白式の日(インフィニット・ストラトス×ガンダムUC) (スターゲイザー)
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第1話 白式の日(上)

 

「はぁ~、ISに乗りてぇ」

 

 高校からの帰り道、同級生にして中学からの親友である五反田弾の突然の呟きに、隣を歩いている織斑一夏は眉を顰めた。

 

「なんだよ、藪から棒に」

「男なら一度でも思うことを代弁してるんだよ、俺は」

「代弁じゃなくてお前の本音じゃないか」

 

 呆れたように返す一夏に弾が持っている鞄を振りかぶる。

 教科書類は全部机に入れているので薄っぺらく軽いが、それでも昼に食べて空になっている弁当やら同級生に借りたR18指定の本が入っているので当たれば普通に痛い。

 一夏の後ろから放たれる完全な死角からの一撃。

 当たると思われたそれはまるで始めから分かっていたかのように一夏が一歩大きく前へ進むと、目標だった後頭部に当たることなく空ぶる。

 

「避けんなよ、一夏」

「なんで俺が文句を言われなくちゃならないんだよ。普通は逆だろ」

「あっさり避けてる奴に文句を言われる筋はねぇよ」

「当たったら痛いだろが」

「だからって死角からの攻撃を避けんなよな。なんで分かるんだ?」

「知らないって。ただ、頭の後ろがビリッてしたから動いただけだから」

「やっぱエスパーか」

 

 エスパーと言われることは今に始まったことではない。今まで散々に言われてきたので一夏もそれ以上は言い返さなかった。

 死角だろうが少し離れた場所だろうが、 なんとなく人の気配や迫る危険を察知することが幼い時から出来た。気持ち悪いと言われたこともあるし、そのことで人に避けられたこともあるが、一夏にとって当たり前に出来ていることを無かったことには出来ない。

 精々が勘が良いとか、そういうものに敏感だと伝えて納得してもらえなければ分かってもらうことを早々に諦める。科学的に、論理的に説明できる事象ではないのだと直感的に悟っていたからである。

 姉である千冬が同じ能力を持っているので、織斑家に伝わる物なのかは分からないが救いではあった。

 

「さっきも後ろから飛んできたボールを見もせずにキャッチしてたじゃないか。男の俺でも格好いいって思ったぞ」

「俺が気づかなかったら今頃、弾は病院行きだけどな」

 

 野球部に散々謝られたことを思い出して少しゲンナリとした一夏は、自分のことを少し人より勘が良いだけだと思っているので話題を変えようとする。

 

「で、なんでまたISに乗りたいって思うんだ?」

「は? 普通なら乗りたいって思うだろ」

「男は乗れない。ISは女の物、だろ」

 

 IS――――正式名称『インフィニット・ストラストス』。

 十年前に宇宙空間での活動を想定して開発されたマルチフォーム・スーツで、開発当初は注目されなかったが『白騎士事件』によって従来の兵器を凌駕する圧倒的な性能が世界中に知れ渡ることとなり、世界は一変した。

 既存の兵器を遥かに凌駕する性能に注目が集まり、誰もが欲するようになったのは無理からぬことだった。だが、ISにも欠点があった。ISは女性にしか動かせなかったのだ。

 理由は不明、原因も分からずじまい。十年経ってもそうなのだから、兵器の中軸を担うようになったISによって男尊女卑の社会は一変し、世界は十年の間に様変わりしても無理からぬことである。

 最も顕著なのは教育の分野だろうか。

 学ぶなら早い方が良いとISは教育の分野にも広がり、教育カリキュラムで男と女では違ってくるようになった。操縦者以外の分野では男の研究者なども存在するが、趣味で調べるか専攻科目となる高校生から大学進学後。適正検査を受けた時期にもよるが、早ければ小学生の内から学習を始める女と違って、技術畑に興味のない一夏のような男から見ればISは女の物と考えるのが当たり前となっている。

 

「関係ねぇよ。生身で空を飛びたいってのは男の本能だ。一夏が興味がなさすぎるんだよ」

「そうか?」

 

 一夏からすれば、自分が乗れない物にそこまで執着出来る方がおかしいと思うのだが、弾の意見は違うようだ。

 

「やっぱ姉がブリュンヒルデだと違うのかね」

 

 弾の言葉の直後、ジワリと心に広がる何かを押し留めるように苦笑を浮かべた。

 織斑千冬――――一夏の実の姉にして、IS世界大会「モンド・グロッソ」で優勝し、更に公式戦での無敗記録も保持して世界最強のIS操縦者の称号であるブリュンヒルデの名を与えられた女傑である。

 

「あんまソレ、千冬姉の前では言わない方がいいぞ。ブリュンヒルデって呼ばれるの嫌いみたいだから」

「なんでだ? 恰好良いだろうに」

「ブリュンヒルデの伝説を知れば分かるよ」

 

 ブリュンヒルデとは、北欧神話に登場する人物である。

 愛した男は他者の計略があったとはいえ自分を忘れて他の女と結婚し、あまつさえ不実と不正によって別の男と結婚させられ、それを恨んで元旦那を殺して、全てが終わった後に他者の計略を知って自らの行いを悔やんで後を追ったという、華々しい経歴の割にあまりな最期を迎えた女性なのである。

 質実剛健、弟の一夏から見ても下手な男よりも男らしい千冬であっても、ブリュンヒルデの経緯と末路を知ってしまったら良い顔は出来ない。

 昨今、男尊女卑からIS台頭の反動から女尊男卑の世の中に変わってきている世の中で、未婚率も年々上がっている。結婚適齢期にも関わらず、男の影が全く見られないことに、弟してはそこはかとない不安を抱きはしてしまうが。

 

「じゃあ、なんでIS委員会は『ブリュンヒルデ』の称号にしたんだろうな」

「さあ?」

 

 大会を主催した国際IS委員会が決めたことなのだから、それこそ一夏の知ったところではない。

 

「本当に一夏は興味ないよな、ISに」

 

 事実であるからこそ、弾の言を一夏は否定できない。

 

「俺だって興味がないわけじゃないけど、千冬姉が良い顔しないんだわ」

 

 理由はそれに尽きる。一夏だってISに多少の興味はあるが、千冬はISのことを知ろうとすると良い顔をしない。

 不機嫌になるとか、不満だとかそんなものではない。ただ漠然と姉がISのことに触れてほしくないと雰囲気から感じ取れてしまい、可能な限り興味を持たないようにしている。勘が良いのも考え物であった。

 大体、どこのテレビでもIS関連の情報を流しているからテレビを見ないようになったし、雑誌類も買わない。読んだり買ったりするのはIS関連以外の物になってしまう。パソコンがあるからクラスの流行に後れないで済むが、慣れてしまえばこれはこれで良いものだと思っている現代っ子らしくない一夏である。

 

「相変わらずのシスコン振りだな」

「唯一の家族を大切に思って何が悪い」

「悪いなんて言ってねぇよ。褒めてんだって」

 

 からかうような口振りだったから一夏も怒りはしない。

 シスコンと呼ばれること自体は、数年前に中国に行ってしまった女友達にも散々言われてきたことだから今更角が立つようなものでもない。家族を大切に思って、心配して何が悪いのだと想いが一夏の中にあるからだ。

 まあ、もう直ぐ16歳にもなる男がシスコンでは恰好が悪いと認識はあったので、弾のような気心の知れた相手以外に知られたくはない。

 

「そんなだから鈴に罵倒されんだよ」

「あれは向こうが変なこと言うからだ」

 

 俺は悪くない、と内心で思いつつも、空港で別れる時にビンタされてしまった苦い思い出を振り返って口に出すことはしなかった。その時の痛みが残っているように頬を撫でてしまう。

 

「『私が料理上手くなったら毎日酢豚を食べてくれる?』なんて言われても、毎日酢豚を食わされると思ったら普通は断るだろ」

「そこでどうして味噌汁の隠喩だと気づかないかねぇ」

「親友と思っている相手と別れる哀しさの中で気付けって方が無理に決まってる」

 

 凰鈴音――――鈴とは小学五年生からの付き合いで、中学で知り合った弾と三人でつるむようになった。

 弾は出会って直ぐに鈴が一夏に向ける好意に気づいたようだが、当の一夏は危険や人の気配には敏感なくせに反動とでもいうのか好意には鈍感すぎる。

 両親が離婚することになって、母と中国で暮らすことになった鈴との別れの時に彼女が言った言葉をそのままま受け取ってしまう辺り、変なところで素直な面もある。結果、鈴を怒らせてビンタを食らうという、気を利かせて二人きりにして隠れて見ていた弾からすれば、どうしてこうなったと言いたくなるばかりの最悪の別れ方だった。

 

「次に会ったら謝るさ」

「好意は受けられないのに、またぶっ飛ばされるだけだと思うぞ」

 

 弾に言われたような展開になるだろうな、と一夏も思ってしまったから二の句は告げなかった。

 別れる前は毎日でも連絡すると言っていた鈴から一夏には一年以上も音沙汰がないことが、彼女の怒り具合を現している。

 

「鈴も割と可愛いと思うし、気立ても悪くない。付き合っても良いんじゃないか? 今の時代、貴重だぜ。 あれだけの好物件が好いてくれるのは」

「分かってはいるんだけどな……」

 

 一夏としても好意を向けられていると知って悪い気はしない。鈴と付き合えば幸せになれるだろうし、幸せにしたいとも思う。ただそれでもやはり、千冬と天秤にかけたらどちらに傾くのか迷いはしない。

 

「惚れた腫れたは一人立ち出来るまではしないつもりなんだ。責任が持てそうにないから相手にも失礼だろ」

「お前、それって結婚を前提に付き合うって言っているようなもんだぞ」

「遊びで付き合うなんてそれこそありえない」

「お堅いねぇ。折角、モテるのに勿体ない」

 

 この考えは硬派とでも言うのだろうか。なんだかんだ言いつつ、弾もこういう一夏の考えは歯痒く思っても嫌いではないから茶化す程度に留めている。

 しっかりと一夏の考えは中国に渡った鈴にも伝えているので、次に会うことがあれば二人の関係はまた違う物になるだろう。弾の役割は二人の間を取り持ちつつ、自分が楽しめるようにすることだ。

 

「モテたって嬉しくない。それよりも俺は一人立ちしたい」

「藍越学園に入学したのもその一環だっけか。千冬さんに就職希望って進路調査で書いたのがバレてボコボコにされたからこっちにしたんだろ?」

「いや、ボコボコにされてはないけど、懇々と説教されたよ。世の中舐めるな、高校や大学に行かせるぐらいは稼いでいるってな」

 

 ああ、と弾が納得したように頷く。

 鈴の家の中華料理屋と弾の家の五反田食堂で簡単なバイトしかしたことのない一夏だから社会人の千冬に反論できるはずもない。説得された形で遅れながらも試験勉強を始め、学費が安くて就職率の高さが特徴の藍越学園に受かって今に至る訳である。

 

「でもよ、藍越学園の卒業生の殆どが学校法人の関連企業に入るんだぜ。IS関連の仕事ならもっと稼げて早く一人立ち出来るかも知れないぞ」

「俺からすれば弾がどうしてそこまでISに興味を持てるのかが分からない。興味を持ったって男には無用の長物だろ」

 

 一夏にとって姉の想いを無碍に出来ないというのもあるが、やはりISは男には扱えないという事実が一夏の根底にあったから大した興味も抱けずに済んでいる。だから、世の男性達が切望している気持ちの一欠けらも一夏には理解できない。

 

「変なところに聡いのに、妙なところで鈍いような一夏は」

 

 呆れたように笑った弾が一夏の背中をバンバンと叩く。

 

「痛いって」

 

 気が置けない間柄特有の、遠慮の呵責もない行動に痛みの訴えはしても止めようとはしない一夏。

 不器用な織斑姉弟と違って、直接的なやり取りで親愛を深める五反田一家の在り様は一夏にとって、とても新鮮で嬉しい物なのである。

 

「考えてもみろ。ライト兄弟の熱意がなければ飛行機だってなかったかもしれないんだぞ。当時は絶対に不可能とされていた飛行に何故彼らが挑み続けたか、分かるか一夏? そこに空があるからだ」

 

 熱弁を振るうを弾に付き合う気のなかった一夏は、ふと人の気配を感じて視線をずらすと見覚えのある人物が近づいてくるのが見えて壇から距離を取る。

 

「願わなければ何も叶わない。俺が言いたいのは諦めた奴にあれこれ文句を言う資格はないってことだ。だからこそ、俺は声を大にして叫び続ける。ISに乗りたいってな」

 

 足を止めてドヤ顔で熱弁を振るう弾の後ろに近づいた人影は、少し前の弾と同じように手に持つ鞄を振りかぶった。

 やっぱりこの二人は兄妹なんだなと、鞄を振りかぶる人影――――弾の妹である五反田蘭を見ながら、蘭の中学がこの近くで通学路が重なっていたことを思い出した一夏は納得の面持ちで分かりきった結末を見届けることにした。

 

「なに公道で熱弁を振るってんのよ、この馬鹿兄貴!!」

「じぇろにも?!!!!!」

 

 弾は夕空に輝く星となった。

 汚い星だと思ったことは織斑一夏だけの秘密である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 篠ノ之箒にとって、人生とは流されるものである。

 姉である篠ノ乃束が開発した『インフィニット・ストラストス』――――通称ISによって開発者の身内であるから政府の重要人物保護プログラムが適応されて、八年も日本中を転々とさせられてきた。

 もう何年も両親の顔を見ていないし、声も聞いていない。

 一年に数度、政府を通じて手紙のやり取りはしているが、中身が必ず検閲されていると思えば書く内容はどうしても無難なものになる。子供特有の見栄もあったから、自分は上手くやっているのだと嘘ばかりが達者になっていくことに嫌な気持ちになりもするが、もはや慣れたものだった。

 篠ノ之の名を名乗らなくなって久しく、恐らく両親も別の名を使っているだろうことは誰に言われることなく分かっていた。

 ずっと偽名を使っているから時折自分が誰なのか分からなくもなる。そのことを辛いとも思うし、束が失踪してからは執拗な監視と聴取が繰り返されており、毎日をうんざりするような気持ちを抱えて過ごさなければならない。

 秘密を抱えているから友人が出来るはずもなく、転校ばかりを繰り返すから例え友人が出来ても直ぐに離れることになるから友人作りに積極的になることもない。やっとの思いで出来た友人が、姉の居場所を知りたい政府の回し者だったこともあって人間不信の気があるぐらいだ。

 そんな箒だからIS操縦者育成用の特殊国立高等学校、通称『IS学園』に入学する経緯も政府の命令だったからと単純なものだった。

 箒に政府に逆らうような気概はなかったし、逆らったところで何の意味もないと悟ることの出来る知性もある。反抗的な面は後になって厄介事を生むだけだけだから、唯々諾々と従うことが箒なりの処世術。

 幸いにもIS学園に入学し、しかも本名を名乗って良くて卒業するまでの三年間はこの地に留まることは政府決定で決まっているので、暫くは平穏無事な毎日が続くのだろうと胸を撫で下ろしていた。

 なによりもこうやって重要人物保護プログラムが適用される前の知り合いである織斑千冬と再会できたことは、ここ数年ない喜ばしいニュースである。

 千冬は束の親友であり、実家が剣術道場をやっていた時の姉弟子でもある。

 剣術道場といっても門下生が数人程度の小さな規模だったから箒も千冬と親交があり、その繋がりで彼女の弟の一夏とも仲が良かった。

 千冬より遅れて門下生になった一夏とは、同年代ということもあって腕を競い合った中でもある。あっという間に抜かれて悔しい思いをしたことも今となっては良い思い出であろう。

 なにはともあれ、千冬と再会できたことで箒の学園生活は思ったよりは有意義なものとなった。

 一教師である千冬はその性格もあって特定の生徒を特別扱いすることはないが、学校という枠から離れると昔と同じような関係に戻れ、教師という役柄と彼女自身の立場から一級のトップシークレットである箒の事情を察してくれ、優しくしてくれることは嬉しいような申し訳ないような気持ちになる。

 千冬との再会で上向きになった気持でも、箒の学園生活の大元は何も変わらない。目立たず騒がず、大人しく時が過ぎるのを待つ。

 だから、クラス代表になるなど以ての外。

 伊達眼鏡をかけた成績も平凡な者がクラス代表になるとしたら立候補だが、目立たず騒がずを信条とする箒がするはずもなく、イギリスの代表候補生がその役を自ら引き受けたので言ううことなしである。

 入試成績トップで、数少ない試験教官を倒して実力者の持ち主であり、しかも世界に600台強しかないオリジナルISコア――――専用機を持つ者の立候補の対抗出来る者はクラスにはいなかった。

 これでクラス代表表対抗戦は勝ったものだと思っていたら、まさか隣のクラスにも専用機持ちがいることが判明したのだ。箒としてはどちらが勝っても、誰が勝っても気にしないのだが、問題はその二人に護衛されている現在の状況である。

 

「落ち着かんな、篠ノ之」

「…………この状況で織斑先生みたいに落ち着いていられませんよ」

 

 ガタゴトと揺れるトラックの荷台の中で、視線があちこちを彷徨っていた自覚のある箒は斜め前で不動に立ち尽くす女傑に言葉を返す。

 トラックの荷台に窓などなく、どこを走っているかは分からないが学校外であることは確か。学校外ではあっても千冬が苗字で呼んだということは、教師モードである証。教師モードの時に名前で呼ぶと出席簿で叩かれるので箒も学校にいるつもりで千冬と話すしかない。

 その視線は千冬ではなく、トラックの荷台の大半を占拠している物に向けられていた。

 

「一年最強の二人とブリュンヒルデに護衛されていると考えるだけで落ち着きません」

「今のお前にはそれだけの価値があるのだ。慣れろ」

「価値があるのは私ではなく、あれでしょうに」

 

 視線の先には待機状態のISが鎮座している。その正体は、秘密を教えられた箒が抱えられるものではない。

 

「どうして私だったんですか?」

「なにがだ?」

「誤魔化さないで下さい。所在不明とされている№001の白騎士のコアが使われた専用機『白式』がどうして私に与えられたんですか」

「分かっていることを聞くな」

 

 インフィニット・ストラストスの存在を世界に刻み付けた始まりのIS『白騎士』。コアを初期化して解体し、企業などに技術提供の形で公開され、第1世代型の開発基盤となって研究所に提供されていたコアのみが行方不明になってしまったと、公開されている情報ではそうなっている。

 クラス代表対抗戦の直前に箒に与えられることになった専用機『白式』のコアが、まさか始まりのISの物だとは誰も思うまい。話ではずっと日本政府が秘匿し続けて来たらしいが、どうして箒に専用機として与えられることになったのかが分からない。

 真っ先に箒が連想することはただ一つ。

 

「私が、篠ノ之束の妹だからですか」

「同時に私と同じIS適性がSだからというのもある。今日から公開されているランクもBからSに変わるがな」

 

 否定されず、更に理由が追加されて箒は黙り込んだ。

 公式に公開されている箒の適性は「B」と、可もなく不可もなくのランクになっている。実際のランクは世界でもヴァルキリーやブリュンヒルデしかいない「S」。つまりは資質だけでいえば箒は世界の上位ランクに食い込めるだけの物を持っている。

 この情報が秘匿され、二段も下のランクとして公開されているのは煩わしいことを嫌った箒自身の希望と、箒を千冬に続くブリュンヒルデにしようと目論んでいる政府の一派と適性の秘密を探ろうとしている一派の利害が一致しているに過ぎない。

 実験や検査は日常茶飯事で、ISの訓練もさせられてきたから専用機持ちに劣らぬと言える自信を箒は確かに持っている。

 それでも戦えば間違いなく箒は負けるだろう。それほどに専用機持ち、即ちオリジナルISコアによる専用機の性能は量産型を大きく上回っていて、むしろ天と地ほどの差がある。何十機もの量産型が、たった一機の専用機に負けたという逸話もあるぐらいなのだから。

 コアの製法が公開されていようとも、やはり篠ノ之束がその手で生み出したオリジナルISコアの力は強大である。だから、束が作ったコアは選り優れた操縦者が扱う専用機となり、束以外が作った物は専用機以外に使われる。

 コアを作ることは難しく、世界でも年に数十程度しか作れないと言われているのに、束は年に数個を個人であっという間に作る。姿を消しても世界をかく乱し続ける姉に箒は頭が痛くなる思いである。

 

「束が作ったオリジナルISの中でも№が1桁台のは強力だ。扱うには最低でもAランクでなければならん。ましてや白騎士のコアともなれば、Sランクでなければ乗ることすら不可能だ」

「噂は聞いていましたが、デマかと思っていました」

「事実だ。IS委員会は隠したがっているが、乗ろうとして拒絶されて再起不能となった者もいる」

 

 ゾッとするような話だった。背中に氷柱が突き刺さったような寒気が全身を襲い、喚き出した心臓を抑えるように胸を抑える箒を見下ろして千冬が笑う。

 

「安心しろ。なにも怪我をしたとか死んだとかの話ではない。コアの深層には独自の意識があるとされていることは知っているな? 白騎士の場合はそれが著明でな、しかも好き嫌いが激しい」

 

 だからなんだと思わくなくもないが、本題はこれからだと続く言葉を待つ。

 

「IS同士には繋がりがある。コア・ネットワークと呼ばれる物だ。これは今更、言うまでもないが、白騎士の厄介なところは白騎士から発せられた情報は全ISに伝達されるかもしれないといことだ」

 

 それだけ聞けば箒にもことの繋がりが読めて来た。

 

「もしかして白騎士に拒絶されると全てのISに乗れなくなるんですか?」

 

 否定してほしい思いで問いかけると、無情にも頷かれて肯定されてしまった。

 つまり乗ろうとして拒絶されて再起不能となったのは、怪我とかではなくIS操縦者としてということか。ISに乗れなくなったら操縦者としてはやっていけないだろう。正に再起不能だ。

 

「逆に言えば、白騎士を制御できれば全ISを統制することも不可能ではないかもしれない、と上層部は考えている」

「でも、それなら日本政府が秘匿して調べればいいのでは? わざわざ私の専用機にした意味が分かりません」

「ISコアの深層に潜るには、誰かが搭乗していなければ出来ん。好き好んで出来るかも分からないことに希少なSランクを遣い潰す気にはならんのだろ」

「私は捨て石ですか?」

「これで捨てれるのなら望むところだろう?」

 

 そう言われてしまえば箒に返せる言葉はない。捨て石扱いされることは剛腹だが、箒にとってISは家族を奪った憎き物でしかない。道具に八つ当たりしても仕方ないと思い込むことで抑え込んではいるが、IS適性など無ければ無い方が良いと考えている。

 日本人でIS適性「S」はたった一人、目の前の世界最強のみ。

 ブリュンヒルデとまで謳われている千冬を遣い潰す気は流石に日本政府も出来ず、偽情報が公開されている箒ならば損失は最小限で抑えられる。箒の考えを千冬が読んでいるのだとしたら、成程これほどに危険なコアの解析に適任な人選も他にない。

 

「私を使ってコアの研究をする。そういうことで良いんですか?」

「クラス代表対抗戦が延期されたのはこの為だ。今頃、学園では受け入れ準備がされているだろうよ」

「大事になりそうですね」

「もうなっている。専用機持ちは同時に国家代表候補生に選ばれる。本来なら順序は逆だがな。良かったな、栄転だぞ」

 

 分かりきったことでも確認しなければ後で面倒事になると知っていた箒が聞くと、千冬は頷きつつちっとも喜ばしくない事実を明らかにする。

 国家代表候補生になれば箒の信条である目立たず騒がずではいられない。さりとて政府の決定に逆らうことは箒には許されていないので従うしかない。

 

「面倒事ばかりで喜べません」

 

 愚痴を言うぐらいは許されるだろうと口にするが、ふと視線を上げると千冬が口の端を上げており、明らかに楽しんでいる風情があった。

 

「代表候補生になれば大手を振って一夏に会いに行けるぞ」

「っ!?」

 

 千冬を通して話は聞いていたが、実際に会いたいという思いは日に日に膨らむばかり。しかし、今まで秘匿されていた箒の立場では、どうやっても一夏に会いに行く口実を作ることが出来なかった。そもそも学園行事でもなければ重要人物扱いされている箒にIS学園から出る許可が下りるとも思えない。

 だが、代表候補生ともなれば一定の権限が与えられる。昔の友人に会いに、生家に行きたいぐらいの願いは叶えられる。当然、護衛や監視は付けられるだろうが、それでも一夏に会いたいし、家に帰ってもみたい。

 

「ぐぬぬうううううううう」

 

 唸る箒。代表候補生になれば面倒事は山ほど増えるだろうし、今までのようにはいかなくなる。反対に一夏にも会えるだろうし、ある程度の自由も手に入れられる。

 メリットとデメリットを天秤にかけてフラフラと揺れる中で、やはり一夏に会いたいという欲求が振り切れかけたところで千冬の気配がハッキリと変わった。

 

「その前に望まれない客の相手をしないといけないがな」

 

 空気が変わっていた。外国のエージェントに狙われたこともある箒には馴染みのある荒事の空気だった。

 鋭い目つきで天井の向こうを見据えている千冬の視線の先には、白騎士のコアを狙っている何者かが迫っているのだろうと箒は誰に言われずとも理解して拳を強く握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凰鈴音ほど人生の転換期がハッキリとしている人間は少なくないだろう。誰でもなく、鈴自身こそが思っていることである。

 中国人の母と日本人の父の間に生まれた鈴の現在の国籍は中国ということになっている。国籍をどちらか選ぶ年齢になる前に中国の代表候補生になったので、日本人でいることは不可能だった。

 たった一年で代表候補生にまで上り詰めたその理由が、好いた男にフラれた反動だと聞いてどれだけの人間が信じるだろうか。

 別にフラれて自棄になったわけではない。後日に弾から連絡があって、鈴がややこしい言い方をしたこと、一夏の考え方を聞いて成程と納得してしまった。織斑一夏は聡いようで鈍く、まあ普通とは違う人間だと分かっていたつもりの鈴のミスだった。

 ならばと、逆に一夏を養ってやるから私の下へと来いという結論に達した鈴は、高校生にもならない少女が金を稼ぐ方法として手っ取り早かったISに目をつけた。

 幸いにもIS適性は高かったし、当時は無駄にやる気にも満ち溢れていたものだから一年はあっという間に過ぎ去った。

 何時の間にか、中国の代表候補生になって専用機を与えられる立場になっており、ようやくその頃になって冷静になった頭が遅かりし事実を突きつける。

 鈴が専用機を与えられたのは、面子の中でIS学園に入学する年齢でそこその実力に達したから面子を保つために専用機をつけて送り出そうと魂胆が国の上層部にあったらしいが、遅かりし事実に気づいた鈴にはどうでもいいことであった。

 一夏が望んでいるのは一人立ちであり、断じて誰かに養ってもらうことではない。そもそも一夏の姉である織斑千冬は元日本代表にしてブリュンヒルデ。その弟ともなれば、日本政府が他国の女と結婚を許すはずもない。その事実に一年も経ってから気づくのだから、一夏や弾に猪突猛進過ぎるところを直せと言われるのだ。

 慌てて方針を転換しようにも、その後のことを何も考えていなかったことが裏目に出た。

 取りあえず日本に帰れるのだからいいか、と開き直ったところで別れた時にビンタをしたことを思い出した。

 別れにビンタしてしまった手前、一夏に会いに行くことも出来ない。そもそも、どこに人の眼があるか分からないから碌にIS学園から出ることも出来ない。入学してから気づいたのだから鈴の猪突猛進振りは全く変わらない。

 まさか天敵である千冬がIS学園で教師をしているなんて思わなくて、仰天して腰を抜かしてしまったのは思い出したくない過去である。

 千冬経由で一夏が私立藍越学園に通っていることも聞けたし、損得で言えばイーブンというところだろう。自分以外に一夏の幼馴染がいたことは驚きだったが。

 

「まさかその幼馴染が日本の代表候補生になるなんてねぇ」

 

 まだ馴染みの薄い専用機『甲龍』を身に纏って空を飛びながらしみじみと呟く。

 

「あら、鈴さんは篠ノ之さんとお知り合いでしたの?」

 

 鈴が漏らした呟きをプライベート・チャネルで繋がっているセシリア・オルコットが聞きとって訊ねて来る。

 彼我の距離は一㎞以上離れている。二人の中心を進むトラックを護衛するように前後して空を飛んでいるセシリアからでは目視出来ないように見えるが、操縦者の知覚を補佐する役目を行うハイパーセンサーのお蔭で背後だろうが存在を認識できている。

 本来は宇宙空間という数千~数万km単位の距離で使用するのが前提であるため、大気圏内ではリミッターが掛かっているというのだから開発者の篠ノ之束は間違いなく人類史に残る科学者なのだろう。

 

「直接的な面識は…………まあ、隣のクラスなんだから学園や寮のどこかですれ違ったぐらいはあったかもしれないけど、多分話したことはないわ。単純に知り合いの知り合いってだけよ」

「はぁ、知り合いの知り合いですか」

「そ。まあ、護衛なんてしてんだから変な縁があることは間違いないと思うわ」

 

 目視では到底見つけることが出来ない距離にいる眼下のトラックは、タイミング良く信号に引っ掛からず――――道路交通安全システムによって赤信号で止まって時間をロスするルートが除外されている――――目的地であるIS学園への最短ルートを進んでいる。

 そのトラックの中に織斑千冬と共にいる篠ノ之箒の姿を見ることは、目視できない遠距離や視覚野の外すらも近くできるハイパーセンサーであろうとも不可能'である。当然、縁なんて目に見えないものが見えるはずもない。

 

(そういえば、もう少ししたら一夏達の高校の近くだっけ)

 

 護衛の依頼が来た時に地図を確認した際、弾から聞いていた一夏達が通っている高校が近くにあることを、つい確認してしまっている。

 国を通しての依頼であるから、代表候補生といえど軍属と似たような立場の鈴達に拒否権はない。寄り道など出来るはずもないし、一目見ることも敵わないだろう。

 分かっていたことだし、諦めていたことでもあるので納得はしていたのだが、好きな人が近くにいるのに姿を見に行くことも出来ないのは少し辛い。フラれた相手に会いに行けるような度胸が鈴にないとしてもだ。

 

「篠ノ之さんは大人しく物静かな人だと思っていましたが、実は篠ノ之博士の妹で代表候補生になられるとは驚きですわ」

「ん? あ、そうね」

 

 どうやらセシリアは箒関連で話しかけていたようだが、考え事に没頭していた鈴は取りあえず話を合わせておいた。

 殆ど聞いていなかったが、応じた対応で間違っていなかったと得心して多少は意識をセシリアにも向ける。

 

「代表候補生云々はともかくとして、篠ノ之なんて滅多にある苗字じゃないでしょ。IS開発者の身内かって思わなかったの?」

「日本の方は分かりませんが、わたくしは日本人の名前にそれほど詳しくはありませんもの。博士と同姓の方がいるなと思うぐらいでしたわ」

「まあ、普通は有名人の身内が身近にいるなんて思わないか」

「ええ。休憩時間は何時もお一人で本を読まれておりましたし、あまり人と話をしているところを見ないものでしたから。物静かな方でしたので博士の御身内の方ですかと聞いて違ったら不快にさせるのも悪いですし」

 

 セシリアの言う通り、鈴だって言われなければ同じような感想を想うだけで納得してしまうだろう。日本人で篠ノ之って苗字なら誰もが篠ノ之束を連想するだろうが、不思議なことにISの開発者なのに写真の類は全く出回っていないから、これだけの情報だけで本人に確認を取るのは気が利かない無神経な人だけだろう。さして仲良くない相手に聞くには、篠ノ之って苗字だけで束の身内ではないかと邪推するのは簡単だから、きっと何度も聞かれて不快に思うだろうと躊躇する。

 

「ISに関してはどうなのよ。いきなり専用機を渡されるなんて相当のレベルなんじゃないの?」

 

 入学試験の際に成績優秀者――――筆記と実機試験―――――試験成績はある程度公開されている。

 IS学園は政治的なところが大きく、学園がある日本以外からの国の留学生も大量に受け入れている。鈴とセシリアもその口の一人で、成績優秀者はそれだけで一種のステータスにもなる。

 留学生を送り出した国も、自分の国の人間はこれだけ凄いんだと、優れた教育の成果だと、一種の指標ともなるので優れた生徒を送り出してくる。

 セシリアは筆記・実機試験共にトップで、次席は鈴である。鈴がISに関わって来た時間を聞いてセシリアは焦りを抱いていたりするが。

 

「まだ実習には入っていませんから、わたくしからはなんとも。ただ、そういう話や噂は聞いたことがありませんわ」

「そっか、あんたもか」

「と、いうと鈴さんも?」

 

 頷きを返す。

 国家代表がIS学園に通うのは、ロシア代表である現生徒会長を除いてありえることではない。その国のIS乗りのトップになるには、やはり長い時間と経験が必要になり、学園通っている間は良くても候補生止まり。現生徒会長が異常なのだ。

 となれば、代表候補生がIS学園における国の代表といえるので、その立ち振る舞いや接する相手に注意が必要なのだと、鈴の担当である代表候補生管理官である楊麗々から懇々と言われている。

 公開された成績優秀者の中に篠ノ之箒の名は鈴の知る限りではない。他国の成績優秀者は仮想敵になることから、こいつには気をつけろ、この国の人間には絶対に負けるなと、微に入り細を穿つと言わんばかりにあまりの量に泣きそうになりながら懇々と頭に詰め込めさせられたので間違いない。

 

「日本政府の切り札ってやつかしら」

「入学後のこの時期にですか?」

「やっぱ変よねぇ」

「切り札というなら逆に悪目立ちし過ぎでデメリットばかりです。仮に目立つことが目的だとしてもメリットになるとは、残念ですがとても思えませんわ」

 

 今回の護衛の任務を受ける際、楊管理官も同様の感想を抱いていたから鈴としても首を捻ってしまう。

 箒と同乗している千冬はその辺りの事情を詳しく知っていそうだが、付き合いがあったからか彼女が公私の区別をハッキリと付ける人だと知っているので問う行為自体が無駄だ。最悪、出席簿で頭を打ち抜かれて、残るのは痛みだけで割に合わないことこの上ない。

 

「今回のことはおかしなことが多すぎます。突然の代表候補生就任と専用機授受、開発元で初期化(フィッティング)をせずに運ぶといった無駄なことまでしているのですよ」

「まあ、ねぇ」

 

 表向きの理由は、箒は篠ノ之束博士の身内として昔から日本政府にIS関連の協力をしており、操縦者としての経験も積んでいて、IS学園入学という環境の変化によって適性ランクが上がったことで、今回の代表候補生就任と専用機授受が決定したという話だが胡散臭すぎる。

 初期化(フィッティング)は時間がかかるものだから、同じISに襲撃を受けたらむざむざと奪われることになる。そうさせない為の護衛であるとしても、わざわざ開発元の倉持技研から初期化(フィッティング)前の機体を運び出してIS学園へ持って帰るなど無駄の極みである。

 操縦者が引き取りに行ったのならそこで初期化(フィッティング)を済ませてしまえば、織斑千冬は中国とイギリスに借りを作る必要はないのだから。

 

「逆に言えば、その無駄なことを私達の国に借りを作ってまでしなければならなかった理由があったのか、ね」

 

 プライベートチャネルは会話ログが残ってしまうから敢えて口には出さないが、千冬が倉持技研を信用していないのではないかと鈴は推測する。

 今回の一件は日本政府と箒の問題で千冬が関わる理由は殆どないはずである。

 あのトラックはIS学園まで箒を迎えに来ている。ISはないが、日本政府独自の護衛もいるだろうし、千冬がわざわざ同乗する理由はない。鈴とセシリアが護衛につくのも千冬の発案だというのだから、きな臭い空気は当初からあった。

 日本政府の不可思議な対応、効率を無視している千冬の行動、これらの理由が鈴達に疑念を抱かせている。

 鈴達がこれほど怪しい護衛を引き受けたのは、秘められた真実から日本政府の、ブリュンヒルデの、IS学園の何かの弱みを見つけられたのなら政治的に有利に働く可能性があったからである。

 

「――――って、言っている間に来たか」

 

 ピーピーとセンサーが甲高い接近警報を鳴らしてくる。

 予想が現実になったというべきか、遠方より飛行機よりも速い物体が急速に近づいてくる。

 

「鳥、ではありませんわね」

「音速を突破できる鳥がいるなら見てみたいわよ」

 

 減らず口を叩きながらも二人は武装をすぐさま整える。

 この速度で、このタイミングで現れる何者かの正体はISに他ならず、そして敵であることは疑いようのない事実。

 ハイパーセンサーの恩恵で数㎞まで接近してきている機影を二つ確認した二人が身構えた瞬間だった。敵ISの内の一体が何の宣告もなしに手に持っている大型ライフルからビームを発射する。

 明確な敵対行動を取ってきたISを、先に敵と認定していたからこそ驚くこともなく回避行動に移った。

 

「いきなり撃ってきた……!?」

 

 回避しなければ直撃していたビームから戦端が開かれた実感を感じ取った鈴は、ゴクリと唾を呑み込んで厳しい視線を敵へと向ける。

 距離を詰めて来る敵ISは随分と対照的な機体であった。

 一機は多脚型とでもいうのだろうか、二本の腕とは別にカクカクとした八本足を持った蛸よりも蜘蛛を連想させる異形のIS。

 もう一機は逆にオーソドソックスな、どこかセシリアのブルー・ティアーズに似ている。色合いも似ているから姉妹機と教えられれば信じてしまいそうなほどにコンセプトデザインが酷似していた。

 鈴は戦う前に敵の戦闘力を図るために後者のISについてセシリアが何か知っていないかと口を開こうとする。

 

「サイレント・ゼフィルス?! 本国で開発中の機体が何故ここに!?」

 

 それよりも早くセシリアがありえない物を見たかのように叫びを上げた。

 声に込められた驚きに鈴が気を取られるよりも早く、追撃の2射目が放たれた。

 しかし、その2射目が放たれたのは、敵が持つ大型ライフルではない。機体から切り離されたビット――――セシリアの持つBT兵器『ブルー・ティアーズ』と似たような物――――からだった。

 予想外のビームを間一髪のところで躱した鈴。驚愕を覚えつつもしっかりと回避動作を行ったセシリアだったが、避けた思った瞬間にビームが突如として曲がった。後少しで被弾というところで、セシリアが操作したのか、それともたただの偶然なのか、ビットに当たってセシリアへの被弾は免れる。

 

「偏向射撃ですって!? わたくしですらまだ出来ていないというのに……」

 

 ビームを曲げる偏向射撃。未だにセシリアが行えない技術が目の前で簡単に成され、サイレント・ゼフィルスの衝撃と合わせてセシリアの意識に一瞬の隙が生まれる。鈴ですら気づけたその隙を敵がむざむざと見逃してくれるはずがない。

 

「隙だらけだよ、バーカ」

 

 瞬時加速(イグニッションブースト)によって絶大なる推進力を味方につけた異形のISがセシリアを強襲する。

 

「きゃぁああああああああああっっ!?」 

 

 多脚を前方に集中させての突進は無防備だったセシリアに命中し、甲高い悲鳴を上げて遥か彼方へと吹き飛んでいく。

 

「セシ……くっ!?」

 

 吹き飛ばされたセシリアを助けに行こうとして急停止した鈴の目前をビームが通過する。

 上空を取ったサイレント・ゼフィルスが悠々と浮かび、大型ライフルをこちらに向けていた。バイザーによって覆われている顔の上半分はともかく、鼻から下は露出していてその唇は歪んだ形を取っているのがハッキリと見える。

 イギリス国内で開発中であるらしいサイレント・ゼフィルスがこの場にいて、さっきのセシリアの行動が演技であるならば、この襲撃はイギリスの目論見なのかもしれないという推測が鈴の中にあった。だが、サイレント・ゼフィルスの操縦者の唇の歪み方が嘲笑を示しているのだと一瞬で理解して、一瞬でもイギリスが今回の一件に関わっているのではないかと考えた自分を恥じた。

 悠長に考え事をしている暇はなかった。頭に血が上るよりも早く多脚型のISがセシリアを吹き飛ばした後に身を翻して攻撃を仕掛けてきた。

 

「テメェの相手はこっちだ!!」

「知ら……ないわよっ!!」

 

 即座に双刀を引き出して迫ってきていた多脚を弾く。

 開く距離。鈴のIS「甲龍」の武装の一つである龍砲を使える絶好の距離だったが、多脚を弾いた衝撃が予想以上に大きく鈴の体も流れてしまっている。サイレント・ゼフィルスがいるのだから無理して追撃をして隙を作ることは出来ようはずもない。

 

(セシリアはなにやってんのよ! ちっ、2対1は不利だってのに)

 

 プライベートチャネルで吹き飛ばされたセシリアに連絡を取るもウンともスンとも言わない。何㎞か先に墜落したのは確認したが、もしかしたら墜落のショックで気絶してしまったのかもしれなかった。

 敵ISは2機。対してこちらはセシリアが戦線離脱して鈴の1機のみで数の上では不利である。

 

「おらっ、ボゥっとしてんじゃねぇよ! このオータム様のアラクネの餌食になっちまいな!!」

 

 馬鹿の一つ覚えのように多脚を集中させて突進してくる多脚型のIS――――操縦者はオータムで機体名はアラクネというらしい――――に対して鈴が出来るのは双刀を使って弾くことだけだった。

 アラクネの多脚は接近戦にならば圧倒的に優位に立てる。なにせこちらの手は二つなのに向こうは八つもあるのだ。どうやっても手数で負けてしまう。手数の多さが勝敗を決めるとまでは言わないが、鈴の甲龍の1.5倍はありそうなアラクネに捕まれるのは多脚のことも考えれば避けるべき。

 突進を避けようとしても無駄に動作が機敏な所為で追従されてしまう。結果、接近戦を嫌うなら弾くしかなく、弾くとどうしても体が泳いでしまうから立て直している間に次が来てしまう。厄介なのはオータムもそれが分かっていることだ。

 

「ちぃ、時間稼ぎのつもりっ!」

「嫌ならどうにかしてみな!」

 

 挑発に乗ることはできない。龍砲を使えればいいのだが、まだ専用機を受領して一ヶ月と少しでは扱いに習熟していないので発射までに微妙な時間がかかってしまう。格下相手なら十分でもこの相手では致命的な隙となる。

 時間稼ぎが目的なら下手な行動は命取りになることを鈴も知っていた。危ういバランスで成り立っている攻防は、いくらでも状況を動かせるオータムの方が有利なのである。そうまでして時間稼ぎをするのは何故か、鈴達が護衛をしていたのは何かを思い出せば直ぐに分かる。

 

「………………」

 

 サイレント・ゼフィルスが踵を返す。

 鈴がオータムの相手で動けなければサイレント・ゼフィルスの手が空く。襲撃者の目的を考えれば、この後の行動は直ぐに察しがつく。

 

「この……っ!」

「よそ見してる余裕があんのかコラァッ!」

 

 向けられた無防備な背中目掛けて乾坤一擲とばかりに龍砲の狙いを定めるが、エネルギー・ワイヤーを放ってきたオータムに邪魔される。

 敵機の存在を知ってスピードを上げIS学園に向かっているトラックへとサイレント・ゼフィルスが空を駆ける。鈴はその背中に何も出来なかった。

 



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第2話 白式の日(中)

一話辺りの文字数の都合上で分割しています。最新話は次からになります。


 

「ん?」

 

 下校途中で合流した弾の妹、五反田蘭に話しかけられていた織斑一夏は何かを感じ取って顔を上げた。

 

「どうしたんですか、一夏さん?」

「いや……」

 

 蘭の問いかけに一夏は口籠った。

 空気が変わったような気がしたと伝えたかったが、一夏と違って普通の感性を持つ蘭には理解できないだろうという諦めがあった。世間一般と違うのは一夏の方であり、いきなり変なことを言って淡い好意を向けてくれる親友の妹に嫌われたくないと予防線を張っていた。

 感じたことを安易に口に出さないのは変人扱いされてきた一夏なりの処世術ではあるが、どうにも気になってキョロキョロと辺りを見渡してしまう。当然ながら通い慣れてきた通学路であるから、なにも変わったところはない。

 

「おいおい、何をキョロキョロしてんだ? おかしな奴だな」

「日頃からおかしいお兄が言えることじゃないでしょ」

「マイシスター、それは言いすぎじゃないか?」

「知らない」

 

 五反田兄妹の力関係のよく分かる会話であった。

 当の一夏は周りに異変などなく「うーん」と首を捻っていた。

 

「気のせい……」

 

 か、と結論付けようとした瞬間、猛スピードでやってきた数台の車とトラックが一夏達の直ぐ横を通過する。

 

「危ねぇなぁ。どんだけスピード出してんだよ」

 

 弾が急速に遠ざかっていく数台の車とトラックを振り返りながら文句を言っていた。蘭も同意すように振り返っていたが、一夏だけは上空を見上げた。

 直後、上空が稲光のように眩くなって数条の光が地へと降り注ぐ。

 閃光が走り、花火が爆発したような音が広がって爆炎が吹き上がった。 一つの閃光がトラックを直撃してガソリンに引火したのか、大きな爆発が起こったのだ。

 

「きゃぁああああああああああっっ??!!」

 

 五十メートル近く離れているのに爆風が押し寄せて来て、突然の非日常に蘭が悲鳴を上げた。

 爆発に恐怖を抱いたのもあるが、なによりも今しがた爆発したトラックの直ぐ近くを歩いていた人影が爆炎に呑み込まれる瞬間を目撃してしまっては、蘭ならずとも悲鳴を上げる。

 遠くて小さな姿しか見えなかったが、一瞬でトラックが呑み込まれるほどの爆発に巻き込まれた人影がとても生きているとは思えない。現に一夏はその人影の気配とでも呼ぶべきものが一瞬で消えたことを感じ取ってしまった。

 惨劇はそれだけに留まらない。まだまだ足りないとばかりに上空から幾条もの閃光が落ちて来る。

 

「うわぁあああああああああああっっ??!!」

 

 一緒に驀進していたトラックの爆発に驚いたようにブレーキをかけた数台の車に着弾し、爆発は合わさって勢い増し、轟々と真っ赤な火炎が立ち上る。爆発によって揺れる地面に立っていられなかった弾と蘭が蹲る。

 

「止めろ――!!」

 

 幾人もの気配が消えて一夏は思わず叫んでいた。遥か上空にいる機械仕掛けの鎧を纏った戦乙女に向かって叫ばずにはいられなかった。成された惨劇が閃光が放たれた先にいる者によって引き起こされた人為的な物だと直感したからである。

 しかも頭上の戦乙女は追い打ちをかけんとトラックと車や、目撃する者も許さないとばかりに周りの家々に閃光を放ち続けている。

 無謀にも誰でもいいから生存者を助けに行こうと走り出した一夏。直ぐに気付いた弾が一夏を捕まえて羽交い絞めにする。

 

「馬鹿野郎!? 死にたいのか!!」

「放せ弾! まだ誰か生きているかもしれないんだぞ!!」

「あんな爆発が起こって誰も生きているわけがないだろ!!」

 

 弾の叫びが聞こえたのか、いっそ拍子抜けするほどに閃光がピタリと止んだ。だが、実際には違う。地上の爆炎を切り裂いて出てきた何かを見て取ったから止めたのだ。

 爆炎を切り裂いたのは、重武装の騎士といった風情のISだった。

 一夏がそう考えたのは、拙い知識から爆炎を切り裂くことが出来て翼も持たずに空を飛翔出来る人型の存在をIS以外に規定出来なかったからである。

 

「IS……なのか?」

 

 全身を覆い尽くす白銀の重装甲。機動力が売りの一つであるISにおいて見るからに鈍重そうで動きを妨げそうなほど過剰な装甲を身に纏う姿に、一夏を羽交い絞めにしたままの弾が困惑したように呟く。

 弾の言うように、戦乙女と称されるISと操縦者にこれほど似つかわしくない存在もいない。ISというより余程西洋の時代からタイムスリップしてきたどこぞの騎士と言われた方が信じられる。

 重装甲のISは、魅入られたように立ち尽くす一夏を見つけると片手に抱えた何かを放り投げた。

 

「おいっ!」

 

 放り投げられたそれが人間であると気づいた一夏は慌てて受け止めようとする。

 一夏より少し小柄なその人物は意識を失っているのか、自身では身動き一つすることなく腕の中に落ちて来て、中学、高校と部活には入っていないが人並みに鍛えてきたお蔭でなんとか滑り込んで地面に落ちる前に抱き留めることに成功する。

 安堵の息を吐いて腕の中の人物を見下ろすと、一夏と同い年ぐらいの少女であった。

 派手な制服らしき物を着ているが、見るだけでもスタイルが良いと分かる。顔も整っていて、一夏のクラスにいれば間違いなくモテるだろう。不思議なことに見覚えがあるような気がしたが、そんな少女を邪魔者みたいに放り投げたISに物申そうと顔を上げた一夏を衝撃波が襲った。

 

「うわ……っ!?」

 

 少女を抱きしめて、吹き飛ばされないように慌てて地に伏せる一夏だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間を少し戻し、まだトラックがISによる攻撃を受けて爆発する前。

 骨伝導を利用してイヤリング型に縮小された受信と発信を一体化させた通信機から敵襲を知った織斑千冬は、IS学園の管制からセシリアが隙を突かれて戦線を離脱させられたと聞かされて、まずこの一件に親友である篠ノ之束の介入を疑った。

 天災と称される束の思考回路は世界最強と言われている千冬を以てしても読み切れない。今回の箒に関する日本政府の不可解な行動に束の臭いを感じ取って介入したが、その選択は束の介入如何に関わりなく正しかったことになる。

 

「千冬さん、なにがどうなっているんですか?」

 

 道路交通法を遥か彼方に置き去りにして爆走するトラックの中はとにかく揺れる。千冬と違って外部の情報を仕入れる手段のない箒が自身の体を支えるのが精一杯という様子の中でも問いかけて来た。

 何かが起こっていると確信はしているが、状況が理解できていないので動揺しているのだろう。呼び方が公私の私の方になっている。

 無理もないと考え、諌めずに話を進める。

 

「当初の懸念通り、このISを狙う輩が襲撃を仕掛けて来た」

「っ!?」

 

 状況をありのまま伝えると箒が息を呑む。

 普通の少女とは違って波乱万丈な人生を歩んでいる箒といえど、これほどの荒事の経験は数える程度にしかないだろう。呑まれるのは仕方ないし、篠ノ之箒がそういう無様を曝すとは昔と今を知る千冬にはとても思えなかったが混乱して泣き喚かないだけでも良しとする。

 

「敵はIS2体、凰が一体の相手をしているがオルコットが早々に戦線離脱した所為で残った方がこっちに向かっている」

 

 最初からきな臭かったこの件に関わるのだから周りを固めている護衛は日本政府の者だが、トラックの運転手は生徒会長の家の人間に手伝ってもらっている。IS学園の管制と協力しているので事故の心配は少ないが、トラックではいくら速度を出そうとも敵ISに追いつかれる。

 セシリアの動向が不明では、千冬達に残される手は一つだけ。目で箒にも分かるように意を伝えると、彼女にも分かったようだ。

 

「私がこいつに乗って戦うしかない、ですか」

「ああ、初期化(フィッティング)も出来ていない機体だがお前に与えられた物だからな。悠長に考えている時間はないぞ」

「分かりました。乗ります」

 

 気質の似ている二人だからこそ問答に時間はかからなかった。

 揺れる車内に苦労しながら鎮座する待機状態のISに手を伸ばす箒を見る千冬の耳に「敵IS接近!!」と危機を知らせる警告が飛び込んできた。

 千冬の機械を使わない感知範囲にも気配が感じられ、攻撃の意とでも呼ぶべきものが真っ直ぐにトラックを貫いていることを感じた。揺れる車内で待機状態のISに手を伸ばす箒の動作は鈍く、間に合わないことを瞬時に判断した千冬の体は動いた。

 

「――――――」

 

 箒の横から先に待機状態のISに千冬の手が触れた瞬間、閃光がトラックを貫いた。

 瞬時に展開されるISはエンジンを貫いて爆発した火炎から千冬を守り、しかし、それ以外の何者をも守ることはない。

 トラックのエンジン部は運転席の近く。爆発が起こった瞬間には既に運転手は生きてはいまい。せめて火炎に焼かれることになる箒を守ろうと千冬はその手に無骨にして長大な剣を呼び出し、再度振り降りて来た閃光諸共に全てを切り裂いた。

 火炎も閃光も途絶える一瞬の静寂に、ISに守られた千冬と違って生身のままで爆発の中心近くにいて気絶した箒を抱えて飛び出す。

 紅い世界から脱出した千冬の視界は真っ青な世界へと切り替わる。同時に視野が広がり、真下で住宅街にも関わらず爆発、炎上した周囲が目に入る。

 

(くそ……っ!)

 

 トラックの運転手だけではない。ISの広がった知覚で感じ取ってしまった巻き添えにされた者達を感じ取って内心でこのようなことをした者達を口汚く罵る。

 千冬のISが盾になったお蔭で火炎の被害からは免れたが、爆発のショックで気絶している箒を長剣を持っていない方の手で抱えていると近くに動体反応を感知する。

 トラックを破壊した敵から意識を離さずに確認すると見覚えのある姿が二つ。

 

(一夏!?)

 

 そこにいたのは友人だと紹介された五反田弾に羽交い絞めにされている千冬の弟である織斑一夏の姿があった。

 何故こんな場所にいるのかと詮索する暇は、敵ISが急速に降下してくるのを感じ取って与えられなかった。

 それほど高度も上げていなかったから一夏の力なら箒を受けとめられる状態を見計らって放り投げる。

 無事に受け止められるかを確認する余裕もなく、大型ライフルの先端に付けられている近接用の銃剣を振るってくる敵IS――――サイレント・ゼフィルスを迎え撃つように長剣を振り上げた。

 

「「―――――!」」

 

 武器が衝突した衝撃波が辺りに広がり、千冬は戦場を変えるためにスラスターを全開に吹かす。重装甲に似合って白式の推進力は強大である。直下に流星の如く振り落ちて来たサイレント・ゼフィルスを受け止め、尚且つ押し返すパワーがあった。

 急上昇し、雲の間近で弾かれた両者は、一定の距離を取って向かい合う。

 

「降伏しろ」

 

 顔まで装甲に覆われているので、外部スピーカーをオンにして話しかける。

 初期化(フィッティング)までにはまだまだ時間がかかる。それに今頃、IS学園及び、自衛隊のIS部隊がスクランブルをかけているはず。千冬の目的は即座の敵の制圧ではなく時間を稼いで援軍を待つこと。無論、降伏勧告に大人しく従うのなら是非はない。

 

「――――その声、織斑千冬か――――」

 

 サイレント・ゼフィルスは微動だに動くなく、やがて見える口元を喜悦の形に変えると大型ライフルを真下に向けた。

 その動作は降伏とも取れる。呆気なさに千冬が僅かに気を緩めかけた瞬間、本体に直結されているビットからビームが発射された。

 発射されたビームは直進することなく、急速に旋回して千冬へと向かってくる。

 

「偏向射撃!?」

 

 ビームを曲げる技術が代表候補生であるセシリアですら出来ないことを、襲撃者がいとも簡単に行っていることに驚きながらも回避する。

 サイレント・ゼフィルスの本体に接続されていたビットが切り離され、綺麗に整列して千冬に砲門が向けられる。

 

「死ね」

 

 計6機のビットが並び、サイレント・ゼフィルスも大型ライフルを構えて合計7門の砲塔が同時に火を噴いた。

 一発限りではない。ビットは生き物のように動き回り、ビームを避ける千冬を執拗に追いかけて仕留めようとする。セシリアが持っていたビットの制御中には他の武器と連携できずに無防備になるという弱点もないのか、サイレント・ゼフィルスも縦横無尽に空を駆けて攻撃を行ってくる。

 

「この程度で殺されるなら世界最強など呼ばれはしない。私の首を取りたいならこの十倍は持って来い」

 

 悠々と余裕を持ってビームを避け、時には長剣でビットを弾き飛ばして回避コースを確保する千冬を仕留めるには全く足りていない。

 流石に初期化(フィッティング)前の反応が鈍い機体では千冬もこれが精一杯である。それほどにサイレント・ゼフィルスの操縦者の技量は巧みで、無理に倒しに行けばやられるのは千冬の方である。

 逆にいえば、無理に倒しに行かなければ遠方で戦っている鈴の戦況を確認する余裕もあった。

 

「仲間に助けを請うてもいいぞ。2対1で私は構わんぞ」

「戯言を……っ!」

「事実を述べているだけに過ぎん」

 

 サイレント・ゼフィルスの操縦者も彼我の実力を感じ取ったのか、余裕のあった姿をかなぐり捨てて仕掛けてくるが千冬には毛のほどの感慨も抱かせない。

 どうせならばもっと怒りに身を焦がして雑な動きをしてくれれば仕留める機会もやってくるというもの。鈴の戦況が不利なようだから最悪、千冬が二体を相手にしなければならないのだから挑発は止めない。

 

「おっと、今のは良かったぞ。もう少し動きを鋭くすればかすり傷ぐらいはつけられるかもしれんぞ?」

 

 挑発の口を休めない。

 サイレント・ゼフィルスの操縦者は、機体性能の差はあるだろうが明らかにセシリアよりも実力は上だ。ビットだけでなく自身も絶え間なく動き回りながら、千冬の頭を抑えて制そうと動く。

 全方位から縦横無尽に襲い来るビームの雨と、間隙を埋めるように大型ライフルの強力なビームが撃たれる。

 敵の予想外を上げるなら、千冬の存在と白式の推進力ある。千冬の技術とサイレント・ゼフィルスを遥かに上回る推進力の白式ならば、回避に専念すればまず当たることはない。

 

(私よりも向こうが持たんか。先に決める必要がある)

 

 いい加減に鈴の戦況が危うい。敵の方が技術も経験も上で、このままでは仕留められるのは時間の問題だ。援軍が来る前に千冬は目の前の相手を倒し、応援に行くこと決める。

 

「どうした貴様は木偶の坊か? 私はここだぞ。いい加減に当ててみろ」

 

 わざわざ静止して篭手で胸の装甲を軽く叩く。

 狙って飛びこんできたところを得意技である瞬時加速(イグニッション・ブースト)のカウンターを叩き込む。最速にして最短、焦るでもなく構えるでもなく、無心に放たれた斬撃を受けて倒れなかった者は未だ嘗て一人もいない。

 

「――っ!」

 

 案の定、敵は挑発に乗ってくれてセシリアのインターセプターと同種らしい近接ショートブレードを構えて真っ直ぐに向かってくる。

 その姿を見て、千冬も準備を整えていた瞬時移動(イグニッションブースト)を発動。

 サイレント・ゼフィルスよりも早く間合いを詰めて、後は斬撃を放つだけというところで突如として間にビットが出現する。

 瞬時移動(イグニッションブースト)の欠点は、加速に伴う空気抵抗や圧力の関係で軌道を変えることができずに直線的な動きになることと、当然の如くながら急には止まれない。千冬の選択は斬撃を続けること。

 ビットを切り裂き、爆発する中で突っ込んで来る影―――――'サイレント・ゼフィルスである。

 操縦者は嘲笑を隠しもせず、近接ショートブレードを突き出してくる。

 

「世界最強を舐めるな」

「貴様がな」

 

 驕ることなく、切り返した長剣で一刀の下に近接ショートブレードを切り払う。しかし、それすらも敵の思う壺だった。敵は既に近接ショートブレードを手放しており、40㎝ほどの大きさの装置を手にしている。

 今度こそ回避しようのないタイミング。如何な国家代表候補生といえども被弾は逃れようもない――――ここにいるのが世界最強のブリュンヒルデでなければ。

 切り返された長剣が更に翻る。

 二度ならず、一瞬で三度目の斬撃。この斬撃を回避できた者はいない。後は斬撃を振るうだけで決着が着く。

 敵もこの斬撃を受けることも避けることも出来ないと気が付いたが、千冬が斬撃を放つ方が遥かに早い。ほぼ同時に繰り出された斬撃を躱せるものはこの世にはただ一人もいないならば、千冬が負ける時は別の要因に他ならない。

 

「舐めるなと――」

 

 行っただろう、と言いかけたところで機体が発光し、同時にフルフェイスの下でハイパーセンサーに直轄された網膜投影に一文が表示される。

 

初期化(フォーマット)最適化処理(フィッティング)終了』

 

 千冬の予想では、まだ十分に時間があるはずの初期化と最適化処理が終了して、機体が変化する。その変化は斬撃を放とうとしていた長剣にまで及んだ。

 重装甲はより肉体にフィットした物に形を変え、長剣が形を崩していっては幾ら千冬といえども十二分な斬撃は放てない。本来ならば胴体を切り裂くはずだった剣が当たらなくなるのは目に見えていた。だから、千冬は剣が形を失くす前に無理矢理に速度を速めた。

 千冬だからこそ斬撃の変化に敵は対応できず、サイレント・ゼフィルスのバイザーに叩きつけられる。直後に剣は完全にその形を失う。敵操縦者にすれば大きなダメージだっただろうが、それでも構わずに40㎝の装置を白式の胸部装甲に押し付けてきた。

 

「な、ぐぁあああああああああああっっ!?!?」

 

 突如として発生した神経が無理やりに剥がされるような痛みに絶叫しつつ、サイレント・ゼフィルスを蹴り飛ばして痛みの原因である装置を装甲ごと毟り取って投げ捨てる。

 

剥離剤(リムーバー)か!?」

「おおおおおおおおおおおおおっっ!!」

 

 千冬は押し付けられたのが剥離剤(リムーバー)と呼ばれる機体に取り付いてISを強制解除させてコアのみの状態にする装置だと看破したところで、体勢を整えたサイレント・ゼフィルスが叫びながら近接ショートブレードを手に、温存していたのか瞬時移動(イグニッションブースト)で突っ込んで来る。

 彼我の力量差は歴然。白式の能力が未知数となれば、このまま戦えば間違いなく千冬が勝つと敵も分かっている。だからこそ、剥離剤(リムーバー)の発動によって千冬の動きが鈍っている今がチャンスと見ての特攻。

 思いきりの良さと卓越した戦術眼に千冬でさえも眼を瞠る。

 

「だからといってテロリストに負けてやるつもりはない」

 

 剥離剤(リムーバー)によって体の痺れは残っているが、意識を集中すれば無視できる程度に過ぎない。初期化(フィッティング)直後で武装を確認する暇もない。無手のまま、突っ込んで来るサイレント・ゼフィルスに反撃せんと拳を構える。

 絶対に避けることが出来ないタイミングで拳を放とうと瞬間、先の斬撃による衝撃によって敵操縦者の顔を覆っていたバイザー型ハイパーセンサーが外れて素顔が露出する。現れた顔は千冬が十年前に見慣れていた幼い自分と寸々違わぬものだった。

 

「何っ!?」

 

 世界最強と称されても千冬も一人の人間である。動揺もすれば慌てもする。今まで戦っていた敵が、テロリストが弟と同じ年頃だった時の自分と同じ顔をしていれば初動が遅れる。

 弱った千冬の気迫を退路を自ら失くした敵の気迫。力量差があれど、この一瞬の攻防はサイレント・ゼフィルスに軍配が上がる。必殺のカウンターよりも早く、剥離剤(リムーバー)を剥がしたことによって胸部装甲のない生身の場所に近接ショートブレードが突き刺す。

 瞬時移動(イグニッションブースト)を使っての突進の力によってシールドバリアーを突き破って、近接ショートブレードが千冬の左胸を抉る。模擬戦用などではなく実戦――――殺し合いを目的とした準備を行なっていた故の事。

 

「私はお前だ」

 

 千冬の目前でサイレント・ゼフィルスの操縦者が年月以外に差がない顔を、自身の血と跳ね跳んだ千冬の血が合わさった血化粧に染めて哂う。

 近接ショートブレードが刺さっているのは心臓。即死していないのが不思議なほどの傷であったが、もはや勝敗は決した。

 

「驚いたか、織斑千冬。だろうな、まさか自分のクローンが敵になるとは考えていなかっただろ」

 

 その言葉の意味を理解した瞬間、目の前の少女が自分のクローンであると気づかされて千冬の表情が絶望に染まる。

 心臓に突き刺さった近接ショートブレードが勢いよく引き抜かれ、力を失った千冬の体が翼を捥がれた天使の如く地へと落ちて行く。

 

「今日、私は貴様を殺してMではなく織斑マドカとなる。死ね、オリジナル」

 

 M――――自らを織斑マドカと名乗った少女は、星を砕く者(スターブレイカー)の名の通りに世界最強の星(織斑千冬)を砕かんとエネルギーが溜められたライフルの銃口を向けて引き金を引いた。

 

「させませんわっ!!」

 

 千冬が地に落ちながら見たのは、放たれた閃光を阻むように現れた青い滴(ブルー・ティアーズ)の背中であった。

 痛みによって働きが悪い頭がセシリアが助けに来たのだと遅れながらも認識した直後に、千冬は白式を纏ったまま地に叩きつけられる。

 

「ぐっ……!? かはっ」

 

 微かに息を漏らす。吐き出した息と一緒に大量の血が口から漏れた。高度数百メートルの高さから落ちても痛みだけで済んでいるのはISのお蔭だとも言えるが、空いた心臓の穴はどうしようもない。

 

「…………死んだか、これは」

 

 体から流れる血と共に自分の命が流れ出てゆくのを、はっきりと自覚していた。

 倒れたコップから零れていく水のように、赤い血が流れていく。段々と意識が朦朧としていくのは、痛みからではなく単純に生命活動に必要なだけの血液が失われつつあるからだろう。

 白式のコアは白騎士の物を使っているから、操縦者を生かそうと装甲を形成している機能を使ってまで生体再生機能'を全開にしているが、流れる血の量は多く心臓が治りきるよりも千冬が息絶える方が早い。

 

(寒いな……)

 

 全身のあちこちで装甲が消えていっているから、外気温に晒される体の体温が加速度的に低下していく。今やアスファルトを突き破って露出した土よりも冷たく体はか細い行為にしがみ付くように痙攣するだけだった。

 

「こんな死に様を曝すとはな……。まさか自分に殺されるとは」

 

 十年前に束に協力した時からまともな死に方をするとは思っていなかった千冬は、ただ一人で傍には誰もおらず、後事を託すことすら出来ず、唯一の家族である一夏を残して無為に死に行くしかない自分を嘲笑う。

 流れ落ちていく血の量に比例して薄れていく意識の中、靄がかかったように目で何かを求めるように手を上へと伸ばす。

 今際の際とも思える瞬間、脳裏に去来したのは十年来の親友でも目をかけていた後輩でもなく、ただ一人の家族である一夏のことだけだった。

 

「一夏……」

 

 自分がいなくなって悲しまないだろうか、暮らしていけるだろうか、ちゃんと食べていけるだろうか。大人になるまで見届けると誓ったのに、何も残せずに死んでいく自分。想いだけでも届けと手を伸ばしたところで、重い肉体は箒と一緒にいてこの場にはいない一夏に何も伝えることは出来ない。

 重い瞼を閉じ合わせた。もう瞼を開く力もない。強く願えば願うほど、そして希望を抱けば抱くほど死の気配は濃さを増し、現実味を帯びていく。

 伸ばされた手は今にも力を失いそうで、このまま何も掴む事無く空を切って落ちる――――はずだった。その手はしっかりとした手に掴まれた。力なく沈みいく手を握る大きな手。よく知っているその手の感触に千冬の意識が引き戻される。

 

「千冬姉!」

 

 再び開かれた瞼。急速に焦点を合わせた千冬の眼は、名を呼んだ人物が自分の手を握っているのを見た時、夢かと思った。最後の最後にこんな奇跡を起こしてくれるならば、死んだ後に神様に会って感謝したいぐらいだ。

 

「しっかりしろよ、千冬姉!」

 

 手を握ってくれたのは、名を呼んでくれたのは千冬の弟である織斑一夏。その存在を知覚したこと霞がかっていた千冬の世界が僅かに晴れる。

 もはや痛みはなく、重い倦怠感だけが支配する中で一夏が触れている手だけが千冬を現世に繋ぎとめる。そして気づいた。一夏の頭の向こうで瞬く間に劣勢に追い込まれていくセシリアのブルー・ティアーズの姿。

 前後の状況は、一夏がどうしてこの場にいるのかなど、どうでも良かった。分かるのは、ここに一夏がいて、手を握り、血を止めようと傷口を抑えてくれていることだけ。

 

「なんなんだよこれは! 何年も会ってなかった箒を投げ飛ばしたり、ISが千冬姉だったり、訳わかんねぇよ!! アイツらの所為でみんな巻き込まれて…………千冬姉は世界最強なんだろ! 誰にも負けないんだろ! なのに、こんなところでなに死にかけてんだよ!」

 

 一夏が何かを言っているが、千冬の耳はその機能を失っていた。それでも、機能を失った耳の分までまだ生きている目は一夏の憤りを伝えてくれる。

 

(ああ、良い子に育ってくれた……)

 

 両親を早くに亡くし、一夏を育てて来たのは千冬である。苦労や泣きたいことは山ほどあったし、逃げ出したくなることもあった。どうして自分ばかりがこんなに辛いのかと、先に死んだ親を、世界を憎んだことすらある。

 束がISを開発したのはその気持ちが最も強かった時期で、今でもあの時に行ったことが正しかったのかと思う時がある。

 ISの存在によって千冬は忙しくなり、日本代表になれば家に帰らない日々も増えて行った。一人で家に残された一夏は寂しかっただろうし、千冬に思うところもきっとあったはずだが一度でも千冬に不満を漏らしたことはないし、今のように理不尽に憤る人間へと成長してくれた。その成長を最後に見ることが出来て嬉しかった。

 

「すまない、一夏……」

「謝るなよ……っ!? こんな時に、謝るなよ!! くそっ、くそっ、血が止まんねぇっ! 救急車はまだかよっ!!」

 

 幾ら抑えても溢れ出る血で手を汚しながら一夏が泣いている。

 弟が泣いている姿を見たのは千冬も始めだった。一夏にも分かっているのだ。もう、千冬に残された結末は死以外にないと。それでも、千冬に残された結末が死でしかなくとも一夏に残せるものがある。

 

(白式、いや白騎士よ。私の最後の願いを聞き届けてくれ)

 

 白式のコアである白騎士に願う。

 乗っていた期間は短くとも、№001のコアは世界最初の操縦者である千冬のありえない最期の願いを聞き届けてくれた。

 千冬の願いを叶える為にコアは繋いだ手を通して一夏の生体情報を取得し、二人の間で人間のシルエットが3DCGで現れ、その上から『COMPLETE』の文字が表示される。

 

「これで、白式は、一夏にしか、動かせ、なくなった」

 

 ふっ、と笑って急速に霞んでいく視界にいる一夏に向かって話しかける。

 聞いているかも、本当に一夏がそこにいるのかも、声を口に出せているかも分からないまま、千冬は末期の言葉を呟き続ける。

 

「……お前は、私を……恨むだろう。何も、して……やれずに、こんな……重荷まで、背負わせるんだからな……」

 

 握る手に力が籠ったような気がする。だが、もう千冬には一夏が何かを言っているとしても分からないのだ。感じ取る力すら残っていない。

 

「…………それ、でも…………頼む。この……コアを、みんなを…………守ってくれ……一夏…………」

 

 直後、千冬の全身を覆っていた装甲が消滅し、まるで一夏へと移ったかのように装甲が現れていく。同時に微かに千冬の命を繋ぎとめていたコアの生体再生機能も無くなり、意識が遠くなっていく。

 

「………………私の…………大好きな、一夏………………幸せに…………」

 

 千冬はゆったりと微笑んで、空いている方の手で白銀の装甲を身に纏っていく一夏の頬にそっと触れ、その想いの全てを伝えて温もりが消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セシリア・オルコットにとって、この護衛任務は怪しさこそあるものの、国が織斑千冬に借りを作る為に発した命令もあって断ることのできないものだった。

 国の思惑がどうであろうと、セシリアにとっても同じクラスに日本代表候補生になる人間と専用機の情報は、護衛ともなれば知りやすい立場になる。鈴が散々言っていたように後ろ暗いところも見えていたので襲撃は織り込み済みだったが、この相手は予想の範囲外だった。

 サイレント・ゼフィルス。イギリスで開発されているはずの、基礎データにセシリアのブルー・ティアーズの物も使われている機体。

 

「くっ、ブルーティアーズ!?」

 

 高速戦闘の最中、一機のビットに敵のビームが命中して撃墜され、残り2機となったビットを操る。

 先制の一撃を食らって気絶していたのを回復し、サイレント・ゼフィルスと戦闘していたISが撃墜されかけていたのを阻んで戦闘状態に入ったセシリアのビットはその数を半減している。

 精密射撃による本体の被弾もあり、セシリアは敵操縦者の技量が自分を上回っていることを認めないわけにはいかなかった。

 セシリアのブルー・ティアーズがBT1号機、敵のサイレント・ゼフィルスがBT2号機。いくら敵が後発機で多少は性能が上でも、これほど一方的になるのは偏に操縦者の技量の差に他ならない。

 

「BT1号機と聞いていたブルー・ティアーズ。機体に見どころはあっても操縦者がこうではな」

「IS操縦者として劣っているのは認めますわ。ですが、勝負とは技量だけで決まるわけではありません!」

「なら、証明してみせろ!」

 

 意気を吐くも、敵はセシリアでは出来ないビットの同時6機制御を行ないながら更にブルーティアーズを1機撃墜する。

 実力差を認めて意気を吐きながらも、それでも尚、超えられない壁が両者の間に横たわっていた。専用機を貰ってからはないが、代表候補生になった時に量産機で国家代表と戦った時に感じた気持ちに似ている。

 

「くっ……!?」

 

 またビットが破壊され、近くに接近したサイレント・ゼフィルスにミサイルビットを放とうとするが、それよりも早く近接ショートブレードによって破壊され、爆風がセシリアを圧する。

 今のは本体に十分に攻撃を仕掛ける余裕があった。敢えて武装を狙っているのだ。

 

「わざと時間をかけて…………人を嬲るのがそんなに楽しいのですか!」

 

 国家代表は代表候補生が名誉ある立場に選ばれたと感じる驕りを叩き壊して自らの実力を思い知らせる為にその戦い方をしたが、これは違う。相手の全てを否定し、嬲る戦い方だ。

 

「ああ、楽しいね」

 

 大型ライフルから放ったビームで避け損ねたブルー・ティアーズの脚部の先を削り取りながら、心底楽しいとばかりに顔を歪ませた敵操縦者が語る。

 

「貴様は圧倒的な力で弱者を嬲ると楽しくならないか? 獲物を手の中で思うように動かし、徐々に弱っていく様を眺めて面白くはならないか?」

「織斑先生と同じ顔と声で………下衆がっ!」

「より効果があるだろう?」

 

 セシリアは名門貴族の人間であり、早くに両親を亡くして勉強を重ねて周囲の大人たちから両親の遺産を守ってきた努力家でもある。

 貴族としての誇りを誰よりも尊んでいるからこそ、正しき人間で在れと常から思っていた。そんなセシリアであるからこそ、敵操縦者の考えや戦い方はとても認められたものではない。問題はそれだけではない。

 どんな相手であろうと剣一本で世界を制した織斑千冬。その同じ姿と声で千冬を貶める敵操縦者を、彼女に憧れる一ISパイロットとして許せようはずがない。

 

「オリジナルは死んだ。私が、この織斑マドカが殺したのだ! これで誰も私を出来損ないとは言えないッ! 私はオリジナルを超えたのだ!! くくくっ、はははははははははははは――――――っっ!!」

 

 セシリアは哄笑する敵操縦者を倒すことが出来ない己を歯を噛み砕きかねないほど呪った。

 敵の事情は分からないが言葉を読み取ると、さっき地に落ちて行った白銀の重装甲ISに乗っていたのが千冬だとすれば、ブリュンヒルデが、世界最強が負けて殺されたことになる。

 

「ありえませんわ! 織斑先生があなた如きに!」

「信じられんか」

 

 そう言ってサイレント・ゼフィルスはあっさりと攻撃の手を止め、攻撃を仕掛けるには遠い距離へと自ら離れ、ビットすらも戻して得物を下ろした。

 戦意を抑えた姿に、乱れた息を整えながら「なんのつもりですか」とセシリアが問うと、敵操縦者は眼下を指し示して笑い、嗤い、哂う。

 

「簡単なことだ。奴の死を認められんと言うなら確かめてみればいい。その目で、世界最強が死んだ姿を見ろ」

 

 織斑千冬の死を確信しているからこそ言える台詞だった。

 セシリアは確かめるか、迷った。

 もし、本当に敵操縦者が言うように千冬が死んでいるのを見たらセシリアの戦意は折れる。敵を世界最強を倒した相手と見てしまって、きっとこの戦いに生き残れなくなるだろう。それでも、それでもセシリアの目はハイパーセンサーを通して、千冬が落ちた場所を見てしまうのを止められなかった。

 

『ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!』

 

 瞬間、獣が泣いているような雄叫びがコア・ネットワークを介して伝わって来た。女ではありえない喉太い声に発したのが「男」であると気づく前に、先に眼下を見下ろしていたサイレント・ゼフィルスが一瞬で大型ライフルを真下へと向けて発射した。

 セシリアがその後を追うと、重装甲を纏った白銀のISが地上から流星となって舞い上がって来ていた。

 白銀のISは、まるで人間のように放たれたビームをクルリと回転して回避すると、勢いを殺さずにサイレント・ゼフィルスにぶつかっていく。

 

『ここから、いなくなれ――――っっ!!』

 

 ガン、と爆発したような音と共に激突した両機は離れることなく、少年の声と共に白銀のISが更にスラスターを焚いて、強力な推進力を得て現空域から遠ざかっていく。

 

「な、なんなんですの?」 

 

 セシリアが状況も分からぬまま、困惑しながら白銀のISが現れた地上を見下ろす。

 

「織斑先生…………それに篠ノ之さんも」

 

 映し出された映像には、箒によって抱えられた織斑千冬の姿。その姿は血に塗れ、ISの優れすぎる機能が千冬の生命反応が止まっていることを教えてくれる。

 視線を地上から外し、サイレント・ゼフィルスと共に白銀のISが鈴が戦っている空域に向かって行ったのは確認している。

 

「仇は取りますわ、織斑先生」

 

 白銀のISに誰が乗っているか分からなくとも、サイレント・ゼフィルスは二重の意味で許してはおけない敵になった。鈴の助けにも向かわなければならない。

 2機を追って、セシリアのブルー・ティアーズも飛ぶ。

 ISならば山一つを超えるのにも大して時間はかからないから、ISからみれば大して離れていない場所で戦っていた2機がいる空域にも直ぐに着いた。

 

「いたっ!」

 

 近くに鈴と異形のISの姿。それよりもセシリアが注目したのは残りの2機で、今正にサイレント・ゼフィルスのビットが白銀のISに攻撃を仕掛けているところだった。

 

「いけま……っ!?」

 

 せんわ、と続く言葉が放たれることはなかった。

 無防備に見えた白銀のISを助けようとしても自身のビットは既に無く、そもそもあったとしても白銀のISを全方位から狙うビームを止める手立てはセシリアにはない。だが、その必要もなかった。

 

「変形…………いえ、あれは……!?」

 

 一瞬で白銀のISの全身を覆っていた分厚い装甲が剥離して量子化し、そのあまりの量の量子にビームが歪んで白銀のISに当たらずに通り過ぎてしまう。

 シールドエネルギーの存在から余計な装甲が必要ないため、搭乗者の姿がほぼ丸見えな形状が主流の現状とは逆行するような重装甲だったが、脱皮という表現が正しいと思えるほど装甲が消えたにも関わらず、白銀のISにはまだ装甲があって搭乗者の肉体は見えない。まだ全身装甲のままだ。

 露わになった装甲に赤色の線が走って光り、血のように脈動して禍々しい気配と共に白銀のISがサイレント・ゼフィルスを見る。

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!』

 

 またコア・ネットワークを介して少年の雄叫びが迸り、白銀のISが背中に右手を回して光る剣を握るとサイレント・ゼフィルスに襲い掛かった。

 



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第3話 白式の日(下)

 

 織斑一夏は目の前の光景が信じられなかった。正確にはその光景が繰り広げられているのは上空であったが、目の前で行われているかのような錯覚を覚える戦いを前に瑣末である。

 

「なんで街中でISが戦闘なんてやってんだよ……!」

 

 最初の衝撃に白銀のISに投げ渡された少女が飛ばされないように抱き抱えながら、一夏は戦いを続けるIS達を罵った。一夏が通う藍越学園も近いこの区域は住宅が密集した市街地で、上空であったとしても周辺に影響が及ぶ戦闘を行うなど真っ当な神経の持ち主に出来ることではない。

 まさかその内の一機が自分達を守ろうとしているなど想いもしない。

 

「一夏!」

「来るな、弾!」

 

 後を追って来たらしい弾を声で押し留める。

 2機が戦闘を行なっているのは一夏の斜め上辺り。弾はその後方で戦闘に巻き込まれる確率は一夏と比べてほんの少し低い。誤差程度でしかないが、人間が生身でISの攻撃を受ければ確実に死ぬのだから誤差であろうと命運を分けるならば一夏はそうする。

 

「救急車と警察…………いや、自衛隊を呼んでくれ!」

「避難させた蘭がやってくれる! お前も逃げるんだよ!」

 

 弾と一緒にいたはずの蘭の姿が見えなかったのは先に逃げさせたからのようだった。ツンツンしているようでもブラコン・シスコンの五反田兄妹の行動は直線的だ。

 揉め事には警察と結論が出かけたが、警察の装備ではISを鎮圧することは出来ない。となれば、同じISを有している部隊があるという自衛隊を頼みの綱とするしかない。警察にISが戦闘をしていると伝えれば自衛隊に連絡が行いくだろうから、連絡先に迷うこともない。

 

「この人がいるから動けないんだよ!」

 

 弾が一夏にも逃げるように言うが、少女――――というより気絶して脱力している人間は想像以上に重く感じる。慌て動揺している一夏では冷静に少女を抱え上げて逃げることは難しい。弾が手伝おうと僅かに腰を上げた時だった。

 

「ぅ……」

 

 少女が呻き声を漏らして僅かに瞼を震わせた。覚醒の兆候であると判断するのは簡単だった。一夏と、匍匐前進のように這って近づいてきた弾が少女の顔を覗き込む。

 改めて少女の顔を見て、一夏はやはり見覚えがある気がした。髪型といい、気の強そうで実は弱いところがありそうな面差しといい、記憶にある人物と重なって仕方ない。

 少女の目がゆっくりと開かれる。やはり、その眼差しは遠い記憶の幼馴染と同一のものだった。

 

「箒……?」

「……一夏?」

 

 開かれた瞼の下にある瞳に意志を乗せ、一夏と少女―'―――篠ノ之箒が八年の時を超えて戦場で再会した瞬間だった。

 八年間分の想いが視線と共に絡み合い、時間を埋める言葉が出ようと両者が共に口を開いたところで、三人の近くに頭上から何かが落ちて来た。

 よほどの高さから落ちて来たのか、重い音と共に地面に当たって微かに跳ねる。

 三人の視線が地面を転がる物体である装甲が張り付いた40㎝程度の機械に釘付けになり、一夏は逸早く上空の異変に気づいて箒を弾に押し付けて立ち上がり、一目散に走り出した。

 箒と弾も一夏が走り出した理由にすぐ気が付いた。

 戦っていたISの1機が攻撃を受け、血を迸らせながら落ちて行く。一夏は受け止めようというのか、凄い勢いで走るがどう考えても間に合わない。

 間に合わないことが生身の限界であり、落ちてくるISを助けることは出来ないと分かっているのに一夏の直感は走ることを求め続けた。理由は本能的に分かっていた。分かっていたのに理解することを拒んだ。

 

「千冬さん!」

 

 後ろから箒の声が聞こえた。その言葉の意味を、誰の名を、誰に向けて言っているかを理解してしまえる己の能力を一夏は呪わずにはいられなかった。

 何百メートルもの空中から重力で加速して地面に落ちたISは、弾むことなくその重量を証明するかのようにクレーターを作る。地面に落ちた衝撃が周囲に広がって、走りながらも顔に風を感じて、一夏は一瞬目を閉じたが一秒たりとも足を止めることなく出来たばかりのクレーターへと身を躍らせた。

 コンクリートを打ち砕いて素の地面にその身を沈めているISの姿は、世間一般よりも知識がないと自認する一夏が見ても死に体と判って、着地したところで足を止めてしまう。

 敵ISに受けたダメージか、落下の衝撃か、素人以下の一夏には理由は分からないが、全身を覆っていた装甲が霞と化して消えていく。もっと酷いのはISの中身――――操縦者の方である。

 パッとみで分かる外傷は左胸に空いた穴のみ。

 心臓がある場所を正確に貫いている穴は諾々と血液を漏らし続けており、頭部を覆っていた装甲の一部が剥離して霞と化して露わになっていく顔に浮かぶのは、医学的な知識など欠片もない一夏にだって分かる明らかな死相。

 この人は助からないのだと、弱まっていく気配から悟ってしまった一夏は唯一の家族である姉が微かに手を上げていくのに気づいて、ようやく自分を取り戻した。

 

「千冬姉!」

 

 一度は上がったものの、それだけで全ての力を振り絞ってしまったかのように落ちかけた手を掴む。

 掴んで、とても人の手とは思えない冷たさにゾッとする。これが死んでいく人の手と認識した一夏の錯覚かは分からないが、手を掴んだことで一度閉じられた千冬の瞼が再び開かれる。

 

「しっかりしろよ、千冬姉!」

 

 叫んで呼びかけても、千冬の反応は薄かった。普段ならば声が大きいと怒ったのに、諌めることすらも出来ない程に弱っているのだと思い知らされて体の奥が縮み上がるような感覚を覚える。

 姉が死んでいく実感が明確に現れ、恐怖によって精神が恐慌を来たす。

 流れゆく血さえ止めれば助かるのだと、傷口を手で抑え付ける。そんなことで止まるはずがないと分かっているのに、やらずにはいられなかった。 

 

「なんなんだよこれは! 何年も会ってなかった箒を投げ飛ばしたり、ISが千冬姉だったり、訳わかんねぇよ!! アイツらの所為でみんな巻き込まれて…………千冬姉は世界最強なんだろ! 誰にも負けないんだろ! なのに、こんなところでなに死にかけてんだよ!」

 

 こんなことを言いたいわけではなかった。最後なのだからもっと言うべき言葉があるはずなのに、口に出るのはそんな言葉ばかり。

 一夏の最も古い記憶は白い部屋の中で立ち尽くしているところから始まる。

 白い壁、白い天井、白いカーテン、何もかも清潔そうで個性の感じられない味気ない部屋。部屋に置かれているベッドも、布団も、何もかもが白い。そして、ベットに横になっている人もまた部屋の白さに同化してしまいそうなほど青白い顔色をしていた。無機質な白い部屋が存在する場所など限られる。そこが病院の一室なのだろうと気づいたのは、大まかに社会を知るようになってからだ。

 記憶の中の一夏は一人ではなかった。姉の千冬が後ろに立っていたはずである。

 自信がないのは、この記憶が物心つくかつかないかの幼少時の記憶だから朧気だったからだ。少なくともそんな年頃の子供が一人で病院の一室にいるとも思えず、父は一夏が生まれる前に亡くなったという話だから十歳年上の姉がいたのだろうと考える。

 何故ならその病室の主は一夏の母であるからだ。幼少時の子供が身内の病室に赤の他人と一緒にいるとは思えない。実際には姉ではなく別の誰かかもしれないが、消去法的にはやはり一緒にいたのは姉なのだろう。

 母について覚えていることは殆どない。体が弱かったのか、それとも一夏を産んでから何かの病気を患ったのか、本当に何一つ知らなかった。家に写真は残っていなかったし、記憶もこの病室のものしかないから赤の他人よりはマシぐらいの感慨しか抱けない。

 千冬に聞けばもっと詳しい事が分かったかもしれないが、幼い時分に母がいなくなった後の荒れ様を目の当たりにしただけに傷を穿り返すような真似は出来ず、落ち着いた後も改めて聞くことに思うところもあって時期を完全に逸してしまい、今に至るわけである。

 始めからいないようなものだったから、一夏にとって親は最初からいないものだとすることにしたのだった。流石に友達が親と楽しげにしているところや、幼馴染が両親と見せる親しげな姿に嫉妬や羨望を覚えることはあったが、意地っ張りな子供だったからか表に出すことはなかった。

 そんな一夏でも親から学んだことがたった一つだけある。

 記憶の中の母は程なくして息を引き取った。苦しむこともなく、まるで眠るように。この死によって人の死に様は静謐でなければならないと、強く固く一夏の中に印象付けられたのだった。

 

「すまない、一夏……」

 

 死を穢してはならない、静謐に最期を迎えなければならないと、どれだけ言葉で飾ろうとも姉の言葉を前にして一夏の主義など一瞬で消えてなくなる。

 

「謝るなよ……っ!? こんな時に、謝るなよ!! くそっ、くそっ、血が止まんねぇっ! 救急車はまだかよっ!!」

 

 何時の間にか、涙が懇々と溢れ出していた。トラックや車が爆発した余波で火事も起こっていて、上空ではISが戦闘中ともなれば救急車が迅速に駆けつけてくれる幻想など抱けるはずもない。それでも叫ばずにはいられなかった、救いを求めずにはいられなかった。

 一夏は抑えた手の先で命を弱めていく姉の姿を見ていることしかない出来ない己を呪った。

 

「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう! なんで、なんでだよ! なんでこんな……っ!」

 

 少し前の日常が遠い異世界のように感じられて、こんな悲劇に彩られた非日常を受け入れることが出来なくて一夏は慟哭する。

 千冬や、トラックや車に乗っていた者達、巻き込まれた人達にだって、大切な人や守りたい人がいて、やりたいことや予定していたことがあったはずなのである。その全てが理不尽に奪われ、残されたのが悲しみといった負の感情だけ。

 世界を呪い、憎み、嘆くことしか出来ない一夏の目の前に突如として人のデータが表示された。

 

「な、なんだよコレ……?」

 

 分からない。何も分からないが、繋いだ手から熱が伝わってくるように感じて不安を覚えなかった。

 3DCGで表示されている人体の右手から広がって行った神経のような網が全身に及んだところで、人体の上に『COMPLETE』と文字が現れた。

 

「これで、白式は、一夏にしか、動かせ、なくなった」

「白、式? 何を言ってるんだよ千冬姉」

「……お前は、私を……恨むだろう」

 

 千冬は一夏の問いに答えない。もう耳も聞こえていないのか、視線も茫洋として合っていなかった。

 これが本当に末期の言葉なのだと悟ってしまい、それでも姉に伝えられる物があると掴む手に力を込める。

 

「恨みなんかしない! 千冬姉にはずっと感謝していた。これから返すはずだったんだ。だから、だから……!」

 

 何を伝えればいいのだろう。何を言えばいいのだろう。言葉を口に出すほど後悔ばかりが積み重なり、想いの一つも伝えられない。

 悔しく、情けない一夏の視線の先で千冬は慈しむように笑っていた。

 

「何も、して……やれずに、こんな……重荷まで、背負わせるんだからな………………それ、でも…………頼む」

 

 断れるはずがなかった。どんな重荷でも、それが千冬が残してくれる物ならば喜んで背負おうと、掠れて小さくなっていく言葉を聞き逃すまいと耳を近づける。

 

「この……コアを、みんなを…………守ってくれ……一夏…………」

 

 千冬の全身を覆っていた装甲が消えて繋いだ手を伝って量子が一夏の体に纏わりつき、まるで千冬の願いを聞き届けたように鎧を形成する。同時に安全弁が外れたかのように更に血液が溢れ、傷口を抑えていた白銀の装甲を纏った一夏の手を濡らす。

 

「…………ああ、任せてくれ。絶対に、守って、みせる……から」

 

 本当に一夏が守りたかったのは千冬なのに、そう言うしかなかった。千冬の最後の願いを叶える為に、そう言わずにはいられなかった。

 手から広がり、足に胴体と次々に装甲を身に纏っていく一夏を見上げた千冬は、最後の力を振り絞るように溢れ出た自身の血に濡れた手を上げて――――。 

 

「………………私の…………大好きな、一夏………………幸せに…………」

 

 ゆったりと微笑んで一夏の頬に触れて、その手は地に落ちて二度と動くことはなかった。

 千冬の血がついた頬を瞬く間に顔を覆う装甲が隠していく。呆然とクレーターの外で一夏の後を追ってきた箒と弾はまるで呪いにかけられたようだと感じたという。

 呆然自失していた一夏は頭部も装甲で覆われて一瞬視界が真っ暗になった後に視界が広がり、今までとは比べ物にならない情報が脳に叩き込まれる。

 理解できないはずなのに理解できる情報の奔流。脳が悲鳴を上げるが、目の前で表示されている千冬のバイタルサインが停止している事実が一夏の全てを支配していて痛みなど感じない。姉の死という事実を突きつけられ、胸の奥に空いた喪失感が大きすぎて痛みを感じる機能が死んでいる。それでも脳に叩きこまれる情報は留まる事を知らず、ISに関する全てが刻み込まれる。

 

「一夏……」

 

 名を呼んだのは弾か箒か。どっちでも良かったし、分かったところで意味はない。

 

「守らないと」

 

 他人の存在が一夏の時間を進める。それが正しいとか間違っているかは関係ない。約束だったから、失った人との最期の約束だから動く。そうすることでしか守れない思いであるから、一時ですら止まることは許されない。

 繋がっていても熱を伝えてはくれない装甲を纏い、温もりを失っていく千冬の手を離して両手を胸の上に重ねる。

 死者は静謐でなければならない。死を冒涜してはならない。死者の願いを、想いを無視することはそれこそ本当の意味で殺すに等しい行為。何も出来ず、何も返せなかった一夏が出来るのは、たった一つ。

 

「弾、箒…………千冬姉を頼む」

 

 クレーターの底からハイパーセンサーを通して見上げた弾と箒に頼む。

 二人が頷いてくれたのを確認した一夏は、遥か空高くで戦っている2機のISを見る。一夏の意志を読み取ったISがハイパーセンサーを調節して姿を的確に捉える。

 見ていた、一夏は見ていた。あの青いISが千冬を刺す瞬間を。

 戦って、守ら(殺さ)なければならない。

 

「ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!」

 

 一夏は自らの裡に生まれた殺意の獣を解き放つ。ISの操縦法は脳が、本能が知っている。考えることなく動かすことが出来るから、解き放たれた殺意の獣の好きにさせた。

 軽く飛び上がって千冬へ影響が出ない高さから一気にスラスターを全開に焚く。

 PIC――――物体の慣性をなくしたかのような現象をおこす装置――――ですら殺せないGに全身を圧されながらも、一直線に敵ISに向けて飛ぶ。

 一瞬とも思える時間で地上から高度数百メートルまで辿り着いた一夏に向かって敵ISがレーザーのようなものを放ってきた。

 大型ライフルが構えられた瞬間に発せられた殺気のようなものから感じ取り、白式が一夏の意志を読み取ってスラスターの向きを微妙に変えてレーザーを躱し、推進力のままに敵ISに躍りかかる。

 

「ここから、いなくなれ――――っっ!!」

 

 敵ISが一夏の接近に反応して右手に近接ショートブレードを手にしたが、白式は全くスピードを落とすことなく接近して両手を捕まえ、限界を訴えているスラスターに更にエネルギーを注ぎ込んで爆発したように加速する。

 2機は雲に突入し、直進する推力と逆らう力が拮抗して奇々怪々な軌跡を描く。

 強烈なGで体が軋む。戦わ(殺さ)なければならないと心が苦しい。直ぐ傍にある偽物の顔が許せない。同じ顔で、同じ声で、同じ姿で、この世に存在する唯一を奪っておきながら不遜にも息をしている罪悪が許せない。何よりも織斑一夏は自分が許せなかった。

 

『―――――ッ』

 

 雲が途切れると同時に敵ISが横向きにスラスターを焚いて白式の腕を振り解いて離脱する。

 

「逃がさない……っ!」

 

 背中を見せて逃げようとする敵ISの背中に蹴りを叩き込むが直ぐに失策だと気づく。

 蹴られた威力を利用してスラスターの推進力を増すことで距離が広がり、白式の驚異的な推進力があろうとも1クッションが必要になった。この場合の最善の手は何かと我知らず思考しようとした頭で、何をするにしても素手のままでは戦えないと考えた一夏の思考を読み取って、視界の端に搭載武器の一覧が表示される。

 

「なにか武器は…………バルカンとビームサーベル?」

 

 検索にヒットするのは2件のみ。近接特化サーベルと牽制にしか使えない腕部に内蔵される小型機関砲だけ。距離が離れた相手に当てられる火器が全くないことに舌打ちしたい気持ちだった。

 

「――――これだけか!?」

 

 戦闘中に意識を他に向けるなど愚の骨頂。意識を敵ISに向けるとビービーと危険を知らせる警報が鳴り響き、全方位から気配が向かってくる。それが敵のビットと呼ばれるBT兵器だと一夏が知るのはもう少し先の話である。

 今の一夏にとって全方位に迫るビットは脅威以外の何物でもない。急制動をかけ、別方向に切り返すがビットは予測していたかのようにピタリとついてくる。白式を囲むように包囲網が形成され、一斉に砲口が光る。

 

「うわぁああああああああああああっっっ!?」

 

 遠くで敵ISが大型ライフルを構えており、どう動こうとも回避は不可能だと悟り叫ぶ。

 織斑一夏はここで死ぬのだと自覚したところで、キィンと金属同士が当たった甲高い音が耳に響き、視界に『VT-D』の文字が浮かび上がる。赤く紅く朱い文字に千冬の血を連想したところで、織斑一夏の意識はシステムに呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亡国企業所属のテロリストであるオータムは楽しみの真っ最中であった。

 オータムに人に語れるような過去はない。糞ったれで最悪な、でも今となにも変わらないだけだ。そう、弱者を嬲る楽しさだけは過去現在末来で何一つ変わらない。

 

「おらおら、どうしたよ代表候補生様よぉっ! たかがテロリスト相手にお国を代表する操縦者様が押されてていいのかよ!」

 

 装甲脚固定砲のループワープを撃つと泡を食ったように逃げ出す敵IS。事前に入手した情報で甲龍とかいう気取った名前と操縦者が代表候補生に成り立てだと知っているので、遠慮なく煽る。

 ループワープを避けた甲龍が体勢を立て直して衝撃砲とかいう見えない砲撃をかましてくるが、操縦者が武装の扱いに慣れていないのが丸見えで、射線から弾頭を予測して避けるのは容易い。

 

「外れてんぞオラァ! いい加減に当ててみろよカスがぁ!」

 

 今度はこちらがマシンガンのノーリンコカービンで追い込みをかける。

 敵の回避機動に関してはオータムにしても易々と当てられるものではなかった。ISの操縦歴が一年と少しにしては信じられない才能である。長じれば立場が入れ替わってもおかしくはないが、現時点での力量はオータムが上回っている。

 甲龍は第三世代ISの一機。専用機に乗り立てで扱い慣れていなければ、このように性能で劣る第二世代のアラクネに翻弄される。ISは機体だけでなく操縦者が優れていなければ勝つことは出来ないのだ。

 

「さっきからギャーギャーと品のない言葉ばかり…………もう少し女らしい言葉遣いが出来ないのアンタは!」

「知らねぇなぁ! 虫におべっか使うほど耄碌してねぇんだよアタシやぁ!」

 

 小五月蠅い蠅が逃げながら喚いているが、この世でただ一人以外の全てを下に見ているオータムには伝わらない。

 

「誰が虫よ! 虫はアンタでしょうが! 蜘蛛の姿のISを使ってるのは誰よ!」

 

 逃げるしか能のない虫が何か言っているがオータムにとって瑣末に過ぎない。聞きたいのは悲鳴、苦悩、絶望の叫びだけである。

 

「虫は虫らしく泣き叫べやオラァ!」

「人の話を聞きなさいよ!?」

 

 オータムには虫相手に会話を成立させる気はなく、無駄に甲龍がしぶといのでいい加減に飽きが見えて来た。

 甲龍の操縦者は武装の扱いには慣れていないが機体には慣熟しているようで、無駄に逃げ足だけは速いからオータムの望む悲鳴とかが聞けない。

 元来、飽きっぽいオータムは作業ゲームの類は嫌いである。強敵と戦って喜ぶような奇特な性格もしていないので、時間稼ぎにこれほど向かない人物もいない。しかも今回の作戦にはオータムが毛嫌いしているMも参加している。オータムは時間稼ぎなんて貧乏籤を与えられたのに、嫌っているMが作戦の本命だと聞けばオータムならずとも嫌気が差す。

 そんな不機嫌だったオータムを翻意させたのは、大切な人の言葉だった。

 

【私の可愛いオータムなら出来るわ。やってくれるわね?】

 

 大切な人に言われたのならばオータムに否はない。嫌いな相手と一緒だろうが引き立て役だろうがなんだってやってやる…………なんて、気持ちは頂点に達してしまえば何時までも維持しておくのは難しい。

 プロであるからモチベーションは保つが、どうしても思考にいらない物が混ざってしまう。

 

「隙有り!」

「おっと、危ねぇ」

 

 今まで見せなかった腕部の小型の衝撃砲が放たれ、僅かに反応が遅れたアラクネの多脚の先を破壊される。

 オータムは追い詰めていた虫の反撃によって傷をつけられたことに激昂しかけるが、彼女の中の別の一面が冷静さを促し、感情が一時フラットの直線を描く。

 

「やるじゃねぇか」

「伊達で代表候補生に選ばれてないわよ」

「いいぜ、認めてやるよ。テメェは虫じゃなくて鼠だってな」

「話通じてるのかしら? それよりもいいのかしら、よそ見しちゃって」

「なに?」

「う・し・ろ」

 

 ビービーと接近警報がオータムの耳に届き、甲龍が両手に持っていたはずの大型ブレード二つがないことに気づきながらハイパーセンサーで後ろを見る。そこには回転して迫る大型ブレードの姿があった。

 何時の間に、と驚愕する前に反射的に多脚の内の一本で無難に弾き飛ばす。

 弾かれた大型ブレードはクルクルと回りながら、それ自体に意志があるかのように甲龍の手に戻って分割された。

 

「良い手だが、惜しかったな」

「ふん、別に期待していなかったわよ」

 

 オータムが迎撃している間に衝撃砲を放つつもりだったようだが、オータムは甲龍から一瞬も意識を放さなかった。衝撃砲を警戒していたから甲龍も攻撃に移れない。

 幾ら甲龍が燃費と安定性を第一に設計された実戦モデルといっても第三世代の中での話。第二世代のアラクネと比べればどうしたって燃費で劣る。実力は機体性能と操縦者の技量を考えればオータムが上。

 だが、たった一年で代表候補生まで上り詰めた甲龍操縦者の才能はオータムを以てしても侮れない。戦っている間に彼我の技量差が覆りはしなくても、追いつかれてしまう可能性は十分にある。

 速攻で倒すのは難しく、逆に勝負を焦れば負けるのはオータムの方だ。かといって時間をかけすぎるのも下策。

 

「やることは何も変わらねぇ。獲物が粋がってるってんなら調教し直すだけだ」

 

 躾けの悪い鼠を調教するのはオータムが二番目に好きなことだ。大切な人と褥を共にするのが一番目で過去現在末来において順位が変わることはないが、反抗的である方が完全に屈服させた時のカタルシスが大きいので尚のこと良い。

 

「獲物が調教師の手を食い破るってのもよくあることよね。喰わせても貰うわよ、蜘蛛野郎」

「言ったなぁ……っ!」

 

 こうだ、獲物はこうでなくてはつまらないと、オータムは決して満たされることのない飢狼の如き笑みを浮かべる。

 ようやくこの作戦に面白みが出て来たと言えたが、オータムがアラクネを駆って甲龍に襲い掛かるよりも横やりが入る方が早かった。

 ボウッと近くの雲を突き破って現れる二機のIS。一機は味方のサイレント・ゼフィルスであり、見慣れない白銀の重装甲ISに両腕を掴まれてここまで来たようだ。

 サイレント・ゼフィルスがスラスターを焚いて白銀のISの拘束を振り解いて離脱するが、そうはさせじと蹴りが無防備な背中に当たる。しかし、それはサイレント・ゼフィルスの計算通りだった。

 一気に開いた距離で体勢を整えると、ビットを展開する。その間の白銀のISの行動は鈍いの一言に尽きる。まるで素人のように行動に果断性がない。

 白銀のISは自身を包囲するビットに気づいたようだが全てはMの手の内。逃げることが出来ないよう包囲網を形成したビットが一斉に砲火を放つ。

 同じ状況になればオータムも被弾を覚悟するしかない。その状況で白銀のISが取った行動は異様だった。

 

「なにっ……!?」

 

 見えた光景に甲龍の存在を忘れた。何故なら白銀のISは自身の装甲を剥離(パージ)したのだ。自身の身を守る装甲を自らの意志で手放すなどありえないが、それでビットの攻撃を防ぐかと思えば違った。剥離した装甲は直ぐに量子化し、そのあまりの量子量によってレーザーが歪まされて白銀のISには一発も当たらないまま通り過ぎていく。

 重装甲が剥がれた後も全身を覆っている装甲。スッキリとした人型をした鎧を纏う姿は、まるで白銀の色も相まって白い騎士のようで。

 ボウッと赤い光が騎士の白を侵していく。

 騎士の全身に浮かび上がった赤いラインが血のように脈動したような気がして、恐怖など生まれてこのかた感じたことのないオータムの背を粟立たせる。

 あれは目覚めさせてはならない獣だと、自分達の天敵になるものだと予感した。

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!』

 

 コア・ネットワークを介して獣の雄叫びが聞こえたが、その発信源はサイレント・ゼフィルスに襲い掛かった白赤のISだと直ぐに分かった。

 臆したようにサイレント・ゼフィルスが逃げようとする。オータムだって近くにいるだけで鬼気を感じて逃げ出したいのだから狙われているMの行動は当然といえた。

 サイレント・ゼフィルスもただ逃げるだけではなくビットを放っている。なのに、一瞬の後には一機のビットが切り裂かれていた。

 白赤のISは右手に光る剣を持ち、ISのハイパーセンサーで見ていたオータムですら何時の間に近づいて斬ったのか分からない速度で動いた。ビットも遅まきながら自分が斬られたことを悟ったように、とっくの昔に白赤のISが離れてから爆発する。

 

「速い……!?」

 

 重装甲を剥離(パージ)したからか、白赤のISの速度は異常だ。通った後に赤い残光だけを残して、その姿が幾つもに分離しているように見える。

 また一機のビットを破壊して、圧倒的な速さでサイレント・ゼフィルスに迫る。

 

「逃げろ、M!」

 

 相手が好きとか嫌いとか関係ない。自身を狙うだろう獣の牙の幻視から逃れる為に叫んでいた。

 生きて顔を合わせれば殺し合いに発展しそうなオータムの叫びがあろうとも、決して機動力が低いわけではないサイレント・ゼフィルスが亀のような鈍さに見えてしまう速さで近づいた白赤のISが左手の手首を切り払う。

 

『シールドバリアーが何故こんなにも簡単に斬られるっ?!』

 

 オータムが今まで一度も聞いたことがないほどMの狼狽した声。

 操縦者を守るためにISの周囲に張り巡らされている不可視のシールドは、ただの光る剣の一閃で簡単に斬られるほど容易くないはずなのに現実は違う。

 恐慌に来たされたようにサイレント・ゼフィルスが逃げ、追う白赤のIS。機動力が違うのだから直ぐに追いつかれるのは自明の理。そこへアラクネが乱入する。

 

「やめろ――っ!」

 

 サイレント・ゼフィルスを狙って無防備な横側からの強襲。しかし、まるで見えているかのように避けられた。だが、サイレント・ゼフィルスが体勢を整える僅かな時間的余裕を得る。

 

『オータム……』

「気を抜くんじゃねぇぞ、M。ほら、来たぞ!」

『分かっている。ビット!』

 

 サイレント・ゼフィルスからビットが勢いよく離れる。

 

「外すなよ!」

『貴様もな!』

 

 獣への恐怖を押し留め、オータムがアラクネの全砲門を急速旋回しながら一度も減速することなく残光を曳いて一直線に向かってくる白赤のISに向け、同時にMも周囲に散らしたビットだけでなくBTエネルギーマルチライフルを構えている。

 

「撃てっ!!」

 

 アラクネとサイレント・ゼフィルスの全火力が真っ直ぐ向かってくる白赤のISを狙い撃つ。

 蜂の抜け間もない弾幕を白赤のISはその身だけで突破してくる。直線的な速度だけでなく、足裏と背中、更に体の各所にもスラスターがあるのか、小刻みに全身のあちこちが光って減速することなく弾幕をすり抜けた。

 

「なっ……!?」

 

 ありえない光景にオータムが絶句する暇はない。弾幕の隙間を瞬間移動したかのような速度で突破した白赤のISがアラクネの胴体に蹴りを放っていた。

 現行最速のISを遥かに超える速度で放たれた蹴りが一瞬でオータムの意識を刈り取る。アラクネの装甲もシールドバリアーも、一般的な小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止めることができるISスーツを着ていても超えて来た衝撃は内臓が潰れなかったのが不思議なもので、あまりの痛みにオータムの意識は瞬時にして呼び戻される。

 

「が……ぐっ……」

 

 口から血が溢れ出る。確実に内臓を痛めていたが、一瞬とはいえ意識を失って白赤のISから目を離してしまった己を憎んだ。

 既にサイレント・ゼフィルスが仕留められているというオータムの予想とは違って善戦していた。

 追い込まれていることに違いはないがビットを最大利用して、徹底的な遠距離からの消耗戦。偏向射撃をフル活用し、ビットを破壊されないように近寄ってきたら別のビットで狙うといった、生存本能に駆られて潜在能力を覚醒させたかのようなサイレント・ゼフィルスの戦い方。

 もし、今戦ったらオータムが一敗地を刻むしかないサイレント・ゼフィルスに対して、それでも絶対的な余裕がある白赤のIS。

 

「…………あんな動き、PICがあるといっても中の操縦者がただで済むはずがない」

 

 急旋回、急加速、急減速といった体に負担がかかりすぎる軌道を取っている白赤のISの操縦者にかかる負担は、現行最速のISを遥かに超える速度で行われていることを考えれば想像を絶している。

 それこそ先天的、或いは後天的に何らかの処置を受けていなければ、とても耐えきれるGではないはずだ。もしかしたら織斑千冬ならば可能なのかという考えがオータムの脳裏を過ったところで、一秒にも満たない思考は中断された。

 全てのビットを展開し、小型レーザーガトリングを構えたサイレント・ゼフィルスが緻密に計算された行動によって、戦闘は機体の性能だけで決まるのではないと証明するかのように白赤のISを追い込んでいた。

 先程の2機による弾幕よりも圧倒的な包囲網が形成され、後は待ち構えたビットが撃つだけとなったところで強風が吹き荒れた。現実の物ではない。動きを止めた白赤のISから発せられた何かが殆ど物理的な力を以て襲い掛かって来たのだ。

 

「なんだ……?」

 

 奇妙な静寂が生まれた。

 白赤のISもビットも動かない。否、白赤のISがサイレント・ゼフィルスに向かって開いた右掌を向けた。

 

『ビット!? 何故動かない?!』

 

 プライベートチャネルを通してMの恐慌が伝わって来る。

 固まったように動かないビット。呑み込まれたのだと直感したオータムの背に鳥肌が立つ。白赤のISが掌を握ると、ビットが突如として機首を転換して動き出した。その先にはサイレント・ゼフィルスがいる。

 ビットが飛び、サイレント・ゼフィルスに向けてビームを放つ。

 

『お前達、私が分からないのか!?』

 

 子機であるビットが親機であるサイレント・ゼフィルスを襲うなどあってはならないことだ。オータムは直感する。分からないのではなく、乗っ取られたのだと。

 ビットの攻撃をサイレント・ゼフィルスは身を守ろうとするが、サイレント・ゼフィルスが扱っていた時よりも遥かに早く、そして機敏に動くビットの動きは小型で複数だということも相まって読める物ではない。

 乗っ取られて制御を離れたビットによって次々と被弾するサイレント・ゼフィルス。

 瞬く間にボロボロになったサイレント・ゼフィルスに向けて、背中に左手を回してもう一つの光る剣を手にして白赤のISが空を駆ける。

 

「させるかよ――っ!!」

 

 オータムはMのことが嫌いで、死んでほしいとすら何度も思った。だが、今死ぬべき時ではないと何かがオータムの背中を押した。

 被弾して流されて来たサイレント・ゼフィルスがアラクネの近い所にいたお蔭で、白赤のISの攻撃よりも早く割って入ることが出来た。

 エネルギー・ワイヤーで編んだワイヤーを多脚に巻きつけて切り離し、即席の盾として光る剣へと自ら突っ込んで行く。

 どれだけ破壊力があろうともエネルギー・ワイヤーはシールドエネルギーで出来ている。元は捕縛用にギッシリと編んだのだから、多脚の装甲と合わせれば即席とはいえ十分な防御力を持った盾となる―――――――――綿飴の如く切り裂かれていかなければ。

 一撃でワイヤーを巻きつけられた多脚を切り裂けないと分かると、白赤のISはそこで動きを停滞させることなく、複雑な舞いを舞うように尚も二本目の光る剣を右手で抜いて振るう。一呼吸で縦横に走った光の刃がいとも簡単にオータムの策を食い破る。

 シールドバリアーを切り裂く物に似た物をオータムは一つだけ知っていた。

 

(ブリュンヒルデの単一仕様能力(零落白夜)をなんでコイツが!?)

 

 単一使用能力か、単に光る剣がそれだけの力を持っているのか、答えなど分かるはずもない。何故ならば誘き出されたのはオータムだったのだから。

 

「ひっ!?」

 

 目の前で、獲物が自分から飛びこんできたのだと獣が哂う。口などない白赤のISが確かに嘲笑っているのだと何故か感じ取って怖気が走る。

 理由はたった一つ。さっきのサイレント・ゼフィルスに追い込まれて見せたのもわざとで、自分の狩りの邪魔をしたからと、たったそれだけの理由でオータムは殺される。

 

「ぉおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 死を待つしかないオータムの顔の直ぐ横を右手が通る。Mの手だ。

 オータムの顔の直ぐ前にサイレント・ゼフィルスのBTエネルギーマルチライフルが現れる。右手には近接ショートブレードを持っているから握ることは出来なかったが、盾ぐらいにはなる。

 簡単にBTエネルギーマルチライフルが切り裂かれ、近接ショートブレードも持ち堪えられなかった。結果としてMのこの行動がオータムを救う。

 

「がぁっ!?」

 

 アラクネの装甲を切り裂き、オータムの肉体にも刻まれる剣創。だが、その傷は人を殺すには至らない。

 直後、サイレント・ゼフィルスがアラクネを抱え、同じように呼び出した小型レーザーガトリングをアラクネの武装で破壊し、2機と1機の間で爆発が起こる。

 これが最後のチャンスだとサイレント・ゼフィルスが全開でスラスターを吹かす。

 多脚の全てを失って異形の姿ではなくなったアラクネを胸に抱え、尻尾を巻いて逃げるサイレント・ゼフィルス。何故か白赤のISは追撃を仕掛けて来なかった。恐ろしくて後ろを見ることも出来ない。

 

「………ぅ」

 

 直ぐに白赤のISがいた空域を離れて、腕の中にオータムを抱えたMが何かを呟いた。

 その声を聞かずとも何を言ったのか分かる。オータムとMは白赤のISに遊ばれた。何時でも仕留められる獲物と認識され、逃げられても別に構わないと見逃される。これがどれだけの屈辱か。

 

「ちくしょう……っ」

 

 と、オータムもまたMと同じ言葉を口の中で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広大な戦闘空域の外れで三機の戦いを見ていることしか出来なかった凰鈴音は、敵ISが去ってようやくずっと止めていた呼吸を再開した

 

「…………終わったの?」

「わたくしにだって分かりませんわ」

 

 近くに来ていたセシリア・オルコットに問うたところで、彼女だって鈴と同じく状況なんて殆ど分かっていないだろうから返って来た返事は辛辣だった。

 感情が全く乗っていない言葉にチラリと意識を向けると、事実何も分からないからこそ驚きでフラットになってしまった感情を持て余しているセシリアがいるのみ。もし、あの2機を圧倒した白赤のISと一人で戦うとなったら簡単に打ち死の自信だけはあったから、少なくともセシリアが敵でないのは有難い。

 

「アイツ、敵だと思う?」

 

 視線の先、先程までの苛烈な軌道を取っていたとは思えない白赤のISは、空中に茫洋と漂っているだけで動きを見せない。次の行動が読めないのは痛い。実力が上だった敵の2機が圧倒されたのだ。易々とやられるつもりはないが、希望的観測を含めたって2機で戦ったところで勝ち目はないだろう。

 

「鈴さんはどう思いますの?」

「敵、であってほしくはないわね。勝てそうにないもの……!?」

 

 白赤のISが動いた。正確には一度量子化したはずの装甲が再び現れ、装着して再び重装甲へと戻っていく。そして装甲の重みと重力に負けたように力を失った機体が地へと落ちて行く。

 

「ちょっと……っ!?」

 

 まさかの予想のしていない展開に反射的に体が動き、機体が鈴の意志を反応して疾走する。

 

「鈴さん!?」

 

 背後のセシリアの驚愕は最もだ。鈴だって何で自分が暴虐を振るった白赤の――――今は白銀に戻ったISを助けようとしているのか分からない。それでもどうしてか、この時はこうすることが正しいと思えた。

 元より鈴は論理より直感に従って行動するタイプだ。考えることは苦手で、この時も直感に従ったまで。

 重力に従って落ちるだけの白銀のISは身動ぎすることなく、鈴が助けに入らなければ地に叩きつけられたことだろう。

 

「重っ……!?」

 

 地面に落ちる前に受け止めることに成功した鈴を襲うとてつもない重さ。重装甲に似合った重量が受け止めた鈴の腕を襲い、ISのパワーアシストがあるにも関わらず、ミシミシと軋ませる。

 

「女は根性……っ!」

「根性で現実は変えられませんわよ」

 

 あまりに力を込め過ぎて頭に血が上ったところでセシリアのブルー・ティアーズが助けに入ってくれた。2機のISのパワーがあれば大抵の物は持てる。

 

「お、もいですわね……っ!?」

「でしょう……っ!」

 

 それでも全力を振り絞らなければ落としてしまいそうになり、セシリアの白い肌が直ぐに真っ赤になる。

 2機で力を振り絞ってようやく落下速度を殺すことが出来て、全く動かない白銀のISを抱えて近くの山へと下りる。流石に住宅街にISで降りるほど耄碌してはいなかった。

 

「あ~、肩凝った。どんなに重いのよ。ったく織斑先生だか、篠ノ乃さんのどっちか乗っているか知らないけど自分で動いてほしいわ」

 

 ほっと一息ついて言いつつ白銀のISを地面に下ろすと、ドスッと見た目の重装甲に合った重低音と共に沈む。

 鈴のように肩を回して解してはいないが、セシリアが地面にめり込んでいる白銀のISを複雑な目で見つめる。彼女は知っているのだ。織斑千冬の死と、このISの操縦者が自分の知らない者であるということを。

 

「…………あの……あのですね、凰さん」

「全身装甲なんて気取った格好しっちゃってさ。どんな顔で寝てるのか見てやろ」

 

 鈴はセシリアが何かを言いかけたのに気づかないまま、非固定浮遊部位を持たない分だけ装甲に回しているような白銀のISの頭部に手をかけて引っ張った。

 もし、白銀のISが見た目通りの全身装甲タイプで頭部部分とそれ以外が外れなければというIFに意味はない。

 以外に簡単に頭部は外れ、量子と化して消える。露わになった顔は、一年前に別れたはずのISに乗れないはずの男である織斑一夏その人。想い人の顔を、会いたいと願っていた男を一年経とうとも見間違うはずがない。

 

「一夏……?」

 

 鼻と口から血を流している一夏の瞼は閉じている。 白赤のISが量子化して一夏の首にまるで首輪の如く巻き付く。

 何時だって人の出会いと別れは突然に訪れる。一年振りの再会は望んでもない戦場の中だとしても、二人が再び出会ったことだけは確かだった。初の男性操縦者の存在を前にして世界が変わる予感さえ抱きながら、三人の上空に自衛隊とIS学園の部隊がやってきた。

 




主な配役
・織斑一夏……バナージ・リンクス
・織斑千冬……カーディアス・ビスト
・織斑マドカ……アルベルト、マリーダ・クルス
・五反田弾……近い役割はタクヤ・イレイ
・五反田蘭……立ち位置的にミコット・バーチ
・篠ノ之箒……多分、オードリー・バーン(ミネバ・ラオ・ザビ)
・凰鈴音……誰だろう?
・セシリア・オルコット……謎だ?
・オータム……配役はなし、かな。

主な機体
・白式……ユニコーンガンダム
・クシャトリヤ……サイレント・ゼフィリス
・甲龍……なし
・ブルー・ティアーズ……なし

独自設定
・一夏が藍越学園に入学。
・一夏が原作ほど鈍感ではない。聡くて鈍いタイプ。
・束謹製のISコアは600強。コアの作り方は公開されているが、束が作ったコアは強力で、束コア→専用機、その他コア→量産機となっている。その他コアの数は不明で、最低でも1000以上。
・箒のIS適性がSで、昔から教育を受けて操縦している。代表候補生、専用機など
・白騎士に乗るにはIS適性「S」が必要なこと
・白騎士のコアならば全ISを統制できるかもという情報
・鈴がIS学園入学時からいる。
・マドカの出生
・白式がユニコーン(なんじゃそりゃ)
・千冬が殺される(話の都合上、仕方ないのよ)


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第4話 紅い黄金(上)

 

 レーダーやソナーの探知を阻害するジャマーを発しながら逃げたオータムとMは、都心から少し離れた太平洋近海に飛んできた。もしもその場を目撃していた者がいれば目を疑っただろう。直進していた2機の姿が忽然と空中で消えたのだから。

 消えたはずの2機は機械仕掛けの巨大なクジラの腹の中と思える場所にいた。科学技術が発達した現代であっても空間転移などの技術は、まだ開発されていないのだから彼女らはまだ太平洋近海にいる。

 PICのお蔭でヘリのように逆噴射等をして速度を落とす必要はなく、実に穏やかに機体をデッキに着陸させる。

 MとオータムがISを待機状態にすることなく決められた場所に機体を固定して下りると、規定事項のように整備員がISに取り付いていく。整備員がISに取り付く前に渡してくれたボトルで水分補給して、オータムは疲れたように息を吐いた。

 

「毎度のことながら生き物の腹の中に自分から飛びこむようなことは慣れないな」

 

 外からは機械クジラの腹の中にいることで姿が見えないとしても、空間に穴が開いてそこに自分から飛びこむ気分は決してよろしくない。

 機械クジラの中といっても、現実は空飛ぶ船という様相である。ISの台頭によって、この十年で科学の分野においてブレイクスルーが起こり、様々な分野で影響を受けた。オータムが乗っている船が空を飛んでいるのもその一つである。

 船体にエンジンとは別にISコアを使い、PICを使うことで船と呼べる大きさを空に浮かばせて航行する技術は、まだオータムのいる組織でも実験段階の域を超えていない。ISコアの役割はただ船体を浮かすだけでなく、船体をレーダー類などでの感知や目視出来なくなるように周りの風景に同化させる特殊な粒子が覆っており、ほぼ完璧な迷彩が施されている。あくまで迷彩が施されているのは船体だけだから、デッキが開けば中の光景が映る。その光景がまるで空間が口を開けているような錯覚を覚えさせるのだ。

 巨大な生物に呑み込まれるような感覚に小娘のように悲鳴を上げたりするような感性は最早欠片もないが、生物としての忌避感はどうしても拭えない。

 数回も繰り返せば、ただの作業となってやがて忌避感も麻痺していく。事実、オータムも前回には何も感じていなかった。なのに、今回に限って忌避感が再燃し、普段ならば他人の前で決して口にしない弱音を漏らしたのは。

 壊れた機体の整備を行なっている整備員達は決して実働部隊の話を聞かない。例え聞こえたとしても聞こえない振りをする。この場でオータムの弱音に反応するとしたらたった一人しかいない。

 

「怖いか、奴が」

 

 組織内で『M』と呼ばれる少女が、オータムと同じように整備員から受け取った簡易的な治療道具であるスプレーで額の傷の治療を行ないながら平坦な声で告げる。

 一瞬で感情の沸点を超えるが、睨み付けるようにMを見たオータムの中から怒りは消え去った。

 

「ああ、恐ろしかったね。あれほどの相手は今までいなかった。それはお前もだろ、M?」

「何っ……!?」

「手、震えてるぞ」

 

 握り潰してしまったボトルをそこら辺に投げ捨てて指摘すると、Mもようやく自覚して持っていたスプレーを落としてしまう。

 どうせそのまま捨て置いても後で整備員が片づけるのだが、なんと気なしにオータムは自分の足下に転がって来たスプレーを拾い上げる。別に後の掃除が面倒そうだとか、自分でやらないことをオータムが気にするはずもない。

 

「落したぞ」

 

 茶化す意図もなく純粋な気持ちでスプレーを差し出す。

 オータムからすれば珍しい親切心であったが、Mは気に入らなかったようだ。織斑千冬と良く似た眼差しをギラリと尖らせ、獰猛な表情なまま背を向ける。

 

「おい、勝手に行くのはいいがスコールが報告を待ってるんだぞ」

 

 受け取らなかったスプレーを手の中で弄びながら、歩き出そうとしたMを呼び止めて伝える。

 スコール、と言った名前に自分でも分かるほど熱が籠るのを感じながら、Mとはまだ短い付き合いながらも大体の性格が掴めているので答える返答は予想できる。それでも聞いたのはオータムの望みに対して大義名分が欲しかったから。

 

「わざわざ二人で報告しに行く必要はない。お前が一人で行けばいいだろ」

「そうかい。なら、仕方ない。そうさせてもらう」

 

 もう自分が言うことはないと止めていた足を進めてデッキから出て行く。

 

「恐れを認められねぇとはガキだねぇ………………って、まだ二桁にもならないガキだったか」

 

 クツクツ、と笑いながらそこらに適当にスプレーを放り投げたオータムもデッキから出て行く。報告の為、直属の上司であるスコールの下へと向かうのだ。

 寝物語に聞いたMの出生と育ちを思い出したオータムは、失礼な態度を取られても寛容でいられた。大の大人が小さな子供と変わらぬ年の人間の行動に目くじらを立てるのは情けなく、同じ恐怖を味わった同士でもあるのだから一度ぐらいは見逃すのが大人の対応なのだとこの時のオータムは考えた。

 始めて会った時からどうにも合わず、お互いに殺し合い一歩手前の空気を纏うような関係だったが、次から少しは優しくしてやろうかという気持ちにもなる…………スコールに会える高揚感に包まれたこの時だけは。

 作戦遂行中ならスコールはブリッジにいるはずと、当たりをつけたオータムの勘は正しかった。

 飛ぶように早歩きで辿り着いたオータムがブリッジに繋がる扉を前にして高揚から乱れていた息を整え、意を決して扉に手を当てて開くと待ち人がそこにいた。

 

「お帰りなさい、オータム」

 

 ブリッジの艦長席に当たる席の横に立つ黄金がオータムを出迎えてくれた。

 オータムにとって遥か尊き黄金が見つめ、言葉をかけてくれる。ただそれだけ魂が天へと昇るが如きの昂揚に苛まれながら、黄金の髪と宝石のような紅い眼や女性の黄金比とでも呼ぶべき人体と何よりも全身から発せられる威圧とでも呼ぶべき空気に陶酔する。

 これこそが実働部隊最強にして、他に並ぶ者なしのスコール・ミューゼル。オータムはスコールよりも美しく、そして強い人間を知らない。例え織斑千冬と戦っても必ず勝つと確信するほどである。

 数時間も離れていないのに何年も会っていなかった飢餓感が急速に襲って来て、オータムは止めていた足を進めて走り出した。

 

「スコールゥっ!」

「あら、どうしたのオータム? 急に飛びついて来て」

 

 名を呼びながら子供のように飛びついても、スコールは少し驚いたように表情を変えただけで自身と大して体格の変わらないオータムの体重を受け止めてもビクともしない。

 実戦部隊の将でありながらこれから舞踏会に参加するようなドレスを身に纏っているスコールの柔らかさを全身で感じながら、オータムは深く身の裡に刻み込まれた白銀のIS――――そういえば事前の情報では白式というのではなかったか――――の恐怖が消えていくのを感じた。ずっと前からそうだった。スコールの傍に、その体温に触れていればこの世に恐れるモノは何もない。この時もそうだった。

 懸案が払拭されたことで自分達が任務に失敗したのだと実感が湧いてくる。

 

「…………ゴメン、スコール。任務に失敗した」

 

 任務失敗を怒るだろうか、無様に逃げて来たことに呆れるだろうか。オータムから与えられるのならどちらでも喜んで受けるが、嫌われることだけは駄目だ。スコールに嫌われたらオータムは生きていられない。

 オータムにとってスコールは神であり世界そのものであるから、嫌われるぐらいならこの場で死を選ぶ。

 

「ええ、見てたわ。良く頑張ったわね」

「え?」

「あれほどの戦力が敵に残っているとは私も予想していなかった。任務が失敗したのは私の読みが甘かったのよ。あなた達――――オータムは良くやってくれたわ」

 

 スコールの返事はオータムが想定していたどれでもなかった。寧ろ褒めて、優しく頭を撫でてくれる。しかし、これでは任務失敗の責任の全てがスコールにあることになってしまう。それはとても認められない。

 

「違う! スコールの作戦は完璧だった。敵ISが2機いることも、目標が敵に回る可能性があることも十分に考慮していた」

「でも、目標の強さを読み違えていた。でしょ?」

「あんなの誰も予想できるものか! スコールは悪くない……っ!」

「ふふ、ありがとう。オータムは優しいわね」

 

 オータムが絶対に引かぬと強弁すると、オータムは仕方なさげに意見を受け入れてくれたが、頭を撫でていた手が離れてしまったことが寂しくて埋めていた胸の谷間から顔を上げる。

 見上げた先の顔は穏やかなもので、慈しむように伸びたスコールの手がオータムの頬に伸びて、目尻に浮かんでいた滴を拭う。

 

「私の可愛いオータム、泣かないで。あなたが泣くと私も悲しくなるわ。でも」

 

 そう言って拭った滴を口元に運んで、蠱惑的な舌をチロりと伸ばして舐め取る。

 

「こんなにも涙が美味しいと、また泣かせてみたくなってしまうわね」

 

 あぁ、と全身を震わせながら口の中で声なき声を上げて、人を誑かして骨までしゃぶり尽くす悪魔のような笑みを浮かべるスコールにオータムは絶頂を迎えた。自身の体液がスコールの口から入ってその一部になるのだと想像しただけで、精神がイッてしまったのだ。

 

「ふふ、本当に可愛い子」

「スコールぅ……」

「ゴメンなさいね。今直ぐにでも可愛がってあげたいところだけど、片づけないといけない仕事がまだ残っているから後でね」

 

 イッてしまって立っていることすら出来なくなっているオータムを近くの席に座らせる。

 座った椅子は少し温かい。温もりが残っているのは少し前までスコールが座っていたからだと想像すると再びの絶頂を迎える。甘露のような温もりと脳に響く声に抗うことはとても出来ない。

 頂点を極めた波が下がって来る。その時を冷静すぎるほどに穏やかな瞳で見据えたスコールは、オータムが現れた時に微笑んでから全く変わらない笑みで口を開く。

 

「織斑千冬の死亡は確認したわ。その近くで篠ノ之箒の存在もあった。じゃあ、誰があのISを動かしたのかしら?」

 

 答えはここにあるとばかりに、先程まで何もなかった手に手品のように写真が出現して、スコールは手にしていた写真をピンと指先で弾いて寄越した。

 綺麗に回転して自身に向かってくる写真を受け止めたオータムが見れば、不鮮明な画像にながらも交戦した敵ISの傍に人の形をした地に仰向けになったIS――――白式がフルフェイス型の頭部だけが存在しない、つまりは操縦者の素顔が映っていた。

 

「――男っ?!」

 

 女にしては短い髪と初見ならではの第一印象が写真に映る人物を男と思わせた。だが、それはありえない。ISに乗れるのは女だけなのだから。

 

「それは衛星をジャックして撮った映像をプリントアウトしたものよ。画像補正は行っているから実物とそう大差はないはず。これは世界初の男性操縦者の誕生かしらね」

「ISは女にしか反応しないはずじゃ!?」

「事実としてあの白式とかいうISは動いたわ。認めたくなくとも、これは変えようのない事実よ」

 

 オータムの言葉を否定するでもなく楽しげに肯定したスコールの言葉を引き継ぐように、ブリッジのモニターに学生証らしい画像が表示される。

 ブリッジにいるのはなにもスコールとオータムだけではない。船体を動かす操縦士といったブリッジ要因が詰めており、各々が自分の仕事をこなしている。モニターに表示されたのは映像から人物を識別し、似た人物を近くのデータから検索させていたのだ。

 次々と該当したのか、データが表示されていく。

 

「織斑一夏、男性。私立藍越学園に通う高校一年生。両親は既に亡く、姉が一人…………織斑千冬。苗字からもしやと思ったけど、まさかブリュンヒルデの弟なのか?」

「そうみたいね。まさか組織が前回のモンド・グロッソの時に誘拐しようとした子が私達の前に立ち塞がるとは、人生とは分からないものだわ」

 

 ISの世界大会となれば賭けの対象と十分であり、モンド・グロッソでは賭博が行われていた。だが、織斑千冬が圧倒的に強すぎたから胴元としては順当すぎては面白くない。別の選手を優勝させる為に八百長を仕掛けるにしても、千冬がそういうことをする性格ではないと一般レベルで認知されていたからこそ、彼女らの組織へと依頼されたのが身内を誘拐して決勝戦を辞退させようというものだった。

 別働隊の任務だったのでスコールもオータムも関わっていないが、如何なる方法でか誘拐されるはずだった一夏が自身に迫る危機に気づいて逃げ出した。その別働隊が逃げる織斑一夏を追い、騒ぎに便乗した別組織やギャングが暴れるのを収める為に出動した地元警察も巻き込んでの大騒動に発展した。

 相当な大混乱に陥ったが、スタジアムの外のことだと主催者である国際IS委員会は決勝戦を行わせようとするも誰かが一夏のことを千冬に伝え、彼女が決勝を放棄してドイツ軍の力を借りて一夏を救出して事態は収まった。

 結果的に目的は果たした賭博組織はドイツ軍によって捕まえられた。これらは世間には公表されていない事実だがスコール達の組織は面子を潰された形になる。

 

「世界最強の弟が世界初の男性操縦者とは、元から適性があったのかは分からないけど、このタイミングとなると作為的な可能性があるわ。死しても私達の邪魔をしてくるとは、流石はブリュンヒルデと言ったところかしら」

「死人は死人らしく、大人しく死んでいればいいものを」

 

 明らかになった事実でMが殺したはずの織斑千冬の身内となれば、まるで運命に踊らされているような気持ち悪さが胸を突く。

 

「あの白式とかいうISも事前の情報では、あそこまでの性能はなかったはずだ。性能だけじゃない。上手くは説明できないけど、アイツはなにか変だった」

 

 実際に戦った身からすれば悪夢とすら思えるほどの恐ろしさだった。

 蛇のように狡猾に、狩りをする狼の如く慎重に、獲物に飛び掛かる百獣の王のように大胆に、生まれたばかりの絶対的強者が圧倒的弱者で遊んだような異質感を思い出し、オータムは身を震わせる。

 

「捨て置けないわね」

 

 ポツリと漏れたように零した呟きを耳にして、顔を上げたオータムの視線の先では常と変わらないスコールの穏やかな表情がある。

 

「あの機体も男性操縦者も頂きましょうか」

 

 確認ではなく断定の響きを以て下した裁定にオータムは我が耳を疑った。

 利用価値を認めて頂くというなら両方共生きたまま確保するということ。認めたくはないが、Mとオータムの2機が掛かりで圧倒された相手なのだ。とてもではないが生きたまま確保するなど出来るとは思えない。オータムらが戦ったのはIS学園の生徒だという話なので移送されていることだろう。そこへ襲撃をかけるとなれば、Mとオータムだけでは捕まりに行くようなものだ。

 

「大丈夫よ、今度は私も――――このスコール・ミューゼルとゴールデン・ドーンが出るわ。博士のゴーレムも使うから丁度良い実戦訓練になるでしょう。ふふ、きっと世界はもっともっと楽しくなるわよ」

 

 オータムの心情を表情から容易く読み取ったスコールが始めて彼女の前で表情を変える。その時、スコールが浮かべた残酷なまでの表情を見たオータムは再び絶頂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前方の大型モニターが発する灯りだけに照らされた暗い部屋で山田真耶は人生で最も厳しい直面に晒されていた。

 

「――――彼の様子は?」

 

 自分でも驚くほどに感情が込められていない低い声が口から出た。

 暗い部屋にいるのは真耶だけではなく、もう二人。大型モニターの前で浮かび上がっている空中投影キーボードを打っていた、眼鏡をかけた少女が後ろを振り返ることなく肩をピクリと動かした。

 

「医務室にてまだ意識が戻っておりませんが、バイタル安定・脳波等にも異常は認められません。医療班からも体の内部にダメージがあるものの気を失っているだけなので、長くとも数時間の内に目を覚ますと」

「そう、よかった」

 

 生徒会所属の布仏虚もまた固い声で返すと、真耶は危急を催す事態には至っていないと分かり止めていた息を吐き出す。

 事態は緊急を要する物ではなくなったが、何時爆発するか分からない危険物を抱えているような気分は消えはしない。メロン級と噂される胸の下で腕を組みながら、深く吸いこんだ息を長く吐き出しながら考えを纏めようとする。

 

「住宅地での無許可のIS戦闘、戦闘の被害、初の男性操縦者等々…………考えることが山程ありますね」

 

 とてもではないが山田真耶の抱えられる案件ではない。IS学園、日本では織斑千冬の右腕と称されようとも、事態を調整する能力はあっても収める能力のない真耶の限界である。土台、№2にはなれても人の上に立つ器がないことを露呈する。

 

「自衛隊及び、警察より再三の通話が入っています。恐らく内容は全て同じかと」

「どこもかしこも織斑一夏君を引き渡せ、ですよね。対策を考えていますので、もう暫くの時間稼ぎを」

 

 一夏の存在は自衛隊のIS部隊に露見している。彼の身を案じた鈴が金をかけられただけあって十分な施設と人員が配置されているIS学園に自衛隊の制止を振り切って連れて来たことを真耶も咎めはしないが、厄介事を抱え込む羽目になったことは否定できない。、

 自衛隊経由で警察までこの件に介入してきており、代表候補生になったことのある真耶では通信越しであっても抑えきれない。こういう時にこそ織斑千冬の出番だというのに、彼女が真耶の前で大きな背中を見せてくれることは二度とない。

 

(千冬先輩……)

 

 凰鈴音とセシリア・オルコットに織斑一夏と共に連れて来られた姿のまま、ここIS学園の地下で今も眠る二度と物言わぬ亡骸となった織斑千冬を想う。

 ブリュンヒルデとIS学園の顔という面を持つ千冬の死は簡単に公表できるものではない。唯一の身内である織斑一夏がいることを理由にIS学園に安置してあるが、その先を真耶は考えることが出来ない。

 事態は真耶が抱えられる領域を遥かに超えている。任せられるものなら誰かに放り投げたいぐらいだが、今のIS学園は真耶以上に能力と立場を持っている者がいない。

 

(或いは、学園長も生徒会長もいないこのタイミングを狙っての襲撃を?)

 

 学園長と実質の運営者は日本で行われているIS委員会の会議に、生徒会長はロシアに自身の専用機の受領に向かっている。このタイミングを狙ったかのように日本政府から篠ノ之箒の代表候補生と専用機の授受だが、彼女の存在は利用すれども謀略には引き込まないことが政府の中では暗黙の了解であったはずなのだ。彼女の両親共々、篠ノ之束の機嫌を万が一でも損ねない為の飼い殺し状態。幾ら希少なランクのIS適性と優れた操縦技術があっても代表候補生に選ばれたのには疑問を覚えていた。

 

(今回の件に篠ノ之博士が一枚噛んでる? それを見越して先輩は同行したの?)

 

 不自然なタイミングでの箒の代表候補生就任と専用機授受、狙ったかのように起こった襲撃。その全てを束が裏から手を引いていたとしたら、同行し中国とイギリスに借りを作ってでも護衛を頼んだ千冬の行動に説明がつく。

 襲撃時に箒が白式に乗り込むことを想定していたのならば、実際に披露された機体性能を考えれば撃退も可能ではない。なにしろ素人が乗って出来たことだ。仮にも代表候補生級の技術を持っていたのなら、もっとうまくやれたかもしれない。

 全ては篠ノ之束が裏か手を回して妹の活躍の場を作る為の舞台を作り上げた、と考えるなら色んな疑問が解決する。

 

(証拠は何もないけれど……)

 

 仮説は証拠がなければ意味がなく、白式に乗り込んだのは篠ノ之箒ではなく織斑一夏であるならば今は全て真耶の推測の域を出ない。

 

「やっぱり駄目みたいです。生体認証解除できません」

 

 虚の隣で同じように空間投影キーボードを触っていた布仏本音が独特の間延びした口調で報告してきて、真耶は夢から醒めたように大型モニターを見上げた。

 そこに映るのは医務室で今も眠る織斑一夏の姿。正確にはその首に着けられている白い首輪を注視していた。

 

「外れませんか?」

 

 その機体性能を考えても、どうしても厄介事の種にしかならないと分かる白式の待機形態である首輪は手動で外すことが出来ず、こうして外部から本音がアクセスしていたのだが結果は芳しくなさそうだ。

 

「機体側からロックがかけられてます。外すには首チョンパしないと無理みたいです」

「ひっ!?」

「冗談でもそう言うのは止めなさい、本音」

「は~い」

 

 本音が軽く言うが、モニターに本人が映っているのでリアルに想像してしまった真耶の口から引き攣った声が出た。反対に虚は落ち着いたもので、隣に座る本音の頭を軽く叩いて諌めている。

 冗談を言い合い慣れている関係を前にして心臓がバクバクしているが一応の平静を取り戻した真耶は、改めて未だに意識を取り戻さない一夏を見る。きっとその場には一夏と幼い頃の知り合いだと言っていた篠ノ之箒がいるだろう。もしかしたら中国に行くまで同じ中学に通っていたという凰鈴音がいるかもしれないが、流石にまだ機体の整備と本国への報告をしているかもしれない。セシリア・オルコットも似たような状態だろう。

 あの場にいた民間人は今頃、警察署で保護されているはず。真耶が考えるべきは一夏も含めてこれからのこと。

 

(どうして千冬先輩は織斑君に……)

 

 白式を託したのか、どうして男がISに乗れるのか、疑問は絶えない。が、そうしていても現実は変わらない。

 

「外れないなら仕方ありません。人命を最優先する以上は別の手を考えなければなりませんが」

 

 問題は別にあるから真耶は苦い表情を浮かべてしまう。

 

「山田先生、通信が入っています」

 

 そら来たことか、と今までなかったことが不思議なくらいだった厄介事が訪れる。

 自衛隊、警察からの通信は最初に出た時に時間稼ぎの文言を使って切った後は別回線を用いて放置している。その二つ以外からの通信であることを意味する虚からの報告に息を詰めながら、努めて平静に見えるように呼吸を再開しながら渇いてきた唇を舌で湿らせながら口を開く。

 

「相手は?」

「IS委員会日本支部からです」

「…………分かりました。繋いで下さい」

 

 考えられる限りで最悪の相手からだと分かり、眉がヒクヒクと動くのを感じながら表情を引き締めて胸の下で組んでいた腕を下ろす。

 どこか心配そうに眼鏡を奥の目を細めた虚だが、通信相手が相手なので仕方なく繋ぐ。

 繋いだ通信の相手は直ぐに大型モニターに現れた。

 通信の相手は、化粧気のない五十代前ぐらいの女性だった。華美にならず、しかし周りに埋没しない間ぐらいの女性用のスーツに身を包んだ女性は、厳しい表情の中でその瞳だけは嗜虐の感情を僅かに覗かせながら真耶を見据える。

 

『お久しぶりね、山田候補生。元気そうで嬉しいわ』

「今はもう代表候補生ではありません、猪瀬理事」

 

 自らが上位者であると欠片も疑っていない態度と声で告げる女性――――日本IS委員会の理事を務める猪瀬の言葉を、真耶は決して負けてはなるものかと訂正する。

 

『あら、ごめんなさい。あなたが候補生の頃と変わらない可愛らしい容姿のままだから、当時の気持ちが蘇ってしまったの』

 

 申し訳なさそうなのは言葉だけで、上辺だけ取り繕おうとも真耶が自分よりも下の位置にいることを自明の理としている口調であった。

 あの頃と何も変わっていない、と真耶は三年前のモンド・グロッソ当時、国家代表の管理官であった猪瀬の厚顔無恥な顔を睨み付ける。

 

『話は聞いたわ。織斑先生が亡くなったそうね。世界に冠するブリュンヒルデの死に、お悔やみを申し上げるわ』

「いえ……」

 

 白々しいと感じながらも、表面上の言葉であっても相応の態度で受けねばならないのが大人の辛いところである。

 この猪瀬という女は、確かに優れた能力を持っていることは事実だが、あまりにも尊大であり、かつ権力欲を隠す気がなさすぎる。当時は代表候補生として国家代表であった千冬のフォローを行なっていた真耶とは面識があるが、どうやっても合わないタイプだった。

 何よりも決定的だったのは、優勝確実と言われた第二回モンド・グロッソ決勝を千冬が棄権したことを公然と批判し、その原因を作った一夏を面前で罵倒したのだ。その理由が自分の名誉やらなのだから救いようがない。

 自分が管理していた国家代表が優勝すれば色んな面で猪瀬は評価されただろうが、お釈迦にされたとなっては怒りはあるだろう。だが、一夏はあくまで巻き込まれたのであって決して怒りを向けていいはずがない。その場にいた全員が猪瀬に一言ならずの想いを抱いたが、それこそ栄誉や名誉よりも家族を取った千冬の怒り様は凄まじかった。手を出しはしなかったが、一生のトラウマになるほどの殺気を向けられて無様に失禁して失神した姿に誰もが溜飲を下げたものだ。

 その後、一夏救出の手助けの恩もあって千冬がドイツ軍に一年間教導に向かい、公式試合から引退を表明したのはこれ以上、管理官であった猪瀬の管理下にいたくないのだと周りの人間に思わせた。

 この件もあって猪瀬の評価はダダ下がりしたと後で真耶は聞いたが、しぶとくもこの数年の間にIS委員会日本支部の理事に上り詰めていたと聞けばゴキブリのようなしぶとさだと思いたくもなる。

 千冬が日本へ戻って来てからは不自然なほどに大人しかったが、死んだと分かれば掌を返したこの対応。真耶でなくとも怒りを覚える。

 

『こちらも暇ではないから世間話はここまでにするとして…………単刀直入に言うのだけれど白式とその操縦者を引き渡してもらえるかしら?』

 

 予想通りの要求であった。だからこそ、真耶が告げる言葉を決まっている。

 

「お断りします」

『…………白式は我が国の専用機よ。それを引き渡さないとは、国に喧嘩を売っていると考えてもいいのかしら』

「違います。操縦者は現在意識不明です。回復の兆しが見えず、意識が戻らない理由も分からないので迂闊に動かすことは危険です」

『道理ではあるけれど、こちらの報告では怪我等はないと聞いているわ。ただ気を失っているだけなら移送してもなんら問題ないはずよ』

 

 先程の返答に若干の間が空いたのは真耶の返答が予想外だったのか。

 喧嘩を売っているのはそっちの方だろうとは言えぬ我が身の立場を顧みて、毅然と顔を上げて画面の向こうの相手の目を見て話すも情報が筒抜けになっていることに会話から気づき、後で情報の徹底をしなければならないと心にメモしておく。

 

『それとも操縦者が篠ノ之候補生でないから渡せないと?』

 

 画面の向こうの女傑がお前の全てを見通してるんだとばかりに笑いながら告げてくる。

 猪瀬は一夏の状態まで知っているのならば、初の男性操縦者の存在を利用しないはずがないだろう。自らが上に立つ人間であると疑いもしない人間であるから、一夏を利用して更に上の権力を手に入れようとする行為になんら不自然はない。

 

「代表候補生は国の命令に対する拒否権は可能な限り許されていませんが、白式を動かした織斑君は違います。白式は待機状態となって操縦者から外せない状態になっています。あらゆる方法を試していますが、ISから拒否されていて外せる目途は立っていません。ISを外せるようになるか、本人の意思が確認できるまでは引き渡しを認めることは出来ません」

 

 頭を働かせて論理を組み立て、口を回して言葉を紡げ。今、織斑一夏を守れるのは山田真耶しかいない。彼を守ることが今まで千冬に守られてきた真耶の責務であった。

 

『だとしても、彼は本事件の重要な参考人よ。その身柄をこちらで預かるのは当然のことだと思うのだけれど』

「今すぐである必要はないはずです。織斑君は巻き込まれた一般人で、大切なご家族も亡くされたんです。目を覚まし、事態を呑み込むだけの時間が必要です」

『個人の感情に拘う暇なんてないのよ。一般人だと言うのなら、猶更専用機を持たせるわけにはいかないわ。ISを外せないというのなら然るべき場所に送致すべきよ」

 

 一度も男性操縦者のことをおくびにも出さず、正論で以てこちらを潰そうとしてくる猪瀬に対して真耶は未熟であるから感情論が大勢を締めてしまう。考えろ、考えて一時的にでもいいからどうやっても手が出せないような決定的な論理の壁を築かなければ。

 

「一般人であっても織斑君は私の生徒を助けてくれました。彼ならば間違った使い方をしないと信じています」

『言葉ではなんとでも言えるわ』

「現在の白式は彼の専用機となっています。いくら専用機が国の所有物だとしても織斑君が目を覚まし、その意志を確認するまでは引き渡すことは、一人の大人として教師として出来ません。第一、白式が国の所有物と言うなら日本の首相や大臣クラスを呼んでください。IS委員会日本支部の理事でしかないあなたに織斑君のことや今回のことであれこれと指図される理由はありません。これは」

 

 代表候補生を動かすのには国の上層部の許可がいる。

 今回の事件が起こった周辺にいる日本の代表候補生を招集したのは内閣からの通達を受けた自衛隊上層部だという話だ。生徒会長の妹も代表候補生だから招集がかかり、急いで出て行ったと同室だった本音が教えてくれた。

 本来、IS委員会に専用機も代表候補生もどうにかする権限はない。その点を真耶は突いた。

 

『…………よくぞ小娘如きが言うわね。分かったわ。そこまで言うなら首相から許可を頂きましょう。それまで首を洗って待っていなさい』

 

 自身よりも遥かに小さな小動物を戯れに遊んでいたら手を噛まれたような不快な顔をして、猪瀬の忌々しそうな顔がモニターから消えた。

 

「おお~」

「流石です、山田先生」

 

 ホッと肩の力を抜いたところで布仏姉妹から賞賛の声をかけられ、少しは千冬に近づけただろうかと微かに面映ゆそうな笑みを浮かべたが直ぐに表情を引き締めて震える膝を伸ばす。

 

「虚さん、学園長に至急連絡し、日本政府への根回しと織斑君をIS学園に入学させる旨を伝えて下さい。政府への根回しは時間稼ぎにしかならないでしょうが、織斑君をIS学園の生徒にしてしまえばIS委員会からの干渉を防げるはずです」

「特記事項二十一を適用するわけですね。分かりました」

 

 流石は虚は生徒会会計で学年でも主席だけあって、真耶の指示から意図を察したようだ。

 

「お姉ちゃん、特記事項二十一ってなんだっけ?」

 

 相変わらずの間延びした口調の本音は姉ほどの知識はなかったようで、一夏のモニターと白式のロックの解除を行ないながら通信を繋げている姉に尋ねていた。

 

「特記事項二十一、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする、よ。本音、あなたも生徒会に入ったのだからしっかりと覚えておきなさい」

「そんな細かいところまで覚えられないよ」

 

 クスリと暫く振りに笑い、真耶は布仏姉妹とは別の席に座って学園長の承諾を得る前に一夏の入学準備を進めることにした真耶は時間との勝負が始まる。

 

「ドイツとフランスの生徒の受け入れ態勢を整えている中に織斑君も入れれば」

 

 数日中に転入予定の生徒と共に一夏をIS学園に入れられるように目の前の作業に没頭する。そうしなければ千冬が死んだ実感が全身を押し潰して何も出来なくなるのは目に見えていた。

 没頭しようとした真耶の視線の先で通信のシグナルが点滅した。

 

『どうもIS学園さん。御宅のブリュンヒルデを殺した亡国機業の者よ』

 

 その通信に出た真耶はまだ何も終わっていないことを突きつけられるのだった。

 



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第5話 紅い黄金(中)

 

 気が付けば織斑一夏は海岸に立っていた。見上げた空はどこまでも蒼く、海もまたそれを映したかのように蒼い。漂う雲がなければ、その境界線が定かではない程に両者は渾然と溶け合っている。

 

「俺は…………どうしてここにいるんだ?」

 

 前後の状況が判然としない。記憶に断絶があり、思い出そうとするズキリと頭に痛みが走った。

 頭痛の走る頭を抑え、ここにいてもしようがないと海岸を歩き出した。

 太陽が出ているが暑くはないから砂を踏んでも熱いとは感じない。砂浜には貝殻の欠片どころか大きな石もなさそうなので不思議なほど歩きやすい。そうして暫く歩いても、聞こえるのは寄せては返す波の音とどこまでも海岸が続くだけで本当に移動しているのか疑いたくなる。

 どれぐらい歩いただろうか。十分か、一時間かも分からない。時間の感覚が曖昧で、自分という存在すら不確かな空間に迷い込んだかのようだった。

 

『――――――』

 

 唐突に聞こえて来た声に足を止めた。

 

「声、だって?」

 

 どうして聞こえてきたのが声だと判断できたのか、ただの音の羅列でしかないそれを一夏は聞き届け、声が聞こえる方向へと歩き出した。

 少し歩いたのか、かなり歩いたのか、分からないまま声が泣いているのだと気が付くのに随分と時間がかかった。

 程なくして声の主は一夏の眼前に現れた。

 一夏が歩いて近づいたのか、それとも始めからそこにいたのかは分からない。ただそこにいることだけは確かだった。

 

『――――――』

 

 子供、だと思った。一夏の認識がそう思わせただけで真実の姿は違うのかもしれない。何故か一夏には子供と見えたソレは、砂浜に蹲って悲痛な泣き声を漏らしている。

 普段の一夏ならば慰めているだろう。でも、一定の距離を取ったまま一夏の足は彫像のように固まっていて動いてくれない。声をかけようにも口も同じような状態で、子供らしき姿を見つめながら茫洋と眺める。

 

『――――――』

 

 泣き声は止まない。潮騒の音は変わらない。一夏は固まったように動かない。

 やがて子供が泣いていることすら当たり前のように感じられてきた中で、一夏は自分も涙を流していることに気付いた。子供に感化されたのかと思えば違う。この感情は、涙は一夏の裡から溢れたものだ。

 胸を圧する感情に翻弄されながら自らが泣いているという事実に気が付いた時、泣いていたはずの子供の姿を頭が認識する。

 

「!?」

 

 その子供が幼い頃の時分と瓜二つであったことから喉の奥で変な声が漏れる。

 幼い自分が手を上げて一夏を指差す。否、一夏の背後を。一夏は殆ど反射的に後ろを振り返って――――今にも自らを喰らおうとしている獣の口を間に当たりにした。

 

「うぁああああああああああああああああっっ!?」

 

 バッと自らが上げた叫びに目を覚ましてベットから起き上がった一夏。

 白い部屋と白い壁に、白いシーツに包まれて自分がまだあの砂浜にいるような恐怖が蘇って震える。

 

「どうした、一夏!?」

 

 そんな一夏の異変に傍にいた篠ノ之箒が肩に手をかけながら問いかけた。そこでようやく一夏は自分以外の人間である箒の存在を知覚し、自分がベットに寝かされていたのだと気づいて震えが急速に収まる。

 落ち着けば世界が広がり、自分が病院着のような物を着ていてカーテンが引かれた外が真っ暗なことから夜になっているのだと今更ながらに気が付く。

 

「箒、か?」

「ああ、そうだ。急に起き上がって驚いたぞ」

「ごめん」

 

 安堵したように息を吐く箒に謝りながら、夢見が悪くて叫びを上げた自分の情けなさ具合に羞恥を覚えつつチラリと辺りを見渡した一夏は、自分がいる場所がしっかりと医療器具が収められた場所であるらしいと推測した。箒がいることから厄介なことにはならないだろうと、深く考えると脳髄の奥が痛んだので早々に結論を出す。

 

「ここは、どこなんだ? 病院か?」

「IS学園の医務室だ。気を失っていたお前は此処に運ばれたんだ。何があったか覚えているか?」

「何が……?」

 

 ズキン、とこめかみで血管が脈動する痛みが襲う。言われなくても何も忘れてはいないのだと体が表明していた。

 体の内で蛇がとぐろを巻いたような不快感が消えてなくならず、出来るのならば頭痛も纏めて口からぶちまけてしまえればいいのだと思うほど。

 躊躇ながら説明しようとしたのだろう、口を開きかけた箒を手で制する。

 

「覚えてるから何も言うな」

 

 我知らず口調がきつくなったと後で気づいたが訂正する気になれず、決して変えられない事実を前にして歯を食い縛った。

 

「俺がISに乗って戦ったんだよな。詳しいことは分かんねないけど覚えてるよ」

 

 鳴り止まないアラームの直後に網膜投影されている視界に現れた『VT-D』の文字を認識した直後、眼球が潰れるほどの加速に押しひしげられ、体を誰かが乗っ取って勝手に動かしたような感覚はあるが、自分が何をしたのかはしっかりと記憶に残っている。そのことを伝えると箒が顔を強張らせた。

 敢えて口にしなかったその前のことを覚えていないとでも思ったのか。どうでもいいことだと一夏は片手で顔を覆った。

 

「勘違いすんなって。その前のことも忘れちゃいない」

 

 最愛の姉の死を口にしたくはなかった。口にしてしまった瞬間、覆しようのない現実が刃となって一夏を刺し殺すことは目に見えていたから虚勢を張る。

 もう一夏を守ってくれる人は誰もいないのだ。自分で自分を守っていかなければならない。無様に泣き叫び、いなくなった姉を求めてはならないのだと心に鎖をかけて縛り付ける。

 

「ああ、忘れちゃいない……っ!」

 

 それでも押さえつけきれなかった感情が溢れ出て、顔を覆っていない手をベットに叩きつける。

 流石は金をかけて作られたIS学園だけあって良いマットレスとベットを使っているのだろう。成人男性と比べても遜色のない体格を持つ一夏が拳を力一杯叩きつけても軋むだけで壊れない。

 だからどうしたという話ではない。叩きつけた拳を解いて、もう一つの手と合わせて体を前に倒して顔に手を食い込ませる。心に刺さる棘が痛すぎて肉体の痛みなど全く感じなかった。

 

「一夏……」

 

 今は一人になりたくて、でも一人になるのも嫌で、箒の存在は許しと怒りを引き起こす。人の感情ほど矛盾したものはないというが、今の一夏には何の関係もない。

 生きて来て始めて感じる痛みと怒りに全身を翻弄されて自傷する一夏の両手を箒は優しく解いた。

 

「溜め込むな。私には何も出来ないが胸を貸すことは出来る。全部ぶちまけてしまえ。千冬さんが私にしてくれたように」

 

 両手を包み込んで額に当てた箒がベットに片足を乗せて上がって来て、一夏の顔を豊満な胸に抱きしめた。

 

「ああ、もう千冬さんはいないんだな」

 

 箒の声が湿っていた。泣いているのか、そうでないのかなどどうでもいい。同じ悲しみを抱いている人が傍にいてくれることが一夏を救ってくれる。

 絶望の暗闇の中でも一人でなければ救いとなる。

 

「あ……が……」

 

 何故だか目頭が熱くなってきた。 奥歯を噛み砕かんばかりに歯を食い縛る。 胸の奥までムカムカしてくる。もう何が何だか分からない。それを押さえ込もうと更に強く歯を食い縛って耐えようとしても激した感情は一向に収まらない。

 

「う、うあ………うああ………」

 

 気付けば、頬に何か生温い液体が流れ落ちてきていた。 無性に、叫び出したい。そんな衝動が湧き上がってくる。 まるで決壊するように感情の波が溢れてくる。

 今までの一夏の世界は戻らない。千冬という大きすぎる主柱を失って心が軋み、哭き声を上げている。手足は震えて体は凍りついたように動かない。苦痛も何もかも感じなかった。もはやありとあらゆる感覚が、感情が、消滅してしまったようだ。

 

「あ………う、くっ………う、ああ………」

 

 心だけが痛い。とてつもなく痛くて熱い塊が胸を突く。

 涙がついに溢れ出したのだろうか。涙に霞んでいた景色が、さらに淡く滲んでいった。

 

「う、ああ………ああ……あああああああ………うわああああああああっ!!」

 

 もう我慢も出来ない。 ずっと溜め込んで閉じ込め続けてきた感情が次から次へと溢れ出てきて、今まで耐えてきた分の感情が決壊したダムのように漏れた。目から流れ落ちる涙が箒の胸元の制服を濡らす。

 声を上げて泣いて叫んで慟哭する。誰に聞かれようとも気にもしなかった。気持ちを貪るように、血を吐き出さんばかりの魂からの叫びを発した。

 

「うああああ………ああああああっ!!」

 

 堰を切ったように、とめどなく目からも涙が湧き上がって来る。悲鳴にも、犬の遠吠えにも似た叫びが喉から放たれていた。止まらない。止めようとしてもどうすればいいのか判らない。

 捌け口を見出したらしい感情が、その声を波立たせていた。しゃくり上げる肩が激しく上下する。子供のように遠慮のない、全部を曝け出してもなお収まらない慟哭だった。なぜ泣いたかさえ最後の方には解らなくなっていたが、それが何の感情なのかも分からず、思いを爆発させていた。

 

「ああああああああああああああああ………あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああっ!!!!」

 

 顔をクシャクシャに歪めて漏らす泣き声は、聞く者を震えさせずにおかない静かな絶叫だった。

 大声を上げたからといって、気持ちに整理などつくはずもない。泣いても笑っても何も変わらない。変わりはしないし、なにも変えはしないのだ。獣が叫ぶが如く。渇いた傷が裂傷して血が溢れ、泡を噴きながら感情の全てが流れ出してしまうまで泣き続けた。ずいぶんと長い時間、声も涙も枯れ果てるまで一夏は泣き続けた。

 馬鹿みたいに涙を溢れさせ、後になってみれば恥ずかしくなるぐらいに泣き喚いた。それでも箒は優しく頭を撫で、宥めるように背中をポンポンと軽く叩いた。

 やがて衝動は弱まってきて、涙も収まる。すると、同い年の少女に、再会したばかりの幼馴染に身も蓋もなく泣き叫んだところを見られたはず恥ずかしさが一夏を襲う。

 

「ごめん、ありがとう箒」

「気にするな。泣いたのは私も一緒だ」

 

 相変わらず変なところで男前な箒に苦笑しつつ、さっきまで自分が顔を埋めていた胸が主張する女性の面に惑われてしまう。

 箒の胸元は一夏が流した涙で濡れていた。かなりの量で、服の下にまで染みついて肌に張り付いてしまっている。その所為で豊満な胸がしっかりと強調され、さっきまでその感触を顔全体で感じていたとなれば嫌でも意識してしまう。

 

「7年、いや8年ぶりぐらいか、箒。綺麗に、美人になったな」

「そ、そうか……ありがとう、でいいのか?」

 

 正直に伝えると、箒は鳩が豆鉄砲を喰らったような意表を突かれた顔をして恥ずかしそうに顔を逸らして髪先を弄る。

 8年前と変わっていない髪型とその癖が懐かしく、自然と顔が綻んできた。

 我知らずに何かを口にしようと一夏の感覚が近づく人の気配を感じ取った。ベット脇の椅子に座る箒から医務室の入り口に顔を向けると、幼少期から共にいた箒は織斑姉弟の感性の鋭さを良く理解しているので誰か来たのだろうと同じように顔を動かす。

 箒がドアを見るとドアが開かれて、白衣を纏った癖毛の強い髪を垂らした千冬ぐらいの女性が入って来た。

 

「へいへい、美少年。ようやく目覚めたかい」

 

 ニヤリと三日月に歪めた口の間から異常に伸びた犬歯を覗かせて笑う女性を見た箒が目を丸くした。

 

「篝火さん、どうしてここに?」

「お宅らが機体だけ持って先に行っちゃうから武装云々を持って来たのさ」

 

 箒に篝火と呼ばれた女性は、歩く度に箒以上の大きさの胸をユサユサと揺らしながらベットに座ったままの一夏へと近づいてくる。

 

「そこな美少年に自己紹介をしておこうか。私は篝火ヒカルノ。君が乗った白式の開発元である倉持技研第二研究所所長で、君達のお姉さんの同級生だよ」

 

 ベットから二歩程度離れ、近いか遠いか曖昧な距離で足を止めた篝火ヒカルノは切れ長の眼で一夏を見ながら自己紹介する。

 

「姉って……千冬姉の?」

「うぃ、向こうは今日の引き渡しの時に自己紹介をしても存在すら覚えてなかったようだけどね。なぁ、篠ノ之候補生?」

「…………ええ」

 

 箒が言い淀みつつも肯定したのは、その場に同席していたからだろう。中学か高校の頃の同級生かは分からないが、尖っていた中学の頃は言うに及ばず、改善して来た高校時代も決して人付き合いは良くなかったと一夏は記憶していた。社会人になってから人付き合いが格段に良くなったのは、そのままでは世間を渡っていけないと学習したからだと思う。

 雰囲気が気まずくなったところで、ヒカルノが何かに気づいたように一夏を見た。

 

「しかし、鷹の弟も鷹だってことかねぇ。まさか初の男性操縦者が織斑千冬の弟なんだから」

「その言い方、好きじゃないです」

 

 嫌味とも純粋な賞賛とも取れる微妙な言い方だった。一夏は反応に困り、箒もなんとも言い難い表情をして口を挟んだ。

 

「そう? まあ、今はそんなことは横に置いておこう」

 

 箒が機嫌を損ねたように口にすると、ヒカルノは自分で話題を振っておきながら横にどけようとするのだから、千冬や束に似て傍若無人な面を垣間見せる。千冬は社会人になってからはそういう面は身内にしか見せなくなったが、似て非なる空気に一夏は違和感を覚えた。

 粘着質というか、蛇が獲物を見ているかのような雰囲気が初見でヒカルノを好きにならせない違和感を一夏に感じさせていた。

 

「さっきここの責任者が物騒なことを話してるのを聞いちゃってね。白式を襲ったテロリスト、亡国機業って言うらしいんだけど30分以内に君と白式を引き渡さなかったら都市部にISで無差別テロを行うってさ」

「なっ!?」

「責任者さんは拒否するらしいけど、君はどうするのかな?」

 

 こちらを試す様にニヤリと笑って尖った犬歯を見せながら、こともなげに言われた大事に一夏と箒は揃って息を呑む。

 一夏は驚きも冷めぬまま猛烈に思考する。

 

「どうして俺を……」

「白式が君の首に付いたまま外れないからさ。向こうさんもどうやってかその情報を手に入れたんだろ。それに男性操縦者のメカニズムを解明すれば世界がまたひっくり返るほど君自体にも価値がある。白式は現在開発されている第三世代の性能を遥かに上回るから両方を手に入れたいのさ」

「待って下さい! テロ予告だというなら警察や自衛隊に任せるべきです」

「連絡は禁止されてるようだよ、篠ノ之候補生。IS学園に直接通信してくるような相手だ慎重にならざるをえないだろうし、引き伸ばしは却下されたらしいから今頃必死に対策を考えてるところじゃないかな?」

 

 30分以内という限られた時間に一夏と白式を亡国機業に引き渡さなければ都市部に対する無差別テロを行うとのテロ予告。一般公開されていないIS学園に直接通信してくるような相手では警察や自衛隊への連絡は危険すぎる。

 時間もなければ手段も限られた中で出来ることなど限られる。

 

「俺、行きます」

 

 一夏はかけられた布団をどけて、ベット下に履ける物はあるかと探すと準備よくスリッパが並べられていたので履いて立ち上がる。

 

「一夏!?」

「みんなを守らないと。出来るのは俺だけなんだ」

「待て。落ち着けばもっと良い方法が」

「時間がないんだぞ! 待っていられるかっ」

「お前が犠牲になるなんて駄目だ! 私は認めないぞ!!」

 

 歩き出そうとした前に箒が立ち塞がるが、起こる悲劇を前にしてジッとしていることなんて出来ない。守らなければ、千冬との約束を果たせない。

 強引に押し留めようとする箒を男の力で押し退けようとするが、箒は腕に縋りつくように止めてくる。どうして止めるのかと力尽くで振り解こうとするが、箒が眦に涙を浮かべているとあっては強硬手段に出れない、

 

「まあまあ、御両人落ち着いて」

 

 騒動の原因を作ったヒカルノが気にした風もなく止めに入る。

 諍いを見るのが楽しいとばかりに犬歯を見せつけながら、良いことを思いついたとばかりにニンマリと笑う。

 

「何も自分から身を引き渡す必要はない。折角、白式の強力な武装を持って来たのだからテロリストを倒しちゃえば?」

 

 それはきっと悪魔の囁きというものなのだろう。構わないと、一夏は再び戦場に立つ決意を固める。

 

「「話は聞かせてもらったわ(ましたわ)!」」

 

 ドカン、とドアが開いて話を盗み聞きしていたらしい鈴とセシリアが部屋に入りながら宣言した。

 戦士は戦乙女を引き連れて飛ぶのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏のISスーツってえらいゴテゴテしてるのね」

 

 IS学園を発進して直ぐに並走する鈴が一年前と何も変わらない様子で一夏に話しかけて来た。

 

「白式の加速性能はPICを使っても従来の物だと耐えられないんだと。ええと、なんて言ってたっけか……」

 

 時流に逆らうような宇宙服のようなISスーツを身に纏ってISに乗っている一夏は、答えながらヒカルノの説明された内容を思い出そうとするが、武装の説明などは自分の手で使うのだから覚えたがスーツに関することは勝手にシステムが動いてくれることもあって頭の中に残っていなかった。

 鈴とは反対側で並走する青い機体の乗り主が一夏の返答に眉を寄せた。

 

「DDSと呼ばれる対G負荷用薬剤投与システムが搭載されていて、無痛注射で薬剤を投与することで体内の血液循環を活性化してGによる循環の停滞を抑える役割を持っている、ですわ。自分のことなのですからしっかりと覚えないと」

「ごめん、私も聞いてたけどさっぱり」

「鈴さんは感覚的すぎます。もっと理論をですね」

「はいはい、アンタが理論に偏ってるのはよく分かってるから」

 

 セシリア・オルコットは説教癖というか説明好きというか、そんな面があるらしく鈴がうんざりと様子で手を振る。

 

「なんにしても、また気絶するのは勘弁だからな。助かるよ」

 

 鈴とは碌に再会の挨拶もしていないが、一年振りでも何も変わっていないことに安心していた。

 碌な経験すらない一夏には夜の海の飛行はハイパーセンサーで真昼と変わらないぐらい視界がはっきりしても、暗い海に対する潜在的な恐怖は拭いきれない。こうやって見知った相手が傍にいてくれることは、同学年らしいセシリアと遠慮のない会話もあって一夏の精神の安定に大いに貢献してくれる。

 気持ちの昂りを証明するように、右手に五連装のEパックを装填したビームマグナム、左手にISにしては珍しい大型の機体色と同じ白亜のシールドを握る手に力を籠める。

 

「しっかし、武器を拡張領域に入れられないなんて変なISよね。全身装甲といい、非固定装備もないISなんて前代未聞じゃない」

 

 並走する鈴が少し速度を速めて前に出て顔だけを一夏に向けて、白式の全身を見ながら唸る。

 

「特異すぎる機体、というのは同意しますわ。操縦者もそうですが、ISにしては異常すぎます」

「そんなに特異とか異常とか連呼しないでくれよ……」

 

 普通ではない自覚はあるのだが、二人は緊張している一夏の神経を解そうしてくれているにしても、あまりにも普通とは違うのだと言われ続けると自分を否定されているようで面白くない――――なんて、考えている余裕がある時点で一夏は平静を保てている証拠だ。

 一夏は出撃前にヒカルノに機体の説明を受けた時のことを思い出す。

 

『ISコアが人の意志に反応するのは今更言うまでもないね?白式の装甲はIISコアの素材によって出来てるから操縦者のことを考慮しなければ、理論的には反応速度は天井知らず。強力な武装と現行機を遥かに超える性能、素人であっても簡単に扱えるインテンション・オートマチック・システム、切り札もあるから負ける要素はないわ』

 

 切り札とはなんだ、と聞き返した一夏にヒカルノは底冷えのするような笑みを浮かべた。

 

『任意での発動は出来ないけれど、君は一度それを使いこなしている。その時が来ればこれなのだと直ぐに分かるわ』

 

 分からないことだらけだが、少なくとも今の自分には力があるのだと決意を固めていると、海が途切れて陸地が見えて来た。

 

「もう直ぐですわ――――東京スカイツリーは!」

 

 セシリアの叫びに3機は揃って海面を急上昇して高層ビルの上を通過する。

 テロリストは機体の受渡し場所に日本で一番目立つ名所をしてきていたので迷うことはなかったし、当のテロリストが物凄く目立っていた。

 

「派手だな、おい!?」

「あれって黄金っていうのよね…………派手だわ」

「電灯の光に照らされて眩しいぐらいですわね」

 

 東京スカイツリーの天辺で待ち受けるのは黄金のISを纏いし女は、テロリストなんて世に隠れて事を起こす輩という共通認識をぶち壊すほどに目立っていた。東京は眠らない街だなんて仇名されるぐらいに夜でも明るいが、目立つという点では東京スカイツリーよりも黄金のISが一歩勝るぐらいだ。

 にもかかわらず、ハイパーセンサーで見た眼下の人達が黄金のISに気づいた様子はない。その理由を考えるよりも早く、東京の夜空を突如として太陽が出現した。

 

「な……っ!?」

「太陽だって!?」

 

 セシリアが息を呑み、鈴の口から呆然とした言葉が出るのを他人事のように聞いた一夏も一瞬目の前にあるものがそう見えた。

 夜空には見えないはずの太陽が…………否、太陽に見える巨大な火球が存在していた。その輝きの凄まじさは、天空に太陽が生まれたかのようだった。

 黄金のISが天空に向けていた手を下に向けると、数千度の熱を放射しながら全てを灼いて太陽が滾り落ちて来る。

 初期に発していた耳を圧するほどの轟音すら消え、静寂の灼熱地獄を生み出す。既に一千度を超えていた炎の塊が五千度を超え、もはや直視できないほどの紅蓮になっていた太陽が迫る一夏たちに向けて落ちてくる。

 

「あれを落とすってのか……っ!?」

 

 落ちて来る太陽が近づくごとに目に映る光景が白く霞み、手足の存在感が失われてゆく。一夏達が何もせずに下に落ちれば最低でも周辺百メートルは焼き尽くされ、余波だけでどれだけの被害が出るか分からない。

 その前に全てを打ち滅ぼすと決めた。

 

「ビームマグナムを撃つ! 二人は撃ち漏らしを頼む!」

 

 返答を待っている暇はない。左手に握っていたシールドを手放して腕のアタッチメントに任せ、両手でビームマグナムを構える。

 射撃兵器を撃つという意志を読み取った白式が照準画面を呼び起こして、太陽の中心をオートで補足する。ビームマグナムは威力の調整など出来ないが、現行兵器の中では最高クラスだとヒカルノから聞いていたので、分の悪い賭けだろうと勝負しなければ太陽が落ちればどれだけの人が犠牲になるか。

 

「いけるか……っ!」

 

 発射トリガーに指をかけ、本当に大丈夫なのかと一瞬の迷いが一夏の脳裏を過るが猶予はない。

 躊躇いは一瞬、意を決してトリガーを曳いて――――閃光が一夏の視界を支配した。

 轟音と爆音、ビームマグナムより放たれたエネルギーの光線が太陽に突き刺さり、押し上げたかのように見えた直後に大爆発を引き起こした。

 ビームマグナムに繋がっていた弾倉である5基装着されているエネルギーパックの内の1基が薬莢代わりに弾き出され、太陽の大爆発に吹き飛ばされる。太陽の大爆発は白式の後ろにも広がり、地上で人々の悲鳴やガラス等が割れる音をISの優れたセンサーが拾う。

 

「助かったけど、威力が強すぎる」

 

 太陽の爆発によって荒れ狂っている気流を条件反射で手で防ぎながら撃ち漏らしがないかと確認するも、ビームマグナムによって木端微塵に粉砕されたようで一安心する。

 ふと力の抜けた意識の間隙を敵は見逃さない。

 

「一夏、後ろ!?」

「え?」

 

 鈴の声が聞こえた直後、背後から衝撃が起こって吹き飛ばされる。

 ハイパーセンサーで確認すると、何時の間に近寄ったのか黄金のISがそこにいて白式の背中を後ろから蹴ったのだと理解するのと同時に、斜め下に蹴り飛ばされた白式は高層ビルの一つにぶつかった。

 簡単にコンクリートの壁を粉砕して、既に終業時間を過ぎて誰もいないオフィスを三階層分ぶち抜いて落ちる。

 

「くっ……」

 

 床に半分めり込んだ体の上に乗っている、ぶち抜いた天井だか床のコンクリートをどける。

 完全に殺しきれなかった衝撃に頭がクラクラするが、白式も一夏もまだまだ動ける。コンクリートをどけて顔を上げれば、屋上を突き破ってきた道筋が見え、微かに見える夜空に閃光が走っていた。

 

「鈴!」

 

 セシリアはほぼ初対面でしっかり落ち着いて話をしたわけじゃないから、心配するのはやはり知り合いであった鈴だった。スラスターを焚いて埋もれたビルから脱出する。

 丁度、その時だった。夜空を炎が走り、装甲を損失したISを纏う鈴が火に巻かれて墜落して行く。落ちて行く鈴をセシリアが受け止めたが、彼女のISも所々に損傷を負っている。鈴を墜としたその攻撃を放ったのは手に炎の剣を持つ黄金のISに他ならない。

 

「やったなぁ……っ!!」

 

 鈴の姿に千冬の末期の笑みが重なり、一夏の中で何かが切れた。頭の中が真っ白になり、全身の毛が逆立つような怒りに支配されて、また機体が赤い燐光を放って網膜投影に「VT-D」と文字が現れても何も気にしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山田真耶の苦境は一向に終わらない。寧ろ時間が経つごとに問題は大きくなるばかりだ。

 

「ですから、早急にIS部隊を派遣してほしいんです!」

『しかしだねぇ、山田先生……』

「生徒達が勝手に飛び出して行っちゃったんです! テロリストを相手にさせるわけにはいきません!」

 

 通信相手はIS部隊派遣の権限を握る国の幹部である。亡国機業からのテロ予告に対策を打ち出す前に、一夏達が出てしまったと箒から連絡を受けた真耶は、即時の自衛隊のIS部隊の派遣を要請しているが、場所が都市圏のど真ん中であるだけに幹部は及び腰でこちらの要望を受け入れる様子を見せない。

 

『勝手に、とは言うが我が国のテロに中国とイギリスの代表候補生を行かせるのは如何なものかね山田先生? 二国から責任追及の声があった場合、君の責任問題になるが』

「私のことはどうでもいいんです! 部隊を派遣してほしいと言ってるんです!」

 

 これが上の立つ人間の考え方なのか、現実の問題に対処する前に終わった後のことを心配する。それにしたって自らが責任を追いたくないのだという気持ちを欠片も隠しもしない。責任を担う立場にあるのなら当然の考え方かもしれないが、今の真耶にとっては唾棄すべきものでしかない。

 

『内閣は君達も関わったテロ事件の対応に全力を注いでいる。襲撃犯が捕まっていないことから自衛隊のIS部隊と招集した代表候補生は直ぐに出せるかもしれないが、まだ起こってもいないテロにどういう理由で出させるつもりかね?』

「テロが起こってからは遅いんです。その前に事態を収拾させないと」

『その事態こそがまだ起こっていないのだよ。都市部にISで無差別テロを行うというが、ISならば必ずレーダーに引っ掛かる以上、侵入される前に気づく。間違いでした、ではすまないのだ。部隊の派遣はテロリストが起こってからでも遅くはない。これ以上、マスコミを騒がせるネタを作る気はないぞ』

 

 幹部が組み立てて言う理屈は一面だけを見れば正しいが、所詮は事務屋の理屈である。無差別テロといってもISで行うと言うだけでどのような行動に出るのか分からないし、そもそもレーダー外からやってくるとは限らない。机上の理屈だけで納得して、想定外のことが起これば自分ではなく他人に責任を押し付けようとする上に立つ人間に多い悪い癖だ。

 

「責任は全て私が持ちます。ですから、IS部隊にスクランブルをかけて下さい」

『…………よかろう。その言葉、決して忘れるな』

 

 言質を取ると満足したように幹部は笑って頷き、通信を切った。

 砂嵐だけを映す画面の前で真耶は融通の効かない事務屋に自分が張った博打の掛け金の大きさに身震いしながらも、何時までも顔を俯けていることは許されなかった。千冬亡き後、責任者の大半がいないIS学園を纏めるのは自分しかいないという責任が今の真耶を支えている。

 

「織斑君! 凰さん! オルコットさん! 応答して下さい……っ!」

 

 通信を繋げようとしている虚の声は悲痛だった。幾らIS学園がIS操縦者を育成する教育機関であるといっても、実際に本物の戦場に立った人間は恐らく片手の数にも満たないだろう。教育機関はあくまで教育を主眼とするところであって、戦場のなんたるかを教える場所ではないのだから。

 勝手に飛び出した三人に言いたいことは山ほどあれど、安全と安否を確認しなければならない。 

 

「すみません、私が止めていれば」

 

 肩身が狭そうに箒を真耶は責めることは出来ない。否、飛び出した三人にだって同じだ。結局、真耶はテロリストの要求に対して効果的な策が思いつかなかったのだから。

 専用機の三人と違って量産機では足手纏いになるから、と付いて行かなかった箒の判断はまだ許せる。

 

「篠ノ之さんの所為ではありませんよ」

「そうそう、悪いのは唆した私じゃない?」

「分かっているのなら部外者は出て行ってください……っ!」

 

 箒の隣の立つ元凶を目にして上手く笑えて伝えられているだろうか、真耶には自信がなかった。

 箒と共にやってきて、テロリストの要求を一夏達に伝えた張本人である篝火ヒカルノ。

 テロ事件後に何食わぬ顔で倉持技研から白式の武装を運んできたと嘯いた科学者は、元々決まっていた整備室の場所に運び込んでも帰らずに一夏らにいらないことを吹き込んだ。その所為で鈴とセシリアも一緒に飛び出していったのだから真耶でなくても怒りを覚える。

 

「そんなに怒らないの。小皺が出来るわよ」

 

 宥めるように言うヒカルノは、ドラキュラの如き尖った犬歯を見せながら明らかに分かった上で煽っている。

 真耶は怒りを息を吐き出すことで追い出し、平静を装いながら口を開いた。

 

「いいですから、部外者は」

「映像入ります!」

 

 ヒカルノに注意しようと瞬間、間延びしながらも緊張感を漂わせた口調で本音が告げる。

 日本の衛星回線を利用することで移動する一夏達を捉えたのだ。海面を波飛沫を立てながら低空で飛行する3機の姿を大型モニターに映る。

 

「三人との通信は?」

「周辺にジャマーが張られているのか繋がりません」

「亡国機業の仕業というわけですか……」

 

 他に理由は考えられなかった。そして悠長に考えている暇も与えられなかった。

 海面が途切れ、三人が地上へと上がって都市部へと到達した直後だった。3機が急速に高度を上げ、地上からは見上げても見ることが出来ない高さで飛んでいると画面を光が覆い尽くした。 

 

「なんなんですかっ!?」

「熱反応を感知! 東京スカイツリー付近からです!」

 

 まだスカイツリーから一夏達が飛んでいる場所までは距離がある。幾ら衛星回線が宇宙からの映像だとしても異常なほどの光量。それこそ太陽のような。

 映像を注視していると、更に大きな光が起こった。そうとしか表現できない光量がモニターから発せられて、一時的によせ真耶達の眼を曇らせる。

 

「一夏君がビームマグナムを使ったようね」

 

 ヒカルノの呟きは誰にも届かぬまま虚空へと消え、光は唐突に収まる。

 

「一夏!?」

 

 真耶よりも早くモニターに目を戻した箒の悲鳴が響き渡る。

 

「凰さん!? オルコットさん!?」

 

 真耶が閉じていた瞼を開くと白式の姿はなく、黄金のISが甲龍とブルー・ティアーズを同時に攻撃しているところだった。

 2機の微妙な距離に浮かんだ黄金のISが双刀を取り出した甲龍に炎の鞭を放ち、ブルー・ティアーズがスターライトmkⅢを構えると同時に尻尾が伸びて捕まえる。捕らえられた2機を引き寄せると同時に胸の前でクロスさせた腕を開くと熱波が広がった。

 甲龍とブルー・ティアーズは成す術もなく受けざるをえず、ダメージを受けた所に火の粉を凝縮して作る超高熱火球が放たれる。ブルー・ティアーズはまだ距離があったから片方の非固定装備が犠牲になっただけですんだが、距離が近かった甲龍に回避の余裕はなかった。龍砲を放つことで相殺しようとしたらしいが完全には果たせず、直撃を受ける。その直後に一夏が近くのビルから天井を突き破って現れた。

 真耶は代表候補生の二人をああまで翻弄する黄金のISの強さに戦慄する。

 黄金のISは太陽を囮にして迎撃の隙をついて一夏をビルに落とし、直後に2機を翻弄して鈴を行動不能にまで追い込んだ。その実力は衛星回線からでは仮定になるが、真耶の見積もりではヴァルキリークラス。相手をするには国家代表レベルでなくてはならない。 

 

「逃げて……っ!」

 

 初心者の一夏と代表候補生でしかない二人で戦える相手ではないと叫んだ真耶の視線の先で白式に異変が起こった。

 赤い燐光が映ったと思ったら装甲が剥離し、軽装になった白式が黄金のISに躍りかかった。その速度は常軌を逸している。一瞬にしてトップスピードに乗って映像から消えた。

 虚が映像の倍率を弱めて遠目からのものにしてくれたお蔭で、一瞬で移動している白式と黄金のISが発する光が僅かに映る。映像が追いかけるが全く追いつけない。何年もISに関わっている真耶ですら知らない程の尋常ではない速さだ。

 

「へぇ、VT-D状態の白式に追いつけるISがいたんだ」

 

 今度は真耶も聞き逃さなかった。

 

「VT-D?」

「おっと、失言だったかな」

「答えて下さい、VT-Dとはなんですか」

 

 虚偽は許さないと視線に込めて、人を食ったような雰囲気のヒカルノを問い詰める。

 ヒカルノは真耶の絶対に引かぬとばかりの気迫に降参とばかりに両手を上げた。どこまでも人を食ったように行動する女であった。

 

「話す前に一つ聞きたいんだけど、ヴァルキリー・トレース・システムって知ってる?」

「…………確か過去のモンド・グロッソ優勝者の戦闘方法をデータ化してそのまま再現・実行するシステムのはずじゃ、まさか!」

 

 ヒカルノの問いに該当するシステムが一つしか思い当らず、その頭文字が「VT」であることから真耶の脳裏に最悪の想像が頭を過る。

 ヴァルキリー・トレース・システムは、パイロットに能力以上のスペックを要求するため、肉体に莫大な負荷が掛かり、場合によっては生命が危ぶまれる危険なもの。現在はあらゆる企業・国家での開発が禁止されていると聞いていた。

 

「そのまさかだけど少し違う。似て非なる物にして到達点さ」

 

 ヒカルノは瞳に狂気を浮かべながらシステムを詳らかにする。

 

「私が作った『VT-D』はモンド・グロッソ出場者の戦闘方法をデータ化するまでは同じだけど、データから戦闘時に最適の行動を導き出し駆動するシステムさ。ヴァルキリー達の戦闘行動をトレースしながらもその上を行く、さしずめヴァルキリー・トレース・デストロイヤー・システムかな。織斑千冬のデータも入っているから理論上ではブリュンヒルデにも勝てる」

「なんでそんなシステムを……」

「八つ当たりだよ」

 

 思わずといった様子で口を挟んだ箒を狂気でどんよりと濁った瞳で見遣ったヒカルノは鼻を鳴らしてこともげに言った。

 

「白式は倉持技研で開発されたことになってるけど、うちがやったのは設計書通りに組み立てただけさ。設計書には技術者なら見れば分かるように細かく組み立て方が書いてあったよ。ご丁寧に対Gに優れたISスーツと強力な武装まで付けてね」

 

 白式の機体性能や気を衒うかのような数々を考えれば尋常の人間に出来ることではない。そんなことが出来るのは世界でもただ一人。

 技術を使う方でしかない真耶には想像することしか出来ないが、技術者としての挟持など知らないとばかりに為された行為はどれだけプライドを傷つけるだろうか。

 

「まさか姉さんが」

「そうだよ、篠ノ之候補生。妹の為に世界が第三世代の開発に躍起になっている中で、あっさりとこっちの苦悩なんて飛び越えた機体を送り付けて来たのはアンタの姉、篠ノ之束だよ。篠ノ之束もやり過ぎた自覚はあったようでね。あの重装甲は暴れ馬過ぎる機体を抑え込む拘束具でもあった。それでも現行のISとしては操縦者への負担が大きいから専用のISスーツまで作って。全くもって妹の想いの姉じゃないか」

 

 吐き捨てるように、何年も捨てたはずの玩具が目の前で転がっているのを見たように、ヒカルノは興味のない眼を箒に向けている。

 

「でも、私はそんなことどうでもよかったさ。敵わないのは分かりきっていたことだからね。ただ、あの二人は私のことを全く覚えていなかったけどね……!」

 

 そこで始めてヒカルノが感情らしい感情を覗かせた。それは怒りに似ているようで少し違う。

 

「出来上がった白式を見に来た篠ノ之束は私のことを覚えていなかった。織斑千冬もだ。ああ、仕方ないさ。私はどれだけ努力してもあの二人には届かない永遠の脇役。とうに諦めはついている。だから、少しだけ八つ当たりをしてやったのさ。機体に組み込まれていない機能を、システムを埋め込むって形でね。白式がシステムを呑み込んで、あんな姿になるとは想定外だったけど…………いや、ISが私の思惑を超えるというなら開発者である篠ノ之束に劣っていたということなのかね」

 

 また飄々とした雰囲気に戻ったヒカルノは肩を竦める。

 結局、二人を超えられなかった自分に向けられた怒りは昇華することなく、八つ当たりが出来た白式に埋め込まれたシステム。そのシステムがなければ素人の一夏は生き残れず、今もテロリストと戦えているのだから世の中は分からない。

 

「馬鹿げた話さ。篠ノ之候補生が活躍してもそれは私のシステムのお蔭だって自己満足に浸る為だったのに、織斑千冬は死に、操縦者も別の人間なんだからね」

 

 運命ってやつを呪いたくなる、と言って顔を俯けたヒカルノに言える言葉など真耶は持ち合わせていなかった。

 

「かんちゃん!?」

 

 そんな彼女らの眼をモニターに戻させたのは、本音を切羽詰った詰まった声だった。

 



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第6話 紅い黄金(下)

 

 更識簪は自分がどうしてこうなっているのかと深いため意を吐いた。本当ならば寮の自室で倉持技研から専用機の製作を預けられたので自分でシステムを構築しているはずなのに、自衛隊の基地で量産型のISを身に纏うことになるとは。

 代表候補生ともなれば様々な特権が得られるが、同時にこのような事態で国に使われるデメリットもある。覚悟していたことはいえ、現実にその時が来ると憂鬱な簪だった。

 ISを身に纏っているのは簪一人ではない。首都圏近郊に住む代表候補生2人と自衛隊のIS部隊5人もいる。だが、簪と同い年は一人もおらず、全員を合わせても8人だがみんな二十歳を超えているのでどうにも簪は気後れしていた。

 

『あーあー、聞こえるかね? うん、聞こえているようだな』

 

 通信回線が開き、簪や代表候補生を招集し、自衛隊のIS部隊を動かした張本人であるお偉いさんの声が聞こえて来た。

 

『テレビやらで知っているかもしれないが今日の夕方に市街地でIS同士の戦闘があったのは周知のことと思う。捜索中だが襲撃者達は現在を以ても捕まってはいない。代表候補生の諸君らにも集まってもらったのは万が一を考えて事だ』

 

 自衛隊IS部隊の追跡を振り切ったと言う話だから、万が一を考えてのことで代表候補生である簪も呼ばれたわけでまさか実戦の舞台がやってくるとは正直夢にも思っていなかった。恐らくそれは他の代表候補生も同じのようで一応に強張った表情を浮かべている。

 

『今回、諸君らに出撃体勢に入ってもらったのは迎撃態勢を整えておく為だ。テロリストの考えることなど理解出来んからな。何をやらかすか分からん』

 

 簪はどうにもこの声の主のことが好きになれなかった。こうして集めたのも非常事態を警戒したためではなく、緊急事態があったのだから対策を取っていないと後で非難されるという裏を隠しもしない点だ。

 上辺だけを取り繕っていても底が露呈しているというか、ある意味で正直な人なのだろうが好ける人ではない。

 

『が、つい先程事情が変わった』

 

 通信回線の向こうからピリッとした緊張が伝わってくるようで、違うことを考えていた簪の頭がクリアになって話を聞く体勢を作る。

 

『IS学園に先のテロリストから都市部に対する無差別テロの予告があったのことだ。時刻はもう間もなく。諸君らの任務はテロの阻止とテロリストの捕縛である』

『そのテロリストの戦力は?』

 

 違う声が通信に混じった。確か自衛隊IS部隊の隊長のはずだ。

 オープン回線なので相互のやり取りが出来るが、お偉いさんは話が長いことで有名なのでテロが行われるまで時間がないのなら話を進めたいのだろう。簪も同感だった。

 

『…………確認されている敵ISは2機。夕方ので損傷を受けているようだが、修復している可能性は十分にある。またこの2機だけとも限らん』

 

 明らかに気分を害したと分かる口調に、この人が纏め役で本当に大丈夫なのかと簪の脳裏に不安が過るが、この中で一番下っ端である自分が考えることではないだろうと蓋をしてこの後のことに集中する。

 

『また、IS学園より中国とイギリスの代表候補生の専用機、及びテロリストの標的と目される日本の専用機が現地に向かっている。他の隊は出せん以上、諸君らは彼らと協力し、ことに当たれ』

 

 繋がったままの通信回線が騒めいてた。

 都市部の防衛に他国の戦力である代表候補生が出てくるなどありえない。しかもテロリストの標的まで一緒などとは、簪などは何の冗談だと思ったぐらいだ。

 IS部隊の隊長らが何かを言いかけたが、その前に通信回線は閉じられた。向こうは話をする気が無いらしい。

 

『怪しいところ満載だけど、各自任務に励むように。準備が出来次第に順に出発します』

 

 事務屋の謀り事を気にしても仕方ないと代表候補生やIS部隊が順に飛び立っていく。簪も最後尾について、飛び立った。目指すは、東京スカイツリー。

 東京に近い基地から発進したからISならば目的地までそう時間はかからない。簪達が到着した時、既に戦端は開かれていた。 

 

『データに該当、中国機とイギリス機が2つ? あとアメリカ機のようね。日本の機体は見当たらないようだけど、各自散開して接敵せよ。更識候補生は日本の専用機の捜索を……』

 

 攻撃を仕掛けてくるアメリカ機とイギリス機から、損傷の大きい中国機をイギリス機が庇いながら戦っている。

 チームリーダーであるIS部隊隊長が指示を出している途中で衝撃が部隊の真ん中を貫いた。最後尾を進んでいた簪には、横から何かが光って貫いていったのがハッキリと見えた。

 

『散開! 横から別の機体の攻撃が……』

 

 1機が光の直撃を受けて落ちて行くのを助けずに散開を指示したリーダーに向けて再びの閃光。これは明らかに砲撃だった。しかも一撃でISのシールドエネルギーをゼロにして絶対防御を発動させるほどの威力を持つ。

 砲撃の直撃を受けたリーダーが成す術もなく落とされた。これで先の砲撃で落とされた者と合わせると2機が脱落したことになる。

 

『ロメオ02が指揮を引き継ぐ! ロメオ04、06、07は砲撃してくる敵を落とせ! 最悪でも我らに砲撃を向けるなよ!』

『『『了解!』』』

『ロメオ05は私と向こうの代表候補生の救援に向かう』

『了解!』

 

 次々と砲撃を放ってくる敵に向かってロメオ04・06・07が機首を返して飛んで行く。ロメオ02と05が他国の代表候補生の救援に向かうなら、ロメオ08の簪はどうすればいいのか。

 

「あ、あの私は……?」

『貴様は日本の専用機を探せ。テロリストの目標なら最優先で保護しなければならん…………無理はするな』

 

 これは簪が戦線から遠ざけられたと見るべきか、信頼されているとみるべきか。どっちの道、本当の戦場に恐れをなしている簪にしては有難い命令だった。

 簪は後のこの時の自分の思考を後悔する。もっと自分がちゃんと考えていればこの後の未来は変わったかもしれないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スコール・ミューゼルは久しぶりに感じるスリルに唇を歪めた。

 

「ふふ、予想以上にやるわね!」

 

 予感に従って機体を捻じらせると、その横を雷光のように一瞬で通り過ぎた影がアスファルトをバターのように切り裂いていった。

 

「まさか市街地をISでチェイス出来る日が来るとは思わなかったわ!」

 

 寸瞬、スコールのゴールデン・ドーンの真上を取った白赤のISが腕部から機関砲を放った。その狙いは正確であったがスコールは弾丸の微かな隙間を通り過ぎていく。

 置き去りにした白赤のIS――――白式が赤い燐光を撒き散らしながら背後から爆走してくる気配を感じながら、スコールは笑いが止まらない。街中で始まったIS戦闘に人々が悲鳴と恐怖の壺に嵌っているのだと思うと猶更。

 情報にはあったが、本当に装甲を剥離して機体性能が増すとは。その動きはスコールをして油断させない領域のもので、気を抜けばやられるのは自分だという危機感がスコールを楽しくさせる。

 

「くく、あははははははっ!!」

 

 何があったかも理解していない人々の上空を通過し、走っている車の間まで高度を下げることで白式を牽制しながらも笑いが止まらない。

 殺意をビンビンに発しているのに関係ない者を巻き込むまいとしているその偽善、矛盾した存在にスコールはこれほど心惹かれている。

 単純な速度では白式の方が勝っているが、ゴールデン・ドーンには単一使用能力『炎熱世界』がある。

 炎を発する、または干渉することが出来る能力で、自らの機体に限ってのことでいえば前へと進む慣性も燃やし尽くすことで、まるで過程を抜き取ったかのように止まれる。逆にスラスターに干渉して速度を大幅に上げることも出来るし、急激な方向転換や急停止・急加速も全く負担がない。

 この能力があれば直進の速度であれば負けることはないし、このまま速度勝負を続けるのも楽しいかもしれない。

 

「でも、ダンス相手のあなたは面白くないわよね!」

 

 工事中で閉鎖している高速道路に侵入して程なく単一使用能力で慣性を燃やし尽くして急停止し、尾を背後に向ける。尾には炎を纏わせているから、白式が突っ込めば大ダメージは必死。

 だというのに、ゴールデン・ドーンに劣らずに急激に方向転換して尾を躱した白式が光る剣を抜いて斬りかかって来る。

 

「あなたならそう来ると信じていたわ!」

 

 予想していたスコールは炎の剣を作り出して迎え撃つ。

 バチバチと強力過ぎる二つの剣はスパークを生み出し、道路に落ちてアスファルトに幾つもの穴を開ける。

 威力が強いのは白式の光る剣だが、スコールの炎の剣はやられる端から再構成しているので、このままではどちらにも天秤は傾かない。ならば、状況を動かすのは自分に決まっているとばかりに尾を回して背後から白式を狙う。

 が、まるで最初から分かっているかのように、もう片方の手で同じ光る剣を取り出すと防御される。それだけでは留まらない。捻った体勢を利用してゴールデン・ドーンに蹴りを放ってきたのだ。

 

「ぐっ!?」

 

 まるで全てが既定の事項のように道路と並行に吹っ飛ばされたゴールデン・ドーンの直上に現れた白式がその腹の上に蹴りを叩きこむ――――が、ボッとその姿が炎に解けて爆発した。本物のスコールは空に浮かんでいた。

 爆発と白式の蹴りによって高速道路が崩れ落ちていく。

 しかし、光の線が幾つも乱舞し、崩落に巻き込まれたと思われた白式が現れる。その手には強力無比なビームマグナムが握られていた。

 

「おっと」

 

 間一髪のところで避けたゴールデン・ドーンの横をビームが通り過ぎ、満月に照らされた雲に大きな穴を開けて見えなくなる。

 

「流石にそれに当たっちゃ、私も一ころだわ」

 

 三十六計逃げるに如かず 、とばかりに逃げの一手。地上に向けて撃てば威力が強すぎるから封じられていたが、地上を取られてしまっては防ぐことも出来ない一撃の前に出来るのは逃げることだけ。

 二射目、三射目と避けるが余裕はない。まるでモンド・グロッソの射撃部門の優勝者のような精密な射撃にスコールといえど何時までも避けることは叶わない。

 

「あそこね……!」

 

 逃げる方向に建設途中のビル街が見えて、壁を破壊して躊躇なく飛びこむ。ビルに隠れて姿が見えなくなってもお構いしないに白式はビームマグナムを撃ってきた。

 建設途中の壁を貫いていくが、姿が見えなくなったことで狙いは荒くなっている。今度はこちらの番だと、超高熱火球『ソリッド・フレア』を数十作って白式を狙う。

 先程とは真逆の攻防に今度は白式が逃げる。

 間を与えず、サイズを小さくした火球を作ってバルカンのように放って白式を追い込み、その間に反対の手で止めを刺す圧縮した火球を作る。

 

「今――っ!」

 

 火球のバルカンを遠隔操作して、白式の先回りをして回避しようのないタイミングで圧縮した火球を放った。避けようのないタイミングで放った火球は、いくら盾を掲げても諸共に粉砕する。

 が、必勝を確信したスコールの視線の先で勝利が覆される。

 

「エネルギーが吸い取られるっていうの!?」

 

 火球は盾を砕けず、まるでエネルギーを吸い取られるように盾の中心部に消えていく。

 火球が消えた直後の盾の中心部が外側にスライドして、見えない力場を周囲に展開して受け止めた火球のエネルギーを根こそぎ奪い取ったかのようだった。

 滞留している熱によって白式の姿が蜻蛉のように歪む。

 

「まるで悪魔じゃない……っ!」

 

 これは食い甲斐があるとスコールの本能が叫ぶが、理性は作戦の目的である捕獲は獰猛すぎてこちらの手を食い破ると判断した。本能と理性が拮抗し、スコールの判断が一瞬鈍る。白式にはその一瞬で十分だった。

 

「!?」

 

 一瞬で接近した白式が光る剣を振りかぶっている。この戦いで初めてのスコールの心の底からの驚愕。しかし、絶えず移動を続けていたことで二人の間をビルが遮る。

 助かった、とスコールが思う暇もあればこそ。白式の光る剣がビルの壁を突き破って現れ、ゴールデン・ドーンへと壁を焼き切りながら近づいてくる。スコールは直ぐにゴールデン・ドーンを動かしてビルの影から退避させた直後、真っ二つに切り裂かれたビルが崩れ落ちる。

 死神の鎌を避けれたと安堵する暇もなく、左足を掴まれた感覚。ゾッとした瞬間にスコールは自らの左足に向かって炎の剣を振っていた。

 

「ちっ」

 

 もぎ取られるよりも早く、左足の根元を切って痛みをカットする。どうせ作り物なのだから替えは幾らでも効く。

 やられた借りとばかりに尾のクローを叩き込んだが、時間稼ぎにしかなるまい。吹っ飛ばされた白式を見つつ、思考を加速させる。

 

「さて、どうするか……」

 

 と、考えていたところでハイパーセンサーに反応。引っ掛かる反応を確認して悪辣に哂った。

 

 

 

 

 

「くそっ……!」

 

 手強い相手を仕留めきれないことに頭を沸騰させながら一夏は、白式の体勢を立て直させた。

 急速な姿勢制御と同時に急加速を行ない、専用のISスーツが大きすぎる操縦者の負担を軽減しようと無痛の針を打ち込んで薬を注入する。

 

「アンタだけは、墜とす!!」

 

 黄金を破ることだけが今の一夏の精神を支配し、システムに翻弄されて限界を訴える肉体のサインを無視して動かす。

 性懲りもなくビルの影に隠れた黄金のISを炙りだすためにビームマグナムを連射する。途中でエネルギーカートリッジを交換して、平行に撃っているから建設中のビル街を穴だらけにして敵を見つけ出す。

 

「逃げるな!」

 

 ビル街を抜け出して海へと逃げる黄金のISを猛追する。

 ビームマグナムの残弾は最後のカートリッジを使ったので、現在装填している分の4発のみ。もう悪戯に撃つわけにはいかないと普通なら思うはずだが。

 

「ここで仕留める!」

 

 ヴャルキリー・トレース・デストロイヤー・システムは、黄金のISには余力がなく今この時に仕留めることを推奨していたから一夏も何ら迷うことなく引き金を引く。

 一発目、避けられたが進行方向の海面に着弾して進路を制限する。

 二発目、これも避けられるが織り込み済み。制限した進路を更に狭め、逃げる方向を一方向へと誘導する。

 三発目、誘導した一方向の前方に着弾させ、進路を完全に妨害する。

 幾らISといえども音速近い速度で水の壁に突っ込めば、銃弾ですら時に変形するというのに更に速いISはシールドがあっても無傷では済まない。普通なら躊躇うだろうし、躊躇わずに突っ込んでも無傷ではすまない。目論み通り、黄金のISは水の壁で止まった――――不自然に。

 

「終わりだ……!」

 

 平時なら黄金のISを操っていた強者が明らかに誘導に従ったのはおかしいと感じ、不自然だと断じたが敵を斃すことに特化したシステムの限界で勝機を確信してビームマグナムを構える一夏。

 放たれるビームの奔流。直進し、水の壁の前で止まった黄金のISを着弾し――――擬態していた炎を通過して水の壁を撃ち抜いた。

 

「あ」

 

 一夏の口から阿呆のような声が漏れた。黄金のISが高速道路でも使ったハイパーセンサーすら誤認させる炎の身代わりだと気づき、本体を探そうとハイパーセンサーの感度を上げて違う機体の存在を感じ取ったのだ。ビームを直撃したこともまた。

 ハイパーセンサーで強化された一夏の眼は、ビームに撃ち抜かれたセミロングの内側に向いた癖毛をした眼鏡をかけた少女の姿をハッキリと捉えていた。ビームマグナムによってシールドエネルギーが枯渇し、絶対防御が発動するのもまた。

 恐らく黄金のISは一夏よりも早く眼鏡の少女のISに気づき、この場所に誘導したのだろう。追い込まれたように思えて誘導されたのは一夏の方だったのだ。当然、その理由は一夏に隙を作る為。

 

『あぐっ』

 

 コア・ネットワークを介して少女の悲鳴が聞こえた。黄金のISは、絶対防御を上回る炎の剣で一夏への意趣返しのように少女の左足を切り裂いた。

 クルクルと宙を飛んで向かってくる足を受け止めようとする一夏。理由はない。受け取ってどうしようという考えもなかった。ただ、受け止めなければという思考だけが働いてシステムを上回る。

 VT-Dシステムが解除され、量子化していた装甲が装着された瞬間だった。

 

「ぐあっ!?」

 

 巨大な火球が一夏を打ち据え、近くの岸まで吹き飛ばした。

 半身を海に浸しながら一夏は守った少女の左足を抱え込む。守らなければ、守らなければ、と左足を切り裂かれて海に落ちた少女を見ながら呟き続けた。

 

「呆気ない幕切れね。つまらないわ」

 

 トドメの超巨大な火球を作り上げながら拍子抜けしたとばかりに呟いた黄金のISの動きが止まる。

 止まったのではない。動けなくなった。動きを止められたのだ。

 

「こ、れは……!」

「去れ、テロリスト。今宵の貴様の演目は既に終了している」

 

 何時の間にか黒いISが一夏の傍に浮かんでいて、銀髪で左眼に眼帯をかけた少女は異常丈に告げた。

 

「ドイツIS配備特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼ隊長ラウラ・ボーデヴィッヒ。何故、あなたが日本にいるのかしら?」

「何、私は元々IS学園に入学予定だったのでな。任務で遅れていたのだが、IS学園長に頼まれて急いで来たというわけだ」

 

 ラウラと呼ばれた少女は、言いながら88mmの大口径リボルバーカノンを黄金のISに向ける。

 黄金のISの操縦者は、何かを確認するように僅かに首を動かした。

 

「落としたISを人質に使えるとは思わないことだ。私は一人で来たわけではないぞ」

 

 機先を制するようにラウラが声を発した直後、海から少女を抱えたISが浮き上がって来る。

 

「もう、ラウラ。僕にばっかりこんな役目をさせて」

 

 左足の欠けた少女を抱えるのは、金髪に紫の瞳を持つ中性的な顔立ちの美少女だった。髪を首の後ろで束ねており一見ショートカットに見える髪を水に滴らせ、少し不満そうにラウラを見ている。

 

「ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ…………フランスのデュノア社のテストパイロットであるシャルロット・デュノアか。国家代表クラスと噂される特殊部隊隊長に、代表候補生クラスと言われているテストパイロット。ふっ、流石に分が悪そうね」

 

 冷静に戦力を計算した黄金のISが肩から力を抜いた。

 

「亡国企業、スコール・ミューゼル。貴様には聞きたいことが山ほどある。大人しく掴まれ」

「冗談じゃない。ここは大人しく退かせてもらうわ」

「させると思うか……!」

 

 ラウラがリボルバーカノンの引き金を引くが、弾が出て着弾する前に間に別のISが割り込んで、白式と同じ全身装甲ながら巨体で80mmの弾丸全てを受け止める。

 

「じゃあね、バイバイ。また会いましょう」

 

 人を食ったような言葉と共に現れた謎の巨大ISが自爆する。

 一夏などはその衝撃に堪えるのが精一杯で、ラウラはリボルバーカノンを撃ったようだが、爆発の影響が晴れた後には何も残っていなかった。

 

「逃げられたか。引き際の良い敵だ」

 

 飛んできた粉々に砕け散った巨体のISの破片を振り払い、ラウラがそんなこと言葉を漏らして「守らなくちゃ」と呟き続ける一夏を一度だけ見下ろしてシャルロットに視線を向ける。

 

「デュノア、そっちはどうだ?」

「…………センサーに反応なし。目視でも確認できないし、留まっても向こうの目的を達成できるとは思えないから逃げたと思うよ」

「では、早急にその女を病院に運べ。急げばまだ繋げることが出来るかもしれん」

 

 シャルロットが抱えている痛みで意識を失っている少女の左足の根元が焼き切られているのを傷ましげに見た。その姿に僅かに目を細めたラウラは、未だに壊れたように同じ言葉を呟き続ける一夏の傍に降りて屈む。

 

「それを渡せ」

 

 直接的な表現はせずに彼女にしては柔らかい言い方をしたが、一夏には届いていないのだろう。目立った反応を見せない一夏に、ラウラは躊躇いなく腕を振るった。

 白式の頭部が衝撃で吹き飛び、顔を襲った痛みで一夏も瞳に理性の光を取り戻す。

 

「なにを…っ!?」

 

 文句を言いかけた言葉は再び振るわれた手によって遮られる。

 シールドバリアーのお蔭で怪我ないが、ISの手で殴られた衝撃は一夏の意識を一瞬飛ばさせた。奇しくもそのお蔭で目の前の現実へと注視される。

 

「それを渡せ」

「あ、ああ……」

 

 同じ言葉であったが今度は否と言うことを許させない苛烈さに一夏は従うことしか出来ない。

 人の温もりを手放し、ラウラが受け取ると自らの罪の重さがズシリと圧し掛かる。

 ラウラがシャルロットに左足を投げ渡し、まさか投げるなど予想していなかったシャルロットが慌てた様子でなんとか落とすことなく掴むことが出来たのを視界に留めながらも、一夏にとっては全てに現実感を感じなくなっていた。

 シャルロットと少女が飛んでいなくなるのを目で追い、その姿が見えなくなると直ぐ近くにラウラ・ボーデヴィッヒが一夏の傍にいた。

 

「確か織斑一夏といったか……」

 

 その瞳を激烈に輝かせ、ラウラが一夏を見下ろす。

 

「所詮は戦いのなんたるかも知らぬ子供が戦場に出て来たのが間違いなのだ。子供は子供らしく引っ込んで大人しく守られていればいい」

「俺は、子供なんかじゃない……っ!? 千冬姉と約束したんだ、みんなを守るって!」

「守る? そんな様の貴様が何を、誰を守るのだというのだ?」

 

 『守られていればいい』というラウラの言葉に反応した激昂した一夏だったが、未だに半身を海につけている有様を突きつけられて羞恥に顔を真っ赤にさせた。

 立ち上がるが、受けたダメージで頭がフラつき膝をついてしまう。それでもラウラの言うことは認められないと睨み付ける。

 

「今度はもっと上手くやってみせる! 白式には、その力があるっ!」

「そうだ。力があるのはそのISであって、貴様ではない。貴様のそれは思い上がりでしかない」

 

 叫んだ先に静かに断定されて、その通りであると一夏の中の冷静な部分が認めてしまって言葉を失った。

 ISが無ければ一夏も戦おうとしなかっただろうし、戦おうとしたって何も出来なかったに違いない。そう、ここまで戦えたのも、戦いに同行することを許されたのも白式のお蔭に他ならない。白式がなければ一夏はどうしようもなく無力だ。

 

「力に溺れた子供に戦場を引っ掻き回されても周りに迷惑を与えるだけだ。教官の、織斑千冬の名前に泥を塗りたくなければ大人しく引っ込んでいろ」

 

 引っ掻き回した代償として見知らぬ少女が左足を斬られた現実を前にした一夏には、僅かに語尾を柔らかくしたラウラの本当の気持ちは届かない。ただの一度とてラウラは少女の左足の件には触れなかったのだと、一夏は最後まで気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界のどこか。きっと誰も知らないような奥地か、それとも実は誰もが知っている場所なのか。どうでもいいし、きっとその場にいる者はそう思っている。何故ならその場の主は怒り狂っていたから。

 

「なんでだっ!」

 

 音が鳴るぐらいに強く奥歯を噛み締め、喉から声を絞り出も掠れる。喉がひり上がって、やたらとつっかえる。ゴクリと唾を飲み込んむ、乾いた喉に張り付いた唾液の感触がぎこちない。

 

「なんで! なんで! なんで! なんで!」

 

 ぶるっ、と全身が震えて、堪えきれずに喉の奥から引き裂くようにして獣が抜け出したような、呻き声が主の口から漏れ出ている。血走った目がモニターの映されている呆然自失した織斑一夏の姿を捉えていた。

 

「箒ちゃんが乗っているはずの機体で! なんで!」

 

 言葉に意味はない。本人も分かった上で口走っているわけではないのだ。ただ、感情のままに叫んでも答える者は誰もいない。

 この場には、正確にはラボにはもう一人住人がいるが、主の狂乱に恐れをなして自室に引き籠っている。

 

「こんなはずじゃなかった。箒ちゃんの、箒ちゃんの為だけの最強のISが主演の舞台が始まるはずだったのに、その為に亡国機業なんてテロリストにゴーレムも与えて演出したのに」

 

 叩き壊した機器を踏み潰し、壁に叩きつけ、もはや元が何であるか分からなくなったラボの中でただ一人立ち尽くし、両手で目元を覆い隠す。

 

「なんでっ、ちーちゃんが死んでるんだよ!!」

 

 企んだのは彼女だ。舞台を作り上げたのも彼女だ。テロリストも選んで、戦力も提供したのも彼女だ。

 どこで間違えたのか、どこから間違えたのか、天才の彼女であっても解答が分からない。ただ一つ分かっているのは。こんな結末は望んでいなかった。こんなつもりじゃなかった。こんな結末は、ありえてはならない。 

 認めない。認めない。こんな結末を絶対に認めない。

 

「いらない」

 

 彼女にとって、世界は小さな物だった。自分の興味のないことには冷酷なまでに無関心になる性格で、それは人間の場合も例外ではなく、身内と認識している者以外の人間には本当に興味がない。逆に身内にはただ甘になる性格で、その世界の主柱が「ちーちゃん」であったのに。

 幼い頃から「ちーちゃん」だけが自分と同じ領域に立つことが出来た。過去現れなかったのから、これからも現れないだろうし、現れても認めるつもりはない。

 

「こんな世界……」

 

 「ちーちゃん」が彼女の世界の大部分だった。それを、主柱を失ってしまった。

 

「ちーちゃんのいない世界なんて…………いらない」

 

 呪うように、憎むように、全て壊れてしまえとばかりに怨嗟の感情を込めて。

 

「こんな世界なんていらない!!」

 

 彼女――――篠ノ之束は世界に絶望し、ドロドロに濁った憎悪を抱く世界最高の頭脳、ISの産みの親が世界に極大の呪いを吐き散らして、世界は決定的にずれていく。

 




前回に続いて配役
 ・スコール・ミューゼル……フル・フロンタル
 ・オータム……アンジェロ・ザウパー
 ・篝火ヒカルノ……アルベルト
 ・山田麻耶……オットー・ミタス
 ・更識簪……ギルボア・サント
 ・布仏虚、布仏本音、ラウラ・ボーデヴィッヒ、シャルロット・デュノア、篠ノ之束……特に配役なし

独自設定
・一夏と箒が別れたのは8年前
・織斑家、両親について
・自衛隊にはIS部隊がある
・亡国機業に空を飛ぶ船があり、透明になる機能を持っている
・一夏は誘拐されていないが、それ以外は変わっていない。
・IS委員会日本支部の理事とその関連(オリジナルキャラ)
・白式の待機形態は首輪
・スコール・ミューゼルのゴールデン・ドーンの単一使用能力はオリジナル
・スコールの体の殆どは機械
・篝火ヒカルノの人物・性格設定
・代表候補生は国の有事に命令に従わなければならない。テロなどに備え、招集され出撃することがある
・ラウラは国家代表クラス、シャルロットは代表候補生クラスの実力がある
・シャルロットの男装はない
・大体、篠ノ之束の所為(妹の為に白式を開発して舞台を整え、情報を亡国機業に流してゴーレムまで与えた)
・千冬が死んだのは束の自業自得だけどぷっつんしっちゃった模様

もしも、次も続くとしたらタイトルは「ブリュンヒルデの亡霊」になります。感想くれたら頑張るかも。


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