げなロシェをよそに、彼ら二人の魔術師はしばらく会話を繰り広げていた。そして、その会話は数分もすると決着がついた。

 ”黒”のキャスターは、ゴーレムを制作するための工房の隅に置かれている机の上に広げられた、ゴーレムを作るにあたって、緻密なまでに描いた図面だとか、それを描くのに使った物差し、コンパスと言ったものを無造作に払いのけ、”赤”のキャスターに椅子をすすめる。

 

「いやはや、これはどうもどうも!」と”赤”のキャスターはその椅子に座り、懐から紙とペンを取り出した。「申し訳ありませんね。作家というのは、紙とペンさえあればどこでも物語を書けますが、机というやつは、あるに越したことはないので」

「いいや、構わないとも」と”黒”のキャスターは表情の読み取れぬ仮面の下から言う。「僕の工房というのは、ゴーレムを作るためだけにある。それでも、机と椅子の一つをゴーレムの制作とは何ら関係ない事に使われても、べつだん構わないさ」

「それはそれは! 私はどうやら重ねて礼を言わなければならないようだ! どうにも、同時にやることが多いのでね。やれやれ……全く! 畜生! 締め切りはあと1、2時間あるかどうか! それまでに、私は物語を書き上げる。”黒”のキャスターを倒す。いやはや、なんともまぁ、やることが多い!」

「先生、いいのですか?」とロシェは叫ぶように、”黒”のキャスターに問いかける。「あのキャスター、先生を倒すとか言っていますけれど! 放っておいてもいいのですか?」

「構わないさ。それに、あのサーヴァント曰く、自己保存というスキルがあるそうだ。ロシェも説明を聞いただろう? ここに来るまでに、彼は、ゴーレムとホムンクルスの警備をすり抜けた。それも、戦わずして。それも、こちら側の攻撃のことごとくを回避して。

 あのサーヴァントに、僕たちの攻撃は通じない。幸い、彼自身にも戦闘能力もないようだし……戦おうにしても、お互い何もできないだろう」

 

 そういった”黒”のキャスターの言葉に、ロシェは頷く。

 サーヴァントは、ゴーレムを製造する作業に戻った。その弟子も、師のあとに続いていった。しかし、そういった彼らを、”赤”のキャスターは引き止め、髭を撫でながら、それでいて利き手では原稿の上にペンを走らせながら言った。

 

「お二人共、確かに私自身に戦う力はありませんとも。そう。()()()()()ね」

「何が言いたい?」と”黒”のキャスターは、感情のこもらない声で言った。「僕は、無駄なことは嫌いなんだ。そして無駄話もあまり好きじゃない」

「それはそれは。かくいう私は無駄話が大好きですとも! まあ、それはともかく、こういうことですよ」

 

 と”赤”のキャスターが指を鳴らすと同時に、”黒”のキャスターとロシェの正面に、あの”黒”のセイバーと全く同じ姿形をした人物が床に落ちた、”赤”のキャスターの影から湧き上がる形で現れた。

 彼は剣を構えた。その剣というのも、漆黒の大剣、バルムンクと全く同じものであった。

 それにロシェは慌てるが、彼の師はそれを諌め、冷静、それでいて鋭い観察眼で”黒”のセイバーを見、

 

「慌てることはないよ。ロシェ。そこにいる”黒”のセイバーは、本人ではない。全くの偽物だ。ほら、君もマスターならばわかるだろう? ステータスが見えないはずだ」

「え?」とロシェは言った。「あ、本当だ……」

「彼は、私の劇団です。とはいえども、即席のものですが」と”赤”のキャスターは、そういった彼らの動向を観察しながら言った。「確かに、戦闘能力はサーヴァントは愚か、魔術師にも劣ります。所詮はただの幻影。『人の一生は歩き回る影法師、哀れな役者にすぎない』ですからな!」

 

 ”黒”のキャスターは工房内に置かれているゴーレムのうち一体を起動させ、その幻影を攻撃した。

 すると、その幻影というのは、断末魔を上げながらも消えていった。

 

「なるほど」と”黒”のキャスターは頷いた。「確かにそのようだ。しかし、コレの本来の役目は戦闘ではない。おおかた、かく乱と精神攻撃にでも使うのが、本当の使い方なのだろう? やれやれ。害がないとは思っていたが、そうではないようだ。何がお望みだい?」

「いえいえ。少々インタビューに付き合っていただければ」

 

 ”黒”のキャスターは小さく、それでいてうんざりしたかのように溜息をつきながら、次のようなことを呟いた。

 

「どうやら、失敗したかもしれない。まあ、いいだろう。宝具の起動も、そう急ぐものではないし、何よりも炉心が見つかっていないのだし……そもそも、未知のサーヴァントに対して、こうした行いは軽率としか言えなかっただろう」

 

 彼はやはり憂鬱そうに、これまでの行い、これまで行われた脳内の計算が間違っていたことを激しく後悔した。

 ”赤”のキャスターは、己の話術によって”黒”のキャスターとそのマスターを、さながら蟻地獄の如く深淵に引きずり込むための言葉、行動を素早く計算しながら席を勧めた。

 ”黒”のキャスターは”赤”のキャスターの対面に座り、ロシェは彼の後ろに立った。

 

「さて」と”赤”のキャスターは相変わらず筆を動かしながら言った。「このように、執筆と同時並行となりますが、ご勘弁ください。何、インタビューとはいっても、私の質問に貴方が数言答えればよろしいだけです」

「そうかい。では、さっさと終わらせよう」

「やれやれ、会話がお嫌いなようだ!」

「お察しの通りだとも。本当ならば、無言と無視を貫いてもいいのだけれど、それだと君はいつまでも、それこそ羽虫のようにまとわりついてきそうだからね」

「ええ、全くですとも。では、第一の質問と行きましょうか。偉大なるカバラの祖。そしてゴーレムマスター殿」

「僕の真名もお見通しのようだね」

 

 そういった会話を繰り広げながら、”赤”のキャスターは彼、ソロモン・ベン・ユダ・イブン・ガビーロールの生前の行い、ゴーレムについて、カバラについて。それらについて事細かく、行動はもちろん、彼の思想といったものについても質問し、”黒”のキャスターはそれらに正直に、都合の悪いところは沈黙と虚偽を持って答えた。

 そういった二人の会話を、ロシェは終始汗を手に握りながら見守っていた。

 彼は、その中で語られる、己の師の思想や行いといった物に、深く感激しながら、”黒”のキャスターへの認識と尊敬を改めて書き換え、更に高い位置に置いた。

 そうして、しばらくの時間が経過した後、”赤”のキャスターは言った。

 

「ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます! では、次が最後の質問とさせていただきましょう。こればかりは、正直に、心の奥から、真摯に答えていただきたいですな」

「いいだろう。それで君の気が済むのなら、そのようにしよう。──尤も、内容次第だが──そして、終わったらこの部屋から出て行ってもらおうか。執筆は別の場所でやってもらおう」

「ええ。そのように。『人間はなんて美しいんでしょう! 素晴らしい新世界!』『無からは何も生まれぬ。もう一度言ってみよ!』貴方は、アダムを創造しようとしている」

「宝具の事を、どこで聞いた?」と”黒”のキャスターは、始めて仮面の下に驚きと怒りとを浮かび上がらせながら言った。「もしも、僕の夢の邪魔をするのならば……」

「どうするのでしょうか?」と”赤”のキャスターは彼の言葉の途中で言った。「ご安心を。私は作家なので、肉体労働、魔術といったものは滅法苦手でございますとも! ここにいるゴーレムはおろか、そこらの石ころですら破壊することはできませんとも! 

 ささ、続きを話させてもらいましょう。貴方は、ソロモン・ベン・ユダ・イブン・ガビーロールは、新世界の果に、何を見るのでしょうか?」

「決まりきったことを。楽園(エデン)だ」

「なるほど、なるほど! では、その楽園において、貴方はどういった夢を見るので?」

「それもまた、決まりきったことだ。楽園(エデン)とは、即ち理想だ。そこでは、血を流すこともなければ、苦痛といった感情すらも存在しない。受難の民は、その楽園、完璧なる世界にて救済される」

「そうですか。そうですか……」と”赤”のキャスターは慇懃そうに目を閉じ、顎に手を当てながら頷いた。しかし、やおら目を開き、口には笑みを浮かびあがらせながら言う。「確かに、それは立派だ! しかし、そんなもの()()()()()()()()! 

 楽園(エデン)の創造。それだけ聞けば大したことだ。しかし、お前はそれを創りだすゴーレムを造るだけと来た! それを造るまでに、様々な障害が立ちふさがり、それらと戦うのならともかく、魔術師の財によってそれすらも行わなかった。──そんなもの、物語としてはクソ面白くもありませんな!」

「愚弄するか?」と”黒”のキャスターは明らかな怒りと殺意を露にした。

 

 偉大なる劇作家は椅子から立ち上がり、手を大げさに広げながら、さながら踊るかのようにその場を歩き回りながら言う。

 

「いいえ。愚弄するつもりはありませんとも。私はただ、『面白くない』と言ったのです。

 なるほど。貴方が原初の人間(アダム)を造る考えに至るまでの人生。その後の、原初の人間(アダム)を造るために捧げた人生。それはさぞや素晴らしかったのでしょう。ですが、完成はしなかった。その時点で、作家としては、ドキュメンタリーとしてはあまり面白くないのですよ。

 また、奇跡的に得た今世においては、宝具という形で、やっとそれを完成させることができる。しかし、しかしだ! その完成までに、茨の道を歩み、材料を集めるための冒険、邪魔をしてくる敵との戦いがなければ面白くない! こうしたわけで。失礼ながら、これは作家としての本能のようなものでして。

 ですがまあ。私個人の仕事は終わりました。そして、もう一つの仕事も終わりました」

 

 と”赤”のキャスターは先程まで書きながら完成させた小説の原稿を手に取りながら言った。

 

「そして、ここから先は更にもう一つの仕事をさせていただきましょう。

 ……即ち、”黒”のキャスターの抹殺です!」

 

 彼がそういった瞬間、魔術師はゴーレムを素早く操り、この工房のゴーレムが”赤”のキャスターへと飛びかかり、拳を激しく床に振り下ろした。

 しかし、”赤”のキャスターはそういった攻撃をすり抜けるかのように、誇り一つ、衣類や肌に付着した様子もなく、別の場所に立っていた。

 

「無駄、と申しましたでしょう? さて、私め作家ではありますものの、同時に役者であります。というわけで、この場は役者として振舞わせていただきましょう!

 すなわち、ペンという武器の代わりに、ハリボテの剣を持ち、原稿という盾の代わりに木の盾を持たせていただきます。……もっとも、これは例えであり、実際にそうするわけではありませんが! 

『天の力ではなくてはと思うことを、人がやってのける場合もある』さあ、ここは楽園(エデン)。様々な花が咲き、動物が駆け、金のリンゴがなる木には、蛇が巻き付いております!」

 

 四方が石の壁に囲まれ、明かりは蝋燭によって照らされ、あちこちに完成品から未完成品のゴーレムが転がっていた工房は、見渡す限りの青々しい草原が広がり、まさに生命の光とでも言うべき太陽の光が降り注ぎ、遠くにひとつの大きな木が見える光景。すなわち聖書に記述されている通りの楽園(エデン)の風景に切り替わった。

 

「これは!」とロシェは驚愕しながら言った。

「落ち着きなさい」と”黒”のキャスターは言った。「先程の”黒”のセイバーと変わらない、ただの幻影だ。……これが、お前の舞台という訳か」

「いえいえ? 滅相もございません! これは確かに、ただの幻覚。ただのまやかしでございます。こんなものが舞台であってたまるか!」

「確かにそうだろう。この風景は、まさに楽園そのものだろう。しかし、これままやかし。ただ醜いこの世界に、楽園の風景を投影しただけにすぎない」と”黒”のキャスターは声を低くしていった。

「おや? 僅かにお怒りのご様子でございますね。それも無理がないでしょう。本物の楽園(エデン)を目指している貴方にとってこの風景というのは、泥団子を見せつけられ、あまつさえそれを顔面に叩きつけられたようなものでしょう! 『もし私たち影法師がお気に召さなければ、こうお考え下さい、そうすればすべて円く納まりましょう──』」

「いいや、考える必要はないし、円く収める必要もないさ。確かに、この風景を見せつけられているというのは、侮辱されたようなものだ。……しかし、君を叩き潰そうにも、ここにゴーレムは無い──ここはあくまでも工房なのだから、ある。しかし、それすらも幻影に塗りつぶされては無いようなものだ──しかし、僕はカバリスト(数字を操るもの)だ。だから、こうした方法で君を殺すとしよう」

「先生!」とロシェは叫んだ。

「大丈夫だとも」と魔術師は答えた。「下がっていなさい」

 

 ロシェは”赤”のキャスターの言う通りにした。

 ”黒”のキャスターは懐からナイフを取り出し、もう一方の手にそれを刺した。手から滴り落ちる血で、彼は凄まじい速度で術式を描いていく。

 その術式というのは、まさしくカバリストらしくありとあらゆる数式で、きわめて倫理的に構成されていた。その数式の意味は、この幻影の消失と、”赤”のキャスターのスキルを超えた、魔術的な攻撃の二つを意味していた。

 

「やれやれ!」と”赤”のキャスターは呟く。「つまらない野次を送りやがって! 役者の言葉は最後まで聞くものだぞ! 『あっという間に終わってしまった』もう少し引き立てをしようと思ったが、お断りだ! 野次を送るような観客はつまみだしてやろう!」

 

 ”黒”のキャスターはあと数言刻むだけで、数式による術式を完成させようとしていた。

 これらのことは僅か1分、僅か30秒にも満たない時間で行われた。

 しかし、その術式の完成よりも早く、彼の周囲を、周囲どころか草原を埋め尽くすほどの大量の人影が囲んでいた。その人影というのは、あのミケランジェロが描いたアダムと同じ姿をしていた。

 そのアダム達は、”黒”のキャスターとロシェを踏み潰すような形で一斉に飛びかかった。

 そして、全ての幻影が消えた頃、周りの風景は元通りの工房のものになっていた。しかし、その傍らにはとっくに消滅した”黒”のキャスターと同じく踏み潰されたロシェの死骸があた。

 

「『──皆様方は今までずっと居眠りをされ、その間にいろいろな幻をご覧になったのだ、と』

 しかし、それにしてもやはり戦闘というのは、私には不可能ですな。『弱きもの、汝の名は女なり』……もっとも、私の場合男性ですが、それでも女性より非力なのですから」

 

 

 

 




 
 ”赤”のキャスターの風景とか、影の幻影については、もうアレです。FGO仕様みたいなアレだと思ってください。……実際、そんな感じの事ができるかどうかは置いといて。

誤字報告、感想などございましたらください。


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オーバーロード

 ”赤”のライダーの肉体にはテティスによって不死という、英雄にとっては実に強力な能力が宿っており、そのうえ凄まじい膂力と、才能と、ケイローンによって与えられた様々な武術や知識が宿っていた。それらは、英雄である彼を構成していた。これらによって、彼はまさに無敵といってもいい程の強力さを誇っていた。

 しかし、今や”黒”のアーチャーによって、星座から放たれた必殺の一射は”赤”のライダーの背から霊格を砕き、そのうえ腹を貫いていた。矢は彼の肉体に刺さったままであった。

 

「ぬかった!」と”赤”のライダーは苦しげに呟く。「まさか、そのような宝具があるとはな。いいや、言い訳はするまい! 今のは、油断した俺が悪いのだから!」

「”赤”のライダーよ。今の攻撃によって、私は紛れもなく霊格を破壊した」と”黒”のアーチャーは警戒を顕にしながら言う。「だが、お前がこうしてすぐに消滅していないのは、根性か……それとも、執念か……それはともかく、こうして消滅していないのならば」と彼は弓に矢を番え、それを”赤”のライダーへと向けて言った。「素早く、それでいて慎重に追い打ちをかけさせていただきます。手負いの獣というやつは、最後に何をするのかわからないのでね」

「なるほどな」と”赤”のライダーは血を手のひらに吐き出しながら、息も切れ切れといった調子で言った。「確かに、貴方は生前、俺に狩りを教えるときにそう言ったな。追い詰められた獣は何をするか分からないと。聖杯によれば、日本とかいう国に『窮鼠猫を噛む』ということわざがあるそうだが、全くそれと同じだ」

 

 彼は戦車を消し、そして馬上槍を構えた。

 その構えに一切の隙といったものは見られず、そしてその目には、今すぐにでも”黒”のアーチャーの首元に噛み付こうといった、実に激しい意志が見て取れた。

 

「さあ、かかってきやがれ! 我が名はアキレウス! 例え、腹を貫かれ、霊格を砕かれた程度で、我が走りを止められると思うなよ!」

 

 まさに威風堂々といった調子で叫びながらも、”赤”のライダーは冷静に自分の体の状態を観察する。

 

(持って、あと数分、いや、十分はいけるか? いいや、そんなことはどうでもいいだろう。俺がやることは、ただ英雄のように暴れるだけだ! そう、やることは生前となんら変わらねえ。それまで、決着を付けようぜ。ケイローン!)

 

 ”黒”のバーサーカーは、耳にするもの全てが恐怖によって体を震わせる、あるいは泡を吹いて倒れるようなおぞましい叫び声をあげながら、”赤”のライダーへと戦鎚(メイス)を振るう。

 僅かに電撃をまとった鎚は、まさに雷霆の如く、素早く、それでいて正確無比に”赤”のライダーの脳天へと振り下ろされた。

 しかし、彼はそれを槍で弾き返した。”黒”のバーサーカーは再び鎚を振るい、”赤”のライダーは再びそれを迎え撃った。そういった攻防が、僅かのうちに数回行われ、”赤”のライダーは”黒”のバーサーカーに違和感を覚えた。

 というのも、彼女の体捌きや、武器の振るい型といったものが、狂化され、理性を失った人物のものではなく、達人といった領域のそれであったからだ。

 

「どういう事だ?」と”赤”のライダーは呟く。「バーサーカーにしては、随分と武芸を身につけているじゃねえか」

「ナ──ォォォォオッ!」

 

 ”黒”のバーサーカーは咆哮し、更なる攻撃を加える。

 そんな彼女の背後にて、”黒”のアーチャーは矢を、彼女の体に当たらないように、それでいて”赤”のライダーを牽制するかのように、正確無比な射撃を次々と行っていた。そういった彼の援護射撃によって、”赤”のライダーは”黒”のバーサーカーに決定的な一撃を与えることができなかった。そして、”黒”のバーサーカーは、援護射撃によって、己に決定的な隙が生じても、そこを攻撃されるような事はなかった。

 

「なるほどな……」と”赤”のライダーは”黒”のバーサーカーと武器をぶつけ合いながら呟く。「これが狙いか! このバーサーカーは、攻撃が激しいものの、防御に徹している。それが意味することは、時間稼ぎだ。俺の肉体の限界によって消滅するのを待っているのだ! 小癪な手を!」

 

 ”赤”のライダーはこれまでよりもより一層力強く槍を振るった。その槍のきっさきは、”黒”のバーサーカーの鎚を大きく弾いた。そして、無防備になったバーサーカーの体を、斜めに槍で切り裂いた。その一瞬の攻撃のうちに、”黒”のアーチャーの矢は、”赤”のライダーの肉体を4回傷つけた。

 しかし、彼は、その攻撃をものとした様子はなかった。

 ”赤”のバーサーカーの肉体からは、オイルとも血とも、どちらともつかない、あるいはその二つが混じりあった液体が流れ出ていた。

 しかし、彼女の闘志は衰えるどころか、ますます激しい炎のように燃え滾り、戦鎚(メイス)の柄を握りしめて構えた。

 

「いいぜ。お前は紛れもない戦士だ!」と”赤”のライダーは言いながら、槍を振るった。それは、彼女に対する、まさに最後の手向けの一撃であった。

 しかし、その槍は、”黒”のアーチャーによって弾かれた。

 

「バーサーカー、その様子ですとまだ戦えると言いたいのですね?」と彼は訪ねた。”黒”のバーサーカーは、小さく唸りながら、頷く事で肯定の意を示した。

「そうですか。では、戦ってください。ですが、貴女に許される攻撃は一撃のみ。それ以上の攻撃を行うと、傷を深めて消滅するでしょう。

 いいですか? 前に私が教えた事を忘れずに。武器の扱い方は教えました。そして、どういった瞬間に、決定的な一撃、つまり切り札を叩き込むかも教えました。そのタイミングは、貴女で判断してください」

「ゥィ……」と彼女は頷いた。

 

「さあ、では行きますよ」と”黒”のアーチャーは、矢と弓とを霊体化させ、パンクラチオンの構えをした。「覚悟してくださいね。”赤”のライダー」

「いいだろう!」と”赤”のライダーは槍を構えた。「”黒”のアーチャー、決着を付けようじゃねえか!」

 

 そして、ギリシャの英雄はぶつかりあった。

 凄まじい速さで迫る槍の切っ先を、”黒”のアーチャーは的確に拳で弾き返し、あるいはいなし、あるいは受け止める事によって防御していた。”赤”のライダーもまた、迫り来る拳を、身をひねったり、矢を叩きつけたりとして回避していた。

 しかし、そういった防御をすり抜けた、お互いの攻撃が、お互いの肉体を徐々に傷つけ合っていた。

 ふたりの戦いというのは、まさに小規模の竜巻にも似たようなものであった。そういった竜巻を、”黒”のバーサーカーは、色の違う両の瞳で眺めていた。

 その目は、2人の動き、とりわけ”赤”のライダーをよく観察し、いつ一撃を加えるかのタイミングを図っていた。

 

「やりますね……」と”黒”のアーチャーは小さく呟いた。(本当ならば、もっと戦っていたいところなのですが、確実に勝利しなければならない。その為、あえて踵ではなく、背を貫いた。霊格を破壊すれば、十分だと思っていたが、その見通しは甘かったようだ。現に、”赤”のライダーは、霊格を破壊されてから数分が経過するというのに、こうして動き回っている。しかし、それでもいずれ力尽きる時が来るはずだ)

 

 ちょうどその時、”黒”のアーチャーの動きが一瞬停止した。

 その理由というのは、フィオレから送られてくる魔力が途切れたからだ。というのも、泉によって、彼のマスターであるフィオレが殺害されたからだ。

 ”黒”のバーサーカーもまた同じく、マスターであるカウレスからの魔力が途切れたのを認識した。

 その瞬間を、”赤”のライダーは決して逃がさず、槍の一撃を”黒”のアーチャーへと加えた。しかし、それと同時に、”黒”のバーサーカーは、”黒”のアーチャーを突き飛ばし、宝具を発動させた。

 その宝具というのは、、磔刑の雷樹(ブラステッドツリー)であった。己のリミッターを完全に解除した”黒”のバーサーカーは、空気を激しく震わせる雷を操り、雷霆として”赤”のライダーへと叩きつけた。

 

「オマエモ、イッショニコイ……」と”黒”のバーサーカーは言った。彼女は、”赤”のライダーの肉体にしがみつき、己の体が焼け焦げるのも構わずに、それどころか、彼と一緒に雷をその身に浴びた。

 しばらくの間、激しい放電は続いた。

 そして残ったのは、果たして”赤”のライダーであった。

 ”黒”のバーサーカーの捨て身の一撃は、”赤”のライダーに傷の一切を付けることなく、彼女は消滅した。

 

「解せねえな」と”赤”のライダーは呟いた。「”黒”のアーチャー。お前ならば、バーサーカーの攻撃が俺に通じないというのは、わかっていただろう? だというのに、何故こうして俺との戦いに参加したんだ?」

「簡単なことですよ」と”黒”のアーチャーは答えた。「私は、マスターと会話をし、約束しました。私は、彼女が差し出した手を握り、勝利を誓いました。

 ですが、いざ貴方と戦うとなると、私はどうしても興奮を抑えきれないでしょう。……例えば、貴方が『一体一、正々堂々とやろうぜ。小細工は無しだ』と誘ったら、私はその誘いに間違いなく乗るでしょう。つまり、バーサーカーは、そういった私に対してのストッパーだったのですよ。正々堂々と戦うことを諦め、持久戦に持ち込む間の」

「なるほどな」と”赤”のライダーは言った。「確かにそれは懸命な判断だと言えるだろう。確かに、俺はこうするつもりだった」と彼は言いながら槍を地面に突き刺した。「さあ、行くぜ! 我が槍、我が信念──宙駆ける星の穂先(ディアトレコーン・アステール・ロンケーイ)!」

 

 ”赤”のライダーが宝具の真名を開放した瞬間、今までの世界は切り取られ、別世界へと切り替わった。

 その槍を中心に世界は構築されており、その世界には”赤”のライダーと”黒”のアーチャーの二人しかいなかった。

 

「これは……」と”黒”のアーチャーは辺りを見回しながら言った。「まさか魔術も扱えるとは。これは固有結界にぞくするものだ」

「ああ、そうさ。こいつはヘクトールのオッサンと戦うために編み出したモンでな。あの野郎、『女神の加護を得ている君と戦うと、オジサンに罰が当たるからなあ』って言いながら逃げてまくっていたからな。一体一で戦うために編み出したんだよ」

「なるほど……それでヘクトールは応じたのですね?」

「ああ。『だったら少しは勝ち目があるかねえ』ってな。ここでは神性だとか、そんなモンはクソもねえ。幸運すらも干渉しねえ。──さあ、一体一、正々堂々といこうぜ?」

「もちろんです」

 

 両者は拳を強く握り、構えた。

 

「”赤”のライダー、我が真名はアキレウス。英雄ペーレスが子なり」

「”黒”のアーチャー、我が真名はケイローン。大神クロノスが子なり」

 

「いざ尋常に……勝負!」と両者は同時に叫んだ。

 

 そしてふたりの英雄はぶつかりあった。彼らの戦い方というのは、非常にシンプルな殴り合いであった。

 こうした戦いは、時間にして数分であった。”赤”のライダーが放った決定的な一撃が、”黒”のアーチャーの肉体を鋭く捉えたのだった。その一撃というのは、まさに”赤”のライダーの全てがこもった一撃であった。

 ケイローンの肉体は崩れ落ちた。

 しかし、アキレウスの肉体もほぼ限界そのものであり、その場に倒れた。彼は、地面を這いずりながら、地面に刺さっている槍を抜いた。その瞬間、世界は元の、森へと戻った。

 

「感謝します……先生」

「感謝するのは、私です。貴方は強かった。……私は、サーヴァントとしては失格ですね。何せ、マスターの願望よりも、こうして出会った弟子と戦うことを優先して考えてしまうのですから……アキレウス。貴方は強かった」

「こうして強くなれたのは、先生。貴方のお蔭です」

「そうですか。ですが、先生と呼ぶのはやめなさい。私と貴方は敵同士。”黒”のアーチャーと呼ぶべきです。……さあ、”赤”のライダー。私の首を取りなさい」

「……できません」

「何故ですか? 私は貴方の一撃によって霊格を砕かれた。私は貴方のように、霊格を砕かれても動き回る事は出来ないのですよ……さあ!」

 

 こうした”黒”のアーチャーの説得により、”赤”のライダーはゆっくりと、血まみれの体で立ち上がり、手に持った槍で”黒”のアーチャーの額を貫いた。

 

「それでいいのです……」と”黒”のアーチャーは呟きながら消滅していった。

 残された”赤”のライダーは、涙を流しながらその場に倒れた。しかし、彼の肉体は、天草四郎時貞の令呪によって空中庭園へと転移され、その場に残ったものは何一つなかった。

 

 

 

 



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時計塔

今回、途中までチャットというか、掲示板形式です。


【聖杯大戦の様子を撮影してみたよ!】

 

1.IZU

 

 という訳で、撮影してみた

 

【サーヴァント達がドンパチしている動画】

 

2.名無しの魔術師

 

 おっ、生きてたか……

 

3.名無しの魔術師

 

 死ぬ方に俺は賭けていたんだがなあ

 

 昼飯は奢りになっちまうな。畜生!

 

4.名無しの魔術師

 

 いやいや、というかさ

 

 ナンダコレ……! ナンダコレ……!

 

5.名無しの魔術師

 

 サーヴァントの力が凄まじいのは知っていたが、ここまでなのか…‥?

 

6・名無しの魔術師

 

 やべえよ……やべえよ……

 

7.名無しの魔術師

 

 何であんなでかいのが浮かんでいるんだ……?

 

 質量的に可能なのか? いや、現代の魔術ではなく、神代の魔術によるものだと考えれば……

 

8.名無しの魔術師

 

 何で剣からビーム? が出ているのか突っ込みたいんだが

 

9.名無しの魔術師

 

 ≫8

 噂によると、アーサー王もビームを出すらしいぞ

 

 しかも、女だとかなんとか

 

10.名無しの魔術師

 

 ≫9

 ちょっと待て

 

 女云々の部分について詳しく

 

11.IZU

 

 ≫10 

 アーサー王は、貧乳金髪騎士だよ

 

12.名無しの魔術師

 

 ≫11

 マジか!? キタコレ! オークでくっころ!

 

13.名無しの魔術師

 

 ≫12

 お前は何もわかっちゃいねえ……!

 

 女騎士といえば、触手に決まってるだろうが!

 

14.名無しの魔術師

 

 お前ら落ち着けW

 

 話題がズレているぞW

 

15.名無しの魔術師

 

 だな。そういう話題はここでやれ

 

 つ【史実では男性だが、サーヴァントとして召喚すると女性だった英霊についてまとめ】

 

16.名無しの魔術師

 

 俺としては、ヴラドが気になるな

 

 杭の攻撃は予想通りとして、まさか吸血鬼になるとはな……

 

17.名無しの魔術師

 

 ぼくはあの鎧騎士!

 

 何、あの子。宝具を解放するときに見えた顔、めっちゃ好みなんだけれど 

 

19.IZU

 

 ≫17

 あ、それはセイバーだね

 

 真名はモードレッド

 

20.名無しの魔術師

 

 ≫19

 マジでか!?

 

 まさかモードレッドまで女とはな……

 

 円卓全員が女の可能性がある? 

 

21.名無しの魔術師

 

 ≫20

 いや、それは無いな

 

 知り合いがアーチャーでトリスタンを召喚したけれど、男だったと聞いた

 

22.名無しの魔術師

 

 チッ! タイムスリップして、円卓ハーレム築こうと思ったのに……

 

23.名無しの魔術師

 

 ≫22

 タイムスリップなんて無理だろW

 

 それは魔法の領域だし、大量の魔力が必要だしなW

 

24.名無しの魔術師

 

 ≫22

 タイムスリップできたとしても、お前じゃあハーレムなんて無理だってのW

 

25.IZU

 

 まあ、モードレッドを女扱いすると、首と胴体がお別れするけれどね!

 

 彼女、女扱いされることが嫌いなんだって

 

26.名無しの魔術師

 

 ≫25

 何だそりゃ……

 

27.名無しの魔術師

 

 なあ、今まで誰も突っ込まなかったけれどさ

 

 ”赤”のランサーの真名がカルナなのはいいけれど、何でタイツなのよ……

 

28.名無しの魔術師

 

 確かにな……鎧はどこにいったんだ? 

 

 いや、あの金色のやつが鎧だとしても、防御力低いというか、防御する部分が少なすぎないか?

 

29.名無しの魔術師

 

 というか、よくカルナなんていう大英雄を召喚できたな。時計塔は

 

30.名無しの魔術師

 

 ≫29

 それな

 

 今のご時世、触媒はクソ高いけど、カルナの触媒っていくらなんだろうな……(遠い目

 

31.名無しの魔術師

 

 というか、他のサーヴァントの真名が気になるな……

 

 現時点でなんとかわかるのは、

 

 ”赤”のセイバー:モードレッド(女騎士)

 ”赤”のランサー:カルナ(タイツ)

 ”赤”のアーチャー:?(泉がマスター)

 ”赤”のライダー:?(戦車に乗っている)

 ”赤”のアサシン:?

 ”赤”のキャスター:?(ナイスガイなオジサン)

 ”赤”のバーサーカー:?

 

 ”黒”のセイバー:ジークフリート(自分から名乗っていた)

 ”黒”のランサー:ヴラド(杭とルーマニアで確定)

 ”黒”のアーチャー:?

 ”黒”のライダー:?

 ”黒”のアサシン:?

 ”黒”のキャスター:?(恐らくゴーレムに関する人物)

 ”黒”のバーサーカー:フランケンシュタイン(前スレで泉が言っていた)

 

 こんなもんか?

 

32.IZU

 

 こっちで補足するよ!

 

 ”赤”のセイバー:モードレッド

 ”赤”のランサー:カルナ

 ”赤”のアーチャー:教えなーい!

 ”赤”のライダー:アキレウス

 ”赤”のアサシン:セミラミス

 ”赤”のキャスター:シェイクスピア

 ”赤”のバーサーカー:スパルタクス(消滅)

 

 ”黒”のセイバー:ジークフリート(消滅)

 ”黒”のランサー:ヴラド(消滅)

 ”黒”のアーチャー:ケイローン(消滅)

 ”黒”のライダー:アストルフォ(消滅)

 ”黒”のアサシン:ジャックザリッパー

 ”黒”のキャスター:アヴィケブロン(消滅)

 ”黒”のバーサーカー:フランケンシュタイン(消滅)

 

 こんなものかな?

 

34.名無しの魔術師

 

 ≫33

 ええ……(白目)

 

35.名無しの魔術師

 

 時計塔陣営が強すぎる()

 

36.名無しの魔術師

 

 というか、よくもまあこんなに凄いサーヴァントを召喚したな……時計塔ェ……

 

 アキレウスとか完全に殺に来てるだろ

 

37.名無しの魔術師

 

 ”黒”の陣営、現時点でアサシンしか残ってねえじゃねえか!

 

38.名無しの魔術師

 

 ユグドミレニア終わったな‥…っていうか、もう終わってる?

 

39.IZU

 

 あ、ユグドミレニアの魔術師というか、マスターはもう全滅しちゃった

 

 残っているのは、”黒”のアサシンとそのマスターだけれど、そのマスターも一般人だったりする

 

40.名無しの魔術師

 

 ≫39

 ええ……一般人って、魔術師ですらないのか……?

 

41.IZU

 

 ≫40

 うん。僕も詳しいことはわからないけれど

 

 ちなみに、召喚したのはちゃんとユグドミレニアの魔術師だけど、その人もサーヴァントに殺された

 

42.名無しの魔術師

 

 ええ……なにやってんの。その人

 

43.名無しの魔術師

 

 ジャックザリッパーって、魔術的視点の史実でみると、ただの悪霊の集合体だったよな?

 

44.名無しの魔術師

 

 ≫43

 そうそう。俺も歴史で習ったな。

 

 確か、ロンドンの娼婦たちが堕胎して殺した子供達の、怨霊の集合体なんだったか

 

 ……ソレ、サーヴァントとして戦えんのか?

 

45.IZU

 

 ≫44

 割と強いよ!

 

 いま、”赤”のセイバーが戦いに行っている

 

 結果はお楽しみだね!

 

46.名無しの魔術師

 

 そういえば、ルーラーはどうなったんだ?

 

47.IZU

 

 ≫46

 死んだよ

 

 ”黒”のアサシンにやられたっぽい

 

48.名無しの魔術師

 

 マジか……

 

49.名無しの魔術師

 

 少し気になったんだが、≫1。お前のサーヴァントは誰かと戦ったのか?

 

50.IZU

 

 ≫49

 うん。ランサーとセイバーと戦ったよ!

 

51.名無しの魔術師

 

 なるほどなー

 

 じゃあ、あのケモミミ娘が≫1のサーヴァントという訳か

 

52.名無しの魔術師

 

 そういや、≫1ってケモミミ娘が好きだったよな……?

 

 …………その子を召喚するために聖杯大戦に行ったのか……?

 

53.名無しの魔術師

 

 ≫52

 いやいやW

 

 流石にないだろW ……ないよな……?

 

54.名無しの魔術師

 

 ありうる、と言えるのが≫1の恐ろしい所だよなぁ……

 

 で、実際どうなんだ?

 

55.IZU

 

 テヘペロ☆

 

 そろそろ落ちるね! 僕も忙しいから!

 

56.名無しの魔術師

 

 オイ! 

 

 ……しかし、どうなるんだかな

 

57.名無しの魔術師

 

 ところで、さっきエルメロイ先生と廊下ですれ違ったんだが、

 

 少し調子が良さそうだった。多分、≫1……泉が生きてたからかな?

 

58.名無しの魔術師

 

 まあ、それもあるだろうな

 

 見たところ、聖杯大戦もそろそろ佳境に入ってきたみたいだから、あと少しで終わるんじゃないのか?

 

59.名無しの魔術師

 

 ≫58

 だな……

 

 それまでに生きていられるかね?

 

60.名無しの魔術師

 

 なあ、もし生きて帰ってきたら、パーティーとかやらないか?

 

61.名無しの魔術師

 

 ≫60

 お、いいな。ソレ

 

 でも、いつもいたずらされているから、仕返しの意味も含めてドッキリとかもいいかな?

 

62.名無しの魔術師

 

 うーむ。とりあえずアレだ

 

 一回集まろうぜ

 

 場所は第12会議室でいいよな?

 

63.名無しの魔術師

 

 ≫62

 おk 

 

64.名無しの魔術師

 

 ≫62

 了解!

 

 

 

 

 泉はスマートフォンの電源を切り、ポケットの中にしまった。

 泉と”赤”のアーチャーは、現地の魔術師を殺害して確保した工房にいた。そして、今彼らがいる部屋には、”赤”のアーチャーが取ってきたゴーレムの破片と、泉が用意した様々な、神秘が宿った道具を使って作り上げた、簡易的な祭壇とでもいったようなものが設置されていた。

 

「さて」と泉は”赤”のアーチャーへと言った。「あと少しで完成かな。セイバーが”黒”のアサシンを倒すのも時間の問題だし、少しだけ寝るとしようか! 戦の前の休息っていうやつだね」

 

 彼のそういった提案に、”赤”のアーチャーは頷いた。

 彼女自身やることもとりわけ無かったので、別の部屋に移動し、その部屋で休息を取ることにした。

 残された泉は、祭壇の中心に拘束されているホムンクルスへと目をやる。彼は魔術によって目を覚ますことなく、衝撃を与えてもずっと眠ったままであった。

 

「何もないホムンクルス……その属性というのは、真っ白なキャンバスのようなものだ。だからこそ、コイツなら、うまくいく可能性が高い。

 何せ、この儀式が上手くいけば、聖杯大戦なんて楽勝だからね! さて」

 

 と泉は最後の仕事に取り掛かった。

 その仕事というのは、数分も経たずに終わった。そして、彼も休息を取ることにし、動く屍となった魔術師に見張りを命じ、ベッドのある部屋へと移動した。

 彼はベッドの上に身を投げた。

 

「あともう少し……そうだ。あともう少しだ。僕の願いが叶うまで。その願いは、あの御三家が作った大聖杯じゃないと駄目なんだ。最後の最後まで、油断も慢心もなく、確実に勝利していく……

 ま、それとは別にアーチャー……アタランテとイチャイチャとかしたかったけれど、少し急ぎ足だったからなあ……ふふ。まあいいか。彼女には、これから頑張ってもらうさ。彼女は強い。ギルガメッシュなんかよりもね」

 

 と泉は言いながら、規則正しい寝息をたて始めた。

 

 

 

 ロード・エルメロイⅡ世は獅子劫からの報告を聞き、己の生徒がまだ生きているということに安堵する。

 しかし、それでも聖杯大戦に関する厄介事の処理は無くなることはなかった。

 

「クソ……!」とエルメロイⅡ世は、事務机に座り、頭を掻き毟りながら呟く。「ユグドミレニアのマスター達は全滅、つまり全員が殺害されたという事だ。こうなっては、マスター、とりわけダーニックにペナルティを直接与えることができない。つまり、他のユグドミレニアの長になるものに、話をしないといけないのだが、その候補であったフィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアも死亡した。

 今、ユグドミレニアは完全な降伏状態にあるが、代表者が誰かはまだ決めあぐねているようだな……無理もない。元々ユグドミレニアというのは、地位の低い、貧弱な一族を吸収し、その勢力を広げていたのだ。つまり、長となるような実力者は非常に限られているという事だ。……こうなっては、話も進まん! ええい、マスターの中でも、一人ぐらいは生かしても良かっただろうに! 

 まあいい。とりあえず、部隊を城の中から、残された物──資料や価値のある道具。それと魔術師の遺体──を回収する部隊と、地元の一般人達に対する処理を行う部隊に分けて……あとはなんだ?」

「随分と忙しいようだな」とライネス・エルメロイ・アーチゾルテは、水銀のメイドを従えながら言った。

 

 その声に、エルメロイⅡ世は顔を上げ、

 

「レディ。いつからそこに? 鍵はかかっていたはずだ」と問いかけた。

「『クソ……!』の部分からだ。鍵は彼女が開けてくれた」とライネスは水銀メイドを指さしながら答えた。「それにしても、本当に忙しそうだな」

 なんでも、教え子の一人が聖杯大戦に参加したんだと?」

「ああ、その通りだ。アイツにはいつも手を焼かされている。それでいて、授業はしっかりと聞くし、成績も優秀だからタチが悪い。頭の悪いいたずら小僧と言うだけならば、とっくに破門しているというのに!」

「それはつまり、マイナスの行いをしても、プラスになるほどの成績を収めているという事だな。いわゆる、天才的な馬鹿、というやつだな」

「全くもってその通りだ!」とエルメロイⅡ世は手を広げた。「まあ、それは置いといてだな。レディ。何の用だ?」

「いやな」とライネスはメイドを指さしながら言った。「最近、コイツの言動が少しおかしいんだ。なにか心当たりはないか、と兄に聞きに来たのだが」

「先生!」と部屋の扉を勢いよく開き、フラットはエルメロイⅡ世のもとへ駆け寄る。「絶対領域マジシャン先生! 泉君が聖杯大戦に参加しているんですって? 何で、ボクにも教えてくれなかったんですか! そんな楽しそうなイベント! 先生、先生! ボク、ゴジラ召喚したいです!」

「この馬鹿者め!」とエルメロイⅡ世は、フラットを突き飛ばしながら言った。「ゴジラが召喚できるわけないだろう! 仮に召喚できたとしても、暴れられたら、被害が凄まじいものになるだろうが! それと、お前に教えなかったのは、お前もこうして参加したい、とか言うからだ! 聖杯大戦どころか、亜種聖杯戦争の参加も認めんぞ!」

「そんなぁ!」とフラットは言った。そして、水銀メイドの姿を認め、彼女に対してこう言った。「あ! トリムマウちゃんだ! 今度、一緒に映画見に行かない?」

「イエッサ!」と水銀メイドは敬礼をして答えた。「了解であります!」

「……コイツだな」とライネスは額に手を当てながら言った。

「そのようだな」とエルメロイⅡ世も、妹と同じような動作をしながら言った。

 

 そして、エルメロイⅡ世は己の弟子に対して、大量に課題を与えた。それに弟子は悲鳴をあげたが、肩を落としながらその課題を行う事にした。

 

 

 



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”黒”のアサシン





 誰しもが夜中の殺人と霧とを恐れ、外を出歩くことのない路地を、”赤”のセイバーと獅子劫は、”黒”のアサシンの奇襲をいつでも対処できるように。警戒心を最大限まで高めながら歩いていた。

 そうしてしばらくの間歩くと、彼らの周囲に霧が立ち込めた。

 その霧というのは、紛れもなく”黒”のアサシンの宝具によるものであった。獅子劫は魔獣の皮をなめして作られたジャケットを脱ぎ、それを口に当てた。そして、彼らはその霧から脱出しようと、その場を全力で駆け出した。しかし、”赤”のセイバーの直感が、その霧の中から脱出するのはほぼ不可能だと囁いていた。

 彼女は足を止めて振り返った。そして剣を構え、

 

「マスター、下がってろ!」と言った。彼女の警戒心は今やこれまでにないほどになっており、あたりの空気の揺らぎや、嗅覚、視覚といったものなど、ありとあらゆる感覚を研ぎ澄まし、”黒”のアサシンの姿を見出そうとしていた。「オレの直感が囁いている! ここで決着を付けた方がいいとな!」

「わかった!」と獅子劫は体を伏せて言った。「セイバー、早めに決着をつけろよ!」

「おうともよ! ……いるんだろう? 出てこいよ! ”黒”のアサシン!」

「いやだよ」と”黒”のアサシンの、幼い声があたりに響く。「わたしたちが姿を現したら、そのおっきな剣でわたしたちをバラバラにするんでしょう?」

「ああ、その通りだ! しかし……」と”赤”のセイバーはあたりに立ち込めた霧を観察した。その霧の濃度というのは、最初に彼女が”黒”のアサシンと戦った時よりも密度が濃く、それでいて毒性や魔力といったものも濃くなっていた。「お前、前よりも力が上がっていねえか?」

「うん! ルーラー? っていうのを食べたんだよ。でも、肉体の方はばらばらにしちゃったら、どこかに消えちゃった」

「そうかよ」と”赤”のセイバーは頷いた。その声こそは冷静そのものであった。しかし、その兜の下には紛れもない憤怒と、侮蔑の感情が見て取れた。

 

 彼女は剣に赤雷を纏わせ、辺りを見回す。

 霧の中に紛れたアサシンというのは、姿はもちろんその気配すらも消してのけるのだった。そういった相手の姿を探すのは、”赤”のセイバーの直感を持ってしても困難を極めた。

 

「クソ!」と彼女は軽く舌打ちをしながら言った。「どこにいやがる? 声は聞こえるが、姿は見えねえ。全く! これだから暗殺者というのはよ! コソコソとしやがって!」

「セイバー!」と獅子劫は右手を見せながら言った。「令呪、いるか? どうせ、”黒”はこれで最後なんだから一角ぐらい使っちまうか?」

「おうよ!」と”赤”のセイバーは言った。「頼むぜ! マスター!」

「そうはさせない……!」そういったやりとりに”黒”のアサシンは素早く反応し、令呪の発動を妨害しようとした。しかし、それが行われるより先に、獅子劫は令呪を発動させた。

 

「令呪を持って命じる! ”赤”のセイバーよ、”黒”のアサシンを倒せ!」

 

 その直後に、霧と闇との向こうから飛来したメスが、獅子劫の手を的確に貫いた。

 

「マスター!」と”赤”のセイバーは叫んだ。

「今更傷のひとつや二つぐらい増えても、どうということはねえよ! とっととやっちまいな!」

「おう!」と”赤”のセイバーは咆哮した。

 

 こうして、令呪のバックアップを存分に受けた彼女は、”黒”のアサシンの位置を正確に見つけ出した。

 ”黒”のアサシンはメスを何本か投擲するが、それらは剣の一振りによって全て弾き飛ばされた。その直後、”赤”のセイバーは一気に”黒”のアサシンが隠れていた屋根の上まで移動し、赤雷を纏わせた剣を一閃する。”黒”のアサシンは、その剣をナイフで迎え撃ったが、そういった斬り合いは僅か2、3回で決着が付いた。すなわち、”赤”のセイバーの剣が、”黒”のアサシンの腕を切り裂いた。

 ”黒”のアサシンはうめき声を立てながら、よろけた。”赤”のセイバーはその、決定的な瞬間を狙い、剣を振り上げた。

 

「じゃあな。”黒”のアサシン」

 

 しかし、”黒”のアサシンのマスターによる、令呪の転移によって”黒”のアサシンはその場から離脱した。

 ”赤”のセイバーの剣の切っ先は、空を切断するだけだった。

 

「畜生! 逃したか」と彼女は忌々しげに言った。「オイ、マスター! すぐに探すぞ!」

 

 獅子劫は頷き、”赤”のセイバーとともに駆け出した。

 霧は既に晴れ、周囲を探索したが、”黒”のアサシンの気配はもちろん、そのマスターの気配も感じ取る事はできなかった。

 

「クソ、マスター。アサシンとか、そのマスターがいる場所に、どこか心当たりは無いのか?」

「いいや、この辺は広いからな。色々な場所がある。つまり、隠れることができるような場所は沢山あるってことだ。むしろ、お前の直感には何か反応が無いのか?」

「いいや、全くだ。……いや、待てよ。これは……そうか! マスター、とっとと行くぞ!」

 

 と”赤”のセイバーは言い、駆け出した。

 

「おい! 唐突にどうしたんだよ?」と獅子劫は彼女の後を追いかけながら問いかけた。

「マスター。お前はさっき、オレに『”黒”のアサシンを倒せ』と令呪で命じただろう? それだよ! それで、直感が強化されているんだ! つまり、大体の場所は、勘でわかる! と思うぜ!」

「思うだけかよ! まあいい。お前に全て任せた!

「任されたぜ!」

 

 こうして、彼らは”赤”のセイバーの直感に頼り、夜の街を駆け出した。

 

 

 

 ”黒”のアサシンのマスターである六道玲霞は、獅子劫と”赤”のセイバーが、”黒”のアサシンと戦っているところを、路地裏から観察しており、己のサーヴァントが追い詰められた瞬間、咄嗟に令呪を発動し、”黒”のアサシンを別の場所に転移させ、その直後に自分もその場から素早く逃げ出したのだった。

 こうした行いは、彼女にとって非常に危険なものではあったが、この聖杯大戦にて召喚されているサーヴァント及びそのマスター全てに勝利するのだから、こうした、運試しにも等しい賭けを行うにはなんら迷いはなかった。そして、彼女は見事”赤”のセイバーと獅子劫に発見されず、その場から逃走するという賭けに勝利したのだった。

 そして、彼女はしばらく移動したあと、”黒”のアサシンと合流し、今の隠れ家へと潜んだ。

 ”黒”のアサシンは、腕に受けた切り傷の痛みによって、辛い表情をしていた。

 

「あら、まあ」と玲霞はそういった状態の”黒”のアサシンを見て、そう呟いた。「大丈夫?」

「うん!」と彼女は頷いた。「でも、少し痛い……」

「それは大変ね。自分で回復はできる?」

「うん。大丈夫だよ」

「そう。じゃあ、少し休もうかしら。ハンバーグもまだ冷蔵庫の中にあるし、食べる?」

「うん! 食べる!」と”黒”のアサシンは微笑みながら言った。

「それじゃあ、少し待っててね……」と玲霞は言い、冷蔵庫から取り出した魔術師の心臓をレンジで温め、”黒”のアサシンの前へと差し出した。それを、彼女は無邪気な様子で食べ始めた。彼女は、それと同時にスキルを使って自分の傷を治療していた。

 

「ねえ。ジャック」と玲霞は言った。「これを食べ終わったら、別の場所へ移動しましょう」

「どうして?」

「さっき、サーヴァントと戦ったでしょう? 明らかに、あの人たちは私たちを探しに来たのよ。つまり、今も探しているに違いないわ。そうなると、この場所もいずれは見つかってしまう」

 

 ”黒”のアサシンは玲霞の言葉を理解し、頷いた。

 

「良い子ね。それじゃあ、行きましょうか。ジャック」と玲霞は立ち上がり、家の外に出た。”黒”のアサシンもそのあとに続いた。

「よう」と”赤”のセイバーは、そんな彼女たちの正面で待ち構えていた。直感に頼った捜索は、果たして功を奏し、彼女は”黒”のアサシンとそのマスターがいる家の正面で、できるだけ気配を消しながら待ち構えていたのだった。「いい夜だな。それはそうと、とっとと死ね!」

「いやだよ」と”黒”のアサシンは言った。

「ねえ、ジャック」と玲霞は相手に聞こえないような、小さな声で問いかけた。「私たちが逃げに徹したら、逃げ切れるかしら?」

「……多分、むりだと思う」と”黒”のアサシンは答えた。

「そう……」と玲華は頷き、どのようにしてこの場を切り抜けるかを、高速で思考した。

 

 ”ジャックがあのサーヴァントと戦ったら、負けるのはジャックでしょうね。だったら、同盟、それか手下になるように交渉する? いいえ。それもまず不可能でしょうね。なぜならば、この戦争では”赤”と”黒”に分かれて戦っている。そして、相手は”赤”のサーヴァント。つまり、相手にとって私たちは殲滅する対象なのだから。

 ……さっきの戦闘で、先制攻撃をしなかったのが痛かったわね……”

 

 ”赤”のセイバーは、”黒”のアサシンを両断すべく剣を振るった。”黒”のアサシンはナイフをもって応戦する。しかし、やはり”黒”のアサシンが劣勢なのは変わりなかった。

 こうして、武器をぶつけ合っているうちに、”黒”のアサシンの肉体に傷が少しずつ増えていった。

 こうした絶望的な状況下において、玲霞はいたって冷静そのものであり、辺りを見回して”赤”のセイバーのマスターがいないかを探していた。だが、獅子劫の姿は見当たらなかった。というのも、彼はサーヴァント同士の戦闘に巻き込まれないように、ないし”黒”のアサシンに狙われないように姿を隠していたのだった。

 

「しょうがないわね」と玲霞は呟いた。そして、祈りを込めて令呪を使用した。しかし、それは獅子劫の狙撃によって妨害された。

 彼は物陰に隠れながらも、玲霞の様子を観察しており、仕留めるタイミングというのを伺っていたのだった。そして、手持ちの銃による中距離の狙撃によって放たれた弾丸は、玲霞の右手を正確に貫いた。

 

「俺の手の仕返しだ」と彼は、銃口から登る煙を息で吹き飛ばしながら言った。

 

 こうした出来事によって、”黒”のアサシンは激しく動揺し、それが致命的なものとなった。すなわち、”赤”のセイバーの一閃によって、その体を切り裂かれた。この攻撃は致命傷であり、霊核を破壊するまでには至らなかったものの、肉体そのものに多大なダメージを与えた。

 

「ジャック……!」と玲霞は呟きながらも、懐に潜ませていた拳銃を取り出した。その銃口は、先程の狙撃によって、隠れている場所を把握した、獅子劫が潜んでいる場所へと向けられていた。

「やめとけ、やめとけ」と”赤”のセイバーは、剣に付いた血液を払いながら言った。「そんな小さな銃じゃあ、オレのマスターがいる場所まで届かねえよ」

「ま、そういうこった。おとなしく諦めるんだな!」と獅子劫は叫んだ。

マスター(おかあさん)……! マスター(おかあさん)!」と”黒”のアサシンは立ち上がった。彼女の肉体の限界はとうに来ていたが、気力によって”赤”のセイバーの前に立ちはだかった。

「邪魔だ。アサシン。お前は、もうすぐに消滅する」

「うるさい……!」と”黒”のアサシンは言いながら、”赤”のセイバーへと襲いかかるが、その行動に力は入っていなかった。

「ジャック、そこまでよ」と玲霞は”黒”のアサシンを宥める様に言った。「私たちはもう助からない。それは、貴女もわかっているでしょう?」

おかあさん(マスター)……」

「ねえ。貴女は私たちをどうするつもりかしら?」と彼女は”赤”のセイバーへと問いかけた。

「あ? 決まっているだろう。殺す。ただそれだけだ」

「そう。だったら、ここまでね。ジャック、ごめんなさい」

「何で、何で」と”黒”のアサシンは倒れながらも、マスターへとはい寄りながらそう言った。「なんであやまるの……? ねえ、いやだよぉ……」”黒”のアサシンはその言葉を最後に、涙を流しながら、それでいてマスターに抱かれながら消えていった。そうして、1人残された玲霞は、銃の引き金に指をかけた。

 彼女は銃口を頭に当て、引き金を引いた。こうした自殺を遂げながらも、彼女、聖母マリアの如き微笑みを浮かべていた。

 

 こうして”黒”のアサシンそのマスターは、聖杯大戦から脱落した。

 獅子劫は事が終わったのを確認し、物陰から出てきた。

 

「何はともあれ、”黒”のアサシンの討伐、お疲れ様だ」と彼は言い、その後玲霞の死体を見ながら、「しかし、まさか自害するとはな……」と呟いた。「まあ、偶にあることだ。この女にとって、”黒”のアサシンは子供だったんだろう。それでいて、それ以外はどうでも良かったんだろうな」

「どういう事だ?」

「あー、なんて言うべきなんだろうな……」と獅子劫は頭を掻きながら言った。「そう……多分だが、この女は何も持たなかったんじゃあないのか? いや、難しいな……」

「いいや、いい」と”赤”のセイバーは頷いた。「大体わかった」

「そうか。さて、これから忙しくなるぞ……何せ、これで”黒”は全滅したんだからな」

 

 

 



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今回は割と適当です。特に後半。Wikiを読んで、ペーストしたような出来です。
そして、前半の方は自分の力が足りない故に、少々わかりづらくなっておりますが、そこは読者の皆様の理解力に賭けます。申し訳ございません。
改善できるようでしたら、後ほど修正するつもりです。




 ──夢を見た。

 

 その夢というのは、どこかノイズがかかっており不鮮明なものであった。しかし、”赤”のアーチャーはその夢を見続ける事を決定した。というのも、この夢は、彼女のマスターの過去であるということを、彼女は感じ取っていたからだ。

 彼女は己のマスターである泉の事を、得体が知れない、不気味な人物といったような印象を抱いていた。だから、こうした機会は、己のマスターという人物を理解するのに絶好の機会という訳だった。

 

 

 彼の人生というのは、この世界に生まれる前から始まっていた。

 というのも、彼には前世の記憶というものが存在していたからだ。どういった運命なのか、その前世と今世において、名前や容姿、それに両親に違いというものは無かった。

 しかし、いくつかの相違点というのはやはり存在していた。そういったものを挙げるとなると多岐に渡るが、最大の相違点となると、彼の家系が魔術を扱う家系であったという所だろうか。

 彼がそういった事に気が付くのは、生まれてから2、3時間ほどであった。

 そのきっかけとなるのは、次のような、両親との会話であった。

 

「この子供は素晴らしい!」と彼の父親は、まだ彼の意識と視覚とか、聴覚といったものが朦朧としていた彼の顔を覗き込みながら言った。「魔術回路の数は少ないものの、私とお前のものを移植すれば良いだろう。魔術回路の質も、平均より少しばかり落ちるだろうが、そこは別段どういった事はないだろう。そう、この子の起源ならば!」

「ええ、その通りですね」と彼の母親は言った。「我が一族が魔術を手に入れてからまだ僅か、4代しか経っていません。つまり、魔術の家系としては、まだまだ2、3流もいいところです。この子の魔術回路といったものも、それに相応しいものでしかありません。ですが、貴方の言う通りです。この子──名前はとっくに決めているんですよ。この子の起源を象徴する名前です──泉。川雪 泉。それがこの子の名前です。

 ありとあらゆる魔術を、己の肉体と魂とに映し出し、実行するという、強力としか言えない起源、『再現』を持つに相応しい名前です。そのあり方は、まるでありとあらゆるものを歪み無く映し出す、透き通った泉そのものでしょう?」

「ああ、全くもって素晴らしい名前だ!」

 

 こうした会話に出てきたいくつかの単語によって、彼はこの世界には魔術といった神秘が存在するということを確認した。しかし、それはあくまでも確認だけであり、確信した訳ではなかった。

 こうした会話を聞き、魔術という事に対する期待を抱きながら、まだ生まれて間もない赤子であった彼は、本能に従って眠ることにした。

 そして、微睡みの中で、彼は両親の会話をぼんやりとだが聞き取っていた。しかし、それらはどのような会話であったか、その内容を理解、あるいは鮮明に聞き取ることはできなかった。

 その会話というのは、次のような物であった。

 

「泉は、今のところ我が家系において、もっとも根源に近い魔術師と言えよう。上手くいけば、ありとあらゆる家系の魔術をそのまま我が物とし、行使する事ができるのだから」父親はこうした素晴らしい事実を述べながらも、憂いを抱いた様子で言葉を続けた。「……しかし、だからこその心配事もある」

「その通りですね。貴方の抱いている不安は、私の抱いている不安と同じものでしょう」と母親は言った。「我が家系が出来た当時は、ありとあらゆる土地の魔術を取り入れたと聞きます。その理由は、多数の魔術を比較し、極め、観測する事によって、根源に至るための道に、どのような魔術が最も適しているかを調べ、遥か未来の子孫が根源に至るための道筋を用意する道を選んだのです。

 ……そうした影響でしょうか。『再現』という起源が泉に身に付いたのは。成長し、その起源が我々の思うようなもの、つまりありとあらゆる魔術を再現する事ができるようになれば、封印指定を受ける可能性があるでしょう」

「ああ」と父親は頷いた。「今のところは大丈夫だろうが、コレが協会に漏れ、封印指定を受ければ幽閉されてしまうだろう。それか、他の魔術師の実験体となるか……ともかく、我々に選ばされた道は一つだ。協会に見つからないように、こっそりと隠し、それでいながら、ありとあらゆる魔術を取り入れさせる事だ。そうすれば、上手く言えばコレの代で根源に至ることもできるかもしれない。

 しかし、その道は困難を極めるだろう。第一に、他の家系の魔術を見る、あるいは分析しようにも、そういった行いを易々と許す訳にもいかないだろう……さて、どうしたものか。何はともあれ、コレを育てるのが先決だな。慎重にやっていくとしよう」

「そうですね……」

 

 こうした会話を繰り広げた夫婦は、泉をどのように育て上げるのか、それとどのように魔術を教えるのか、そのほかにも様々な事を相談し合った。その相談は、長期にわたりあった。

 その相談の中にでた提案の中には、もしも泉が目覚めており、彼らの話をしっかりと聞いていたのならば、思わず体をすくめたりするような、不穏とか、非人道的と呼ばれるようなものも幾つか出ていた。しかし、それらは魔術師にとってはいたって普通の考え方であった。

 泉が自分の力で歩いたり、意味を持って会話を繰り広げるようになると、彼の父親は泉に魔術を教え始めた。

 その事を知らされた泉は、未知と、一種の憧れに触れられる事ができるということに大喜びした。

 しかし、その内容というのは、前世においていたって平和な日本で育ち、いたって普通な道徳を初めから持っていた彼にとっては苦行、それも精神を攻撃するようなものであった。というのも、魔術師という生物は、普通の一般人とは違い、己の目的の為ならばどのような非人道的なこと、道徳に反した事も行うのであった。そして、彼の父親と母親もその例に漏れず、泉に魔術師としての何たるかを徹底的に教えた。泉が嫌がれば精神的な指導と肉体的な指導との両方を、厳しく行った。その方法というのは、魔術師としての思想と、魔術の使い方とを教える座学から、一般人を捉え、それを使い、魔術の実践を行わせるなどであった。

 こうしたものは、少なからずとも泉の道徳を蝕み、破壊するものであった。そして、中学生あたりまで育つと、彼は一般の友人とかとなんら代わり映えのない会話をしたり、遊びを楽しんだりといたって普通の様子を見せていた。しかし、それの裏側には、魔術を徹底的なまでに隠匿するのと、魔術のためならばどのような犠牲を払わないといった、いかにも魔術師らしい性格を潜ませていた。

 そうして、15回目の誕生日を迎えると、泉の父親は、彼に起源の事を教えた。

 その起源というのを、泉は、この世界に来てすぐに、両親が話していた内容を思い出した。そうして、起源を使用した魔術を行使する為に、父親は、彼にありとあらゆる教育を与えた。その中に、起源魔術をより確実に、より強力に行使する為に、全身の骨に呪文を刻むといった手術があった。

 その手術というのは、5回に分けて行われた。しかも、それらは全て医学の知識を少しばかり齧った、それこそ、メスで切開し、針で体を縫うのと、骨がどこにどのようにあるのかだけを研究した父親によって行われた。そういった手術は、治療魔術の助けもあり、奇跡的なまでに成功した。しかし、その手術が行われたあとはどれも、2、3週間ほどの間、全身を針で刺されたかのような痛みが、四六時中泉の体に襲い掛かった。

 こうした事があり、起源魔術の使用方法と、再現する多数の魔術を教えられた頃、泉はロンドンの時計塔、魔術協会の総本山に入学する事になった。

 その理由は、他の魔術師と良好な仲が築ければ、一族のみに使用が限られた魔術を再現する事ができるといったような、彼の父親の企みによるものであった。

 

「やれやれ、僕の父さんは馬鹿だなあ」と泉は時計塔の門の前で呟いた。「父さんは、魔術を再現するには、その魔術が実際に行使されているのを観察しなければならないと思っているみたいだけれど、そんな事はないんだよね……それよりも、いるかな? 遠坂凛はどうやら冬樹に居るみたいだから会えないだろうけれど、ケイネス・アーチボルト、ウェイバー・ベルベット、他にもライネスやグレイとか……まあ、彼らとはいずれ出会うかな? 

 さて、この二度目の人生は、僕の好きだった型月世界で行われいるんだ。せっかくだから楽しまなきゃ損だよね! それに、根源とかは興味ないにしても、封印指定については、散々言われてきたから気を付けないとね」

 

 こうした理由で、泉は素直に時計塔に行くことを選択した。

 彼にとって時計塔というのは、言うなれば憧れの人物と直に触れ合うことが出来るような、夢のような環境であった。彼は、しばらくの間時計塔にいる人物のことを探った。その結果、ケイネスは既に死亡しており、ロードエルメロイⅡ世が誕生しているという事が分かった。

 こうして、彼はエルメロイ教室を選択することにした。

 ──こうした環境は、彼を大変に満足させるようなことはなかった。

 というのも、この世界は彼にとっては創作の世界であり、作り物の世界であるという感覚が、心の深奥に潜んでいたからだ。しかし、そのことに彼は気が付くことはなかった。

 しかし、それも最初だけであり、毎日を過ごすうちに、すくい上げた砂が手のひらからこぼれ落ちるかのような感覚を覚え、彼は自問自答した。その結果、こうしたことに気がついた。それからは、どのような事をしても、人形と対話しているかのような感覚を覚えた。

 

「なんていう虚無感なんだろうか」と泉は呟いた。「誰と話しても、内容問わずそれは人と話しているのではなく、ゲーム画面に表示されるセリフを流し読みするかのような感覚だ。この世界において、僕という人間は、一人ぼっち、孤独な感覚だ。僕を理解するものはいない。そして、僕もまた相手が作り物であるから、わざわざ理解しようとは思えない……」

 

 こうした毎日を過ごすのは、泉にとっては幼い頃受けた教育よりも辛い拷問に思えた。しかし、彼は不屈の意志とでも言うべきもので、この世界の事を調べ、様々な人物とであった。その中には、赤毛の少年とか、人形使いとか、魔眼を持つ少女とかもいた。そのほかにも、ただの一般人たちとも出会い、交流した。しかし、そのどれもが彼を満たす役目を果たすことができなかった。

 そうして、彼は最後の手段に出ることにした。すなわち、ありとあらゆる願いを叶える万能の願望器に全てを託すことにしたのだった。

 それともう一つの理由があった。それは、唯一出会おうと思っても出会うことのなかった人物と出会えるきっかけを得られるからだった。その人物こそが───彼女であった。

 彼は己の願いを叶えるために、ありとあらゆる計算を行った。その結果、冬木の大聖杯でなければその願いは叶えることができないという結果を弾き出した。それからは、この世界が聖杯大戦が行われる外典であるということを予想し、聖杯大戦に参加するために、2年の年数をかけて、彼の企みが誰にも知られることのないように準備を重ねた。

 そうして、やっと─────

 

 

 

 ──夢を見た。

 

 その夢というのは、アタランテの生前の記憶であった。

 彼女は生まれてすぐに、男のみを望んでいた父親によって山に捨てられ、アルテミスが遣わした熊によって育てられた。そのせいで、彼女は野生の動物と同じ考え方をするようになった。更に言えば、彼女は自分に熊を遣わしたアルテミスを信仰し、彼女が狩猟と貞潔を象徴する神という事もあり、アタランテは狩人として過ごし、純潔を貫くということを決定した。

 さらに言えば、自分が捨てられた時の、孤独とか、恐怖とかの感情を二度と味わうような子供が生まれないように祈ることもしていた。

 こうして、森の中で狩りを行いながら生活するうちに、その名声が知られるようになった。そうなると、彼女を妻として欲しがる男たちが森に群がるようになったが、彼女はその尽くを跳ね除けた。

 ある日、1人の男が何人かの従者を連れ従って森にやってきた。その男というのは、英雄間者の異名で知られているイアソンであった。

 

「よう、お前がアタランテか?」とイアソンは問いかけた。

「そうだというのならば、なんだ? 汝も、私を妻として迎えようとしているのならば、その答えは拒否としよう」とアタランテは答えた。

「いいや、違うね。確かにお前は美しい。私の嫁にしたいぐらいだ。っと、その弓を向けるな! 要件は別だといっただろうが! 

 さて、今回お前に声をかけたのは、我らの船に乗って欲しいからだ」

「船だと?」とアタランテは問いかけた。

「ああ、そうだとも」とイアソンはいかにも自慢げな様子で答えた。「アルゴー船という、巨大な船だ。その船で、我々はとある財宝を手に入れようとしている。しかし、船だけでは足りない。その船を守る、あるいは財宝を手に入れる邪魔をしてくる敵を蹴散らす要員が欲しい。故に、私はありとあらゆる名のしれた実力者に声をかけている。例えば、あのヘラクレス! 知っているだろう? 知っているはずだ。いくら、こんな閉鎖的な森に暮らしているお前でも、彼の名は知っているだろう?

 まあ、とにかくだ。我々と一緒に闘って欲しい。見返りはもちろん与えよう。どうだ?」

 

 こうしたイアソンの交渉によって、彼女はアルゴー船に乗ることを決定した。

 こうして、黄金の羊の毛皮を求める旅に出ることになった。その最中において、彼女は活躍してみせた。

 旅から帰り、しばらくすると、彼女はカリュドンの大猪の討伐に加わることになった。かの大猪は、まさに一種の天災とでも言うべき程の強力な力を持っていた。集まった戦士たちの誰もが、大猪を恐れる最中、アタランテは恐るような事はなく、勇敢にも大猪の前に出、矢を命中させた。

 これをきっかけに、他の戦士たちも大猪に攻撃を加えた。こうして、何人かの犠牲者を出しながらも、カリュドンの大猪は倒れた。

 そして、報酬を分け合う時、メレアグロスは「最初にあの猪に攻撃し、血を流させたのは貴女なのだから、この皮は貴女のものだ」と言いながら、カリュドンの皮をアタランテに差し出した。

 しかし、それに気に入らないものが抗議し、メレアグロスは抗議した者達を殺した。それによって、メレアグロスはメレアグロスの命の源である薪を燃やしてしまった。こうして、メレアグロスはアタランテの目の前で死んでしまった。

 こうした出来事があってから、彼女は結婚といったものを忌避するようになった。しかし、それでも名声によって、彼女に求婚するものは後を立たなかった。故に、彼女は自分と結婚する者は、自分より足が速くなければいけないという条件を立てた。それからは、彼女と競争を挑む男たちが絶えなかったが、彼女の瞬足に叶うものはいなかった。

 こうして敗れ去っていく男たちを見たヒッポメネスは、黄金のリンゴを用意し、競争するときにそのリンゴに気を取られているアタランテを抜き去り、結婚した。

 それから彼らは─────

 

 

 

「そこまでだ! クソ野郎が!」と泉は身を起こし、叫んだ。「全く、彼女の夢を見れたのはいいけれども、最悪だよ。まあいいか」

 







Apocryphaアニメ化決定しましたね! これをきっかけに、Apocryphaの二次創作も増えて欲しいです……いや、本当に。誰か書いてくれませんかね?(チラッ


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疑惑と儀式

 泉が起きて、最初にしたことは、髪に指を突っ込んで、頭を振る事であった。そうする事によって、夢の内容、とりわけ最後の部分を自分の頭の中から追い出そうとしているのだった。

 その目論見は、成功するはずもなかったが、いくらかは気を紛らわす事ができた。そして、ベッドから飛び降りて、壁に掛けてある時計を見、現在の時間を確認した。彼が寝ていた時間というのは、1時間にも満たなかったが、肉体的なものはともかく、精神的な疲れを回復させるには十分な時間であった。

 彼はリュックの中を確認した。

 中には、銃やそれの弾、他には手榴弾や閃光弾といった、魔術的な加工がかけられた火器、様々な魔術を行使する為の礼装といった、彼にとっての武器が入っていた。それらを、念入りに確認した。

 それが済むと、部屋を出て工房へと向かった。

 その工房には、つい先刻までは部屋の中心にベッドが置かれていた。しかし、今はそのベッドは端に寄せられており、その代わりに、魔術的な祭壇とでもいったものが設置されていた。

 その祭壇というのは、泉が”黒”のキャスターの宝具であるゴーレムの破片、そして、”赤”のアサシンが空中庭園を建築するのに使った時にできた素材の余り、(これはこっそりと泉が回収していたのだった)そして、その他にも神秘が篭った鉄の棒や木の棒、更には魔道書の破片といったものが、組み込まれ、さながらあのカーミラが使ったという、アイアンメイデンにも似た形、すなわち、中心に人を包み込む事ができるような形になっていた。

 そして、その中心、いわゆる内部には、あのホムンクルスが拘束されていた。しかし、彼は泉の魔術によって意識を無くしていた。

 それが置かれている床には、サーヴァントを召喚するための術式を、泉の手によって改造した召喚術式が描かれていた。

 

「さあて!」と泉は手を叩いた。「今のところ、まだ”黒”のアサシンは倒されていないけれども、あともう少しもしたら、倒されるだろう。その前に、さっさと仕事に取り掛かるとしますか!」

「それは少し待ってもらおうか」と”赤”のアーチャーは工房の扉を開けながら言った。「少し、汝と話をしたい」

 

 泉は振り向いて、こうした彼女の言葉に驚いた様子を見せながら言った。

 

「うん、いいよ。でも、なるべく手短にね。この儀式は時間をかけるものだから。そして、今は一刻を争うんだ」

「そうなのか。確かに、随分と大層なモノを作っているようだな」と彼女は胡乱な目で祭壇を眺めた。

「まあね。これをうまく使えるかどうかで、この聖杯大戦の勝敗を左右するといっても、過言じゃないかな。ああ、そういえば、コレがどういうものなのか説明していなかったね」

「確かに、この装置について細かい説明は聞いていないな。だが、そんな事はどうでもいい。私は魔術の云々は不得手だからな」

「そう?ま、一言で済ませるなら、『勝つには手段を選ばない装置』とでもいったところかな。事前の実験とかは、やったこと無いから無事成功するかどうかはわからないけれども」

「そうか。まあ、私が願いを叶えられるのならば、何でもいいさ。汝が何を企んでいようともな」

「理解のあるサーヴァントで嬉しいよ」と泉は微笑んだ。「話が逸れたね。そろそろ本題に入ろうか。用件って何かな?」

 

 ”赤”のアーチャーは、しばらく考え、こう言った。

 

「夢を見た。それも、汝の過去についてだ」

「へぇ?」と泉は目を細めた。それは、”赤”のアーチャーを警戒してのことだった。それとは別に、激しく動揺した事を隠すための行為でもあった。「どんな夢だったのかな?」

「汝がまだ幼い頃、両親から魔術を教えられた所から、時計塔とやらに入るまでの所だ」

「そっか、それ以外は?」

「特に何もない」

 

 泉は内心で安堵の息を吐いた。というのも、生前、すなわちこの世界に転生する以前の記憶が彼女に見られるといった、彼が最も恐れていたことの一つが起こらなかったからだ。

 彼は彼女に話を続けるように促した。

 

「なぜ、汝はそういった目で人を見ることができる?」とアタランテはある種の警戒や恐怖にも似た感情を孕ませた様子で言った。彼女の手は何があっても、それこそ泉が攻撃するような意思を見せた瞬間に、弓を手元に召喚し、素早く矢の先端を彼の額の先端に向けるように準備がなされていた。

 

「汝の夢というのは、汝の目線から見た世界だった。それを見て、私は初めて、汝に対する違和感の原因を発見することができた。答えてもらおう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「どういうことかな?」と泉は首を傾げた。

 

 そういった彼の反応に対して、彼女は泉という人間が持つ異常を改めて認識し直した。

 

(この人間は)と”赤”のアーチャーは心の中でつぶやいた。(この人間から見るこの世界は、本当に総てがどうでもいいのだ。夢で見た泉という人間の視線は、灰色どころか深い暗闇そのものだった。どんなに美しい景色だろうが、どんなに醜い景色だろうが、どんなに聡明な人間であろうが、どんなに阿呆な人間であろうが、彼にとってはそのことごとくがすべてどうでもいいのだ。

 青空を見上げようとも、彼の目には夜ともまた違った黒い空、頭上に広がる深淵といったものが見える。それは、海や大地を見ても同じことだ。天も海も地も、彼にとってはすべてが奈落の底の世界のように見える。そして、そういった世界の中で活動する人間たちに対しても同じことが言える。性別や年齢といったものはどうでもよく、ただ歩き、言葉を発するだけの存在としか映っていない。それは、彼が人間の事を、だだの物、いいや、人間だけではない。この世界のすべてをただの物だと認識しているのだ。

 しかし、真に恐るべきはそこではない。その事を、先ほどの返答で理解した。

 それはまさしく狂気そのものだろう。しかし、彼はそのことを狂気であると認識していない。そう、自分がそういった世界にいるという事が普通だと認識している。それこそが、真の狂気だろう。

 しかし、最も恐ろしい点はそこではない。

 だが、この世に産まれた時、あるいは幼いころから、世界に対してこうした認識を持っているのならば、本当に総てがどうでもいいはずだ。空を見上げようとは思わず、海を眺めようとも思わず、地を歩こうとも思わない。人間に対してもそうだ。どうでもいいのならば、人間に対する接し方、人間の話し方といったものは学ぼうとせず、理解もしようとはしない。しかし、彼はそういった事を知っている。空の青さ、海の広さ、大地の偉大さ、そういった物が持つ色や音なども知っている。

 しかし、それでもどうでもいいと思っている。この世界のあらゆることを知っていながらも、そのすべてを暗闇、深淵と認めている。それが、この人間の恐ろしいところだ)

 

「いいや、何でもない」と彼女は答えた。「先ほどの発言は忘れてくれていい。他人の記憶というものを見て、少し混乱していただけだ。それよりも、私がすることはあるか?」

「特に何もないね。ま、強いて言うならば戦いの準備をしてくれればいいよ。武器とかはもちろん、精神的な意味でもね」

「そうか、わかった」と”赤”のアーチャーは答えた。それから、先ほどの思考を切り捨て、ほかの”赤”のサーヴァントたちと戦うにあたって、どのような行動が最善か、それと、マスターが聖杯に何を願うのかを警戒し始めた。この警戒というのは、いわゆるサーヴァントの本能によるものであった。

 彼女は部屋から出て行った。そして、家の屋根に上り、空中庭園を見上げながら次のような事を考えた。

 

(どうにも不吉な予感がする。今ここで、彼を殺すべきだったかもしれない。しかし、そうなると私が現界するための魔力、宝具を使うための魔力がなくなってしまう。いくら自立行動のスキルがあるとはいっても、これからの戦闘の事を考えると、それだけではとても不十分だろう。代わりのマスターを見つけようにも、ある程度の時間がかかる。それに、彼の魔力量は、普通の魔術師よりも多い。ゆえに、私は最高の戦いができるのだ。

 もしも、何かあったら、それこそ令呪で私にとって不都合なことを命じようとした途端に、私は矢で頭を射抜けばいいだけだ)

 

 こうした覚悟を胸に刻みつけた彼女は、泉のいう儀式が完了するまで、戦いに備えて精神から余分なものをそぎ落としていった。こうして完成するのは、アタランテというギリシャ随一の女狩人であり、獣であった。

 

「さて、それじゃあ始めますか」と泉は、彼女のそういった心情などは知らずに、儀式を開始した。

 

 彼はアイアンメイデンの上部にある、四角いくぼみに、蛇の化石がくっついた石板を設置した。その石板、蛇の化石というのは、まさに、あの英雄王ギルガメッシュを召喚するための触媒であった。そして、その上に黄金の杯を設置した。その杯というのは、彼が過去の亜種聖杯戦争で得た聖杯であった。それは大量のホムンクルスたちの魔力と魂とで、あふれんばかりの光を放っていた。

 

「これでよし。すべての準備は整った。あとは、鬼が出るか蛇が出るか、それとも英雄王が出るかだね。まあ、出てほしいのは、鬼でも蛇でもなく、英雄王でもない。ただの戦闘人形だ。

 僕は、この術式を5年にわたる年月で研究してきた。それは、夢幻召喚(インストール)やデミ・サーヴァント。そしてこの世界の正史に登場する、竜告令呪(デッドカウント・シェイプシフター)といった現象を僕が知っているからこそ、始めることができた研究だ。なんのためにそれを行ったのか、それは単なる興味に過ぎない。というのも、僕は聖杯戦争に参加する予定なんて、初めは無かった。でも、この聖杯ならば、僕の究極的な願いを叶えることができるかもしれない。

 その可能性を知っていたから、僕は入念に下準備を進めてきた。亜種聖杯による3つの触媒の確保、この魔術の研究、そして僕の根源を使いこなすための鍛錬。これらが、とうとう今晩! 今晩に実を結ぶんだ! さあ! 勝利しようじゃないか! 強力、最強の一角のサーヴァントの力を用いて!」

 

 泉は、数歩下がって、魔術の詠唱を開始した。

 

満たせ(とじよ)満たせ(とじよ)満たせ(とじよ)満たせ(とじよ)満たせ(とじよ)。繰り返すつどに5度。満たされるは刻と空間。閉じるは幻想。現れるは、偽りの魂。

 ───告げよう。汝の魂と肉体は不可。ただ一つ必要なのは、汝の証明。聖杯の寄るべに従え、汝の証明を寄越せ。誓いを此処に。我は常世総てを滅ぼすものなり。我は常世総てを転生するものなり。我は常世総てを識るものなり。

 汝三大の霊言を纏う七天。抑止の輪より、手繰り寄せよ! 天秤の守り手よ───!」

 

 こうした詠唱を唱え終えると、聖杯から、太陽の光にも勝るほどの、黄金の光が放たれ、部屋中を激しく照らした。こうした強烈な光の中で、ホムンクルスは、拘束された体を小さく跳ねあがらせたり、奮わせたりしていた。その現象は、彼が目覚めて、拘束から脱出する為に発生したものではなく、聖杯からの膨大な魔力、そして英雄の魂が彼の肉体の中に流れ込んでいる為であった。

 しかし、泉は術式の不完全さを感じた。というのも、これより呼び出す英雄が、この現世に現れようとしているからであった。

 

「クソ! やっぱりこうなったか。相手はあのギルガメッシュなんだ。彼の財宝と蔵のみをこのホムンクルスに与えようとしているんだから、渡そうとするどころか、蔵を奪おうとする者に対して、粛清を与えようとするべく、無理やり現界しようとしている!

 でも、そうはさせないよ。英雄王ギルガメッシュ」

 

 と泉は言いながら、今回の召喚で新たに、腕に刻まれた令呪をかざして、こう言った。

 

「令呪3画を用いて命じる! ”ギルガメッシュよ、引っ込め! 大人しく宝具をよこせ!”」

 

 こうした令呪の使用の効果は、まさに抜群であった。ギルガメッシュは、召喚されることなく座へと帰っていった。

 聖杯の光が収まった。

 拘束されたホムンクルスの姿は、すっかり変わっていた。白い髪は、黄金の髪になっていた。元々赤かった目は、更に赤く、それでいて鋭くなっていた。それと、身長もいくつか伸びていた。つまり、今の彼の肉体は、あのギルガメッシュと全く同じ姿形をしていたのだった。

 その、英雄王の姿をしたホムンクルスは、こう言った。その言葉こそは、激しい怒りが籠っており、それでいて冷酷なものであった。

 

「まさか、この世にこの(オレ)の財を奪おうとする、愚かなネズミがいるとはな。その罪は、この世界において最も重い罪の一つだ」

 

 こうした言葉、こうした不遜な態度こそは、まさに英雄王ギルガメッシュそのものであった。

 そして、それを証明するかのように、彼の背後に黄金の光が広がり、無数の波紋を描きながら、4、5艇程の剣や槍、斧といった武器が出現した。そうした武器こそは、この世界のあらゆる武器の原典と呼べるものであった。

 そして、泉めがけてその武器が、音速を超える速度で、射出された。

 その一つ一つの武器の先端が、何かしらに触れるたびに、轟音と破壊とをもたらした。この部屋どころか、建物そのものが崩れ落ちた。激しい粉塵が舞い上がるなか、泉は傷一つなく立っていた。それどころか、拘束具を砕き自由の身となったホムンクルスを睨みつけていた。

 しかし、それっきりであり、そのホムンクルスは何も言うことはなく、少しも動くことはなかった。

 泉は安堵のため息を吐いた。

 

「どうやら、今のはギルガメッシュの悪あがきだったみたいだね。流石と言うべきかな? でもまあ、これで儀式は無事終了し成功した」

 

 彼はホムンクルスの前で、口の端を吊り上げて笑った。それから、アーチャーを呼んだ。

 彼女は、英雄王の気配がした瞬間、本能的な危険を感じてこの場所から離れていた。彼の呼び声で、彼女は元の場所へと戻った。

 

「これは、一体どういう事だ?」と彼女は崩れ落ちた家を見ながら言った。「儀式とやらは失敗したのか?」

「いいや、成功だよ。英霊の証を憑依させる。つまり宝具のみを使用する事ができる人形という、強力な道具を手に入れる事ができた!

 それじゃあ、もう”黒”のアサシンも倒された事だしこっちの準備も整ったし、始めようか。───正しい聖杯大戦を!」

 

 



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庭園への襲撃

 泉はホムンクルスに対して、簡単な動作の命令を行った。ホムンクルスは、それを忠実に実行し、泉はホムンクルスにしっかりと暗示がかかっていることを確認した。そして、彼はホムンクルスに黄金の舟を蔵から取り出すように命じた。

 その命令もまた、忠実に行われた。彼の背後に黄金の膜が浮かび、そこから黄金の舟が現れた。

 

「さあ、乗ろうか!」と泉は言いながら舟に乗った。ホムンクルスも、彼の後に続いた。「アーチャー、ほら、早く! 時間がないよ?」

「この舟はなんだ?」と”赤”のアーチャーは問いかけた。「それは間違いなくサーヴァントの宝具そのものだ」

「ああ、これ? ヴィマーナっていう舟だよ。このホムンクルスは、英雄王ギルガメッシュの宝具を使えるようにしたんだ。普通なら、こんなことはできないけれどね。僕の起源と、時計塔で召喚術が盛んに研究されていたからこそ、何とか英雄王の魂というか、霊基をこのホムンクルスに憑依させて宝具を自在に使用できるようにしてあるんだ。いうなれば、英雄王式砲台といったところかな?」

「何? 憑依だと?」と彼女は驚きを隠せない様子で言った。「いや、いい。それは汝に忠実なようだし、なにも言うまい。汝の言う事が本当ならば、強力な戦力なのだろう」と彼女は言いながら舟に乗った。

 

 舟は地上すれすれを飛行しながら、市街地を抜け、ルーマニアとブルガリアの国境まで移動した。その大移動はほんの数分で行われた。それから、一気に空高く飛び上がり、再び市街地上空へと戻っていった。それは、ルーラーと空中庭園の探知に引っかからないための用心から来る行動であった。

 

「さて、準備はいいかな?」と泉は空中庭園を見下ろしながら言った。「アーチャー、君には宝具を広範囲に渡って、それこそあの空中庭園全体に降り注ぐように放ってほしい。狙いとかは考えなくていいよ。敵が応戦してきても、構わずに放って欲しい。敵の攻撃の対処はこっちでやるから」

「ああ、承知した。それだけならば、非常に簡単な作業だ。何発まで撃っていい?」

「好きなだけ。聖杯に入れた魔力はまだまだ残っているから。ともかく、たくさん撃って欲しい」

「ふん、あれほど巨大な庭園だ。どれだけの効果があるのかは分からないが、指示には従うとしよう。─────訴状の矢文ポイボス・カタストロフェ!」

「それじゃあ、僕もやるとしよう。さあ、王の財宝ゲートオブ・バビロンを開放しろ!」

 

 ホムンクルスの背後には、空中庭園の幅と全く同じ幅で、黄金の膜が広がっていた。そこから、数千もの武器が射出された。”赤”のアーチャーの宝具も同様に、結界を破壊し庭園の床に無数の矢が突き刺さった。

 これらの攻撃は、庭園にいる者たちからすれば全くの不意打ちであった。そして、この不意打ちは効果てきめんであり、庭園を守る棺はすべて破壊され、いくつかの庭園の機能も破壊された。

 

「何!」と”赤”のアサシンは驚きと怒りとが浮き上がった表情で上空を見た。「我らより上空を飛び、そこからの不意打ちとはやってくれるな! こんなことができるサーヴァントは……降り注ぐ武器については全くの不明だが、矢から推測すると、”赤”のアーチャーの仕業か」

「そのようですね」と天草四郎時貞は答えた。「それと、先ほど私のルーラーとしての感知能力が、一瞬だけサーヴァントが召喚されたという気配を感じ取りました。降り注ぐ武器は、その全てが宝具です。おそらくは、その新たに召喚されたであろうサーヴァントによるものでしょう」

「なんだと? それならば、大聖杯を収納しているこの庭園の主である私が気づかないはずがないだろう」

「いいえ、恐らくですがそのサーヴァントを召喚するのに使った聖杯は、ここの大聖杯ではなく、亜種の聖杯によるものでしょう。それはそれとして……ライダー! 貴方の傷は令呪でとっくに治しました。十分に動けますね?」

「応よ!」と”赤”のライダーは自身の拳と拳とを打ち合わせながら答えた。「分かっているぜ。アレを迎え撃てばいいんだろう?」

「ええ、その通りです」と天草四郎時貞は答えた。「ですが、くれぐれも用心を。降り注ぐ武器はすべて宝具です。その中には、不死殺しの武器があるということは十分に考えられます。そして、そんな大量の宝具を降り注がせることのできるサーヴァントというからには、強大な力を持っていると思われますので」

「ああ、そんなことは承知よ!」と彼は言い、戦車を召喚して泉たちがのる黄金の舟へと向かって飛び立っていった。

 

 ”赤”のアサシンはそれを見届けると、空中庭園の状態を確認した。

 

「先ほどの攻撃で、庭園の3割の機能が破壊されたか」と彼女は舌打ちをした。「まあ良い。破壊されたところで、対して影響のない機能ばかりだからな。……棺がすべて破壊されたのは忌々しいが」

「『計ったように時間ぴったりにやって来たな!』」と”赤”のキャスターは言いながら、彼らの前に現われた。「というわけでマスターよ、このシェイクスピアめの宝具、しっかりと準備できましたぞ」

「そうですか、それはありがたい」と”赤”のキャスターのマスターは答えた。「こんな状況でなんですが、いや、こんな状況だからこそ、素早く行う必要があります。アサシン、ここは任せました。では、行くとしましょうか」

 

 と彼は大聖杯が収納されている部屋へと通じる扉を開いた。残されたアサシンは、「ランサーよ、お前は他の場所で警戒に当たれ。この部屋はこの我だけで十分だ」と言った。

「承知した」と”赤”のランサーは答え、別の場所へと移動した。

「フン! あともう少しで片が付くというのに、無駄なあがきをするものよな。まあ良だろう、それもまた一興よな。せいぜいあがいてみせるがよい。この庭園において我は無敵にも等しい力を発揮する。ここに降り立ったときが、貴様らの寿命が潰えるときだ。魔術師、そしてアーチャーよ」

 

 と彼女は空を見上げながら言った。

 ”赤”のライダーは、降り注ぐ数々の武器や矢のほとんどを不死の肉体で受け止めたり、弾いたりしながら、主と同じく不死である2頭の馬の手綱を操作してすさまじい速度で空中に浮かぶ舟へと向かっていった。

 そうするうちに、一つの武器が彼の腕を傷つけた。その武器は不死殺しの武器であった。

 

「クソ、まさかとは思ったが、不死殺しまであるか!」と”赤”のライダーは感情を昂らせながら言った。「いいぜ、不死殺しだろうが何だろうが、バンバン撃ってこい!」

「それじゃあ、そうしようか」と泉は彼が叫ぶのを見ながら言った。それから、ホムンクルスに指示を出し、射出する武器のすべてを不死殺しの能力を持つ物のみに限定させた。しかし、”赤”のライダーはそれを読み取り、自分に向って発射される武器のすべてを槍で跳ね返したり、軌道を逸らしたりと見事な技術を見せつけた。

 

「全く、厄介なやつだな!」と”赤”のライダーは言った。「あの数々の武器全てが、何かしらの強力な力を秘めた宝具とはな。しかも、丁寧に不死殺しの武器まであるとはな! しかし、この程度で俺を止められると思うなよ!」

 

 と彼は戦車の速度を緩め、完全に停止するとそれをけん引する二頭の馬を消した。そして、彼は足に最大の力を込めて、ヴィマーナへと向けてすさまじい勢いで跳躍した。その跳躍は、彗星走法ドロメウス・コメーテースを使っての跳躍であった。

 飛来する数々の武器を槍ではじき返しながらも、それらのいくつかは彼の肉体を掠めたり傷つけていく。しかし、彼はそれを気にすることもなく、むしろその傷を一種の証と考えていた。泉がホムンクルスに舟を動かす指示を送るよりも早く、”赤”のライダーは舟の上に降り立った。

 

「俺は”赤”のライダー!」と彼は言った。「いや、すでに”黒”の陣営はすべて敗北し、あとは生き残った”赤”の陣営同士で決着をつけるだけだから、”赤”と名乗る必要はもう無えか」

「別にどっちでもいいんじゃない?」と泉は言った。彼の身振り一つ一つに、ライダーに対する警戒が込められていた。「まあ、それは置いておいて、迂闊じゃないかな? アキレウス。戦車を乗り捨てて弱点である踵を晒すっていうのはさ」

「確かにな。だが、その程度俺にはなんの問題もないな」とライダーは言いながら、アーチャーが不意打ちとして放った矢を弾きながら言った。「お、そっちの綺麗な姉ちゃんがお前のサーヴァントか」

「そうだ」とアーチャーもまた、泉と同様に自分が持てうる最大の警戒をアキレウスに向けながら言った。彼の身のこなしには一切の隙が見られなかった。彼の素振りを観察しながら、彼女は次のような事を考えた。

 

(私はかつてヘラクレスと一緒に戦った事が何度かある。だからこそ言えるだろう。この男はヘラクレスと同等の実力を持っていると。ギリシャにおいて唯一ヘラクレスに肩を並ばせることができると言われるだけはある。今、アキレウスがその気になればこの狭い舟の上で向かい合っている私達の首を一瞬で跳ね飛ばす事ができるだろう)

 

 彼女はここまで考え、泉へと目をやった。

 

「何かな?」と彼女の目線に気づいた彼は、念話で彼女に語り掛けた。「心配する必要はないさ。ここでまともにアキレウスと戦えば、全滅するのはこちらだ。だけれど、作戦はちゃんとある。君は始めに言った通り、あの庭園にダメージを与えてくれればいいさ」

「しかしだな」と彼女もまた念話で答えた。「いくらなんでもあの庭園は巨大すぎる。いくら私が矢を大量に放とうが、それらはごくごく些細なものにしかなっていない。無駄だろう」

「いいや、そんな事はないさ! いかんせん王の財宝ゲートオブ・バビロンだけだと、攻撃が大味すぎるからね。君の弓は武器の隙間を埋めて、いい目隠しになってくれた。それじゃあ、作戦開始といこうか! まずは、このライダーを何とかしよう」

 

 と彼は言うと、念話でホムンクルスにへと指示を送った。その内容は、この舟をひっくり返せといったものであった。その命令はこれまでと同じように、忠実に行われた。舟は空中で逆さとなり、舟の上に乗っていた人物たちは地面へと向かって落下していった。そのうち、泉とアーチャー、そしてホムンクルスはホムンクルスが操作する舟が彼らを救い上げたことによって再び足場を取り戻すことができた。ライダーは、戦車を召喚することによって足場を獲得した。

 

「へ、なかなかに味な真似をしてくれるじゃねえか」とライダーは言った。黄金の舟は高速で空中を移動していた。彼はそれを見て舌なめずりをした。「いいぜ、スピード勝負といこうか!」

 

 ライダーは戦車をけん引する馬を三頭へと増やし、手綱を力強く引いて戦車を動かした。その速度はホムンクルスが操作するヴィマーナよりもわずかに早く、数分もするとあっという間に戦車は舟の隣に並んだ。泉はそれを見ると、舟を急降下させるように指示した。舟は空中庭園へと向かって急降下した。ライダーの戦車もそれについていった。

 

「いまだ!」と泉はつぶやいた。彼は詠唱を唱えた。その詠唱は植物を操作する魔術の詠唱であった。その詠唱が唱え終わると、空中庭園は一回だけ大きく震え、少しずつ地面へと落下していった。

 

「何だと? 何が起こっている?」と庭園を治める女帝は言った。彼女は庭園の異常を調べ、その原因をすぐさまに発見した。「この我の庭園が我以外の手によって自然に降下していくなど、原因としては一つしかないだろう。やはり庭園中の水路に、苔を中心に蔦や小さな樹木といった植物が生えて水の循環を妨害している。おそらくは、先ほどの攻撃の中、様々な武器やたくさんの矢の中に混じって種をばら撒いたというわけか」と彼女は言った。その予想は正解であった。彼女は怒りを浮かべながら言った。

 

「随分とまあ、ふざけた真似をしてくれる! 我の庭園の性質を知り尽くしていなければ、こうした真似はできまい。ならば、慎重に行動すべきか? 否、それではこの王たる我の顔が立たぬ!」彼女は念話でライダーに次のような言葉を送った。

 

「ライダー、今すぐその羽虫をこの庭の上に叩き落せ」

「ああ、わかったぜ。女帝様よ」と彼は答えた。そして、戦車の速度をさらに上げて、泉達が乗る舟に激しい体当たりをしかけた。それと同時に、彼はホムンクルスの首を槍で切り落とした。主をなくしたヴィマーナは消滅し、泉とアーチャーは庭園へと落下していった。

 

「いっちょ上がりだ!」と彼は言った。「さあて、俺も降りるとするかね」と彼は庭園へと着陸した。

 

 泉は魔術を使用して落下による衝撃を緩和して着地した。アーチャーも泉の助けを借りながらも、獣が高い所から降りる際に良く見せるようなしぐさに似た姿勢で着地した。二人とも無傷だった。しかし、ホムンクルスだけはアキレウスの鋭い一撃によって、一瞬で絶命していた。

 

「死んじゃったか」と泉は地面に倒れているホムンクルスの死体を見ながら言った。「ま、しょうがない。元々宝具の制限もあったんだ。鎖とエアはどうやら意地でも渡したくなかったのか、蔵の中には収められていなかったしね。それに、これで僕の計画はうまくいくはずだ。あとは、運と実力と知恵との三つによって生き残るだけだ!」

「しかし、そうはいってもこの状況でそれが可能なのか?」とアーチャーは問いかけた。というのも、彼らの前にはアサシンが立ちはだかり、後ろにはライダーが武器を構えていた。

「前門の虎後門の狼といったところかな? まあ、どうにかなるでしょ。僕の計画が正しければ、あともう少しで彼が来るはずだ。その時、あの2体のサーヴァントはほんの一瞬だけ気を取られる。その隙に、アーチャーは指定した場所に移動して欲しい」

 

こうした泉とアーチャーとの二人の会話は念話で行われており、敵である二人に察知されるようなことはなかった。

アーチャーは神経を研ぎ澄ましていつでも泉を抱えて移動できるように身構えた。 

 

 

 



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第六天魔王・織田信長

 天草四郎時貞とキャスターは庭園のおおよそ中心部にある、大聖杯を収納多している部屋に移動した。その部屋というのは、地面と天井とが逆しまになっており、彼らは天井の上を歩き、水が張られている床を見上げるといった形だった。

 

「では、そろそろ始めますか」とキャスターのマスターは言った。「ですが、その前に令呪にて命じさせてもらいす。『キャスター、バッドエンドを書くな』」

「なんと!」とキャスターは首を振りながら言った。「ひどい、これはあまりにもひどいですぞ。マスター。作家である私に物語の内容を制限するなど」

「申し訳ありません。ですが、貴方はそうでもしないとバッドエンドを書いてしまう。そうでしょう?」

「ええ、ええ!」とキャスターは微笑みながら言った。「まさにその通りですとも! よく私の事を理解しておられる!」

「キャスターの作品はすべて読ませていただきましたからね。とりわけ4大悲劇は入念に読みました。だからこそ、こうしようと決心したわけなのですが。では、そろそろ始めましょう」

「そうですな、おお! マスターよ。貴方がやろうとしていることは、まさに英雄どころか神の所業そのものです。であれば、このシェイクスピアめはその奇跡の瞬間に立ち会わせていただきましょう」

「奇跡など大げさですよ」と神父は首を振りながら言った。「私はただ自分の願いを叶えようとしているだけですからね。では、そろそろ宝具を起動させましょう」

「そうですな」とキャスターは頷いた。「もちろん、準備はバッチリでございますとも。ああ、ですがその前に質問したいことがございます。少々よろしいですかな? マスター」

「……構いませんよ」とキャスターのマスターは答えた。「ですが、なるべく手短にお願いします」

「ええ、ええ、わかっておりますとも! さて、では問いかけていただきます。マスター、極東の聖人天草四郎時貞。貴方は世界の平和を願っている。しかし、その平和が叶わないとなると、貴方はどうしますか?」

「どうもしません」と彼は答えた。「願いが叶わないのならば、ああ、無理だったかで済まします。少しは残念がるでしょうが、無理だったと受け入れましょう」

 

 シェイクスピアは驚きと納得とが混ざり合った表情を浮かべた。それから、身をひるがえし、

 

「そうですか」と頷いた。「では、もう私から聞くことはございません。ところでマスター。貴方は私の物語を読んだとおっしゃった。では、私の生前の経歴については知っていますかな?」

「もちろんですよ。シェイクスピア。私は今までに行われた亜種聖杯戦争にて召喚されたサーヴァントを調べつくし、私の願望を叶えることができる力、すなわち宝具を持っているサーヴァントを選んだ。それが、貴方とアサシンなのです。亜種聖杯戦争での記録を見て、どんな身恰好なのか、どんな性格なのか、どんな嗜好なのか、そういった細かいことも調べました。

 ……ああ、どうやら貴方の問いかけていることは、そういう事ではないようですね。生前の貴方、つまり歴史上において認識されているシェイクスピアの経歴も調べさせて頂きましたよ」

「では、この私は現在作家として召喚されているものの、かつては舞台に立って演技を行う俳優であったこともご存じでしょうな! さて、マスター、私は貴方に謝らなければいけないことがあります」

 

 とシェイクスピアは微笑みながら言った。

 

「一つ貴方は先ほど私に令呪によって、『バッドエンドを書くな』と命令しましたな? まあ、それは当然のおこないでしょう。私の事を知っているのならば、尚更。ですが申し訳ありません。ぶっちゃけ申しますと、私、既に書いちゃっているんですよ。バッドエンド」

「は?」と天草四郎時貞は困惑しながら言った。

「ええ、ええ、本当に申し訳ありません。天草四郎時貞、貴方の願いは叶いません。では、そろそろ始めるとしましょうか! では、とくとご覧あれ! この私、ウィリアム・シェイクスピアがたった一人の男の為に書き上げた、最高で最低の物語を! 観客は御座いません! ですが、ご清聴願います! タバコはお断り! 桟敷から立つな! 開幕から終幕までしっかりと御覧じろ! 開演の刻は来たれり、此処に万雷の喝采を(ファースト・フォリオ)!」

 

 キャスターは宝具を発動させた。

 天草四郎時貞はなすすべもなく、キャスターが書いた宝具によって作り出された世界に閉じ込められた。彼はあたりを見回した。

 簡単な鎧を身に着け、簡単な槍を手にもった足軽や、ただの着物しか身に着けていないが、手には火縄を持った農夫たちが騒ぎながら城の石垣を登ってくる敵たちを叩き落していた。そして、彼自身も神父服ではなく、鎧を身にまとって、刀を手に握っていた。そして、彼の周りには、彼に跪いて祈りをささげる農民たちがいた。

 

「なるほど」と彼は頷いた。「これは、私が籠城した原城の時の様子ですね」

「ええ、そうでございますとも!」とキャスターは答えた。「今のご気分などはいかがですか?」

「そうですね……まあ、貴方の事ですから仮に私に宝具を仕掛けてくるならば、この状況を生み出すと予測していたので、対してどうという事はありませんね」

「なんと。それは驚きですね。ですが、今は開幕にすぎません。ここから先は、貴方も驚きの状況となっていくでしょう」

「それは楽しみですね」

 

 当時の島原の乱そっくりの光景を、天草四郎時貞は眺めた。その戦場は、他の戦場にもよく見られるように、地獄の一部が現世に舞い降りてきたかのようであった。たくさんの人々は、叫びながら人々を殺し、命を奪われた人々は断末魔の叫びと血しぶきとをあげながら倒れる。女性は他の男たちによって代わる代わる犯された。

 そういった光景こそは、まさに阿鼻叫喚であった。

 武器をぶつけ合う男たちの間から一人の女性が天草四郎時貞へと向かってゆっくりと歩いてきた。彼女の身なりは、黒い軍服といったようなものにマントを羽織り、豊臣秀吉がかぶっていた馬藺の兜と同じ飾りを帽子にあつらえていた。彼女は、サーヴァントの気配を放っていた。

 ルーラーは彼女の真名を見破り、体を震わせた。

 

「織田、信長ですか」と彼は言った。「彼……いえ、彼女はこの時代ではとっくに死んでいますよ?」

「ええ、そのぐらいご存じですとも」とキャスターは言った。「ですが、まあ。これは物語ゆえに。私の物語にも、魔法とか魔物とかバンバン現実にはあり得ない……いえ、魔術を知らない人々にとってはあり得ないものがたくさん出てくるので、このぐらいは許容範囲ですとも。ああ、それとも宮本武蔵の方が良かったですかな? まあ、それはともかくして、私はやることがございますので、ここらで失礼させていただきます。『生きるか死ぬか、それが問題だ』マスター、どうかご無事を祈っております!」

 

 キャスターとの通信は完全に途切れた。

 天草四郎時貞は織田信長に対して、神経質なまでの警戒を向けた。それは、彼女の一つ一つの小さな動作すらも見逃さないというものであった。彼女は、あたりを見回し、

 

「ここは戦場である」と言った。「兵どもが兵どもを殺し、戦意を失った兵は背後から串刺しにされ、火縄の雷鳴は人の魂を刈り取る。血しぶきは大地を彩り、死体を彩る。ああ、これぞまさに戦場、これぞ地獄である! 天草四郎時貞、これがお主の見てきた地獄か?」

「ええ、その通りです」と天草四郎時貞は答えた。「信長公、これは私が生前に見た光景そっくりそのままです」

「で、あるか。戦国の世が終わった時代の人間からすれば、さぞ惨いじゃろうな。天草四郎時貞よ。一度の戦に勝利してしまい、そこから少しずつ深い沼にはまっていった結果がこの戦じゃ。戦というのは、一度始め、そして勝利してしまうとそのあとは次々と敵が立ちはだかってくる。それこそ、天下を統一せん限りな」

「そうですね。まさにその通りです。この戦いもそうでした。私達はキリシタンの弾圧に抗おうとして戦った。私達キリシタンは農民たちの集まりでしたが、相手は政府でした。もちろん、烏合の衆である農民が政府軍に勝てるわけがない、と私は思っていましたが、私たちは勝利した。勝ってしまった。その結果、総大将を任されていた私は、『奇跡の子』ともてはやされ、他のキリシタンたちはますます勢いづいて政府と戦いました。彼らは、敗北することはないと信じて……」

「惨いのう」と織田信長はため息をつきながら言った。「全く、ほんの偶然、ほんのまぐれで勝利したというのに、皆はそれを奇跡とした。全く、これだから宗教とか神とかいうのは嫌なんじゃ。ちょっとした、どうでもいいことを奇跡とかでっち上げて調子づくんじゃからな」

「返す言葉もありませんね」と彼は苦笑しながら言った。「それで、そろそろ本題に移りましょう。織田信長公、貴女はキャスターの宝具の登場人物だ。そして、()()の役割は()と戦う事だろう?」

「カカカ!」と彼女は笑いながら言った。「ああ、全く持ってその通りじゃ。作家ごときにワシが動かされるなぞ、業腹ではあるが是非もなし。ワシはサーヴァントではなく、キャスターの宝具によって作り出された舞台装置の一種じゃからの、ならばキャスターの思い通りに動くとしようではないか!」

 

 天草四郎時貞は腰にぶら下げている刀を、鞘から抜いて構えた。それと同時に、織田信長もまた刀を手に持ち、もう片方の手には火縄を持ち、お互いの距離や隙を伺い始めた。

 キャスターは彼らの様子を眺め、

 

「ここまでは予定通り」と言いながら原稿を懐に仕舞った。「さて、『無からは何も生まれぬ』と言いますが、貴方様はその法則には当てはまらないようですな」と彼は言いながらその場に跪いた。「全く、聖杯の力を借りずにこうして現界するなど、まさに規格外ですな! 『ああ、私の勘が当たってしまった!』」

 

 ギルガメッシュは大聖杯を背に立ち、その赤い目で辺りを見回し、キャスターの存在を初めて認めると、

 

「ほう」と言った。「では、貴様はこうして(オレ)が現れるという事を予測していたということか?」

「ええ、その通りでございます」と俳優は一つ一つの動作、一つ一つの言葉に細心の注意を払いながら言った。「人類最古の英雄王殿。とある魔術師は貴方の財宝を盗み出しました、ならば、貴方はその愚か者に対して怒りを抱き、何かしらの制裁を必ず加えるだろうという予測はできておりましたので」

「フン」とギルガメッシュは鼻を鳴らしながら言った。「雑種ごときが生意気な事を言う。この(オレ)の動きを予測するだと? だが、今回は赦そう。そして一つ、貴様は間違った事を言っている。確かに(オレ)は我が宝物を盗み出した者に対して制裁を与えるべく、自力で英霊の座から現世まで現れた。しかし、今回(オレ)は動かぬ」

「と申しますと?」

(オレ)に問いを投げかけるか?」

「いえいえ、そんなつもりは御座いませんとも」

「まあ良い」とギルガメッシュは言い、それから怒りの表情を浮かべた。「フン、(オレ)がこうして現界した時点で、(オレ)は罠にかかったも同然よ。この聖杯大戦とやらの児戯は当事者である雑種共で解決せよ」

「ええ、承知致しましたとも。『不幸な時代の重荷は我々が背負わねばいけぬ』と申しますので。私どもで何とかいたしましょう」

 

 とキャスターは言うと、部屋から出て行った。残ったギルガメッシュは蔵から玉座を取り出し、それに座った。そして、膝をついて笑いながら言った。

 

「そら、急げよ。全力で抗えよ。雑種共」

 

 

「キャスター!」とアサシンは怒りを隠そうともせず、念話でキャスターの脳内に話しかけた。「貴様、一体どういうつもりだ? シロウを宝具の中に閉じ込め、さらに……アレは英雄王であろう? なぜあやつが召喚されておるのだ? 答えよ、お前が知っている事すべてを口に出せ。でなければ、我の毒で永遠に続く地獄を味わせるぞ」

「おやおや、これは怖いですな!」とキャスターは言った。「では、すべてを正直に答えるとしましょう。女帝殿よ、これはすべて必要な行為、起こって当たり前の現象なのですとも」

 

 キャスターの説明をすべて聞いたアサシンは、初めにキャスターの気が狂ったと思い、その次にこの事実を現実のものであると受け止めた。そして、目の前を眺めた。ついさきほどまでライダーとランサーが挟み撃ちにしていた、アーチャーとそのマスターはギルガメッシュが現れた瞬間に、気を取られた三人の隙を正確に突いて、その場から逃走していた。

 

「ライダー、そしてランサーよ」と女帝は言った。「あのアーチャーのマスターを殺せ」

「応よ、しかし良いのか?」とライダーは言った。「なんだか、随分とすさまじい気配がするサーヴァントが召喚されたみたいだが、そっちは無害と考えていいのか?」

「分からん。だが、今は何かの行動をとるつもりはないようだ。言っておくが、あのサーヴァントは下手をすれば、貴様らよりも強いであろう。下手な行動を取ってくれるなよ?」

「応、承知した。女帝さんがそこまで言うのならば、そうしよう」

 

 ライダーとランサーの二人は、泉を抱え、凄まじい速度で逃げ去ったアーチャーの後を追いかけた。とりわけ、アキレウスはその俊足ですぐさまに追いつくといった勢いであった。

 そして、空中庭園の端まで移動すると、庭園はすでに地上すれすれと言ったところまで高度を落としているのを観察することができた。アーチャーたちはここから飛び降りたに違いなかった。

 

「ここまで庭園が落ちているとはな」とライダーは言った。「あともう少しで、完全に地面に接触するぞ? 女帝さんよ」

「分かっておるわ」と女帝は言った。「あえてそうしているに過ぎぬ。この庭園の攻撃および守備の機能はあらかた破壊され、何の役にも立たぬ。この城は、すでに浮かぶだけの機能しか持たぬといっても良いだろう。それでも、我自身の強化は続いておる。よって、着地させ、セイバーをおびき寄せて、ケリをつけるつもりであったが、その作戦は完全に裏目にでたようだ。なぜならば、アーチャーのマスターに逃げられたのだからな……

 ともあれ、貴様らはアーチャーのマスターを始末せよ。セイバー陣営と出会った場合は交戦しても構わぬが、なるべくアーチャー陣営を優先せよ」

「あいよ」とライダーは答えた。ランサーもそれに続いて頷いた。

 

 しばらくすると、庭園は土煙と轟音とを立てて草原の上に降り立った。大地が揺れたことにより、周囲の動物たちはいっせいに起き上がり、森の中や木の上を駆け回った。

 彼ら二人は庭園から降り、アーチャーが逃亡した先として最も有力な候補である市街地へと移動した。





 でえじょうぶだ! ノッブが出てくるのはプロット通りですから! 決して本能寺のせいで、武蔵から変更してやろう! とかは思っていませんので! ……残念ではないノッブのキャラは書いていて違和感がムンムンと漏れ出ているのは気にしない方面で。

 次回予告!
 【セイバー陣営&アーチャー陣営VSライダー&ランサー】
 【天草四郎時貞VS織田信長】


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天下者と聖人

「こっちの方向に逃げて!」と泉はアーチャーに抱えられながら叫んだ。彼女は彼の指示に従いながら、入り組んだ街の中を全力で走り回っていた。その速度は、自動車よりも早く、まさに俊足と呼ぶにふさわしいものであった。

 

「汝、本当にこれでいいのか?」と彼女は問いかけた。「一度空中庭園の土を踏んだのだ。ならば、そのまま大聖杯を手に入れる方が効率的ではないのか?」

「いいや、それはダメだ」と彼は答えた。「君も感じているだろう? 新たなサーヴァントの気配を。僕の予想が正しければ、その気配の正体はギルガメッシュだ」

「何? あのホムンクルスに憑依させたものと同じ英霊なのか?」

「うん、そうだよ。どうやら彼はあの、ギルガメッシュの宝具を使えるようにしたホムンクルスという釣り絵にまんまと引っかかってくれたみたいだ。傲慢不遜な英雄王が、そんな真似をするヤツを見逃すはずがないからね」

「では、吾々はあのギルガメッシュの怒りを買ったということか?」

「そうなるね。でも、大丈夫だ。アレは確かに傲慢不遜ではあるけれど、愚かじゃない。ここに召喚された瞬間、彼の目はすべてを見通したはずだから」

「どういうことだ?」とアタランテは問いかけた。

「つまり、ギルガメッシュが動くことはないということさ」と泉は答えた。

 

 彼は、犬や猫、それから梟や鼠に蛇といった動物を使い魔とし、この町中のあらゆる場所に潜ませていた。彼らは、泉がペットショップで購入した動物たちであった。そして、彼は動物たちの目を通し、ランサーとライダーの動きを見張っていた。二人のサーヴァントは、泉たちの居場所を気配で感じ取り、正確な方向、正確な道筋で追いかけていた。彼らは、泉たちのすぐそこまで迫っていた。

 

「アーチャー、次の角を曲がる! それから、5番目の角を曲がって、そのまま全力でまっすぐ走って!」

 

 サーヴァントはマスターの命令通りに移動した。

 市街地の住民たちは、聖杯大戦による不穏な気配をそれとなく感じ取り、外を出歩くものたちは全くいなくなっていた。そのため、アーチャーは全速力で、市街地の道路を走ることができるのだった。しかし、彼女のすぐ後ろには、ライダーがほんの300歩ばかりといったところまで迫っていた。そして、その距離は少しずつ縮んでいった。

 

「非常に癪だが」とアーチャーは焦りと、少しばかりの屈辱を隠しきれない様子で言った。「私よりもあのライダーの方が早い。このままでは追いつかれるぞ。交戦するか?」

「いいや、まだ早い……」と泉は周囲を見回しながら言った。「まだ戦うのは待ってほしい。このままライダーとランサーの二体と戦っても、勝率は非常に低い。カルナは鎧を捨て、その防御を捨てた代わりに強力な槍を手にした。アキレウスは胸、つまりは心臓にある霊核を砕かれ、令呪の力とアサシンの魔術とによってある程度動けるに過ぎないという状況だ。でも、生前は心臓を貫かれてもしばらくの間暴れまわったという逸話をもつ。つまり、油断はできない。だから、万全を期して戦いたい……よし、そろそろだ! あともうひと踏ん張り、逃げ切って!」

 

 と泉は叫んだ。アーチャーはそれに答えるように、少しばかり足を速めた。ライダーもそれに合わせて走る速度を速め、あと少し手を伸ばせばアーチャーを捕まえることができるといったところまで、互いの距離は縮まった。

 ライダーが手を伸ばした瞬間、曲がり角の物陰から、セイバーが魔力放出によって素早く飛び出し、ライダーに剣を振り下ろした。その一撃は、まったくの不意打ちであった。ダメージこそあまり無かったものの、彼をひるませるには充分であった。

 泉は、ライダーがひるんだ瞬間を見逃さず、アーチャーの腕から飛び降りた。そして、アーチャーもまた、その隙を見逃さず、弓を手に持ち、矢をライダーに打ち込んだ。しかし、それはライダーの槍によって弾かれた。そうしている間に、ランサーも彼らの元に追いつき、ライダーの横に並んだ。

 

「よし!」とセイバーは剣を構えながら言った。「ライダーとランサーが相手か! アーチャー、ここは共闘といくか。どうやら、オレたちのマスターが念話でこの状況を作り出すことを打ち合わせていたみたいだしな」

「いいだろう」とアーチャーは言った。「汝は好きなように暴れまわれ。私の矢は正確にライダーとランサーのみを射抜こう」

「そのぐらい、弓兵ならできて当然だろう? 薄目野郎とどっちが弓の腕が上か見させてもらうぜ」

「ハ、セイバーとアーチャーの両方が相手か!」とライダーは槍を一回転させながら言った。「いいぜ、俺はこの二人を相手する。ランサー、お前はアーチャーのマスターを殺せ!」

「了解した」とランサーは答えた。

「へ、行かせるかっての!」とセイバーは叫んだ。

 

 セイバーとアーチャーの陣営と、ライダーとランサーの陣営との戦いが始まった。

 セイバーは、ライダーとランサーとの二騎が振るう槍を剣で相手取り、アーチャーはセイバーの後方から矢による狙撃で支援を行った。しかし、彼女たちの攻撃をライダーはその肉体と、研ぎ澄まされた技術によって跳ね返した。ランサーもまた同様に、槍のすさまじい一撃によってセイバーに攻撃を加えたり、矢を叩き落したりとしていた。

 泉は、戦うサーヴァントたちを後方で見ながら、

 

「まずいかな」と言った。「アーチャーとセイバーが圧倒的に不利だ。まあ、相手はアキレウスとカルナなんだから、仕方ないかな。セイバーは確かに強いし、アーチャーも強い。でも、ギリシャとインドのトップに入る英雄が相手じゃあ、こっちが劣るのは当然かな? ま、彼女たちがあの二人を引き留めている間に、話をしよっか、獅子劫さん」

 

 と泉は振り向きながら言った。物陰に隠れていた獅子劫は、

 

「バレていたか……」と頭を搔きながら、泉の隣に移動した。「全く、これでも全力で気配を消していたつもりだったんだがな」

「いや、まったく分からなかったよ」と泉は笑いながら答えた。「確かにどこに隠れているのかは、全く分からなかったけれど、もしもの時、セイバーに確実な指示を送るためにはこの近くにいなくちゃいけないからね。だから、適当に声を出しただけだよ」

「そうか。言いたいことは色々とあるが、今はいいだろう。で、話ってのはなんだ?」

「前に言ったよね。僕は『獅子劫さんの呪いを無かったことにすることができる』って。その準備が8割ほど終了したから、報告しようと思ったんだ」

「ああ、ヒュドラの幼体との交換条件のアレか。本気で呪いを消すことができるのか?」

「言ったでしょう?」と泉は笑いながら言った。「僕は魔術師だ。ヒュドラとの交換条件は、この聖杯大戦が終わった後に呪いを解く。魔術師は契約を守る生き物だ、ちゃんと取引は守るさ。でも、それを守るには僕と獅子劫さんの二人が生き残らなければならない。(それに、先生からの依頼もあるし)だから、僕たちは必然的に共闘せざるを得ない。

 さて、今セイバーとアーチャーは、ランサーとライダーと戦っている。でも、こちらは押され気味だ。相手は強力なトップサーヴァント。このままじゃあ、僕たちは敗北する。どうする?」

「そうだな……」と獅子劫は、これまで戦場で培った様々な経験や直感を頼りにし、この状況において最善ともいえる行動を考えた。「ひとまずは、逃げて確実に殺せる機会をうかがうのが一番だろうな」

「やっぱりそうだよねえ。まあ、もともと獅子劫さんとセイバーと合流するのが目的で、街まで移動したんだから、これ以上ここにいる必要は無いか」

 

 泉はアーチャーに念話で、「今からセイバーと一緒に逃げるから、タイミングをうかがってほしい」というような言葉を送った。彼女はそれに頷いた。獅子劫も同様の指示をセイバーに送り、セイバーもまたそれに同意した。

 セイバーとアーチャーとの二人は、ライダーとランサーと戦いながら、彼らの隙を伺っていた。しかし、洗練された彼らの戦い方、動作に隙と呼ばれるようなものは一切なかった。セイバーは舌打ちをしながらも、ライダーとランサーの攻撃をかわしたり、剣でいなしたりとしていたが、それだけで彼女には精一杯であった。アーチャーも、正確無比な射的でライダーとランサーに攻撃を行っているが、矢のほとんどは武器で弾かれていた。そして、矢が当たっても、ライダーの不死の肉体の前には矢じりが刺さることはなかった。

 セイバーの鎧には、彼らの攻撃による細かい傷が無数に入り、少しでも油断をしたらその鎧の下にある肉まで断ち切られるといった状態であった。その最悪といえる事態は、セイバーの直感と経験、そしてアーチャーの狙撃によって何とか回避されていたが、彼らはセイバーの剣筋やアーチャーの癖といったものに少しずつ慣れていった。

 それを見て取った泉は、

 

「アーチャー、セイバー、目を閉じて!」と言いながら閃光手りゅう弾を放り投げた。手榴弾は破裂し、大きな音と激しい光があたりに放たれた。それらは、ライダーとランサーをほんの一瞬だけ怯ませるには効果抜群のものであった。こうして生まれた隙を、セイバーとアーチャーは見逃さず、素早くそれぞれのマスターを抱えてその場から逃げ出した。

 

 

 

 

「近代の英霊とか、相性的にマジ勘弁なんじゃが!」と織田信長は言った。「だって、わし神秘の濃い英霊とかなら、宝具であっという間にイチコロなのに近代の英霊だとそうはいかないしの! 相性が悪いのじゃ、相性が! FGOでもコイツルーラーじゃし、バサカとアヴェ以外のクラスの攻撃は普通にしか効かないしの! まあ、この時空だと、それは関係ないんじゃが!」

 

 彼女の服は天草四郎時貞の攻撃によって、所々に切れ目が入っており、砂埃によって汚れていた。しかし、彼女の肌に天草四郎時貞の刀が届くことはなく、あくまで服を切断するまでにしか至っていなかった。

 

「全く、ここまでわしの服を切り裂くとか、本当勘弁なんじゃが。せっかくの一張羅が台無しじゃ……」

「何を言うか……」と天草四郎時貞は、刀を杖のように持ち、膝をつきながら言った。彼の体は織田信長の刀や火縄を使った攻撃によってあちこちが激しく傷つき、血が大量に流れ、何度も地面を転がった証として泥にまみれていた。「俺をここまでボロボロにしておきながら、愚痴をこぼすとは。どうやら満足していないようだ」

「当然じゃろ。わしは天下統一直前まで行った武将じゃというのに、後世のしがない一揆の首謀者にここまで刀傷を負わせられたんじゃからな。ま、誇っても良いぞ? わしの服にここまで傷をつけたんじゃからな」

「それは、それは……光栄ですね……」

 

 と天草四郎時貞は立ち上がりながら言った。そして、額から流れる血をぬぐい、刀を構えた。彼の目には、激しい野望の炎が燃え盛っており、織田信長を睨みつけた。

 

「俺はここで死ぬわけにはいかない」と彼は敵の動作一つ一つを見逃さず、全身を強張らせながら言った。「剣技、スキル、宝具、霊基、俺はあらゆる面においてお前に負けている。だが、それでも俺は勝たなくてはいけない」

「何ゆえにじゃ?」と織田信長は問いかけた。「なぜ、きさまはそこまで必死なのじゃ?」

「言うまでもない。俺の願いを叶える為だ。俺は全人類の幸福を願っている。悪という概念を徹底的に振り払い、善の概念のみしかない世界を実現する為だ!」

「なるほどのう。全人類の幸福、確かに聖人らしい願いじゃ!」と彼女は言い、あたりを見回した。

 

 彼らの戦い野中でも、戦は続いており、たくさんの人間があらゆる方法で殺し、あるいは殺されるといった光景が見られた。政府軍は一揆をおこした農民たちをあらゆる方法で殺していった。中には、既に戦う意思を失い降伏した農民もおり、政府の兵に命乞いを行っていたが、政府の兵は笑いながらその農民の首を跳ねた。

 

「フン、この戦がきさまの願いのきっかけか」と彼女は言った。「甘いのう。戦国の世においては、この程度の小さな戦など、地獄と呼ぶには生ぬるい。ただの児戯よ。きさまは知らんのじゃ、戦によって作り出される地獄というものをのう」

 

 織田信長は火縄の引き金を引き、天草四郎時貞の肩を正確に打ち抜いた。彼はうめき声を上げながらよろめいた。

 

「真の地獄というものを見せてやろう」と織田信長は言った。「戦、絶叫、血飛沫、涙、そして───炎による地獄を! あらゆる神仏をわしは否定しよう。あらゆる信仰をわしはねじ伏せよう。ああ、これこそが魔王の炎なり! これよりは、大焦熱が無間地獄! 三界神仏、灰燼と帰せ。我こそは第六点魔王波旬第、織田信長なり! ───六天魔王波旬!」

 

 第六天魔王の固有結界が世界を塗り替え、周囲の光景が切り替わった。

 その光景というのは、炎に包まれた世界であった。寺の一部である瓦礫は炎によって灰となり、仏像は炎によって溶かされ、人間もまた、炎に包まれていた。

 

「敗北者は全て炎に包まれ、なすすべもなく燃え尽きる。総てが炎に包まれ、総てを灰燼と帰す。──これこそが戦じゃ。これこそが地獄じゃ。あのようなちっぽけな一揆など、戦国の世ではよくあることじゃ。世界を救うつもりならば、真の地獄を見、体験し、抗ってみせよ! 天草四郎時貞!」

(これは……)と天草四郎時貞はその地獄を見て、激しい戦慄を覚えた。(これは、戦などでなはい……ただの一方的な蹂躙だ。強者も、弱者も、敵も、味方も、炎に包まれたのならば総てが等しく燃やし尽くされる。そう、その相手が神であろうともだ。まさに神仏すらも恐れない織田信長そのものだ。ここに希望などはありはしない、総てが絶望と炎とに包まれた世界。そう、まさにこれこそが地獄なのだろう。確かに、俺が味わったあの戦と、この炎の世界とを比べたら、あの戦は生ぬるく見えるだろう。だが……)と彼は刀を握る力を強めながら言った。「この世界はまさに地獄だろう。だとしたら、俺は尚更敗北するわけにはいかない。これは、織田信長という人間が作り出した地獄だ。そして、お前という人間が作り出せるというのならば、他の人間でもこの地獄を作ることができるだろう。人間の悪辣さというのはそういうものだ。ならば、その地獄を作り出す人間がなくなるためにも、俺は敗北するわけにはいかない」

「で、あるか」と第六天魔王は頷いた。「それがきさまの答えか。この地獄における回答か。ならば良いじゃろう。わしという人間は、天下布武のために手段を択ばなかった。そうじゃ。まさにわしこそが地獄そのものじゃ、人間という悪そのものじゃ。倒して見せよ。我という悪をのう」

 

 天草四郎時貞は自らの肉体すらも炎に包んだ魔王に、刀による一撃を加えるべく咆哮し、全力で駆け寄った。





ちなみに、織田信長の属性は秩序・中庸だったりします。自分、生前の行いからしてぜってえ悪だわ、とか思っていました。すまない……
ちなみに、宝具使用時は全裸です。全裸の幼女に刀を持って飛び掛かる天草という図になっております。


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聖杯問答

 
この話を書いている時、変なテンションだったのでシッチャカメッチャカかもしれません。修正できたら、後で修正します。




 アサシンは大聖杯を収納する部屋に現れ、蔵から取り出した玉座に座ってふんぞり変えている英雄王に対して、非常に神経質なまでの警戒を行っていた。遠見の魔術によって、英雄王の僅かな息遣い、僅かな目の動きといったものを観察し、彼がどのようなことをしても素早く対処できるようにしていた。

 

(もしも、ヤツが我らを殺そうとするのならば)とアサシンは思った。(おそらく、ほんの一瞬で終わるだろう。それこそ、この空中庭園において強力な魔術を使える我ですらも、指先で小突く勢いで殺せるだろう。ライダーとランサーならば、ある程度抵抗するだろうが、それでも勝利できる確率は非常に低いといえる。それほどに、ギルガメッシュという男は強いのだ。もちろん、我のマスターでも勝利は不可能だろう。そういった意味では、キャスターがマスターを宝具の中に閉じ込めたのは、避難という意味では僥倖というところであろうか。

 全くもって厄介な存在が出てきたものよ。しかし、気になるのはなぜギルガメッシュという男が現界してきたのか、どうやって現界してきたのかだ。ヤツのマスターは確認できない。かといって自前の魔力で現界しているわけでもない、どういうことだ?)

 

「気になるか?」とギルガメッシュは、その全てを見通し、全てを見透かすかのような赤い目で、遠見の魔術を行っているアサシンと目を合わせて言った。「なぜ(オレ)がここにいるのか、どのような意図で(オレ)は現界したのか」

「その、通りだ……」とアサシンは息を飲み込みながらも答えた。

「そう緊張することもあるまい。(オレ)にとって、一雑種が何を考えているのかを予想するなど、非常に容易いことよ。今の(オレ)は非常に退屈している、下手に動くわけにもいかんからな。アッシリアの女帝よ、(オレ)の退屈しのぎの相手をせよ」

「了解した」とセミラミスは己を投影した立体映像を英雄王の前に出現させた。その立体映像は、彼の前にかしずいて言った。「相手をさせていただこう」もちろん、こうした動作、こうした態度を取ることは、女帝にとって大変屈辱的なものであった。しかし、彼女はそれを感じ取らせるようなことはなかった。

 

「良かろう。貴様のその態度に免じて、改めて(オレ)の話し相手となることを認めよう」と英雄王は言った。「さて、強欲にも、(オレ)の財宝である聖杯を、貴様も手に取ろうとしているのだろう? ならば、聖杯を獲った暁に何を願うつもりか話すことを許そうではないか」

「それは……」とアサシンは息をつまらせた。(我の願望、それは世界を支配し、世界に君臨することだ。しかし、そうした言葉をこの英雄王の前で言っていいものか。かつて世界すべての財を集め、世界を己の庭とした英雄王にとって、この願いをどう捉えるか……)

 

 ギルガメッシュはそうしたアサシンの様子を見て、笑みを浮かべながら言った。

 

「なるほどな。貴様のその様子を見ていると、貴様が抱いている願望は自ずと判るというものよ。貴様は己の恋を叶えようとしているのだろう?」

 

 そうした彼の言葉にセミラミスは、顔を赤くしてうめき声を漏らし、肩をびくつかせるといった、ひどく動揺した様子を見せつけた。

 英雄王はそうした彼女の様子を見て、

 

「フハハハ!」と笑った。「そう照れるものではないぞ、アッシリアの女帝よ。ほんの英雄王ジョークというやつだ! だが、どうやら(オレ)の予感が的中したようだな」

「戯れを」とアサシンはたちまちのうちに冷静さを取り戻してはいるものの、ギルガメッシュを睨むその目線は冷たい、氷でできた針のようであった。「我の願望は受肉だ。男など、我にとってはただの道具であり、傀儡そのものよ。そんな存在に対して我が恋慕を抱くわけもあるまい」

「そうか、そうか。まあ良い。これは(オレ)が貴様に退屈しのぎをするように命じているのだからな、多少の無礼は赦すとしよう。本来ならば、嘘をついたとわかった瞬間に粉々にしているところだが、今回は特例としよう、感謝するが良い」

 

 アサシンは頭を下げた。

 こうした彼女の様子と、ギルガメッシュとの様子を見れば、この場においてアサシンの立場が下であるということは、いたって明確に見て取れた。もちろん、アサシンにとってそうした状況は先ほど記述したように、大変な屈辱であった。しかし、彼女は同時に女帝としての傲慢、冷徹な部分が、どのようにしてギルガメッシュという存在を屠ろうかを考えていた。

 

「さて、道下が踊る様子も楽しめたし、本題に入るとしよう。すなわち、(オレ)がなぜ、どのようにして現界したというのかを。(オレ)自身から語るなど、滅多にないことよ。(オレ)の言葉一つ一つを聞き漏らすことないように、拝聴することを許そう」

「その話、この私も聞いてもよろしいでしょうか?」と聖杯を収納している空間に入ったキャスターは、英雄王の前に跪いて言った。「吾輩はキャスターの座を与えられたサーヴァント、真名をウィリアム・シェイクスピアと申します。この場においては、吾輩はただのしがない一作家であり、いささか身分違いではありましょうが、作家としての性分がこの場にいさせるのでございます!」

「良い、許そう。今の(オレ)は暇を持て余していると同時に、機嫌もすこぶる良い。よって許そう」

「光栄でございます、人類最古の英雄、偉大なる英雄王殿」

「では、まず(オレ)がこうして現界した目的は、あろうことか(オレ)の座から直接、(オレ)の宝具のみを召喚、盗み取った愚か者に対して制裁を加えるためよ。一度はどうにか現界し、罰を下したがどうやらその盗人はまだ生きているということが判った。そのため、現界して(オレ)直々に制裁を加えようとした。もちろん、自力で現界するということは、さすがの(オレ)としても少しばかり無茶であった。なぜならば、(オレ)の蔵まるごとを盗み出されたのだからな。よって、今の(オレ)は蔵を使うことができん。しかし、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)の中にしまってある宝具の中でも、とりわけ特別なものだけは盗むことは不可能であった。これはひとえに、(オレ)の胆力によるものだ。

 しかし、蔵を奪われては流石に(オレ)だけの力で現界することは不可能だ。だが、どうにかして現界しようとしている(オレ)に対して、世界が後押しをし、こうして現界することができた。そして、現界した(オレ)がはじめにしたことは、この目で世界を見ることだ。そして、見たモノと、世界による後押しとを考えれば、なぜ世界が(オレ)を現界させるのに力を貸したのか自ずと答えにありつくというものよ」

「それはなぜでしょうか?」とキャスターは問いかけた。それにギルガメッシュは、

「知らん、この(オレ)がここまで話したのだ、あとは貴様らだけで判るであろうよ」

「なるほど、判りました。お話、ありがとうございます」とキャスターは頭を下げた。それから、立ち上がって言った。「では、この我輩、やることができましたので、ここらで失礼させていただきます! どうぞ、気のきいた召使などがおりませんが、ゆるりとお過ごしください!」

 

 キャスターはこの場所から、アサシンがいる玉座まで素早い移動をしてみせた。キャスターが、アサシンも前に姿を現すと、彼女はギルガメッシュに一言断わり、立体映像を消した。

 

「『不幸な時代の重荷は、我々が背負わねばならぬ』」とキャスターは言った。「大変なことが判りましたぞ、大変なことになりましたぞ! 女帝殿!」

「ええい、喧しいぞ、キャスター」とアサシンは言った。「それで、何が判ったというのだ? おそらくだが、我と同じことを予想しているだろうが」

「ええ、ええ。その通りでしょうな。あの英雄王ギルガメッシュは、世界が現界の後押しをしたとおっしゃいました。そして、もちろん英雄王ギルガメッシュにも言えることなのですが、我々サーヴァントは聖杯の力によって召喚されます。なぜ、聖杯によってサーヴァントが召喚されるのか、それは願望を叶えるためのエネルギーを集めるというのも、目的の一つですが、もっと根本的なところで聖杯の性質が関わっております。

 聖杯というのは、世界に危機が訪れたとき、その危機に世界が立ち向かうがために英霊を召喚するという性質を模倣し、サーヴァントの召喚を可能としています。そして、世界が彼を召喚したということは、世界に大変な危機が迫っているということを意味しております! ですが、まあ。あのお方は動く気はないようですな。つまり、我々だけでその危機を解決しろ、と言っているのでしょう」

「ああ、我も同じ考えだ。抑止力が動いたということだが、そこまでの世界の危機というのは一体何だ? そこが解らぬ」

「果たしてそうでしょうか? いるではありませんか、我々の身近に人類すべてを不老不死とし、幸福な世界を作ろうとしている人物が。天草四郎時貞、彼の願いを世界は危険だと判断したのでしょう」

「そうだな……」とアサシンは苦いものを噛み締めたような顔をして言った。「なるほど、その可能性が高い。だが、キャスターよ、一つ腑に落ちないところがある。お前は一体何を企んでいる? マスターを宝具の中に閉じ込め、何を企んでいるのだ?」

 

 彼女の目は、その目を見たもの、あるいは見られたものすべてをぞっとさせるような、鋭く、冷ややかなものであった。それにキャスターは笑みを浮かべ、

 

「なあに、ただひとつだけ言えることがございます」と言った。「それは、吾輩はサーヴァントであり、マスターの願いを叶えるために、マスターに力を貸す存在ということです。そう、吾輩の名はウィリアム・シェイクスピア! 劇作家にして、俳優である! 吾輩はマスターの敵となるものすべてを排除致しましょう。そして、マスターの物語を紡がせていただきましょう。それこそが、吾輩の役目なのですから」

「フン、まあ良い。その言葉、たしかに聞いたぞ。もしも、その言葉に反するような行いをしたのならば、我の毒で永遠とも言える時の中で苦しみを与えてやろう」

「おやおや、これは怖いですな」

 

 

 

「ふむ、ここまでか?」と織田信長は目の前で倒れている天草四郎時貞を見下ろしながら言った。「まあ、よくやったほうじゃろう。なんせ、今のわしは本能寺復刻&ぐだぐだ明治維新でノリに乗っておるからの! 新撰組チームのポイントよりも、織田陣営の方のポイントのほうが多いからの! それほど、わしにカリスマがあることの証明じゃの! え? 心臓? 知らんわ。

 まあ、それはそうとして、お主の実力、とくと見させてもらったぞ。そのうえで評価させてもらおう。ぶっちゃけ、お主の実力じゃと願いを叶えるのは不可能じゃの。というか、人類皆不老不死で仲良く兄弟なんていう願い、叶うわけなかろう。世界が、抑止力が許さんわ」

「何……?」と天草四郎時貞は傷だらけの体に鞭を打ち、よろめきながら起き上がった。「俺の願いが叶うことはないだと? だとしても、俺は願いを叶えなければいけない。確かに、俺とお前では、味わった(地獄)の経験も、質も全く違うだろう。だが、どんな規模であれ、どんなに少ない数であれども、地獄は地獄だ。戦によって、この現世に地獄を作り出す人間の業は、完全に無くさないとならない。人間の激情と我欲とをなくし、全くの無色透明な世界を作りだす! それが俺の願いだ! 俺は叶えなければならない!」

「で、あるか。お主、つまらんやつじゃのう。不老不死? 平和な世界? つまらん、そんな世界は作れん。人間というのは、いや、人間に限らず生物の根本は争いじゃ、戦争じゃ、生存じゃ。争いのない世界など、生物がいる限り作れん。例え、聖杯のちからを使ったとしてもな。

 とまあ、散々言ったが、わしはお主の願いそのものを否定することはできん。お主のそれは全く持って正しいモノじゃからの。世界を救う、人類を救う、方法はどうあれど、立派なものじゃ。──が、今はそんなことをしている場合ではない。聖杯大戦などやっておる場合じゃないのじゃ」

「何? 何を言っている?」

「うむ、先ほどキャスターめからこっそりと通信があった。それによると、抑止力によって英雄王ギルガメッシュとかいう金ピカサーヴァントが召喚されたようじゃ。全く、金ピカなどゴールデンとサルめで十分じゃというのに」

「ギルガメッシュ、だと? 馬鹿な」

「本当のことじゃ。現に、英雄王本人が抑止力によって召喚されたと発言しておる。まあ、抑止力が動く原因など、わしの目の前にいるお主じゃろうがな。是非もなし。──というのが、キャスターがアサシンとの共同の意見じゃ。

 じゃが、キャスターめは別の可能性を考えておる。つまり、抑止力が働いた原因は、お主ではなく全く別の人物。それも、この聖杯大戦に関わっている人物の影響じゃとな。これは、アサシンにも話しておらんようじゃ。なぜかは知らんがな。どうせ奴めのことじゃ、そのほうがいい物語を書けるとか思っておるのじゃろう。

 と、話がズレたのう。その抑止力が動いた原因の人物はとっくに予想しておる。アーチャーのマスター、川雪泉とかいう小僧が抑止力を動かした原因じゃ。

 キャスター曰く、その小僧の目は、暗闇のみしか見ておらず、何も見ていない、イカれた破壊者の目だったと語っておる。お主にも心当たりがあるんじゃないかのう?

 そして、キャスターはこう予想しておる。奴にとってこの世界は、非常につまらない、ゴミのような世界だと認識しており、その世界を文字通り消滅させようとしている、とな。それも聖杯の力を使っての」

「なるほど……つまり、貴女はこう言いたいのですね。『世界が滅ぶから、私の願いは諦めて戦え』と」

「その通りじゃ。作家としての直感がそうするべきだと予想していたようじゃの。───とまあ、ここまでキャスターの筋書き通りじゃの。で、どうじゃ? お主は願いを犠牲にして戦うか? それとも、世界を犠牲にして願いを取るか?」

「もちろん、私は世界を取りますよ。これでもいっぱしの英霊ですからね、世界を守らせてもらいます」

「うむ!」と織田信長は笑顔で頷いた。「よし、よし! いい顔じゃ! 願いに対する未練もないようじゃの!」

「いえ、少しだけあります。が、世界が滅びては願いの意味もありませんからね。……それはそうと、これを話したかったのなら、今まで私に攻撃を加えた意味は何なのでしょうか?」

「あー、それはのー……」と織田信長は冷や汗を流し、顔をそらしながら言った。「一つは時間稼ぎじゃ。英雄王なんちゅうチート英霊が召喚されたからの。ソイツにお主がやられないように、キャスターめはここにお主を閉じ込めたのじゃ。マスターが無事なら、キャスターも無事とかいうスキルを持っているからの」

「攻撃には関係ありませんよね?」

「まあ、アレじゃ。わしはキャスターの創作として作り出された織田信長じゃが、まあ、アレじゃ、わしの趣味じゃ! こう、試すとか、そんな感じの雰囲気でカッコよかったじゃろ? ……是非もないネ! 全部キャスターが悪い! ではの! そろそろ出すぞ!」

「ええ、ありがとうございます」

「うむ! 頑張るのじゃ!」

 

 織田信長の合図により、キャスターは宝具を解除した。天草四郎時貞はキャスターとアサシンとの前に出現した。彼の肉体が負った傷はすっかり消え去っていた。

 キャスターはマスターに対して目配せをした。それは、「あのことはまだ確定したわけではございません。しがない一作家の予想でありますから。ですが、どう扱うかは貴方の自由ですぞ」という意味のものであった。

「ええ、わかりました」とキャスターのマスターは答えた。「アサシン、キャスター。そして、この場にはいないライダーとランサーも念話で聞いて欲ください。抑止力が動き出しました。つまり、世界が滅ぶ危機ということです。

 一つは私の願い、一つはアーチャーのマスターの願い。この2つが現時点で予想できる、抑止力が動いた原因の最大の可能性です。どちらかが、あるいは両方ともが原因なのかもしれない。……英霊というのは、世界の防衛機能の一種です。今回、聖杯大戦で召喚された私達にその力があるかどうかはともかく──『世界を救うために、自分で考え、自分で動いてください』これは、令呪による命令です」

 

 

 

 





 ……それにしても、エイプリルフールにはおったまげたなぁ……まさか、一日限定でアプリを出すとは……型月、毎回本気出しすぎなんですよ! 
 ぐだぐだ明治維新も始まりましたし、CCCコラボも予告されましたし、石を貯めなくては……! メルトを引くために! あとBBも!




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空中庭園への侵入

 ───とある王は泥の力によって、人類を選別しようとした。

 

 ───とある魔神はあらゆる時代の人理を焼却し、そのエネルギーによって過去へと遡ろうとした。

 

 ───とある巨人はあらゆるものを破壊する力で、大地を抉り、海を蒸発させ、山を砕いた。

 

 ───とある悪役は隕石を地球の中心に穿つことにより、惑星を破壊しようとした。

 

 ───また、とある男は戦争を、とある女は快楽を、とある人物は──

 

「───しかし、それらはすべてが失敗に終わっている」と泉は言った。

「王は正義の味方を目指すものに斃され、魔神は普通の人間に斃され、巨人は聖剣の光に貫かれ、悪役の企みもまた、探偵によって破られてしまった。この世界の正史の英霊は全人類を不老不死にしようとした。しかし、それも叶わなかった。

 なぜか? なぜ、これらの願いは叶わなかった? もちろん、原因はいくつかある。それを邪魔する人物がいるからだ。それと戦う人物がいるからだ。

 でも、最大の存在、世界を脅かすにあたって、最大の敵が存在する。それが抑止力。抑止の力によって願いが叶わなかったものがいくつかある。

 そう、世界を滅ぼすにあたって、最大の敵は人間でも、動物でも、英霊でもない。抑止の力だ。抑止力が存在している限り、世界を滅ぼすなんていうことは出来ない。

 ならば、世界を滅ぼすにはどうすればいいのか? それは簡単だ。世界を味方につければいい。正しい手順を踏み、世界が自ら世界を滅ぼすようにすればいい。───さあ、始めようか。世界を滅ぼすための計画を!」

 

 

「世界を救う、か」とライダーはマスターの念話と、令呪による命令とについて戸惑いを見せながらも、機嫌よく笑いながら言った。

「世界を救う! いいな、それはいい! 世界を救う! まさに英雄としてふさわしい行いだ! だが、敵は二人、もしくはどちらか片方。そのうち一人は俺のマスターだ。なあ、ランサー、お前はどうする? お前はどのように行動する?」

「そうだな」とランサーは答えた。「マスターは嘘を言っていないと感じた。世界がマスター自身、あるいはアーチャーのマスターによって滅ぶということを確信していた。

 それはつまり、このままオレたちが何もしなかったのならば、世界が滅びるというのは本当のことだろう。

 オレは、マスターの命通り、オレ自身が正しいと思える行動をしよう」

「そうかい。俺は……そうだな、とりあえずはアーチャーのマスターを叩くとするか」

 

 とライダーは、彼の前から逃げた泉たちを探すために街中を素早く移動し始めた。

 ランサーは、空中庭園へとまっすぐ向い始めた。

 こうした彼らの行動を、泉は街中に放った使い魔たちの目を通じて観察していた。

 

(世界を滅ぼす、か)と泉は考えた。(彼らがそうしたことを言うということは、僕がこの世界を滅ぼそうとしていることがバレたということだ。だけど、それは想定内、むしろ判明するのが遅かったぐらいだ。これで、全てのピースは完成した)と彼は一緒にいるアーチャー、そして獅子劫とセイバーに見られないように、見られたとしてもわからないような、小さな笑みを浮かべた。

(”黒”の陣営は全滅し、ジャンヌ・ダルクも敗北し、”赤”の陣営でも残るのはセイバーと獅子劫、天草四郎時貞が率いるランサー、ライダー、キャスター、アサシン。そして僕とアーチャー。そして、新たに召喚された英雄王。

 あとは聖杯を獲得さえすればいい。天草四郎時貞、お前のやっていることは全てが無駄だ。たとえ、獅子劫とセイバーとアーチャーが、僕の思惑に気付いたとしても、僕をどうにかすることは不可能だ。だが、最後まで油断してはいけない、Fate/という世界において、油断こそが最大の敵なのだから)

 

「獅子劫さん、それにセイバー」と泉は言った。「ライダーが、僕たちを探して仕留めようとしている。彼の不死の肉体の前に、僕たちの攻撃はことごとくが跳ね返されるだろう。正直言って、ライダーと戦うことは無謀そのものだ。

 そして、僕たちの目的は聖杯だ。空中庭園にある聖杯さえ取れば、残りのサーヴァントはどうにでもなる。これは約束しよう。でも、さっきも言った通り、街にはライダーがうろついている。だから、空中庭園にどちらかがたどり着ければいい。聖杯さえ取れればいい。

 幸い、僕は町のあちこちに使い魔を放っている。だから、彼がどこをどう通っているのかは、手に取るようにはっきりとわかっている。僕の後をついていってほしい。向かう先は空中庭園だ」

 

 その提案に獅子劫は頷き、ほかのサーヴァントたちも頷いた。

 泉は使い魔たちの視覚を自分自身の目と共有させ、高速で移動するライダーがどこにいるのかを把握しつつ、彼がどこにどう向かうのかを予想しつつ、彼と出会わない道筋を慎重に選択した。

 その結果、彼らはライダーと遭遇することはなく、空中庭園の元へとたどり着くことができたのだった。

 平原にその巨体を横たわらせている空中庭園の前で泉は、獅子劫たちにこう言った。

 

「あの空中庭園のトラップだとか、魔術的な防御だとかはほとんどが破壊されている。でも、一歩でも庭園の中に入ると、そこはアサシンの領地だ。彼女は庭園の中のみで、強力な魔術を自在に使うことができる。だから、くれぐれも用心して欲しいんだ」

 

 こうした彼の注意を、獅子劫とそのサーヴァントは胸の中にしまいこみ、空中庭園の下部分の壁が崩れ、穴ができている部分から中に入っていった。

 中に入ると、薄暗かった。

 泉は魔術によって明かりを灯した。壁には何かしらの彫刻が施されており、天井には、等間隔で明かりを照らす為の魔術的な電灯装置が吊り下げられていた。それは、庭園の機能が停止したために、本来の役目を果たすことはなかった。

 

「フン、随分と悪趣味なところだな」とセイバーはそうした景色を見て呟いた。それから、迷いを見せずに左右のうち、左方向へと歩き始めた。

 

「オレの直感が言ってやがる。コッチにあのアサシンがいるとな」

「ああ、その通りだとも。反逆の騎士よ」と暗闇の向こうから姿を現したアサシンは、音を出すこともなく、侵入者達の元へと歩み寄った。

 彼女の表情は怒りに染まっていた。そして、その怒りは泉へと向けられていた。泉は、そうしたアサシンの視線に気付き、おちょくるかのような動作をして見せた。

 

「全くもって不愉快だ。この庭園を見よ! 我が生前に建設することはなく、伝説のみで語り継がれた虚栄の庭園を! いくら虚栄とはいえども、この庭園は我の城であり、どうじに誇りでもあったのだ。それを、このようにして堕とされること、これはつまり、我の顔面を泥のついた靴で踏み敷かれるのと同じことだ。

 だが、良いだろう。落ちてしまったものは仕方があるまい。今の我が出来ることと言えば、この庭園を堕とした罪人を、我直々に裁く事のみなのだからな!」

「どうするよ? 奴さん随分と怒っているぜ」と獅子劫は言った。

「そうだね、アサシンは怖い……魔術は怖い……毒は怖い……まあ、彼女はただの幻影というか、立体映像だし攻撃するだけ無駄でしょう。逃げるが正解だよ」

「させると思うか?」とアサシンは庭園に命令を送った。すると、4人の侵入者を2組に分けるように壁が出現した。

 これによって、泉とセイバー、そして獅子劫とアーチャーとの二組に分かれてしまった。すなわち、この場にいるサーヴァントとそのマスター同士が別々のサーヴァントとマスターとに分かれてしまったのだった。

 

「クソ、念話は妨害されているか……聞こえるか?」と獅子劫は壁の向こうにいるセイバーへと叫んだ。「聞こえるか! セイバー!」

「ああ、聞こえているぜ! かろうじてだがな!」とセイバーは答えた。

「これは、どうするべきかな?」と泉は言った。

「決まってんだろ、この壁をブチ壊す!」とセイバーは、魔力放出を伴った斬撃を壁に叩きつけた。

 凄まじい衝撃と、轟音とが辺りを響かせた。壁は無傷であった。

 

「クソ!壊せないだと?」とセイバーは兜の下で、憎々しげな表情を作り、壁を睨んだ。

「当然だとも、その壁は特別製だ」とアサシンは言った。「貴様らがあの穴からここに侵入する事を予想し、貴様らを分かつ為に、速攻で作り上げた特別な壁だ。たとえ、岩を砕く攻撃であろうとも、破壊することは不可能だ」

「壊せないんじゃあ、しょうがないか」と泉は壁の向こうに聞こえるように叫んだ。「アーチャー! アーチャーはしばらくの間、獅子劫さんのサーヴァントとして動いて欲しい!アーチャーも、サーヴァントとして動いて!」

「正気か?」と獅子劫は言った。「令呪の交換もなしに、サーヴァントの交換だと? と言いたいところだが、この場じゃあ、そうするしかないだろうな……」と獅子劫はアーチャーを一瞥した。

 アーチャーはそうした目線を感じ取り、

 

「私は構わん。この場においては、そうするしかないだろう」

「クソ、仕方がねえか」とセイバーは舌打ちをした。「だが、テメエの命令を全部聞くとは思わねえ事だな。オレの好きにやらせてもらうぞ」

「それでいいさ」と泉は答えた。

「話は終わったか?」とアサシンは言った。「何、これから死ぬ前に、最後の会話をさせるぐらいの寛容さならば持ち合わせている故にな。さあ、我の死の力を見るが良い!」

 

 とアサシンは詠唱を始めた。

 詠唱が終わると、大人2、3人分ほどの大きさをもつ毒蛇が、泉とセイバー、獅子劫とアーチャーとの前に、一匹ずつ召喚された。

 各々の毒蛇は、毒の吐息を漏らしながら、敵へと攻撃を加えるべく大きな口を開き、毒の牙を突き立てる準備をしていた。

 

「セイバー、怪物退治はブリテンで経験しているでしょ?」と泉は言った。「少なくとも、アーサー王は巨人、猪、邪竜、唸るものとか! ピクト人とかを倒しているよ!」

「ハン、当然だ!」とセイバーは答えた。「んでもって、父上は確かにそうしたモノを倒していやがる! ならば、この程度の毒蛇、オレの相手じゃねえ!」

「アーチャー、お前は、その動きから察するに狩人か何かだろう?」と獅子劫は言った。「なら、あの怪物を狩ってくれ!」

「ああ、承知したとも」とアーチャーは答えた。「獣……とりわけカリュドンの猪と比べると……まあ、あっちのほうがまだ可愛げがあるか? 森の生命を殺す毒息を吐かないからな。だが、そんな事は些細なことだ!」

 

 こうして二人の英雄は怪物へと各々の武器を構えた。

 セイバーの直感は、毒蛇のことを危険だと激しく警告しており、彼女は直感と自分の経験と、本能とにすべてを任せ、怪物が攻撃を行うよりも前に、魔力放出によって素早く毒蛇のもとへと移動し、剣による強烈な一撃を浴びせたのだった。この攻撃は効果覿面といったように、毒蛇は唸り声を漏らし、身を悶えさせた。

 セイバーは素早く第二撃を与えた。

 毒蛇の脳天は剣によって切り裂かれ、血液を吹き出しながら地面に倒れた。

 アーチャーは、毒蛇が毒の吐息を吐き出そうとし、口を大きく開いた瞬間を目ざとく狙い、素早く、それでいてなるべく力を込めて弦を引き絞り、矢を射った。放たれた矢は、高速で空気を切断し、蛇の口の中へと突き刺さり、そのまま脳を一瞬で破壊した。

 

「所詮はただ巨大なだけの毒蛇か!」とセイバーは言った。「この程度、このオレの敵じゃねえ! オレの足を止めたければ、トゥルッフ・トゥルウィスでも持って来やがれ!」

「トゥットゥルーが来たらやばいんじゃないのかなあ?」と泉はセイバーに聞こえないように呟いた。それから、セイバーに、

「セイバー、油断しないで欲しいな、さっきの毒蛇は前座のようなものだと思うから。アサシンが本気になれば、バシュムとか、ヒュドラとかの召喚もできるから」

「テメエにンなこと言われる筋合いはねえっつうの」

 

 セイバーは通路を駆け出した。

 泉は肩をすくめ、彼女の後を追いかけた。

 

「アサシンのやつの姿が見えんな……」

 

 と獅子劫は辺りを見回したり、耳を済ませたりする様子を見せた。

 アーチャーは、

 

「奴ならば、私があの毒蛇と戦っているどさくさに姿を消したぞ。まあ、アレはただの幻影だ。いるいないは対した問題ではないだろう。この場に留まっていてはまた何か仕掛けてくる可能性が高い」

「だよな。じゃあ動くぞ、慎重にな。あちこち駆け回っていれば、そのうちあいつらと合流できるだろう」

 

 こうして獅子劫とアーチャーは通路を歩き始めた。

 

 泉はセイバーの後で走りながら、こうした事を、動作や表情に出すことはなく考えていた。

 

(僕の目的は、アーチャーとの合流ではない。むしろ、お礼を言おうか、アサシン。君が僕達をちょうどいい塩梅に分断してくれたおかげで随分とやりやすくなった。僕が目指す先は、ただひとつ。英雄王ギルガメッシュが待ち構えているであろう聖杯の元だ。

 この庭園の構造は前に空から攻めた時に大体把握している。だから、聖杯の元まで移動するのは簡単なことだ。セイバーというサーヴァントは適当な相手、つまりカルナにでもぶつけて足止めさせればいい。カルナがこの庭園にいるとすれば、彼は毒を飲まされた元マスターのところだろう……まずは、そこまで移動するとしよう。

 後もう少し、後もう少しで聖杯を獲得できる。そして、僕の願いを完遂することができる! ああ、あともう少しだ……だけど、焦る必要はない。そう、慎重に、かつ大胆に行動するべきだ。慢心したら死ぬ、それが聖杯戦争なんだから……)

 



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ジャンヌ・ダルク

 ”黒”のアサシンに敗北され、肉体を解体されたジャンヌ・ダルクが憑依していた肉体は、ルーラーとしての機能を発揮し、街の郊外まで自動的に転移された。

 レティシアは辺りを見回し、自分が転移されたということを確認した。その次に、自分の肉体の無事を確認し、聖女の敗北を、涙を流して悲しんだ。

 しばらくし、泣き止んだ彼女は街の向こうにある平原を睨みつけた。その平原には、巨大な空中庭園が横たわっており、それが天に手をのばす巨人のように見えたのだった。

 その巨人は暗闇に包まれており、何か不吉な象徴のように思えた。それを見ていると、彼女は、

 

 ──『この先、あるのは戦争だ。それはとても残酷で、とても恐ろしい物だ。それこそ、常人が耐え切れるものではない光景が繰り広げられるだろう』

 

 という泉の言葉を思い出さずにはいられなかった。実際、彼の言葉は一種の呪いのように、時折彼女の中に浮かび上がっては消え去っていくということを繰り返していた。

 彼女は頭を振り、

 

「聖女様、聖女様は今から私があの落下した庭園の元へ行き、この戦いの行く末を見届けたいと言ったら反対なさるでしょう。ですが、私は見たいのです。なぜならば、彼の言った『……この先、あるのは戦争だ。それはとても残酷で、とても恐ろしい物だ。それこそ、常人が耐え切れるものではない光景が繰り広げられるだろう』という言葉が頭からこびりついて離れないのです。

 これは私のくだらない好奇心に過ぎないのでしょう。あの戦いを見るために、あの庭園に入り込むというのは、愚かな行為だと理解しています。ですが、私はなぜだか見なければ行けない気がするのです……この戦いの結末を」

 

 彼女は庭園を目指し、その手前にある街へと向かってあるき出した。

 普通、夜の街にはごろつきが堂々とうろついており、女性が一人で出歩くならばあっという間に無法者たちによって悲惨な目に合わされてしまうのだが、今のルーマニアの街をうろつくような人物はいなかった。というのも、彼ら一般人は聖杯大戦のことは知らずとも、異常な空気をそれとなく感じ取っていたのだった。

 そうした訳で、レティシアは暴漢に襲われるようなこともなく、街中を遠慮なしに移動することができたのだった。

 しかし、彼女は足を止めた。なぜならば、彼女の前には、黒い、人の形をした、もやのようなものが、何か訳の分からない言葉を洩らしながら浮かんでおり、彼女はそのもやが危険であるということを、直感ないし本能によって感じ取っていたのだった。

 そのもやはレティシアを見つけるなり、素早く彼女の元まで移動した。彼女はたちまちのうちに黒いもやに包まれた。

 レティシアの意識は一回途切れ、再び覚醒した。

 

「ここは」と彼女は辺りを見回した。

 辺りは白い霧と黒い煤とが混ざり合い、灰色になった深い霧に包まれ、太陽の光りはいくつにも重なった灰色の雨雲によって遮られており、昼間であっても夜のように陰気な様子を見せていた。

 家の石壁には、浮浪者や娼婦や捨てられた子どもたちが虚ろな目をしながらもたれ掛かり、彼らの前に人が通るたびにちょっとした芸とか、女は自分の体をちらつかせたりして、食物や金を恵んでもらおうとしている様子が見られた。そして、路地裏に目をやれば、若い女性がならず者たちに襲われているのが見られた。

 道を歩く人々の様子は様々で、薄汚れた靴に、薄汚れた服をまとっている貧乏人が歩いていたり、それとは反対に、手入れの行き届いた馬車に、いくらでも駆けてみせるといった名馬を5、5頭もくくりつけ、身なりの良い召使に引かせている貴族も見られた。

 そして、彼女は流れている川をふと見かけた。

 その川には、腐った野菜とか、肉とか、いらないゴミと、工場の薬品とかが大量に捨てられており、水は真っ黒になっていた。そうしたものたちの中に混じって、赤ん坊の死体が大量に流されていた。彼女はそれをみて吐き気を覚え、手に口をやった。

 

此処は地獄(This is hell)───」

 

 こうした文字が、彼女の前にある石壁に、血液で書かれていた。

 その文字の下には、大量の赤ん坊の死体が積まれていた。その中には、医者によって、傷一つなく摘出された娼婦の赤ん坊や、望まぬ妊娠をし、素人の手によって手荒く取り出され、へその緒によって首を締め付けられた貴族の赤ん坊とか、ならず者たちの遊びによって殺され、体のあちこちを切り裂かれ、臓器を露出させた赤ん坊とか、あらゆる状態の赤ん坊の死体が積まれていた。

 レティシアはこれらを見て、地面に汚物を吐き出した。

 

そして(And)…………───」

 

 地面に吐き出した彼女の汚物の横に、こうした文字が血液によって書かれた。

 彼女は恐怖を隠さずに、顔を持ち上げた。

 たくさんの幼児たちがいた。レティシアは周りを見回し、自身が幼児に取り囲まれているということを理解した。

 彼ら幼児は、カビの生えたシャツを着ているものもいれば、何も着ていないものもいた。こうした様子から、彼らが貧困という魔物に取り憑かれていることが目に見て取れた。

 彼らは一斉に口を揃え、こう言った。

 

わたしたちは地獄よりやってきた(We came to flom hell)───」

 

「ねえ」と一人の少年が言った。「ぼくたちのおかあさんを知らない?」

「知りません」とレティシアは気力を引き絞り、それでいながらも震える声で答えた。

「そっか、それは残念……じゃあ、()()()()()()()()()?」

 

 そうした少年の言葉を合図に、幼児たちは一斉にレティシアへと手を伸ばし、彼女の体を掴んだり、引っ張ったりしながら、

 

「たすけて……」「かわいそうなわたしたち(ジャック)をたすけて」「くるしいんだ」「すくって」「たすけて」「ねえ、おねがい───……」

 

 レティシアは改めて幼児たちの姿を見た。

 彼らの目は、暗闇のような、暗黒と絶望との光りに飲み込まれ、すっかり黒くなっていた。その体は腐っており、湧き出た腐臭に蝿や蛆がたかっていた。体を少しでも動かすたびに肉が崩れおち、骨を露出させていたりした。

 こうした様子から、レティシアにたかっている子どもたちは、死体であることが見て取れた。

 レティシアは恐怖によって、その意識を失いかけたが、

 

「だめ、ここで意識を失ってはいけない! もしも失ったら、私はこの子供達に喰われる!」

 

 と激しく言い聞かせ、なんとか気絶しないようにしていた。

 レティシアは手を振り回し、幼児達を追い払う素振りを見せた。そのかいがあったのか、幼児達はいつの間にかいなくなっていた。

 レティシアは息を途切らせながら膝をつき、四つん這いになった。

 足音が聞こえた。彼女はすぐさま頭を上げた。

 一人の少女が、レティシアの前に立っていた。

 

「世界はみにくいんだよ」とその少女は言った。「ロンドン(濃霧の地獄)は常に血肉と麻薬と煤にまみれていて、ひとびとは希望をみいだすことはできないまま、ただぜつぼうか、きょむを味わいながら、少しずつそのいのちをおわらせていった───世界は、とってもみにくいんだよ」

「いいえ……そんなことはありません!」とレティシアは立ち上がって言った。「確かに、先ほどの光景はまるで地獄のように思えました。でも、それでも、私が知っている世界は美しい! 聖女様と一緒にいた時に、私は聖女様と語り合いました。

 野菜が取れる畑のこと、干し草の上で寝転がると気持ちいいこと、勉強が楽しいこと、草原を駆け回るのが楽しいこと、他にもいっぱいの事を話しました!」

「ほんとうに?」と少女は言った。「()()()()()()()()()?」

 

 こうした少女の言葉には、黒く、冷たいものを感じ取ることができた。

 

「だって、わたしたちは知っているんだもの。この世界はみにくいっていうことを」

 

 少女の言葉の様子に、レティシアの心は粉々に打ち砕かれた。

 というのも、少女の言葉は、レティシアの言葉よりも気持ちと体感とが込められており、田舎でのんびりと育った少女が今までに味わった世界を、黒く、塗りつぶすかのようなものであったからだ。

 地獄で生まれ、地獄でそだった少女たちの言葉は、田舎の少女をたやすくうち負かせたのだった。

 

此処は地獄(From to hell)───わたしたちは地獄で生まれた(We are born in hell)────わたしたちは切り裂きジャック(We are Jack the Ripper)───」

 

 こうして、レティシアはジャック・ザ・リッパーの残りの意思、亡霊とでもいうかのような存在に取り込まれたのだった。

 レティシアは残った理性で、頭を激しく掻き毟り、足元もおぼつかない様子を見せながら、泉が言った言葉を思い出していたのだった。──『この先、あるのは戦争だ。それはとても残酷で、とても恐ろしい物だ。それこそ、常人が耐え切れるものではない光景が繰り広げられるだろう』

 

(なるほど、確かにこの言葉は本当の事だった! 私は地獄を知ってしまった! 残酷さを知ってしまった! こんなもの、英霊ではない私には耐えきれるものではなかったんだ! ああ、ああ、申し訳ありません、聖女様! おとなしく、この街から逃げ出すべきでした! ああ、ごめんなさい、ごめんなさい……!)

 

 こうした懺悔を最後に、レティシアの意識は途切れてしまった。

 彼女の足元には、白い線によって描かれた英霊召喚のための魔法陣があった。

 悶え苦しむレティシアの様子を観察しながら、白い髪、赤い目をした少年は言った。

 

「亡霊寄せの細工を施した英霊召喚の魔法陣。それに誰か人間が引っかかればいい、そうでなくともどこかから攫って、魔法陣に設置し、ジャック・ザ・リッパーの亡霊を取り込ませればいいと思っていたが、まさか、まさか! あのジャンヌ・ダルクの憑依体がのうのうと引っかかるとは! ハハ、ハハハ! 私はツイているぞ! 

 さあ、さあ! 始めようではないか! この街には”赤”のライダーもうろついているから、手早く始めるとしようではないか! 前回の聖杯戦争にて、忌まわしきアインツベルンは、ルーラーかアヴェンジャーのどちらかを召喚するか選び、ルーラーを召喚したという!

 反則による、イレギュラーなサーヴァントの召喚、すなわち、ジャック・ザ・リッパーの亡霊を使い、そして、私が時計塔で培った降霊術の技術を持ち合わせ、アヴェンジャーの召喚を行うのだ!

 さあ、さあ、召喚するアヴェンジャー、それは、かつてジャンヌ・ダルクが憑依していたという少女が触媒なのだから、それにピッタリな英霊を召喚しようではないか! すなわち、聖女としてではなく、魔女としてのジャンヌ・ダルク!

 神の言葉という幻聴によって、周りを騙し、平原を蹂躙した気狂いの魔女、ジャンヌ・ダルク! 本来ならば、存在しない英霊なのだろう。しかし、英霊というのは人々の信仰によってどうとでも変質する。ヴラドの宝具がいい例だ。少なくとも、あのシェイクスピアはジャンヌ・ダルクを魔女として書いていた。ナポレオンがジャンヌ・ダルクを政治に利用する前には、魔女として扱われていた。ならば、可能だ。私の実力、そしてジャック・ザ・リッパーの亡霊、そしてジャンヌ・ダルクが憑依していた少女! 可能だ! 無辜の怪物として召喚することは容易い!」

 

 白い髪の少年は、英霊を召喚するための呪文を唱え始めた。

 しかし、その呪文は通常のものとはいくらか違っており、アヴェンジャーというサーヴァントを召喚するために、アレンジしたものであった。

 そして、魔法陣が光り輝き、その光りが収まると、魔法陣の中心には、灰色の髪に、黒い鎧を纏い、禍々しい紋章が描かれた旗を持った女性が立っていた。

 その女性というのは、ルーラー・ジャンヌ・ダルクと、黒色に変化している部分を除けば、全く同じ姿をしていた。

 

「成功だ!」と赤い目をした少年は言った。「アヴェンジャー、ジャンヌ・ダルクの召喚……! 私はやり遂げたぞ! だが、令呪は存在しないか」

 

 と彼は自身の腕をなでて言った。そこには令呪と観られるような紋章は無かった。

 

「だが、パスは繋がっている。そして、あのジャンヌ・ダルクは他のサーヴァントを悉く打ちのめすだろう!」

 

 実際、アヴェンジャー・ジャンヌ・ダルクは戦うべき敵を素早く見つけた。

 その敵というのは、魔力を感じて駆けつけたライダーだった。

 

「オイオイ、どうなってんだ。こりゃあ」とライダーは言った。「何体目だ? 1……、18体目のサーヴァントだと? まあいい、とりあえず敵であることは、その殺気を見れば分かるぜ。さあ、やるとしようじゃねえか!」

 

 白い髪の少年は、素早く身を隠しながら、その場から逃げ去った。

 しばらくして、少年の後方で二騎の英霊が戦う衝撃と音とが感じ取られた。

 






最初はエドモンを召喚する予定だったんですよ……こう、苦しむレティシアが助けを呼んで、「俺を呼んだな!」って言って、フハハする展開だったんですよ……でも、レティシアならジャンヌオルタのほうがまだ可能性があるだろうなあ……って。
理論上色々とおかしい? そこはまあ、ご都合主義のタグがあるから勘弁です。

……完結まであともう少しだ。たぶん……


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村娘の意思

 アヴェンジャー・ジャンヌ・ダルクはライダーの存在を認めるなり、黒く染まり、禍々しい文様が描かれている旗を大きく振るった。

 すると、その旗から、まさに地獄の業火といったような、漆黒の炎がライダーへと向けて激しく噴出された。その炎は地面に敷き詰められている石や、道の端に設置されている街頭のポールをあっという間に溶かしていった。ライダーはそうした様子を見て、その炎を上空へと跳躍して躱した。

 それでも、ライダーの肌には凄まじい熱気を感じることができた。

 

「何つう炎だ」とライダーは呟いた。「俺の肉体にあの炎は効かないだろうが、それでも暑いからあまり当たりたくねえな。それに加えて、あの炎からは呪いの気配を感じるな!」

「ええ、その通りですとも」とアヴェンジャーは、ライダーを見上げて言った。「私の炎には大量の呪詛が含まれています。その呪いは一度浴びれば、例えどんな大英雄でもひとたまりもありません。呪われたくなければ、蛆虫のように必死に這いずり回って逃げてみなさい!」

 

 とアヴェンジャーは大笑いした。その様子はとても邪悪なものであった。

 彼女は再び旗を振るい、炎をライダー目掛けて放った。ライダーは戦車を召喚し、空中を駆けることによって炎を回避し、地面に降り立ち、そのままアヴェンジャーへと向かって、地面を削りながら、凄まじい速度での突進を行った。

 アヴェンジャーはその、戦車による突進を横に転がることによって回避し、炎を放った。ライダーは再び空を駆け、その炎を回避した。

 アベンジャーはライダーの戦車の元まで跳躍し、腰にぶら下げている剣を引き抜いて、ライダーの肉体を切断するべく振るった。ライダーはそれに、槍の一撃で答えた。

 剣は凄まじい槍さばきによって、アベンジャーの手から弾かれて地上へと落下していった。

 

「妙だな」とライダーは言った。「さっきの剣さばきは、素人同然のソレだった。それに加えて、それ以前の攻撃も同じだ。確かに火力こそはあるが、炎の使い方、タイミングが余りにも稚拙だ。実戦を行ったことのない英霊か? だが、それにしては違和感を覚える。実戦を知らない者でも、もう少しマシな動きをする。

 そう、お前の動きはさながら、赤ん坊のそれだ。生まれたての赤ん坊が、知識も何もない赤ん坊が、手にした力を振るっているだけといったような感覚だな」

 

 こうしたライダーの凄まじい観察眼と、推理を聞いたアヴェンジャーは、驚きの表情を少しだけ浮かべ、邪悪な笑みを浮かべながら拍手をライダーに送りながら、

 

「ええ、ええ、その通りです」と言った。

「この僅かな時間の間で、私の事をそこまで見破る事ができるとは、よほどの観察眼を持っているようですね。私の真名は、聖女ジャンヌ・ダルクの異なる姿、異なる一面。すなわち、司祭ピエール・コーションによって邪悪なる魔女として火刑に処され、世界を憎んだと仮定し、召喚されたジャンヌ・ダルク。本来の聖女としてではなく、復讐の魔女として召喚されたジャンヌ・ダルクです。言うなれば、ジャンヌ・ダルク・オルタナティブでしょうか」

「なるほどな、お前は英霊の座には登録されていないが、ジャンヌ・ダルクをベースにその存在を無理やり造り替えられ、召喚されたっていう訳か。まさに無辜の怪物だな」

「ご名答!褒美として、私の炎で燃やし尽くしてあげましょう!」

 

 とジャンヌ・ダルク・オルタは旗を振るった。

 そして現れたのは、先ほどのように広範囲にわたって燃やす漆黒の、爆発といったような炎ではなく、槍や杭といった形をした、炎の塊が数本現れた。それらは、ライダーへと目掛けて飛来し、命中した。

 アヴェンジャーは、己の勝利を確信しほくそ笑んだ。

 しかし、ライダーの肉体には傷一つつくことはなく、剣を全て弾いていた。

 アヴェンジャーは歯をくいしばり、顔をひどく歪めた。

 

「俺の名はアキレウス」とライダーは言った。「勇者の中の勇者、アキレウスだ! その程度の攻撃ならば、神に祝福された俺の肉体は弾きかえす」

「己の真名を明かしますか?」とアヴェンジャーは屈辱といったように、歯をくいしばり、ライダーを鋭い目で睨み付けた。

 

「アキレウス、踵という致命的な弱点があるというのに、真名を明かすとは。真名を知られても、私程度ならば余裕ということですか? それとも、後を顧みない余程の馬鹿なのですか?」

「何、そんな理由じゃねえよ」と勇者は微笑んだ。「ただ、お前が真名を明かしたというのに、俺が秘匿するというのはどうかと思っただけだ。相手が女なら尚更な」

「アァハハハハハ! どうやら、貴方は後者のようですね! どうしましょう、私、可笑しくってお腹が捻れてしまいそう! ええ、腸捻転になってしまいそう!」とジャンヌ・ダルク・オルタは腹を抱えて大笑いした。それから一転し、その表情はまさにアヴェンジャーといった、憎しみの表情に変化していた。

 

「随分と舐めたことを……! いいでしょう、ならば踵を貫いた後、心臓を粉々に打砕き、その肉体を内側から燃やしてあげましょう」

「いいぜ、やってみせろ!」

 

 アヴェンジャーは漆黒の杭を、アキレウスと彼女が載っている戦車を取り囲むかのように、大量に召喚した。それらは、アキレウスへと向かっていき、その内の何本かは、戦車を牽引する、2頭の馬へと向かっていった。

 馬はそれらの攻撃を、その肉体で弾き返した。それでも、馬の機嫌を悪くするのには十分であり、馬は鼻息を荒くして嘶いた。

 残りの杭はアキレウスへと、そのうちのほどんどが踵へと向かっていった。ライダーは、それらを槍で弾き返したり、粉々に打ち砕いたりした。

 

「我が炎に焼かれなさい!」とアヴェンジャーは旗を振るい、巨大な炎を出現させた。

 それを見たライダーは、手綱を強く引いた。

 主人の命令によって、馬は一気にその場から素早く駆け出した。その速度は音速に届くかどうかといったところだった。

 こうした戦車の急発進により、アヴェンジャーは戦車から振り落とされ、炎は最初に彼女が狙っていたのとは全く違った方向へと放出された。

 アヴェンジャーは地面に着地すると、ライダーが乗っている戦車を睨み付けた。

 

「行くぜ!」とライダーは、馬に、手綱による命令を送りながら言った。「お前に構っている時間はあんまりねえんだ! これでケリをつかせてもらおう!」

 

 ライダーが操作する戦車は、天から地面へと降り、アヴェンジャー目掛けて突撃しようとし、道の表面を、馬の蹄や戦車の車輪によって粉々に粉砕しながら突き進んだ。

 アヴェンジャーはそれを回避しようとしたが、回避するような手段が無いということを理解し、己の旗を構えた。

 

「いいでしょう」とアヴェンジャーは旗を一回、回転させながら言った。「ならば私はその企みを粉々に打ち砕いてあげましょう。そして、嘲笑ってあげましょう!

 ──これは煉獄よりの炎、私の魂を今も尚、燃やし続けて煉獄の一部とする炎なり! その炎は我が憎悪に包まれている!咆え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)!」

 

 アヴェンジャーの旗からは、これまでに彼女が放った炎と比べると、更に巨大な、更に威力のある炎がライダーへと向かって放出された。

 しかし、ライダーとその戦車と馬たちはその炎の中を突き進み、突き破った。そして、ライダーの戦車はあと数秒もかからずに、彼女を蹂躙するばかりであった。

 

「ここは地獄だ」「ここは悪魔が巣食う地獄だ」「ここは身勝手な(ははおや)どもが創り出した地獄だ」「ここは何も分からない子供達(ぎせいしゃ)の霊で創られた地獄だ」「ここは母親を求める赤子(さつじんき)が創り出した地獄だ───」

 

 と様々な幼い、男女の声は次々に言った。

 白く、それでいてその中には沢山の、様々な毒性が含まれた霧によって包まれたロンドンの街の一角で、レティシアは身を屈め、そうした声から逃れるかのように耳を塞いでいた。

 

「もう、やめて下さい」とレティシアは、力の全く篭っていない声で弱々しく言った。

「私はあなた達の言う言葉には全く同意できません。悪霊、それか悪魔の口で、それ以上禍々しい言葉を囁かないでください」

 

 こうした言葉を言う彼女の呼吸は、細かく、荒々しい物となっていた。それは精神的な疲労と、恐怖による影響が明確に現れているからであった。彼女の顔は、通常ならばこの世界に生を受けた一人の人間、主によって見守られている一人の天使といったかのように、いつも明るい日差しによって照らされていた。しかし、この時にはそうした様子は全く見られず、顔はひどく歪み、目元には黒い隈が浮き出ており、つややかな髪はひどく乱れており、屈みながら両手で耳をふさぐ、あるいは髪に手を突っ込み、掻き分ける様子は、地獄の亡者、あるいは悪魔であるかのようだった。

 

「ねえ、ねえ、見てよ」と子どもたちは言った。

「世界はとても残酷なんだよ。世界はとても邪悪なんだよ。世界はとても醜いんだよ。そんな世界にかみさまはいないし、聖女さまなんてものもいない。だって、もしも本当にかみさまやせいじょさまなんていうものがいたのなら、わたしたちはとっくに救われているんだから。でも、わたしたちの前に救世主なんてものは現れなかった。

 大人たちはわたしたちを見捨てた。ゴミと同じように扱った。わたしたちは憎い。この世界が憎い! 憎くてたまらない! わたしたちを見捨てたこの世界が! わたしたちを見捨てた大人たちが!」

 

 悪霊たちのこうした囁きは、レティシアの心、精神を少しずつ侵していった。すなわち、アヴェンジャーとして再召喚されたことによって、彼らが僅かに持っていた復讐心が増幅され、悪霊たちは、宿主であるレティシアの心を、復讐者として相応しいものへと塗り替えようとしているのだった。

 

「わたしたちが可哀想だと思うなら、世界を憎もうよ」と悪霊たちは囁いた。「だって、あなたも世界に見捨てられたんでしょう? 聖女という名の魔女に騙され、地獄のどん底に突き落とされたんでしょう?」

「いいえ、いいえ、違います……!」とレティシアは頭を激しく振りながら言った。

「違わないよ? だって、あの聖女は魔女なんだもの。フランスを救うと言ってあらゆる殺戮を行った。兵士を、その家族をあらゆる方法で殺した。そこに救済なんていうものはなく、ただただ戦争を行い、地上に戦場と言うなの地獄をつくりだしただけなんだもの。

 ああ、かわいそうに。あなたはあの魔女にだまされているよ。だって、あの魔女があなたに声を描けなければ、あなたは地獄を知ることもなく、わたしたちを知ることもなく、世界の醜さを知ることもなく、おうちで平和にくらせたのに。ねえ、辛いでしょう? この地獄を見るのは、でも、これをつくりだしたのは世界なんだよ。これをあなたに見せているのは、あの魔女なんだよ。ここから逃れる方法はただ一つ。憎めばいいんだよ。憎んで、憎んで、その苦しみを、憎しみを外にだして、ほかのひとに、世界にぶつければいいんだよ」

「ああ、聖女様、助けて下さい!」とレティシアは叫んだ。「これ以上この声を聞いていたら、私はおかしくなってしまいそうです……私の頭の中が黒く染まっていきます、私の心の中が黒く染まっていきます、この黒い、禍々しいもの、これを飲み込むと私はあらゆる物を憎む、ただの怪物になってしまいそうです!」

 

 彼女は涙を流し、頭を地面に擦り付け、髪に両手を突っ込んで引っ掻き回した。

 悪霊たちはそうした彼女の回りを踊ったり、あるいは彼女の体を優しく撫でたりしながら、

 

「怖がることはないよ、だって此処はロンドン(地獄)なんだから。地面は浮浪者たちや労働者たちの血でできていて、空は毒とくすりでできていて、川をながれるお水はわたしたちの死体でできている世界だから。ねえ、この地獄をつくりだした世界を一緒に、めちゃくちゃにしようよ」

 

 こうした悪霊たちの囁きは、精神的な傷、疲労を激しく負ったレティシアには効果抜群のものであり、レティシアは悪霊たちが差し伸べる手を、ひどく乱れた顔、涙が溜まった目で見、それに手を伸ばそうとしていた。

 

「いいえ、いけません」とそうしたレティシアの手を優しく握る声があった。その手と声には、まさに太陽といったような、全てを包み込むぬくもりが感じ取られた。

 

 レティシアは、自分の手を握った手、すなわちその人物を見て、先ほどのようなひどく乱れた様子を見せつつも、笑顔で、安心したような様子を見せた。

 

「聖女様……!」とレティシアは言った。

「はい、申し訳ありません」とジャンヌ・ダルクは答えた。それから、彼女は悪霊たちを睨みつけ、「ここから彼女を開放しなさい。在り方を捻じ曲げられた哀れな悪霊たちよ!」と叫んだ。

 

 そうした彼女の叫びに対し、悪霊たちはわずかにたじろいたが、すぐさま顔を赤らめ、歯をむき出しにし、憎しみの表情を作り出して聖女を睨み返した。

 

「いやだ」と悪霊たちは口を揃えて言った。「ずっと放さないよ。その子は、わたしたちのなかまなんだから」

「そうですか」とジャンヌ・ダルクは頷いた。

「聖女様!」とレティシアは叫んだ。彼女の目は、眩しいぐらいの輝きを放っていた。その光は、希望の光であった。

「レティシア、私は貴女に謝らないといけませんね。こうした危険な、魔術師同士の戦いに貴女を巻き込んでしまった事を」

「いいえ、いいえ、聖女様が謝る必要はありません。私は自分の意思でここにいるのですから、自分の足でここまで来ることを選択したのですから」

「全く、優しい人ですね」とジャンヌ・ダルクは、その場に居る人達全員に聞こえないように小さな声でつぶやいた。

「私が現界するにあたって、私が彼女のその肉体を借りるということを受け入れ、この戦いへとその身を投じて行った……そうした事がなければ、こうした世界の醜さを知らずに、精神に傷を負うような事もなく、至って平和に、日々を友と過ごし、勉強し、楽しく充実した平和な毎日を送れたというのに。この少女は、自分が傷を負おうが、攻撃を受けようが、その根本的な原因である私を全く責めない。おお、主よ、この優しい少女こそ、祝福される存在なのではないのでしょうか?」

 

 ジャンヌ・ダルクは手で十字を斬り、神に祈りを捧げた。

 

「レティシア」と聖女は微笑みながら言った。「申し訳ありません。謝罪をしなければ。私のために、魔術師達の儀式に巻き込んでしまいましたね」

「いいえ、聖女様」とレティシアは首を振りながら言った。「謝る必要はありません。本当なら、聖女様がやられ、街の外に転移させられた時に、私はすぐさまその場を逃げ出すべきだったのです。ですが、私は自分の意思で、自分の足でここまで来てしまったのですから。悪いのは、私なのです」

「そんな事はありません」

「いいえ、違います」

「レティシア、良いのです。それで、一つ聞きますが、貴女はどうしたいですか?」

「どうしたいとは?」とレティシアはオウム返しに言った。

「この戦いを見届けるのか、それとも故郷の村に帰り、いつもの日常に戻るかです」

「私は……」とレティシアは暫くの間、考え込む様子を見せた後、「見届けたいです」と言った。

「なぜですか?」

「私は知りたいのです。あの”赤”のアーチャーのマスターが言った言葉が、どうにも頭のなかにこびりついて離れないのです。『この先、あるのは戦争だ。それはとても残酷で、とても恐ろしい物だ。それこそ、常人が耐え切れるものではない光景が繰り広げられるだろう』私は、彼のこうした言葉の中に、忠告や脅しといったものではなく、一つのいたたまれない気持ち、ある種の苦痛のようなものが感じ取られたのです。だからこそ、私はその言葉の真意が、どのようなものなのかを確かめてみたいのです」

「そうですか、わかりました」とジャンヌ・ダルクは頷いた。「私も、貴女が言ったのと同じようなものが、彼から感じ取る事ができました。それに、彼は己の恋を叶えると言っていました。しかし、それと同時に破滅のようなものを感じ取る事ができました。きっと、この2つの感情は矛盾しているのでしょう。さて、レティシア」

 

 と聖女は、まさに聖女としての威厳を表に出しながら言った。

 

「改めて聞きましょう。貴女はどうしたいですか?」

「私は、見届けたいです。彼の真意を知りたいです。そして、もしも彼が苦しんでいるのならば、望まない事を望んでいるというのならば、それをどうにかしたいです」

「それはつまり、彼を救いたいということですね?」

「はい、その通りです」

「救済というのは、簡単なことではありませんよ。それに、救済を望まない者に対して、救済を行えばそれは自分の気持を押し付けるだけの、愚かな行為に過ぎません」

「わかっています」

「そう、ですか」とジャンヌ・ダルクは重々しく頷いた。

 

 こうした会話の間、悪霊たちはジャンヌ・ダルクのことを警戒し、一切手をだすようなことはなかった。というのも、ジャンヌ・ダルクは話している間にも、悪霊たちを、その僅かな身振りや動作で牽制していたから。しかし、ジャンヌ・ダルクはそうした牽制を解き、レティシアに背をむけ、彼らに向き合った。

 

「レティシア、それが貴女の選択というのならば、私は何も言いません」と聖女は言った。「隣人の言葉を聞きなさい、隣人の姿を見なさい。そして、隣人が苦しみ、救いを求めているのならば、手を差し伸べてください。レティシア、貴女は優しい人です。ですから、決して後悔のないようにしてください。

 ……あまりにも長く話してしまいましたね。ここはジャック・ザ・リッパー達の精神空間とでも言ったような場所、私の霊核をジャック・ザ・リッパーが食らったお陰で、私はここにいます。ですが、それも残り滓といったようなところでしょう。私がこうして、この空間に存在できる事自体が奇跡のようなものですから。こうした間にも、私の存在は少しずつ消えていきます。その前に──レティシア、貴女をこの空間から脱出させます! 貴女をしばりつけている、この幼き魂たちによる呪縛を解きます! ”主よ、この身を委ねます─────”」




……おかしい、この話だけでアキレウス戦を終わらせようとしていたのに……次でアキレウス戦終わるといいなあ……



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聖女の言葉

”諸天は主の光栄に。大空は御手の業に”

”昼は言葉を伝え、夜は知識を告げる”

”話すことも語ることもなく、声すらも聞こえないのに”

”暖かな光りは遍く全地に、果ての果てまで届いて”

”天の果てから上って、天の果てまで巡る”

”我が心は我が内側で熱し、思い続けるほどに燃ゆる”

”我が終わりは此処に、我が命数を此処に。我が命の儚さを此処に”

”我が生は無に等しく、影のように彷徨い歩く”

”我が弓は頼めず、我が剣もまた主を救えず”

”残された唯一の物を以て、彼女の歩みを守らせ給え”

 

”主よ、この身を委ねます─────”

 

 

(レティシア)と聖女と呼ばれた少女は、彼女の後ろでへたり込んでいる少女の名前を心の中で呼んだ。レティシアに、そうした彼女の言葉なき呼びかけに気づくような事はなく、ジャンヌ・ダルクの姿を見て涙を流していた。

 というのも、ジャンヌ・ダルクは鞘から剣を抜き、その剣の刃を握りながら手を合わせた。その刃に触れた手のひらから血が流れるが、彼女は痛みを感じるような素振りは一切見せなかった。

 ところで、彼女の剣の先端部分には花の蕾を思わせるような装飾があり、その花びらが開いたと思うとそこから炎が現れ、その炎は彼女の肉体を取り巻いていき、かつて火刑に処されたときと同じように彼女の肉体を燃やしていった。

 レティシアはそうした彼女の様子を見て叫ぼうとしたが、その声は喉元で止まっていた。なぜならば、炎に包まれるジャンヌ・ダルクの姿はとても美しく感じられ、レティシアにとって、ジャンヌ・ダルクはさながら一人の天使、一人の神が舞い降りたかのような光を放っているかのように見えたのだった。

 

(レティシア、貴女は本来ならばこの場にいていい人間では無かった。しかし、何の因果か、何の偶然か、私が召喚されるにあたって貴女の肉体が、私という存在を憑依させるのに最適なものであったため、大聖杯に選ばれ、貴女はそれを受け入れた。貴女は私のように神からの啓示を受けたわけでもなく、優れた戦士というわけでもなく、知略に長けているわけでもない。何かしらの飛び抜けた才能があるわけでもない、至って平凡な村娘、そう、主より愛され、守られるべき存在なのです。

 ですが、貴女は覚悟を背負い、争いの渦の中に自ら飛び込もうとしている。それは私の望むところではありませんが……レティシア、貴女は今更私が何を言おうとも、その覚悟を曲げるような事はないでしょう。ああ、全く本当に私が憑依するに相応しい肉体だと聖杯に選ばれただけありますね。私は、貴女の旅立ちを祝福しましょう!)

 

 ジャンヌ・ダルクは、

 

「炎よ! この悪霊たちを、この地獄を、この精神によって築き上げられた世界を燃やし尽くしなさい!」

 

 と叫び、自らの身を燃やす炎をその世界にばらまいた。美しいヴェールのような白色と、赤色とが混じり合った炎が悪霊たちにわずかでも触れると、悪霊たちはたちまちの内に浄化され、この現世、レティシアの精神の中から消滅していった。

 残った悪霊たちはその光景を見ると、アリの子を散らすかのように、各々あらゆる方向へと逃げ出した。しかし、聖女を燃やす炎はそれらを見逃さず、次々と子どもたちを燃やし尽くしていった。

 

「たすけて……」とすっかり弱りきった声で、子供の一人が言った。「わたしたちはもう何もしないから……いやだ、やだよう。この世界から消えるのはやだよう」

「いいえ、その願いを叶えることはできません」と聖女は言った。「なぜならば、すでに死に、魂のみとなった存在は全て天へと昇ってゆくのですから。私達のようにサーヴァントとして召喚された死者も、本当ならばここにいてはいけないのでしょう。この現在において、人知を超えた力というのは、それだけで災厄となるでしょう。そのカタチがどうあれ……」

「忌々しい言葉ですね」と悪霊たちが逃げまどう中、暗闇の向こうから現れたアヴェンジャーは言った。「その言葉は全くの真実なのでしょう。だからこそ忌々しい! 正論を叫び、正義のために戦い、神の宣告という名の洗脳によって狂った魔女! 戦いには勝利し続けた! そのたびに数多の人々は賞賛の言葉を送った! 戦って勝利し、戦って勝利する……それを繰り返した果てには、炎の処刑! なぜ! なぜ! なぜなのでしょう。なぜ、正義のために戦い、神の名の元に戦い、正しさを貫いたのに、なぜ悪辣なる司祭の手によって処刑されなければいけ

ないのでしょうか?」

「アヴェンジャー」とジャンヌ・ダルクは言った。「在り方を歪められた子どもたちの悪霊を核とし、人々の思いによって作り出された架空の魔女(わたし)。それは間違っています。なぜならば、私は確かに神の宣告を受けました。ですが、一度も正義の為に戦ったことはありません。そして、処刑されたことについても、憎んだことはありません。いいえ、むしろ、それを望んでいたのかもしれません──」

 

 ジャンヌ・ダルクは手に持つ剣を振るった。白と赤とが入り混じった炎は、まっすぐにアヴェンジャーへと向かっていった。

 

「何……!」とアヴェンジャーは叫んだ。「『一度も憎んだことはない』だと? 莫迦な! そんなことは無いはずだ、人間ならば、生きているのならば、憎しみを抱くのが当然でしょうに!」

「いいえ、繰り返します。アヴェンジャー。私は、私を処刑した人物、そして、それに関わった人物達のことを、一度切りも、一瞬たりとも憎んだことはありません」

「ふざけるな……!」とアヴェンジャーは、歯を食いしばりながら震える声を発した。

 

 復讐者である彼女にとって、聖女の言葉は決定的な一撃であった。というのも、アヴェンジャーが復讐者として存在している理由は、彼女を処刑した人物、そして、彼女を見放した世界に対しての憎しみを、ジャンヌ・ダルクが抱いているという仮定によるものであった。しかし、アヴェンジャーを構成する存在、すなわちジャンヌ・ダルク本人によって、彼女が存在する理由が否定されたのだった。

 聖女・ジャンヌ・ダルクの発した言葉によって、魔女・ジャンヌ・ダルク・オルタナティブの存在理由は一瞬で奪われていった。

 

「……私が、消えて行く……この世界から! 感じる、私をこの世界に結び付ける楔が、今、この瞬間砕け散り、私という存在の崩壊が始まっているのが! ……消えて行く、消えて行く! この私が、復讐の魔女であるこの私が!」

 

 と、罅が入った自分の手のひらを見つめながら叫ぶ彼女の、表皮や、鎧、禍々しい文様が描かれた旗に罅が入り、ほんの少しだけの衝撃、それこそ人差し指で触れるだけの衝撃で彼女の肉体はたちまちのうちに崩れ散るという有様であった。

 

「さらばです。創り出された偽りの(ジャンヌ・ダルク)よ」

 

 と聖女は炎による一撃を、魔女に加えた。

 アヴェンジャーは、断末魔の叫びを上げながら、たちまちのうちに崩れ落ちていった。やがて、黒い、禍々しい瘴気といったようなものが立ち上った。それを最後に、アヴェンジャーという存在は完全に消え去ったのだった。 

 それとともに、この悪霊たちが作り出した、ロンドンの街もたちまち崩壊していった。

 

「聖女様!」とレティシアは叫んだ。その叫びに、聖女はただ、笑顔を浮かべながら、レティシアへと振り向くだけであった。

 レティシアの視界は、全くの暗闇に包まれた。それも一瞬のことであり、彼女が目を開くと、目の前にライダーの戦車が迫っていた。

 彼女はそれを認めると、本能のうちに手に持っていた旗を前に突き出した。

 ライダーは、敵対している相手の姿が、一瞬で変化したのを見つめ、手綱を通じて、戦車を牽引する馬に止まるように命じた。というのも、先程までのジャンヌ・ダルクの姿は、全身を黒い鎧で纏っており、禍々しい文様が描かれた旗を手にしていたが、今のジャンヌ・ダルクの姿は、一切の穢が感じられない、純白の鎧を纏い、旗はあらゆる穢れを弾く、神聖なものとなっていたから。

 しかし、それでも戦車の勢いは、僅かに無くなった程度であり、完全には止まらなかった。しかし、彼女が思わず突き出した旗は、戦車の突撃による衝撃を幾らばかりか防いだのだった。それにより、レティシアは数歩ばかり後退するのみであった。

 

「あの!」とレティシアは、戦車に乗っているライダーを見上げながら言った。「私は貴方と戦うつもりはありません! 先程まで貴方と戦っていたであろう人物と、私は全く違う存在なんです……」

 

 ライダーはそうしたレティシアの様子を、隅々まで観察した。

 

「へえ?」とライダーは言った。「なるほどな、確かにさっきのお前とは、全く違っているな。こう、外見も違げえし、かといって、あのルーラーともちょっとだけ違うな。殺気も感じられねえ。何より、お前さんの目は、怯えながらも、これから何か大きなことをしようとしている目だ。とりあえず、敵じゃあねえんだよな?」

「はい」

「そうか、ならいい。で、お前は誰だ? あのルーラーか? それともアヴェンジャーか? いいや、どれも違うな。説明してもらおうか」

 

 そうしたライダーの問いかけに、レティシアはすべてを正直に答えた。

 自分がルーラーが召喚するにあたって肉体を貸したこと、”黒”のアサシンにルーラーが敗北し、別の場所に転移し、ここまで来たということ、先程までの、悪霊たちが作り出した精神世界でのことを子細に、かつ素早く話した。

 

「それで、私はこの戦いの結末を見届けたいんです。そうしなければいけない使命感を、私自身なぜだかわかりませんが不思議と抱いているんです」

「そうか、じゃあ俺から一つ言わせてもらうぜ。抑止力は知っているか? いいや、知らなくてもいい。ともかく、世界が滅ぼうとしているらしい」

「それは本当ですか!」とレティシアは叫んだ。それほどまでに、ライダーによってもたらされた、滅びの予告は衝撃的であった。

 

「さあな」とライダーは肩を竦めた。「コイツはあくまでも、俺のマスターによる予想だ。世界が滅びる原因のうち一つは、俺のマスターによる願い。もう一つは、アーチャーのマスターによる願いのどちらかによるものだそうだ。まあ、どっちにしろ世界が滅ぶ、あるいは滅茶苦茶になるだろうがな。

 それに、何よりも俺は英霊だ。英霊の本能が言っている。『世界が危機に瀕している』とな。で、だ。俺はその一人の英雄として、その原因になるものを見つけ出し、ソイツを殺そうとしている」

「お願いします!」とレティシアは叫んだ。「私を今すぐ、あの地面に落ちた、巨大な城に連れて行ってください! 分かるんです。なんだか、感覚が強化されていて……聖女様と一緒にいた時間があるからこそ分かるんです! 今の私には、ルーラーとしての、聖女・ジャンヌ・ダルクとしての力が宿っていると……あそこに、他のサーヴァントが全員集まっているんです!」

「何だと!」とライダーは叫んだ。「畜生! まんまと逃げられたか! よし、今すぐ向かうぞ、お前さんも乗るといい」

 

 とライダーは手を差し伸べて、レティシアが戦車に乗るのを手伝ってやった。

 

「ありがとうございます」とレティシアは言った。

「何」とライダーは答えた。「美人さんとお近づきになれるんだ。このぐらい、どうってことはねえさ。さあ、向かうぞ!」

 

 アキレウスは、馬の手綱を思いっ切り引っ張った。戦車は嘶きを上げる馬によって、音速にも等しい速度で庭園へと向かっていった。

 

「ねえ、セイバー。モードレッド!」と泉は叫んだ。「そっちの道には行かないほうが良いよ!」

「ああ?」とセイバーは低い、その声を聞いた人は、竦み上がるような、唸り声にも近い声で言った。

「なんでだよ。というか、テメエはオレのマスターじゃねえんだ。一応、マスターとサーヴァントで分断されちまったから、また合流するまではテメエを守ってやるけどな、細かい命令までは聞かねえ。

 よって、オレがどの道を行こうにも自由だろうが」

 

 こうした会話は、2つの分かれ道の前で行われていた。泉は、右の道を行こうと提案したが、セイバーは左の道を選択したことによって、こうした言葉のやり取りが行われていたのだった。

 

「へえ? そんなことを言っていいのかな?」と泉は、令呪が刻まれている右手を差し出しながら言った。

「例えば、僕がアーチャーに、『君のマスターを殺害せよ』という命令を行うことも可能なんだよ?」

「そうかよ。ところでだ。オレの剣はいつでもテメエの首をぶった斬ることができるんだぜ?」

 

 こうした会話を交わした二人は、暫くの間、睨みつけ合っていた。彼らの目は、尋常ではないほどの殺気が篭っていた。

 こうした状態が暫く続くと、

 

「はあ、やってらんねえな」とセイバーはため息をついて警戒を解いた。「いつまでこうしていてもバカらしい。ここでお前を殺すのは簡単だが、それだと魔力供給が切れたことにアーチャーが気付くだろうな。で、単独行動を持つアーチャーは、オレのマスターを殺すぐらいの余裕は十分にある。そうなると、オレは魔力供給が無いから消えちまう。

 いいか? オレにとって、お前がここで死ぬと不都合しかないわけだ。だから、ここはオレの直感スキルを信じろ。左だ。左に行くぞ」

 

 セイバーは、泉の体を肩に抱えた。

 

「何をする!」と泉は叫びながら、暴れてそれに抵抗したが、セイバーに対して、そうした行為は全くの無意味であった。

「いいから行くぞ!」とセイバーは左側の道を歩き出した。

 

「ええい、クソが!」と獅子劫は、足元に転がる魔獣の頭を踏み砕きながら叫んだ。

 彼とアーチャーは、半径50メートルはある円形の広場、あるいは闘技場といったような場所にいた。そして、その広場の出入り口は、全て鋼鉄製の、何かしらの魔術が施されたことによって、この庭園の主の許可なしには出入り、あるいは破壊することのできない檻によって塞がれていた。

 その広場の、石製の床の上には、蛇っや虎、獅子、その他にも様々な種類、様々な形をした獣、あるいは魔獣の死骸が大量に転がっていた。それらは、全てが、獅子劫の銃弾や手榴弾、あるいはアーチャーの攻撃や宝具によって殺されていた。

 

「これで終わりか?」と獅子劫は言った。「数は100を超えたあたりから数えていねえが……これ以上来るというのなら、俺はキレるぞ。流石に。大体、この獣やら魔獣やら全部が毒を持っているとか可笑しいだろ。少しでも爪や牙にカスったら死ぬとか無えだろうが」

「ふん」とアーチャーは言った。「そう言う割には、汝は全ての攻撃を回避、あるいは防御して、確実にとどめを刺していたな」

「ああ、そりゃあ当然だろうが、俺だって死にたくねえんだよ」

「そうか」とアーチャーは言った。「だが、まだ先はあるようだぞ」

 

 と彼女は、幾つかある出入り口を塞ぐ、檻の一つが持ち上げられたのを見て言った。その出入り口から、獅子やヤギ、蛇といった幾つかの生物の部位を繋ぎ合わせた生物が、この闘技場へと入ってきた。

 

「キメラかよ! 畜生!」と獅子劫は叫んだ。「しかも見た感じ、魔術協会の魔術師が造るキメラよりも、遥かに強いぞ。アレは。それに加えて、どうせ毒持ちなんだろうな……」

「だろうな。だが、あの程度ならば狩るのは容易い」

 

 アーチャーは、矢をキメラめがけて素早く射った。放たれた矢は、キメラの頭を貫いた。

 獣はおぼつかない足取りで、2、3歩ほど歩くと、大きな音を立てて倒れた。

 キメラは絶命していた。

 

「お見事」と獅子劫は口笛を吹きながら言った。「流石はアーチャー、この程度なら容易いか」

「ああ、どうということはない。それよりも、今ので全て出尽くしたようだ。扉も全てが開いたぞ」

 

 とアーチャーは周りを見回しながら言った。なるほど、キメラが倒れた瞬間、扉を塞いでいた鉄格子は、全てが上げられており、どの出入り口からでもこの闘技場から出ることが可能となっていた。

 

「どうする?」と獅子劫は言った。「扉は全部で20ほど。そのうちどれを選ぶ? 俺は今みたいなモンスターハウスのような場所に、また入るのは嫌だぞ」

「私も、すべての扉の先がどうなっているのかは分からない。ここは汝に任せよう」

「そうか」と獅子劫は頭を掻き、一つの扉を指差した。「それじゃあ、あの扉を開くとしようか。ちなみに、選んだ理由は適当だ」

「別に構わないだろう。ここは森程ではないが、森とは別の意味で入り組んでいるのだ。探知などの魔術が使えないのならば、適当な道を選ぶしかあるまい」

 

 獅子劫とアーチャーは、周りにたいして、用心しながら一つの道へと入り、そこを進んでいった。



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神話戦 序盤

 ライダーとレティシアを乗せた戦車は、凄まじい速度で空を飛び、ほんの僅かな時間、それこそ数秒といった時間で市街地から、その端に広がる平原に落下した空中庭園へとたどり着いた。

 

「そうら、着いたぜ!」とライダーは言った。「さて、取り敢えず戦いの気配がするところにいくとするか!」 

 

 彼の戦車は、庭園の壁とか飾りとか、扉といったものを全て粉砕しながら、まっすぐに進んでいった。

 というのも、彼は、彼自身が持つ戦士特有の直感とでもいうべきもので、これから激しい戦いが起こりそうな気配を感じ取っており、その場所へとまっすぐ向かっていくことにしたのだった。

 

「あの!」とレティシアは叫んだ。

「ライダーさん、右に向かってください! そこにアーチャーがいます」

「ほう」とライダーは言った。「そうか、そういえばあのルーラーのちからを宿しているとか言っていたな、なら英霊の感知能力もあるのか」

「はい」

「そうか、なら一つ聞きたい。俺がこれから向かおうとしているところ、この戦車の直線状にいるサーヴァントは何だ?」

「ええと、セイバーとランサーです。ですがまだ接触はしていませんが、あともう少しで接触するといったところです」

「そうか!」とライダーは笑いながら言った。「そうか! やはり俺の直感は間違っていなかったということだな! あの二騎はかなりの力を持っている。特にランサーの真名を知っている身とすれば、是非とも戦ってみたいところだ」

「ライダーさん!」とレティシアは叫んだ。「お願いします……アーチャーの所に連れて行ってください!」

「俺としては、セイバーとランサー、あるいはそのどちらかと戦いたいんだがな。まあ良いだろう、アーチャーの元へと向かうとしよう。 

 ところでだ、俺は今とても興奮しているぞ! なぜならば、世界を救う! そうした戦いができるのだからな! この行為、この戦いこそ、勇者として相応しいものだ! だが、勇者であるのならば、正確な敵を見定めなければいけないな! 世界をどうにかしようとしているのは二人。シロウ・コトミネか、アーチャーのマスターのどちらか。しかし、その二人を問答無用で殺すというのは、勇者としてふさわしくない行為だ。正確な敵を見定めなければ! さあ、向かうぞ! アーチャーとそのマスターの元へと!」

「ありがとうございます!」

 

 ライダーの操る戦車は、先ほどまでとは違った方向を向き、庭園の壁や飾り物、起動しなくなった罠といった物を全て粉々に砕きながら、床を瓦礫に変えながらまっすぐにその方向へと進み始めた。すなわち、アーチャーの気配を感じ取る事ができる方向へと進んでいった。

 彼がアーチャーの元へとたどり着くのには1、2分ばかりの時間が必要だった。彼の戦車は壁を突き破り、その先にアーチャーの姿を発見すると停止した。

 こうしたライダーの行いを、アーチャーと獅子劫は驚いた様子を見せていた。

 

「何用だ?」とアーチャーは、彼女のすぐ前に止まった戦車を見上げながら訪ねた。「汝が私を目当てにまっすぐ来たということは理解できる。先ほどから壁を壊す音がうるさかったからな。だが、その目的は何だ? ライダー、いいや、アキレウス」

「ああ、俺はただ見極めに来ただけだ」とライダーは言いながら、戦車を霊体化させ、地面に飛び降りると、

 

「アーチャー、アタランテ。その顔はやはり神話の通りに美しいな。まさに麗しという表現がぴったりだ。で、姉さんの横にいる男はセイバーのマスターだろう? なんでアーチャーとセイバーのマスターが一緒にいて、セイバーとアーチャーのマスターが居ねえんだ?」

「ああ、それか」と獅子劫は言った。「分断されちまったんだよ。で、今俺たちは分かれて戦っているって訳だ」

「なんだと!」とライダーは叫んだ。「畜生! やっぱりランサーとセイバーの気配がする方へ行っておいた方が良かったか?」

「なあ、ライダーさんよ。アンタは俺の敵か? それとも味方か?」

「さあてな」と獅子劫の問いかけに、ライダーは両手を広げておどけてみせた。「俺の目的はアーチャーのマスターだったんだ。あいつがどんなやつかひと目見ようと思ってな。お前さんはどうだ? セイバーのマスターよ。俺の敵となるのならば、ここで葬るのもやぶさかではないが?」

「いいや、俺はお前さんとは戦いたくねえな。仮にアーチャーを戦わせたとしても勝てるイメージが沸かん。今回は見逃してくれねえか? 俺の目的はあのアサシンとキャスター、そしてそいつらのマスターだけだ」

「そうかい」とライダーは言った。「まあ良いだろう、だが姉さんよ。アンタに一つ聞きたいことがある」

「何だ?」とアーチャーは言った。

「アンタは自分のマスターの目的を知っているのか? 聖杯に何を願うのか知っているのか?」

「いいや、知らん。だが、そうした事は関係ない。私にも叶えたい願いというのは存在する。そして、私は己の願いを叶えることが出来るのならば、そうした事はどうでも良い」

「マスターの願いが姉さんの願いと相反するものであってもか?」

「もしもそうならば、私はマスターの額を貫くとしよう」

「そうかい。ならいい」とライダーは笑いを浮かべると、振り返った。

「どこへ行くのだ?」とアーチャーは訪ねた。

「もちろん、姐さんのマスターのところさ」

「そうか」

 

 ライダーが戦車を実体化させるほんの僅かな時間の間、アーチャーは素早く弓に矢をつがえて放った。それは吸い込まれるように、正確な狙い、高速でライダーのかかとへと飛んでいった。しかし、ライダーは素早く振り返り、その矢を蹴り飛ばした。

 

「よう、どういうつもりだ?」とライダーは、不敵な笑みを浮かべながら言った。

「何、今なら汝の踵を貫けると思っただけだ」とアーチャーもまた、ライダーと同じような笑みを浮かべながら答えた。

 

 二人はそれぞれ槍と弓を構え、相手の動作の一つ一つに気配を配り合いながら睨み合っていた。この二人の間には激しく、それでいてとても静かな覇気がぶつかり合い、回りの空気を乾燥させ、震わせていた。

 

「止めてください!」とレティシアは震える声で叫んだ。彼女の顔や体には、たくさんの汗が流れていた。「二人共止めてください! あなた達の目的はそれぞれ全く別のものであるはずです。ならば、こうしてわざわざ争う事はないでしょう」

「ああ、俺もそこの嬢ちゃんと同感だな」と獅子劫は言った。「俺たちが今ここで闘っても意味が無いだろう。ここはお互い武器を収めてくれないか?」

「冗談だ」とライダーは槍を霊体化させながら言った。「俺は女に槍を向ける趣味は持ち合わせていねえしな」

「フン」とアーチャーは鼻を鳴らしながら彼と同じように武器を霊体化させた。「まあ良いだろう。先ほどの攻撃も、もしかしたらと思って適当に放っただけだ。ヘラクレスと並ぶと呼称されているギリシャの英雄ならば、あの程度楽々と対処できるであろうよ。お互いただのふざけ合いだ」

「ふざけ合いねえ」と獅子劫は両手を上げながら言った。「そんなふざけ合いは御免こうむるな。ただの魔術師である俺がこんな至近距離で英霊達の戦いに立ち会っていたら、たちまちのうちに巻き込まれて俺の体は粉微塵だ」

「そいつは悪かったな」とライダーは笑いながら言った。ちょうどその時、セイバーとランサーが居る方向から、大きな物音と、衝撃波が広がり、彼らが居る場所まで伝わった。

 

 それを感じ取ったライダーは、

 

「もう始まったか!」と実体化させた戦車に飛び乗ると、レティシアの腕を掴み、戦車の上へと引っ張り上げると、「よし、ここに用はねえ! 行くぞ!」と手綱を操作した。すると、戦車は凄まじい速度で、先ほどの衝撃が発生した方向へと、庭園の壁や床を粉々に砕きながら走っていった。

 そうしたライダーの様子を見届けたアーチャーはため息を吐きながら、

 

「やっと行ったか。全く、何で喧嘩を売るような真似をするんだか」

「何、元より本気でやり合おうとは思ってない」とアーチャーは答え、ため息を吐きながら言った。「全く、殺気や音といったあらゆる気配を潜め、それでいて本気で放った一撃だったというのに、あっさりと弾き返した。ライダーの奴は確かにヘラクレスと並ぶ英雄であろうな。私が奴と戦うというのは、ヘラクレスと戦うのと全く同じような物だ。あのまま闘っていたとしたら、私はおそらく一撃か二撃で敗北するだろうよ」

「だったら、俺はなおさらお前が何であんな事をしたのかがわからないな」

「ライダーも、私も戦うつもりはないということだ。奴の目標は、私ではなく全く別の場所だったようだからな。今のは、お互いにとってじゃれあいのようなものだ」

「そうかよ。全く冗談じゃねえな。冷や汗を掻いたぞ」

 

 アーチャーと獅子劫は、こうした会話を交わしながら一本道を真っ直ぐと進んでいった。その速度はゆっくりとしたものではあったが、彼らは常に、あらゆる方向に対して、最大の警戒を行っていた。

 

 

 

 泉を抱えて移動していたセイバーは、扉に突き当たった。彼女は、泉を抱えていない方の手に剣を握ると、その扉を斜めに叩き切り、蹴飛ばした。真っ二つになった扉のうち一つは、蹴飛ばされた事により、凄まじ速度で部屋の中へと飛び込んでいった。それを、部屋の中で待機していたランサーは、槍を振るって粉々に砕いた。

 セイバーは、そうした僅かな間に、泉を放り投げて部屋の中を観察した。この部屋は4、5メートル四方ほどの大きさであり、部屋の中心には四角形の机が置かれていた。その机を囲んで座っているのは4人の男女であった。

 彼らは虚ろな表情で、何かを呟いたり、身振りをしたり、中身の入っていないカップを口につけたりとしていた。ランサーは、そうした彼らを背後に控え、セイバーの前に立っている。

 

「オイ」とセイバーは言った。「ランサーよ、ソイツらは何だ? 見たところ暗示か何かにかかっているようだが」

「そうだ」とランサーは答えた。「彼らは元”赤”のサーヴァントのマスター達だ」

「なる程な、あのいけ好かないアサシンに操られたか。しかも、手元に令呪の後が残っているということは、令呪まで剥ぎ取られたか」

「そうだ。今はシロウ・コトミネがオレ達のマスターとなっている」

「そうかよ。まあ、そんな事はどうでもいい。オレは操られるような雑魚魔術師には興味ねえからな」

 

 彼女は、こうした言葉を兜の下で、歯茎を見せ、獣のような笑みと目をしながら言った。

 

「良いだろう」とランサーは言った。「オレはお前がオレと戦いたいというのならば応えよう。しかし、彼らは元とはいえどもオレのマスターであった人物だ。オレは彼らを死なせたく無いと思っている。ここで戦えば余波で彼らが死んでしまうことも考えられる。だから、別の場所でやるとしよう」

「良いだろう!」

「じゃあ僕はここで待っているよ」と泉は空いている椅子に座りながら言った。「別にやることもないしね。二人の戦いに巻き込まれても嫌だから、ここに居るよ。どうやら、自分で準備すれば毒入りでないお茶も飲めるようになっているようだし」

「呑気なヤツだ」とセイバーはため息を吐いた。

「ま、さっさと帰ってくれば?」と泉は言った。

「当たり前だ」

「一つ聞きたいことがある」とランサーは泉の方を振り向いて言った。「お前は、聖杯に何を望む?」

「自分の愛するモノを手に入れたい」と泉は答えた。その目には、深い警戒の色が浮かんでいた。

「そうか」とランサーは振り向き、セイバーを案内していった。セイバーはランサーの後へとついていった。

 

 泉はそうした彼らを見送ると、部屋にあった紅茶を用意し、それを飲みながら一息ついた。そうしている内に、しばらくすると、轟音や衝撃がいくつも響いた。彼の居る部屋は振動し、天井の埃が落下したり、机の上に置かれたティーカップが地面に落ちて割れたりとした。

 泉は、元”赤”のマスターたちを見回した。こうした衝撃の中でも、彼らは架空の相手に向かって、それぞれ全く違った事を喋っていた。

 

「まあ、当然だけど」と泉は呟いた。「ロットウェル・ベルジンスキーはいないみたいだ。念のために彼にも仕込みをしていたけれど、全くの無駄足に終わったみたいだね。まあいいさ。

 さて、モードレッド(反逆の騎士)カルナ(不死身の英雄)では、軍配はカルナの方に上がるかな? いや、彼は槍を得た代わりに鎧を喪っているから、攻撃はそのまま通じるから、モードレッドの方が勝つかな? 一体どちらだろうね? 君はどう思う?」

 

 と泉は入り口の方を振り向いて言った。そこには、レティシアが立っていた。

 泉は手で自分の向いにある、空いている椅子に座るように促した。彼女はそれに従って、椅子に座った。

 

「で、どう思う?」と泉は微笑みながら言った。「あ、紅茶はいるかな?」

「いいえ、いりません」とレティシアは言った。「それに、どちらが勝つかは私には予想できません。ついでに言うのならば、先ほどライダーが私を戦車から下ろして、その戦いに乱入しました」

「へえ!」と泉は驚いた表情を浮かべた。「ライダーが? そうなるとわからないな。一つだけ言えるとすれば、ランサーのみがライダーに攻撃を通す事ができるというだけだ。真っ先に誰が死ぬか賭けるつもりは?」

「ありません。それに、私はそうした事を話すためにここに来たのではないのです」

「そうか、じゃあ何を話に来たんだい?」

(レティシア)は、貴方の願いについて聞きたいのです」

 





 次回予告! 
 泉の願望とは──? レティシアは何を思うのか?
 セイバー、ランサー、ライダーの混戦! 反逆の騎士に不死身の英雄に、無敵の英雄! 
 もう一方では、アーチャーVSアサシン&キャスター&天草四郎時貞! 魔術師はサーヴァントの戦いには訳に立たねえよ! すっこんでいやがれ! ギリシャの女狩人にアッシリアの女帝に、名高い劇作家に聖人!
 果たして最後に立っているのは誰だ──!? 
 次回! 【神話戦 英雄共】
 カオス盛りだくさん、ボリューム盛りだくさんでお送りします!


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神話戦 中盤

「僕の願いか」と泉は言った。「さっきランサーにも聞かれたね。まあ、内容は至って単純なものさ。ランサーに言ったのと同じ答えだ。『自分の愛するモノを手に入れたい』それが僕の願いだ」

「そうですか」とレティシアは用心深い様子で、泉のことを観察しながら問いかけた。「愛するモノとは一体、どういったものなのか教えて貰うことは可能ですか?」

「ああ、そうだね」と泉は背もたれに寄りかかりながら言った。「聖杯のような奇跡にでも縋らないと手に入れることができないものとだけ答えておこうか」

「その詳細を言う気持ちはないのですね」

「無いね!」

「そうですか。では、聞き方を変えましょう。貴方は一体、どのような方法でそれを手に入れようとしているのですか?」

 

 そうした彼女の問いかけに、泉は少しだけ目を細め、今までは彼女を見下ろすかのような態度から、この時初めて警戒の様子を見せた。レティシアは、そうした彼の変化を感じ取り、今まで向けていた警戒よりも、更に大きな、それこそ部屋の音とか、空気の流れとか、僅かな変化すらも見逃さない、神経質とまで言えるような警戒を込めた。

 

「方法か」と泉は呟き、それから少しだけ笑みを浮かべながら言った。「もちろん、聖杯に願うんだよ。『欲しいから頂戴!』ってね」

「では、その手順、過程はどのように行うつもりですか?」

「やれやれ、しつこいねえ」と泉は頬杖をつき、ため息を吐きながら言った。「その辺はどうでも良いでしょう? というか、なんのつもりなのかな? レティシアちゃん。ここは君のような、ただの女の子が来るには危険な場所だよ? そんな場所に、こうして来たということはある程度の覚悟はできているんだろうね?」

「もちろんです」とレティシアは答えた。「私は、貴方の願いが世界を破滅させる類のものだと思っています」

「で? その根拠は?」

「強いて言うならば、聖女様の啓示によるものと、私自身の直感によるものです。貴方は、前に『恋を叶えたい』と言いましたね。その他にも願いはいくつかあるとも言いましたね」

「ああ、そういえば言ったような気もするね。でも、それがどうして世界の破滅とやらに繋がるのかな? 僕には、飛躍しすぎて全くわからないね」と泉は肩をすくめながら言った。「まあ、それでも君は僕の願いがどのようなものかに気がついているみたいだね」

「それについては、ライダーに教えて貰いました。世界が滅ぼうとしていると。抑止力という力が働いているということも教えてもらいました。私はあまり頭がよくありませんが……それでも、知りたいのです。貴方が世界の破滅を願っているのかどうかを」

「くだらないね」

 

 泉は魔術の詠唱を素早く呟いた。すると、彼の足元から紐状の水銀がいくつか現れ、机の下を通ってレティシアの体に纏わり付き、液体から鉄のように固まった。こうした出来事に対して、レティシアは一切反応することができず、縛られた後に体をよじらせたりするだけであった。

 

「仮にだ」と泉はレティシアを指差しながら言った。「僕が本当に世界の破滅を願おうとしているとして、君はどうするつもりだい? それを止めようとするのかな? それとも、何もしないでそのまま見ているのかな?」

「答えは決まっています」とレティシアは言った。「貴方が世界の破滅を願おうというのならば、私はそれを止めてみせます。そして、同時に貴方も苦しんでいるというのならば、その苦しみの中から救い出してみせます」

「五月蝿い!」と泉は片手で顔を覆いながら叫んだ。彼の様子はこれまでの、どこか余裕を持った様子から、気が狂ったような様子へと変化した。

 

「『苦しんでいる』? 『救い出してみせます』? ああ、それは結構だ! 聖女にでも感化されたか? 田舎の平凡な村娘め! 僕を救いたい? なら死んでくれ。それで少しでも救いになる。それ以上その口を開くな。それ以上僕の前に存在するな。それ以上この世界に存在するな」

 

 彼は水銀に、レティシアを締め殺すように命令を送った。水銀は、その命令を実行しようと、彼女の体を締め付け始めた。

 

「お断りします」とレティシアは言った。彼女の体の周囲に金色の光の粒がいくつも浮かび上がり、それらは彼女の体に纏わり付いた。すると、レティシアの服は、彼女が今まで来ていたワンピースから、ジャンヌ・ダルクが装備していた鎧へと変わった。

 レティシアを締め付けていた水銀はたちまちの内にはじけ飛び、辺りに散らばった。

 

「何!」と泉は驚いた様子を見せながら言った。「ジャンヌ・ダルクはすでに戦いから脱落した筈だ……でも、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)を弾いたということは、ルーラー並の対魔力を持っているということだ。ルーラーの力の残滓を無理やり使っているのか?」

「私は救済を行います」とレティシアは手に、ジャンヌ・ダルクが振るっていた聖旗を実体化させながら言った。「この世界も、貴方も、全てを救ってみせます。私にはそのための力があります。聖女様の力があります」

「くだらない!」と泉は叫んだ。「全てを救う? 僕が苦しんでいる? くだらないね!」

「どうか、対話を行うことはできませんか?」

「黙れ、その口を閉じろ!」

「貴方は確かに苦しんで居るはずです! 貴方の言葉や、態度の端にはほんの僅かな苦しみが感じ取れます」

「黙れ! お前はもういい、ここで死ね!」

 

 泉は、repeat(命ずる)という詠唱を行った。すると、部屋の壁を埋め尽くすほどの、たくさんの虫が現れ、レティシアへと向かっていった。彼女は、それらを旗の一振りによって全て弾き飛ばし、消し飛ばした。

 

「成る程」と泉はレティシアの事を観察しながら言った。「確かにサーヴァントの能力を持ち合わせている。魔術では、君に傷をつけることすらできないようだ」

「その通りです。貴方は、私に傷をつけることができません。戦いは無駄な行為です。そして、私は対話を望んでいます」

「黙れと言っている……! お前の声は忌々しい! お前の姿は忌々しい! お前の存在は忌々しい! 何様のつもりだ? 聖女様のつもりか? もういいよ。死ね、死ね、死ね! どうせお前も消えるんだ、消えて無くなるんだ! それが少し早まったって、なんら問題ないだろう!」

 

 と泉は頭を掻き毟りながら叫んだ。彼の目はひどく揺れ、呼吸はとても荒いものであった。彼はこうした乱れた様子のなか、懐から剣士の絵柄が描かれた、長方形のカードを取り出し、それを握りつぶしながら、長い魔術の詠唱を行った。

 詠唱が終わると、握りつぶされたカードが激しく光り輝き、レティシアの目を眩ませた。とはいえども、それはほんの僅かな間のことであり、彼女が目を開くと、泉は蒼銀に光り輝く鎧を纏い、手には黄金に光り輝く剣を握っていた。

 彼は、その剣を振るい、泉とレティシアとの間にある机を真っ二つに砕き、背後から激しく風を吹き出しながら、勢い良くレティシアへと接近し、剣を振るった。彼女はそれを旗の柄で受け止め、その勢いによって部屋の外、すなわち廊下へと吹き飛ばされた。

 

「その姿は一体?」とレティシアは素早く体勢を整え、泉を観察した。「サーヴァントの能力を秘めている……?」

「ああ、その通りさ」と泉は部屋から廊下へと移動しながら言った。「時間と余裕は十分にあったからね。それに、この世界は英霊を召喚する技術が発達している。それらによる賜物さ。そして死ねよ」

 

 

 

「さあて、おっ始めるか」とセイバーは、ランサーに案内された部屋に到着すると、彼に向けて剣を構えた。

「ああ」とランサーもまた、槍を構えて言った。「始めるとしよう」

 

 ランサーが言い終わると同時に、セイバーはランサーへと飛びかかり、剣を振るった。彼は、その攻撃を全て槍でいなしたり、弾いたりしながら、彼女の腹部分へと攻撃を加えた。強烈な一撃を喰らったセイバーは、後方へと吹き飛びながらも地面に着地した。

 セイバーは、自分の鎧の腹部分が粉々に砕け散っているのを見て、

 

「面白え!」と叫び、咆哮をあげながら再びランサーへと飛びかかった。しかし、彼女は直感によって、その場から素早く飛び退いた。すると、壁が粉々に砕け散り、そこから、先ほどまでセイバーが居た位置に、ライダーが騎乗する戦車が飛び込んできた。

 

「よう!」とライダーはセイバーとランサーの間に立ち、笑みを浮かべながら言った。「俺も混ぜろよ! 反逆の騎士に、マハーバーラタの英雄!」

「ああ?」とセイバーはライダーを睨みつけながら言った。「何だテメエは。急に飛び込んで来て訳の分からねえ事を言いやがって。だが良いだろう。オレは相手が二人だろうが構わねえ。かかってこいよ!」

「良いだろう」とランサーは答えた。「ライダーよ、それがお前の意思だというのならば、オレはそれに応えるとしよう」

「よし! なら始めるとしよう」とライダー戦車を霊体化させ、槍を手に持ちながら叫んだ。

「だが」とランサーは続けた。「解せんな。ライダーよ、勇者であるお前ならば、アーチャーのマスターか、シロウ・コトミネのどちらかを問い詰めると思ったのだが」

「ああ、その事か」とライダーは答えた。「確かに世界が滅ぶというのは一大事だ。だが、その件にしては俺の他にいる奴が何とかすると確信している。まあ、ただの直感に過ぎないがな」

「成る程な」とランサーは頷いた。「そういう事か。ならば良いだろう」

「オイオイ!」とセイバーは叫んだ。「さっきから何を言っているんだ? 『世界が滅ぶ』? そんな話は初耳だぞ? どういうことだ?」

「何だ? 知らねえのか?」とライダーは言った。「どうやら、抑止力が動いているようだ。それは、世界が滅ぶ可能性にあるということだ。その原因は、シロウ・コトミネ、あるいはアーチャーのマスターの願望のどちらかにあるようでな」

「何だと!」とセイバーは叫んだ。「ソレは本当の事なのか?」

「恐らくな。現時点で、英雄王ギルガメッシュが召喚されているという。奴は抑止力の後押しを受けて現界したようだ。それが滅びに向かっているということを証明しているだろう」

「クソったれが!」とセイバーは叫んだ。「英雄王だと? 抑止力だと? 何が何だかだ! あの小僧め、マスターの事を無視して、とっとと切り捨てておくべきだった! 怪しいとオレの直感が反応しまくっていたんだよ!」

「まあ、アーチャーのマスターに関しては問題ないだろう。シロウ・コトミネに対しても問題ないだろう。俺は一度、奴の願いを聞き、奴の下につくことにしたのだからな。俺が今やることといえば、俺自身の願いを叶えるだけだ。勇者として振る舞う。世界を救うというのは、勇者に相応しい大役だが、今回それを行うのは俺ではないようだ。ならば、強者と戦うのみだ!」

「くそったれが!」とセイバーは叫んだ。彼女の直感は、ライダーと戦うべきだということを指示していた。「いいぜ、かかってこいよ! ライダー! ランサー! オレの願いを叶えるためにも、とっとと打ち倒されろや!」

 

 ランサーは、こうしたセイバーとライダーを見ながら次のような事を考えていた。

 

(世界が滅びの危機に瀕している。それは間違いないのだろう。いくら抑止力の後押しを受けたとはいえども、サーヴァントがそう簡単に現界する事は叶わない筈だ。しかし、現に新しいサーヴァントが、いくつかのきっかけがあったとはいえども召喚されている。つまり、抑止力はかなり慌てているのだろう……抑止力に感情というものが存在するのならばだが。

 今、オレがするべきことは定まっている。オレを召喚したマスターを守護するということは確実だ。しかし、現時点では不明なことが多すぎる。迂闊に動かずに、暫くの間流れを見定め、どう動くかを判断するべきだろう。そして、セイバーとライダーが、オレと戦うと望むのならば、そのようにしよう。

 ……だが、あのアーチャーのマスターは、かなりの物を中に秘めている。それも、闇のようなものと、光のようなもの、矛盾した2つの物をだ。これは、アルジュナよりも厄介なのかもしれないな)

 

 ランサーはこうした思考を打ち切り、セイバーとライダーへと注意を向けて、槍を構えた。同時に、彼らもそれぞれの武器を構えると、一瞬だけその場の空間が張り詰めたようなものとなった。しかし、セイバーとランサー、そしてライダーが全くの同時に動き出すと同時に、空間には激しい、嵐のようなものが吹き荒れた。

 彼らの戦いは、庭園の頑丈な床、壁、天井といった物を、その余波のみで次々と砕いていった。

 

 

 

 アーチャーと獅子劫は、長い、一直線の廊下の突き当りに止まった。その突き当りには、彼らの背丈を超える、大きな扉があった。それこそは、玉座の間へと通じる扉であった。

 

「行くぞ」とアーチャーは言うと、弓に矢を番え、力の限り引っ張り、矢を発射した。凄まじい速度で発射された矢は、扉を粉々に砕き、その向こうに居たシロウ・コトミネの元へと向かっていった。しかし、それはアサシンの、鱗が張り付いた腕によって防がれた。

 

「フン」とアサシンは鼻で笑いながら言った。「この程度か? アーチャーよ。こうして自ら死地へと飛び込むとは。全くもって愚かな判断よな」

「『この世界という広大な劇場は、我々が演じている場面よりもっと悲惨な見世物を見せてくれる!』」とキャスターは言った。「おお、ついに辿り着きましたか。辿り着いてしまいましたか、純潔の狩人、アタランテよ!

『このひとは罪を犯し、かつ、罪を犯しておりません。このひとは、私が処女でないと誓いもするでしょうが、誓って申します、私は処女です。このひとはそれを知りません』吾輩は貴女の事を悲しく思っておりますぞ。その姿は、さながら人形師によって糸を吊るされ、無理矢理踊らされる哀れな人形の様に! 貴女は何も知らず、この場に来ている! 己の願いを叶えるべく、我々を打ち倒そうとしている! おお、哀れなり!」

「キャスター」と天草四郎時貞は苦笑しながら言った。「そう言ってやるものではありません。それに、彼女は薄々ですが、自身のマスターがどのような願いを抱えているのかを知っているでしょう。

 それはともかく、ようこそ。アーチャーよ。願いを叶えたいというのならば、()を倒せば良い。俺はランサー、ライダー、アサシン、キャスターの四騎と契約している。即ち、俺を倒せば、一気に四騎を倒せるというわけだ。さあ、どうする?」

「当然決まっている」とアーチャーは言った。「私には叶えなくてはならない願望がある。ならば、私は汝等を倒し、願いを叶えるとしよう……!」

「フン、下らぬ。我が毒によってその身を溶かしながら、苦悶を味わいながら果てるが良い」

 

 とアサシンが手を振り下ろすと、彼女の背後から紫色の霧が現れた。それは、アサシンたちを避けつつ、アーチャーと獅子劫へと向かっていった。その霧というのは、非常に強力な毒の霧であった。

 

「クソ!」と獅子劫は、魔獣の革で造られたジャケットを脱ぎ、それで口元を抑えながらその場から逃げ出した。「あんな物を食らったら、あっという間にお陀仏だぞ!」

 

 アーチャーはその毒の霧から逃れるべく、後方へと飛び退きながら弓に矢を番え、あらん限りの力でそれを放った。その矢は、先ほどと同じように天草四郎時貞の胸元へと真っ直ぐに飛んでいった。それは、アサシンの鱗が並んだ腕によって防がれた。

 しかし、先ほどとは違い、矢じりは彼女の鱗を粉々に砕き、矢は腕を貫いていた。そのことにアサシンは怒りの表情を浮かべながら、

 

「おのれ……! 我の腕に傷をつけるか!」と叫んだ。彼女は驕慢王の美酒(シクラ・ウシュム)によって魔獣を召喚するべく詠唱を行おうとしたが、一瞬だけ意識が遠のき、地面に膝をついた。彼女の口からは、血液が吹き出した。

 

 

 







次回! 【神話戦 決着】!
英雄共は、英雄たらんとする───! お楽しみに!






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神話戦 終盤

 泉は手に握っている剣を何度も振るい、レティシアへと激しい攻撃を加える。彼女はそうした攻撃を、旗の柄で受け止めたり、逸らしたりとしていたが、その額には一筋の冷や汗が浮かんでいたのだった。なぜならば、彼の剣は、レティシアが持つルーラー、ジャンヌ・ダルクの防御力と対魔力とを軽々と貫通してくるからだ。

 

(強い!)とレティシアは剣から逃れるべく後方へと飛び退のき、頭の中でこうした感想を浮かべた。(一つ一つの剣の威力が凄まじいのもありますが、それ以上に恐ろしいのは、彼が戦闘慣れしているということでしょう。今の私は、聖女様の力を借りることによって、こうして戦うことが出来ていますが、戦闘の経験も、技術も向こうのほうが上。刹那の判断が、致命傷へと繋がるこの戦い、果たして無事に乗り切ることが出来るのでしょうか……?)

 

「そら!」と泉はレティシアへと飛びかかりながら言った。「どうした? どうした! 僕を止めるんじゃなかったのか? 救うんじゃなかったのか? ああ、それも不可能だろうね! 実力差が大きすぎるのだから。どうやら、君は聖女の力を秘めてはいるけれども、何ということはない。ただの馬鹿、愚か者、阿呆、間抜けだったみたいだね!」

「何を!」とレティシアは叫んだ。「何を言うのですか!」

「『何を言うのですか!』だって?」と泉は、レティシアと戦っているうちに、彼女と戦う前の、激しい様子は少しずつ消えてゆき、今は笑みを浮かべ、余裕といった様子であった。「救うとか言っていたみたいだけれども、どう救うというんだい? そもそも、僕は君による救いなど求めてはいないしね」

「いいえ、貴方は確かに苦しんでいます。聖女様の啓示と、私の直感がそう言っています」

「苦しんでいるだって! どこをどう苦しんでいるというんだい? そら、教えて貰おうじゃないか!」

 

 泉は、とりわけ強烈な剣の一振りを行った。レティシアはそれを旗で弾き返し、彼は後方へと飛び下がった。

 

「貴方は」とレティシアは息を整えながら言った。「苦しんでいます。そう、この世界に対して」

 

 そうした彼女の一言は、泉にとっては激しい一撃であった。彼は歯を食いしばり、レティシアを睨み殺すといった勢いで睨んだ。そうした彼の様子に、彼女は少しだけ息を呑んだ。

 

「そうか」と泉は、全身の力を抜き、天井を見上げた後、レティシアの事を見た。その目には、何の意思や力といったようなものは一切篭っていなかった。こうした、先ほどの様子と、違った様子を見せた彼は、彼女の方へと歩いていった。

 あと数歩ばかりで、剣を握った腕を伸ばせば、その刃がレティシアの首元へと届くといったところで、彼女は旗の先端を泉の顔の前へと突き出した。彼は歩みを止めると、剣を床に突き刺して、旗の柄を握った。

 

「直感か……啓示か。まあ、そんな事はどうでもいい。君は僕の事をどう思っているのか、ここは一つ聞かせて貰おうじゃないか」

「……貴方は世界に対して絶望といってもいい感情を秘めています。貴方の眼差しには、そうした光りが宿っています。そして、世界が破滅の危機に瀕しているという事を考えれば、貴方はこの世界を破壊しようとしているのでしょう」

「へえ! で?」

「私はそのような事をさせる訳にはいけません」

「どうするつもりだい?」

「貴方を止めます。世界の破壊などはさせませんし、貴方にも何か、気に入っている場所、愛すべきモノなどがあるはずです……」

「そうか」と泉は言った。「確かに僕は、世界に絶望している。世界を破壊しようとしている。でも、答えとしては80点といったところだろうか……

 気に入っている場所? 愛すべきモノ? そうか、確かにそれは存在する。例えば冬木市……例えば時計塔……ほかにもいっぱいあるなあ」

「では!」とレティシアは微笑みを浮かべた。

「でも、それはこの世界には存在しないんだ」と泉は言った。彼は旗の柄を胸元へと移動させた。

「正義の味方気取りか? 世界を救う、救世主気取りか? そんな事をやろうとするのは、聖女(ジャンヌ・ダルク)のカリスマにでもあてられたか? 一つ聞こうか。君は世界も僕も救うという。それは全てを救うということで良いのかな?」

「ええ、全てを。でなければ、救済とは言えないでしょう」

「そうか」と泉は言った。「ならば、選択肢をあげようか」

 

 彼が魔術の詠唱を唱えると、レティシアの前に映像を映し出すためのスクリーンが出現した。そのスクリーンには、レティシアの故郷であるフランスの田舎が映し出され、その次にはレティシアが通っている学校の宿舎の、同室である友人が映し出された。

 

「なにを」とレティシアは目を見開きながら言った。「何をするつもりなのですか!」

「簡単なことだよ。君は救いたいんだろう? だけれども、全てを救うなんていうことは出来ないんだ。僕の思いを変える事は決してできない。僕は君の言う通り、この世界を消滅させようとしている。なぜならば、世界の消滅こそが、僕の願いであり、救済なのだから。

 さあ、そこで選択だ。君の手で、今僕を殺せば、世界が滅ぶような事はない。けれども、僕を殺さないと、君の友人が死に、世界が滅ぶだろう。さあ、僕を殺し、友人と世界を救うか……僕を救い、友人を殺し、世界を消滅させるか……選びなよ。今、君が手に持っている旗を少しだけ前に突き出せば、僕はあえなく死ぬだろう。1分だけ時間をあげよう。その間に選びなよ。1分が過ぎたら、僕は君を殺し、この世界も消滅させる」

 

 こうした泉の言葉によって、レティシアの感情はひどく揺さぶられた。彼女の目は虚ろなものになり、呼吸は荒くなり、全身から力が抜け、体を震わせ始めた。

 

「そんなもの」とレティシアは震える声で言った。「そんなもの……」

「『選べるわけがない』かい?」と泉はレティシアの言葉を続けた。「それなら、僕の好きにやらせて貰うけれどね……さあ、あと10秒だ。君はどうするんだい?」

 

 レティシアはスクリーンに映っている友人と、眼の前に居る泉とを交互に見比べた。

 

「あと5秒」と泉は言った。「4秒……3秒……2秒……1秒……」

「ああ!」泉が数を数え終わる直前になり、レティシアは叫びながら旗を前に突き出した。「ああ……」とレティシアは力なく項垂れたのだった。旗の先端は、泉の胸に触れるかどうかの所で停止しており、彼を貫くような事はなかった。「できません……私には、選択なんてできません……」

「そうか」と泉は言った。「それじゃあ、彼女は殺すとしよう」

「え?」

 

 泉が詠唱を唱えると、スクリーンに映っているレティシアの友人は、大声で叫びながら、首や頭を掻き毟り、地面をのたうち回った。しばらくすると、彼女は完全に動かなくなり、その体からいくつもの虫が皮膚を食い破り、体の外に出てきた。

 

「時間だけはあったからね」と泉は言った。「もしもの時のために、人質に使えるように仕込んでおいたんだ。ま、結果としては全く別の用途になってしまったけれどもね。”赤”の魔術師達にも、この虫を仕込もうと思ったんだけれども、流石にバレて仕込む事はできなかったんだよね」

「なぜ!」とレティシアは涙を流しながら叫んだ。「なぜ殺したんですか!」

「何でって、どうせこの世界はなくなるんだから、今死んでも同じことでしょう?」

 

 レティシアは涙を流し、大声で叫びながら泉へと飛びかかった。それを泉は、床に刺さった剣を抜いて防御した。そして、彼は剣で攻撃を加えた。その攻撃を受けたレティシアは、弾き飛ばされ、床を転がり、うめき声をあげた。

 

「憎いのですか?」とレティシアの頭のなかにそうした声が聞こえた。「貴女の中から、激しい憎悪の感情が感じ取れます。彼が憎いのですか?」

「はい……」とレティシアはその声に答えた。「憎いです……私の友を殺した……!」

「貴女は今、何をしたいのですか?」

「それは」とレティシアは泉を睨みつけた。「あの人を殺したい……私の友達の敵を取りたい……!」

「良いでしょう! ええ、ええ、良いでしょう! ならば、思う存分復讐しなさい。復讐のための力を貸してあげましょう!」

 

 とその声が叫ぶと、レティシアの金髪は、くすんだ灰色、あるいは白色の髪へと変わり、肌も青白く変化していった。

 

「私は」と声は言った。「ジャック・ザ・リッパーの亡霊より生まれ出た、偽りの聖女(アヴェンジャー)。先ほどまでは、あの聖女の力の残滓を使っていたようですが、もうそれも燃料切れでしょう。ならば、この私の力を使いなさい。レティシア。今の貴女は、復讐者として相応しい顔をしているわ! その憎しみを燃料に、突っ走りなさい!」

 

 レティシアは叫びながら、手に持っている旗を振るった。その旗もまた変化しており、竜を思わせるような、禍々しい文様が描かれた。その旗から、漆黒の炎が放出され、泉へと向かっていた。

 

「ジャンヌ・ダルクオルタ?」と泉は驚いた様子を見せた。「何でだ? そもそも、彼女は英霊として存在していない、しているとしてもFGOのみだろうに。まあ、細かいことはどうでもいいか」

 

 彼は詠唱を行った。泉へと向かっていた黒い炎は、彼の少し前の所で消え去った。その炎は、レティシアの背後から現れ、レティシアの体を燃やしたのだった。

 しかし、彼女は旗を一振りし、炎を蹴散らした。

 

「まあ」と泉はそうした彼女の様子を見ながら言った。「自分の炎に燃やされるような間抜けは居ないよね」

 

 レティシアは旗を振り、泉へと襲いかかった。しかし、その旗の先端は泉に触れる直前に消え去り、その変わりに別の場所に現れ、レティシアの脇腹を突き刺した。

 

「置換魔術って、本当にどうにかしているよね」と泉は言った。「まあ、これは本来の置換魔術じゃないんだけれどもね。エインワーズの工房内に居る状態の置換魔術を再現しているに過ぎないし。ま、お喋りはこの辺にしておこうか」

 

 彼はレティシアの手を掴み、それを自分の胸元へと移動させ、魔術の詠唱を行った。それが終わると、

 

「さあ、殺してみなよ。僕が憎いんでしょう? なら、殺してみなよ。魔術で僕の体程度なら、簡単に抉る事が出来るようにしてあげたから」

「な……」とレティシアは息を飲んだ。

「できないのなら、手伝ってあげようか」

 

 と泉はレティシアの手を動かした。彼女の手は、指先から泉の胸へと埋まっていき、やがては心臓を鷲掴みにし、それを握りつぶしたのだった。

 泉は胸の傷口と、口とからたくさんの血液を吹き出しながら倒れ、

 

「これで……僕は死んだ……おめでとう……復讐、完了だ……」

 

 と言うと目を閉じた。彼は死んだのだった。

 

「あ……」とレティシアは完全に全身の力が抜け、地面に座り込み、自分の手を見つめた。その手には、泉の血液がついていた。「殺した……? そんな……」

 

 レティシアの髪色、肌の色は元通りに戻り、英霊としての力は全て抜け落ちた様子であった。彼女はどこともつかない場所を見つめながら、何か訳の分からない言葉を繰り返し、何度も呟き始めた。今、彼女の精神は粉々に砕け散り、完全に破壊されてしまっていたのだった。

 

「条件、完了」と泉の口が動いた。すると、彼の体が光り輝き、光が収まると、彼の傷口は完全に塞がれた。泉は起き上がり、レティシアを見ながら言った。「蘇生のルーンを仕込んであるから、生き返るんだけどね。それにしても、少しだけ遊びすぎたみたいだ。少しだけ急ぐとしようか。僕の魔術師としての調子が絶好調になる時間帯まで、すぐそこなんだから」

 

 と泉は黄金の剣を両手に握り、頭の上に掲げ、叫んだ。

 

「──約束された勝利の剣(エクスカリバー)!」と泉はその剣の真名を開放し、振り下ろした。すると、黄金の光が剣から一直線に迸り、レティシアや庭園の壁を飲み込み、一つの、まっすぐな道を作り出した。

 

 

 

「オラァ!」とセイバーはライダーへと攻撃を加えた。しかし、その攻撃はライダーの肌や鎧を傷つけるような事はなかった。彼女は舌打ちをし、言った。「クソ、全く傷がつかねえか。厄介だな!」

「ハハハ!」とライダーは笑いながら言った。「どうした? セイバー! その狂犬の如き攻撃は中々に心躍るものだ! もう諦めるのか?」

「誰が!」とセイバーは叫んだ。

「それで良い! かかってこい、この俺が貴様の首を獲ってやろう!」

 

 とライダーは、セイバーへと槍による連撃を加えた。そうした攻撃をセイバーは受け流しながらも、ライダーへと攻撃を加えるが、それら全てが彼の肉体に弾かれるのであった。

 そうした二人の間に、ランサーが飛びかかり、槍を振り下ろした。

 セイバーとライダーはその場から飛び退き、その槍による攻撃を躱した。

 

「ランサー!」とライダーは叫びながら、ランサーと武器を交えた。

 

 ランサーは、何合か打ち合い、一撃をライダーの横腹に加えた。その一撃は、ライダーの鎧と肉体とを貫き、彼の体に一筋の切り傷ができた。

 ライダーは、それを確認すると、笑いながら言った。

 

「俺の体に傷をつけるとは! やはり見込んだ通りだ、カルナよ!」

「光栄だ」とランサーは言った。「かのギリシャの大英雄にそう言ってもらえるとはな」

「テメエ等!」と赤のセイバーは叫び、二人へと襲いかかった。「オレを無視しているんじゃねえ!」

 

 こうしたセイバー、ランサー、ライダーの三人による戦いは、辺りの床や壁、天井を粉々に砕き、大気を恐れおののかせ、震わせていた。この戦いによって、三騎の肉体には少しずつ傷が出来上がっていた。セイバーの鎧はところどころが砕け散っており、兜となるとその半分がなくなり、顔が露出していた。ランサーもまた、その鎧を喪った肉体に大量の切り傷が出来上がっており、ライダーの肉体にもランサーの攻撃によっていくつもの傷や火傷が出来上がっていた。

 

「中々やるな」とライダーは槍を回しながら言った。「反逆者(モードレッド)に、施しの英雄(カルナ)よ。俺はお前たちのような強敵と戦えることを嬉しく思うぞ。場所、時代を超えて英雄が出会うことの出来る聖杯戦争でなければ、このような経験は出来ねえ」

「そうだな」とランサーは言った。「オレもまた、”黒”のセイバー(ジークフリート)と戦ったときと同じような気持ちを今、味わっている」

「ああ?」とセイバーは言った。「下らねえ! とにかくテメエ等をぶった斬って、オレが聖杯を取る! それだけだ、おとなしくくたばりやがれ!」

「やれやれ」とライダーはため息を吐きながら言った。「風情ってもんが無えなあ……まあいい、かかってこいよ!」

 

 三騎の英霊は、お互い武器を構え、お互いの様子を注意深く観察しながら、攻撃するべき瞬間を見計らっていた。その最中、黄金の光りが彼らの居る部屋の端を掠め、部屋の壁を貫いた。

 

 

 

「これは……」とアサシンは吐いた血液を、手で拭いながら言った。「もしや、ヒュドラの毒か……?」

「ああ」とアーチャーは答えた。「その通りだ。アッシリアの女帝よ。効くかどうかは賭けではあったが、流石はヘラクレスやケイローンを殺す程の毒だ。さしもの世界最初の毒殺者とはいえどもダメージはあるようだな」

「小癪な真似を!」とアサシンはアーチャーを睨みつけた。

「大丈夫ですか?」とシロウ・コトミネは言った。「アサシン、貴女はヒュドラの毒をある程度和らげる事はできるでしょうが、それでも完全とはいえないでしょう。暫くの間じっとしていてはどうでしょうか?」

「『おまえなど知らぬ。お祈りでもしているがよい』おお、女帝殿よ!」とキャスターは言った。「シロウ・コトミネの言う通りでございますぞ。いくら貴女といえども、それはキツすぎる!」

「……良いだろう」とアサシンは頷いた。

「では」と天草四郎時貞は、鍵剣を手に持ちながら言った。「行くぞ、アタランテよ!」

「良いだろう、かかってこい!」とアーチャーは叫んだ。

 

 彼女は矢を幾つも、素早い速度で発射するが、それらの全てが躱されるか、あるいは鍵剣によって弾かれるかであった。天草四郎時貞は、矢を弾きながら少しずつ、アーチャーへと接近していくが、アーチャーはそのたびに別の場所へと駆け、距離を取る。

 二人の戦いはこうした事を何度か繰り返していた。しかし、そうするうちに天草四郎時貞はとうとうアーチャーを追い詰め、完全に近づいたのだった。

 彼は鍵剣を、アーチャーの首目掛けて振るうが、アーチャーは弓でそれを受け止め、弾いた。そして、弓で天草四郎時貞へと攻撃を何発か叩き込んだ。

 

「良い弓ですね」と彼は言った。

「そうだろう」とアーチャーは答えた。「アルテミス様より授かった、自慢の弓だ」

 

 二人は会話を交わしながらも、お互いの隙を見極めながら武器を交えていた。そして、数合ばかり交えると、お互いに息を整えるために、飛び退いて距離をとった。お互い睨み合い、お互いの様子を観察していた。

 そうしている間に、轟音と共に、黄金の光が、彼らのいる玉座の間の壁を粉々に砕いた。その場に居る者たちは、その壁が砕けた方向を見た。

 そこには、一直線の道ができており、その向こうには剣を持った泉がこちらへと歩いてくるのが見えたのだった。

 

 









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神罰の野猪

ネロ祭楽しいです。(キングハサンに殴られながら)

スパさんにアタランテで勝とうとして色々と工夫していますが、未だに勝てません。聖杯捧げて、レベル92となったアタランテ姐さんだというのに……まあ、作者の戦い方があまり上手くないというのもあるのでしょうね。勝てないのは。


 約束された勝利の剣(エクスカリバー)の光線によって、幾つもの壁を一直線に貫かれた事によって、泉が居る場所から、天草四郎時貞が居る玉座の間への道が一直線に出来上がっていた。泉はその道をゆっくりと歩き、玉座の間へと移動した。

 

「やあ」と泉は玉座の間へと入ると、辺りを見回した後、天草四郎時貞を見つめ、言った。「今晩は。天草四郎時貞。そしてセミラミスにシェイクスピア。悪いけれども、君たちには僕の願いのために死んでもらおうか」

「ええ、今晩は」と天草四郎時貞は言った。「悪いが、それは不可能な頼みごとだ。川雪泉。そちらこそ、俺の願いを叶える邪魔をするというのならば、死んでもらおうか」

「待て!」とセイバーは、泉が手に持っている剣を見るなり、彼の方へと駆け寄って剣を向けた。甲の下にある彼女の顔は、憤怒と困惑とが混じり合ったような表情をしていた。彼女は歯を食いしばりながら叫んだ。

「テメエ、その剣は何だ? 何故テメエ如きがその剣を持っている? ああ、見間違えるものか! その剣は王の象徴たる剣! ブリテンを治める王の証明! 騎士王たる証明! 何故、何故! 何故テメエが約束された勝利の剣(エクスカリバー)を手に握っている!」

「ああ」と泉はそうした彼女の方を見ると、手に持っていた剣を床に突き刺し、その柄から手を離して言った。「そういえば、モードレッド。君の願いは、選定の剣を引き抜くことだったけ? なら丁度いいでしょう? ホラ、抜いてみなよ」

「巫山戯るな!」とモードレッドは、今までの戦いで見せた激しさを上回るほどの様子で、剣を手にして泉へと襲いかかった。「その剣を手にして良いのは、騎士王のみだ!」

「そうか。それじゃあ、僕が騎士王になるのかな? だったら、配下に加えてあげてもいいよ? モードレッド。円卓を囲もうじゃないか。……まあ、モルガンが造り出した、騎士王の偽りの子なんて配下に加えるつもりは無いけれどもね」

 

 そうした泉の言葉に、モードレッドは激しい怒りを見せ、獣のような咆哮をあげながら剣を握る力を強めた。そうした彼女の様子を見た獅子劫は、

 

「セイバー! 落ち着け!」と言った。しかし、彼女にその声が届く様子はなかった。彼はこう考えた。(クソ、俺の声が届かないほどに怒り狂ってやがる。今のアイツは眼の前に居る敵を殺す事にしか興味のない猪だ。令呪を使って沈静化させるべきか)

 

 獅子劫が令呪の効果を発動するために口を開こうとした直前、泉はアーチャーに予め決めていたハンドサインを見せた。その意味というのは、「あいつに向かって矢を射れ!」というものであった。その様子を見逃さなかったアーチャーは、素早くその命令を実行した。獅子劫の僅かに開いた口へと、アーチャーが放った矢は正確に命中し、彼の舌と喉を貫いた。

 続いて、泉は第二の命令を先ほどと同じ方法で行った。

 

「そら、どうしたんだい?」と泉は約束された勝利の剣(エクスカリバー)の柄に手を乗せて言った。「この剣を引き抜きたいんだろう? そら、早く引き抜きに来ると良い。あんまり遅いと、僕が引き抜いてしまうよ!」

「殺す!」とセイバーは叫んだ。「殺す! その剣に、その汚え手で触れるな!」

 

 この瞬間、彼女の怒りは、今までに抱えたどの怒りよりも激しいものへと達した。そうした瞬間を、アーチャーは見逃さず、矢を素早く、連続して放った。それらの矢は、全てがセイバーの鎧を貫き、彼女の肉体を貫いたのだった。そのうちの一本は、足へと突き刺さり、セイバーは地面へと倒れた。

 彼女は床を這いつくばりながら、

 

「殺す……!」と泉を見上げて、その目で射殺さんといった様子で、彼を睨みつけていた。「テメエは殺してやる! オレを、剣を、騎士王を侮辱したテメエは、オレの魂の髄にまで刻み込んでやろう! そして、オレの肉体が消え失せようが、魂のみでテメエに噛み付いてやろう! この先、永遠にテメエを憎んでやろう!」

「おお、怖い怖い」と泉は、約束された勝利の剣(エクスカリバー)を手に取り、モードレッドの元まで歩み寄り、彼女を見下しながら言った。その表情は、満面の笑みであった。「でもまあ、許してよ。この約束された勝利の剣(エクスカリバー)で殺してあげるからさ。憧れていた剣によって殺されるなんて、コレ以上の贅沢は無いでしょう?」

 

 泉はセイバーの首を切り飛ばした。彼女の首は地面を二度か三度ばかり跳ねながら、地面に倒れ込んでいる獅子劫の元まで転がっていった。それを見た獅子劫は、顔をあげて泉を睨み、口を動かしたが、喉と舌とを傷つけられているために、声をだすことは出来なかった。

 

「言いたいことは分かるよ」と泉は言った。「その目、その気配で、獅子劫さん、君の言いたいことは分かるよ。大方こんなところだろう? 『俺達を騙したのか? 共闘の契約をし、俺は聖杯をお前に譲る代わりに、お前は俺の体にある呪いを解く。それが契約の内容だっただろう。……まあ、お前がそれを守るつもりは無い様だったがな』

 心外だね。契約は守るさ、魔術師というのは契約を大事にする生き物だからね。君に罹っている呪いは確かに消そう。そう、この世界ごとね!」

「成る程」とカルナは言った。「お前はどうやら本気でこの世界を消し飛ばそうとしているようだ。しかし、それをさせるとオレのマスターも、無辜の人々も無になるのだろう。ならば、オレはお前に槍を向けよう」

「同感だな」とアキレウスは叫んだ。「ランサー、俺もお前と同じ意見だ。その首、俺の槍で刈り取ってやろう!」

「へえ、やる気かい?」と泉は回りを見回した。

 

 今、この場にいる者たちのうち、彼に敵意を向けているのは、天草四郎時貞とカルナと、アキレウスとセミラミスといった具合であった。シェイクスピアは、泉のことを注意深く観察する様子を見せながら、その口元には笑みを浮かべており、こうした面白い出来事を一瞬たりとも見逃さないといった様子であった。

 アタランテは、暫くの間考え込むような様子を見せ、

 

「マスター」と言った。「私は今まで、汝の指揮に従ってきた。それは、汝の作戦、汝の実力が見事なものだったからだ。とはいえども、汝が敗北するか、あるいは追い詰められたのならば、私は汝を見限るつもりだった。よって、私は必要以上に汝に干渉しようとはしなかったし、するつもりも無かった」

「そうか」と泉は言った。「僕の実力を認めてくれるということかな。嬉しいね! でも、干渉しようとはしなかったっていうのは、少しショックかな。まあいいや、それで、何が言いたいんだい? アーチャー」

「ああ、汝の願望は『この世界を消滅させる』ということで相違あるまいな?」

「その通りさ」

「ならば、私は今より汝をマスターとしてではなく、私の敵として見るとしよう!」とアーチャーは叫んだ。「汝にも、そのような事をするのならば、余程の事があるのだろう! だが、我が願望は子の幸福だ! 貴様の願いを叶えるわけにはいかない!」

「そうか、残念だ」と泉はため息を吐いた。「でもさ、考えようによっては僕の願いが叶えば、アーチャー、君の願いも叶うんだよ? 苦しむ子が、苦しむ存在が、苦しむ世界が、苦しみを与える者が、苦しみを与える存在が、苦しみを与える世界がなくなれば、子どもたちは苦しむ事も無くなるだろうしね。そら、そういう意味では天草四郎時貞。君の願いも同じだ。苦しむ世界がなくなれば、苦しむ人々が無くなる。……どうかな? 消滅による救済っていうのも、悪くはないでしょう?」

「いいや」と天草四郎時貞は言った。「俺はそのような救済は認めない。それは救済ではなく、全てを諦めるのと同義だ。消滅というのは人々にとって、恐怖そのものだ!」

「その通りだ」とランサーは言った。「お前はどうやら、本気のようだ。オレも、この世界が消えるというのは、賛成しない」

「ああ、全くだぜ」とライダーは言った。

「そうか」と泉は言った。「ところで、そこのアサシンとキャスターはどうかな? 君達の意見を聞いていなかったね」

「たわけ……」とアサシンは、血を吐きながら、息も切れ切れといった様子で答えた。「我の治める世界を、帝国を貴様はなくそうというのだろう。ならば、その傲慢、我の手によって刈り取ってやろうではないか……」

「女帝殿よ!」とキャスターは言った。「あまり無理をなされるでありませんぞ。見るからに瀕死ではありませんか! 『これは数多くのイギリス国王から黄金の冠を奪い去った眠りだ』先ほど、自身でおっしゃっていたではありませんか! このように! 

『これはヒュドラの毒か! 不味いぞ、さしもの我といえどもコレはあまりにも強力すぎる……解毒には時間がかかるかも知れん、それかあるいは……』と! ヒュドラ! おお、今回の聖杯大戦にて召喚されたケイローンの精神を殺し尽くし、不死を失わせた毒! かのヘラクレスをも死へと至らしめた毒! 『真鍮も、石も、大地も、無辺の海も、重々しい死の支配をまぬがれることができないとなれば……』まさに英雄殺しの猛毒ですぞ。あまり無理をなされるでありませんぞ。

 そして、吾輩についてでしたな。そうですなあ……『地球という素晴らしい建物も、自分にとっては荒れ果てた岬のように見える』と申しまして、吾輩は面白おかしい作品を書ければそれで良いのです。というか、ぶっちゃけ吾輩、戦いなどできないのでして。こうして観戦することが精一杯なのですよ」

「よし」と泉は言った。「よし、分かったよ。それじゃあ、キャスター以外は敵という事で良いのかな?」

 

 と彼は再び回りを見回した。

 その場に居る英雄たちは、手に持つ武器を各々泉へと向けており、今にも飛びかからんと言った様子であった。

 泉が指を鳴らすと、非常に強い光と音とが発生し、英雄たちを一瞬だけひるませた。彼はそうした、ほんの刹那の時間を利用し、令呪を使用した。その命令というのは、次のようなものであった。

 

「アーチャー、令呪をもって命じる──宝具、『神罰の野猪(アグリオス・メタモローゼ)』を使用せよ! 重ねて命じる──一切の理性を捨て、野生のみの本能に従え! 更に重ねて命じる──この場にいる者たちを足止めせよ!」

 

 こうした命令は即座に実行された。

 アーチャーは第二の宝具である猪の革を取り出し、それを身に纏った。すると、彼女の姿はたちまちのうちに変化していった。

 緑色の髪は、くすんだ、泥色、あるいは灰色のような髪色に変わり、目には理性の光りといったものは宿っておらず、野生の、凶暴な獣のような、鋭いものへと変わっていた。そして、彼女の肉体は肥大化し、右腕は黒い毛皮と、鋭い牙を持ち、禍々しい様子をした、彼女の身長の半分ほどはある、巨大な猪の頭へと変わっていた。

 アーチャーは咆哮し、近くにいたランサーへと飛びかかった。ランサーは、そうした彼女の攻撃に、槍を盾として防ぐのがやっとであり、後方へと吹き飛ばされた。

 次に、彼女はライダーへと飛びかかった。その素早さは、ライダーのそれと同等か、あるいはそれ以上といった具合であった。ライダーもまた、攻撃を喰らった衝撃によって2、3歩ばかり後退したが、アーチャー目掛けて槍を振るった。彼女はその攻撃を回避し、後ろに飛び退った。

 アーチャーは四つん這いになり、ライダー、ランサー、天草四郎時貞、セミラミセス、キャスターの順に睨みつけた。

 

「まるで」とライダーはその様子を見て呟いた。「獣、いいや、これは狂戦士といったほうがいいか?」

「そうですね」と天草四郎時貞は言った。「彼女は、実質的な狂戦士(バーサーカー)でしょう。クラスこそはアーチャーですが、宝具を使用したことによって、ステータスに狂化スキルが追加されています。そして、それによってステータスも上昇しています」

「成る程な」とアサシンは言った。「要は獣であろう、理性を捨て去ったのならば毒でどうにでもなる!」

 

 彼女が指を振ると、毒の霧の塊がアーチャーへと目掛けて向かっていった。

 

「■■■■■■■!」とアーチャーは咆哮すると、その霧目掛けて、猪の口から矢を放った。その矢は、これまで彼女が放ったどの矢よりも強力であり、毒の霧を吹き飛ばした。

 

「どうやら」とアーチャーの様子を観察していた泉は言った。「アーチャーにまかせても、特に問題は無いようだね。それじゃあ、僕は大聖杯へと向かわせて貰うよ」

「待て!」と天草四郎時貞は叫んだ。「お前の願いを叶えるわけにはいかない。願いを叶えるのは、俺だ」

「そうか」と泉は大聖杯がある部屋へと向かいながら振り返りもせずに言った。「天草四郎時貞、君には世界の救済という願いがあるんだったね。他のサーヴァントたちにも願いがあるんだろう。だけれども、僕にもどうしても叶えなくてはいけない願いがある。そして、これは聖杯大戦だ。一人の願いを叶えるために、敵を蹴落とし、勝利するための戦いだ。僕は、僕の願いを叶えるためにも、僕はお前たちの全てを否定しよう」

 

 泉は、彼らが居る部屋から完全に姿を消した。






モーさんファンの皆さんごめんなさい。

次回! 
アタランテ無双はっじまるよー!
【魔獣の鋭牙】
【潜伏者の奸計】
の二本立てでお送りします!

次回は明日か明後日か、来週の土日に投稿します。
最終話まで本当あともう少しです……


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苦悩

投稿、非常に遅くなりました。申し訳ありません。学園祭やら、部活やら、テストやら何やらが重なって、投稿することができなかったのです……やっと落ち着いたので、投稿開始です。どうしても、リアル優先になってしまいなすね……でも、エタりはしないので、そこだけはご安心ください。

FGOは、セイレムを無事クリアしました。その他のイベントも楽しかったです。……今年のクリスマスイベはどうなるやら……エレちゃん引こうにも、石がない! でも、ミドキャスは引きましたとも! セイレムの人たち、真名隠す気が全くない……! アポアニメも楽しんでいます。

サンムーンとどうぶつタワーバトル面白いです。


 魔獣のそれへと姿を変えたアーチャーは、ひときわ大きな声で咆哮し、理性のやっていない、しかし、鋭い目で天草四郎を睨みつけた。彼女はまさに猪のように、彼の元へと素早く突進した。彼は、刀によってその突進を防御したが、その体は衝撃によって宙を舞い、後方へと吹き飛ばされた。

 アーチャーは続いて、魔猪の頭へと変質した腕より、矢を放った。その矢の速度は、普段の彼女が放つものよりも、高速であった。天草四郎は、空中でその矢を刀で弾き、地面に着地し、身構えた。彼女は再び攻撃を行おうと、彼の元へと地面を蹴った。

 ライダーは、アーチャーと天草四郎との間に駆け寄り、アーチャーを両手で受け止めた。アーチャーは、彼には目もくれずに、咆哮をあげながら天草四郎へと飛びかかろうと暴れていた。

 

「クッソ、俺は眼中には無えってか?」とライダーはアーチャーを押さえつけながら言った。

「姐さん、そいつはショックだな。畜生! ──令呪による命令でそうなっているんだろうが──麗しのアタランテがこんな、獣へと姿を変えちまった方がよっぽどだが。おい、天草四郎! お前の願いは、世界を、人類を幸福にしようとするものだ! それによって、世界がどうなるかなんざ、俺にはわからねえ! だが、姐さんのマスターの願いは、少なくとも碌でも無いもんだ、それだけは分かる。アレは、自分の為なら、他の全てがどうなっても構いやしねえという奴だ。少なくとも、俺は今までにそういうやつを何度も見てきたから、分かる。アレも、そいつらと同じだ! どっちにしろ、世界規模で影響をもたらす願いだというのは、間違いないだろう。だが、どっちがマシかといえば、お前のほうがマシだ。姐さんは、俺が引き受けるから、お前は大聖杯の間へと行け!」

「よろしいのですか?」

「構わねえよ。今、ここで、俺はこうして戦わないとならねえ。それだけの理由があるんだよ。そら、行け!」

「わかりました。ありがとうございます、ライダー」

 

 天草四郎はこうして、大聖杯へと通じる廊下へと駆け出した。彼の後に、アサシンは体をよろつかせながら続いた。キャスターも同じく続いて、彼の後をついていった。

 

「『人生とは不安定な航海だ』このさき、どうなるやら、見届けなければなりませんな! 『彼ら十人、二十人の剣よりも、お前の目に千人の人間を殺す力がある』と言う通り、吾輩達のマスターと、アーチャーのマスターには、宿業とでもいうべきものが宿っております! さて、これから行われるであろう戦いは、間違いなく伝説的な物となるでしょう。それはこの吾輩、ウィリアム・シェイクスピアが保証しますとも! その様子をこの目で見届けなければ! そして、この腕とペンとで、書き綴らねばなりません!」

「喧しい、喧しいぞ、キャスター。そう騒ぐな、我の体内の毒はまだ解毒しきれていないのだ。そう五月蝿いと、うっかり殺してしまいそうになるぞ」

「おやおや、これは失敬。ですが、女帝殿は平気なのでしょうか?」

「たわけ、至って重症だ。ヒュドラの毒だと分かった時は、流石に諦めかけた。しかし、我の体内に存在する無数の毒を調合し、抗体を新たにつくりだして、この通りだ。ああ、忌々しいアーチャーめが! よりにもよって、この我に毒を打ち込むとはな。しかも、その毒で我が苦しむなどとは! 本来ならば、特殊な毒で延々と苦しませて殺してやりたいところだが、あの様子だと、ライダーが手出しは許さんだろうよ。全く、これだから男というのは! まあ良い、今となってはこっちのほうが先だ」

「ほうほう、成る程、成る程! よろしい、では共に行きましょうか、女帝殿! ところで、肩などはいりますかな?」

「それは死んでも断る」

 

 こうして、天草四郎とキャスター、アサシンの3人は大聖杯の元へと向かった。玉座の間に残ったのは、アーチャーとライダー、そしてランサーの3騎であった。

 アーチャーは、ライダーの拘束から逃れ、2騎の様子を伺いつつも、今すぐにも攻撃を加えんといった様であった。ライダーは、彼の後ろで立ってるランサーを見て、言った。

 

「よう、ランサー。お前は行かねえのか?」

「不要だ。ここでは、一人よりも二人の方が良いだろう」

「そうかよ、だが殺しはするなよ」

「それは甘いな。だが、なるべく努力するとしよう」

 

 アーチャーは、ランサーへと標的を決め、彼の元へと猪の頭による攻撃を行った。ランサーは、それを槍で弾き返し、炎を放った。その炎は、アーチャーに火傷を負わせた。彼女は、その火傷を気にした様子はなく、より一層凶暴化した様子で、猪の頭による攻撃を続けて行った。それを、ランサーは正確に槍で弾いていった。

 

「無駄だ。獣では、オレの槍に勝つことはできん。(アグニ)よ!」

 

 ランサーの肉体から放出された炎によって、アーチャーは彼の元から離れた。彼女は唸りながら、ランサーを睨みつけた。ライダーは、歯ぎしりをしながら叫んだ。

 

「姐さん、アンタは獣ごときに乗っ取られるほどヤワじゃねえだろう? あのアルゴー船の一員ならば、その程度どうということはねえだろう? とっとと正気に戻っちまえ!」

「無駄だ、アレはもはや獣そのものだ」

「黙ってろ、ランサー!」

 

 ライダーは叫んだ。彼の心中は次のようなものであった。

 

(くそったれ、全く持って難儀なもんだ。本来ならば、姐さんは敵なんだから、とっとと殺してしまえばいい。だが、恋だの、愛だのという感情はこうも、俺の精神を激しく乱し、肉体と精神を縛り付けるもんなのか。一目惚れというのは、あまりするもんじゃねえな。令呪によって姐さんはああなっている。だから、そうやすやすとあの宝具の効果は解けはしないだろう。令呪の効き目が無くなるまで待つか? いや、待て! 令呪は何画使われた? 3画全てだ! つまり、令呪はもう無い! 今の姐さんは、アーチャーのクラススキルによって現界しているのか! 長引いたら、姐さんが消滅しちまう。あの船の乗員が、獣のまま、自分の意思が無いまま、ただ消滅する? そんなのは、冗談じゃねえぞ!)

 

 

 ライダーは、意を決したかのように、槍を霊体化させると、体を低くし、自分の体が最も安定するものへと、立ち方を変えた。その構えこそは、パンクラチオンの構えであった。彼はこれまでよりも、一層大きな声で叫んだ。

 

「おい、ランサー! 手をだすなよ! アーチャー! 麗しのアタランテよ! かかってこい、俺の名はアキレウス! ケイローンの教えを受け、オリンポスの神々の加護を受けしものなり! さあ、さあ! かかってこい!」

「──■■■■■■■■■■■!」

 

 そうした叫びに、アーチャーは反応し、彼女もまたこれまでよりもより一層、大きな咆哮をあげ、ライダーの元へと駆け寄った。

 

 

 

 大聖杯が設置されている場所は、床と空とが逆さまの状態となっており、床は天井であり、天井は床という様であった。泉は、庭園内部に張り巡らされた、湖の上にいくつか浮かんでいる床板の一つに乗っていた。彼は大聖杯を見上げると、呟いた。

 

「やっとだ……やっと、ここまでやってきた。あとは、長年の考察と実験の通りにいくかどうかだ。時間は丑三つ時、つまり僕の魔力が最も満ちる時間帯だ。準備としては全く十分。あとはやるだけだ。実行するだけだ」

 

 彼が魔術回路を起動させようとしたちょうどその時、ポケットに入っている携帯電話が着信を知らせた。彼は、携帯を手に取り、通話を開始した。

 

「もしもし、先生。こんな夜遅くにどうしました? ゲームで徹夜ですか? 駄目ですよ、夜遅くまで起きていたら、グレイにまた文句を言われてしまいますからね」

 

 電話の相手である、ロード・エルメロイⅡ世は、静かな声で答えた。

 

「構わん。徹夜など、どうということはないとも。この非常事態だ。徹夜の一つや二つしても、グレイは文句を言わんよ。ところで、今までにも散々電話をしたのに、通じなかった。何故今になって出た?」

「ああ、携帯の電源を切っていましたからね。きっと、何かの衝撃で電源が入ったんじゃないんですかね? ま、それはそうとして、心配してくれていたんですか? 大丈夫ですよ。今はまだ、この通り、五体満足で生きていますから」

「そうか、それならば良い。ところで、聖杯大戦はどうなった? どうにも、現地に向かわせた時計塔の報告係は、全滅したそうだ。そちらの状況が全く掴めん」

「ああ、それならばご心配なく。獅子劫さん、コトミネ・シロウさん達の活躍によって、ユグドミレニアのマスター達は敗北しました」

「そうか、お前は今どんな状況に置かれている?」

「アーチャーが、他のサーヴァント達と交戦しています」

「セイバーと獅子劫界離は?」

 

 泉は、残念そうな声で言った。

 

「残念ながら、セイバーが脱落しました。でも、獅子劫さんが安全な場所であるここに連れて行って、匿ってくれています」

「そうか、それならば良い。獅子劫界離に変わる事はできるか?」

「いえ、不可能です。彼は今、別の場所にいますので」

「そうか」

「はい」

「泉、川雪泉、お前は何故嘘をついている?」

 

 泉は目を見開いた。

 

「おや、なんで嘘だと思うんですか? 先生」

「お前の声の調子、自分で言ったセリフなどを考えれば、怪しい箇所は幾つかある。何よりも、お前の父親が先ほど時計塔に来た」

「そうですか、父さんはなんと?」

「こう言っていた。『我が息子は間違いなく、我々一族歴代で最高の実力を持つ魔術師だ! 根源に至る可能性も十分ある、素晴らしい! ああ、だがそれはどうでもいい。儂は、泉が幸福に過ごせるのならば、それで十分なのだ』と」

 

 泉は、携帯電話を握る力を少しばかり強めた。それは無意識での事であった。

 

「そうですか……全く、良い父さんを持ちました」

「……そろそろ本題に移ろう。川雪泉、お前は何を企んでいる?」

 

 とロード・エルメロイⅡ世は、声の調子を厳しいものへと変えて言った。

 

「お前は、一体何を企んでいる? 破滅か?」

「ああ、先生──分かります。貴方は、優しい人ですね。尋問をしようとしているけれど、同時に諭そうとしているんですね? 全く、優しい人です。全く、愚かな人です!」と泉は叫んだ。

 

「先生、ロード・エルメロイⅡ世、ウェイバー・ベルベット! お前の言葉なんて、全くもって僕の心に響かない! いいや、お前だけじゃない! この世界に存在する者全ての声は、僕の心に響かない! 風景ですらも! 自然ですらも! 人相ですらも! 何も、何も響かない! 僕にとって、この世界は無でしかない。ハリボテの世界でしかない。架空の世界でしか無い! こんな世界、くそったれだ!」

「そうか、獅子劫界離はどうなった?」

「死んだよ、僕が殺した。みっともない死に様だったよ」

「他の魔術師もか?」

「ユグドミレニアは全員死んだ。時計塔が送り出した魔術師は、興味もなかったから別にどうでもいい」

「そうか、なんという無気力な声をしている。それがお前の本性か? お前の願いは、世界の消滅か?」

「全く持ってその通りだ。だが、消滅はあくまでも過程に過ぎない」

「それはどういうことだ?」

「それを応える気はない。とはいえども、貴方には何かとお世話になっていた。だから、忠告しておこうか。今のうちに、やり残したこと全てをやっておけばいい。──さようなら。先生」

 

 泉は携帯電話を粉々に握りつぶし、その残骸を地面にばらまいた。彼は振り向いて、この間につい先ほどやって来た天草四郎を見つめ、言った。

 

「天草四郎時貞──君も、願うのは諦めたほうがいい。僕の願いは、君の願いも同時に達成できる」

「そういうわけにはいきませんね」と天草四郎は答えた。「俺の願いは、決して叶えなくてはならないものだ。あのような地獄を二度と生み出すわけにはいかない。人類に苦しみなど不要、幸福のみが存在してこそ、人間は真に人間となるのだ」

「幸福、ねえ。君の願いが叶ったとしても、それは僕自身を幸福にできそうにない。だから、僕は僕のために願いを叶える。天草四郎時貞、邪魔をするな。キリスト教ならば、人類なんかよりも、目の前で苦しんでいる隣人に手を差し伸ばせ」

「それはできないな。川雪泉。そうか、お前の願いは他の破滅による、自身の救済か」

「その通り。こんな世界に居るという行為そのものが、僕にとっては永遠の拷問に等しい。だから、僕は全てを正常にするんだ」

「そうか、譲る気は無いというわけか。なら、良いだろう。川雪泉。──願いを叶えるのは、この天草四郎時貞だ!」

「いいや、違う。天草四郎時貞。──願いを叶えるのば、この川雪泉だ!」

 

 天草四郎は、刀を手に取り構えた。泉もまた、片手には数本の黒鍵、もう片方の手には銃を握った。泉の体のあちこちが光り輝いた。その光というのは、彼の魔術回路によるものであり、体の隅々まで、全ての魔術回路が浮き彫りになり、その文様が皮膚に浮かび上がった。彼は呟いた。

 

「──全魔術回路起動開始。魔術投影魔術開始(マジック・トレースマジック・オン)。起源行使によって、詠唱は全て破棄。行使する魔術は全てで千。行使完了、これより儀式を開始する」

 

 泉の体がより一層光り輝いたと思ったら、それは一瞬のことであり、光は元通りのものとなった。すると、大聖杯から、激しい光が放たれはじめた。天草四郎は、警戒をしながら言った。

 

「大聖杯が稼働しているだと? 一体、何をした?」

「簡単なことさ。大聖杯が、その機能を果たそうと準備を初めたんだ」

「大聖杯を操作しているような様子は無いが。かといって、大聖杯の操作という行為は、そこらの使い魔に任せるような事もできない」

「ああ、僕は操作していないさ。そう、『肉体』の僕は。アレを操作しているのは、さっき分離した『精神』と『魂』との僕だ」

 

 天草四郎は目を見開いた。

 

「さっきは、僕という存在を『肉体』『魂』『精神』の3つに別けた。ここにいるのは、『肉体』だ。(肉体)の役目は、お前を足止めすることだ」

「……いいだろう、ならば、お前を打ち破り、俺が大聖杯の操作権を奪い取るだけだ!」

「やってみせろ!」

 

 こうして、川雪泉と天草四郎との二人は激突を始めた。






次回の投稿は明日か、来週になります。

次回予告!

【時計塔】


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時計塔スレッド【エラーモード】

投稿遅くなりました。申し訳ありません。冬休みって思ったより忙しいです……

それはそうと、FGO、2章始まりましたね! あの新所長は絶対ゴルドさんの系譜。Aチームやら、神父やら、色々と気になる事が沢山です……




【■#$7’&◇34晁kゥ謦)】

 

 

1.名無しの魔術師

 

 一体どうなっているんだ……?

 

 他のスレッド全部消えてるし

 

 唯一生き残っているこのスレのタイトルもバグってるし

 

2.名無しの魔術師

 

 バグか?

 

 管理者に通報したほうがいいんじゃね?

 

3.名無しの魔術師

 

 ≫2

 

 その管理者は現在聖杯大戦inルーマニアなう

 

4.名無しの魔術師

 

 いつからこうなっているんだ?

 

5.名無しの魔術師

 

 ≫4

 

 俺が知る限りだと、5分くらい前からこうだったぞ

 

6.名無しの魔術師

 

 どっかの誰かが復旧させる事はできないのか?

 

 このままだと、マギ☆マリの神スレが見れねえええ!

 

7.名無しの魔術師

 

 畜生! 

 

 【(紳士)今日のグレイたんを見守るスレ(変態)】

 

 が消えてやがる! このスレが時計塔での癒やしだったのに!

 

8.名無しの魔術師

 

 ≫6 ≫7

 

 はーい、変態達は養豚場送りよー

 

9.名無しの魔術師

 

 ブヒー!

 

10.名無しの魔術師

 

 飛べねえ豚はタダの豚だ……!

 

11.名無しの魔術師

 

 このスレの管理人は≫3がもう言ってるけど、聖杯大戦しているんだよなあ……

 

 で、このスレに何かが起こったということは……まさかな……

 

12.名無しの魔術師

 

 ≫11

 

 アイツが死んだとか、そういうことか?

 

 ナイナイ

 

13.名無しの魔術師

 

 ≫11

 

 ナイナイ

 

 ……と言いたい所だけど、可能性は十分あるんだよなあ

 

 というか、それしか考えられないという

 

14.名無しの魔術師

 

 ≫13

 

 それ、ヤバいんじゃね? 

 

 もしアイツが死んだら、この掲示板どうなるんだよ

 

 というか、死ぬところが想像できねえ!

 

15.名無しの魔術師

 

 【速報】

 

 アイツの父親が時計塔に来て、爆散した模様

 

16.名無しの魔術師

 

 ≫16

 

 は?

 

17.名無しの魔術師

 

 ≫16

 

 爆散だと? 自爆か? それとも、他人からの攻撃か?

 

18.名無しの魔術師

 

 ≫16の者だが、そこはわからん

 

 俺はアイツの父親が、ロードエルメロイと話している所を遠くから見ていただけだから

 

19.名無しの魔術師

 

 ≫18

 

 もうちょっとkwsk

 

20.名無しの魔術師

 

 おK

 

 とはいっても、俺も何がなんだかわからん。

 

 長くなるけど投稿しとくわ

 

 

 

 まず、俺はロードエルメロイに、授業でわからないところがあったから、少し質問しにいこうとしたんだ。で、先生の部屋に向かっていたら、その途中の廊下で、ちょうど先生がいたから声をかけようとしたんだが、日本人の男性がいたんだ。彼は、先生と何かを話している様子で、どうにも普通じゃない様子だったから、俺は思わず隠れてしまったんだ。

 

 『ロードエルメロイⅡ世、聖杯大戦に参加した我が息子は無事でしょうか?』

 

 とその男は言った。これで、俺はあの男がアイツの父親であることはすぐにわかった。彼は、どこか落ち着きのない、不安を抱えている様子だった。先生は答えた。

 

 『分かりません。今のところ、連絡はつきませんからね。あなたの息子からも、現地に向かった魔術師からも。信じるしかないでしょう。生きていると。彼は、その言動こそは非常に……その、ふざけるというか、魔術を遊びに使うことが多々あるというか……ともかく、腕だけは確かですよ。それはこの私が保証します。それに、召喚したと思われるサーヴァントも、かのアルゴー船に乗って、大冒険を繰り広げた伝説の女狩人です』

 『それは良かった。いや、全く。我が息子が聖杯大戦に参加したと聞いたときは、肝が冷えましたよ。ええ、本当に良かった。今のところ、生きているかどうかはわからないのでしょうが、私は自信を持って言う事ができます。我が息子は、必ず生きていますよ。父親の直感というやつですとも』

 『それはそれは、貴方は息子さんを愛しているのですね。それも、魔術師としての愛ではなく、一人の、父親としての愛。良い父親です。きっと、貴方の息子さんは無事でしょう』

 『ええ、そうですな。私は息子を愛しています。思えば、あの子は昔から賢く、それでいてどこか虚無のようだった。時折、その様子に恐怖を覚えましたが、やはり息子は息子。愛情もあります。息子の体に、魔術的な施術を行ったこともありましたな。あれは本当に大変だった。他の家系の魔術師に任せるわけにもいかないから、自分で一生懸命調べ、器具を揃え、知識を揃え、何度も練習をしました──そのお陰で、手術は無事成功しました。今思えば、その手術はとても拙いもので、激痛を伴っていたのでしょう。ええ、あの手術のお陰で、息子の魔術の道は開かれたも同然です。強力な魔術を使えるようになったのですからね。それは即ち、敵を自らの力で倒す事ができるということです』

『それはどういうことですかな?』

 

と先生は眉間に皺を寄せながら問いかけた。で、父親は答えた。その声は少しだけだけど、震えているように思えたな。

 

 『先生、我が息子の起源は知りませんでしたな。『再現』それが我が息子の起源です。その能力は凄まじく、もし時計塔に知られたら、封印指定として狩られることは必至でしょうな。ですから、私は息子に、息子自身で戦える事ができる力を身につけさせようとしたのです』

 『それは話してもよろしかったのですかな?』

 『ええ、ええ。構いませんよ。先生殿。私は息子を愛しています。故に、息子の前に立ちはだかる障害はなるべく取り除いてやりたいのですよ。──我が息子は、前に一度だけ私にあることを話しました。その話をしている時だけは、息子の中にある虚無が無くなるのですよ。

 

『僕には願いがある。どうしても叶えなくてはいけない願いが。そう、世界を滅ぼし、僕自身を救済するという願いが』

 

 この時、私は息子は本気だと思いました。そして、今回、そのチャンスを掴んだのでしょう。即ち大聖杯。かの御三家が生み出した大聖杯ならば、その願いは叶えられる筈です。……先生殿、息子はね、あらゆる物に対して関心を抱いているようで、実際はなんの興味も持たない、いや、それどころか疎ましいとさえ思っているでしょう。息子にとって、この世界は退屈──あるいは、どうしようもなくくだらないものなのでしょう。どうしようもなく何もないのでしょう。

 ねえ、先生。父親として、息子がそんな様子だと、とても悲しいのですよ。この世界は美しい、この世界は素晴らしい。そういう事を教えるために、あちこちに連れていきました。魔術が好きだったようなので、沢山の魔術師と出会わせたり、あらゆる魔本を読ませたり、仕上げとして時計塔にも入学させてみました。ですが、どれも息子の価値観を変えることは叶いませんでした。息子は、時々月を見上げるんですよ。さも、そこに希望があるというかのように。

 ねえ、先生。分かるでしょう、今息子は世界を滅ぼそうとしています。自分を救おうとしています。それで我が息子が幸福になれるのならば、私は喜んでこの身を捧げましょう。いえ、命は惜しくありません。どうやら、私の手術のお陰で、息子は自分でどうにかする術を身に着けたようです。ですが、敵はルーマニアに居る者たちだけではありません。他のところにもいます。例えば、この時計塔など! 

 我が魔術、川雪家が大体引き継ぐ魔術の名は、『貯蔵』! 山に積もった雪が解け、水となって川となるが如く、大量の魔術を貯蔵し、それを一気に放出するというもの! 私の体内には、すでに50年分以上の魔力が溜まっている! さあ、教師殿よ。今まで息子が世話になりましたな。私は政治などできませんので、このような手段しかとれません。お許し下さい。我が息子──泉よ! お前がどうか幸福でありますように! おお、膨れる……! 爆発する……! さらばだ! さらばだ! 泉!』

 

 父親から、大量の魔力が放出されはじめた。その魔力の量は凄まじくて、あの量の魔力が爆発したとしたら、時計塔に施されている封印やら結界やらも全て粉々に砕くという勢いだった。俺はすぐさまその場から逃げ出そうとしたんだが、その時父親の体が黒い何か。俺の言葉では到底言い表す事ができない、何かが現れ、それが父親の体を飲み込んだんだ。そのお陰で、父親の自爆は阻止されたんだよ。

 

 『やれやれ、久々に遊びに来てみたら中々に面白い事になっているようだ。暇潰しで旅行というのも、中々に悪くはない』

 

 とさきほど父親を飲み込んだ、黒い何かの主である蒼崎橙子は、大きなカバンを持ちながら先生の元まで歩いてきた。俺は彼女の姿を見た時、気絶しかけたな。その後、二人は2、3言ほど会話をすると別の場所に移動していったんだ。残された俺は、質問なんてどうでも良くなって、この掲示板にさっき起こったことを書き込んでみようとしたというわけだ。

 

 

21.名無しの魔術師

 

 ≫20

 

 長えよ! でも、状況はよくわかった

 

 お疲れさん

 

22.名無しの魔術師

 

 この話で分かった事をまとめてみた 

 

 ・アイツのサーヴァントは多分アタランテ

 ・アイツは世界を滅ぼそうとしている

 ・アイツの起源は再現。どのようなものかは不明

 ・父親は多分死亡

 ・蒼崎橙子が時計塔に来ている

 

 こんなもんか

 

23.名無しの魔術師

 

 ≫22 

 

 一番上と下が物騒すぎる件について

 

24.名無しの魔術師

 

 この掲示板がおかしくなったのって、アイツが何かしようとしているからか?

 

25.名無しの魔術師

 

 ちょっと調べてみたんだが、今ルーマニアにいる魔術師達とは連絡が取れないらしい

 

 時計塔も、ユグドミレニアの系譜もだ

 

26.名無しの魔術師

 

 ≫25

 

 それって、ルーマニアにいる魔術師達が皆殺しにされたっていうことか?

 

27.名無しの魔術師

 

 ≫26 

 

 わからん。だが、連絡が取れないことは確かだ

 

28.名無しの魔術師

 

 ≫24

 

 のコメントを見て思ったんだが、この掲示板ってどんな感じで動いているんだ?

 

 関係ない話題かもしれんが気になった。すまない

 

29.名無しの魔術師 

 

 ≫28

 

 どうって……

 

 そりゃあ、俺たちが専用の水晶玉に登録して、キーボードと繋げてやる……待て

 

30.名無しの魔術師

 

 ≫29

 

 どしたよ?

 

31.名無しの魔術師

 

 おい、この掲示板の動力は電力か? サーバーはどこだ?

 

32.名無しの魔術師

 

 ≫31

 

 何言ってるんだ。魔力だろ

 

 水晶玉に魔力与えて、ネットに接続してるし

 

 アイツの部屋に入った事があるけど、サーバーっぽいのは見当たらなかった

 

 多分レンタルなんじゃね?

 

33.名無しの魔術師

 

 ≫32

 

 いや、それは違和感を覚える

 

 アイツの事だから、レンタルサーバーを使うことはないだろ

 

 下手したら、ここの内容全世界に発信されるんだぞ

 

34.名無しの魔術師

 

 え? この掲示板の動力って電力じゃねえの?

 

 今、科学100%のスマホから書き込んでいるし

 

 ま、スマホだと5つのパスワードを打たなきゃいけないのが大変だけどな

 

35.名無しの魔術師

 

 どっちなんだよ? 電力と魔力

 

36.名無しの魔術師

 

 サーバーとかどうでもよくね?

 

37.名無しの魔術師

 

 待て…… 

 

 ≫32 ≫34 

 

 の話を聞くと、魔力と電力両方で動いている?

 

38.名無しの魔術師

 

 ≫37

 

 それはありえんだろ……いや、待て。ありえる……のか?

 

39.名無しの魔術師

 

 いや、ナイナイ

 

 電気、インターネットと魔力の組み合わせは最近研究されているけどよ

 

 全部上手くいってないんだぞ

 

 それが本当だったら、アイツは表彰モノだろ

 

40.名無しの魔術師

 

 だが、理論から考えると電力と魔力の両方で動いているのはおかしくない……

 

 いや、魔力を電力に変化させているのか?

 

41.名無しの魔術師

 

 ≫40

 

 それはないだろ

 

 魔力を電力にとか、到底不可能だろ

 

42.名無しの魔術師

 

 サーバー……あっ

 

43.名無しの魔術師

 

 ≫42

 

 どうした?

 

44.名無しの魔術師

 

 なあ、アイツって時々ここだけで話してないことを話すよな

 

45.名無しの魔術師

 

 ≫44

 

 何言ってんだ

 

 アイツはここの管理人で、開発者なんだから見ていて当然だろ

 

46.名無しの魔術師

 

 いや、違うんだ

 

 前に何度か、数秒前に書かれたスレの事を話したりすることがあった

 

 一応、ここに入るには水晶玉か、ネットに繋がるものじゃないと駄目なんだ

 

 で、その時アイツはいつもそういうものを持っていないんだよ

 

 俺だって、後で確認してみて、そのことがわかったんだし

 

47.名無しの魔術師

 

 ……待て……そうか……まさか……

 

 ……なあ、俺の推測を話していいか?

 

48.名無しの魔術師

 

 ≫47

 

 別に構わんが

 

49.名無しの魔術師

 

 了解

 

 この掲示板は電力、あるいは魔力を電力に変化させて動いている。そうやって、あちこちから接続できる。アイツは機器を持っていないのに、数秒前に書き込まれたスレが分かる。つまり、アイツは掲示板をいつでも見れるという事を意味しているんだろう

 

 そして、今回の聖杯大戦にアイツが行って、この掲示板がおかしくなった。正確にはおかしくなったのは、少し前だが

 

 これらから予想できることは、多分だが

 

 この掲示板はアイツ自身がサーバーで、アイツは自分の魔力を電力に変化させることによって、インターネットにつなげる事ができる。閲覧することができる。今回、この掲示板がおかしくなったのも、聖杯大戦に夢中で、ここに回すリソースが無いのかもしれない

 

 もう一つ。アイツは何を目的でこの掲示板を作ったのか?

 

 性格的には、『面白そうだったから』で済むかもしれないが、さっきの話を聞いて思ったんだ。アイツの起源は『再現』再現とは、何を再現するのかはわからないが、魔術の再現だとしたら? それを行うのに、魔術が必要だとしたら? 魔術の知識が必要だとしたら? だとすると、この掲示板はあらゆる魔術の情報収集のために作られたんじゃないのか? ましてや、世界を滅ぼそうしているのが本当のことならば、なおさらだ。強力な魔術の知識が、強力な魔術を使えることが大切になってくるんじゃないのか?

 

 ……だが、魔力を電力に変化させる技術を組む必要がわからん。仮にそのことが露出してしまったら、大騒ぎになるはずだ。今回の企みを聞くと、そんなリスクのあることをする必要性が見られない……

 

50.名無しの魔術師

 

 なるほど……

 

 ≫49

 

 の予想は確かにそれっぽい

 

 ……皆で検証の余地があるかもしれないな。色々と不穏だし、情報を集めて、ここで報告しあってみるか

 

 

 

 





……今回、少し展開が強引すぎたかもしれませんね……

次回は来週までに投稿します。年内にもう一話投稿できるといいなあ、という感じです。

次回予告!
【大聖杯の中】


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大聖杯内部より、月への階梯

 かなり遅いですが、あけましておめでとうございます! 今年も頑張って小説書き続けていきます! この小説は、春頃には完結すると思います(前々から完結するするとは言っているけれど、なかなか完結しないことについてはノーコメントで……)この話が終わっても、また別の話を書いていくつもりです。
 ひとまずは、最後までこのお話にお付き合いくださるとありがたいです。

 あと、福袋はキアラ様がきました。北斎ちゃんピックアップではメルトリリスも。(ドヤァ
 今度の節分イベントも楽しみですね!




 大聖杯の中には、今までに脱落したサーヴァントたちによって構成された魔力、それに加えルーマニアという土地の龍脈から吸い上げた魔力によって満たされていた。泉はそうした魔力の中を進んでいきながらつぶやいた。

 

「甘いミルク……なるほど、確かにこれはそうなのだろう。けれども、僕にとっては泥の中を進んでいるようだ。快楽に溺れるどころか、早くこの場所から出たい気持ちでいっぱいだよ。でも、そういうわけにはいかないんだ。だから、大聖杯の中に入ってもしぶとく肉体を維持していないで、この魔力の中に溺れろよ。ジャンヌ・ダルク。なぜ、お前がそこにいる? なぜ、脱落したのにその姿を保っていられる?」

 

 泉から数十歩ばかり前の位置で、旗を手にして立っているジャンヌ・ダルクは答えた。

 

「そういうわけにはいきません。私はあなたを止めなければならない。あなたを殺さなけれなならない。それこそが、この聖杯大戦にて顕界した私の使命なのですから。私はすでに”黒”のアサシンによって大聖杯に送り込まれました。ですが、私の依り代となったレティシアと私との適合率が高かったためか──(彼女は小声で呟いた)あの謎の召喚陣によって──私は彼女の中に残滓となって残りました。啓示を使用し、私はどうすればいいのかを考えました。その結果、私は彼女にささやき、洗脳を行うことにしました。これは私のスキルの力によってすぐ成功しました。そうして、貴方を倒そうとしましたが、逆にレティシアは殺されました。そして、世界にその残滓をとどめるためのくさびがなくなった私は、大聖杯へと送り込まれました。彼女が殺されることを予想していた私は、大聖杯の内部に送り込まれ、魔力へと変換される直前に力を振り絞り、この姿を維持し続けました。その結果、私は魔力に変換されることなく、一つの意志としてここに姿をとどめていました。そこで、私は願いを叶えるための段階になったとき、大聖杯の内部よりそれを妨害できないものかと考えていたのですが──まさか、直接大聖杯の内部に入り込んでくるとは思いませんでしたよ。ですが、貴方は何としてでもここで止めてみせます!」

「いいだろう、くそったれが! 世界よ、見ていろ! 僕を止めるものは誰一人いないんだ! ジャンヌ・ダルクの残滓、残りカスを差し向けたところで、無駄なんだよ!

 しかし、外で戦っている肉体の僕もそうは長続きしないだろう。あまり時間が無い。こうなったら、さらに分けるしかない!」

 

 泉は魔術の詠唱を唱えた。すると、彼の肉体は二つに分かれた。すなわち、それぞれ精神と魂との肉体である。そのうちの、魂の泉は言った。

 

「ここは(たましい)に任せろ。(せいしん)は願いを叶えるんだ!」

「ああ、ありがとう!」と精神の泉はその場から駆け出し、大聖杯の奥へと向かった。

 

 ジャンヌ・ダルクはそれを止めようとしたが、残った魂の泉によって妨害された。彼は言った。

 

「ジャンヌ・ダルク、認めるとしよう。お前は聖女だよ、まさに世界を救わんとする聖女だ。しかし、僕から見たらお前は魔女だ! 僕を救えるのは、僕一人しかいないんだ! だから、邪魔をしてくれるな!」

「そういうわけにはいきません。それに、私は聖女ではありません。私は私自身が正しいと思った行いをするのみです」

 

 泉は魔術の詠唱を始めた。それが戦いを始める合図となり、二人はぶつかり合った。

 泉は魔力による攻撃を何回も行うが、ジャンヌ・ダルクはそのことごとくをすべて弾き返した。彼は魔力による攻撃が通じないとわかると、自身の肉体を強化し、全身を錬金術によって鋼へと変換して、素手による攻撃を行った。

 ジャンヌ・ダルクの振るう旗と、泉の振るう拳とがぶつかり合い、激しい音と火花を発生させた。彼らはほぼ互角の戦いを繰り広げていた。お互いの攻撃は防御されるか、回避されるかのどちらかであったが、数回に一度、体に攻撃を加えるといった戦いであった。ジャンヌ・ダルクは、腹に拳による一撃を与えられたが、同時に旗による打撃を泉の肩に加えた。こうして、お互い手痛い一撃を貰うと、呼吸を整えるために後ろに飛び跳ねた。ジャンヌ・ダルクは息を整えながら考えた。

 

(聖杯の知識によると、彼の動きは八極拳と呼ばれるものですね。まるで蛇のようにうねる腕から繰り広げられる一撃は、熊の腕と同じ威力……万全の状態ならばともかく、残滓である私では数回食らったら終わりですね……ですが、それはあちらも同じでしょう。腐ってもサーヴァントなのです、あちらはただの人間ですから、私の攻撃をそうそう耐えられるはずはない。ここは、慎重に動きつつ、確かな一撃を加えられる機会を待つべきですね)

 

 泉もまた、息を整えながら次のようなことを考えていた。

 

(肩が痛いな……多分、骨にヒビが入っているかもしれない。錬金術によって硬化した僕の体は鉄よりも硬いけれど、サーヴァントの前ではあまり意味がないか。仕方がない、ここは八極拳の奥義による一撃にかけるしかないか)

 

 二人とも、考え終わると再びぶつかり合った。

 泉はこれまでよりも、とりわけ激しい攻撃を行ったが、ジャンヌ・ダルクは反対に防御に徹しており、二人の戦いは亀甲していた。泉は次々と、あらゆる攻撃を行うが、それらのことごとくを防御されることによって、焦りがではじめ、さらに苛烈な攻撃を行った。そうした中で、ジャンヌ・ダルクは冷静に状況を見極め、できあがった一瞬の隙を見つけだし、すぐさま旗の刺突による強力な一撃を加えた。

 その一撃は泉の脇腹に突き刺さり、旗の先端は彼の体を貫通した。旗が抜けると、泉は数歩ばかり後ろに下がり、腹の傷をおさえると膝をついて、仰向けに倒れた。彼は呟いた。

 

「馬鹿な……僕の負け……だと?」

「ええ、その通りです。私は、この先に急がせてもらいますね」

 

 とジャンヌ・ダルクは言うと、きびすを返して精神の泉が向かったあとへと走り出した。しかし、魂の泉が彼女の背後からしがみついたことによって、それは静止された。ジャンヌ・ダルクは彼を振りほどこうとしたが、一向にかなわなかった。彼は息たえたえの声で言った。

 

「まだだ……! まだ……僕は負けていないぞ……! ジャンヌ・ダルク……この先には……僕の、願いのためにも……いかせないぞ……! いかせて……たまるか……お前なんかに……僕の願いを邪魔、されて……たまるか……ああ……僕はもうだめだろう……ならば、ここで僕と共に散っていけ……ジャンヌ・ダルク……!」

 

 彼の全身の魔術回路は激しい活動を始め、その果てに暴走し始めた。それを察知したジャンヌ・ダルクは言った。

 

「まさか、自爆するつもりですか!」

「そうだ! そうだ……! その通りだ……!」

「やめなさい、あなたは魂。人間を構成するのに重要なものの一つです。それがなくなったら──」

「問題ないさ……魂程度ならば、後でいくらでも……作り出すことができる。肉体も同じだ……問題は……精神……あれだけは……唯一無二の……ものだ……いちばん重要な……精神のみ、が無事ならば……問題はないのさ……さあ……ジャンヌ・ダルク……(ぼく)の……すべてを使用した……自爆だ……いくら……お前でも、ひとたまりもないだろうさ……さあ、一緒に、地獄に行こう、じゃないか。精神の僕、後は、全て任せたぞ……必ず、僕の願いを……叶えろ……!」

 

 泉の体は強烈な光と膨大な魔力を放ち、粉々に砕け散った。その衝撃で、ジャンヌ・ダルクも吹き飛ばされた。彼女は全身にいくつもの傷を負っており、そこからたくさんの血を流していた。彼女はやがて力尽き、大聖杯の魔力として吸収されていった。

 

 

 

 精神の泉は大聖杯の内部を進んでいった。

 しばらくすると大聖杯の景色は、いくつものビルや歩道をせわしなく歩くたくさんの人々、道路には車が列をなして走っている光景へと切り替わった。空は青く、いくつかの白い雲が浮かび、そのさらに上には太陽が光輝いていた。泉は周りの建物やそのテナントの名前を確認すると、つぶやいた。

 

「ここは僕の故郷だ──そうに違いない。だって、この町と同じ地名、同じ様子の町はこの世界のどこにもなかったのだから。ああ、見ろ、僕。見てみろ! この世界では、道行く人々はどれもが泥人形のように醜く、見るに堪えないものだったけれど、あの人々はしっかりとした人間だ。あの建物もそうだ。あの太陽もそうだ! あんなに美しく光り輝く太陽を見たのは、いつぶりだろうか? ああ、僕は帰ってきたんだ。願いが叶ったんだ──故郷に戻ったんだ!」

 

 と泉は満面の笑みを浮かべ、涙を流しながら叫んだ。彼は腕を振り回し、最後に右手を横に振るった。すると、その光景は粉々に砕け散り、色とりどりの花が咲いた花畑へと変化した。泉は怒りの表情で言った。

 

「そんなことを言うとでも思ったのか? 僕にとって、この世界にあるものすべては汚物だ。目障りなノイズそのものだ。たとえ、僕の故郷の景色でも、この世界のものならばそれは同じなんだよ。なあ、大聖杯。お前は僕を怒らせたぞ。本当ならば、この場で粉々にしてやりたい気持ちでいっぱいだ。けれども、そうすると僕の願いは叶わない。──安心しろ、お前も僕の願いが叶ったあかつきには、消滅するんだからな。冬の聖女(ユスティーツァ)

 

 と泉は目の前に立っていた女性、ユスティーツァの体を粉々に砕いた。彼は2分間の詠唱を行うと、叫んだ。

 

「大聖杯は僕の支配下にあり! やっとだ、やっと僕の願いは叶う! いいや、焦るな、僕。まだ第一段階に過ぎない。さあ、勝負はここからだ! ここから先はあとどのくらいの時間が掛かるのかは全くの未知数だ。体の僕、魂の僕、なるべく時間稼ぎをしてくれ! さあここからが本番だ。大聖杯よ、その魔力を(ソラ)へと届けろ! 僕を月へと案内しろ! 月の観測機へと! ムーンセルへと!」

 

 果たして彼の願いは無事叶えられ、(せいしん)は電子体へと変換され、ムーンセルへと移動した。彼は目の前にある、正方形の物体を見上げると言った。

 

「これがムーンセルか。しかし、大聖杯の力を借りたとはいえ、この肉体を電子化させるのは無事成功したようだね。いやあ、よかったよかった! さて、本番はここからだ。予定では、魂の僕もここにいるはずで、そのほうがリスクも少なくなるんだけど、そんなことは言っていられないね。さあ、覚悟を決めろ。聖杯よ、僕を手伝え! ──投影開始(トレースオン)。投影するはムーンセルの権限、すなわち月の王権(レガリア)だ!」

 

 泉は今の自分の中に存在する魔術回路をすべて起動し、投影魔術を開始した。彼の前身が悲鳴をあげ、肉や血管は張り裂け、全身から脂汗が湧き出した。そうした苦痛は長い間続いた。しばらくすると、泉は膝をついた。彼の手には一つの指輪がはめられていた。それこそは、月の王権(レガリア)であった。彼は叫んだ。

 

「やった! やったぞ……! 次だ、果たしてこの月の王権(レガリア)がムーンセルの権限を振るうことができるかどうか……月の王権(レガリア)とムーンセル、接続開始だ! よし、いいぞ、成功だ! さあ、ムーンセルよ、お前は知識が欲しいんだろう? ならば好きなだけくれてやる! この僕が持つ、この世界の正史、異界の知識、stay night(げんてん)hollow ataraxia(いつわり)Zero(ぜんじつたん)Prototype(げんけい)apocrypha(がいてん)extra(でんしせかい) extra ccc(うらがわ)extella(ゆうせいとのたたかい)kaleid liner(しょうじょのものがたり)Grand Order(せいはいたんさく)これだけではない──その他にも、あらゆる世界の、あらゆる並行世界の知識をくれてやる! 思う存分吸収しろ! よし、よし、いいぞ、貪欲だ! さあ、ここで月の王権(レガリア)の出番だ。ムーンセルよ、知識を与えるだけでは満足か? 僕が求めるのは、お前の演算だ! 僕が与えた知識をもとに、計算をしろ! あらゆる可能性、あらゆるIF、あらゆるもしもを──」

 

 こうして泉の指示通りに、ムーンセルはあらゆる計算を高速で開始した。

 泉は感極まった様子で言った。

 

「やっとだ──僕がこの世界に来てから、ずっと元の世界に戻る方法を探し、あらゆる可能性を確かめ、あらゆる実験を行い、最終的にはこの大聖杯と、ムーンセルの力が必要だということが分かった。それからは、僕がこうしたことを企んでいることを隠しつつ、いくつもの準備をおこなった。危ない橋を渡るときも何度もあった。そして、やっと始まった聖杯大戦だ。どのようなサーヴァント、どのような魔術師が参加するのかは、あらかじめわかっていたから、綿密なプランを建て、そして運よくここまで潜り抜けてきたんだ! ああ、やっとだ! 僕の願いは叶うときはすぐそこだ! 願いはすぐそばに! 世界の破壊はすぐだ! 故郷への帰還はすぐそこだ!」

 

 

 






次回は来週の土日に投稿します。

次回予告!
【アタランテとアキレウス、カルナ決着】
【肉体と天草四郎時貞、決着】
【英雄王の裁き】


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聖杯大戦決着───

 投稿遅くなりました。申し訳ありません。お詫びと言ってはなんですが、今回は一万文字ぐらいの大容量でお送りします! ……決して、途中で区切るところを間違えたというわけではありませんよ……?

 卒業認定試験も無事終え、FGOの節分イベで塔を駆け上がり、今はバレンタインデー。サーヴァントたちにチョコをあげたり、貰ったりと大忙しです。

 節分イベントはかなり楽しかったです。普段使わない鯖を使って、意外とこいつ強い……! なんていうことが何度もありました。節分大将も無事召喚できましたし、あとは蝉様を召喚するだけですね!



「■■■■■!」

 

 アタランテは己の宝具の真名を開放した。数えきれないほどの矢が部屋の中に次々と高速で降り注ぎ、床に突き刺さっていった。そうした矢の雨の中をライダーは、矢をその肉体で弾きつつ、アタランテの周りを駆け回った。ランサーは炎によって、自分に命中する矢をすべて燃やし尽くした。

 ライダーは、アーチャーを中心に円を描きながら、少しずつ彼女へと近づくようにしていた。彼女はライダーを狙おうとするが、彼の動きがあまりにも早いのでうまく狙いが定まらず、首を振ったり、体を振り向かせたりとしていた。ライダーはアーチャーの懐に素早く潜り込み、彼女の体勢を崩し、床に押さえつけた。

 

「姐さん、俺はアンタの事が好きなんだ。アンタに憧れているんだ。あのアルゴー船に乗り、果てしない旅を繰り広げた船員の一人である姐さんに! 頼むから、そんな獣の姿なんてやめて、とっとと元に戻ってくれよ! 誰よりも気高く、誰よりも勇敢で、誰よりも美しい──麗しのアタランテに!」

 

 と彼が言い終わると、彼女の咆哮は止み、抵抗するような様子は見せずに動きを停止させた。それから、彼女の逆立った髪やら、むき出しにしている牙に、鋭い目つきといった獣のような様子はなりを潜めた。彼女の目には理性の光が宿っていた。彼女は呟いた。

 

「アキレウス──ああ、ライダー」

「姐さん!」とライダーは笑顔で叫んだ。「気がついたのか? 正気に戻ったのか?」

「そうだな、ライダーよ。汝の声は私に届いていたぞ。その言葉は私に届いていたぞ」とアーチャーはライダーを抱擁した。ライダーもまた、抱き返した。

 

「ライダー、アキレウスよ。汝はまさしく英雄よ。汝はまさしく勇者よ。私は確かにそのことを今、しかと体感しているぞ」

 

 とアーチャーはライダーの耳元で、優しい調子の声で囁いた。彼女は素早く、手に持った矢をライダーの踵に突き刺した。その痛みによってひるんだライダーを、アーチャーは蹴とばし、素早く立ち上がった。床を数回転がり、よろめきながら立ち上がったライダーの顔は青くなっており、呼吸も落ち着かず、大量の汗を流していた。ライダーは言った。

 

「これは……体がうまく動かねえ……これは、毒か? それもかなりの猛毒──俺の体を蝕むほどの──姐さん、アンタ……」

「汝の踵に突き立てた矢は特別製でな」とアーチャーは弓に矢を構えながら言った。先ほど、彼女がライダーに対して見せた優しい様子は一切消え去っており、今は獣を刈る狩人そのものであった。

「それにはヒュドラの毒が塗ってある。いくら不死身の肉体を持つ汝といえども、その毒には抗えぬであろう。いいや、それどころか、体が強靭な分毒による苦しみは長くなるのか?」

「何だと? 姐さん、アンタ、まさか最初から、これを狙っていたのか?」

「ああ、その通りだ。とはいえど、我がマスターよりこの策を聞かされた時はいささか無謀だと思ったがな。令呪による命令は一瞬の出来事ならばともかく、一定の行為や精神を長く縛ることはできぬ。時間とともに効き目は切れてゆく。我がマスター曰くこういう作戦だ。

『アキレウスはアーチャーを殺しはしないと思う。それどころか、獣として狂暴化した君を正気に戻そうとして苦労するだろう。君は僕の命令によって、宝具を使用し、アルテミスによってもたらされた災厄の獣として、ライダーやランサーに襲い掛かる。──多分、この時ライダーはランサーに、一対一でやらせるように頼むか、あるいは君を殺さないように頼むだろう──そして、ライダーの呼びかけによって君は正気に戻る。もちろん、それは僕の令呪による効き目が切れたから正気に戻るんだ。その時、君は、君を正気に戻そうとして、一生懸命活躍したライダーに対して、優しく抱き着いて甘い言葉をささやく。何、アーチャー、君は『麗しのアタランテ』なんて呼ばれるぐらいに魅力的なんだ。絶対うまくいくさ。そして、警戒を緩めたライダーの隙をついて、君は彼の体──できれば踵がいい。そこぐらいしかないだろう──に僕がこしらえたヒュドラの猛毒付きの矢を突き立てるんだ』

 しかし、まさかこうもうまくいくとはな。では、さらばだ。アキレウス。汝はまさしく勇者であった。その勇猛さはヘラクレスの如きだ。その武力はヘラクレスの如きだ。さらばだ。アキレウス。汝の死にざまはヘラクレスにケイローンの如きだ」

 

 アーチャーは、全力で矢を引き絞った。弓はすさまじい角度にまで曲がり、彼女が矢から手を放すと、とてつもない威力によって放たれた矢がライダーの体を吹き飛ばした。彼は部屋の中心から移動し、隅にある壁に体をたたきつけた。彼は毒による苦しみの表情を浮かべながら、つぶやいた。

 

「クソッタレが……ああ、アタランテ──アンタはまさしく麗しのアタランテだ……チクショウめ!」

 

 こうした言葉を最後にライダーは消滅した。

 先ほどまで、部屋の端で立っていたランサーは、槍を手にしていった。

 

「お前は今のマスターに従い、聖杯を取るのだな。あれは間違いなく世界を滅ぼそうとしているぞ」

「いいや、そうではない」とアーチャーは言った。

「私のマスターが世界を滅ぼそうとしている? 確かにそれについては、私も薄々と感じていた。しかし、汝との戦闘で我がマスターは令呪を全て使い切った。従うこともあるまい。それにだ。あのマスターはまさしく策士という言葉がふさわしい。聖杯に対する執念もおそらく、この聖杯大戦に参加している人物の中でもすさまじいだろう。だからこそ、私はあのマスターの元にいることが、最善の手段だと考えた。だが、私にも譲れぬ願いはある。マスターはすでに大聖杯へとたどり着き、大聖杯を起動しているだろう。だが、世界を滅ぼすという途方もない願いをかなえるには、今しばらくの時間が掛かるだろう。私はその前に、マスターの命を奪い取り、私が代わりに願いを叶えるのだ」

「そうか、だがそれは叶わん。武器を手にしろ、アーチャー。オレが相手をしよう」

 

 とランサーは(インドラ)から授かった槍を構えた。アーチャーもまた、(アルテミス)から授かった弓に矢をつがえた。戦いはすぐさま開始された。彼女は天に矢を放ち、叫んだ。

 

「これで仕舞だ! 我が弓と矢を以って太陽神(アポロン)月女神(アルテミス)の加護を願い奉る──天より降り注ぐ災厄は、汝を滅ぼす! 訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)!」

 

 空を埋め尽くすほどの、無数の矢がランサーめがけて降り注いだ。ランサーは、それらを炎によって焼き尽くすと、槍を爆炎と共に振るった。炎はアーチャーの体にいくつもの火傷を負わせた。しかし、アーチャーはそうした炎にひるんだ様子は見せず、それどころか炎の中に突撃し、ランサーに対して攻撃を加えた。アーチャーは叫んだ。

 

「その槍は確かに脅威だが、その対価として鎧を失ったのならば、私にも勝機はあるぞ! カルナ!」

「なるほど、そうかもしれんな。ならば、決着を急ぐしかないな。獣の如きアーチャーよ、覚悟しろ。我が槍は父より授かりし槍だ──神々の王の慈悲を知れ。インドラよ、刮目せよ。 絶滅とは是、この一刺。灼き尽くせ、日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)!」

 

 ランサーの宝具によって発生した炎は、一瞬であたり一面に広がり、庭園の壁や床、天井といったものを粉々に砕き、焼き尽くした。アーチャーもまた、その炎に飲み込まれた。しかし、アーチャーはその炎を乗り越え、壁や天井、飛散するがれきの上を飛び回ったり、走り回ったりとして炎から逃れていた。彼女は炎によって溶解し始めた庭園の床を踏みしめ、空高くへと飛び、再び宝具を発動した。2回目に放たれた無数の矢は、ランサーがいる地点のみに集中して降り注いだ。ランサーは、それらを炎によってすべて消し飛ばした。

 やがて炎が収まると、あたり一面は更地となっており、庭園の床はいくつもの起伏を見せていた。アーチャーは地面に着陸すると、再びすさまじい速度で、ランサーの周りを駆け回りながら矢を次々と放った。ランサーはそれらを槍で弾いて防御した。こうした光景がしばらく繰り返された。

 彼らがこうした攻防を行っている場所から、少しばかり離れたところに、第三のアーチャーは現れた。すなわち、英雄王はこうした彼らの戦いを見つめていた。ランサーは、英雄王の気配を感じ取り、そちらの方に一瞬ばかり目を見つめた。アーチャーは、そうして発生した一瞬の隙をついて、ランサーめがけて数本の矢を放った。それらは、ランサーの体に深く突き刺さった。その攻撃はまさに致命傷であり、ランサーの体は吹き飛び、地面に倒れた。彼は言った。

 

「不覚──か。見事だ。アーチャー。だが、こうなっては誰の願いも叶うことはないだろう。むろん、お前の願いもだ。お前には、願いを叶えることはできない」

 

 ランサーは消滅した。残ったアーチャーは、全身に無数の火傷や傷を負っており、今にも倒れんといった様子であった。彼女は大聖杯がある場所へと、ゆっくりと歩き始めたところで、背後にサーヴァントの気配を始めて感じ取った。彼女は素早く振り向き、戦闘の体制をとった。アタランテの前には、ギルガメッシュが立っていた。王は言った。

 

「そこを退け。獣風情が(オレ)の前に立ちはだかることは赦さん」

 

 と英雄王は、宝物庫から天の鎖(エルキドゥ)を取り出し、それらを鞭のように振るってアーチャーを突き飛ばした。王の表情はいたって静かなものであったが、彼の奥底からは激しい怒りを感じ取ることができた。王は大聖杯がある玉座の間へと進んでいった。王がその場から姿を消すと、アーチャーは立ち上がり、よろめきながら彼の跡を追った。

 

 

 

 大聖杯の間にて、川雪泉と天草四郎時貞との二人は激しい攻防を繰り広げていた。

 泉は銃や手榴弾などの火器による攻撃を行い、その合間合間に八極拳や鍵剣、魔術による攻撃によって敵をけん制していた。天草四郎は、鍵剣や日本刀を振るい、敵の攻撃をすべていなしたり躱したりしながら、攻撃を加えていた。状況は、天草四郎時貞が有利であり、彼の体に傷と呼べるようなものはほんのわずかしかなかった。泉の体には、いくつもの傷があり、たくさんの血を流していた。

 彼らは一度距離を取り、お互いに息を休めた。泉は叫んだ。

 

「天草四郎時貞……! お前に僕の願いは邪魔させない。僕は必ず! 決して! 願いを叶えなければならない! それこそが、僕に対する唯一の救済だ! 邪魔をするな! 僕はこの醜い世界から逃れるんだ!」

「そうはいかない」と天草四郎は答えた。

「願いを叶えるのは俺だ。俺はこの人々が殺し合い。人々が不幸を呼び寄せる世界を終わらせ、幸福のみが残る世界を創り出さなければならない。それこそが、人類に対する救済だ。その世界でお前も救済してみせよう。できないというのならば、お前はここで死という名の救済を与える!」

 

 二人は再びぶつかり合った。アサシンとキャスターとの二人の傍観者たちは、こうした二人の戦いを眺めていた。とりわけアサシンは、怒りをにじませていた。彼女は言った。

 

「おのれ……我に毒がかかっていなければ、あのような羽虫はすぐさま殺してやれるものを!」

「『喜怒哀楽の激しさは、その感情とともに実力までも滅ぼす』」とキャスターは言った。

「女帝殿よ、落ち着きなされ。そう叫んでは、毒がさらに貴女の体を蝕みますぞ! そのようなありさまでは、老人のように歩くことがやっとでしょう。魔術の行使などは出来るはずもない! そして、この吾輩には攻撃手段がないときた! いやはや、サーヴァントとしてマスターを手助けしたい気持ちはお互い様でしょうが、ぶっちゃけ今の我々には何もできないでしょう。というか、女帝殿、その存在を保っているだけでも辛いのでは? 消滅寸前のところを踏ん張っているのでしょう」

「ふん、業腹だがその通りよ。今の我は、消滅寸前だ。だが、それがどうかした!」

「ですから、そう興奮なさりますな。女帝殿。お体に触ります。いえ、この何もできないという状況が歯がゆいのはわかりますが。それ、御覧なさい。あの二人の戦いを。吾輩も女帝殿も戦士というわけではありませぬが、あの二人がどのような状況なのかはお判りでしょう。お互いの傷の数などを見れば、我らが主が優勢であるのかもしれませんが、それだけです。そら、ごらんなさい。我らが敵の肉体を。細かいものから、傷が塞がっていくではありませんか! 傷を負う度に傷が塞がってゆく。そのせいで、我らがマスターは決定的な攻撃を与えることができないのです。マスター天草四郎時貞が敵を打ち倒すには、強力な攻撃が必要です。さて、ここで彼の宝具──左腕・天恵基盤(レフトハンド・キサナドゥマトリクス)右腕・悪逆捕食(ライトハンド・イヴィルイーター)。この二つの宝具によって決定的な一撃を発するには、大量の魔力が必要となります。そして、御覧なさい。ここに二人! 戦闘には全く役に立たない英霊が2体! 『天は自ら行動しない者に救いの手をさしのべない』さて、どうなさいますかな? 女帝殿。どうです? 主の勝利のために自らの体を捧げる──おお! これこそまさに献身そのものですな!」

 

 アサシンは驚きの表情を浮かべた。

 

「貴様がそのようなことを言うとはな。ウィリアム・シェイクスピア。お前は作家だ。物語を紡ぐための存在だ。今回、貴様は主の、あるいは聖杯戦争にて召喚される英霊たちの物語を紡ぐために召喚に応じた。ゆえに、貴様は最後まで生き延びなければならない。物語を紡ぐには、その人物の物語が終わるまでを見届けなければならない。最後まで何としてでも生き延びる。そういう存在であろう? どういう心の変わりようだ? 自らその身を犠牲に捧げようなどとは」

 

 偉大なる作家は大笑いした。

 

「なあに! 簡単なことですよ! 女帝殿! 吾輩、確かに作家ではありますが、時折舞台にも上がって役者を行うこともありまして! なあに! 少しだけ、物語を書く影の存在ではなく、輝かしいスポットライトを浴びる、登場人物として演じたい! などという欲望もありまして! いいえ、もちろん完結まで書くことができないというのは、少々、いいえ、かなり残念なのですが、ほら、世界が滅びては元も子もないでしょう。『所詮は人間、いかに優れた者でも時には我を忘れます』何、たまには目立つのもよろしいでしょう。何、ただの気まぐれです。少しばかり、熱病に浮かばされているだけでございますとも!」

 

 女帝はしばらくの間呆気にとられた様子であったが、すぐにいくつかの事柄を考え始めた。そして、言った。

 

「良いだろう。それも良いかもしれぬ。ク、キャスターよ。お前は素晴らしい作家であると認めよう。人々の心に感情という名の打撃を与えるのが上手い──良いだろう。貴様のその策、乗ってやろうではないか。どうせ、もはや消滅寸前なのだ。毒と貴様によって我も熱に浮かばされているようだ」

 

 2体のサーヴァントは立ち上がると、戦いを繰り広げる主のもとへと歩き始めた。

 実際、天草四郎は敵にいくら傷を与えても、自然と治癒してゆくので決定的な打撃が与えられずにおり、それに加えて敵はこちらの攻撃になるべく当たらないように慎重に動き回っているので、少しばかり焦りを覚えていた。そうした中に、キャスターとアサシンによる天啓が舞い降りた。アサシンは言った。

 

「そら、我がマスターよ! 何をそのような小僧相手に苦戦している? 情けぬぞ。仕方があるまい、我が力を貸してやろうではないか」

 

 アサシンは主の右肩に手を置いた。続いて、キャスターは左肩に手を置き、言った。

 

「『橋は大水のときの川幅より長くなくともよい。いま必要なものの用に応じてこそ、格好がよいというもの。役に立つことが、まず肝要だ』『運命とは、最もふさわしい場所へと、貴方の魂を運ぶのだ』そら、受け取るがよいですぞ! マスター! 少しばかり無茶ぶりですが、まあ。元々霊体ということもあって、取り付くというのならばまあ無理ではないようですな! あと、そこな女帝はそのように言っておりますが、貴方を想うが故の照れ隠しですよ──!」

 

 とウィリアム・シェイクスピアは大笑いをしながら金色の粒子となって消えた。彼の不意打ちによってセミラミスは取り乱したが、それを立て直すと彼女はシロウの頬にキスをして、笑った。

 

「我の主というのならば、世界の一つや二つぐらい救ってみせるが良い。ああ、それとお前は──男としては上々だったぞ」

「アサシン……」とシロウは振り向いた。彼女の姿はすでに見えなかった。彼は両腕を見つめた。

「キャスター……これは、そうか。二人が魔力となり俺の中に移動したのか? いいだろう! 我が魔力による最大の一撃で終わらせてやる! 右腕・空間遮断(ライトハンド・セーフティシャットダウン)左腕・縮退駆動(レフトハンド・フォールトトレラント)。両腕の魔力を一つに!」

 

「終わらせるだと?」と泉は叫んだ。

「いいだろう、やってみせろよ! 僕は決して負けない──終わるのはお前だ! 天草四郎時貞! 体内の血管、臓器、神経──あらゆる体内機関を疑似魔力回路に変換! これで終わらせてやる! ──夢幻召喚(インストール)! セイバー・アルトリア・ペンドラゴン! 僕のすべての魔力による攻撃だ! この聖剣によって終わらせる! 13拘束疑似強制解除──7拘束解除!」

 

 泉の全身からたくさんの血が噴き出した。それは、聖剣の拘束を解除した代償によるものと、体内のあらゆる機関を魔力へと変えたことによる代償によるものであった。彼は黄金の聖剣を振り下ろし、真名を開放した。

 

「僕は、僕自身のためにすべてをなぎ倒す! すべてを破壊する! どんな犠牲も厭わないし、悲しみもしない! 障害は退けるだけだ! ──約束された勝利の剣(エクスカリバー)!」

 

 天草四郎時貞は両腕のエネルギー、すなわちそれぞれキャスターとアサシンとの魔力、それに加え彼の中に存在する魔力もすべて一か所へと収束させた。そして、彼は叫んだ。

 

「俺の60年を! 60年の執念はここで止まることはない! 俺は世界を救わなければならない! 人類に救済の光をもたらさなければならない! あのような地獄は二度とあってはならない! 戦いはこれで最後となるのだ! ──双腕・零次集束(ツインアーム・ビッグクランチ)!」

 

 川雪泉と天草四郎時貞とが放った、二つの光線はぶつかり合い、あたりに破壊と光と轟音と衝撃とをもたらした。空中庭園は主を失ったことによって、魔術的な機能を果たすことはなく、ただの岩塊同然であり、岩塊は容赦なく粉々に打ち砕かれていった。その数秒後、英雄王ギルガメッシュはその場に現れた。彼は泉の姿を認めると言った。

 

「貴様が(オレ)の宝物を掠め取った盗人か。ふん、本来ならばそのような存在はすぐさま其処らの雑種共に任せているのだが──なるほど。このような手段で世界を滅ぼすか。(オレ)の目から、すでにいくつもの世界が消滅へと向かっているぞ。よく考えたものだ。その方法には関心を覚えるぞ。よって褒美を与えよう」

「ギルガメッシュ……!」と泉はうなるような声で言った。

 

「盗人程度が(オレ)を見上げることは赦さん。(オレ)の名を口にすることは赦さん。業腹ではあるが、(オレ)も有象無象に存在する英霊のうちの一つだ──王たるもの、成すことをなさねば笑われるというものよ! そら、目覚めるが良い。エアよ。我が裁きを受けるが良い! ──天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!」

 

 執行者によって振り下ろされた、裁きの杖は天草四郎時貞と、彼が放つ魔力とを飲み込み、聖剣が放つ光を押し返し、泉へと迫った。泉は歯ぎしりをした。

 

「まさか、ここでギルガメッシュが来るなんて──だが、まだだ! この程度! ああ、もしもの時のために、駄目元でやっておいてよかった! さあ、僕の体内から出ろ!」

 

 と泉は片手を胸の中に突っ込んだ。その手には、鞘が握られていた。その鞘こそは、約束された勝利の剣(エクスカリバー)を納めるための鞘であった。泉はその鞘を前に突き出し、真名を開放した。

 

「防げ! 遥か遠き理想郷(アヴァロン)──!」

 

 果たして鞘は英雄王の剣と、天草四郎時貞の一撃とを確実に防いだ。魔力による猛攻が収まると、泉は膝をつき、地面に倒れた。少しばかり英雄王の様子を見ると、彼は黄金の粒子となって消えていった。

 王は呟いた。

 

「ふん、我がエアを防ぐか! だが、(オレ)はすでに義理を果たした。もはやこれ以上現界する必要もあるまい。結末はとうに決まっておるのだ」

 

 彼は勝ち誇ったように叫んだ。

 

「これで終わりだ! ユグドミレニアも! ”黒”のサーヴァントも! ”赤”の陣営も! ジャンヌ・ダルクも! 天草四郎時貞も! そして、英雄王ギルガメッシュもまた、長く現界した上で、宝具を放ったことにより消滅! これで敵はいない! ──すべてが終わりだ! 敵はもういない! あとは、願いを叶えるだけだ!」

 

 大聖杯はこれまでよりも、一層強い光を放った。

 ムーンセル内部にて、作業をしている精神の泉は叫んだ。彼は笑いながら、腕を振り回した。

 

「よし! いいぞ! ムーンセルの演算はもう、十分すぎる量だ! 知識のみを求める、貪欲な怪物による演算は必要領域に達した! 地上の僕も、どうやら無事大聖杯を守り切ったようだ。いざとなれば、セファールを投下しようと思ったけど、それは不要だったみたいだ。月の王権(レガリア)よ! ムーンセルが行った演算結果をすべて大聖杯へと打ち込め! 大聖杯は、それを大地へと! 世界へと打ち込め! あらゆる並行世界(かたつきせかい)、あらゆるIF(かのうせい)の情報を! ムーンセルの演算によって、膨大化した情報を世界に打ち込め! これで、僕の願いは叶う! いいぞ、あとは肉体の僕と結合するだけだ!」

 

 精神の泉は地上へと降りて、肉体の泉と結合した。彼はよろめきながらも、大聖杯を見上げた。大聖杯はこれまでよりも、より一層強い光を放っており、その光は地面へと向かって放たれていた。泉は叫んだ。

 

「よし、いいぞ! ムーンセルの演算によって膨大化した情報を世界に与えることによって、強制的に剪定事象を発生させ、最終的には世界そのものを情報によってパンクさせて消滅させる──この方法を思いついた時は、非現実的ながらも、この世界から脱出するにはこれしかないということが分かったから、僕は今この瞬間のために、ずっと周りに怪しまれないように振る舞い、研究を重ねてきた! 作戦を練り続けてきた! 準備をし続けてきた! その苦労は、今この瞬間のために! 僕は勝利したんだ! あとは、消滅時に発生するエネルギーを、大聖杯の力によって方向性を持たせて、僕自身をこの世界から放出するのみだ。やり方はすでに分かっている。僕がこの世界に落ちたときと同じ場所へと穴を穿てばいいだけなんだ。……どうやら、時計塔の掲示板でも世界中のあちこちが荒野、あるいは廃墟と化している報告があるようだ。よし、いいぞ! 世界は着実に滅びへと向かっている! 救済は着実にすすんでいる!」

 

 泉は涙を流して、狂ったように大笑いした。彼の表情には歓喜が溢れていた。

 

「僕の勝利だ! 救済は行われるんだ!」

 

 と彼が叫んだ瞬間、胸に痛みが発生した。彼はゆっくりと、自分の胸を見下ろした。そこには、後ろ側から、心臓を貫いて貫通した刃物の先端が認められた。彼は呆然とした表情をしながら、後ろを振り向いた。そこには、白髪に、赤い目をした少年が立っていた。その少年は大笑いしながら叫んだ。

 

「我がユグドミレニアの願望は叶いたり! 感謝するぞ、時計塔の魔術師! お前は、私の一族のマスターたちを殺し──私もまた殺した。だが、私は偶然、その時そばにいたホムンクルスに、魂を移し替えした! この儀式はなんの下準備もなかったから、成功する確率は低かったが、死ぬよりはましだということで実行してみせた。するとどうだ? 私は無事にホムンクルスに乗り移ることに成功したのだ! それから、お前は私含めた、ほかのホムンクルスを一か所に集め、亜種聖杯の糧とした。魔力や魂を失ったほかのホムンクルス達は死に絶えたが、ほんの少しだけの魔力。そして魂が体内に残った私のみが生き残った! それから、私は勝機を伺うために、ずっと潜んでいたのだよ。その時間は一秒が一年にも、十年にも感じられたが、私はこの時のために数十年前から準備を行っていたのだ。その程度、どうとでも待てた。そして、こうして私は好機を伺い、全ての敵を始末することができた! 感謝しよう、川雪泉だったかな? ああ、我が一族の願望は叶いたり! 我がユグドミレニアの願望は叶いたり!」

 

 そのホムンクルスは、泉に突き刺さっている刃物を引き抜いた。泉の体は地面に倒れた。彼は憎々し気な表情をしながら言った。

 

「まさか……ダーニック……! まて、まて……! それに触るな! 聖杯に触るな……! やめろ……やめろ……!」

 

 ダーニック・プレストーンは大聖杯の元へと駆け、それに手をさし伸ばして触れた。彼は、願いが叶うという魔力に当てられていることと、ホムンクルスと無理な融合を行ったことによって、正気を失っている様子であった。

 

「聖杯! 大聖杯……! 我がユグドミレニアの願望! おお、素晴らしい! これが……大聖杯か! おお、おお! 我が願いは叶いたり! 一族の繁栄をここに!」

 

 ダーニックの思念が介入したことによって、大聖杯の命令式が変化、複雑化し、大聖杯のエネルギーは行き場を失うと、ダーニックの肉体を飲み込んで粉々に打ち砕くと、自壊を始めた。杯にはヒビが入り、少しずつ割れていった。泉は絶望の表情を浮かべた。彼の目からは、たくさんの涙が流れていた。

 

「何てことだ……大聖杯の命令式が滅茶苦茶になったせいで、自壊が始まっているのか……! あれではもう、止める事はできない……僕の中にも、もう魔力は存在しない……血も流しすぎたし……心臓ももう機能していないみたいだ……今は、自分の体に施した改造のおかげで生きながらえているだけだ……でも、僕はもう死ぬのか……ああ、チクショウ、チクショウ……! あともう少しだったのに……! 元の世界に……故郷に……友達の元に……家族の元に帰りたかっただけなのに……! もう、叶わないのか……」

 

 







 少し急ぎ足な気もしますね……
 あと1話で完結します。多分! 今回ばかりは流石にもう完結すると思います。
 いざ完結となると、終わらせたくないなあ……もう少し書いていたいなあ……なんていう未練が浮き出たり……! 
 説明を補足するためのマテリアルも書いていたりします。

 次回は明日か来週の土日に投稿します。
 次回予告!
 【■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■】

 完結まであともう少しです。どうかお付き合いくださいませ!


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そして誰もいなくなった

サブタイトルはこれでいいのかと悩みますが、とりあえずこれで。
この話で完結となります。また、この話を投稿した直後にマテリアルを投稿しますので、連続投稿となります。


 アタランテはおぼつかない足取りで、大聖杯のある部屋へとたどり着いた。彼女はその部屋の様子を観察した。

 天井や床、壁はあちこちが粉々に砕け散っており、がれきしかないというありさまであった。いくつものがれきの内の、一つに泉は、血をたくさん流して倒れていた。彼の数メートル前には、大聖杯があった。しかし、それにはいくつものヒビが入っており、今もそのヒビは広がっていた。アーチャーは手を大聖杯へと差し伸ばしたと同時に、大聖杯は強烈な光を放って消滅した。

 彼女は膝をついた。

 

「大聖杯が消滅しただと……! これでは、私の願いは叶えることはできない……」

「ああ、その通りだね」と泉は言った。その声はかすかなものであった。彼は地面に伏せながらも、アーチャーを見つめていた。

 

「終わりさ……ああ、チクショウ……あともう少しだったのに……大聖杯は無くなってしまった……僕も心臓を貫かれているし、もう少しで死ぬ……ダーニックの不意打ちによって……アーチャーも……令呪がないし、現界するための魔力もないでしょう……? 終わりさ……もう……全部……終わりなんだ……僕の願いも……君の願いも……誰の願いもかなえられることはなく……この聖杯大戦は終わりを迎えるのさ……」

「そうか……」とアーチャーは立ち上がり、泉の元へと歩いて行った。彼女は弓に矢をつがえると、鏃を泉の体へと向けた。

 

「汝の願望は、この世界を滅ぼす邪悪なものであった。しかし、汝はマスターとしては、とりわけ良い人物だったぞ。汝の作戦は、未来を見通すが如くのものであり、敵のサーヴァントの真名を易々と看破した……世が世ならば、軍師としても名を馳せたであろう。しかし、結末は大聖杯の消滅。願いは叶えられずに、このまま誰もがいなくなる。私は、最後に汝を射殺して、汝の願いを阻み、私だけが願いを叶えるつもりであった。しかし、大聖杯がなくては、それすらもできないではないか! まったくもって、腹立たしい……!」

「その矢を僕に射るつもりかい?」

「そうだ」

「そうか。それは良かった。ああ──本当に。アタランテ、君は美しいな。その姿も、在り方も。子を想うその信念は、とても美しいものだ。だからこそ、僕は君を召喚しようとしていたのだろうか……本当ならば、アーサーでもよかったというのに。でも、それは出来なかった。そうか、死ぬ直前となって分ったよ。僕は、生前に君の姿を見て──こんどは実際に出会って──惚れたんだろうね。アタランテ、君の事が好きだったんだろうね。いいよ、さっさと矢を射ってほしい。できれば、苦しまないで死ねるようにしてほしい。それこそが、僕に対する第二の救いだ……」

 

 と泉は目を閉じた。彼は身じろぎ一つすることはなかった。

 アーチャーは手から矢を放した。その矢は、泉の頭のすぐ横へと放たれ、床に突き刺さった。泉は目を開けて、驚いたように目を見開いた。彼は言った。

 

「どうしたんだい? アタランテ。君ともあろうものが、この距離で矢を外すなんて、らしくないよ……」

「ああ、そうだな」と彼女は屈んで、泉の体に触れた。

 

「そうだな、本当にらしくない。だが、これは私の本能でもある。

 ──夢を見た。汝の記憶に関する夢だ。汝のこの世界に対する見え方の夢だ。私はその夢を見て、汝の事をおぞましいと思っていた。おぞましい人間だと思っていた。汝のような人間は、この世界にあってはならないと。しかし、先程のお前の様子を見て、私は考え方を少しばかり改めた。一つ質問だ。我がマスターよ。汝はこの世界をどう思っている?」

「そうだね……虚無さ、偽りの世界さ。僕にとって、この世界は全てが混沌と絶望とによって創り上げられている。吐き気をもおよすような世界さ。この世界は地獄でしかない」

「そうか、確かにそれは本当なのだろうな。ああ、理解したぞ。私は理解したぞ。汝は、この美しい世界に生まれながらにして、この世界を美しいと感じられず。汝は、慈愛に満ち溢れた両親の愛を受けながらも、両親の愛を感じることはできず。汝もまた──救われなかったのだな」

「へえ、それはどういうことかな? 同情かい? アーチャー」

「いいや、そうではない。あるいはそうなのかもしれないな。私の願いはただ一つ。ありふれた願いだ。『すべての子が、愛を与えられる世界になるように』それだけはどうあっても変わらん。そう、すべてだ。私はすべての子供を救わなければならない。そういう使命感を持って戦っていた。そうだ、それはどのような状況であろうと変わらん。なあ、マスター。汝は──」

「そこから先は言うな……言わなくてもいいさ」と泉はアタランテの言葉を止めた。

 

「僕はこの世界を破壊しようとした。すなわち、全ての人類を殺そうとした殺人者だ。それはどうあっても、変わりはしない事実だ。すでに、この世界はもはや剪定されかけている。情報の送信、挿入が収まろうとも、すでにほぼ終わりに向かう可能性が高いんだ……君が守るべき子供たちすらも、破壊しようとしていたんだ。ねえ、アタランテ。君はまさしく英雄だ……僕が憧れた英雄だ……

 僕の命はもうそろそろ終わるだろう……気が遠くなってきた……アタランテ、アーチャー、ごめんね。僕は、君の願いを叶えさせる気はすこしもなかったんだ……僕は、君を、僕自身のために利用していた……ただの道具としてしか扱わなかったんだろうね……ああ、マスターとしては失格だね……」

「確かにその通りだ。汝は、悪人だ。汝は、世界中のあらゆる人類の生活、願い、思いあらゆる総てを否定し、粉々に砕こうとした悪人だ。それは赦されざる行いだろう。だが、汝は裁きをとっくに受けている。汝と同じく、願いを叶えようとした者の手によって。裁きはすでに終わったのだ。願いを叶えることは能わず、汝はすでに絶望の底に沈み、死という究極的な牢獄に召喚されるのだ。裁きを終えた罪人の罪は、すでに無いも同然だとも。私はこう考えている」

「それは、なかなかに惨い事を言うね……確かに、僕は絶望のどん底だ。そして、死が迫っている……ああ、やめろ、やめてくれ。アタランテ……僕は、もはや全てを失ったんだ……唯一の希望は消滅し、希望を失ったのならば、残るは絶望のみだ……生きる気力すらも……希望を再び抱くという気力すらもない……僕は、死という絞首台になんの抵抗もせずに、進むだけなんだ……やめてくれないか、そんなことを言うのは。希望は持たせないでくれ……もう死ぬんだ……もう何もできないんだ……せめて、絶望のみを背負ったままで死なせてくれ……希望はいらない……未練が残ってしまう……未練というのは……死の際に得ると、絶望しかないんだ……」

 

 アーチャーは首を振り、言った。

 

「汝は、救われなかった。この世界から愛され──なお、救われなかった」

「やめてくれ……!」と泉は苦し気な顔をしながら言った。

「汝は、奇異なる命運の元に生まれたのだ。この世界を愛することができなかった。そうだ。親は子を愛し、子はその愛情に応える。そうした当然の事を成り立たせることができなかったのだ。……それは悲しいことだ。それは苦しいことだ。

 そうだ。汝もまた、救われぬ子だったのだ。汝はすでに罰を受けている。しかし、救いは無い。それでは報われぬではないか。傲慢であろうが、偽善であろうが、せめて私は汝を慈しもう。この世界は美しく、かつ醜い。どちらか一つということはないのだ。せめて、私は汝にとっての救いにはなれぬだろうか?」

 

 泉はアタランテを見つめるその目から、涙を流した。彼は微笑んだ。

 

「ああ、チクショウ。反則だ……アーチャー、僕が召喚したサーヴァント。僕が恋したヒト──ああ、アタランテ。君はまさしくアタランテそのものだ。全ての子に愛を。その願いは聖杯でもなければ叶わない。決して叶うことのない願いを抱き、全ての子を救おうとする英雄だ。ああ、君はこの僕すらも救おうというのか。それは、見境がないね……けれども、そうだね。確かに君の言った通りだ。世界は醜い──この世界は泥にまみれ、腐臭に溢れ、呪いの霧に包まれている。けれども、世界(きみ)は美しい──君は美しい、森を駆け、獣を仕留め、子をに愛を与える英雄。君の美しさ(しんねん)は損なわれることなく、永遠のものだろう。君のその想いは陽光のごとく温かい。

 ああ、ああ……チクショウ。こんな死の淵に立って、僕はようやく救われるというのか……! そうか、僕は君に自然と救いを求めていたんだ。それに気づくことは無かったんだ……だというのに、こんな土壇場で気づくというのか……ああ、そうだね……確かに受け取ったよ。君の想いは。僕は世界を嫌い、世界に嫌われ、ようやく君に愛され、僕は君を唯一の救いとするのか……うん、なんだかそれも悪くはない。そろそろ本格的に気が遠のいてきたけれども……そうだね。この美しい新天地で滅びるのも悪くはない。ありがとう、アタランテ。

 ……さて! いざそうなるとなったら、なんだか気が楽になってきたぞ! よし、こういうしんみりしたのは、僕には似合わない! どうせなら、笑って盛大に死のうじゃないか! さあ! 死ぬのだったら、こんなことも許されるだろう!」

 

 と泉は最後の力を振り絞って、アタランテの体に飛びつき、彼女を抱きしめた。彼女は驚いた様子だったが、それを押しのけるようなことはしなかった。泉は大笑いし、言った。

 

「そうそう! このケモ耳、触ってみたかったんだよ! あはははは! いい感触だ! ようし! さようなら! 満足だ!」

「そろそろやめんか……! 私は純潔の誓いを持っている。それ以上は許さんぞ。全く! ああ、そうだったな! 夢で見た汝の過去はそういう調子だったな!」

 

 やがて、泉は動かなくなり、アタランテの体は金色の粒子となって消滅した。空中庭園は完全に崩壊し、今や巨大ながれきの山となっていた。夜が終わり、太陽が昇ると、一筋の光ががれきを照らした。そのがれきの頂上には、一つの花が咲いていた。その花こそは、彼が魔術によって庭園に振りまいたもののうちの一つであった。きっと、この花はこれから種を残し、周りに種をばらまき、戦いによって破壊された周囲をやがて彩るであろう。

 

 

【聖杯大戦についての簡易的な報告】

 

 今回、ユグドミレニア一族の離反によって始まった聖杯大戦に参加したマスターは、フィーンド・ヴォル・センベルン、ジーン・ラム、ペンテル兄弟を除いた全てが死亡。生存者たちに聴取を行うも、彼らにはサーヴァントを召喚した後の記憶が非常にあやふななものとなっていた。魔術的な検査の結果、彼らは毒や催眠によって意思を奪われていた可能性が高し。

 消滅した大聖杯の行方はいまだ知れず。その原因も不明であり、調査を続行するものである。

 死亡したマスターたちのうち、シロウ・コトミネおよび川雪泉は、降霊魔術を行うも一向に召喚される様子は無い。これについては、降霊科が引き続き降霊の儀式を行うものとする。

 時計塔にある、川雪泉の工房に手がかりがないかと、ロード・エルメドイⅡ世が立ち入ろうとしたものの、内部は仕込まれていた爆弾によって全てが粉々になっており、魔術的な再生も期待できず。

 また、今回の聖杯大戦の影響によって、発生したであろう世界のあちこちで文明や植物の荒廃については、現在時計塔の魔術師たちの手によって順次修復が行われており、この調子でいけばあと数年で荒廃した場所は元通りの様子を取り戻すとみられている。

 今回の聖杯大戦は、ユグドミレニア一族のマスターはすべて死亡し、時計塔側が派遣したマスターが生き残っていることにより、勝者は”赤”の陣営。すなわち時計塔である。各地に散らばっている離反者の一族には、いずれしかるべき罰が与えられる。

 今回の聖杯大戦には、不明な点が多し。引き続き、調査を行うものとする。

 

 

 

 花畑があった。

 中心には山があり、その山にもあらゆる色の花が咲き乱れ、もちろん平地にもたくさんの花が咲き乱れる花畑だった。その花畑に、フードを被った少女はいた。彼女は、ゲーム機やアタランテに関する伝承が書かれた本をその花畑に置いた。

 

「……拙は我が師より、これを供えろという命を受け、ここに来ました。貴方がどのような思いを抱え、どのような願いを抱え、あの大戦に参加したのかはわかりませんが、きっとどうしても叶えたい願いがあったのでしょう。師も、それは認めています。……拙は墓守として、この花畑が永遠に残るように祈ります。この美しい墓地がこの先ずっと残るように……」

 

 

 

 

 

 ──END──

 

 





これで、この話は完結です。
次話はマテリアルです。


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マテリアル

連続投稿となります。ご注意ください。


【アキレウス】

 あきれうす。

 神性のあるサーヴァントか、神造宝具でないと攻撃が通じず、唯一攻撃が通じる踵は、戦車に乗っていると狙えない。降りているときですらも、超強いので狙うことは不可能。つまりチート。

 ぶっちゃけ取扱いに困る。こんちくしょう。

 本作では、アタランテへの想いを利用されたことによって、ヒュドラの毒が塗られた矢じりを踵に受けたことによって、脱落した。彼の死に様は、まさに勇者、まさに英雄であったとも言えるだろう。

 

 

【亜種聖杯戦争・闘技場の亜種聖杯】

 あしゅせいはいせんそう・とうぎじょうのあしゅせいはい。

 泉が参加し、勝利して聖杯を得た亜種聖杯戦争。出来上がった聖杯を闘技場に仕込むことによって、闘技場を聖杯そのものに見立てることによって成立する亜種聖杯戦争。蟲毒を素に造り上げられた。

 参加人数は少なく、召喚されるサーヴァントの質も低かった。泉はハサンを召喚(どの世代かは不明)し、見事ほかのサーヴァントたちや魔術師たちを蹴散らして勝利した。

 聖杯に願ったものは、「アタランテを呼び寄せる触媒」「エクスカリバーの鞘」「脱皮した蛇の化石」の3つ。ついでに聖杯も持ち帰り、魔力炉および簡易的な英霊召喚儀式術式として運用できるように改造した。

 

 

【アタランテ】

 あたらんて。

 この小説のヒロイン? FGOでは宝具で、スターを過剰に発生させるのが楽しい。

 彼女は何かと不憫な目に合う星の定めにあるのかもしれない。例:漫画版Extraでは、ヴラドと戦い、ピンチな所をネロに助けられたり、FGOではアルテミス様がスイーツだったり、ダビデに言い寄られたり、夏のイベントではモヒカンが子供だったり。あと、アニメ版アポクリファが放送された当時、Twitterでアタランテと検索すると、候補に「アタランテ パンツ」と出た時期があった。

 ──個人的には、OUCH! バビロニア! が一番印象に残っていたり。アレはどうしても頭の中に残ってしまう。仕方がない。

 とまあ、このように何かと不憫な子を救済しようという目的というか、そんなノリで書かれ始めたのがこの小説。始めはただのノリで書き始めたので、プロットもクソもなく適当に書き進めたが、アレコレあってリメイクが行われ、とうとう完結することに。びっくり。あらすじには多分エタるとか書いてあるのに。

 果たして救済は行われたのだろうか。本作での彼女の戦果を見てみると、アストルフォ、アキレウス、カルナといった面々に勝利している。かなりの活躍ではないだろうか。そこ、主に後ろの2名の倒し方が強引だとか言わない。あいつらチートすぎるんじゃ。

 しかし、いつの間にかオリ主の方が目立って、影が薄くなってしまっていた。反省。なぜそうなってしまったのかは、「川雪泉」の項にて説明。

 色々と言いたことはあるが、この場で言うとなるといろいろと余分な情報があるので、これだけに留めておく。アタランテは可愛いぞ!

 

 

【天草四郎時貞】

 あまくさしろうときさだ。

 戦による地獄を味わい、世界の救済を願った男。

 本作では、世界の救済の願いが抑止力に阻まれているという可能性を知り、そのうえで自らの願いを叶えるために、同時に世界を滅ぼそうとしている泉と敵対した。

 ツインアーム・ビッグクランチはどうしても打たせたかった。

 

 

【エルメロイⅡ世】

 えるめろいにせい。

 別名苦労人。泉の講師であるが、彼自身、泉にはかなりの魔術の才能があるということを見抜いていたが、その言動が頭文字がFのどこぞの馬鹿と同じぐらい、あるいはそれ以上にふざけていたので悩みの種となっていた。

 本作では、自分の弟子に令呪が発生したうえに、聖杯大戦に突っ込んでいったので、時計塔にてそのバックアップ──具体的には、彼の立場が危うくならないようにいろいろと動き回っていた。あと、青崎燈子の接待で胃を痛めていたりした。

 聖杯大戦後では、後始末に胃を痛めながら奔走する。がんばれ! まけるな! ぼくらのロンドン☆スター! 

 

 

【川雪泉】

 かわそそぎいずみ。

 今作のオリ主。当初、アタランテを活躍させるには、彼女のマスターをチート化させればいいんじゃね? と考え、あらゆる策によってアタランテを活躍させる頭脳派と、彼女を魔術やらなんやらで協力なバックアップを行い、アタランテを強化させる、実力派のオリ主とそれぞれの候補が発生し、作者の中ですったもんだなんやかんやあって、その二つが合体したような形となった。

 しかし、結果は御覧の通り。どうしてこうなったナンバーワンである。

 最初はギャグ路線で、聖杯大戦を勝ち進みつつ、アタランテとの仲を深めていくという形を想定していたが、聖杯大戦でギャグとか無理だよね! 殺し合いだもの! 戦争だもの! あと、作者の技量的にもギャグは苦手なので無理! という感じと、作者のキャラ設定に対する凝り性によって、本作のような結果となった。キャラが濃すぎて、本来主役にするはずだったアタランテを飲み込んでしまった。反省。大反省。

 ある世界での出来事が創作とされている世界から、どういう因果か、どういう奇跡か、前世の知識を持ったまま、創作とされている世界へと転生した存在。彼はその世界の事を創作であるということから抜け出せず、この世界を偽りの世界として認識した。──すなわち、見るもの聞くもの感じ取るものすべてが贋作、汚泥のように感じ取られてしまうようになってしまった。それは一種の地獄そのものであり、彼はその世界からの脱出を試みた。

 そのために、過去からあらゆる準備を行ってきた。時計塔では、某F氏のようにふざけたキャラクターを演じつつ(これは割と彼の本性、性格に近いものだったのでそう苦ではなかった)、世界の破壊のために、聖杯大戦にて勝利するために、あらゆる下準備を行い、万全ともいえる状況で聖杯大戦という希望に参加した。

 ……それがどのような結果になったのかは、本作を見れば明らかである。

 

 

【偽・英霊召喚】

 ぎ・えいれいしょうかん。デミ・インストールサーヴァント。

 泉が長年の研究によって編み出した召喚術式。デミ・サーヴァントやインストール、そして正史にて使用された竜宿令呪といった、英霊を何かしらの形で対象者に宿らせるという事象を、彼の魔術によって投影・再現し、使用される、英霊の能力を対象者の肉体に宿らせるという魔術術式。

 本作では、正史にてジークとなるはずだったホムンクルスに、ギルガメッシュの宝具のみを宿らせ(乖離剣と天の鎖のみ宿らせることはできなかった)、宝具を射出する砲台として敵を殲滅するというコンセプトで使用された。空中庭園の機能を静止させ、地面に失墜させるという戦果を収めた。

 

 

【ガチャ爆死】

 がちゃばくし。

 FGOプレイヤーの精神と財布とを削り取る事象。ある意味、人理焼却や剪定事象よりも恐ろしい。…………この小説を書いている間に行われたピックアップで、何回爆死したことか! おお……無数の石たちよ……メロンゼリーとなって安らかに眠るがよい……

 

 

【ギルガメッシュ】

 ぎるがめっしゅ。

 ご存じ英雄王。本作では、泉が座より財宝を盗み取ったこと(召喚)したことと、抑止力の後押しを受けて現界した。

 エアリマヌシュを、抑止力が排除しようとする2人に対して打ち込むことによって、仕事をすべて終えて、その後の展開も予想できたので、さっさと座へと還った。

 

 

【カルナ】

 かるな。

 超強い。鎧を纏っていると、ダメージは減少され、鎧がなくとも代わりに現れる槍が超強い。アニメでの戦闘シーンを見たとき、作者は呆然とした。あんなん天変地異だろう。

 とまあ、超強いので取扱いに困ったり。あと、「言葉が足りない」というのも、セリフを喋らせる度に困る。量上の意味で取扱いに困る。

 本作では、鎧の防御が無くなっていたことと、突然現れたギルガメッシュに気を取られたおかげで、アタランテに敗北した。そのとき、彼は彼女の言葉が虚偽であることを見抜いていた。

 

 

【シェイクスピア】

 しぇいくすぴあ。

 世界で最も偉大なる劇作家──ロクでもないおじさんである。

 何かと彼自身が書いたセリフを引用するので、彼が喋るたびに、いちいちセリフを調べなければならない。正直いって、面倒くさい。なぜこんなキャラにしたし! 公式でも面倒くさいとか言われている。おかげで、登場するたびに執筆時間が遅くなっている。正直、二次創作作家殺しだと思う。

 本作では、自らを魔力としてマスターにその体を捧げた。

 

 

【ジャンヌ・ダルク】

 じゃんぬ・だるく。

 ルーラーとして現界し、泉と天草四郎時貞との企みを阻止しようと活躍を見せた。

 

 

【ジャンヌ・ダルク[オルタ]】

 じゃんぬ・だるく[おるた]

 ご存じ皆大好き邪ンヌちゃん……ではなく、本作ではジャック・ザ・リッパーの亡霊がレティシアに取り付いたところを狙い、アヴェンジャーとして召喚させた。つまり、FGOの彼女とは別人。

 『戦争を引き起こし、世界を混乱に陥れた邪悪なる魔女。火刑に処され、自身を見捨てた世界を憎むジャンヌ・ダルク』というナポレオンの政策によって、聖女として拡散される前のイメージの、ジャンヌ・ダルクとして召喚されているため、『魔女』『復讐者』という点においては共通している。

 当初は、シェイクスピア式ジャンヌ・ダルクも構想にあったが、主にビジュアルとかそういう関係の都合でボツに。

 

 

【全て遠き理想郷】

 アヴァロン。

 エクスカリバーの鞘。真名開放をすれば、物凄い回復力やら、防御力やらを発揮する宝具。そこらへんの難しい解説はここでは行わない。

 本作では、泉が万が一の時を想定し、体内に埋め込んであった。鞘の能力を発揮することができるように、鞘を体内で常時解析し、研究したことによって僅かながら、その鞘の持ち主がおらずともその能力を発揮することができるようになっていた。それによって、多少無理な魔術行使や体術を躊躇なく行えるようになっていた。また、セイバーのカードを夢幻召喚することによって、その真名を開放することが可能となった。

 

 

【聖杯式月内部接続演算術式】

 せいはいしきつきないぶせつぞくえんざんじゅつしき。ヘブンズ・アルテミスキャルキュレイション。

 大聖杯の力を用いて、ムーンセル・オートマンに接続し、ムーンセルにて超高速演算を行う大魔術。

 そのさい、泉の起源魔術と、大聖杯が持つ全ての魔力を使用し、王権(レガリア)を作成することにより、ムーンセルへの干渉を可能としている。

 演算を行うというだけならば大した問題ではないが、泉は、自身が持っている型月世界の情報をありったけムーンセルに与え、あらゆる平行世界の可能性を作り出し、それを観測させ、さらにその平行世界の分岐点を演算によって無数、それこそ地上に存在する数字では表現できないほどに発生させた。

 演算した情報を世界に与え、泉がいる世界だけではなく、あらゆる平行世界が持つ世界の容量を一度にパンクさせようとした。世界が膨大な情報でパンクする前に、増えすぎた情報を消去、すなわち剪定を行わせ、世界を消し飛ばす。魔術の種別としては、対界宝具ならぬ対界魔術に分類される。

 しかし、これらはあくまでも次の行動に移すための布石にすぎない。泉は世界が剪定/消滅する際に発生する膨大なエネルギーを、ムーンセルの権限によって方向性を持たせ、別世界へと通じる世界への孔を穿とうとした。これがここまでの魔術の内約である。

 

 

【続編】

 ぞくへん。

 書くつもりはない。作者の脳内で、仮に書くつもりならば、ということで大爆発発生してしまった妄想。

 仮に書くのならば、EXTELLA編か、prototype編になる。でも、正直いって蛇足。

 Fate/EXTELLAなら、ムーンセルにて何故かサーヴァントとして召喚された泉が、第4の勢力として戦う。尚、泉陣営のサーヴァントは、副官として不夜城のキャスター。他にはメッフィーに、マックスウエルの悪魔さんに、スパPにPとなる。なお、泉のクラスはキャスターかもしれない。あと、ギャグ重視になる。もちろん、シリアスさんもある。

 そして、登場人物が多いので、作者が死ぬ。

 prototypeなら、何故かいつの間にか東京にいた泉が、バーサーカーとしてカリギュラを召喚し、愛歌お姉さまと戦ったり、静謐のハサンの首をコキュっとしたり、東京都都民の半数を聖杯の中にポイしたりする。シリアスさんしかない。

 これを書くとなると、作者は愛歌お姉様を攻略するために、頭を捻る必要があるため、やる気がない。

 ちなみにどちらにもアタランテは出てこない。そして泉は世界を滅ぼそうと動く。

 ……三次創作で誰か書いてくれませんかねえ?(叶わぬ願い)書いてくれても構いませんよ?(叶わぬ願い)

 なお、ちびちゅき! 世界ではアタランテと親しくしたいが、恥ずかしいため影でこっそりと彼女のことを見守りつつ、アキレウスと喧嘩しまくってアルトリアにハリセンで制裁されたり、アタランテ本人のツッコミによって制裁されたりしている模様。ちびちゅき! はメシアであった。

 

 

【投影魔術・魔術術式】

 とうえいまじゅつ・まじゅつじゅつしき。

 泉の起源を利用し、他人の魔術を投影して行使するという投影魔術。泉の全身の骨に、魔術の呪文が彫られていることによって、かなり強力なものとなっている。

 基本的には、どんな魔術であろうが、その魔術に理解がなくとも、問答無用で投影することができる。それこそ、限られた一族にしか使えない魔術とか、起源によって行使される魔術だろうが、特殊な魔眼であろうが、それら全てを投影して行使することができる。

 しかし、投影した魔術に何かしらの代償がある時は、その代償すらも投影してしまうどころか、本来の魔術師が使う時よりも大きな代償を受けてしまう。また、魔法と、宝具にまで昇華されたサーヴァントの魔術は投影不可能。

 

 

【時計塔スレッド】

 とけいとうすれっど。

 時計塔の生徒のみしか使用できない掲示板。専用の水晶玉をPCに接続し、魔術回路と指紋を登録することによって会員となり、専用の水晶玉によって魔力を電子に変換することによって使用することが出来る。

 どこかの5なチャンネルを模して作られたとか何とか。製作者は不明……ということにされているが、時計塔の生徒たちは皆、泉が作ったということは何となく察している。

 語られる内容としては、真面目な魔術議論、講師の評価といったものから、グレイたんを見守りたい、とかライネス様に踏まれたいというスレから、あらゆる魔術や聖杯戦争攻略ウィキといったものまで、幅広く存在している。

 ついでに言えば、これは泉がムーンセルという電子世界に接続するために、電子と魔術とを融合させ、電子世界に魂を潜り込ませるための練習として作られていたり。

 

 

【ダーニック・ユグドミレニア・プレストーン】

 だーにっく・ゆぐどみれにあ・ぷれすとーん。

 本作において、ある意味一番幸運だった人なのかもしれない。

 最後まで生き残り、願いを叶えられるという絶頂を味わいながら死んだのだから。

 というのはともかく、その過程に至るまでは結構な無茶をしている。賭けでホムンクルスの肉体と、自分の魂を憑依させるということ自体、かなり危険な事である。なぜならば、魂の結合というのは、入念な準備があるからこそ、ある程度安全に行える行為だからだ。しかし、それでもダーニックと別の人物の魂が混じり合ってしまう。 

 ……今回、なんの事前準備もなしに成功したのは、ホムンクルスの魂が純粋無垢、何にも染まっていない無色透明なものだったものと、ダーニックの執念によるものが大きいだろう。

 

 

【ヒュドラの鏃】

 ひゅどらのやじり。

 泉が手に入れたヒュドラの幼体の死体から作り出した鏃。それはヘラクレスが使っていたものと全く同じであり、相手に突き刺さった瞬間、その肉体を爛れさせ、地獄の痛みを与える事ができる矢。

 今作ではセミラミスとアキレウスに使われた。噂によると、不老不死の始皇帝ですらも殺したというのだから、幼体とはいえども、その毒性はかなり強力なものである。

 

 

【フラット】

 ふらっと。

 泉との相性は最悪。お互いいたずら好きという点は共通しているが、本人たち曰く、『いたずら性が合わない』という、『音楽性が合わない』といったような理由で嫌いらしい。時計塔では、泉とフラットの二人が言い争っている光景を度々目にするとかなんとか。

 

 

【もう一つのアイデア】

 もうひとつのあいであ。

 実は、この小説を書くにあたって、もう一つのアイデアがあった。この小説の初期コンセプトは、『アタランテがかわいいヒロインで、超強い物語』だった。

 それにあたって、アタランテが聖杯戦争? なにそれ美味しいの? と現代、型月世界ではない、別の世界に何故か召喚され、オリ主とほのぼのと日常を過ごしつつも、少しずつお互いのことを意識する……みたいな小説である。しかし、この作品は残念ながらボツとなった。なぜならば、アタランテの強さがこれでは証明できないからである。

 今思うと、こっちでもよかったなーと。

 

 

 

【アタランテのステータス】

 

マスター:川雪泉

 

筋力:D 耐久:E

俊敏:A 魔力:B

幸運:A 宝具:C

 

【神罰の野猪使用時】

 

筋力:B 耐久:C

俊敏:A+ 魔力:B

幸運:A 宝具:D

 

スキルに狂化:Aが付与される。

 

 

 

【ちょっとしたあとがき】

 まずは、読者の皆さん、ここまでお付き合いいただきありがとうございます。

 

 最初は、ノリで書き始めたのですが、まさかエタらずに完結するとは思いませんでした。ぶっちゃけ、一発ネタとか、出オチとかそういう感じで済まそうと思っていたのに……何があるか分からないものですね。投稿し始めてから、完結するまでに3年ぐらい経っていたりします。いや、本当に最初から、あるいは途中からここまで付き合ってくださった読者の皆様、ありがとうございます。お気に入り登録数の増加や、送られてくる感想はモチベーションとなっていました。

 

 本当は長々と、いろいろと書きたいのですが、ウザったいと思うので短めに。

 

 この小説の当初のコンセプトとしては、「アタランテを活躍させる」というものでした。ですが、色々とあっていつの間にかオリ主の方が色濃くなってしまいました。他にも、キャラクターの扱い、展開の進め方など、様々な反省点があります。これについては、作者の力量不足です。タイトルのような展開を期待していた読者の皆様、申し訳ありません。

 

 作者としては、どうせなら色々と試してみよう、という感じで実験的なものである一面もあったり。それだけに、課題がいくつも浮かび上がり、良い経験になったかと思います。

 

 この話はここで終わりですが、小説書くの大好きなので、これからも書いていこうと思います。次回作は、FGOのオリジナル特異点でオリ鯖たちがドンパチする話とかどうよ? とか思っています。もし、気になる方は、作者のマイページへ飛んで、ユーザーお気に入り登録をお願いします!

 

 改めまして、ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます。

 

 

 

 






終わった……!

最後に、アタランテはいいぞ! かわいいぞ! 
あと、アポクリファの二次増えろ!

ありがとうございました。


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2018年エイプリルフール記念

 第二部のCMで魔獣アタランテが登場するのを見た作者が、その場の勢いに任せて書いたまま腐らせていたお話です。せっかくなので、エイプリルフールネタとして投稿します。
 続編とかは、本当に無いです。投稿する気はありません。そこはご了承ください。
 あと不夜城のキャスターの真名ネタバレがありますので、ご注意ください。
 予約投稿、うまくできますように……




「天を見てみろ、舟がやってくるぞ。宙の果てより長い時を経て、もう一度すべてを食らおうとやってくるぞ。地を見てみろ。黄金と薔薇との皇帝がいるぞ。皇帝の国は蕩けるほどに煌びやかだ。圧制を敷く女帝がいるぞ。女神というのは苛烈だ。破壊の使途がいるぞ。彼女は夢想している。

 彼らは、それぞれの想いの元に領地を奪い合っている。英雄たちは煌びやかに戦っている。それぞれが、敵を滅ぼそうと戦っている。我が願いを叶えようと戦っている。だが、無駄だ。戦う意味など、どこにもない。そうは思わないか? アルトリア・ペンドラゴン」

 

 と泉は玉座に座り、彼のすぐ前で跪いている人物を見下ろした。セイバー・アルトリア・ペンドラゴンは剣を杖にし、片膝をついていた。彼女の鎧はところどころが砕け、肌には大量の傷が刻まれ、たくさんの血が流れ出ていた。彼女はまさに満身創痍といった有様だった。彼女は息を切れ切れにしながら、泉を睨みつけた。

 

「あなたは一体何が目的なのですか?」

「目的? 知れたことだ。世界の救済。それが僕の目的だとも。これはその一歩だ、アーサー王。君はよく戦った。いやあ、実に強かったよ! おかげで、結構な損害を被った。けれども、君の負けだ。大人しくその首を刎ねられてくれ」

「そういう訳にはいきませんね。なぜなら、貴方は世界の救済など企んではいない。貴方は逆だ、破滅を呼び寄せる存在だ!」

「それは解釈の違いだね。ともあれ、君には消えてもらおう。バーサーカー、あとは頼んだよ。彼女は王様だ。ブリテンという国を治め、多を救うために小を切り捨てるような──人の心が分からない王だ。存分にやってしまえ」

 

 という泉の言葉が終わるとともに、彼が座る玉座の後ろの暗闇から、スパルタクスはその巨大を現した。灰色の巨人は笑顔を浮かべながら言った。

 

「はははは! よかろう、そのような王ならばまさに私の宿敵だ。私の愛を受け取るが良い。その瞳に宿る鋭い眼光はまさに王のもの。その傲慢を砕いてくれよう!」

 

 彼は全身の筋肉を強張らせ、青銅の剣をアルトリアへと振り下ろした。彼女はそれを横に飛びのいて回避し、体制を素早く整えるとスパルタクスへと向かって飛びかかった。彼女の剣による一撃はスパルタクスの胸に、深い傷を刻んだ。しかし、その傷はすぐさま塞がり、彼の体は少しばかり巨大化した。

 

「何だと!」と呆然とするアルトリアに、スパルタクスは剣を振り下ろした。その衝撃によって彼女の体は吹き飛ばされ、地面を2、3回ほどバウンドし、転がった。彼女は立ち上がろうと、全身をじたばたさせたがやがて立ち上がることはできなかった。彼女はスパルタクスが振り下ろした巨大な拳による一撃をくらった。

 アルトリアは泉を睨みつけながら言った。

 

「わかっているのか、貴様──その計画はあまりにも無謀だ」

「わかっているとも」と泉は答えた。「無謀? 大いに結構だ。僕はすでに一度無謀な計画を立て、それを実行したことがある。それに比べれば、このぐらいはどうということはないさ。安心してくれたまえ! 騎士王! 僕は君の考えているようなことはしないさ! だから、安心して消えてくれ!」

 

 アルトリア・ペンドラゴンは僅かなうめき声を残し、金色の光を放ちながらその姿を消滅させた。スパルタクスは咆哮した。その後、彼は泉の方を振り向き、言った。

 

「君は圧制者だ。だが、それよりも強大な圧制者がいる。だから、私は彼らを全て倒そう。すべて斃そう。それが終えたら、君を倒そう。それまでは、君と契約を結ぶとしよう」

「ああ、それはありがたい。スパルタクス、僕は彼らと比べると、とても弱いからね。君の力は頼りになる。仲間として、彼らを倒そう。さて、君たちも出てこい」

 

 と泉が言うと、玉座の後ろにある暗闇から複数の人影が現れた。泉は言った。

 

「僕の副官、語り部のキャスターもとい、シェヘラザード。つづいて同じくキャスター・マックスウェルの悪魔に、キャスター・パラケルスス。さらにキャスター・メフィストフェレス! うん! どういうことなの? 僕の陣営、バーサーカーが一体に、キャスターが4体とか! 戦力偏りすぎでしょ!」

 

「本当ですねえ!」と悪魔は笑いながら言った。

 

「右を向けばキャスター! 左を向いてもキャスター! そして、正面にはむくつけきバーサーカー! おお、これはなんて酷い構成! 三騎士どころか、四騎士すらも揃っていませんね!」

 

「全くです」とマックスウェルの悪魔はため息を吐きながら言った。

 

「私という存在が否定されていない時代ならともかく、このような数字によって構成された世界で私を呼び出すなど、嫌がらせでしかありませんよ。しかも、他の陣営にはトップ・サーヴァントが大量にいるというのに、私達の陣営の戦力は、平均以下のサーヴァントばかり」

 

「仕方がないのです」とパラケルススは言った。

 

「我らが王、川雪泉が我等を呼び出したのですから……これは彼の選択なのですから。ならば、我等はその期待に応えるしかないでしょう」

 

「ああ……なぜ私はここにいるのでしょう」とシェヘラザードは体を震わせながら言った。

 

「強力なサーヴァントたちで構成された3つの陣営、そして彼らの他にも戦闘用のエネミーがたくさん……他にも危険はまだまだたくさんあります。つまり、ここにいては死にます。ああ、死にたくありません……なぜ、私が副官なのでしょうか? 副官ともすれば、敵は私の首を狙ってくる可能性が高い……帰っていいですか?」

 

「もちろん、駄目だとも!」と泉は笑顔で言った。「シェヘラザード、君にはそのポジションがお似合いさ。何、君が前線に出ることは無い。端っこの方で震えてればいいさ。さて、ここは未明領域の端の端、ムーンセルの監視や巨人の監視すらも届かない僻地だ。僕たちの存在は、どの陣営にも知られてはいない。ここに隠れていれば見つかることは無いと思うよ。多分。さて、そんな僻地で僕はなぜか召喚された。その原因は分からない。かつて王権(レガリア)の偽物を使ってムーンセルと接続したことがあるからか? ともかく、僕は召喚された。ならば、僕は僕の目的を達成するために、君たちを召喚した。さあ、見てみろ! この僕の指にはめられているこの指輪を! これこそが王権(レガリア)だ! しかし、これは本物ではない。かといって偽物でもない。僕が造り出した偽物に、ムーンセルがその権限の一部──もちろん、本物の王権と比べたら些細なものだけれど──を与えたものだ。僕はこれを使って、君たちを召喚した。第四の陣営として、この戦いに参加するために!

 大樹の幹は既に折れ、腐れ落ちた。再び大樹を復活させるには、新たなる芽を出すしかない。そのために、僕たちが芽となろう! ──この戦いは世界を救う戦いだ!」

 

 

 

【Episode Of EXTELLA】

 

 

 

 

 黄金の劇場で、血にまみれた剣闘士は笑う。薔薇の皇帝は軽やかに舞う。

 

「おお、おお! ネロ・クラウディウス! そうか、お前がそうか! 暴君、皇帝、圧制者よ! その玉座から引きずりおろしてやろう!」

 

「お断りだ。貴様は余の好みではない故にな。ダンスの相手は、別の人物を見つけるが良い」

 

 

 いくつもの剣が地面に突き刺さった世界で、二つの無限がぶつかり合った。

 

「無駄ですよ。私は文字通り無限なのですから。いくら攻撃しようとも、私が尽きることはありません」

 

「ならば、私の無限を受けてみろ。この無限の剣を前にして、貴様は耐えきれるか? さあ、どちらの無限が強いか、ひとつ勝負といこうではないか」

 

 

 5の元素を操る魔術師は嘆いた。3つの尾をもつ妖は怒り狂った。

 

「私が願うはただ一つ。そう、ただ一つしかないのです」

 

「この我をここまでコケにしておいて、言うのはそれだけか? よいだろう、貴様はなぶり殺しにしてくれよう」

 

 

 悪魔は笑い狂いながら踊る。聖女は旗を振りながら戦う。

 

「イッヒッヒッヒ! 御覧なさい! 私は悪魔! ゆえに、ゆえに! 私は邪悪を行う!」

 

「貴方は──まさしく悪魔なのですね」

 

 

 石の寝室にて、語り部は戦いを始める。巨人は物語に耳を傾ける。

 

「このようにして、彼はとうとう窮地に追い込まれました──」

 

「それでどうなったのですか? さあ、早く続きを!」

 

 

 砕け散った船の上で、数学者は怒り狂う。寄生虫は嗤い狂う。

 

「よくも、ここまで私の数式を破壊してくれたな! 貴様! 貴様だけは決して生かしてはいけない!」

 

「なぜそんなに怒り狂う? 計画が上手くいかないなんて、よくある事さ。それよりも、数学者がそんなに怒り狂っていていいのかい? お前の相手は恐ろしく強いぞ。さあ、覚悟しろよ。お前の敵は、世界に巣食う癌だぞ!」

 

 

 

「ネロ・クラウディウス。玉藻の前。アルテラ。よく聞け。今より、僕たちは君たちの前に立ちはだかる。大切なマスターを殺されたくなければ、必死に足掻け。それこそが、岸波白野を救うたった一つの道だ。さあ、戦いを始めるとしよう。このムーンキャンサー・川雪泉が、君たちの敵だ。これこそが、世界を救うたった一つの道だ」

 

 

 

 

 

 來野巽は、自分の部屋の中に現れた人物を前に怯えていた。彼の全身からは脂汗がにじみ出ていた。川雪泉は言った。

 

「その手帳をよこしてもらおうか。そうだ、それでいい。本来ならば、君がマスターなんだけれど、そんなのは知った事じゃない。これで準備は整った。さあ、始めよう。バーサーカーの召喚を。ま、触媒無しの召喚だから、何が来るのかはわからないけれどね!」

 

 その侵入者は、自分の手首に刃物で切り傷を刻み、そこから流れ出た血で床に魔法陣を描くと、詠唱を整えた。こうした彼の様子を、巽は口を開きながら見ていた。そして、魔法陣が光だし、彼の目は閉じられた。再び目を開くと、その陣の上に新たなる人物が立っていた。泉は言った。

 

「へえ、君が来たか。よろしく、バーサーカー・カリギュラ。せいぜい活躍してもらうよ。ああ、巽君、君はしばらくの間実家に帰るといい。妹も君に会いたがっているだろうしね。この東京はしばらくの間、地獄と化すだろうし。ま、半分は自分のせいで、もう半分はあのお姉様のせいでね。さあ、僕がマスターだ、バーサーカー。行くとしよう。やれやれ、それにしても気が付いたら東京にいて、しかも世界最強のお姉さまがいる聖杯戦争が行われているとか、勘弁してほしいなあ。何で死んだはずの僕がここにいるのかは分からないけれども、そうだね。どうせだったら、大暴れして、ついでにあのお姉さまを倒すとしようか。なんだか、彼女とは相成れない気がするんだよね。何でだろうか? 同族嫌悪っていうやつなのかな? ま、どうでもいいか」

 

 と彼らは部屋から出ていった。そうした様子を來野巽は呆然と見つめているだけであった。しばらくしたあと、彼は呟いた。

 

「部屋の血、綺麗にしていけよ……」

 

 

 

【episode Of Prototype】

 

 

 

 摩天楼の上で、セイバーとアーチャーはお互い空を駆けながら戦う。

 

「アーチャー、君も気が付いているんだろう。僕たちは踊らされている」

 

「ああ、だろうな。どうも、奴を見ようとしても、千里眼が上手く働かねえ。どうも参ったな、こりゃ」

 

 

 庭園の中で、ランサーは粗い息を吐きながら言った。沙条綾香は戸惑いながら言った。

 

 

「今すぐ……彼に命じてください……私の……愛しいひとに……自害を……」

 

「何故ですか?  何故、そんなことを……」

 

 

 海に浮かぶピラミッドの玉座で、ライダーは笑った。アサシンは呟いた。

 

「フハハハハハ! 今こそ、王の裁きの時である! この大電球の光輝が向かう先は、都市よ!」

 

「ここまでなのですね……すべてが終わります……」

 

 

 居酒屋で、赤髪の魔術師と、黒髪の魔術師は言った。

 

「で、それは本当なの?」

 

「ええ、全てが真実です。私の話したことは全てが真実です。──このままでは、東京は消え去ります」

 

 

 東京タワーの上で、バーサーカーは赤い月を背にして吼えた。ナイジェル・セイワードはビルの上で、冷や汗を流した。

 

「女神……世界を食らう女神よ……お前は美しい……だが、その美は破滅だ……あってはならない……そして……オオ、オオオオオ! ……月よ……なぜそのような形をしている……我が心を喰らえ、月の光(フルクティクルス・ディアーナ)!」

 

「虚ろな目で歩く人々……まさか、あれら全てが洗脳されているというのか? 東京中の人間が、洗脳されているのか? あの集団の向かう先は──聖杯か」

 

 

 怪物が咆哮する前で、女神と魔術師は踊り狂う。

 

「そういうことなのね! ええ、とっても愉快だわ。けれども、ごめんなさい。私、貴方のことは好きじゃないの」

 

「それは奇遇だ。僕もお前は嫌いだ。さあ、決着をつけようか。世界を喰らう女神、お前に騎士は振り向くことは無い。その恋は叶わないのさ。だから、滅びろ」

 

 

 

「あまり吼えるな、聖杯に潜む獣。無駄だ、お前如きでは、僕を飲み込むことなんてできない。それどころか、逆に飲み込んでやろう。そして、女神というのは、散々もてあそばれた民の怒りと叛逆によって地に落ちるというのが相場というものだ。世界を喰らう女神よ、お前の相手は、世界を愛する獣だ。ああ、何で僕がお前のことを嫌っているのか分かった気がする。恋をする方法が似ているからだ──僕は愛しの相手と出会い、自分の願いを優先してしまった。お前は、愛しの相手と出会い、自分の愛を優先する。つまるところ、始まりは似ていても、過程が違うんだ。僕は、お前に嫉妬しているのか!」

 

 

 

 【Episode Of GrandOrder】

 

【Episode Of Reunion】

 

 

 色とりどりの花が咲き乱れた小山の上に、泉は立っていた。彼は空を見上げた。そこには、太い光の帯が走っていた。彼はそれを見上げながら言った。

 

「ゲーティア。僕もかつては世界を破壊しようとした。僕はこの世界を破壊することで、僕の世界へと還ろうとした。お前は、この世界を破壊することで、この世界を創り変えようとした。その目的は違えど、同類のよしみというやつで、お前の策略に乗ってやろう。舞台はここ、ルーマニアだ。さあ、かかってこい、カルデア。さあ、かかってこい、藤丸立香。君たちの敵はただ一人、この僕だけだ。これは僕のわがままにすぎない。これは泡沫の夢にすぎない。目が覚めればすべてが消え去る。けれども、僕にとっては二度とない機会だ。

 ああ、感謝しよう。この美しき世界に、この輝かしい運命に。この偶然に、僕は礼を言おう。これは、世界を救う物語でもなく、これは、我が愛を確かめる物語でもなく、これは──ただただ再会を求める物語だ」

 

 

 

【ちびちゅき!】

 

 

 

 アタランテ シャクシャク(リンゴをかじる)

 

  こそこそ……そわそわ……(物陰に隠れてアタランテの様子をうかがう)

 

 アタランテ シャクシャク……

 

  こそこそ……そわそわ……ああ、アタランテかわいいなあ……リンゴを両手でもって、少しずつ食べるところとか、キュートだよね。でも、彼女の魅力はキュートだけじゃなくて、むしろその可愛さの中にある、獣としての鋭さがなんだよね。ほら、あのリンゴをかじっている間でも、彼女の目はネコ科の瞳で……

 

 アタランテ(物陰に隠れている泉をチラッとみる)奴はなぜここのところずっと物陰に隠れて、私の跡をついてくるのだろうか? 今のところ害はないから、放ってはいるが……しかし、今背筋に冷たいものが走ったような……錯覚か?

 

  ああ、アタランテ……君はなんて可愛いんだ。美しいんだ。格好いいんだ。なんだか、彼女の前にでてくるのは、妙に気まずくてできないけれど……うん、こうして見守っているだけで僕は十分だ。ああ、でも、話しかけたいのも山々なんだよね……どうしようかな……? 今日こそ話しかけ──

 

 アキレウス(アタランテの後方より登場)お、姐さんじゃないか。おーい、姐さん──

 

 (アキレウスに襲い掛かる)チェストー!

 

 アキレウス おわっ! 何をしやがる!

 

  うるさい! お前なんかにアタランテは渡してたまるか──!

 

 アキレウス ははん、アンタも姐さんに惚れたクチか!

 

  うるさーい! 勝負だ、アキレウスー!

 

 アキレウス いいぜ、どっちが姐さんにふさわしい男か、決着をつけようじゃないか!

 

(両者、ぽこすかぽこすかと煙を巻き上げながら殴り合う)

 

 アタランテ 静かにせんか! 汝ら!(アタランテ、二人めがけてリンゴを投げつける)いつもいつも喧嘩しおって! 少しは平和に過ごせぬのか!

 

 どこかの時空の学園では、いつもこの3人によってこうした光景が繰り広げられているという──

 

 

 

 






今年の型月は何をやらかしてくるのやら、予想不可能なので楽しみです。

アタランテ出ろ……十連……アタランテ! アタランテ! アタランテ! アタランテッ! 魔獣アタランテ! 魔獣アタランテ! 魔獣アタランテ! 魔獣アタランテ! 魔獣アタランテ! 魔獣アタランテ!(素振り完了)

魔獣アタランテのクラスが気になりますね。バーサーカーなのか、アーチャーなのか、どっちでしょうかね? それはそうと、魔獣アタランテの何がいいって、やっぱり一番に目につくのはあのおっぱいだと思うんですよ。ペッタンから進化してぶるんぶるんになるという肉体変化、素晴らしいですよね。貧と巨。攻守ともに最強です。また、より獣に近いデザインになっているのもベストです。野性味が増していて、よりワイルドになり、露出も増えて、野生の中に潜む美という感じのがグッドです。あと、四足歩行いいよね!あと、尻尾が二股になって、太くなったりとか、手足がモフモフしてきたりとかしているのもベストです……まあ、アポクリファ本編で彼女がそうなった経緯を見ると、複雑な気分なのですが! 




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