忍者の世界で生き残る (アヤカシ)
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始まりの章
プロローグ


はじめまして……もしくは久しぶりです
にじファンでは妖(ゼロ魔の二次小説書いてました)と、今はあやかしびとと名乗っているものです
相変わらず1話1話が短いですが、これからまた宜しくお願いします



 プライドとプライドのぶつかり合い。

 今まさに二人の男の戦いに終止符が打たれようとしていた。

 

 

「これでラストだ!」

「ま、待て! ちょっとだけ待ってくれ!!」

「いや、待たないね。

 F.G.Dでダイレクトアタック!」

 

 

 俺の場はガラ空きだし、攻撃力5000のF.G.Dの攻撃は止められない。

 今のライフは4600だから……死ぬじゃねぇか!

 

 

「くっそ!……俺のライフは0になり、俺の負けだ……。

 レダメ強すぎんだろ!?」

「まぁ、再録される前は3000円位したカードだしな。

 ドラゴンデッキには必須なカードだろ?」

「分かってはいるんだけどさぁ」

「っていうかそのデッキ、除去少なすぎ。

 火力重視の装備とかロックバーン以外にもデッキあるんだろ?」

「俺のデッキは24式まである!」

「中途半端すぎだろ……っていうか多いな!?」

「いや、最初はこんな作る予定なかったんだけど、作りたいデッキ作ってたらこんなんなっちゃった。

 今では必要カードが足りなくて困ってるよ」

「だろうな……で、どうする?

 もう一回デュエっとくか?」

「応よ! 負けっぱなしじゃ悔しいからな!

 今度はデッキデスデッキで勝負だ!!」

「また微妙な……」

 

 

 そう言いつつも若干笑みがこぼれる友人の顔を見ながら、俺はデッキをシャッフルする。

 あ、自己紹介が遅れました。

 俺の名前は笹倉(ささくら) (きわみ)と申します。

 ガッチガチのオタクで、漫画やアニメ、ゲームは勿論のこと、エロゲや二次小説も読み漁る残念男子。

 大学が情報系の大学だからか、オタクも多くて余り浮かないのは本当に良かったと思う。

 ちなみにさっき友人とやっていたカードゲームは、かの有名な遊戯王。

 俺が小学生の時に始まり、今では世界でトップクラスの人気を誇るカードゲームだ。

 1パック5枚入り150円という安さ故に子供から大人までやっている人が居る。

 まぁ本気で勝つためのデッキを作るなら結構お金かかるんだけどね。

 実を言うと俺はかれこれ10年近く遊戯王から離れていたんだけど、大学入ってから出来た友人がやってたから実家で昔のカード引っ張り出して持っていったのが復帰の始まりだった。

 まぁそんなどうでもいい事は置いといて、あの後結局二戦して満足した俺は、友人と一緒にゲーセンに行って現地解散したわけである。

 

 

「あいつと遊ぶのは楽しいんだけど、家が遠いのが厄介だな。

 交通費も馬鹿にならんし……」

 

 

 俺は電車を降りて寂れた駅から出ると、晩飯をコンビニで調達するために横断歩道を渡っていく。

 だがもう少しで渡り終えるというところで、けたたましいクラクションの音が聞こえてきて……振り返ると猛スピードでこっちに向かってくる軽トラが突っ込んできているのが俺の視界に入った。

 一瞬ヤベェ死ぬかも……とか思ったけど、前方に転がることで何とか轢かれることなく済んだ。

 ちなみに俺を轢きかけた軽トラはそのまま電柱に突っ込んで止まっている。

 

 

「あっぶね……すり傷超痛いし、脚挫いたっぽいな」

 

 

 痛みから死ななかったという事実を改めて実感すると、今度はふつふつと怒りが沸いてくる。

 幾ら軽トラの運転手が怪我をしてようとも、赤信号を無視して突っ込んできたことに文句の一言も言わないと、この怒りは抑えきれそうにない。

 俺はゆっくりと立ち上がろうとするが、周りには軽トラの窓ガラスと思われるものが散乱していて迂闊に手をつけない。

 どうしようか迷っていると、突然変な音が聞こえてきた。

 何かひび入る様な音。

 この状況でひびが入る場所は二つ。

 軽トラのガラスか……電柱だ。

 どうやら音の源は後者の様で、俺はこちらに倒れてくる電柱の姿を捉えた。

 

 

「(SSネタの様な転生トラックもどきを避けれたと思ったら、本命は電柱とかマジ笑えねぇ。

 積みげー崩してないし、まだまだSSを読み漁りたかった。

 そして何より……まだ作ってないデッキあったのに!!)」

 

 

 ここで俺は一瞬の激痛と共に意識が闇に呑みこまれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きろ」

 

 

 何かが聞こえる。

 

 

「早く起きろ」

 

 

 いや、俺死んだから。

 なんかピタゴラスイッチみたいな感じで死んだから。

 

 

「時間がもったいないから早く起きろ。

 現実を認識しろ」

 

 

 目を開ける? いや、だから俺死んでるんだ……ってあれ?

 何で俺の意識があるんだ?

 電柱にプチってされたんじゃなかったのか?

 これは……まさか神様ミス→お前死んだ→転生パターンか!?

 

 

「神というわけでも、私のミスでお前が死んだわけでもないが、転生は正解だ」

 

 

 マジで!?

 ……驚きで目を開けたわけだけど、光りすぎててアンタの原型すら分からないんだが。

 

 

「それは意図的なものだ。

 私の姿は人の精神にあまり良い影響を与えないのでな」

 

 

 何処の邪神だよ……いや、まぁ良いんだけどさ。

 所でさっき転生がどうとか言っていたけど、ホント?

 

 

「あぁ、事実だ。

 お前には転生してもらう」

 

 

 嬉しいやら悲しいやらだな。

 どうせ今まで生きていた世界に転生することは出来ないんだろ?

 

 

「出来るが、その際にはお前の生前の記憶は消させてもらう」

 

 

 それじゃあんまり意味ないな。

 戻っても記憶が無いんじゃ両親に謝ることも出来やしない。

 記憶無しで生まれ変わるんじゃ別人だし……。

 

 

「今お前が選べる選択肢は3つ。

 一つ、記憶を消して元の世界に転生する。

 二つ、記憶を残して別世界に転生する。

 三つ、記憶を消して別世界に転生する。

 このどれかだ」

 

 

 記憶は消したくない。

 せっかくため込んだオタ知識消したくないし、何よりいっぱい勉強したというわけじゃないけど、それなりに勉強して得た知識を消すのは勿体な過ぎる。

 まぁ知識が無い方が柔軟な発想が出来たりするのかもしれないけどな。

 

 

「結局、お前はどれを選ぶのだ?」

 

 

 二番でお願いします。

 

 

「了承した。

 次にお前は異世界に転生するにあたり、そのままの状態で転生した場合直ぐに死んでしまうだろう。

 今回のこれは、転生とは名ばかりの転送に近いものなのだから……。

 容姿や記憶をそのままにお前を異世界で再構築することになる。

 その世界でお前が生きてきたという歴史に改変を行なうので、疑われることは無いだろう。

 故に一つだけ得たい能力を言うがいい」

 

 

 え? 物騒な世界なんですか?

 俺小学校の頃に空手やってた位で、全然鍛えてないんですけど……。

 

 

「わかっている。

 だからこそ一つだけ願いを言うがいい。

 物騒な世界で生き残れるであろう願いを。

 ……一つ言い忘れていたが、その世界での老化は気にしなくてもいい。

 こちらとは細胞の劣化速度が大幅に異なるために、少なくとも星の命が終わっても寿命はこないだろう。

 ただし寿命で死ななくなるだけで、他の要因では死ぬ」

 

 

 不老とかヤバい。

 不死に関しては……まぁ無い方がいいのかもね。

 人が居るかどうかも知らないけど、もし捕まって解剖とかになったら嫌だし。

 それにしても能力かぁ。

 あ……なら!

 遊戯王のカードの中身を呼び出せる能力って出来ますか?

 

 

「ゆうぎおう?

 少し待て………これか。

 幅が広すぎるな。

 だが制約が掛っても良いのならできるだろう」

 

 

 制約ってなんですか?

 

 

「好き勝手にやりたい放題出せるわけではないということだ。

 例えるとまずモンスターは出せない。

 一度に使える魔法、罠は合わせて5個。

 永久に場に残る効果に関しては自分で消さない限り一枠使われ続ける。

 禁止や制限などには別途何かしらの制約があるということだ」

 

 

 要するに普通の遊戯王のルールを元にした制限ってことか。

 ならどうにかなるかな?

 

 

「ならば能力はそれでいいのだな?

 詳しい能力の詳細はその世界に送ってから情報を送る事にする」

 

 

 なんか未だに実感沸かないけど、とりあえずありがとう。

 俺は死んだけど、本当の意味では死んでない。

 ましてや次はそう簡単に死なないようにって能力までつけてくれるなんて、ホント感謝してるよ。

 

 

「これが私の使命だ。

 お前の行く世界にお前の住んでいた世界を知る者はいない。

 新たな地でのお前の生に幸あれ」

 

 

 ウオッ!? なんか光が強くなってきた。

 また意識が……。

 

 

 

「これでまた一つの世界が修復できた。

 戦争等で欠けた世界の構成要素を、構成密度を上げた死者の魂を使い補強する。

 管理者からの通達だが……このシステム、あの者が読んでいた二次小説というものの転生物という内容によく似ていたな。

 あやつが送られた世界も似たような世界であるし、あの世界の人間にはまだまだ我々が知らない力が眠っているのかもしれないな」

 



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第1話 此処は何処?

 目が覚めたら、そこは知らない天井だった……いや、マジで。

 なんか和風っぽく木目がある天井なんだけど、結局俺って何処に来たんだ?

 俺はとりあえず身体を起こし周囲を見渡すと、ちゃぶ台の上に乗った手紙の様なものが目に入った。

 この状況が分かるかと思い、その紙を手に取る。

 

 

「なになに……。

 ‘どうやら無事に転生できたようだな。

 その世界は忍者というものが存在しており、そこは火の国の木ノ葉隠れの里と言う場所だ’

 火の国木ノ葉……なぁんか嫌な予感が尋常じゃないな」

 

 

 俺はこの嫌な予感の是非を確認するために、窓から外を見る。

 日本の様で日本じゃない。

 それだけなら何の問題もないんだよ……某忍者漫画に出てくる街じゃなければな!!

 

 

「NARUTOの世界とかないわぁ……下手すればマッハで死ぬじゃねぇか!!

 死ぬかもしれないどころか、死がゴロゴロ転がってんぞ!?」

 

 

 頭を抱えて部屋の中を転がりまわる俺。

 暫く転がっていたが、ふと窓からの風景に違和感を感じて再び窓の外を見る。

 火影の家……問題なし。

 街並み……若干建物が少ない気がするけど問題なし。

 火影の顔岩……顔が二つ?

 

 

「原作開始時って三つか四つあった気がするんだけど……今どの時期だよ?

 くっそ、九尾が暴れる前とか勘弁してくれよ!?」

 

 

 極大の死亡率を誇るイベントの事を考え再び頭を抱えたくなるが、手紙の続きを読んでいない事を思い出し、藁にもすがる思いで手紙を手に取る。

 

 

「‘まずお前のその世界での戸籍を教えておく。

 親族や知り合いは戦争に巻き込まれて鬼籍に入っている。

 お前が今いるそこはお前の家兼店であり、土地や店はお前の持ち物だから金は掛らない。

 店は古本屋だが、まだ店を開いていないので客はいない。

 商品でもある本は両親が古本屋を開くために集めたということになっている。

 基本お前はこの店兼家の二階で寝るといい。

 看板は掲げていないので、店の名前はお前が考えてくれ’

 ……看板なくて店かどうか分からなかったら客も何もないだろうに」

 

 

 客が居ない本屋の店主が俺の来世でした……笑えねぇ。

 もっと良い情報は無いのか?

 

 

「‘次に金銭だが、寝室の金庫に五十年食べていけるだけの金銭を入れておいた。

 念のため裏庭に小さい畑があるから、それで自給自足しても死にはしないだろう。

 次はお前自身の名前だ。

 この世界ではお前の名は本瓜(もとうり) ヨミト(よみと)

 ちなみに文字の読み書きに関しては、自動的に脳が翻訳を掛けるので意図的に日本語を書かない限り問題はないはずだ’

 本瓜 ヨミト? 字は違うけど本を売って読む人ってことか……安易だが、分かりやすいな」

 

 

 名前も変えられ、住む世界も変わった。

 少し切ない気分になったが、気合いを入れて手紙の続きを読み進める。

 

 

「‘能力についてだが、魔法と罠は一度に5枚使用できる。

 魔法の効果は1ターンを5分として計算。

 永続魔法や罠の効果も放っておけば一日で消える。

 ただしすぐに消したいと思った場合は、基本別の魔法や罠の効果で消す以外に方法は無い。

 また魔法と罠は無尽蔵に使えるわけではなく、同じ魔法や罠は日に3回しか使えず、日に最大40回までしか使用は出来ない。

 禁止、制限カードには別個制限があるから注意して欲しい。

 お前自身はモンスター兼プレイヤーという扱いであり、お前は常に手札及び場及び山札にいるという扱いだ。

 後は自分で試してみてくれ’

 雑だな、オイ……ん?まだなんかあるな」

 

 

 これで終わりかと思いきや、もう一枚手紙があったので読み始める。

 もう何にも期待なんてしてないけどな!

 

 

「‘最後に一つだけ私からのプレゼントだ。

 流石にあの身体能力のままだと何かあった場合に、直ぐ此方に来てしまいかねない。

 故に少しだけ身体能力を上げておいた。

 具体的に言うとそちらの世界の平均的な下忍と同じ位だ’

 これは……マジで助かる!

 流石にあのままだったら逃げることもままならないからな。

 陸上競技とか超苦手だったし」

 

 

 前世では水泳が得意だったんだけど、走るのはめっぽう遅い上に持久力も人並み以下。

 この世界がヤバい世界だって分かったから鍛えることは確定してたけど、地力が上がっているなら少しは楽になるだろう……とりあえず目標は死なないことだな。

 この里を出ることは多分ないと思うから、現状分かっている関わりたくない存在は三忍、火影、暗部。

 まぁどれも普通に生きていれば関わらないと思うから大丈夫だと思うけどね……たぶん。

 そういうの度外視で危険なイベントが原作入ると一杯あるけど、原作前なら九尾襲来イベント位のハズ……これはまだ九尾が来てないと仮定した場合だけど。

 

 

「なんにしても、今はこの家を一回見て回るのを先にしよう!

 考えるのは後でもできるし、何より一人で店やるならしっかり見ておかないといけないしな!」

 

 

 先行き不安な気持ちを何とか抑え込みつつ、階段を下り店を見に行く笹倉 極改め、本瓜 ヨミト。

 こうして俺の不安いっぱい危険てんこ盛り忍者ワールドでの新たな生活が幕を開けるのだった。

 



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第2話 名は体を表す

 この世界に来て三日目。

 色々と分かった事が増えたから、改めて今後の方針を纏めようと俺は店のレジに設置した椅子に腰かける。

 まだ店を開ける程本の配置などを把握してないからここに座る必要はないんだけど、本に囲まれていると何か集中できる気がするから考えを纏める時はここに座ることにしている。

 まず食料を買いに行ったときに耳に入ったアカデミーが既に創設されていることと既に二代目は亡くなっていることが分かった。

 忍びの教育体制は三代目が完成させたもので、二代目が死んでから完成されたとかなんとか言っていたと思う……簡単に言えば三代目すげぇ。

 もう一つ忍者関連で知ることが出来た情報としては、三代目がアカデミーの新卒業者のチームを一組担当する事になったという事。

 これは確定した情報じゃないけど、恐らく後の伝説の三忍だ。

 三忍の詳しい年齢は知らないが確か50代だったはずだから、この事から今の時代がおおよそ原作の40年前くらいなんだと思う。

 

 

「やっぱり九尾襲撃前かぁ……想定内だけど、これで死亡確率が高いイベントを乗り越えないといけないのが確定したな。

 九尾の襲撃は原作の10年前くらいだったはずだから、今からおおよそ30年後。

 なんか無駄に不老にされたから老化による戦闘力の低下は無いとしても、二次災害でもポックリ死にかねないから、やっぱり鍛えなきゃ駄目だよな」

 

 

 大きなため息を一つ吐くと、手元に置いてある‘忍’という一文字が入った重り入りリストバンドと脚用の重りを手に取る。

 手首の重りは15キロで脚のは30キロなので、本当なら鍛えてない俺には身体を壊すレベルの重さなんだけど、こっちに飛ばされる際に筋力の強化が行われていたためか少し重く感じるが動けないレベルじゃない。

 このバンドを見つけた時は「おお、これで気分はリー君だね!」と思って一番重いやつ持とうとしたんだけど、流石NARUTOの世界。

 微塵も持ち上がらなかったよ。

 よく見たら500キロとか書いてあったから、持ち上がるはずもなかったんだけどね!

 考えてみればリーも重りを外した時に地面にめり込む程の重さだったもんな……忍者すげぇ。

 ある程度冷静になったところで無理が無い位に重くて、日常生活に支障が無いレベルで探してみたところ、今の俺の筋力に合っていたのがこの重さだった。

 まだ値札すら外していなかった重りを手足につけ、歩きまわってみたり、軽く跳んでみたりしたのだが、流石に合計90キロの重りは結構身体に負担を掛けてくる。

 

 

「これは……慣れるまで結構掛りそうだな。

 でも最悪逃げ脚だけでも上忍レベルにしたいから次から買う重りはちょっと冒険しなきゃ駄目っぽいか?」

 

 

 特に才能を付加されたわけじゃないから、多少無茶しなきゃ死んじゃうっていう……まぁカードの能力がどの程度のものなのか試してないし、試せる場所もないから夜とかに影響の小さいであろう魔法や罠の実験していかなきゃいけない。

 それにこの三日間で日用品と食料は買ったけど、店の中身は基本手つかずだし、看板どころか店の名前すら決まってない。

 実際は店の中味が手つかずといっても散らかっているわけじゃないし、このまま店を開くことは出来るんだけど、看板がないのは店としてどうよ?と思ってまだ店を開いていないだけだ。

 

 

「考えるべき事は多いけど、とりあえず方針としては身体能力の向上と生活サイクルの確立を基本として、急ぎ考える必要があるのは店の名前位か?

 古本の仕入れに関しては、なんか地下に本の倉庫があったから暫くはそれでどうにかなるだろうし、近くに古本屋は無い様だから‘要らない本を買い取ります’って暖簾を表に掲げておけばいいかな?

 九尾イベントに関してはまだ時間があるからじっくり考えていくことにしよう」

 

 

 ある程度方針が決まったところで、今日決めた事を紙にメモして机の中へと仕舞いこむ。

 これで今日やることは店の名前を考えるだけだ。

 出来れば今日中に名前考えて、三日以内に店を開けたい。

 

 

「どうするか……やっぱりシンプルかつ日本的な名前が良いよなぁ。

 尚且つ本を売っているという事が分かる名前。

 本に関わる単語といえば、書・読・巻・本・文とかか?」

 

 

 頭の中を駆け巡る単語の羅列。

 しかし幾ら組み合わせを変えてもしっくりくるものが無い。

 どうしたものかと思い、とりあえず本に関係する言葉だけで考えるのは諦めることにした。

 

 

「本の住処……これだと本屋っぽいな。

 書の隠れ家……これは結構良いと思うけど、保留。

 ん?……本の新たな持ち主が出来るまで、本はここで休むと考えればどうだ?

 本の宿とか……おぉ!これ結構いいんじゃないか!?」

 

 

 俺は店の名前を‘本の宿’に決め、看板用の板を買いに行くことにした。

 そのついでにこの里のまだ見てない所を回ってみようと考え、部屋に戻って準備を行う。

 持っていく物は地図と財布だけだから、準備といっても直ぐ終わるんだけどね。

 そう言えば看板って何処で買うんだろう?

 っていうか看板屋さんってあるのかな?

 なんかいきなり前途多難っぽいけど、お店やってる人に聞けばわかるよね!

 よし、そうと決まればカッコいい看板を探して、そのお店の店員さんに聞いてみる事から始めよっと。



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第3話 店の顔

 良い感じの看板探して暫く里の中を歩き回ると、カッコいい焼肉屋の看板が見えたので昼食を取るついでにそこで看板について聞いてみる事を決めた。

 店に入った俺は奥のボックス席に座り、店員にご飯とカルビ、タン塩、ハラミを二人前ずつ注文。

 存分に焼き肉を楽しんだ所で店員さんに本題の質問を投げかける。

 

 

「すいませ~ん」

「あ、ご会計ですか?」

「そうなんですけど、その前に一つ質問いいですか?」

「質問ですか……別に良いですけど、私の3サイズとかは教えられませんよ♪」

「いや、そういんじゃなくて。

 ここの看板についてなんです」

「看板……ま、まさか道場破りならぬ、食堂破り!?」

「いや、違うから……っていうか食堂破りって何だし!?

 俺は看板を何処で作ってもらったのか聞きたいだけだ!!」

 

 

 何だこの店員……テンション高すぎだろ。

 っていうか他のお客さんも憐みの視線を向けてきてるんだが!?

 ん? あのポッチャリしてる人何処かで見た事ある気がするんだけど……主に倍化の術とか使ってた人に似てるぞ?

 もしかして彼のおじいちゃんか?

 なんか微妙に時代を感じていると店員さんが少し考えた後に、何かに気付いたように手を叩いた。

 

 

「あ、な~んだ。 そんなことですかぁ。

 それなら里の外れにある書道家さんにお願いしたって店長がいってましたよ?

 何ですかお客さん、お店でも始めるんですか?」

「ちょっとね。 で書道家が看板を作ったんですか?」

「なんか元大工らしくて木を削る位お手の物、結構その人に看板を作ってもらっている人多いみたいですよ?

 詳しい場所はレジの前にある地図に載ってるからね」

「へぇ……ありがとうございました、助かります」

「いえいえ~、お会計は120両になりま~す。

 今後ともご贔屓に~」

 

 

 俺は会計を支払うと、そのまま教えてもらった書道家さんに看板作製を頼みに行くことにした。

 場所は意外と俺の家に近いらしく、来た道を戻ることになる。

 なんか若干無駄に歩いた気分になりながら、看板のイメージを固めていく。

 う~ん、二行で‘古本屋 本の宿’とかでいいかな?

 そんな事を考えていると書道家が住んでいる家の前に着いたんだけど……ボロい。

 しかも朽ちた感じじゃなく、明らかに切り傷やら打撃痕の所為でボロい。

 

 

「なんだここ……明らかにヤバい雰囲気がするんだけど?

 本当にここなの「オイ」ひぃ!?」

「オレの家に用か?」

 

 

 後ろから話しかけてきたのは左腕が無く、頭にバンダナらしきものを巻いている30代後半の渋メンだった。

 目つきが鋭いというわけじゃないけど、煙草を吸いながら何処を見ているか分からないような眼をしているのはちょっと怖い。

 でもこのままビビっているわけにもいかないんだ……俺は看板を作ってもらいに来たのだから!

 

 

「あ、あの!」

「あ?」

「かっ……看板を作って欲しいんです!!」

「ん、あ~……客か。

 何を書けばいいんだ?」

「えっと、‘古本屋 本の宿’っていう看板を……」

「ふ~ん、古本屋ねぇ。

 何処にあんだ?」

「す、直ぐそこです」

「じゃあ行くか」

「へ?」

 

 

 なんかいきなり歩き始めたオジサンの後ろ姿をポカンと見ていたんだけど、何処に行くか聞いてないし、ここで見失ったらここに来た意味が無くなると思い、俺も後を追っていく。

 

 

「ちょ、ちょっと!

 何処行くんですか!?」

「お前の店」

「何でいきなり!?」

「お前の店見ないと看板書けねぇじゃねぇか。

 店構えに合った看板じゃなくちゃ気分悪いだろ?」

「そ、そうなんですか?」

「当たり前だろうが。

 高級料亭で女の書くような丸っぽい文字で看板掲げてたら何か違和感感じるだろ?

 オレはそういうの嫌なんだよ。

 だから看板書く前は必ずその店を見ることにしてる」

 

 

 ヤベェ……想像以上に本格的な職人だ。

 ぶっちゃけ見た目から適当にやる人だと思ったけど、がっつり仕事人だったよこの人。

 嬉しい誤算だったけど、代わりに見た目で判断したことに対して少し罪悪感が沸いてしまった。

 俺は自分が悪いと思った時には謝れる男。

 ここは謝らなきゃいけないところだ!

 

 

「あ、あの……すみませんでした!」

「んあ?」

「俺正直貴方の事適当な人だと思ってました!!」

「別に謝んなくていいぞ?」

「お詫びとして……へ?」

「オレは別に誰にどう思われようが気にしない。

 納得がいく物を作れればそれでいい。

 お前がオレに対して申し訳ないと思うなら看板を大事に使ってくれ」

 

 

 何この人マジイケメン……やる気なさげに見えるけど仕事に対する気持ちはかなり強いんだな。

 THE職人って感じでカッコいいなぁ……見た目やる気ゼロだけど。

 その後は特に会話もなく黙々と店に向かって歩き続ける俺達。

 あんまり距離が無い事も相まって割と直ぐ着いたわけだけど、彼は店の正面に座ると懐に手を入れて紙と筆を取り出した。

 そして腰に付けた徳利の様なものに筆を入れると筆先は黒く染まったので、どうやらあの中には墨が入っているようだ。

 酒だと思っていた俺はまた小さな罪悪感に襲われていたが、彼はそんな俺に一切目を向けず、地面に置いた紙へと一心不乱に筆を走らせる。

 何を書いているのか気になった俺は彼の後ろに回って紙を覗いてみると、何か凄い勢いで俺の店の絵が出来上がっていた。

 店を一通り書き終わると、少し筆を止めて目を瞑る。

 そのまま30秒ほど経っただろうか、彼は突然カッと目を見開くと店の入り口の上あたりに看板と思わしきものを書き始めた。

 構成は左上に古本屋、その右下に本の宿という文字を書きいれるという普通の構成だが、その文字はまるで生きているかのような躍動感が出ており、俺はその小さな紙に書かれた看板に目を奪われてしまった。

 

 

「ふぅ……こんなところか。

 これでいいか、古本屋?」

「え、あ、うん」

「どうした?」

「いや、何か凄くてビックリした」

「? まぁいい、これでいいなら明後日までに完成させるから、昼頃に取りに来るといい。

 報酬はその時くれ」

「あ、うん。

 報酬ってどれ位払えばいい?」

「これだけなら3000両だな。

 他にはいらないのか?」

「意外と安いんだ……じゃあ‘本買います’っていう立て看板も頼みます」

「分かった。 じゃあ合わせて3300両でいい」

「本当に安いですね。

 客が言うのも何ですけど、もっと高くしても大丈夫だと思いますよ?」

「いいんだよ、別に金に困ってるわけでもねぇし。

 んじゃ、明後日この店に届けてやる。

 ついでに取り付けもやってやるから安心しろ」

 

 

 そう言うと彼は店から去って行った。

 現代日本にはあんまりいないタイプの人だなぁとか考えながら俺も店の中へ戻ったんだが、未だ完全には片付いていない店内を見て小さなため息をついたのは、しょうがない事だと思う。

 

 




一両って現実なら日本円にして四万円位なんだけど、ナルトの世界だと円=両だと思うんだ
ゲーム版のアイテムの値段を考えるとね?
実際は1両=10円が公式設定らしいです


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第4話 職人の業

 看板注文から二日が経った。

 一昨日から本を状態が良い悪いの二つに区分し、それをジャンル別あいうえお順に並べて本棚に入れる作業を行っているんだが、なかなか終わらない。

 本の数が多いのもそうなんだけど、ジャンル分けが一番厄介な部分なんだよ……小説や絵本の様なものは分かりやすいんだが、聞いた事のない単語が出ている本とかは少し読んでみないと意味が分からないから困る。

 

 

「これは……毒性を持つ植物に関する考察かな?

 動植物の棚行きだな」

 

 

 手に持った本を棚へと入れ、次の本の仕分けに戻る作業を続ける俺。

 BOOK OFFの店員さんもこんな感じなのかな?

 昔ちょっとあそこでバイトしよっかなぁって思ったんだけど、行かなくて良かったかも。

 想像以上に身体を使う仕事だ、これは。

 あの頃やっていたら運動不足の俺にとって厳しい仕事になっていたと思う。

 今身体能力が上がっているこの身体でも結構腕ダルくなる位だしな。

 未だ千冊以上の未分類の本がある事を思うと微妙に鬱になりそうだが、気合いを入れて新しい本を手に取ろうとすると、店の扉を叩く音が聞こえてきた。

 まだ店も開いていないここに訪ねてくる人なんて現状一人しかいない。

 何にせよ店の扉を開けると、そこには予想通りの人物が立っていた。

 

 

「仕事中だったか?」

「そんなところかな、看板屋さんは手ぶらみたいだけど……もしかして?」

「いや、看板は外に立て掛けてある。

 一応満足できる出来だと思うが一度見てくれ。

 納得したら取り付けに入る」

 

 

 看板持っていないからてっきり出来上がらなかったのかと、ドキドキしたけど如何やら問題ないようだ。

 彼が言う通りに俺は店の外に出て、看板を確認することに。

 店の戸の脇に立てかけられた大きな看板と小さな立て看板。

 立て看板の方は表を向いているが、大きな看板は裏を向いているので一目見ただけじゃ確認できない。

 とりあえず今見える立て看板の方をじっくりと観察する。

 リバーシブルの看板で、脚は四本あることで安定性は抜群。

 字体も本という漢字を少しだけ強調して、他の文字の大きさを揃えることで扱っているものを分かりやすくする、とてもいい立て看板だと思う。

 そして肝心の店の看板に俺は目を向ける。

 

 

「今ひっくり返すから、少し離れていろ」

 

 

 その声に従い俺は一歩後ろに下がると、看板屋さんは看板の下部に手を掛けて上に放り投げた。

 俺は彼の突然の暴挙にポカンとしてしまったが、看板を目で追うと空中で回転しているようだ。

 腕が片方ないから空中でひっくり返した方がやりやすいのか?

 そんなことを考えている内に、看板は見事表を向いていた。

 

 

「こ、これは!?」

「どうだ? 自分でもなかなか良く出来たと思うんだが」

 

 

 横に長い額縁の様な形で、額の内側には楷書体で書かれた’古本屋 本の宿’の文字。

 デザインはシンプルだが額縁についている木目が、中に書いてある文字を際立たせていて非常に良い看板だと思う。

 自分の店にこれが掛けられることを想像して少しだけ感動を感じた俺。

 どれくらい見ていたのだろうか、ふと視線を感じて振り向くとそこには看板ではなく俺を見ていた看板屋の姿があった。

 

 

「えっと……どうかしました?」

「いや、オレは依頼人の嬉しそうな顔を見るのが好きなんだ。

 自分の仕事が、人に喜びを与えられたという事実はオレ自身の糧になる。

 また次も頑張ろうという生き甲斐になる。

 だから見ていた……で、これで大丈夫か?」

「そ、そうですか。

 はい、これでお願いします」

「了解、じゃあ取り付けに入る」

 

 

 そう言って彼は釘を十本程口に咥え、看板を扉の1メートル近く上に蹴り上げる。

 それとほぼ同時に口に咥えた釘を思い切り飛ばして、看板の目立たない10個所に打ち込んで看板を固定した。

 数本の釘がまだ完全に刺さり切っていないが、支える分には問題ないらしい。

 彼はそのまま軒まで跳んで、手に持った金槌を振って看板を完全に固定していく。

 すると十分もしない内に看板の取り付けは完了し、ついに俺の店’古本屋 本の宿’は完成した。

 

 

「俺の店か……頑張らないとな」

「古本屋なんてのは木ノ葉にここしかないからそれなりに客も来ると思うが、まぁ頑張ってくれ。

 で、代金の方だが……」

「確か3300両ですよね……はい」

 

 

 財布から代金を出し、彼に手渡す。

 この看板のためなら3300両なんて安いもんだ。

 彼は数えもせずに「毎度」と一言告げ、あっさりと帰ろうとする。

 俺にとってお金以上の仕事をしてくれた彼に礼も言わないのは失礼だと考え、俺は大きな声で彼の背中に向けて礼を言う。

 

 

「良い看板を作ってくれてありがとう!」

 

 

 彼は歩みこそ止めなかったけれど、後ろを向いたまま気だるそうに手を上げて返答した。

 看板を作ることなんて滅多にないから、暫く……というか下手したらもう彼の店に行くことは無いのかもしれないけれど、この広くも狭い木ノ葉の里の中でもし会ったら、ご飯でも奢ろうと思いながら、俺は店に 戻って本棚の整理に再び取り掛かる。

 看板が出来てテンションが上がったからか、気付けば3時間程の間ぶっ続けで作業をしていたようだ。

 集中力も上がっていたのか、未分類の本も後僅か。

 

 

「これなら明日店を開くこともできそうだ。

 まぁ別に宣伝とかするわけじゃないから、客なんてほとんど来ないと思うけど」

 

 

 それに店では客が居ない限りは基本的に忍者アカデミーで使われていた教科書を読む予定なので、暇ってわけじゃないからOK!

 何故忍者アカデミーの教科書があるのかは知らないけれど、恐らく管理者の心遣い的な何か何だと思う。

 まだ途中までしか読んでいない忍者の教科書の内容を思い出しながら、その後も本の整理を続け、日が変わる頃にやっと整頓を終えることができたのだった。

 



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第5話 確認作業

 ついにやってきた開店初日……ではなく七日目。

 え? なぜ七日目なのかって?

 いや、宣伝しなきゃ客は中々来ないってことだよ。

 お蔭でアカデミーの教科書は結構読めたけどね?

 ちなみに数学や物理とかの一般科目の教科書はスルーして、基本読むのは忍術や体術の教科書(幻術の教科書は忍術の後にやろうと思ってスルー)。

 流石に正弦、余弦定理くらいは覚えてるからあんまり読まなくても問題ないんだよ、あれ。

 小学生くらいの歳の子がやる勉強内容だから、あんまり難しくないんだけど……今の日本の小学生はやらない内容だと思う。

 ピタゴラスの定理とかって中学生位の時に習った気がするしね。

 ただ定理の名前に人名が入ってるやつは名前変わってたな……別に内容分かればいいかなと思ったから覚えてないけど。

 

 

 で問題は忍術や体術の教科書。

 まず忍術がどうやって発動するか……まずこれが意味不明。

 忍術を発動するためにはチャクラが不可欠である。

 このチャクラというのは精神エネルギーと肉体エネルギーをバランス良く混ぜ合わせることで出来るらしい。

 いや、精神エネルギーと肉体エネルギーってどうやって知覚すんだよ……と思いがちの貴方!……俺もいまいちわかんない。

 教科書曰く瞑想というか心を落ち着けて身体の内部に意識を傾ければ出来るらしいんだけど、とりあえずこの一週間では出来ませんでした。

 このまま俺の一週間の努力を話してもいいんだけど、それじゃよくわからないだろうから忍術についてもう少し詳しく説明することにする。

 

 

 先程説明していた通り忍術というものは精神・肉体エネルギーをチャクラへと変換し、更にそのチャクラを印という両手で影絵の手みたいなものを決められた順番で組むことで発動するらしい。

 まぁ原作読んでる人には分かるだろうけど……俺が読んだ最新刊位だともう殆ど印使ってなかったような気もしなくはないが、そこはスルーしてもらって、忍術を発動するのには基本的に印が必要不可欠と覚えていていただきたい。

 でその印だが基本的に用いるのは十二種類の基本印であり、十二支の名の印が全ての基本であるようだ。

両手で組む印は指一本でも間違えれば不発、もしくは暴発を巻き起こし術者に悪影響を与える事になる。

 アカデミーの卒業試験でもある分身の術は三つの印で出来るが、上級忍術とかだと八つ以上、多いものだと五十近い印を組まないと発動できない術も存在するらしい……確かにカカシVS再不斬の術合戦とか異様な数の印を組んでた気がするしな。

 まぁそんな感じでアカデミーではまず正確に印を組む練習を徹底的にやるようだ。

 俺も一応練習なんだけど、ややこしい印が多くて中々素早く出来るようにならない。

 まだ一週間程度しかやってないわけだからしょうがないのかもしれないけれど、実際は手に残像が残るレベルのスピードで尚且つ正確に戦闘中に組まなきゃいけないわけで……先行きが不安すぎる。

 俺が幾ら下忍並みの身体能力を得たからって、器用になったわけじゃない。

 要するに……

 

 

「痛っ! また指攣った!!!」

 

 

 こうなるわけだよ。

 不安しか沸かないだろ?

 俺自身こんな事だったらNARUTOの連載当初から厨二病全開で練習しとけばよかったと思った位だからな……ドラゴンが跨いで通る人の呪文や赤い弓兵の固有結界の詠唱なんて覚えてたって何にも使えねぇ。

 かといって諦めることも出来ないから、教科書片手に練習してるわけさ。

 

 

 まぁ忍術はこの位にして、次は体術についてだ。

 これはまぁ、そのまんま体術。

 教科書に載っているのは打撃や投げの基礎。

 人体の急所とかなんだけど、格闘技って基本的に見て、真似して覚えていくもんなわけで……要するに空手や柔道にある様な技ならなんとなく理解は出来るんだけど、教科書後半に説明少なく載っている相手の真後ろにピッタリと張り付く影舞葉、上段蹴りと下段蹴りを連続して放つ木ノ葉旋風とかは正直良く分からない。

 恐らく他国の人に見られても分からない様に短い説明しか入れずに、必要に応じて教師が教えるのだろう……ギブミーティーチャー。

 

 

 そんな感じで探り探り感が尋常じゃない忍術・体術なんだけど、俺はそれに加えてもう一つ行っているものがある。

 それは管理者にもらった能力の確認だ。

 流石に周囲に大きな影響を与えるだろう魔法や罠は試してないけど、効果の小さな装備魔法位は試してみた。

 それで分かった事は攻撃力の上昇は筋力が増えるわけじゃなく、なんか良く分からないけど力が増す感じ。

 チャクラでの身体能力向上がこんな感じなのかもしれないけど、やったことないから比べようがないんだよ……早くチャクラ練れるようになりてぇ。

 

 

 防御力も似た感じで、肉体が硬くなったわけじゃなく重さ0の鎧着た感じ?

 どちらも効果のほどは余り試してないけど、攻守がどちらも300上がる‘伝説の剣’という装備魔法を試してみたところ、眼前に突然剣が現れて、それを握ると力が満ち溢れてきた気がした。

 効果を試すために店の裏庭に転がっていた拳大の石を斬りつけてみたところ、ガキンという音が鳴って石を割り、剣が地面に突き刺さったことから、普通の武器に身体能力上昇効果が付いたものだと考えればいいのかもしれない。

 全力で振ったわけじゃないので、その上昇率がどれ程のものか分からないけれど、‘デーモンの斧’の攻撃力1000upとかだと何か微妙にヤバい感じがするから、そこら辺もゆっくり試していきたいと思う。

 里の人たちが話していた忍界大戦が終わったばかりで、各国も疲弊していて暫く大きな戦は無いという話を信じればの話だが……。

 



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第6話 初めての接客

 この世界に来て一カ月の月日が流れた。

 未だに一冊も本は売れていないし、売りに来た人もいない。

 しかし一カ月も店を開いていると客は何人か来るもんだ……冷やかしだったけど。

 そして今日もカウンターの下で印の練習を延々と繰り返す作業に入る。

 

 

「う~ん、辰の印は間違う回数多いなぁ。

 ちょっと重点的にやるか?」

 

 

 俺は教科書の辰の印の組み方の部分に筆で丸を書いて、とりあえず100回組んでみることを決めた。

 しかしその決意はマッハで崩れることになる。

 

 

「へぇ、こんなところに本屋なんてあったんだ……状態が良い本と悪い本があるみたいだけど、品揃えが普通の本屋とは違うみたいね」

 

 

 この店に入ってきたのは小学生位の女の子。

 声を聞く限り、どうやら読書家の様だ。

 そんな初めて本が売れるかもしれない状況にちょっとだけテンションが上がる俺。

 

 

「コレって絶版になっていた本じゃ……」

 

 

 そんなもの混ざってたのか!?

 この世界来る前に絶版されてたりするとわかんないんだよなぁ。

 まぁ、自分の役に立ちそうな図鑑や教科書、研究書系は自宅の方に一冊ずつストックしてあるから良いんだけどね……殆ど二冊位ずつあったし。

 何冊かの本は一冊ずつしかなかったんだけど、それは一応店頭には出さないで倉庫にしまってある。

 あれも絶版した本とかなのかなとか考えていると、何時の間にやらカウンターの前に少女が立っていた。

 

 

「店員さん」

「あ、うん……なにかな?」

「チャクラに関する本ってこの本以外に有りますか?」

 

 

 そう言ってカウンターの上に‘チャクラを使った戦闘方法’‘チャクラの効率的な使用法’という二冊の本を乗せた。

 あれ? もしかしてこの子忍者?

 改めて女の子を良く見てみると、金髪で整った顔立ちをしていて、腰に忍具をつけている事に気付く。

 この子将来美人さんになりそうだなぁ。

 っと、短い間とはいえ観察するような目で見られたからか、女の子は少し警戒気味になってしまったようだ。

 

 

「あるにはあるけど、まずこの二冊は初心者向けだし、アカデミーの教科書でも似たような事書いてあると思うよ?」

「え……あ、ホントだ……」

 

 

 女の子が手に持った本をペラペラとめくって内容を確認していくと、少しずつ困った顔になっていく。

 別に立ち読みを推奨してるわけじゃないけど、軽く内容を確認する位だったら良いんだけどな……。

 

 

「見たところ君はアカデミーの生徒かな?」

「いえ、一応なったばかりですが下忍です」

「え!? 凄いね君!!

 普通に卒業したら12歳位だって聞いていたけど……」

「えへへ」

「で具体的にチャクラのどんな事に関することを書いている本が欲しいのかな?」

「えっと、チャクラコントロールに関する文献が欲しいです」

「そっか、アカデミーを飛び級できる位ならちょっと難しい本でも大丈夫かな?」

 

 

 俺はカウンターから出ると、研究書の棚に向かう。

 彼女は俺が見ている限り、忍関連の棚しか見ていなかったはず。

 俺が仕分けた時に忍関連には歴史書や忍の出した自伝等を中心にまとめ、研究書関連には論文の様なものをまとめたから実はこの棚には結構忍術に関する考察とかの本もあるのだ。

 

 

「ええっと……あぁ、あったあった。

 はい、とりあえずコレ」

「え、あ、ありがとうございます」

 

 

 俺が彼女に渡したのは‘チャクラの流れ’という本。

 この本は俺が仕分けをしている時に、忍関連にするか研究書関連にするか迷ったために一度軽く流し読みしたんだが、その内容はチャクラを流し込む量の変化で起こる事象の変化について考察している本だった。

 チャクラコントロールについても書いてあったはずだし、結構役に立つ本だと思う。

 

 

「これは研究書だからあんまり分かりやすく書いているわけじゃないけど、アカデミーの教科書で載っていない内容もあるから役に立つと思うよ?」

「でもコレって高いんじゃ……」

「100両くらいかな?」

 

 

 研究書などは元の価格が高く、余り安く販売すると本屋から怒られてしまう。

 故に元の価格500両の五分の一が限界だ……本当なら半額くらいなんだけど、初めてのお客さんだから限界の価格でご提供ってね。

 まぁあまり状態が良くないからこそ八割引きなんて真似が出来るんだけど、もし著者がこれを見たら怒るかな?

 自分の研究内容が凄く値引きされてたら……怒るよね普通。

 俺にとっての限界まで下げた価格を提示したのだが、何故か女の子は困った顔をしている。

 

 

「どうかしたかい?」

「80両しか持ってないんです……」

「あ~……しょうがないな。

 今回だけだよ?」

「え?」

「80両にまけてあげるよ」

「ホントですか!?

 で、でもそんなの悪いで「ただし!」す?」

 

 

 彼女は一瞬嬉しそうな顔をした後申し訳なさそうな顔になった。

 子供に遠慮させるのは良くない。

 だから俺は彼女の遠慮の言葉を遮って、無理矢理にでも納得させることにする。

 

 

「君が将来大物になった後でも、またこの店に来て本を買ってくれるかい?」

「え、でも……」

「あの人が来るくらいの店なのか!?って思われる位になってくれると嬉しいな。

 でも俺の店は余りお客さんが多くないから、君が早く大物になってくれないと潰れちゃうかもしれない」

「………」

「だから君がその本を読んで、成長の糧にしてくれると俺は嬉しいよ」

「ふふふ……そう言われたら断れないですよ」

 

 

 申し訳なさそうな顔は、いつの間にか花の咲くような笑顔に変わっていた。

 うん、やっぱり子供は笑顔じゃなくちゃいけない。

 その後、俺は女の子から80両を受け取って本を手渡した。

 女の子は店を出る前に一度深く頭を下げて、店を後にする。

 店の外から女の子の声が聞こえたから、友達とでも会ったのかな?とか思いつつ、俺は初めての売り上げをそっと机にしまって、いつも通りの辰の印を延々と組む練習を始めたのだった。

 

 

 

 

 

~女の子 side~

 

 

 今日はいい本が見つかってよかったなぁ。

 私の知っている本屋さんに置いてある本じゃアカデミーにある文献よりも高度な技術書とかは置いてなかったんだけど、今日たまたま見つけた本の宿という本屋さんは隠れた名店かもしれないわね。

 古本という位だから古文書とかを売っているのかと思ったのだけど、一度人の手に渡った本を売っている店というのが本当で、絶版になった本とかもあって、人によっては宝の山に見えるかもしれない。

 そのお店で私は店員さんと一つの約束をした。

 その約束はお店の宣伝にもなるから大物になってもこの店に来てねという内容だったけど、彼は終始笑顔だったから多分値引く理由として口だけの約束をしたのだと思う……でも私は彼との約束が無くとも上を目指す気だった。

 ならそのついでにあのお店の常連になるのも悪くないと思う。

 私は無意識に腕に抱えた‘チャクラの流れ’という本の背表紙を撫ぜる。

 さてと……店員さんとの約束を守るためにも、早く中忍にならないとね

 心機一転気合いを入れて、忍具の投擲訓練でもしようかなと考えていると、遠くから見知った顔の男の子が走ってきた。

 

 

「お~い! 猿飛先生が明日は訓練場で九時からスリーマンセルの隊列を練習をすることを伝え忘れてたってよ。

 まったく……たまたま近くに居たってだけで俺が伝言役にさせられちまったぜ。

 絶対先生が伝えた方が早いってのに!」

「先生も忙しかったんでしょ。

 それにしても先生もド忘れする事あるのね……でアイツには伝えたの?」

「いや、今から探しに行く所だ。

 ん? お前何持ってんだ?」

「本よ」

「エロ本か!?」

「んなわけないでしょうが!」

「ンガッ!?」

 

 

 とりあえずいつも通り頭を殴っておく。

 地べたに倒れて動かなくなったけど、どうせすぐいつも通りになるのよね。

 まったく……こいつの頭にはそれしかないのかしら?

 アイツもアイツで何考えてるか分からないし。

 このチーム大丈夫かしら?

 



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第7話 一つの節目

 店のカウンターでのんびりする毎日。

 気付けばそれを365回繰り返した……簡単に言えば一年経ったんだけどね。

 一年経っても相変わらず客は少ないけど、その分色々な事に時間を割く事が出来た。

 とりあえず一年を一区切りとして、今後のトレーニングスケジュールを立てるために今までやってきた内容を頭の中で整理することに。

 

 

 この一年間、まず店に居る時の空き時間で瞑想と印の練習、家に居る時は体術と能力の確認を行なってきたんだけど、一年続ければそれなりの効果は出るもんだ。

 まず印は正確に組めるようになり、幾つかの術の印の順番も覚えた。

 ………どっちもチャクラ使えないからあんまり意味ないんだけどね。

 いや、チャクラっぽいのが身体にあるっていうのは感じられるようになったんだよ?

 毎日1時間以上の瞑想のお蔭だと思うんだけど、感じられるのと使えるのはイコールじゃなかった。

 今は瞑想の時間で何とかそのチャクラを動かせないか試すのが日課になっている。

 これは今のままでいいと思う。

 

 

 体術に関しても、とりあえず現状維持しかできない。

 今まで通りの筋トレと木に巻いた道着を使った投げ技の打ちこみ練習が基本になるかな。

 打撃に関しては最初空手の型を練習していたんだけど、如何せん小学校の頃にやっていた位のものしか知らないし、変な癖が付いたら直すのが大変だからアカデミーの教科書に載っていた体術を中心に探り探りで練習することにしてる。

 これ以上高度な体術は誰かに師事しない限りは厳しいだろう。

 でもこの二つはまだ現状維持という選択肢が取れるから良いんだけど問題は……

 

 

「能力の把握かぁ」

 

 

 これに関してはやれること殆どやったと思うんだ。

 ‘スケープゴート’で4匹の羊トークンを出してみたり、そのトークンを‘トークン収穫祭’というカードの効果で破壊してみたり(LP回復は発動しなかった……LPがどういう扱いになっているか分からないけど、恐らくLP8000が自分の万全な状態であり、それ以上回復はしないのだと思う)、‘デーモンの斧’を装備してみたりもした。

 思いつく限り効果範囲が広くないであろうものはあらかた試し終え、残っているのはバーンカード、フィールドカード、二体以上のモンスターに影響を与えるカード。

 因みに制限カードのスケープゴートを使ったときに何かデメリットがあるのでは?と少しだけ心配したけど、特に目立った何かは無かった……俺が分かってなかっただけで何かあったのかもしれない可能性は否定できないけどな。

 話が少しだけ逸れたけど、今までは裏庭でこういった実験を行ってきたわけで、残っている効果範囲が大きいであろうカード群は流石に裏庭で発動させることは出来ない。

 ということで俺は手元にあるペーパーナイフをクルクルと回しながら、対策を考えることに。

 

 

「一番手っ取り早いのは広い場所を借りればいいんだけど、確実に何に使うか聞かれるだろうしな……っというわけでこれは却下。

 森とかで勝手にやるっていうのもアリだとは思うんだけど、森は忍者の訓練場でもあるからバッティングする可能性が低くない。

 ということはだ……やっぱり今まで通り裏庭で済ませるのが最善か?

 ……でもどうやって?」

 

 

 普通にやるのは不可能。

 一番可能性があるのはカードの効果なんだけど、今回必要な効果は周囲に影響を与えずに行動できる空間を作り出すこと。

 ……そう言えば墓地はそのまま死を意味するとして、除外ゾーンってどういう扱いなんだ?

 思い立ったが吉日とばかりに一旦店の戸に準備中の札を掛け裏庭へ行くと、手に持っていたペーパーナイフを地面に置いた。

 

 

「使えそうなのは……‘異次元隔離マシーン’だな。

 対象は自分の場と相手の場に居るモンスター一体ずつだから、自分の場のペーパーナイフとそこにいるてんとう虫を除外」

 

 

 対象を選択した瞬間、目の前に二メートルほどの機械が現れた。

 ペーパーナイフがモンスターとして扱えるかどうか不安だったけど、無機物のモンスターやトークンもありならやっぱりイケるよね。

 てんとう虫とペーパーナイフは異次元隔離マシーンのライトが一度点滅するのと同時に、無音でその場から消えた。

 

 

「ここまではOK……問題は帰りだ。

 ‘魔法除去’発動!」

 

 

 目の前にあった機械が空気に溶けるように消えていく。

 するとさっき除外ゾーンに飛ばしたてんとう虫とナイフが地面に転がった。

 てんとう虫は戻ってきて早々何処かに飛び立ち、ナイフは地面に転がっているが特に欠損は無い様だ。

 

 

「問題なさそうだな。

 これで除外ゾーンの安全は確認できたわけだけど、除外ゾーンで能力が使えなければ意味が無いし、異次元隔離マシーンを除外ゾーンから破壊できるか分からない……やるとしたら結構なギャンブルだな」

 

 

 下手すれば異次元に隔離され続けるっていう可能性もないわけじゃない……それは怖すぎる。

 まぁ、最悪でも能力が使えれば‘次元の歪み’の効果で戻ってこれるとは思う。

 だが怖い……というわけで、まずは別の方法で一回除外ゾーンに行ってみることにしよう!

 念のため自室に戻り、一定時間除外ゾーンに行くことができるカードを発動させる。

 

 

「‘封印の黄金櫃’発動。

 対象は俺自身!」

 

 

 こっちに来るときにあった紙の御陰で、1ターンがおよそ5分である事は分かっている。

 故に10分後になればこの場に戻ってこれるはずだ。

 若干の不安は胸から消えないが、俺は目の前に現れた黄金櫃に吸い込まれていく。

 痛みは感じないが、落ち着かない気分だ。

 視界がグニャグニャしていて気持ち悪かったので暫く目を瞑っていると、ふと周囲から音が消える。

 そのことで除外ゾーンへの移動が終わった事が分かった俺は、ゆっくりと目を開いた。

 すると眼前に広がっていたのは白。

 ただ白くて地平線すら見えるほど広い空間だ。

 想像していた場所と全然違っていて一瞬思考がフリーズしてしまったが、直ぐに我に返って当初の目的で ある除外ゾーンで能力を使用できるのかという事を実験してみることに。

 

 

「別に何でもいいんだけど……この際だ!

 フィールド魔法試してみるとしますか!

 ‘草原’発動」

 

 

 その言葉と同時に俺の足元から一気に草原が広がっていく。

 しかし草原は一定範囲まで広がると、フィールドの浸食を止めた。

 どうやら100メートル四方がフィールド魔法の効果範囲のようだ。

 

 

「やっぱり裏庭で使わなくて正解だったな……周囲に障害物があった場合どうなるか分からないけど、絶対大事になってたよ。

 何にしても除外ゾーンでも能力は使えることが確認できてよかった。

 これで異次元隔離マシーンを使っても大丈夫だな」

 

 

 とりあえずこのまま十分何もしないのは勿体ないから今まで試せなかった魔法や罠を試していくことにするかな!

 そうして俺は十分の間、自重という単語を何処かに忘れてきたかのように様々なカードの効果を確認していくのだった。

 

 




バーンカードっていうのは直接プレイヤーにダメージを与える魔法や罠のことです


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第8話 少女の悩み

 十分間の異次元実験を終えて戻ってきた俺は、戸に掛けたプレートを準備中から開店中へと変え、再び店を開けた。

 開けてもあんまり客来ないんだけど、今日はあの子が来る日だったと思うから開けておかないといけない。

 数少ない常連さんを失うのは大きな痛手になるしね。

 おっと噂をすれば……。

 

 

「何かいい本入荷した?」

「ちょっと昔の小説位かな?

 流石に専門書の類は中々持ってくる人いないからね」

「そっか、残念」

 

 

 そう言っていつも通り店内を見て回り始めた常連さん。

 っていうかこの店の初めてのお客さんでもある金髪の女の子なんだけどね?

 流石に初めてこの店に来た日から月に最低でも二回は来店してくれてるから、この子も大分遠慮というものが無くなってきた。

 例えば喉が渇いていれば遠まわしにお茶を要求してきたり、人名を出さずに愚痴を言ってみたりとまるで休憩所みたいなノリで来る日もある位だ。

 まぁ別に困ってるわけじゃないし、子供が嫌いなわけじゃないからいいんだけど……彼女は若白髪のマセた子供や、何考えてるか分からない爬虫類っぽい顔をした子供の話をよくする。

 その子供たちの特徴が、どこか伝説の三忍の内の二人の特徴に似ている気がするのが気になるけれど、忍界対戦終戦からそれほど時間が立っていない今、そう簡単に個人情報を漏らす忍びはいない。

 故に俺は未だにこの女の子の名前を知らない……一度名前を聞いてみた事はあるんだけど、答え難そうな顔してたから結局自分からうやむやにして、それ以降も聞いてないんだ。

 お客さんの個人情報を無理に聞くのは良くないと思うしね。

 

 

「この間買わなかった野草辞典を買うのもいいけど、自伝系も気になるわよね。

 でも忍具の新調もしたいし……う~ん、迷うわね」

 

 

 下忍の彼女は任務や訓練帰りに寄ることも多く、顔や手に青痣や切り傷がついている時もある。

 流石に下忍だと戦闘を行なうような任務は滅多に無いはずだから、恐らく訓練による怪我が多いんだと思うけど、現代日本で生まれ育った身としては殴られたような打撃痕が子供の顔にあるのは見ていられない。

 正直何度‘レッドポーション’位なら使っていいんじゃないか?という考えが頭に過ぎったか分からない位だ。

 結局実行には至らなかったわけだけどね……一度包丁で自分の指を斬った時に使ったら気持ち悪いくらい早く治ったから、流石に人に使うのは戸惑う。

 何より変に疑われたくない。

 普通の人が今の医療忍術よりも数倍早い回復速度を持つ薬を持っているなんてありえないのだから。

 ……あれ? そう言えば回復系の魔法カードの中に‘非常食’や‘モウヤンのカレー’ってカードがあった気がする。

 あれって食べたらお腹膨れるんだろうか?

 よし、今日の夕食はカレーだな!

 

 

「店員さん!!」

「うわ!? な、なに?」

「今日はコレに決めたわ」

「‘野草大全’ですね……150両になります」

「任務の報酬が入ってなかったら買えなかったわね。

 はい、200両」

「ハイ確かに、50両のお釣りになります」

 

 

 彼女はお釣りを受け取ると、カウンターの横に置いてある高い場所の本を取る時に使う折り畳み椅子を組み立てて、椅子に腰かけた。

 どうやら今日はこの後に任務や訓練が無いらしい。

 

 

「(また何かあったのか……)今日はどうしたんだい?」

「聞いてくれる?」

 

 

 最近は本を選ぶ時間よりも、こうして悩みや愚痴を言う時間の方が長い気がする。

 前回来た時もチームメイトとの連携が上手くいかない事に関して2時間以上愚痴っていったし、その前は親が凄いと子供に対する期待が大きくて辛いという内容の愚痴を1時間以上……確かに俺はこの子よりも長く生きてるよ?

 でも生まれ育った世界が違うから価値観も結構違うわけで、なかなかいい相談相手には成れていないと思う。

 まぁ、彼女が俺に話をすることで楽になるのなら聞き手ぐらい務めるのは構わないんだけどね。

 さて今回はどんな話題かな?

 

 

「今週は家出したペットを探したり、家の修繕を手伝ったりする任務ばっかりだったのよ」

「いや、今週も何も忍者の任務についてあんまり知らないんだけど……」

「え? あ、そっか! 依頼しない人もいるんだもんね。

 まず忍びの任務っていうのは上からS、A、B、C、Dって分けられているんだけど、さっき言ったような内容の任務はDランク任務に分類されて、下忍ならこのランクか一つ上のCランク任務が殆どなの」

「Cランク任務ってどんな内容なんだい?」

「Cランクはピンからキリなんだけど、あえて言うなら忍者同士の戦闘とかは絶対無いけど戦闘がある可能性は否定できないって任務が多いわね」

 

 

 原作ではタズナの護衛がCランク任務だったか。

 結局忍者に狙われているのを隠しての依頼だったから、実際はAかBランク任務だとかカカシ先生が言ってた気がする。

 依頼内容の詐称は犯罪です!っていうポスターを里の中で見かけた事あった気がする位だから結構多いのかもしれない。

 

 

「要するにDランク任務じゃ物足りないってことかい?」

「言い方は悪いけど……はっきり言えばそうかも。

 前に受けたCランク任務の護衛も実際は付き添いみたいなものだったし……別に戦いたいってわけじゃないんだけどやっぱり……ね」

 

 

 そうは言っても実際は実力を試したいという気持ちが無くは無いんだろうなぁ。

 やっぱり俺には分からないな……ゆったりまったりしながら生きていけるなら、その方がいいと思うんだけど。

 俺も一応鍛えているけど、あくまでこれはヤバいイベントの存在を知っているからであり、もし知らなかったら悠々自適なヒッキーライフを満喫していたはずだ。

 何でNARUTOの世界なんだろうなぁ……戦いとは無縁の世界がよかったよ。

 この後も暫く他の班が受けた任務や、班員が個人で受けた任務についての話が一時間ほど続き、少し外が紅くなり始めた頃に彼女は店を後にした。

 



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第9話 知らぬ間に訪れていた危機

 苦節三年……ついにチャクラを練れるようになったぞ!!

 やっぱり先入観がある状態っていうのは良くないみたいだ。

 それに俺のチャクラ量は別に多いわけじゃなく、ポンポンと忍術使ったらすぐぶっ倒れるんだけどね。

 もし影分身の術使えたら原作でナルトが使ってた裏技っぽい訓練方法が出来たんだけど、影分身の印も分からなければ、チャクラも足りないという無い無い尽くし。

 しかしチャクラの量は一気には増やせないものの、筋トレと同じで鍛えることで少しずつ増やすことは出来る。

 故に最近は一日に一回、保有チャクラのギリギリまで忍術を使う事を日課にしている。

 

 

 因みに三年も経つと日常にも変化が現れるもので、別に仲のいい友達が出来たとかではないんだけど、店に関する変化が幾つか……。

 特に大きな変化は主に二つあるんだけど、一つは本屋さんが家に商談を持ってきた事。

 余った本の在庫を格安で良いから引き取ってくれないかという提案を持ってきたんだけど、俺としては全部を引き取るわけじゃないし、特にデメリットも無いと思ったので引き受けた。

 本屋さんも売り切れない在庫を抱えるよりも、安くてもいいからお金になった方がいいのだろう。

 

 

 もう一つは……最初の常連さんが余り店に来れなくなったという悲しい変化。

 それでも月一で来てくれているから、本当にありがたい。

 彼女が余り来れなくなった理由は下忍から中忍になったかららしいけど、三年で中忍になるのは非常に優秀らしくて、前に言っていた通り本当に彼女は出世するのかもしれないと密かに期待している。

 それと彼女に関して若干気になる情報も一つ手に入れた。

 如何やら彼女はお嬢様らしく、里の人からは姫様と呼ばれているという事。

 でも俺この里で姫って呼ばれるような家系はうちは一族、日向一族位しか知らないんだよね。

 うちはだったら……やっぱりあの子も死んじゃうのかな?

 余り考えたくない事だけど、もしそうだったとしても俺に出来ることは無い。

 もしあのイベントを崩すと確実にヤバい事に巻き込まれる。

 あの仮面の人とか仮面の人とか仮面の人とか……なんなんだよ、あのチート技能。

 最強チートオリ主並みの反則っぷりだよ?

 超関わり持ちたくない!

 ごめんよ、もし君があの一族だとしたら俺は君を見捨てることになる。

 俺は出来れば君がうちは一族で無い事を望むよ。

 

 

「さてと、今日も一日頑張りますか!!」

 

 

 暗い考えを打ち消すかのように俺は声に出して仕事の開始を告げる。

 仕事の開始と言っても相も変わらず客は中々来ないんだけどね。

 小さくため息を吐きながらいつも通りカウンターに入り、読みかけの本を読み始める俺。

 アカデミーの教科書も腐るほど読んだので、最近は専門書の中に術のこととか載ってないかなぁって調べるのが主になっている読書だが、流石にそう簡単に見つかるわけもなく……偶に暗号化されたそれっぽいのが載ってる事があるって位だ。

 何故暗号化されてるものが読めるのかって?

 アカデミーの教科書を何十回も読み返したのは伊達じゃないって事だよ。

 カウンターに座ってから2時間ほどで読み終えた本を机に置き、新しい本を取るために席を立とうとした瞬間、店の戸がガラガラと開けられた。

 

 

「へぇ……意外と整理されとるじゃないか」

「いらっしゃいませ」

「おぉ、店主か? 少し見させて貰うぞ」

「えぇ、ごゆっくりどうぞ」

 

 

 顎髭をこさえた男性客はそう言って店の中を歩き始めた……新しい本は後回しだな。

 どうやらこのお客さんは腰に忍具を付けていることから忍者らしい。

 というかこの人どっかで見たことあるような気がするんだが……誰だっけ?

 俺が何とか男性を思い出そうとしている内に彼は欲しいものを見つけたらしく、既にカウンターの前に立っていた。

 

 

「これを頼もうか」

「あ、はい。 50両になります」

 

 

 彼は一度頷くと、ポケットから50両を取り出しカウンターに置いた。

 ポケットに直で入れると激しく動いたら落とすと思うんだが……大丈夫なんだろうか?

 そんな考えが頭に浮かんだが顔には出さず、商品を手渡す。

 

 

「50両ちょうどですね、こちら商品になります」

「ふむ、品揃えも良く値段も良心的だ……あの娘が気に入るのも無理はないか」

「気に入っていただけたようでなによりです、今後ともご贔屓に」

「そうだな、偶に寄らせて貰おう。

 ところで店主よ」

「はい、なんでしょう?」

 

 

 受け取った50両を机にしまってからお客さんの方を向き直ると、眼を細めて腰に付けたクナイに手を置く一人の忍者が立っていた。

 何故に!? 俺なんかやらかしたか?!

 混乱の極みにある俺に追い打ちを掛けるがごとく、男性客は言葉を続ける。

 

 

「お前は何者だ?」

「な、何者も何もただの古本屋です」

「にしては身体が良く鍛えられているし、チャクラも少なくない……もう一度聞く。

 お前は何者だ?」

 

 

 いや、マジでただの本屋だから!!

 転生してたり、特殊な能力持ってたり、身体鍛えてたりするけど一般人ですから!!

 だからそんな怖い顔しないでください! お願いします!

 とんでもない威圧感を感じながらも答えないわけにもいかないので、何とか口を開く。

 

 

「た、ただの本屋です」

「ならば何故鍛えている?」

「何かあったときのために鍛えておいた方が良いかなって思って……」

「チャクラについてはどういう事だ?」

「それは……古本の中にアカデミーの教科書があったのでそれを見ながら興味本位でちょっと……駄目でしたか?」

「ふむ……最後の質問だ。

 俺の顔に見覚えは?」

「基本的に店に籠もってるもんで……すみません」

 

 

 俺がそう答えると、彼はクナイに置いていた手を離して威圧するのを止めた。

 正直なにがなにやらって感じだが、何とか警戒は解いてくれたようだ。

 思わず長いため息を吐いた俺は悪くないと思う。

 そんな俺の様子を見て少し気まずそうな雰囲気の彼がゆっくりと口を開く。

 

 

「すまない、忍界大戦から10年以上経ったとは言えまだまだ気を抜けないんだ。

 ましてや俺の生徒に関わることなら余計に慎重にならざる得ない」

「生徒……ですか?」

「ここの常連に金色の髪をした女の子がいるだろう?」

「あぁ! あの子の先生さんなんですか?」

「その通りなんだが、そう言えば自己紹介がまだだったな。

 木ノ葉の里三代目火影を務めさせて貰っている猿飛ヒルゼンというものだ。

 てっきりこの里で俺のことを知らないやつは居ないと思っていたんだが……俺もまだまだだな」

「ほ……火影様!?」

 

 

 この人が三代目火影!?

 年取った三代目しか覚えてないから全然分からなかった……っていうかそれどころじゃない!!

 なんで俺の店に三代目が……いやちょっと待てよ?

 さっき三代目が言っていた言葉を思い出すんだ俺!

 たしか「俺の生徒に関わること」「金色の髪をした女の子」と言っていたはず。

 金髪で俺の店に良く来る女の子はあの子以外居ない。

 あの子はあの歳で中忍になるほどの才能を持っていて、一部の里の人からは姫と呼ばれ、白髪の少年と爬虫類のような仲間がいると……あの金髪娘綱手じゃねぇか!!!

 どうすんだよ俺?! いきなり……いやまぁ既に三年ほど経っているけど、早速伝説の三忍の内の一人にエンカウントしてるじゃん!!

 しかも三代目火影まで出てくるとか、俺にどうしろと!?

 知らず知らずの内に死亡フラグの森の中に入り込んでしまったことを理解した俺は一気に顔から血の気が引いた。

 ホント……どうすりゃいんだよこの状況。

 




主人公も十分チートオリ主だし、一般人とは程遠いだろとかいう突っ込みはスルー


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第10話 生涯現役

 いきなり血の気が引いた俺だったが、このまま絶望しているだけではどうしようもない。

 っていうかよく考えれば別に三代目と綱手ちゃんと知り合ったからって、誰かがここに攻め込んでくるわけでもないんだ……大した問題はないじゃないか!

 そうと分かれば少し気が楽になったぞ。

 ならば今真っ先にすることは現状を把握していくことだろう……現状を把握しないとこっちとしても何も出来ない。

 折角三代目様もこちらを心配そうに見ていることだし、まずは何故彼がここに来たかを聞いてみよう。

 

 

「火影様とは知らず、誠に申し訳ありません」

「いや構わない。 知らないものはしょうがない」

「そう言っていただけると助かります。 ところで先程生徒に関わることだからここに来たと申しておられましたが……」

「あの子は俺の恩師の孫で、もし何かあればあの方に申し訳が立たないんだ。

本当ならもっと早く来る気だったんだが、あの子の様子を見る限り別段何かをされた様子はないし、忙しさもあってここに来ることが出来なかったんだが、たまたま時間が出来たので一度見てみようと思ったわけだよ」

「そうしたら私が鍛えている上にチャクラもあるから、何処かの里の忍者じゃないかと思ってしまったのですね?」

「そういうことだ……気分を害しただろう?」

 

 

 本当に申し訳なさそうに顔を歪めるヒルゼンさん。

 確かにスパイじゃないかと思われて良い気持ちはしないけれど、別に何か実害があったわけでもないし、重要な事も知れた。

 何よりこのまま火影様に気まずい空気を作ったままで居られると俺の胃もヤバい事になりかねない。

 

 

「いえ、お気になさらず。

 火影様があの子の安全を守るためにしたことですし、私としても分かってもらえたのならそれでいいのです。

 因みに言っておくと私は確かにチャクラを練ったり、身体を鍛えたりしていますが、先生が居るわけではないのでアカデミーの教科書に載っている事しかできませんし、その中ですら出来ないこともあります。

 要するに……私がもしあの子に襲いかかったところで普通に返り討ちにされてしまいますよ、ははは……はぁ」

「そ、そうか」

 

 

 俺に他人のチャクラの量を知る術は無いが、幼いとはいえ綱手ちゃんのチャクラ量は確実に俺より多いだろう。

 だって俺のチャクラ量って木登りの行(木を足の裏にチャクラを練ることで手を使わずに登る修行)を10回位やっただけで切れるんだぞ?

 無駄が多いのもあるだろうけど、確実に彼女よりは少ないのは確実。

 滝登りの行に入れるのは何時になることやら。

 色々と凹む事を思い出した所為で落ち込んでしまったが、火影様が違う意味で気まずそうにしているから気を取り直さないとな!

 

 

「何にしても火影様が気に病むことはありません。

 あなた様は別に間違ったことをしたわけではないのですから」

「そう言ってもらえると助かる。

 さてと、ではそろそろ仕事に戻らないと部下に怒られてしまうから、ここらで……」

「そうですか……あ! ちょっとだけ待ってもらえますか?」

「あまり長くは待てないが、少しだけなら大丈夫だ」

「本当に少しですから!」

 

 

 そう言って俺は走って倉庫へ向かう。

 倉庫に入った俺は棚の奥の方に保管されている一冊の本を手に急いで店へと戻る。

 喜んでもらえると良いけど……どうせ出会ったんなら多少心象良くしておきたいしね。

 

 

「お待たせしました! これお近づきの印にどうぞ」

「別に気を使わなくて………こ、コレは!!」

「あの子から聞いたんですが、白髪の男の子と良くそう言った類の会話をしていると聞きましたので……」

 

 

 俺が倉庫から持ち出してきたのは一冊のエロ本。

 まぁエロ本と言っても別にそこまで生々しいものではなく、少し露出の多い絵が載っている位の本なんだけど、この世界だとこの位でもエロ本らしい。

 三代目は確か結構エロい人だったという記憶があったから、挨拶代わりに一冊プレゼントしたわけだ。

 まぁ記憶は正しかったようで、なんか凄い勢いでページを捲っている。

 

 

「一応子供も来たりするので表には出してませんが、捨てるには勿体ないし、持っていると家族に見つかりそうという理由で売りに来るお客様もいらっしゃるもので、倉庫に少しずつ貯まってきてしまっているのです。

 法に引っかかるものは流石にありませんが幾つか種類がありますので、もしまた来る機会がお有りでしたらその時は奥から引っ張り出させていただきます」

「これは……けしからん。

 まったくもってけしからん。

 子供が見てはいけない様なこんな格好を……む、店主!

 他にも種類があると言ったか!?」

「えぇ、この類の本は表だって売ると女性客が減ってしまいますから私に直接声を掛けてきた方だけにお売りするようにしているのですが、火影様に隠し事は出来ませんからね。

 元からこの類の本があることは売りに来た方くらいしか知らない故に、買われたお客様は居られないのです。

 だから緩やかに倉庫の肥やしとなりかけておりました」

「そ、それは勿体な……もとい本が可哀想だな!

 よし、これからは偶に俺が可哀想な本を買いに来ることにしよう!」

 

 

 よし上客ゲット!!

 本当に処分に困ってたんだよ、あの類の本。

 一応金出して買い取ったは良いけど、あの子……もう綱手ちゃんでいいか……綱手ちゃんがエロい本嫌いだから表だって売ると数少ない常連客が減ってしまう。

 でも火影ともなれば女性が向こうから寄ってくると思うんだけど……やっぱりハニートラップとかを警戒しなくちゃいけないから大変なのかな?

 そんな下世話な事を考えていると、火影様は切りの良いところまで読んだのか、本閉じてこっちを見ていた。

 その顔に先程までのおちゃらけた空気はなく、俺も顔を引き締める。

 

 

「一つ言っておく。

 あの子は恩師の孫で大事な生徒だ。

 そしてそれと同時に子供のようにも思っている……だからあの子を悲しませる事だけは許さんぞ?

 あの子は店主に気を許している。

 その気持ちは恋愛感情ではないが、年上の友人とでも思っているのだろう。

 もし店主があの子に余所余所しい態度を取ればきっとあの子は悲しむ……顔には出さんかもしれんがな」

「要するに火影様のことは気にせず、あの子とは今まで通りに接すればよろしいのですね……元からそのつもりでしたから大丈夫ですよ」

 

 

 俺がそう言うと火影様は子供の様に明るい笑顔で「それならいい」と言い、そのまま背を向け店から出て行った。

 三代目は一度懐に入れた人には本当に優しい。

 それは原作での大蛇丸への対応からも窺えるだろう。

 俺は三代目の優しさに自然と笑顔を浮かべつつ、その大きな背中へ「またのお越しを」と言いながら深く深く頭を下げた。

 



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第11話 自己紹介

 三代目が来てから数日が経ったがいつも通りこの店は平和だ。

 てっきり「調子に乗るなよ小僧!」とか言いながら誰か来たりするのかとドキドキしてたりもしたんだけど、何にもなかった。

 まぁもしなんかあってもトラップカードを3枚伏せてたから大丈夫だとは思うけど……‘六芒星の呪縛’と‘強制脱出装置’は中々良いトラップだよ?

 三年もあれば色々と試す時間もあって、この二つのトラップを使えば相手を殺すこともなくここから離れさせる事が出来る……はずなのだ。

 まぁ前者は身体の拘束、後者はこの場から相手を強制的に離脱もしくは自分が離脱するときに使えるので中々使い勝手が良いんだけど、忍者のように割と頑丈な人じゃない限り拘束された状態で高々度まで飛ばされたら死んじゃうのが難点なんだよコレ。

 今のところどちらも使う機会がなくて助かってるけど、問題はこの二枚が任意発動だから俺が殺されそうになっても自動で発動するわけじゃない……要するにこの間来た三代目のような超高レベルの忍者だったら発動よりも先に俺殺されかねないわけだ。

 よって三枚目のトラップカードが必要になる……遊戯王5D’sの主人公が愛用していた‘くず鉄のかかし’という優秀なトラップカードが!

 このカードは相手の攻撃に反応してくず鉄のかかしが現れ、1ターンに一度相手の攻撃を防いでくれるという効果を持ち、使用後はまた伏せられるという中々に強いカード。

 連続して防ぐことは出来ないから二人以上に同時で攻められたら意味ないんだけど、少しでも隙が出来れば除去か破壊効果を持つ魔法を使うことが出来るから大丈夫……たぶん。

 とりあえずそんな感じでこの数日の間三枚は除外ゾーンでの実験兼訓練以外では外さない様にしてる。

 だからこそ多少の緊張感はあれど、いつも通り店を開いていられるのだ。

 

 

「だけど結局今日も店には閑古鳥が鳴いているっと……本格的に宣伝することも考えなきゃ駄目かな?」

「私も何度かそう言ったと思うけど?」

「うぉ!?」

 

 

 突然後ろから聞こえてきた声に驚き椅子ごと後ろに倒れる俺。

 腰への鈍痛を感じつつもそのまま後ろに立っていた人物を下から見上げると、そこには苦笑しながらこちらを見ている綱手ちゃんが立っていた。

 流石にこのまま会話するのはどうかと思い、立ち上がって椅子を直すと彼女の方を向き直る。

 

 

「とりあえずカウンターから出てくれるかな?」

「そっちは分身よ?」

 

 

 彼女がそう言うとボフンという音と共に彼女の姿が白い煙へと変わって霧散した。

 どうやら最初からカウンターの中には入っていなかったらしい……彼女はいつもの指定席に座り俺の方を見ながらクスクスと笑っている。

 

 

「せめて音を立てて入ってきてくれると嬉しいんだけど……」

「それだと面白くないでしょ?」

「店に入るのに面白さを求めるのはどうなんだろうか」

「そんなことより一ヶ月ぶりに会った美少女忍者に何か言うことはないの?」

「あぁ……毎度ご来店ありがとうございます。

 お客様の御陰で少しずつ顧客が増え始め「そうじゃないでしょうが!」……元気そうで何より」

「う~ん、まぁそれでいっか。

 そっちはなんか変わったことあった?」

「変わったことかい?……君の先生が来たくらいかな」

「えっ! 猿飛先生が!?」

「知らなかったよ、君が三代目火影様の生徒だったとは……」

 

 

 ホント、超びっくりだったよ……知らないうちに三忍の一人と知り合っているとか想定外ってレベルじゃないって。

 まぁ彼女もここに三代目が来るとは思わなかったようで、椅子から立ち上がり目を丸くして驚いている。

 確かに火影なら古本屋に用なんて普通ないもんな。

 だが彼女も忍、何時までも驚いたままで居るはずもなく、カウンターの前に立って事情聴取のように俺へと問いを投げかける。

 

 

「先生私のこと何か言ってた?」

「大事な生徒だって言っていたよ」

「そう言う事じゃなくて! えっと……私の名前……とか」

「いや、火影様の恩師のお孫さんとしか聞いてないけど……どうかしたかい?」

「先生の馬鹿、そんなの答えを言ってるようなものじゃない……」

 

 

 まぁ三代目の恩師って言えば初代火影と二代目火影位だから、自然と彼女の名前は浮かんでくる……顔と一致はしてなかったけど、名前自体は前から知ってたけどね。

 にしても彼女の顔が些か暗いな。

 そんなに名前を知られるのが嫌だったのだろうか……ま、まさか俺嫌われてる!?

 そ、そ、それはやばいぞ!! 五代目火影から嫌われるとか死亡フラグってレベルじゃねぇ。

 俺が内心戦々恐々と知ってか知らずか、綱手さんは意を決したかのように口を開く。

 

 

「三年間この店に通い続けて、私としては店員さんとも結構仲良くなれたと思う。

 でも名前だけは交換してなかった……それは店員さんが私の名前を知ることで今までの様に接してくれなくなるのが嫌だったから。

 歳は多少離れているけれど私は店員さんの事を友達だと思っているから」

「う、うん(嫌われているわけじゃなかったのか……セーフ!)」

「でも先生が話しちゃったみたいだから、どうせなら自分から名前を教えようと思うの。

 それが三年間積み重ねた時間の証だと思うから。

 だから言うわ……私の名前は千手 綱手、初代火影千手柱間の孫娘よ」

「そうだったんだ、では俺も自己紹介をさせて貰おうかな。

 俺の名前は本瓜 ヨミトです。 今後とも宜しく」

「え、うん宜しく……ってそうじゃなくて!

 もっと、こう……なんかあるじゃない!!」

 

 

 何故か綱手ちゃんはイライラしているようだ。

 俺なんかやらかしてしまったのだろうか?

 俺がそんな疑問を浮かべながら首をかしげているのを見て、彼女は余計納得がいかないのかついには地団駄を踏み始める。

 

 

「だから! 普通こういう時『まさか千手家のご令嬢とは知らず今までご無礼を』とかあるじゃない!!」

「そう言った方が良かった?」

「嫌に決まってるじゃない!! でもそんな普通に返されると今まで悩んでいた私が馬鹿みたいでしょうが!!」

「そんなこと言われても……確かに君は初代火影様のお孫さんで、この里において非常に重要な立場にいるのは分かるけど、俺にとって君は初代火影様の孫娘と言うより俺の店の常連さんってイメージが強いんだ。

 多少驚きはするけれど今になって態度を変えるのもどうかと思うから普通にしているんだけど……多分初めて会ったときにそれを聞いてたら今ほど気軽には話しかけなかっただろうね。

 強い権力を持つ人には怖い人も少なくないって聞くし」

 

 

 俺の言葉を聞いてガックリと肩を落として「なんか納得いかない」と小さく呟いた彼女だったが、俺に悪気がないのも何となく分かっているので気を取り直してもう一度俺に向き直る。

 

 

「まぁ私が名前を教えなかったのも無駄ではなかったってわかったから良いわ!

 じゃあ今まで通りって事で宜しく!」

「こちらこそ、今度とも宜しくね綱手ちゃん」

「つ、綱手ちゃん!? 何その呼び方?!」

「だって君まだ10歳くらいだろう?

 なら綱手さんって言うより綱手ちゃんかなって思ったから」

「止めてよ、そんな呼び方されたら鳥肌立っちゃうわよ!

 普通に呼び捨てで良いわ、ヨミトさん」

「それなら俺のことも呼び捨てで良いよ?

 あ、そう言えばずっと店員さんって呼ばれてたけど、俺店長だよ?」

「それは何となく知ってたけど、まぁ良いじゃない。

 これからはヨミトって呼ぶから問題ないでしょ?」

 

 

 そう言って向日葵のように明るい笑顔を浮かべた彼女に少しドキッとしたのは内緒の話。

 これだから美人さんは……俺はロリコンじゃないってのに。

 



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第12話 蛞蝓

 綱手ちゃ……綱手との名前交換から一年。

 あれから偶に火影様も来るようになり、それが宣伝効果になったのか前より少しだけお客が増えた。

 まぁそれでも週に5人来れば良い方って位なんだけどね。

 少しずつチャクラの量が増えてたり、手足に着けてる重りを重くしたり、自分なりに使える術探してみたりと中々充実した一年だった。

 中でも一番の成果は自分に幻術の適性があることが分かった事。

 どうも忍術の発動効率が悪いなと思って、気分転換に幻術に手を伸ばしてみたらこれが大当たり。

 それが分かってからは体術・忍術・幻術を3:3:4位で訓練している……幻術は相手があってこそのものが殆どだから練習が難しいんだけど、今のところは除外ゾーンでスケープゴートとかを相手に練習中。

 術の使い方はいまいち分からないから本当に基礎だけを延々とやってるだけなんだけどな!

 他にも忍術や体術、魔法やトラップの効果実験にも参加してもらっていて、本当にトークン達には感謝している……念のため攻撃力の無いトークンしか出したことないけどね。

 こっちの世界における攻撃力の基準がどんなものか分からない限り、なかなか使う勇気が湧かないんだよ。

 一応装備を幾つか試したけど、あくまで俺のさじ加減っぽかったので参考にならん。

 もし攻撃力300で人をミンチに出来る位だったら凄く困るし、他にも幾つか危険そうな魔法やトラップは試していない……‘ブラックホール’とか‘激流葬’は普通に俺も死にかねないから、絶対使わないつもりだ。

 とまぁ此処までこの一年での出来事を延々と思い出していたわけだけど、これは唯の現実逃避に過ぎない。

 なぜなら今俺の目の前に……大きなナメクジを持った女の子が立っているからだ。

 

 

「始めましてヨミト様、私この度綱手様と口寄せの契約を結ばせていただきました大蛞蝓のカツユと申します」

「どうヨミト? 良い子でしょ!

 この子凄いのよ! 溶解液も出せるし、分裂もできるの!!」

「それは凄いね……でも出来れば此処では溶解液を出さないでくれると嬉しいかな?」

 

 

 一滴垂れた液体でカウンターに小さな穴が空いてしまってるんで!!

 俺の言葉でカツユは申し訳なさそうに……っていうか普通に謝りながら頭を下げてくれた。

 綱手も少しテンションを上げ過ぎたと反省しているようだ。

 まぁ彼女にとっては苦楽を共にする相棒が出来て興奮するのも分かるから、別に怒ってはいないんだけどね。

 このままだと彼女が凹んだままなのでとりあえず話を変える。

 

 

「今日来たのはその子を見せに来たのかい?」

「それもあるんだけど、今日の本題は別の事!

 ……ちょっとヨミト、その手どうしたの?」

「あぁコレ? 今朝本の整理をしているときにちょっとね」

 

 

 本を整理してると手を切ることっていうのは良くあることだ。

 いつもなら‘レッドポーション’なり、‘ブルーポーション’なりを使うんだけど、切ってすぐお客さんが来たから絆創膏を貼ってそのままにしてたのを綱手が言ってきた今の今まで忘れてたよ。

 でも何故そんな事を気にするのか疑問に思っていると、彼女はこれ幸いとばかりに一旦カツユを椅子に置くとカウンターから乗り出してきた。

 

 

「そう、それは丁度良かったわ!」

「え?」

「ちょっと手を貸して!」

 

 

 そう言って彼女は強引に俺の手を取ると絆創膏を引っぺがして、傷口に手を当てる。

 すると彼女の手にチャクラが集まりだし、俺の傷がゆっくりと治っていく。

 これが掌仙術か……本で読んだことあったけど、一度見ておきたかったから渡りに船だな。

 う~ん、この術は直接的な治療っていうよりも自然治癒能力を活性化する感じなのかな?

 相手のチャクラに拒絶されない様に、尚且つ細胞を刺激する……そりゃ緻密なチャクラコントロールが必要なわけだ。

 っていうかこの年でこのチャクラコントロールとか凄過ぎて涙が出そうだよ。

 まだ俺にこの術の習得は難しそうだ……まずは水の上に余裕で立てるようにならないとな。

 ちょっと前から木登りの行は歩いてでも出来るようになったから、最近は異次元でフィールド魔法‘海’を使ってその上に立つ訓練をしてるんだが、如何せん波がとても厄介で、凪いでいる時ならば立っていられるんだけど、少し大きめの波が来たらすぐに沈んでしまう。

 こんな状態では一歩間違えば昏睡すると言われる掌仙術は使えない。

 自分が出来ない事をサラッとやる彼女を凄いなぁって思いながら見ていると、傷が治ったのか彼女がスッと手を離した。

 

 

「ふぅ、成功っと……ん、どうかした?」

「あ、うん、ありがとう」

「いいのよ、私だって初めて人に試したんだから、こっちこそ良い経験させてもらって「初めてだったのか!?」……そうやって言われると少し恥ずかしい気分になるわね」

「いやいや、そうじゃなくて!! ってことは失敗する可能性もあったってことじゃないか!」

「大丈夫よ! 何回か動物を相手に使ったけど失敗したことないし、もし失敗してもこの位の傷ならちょっと気を失うだけだから!」

 

 

 一歩間違えば気絶してたわけね……まぁ結果的に成功したし、別に害意があってした事じゃないから別に良いんだけど。

 どっちにしろ凄い笑顔で胸張ってる綱手を見ているとウジウジしてるのが馬鹿らしくなってきたし……何より後ろですっごい頭下げてる可愛らしい声をした大蛞蝓もいることだしね。

 



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第13話 蛞蝓趣向

 弟が出来ました……綱手に!

 里は千手家に男児が生まれたって結構な騒ぎになってる。

 ただ千手家は初代と二代目火影が出た家系と言うことで他里に強く警戒されているため、しばらくは綱手の任務を少なめにし、家に居る時間を長くするらしい。

 これに関しては綱手本人からそういう理由でしばらく来れなくなるとカツユを通して言われたから間違いない。

 朝起きたら机の上にポツンと小さなカツユが居て、綱手の声で「弟出来て心配だからしばらく店に行けなくなる! でも偶にカツユをそっちに送るから私の好きそうな本があったらその時は宜しく!」といきなり言われたときはかなり驚いたけどな。

 話が終わった瞬間カツユが「朝早くに申し訳ありません! 綱手様が思い立ったが吉日だからと……」って小さな身体で一生懸命頭を下げているのを見て、カツユ可愛いと思った俺は少し変なのかも知れない。

 とりあえず頭を下げるのを止めさせて、自分の腹が空腹を訴えるのでカツユと一緒に朝食を取ることにした。

 最初はカツユも遠慮して帰ろうとしたんだが、一人で食うのは味気ないからと呼び止めて手早く朝食を用意する。

 何か食べられないものはあるかと聞けば、しょっぱくないものなら何でも大丈夫とのこと……そこはやっぱりナメクジなんだなと思ったけど口には出さないでおいた。

 俺が用意した朝食はご飯、卵焼き、味噌汁、漬け物という普通の朝食。

 流石に俺と同じものを食べると塩分が多いと思い、カツユの前に出したのは水洗いしたキャベツと小さく砕いた飴だ。

 キャベツはともかく、砕いた飴はパっと見て何か分からない様で首を傾げている。

 

 

「これは何ですか?」

「飴を砕いたものだよ? 大きいままだと食べにくいと思ってね」

「飴……って何ですか?」

「飴って言うのは砂糖と水をおおよそ1:2で混ぜて、火で煮詰めた後に冷やすと出来る甘いお菓子のことなんだけど……知らなかった?」

「はい」

「そっか、まぁ食べてみれば何となく分かると思うよ」

 

 

 これ以上俺には説明できそうにないので一先ず食って貰うことにした。

 俺も自分の飯が冷めてしまう前に食いたかったしな!

 俺は漬け物で飯を食いながら、おっかなびっくり飴に近寄っていくカツユを見守る。

 まぁぱっと見砕けたガラスにも見えなくないから警戒してるのだろう。

 このまま放っておくと食べ終わるまでに日が暮れそうだから、食べても問題ないことを示すために一つまみの飴を俺が食ってみせる。

 それを見てカツユは息を呑み、再び飴に向き合うとゆっくりと飴に口を付けた。

 

 

「ん………あ、甘くて美味しい」

「そっか、それは良かった。

 作った甲斐があったよ」

「これってヨミト様が作ったんですか?」

「だから俺には様付けしなくて良いって言ってるのに……買うより安く済むからね。

 果物の飴とかは中々上手くいかないんだけど、これくらいなら作れるようになったよ。

 一人暮らしだと自炊は必須だしね」

 

 

 カツユの顔は表情が読み取りにくいが、そう言った俺に何となく感心してくれている気がする。

 自炊って言っても簡単なものしか作れないから、騙しているような気持ちになって微妙な気分になってしまったけれど、カツユが美味しそうに食べてくれているから開き直って食事に集中する。

 それほど量が多くなかったのもあって朝食はすぐになくなり、今は二人でまったりとした時間を過ごしている。

 分体だからこそ急いで戻る必要は特にないらしい。

 こうして一対一で話す機会なんて今後あるかどうか分からないから有効活用しないとな!

 

 

「カツユって何が出来るの?

 分裂して、声を伝えたり出来るのは分かってるんだけど……」

「他にですか? う~ん……酸が吐けます」

「そう言えばカウンターに穴開けてたね」

「あの時は本当にご迷惑をお掛けして申し訳ありません!」

「いや穴ももう塞いだから気にしなくて良いよ?」

「ありがとうございます。

 他に何が出来るかと聞かれれば……今のところないですね」

「今のところ?」

「今綱手様と試していることがあるんです。

 流石に何をやっているかまでは教えられませんけど」

 

 

 そう言って申し訳なさそうに頭を下げるカツユ。

 こっちが無理言って聞いてるんだから、そこまで気にしなくても良いのに……。

 

 

「いや、良いんだ。

 少し気になっただけだから、だから頭を上げてくれ。

 むしろこっちこそ答え辛いことを聞いてゴメン」

「いえいえ、私の方こそ!」

「いや俺が!」

 

 

 このやりとりを数回繰り返すと、何か面白くなって吹き出してしまった。

 まさかこんな漫画みたいなやり取りを実際にやるとは思わなんだ。

 カツユは俺が何で吹き出したのか分かってない様で首を傾げていたが、それがまた面白くて笑いが止まらない。

 しばらく笑い続けて、やっと笑いが収まったのでキョトンとしているカツユに軽く謝る。

 

 

「ゴメンゴメン、何か面白くなっちゃってね。

 いやぁ笑った笑った」

「いえ、少し驚きましたけど楽しそうで良かったです」

「優しいねカツユは……そうだ!そろそろ戻るんだろう?

 戻る時ってどの位の荷物もって戻れるんだい?」

「え? えっと、本二冊分くらいです」

「そっか……なら大丈夫だな。

 ちょっと待ってて!」

 

 

 俺は急ぎ台所に行き、飴玉をいっぱい詰めた紙袋を持って戻る。

 飴は保存が利くから、ある程度まで作ったら袋詰めして保管してるんだよね。

 自分じゃ食べきれなくなってきたから、丁度良かった。

 カツユは俺が飴でパンパンの紙袋を持って戻ってきたのを見て、不思議そうに首を傾げる。

 

 

「この間飴を作り過ぎちゃって一人じゃ食べきれなかったんだ。

 だからもし良かったらこの飴を貰ってくれないかな?」

「こ、こんなにいっぱい……良いんですか?」

「うん、このまま置いておいても食べきれる自信ないしね。

 カツユももし飽きたら捨ててくれて良いから」

「そんな、大事に食べます!」

 

 

 そう言って頭を下げるカツユに少しだけ安堵した俺。

 流石にこの量は多いかなって持ってきてから思ったから不安だったんだけど、喜んでくれたようだ。

 うん、やっぱり能登ボイス可愛い。

 その後カツユを見送って(ボフンって消えたんだけどね?)店に行っていつも通りの暇な一日を過ごした……こんな日が何時までも続けばいいのに。

 




能登ボイスが好きです
田中(少佐)ボイスが好きです
大塚(スネーク)ボイスが好きです
秋元(東方不敗)ボイスが好きです
……声って大事だよね


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第14話 一つの可能性

 綱手があんまり店に来なくなってからしばらく経ったとある休日。

 この日俺は一つの実験を行う予定だ。

 その実験とは……高攻撃力トークンの召喚及びその攻撃力の検証。

 今までは万が一言うことを聞いてくれなかったらと思って尻込みしていたけれど、他の里の様子がピリついていると言う話を聞いて決断したんだが……もしかしてこれって第二次忍界大戦ってやつか?。

 もしこの里に攻めてきた忍者に囲まれでもしたら、一人じゃ対応しきれるかどうか分からない……周辺への被害無視して、尚かつ人の眼を気にしないなら幾らでもやり様はないわけじゃないんだけどな。

 なんにしても一人より二人、もしもの時一緒に戦ってくれる相手が居るのと居ないのとでは大きく生存確率が異なると思ったから、ドキドキしながら除外ゾーンに来ているわけだ。

 

 

「とりあえず高攻撃力で召喚可能なのは、‘フォトン・サンクチュアリ’のフォトントークンと‘黄金の邪神像’の邪神トークン……トークン以外では‘アポピスの化神’‘カースオブスタチュー’‘死霊ゾーマ’‘ソウルオブスタチュー’辺りか?」

 

 

 この中で召喚するとしたら‘アポピスの化神’だな。

 邪神って呼ばれるのを呼ぶと邪神崇拝してる人とかいたら騒ぎそうだし、フォトントークンは自分から攻撃できない効果持ち。

 スタチュー系でも良いんだけど……俺って爬虫類系結構好きなんだよね。

 流石に大蛇丸みたいに爬虫類系の顔をした人間は嫌だけど、ナーガとかメデューサとかってなんか良くない?

 死霊ゾーマ? いやお化け怖いし。

 

 

「と言うわけで‘アポピスの化神’セット。

 んで身を守るために‘和睦の使者’もセット」

 

 

 伏せたターンはトラップを使用できないというルールがあるから、トラップカードの発動は伏せた5分後から可能。

 故に……5分暇だと言うことだ。

 時間は有限、この時間を有効活用するために忍術の練習を行う事に決め、俺は手にチャクラを集中させる。

 最近の修行内容は幻術の精度向上とこの特訓が殆どだ。

 10秒ほどで俺の手はチャクラでコーティングされ、切れ味を帯びた。

 そう、これは将来的に綱手やカブトが使用するチャクラメスなのだ……あんなに切れ味良くないけどな!

 チャクラで刃物を作るのは正直かなりしんどいんだよ。

 密度上げて、薄くして、鋭くしてっていう作業をしなきゃいけないんだが、チャクラって言うのは緩い粘土みたいなもので形を作るだけならそんなに難しいことはないんだけど、それを硬くしたり思うがままに動かすとなるとそうはいかない。

 

 

 実際螺旋丸とか出来る気しねぇ……チャクラを高速回転させて尚かつ乱回転させるなんて、とんでもないチャクラコントロールが出来るやつ位しか出来ないと思う。

 ナルトはそこら辺を影分身と使用するという裏技でくぐり抜けたわけだけど、普通はそんなチャクラ持ってないんだよ。

 影分身とかあれ実際結構チャクラ喰うだろうから……俺なら一体が限界だと思う。

 我愛羅と戦うときにナルトが1000体とか作ってたけど、マジあり得ない。

 人柱力が化け物扱いされるのもここら辺が理由の一つな気がする。

 

 

 その後もしばらくチャクラメス(笑)をチャクラメスにするために試行錯誤していると時間はあっという間に過ぎ、気付けば5分どころか30分ほど経過していた。

 その事に気付いた俺は最後にチャクラメスで事前に用意しておいた石を斬りつけ、まだ石を切断するほどの切れ味がないのを確認して修行を一旦終える。

 さぁ今日のメインイベント、アポピスの化神召喚だ!

 これがなんの問題もなければ、この死亡フラグがゴロゴロ転がっている世界で生き残れる確率が僅かながら上がる。

 モンスター召還は口寄せだって言えば誤魔化しが効くっていうのも大きいしね。

 鬼が出るか仏が出るか……どっちだ!

 

 

「リバースカードオープン‘アポピスの化神’

 アポピスの化身を場に特殊召喚する!」

 

 

 ガラスが割れるような音と共に長方形の光の中からズルリとその姿が現れる。

 黒い鱗の大きな蛇の胴体に蛇の皮膚を持つ戦士が融合した異形の姿。

 戦士の目に感情は感じられず、蛇の頭は舌を出して威嚇しているようだ。

 ……これはミスったか?

 なんにせよ喚んでしまったからには言うことを聞いてくれるか試さないと。

 

 

「アポピス」

 

 

 俺が名を呼んだ瞬間に蛇の頭が俺の方を向き、ジッと俺を見つめる。

 その事に一瞬緊張したが、まだ敵対行動を取られたわけじゃないと自分に言い聞かせて言葉を続ける。

 

 

「俺の言うことを聞いてくれるんだったら相槌を頼む」

 

 

 緊張の時……しばらく蛇と睨み合いを続けていると、突然蛇が目をそらした。

 何故そらしたのか疑問に思っていたが、アポピスが戦士の首を縦に振ったのを見て、俺を認めてくれたのだと理解する。

 俺は「ありがとう」と一言告げ、これから宜しくという意味を込めて握手をした……握った彼の手は冷たくて、改めて蛇なんだなぁなんて思ったけど顔には出さなかったと思う。

 その後はアポピスの強さを調べたり、逆に守備力が高いモンスターを出してみたりして、俺の戦力強化をした……ちょっと想像以上に彼らが強くてビックリしたけどね。

 だって剣で石がバターのように切れるなんて想像できるわけがないじゃないか。

 剣の切れ味は異常で、左手に持った盾も異常に硬い。

 これが攻撃力1600、守備力1800のモンスターか……これだったら社長の嫁(ブルーアイズホワイトドラゴン)が現実にいたら町なんて即壊滅するな。

 あんまり装備魔法とか使わないようにしようと改めて思った一日だった。

 

 




今の遊戯王の環境において意外と罠モンスターは使い道が多い
まぁ今となっては手に入りにくい訳だけど……封印の黄金棺やメタルリフレクトスライムほすぃ


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第15話 年齢詐称

 山中、奈良、秋道家に男の子が生まれました!

 後のいの、シカマル、チョウジのお父さんであり、それぞれが特殊な忍術を使う家系の子であるが故に木ノ葉でも結構なニュースになっていた……うちはや日向の時ほどではなかったけどね。

 俺の店は一度人の手に渡った物を商品としているが故に有名な家の人って滅多に来ないから、うちは家と日向家の人は偶に歩いているのを見かけるくらいで話したこともない。

 別に話せたからと言って何があるわけでもないけどな。

 

 

 そんな話はさておき、この間久しぶりに綱手が店を訪ねてきた。

 最近は忙しくてめっきり店に来なくなっていたから、久しぶりに顔を見たんだが……やっぱり美人さんになってきたな。

 男子三日会わずんば即ち刮目して見よという諺があったけど、女の子もしばらく会わないと大きく変わるものだ。

 一緒に連れてきた男の子を見て思わず「綱手の子供か!?」と驚くほどには大人っぽくなっていたよ……もちろんその後には般若が目の前に現れたわけだが。

 彼女が言うには店に来たのは弟の縄樹君に絵本を読んであげるために、カツユに任せるのではなく自分の目で選びたいとのこと。

 その言葉を聞いて思わず「しっかりとお姉ちゃんしてるじゃないか」と口から零すと、少し顔を赤くして「うるさい」と小さく一言言って本棚の方へ身を隠してしまった。

 突然動いた綱手に置いていかれまいと小走りで棚の方へ向かう縄樹君……人見知りか?

 その後綱手は数冊の一般的な絵本(桃太郎や金太郎的な話)をカウンターにおいて財布から代金を出そうとし……それを俺が止めた。

 俺の行動の意味が分からない綱手は首を傾げ、横に立つ縄樹君も姉の真似をする。

 

 

「え、足りなかった?」

「いや、これは俺から贈らせて貰うよ」

「え?」

「良いお姉ちゃんしてるみたいだからね、そのご褒美とでも考えてくれ。

 それに此処じゃ絵本を買っていくお客さんなんていなかったしね」

「な~んだ、在庫処分かぁ……でもありがと。

 ほら縄樹もお礼」

「え、うん。 ありがとうヨミトおじさん」

「お、おじさん……ハハハッ」

 

 

 実際精神年齢は30近いけど、ショックが無いわけじゃない。

 俺の見た目も一応変化の術で少しずつ歳を取っているように見せてるから今の俺の見た目は二十代前半位だし……ちょっと若めに化けてるのはこの世界には童顔が多いからであって、決して若く見られたいとか思ってのことじゃないよ? ホントだよ?

 でもこれが通じるのは何時までだろうか?

 幾ら客が少ないとはいえ零じゃない。

 変化の術だと見破られる可能性もあるし、結局100年もすれば此処には居られなくなる。

 まぁそこまで生きられるかわかんないけどな。

 色々と考えた結果若干顔を引き攣らせながら本を包む俺を見て、ため息をつく綱手。

 

 

「実際30過ぎてるんだからおじさんじゃない、いい加減に慣れなさいよ」

「な、何のことかな? 俺は別に気にしてなんか……(実際それだけじゃないし)」

「はいはい、ヨミトは若い若い。

 さてと……そろそろ帰ろうか縄樹」

「うん」

 

 

 本を受け取り、日が暮れ紅く染まっている外を見て千手家の二人は来た時と同じように手を繋ぐ。

 そのまま綱手と縄樹君は店の出口へ向かって歩き始め、俺もそれに合わせてカウンターから出る。

 店の戸を開け帰ろうとした綱手に一つの助言を与えるために……。

 

 

「綱手」

「ん、どうかした?」

「弟をしっかり守ってやれよ」

「あったり前じゃない!」

 

 

 そう言って二人は家へと帰っていった。

 俺の記憶が正しければ原作で綱手は大切な人を亡くしたことでトラウマが出来たはず。

 もう俺の原作の記憶は虫食いだらけで大まかな事しか思い出せないけれど、これは間違いない。

 なら常連さんの心身を心配して助言するのは人として間違ってないよな?

 幾ら火影になる女性で、距離が近ければ危険に巻き込まれる可能性が高いとしても、助言の一つや二つで俺に何か起こるとも思えないし。

 最悪何かあれば此処から引っ越せばいい。

 ただこの里から出るのは本当の最終手段、

 店のものを全て持って引っ越すのはかなりの骨だし、大まかとはいえ何が起こるか知っているこの里の事の方が手の打ちようがあるからね。

 それでも対処が思いつかないペイン襲来とかあるんだけど……アレ本当にどうしよう?

 店を守りたいけど、里自体が一気にペシャンコにされるのをどう防げばいいのやら……深めの地下室でも作れば身は守れそうだけど、身を守るだけなら除外ゾーンに隠れた方が楽だ。

 手段を選ばないんなら‘悪夢の鉄檻’でも使えば攻撃は防げるんだけど、問題は使えば確実にいろんな人に目を付けられる……甘い人なら良いんだけど、この里にも危険人物はいる。

 現状なら大蛇丸やダンゾウには目を付けられたくないな。

 思想も能力も危険としか言いようが無い。

 まぁ今の二人なら理不尽と言うほどの戦力は無いだろうけどね。

 流石にまだ草薙の剣やら写輪眼が一杯の腕とか無いはずだし、仲間も多くない。

 実際何度か今の内に暗殺すれば今後のためになるんじゃないかとか考えなくもなかった。

 でもあの二人が居ないことで里の戦力は確実に低下する。

 何時か分からないけれど忍界大戦が起こる時絶対に困ったことになるはずだと思い、手を出せなかった。

 積極的に人を殺す気が無いっていうのも理由の一つなんだけど、俺もいつか人を殺すことになるんだろうか?

 出来ればそんな日が来ないといいな……。



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第16話 油断

 今日も外は騒々しい……戦争は人の心を荒ませるな。

 俺がこの世界に来てから十年程、ついに第二次忍界大戦の幕が開けた。

 この戦争にハッキリとした切っ掛けはないらしいが、それぞれの里が武力で領地を拡大しようとしたのが原因らしい。

 もちろん木ノ葉もそのうちの一つであり、里の外では割と頻繁に小競り合いが起こっている。

 流石に里の中で忍同士の戦闘は滅多にないけど、今後どうなるかは分からない。

 木ノ葉には白眼と写輪眼という忍であれば喉から手が出るほど欲しい眼があるのだから、他里の忍者は虎穴に入ってでも狙いかねないのだ。

 まぁそんな簡単に日向とうちはをどうにかできるやつはいないだろうけどな。

 そんなことよりも今重要な問題は俺の店がいつも以上に閑古鳥が鳴いているということだ!

 三代目はもちろん、綱手もかなり忙しいらしくしばらく姿を見てないし、他のお客さんも明らかに減っている。

 戦争中に娯楽物である本を買いに来る人はそう多くはない……そんなもの買うくらいだったら食べ物買うのが普通だ。

 輸入が滞ったりすると食べ物の値段なんてすぐ上がるしね。

 俺は裏庭に家庭菜園があるからそんなに困らないけど、流石に米とかの値段が上がると辛い。

 主食がないと中々腹一杯になることはないから出来ることなら米を切らすのは避けたいところだ。

 俺が我が家の食卓事情を考えてるうちに外で再び爆音が聞こえてきた。

 遠くで金属がぶつかり合う音、小さく聞こえる怒声のようなもの、火遁系の術であろう爆発音。

 恐らく何処かの里が偵察を送ってきて、そのまま戦闘ってところだろう……ホント物騒になってきたな。

 

 

「まったく、戦争とか勘弁して欲しいな」

「俺もそう思う」

「うぉう!?」

 

 

 突然独り言に応答した相手に振り向くと、そこにはこの里のトップが立っていた。

 何故?とかどうして?とか言うことはあったけれど、彼があまりにも真剣な顔をして立っているから、そう言った言葉すらも引っ込んだ。

 

 

「久しぶりだな」

「そう……ですね」

「今日は一つ聞きたいことがあってここに来た」

「俺にですか?」

「そうだ、前にも聞いたことだが改めて聞きに来た」

 

 

 前にされた質問?

 俺と三代目が交わした会話なんて数えられるほどしかない。

 偶に春本買いに来たり、世間話したりする位で重要な質問なんてされた記憶はないぞ?

 疑問が俺の頭の中を駆け巡っているのを知って知らずか三代目は言葉を続ける。

 

 

「俺がこの店に初めて来たときに聞いたことを覚えているか?」

「三代目がこの店に初めて来たときのこと……」

「俺はその時お前が何者かと問うた」

「あ、あぁ確かに覚えています」

「その問いを改めてお前に問う。

 お前は何者だ?」

「俺はただの古本「なら何故変化の術で姿を変える?」……気付いてらしたんですか?」

「昨日偶々店の前を通りかかったときにお前の姿が揺らいだのを見てな」

 

 

 昨日は確かにカウンターでチャクラトレーニングをしている時に変化の術の構成が一時的に緩んだ。

 まさかそんなタイミング良く彼に見つかるとは……俺も運がないな。

 俺は観念して変化の術を解く。

 そこに現れるのは十年間経つというのに全く年老いていない俺の身体。

 二十代から三十代の変化故にそれほど大きな違いはないけれど、よく見れば明らかに三十代ではない。

 突然変化の術を解いた所為か、三代目がクナイに手を伸ばす。

 その事に危機感を感じた俺はこのままだと攻撃されると思い、急いで弁明をし始める。

 

 

「俺は他里のスパイではないです……命を賭けてもいい」

「なら何故変化していた?」

「それは…………」

 

 

 ど、何処まで話せば良いんだ?!

 転生と能力の事は教えないとして、年を取りにくい事を教えれば納得してくれるかな?

 一先ずこのことを教えて反応を見よう。

 

 

「俺の姿を見て何か思ったことありませんか?」

「少し若くなったな、でそれがどうしたんだ?」

「三代目が言う通り今まで変化していた姿は俺が年を取ったらこうなるだろうという想像の元に変化したもの。

 この姿が俺の素の状態。

 何故俺が変化の術で姿を偽ってきたかといえば、俺の見た目が変わらないことを知られたくなかったと言うのが理由です」

「見た目が変わらない? それはどういう意味だ?」

「そのままの意味です。

 俺はこの十年近く姿見た目が変わっていないのです」

「……不老か?! だがお前の家系に特殊な血を持つ者はいなかったはず」

「何故俺がこうなのかは分かりません。

 でもこのことを知られることで俺が暮らし難くなるのは学がない俺でも分かります」

 

 

 どの世界でも不老不死というものに憧れる者はいる。

 もしそういう人に俺のことを知られれば人体実験とかされそうだし、そういう人じゃなくても気持ち悪いと迫害されかねない。

 人は自分の理解できない存在を遠ざけたくなる生き物って何処かで聞いたことあるしな。

 恐らく三代目もその事に思い至ったのだろう……少し眉を顰めている。

 

 

「分かった、この件に関しては俺の胸の内に秘めておくことにしよう。

 実際何故お前が歳を取らないのかは分からないが、このことを知ってお前を研究材料にしようとする者もいるかもしれないからな。

 お前自身も今後より一層気をつけた方が良い」

「ご忠告確と受け取りました」

「そうか……ところで話は変わって一つ提案なのだが、お前忍者にならないか?」

 

 

 その言葉を聞いた時の俺はきっと鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていただろう。

 それほどに想定外の提案だった……確かに今まで何とか変化の術で歳誤魔化してきたけど、他の忍術や能力に関しては他人には絶対に見られない場所でやっていたから知られていないはずだ。

 何故俺が忍者に誘われる?……その理由は三代目が態々教えてくれた。

 

 

「お前のその重り、かなり重いだろう?

 それだけの身体能力があればすぐにでも下忍……もしかすれば中忍に成れるかも知れない。

 今は戦時中、一人でも多くの戦力が欲しいんだ。

 どうだ、忍者になってみないか?」

 

 

 そうか、重りでバレたのか。

 そうだよな、別にそのまま付けてるんだから分かる人には分かるよな。

 色々迂闊だったな俺。

 それにしても三代目に忍者に誘われるなんて……少し嬉しいな。

 だが俺の答えは決まっている!

 

 

「…………魅力的なお話ですけどお断りさせていただきます。

 自分から荒事に突っ込むのは怖いですからね」

「そうか、まぁ無理強いはしない。

 だが出来ればいざという時に一度でいいから力を貸してほしい」

「……不老の事を黙っていてもらうのにその見返りがないと言うのもおかしい話ですから、一度だけ……一度だけ、身分を隠した状態で良いのならば」

「それでかまわんさ、すまんな無理を言って」

 

 

 そう言い残して三代目は店を後にした。

 彼を店の中から見送った俺は再び変化の術で見た目を変え、レジの椅子へと腰掛ける。

 不気味な笑みを浮かべ俺の店を見ている一人の男に気付くことなく……。

 




この話は大分賛否が分かれるかも知れませんね


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第17話 逆恨み

突然増えるペースが上がったお気に入りの数に嬉しさと不安が溢れ出そうです!
この作品をお気に入り登録してくださった方、評価してくださった方、感想をくださった方、そして読んでくださった方々……本当にありがとうございます
こう書くと最終回みたいですが、まだまだこの作品は続いていきますので、もしよろしければ今後ともお付き合い頂けると幸いです


 三代目が来てから早三日。

 冷やかしの客すら来ないという暇な店内で、いつも通り技術書の類を読み漁っていると店の入り口から一人の少年が入店した。

 

 

「相変わらずガラガラだね」

「まぁしょうがないさ……それで今日は何のようかな、縄樹君?」

 

 

 彼が前回ここに来てから、かれこれ半年ぶり位だろうか?

 彼が初めて綱手に連れられてここに来た後、何度か二人で本を買いに来ていたんだけど、戦争が近づくにつれて綱手の代わりにカツユの分体が連れ添い、彼が五歳になってからは一人でここに来るようになった。

 それに合わせて買う本は昔と比べて忍の自伝が多くなり、どうやら忍者を目指しているようだ。

 今の彼の姿を見てもそれはハッキリと分かる。

 動きやすい服装で腰にはホルダー。

 ホルダーの中身は綱手のお下がりなのだろう傷が付いたクナイが見える。

 

 

「今日は忍術について書いてある本あるかなって来たんだけど、なんか良い本ある?」

「良い本も何も千手家にいっぱいあるんじゃないのかい?」

「確かにいっぱいあるけど、封印されてる危ない本もあるからって書庫には入れてもらえないんだ!

 だから自分で教本探そうと思って今日ここに……」

「へぇ、これはツいてるなぁ!

 ヒルゼンの野郎の知り合いだけじゃなく、千手の餓鬼までいるなんてな!」

 

 

 いつの間に入ったのか縄樹君の後ろに着物姿の目つきが悪い男が笑いながら立っていた。

 何だこいつ……とりあえず客ではなさそうだ。

 俺は縄樹君にカウンター内に入るよう勧めるが、縄樹君はむしろその男の方を向き啖呵をきる。

 

 

「誰だお前!」

「あ? 俺は善良な一市民だよ。

 ちょっと火影様に借りを返しに来たんで~す」

「借りってなんだよ?」

「優しい優しい火影様がとある町を牛耳る組潰した借りだ。

 いやぁ組がなくなってからは町が平和で………金が入ってこねぇんだよ!

 ったく、余計なことしてくれたぜ。

 あそこまで組をデカくするのにどれだけの金と時間が掛かったと思ってやがるんだよ……しかも使える奴ら殆ど殺しやがった所為で建て直しの目処も立ちやしねぇ」

 

 

 うわぁ……こいつヤクザの親分かよ。

 っていうか何で三代目への報復でこの店来るんだよ!

 三代目に直接行けよ!

 行って砕けて来いよ!!

 俺のそんな思いに微塵も気付かずにヤクザは懐から白鞘の匕首を取り出す。

 

 

「ここに来たのはまぁ八つ当たりみたいなもんだ。

 アイツを殺せりゃ一番良いんだが、流石に俺はそこまで馬鹿じゃねぇ。

 直接行けば俺なんか瞬殺だ……だからアイツの周りを攻めることで追い詰めることにした。

 アイツに関わる一般人を殺し続ければアイツも堪えるだろ?

 その栄えある一人目がお前だよ古本屋」

「有り難くはないかな? まだ死にたくないし」

「遠慮するなよ、すぐ済むしな。

 千手の餓鬼は店主の次だ、安心して良いぞ?

 それにお前は殺しはしねぇ……手足の一本や二本は落とすかもしれねぇがな」

 

 

 そう言ってニヤリと嗤うヤクザの親分はまるでエサを前にした肉食獣の様にも見えた。

 俺はある物を確認しながら彼の挙動を見続ける。

 狭い店内をゆっくりと俺目掛けて歩いてくる彼だったが、彼の真ん前に小さな人影が現れた。

 

 

「止めろ! おじさんに手を出すな!!

 お前の相手は僕がする!」

「へぇ、流石は木ノ葉の名家の嫡男。

 勇ましいねぇ、でも……俺は下忍にも満たない餓鬼にやられる程弱くはねぇんだ。

 順番は変わるが先に餓鬼の手足落としておくことにするか」

「やれるもんならやってみろ、この負け犬野郎!」

「……吠えたな、餓鬼が」

 

 

 いきなり一触即発の空気になったな。

 このまま放って置いたら縄樹君が達磨になってしまう。

 彼をどうにかする用意は8割方出来ているけど、完全にするにはもう少し時間が掛かりそうだ。

 どうすればいい……縄樹君の身体能力を信じるのも一つの手だけど、流石にギャンブル過ぎる。

 トラップカードを使うか?

 でもこの店に被害を極力出さないで、尚かつ縄樹君に不審がられない様なカードってかなり数が限られるような……今の伏せている状態のカードは‘くず鉄のかかし’‘六芒星の呪縛’‘和睦の使者’の三枚。

 うん、割とどうにでもなりそうだ。

 微妙に安堵のため息を吐くと、それを合図に二人が動き始めた。

 刀と違い、鍔のない匕首は鍔迫り合いをすることが出来ない。

 しかしそれは縄樹君の使っているクナイも同じ。

 どちらも正面切ってぶつかる武器じゃないんだが、そんなのこと知ったこっちゃねぇとばかりに二人の刃がぶつかり合う。

 本来なら大人と子供で勝負になんてならないんだが、伊達に忍者目指しているわけじゃない縄樹君は何とか剣戟を防いでいる……いや、正確に言えば防がせて貰っているだな。

 斬り合っているヤクザさんの顔には愉悦の表情が浮かび、縄樹君の表情には苦しそうに顔を歪めていることからそれが分かる。

 正直今すぐにでも加勢したいけれど、トラップで防げるのは攻撃二回分だから心許ない。

 故に俺は気付かれないように作業を進めていく。

 

 

「ほらほら、どうしたぁ?

 負け犬に負けたらお前は一体何になるんだ?」

「う、うるさい!! はっ!」

「おぉ、怖い怖い……怖すぎて腕に力が入っちまうなぁ!」

「あっ!?」

 

 

 剣速が上がった斬り上げで縄樹君のクナイがはじき飛ばされ天井に突き刺さる。

 丸腰になった縄樹君を見て愉悦を深めるヤクザさん。

 後30秒位で用意が出来るんだが……かなり際どいな。

 

 

「さて、お仕置きの時間だぜ小僧。

 俺は優しいから一太刀につき手足を一本落としてやる。

 子供だから特別だぞ?

 大人だったら指先から寸刻みにするとこなんだからな?」

「や、やれるもんならやってみろ!」

「その元気がいつまで続く事やら……とりあえず右腕からな?」

 

 

 ここが限界のラインだな……後15秒程欲しい所だが、まぁ何とかなるはずだ。

 俺は手に持った糸にチャクラを流し始める。

 ヤクザさんが匕首を縄樹君の右腕へと振り下ろそうとした瞬間に俺は宣言した。

 

 

「罠発動‘くず鉄のかかし’」

 

 

 俺の宣言と共に縄樹君の目の前に鉄くずで出来た案山子が突如現れる。

 案山子は匕首の斬撃をその身体で受け縄樹君の身を守った。

 その光景を見て縄樹君は固まり、ヤクザさんは大きくバックステップ。

 これでまた少し時間を稼げそうだ。

 

 

「おい、古本屋……てめぇ忍だったのか?」

「お、おじさん?」

「う~ん、そうと言えばそうだし違うといえば違うかな?」

「ふざけんな!!」

「一応忍じゃないんだけど、忍者っぽいことは出来るっていうのが正解だね」

「糞が……舐めやがって!」

 

 

 ヤクザは怒りを隠そうともせず、標的は俺に移ったようだ。

 匕首を持った彼が本気で俺目掛けて突っ込んでくる。

 まぁもう……遅いんだけどね。

 俺の手前2メートル位のところでヤクザは、ものの見事にすっころんだ。

 

 

「気付かない君が悪いよ?

 まぁ気付いたとしても、ここには辿り着かせないけどね。

 レジカウンターの中は俺の聖地(フィールド)だから」

 

 

 チャクラが流れている糸に雁字搦めにされ、受け身も取れず身動きも取れないヤクザさんに俺はそう告げた。

 




小物っぽい敵出してみました……そして直ぐに退場します!
あぁ戦闘描写が上手くなりたい
というか文章構成力を上げたい


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第18話 逮捕劇

 ヤクザを捕まえたのは良いけど、何かの拍子に抜け出されても困るから、とりあえず彼の手から匕首(あいくち)を奪い取り鞘に入れて家の中に放り投げておく。

 ずっと睨み付けてきているヤクザさんだけど、別に騒がないことから必死にここから反撃に移る方法でも考えているんだろう。

 まぁさせるわけないんだけどね?

 

 

「さてと……縄樹君。

 ちょっと火影様呼んできてくれるかな?

 もし忙しくて来れないとかだったらこの人引き取って貰うための人を寄越してくれるように言ってくれると助かる」

「え? あ、うん」

「それじゃ、宜しくね」

 

 

 少し放心気味だったけど店を出て三代目の仕事場の方に走っていったから、あっちは問題ないだろう。

 問題はこっちだ。

 

 

「俺としてはこのまま拘束しておくのも大変だから自首してくれると助かるんだけど……」

「自首? あぁ自首な!

 これ解いてくれたらすぐにでも自首するぜ!?

 何だったらここの修理費も出したって良い!」

 

 

 まるで懇願するように首だけこっちに向けるヤクザさん。

 これだけ見てれば反省してるように見えるけど、手の辺りが動いてるから多分これ解いたら殴りかかってくるだろう。

 別にそれを返り討ちにしても良いんだけどね……もう見てる人いないし。

 でももっと楽な方法があるからそっちで行くことにする。

 俺は懐に手を入れて一つの魔法を発動させた。

 

 

「魔法発動‘しびれ薬’」

「しびれ薬だと?! まさかそれを使う気か!?

 そんなもん使わなくたって何もしねぇよ!」

「いや俺って慎重派だからさ」

「糞! テメェは絶対殺す!

 覚えてやがれ糞ヤロ「隙有り」モガッ!」

 

 

 折角口を開けてくれているので痺れ薬の入った瓶の口を彼の口にねじ込み、喉を軽く叩く。

 すると多少咽せたようだけど最初の一口を飲み込んでくれたようだ。

 そうなれば後はするすると彼の口の中へ流れ込む。

 あまり量も多くなかったからすぐに中身はなくなり、気付けば少し痙攣している成人男性が一人床に転がることになった。

 知らない人に言っておくとこの魔法は装備魔法で、このカードが破壊されない限り相手の対象モンスターの攻撃宣言を封じる効果を持つもの。

 実際は痺れで動けなくなるから攻撃も何もあったもんじゃないんだけどね。

 俺は彼を拘束している糸を再び元の位置に戻し、彼を本棚の所に立てかけておく。

 

 

「後は三代目待ちだなぁ………本でも読むか」

「残念だが読書する時間はないぞ」

「……お早いご到着ですね」

「俺が原因みたいだしな、それなりに急いでくるさ。

 迷惑掛けた様だな……済まない。

 で、その襲撃者とやらはそこに転がってる奴か?」

「そうですね、一応薬で身体の自由は奪ってるんで一日位は動けないと思います」

「……何処でそんな薬を手に入れたんだ?

 まさか非合法的な手段じゃないだろうな?」

「自分で作ったんですが、それも駄目でしたか?」

「薬学の知識を持っていたのか……どうだ、やっぱり忍者に「なりません」……そうか、残念だ」

「そう言えば縄樹君はどうしました?」

「あぁ一緒にここに来たがったが、家に帰した。

 怪我はなかったみたいだが精神的に大分疲れていたみたいだからな」

「そうですか……このクナイは今度来た時に返そう」

 

 

 天井に刺さっていたクナイは縄樹君が戻ってきたときに返そうと一応回収しておいたんだけど……カウンターの引き出しの中にでも入れておくか。

 俺が引き出しにクナイを入れようとすると三代目がそれを止めた。

 

 

「そのクナイは?」

「縄樹君が戦闘中に弾かれたクナイです」

「……そう言えばお前チャクラ糸で此奴縛ったんだって?

 なかなかのチャクラコントロールだな」

「実はあれ……チャクラ糸じゃないんですよ」

「だが縄樹は確かに糸が勝手に拘束し始めたと言っていたぞ?

 そんなことを出来るのはチャクラ糸位しか……」

「見せた方が早いですね」

 

 

 そう言ってカウンターにあるボタンを押し込むと、カタンという小さな音と共に本棚の一番下の板が少し開き、かなり細い糸が出てきた。

 俺はボタンの横から出てきた糸の先端を持ち、チャクラを流す。

 すると糸が波打つように動き出し、あっという間ににヤクザさんを雁字搦めにした。

 一応チャクラ糸で同じような事も出来なくないんだけど、こっちの方が楽だし、使うチャクラも少ない。

 俺の様にチャクラがあまり多くない人にとってはこっちの方が使いやすいと思う……ただ長さは有限だし、切れたらそれまでと言うのが少し辛いかな?

 完全なチャクラ糸だったら切ったり張ったりも自由だからな。

 まぁそういったところは三代目ともなれば知ってるだろうけどね。

 カンクロウって以外と凄かったんだと改めて思うよ。

 

 

「俺はチャクラで糸を作ったのではなく、糸にチャクラを流し込んだと言うわけです。

 まぁ糸自体の強度があまり高くないから刃物で斬りつけられると斬れてしまいますので、相手の隙を突かないと拘束は厳しいのですが、彼は興奮状態だったので拘束は割と容易でしたね」

「よく気付かれずに糸を動かせたな」

「かなり慎重にやりましたからね……その所為で縄樹君には少し怖い目に遭わせていまいましたが」

「いや、元はと言えば俺が原因だ。

 お前が気にすることはない」

「そう言われても流石に開き直ることは出来ませんよ。

 ですが少し気が楽になりました。

 縄樹君には今度個人的に謝罪をしようと思います」

「そう言うのなら俺は別に止めはしない。

 さてと、それじゃあ俺はそろそろ仕事に戻らせてもらおう。

 此奴の進入経路や仲間の有無も調べなきゃならんしな。

 それじゃあ、時間が出来たらまた来る」

「またのお越しをお待ちしておりますよ、三代目様」

 

 

 俺がそう言うと三代目は片手で了解の意を表し、ヤクザを肩に担いで店を出ていった。

 こうして突然やってきた初騒動は幕を閉じ、店に平穏が戻ってきた……こういうのはもう勘弁してほしいな。

 さぁ縄樹君のために分かり易い教材でも見繕うとするか!



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第19話 後片付け

 襲撃翌日の朝……流石に店内が荒れていたので臨時休業して本棚の整理や穴の開いた天井を直したりしていたら気付くと三時間ほど時間が過ぎていた。

 昼前に終わるとは思っていなかったので、これからどうしようかと悩んでいると店の床に切れた糸が数本落ちているのを見て、糸の補充とその他の仕掛けの点検をした方が良いと判断し、引き出しからテグスとハサミを取り出す。

 

 

「まずはどの糸が切れてるのか確認しないと……ポチッとな」

 

 

 小さな音を立てて出てきた糸にチャクラを通して伸ばすと、十本中三本の糸が短くなっているのが分かった。

 多分拘束するときに匕首にでも当たったのだろう。

 俺はその三本を仕掛けから外し、丸めてゴミ箱へ捨てる。

 そして新しい糸を付け直すともう一度チャクラを流して異常がないか確認し、特に問題なかったので仕掛けの中へ戻す。 

 

 

「これで一つ目の仕掛けは点検終わりっと……次はこれだな」

 

 

 カウンターの下にある床板を強めに蹴るとガタンという少し大きめの音がしたと同時に天井から鎖のカーテンが降りてきた。

 これがこの店にある第二のからくり。

 襲撃者を糸で捕らえきれなかった場合はこのカーテンの内側で身を守るのだ。

 まぁ昨日は縄樹君がカウンターの外にいたから使う機会なかったんだけど、普通の刀位の斬撃なら防げる程には硬いから防犯には丁度良いんだよね。

 流石に忍相手だとあんまり意味ないだろうけど……切れ味云々と言うよりも火や風を防ぐようには出来てないし。

 一応この店には後一つだけ仕掛けがあるんだけど、それは最後の手段だし、商品が確実に駄目になるので使いたくない。

 別に時間が経って使えなくなる様なものでもないから点検がいらないのは良いことなんだけどね。

 

 

 一通りチェックを終え、鎖のカーテンを気合い入れて戻すと、突然店の戸が開いて人が入ってきた……休業日の看板置いといたはずなんだけどな。

 客の顔は逆光で見えないが、どうやら子供と高校生位の女の子の様だ。

 

 

「すいません、今日は休みなので本をお買い求めなら明日以降にしていただけると……」

「今日は買い物じゃなくてお礼を言いに来たの」

「礼?」

「そう……私の弟を守ってくれてありがとう」

「弟を守った………って事は綱手?!」

「え? 気付いてなかったの?」

 

 

 雲の位置がずれ、逆光じゃなくなると店の入り口に立っている二人の顔が明らかになった。

 立っていたのは私服姿の綱手と縄樹君。

 少しキョトンとした表情で立っている。

 

 

「いやぁ、逆光で顔が見えなくてね。

 ところで二人は今日は何の用かな?」

「だからお礼を言いに来たの!

 ほら縄樹も」

 

 

 綱手に背中を軽く押され俺の前まで来た縄樹君だったけど、何か言いたげに黙っている。

 よく見てみると偶に天井に目がいっているのが分かった。

 天井になにか………あ!

 一つ思い当たる事があったので引き出しを開け、昨日の忘れ物を取り出すと「あっ」と縄樹君の口から声が漏れた。

 俺は苦笑すると昨日縄樹君が天井に刺しっぱなしにしていったクナイを彼の手に握らせる。

 

 

「これ忘れていったよね?」

「うん、本当なら昨日取りに行く予定だったんだけど、三代目様に疲れてるだろうから今日は家に帰れって言われたから取りに戻れなかったんだ……本当に良かった」

「大事なクナイなんだね」

「うん! だって姉ちゃんのクナイだもん」

 

 

 何処かで見たことのあるクナイだと思ったら綱手のお下がりか……普通お下がりって嫌がると思うんだけどな。

 まぁ仲が良いに越したことはないから良いんだけど。

 

 

「縄樹! そうじゃないでしょうが!」

「あ、そうだった。

 オホンッ…… 昨日は助けてくれてありがとうございました!」

 

 

 縄樹君がそう言いながら勢いよく頭を下げる。

 綱手は自分が上げたクナイをとても大事にしてると言うことを知って少し嬉しそうだが、礼節を軽んじてはいけないと心を鬼にして怒った……つもりなのだろうけど、やっぱり表情が少し緩んでる。

 ホント仲の良い兄弟だこと。

 

 

「いや、いいって……むしろ俺の方こそ礼を言わないといけない」

「え、なんで?」

「だって縄樹君は俺を守ろうと立ち向かっただろう?」

「でも僕すぐ負けちゃったし……」

「俺にとって勝ち負けは重要じゃないんだ。

 守ろうとしてくれたことが重要なんだよ……まぁ今度からはもっと考えてから行動に移した方が良いとは思うけどね」

「うん……わかっ「ちょっと縄樹?」ん? どうしたの姉ちゃん?」

「少し聞きたいことがあるんだけど、攻め込んできたヤクザってどういう流れで捕まったの?」

「えっと……まず僕が接近戦で挑んだんだけど、あっさりクナイ弾かれちゃって無防備になったところをおじさんの出した人形に助けてもらったんだ。

 それで怒ったヤクザがおじさん目掛けて走り出したら、突然転んで気付けばおじさんがチャクラで出来た糸で縛ってお終い……ってあれ? 姉ちゃんどうしたの?」

 

 

 縄樹君の説明を聞いているうちに、どんどん綱手の顔から笑顔が消えていき、代わりに米神がピクピクし始める。

 聞き終える頃には笑顔なんて微塵もなく、残っていたのは無表情で怒りを隠しきれない鬼神の姿だった。 

 

 

「縄樹、相手の戦力もしっかり確認しないうちに勝負を挑むなんていうのは馬鹿のすることよ。

 家に帰ってからそれをゆっくりじっくり教えてあげるわ」

「………はい」

 

 

 縄樹君の顔色が青い……まぁしょうがないな、怖いし。

 頑張れ縄樹君!

 綱手はその表情のまま俺の方を振り向くと「また時間が出来たら来るわ……ヨミトが使ったチャクラ糸というのも気になるし」と言って、縄樹君の腕を掴んで店を出ていった。

 あれ? そう言えば綱手には多少忍術が使えること言ってなかったんだっけ……なんか言われるのは覚悟しとこう。

 



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第20話 一つの転機

 ヤクザの襲来から一週間が経ったある日、店に綱手がやってきた。

 彼女はいつも通り店を一回りして一冊の本をカウンターに置く。

 

 

「砂の傀儡……これは100両だね。

 ところで今日は任務ないのかい?」

「任務があるときは来ないって分かってるでしょ?」

 

 

 そう言いながら彼女は財布から100両を出し、俺に手渡す。

 俺は受け取った代金を特に数えることもなくレジに入れると、商品を袋に入れようと引き出しに手を掛けた。

 しかし綱手に手で制されたので、そのまま商品を彼女に渡す。

 

 

「そうだね、本を買いに来る時間が取れそうにない時はカツユにお使い頼むから、直接店に来るのは この間を抜けば本当に久しぶりだ。

 やっぱり戦争中は忙しいのかな?」

「そうね、暗部や上忍に比べれば忙しくないんだろうけど、戦争前に比べればかなり忙しいわ。

 逆にヨミトは暇そうだけど。」

「余計なお世話だよ……で、今日は何の用かな?

 ただ本を買いに来たってわけじゃないんだろう?」

 

 

 かなり忙しい中時間を作ってここに来たっていうなら、普通の理由じゃないだろう。

 俺がそう聞くと綱手は今買ったばかりの本を指差し俺に質問を投げかける。

 

 

「この前ここに賊が来た時にヨミトがチャクラ糸で相手を拘束したって縄樹が言ってたのだけど、それは本当?」

「正確に言えばチャクラ糸じゃなくて、チャクラを流した糸なんだけど……それがどうかした?」

「色々と聞きたいことがあるわ。

 何故忍術が使えるのかとか、縄樹が戦っている間にヨミトは何をしていたのかとか……そして何よりヨミトは一体何者なのか。

 説明してくれると嬉しいわ」

 

 

 彼女の言葉を聞く限り説明しないという選択肢も取れるわけだけど、目が話さなければ戦闘もやむを得ないと語りかけてきている。

 公私混同をしない事は忍としてはかなり正しい行動だ……俺としては少し悲しいけど。

 俺は三代目に説明したときの様に店の仕掛けを見せつつ当時の説明を行う。

 ざっと10分程で話は終わり、全てを聞き終えた綱手の表情からは険が取れ、いつもの強気な少女の顔に戻った。

 

 

「正直ヨミトが他国のスパイである可能性は零に等しいと分かってはいたんだけど、万が一があれば里を危険に晒すことになるから油断はできないのよ」

「しょうがないよ、今は戦争中だし……何より里に登録された忍者でもないのに忍術を使うっていう時点で怪しいからね」

 

 

 チャクラ糸は忍術じゃないにしても、‘くず鉄のかかし’は変わり身の術として説明したので俺の戦闘能力は一般人以上下忍未満位と言ってある。

 実際に能力を使わなければ、しっかりと教育されていない分下忍よりも術の構成は甘いだろうし、体術なんかはもっと差があると思う。

 ただ身体能力自体は重りで鍛えているから普通の下忍よりも多少は高いと思う……流石に爆音と共に地面にめり込むほどの重りを付けているわけじゃないから、あんまり変わらないかもしれないけど。

 そんなことを考えて微妙な気分になっている俺を知ってか知らずか、綱手が突然一つの提案をしてきた。

 

 

「ヨミトって店が終わった後暇?」

「閉店後なら時間はあるけど……どうかした?」

「ちょっと縄樹を鍛えてくれない?

 というか一緒に訓練してあげて欲しいのよ」

「別にそれはいいけど、アカデミーじゃ駄目なのかい?

 アカデミーなら級友なり、先生なりがいるから俺とやるよりも良いと思うだけど……」

「ヨミトも知ってるかもしれないけど、アカデミーで教えられることは良くも悪くも教科書通りなのよ。

 その点ヨミトはアカデミーの教科書だけじゃなく、他にも幾つかの参考書を読みながら訓練してるでしょ?

 だから一緒に訓練することで柔軟な発想と行動を身につけて欲しいの」

「そんなこと言われても……俺のは柔軟な発想じゃなくて探り探りだし、俺の訓練って基本的に木登りの業とかだよ?」

「丁度良いわ、別に下忍になってからしなければならないと言うわけじゃないし、早めにチャクラコントロールの修行に入るのもいいわね」

 

 

 こりゃ引き下がりそうにねぇな……俺としては除外ゾーンで一人黙々と訓練するのが合ってるんだけど、たまには誰かと一緒にやるのも良い刺激になるかもな。

 だけど流石に毎日は勘弁して欲しい……俺は忍術とかの練習以外にも、能力の訓練もしなきゃいけないんだから。

 

 

「そこまで言うなら良いよ、縄樹君と一緒に訓練することにしよう。

 ただし毎日は勘弁してくれるかい?」

「流石にそこまでは言わないわよ、そうね……一週間に一回位でいいわ」

「それ位ならいいけど……」

「それじゃあ縄樹がアカデミーを卒業するか、縄樹自身が訓練を止めたいと言わない限り続けてあげてね。

 下忍になれば担当上忍やチームが出来るから、そうなったらその人達と一緒に任務や訓練をしてチームワークの大切さとかを学ばなければいけないから、下忍になるまでで良いの」

「え?」

 

 

 なん……だと?

 一ヶ月とか半年とかじゃなくて下忍になるまでとか……何年掛かるんだ?

 綱手レベルの才能があったとしても最低一年は掛かるぞ。

 一緒に訓練している限りあんまり派手なことも出来ないし、千手家の嫡男を狙う何かがいれば俺も巻き込まれることは確定だろう。

 ……やっべぇ、超断りたいわぁ。

 でも一度承認してしまってるから断りにくい。

 恐らくそう言った考えが少なからず顔に出ていたのだろう、綱手は苦笑しながら「大丈夫よ」と言った。

 

 

「大丈夫って?」

「ヨミトはこの間の賊みたいなのが来るんじゃないかって心配してるんでしょう?」

「……その通りだけど」

「この間の事件で先生は木ノ葉の関門を厳しくすることを決めたみたいだから、この間みたいなことは起こらないわ。

 それに訓練場所として家の庭を使ってもらうから余計にね」

 

 

 それってフラグじゃね?とか思ったりもしたけど、実際戦争中の関所はかなり厳しいので一応信じることにする……まぁ代わりに普段よりも一枚多く身を守る罠を増やすことは確定したけどな!

 綱手の話はそれで終わりの様で、彼女は「明日から宜しく」と言い残してそのまま店を出ていった。

 綱手は忙しくて自身で弟に訓練をつけてあげる時間がないのだろうけど……もっと良い先生いると思うんだけどな。

 でもまぁやるからにはしっかりやろうと、俺は閉店してから朝に掛けて自分なりの訓練方法を紙に記していった。

 



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第21話 ヨミトの完璧手裏剣教室

俺は東方が好きです


 綱手と約束した縄樹との訓練初日。

 いつも通りの時間に店を閉めた俺は今、千手家の庭にいます……この世界で初めてお邪魔した人の家がここってどうよ?

 っていうか超デカいんですけどこの家!

 ここに来るまでに使用人らしき人も何人かいたし……住む世界が違うよ。

 ちなみに綱手は任務でいませんでした。

 別の意味で俺も住んでいた世界は違ったけどね!

 まぁどうでも良いことは置いておいて、まずは目の前でワクワクしている少年をどうにかしないとな。

 

 

「あ~……じゃあ始めようか」

「はい、おじさん!」

「おじさん……別にいいけどね。

 じゃあまず初日と言うことで縄樹君が現状何が出来るのか教えてくれるかな?」

「もちろん! え~と……アカデミーで習ったのは手裏剣の投げ方と印の組み方、軽い体術、後は一般教養だよ!

 忍術だったら変わり身の術と変化の術を習ったばっかりかな」

「そっか……だったらまず変化の術を見せてくれる?」

「いいよ……変化!」

 

 

 ボフンと白い煙で縄樹君の姿が隠れる。

 特に何に変化するか指定しなかったけど、一体何に変化するんだろうか?

 少しだけ楽しみにしていると、風が吹いて縄樹君の姿が露わになる。

 そこに立っていたのは綱手………に似ている女の子だった。

 パッと見そっくりなんだけど、如何せんスタイルが彼女っぽくない。

 まだ綱手の胸はそんなに育ってないぞ!

 そうなるのはまだ先のはずだ!!

 そんなことを思いつつもチラチラと胸を見てしまうのは男の性なのだろう……本人にしたら冗談抜きに死にかねないから気を付けないと!

 

 

「どう? 我ながら良くできてると思うんだけど」

「な、なんで胸を大きくしたのかな?」

「だって姉ちゃんが胸を大きくしたいって言ってたから……駄目だった?」

「いや、良いんだけど……ただ綱手の前でそれやったら殴られると思うから気を付けるんだよ?」

「? 分かった」

 

 

 縄樹君は首を傾げながらも頷くと変化を解いた。

 俺は冷や汗を服で拭いながら、今の変化を思い返す。

 一部故意に変化させた部分はあったものの、パッと見た感じでは中々のクオリティだったと思う。

 流石に家族だけあってよく見ているんだなと感心したくらいだ。

 後は相手になりきって演技することが出来れば何も言うことはないだろう。

 

 

「変わり身の術は俺が攻撃する必要性があるから後回しにするとして……この庭に傷ついても大丈夫なものってあるかい?」

「う~ん……何に使うの?」

「縄樹君の手裏剣の腕前が見たくてね」

「それだったらいつも的に使っている樹がアッチにあるよ!」

 

 

 そう言って走り出す縄樹君の後を歩いて追いかける。

 広い庭だが走れば端まで30秒も掛からないので別にそこまで急がなくても良いと思うんだが……手裏剣に自信があるのかな?

 歩き始めてから一分も掛からない内に縄樹君が待つ一本の樹の前に着き、そこで持ってきた荷物の中から三種類の投擲武器を出す。

 

 

「全部知ってるかい?」

「当たり前だろ! 普通の手裏剣にクナイ、そしてこのでっかいやつが風魔手裏剣だ!」

「正解、よく勉強してるね」

 

 

 正確に言うと普通の手裏剣っていうか四方手裏剣なわけなんだけど……一番よく使われてる手裏剣だから特に訂正はしなかった。

 この三種類の忍具はこの里でもポピュラーな武器であり、買おうと思えば普通の人でも買うことが出来る。

 他にも千本や八方手裏剣等も売ってはいるんだけど、使い手は多くないらしい。

 

 

「今から縄樹君にはこの樹に貼り付けた的に向かって、この3つの手裏剣を3回ずつ投げてもらう。

 ちなみにいつもはどの位の距離で投げてる?」

「えっと、15m位かな?」

「そっか、じゃあ……………この辺りから投げようか」

「でも風魔手裏剣って投げたことないよ?」

「あ~……じゃあとりあえず今は普通の手裏剣とクナイだけで良いよ」

 

 

 風魔手裏剣投げたことないのか……アカデミーではあまり教えないのかな?

 癖がある獲物だし、怪我の危険も少なくないから分からなくもないけどな。

 多少想定外ではあったけど、別にあの二つだけでも力量は確認できる。

 位置に着いた縄樹君が手裏剣を構えた……別に変な癖はついていない様だ。

 そのまま手裏剣を投擲。

 

 

「中心から5cmってところか」

「い、今のは少し手が滑ったんだよ!

 いつもだったらもっと真ん中に当てれるよ!」

「そっかそっか、じゃあ次に期待しようかな」

 

 

 その後の二投目、三投目も多少は中心に近づくけれど、中心3cm以内に入ることはなかった。

 クナイは5cm以内に入ることもなかった……というか一回的から外したし。

 どうやら縄樹君はあまり投擲技術が高くない様だ。

 これは少し考えないといけないな。

 縄樹君がこちらを見ながらすこし不安そうにしていることから、本人も気にしているのだろう。

 別に全部ど真ん中に当てなければ忍失格というわけじゃないけれど、出来れば中心から3cm以内に投げれる位のコントロールは欲しい。

 将来的には起爆札を付けたクナイとかを投げるわけだからね。

 

 

「とりあえずこれを集中的に練習しようか。

 一応手本になるか分からないけど俺が投げてみるから見ててくれるかい?」

「うん」

 

 

 俺は縄樹君の投げた手裏剣を的から引き抜き、さっき縄樹君が立っていた場所に立つ。

 基礎故に欠かしたことのない訓練。

 俺にとって20m位なら全て中心から1cm以内に入れることが出来る。

 まぁ10年近くやれば誰でもこの位は出来る様になると思う。

 俺は気負わず手裏剣を構え、打つ。

 一枚目が当たる前に二枚目と三枚目も打ち、全てを目標の位置に当てる。

 

 

「まぁ手裏剣はこんな感じで手を離す位置がとても大事なんだ。

 縄樹君もまずはそこを気にしながらやってみると良いと思う」

「………凄い」

「綱手ならもっと凄いこともできるさ」

「ホント!?」

 

 

 驚いた様に聞き返す彼に俺は苦笑いで返す。

 一枚目に二枚目を当てて砕き、二枚目に三枚目を当てて砕く位のことは出来ると思う……今の段階でも。

 なんたって将来的に指一本で地面割るくらいだし。

 見たことのない姉の妙技を想像してか、縄樹君の目が輝いているのを傍目に俺はクナイを持つ。

 

 

「縄樹君、興奮するのはそこまでにしてくれるかい?

 次はクナイを投げるからよく見ておいてくれ」

「あ、うん!」

 

 

 ここで一つ説明しておくとクナイ……というか投げナイフのような物を投げる場合には2通りの投げ方がある。

 回転させない様に投げる方法。

 回転させる様に投げる方法。

 縄樹君は前者の方法で投げていたので俺もそれに習って回転させずに投げることにする。

 一本ずつ投げるのなら狙ったところに当てるのは難しくない。

 握って、振りかぶって、タイミング良く離せばいい。

 ただしその動作は限りなくスピーディーに無駄のない動きを心掛けなければ意味がない……今から投げますよって言いながら投げる様なもんだしね。

 だから出来ればこの一連の動作を1秒以内に、尚かつクナイの投擲速度は出来る限り速く!

 それを肝に銘じ一投目。

 今出来る最速の投擲………やべぇ力入れすぎた。

 ベストを尽くした結果、いつもの癖でチャクラで身体強化してしまい、クナイは樹に埋まってしまった。

 

 

「は、はは……やり過ぎちゃった」

「…………」

 

 

 そんな目で見ないでくれよ縄樹君……これ位なら君のお姉ちゃんもできるんだからな?

 だからそんな唖然としないでくれ。

 頼むよ。

 

 



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第22話 体術編

 俺の投擲に興奮した縄樹君を宥めて、1時間ほど投擲フォームや手を離すタイミングなどを教えた後、一先ず手裏剣等を仕舞った。

 まだ練習したりないのか少し不満そうしている彼に苦笑しつつ、次の訓練に移る。

 暗くなるまで後一時間程しかないから、ちゃんと時間配分しないと予定が狂うからね。

 

 

「忍術と手裏剣についてはわかったから、次は体術を見ていこうと思う。

 ただ俺は誰かに体術を習った経験のない喧嘩殺法のようなものしか出来ないから技術的なことを教えるのは難しいんだ。

 だから今からやるのは只の組み手……実戦経験とまではいかないけど、戦闘経験にはなるだろうからね」

「え、大丈夫なのおじさん?

 俺一応体術の成績良いんだよ?」

 

 

 心配してくれるのは嬉しいけど、さっきのこと忘れてるのかな?

 一応樹にクナイを埋められる位の力があることは見せたはず……まぁチャクラコントロールの恩恵が多々あるけど。

 なんにしても心配なら本気で掛かって来れないだろうから、少しだけ力を見せることにする。

 俺は思いっきり地面を踏み込み、縄樹君の斜め後ろにある樹に向かって跳び、その樹を蹴ってさらに彼の背後に跳ぶ。

 体内門を解放した人達程ではないにしろ中々の速度で動けたと思う。

 地面と樹に俺の足跡がつく位には踏み込んだからな。

 別に音を立てない様に動いたわけじゃないから着地の瞬間結構大きな音がして、縄樹君が俺の方を振り向いた。

 彼は最初の跳躍の時点で俺を見失っていたので少し驚いている様だ。

 

 

「今回はちょっと驚かすために速さを重視したから結構大きな音たてちゃったな……でもこれで俺が それなりに動けるってわかったかい?」

「……おじさんって本当に忍じゃないの?」

「俺はしがない古本屋だよ。

 さぁ組み手を始めよう。

 武器無し、忍術無しの手加減無用無制限組み手だ……何処からでも掛かってくると良い。

 俺は少しだけ強いよ?」

 

 

 縄樹君は俺の言葉を聞いて気持ちを入れ替えたのか、少し惚けた顔から油断の一切ない顔になり、拳を構えた。

 10秒ほどそのまま睨み合いを続け、彼はそれに焦れたのか突っ込んで来る。

 只全力で距離を詰め、振りかぶった拳を叩きつけようとする単純な攻撃。

 多分様子見の様なものなのだろう……とりあえず俺はその手を掴み、背負って地面に投げつける。

 地面に着く瞬間に軽く腕を引いたので痛みは殆どないだろう。

 

 

「一本、決まり手は一本背負い……なんてね」

「くっ!」

 

 

 俺の手を振り払い、跳ぶ様に距離を取って仕切り直す。

 別に追撃しても良かったんだけど、それじゃあ訓練にならなそうだから何もせず見守る。

 彼としてはそれが悔しかったのか、顔に険が浮かんでいる。

 

 

「単純に攻撃するだけじゃ普通は当たらないよ?

 フェイントを織り交ぜるか、視認できないスピードで攻撃しないとね……こんなふうに」

「!?」

 

 

 俺は先程の彼よりも少しだけ速い位の速度で接近し中段回し蹴り……に見せかけて膝から下を動かすことで顔の左側面に向けたブラジリアンキックを放つ。

 流石に直撃させると危ないから寸止めだけど、フェイントの重要性は理解できただろう。

 縄樹君は最初の膝の位置から胴狙いの蹴りを予測し、片腕を脇腹の辺りに添えていたため対応に間に合わなかった。

 しかしすぐに我に返り俺の脚を払い、仕返しとばかりに俺の鳩尾目掛けて渾身のストレートパンチ。

 その拳速は中々の物だったが、あくまでその歳にしてはという言葉がつくレベル。

 俺は右手で拳を掴み、少し捻ってその腕を彼の背中の方に回して腕を極める。

 これは良く警察がやる技の一つでアームロック、警察固めとも呼ばれる関節技の一種で相手を拘束することに中々適している。

 俺が今使える関節技はコレしかない……昔友達とどっちが効率的に腕を極められるかという勝負をしていた御陰でこれだけは流れる様にできるんだよね。

 一度加減を間違えて肩が外されそうになったこともあったけど、それも良い思い出だ。

 本当ならこのまま後ろから膝を蹴り、押し倒すんだけど……別にそこまでする必要はない。

 俺は掴んでいた腕を放し、そのまま縄樹君の背中を軽く押して距離を取る。

 

 

「さぁ仕切り直しだ、時間は限られてるからドンドン攻めて来るといい」

「……その余裕を崩してやる!」

「別に余裕ってわけじゃないんだけど……まぁいいか、掛かってこい!」

 

 

 彼は今までで一番のスピードで距離を詰め、下段の水平蹴りを放つ。

 その蹴りを跳んで躱したのだが、どうやらさっきフェイントを混ぜろと言ったのをしっかり覚えていたらしい。

 水平蹴りした脚を軸足に変え、俺の顎に向け蹴り上げを行おうとしている姿が目に入った。

 流石にこれを食らうのは痛そうだと思い、腕を交差させてその蹴りを受け、その勢いでバク宙し少し距離を取る。

 

 

「なんだ、やれば出来るじゃないか。

 今のは中々良い動きだった……でも身長差を考えるなら顎を狙うよりも、つま先か踵で鳩尾の辺りを狙った方がより良いな」

「ちぇ、今のは当たったと思ったのにな……次は絶対ギャフンと言わしてやるからな!」

「それは楽しみだね」

 

 

 縄樹君はそう言いながら、まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供の様な顔で、次々と攻撃を仕掛けてくる。

 それを受け、流し、時には反撃して……気がつけば予定していた終了時刻を少しだけ過ぎていた。

俺は縄樹君の両腕をつかみ取り、訓練の終了を告げる。

 

 

「そろそろ暗くなるから今日はここでお終いだね」

「え~!! 俺まだおじさんに一発も当ててないよ?!」

「まぁ俺の方が少しだけ長く鍛えてるからね。

 簡単には当たってあげられないな。

 もう来ないわけじゃないから次当てられる様に頑張ればいい」

「でも次来るのって来週なんでしょ?」

 

 

 綱手との約束は週一だからな……っていうか週一じゃなかったら受けなかったし。

 というか俺なんかよりもっと良い先生役がいると思うんだけどな。

 なにより俺は忍じゃない。

 だがそれを言っても彼は納得しないだろうから、とりあえず納得する様なことを言わないと!。

 

 

「それはそうだけど、縄樹君にはアカデミーもあるだろう。

 アカデミーで新しいことを習ったらそれを次の週の訓練で使えばいい。

 そうすれば俺はその内容を知らないから意表を突けるかもしれないよ?」

「それもそっか……あ、でも習ったのが忍術とかだったら?」

「別に組み手でずっと忍術を禁止するわけじゃないさ……ただ俺は凄い忍術とかは使えないから忍術有りだったらすぐに縄樹君に負けてしまうかもしれないな」

「傀儡の術とか使えるのに?」

「あれは傀儡の術なんて凄い術じゃないさ。

 ちょっと糸にチャクラを流しただけ……一からチャクラで糸を作るのは今の俺には難しいよ。

 なんにしても明日もアカデミーがあるんだから、今日の疲れを明日に残さない様に今日は早く寝るんだよ?

 身体は寝ている間に成長するんだから、いっぱい寝ないと大きくなれないぞ?」

 

 

 そう言い残し無理矢理に近い形で訓練を終了させたのだが、去り際の縄樹君の納得していない様な顔が妙に頭に残った。

 



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第23話 思春期

 気付けば初めての縄樹との訓練から三年が経過し、彼は8歳になり、綱手は21歳。

 俺自身がこの世界に来てから10年近くになったってことだ。

 あっちの世界での歳と合わせれば彼此30年以上生きてるってことになるんだよね……縄樹がおじさんって呼ぶのもあながち間違いじゃないな。

 

 

「でね、今度くのいちクラスが作られるみたいなのよ………ねぇ聞いてる?」

「ん? あ、うん」

「ならいいけど……要するにこれからは私の後輩達がドンドン増えるってことなわけ!

 ホント今から楽しみだわ!」

 

 

 そう嬉しそうに話す綱手。

 たまたま時間が出来た彼女が久しぶりに店に顔を出しに来て、昔の様に雑談しているというのが今の状況だ。

 この会話の前に縄樹の修行状況とかも話したんだけど……というかそれが今日来た一番の理由だったのかもしれない。

 最近の彼の伸びは流石千手一族と思わざるを得ない程で、既に俺の覚えている忍術と体術を全て覚え、今では組手でもいい勝負をするようになってきた。

 その上苦手だった投擲技術も毎日の反復練習で精度が向上し、オールラウンダーな忍に成りつつあるということを綱手に話すと、無関心そうに「へぇ」と一言……まぁ顔に喜びが隠し切れてなかったけどね。

 でその後さっきの話に移ったわけだが、俺にとってはそこまで興味がある話でもなく、聞き手に徹していると話が次の話題へと移る。

 

 

「そう言えばこの間の任務の話なんだけど、なかなか見どころのあるヤツが居たのよ」

「蛇っぽい子かい? それとも白い髪の腕白な子かい?」

「あいつらじゃないわよ……そりゃああいつ等の力は認めてるけど、そういうのじゃないの!

 そいつダンっていうんだけど、任務中に怪我をした仲間のために囮をかって出たり、細かい気配りが出来たりして、頼りになるというかなんというか……」

 

 

 そう言って微かに頬を染める彼女の様子を見て、俺は綱手に春が来た事を知った。

 なんだか娘を嫁に出すような複雑な心境だが、会ったことのない人を悪い様に言うのは良くないと思うし、話を聞いている限り良い人っぽいので、付き合う付き合わない関係なく両者が傷を負わない事を切に祈るとしよう。

 なんにしてもこのまま少女の甘酸っぱい話を聞いていると、思わずリア充○○しろ的な事を言ってしまいそうなので、一先ず延々とダンと言う忍の事を語る彼女を止めることにする。

 

 

「そっか、綱手はダン君の事が気になるんだね?」

「なっ!? ばっ……馬鹿なこと言わないでよッ!

 私はそんなこと一言も言ってないじゃない!」

「別に良いと思うんだけどね……今まで浮いた話の無かった綱手にそういう相手が出来て俺は少し安心したよ。

 いっつも話に出てくる白い髪の男の子が相手じゃなかったのが少し不思議だけどね」

「あぁ、アイツは無いわ。

 だってアイツはスケベが服着て歩いているようなものだもの。

 アイツと付き合うなんて里が木っ端微塵になる位ありえないわよ」

 

 

 それはあり得ると言うことだな……将来的に。

 まぁ冗談はさておき、やっぱりこの時点ではこういう印象なのか。

 来る回数は少なくなったけれど、来た時は必ずと言っていいほど未来のエロ仙人の話が出ていたから、この時点でも多かれ少なかれそういった感情があると思ったんだけど……予想が外れたな。

 若干嫌そうな顔でそう言われれば信じざるを得ない。

 俺がやっぱり女性っていうのは難しいなと考えていると、ふと何かを思い出したように「あ、そう言えばアイツの話で思い出したんだけど、この間風呂に…………」といつも通りの彼に対する愚痴が始まった。

 決して仲が悪いわけじゃないけど、やはり三代目の直接指導を受けた仲間としてしっかりして欲しいという気持ちが強いんだろうな……大蛇丸は話聞かなそうだし、その分自来也にしっかりしてもらいたいのだと思う。

 だけど一時間は長いよ綱手。

 気が済むまで話して、心なしかすっきりした顔になった綱手はしゃべり疲れたのか、あらかじめ持っていた水筒で喉を潤すと、小さくため息をついた。

 

 

「ふぅ、ちょっとすっきりしたわ」

「………それはよかった」

「ごめんね、最近他国からの攻撃が激化して、その対応の所為で色々とストレスが溜まってて」

「そんなに大変なのかい?」

「大変も大変! 何処の国も一歩も譲らないから武力衝突なんて当たり前だし、過激な奴だったら一般人が居てもお構いなしに攻撃仕掛けてくるのよ?!」

 

 

 俺の疑問に彼女は予想外のテンションで返してきた。

 ついさっき一息ついて落ち着いた綱手が、突如先程以上に声を張り上げた事に俺は驚きを隠せない。

 

 

「それは……ひどいな」

「でしょ!? 不意を突くためなんだろうけど、自分の里の人を巻き込んで攻撃するなんて信じられないわ!

 事前に止めることが出来たから被害は殆どなかったけど、あの時止められなかったらどうなっていたことか……」

 

 

 どんな術を使おうとしたのかは知らないけれど、彼女がこう言う位なのだから普通の人が受けたら致命的なものなのだろう。

 俺は改めて大戦に強い忌避感を感じ、顔を歪めざるを得なかった。

 その後は今後の里の事や、縄樹の事などを話して彼女は店を出たが、彼女が去ってからも今回の大戦……いや今回だけじゃなくこれから起こるであろう大きな戦いで自分は本当に生き残ることが出来るのかという疑問が延々と頭の中を廻る。

 その不安を拭うため、普段よりも激しい訓練をして翌日ひどい筋肉痛になってしまったのはしょうがないと思う。

 



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第24話 契約期間終了

 五枚の手裏剣が俺目掛けて飛来する。

 俺は避けきれないものだけを手に持ったクナイで弾く。

 

 

「オイオイ、幾ら刃を潰してるとはいえ当たれば結構な怪我するんだけど……全く躊躇しないな。

 少しはおじさんを労わってくれてもいいと思うんだけど?」

「これも信頼の内だよヨミト!

 それにヨミトと訓練するのもこれで最後だから、全力で行きたいしっ!」

 

 

 そう言い一気に接近してきた縄樹の上段回し蹴りが俺の横顔目掛けて放たれるが、それを腕で受け、逆に脚を払うために軸足を蹴りつけようとすると、彼は跳び上がりながらまるで独楽のように軸足で飛び後ろ回し蹴りをガードした腕に当て、インパクトの瞬間に押すように蹴ることで距離を取る。

 組手を始めてからまだ五分ほどしか経過していないが、何故組手をしているかというと……先程縄樹が言ったように俺との訓練が今回で終わりだから、締めとして全力で組手をしているわけだ。

 縄樹と訓練するのは下忍になるまでという約束だったからね。

 先週アカデミーの卒業試験を終え、晴れて下忍となった彼はアカデミーだけじゃなく、俺からも卒業し、今後は班員達と手を取り合って苦難を乗り越えて行くことになるのだ。

 仲間と一緒に切磋琢磨した方が競争心から伸びも良いだろうし、なによりチームワークが良くなるということは非常に大事だ。

 それになにより、薄情かもしれないけれど俺は人のいるところでは本格的な訓練が出来ないから、縄樹との訓練が無くなるのは正直助かる。

 綱手との約束を守り、今まで共に訓練してきたけれど、俺はあの店と共にのんびり暮らしていくことが今の目標だが、縄樹は違う。

 凄い忍になって火影になるのが夢なのだ。

 目指す方向が全く違う以上、道を違えるのは必然。

 縄樹もそれがわかっているのだろう、下忍になったら俺との訓練が終わると聞いても、少し残念そうな顔をしただけで、文句は言わなかった。

 

 

「チャクラコントロール上手くなったね。

 危うく俺の方が蹴り飛ばされるところだったよ」

「嘘吐き……ぐらついてすらいなかったくせに。

 それにしてもやっぱり体術では勝てないか。

 でも……これならどうだ!!」

 

 

 縄樹が素早く印を組み始める。

 俺はそれに合わせるように持っているクナイにチャクラを流して刃を伸ばす。

 

 

「土遁・土流槍!」

「何時の間にこんな高度な術を覚えたのやら……だけど俺に当てるには数が少ないね」

 

 

 土遁・土流槍は術者の技術やチャクラ量に比例して地面から出現する槍の数は増えるって本で読んだ気がする……うちの扱ってる本ってどんな術かは載っていても、印は載ってないから対策練る位しか出来ないが。

 今回は縄樹がまだ未熟だったから槍が四本しか出なかったために、一本切り裂くことで退路を確保、空いた空間に身体をねじ込むことで槍を回避し、そのまま縄樹に接近する。

 今俺の手に握られているのは切れ味に優れるチャクラメスの様なもの。

 これでは大きな怪我を与えてしまうので、接近するのと同時にクナイを仕舞い、代わりに服の袖から一本の細い鎖を取り出す。

 この鎖は店に仕込んでる二つ目のからくりに使われているものよりも細く、糸とまでは言わないが決して太いとは言えないものだ。

 これを使っている理由は鞭代わりにもなるし、なにより使い慣れている糸に似ているから操りやすいって言うのが一番だからである。

 チャクラを流し込んだ鎖が縄樹を捕らえるために、まるで蛇の様な動きで縄樹へと接近する。

 

 

「相変わらず気持ち悪い動き……爬虫類苦手なのに」

「そうか、でもこんなので気落ちしてたら、もっと気持ち悪い動きする敵と遭遇したらどうするんだ?

 苦手なら克服しておいた方がいい」

 

 

 もしかしたら大蛇丸みたいな敵が出てくるかもしれないしね。

 それにしても普通に避けられるな。

 結構な速さで動かしているんだが、まるで踊るように躱すから自信をなくしそうだ。

 しかも避けながら俺に向かって手裏剣飛ばしてくるから、あんまり気も抜けない。

 

 

「さっきの術は結構自信あったんだけどなぁ。

 じゃあ今度はこれだ、影分身の術!」

「……ホント何処で覚えてくるのやら」

「アカデミーじゃあ教えてくれないけど、授業終わった後に先生と特訓してるからその時に教えてもらったよ」

「(情報管理が緩いな……いや千手家の嫡男だからか?)俺も使いたいもんだよ……まぁチャクラ量的に余り数を出せそうにないけど」

「話はここら辺にして……行きますよ!」

 

 

 四体の影分身体と本体での同時攻撃。

 彼の体術は俺よりも劣るが、それを同時に五人にされると話は別だ。

 拳と蹴撃が嵐の様に俺に襲いかかる。

 それを時に躱し、時に鎖と手で受けていく。

 守りに徹すれば暫くは持ちそうだが……それじゃあ面白くないな。

 俺は先程鎖を出した方とは逆の袖からもう一本の鎖を取り出す。

 

 

「二本目!?」

「俺は一本しか使えないなんて言ったことはないと思うけどね。

 これで俺の手数は増えた……さぁ反撃の時間だ」

 

 

 二本の鎖を鞭の様に振るい、それに当たった二体の影分身が消える。

 それを見た縄樹は先程までの波状攻撃を一旦止め、二体の影分身を自身の近くに呼び寄せ、死角からの攻撃に備えているようだ。

 だが人の腕とは違い、鞭には関節と言うものが存在しない分動きが読み難い。

 俺との訓練で一本までなら反応出来る様になったけれど、二本となると話は変わる。

 一体に二本の鎖で攻撃、残りの二人には手裏剣で牽制。

 それを繰り返すことで残るのはチャクラが殆ど残っていない縄樹ただ一人。

 

 

「チェックメイトだよ」

「ま、まだ終わってない!」

 

 

 破れかぶれに突進してきた縄樹だったが、既に二本の鎖を解放している俺に接近するには技術とスピードが足りない。

 彼を鎖で捉え、雁字搦めで身動きを封じ、そんな彼にそっとクナイを当てる。

 

 

「俺の勝ちだね……でも本当に強くなった。

 比べる対象である俺自身の実力を人と比べた事が無いからどのくらい強くなったか分からないけどね」

「負けたのに強くなったとか言われてもあんまり嬉しくない……でもありがとう」

「さて、これで訓練は終わり。

 もう来週から俺は来ないけど、店には何時でも来て良いし、なにか俺に出来ることがあれば出来る限り手を貸すよ」

「それが戦闘に関する事でも?」

「………それは出来れば止めてほしいなぁ」

「なんてね、分かってるよ。

 ヨミトは唯の古本屋だもんね」

 

 

 彼には何度か俺は自衛手段として鍛えているのであり、出来れば戦闘は避ける方向で行きたいと言っていたからそれを覚えていたのだろう。

 苦笑しながら縄樹はそう言い、俺と縄樹の最後の訓練は和やかに幕を閉じた。

 



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第25話 不安

 縄樹が下忍になって早二年。

 綱手は上忍になってから中々店に来なくなったけど、代わりに縄樹とカツユの来店率が大分増えた。

 カツユの話を聞く限り、噂の彼と良い感じの関係になってきているとかいないとか……来るたびにカツユは嬉しそうに進展を報告していくから、今度綱手が来た時それをネタに少し弄ろうと思っている。

 そして縄樹は、かつての綱手の様に店に来ては軽く愚痴を言っていく。

 まぁ基本的に任務の内容に対する愚痴が多いんだけど、任務であったいい事とかも話しに来るから愚痴だけってわけじゃないし、本も買っていってくれるから普通に上客だ。

 そんな事を考えていると店先に人影が一つ。

 噂をすれば影、任務終わりっぽい縄樹が来たようだ。

 

 

「繁盛してる?……って相変わらず閑古鳥鳴いてるなぁ」

「余計なお世話だよ……任務の帰りかい?

 服が結構汚れてるみたいだけど」

「そうなんだよ! 今日の任務も酷くて、普通に畑の手伝いだったんだぜ?

 忍者って何なんだろうって三回位自問自答した位だよ」

 

 

 縄樹はまだ下忍だから回される任務が雑用に等しいんだけど、今日もそんな感じだったようだ。

 俺としては危険もなくて良いと思うんだけど、自分の力を試したいという彼の気持ちもわからないでもない……まだ若いしね。

 ただこの世界で引き際を間違えると普通に死ぬし、ただでさえ危険なイベントが起こる事を知っているから、自分から厄介事に突撃するほど俺はマゾヒストじゃない。

 

 

「でも次の任務は今までとは違うんだ……なんていったって護衛任務だからな!」

「アレ? 護衛任務って下忍でも受けられるんだったっけ?」

 

 

 ナルトも下忍の時に受けてたけど、あれは三代目に直訴して渋々受けさせてもらった任務だったはず……縄樹はそれだけ期待されてるのか?

 詳しく聞いてみると戦闘が起こる可能性が非常に低く、尚且つ友好のある里への物資輸送に付き添うだけの簡単な仕事らしい。

 それでも今は戦争中だから里の外に出るってことは、いつ戦闘に巻き込まれてもおかしくない。

 もし上忍以上の戦闘に巻き込まれれば死は免れないだろう……ナルトが霧隠れの鬼人や血継限界持ちと戦闘になりつつも生還、勝利したのは優秀な上忍と異常に高い能力を持った二人の下忍の存在があってこその任務成功だ。

 まぁ縄樹の受けた任務は忍との戦闘が含まれない護衛任務だから、あそこまで厳しくないだろうけど、護衛と言うからには危険は零ではない。

 なら一時共に訓練した仲だし、餞別位渡してもいいだろう。

 俺はカウンターの引き出しから一本のクナイを取りだした。

 

 

「話は分かった……流石に任務を手伝うことは出来ないけど、確か今日誕生日だっただろ? それに合わせて餞別をあげよう」

「ありがとう! クナイや手裏剣は消費が激しくて普通に助かる」

「喜んでもらえて何より……でもそのクナイ普通のクナイじゃないんだ。

 持ち手のところにある突起を握りこんでみてくれるかい?」

 

 

 縄樹は俺の言う通り俺が渡したクナイを握り締める……するとクナイの刃が1.5倍ほどの長さに伸びた。

 彼はそのギミックに少し驚いた様だ。

 俺が渡したのは俺が自分のために特注で作ってもらったクナイ。

 戦闘の際に自分の武器の攻撃範囲を変化させ、相手の虚を突く厭らしい武器『特殊クナイ一型』である。

 他にもクナイに返しが付いて一度刺さると抜け難い『特殊クナイ二型』や、鋸状の刃を持つ『特殊クナイ三型』などがあるが、一型は少し多めに注文してしまったがために幾つか余っていたので、どうせならと縄樹に渡した所存だ。

 クナイを色々と弄り回している縄樹に机の引き出しからもう一つ、きんちゃく袋を取り出して手渡す。

 

 

「これも持っていくといい。

 これは俺が調合した痛み止めの様なもので、短い時間だけど痛覚を麻痺させることが出来る丸薬なんだ」

「それは凄い! でもそんな凄いものをただでもらっていいの?」

「確かに材料が特殊だから数は余り作れないけど、今のところ俺に使う予定は無いから気にしなくてもいいさ。

 それにストックが無いわけでもないしね」

 

 

 10年もいれば流石に色々なものを手に入れる位は出来るようになる。

 医療忍者になるための教科書の様なものや、客を通したちょっとしたコネなんかが一つの例だ。

 そういったものを最大限に生かして、尚且つ倉庫に眠っているそれなりに珍しい本を引っ張り出しながら試行錯誤して作った麻酔もどきがコレだ。

 コレを作ろうと思ったのは、この世界って医療忍術は多少あっても医療技術はそれほど発達しておらず、痛みは根性でカバー的な考え方を持つ人が多いために麻酔技術が殆ど進歩していないからだ。

 一応人体の構造については本が擦り切れる程読んだから応急処置位は出来るけれど、それが自分自身の治療だと話は変わる。

 痛みは集中力を削ぐ天敵。

 正確な治療が出来ないまま失血死なんてことになったら目も当てられない。

 なら痛みを消した状態で動ける薬を作ればいいじゃない!ってことで、薬草と毒草を図鑑片手に採取・調合・実験を繰り返した。

 流石に初めての事ばかりだったから苦労も大きかったけど、ある程度納得できるものが作れてよかったと思う。

 縄樹がコレを治療とか応急措置に使うかどうかは分からないけど、あって損があるものでもないだろうから上手く活用して欲しいものだ。

 

 

「そっか……ちょっと聞きたいんだけど、これ副作用とかは?」

「ない……と言いたいところだけど、残念ながらある。

 一つにつき三分間効くんだけど、使用後は効果時間と同じだけ痛覚が鋭敏になるから使いどころは気をつけて」

 

 

 俺が初めてコレを使った時に脛を小槌で叩いたりして本当に痛覚が無くなっているかどうか試したんだけど、この時点では効果時間がはっきりしていなかったから何度も叩いている内に効果時間が切れて、蓄積された鈍痛と最後の一撃の痛みが2~3倍に増幅されて襲いかかってきた。

 もちろんそんなものを耐えられるわけもなく、恥も外聞もなく大声で叫びながらゴロゴロと転がったのは俺だけの秘密。

 縄樹は使用後に痛覚が鋭敏になるという話を聞いて少し考え込んだが、非常時に使うのならばかなり役立つと割り切ったのだろう、「いざという時に使うよ」と言って懐に袋を仕舞った。

 そんな彼を見てシリアス過ぎる空気を感じ、場を和ませるために話題を変える。

 

 

「ところでその首に掛かっているものは?」

「これ? コレは姉ちゃんが朝誕生日プレゼントだってくれたんだ!

 良いだろ~、これは………」

 

 

 まるで不安を隠すかの様に、テンションを上げて馬鹿な話をし続ける俺と縄樹。

 その後縄樹が帰るまで、妙な胸騒ぎが止まらなかった。

 いや……帰った後も何故か縄樹の首に掛ったネックレスが頭から離れない。

 綱手……プレゼント……首飾り……俺は重大な何かを忘れている気がする。

 結局その日一日寝るまで考え続けたが思い出せず、その危機感はそのまま緩やかに記憶の奥底に埋没していった。

 しかしその事に後悔するのはすぐ後のこと……翌日に事が全て終わってしまった後だった。

 



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第26話 無力で役立たず

 縄樹が任務から帰ってきた……もの言わぬ身体となって。

 その日俺はいつも通りのんびりと店番をしながら、「今日は誰か来るかな?」とか呟いたりしてたりと、本当に平和で穏やかな時間だった。

 その平穏を破ったのは珍客の来訪。

 ここ数年来ていなかった三代目が険しい顔で店に入ってきたのだ。

 

 

「いらっしゃいませ、お久しぶりで「縄樹が死んだ」……え?」

「縄樹を含めた第三班は一人を残して全滅、残る一人も重傷を負っている」

 

 

 思わず思考が停止した……そんな俺にかまわず続けられる残酷な真実。

 縄樹が受けた任務は忍との戦闘がない護衛任務だったが、他里の忍同士の戦闘に巻き込まれ、なし崩しに戦わざる得ない状態になったらしい。

 相手の戦力は上忍二人、中忍六人の二小隊。

 対して縄樹の小隊は上忍一人、中忍一人、下忍二人……最初は積極的に攻撃されなかったが、縄樹が千手一族だと知っている忍が居て、目撃者を消すという目的から木ノ葉の有力な一族の嫡男を殺すという目的に変わる。

 縄樹を含め小隊全員で護衛対象を全力で逃がした後、本格的な戦闘が始まった。

 

 

 最初は善戦していたが木ノ葉の上忍が自らの命と引き換えに上忍二人と中忍三人を屠った後は下忍三人と中忍三人の戦いになり、かなり厳しい戦いを強いられた。

 縄樹は自身が狙われている事を逆に利用しようと囮役になるが、如何せん実戦経験が足りず危機に追い込まれていったらしい。

 次第に下忍三人は疲弊し、遂には一人が死んで、二人は小さくない傷を負ってしまった。

 絶望が場を包み込もうとした時、縄樹が懐から何かの丸薬を取り出して呑みこみ、相手に特攻。

 一人は何とか仕留めることが出来たが、残る二人の中忍に背中を刺されてしまった。

 しかし縄樹は即座に一人の首を掻き切り、その勢いでもう一人に切りかかる……が紙一重のところで避けられてしまう。

 クナイを二本突き刺された縄樹は痛みなど感じていないかのように腰に付けた少し形の変わったクナイに持ち替えて再び敵に飛びかかる。

 怪我を感じさせない速度の斬撃は相手の胸元を捉え、相手の命を奪うことに成功したが……縄樹の怪我は既に手の施しようのない状況で、縄樹もそれが分かっていたのか仲間の下忍に首飾りを預け、「ねえ……ちゃんにゴ……メンって伝えて……くれ」と言い残し、息を引き取ったらしい。

 

 

「遺体は暗部が回収したが、縄樹の死に顔はまるで眠っているように穏やかだった」

「…………」

 

 

 余りに唐突で俺の脳が正常に動いてくれない。

 三代目が詳しく話してくれた事も、右から左に流れて殆ど頭に入っていない。

 今俺の頭の中を駆け巡るのは、縄樹を生き返らせる方法。

 ‘死者蘇生’を使う方法、‘魂の解放’から‘D・D・R’で呼び戻す方法etcetc……しかしそのどれもが現実的ではないことが俺には分かっている。

 魔法や罠の効果は最長で一日しか持続できないために効果が切れたときに二度目の死を迎える可能性を考えれば決して軽はずみに出来る事じゃない。

 

 

「明日の正午に千住邸で葬儀を行うから遅れるなよ」

「……綱手はどうしてますか?」

「……ずっと縄樹の傍で泣いている。

 お前も葬儀前に一度顔を見せてきた方がいい。

 お前は縄樹の先生みたいなものだったんだろう?」

「そう……ですね。

 今日は店を閉めて縄樹に会いに行こうと思います」

 

 

 俺にとって縄樹は生徒であり、弟の様な存在だった。

 正直今気を抜けば涙を止められそうにない。

 今耐えているのは人目があるからだけに過ぎない。

 

 

「そうしてやってくれ……できれば綱手の事も頼む。

 アイツはきっと飯も食わずに泣き続けているはずだ。

 何か食べ物でも持っていってやってくれ」

「わかりました」

「それじゃあ俺は仕事に戻る……今回の落とし前を付けさせなきゃならんしな」

 

 

 そう言って三代目は店から出て行った。

 店を出て行く直前の三代目の顔に表情は無く、ただ目が殺意が宿っていた気がした。

 俺はそれを見なかったことにし、店を閉めて千手邸へと向かう。

 こんなことがあったからか千住邸はいつもよりも慌ただしい。

 本来なら忙しそうにしている今来るのは良くないのだろうけど、綱手の様子も気になる。

 俺は手に持ったおにぎりの入った袋と花を握り締め、慌ただしく動き回っている使用人の一人に声をかけた。

 

 

「すみません、本瓜ヨミトと言うものですが……」

「あぁヨミトさんですか、自来也さんとダンさん、そして貴方は通してよいと言付けを受けております……此方へ」

 

 

 導かれるまま千住邸の中を歩くこと数分。

 案内されたのは広い和室の前だった。

 中からは何も聞こえない。

 

 

「ここに縄樹様と綱手様が居られます」

「綱手もいるんですか? でも中から物音ひとつ聞こえてこないんですが……」

「綱手様は……いえ、中に入って戴ければわかります。

 私は此処で失礼させていただきます。

 お帰りの際はそのままお帰りになって結構ですので」

 

 

 そう言い残して使用人はその場を後にした。

 俺は覚悟を決めて障子を開ける。

 中は暗く、僅かに入る日の光が薄らと部屋の中を照らしているだけで明りは無い。

 そんな中に綱手はいた。

 布団に横たわる縄樹の遺体の横に身動き一つせず縄樹をジッと見ている。

 

 

「綱手……」

「何で……何で縄樹だったの?

 私だったら死なずに返り討ちにすることが出来たかもしれないのに」

 

 

 俺には何も言えなかった。

 単純にその場に居なかったのだからしょうがないと言って納得できる程心の整理はついていないだろうし、俺自身こんな子供が殺されなきゃいけない今の状況に納得できない。

 今は忍者でもない俺が何を言っても彼女には響かないだろう。

 だが綱手をこのまま放っておくのも良くない気がする。

 だから少しだけ負の感情を発散させよう……例え俺が彼女に恨まれようとも。

 俺が一か月前に感じた違和感をもっと気にしていればこの結果は変わっていたかもしれないのだから。

 俺は手に持ったおにぎりと花を畳に置き、綱手に顔を向けながら口を開く。

 

 

「綱手……縄樹は俺のせいで死んだのかもしれない」

「え…………」

 

 

 場の空気が凍りついた。

 此方を一切見なかった綱手がこっちを見て目を見開いている。

 

 

「俺は縄樹が任務に行く前に二つの餞別を贈った。

 一つは少し特殊なクナイ、そしてもう一つは短時間だけ痛みを感じなくさせる丸薬」

「痛みを……感じなくさせる?」

「そう……例えクナイに刺されようと、刀で切られようと痛みを感じなくなる薬だ。

 もしあれが無かったら縄樹はもっと早く撤退したかもしれない」

「………ヨミト」

「だからお前は俺を恨んでもい「ありがとう」いんだ……え?」

 

 

俺は綱手から憎しみの感情を向けられることを覚悟していたが、実際彼女から向けられたのは感謝。

泣き腫らした彼女の赤い目が俺を見つめている。

 

 

「私も先生から話を聞いてるから、その丸薬があったからこそ縄樹の班が全滅しなくて済んだと言う事位分かるわ」

「でも!!」

「……確かにその丸薬があったから縄樹は敵に突撃なんていう事をしたのかもしれない。

 でももし縄樹がそうせずに逃げの一手を打っていれば後ろから討たれていたと思う。

 だからヨミトはそんなに気負わないで」

 

 

 本当に俺は役立たずだ……こんな状態の綱手に気を遣わせるなんて、俺は本当に何をやっているんだ!

 もう此処に居ても邪魔にしかならないだろう……俺は縄樹と綱手の顔を目に焼き付けて、綱手に一言「ごめん」と言い残し千住邸を後にした。

 外に出た瞬間自分の不甲斐なさと、今まで耐えてきた縄樹の死に対する感情が抑えきれなくなり、目から涙が零れ落ちる。

 その涙は家についても枯れることは無かった。

 




生存を期待した人達……すまん


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第27話 本の虫

 縄樹が死んで早一年。

 未だ戦争は終わっていないどころか激化している。

 店に来る客も減り、何とか生活費を稼いでいる状況だ……貯蓄は大分残ってるが。

 縄樹が死んで常連客が一人減り、綱手も本を買う頻度が極端に下がった。

 まぁそれでも零じゃないだけマシなんだけど、でも直接本人を見たのは縄樹の葬儀が最後で買いに来るのは使用人かカツユ。

 最初はやっぱり丸薬の事を割り切れなかったんだなと思って意気消沈していたんだけど、カツユの話を聞く限りアレ以来綱手は任務を受ける数が増え、自由な時間が殆どない状態らしい。

 そして自由な時間はダンという同僚と会っているのだとか……縄樹の死後綱手の元に足繫く通い、彼女の心の支えになっていたことで急接近したとカツユが嬉しそうに言っていた。

 最近はダンに姪が出来たとかでその子を溺愛しているらしい。

 

 

 その他にも里で幾つか変化したことはある。

 山中・奈良・秋道家の嫡男で組まれたチームが下忍とは思えない活躍をしているとか、油目一族が虫使いとして有名になり女性に怖がられるようになったこと、そして綱手・自来也・大蛇丸の三人が木ノ葉の三忍と他国に恐れられるようになったことなどが主だったことだけど、俺には関係ない事ばかり。

 俺に関する変化は修行時間の増加に伴い店を閉める時間が一時間早くなったことと、手札やライフを使用して発動する魔法などの実験を始めた事。

 身近な人が死ぬことで改めてこの世界が死に満ち溢れていると感じ、自衛手段の強化を目的に今まで手を付けてなかった部分に手を付けたわけだが……あらかじめ試しておいて良かった。

 試して分かった事はライフは体力、手札は発動までの時間、山札は気力とイコールらしい。

 気力に関しては気の持ちようによっては大した問題は無いんだけど、山札の消費が激しいものを使い過ぎれば部屋の片隅で膝を抱えて小刻みに揺れたくなるかもしれない。

 まぁ余程の事がない限りそんな事にはならないけど頭の片隅には置いておいた方が良いだろう。

 で……問題はライフの方で、ライフ0になるまで試したわけじゃないけどライフが減れば減るほど意識が遠のきそうになるのだ。

 もしあれが戦闘中であればかなり大きな隙が出来てしまうから、ちゃんと計画的に使わないといけない……あらかじめライフポイントを回復する魔法を使用しておくと言うのも考えたんだが、ライフが全く減っていない状態でライフを回復する魔法を使用しても回復はしなかったからその案は断念せざる得なかった。

 とりあえず罠カードを用いた事後回復がもっとも有効な手段と考え、今はある程度納得した。

 怪我とかもライフ回復で治るし、伏せるデメリットは殆ど無いしね。

 店の外に客らしき気配を感じた俺は、修行状況の自己確認をそこで打ち切り気持ちを切り替える。

 

 

「……失礼する」

「いらっしゃい、今日も本を探しに来たのかい?」

「………この間店主に薦められた本は中々面白かった。

 故にまた何か見繕ってくれると嬉しい」

 

 

 店に来たのはサングラスを掛け、襟の立った長袖を着ている少年。

 この子は3週間くらい前にフラっとこの店にやって来て、無言で動植物の棚の前で一時間くらいジッと立っていたので、少し興味が湧いて話しかけると「……虫が活躍する物語を探している」って言うから一冊の小説を渡してから、偶に店に来る様になった小さな常連(予定)さんだ。

 見た目的に……っていうか一度袖から虫を出して本を探しているところを見たから多分油目一族の子なんだろう。

 ちなみに俺は虫がそれほど得意じゃないので店内で虫を使うのはその時禁止した。

 若干悲しそうな顔をした様な気がするが、表情が変わっていなかったので勘違いかもしれない。

 なんにしても今は彼に新しい本を見繕わないと。

 

 

「今日はどんな本をご所望で?」

「虫の生態、もしくは構造などが載っている本を所望する」

「図鑑とかは普通にあるけど、そう言う本は君の家にもうあるよね?」

「ある」

「じゃあ何かに特化した本の方がいいんだろうなぁ……少し値は張るけどコレとかかな」

 

 

 俺は棚から毒虫百選という本を引っ張り出して彼に手渡す。

 この本は薬師が薬を作る際に参考にすることもある中々使い道のある本だ。

 もしかしたら持っているかとも思ったが、本を突き返してこないことから見たことのない本なのだろう。

 一応絶版になっているらしいから持っていなくても不思議はない。

 

 

「コレは……良い物だ」

「それは良かった。 で、それ買うかい?」

「……いくら払えばいい?」

「定価が500両だから……半額……いや200両かな」

 

 

 状態が悪いわけじゃないけど日焼けが少し目立つし、図鑑とかこういう本はあまり売れ行きが良くないから少しオマケだ。

 常連相手だったらもう少しまけてあげても良いんだけど、この子はまだそれほど来てないからここが妥協ライン。

 

 

「200両か……分かった」

「はい、丁度」

「……良い買い物をした。

 なぜなら俺は毒虫に興味があるからだ」

「そ、そうなんだ」

「では店主、失礼した」

 

 

 彼はそう言うと少し早足で店を出ていった。

 多分早く家に帰って読みたいんだろう。

 本当に虫が好きなんだな……俺には分からない世界だけど、何かに興味を持つことは良いことだ。

 好きこそものの上手なれって言うくらいだし、きっと彼は良い虫使いになるんだろう。

 ってことは彼と戦うと大量の虫が襲いかかってくるってことか………絶対敵対しない様にしよう。

 



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第28話 効果は未知数

 皆さんは‘スライム増殖炉’っていうカードを知っていますか?

 このカードは自分のスタンバイフェイズ……簡単に言えば自分のターンの初めに一体のスライムを召喚する永続魔法なんですが、攻撃力500のモンスターが攻撃表示で出てきても蹴散らされるのが関の山なわけですよ……遊戯王なら。

 でもここでは違う。

 少し前に試して俺の力が800相当だったから、案外馬鹿に出来ない攻撃力なわけだ。

 忍術とか使いまくって攻撃力800の相手を倒せたからそう判断しただけで、場合によっては……考えないようにしよう。

 まぁそれは置いておいて、モンスターは魔法・罠と同様五体まで同時に顕現できるんだが、攻撃力はあくまで500……俺で800と言うことは上忍なら余裕で1000以上あるだろう。

 遊戯王のルールでは戦う際に負けた方は勝った方の攻撃力、または防御力の差分のダメージを負うが、俺の能力ではモンスターがやられてもダメージを受けることはない。

 俺がプレイヤーであると同時にモンスターであり、山札であるという決まりが関係するのだろう。

 

 

 何故突然こんなことを言い出すかと言うと……今俺がトークンに襲われてるからなんだよね。

 原因は除外ゾーンでの修行に勤しんでいて、いつも通り俺の切り札の一つでもあるトークン召喚系の魔法及び罠を用いた戦術の模索をしている最中に、‘暴走闘君’というカードを使用したのが切っ掛けだと思う。

 トークンの攻撃力が1000上昇する効果を持つこのカードだけど、発動と同時にトークンの目から理性の色が消えて、俺に襲いかかってきた。

 今までこんなことは無かったから対策なんてしていないわけで、とりあえず三分前に罠を伏せたから最悪2分逃げ延びれば良いんだけど……これも一つの実戦経験のためと考えて色々試してみることにしよう。

 

 

「まずはこれ以上増えないようにしないと駄目だな。

 ‘魔法除去’発動・対象‘スライム増殖炉’」

 

 

 眼前にあった半球状の炉が光の粒になり消える。

 これで残るのは攻撃力1500のスライム一体のみ。

 コイツの厄介なところは上がった攻撃力じゃなく、その攻撃方法にある。

 ‘スケープゴート’の羊トークンなら攻撃方法は体当たり、‘終焉の焔’の黒焔トークンなら黒い炎による攻撃、でスライムトークンの攻撃方法はというと……触手での攻撃なわけだ。

 それに武器に関する装備魔法なら単純に切れ味、もしくは打撃力の高い武器が出てくるだけなんだが、‘魔道師の力’や‘団結の力’の様な形として現れない様な装備魔法は対象の筋力、もしくはそれに準ずるものを強化する。

 要するに触手の動きが結構速いんだよ。

 今のところ避けて対処してるんだが……触手を切れないのかって?

 触手の攻撃が速いのも問題なんだけど、‘暴走闘君’の効果は攻撃力上昇だけじゃなくて、トークンは戦闘で破壊されないっていう効果も付加する。

 よって斬撃打撃は通用しないと考えた方が良い。

 風とか土とかの忍術とかも効かないかもしれないけど、俺には使えないから関係ないね……安西先生、忍術が使いたいです。

 忍術が使えない事に嘆いていると、触手の数が増えてきた。

 

 

「これは避けるのが厳しくなったきた……除去を使うか?

 いや、まだいける!

 一先ず相手を尾獣……いや、そこまで危険じゃないから口寄せされた何かと仮定して、最低でも残り五分戦ってみるか!

 手始めに動きを制限する魔法‘攻撃封じ’発動、相手は守備表示になる!」

 

 

 スライムの触手が本体へと戻り、本体の質量が増える。

 強制的に守備表示にする効果は相手に今は守った方が良いと思わせるものなので、必ずしも守りに入るわけではないが、積極的には攻撃してこなくなるだけでも十分だ。

 このまま罠が発動できる時間まで待つのも一つの手だけど、ここは果敢に攻める!

 

 

「続けて装備魔法‘魔界の足枷’をスライムに装備、その後‘デスメテオ’を発動!

 暴走したスライムを焼き払え!」

 

 

 ‘魔界の足枷’は相手の攻撃力と防御力を100にして、そのモンスターの持ち主に500ポイントのダメージを与える装備魔法。

 今回は持ち主が俺だからダメージは俺にくるんだが、500位なら大した問題じゃない。

 ‘デスメテオ’は相手のLPが3000よりも多いとき発動できる、相手に1000ポイントのダメージを与える魔法。

 この世界にライフポイントと言う概念が適応されるのは俺だけ。

 故にこの発動条件は無視される。

 スライムの身体をどうやって捕らえているのかは分からないが、今相手は‘魔界の足枷’によって動きをかなり制限された状態だ。

 そんな状況下に高速で飛んでくる隕石を避けれるはずもなく、スライムは土手っ腹に巨大な穴を作ることになった。

 だがそれでも消滅はしない……やっぱり不定形の生物は生命力が強いんだな。

 デスメテオの所為で魔界の足枷も吹っ飛んだからスライムの攻撃力は再び1500に戻っているかもしれないが、これだけ質量が減っていれば触手の数はかなり限られるだろう。

 そんな事を考えながらも俺は警戒を怠らない。

 大きさは先程の半分以下になったようだが、未だ元気にうにょうにょと動いている。

 次の瞬間スライムが飛びかかってきた。

 何とか避けることが出来たが、かなりスピードが上がっている様だ。

 これは避け続けるのは無理だな……時間も大丈夫そうだし、もういいか。

 俺は避けるのを止め、体当たりを待ち受ける。

 疑うと言う事を知らないスライムはそのまま俺の腹目掛けて突進を繰り出すが、俺に届くその瞬間スライムが爆裂四散し、辺りに散らばるスライム片と共に光の粒になって消えた。

 

 

「‘炸裂装甲’は初めて使ったけど、衝撃も何もないな。

 物理法則とか何処行ったんだろう……」

 

 

 とりあえず先程消費したライフを回復させるために‘非常食’を使用し、その日の修行はそこで終わることにした。

 部屋に戻ると何やら外が騒がしい。

 耳を澄ませてみると里の外れで侵入者とうちは一族の一人が戦っているらしい。

 

 

「俺には関係ない話だな。 さてと、今日は疲れたから早めに寝るとするか」

 

 

 俺は寝具を用意して、外の喧騒を無視しながら床につく。

 早く戦争終わらないかなぁ……。

 



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第29話 時の流れ

 外から威勢の良いかけ声や木材を切る音、釘を打ち込む音が絶え間なく聞こえる今日この頃、皆さんは元気にお過ごしでしょうか?

 なんか忍者学校の校舎を増築するとかで、ここしばらく日中はずっとこんな感じで騒がしいんだけど、終わらない戦争で気落ちした人達にとっては活気を感じられて良いのだろう。

 もう少しで完成するらしく、それを祝ってか縁日も結構並んでいる。

 まぁこの騒ぎに乗じて何かする人がいないとも限らないので、いつも以上に見回りしている忍者は多いが、忍者達も水を差すまいと極力目立たない様にしているのが見て取れる。

 その努力の結果、男の子が気になる女の子を誘ったり、親と一緒に縁日を回ったりと微笑ましい光景が様々な所で見ることが出来た。

 今日が一般的にいう休日に当たる故に人の数も馬鹿に出来ない。

 客商売としては今日は稼ぎ時なのだろう……俺には関係無いけどな!!

 俺はいつも通りに店を開いて、偶に来る客に本を薦めたり、客が来なければ本を読んで時間を潰す……こう言うとなんか友達いないみたいだけど、一応何人かはいるんだよ?

 近所のラーメン屋さんの人とか、花屋のお兄さん、忍犬連れたお姉さん辺りは外で会ったらよく世間話とかするし、歳のことを考えなければ油目一族の子とかも知り合い以上の関係にはなっていると思う……でも今の所一番仲が良いのは大蛞蝓のカツユかな?

 最近は綱手の本を取りに来る日以外でも偶に家に来て話す位だからね。

 実は口寄せ契約を結んでくれないかと提案したこともあるんだけど、カツユを呼び出すには中々大きなチャクラが無いと厳しいらしく、彼女が調べる限り俺のチャクラ量じゃ呼び出した後は殆どチャクラが残らないらしい。

 それでも治癒能力のあるカツユと契約できるならいざという時助かるんだけど、カツユ自身がそれじゃあ良くないと言うためお流れになったわけだ。

 でも俺としては諦めたくないわけで……

 

 

「そこら辺どうしたらいいと思う?」

「知らねぇよ。 っていうか何の話だよ」

「女の子は難しいって話だよ。

 君も将棋の本ばっかり読んでないで、外で女の子でもナンパしてきたら良いんじゃないかい?」

「いいよ、めんどくせぇ。

 どうせいつか誰かと付き合うんだ、別に今無理に探さなくたって良いだろ」

「無理に探す必要はないけど……いや、こういうことに関しては俺もそう経験があるわけでもないな。

 余計なお節介だった、すまない」

「いや、別にそこまで気にしてるわけじゃねぇっすから」

 

 

 そう言ってまた立ち読みに戻る男の子。

 この子は最近来る様になった子で、将棋の本を偶に見に来る準常連さんなんだけど、今日は買う気がないらしく、将棋の手が載った本を流し見している。

 

 

「にしてもアカデミーの増設くらいで何でこんな騒ぐかね……俺には理解できないな」

「みんな不安なんだよ、戦争も鎮静化どころか悪化する一方だし、里に侵入してくる他国の忍も増えてきてる。

 この間だって他里の忍が三忍を倒して名を上げようと攻めてきたし」

「あぁ、そう言えばそんなこともあったな。

 あの時は驚いたっすよ……いきなりでっけぇ蛙と蛇と蛞蝓が出てきたんすから」

 

 

 つい一週間前くらい前のことだけど、結構な騒ぎになってたからなぁ。

 何処の里かは知らないけど、話に聞く限り土遁を使う奴らだったらしい。

 今里に目立った被害がないのは三忍が瞬殺したからなんだと……ただ相手の忍術による被害は無かったんだけど、口寄せの所為で何軒か家が倒壊してしまった。

 その結果三代目は大激怒。

 奇跡的に怪我人は出なかったものの、三忍は暫くボランティア活動に勤しむことになったとかならなかったとか。

 その後も俺と彼は暫く三忍の口寄せについて話していたのだが、店に彼を迎えにきた二人の姿が見えたので彼は立ち読みしていた本を棚に戻す。

 

 

「シカク、そろそろ縁日に行こう!

 たこ焼きと綿アメとイカ焼きとチョコバナナと焼きそばとお好み焼きが僕を待ってるんだ!!」

「チョウザ……お前そんなんだから太っ「シカク!!」っと危ねぇ、サンキュウいのいち」

「ん? 今シカク何か言った?」

「いや、太巻きとかはあればいいなって言っただけだよ」

「太巻きかぁ……それも有りだなぁ」

「縁日で少し探してみますか」

「そうだな、それじゃまた暇だったら来ますんで。

 行くかチョウザ、いのいち」

「「おう!」」

 

 

 俺は楽しそうに縁日に向かう三人を笑顔で見送ると、店の閉店準備に取りかかる。

 いつもより大分早い時間だけど、こういう日は客の入りが0に等しい。

 なら只店でジッとしているよりも除外ゾーンでいつもの鍛錬を少し長めにやった方が特だろう?

 と言うわけで店前の看板を開店から閉店へと変え、店の戸に鍵を掛けようとした瞬間、誰かが俺の肩に手を置いた。

 この感じは……もう本人が来ることはないと思ってたんだけどな。

 

 

「この時間はまだ閉店には早いと思うんだけど?」

「今日は縁日に行く人が多いからもう客はこないと思うから閉めても良いかなって……でもかの三忍様が来たなら閉められないな……久しぶりだね綱手」

「ヨミトこそ、元気そうで何より」

 

 

 振り向くと最後に会ったときよりも大人っぽくなった綱手が立っていた。

 二年の年月は彼女を心身供に成長させるには十分な時間だったみたいだな……まぁ時間だけが彼女を成長させたわけじゃなさそうだけど。

 俺は化粧をした綱手に時の流れを感じつつ、一先ず彼女を店の中に招き入れた。

 



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第30話 嫌な予感

 店に入った綱手は昔を思い出すかの様にゆっくりと店内を見てまわる。

 気になった本は手に取り、パラパラと捲って棚に戻す……本当に昔に戻った様な気分になるな。

 たかが二年来なかっただけなのにこんなにも昔のことの様に感じるのは、それだけ彼女が店に来た時の記憶が根深く残っている所為だろう。

 この店初めての常連客で、物語で大きな役割を持つ凄腕の忍者……木ノ葉の三忍の一人‘綱手’。

 カツユの話だと忙しくて殆ど自分の時間が取れていないらしいんだが、今日は一体どうしたんだろうか?

 俺の疑問をよそに綱手は新しく入荷した小説を数冊カウンターへ置き、「いくら?」と言葉少なに聞く。

 それほど珍しいものでもなく、少し流行から後れた小説だから本来なら定価の半額、状態が悪ければ定価の三分の一以下のものだ。

 俺はとりあえずお得意様割引きとして半額の所を七割引きにして会計をし、彼女へ伝える。

 彼女もそれに気付いたのか少し苦笑しているが、俺はこれでも利益が出るので別に気にしない……雀の涙ほどの利益だけどな。

 本を受け取り、昔よく座っていた丸椅子をカウンターの近くへ置くと、腰を掛けて本を開く。

 俺も別にこの後何か予定があるわけでもないので、座椅子に座り読みかけの本を手に取った。

 緩やかに時間が過ぎていく……それから十分程経っただろうか、紙を捲る音が止まり綱手が口を開く。

 

 

「カツユと仲良くしてるみたいね、口寄せの契約はまだ結ばないの?」

「俺のチャクラ量が足りないからカツユがまだ止めておいた方がいいって言うからね、チャクラ量って少しずつしか増やせないから、もし契約するにも何時になることやら。

 何か良い手ないかい?」

「一応強制的にチャクラの量を増やすことは出来なくもないんだけど、多大な代償を払うハメになるから止めておいた方がいいわね」

「そっか……やっぱり地道に増やすしかないか」

「地道が一番よ、千里の道も一歩からってね」

 

 

 そう言って笑顔を向ける綱手を見て、本当に綺麗になったと感じた。

 女は恋をすると綺麗になるってよく言うしね。

 だが年齢的には俺が大分上、笑顔一つに見惚れたと知られたらロリコンのレッテルを貼られかねないと、彼女の意識を逸らすために話題を変える。

 

 

「そう言えば彼氏とは順調かい?」

「カツユから聞いたの? お喋りなんだから……えっと、何をもって順調と言うか分からないけど、別に喧嘩とかはしてないわ。

 最近は任務が忙しくて前ほど会えないけど、一緒の任務に就くことも少なくないから不満は特にないし、空いた時間はシズネと遊んだり……あ、シズネって言うのはダンの姪なんだけど、まだ小さくて可愛いのよ!

 まだ二歳だから動きも辿々しくて、偶に縁側から落ちそうになったりもするんだけど、なんて言うの? こう守ってあげたくなるって言うか……分かるでしょ?!

 それに私が家に行くとネーネって言って出迎えてくれるのよ……もうあの可愛らしさは犯罪ね!  ヨミトもそう思うでしょ!」

「………あ、うん」

「でしょ! それでね………」

 

 

 それから一時間ほどシズネが如何に可愛いかを語り続けた綱手。

 もう洗脳するつもりかっていう勢いだったが、ここに来てようやく勢いが収まってきた。

 正直ここまで溺愛してるとは思いもしなかったよ……てっきり彼氏のことをちょっと惚気られるだけだと思ったら、予想の右斜め上を突貫していくなんて誰がわかるんだよ。

 俺は少しぐったりしながらも、そのまま相槌を打ち続けた。

 結局彼女のシズネの可愛さ語りはその後も暫く続き、一段落ついたのは更に三十分以上経過した後のことだった。

 

 

「ふぅ、まだまだ喋り足りないけどこれ以上話していると止まらなくなりそうだから、ここら辺で本題に入りましょう」

「うん、そうだね……ん? 本題?」

「そうよ、私がシズネの可愛さを語りに来ただけだと思ったの?」

 

 

 ……あんだけ話してればそうだと思うでしょうが!!と心の中で叫ぶ俺だったが、ここは大人の余裕で華麗にスルー。

 無言で首を縦に振ると、綱手は小さくため息をついて本題に入り始めた。

 

 

「今日ここに来たのはヨミトに頼みがあって来たのよ」

「頼み?」

「そう、ちょっと来週からシズネを預かっていて欲しくて」

「……は?」

「そんなに長い期間じゃないのよ?

 ちょっと次の任務にシズネの両親も参加するみたいで、面倒を見てくれる人がいないの。

 ダンと私も別の任務で預かれないし、先生なんてもっての外。

 ダンの方も似た様な感じで仲のいい友達は任務に行っていて頼めないみたいで、じゃあどうするってなったから信用できて尚かつセキュリティがしっかりしている知り合いに預けようってダンと話し合って決めたの。

 で白羽の矢が立ったのがヨミトってわけ」

「へ~それは光栄だ……けどね俺はダンって人に会ったことないし、その子の両親も知らない人に預けるのは嫌じゃないかな?」

「あぁそれは大丈夫、どっちも一度はこの店に来てるし」

「そ、そうなんだ……でもそれだけで俺のことを信用するかなんて分からないだろ?」

「それも大丈夫、ヨミトが縄樹に家庭教師の様なことをしていた時の話をしたらシズネが大きくなったらこの子もヨミトさんに家庭教師してもらおうかって話題が出てくるくらいだったから」

 

 

 外堀が既に埋められているだと!?

 これでは断る理由が……いや、ちょっと待てよ?

 別に断らなくてもいいんじゃないか?

 彼女の言うシズネは多分原作にも出てきていた綱手の付き人っぽい人だろう。

 彼女は別に名家の生まれというわけでもなく、何か厄介な設定を持っているわけじゃなかったはず。

 今は只の子供なんだから別に短期間預かる分には問題ない気がする。

 表だってデメリットが思いつかないことに気付いた俺は「綱手が戻ってくるまでなら」と前置きをして、その提案を受けることにした。

 すると綱手は肩の荷が下りたとばかりに大きく息を吐く。

 

 

「ふぅ、良かった! もしヨミトに断られたら先生に無理言って誰か紹介してもらわなきゃいけなくなるところだったわ。

 シズネは任務に行く前日に連れてくるから、ちゃんと家の中掃除しといてよ?」

「分かってるよ、子供が怪我しそうな物は仕舞っておく」

「よし、これで気兼ねなく任務に向かえるわね……」

 

 

 そう言って表情を引き締める綱手に俺は何処か不安を感じざるを得なかった。

 縄樹が帰ってこなかった時に感じた程じゃないにしても、自然と眉をひそめる位には嫌な予感がする。

 そんな俺に気付いた綱手は困った様に笑い、「大丈夫、私は縄樹の分まで生きなきゃいけないから絶対生きて戻るわ」と伝え、店を出て行く。

 その背中に何か声を掛けようと口を開くが、俺の口は結局何の音も発せず閉まった。

 だってなんて声を掛ければいいんだ?

 「なんか嫌な予感がするから気を付けろ」? んなこと言ったところで何になるっていうんだよ。

 くそっ!! 何かモヤモヤするな……今日は長めにゾーンに潜ってこの気持ちを発散しよう。

 俺は店の戸に鍵を掛け、服を着替えるとすぐに除外ゾーンへと潜った。

 脳裏に浮かぶ綱手の顔を振りきる様に……

 



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第31話 子供は子供らしく

 何気ない日常の一幕、朝起きて先ずは朝食を用意する……最近は和食よりも洋食が多いために用意が楽でいいんだけど、ちょっと困ったことに「これ、ヤ!」と野菜を食べようとしないお姫様が家にいるからメニューを考えるのが面倒なんだよ。

 綱手が家にシズネを連れてきてから早一ヶ月。

 最初は警戒されてたみたいで、まるで借りてきた猫のように静かだったんだけど、一週間位で子供特有のやんちゃっぷりを発揮し始めた。

 家の中を走り回ったり、本棚を登ろうとしたり、本を積み木のように使い始めたりと実害こそ無いものの中々気が休まらない生活が続いてるのが現状だ。

 まぁ店の中では暴れないし、本を破ったりもしないから怒りはしないけど、怪我をしそうなことをしたときは軽く注意するとやらなくなるから、可愛いものなんだけどね。

 好き嫌いに関しては言っても直らないんだけど、これはこの子の両親が何とかすることを期待する……俺はあくまで一時的に預かってるだけだからな。

 でも作るからには残して欲しくないわけで……。

 

 

「ヤ!じゃなくて食べなさい、身体に良いんだから」

「ヤ! 苦い!」

「マヨネーズ掛けてるからあんまり苦くないよ?

 ほら一口だけでも良いから、はいアーン」

「ヤ!!「今だ!」ングッ!?」

「吐き出したらデザートは無しだからね」

「ウゥ~~にぎゃい……」

 

 

 涙目になりながらも食後のデザート食べたさに必死にピーマンを咀嚼するシズネを見て、癒されつつも、俺も朝食を口に入れる。

 うん、今日も微妙だな!

 卵焼きになる予定だったスクランブルエッグとサラダ、少し焦げたパンに濃いめのコーンスープ。

 不味くはないけど、特段美味しくもないという無難な味に料理の難しさを改めて感じつつ、食器の中身を空にしていく。

 結果シズネよりも大分早く食事を終えることになったので、デザートの準備に取りかかる。

 準備とは言っても冷蔵庫から出すだけなんだけど、ふと背後に気配を感じて振り返るとそこには目を輝かせながら立っているシズネの姿があった。

 手に持ったスプーンをがっしりと握り、デザートはまだかと催促しているらしい。

 俺はそんな姿に苦笑しつつ、冷蔵庫から二つのプリンを取り出す。

 このプリンは実は俺が作った物で空気が入っていたり、少し堅めだったりする代物だが、味は普通なので一人でいたときにも偶に作って食べてたんだよね。

 で、何故シズネがここまでこれを楽しみにしているかと言えば、話は三日前に遡る。

丁度三日前の朝食にこれを出したらシズネは気に入り、「これ好き、明日ある?」と聞いてきたので、明日は無理だけど偶に作ってあげると約束したからだろう。

 プリンの器に目が釘付けになっているシズネを引き連れてテーブルに戻ると、直接シズネにプリンを手渡してあげる。

 まるで壊れ物を受け取るようにそれを受け取るとすぐに手に持ったスプーンで一掬い。

 そのままゆっくりと口の中へ……口の中で転がすように食べている様だ。

 十秒ほど転がした後喉が小さく鳴った。

 

 

「あまあま♪」

「そっか、それはなにより……さてと、俺も食うか」

 

 

 スプーンを入れてみると少し鬆が入ってしまっているが堅さは丁度良い。

 俺は少しずつ食べるよりも大目に口に入れて味わう方が好きなので、一口で四分の一ほど掬い口に含む。

 味は少し甘みが強いけれど許容範囲内、点数で言えば70点くらいかな。

 決して量が多いわけではないのでプリンは瞬く間に減っていく。

 カラメルは少し苦みが足りなかったが、それが逆に良かったのかシズネは終始幸せそうに食べていた。

 カラメルまで綺麗に食べきった俺とシズネは両手を合わせて「ごちそうさま」をし、食器を台所に下げる。

 食事を終えて少し休んだ後、俺とシズネは店へ向かう。

 何故シズネも連れて行くのかって?

 そりゃあ家に置いていっても暫くしたら店の方に来るからだよ……寂しいのか、一人でいるのが怖いのかは分からないけど、どっちにしろ来るんなら最初から連れて行っても変わらないだろ。

 それに俺の真似をしているのか、客が来ないときは普通に俺の横に持ってきた小さな椅子に座って絵本を開いてるだけだから何も問題ないしな。

 ちなみに客が来た時は「いっしゃ~ませ~」と挨拶するから客からは「可愛い看板娘雇ったな」とか「子供いたのか!?」とか「このロリコンめ!!」とか「飴あげるから俺のことをお兄ちゃんって呼んでくれ」とか言われる……後半二人は縛って店の外にぶん投げた。

 何にしてもシズネがこの店の客に好意的に思われているのは紛れもない事実なわけだ……たとえ世界が変わろうとも可愛いは正義なんだな。

 

 

 店番を始めて二時間程が経過した。

 シズネは少し眠たくなってきたのか偶に船を漕いでいる。

 これもいつものことで、前に何度か「眠たいなら家で寝ててもいいんだよ?」と言ってるんだが、毎回目をこすりながら首を横に振るので、家に戻って寝るのが駄目ならここで寝れるようにしてしまえばいいじゃないと、背もたれの角度を調節できる椅子に換えてやり、今では普通にここで昼寝をするようになってしまった。

 別にいいんだけど、偶に魘されながら何かを探すように手を動かすのが少し困る。

 正直どうすればいいのか分からないから、いつもその小さな手をやんわりと握ってるんだがこれで良いんだろうか?

 一応寝息が穏やかになるから間違ってはいないと思いたいんだけど……どうなんだろ。

 それにしても何で魘されるんだろうか?

 やっぱり両親と離ればなれなのが原因なんだろうか……多分そうだよな。

 まだ四歳にもなってない幼児が親と離れ離れになれば不安も大きいだろう。

 既に一ヶ月、まだシズネの両親も綱手達も戻ってこない。

 この子はいつまで我慢すれば良いんだろう?

 両親に会いたいと騒ぎもせず、眠っているときだけ静かに寂しさを訴えるこの子に俺が出来ることはそう多くない。

 

 

「もう少し甘えても良いんだぞ?

 伊達に歳食ってないんだから」

 

 

 空いている方の手で頭を軽く撫で、両親代わりとまでは言わないが此処に居る間この子が寂しい思いをさせない様にしようと心に決め、片手での読書に戻るのだった。

 



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第32話 動揺

 シズネの両親が仕事から戻ってきました。

 それに伴いシズネが家に帰ることになったんだが、「もう少しここに居たい」と向かえにきた両親に言っていたから、それなりに懐いてくれていたんだと思う。

 彼女の両親もその事が分かったのか、帰り際に俺の耳元で「もしかしたらまたお願いすることがあるかもしれませんが、その時は宜しくお願いします」と囁いていった。

 俺が返事をする前にサッと距離を取ったので断ることが出来なかったが、まぁ久しぶりに長い時間人と関われて少なからず俺の精神が癒された様だから、たまには良いかなと思い首を縦に振ってその返事とし、こちらに手を振り続けているシズネに手を振り返す。

 暫くして姿が見えなくなると俺は店の中へ戻り、いつも通り店番をし始めた。

 いつも横に居た招き猫代わりのあの子がいないカウンターは少しだけ広く感じたが、一週間もするとそれにも慣れ、最近は綱手は今頃何処で何をしているのかな?と気にする毎日。

 たがだか数ヶ月会わないだけで心配になることなんて今まで無かったけれど、今回は嫌な予感が無くならない……一体俺は何が気になっているんだろうか?

 その原因が分かったのはシズネが家に帰ってから一週間ほど経ったある日、偶に来る一人の客との会話が発端だった。

 

 

「あれ? 看板娘今日はいないのか?」

「看板娘ってシズネちゃんのことかい?

 あの子なら一時的に預かってただけで、今は家に帰ったよ」

「なんだよぉ、折角あの子にこれをあげようと思ったのに」

 

 

 そう言ってポケットから個包装された飴玉のような物を出す客に俺は小さくため息をついた。

 この客はシズネがここに来る前から偶に来る客だが、話し好きで何も買わず俺と話して帰るということも多いため正直あまり嬉しくない客なわけだが、シズネがここに来てからは来る頻度が上がり、来る度に出張先で手に入れたお菓子をもってきたりしてあの子にあげていた。

 まぁ別に彼に特殊な性癖があるわけではない様なので放って置いたが、せめて一冊でも良いからここに来たなら商品を見るなり、買うなりしろと言いたい。

 今回もあの子目当てで来たんだろうが、肝心なシズネが居なくて意気消沈と言ったところだろう。

 だがこの男は切り替えが早く、多少落ち込んだところで次の瞬間ケロッとしていることはザラである。

 今も既に飴をポケットに戻し、気持ちを切り替えて俺と話すことにしたようだ。

 

 

「まぁ残念だけど居ないならしょうがない。

 ところで話は変わるけど、おっちゃんは知ってるか?」

「うん、先ず俺をおっちゃんって呼ばないでくれるかな。

 俺としてはまだ若いつもりなんだから」

「あぁゴメンゴメン、で知ってる?」

「いや、何の話だい?」

「だからぁ、久しぶりに大規模な戦闘があったって話だよ

 あの三忍の一人で千手家でもある綱手様も参加したって話だったけど、その綱手様の友達? いや彼氏だったかな?が亡くなったらし「ダン君が!?」……知り合いだったのか?」

「一度だけ話したことがある程度の仲だけど……ダン君は綱手様の彼氏であり、シズネの叔父にあたる人だよ」

 

 

 俺が彼と話したのはシズネを家に預けに来たときにほんの数分だけ。

 だがその短い時間でも多少の人となりは知れる。

 少し子供っぽいところもあるが、礼儀知らずではなく……なにより気の良い青年だった。

 彼にならきっと綱手を幸せに出来るだろうと思えるほどに、俺は彼が綱手と付き合っていることに納得できたんだ。

 娘を嫁にやる親の気分とまでは言わないが、それに近い気持ちすら抱いて「綱手を宜しく頼む」と言うほどに俺は彼を気に入っていた。

 そんな彼が死んだ?

 その事実を受け入れるまで俺は数秒の時を要した。

 そして事実を脳が受け入れたと同時に、綱手が心配になった。

 正直ダン君の死にショックは受けているが、彼も木ノ葉の忍者。

 常に死の危険は傍らにあったのだ。

 それに気に入ったとはいえ、あくまでそれは初対面にしてはという話。

 俺自身の友人というわけでは無いのでそこまでショックは大きくなかった。

 だが綱手は別だ……彼女にとってダン君は精神的な支えであり、生涯を供に過ごすつもりだった相手だ。

 そのショックの大きさは縄樹が死んだときに匹敵するかも知れない。

 しかも今度は身近での死……同じ任務を受けている中でその命が尽きたのだ。

 今彼女はどれほど心に傷を負っているだろう?

 思えば原作の綱手は独身……そして話の中でも何かが原因でトラウマが出来たとかいう設定があった様な気がする。

 この十数年で原作の知識はかなりぼやけ、何とか記憶に残っているのも自分の命に直結するであろう危険人物と危険な事件だけ。

 もし俺がもっとNARUTOを読み込んでいれば、もしあの時ダメ元で助言していればこの結末は変わっただろうか?

 IFの話をしてもしょうがないとは俺も分かっているが、どうしても考えてしまう。

 自分自身への呆れ、怒り、嘲り……きっとそれが顔にも出ていたのだろう。

 先程まで饒舌だった男が静かに俺に話しかけてきた。

 

 

「おっちゃん……俺たち忍者はどうしても仕事柄何時死んでもおかしくないんだ。

 ましてや今は戦時中。

 死は何処にでも転がってる」

「それは分かってる……でも俺は納得できないんだ!

 もし俺があの時「もし、たら、ればは止めた方が良い」っ!」

「もしあの時こうしていれば?

 そんなの今更どうしようもないだろ。

 別に過去を振り返るなとは言わないが、過去に縛られるのは今と未来に悪い影響を与えるぜ?」

「じゃあどうしろって言うんだ!!」

「先ず落ち着け……で落ち着いたら今自分に出来ることを考えればいい。

 ダンって奴の冥福を祈るのも良いし、シズネちゃんを慰めに行くのも良い。

 とりあえず飯を食うのだって一つの手だ。

 おっちゃんだって無駄に歳食ったわけじゃないだろ?

 まずは冷静になってこれからどうするのが最善か考えるのが良いと俺は思うけどな」

「でも!………いや、そうだね。

 取り乱して済まなかった」

 

 

 一先ず俺は大きく深呼吸をし、荒れた精神を収める。

 暫くすると胸中に燻る物があるが、なんとか落ち着いてきた。

 それが分かったのか男は首を小さく縦に振り、「落ち着いたみたいだし、考え事するには一人の方が良いだろ?」と言い残して店を出ていこうとする。

 しかしダン君の死を教えてもらい、そして錯乱気味だった俺を落ち着かせてくれた相手をそのまま帰すのは良くないだろう。

 俺は彼の背中に声を掛ける。

 

 

「今日はありがとう……次来た時に飯でも奢るよ」

「それはありがてぇ……でも甘味の方が嬉しいな。

 俺は甘党だからな!」

 

 

 そう言って彼は親指を立てると瞬身の術を使って店を出ていった。

 俺は彼が出て行ってすぐ店を閉め、その日一日悩んで一つ大きな決断をした。

 俺が今しなくてはいけないこと……シズネを慰めること? それはあの子の両親に任せておこう。

 じゃあなにをすればいい……それは今まで一度も手を出さなかった一つの実験、墓地蘇生系魔法及び罠の使用実験だ。

 



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第33話 蘇生実験

 その日俺は店を休み、朝から異次元へと赴いていた……手に袋に詰められた蛇用のエサ(死んだ鼠)を数匹持って。

 本当なら人の死体があれば一番なんだろうけど、流石にそこまでマッドになる程人生に飽きてないので、ペットや忍獣用のエサを買ってきたというわけである。

 これで実験の材料は準備できた……さぁ生命の不可逆に挑戦してみようじゃないか!!

 

 

「まずは‘思い出のブランコ’を発動!

 対象は目の前にある鼠の死骸」

 

 

 俺がそう宣言するのと同時に背骨が折れた一匹の鼠が一瞬光に包まれた。

 そして次の瞬間ピクピクと鼻の辺りが動き始めたではないか!

 約十秒後、そこには元気に走り回る一匹の鼠がいた。

 そう……走り回っているのだ。

 

 

「あの鼠は確かに身体が曲がっちゃいけない方向に曲がっていたはず……それなのに何で走れる?

 たとえ痛みを感じていないとしても普通に走れるとは思えない。

 生き返ると同時に治ったって言うのか?

 だとすれば損傷が激しい死体でも大丈夫ってことになるな」

 

 

 まずは第一案件をクリア……いくら生き返ったとしてもグロテスクな状態で生き返ったらまたすぐ死んでしまうからな。

 俺はしばらくその鼠の観察を続けていると、鼠に少しずつ変化が訪れてくる。

 魔法‘思い出のブランコ’は通常モンスターをエンドフェイズまでフィールドに特殊召喚する効果がある。

 エンドフェイズまでということは、およそ1ターン……効果時間は約5分。

 鼠は4分を経過した辺りから動きが鈍くなり、徐々に元気が失われ、最後には身体がへし折れていく。

 およそ5分、カードの効果が終わると同時に再び鼠は物言わぬ屍へと変化した。

 

 

「やっぱりカードの効果時間終了と同時にもう一度死ぬことになるんだな……縄樹の時に感情のまま使わなくて良かった。

 もし使っていたら綱手と縄樹に最後の別れをさせてあげられたかも知れないけど、代わりに縄樹は二度目の死を経験することになるからな」

 

 

 ここまでは予想と大きな食い違いはない。

 よし次の実験だ。

 次に俺がしようと思っているのは墓地から特殊召喚の際に表示形式が強制的に決まる類のものはどういう効果を生むのかという実験だ。

 

 

「次は違う鼠を対象にしてみようか……‘リビングデッドの呼び声’発動!

 ………あれ光らない?」

 

 

 失敗か? いや、でも効果は発動してる。

 なら何で動かない?

 さっきはあんな好き勝手に走り回ってたのに……まてよ、‘リビングデッドの呼び声’の効果は墓地のモンスター一体を表側攻撃表示で特殊召喚する効果。

 もしかしてこれは……一つ試してみるか。

 俺が一言「立ち上がれ」と命令すると、ネズミが静かに立ち上がった。

 死因となったであろう首の骨折は治っている様だが微動だにせず立っている姿を見て確信する。

 

 

「表示形式が決まった状態で出てくると俺の意思に従うだけの人形みたくなるってことか。

 さっきと違って意思というものが感じられないし……」

 

 

 これはある意味傀儡の術に近い性質のものだな。

 糸を使わずに口頭で命令する分違いはあるが、人形と死体……そのどちらも命を持たないもの。

 しかも死体を使う分人道的に言えばこっちの方が良くないだろう。

 これを人前で使えば非難轟々、いや下手すれば死者を冒涜したって遺族に襲撃されかねないな。

 うん……これはもう使うことは無いかもしれん。

 もし生き返らせた人が生前使えた技術や術を使えるなら戦力として魅力的かもしれないけど、それ以上に敵が増える可能性が高い。

 忍者には使えるものは何でも使う精神を持つ人も少なくないけど限度があるだろう。

 大蛇丸も原作で人体実験して色々なところに敵作ってたはずだし、その二の舞は御免被る。

 とりあえず‘サイクロン’を発動させて鼠を元の屍に戻した後、少しだけ風で飛ばされた鼠達を回収し再び元の場所に戻った。

 サイクロンは魔法や罠を一つ破壊する優秀な速攻魔法なんだけれど、少し厄介な事にその名前通りサイクロン……軽い暴風を生み出してしまう。

 暴風って言っても人が吹き飛ぶレベルとかではないから問題ないっちゃないんだが、小さなものとかだと飛ばされるから気をつけなきゃならんのよね。

 因みに‘大嵐’とか‘砂塵の大竜巻’とかだと……一点集中ではないから風遁・大突破とかには及ばないものの軽い人なら吹き飛ぶ位には危険だ。

 効果がしょぼいカードからといって書いてある絵や名前を良く思い出して使わなければとんでもないことになるから気をつけなければならない。

 幸いカードの記憶に関してはこの世界に来る際に神的存在が何らかの対策をしてくれたようなので、まったくと言っていいほど薄れていない……どうせだったらNARUTO原作に関する記憶も保護して欲しかったと思うのは我儘なんだろうなぁ。

 

 

「っと今はそんなこと関係ないか。

 時間も永遠にあるわけじゃないし、ドンドン試していかないと!」

 

 

 その後4時間位色々と試してみて分かった事を纏めてみるとこうなる。

 死者蘇生は対象が死後一日以内でなければ使えない。

 これは正確に一日かどうかは分からないが、死後硬直が解けてなかったから30時間は経ってないと思う。

 また蘇生する場合も‘死者蘇生’の様な表示形式の指定が無い場合は自我があるが、‘リビングデットの呼び声’の様に表示形式の指定がある場合は肉の人形に近い物になる。

 さらにこのどちらの場合でも効果時間中は外傷などは一時的に治るが、心臓や頭を破壊されると効果は強制的に終了。

 その他にも効果時間が終わりに近づくと治った傷が元に戻っていくことや、体温や心臓の鼓動とかは戻らないことも分かり、あくまで一時的に蘇らせてるんだなと再認識させられた。

 今回の結果次第では縄樹やダン君を……とも考えていたが、世の中そんなに甘くなかったよ。

 すまない綱手……俺は無力だ……。

 



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第34話 連鎖

 ダン君の……今回の大規模戦闘での戦死者弔いの儀で会った綱手は明らかに心身供に疲弊していた。

 その姿を見て白髪の青年や火影様も彼女に一声掛けていく。

 俺もすぐ声を掛けようと思ったが彼女の今いる場所は少し離れているし、俺の近くには声を上げて泣くシズネがいたので、先にシズネを慰めることにした。

 シズネにとってダン君は優しいお兄さんであり、同時に少し厳しい先生の様な存在だったと彼女の両親から聞いていたので、俺は何も言わず泣きながらダン君の良いところを言い続けるシズネの頭を撫でる。

 しばらくすると泣き疲れたのか、シズネが俺により掛るように眠ってしまったので彼女を両親の元へ運び、シズネの元を後にした……彼女の母親が少し震えたような声で帰り際に言った「少し落ち着いたら綱手ちゃんと夫婦になるって言っていたのに……死んでんじゃないよ馬鹿野郎」と言う言葉が耳に残った。

 俺がシズネの元を離れ、綱手のいる方へ足を進める頃には傍に先程いた二人の姿は無く、彼女は涙も流さずジッと石碑に刻まれたダン君の名前を見ていた。

 その姿を見て俺は彼女が無理をしている様な気がして声を掛けずには居られなかった。

 

 

「泣いた方が楽になるんじゃないかい?」

「ヨミト……泣いてもダンは帰ってこない。

 それに私はもう嫌ってほどに泣いたわ」

「でも悲しいんだろう?」

「悲しいよ……悲しいし、悔しいし、怒ってもいる。

 ダンが死んで悲しくないわけがない。

 私がもっと強ければダンは死ななかったかもしれない。

 何故私を置いて死んでいくんだ……縄樹もダンも何故死ななければならなかったの?」

「っ………」

「……ごめんなさい、八つ当たりみたいなことした。

 本当は分かってる。

 殺し殺されが忍者の宿命だってこと位……でも思わずにはいられないのよ。

 もしあの時私にダンの傷を治すだけの力があればダンは死ななかったんじゃないか、そもそも私がもっと敵を倒していればこんなことにはならなかったんじゃないかって……」

「それは背負いすぎだよ……確かに綱手は木ノ葉の三忍と呼ばれるほど優秀な忍者だけど、全てを一人でどうにかするのは難しいと思う」

「そんなの言われなくても分かってる……でもどうしても離れないのよ。

 血まみれで横たわるダンの姿と死にたくないって言ったときのダンの顔が、脳裏に焼き付いて離れないの……」

 

 

 そう言って綱手は怯えるように自身の震える身体をきつく抱きしめた。

 俺はその姿を見て思わず「全てを忘れて生きるのも一つの選択だ」と言いかけたが、彼女は絶対それを受け入れないだろうと思い口を開かず、無言で背中を撫でるように数回叩いた。

 そのまま泣いている子供をあやす様にゆっくりと一定の間隔で背中を叩く。

 暫く続けていると次第に落ち着いてきたのか身体の震えは止まり、身体をきつく抱きしめていた両腕からは力が抜け、今は俺の服を摘むように握っている。

 三分後……少しだけ顔の険が取れた綱手は俺の服から手を離し、俺から距離を取った。

 

 

「ありがと……すこしだけ楽になったわ」

「それは良かった……もうこんな時間か、そろそろ日も暮れて寒くなるから家まで送ろうか?」

「ヨミトが? 嬉しい申し出だけど、遠慮しておくわ。

 むしろ私がヨミトを送っていく方が現実的じゃない?」

「確かに綱手の方が俺より強いだろうけど、綱手疲れてるだろう?

 少しやつれているし、目も腫れて隈も酷い……今の綱手にいつも通りの動きが出来るとは思えないよ」

「そう、ね……じゃあお願いしようかな」

 

 

 弱々しく笑う綱手と供に家路へ向かう。

 互いに喋らず、ただ歩き続ければ数分で着く距離。

 そんな短時間では流石に何も起こらず、別れ際に言葉を一言二言交わして、今度は一人帰路につく。

 「あまり思い詰めない方が良い」とは言ったものの、無理だろうな……縄樹の時とは違って目の前で亡くなったらしいし、すぐ割り切れるようなタイプじゃないから。

 しばらくは気に掛けてあげた方が良いかもしれない。

 無いとは思うが、万が一のことも考えておかなければ。

 家に帰ってからもしばらく色々と考えていたが、やがて眠気に耐えきれなくなって眠ってしまった。

 

 

 翌朝俺は店の戸を激しく叩く音で目を覚ました。

 開店にはまだ早いし、この店にこんな朝早くから用のある人なんて今まで一人もいなかったので、疑問を覚えつつも眠たい目をこすりながら店の戸を開けると、そこにはシズネの父親が血相を変えて息を切らしていた。

 

 

「ど、どうしたんですか?!」

「シズネは……シズネはここに来てないか!?」

「シズネちゃんですか……いえ今日は来てませんけど」

「ここでもないのか、クソっ! 何処に行ったんだ!!」

「シズネちゃんがどうかしたんですか?」

「朝起きたら家にいなかったんです……そうだ、本瓜さんって忍者と同じ位動けるんですよね?!

 ならシズネを探すの手伝ってくれませんか!!」

「手伝うのは別に構わないんですが、何処か心当たりはないですか?

 流石に闇雲に探していては時間が掛かりすぎますし」

「そんなのがあれば真っ先に探しに行ってる!!

 分からないからシズネが行ったことのある場所を片っ端から回っているんだ!」

 

 

 確かにそれが分かってればここには来ないよな。

 でもこういう場合何気ない言葉の中に答えがあったりする……例えば

 

 

「そうですか……じゃあ昨日の葬儀の後にシズネちゃんは何か言っていましたか?」

「それが今何か関係あるのか!?」

「あるかもしれません」

「ちょっと待ってくれ、今思い出すから………そう言えば、前ダンが森から持ってきた綺麗な花をくれて嬉しかったからお返しがしたかったとか言ってたのを聞いたような気がする。

 あの時は色々と挨拶回りとかで忙しかったから少し曖昧だが……」

「そこが怪しいですね……その詳しい場所は? もう見に行ったんですか?」

「いや、だって彼処は入るのに許可がいるからシズネ一人じゃ入れてもらえるはずが……」

 

 

 段々顔色が悪くなっていく彼を見て状況がかなり切迫していると感じ、俺は一旦店に戻り、店の鍵とクナイを持ってくる。

 そして店に鍵を掛け、臨時休業の立て看板を置いた。

 シズネが言っていた森って言うのは恐らく演習場にある森だろう……俺の家にいるときに地図を見ながらここに咲いている花が綺麗なんだと力説していたから。

 彼処は森の奥に行けば猛獣や毒虫が跋扈している場所だ……手前の方ならば危険は多少減るけれど、それでも子供一人で行くには些か危険が大きい。

 

 

「あなたは至急綱手に連絡をして「綱手ちゃんは急ぎの任務が入ったとかで里にいないんだ!」じゃあ、火影様の所に行って急いで人を呼んできてください!」

「も、本瓜さんはどうするんですか? まさかその格好は……」

「俺は一足先に現場に向かいます」

「すみません………娘を、シズネをどうか宜しくお願いします」

 

 

 俺は深く頭を下げる彼に「全力を尽くします」と一言言って、瞬身の術を使い現場へと向かった。

 



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第35話 大蛇

 店から目的の場所までの距離はそう遠くなく、急いで移動した俺は数分後に到着することが出来た。

 演習場は金網で囲まれており、一般人が入れない様になっているのだが風雨による劣化の所為か所々に小さな解れがある。

 大きいものは子供が四つん這いになれば通れる位の大きさはあるから、シズネが入ったとすればそこから入ったんだろう。

 その隙間に近づいていくと何かが引っ掛かっているのが分かる。

 

 

「布?……それにこの柄はシズネが着ていた服に似ている。

 やっぱりこの中に入ったのか……急いだ方が良さそうだな」

 

 

 でもどうやって中に入ろうかな?

 普通の金網みたいだからぶち破ることもできなくないけど、後で面倒な事になるだろうから別の方法の方が良い。

 飛び越えるには高いし、昇るのは時間が掛かるし、正攻法で許可をもらうなんて言うのは急を要する今一番ありえない選択肢だろう……と言うわけで裏技使います!

 手段さえ択ばなければ金網を越える方法なんて幾らでもある。

 装備魔法‘ミストボディ’で金網をすり抜けても良いし、‘強制転移’でテレポートしても良い。

 

 

「だがあえて俺は‘死のマジックボックス’を発動。

 対象は……そこのキモい蜘蛛だ!」

 

 

 宣言と共に俺の身体と金網の向こう側に居た俺の頭より大きな蜘蛛が直方体の箱に包まれる。

 蜘蛛も逃げ出そうとガサガサしているようだが、一度閉まったこの箱から出るのはまず不可能。

 俺の視界も蓋で遮られているため状況は聴覚で確認するしかないが、硬い物に刃物が刺さる音が聞こえてくる。

 そしてゆっくりと蓋が開き、箱から出ると俺は金網の内側に居た。

 目の前には金網を挟んで、地面に転がるバラバラになった蜘蛛が一匹。

 蜘蛛の死骸を見て俺が思うことは一つ……世の中に居る蜘蛛の一匹が減って良かったという思い。

 正直蜘蛛の動きと糸、毒を持つ種類がいるっていう時点でどうしても受け入れられないんだ……この世界に来る前からこの思いは全く変わらない。

 頼む蜘蛛……絶滅してくれ!!と手を合わせるが、ふと我に返る。

 

 

「っとこんなことしてる場合じゃない。

 シズネ探さないと」

 

 

 俺に人探しの術は無い。

 出来るのは唯のごり押し……走り回って地道に探すだけ。

 俺は足の裏にチャクラを集中させ、まずは木の上に飛び上がる。

 そして木から木へ、次々と飛び移っていく。

 十分程が経過し、そろそろ見つかっても良い頃だと思うんだが……もしかして奥まで入ったのか?

だとしたらもう………いや、諦めるのはまだ早い。

 今は何も考えずに探すんだ!

 小さな異変すら見逃さず聞き逃さない様に聴覚と視覚をフルで使う。

 すると遠くで枝の折れる様な音が聞こえ、俺は縋るような思いで音のした方へ全力で進むと、そこには木の影で震えているシズネの姿があった。

 彼女の手には綺麗な花が数輪握られており、それを目当てに此処まで来たのだろう。

 パッと見たところ大きな怪我もない様なので安堵のため息を吐きつつ、木からシズネの横へ跳び下りる。

 

 

「一人でこんな所にきたら駄目だろう?

 さぁお父さんも心配して「しぃ~!」……どうかしたのかい?」

「でっかい蛇がいたの……」

「大蛇か、どの位の大きさだった?

 それ何処で見た?」

「あっち……熊さんをパクって食べちゃうくらい」

 

 

 熊を丸呑みに出来る大きさ、そんなの居るのかここ? まぁいい、シズネはデカイ蛇見て怖くなって隠れてたってとこだろうな……とりあえず今は此処を離れた方が良さそうだ。

 そう考え俺はシズネを片手で抱き上げ、一刻も早くこの森を出ようと足に力を入れた瞬間、木の上から葉っぱが数枚落ちてきた。

 嫌な予感がし、咄嗟に右に飛び退る。

 すると先程まで俺が立っていた場所にとんでもない大きさの蛇が口を開けながら飛んできた。

 

 

「う~……でっかい蛇怖い」

「これがシズネちゃんが見たって言う蛇か……ちょっとデカ過ぎないかい?」

 

 

 その体長は十メートルを優に超え、口も人を丸のみ出来そうな程大きい。

 そして蛇は俺とシズネを見て舌なめずりをしていることから、明らかに喰いに来ている。

 逃げれるのならばそれが一番良いのだろうけれど、コイツの初速が分からないために逃げに回るのは危険だ。

 故に戦いは避けられないが、俺は自分の身体をトラに喰わせるような仙人でもなければ、博愛主義者でもない。

 コイツが俺達を喰い殺そうってんならこっちも全力で殺し返させてもらう。

 俺はホルダーからクナイを引き抜き、シズネを持った手とは逆の手に構える。

 シズネを抱えているために近接戦闘や激しい動きは出来ないし、印も組めない……よって俺が今使えるのは魔法・罠だけ。

 しかも今後の事を考えるとあまり派手なことも避けなければならない。

 そう考えると意外と手が限られるが、まずは安全を確保するために二つの罠を伏せておく。

 シズネがまだ小さくてよかった……大きかったら俺が今からすることに対して疑問を持つだろう。

 遊戯王の魔法と罠はこの世界では俺しか知らないものだ。

 印を組まないで忍術の様なものが使えるなんて知られたら裏の人たちに目を付けられかねない……念のため後でシズネにも黙っておくよう言っておこう。

 

 

「まずは動きを制限させてもらう。

 ‘悪夢の鉄檻’発動!」

 

 

 俺と大蛇をそれぞれ別の鉄檻が囲い込む。

 この鉄檻は物理的な衝撃では決して壊れない代わりに最長でも十分後には自壊するもの。

 忍術などは素通りしてしまうために忍者相手なら、ただの遠距離合戦を強いるだけのものなのだが、忍術を使えない相手にとっては文字通り何も出来ない檻の中に放り込まれたのと同義。

 大暴れする蛇を尻目に俺は一方的な戦闘を開始する。

 



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第36話 完封

 相手を倒すだけなら方法は無数にある。

 ‘地割れ’‘地砕き’‘ハンマーシュート’等々単体除去効果を持つ魔法はかなりの数存在するのだ。

 しかし基本的に除去効果を持つものは周囲に大きな影響を与えることが多い。

 先程例に挙げた三つなどは地形の変化及び大きめの地震が周囲に与える影響だ。

 流石にそんなものを使えば里に迷惑を掛けるし、近くの古い家なら倒壊するかも知れない。

 よって今使うべきものは直ちにここから離れられる魔法か周囲に影響のない除去魔法……来るときに使った‘死のマジックボックス’が使えれば楽なんだけど、あれは対象の大きさに制限がある。

 おおよそ三メートルまでならスッポリ収まるんだが、それを越えると発動しないのだ。

 こういったカードゲームだった頃には無かった制約が意外と多く、十年以上経った今でも何故か発動できないものも存在する。

 少し話が逸れたが今の状況にあった魔法を模索しなければならない。

 俺の魔法や罠の効果範囲は俺を中心とした百メートル四方。

 要は遠距離転移とかは出来ないってことだ……故に前者は棄却。

 後者に適した魔法を考えなければならないわけだ。

 

 

「一つ丁度良いのがあるが、問題は死体が無傷っていうことか……まぁやってから少し焼けばそれっぽく見えるかな?

 さてあんまり時間を掛けると応援に駆けつけた人に見られるから他の手を考えてる時間なんて無いよな……こんなことだったら応援呼んでくれなんて頼まなきゃ良かった」

「おーえん?」

「そうだよ、みんなシズネちゃんのことを心配して迎えに、ってうおっ!?」

 

 

 視界に何か液体のようなものが飛んでくるのが見え、檻の壁を利用して三角跳び。

 液体は地面に着地し、土と草を溶かして消える。

 

 

「溶解液吐く蛇とか勘弁してくれよ……これじゃあ檻の意味あんまり無いぞ」

「ないぞ~」

「真似するんじゃないの……っと急がないと。

 魔法発動‘死者への手向け’」

 

 

 単体除去魔法‘死者への手向け’。

 この魔法は手札一枚を墓地に捨てることで対象のモンスター一体を墓地に送る効果がある。

 そして手札をコストにする魔法の発動には発動宣言から効果発動までに若干のラグが生まれる。

 手札コスト一枚につき発動まで三十秒……発動までに対象が効果範囲から抜ければ別の対象をターゲットに選ばなければならず、しかもまた三十秒待たなければならないのだ。

 

 

「あと三十秒この溶解液の雨を避け続けろって……そりゃルナティック過ぎるだろ。

 現状の使用枠は三つだから、後二つ魔法が使えるな。

 ならその厄介な遠距離攻撃を封じさせてもらおう。

 魔法発動‘攻撃封じ’」

 

 

 この魔法は対象一体を強制的に守備表示に変える効果を持つ。

 だが守備表示と言っても全く攻撃できなくなるわけではない。

 この魔法の効果は攻撃手段の一つを封じるというだけ……使い道があまりなさそうだと思っていたけれど、こんなところで使うことになろうとは思っていなかった。

 大蛇は口を開いて次の溶解液を出そうとしたが、かすれた音と共に空気が出てくるだけでいつまで経っても次の溶解液は出てこない。

 その事に苛立った蛇は先程よりも大きく暴れ出すが、檻を壊すことはできなかった。

 

 

「さぁそろそろ時間だ……別段恨みは無いが運が悪かったと思ってくれ」

「う~? だぁれ?」

「俺の友達の人だよ」

 

 

 眼前に突如現れた全身を包帯に包まれた男を見て疑問を覚えるシズネにそう言いつつ、顛末を見守る。

 男がゆっくりと暴れる蛇へと近づいて息を吹きかけると、まるで電池の切れた玩具のようにその巨体が地面に崩れ落ちた。

 目を見開き、舌もだらしなく口外へ出ている所を見るとどうやら問題なく効果は発動したのだろう。

 男は何の感情も感じさせない眼で俺を軽く一瞥し、仕事は終えたとばかりに地面へ溶けるように消えていった。

 

 

「さてと後はこの死骸をどうするかだけど……とりあえず牙だけ持って帰るか。

毒を何かに使えるかも知れないし」

 

 

 俺は‘魔法除去’で鉄檻を消し、クナイにチャクラを纏わせて牙を切り落とすと、厳重に布に巻いてウェストポーチへと収納し、蛇に軽く手を合わせて演習場を出ようと元来た道を戻り始めた。

 そろそろ誰かが来てもおかしくないから急いで戻った方が良いのは確かなんだが、如何せん俺の片手にはシズネがいるために全速力というわけにはいかない……その代わりにシズネは凄く楽しそうだけど(結構飛んだり跳ねたりしてるんだけど声をあげて喜んでいる)。

 そうして行きよりは時間の掛かった帰り道だったが、何とか金網の前まで着き一息。

 しかしそこには会ったことのない三人の忍が待ち構えていた。

 

 

「本瓜ヨミトさんですね?」

「え、はい……それがどうかしましたか?」

「貴方を火影様の元へ連れてこいとの命令だ。

 ちなみに拒否権はない」

「おじちゃん?」

 

 

 シズネは三人の内の一人が高圧的な口調でしゃべり出したので不安になったのだろう。

 俺の服を強く握って背中に顔を隠す。

 子供がいるところで凄むなよ……ったく早くこの子を親の元に連れて行ってあげたいっていうのに。

 

 

「火影様の所に行くのは問題ないけど、この子はどうすればいい?

 この子の親は今や遅しとこの子の帰りを待っているんだが」

「それに関しては心配しなくて良い。

 その子供の親も火影様の元で待っているからな」

「は?」

「火影様が貴方を呼んでいる理由は今回のことに対するお褒めの言葉と今回の件に関して詳しい話を聞きたいというのが主な理由です。

 詳しい話はあっちで説明しますのでついてきてください」

 

 

 そう言って三人の忍は屋根の上を渡って火影邸へと進み始める。

 俺は少し呆然としていたが、シズネが「行かないの?」と首を傾げているのを見て慌ててその後を追い始めた。

 



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第37話 思わぬ危機

 火影邸へと到着した俺はそのまま何の説明も受けずに迎えにきた忍の後をついて歩く。

 どんどん上に登っていることから、恐らく三代目のいる部屋に向かっているのだろう。

 暫く歩いた後、前を歩く三人がある扉の前でピタリと立ち止まった。

 

 

「火影様、本瓜を連れて参りました。

 件の少女も一緒です」

 

 

 そう言うや否や扉が内側から勢いよく開いて一人の男性が飛び出してきた。

 男性は辺りを見回し、俺の隣に立っているシズネを見つけると目から涙を零しながら彼女に近づき抱きしめる。

 

 

「無事で……無事で良かった!!」

「いたぃよおとーさん」

「ど、どうしたんだ? 本当は怪我をしていたのか!?

 それなら早く病院に行かないと!」

「いやいや、きつく抱きしめた所為だと思うけど……」

「そ、そうか……ゴメンよシズネ」

 

 

 シズネの父親は申し訳なさそうにシズネを腕の中から解放するが、思い出したようにシズネを叱りつける。

 説教の内容をまとめると「何故一人であんな危ないところに行ったんだ!」「出かけるんだとしても何も言わずに行くんじゃない!」とのこと。

 明らかな正論に大人ならば挟む口を持たないだろうが、相手は子供である。

 シズネの言い分としてはダン君のお墓に思い出の花を供えたいというのと、綺麗な花を見れば彼の死で沈んだ綱手や両親も笑顔になるんじゃないかと思ったのだとか。

 そんな事を言われれば親は怒りづらいし、自分の行動が子供に不安を与えていたと知ったことで彼の怒りは完全に沈静化した。

 むしろシズネに「気を遣わせてゴメンな」と謝ったくらいだ。

 まぁシズネも良かれと思ってやったことで怒られて少しむくれていたが、彼が本気で心配していたのを小さいながらも理解したのか「ごめんなさい」と小さな声で謝った。

 俺がそんな二人を微笑ましいなぁと思いながら眺めていると、その視線を感じたのかシズネの父親が俺の存在に気付き、駆け寄ってくる。

 

 

「本瓜さん、本当にありがとうございます!

 貴方がいなければシズネはどうなっていたことか……」

「いえ、俺はただピクニックに出かけたシズネちゃんを迎えに行っただけですから」

「ですがあの森には危険な生き物がたくさん……」

「シズネちゃんはそこまで奥に行っていませんでしたし、運良くそういったものには遭いませんでしたから」

 

 

 あの蛇のことは別に話さなくてもいいだろう。

 きっと今頃他の生き物のご飯になってるだろうし。

 彼は少し悩むように下を向いたが、すぐこちらに向き直り「何にせよ本瓜さんは私たちの恩人です」と真剣な表情で言った。

 

 

「この恩は必ず返します……本瓜さんが何か困ったことがあれば言ってください。

 全力で力になりますから」

「そこまで重く考えなくても良いんですが……でももし何かあれば頼らせていただくかも知れません。

 その時はお願いします」

「はい、任せてください」

 

 

 俺としてはあまり頼るつもりもないんだが、未来に控える大事件の数々を考えると協力者の存在は精神安定上非常に助かる。

 店が被害にあったときに一時的にでも身を寄せることが出来る場所があれば大分助かるしね……まぁその時は彼も大変なことになっている可能性があるが。

 九尾もそうだけど輪廻眼の人とかも里にとんでもない被害出すからあんまり楽観視できない。

 今は考えても仕方ないけどな。

 

 

「よし用事も済んだことだし、帰りま「おいおい、俺が呼んでるって聞いてなかったのか?」……そんなわけないじゃないですか、火影様」

「それは良かった、そこの三人は持ち場に戻っていいぞ。

 報告は俺自ら聞く」

「「「わかりました」」」

 

 

 三代目の命令通り彼らは消えるようにこの場を去り、ここに残ったのはシズネ親子と俺、そして三代目だけになった。

 何処かに誰か隠れていそうではあるが、それに対して俺が出来ることは口を滑らせない位しかないからとりあえず放置しておく。

 三代目が俺に視線を送り、今回の詳細を説明するように眼で言ってくる。

 別段逆らう理由もないので今回のことを報告していく。

 シズネが演習場の金網の隙間を通って森の中に入って花を探していた所を俺が見つけて保護したとかなり簡潔に説明した。

 すると三代目が「いくつか気になることがあるから質問するがいいな?」と言ってきたので了承の意を表す。

 

 

「シズネが通った隙間って言うのはどの位の大きさだ?」

「子供一人が四つん這いでギリギリ通れるくらいですね」

「そんな隙間があったのか……後で直すように言わんといかんな。

 でお前はどうやって演習場の中に入ったんだ?」

「金網を登って入りました」

 

 

 流石に蜘蛛と場所を入れ替えて侵入しましたとか言っても意味不明だろうし、どうやったとか言われても困るから適当にでっち上げる。

 実際に少し時間が掛かるだけで不可能ではないわけだしね。

 

 

「上の有刺鉄線はどうした?」

「チャクラ糸で一纏めにして乗り越えました」

「そんな痕跡は残っていなかったらしいが……まぁいい。

 じゃあ森に転がっていた大蛇の死骸、あれについて何か知っていることはないか?」

「俺は詳しいことはわから「おっきな蛇におじちゃんの友達がふぅーってしたら蛇が寝ちゃったの!」……(口止めするの忘れてた!!)」

「ほぅ? その話詳しく聞かせてもらおうか」

「いいよ~、えっとシズネを蛇がバクってしようとしたらおじちゃんが大っきなかごを被せて、それからおじちゃんの友達が出てきてフゥーってしたら蛇が寝ちゃったの」

「この子はこう言っているが……これはどういう事だ?

 先程お前は分からないと言ったことにお前が関わっているとこの子が言っているぞ?」

 

 

 あれ? これって俺ピンチ?

 三代目も真剣な眼でこちらを見ているし、何処からか殺気っぽいものが飛んできている気がする。

 どうしよう………ギブミーライフカード!!

 



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第38話 嘘と方便

 黙っていても状況は悪化するだけで好転はしない……とりあえず三代目の質問に答えないと。

 でもどうする? 正直に戦える事が知られて戦に出されたくないからって答えるか……否、それは下策。

 この里に住むからには戦える人はお国万歳の精神で大戦に参加するのが一般的。

 流石に赤紙とかが来るわけじゃないが、死ぬのが嫌だとかいう理由で拒否すると下手すると村八分になりかねない(前に三代目には一度言って納得してもらえたが、里の民全員がそう思うかは別問題だし)。

 じゃあ嘘で誤魔化す……これも下策。

 この状況でこれ以上嘘を重ねるとスパイと思われる可能性が少なからずある。

 幾ら一度は信じてもらえたとは言え、多分此処には三代目以外にも忍者がいるだろう。

 その人は恐らく俺が嘘をついていると分かった瞬間に敵対するはず……俺の戦力が未知数であるためにいきなり殺しにかかってくる可能性すらある。

 よって今の最善は本当の事を話しつつ、それに嘘を織り交ぜること。

 

 

「……そうですね、確かに俺はこの子を襲おうとしたやたらと大きな蛇を倒しました。

 彼女が言っているのはその蛇の事でしょう」

「何故その事を隠そうとした?」

「今回の件で俺が割と戦えると知られれば忍者になって里のために戦えと言う人も出てくるでしょう?

 それを避けるために戦った事をなかった事にしようと思ったのです。

 それに以前火影様にお話しした通り俺は荒事が苦手です。

 今回の事にしても知り合いじゃなければ他の人に任せたでしょう」

 

 

 俺の言葉を聞いてシズネの父親は驚き、三代目は顔を顰めた。

 正直に話しすぎたか……でもコレが正直な気持ちだ。

 見知らぬ人のために命張るほど善人じゃないし、気に入らない人を守るのは気が乗らない。

 だから俺は自分が使いたい時にしか力を使わないし、頼られたくないから基本的に人前じゃ使わない。

 自分勝手だと思われるかもしれないけど、犯罪をするわけではないし、気に入らないからといってすぐ力を行使することもないのだから問題ないと思う。

 

 

「お前の言い分は分かったし、納得はいかんが荒事を避けたいと言うお前の気持ちも分からんでもない……しかしならば何故お前は過度に鍛えている?

 荒事に関わる気が無いのならそこまで鍛える必要もあるまい」

「それは忍者以外は有事の際に何の抵抗もせずにされるがままにしろと言う事ですか?」

「そうとは言っていないだろう!

 お前の様に過度の重りを身に付け、店でも暇があれば印を組む練習をする必要は無いだろうと言っているのだ!!」

 

 

 心外だったのか少し怒らせた様だ……でも意外と見られてるんだな。

 でも過度の重りって言ったって地面に落としても石畳に罅が入るか入らないか位の重りだよ?

 それに印を組む練習は確かに未だに続けているけど、だからと言って高度な術が使えるようにはなってない……だって教えてくれる人がいないからね!!

 だから未だに俺の使える術はアカデミーの教科書に載っている術と印を使わなくてもできるものに限られる。

 おかげでチャクラメスとかチャクラ糸とかは上達したんだけどそれは別に言う必要は無いので言わない。

 

 

「ですが戦時中の今、いつ襲われるか分かりませんから自分の身を守るだけの力は欲しいですし、印もその一環ですね……凄い術とか使えませんけど」

「……それを信じるとして、じゃあ大蛇はどうやって倒したんだ?

 部下の報告を聞けば死骸は獣に喰われていて何が死因かは分からなかったらしいが、木よりも大きい大蛇を忍術を使わずに倒した方法はなんだ?」

「倒せるものを呼びました」

「それはどういう意味だ?」

「口寄せの術で倒せるものを呼び出しました」

 

 

 武具口寄せというものを原作で使っていた人もいることだし、コレなら割と何でも許される気がする。

 今回は‘死者への手向け’で出てきた彼に色々被ってもらうことにしよう。

 

 

「今それを呼ぶことは出来るか?」

「呼ぶこと自体は構いませんが、何かの命を捧げないといけません……それでも呼びますか?」

「……今用意させる」

 

 

 三代目が「鼠を用意してくれ」と虚空に言うと、三十秒もしない内にドアをノックして一人の男性が入ってきた。

 手には鼠の入った籠があり、三代目の机にそれを置くと一礼して部屋を出ていく。

 

 

「これで良いか?」

「はい……では今から呼び出しますが、火影様も此方に来てください。

 そこだと万が一のことがあるかもしれませんから」

「分かった」

 

 

 三代目が此方に来たのを確認し、俺は口寄せの印を組む。

 鼠を持ってきた人が此処を出ていった時点で魔法は発動しておいたので、そろそろ彼が出てくるはずだ。

 タイミングを見計らって指の腹を犬歯で少し切り、床に押し付けると本日二度目の登場となるミイラ男さんが現れた。

 音もなく地面から沸くように出てきた為に、場は一気に緊張が張り詰める。

 

 

「何度も呼び出してすまない、対象はあの鼠で頼む」

「ちょっと待て、アレがお前の呼び出したものなのか?!

 アレは人ではないか!」

「人であって人でないものだと、私は聞いています。

 詳しい事は知りませんが、俺が父から受け継いだもので、特に気性が激しいとかいうわけではないですが、今は俺以外の言葉には全く反応しませんし、何故か喋る事は出来ません」

「お前の父は唯の本屋だったはず……それが何故このような者を」

「理由までは知りえませんが、父はこの者をレムと呼んでおりました。

 そしてもし自分の身に危機が迫ったらコレを呼べと」

 

 

 三代目が小声で「本瓜家に忍者はいなかったが、術が使えないわけではなかったのか?」とか「人型をした何か……何処にこんな生き物が?」とか言って頭に大量の疑問符を浮かべていたが、彼が机の前に辿り着いたのを見て口を噤んだ。

 彼が蛇を殺した時と同じように、鼠に顔を近づけフゥっと息を吹きかけると鼠は鳴き声一つ上げずに死ぬ。

 そして彼は俺の方を向き、三代目をちらっと見て「次は人を頼むぞ」とばかりに意思表示して、床に沈むように消えた……やっぱカードの絵柄の様にミイラ作りたいのかな?

 彼がいなくなるのを見計らって三代目は机に近づいていき、一定の距離から鼠を観察する。

 

 

「見た目に大きな変化は無いが、息はしていないな……即効性の致死毒か。

 本瓜が言うように離れていれば問題ないと言うことは、空気に触れれば毒性が消えるということだろうな」

「これで蛇を倒した方法は納得していただけましたか?」

「そうだな、毒の性質が分からない以上何とも言えないが、此処は納得しよう。

 お前は俺の生徒である綱手が認めた相手だ。

 俺もお前を信じよう……だが最後に一つだけ答えてくれ」

「なんなりと」

「お前はこの里をどう思う?」

「気の良い人が多くて良い里だと思いますよ。

 俺の生まれ故郷ですし、荒事以外でこの里のためになる事だったら手を尽くしてもいいと思う位には好きです」

「そうか……わかった。

今日はもう帰って良い、そこの二人も同様だ。

もうこんな事が起こらないように願うぞ」

「失礼しました」

 

 

 俺は話についてこれずに呆然としているシズネの父の背を押しながら部屋を後にした。

 後ろの方で「よろしいのですか!?」「良い、アイツは得体のしれない所はあるが悪い奴じゃない」とか聞こえてきたが、聞かなかった事にして歩を進める。

 シズネが楽しそうに俺と父親の手を握っていて歩きにくいが、その笑顔を見てこれで一件落着したと改めて思い俺の顔にも少しだけ笑顔が浮かんでいた。

 



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第39話 日常

 あれから一週間が経過した。

 あの後シズネを家まで送ったのだが、どうやらあそこを出たときから監視が付けられたようで最近は外に出ると常に視線を感じる。

 店でも偶に視線を感じるので客の中の数人は監視が目的なんだと思う。

 別に家の中までは監視されないし、何か仕事や修行に不具合が起こるわけじゃないから良いんだけど、少し肩身は狭いが……まぁ万が一のことを考えて不安材料を監視するっていうのは理解できるから文句は特にない。

 要するにその点以外はいつも通りそれなりに平和で普通な日常に戻ったわけだ。

 変わったことと言えばシズネが偶に遊びに来るようになったこと位だろう。

 最近は今までに増して忙しい綱手と遊ぶ事が出来ないため時間を持て余しているのか、今週だけで既に三回来ていた。

 遊ぶと言っても店の絵本を読んだり、俺の横で昼寝したりと別段邪魔になるわけでもないし、この子がいると少なからず客が増えるから好きにさせている。

 

 

「店主……これを会計してくれ」

「あ、はい100両になります」

「うむ……」

 

 

 俺はお得意さんになりつつある油目一族の男性に本を手渡し、受け取った代金を机に仕舞う。

 そしてすぐ帰るであろう彼に「またのお越しを」と声を掛けようと顔を向けた。

 するといつもは本を買えばすぐに帰る彼が俺をジッと見ていることに気付く

 

 

「どうかしましたか?」

「店主は‘木ノ葉の白い牙’と呼ばれる忍者を知っているか?」

「え、まぁ名前位は聞いたことがありますが、それがどうか?」

 

 

 ‘木ノ葉の白い牙’……話し好きの客が前に話題に出していた凄腕の忍者。

 綱手達よりも有名で、行動範囲も広いために他国の忍からは酷く恐れられている。

 曰く髪の色と供に感情も抜け落ちたとか、狙われたものは一族郎党皆殺しとか碌な噂は聞かない。

 まぁ会ってみないことには真実なんて分からないんだけど、特に知らなくても困る問題じゃないのでスルーしておく。

 

 

「彼が砂の里に行った際に凄い傀儡を使う忍者と戦ったらしいのだが、店主は何か心当たりはないか?

 彼がそれだけ言うということは余程の相手だったのだと思うのだ」

「何故俺にそれを聞くんですか?」

「店主が前に傀儡の術に関する書籍を読んでいたのを思い出してな。

 俺も今度砂の里に行く任務があるので、何らかの情報が得られれば幸いと思って聞いただけだ……知らないなら知らないで別に構わないが、何か知っていることがあれば教えて欲しい」

 

 

 正直俺に聞くなと……いやまぁこの人友達少なそうだから別に構わんが、とりあえず思い当たる事でも話しておくか。

 店をしていれば偶に他の里からの客も来ることがある。

 そういった人は基本的に一般人で情報をそんなに持っていないのだが、噂話くらいなら幾つか知っているものだ。

 例えば当代の風影は輝く砂を使った忍術を使用できるとか、砂の里には狸の化け物がいるとか……とにかく眉唾物から信憑性が高そうなものまで色々な話を聞く機会が俺にはあった。

 その中で砂の傀儡に関した情報も数は少ないながらも存在する。

 

 

「一応心当たりがないこともないが信憑性は何とも言えないよ?」

「それでも構わない、聞かせてくれないか?」

「ふぅ、俺は情報屋じゃないんだけどね………砂の里には有名な傀儡を作る一族がいるという噂だよ。

 話を聞く限りその機能は多岐にわたり、忍術の真似事をさせることも出来るとか。

 更にその一族は優秀な技術者であると同時に強い忍でもあるらしい」

「一族の名前は?」

「それは教えてくれなかったが、別口でチヨという凄腕の傀儡使いがいると言うのを聞いたことがあるな。

 後最近その一族の子供が頭角を現しているとか言う話も聞いた」

「そうか……情報提供感謝する。

 何故ならこの情報が俺の命を救うことになるかも知れないからだ」

「かまわんさ、うちの数少ない常連が減っちゃ困るからね。

 その代わり任務が終わったらまた何か買っていってくれよ」

「了承した」

 

 

 彼はそう言い残し今度こそ店を後にした。

 それにしても……砂の里ねぇ。

 ここに居る限り木ノ葉崩し以外じゃ関わることはないだろうが、少し積極的に情報集めてみようかな?

 情報は武器であり防具、あって損になることはあんまりない……機密情報とかは知った時点で荒事必至だけど。

 情報集めと言っても客と世間話をする頻度を増やす位しかしないんだけどね。

 忍者じゃない限り額当てなんて着けてないし、何処の人かなんていうのは運任せになるけど別に里のことを知るのも悪くない。

 カツユと話すときの話題くらいにはなるだろう。

 綱手も今回の任務が終わったら少し休みを取って何処かに行くとか言ってたし、三代目は忙しいのとこの間の一件で一人でこの店に来ることは控えるだろうから、自然と家に遊びに来るのがカツユとシズネの二人になる……凄いだろ、俺の家に来るのって大蛞蝓と子供だけなんだぜ?

 

 

「っと自虐的思考はこの辺にしておこう。

 今日は本屋の古い在庫を買い取る日だからそろそろ用意しないとな」

 

 

 俺はおそらく増えるであろう小説の棚と雑誌の棚を整理し、売れそうにない本を地下の倉庫へと運んだ。

 そろそろ地下も整理しないとな……まだ結構余裕があるとはいえ艶本と倉庫行きの本がいろんな所に積み重なってるのは見栄えが悪いしね。

 頭の中のスケジュール帳に地下倉庫の整理を組み込み、店に戻った俺は読みかけの本を片手に本屋からの使いを待つのだった。

 



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第40話 契約

 綱手が血液恐怖症になって殆どの任務を受けられなくなったらしい。

 突然家に来たカツユの言葉を聞いた時は驚いた。

 その内容に驚いたのは当たり前として、俺に話すという事に対しても驚いた。

 本来は里の忍者の弱点となり得る情報は秘匿すべき事項……「そんな重要な事を俺に話して良いのか!?」と聞くと綱手と個人的に友好を結んでいる者に対しては口外しないことを条件に話して良いと許可が出ているのだとか。

 ちなみに許可を出しているのは火影様……なんか外堀を埋めようとしているように感じるのは、俺が疑り深いのだろうか?

 まぁ今それを考えてもしょうがないのでカツユの話に引き続き耳を傾けると、綱手がそうなった原因はおそらくダン君の一件であり、もしかしすれば縄樹の事も関係あるかも知れないとのこと。

 カツユも心配で心を痛めているが、精神的な部分が原因となっているためにどうにも出来ないと涙ながらに語った。

 俺はそんなカツユが落ち着くまで背中を撫で、ハンカチで涙を拭く……少しぬるぬるしていたのは気にしない事にする。

 その後数分もしない内に落ち着いて「ふふ、みっともないところを見せてしまいましたね」とカツユは恥ずかしそうに言った……危うく人が進んではいけない道への扉を開けそうになったのはここだけの秘密。

 

 

「落ち着いたようで何より……で今日は綱手の事を知らせるためにきてくれたのかい?」

「それもあるのですが、今日の用件はもう一つあります」

「シズネちゃんの件かな?

 あれは本当に焦ったよ……もうすこし遅れていたらと思うとゾッとする」

「その件に関しては聞き及んでいますし、私もシズネ様が無事で良かったと心から思っています。

 ですがその救出方法は決して褒められたものではありません!

 忍者でもない貴方が一人で先行して助けに行くなんて……何かあったらどうするんですか!」

「でもあの時は一刻も早く動かなければいけないという思いが強くて……結果としてシズネちゃんを 無事助けられたわけだし、いいじゃないか」

「何かあってからでは遅いんです!

 私は……これ以上綱手様の大事な人にいなくなって欲しくない」

「大事な人って大げさな……俺はあくまで馴染みの店の店主って言うだけで「綱手様がそれだけの印象の方に大事な弟君を任せると思いますか!?」……」

 

 

 そんなはずが………いや、現実逃避はここまでにしよう。

 定期的にカツユが店に来始めた時も、縄樹の家庭教師を頼まれた時も、シズネを預かった時も感じていたんだ……綱手が俺に少なからず気を許していることを。

 始めて会ったときは店に来た唯の客と本屋の店主というだけの関係だった。

 しかし彼女は店に来る度に少しずつ砕けた態度を取るようになり、いつしか年の離れた友人のように接し始め、今は……あれ今は?

 今の俺は綱手にとってどういう立ち位置にいるんだ?

 

 

「ヨミトさん……綱手様は貴方が考えている以上に貴方を大事に思っておられます。

 今回の件の事を聞いたときも顔を真っ青にしながら心配しておられました。

 ダン様が亡くなって間もない事もありますが、それだけではありません。

 綱手様は初代火影の孫娘という肩書きによって友人を上手く作れませんでした……近くにいるのは媚び諂う者や綱手様を通して初代様を見るものばかり。

 そんな中で初めて出来た仲間が自来也様と大蛇丸様です。

 彼らは血筋などは気にせずに、綱手様を仲間として扱ってくれました。

 しかしあのお二方は良くも悪くも個性的で、仲良くなる切っ掛けというものがなかったのです……綱手様もどう接して良いか分からなかったというのもあったそうですが」

「昔はよく二人に対する愚痴を聞いていたから少しだけ分かるよ」

 

 

 方や熱血エロ小僧で、方や根暗天才気質少年だから綱手もさぞ困ったことだろう。

 特に後者は人との繋がりに対して重要視してないみたいだったから余計そう感じたと思う。

 俺が少し実感を込めてそう言うとカツユが予想外の食いつきをする。

 

 

「それです! それが綱手様にとって重要な分岐点になったのです!」

「え? なにが?」

「ヨミトさんが綱手様の愚痴を聞くことで綱手様の心中に渦巻いていた不平不満が発散され、彼らのことを冷静に考えることが出来るようになったのです。

 元来綱手様は勝ち気な性格ですから、その後は自来也様が破廉恥なことをすれば物理的に止め、大蛇丸様が消極的な行動をすれば力ずくで引っ張っていく様に感情のまま行動することに引け目を感じなくなりました。

 その結果少なからず以前よりは班が纏まり、自来也様は綱手様に……いえ、これは言わないでおきましょう。

 ともかくヨミトさんは綱手様を良い方向に成長させました!

 その事をなんとなく感じている綱手様はヨミトさんに感謝とより強くなった友愛を抱いているのです……これで貴方がどれほど綱手様にとって重要な人かおわかりですね?」

「えっと、はい」

「ならいいです……では口寄せ契約をしましょう」

「は? いや俺としては嬉しいけれど、なんで突然そんな話に?」

 

 

 確かに今まで何度か口寄せ契約を頼んだけど、いつも答えはチャクラ量の問題でNoだったから数年前から半分くらい諦めてたんだぞ?

 それを何故今になって……もしかして今になってチャクラ量が増えたのか!?

 

 

「ヨミトさんの疑問はもっともですが、理由は簡単です。

 貴方を守るために契約を結ぶのですから」

「俺を守る?」

「前に一度この店に火影様を恨んで押し入った人がいましたね?」

「あぁ、縄樹がいた時に来た何処かの組の組長のことかな」

「大戦が激化している今、いつまたここが襲撃されるかわからないですから……それにチャクラ量も昔に比べれば少しながら増えているので、私を呼び出して倒れる様なことにはならないでしょう」

「え、倒れる? じゃあ昔言ってた口寄せしても僅かながらチャクラが残るって言うのは……」

「いえ、あの頃でしたら確かに私を呼び出しても僅かながらにチャクラが残りましたが、私も成長期でして……」

「そう言えば前に三忍が里の中で同時に口寄せをして家を何軒か倒壊させたとか聞いたけど、あの頃より大きくなったのかい?」

「そうですね、あの頃に比べると多少大きくなってますね……ちなみに言っておきますけど、家を壊したのはあの二匹であって私は壊してませんよ?!」

 

 

 なんかあたふたしてるけど、別に壊したくて壊したわけじゃないんだろうし、怪我人もいないんならあまり問題ないと思うんだけど……倒壊した家に関しては三忍が責任を持って修理費出したらしいし。

 まぁカツユがそういうなら俺は信じるだけだ。

 伊達に長い付き合いしてないからね。

 それをそのまま言葉にするとカツユは「……貴方が蛞蝓だったら良かったのに」と謎の一言を呟いた後咳払いをして本題へと話を戻した。

 

 

「それでヨミトさん、改めて聞きます。

 貴方は私と口寄せの契約を結びたいと思いますか?」

「あぁ、俺の気持ちはあの時から変わっていない。

 迷惑を掛けるかも知れないけれど俺と契約してほしい」

「分かりました……では契約を結びましょう。

 ところでヨミトさんは口寄せの術についてどの位ご存知ですか?」

「前に何かで読んだから多少は知っているけれど、詳しい仕組みまではちょっと……」

「では簡単に説明させてもらいます」

 

 

 カツユの説明をまとめるとこうなる。

 一つ、認め合ったもの同士が互いの血を体内に取り込み、契約を結ぶ。

 一つ、契約を結んだ相手は好きな時、好きな場所に呼び出すことが出来る。

 一つ、発動するときは親指に血を塗り、印を組む事で術式が展開される。

 一つ、この術は時空間忍術で習得難易度Cランクである

 口寄せの術が時空間忍術って言うのは知っていたけれど、習得難易度Cランクだったのか……中忍クラスの術ってことだな。

 俺が今使える印を組む術はアカデミーで習う様なものしかないため、少なからず不安はある。

 しかしカツユもそれが分かっているのか「別にすぐに出来るようになれなんて言いませんから、少しずつ練習していきましょう」と言って元気づけてくれた。

 カツユが人間だったら惚れていたな……俺は気合いを入れ直して引き出しからクナイを取り出し、親指を浅く切る。

 カツユもそれに合わせて俺のクナイを触手で受け取り、自身の身体を切りつけた。

 

 

「では契約を結びましょう……っ!」

「ぐぅっ!」

 

 

 俺がカツユの傷に自分の親指の傷を合わせると、一瞬身体の中を焼けるような熱さが駆け巡り、互いの傷跡がゆっくりと治っていく。

 数秒もすると傷跡はすっかり消え、身体には先程の熱の余韻が僅かに残っている程度だった。

 

 

「これで契約は結ばれましたので、ヨミトさんはいつでも私を呼び出すことが出来ます。

 ただし一つ気を付けて欲しいことがあります。

 先に契約された綱手様が私を召喚なさっている時はヨミトさんの方には分体の方が召喚されます。

 また、ヨミトさんが私を召喚なさっているときに綱手様が召喚しようとなさると、ヨミトさんの所には分体が残され、綱手様の方に本体が召喚されますのでそこはご了承ください」

 

 

 そう言って申し訳なさそうに頭を下げるカツユに俺は「全然構わないさ、俺は基本店にいるんだから滅多に危険な目になんか遭わないしね」と明るく言い返す……実際俺が呼び出している間に綱手が危険な目にあったらと考えたら気兼ねして呼び出せそうにないから、逆に助かったくらいだ。

 その言葉で少し気持ちを持ち直したカツユといつも通り日常あったこと等を話題に日が暮れ始めるまで雑談した。



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第41話 結婚願望

 この世界に来てからもう23年……子供が大人になり、大人がお年寄りになる長い年月。

 俺の知り合いも例外に漏れず歳を取っている。

 綱手は二十代後半ですっかり大人になり、三代目はもう少しで五十になり火影の貫禄が出始め、シズネも今ではすっかり忍者の卵だ。

 しかし綱手は二年前のアレから徐々に任務を受けなくなり、今では三代目から直接言われた任務しか受けなくなってしまっている。

 未だに血液恐怖症が治っていないのが大きな理由だろうが……とりあえず賭け事はいけないと思うんだ俺。

 しかもなんか知らんが異様に運が悪いらしく、賭博場の影では「鴨」と呼ばれるほどに負けているんだとか……それでストレスが解消できるって言うのならいいんだけど。

 ただ医療関係の研究にはかなり真面目に取り組んでいるらしく、他国では病払いの蛞蝓綱手姫とか呼ばれているってこの間客が言っていたから、極力戦いを避けようとしているのかも知れない。

 今度カツユにそれとなく聞いてみよう。

 俺は手元にあるお冷やで喉を潤し、時間を潰すためにメニューを開こうとすると厨房から若いウェイトレスが俺が頼んだものを持ってきた。

 

 

「おまちどおさまで~す。

 こちらがご注文のカルビセットと単品のタン塩になりま~す」

「あれ、タン塩なんて俺頼んでな「シーッ! オマケなんだから素直に受け取っておいてよ!」オマケ?」

「おじさん、お母さんがホールに立ってた時から来てる人なんでしょ?

 今日は母さんの結婚記念日だから古い常連さんにはオマケしてるんだよ!」

「結婚記念日……そうか、そうだったね。

 ありがとう、しっかり味わわせてもらうよ」

「それでよろしい! それじゃおじさん、水とかご飯をおかわりしたくなったら呼んでね?

 あ、追加の注文をしてくれてもいいからね!」

 

 

 そう言ってウェイトレスはホールを慌ただしく駆けていった。

 それにしても常連か……むしろ君のお母さんの方が俺の店によく来ていたんだけどね。

 この店とは俺が店の看板を作りたいと思って情報収集ついでに飯を食いに来てからの付き合いで、特に当時ここでホールを担当していたウェイトレスは結構本を読むタイプだったらしく、よく店に来ていたので今はお友達みたいな付き合いをしている。

 そうか……彼女が何処か気の弱そうな青年と結婚してからもう二十年近くになるのか。

 何とも感慨深いもんだ。

 同い年くらいだった人が結婚して、もうこんなに大きな娘さんがいる……本当に年月が流れるのは早いなぁと、何か年寄り臭い思考をしている自分に気が付き、その思考を振り切るように肉とご飯を搔っ込んでいく。

 そのまま飯を食い終えた俺は会計の後、娘さんに「お母さんにありがとうとおめでとうって伝えてくれるかい?」と言って店を出る。

 

 

「結婚かぁ……俺もいつか結婚するんだろうか?

 でも俺の全てを話して、全てを受け入れてくれる人なんているのか?」

 

 

 歳を取らず、変な能力を持ち、仕事は客の少ない本屋の店主……Oh絶望的ぃ!

 特に歳を取らないって言うのが痛すぎる。

 いくら変化の術で見た目を変えられると言っても一日中変えられる訳じゃないし、一緒に暮らすなら隠しきれる気がしない。

 しかもバレれば人体実験ルートに行きかねないっていう何とも綱渡りな結婚生活になりそうだ……うん、無理だね!

 べ、別にいいんだけどね?! 悲しくないよ……うん、全然悲しくない。

 俺は自然と頭が下を向き、何故か突然重くなった身体を引きずって店への帰り道を進む。

 しかし下を向いて歩いていたのが悪かったのか、道の途中で子供とぶつかってしまった。

 体重差があったために俺は少し衝撃を受けただけで済んだが、子供は転んでしまったようだ。

 とりあえずここは前を向いて歩いていなかった俺に非があるし、まずは謝って子供を起こさなければ。

 

 

「ごめんね、怪我はない?」

「痛いわよ! 足擦り剥いたじゃない!!

 何処見て歩いているのよおじちゃん!」

「本当にごめんね、えっと近くにご両親はいるかな?」

「……パパが近くに居るわ」

「そっか、じゃあパパのところに案内してくれるか「いや、その必要は無い」い?」

「パパ! このおじちゃんが私のこと転ばせたの! 怒ってやって!」

「そうか……オイコラ、テメェ家の娘になにしてくれてん…………ん?」

「本当に申し訳ないです。 俺がしっかり前を向いて歩いていればこんな…………アレ?」

「「おっちゃん(みたらしさん)じゃないか!」」

 

 

 ヤクザ顔負けの脅しっぷりだった女の子の父親は、良く店に来る客だった。

 彼は少しだけ恥ずかしそうに頬を掻きながら俺の方を数度叩く。

 

 

「え、ぱ……パパ?」

「なんだよ店主、ちゃんと注意して歩いてくれよぉ。

 どうせなんか自分でドツボ嵌って、凹んでたんだろ?

 アンタはそういうネガティブなところあるからなぁ」

「ぐぅ、確かにそうだけど……だが君の娘に怪我をさせてしまって」

「どうせ家の子も前見ずに走ってたんだろうから別に良いさ。

 悪意があってぶつかったわけじゃないだろうしな」

「パパ!?」

 

 

 なんか女の子が展開について行けていないが、一先ず保護者は許してくれたようだ。

 それにしても彼はこのような事が良くある的なニュアンスで話すが、そう言うことがある度に先程の対応しているんだろうか……モンスターペアレントとまでは言わないが溺愛してるんだな。

 どちらにしても今回は俺の不注意も原因の一つであるので謝罪は大事だろう。

 

 

「そう言ってもらえると助かるよ。

 でも怪我をさせてしまったのは事実だし、この後少し時間あるかい?」

「おぅ、別に帰り道の途中だったし問題ねぇが」

「お詫びに団子でも奢るよ……お嬢ちゃんは団子好きかい?」

「え、うん……ってそうじゃなくて!」

「なんだ気前良いな! じゃあ善は急げだ、おっちゃんの気が変わらない内に行くぞアンコ!

 先に前行った店で食ってるから後で合流しようぜ!」

「自重してくれよ? あんまり金持っていないんだから」

「善処するよ」

「だからパパこれはどうぃ……え? キャーーーーーーーーーーーー!!!」

 

 

 相変わらず甘味と聞けば目の色が変わる男だな……というか米俵の様に娘を持って跳ぶなよ。

 はぁ……早く行かないと際限なく食うから急がないとな。

 自業自得とはいえなんか納得いかないなぁ。

 とりあえずあの子には後でもう一回謝っておこうと心に決め、俺も掛け脚で甘味処へと向かうのだった。

 



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第42話 子供っぽさ

 みたらし親子を追って甘味処に着くと、そこに広がっていたのは宴会のように盛り上がる店内の中で椀子蕎麦のように団子を食い続ける漢の独壇場……要は何処まで食えるのかという好奇心で寄ってきた見物客と一心不乱に団子を食うみたらし父がそこにいた。

 俺は前に来たときと同じ様な状況に深いため息をつきつつ財布の中身を確認する……足りるよね?

 そんな疑問を抱きつつ騒がしい店内を見回すと少し離れたところで静かに団子を食べている子供の姿を見つけ、そちらに足を向ける。

 子供のテーブルには一皿の団子があり、見る限りあまり数は減っていない様だ。

 

 

「お腹減ってなかったかな?」

「あ、さっきぶつかったおじちゃん……言っておくけど私はまだ怒ってるんだからね!

 いくらおじちゃんがパパと仲良しだからって簡単に許したりなんかしないんだから!」

「そっか、じゃあどうしたら許してくれるかな?」

「え? えっと……土下座とか?」

 

 

 いきなり難易度の高い要求してきたなこの幼女。

 衆人環視の中いい大人が子供に土下座とか……何処の貴族社会だよ。

 流石にそれは勘弁だから、別案をどうにかして出してもらおう。

 

 

「ど、土下座かぁ……それは厳しいなぁ。

 他に何か無いかい?」

「う~ん………あ、そう言えばパパが言ってたんだけど、おじちゃん本屋さんなんでしょ?」

「正確に言うと古本屋だけどね」

「古本屋ってなに?」

「お客さんが読まなくなった本を買い取ってそれを安く売っているお店だよ」

「じゃあ絵本とかもある?」

「もちろん、沢山あるとも」

 

 

 何を隠そううちに売られてくる内の二割位は絵本なのだ。

 理由としては基本的に子供の内しか読まないものなので、子供が成長すると親がそれを処分し今度は教材を買い与えると言うのが一般的だからだと思う。

 なんだかんだ言って本は嵩張るものだからしょうがない。

 

 

「なら今度パパとおじちゃんのお店行くから、その時一冊くれたら許してあげる!」

「それなら大丈夫だ、じゃあとっておきの絵本を用意して待ってるよ」

「ホント? 約束だからね!?」

「あぁ、嘘はつかないよ……でさっきも聞いたけどお腹は減っていないのかい?」

「うん、パパとお昼ご飯食べたから空いてない」

「じゃあこの団子持って帰るかい?

 今は食べれなくても家に帰って暫くしたらお腹も空くだろうし」

「いいの?」

「構わないさ……店員さん、この団子お持ち帰り用に包んでください」

 

 

 それからすぐに店員が来て、パパッと団子を包み持ち場へと戻っていく。

 女の子は笑顔で団子を縛った紐を持って振り子のように揺らしている。

 俺としてはそのまま微笑ましい光景を見ていたかったのだが、いい加減この店を騒がす元凶を止めないといけない……俺の財布のためにも。

 俺は女の子を連れて、騒ぎの中心となっているテーブルへと向かう。

 子供を庇いつつ民衆をかき分け、何とか最前列まで辿り着いた俺だったがテーブルの上に乗った串の数を見て目眩がした。

 

 

「みたらしさん……俺は言ったはずだよ?

 自重してくれって」

「ん、着いてたのか………だが俺も言っただろう?

 善処するってな」

「よし分かった、表に出ろみたらし。

 お前の脳みそに自重という二文字を刻んでやろう」

「望むところだ……と言いたいところだが、確かに今回は食い過ぎた。

 ちゃんと自分で払うから安心しろって。

 店員、会計を頼む」

 

 

 先程団子を包んでくれた店員が指差し確認しながら串を数えていき、一体何本になるのだろうと野次馬が息を呑む。

 そして十秒ほどで数え終えた店員が静かに指を下ろし、口を開いた。

 

 

「合計30本で600両になります」

「「「うぉおおおおおおおおおお、すげぇええええ!!!」」」

「どう考えても食い過ぎだ……昼飯食べた後で何故こんなに食えるんだ?」

「それはアレだよ、甘いものは別腹ってよく言うだろ?」

「限度があるだろう……なぁ、君のお父さんはいつもこんなに食べるのかい?」

「パパはいっつも甘いもの食べ過ぎってママに怒られてるよ?」

「アンコ!? ま、まさかママに話すつもりなのか?!

 ママには内緒、内緒だぞ?!」

「パパが今度おじちゃんのお店に連れてってくれたら言わないでおいてあげる」

「そんなのお安いご用だ! だからママには言わないでくれよ?!

 これ以上小遣い減らされたら毎日の楽しみがピンチで危機だ!!」

 

 

 みたらし家の家長お小遣い制なのか……世知辛いな。

 というかこのアンコとか言う子短時間に俺と父親の二人を脅してるんだが……将来が不安すぎるぞ。

 彼には頑張って彼女が歪まないように育てて欲しい。

 そんな親子の心温まる(?)会話の後に会計を済ませ、周りの客に「嫁さんに負けるなよ!」「家も似たようなもんだ、気持ちは分かるよ」「あんたも友達なら口裏合わせて助けてやんなよ?」等の 暖かい言葉を掛けられながら店を出た俺とみたらし親子。

 アンコちゃんは笑顔だが、その父親は少しだけ青い顔をしている……話を聞く限り言わないって約束してくれたはずなんだけど、なんでこんなに顔色が悪いんだ?

 

 

「もしかして奥さん怖い人なのかい?」

「い、いやそそそそそそんなことないぞえ!

 我が輩には勿体なかりける素晴らしき嫁ぞなもし」

「……そうか、うんわかったよ」

 

 

 とんでもなく怖いんだな?

 歯をカチカチ鳴らし、顔を青ざめさせ、膝がブルブル揺れるほど怖いんだな?

 だがアンコちゃんはそんな父を見慣れているのか、バイブレーションする父に抱きついて揺れを楽しんでいる……凄い一家だ。

 そして出来れば早くこの場から離れたくなるような光景だ……っていうか凄く彼らから離れたい。

 

 

「じゃ、じゃあ今日はゴメンねアンコちゃん。

 約束通り絵本を幾つか見繕っておくから今度取りにおいで」

「うん! ほらパパ帰るよ!

 あんまりママを待たせると………」

「そうだな! さぁ帰ろう、急いで帰ろう!!

 それじゃおっちゃんまたな!」

 

 

 みたらしさんは早口で別れの言葉を告げてから、アンコちゃんを背負ったまま残像が残るほどのスピードで移動を始める。

 とんでもないスピードで遠のいていく彼の背中に俺は「死ぬなよ」とまるで戦場に向かう友を送るような気持ちで呟いた。

 



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第43話 お詫びの品

 みたらし親子の一件から数日が経過したある日。

 いつも通りのんびり店番しているとみたらし親子が店を訪ねてきた……団子を片手に持って。

 一瞬差し入れかなと思ったけれど持っている人がみたらしさんだし、団子が一つ無くなっているのを見て即座にその可能性を消した。

 

 

「いらっしゃい、そんなに頻繁に団子を食べていて飽きないのかい?」

「俺にとって団子と家族は掛け替えのないもんだからな!

 飽きるどころかいつも物足りないくらいだ」

 

 

 頼むからそんなことで胸を張らないでくれ……そして口にたれがついてる。

 子供ならともかく、おっさんの口についている食べこぼしを拭うのはちょっと遠慮したいのでとりあえずジェスチャーでそれとなく伝えると、服の袖で口元をごしごしと拭き再び胸を張るみたらし父。

 ここまで来ると呆れを通り越して笑えてくるわ。

 俺が笑いを堪えていると、アンコちゃんが父親の前に出て仁王立ちをした。

 

 

「私も居るわよ、おじちゃん!」

「別に気付いてなかったわけじゃあ無いんだけど……アンコちゃんもいらっしゃい。

 絵本の棚は入ってすぐ右の棚にあるから好きなのを選んでいいよ?」

「やった!」

 

 

 アンコちゃんは走って目的の棚に向かうと絵本の物色を開始した。

 その様子を見て微笑んでいると、みたらし父がレジカウンターに腰掛け話しかけてきた。

 

 

「アンコに絵本をやる約束したんだって?

 すまねぇな気使わせちまって」

「別にいいさ、そんなに高い物はないし……怪我させちゃったしね」

「そんなこともあったな……あんなの怪我の内に入らねぇけど、店主が良いなら俺は有り難く受け取るぜ。

 そういや話は変わるが、はたけサクモって忍を知っているか?」

「サクモって白い牙って呼ばれてる凄腕の忍のことかい?

 まぁ名前くらいはね」

「じゃあサクモの息子の事は?」

 

 

 凄腕の忍者という位だから凄くモテてるんだろう。

 なら別に子供の一人や二人居てもどこもおかしくない。

 

 

「へぇ、彼って息子がいたんだね」

「それもとんでもない才能を持った息子がな。

 名前ははたけカカシって言うんだが、今年アカデミーを卒業したって里で結構な噂になってるんだぜ?」

「アカデミーを卒業しただけで噂が立つって何か問題でもあるのかい?」

「問題っちゃ問題だな、なんてたってアカデミー卒業の最年少記録を塗り替えたんだからな!」

 

 

 アカデミーの最年少記録って確か三忍の六歳が最年少だったよな?

 ということは五歳で卒業したのか……それは確かに凄いことだ。

 はたけカカシってたしか原作での主要人物の名前だったはずだから納得は出来るが、それでも小学生一年にも満たない歳で忍術と一般教養をある程度修めたのだから普通に驚きもする。

 

 

「十二歳で卒業とかが普通なのに、七年も早く卒業するとなると周囲の期待も凄そうだね」

「少し気の毒ではあるが、優れた才能を持つ者に期待するのは普通の事だからな。

 アンコもそろそろ入学だが、別に優秀でなくてもいいから出来るだけ怪我無くアカデミー生活を過ごして欲しいというのが俺の親心だ」

 

 

 ならアカデミーに入れなければいいと思うんだが、聞いてみると本人が行きたいと言ったらしく、親としては自分と同じ職に就くという嬉しさと共に危険な仕事をさせたくないという不安があって複雑な気持ちなんだとか。

 親って大変なんだなぁと思わずにはいられない話だった。

 微妙に二人でしんみりしていると「おじちゃん! 本が多すぎて選べないよ!」という声が聞こえてきたので、俺は「少し行ってきます」とみたらし父に瓦版を手渡してアンコちゃんの元へ向かう。

 アンコちゃんの元に着くと、彼女の手には十冊以上の絵本があった。

 

 

「また随分と選んだねぇ、どれどれ……へ、へぇなかなか個性的なラインナップだなぁ」

「おじちゃんのお店凄いね、見たことない絵本がいっぱい!」

「そのいっぱいある絵本の中からこれを選んだのかい……俺は君の将来が不安になるよ」

 

 

 彼女が選んだ絵本はその殆どがバットエンドに近い終わり方をしている。

 姫を守る忍が最後に姫に庇われて姫が死んだり、醜い見た目の男が嫌われつつも他人のために働くが最後には事故で死んでしまったりとか……人に優しくしなさいという教訓を授けるための話なのだろうが、子供向けではない様な話ばかり。

 シズネがよく読むのは可愛い動物が活躍したり、お姫様のお話だったりするんだが、子供によってこんなに好みが変わるものなのか。

 小さくため息を吐く俺にアンコちゃんは上目遣いで話しかける。

 

 

「おじちゃん一冊しか駄目?」

「そう言う約束だったろう?(むしろこのラインナップを全部却下したい位だ)」

「ちぇっ、おじちゃんのケチ……じゃあこれで良い」

「よりによってコレか……他のにしない?」

「嫌!」

「はぁ………わかったよ、袋に入れてあげるから持っておいで」

 

 

 そう言って俺はカウンターに戻る。

 カウンターにはみたらし父が腰を掛けて新聞を読んでいたが、レジを打つわけではないのでそのまま放っておき、紙袋を机から出した。

 そしてアンコちゃんが持ってきた本を紙袋に入れ手渡す。

 彼女が嬉しそうに本を抱きしめているのを見て少し複雑な気分を抱きながらも、喜んでくれたのならとりあえずOKと深く考えないことにした。

 そう例え彼女が選んだ本が忍同士の愛憎劇で最後には浮気した夫の首を落とし、その首を胸に抱いて微笑みながら終わりを迎えるという某学校日々のような話であっても気にしないのだ。

 



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第44話 誘い

 朝一番に里中から歓喜の声が上がった……そう遂に第二次忍界大戦が終結したのだ。

 ただし各国が疲弊したために大規模戦闘を行わないという制約を結んだだけなので、小規模の国境争いとかは無くならないだろうが、それでも戦火が小さくなることを喜ばない人間なんて殆どいない。

 それは俺も例外ではなかったが、特に一緒に喜ぶ相手もいなかったので一人静かに滅多に呑まない酒を飲んでいた……ちなみに店内で。

 強い酒じゃないから、もし今客が来ても問題なく接客出来るから特段問題は無いはずだ。

 だがそれはあくまで俺主観の話であり、他の人から見ると日の高い内から仕事中に酒を飲んでいるだけな訳で……当然怒る人も出てくる。

 

 

「朝からお酒なんて駄目です!」

「今日は戦争が一段落した日なのだから少しぐらい羽目を外しても問題ないとは思わないかい?」

「それとコレとは話が別!」

 

 

 そう言ってシズネに酒を取り上げられてしまった。

 少し残念ではあるものの、特に未練があるわけではないので少し苦笑して、コップと酒を元あった場所へと戻す。

 最近シズネは良く俺の健康に気を遣って、栄養剤とか夕飯のお裾分けとかを持ってきてくれることがある。

 いい歳して独身なのをシズネの親が気遣ってくれているのか、それとも世話を焼くのが好きなのかは分からないが、これが結構助かってたりするのだ。

 家庭菜園があるから食材にはあまり困っていないが、料理をするのが面倒な俺は腹が減ると生野菜に味噌を付けて食べたり、外食で済ませたりが多いので家庭料理を食べる機会が余りなかったから、初めて持ってきたときは危うく泣くところだったよ。

 片付け終わって戻ってくると彼女はカウンター横の椅子に座り、持参した本を読んでいた。

 

 

「何時も言っているだろう? 本を売りに来る以外の目的で本の持ち込みは禁止だって」

「だって今月のお小遣いもう無いんだもん……立ち読みしても「いいって言うと思うかい?」ですよね」

「そもそもこの間小遣いを貰ったばかりだろうに。

 何に使ったんだ?」

 

 

 子供の小遣いだから決して多くはないが、シズネは無駄遣いとかするタイプじゃないはずだが……。

 俺がそう質問すると彼女は顔を僅かに赤く染め、俯き気味に呟いた。

 

 

「色々です……お菓子とか、トントンのご飯とか」

「トントン?」

「えっと、最近飼い始めた子豚の名前です。

 何時か私の忍豚にしようと思って育ててるんですよ」

「忍豚って聞いたことがないんだけど他にも居るのかい?」

「私も聞いたことないけど、ずっと一緒にいるんだったら普通の動物じゃ無理ですから」

「忍者は大変だねぇ……アカデミー生活はどうだい?」

 

 

 偶に彼女の父親が店に来るのでその時に多少話を聞いてはいるものの、彼は若干贔屓目に言うからあまり参考にならないのだ。

 まぁ知ったからといって何があるわけでもないわけだが、アカデミーに通ったことのない俺としては少し気になるからね。

 

 

「この間先生が後二年もあれば下忍になれるって言ってくれました!」

「十歳になる前に卒業か……凄いね」

「そんなことないですよ! 同い年の紅ちゃんやアスマ君もそう言われてましたし」

「あぁ、前に言っていた幻術が凄い女の子と体術が凄い男の子か」

「そうです、二人に比べたら私なんて全然」

「でも三人の中で医療忍術を使えるのはシズネちゃんだけだろう?」

「それは綱手様に教えて貰ったからで……」

「医療忍術は精密なチャクラコントロールが必要不可欠で、出来ない人には絶対出来ない。

 確かにシズネちゃんはこの里でもっとも優秀な医療忍者に手ほどきを受けているけど、それが身につくかどうかは努力と才能次第。

 シズネちゃんはそれを少なからず身につけているのだから、その二人にも決して劣ってなんていないよ」

「そ、そうかな? そうだったらいいな」

 

 

 それにカツユが前にシズネは綱手様に医療技術で追いつくことは出来ないかも知れないが、薬学に関する才能は綱手様を上回る可能性があるって言っていた。

 このまま彼女が成長すれば優れた薬師になるだろう……綱手も妹のように可愛がっているからきっと大丈夫。

 

 

「あ、そうだ綱手様から聞いたんですけどヨミトさんってカツユちゃんと口寄せの契約を結んでいるんですよね?」

「一応ね……俺の仕事に戦闘とかは無いから偶に話し相手をして貰ってる位だけど、呼び出すことは出来るよ。

 ただ綱手の召喚が優先されるから、もし綱手が召喚してるときは小さな分体しか呼び出せないんだけどね」

「それでも十分じゃないですか、カツユちゃん可愛いですし」

「初めて見たときは少し困ったけどね……今よりは酸性が弱いとはいえ舌歯粘酸を制御し切れてなかったからカウンターも少し溶けたし」

 

 

 俺が指差す先には一センチほどの穴が開いている。

 カツユはこの穴を見る度に申し訳なさそうにするため、カツユが来た時はその上に本を置いて隠していた。

 俺はもう気にしてないんだけどなぁ。

 シズネは興味深そうに穴を触ってみたり、指を入れてみたりしているが、時折「この酸を使えば新しい何かが作れるかも」とか「溶けた面からするとかなり酸性が高いけど、今はこれ以上の酸性が……」とか若干マッドな思考に傾いてしまっている。

 彼女の意識をこちらに戻すために一度柏手を打つ。

 

 

「ところで今日は何のご用かな?

 いつも通りお話かい?」

「そうだ、忘れてた!

 ヨミトさんって今日の夜何か予定ありますか?」

 

 

 コレはまさかデートのお誘いか!……ってそんなわけないんだが、一体何があるって言うんだ?

 シズネがごそごそとバックの中から一枚の手紙を俺に手渡す。

 

 

「これは?」

「御夕飯のお誘いです。

 戦争が終わったお祝いも兼ねて軽いパーティーをやろうって話になってまして、綱手様も来るのでヨミトさんも誘ったらどうかってお父さんが……予定大丈夫ですか?」

「綱手が……特に予定は無いけど俺が行ってもいいのかい?」

「別に格式張ったものじゃありませんし、綱手様も最近ヨミトさんに会ってないなと言ってらしたので来てくださると嬉しいです」

「そっか……じゃあお呼ばれされようかな」

 

 

 久しぶりに綱手に会うのも悪くない。

 カツユが言うには少し無気力気味になっているらしいし、愚痴の一つでも聞いてあげることにしよう。

 俺はシズネを店の外まで送り、店の看板を裏返してパーティーに行く準備を開始した。

 



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第45話 宴

 手紙に書いてあった時間にシズネの家に着くと、既にパーティーが始まっていた。

 遅刻したのかと思い、一先ず家人に挨拶するために家の中を歩き回る。

 今日の宴に来ている客はやはり忍者が多いらしく、所々に額当てを付けた人達が呑んだり食べたりしていた。

 俺は忍者の知り合いが少ないので名前とかは分からないけど、見るからに凄腕っぽい忍者もいて若干俺が場違いな気がする……走り回っている下忍と思わしき子供は見ていて和むが。

 そのまま少し歩き回っていると人が多く集まる宴会場の様な場所に辿り着いた。

 見回すとシズネの父親と綱手が談笑している姿が目に入る。

 後で探す手間が省けて良かったと彼らに近づいていく。

 

 

「こんばんは、今夜は誘っていただいてありがとうございます。

 綱手も久しぶりだね」

「ようこそ本瓜さん、今夜は楽しんでいってください。

 料理は妻の得意料理ばかりですから味は保証しますよ」

「ヨミトか! カツユから話だけは聞いていたが、直接会うのは久しぶりだな!」

「ありがとうございます、料理の方は後でじっくり味わわせていただきますね。

 ところで綱手……その口調はどうしたんだい?」

 

 

 前に会ったときはもう少し女性っぽい話し方だったと思うんだが……何故こんなに男前な口調になったし。

 カツユから綱手の近況とかを偶に聞くことはあったけど、口調については何も言ってなかったから普通にビックリした。

 

 

「この口調かい? これは賭場に行くときに舐められないようにするためって言うのが大きいんだが、今はそれで慣れてしまったからそのままにしているだけだ」

「どんな頻度で賭場に行ってるのやら……まぁ元気そうで何よりだよ。

 でもあんまり里に戻ってこないで賭場に行ってばっかりだとシズネちゃんに愛想尽かされてしまうよ?」

「大丈夫だ、シズネは優しい子だからな」

「程々にしてあげてくれよ綱手ちゃん。

 最近シズネが賭場って楽しいの?って聞いてくるんだから」

「ははは……善処するさ。

 と、ところでヨミト! カツユと遂に契約したんだって?」

「カツユに聞いたのかい?

 まぁ偶に話し相手になって貰っているくらいで他に何もしていないんだけどね」

「別に口寄せは戦うためだけのものじゃないから別に問題はないさ。

 それにカツユ自身もヨミトと話すことを楽しんでいる様だしね」

「それは良かった」

 

 

 正直気になっていたんだよね。

 いくらカツユが好戦的な性格じゃないからといって、ただ話すためだけに呼び出すのが良いことなのかどうか。

 より効率よく口寄せを行うために試行錯誤していたっていうのもあるんだけど、それでも特に用事のない時に呼び出すことでカツユがどう思うか分からなかったから結構不安はあったのだ。

 その後も暫くカツユについて話していたが、段々話題が無くなり口数が少なくなってくる。

 途中でシズネ父は新しく来た客に挨拶に行くとかで席を立って、今は俺と綱手だけだ……これは気になっていたことを聞くチャンスかも知れない。

 

 

「綱手……血液恐怖症は克服できそうかい?」

「………今の所出来そうに無い。

 少しはマシになったが、それでも血を見ると身体は震えるし、息もし難くなる」

「そっか……でも戦争も終わったことだしゆっくりと時間を掛けて治していくことも出来るだろうし、何も焦る必要はないさ」

「そうできたら一番なんだが、そうもゆっくり出来そうに無いんだ。

 確かに終戦宣言はされたが、戦争が終わったことに納得していない里も幾つかあるから小競り合いは無くならないだろうし、何か企んでいる様な里もある。

 故に多分だが近い内にまた大きな戦いが起こると私は考えている」

「また戦争が起こるか……あまり考えたくないね。

 でも綱手は戦争になったらどうするんだい?

 血液恐怖症をどうにかしないと戦場には出られないだろう?」

 

 

 戦場なんて見渡す限り血の海といっても過言ではない状況なってもおかしくないのだから血液恐怖症は正直致命的だ。

 というか今まで受けてきた任務はどうしてたんだ?

 忍者の任務なんて血生臭いものも少なくないっていうのに……だがそんな俺の疑問が分かったのか綱手は苦笑した。

 

 

「私は前線には出ずにサポートに回ることになるだろう。

 医療忍者は絶対数が少ないし、血が駄目でも治療の指示くらいは出来るからな」

「だけど敵が攻めてくるときもあるんじゃないかい?」

「ヨミト、私が血液恐怖症になってからも任務を受けてきたことは知っているだろう?

 血を出さないように倒すことも出来無い訳じゃないのさ。

 殴り飛ばしても良いし、チャクラメスで筋繊維だけを切っても良い……方法なんて幾らでもある」

「なら戦場にも出されるんじゃないかい?」

「いくら私が血を出さない様に倒しても、他の忍者は違うだろう?

 それに先生も私のことは知ってるから特に何も言わないさ……実際辛かったら辞めても良いって言ってたからね」

 

 

 三代目にとって綱手は大事な生徒であると同時に大恩ある初代火影の孫娘だから、かなり気に掛けてる。

 故にその言葉はすぐに納得できた。

 本当に自分の娘みたいに可愛がってるからな……昔手出したら分かってんだろうな的な事も言われたし。

 

 

「あ、そう言えば先生が言っていたんだけど、ヨミトってカツユ以外に口寄せ契約した奴がいるんだろ? 紹介してはくれないのか?」

「あぁ、レムのことかい?

 別に構わない……って言いたいところだけど、アレは特殊なものだから呼び出すのに代償がいるんだ」

「代償っていうのは?」

 

 

 俺は前に三代目に説明した内容をそのまま説明したが、説明を聞き終わった綱手は額に皺を寄せ、見るからに不機嫌になってしまった。

 まぁそりゃそうだよね、医療忍者が命を代償にするなんていうものに良い顔するわけないよね。

 

 

「ヨミトの父親って忍者じゃないんだったな……なら何故そんな危険な代物と契約したんだ?」

「俺には分からないけれど、親父は俺と違って本を収集するために色々な里へ出歩いていたみたいだから、ちゃんとした護衛手段が欲しかったんじゃないかい?

 多少行き過ぎだとも思うけど、攻撃は最大の防御なりって言うくらいだからね」

「そうか……だがヨミト、それは出来る限り呼び出さない方が良い。

 私はそれを実際に見たわけではないけれど、先生が警戒するっていうのは余程のものということだ。

 本当にギリギリな状況……それこそ自分の命に関わる様な時にしか使わない方が良い」

「わかっているさ、俺だって本当に危ないときにしか喚ぶ気は無いよ」

「ならいいが……さてと、話し込んでしまったがヨミトはこれからどうする?

 私は夕飯をごちそうになりに行くが」

「俺も行くよ、さっきからこの匂いが気になっていたんだ」

 

 

 暗い雰囲気を打ち消して、二人で食事会場へと歩き始める。

 だけど俺の頭には一つの疑問が湧いていた。

 それは‘死者への手向け’で三代目が警戒するというのなら、広範囲に破壊をもたらす雷‘ライトニング・ボルテックス’や、敵味方の区別なく全てを吸い込んでしまう‘ブラックホール’を俺が使えると知ればどうなるだろうかというもの。

 後者に関しては一度も試していないが発動自体は可能だし、自分が巻き込まれないようにする方法もない訳じゃない。

 前者に至っては殆どデメリットが存在しない。

 まさに理不尽と言っていい程の効果だ。

 この事を三代目が知れば俺を利用しようとするだろうか? 殺そうとするだろうか?

 それとも………あぁ頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだ。

 俺はそこで思考停止し、この件について今は考えないようにしようと心に決めて、食事に集中した。

 



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第46話 二人の少女

 麗らかな昼下がりで優雅にお茶を啜りながら客のいない店のカウンターで読書をする俺。

 今日も今日とて平和な日常……といけば良かったんだけど、今ここで展開する謎の修羅場を前にして平和とはとても言い難いよね。

 

 

「そもそもなんでそこに座ってんのよ先輩」

「昔からここは私の指定席ですよ後輩。

 綱手様からこの椅子を受け継いだのは私ですから」

「へぇ……だけどここは本を買う店であって寛ぐ所じゃないんじゃない?」

「いいんです、この店にお客さんなんて滅多に来ないんですから」

「いや、最近はそうでも「「ヨミト(さん)は黙ってて!」」……俺の店なんだがなぁ」

 

 

 先程からずっとこんな感じで、店を訪れたアンコがカウンターの内側で本を読んでいたシズネに話しかけたのが事の始まりだった。

 最初は初対面だったこともあり会話もぎこちなかったが、次第に打ち解けて楽しそうに会話をしているのを見て、俺も和んでいたんだよ。

 切っ掛けは小さな事だったんだ。

 シズネがペットの豚を忍豚にしたいって言ったときに、アンコが「いや、豚は無理でしょ」って言い切った辺りから空気が変わった。

 シズネとしては自分がこれからやろうとしていることを全否定されたわけだからイラッと来るのも分からなくないが、アンコとしても別段悪意があって言った訳じゃないから、何故彼女の機嫌が悪くなってしまったのか分からなかったんだ。

 そこから少しずつ意見が食い違い、口調がヒートアップして口論に近い形になってしまった。

 論点は多岐にわたり、三忍をどう思うかや好きな食べ物、俺のことや親のこと等、思いついたことを片っ端から議題に挙げている印象を受ける。

 まさに子供の喧嘩っぽくて、俺にもあんな時あったなぁと少し感傷に浸ったりしていた訳だが、流石にこのまま放って置いたら店内で暴れ始めないとも言い切れないから一先ず仲裁に入ることにした。

 一先ずこのままだと件の椅子が壊れてしまいそうなので、椅子をシズネの下から引っこ抜く。

 

 

「痛っ! 何するんですかヨミトさん!」

「ヨミトもこの椅子が私の指定席だと思ってるって事だろ!

 さっすがヨミト、この分からず屋とは違うね」

「なんですって!?」

「なんだよ!」

「あ~……こほん。

 あ、これは咳の音の‘こほん’と本の‘古本’を掛けたわけじゃないから勘違いしないように」

「「ヨミト(さん)五月蠅い!」」

「場を和めようとしただけだったのに……っとそんなことはさておき、そこら辺で止めておきなさい」

「「でもこの子が!」」

「忍者は感情的になっちゃ駄目なんじゃなかったかい?」

 

 

 確かアカデミーの教科書にそんな一文があったはず。

 二人の様子を見ると、どちらも納得していない様だが言い返してこない所から思い当たる何かがあったのだろう。

 だが流石にこのまま二人を帰すと何時か一緒に任務を受けるかも知れないときに良くない影響を与えるかも知れない。

 別に見ず知らずの人なら対して問題ないんだが、シズネとの付き合いは結構長いから多少宥めておくか……。

 俺は手に持っていた椅子を置き、二人の頭に手を乗せる。

 

 

「いいかい二人共、君たちはまだ経験が無いだろうけど、大人になれば空気を読むという能力が必須になるんだ」

「空気って見えませんよ?」

 

 

 シズネの言葉に同意するようにアンコが首を縦に振る。

 あれ?この二人普通に仲良くない?

 俺大げさに捉えすぎた?

 ま、まぁ今話を止めるのもなんだから続けよう。

 

 

「俺が言っている空気は場の空気……要するに雰囲気のことだよ。

 交渉とかをするときに空気を読まない発言をすれば相手に悪い印象を与えて、良い結果を得られないことがある」

「それは何となく分かるけど、それが私たちになんの関係があるっていうのよ」

「空気を読むって事は譲り合いの精神を忘れない事も必要になるから言っているんだよ。

 さっきまで君たちが話していた内容はどちらも一方的に相手に自分の意見をぶつけるだけで相手の事を理解しようとしていなかっただろう?」

「そんなこと……」「……」

「確かに自分の意見を通すのも大事な事だ。

 だが全て自分の意志を押し通すとなると話は変わってくる。

 それは独りよがりで自己中心的な良くない考え方だよ。

 お互い譲れるところは譲り、相手を認め、理解しようと努力する。

 これが人間関係を深めるコツだと俺は思うんだけど……どうかな?」

 

 

 俺の言葉を聞いて二人はそれぞれ違う反応を示す。

 シズネは一度目を閉じて深呼吸し、俺の視線を正面から受け止めた。

 アンコはそっぽを向いて、視線だけ俺とシズネを交互に行き来させる。

 

 

「そう……ですね、確かに熱くなりすぎていた部分もあったかもしれません。

 ごめんねアンコちゃん」

「あ、アタシは謝らないわよ!?」

「はぁ……アンコちゃん、ちょっとこっちへ」

 

 

 俺は頑固者の首根っこを掴み本棚の影へと移動する。

 そして必死に手から逃れようとする少女の耳に一つの可能性を示唆した。

 

 

「今を逃すとタイミングを逃してしまうよ?

 そうなれば君の内心に大なり小なりしこりが出来てしまうし、シズネちゃんも怒りはしないだろうけど、さっきの様に和気藹々とした会話を楽しむことは出来なくなってしまうかも知れない。

 ましてや君たちはいずれ危険な任務につくかも知れない忍者……何かあってからじゃ遅いんだ。

 アンコちゃんはそれでいいのかい?」

「それは……嫌」

「ならどうすればいいか分かるだろう?」

 

 

 彼女が小さく首を縦に振るのを確認してから手を離し、軽く背中を押してやる。

 するとつんのめるように前に出てシズネの前に出た。

 シズネは目の前でもじもじしているアンコを見て、何となく今から何が起こるのか察したらしく苦笑している。

 俺もその姿を見てとても微笑ましい気分になった。

 そして遂に少女が口を開く。

 

 

「あの……ごめん。

 さっきは少し言い過ぎた……かも」

「ううん、いいの。 私こそお姉さんなのに大人げなかったですし」

「な、なら仲直りしてくれる?」

「もちろんですよ! 今度一緒にさっき言ってたお団子の美味しいお店に行きましょうね」

「うん! あ、そう言えば今期間限定で玄米団子っていうのやってるお店があるからそこにも行ってみようよ!」

「やった、私玄米好きなんですよ!」

 

 

 ふぅ……これにて一件落着だな。

 小さい頃ってちょっとした切っ掛けで仲の良い友達が出来たり、逆に仲が悪くなったりするからちょっとだけ心配だったけど無事に仲良くなってくれて良かった。

 それにしても何でアンコは大蛇丸を尊敬してるんだ?

 シズネが綱手を尊敬してるのは身近な存在であると同時に、優れた医療忍者で多くの命を助けたからなんだろうけど……三忍の中で大蛇丸の印象は冷酷という印象が強い。

 彼は味方にすれば心強いが、何を考えているのか分からないところがあるから他の二人に比べて人気がない。

 忍者としてはそれが正しいのかも知れないけど、俺としては将来的に彼がとんでもないことしでかすのを知っているから、アンコに話を振られたときも答えをぼかしてしまった。

 もし彼女が大蛇丸に師事するようになったなら……暫く様子を見て、いざという時は色々とバレないように動くことも考えておこう。

 



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第47話 蛞蝓師匠

 安○先生……螺旋丸を出したいです。

 二十年以上修行を重ねても出来ないとか、マジ笑えてくる。

 

 

「なんで出来ないのかな?」

「私も聞いたことのない術なのでよく分かりませんが……おそらく単純にチャクラの量が足りないんだと思います」

「やっぱりそこか……いい加減諦めた方が良さそうだな。

 とりあえず今は気持ちを切り替えよう。

 いつも通り掌仙術を教えてくれるかい、カツユ?」

「はい、じゃあ始めましょう」

 

 

 俺はあらかじめ用意しておいた痛んだ野菜や果物を詰め込んだ籠から一つだけ取り出して目の前に置く。

 この訓練は傷んだ食べ物に掌仙術を掛けることで食べても問題ないレベルまで持っていくのと同時に、繊細なチャクラコントロールを得られるという画期的な訓練なのだ!!

 別にケチったわけじゃないよ? ホントだよ?

 

 

「では先ず患部に直接当ててください」

「これって見た目は戻っても味は落ちたままなんだよな?」

「そうですね、ですが最初に比べれば全然マシになりましたよ。

 最初は人が食べたらお腹を下してしまう様な物でしたから」

 

 

 ちなみに修行で使った果物や野菜は修行に再利用しているのでそれなりにエコだ。

 俺はいつものように手にチャクラを込め、今回の対象である蜜柑をソッと手で包み込む。

 すると僅かに手が発光し、何かが焼けるような音と共に傷んだ蜜柑が元の瑞々しい姿へと戻っていく。

 暫くして音がしなくなったので蜜柑をカツユの前に置いた。

 

 

「65点ですね」

「前より二点高くなったけど、今日は何処が悪かったんだい?」

「そうですね……まずチャクラを込める配分が多かった所為で見た目は元に戻っていますが中身が大味になってしまっています。

 次に時間をかけ過ぎです。

 この程度の事にこんなに時間を掛けていては人を相手にするにはまだ時間が掛かりますね」

「要は全然駄目って事か……こっちは結構自信あるんだけどな」

 

 

 そう言って俺は手にチャクラを纏わせ硬質化し、チャクラメスを作り出す。

 最初は手刀、次に指一本ずつ、最後に針のような形状で両手に計十本。

 これは自分の中にチャクラを感じてからずっと練習してたものなので、まだやり始めて一年も経っていない掌仙術より練度が高い。

 修行の時間は厳しいカツユもこれに関しては「師もいないのに良くここまでの練度を……」という驚きと賞賛をくれた。

 まぁ実際チャクラの運用訓練に関してはこれと水上歩行の業ばっかりやって来たから、その二つと変化の術に関しては中々のものだと自負している。

 変化の術はずっと使っているものだから使用チャクラに無駄があるとチャクラ切れを起こすかも知れないという恐怖があったのでかなり気合いを入れて習得したものだ。

 

 

「何度見ても見事なチャクラ形成ですね」

「こればっかりやってたからね、でもまだ身体の内部だけを斬るなんていう技は出来る気がしないよ」

「あれはかなり精密なチャクラコントロールと人体に関する深い知識が不可欠ですから、医療忍者……それもかなりの凄腕にしかできません。

 どうします? そのレベルを目指しますか?」

「流石にそこまで本格的に忍の道を進む予定はないから遠慮しておくよ。

 それよりもこの間言っていた幻術を教えてくれないか?」

「魔幻・此処非の術の事ですね……確かに戦闘を避けるために修行しているヨミトさんには丁度良い術ということは確かです。

 この術は簡単に言えば相手に場所を誤認させる術なのですが、個人に掛けるわけではなく効果範囲にいる全員に掛かる術なので、結界術に近い性質を持っています」

 

 

 カツユの話をまとめるとこうなる。

 幻術は大まかに分けると二通りので、一つは個人に掛けるもの、もう一つは範囲内にいる者に掛けるもの。

 どちらも一長一短なわけだが、後者の欠点は明確だ……面倒臭いのである。

 前者は相手の目に印や動きを見せることで発動するのだが、後者は前準備が必要不可欠なのだ。

 結界符が必要だったり、術者が数人必要だったりと条件は様々だがパッとやって出来る、ものではないらしい。

 故に専守防衛ならまだしも、積極的に攻める場合には向かないのだとか。

 

 

「幻術の特性については分かったが、じゃあこの術の発動条件は一体何なんだい?」

「符を四カ所に張り、印を組むだけで出来ます。

 ただし符に一度使用者のチャクラを流さないといけません。

 この術は比較的に簡単なものですから直ぐ出来るようになりますよ。

 符はよろず屋に売っている物でも大丈夫ですから、次の時に用意できれば次から始めることにしましょう。

 高い物ではないですし、少し大目に十枚ほど用意しておくと良いかもしれませんね」

「分かった、買っておくよ。

 じゃあ今日の修行はここら辺で切り上げて、お茶にしようか。

 この間お客さんが美味しい羊羹を持ってきたから、一緒に食べよう」

「羊羹……聞いたことはありますけど、私食べたことないです!」

「そっか、じゃあ楽しみにするといい。

 ただ上品な甘さで飽きが来ないから食べ過ぎないようにね」

「わ、私はそんなに食い意地張ってません!

 ヨミトさんの馬鹿っ!!」

 

 

 少し顔を赤くして怒るカツユに苦笑しながら俺は台所の棚にあるとっておきの羊羹を取りに行った。

 ホント可愛いわぁカツユ……人だったら告白するレベルだよ。

 一時的でも良いから蛞蝓を人にする薬とかないかな…………地下倉庫の本でまだ読んでない本結構あるから、後で少し探してみよう。

 



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第48話 未来の英雄

 初めて来た忍者アカデミーに少し戸惑いつつも、門のところでシズネの事を待つ俺。

 次々と出てくるアカデミーの生徒達の顔は一様に笑顔ばかり。

 

 

「それもそうか……今日から念願の忍者になるわけだからな」

「そうですよ! 私も遂に忍者になったんです!!」

 

 

 突然後ろからそんな声が聞こえて振り返ると三人の子供が立っていた。

 一人はシズネだが、後ろの二人は見たことない顔だな……誰だろう?

 件の二人も俺が何者か疑問だったらしく、少し気まずそうにシズネを見ている。

 両者の視線に挟まれたシズネは不思議そうに首を傾げると、何か思いついたように手を叩いた。

 

 

「あ、そういえば会ったことないんでしたね!

 アスマ君、紅ちゃん、この人が私が良く行くお店の店長さんでヨミトさん。

 ヨミトさん、私から見て右側にいる女の子が紅ちゃんで、その隣にいる男の子がアスマ君です」

「君たちがシズネちゃんの言っていた子か……初めまして古本屋をやっている本瓜ヨミトというしがないおじさんです」

「これはどうもご丁寧に、私はシズネちゃんのクラスメ「友達!」……友達の夕日紅と申します」

「……猿飛アスマだ」

「「アスマ(君)!」」

「いやいや、気にしなくても良いよ。

 俺にもこういう時期があったしね。

 そんなことよりもまずは言わなければいけないことがあったね……卒業おめでとうシズネちゃん」

「ありがとう! あれ、お父さんとお母さんは?」

「二人は今家でお祝いの準備をしているよ。

 俺がここに来たのは二人に頼まれたからっていうのもあるからね」

 

 

 正直あまり近寄りたい場所じゃないし……とは言えないよな。

 変化の術を見破る日向一族怖い、白眼超怖い!!

 現状では一番警戒しなきゃいけないのはあの一族だから、その子息がいる可能性があるアカデミーは俺にとって鬼門と言っても過言じゃない。

 俺の平穏は今変化の術が保っているが、それを一瞬で壊すことの出来る相手を警戒しないなんてあり得ない。

 しかも事情を知ってる三代目を頼ろうにも例の一件以来疎遠になりつつあるから頼めないという袋小路具合。

 日々綱渡りですよ……俺。

 今日はどうしてもって頼まれたし、俺自身祝いたいという気持ちがあったから来たけど、本当ならとっとと帰りたいんです。

 なのに……シズネちゃんは何故俺の腕を掴んでるのかな!?

 俺すっごい嫌な予感がするんだけど!

 猿飛君、夕日ちゃん助けて……ってもういない!?

 

 

「実はヨミトさんに紹介したい人がもう一人いるんです」

「へ、へぇ」

「お世話になった先輩なんですけど、波風ミナトっていう人なんですけど……知ってますか?」

 

 

 何か聞いたことある名前だぞ……思い出せ俺!!

 今思い出さないとヤバい気がするぞ!!

 木の葉崩しの主要人物……いや違う。

 ペイン編の主要人物……これも違う気がする。

 誰だ、波風って誰だ!?

 

 

「あ、丁度良いところにミナト先輩が!

 せんぱーい!!」

「ん、シズネちゃん達か。

 どうしたんだい?」

 

 

 金髪のイケメンがこっちに来る。

 でもあの顔何処かで……オイオイ、思い出してきたぞ!

 波風ミナトって言えば主人公の父親で、四代目火影を就任した人の名前じゃねぇか!!

 

 

「先輩に紹介したい人がいるんですけど、今時間大丈夫ですか?」

「丁度任務の帰りだし大丈夫だけど、紹介したい人ってその人かい?」

「そうです、私が良く行く本屋の人なんですけど、家族ぐるみで付き合いがあって色々お世話になっているんです。

 ミナト先輩は本をよく読むって聞いていたので、紹介した方が良いのかなって」

「そっか、それじゃ挨拶しないとね」

 

 

 未来の火影が俺としっかり向き合い、爽やかな笑顔を俺に向ける。

 この笑顔で何人の女性が虜になったんだか……ってそうじゃない!!

 出来るだけ記憶に残らないように印象を薄くしないと!!

 

 

「初めまして僕の名前は先程聞いたかと思いますが、波風ミナトと申します」

「先輩は今もっとも火影に近い上忍って呼ばれる位凄腕の忍者なんですよ!」

「それは凄いですね、俺はただの古本屋の店主ですからそういう方との接点は全くないんですよ」

「何言ってるんですか! 綱手様が常連客じゃないですか!

 それに火影様も来店したことあるって前に言って「あーーーー!!そういうこともあったかも知れませんね!!」ましたよね」

 

 

 なんてこと言いやがってくれますかこの子!?

 波風さんの目の色が若干変わった気がする。

 顔が爽やかなままなのが少し怖い。

 

 

「へぇ、それは隠れた名店ってやつなのかもしれないね。

 本瓜さん、僕も今度お邪魔しても構わないですか?」

「え、えぇ、ですがあまり期待しないでくださいね。

 うちはあくまで古本屋なので、一度人の手に渡った物が流れ着いた店ですから、新しい本とかは取り扱ってませんので」

「それは面白そうですね、思わぬ掘り出し物が眠っていそうだ」

 

 

 あ、これ絶対来るノリだ。

 でもまぁ店に来るだけならあんまり問題ない……はずだ。

 綱手や三代目も結局厄介事は基本持ち込まなかったし、俺は警戒しすぎなのかも知れない。

 

 

「今度教え子と一緒に行こうと思いますのでその時は宜しくお願いします」

「教え子ですか?」

「えぇ、今年の卒業生を受け持つことになりましたので」

 

 

 この若さで下忍を任される事もあるのか……優秀だからか?

 何にしても来る客を拒むわけにはいかないからな、大人しく店の掃除でもしておくか。

 俺はその後金髪イケメン凄腕忍者と別れ、シズネの家へと向かった。

 




なんか一個前の話だけ感想の数が異様に多かった……これはNARUTOの人気投票にカツユが台頭してくる日も近いか!?
……正直人化させる予定なかったんだけど、期待の声が少し多かったから何か考えます
外伝という形になると思いますが期待していた方は気長に待ってください


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第49話 ミナト班

 ある日の昼下がり、いつも通り客が来ない店内で読書に耽っていたが、外で話し声が聞こえ客の来訪を感じ取った俺は本にしおりを挟んで机の中にしまうと、店の扉が開いて先日会話を交わした男性と見知らぬ三人の子供が入店した。

 

 

「本瓜さん、来ちゃいました」

「歓迎しますよ、お客なんて数えられるくらいしか来ませんからね。

 で、その子達がこの間言っていた教え子達ですか?」

「えぇ、まだ付き合いは短いですが良い子達ですよ。

 さぁみんな初任務終了記念だ!

 一人一冊だけ僕が本を買ってあげるから選んでおいで」

「お、マジで!」「……はい」「やった! 先生太っ腹~!」

 

 

 三人がそれぞれ店内に散開し、欲しい本を探し始める。

 活発そうでゴーグルを付けた男の子は冒険譚とかが置いてある棚へ、白い髪で落ち着いた印象がある男の子は辞典等が置いてある棚へ、そして紅一点である頬に紫の化粧を施した女の子はファッション関係の本が置いてある棚へと向かい、波風ミナトは本棚へと向かわずにカウンターに寄りかかった。

 

 

「波風さんは見ないんですか?

 少し位ならおまけしますよ?」

「本を探すときはじっくり吟味して探すから一人で来たときにします。

 今日はみんなが主役って事で」

「そうですか……ところで初任務がどうとかって言っていましたけど、任務の帰りなんですか?」

「一応そうですね……ま、ただのペット探しだったんでみんなは不満だったみたいですけど」

「あ~、下忍の内はそういう任務ばかりだって言いますしね。

 戦時中は違いますけど、戦いなんて無いに越したことありませんから良いことじゃないですか」

「確かに戦いは無い方がいいですね……ただ忍者になった以上戦いを避けることは難しい。

 ましてや大戦が近いこの時期となると余計に」

「……近いんですか?」

「他国の動きに不穏なものが多いので、おそらく三年以内に開戦すると俺は考えています」

「そうですか、ならそれまでにあの子達が命を落とさぬように鍛えてあげなければいけませんね」

「言われるまでもないですよ、僕もあの子達を死なせたくありませんからね」

 

 

 そう言って苦笑する波風ミナトだったが、その目は炎を内包したような熱い思いが見え隠れしていた。

 伝わってくる意志の強さに若干気圧されたが、店内に響く子供の声で我に返る。

 

 

「あんた達いい加減にしなさいよ!」

「止めんなリン、俺は一発コイツを殴んなきゃ気が済まねぇ!」

「じゃあ殴りかかればいいだろ……まぁお前程度の拳速で俺を殴れるとは思えないがな」

「カカシ君!」

「上等じゃねぇか、吠え面かくなよ白髪野郎!」

「オビトも落ち着いて!! もう先生どうにかしてください!!」

 

 

 子供は風の子元気な子……って言うけどそれを店の中で発揮するのは止めて欲しい。

 今店の中には三人の子供と保護者が一人いるわけだが、その保護者は微笑んでいるだけで暴れる子供達を止める気配がない。

 客とは言え怒鳴りつけてやりたい所だけど、とりあえずは保護者に一言苦言を呈す。

 

 

「……うちは本屋であって遊技場じゃないんですが?」

「あの子達も流石に商品に傷を付けたりはしませんよ。

 少しばかり埃が舞うかも知れませんが」

「それが嫌なんですよ、ここは俺一人でやっている店だからね。

 掃除するのも一苦労なんだ」

「あぁそうでしたか、そこまでは思い至りませんでした。

 ですがそれならどうして本瓜さんはあの子達を止めなかったんですか?」

「ただの本屋に子供とはいえ、忍者を止める事なんて出来ませんよ」

「ただの本屋には仕込み絡繰りなんてないはずですけどね」

「……何のことかな?」

 

 

 おいおい、見ただけで分かったのかよ……今まで初見で仕掛けに気付いた人なんていなかったぞ?

 やっぱり警戒はしておいた方が良いなこの人。

 俺は変わらず穏やかな顔をしている波風ミナトに対する警戒レベルを引き上げた。

 

 

「隠さなくてもいいですよ、別にどうかしようってわけじゃないですしね。

 ただ単純に不思議に思ったんですよ。

 何故本瓜さんはそれだけの身体能力があって、尚かつこんなに厳重な警備体制を敷いているのに何処か不安を抱えながら暮らしているのかって」

「その答えは簡単……未来が未知だからだよ。

 突然自分の想像を超えた事態が起こって自分が死ぬかも知れない。

 しかしその時後半歩動ければ死なないで済むかも知れない。

 俺はその半歩のために今も鍛えているんだ……いくらやっても不安を完全には消せないけれど、やらなければもっと不安になる。

 簡単に言うなら弱虫だからって言うのが答えになるのかな?」

「そんな人は弱虫って言いませんけどね」

 

 

 困ったように笑いながら頬を書く彼は俺に視線を向ける。

 まぁ、別に俺が弱虫だろうがそうじゃなかろうが大した問題じゃない。

 問題は何故俺が鍛えていることが分かったかってことだ。

 

 

「ところで……仕込みについては見抜かれても納得は出来るけど、身体能力については誰かに聞いたのかな?」

「いえ? 僕の知り合いに貴方に似たリストバンドをしている人を知っているのでそこから……ね。

 それにさっき机に軽く腕をぶつけたときに鈍い音が鳴っていたのを聞いて確信したよ。

 普通のリストバンドじゃそんな音ならないしね」

 

 

 うわぁ完全に俺の不注意っていう……にしてもこのリストバンドもそろそろ買い換え時だな。

 この重さじゃあんまり苦にならないし、何よりすり切れて中から重りが落ちてきたら危ない。

 微妙に出費が増えることにため息を吐きつつ、今だヒートアップを続ける子供達に目を向ける。

 ……微妙に一触即発臭い雰囲気を醸し出している様だ。

 先程止めたきゃ自分で止めろみたいな事を言われたが、万引きや強盗以外に仕掛けを使うつもりは無いので、保護者に目で「とっとと止めて来ないと出禁にするぞ」と伝える。

 それが伝わったのか、彼は小さくため息をついてゆっくりと喧嘩の仲裁へ向かった。

 その御陰で店内で殴り合いは起こらなかったが、聞いていた限り後日試合を行うんだとか……にしてもあの白髪の子あの歳で中忍って凄いな。

 カカシってどっかで聞いたことあるような気がするが、白髪で生意気なキャラなんて記憶に無いから何とも言えない。

 結局その後子供達は普通に一冊ずつ本を選んで店を後にした。

 それに合わせて波風ミナトも普通に店を出ていったが、去り際に小声で「何時か組み手でもしましょう」とか言ってきたのは完全に聞かなかったことにしようと思う。

 



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第50話 想い

 大戦が終わったと安心してから三年、また戦争が始まった……それも前回よりも厄介な疲弊するだけの戦争が。

 上層部も引くに引けない状況にあるのか、各国は廃れていくばかりの状況にも関わらず戦闘の数だけが増えていく。

 平和の象徴とも言える文化の発展はなされず、兵器開発や戦闘技術の向上だけが発展する。

 戦争は後の世に様々な恩恵をもたらすこともあるが、一般人にとって未来の発展よりも今日の平穏の方が大事で、今の状況は決して良いとは言えない。

 実際俺の店の売り上げも激減している……元からそんなに売り上げが良いというわけではないが、良く来る客が任務とかで来れなくなったのは痛手になっている。

 偶に店に来ていた未来の四代目もさっぱり来れなくなり、その生徒も任務が増えて忙しくなり足を運ばなくなった。

 みたらし父子も暫く来ていないし、綱手や三代目なんてもっと来ていない。

 最近唯一来た客と言えば任務で遠征すると報告に来たシズネ位だ。

 俺は思わず開店当初の閑古鳥の鳴く店内を思い出し、ため息を吐く。

 

 

「どうかしましたか?」

「いや、綱手が初めて店に来た頃の事を思い出していてね。

 あの頃も客が来なかったから」

「しょうがないですよ……戦争中ですから」

「しょうがないか……ところで今綱手は何をしているのかな?

 戦闘中とかだったら君を還した方が良いと思うんだけど」

「大丈夫ですよ、今綱手様は偵察任務中ですから」

「偵察って何を?」

 

 

 そう俺が聞くとカツユは俺の眼をジッと覗き込んで、「誰にも話してはいけませんよ?」と最初に告げてから任務の内容を説明してくれた。

 その内容は二尾の人柱力に関する調査らしい。

 尾獣である二尾は猫又であり炎を操ることが出来るのだが、人柱力の情報は殆ど無いらしく、今後戦争に出てくる可能性を考えて実力がある忍を偵察に行かせることになったのだとか。

 尾獣についての知識は一般レベル+α(九尾については若干)位しかない俺は二尾が猫又だって事すら知らなかったわけだが、知らなくても別段困る事なんてない。

 会う可能性なんて皆無だし、色々と忘れ始めているとはいえ俺が覚えてないってことは大筋に関わっているわけじゃないはずだから、へぇそうなんだ位の感想しかない。

 むしろこの間シズネが話していた霧隠れで受験生皆殺しにした卒業生がいるって事の方が気になる。

 桃地再不斬……記憶に微かだけど残っている名前。

 原作の序盤に出てきた敵の一人であり、格好良く果てた男……NARUTOの格闘ゲームではよく彼を選んでいた。

 そんな彼もまだ小学生位の歳だと考えると原作までまだ結構あるんだなと改めて実感する……まぁだからどうなるってわけじゃないんだが。

 

 

「これ以上は流石に機密情報になるので言えませんが……」

「あ、うん、ありがとう。

 ところで一つ聞きたいことがあるのだけど、人柱力って何で避けられるのかな?

 尾獣が凄い危険な生物だって言うのは何かの本で読んだ事があるけど、封印された人は危険な生物を身の内に封じてるんだから褒められこそすれ、蛇蝎のごとく嫌われる理由が俺には思いつかない」

「人柱力が嫌われるのは、殆どの場合が力に呑まれ暴走するからです。

 一度暴走すれば周囲の人間を無差別に襲いかねない相手と仲良くなるのは決して簡単なことではありませんから」

「何時爆発するか分からない起爆札の様なものってことか……それは確かに付き合いが難しそうだ」

「ですが完全に御している状態ならば印象は反転します。

 例として木ノ葉の人柱力、うずまきクシナ様。

 かなり強力な封印術で封じているので引き出せる力が小さいですが、代わりに暴走の危険性は殆ど無く、優秀な忍と言うことで一目置かれています」

「そうなんだ……」

 

 

 出来ればそのままでいて欲しいけれど、何時かは分からないが九尾に木の葉を襲撃され、その際に新たな人柱力も生まれる。

 おそらくその時にクシナ様から新しい人柱力へと変わるのだろう。

 そしてその人物こそがこの世界の主人公であり、四代目の一人息子でもある‘うずまきナルト’なのだと思う……名字同じだし。

 まぁ彼は本とか読むタイプじゃないから俺と関わることはないだろうが。

 

 

「ところで私も一つ聞いていいですか?」

「ん、何かな? 色々教えてもらっているから俺に答えられることなら何でも答えるよ」

「シズネ様の事なんですが……お元気ですか?」

「シズネちゃんか……とりあえずこの間会ったときは元気だったけど」

「そ、そうですか! 良かった……」

 

 

 安堵のため息をつくカツユに俺は首を傾げる。

 この反応から見るになんかあったんだろう……何となく大事じゃなさそうだから特に聞かないけど。

 そう思っていた俺だったが、カツユはそうは思わなかったらしく、意見を聞くためにか俺にその時の状況を話し始めた。

 話はそう難しい事じゃなく、ただ綱手がシズネに説教してシズネが凹んだっていうだけだ。

 

 

「私はその後すぐ還されてしまったので、どのような顛末になったのか知らなくて不安だったのです。

 綱手様はシズネ様をとても可愛がっておられますから、もしお二人が仲違いしてしまう様なことがあれば私は……」

「心配しすぎだと思うよ、確かにシズネちゃんはまだ子供だけど分別の出来ない子じゃない。

 綱手が自分の事を思って叱るんだとわかっていると思うよ。

 それにあの二人が仲違いするわけがないだろう?

 綱手はシズネちゃんを妹の様に想っているし、シズネちゃんも姉の様に想っているんだから……血は繋がっていないけど、其程の縁っていうのはそう簡単に切れるものじゃないさ」

 

 

 まぁ将来的には姉妹って言うよりも主従に近い形になると思うけど……博打に精を出す主人と突飛なことに弱い従者にね。

 俺はその後もカツユと歓談を続け、戦時中とは思えないほど穏やかな日中を過ごした。

 



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第51話 訓練風景

 アンコが下忍に、シズネが中忍になりました。

 だからといって俺に何かが起こるわけではなく、変わったことと言えば二人が来る頻度が減ったことくらいだろう。

 シズネは綱手に本格的な医療関係の知識や技術を学び始め、アンコは大蛇丸の下に配属された……現状大蛇丸はアンコの話を聞く限り少し無愛想だけど頼りになる忍者らしい。

 尊敬してる相手でもあることだし、多少目が曇っている可能性も無いわけではないが直接的に何かがあったわけでもないので俺としては何も出来る事はない。

 薄情とか言わないでくれよ? 俺としては引き離したいと思わなくもないんだが、特に目立って何かしているわけじゃない相手に言える事なんて皆無に等しいんだから。

 思考をそこで一旦打ち切り、目の前の相手を倒すべく気持ちを切り替える。

 

 

「今日こそ倒させてもらうぞ、アポピスの化神!」

 

 

 攻撃力1600守備力1800の上半身が人型、下半身が蛇のモンスターに啖呵を切る。

 彼の顔には何の表情も浮かんでいないが、彼の背から生える蛇頭が舌をピチピチと動かし、掛かって来いと合図する。

 俺はそれに答えるように思いっきり地面を蹴り相手の懐へと飛び込もうとするが、相手も慣れたもので左手に持つ盾で俺の身体を弾く。

 勢いをそのまま流された所為で横にかなり飛ばされるが、一度宙返りすることで勢いを緩めて着地する。

 

 

「やっぱり勢いで押し切るのは無理か……ならこれはどうだ!」

 

 

 右手にチャクラを込め硬質化、更に左手にチャクラを流した糸を垂らす。

 この戦法は俺が十年近く掛けてようやく形にしたもので、簡単に言えば縛って斬る戦法だ。

 出来ればチャクラ糸に切れ味を持たせて某執事の真似事をしたかったんだが、そこまでの才能は俺には無かったのでこれに落ち着いた。

 手始めに俺は五本のチャクラ糸を伸ばして捕縛を試みるが、それで捕縛できるような相手ならここまで苦戦はしない。

 アポピスの化神は流れるように糸を躱し、ついでとばかりに五本全ての糸を切断する。

 その光景に舌打ちしたい気持ちを我慢しつつ、チャクラを込め直して再度捕縛を試みた。

 しかし同じような手が通じるはずもなく、今度は糸を切らずに下半身の蛇腹を地面に擦りつけながら此方に接近し俺へと斬りかかる。

 即座に右手のチャクラメスで剣を受け流すが、左に持つ盾への注意を怠り、顔面を盾で殴りつけられた。

 衝撃に耐えて踏みとどまるよりも、受け身を取った方がダメージが少なくなるために自分から転がったが、立ち上がるまでの僅かな時間は無防備に近い。

 そんな隙を相手が逃すわけがなく、追撃がくる。

 俺は右上段からの袈裟斬りを無様に転がって避け、右手に目掛けて糸を伸ばす。

 今度は上手く絡ませることに成功した様で相手は剣を落とした。

 

 

「剣さえ無くなれば俺にも勝機がある!」

 

 

 新たに出した一本の糸を剣へと伸ばし、俺は勝利を確信する。

 だがそれは一瞬で覆った。

 相手は尾を上手く使って剣を回収すると、そのまま糸を切り裂いて盾をフリスビーのようにして俺に投げつける。

 盾は薄いとはいえ金属製……当たれば痛いだけでは済まない。

 慌ててチャクラメスで盾を弾き落とし、相手の動向を知ろうとした時には俺は詰んでいた。

 いつの間にか手に持ち替えた剣を俺の首筋に添え、ジッと俺の眼を覗き込むアポピスの化神を見て、糸を戻してチャクラメスを消す。

 

 

「降参降参、この状況からは勝てないよ」

 

 

 彼は俺の言葉を聞き、剣を鞘に戻し盾を腰に着け直した。

 人型の顔は無表情で感情を表さないが、蛇頭の方は明らかに嬉しそうだ。

 目を細め、舌をピチピチ動かして喜びを表現している。

 悔しくないとは言わないが、こうして喜んでいるのを見ると少し和むから、俺は何度負けても苛立ったりしないのだろう。

 

 

「だからといって負けっ放しでいいとは俺も思わないわけだが……」

「?」

 

 

 両頭を共に傾げ、不思議がっている彼に「何でもない」と告げ、いつも通り自由にしていていいと指示すると中々の速さでそこから移動してしまった。

 何処までも広がっているゾーンの中を探検でもしてるんだろう。

 俺は苦笑しつつも、別の訓練を開始する。

 

 

「魔幻・奈烙見の術!」

 

 

 懐から出した鏡を前に印を組み、自身に幻術を掛けて精神的に鍛える訓練。

 魔幻・奈烙見の術は対象がもっとも見たくないものを見せるという幻術で、俺の場合は……。

 

 

「この人外魔境に放り込まれるわけだが……こんなの現実で起こったら正しく絶望しかないな」

 

 

 眼前に広がる悪夢。

 憤怒の表情でこちらを睨む三代目と五代目の火影と九尾の人柱力。

 幻術だと分かっていてもかなりの危機感を感じる光景だ。

 ちなみにこの幻術に出てくる相手は俺が戦いたくない相手が基本なので、木の葉の三忍だったり、九尾だったり、空想の化け物だったりと割と無作為だったりする……今回ほど酷いのは未経験だが。

 流石に回数こなしてるから多少慣れたが、当たれば消し炭になるような火遁や、地面をたたき割る打撃、とんでもないスピードで迫ってくる黒い獣が四方八方から襲ってくるのを見るのは心臓に悪い。

 しかもこれはあくまで想像な訳だからこれ以上な可能性もあるわけで……怖いわ原作登場人物。

 どうせ臨場感抜群なものを見るなら、映画やらアニメやらを見たいよ。

 俺はとりあえず当たらないと分かってはいるが、出来るだけ攻撃に当たらないように動き回る。

 これで精神鍛錬+肉体鍛錬で一石二鳥。

 左右から迫る五代目と主人公の攻撃を紙一重で躱し損ねつつ、落ち込むまもなく上からとんでもない数の手裏剣が降ってくる。

 一つため息をついて躱すことを諦め、俺は手裏剣の幻影に埋め尽くされた。

 全てが終わると同時に幻術は解け、辺りを静寂が包み込む。

 

 

「だいたい一分位……最長記録かも知れないな」

 

 

 この術が解けるのは俺が気絶するか、俺が現実で受けたら死ぬような攻撃を食らった場合だ。

 後者の場合は自分で解くんだが、ここに俺は自分ルールを組み込んでいる。

 ただ罰ゲームを決めて維持できた時間が短いほど内容が悪化するって言うだけで、術を弄っているわけではないのであしからず。

 

 

「今日は頑張ったから逆立ち指立て伏せ、ぶら下がり腹筋、スクワットを100回ずつだな」

 

 

 今日の反省点を脳内で整理しながら罰を実行する。

 最近の一人修行はこんな感じだ。

 これに気になった魔法や罠の実験とかがプラスされたりするが、基本はこれ。

 この場にカツユがいればもっと効率的且つ実戦的な訓練も出来るのかも知れないけど、いくらカツユとはいえ俺の全てを教えるわけにはいかない……というか誰にも教えるつもり無いけどね。

 全ては日常を守り、死亡フラグを立てないため!

 

 

「俺は負けないぞ……俺はこの戦乱を、未来に起こるであろう事件を生き残る!!」

 

 

 俺は決意を声に出して、指立て伏せをスピードアップさせた。

 ………ところで九尾っていつ来るんだろうか?

 



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第52話 提案

 開戦から四年……戦いは終わり、木の葉に再び平和が訪れた。

 沢山の犠牲者が出た凄惨な戦争だったが、遂に戦争は終わったのだ。

 ただ俺の身近にも犠牲者がいるので表だって喜ぶことは出来ない。

 偶に店に来ていた子が一人戦死、他にも常連客が怪我をしたりとまだ戦争の傷跡は残っている。

 しかしいいニュースも零ではない。

 例えば四代目火影に波風ミナトが就任したこと。

 三忍の一人である大蛇丸も立候補していたようだが、万人に人気がある人物じゃないためか惜しくも落選していた。

 その事で彼を慕うアンコが少し落ち込んでいたが、里の殆どの人は沸いた。

 人柄も良く、実力も申し分ない新たな火影。

 四代目には奥さんがいるとのことで、女性陣は大分残念がっていたがそれ以外には不満らしい不満が出ないという程の慕われっぷりに、俺は若干引いていたりする。

 火影になる前までは偶に店に来ていたことは普通の人なら歓喜するべき事なんだろうけど、明らかに俺を探っていたっぽいし、何より微かに漂う腹黒臭が俺はどうも苦手だった。

 悪い人では無いと思うんだが、脛に傷ある身……とまではいかないまでも、探られたくない事が少なからずある俺としては厄介者以外の何者でもないわけだ。

 流石に火影になってからは直接店に来ることは無くなったが、彼が来ていたと言う噂が立ち新規の客が入るようになったことには少し感謝している。

 後地味に三代目も良く来るようになった。

 火影の座を退いて少し時間が取れるようになったのだろう……他にも理由はありそうだが、深入りするつもりは無いので聞く気はない。

 俺の周りの変化なんてこの程度だ。

 他に上げるとするなら砂隠れの里と同盟を結んだお蔭で、砂隠れからの客が少し増えた位だろう。

 

 

「で、お主は何時になったら儂の話を聞く様になるのかの?」

「貴方が俺の変化を解こうとしなくなったらですよ、三代目火影様」

「儂はお主が不老であることを知っているのだから別にかまわんじゃろ。

 お主だってずっと変化したままだと疲れるだろう」

「慣れてますので」

「頑固じゃのぅ……まぁいいわい。

 今日はそんな話しに来た訳じゃないしの。

 本題に入ることにしよう」

「どうせまた忍者にならないかって言う話でしょう?

 何度も言ってるじゃないですか、嫌ですって」

 

 

 三代目がまた店に来るようになってから、俺はほぼ毎回忍者にならないかと誘われている。

 その度にハッキリ断っているんだが全く諦める事がないその姿勢には頭が下がるが、だからといって忍者になるつもりは微塵もないのでこの話題は常に平行線だ。

 

 

「はぁ……今日も駄目か。

 いい加減折れてくれても良いと思うんじゃが?」

「そちらこそいい加減諦めてくれても良いと思うんですが?」

「儂はお主のためにも忍者になった方が良いと思っておるんじゃがのぅ」

「それは金銭的な事ですか? それともこの体質のことですか?」

「両方じゃよ……下忍でも頑張れば今よりは稼げるし、体質のことも隠しやすくなるからの」

「それは魅力的ですね……ですがお断りします」

「やはりそうなるか、まぁ気長にいくとしよう。

 じゃあもう一つの本題じゃ」

「もう一つ?」

「昔交わした約束を覚えておるか?」

 

 

 三代目とした約束なんてあったか?

 過去を振り返り、それに当て嵌まりそうなものを探すが、一向に思い浮かぶものがない。

 三代目もそれが分かったのか俺に内容を伝える。

 

 

「不老の事を隠す代わりに一度だけ儂に手を貸すという口約束じゃよ」

「あ~そんな約束したような気がしなくもないですね」

「その約束、もしかすると近々動いてもらうことになるかもしれん」

「何かあったんですか?」

「まだハッキリとはしていないが、お主に暗部として動いてもらうことがあるかも知れん」

「暗部を語るには実力不足のような気がするんですが?」

「じゃが暗部なら顔をさらす必要もない上、詮索もされん。

 それにまだ確定した訳じゃないんじゃ。

 ちょいと里の中で怪しい動きがあるんで念のためってやつじゃよ。

 もしお主に手伝いを頼むとしてもアレを呼びだしてくれと頼むだけになるかもしれんからそこまで危険なものでもなかろう?」

 

 

 三代目が言うアレっていうのはおそらく‘死者への手向け’を発動した時に出てくるレムのことを指してるんだろう。

 それ以外に三代目の前で何かを呼びだしたことなんて無いし。

 

 

「別にそれだけなら構いませんが、ただレムは日に三度しか呼び出せませんよ?」

「と言うことは三人までということか……使いどころが重要になりそうじゃな。

 そう言えばお主自身は今どの位の力を持っているのだ?」

「どの位……と言われても比較対象がいないので答えようが無いのですが」

「それもそうか……うむ、では猿魔と戦ってみるか?」

「戦ってみるかと聞かれても、まず猿魔っていうのが何か知りませんし、そもそも戦いたくないのですが?」

「まぁまぁ、良いではないか……荒事嫌いのお主に何も無料で戦えとは言わん。

 戦いさえすればお主に一つ術を教えよう」

「………どんな術ですか?」

「影分身の「何時やりますか? 俺は何時でも構いませんよ?」……やる気になってくれて何よりじゃよ」

 

 

 何か三代目が引いてるが、そんなの関係ねぇ!

 影分身だ、影分身!!

 縄樹が昔使っているのを見たが、見ただけじゃ使えず諦めたあの術だ!

 正直戦闘はしたくないが、命の掛かっていない戦闘……それもおそらく強者との戦いになる。

 そんな相手に今の俺の力が何処まで通じるか試す良いチャンスだし、実戦経験も積めるのだから悪くない条件だ。

 デメリットも無いわけではないが、メリットの方が明らかにデカいのだから断る理由が見当たらない。

 

 

「では次の休日に訓練場を貸し切っておこう。

 向かえに行くから朝十時までに用意を完了しておくんじゃぞ」

「分かりました……ただ一つ心配が」

「分かっておる、訓練場までお主が手裏剣か何かに変化しておれば儂と共に行動していることも怪しまれまい。

 訓練場までは儂が運ぼう」

「それなら俺からは何も言うことはありません。

 十時ですね、忘れないようにします」

 

 

 三代目はその言葉に「うむ、ではな」と短い返事を返して、瞬身の術で店から消えた。

 影分身の術に惹かれて返事をしたが、これが良い決断だったかどうかはまだ分からない。

 果たしてこれが吉と出るか凶と出るか……それを知るのは未来の自分のみ。

 



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第53話 猿魔

 約束の日、朝十時ピッタリに訪れた三代目に連れられて、着いた先はごく普通の訓練場。

 木の葉には幾つか訓練場があるのでその一つなのだろう。

 人の気配は感じないのでおそらく覗いている人はいないはず……流石に暗部や上忍が全力で気配を消してたら俺じゃ気付けないんだけどね。

 

 

「さて、では始めるとするか。

 お主も変化を解け」

「その前に一つ聞きたいことがあるのですが、誰かがここに来る可能性は?」

「それについては安心して良い。

 これから三十分の間人を近づけない様にと伝えてある。

 それにお主がこの仮面を着ければ問題あるまい?」

 

 

 そう言って白塗りで目の部分に穴が開いただけの簡素な仮面が変化を解いた瞬間に手渡された。

 顔が露わになる前にそれを着け、万が一に備える。

 

 

「これでお主の準備は完了じゃな。

 では今度こそ始めるとしよう、忍法・口寄せ……猿猴王・猿魔!」

 

 

 三代目が地面に手を置いた瞬間に白い煙が広がり、その中から白髪でがたいの良い男が現れた。

 パッと見は山賊のようにも見える見た目だが、その双眼には高い知性を漂わせており、見た目通りの野蛮さは無いだろう。

 猿魔は辺りを軽く見回し、三代目へと向き直った。

 

 

「猿飛、今日は俺に何をさせたいんだ?

 戦闘中というわけでもなさそうだが」

「今日はそこにいる者の力量を測って欲しい。

 要は模擬戦じゃよ」

「それなら猿飛の方が向いとるだろうに……まぁいい、そこの」

「はい?」

「揉んでやるから好きに掛かってこい」

「用意は出来たようじゃな……では始め!」

 

 

 突然の開始の合図に戸惑う俺だったが、猿魔はこちらを見てはいるものの構えらしい構えも取らず隙だらけに見える。

 もしかすればそれは誘いなのかも知れないが、この模擬戦に勝っても負けても影分身を教えてくれるのなら色々試してみよう。

 カードの効果を使わずに全力を出す。

 そう心に決め、構える。

 

 

「では胸を借りるつもりで!」

「おぅおぅ、貸してやるからとっとと来い」

 

 

 相手は火影が信頼している相手……小手調べなんてする位なら全力でぶつかった方が良いだろう。

 まずは一撃入れる!

 俺は右足で思いっきり地面を蹴りつけ、正面から突っ込む……と見せかけて相手の間合いに入る前に左に方向転換。

 左側から側頭部目掛けて拳を突き出す。

 しかし猿魔はこちらを見ることすらなく右手で拳を受け止めると、そのまま腕を極めに掛かる。

 そのまま流れに任せては不味いと身体を回転させて腕を弾き、胴体を蹴りつけようとしたがそれも左手で止められたので、蹴り足をバネ代わりに猿魔から距離を取った。

 

 

「ほぅ、身のこなしは悪くないな……少し面白くなってきた」

「それはどうもっ!」

 

 

 純粋な体術だと分が悪そうだ……なら次の手だ。

 俺は両手から五本ずつチャクラ糸を飛ばす。

 十本の糸が縦横無尽に相手を捕らえに掛かるが、猿魔がいつの間にか手にしていた棍で纏めてなぎ払われる。

 半数がちぎれ飛んだが残り五本は猿魔へと届き、その身体を縛りあげた。

 しかし次の瞬間猿魔は煙と消え、代わりに丸太に巻き付いた俺のチャクラ糸。

 

 

「変わり身の術?!」

「その通りだ」

 

 

 真後ろから声が聞こえ、咄嗟に前に転がる。

 微かな振動と共に先程まで俺が立っていた場所に棍が突き刺さっていた。

 スピードもパワーもテクニックも俺より上とか……だがまだ終わってない!

 右手にチャクラメスを纏い、棍を斬りつける。

 その衝撃で棍は地面から抜けたが、猿魔は棍を数度回転させ肩に担ぐ。

 

 

「傷一つ付かないのか……なんて堅さだ」

「自慢の棍だからな、さて次は俺から攻めよう。

 死なない程度に手加減するから安心しな」

 

 

 猿魔がそう言うのと同時に棍を俺の頭目掛けて振り下ろす。

 勢いからいって当たれば俺の頭が柘榴のようになりかねない。

 俺は咄嗟にチャクラメスで棍の側面を斬りつけ、軌道を僅かにずらした上で反対側に跳ぶことで回避。

 そのまま地面に振り下ろされた棍は土を二メートルほど巻き上げ、猿魔の姿を土埃で隠す。

 こちらから見えないと言うことは相手も見えないと言うこと……ならば今幻術を使えば良いのでは?と考えて俺は印を組もうとするが、そんな隙は与えんとばかりに砂煙の向こう棍による連突が放たれた。

 その内の一撃が俺の腹に当たり、胃液が口まで上がってくる。

 しかしここで吐いていては的にされるだけだと、吐き気を無理矢理飲み込み、バックステップで大きく距離を取った。

 俺が距離を取ったと分かったのか、連突が止まり、砂煙の中からゆっくりと猿魔が出てくる。

 

 

「俺の一撃を食らっておきながら倒れないとは、良く鍛えているな。

 手加減しているとはいえ、血反吐を吐いていても可笑しくない手応えだったのだが」

「もう少し……手加減してほ……しいですね」

「これ以上手加減してはお前のためにならんだろう。

 どうせなら短期決戦で学べることを学び取った方がいい。

 流石に急所は狙わんが、今までよりも少し力を入れるからお前も気合いを入れろよ」

 

 

 今まで構えらしい構えを取らなかった猿魔が初めて構えた。

 その事に若干寒気を感じながらも、最後くらいは真っ正面からぶつかってみようと俺は右手に可能な限りチャクラを集中させ、向かい打つ準備をする。

 腰溜めの姿勢を取り拳を脇腹の辺りに添え、何時でも拳を打ち出せる状況だ。

 猿魔も棍の先端を俺に向け、準備万端。

 風の音が聞こえる……そして風に乗って一枚の木の葉が俺と猿魔の間に舞い落ちた次の瞬間、猿魔の棍が俺目掛けて凄まじいスピードで伸びてきた。

 回避するか? いやもう間に合わない……なら打ち返すしかないだろう!

 俺は右手の拳を限界まで握りしめ、全身全霊を懸けた右の正拳突きで迎え撃つ。

 チャクラを纏った拳が棍に触れた瞬間、右腕が吹き飛ぶかと思うほどの衝撃が生じたが、全力でその場に踏みとどまり、棍を押し返そうとする。

 しかし棍の勢いは止まらず、拳が徐々に後ろへと持って行かれる。

 数秒の拮抗……いや対抗も虚しく、俺の身体は高速回転しながら地面に叩きつけられた。

 地面に叩きつけられた衝撃で意識が遠のこうとしていたが、猿魔と三代目の声が聞こえ、無理矢理意識を留めようとする。

 

 

「数秒とはいえ踏みとどまるとは……中々頑張ったな」

「やり過ぎじゃ、全く……でどうじゃった?」

「上忍未満中忍の中位以上といったところだろうな」

「そうか……流石に独学では厳しいものがあったか」

「こやつ忍じゃないのか!?」

「少し訳ありでな……上忍未満ならば暗部の仕事は任せられそうにないか。

 ならばやはり別の者を使わねばならんな……出来ることなら精神が成熟しきっている者に任せたかったのじゃが」

「猿飛よ……俺には全く状況が飲みこめんのだが?」

「お主には後で話そう、とりあえず今はこやつの治療を先にせんとな。

 別段大怪我を負ったわけでもないじゃろうから、病院に行く必要はなかろう。

 こやつの家に運ぶぞ、手伝え猿魔」

「後で話を聞かせてもらうからな」

 

 

 二人の会話はそこで途切れ、俺の意識もそこが限界だった。

 翌朝俺が目覚めると、そこは家の居間でテーブルの上に影分身のやり方を箇条書きにした巻物が置いてあり、横に「応急手当はしておいた、一週間もしない内に治るじゃろうから安静にしてくように」との書き置きが置いてあったので、よし臨時休業だ!と割り切り、痛む身体でもう一度布団に転がり、二度寝することに決める。

 模擬戦で殆ど手も足も出なかった事を思い返し、少しだけ悔し涙を流したのは自身と枕だけの秘密だった。

 




PS VITA TVを買い、某猫型ロボットの中の人が白黒熊を演じるゲームをプレイ中
そしてクリア次第神を喰らう作品をやる予定……あぁ時間が足りない
艦娘のレベリングもしたい……後少しで金剛が改二になるしね


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誕生の章
第54話 九尾来襲


 四代目の子供が生まれそうらしく、里がお祝いムードで盛り上がる中で一人アタフタしている俺。

 何故俺が慌てているかというと、分かる人は分かるだろうが……四代目の子供が生まれるって事は九尾が攻めてくるって事と同義なんだよ!

 四代目は九尾を生まれたばかりの我が子に封じて死に、クシナ様もおそらくその時に亡くなるのだろう。

 九尾の襲撃で亡くなっている人も結構居たはずだから、おそらく短くない時間九尾が暴れる事はほぼ確定している。

 問題は遂に来た木の葉の里一つ目の重大イベントをどうやり過ごすかだ。

 この世界に来て三十年、今日に備えて何度も何度もシミュレーションしてきたのだけど、いざその時が来るとなると、不安で堪らない。

 死んでしまうかも知れない、そうでなくても店が物理的に潰れるかも知れないと考えると落ち着いてなんかいられるはずもなく、かれこれ三時間ほど忍具の手入れをしているのだ。

 既にピカピカのクナイや手裏剣を研磨し、結界符の確認を繰り返し続ける。

 しかし四時間目に突入する前にそれは強制的に中断させられた……遂に来たのだ。

 里に響き渡る轟音と衝撃、店の中の本が棚から落ちて床に散らばる。

 俺は震える足を一度強く叩き、無理矢理震えを押さえると、状況を確認するために店の戸を開けた。

 眼前に広がっていたのは所々に立ち上がる黒煙と遠くに見える巨大な九尾を持つ狐。

 

 

「あれが九尾……デカ過ぎるだろうが」

「おい! アンタもそんなとこで立ち止まってないで早く避難した方が良いぞ!」

「そうよ、四代目様と三代目様がきっと何とかしてくださるわ。

 私たちは邪魔にならないように早く逃げないと」

 

 

 そう言い残して俺の目の前を走り去った男女二人組を目で見送りながら、今からどうすべきか改めて考える。

 案は三つ、倒すために戦うか、守るために戦う準備をしておくか、全部無視して逃げるか。

 だが今後のことを考えるのなら選択肢は一つしかない。

 店と自身の命を守るために消極的な戦闘参加。

 これが俺の選べる唯一の道。

 故に俺は店を背に九尾の動向を見続ける。

 事前に用意しておいた攻撃無効化系罠三つと‘デモンズ・チェーン’、火事場泥棒対策の結界符を使う機会がないと嬉しい。

 九尾に向かって四方八方から火遁や水遁の術が飛び交う中、偶に見える強い光がおそらく四代目なのだろう。

 一度九尾の口から黒い球が発射された瞬間に何処かに飛んでいったのも四代目の仕業かな。

 

 

「出来ればそのまま四代目には九尾の相手をしてもらいたいけど……」

 

 

 暫く見守っているといつからか九尾の周りで光が明滅しなくなり、九尾に飛んでいく術の数が増えた。

 九尾自体も動き始め、徐々に里への被害が増えて来ている。

 まだ1km程離れているが、偶に家の屋根とかが飛んできたりするから気を抜けないしその気になれば此処までひとっ飛びだろう。

 そんなことを心配している間にまたこっちに近づいてきた。

 忍者が屋根伝いに飛び回り、九尾を取り囲み全員がほぼ一斉に火遁、土遁、水遁、風遁、雷遁を放つが、九尾には全くダメージを与えられていない。

 また一歩近づく。

 遂に九尾の間合いに俺の店が入ってしまった。

 九尾の何気ない一歩が俺の店を踏み砕こうとする。

 

 

「何でよりによってこっちに来るかな……何にしてもこのまま店ごと潰されるわけにもいかないし、 とりあえず防がせてもらう!

 罠発動‘デモンズ・チェーン’」

 

 

 俺の言葉と同時に九尾の周囲に六本の長い燭台が現れ、燭台に繋がれている緑色の鎖が九尾に巻き付こうとする。

 その光景に驚いてか、周囲から飛んできていた術は止み、術者を捜そうと数人の忍が動き始めた。

 俺は発動する寸前に店の中へ引っ込んでおり、彼らが俺と術者とを結びつけることはないだろう。

 俺の店の前でこうなった事で三代目辺りは怪しむかも知れないけど、証拠なんてないから問題ない。

 戸の隙間から九尾の様子を見るが、しっかりと捕らえられてくれたようだ。

 ‘デモンズ・チェーン’の効果はモンスターの特殊効果と攻撃を封じる罠。

 九尾の特殊効果がどういう扱いになるのかは知らないけれど、攻撃を封じるだけでも十分に意味がある。

 鎖が細いから九尾の姿は未だにしっかりと見られるが、行動はかなり制限されているようでかなり苛立っているようにも見えた。

 この調子で最大持続時間の一日保てば何かしらの対策(再封印など)が出来るのではないかと思い、「原作どうしよう」という考えが頭の中を駆け巡ったが、良くも悪くもそのままというわけにはいかなくなった。

 九尾が暴れようとする度に拘束している鎖に罅が入り始めたのだ。

 周りで様子を窺っていた忍達もそれに気付いたのか鎖を出来るだけ避けて、再び術を放ち始める。

 そして遂に口に巻き付いていた一本の鎖がはじけ飛んだ。

 一本の燭台につき三本の鎖が付いているので、残りの鎖は十七本。

 口が自由になった九尾は怒りの咆吼を上げ、その衝撃で店が軋む。

 しかも口が自由になったことで九尾の奥の手が一つ使える様になってしまったのだ。

 咆吼を終えた九尾は周囲から飛んでくる術をものともせず、口を大きく開き黒いチャクラで球体を作り上げていく。

 

 

「アレが里の何処かに炸裂したら里の半分位吹き飛びそうだ……くっそ、あれも俺が防がないと駄目なのか?!」

「ヨミトさんはアレを防げるのですか?」

「………どうしてカツユが此処に?」

「綱手様に様子を見てくるように言われてきたのですけれど……そんなことはどうでもいいです!

 ヨミトさんはアレをどうにか出来るんですか!?」

 

 

 カツユが俺の肩に飛び乗って問い詰める。

 少し周囲への警戒が足りなかった様だ……おそらくカツユは裏庭から家を通ってここに来たのだろう。

 結界符は人にしか反応しないし、九尾の動向ばかり窺っていた俺はそれに気付かずに不用意な発言をし、知られたくないことの断片をカツユに知られてしまった。

 だがそんな問答をしている間にも球体はドンドン大きくなっており、どうにかするならこのままというわけにもいかない。

 故に俺は一つの決断をする。

 

 

「カツユ……一つだけ約束してくれ。

 今から俺がすることは誰にも話さないでくれ。

 綱手や火影様にもだ」

「何を「俺は確かにアレをどうにかする事が出来る」……じゃあ何を迷っているんですか!」

「俺は脇役のままがいいんだ……壮大な物語なんかいらないし、英雄になりたいわけでもない。

 だけど特殊な力があることで大きな舞台に上げられてしまうかも知れない。

 ただでさえ俺は異分子なんだから、物語を引っかき回したくないしね」

「何を言って……いるんですか?」

「いや、なんでもないよ……忘れてくれ。

 それよりも見て見ぬ振りはしてくれるかい?」

「……私には答えられません」

「……そっか、それもしょうがないか。

 もし俺が他里のスパイとかだったら綱手に被害が「ただし!!」……」

「私が此処に辿り着く前に此処で何が起ころうと私が知り得る事は出来ませんよね?

 私は今から五分後に此処に到着してヨミトさんと合流、無事を確認した……そう言うことにしておきます」

「カツユ………すまない」

「何がですか? 私は今ココにいないのですから謝る必要なんてありませんよ」

「そっか、そうだったな……今度カツユに美味しいものでも用意してあげないといけないな」

 

 

 肩に乗っているカツユを一撫でして、再び九尾の動向を窺う。

 既に黒いチャクラの固まりは飽和状態になっており、何時放たれてもおかしくない状況だ。

 それを見てカツユは息を呑み、俺に「本当に大丈夫?」と視線で言ってくる。

 しかしその不安を払拭するためにカツユの方を見る余裕も今はなく、俺はただジッとタイミングを逃さないように観察する。

 一秒が永遠に感じるほどの緊張感……しかしそれが弾けるのも一瞬だった。

 九尾の口から禍々しい物が放たれる。

 

 

「今だ! 罠発動‘攻撃の無力化’」

「……なんなんですかアレは?」

 

 

 九尾の放った黒いチャクラ球は空間に開いた穴に吸い込まれ、あっけなく消え去った。

 ‘攻撃の無力化’は相手の攻撃を無効化して、そのターンのバトルフェイズを終了するという効果を持つ罠。

 この世界ではバトルフェイズという物が明確には存在しないので、終了も何もあった物ではないが攻撃を防いだだけでも十分だろう。

 よく分からないものに自身の切り札ともいえるものを止められ、今だ身体には幾つか鎖が巻き付いている。

 九尾の怒りはどれほどのものだろうか……しかし九尾は怒りを露わにはしなかった。

 むしろ全ての感情が消えたかのような無表情で、先程よりも強く暴れ始め、残っていた鎖を全て断ち切る。

 そして火影邸の方へと大きく跳躍した。

 九尾の突然の奇行に取り囲んでいた忍は呆然としていたが、すぐに我に返るとその後を追い始める。

 

 

「何だったんだ?」

「私にはよく分かりません……ですがヨミトさんがこの店を、里を少なくとも一度は守ったのは確かです。

 ……方法はよく分かりませんでしたが」

「無事これを乗り切れたら教えるよ。

 でも今は九尾がまだ里にいるから流れ弾がこっちに飛んでこないように外でしっかり見ておかないと」

「約束ですよ? しっかり答えて頂きますからね」

 

 

 俺はその言葉に応えずに、誤魔化すようにカツユの頭を撫で、ここからでも微かに見える九尾の姿をジッと監視し続けた。

 暫くすると突然九尾の姿が消え、里が静寂に包まれる。

 しかしそれは一瞬で、次の瞬間には里中で歓声が沸き上がった。

 響き渡る火影コール。

 俺はその歓声を遮るように、店の中に戻りカツユにも綱手の元へ戻るように諭す。

 カツユが帰った後、未だに止まぬ歓声を耳にしながら里の人がまだ知らないであろう四代目の死を想い、俺はただジッと夜空を見上げ一滴だけ涙を流した。

 



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第55話 信用

 九尾襲来から一ヶ月……四代目の死去に伴い、三代目が再び火影の座に戻ることになった。

 四代目候補の一人だった大蛇丸は少し騒いだが、経験と実績を持つ三代目に軍配が上がり、特に目立った反対もなかったのでスムーズに火影は決まったのだ。

 九尾の襲来は里に大きな被害をもたらし、死傷者も少なくない。

 家族や友人を亡くし、尊敬すべき火影も失った木の葉の民は失意に満ちていたが、三代目が率先して里の復興に精を出しているのを見て、俯いてばかりじゃいられないと復興に力を入れる人が増えていく。

 戦後に同盟を組んだ砂隠れからの支援もあり、一ヶ月で大分里が元通りになっていた。

 しかし里が元の姿を取り戻し、人々の心に多少の余裕が出てきた事で被害の大きかった者達の心に一つの感情が蘇る。

 それは九尾に対する憎悪や怒り。

 その矛先は一人の赤ん坊に向けられた。

 四代目とうずまきクシナが命を賭けて九尾を封じ込んだ生まれたばかりの赤ん坊。

 その赤ん坊こそがNARUTOという漫画の主人公でもある‘うずまきナルト’である。

 親しい者を亡くした人達は揃ってナルトに殺意を抱いたが、人柱力を殺すわけにもいかず、暗い感情を無理矢理抑え込んだ。

 その上三代目がナルトに物心がついても本人に人柱力であることを告げてはならないと厳命した所為で表立った非難も封じられたことで少なくない人数が不満を口にした。

 こうして身の内に新たな爆弾を抱える羽目になった木の葉だが……ぶっちゃけ俺にはあんまり関係無い!

 四代目が亡くなったのは残念だが、友人と言える程仲が良かったわけでもないし、原作から四代目の死は知っていた。

 なにより犠牲になった親族や友人もいないし、店の被害もそれほどじゃないのだから九尾を恨む気持ちも殆ど無いのだ。

 ただ九尾が来たことで困ったことがゼロというわけではない。

 それは………

 

 

「さぁヨミトさん、今日こそは答えてください。

 あの時九尾の攻撃を止めたのは一体何だったのですか?」

「そ、それは……」

 

 

 カツユが俺の能力について追及してくるようになった事だ。

 シズネ辺りから聞いたのか‘悪夢の鉄檻’、九尾に対して使用した‘攻撃の無力化’。

 彼女はこの二つに加えて、九尾を縛り付けていた鎖も俺が出したのではないかと言っている。

 この件で彼女が此処に来るのは既に五回目。

 いい加減煙に巻くのは難しくなってきた様だ。

 カツユの目から今日こそ聞き出してみせるという強い意志を感じる。

 嘘を教えて誤魔化そうかと考えもしたが、「もし嘘をついて誤魔化したのが分かった時には契約を切らせていただきます」と言われて、発しようとした言葉を飲み込んだ。

 一度深呼吸をして冷静に思考を走らせる。

 忍術の先生で治療術も使えるカツユを失うのと、秘密を一部話す事のデメリットを天秤に掛けて……俺は後者を選ぶことにした。

 

 

「あれは……俺の能力の一つだよ」

「能力……忍術ではないのですか?

 確かに印は組んでいませんでしたが、時空間忍術に似ていました」

「‘攻撃の無力化’はある意味時空間忍術に近いものがあるかも知れないけれど、あれに消されたものが何処に行くのかは俺も知らないし、使う時にチャクラもいらないから忍術ではないよ」

「チャクラを使わないのですか!? ではあれは何度でも使えると言うことですか?」

「そうだったら良かったんだけど、チャクラを使わない代わりに制限が色々とあってね。

 使用回数だったり、発動時間だったり、効果範囲だったりと面倒な部分も少なくないんだよ」

「そうなのですか……鉄の檻を突然出したのもその力でしょうか?」

「そうだな、そう思ってもらっても構わない」

 

 

 前者は罠で後者は魔法なのだが、同じ能力に違いはないし回数制限と効果範囲があるのは変わらない。

 現状知られていることに関しては説明するが、他人の前で一度も使っていないものに関しては今説明するつもりはないし、それは嘘をついていることにはならないだろう。

 だがそれはカツユも想定していたようだ。

 

 

「その能力というのは他にも何か出来るのですか?」

「……黙秘権を行使する」

「あるのですね……出来れば教えて欲しいのですが」

「全ては無理だ。 それを受け入れてくれないのならば契約を切ってもらって構わない」

 

 

 いくらカツユが俺にとって重要な存在だとしても、まだ唯一無二の存在というわけではない。

 なら一生付き合う自身の能力についての情報を全て教える相手には相応しくない。

 もしここで是が非でも俺の事を探ろうとするのなら縁を切ることも考えなければ。

 

 

「そうですか、では全ては教えてくださらなくてもいいですが、もう一つだけ答えてくださいますか?」

「内容次第かな」

「難しいことではありません。 綱手様は貴方にとってどういう存在ですか?」

「能力のことじゃなかったのか?」

「それは答えてくださらないと先程仰ったばかりじゃありませんか」

「それはそうだが……何故突然そんなことを」

「良いから答えてください! 貴方にとって綱手様は何なんですか!?」

「俺にとって綱手は……そうだな、手の掛かる娘みたいな存在だったかな。

 暫く会ってないから前に会った時ならって注釈はつくけどね」

 

 

 カツユが俺の眼を無言でジッと見つめ、そのまま一分程経つと彼女はため息を一つ吐いた。

 張り詰めた空気が霧散し、日常が帰ってくる。

 

 

「……ならいいです。 もうこれ以上問い詰めたりはしません。

 私はヨミトさんを全面的に信用します」

「いいのかい?」

「あまり良くはありませんけど、貴方の先程の目を見ている限り嘘を言っているようには見えませんでした。

 娘の不利益になるような事をするタイプの人ではありませんし、それならば信じても良いと思いましたからもういいんです」

「そっか……ありがとう」

「いえ……さぁ気を取り直して今日も幻術の訓練を行いましょう」

「いや、その前に俺からも信頼の証としてもう一つ俺の秘密を教えるよ。

 この事を知っているのは三代目だけだから誰にも話さないでくれよ?

 綱手は………聞かれない限り教えない方向で頼む」

 

 

 そう言って俺は常に掛けている変化の術を解いた。

 五十代の俺を想像して構成した変化が解け、この世界に来てから全く変わっていない二十代の俺が現れる。

 

 

「え? どういうことですか?」

「俺は歳を取らないから変化で歳を誤魔化してたってことだね」

「歳を取らないって……」

「正確に言うとこの姿の歳から老化が止まったというのが正しいかな?」

「それも能力なのですか?」

「これは能力っていうよりも体質かな。

 黙っていてごめんな……この事を誰かに知られると人体実験とかされそうで怖かったから言えなかったんだ」

「い、いえ、確かに驚きはしましたけど、そういう事情なら仕方ありませんね」

 

 

 かなり驚いたようだが、徐々に落ち着きを取り戻してきたカツユは「どおりで身体能力に衰えが全く見られなかったのですね」と納得していた。

 その後いつも通りの関係に戻った俺とカツユの訓練は夜まで続き、翌朝は少しだけ寝坊することになるのだがそれはまた別の話。

 



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第56話 少女の想い

 里の復興が完全に完了し、平穏が戻ってきたのも束の間。

 大蛇丸が近頃起こっていた忍蒸発事件の主犯であることが発覚し、里は混乱に包まれた。

 三代目が現場を押さえたらしいが、その際に捕らえることが出来ずそのまま大蛇丸は里から姿を消したのだとか。

 一般人が得られる情報はこの程度……これ以上知ったところで何が出来るわけでもないのだから丁度良いのかも知れないが、今回の事で少しだけ俺に問題が降りかかった。

 いや正確に言うとうちの常連さんの一人に共犯者容疑が掛かったのだ。

 大蛇丸の弟子の一人で、彼を尊敬していたみたらしアンコ。

 最近来る頻度が多かった彼女の父が言うには三ヶ月ほど事情聴取や尋問に掛けられ、やっと解放されたらしい。

 そんな彼女が大分疲弊した状態で久しぶりに俺の店へとやって来た。

 見た限り拷問などをされた形跡は見当たらないが、信じていた相手に裏切られたという事実が精神を蝕んでいるのかも知れない。

 彼女は何も言わずカウンター横に置いてある椅子を引っ張り出して腰掛ける。

 俺は彼女が大蛇丸の件について話しに来たのだと感じ、一先ず店を臨時休業にすることに決め、戸に閉店の立て札を掛けた。

 

 

「久しぶり……話はゴウマさんから聞いているよ。

 大変だったね」

「……そうね、少し疲れたわ。

 来る日も来る日も大蛇丸は何処だ、奴は何を考えているって馬鹿の一つ覚えのように何度も聞くのだもの。

 私があの人の共犯者だという明確な証拠がなかったから拷問はされなかったけれど、それでも被害者の家族に会わされたりしたのは少し堪えたわね。

 彼らにとっては私は仇の弟子なわけだから殺意にも似た視線と共に罵詈雑言が飛んでくるのは当たり前なのだと分かってはいるのだけど、ああも直接的な言葉をぶつけられると……ね」

 

 

 そう言ってアンコは10代とは思えない程人生に疲れたような苦笑を見せた。

 あまりに痛々しくて抱きしめてしまいそうになったが、脳裏にチラッとセクハラの四文字が浮かび上がったので寸前で止め、ゆっくりと頭を撫でるだけに留める。

 

 

「あの人が悪いことをしたっていうのは私も分かってる……でも私にとってあの人が先生であることは変えられない。

 危ない時に助けてもらったこともあるし、修行をつけてもらったこともある。

 厳しかったし、何を考えているか分からないような先生だったけど、私にとって必ずしも悪い先生じゃなかったのよ……それが今は辛いわ。

 悪い面しか見えなかったのなら素直に嫌えたし、恨むことも出来たのに」

 

 

 俺はアンコの言葉を否定しようと口を開いたが、思いとどまりそのまま口を閉じる。

 もし今思って居たことをそのまま口にしていたら……「大蛇丸に良い面なんていう物はない」と言っていただろう。

 それを聞いたアンコはきっと嫌な気持ちになるだろうし、彼との接点がないに等しい俺が言ったところで信憑性なんて皆無なのだから、口を閉じたのは間違っていないはずだ。

 原作における大蛇丸は自分のために他者の命を容易に使い捨てる外道であり、彼の良い面というものは記憶にない。

 だがそれが分かるのは原作というある種の反則的知識のお蔭であり、原作では語られなかった彼の良い部分というものもあったのかも知れないが、それを差し引いても善人とは絶対に言えない人物だ。

 それにそれをそのまま彼女に話したところで頭がおかしくなったのかと心配されかねないだろう。

 俺が無言であることから言葉に窮していると感じたのかアンコは申し訳なさそうな顔をして一言「ごめんなさい」と謝った。

 

 

「つい愚痴を言ってしまったわね」

「それは別にいいんだけど……少しは気が晴れたかい?」

「そうね、少しだけ楽になったわ」

「それは良かった……元気がないアンコちゃんには違和感があったからね。

 無理に元気に振る舞ってくれとは言わないけれど、少しでも元気になってくれたのなら話を聞いた意味があるってものだよ」

 

 

 そう言って俺は彼女の頭から手を下ろし、ちょっとキザっぽい事を言ってしまった恥ずかしさから顔が熱くなる。

 照れを感じ取ったのかアンコはくすりと小さく笑みを漏らし、俺の眼を見つめながら「ありがとう」と告げた。

 その結果俺の顔はより赤みを増したわけだが、そんな俺を知ってか知らずか彼女は話題を唐突に切り替えた。

 おそらくこれ以上大蛇丸の話をしても俺が気を遣うだけだとでも思ったのだろう。

 どうもこの世界の子供は気遣いが出来る子が多いな。

 

 

「あ、そう言えばこの間シズネが言っていたんだけど、ヨミトって綱手様の弟に家庭教師してたらしいじゃない。

 もう亡くなっているって聞いたけど、その子優秀な下忍だったんでしょ?」

「そうだね、技術の吸収も早かったし、名家だから普通は習わない様な術に関する書物も読めたからあのまま育っていれば凄い忍になっていたと思うよ」

「じゃあその子が一度も勝てなかったヨミトってどの位強いの?」

「……俺は強くなんてないよ」

 

 

 一瞬どう答えようか迷って言葉に詰まったが、何とかそう返すことが出来たのは幸いだろう。

 俺の今の素の強さがどの位に位置するのかは俺にも分からないけれど、上忍まではいかないにしても中忍に成れる位の実力はあると言われたことがあるから、忍の中で考えたら中の中位の実力なのだと思う。

 でもそれが古本屋にとって必要な力かと言えばNOだ。

 不必要な力を持った自称一般人……今改めて考えると俺超怪しいな。

 

 

「そう? なんかシズネの事を助けるために大蛇相手に大立ち回りしたとかいう話も聞いたけど」

「それもシズネちゃんが言ったのかい?」

「ウィスキーボンボン食べて酔っぱらった時にね」

 

 

 酔った相手に情報聞き出すとか何処のスパイだよ……あ、忍もスパイみたいなものか。

 まぁシズネには別段知られても困るものを見せたことはないから大した問題はないが、三代目やカツユは少し話して欲しくない情報を持っているから、今度会った時に念のためもう一度釘を刺しておこう。

 

 

「大蛇と言ってもそんなに大きな蛇じゃないさ、あの頃のシズネちゃんは小さかったからより大きく見えたんじゃないかな?」

「そうかしら……ま、別にそれならそれでも構わないけど。

で、前置きは此処まで」

「ん、前置き? これまでの話が前置きって嫌な予感しかしないんだが……」

「そんなに難しい事じゃないわ。

………ヨミト、空いた日とかで良いから訓練を手伝ってくれない?」

「それはチームメイトじゃ駄目なのかい?」

「チームの人達はそれぞれ師事している人がいるみたいでたまにしか付き合ってくれないのよ。

 まぁ私もこの間まではあの人に教えてもらっていたから何も言えないんだけど」

「一つ聞くけど、訓練ってどんなことをするんだい?」

 

 

 ゴウマさんにも宜しく言われているし、とんでもない内容でもなければ手伝うのは吝かでもない。

 流石に新術の実験台になれとかだったら断るけど。

 

 

「別に特別な事はしないわよ。 組み手に付き合ってもらったり、客観的に見ておかしいところがないか教えて欲しいの」

「……その位ならいいかな」

「ホント!? じゃあ早速今度の休日にでもお願いしてもいい?」

「分かった、用意しておくよ」

「お願いね。 じゃあ今日はもう帰るわ。

 色々とありがとうね」

「いやいやあんまり力になれず申し訳ない位だよ……アンコちゃんもあまり思い詰めないようにね」

「少し引きずるかも知れないけど、大丈夫よ!

 それじゃ今度の休日にまた会いましょう」

 

 

 小さく手を振ってアンコが店を出ていった後、俺はカツユを呼び出して酒盛りをしてカツユが酒に強いことを確認したり、訓練を行ったりといつも通りの生活を過ごした。

 流石に十代前半の女の子にボコボコにされるのは勘弁して欲しいから少し気合いを入れて訓練したりもしたけどね。

 



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第57話 大蛇の弟子

 先日の約束通りアンコとの待ち合わせの場所に行くと、彼女は既に約束の場所で待っていた。

 鎖帷子の様なインナーにトレンチコートのような上着を着て、木にもたれ掛かりながら待つ姿は、まるで彼氏を待つ少女の様だ……実際はそんな甘い展開ではないわけだが。

 

 

「遅かったわねヨミト」

「約束の時間はまだなっていないと思うけれど、いつから此処に?」

「そうね……たぶん三十分前位じゃない? でもそんなことはもうどうでも良いわ。

 さぁ始めましょう、まずはヨミトの実力を知るために組み手ね。

 急所狙い無し、降参ありの無制限一本勝負よ」

「いきなりだね……手加減はしてくれよ?」

「考えておくわ」

 

 

 アンコは樹の幹を蹴って宙に飛び上がり、俺から距離を取る。

 彼女の手に数本の千本が握られており、何時こちらに投げつけられてもおかしくはない。

 そんなことを考えている間に千本が俺に向かって投擲され、それに合わせてアンコが俺との距離を一気に詰める。

 前に聞いた話では遠距離戦闘よりも近距離戦闘の方が得意らしいから、その対応には別段驚くこともなかった。

 俺は飛んできた千本をクナイで弾き、お返しとばかりに彼女に向かってクナイを投げつける。

 しかし何の小細工もしていない投擲物はそう簡単に当たる物ではなく、簡単に避けられてしまった。

 アンコはクナイを躱すと、更に俺との距離を詰めに来る。

 後10メートル位というところまで接近している彼女は少し残念そうな表情をしていた。

 おそらく思っていたよりも俺が弱いと感じたからだろう。

 

 

「だが流石にそれは俺を舐めすぎだよ」

「っ!?」

 

 

 俺は指から伸びる糸(・・・・・・・)を引き、糸の先に繋がるクナイをアンコの背中目掛けて飛ばす。

 俺の動きを不審に思った彼女は後ろを振り返り、自らに向かって飛来するクナイを視認し、少し驚いた表情を見せた。

 しかしすぐに我に返ると新たな千本を取り出してクナイに向けて投げ放つ。

 金属同士がぶつかる音と共に千本とクナイが見当違いの方向へ飛んでいくが、俺のクナイは糸に操られるがままに再びアンコへ向かって飛んでくる。

 通常あり得ない軌道を描きながら彼女を追跡するクナイ。

 小さく舌打ちをしてもう一度クナイを千本で弾くと同時に走る速度を上げて、一気に近づいてきた。

 

 

「弾いても駄目なら本体を直接叩くまでよ!

 今回呼ぶ子に毒はないから安心して噛まれなさい‘潜影多蛇手’!」

「痛そうだから断らせてもらうよ」

 

 

 彼女の袖の中から出てきた十匹程の蛇が俺に向かって凄いスピードで伸びてくるが、十匹程度なら避けきることも可能だ。

 先制攻撃とばかりに左右から挟み込むように牙を見せつける二匹を大きく後退することで躱し、次いで俺の胸元目掛けて伸びてくる蛇の頭を殴りつけた。

 しかし蛇だけじゃなくアンコ自身もクナイで近接戦闘を仕掛けてくる。

 新たな忍具を出す暇もない連撃にこのままじゃじり貧だと感じ、俺は彼女の腹部を蹴りつけようとした。

 そこに焦りがあったのか、彼女に足が届く寸前で蹴り足が三匹の蛇に捕らえられてしまった。

 

 

「捕まえたわ、これで詰み!」

「詰みって程じゃないにしても、ピンチに違いはないかな……流石にこのままだと負けちゃいそうだから、少し乱暴な手を使わせてもらうよ」

「何を言って……」

 

 

 俺は捕らえられた足を強引に地面につけると彼女の腕を掴んだ。

 足に絡みつく蛇は未だに凄い力で俺の事を引っ張って体勢を崩そうとするが、単純な力比べなら俺に分があるらしい。

 地面をしっかりと踏みしめ、噛みついてくる蛇を無視しながらアンコの腕を強く引き、逆に体勢を崩す。

 前に倒れそうになる彼女を身体を反転させて背中に背負うと、腰で反動をつけて一本背負いの要領で思いっきりぶん投げた。

 本来柔道であれば自分の足下辺りに落とし、尚かつ頭を打たないように持ち手を引くというのが常識だが、今回は距離を取るのが目的であるが故に投げっぱなし。

 まるでボールのように飛んでいくアンコの姿に俺も力が強くなったんだなと実感しつつ、未だに俺の足に絡みついている三匹の蛇を手で強引に外す。

 彼女は空中で体勢を立て直すと少しだけ驚いた様な顔をしていたが、その表情もすぐに喜色に染まる。

 

 

「正直予想以上だわヨミト……貴方のこと舐めていた。

 忍術に関しては分からないけれど、体術は確実に私よりも格上。

 ヨミト……私今とても楽しいわ!」

「そ、それはなにより。 ところでもう俺の実力はわかっただろう?

 もうここらへんで止めてもいいと「さぁ続きをしましょう! 次は貴方の忍術の腕が知りたいわ!」……話を聞こうよ」

 

 

 そう言い終えるとほぼ同時にアンコは蛇を還し、空いた両手で印を組み始めた。

 それを防ごうと手裏剣を三枚ほど飛ばしたが、それが届く前に彼女の印が完成し、アンコは口元に手を添える。

 

 

「火遁・豪火球の術」

「下忍が使う術じゃないよそれ……」

 

 

 巨大な炎の塊が俺目掛けて飛んでくる。

 これに対抗できるような術はない……故に避けるしか選択肢は存在しない。

 俺は右に大きく飛び退き、ギリギリのところで火球を躱すことに成功したが、その後ろに隠されていたものには気づけなかった。

 避けた俺の腕に巻き付く一本のワイヤー。

 

 

「掛かった、火遁・龍火の術!」

「殺す気か!?」

「大丈夫よ……たぶん」

 

 

 凄い勢いでワイヤーを伝って炎が近づいてくる。

 このまま放って置いたら火達磨になってしまう。

 俺はワイヤーの絡んでいる腕にチャクラメスを出現させて、ワイヤーを斬る。

切断されたワイヤーは瞬く間に火に包まれ燃え尽きた。

 

 

「風の性質変化……いや唯の形態変化かな?

 どっちにしても面白いわね」

「じゃあこれも楽しんでくれ」

 

 

 術に必要な符はあらかじめ糸で運んでおいたので俺はこっそりと組んでいた印を発動させ、場の風景を幻術で上書きする。

 そしてそれに合わせて影分身を二体作り、彼女の方へと走らせた。

 二体がチャクラメスを出しながらアンコへ接近戦を仕掛ける。

 最初の一人が地を這うような足払いを仕掛け、二人目が胴回し回転蹴りを放つが、二つの蹴撃が十字に空を切り、隙だらけだった一方の影分身の額にクナイが突き刺さり、その身体が煙と消えた。

 しかし残ったもう一体はチャクラメスを構えて追撃を行う。

 切れ味を持った手刀をアンコは上着を軽く斬られながらも躱し続ける。

 それが何度か続くと彼女もペースが掴めてきたのか余裕を持って避けることが出来るようになっていた。

 そして遂にあと少しで反撃をする余裕が出来るという寸前、彼女の動きが不自然に止まる。

 同時に影分身も動きを止め、現在動いているのは俺の手だけだ。

 彼女の顔が驚きに染まるが、即座に俺の事を観察して指先が忙しなく動いていると分かったようだ。

 

 

「気付いたかい?」

「チャクラ糸ね……どうやってそこから此処まで私に気付かれないで伸ばしたの?」

「さっき幻術で風景塗り替えた時に地面に這わせて、蛇のように移動させながら伸ばしていったんだよ」

「初めから影分身は囮だったというわけね……私もまだまだ未熟だということかぁ。

 降参降参、私の負けでいいわ。

 だから首に巻いた糸緩めるか、解いてくれない?」

 

 

 アンコが自身の首を指さし、そう言った。

 チャクラ糸を巻いたのは両手首、両足、首の系五カ所。

 各箇所に二本ずつ巻いているから、力ずくで引き千切るのは少し厳しいのだろう。

 俺は彼女の言うがままチャクラ糸を消し、ついでに影分身と幻術を解く。

 するとアンコは大きく伸びをして、苦笑しながら俺の方へ歩いてきた。

 

 

「流石に負けるとは思って居なかったわ」

「偶々だよ、アンコちゃんが綱手並にチャクラコントロールが上手かったら糸を引き千切られていたし、広範囲に効果がある忍術を使われても駄目だった」

「そのための影分身でしょ?」

「俺はチャクラの量がそれほど多くないから影分身の質もどうしても低くなっちゃうんだよ。

 後のこと考えて多少セーブしていたから余計にね。

 現に一体は直ぐに消されちゃっただろう?

 二体以上出すと戦力に数えるのは少し難が出てくる」

「あ~……確かにスピードもキレもいまいちだったかも」

 

 

 流石に10分の1とかではないのだが、全力の半分以下の能力しかないのは確実だと思う。

 その割にチャクラは多く取るのだから困ったものだ。

 

 

「だから結構ハラハラしていたんだよ。

 流石に10歳くらいの女の子に負けるのは悔しいものがあるからね」

「そういうものなの?」

「そういうものだよ」

「よくわからないけど、まぁなんにせよ今回は私の負けって事で納得したわ」

「今回は?」

「そうよ、次は負けないわ!

 そのためにこの後の訓練もいつも以上に力を入れないとね!」

「いや、ちょっと待って!

 俺が付き合うのって今日だけじゃないの?!」

「何言ってるの? 私が上忍になるまでに決まってるじゃない。

 大丈夫よ、別に毎日付き合えとは言わないから」

「嘘だろ……聞いてないぞ」

「さぁまずはチャクラコントロールの訓練から行くわよ!」

 

 

 これからのことを考えると少しうんざりしたが、俺の話を聞かず笑顔で腕を引っ張る彼女の表情は年相応に幼くて、それを見ていると「大蛇丸の事を少しでも吹っ切れればこの位許してやるか」という気分になっていた俺はきっとお人好しなのだろう。

 



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第58話 蛞蝓姫

 結局日が落ちるまでテンションの上がったアンコの訓練に付き合わされてグッタリしながらも何とか家の前まで帰ってきた俺だったが、家の前に二人分の人影が見えて足が止まる。

 足を止めた拍子に靴が地を滑って音が鳴り、人影が同時に此方を向いた。

 周囲が暗いため最初は誰だか分からなかったが、顔を見れば一目瞭然だ。

 

 

「どうしたんだい二人揃って……こんな時間に店に用事かい?」

「店って言うよりもヨミトに用事だね」

「とっても大事なお話があるんです」

「分かった、とりあえず外で話すのもなんだから家に入るといい」

 

 

 そう言って家の戸を開け、二人に中へ入るよう促す。

 一先ず綱手とシズネを居間へと通し、俺は汚れた服を着替えた後急いでお茶を用意し二人の元へと戻る。

 そのまま二人の対面に腰を下ろしてお茶を一啜りし、一息。

 身体を動かした後の水分は身体に染み渡り、普段よりも幾分か美味しく感じた。

 二人も俺に続き、お茶を啜り一息つくと……ゆっくりと話し始める。

 

 

「私たちは明朝に里を出る事にした」

「……里抜けがどれだけ危険かわかって言って「いや、別に抜け忍になるわけじゃないですよ?」どういうことだい?」

「里を出るのはシズネの修行兼見聞を広げるためってところだ……理由の半分はね」

「半分?」

「もう半分は少し疲れちまったのさ……火影になれって言う婆様達や大蛇丸の件、自来也の奴も長期の任務とかでいなくなっちまった。

 木の葉の三忍って呼ばれてる中で今此処に残っているのは私だけ。

 正直私に掛かる期待が重すぎるんだよ。

 今の私はアレの所為で満足に医療行為も出来やしない怪力なだけが取り柄の女だって言うのに周りの目はそれを許さない。

 いい加減私も休んでいいんじゃないかと思うんだ……九尾の一件からもう一年も経って里も落ち着いてきたし、別に私がいなくても里は大丈夫だろうしね」

 

 

 そう言って苦笑する綱手だったが、その意思は並々ならぬものがあり、今から俺が引き止めてもその気持ちは微塵も動かないだろうことが眼から伝わってくる。

 シズネもその事がわかっているのか、特に言わなかった

 

 

「行先は決めているのかい?」

「火の国を適当にブラブラする予定だよ。

 賭場やら温泉やらも結構あるからね」

「え、私に火の国の他の医療忍者の仕事を見て学ばせるためじゃなかったんですか!?」

 

 

 聞いてませんでしたとばかりに目を見開き、綱手に詰め寄るシズネ。

 綱手もつい口が滑ったとばかりに小さく舌打ちをし、咳払いを一つしてシズネの肩を掴む。

 シズネはしっかりと綱手の目を見つめ、本当の事を教えろと視線で催促する。

 

 

「あ~……それも理由の一つだ。

 修行を効率的にこなすには気を抜くのも重要な点だろう?

 良いじゃないか温泉……心身ともに疲れた後に入る温泉は格別だよ」

「じゃあ賭場はどんな理由があるって言うんですか!?」

「それは私のストレス解消のために決まってるじゃないか。

 シズネの修行を見るってことは必然的に血を見る事が多くなるんだ。

 私の精神的苦痛を和らげるために賭場は必要不可欠だよ」

「ぐっ……そう言われてしまうと言い返しにくいですね。

 で、ですが綱手様は博打が弱いのですから、程々にしてくださいよ?」

「分かっている、遊ぶ程度だ」

 

 

 シズネは項垂れ、綱手はしてやったりな顔を見せる。

 それを見て旅の中でシズネが苦労するのが簡単に想像できたために若干憐みを込めた目で見てしまった俺を許してほしい。

 それから数秒生暖かい視線を送っていたが、ふと一つ気になる事が出来た。

 

 

「ところでどの位の期間を予定しているんだい?」

「期間は特に決めてないね……というか偶に帰ってくるから期間と言われても何とも言えないな」

「私の両親も偶に顔を見せないと心配しますから、多分ですけど私は一年に一回は帰ってくると思います」

「そうか……寂しくなるね」

 

 

 別れというほどではないにしろ、仲の良い相手が遠くに行ってしまうというのは幾つになっても堪えるものだ。

 友達が引っ越すのを知った時の様な感覚が俺を襲い、少しだけ顔が歪む。

 そんな俺を見て二人は苦笑し、励ましに似た言葉を掛けてくれた。

 

 

「帰って来た時は顔を出すからそんな顔するんじゃないよ……湿っぽくなるじゃないか」

「そうですよ! 私も帰って来た時はお店に寄りますから!」

「そっか……じゃあ俺は二人が戻ってくるまで店を潰さない様に頑張るよ。

 だから二人も怪我や病気に気をつけてね」

「「ヨミト(さん)……私たちが何か忘れてないか(ませんか)?」」

「それもそうだった。 釈迦に法を説くようなものだったね」

 

 

 そうは言ったものの心配しているのは事実だったので、俺としては特に間違った事を言ったという意識はなかった。

 例え医療忍者であろうとも無病息災でいられるかどうかは本人次第なのだから。

 

 

「釈迦っていうのがなにか知らないけれど、分かってくれたならいいわ。

 じゃあ私たちはこの辺でお暇させてもらうよ。

 旅の準備は殆ど終わっているが、念のため確認しておいた方が良いだろうからね」

「お土産買って来ますから期待していてくださいね!

 後アンコちゃんのことよろしくお願いします」

「それは別に構わないけど、今日の訓練の事知ってたのかい?」

「えぇ、アンコちゃん嬉しそうに教えてくれましたから」

「あんまり大げさにはしないでほしいんだけど……今度会う時にそれとなく言っておかないと駄目だな」

「シズネ、そろそろ行くよ。

 両親がご馳走作って待っているんじゃなかったかい?」

「あ、そうでした! それじゃあヨミトさん……行って来ます!」

「行ってくるよヨミト、いい加減嫁を探しなよ?」

「余計な御世話だよ……全く」

 

 

 二人が帰った後の家はいつも通りなはずだが、どこか寂れた様に感じ、自分が思っていた以上に彼女たちの存在が俺にとって大きかった事を実感した。

 こうした出会いと別れは今後生きていく内に幾らでもあるのだろうけれど、きっと慣れる事は無いと思うし、慣れてしまうと今度は出会いにも何も感じなくなってしまうだろう……そうなる位なら今のままの方が余程マシだ。

 ただその日俺は久しぶりに酔う程に酒を飲み、強制的に意識を落とすことで落ち込み気味だった気持ちを強引に振り切って泥のように眠った。

 



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第59話 会談

 木の葉の誇る三忍が全員里からいなくなった事は人々に大きな衝撃を与えたが、三代目が「今まであやつらを頼りすぎていたんじゃ、少しずつ自立していかなければならん」と言うことで、何とか騒ぎは起きなかった。

 だがそれでも不安を完全に拭い去ることは出来ずに里は少し活気を無くす。

 アンコもシズネがいなくなった事でしばらくは元気が少し陰っていたが、一週間も経てば表だってはいつも通りになり、一年も経てばすっかり元通り……流石に一時帰郷したシズネと会った時は憎まれ口の一つや二つ言い放っていたが。

 この一年を振り返ってみると特に目立った変化もなく、俺は店の経営と自身の修行、アンコの訓練が主な習慣となっており、その訓練も経験を積むことで徐々に激しさを増してきていた。

 俺とは才能に大分差があったのだろう彼女に色々と猛追されて、流石に重りをつけたままでは全く勝機が見えない位には成長している。

 それでも上忍には程遠いらしく、未だ上忍推薦をしてくれる人はいないのだとか。

 現状大きな戦いも無いから人手が欲しかった戦時中に比べて門戸が狭まっているのかも知れない……ただこの間三代目が来た時にそれとなくアンコの事を聞いてみると、特別上忍としてならもう少し経験と実績を積めばなることも不可能ではないと言っていたので、彼女が昇進するのはそう遠くないだろう。

 今うちの店に来ている油目家の人もアンコの事を知っているらしいので、この調子で実力が認められれば近いうちに誰かが推薦してくれるかも知れない。

 

 

「みたらしアンコは大蛇丸の弟子でありながら狂気に染まることなく研鑽を積み、肉体もよく鍛えられている。

 近いうちに実力を認められるだろう」

「そうですか、あの子もついこの間まではただのやんちゃな女の子だったんですけど……時が経つのは早い」

「知っている……偶に見かけていたからな」

「そういえばアンコちゃんが店にいる時に来たことも何回かありましたね」

 

 

 彼がアンコやシズネに話しかけることは無かったが、彼女たちは不審者っぽいこの人の事が大分気になっていた。

 油目家はサングラスにフード付きのコートを着ている人が多いからパッと見怪しい。

 故に二人が「いざとなったら追い出すのを手伝う」と言ってくれた時は嬉しいやら気まずいやら、大分複雑な気持ちを抱いたものだ。

 その事を彼も思い出したのか、少し気まずい空気になってしまったので俺は話題を変えることにする。

 

 

「今日って誰か偉い人でも来るんですか?

 なんか他里の人をよく見かけますけど……」

「あぁ、それなら雲隠れの忍だろう。

 確か日向の客人として忍頭が来ると報告があったからな」

「そう言えば雲隠れの里と同盟を結んだんでしたね。

 でも雲隠れの忍頭が態々何しに来るんですか?

 同盟のことなら火影様の所に行くのが普通でしょうに……」

「詳しくは聞いてないが、木の葉の名家である日向家と雲隠れで影響力の大きい忍頭が親交を深めることで、同盟をより強固なものにするのだとか」

 

 

 確かにうちはに比べれば日向の方が多少取っつきやすい部分があるのでその点は賢い選択と言えるだろう。

 それに俺は雲隠れについて詳しくは知らないけれど、流石に同盟結んでまだそんなに経っていない今彼らが問題を起こすとは思えない。

 同盟を結んだ直後にそれを反故にすれば里の信用が酷いことになるからな。

 おそらく何事も無く終わるのだろう。

 万が一何かあったとしても俺には関係無いだろうから別に大した問題は無いんだけどね……戦争とかになると困るけど。

 俺はその後も暫く油目さんと他里についてや里での出来事について雑談していたが、彼が突然「妻が呼んでいる……帰らなくては」と言い残し去ってしまったので会話は強制終了。

 結局閉店時間まで新しい客が来なかったので溜息を一つ吐き、看板を仕舞い込んで戸に鍵を掛ける。

 

 

「今日の客は二人で売り上げは200両……まぁいつも通りだな」

 

 

 居間に戻りいつも通りノートに売り上げを記す。

 昔に比べて客は増えているが、それでも日に平均二冊から五冊程度しか売れず、在庫が中々減らないのは少しネックだな。

 もう少し本屋から買い取る本の量を減らすべきかもしれない。

 倉庫の空き具合と相談しながら次にどの位仕入れるか考え、思いついた事をメモしておき、店のことはそこで切り上げて今日の晩ご飯を作り始める。

 家庭菜園で取れた野菜とアンコの家にお裾分けしてもらった肉を使って野菜炒めを作り、それを食べた後風呂に入った俺は少しのぼせてしまい、縁側で身体を冷ましていた。

 少しだけ目眩のする頭を軽く叩きながら空を見上げ、何となく星を見ていると偶々流れ星を見つけ、それを目で追いかける。

 明日は何か良いことあるかもしれないと少しだけ嬉しい気持ちになったが、ふと視界に何か動くものを見つけ、また流れ星かと思い目で追うと、どうやら屋根の上を飛び移る数人の人影が見えた。

 最初は誰か緊急の任務でも入ったのかなとぼんやり見ていたのだが、なにやら先頭を行く人が小脇に子供を抱えているのを見つけると、脳がゆっくりと回転を始める。

 先ず思いついたのは親子である可能性。

 だがこれは直ぐに棄却、持ち方があまりに雑な所から思いやりというものが感じられなかったからだ。

次に考えたのは誘拐の可能性。

 この考えに至った時点で俺は動き始めていた。

 手足のウエイトを外して家の中へ投げると、二つの魔法を発動させる。

 

 

「通常魔法‘下降潮流’発動してレベル1に指定、さらに装備魔法‘光学迷彩アーマー’発動」

 

 

 二つの魔法が発動すると同時に誰の目にも俺の姿が見えなくなった。

 俺の姿が消えたのは装備魔法‘光学迷彩アーマー’の効果を受けた結果である。

 本来これは相手のプレーヤーに直接攻撃出来るようになるという効果を持つ装備魔法なのだが、それがこの世界で直接攻撃という概念が無いことから他者から見えなくなるという効果で現れたのだ。

 ただこの魔法には発動条件として装備対象がレベル1のモンスターでなければいけないという条件がつく。

 今までの実験から本来の俺はレベル3地属性戦士族のモンスターと同じ扱いだと言うことは分かっているので、このままでは‘光学迷彩アーマー’の効果を発動できない。

 故にもう一枚の魔法を発動させた。

 それが通常魔法‘下降潮流’である。

 この魔法はフィールド上にいる表側表示モンスター1体のレベルを1~3の間で変化させることが出来るのだ。

 実はこの魔法以外にも‘降格処分’という対象のレベルを二つ下げる装備魔法も存在するのだが、俺が同時に使用できる魔法と罠の数は五つだけなので枠が減らないように‘下降潮流’を使用した。

 魔法の効果を鏡で確認し手裏剣とクナイをウエストポーチに入れて身につけると、少しでも動きやすいように変化を解き、家を飛び出してかなり先を走っている四人組を追いかける。

 

 

「(念のためだ……もし誘拐じゃなかったなら普通に戻ればいいし、誘拐だったとしても危害を加えないのなら見守るだけでいい)」

 

 

 俺の見えないところで見知らぬ誰かが誘拐されたとしても俺は何とも思わない。

 その結果誰かが死のうともそれが知らない奴なら俺は別に悲しまないだろう。

 だが流石に見知らぬ誰かだろうと見えるところで攫われているのをスルーするほど俺は人間を止めてない。

 

 

「(出来ることなら俺の見ていないところでやって欲しかった)」

 

 

 俺は舌打ちしたい気持ちをグッと堪え、少し距離を詰めるためにスピードを上げた。

 



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第60話 追跡及び……

 四人組を追跡し始めて五分程経ち、既に里の外に出る一歩手前まで来てしまっている状況だが、この五分間で彼らが誘拐犯である線が濃厚になってきた。

 その理由としては子供の手足が縄で縛られており、目隠しと猿ぐつわまでされているのが見えたからである。

 流石に子供が眠ってしまったから連れて帰ろうとしている家族とは言えない状況だろう。

 俺は面倒くさいことになったと内心溜息を吐きつつ、引き続き彼らの後を追い続ける。

 

 

「(このまま行けば里の外に出るな……と言うことは下手人は里の人間じゃないのか?)」

 

 

 四人組は閉まった里の正門で止まることなく、それを垂直に走って登り始めた。

 屋根をピョンピョン跳び移っていた事から身体能力が高いのは分かっていたが、壁を垂直に走るということはチャクラコントロールが出来ているということに他ならない。

 その事から彼らが他里の忍者だと当たりをつけ、俺もその後に続く。

 里を出て更に十分ほど走り続けた辺りで漸く先頭のリーダーらしき人物が立ち止まった。

 そこは里から少し離れた場所にある森の中で、背の高い木々があるため中に入ってしまえば探すのは容易ではないだろう。

 俺は彼らから10メートル程離れた位置で息を殺して状況を窺うことにした。

 

 

「どうやらまだ追っ手は来ていないようだな……名家といえど、一度内側に入ってしまえばこの程度か」

「上手くいきやしたね頭! これで頭の昇進は確実……後はこの餓鬼の目玉を持って帰れば任務完了ってわけですね」

「だけど当主は流石に厄介でしたね、この餓鬼を盾にしなけりゃこっちが全滅してましたよ……しかも折角殺したってのに眼は取れなかったし」

「当初の目的はこの餓鬼だけなんだから別に問題ない。

 おそらく普通に取ろうとしたら眼が潰れる仕掛けか何かを身体の中に仕込んでいたんだろう……よくあることだ」

 

 

 眼が目的って事はあの幼女はうちはか日向ってことか。

 そういえば日向に雲隠れからの客が来てるとかいう話だったな。

 ということはあの子供は日向の子で尚かつ犯人は雲隠れの忍ってことになるのか?

 なんか原作にもそんな話が出てきたような気がするけど、思い出すのは無理そうだった。

 俺が記憶を整理している間にも彼らの話は進み、どうやら追っ手を少しでも邪魔するために此処に結界を張るらしい。

 話を聞いている限り結界を張るのには二十分掛かるらしく、結界の完成までは此処で一休みするとのこと。

 

 

「(さぁどうする……日向の子ならおそらく家の連中が死に物狂いで取り返しに来るだろうから見捨てて帰るか?)」

「二十分かぁ……頭、少しこの餓鬼で遊んでも良いですか?」

「………お前の趣向は俺には分からんな。

 そんな餓鬼をヤって何が楽しいんだ?」

「そりゃああの中から引き裂く感触がいいんじゃないですか!

 泣き叫んでくれりゃあ尚更ですよ!」

「そんなのだからお前上に上がれねぇんだぞ……まぁ今回は別に眼さえ無事なら他はどうなっていてもいいって話だ。

 やるなら早くしろよ? ただし猿ぐつわは外すなよ」

「ありがとうございます! いやぁ久しぶりの上物で俺滾りっぱなしっすよ!」

 

 

 一人の男が子供を米俵のように抱え、森の奥へと歩き始める。

 さっきの話通りならあの子供を犯すつもりなのだろう。

 その会話を聞いた瞬間に胸くそ悪い気分になったが、ここで特攻するのは得策じゃない。

 目の前で危害を加えずに連れて行くのなら無事を祈りつつ家に帰ったんだが、目の前で幼女に強姦かまそうっていうなら話は別だ。

 俺はソッと‘しびれ薬’を発動し、それを手に男を追いかける。

 俺が追いついた時には既に男が幼女の服に手を掛けているところだった。

 幼女も目を覚ましたのか手足を縛られながらも逃げようとしているように見える。

 

 

「あんまり時間がねぇんだ、とっととヤらせてもらうぜっ!」

「ゃぁぁぁぁぁぁ!」

「くそっ、声が聴きてぇなぁ……この餓鬼が泣き叫ぶ声が聴きてぇ」

 

 

 男がそう言いながら服を胸元から引き裂く。

 幼女の目隠しが涙でうっすらと濡れているのが分かった。

 タイミングを計っている場合じゃない……俺は足音を立てずにその男の後ろに忍び寄ると、右手で男の口へ薬の瓶をたたき込みつつ鼻を摘み、もう片方の手で首を極める。

 突然見えない手に捕まった男は幼女を投げ出して俺を振り解こうと暴れ始めるが、超至近距離での打撃なんていうものは滅多にクリーンヒット出来るものでもなく、鼻で息が出来ない男は絶えず流れ込んでくる‘しびれ薬’を飲み込まなければ窒息してしまう。

 男も最初は意地でも呑まないという意志がにじみ出ていたが、男の首を押さえた時にクナイと手裏剣は取り上げてあるので抵抗らしい抵抗も出来ず、次第に少しずつ薬を体内に取り入れてしまう。

 結果として一分もしない内に地面に転がり、小さく痙攣を繰り返す半裸の男の姿がそこにはあった。

 

 

「(手を出してしまったからには他の三人を巻くか、倒すかしないといけないな)」

「ぃゃ!!」

 

 

 幼女は今も男から距離を取ろうとずりずりと後ずさっている。

 まずは彼女に状況を教えなければいけない。

 俺は一先ず幼女の目隠しを取り、気絶している男の姿を見せる。

 彼女はそれを見て驚いた様だが、ふと我に返るように辺りを見回し始めた。

 今俺の姿は‘光学迷彩アーマー’のお蔭で見えない。

 故に彼女にとって今の状況は突然森の中に連れてこられたと思ったら犯されかけ、気付けば見知らぬ半裸の男が何故か目の前でビクンビクン痙攣しながら白目で涎を垂れ流しているということだ……訳分からないな。

 本来なら姿を見せて一から説明してあげたいところだが、そんな時間の余裕は存在しない。

 そこで俺は簡潔に地面に文字を書くことで説明することにする。

 未だ辺りを見回している幼女をよそに地面に書いたのは「君は誘拐された、俺は君を助けに来た、だから少しの間だけ騒がないでくれ」という内容だ。

 彼女はその文を見つけると不思議そうな顔をし、再び辺りを見回し始める。

 たぶん俺を捜しているのだろう。

 そんな彼女に向けて「俺の姿は今見せることは出来ない、機会があれば次会った時にでも自己紹介をするよ、だから今は言うことを聞いてくれ」と文を付け足す。

 追記を読んだ幼女は少し迷ったが大きく縦に首を振った。

 それを肯定と取った俺は彼女の両手足を縛る縄をクナイで斬り、彼女を背に背負うと里へ向かって走り始める。

 最初突然のことに彼女も少し暴れたが、小声で「大丈夫だから暴れないで」と言うと少し間を置いて自分からしっかりと首に掴まってくれた。

 

 

「(さて後はこのままバレずに逃げ切れれば良し、そうでなければ……そうなったらその時考えっ!?)」

 

 

 木から木へと跳び移っている途中で俺目掛けて十枚程の手裏剣が飛んできた。

 俺はそれが背中の子供に当たらないよう細心の注意を払いながら、別の方向へ飛ぶことで手裏剣を躱す。

 別の木に強制的に移らされた俺を一定の距離で三人の忍が囲い込んでいた。

 

 

「面妖だな……餓鬼が宙を浮きながら逃げようとしているように見える」

「いや餓鬼の格好を見れば誰かが餓鬼を背負ってるんだろう。

 なんでか知らんが姿は見えないがな……頭どうします?」

「別にやることは変わらん、捕まえて連れ帰る。

 それは誰が立ち塞がろうと関係無い……例え相手が透明人間だろうとな」

「(良くない展開だな、囲まれてるっていうのが最悪だ)」

 

 

 囲まれたことでこの場から逃走する幾つかの案を棄却しつつ、どうすればこの状況を打破出来るか頭の中でシュミレーションしていく。

 俺の服を強く掴んでいる小さな命を守るにはどうしたらいいだろうか?

 



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第61話 本格戦闘

 最初の一手はリーダーと思わしき男の牽制、俺は静電気の様な音を聴きそこから飛び退くと男は手から電撃を放ち俺の立っていた辺りを雷でなぎ払う。

 しかし飛び退いた先に一人立っており、手に刀を構えて俺を出迎えた。

 真っ正面から大上段での斬り下ろし……「雲流表斬り」という声と共に高速の斬撃が俺の頭目掛けて放たれる。

 空中故に回避も難しいため、やむを得ずクナイで剣線を逸らし難を逃れた俺だったが、着地と同時に背中に視線を感じて振り返ると、そこには今にも仕掛けてきそうな最後の一人がこちらに向けて水遁・大砲弾を放つ。

 口から放たれた圧縮された水の塊は途中にあった木の枝をへし折りながら俺に迫ってくる。

 障害物にぶつかりながらも全く勢いが衰えない所を見ると、質量が尋常じゃないのだろう……当たればミンチになってしまうかもしれない。

 かといって先程の様に躱すのも、逸らすのも不可能となれば俺に取れる対抗策は限られてくる。

 

 

「(速攻魔法‘突進’発動)しっかり掴まっててくれよ」

「何だ、こいつ急に速度が!?」

 

 

 ‘突進’はエンドフェイズまでモンスター一体の攻撃力を700ポイントアップさせる効果を持つ魔法……攻撃力が上がるといってもこの魔法で上がるのはスピードであり、腕力が増すわけではない。

 攻撃力や防御力と一概に言ってもそれぞれ強化されるポイントがあり、単純に腕力が増えることもあれば、身体能力が総合的に上がる場合もあるのだ。

 俺は地面を全力で蹴りつけて砲弾の様な加速をすると、三人の包囲の隙間へと身体を潜り込ませて、その場から逃走を試みる。

 突然の急加速に背中の幼女が小さく悲鳴を上げるが、此処でスピードを緩めることは出来ないので我慢してもらうしかない。

 三人もすかさず追いかけようとするが、彼らが俺に追いつく前に足止めを発動させてもらう。

 

 

「(通常魔法‘光の護封剣’発動)」

「なんだコレは!」

「結界術……いつの間にこんなものを」

 

 

 魔法の発動と同時に彼らを取り囲むように光で出来た剣が降り注ぎ、剣と剣の間に通過不可能の結界が発生している。

 この魔法は3ターン……15分の間結界内の行動を阻害するもので、彼らに囲まれている状態であれば範囲に俺自身が巻き込まれてしまうために使えなかったが、包囲を抜けることで使用可能になったのだ。

 彼らがしっかりと拘束されているのを見て、一安心して急ぎ木の葉へと戻ろうとするが、結界内の人影が二人しかいないことに気付いた俺は、突然悪寒を感じて右に飛び退く。

 すると次の瞬間俺が跳び移る予定だった木に雷が落ち、木がゆっくりと倒れる

 

 

「外れたか……勘が良いな。

 それにあの見たことの無い結界術に高い身体能力……随分手練れの忍の様だ」

「(よりによってリーダー格が残ったのかよ……勘弁してくれ)」

「未だに姿も見えなければ、喋りもしない。 とことん自分の存在を隠したいんだな……だがそんなことはどうでもいい。

 馬鹿一人と使えん部下二人がいなくなったところで状況は対して変わらん。

 俺はお前を殺して餓鬼を連れていく……これは既に決まっていることだ。

 ただ餓鬼も無傷じゃいられんだろうがな」

「(これは逃げられそうにないな)」

 

 

 俺がこの男を倒す覚悟を決めて、男の方へ向き直ると男がとてつもない速さで印を組んでいるのが見て、急いで速攻魔法‘サイクロン’を発動し術を中断させる。

 ‘サイクロン’は魔法や罠を一つ破壊する効果を持つが、忍術は魔法にカウントされるものが多いためにこの魔法が巻き起こす小規模の竜巻で包み込めば強制的に忍術を解くことが出来るのだ。

 ただし幾つか例外もあるのでそこまで万能という訳でもないが……今は問題ない。

 術を中断させられた男は忌々しげに舌打ちをすると、腰に差していた刀を抜く。

 何の変哲もない刀に見えるが、男は10メートル以上離れた場所にも関わらず俺に剣の切っ先を向ける。

 

 

「(何をする気だ……ホームラン予告でもあるまいし)」

「雷撃」

「づぁっ!?」「ぃゃ!」

「注意力が足りんな、相手が何をするのか分からないのだから常に警戒しておかねば直ぐに死んでしまうぞ?

 まぁ分かっていたところで簡単には躱せんがな」

 

 

 俺の左足を何かが貫いた……どうやら刀の切っ先から雷で出来た刃を飛ばしたらしい。

 刀を注視すると時折紫電が走っているのが分かる。

 傷口からは焦げた匂いがしており、激痛と共に痺れるような感覚が俺を襲う。

 しかも穴が空いてしまったせいか怪我の箇所はステルスが解けてしまったようだ。

 このままでは痛みと痺れで逃げるどころか動くこともままならないと考え、‘ご隠居の猛毒薬’を発動し、手元に現れた緑色の薬を傷口にぶっかける。

 まるで水に焼け石を放り込んだ様な音がした後、一瞬で肉が盛り上がり傷口が塞がった。

 痛みは完全に抜けたわけではないが、これで動くことに支障はないだろう。

 だがこれを見た男の表情は露骨に変化した。

 

 

「薬を掛けただけで一瞬で傷が治っただと……そんなものは有り得ん!

 どこでそんなものを手に入れた!?」

「(カードの効果で出しましたって言っても納得しないんだろうなぁ)」

「答えないのか……なら予定は変更だ、手足を切り落としてでも貴様も里へ連れて行く。

 里でじっくり拷問して吐かせてやるから覚悟しろ」

 

 

 男が刀へ更にチャクラを送り込み、刀は紫電を発するだけではなく、眩しい位に発光を始める。

 その刀と男の気迫に強い危機感を感じ、自分も出し惜しみしている場合じゃないと考え直し、装備魔法‘魔導師の力’を発動。

 現在自分が使用している魔法は二枚……よって現状三つの魔法が使用されることになる。

 ‘魔導師の力’は自分の場に存在する魔法・罠一枚に付き攻撃力と防御力が500上がる効果を持つ極力使いたくなかった魔法だ。

 しかしこのままではもしかしたら殺されてしまうかも知れないという恐怖がこの選択肢を取らせた。

 うっかり相手を殺しかねない力を得るという選択肢を……。

 



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第62話 一方的な約束

 攻撃力・防御力共に異常な強化を施された俺の身体能力はまさに化け物と言えるだろう。

 男が先程の様に……いや先程よりも遙かに速く、今度は切っ先ではなく斬撃を飛ばして来たが、今の俺はそれを余裕を持って躱すことが出来る。

 その斬撃が連続して飛ばされ、逃げ場がなくなった時も幾つか片腕を盾にして強引に通り抜けた。

 しかし腕についたのは浅い切り傷が幾つかと、まるで静電気を受けたかのような僅かな痺れ。

 男は腕と足の一部しか見えない俺が近づいてくるのを感じ顔を徐々に顔色が蒼くなっていく。

 

 

「何なんだ貴様は! こ、この化け物がぁ!!」

「(化け物か……)」

 

 

 敵対している相手とはいえ、化け物呼ばわりされたことに少し傷つきながら相手に近づいていく。

 男が半狂乱で刀を振り回すが、俺は冷静に背中の幼女に当たらないように腕を盾にしながら前進を続ける。

 俺の腕にどんどん切り傷が増えていくが、そのどれもが深い裂傷にはならずに男との距離が徐々に縮まっていく。

 そして遂に直接刀が届く距離まで近づいた。

 

 

「き、貴様がいくら頑丈だろうが、これならかすり傷では済むまい!」

 

 

 一段と輝いている刀を俺の首目掛け振りかぶる男。

 その剣速は今までで最も速く、切断力も先程までのものに比べれば格段に優れているだろう。

 しかし今の俺を切り裂くには少しばかり速度が足りなかった様だ。

 俺は刀の刃の部分を掴み、刀を強引に止め力ずくで奪うとそのまま力任せに握りつぶす。

 

 

「なん……だと?!」

「(痛ぇ……ちょっと指切れた)」

 

 

 壊れた剣に呆然としている男だが、一瞬で我に返り俺から距離を取ろうとする。

 しかしこの好機を逃すほど俺は抜けちゃいない。

 男が飛び退こうとする瞬間に足を踏みつけ動きを封じると、勢いを殺しきれずに後ろに仰け反った男の胸部を思いっきり平手打ちをする。

 すると破裂音の様な音と共に男は地面と水平に吹き飛び、そのまま20メートル程先にあった樹にめり込んだ。

 数秒間変わり身の可能性を考えて警戒を続けたが、樹にめり込んだ男はピクリとも動かず、腰に着けた忍具がこぼれ落ちるのを見て完全に決着がついたのを確信する。

 ‘光の護封剣’によって閉じ込められていた男の仲間達は、その光景を見た瞬間にずっと試みていた結界の解除を止め、驚愕の表情で男の飛んでいった方を見ながら口を開け膝をつく。

 俺は念のため男のめり込んだ樹と先程使った‘光の護封剣’を囲むように、新しい‘光の護封剣’を発動した。

 

 

「(これで全員の動きを封じたな、これでやっと里に戻れる)」

 

 

 何とか大きな怪我もせず目標を達成出来た事に安堵しつつ、目を瞑りながら震えている幼女に「今里に戻るからもう少し我慢してくれ」と言い、彼女をしっかりと背負い直すと全速力で里に向かって走り始める。

 新しく掛け直したからこれから15分間は効果が持続するし、最初の性犯罪者は最低でも一日は動けないがこの子の精神的には一刻も早く家に帰った方が良いだろう。

 既に‘突進’の効果は切れていたが、‘魔導師の力’の効果によって身体能力が大幅に増強されている俺が全力で走ることで音を置き去りにするとまではいかないにしても、行きよりはかなり速く里まで戻ることが出来た。

 流石に家の前まで送っていくわけにはいかないので、里の正門の前で幼女を下ろしてずっと着けていた猿ぐつわを外す。

 顎が疲れてしまったのか言葉らしい言葉を話せないながらにも「あいがとう」と言ってくれたのが少し嬉しかったが、日向家は今大騒動だろうからこの子をずっと引き留めておく事は出来ない。

 だから俺は彼女に「お礼は良いから早く家の人を安心させてあげなさい」と言って頭を撫でると、彼女に背を向けて家路へとついた。

 

 

 

 

 

 

 

 わたしを助けてくれた透明の人が行っちゃう。

 怖かったおじさん達をやっつけて、私を助け出してくれた人が!

 まだちゃんとお礼できてないのに……名前だって聞いてないのに。

 引き留めようと声を出すけど口から出るのは「行かないで」「待って」という短い上に小さくて掠れた声。

 これじゃあ止まってくれない、でも身体で止めるにしてもあの人はもう屋根の上へ飛び上がってしまった。

 あの人を引き留める手段がないと分かったわたしは、せめて今は後ろ姿(見えるのは腕だけだけど)だけでも目に焼き付けておこうと透明じゃなくなった腕を見つめる。

 徐々に小さくなっていく後ろ姿をグッと目に力を入れて見続ける……すると何故か透明の人が徐々に透明じゃなくなって、その背中が、後頭部が、足が見えてきた。

 それだけじゃなく、いつもは見えなかったような凄く遠くの景色までもがハッキリと見える。

 わたしがそのことに驚いて目を閉じてしまうと、いつも通りの目に戻ってしまった。

 

 

「(なんなんだろう、さっきの……でもあの人の背中は目に焼き付けた)いつか必ずちゃんとお礼を言いに行きますから……その時までどうか待っていてください」

 

 

 あの人はもう見えなくなってしまったけれど、わたしはあの人が跳んでいった方向に深く頭を下げる。

 お礼もまともに言えなかったという情けなさで涙が滲むけれど、それを袖で拭って無理矢理止める。

 もっと強くなろう、いつかあの人が困った時にわたしが力になれるように……一つの目標を心に刻んでわたしは家に向かって歩き出す。

 一歩一歩救ってもらった命を噛み締めながら。

 

 




難産だったなぁ


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第63話 噂

 誘拐事件の翌日、やはり里はそのニュースで持ちきりだった。

 同盟を結んだばかりの雲隠れが日向の子供を攫い、その事を盾に当主の弟を殺害したことは里の人々に大きな衝撃を与えたのだ。

 雲隠れとの付き合い方を見直すべきではないかという意見が増える中、三代目がどういった答えを出すのか気になるところである。

 ……とここまでなら「へ~三代目も大変だなぁ」で終わるんだが、世界はそこまで優しくない。

 日向宗家子女誘拐未遂事件のニュースの大まかな内容は、子供が攫われて当主の弟が殺されたというものだが、ここに厄介な情報が一つ混ざっている。

 それは誘拐された宗家の子供が見ず知らずの男性に救われ、日向が総力を挙げてその人物を探しているということ……要は俺の事だよ。

 アンコの父親が店に来た時に初めて今回の事についての話を聞いたんだが、最初その話を聴いた時はどうせあの時は姿を消していたわけだし、大して問題ないだろうと思ったんだが……話を聞くにつれて、そうも言っていられない状況なのだと理解できた。

 何故ならその子供が件の男性の後ろ姿を見たというのだから。

 俺は動揺を隠しつつ、先程の話との矛盾点を彼に問い掛ける。

 

 

「その男の姿は見えなかったのではなかったかい?」

「そうなんだけどよ、その子が男がいなくなる寸前に白眼に目覚めたとかで、後ろ姿だけは見えたんだと」

 

 

 なんだと?! そんなタイミング良く目覚めるなんて、どれだけ運がないんだよ俺は!

 というか白眼だと‘光学迷彩アーマー’見破れるのか……マジで勘弁してくれよ。

 思わず膝から崩れ落ちそうになったが、まだ後ろ姿を見られただけで俺と結びついたわけじゃないと何とか踏みとどまる。

 

 

「そ、それでどんな後ろ姿なのかな?」

「確か二十代の男で体型は細身の筋肉質、身長は175位で髪の色は黒いらしい。

 まぁこれだけの情報で探そうっていうのは大分厳しいと思うがな」

「へぇ……他にその人の情報って何かあるのかい?」

「どうしたんだ? 妙に食いつきが良いな……別に見つけたからって報奨金はないぞ?」

「別にただの好奇心だよ、最近気になるニュースもないからね」

「そうか……さっきも言った通り男は何らかの方法で自分の身体を透明に出来るが、別に幻術で姿を消しているわけじゃないのだとか。

 ただ姿が見えないだけで普通に触れることは出来るらしい。

 他にも特殊な結界術が使えたり、異常に身体能力が高いとか色々と引き出しの多い男だっていう話だ」

 

 

 それを聞いて俺は安堵した。

 俺を特定できそうなのは身長、体型、髪の色位の上、そんな男は何処にでも居るだろうし、そもそも変化が破られなければ問題ない。

 後半のものだって表立って使う予定なんてないし、似た効果を持つものなんて幾らでもあるのだから逃げ道も存在する。

 流石にここに来ていきなり白眼とか発動させたら怪しまれるだろうが、そこまではしないと思う……暴いてはいけないものも見透かしてしまいそうだから色んな所から怒られるだろうし。

 俺が安堵の溜息を吐くと、彼は不思議そうに首を傾げたが、別に気にすることでもないかと肩をすくめ、今日ここに来た本当の目的を話し始めた。

 

 

「ヨミト、うちのアンコが世話になり始めてから二年経ったわけだが……どんな感じだ?

 近い内上忍に成れそうか?」

「またその話かい? この間も言っただろうに……アンコちゃんは確かに優秀な中忍だから上忍になるのも夢ではないと思うけど、あの人の一件があるから厳しく審査されるって」

「でもそれは忍ではないヨミトの考えだろう?」

「この事に関しては忍じゃない俺の意見ではなく、店の客の上忍の意見だよ」

 

 

 久しぶりに店に来た綱手も同じ事を言っていたから信用性はかなり高いと思う。

 未だに大蛇丸のことを完全に割り切っていない事も上忍になれていない理由の一つだと彼女は言っていた。

 その事を彼に伝えると、苦虫を噛み潰したような表情で「そうか」と一言だけ呟く。

 ゴウマは昔から彼のことが信用ならなかったらしい。

 時折人を人と見ないような目で見ていたのが人として受け入れられなかったんだとか。

 だから当時からアンコとはよく大蛇丸とのことで口喧嘩しては俺の所に愚痴を言いに来ていた。

 

 

「やっぱりアンコはアイツのことを引き摺ってたか……ったくあんな事をして里を出た奴の何処が良いんだ?」

「遠くに居ると見えないことがあるのと同じように、近くに居ると見えないことがあるのでしょう。

 俺も彼の近くには居なかったので彼の良いところっていうのはよく分かりませんけどね」

「そういうものか」

 

 

 俺の言葉で何か思うところがあったのか真剣な表情になり、自分の顎を擦るゴウマ。

 男手一つでアンコを育てている彼にとってアンコはまさに宝だ。

 宝に怪しい人物が近づけば普通警戒する……おそらく彼が大蛇丸に感じているのは特大の警戒心だろう。

 実際危険な人物であることは知っているから俺としてはそのまま彼を警戒し続けて欲しい。

 大蛇丸は自身の容姿を簡単に変えることができるから、いつの間にかこの里に入り込んでいる可能性もあるのだから。

 考え事が終わったのか彼が俺に話しかけてくる。

 

 

「そういえばうちはの天才がまた手柄を立ててきたっていう話知ってるか?」

「うちはの天才ですか、あの一族は基本的に天才ばかりじゃないですか」

「何だそこからかよ……確かにうちはの一族はあの眼があるから有能な忍が多いが、今うちはの天才って言えば一人の子供を指す言葉だぞ?」

「子供……ですか?」

「名前をうちはイタチって言ってな、若干七歳でアカデミーを卒業して直ぐにその能力の高さを買われてBランク任務も任されることがあるっていう位だ」

「Bランク任務っていうと中忍、もしくは上忍が受ける任務じゃなかったかい?」

「だから話題になってるんだろうが……何でお前さんはそれを知らないのかねぇ。

 偶に変な事は知ってるっていうのに」

「ははは……会話する人が偏ってるから情報も偏っちゃうんだよ」

 

 

 俺の主な情報源はお喋り好きの客とアンコなので、どうしても情報が偏りがちになる。

 何かのコミュニティに属しているわけじゃないし、インターネットとかがあるわけじゃないから得られる情報の絶対量が少ないのだ。

 この世界でも新聞らしきものはあるけれど、俺は取っていないしね……新聞って毎日取ると馬鹿にならないんだよ。

 

 

「瓦版取った方が良いのかな?」

「まぁ取って損はないだろう……何だったら俺が読み終わったら持ってきてやろうか?」

「いいのかい?」

「別に繰り返して読むもんでもないし、俺はかまわねぇよ。

 夕方辺りにでも家に来てくれりゃ渡すぜ?」

「それじゃあお言葉に甘えようかな」

 

 

 内心新聞代ならぬ瓦版代が浮くことにガッツポーズをし、彼に感謝の言葉を伝える。

 その後閉店時間まで居座った彼は「アンコのために飯を作らなければいけない」と家に帰り、俺はそんな彼の後ろ姿を見て改めて親って大変だなと感じて、いつか俺も親になるのだろうかということを夢想した。

 

 



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第64話 大きな転機

 アンコが任務でいないので、久しぶりに訓練に付き合わなくても良くなった暇な休日。

 何となく外食を取り、家に帰って読みかけの本でも読もうと家路を歩いていた途中、少し里の様子がおかしい事に気付いた。

 活気が少なすぎる……昼時だというのに食事処への呼び込みが聞こえず、何処で昼食を取ろうか悩む若者達の声も聞こえない。

 聞こえてくるのは微かに響くボソボソとした声だけ。

 俺は意味が分からず周囲を見回しながら、その原因が何か探りながら歩みを進める。

 結局原因が分からぬまま家に辿り着いてしまった俺だったが、何も分からなかったわけではなかった。

 彼らが共通して視線を向けていたのは俺の後ろを歩く誰か。

視線には嫌悪、憎悪、侮蔑のいずれかが込められており、自然と俺は背後に居る人物が何者か察しがついた。

 しかし此処で振り返ると件の彼と目が合ってしまうかもしれない。

 俺は手早く家の戸を開け家の中に入ると僅かな隙間を空けて戸を閉める。

 そして隙間から後ろに居た人物を此処で初めて目視した……そこには金髪で両頬に三本の髭?を持つ子供が寂しそうに歩いていた。

 その光景に一瞬罪悪感を抱いたが、将来的に彼には素晴らしい仲間達が出来る事を知っている俺は何とかそれを抑え込み、その横顔を眺める。

 心の中で助けられない事に対する謝罪とこれから頑張って生きていけるように応援を込めた視線を送っていると、彼の表情が唐突に歪む。

 最初は寂しさを堪えきれなくなったのかと思ったが、どうやら原因は別にあった様だ。

 少し周囲を見回してみると、それが分かった。

 

 

「石を投げたのか……」

 

 

 飛んできた石の大きさはそうでもないが、大人の力で投げられた小石は子供にとって脅威だろう。

 どうやら投げたのは俺の店の三軒隣にある家の女性のようだ。

 確かあの家の子供が九尾に殺されたという話を前に聞いた気がする。

 九尾への恨みはあるが、三代目がナルトに九尾のことを知らせることを禁じており、尚かつ彼に対する復讐も禁じられて、罵倒も怒りのまま拳を振るうことも出来ない。

 その結果彼女が選んだのが何も言わずに石を投げつけるという行動なのだろう。

 周りの人間は彼女の気持ちを知っているから止められず、痛々しげに彼女を見るだけ。

 ただそこでナルトへ憐憫の目を向ける人がいないのが木の葉において九尾がどれだけ恨まれているかを表している。

 彼女が歯を食いしばりながらナルトへ石を投げつけ、ナルトは何も言わずに頭を守るように身を屈めて腕で頭を覆う。

 しかし彼女はそれが気に食わないのか、今まで投げていた石よりも一回り大きい石を持ち彼に向かって投げつける。

 石は腕のガードをすり抜け彼の後頭部に当たりながら、俺の家のドアへと直撃した。

 ナルトの後頭部から一筋の血が流れている……それを見て俺は流石にこのまま放って置くわけにもいかないと思い、少しだけ開いていた戸を開く。

 俺が出てくることが予想外だったのか、野次馬を含めたその場に居た全員が俺に注目する。

 俺は足下に転がった少し血がついた石を拾い、まるで今までのことは全く知らないとばかりに周囲を見渡す。

 

 

「誰だい、俺の家に石を投げた人は?」

 

 

 俺の問いに答えるものは誰もいない……それどころか巻き込まれては敵わんとばかりに野次馬がその場を去っていく。

 うちの店は偶に火影やら綱手やらが訪れる店と近所の人は知っているから、もしかしたら三代目に話されるかもしれないと思って逃げたのだろう。

 少しすると残るのは石を投げた彼女と、投げられた子供。

 彼女は俺の言うことが聞こえないかの如く、未だに無言で石を投げようとしている。

 しかしそれを彼女の友人と思わしき女性が止め、俺に一礼すると彼女の腕を掴んで家の中へと引っ張り込んだ。

 家の中に引っ張り込まれた彼女は最後までナルトのことを射殺さんばかりの眼で睨み付けていた。

 俺は少し面倒臭いことになるかもしれないと思い、自然と大きく溜息を吐く。

 でも一先ずはこの目の前で小さくなっている子供の治療が先だ。

 

 

「そこの子供……こっちに来なさい」

 

 

 俺の声が自分に向けられていると気付いたのか、ナルトはゆっくりと顔を上げた。

 近くで見るとどことなく四代目に似ているなと思ったが、それは口に出さず用件を告げる。

 

 

「頭の傷を治療してあげるから家に来なさい」

「お、俺?」

「そうだよ……出来れば早くして欲しい。

 色々と面倒な事になってしまうかも知れないからね」

「………俺のこと虐めるんじゃないか?」

「そんなことしたら俺が三代目に怒られてしまうよ」

「じぃちゃんの友達?」

「友達と言える程の仲じゃないと思うけれど、まぁ似たようなものかな。

 で、来てくれるかい?」

「うぅ~……分かった、行く」

 

 

 ナルトは戸惑いがちに差し出した俺の手を取った。

 しょうがなく行くようなニュアンスの言葉を言いながらも、必至に俺の手を離さんとばかりに握り締めている子供らしい一面に微笑ましいものを感じつつ俺は彼を家の居間へと連れていく。

 他人の家の中が珍しいのだろう彼は頻りに辺りを見回していたが、居間に着いて俺が薬を取りに行くために手を離すと、驚きと悲しさを合わせたような顔をしながら俺を見た。

 俺はその反応に少し驚きつつ、ナルトに「薬を取りに行くだけだから」と言い聞かせる。

 すると安堵したように肩から力を抜き、少し恥ずかしくなってしまったのか俯いてしまった。

 その姿に苦笑しつつ台所に置いてあった薬箱を取って居間に戻ってくると、先程と全く同じ姿勢で彼が待っていたので、頭に手を乗せ「ずっとその体勢でいたのかい?」と言葉を掛ける。

 

 

「だって……何か壊したら悪いし」

「そこまで気にしなくても良いんだけどね。

 さてと、それじゃあ早速頭を見せてくれるかな?」

 

 

 彼が無言で背中を向け、少し顎を引いて後頭部を見せやすい体勢になった。

 俺は治療のため血で濡れた金色の髪を持ち上げて傷口を探す……しかし傷が見当たらない。

 石が後頭部に当たったというのは髪が血で濡れていることから確実だ。

 では何故傷口がないのか………あ、そういえば

 

 

「(人柱力って傷の治りが異様に早いんだったっけか)」

 

 

 人柱力といえば身体能力やチャクラ量にばかり目がいくが、この自然治癒能力が高い事も一つの特徴だということをすっかり忘れていた。

 もしかしたら俺は無駄に問題を抱え込んだのだろうかと考えて思わず膝から崩れ落ちたが、ナルトが後ろに振り返ってが俺の事を心配そうに見ていたので「な、何でもないんだ、何でも……はは」と口に出しつつ、彼の頭を撫でて誤魔化す。

 頭の中で俺は良いことをしたんだと連呼していなければ、思わず部屋の中を後悔しながら転げ回っていたかも知れない。

 



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第65話 関係変化

 部屋にナルトを連れ込んでから十五分程が経過して流石に精神的に落ち着いた頃、今度は話題が見つからずに部屋を沈黙が包み込んでいた。

 一応血に濡れた髪を拭いたり、お茶を出したりはしたのだが互いに喋り出すタイミングを計っているような状況がずっと続いているのだ。

 しかしそんな俺たちの元に一人の珍しい客人が訪れることで状況は一変する。

 戸を叩く音を聞き取った俺は立ち上がり、一先ず誰が来たのか確認するために玄関へと向かう。

 家の玄関はのぞき窓が無い引き戸で、開けるまでは誰が来たのかしっかりと目視することは出来ないが、このまま待たせるわけにもいかないので俺は「はいはい、どちら様ですか?」と言いながら、戸に手を掛けゆっくりと開く。

 するとそこに立っていたのは里の最高権力者でもある火影様が後ろ手を組んで立っているではないか。

 突然の来訪に驚きつつも、まずは用件を尋ねる。

 

 

「お久しぶりですね三代目様」

「そうじゃな、まぁ半年ぶり位かの?」

「大体その位です……今日は何のご用でしょうか?

 家の方の玄関に来たということは本を買いに来たわけではないのでしょうし」

「なに、ただ迎えに来ただけじゃよ……ナルトが来とるじゃろ?」

「来てますが、火影自ら向かえに来るなんて中々の待遇ですね」

「ついでにお主に話したいこともあったしの、一先ず上がってもいいかの?」

「(俺に話? 何とも嫌な予感がするな)あぁすいません、気が利きませんで……どうぞ」

 

 

 三代目は俺に小さく頭を下げて家へと上がり、真っ直ぐナルトがいる居間へと歩き始めた。

 ナルトがいる居間に通じる戸を開けると、下を向いていたナルトの視線がこちらを向き、三代目と俺の姿を捉える。

 その目には驚きが有り有りと見え、おそらく今彼の目には三代目の姿しか映っていないだろう。

 

 

「じいちゃん?」

「ナルト帰るぞ、今日は勉強を見る日だったじゃろう?

 宿題は終わっておるのか?」

「あ、忘れてた」

「そんな事じゃろうと思ったわい、少しだけ手伝ってやるから急いで家に帰るぞ」

「面倒臭いってばよ……」

 

 

 そう言いながらも帰る用意を始めている所を見て素直で良い子だなという感想を抱く。

 俺がこの位の歳だった頃はもっと落ち着きが無かっただろう……これを落ち着きと言っていいのか、それとも依存に近いものなのかは付き合いの短い俺には判断できないが、何にしても子供の割に色々と内に溜めてそうだ。

 帰る用意と言っても何かを持ち歩いているわけでもなかったので用意は直ぐに終わり、ナルトが帰る時間となった。

 二人が靴を履き、俺の方を向く。

 

 

「ナルトが世話になったのぅ、礼の代わりに今度美味い酒でも持ってくるから楽しみにしておれ」

「それは楽しみですね」

「ほれナルト、お主も礼を言わんか……世話になったんじゃろう?」

「お、おう……おっちゃん、手当てしてくれてありがとうな!」

「いや放っておけなかっただけだから、あまり気にしなくて良いよ」

「でも俺嬉しかったんだ! じいちゃん以外とあんまり話したことないし、おっちゃんが俺の事を心配してくれたっていうのが、本当に嬉しかったんだってばよ」

 

 

 そう言って少し目淵に涙を溜めながら俺のことを見つめるナルトに罪悪感が溢れ出そうになる。

 俺と話せてよかったと本気で喜んでいる子に対して、出来ればもう関わり合いになりたくないと思っている俺のなんと心汚いことか。

 彼が物語の主人公でさえなかったのなら……養子に取ることも、イジメから匿うことも出来るというのに。

 でもそれも結局言い訳にすぎない。

 俺はただ自分の命の危険と彼の人生を天秤に掛けて、前者を取っただけの臆病者。

 不意に情けない自分に泣きそうになるが堪え、無理矢理笑顔を作って「そうか、そう思ってくれたなら声を掛けた甲斐があるってものだね」とナルトに返す。

 三代目はそんな俺を見て何かを我慢していることを見抜いた様だったが、特に口を挟むことなくナルトの頭に手を置き、それとなく帰宅を促す。

 ナルトは目元を服の袖で乱暴に擦り、もう一度俺に満面の笑みを向けると「じいちゃん、競争だってばよ!」と言って走り去った。

 瞬く間に小さくなっていく背中に苦笑しながら三代目も歩き始める。

 だが数歩歩いたところで立ち止まり、俺の方を振り返った。

 

 

「先程言っていた話はこっちの儂と話してくれ……影分身の術」

「流石火影様、印を組む早さが尋常じゃないですね」

「お主も忍者じゃないとは思えん程早いがの」「それでは儂は今度こそ失礼するぞ」

 

 

 二人の火影の内の一人が瞬身の術を使って目の前から消える。

 残ったのは数枚の木の葉と俺、そして三代目の影分身体。

 俺は改めて三代目の影分身を家の中へと招く。

 居間に着いて座るまで共に無言……そんな中、口を開いたのはやはり彼の方だった。

 

 

「早速本題じゃが……話があると言ったが、正確には頼みがあると言った方が正しいんじゃろうな」

「頼みですか……火影様ともあろうものが一古本屋に何を「ナルトの事を頼みたい」……やっぱりですか」

 

 

 何となくそんなことを言ってくる様な気がしていたんだよなぁ。

 俺のシックスセンスも馬鹿に出来ないな。

 三代目は俺の眼をガッツリ見ながら言葉を続ける。

 

 

「今までは何とか部下に無理を言って時間を作り、ナルトの世話をしてきたがそれも限界に近いんじゃ。

 先日日向で誘拐未遂があったことはお主も知っておろう?

 あの一件で部下達がピリピリしておっての……警備の見直しやら雲隠れへの対応などで一杯一杯なんじゃよ」

「それは何となく分かりますが、彼の事を頼むと言われても何をしてほしいのですか?」

「ナルトは忍者を目指しておる……故にその訓練と勉強を見てもらいたい」

「お断りさせていただきます」

 

 

 これは即答せざる得ない案件だ。

 綱手の弟やアンコと訓練するのとはワケが違う……色々な意味で危険が伴うのだから。

 如何に三代目から頼まれようと断る以外に答えが思いつかない程俺の答えは明確だった。

 俺の答えを聞いた三代目は別に落胆した雰囲気もなく、ただ淡々と理由を尋ねる。

 

 

「何故じゃ……やはり人柱力だからか?」

「違いますよ、俺が気にしているのは人柱力である彼自身の事ではなく、彼を取り巻く環境が嫌なのです」

「環境じゃと?」

「九尾に親しい者を殺された者にとって彼は恨みの矛先……おそらく彼を庇う者も彼と同じような扱いを受けるでしょう」

「そんなこと「無いとは言えないでしょう?」……そうじゃな。

 確かにそれは有り得る事じゃろう」

 

 

 流石に火影ともあろう者が現実的な考えが出来ないはずがない。

 三代目の目の前で何かする人はいないだろうが、隠しきれない悪感情は存在する。

 それを見たのならこの件において里の人に全幅の信頼を寄せるのは難しいだろう。

 

 

「なら俺の答えが変わらないことも分かっているでしょう?

 それに三代目の頼みなら俺以外に受ける人もいるのではないですか?」

「……忍という職業は不定期に仕事が入り、長く帰らない事も多い。

 その間あの子は一人になってしまう。

 あの歳で孤独に慣れてしまうような事は避けたいんじゃ。

 先程言った訓練と勉強も建前のようなもの……親代わりとまではいかなくとも、お主にナルトにとっての頼れる大人になって欲しいのじゃよ。

 頼むヨミトよ、この頼み引き受けてはくれんか?」

 

 

 そう言って三代目が俺に頭を下げる。

 俺はその姿を見ても決心が変わる事は無く、ただ「頭を上げてください」と感情を込めずに言った。

 三代目は俺の言葉で頭を上げ、俺の眼を見ると気持ちが変わっていないことに気付いたのだろう。

 本当に残念そうに一瞬目線を下げたが、直ぐに表情をフラットに戻してとんでもないことを言い出した。

 

 

「こういう手はあまり使いたくなかったんじゃが仕方があるまい……お主昔儂と交わした約束を覚えておるか?」

「不老の件を話さない代わりに一度だけ力を貸すってアレですか……」

「そういうことになる……もしお主がこの件を断るなら儂は心苦しいがお主のことを人に話すだろう。

 不老の原因が分かれば医療の発展に繋がるかもしれんしのぅ」

 

 

 頭が真っ白になりそうになる……絶望や怒りではなく失望でだ。

 別に過去にこの約束をしたことに対して後悔があるわけじゃない。

 確かに俺の事を今まで黙っていてもらったのだから感謝こそあるにして恨んだりするのは筋違いだろう。

 だがこういう使い方をするとは思っていなかったのだ……俺の意志を無視するための手段として使うなんて思っていなかった。

 俺が勝手にそう思っていただけ……勝手に期待して勝手に幻滅しただけだ。

 そこまで考えると少し投げやりな気持ちになり、これでこの人に関わるのは最後にしようと割り切ることにした。

 ただそのまま全てを受け入れるわけにもいかないので、こちらからも条件を出す。

 

 

「分かりました……ただしこれで貸し借りは無しということにしてください。

 それと俺にも予定というものがありますから週一くらいで勘弁してください」

「それで十分じゃ! それでは早速今週末から頼むぞ!

 ナルトには儂から伝えておく。

 もし誰かに何か言われたなら儂に頼まれたと言えばいいじゃろう。

 それでは宜しく頼む!」

 

 

 そう言い残して影分身は煙と消えた。

 俺の三代目への思い込みも共に風へ溶けて消える。

 今後の事を考えると不安しかないので、一先ず今日はもう眠り、全部明日から考えることに決め布団に入る……眠りにつくまで脳内でずっと「他に方法は無かったのか?」という疑問とそれに対する自答を繰り返し、結局意識を失ったのは布団に入った三時間後の事だった。

 



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第66話 初日

 ナルトの家庭教師に任命されて初めての授業を行う日。

 既に彼には三代目から俺が来ると説明されているらしく、おそらく今頃家の中で俺の事を待っているのだと思う。

 俺は彼の家の前で未だに割り切れていない今の状況に小さく溜息を吐く。

 だがこのまま突っ立っていると変な噂が立ちかねないので、気合いを入れて扉をノックする。

 すると中からドタンバタンという音が聞こえ、勢いよく扉が開いてナルトが飛び出してきた。

 

 

「おっちゃんいらっしゃい!」

「あぁうん、こんにちはうずまき君」

「ナルトでいいってばよ! とりあえず中に入って待ってて。

 急いでお茶入れるから」

「お構いなく、それよりうず……ナルト君、勉強は何処まで進んでいるのかな?

 俺はこの本を教科書に使っていると言うことしか聞いていないのだけど」

 

 

 そう言ってアカデミーで使う教材よりも対象年齢が低いドリルのようなものを数冊懐から取り出す。

 これらの教材は前日に三代目自ら俺の所まで持ってきてくれたものだったが、忙しかったのかこれが教材だと言って直ぐに居なくなってしまったのだ。

 だから俺はナルトが今どの位の学力を持っていて、どの位の身体能力を持っているのか知らない。

 

 

「全部説明するのには結構掛かるんだ。

 だからおっちゃんは椅子に座ってのんびりしててくれってばよ!

 今から俺がお茶を入れてくるから」

「分かったよ……手伝わなくても大丈夫かい?」

「このうずまきナルト様を舐めるんじゃねぇってばよ!

 家事全部一人でやってるんだからお茶ぐらい入れられるに決まってるだろ!」

「そっか、じゃあお願いしようかな」

「任せとけってばよぅ!」

 

 

 ナルトに背中を押されて居間へと入った俺は彼の言うとおり、椅子に座ると彼が戻ってくるまで少し家の中を見回すして時間を潰すことにした。

 パッと見たところゴミ屋敷と言う程汚れているわけでもないが、清潔感が溢れていると言う程でもないごく普通の家。

 未開封のカップ麺が結構な数転がっているのが少し気になるが、変なところはそこ位だ。

 壁に少なくない数の傷が付いていたりもしているけれど、近くにダーツの的のようなものが置いてあることから手裏剣か何かの訓練を此処でしていたのだろう……距離が距離だからあんまり意味のある訓練とは言い切れないが、彼の努力は認めようと思う。

 他にも何かあるかなと辺りを見回すが特に何も見つからず、やることの無くなった俺は静かに彼を待つ。

 数分後、お盆の上にお茶一式を乗せて零さないようにゆっくりと運ぶナルトが、台所の方からやって来た。

 彼は一旦テーブルにお盆を置くと、自分も席に着いてお茶を配膳する。

 その後に一緒に持ってきた煎餅の袋を開けて、テーブルの中央に配置した。

 

 

「大したものは無いけど好きに食べていいからな!」

「ありがとうね、後で少し摘ませてもらうよ。

 でもその前に色々と聞いておかなければいけないことがあるんだ」

「分かってるって、何処まで勉強したかって事だろ?

 えっと……」

 

 

 彼が教えてくれた内容は別段驚く内容でもなく、むしろ予想通りに等しいものだ。

 座学は遅れ気味で身体を動かす訓練は順調……典型的な脳筋である。

 思わず溜息が漏れ、それに反応してナルトの肩も揺れた。

 怒るつもりは無いけれど少し冷めた目で彼を見てしまった俺は間違っているのだろうか?

 

 

「何か得意なものはないのかい?」

「い、いたずら……とか」

「言い方を変えようか、得意な科目は何かな?」

「ない!」

「胸を張って言うことでもないだろうに……まぁいい、じゃあ次に来る時はナルト君の学力を測るために簡単なテストを作ってくるから復習しておくようにね」

「え、じゃあ今日は何をするんだってばよ」

「今日はナルト君の手裏剣の腕前と基礎身体能力を調べよう。

 そこら辺を知っておかないとトレーニングメニューが作れないからね」

 

 

 昔縄樹と訓練をしていた時に構造力学やら医学やらの本を読み漁って、トレーニングメニューを作ったことがあるからその頃の知識を使えば、データさえ取れたならメニューを作ることが出来る。

 ナルトはそれを聞いて分かったような分からない様な微妙な顔をしていたが、俺に言われるがまま手裏剣を投げ、腕立てをし、腹筋、背筋、スクワット、反復横跳び、垂直跳びと次々とこなしていった。

 全てが終わったのはおよそ二時間後、彼も適度に休憩を挟んだが大分疲れているように見える。

 

 

「反射神経、速筋、遅筋etcetc……全体的に見てもスペックは低くない。

 手裏剣の命中率もその歳にしては上出来だろうね」

「もしかして俺ってば凄い?!」

「忍者を目指す子達の中だったらたぶん平均より少し上位だと思うよ」

「平均ってなんだってばよ?」

「真ん中という意味に近いかな」

 

 

 年度毎に平均が大分違うから参考にはならないが、現在のナルトは昔の綱手に比べると明らかに劣っているけれど、昔のアンコやシズネとは良い勝負かも知れない。

 九尾の力が封印を越えて、僅かながらに彼に力を与えているのだろう。

 真ん中位という評価を受けたナルトは少し残念そうな顔をしたが、直ぐに元気を取り戻して「今が真ん中でも、いつか一番になれば問題ない!」と言い放ち、的に向かって手裏剣を投げた。

 手裏剣は真っ直ぐと的へと飛んでいき、既に刺さっている手裏剣とぶつかって何故か俺の方へ向かって跳ね返ってくる。

 ナルトがそれを見て、急いでその手裏剣を新たな手裏剣で打ち落とそうとするが丁度今投げた手裏剣が最後の手裏剣だったらしく、切羽詰まった表情で「おっちゃん!」と叫んだ。

 そんな彼とは裏腹に俺は全く焦っていなかった……というよりも焦る必要がない。

 確かに手裏剣が飛んでくれば危ないだろうが、まだ下忍にも満たない子が投げた手裏剣位ならどうとでもなる。

 俺は胸元目掛けて飛んでくる手裏剣を人差し指と中指で挟むように止め、逆に的に向かって投げつける。

 するとナルトの投げた手裏剣とは比べものにならない程の速さで飛んでいき、既に刺さっていた手裏剣をものともせずにど真ん中に深々と突き刺さった。

 

 

「へ?」

「長く修行していればこれ位は誰でも出来るようになるよ、でも一番になるにはこの程度じゃまだまだ足りないだろう……それでも一番を目指すかい?」

 

 

 少しの間展開について行けなかったようだが、十秒程経った後我に返ったナルトは「当ったり前だってばよ!」と俺に向かって笑顔で親指を立てる。

 俺はそんな彼を見て今後彼を襲う数多の試練と苦難を思い出し、顔を歪めそうになったがそれを無理矢理抑え込み、ぎこちなく笑い返すのだった。

 



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第67話 気安い仲

 ナルトの家庭教師を始めてから三週間が経過したある日、アンコと訓練を終えて解散しようとしたのだが、後ろから彼女に呼び止められ振り返る。

 振り向いた先には険しい表情で俺を見つめるアンコの姿があった。

 今日の訓練でもどこか身が入っておらず何度か注意したが、その注意すら耳に入っていない様だったので諦めて少し早めに終了を提案して今に至るわけだ……恐らくアンコは今その原因を俺に話そうとしているのだろう。

 そして俺が想像していた通り彼女は表情を険しくしている原因を話し始めたが、その内容は決して楽しいものではなかった。

 

 

「ヨミト……九尾の子の家に通っているらしいね」

「……やっぱり噂になってるのかい?」

「ヨミトも分かってるんでしょ? 最近里の皆がヨミトに対する距離を測りかねてる事。

 店の客も減ってるし、常連の皆も少し態度がおかしいんだから気付かないわけないわよね」

 

 

 そう言いながら俺との距離を詰める彼女の表情は未だ険しく、しかし険しさの中に心配が見えて俺はその場から動く事が出来ない。

 適当に誤魔化してこの場を去る事も出来ない事じゃないのだが、今ここでそれをすればきっと彼女は悲しむだろう……それ位には仲が良いつもりだ。

 だからといって全てを話すことも出来なければ、ナルトとの家庭教師を辞めることも出来ない。

 どう答えるのが正解か全く分からず、近づく彼女を無言で見つめる。

 そして遂に彼女が目の前までやって来てしまった……互いに一言も言わず、ただ見つめ合う。

 その状態がどの位続いただろうか、一瞬だったような気もすれば五分程経った様な気もする。

 あまりのプレッシャーに俺のこめかみを冷や汗が伝うが、未だにどう答えればよいのか全く思いつかない俺……そんな俺を見て話す気が無いと感じ、根負けしたのかアンコが視線を下へ向け、囁くような声で話し始めた。

 

 

「話せないか……アタシみたいな小娘じゃ頼りにならない?」

「いやそういうわけじゃないんだ………分かった、話せる範囲で話そうか」

「無理に話さなくてもいいのよ?」

「本当に話しても良いことしか話さないから大丈夫だよ」

 

 

 そうして俺がアンコに語ったのは、ナルトの家庭教師をしているのが三代目からの頼みであることと、俺も今の状況のようなことになることが(あらかじ)め分かっていたこと、それでも尚断ることが出来ない理由があることの三つ。

 説明している間一度も口を挟まず、ジッと話が終わるのを待ち続けたアンコだったが、話が終わると同時に大きな溜息を吐いた。

 

 

「本当に話せることしか話さなかったのね……お蔭で余計モヤモヤするわよ。

 でもまぁこの状況が望んでなった事ではなく、その切っ掛けが三代目様にあるっていうのは分かったわ。

 でヨミトは三代目に借りがあって断れなかったのね?」

「まぁそういうことになるかな……」

 

 

 一応誓約書のようなものをもらって、俺の体質のことを三代目は誰にも教えないと確約してもらった……もしこれが守られなかったら原作とか気にしないで三代目に殺さない程度の一発ぶちかましてから放浪の旅に出るつもりだ。

 そうならない事を祈ってはいるが、その用意だけは進めてある……もう信じるべき相手ってわけじゃないのだから。

 

 

「そっか……でアタシに手伝えることはある?」

「え? いやいや、あの子と関わる事がどんなデメリットを生むのかさっき言っていたじゃないか」

「それはヨミトの場合でしょ? アタシはあの人の弟子っていう肩書きがある時点で結構白い目で見られてるんだから今更それ位で扱いは変わらないわよ」

「アンコちゃんは推薦を受けないと上忍に成れないのだから余計に駄目でしょうが……気持ちだけ受け取っておくよ」

「そっか残念、気持ちが変わったら何時でも言いなよ?

 正直九尾の子っていうのにも興味有るしね」

 

 

 そう言って舌なめずりをするアンコに大蛇丸の面影を感じて少し背筋が冷えたので、俺は彼女の頭を軽く小突いて「下品だよ?」と諫めた。

 この癖は何度注意しても直らないので半ば諦めているのだが、いつか直るかも知れないという希望はまだ潰えていないので気付き次第注意している。

 未だに浮いた話の一つもないのはこういう所々に感じる爬虫類っぽい仕草も原因の一つだと思う。

 スタイルも顔も良いんだけど、この肉食的思考が男を寄せ付けない。

 一応念のため言っておくと、さっきの興味有るっていう言葉は体質や強さに興味があるのであって、決して性的な意味ではないよ?

 そんなアホなことを考えている間に日はすっかり落ち、家の明かりが目立つ時間になってきた。

 

 

「そろそろ帰らないといけない時間じゃないかい?」

「あぁ大丈夫、今日はヨミトの家で夕食お呼ばれするって言ってあるから」

「……俺初耳だなぁ」

「偶にはいいじゃない! こんなに可愛い女の子が一緒にご飯を食べてくれるなんて男冥利に尽きるでしょ?」

「偶にって頻度じゃないだろうが、全く……まぁいいよ、その代わり今日はあまり期待しないでくれるかい?

 買い出しに行っていないから出来そうなのが所謂男飯ってやつ位しかないんだ」

「大丈夫大丈夫! 前食べた焼き飯は美味しかったから。

 あ、後食後にお団子出してね!」

「はいはい……白玉粉あったかな?」

 

 

 左腕に抱きついてきたアンコと一緒に夜の里をゆっくりと歩きながら、家に向かう……これが若者同士ならカップルに見られたんだろうが、今の俺は見た目五十代位に化けてるから知らない人から見れば親子以外に見えないだろう……穿った見方をすれば援助交際的なものに見えなくもないかな。

 でもまぁ勘違いされたところでヤることヤるわけじゃないから大した問題は無いんだが、時折感じる奇異の視線に自然と歩調が速くなる俺はチキンなのだろう。

 だがそうなると左腕に掴まっている彼女の歩調も自然と速くなるので、最初は文句を言いたそうに口をへの字に曲げたが、周囲を見渡して俺が歩調を速めた理由に気が付いたのか表情を笑顔に変え、逆に俺を引っ張るように先へ進み始める。

 結局俺とアンコは走って家に帰ることになったのだった。

 



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第68話 柔の道

 俺がナルトに教えているのは効率の良いトレーニング法とアカデミー入学に向けた勉強、そして簡単な体術や手裏剣の投げ方等をローテーションで教えている。

 彼は座学よりも身体を動かすことを好むので、座学の時と比べるとやる気に雲泥の差があった……そんな彼だが今日のテンションはかなり高い。

 理由は明確、今日の授業内容は体術であり、今までは大して派手な事をしなかったので室内で行っていたが、今俺たちが居るのは外……と言うことは絶対今までよりも派手な事をするという事になるからだ。

 ナルトは見るからにワクワクしており、元気を持て余すかのように準備運動をし続けている。

 今日の内容は柔軟運動が非常に大事なので、彼を止めずに授業内容の説明を始めることにした。

 

 

「ではこれから今日の授業を始めます」

「よっ、待ってました!」

「巫山戯るんじゃない、真面目にやらないと怪我しても知らないよ?」

「大丈夫だってば、始めたら巫山戯ないから」

「ならいいけど……今日行うのは受け身と投げです」

「な~んだ、凄い忍術を教えてくれたりするわけじゃないのか~」

「俺はナルト君に忍術を教えられる程術に詳しくないんだ、だから忍術はアカデミーに入ってから先生に教えてもらうと良いよ。

 それで今日やってもらうことだけど、受け身を5種類と投げの基本を教えようと思う」

 

 

 木の葉流体術はアカデミーに入ってから教わるだろうし、俺自身ちゃんと教わったことは無いので教える自信が無い……だから俺は昔学校で習った柔道を参考にして色々と教えることにしたのだ。

 授業といえど男子校だったからか結構な授業数があり、中々充実していたので投げ技、寝技、絞め技の基本位はそれなりに身に染みついた。

 あまり実戦的ではないかも知れないけど、覚えておいて損はないと思う。

 

 

「受け身ってなんなんだってばよ?」

「受け身って言うのは地面に叩きつけられる瞬間に受ける衝撃を分散させることで怪我を防ぐ技術だね」

「すげぇ! じゃあ受け身が出来るようになれば怪我しなくなるのか?!」

「大きな怪我をし難くなるのは確かだね、じゃあとりあえず前受け身からやろうか」

「分かったってばよ!」

 

 

 前受け身は立った状態から前に倒れ、両手の掌から肘までを先に地面に着地させる事で内蔵に与える衝撃を分散させるもの。

 慣れるまでは腕が痛いし、かといって腕に力を入れなければ胸に全体重が掛かり肺の空気が強制排出させられる。

 ナルトも多分に漏れず、何度か咽せながらこれを繰り返す……とりあえず二十回やり終えた時点で一旦打ち切る。

 まだ前受け身が出来るようになっていないと言う彼に、この技術は一日で身につく程簡単なものじゃないと返すと、少し不満そうにしたが服に付いた土埃を払って次に移り、そのまま横受け身、後ろ 受け身、前回り受け身、後ろ回り受け身を行い、全て終わった頃ナルトは土塗れで微妙な顔をしていた。

 

 

「なぁおっちゃん……これって本当に役に立つの?

 何かあんまり意味無いような気がするんだけど」

「大事だよ……っていっても実感沸かないか。

 じゃあ少し荒っぽいけど自分で実感してもらうことにしようかな」

「へ? いきなり何で俺の服を掴んでぇっ!?」

 

 

 俺は気軽にナルトに接近し、胸ぐらと左袖を掴んで少し手前に引っ張って体勢を崩した後、背を向けて腰を曲げ彼の懐に入り込むとそのまま背中に背負って、俺の頭を越えるような形で地面に投げつける。

 本来なら地面に着く前に掴んでいる手を引き、相手が受ける衝撃を少なくするのがマナーなのだが、実戦では相手を気遣う余裕なんてないのだから教えなくても良いだろう……まぁ今回は怪我させるわけにもいかないから一応投げっぱなしにしないで少しは引いておくが。

 全力で投げたわけではないが、それなりに勢いをつけて地面に叩きつけたので俺の足に地面を通して衝撃が伝わってくる。

 この世界にあるか分からない柔道の基本……背負い投げを受けたナルトは大の字で地面に転がりながら口をパクパクさせ、目には涙が浮かんでいた。

 

 

「これは背負い投げっていうものなんだけど、この技も空いていた右腕で受け身を取れば今みたいに上手く呼吸が出来なくなるなんていうことはなくなるよ?

 まぁ受け身を取らせない投げ方とか、殺すことを前提にした投げ方とかもあるんだけど、基本はこれが出来ないとどれも出来ないから、まずはこれを覚えてね?」

「コヒュ……フュ……ケフッ……」

「呼吸が整うまでまだ掛かりそうだから、背負い投げのことを口頭で説明してあげよう。

 まずは相手の体勢を崩して…………」

 

 

 背負い投げの流れや、体勢を崩すための方法等を話している内と徐々に彼の呼吸が落ち着いてくる。

 そして説明が終わったとほぼ同時に涙目のナルトが飛び起きて俺に殴りかかってきた。

 俺はそのパンチを手首を掴んで先程の焼き回しを行う。

 ただし今度は地面に落ちる寸前で腕を引き、優しく地面に落とした。

 今度も苦しい思いをするのではないかと瞬間的に目を瞑っていたナルトが恐る恐る目を開け、俺の顔を見る。

 

 

「今のが背負い投げの派生みたいなもので、一本背負いって言うんだ。

 こっちは少し崩しがやりにくいから背負い投げがしっかり出来るようになったら教えてあげるよ」

「……一本背負い?」

「他にも大腰、払い腰、大外刈りとか色々あるんだけど、俺が教えるのは背負い投げと巴投げだね。

 どっちも使い所は大分限られるだろうけど、俺に教えられそうな体術はこれ位しかないから我慢してくれると嬉しいな」

「………直ぐ出来るようになる?」

「実戦で使えるレベルに持って行くには結構掛かると思うけど、回数をこなせば身体が覚えてくれるよ。

 だからほら立って、次はナルト君が俺を投げる番だ」

「え、どういう事だってばよ?」

「互いに背負い投げを繰り返し掛け合うことで、背負い投げと受け身を同時に覚えられる一石二鳥の訓練ということさ」

 

 

 立ち上がったナルトに俺の胸ぐらと袖を掴ませて‘崩し’というものを教え込み、ゆっくりと自分から投げられる。

 そして少し大げさに受け身を取ることで彼に受け身のタイミングを覚えてもらう。

 ナルトには投げ終わるときに服を引くことを教えていないので、まぁまぁスリリングではあったが、これはこれで自分のいい訓練になり双方に有意義な時間であった。

 それを一時間程繰り返すと受け身は多少マシになり、背負い投げもぎこちないながらも一人で出来るようになったので、彼の肉体的に今日はこれくらいにした方が良いと判断して、早めの終了を告げるとナルトはその場で寝転がり、「やっと終わったってばよーーーー!!」と叫び、そのまま眠ってしまったので背負って家まで運び、今日の授業は終了となった。

 

 



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第69話 親の気持ち

 この間アンコが言っていた通りナルトの家庭教師を引き受けてから何人かの常連が店に来なくなった……しかし変わらず店に来る常連さんがいるのも事実だ。

 今日もその内の一人がいつも通り店内をグルッと回って暇つぶしのための本を一冊持って、カウンター横の椅子に座って読書を始める。

 

 

「何時も言ってるけど立ち読みじゃなければ良いってものじゃないんだよ……買ってから読んでくれないかい?」

「別にいいじゃねぇか、偶に買ってるだろ? それに今月の小遣いがもうないんだからしょうがない」

「奈良さん、いい加減奥さんに言いつけますよ?」

「それは勘弁してくれ……代わりと言っちゃなんだが来月昼飯でも奢るからよ」

「そんなお金があるんなら来月は買わずに読むのを止めてくださいよ」

「ハハハ……善処する」

 

 

 俺は溜息を一つ吐いて一旦台所に行き湯飲み二つと急須をお盆に乗せて戻る。

 湯飲みをカウンターの上に乗せて急須からお茶を入れ、お盆は脇にあるテーブルに置く。

 奈良さんは一旦読書を止め、カウンターの上に乗ったお茶を手に取り「すまんな」と口の中を濡らす程度に飲んだ。

 

 

「ふぅ、やっぱ茶はいいよなぁ……それにこの濃さは俺好みだ。

 俺の分まで用意してくれてありがとうな」

「別に構わないさ、俺のついでだからね」

「流石に申し訳ないから、今度茶菓子でも持ってくるわ」

「別に気にしなくても良いのだけど……その時を楽しみにしているよ」

 

 

 そう言って俺もお茶を一口……少し濃い目だが、この苦みが良い。

 濃い目に入れるのは暇な店番の時に襲い来る眠気を退治する為でもあるのだが、何度も飲んでいる内にこれが好みの味になってしまい、それからは基本濃く入れるようになってしまったのだ。

 一回アンコに飲ませた事もあったが、彼女は即座にお湯を足して薄めた上で「甘い物がないとこれは飲めない!」と茶請けに出したお菓子を食いまくった。

 それからアンコは俺の入れるお茶を滅多に飲まなくなったんだが……そんなことはさておき、時折茶を啜りながら暫く無言の時間が過ぎたが、ふと彼が口を開く。

 

 

「そういえば店主はあの子の先生やってるんだったよな……今何歳だっけ?」

「六歳だね、今年アカデミーに入ると思うよ」

「そうか、家の息子も今年入学するんだが……実際どうなんだあの子は。

 九尾の力が漏れ出したりとかはしていないのか?」

「ないと思いますよ? 少し身体能力が高い気がしますけど、それ以外は身体を動かすのが好きな唯の悪戯っ子ですね……勉強は大嫌いみたいですが。

 後ラーメンが好きみたいです」

「いや別に好物とかはどうでもいい……だがそうか、大丈夫ならいいんだ」

 

 

 安堵の溜息を吐く奈良さん。

 親としては自分の子の近くに危険な要素があれば心配するのは当たり前。

 ましてやそれが九尾の人柱力ともなれば心配しない親など居ないだろう。

うずまきクシナは九尾をうずまき一族の封印術で完全に抑えきれていたが、ナルトはそれを学ぶ前に彼女を亡くしてしまった。

 封印術は万能じゃない……いつか何かの拍子で封印が解けてしまえば近くにいる人は犠牲になってしまうだろうと考えると不安に思う気持ちも分からなくはない。

 

 

「なら予め息子にあの子の事を話す必要はないな……息子は外で遊ぶよりも軒下で昼寝や読書する方が好きっていうインドア派だからな。

 シカマルとあの子が友達になるかどうかは分からねぇ……だが危険じゃないなら無理に遠ざけるのは止めておくわ」

「いいんですか? いくらナルト君自身が害する気を持たなくても、親から彼を避けるように言われた子は……」

「それも全部含めて息子の自由だ。

 そもそも友達ってのは誰かに言われてなるもんでもなければ、ならないもんでもない。

 もしかすれば友達になって後悔する事もあるかも知れないが、それも経験だ。

 親が手を出して良いのは成長の支援と一人じゃどうしようもなくなった時だけ。

 何から何まで手を貸すと将来困るだろうからな」

 

 

 頬を掻きながらそう言った奈良さんの顔は照れくさそうではあったが、親であることを誇りに思う父親の貌だった。

 少しの間また無言の時間が過ぎる……そして口火を切ったのはまたも彼。

 しかし先程の男らしい表情とは裏腹に、その顔に浮かべていたのは好奇心一色で、何とも嫌な予感がする。

 

 

「子供といえば、店主はそう言う浮いた話はねぇのか?

 もう50……いや60過ぎてんだろ?」

「俺は仕事一筋だし、こんな爺様誰が好き好んで連れ添うかね」

「大丈夫だって、それに店主は見た目まだまだ若いから年上好きの女の子にはモテモテかもしれないぞ。

 別に変な性癖持ってるわけじゃないんだろ?」

「そう言ってもらえるのはありがたいけど……自分が誰かと結婚する想像が出来ないんだよ。

 見合い結婚する程結婚願望は高くないしね」

「そうか、だが寂しくはないのか?」

「それは大丈夫だよ、今はナルト君やみたらし家の人達、それに話し相手になってくれる常連の人もいるからね」

「なら良いが……だが気が変わったら相談してくれ、見合い位ならセッティングできるからな!」

「気を遣ってくれてありがとう、その時は宜しくお願いするよ」

 

 

 俺がそう言うと満足そうに頷き、彼は再び読書に戻る。

 その後も偶にふと思いついた話題で雑談をし、結局彼は昼前に店を去った。

 そんな彼を見送ると俺は先程の会話を思い出す。

 

 

「(結婚か……能力と歳のことを話せる位に信用できる相手じゃないと無理だなぁ。 いや、それ以前にまず女性との出会いがないな……今世でも非リア街道まっしぐらだよ)世知辛いなぁ人生って」

 

 

 急須に残っていた冷たくなってしまったお茶を飲み干し、いつもよりも若干テンションが低い状態で店番に戻った。

 



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第70話 飲み友達

 アカデミーに新入生が入学し、早三ヶ月が経ちました……アカデミーが始まってからはナルトの家庭教師の頻度を月一にしていいと三代目に言われていたので、ナルトと少し距離が取れる上に暇が出来るはずだったのだが……そうは問屋が卸さないのが人生というもの。

 何故か俺はナルトの第二保護者としてアカデミーに登録されており、彼が何かする度に俺が呼び出される様になったのだ。

 その件について三代目に直談判しに行くと、三代目は「基本的には儂が保護者として動くんじゃが、如何せん外せない仕事も少なからずあってのぅ……そう言う時だけ保護者代理を頼みたいんじゃよ」と言いながら頭を下げられた。

 ぶっちゃけ断ってもよかったんだが、その場に他の忍がいた為此処で断ると不敬だなんだと騒がれそうだったので渋々受け入れざるを得なかったのだ。

 それにあくまで俺は代理であり、あまり役目が回ってくることはないだろうという楽観も受け入れた要因の一つである。

 

 

 しかしこれが大きな間違いだったのだ。

 想像していたよりも呼び出される回数が多い……と言うよりも週一以上のペースでアカデミーに呼び出されるという想像さえしていなかった驚きの頻度。

 その所為ですっかりアカデミーの教員に顔を覚えられてしまった。

 そんな俺が三代目から頼まれてナルトの保護者代理をやっている事は教員には知らされているらしく、強制されて可哀想という視線が一番多い。

 次いでいくら三代目の頼みとはいえ、九尾の子の保護者を引き受けるなんて何を考えているのか分からないという嫌悪のような視線が多く、血の繋がらない子供の保護者をするなんて優しい人なんだなという好意的な視線が一番少ない……というかそういう感情を向けてくるのは一人しかいない。

 その人の名前はうみのイルカ……九尾の襲撃で親を亡くした人だ。

 

 

 彼はナルトのクラスで担任をしているらしく、一番俺を呼び出す機会が多かったので自然と話す機会が増え、徐々に仲良くなり、ナルトのアカデミーでの様子を聞くために飲みに誘った。

 親のことは初めて飲みに行った時に酔った彼が自分で話してくれたのだ。

 それを聞いた時は酔いが一気に覚める程に驚いたが、彼が苦笑いしながら「ナルトを恨んでなんていませんから安心してください」と言って、鼻の上を横一文字に走る傷を指でなぞる。

 俺は少し躊躇したが、酔いに任せて「親を殺されたのにですか?」と尋ねてしまった。

 今思い返すと無神経にも程がある問いだった……しかしその問いに彼は怒るどころか笑って答えてくれたのだ。

 

 

「確かに暫くは恨みましたよ……九尾に関しては今も良い感情を抱いているわけじゃありません」

「なら何故?」

「だってナルトはナルトでしょう? アイツは確かに授業では寝るし、悪戯もよくする。

 決して優等生とは言えない子供です……ですがアイツは普通の子供だ。

 化け物を体内で飼ってようが、アイツ自身は何でもない事で笑い、何でもない事で泣くただの子供なんですよ。

 そんな子供を憎むなんてこと俺には出来ません。

 女子供には優しくしろって両親も言ってましたしね」

「……強いんですね」

 

 

 俺はその時素直にそう思った。

 確かにナルト自身は九尾ではないが、普通親を亡くした若者がそれを割り切って考えられるだろうか……いや普通はナルトと九尾を同一視し恨むだろう。

 事実ナルトに直接言うことは三代目に禁じられているので、俺に言ってきた教師もいた位だ。

 曰く「化け狐を可愛い生徒と一緒に過ごさせるのがそもそも間違いだ」、曰く「化け物を養護するなんて遺族の事を考えたことはあるのか?!」等々……途中でイルカと白髪の教師が止めてくれたが、あれで改めてナルトが一般的にどう思われているか分かった気がする。

 他の教師も見ているだけで止めようとしなかったから、おそらく内心否定しきれなかったのだろう……そりゃあ俺の店に来る客も減るわけだ。

 イルカは俺が貴方は強いと評したことに激しく手を左右に振り、恥ずかしそうに否定する。

 

 

「そんなことないですって! 俺なんかよりももっと凄い人一杯いますし!」

「それでもイルカ君は強いですよ……俺はこの歳になっても迷ってばかりですから。

 自分の意志を貫けるというのは十分凄い事です」

「もしかしてナルトと関わった事を後悔なさっているのですか?」

 

 

 酒が回り、少し赤くなった顔で不安そうに俺を見る彼。

 後悔していないと言えば嘘になる……しかしそれはナルトに関わったことに対する後悔ではない。

 確かにナルトに関わることは避けたかったが、関わることになったのは俺が迂闊にも三代目に借りを作ってしまったからで、その事に関して過去の自分に後悔している。

 だがそれすらも割り切った結果が今なのだからナルトに対して今は特に思うところはない。

 むしろナルトと関わることで少しだけ救われていることだってある位だ。

 

 

「いえ、その事に後悔はありませんよ」

「なら何故悲しそうな顔をなさってるんですか?」

「それは………ちょっとつまみが口に合わなかっただけですよ」

 

 

 嘘だ……救えなかった縄樹とナルトを重ねて、自己満足に浸っている浅ましい自分が僅かながらに存在することがどうしようも無く悲しかった。

 ナルトが笑う度に縄樹の笑顔とダブる……もう二十年近く経っているというのに未だに俺はあの子の事を引き摺っている。

 何故もっと原作を読み込んでいなかったのかと、そうしていれば救えた命かも知れないのに!

 しかしこの事は人に話すわけにもいかず、ただ俺の中で燻り続けているのだ。

 胸の中に抱え込んでいるパンドラの箱に厳重に鍵を掛け、顔には笑顔という仮面を着けて、彼にこれ以上悟られないように無理矢理話を逸らす

 

 

「さ、俺の話はこの位で良いじゃないですか、コップが空いてますよ!」

「……そうですね、ヨミトさんのコップも空いてるじゃないですか、店員さーん熱燗二つお代わり!」

 

 

 彼も俺が胸に何かを抱えていること自体には気付いたが、それを表に出す気が無い事も同時に気付いたようで、俺の意図を酌み一緒になって呑みまくった

 その後はベロンベロンになるまで呑み、そのままなし崩し的に二件目に行きそうになったが我慢して店の前で解散。

 それ以来彼とは良い飲み友達だ……ちょっと歳は離れているけどね。

 

 




イルカの年齢が原作よりも少しだけ上がっています
それに伴い精神も少し強くなっています


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第71話 近況報告

 その日、朝起きると何やら外が騒がしい事に気付いた俺は耳を澄ませ……何が起こったのかを理解した。

 一人を残してうちは一族が全滅し、その下手人は未だ捕まっていないという大事件が起こったのだ。

 生き残ったのは一人の男の子で特に怪我は見当たらないらしいが、心に大きな傷を負って今は病院にいるとのこと。

 今頃里の上層部は大変なことになっているだろうな……里における名家の一つが突然無くなったのだから。

 だがこの一件は俺に何の関係もないに等しいので、「へぇ、大変だなぁ」と完全に他人事の様に呟きながらいつも通り身嗜みを整えていく。

 寝間着から普段着に着替え、洗顔と歯磨きを終えた俺は店の看板を閉店から開店に変え、カウンターに置いた椅子に座って読みかけの本を読み始める。

 書籍のタイトルは‘ド根性忍伝’という小説で、かなり荒削りだが何処か心惹くものがあり、愛読している一冊だ。

 ちなみにこの本の著者は木の葉の三忍の一人自来也その人なんだが、何故か売れ行きが悪く、うちにも結構な在庫があり本屋からの売れ残り受け入れを拒否している位である。

 

 

 店を開けてから三時間程読書と掃除をしていたが、一向に客が来ない。

 本は基本的に娯楽目的のものが多いために何か大きな事が起こったりすると客が来なくなることはよくあることだ。

 故に別段焦りもせず読書をしながらのんびりと時間を潰す……昔なら印を組む練習とかもしていたのだが、流石に十年以上やっていればそれなりのものにはなる。

 店番中に今もやる訓練といえば身体能力向上のために重りをつけた状態で生活をする位で、それも今以上の重りをつけてしまうと床に穴が開きかねないので何とも言えない状況だ。

 そんな働いてるんだがよく分からない状況の中、懐かしい客が店を尋ねてきた。

 店の戸を開けて入ってきたのは、すっかり大人になったシズネ……と忍豚。

 

 

「お久しぶりです、ヨミトさん! なんだか里が騒がしいですけど何かあったんですか?」

「うちは一族が何者かに壊滅させられたらしい」

「それは……一大事ですね」

「そうだね、でも俺に出来る事があるわけじゃないし、うちはにお得意さんはいないから特に思うところはないかな

 それにしてももう一年経ったのか……今年も綱手は一緒じゃないのかい?」

「ヨミトさんって偶に薄情ですよね、まぁ首を突っ込むよりは良いと思いますけど。

 綱手様についてはいつも通りで……っていうかちょっと聞いてくださいよヨミトさん!

 綱手様がまた借金をして踏み倒したんですよ!?

 一度ヨミトさんの方からも言ってくださいませんか?」

「綱手は俺が言った位じゃ止まらないと思うけどね……でも元気そうで何よりだ」

「元気すぎる位ですよぉ……この間なんてイカサマされて賭場を壊滅させたんですよ!?」

 

 

 俺の肩を掴んで前後に激しく揺らすシズネの目には微かに涙が浮かんでいる。

 流石に可哀想なので、今度カツユを呼び出した時に少し綱手に抑えるよう伝えてもらおう。

 本当なら直接言えれば良いんだが、長期間店を空けるわけにもいかないし、アンコやナルトのこともあるから会いに行くのは現実的じゃない。

 かといって綱手が来るのを待つのも殆ど意味がない……綱手はここ暫く里に来ていないのだから。

 俺に関してはカツユを通して状態を知れるし、伝言という形で連絡も取れる。

 というか綱手とほぼ確実に連絡を取れると言うことで偶に俺を伝言板代わりに使う人すらいる位だ……まぁ綱手がカツユを呼び出さなければ伝えられないから火急の用とかは断っているが。

 俺は最近の綱手の所業を激しく揺らされながらも聞かされ続け、一段落する頃には世界が回転して見える位になっていた。

 そんな俺を見てシズネは我に返り、「あひィ! す、すみませんでした!」と謝りながら頭を下げる。

 彼女がパニクればこの程度の事はよくあることなので、まずは落ち着かせるところから始めるのがこの状況においての正解だ。

 

 

「頭を上げてください」

「で、でも私また……」

「いいから!」

「は、はいぃ!」

「よし、じゃあお茶にしましょうか」

「へ? お茶?」

「この間良い茶菓子が手に入ったんですよ、一緒に食べましょう。

 トントンも食べるかい?」

「ぷぎぃ!」

「よしよし、じゃあ三人分持ってこないとね……っとその前に店を一旦閉めようかな。

 どうせもう客来ないだろうし」

 

 そう言って俺は店の看板を閉店中に変え、呆然としているシズネの背を押して家の居間まで連れて行き、律儀に家に上がらず待っていたトントンの足をタオルで拭いて抱き上げて連れていく。

 シズネは未だに再起動を果たしていないらしく居間で棒立ちになっていたが、一先ずスルーして台所に向かう。

 お客様用のちょっと高いお茶と、この間ゴウマさんに紹介してもらった和菓子屋で買った栗羊羹を切り分けて持っていく。

 その間数分はあったので流石に俺が居間に着いた時にはちゃぶ台の前で正座しており、膝の上にトントンが座っていた。

 その光景が凄く微笑ましく、自然と口角が上がるが別段隠すことなく、そのまま彼女達の分と俺の分のお茶と茶菓子を置く。

 そうしてやっとシズネは俺が来たことに気付いたのか、顔を俺の方へと向けた。

 

 

「えっと……」

「さ、お茶が冷めない内にどうぞ? トントンは水で良かったよね」

「ぷぎ」

「ヨミトさん?」

「ん? さっきの事なら別に怒っていないから大丈夫だよ、この位のことシズネちゃんとアンコちゃんの喧嘩に巻き込まれた時に比べたら全然」

「あ、あの時のことはもう忘れてください!」

 

 

 羞恥から顔を赤く染めつつも、未だ先程のことを引き摺っているのか少し言葉に力がない。

 だが先程に比べれば大分いつも通りに戻っているからよしとする。

 ちなみにシズネとアンコの喧嘩に巻き込まれた時は流石に店に多少被害が出たので、止めに入って二人の首根っこを吊り上げた。

 あの時の二人の怯えたような表情は不謹慎だが少しだけ可愛かったような気がする。

 

 

 お茶を飲みながらこの一年を振り返りながら話す。

 俺はナルトやアンコの事や、里で起こった主要な出来事を。

 シズネは綱手の武勇伝と、様々な人との出会いと別れを。

 一時間も話していると元の調子を取り戻し始め、帰る頃にはすっかり元通りになっていた。

 帰るといっても里で一泊してから綱手の元に帰るので、今日は彼女の実家で親子水入らずの時間を過ごすらしい。

 シズネは少しだけ名残惜しそうだったが、首を小さく左右に振るとのほほんとした顔に戻り、元気よく俺に「明日帰る時にもう一度寄りますから!」と言い残して走り去った。

 去り際トントンが軽く頭を下げたのが妙に可笑しくて、久しぶりに声を上げて笑ったが突然笑い出した俺を周りの人達が訝しげに見ていることに気付いて、急いで家の中に戻った。

 



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第72話 行方不明

 うちは全滅から一年、木の葉において非常に大きな存在だった一族が一晩にして滅びたことは里の人々に非常に大きな不安を与えた。

 しかしそれも一年あれば落ち着き、今では一部の忍が惰性に近い形で調べている位らしい。

 ただ唯一の生き残りである男の子の証言で下手人が彼の兄であることが分かっていたが、それが判明する頃には彼は既に里を後にしていたため手配書を出す位しか手がなかったのだとか……まぁ例え見つけられたとしても捕まえられる人はそう居ないだろうが。

 薄れかけた記憶の中でも深く根付いている写輪眼の力というものを思い出しつつ、俺は今月の収支について纏める。

 いつも通り決して多くはないが、赤字ではないので特に焦ることなく順調に記し続け、気付けば残りは三日分だけになっていたので、ラストスパートとばかりに袖を捲って気合いを入れた。

 そしていざ再開しようと筆を滑らせようとした瞬間、騒々しく一人の男が店にやって来て、俺の腕は急停止し計算簿に墨が一滴落ちる。

 その一滴が既に書き込んである部分に落ちたので修正しなければならなくなり、余計な仕事が増えた事で俺の機嫌は急降下。

 これでしょぼい用事だったら店から叩き出してやろうと、計算簿から顔を上げて客の顔を見ると、息を切らせて汗だくになった俺のよく知る人物……みたらしゴウマが立っていた。

 今まで彼が此処まで切羽詰まった状況になっているのを見たことが無かった俺は少し動揺しつつも、彼に用件を尋ねる。

 

 

「ど、どうしたんですか、そんなに慌てて」

「ア……アンコが……」

「アンコちゃんがどうかしたんですか?」

 

 

 明らかに良くないことが起こった様な雰囲気が漂っているが、まずは何が起こったのか聞かなければどうしようもない。

 ゴウマは乱れた呼吸を整えるために一度大きく深呼吸をし、声を張り上げた

 

 

「アンコが居なくなっちまったんだ!!」

「え……何時からですか?」

「昨日の晩に何か手紙の様なもんを読んだ後飛び出すように出て行っちまったっきり戻ってこないんだよ」

「一日経っているのか……とりあえず俺も探すのを手伝いましょう。

 その手紙というのは今どこに?」

「アンコが持って行っちまった」

 

 

 手掛かりは無いに等しいってことか……何か事件に巻き込まれたんだとしたら一分一秒が大切になる。

 全く手掛かりがないとなると見つけることはかなり難しくなるだろう。

 俺は何か小さな事でも情報を得ようと質問を続ける。

 

 

「じゃあ何か思い当たる事はないですか?」

「あったら俺が探しに行ってる……一つ分かってることがあるとしたら、家を出る時にアンコが喜びと怒りを混ぜたような顔をしていたって事位だ」

「どんな顔だか想像尽きませんが、もし本当にその感情を抱いていたのなら行く先は限られてくるのではないですか?」

「だがあの子の友人の家は既に粗方尋ねたんだぞ!?

 他にどんな相手がいるっていうんだ!!」

 

 

 焦りからボルテージが上がりやすくなっている彼に手を突き出して「まずは聞いてください」と一先ず気持ちを抑えてもらう。

 少し遠回りになるが詳しく説明しないと納得してもらえないだろうため、出来る限り分かり易く且つ簡略化して説明する。

 

 

「何も手紙の主が友人とは限らないのではないでしょう……アンコちゃんに片思いした男性かもしれないですし、それほど仲良くなくても同僚の人という可能性もあります」

「そんなこと言い出したら何でも有りになるじゃねぇか!」

「そうですね……ですが単純に怒っているだけでなく、表情に見える程喜んでいるようにも見えたのならそれらの可能性は格段と下がります」

「ヨミト……アンタ何が言いたいんだ?」

 

 

 いまいち要領を得ないゴウマがイライラしつつも続きを催促するので、これ以上説明を続ければ話を聞かずに店を出て手当たり次第探しかねない。

 なので俺は手っ取り早く俺の考えを述べることにした。

 

 

「たぶんアンコちゃんが受け取った手紙の送り主は……大蛇丸じゃないかと俺は考えています」

「大蛇丸!? なんでそんな名前が此処で出てくるんだ!?」

「未だにアンコちゃんはあの人の事を割り切れていない……いくら犯罪者だとしても彼女にとっては恩師だったのですから、その気持ちは分からなくもありません。

 もしそんな相手から手紙が来たらどういう気持ちになりますか?」

「犯罪を犯したことを怒りつつも会えることに喜ぶ……ってか?

 だがそれはヨミトの予想に過ぎ「だとしてもその可能性はゼロではない」……万が一アンコを呼びだしたのが奴だとしても行き先が分からない事には変わりない」

「ですが協力者を増やすことはできますよ……アンコちゃんを探せば指名手配犯捕縛も出来るかも知れないのですから。

 それに三代目様も元生徒の事となれば直接手を貸してくださるかも知れませんしね」

「そう……だな、人海戦術ならアンコのことを見つけることが出来るかも知れない」

「ということでまず三代目様にこの事を伝えに行った方が良いですね。

 俺もアンコちゃんを探すのを手伝いますが、少し準備をしてから行こうと思いますので三代目様への報告はゴウマさんに頼んでも大丈夫ですか?」

「あぁ、急いで行ってくる」

 

 

 直ぐさま三代目の元へ行こうとする彼だったが、俺はそんな彼の腕を掴んで止める。

 彼は「何故止めるんだ」と少し怒っていたが、この世界において遠く離れた相手と通信する手段はかなり限られるのだ。

 もしここで何も決めずに分かれたら情報交換なども出来ないまま非効率的に動くことになる。

 それを防ぐために俺は親指の腹を犬歯で少し傷つけ、カツユを呼び出す。

 

 

「今日は訓練……というわけじゃなさそうですね。

 どうかしたのですか、ヨミトさん?」

「アンコちゃんが行方不明なんだ。 今から探索するから少し手伝ってくれないかい?」

「「それは一大事ですね! もちろん手伝わせてもらいます!」」

「それじゃあゴウマさん、こちらのカツユを連れて行ってください」

 

 

 そうして彼の肩に二体に分裂したカツユの片方を乗せ、もう片方を俺の懐に入れる。

 カツユの分体はネットワークのように繋がっており、携帯電話の代わりも出来るという素晴らしい能力を持っているので、俺も偶にカツユを通して綱手と話したりしていたりするのだ。

 ゴウマにどうすれば連絡を取り合えるか簡単に説明すると、話が終わるとほぼ同時に「分かった、じゃあ何かあれば連絡する」と言って直ぐに店から出て行ってしまった。

 その背中を少しの間見送った後、俺も少し動きやすいように両手足につけた重りを外し、幾つかの符と忍具をウエストポーチに入れて、アンコを探すために動き始める。

 もし予想通りに大蛇丸と共に居るのだとしたら、例え見つけられたとしても確保できるか分からないが、覚悟だけはしておこう……逃走を目的とした交戦の可能性を。

 見捨てるには縁がありすぎるんだ………娘みたいなもんだからね。

 

 



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第73話 謎の印

 それなりに覚悟を決めてアンコを探し始めたわけだが、結局俺に出来るのはしらみつぶしに探すこと位しか出来ない。

 100メートル以内にいると分かればどうにか出来なくもないのだけど……世の中そんなに甘くはないわけで、無為に時間が過ぎていく。

 カツユを通してゴウマから三代目の協力を得られることになったという良いニュースを聞いたが、如何せん情報が少ないために捜査は難航している。

 日も暮れ、捜査を交代制に変えて二十四時間体制で探し続ける俺たち……しかし見つからない。

 手伝ってくれてる人の中にはうちに良く来る油目や奈良一族の人もいて、人の縁というものの大切さを実感していたりもしたが、それでも成果はゼロに等しかった。

 時間が経つにつれて協力者達数人の眼に諦めが浮かび始めるが、それでも俺たちは諦めなかった。

 

 

 そしてアンコ失踪から三日目の朝、既に殆どの人が諦めかけていた中で油目さんがアンコらしき女性を虫が見つけたという情報が入る。

 これでもしアンコじゃなければ捜査の人員を減らさざるを得ないと三代目から伝えられ、もう後がない状況で比較的現場に近いところに居た俺とゴウマが情報にあった場所へと走った。

 アンコらしき女性を見た場所というのは里の外にある森の中。

 油目さん曰く虫が見つけた時には一人で倒れており、様子を確認するために近づこうとしたら運悪く虫が動物に潰されたらしい。

 倒れていたと聞いた時は血の気が引いたが、倒れているからといって死んだと確定したわけではないと自分に言い聞かせて全力で駆け抜ける。

 

 

 屋根の上を跳び、地面を蹴りつけ、樹の枝の上を跳び移っていく。

 そうして数分の間跳んだり走ったりしていたら、視界にふと人らしき影が移り込む。

 急ぎその人影に近づくと、倒れていたのはやはり行方不明だったみたらしアンコその人だった。

 見たところ大きな外傷はなく服装の乱れも特に見られないが、異常に発汗している上に苦しそうに呻いている。

 話しかけてみても返事がないことから意識が無いことは明らかで、ならばと応急処置として‘ご隠居の猛毒薬’の回復薬の方を彼女の口へと流し込む。

 気を失っているために全てを飲ませることはできなかったが、それでも多少は効果があったらしく少しだけ表情から険がとれ、呼吸も整ってきた。

 これならば動かしても大丈夫だろうと、俺はゴウマに「アンコちゃんをみつけましたが、気を失っている上に様子が少しおかしいので、彼女を背負って急ぎ里に戻ります」と伝え、大至急里へ向かって走る。

 里に着くと既に関係者一同が揃っており、アンコの姿を見るや安堵の溜息を吐いたが、未だ危機は去っていないと思い出してそれぞれが動き出す。

 ゴウマはアンコを背負って病院に走り、三代目を含んだその他の人達は森に犯人の痕跡を探しに行き、俺はゴウマについて行く形で病院へと向かう。

 

 

 病院に着くやいなや彼は待合室をすっ飛ばして医務室へと駆け込んだ。

 中では一人の医療忍者がカルテらしきものを書き込んでいるところだった。

 ゴウマが背負っていたアンコを診察台に乗せ、今がどういう状況かを説明すると医療忍者は表情を変え軽く彼女を診察し、苦い顔をして「私では少し力不足のようです……少し待っていてください、先輩を呼んできますので」と部屋を出て行ってしまう。

 彼の帰りを待っている間、俺とゴウマは何も出来ることはない。

 目に見える怪我なら俺が使える掌仙術でも多少は役立つのだろうが、今俺に出来る事は額に濡れタオルを置くこと位である。

 ゴウマも自身の無力さに嘆いているのか、顔を歪めながらアンコの手を握り続けていた。

 少しして医療忍者が何人か同僚を連れて戻ってきた……その人達はアンコの症状を見てあーでもないこーでもないと議論を始め、彼らの内の一人が彼女の首筋に浮かぶ一つの入れ墨の様なものに気付く。

 

 

「なんだこれは……みたらしさん、これは最初からありましたか?」

「いや、三日前まではこんなもの影も形もなかった」

「……封印術か何かでしょうか? 私はこんなの見たことありません」

 

 

 他の医療忍者も同様な様で揃って首を傾げる。

 しかし暢気に診察していられるのはそこまで、その入れ墨のようなものが微かに動いたのと同時に彼女が苦しそうに呻き声を上げる。

 しかも入れ墨は徐々にだが範囲を拡げている様に見え、見るからに危険な雰囲気が漂っていた。

 医療忍者だけでなく、ゴウマと俺もそれを見て今アンコを苦しめているのがこの入れ墨だと確信し、一刻も早くこの入れ墨を何とかすべく動き始める。

 

 

 除洗液をつけて擦ってみたり、麻酔を掛けて患部の切除を試みたりしたが効果は見られず、徐々に入れ墨は大きくなっていき、彼女の呻き声もより酷くなっていく。

 焦りばかりが募る空気の中、次の手段として選ばれたのは封印術の一つ。

 彼女を取り囲むように直径三メートル程の術式を医療忍者の指示の元、床に刻んでいく。

 そして入れ墨の周りにも医療忍者が術式を込め、術式が完成すると同時にチャクラを流し込み、封印術を完成させる。

 するとアンコが一度大きく痙攣し、その場に倒れ込んでしまった。

 ゴウマと俺が彼女に駆け寄り首筋を見ると、入れ墨が明らかに小さくなっている。

 

 

「何とか……なったようですね」

「アンコは……アンコは助かったんだよな!?」

「とりあえずは大丈夫だと思います。 ですがまだこれがどういったものか分からない以上絶対とは言い切れません。

 一先ず暫く様子を見た方がいいでしょう……それと彼女は少し衰弱しているようですので、一週間程の入院をお勧めします」

「分かった、宜しく頼む。

 ヨミト、俺はアンコの着替えとかを取ってくるから暫くアンコに付いてやってくれ」

「分かった、一瞬たりとも目を離さずに見ているよ」

「頼んだ……じゃあ行ってくる」

 

 

 ゴウマが部屋を出て行くと、それと入れ違うようにストレッチャーを持った看護婦がアンコを病室へと運んでいく。

 俺は邪魔にならないようにその後ろをついて行き、そのまま病室へと入り少し離れたところに椅子を動かして座る。

 看護婦は手早く彼女をベッドに乗せ、点滴を刺すと俺に一礼して出て行った。

 先程に比べれば大分呼吸も落ち着いたアンコだが、その顔は一目見て分かる程疲れ切っており、この三日間がどれだけ大変だったかを物語っている様だ。

 まだ彼女に何があったのかは分からない……しかし明らかに良くない事に巻き込まれたということだけは分かる。

 俺はゴウマが戻ってくるまでの間、首筋に鎮座して彼女を苦しめる元凶を睨み続けた。

 




遊戯王を知らない方に説明すると、ご隠居の猛毒薬は自分のライフを回復するか、相手にダメージを与えるか選ぶことが出来る魔法カードです


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第74話 二度目の裏切り

 アンコが目を覚ましたのは入院して三日後のことだった。

 たまたま俺も店を早めに切り上げて見舞いに来ていた時だったのでその瞬間に立ち会うことになったわけだが、最初彼女は寝ぼけている様な雰囲気で辺りを見回していたが、突然目を見開いて一番近くにいたゴウマに掴み掛かる。

 寝込んでいたために力はあまり篭もっていなかった様だが、あまりに切羽詰まった様子にその場に居た俺とゴウマは困惑し、動くことが出来なかった。

 

 

「アイツは!? アイツは何処にいるの!?」

「アイツって誰だ?!」

「大蛇丸に決まっているじゃない!」

 

 

 ゴウマが詰め寄られる中、俺は予想通り大蛇丸が関係していたことに納得したと共に、アンコの機嫌はどうあれ目を覚ました事に安堵した。

 大蛇丸に誘拐された可能性を考えた時に、アンコが生きて戻ってこないかもと考えずには居られなかったのだ。

 そしてアンコが生きて見つかった後も入れ墨のことがあった上、三日も目を覚まさなかった事で、もしかしたらこのまま目を覚まさないのではと考えたこともあった。

 だから今ああして元気にしている姿を見て、俺は少しだけ笑みが零れてしまう。

 しかしみたらし親子はそれどころではなく、多少喧嘩腰になりつつ今回の一件についての話をしていた。

 

 

「やっぱりお前、大蛇丸に呼び出されたのか……でも何故そんな誘いに乗ったんだ!!」

「アタシだってあの手紙読んだ時は何を今更って思ったわよ。

 でもあの時はもしかしたら改心したのかもって思う位にはまだアイツの事信じてたの!!」

「何で!……いや過ぎたことを責めるのは意味がない。

 そんなことよりも今はその入れ墨のことの方が重要だ。

 一体それは何なんだ? どうしてそんなものがお前の首にあるんだ?」

「これは……呪印っていうらしいわ。

 アイツも詳しくは言ってなかったから、適応すればとんでもない力を出せるようになる代わりに適合しなければ高確率で死ぬっていう代物だっていうこと位しか私は知らない。

 そしてアタシに入れた呪印っていうのはその中でもまだ実験段階のもので、適合する可能性が凄く低いけど、今まで作った呪印の中で一番大きな力を引き出せるようになるものなんだってアイツは言ってた……でもアタシは適合しなかった。

 だからアイツはアタシを役立たずって森に捨てていったのよ……不良品がどうなろうと関係無いってね!」

 

 

 そう言いながら悔しそうな顔で呪印を擦る。

 今アンコの中では考えが足りなかった自分に対する怒りと自分を実験台に利用した大蛇丸に対する怒りが渦巻いているのだろう。

 逆の手がベッドのシーツを力一杯握りしめている事からも怒りの程が窺える。

 そんな我が子を見て何とも思わない親なんて居るはずがなく、ゴウマはその手を両手で包み込んだ。

 

 

「俺は今お前に掛ける言葉が思い浮かばない……気持ちが分かるなんていう知ったような言葉は言えないし、奴への罵倒の言葉も今ここで言っても意味がない。

 だが今一つだけ俺の気持ちを言葉にするとしたら……生きて帰ってきてくれて本当に良かった」

「父さん……」

「今となっちゃ俺の家族はアンコしかいないんだ……老い先短い俺よりも先に死ぬなんて親不孝だけはしないでくれ、頼む」

「……うん、分かってるよ。 父さんより先に死んだりしない、約束する……だから泣かないでよ」

 

 

 アンコが困ったような顔をして呪印を擦っていた方の手でゴウマの頬を伝う涙を拭う。

 ゴウマの奥さんが病気で亡くなってから男手一つで育てているからだろう、彼はアンコの事を何よりも大事に思っているのだ。

 そんな家族ドラマを後ろから見ている空気と化していた俺だったが、割と落ち着いたアンコの視界は元通りになっており、所在なさげにしていた俺の姿を見つけてしまった。

 元々こういう空気が苦手な彼女はこれ幸いと話しかけてくる。

 

 

「ヨミトも居たんだ」

「酷いな、俺も行方不明だったアンコちゃんのこと死ぬ気で探したっていうのに」

「ヨミトも探すの手伝ってくれたんだ……心配掛けてゴメンね」

「そうだね、凄い心配したよ。 森で倒れてるのを見つけた時なんて心臓止まるかと思った位にね。

 今体調は大丈夫かい?」

「まだ身体の節々は痛いし全身怠いけど、大丈夫よ。

 これでも特別上忍昇格間近の有望株なんだから!」

「そうだったね……でも無理はしないように。

 大分衰弱しているし、呪印だっけ? それの事も詳しくは分かってないから無理して封印解けたなんて言ったら笑えないよ」

「分かってる、暫くは安静にしてるって」

 

 

 アンコはそう言って未だに掴んでいたゴウマの手を優しく解くと、彼に介添えされながらゆっくりとベッドに横たわる。

 その後は医療忍者がやって来て今後の事を話したり、アンコの友人達が見舞いに来たりと色々あったのだが、まだ体力が回復しきったわけじゃないアンコにとっては雑談するのにも体力を使うようで、友人が帰る頃になると既に大分疲れていた。

 そして面会時間が終わる寸前、俺も家に帰ろうと荷物を纏め始めた頃に三代目がやってくる。

 ゴウマも火影が見舞いに来るとは予想していなかったらしく大分驚いていたが、アンコが既に大分疲れている事を思い出して、困った様な顔をした。

 流石にそんな顔をされれば何となく状況を察したが譲れないものがあるのか、「幾つか質問をするだけじゃ、許してくれんか?」と言ってくる。

 ゴウマがそれを申し訳なさそうに断ろうとすると、アンコがそれを手で制止して「あんまり多くは答えられそうにないですが、それで良ければ」と許諾した。

 

 

「すまんの……質問は二つだけじゃから直ぐ終わるからの」

「何が聞きたいのですか?」

「一つ目彼奴の拠点の場所は分かるか?

 二つ目彼奴の顔は昔と変わらんかったか? この二つじゃ」

「詳しい場所は分かりません……ですが国境付近だったと思います。

 顔は大分若々しかったですが、変わっていませんでした」

「若々しかった……やはり彼奴はあの術を……」

「火影様?」

「ん、いや非常に役に立つ情報じゃった、ありがとう。

 疲れているところ無理を言ってすまんかったの、では儂はこの辺りで失礼する事にするわぃ。

 これは見舞いの品じゃ、早く治ると良いのぅ」

「ありがとうございます」

 

 

 三代目は定番のフルーツの詰め合わせを枕元のテーブルに置くと、俺とゴウマに軽く一礼して病室から出て行った。

 三代目が帰ると空気が弛緩したように気が抜けたが、それでアンコは疲れがドッと押し寄せたらしく、小さな声で「もう限界……父さん、ヨミト見舞いありがとう。 今日はもう寝るから二人とも帰っても大丈夫よ?」と言って目を瞑る。

 少しすると小さな寝息が聞こえてきたので、俺も今日は帰ろうと席を立ち、ゴウマに一声掛けた。

 

 

「俺も今日はここら辺で帰ります……ゴウマさんは今日もですか?」

「あぁ、何かあったら直ぐに対処できるようにな」

「あんまり無理しないでくださいね、ゴウマさんが倒れたら元も子もないんですから」

「何も徹夜するわけじゃないんだ、大丈夫だよ。

 そういうヨミトだって何も毎日来なくても良いんだぞ?」

「俺も心配ですから……気になって仕事が手に付きませんしね。

 もう少し回復するまでは来ると思いますよ」

「そっか……それじゃあまた明日だな」

「えぇ、また明日」

 

 

 眠っているアンコの顔を一目見て、病院を後にした俺。

 既に夜の帳はすっかり落ちて、月明かりが帰り道を照らす中、しっかりとした足取りで地面を踏みしめて歩く。

 彼女が目を覚まさなかったこの三日、不安で足取りが覚束なかった俺だったが漸く一安心することが出来た。

 アンコの精神や呪印など、まだ全てが解決したわけではないけれど、それはこれから一つずつ解決していけばいい。

 まずは彼女が目を覚ましたことを素直に喜んでおこう……あぁ本当に良かった。

 



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第75話 偶然

 大蛇丸が一時とはいえ再びこの里に戻ってきたという噂で少し里が騒がしくなったりしたが、それも本人が既に此処には居ないので噂はすぐに収まり、誘拐されたアンコに対して同情的な感情を持つ人が増えた。

 実験材料に使われた上に捨てられたという事実は思いの外強く印象に残ったようで、今まで大蛇丸の弟子だと色眼鏡を掛けていた人達が謝りに来たこともあったらしい……まぁアンコは喜ばなかったが。

 しかし特別上忍として推薦してくれる相手が出てきた事には彼女も素直に喜んでいた。

 元々実力は十分だったのだから、偏見がなければこうなるのが当然だと分かってはいたのだが、それでもゴウマと俺、アンコの三人で昇進記念パーティを開く位には喜ばしい出来事だ。

 だが特別上忍になると中忍だった頃とは比べものにならない位に忙しくなるらしく、一緒に行っていた訓練が出来なくなると申し訳なさそうに告げられた。

 俺はそんな彼女に「そっか、ちょっと残念だけどその分任務頑張ってくれればそれで良いよ」と返す。

 すると彼女は顔を引き締め、「当然よ……アイツをどうにかするまで気は抜けないからね」と決意を語った。

 

 

 こうしてあっけなく俺の習慣が一つ無くなり、一人の人生が大きく動き出して少しだけ俺の心の荷が下りたのだが、未だにナルトの事もあるし、カツユとの訓練もある。

 ナルトは相変わらず悪戯と成績のことで怒られ、里の大人達に負の視線を送られながら過ごしていた。

 その事に関してどうにか出来ないかとイルカと飲みながら話したり、その飲み会に時折混ざってくる三代目を邪険にしたり(イルカをナルトのクラスの担任に据えたことで彼も少し三代目に思うところがあるんだとか)と飲み会が若干新たな習慣と化しつつあるわけだが、ナルトに関係する事といえばこの位だろう。

 ちなみに三代目は大分ナルトの事が気になっているらしい……ナルトの友達の有無とか尋ね出す位だからね。

 

 

 次にカツユにつけてもらっている訓練のことだが、最近はカツユだけではなく、カツユを通して綱手やシズネにアドバイスを受けることもある。

 ただ二人とも歳なんだからあんまり無理すんな的な目で見ているので、凄く効果的かといわれると何とも言えない。

 カツユは俺の体質のことを知っているので普通に扱ってくれるが、それでもカツユ自身が優しさに溢れているのでスパルタとは程遠い内容ばかり。

 それでも少しずつ使える術は増えている……攻撃的とは言えない術ばかりだが。

 新しく使える様になった術は幾つかあるが、その内攻撃に使えそうな術は二つ位な上にイマイチ思い通りにいかないので実戦運用に足るには程遠い。

 しかし結界法陣と五封結界は完全にものにしたはずだ……直ぐに出来る術じゃないし、使い所はかなり限られる術だけど、五封結界は守りを固めるにはかなり有効な術だ。

 結界法陣は起爆札を使った罠忍術なので店には仕掛けられないが、五封結界を完成目前の所まで用意しておき、有事の際に完成させれば簡易シェルターが出来るというのは非常に助かる。

 広範囲を一気に焼き払う術とかで、構成している札を一気に焼かれてしまうと意味が無くなってしまうけど、それでも無いよりは絶対良いだろう。

 

 

 以上が最近俺の身近であった推移である……店に関してはいつも通り、何人かの常連客と偶に来る新規のお客で成り立っています。

 今も他里の人と思わしき見た事の無い客が本を探してキョロキョロ辺りを見回している。

 一度なんの本を探しているのかと声を掛けたのだが、「自分で探すから放って置いてくれ」と言われてしまったので彼が選び終わるのをのんびり待っているところだ。

 だがかれこれ彼は三十分ほど目的の本を探せていないようなので、そろそろもう一度声を掛けてみようかなと思っていた時だった。

 店の戸が開き、「ぉ邪魔します」と小さな声で言いながら、何処かで見たことがあるような女の子が入店するのと同時に、彼が近くにあった割と高額な本を数冊掴んで店の外へ走り出す。

 女の子を押しのけて外へと出た男だったが、俺もカウンターから飛び出し、尻餅をついた女の子に「少し待っててね」と言い残して男の後を追う。

 少し出遅れはしたものの、どうやら男は多少身体能力が高い一般人のようなので直ぐに追いつけるレベルでしかなかった。

 走って腕を掴んでアームロック……それだけで万引き犯は痛みで顔を歪め、謝罪を繰り返している。

 俺は男の腕を糸で縛って詰め所まで連れていき、警備の人間に男を引渡すと幾つかの書類を書かされた。

 何を何処で盗まれたのか等の事情聴取的なものだったのだろう。

 書くことはそれほど多くもなかったので割と直ぐに書き終わったのだが、警備の人に「今度からはあんまり無茶せずに警邏の人間を呼ぶように」と注意されてしまった。

 確かに一般人が危険なことをすればそう言わざる得ないと納得し、心配してくれたことに対して礼を言って詰め所を後にする。

 

 

 手に男が盗もうとした本数冊を持って店の戸を開けると、中には白い眼でこちらを見つめる少女の姿があった。

 これが呆れている時にするような白い目なら良かったのだが、今少女がしているのは目の周りに血管が浮き出て、相手の全てを見通すかのような白い眼……所謂日向一族の血継限界であるチャクラの流れなどを見抜ける白眼であることが非常に良くない。

 彼女の表情が驚きに染まっている事が俺の嫌な予感を増幅していく。

 互いに無言で見合う事数十秒……先に口火を切ったのは俺の方だった。

 

 

「あ、怪しいと思うかも知れないけれど、俺はスパイとかじゃないから……まずはそれを信じて欲しい」

「………」

「確かに変化を使って見た目を誤魔化してはいるけれど、これには深い訳があって「あの!」は、はい」

「昔……女の子を助けませんでしたか?」

「え?」

「誘拐された日向の子供を……助けませんでしたか?」

「何を……」

「あの時偶々白眼が発動してその人の後ろ姿を見た時……あの人のチャクラを見たんです。

 そして今日店員さんが万引きを捕まえるために飛び出した時の背中が、何故かあの人の背中と重なって……さっき貴方のことを白眼で見て確信しました。

 店員さんがあの時の『透明の人』……ですよね?」

 

 

 真剣な顔でそう言う日向の少女に俺は……血の気が引いた。

 三代目の時と同じように、この小さな女の子にも知られてしまったのだ。

 口封じという言葉が頭をよぎるが、相手は日向一族の子供……敵に回すには大きすぎる。

 三代目は隠して俺に貸しを作るほうがメリットがあると黙っていてくれたが、幾ら誘拐から助けたからといって、この子はどうか分からないのだから。

 思考が高速で交渉条件を組み上げていく……もし失敗すれば里を出なければいけなくなるかも知れないと、冷や汗が頬を伝った。

 



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第76話 事情

 俺が脳内でどうすれば色々と黙っていてもらえるかシミュレートしていると、少女が突然頭を下げた。

 予想外の行動をとられた事で俺の脳がフリーズする。

 

 

「ありがとうございました!」

「え?」

「あの時……店員さんに助けてもらえなかったら、今この里に居たかどうかもわかりません」

「い、いや……そんなこと」

「あの時は満足にお礼も言えなかったから……ずっと気になっていたんです。

 名前も言わずに居なくなってしまったから」

「(あれ? なんか想像していた展開と違うぞ?)」

「ちゃんとお礼を言うためにお父様に店員さんの事を探してもらっていましたけど、全く見つからなくて……半分諦めていたんです。

 だけどまさかこんなに突然見つかるとは思ってもいませんでした」

 

 

 そう言って苦笑いする少女だったが俺は彼女の表情なんて全然見ていなかった。

 驚いたというのもあるけれど、主だった理由は内心の喜びを隠すのが精一杯だったからである。

 幾ら恩人とはいえ、それとこれとは話が別だ!怪しい奴を放って置くわけにはいかないとばかりに何かされるという可能性もゼロではなかったのだから……だから今、彼女がただお礼をしたかったと聞いて俺は心底安堵していた。

 お礼を言えて若干すっきりした表情をしている少女だったが、このまま帰られたら親に俺の事を話すだろう。

 それは避けなければならない……こういう事は何処から漏れるか分からないのだから。

 俺は一旦店の戸を閉め、ブラインド代わりの布を下ろす。

 いきなりそんなことをしたから少し少女が警戒し始めたが、見聞きされたら困ることを今からするのでこれは必要だった。

 店内が先程よりも少し緊迫した空気になっている中、俺は変化を解いた(・・・・・・)

 

 

「さてと、まずは色々と説明しないといけないみたいだね……その眼には隠し事が通用しないみたいだし」

「ど、どういう事ですか? それにその姿は……」

「俺には隠し事が多いってことだよ。

 この姿のこともそうだし、昔君を助けた時に使った色々なものも、本来はずっと隠し通すつもりだった……まぁ誰も知らないというわけじゃあないんだけどね」

「も、もしかして口封じを……」

 

 

 少し震えながら一歩後ろに下がる少女を見て苦笑が漏れる。

 本当に口封じするつもりだったらこんな事話す程俺は悠長じゃない……映画に出てくる悪役のように殺す相手に冥土の土産を渡すなんて油断以外の何者でもないのだから。

 

 

「場合によっては考えなかった訳じゃないけど、流石に日向一族を敵に回すわけにもいかないし、君に手を出すつもりはないから安心して良いよ。

 代わりと言ってはなんだけど一つだけ約束して欲しい事があるんだ」

「約束……」

「そう、簡単な約束……俺に関することを他人に話さないで欲しいという約束」

「店員さん「本瓜ヨミトね」……本瓜さんに関する事って透明になったり、変な結界術とかのこと……ですか?」

「そうだね、他にも俺が君を助けたって事とかもこれ以上話さないで欲しい。

 もう話してしまった分に関してはしょうがないけど、出来る限り君を助けた人物と古本屋の店主が繋がらない様にしてほしいんだ」

 

 

 俺に他人の記憶を消す手段なんてない……と思う。

 あったとしても自分の都合で他人の記憶を弄る程堕ちたくない……子供相手に口封じを考えた奴が何言っても無駄かも知れないが。

 勝手に考えて勝手に落ち込んでいる俺を余所に、少女は不思議そうに尋ねる。

 

 

「……どうしてですか? この事が知られればきっと本瓜さんは色々な人に賞賛されるのに」

「それが嫌だから言っているんだよ……有名になりたくてやったんじゃないんだから、別に名声なんて要らないんだ。

 有名になればそれだけ良くない人も近づいてくるからね。

 俺はこの店で慎ましく生きていきたいだけなんだよ」

「じゃあ何故……何故あの時私を助けてくれたんですか?」

「偶々誘拐されてる最中の君を見つけてね、放っておいたら目覚めが悪くなりそうだったから追いかけた……その結果助けることになっただけだよ」

 

 

 これは偽りのない真実、正直あの時は「俺の見えない所でやれよ」と心底思ったのだから。

 まぁ後で聞いたらそれはそれで胸糞悪くなるだろうが……大人の都合に子供を巻き込むなよと心から思う。

 俺の言葉を聞いて少し悲しそうな顔をする少女。

 顔が少しだけ下を向き眼だけが俺の顔の方へ向けられる。

 

 

「でも……それでも私は助かりました」

「だからそれは「例え……例え本瓜さんがしょうがなく助けたのだとしても、私が本瓜さんに助けられたことには変わりありません」……」

「私にとって本瓜さんは命の恩人なんです……だから人に教えてはいけないのなら何か私に恩を返させてください」

「いや、だからさっき言った通り他人に話さないでいてくれたらそれで十分だし、さっきお礼を言ってもらったからもうチャラでいいよ」

「お礼を言うのは当たり前です……だけど私の命を救ってくれたことに対するお礼が言葉だけっていうのは私自身が納得できません」

「俺は気にしないんだが……まぁいいか、貸しって事にしておいてくれるかい?」

「……分かりました。 今はそれで良いです。

 でも本瓜さんは困ったことがあっても言ってくれないかもしれませんから、定期的にお店へ来る事にします」

「そ、そうかい? 別に隠すつもりはないから大丈夫だと思うよ?」

 

 

 正直あまり来られると何時か親が様子を窺いに来そうだから勘弁して欲しいんだが……貸しとか要らないからなかったことにしてくれないかな?

 直接言うのも何かと思ってやんわり来なくても良いと伝えたつもりだが、彼女に伝わっていなかったようで、顔を上げてしっかりとこっちを見ながら「いえ、本も欲しいのでどっちにしても来ます」と返され、俺は一言「そうか」とだけ言って変化の術を掛け直した。

 それを見て少女もとりあえず今話すべき事は終わったと考えたのか、ブラインドと戸を開ける。

 

 

「それじゃあまたね、お嬢ちゃん」

「……そう言えばまだ名乗っていませんでした。

私の名前……日向ヒナタって言います」

「日向……ヒナタ!?」

「私の名前……変ですか?」

「い、いや何でもないんだ……何でもないはずなんだ」

 

 

 彼女は不思議そうに首を傾げながらも、一度軽く会釈して店を出ていった。

 彼女が出て行った後、俺は営業時間中ずっとカウンターの中で、常連客が五代目火影になる人物だと気付いた時と同じようなショックを引きずり、偶々遊びにきたナルトがそんな俺を見て何事かと慌てる事になる。

 原作の中でも好きなキャラではあったが、それとこれとは話が別だ。

 厄介事の種になりかねない新規客が増えた事に俺は頭を抱えずにはいられなかった。

 



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開幕の章
第77話 始まり


 突然だが忍者アカデミーの卒業試験が何か知っているだろうか?

 試験の内容は毎年変わるのだが、今年の卒業試験は分身の術らしい。

 何故俺がそんなことを知っているかと言えばナルトが前に来た時に「卒業試験ってば俺の苦手な術なんだってばよ」と口から漏らしていたからなのだが、彼は他の術も大分苦手なようなのであくまで予想に過ぎないが、おそらく現状一番苦手な術である分身の術が試験内容で間違いないだろう。

 俺も一応彼の家庭教師のような事をやっている手前、分身等の訓練も多少つけたのだが一向に上達の気配がなかった……まぁお色気の術の完成度だけは認めても良いと思うが。

 今日はそんなナルトが卒業試験を受ける日らしい。

 彼が合格するしないに関わらず、とりあえず一楽で一杯奢ってやる位はしてやろうと考えながら閉店時間までいつも通りに店をやっていたのだが、店を閉めてからも一向にナルトが報告に来ないのだ。

 合否に関わらず結果を伝えに来ると言っていたにも関わらず、全く来る気配がない事に少しだけ心配になり、こちらから向かえに行こうと店を出ようとすると、勢いよく店の戸が開かれる。

 突然のことで驚いたが、ナルトが来たのだと思って「遅かったね」と声を掛けたのだが、そこに立っていたのは彼ではなく、彼の担任でもあるイルカ君だった。

 彼の表情には困惑と焦りが浮かんでおり、明らかに何かが起こったことを暗に示している。

 

 

「大変ですヨミトさん! ナルトが禁術の書かれた巻物を持って姿を消してしまいました!

 今火影様の指示の元、手が空いている十数名の忍がナルトの追跡を行っています」

「ナルト君が何故そんな真似を……いや、今はそれどころじゃないな。

 俺に何か手伝えることはあるかい?」

「もちろんです、まずは火影様の所に向かってください。

 ナルトの事について色々と聞きたい事があるそうですから」

「分かった……イルカ君はナルト君を探すのかい?」

「えぇ、アイツがどういうつもりでこんな事しでかしたのかは分かりませんが、きっと悪気があってやったわけじゃないと信じていますから」

 

 

 そう言って彼は捜索に戻っていった。

 そんな彼を視線で見送り、俺も急いで用意をして三代目の元へと走る。

 俺が三代目の元へ辿り着くと、彼は難しい顔をしながら遠くを見ていた。

 

 

「火影様、本瓜ヨミト只今到着いたしました」

「うむ、今回の件についての説明はいるか?」

「いえ、大丈夫です……ところで俺に聞きたい事があると聞いてきたのですが?」

「そうじゃ、ナルトの事について二つ三つ聞きたい事がある」

 

 

 三代目が俺に聞いてきたのは最近のナルトにおかしなところがなかったかと言うこと。

 別段思い当たる節もなかったのでその通り答えると、納得したかのように小さく頷く。

 次に聞かれたのはナルトの行きそうな場所について心辺りがないかどうか……これにも思い当たる節がない。

 全く思いつかなかったわけではないので幾つか行きそうな所を言ってはみたものの、既に捜索済みの場所が殆どだったらしく、役に立つ情報とは言えなかった。

 そもそも何故ナルトはこんな事をしでかしたのだろうか……それが分かれば少しは何か分かるかも知れないと考え、今度は俺が三代目に尋ねる。

 

 

「火影様、ナルト君は何故巻物を盗んだりしたのでしょうか?」

「……ハッキリとした原因が何かは分かっておらんが、アカデミー教員の一人は卒業試験に落とされたことが関係しているのではないかと言っておったな」

「その腹いせに巻物を盗んだと……本気で言っているんですか?」

「儂もその可能性は限りなく低いと思っておるが、他の者達は……今回の件はもし大きな被害なく終わったとしてもナルトに対する風聞は悪くなるじゃろう。

 今捜索に出ている忍の何人かなぞ、殺害許可を求めてきた位じゃ。

 無論万が一を考えて戦闘の許可までは出したが、殺害許可は下ろさなかった」

 

 

 あまりの状況の悪さに思わず絶句せざるを得なかった。

 確かに重要な巻物を持ち出した事は良くない事だ……戦闘許可を通り越して殺害許可を求める程なのだろうか?

 幾ら身体の中に九尾を飼っているとはいえ、まだ子供に過ぎない彼を有無を言わさず殺す気がある人達がいる事に、改めて忍の世界の厳しさや冷酷さを感じた。

 俺は少し顔色を悪くしながらも、ナルトの捜索に関わる事についての情報を聞いていると、勢いよく部屋のドアが開いて一人の忍が入ってくる。

 

 

「うずまきナルトが見つかりました! 負傷しているため、同じく負傷した中忍うみのイルカと共に一旦病院に向かうそうです」

「そうか、巻物は?」

「はっ! ここに」

 

 

 そう言って忍は背中に背負っていた巻物を机の上に置き、一歩下がった。

 三代目がそれを開いて一読した後に関係者以外立ち入り禁止的な場所へ仕舞い、戻ってくる。

 どうやら本物だったらしい。

 

 

「では改めて報告を聞こう」

「ですが……」

 

 

 忍がチラリと俺へ視線を向ける。

 それを見て三代目が「構わん。 こやつはナルトの保護者じゃ、共に話を聞く位は問題なかろう」と言うと、彼は少しだけ目を細めて俺の顔をしっかり見た後、了承の意を表した。

 忍の報告を纏めると、卒業試験に落ちたナルトをアカデミー教員のミズキという男が巻物を盗むよう唆したらしい。

 ミズキは里抜けを狙っており、他国への亡命の際に禁術が記されている巻物を持って行けば好待遇で受け入れてもらえるために、ナルトを利用して盗み出させたのだとか。

 ちなみに彼はナルトがチャクラにものを言わせた多重影分身の術でリンチにされて顎の骨などが折れてしまったため、軽い治療を受けながら尋問されているという。

 

 

「そうか、では引き続きその者の尋問を続け、いるであろう内通者を探るのじゃ」

「了解いたしました」

「うむ……ということじゃ、お主はもう戻ってもよいぞ?

 今日は既に面会時間が終わっておるはずじゃから、明日にでもナルトとイルカの見舞いに行くが良い」

「そうですね……火影様から二人に何か伝えておくことはありますか?」

「いや、時間を見つけて儂も見舞いに行くから気にせんで良い」

「わかりました、では失礼します」

 

 

 俺は部屋を後にし、帰路へと着く。

 帰り道を歩きながら、今日起こったことを頭の中で纏める……そこで一つ重要な事に気付いて冷や汗を流す。

 何十年も前から覚悟はしていたが、いざ時が来ると震えが止まらない。

 

 

「ナルトのアカデミー卒業、多重影分身の習得……原作が始まったのか」

 

 

 この世界に来て数十年……今日の今この時、漸くこの世界の物語が大きく動き出す。

 NARUTOという物語がどのように歪み、どのような結末を迎えるのか……それはまだ誰も知らない。

 

 



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第78話 引き継ぎ

 一人の男がナルトを誘導し禁術の記された巻物を他里へ持ちだそうとした翌朝、入院しているであろう二人の見舞いに行った俺だったが、元からそれほど大きな怪我をしていなかった上に自然治癒能力が高いナルトは入院を必要とせずに軽い治療を受けて退院していた。

 一方ナルトを庇って大小様々な怪我をしたイルカも全治三ヶ月の重傷ではあったものの、内臓に大きな損傷はなく、後遺症の心配も皆無らしい。

 本人は背中に風魔手裏剣が突き刺さった時は死ぬかと思ったと笑いながら話していたが、正直友人が死ぬかも知れない状況を笑える程俺はタフじゃないので、真顔で「笑えない話だ……生きて帰って来れて本当に良かったよ」と少しだけ怒りを込めて返す。

 すると俺がそう返すとは思わなかったのか、彼は少し驚きながらも直ぐに真剣な顔になり、「俺はまだ死ねませんよ……ナルトが火影になるまで見守らなきゃいけませんからね」と部屋の窓から見える火影の顔岩を見ながらそう言った。

 

 

 その後は話題を変え、俺が事件の詳しい話を聞いたり、逆にナルトやイルカが今どういう扱いになっているのかをイルカに話したりしていたのだが、丁度ナルトの処遇を話すところで病室にノックの音が響く。

 俺はイルカの交友関係をそれほど知っているわけじゃないので見舞客かナース辺りが来たのだと思い、イルカにドアを開けていいか聞いてOKが出たのでドアを開いた。

 開けた先に立っていたのは覆面をして、片目を隠した白髪の男……いかにも怪しい人物だが、木の葉の額当てをしていることからもしかしたらイルカの友人かも知れないと思いイルカの方を振り返る。

 彼は驚きと疑問を顔に表しながら、口をポカンと開けたままこちらを見ていた。

 そんな彼に戸惑い、男を病室に入れて良いのか迷っていると件の男が口を開く。

 

 

「え~と、そんなに警戒しなくても見舞いついでにお話を聞きに来ただけですよ?」

「君はイルカ君の友達かい? アカデミーの職員ではないのだろうけど……」

「あぁ申し遅れました、俺は上忍のはたけカカシって言います」

「はたけカカシっていうと、もしかして昔一度四代目と一緒に店に来た子かい?」

「覚えてましたか……お久しぶりですね」

「随分雰囲気が変わったから分からなかったよ。

 あの頃は排他的な雰囲気を醸し出していたからね……おっと、そういえば話をしに来たって言っていたね?

 もし俺が邪魔なら今日は帰るけど」

「いえ、今日はお二人に聞きたい事があるんでいてもらえると助かります」

 

 

 俺とイルカの二人に話があると言われたが、二人に共通する事柄なんてかなり限られる。

 彼は顔を見合わせて首を傾げる俺たちに真剣な顔で一つの報告と、一つの疑問を投げかけてきた。

 

 

「でもまずはお二人が気になっているであろうナルトの処遇について決まったことを伝えようと思います。 今回の一件三代目が色々と考慮した結果……」

「ど、どうなったんだ……まさか「アカデミーの便所掃除一週間と言うことになりました」へ?」

「まぁ下手人はあくまで思考誘導したミズキですから、ある意味妥当な判断でしょう……自らの手で捕まえたという功績と相俟ってそういうことになりました」

「そうですか!」

「またそれに加えて、今回の卒業試験で課題だった分身の術よりも高度な多重影分身の術を覚えた事を評価し、彼を下忍として認めると三代目から直々に言伝を頂いてあります」

「ナルトが……下忍?」

「まだ下忍見習いって所ですけどね」

「え、下忍に見習いなんてありましたか? 俺は忍者じゃないのでそこら辺余り詳しくないのでわからないのですが……知ってますかイルカ君?」

「いや、下忍見習いなんて俺も聞いたことないですね。 どういう事なんですか?」

「要はまだアカデミーに戻る可能性があるということですよ」

 

 

 カカシが言うにはナルトを含めた彼が担当する三人の下忍に対して行う最初の訓練で、もしも成果が奮わなかった場合は卒業資格を取り消してアカデミーからやり直してもらうとのこと。

 しかもその訓練は成功率が低く厳しいらしいという話を聞いて、当然の如くイルカは抗議した……しかし既に三代目の許可は下りているらしく、それが聞き届けられることはなかった。

 イルカはその事に納得していない様で、眉間に皺を寄せながら何かを考えているようだ。 

 

 

「(こりゃイルカは後で三代目の所に直談判しに行くかもしれないな……でもその前に)ナルトの処遇については分かりました。

 ですが先程言っていた聞きたい事というのは何なのですか?」

「それもある意味先程の事に関係するんですけど、個人的にナルトと懇意にしていたイルカ先生と、家庭教師の様な事をしていた本瓜さんにアカデミーの教育要領以外にどんなことを教えていたのか軽く教えて頂けないかと思いまして……」

「何でそんなことを?」

 

 

 そんなことを聞く理由として思い浮かぶのは訓練を失敗させるための情報収集、もしくは教育者としての引き継ぎの二つ。

 前者は彼の実力から考えるとあり得ないだろう……本気出せば下忍位瞬殺できるはずだし。

 ということは自然と後者の意味なのだと察しがつく。

 そして俺の考えが殆ど間違っていなかったことを彼が証明してくれた。

 

 

「どんなことを教えられたか知っておくと、どういう鍛え方をすればいいか考えやすいからですね……あ、別に使える術とかは教えてくれなくてもいいですよ?

 手の内知っていたら訓練に面白味が欠けてしまいますから」

「そういうことでしたら……大雑把に言えば俺が教えていたのは体術が主ですね。

 後は苦手な勉強を見てあげたりしてましたよ」

「俺は特に何もしてません、敢えて言うとすれば補習をした位です」

「そうですか……分かりました、では普通に鍛えることにします。

 それでは俺はこの辺で失礼させて頂きます。

 イルカさんはお大事に」

 

 

 そう言ってカカシが部屋を出て行こうとする……その背中へ向かってイルカはベットに座ったままではあるが、深く頭を下げる。

 ナルトにはそれなりに情が移っているので俺もそれに合わせて軽く立礼した。

 

 

「カカシさん……ナルトを宜しくお願いします」

「あの子を教えるのは少し大変かも知れないけれど、期待しているよ」

「ははは………まぁ、やるからには一人前の忍にしてやりますよ」

 

 

 マスクと額当ての所為で表情は殆ど見えないけれど、彼が苦笑しつつも真面目に生徒を育てようとする気持ちが見て取れたので、俺とイルカはもう一度深く頭を下げる。

 イルカは期待とナルトの担当上忍になるカカシへ少しだけ嫉妬を、俺は期待と今後ナルトに関わる事で様々な事件に巻き込まれることに対しての激励を込めて。

 



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第79話 成長

「でさ、俺ってばカカシ先生のこと投げ飛ばしてやったんだってばよ!

 いやぁおっちゃんにも見せてやりたかったな……まぁその後とんでもない技食らったんだけど」

「カカシ君を投げれたっていうのは確かに凄い事だね……でもその言い方だと特に追撃もせずに唯投げたってことかい?」

「へ? あ、うん……あれ、何でおっちゃん怒ってんの?」

「それは君が、俺が口をすっぱくして教えたことを覚えてくれていないからだよ」

「いや、ちょっと待って! 謝る! 謝るから糸は止めて!!」

 

 

 俺のチャクラ糸から逃れようと暴れるナルトを糸で強引に正座の姿勢へと変える。

 まだ上手くチャクラを扱えないナルト位ならこの程度は造作もない……俺も少しは成長しているのだから。

 取りあえず説教だけはしておかないと、この子は全く覚えてくれないからしっかりと行っておく。

 

 

「何度も言うように、投げ技っていうのは投げて終わりではなく、投げ終わった後にこそ真価が問われるんだ。

 投げた後に打撃を繋げるも良し、そのまま関節極めるも良し。

 如何に技量に長けた忍者でも、空中での動きには基本的に限りがある。

 だからこそ投げ技は優秀な繋ぎになるし、場合によっては勝敗を分ける一手にもなるんだよ」

「わかってるってばよ……でもあの時は投げれたことが嬉しくて、一寸忘れちまっただけだってば。

 今度は絶対忘れないから、な! もう許してくれってばよ」

「……次忘れたら罰として店の掃除を手伝ってもらうからね?」

「その位お安いご用だぜ!」

 

 

 そうナルトは笑顔で親指を立てるが、この返しは明らかに罰が軽くて助かったという感情が透けて見える……まぁ別にそれでも俺にとっては助かるので問題ない。

 一人で切り盛りしていると掃除とか面倒臭くなってくるからね。

 一応反省したようなのでチャクラ糸を解除すると、彼は身体一杯伸びをした後足を崩して座る。

 ナルトが閉店間際に店に来てから、この間受けた初めての訓練の話を聞いていたのだが、前にイルカの病室で聞いたように試験も兼ねていた様で大分厳しい内容だったようだ。

 まぁそれでも何とか合格したようで嬉しさ余って、帰り道に此処に寄ったらしい。

 アカデミー卒業から色々と忙しくて店に寄れなかったのもあり、色々報告したいこともあったのだとか。

 俺としても気になることは幾つかあるので、この機に乗じて聞きたい事を聞いておこうと思う。

 

 

「ところで班員の子達はどんな子なんだい?」

「班員って事はサクラちゃんとサスケのヤローのことだな……サクラちゃんは可愛いんだけど、サスケはいけ好かない野郎だってばよ!

 ツンケンして、人のこと見下して………ま、まぁ良いところも無いわけじゃないんだけど、それでも気に食わない奴だ!」

「サクラって子はあまり聞いたこと無いけど、サスケって子は……もしかしてうちはサスケって名前かな?」

「そうだってばよ」

 

 

 うちはの生き残りでナルトのライバルとなる男の子……もうその位しか覚えていないけど、それでも彼がNARUTOという物語におけるもう一人の主人公と言っても過言ではないのは確かだ。

 サクラって子は……正直記憶に無いから余り気にしなくてもいいかな。

 他にもカカシの印象や、班員がどんな術を使ったかとか色々聞いていったんだが、流石に質問攻めにされてグッタリしてきたナルトが質問の合間に口を開く。

 

 

「そんなことよりさ、下忍になったお祝いとかくれないの?」

「お祝いかぁ……一楽のラーメンでも奢ろうか」

「マジで!? 言ってみるもんだな」

「用意してくるから少し外で待っていてくれるかい?」

「急いでくれよ、俺ってばもう腹ぺこなんだってばよ」

 

 

 パパッと閉店作業を行い、鍵を掛けて看板を裏返す。

 そして足踏みしながら待っていたナルトを連れて一楽へと向かった。

 結果として三杯ほど奢ることになったが、最近特に金を使う事も無かったので別段問題なく支払いを終わらせ、ナルトとはそこで別れた。

 家に帰った俺は日課の修行をしてから、居間で口寄せでカツユを呼び出す。

 

 

「修行……じゃないみたいですね、今日はどうしたんですか?」

「この間言っていた件について詳しく聞きたくてね」

「この間……あぁ、本を買い取りに来て欲しいって言っている人のことですね。

 でもこの間は遠出する程留守にする事は出来ないって言ってませんでしたか?」

「いや、訓練つけてあげていた子が下忍になったから時間に余裕ができてね。

 アンコちゃんも最近忙しいみたいだし、少し位なら店を空けても大丈夫のようだから話を聞いてみようかなって思ったんだ」

「そうだったんですか……ではシズネ様からお聞きした事をそのまま話させて頂きます」

 

 

 俺の言葉に納得してくれたのか、カツユが出張買い取りを求めてきた客についての情報を教えてくれた。

 その人は雲隠れの里の人で、綱手のようにギャンブル好きの人らしい。

 ギャンブルで負けが込んできたので家にある古い本などを数百冊売って元手にしたいのだそうだ。

 

 

「雲隠れって事は雷の国か……結構遠いな」

「そうですね、徒歩で行くとすれば三日以上掛かる道のりですから。

 ですがその人の話では百年近く前の本等もあるということでしたので、行く価値はあるかと思います」

「それは気になる……取りあえず行ってみようかな。

 ついでに雲隠れの本屋を覗いて、木の葉では売っていない本とかが無いか探してくるとしよう」

「ならその人の名前と住所を伝えますので、何か書く物を用意してください」

 

 

 カツユに言われるがまま小さなメモ帳に名前と住所を書き取る。

 その名前を見ても特に何か感じるものがないために、おそらく原作に登場するような人物ではないのだろう。

 そもそも雲隠れにいる忍で誰が原作に登場するのかなんてもう覚えていないのだが……雲隠れについてかろうじて覚えているのが雷影の忍術がプロレスに由来していると言うこと位である。

 雷我爆弾(ライガーボム)雷犂熱刀(ラリアット)は何故か凄く記憶に残っているのだ……某三刀流の剣技並に名前が覚えやすいからだろうけど。

 雲隠れの忍のネーミングセンスに少しげんなりしつつも、メモを書き終えた俺は筆を机に置いて一度大きく伸びをしてから、掌サイズのカツユを定位置と成りつつある肩に乗せる。 

 

 

「よし、これでOKかな……ところでカツユは今日この後何か予定入っているのかい?」

「特に無いですけど、どうかしましたか?」

「いやね、夕食を一緒にどうかと思って……最近は訓練以外の時に余り呼びだしていなかっただろう?

 だからたまにはゆっくりとカツユと話したいと思ってね」

「そうですね……私も久しぶりにヨミトさんとゆっくり過ごしたいです」

「カツユ……よし、そうと決まれば気合いを入れて御馳走を用意しないといけないな!」

 

 

 少し頬(?)を染めたカツユにテンションの上がった俺は財布の中身が寂しくなるまで食材を買い、後日一週間分の食費を一日で使ったことに少しだけ膝が折れそうになったのは別のお話。

 



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第80話 雲隠れにて

 店に臨時休業の張り紙を張り、雲隠れの里への道を歩き始めて一週間……当初の予定だと三日~四日位で着く予定だったのだが、色々と寄り道していたら一週間も経ってしまった。

 温泉が俺を呼んでいたんだ! だからこれは俺が悪いんじゃない……温泉の効能や入浴しに来た著名人の事を話して俺を誘惑した客引きのお姉さんが悪いんだ!

 とまぁそんな感じで少し道は逸れてしまったが、何とか雲隠れの里の入り口に辿り着くことが出来た。

 今俺は入里受付で手続きをしており、丁度手形のような物を受け取った所なのだが、今日は何かイベントでもあるのか、里の奥の方で爆音や土煙が舞っているのが見えたので受付の人に何が起こっているのか尋ねる。

 

 

「あぁ、あれか……たぶん雷影様とビーさんの喧嘩だろうな」

「け、喧嘩? あんな遠くでも地響きが聞こえるのにですか?」

「偶にあることだ、別に近くに行かなきゃ問題ないから心配しなくていいぞ?

 アンタは他里から商売しに来たんだしな……ただくれぐれも問題は起こしてくれるなよ? 何かあったらダルいからな」

「そうですね、用事が終わったら直ぐにでも里へ帰ろうと思います……幾ら大丈夫だと聞いても少し怖いですから」

「そうか……まぁ俺はどっちでもいいが、じゃあ気を付けてな」

 

 

 そう言って褐色の肌を持つ白髪の忍は投げ遣りに手を振り、持ち場へ戻っていった。

 そして無事入里を終えた俺だったが物騒な雰囲気が漂うこの里は少し肌に合わない気がし、当初の予定では少し観光でもと思っていたのだが、本の査定を終えたら直ぐに帰ろうと心に決める。

 遠くで轟音が鳴り響く中をメモにある住所を探して里の中を暫く歩き回っていると、ピタッと轟音が止んで、徐々に人が増えてきた。

 喧嘩が終わったことで見物に行った忍と巻き沿いを食っては敵わんと室内にいた一般人が戻ってきたのだろう。

 

 

 現在地の確認を含めて辺りを見回すと、今俺がいる場所が新しい家の建設区域……住宅地の増設地であることがわかった。

 先ほどまでは轟音で気にならなかった金槌や鉋の音、大工や鳶の声などがそれを裏付けている。

 屋根の上や、即席の足場の上をそれなりに大きな木材を持って歩き回っているのを見ると、少し安全管理が疎かになっている様な気がしてならない。

 もしも人の胴ほどの太さを持つ木材が下にいる人に当たったら大怪我は確実だろう。

 そしてその不安は的中することになる。

 おそらく人一倍力持ちだったであろう大工が木材を五本ほど一気に運ぼうとしていたその時、少し無理な持ち方をしていたために二本の木材がその腕から零れ落ちたのだ。

 木材はガランゴロンと屋根を転がり、地面へと向かって一直線に向かう。

 そのまま地面に落ちれば大工が棟梁に怒られてこの話は終わるだろうが、事はそれほど優しい状況にはない。

 何故なら落下するであろう地点に一人の少年が歩いていたのだから……運悪く近くに忍の姿はなく、周囲にいるのはこれから起こるであろう惨劇を考えて悲鳴を上げる人や眼を瞑る人ばかり。

 その少年は突然の危機に思考がフリーズしてしまい、棒立ちで落ちてこようとする木材を見つめている。

 後数秒もすれば少年は一本100kgを越える木の下敷きになり、大怪我を負うだろう……流石に目の前でそんなことが起ころうとしているのを黙って見過ごすわけにもいかず、咄嗟に速攻魔法‘突進’を発動させた上で足にチャクラを集めて少年目掛けて奔る。

 ただ走るだけでなく、‘突進’の恩恵もついた俺の機動性能は間一髪で少年をその場から離れさせることに成功した。

 次の瞬間少年が先ほど立っていた場所に鈍い音を立てて二本の木材が突き立つ。

周囲の人々は木材が突き立った場所に少年がいないことに驚き、そして安堵した。

 俺は周囲から集まる視線を感じたので、小脇に抱えていた少年をしっかりと立たせて「今度からは自分で逃げるんだよ?」と頭に軽く手を置いてその場を離れようとする。

 少年は最初何が起こったのか分からずにキョトンとしていたが、直ぐに我に返り俺の服の袖を掴んで引き止める。

 

 

「お爺さんが僕を助けてくれたの?」

「まぁ、あのまま見過ごしたら夢見が悪くなりそうだったからね。

 というわけで俺は急いで行くところがあるから袖を離してくれないかな?」

「でもお礼……」

「いやお礼とかはいらないからとりあえず袖を離し「いや私からも礼を言わせてもらおう」……え~っと、どなたですか?」

 

 

 後ろから聞こえた声に振り返ると、雲隠れの額当てをした金髪の女性が立っていた。

 少年は彼女の姿を見て、直ぐに俺の袖を手放して彼女へと抱きつく。

 しかし周囲の反応はそれとは間逆に近い反応を示していた。

 彼女が姿を現した瞬間に眉を顰めてその場を立ち去る者、小声で何かを言い始める者、蔑視や敵視のようなものを向ける者等様々……中にはそういった人達に注意している人も居るようだが、それでも少なくない人数だ。

 そんな状況の中、それがどうしたと言わんばかりに俺をジロジロと見始める件の女性。

 

 

「アンタこの里の人間じゃないね、何しにこの里にきたんだ?」

「古本を査定しにね……そうだ、このメモに書いてある場所ってわかります?」

「ふ~ん、この家ならここから真っ直ぐ行って………口で説明するのは難しいわね、今暇だから案内するわ」

「いえいえ、そこまでしていただくわけには」

「いいから、この子を助けてくれた礼もしたいし」

 

 

 そう言って彼女は少年と手を繋ぎながら俺の前を歩き始めてしまったので、とりあえず言われるがまま案内してもらうことに……すると何故彼女が口頭で説明しなかったのかがわかった。

 その家はかなり入り組んだところにある上に、周りの家も似た外装ばかりで見分けがつかないのだ。

 ということで結果としてはかなり助かったので礼を言って早速この家の人と商談をと思ったのだが、案内し終わったにも関わらず二人はその場を去ろうとしないので不思議に思った俺は一旦商談を後回しにして話を聞いてみることにした。

 

 

「あの……帰られないのですか?」

「あぁアンタのことを待とうと思ってね」

「へ? なんでまた?」

「だからこの子を助けた礼をまだしてないだろう?

 茶の一杯でも馳走するから終わるまで待ってるさ」

「いや、でも待たせるのも悪いですし」

「何だい、私の厚意が受けられないとでもいうのかい?」

 

 

 そういった彼女の黒目は猫のように細くなり、何故か禍々しいチャクラが漂い始めている。

 そんな彼女に少しビクビクしていると彼女の手を握っていた少年が彼女の腕を引き、少し怯えた表情を見せると、彼女は一度大きく深呼吸をして気分を落ち着かせた。

 すると先ほどまで感じていた禍々しいチャクラが薄れ、眼も元通りになり、何とか落ち着いてくれたようだ。

 だが少し落ち着いたとは言え、意見を変えるつもりがないのは眼が語ってきているので、俺は一つ提案をする。

 

 

「えっとですね、俺としてはどれくらい時間が掛かるかわからない中、ここで待たせるのが心苦しいと思うわけで……」

「私は別に気にしない」

「この子が一緒でもですか?」

「………」

「そうなりますよね、ですから帰らないというのならばせめてここに来る時に通った茶屋で待ち合わせにしませんか?

 俺もできるだけ急いで商談を終わらせますから」

「……わかったわ」

「茶屋に行くの!? やった、ユギトお姉ちゃん早く行こ!

 またねお爺ちゃん」

 

 

 こうして元気に手を振る少年と若干不満気なユギトと呼ばれた女性は来た道を戻り始める。

 そんな二人の後姿を見送ってから、俺はやっとのこと目の前の家の戸をノックすることができたのだった。

 

 



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第81話 猫

 査定と買取は予想していたよりも早く終わらせることができた。

 カツユの情報通りに本の数は多かったのだが、保存状態が悪かったために買い取れない物も少なくなかったからである。

 そのことで揉めるかとも思ったのだが、流石に表紙の一部が破れていたり、日焼けが酷い本は売れないと言えば流石に納得してくれた。

 それでも買取る数は結構な数があったので結構な額を支払うことになったのだが、それに見合うだけのいい買い物になったと思う。

 買取った本は木箱に詰めて木の葉に送ってもらったから、帰りの荷物は少なくて済むのは僥倖だ。

 

 

 雲隠れの里での仕事はこれで終わった……で後はあの女性との約束を果たすだけなので、商談終わったその足で茶屋へと向かう。

 それほど離れた場所にない茶屋に着くのには長い時間が掛かるはずもなく、五分も掛からないうちに到着したのだが、店の様子が何処かおかしい。

 外から見る限り外観も良いし、仄かに香る花の蜜のような甘い匂いは若い女性を誘蛾灯の如く呼び寄せるはず……しかし店内にいるのは僅か数組の客のみ。

 その客も雲隠れの額当てをした忍だけであり、楽しい雰囲気とは程遠い雰囲気を醸し出している。

 俺としては直ぐにでも回れ右して里へ直帰したい気持ちが強まったが、件の人物が明らかにこっちを捕捉しているために、そんな選択は出来そうにない。

 覚悟を決めて店内へ入ると、店員さんが引き攣った笑顔を俺に向けながら「お一人様ですか?」と尋ねてきたが、その言葉の裏には今はこの店に入らないほうがいいですよと言う親切心が隠されているように感じられる。

 だが俺が待ち合わせている人がいると告げて女性へと視線を向けると、店員さんの顔の笑顔がより引き攣った。

 その反応で店内をこの状況にした原因が件の女性にあることを理解し、より一層帰りたくなる。

 でも悲しいかな、俺に向けられる彼女からの眼光は徐々にその強さを増しており、あの禍々しいチャクラも少しずつ増えてきているのだ。

 ここで踵を返すとどうなるかわからないので、俺は行かなければならない……例えそこが地獄の一丁目であろうとも。

 故に一歩一歩しっかりと床を踏みしめ、彼女の正面の椅子に腰掛けた。

 彼女の視線は俺をジッと見ており、周りにいる忍も俺の動向を観察しているように感じる……もしかすると彼女は周囲に一目置かれる凄い忍で、それ故に高嶺の花的な意味で俺の値踏みをしているのかもしれないという、よくわからない現実逃避をする位には俺も緊張し始めている。

 そんな中沈黙を保っていた彼女がようやく口を開く。

 

 

「まずは改めて礼をさせてもらうよ……あの子を助けてくれてありがとう。

 もしアンタが助けてくれなかったら、あの子は大きな怪我を負っていたかもしれない」

 

 

 そう言ってテーブルに頭をぶつけるんじゃないかと思うくらいに深く頭を下げる彼女。

 その光景に周りの忍たちが息を呑む……そして小さな呟きが聞こえてくる。

 

 

「あの化け猫が頭を下げるだと?」

「奴に頭を下げさせるなんて……あの老人は何者なんだ?!」

 

 

 化け猫と言うのは彼女の二つ名のようなものだろうか?

 二つ名があると言うことは彼女はやはり凄腕の忍ということか……こんなに若くしてそこまで上り詰めるというのは中々凄いことだ。

 俺はこの真っ直ぐな感謝と彼女がしてきたであろう努力の日々に、内心における彼女の評価を大分上昇させる。

 

 

「頭を上げてください、俺はただ自分が後悔しない様に行動しただけですから、そんなに感謝してくださらなくてもいいですよ」

 

 

 俺の言葉で頭を上げた彼女の眼は先程までとは違い、少しだけ穏やかな光を携えていた。

 その眼を見て少し心和んだ俺は、ふとこの場に先程の少年がいないことに気が付く。

 

 

「そういえばあの少年は?」

「あぁ、あの子は先に家に帰したよ……思っていたよりもアンタが来るまで時間があったからね」

「それは申し訳ない、出来るだけ急いだのですが……」

「いや、責めている訳じゃないんだ。 ただ子供には少し長かったみたいでね。

 眠たそうにしていたから家に帰らせただけ」

「そうですか……では先程は何故不機嫌そうだったので?」

 

 

 正直待たされた事に苛立っていたのだと思っていたのだけれど……違うのだろうか?

 そんな俺の問い掛けに彼女は少し恥ずかしそうに頬を掻き、俺から目線を逸らす。

 

 

「バレてたか……いやね、本来なら私があの子を助けなければいけなかったんだ。

 だけど私は店先の服に目を取られて反応が遅れてしまった……そんな情けない私自身に腹が立っていたのさ」

「……あの子は血の繋がった弟か何かなのかい?」

「いや、あの子は孤児だ。 私とは何の血の繋がりもない子だよ。

 でも弟のようにも思っている」

「孤児……それは「哀れみは止めてくれないか?」……そうですね、すみません」

 

 

 そう言った彼女の瞳に怒りはなかったが、強い意志が込められていた。

 哀れみは相手を哀れだと思うこと……それは相手を下に見ているとも取れるのだから彼女の反応は当然のものなのかもしれない。

 

 

「分かってくれればいいんだ……そうだ、ここにはアンタに奢りに来たんだった。

 ほら、なんでも頼みな」

「そういえばそんな話だったね、じゃあ……この三色団子を一つ」

「はぁ? そんなんじゃ腹の足しにもならないだろうに……よし、私が頼んであげよう!

 店主、大盛り餡蜜と牛乳大ジョッキで二つ頼む」

「餡蜜の大盛り?! というか牛乳大ジョッキって何だい?!」

「大丈夫大丈夫、残したら私が責任持って処理するからさ」

 

 

 そう舌なめずりするのを見て、この注文が俺のためというよりも、彼女自身が飲みたくて頼んだのだと理解した。

 事実俺が半分も飲みきれなかった牛乳を嬉々として飲み切った上に、俺の残した分まで一気に飲んだのだから。

 その後少し遅い昼食を終えて、まったりと雑談しながら椅子にもたれ掛かっていると、彼女が何気ない顔で重い話を切り出してくる。

 

 

「……私はこの里で浮いている。 いや違うな、たぶん何処にいようとも浮いた存在になるっていうのが正しいね」

「それはこれだけ沢山食べれば周囲から凄い眼で見られると思うよ?」

「そういうことじゃないんだよ、アンタだって薄々は感じているんだろう?

 私に向けられる視線のことを」

「…………」

 

 

 気付いていた……俺が気付かない筈がない。

 この視線は木の葉の里でナルトに向けられる視線と似たものなのだから。

 店に入ったときの空気で本当はなんとなく分かっていたんだ……彼女が疎まれ、恐怖され、嫌悪されていることは。

 まぁ認めてくれている人が少なからず居るみたいだから、ナルトよりも少しはマシな状況だろう。

 

 

「その反応は、やっぱり気付いていたか」

「まぁ……ね」

「理由は話せないけど、アンタが感じている通り私は……端的に言えば嫌われているのさ。

 でも里の全ての人に嫌われているというわけじゃない。

 私を認めてくれる人もいるし、仲間と呼べる奴もいる。

 そして何より私を慕ってくれるあの子達がいる……だから私は皆がいるこの里を愛しているんだ」

「そうですか……」

「故に私は里に危害を加えるものを絶対に許さない……それが恩人であったとしてもだ」

 

 

 その言葉と共に店内の空気が一気に緊迫したものへと切り替わる。

 今まで遠巻きに監視を続けてきた店内にいた忍達はいきなり様子が変わった彼女の一挙一動を見逃すまいと、各々の武器へと手を伸ばす。

 しかし彼女の視線は彼らには一切向かず、俺だけを貫いている。

 あまりに突然の出来事に最初俺は頭が真っ白になったが、直ぐに彼女が何を危惧しているのかを理解した。

 彼女は俺がスパイ、もしくは暗殺の任を受けた忍ではないかと疑っているのだ……額当てをしていないにも関わらず、忍に匹敵する身体能力を発揮した見た目爺のこの俺を。

 彼女の瞳が虚偽を許さぬとばかりに細く鋭くなり、俺に「お前は何者だ」と問い掛けてくる。

 正直見当違いにも程があるわけなのだが、彼女がどれ程里を愛しているかが伝わってきて、自然と俺の顔に笑みが浮かぶ。

 詰問に近い状況の中でのその反応は彼女にとって予想外だったのだろう、訝しげに眉間に皺を寄せる。

 そんな彼女を見て俺は少し不謹慎だったかと反省し、表情を引き締めると彼女の疑問に答えを返す。

 

 

「俺は木の葉で古本屋をやっている修行が趣味の唯の爺だよ……もし信用できないのなら、本瓜ヨミトという名前で木の葉に身元証明を送ってもらうといい。

 なんだったらそれが届くまで拘束されてもいいよ?」

「………いや、それには及ばない。 アンタは嘘をついていないだろうからね」

 

 

 しばらくジッと俺の目を見続けていた彼女は、ふと一度目を閉じて溜め息を吐くと店の中を包み込んでいた緊迫した空気が弛緩する。

 どうやら信じてもらえたようだ。

 

 

「疑ってすまなかった、会話を通じてアンタは……本瓜は悪い奴じゃないと分かってはいたんだが、万が一を考えて尋問紛いのことをしてしまった」

「いや、今回は俺が紛らわしい部分を見せてしまったのが問題でしょうから、気にしないでください」

「本瓜……ありがとう」

「いえいえ……さてと、ではそろそろお暇しようかな」

 

 

 そろそろ雲隠れを出ないとこの里で一泊しなきゃいけなくなる……今から出れば何とか火の国行きの船に間に合いそうだしな。

 俺は頭の中で帰宅へのタイムスケジュールを整理しながら席を立ち、何気なく伝票を手にレジまで歩き始める。

 

 

「ちょっと待て本瓜、ここの代金は私が奢るという話だっただろう?」

「いやさ、流石にかなり年下に奢ってもらうのは幾ら爺とはいえ男だから、格好が付かないよ」

「だがそれでは礼が!」

「さっきも言った通り礼なんて気にしなくていいさ……もしどうしても気になるのなら、いつか木の葉に来たときにでも店に寄って買い物してくれればそれで十分だよ」

 

 

 俺はパパっと支払いを終わらせ、彼女の方を振り向かずに手を振り、店を後にした。

 店を出て三十メートル程歩いたところで後ろから凛々しい制止の声が聞こえ、一旦足を止めて振り返ると、店先に彼女が立っているのが見える。

 

 

「私の名前は二位ユギトだ! 今日の礼は必ずしにいく!!

 だからそれまで長生きしろよ本瓜! 死んでたら承知しないからな!!」

 

 

 そのぶっきら棒だけど、思いやりに溢れた言葉に胸が暖かくなった俺は言葉ではなく、笑顔で答えた。

 今の気持ちを言葉にするよりもその方が今の俺の喜びを……異国の地で出来た歳の離れた友に伝えられると思ったが故に。

 

 



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第82話 同好の志

 雲隠れから帰ってからしばらく経ったある日、久しぶりにアンコが店を尋ねてきた。

 用件は世間話と任務の愚痴……聞くと何やら面倒な仕事を押しつけられたのだとか。

 詳しい内容については教えてくれなかったが、どうやら下忍に関係することらしい。

 スリーマンセルでも受け持つのかとも思ったが、彼女は上忍ではなく特別上忍であるが故にそれはないだろうと考え直す。

 結局その日は何も分からなかったのだが、それから更に数日が経った日に今度はナルトがやって来て嬉しそうに自身が中忍試験を受けるかも知れないと報告に来た。

 

 

「まだ下忍に成って一年も経っていないのに中忍試験を受けるのかい?

 ましてやこの間凄く危険な任務をこなしたばかりだと言っていたじゃないか……」

「でも次に受けられるのは一年後……俺は一日でも早く火影になりたいんだってばよ!」

 

 

 そう言いきった彼の目には強い決意が浮かんでおり、幾ら俺が止めようとしても突き進んで行くであろう事が容易に想像できる。

 しかしナルトが受ける中忍試験となると、原作において一つの大きな事件……大蛇丸による木の葉崩しが起こるのが近いということだ。

 詳しくは覚えていないが、決して楽観視して良いものではないだろう。

 俺は無意識の内に店の中の仕掛けに目をやり、配置を確認する。

 チャクラ糸の精度が上がったことで、一々仕掛けを動かさなくても三つの仕掛けは発動できる様になったが、それでも物量や忍術は防ぎきれないから注意しなければならない。

 そんなことを考えている内に表情が険しくなっていたのか、ナルトが少し遠慮がちに話しかけてくる。

 

 

「おっちゃんは俺が中忍試験を受けるの反対なのか?」

「絶対に駄目とは言わないけれど……担当上忍の人はなんて言っているんだい?」

「この話を持ってきたのはカカシ先生だってばよ」

 

 

 カカシがまだ下忍になって一年も経っていないナルトに中忍試験を勧めたという事実に俺は驚きを隠せなかった。

 てっきりナルトが意見をごり押したのだとばかり思って話をしていたが、担当上忍の許可があるのならば俺には強く止めることが出来ない。

 

 

「担当上忍がいけると判断したのなら、俺が言えることは一つだけだな……無茶だけはしないようにしなさい」

「そんなに心配しなくたって大丈夫! パパッと合格して中忍になってやるってばよ!」

「……そういう無鉄砲なところが心配なのですが、まぁいいです。

 中忍試験までそれ程日が無いですから、しっかり体調を整えて試験を受けるようにね」

「分かってるってば! よっしゃあ、試験に向けて今から修行だ!」

 

 

 ナルトが飛び出していった後ろ姿を俺は溜息を吐きながら見つめていた。

 体調整えてって言ったばかりなのに……中忍試験始めるまで一週間位あるから別に問題ないとは思うけど、相変わらず元気な子だ。

 

 

「それにしても中忍試験か……最近他里の額当てをしている人がチラホラといたのはそういうことだったのか」

 

 

 中忍試験は同盟を組んでいる里と合同でやるために開催地がまちまちで、そういった変化でもない限り忍者以外は中々気づけない。

 ただし中忍試験の最終試験は受験者同士の試合になることが多く、しかもそれは一般の客も見ることが出来るので全く縁がないわけではない。

 本来は他里の忍の実力を把握し、上層部が色々と画策するためのイベントでもあるのだが、一般人にとってはそんなものは関係無く、それは激しい戦闘に一喜一憂する大きなイベントの一つに過ぎない……トトカルチョ的なものをやっている人もいる位だ。

 ともかく中忍試験が最終日に近づけば近づく程に里は熱気で包まれ、気が大きくなっていく……俗に言えば稼ぎ時というやつである。

 喧嘩や軽犯罪が増える一方、店の売り上げも確実に伸びるので物売りにとっては中忍試験様々と思うところも少なくないだろう。

 それに試験一週間前の今でも前乗りしてきた人達が観光がてら彷徨いているので普段よりも客引きに力が入っている。

 そういう俺の所も戸に広告のような物を張り、いつもよりも少し店が賑やかだ。

 それの効果か他里の一見さんがちょいちょい店を覗いては暇潰しの一冊を買っていってくれているので、試験の恩恵に与っている。

 もっと客引きを考えた方が良いだろうかと考えている間に、また一人お客さんが来たようだ。

 

 

「いらっしゃいませ」

「へぇ……渋い店じゃん? 品揃えも悪くないな。

 これだったらアイツも連れてくればよかったか……」

 

 

 店に入ってきたのは黒子のような服を着ているのに、顔には隈取りをしているという何ともちぐはぐな格好をした人だった。

 その目立ちたいのか目立ちたくないのか分からない人は技術書関連のコーナーに直行し、本棚を流し見し始める。

 偶に派手な格好をしている客もいるから別段驚きはなかったが、よく見ると額当てに刻まれている紋様がiによく似たもの……砂隠れの里のものであることに気が付いた。

 だからどうということはないが、客商売をしていると人を観察する癖が付いてしまうことがあり、俺もその口なわけだ。

 彼も忍だから俺の視線に気づいていはいると思うが、本を物色することを優先しているらしく、既に最下段の本を見ていた。

 そのまま本棚に並ぶタイトルを大体見終えると、何故かそのまま本棚の下にある板を軽く叩く。

 

 

「どうかしましたかお客さん?」

「なぁ爺さん……この仕込みは、アンタが作ったのか?」

「仕込み? 何のことですかね?」

 

 

 内心の動揺を顔に出さぬ様に笑顔を作り、こちらを見る彼の視線を正面から受ける。

 彼が叩いている場所には糸車が仕込まれており、それはカウンターの中にある仕掛けを動かせば幾つかの歯車が動いて糸が垂れ、俺のチャクラを流し込むことで自在に動かせる様になるのだ。

 昔暴漢が来た時に男を拘束したのはこの仕掛けである……あの時に比べて、糸がより丈夫になり、チャクラも流しやすい素材に変わっているが、仕掛け自体にあまり変化はない。

 別に彼と敵対しているわけではないが、店の防犯機構を知られることはあまり好ましくないのだが……そもそも何故彼はこんなことを聞いてくるんだ?

 そんな考えが読めたのか、彼は小さく溜息を吐いて俺の疑問に答えてくれた。

 

 

「別に警戒しなくてもいいぜ? 俺も絡繰りを扱う者として気になっただけだからな」

「……どうしてお気付きに?」

「気付いたのはたまたまじゃん。 本棚の下部に隙間が見えたから少し気になって叩いたら不自然な空洞音がして確信したんだよ。

 で、どうなんだ? アンタが自分で仕込んだのか?」

「誰に習ったわけでもないので、参考書を読みながら試行錯誤しながらでしたけどね」

「そうか! 爺さんも中々やるじゃん!」

 

 

 四代目に見破られてから出来る限りの偽装工作を施したつもりだったんだが……まだ足りなかったか。

 俺は嬉しそうに此方に向かって歩いてくる彼から視線を外さない様にしながら、仕掛けの偽装工作案を考え始めるのであった。

 



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第83話 善意の忠告

 カウンターの前まで歩いてきた彼は俺に話しかけようと口を開いたが、突然視線を上に向けると天井を凝視し、暫くすると何かに納得するように何度か頷いて再び此方に向き直った。

 彼がジッと見ていた先には先程発見されたのとは別の仕込みである鉄鎖のカーテンが仕込まれており、それを見破られたことで俺は背中に少しだけ冷や汗をかく。

 

 

「上の仕掛けは下のよりも分かり辛いじゃん……俺もあるって思って探さなけりゃ見逃していた位の出来だ。

 良い絡繰り技師になれるよ爺さん」

「それは有り難い言葉だけど、その道に進む予定はないかな」

「そりゃあ残念だ。 ちなみに上に仕掛けてる物は千本か何かか?」

「そんな物騒なもの仕込みません……殺傷能力を持つ仕掛けがある本屋なんて普通じゃないですよ」

「いや、絡繰り仕込んでる時点で普通の本屋じゃないじゃん」

 

 

 正論を呆れたように言われ、少し恥ずかしくなり彼の顔から目を逸らすと、彼の背負っている大きな荷物に目が行く。

 彼がこの店に入ってきてからずっと気になっていた(棚に当たって本が落ちるかも知れないという思いと中身に対する好奇心)のだが、人一人分ほどの荷物が白い布にグルグル巻きにされた状態で背負われていたら誰でも中身が気になるだろう。

 俺としてもあまり凝視しているのも悪いとは思ったが、理性よりも僅かに好奇心が上回ってしまい、数秒程それに目を取られていると彼は口角を僅かに上げてニヤッと悪戯っぽく笑った。

 彼は背負っているそれを少しだけ傾けて俺に少しだけ見やすくすると、自身の親指で件のそれを指差す。

 

 

「さっきからこれを見ている様だが、中身が気になるのか?」

「目立ちますからね……何が入っているんですか?」

「流石にそれは教えられねぇ……試験前だし、誰が聞いているか分からない場所で手の内晒すなんて愚行は犯せないからな。 まぁ俺の大事な仕事道具とだけ言っておくじゃん」

 

 

 彼の言うことは間違っていない。

 忍にとって手の内が知られるということは途轍もないハンデとなる。

 上忍クラスであれば多少手の内がバレたところで、それを補う別のものがあったりするので余り問題ないこともあるのだが、そもそも知ったところで防げないものもある……例に出すなら、銃を持っていると知っていたら防弾チョッキを着れば済むけれど、肝心の防弾チョッキを用意できなければ為す術がないということだ。

 少し思考が逸れたが、彼の言う通りならば背負っているものが忍者の仕事道具となると武器の類だろう。

 剣と言うには厚みがありすぎるし、鈍器だとしたら持ち手が太すぎる……と少し考えたが、どうせ俺がその中身を見る機会なんて無いだろうと、そこで思考を打ち切った。

 

 

「そうですか……そう言えば一通り見終わったみたいですが、何か気になる本はありましたか?」

「ないわけじゃないが……そうだ! 爺さんが参考にしていた絡繰りについて書かれた本ってどれなんだ?」

「参考にしていた本なら…………これですね」

 

 

 俺は先程彼が眺めていた本棚の中から一冊の参考書を取ってくると、少し驚いた様な顔をしてその書物を受け取り、書を読み始める。

 その本には絡繰りの作成に適した素材の条件や、絡繰りの基礎知識、子供でも図画工作の気分で出来る簡単な絡繰りの作り方等の、所謂入門書的な内容が詰め込まれている。

 市販されている関連書の中でも分かり易い上に、情報量も多いので子供の玩具を自作しようと考える親が偶に買っていくので、割とこの店の中では売れている本だ。

 

 

「へぇ、この本を参考にしたのか……俺も小さい頃よく読んでいたな」

「そうなんですか、確かにこの本は読みやすいですからね」

 

 

 子供でも作業できるように刃物の持ち方やヤスリの使い方等を図で解説したり、愛嬌を持たせようとして失敗した様なキャラクターの挿絵が入っていたりして、子供でも読んでいて飽きない構成になっているのは、この本の執筆者が購入者に少しでも楽しんで作業をしてもらえるように苦心した結果なのだろう。

 他の技術書もこういった書き方をしていれば、売れ行きが良くなるのだが……如何せん生粋の技術者や研究者という者は中々に癖のある文を書く人が多く、出版物の売れ行きも伸び難い。

 

 

「そういえば俺の持っているのは使い込みすぎてボロボロなんだよな……パッと見たところ新品と大差ない状態みたいだし、丁度良いからこれ買うわ」

「はい、70両になります」

「どうも……俺としてはもう少しアンタと絡繰りや仕込みについて話したかったが、そろそろ待ち合わせの時間が近いんで今日の所はお暇させてもらうじゃん。

 中忍試験は長いから時間できたらまた来るよ」

 

 

 自分が落ちる事なんて微塵も考えていないようなその発言に少し感心しつつも、若さを感じて苦笑が漏れる。

 中忍試験は決して簡単なものではない……受からない人は受からないし、才能がある人でも運が悪ければ落ちてしまうような難しいものだ。

 事実として五回以上中忍試験を受けても中忍に成れない人もいる。

 更に中忍試験が行われるからといって、必ず中忍になれる者が居るとは限らないのだ。

 合格者が一人もいない時もあれば、数人合格する年もある……要は試験官次第なので受験者の中には担当員を見て、その場でリタイヤする人もいるのだとか。

 そんな中忍試験を前に余裕を持てるのは余程自信があるのか、それとも楽観的なのかのどちらかだろう。

 そんな彼は約束の時間が近いと俺に背を向け店を出ようと歩き始めたが、三歩程歩いたところで何故か立ち止まった。

 何か忘れ物でもしたのかと首を傾げながらその背中を見ていると、彼が首だけをこちらに向け話し出す。

 

 

「爺さん……絡繰りに興味を持つ同志として一つ忠告しておくじゃん。

 もしも里の中で額に愛と入れ墨をした我愛羅って名前の子供を見かけたら、出来るだけ関わらないようにした方が良い」

「突然だね……理由は聞いても大丈夫かな?」

「簡単な理由じゃん……下手をすれば殺されるからだよ」

 

 

 彼はそう言ってから一度身震いすると今度こそ店を出ていった。

 去り際の彼の顔には色々な感情が混ざり込んだ複雑な表情が浮かんでおり、その中でも見て分かる程に強く顔に表れていたのは……強い恐れの感情だ。

 彼が言っていた子供が何者なのかは分からないが、もし聞いた外見と一致するような子供を見かけた時は速やかにその場から去った方が良いのだろう……念のため罠を多めにセットしておいた方が良さそうだ。

 彼の言う通りこの世界では何時何が起こるか分からないのだから。



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第84話 困惑と絶望

 中忍試験が始まって里が祭りのような雰囲気を醸し出している中、俺は今病院に居る。

 今朝突然ゴウマが店にやって来て、アンコが入院したと告げたのが此処に居る理由なわけだが、話を聞く限り大きな怪我や病気とかではないらしい。

 幸い見舞い自体は許可されているらしく、特に見張りも付いていない彼女の病室に辿り着く事に何の障害もなかった。

 ゴウマは用事があるとかで一緒に病院には来なかったが、用事が終わり次第行くから先に行っていいと言われているのでノックをして入室する。

 ベッドの上で上半身を起こし、誰かに差し入れされたであろう三色団子を食べながら窓の外を眺めていたアンコが俺の方を向く。

 

 

「ヨミトも来たのね……父さんも少し倒れた位で大げさに騒ぎ過ぎなのよ」

「元気そうだね」

「昨日の夜までは割と苦しかったけど、もう殆ど大丈夫よ。

 ただ少し疲れてるから動くのは少し億劫ね」

「病気か何かかな?」

「う~ん、もう私の担当は終わったから言うけど……私って中忍試験の二次試験の担当官だったのよね。

 だから結構色々動き回っていたんだけど、少し頑張り過ぎちゃってこの様ってワケ」

「この間言っていた面倒臭い任務ってそれのことだったのか……慣れない仕事は大変だからね、大きな怪我とか無くて良かった」

 

 

 特別上忍でもあるアンコが中忍試験で倒れる程の疲労を感じたという事に少しだけ違和感を感じながらも、俺は持参した果物の詰め合わせをサイドテーブルに置き、ベットの横に置いてある椅子に腰掛ける。

 本人が疲労と言っている以上掘り下げて聞くことは出来ないが、首に巻いている包帯が少し気になった。

 

 

「その包帯は?」

「え? あぁこれはちょっと擦り剥いちゃってね!

 そ、そんなことより聞いてよ! 今回の受験者は優秀なヤツが結構居たんだけど、砂隠れの我愛羅ってヤツ凄いわ。

 相性次第では上忍すら相手取れる特殊な戦闘方法に、人を殺すことに躊躇を感じない性質……正直危険すぎてあんまり近寄りたくないけど、戦闘能力だけで言えば間違いなく首席候補よ」

 

 

 包帯のことから露骨に話を逸らされはしたが、代わりに興味深い話を振られて俺の思考の矛先が移り変わる。

 先日来た黒子っぽい客が言っていた子供の名前も我愛羅って名前だったはずだ。

 正直あの時は少し疑っていたけど、アンコまでもそう言うのならばより一層の注意を払っておいた方が良いだろう。

 

 

「そんな子がいるのか……その子の他に目についた子はいたかい?」

「日向の子とうちはの生き残りの子はやっぱり目立っていたわね……私個人的にはうずまきナルトが気になったかしら」

「何でまたナルト君? 言っちゃ悪いかも知れないけど、成績も戦闘能力も特に秀でているワケじゃない子だよ?」

「理由は二つ……ヨミトが指導している子だからというのが一つ、もう一つはあの無鉄砲で馬鹿正直な所が面白くてね。

 思わずちょっかい出しちゃう位には気に入っているわ」

 

 

 そう言って舌なめずりする姿は、まるで獲物を前にした爬虫類の様で若干引いた。

 アンコは時折大蛇丸の面影を感じさせる雰囲気を醸し出す事があるが、そういう時は大体サディスティックな事を考えている時なので、俺は突っ込まないようにしている。

 前に一度引き際を間違えて彼女の性癖の一端を垣間見ることになり、暫く彼女との接し方が分からなくなって後悔したことがあるのが主な理由だ。

 

 

「……程々にしてあげてくれると助かるんだけど」

「大丈夫大丈夫! ちょっと稽古つけてあげたりするだけだからさ。

 そうだ、今度あの子の訓練の時呼んでよ! 手伝ってあげるから!」

「あ、うん。 その時はお願いするよ」

 

 

 すまないナルト……こうなったアンコは口で言っても止まらないんだ。

 おそらく次の修行は大分厳しいものになるだろうけど頑張ってくれ。

 そう心の中で謝罪をしていると、ふと視線を感じて振り向くとアンコが俺の顔を真剣な面持ちで見ていた。

 突然空気が変わったので少し動揺したが、彼女が何か重要な事を話そうとしているのだと思い佇まいを直す。

 

 

「ヨミト……ここ最近変な視線を感じたり、おかしな客が来たりしてない?」

「変な客っていうと格好とかかい?」

「いやそう言うのじゃなくて……こう、雰囲気が怪しいっていうか危険な香りがする的な」

「う~ん、特に来てないと思うよ? まぁ中忍試験が始まってからお客さんは増えたけど、そんな危なそうなお客は今の所来てないかな」

「そっか……でも中忍試験に乗じて変な輩が里に入り込んでいてもおかしくないから警戒しておいて」

「大袈裟だなぁ、アンコちゃんも俺がそれなりに動けるのは知っているだろう?」

「それでも!!……それでも中忍試験の間だけでもいいから、気を抜かないで」

 

 

 語気を強め、追い詰められている様な表情で俺にそう言った彼女の姿を見て、現在進行形で何かが起こっている事を察した……しかも何らかの形で俺もその事に関わってしまっているらしい。

 

 

「何が起こっているのか話してくれないかい?」

「それは……機密情報だから話せない」

「だが俺も何か関わっているのだろう?」

「………えぇ」

「なら少しでいいから俺に話してくれないか? 機密に触らない程度でいいんだ……頼む」

 

 

 俺は頭を下げ、少しでも情報を分けてくれと頼み込む。

 流石に怪しい奴に気を付けろと言われても正直どうしようもないし、アンコの反応から明らかに単なる強盗とかとはワケが違う様な輩が来るかも知れないと言われて何も聞かずに備えろっていうのは大分厳しい。

 アンコもそれが分かっているのだろう……一分程躊躇して一つだけ教えてくれた。

 

 

「大蛇丸がヨミトに興味を持っている」

「………え?」

「アイツがヨミトに興味を持った切っ掛けは私。

 私が誘拐された時があったでしょう? あの時私は誘拐される寸前までアイツが心を入れ替えたものだとばかり思っていて、色々なことを話したの。

 里の内情や父さんのこと……そしてヨミトのこと。

 アイツも最初は僅かな興味を持った程度だったらしいの、でもヨミトのことを調べ始めるとヨミトに特殊な体質があることを知ったって言っていたわ。

 三代目にこの事を話すと、それが分かった風だったけれど……ヨミト?」

「え? いやいや、そんなはずないさ。 だってそんなのあり得ない」

 

 

 頭が真っ白になる。

 口の中が乾く。

 だってそんなことはあり得ないはずなんだ。

 息が苦しい。

 顔から血の気が引く。

 

 

 俺が不老だということが大蛇丸に知られたなんて嘘に決まってるじゃないか。

 

 



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第85話 相談

 あの後前後不覚になる程動揺した俺は言葉少なにアンコの病室を後にすると、三代目に話を聞くために執務室へと急いだ。

 流石にアポ無しなので警備の人間に止められるかとも思ったが、予想に反して誰にも止められることなく目的の場所へと辿り着く。

 ノックもせずに扉を開けると、そこには書類と睨み合っている三代目がいつも通りそこにいた。

 俺が室内に入ると書類を机に置き、ゆっくりと彼は顔を上げる。

 

 

「その様子じゃとアンコに話を聞いたようじゃな……まずは落ち着け」

「三代目……まさか貴方が漏らしたのですか?」

 

 

 三代目の言葉など耳に入っていない様に、俺は言葉を投げかける。

 主語が抜けているが、何処に耳があるか分からない状況で一から話す事なんて出来るはずがない。

 それに俺が此処に来た理由が分かっているであろう彼にはこの言葉だけで十分通じた。

 三代目は僅かに眉を顰めたが、首を横に振り「儂は誰にも話とりゃせん」と否定の言葉を紡ぐ。

 

 

「あの事を知っておるのは儂以外に誰が居るんじゃ?」

「三代目を除けば二人……日向宗家の嫡子とカツユだけですよ。

 カツユが話したという可能性は皆無、もう一人の子の方も影分身を向かわせて話を聞いてきましたが、他人は疎か家族にも話さずにいると明言してくれました。

 だから三代目が里のために交渉条件として俺の事を話したのではと考えて来たのですが……貴方が話したのでもないとなると一体どうやって彼は俺の体質を知り得たのでしょうか?

 いやそれよりもこれからどうすれば……」

 

 

 頭が混乱し、感情が抑えきれない。

 俺は頭を乱暴に掻き毟り、苛立ちを隠さずに困惑を吐露する。

 そんな俺を余所に三代目は書類の束の中から一枚の紙を引き抜き、判を押す。

 

 

「……何故お主の事が彼奴に知られたか、その正確な理由は彼奴から聞かぬ限り分からぬだろう。

 然れど彼奴ならばお主の髪一本から、その特殊な体質の片鱗を知る事位は出来るかも知れん。

 儂も教授(プロフェッサー)などと呼ばれておるが、術や人体に関する解明技術においては彼奴に一歩も二歩も劣っておる。

 おそらくお主に興味を抱いた時点で何かしら特異な能力でも持っていないかと考え、それを調べるために人でも送ったのだろう」

「髪一本で……そんなものから調べられるのなら秘匿しようがないじゃないですか!」

「忍とはそういうものじゃ。 微かな情報から技術を用いて知り得たい情報を探し出すのも忍の手腕……戦闘能力だけでなく、そういった面でも彼奴は優秀な忍じゃったからのぅ。

 そんなことよりもこれからどうするかが問題じゃろう?」

「何か案があるんですか?!」

 

 

 藁にも縋る想いで、三代目の方へ一歩踏み出す。

 形振り構わなければ大蛇丸だろうが誰であろうが仕留めることは出来なく無いだろうが、周囲への影響を考えるとそう簡単に取れる手ではないし、出来る事ならまだこの里で暮らしたい。

 故に三代目の出す案に期待をせずにはいられなかった。

 

 

「儂としても易々とお主を彼奴に渡す気などない……じゃからお主に暗部の中の腕利きを一人つけ、身辺警護をするよう言っておく。

 流石に彼奴が直接来れば防ぐのは難しいじゃろうが、拘束や防衛に向いとる奴じゃからきっとお主を守りきれるじゃろうて」

「それは心強いですね……ありがとうございます。

 それと先程は疑ってしまい申し訳ありません」

「気にしとらんさ、お主にはナルトの世話をしっかりしてもらっておるからのぅ、この位の気遣いはさせてくれ……それにお主が彼奴の手に渡ると、とんでもないことになりそうじゃからな」

 

 

 そう言った三代目の表情は苦虫を噛み潰した様な顔……それはそうか。

 もし俺の身体を研究して若返りでも出来るようになれば、卓越した知識や経験を持った状態で全盛期の身体に戻すことが出来るようになる。

 そんなことになれば厄介どころの話じゃないだろう。

 

 

「ともかく暗部の者には話を通しておくから、今日の所は帰るといい。

 因みに言っておくが暗部の者は何事も無ければお主の前に姿を現すこともなく、出来る限り家の中でのプライベートな時間を覗いたりもせんよう言っておく。

 もし其奴に緊急の用があれば、単純に助けを求めれば手を貸してくれるはずじゃ」

「分かりました、もしもの時はそうすることにします。 では失礼しました……火影様もお気を付けて」

 

 

 深く一礼して執務室を出る俺。

 帰り道を歩きながら、もしもの時のことを考える。

 事が起こるであろうタイミングは、おそらく木の葉崩しに合わせてだろう。

 俺が思いつく襲撃のケースは三通り……大蛇丸本人が来る場合と、ある程度の手練れが来る場合と、数で攻めてくる場合だ。

 まず大蛇丸が来る場合……これだった場合は形振り構っていられない。

 正真正銘全力を尽くして奴を消す。

 その結果此処には居られなくなるかも知れないが、実験動物になる位ならその選択肢を取らざる得ない。

 

 

 次に手練れが来た場合、これは暗部の人にある程度任せる形になるだろう。

 もし暗部の人が劣勢ならば俺も参戦して対応……暗部の人がいるために魔法や罠は出来る限り使用しないで戦う形になる。

 ここら辺は暗部の人の腕次第だから臨機応変に動かなければならない。

 

 

 そして最後の数で攻めてきた場合……これの場合おそらく暗部の人一人じゃ俺をカバーしきれないだろう。

 おそらく魔法や罠を駆使して敵を殲滅する他に助かる方法はない。

 ただし暗部の人の目を気にしなければいけないので印を結ぶ振りをしなければいけないし、極端に異端なものは使用できない。

 この場合が一番気を遣うパターンになるだろう。

 

 

「どのパターンになるにしても厄介としか言い様がないな」

 

 

 苦心の篭もった呟きは雑踏の中に消えたが、この感情は消えようがない。

 俺の平穏をぶっ壊そうとする大蛇丸への憤り。

 もしも奴が俺に手を出してきたのなら、俺は奴に敵対する人物に影ながら肩入れし、奴の行動を邪魔してやる。

 その結果として奴が死のうが捕まろうが知ったことではない。

 とある国の法の「目には目を、歯には歯を」の精神で、してきたことに相応した妨害をしてやる。

 

 

「だがその前に奴の情報を出来る限り集めておいた方が良いな。

 家に戻ったらカツユに話を聞いてみるか」

 

 

 カツユならばある意味三代目よりも三忍については詳しいだろうし、何なら綱手に繋いでもらって綱手から話を聞くことも出来るからな。

 ―――――こうして俺は大蛇丸を明確な敵として想定して動き出すことになる……その結果がどうなるかは、まだ誰も分からない。

 



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第86話 刺客

 中忍試験も順調(色々あったらしいが)に進み、残すは最終試験のみとなった。

 三次試験の後に最終試験まで残ったことを伝えに来たナルトの話を聞くと、最後まで残ったメンバーは奈良家の嫡男・砂隠れの三兄弟・うちはの生き残り・日向分家の天才・油目一族の子……そしてナルトの計8人。

 この話を聞いて少し驚いたのが、砂隠れの三兄弟の容姿を教えてもらうと、少し前に店に来た黒子装束のカラクリ好きの子に合致した事。

 店で話していた最後まで残るという自信は自惚れ等じゃなく、実力の元の確信に近いものだったことが明らかになったわけだが……正直多少驚きはしたものの俺はそれどころじゃない。

 アンコの見舞いに行ったあの日から、ずっと俺の頭の中にはどうやって身を守るかの案が回り続けている。

 三代目と話をした後にカツユにも事情を話して、最終試験の日に呼び出す事をOKして貰えたことは凄く心強い……カツユは俺に気を使って綱手やシズネにこの事を伝えようかとも思ったらしいのだが、今は遠くに出ているらしく、それまでに木の葉に戻ってくることは不可能らしいので、不安にさせるだけの情報は彼女たちに伝えなかったのだと聞いたので、俺は「ありがとう、カツユが手を貸してくれるだけでも十分心強いよ」と少し沈んだ様子のカツユに礼を告げた。

 

 

 その後ナルトの少し誇張気味の中忍試験での出来事を聞き、これからの最終試験までの一ヶ月は忍術の修行に専念するからしばらく店に来られないという報告を聞いたりしていたが、カカシがナルトを迎えに来て話はそこで終了。

 彼は俺と軽く挨拶を交わし、店の外で一瞬どこかに視線を向けて眼を細めてからナルトを連れて店を出て行った。

 俺も二人を見送るため店の外に出たが、カカシの見た方には何の気配も感じない。

 しかし前に一度差し入れとして自分用におやつとして買ったクルミを小皿に分けて置いておいたら、トイレに行っている間に無くなっていた事から近くに……おそらくカカシが見た方向には三代目が言っていた暗部の人がいるのだろう。

 俺はこれからもよろしくという意味を込めて、その方向に深く頭を下げてから店の中へと戻った。

 

 

 それから最終試験の日までの一ヶ月はとても密度の濃い時間を過ごす……修行の時間は普段の倍近くまで伸び、カツユの俺に対する指導も厳しさを増す。

 店を営業している間もいざという時のため常に膝の上にカツユを載せて仕事をし、客がいない時はカツユと作戦会議をする。

 偶に息抜きとしてカツユに手皿でお菓子を分けたりすることで心の安らぎをとったりもしていたが、そこは常に張り詰めていては疲れてしまうからであって、何の下心もない……本当だよ?

 能力に関しても暗部の人が見ているので除外ゾーンでの修行は行うことが出来なかったが、今まで調べてきた魔法や罠の効果を考慮しつつ、常に三種類の罠を伏せた状態にする位の備えは行っていた。

 そして遂に中忍試験の最終試験当日を迎えることになる。

 

 

 その日もいつも通り……いや、今回の中忍試験が始まってから一番活気があるように感じる。

 俺は店の中という狭く、援護を受けにくい場所で襲われることを恐れ、三代目と話した日から時間を見つけては演習場へと通っていた。

 広い場所では多人数と戦う場合不利になる可能性もあるが、たかが俺一人のためにそんなに多い人数を送ってくるとは思えない上、狭い場所に動きが制限された状態で周囲への影響を気にしないで大きな忍術を使ってこられたら一溜りもない。

 それらを考慮した上で演習場という場所を選んだわけだが、このことに絶対の自信があるわけでもなく、不安から心臓の鼓動が普段よりも早いビートを刻む。

 特に目立つ物が何もない演習場を神経を尖らせながら散歩を装って歩く。

 懐には手のひらサイズのカツユの分体がスタンバイしている。

 事が起こったのは俺が演習場の真ん中辺りに来た時だった。

 最終試験会場の方で大きな音が聞こえたと思ったら、里のいたるところで悲鳴や怒号が上がり、時折巨大な蛇のようなものも見ることも出来る。

 内心遂に始まったと思い、一気に警戒レベルを引き上げる……すると演習場の入り口から、普通に三人の忍が歩いてきた。

 

 

「全く……大蛇丸様も何でこんな簡単な仕事を俺たちに任せたんだかね」

「確かにな、俺もぶっ壊し組の方がよかったぜ」

「ホントだよ……アンタもう変化解いちゃっていいんだぜ? 俺たちもう知ってんだからよ」

 

 

 見た目18歳位の男三人組はごく自然に俺の前方10数メートルの所で立ち止まり、そう言った。

 俺は一瞬躊躇したが、既に暗部の人には事情が知られているのだろうし、チャクラの消費を少しでも抑えた方が良いと判断して変化を解く。

 男たちは別段驚くこともなく、一様に面倒臭そうに此方を見ている。

 

 

「歳誤魔化し過ぎでしょコイツ」

「でも若く見せるんじゃなくて老けて見せるんだから別にいいんじゃね?」

「そろそろ無駄話ばっかしてないで仕事に掛かろうぜ」

「「それもそうだな」」

「と言うわけでアンタをボコって大蛇丸様のとこまで連れて行かせてもらうわ。

 ちょい痛いかもしれないが、まぁ殺しはしないから安心しな」

 

 

 どうやらかなり侮ってくれているようだ……これはやり易い。

 油断してくれている内に一人位は如何にかしておきたい所だな。

 

 

「とてもじゃないけど安心できる内容ではないね……だから抗わせてもらうよ」

「いいねぇ、少し位歯ごたえが無くちゃ面白くねぇ」

「精々楽しませてくれよ偽爺」

「さぁこっちもパーティを始めようぜ!」

 

 

 その言葉を皮切りに三人がそれぞれ別の方向へと跳び、印を結び始める。

 互いが射線に重ならないように動いている所を見ると、即席のチームではなく其れなりに組んでいる仲間であることが分かった。

 今は少しでも相手の情報が欲しい……出来ることなら得意な性質位は知っておかないと動き難いからな。

 先ずはこの三人の術を一旦避けないと!

 俺が足にチャクラを集め機動力を確保していると、三人がほぼ同時に術を発動させる。

 

 

「土遁・土流壁」「水遁・大砲弾の術」「火遁・豪火球の術」

 

 

 俺の背後に岩で出来た壁を隆起させ退路を断ち、左右から挟みこむ様に火遁と水遁を放つことで逃げ道を上だけに残す……これは何も考えずに跳んだら狙い撃ちにされるだろう。

 そこで俺は急いで服の袖からチャクラ糸を伸ばし、手に握りこむと同時に向かってくる巨大な火の玉と水の玉を跳んで避けた。

 しかし先ほど土遁を放った男が既に新たな術の印を結び終えており、地面から無数の石礫が空中の俺目掛けて飛来しようとしている。

 男の口元には薄らと笑みが浮かんでおり、おそらく手足を打ち抜かれて地面に転がる俺でも想像しているのだろう。

 俺は手に握ったチャクラ糸を全力で後方の木に飛ばして結びつけると、力一杯その糸を引っ張ることで強引に空中で軌道を変えた。

 それを見た三人は少し感心するような顔をした後、嗜虐的な表情を此方へと向ける。

 

 

「これはこれは……思いのほか楽しい狩りになりそうじゃねぇか」

「この連携を避けたことは褒めてやるよ」

「だがまぁアンタが無残な姿で俺たちに連れて行かれるのは変わらねぇがな」

 

 

 先ほどよりも楽しそうに改めて新たな術の印を結び始めた三人だったが、既に相手の使う主な性質は把握した。

 次は俺が攻める番だ……と気合をいれ、術が発動する前に接近しようと前傾姿勢になった瞬間、敵の火遁使いが凄まじい勢いの水流に吹き飛ばされた。

 突然仲間が吹き飛ばされたのを見て、敵の二人は咄嗟に術の飛んできた方へとクナイを投げる。

 しかしそのクナイは何にも刺さることなく、面をした男に掴み取られていた。

 突然そんな人物が現れて警戒しないわけが無く、敵は俺よりもその男の方を警戒している。

 男はそんなことを気にしていないかのように俺の方へと歩いてくると、少しだけ頭を下げた。

 

 

「すぐに助けに入らなくて申し訳ありません。

 ヨミトさんの戦闘能力に関してはこの一ヶ月である程度分かっていましたので、先ほどの術位でしたらどうにかできると思い、不意打ちを優先させていただきました」

「それは別にいいですけど、貴方が三代目様の言っていた暗部の方ですか?」

「えぇ……暗部故に名を名乗ることは出来ませんが、火影様の命によりこの場において貴方を守護させていただきます。

 では挨拶はこれ位にして後の二人を如何にかするとしましょうか」

 

 

 そう言って俺の前に立った彼の背中は凄く頼もしく感じた。

 



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第87話 不安の芽

 突然やって来た男が仲間の一人を倒した事で男達は先程までの余裕は鳴りを潜め、暗部の彼の微かな動きも見逃すまいと此方の様子を窺っている。

 暗部の人は仮面を被っているので、その表情は読めないが少なくとも緊張してはいない様だ。

 その余裕に男達は若干気圧され、一筋の冷や汗が額から垂れる。

 

 

「おいおい……護衛がいるなんて聞いていないぞ」

「っていうかあの馬鹿吹っ飛んだんだけど」

「そんなの油断したアイツが悪いだろ……そんなことよりあの仮面の男だ。

 たぶん奴は木の葉の暗部だぞ」

「暗部が相手となると、少し分が悪いな」

「だが退いたところで大蛇丸様に実験材料にされるだけだぞ?」

「そんなことは分かってる。 俺達に取れる道はどうせ一つしかないんだ。

 なら勝てる可能性が低かろうが、やるしかねぇだろ!

 俺が暗部の奴を抑えるから、その間に目標を確保しろ!」

「チッ……ちゃんと抑えてろよ!」

 

 

 土遁使いが印を組むと暗部の彼と俺の間の土が隆起し、そのまま土遁使いと彼を包み込む様にドーム状に広がった

 暗部の彼も囲まれる前に脱出しようとしていたが、水遁使いの忍具による牽制で出る機会を失い、ドームが完成した上に表面が岩で覆われて簡単には脱出できないコロシアムが完成してしまう。

 そうして想定外に二分されてしまったが、ある意味これは僥倖と言っていい状況かもしれない。

 今此処に居るのは俺と水遁使いだけ……この状況ならば少しばかり無茶をしても人の目に映ることはないのだから。

 

 

「さて時間もないことだ……様子見なんかしないで全力でいくぜ?

 殺す気はないが、死ぬ一歩手前位にはなってもらうから覚悟しな」

「そうですか、俺は貴方を殺すつもりでいきます……これ以上俺の情報が漏れる事は防ぎたいので」

「ぬかせよ偽爺が! 水遁・大砲弾の術ぅ!」

「人間相手に使うのは初めてだよ……火遁(魔法)‘ファイヤー・ボール’」

 

 

 素早く印を組んだ相手が放つ巨大な水球と、印を組んだ振りをした俺が放つ四つの火球が衝突する。

 魔法‘ファイヤー・ボール’は本来相手のLP(ライフポイント)に500のダメージを与えるという効果を持つバーン魔法……単純な効果故に使い勝手が良いものだ。

 大凡2mはあるであろう水球に1mの火球が四発連続で衝突させることで徐々にその大きさと勢いが無くなっていき、四発目が当たると同時に相殺する事が出来た。

 

 

「アンタ火遁を使えたのか……だが相性が悪かったな。

 アンタは火、俺は水だ。

 それに今の相殺は俺の習熟度が其程高くない術だったから起こり得たものだぜ?

 そもそも俺は遠距離戦より中近距離戦の方が得意なんでな……水遁・水龍鞭」

「水の鞭ですか……それは当たると痛そうですね。

 出来る事なら先程の(魔法)でどうにかしたかったのですが、しょうがありません」

 

 

 水で出来た鞭がまるで生きているかの様に彼の手の先で動き回っていて、攻撃の入りが初見では予測できそうにない。

 相手との距離は大体15m、此処は既に相手の間合いと見て良いだろう。

 再び戦端が開かれたのは突然だった……15mという距離など感じさせない速さで俺目掛けて伸ばされる水の鞭。

 一瞬チャクラ糸で対抗しようかとも思ったが、もし強度で水の鞭に負けていた場合隙が出来てしまうのでそれが俺に届く前に出来る限り使いたくなかったものを使用する。

 

 

結界術()発動‘六芒星の呪縛’……これで貴方は動けない」

「クソッ!! 結界術か!?」

 

 

 突然現れた六芒星に捕らわれ、身動きが取れなくなった彼は必死にその魔法陣から逃れようとするが、かろうじて動かせるのは首から上と指先だけ。

 水の鞭も魔法陣に分断され、俺へと伸ばされていたものは地面の染みと消えた。

 この‘六芒星の呪縛’というものは九尾を縛った‘デモンズ・チェーン’に近い効果を持つが、拘束力においては前者の方が劣っている。

 ただし対象を拘束する速度においてはその限りでなく、対人戦においては此方の方が使い易いのだ……目に見えて六芒星が描かれた魔法陣が現れるために人前ではあまり使いたくなかったのだが、あまりのんびりしていると暗部の人に合流されてしまうので使用に踏み切った。

 

 

「では時間もないことですし……お別れの時間です」

「くっ……例え俺達を退けたところでアンタが狙われ続けることには変わりない。

 大蛇丸様はアンタの体質に強く興味を持っておられるからな!

 これからアンタに気の休まる日は来ないと思え!!」

「ご忠告は感謝しますがそれは後で考えます、ではさようなら……口寄せ(魔法)‘死者への手向け’」

 

 

 眼前に久しぶりに現れる俺がレムと名付けたミイラ男。

 今回の獲物が人間である事を知り、平時よりも心持ち動きが機敏になった様に見える。

 元々其程距離がなかったこともあり、すぐに水遁使いの元に辿り着き口の辺りの包帯を少しずらして息を吹きかけると、相手はアッサリと覚めない眠りへと就いた。

 男の死と同時に魔法陣は割れる様に消え、これで一先ず安心と俺は息を吐いた。

 その間にレムはその男の頭部を掴み、そのまま腕を引くと白い人型の煙の様な物が身体から引き出される。

 俺がその魂の様な物を何に使うのかと尋ねると、ジェスチャーで持って帰ってミイラにすると伝えられたので、若干嬉しそうな彼に苦笑いで「う、上手くできると良いね」とよく分からない事を言って、知らない何処かへ帰る彼を見送った。

 その後この場に残ったのは湿った地面と傷のない死体が一体……このままではどうやって倒したか聞かれるだろうから、俺は男の死体に幾つかの切り傷を付けて戦いの痕を偽装し、最後に頭に深くクナイを突き刺してトドメがコレであると言い訳出来る状況を作る。

 頭にクナイを刺した時の感触と流れ出る血の臭いで少し吐き気を催したが、此処で躊躇うことは良い結果を生まないと割り切って隠蔽工作を続けた。

 地面を少し削ったり、俺の服にも傷や土を付けたりと小細工を行い、それらが全て終わると同時に暗部が閉じ込められていたドームが崩れ始める。

 中には傷一つ無い暗部と血塗れで地面に倒れている土遁使いの姿。

 暗部の人はすぐに俺を見つけると、軽く周囲を見回して戦場を確認し納得した様に頷く。

 

 

「どうやら其方は既に終わっていた様ですね……加勢に入れなくて申し訳ない。

 此方も相手の守りが想像以上に硬く思いの外手間取ってしまいました」

「いえ此方も大きな怪我とかは無いのであまり気にしないでください……ところでこれからどうなさるのですか?

 俺としては店の方が心配なので一度戻りたいのですが」

「そうですか……分かりました。 僕は今倒した三人を施設に運んできますが、流石に一人で帰すわけにもいきませんから影分身を護衛に付けます。

 里の方でも何か起こっているようなので、お気を付けて」

「貴方も」

 

 

 そう言い残すと彼は影分身体を一体残して、その場から消えた。

 影分身体の彼も一度俺に軽く頭を下げると何処かへ行ってしまったが、おそらく俺の姿が見える位置で潜んでいるのだろう。

 暗部の彼がそのままの状態で護衛を続ければ目立ってしまうからの行動だとは思うのだが、やはり姿が見えないと少しだけ不安な気持ちになる……もしかしたらまた襲われるかも知れないと、俺は微妙にそわそわしながら店へと向かった

 



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第88話 里の防衛戦線

 店に帰るまでの道のりは決して楽なものではなかった。

 解いた変化の術を掛け直して爺姿に戻ったはいいが、弱そうな見た目故にか成人男性二人分よりも大きな蛇が襲いかかってきたり、音隠れの里の忍者が襲いかかってきたりと心休まる暇が無い……基本的には暗部の影分身が対処してくれたのだけれど、それでも疲れるものは疲れる。

 店に着く頃にはクタクタになる程に疲れ、運良く戦火から免れていた店に安心しつつも、未だ終わりの見えない木の葉崩しから店と自分の身を守る為に付近に暮らす知り合いと共に近くで戦う人達に加勢していった。

 俺は主に遠くから落ちている石や忍具を投げて援護に回っているだけだったが、そういった行為も数が集まれば無視出来ない物になり、襲撃犯は一人また一人と数を減らしていく。

 そして数時間続けていると粗方そういった輩の排除は終わり、前線に立っていた忍達は別の場所へと援護に行ってしまった。

 それを見て、若くて余力のある人は負傷者を病院へ運んだり、他の地域へ手伝いに行ったりしている様だ。

 俺もそうしようかと思ったが、周囲の人に「爺さんは無理すんな」「アンタはもう十分働いたよ」と止められてしまい、それでも家でのんびりしているわけにもいかないと食い下がると店の前に立って大通りから敵が来ないか見張る役をすることになった。

 だがよく考えれば今回は運良く日向の人が近くにいなかったから良かったものの、別の地区へ移動するということは日向に会う確率も上がるということ……ある意味コレで良かったのかも知れない。

 

 

「ヨミトさん、これからどうするのですか?」

「一先ず様子見かな……年寄りはのんびり見張りでもするのがお似合いだからね。

 それにまた何時狙われるか分からないから人の多いところには行きたくないし」

「確かにあの人が言っていた通りなら、もしかするとこの騒ぎに乗じて再び襲われるかも知れませんね……ですがここで襲われても困るのでは?」

 

 

 肩に乗るカツユが言うとおり、今俺が居るのは店の屋根の上であり、此処で襲われたなら確かに店にはほぼ確実といって良い程の確率で被害が出るだろう。

 事実近くであった戦闘の流れ弾で壁に、貫通こそしていないものの拳大の穴が幾つか開いている。

 幸い商品に被害はなかったが、コレが忍具でなく火遁系の術だったのなら俺の家兼店は焼失していただろう……まぁ地下の倉庫は石造りだから大丈夫だろうが。

 

 

「確かに俺が此処で襲われると店に被害が出るだろうね……でも俺を狙ったものじゃなくても、とばっちりで店に被害が及ぶ事も有り得るんだ。

 なら此処にいて店を守った方が被害は少なくなるんじゃないかと俺は思う」

「そうですか、私はヨミトさんがそういうのならいいんですが……ところで先程の戦いで火遁系の術と見たことのない結界術を使っていましたけど、あんな術いつの間に習得したのですか?」

「前に言っただろう? 俺の能力は色々な事ができるって。

 火を出したり、相手を拘束したりなんていうのは別段難しいことじゃないさ」

 

 

 やろうと思えば地面を割ったり、雷落としたり、隕石落としたりも出来るのだから嘘は言っていない。

 そんな俺の言葉を聞いて不思議そうに首を傾げるカツユ。

 

 

「え? ですがあの時ヨミトさんは印を結んでいたじゃないですか」

「あんなの適当に印を組んだだけだよ、チャクラも込めてなかったしね。

 だから特殊な眼を持つ人が見たら不思議に思うんじゃないかな」

「相変わらずよく分からない力……でも確かに九尾を縛っていた鎖もヨミトさんが出していたのなら、あの位出来てもおかしくないですね」

 

 

 今までカツユに知られた魔法・罠は‘攻撃の無力化’と‘悪夢の鉄檻’‘デモンズ・チェーン’の三つだけ。

 時折訓練でついた傷を‘非常食’や‘ゴブリンの秘薬’等で癒したが、それらに関しては自分が調合したと言って何とか誤魔化した。

 一族秘伝の薬などが存在するこの世界において、そういった情報を無理矢理聞き出そうとしたりする事は起こり難い……それは仲間内ならば尚更のこと。

 そんな感じでカツユは俺の能力に関する知識を殆ど持っていないに等しいが、その幅が広いのだろうということを今回の一件で改めて理解した様だ。

 しかしカツユのその表情を見る限りその事に納得しているとは言い難い……表情とはいっても何となくそう思っているのであろうという予想だが、あながち外れてはいないだろう。

 医療忍術の訓練を手伝ってもらう時も、偶に能力について尋ねてくる時があるのだから。

 因みにそういう時は既に知られている三つのものについての効力や性能を教えることでなんとか引き下がってもらっている。

 今回の事で新たに‘死者への手向け’‘ファイヤー・ボール’‘六芒星の呪縛’を見られてしまったので、また暫くカツユは詳しい話を聞きたがるだろう。

 ただ‘死者への手向け’に関しては三代目達に口寄せだと説明していたから、カツユも口寄せだと思っており、おそらく能力の一端だとは思っていないはず……念のため呼び出す際に口寄せの手順だけは踏んでおいて良かったと今更ながら安堵した。

 流石にまだ争乱が終わっていない状態でこれ以上別のことを考えているのもどうかと思い、軽く深呼吸して見張りに戻ろうとすると、遠くで轟音が鳴り響く。

 

 

「今のは一体……それにあの土煙は里の外の方だね」

「距離があるので詳しい事は分かりませんが、禍々しく大きなチャクラが空気を通じて伝わってきます。

 チャクラ感知が別段得意ではない私でも感じられる程ですから、規格外と言っても良い程の存在が里の外にいるのでしょう……マンダ以上ですね」

 

 

 肩に伝わる微かな震え……カツユが無意識下とはいえ身体を震わせるとなると余程の何かがいるのだろう。

 里の外とはいえ若干の不安を感じざる得ない。

 しかし俺は此処を離れるわけにはいかない。 何故なら………50m程先に二頭を持つ大蛇が白煙と共に現れたからだ。

 その大蛇の視線は屋根の上という高い位置にいた俺へと向けられており、10m以上はあるその身体を地に這わせながら此方へと向かってきている。

 里の外の存在を気にしすぎて、未だ大蛇の存在に気付いていないカツユを軽く小突くことで気付けを行い、その視線を目の前の存在へと向けた。

 

 

「カツユ、今は遠くの災厄よりも近くの害獣だよ」

「そうですね、それにあれはマンダの眷属でしょうから気を抜くことは出来ません」

「そっか、暗部の影分身も店に着いた時に消えてしまったから今ここで対処できるのは俺だけ……もう一頑張りしなければ「ちょっと待ってください」どうかしたかい?」

「様子が変です……動きも止まっていますし、近くに誰かいる」

 

 

 カツユにそう言われ、目を凝らしてい見ると確かに蛇は微かに震えているようにも見えるが、その進行は完全に止まっている。

 それに大蛇を囲むように三人の忍が立っていた。

 あのサイズの生き物を拘束しておける術者はそう多くなく、頭に数人の忍が思い浮かんだが、その中から絞り込もうとする前にそこにいた三人が誰なのかが分かる様な出来事が起こる。

 三人の内の一人が大蛇と同じ位まで巨大化したのだ。

 

 

「あれは秋道チョウザさんの超倍加の術か。 ということは彼処で大蛇の動きを止めている二人は山中イノイチさんと奈良さんかな」

「猪鹿蝶と呼ばれた御三人ですか……それならあの手際も納得がいきます」

 

 

 俺とカツユが図らずしも助けてもらったその三人に当たりを付けていると、チョウザが拳を蛇の双頭へと叩き込んで地面にめり込ませる。

 そのまま蛇が白い煙と消えるのを確認したチョウザは術を解き、身体の大きさを元に戻すと、イノイチと共にその場を去っていく。

 内の常連の一人でもある奈良シカクもその二人と同じようにその場を去ろうとしたが、何故か立ち止まってしまった。

 俺はその事を不思議に思っていると、彼は此方を振り向かずに軽く手を振ると今度こそ、その場を後にする。

 

 

「あれって此方に気付いていたって事でしょうか?」

「きっとね、どちらにしても今回の事が終わったら菓子折の一つでも持って行かないといけないかな」

 

 

 俺は普段奥さんにうだつの上がらない彼を思い出して苦笑しつつも、既に立ち去った彼らに心の中で一先ずの感謝を伝えた。

 



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第89話 教師の葛藤

 猪鹿蝶が双頭の大蛇を退治した後も時折音隠れの忍や大蛇が大通りに現れたが、店の方まで来ることは多くなかった。

 何故ならおかっぱ頭で緑タイツの男性が途轍もないスピードで相手を蹴り飛ばしたり、遠目から見ても美人な女性が手も触れずに大蛇を昏倒させたりと里の中を木の葉の凄腕達が警邏しているからだ。

 その網を抜けてきた者がいたとしても強い相手はその忍達が見逃さないので、来るのは下忍と中忍の境目以下の実力を持つ者位である。

 その程度の相手ならば俺でも余裕を持って倒すことが出来たが、倒した相手の数が合計で五人程になった時、音隠れと砂隠れの忍達が突然戦闘を切り上げて撤退を始めた。

 その引き際は中々のもので、十分も経つと里の中で戦闘音は殆ど聞こえなくなり、木の葉の上忍と思わしき幾つかの人影が火影邸へ向かって跳んでいく。

 

 

 それから暫くして三代目の訃報が里の中を駆け巡った。

 幾ら木の葉崩しという騒ぎが収まったとはいえ、その代償としては里にとって大きすぎる損失だ。

 四代目が亡くなった時は先代である三代目が存命だったために彼が里の混乱を抑えたが、今回は里に火影の変わりを出来る様な人は居ない。

 里に住む人々の不安たるや如何なるものか……それは後日行われた葬儀で明らかになった。

 今回の事で亡くなった人は三代目だけではなかったため、合同に近い形で行われた葬儀だったが、そこにいた人々の顔には悲しみだけではなく大きな不安が見て取れる。

 三忍が木の葉を出てから里の主柱となっていた三代目の死は、老人から子供まで例外なく大小の違いこそあれど不安を抱かざる得ないようだ。

 俺としてもそれなりに交友があった三代目が亡くなったことはショックであったし、火影不在の今、他国からの侵攻も有り得るので不安を感じている。

 しかし俺などよりもよっぽどショックを受けている人達が最前列にいた。

 そこにいたのは三代目の孫である木の葉丸、今回の一件で木の葉崩しの要の一つでもある砂隠れの人柱力を止めた功労者ナルト、その他にも三代目に目をかけられていた忍達は一様に沈んだ表情を浮かべている。

 葬儀が終わった後もその空気には全くと言っていい程変わりなく、三代目がどれほど大きな存在だったのかということを改めて実感した。

 葬儀場からの帰り道、いつもに比べて静かで暗い空気の中で同じように帰路につく喪服の集団と共に歩いていると、風に乗ってその話が聞こえてくる。

 

 

「それにしても三代目様を殺したのは一体誰なんだ? あの方は教授(プロフェッサー)と呼ばれる程数多くの術に精通していた方だぞ……並の忍じゃ怪我させることも出来ないだろうに」

「お前知らなかったのか……今回の一件は砂隠れが動いていた事から風影が主犯じゃないかと言っている奴もいたが、実際は違う」

「どういう事だ? 砂隠れの忍をあんな大規模で動かすなんて風影の許可無しには出来ないだろうが」

「その風影だが、どうやら今回の事件の前既に殺されていたらしい」

「は? じゃああの風影は誰だったって言うんだよ?」

「そこで出てくるのが三代目様を殺した犯人……大蛇丸だ」

「大蛇丸だと!?……だがそうか、奴ならやりかねないな。

 そして忍としての腕も木の葉の三忍と呼ばれる程の超一級か」

「そう言うことだ……だが三代目様もただやられるワケじゃなく、命と引き替えに奴の腕を潰したっていう噂だ」

「そりゃあ忍としては死んだも同然だな、流石は三代目様……本当に惜しい人を亡くした」

 

 

 今回の一件が大蛇丸主導のものであるということは分かっていたが、三代目だけでなく風影も殺していたということには内心驚いた。

 今代の風影といえば特殊な物を使い戦う殲滅戦にも優れた忍であると、他里の木の葉でも耳にする程の手練れ。

 そんな人を大きな怪我も無く殺せるという戦闘能力には寒気すら感じる。

 頭は切れるし、身体能力も高い上、特殊な術も多く使う奴に狙われている俺としてはより一層警戒しなければならないと思わずにはいられない情報だ。

 ただ現状奴の腕が使える状況にないのならば、奴が直接俺の身柄を確保しに来る可能性は低いだろう……それだけが救いだな。

 

 

「ヨミトさん」

「ん? あぁイルカ君か、どうかしたかい?」

「ナルトの事で少し話したいのですが、これから少しお時間頂けますか?」

 

 

 そう言った彼の顔には迷いと悲しみが見え隠れしており、俺の未来への不安を一端頭の隅へ追い遣る位には俺の気を引いた。

 俺は彼に了承の意を伝えると、彼を連れて二人でよく呑みに行く店へと足を運ぶ。

 既に店員にも顔を覚えられる程には通っていたためか、店員はイルカの顔を見て言葉少なに角のボックス席へと案内してくれた。

 暫く互いに黙りこくっていたが、少し酒をちびちびと飲むとイルカがその重い口を開く。

 

 

「ヨミトさんはナルトにとって三代目がどういう存在だったと思いますか?」

「俺はナルトじゃないから完全な正解は分からないけれど、父兼祖父というところじゃないかな?」

「そうですよね……ナルトにとって三代目は家族同然、でもあの子は葬儀の最中一滴も涙を零さなかったんです。

 まるで三代目の死を現実として受け容れられていないかの様に、ただ横で泣いていた木の葉丸をぼんやりと見ていました」

「それは……」

 

 

 幾つか理由を挙げようとすれば挙げられる。

 訃報を知った時点で既に涙が涸れる程に泣いたか、弟分である木の葉丸が泣いている分しっかりしようと我慢したか、それとも未だ事実を受け止めきれていないか……どれであろうとも真実はナルトの心の中にしかない。

 おそらくイルカはナルトが未だ三代目の死を受け止めきれずにいて、もしその悲しみの感情が一人でいる時に襲ってきた時の事を考えて心配なのだろう。

 

 

「君がナルト君の事をとても心配しているのは分かりました……しかしじゃあ何故今君は此処にいるんだい?

 そんなに心配ならこんな爺と酒を飲み交わすより、あの子の側にいて上げた方が良いんじゃないか?」

「俺も最初はそうしようと思いましたし、今日だけでもと考えてナルトを家に誘いもしました。

 ですがナルトは俺が心配していることを知って、無理に笑顔を作りながら大丈夫だと断られてしまったんです……俺はどうすれば良かったんでしょうか?」

「大丈夫と言った時の気持ちが強がりなのか、それとも別の何かなのかは分からないけれど、本人がそう言うのならば無理に側にいるのは良くないかも知れないね。

 それにあの子も一人の男、涙は出来る限り人に見せたくないでしょうし」

 

 

 俺の言葉を聞いて彼は少し考え込む仕草を見せた後、「わかりました……遠目から気に掛ける位にしておきます」と往生際の悪い妥協案を掲げ、相談料とばかりに俺の分の飲み代の支払いも済ませて、彼は足早に店を出ていった。

 恐らくそのまま暫く何時でもナルトの元に駆けつけられるように家の辺りでうろちょろするのだろう。

 彼は大分ナルトに対して過保護な部分があるからそれ位はしてもおかしくない。

 その光景を思い浮かべると自然と笑みが零れ、少しだけ陰鬱とした気分が晴れた気がした。

 



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第90話 蝦蟇仙人

 里の主柱とも言える火影が亡くなり、新たな火影を据えなければならないという状況の今、里の人が話す話題は次代の火影に誰がなるのかという話ばかり。

 現状挙がっている候補は三人……蝦蟇仙人自来也、暗部のダンゾウ、蛞蝓綱手姫だ。

 この中で他薦で一番票が入っているのは自来也なのだが、本人がなる気はないと言っており保留。

 ダンゾウはこの中だと唯一火影になることに積極的だが、如何せん人気がない。

 残った綱手も火影になることに魅力は感じていないらしく、返事は芳しくないとの事。

 だが自来也は自分よりも綱手の方が火影に向いていると上役に言い、自身が綱手に打診するために近々彼女の元を尋ねるらしい。

 何故そんな話を俺が知っているかというと……

 

 

「だから修行も兼ねてナルトの奴を連れていこうと思うんだが、問題ないかのぅ?」

「いいだろおっちゃん! 俺ってばもっと強くなりたいんだってばよ!」

 

 

 当人+1が此処にいるからに他ならない。

 彼らが来たのは三十分程前の事、店の戸を開けてナルトが元気よく挨拶しながら入ってきたので、俺は読んでいた本に栞を挟んで読書を一時中断した。

 そして顔を上げ彼に一言いらっしゃいと言葉を掛けようとしたのだが、其処にいたのはナルトだけではなく、彼の後ろには油と書かれた額当てをした五十路を過ぎているであろう白髪の男性が一人。

 その男性は軽く店内を見回し、一冊の本を手に取ると俺の前に立っていたナルトの横からその本をそっと差し出した。

 

 

「この本の売れ行きはどうじゃ?」

「ド根性忍伝ですか……やはりイチャイチャシリーズの方が売れ行きはいいですね。

 ド根性忍伝は読んでいて引き込まれるような話なのですが、如何せんアクションやサスペンスは一回読んで満足してしまう方も多く、一時期売りに来る方が結構いましたよ」

「そ、そうか……普通に凹むのぅ」

「ところで貴方は一体どなた様でしょうか?」

「そういえばまだ名乗ってなかったのぅ、儂はその本の作者だ……それで察してくれるか?」

「作者ってことは……自来也様ですか? 貴方様が成した数々の偉業は忍ではない私の耳にも届いておりますよ」

 

 

 木の葉の三忍と一括りで考えれば偉業なんて数えるのが馬鹿らしくなる程あるだろうが、彼個人で成したものも数多く存在している。

 だからこそ彼は木の葉の人々から尊敬され、他里の忍からは畏怖の念を抱かれていた。

 

 

「まぁ色々やってきたからな……だが儂もお主の事を少しは知っている。

 短い間とはいえ綱手の弟の師を務め、幼きシズネの命を救い、ナルトの保護者を務める自称一般人……そして今も綱手と連絡が取れる数少ない人間。

 今日はそんなお主に報告と聞きたい事があって此処に来た」

「俺にですか?」

 

 

 彼が俺の事を知っているのはあり得ない話ではないと分かっていたが、予想していたよりも詳しく俺の事を知っているようで少し驚いた。

 それにしても俺に聞きたい事って言うのはなんだろう?

 報告はナルトに関することだろうけど、聞きたい事もそれ関係かな?

 そんな疑問を抱きつつ自来也の話を聞くと、今回の木の葉崩しが大蛇丸によって引き起こされたものである事や、中忍試験期間中に彼がナルトの師匠になった事……そして近い内に綱手を探す旅に出ると同時にナルトを鍛える為に連れていくらしい。

 そこで冒頭に戻るわけだが、俺としては別段反対する理由もないため躊躇なく首を縦に振った。

 それを見てナルトは喜び、自来也も「そうかそうか」と笑顔で顎を撫でる。

 これで彼らの用件は終わっただろうと思い、俺は再び読書へ戻ろうと読みかけの本を手に取ったのだが、まだ何か話があるらしく彼らは立ち去ろうとしない。

 他の用事に全くと言って良い程心当たりがないために、首を傾げて「他にもお話が?」と今度は此方から尋ねてみた。

 すると彼は少し困った様な顔をして自身の後ろ髪を撫でつけながら、口を開く。

 

 

「今綱手が何処に居るか知っておるか? 儂も恐らく居るであろう場所に幾つか心辺りはあるんだが、確実にここという場所ではないのでな……お主の意見を聞かせてはくれんかの?」

「流石に二人の行く先全てを知っているわけではありませんから、此方もあくまで予想にすぎませんが、恐らく有名な賭場があり温泉宿もある場所が今彼女達がいる場所だと思いますよ。

 先日シズネちゃんの用事に一段落ついて、息抜きしにいくとか言っていましたから」

「アイツの賭博好きも変わってないようだの」

「エロ仙人は風呂を覗くの止めた方が良いってばよ……痛った!?」

「儂のは取材だと言っておるだろうが! 全くコレだからお子様は……ともかく分かった、取りあえず近場の賭場と温泉がある里を回りながらお主の修行をつけていくことにするかのぅ。

 それでは店主、情報感謝する……何か綱手に伝えておく事があれば承るが?」

「いえ、特にありませんから大丈夫です」

「……そうか、ではナルト一楽のラーメンでも食ってから出発するとしようか!」

「やったー!! そうと決まれば先に行ってるってばよ!」

 

 

 そう言って元気良く彼は店から飛び出していった。

 俺は自来也もすぐに一楽へと向かうと思ったのだが、彼はナルトが此処から出て行くのを見送ると俺の方へ振り返る。

 その表情は先程の好々爺然としたものではなく、真剣そのものだったので知らずと俺は息を呑む。

 

 

「あんまりナルトを待たせると五月蝿いだろうから単刀直入に言うぞ?

 お主が大蛇丸の奴からの刺客を退けたことで彼奴のお主に対する対応が苛烈になる可能性がある。

 その歳を取らないという体質は彼奴にとってかなり魅力的だろうからのぅ」

「な、何故その事を……」

「蛇の道は蛇ということだ……儂は蛇は好かんがの。

 別に言い触らす気などないから安心せぃ、そんなことより……お主は先程綱手に伝えることはないと申しておったが、本当に伝えることはないのか?」

「……俺も考えなかったわけではないのです。 カツユにも提案されましたからね。

 ですが今の綱手が大蛇丸と戦う事になるかも知れないと考えるとどうしても伝える気が起きないのです」

「……まだアレが治ってないからか」

 

 

 綱手は未だに血液恐怖症を克服していない。

 時折聞くシズネの話では昔に比べれば少しは良くなっているようだが、それでも血を見れば身体が震え、血に触れれば足に力が入らなくなるらしい。

 そんな弱点を持ったまま戦闘を行うなど自殺行為に等しいだろう。

 

 

「俺の事を伝えて彼女がもし大蛇丸と戦う事になれば奴は必ず弱点を突いてきます。

 そうなれば彼女は一方的に嬲られてしまう……自分の命が掛かっているとはいえ、そのためにあの子を危険に晒すことは俺としても不本意ですから」

「そうか、お主の考えは分かった……綱手には何も伝えない事にする。

 だが彼奴が諦めない限りいつか知られてしまうぞ? その時必ず綱手の奴は怒る……そりゃあもうとんでもない勢いで怒るだろう。

 それでもいいんだな?」

 

 

 そう言った彼の顔色は青く、胸の辺りを擦っている事から恐らく綱手を怒らせて殴られた経験でもあるのだろう。

 木の葉の三忍とも呼ばれる人物が青ざめる程の怒りというものに少し臆病風が吹くが、何とか耐えて首を縦に振る。

 

 

「か、覚悟の上ですよ……たぶん大丈夫……なはず」

「いきなりえらく歯切れが悪くなったのぅ……まぁいい、とりあえず気を付けることだ。

 お主の為にも、アイツの為にもな」

 

 

 そうして彼は今度こそ下駄をカランコロンと鳴らしながら店を出ていった。

 店の中が静寂に包まれ、外から聞こえる里復興を目指す大工達の掛け声が微かに耳に届く。

 平和……今里は一つの困難を乗り越えて以前の平和な日常を取り戻そうと皆が頑張っている。

 そんな中俺は何時来るか分からない襲撃者に警戒しながら、尚かつそれを他者に悟られないようにして生活を送らなければならない……まるで夜に明かりも無しで山道を手を縛られたまま歩くような不安を抱かずにはいられなかった。

 



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第91話 仲間想いの少年

 ナルトが綱手捜索に行ってから数日経った頃、里は相変わらず復興の真っ最中。

 殆ど元通りに戻っているのだが、道や森の整備等は流石に直ぐに終わるものでもなく、色々な人が忙しそうに動き回っている。

 因みに俺の店に付いていた幾つかの戦闘痕は無事に修復されて、すっかり元通りになった。

 ただし人の怪我はそう簡単に治るものではない……この間退院してきたアンコも普通の怪我とは違う所為もあってまだ完治しているとは言いがたいし、中忍試験が始まってからパッタリと現れなくなったヒナタも実は結構大きな怪我をして入院していたと風の噂で聞く。

 何故ヒナタが怪我を負ったことを知るのがこれほど遅れたかというと、日向家が隠蔽していたためであり、その理由としては以前の様に誘拐される危険性を考え、彼女が弱っている今ならば大した抵抗もなく攫うことも出来なくないと危機感を覚え、その情報を拡げることは良くない結果を招くのではないかと考えたからだ。

 中忍試験に参加していた人達にもその件に関してはやんわりと戒厳令が敷かれたとのこと。

 その結果ある程度治った今になって漸くその情報を手に入れることが出来たということだ……まぁだからといって未だ常に誰かが側にいるらしいので見舞いに行けるワケではないのだが。

 あれから特に大蛇丸からの刺客もなく、日々閑古鳥が鳴き気味の店で店番という名の読書をする毎日……だったのだが一通の手紙が来て一つ用事が出来た。

 俺に手紙を送る人などシズネや綱手位だと思っていたのだが、二人はカツユを通じることで手紙など使わずとも此方と連絡が取れるので、彼女達が手紙を送ってくる確率は低い……俺は少し疑問に思いながら手紙の送り主の名前を見ると、そこには予想外の名前が書かれていたのだ。

 

 

「二位ユギト……雲隠れの里で出会ったあの()か」

 

 

 少し前に雲隠れへ行った時に偶々交友を結ぶ事になった女性であるわけだが、何となく彼女は手紙を書くイメージがない。

 それ故に何を書いてきたのか興味を惹き、直ぐに便箋を開けて手紙を取り出した。

 手紙に書いてあったことを簡単に纏めると、近い内に木の葉に行くから子供向けの本を五十冊ほど見繕っておいて欲しいとの事。

 子供向けの本を五十冊というこの店にとっては結構大きな商談になるので、手紙を読み終わった後は少しテンションが上がり、ズボンにお茶を零したりしたが、相手が知り合いである事を考慮してある程度の値引きをすることを前提とした場合あまり利益にならないことに気付き少しだけ熱が冷めた。

 だが利益云々は置いておいて、あの何処かナルトに似た雰囲気を持つ娘に会うことは少なからず楽しみだといえる……少し話をした程度でしかないが若い頃の綱手にも少し似ていた気がしてなんだか懐かしい気分にもなるしね。

 

 

「しかしあの綱手も今や火影最有力候補か……いや前からそうだったけか。

 何にしても時が流れるというのは早いものだ」

「店主」

「んぉっと!? 吃驚した……いつの間に入ってきたんだい?」

「今し方……全く気付かなかったのか?」

 

 

 少し物思いに耽っていて気が抜けていたけれど、人が入ってくるのを見逃す程気を抜いていたつもりはなかったのだが……油目一族の子だけあって影薄めだからか?

 常連の一人でもある男性が初めてこの子を連れてきた時も気付くの遅れたっけ……あの時は小さく「こういう部分も遺伝するものなのだな」と微かに聞こえたのが印象的だった。

 っとそんなことを思い出している場合じゃないか……どことなく不機嫌そうに見える目の前のお客さんをどうにかしないと。

 

 

「おほん、今日は何のご用かな? また虫に関わる本を探しに来たのかい?」

「いや……今日は薬草図鑑の様なものがないか探しに来た」

「薬草毒草図鑑なら、少し値は張るけれど置いているよ」

「ならばそれを売って欲しい」

「いいとも………コレだコレだ、300両になります」

 

 

 俺は本棚から結構な厚みを持つ一冊の図鑑引き抜き、カウンターの上に置く。

 ゆっくり置いたにも関わらずズシンという音と微かに舞う埃。

コレは確りと作られている本の為に中古でも少し値は張るが、買って損は絶対にしない一冊だ。

 事実昔綱手もコレを買っていったことがある位には役に立つ本である……ただし彼女が医療忍者になる前の話だが。

 他にも医療忍者を目指す者や山菜採りが趣味の等が偶に買うのだが、売りに来る人は割と少ないので満足できる内容なのだろう。

 彼は図鑑を手に取りパラパラと軽く目を通すと、満足したかの様に一度首を縦に振るとカウンターの上に代金を置いた。

 その表情を見て、ふと何に使うのか気になり尋ねてみる。

 

 

「任務で使うのかい?」

「いや、そうではない……何故ならコレは班の仲間のために使うからだ」

「それじゃあ誰か怪我でもしたのかな?」

「詳しくは言えないがそれに近い」

「そうですか……そういうことなら」

 

 

 俺はカウンターに置かれたお金を三分の一残して受け取った。

 代金丁度置いたにも関わらずカウンターの上に残る代金を見て彼は不思議そうに俺を見る。

 受け取った代金をレジの中に仕舞い終えると、何故代金300両の内の200両しか受け取らなかったのか理由を聞きたそうにしている彼に俺は答えを教えた。

 

 

「もしそのお仲間さんが入院でもしているのなら、そのお金はお見舞い品を買う足しにすればいい。

 本当なら無料であげれれば良いのだけど……一応商売だからね。

 一度例外を作ってしまうと俺の中の基準が甘くなってしまうからコレで勘弁してくれるかい?」

「いや……助かる。 何故なら今俺は金欠気味だからだ。

 今の俺にとって100両は決して小さな額ではない」

 

 

 そう言って彼は軽く頭を下げると、カウンターの上に残った金銭を財布の中へ戻した……その際に財布の中がチラリと見えたが、申し訳程度の小銭と何かの紙しか入っていなかったので彼が言っていることが嘘ではないのが分かった。

 俺の視線が彼の財布に向かっていることに気付いた彼は素早く財布を仕舞うと、羞恥からか少しだけ頬を紅く染め、「失礼した」と一言残して足早に店を出ていく。

 その姿は何時もの冷静然とした姿からかけ離れており、一瞬反応しかねたが直ぐに口角が上がり、堪えきれない笑いが微かに口から漏れた。

 



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第92話 猫来訪

 復興に終わりが見え始めた頃、他里から三人の客がやって来た。

 一人は前に手紙をもらった相手でもある雲隠れの里の二位ユギト、もう一人は俺が雲隠れの里に行った時に入里管理的なことをしていた男性、最後の一人は見たことの無いパッと見たところクールビューティーっぽい女性……てっきり一人で来ると思っていたのだけど、任務の帰りか何かに寄ったのだろうか?

 よく見ると彼女の服もところどころ解れている様に見えるし、他の二人も少し服に汚れが目立つ。

 まぁそれを知ったところでどうなるわけでもないので、気を取り直しての接客を行う。

 

 

「いらっしゃい二位さんとお連れの方々、遠路遙々よく来てくださいましたね」

「別の意味に聞こえるから二位さんは止めろ……ユギトで良い。

 本瓜も約束どおり元気にしていた様で何よりだよ」

「お蔭様で、っと先ずは手紙に書いてあった……これだこれだ、よいしょっと」

 

 

 後ろの棚に載せていた五十冊の本が入った木箱をカウンターの上に下ろす。

 ユギトは木箱の留め金をクナイで器用に外すと、中に入っていた子供向けの本の検分を開始する。

 ちなみに他の二人はその間店の中で適当に本を見て回っているらしい。

 会った事の無い女性は生活関係の本棚へ、もう一人は俺のことを覚えていたのか一言「ども」っと言って忍者関係の本棚へと向かった。

 見ているとユギトは割りと本を読むスピードが早い様だが、子供向けとはいえ流石に五十冊の検分ともなれば結構な時間が掛かりそうだ。

 唯こうしているのもなんだと思い、茶でも用意しようか立ち上がろうとすると突然目の前に影が差す。

 顔を上げると一冊の本を持った女性が眼前に立っていた。

 

 

「これは幾らかしら? それと木の葉に良い湿布を売っている所を知っているのなら教えてくださいませんか?」

「その本は20両ですね、湿布でしたらこの店を出て右に暫く行くと良いお店がありますけど……肩こり酷いのですか?」

「生活に支障がある程ではありませんが……多少」

 

 

 何故俺がこの人が肩こり持ちだと分かったかというと、単純にこの人が持ってきた本が‘一人でも出来る肩こり解消法’という名前だったからだ。

 まぁ肩こりの原因は一目見れば何となく分かるのだが……やっぱり巨乳って肩こるものなんだな。

 そんなことを考えていると何処からか視線を感じ、振り向いてみるとダルそうな彼が此方を見ており、俺と眼が合うと一度だけゆっくりと頷き、再び本棚に向き直った。

 どうやら彼も彼女の肩こりの原因の一つがあの豊満な胸にあると思っているのだろう。

 綱手も前に肩こりがどうとか言っていたし、シズネがそれを聞いて羨ましそうに胸を見ていた事もあったっけ。

 

 

「俺の知り合いも肩こり持ちだったけれど、あの店の湿布をつけると大分楽になったと聞きましたから、きっと少しは良くなると思います」

「そうですか……それでは後で寄ってみることにします。

 お代の方はこれで良いですか?」

「はい、丁度20両確かに受け取りました……商品をお包みしますか?」

「いえ、帰り道で読みながら戻ろうと思いますのでこのままで結構です。

 ユギトはまだ掛かりそうですか?」

「あと少しって所だね、何だったら先にさっき本瓜が言っていた薬屋だったかに行っていてもいいよ。

 私も終わり次第行くからさ」

「そうですか? ではお言葉に甘えて……ダルイ、貴方はどうしますか?」

 

 

 突然話しかけられた彼は別段慌てることもなく本棚から離れ、此方へ歩いてくる。

 その手に本を一冊も持っていない所を見るに、彼のお眼鏡に掛かるものはなかったようだ。

 

 

「俺はサムイさんと行きますよ。 ユギトさんと店主知り合いらしいですし、滅多に会えないなら話す事もあるでしょうしね」

「そう……じゃあユギト、私たちは先に店を出るわ。

 それでは店主、また縁があれば会いましょう」

「お買い上げありがとうございました~」

 

 

 二人が出て行った後もユギトは黙々と本の検分を続けている。

 残る本は残り一割程度しかなく、じきにその作業は終わるだろう。

 俺は今度こそお茶を出すために台所へ行き、用意を終えて戻ってくると丁度彼女が最後の一冊を見終える所だった。

 見終えた本を箱へと戻した彼女に俺は「お疲れ様」と一言言って湯飲みを渡す。

 

 

「どうだった? 気に入らないのがあれば別の本を見繕うけど……」

「少し絵本の比重が多い気がするけど、問題という程じゃないからこのままで良いよ。

 突然だった割によく揃えてくれたわね、また本が入用になったらまた頼むわ」

「いやぁ手紙を受け取った時は驚いたよ。

 それに近い内っていうのが何時か分からなかったから急いで用意したのはいいものの、子供向けの本って言われて思い浮かぶのは絵本ぐらいしかなかったから最初は絵本だけだったのだけれど、よく考えてみれば動物図鑑等の中にも子供向けの物があったと思い出してね……これでも絵本の量は減らした方なんだよ?」

「こっちも明確な日程が決まっていなかったから明言できなかったんだよ……でも気揉みさせて悪かったね。 お代は幾ら?」

「図鑑がちょっと値が張るけど、800両で良いよ。

 ところで木の葉にはどの位滞在する予定なんだい?」

「妥当なところか……お代はこれで、送り先は雲隠れ孤児院でお願い。

 一泊と言いたいところだけどサムイの用事が終わり次第雲隠れに戻るよ。

 任務の報告もあるし、子供達の事をあんまり放っておくのもね」

「はい、確かに……じゃああまり引き留めるのも良くないか。

 あ、そうだ! 少し待っていてくれるかい?」

 

 

 俺は急ぎ台所へと向かい、棚の中から30cm程の袋を引っ張り出して来ると、それを彼女へと手渡した。

 本当はカツユとお茶する時の茶請けにする予定だった物だけど、ユギトは滅多に会える相手じゃないし、今回は彼女を優先する……それにお茶請けはまだ幾つかあるしね。

 

 

「これは?」

「帰りの道中お仲間さんと摘むといい、確か牛乳好きだっただろう?」

 

 

 渡した袋の中身は沢山のミルクキャンディ。

 彼女は袋口を少し開けて香った甘いミルクの香りで中身が分かったらしく、切れ長の目を嬉しそうに曲げて、飴玉が零れないように固く袋を閉じた。

 

 

「有り難く貰っておくよ……それじゃそろそろ行くけど、もし今度雲隠れに来る事があったら孤児院にも寄りなよ?

 子供達と一緒に歓迎してあげるから」

「それは楽しみだね、その時は宜しく頼むよ」

 

 

 俺がそう言うと彼女は満足げに頷いてから店を出ていく。

 彼女が店を出てから直ぐに本を詰めた箱を再び密封し、宛先を書いた紙を箱に貼り付けて運び屋の元へとそれを持って行った。

 雲隠れに行く時の楽しみが一つ増えたな……何時になるか分からないけど忘れないようにしよう。

 



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第93話 少女の決意

「最近綱手様が私を呼び出す回数が少なくなった気がするのですが、どう思いますヨミトさん」

「それだけ平和という事で良いじゃないか、きっと何処かで賭博に熱中しているのだと思うよ」

「それもそうですね」

 

 

 偶に開く一人と一匹のお茶会、その話題は基本的に俺の訓練内容か綱手とシズネについてだ。

 ただ最近だと一番多い話題は襲撃者が来た場合の対処法についてだったりするのだが、肝心の襲撃者が一向に現れる気配が無いので、話題には上がるがその時間は徐々に短くなってきている。

 今日も気付けば話が綱手の近況に移っている事からそれは明らかだ……この中だるみの所を襲撃されたらと考えると少し背筋が寒くなるが、ずっと気を張っていると襲われるよりも先に参ってしまいそうなので適度に気を抜くのは必要な事なのだ。

 だから俺はカウンターの上で茶菓子を食べるカツユを愛でながら、茶飲み話に興じている……これは暇だからとかでは決してないのだ。

 少し元気を取り戻したカツユにお菓子のお代わりを貢ぎながら、精神的安息を充実させていると突然店の戸がスパンと勢いよく開けられた。

 

 

「今度の休日……っていうか明日、久しぶりに訓練付き合って欲しいんだけど予定開いてる?」

 

 

 久しぶりに店にやって来たアンコの第一声がそれだった。

 入院していた頃は何時も暇だとか愚痴っていたけど、元気を取り戻した途端これか……治りかけが一番危ないっていうのをこの子は知らないのだろうか?

 

 

「空いてはいるけど、そもそもまだ安静にしておいた方がいいんじゃないかい?」

「もう大丈夫よ! チャクラを練っても問題無い位なんだからリハビリがてらの訓練だってしてもいいでしょ!」

「ゴウマさんは許可してくれているのかな?」

「……一応ね、無理をしないようにかなり念を押されたし、ヨミトか医療忍者が見ている事が前提だったけど」

「何故其処までして訓練を?」

「カツユ様!? ちょっとヨミト、カツユ様が居たんだったら早く教えてよ!」

「いや目の前に居ただろうに……どれだけ視野が狭くなっていたんだ君は」

 

 

 アンコも今まで何度かカツユと会った事があるのだが、その度畏まった物言いになったり、背筋を正したりする。

 一度その理由を尋ねた時に帰ってきた答えは「だってマンダとタメ張れるのよ?」とのこと。

 確かにそう考えれば危険極まりない生物のように感じるが、カツユは気性が穏やかだから大丈夫だと説明したのだが、マンダの事を引き合いに出してきて一歩も引こうとしなかった……これでも少しは改善されたというのだから、彼女がマンダにどんな事をされたのか少し気になるが、聞くと凄い顔で睨まれるから未だ真相は謎のまま。

 アンコは少し動揺していたので一度深呼吸を挟んでからカツユの問いに答えた。

 

 

「えっとですね、もしかするとヨミトから聞いているかも知れませんけど、私の入院していた理由って大蛇丸に返り討ちにされたからなんです……ですから今度はそうならないように、もっと強くならないといけないと思いまして」

「そうだったのですか……ですが無理はいけません。 ましてや以前聞いた訓練内容から考えるに実戦形式なのですよね。

 少なくとも病み上がりにするものとしては不適切です」

「カツユの言うとおりだよ? リハビリがてらにやる訓練なら衰えた筋力や体力を取り戻すところから始めないと、また動けなくなっても困るだろう?」

「大丈夫だって! 何も私だっていつも通りの訓練をしようって言っているわけじゃないからさ」

「いつもとは違う訓練? 俺が言ったような文字通りのリハビリに近いものって事かい?」

「惜しいけど違うんだなぁこれが、それはぁ……「お邪魔します」もう! 良いところで誰よ!?」

「ご、ごめんなさい……」

「お客さんに怒鳴らないでくれよ、これ以上お客さんが減ったらホントに困るんだから。

 すみませんねお客さん、それで本日の御用は……ってヒナタちゃんじゃないか。

 久しぶりだね、怪我の方は大丈夫なのかい?」

「え、あの……はい」

 

 

 そう返事はしたものの店に来た彼女の身体の所々には未だに包帯が巻かれており、完治したとは言い切れない格好だ。

 どうしてこうじっくり身体を休めるという事を知らない子ばかりなのだろうか?

 取りあえずはヒナタが何をしに店に来たのか聞こうと思った矢先、アンコが「あぁ!」っと彼女を指差しながら大きな声を上げた。

 

 

「アンタ中忍試験受けてた日向宗家の子でしょ!!」

「はい、お久しぶりです、みたらしアンコ特別上忍」

「そんな長ったらしく敬称付けて呼ばれると寒気がするから止めてくんない? 普通にアンコさんとかで良いから。

 でアンタは此処に何しに来たの?」

「私は……な、ナルト君が今どこに居るのかなって……」

「ナルトって言うと、ヨミトが保護者してるっていう九尾の子か……中忍試験の時に軽くちょっかい掛けたら面白い反応してたわねあの子。

 私ああいう跳ねっ返りを躾けるの好きなのよね……あ、そう言えばあの子に訓練付ける時は呼んでって言ったのに何時になったら呼んでくれるのよ!」

「いや、そもそもアンコちゃんはつい最近まで入院してたじゃないか……それにあの子は今正式な師匠がいるから今後俺と訓練する事は殆ど無くなると思うよ?」

「あんな手の掛かりそうな子を弟子にするなんて中々の物好きね。 一体誰なの?」

「自来也様だよ、因みにヒナタちゃんが聞こうとしたナルト君の居場所はあの方と一緒に里の外に出かけたこと位しか俺は知らないかな」

 

 

 綱手を探しに行ったと言っても良いんだけど、別に目的に関して話す必要も感じなかったので、何処に行ったのか詳しくは知らないという事だけを伝える事にした。

 だがそんな短い回答にも関わらず二人にとっては想定外の情報が含まれていたらしく、目に見えて驚いているのが分かる。

 

 

「え、聞き間違いよね? 今自来也様って聞こえたんだけど……」

「ナルト君凄い……でも今里に居ないんだ……」

「別に聞き間違えじゃないさ、中忍試験の最終試験の時にはもう軽く師事していたみたいだよ?」

「あの子は幸運なんだか不幸なんだか分かんないわね、でもまぁそういう事ならさっきの話は諦めるけど、休日の件は諦めないわよ?」

「いや結局どんな訓練するのか聞いてないから答えようが無いのだけど……」

「そういえばそうだったわね、もう簡単に言っちゃえばチャクラでの強化抜きの体術だけを鍛える事を目標としたものね」

「あぁそれならアンコちゃんのアレも疼かないか……考えたね」

「という事はOKで良いのね? それじゃあ次の休日に第28演習場貸し切っておくから昼前集合という事で」

「あ、あの!!」

 

 

 約束を取り付けて用事が済んだアンコは俺と半分空気と化して茶菓子を摘んでいたカツユへ手を振って店を出ようとしたのだが、それを呼び止める形でヒナタが口を挟んだ。

 またも出鼻を挫かれる羽目になったアンコは微妙に不機嫌になり、面倒臭そうに振り返る。

 

 

「何? 私はもう家に帰って団子でも食べたいんだけど」

「わた、私もその……訓練に参加させてください!」

「は? いや日向なんだから私たちの訓練に参加するよりも家で修行した方が上達するんじゃないの?」

「もちろん家でも訓練はします。 でもそれだけじゃ足りない……私はもっと強くなりたいんです!  そのために出来る事を出来る限りしておきたいんです! お願いします!」

 

 

 そう言って深く頭を下げる彼女を見て、アンコは何か感じるものがあったのか不機嫌そうな顔から一転、真剣な顔で彼女に覚悟を問う。

 

 

「純粋な体術の訓練……それも特別上忍である私の個人的な訓練に参加するという事がどういう事か分かっているの?」

「はい、覚悟はあります」

「今までどんな訓練をしていたのかは知らないけれど、少なくとも下忍には荷が重いものになるのは確実……それでも参加する?」

「はい!」

「そう……なら次の休日にアンタも来なさい。 ヨミトもそれで良いわね?」

「気が進まないのだけれども……どうせ断っても家に押しかけてくるんだろう?」

「分かってるじゃない……迷惑掛けてるのは分かってるけど、私も切羽詰まってて形振り構っていられないから。

 落ち着いたらご飯でも奢るからそれまでは付き合って」

「まぁゴウマさんから頼まれているのもあるから別にいいさ、ただ俺も俺で切羽詰まっているからそんなに長い間は付き合えないよ?」

「それで十分よ……ありがとうヨミト」

 

 

 今度こそアンコが店を去ると、ヒナタも一礼して店を後にした。

 残ったのは溜息を吐く俺と何個目か分からない茶菓子を食べるカツユだけ。

 俺は顎をカウンターにくっつけ完全に脱力しながら、放置気味だったカツユに話しかける。

 

 

「饅頭美味しい?」

「美味しいですが、気まずかったです」

「上手い事言うね……今日の夕食は気合い入れて作るからそれで許してくれないかい?」

「……デザートも付けてくれますか?」

「勿論とっておきを出すよ」

「それは楽しみです」

 

 

 あぁ和む、もう俺蛞蝓になりたい……蛞蝓になってカツユとのんびり暮らしたい。

 蝦蟇の里があるのは風の噂で聞いたけど、蛞蝓の里とかもあるんだろうか?

 色々と片づいたらカツユに連れていってくれないか頼んでみよう……。

 



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第94話 柔拳体験

 (あく)る日の演習場にて十数分の戦いを行った結果両腕を極められ、首筋にクナイを押しつけられた俺は素直に負けを認めた。

 それなりに長い間鍛えてきた俺を多少苦戦したとはいえ、まだ三十にも満たない歳の女性がこうも綺麗に無力化するなんて……やはりこの子も三忍の弟子だけはあるな。

 俺の降参の合図で拘束とクナイを外し、額に浮いた汗を拭いながら彼女は俺に手を差し伸べる。

 

 

「よいしょっと、やっぱり相手が居ると良い訓練になるわね! 影分身が直ぐに消えちゃうのが偶に傷だけど」

「俺はチャクラが多い方じゃないからね、影分身に送れるチャクラも限られるんだよ」

「分かってるって……とりあえず私の方は今の試合で気になった部分が幾つかあったから、それをどうにかするためにちょっと一人で訓練するわ。

 だからそっちの子との訓練に入って良いわよ?」

 

 

 そう言い残して、アンコは大した疲れを感じさせない歩調でスタスタと演習場にある森の中へ姿を消した。

 残されたのはあまりチャクラが残っていない俺と準備万端の日向ヒナタ。

 俺が先程の組み手でついた土埃などを払っていると、ヒナタが此方を不思議そうに見ていた。

 

 

変化(それ)……解かないんですか?」

「何時誰に見られるか分からないから、出来る限りの対処はしておかないとね。

 大丈夫、後一戦位なら全力に近い形で動き回れるよ」

「それを聞いて安心しました……では私も全力でいきます!」

 

 

 彼女の構えは白眼を持つ日向一族にしか真価を発揮できない柔拳のものなのだろう。

 少し膝を曲げ、片手を突き出すような構え。

 木の葉において体術と言えば木の葉流体術と呼ばれるものと、日向の柔拳が二分している。

 前者は秘伝などを除いた情報について調べようと思えばなんとでもなるのだが、後者は日向家の人間しか学ぶ事を許されず、尚かつ才能無き者には技が賜られる事が無いと聞く。

 俺が知っている柔拳の情報と言えば、柔拳を修めた者の打撃は相対した相手の経絡系を突く事でチャクラの流れを乱し、才有る者であれば相手のチャクラを完全に封ずる事すら可能ということ位だ。

 この子が今どの程度の腕前なのかは知らないが、極力攻撃は避ける方向でいった方が良いだろう。

 

 

 先手は彼女、殆ど我流に近い俺のにわか格闘技なんぞではカウンターを食らうのが関の山、ましてや今回の訓練は体術オンリー……いつものチャクラ糸を使えない今の俺にとって下手をすれば先程のアンコよりも厄介な相手かも知れない。

 上半身をあまり上下させない歩法はすり足という武道によく使われる物によく似ており、距離感が図りにくいのだが図れないわけではない。

 彼女の一撃目は前に出している左手指先での刺突。

 それを手首を叩くようにして狙いを外し、少し上半身がブレたところで右足を彼女の右膝の裏側へと持っていこうとしたが、逸らした手とは逆の手が俺の右肩の辺りを狙っているのが視界に映り、急遽足払いを取り止めて左手の掌底で追撃を弾く。

 このままだと一方的に攻撃され続けると思った俺は足払いの為に踏み出した足を更に一歩前に進めて、肩で体当たりをする事で彼女を吹き飛ばす。

 彼女は咄嗟に軽く後ろに跳んだのか想定以上の勢いで後方へ下がった。

 少し誘われている気がして警戒心が湧いたが、空中で制動がし難い今の状況であれば反撃は難しいだろうと思い、追撃を敢行する。

 

 

 未だ空中に居る彼女へ向かって俺も跳び、前方宙返りの要領で一回転してからその勢いのまま踵落としを放つ。

 自分でも中々の攻撃スピードだと思うその一撃が当たれば大きな怪我はしないまでも、それなりのダメージは負う。

 これで今回の訓練は一段落かなと捕らぬ狸の皮算用的な思考を持ちながら、あと少しで彼女に当たるであろう自らの脚を目で追っていると、その脚に彼女の手が伸びてきているのが目に入った。

 空中での制動が取りにくいのは俺も同じ、心持ち脚に込める力を増やしてスピードを上げるが、彼女は俺の蹴り脚を掴み、その勢いを利用して俺が跳んだ方向とは逆の方向へと飛んだ。

 流石にこの状況から追撃を行うのは厳しいと考え、一端樹に着地してから地面に下りると自分の身体に違和感がある事に気付いた。

 

 

「蹴り脚に力が入らない……まさか俺の足を掴んだ時に点穴を?」

「組み手が終わり次第治しますから……安心してください」

「これが柔拳か……これは思っていた以上に厄介だね。

 完全に動かせないわけじゃないが、大分動きにくい」

 

 

 膝から下の反応が明らかに鈍い、それに力を込めようとしても力がまるで風船から漏れ出る空気の様に抜けてしまう。

 片足が無事だから立っていられるが、戦闘で使えるかと聞かれれば難しいと答えざる得ない。

 これで一気に俺の方が不利になったわけだが、彼女は油断することなく再び構える。

 

 

「本瓜さんの戦闘能力は先程のアンコさんとの訓練で見ていました……だからこそ気は抜きません」

「ふぅ、俺としては慢心してくれた方が楽なんだけど……そうもいかないか。

 OK闘い方を変えるとしようか」

 

 

 俺は力の入りにくい脚を後ろに少し下げ、先程よりも重心を下に置き、両手の指先を軽く曲げた状態で構える。

 構えが大きく変わったわけではないが、先程よりは攻め寄りの構えに変わった事でヒナタは何か感じ取ったらしく、少しだけ眉を顰めた。

 しかし直ぐに気を取り直した彼女は俺の数メートル先で先程と同じ構えをとり、これまた先程と狙う部位以外同じ指での刺突。

 ただ俺の対応は先程とは違う……彼女の突きの速度は既に見ているのだ。

 確かに彼女の攻撃は早くて隙も少ないが、アポピスの化身の剣速に比べれば一段落ちる。

 俺は目を凝らしてタイミングを計ると、突きを放った左手首を右手で掴み自分の方へと引っ張って体勢を崩そうとした。

 だが彼女のバランス感覚は非常に優れており、体勢を崩すどころか俺の掴んでいる手目掛けて無事な右手で刺突を繰り出す。

 その手を先程と同じ要領で捕まえ、そのまま少し強引に背中に背負うと足下の地面に向けて投げつける。

 両腕を使えない状態故に受け身も取れず、背中から地面に落ちた彼女は強制的に肺の空気を吐き出す事になった。

 そして意趣返しとばかりに彼女の両手を片手で押さえ、空いた片手で首筋に手刀を添えて投了を告げる。

 

 

「コレで詰みかな?」

「参り……ケホッ……ました」

「ふぅ、ギリギリだったよ。 君の動きがもう少し速かったら負けていたのは俺の方だったかも知れない」

 

 

 組み手が終了したので彼女の両手から手を離し、上半身を起こして背中を擦ると一分もしない内に息が整ってくる。

 完全に呼吸が整うと彼女は俺の脚に触れて、数カ所に指を押し込み、その結果俺の脚の違和感はほぼ完全に消え去った。

 

 

「これで治った……と思います」

「ありがとう……うん大丈夫みたいだ。 さてと後はアンコちゃんが無茶しないように監視してから家に帰るだけなんだけど……ヒナタちゃんはどうする?」

「私ももう少し訓練していこうと思います」

「そっか、あんまり無茶な事はしないようにね。 それじゃあまた……」

「あの……今日はありがとうございました!」

 

 

 頭を下げる彼女に軽く手を振りながら、少し遠くから聞こえる打撃音を頼りにアンコの居場所を特定し、現場へ行くと現場は思いの外荒れており、明らかに自身が病み上がりである事を忘れきっている様なので、一度思い切り手を叩いて音を出す事で気を惹き、その隙にアンコが持っていたクナイを奪い取って強制的に訓練を中止させた。

 この後無茶したアンコにはもれなく俺とゴウマからのお説教があったのだが、それは此処で語る事でもないので省略する……罰としてゴウマに団子を没収されたアンコは中々に絶望感に溢れており、その顔を見て俺の中に嗜虐心が微かに湧いたのは俺だけの秘密。

 




前回の更新時に来た感想がカツユ一色で笑ったよ
原作でももっと彼女の出番が増えるといいなぁ
でもその反面評価下がってるって言う……ハハッもう笑うしかないな!

林檎雨由利が作中で出せそうもないから外伝書き始めた今日この頃……本編のプロット考えたくてもまだコミックで明かされてない部分が困る
其処さえどうにか出来れば最終回までの道程も何とかなりそう
あのトビの面つけた奴誰だ……カグヤの関係者なのか?


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第95話 転機

 最近色々と忙しく、一緒に飲みに行く機会が無かったイルカが久しぶりに店へとやってきた。

 少し疲労している様に見えるが、それ以外は特に変わったところもなく少し安心する。

 

 

「お久しぶりです、お元気そうですね」

「そう言う君は少し疲れている様だけど、何かあったのかい?」

「アカデミーの生徒達の元気が有り余っていまして……それに今日あの御方が帰ってくるという噂を 何処からか聞きつけて、武勇伝やら伝説やらを強請られ続けましたから」

「あ~……そういえば今日だったね、ってことはナルト君も?」

「そうみたいです」

 

 

 そう言ったイルカの表情は嬉しそうで、先程まで見て取れた疲労も何処かに行ってしまったように見える。

 彼にとってナルトは元生徒というだけの存在ではない。

 過去においてイルカは両親の敵である九尾を内に封印されたナルトに対して良い感情を持っていなかった。

 しかしナルトが九尾というワケではないと割り切ってからは、よく目をかけるようになり、ナルトもイルカの事を信頼するようになっていった……その結果悪戯の回数も増える事になって何とも微妙な表情を浮かべていたが。

 今のイルカはナルトを手の掛かる弟の様に思っているから、あの子が帰ってくる事が楽しみなのだろう。

 

 

「話に聞いた限り自来也様と共に五代目火影として推薦されている綱手様を迎えに行ったという話でしたから、きっとナルトは得難い経験を積んで帰ってくるはず。

 ナルトが目指す火影への道程に少なからぬ影響を与えるでしょう」

「自来也様に修行をつけてもらっていたみたいだから、忍としての能力も上がっているんじゃないかな?」

「ますます楽しみになってきましたよ」

 

 

 握り拳を作り、笑顔で俺にそう言うイルカに同意をすると、突然店の扉が勢いよく開けられ、店内に誰かが入ってきた。

 その人物は今し方話題に上がっていた人物……

 

 

「只今うずまきナルト、木の葉に帰還だってばよ!!」

「おかえり、丁度今ナルト君の事を話していたところだよ」

「あ~!! イルカ先生もいるじゃん!」

「元気そうで何よりだナルト、自来也様は一緒じゃないのか?」

「エロ仙人なら綱手の婆ちゃんを連れて、どっかに行っちまった」

 

 

 少しふて腐れてそう言ったナルトだったが、直ぐに笑顔に戻って俺達に旅でどんな事が起こったか話し始める。

 自来也に超高等忍術螺旋丸を伝授して貰った事、綱手が指一本で地面を割った事、綱手を狙う大蛇丸と戦った事、その際に大蛇丸の部下カブトを螺旋丸で倒した事……そして綱手から一つのネックレスをもらった事。

 

 

「コレがその時婆ちゃんに貰った首飾りだってばよ!」

「それは……そうか、綱手がそれをナルト君に……ナルト君、それ大事にするんだよ?

 綱手がそれを君に託したという事は君に可能性を感じたのだろう。

 あの子にとってその首飾りを人に渡す事は、かなり決意が要る事だっただろうから」

「……なんかよく分かんないけど分かったってばよ」

 

 

 ナルトが綱手から譲り受けた首飾りは今は亡きダンと縄樹がしていた物だ。

 綱手にとって千手一族の家宝であり、それと同時に自分以外の身につけた二人が亡くなった曰く付きの首飾り。

 もう二度と誰かに渡す事はないと昔言っていた代物である。

 それを渡したという事は、ナルトならばそのジンクスを跳ね返す程の力を持ち合わせていると思ったのだろう……腕力や精神力ではなく、運命を切り開く力を持っているのだと。

 俺は縄樹とダンに心の中でこの子の事を守ってやってくれと頼み込む。

 ナルトとイルカは俺が真剣な表情で首飾りを見ていることを訝しんだが、イルカが気を取り直して一つの提案をした事で空気が変わった。

 

 

「久しぶりに一楽でも喰いに行くか?」

「やった! それってばイルカ先生の奢り?」

「まぁ色々と活躍したみたいだからな……何でも頼め、今日は幾らでも奢ってやるさ」

「おぉ!! イルカ先生太っ腹だってばよ!」

「ヨミトさんも一緒にどうですか?」

「折角だからお呼ばれしよ「すいませんヨミトさんいますか?」……シズネちゃんかい?」

 

 

 彼らに誘われるまま一楽へ行こうとした矢先に懐かしい顔が店にやってきた。

 シズネと直接会うのは久しぶりで、また一段と大人っぽくなった彼女に年月を感じつつも、一先ず店先で話し込むのもどうかと思い、取りあえず店内へと案内する。

 

 

「シズネの姉ちゃん? おっちゃんに何か用なのか?」

「そうなりますね……久しぶりに会って私としてもヨミトさんと色々話したい事がありますが、一先ず用件を先にお伝えいたします。

 ヨミトさん、綱手様がお呼びですので今から火影邸の方へ向かってください」

「今からか……ナルト君、俺は一緒に一楽へ行けそうにないな、誘って貰って悪いけれど二人で満喫してきてくれるかい?

 一楽の店主もナルト君が顔を出せば喜ぶだろうし」

「う~ん……分かったってばよ、でも早く終わったらおっちゃんも一楽に来るんだろ?」

「それは難しいかも知れませんね、少し長引きそうな話ですから」

「そっかぁ、じゃあ今度来る時は一緒に一楽行こうな!」

 

 

 シズネと面識のないイルカは少し戸惑いつつも、俺と彼女に一礼するとナルトと一楽へ向かい始めた。

 その腕白な弟に引っ張られる兄のような後ろ姿を少し眺めていると、シズネが俺の肩を軽く叩き、綱手の元へ向かう様に催促してくる。

 俺はそれに店の戸に鍵を掛けて、看板を閉店に変える事で答え、彼女に連れられてそのまま火影邸へ辿り着いた。

 十年ぶり位に訪れる火影の執務室、別段大きく変わったところもなく、特に周囲を見回してもめぼしい物はない。

 シズネが「此処です」と立ち止まり戸をノックする。

 

 

「シズネです、ヨミトさんをお連れしました」

「うむ、入れ」

 

 

 眼前の扉が開くと正面に綱手が座っており、彼女の手には判のような物が握られ、書類を右から左に流しながら判を押していた。

 シズネは扉を閉めて直ぐに綱手の斜め後ろに立ち、足下に居たトントンを抱きかかえながら此方を見ている。

 俺は話しかけるタイミングを逃し、それから暫く綱手の仕事っぷりを見る事に。

 そして十分程が経過して、漸く机に乗っている書類が大凡無くなると思い出したかのように綱手が此方に顔を向けた。

 

 

「久しぶりだなヨミト」

「久しぶり綱手……いや五代目火影様って呼んだ方が良いかな?」

「いつも通りでかまわんさ、今此処には私とシズネしか居ないしな」

 

 

 見回したところ確かに他に人影はないし、特に隠れている気配もない。

 恐らく本当に此処には現在俺とシズネと綱手の三人しかいないのだろう(ただしトントンは除く)。

 だが態々人払いして俺に話したい事が想像できず、このまま時間を無駄にするのもなんだと思い、直接聞いてみる事にした。

 

 

「今日は一体何の用で俺を呼び出したんだい?」

「少し頼み事があってな……ヨミト、私をシズネと共に支えてくれないか?」

「え? それは一体どういう意味で……というか突然すぎないかい?」

「私は火影になったが仕事が多すぎて全てには手が回らない、そこでお前の手が借りたい」

「でもそれなら俺よりももっと能力的に優れた人は沢山いるはずだけど……そもそも俺は忍じゃないし」

「確かにヨミトの言う事も一理ある……しかし大事なのは能力だけじゃない。

 信頼できる相手かどうかが重要だ。 引き受けてくれないか?」

 

 

 そう綱手に頼まれた俺の答えは……………

 



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第96話 支え

 俺は首を横に振った。

 迷う理由なんて殆ど無いに等しい提案だ……長年浅からぬ付き合いがあるから綱手の頼みは聞いて上げたいとは思うが、今回の頼み事は俺の許容できる範囲を超えている。

 

 

「残念だけど断るよ……俺には荷が重い」

「理由を聞こうじゃないか」

「そのままの意味なんだけど、敢えて言うのなら忍者でもない俺が火影の側近というのはおかしい」

「それは理由にならないな、暗部の中には平時において忍ではない者も少なからずいる」

「……機密書類を扱う所に民間人を入れてはいけないだろう?」

「機密書類に関しては暗号で書かれているからヨミトには読めないだろう。

 そもそも機密書類は暗号解析部に回され、直接火影である私に回される。

 故にそれも大した問題ではない」

 

 

 俺の挙げる問題点に間髪入れず答える綱手に若干ウンザリする。

 別に俺でなくても良いはずだ、綱手に心酔している女の忍者(くのいち)は未だこの里に多く居るし、綱手の同世代の忍達も戦争でかなり数が減っているが居ないわけではない。

 嫌がる俺をそのポストに置かなくても、そこに相応しい能力と人格を持った人材は居る。

 それなのに何故其処まで俺をそのポジションに置こうとする?

 

 

「はぁ……こうなったら言うけど、俺は君たちに隠し事がある。

 それもかなり大きな隠し事だ……今まで付き合ってきた関係すらぶち壊しかねない程のね。

 そんな相手を身近に置く事は推奨しないよ」

「隠し事か……それなら問題無いな」

「は? それは一体どういう意味かな?」

「すぐに分かるさ……口寄せの術」

 

 

 突然呼び出されたカツユは、木の実のような物を咥えているところから見るに食事中だったらしい。

 慌ててそれを飲み込むとコホンと一つ咳をして綱手の方を向いた……少し空気が和んだ気がする。

 まぁそれも一時的なものに過ぎなかったが。

 

 

「ヨミト……お前が隠していたという秘密はカツユから聞いている。

 体質、能力、それらの所為で大蛇丸に狙われている事もだ」

「……どういう事かなカツユ?」

「………聞かれたら答えても良いと言っておられましたので」

 

 

 確かに以前そう言ったのは事実だが、それは不老に関する事だけだ。

 その事をカツユも分かっているのだろう……此方を向かない上に汗代わりの粘液がダラダラと机に垂れている。

 普段であればこれだけ困っているのなら許すのだが、今回ばかりは事と次第によっては契約解除も念頭に入れなければならない。

 そう若干俺にとって悲壮な決意をしていると、この部屋に入ってから口を開かなかったシズネが言葉を紡ぐ。

 

 

「あまりカツユ様を責めないで上げてください。 最初はカツユ様もヨミトさんの体質の事以外話す気は無かったんです……ですがその時の綱手様は酷く酔っていらして、塩を片手に他に隠し事は無いのかと詰め寄って尋問紛いの事を……。

 一度隙を見て口寄せを解除して逃げたんですが、再度口寄せで呼び出され今度はガッチリとその身体を掴まれた上にチャクラまで乱され逃げ道を塞がれて、あげくあんな「シズネェ?」あひぃ!?」

「コホン、まぁ少し誇張された部分があったが、大凡シズネが言ったとおりだ。

 無理矢理聞き出したに近い事をした……責められるべきは私であってカツユじゃない。

 この事に関しては申し訳なく思っているが、コレで断る理由はないだろう?

 それに私の近くに居れば大蛇丸に狙われてもどうにかしてやる事ができるぞ?」

「色々と言いたい事はありますけど……」

 

 

 正直怒っていないわけじゃない。

 俺にとって秘匿しておきたい情報を話してしまったカツユも、酔っていたとはいえ無理矢理聞き出した綱手にも思うところはある……だが以前とは状況が違う。

 既に最も警戒していた大蛇丸に俺の情報は流れ、目を付けられてしまっているのだ。

 今まで通りの暮らしが出来ない事なんて分かっていた……その事への未練と憤りが今の怒りの元凶。

 彼女達に感じる怒りの念も実のところ、その八つ当たりに近いものに過ぎない。

 カツユだってもしコレが敵に尋問されたのだとしたら分体を犠牲にしてでも話さなかっただろうし、俺は綱手の酔った時がどれ程質が悪いかだって知っている。

 そもそも綱手は俺を身近に置く事で守ろうとしてくれているんだから、怒る気も失せるというもの。

 だからこそ今俺は怒り顔ではなく苦笑しているのだろう。

 

 

「まだ断る理由を挙げようと思えば幾つか思いつくけど、それに対して綱手が何て言うかも大凡見当が付くよ」

「……引き受けてくれるのかヨミト?」

「シズネちゃんの雑用位ならね……でも敵地潜入とか誰かの護衛任務とかは勘弁してくれるかい?」

「元からそういうのはヨミトに期待していない。

 あくまで手伝いの感覚で良い……ただ此処で働く時は変化を解け。

 此処には日向一族もよく来るからな、面倒な事になる」

「それもそうだね……でその手に持っている面は何かな?」

 

 

 綱手が執務机から取り出したのは微妙に大きさの違う何枚かの面。

 どれも簡素な作りをしており、何かの動物を摸しているように見える……というか暗部が着けている面だった。

 

 

「お前が着ける面だ……取りあえず変化を解け。

 丁度良いのを渡す」

「俺は暗部という扱いになるのかい?」

「私直属のな……ただし他の暗部と仕事を共にする事はないから暗部もどきと言うところだろう。

 ほら分かったならサッサと変化を解け」

「そうですよ、早くヨミトさんがどれだけ逆に鯖を読んでいたのか確かめさせてください!」

 

 

 何故か少し苛立っている綱手と、興味津々のシズネに急かされて初めて人前(カツユは除く)で自分から変化を解いた。

 白煙と共に俺の変化が解け、老齢から一気に二十代前半の見た目へと戻り、歳に合わせて縮めた身長から元の身長に戻ったために視線が高くなる。

 

 

「不老とは聞いていたが……私と初めて会った時と変わらないじゃないか」

「わ、若いですね。 下手すると今の私より若々しいんじゃ……」

「いやそこまでじゃないよ、それにシズネちゃんは十代後半でも通じる位若々しいじゃないか」

「そ、そうですか!? えへへ……なんかその姿のヨミトさんにそう言われると少し気恥ずかしいです。

 なんか照れちゃいますね綱手様!」

「アァン? 今私に話を振っているのかい?」

 

 

 額に青筋を浮かべ、シズネを睨み付けるその表情は正に悪鬼羅刹のごとき修羅の形相。

 それを正面から見たシズネは顔を真っ青に染めながら、小さく「あひぃ」と言ってブルリと震えた。

 コレは不味いと空気で感じた俺はこの状況を打開するべく言葉を紡ぐ。

 

 

「綱手も三十年前から変わらず、若々しいまま……俺の様な体質を持っている人は意外と多いのかもしれないね」

「ハッ……お世辞を言われたって嬉しかないよ。

 ほらこの面が丁度合うだろう。 今度此処に来る時はそれを着けて来な」

 

 

 そう言うとクルリと椅子を半回転させ、背中を向けて用は済んだとばかりに手を振る。

 声や台詞はぶっきらぼうに感じられるが、綱手の頬は微かに紅く染まり、それを見た俺とシズネは目を見合わせて自然と笑顔が浮かんだ。

 



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第97話 奪還作戦開始

 俺が初めて呼び出されたのは何の変哲もない平日の事だった。

 カツユを経由して用意ができ次第執務室へ来るようにとの伝令を受けた俺は、店に臨時休業の看板を下げ、急ぎ用意を済ませて目的地へと向かう。

 部屋の前に着き、軽く服装の乱れなどを直すと扉をノックして中へと入る。

 それまで俺は何の為に呼び出されたのか分かっていなかったのだが、扉を開けた俺の眼前に広がる紙の山を見て呼び出された理由を察した。

 

 

「おぉ早かったな! お前にはそこの山を頼みたい。

 シズネが出払っていて書類の処理が追いつかん。

 主に嘆願書の類なんだが、お前の裁量で良いから仕分けしてくれ」

「え、あ、はい」

 

 

 殆ど説明も無いまま綱手に言われるがまま即席の作業机の前に座らされて、綱手の手によって壁のような高さの書類の束が積み重ねられていく。

 彼女の机の上にもとんでもない量の書類が乗っているところから見るに、楽をしたいから等という理由で俺に協力を求めたのではないのだろう……単純に一人では処理しきれない量だったから呼び出したと見るのが妥当。

 とりあえず此処まで来たからには給料分位は働かなければ申し訳ない。

 一先ず作業を開始する事に決め、一枚目の書類を手に取る。

 

 

「何々……第十六演習場のフェンスが一部壊れているので直してください?

 こういう場合はどうすればいいですか?」

「必要度に応じて各部署に伝えるって言うのが基本だ。

 今回の場合は十六だから気性の荒い動物や毒虫の類も居ないので其程緊急の物ではないな。

 取りあえず報告だけで補修命令とかは必要ないだろう」

「ということは書類を主に保留、報告、早急に対処の三つ位に分ければいいって事ですね」

「そんなところだ。 他に何か分からない事とかがあればその時に聞いてくれ……本当ならシズネ辺りを付けて付きっ切りで教えながらの作業が好ましいんだが、如何せん今は出来そうにないからな」

「いやいや、此方こそ手伝いに呼ばれておいて即戦力とは言い難い現状に申し訳ない気持ちでいっぱいです」

「初めての事だからしょうがないだろう、それに数をこなせば自然と出来る様になる。

 私だって其程書類仕事に慣れているわけではないしな」

「そうですね……だけど早く足を引っ張らない程度にはなりたいかな」

 

 

 今のように綱手に迷惑を掛け続けるわけにもいかない……自分の作業をこなしながら俺に教えてくれていたが、流石に多少作業効率が落ちていた気がするしね。

 気を取り直して二枚目三枚目と書類を片付けていき、ノルマの三分の二が終わる頃には気付けば五時間程経過していた。

 途中仕事の合間の雑談で血液恐怖症が治ったという話を聞いて驚いたり、俺がこの姿で居る時に何て呼ぶかで口論になったり、図らずしもシズネの身に付いてしまった借金を踏み倒す方法を聞いて綱手に説教したりと、なんだかんだ大変な事務仕事ではあったが賑やかで少し楽しい職場でコレはコレでいいかもと思い始めてきた頃、突然勢いよく扉が開かれ一人の忍が飛び込んできた。

 

 

「大変です! うちはサスケが音隠れの忍に連れられ里抜けしました!」

「何だと!? 警備の者は何をやっていたんだ!

 今は里の中でも腕の立つ忍は殆ど出払っているというのに……」

「現状動かせるのは下忍位しかおりません……どういたしましょうか?」

「下忍だけか……ならば急ぎ奈良シカマルを此処に呼べ。

 彼奴なら小隊をまとめるだけの能力は持っているだろう」

「はっ! 直ちに」

 

 

 報告に来た忍が俺に気付かないまま出て行った後、綱手は椅子に深く腰掛けて溜息を吐く。

 溜息の理由は明らか……先の報告にあったうちはサスケのことだろう。

 俺もその忍を知らないわけではない。

 ナルトの話には偶に出てきていたし、何より俺と同じく大蛇丸に狙われているのだと綱手から聞いていたからだ。

 

 

「音隠れっていうと……犯人はやっぱり大蛇丸かい?」

「だろうね……それにしてもコレが誘拐だったならまだ状況はマシなんだ。

 だが報告で言っていたのは連れられて里抜けだ。

 要は自分の意志で付いて行ったということ……うちはサスケの奪還は困窮極まるものとなるだろう」

「自分の意志で? 何故そんな選択をしたのかな」

「手段を選ばずに力を求めているからだろうな……先日ナルトが手柄を上げた事もあり心情的にも焦った結果ではないかと思う」

 

 

 ナルトの活躍っていうと木の葉崩しの際に砂隠れの人柱力を押さえ込んだことだろう……あの一件で里の人のナルトを見る目が変わった。

 未だ確執がある人も居ないわけではないが、概ね意外とやるなアイツ的な評価へと変化し、俺とイルカは喜んだものだ。

 その一方で一人の少年が精神的に追い詰められていたなんて考えても居なかった……この件をイルカが知ったら凹みそうだな。

 俺がイルカも大変なクラスを受け持たされていたんだなと少し同情していると、先程綱手が呼び出した子が部屋に入ってきた。

 

 

「失礼します。 何か御用でしょうか?」

「よく来たな……突然で悪いが任務を頼みたい」

 

 

 綱手の口から語られる任務の内容に最初シカマルも驚いた様だが、数人の下忍を選抜してサスケを奪還しろと言われてからは、怠そうだった目に力が入り幾つかの質問をした後直ぐに部屋を後にした。

 

 

「どんなメンバーで行きますかね? 彼と綱手が推したナルト……俺は今の下忍に知っている子が少ないので想像もつきません」

「相手の力量が分からない以上彼奴が思いつく最高のメンバーで望むはずだ。

 恐らく彼奴と付き合いの長い秋道チョウジ、索敵能力が高い日向一族のヒナタかネジ、追跡能力に優れた犬塚辺りだろう」

「山中一族の娘さんや油目一族の子は入らないのかい?」

「今回は純粋な戦闘能力も高くなければ選ばれないだろうから、恐らくは入らないだろう」

 

 

 確かに山中一族の秘術は直接敵に攻撃するものではないし、油目一族の虫も相性が悪いと完封されてしまう可能性がある。

 故にオールマイティに戦えるメンバーを選ぶだろうという事か……色々と考えてるんだな。

 

 

「さて、流石に状況が状況だ……緊急の書類以外は後回しにする。

 ヨミトはもう家に帰っていい……と言いたいところだが、サスケのついでにヨミトも連れていこうという事になるやもしれん。

 念のため邸内にある宿直所で休むと良い、担当者には私の方から言っておこう」

「今俺に出来る事は無さそうだし、お言葉に甘えるよ。

 でも何か手伝える事があれば何時でも呼んでくれ。

 自衛以外の戦闘は困るけど、それ以外の事であれば出来る限り手を貸すからね」

「あぁ、その時は頼む」

 

 

 難しい顔をして再び書類へと臨む綱手を置いて、俺は執務室を出て宿直室へと向かった。

 邸内は普段よりも幾分慌ただしく、今回の一件がそれなりに大きな事件であると改めて知る。

 邸内は他国の間者対策の為警備が厳重になっているため、俺を狙う襲撃者もそう簡単には侵入できないだろう。

 されど相手は大蛇丸の関係者……油断は禁物とその日結局俺は宿直室で眠れぬ一夜を過ごした。

 



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第98話 砂の兄弟

 翌朝結局一睡もしなかった俺は面を付けたまま壁を背に警戒し続けていた為結構な疲労が溜まり、すぐにでも横になりたい気持ちで一杯だった。

 あと一時間もすれば眠気に負けてしまいそうなギリギリな状態の中、宿直室にノックの音が響く。

 敵であればノックなどするはずもないと思い、鍵を開けて戸の前に立っていた人物を招き入れる。

 そこに立っていたのは髪は乱れ、隈も濃く残る見ただけで疲れていると分かるシズネであった。

 

 

「おはようございますヨミトさん……そしてお休みなさい」

「シズネちゃん!?」

 

 

 挨拶とほぼ同時に俺の方へ倒れ込んできたシズネを急ぎ抱き留め、戸惑いながらも取りあえず怪我などがないか確認して、お休みの意味が気絶や絶命ではなく睡眠である事を把握した後、結局俺が使う事の無かった寝具へと横たえる。

 泥のように眠るシズネに薄手の掛け布団を掛けると、先程戸を開けた時に外が少しだけ騒がしかったので一端状況確認のため宿直室から出た。

 邸内に少しだけ人が戻ってきており、その人達がうちはサスケの一件を聞いて騒いでいる様だ。

 耳を澄ませてみると結局件の子は仲間の制止を振り切って大蛇丸の元へと向かったらしい。

 奪還作戦に参加したメンバーも殆どのメンバーが重傷、綱手やシズネ等の医療忍者がその治療にあたり、数時間に及ぶ大手術を経て何とか全員の命を繋ぎ止めたのだとか……シズネがあれほどに疲れ果てていた理由はそれだったようだ。

 疑問が一つ解けて少しスッキリした所で後ろから声が掛かる。

 

 

「貴方がヨモツさんでよろしいでしょうか?」

「へ?……あ、あぁそうですそうです!」

「綱手様からの伝言を伝えます。 もう襲撃の恐れは無いだろうから家に戻って良いとの事です。

 では確かに伝えさせて頂きましたので、私は失礼させて頂きます」

「どうもお疲れ様です」

 

 

 そのまま暗部らしき人は音もなく姿を消した。

 ヨモツと呼ばれた時に一瞬それが自分の事だと分からなかったが、今後この姿の時はそう呼ばれるのだから早く慣れなければ何時かボロを出しかねないので気を付けなければならない。

 とりあえず書類仕事の続きをやらなくていいなら、今の俺にとって帰っていいというのは渡りに船だったので、一も二もなく帰路につく。

 木の葉有数の名家だったうちはの生き残りが里から居なくなったというのは大きな事件だが、そんな事は一般人にはさほど関係はなく、里は人が少し少ない位でいつも通り平常運転だ。

 時折その事を話題にしている人も居るが、まだ情報が少ないのか内容は憶測を元にしたものばかりである。

 別段サスケという子に興味のない俺は特に耳を傾ける事もなく、早く眠るために足早に家に向かう。

 急いで家に帰らなくても宿直室でそのまま寝ればいいのではとも考えたが、家の方がよく寝れるのは確かだし、それにシズネが寝ているから同じ部屋で寝るのは何となく気恥ずかしい。

 既に家はすぐ其処という所まで来ているから今更だしね。

 

 

 そのまま暫く歩き、遠くに俺の店の看板が見え、後五分もしない内に辿り着くであろう所まで来て、ふと店の前に三つの人影が立っている事に気付いた。

 この里では見かけないタイプの服装から俺の警戒心が一気に高まる。

 万が一の時に備え、常日頃用心の為に伏せておく習慣を付けた罠‘強制脱出装置’を何時でも発動できる状態にして、その人影がしっかりと確認できる所まで近づいていく。

 ある程度距離が縮まったところでその三人の姿が明らかになった。

 額当てにあるのは音隠れの忍を示す音符マークではなく、砂隠れの里の出であることを示す瓢簞の様な形をしたマーク。

 木の葉崩しでは大蛇丸に利用される形で木の葉を襲撃したが、大蛇丸は木の葉出身であり、尚かつ風影を殺害している事から痛み分けのような形で禍根が残らないよう上役達が話し合い、同盟国として今は雲隠れと似たような関係になっている。

 それにあれだけ堂々と立っているのだから待ち伏せという可能性は限りなく低いし、三人の内の一人に何処か見覚えがあるような気がする。

 とりあえず変化を解いたまま店に戻るのはあまり好ましくないと思い、一端路地裏に入り仮面を外すといつもの様に年寄りに変化してから彼らに声を掛けた。

 

 

「すまないね、今日は定休日なんだ。 また明日来てくれるかい?」

「いや今日は買い物目的に来たわけじゃない……アンタが無事かどうか確認しに来ただけじゃん」

「じゃん?……もしかして中忍試験の時に店に来た絡繰り好きな子かい?」

「歳の割に物覚えいいじゃん」

 

 

 そう言って俺に笑顔を向けた彼だったが、俺が後ろに立つ二人に目を向けると何かに気付いた様な反応をし、二人の背中を押す。

 真顔で一歩前に出た二人に少し表情が引きつりながらも、一先ずは自己紹介を行う……何か女の子が「何で私が……」とか呟いている気がするけど取りあえず聞かなかった事にする。

 

 

「初めまして、この店の店主やっている本瓜ヨミトと申します」

「其処の隈取りしている奴の姉のテマリだ」

「我愛羅だ」

「で名乗りが遅くなったが俺の名前はカンクロウ。

 二人は俺の兄弟じゃん。 まぁあんまり本とか読むタイプじゃないから客にはならないかもしれないが……」

「それは残念だ……あれ? でも前に額に愛という入れ墨してる子に気を付けろって「ちょっ!?」え?」

「き、記憶違いじゃないか? きっと何か別の事と間違えてるじゃん!」

 

 

 慌てた様子で手をバタバタとさせながら我愛羅と名乗った子に必死に訴えかけている姿から、もしかして兄弟仲悪いのかと思ったが我愛羅は別段怒る事もなく、むしろ申し訳なさそうに少し目尻を下げた。

 それを見てテマリは溜息を吐きながら呆れた様子でカンクロウを軽く叩く。

 

 

「いや尤もな助言だ……中忍試験までの俺であれば少し苛立っただけで危害を加えていたかもしれない。

 カンクロウも気にしなくて良い、お前に非はない」

「ハァ……お前って奴は……」

 

 

 一見凸凹トリオの様にも見えるが、その実三人が三人とも歩み寄ろうとしているのが分かる……昔の事は知らないが今は良い兄弟だろう。

 その後暫くカンクロウの言い訳は続いたけれど、最終的にとんでもなく冷めた目でテマリに見られ続けた結果、意気消沈して我愛羅に謝る事でこの場は収まった。

 そこで漸くほぼ完全に空気と化していた俺の存在を思い出したテマリが軽く頭を下げる。

 

 

「見苦しいところを見せてしまってすまない。 前にコイツが言っていた事は忘れてくれ」

「分かりました……所で皆さんは木の葉にどの位滞在する予定ですか?」

「すぐにでも出る予定だ、まだ任務が残っているからな」

「そうですか、時間があるようでしたら軽い案内でもと思いましたが、そう言う事であればあまりお引き留めするのも良くないですね。

 帰り道どうかお気を付けください」

「すまないな……今度来る時は店の本でも見せて貰うとするよ。

 ほらカンクロウ、いつまで落ち込んでるんだ! 帰るぞ!」

 

 

 俺はそのまま三人が見えなくなるまで見送ると、欠伸(あくび)を一つ。

 想定外の再会はあったが、それで眠気が飛ぶわけでもなく、家に入った俺は着替えもせずにベッドに倒れ込むと、そのまま眠りに堕ちた。

 



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第99話 ナルトの師

 うちはサスケが里を出てから数日が経ち、件の一件に関する情報がそれなりに広まり始めている。

 人の口には戸が立てられないとはよく言うもので、関係者にしか分からない様な情報も結構流れているようだ。

 とりあえず俺の聞いた情報は奪還作戦に参加したメンバー、およびその協力者の名前と事の顛末……要は火影邸で聞いた情報の延長線上のもの位である。

 参加メンバーの中にナルトがいたから話を聞こうと思えば聞けなくもないけれど、今はその時の怪我で入院している上に、件の少年の事で落ち込んでいるから保護者としては傷口を抉る様な真似は出来ない……自来也が師匠になった時点で既に保護者というのも飾りになりかけているのだが、それとこれとは関係なく自分の好奇心のために子供を傷つけて良い訳が無い。

 そもそもそれを知ったからといって何をするという訳でもないのだから、ナルトが俺に今回のことについて相談をしたいと思ったときに話を聞く位の気持ちで丁度いいだろう……少なくとも俺が今まで生きてきた中で経験してきた事を参考にしたところで今回のナルトに掛けられる言葉なんて在り来たりの励まし位しか出てこないが。

 それに眼を覚ました直後に比べて、同じ班のサクラという子や自来也、他にも同期の友人達が見舞いに来ていたことで少しずつではあるがナルト本来の明るさが戻ってきているので、自分なりに何か心を決めたのだろう。

 男子三日会わざれば刮目して見よとはよく言うが、本当に子供の成長というものは早いものだ。

 

 

 ここ数日間昼休憩の時間に行っている今日のナルトの見舞いも終え、店に戻ってきた俺が鍵を開けようとすると、何故か鍵を掛けたはずの戸が開いており、中から人の気配がする。

 始めに頭に浮かんだのは大蛇丸からの刺客……しかしそれならば気配を隠そうともしないのはおかしい。

 ならば空き巣かと思い、服の袖に隠していたクナイを逆手で握りこみ、一気に戸を開ける。

 するとそこには普通に立ち読みしているイチャイチャシリーズの作者がいた。

 俺は溜息を一つ吐き、クナイを戻すと何故か不法侵入していたその人に声を掛ける。

 

 

「何やっているんですか自来也様……というかどうやって入ったんですか?」

「ん、おぉすまんすまん。 勝手に中で待たせてもらった。

 それにしても相変わらず面白い品揃えだのぅ……中々見かけん他里の本も幾つかあって、つい時間を忘れてしまった」

 

 

 自来也は手に持っていた雨隠れの里の謎と言う本を棚に戻すと、笑顔で俺に謝罪した。

 微妙に反省してなさそうな態度に少しイラッとしたが、悪意があるわけでもないのでとりあえずは心を落ち着けて、彼が何故ここに居るか尋ねる。

 

 

「今度からは不法侵入しないでくださいよ……それで今日は何の御用ですか?

 本を探しに来たという訳ではないのですよね?」

「もちろんだとも。 今日儂が来たのはナルトについて話す事があるからだ」

「貴方が来る時は大体それが理由ですから何となく分かっていましたが、今回は何ですか?」

「ふむ、お主も聞いておると思うが……うちはサスケが里を抜ける際に彼奴を連れ戻す為に動いた者達の中にナルトが居た。

 今ナルトが入院しているのはサスケと交戦した際に受けた傷が原因だ。

 ナルトはその事自体は其程気にしているわけではないが、連れ戻せなかったことには大きく責任を感じておってな。

 あの時もっと自分が強ければと、らしくもない葛藤をしていた位だ……でだ、儂はナルトを本格的に鍛える事にした」

「綱手を迎えに行く道中で既に師弟関係になっていた様な話を聞いてますから、俺としては別に何も言うことはありませんが……」

 

 

 師弟になった時点でいずれはそうなるだろうと思っていたし、ナルトが決めたことなら俺としても反対する理由はない。

 むしろ何故自来也が今改めてそれを俺に伝えに来たのかが分からない。

 そんな俺の考えが伝わったのか、自来也は呆れたように大きく息を吐く。

 

 

「まぁ話は最後まで聞け、儂がナルトを鍛えるのは何も強くなりたいと言われただけが理由ではない。

 ナルトは強くならなければならないのだ」

「強くならなければならない?」

「お主は知らないかもしれんが、ナルトは暁という組織に狙われている。

 奴等は様々な里の抜け忍集団で、尚かつ恐らくメンバー全員が儂から見ても腕の立つ忍だ。

 昔大蛇丸の奴が暁のメンバーだったが、リーダーではなかったことから少なくとも大蛇丸と同等、もしくはそれ以上の腕前の忍が最低でも一人はいることになる」

「それは笑えない冗談ですね……五影以外にそんな存在はそうそういないと思いますが」

「暁のリーダーに関しては儂も何も知らないに等しい……だがその様な集団を纏める者が弱いはずがないだろう。

 そんな者達に狙われている以上、ナルトには力を付けて貰わなければならない。

 それで此処からが本題になるのだが……儂は一週間後から三年間新作の取材も兼ねて諸国漫遊をする予定なのだが、それにナルトを連れていこうと思う。

 今日はその報告に来たのだ」

「三年間ですか……長いですね」

「コレでも短い位なんだがのぅ」

 

 

 確かに大蛇丸クラスの忍から身を守れるだけの実力を付けるのに三年という時間はかなり短いかもしれないが、まだ中学生位の年齢で故郷を離れて修行の旅に出る期間としては三年は長いだろう。

 可哀想というのは失礼かもしれないが、ナルトは大変な星の元に生まれているのだなと改めて思った。

 

 

「これからの三年間、ナルトの安全は儂が保証する。

 だから安心して見送ってくれ」

「分かりました……ナルト君を宜しくお願いします」

 

 

 俺が深く頭を下げると自来也は「もちろんだ」と短く返答して店を後にする。

 彼が出て行った後、俺はゆっくりと頭を上げて椅子の背もたれにもたれ掛かると、大きく深呼吸をした。

 

 

「一週間か……何か餞別でも用意しておいてあげようかな。

 兵糧丸とか長持ちするし、いざという時に食べれていいよね」

 

 

 兵糧丸は基本的に美味しいものではないから味付けを少し工夫して、最低でもあの独特の苦みを緩和させられるように少し頑張ってみよう。

 一先ず店が終わってから材料を調達しに行こうと決め、本棚から兵糧丸の作り方が載っている本を取り出して、その作り方を学び直すことにした。

 



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第100話 旅立ち

 ナルトの旅立ちの日、そんな大事な日に寝坊をしてしまった俺は前日夜中まで試行錯誤し続けて漸く完成した兵糧丸を小さな袋一杯に詰め込み、急ぎ身なりを整えて里の正門目掛けて走る。

 一応昨日ナルトが家に来て暫しの別れを告げられてはいるが、その時点では完成していなかったため兵糧丸を渡せなかった。

 故に今日この機会を逃せばこの一週間の努力が露と消える。

 走り続けること数分、途中見知った後ろ姿を見つけたが急いでいるために声を掛けずそのまま通り過ぎると、そこで漸く二人の後ろ姿を発見した。

 歳を感じさせない堂々とした歩みをしている自来也と、周囲の光景をよく眼に焼き付けようとしているナルト。

 周囲を見回している内にナルトが此方に気付き、驚いた様な表情を浮かべている。

 その反応で自来也も此方を振り向き、俺を見ると苦笑した。

 俺は彼らの前で止まると、軽く息を整えて乱れた髪を直すと、まず「どうしたんだってばよ」と俺に駆け寄ってきたナルトに袋詰めされた兵糧丸を手渡す。

 突然手渡された物が何か分からないが取りあえず受け取った彼は首を傾げて此方を見る。

 

 

「コレは?」

「俺からの餞別だよ。 本当なら昨日渡せれば良かったんだけど、まだ出来ていなかったからね。

 中身は特性の兵糧丸だから旅に役立つと思うよ?」

「兵糧丸って苦いからあんまり好きじゃないってばよ……」

「そういうと思って改良を重ねた特別製だよ。 黒いのがラーメン風味で白いのが団子風味……あくまで風味だから再現度に関してはあんまり期待しないでね。

 でも苦みに関しては極力薄まったと思うからナルト君でも食べられる味だと思うよ」

 

 

 普通の兵糧丸よりも材料費が掛かる上に手間も掛かるから市販の物より美味しくなってくれないと困る。

 特にラーメンの風味を再現するのがとんでもなく大変だった……材料を焙煎し粉末状にして練り込むだけだと兵糧丸からラーメン臭が凄いので、兵糧丸自体を少し塩を練り込んだ甘みを付けない飴でコーティングすることで臭いを封じた。

 団子風味の方もそのままだと虫が寄ってきそうな甘い香りが微かにするので、同じくコーティングを施している。

 それ故に普通の兵糧丸との大きな違いが見ただけでは分からないため、ナルトが袋の口から中を覗いて訝しげに此方を見た。

 

 

「う~ん……おっちゃんが言うなら信じるけどさぁ……ホントに苦くない?」

「殆どね、まぁ非常食だと思って持って行ってくれるかい?」

「分かったってばよ、ありがとうおっちゃん」

「いやいや、ナルト君こそあまり無理はしないようにね」

「それは約束は出来ないけど、強くなって帰ってくるから楽しみに待っていてくれってばよ!」

 

 

 兵糧丸を背嚢に入れて一人で門へ向かって駆け出すナルトを苦笑しつつも見送り、未だ此方を見ながら立ち止まっている自来也に一礼すると、彼も真面目な顔で大きく頷くとナルトの後を追う様に歩き出した。

 俺はそのままナルトと自来也が門を越えて出て行くのを確認してから、来る途中見かけた少し離れた位置にある電柱の後ろに居た少女に声を掛ける。

 

 

「声を掛けなくても良かったのかい?」

「掛けたかったですけど……恥ずかしくて……」

「ヒナタちゃんはもっと自信を持って良いと思うけどな。

 ナルト君も中忍試験が終わってから偶にヒナタちゃんの話をしていたよ?」

「本当ですか!?……嬉しい」

 

 

 まぁそれ以上にサスケのことを話していたけれど、そこは言わないが花ってものだろう。

 全くナルトはこんなに自分を慕ってくれる子がいるのに、その好意に全くと言って良い程気付かないなんてどれだけ鈍感なんだ。

 ナルトはサクラという娘が好きらしいが、その子はサスケが好きだという話……居なくなった存在は美化されるから中々太刀打ちが難しいというのに、本当に難儀な道を歩む子だな。

 

 

 その後も少しだけヒナタと雑談していたが、彼女は途中で稽古があるのを思い出したらしく急ぎ足で去っていった。

 少し前まで不仲だった親戚との関係が改善されたとかで稽古も苦しいだけではなくなったらしい。

 それに彼女自身中忍試験で少し思うところがあったらしく、強くなりたいという欲求が大きくなっているようで、偶に体術の稽古を付けてくれないかと頼まれる事がある。

 昔ならばいざ知らず、今は自分の事で精一杯だから断っているが、断る度に悲しそうに顔を俯けるのは流されそうになるので止めて欲しい。

 一人で帰る途次(みちすがら)、次に頼まれた時の断り文句を考えながら歩いていると、何やら大量の荷物を抱えたシズネを見かけ、声を掛ける。

 

 

「随分な大荷物だね……少し持とうか?」

「あぁヨミトさん! すみません、前が見えなくて難儀していた所なので凄く助かります!!」

「よいしょっと、でコレは綱手のお使いかな?」

 

 

 シズネが持っていた荷物の半分程を受け持ち、両手が塞がってしまったので顎で自分の持つ荷物を指す。

 微かに青臭い香りと消毒液の様な臭いが袋から漂っている所から見ると、医療関係の何かだろう。

 もしかすると俺には話せない内容かもしれないと思い「言えなかったら別に良いんだけど」と前置きをしたが、彼女は歩みを止めないまま普通にその問いに答えてくれた。

 

 

「いえいえ、別に隠すような事ではありませんから大丈夫ですよ?

 確かにコレは綱手様から買ってくるように頼まれた物で、中身は医療に関わる教材です」

「教材って事は弟子でも取ったのかい?」

「私じゃなくて綱手様がですけど……面白い子ですよ?

 ヨミトさんも何時か会うかもしれませんね」

 

 

 そう言ってウインクを一つ寄越してきたシズネを見て、彼女の幼かった頃をふと思い出した。

 昔はアンコ程ではないにしても、それなりにお転婆だったシズネも今ではすっかり木の葉有数の医療忍者……時の流れとは本当に早いものだ。

 弟弟子ならぬ妹弟子が出来て嬉しいのか、何処か楽しそうな雰囲気を醸し出しながら横を歩くシズネ。

 そんな歳を感じさせない俺としては娘のような可愛い存在なのだが、この子ももう28歳だ……いい人とか居ないのだろうか?

 綱手は色々あったから浮ついた話題が無いのは納得できるのだが、シズネはそろそろそう言った話の一つや二つあっても良いと思う。

 俺は少し老婆心を出してその件に触れてみることにした。

 

 

「そういえばシズネちゃんは彼氏の一人でも出来たかい?」

「へっ!? か、彼氏ですか?」

「そうそう、シズネちゃんのそういう噂は聞かないからね。

 実は良い人の一人でもいるんじゃないかと思っていたのだけど……」

「そんな人……そんな人居ないですよ!! 綱手様と一緒に居る間にそんな相手が出来るわけ無いじゃないですか……私に寄ってきたのは良い人どころか借金取りばかりでしたからね!!」

 

 

 思いの外激しく否定された上に、その理由が切なくて思わず涙が溢れそうになった。

 一先ず興奮気味に綱手に対する愚痴を言い始めたシズネを宥めつつ、火影邸への道を進む。

 俺は全く途切れないシズネの話を聞き、次綱手に会ったら先日に引き続き説教の一つでもしてやろうと心に決め、周囲から向けられる好奇の視線で少しだけ身を縮ませた。

 




遂に100話か……実際は101話だけど、長かったなぁ
と言うわけで次の話は外伝一本挟みます


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外伝 カツユ愛が足りないと聞いて

 店のカウンターに突っ伏して居眠りしていた俺の肩を誰かが掴み、優しく揺らしている。

 綱手であれば叩くように起こすし、ナルトであればそもそも入る時に大声出しながら入ってくるからそれで起きる。

 消去法でシズネかなと思いながら、眠い眼を擦り顔を上げた。

 しかし其処には見たことも無い妙齢の女性が笑顔で立っていた……おっとりとした雰囲気を持つ真っ白な髪に青いメッシュの入った見目麗しい姿に一瞬見取れてしまう。

 数秒間見つめ合った後、我に返った俺は一度自分の両頬を軽く叩き強制的に眼を覚ますと、目の前の女性に謝罪をする。

 

 

「すみませんお客さん、起こして貰っちゃって……おほん、今日は何をお求めで?」

「え、あの……ヨミトさんに呼ばれてきたのですが」

「へ? 俺ですか?」

「寝ぼけておられるのですか? 明日共にお茶菓子を買いに行こうと仰っていたではありませんか」

 

 

 女性は片手で口元を隠しながら苦笑する。

 それが凄く様になっていて、こんなに上品に笑う子が知り合いに居たかどうか、寝起きの頭を総動員して記憶を洗い出す。

 しかし記憶に引っかかる者は無く、このまま会話を続けるのは双方に食い違いが生じると判断し、失礼を承知で尋ねてみることにした

 

 

「お茶菓子……えっと、失礼ですがお名前を窺ってもよろしいですか?」

「まだ寝ぼけておられるのですね……私の名前はカツユ、大蛞蝓のカツユです」

「カツユと言うお名前ですか……ってカツユ!?

え、でも俺の知っているカツユは蛞蝓にも関わらず内面はとても女性的で、時折見せる恥じらいとかが異様に男心を擽る可愛らしい子なんだけど」

「は、恥ずかしいです……」

 

 

 自身の両頬に手を添え、赤らむ頬を隠そうとするその仕草に何処かカツユの面影を感じる。

 可愛らしいと思う反面、疑問が頭を埋め尽くす。

 何故人間の姿になっているのか、お茶菓子を買いに行く約束なんてしただろうか、口寄せもしていないのに何故カツユ(と自称している人物)が此処に居るのか等、気になることは山程ある。

 

 

「……本当にカツユなのかい?」

「はい……本当に憶えておられないのですか?」

「あぁ……一つ聞いても良いかな?」

「えぇ、私に答えられることであれば何でも」

「何故……いや、どうやって人間の姿に?」

「どうやってって……ヨミトさんの蔵書の中にあった他里の忍術教本に載っていた変化の術の応用で一時的に人間の姿を取れるようになったじゃありませんか!

 それも憶えておられないのですか!?」

 

 

 その顔は嘘だと言ってくれと言外に語っているが、俺にその様な記憶はない……そうあったらいいなと考えたことはあるが。

 嘘をついて誤魔化すという方法も無いわけではなかったが、どうもこの子に嘘をつくのは気が引けたので正直に伝える。

 

 

「すまない……俺の記憶には無い」

「そんな……まさか記憶喪失?! 大変……もしそうなら私では対処しきれません。

 綱手様に見て貰わないと! ヨミトさん、行きましょう!!」

「え、ちょっと!?」

 

 

 突然カツユ(と思わしき人物)に手を握られたかと思うと彼女はそのまま全速力で駆け出し、俺は引っ張られるようにして綱手の元へ連れられていく。

 彼女の身体能力が高かったためか其程時間も掛からずに火影邸の執務室前まで着くと、彼女はノックもせずに室内へと飛び込んだ。

 幸い室内には綱手しか居らず、侵入者として排除されるようなことはなかったが、綱手が少し驚いた様な顔をして此方を見ている。

 

 

「どうしたんだいきなり、入る時はノックぐらいしろ」

「それどころじゃないんです綱手様! ヨミトさんが……ヨミトさんが記憶喪失になってしまいました!」

「はぁ? 記憶喪失ぅ?」

 

 

 訝しげに俺を見る綱手に、此処に来るまでに様々な物にぶつかった痛みでそれどころではない俺、そして動揺からか全く要領を得ない説明をし続けているカツユ(かも知れない人物)……今この場は中々の混沌(カオス)に包まれていた。

 しかし暫くするとカツユも落ち着いてきたのか、一度深呼吸をして綱手に今の状況を説明すると、取りあえず診断してみなければ始まらないと、その場で簡易の診察が始まる。

 その様子は省略するが、結果として分かったことは俺が一部の記憶を無くしていることと、無くした記憶が特に日常生活に支障のある内容ではないということだ。

 具体的に言えばカツユ(であろう人物)が変化するに至った記憶とその姿で紡いだ思い出だけが無くなっているらしい。

 その事を知ったカツユは安心した表情を見せてくれたが、その表情には陰りがあった。

 

 

「そうですか……私の記憶だけを忘れてしまったのですね」

「其処まで悲観的になることはない、恐らく一時的な物だろう。

 それにヨミトが忘れたのは変化した時のお前の記憶だけだ……お前とヨミトの思い出はそれだけではないだろう?」

「それはそうですが……少し寂しいです」

「まぁ暫くの辛抱だ、もう暫く様子を見て記憶が戻らなければ、その時また改めて対処を考えよう。

 私の方でも記憶喪失に関する文献を少し探しておこう……だから今日は一先ず帰ると良い」

「はい……失礼しました」

 

 

 綱手に言われるがまま俺とカツユはその場を後にする。

 行きとは違い、帰りは俺が手を引く形になったが……正直に言えばえらく恥ずかしい。

 生まれてこの方女性と手を繋ぐなんて殆ど経験がない上に、変化だとはいえ相手は妙齢の美女なのだから緊張しないはずがない。

 だがそれでも手を離さない理由は火影邸を出る時に自然と手を握られたのと、羞恥心で手を離そうとすると彼女の方から強く手を握りかえされるからだ。

 コレが無意識かどうかは分からないけれど、それだけで俺から手を離すという選択肢を消すには十分だった。

 罪悪感もあったが、それ以上にこれ以上彼女を傷つけたくないという義務感にも似た感情が羞恥心を大きく凌駕していたからだ。

 

 

 行きよりも大分時間は掛かったが何とか店まで帰り着くと、流石に今日はこのまま店を続ける気にはならず、臨時休業の札を出すために繋いでいた手を離す。

 小さく「あっ」という声と共に少しだけ寂しげに俺の手を見つめるカツユ。

 その表情と醸し出す空気に耐えきれなかった俺はすぐに手を繋ぎ直して、彼女を連れたまま看板を裏返して家に入った。

 少し嬉しそうに手を引かれたまま付いてくるカツユと共に居間へ足を踏み入れ、今度こそ手を離してちゃぶ台を挟んで向かい側に座り、少しの間無言の時が流れる。

 俺はその気まずい空気を払拭するために茶菓子でも用意しようと立ち上がろうとしたその時、片足がちゃぶ台に引っかかりバランスを崩す。

 倒れ込む方向にはキョトンとカツユが此方を見ており、突然のことに状況を把握し切れていないらしい。

 咄嗟に身体を捻って避けようとも考えたが、距離が近すぎて下手をすれば肩からカツユに落ちかねないので避けることは諦め、せめてカツユが怪我をしないように願いながら悪あがきとばかりに何か掴める物はないかと手を伸ばす。

 手を伸ばした先にあったのはちゃぶ台の縁……固定されてないちゃぶ台が体重を支えられるはずもなく、むしろ若干軌道が逸れることで俺の頭部の着地点が良くない場所へと移動した。

 

 

「避けろカツユ!」

「へ?」

 

 

 徐々に近づく俺とカツユの顔……その距離がまるで走馬灯のようにゆっくりと無くなっていき……二人の唇の距離が零に…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼を開けると其処はいつもの店のカウンター。

 俺を起こす妙齢の美女も居ないし、目の前にあるのは美女の顔ではなくガランとした客の居ない店内だけ。

 俺は無言で口寄せの印を組んだ。

 




やっちまったぜ!
オチがありきたりで申し訳ない!
これで残る外伝の草案は二つ……まぁそれは本編がスランプ入った時、もしくは何か記念の時にでも上げることにします


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第101話 医療忍者の卵

 無事火影邸へ辿り着き、シズネに即されるがまま実験室のような場所へと案内され、そこに荷物を置いてさぁ帰ろうと踵を返そうとした俺だったが、タイミング悪く誰かが部屋に入ってきた。

 出鼻を挫かれた事に若干鼻白みながら、入室してきた人物に目を向ける。

 見たところ髪は桃色、背丈は150cm程の割と容姿が整った女の子……どう見ても此処の職員ではない。

 何故子供がこんな所に来るのかと言う疑問はあったが、すぐ自分には関係のないことだと割り切って店に帰ろうと歩き出すが、今度はシズネが俺を呼び止める。

 

 

「丁度良かった! この子がさっき言っていた綱手様の新しい弟子になった子です。

 サクラ、此方綱手様と古くから付き合いのある古本屋の店主で、ナルト君の保護者でもある本瓜ヨミトさん」

「ナルトの……初めまして、先日師匠の弟子になりました春野サクラです」

「ご丁寧にどうも。 綱手の弟子は大変だろうけど、頑張ってね。

 中々スパルタ気味の指導かもしれないけど、腕は確かだから君もきっと良い医療忍者になるよ……前例もあることだしね」

 

 

 そう言いながらチラッとシズネに視線を送ると、俺の言う前例が自分であると気付いたであろう彼女は曖昧に微笑んだ。

 昔シズネから綱手の指導内容について聞いた事がある。

 医療忍者が怪我を負えば仲間を癒す時間が短くなるから、攻撃を受けてはいけない……というわけで攻撃するから死ぬ気で避けろなどという若干イカれた内容の訓練とかやっていた事から、そのスパルタっぷりがわかるだろう。

 指一本で大地を10m以上割る様な力を持つ人間の攻撃を避け続ける事がどれ程の心労になることか……サクラはまだその事を知らないのか首を傾げていた。

 正直これからの彼女を思うと同情を禁じ得ないが、綱手が自分から弟子を取るとは思えないので、恐らく彼女の方から頼み込んだのだろう。

 自業自得という程ではないかもしれないが、どうか途中で投げ出さず頑張って欲しい所だ。

 

 

「さてと、俺はここら辺でお暇させて頂こうかな。

 サクラちゃんは修行頑張ってね、シズネは綱手に宜しく」

「そんなに急いで帰らなくても良いじゃないですか。

 良い機会ですからヨミトさんも、この子の修行見ていってくださいよ!」

「いや、俺には店番が……」

 

 

 一言言ってから今度こそこの場から立ち去ろうとしたが、今度はシズネが両手で俺の肩を掴み、強引に様々な物が置いてあるテーブルの前へと引っ張る。

 割とガッチリと掴まれている所為で強引に引き剥がせば服が破れかねないので、抵抗らしい抵抗も出来ず結局修行を見ていくことになってしまった。

 その修行を行う張本人は一度首を傾げつつも、テキパキと机の上に先程俺とシズネが運んだ荷物を広げていく。

 その間手持ち無沙汰な俺はこれから彼女が何を行うのかシズネに尋ねてみることにした。

 

 

「修行って今日はどんなことをする予定なんだい?」

「まずは掌仙術の訓練です……それが終わって尚時間があれば薬の調合をするって感じですかね」

「掌仙術か……対象はどうするんだい?」

「彼処の生け簀にいる魚を使います。 彼処にいるのは小さな傷を負った魚ばかりですから丁度良い相手になるんですよ」

 

 

 そう言いながらシズネは一匹の魚を捕ってくると暴れる魚に千本を打ち込んで静かにさせ、サクラの前に置く。

 彼女も慣れたもので直ぐさま印を組み、患部へと手を添えて治療を開始する。

 医療忍術特有の焼けるような音を出しつつ、少しずつ傷跡が治っていく。

 しかしその手際は俺が見ても分かる程稚拙で、傷もある一定以上は治らなかった。

 シズネは今し方治療を施した魚に千本を刺して覚醒させ、生け簀に戻し、サクラに今の治療の何処が悪かったか簡単に説明し、新たな魚を用意する。

 それが繰り返されること十数回、サクラの額に汗が浮かび始めた所で一度休憩が挟まれた。

 それまで邪魔にならないように極力声を出さずにいたが、休憩ならばと見ている途中で抱いた疑問をシズネに尋ねてみる。

 

 

「サクラちゃんはコレを始めてどれ位になるんだい?」

「綱手様に弟子入りする前は特に医療忍術を専攻していた訳ではないみたいですから……一ヶ月も経っていない位ですかね」

「掌仙術歴一ヶ月!? 一ヶ月で此処まで出来るものなのか……俺なんかあっという間に抜かれてしまいそうだな」

「まだまだですけどね……そうだ! 少しお手本見せて上げてくれませんか?

 私のだと結構術式弄っちゃってるんで参考にし辛いみたいなので」

「別に構わないけど、見本に出来る程練度は高くないよ?」

「何を言ってるんですか、聞いてますよ? 掌仙術とチャクラメスに関してはベテランの医療忍者にも引けを取らないって」

「誰に聞いたか知らないけど買いかぶり過ぎ……綱手は勿論、シズネちゃんの足下にも及ばないと思うよ」

 

 

 そうは言いつつも評価されていること自体は凄く嬉しかったので割とノリノリで俺も用意をする。

 椅子に座って休んでいたサクラも興味深そうに此方を観察し、技術を取り込もうとしていた。

 俺は二人が見守る中、素早く印を組み患部を治していく。

 一カ所一カ所丁寧にチャクラの配分を変え、跡の残らないように周囲の細胞を活性化させながらの治療。

 相手が人間ならば此処まで手際よくいかないかもしれないが、犬猫位までならある程度の怪我まで治せる自信はある。

 其程時間も掛からずに治療を終え、患者()を水槽に戻すと、サクラが歩み寄ってきた。

 

 

「あの……ヨミトさんって元忍者とかじゃないんですよね?」

「俺はず~っと古本屋の店主だよ。 かれこれ四十年位になるかな」

「じゃあ何でそんなに腕を磨いているんですか?

 シズネさんに聞けば体術も修めているらしいですけど」

「趣味と実益を兼ねて……後は習慣かな? 参加したわけではないけれど忍界大戦を二度も見ているし、店をやっていれば泥棒や強盗なんて輩も来る。

 鍛えておくことに損はないのさ」

 

 

 今となっては泥棒や強盗なんて屁でもないし、明らかに護身の域を超えた鍛え方してるからコレは言い訳でしかない。

 実際色々と鍛えている理由も将来起こり得るであろう数多の危機を乗り越えるためというのが本当の理由だ。

 シズネには本当のことを言っていないとバレている様だが、恐らく泥棒や強盗と言う部分を大蛇丸に置き換えて考え、納得してくれている。

 しかしサクラはまだ引っかかるところがあるのか重ねて質問をした。

 

 

「でも医療忍術はそれと関係ないんじゃ……」

「確かに関係無いけれど、俺にはカツユがいたからね。

 せっかく習える機会があるなら習っておいても良いと思わないかい?

 それに俺は特に何かの才能を持っていたわけではないけれど、自由に使える時間だけはいっぱいあったからね。

 反復練習を沢山したら少しずつ上達したというだけだよ」

「やっぱり反復練習が大事ってことかぁ……薄々分かってはいたけど先は長そうね」

「千里の道も一歩からだよサクラちゃん。 それにシズネちゃんから聞く限り一ヶ月で此処まで来たらしいじゃないか。

 それだけの才能があればきっとナルト君が帰ってくる頃には一人前の医療忍者に成れるさ」

「ありがとうございます、私もそうなれるよう頑張ります!」

 

 

 彼女はそう言うと自分で患者()を用意し、自主的に訓練を再開し始める。

 そんな彼女に俺とシズネは心の中でエールを送りつつ見守った。

 



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第102話 帰還

 年月が流れるのは早いもので、三年という時間はあっという間に過ぎ去ってしまった。

 この三年間であったことと言えば特筆すべきものは少ないが、敢えて言うならば大蛇丸からの刺客が二度襲来したこと位だろう。

 襲撃のタイミングが悪かった所為で一度目は綱手に星にされ、二度目はシズネの毒霧であえなく御用(何が調合されていたのかは知らないけれど、気持ち悪い位痙攣していたので普通の毒ではないと思う……敵ながら彼の安否が少し気になる)。

 俺にとっては幸運で相手にとっては不運な一幕だった。

 他にあった事はいつも通りの出来事ばかり……時折送られてくるユギトの手紙に返事を書いたり、綱手やシズネの仕事を手伝わされたり、カツユを愛でたりの繰り返し。

 ユギトの手紙には孤児院の子供達のことや個性的な同僚の事が書かれていて面白いし、綱手達の仕事を手伝う事にも慣れてきた。

 カツユとの触れ合いに関しては……まぁいずれ何処かで語ることとしよう。

 何にせよそれなりに平和な三年間だったが、これから先は別だ……近く来るであろう木の葉崩壊や忍界大戦で生き残るために今まで以上に気を抜けない状況になる。

 故に全ての中心であり、一つの指針でもあるナルトの動向からは眼が離さない方が良いだろう。

 

 

 そう考えながら俺は店先から見た久しぶりのナルトの後ろ姿をジッと見つめた。

 背も顔つきもグンと大人っぽくなった気がするが、醸し出す雰囲気は三年前と変わらず、太陽のような明るさを感じる。

 距離が離れていたためにナルトは俺に気付くことなく、その場を去ってしまったが見たところ大きな怪我などもなく少し安心した。

 なんだかんだ言っても長く関わってきたあの子がいなかった三年間は静かで本を読むには良かったのだが、何処か物足りなさを感じていたし、情が移っていなかったと言うと嘘になるだろう。

 あの子の保護者になる事を頼まれた時は正直ナルトの事は厄介事の種位に思っていたが、変われば変わるものだ。

 そもナルトも昔は今よりも大分ネガティブ寄りな思考をしていたのだから、人というのは本当にどう変わるか分からない。

 少し感慨に(ふけ)っていると、肩から声が聞こえてきた。

 

 

「ナルト君行ってしまいますよ、声を掛けなくて良いんですか?」

「色々と挨拶回りするだろうから、此方から行かなくても来ると思うよ?

 それに俺としては無事に戻ってきただけで十分さ……自来也様との旅がどんな旅だったのかは少し興味があるけどね。

 そんなことよりもカツユさんや……何故肩に乗っているのかね?」

「此処は私の指定席ですから………お嫌でしたか?」

「そんなことはないさ、カツユだったら何処に乗ろうと構わないよ……構わないんだけど単純に疑問でね」

「ヨミトさんが何を見ているのか少し気になってしまって……つい」

 

 

 恥ずかしそうに身体をくねり、頬を微かに染めるその姿に愛おしさを感じながらも、肩に乗るカツユを落とさないよう気を付けながら店内に戻る。

 手に持った埃叩きで本棚を掃除し、床に落ちた埃を箒で掃討、最後に換気をすれば用意は完璧。

 何時お客が来ても大丈夫な状態な状態だ。

 客が来る来ないは別として、店が綺麗な状態だと心も綺麗になっていく気がするので、これは毎日欠かさずに行っている……昔トイレを綺麗にしたら美人になるという歌が有った気がするがそれと似たようなものだろうか?

 そんな事を考え一人ロマンチックっぽい思考に浸っていると、突然勢いよく店の戸が開けられイルカが飛び込んできた。

 

 

「ヨミトさん! ナルトが帰ってきました!!」

「あ、うん。 知っているよ?」

「そうですよね! 驚きまし………へ?」

「先程店先で後ろ姿を見たからね、すっかり大きくなっていて驚いたよ」

「そ、そうでしたか……何か騒いですみません」

 

 

 イルカは自分が年甲斐もなく騒いでいた事を恥ずかしく思ったのか、少し赤ら顔で頭を下げる。

 しかし俺としては別に不快になったわけでもなく、迷惑を掛けられたわけでもないので頭を上げさせた。

 むしろ気を遣ってくれたことに礼を言いたい位だ。

 

 

「いやいや、いち早く情報を届けてくれようとしてくれたんだ。 感謝することはあっても迷惑に思ったりなんかしていないよ。

 そんなことよりもナルト君とはもう話したのかい?」

「いえ、私が見かけたのは火影邸の門の所だったので、もし綱手様に呼ばれていたらと考えると、引き留めるわけにも行きませんからそのまま……」

 

 

 そう言ってソワソワしているイルカを見て、俺とカツユは眼を合わせて苦笑し、彼に落ち着くように言う。

 彼は自覚がないのか生返事で返答し、頻りに外に視線を向ける。

 まるで遠足を明日に控えた少年の様に浮き足立っている彼に、俺は一つ提案をした。

 

 

「そんなに気になるのなら門の前で待っていれば良いんじゃないかい?

 もう俺には特に用はないのだろう?」

「それもそうですが……そうだ! ヨミトさんも一緒に行きませんか?

 きっとナルトも会いたいと思ってますよ」

「遠慮しておくよ、俺には店があるし、あの子の成長した姿が見れただけで結構満足しているからね」

「そうですか……ではお言葉に甘えて」

 

 

 一礼と共に店から出て行ったイルカは最初こそ歩いていたが、十歩も歩かない内にどんどん歩調が早くなり、十秒もしない内に全速力へと移行した。

 そんなに会いたかったのかと若干驚いたが、仲が良いのは良い事だと思い、静かに店の戸を閉める。

 再び店の中には静寂が広がり、会話の邪魔にならないように今まで黙っていたカツユが口を開く。

 

 

「イルカさん嬉しそうでしたね……本当に一緒に行かなくても良かったんですか?」

「俺としても会いたくないワケじゃないけれど、店を閉めてまで会いに行くっていうのもね」

「そういうものですか……ヨミトさんがそれで良いなら良いんですが」

 

 

 少し納得していない様ではあったが、俺の言うことを信じてくれたカツユはそれ以上言っては来なかった。

 もしかするとカツユ自身も少しナルトに会いたかったのかもしれない……カツユにとってナルトは手の掛かる子供のようなものだっただろうから。

 そう考え少しだけ申し訳ない気持ちになった俺はいつもよりも若干カツユとのスキンシップが増え、最終的に手汗が痛いと怒られ反省することになり余計に凹む事になるのだがそれはもう少し後の事。

 

 



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第103話 シズネと二人

 ナルトが里に戻ってきてから一月もしない内に大事件が勃発した。

 暁に風影が攫われたというニュースが木の葉に届いたのだ……同盟国である風の国の危機に木の葉が動かないはずもなく、直ぐさま救援隊を編成して送ったらしい。

 構成メンバーは風影と友好関係にあるナルトと綱手の弟子であるサクラ、そして二人を担当していた上忍のはたけカカシによるスリーマンセル。

 事は急を要するとのことで少数精鋭で機動力を重視し、風影救出を試みた。

 砂隠れの里に着いた一同は暁と交戦した忍から話を聞き、さらに相手の服の一部を受け取り敵の居場所を特定する。

 途中増援部隊と合流し、敵の居場所まで辿りついたが時既に遅く、風影は既に息を引き取っていたのだとか。

 しかしその後其処にいた二人の暁を苦戦しつつも各個撃破し、何らかの術で風影が蘇り、今に至る。

 ここら辺は伝聞だから内容が大分簡潔だったが、内容は主にこの様な感じだ。

 里に戻ってきてすぐに大事件に関わり、尚かつ活躍して見せたことでナルトの里での評価は鰻上り。

 今となっては九尾だからと差別的な反応を示す人は少数派となり、ナルトにとってかなり住みやすい環境になったことで、特に何かしたわけではないけれど俺は少しだけ肩から荷が下りたような気がした。

 

 

 そんな大事件から数週間が経過した今、俺は変化を解き、面を付けた状態で雲隠れの里へと向かって走っている最中です。

 何故大蛇丸に狙われている俺がという疑問を抱く人もいるかもしれないが、理由は幾つか存在する。

 第一に同盟国とはいえ一度木の葉を裏切った雲隠れの里に行ったことのある忍は少ないために案内できる人材がいなかった事。

 第二にいざという時カツユを介して綱手に報告することが出来る事。

 最後に里に居るよりも任務へと共に向かう同行人と一緒にいる方が安全である為だ。

 

 

「もう少しで雲隠れに着きますよ」

「流石に長い道のりでしたねヨミ……じゃなくてヨモツさん」

「気を付けてくださいね、シズネちゃん。

 雲隠れには数人とはいえ俺の名前を知っている人がいるから、もしも疑われたら面倒なことになるかもしれないのだから」

「だ、大丈夫ですよ! 私も伊達に上忍やってませんから!」

 

 

 そう言って少し慌てながらも力瘤を作る女性がこの任務の同行者であり、雲隠れへの使者として綱手から直々に任命された人物……シズネである。

 当初の予定では俺も彼女も雲隠れに行く予定は無かったのだが、暁が狙っている尾獣を二柱も有している雲隠れにとって先日の風影誘拐事件に関する情報は重要であると考え、文を飛ばすだけでなく質疑応答を請け負う者を雲隠れに送ろうという事になった。

 そこで選ばれたのが雲隠れに赴いたことある俺と、綱手の側近且つ優れた医療忍者であるシズネというわけだ。

 

 

「その言葉を信じますよ……まぁそれはそれとして酔いはもう醒めましたか?」

「はい、もうすっかり元通りです。 久しぶりに船に乗ると酔いますね……私乗り物に弱いワケじゃないんですけど、揺れが強いと大なり小なり……流石にガイさん程ではないですけど」

「大丈夫なら良かった。 彼処に見えるのが雲隠れの入り口に繋がる橋だから、後五分も歩けば着くと思うけど……着いたら真っ直ぐ雷影様の所に行くのかい?」

「そうですね、暁が次に狙うのが雲隠れの人柱力という可能性もありますから、少しでも早く伝えた方が対策等も取りやすいでしょうし」

「そう言えば聞き忘れていたけど、シズネちゃんが雷影様と話している間俺はどうしていればいいのかな? 無言で立っているだけでも良いのかい?」

「暗部のような格好をしていますから無理に話す必要はありませんが、話しかけられたら流石に返答はしてくださいね」

「それなりに生きてるからそれ位の礼儀は心得てるよ」

「なら何の問題もないと思います。 既に文は届いていると思いますから幾つかの質問を受けるだけで其程時間も掛からないと思います。

 もし早く終わったらヨ……モツさんはいつもの格好に戻ってお知り合いの方に会いに行ってもいいですよ?

 流石に刺客も此処で仕掛けてきたりはしないと思いますし」

「そうかい? ならその時はお言葉に甘えさせて貰おうかな」

 

 

 少しだけ楽しみなイベントができた事で足取りが少し軽くなり、これから権力者の一人に会うという緊張感が和らいだ。

 俺はなんだかんだで今まで行く機会のなかったユギトの孤児院に行くことを想像しながら、雲隠れの里に入って雷影邸へと向かう。

 入り口に立つ忍に用件を伝えると、予め話が通っていたのか中へと通されて応接室へと案内された。

 シズネは特に緊張した様子を見せないが、俺はそれなりに緊張しており、仮面の下で数度深呼吸をして心を平穏に保つ。

 応接室の中に入ると上半身裸の筋肉質な男性と細身の女性、そして一度ユギトと一緒に店に来たことのあるダルイという気怠げな雰囲気を醸し出す男性の三人が席に着いていた。

 俺達が入ると直ぐさま筋肉質の男性が声を掛ける。

 

 

「お前達が火影の寄越した回答役か?」

「仰るとおり、私が綱手様に質問に答えてくるよう遣わされた者です。 お初にお目に掛かります、私は綱手様の秘書をさせて頂いておりますシズネと申します。

 そして隣にいるのは道中の護衛を務めたヨモツですが、彼は文の件に関して詳しい事を存じておりませんので質問に答えるのは私だけになります」

「そうか、分かった。 では早速本題に入るとしよう」

 

 

 雷影から投げかけられる質問は暁の戦闘能力や尾獣を抜き取られた際の風影の様子、暁の目的など意外と多かったが、それらの質問にシズネは的確に答え、それを雷影の秘書らしき女性がメモしていく。

 質疑応答を繰り返し、経過すること一時間程……ようやく聞くことが無くなったのか、質問が止まった。

 

 

「分かった、それらの点を考慮した上で雲隠れも暁に対する対策を取ることにする。

 長旅ご苦労だったな、急いでいないのであれば雲隠れで一休みしていくと良いだろう。

 マブイ、外まで送ってやれ」

「はい、ではシズネ様にヨモツ様を外までお送りいたします」

 

 

 俺とシズネは「失礼しました」と一礼してから部屋を出ると、マブイと呼ばれた女性の後に続いて来た道を戻る。

 仮面を被っている所為で、行きと同じく擦れ違う人々に多少訝しげな視線を向けられたが雷影の秘書が共にいる事から怪しい人物ではないと分かってくれたのか、特に因縁を付けられたりすることはなかった。

 当初の予定よりも早く任務を終える事が出来たので、道中で話した通り短い時間ではあるが自由時間が設けられる。

 シズネは綱手へのお土産探しを、俺は適当な店のトイレでいつもの格好に変化をして、ユギトと交わした約束を守るために孤児院へ向かって歩き出した。

 



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第104話 危険人物

PCのハードディスクが逝った……バックアップは一応取れたから支障はほとんど無いんだけど、直しに出すので3万かかる上に10日前後家でPCの無い生活とかマジ厳しい
新しいの買おうか迷ったんだけど、もう少しで新しいOS出るらしいしもう少し頑張ってもらう事にした……ちょっと8は使いにくそうだからね



 ユギトの孤児院は雲隠れの里の外れの方に建っているらしく、歩いている内にどんどん人気が無くなっていく。

 そんな所をおっかなびっくり歩いていると、何処からか金属音が聞こえてきた。

 音は歩を進めると次第に大きくなり、気付けば孤児院よりもその音のする方へと向かっている自分に気付く。

 好奇心からなのか、それとも虫の知らせなのか、俺は本能に従うようにそのまま進み、一つの坑道の入り口に辿りついた。

 

 

「此処から音が聞こえてくるな……金属音だけじゃなく何かが爆発するような音も聞こえる。

 誰か戦っているのか?」

 

 

 もし誰かが此処で特訓や訓練の類を行っているだけなら別に問題無いのだが、どちらにしても俺がこの中に入っていく必要は全くない。

 シズネと合流した時にでもそういうことがあったと話せば良いだけのこと……そのはずなのに俺の足は言うことを聞かずに坑道へと足を踏み入れることになった。

 坑道の中は思いの外明るく、整備もされていたので危うげなく進むことができるのだが、壁に刻まれた戦闘痕が俺の緊張感を高める。

 変化を解き、面を着け、何時でも戦闘を行えるよう罠を伏せておく等の準備をしておく。

 歩みを進めれば進める程大きくなる戦闘音……それに加えて微かに声も聞こえ始める。

 その聞こえてきた声に俺は思わず足を止めた。

 俺の聞き間違いでなければ、今の声はユギトのものだ……何故彼女がこんな所で戦っているのだろうか?

 湧いた疑問を一先ず抑え、更に歩を進めると彼女以外にも二人の男の声が聞こえてくる。

 

 

「時間を掛けすぎだ飛段」

「しょうがねぇだろうが、手順ってもんがあるんだよ!

 テメーこそしっかり仕事しろよ角都」

「自身の無能を人の所為にするな」

「んだとコラッ」

 

 

 どうやら相手はチームワークが良いという訳ではなさそうだが二対一という状況に変わりはなく、ユギトは逃げに徹しているらしい。

 しかも相手にはまだ余裕がありそうだ……俺はいざという時加勢に入れるように様子を窺える位置で状況を見ることにした。

 ユギトはまだ怪我らしい怪我をしているわけではないが、其処は坑道の行き止まり。

 ゲリラ戦も出来ず、この状況ではかなり不利だろう。

 しかしユギトの顔には諦めの感情など一欠片も存在せず、むしろ獰猛な獣のような表情で二人の男を睨み付ける。

 

 

「お前等は私を此処に追い込んだと思っているのかもしれないが、それは間違いだ……お前等を私が連れてきたんだよ」

「ハァ? 何言ってんだテメーは?」

「ほぅ、面白い……飛段、あの女何かするつもりだぞ」

「ここからは私がお前達を狩る番だ!」

 

 

 そう叫ぶと彼女の身体から目に見える程高密度のチャクラが溢れ出し、その姿を覆い尽くしていく。

 そして形作られたのは蒼い炎に包まれた巨大な猫又。

 その姿を見て俺は今になってようやく彼女が人柱力だということを知った。

 初めて会った時に感じた禍々しいチャクラ、一部の人に向けられる負の感情……その全てが線に繋がる。

 何はともあれ彼女が人柱力であるのなら、そう簡単に負けることはないだろう……そう楽観視していた俺の考えはすぐに覆されることになった。

 

 

 攻守共に先程とは比較できない程に激化する戦闘だった……当たれば岩でもバターのように融解する蒼い炎、気持ちの悪い黒い人型から放たれる高威力の上級忍術、まるで痛みを感じていないかのように果敢に攻める男。

 戦況はややユギトが有利だったが、相手の二人もどうやら凄腕の忍だったらしく、尾獣と化したユギトの猛攻に対抗できていた。

 しかしこのままなら押し切ることが出来ると俺がユギトの勝利を確信した次の瞬間、飛段と呼ばれていた男の鎌が後ろへと回り込んで尾獣の尾の一本を切断した。

 そのまま鎌はユギトの足を傷つけ僅かに出血させる。

 すると男は一端後退し、少し離れた所で血のついた鎌を舐めると肌が真っ黒に染まり、所々に白い入れ墨のようなものが現れるという気持ちの悪い見た目へと変化した。

 

 

「ゲハハハハァ! これでテメーは呪われたぁ! 人柱力だろうが化け猫だろうが関係無く呪い殺してやるぜぇ!」

「馬鹿か貴様は……殺してどうする」

「うるせぇ、分かってるっての! 半殺しで止めときゃいいんだろ!?

 チッ……テンション下がるぜ」

 

 

 ガシガシと頭を掻きながら懐から黒い杭のようなものを二本取り出すと、接近してくるユギトに目もくれずに、その杭を自身の両太股に突き刺した。

 突然の自傷行為に驚いた俺は間抜けな声を出しそうになるが、何とか我慢して謎の行動を起こした男を観察する。

 男の表情は痛みに歯を食いしばるでもなく、諦観の念に捕らわれたものでもない……その顔に浮かんでいるのは愉悦と快楽。

 それを見た俺は行動と表情が噛み合っていないことに途轍もない違和感を感じ、ふとユギトの方を見ると尾獣化した彼女が倒れ込む姿が見えた。

 

 

「ハァ……痛気持ちいぃ……」

「相変わらず気持ち悪い性癖だな」

「別にいいだろうが! むしろテメーの身体の方が大分気持ち悪いじゃねぇか!!」

「見た目などどうでも良い、実用性こそ全てだ」

「俺の趣向も実用的じゃねぇか! 俺は気持ちいいし敵は死ぬんだぞ?

 一石二鳥って奴だろうが!」

「あぁ分かった分かった……いいから早く終わらせるぞ、人が来ると面倒だ。

 どうせ賞金のかかっている奴は来ないだろうしな」

「分かってるっての……この守銭奴が。

 というわけだ……ホントならもっとじっくりとヤりたい処だが、手早く済まさせて貰うぜぇ」

 

 

 そう言うと男は太股に刺さっていた杭を強引に引っこ抜き、今度は自身の両腕に突き刺す。

 身体を前足だけで支えていた猫又はそれで地に伏すことになる。

 しかしそれでもまだ諦めようとしないユギトは口から火遁を放とうとするが、もう一人の男が出した二体の黒い人型が強力な水遁と風遁の術を放ち、彼女の身体が壁に叩きつけられ……る寸前にその身体を抱き留める。

 術が当たった瞬間に尾獣化が解けなかったらこうして受け止めることはできなかったから、ある意味運が良かったのかもしれない。

 

 

「誰だアイツ? てっきりゼツ辺りが覗いてるんだと思ったが……どっかの暗部か?」

「恐らくな……おい貴様、今すぐそれを渡せば優しく殺してやろう。

 だが渡さないというのなら残酷に殺してから奪わせて貰う……さぁどちらを選ぶ?」

「おいおい角都、どっちを選んだって変わんねぇじゃねぇか! そりゃあ可哀想ってもんだ。 どうだ? ジャシン様の贄になるって言うんなら痛みも感じないように殺してやるぜ?」

「貴様の提案も変わらんではないか、全く……それで貴様はどれを選ぶ?」

「どれも選ばないよ……俺が選ぶのは、君たちを退けてこの子を助けるという選択肢だ」

 

 

 そう啖呵を切りつつ、面の下で冷や汗を流しながら彼女を連れて此処から脱出する手段を考える。

 敵は特殊な術を使う上に、理由は分からないけれど致命傷が致命傷にならない凄腕の忍二人……俺は腕の中にいる傷ついたユギトの顔を見て、一度溜息を吐くと、逃げる隙を作るために戦闘を行う覚悟を決めた。

 




久しぶりに主人公が主人公っぽい活躍を……


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第105話 不老と不死

 ユギトを抱えている為に両手が使えない今の状況は非常に良くない。

 気を失った人一人抱えたままの戦闘は、いくら何でもハードすぎる。

 故に初手である程度の時間二人を拘束しつつ、その隙に距離を取るというのが上策だろう。

 此処で仕留めるという選択肢も無いわけではないが、四肢を斬り飛ばされようが、腹を貫かれようが大したダメージになっていない奴らを殺す方法は限られる。

 よって確実性を重視し、二人を拘束した後に逃走という方針で行くことに決めた。

 

 

「‘光の護封剣’発動」

「なんだこりゃあ!? おい角都、なんとかし……っておい、何でテメーは無事なんだよ?!」

「咄嗟に下がったからに決まっているだろう……それにしても見たことのない結界術か。

 思いの外面倒臭い相手かもしれんな」

「(二人同時に捕らえることは出来なかったか……だが一人でも減れば危険は半減だ!)

 面倒臭いのでしたら見逃してくれませんかね」

「それは無理な相談というものだ、此方も仕事だからな」

「というかテメーが後生大事に抱えてるその女は既に俺に呪われてんだよぉ!

 もう何処にも逃げられねぇぜ!」

「呪いね……流石にやったことないけれど少し試してみるか」

「あぁ?! テメー何をブツブツと「‘サイクロン’発動」印も結ばずに風遁だと!?」

 

 

 発動した直後‘サイクロン’は飛段と呼ばれる男を包み込む。

 突然のことではあったが即座に頭部を守って致命傷を避けようとする辺り、絶対に死なないという訳でもないのだろう。

 だがこの魔法の効果はそもそも攻撃ではないのである。

 身構えた飛段は一向に訪れない痛みに疑問を抱き、顔を守っていた自身の腕を見て驚愕した。

 

 

「どういう事だ……何で呪いが解けてやがる!?」

「やっぱり‘黒蛇病’や‘燃えさかる大地’と同じ類と認識されるのか……相手と自分でダメージを共有しているのだろうというのはユギトちゃんとの戦いを見ている時に感じたけれど、こうも上手くいくとは思わなかったよ」

「やはり面倒臭い相手だったか……俺も少し真面目にやるとしよう」

 

 

 角都が此方に向かって走り出すと、その後ろを先程ユギトに水遁と風遁を放った3m近い大きさの黒い人型二体が追従する。

 一先ず囲まれることを避けるために何とか片手でユギトを支えつつ、角都を手裏剣で牽制し、後ろの二体の動向にも注意を怠らない。

 飛んでくる忍具と速射性に優れた忍術が飛んでくるのを避けながら、距離を保ち続けていると飛段の怒鳴り声が響く。

 

 

「糞っ! どうやって俺の呪いを解きやがった……答えやがれ!」

「五月蝿いぞ飛段、どうせそこから出られないのならせめて静かにしていろ……耳障りだ」

「んだとテメー角都! お前がソイツぶっ殺して俺が此処から出たらテメーも呪ってやるから覚悟しろよ!?」

「ヘマを踏むような無能のすることなどに、何の恐怖も湧かんな。

 いいからそこから出る方法でも考えろ足手まとい」

「糞が……ぜってぇ此処から出てテメーを一度呪い殺してやる……絶対だ!!」

 

 

 飛段が先程よりも激しく暴れ出すが、光の護封剣はびくともせずに彼を囲い続けた。

 あの様子なら効果が切れるまでは居ないものとして扱っても大丈夫だと判断し、眼前の敵だけに集中する。

 本当ならば万が一の事を考えて彼にも警戒しておきたいところだが、激しさを増す角都の攻撃を躱すので余裕が無い。

 相手は別段速さに特化した動きというわけでもないのにも関わらず気が付けば距離が詰められている。

 角都という男……単純に強いのもあるが、戦うのが上手い。

 俺が攻撃を避ける先に忍具を投げ、それを躱せばその先には人型が一体待ち構える様なことが何度もあったのだ。

 そんなことがあれば嫌でも分かると言うもの……このまま消極的に隙を探しつつ拘束する事は不可能に近いのだと。

 ならば少し方針を変えねばならない。

 俺は手持ちの忍具全てを角都一人に全て投擲する。

 すると彼は俺の想像通り二体を自分の前に立たせて盾とした。

 それで相手の足が僅かではあるが止まったので、その隙に大きく後ろに跳躍し距離を取ると、それに合わせて急ぎユギトをチャクラ糸で俺の背に括り付けた。

 全ての忍具を弾き終え、再び此方との距離を詰めようと走り寄る一人と二体。

 俺は彼らに向かって二つ(・・)の魔法を使用する。

 

 

「‘昼夜の大火事’発動」

 

 

 彼らの足下から爆発的に広がる炎……その炎は二階建ての家一軒を丸々飲み込む程の大きさまで瞬く間に広がった。

 その範囲に若干入り込んでいた飛段が何やら騒いでいるが、そのまま焼死してくれたのならそれはそれでOKなのでスルーしつつ、恐らく死んでいない角都に備えて次の一手を用意する。

 思った通り別段消えにくかったり、触れた途端炭化するレベルの高温というわけではないので、すぐに水遁で一部の炎を消し飛ばして出てきたが、所々に火傷が見られることからノーダメージというわけではないらしい。

 一瞬このまま続けて二発‘昼夜の大火事’を打ち込もうかとも考えたが、何度も同じ手に引っかかるような相手でもないと思い直し、当初の予定通りようやく伏せてから五分経過して使える様になった罠を使用するための隙を作るため、角都の眼前に先程発動させた魔法を現界させる。

 

 

「‘ブラックコア’発動……ここから消えてくれ」

「時空間忍術の一種か!? 調子に乗るな小僧ぉ!!」

 

 

 角都は咄嗟に自身の身体を人型に殴らせ、身体を後方へ吹き飛ばす。

 その結果人型の一体が直径50cm程の黒い球体に吸い込まれて消え去った。

 それほど期待しては居なかったが上手くいけば一人始末できるかもと思っていた俺は小さく舌打ちすると、使用可能になった二枚の‘強制脱出装置’を発動させてその場から逃走する。

 突然現れた巨大な機械に包まれた俺とユギトはそこから凄まじい速度で備え付けられていた椅子ごと射出されたが、逃がさないとばかりに打ち落とさんと今までで一番の忍術と忍具による弾幕を張られるが、‘サイクロン’で忍術を掻き消して、飛来する忍具の一つをチャクラ糸で絡め取って他の忍具を打ち落とす。

 そして先程使用した‘サイクロン’によって新たな気流が生まれ、かなりのスピードで二人から見えない高度まで到達する。

 そこで俺はチャクラ糸で彼女の椅子を引き寄せ、椅子に備え付けられていたパラシュートでゆっくりと降下しつつ、角都と飛段のいた場所から遙か離れた場所へと着陸するのだった。

 




前回主人公っぽい活躍といったな……アレは嘘だ!


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第106話 帰路

 地面に着いた俺は、一先ず中々の重傷を負っているユギトの治療を行う事にした。

 パッと見ただけでも無数の切り傷や火傷、四肢に空いた直径3cm程の穴……放っておけば出血死しかねない。

 俺の憶えた医療忍術では間に合わないと判断し、まず四肢の傷に‘ご隠居の猛毒薬’を振りかける。

 すると薬の掛かった場所の傷が見る見るうちに塞がっていく。

 しかしそれを三本使用しても傷は治りきらなかった上に、彼女が目を覚ます気配が無い……傷が治っていく課程で肉が盛り上がっていくのを見なくて済んだのは良かったかもしれないが。

 文字通り半死半生の状態だったという事がこの事から分かり、此処で治療していなかったら彼女は死んでいたかもしれないと少し顔を青ざめさせながらも、これでまず死ぬことは無くなったと安堵した。

 完治こそしなかったが、残っているのは小さな傷ばかりなうえ、人柱力特有の治癒力の高さで治りかけている。

 取りあえず未だ目を覚まさない彼女を背中に背負い、空から下りてくる際に小さく見えた雷影邸へと向かって走り出す。

 

 

 あの二人が追ってくるかもしれないので‘緊急脱出装置’を使用して空いた枠に二つの罠を伏せ、不意の攻撃にも対処できるようにしつつも警戒を怠らず、十分程走り続けてようやく雷影邸へと辿りついた。

 先程来た時に姿を憶えられていたのか、俺が「暁二人が二尾を襲撃した。 二尾は無事だが、未だ暁は健在しており、奴らに関しての情報を伝えたいので雷影様にお取り次ぎを」と言うと特に疑われることも無く、入り口に立つ忍は俺に此処で待つように言ってから俺の背に居るユギトを代わりに背負い、邸内へと早足で入っていく。

 暫くそこで待っていると足音が聞こえてきたので戻ってきたのだと思って曲がり角を凝視していると、そこから現れたのは先程の忍ではなく雷影と見たことの無い忍二人。

 彼らは俺の元まで来ると雷影が怖い表情で「暁がいた場所へ案内しろ」と告げた。

 一瞬面食らったが反対する理由も無かったので了承の意を表すと彼らの先頭を走り始める。

 道中暁二人の身体的特徴や戦闘方法等を伝えたり、ユギトの容態を聞いたりしていると気付けば目的地が見える所まで来ていた。

 

 

「あそこの坑道の中の開けた場所で彼女と暁は戦っていました」

「……貴様は何故それを知る事が出来たのだ?

 木の葉の忍である貴様はこんな場所に用など無いだろうが」

「現場を見れば分かると思いますが、かなり激しい戦闘が行われており、その音が耳に入ったので気になりまして……」

「ふん……まぁいい、詳しい話は後で聞く。 今は暁の奴らの方を優先する。

 そしてここから先、貴様は付いて来ずとも良い。

 此処で待つなり、邸内で待つなり好きにしろ……行くぞ」

 

 

 その場に俺だけを残し、雷影達は中へと入っていく。

 木の葉の伝令役を危険に晒すと面倒なことになるからなのか、それとも単に邪魔者扱いされたのかは分からないが、雷影にそう言われれば従うほか無く、これからどうするか考えたところ、脳裏にユギトの様子を見に行くという選択肢が真っ先に浮かんだが、この姿のまま会ったところで何があるわけでもないので棄却し、一先ずシズネにこの事を伝えるために里を探し回ることにした。

 俺と別れる際に彼女は綱手への土産物を探すと言っていた事を参考に土産物屋や酒屋、酒のつまみになる様な腐りにくくて尚かつ味の濃い物を取り扱うような店を片っ端から巡っていく。

 そして五件目の店で一升瓶二本を見比べているシズネをようやく発見した。

 

 

「悩んでいる所悪いが、大事件が起きたから一端それを置いて話を聞いてくれ」

「あ、ヨ……モツさんどうかしたんですか? そんなに慌てて……それに服がボロボロですよ?」

「俺の服とかはどうでもいいから、話を聞きなさい。 先程二尾が暁の襲撃に遭い重傷を負いました。 現在雷影様含めた雲隠れの忍が暁を探しています。

 急ぎ木の葉に戻ってこの事を報告した方が良いのではないでしょうか」

「そんなことが……そうですね、急いで綱手様にお知らせしましょう。

 そう言えばカツユ様を介して綱手様と連絡は取れませんか?」

「出来ればやっているさ……綱手がカツユを呼び出している時じゃなければ連絡は無理なんだ」

「そうですか、では雷影様が戻ってき次第雲隠れを出ましょう。

 そうと決まれば……店員さん、このお酒を包んでください!」

 

 

 カツユと介しての連絡が現状不可能に近いという事を聞いても、別段残念そうな顔は見せずシズネは手に持った二本の一升瓶をレジへと持って行く。

 こんな状況でも普通にお土産を買う彼女に少しだけ頬を引き攣らせながら、ホクホクとした顔のシズネと共に店を後にする。

 よく綱手が飲み過ぎて困る等と言っているシズネだが、実は彼女も結構飲むので木の葉では売っていない酒を買えてご機嫌なのだろう……まぁいざとなったらすぐに真面目モードに戻るから別に構わないけれど、少なく共これから雷影邸で雷影の帰りを待とうとする他里の人間には見えないだろう。

 

 

 雷影邸の待合室にて待つこと一刻程……雷影含む三人が戻ってきた。

 その服には汚れ一つなく、戦闘の痕跡が見当たらないことから暁を見つけることが出来なかったのだろう。

 雷影は不機嫌そうに俺とシズネの正面の椅子にドカッと乱暴に座ると、俺の予想通り「暁の奴等には逃げられた」と結果を教えてくれた。

 現場の戦闘痕から暁とユギトの戦闘がそこであったことは分かったが、雷影達が其処に着く頃には既に敵の影も形もなかったらしい。

 暁二人には怪我らしい怪我も無かったので、人柱力を逃した時点で一端引いたというのが妥当な推測になるはずだ。

 その後は今回会った暁の情報を改めて纏めつつ、一時間程対策等について話し合ったが特に目立った案はなく、とりあえず各里でそれぞれ対策を考えつつ警戒を強める方針でその場は解散となった。

 

 

 ユギトの容態も気になったが、自分の見た限り命に別状はない状態になっていたので、一先ず綱手への報告を優先し、すぐに雲隠れを発ち、火の国行きの船に飛び乗る。

 帰りの船の中、シズネと俺は今回の一件について話し合っていた。

 暁に気を付けろと雲隠れに言いに行ったら、既に暁が潜入しており、あわやユギトが誘拐されるという所で俺が間に入り彼女と共に暁二人から逃走に成功した……改めて纏めると運が良かったのか悪かったのか分からないな。

 友人を助けることが出来た事に関しては良いことなのだが、暗部姿とはいえ恐らくあの二人に恨みを買った事に関しては凄まじく運が悪い。

 出来る事ならば二度と会わないよう神様に祈るとしよう。

 

 

「暁は一体何が目的で尾獣を集めるんでしょうかね……良い予感はしませんけど」

「俺には見当もつかないけど、尾獣が抜かれてしまえば人柱力は命を失う。

 どんな目的があるか知らないが、肯定的な意見は出せないかな……ナルト君も狙われている事だしね」

「そうですよね、綱手様にとってもヨミトさんにとっても彼は孫のようなもの…………そ、そう言えばナルト君で思い出しましたが、あの子先日………」

 

 

 暁の話からナルトの話へと移り、先程までの張り詰めた雰囲気が穏やかになり、そのまま船員を巻き込んだ宴会に移行。

 火の国の港に着くまでの間、これから先の不安を打ち消すかの如く、船の中からは楽しげな声が響き続けた。

 



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第107話 任務完了報告

 木の葉に帰った俺とシズネは真っ直ぐ火影邸へと向かい、任務完了とその後に起こった出来事について報告を行った。

 暁が二尾を襲ったという話を聞いた時は「なんだと?!」と声を荒げたものの、二尾が無事であることを話すと何とか落ち着いて話の続きを聞く体勢へと戻り、報告を聞き終えると綱手は一度大きく溜息を吐いた。

 

 

「二尾を助けた件、良くやったヨモツ……それにしても暁に属する忍は癖の強い輩が多いな。

 起爆粘土を使うデイダラ、砂の天才造型師赤砂のサソリ、うちはの天才うちはイタチ、元忍刀七人衆の一人干柿鬼鮫……そして今回雲隠れに現れた死なない忍の飛段と角都か。

 何奴も此奴も一筋縄じゃいかない連中ばかりだ」

「俺は今聞いた中の半分ほどしか知らないけれど、サソリという男は綱手の弟子が倒したって聞いたよ?」

「そうだ、故に現在生きている暁の中である程度情報があるのは五人、暁が何人で構成されているかは不明だがこれまで判明した構成員から考えると、楽観視出来る要素は一つたりとも存在しない。

 特に今回ヨモツが戦ったという二人に関しては早急に対策を考えねばならないだろう」

「ではシカクを呼んで、直ぐにでも対策会議を開きましょう!」

「頼んだぞシズネ、ヨモツは戻って良い……ご苦労だった」

 

 

 そう言って机の書類に向き直る綱手に俺は一礼して執務室を後にしようとしたが、前を歩くシズネが立ち止まったことで釣られて足を止める。

 何かに気付いたかのように少しだけ目を見開いて振り返るシズネの腕には荷物の中にあった酒瓶が抱えられていた。

 

 

「あ、忘れてました! 綱手様、これお土産です。

 雲隠れで結構有名なお酒だそうで、美味しいと評判だそうですよ」

「おぉ、そうか! では取りあえず一口「仕事が終わってから飲みましょうね!」……一口位良いじゃないか」

 

 

 諫められて端正な顔立ちを一瞬歪めて小さな声で文句を言うが、其程距離が離れていない為にシズネの耳に入り、彼女は疲れた様に肩を落とす。

 そんなお決まりの流れを見て、俺は相も変わらずストッパーとして働いているシズネの苦労を想い、苦笑を浮かべざる得ない。

 

 

「そう言って一口じゃ終わらないから言ってるんです……そうだヨモツさん、コレ預かっていてください。

 それで仕事が終わり次第綱手様とお家に行きますので、久しぶりに一緒に飲みましょう!」

「それは別に構わないけれど……三人で飲むのなら一升じゃ足りないかい?」

「それなら大丈夫です、これ以外にも何本か持って行きますから」

「そうかい? なら俺も何本か用意しておくことにするよ……つまみは和え物とか乾物でいいかい?」

「えぇ十分です、綱手様も良いですよね!」

「良いと言えば良いんだが……欲を言えば鳥のササミも用意して欲しいところだな」

「勿論用意しておくよ、火影様の好物だからね」

「なら私からは特に言うことはない……さぁて、じゃあ一段落つくまで頑張るとしようか!」

 

 

 綱手の現金な対応に俺とシズネは顔を見合わせて笑うと、書類に判を押す作業を黙々と行い始めた彼女に一礼し、今度こそ執務室を後にした。

 建物を出て直ぐに一言二言交わした後シズネとも別れ、懐かしの……という程は離れていなかった我が家へと帰宅。

 暗部の格好のまま家に帰るわけにもいかないので、いつも通り物陰に隠れて‘光学迷彩アーマー’を発動してから、家の中へと入る。

 一先ずザブンと風呂に入って旅の汚れを落とし、軽く飲み会の下拵えをしてから彼女達が来るまで疲労回復の為に一眠りをして時間を潰すことにした。

 

 

 この数日間で色々と濃密な体験をした所為か、泥のように眠り続け、目を覚ました時には外は夜の帳に包まれていた。

 疲れが抜けきったとまでは言えないものの、少しだるい位までは体力が回復した俺は欠伸を噛み締めながら、明かりを点けつつ台所へと向かう。

 冷蔵庫を開けて、用意しておいた幾つかの食材を取り出し、それぞれを少量ずつ摘む。

漬けていた野菜も良い感じの味になり、和え物も良い塩梅に味が染みているのを確認できたので、これで何時二人が来ても大丈夫だと一人頷いて、地下の暗所に置いてある酒を幾つか引っ張り出して表面に薄く積もった埃を払い落とす。

 俺は別段酒が好きというわけでもないから、何かイベントでもない限り酒を開けることはない。

 引っ張り出してきた酒も買ったのは少し前にラベルに惹かれて衝動買いした一品である……流石に摩訶不思議やどんでん返しなんてラベルを見かければ気になるに決まっているだろう。

 美味いかどうかは予想も出来ないが、美味かろうが不味かろうがネタの一つにはなると、自分自身を説得して買い、今の今まで本の在庫と共に地下で眠っていた酒……それを今日開ける。

 決していざという時苦しみを分かち合う仲間が欲しかったとかいう気持ちは全くない……無いったら無いのだ。

 少しだけ悪い顔をして一升瓶を拭いていると、玄関の戸を叩く音が聞こえる。

 二人が来たのだなと思い、急ぎ玄関の戸を開けると予想通り、其処には綱手とシズネが立っていた。

 

 

「すまんな、会議が長引いてこんな時間になってしまった」

「何サラッと嘘ついているんですか!? 綱手様が途中で机を叩き割った所為で書類が飛び散った所為じゃないですか!」

「机を叩き割ったって……何でそんなことに?」

「ははは……しょうがないだろう、ご意見番の二人が無理ばかり言うんだ。

 ついイラッとして……な」

「『つい』じゃないですよ! あの時のお二人の視線の冷たさたるや、鉄の国の真冬日に匹敵する位でしたよ!?」

「まぁまぁ、取りあえず此処は寒いから中に入るといい。 料理の用意も出来ているし、少ないけれど俺も酒を用意したから、飲みながら話を聞くよ」

「そうだぞシズネ、私は飲み会を楽しみにして今日の職務を乗り切ったんだ。

 さぁ飲むぞ~、今日は飲み明かすぞ~」

「はぁ……明日も仕事があるんですから、程々にしておいてくださいよ?」

 

 

 居間に二人を通して台所へ料理を取りに行くと、後ろから「手伝います」とシズネが腕まくりしながらやってくる。

 殆ど準備は終わっているけれど、一人でやるよりは早く出来るのは確かなので、ありがたくご厚意に甘えさせて貰って盛りつけを彼女に頼んだ。

 彼女が持参した幾つかの肴も皿に盛って持てる限りの料理を持って居間へと向かうと、既に手酌で飲み始める綱手の姿が……シズネがそれを見て表情筋をピクピクさせているが、すぐに諦めたかのように息を吐いて料理を並べる。

 

 

「私たちが来るまで位待ってくださいよ……空きっ腹にお酒は良くないですし」

「まぁ硬いことを言うな、それに腹には溜まらないが肴はあるさ……なぁカツユ」

「こんばんはぁ……あれぇ? お二人とも影分身をなさっているんですかぁ?」

「流石に一人で飲むのはつまらなくてな、少し相手をしてもらっていたんだ。

 中々面白い話を聞けたぞ? 主にヨミトの事だったがな」

 

 

 ニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべて俺の方を見る綱手にカツユが何を話したのか凄く気になったが、聞いたら聞いたで凹みそうなので深く追求はしないでおく。

 こうして騒がしくも始まった飲み会は用意した酒を全て飲み干して全員が酔いつぶれるまで続き、翌朝全員顔色がとんでもない状態になったまま仕事に向かう羽目になるのだが、それを差し引いても楽しい飲み会だった。

 



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第108話 ヤマト

 暁の二尾襲撃から数週間が経過し、件の二人組についての対策がそれなりに練られてきた頃、火の国における実力者集団守護忍十二士の一人である地陸という忍が殺されたという情報が木の葉に届いたため、元守護忍十二士に所属していた上忍猿飛アスマ率いる小隊がその人物が所属していた火ノ寺へと聞き込みに行き、そこで二尾を襲撃した二人組と遭遇した。

 その結果猿飛アスマが重傷を負ったが、なんとかその場は犠牲を出すことなく暁を退けることに成功したらしい。

 ただし猿飛アスマの怪我の具合は相当悪く、特に利き腕と両足の腱はもう治ることが無く、忍として戦場に立つのはほぼ不可能という話を彼とそれなりに交友のあるシズネから聞いた。

 本人は死ななかっただけ儲け物だと言っていたらしいが、見舞いに来た夕日紅上忍がそれを聞いて涙ながらに怒ったのだとか……まぁシズネに聞いたところ、彼女のお腹にはアスマ上忍の子供が宿っていた様だからしょうがないだろう。

 何にせよ件の二人が火の国に入ったという事で、此処木の葉の里も厳戒態勢へと移行している。

 アスマ上忍の担当していた二代目猪鹿蝶トリオも彼の敵討ちに燃えているとの噂を彼らの同期である日向の御令嬢から聞いた。

 彼らには既に不死者対策があるらしく、数日中に戦闘を仕掛けるらしい。

 こういった情報が錯綜する中、俺が何をしているかというと……普通に店を開けていた。

 

 

「子供の成長は早いもんだ……店主もそう思うだろ?」

「そうですね、少し見ない内に見違える程成長するのが子供ってものですから……ナルト君が三年ぶりに里に帰ってきた時なんて本当に吃驚しました」

「家の子もアスマさんの一件で木の葉の忍としての心構えが出来たらしくて、すっかり大人顔負けの気迫ってものを感じられる位になった……もう何時俺を超えてもおかしくない」

「シカマル君にとって、シカクさんはまだまだ大きな壁であり目標だと思いますよ」

「俺としてもそう簡単に抜かれてやる心算はないさ……親ってのは何時までも子供に良いとこ見せておきたいもんだからな」

 

 

 そう言って笑う彼の顔は一片の曇りすらない笑顔で、戦場に向かう息子への信頼が如実に表れていた。

 暇つぶしの本を探しに来たシカクだったのだが、入れ違いで退店したヒナタの姿を見て子供の話が始まり今に至る訳だが……小さかった彼が大きくなり、親になって子供の成長を喜ぶ。

 何とも時代の流れを感じざる得ない……だが俺は歳を取らない。

 彼らが老い、子の世代も老い、孫の世代が老いようとも俺はそのままの姿で生き続ける。

 今になってその事が少しだけ……ほんの少しだけ怖い。

 何時か生きることに疲れて自ら死を選ぶかもしれないし、ふとした事で事件に巻き込まれて命を落とすかも知れない。

 だが死なずに何千、何万という年月を生きるかもしれない可能性もある……考えれば考える程思考の深みに嵌っていく。

 しかしこの場にいるのは俺だけではなく、彼から声を掛けられることでネガティブな思考は中断された。

 

 

「ところで三年程前から店を留守にすることが増えているが、何か病気でも患っているのか?」

「俺もそれなりの歳だからね、体調が悪い日は無理をしないようにしているよ。

 別に大きな病気を患ったとかではないから心配しないで大丈夫」

「そうか? 大丈夫なら良いんだが……店主位の歳なら一人暮らしは大変だろう。

 家政婦とかは雇わないのか?」

「家は其程広くないし、家事とかしていた方がボケ難いって聞くから、まだ家政婦を雇う予定は無いかな」

「そういう理由なら無理には薦めんが……無理はするなよ?」

 

 

 少し心配そうな表情を浮かべながらも納得してくれたのか、それ以上彼が家政婦雇用について話を振ってくることはなかった。

 その後少し話をして、シカクは適当に小説等を数冊レジに置いて会計を済ませると、一言二言挨拶を交わしてから店を後にした。

 再び静寂に包まれる店内だったが、次の客は思いの外早くやってきた。

 見たことのない顔・・・・・・少し特徴的ではあるが木の葉の額当てを着けているから忍だろう。

 俺が「いらっしゃいませ」と挨拶すると、普通は返事を返すなり、スルーして本を探すなりするんだが、彼は違った。

 軽く頭を下げてから、一直線にカウンターにいる俺の方へ歩いてくる。

 その行動を見て、もしかしたら強盗かもしれないと身構えたが、彼はカウンターの少し前で立ち止まり、手を差し出してくる。

 

 

「どうも始めまして、僕の名前はヤマトと申します」

「はぁ・・・・・・どうも、本瓜 ヨミトと申します」

「今ナルトの班の隊長をやってまして、一度保護者であるヨミトさんに挨拶をと思って来ました」

「そうですか、態々どうもありがとうございます」

 

 

 少し戸惑いはしたものの、握手を交わしたことで少しだけ心的距離が縮まり、緊張が解ける。

 最近はナルトも忙しいらしく、あまり腰を据えて話す機会が無かったのだが、隊長がヤマトという名前の忍に替わったというのは聞き及んでいた。

 曰く感情の感じ取れない真っ黒な瞳、曰く夜突然出くわしたなら腰を抜かすこと請け合い等々……あまり良い評価ではなかったが、別段嫌っていそうな雰囲気は無かったので特に俺は気にしてはいない。

 

 

「今日挨拶しに来たのは、今度ナルトが少し危険な修行に取り組む事になりまして、その事に関する報告と言いますか……なんというか許可を戴きに参りました」

「危険……ですか?」

「危険な状況になる前に僕が抑えることが大前提としてあるんですけど、それを踏まえても危険がないとは言えないものですから」

「具体的にはどのような危険があるのでしょうか?」

「簡単に言えばチャクラと集中力を限界まで酷使しますので、無意識に九尾のチャクラを引っ張り出してきてしまう可能性があり、その結果として暴走してしまう……そんなことが考えられます」

 

 

 彼の言う暴走というのをこの目で見たことがあるわけではないが、少し暴れるとかいうレベルじゃないのは彼の声のトーンからも窺える。

 許可を取りに来たと言っていたが、話を聞く限りすぐに肯定的な意見を出すのは難しい。

 ふとナルト本人はどう思っているのか気になった。

 結局の所重要なのは本人の意志である。

 

「……ナルト君にその話はしましたか?」

「えぇ、ナルトはそれらを理解した上でその修行に取り組みたいと答えました」

「そうですか………分かりました。 ナルト君がそう望むのであれば、俺がその意志を挫く訳にもいきません」

「ならば許可を出してくださいますね?」

「えぇ……ナルト君を宜しく頼みます」

「はい、何も起こらないよう、全力でサポートさせて頂きます」

 

 

 もう一度、今度は此方から握手を求め、力強く二度目の握手を交わすと彼は直ぐさま「修行の準備に取りかかります」と言って、瞬身の術でその場から消えた。

 うちはサスケの変わりように落ち込み、力不足を嘆いていたナルトだ。

 多少の危険を犯してでも強くなりたいのだろう……その足を引っ張ることなど俺には出来ない。

 それに彼は一人じゃない……仲間も、頼りになる上司もいる。

 忍として強くなるのに俺が手伝える事は無いに等しいが、それでも差し入れや激励の言葉を掛ける位は出来るだろう。

 修行とやらが何時始まるのか知らないけれど、今度時間を見て昼食でも差し入れに行こうと決め、店番をしながら手軽に食べられるメニューを記憶から掘り起こすのであった。

 



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第109話 新術のリスク

今まで生きてきた中で最も怖い夢を見た

団地で子供連続殺人事件が起こり、その犯人(女)に知り合いの生皮を剥がれ、それを着られ、自分は団地の屋上近くの階から落とされ、途中で金網に引っかかって生き残り、マンホールの蓋が飛んで、そこから腐敗し始めた数十の子供の遺体があふれ出し、上を見ると知り合いの皮を着ながらこちらを見て笑っている夢
まとめるとこんな感じだけど、途中で犯人が俺の手に暗号めいたものを書いて「私の名前を当てて」とか言ってたり、俺を落とす瞬間「私の名前は○○(生皮剥がれた知り合いの名前)」と告げられたり、犯人が水が滴るレインコートを着てたりとオカルトテイストが結構高い夢だった……落ちる夢や死ぬ夢は良い夢って言うけど、ぶっちゃけ勘弁


 ナルトがまた大活躍した……その戦闘後すぐにぶっ倒れて病院に直行したらしいのだが、今は病院のベッドにいながらも元気にしている。

 俺は彼が入院したとシズネ経由で知り、見舞いに来たのだが思いの外元気そうで驚いたものだ。

 好奇心から何故怪我を負ったのかと本人に聞いて、そこで彼の大活躍を詳しく知る事になったのだが、その内容は思っていた以上に凄かった。

 何と暁のメンバーの一人である角都という名の男を倒したのだとか……一度戦った事で奴の実力をある程度知っている俺としては、仲間の協力があったとしてもそう簡単に倒せる相手ではないことは分かっている。

 故に驚きを隠せなかった。

 思わず奴の不死性をどう攻略したのかと尋ねそうになったが、唯の本屋の店員が何故暁のメンバーについて知っているのかと問われれば困ったことになるとギリギリで自制し、多少強引ではあるが話題転換をすることにする。

 

 

「そういえば修行はものになったのかい?」

「勿論だってばよ! おっちゃんが差し入れに来た次の日に完成したし、あの修行で出来た術で暁のヤツにトドメを刺したんだ」

「術? あの修行は新術を学ぶ為のものだったのかい?」

「あれ、おっちゃんに言ってなかったっけ? あの修行は螺旋丸に性質変化を組み込む為の修行だってばよ」

「そうだったのか……どんな術が出来たのか聞いてもいいかな?」

「別にいいんだけど、上手く説明できるかな……簡単に言うと螺旋丸に風の性質変化を加えた術だってばよ。 まぁ使ったら俺の手にも被害が来る未完成の術なんだけどな」

 

 

 そう言って包帯に包まれた腕を少しだけ持ち上げる。

 目立った傷が見えない中で一際目立つ腕の怪我だったが、それが自身の放った術の反動だと聞いて眉を顰める。

 

 

「ナルト君……その術は出来るだけ「使うなって言うんだろ」……そうだね」

「分かってるってばよ、綱手のばあちゃんにも絶対使うなって言われたしな。

 俺も分かってるんだ……あの術を放った瞬間に腕に大量の針を突き刺したような痛みが走ったから。

 きっとアレを何度も使うとヤバイ事になるんだと思う……でも俺は絶対使わないって約束は出来ないってばよ」

 

 

 少しだけ伏し目がちだった視線をしっかりと俺に向け、何を言われようとも考えを曲げないという意志を伝えてくる。

 この頑固さは誰に似たのだろうか……何にせよ俺が何を言おうとも、ナルトはいざとなれば腕を犠牲にしてでも術を放つつもりだ。

 幾ら俺が止めようと意志が変わらないのであれば、止めようとするのは無駄でしかない。

 それならばむしろいざという時にどうするかを考えた方が良いだろう。

 

 

「ナルト君……自分の信念に従うのを止めはしないけれど、無茶をしてはいけないよ?

 月並みの言葉かもしれないけれど、君が傷つくことで心を痛める人もいるんだからね」

「分かってるってばよ……」

「それが分かっているなら、もう俺から言うことはないかな……そろそろ面会時間の終わりも近いから、俺はここらでお暇するよ」

「おう、今日は来てくれてありがとうおっちゃん」

「いやいや、元気そうで良かったよ。 今日は怪我がどんな具合か分からなかったから花しか持ってこなかったけど、明日は果物でも持ってくるから楽しみにしているといい」

「そいつは楽しみだってばよ! やっぱ病院食は薄くてあんまり喰った気がしないから、少しでも味が濃いものを食べれるなら大歓迎!

 そうそう、昔作ってくれたラーメンっぽい味の兵糧丸でもOK!

 あれってばちょっと苦いけどちゃんとラーメンの風味があって結構好きな味なんだよなぁ……サクラちゃんの兵糧丸もアレ位美味しかったらよかったのに」

「ははっ、あれは結構作るのに時間がかかるし、また今度ね。

 さてと代わりと言っちゃなんだけど少しリッチにメロンでも買ってくるとしようかな……よいしょっと、それじゃ安静にしているんだよ?」

 

 

 病室を出た俺は真っ直ぐ火影邸へと足を向ける。

 用向きはナルトの怪我について……一応病院で主治医に話を聞きはしたものの、ナルトの怪我に関しては自分よりも火影様の方が詳しいと聞いたのが理由だ。

 アポがあったわけじゃないので面会出来ない可能性もあったけれど、短時間であれば時間が取れるとのことで、執務室へと向かうと綱手が一人書類と向き合っていた。

 俺が部屋に入ってもその顔を上げることはなく、その忙しさが窺える。

 そんな中で時間を取って貰ったことに後ろめたさを感じ、今からでも「やっぱりなんでもない」と言って帰ろうというかという思いが頭を過ぎったところで、綱手の方から声を掛けてくれた。

 

 

「話があるということらしいけれど、できれば手短に頼むよ。 見ての通り忙しくてしょうがないんだ」

「分かった……話はナルトの腕のことなんだけど、どういう状態なんだい?」

「あまり良い状態じゃあないさ……ナルトが作った新術は知っているか?」

「詳しくは知らないけれど、螺旋丸に風の性質変化を加えた物ということだけは……」

「どういう効果をもたらす術かは知らないという事だな。 なら簡単に説明するが、あの術は螺旋丸の中に風のチャクラを混ぜ込み、着弾と同時に爆発的に効果範囲を拡げ、範囲内の者に極小の針状に変化したチャクラで膨大な回数の攻撃を加える事で対象の細胞にある経絡系を全て損傷させるという術だ」

 

 

 細胞を攻撃する術なんて防ぎようがない……そんな術をナルトが作ったのか?!

 例え性質変化の副産物的な物だったとしても、途轍もないことだ。

 だが気になる部分は其処よりも、術のリスクの方である。

 

 

「そんな危険な術だったのか……ということはナルト君が言っていた腕に感じた痛みっていうのは……」

「螺旋丸は術者の手の上で作り上げる術、着弾前であろうと漏れ出る風のチャクラによって術者が傷つく事は想像するに難しくない。

 今ナルトの腕の経絡系は傷ついている……そしてその傷はある程度治ることはあっても完治はしない。

 あの術を使えば使う程治らない経絡系は増えていき、いずれは腕でチャクラを練ることが出来なくなるかもしれない」

「そこまでリスクの高い術だったとは思わなかったよ……もう少し強く諫めておいた方がよかったかもしれないな」

 

 

 壊死とまではいかないにしても、腕でチャクラが練れないとなると忍としては致命的に等しいハンデを背負うことになる。

 だがナルトは例えそうなろうとも仲間を助ける方が大事等と言いそうだ……だからこそあれほど慕われるようになったのだろう。

 それが誇らしくもあり、同時に厄介でもある。

 綱手も同じ事を思ったのか、呆れたように軽く溜息を吐きながら時計を見て書類を片付け始めた

 

 

「まぁ言っても聞かないだろうがな……さぁ話は終わったんだろ?

 私はこれから医療部と暗号部に行かなければならないんだが」

「あぁ時間を作ってもらって感謝しているよ。

 職務頑張ってね」

 

 

 一緒に部屋を出た後、綱手は片手を上げて返事をして曲がり角の先へと消えていく。

 俺はそれを見送ってから店への帰路に着き、通り道で見舞いのためのメロンの下見をするのだった。

 












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第110話 痛み

 ナルトが退院してから一ヶ月程経った。

 暁の構成員二人を倒したということで少しだけ色めきだった里もすっかり落ち着き、いつもの騒々しくも平和な里に戻ったある日……一つの訃報が人伝に聞こえ始めた。

 木の葉の三忍の一人、潜入任務中に自来也が殉職したという噂だ。

 三忍といえば木の葉においてトップクラスの実力者、その彼が亡くなったというニュースが里に良い影響を与えるはずは無く、先日とは一変して重い雰囲気が漂っている。

 一部の噂だと自来也は暁の首領……ペインという人物の事を調べるために排他的な雨隠れの里に潜入し、そこで交戦の後敗れたのだとか。

 彼を慕うものも多かったために仇討ちを考えるものも出てくるかと思ったが、相手は自来也を倒すほどの猛者……無計画に仕掛ける愚も犯せない。

 その事をもどかしく思っている者も多いだろう。 しかし俺はそれよりも二人を心配する気持ちの方が強かった。

 

 

 ナルトと綱手……二人は彼と細くはない縁で繋がっていた。

 片や古くから付き合いもあり、最近は単なる友愛以上の感情を抱いていた相手。

 片や師匠であり、祖父の様であり、目指すべき目標でもあった相手。

 そんな相手を失った二人の心情たるや如何なるものか……綱手が沈み込んでいたという話はシズネから、ナルトの様子がいつもと違うという話はイルカからそれぞれ聞いている。

 しかしナルトはイルカと話し、綱手は一日自室に篭る事で一時的に折り合いをつけたらしい。

 弟子として、火影として……二人は彼の思い出を胸に前へ進むことを選んだのだ。

 結果ナルトはより強くなるために極一部の人間以外は知らない場所へと一人修行に向かい、綱手はその事を深く考えないように今まで以上に仕事に力を入れた。

 俺はそんな二人に殆ど何も出来なかった……精々何処に向かうのかも知らないナルトへ応援の言葉を送り、綱手の書類仕事のアシストをした位だ。

 そんな自分に無力さともどかしさを感じつつ、時間は過ぎていく。

 

 

 ナルトが修行に出てから数日経ったある日、俺はシズネからの手伝い要請も無かったので客のいない店の中でボーっとカウンターで本を読んでいた。

 すると突然轟音と共に空気が震え、地面が揺れて本棚から本が幾つか床に落ちる。

 どう考えてもただ事じゃないのは明らか故に、急ぎ変化を解き暗部姿へと着替え外に出た。

 周りを見回せば里の各所で煙が立ち上り、家よりも数段大きい獣が数匹散在しているのが確認できる。

 大蛇丸による木の葉崩しを彷彿とさせる光景を見て呆気に取られながらも直ぐに我に返り、一先ず今の状況を確認するために情報が集まりそうな火影邸へ向けて初めの一歩を踏み出したところで聞きなれた声が聞こえて歩を止めた。

 

 

「待ってくださいヨモツさん!」

「カツユ……様? これから火影邸の方へこの状況について聞きに向かおうと思っていたところだったのですが、俺に何か?」

「綱手様からの言伝があります。 ヨモツさんは至急シズネ様と合流し、彼女の指示の元行動するようにとの事です」

「……心配事もありますが分かりました」

 

 

 店から離れることが主な心配事なのだが、地下の倉庫さえ無事なら店の再建は出来るのだから、ここは綱手の言伝通りに動いた方がいいだろう。

 枕ほどの大きさのカツユを肩へと乗せ、シズネがいる場所へと向かって走る。

 カツユ曰くシズネの今居る場所は暗号解析や尋問等を行う建物らしく、六人いるペインの内の一人の遺体を自来也が蝦蟇に持たせていたので、彼女は其処で遺体から情報を引き出していたらしい。

 検死の結果現状分かったことについてカツユから聞いていると突然その口が止まり、カツユの顔色が悪くなった。

 

 

「いけない! 急いでください、シズネ様が敵に捕まりました」

「何だって?! 糞……恰好の的になりかねないからやりたくなかったのだけど、仕様が無い。

 全力で目的地目掛けて跳ぶから、しっかりくっついていてくれるかい?」

「はい、決して離しません」

 

 

 その返事を聞いた俺はその瞬間全力で地面を蹴り、弾丸のようなスピードで高度を上げる。

 高いところから見た今の里は酷いもので、至る所に倒れた人の姿があり、ある意味九尾の襲来の時よりも生々しい様を見せていた。

 その光景に歯を食いしばりながらも今はシズネの事だけを考えねばと、目的地を注視する。

 すると目的の建物の上にシズネの頭部に手を置いている男の姿が見えた。

 一気に血の気が引き、一刻も早くシズネを助けるためにその男目掛けて全力でクナイを投擲する。

 長年鍛えた肉体と修行によって培ったチャクラコントロールによる肉体活性をフルに使った投擲は、音を置き去りにして男を滅さんと飛ぶ。

 一度投げただけで肩がダルくなるほどの全力投擲……それも視界に入りにくい高所からの狙撃だ、俺は男が崩れ落ちる様を幻視した。

 しかし男はシズネから手を離しはしたものの、難なく避けてその場を後にする。

 後姿目掛けて一発‘ファイヤーボール’を放つがそれも此方を一瞥もせずに躱し、その姿を見失った。

 歯牙にもかけられなかった事に若干の悔しさを感じつつも、本格的に交戦する羽目にならなくて良かったとも感じる矛盾した感情を抱きながら、目的地へと着地してシズネへと駆け寄る。

 シズネの近くには既に数人の忍が集まっており、その内の医療忍者と思わしき人物が彼女の容態を確認していた。

 

 

「彼女の容態はどうですか?!」

「脳から強制的に記憶を引っ張り出されたショックで意識を失っているだけだと思います。 後遺症などはおそらく無いでしょう……ところで貴方は?」

「俺はヨモツと申します。 火影様の命でシズネ上忍の元へ向かうよう言われたのですが……」

「そうですか……先ほどのクナイと火遁は貴方が?」

「えぇ、難なく躱されてしまい、あまり役には立ちませんでしたが」

「いえ、あのクナイが無ければシズネさんは更に悪い状態になっていたかもしれません。

 決して無駄などではありませんでしたよ」

「そう言っていただけると気が休まります」

「それは良かった……それでは私たちは、怪我人達の救助に向かいます。

 申し訳ありませんが貴方はシズネさんを安全な場所へ連れて行ってください」

 

 

 シズネを診ていた医療忍者は医療器具等を仕舞い、俺に一礼すると上忍らしき人を先頭にしてその場にいた忍者達はその場を後にする。

 その内の一人である金髪のくの一は去る前に振り返り、「シズネさんをよろしくお願いします」と頭を下げてから、他の忍者達の後を追った。

 




仕事で熊とニアミスしたぜ!
後一歩で死後の世界の有無を確認できたね!……超怖かったよ
すげぇ獣臭するんだもん、みんなも気を付けてね
意外と熊とかまだ冬眠してないぞ


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第111話 ロックオン

あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします


 シズネと意図せぬ形で合流した俺は気を失っている彼女を背負い、極力揺らさないよう気を付けながら病院へと向かった。

 道中何人何十人という一般人がピクリともせずに地面に転がっているのを見かけ、仮面の下の表情を歪めたが、この場において俺が優先すべきはシズネの命。

 彼らのことは救助に奔走している医療忍者達に任せることにして先を急ぐ。

 途中巨大なムカデの化け物と出会(でくわ)したりしたが、その場に居た上忍数人が相手をしてくれた御陰で難なく通ることができ、無事シズネを病院へと連れてくることに成功した。

 病院内は野戦病院を思わせる様な慌ただしさであり、ロビーですら重傷者・軽傷者入り交じって床に寝かせられている。

 床を埋め尽くさんばかりの患者に対し、見える医療忍者の数は両手の指程しかいない。

 医療忍者の苛立ちを含んだ声や患者の呻き声が聞こえる中、一人の医療忍者が此方に気付き近寄ってきた。

 

 

「暗部の人か……っておいっ!背中に背負っているのはシズネさんか!?」

「えぇ、襲撃者に脳へ直接アクセスされた負荷で気絶してしまいまして……」

「……命に別状はないんだな? それなら一先ず他の患者と同じ様に空いたスペースに寝かせておいてくれ。

 脳となると出来れば精密検査しておきたいが、今は其処まで人員にも時間にも余裕が無い。

 アンタに余裕があるなら暫くシズネさんの様子を見ていてくれないか?

 それでもし身体が痙攣を起こしたり、吐いたりしたら直ぐに教えて欲しい……手術の必要が出てくるからな」

「分かりました」

 

 

 そう言い残して彼は別の患者の元へ行ってしまったので、俺は辺りを見回して空いている場所に自分の上着を敷いて其処へシズネを寝かせた。

 病院の窓から外の様子が見えるが、相変わらずB級モンスターパニック映画のような光景が広がっている。

 巨大なカメレオンやムカデ、イヌ、トリ、カニとバリエーション豊かなラインナップ。

 それが暴れ回る絵は正に現実離れしており、それと身一つで戦っている面々もまた現実感が遠ざかる原因になっている。

 しかし其処に近づけば近づく程に現実感は増し、広がる光景は死屍累々の地獄絵図。

 巨大生物の一挙一動で里の一部が破壊され、力ない人々が倒れていく。

 好き勝手に暴れ回る其奴等に思うところがないわけでもないが、俺はそれ以上に気になるものを見つけて一人病院を出る。

 

 

 それを見つけたのは偶然に等しかった。

 忍術の数々が怪獣へと放たれ、お返しとばかりに其奴等が暴れ回る中で、空に浮かぶ小さな人影。

 それは跳躍でもなく、飛行でもない……まるで重力が働いていない様に空に静止していた。

 この状況下で落ち着き払い、尚かつ全てを俯瞰(ふかん)できる位置に立つあの人物こそが恐らく今回の襲撃の主犯格だろうと予想し、その挙動に注目する。

 ふとその人物はゆっくりと両腕を拡げ、それに伴って彼を陽炎のようなものが包み込むと、次の瞬間それが爆発的に範囲を拡げた。

それがなんなのかは分からなかったが、周囲の物を地面ごと吹き飛ばしながら巨大化するそれを馬鹿正直に見ているわけにも行かず、一瞬躊躇しつつも一つの魔法を発動する。

 

 

「これはあまり使いたくなかったんだが仕方がない……カツユは懐に入っててくれ。

 吹き飛ばされるかもしれないからね」

「一体何を……」

「ちょっと人災に天災で対抗しようと思ってね……魔法‘大嵐’発動!」

 

 

 俺の能力圏内100m四方に暴風が吹き荒れる。

 遊戯王における‘大嵐’というものは、場に存在する全ての魔法と罠を破壊するという強い効果を持つ制限カード。

 ただし場に存在するもの全ての、とあるように、自身の場にある物も破壊されてしまうため、使うタイミングを誤ると一転ピンチになりかねないものだ。

 自身が予め伏せておいた罠が破壊されるのを感じ、切れる札が減った事で戦略の幅が狭まってしまった事に歯噛みするが、今は身体を吹き飛ばされないように踏ん張らなければならない。

 この魔法の効果は自身を中心とした100m四方……俺が動いてしまうと魔法の発動範囲も変わってしまう。

 故に少なくとも術が完全に効果を消すまで、件の人物との距離が100m以内でなければならない。

 この魔法の発動時間は‘サイクロン’と同様長くはないが、それでも大型台風にも匹敵する風圧に身体が飛ばされかける。

 咄嗟に足を地面へ突き立てて飛ばされるのを防いだが、結果として小さくない音を鳴らしてしまった。

その結果……自由落下を開始していた件の人物と目が会う。

風に流されながらも俺から目を離さないことから、恐らくこの風の原因が俺であると悟ったのだろう。

 

 

 魔法の効果が終わり、風が止んだ瞬間に俺は‘大嵐’によって消えた罠を伏せ直した後に、‘突進’を発動して、その場から全力で走り出した。

 敵の術が及ぼした里への被害はそれなりに甚大ではあったが、里のど真ん中に100m級のクレーターが出来て、それの二次災害に近い形で吹き飛んだ物が周囲の建物を破壊した程度で収まった様だ……里が無くなるよりはマシだと思いたい。

 それよりも今は一直線に此方へ向かってくる襲撃者の仲間と思わしい二人をどうするか考えなければならない。

 既に彼方は俺をロックオンしており、他の者など見向きもしない……見てないものの反撃してはいるが。

 俺を追う二人は片方が頭に角の様なものが複数生えているハゲであり、もう片方は顔に小さな杭が六つ刺さっている女。

 足の速さでは何とか此方が勝っている様で、何とか追いつかれずに済んでいた。

 ふと懐から声が聞こえる。

 

 

「今綱手様に現状をお伝えしました! 直ぐに応援を送ってくださるそうです!」

「それは良いニュースだねカツユ……悪いニュースは後ろの男性が此方にミサイルのようなものを発射しようとしているところかなぁ」

「みさいるって何ですか?」

「起爆札満載の筒みたいなものだよ……うわ来たっ!」

 

 

 男の腕がパカッと開き、小型のミサイルが大量に発射された。

 流石にホーミングではないらしく、全てが全て俺の方へと飛んでくるわけではなかったが、後ろから厚い弾幕を張られるのは恐怖でしかない。

 俺は逃げながら多少目立つのも覚悟で‘光の護封剣’を発動し、二人を拘束した。

 忍術と違って印を組む事無く発動できるために、相手も発動を予知できずに無事捕獲できたが、何らかの方法で抜け出してくるかもしれないと考えて、そのまま速度を落とさずに逃げ続ける。

 その予想は残念な事に当たっており、逃げるにあたって前を向いていた数秒間の間に二人の姿は消えていた。

 しかも俺を取り囲むように四方から怪獣が迫っているし、遠くには馬鹿みたいなサイズの蛙が三匹……怪獣を相手にするのなら巨大ロボが欲しいなぁと若干の現実逃避をしながら、一つ溜息を吐いて‘魔導師の力’を発動させた。

 



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第112話 ジャイアントキリング

 現在伏せている罠は二つ、未だ効果が消えていない‘光の護封剣’、そして‘魔導師の力’……四つの枠が埋められていることで今の俺の身体能力は三倍近くになっている。

 眼前に迫り来る四体が一体ずつ仕掛けてくるのであれば、余裕を持って対処できる位にはなったはずだ。

 しかし四体同時となるとそうはいかないだろう。

 その上何時先程の奴らの仲間が此方に来てもおかしくない状況故に、最後の一枠を埋めるのは避けたい。

 手っ取り早く‘ライトニング・ボルテックス’辺りで一掃するというのも一つので手ではあるが、未だ道端には生きているのか死んでいるのか分からない人達がいるのだ。

 それらを無視して広域殲滅系を使えば関係者に大きな恨みを買いかねない。

 自分の命には替えられないが、それでもそれは最終手段……どうしようもなくなった時に使う手としておく。

 取りあえず今は底上げされた身体能力と修行で培った技術、そして伏せた二枚の罠でこの場を乗り切るつもりで動くしかない。

 

 

「カツユ様、どの位で増援が来てくれるか分かるかい?」

「五分以内に着くと!」

「五分か……長い五分間になりそうだね」

 

 

 迫る怪獣の圧迫感に流れる冷や汗を拳で拭い去ると同時に、俺はその場で高く跳躍した。

 次の瞬間怪獣が先程俺が立っていた場所へと殺到する。

 俺を狙う怪獣はムカデ、カメレオン、トリ、カニの四体。

 それぞれが巨体故に衝突によってダメージを負っていることを期待したが、其程甘くはなく、空中は俺の領分だとばかりにトリの化け物が急旋回、急上昇で此方を狙う。

 咄嗟にチャクラ糸を伸ばし、アパートらしき建物の屋上に設置されていた水の入ったタンクに結びつけると、それを引っ張ってその上に着地した。

 勢いが着いていたためにタンクは凹み、下部から少量の水が漏れ出すが、それを気にする暇もなく今度は巨大なムカデが体躯をしならせながら此方に迫る。

 ギチギチと鋭い牙を打ち鳴らし、口を開け噛みつかんとする顎の下へと潜りこみ、無防備な頸部を全力で蹴りつけて、その反動で移動……カニの甲羅目掛けて弾丸の如く接近した。

 勢いそのままに重力をも味方に付けて跳び蹴りを放つが、蹴り砕くには威力が足りずカニの巨体が地面にめり込む。

 トリは旋回を繰り返して隙を探っている様で、足の下のカニは地面に埋まった足を引っこ抜こうと暴れ、ムカデは何事も無かったかのように再び此方へ顎を向ける。

 ふとカメレオンが見当たらない事に気付き、カツユに尋ねようと口を開いた瞬間、後方から風切り音と共に何かが迫ってくるのを感じてその場を飛び退いた。

 すると見えない何かがカニの甲羅を強く叩き、抜け出しかけたカニの足が再び地面に埋まる。

 見えない攻撃という点で今のがカメレオンの放った一手だろうと当たりを付けて、小さく舌打ちをした。

 

 

「まるで光学迷彩……敵に回すとこれほど厄介だったとはね」

「一体は少しの間動けないと思いますが、未だ四体とも目立ったダメージは負っていません……何か倒すもしくは動きを止める手はありませんか?」

「一体位なら無いわけではないけれど、あれほどの大きさの相手に使用したことはないからどれ位の効果があるのか分からないんだ……」

「ですがこのままでは押し切られてしまうかもしれません……ここはその一手に賭けるのも一つかと思います」

「それもそうか……なら一つ賭けてみるとしようか!」

 

 

 今伏せている二つの罠は逃走用のものと、敵対者を高確率で殺せるもの。

 一つ枠が空けば取れる戦略も増える……そう考えれば悪くない選択のはずだ。

 ならば次の問題は誰に使用するかという問題……硬いが遅いカニは却下、カニよりは速いが単調な攻撃しかしないムカデも同じく、トリは速くて動きも多彩だが中々攻撃を仕掛けてこないので上に避けられる可能性がゼロではないので却下……ならば消去法で未だ此方に手か舌か分からないが攻撃をし続けているカメレオンが妥当だろう。

 伏せている罠は攻撃反応型なので例え攻撃が見えていなくても関係無く発動するのだ。

 そうと決まれば少しばかり今までよりも気合いを入れて動き回り、発動のタイミングを計る。

 時折仕掛けてくるトリの攻撃に反応しないようにタイミングを計り、カメレオンの攻撃が発する風切り音を頼りに俺は罠を発動させた。

 

 

「罠発動‘炸裂装甲(リアクティブアーマー)’」

 

 

 罠の発動と同時に現れた俺の身体を覆う剣山の様な鎧。

 それにカメレオンの攻撃が触れようとした瞬間に鎧は弾け、まるで意志を持っているかのようにその破片の全てが一カ所目掛けて飛んでいく。

 今までの攻撃は恐らく舌によるものだったのだろう……無数の鎧の欠片が周囲に溶け込んでいたその身体を血で染める。

 十秒にも満たない時間で出来上がったのは朱く血生臭い巨大なオブジェ。

 千切れ飛んだ舌は原型が分からなくなる程に破壊されており、所々にその破片が転がっていた。

 

 

「一番厄介だった奴を処理できたのは良かったけど……流石に気持ちが悪くなる光景だな」

「……先程の物が何かは聞きませんけれど、他に方法はありませんでしたか?

これはいくら何でも人道に外れた技です……」

「人に放った時の事を考えると、とても凄惨な光景が広がる事を考えるに難しくないね……これは極力使わないようにするよ」

 

 

 俺は漂う濃厚な血の臭いに若干の吐き気を憶えつつも、未だほぼ無傷の三体を警戒する。

 残った三体は目の前で起こった惨事にも全く反応を示さず、先程と変わらない行動を繰り返す。

 ひたすら俺を噛み千切ろうと襲いかかるムカデとそれに合わせて攻撃を仕掛けてくるトリ……そして先程の‘炸裂装甲’の余波でようやく脱出出来た足の一本もげたカニ。

 一体可哀想な子がいるが、見て見ぬ振りをしつつ時折その子が放つ水遁を余裕を持って躱す。

 地面に半分埋まっている所為か何度もムカデに踏まれ、一向に脱出出来る気配がないカニは放っておき、仕掛けてくるムカデにカウンター気味の打撃を当て続けるが、ダメージが通っている気配が無い。

 かといってトリは一定の高度を保ち、ヒットアンドアウェイを繰り返す……正直千日手になりつつある状況だった。

 これはまた一つ手札を切らなければならないかと思い、幾つかの魔法を思い浮かべていると、何処からか起爆札付きのクナイがムカデ目掛けて飛んできて、その身体が仰け反る。

 クナイの飛んできた方を見てみると、其処には家の常連客の一人が立っていた。

 



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第113話 切れ者

 少し離れた家の屋根に立っていたのは高い指揮能力と状況判断力から木の葉のブレーンと称される奈良シカク。

 純粋な戦闘能力も上忍だけあって低くはないが、やはり着目すべきはその観察力だろう。

 短い時間で相手の癖や性格を見抜き、行動を先読みする……まるで未来を知っているかのような作戦を立てることで木の葉の里の中でも一目を置かれている人物だ。

 そんな人物が増援に来てくれたことに心強さを感じつつ、横合いから爆破されたにも関わらず殆どが此方に集中する攻撃を躱しながら彼と合流する。

 当たれば吹き飛ばされる事が必至の攻撃を共に躱しながら俺とシカクは初対面の挨拶を交わす。

 

 

「お前がヨモツって暗部か? 俺は奈良シカク、話は綱手様から聞いている……一先ず今は情報が欲しい。

 取りあえずあの三体について分かっていることを教えてくれ」

「わかった、簡潔に説明するとでかいムカデは知っての通り無駄に硬い上にそれなりに速いが攻撃が単調。

 飛んでる奴は速さと飛行能力以外は特に目立ったものはないが、他の奴の攻撃に合わせてくるから気をつけた方が良い。

 そして最後に彼処で藻掻いているカニは水鉄砲のようなものを吐くし、堅さもムカデよりあるが動きが遅い……俺が分かっているのはこんな所だ」

「そうか………ならあのトリさえ何とか出来ればイケるな。

 俺があのトリを押さえ込むからお前はその隙に最も威力のある一撃をかましてくれ。

 見たところアイツだけは硬くなさそうだしな、手段についてはお前に任せるぞ……では散!」

 

 

 こちらの返事を聞くことなく、彼は攻撃を回避すると同時に俺とは別方向へと跳び、カニ目掛けて複数の起爆札を投げつける。

 足が失った所為で未だ満足に身動きの取れないカニは迫るそれに対して為す術もなく直撃。

 しかし自慢の甲羅は起爆札程度では罅を入れることも出来ず、むしろその衝撃によってその身体が宙へと飛ばされ、地面から完全に抜け出すことが出来たということを考えれば、今の一手は間違いなく悪手なのではないかと思い、彼の方を見ると再び起爆札を投擲する体勢をとっていた。

 空中で身動きの取れないカニへ追撃するのは良いのだが、先程大して大きなダメージを与えられなかった起爆札をもう一度放つ意味が分からない。

 彼の考えが全く読めない俺は、とりあえずは彼を信じて先程頼まれていたトリへの一撃を準備する。

 先程よりも枚数を増した起爆札が再びカニへと着弾し、空中に居るが故に踏ん張りの利かないカニはまるで弾丸の様なスピードで飛ぶ。

 カニの飛ぶ先には俺に攻撃を仕掛け続けるムカデの身体がそびえ立っており、側方から豪速で迫る巨大な弾丸を奴は躱すことが出来なかった。

 硬い甲殻をもつ両者であったがカニの甲羅の方が硬度は高く、ムカデの外殻は大きなひび割れを作り、その身体も家数軒を倒壊させながら倒れ込む。

 

 

 俺はその想像だにしなかった戦果に驚愕を隠せずに思わず足が止まる。

 その瞬間を敵は逃さなかった……高々度から太陽を背にした垂直落下攻撃。

 鋭い嘴を武器に俺の身体を貫かんと高速で飛来するそれに気付いた時にはもう回避は間に合わなかった。

 このままでは死ぬと思い、伏せてあったもう一枚の罠を使用しようとした瞬間、まるでビデオの一時停止のようにトリの身体がビタッと停止する。

 現実感のない目の前の光景に疑問を抱き、トリの身体を見ると無数の黒い縄のようなものがその身体に巻き付いていた。

 ふと奈良一族の秘伝忍術の存在を思い出した俺はこの状況を作り出したであろう人物へ視線を向けると、彼も特殊な印を組みながら此方を向いていた。

 

 

「さぁお膳立ては済んだ……次はお前がかます番だぞ、ヨモツとやら」

「ハハハッ、流石木の葉一の切れ者! 彼処まで派手にやって、メインは俺を囮にすることだったのか! 全然読めなかったよ」

「そいつは重畳、敵を嵌めるにはまずは味方からというからな」

「正直一言言って欲しかったが、まぁいいさ。

 それはさておき俺もやられっぱなしは性に合わないんでね……今度は俺が驚かせるとしようか!」

 

 

 現状残っている枠は二つ、動けないトリ相手なら今の状態(魔導師の力)で殴るだけ十分だろうが、少しだけ遊び心を出した俺は少し距離をとる。

 そして‘突進’を二枚同時に発動させ、その場から全力で走りだす。

 一歩目で大量の土煙を上げ、二歩目で風の壁を突き破り、三歩四歩と徐々に速度を上げ、最高速に達したところで地面を蹴りつけて敵目掛けて跳び蹴りを放つ……これが全力全壊の俺式ダイナミックエントリーである。

 馬鹿みたいな速度で放たれた一発の跳び蹴りは、音を置き去りにして敵の身体を穿った。

 トリの肉片が飛び散り、ばらまかれる臓物……残るのは血生臭くなった上に靴が速度に耐えきれずはじけ飛んだ所為で裸足になった俺。

 少し恰好は残念だが、この結果を見て彼も吃驚してくれただろうと思い、彼の方を見ると訝しげな目で此方を見ていた。

 

 

「何故そんな目で俺を見る?」

「明らかに過剰攻撃だっただろうが……そもそもあれだけのことが出来るのならムカデやカニ相手でもどうにかなったはずだ。

 後あれだけの動きをして反動はないのか?」

「それがそうもいかないんですよ……あれは速すぎて猪の如く直進しかできないので、動けない相手位にしか使えない欠陥技ですから。

 反動ももちろんあります……足から腰に掛けて大分痛みますから体の負担的に、日に一発が限界っていうのも欠点の一つですね」

「そりゃあ確かに使い所が難しいな……納得した」

 

 

 彼は少しだけ考え込むような仕草をしてから、一度小さく頷くとそう言った。

 そして酷い状態のトリの死骸から目を離して、残りの二体へと向き直る。

 俺も服にへばり付く肉片を払い落としながら其方を向くと、所々に罅の入った身体を揺らしながらキチキチと威嚇音を鳴らすムカデと、ひっくり返ってバタバタと足を動かすカニの姿が其処にあった。

 それを見てもうカニは放置して良いんじゃないかと提案しようとした瞬間、二体の身体が突如煙に消える。

 

 

「送還された? 何故このタイミングで……術者に何かあったのか?」

「何にせよ助かった……残った二体は別段強い訳じゃなかったが、倒すのは大変そうだったからね」

「それはそうだが……まぁいい、ここに俺の仕事がもう無いのなら、俺は綱手様の命令通り他の救援に回ることにする」

「俺は綱手様の護衛に回ることにする。 どうやら大変なことになっているみたいだしね」

 

 

 空に浮かび上がる大小の岩が集まって、巨大な球体を作り上げつつある光景を見て、俺は引き攣った笑いと共に冷や汗を流した。

 



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第114話 護衛

 奈良シカクと別れた後、カツユに道案内を頼んで綱手の元へと走りだした俺は、空に浮かぶ偽りの星から目を離さずに目的地へと向かう。

 岩が集まって出来たそれは依然変わらず、地上から大小入り交じった岩を引き寄せてその大きさを増していく。

 カツユが示す綱手の居場所に着く頃には、山にも匹敵する程の大きさまで成長しており、あれが里に落ちてきたならば確実に里は壊滅の憂き目に遇うことになるだろう。

 一先ずあれをどうするのか聞くために綱手の元へと駆け寄ろうとしたところで、カツユに止められた。

 ここからではよく見えないが怪我でも負ったのか、横たわっている綱手を一人の医療忍者が看ているようだ。

 此処へと来る事に反対しなかったにも関わらず、目的の人物に近づくなというカツユに抱いた疑問を投げ掛ける。

 

 

「何故止めるんだい?」

「……綱手様は里の怪我人を直すために大量のチャクラを私に流し込んで医療忍術を発動させたことで、チャクラが限りなく零に近い状態なのです。

 ヨモツさんなら知っていますよね、綱手様があの若々しい姿をどうやって維持しているかを」

「常時発動し続けるタイプの肉体活性術の一種とかだという話は聞いたことがあるけど」

「その通りです……ではチャクラが切れた綱手様が今どのような姿をしているか分かって頂けるかと思います」

 

 

 綱手の術の中でも秘奥に属するものの中には細胞分裂の速度を急激に上昇させて不死の如き肉体再生能力を得る術がある。

 人間の細胞分裂の回数は予め上限が存在し、上限に近づくと言うことはそれだけ肉体が老いると言うことに他ならない。

 故に本来の綱手の肉体は実年齢よりも老いているのだろう……それが露わになっているだろう今、あまりその姿を見せたくないというのは女性としては当たり前の感情なのだろう。

 それに現状綱手の状態を回復させる手段は無いに等しいのだから、近寄っても出来ることはそう多くない。

 

 

「何となく事情は察したよ……しかし余計に分からなくなった。

 何故カツユ様は俺を此処に連れてくることを了承したんだい?

 会わせたくないのであれば近寄らせないのが一番の選択だろう?」

「私もそう思いますが、綱手様の命には替えられません……見ての通り今綱手様を守っているのは治療中の医療忍者一人と襲撃者の攻撃によって小さくない怪我を負った綱手様直轄の暗部数名です。

 襲撃者の数から考えれば明らかに守り手が少ない……故にヨモツさんにも綱手様の護衛に回って欲しいのです」

「今まで何度も守って貰ったからそれは別に構わないけど、件の襲撃者は今何をしてるのかな?

 彼処に見覚えがある相手が転がっているけれど」

 

 

 里のど真ん中にあるクレーターの中央付近に倒れた朱い雲が描かれたマントを纏った人物が倒れている。

 その顔には幾つかの黒い杭が刺さっており、俺を追いかけていた二人組の仲間であろう事がわかった。

 シズネを難なく倒した彼らを倒したのが誰か気になり、戦闘痕からそれを探ろうとしたが、俺の考えが分かったのかその疑問にカツユが答える。

 

 

「ナルト君ですよ、仙人の力を習得したナルト君が彼らを倒したのです」

「仙人の力ってなんだか凄そうだね……実際凄いんだろうけど、その肝心のナルト君は一体何処に?」

「それは……」

 

 

 カツユが答えに迷っている内に空へと浮かぶ巨大な岩の一角をぶち破って、化け物が顔を見せた。

 八本の尻尾らしきものがそれに続くように岩の中から現れ、それは耳障りな大声を上げる。

 昔何処かで聞いたことのあるような鳴き声に、何処か見覚えのある顔つき……その身体に皮が付いていない事で気付くのに遅れたが、それは間違いなく十数年前に里を襲った九尾の姿だった。

 それを見て現在ナルトがどこに居るのか察する。

 

 

「ナルト君はあの中にいたんだね……それにしても何故九尾の封印が殆ど解けているのかな?」

「ヒナタさんが犠牲になったのが原因だと思います。

 彼女はナルト君を助けるために命を賭けて敵に挑み………」

「そうか……ヒナタちゃんが逝ったのか。

 忍者という職業をやっている以上そういうこともあるだろうが、やはりコレばかりは慣れないな」

 

 

 知らぬ内に強く握りしめた拳から血が滴る。

 それなりに長い付き合いになる少女がその命を散らしたということに、襲撃者へ怒りにも似た念を抱く。

 しかしその怒りを表に出す暇もなかった……何故なら事態が急激に動き始めたからだ。

 ナルトの中から解き放たれ掛けた九尾は突如煙に消え、代わりにナルトがそこに立っていた。

 どうやって九尾を再封印したのかは分からないが、正気を失っている風もなく彼は再び首謀者を止めるために動き出す。

 

 

 ナルトが戦闘再開する一方で九尾が出てきた際に弾かれ飛ばされてきた少なくない数の石礫が里に降り注ぐ。

 隕石の様に摩擦で熱されたりはしていないが、まるで雨のように降ってくる大小様々な岩は範囲内にいる一般人に絶望を与えた。

 数多の忍者が起爆札や忍術によって当たれば即死するであろうサイズの岩を破壊したが、拳大のサイズまでは対応しきれない。

 打撲、骨折、気絶etcetc……二次災害に過ぎないそれは今回の襲撃の中で最も多くの被害を出したといっても過言ではないだろう。

 

 

 そんな中で俺が何をしていたかといえば、綱手の元へと飛来する岩を増幅された身体能力を武器に蹴り砕いていた。

 護衛の忍者達は既に殆どのチャクラを失っていたらしく、数人がかりの土遁の術によって簡易のシェルターを作り出すのが精一杯。

 半径3mにも満たない小さな防壁ではあったが、動けない綱手を守るには必要なものだった。

 自身の命を顧みずに外からその壁を強化する土遁使いが2人と、内側から強化する1人、それらのことを全て気にせずに綱手の治療を行う者が一人。

 彼らには俺の事など見えておらず、彼らからは自分の仕事を全うし、必至に綱手を守ろうとする意志が感じられた。

 そんな彼らを見て俺も自分のすべきことをしようと、降り注ぐ岩の雨を目につくもの片っ端から砕く。

 蹴り砕いてはその反動で次の岩へというのを繰り返し行い、尚かつシェルターを外から守る二人に岩が当たらないよう細心の注意を払う。

 神経を削るような肉体労働ではあったが、始まりがあれば終わりもある。

 何時しか終わりの見えなかった岩の雨も止み、一つの轟音と共に里を襲撃した主犯と思わしき人物は地に伏した……若き英雄の活躍によってこの事件の幕は下りたのだ。

 



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第115話 被害

 あの後ナルトはまるで弾かれる様に何処かへと走り去った後、暫くしてから里へと戻ってきた。

 何処へ行ったのかは知らないが、誰も止めなかったことから見ると必要なことだったのだろう。

 現に大怪我を負って道に倒れ伏していた人達の傷が逆再生の様に癒え、至る所で歓声が上がっているのを見れば明らかだ……同期のくの一達に涙ながらに抱きしめられている所を見るとどうやらヒナタも無事蘇ったようで本当に良かった。

 そして彼らは一人、また一人とナルトの去った方角へと歩き出し、里の英雄を迎える準備を始める。

 ナルトが戻ってきた時……地面が震えた。

 溢れんばかりの歓声に、彼に駆け寄る友人達。

 その中心に居るのはつい三年前まで里の厄介者として迫害に近い扱いをされていたナルトだ。

 ナルト自身この様な扱いを受けたことが無いために大層戸惑っていたが、彼を囲む友人達に胴上げをされている内その顔には満面の笑みが浮かぶ。

 俺としても一声掛けたいところではあったが、たまたま目に入ったイルカも遠巻きに見る位で留めているので自粛することにして、一先ず病院に預けたシズネの様子を見に行くことにした。

 

 

 病院の中も先ほどの場と同じ様に歓声が上がっており、感知系の忍から聞いた話によってナルトが里を救った事を知り、ナルトを称える様な声が満ちていた。

 その中には昔ナルトに石を投げていた者も含まれていて少し思うところはあったものの、ここで俺が吼えるとこの空気をぶち壊すことになるし、ナルトがどう思うのかが優先されるために感情を抑えて当初の目的であるシズネの元へと向かう。

 俺が横たえた場所に居なかったので近くに居た人に彼女の居場所を聞くと、目が覚めてからすぐに治療する側に回り、今は病院の何処かにいるらしい。

 その話を聞いた俺は礼を言って、順繰りに病院内を回っていく。

 カツユを経由してその場所を知ることが出来ないかとも考えたが、シズネに着いていた分体は敵に襲われたときに消えているために知ることは出来ないのだとか。

 幸い十分程でシズネを発見し、その身体に異常が無いことは本人の口から確認することが出来た。

 彼女は自身に起きた事を良くは覚えていなかったが、俺とて詳しく知らなかったのでその話は早々に打ち切り、話は綱手の話へと移行する。

 綱手の状態に関しては俺よりもカツユの方が詳しいために彼女に説明を任せると、その説明を聞いている内にシズネの表情が驚きに染まった。

 

 

「陰封印・解を使ったということは今綱手様は……カツユ様! 今綱手様は何処に!?」

「護衛の方が此方へお運びしています……おそらく後五分もしない内に着くものかと」

「五分ですね、急いで準備をしないと!? 気になる所もあるでしょうからヨ……モツさんは一度戻ってから瓦礫に埋まった人達の救助に回ってください」

「ここに居ても手伝えそうなことはないみたいだから御言葉に甘えるよ」

 

 

 シズネは軽く頭を下げると足早にその場から去った。

 俺としては綱手の治療の手伝いをしたかった所だが、本職の人たちほど技術に長けている訳ではないし、何よりシズネの目が綱手のために此処は引いてくれと訴えかけてきていたから彼女の言葉に従うことにしたのだ。

 それに気になることがあるのも事実……俺の店がどうなっているか見ておかねばならない。

 ‘大嵐’によって敵の広域破壊忍術はある程度防いだが完璧に発動を防いだわけではなかったし、降り注いだ岩の雨や、戦闘による二次被害によってどれ程の被害を受けたかは全く想像がつかなかった。

 道中見慣れた町並みが見る影も無い状況にあるのを改めて確認し、自分の中である程度の覚悟を決める。

 そして次の角を曲がれば店が見えるという所まで辿り着く……自然と心臓の鼓動が早まり、額を一筋の冷や汗が伝う。

 一歩、また一歩と近づいていき、遂に角を曲がりきって自らの家の状態をその目で確認した。

 時が止まった様に俺は動きを止め、懐に入っていたカツユも「あっ!」と小さく驚きの声を上げる。

 

 

 店は見るも無残な状態でそこにあった。

 前面には幾つも穴が開いており、その穴から中の惨状が少しだけ見える。

 しかしそんなことよりももっと印象的なのは屋根に開いた巨大な穴だ。

 店の屋根には面積の四分の一ほどの穴が開いており、二階の窓は全て砕け散っていた。

 どう見ても岩の雨の一雫が飛来したとしか思えない……屋根の四分の一に匹敵する大きさの岩にとって木造建築の建物なんて障害にすらならなかっただろう。

 おそらく一階……下手をすれば地下にまで被害が及んでいると未だ明瞭でない頭が判断する。

 地に足着かぬような足取りで無意識の内に店の中へと入り、ゆっくりと店内を見回した。

 

 

「ヨミトさん……どうか気を落とさずに」

「あぁ……こうなる事も予想していなかったわけじゃないんだ。

 あれ程大規模な戦闘が行われていたのだからこうなる事も想定してはいた……だけど想像するのと現実として向き合うのはやっぱり違うね。

 この店は無機物だったし、修繕すれば前と変わらないように開店できると思う……でもカツユが誤って溶かしたカウンターやシズネちゃんとアンコちゃんが取り合ってボロボロにした椅子は原型を留めていないから新品に換えるしかない。

 一つ一つは古びた家具に過ぎないけれど、それらが醸し出していたこの店の個性はもう戻ってこないんだ……それが寂しい」

「ヨミトさん………」

 

 

 カツユの気遣わしげな空気を感じ、自身がしていたネガティブな思考を無理やり打ち切り、一度強く両頬を叩くと陰鬱な気持ちが晴れて、思考がクリアになってくる。

 俺の突然の行動に少し驚いた様子のカツユに苦笑いを浮かべながら、彼女を懐から肩へと乗せ直す。

 

 

「……でもここで凹んでいても何も好転しない。

 今俺に出来る事を一つ一つやっていかないといけないね。

 幸い岩は地下まで達してはいなかった様だし、たぶん直すのにもそれ程時間は掛からないと思う。

 だから今はシズネに言われた通り救助に回ろう」

「激しい戦いを行った後なのですから、あまり無理を為さらないでくださいね……ヨミトさんまで倒れたらシズネ様がより悲しみますから」

「分かっているよ、あの子は優しい子だから必要以上に背負ってしまう事がある。

 あまり負担を増やさない様にしないと潰れかねないからね」

 

 

 シズネはしっかりしているが、まだ三十代前半の女性だ……そんな彼女に負担を掛けるというのは気が引ける。

 それに今は綱手の件もあって一杯一杯だろうから、極力気遣ってあげた方がいいだろう。

 その一歩目として、先ずは怪我人の救助に回る。

 理由は分からないが、今回の戦いで負った傷はその殆どが突然治っていったが、建物の下敷きなどになっている場合等は治ってもすぐに怪我をしている事だろう。

 今俺が出来る事はそういった人達を一人でも多く見つけて助け出す事だ。

 幸い掌仙術はそれなりに出来るから、救助班の足手纏いにはならないだろう……さぁ、では仕事に取り掛かろう。

 



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第116話 雲隠れの三人

婆ちゃんが脳動脈瘤発覚、転倒時腕骨折……何となくお祓い連れていきました
もう祖父母は婆ちゃんしかいないから長生きして欲しい


 木の葉が壊滅的な被害を受けた一件から十日程経った頃、未だ動ける状態にない綱手に変わって新たな火影が選ばれることになった。

 志村ダンゾウ……暗部組織のトップでもあり、色々と黒い噂の絶えない男が選ばれた事で不安を抱く人も少なくなかったが、現状特に大きな変化も起こらないのですぐに今一番行わなければならないことに意識が移り、里の人々総出で復興作業に努めている。

 勿論その輪の中には俺も含まれており、現在ナルトの担当上忍も務めているヤマトの忍術により立て直された店の内装の変更及び無事だった商品を並べ直すという作業に追われていた。

 発禁図書や希少本、在庫のストックを置いてある地下室が無事だった為に開店するだけなら其程開店に時間は掛からないだろうが、この状況下で古本屋に客が来るとも思えないが故に、以前と同じように店内に幾つかの仕掛けを仕込んだり、内装を少し落ち着いた形に変えたりと別段急いでいないことにも手を出している。

 

 

 勿論それだけをしていた訳ではなく、綱手の見舞いにも足繁く通っていた……未だ彼女の病室へ入ることは許されず、外でシズネ経由で花や果実を渡している位しか出来てはいないのだが。

 綱手への面会を許されているのは担当医としての役割もあるシズネと、綱手の弟子である春野サクラのみ。

 今の弱った綱手を狙う者がいないとも限らないし、身体機能の低下によって免疫機能の低下なども引き起こしている彼女への接触者を出来る限り減らしたいという事なのだろう。

 俺としても直接見舞いを行いたいという気持ちはあるけれど、優先すべきは綱手の早期復活なので医学薬学のプロである二人の決定に逆らうつもりはない。

 まぁそんな訳で見舞いに行っても其程長居することなく真っ直ぐ店に戻ることになるのだが、病院からの帰り道に向かい側から歩いてくる人の中に珍しい顔を見かける。

 相手の方も俺に気付いたらしく、会釈して此方へと近づいて来た。

 手に幾つかの巻物を持った浅黒い肌の三人組だったのだが、その一人が以前ユギトと共に店に訪れた客の一人の様だ。

 

 

「お久しぶりです店主、この度は災難でしたね」

「お気遣いありがとうございます、えっと……サムイさんでしたよね?」

「えぇ、あの時は良い店を紹介して頂いて助かりました。

 それにお土産まで頂いてしまって……帰りの道中、ユギトの機嫌たるや見せて上げたかった位です」

「些細なものですが、喜んで貰えたのなら良かったです」

「因みに飴は何処の店で「あのサムイさん?」あぁすみませんでした、少し話に華が咲いてしまいましたね。

 オモイ、カルイ紹介します、以前木の葉に来た時に寄った古本屋の店主さんで、ユギトとも個人的に親交がある方なので、また会う機会もあるかもしれませんよ?」

 

 

 そう言って彼女は二人の後ろに回って軽く彼らの背を押した。

 前に出てきた二人の表情に何かを含んだものを感じられないので、おそらく無駄な時間取らせやがって的な感情は抱いていないのだろう。

 

 

「どうも、ご紹介に預かりました古本屋本の宿の店主をやっておりますヨミトと申す者です」

「カルイだ……です」

「オモイと言います(あぁこの自己紹介が切っ掛けでこのお爺さん経由でユギトさんと仲が深まって、ユギトさんと結婚する事になって子供ができたら、その子供に人柱力を宿す素質があって雷影様から我が子に幼い頃から厳しい修行を課せられたらどうしよう)」

 

 

 元気の良さそうというか気が強そうというか……目に力がある女性がカルイで、なんか妙な空気醸し出している棒付き飴を咥えている男がオモイか。

 中々特徴のある二人なので忘れることはないだろう。

 自己紹介も終えたところで気になっている事を、一歩引いたところで見守っていたサムイに尋ねてみることにする。

 

 

「御三人方は木の葉に何か用事ですか? もしかして今回の一件について話を聞きに来たとかですか?」

「いえ、木の葉に起きた事に関して知ったのは此処に来てからですので……結果としてその話もする事になりましたが、今回私共が木の葉を訪れたのは抜け忍うちはサスケについて話を聞くというのが一つの目的です。

 そうだ、ここは店主の話も聞かせてもらえないでしょうか?」

「うちはサスケですか……」

「貴方が保護者をしているうずまきナルト「「マジかよ(ですか)!」」の元班員であり……カルイ、オモイどうかしましたか?」

「い、いぇ何でもないです(やべぇアイツの親代わりかよ……流石に面と向かって顔の原型がなくなるまでボコりましたなんて言えない)」

「俺も特には(俺は手を出していないけど、止めなかったから同罪だよなぁ……もし今回の事が外交問題まで発展して、雲隠れと木の葉の戦争なんかになったらどうしよう)」

 

 

 なんか突然声を上げたかと思えば、暑くもないのに汗をかき始めた二人に首を傾げながらも、サムイは此方を向き直って話の続きを始める。

 俺としても二人の反応は気にならないこともないが、一先ずサムイの話を聞くことを優先することにした。

 

 

「そうですか? では話を続けますが、うちはサスケは木の葉を抜けた後大蛇丸の元で修行を積み、彼者を殺害……ここら辺は木の葉にいる貴方の方が事情に詳しいかもしれませんね」

「里を抜けたとはいえ元木の葉の三忍の一人でしたから、里でも結構な話題になっていましたからね」

「だと思いました。 話を戻しますが大蛇丸の庇護下を抜けた現在の彼は暁という組織に属しているのですが……先日彼を含む四人組が八尾の人柱力であるビー様を襲撃、途中ユギトが助太刀に入ったおかげで大きな怪我を負うこともありませんでしたが、今回の事で雷影様が甚く立腹しておいででして、その事に対する抗議と今後に備えてうちはサスケの情報を頂きに来たと云う訳でして……(まぁ襲撃に対して怒っているというのもありますが、騒ぎに乗じてビー様が姿を眩ませたというのも大きな原因でしょうね)」

「そうだったのですか……そういうことであれば微力ながら力になることも吝かではありませんが、俺が知っている事は限られていますし、何より見たところ既に幾つか寄って話を聞いてきた様子。

 新たな情報は無いかもしれませんがそれでも良ければ、俺が知っている事を語りましょう」

 

 

 うちはサスケについて知っている事はナルトとの会話に出てきた内容位しか知らないわけだが、その殆どは里を抜ける前のものばかり。

 里を出た後の情報は里で囁かれる噂話レベルの事しか伝えることは出来ず、三人は顔には出さないまでも落胆しているようだった。

 

 

「やはりそう簡単に有用な情報は手に入らないと言うことですか……時間を取らせてすみませんでした。

 今は少し用事が押していますのでコレで失礼させて頂きますが、今度来る時に時間があればお店の方へ寄らせて頂きますね。

 では行きますよカルイ、オモイ」

 

 

 優雅に一礼をして、その場を後にしようとする彼女を追うように二人は俺へ軽く頭を下げてから早足で彼女の元へ駆け寄る。

 賑やかな喋り声が此方にまで聞こえてくるところをみると、あの二人は俺の立ち位置がイマイチ分からなかったのだろう。

 サムイとの会話で得られる俺の情報は二尾の人柱力ユギトの友人であり、九尾の人柱力ナルトの(名目上)保護者でもある古本屋の店主……恐らく彼らの頭の中では様々な疑問が湧いているはずだ。

 どういう経緯でユギトと仲良くなったのかとか、忍者でもない人間が人柱力の保護者というのは有り得るのか等聞きたい事は意外と多かったのかもしれない。

 まぁ聞かれれば答えられる範囲で答えただろうが、人柱力についてはデリケートな話題になるので、恐らくサムイが俺と彼らに気を利かせて切り上げたのだろう。

 クールに見えて、その実よく気が利く女性であることは前回店に来たときに何となく分かっていた……それを改めて実感し、今度彼女が店を訪れる時には常連価格位には値引きして上げようと心の中でこっそりと決めた。

 



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第117話 選択

 雲隠れの三人と話してから少し経ったある日の昼頃、シズネが勢いよく店の戸を開けて嬉しそうに綱手が目を覚ましたことを伝えに来た。

 伝え終わった後すぐにその姿が煙と消えたことから、恐らく影分身体だったのだろう。

 綱手が目を覚ましたことに合わせて見舞いに行くことも解禁され、むしろ食べ物持って見舞いに来て欲しいと頼まれた俺は、店の戸に張り紙をして急ぎ見舞いの品を見繕いに里を練り歩く。

 買ったのは見舞いの定番である赤々とした林檎とオレンジを数個、そして奮発して買った高級メロン……メロンの値段が400両もして、林檎とオレンジの合計金額の4倍以上だったことから、その高級さを分かって欲しい。

 そんなちょっと豪勢な見舞い品を持って綱手の病室へと辿りつくと、病室の中からシズネが飛び出してきた。

 あわや正面衝突するという寸前で彼女の方がブレーキを掛け、俺の眼前で止まる。

 

 

「あぁヨミトさん! もういらっしゃったんですね、でも綱手様は今お食事中で……ってその手に持っている果物はお見舞いの?」

「そうだけど……それがどうかしたかい?」

「丁度良かった! 綱手様ぁ、果物でも良いですか!?」

「食べ物であるなら何でも構わない! 今はただ身体の欲するがまま栄養を取らなきゃ治るもんも治らないからね」

「という訳でヨミトさん、中でその果物を綱手様へ渡してください。

 私は追加の食事を用意してきますので!

 待っていてトントン……貴方は私が守ります!!」

 

 

 謎の言葉を言い残して風のようにその場からいなくなったシズネに首を傾げながらも、一先ず当初の目的である綱手の見舞いを行うために病室の中へと足を踏み入れた。

 病室内に入った俺が一番始めに感じたものは、複雑な臭い……肉や魚に各種調味料、それは少なく共一食分の料理が醸し出す臭いでは無かった。

 それもそのはず病室に備え付けられていたテーブルの上には山となった空の皿が塔のようにそびえ立っており、綱手も未だ手を止めずに料理を口に詰め込んでいる。

 頬袋に向日葵の種を詰め込むハムスターが如き食べっぷりに少しの間呆然としつつも、綱手の目が此方に向いている事へ気付いて我に返った。

 

 

「元気……そうだね」

「ん」

「あぁ食べていて良いよ、俺も今果物の用意をする」

 

 

 そう言うと綱手は一時的に止めていた食事の手を再び進め、目の前にある料理を口の中へと放り込む。

 まるで食べ盛りの子供を見ている様で微笑ましい気持ちになった俺は、顔に苦笑を浮かべつつも、少し上機嫌で果物を食べやすい形にカットする。

 テーブルのベッド横の引き出しに入っていた果物ナイフで林檎を兎の形に切り爪楊枝を刺す。

 オレンジとメロンは身を潰さない様に少しナイフにチャクラを纏わせてからくし切りにして食べやすくカット。

 それらを小綺麗に皿に盛りつければ、飲み屋で出されるフルーツ盛りに似た物が出来上がった。

 綱手もタイミング良く今ある料理を食べ終わったらしく、口元に付いた汚れを拭っている。

 

 

「はい、食休めの果物……本当ならデザートと言いたい所なんだけど、まだ食べ足りないみたいだしね」

「暫く胃に何も入れていなかったからな……それに栄養自体は点滴なんかでも取れるが、こっちの方が手っ取り早い」

「程々にね……ところでシズネちゃんから綱手が寝ていた間の事、何か聞いてるかい?」

「五影会談の事なら聞いている……そこにサスケが襲撃をかけた上にダンゾウを殺した事もな。

 だが今それ以上に問題なのがうちはマダラを名乗る男の方だ」

「知らない話ばかりだなぁ……六代目に任命された彼が死んだという話は里でも結構な噂になっているけれど、サスケ君が下手人だったのか。

 それにうちはマダラって初代火影と戦って果てたっていうあの……本物なのかい? もし彼が生きているのだとしたら百歳に近い年齢だろう?」

「ほぼ確実だろう……本人に会ったカカシとヤマトの考えも同じらしいからな。

 年齢に関してはどう誤魔化しているか知らんが、少なくとも歳相応ではないと聞いている」

 

 

 うちはマダラ……うちはの最高戦力であり、初代火影千手柱間と覇を争った傑物。

 うちは一族の歴史の中でも最も腕が立ったと言われている忍。

 その命は初代火影との戦いの中で失われたと伝えられていたが、どうやら生きていたらしい。

 綱手はカットされた林檎を摘みながら話を続ける。

 

 

「奴は自身の素性を隠しつつ暁に属し、尾獣を集めて一つの計画を成そうとしていたらしい」

「計画? まさか木の葉を襲撃するとかかい?!」

「それよりも性質の悪い話だ……うちはの持つ写輪眼を用いた特殊な幻術の事は知っているか?」

「まぁ人並みに……詳しい事は知らないけれど、普通の幻術よりも始動が分かりにくくて、尚且つ五感全てに偽の情報を与えられる程に高度なものらしいね」

「そこまで知っていれば十分だ。 奴はその幻術を世界中全ての人間に掛けるつもりらしい。

 大規模幻術による全人類の思考統一化……それが奴の計画だ」

「は?……いやいや少し待ってくれるかい?! 幾らうちはの幻術が凄いと言っても世界中の人を対象に幻術を掛ける事なんて不可能だろう?」

「確かに普通は不可能だろうな……だが私も詳しい所分かっていないが、奴は尾獣と月を使うことでそれを可能にすると言った。

 今まで暁が尾獣を集めていた理由は明確になっていなかったが、これが理由なのだとしたら各国へ喧嘩を売ってでも集めるだけの価値があるだろう。

 許される事ではないが納得は出来る」

 

 

 あまりに話が大きすぎて現実感が沸かない。

 九尾襲来や木の葉襲撃等は大規模なテロに近いもので、戸惑いつつも各々が対処する事で被害を少なくする事が出来た。

 しかし今の話は別だ。

 発動すればこの世界の根底が覆る。

 個というものが無くなり、人は一人の思考の元に動く歯車に過ぎない存在へと堕ちる。

 マダラがどんな思考の元その計画を実行に移す決断をしたのか分からないが、その計画は一人の人として認められない。

 俺が内心そう憤っていると、綱手は果物に伸ばす手を一旦止めて、身体ごと此方へと向き直る。

 

 

「ヨミト……マダラは忍界大戦の口火を切るつもりだ。

 奴は五カ国同時に相手にして勝つつもりなのだから、かなりの軍勢を用意してくるだろう。

 もしかすると手が足りなくなるかもしれない……だから今聞いておく。

 今回の大戦で力を貸してくれないか?」

 

 

 綱手の眼は真っ直ぐと此方を見ており、その瞳に迷いは無い様に見える。

 戦争で弟と恋人を亡くした彼女にとって、この言葉を発するのにどれだけの苦悩があっただろうか。

 彼女にとって本瓜ヨミトという存在がどの程度の大きさなのかは分からない。

 しかし此方へ選択権を委ねてくれる程には迷ってくれている。

 不謹慎だがそれが少し嬉しかった。

 俺は死にたくないし、戦場なんて真っ平御免だ……だが自我を持たない人形にされるなんてのも怖気が走る。

 眼を瞑り、頭の中でその二つを天秤にかけ吟味する……ふと思い浮かぶ友人達の笑顔。

 

 

 長く思い悩む事は無かった。

 最初から答えは決まっていたようなものだ。

 ゆっくりと眼を開いた俺が綱手に返した答えは………。

 



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第118話 もしも

「安全なところに引き籠もっていたい気持ちは山々だけど、今回はそうもいかないかな?

 もしもマダラの計画が成功してしまえば、そこでお終いなのだから……それなら少しでも阻止できる確率を上げた方が良い」

「すまないヨミト……ヨミトには後方支援医療部隊の一員としてサクラとシズネの補佐をしてほしい。

 ただ医療技術に関してはカツユから報告を受けているから心配していないが、現場での仕事経験は皆無に等しいだろう?

 開戦まで其程時間は無いと思うが、医療部隊の方へ口利きしておくから現場経験を積んでくれ」

「そうだね……じゃあ暫く店は閉めることにするよ。 明日からで良いのかな?」

「それでいい、明日の昼頃から始めてくれ」

 

 

 綱手はそう言うと再び黙々と果物を口に詰め込み始め、一刻も早く復帰したいという気持ちを行動で表していた。

 後方支援医療部隊への所属……後方支援とはいえ大戦への参加に変わりない。

 今まで木の葉で起こった襲撃事件の時とは違う……戦場で世界の命運を賭けて軍に従事する事になるのだ。

 その事を思えば足が無意識に震え、本当にこの選択で良かったのかという疑問が湧き上がる。

 しかし既に賽は投げられた。

 明日から戦争終了までの間、俺はヨモツとして医療部隊へ参加する。

 人が人として生きられる世界を守る為に……俺は初めて自ら戦場へと赴くのだ。

 

 

「ところで話は変わるけど、アンコちゃんが今どうしているのかシズネちゃんから聞いていないかい?

 ここ暫く顔を見かけないのだけれど」

「アンコというと……ヨミトの店によく来ていたみたらしアンコ特別上忍のことか?

 それなら特別任務の部隊長として今は里を出ているはずだ」

「そっか……アンコちゃん頑張ってるんだなぁ」

「なんだかんだアイツは真面目な奴だからな」

 

 

 アンコは普段暇を見れば甘味処で団子を食べている姿が印象的ではあるが、任務に接する態度は常に真摯であり、特別上忍に認められた腕もあるので中々に評価が高いと噂だ。

 少し前までは大蛇丸の弟子だからという色眼鏡で見られていたために不当な評価を受けていたが、それも原因である大蛇丸の話をめっきり聞かなくなってからは徐々に彼女の出した結果に目がいくようになり、今ではすっかり頼れる忍として仲間内から頼られているらしい。

 

 

「時の流れを感じるなぁ……昔は自分がこんな事になるとは微塵も考えていなかったよ。

 ある意味綱手との出会いが俺にとって一つの分岐点だったのかもしれないね」

「……私と会ったことに後悔しているのか?」

「その事に対して後悔はしていないよ。 綱手と会わなければカツユやシズネちゃんと会うこともなかっただろうしね。

 今の状況も元を正せば俺の不徳の致すところ、謂わば自業自得的な面も少なからずあるから其れを他人の所為に何て出来ないさ」

「自業自得って……ヨミトは別に悪いことをしていないだろう?」

「そう見えるかも知れないけど、長く生きていれば後悔すべき事柄も自然と増えるものだよ」

「……それもそうだな」

 

 

 危険を覚悟で原作知識を書に認めておけば縄樹やダンの死する運命を曲げられたのではないか。

 三代目との関係がもっと薄ければ、大蛇丸に興味を抱かれる事も無かったのかもしれない。

 そもそも店に拘らず、色々な里を転々とする行商人の様な仕事をしていればどうだっただろうか?

 全てがIFの事で見ることの出来ない未来だが、ふとした瞬間そういった想いが脳を掠める。

 しかし何時も決まってその結論は、その時の自分は今の自分よりも幸せかどうか何て分からないという事。

 

 

 知識が薄まっていなければ二人を助けることは出来たかも知れないけれど、その代わりに曖昧とはいえ未来予知に近い真似事をすれば誰かに目を着けられるだろう。

 三代目と疎遠ならば大蛇丸には目を着けられないかもしれないが、ナルトとの縁は今よりも確実に細かっただろう。

 居を持たなければ今まであった幾つかの騒動に関わる事はなかったかもしれないが、一つ所に留まることが無い故に人との縁故は自然と減るだろう。

 今あるものが別の未来では違うものに変わっている事も有り得るし、存在しない可能性もある……未来が確定ではない以上必ずしも今より良い未来になるか何て分からないのだから。

 

 

「まぁ今自分に出来る事を精一杯やっていけば、其程悪い未来は訪れないんじゃないかな?」

「ヨミト……そうだな、その通りだ。 よし、じゃあ私は今出来ること……早く仕事に復帰出来るよう努める事にしよう!

 残りの果物を全て渡せ、今は食べて身体を元に戻すのが最優先だ」

「ハイハイ、仰せのままに火影様」

 

 

 俺の苦笑混じりの楽観に何かを感じ取った綱手は再び果実へと手を伸ばし、口の中へと放り込んでいく。

 それから少しするとシズネが大量の料理を手に帰ってきて、共に食事を取ることになったのだが綱手の食べっぷりが尋常ではなく、秋道一族を彷彿とさせる食事風景を見ているだけで俺とシズネは若干胸焼けのようなものを感じて其程食べることが出来なかった。

 その後はこれからの事について二人が話し合うということで機密情報を聞く事になりかねないので俺はお暇することにし、明日から始まる医療行為の実地研修について再確認を行ってから病院を後にした。

 

 

 外はまだ日が高く、里の復興も未だ続いている。

 半壊した里も今ではある程度元に戻り、慌ただしさは以前程ではない。

 しかし戦争が近い事もあって、何処か里にも緊張感のようなものが張っている気がする。

 先程病院を出る時にも、何処か見覚えのある女性が眠る赤子を抱えて火の着いていないタバコを咥えた男性と戦争について話していた。

 かつての教え子が戦場へ行くにも関わらず、自身に出来る事が殆ど無い事に思うところがあるといった内容だったが、もしかするとそういった想いを抱いている人も多いのかもしれない。

 戦争が起こるからという漠然とした不安ではなく、戦場で親しい人が戦っている中で忍以外は殆ど戦場に行く事がないが故に……自身の手の届かない場所で命を賭ける彼らに直接的な支援をすることが出来ないことを歯痒く思う人も少なからずいるだろう。

 そんな人達のためにも一人でも多く戦場から生きて帰る人を増やさなければならない……俺は拳を握りしめ、覚悟を新たにした。

 



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第119話 開戦

 綱手が目を覚ましてから数日後、乱入者によってあやふやな内に終わった五影会談が改めて行われた。

 議題内容については上層部のみが知らされており、俺はもちろん内容を知る事はなかったが、おそらく忍界大戦に関する事だろう。

 眼に見えて忙しくなった綱手とシズネを見た限り予想は外れていなかったはずだ。

 ナルトも長期の特別任務があるとかで里を出ており、アンコも未だ任務から戻らない。

 俺自身店を臨時休業してるとはいえ、慣れない医療現場での実習でテンヤワンヤで、気付けば一ヶ月程の月日が流れていた。

 

 

 最初は突然入った新入りに戸惑っていた現場の人達も、俺が掌仙術とチャクラメスを使える事をシズネから説明されてからは同僚として認めてくれたらしく、ある程度仕事を任されるようになった。

 医療の現場故に身元の明らかでない者に執刀を任せる事は出来ないので、いつも着けていた暗部面を外す事になって少し腰が引けたが、素顔を知っている人が現状三人と一匹しかいない事を思い出し、問題ないと判断してからはそれなりに動けていたと思う。

 事実時折シズネと共に仕事をする機会があったが、「医療忍者が板についてきましたね」と言われた位である。

 元々カツユとの修行や講義によって知識自体はそれなりにあったことも幸いしていたのだろう……落ち着いたら改めてカツユに御礼をしなければならないな。

 

 

 そんなこんなで時間が経ち、遂に第四次忍界大戦が始まった。

 史上類を見ない忍五大国と鉄の国が手を取り合って築いた忍連合は兵数や戦力的に見ても段違いであり、今回の大戦が過去最大規模で行われる事が容易に想像できた。

 過去の因縁から多少いざこざもあったが、風影(以前一度会った事がある子で少し驚いた)の指揮の下で各部隊がそれぞれの仕事に取り掛かる。

 俺が所属する事になった後方支援医療部隊は後方に陣を張り、前線で怪我を負った人が仲間に連れられてくるか、もしくは自分でここまで来た場合に治療を施すというのが主な仕事であり、危険はそれ程大きくない。

 ただし時折ある程度戦闘の出来る有志によって前線へ怪我人を回収しに行くこともあって、人によっては危険度もまちまちだ。

 現状俺は前線から送られてくる怪我人の治療に忙しいために前線へ向かう事はないが、もしも知り合いが怪我をしたという情報が入ったのなら、そちらを優先する可能性も無くはない。

 その事に対して恐怖や不安もあるが、今は休む間も無いほどの忙しさ故にその事を考える余裕が無いのは一寸した救いだった。

 

 

「ヨモツさん! その患者さんは肋骨の骨折なので胸部に掌仙術をお願いします。

 それが終わり次第此方のサポートを。

 サクラはあそこの患者さんの解毒をお願い!」

「了解!……内臓に傷はなさそうだし、綺麗に折れてるようですから安静にしていれば直ぐに動けるようになりますよ!

 流石に戦線復帰までは暫く掛かりそうですが」

「済まないな……クソッ!こんな序盤で戦線離脱だなんてアイツ等に顔向けできねぇ」

「あまり気負いせずに、今は身体を治す事を優先してください」

 

 

 その患者は俺が暫く掌仙術を当てていると何時しか気を失い、閉じた目から涙が零れる。

 まだ大きな戦況の動きも無い序盤での戦線離脱をした者が現在ここに連れてこられた怪我人であり、彼らはそろって悔しそうな表情を浮かべていた。

 それもそうだろう……未だ仲間たちは前線で命を掛けて世界を守ろうとしている中で、早々とその場から退場する気持ちたるや如何なるものか。

 一方サクラの担当している患者は端から意識は無く、顔色も土気色で今にも息を引き取りそうな状況で、彼女は額に汗を掻きながら見事な手並みで毒抜きを行っていた。

 この一ヶ月程で何度も見た光景だが、流石綱手の弟子といえるだけの力量だ。

 見る見る内に血色が良くなり、呼吸も不規則だったのが整っていく。

 そしてそのまま少し経つとある程度目処がたったのか、今度はシズネが声を掛ける前に次の患者の治療へと移っていた。

 俺も今目の前にいる患者に対して出来る事が無くなったので、次の患者へと移る……その繰り返し。

 時間が経てば経つほど戦いは激化して怪我人は増えていく。

 怪我を負うのは一瞬だが、治すのは一瞬とはいかないのだから当たり前の事だ。

 

 

 されど敵も人……夜が近づくに連れて徐々に戦いは一時休戦に近くなり、送られてくる怪我人も減ってきた。

 それと同時に少しだけ余裕が出来て、様々な情報が耳に入ってくるようになる。

 敵の大多数を占める白ゼツという人に似た何かと、既にこの世にいない筈の各里の名だたる凄腕達が敵である事。

 誰が死んで、誰を倒した等の情報もパラパラと聞こえる。

 しかしそんな情報よりも今先ほど前線から治療のためにここへ来た日向家の青年が語った話の方が今の俺にとっては重要だった。

 その情報を一緒に聞いたサクラとシズネ、そして数人の医療忍者は眉を顰める。

 

 

「敵が見分けが付かないほどに精巧に化けて紛れ込んでいるというのかい?」

「あぁ、殺されたいずれの医療上忍達も殆ど抗った形跡無く殺されている事から、その可能性が高いだろう」

「そうですか……ではこれからは医療上忍の方々には極力一人で行動しないよう気をつけてもらうよう通達しないといけませんね」

「俺もこの眼に掛けて敵を見つけ出す事に尽力しよう」

 

 

 ネジという青年はそう言って天幕から出て行った。

 アレがヒナタが兄と慕っていた日向ネジ……日向分家でありながら宗家の秘奥まで自力で辿り着いたという天才か。

 普段なら変化を見破られる可能性を考えて、出来る限り近寄りたくない相手だが、今この時においてはかなり頼りになる相手だな。

 過労に近い形でここに来た彼を頼るのは心苦しいが此処は彼の頑張りに期待して、その場にいた医療忍者は持ち場へと戻っていった。

 

 

 それから数時間後、担当していた患者の治療が一段落ついたので各テントに診療がてら巡回する仕事についていた俺の元へ突然大きな音と微弱な地震が届く。

 何事かと思い音のした方へと視線を向けると一つのテントから土埃が出ているのが見えた。

 共に巡回していた人と一緒に何が起こったのか確認するため現場へ走ると、そこには地面にめり込んだ情報で聞いた白ゼツと同じ特徴を持つ者がサクラに押さえ込まれていた。

 サクラの話を聞くに、このめり込んでる人は先ほど俺たちへ不意打ちに気をつけるよう進言した日向ネジらしい。

 どうやら白ゼツという者は他者に接触する事でチャクラを吸い取る事が出来、尚且つその吸い取った相手瓜二つに化ける事が出来るのだとか……チャクラごと化けるのなら日向の白眼でも見分けるのは至難の業だろう。

 至急その情報を本部へと伝えるようサクラが伝令へと指示を出す。

 また一つこの大戦における厄介事が増えた……これで少なからず疑心暗鬼に陥るものも出てくるだろう。

 腹立たしい事この上ないが有効的な手である事は認めざるを得ない。

 敵は後どれ程手を隠し持っているのか……俺は先の見えない戦いに暗雲が立ち込めている気がしてならなかった。

 



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第119.5話 三人の人柱力

 医療部隊に内部工作員が潜入していた事が発覚して騒ぎになっていた一方、とある巨大な亀の上ではその日の修行を終え、宿場へと戻ってきた人柱力の三人が食事を終えてのんびりとしていた。

 正史であれば八尾(ビー)九尾(ナルト)の二人で行う尾獣の制御訓練だったのだが、とある一人の働きによって二尾(ユギト)は命を失うことなく彼らと共に此処にいて、尚且つ一緒に訓練していたのだ。

 一緒とは言っても彼女は既に殆ど尾獣の制御に成功しているために、もっぱら行っているのは尾獣玉の運用コストのロスを減らすための訓練だったので、ナルトと彼に教導を行っているビーとは少し離れたところで一人訓練をしていたのだが、それは置いておくことにする。

 此処に来てから紆余曲折あり、それなりに先輩人柱力と親交を深めたナルトは何となくこのまま部屋に戻るのも味気なく感じ、もう少し二人と仲良くなろうと話しかけた。

 

 

「ビーのおっちゃんとユギトの姉ちゃんって木の葉に来た事ある?」

「私は一度だけ行ったが……ビーは?」

「来訪経験ない事に落胆、もし行く事があればナルトに案内を頼む楽チン♪」

「もちろんだってばよ! でユギトの姉ちゃんは木の葉に来たのは観光?」

「任務ついでに買い物した位だ……本の宿という古本屋なんだが知っているか?」

「知っているも何も其処のおっちゃんは俺の保護者兼体術の元師匠だってばよ!」

 

 

 それを聞いたユギトは少し驚いたような表情をした後、納得したように小さく何度か頷いた。

 小声で「確かにあの時の体捌きなら……」などと言っていたが、その場にいる面子は特に深く気にする事は無く、ビーはむしろ二人が共通して知っていた店に興味を持つ。

 

 

「その店知らない俺除け者、このままじゃ俺聞くだけの置物♪

 説明頼むぜバカヤローコノヤロー」

「普通に喋れビー……別に店自体は普通の古本屋に過ぎないさ。

 私がその店に行ったのは其処の店主と知り合いで、孤児院に置く本を手配してもらったからだ」

「でもあの店ってば三代目の爺ちゃんや綱手の婆ちゃんもよく来てたから知る人ぞ知る店だってシズネの姉ちゃんが言ってた」

「情報が断片的過ぎて困惑、だが面白そうな店だと俺ワクワク♪」

 

 

 一度注意された程度でビーがラップ口調を止めるはずもなく、ある程度予想していたユギトは溜息を吐き、ナルトは苦笑した。

 それを見て少し反省したのかビーはゴホンと咳払いを一つしてから普通に話し始める。

 

 

「その古本屋の店主が共通の知り合いってのは分かったが、イマイチその人物像が掴めねぇな……どんな奴なんだ?」

「「忍じゃないけど忍みたいな爺(ちゃん)」」

「なんだそりゃあ? 元忍とかなのか?」

 

 

 ビーの視線が二人に向くがユギトの視線はナルトへと向いていた。

 彼女もその疑問を抱きはしたものの聞くタイミングを逃し続け、未だ尋ねられずにいたからである。

 ナルトは同時に二人の視線が集まったことに若干尻込みしたものの別段隠すことでもないだろうと二人の疑問に答えた。

 

 

「おっちゃんが言うには趣味で鍛えてるだけらしいけど、傀儡の術の真似事とかアカデミーで習わない様な体術とかを使えるから……少なくとも一般人じゃないのは確かだと思う」

「私と初めて会ったときも瞬身の術と見紛うレベルの速さで動いてたな」

「……本当に忍じゃないのか?」

「俺も気になって一回アカデミーで卒業記録調べたことあったけど、幾ら遡っても名前が無かったから間違いないってばよ」

「まぁ私としてはどっちでも構わないさ、本瓜の人柄については初めて話したときから良い奴だって分かっていたからな」

「ユギトがそう言うのであれば本当にそうなんだろう……(ユギトはそこら辺敏感だからな)」

 

 

 人柱力はその性質から迫害の対象になりやすいために、人の悪意に敏感に反応する。

 そういった悪感情を受けて尚里のため、他人のために動くことが出来るこの三人は精神的にかなり強い……望んでそうなった訳ではないのが複雑であるが。

 因みに彼女が会って其程経っていないヨミトを信用したのは、孤児院の子を助けたのが多大に加味されているため若干評価が甘くなっていたのだが、ヨミトとしても特に害意を持っていた訳でもなかったのでその件が無くとも会う機会があったのなら信頼されるまでの時間が多少長くなるだけだっただろう。

 

 

 それから暫く里の話に華を咲かせていたが、ビーが突然立ち上がり「良いライムが下りてきた……コレは書き起こしておかないと駄目だな。 俺は部屋に戻るぞ」と言葉少なに急ぎ足で部屋へと戻ってしまった。

 突然のビー退席に二人は生返事で返すことしか出来ず、その場を沈黙が包み込んだ。

 時間も良い時間であったが故に良い切っ掛けだとナルトは思い、解散の提案をユギトへ持ちかけようとするが、それを口に出そうすると遮るようなタイミングで彼女が口を開いた。

 

 

「ナルトに一つ聞きたい事がある……ヨモツと呼ばれる暗部面を被った男を知らないか?」

「ヨモツ? そう言えば直接会ったことはないけど綱手の婆ちゃんの書類仕事とかを手伝っているって人が確かそんな名前だってシズネの姉ちゃんから聞いた事があるような……その人がどうかしたのか?」

「ちょっと命を救われたんだ……里から里への感謝状は贈ったらしいんだが、個人的に礼を言いたくてな。

 それに少し気になることもあった」

「気になること?」

「微かだが嗅ぎ覚え(・・・・)のある臭いがしてな……まぁ知らないのならいいさ。

さて今日はもう遅い、そろそろ解散としよう」

「あ、ちょっと……まったく猫みたいに気まぐれな姉ちゃんだってばよ」

 

 

 ナルトが一人置いていかれて膨れている間、廊下をスタスタ歩いていたユギトの頭の中では先程の問いに関係する考えがグルグルと回っていた。

 一度彼女の命を救ったヨモツという名の忍……彼から香る臭いは暗部だけあって限りなく無臭に近かったのだが、深く染みついた臭いを消す事は中々出来る事ではない。

人の十万倍以上の嗅覚を持つ猫の人柱力である彼女はその微かに残った臭いを嗅ぎ取ることが出来ていたのだ。

 普段であれば気付かなかったであろうが、自身が気を失った状況が状況故に起きたと同時に尾獣化しようとし、それは雷影に力尽くで止められたものの強化された嗅覚によって壁に掛けられている服に付着した古い本の様な香りを知覚したのである。

 敵であった暁の二人の臭いでは無く、恐らく自分を助けたであろう人物の臭い。

 その後雷影に話を聞いて、自身を助けたのがヨモツという忍であることが分かったのだが、彼女は名前などよりも微かに香った嗅ぎ覚え(・・・・)のある臭いの方が気になっていた。

 その時感じた疑問を彼女は今尚抱え続けている。

 

 

「何故本瓜の臭いがしたんだ? 常連客か何かだったのか?」

 

 



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第120話 救援要請

 大戦開始から二日目、前線での戦いが激しさを増しているにも関わらず、送られてくる怪我人の数は逆に若干減っていた。

 単純に敵の戦力が此方よりも減っているために前日よりも余裕があるというのならば良かったのだが、真実は敵戦力が前日よりも増して死傷者が増えているからというのが理由である。

 その最たる原因は穢土転生という術によって蘇った前世代の雷影、水影の登場が大きいだろう。

 傷ついた身体を引きずって何とか此処まで辿りついた忍の話によると、前風影と土影も現れたらしいのだが、彼らは現風影と土影によって早い段階で封印されたらしい……しかしその二人を優先したが故に前雷影と水影を相手する影が居らず、数で押さえ込もうとした結果、馬鹿に出来ない犠牲が出たのだとか。

 他の場所でも強力な忍達が蘇って被害を拡大させている……中には綱手の恋人だったダンの姿もあったというし、俺が一度相対したことがある暁の一員角都の姿を見たとの報告もある。

 死者と生者の入り交わる混沌とした戦場で蘇った死者が次々と命を奪う光景は地獄の顕現と言っても過言ではないだろう。

 

 

「お、俺の……俺の腕がぁ!!」

「暴れないでください! サクラちゃん、麻酔を!」

「ハイ!」

 

 

 先ほど目を覚ましたばかりの肘から先を失った患者を麻酔の効果が現れるまでチャクラ糸で押さえつけながら、カツユにチャクラを通して腕の断面の治癒を同時に行っていく。

 数分で麻酔の効果が現れ、意識を失った患者をサクラに任せると次の患者の治療へと移る。

 此処にいる殆どの患者は前線にいても足手まといになるレベルの怪我を負った人もしくは、放って置けば命を失いかねない程の怪我をした人達。

 四肢の欠損などは別段珍しくもなく、痛みから患者が暴れるケースも少なくない。

 そういった時には治療を行うために暴れる身体を押さえなければならないのだが、治療する人が抑え続ける訳にもいかず、誰かがフォローに回る必要がある。

 そこでこの現場における拘束役が俺という訳だ……チャクラ糸はチャクラの込め具合によっては鎖よりも頑丈になるので拘束するにはもってこいな上に、指の数だけ同時展開できるのでかなり使い勝手が良く、それ故に他の現場よりも此処は少しだけ患者数が多く忙しい。

 しかし其れもようやく一段落つき、ようやく交代で休憩に入れるというところで、カツユが焦った様子で俺の髪を引っ張る。

 

 

「ヨモツさん、少し話がありますので何処か二人きりになれる場所へ……」

「なんだか分からないけれど、大事な用件があるみたいだね……サクラちゃん、席を外すけど大丈夫かい?」

「えぇ、患者さんの容体も落ち着きましたから問題ありません」

「ごめんね、それじゃあ行ってくるよ」

 

 

 テントを後にした俺はカツユに言われるがまま森の中へと入っていく。

 ふと‘二人きり’‘人気のない場所’という二つのワードに引っかかるものを感じたが、今の状況と彼女が醸し出す雰囲気から自分が考えた様なことはあり得ないと思い直し、彼女が自分に一体何を伝えたいのか想像を巡らせるが結局分からないまま、彼女から制止の声が掛かった。

 

 

「ここなら話を聞かれる心配も無いでしょう……ですが念のため手短に話します。

 綱手様が重傷を負い、予断を許さない状況です」

「何だって?! 周りに人は?」

「五影の皆さんが居られるのですが、皆同じ様に重傷を負っていて……綱手様は自身の治療よりも他の方を優先しておられます」

「なら皆に伝えて人を送らないと!」

「主戦場からは距離がありますし、それに綱手様がこの事を広めると士気が下がりかねないから大っぴらに公表するなと仰って……シズネ様にもお伝えしようとは思っていたのですが、如何せん今医療部隊のリーダーであるシズネ様が此処を離れるとこの部隊は立ち行かなくなってしまいます」

 

 

 シズネに綱手の事を伝えれば彼女なら確実に綱手の事が気に掛かり続けるだろう。

 流石に部隊長という立場を投げ捨てて綱手を助けに向かうことはないだろうが、唯でさえ心身供に疲労している状況下で手の届かないところにいる大切な人の危機の情報を聞けば益々心労は増す一方だ。

 だがカツユは俺に綱手の事を話した。

其れが意味するところは……

 

 

「俺なら抜けても大して困らないって事ね……ちょっと複雑な気持ちだな」

「それも一つの理由ですが、ヨミトさん……今まで私が見てきた貴方の特異な能力は時空間忍術に似たもの(攻撃の無力化)結界忍術に似たもの(光の護封剣)火遁の術に似たもの(ファイヤーボール)等がありました。

 それならば高度な医療忍術の代わりになるようなものもあるのではないですか?」

「そういうことか……ハッキリ言ってしまえばあるかな。

 人目と使用回数に制限がある能力故に部隊では使えなかったけれど、五影……それも綱手以外意識を失っているというのならある程度気兼ねなく使えるし、綱手の為であれば今まで受けた恩を返す意味でも使う事に異論はないよ」

 

 

 俺が部隊で能力を使わなかったのは人目のこともあったが主な理由は回数制限の方だ。

 薬といっても通せる見た目の魔法もあるので使おうと思えば使えたのだが、如何せん同じ魔法や罠は一日三回ずつしか使えない上に合計で四十個しか使えないので考えて使わないと、いざという時に使えなくなってしまう。

 その事を危惧して温存していたのだが、連合の柱でもある五影を助ける為であれば回数が減ることで自分を守る壁が薄くなるが、使うだけの価値はあるはずだ。

 

 

「そうですか! ではすぐに綱手様の元へ向かって頂けますか?

 現場までの出来る限り安全なルートを私が案内します」

「此処から遠いのかい?」

「少し遠いですが、主戦場からは離れていく形になりますので敵が潜んでいる可能性は其程高くありませんよ」

「了解、それなら出来るだけ飛ばしていこう……綱手の容体も心配だ」

 

 

 俺は動き出す前に‘魔導師の力’を二つ発動させて身体能力を平均的に高め、カツユを懐に入れて、彼女の指し示す方角へと走り出した。

 脚力上昇に特化した‘突進’を二つ重ねた時と比べると走る速さは遅いが、効果の持続力が五分と一日で比べるまでもない程にコレの方が長い。

 カツユの言う少し遠くというのがどの程度なのかは分からないが、どの位の時間で着くか分からない現状、この選択はbestでは無いかもしれないがbetterではあるだろう。

 伏せている罠二枚と合わせて四枠使っている為に綱手と殴り合える位には強化された身体能力で足場に使った木に罅を入れながら弾丸の様に前へ飛ぶ。

 この身体能力になれるために異次元で何度か慣らし運転をしていた時にカツユもいたのでこの速度に彼女は別段驚いていなかった……初めて見たときは体内門でも解放したのかと心配されたが。

 ぶつかりそうな枝は手で払い(へし折り)、前に聳え立つ樹は幹を掴んで(一部握りつぶして)強制的に方向転換……そんなことを繰り返しながら進むこと二十分以上、少し開けた所に出ることが出来た。

 其処には人の背丈ほどはあるカツユの分体四体と、カツユに覆い被されているが明らかに上半身と下半身が離れすぎている老いた綱手の姿があった。

 



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第121話 回復魔法

「綱手!?」

「ぁ……あぁ……ヨミトか………持ち場を離れて……どういうつもりだ……馬鹿者」

「馬鹿はどっちだ! そんな事よりもまずは自分の怪我の治療が先だろうが!!」

 

 

 初めてみる綱手の姿に驚きつつも、直ぐに駆け寄り彼女に覆い被さるカツユの下に手を入れ、綱手の怪我の状態を調べると思っていた通り上半身と下半身が分断されており、カツユのおかげで出血こそ収まっているが、人間が生きていられる状況にないのは明らかだった。

 こんな状況でありながら他の五影(他者)を優先する彼女を再び怒鳴りつけそうになったが、今はそんなことをしている時間も惜しい。

 此処に向かうと決めた時点で俺は綱手を助けるという意志の元で此処まで来た……故に事ここに至って彼女の目の前で其れ(・・)を使う事に躊躇は無かった。

 

 

「今から常識外の方法で治療をする……カツユは綱手の上半身と下半身を繋げてくれるかい?」

「ヨミトさん……信じています」

「何を……するつもりだ?」

「いいから綱手は黙って治療に専念していなさい、カツユを通して行う医療忍術を止めるつもりはないのでしょう?」

 

 

 カツユが綱手の身体をくっつけるが、かなりの数の内臓と骨がやられている現状そう簡単には治らないだろう。

 だからこそ俺は目立つために今まで使用する機会が無かった二枚の魔法を使用する。

 

 

「発動‘スケープゴート’……そしてすまない。 続けて‘トークン収穫祭’」

 

 

 ‘スケープゴート’の発動で現れた四匹の可愛らしいフワフワとした羊達が綱手の周りを取り囲む様に座り目を瞑る。

 綱手は突如現れた羊に驚き、咄嗟に手で払いのけようとしたがカツユに止められ、結果動けなくなった彼女は此方に何をするつもりなのか教えろとばかりに険しい視線を向けてきた。

 しかし説明をするまでもなく、既に魔法は発動している……現れた四匹の羊は鳴き声ひとつ上げることもなく一匹、また一匹と柔らかな光の塊へと姿を変え、綱手の身体を優しく包み込む。

 

 

「何だ……何が起こっている?」

「これは命の塊? ヨミトさん、コレは一体……」

「今の羊達の命と引き替えに、身体を治す所謂一つの外法だよ。

 生贄にするのは俺が呼び出した今の羊達のような存在しか使えないけどね」

 

 

 俺が話している間にも綱手を包む光は患部へと吸い込まれるように消えていき、まるで逆再生のように傷口が塞がっていく。

 残る光が一つになった所でもう一度同じ事を繰り返し、合計八つの命の光が綱手の身体の中へと消えると、驚きに目を見開いた彼女とカツユだけが残っていた。

 ゆっくりとカツユがその身体を綱手の上から退かし、破れた服の上から自身の繋がった腹部を見てから俺に向き直った彼女の表情は何処か申し訳なさそうだったが、すぐに表情を引き締め立ち上がる。

 

 

「色々と聞きたい事があるが、今のを後四回出来るか?」

「それは出来ないけれど……彼処にいる人達を治したいということかい?」

「あぁそうだ、今の方法ならば私の医療忍術よりも早く効果がでるからな」

「……さっきのとは違うけれど、少し目立つかも知れない方法をとれば効果は三分の一位になるけど四人同時に近いことはできるよ」

「なら其れを頼む、今は時間が惜しい……急いで戦場へ戻らなければならんからな」

「あまり無理をしてほしくないけれど、言っても仕方がないか……まぁコレで綱手の身体も万全になるはずだから其れで良しとしようかな。

 じゃあ始めるよ、発動‘恵みの雨’」

 

 

 発動宣言と共に100mほど上空に雨雲が出現し、効果範囲全体に治癒促進効果を持つ雨を降らせる‘恵みの雨’という魔法。

 間を空けずにもう一度同じ魔法を発動して回復効果を高めると、木々に付いた戦場痕が薄まっていき、カツユに包まれた状態で顔だけ出した五影達の顔色も良くなっていく。

 しかし流石にそれだけで完治するまでは至らず、雨が止んだ後すぐに俺とチャクラ以外は元の調子を取り戻した綱手による治療が行われた。

 綱手は少ないチャクラの中その卓越した医療忍術で外傷の酷い影の治療を行い、俺は骨や内臓に損傷が見られる影の治療を行う……とは言っても五影の内二人にそれぞれ‘ご隠居の猛毒薬’と‘天使の生き血’を一度ずつ使ってから掌仙術を行うだけの簡単なお仕事な訳だが。

 しかしカツユを通した綱手のフォローもあり、これで当初瀕死と言っても過言ではなかった影達の怪我も動けるまでに回復したのだが、流石にすぐ意識を取り戻すという訳にはいかずに影達が目覚めてから戦場へと戻る算段を綱手と取り交わした丁度その瞬間草陰から三人の忍が姿を現した。

 

 

「治療は一段落着いたかしら? それにしてもこんな所で貴方と会うなんてねぇ……こんな状況じゃなければ貴方の身体についてジックリ調べたいところだけど……残念だわぁ」

「「大蛇丸!?」」

 

 

 咄嗟にその場から敏捷に動けない綱手を小脇に抱えて飛びのき、件の人物から距離をとった俺は綱手を下ろすとすぐに戦闘体制をとる。

 しかし大蛇丸一行は一向に仕掛けてくる気配も無く、むしろ少し呆れた様な雰囲気を醸し出しながら両手を軽く広げて暗器などがない事をアピールした。

 

 

「安心していいわ、今貴方達と戦うつもりは無いから。

 むしろ助けに来たと言っても過言じゃないわ……綱手、貴方今の姿から察するにチャクラ切れかけてるでしょう?

 香燐、ちょっと綱手に吸われてきなさい」

「え、ウチはサスケ専用の「いいから行きなさい、身体の中に入って貴方を無理矢理操ることになっても私は構わないのよ?」……はい」

 

 

 大蛇丸の一声で渋々と赤い髪を持つ香燐と呼ばれたくのいちが、俺が下ろしたままの体勢でいる綱手の前へと歩み寄って、歯形だらけの片腕を差し出す。

 突然の展開についていけていない俺を他所に、綱手は大蛇丸を一瞥した後、特に迷う事も無く腕に噛み付いた。

 するとみるみる老婆そのものだった肌に艶が戻り、数分もしない内にすっかりいつもの若々しい姿へと復活していた。

 チャクラが切れた時の身体が本来の姿なのだろうが、あの姿を見たのは今回が初めてだったので、見慣れた姿に戻った事に素直に安堵せざる得ない。

 しかし何故大蛇丸が此処に来たのかという疑問は未だ不明のままな上、そもそも死んだと言われている彼が何故生きているのか等といった疑問が頭の中で渦巻いている。

 彼が死ぬまで狙われ続けていた(サスケが彼の元へ行ってからは殆ど刺客は来なくなったが)俺からしてみれば全くと言って良いほど気を許せない相手である彼の不自然な登場に警戒心を抱かずにはいられなかった。

 



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第122話 水

 警戒心MAXの俺を余所に比較的穏やかに大蛇丸と綱手は会話を続けた。

 会話の内容としては新しい風がどうとか、自来也の死についてだとかあまり今起きている戦争とは関係が深くない事柄だったが故に、とりあえず俺としては二人の会話内容よりも此方をガン見している大蛇丸の連れの方が気になっているのが現状である。

 治療中の五影を包み込むカツユを見た第一声が「キモッ!」だったので第一印象が若干悪い水月という青年(名前は香燐が彼に話しかける際に言っていたのが聞こえて知った)が此方に向ける視線は敵意は全くと言って良い程含まれて居らず、表情から見るに好奇心という感情が一番近いように感じられた。

 綱手にチャクラを吸われて少しふらつく香燐に肩を貸そうとしたが拒否され、軽く肩をすくめてからずっと此方を見ているのだ。

 正直初対面である上に大蛇丸と行動を共にしている時点で関わり合いたいとは思えない輩なわけだが、向こうにとってはそうではないらしく何の気負いもなく此方へと近づいてきた。

 

 

「ねぇ、さっきの雨降らしたのってアンタ?」

「大蛇丸の仲間相手に答えるとでも思っているのかい?」

「火影が水遁を得意としてるなんて話聞いたこと無いし、そこの大蛞蝓もそういう忍術を使うようなタイプじゃないから消去法でアンタしかいないって分かってるんだけどね。

 後仲間……っていうよりは休戦中の敵っていうのが正しいかな。

 ボクとしても一緒に居たくて居る訳じゃないんだよ……そこでへばってる香燐も同意見だと思うよ?」

「うるせーぞ水月、ウチはへばってなんかいねぇ!」

「あぁはいはい、そうだねごめんごめん。 まぁそういうことであんまり警戒しないで欲しいんだよね。

 アンタがサスケと敵対しない限り基本的にはこっちから手出ししたりしないからさ……でさっきの雨についてなんだけどさ、普通の水じゃないよね?

 葉っぱの上に残ってた水吸ったら、なんていうか……活力みたいなものが湧いてきた感じがしたんだよ。

 ボクにとって水は大事な構成要素だから間違ってはいないと思うけど……どう?」

 

 

 そう意気揚々と悪戯っぽい表情で此方に問い掛けてくる彼。

 何故ここまで食いついてきてるのか分からないが、正直困るし面倒臭い。

 しかし助けを求めようにも綱手は未だに大蛇丸と話しているし、彼を止められるであろう香燐も疲労からか、目を瞑って樹にもたれ掛かっている。

 上手く誤魔化す口上も思いつかずにどうしたものかと悩んでいると、間に入ってきた小さな影があった。

 現状を見かねたカツユが雷影治療中の分裂体から掌サイズの分裂体を新たに生み出し、此方に寄越してくれたらしい。

 

 

「味方にも話していない事を貴方に話せるはずがないと思いませんか?」

「……大蛞蝓が何の用かな? ボクは彼と話しているんだけど?」

「はっきり言えばヨミトさんが困っていますので、それ以上の追求を止めてくださいと言っているのです」

「それをアンタに言われる筋合いはないんじゃない? そもそもアンタは火影の口寄せだろ?

 大人しく火影の仕事手伝って五影の治療でもしてなよ……そもそもアンタは彼の何なの?」

「私にとってヨミトさんは契約者であり、茶飲み友達であり……共に生きたいと思う相手です」

 

 

 え? 何コレ? 話だけ聞けば三角関係の縺れ(もつれ)みたいなんだけど?!

 まぁ片方男で片方蛞蝓だから普通に考えればあり得ない状況なのだが……なんにせよカツユが俺を助けようとしてくれていることは明らかだ。

 そんな彼女の後ろでだんまり決めてるのは流石に俺としても心苦しく、俺は彼女をそっと掴んで自分の肩に乗せる。

 

 

「ヨミトさん!?」

「気持ちはありがたいけど、俺も男だから……女性の背中に隠れる訳にはいかないさ。

 それに彼はこのまま引き下がる気はないみたいだからね」

「お? やっと話す気になった?」

「力ずくで聞き出すとか言い出されても困るからね、少しだけ答えようと思っただけだ。

 言っておくけど全てを説明する気はないからそのつもりで」

「それでいいよ、ボクとしても流石に一から百まで聞けるとは思ってないから。

で、あの水はなんなの?」

「あの雨には君が言っていた通り身体を癒す効果がある。 君の力が湧いたというのも疲労し傷ついた身体が癒されたためだろう」

「やっぱりね……あの水は水遁? それとも何処かから口寄せでもしてるの?」

「口寄せに近いかな……さぁ話せるのはここら辺までだよ。

 これ以上話せと言うのなら力で抗わせて貰う」

「OKわかった、それで十分だよ……(口寄せって事はトニカ村とかいうところにあった湖みたいな所の水を引っ張ってきてるって事か……大戦が一段落ついたらボクも探してみようかな?)」

 

 

 そう言って背を向けて香燐の元へと向かう水月に、戦闘の可能性を考えて軽く身構えていた俺は肩の力が抜けた。

 此方の話が終わるのと時を同じくして綱手達の会話も一段落着いたらしく、大蛇丸が二人を連れてこの場を去ると、俺と綱手は再び五影の治療を本格的に再開する。

 とは言っても既に殆どの怪我が治っていたので、することはそう多くなかったが……大蛇丸が去ってから十分程が経ち、一人また一人と影達が目を覚ます。

 

 

 始めに目を覚ましたのは見た目通りとも言える雷影だった。

 彼は目を覚ますと同時に飛び起きて臨戦態勢をとりながら周囲を見回し、綱手に「奴は?」と短く尋ねる。

 一先ず落ち着く様に綱手が雷影を収め、ある程度落ち着いた彼に事の顛末を説明している間に、他の影達も目を覚ます。

 彼らは最初俺を見て警戒心から距離を取ったが、土影に掛けていた掌仙術から俺が自分達を治療していたという事に気付いて一言謝罪した。

 そして雷影を除く影達も現在の状況を知るために説明を欲したが、綱手は雷影へ説明している最中であり、途中から混ざって聞くのも効率が悪いという事で俺に説明役が回ってきたのである。

 簡単に現状を説明し終えると綱手の方も話し終えていたらしく、此方へと合流して、五影+俺は急ぎ主戦場へと向かう事となった。

 

 

 目的地へと向かう移動手段は、風影が砂で作った觔斗雲(きんとうん)に乗って飛んでいくという方法故に、地形や障害物の存在を完全に無視する事が出来、尚かつ最短距離での移動が可能となっているため、走って移動するよりも明らかに速い……ただし雷影曰く、チャクラ消費を無視した自身の最高移動速度程ではないとのこと。

 では何故一番速い方法で移動しないのかというと、流石に急ぐためにチャクラを使いすぎて、戦場に着いてからチャクラが無いとなると本末転倒も甚だしいので、予めチャクラを練り込んであるためにチャクラ消費が殆ど無い風影の砂を用いる移動が最も効率的であるが故に、この移動手段が選ばれた訳である。

 途次サクラによって戦場へと召喚されたカツユを通して、リアルタイムで現在の戦況を確認していると、驚くべき情報が入ってきた。

 十尾の復活……五影が軽く息をのみ、俺は五影の様子からヤバい状況にある事を実感する。

 激化する戦いの中で起こる新たな凶事……この大戦はどのような幕引きを迎えるのだろうか?

 五大国が手を取り合って紡ぐ希望に満ちた未来か、それとも独裁者による個の意志が存在しない箱庭か、それとも………まだそれを知る者は誰もいない。

 



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第123話 正体

 主戦場目指し移動を始めてから暫く経ち、視界を遮っていた山を越えた辺りでようやく目的地が見えてきた。

 しかしそれは必ずしも良い事ではなかったのだ……眼前に広がっていたのは巨大な樹に蹴散らされている連合の忍達。

 カツユから報告されてはいたが、聞くのと見るのとではその衝撃は大きく違っていた。

 神樹と呼ばれる巨木の根が触手のように蠢き、触れた者のチャクラを根こそぎ奪い取っていく光景はパニックホラーの一幕の様で現実感がない。

 されどコレは現実以外の何物でもなく、現に五影は驚きを顔に出す事もなく如何に動けばこの状況を打破出来るか話し合いを始めていた。

 その会話に入っていけない理由は、自身の動揺もあるが一番の理由は俺がある程度戦力になることを綱手が言わないでいてくれているからである。

 五影に伝えられた俺の素性はあくまで医療忍者の一人に過ぎない……それ故に最前線で神樹とガチンコバトルを繰り広げる気満々の話し合いに参加できるはずもなかった。

 

 

 しかし俺とてこの世界の住人の一人、この状況下で果報を寝て待つような事が出来るはずもなく、俺は綱手を助けに行った時点である程度覚悟を決めてきている。

 前線で戦う……というよりも一人でも多くの人の命を守るという覚悟を。

 勿論自分の命が最優先ではあるが、能力の効果範囲内の人位ならなんとかなるはずだ。

 そう考えた俺が出来るだけ人の多い場所へと降り立つために戦場を観察していると、突然頭の中に直接語りかける声が聞こえてくる。

 その声の持ち主は初代火影であるらしく、味方の穢土転生体として蘇ったのだとか。

 他にも二~四代目火影も共にいるという情報もあり、現五影の表情に僅かながらの希望が窺えた。

 心境の変化か、そのまま勢いで速度を上げて数分もしない内に戦場の真上まで到着し、五影は風影の砂から飛び降りる……ちなみに俺の乗っている砂だけは緩やかに少し離れた位置に下ろしてくれたので、目撃者ゼロとは言わないが其程注目されることもなかった。

 ましてや今は敵前……それもチャクラを限界以上まで吸い取る化け物のような大樹が相手なのだ。

 幾ら目立つ登場をしたところで此方に気を割く余裕なんぞないのである。

 

 

 そんな緊張感漂う戦場に着いて俺が最初に行ったのは、シズネと連絡を取ること。

 幸いカツユの分体の一つを持っていたらしく、すぐに連絡を取ることができた……繋いですぐに綱手を助けたことに対しての礼と、あまり無茶をしないでほしいという軽い説教のようなものを受けたが、声色から俺に対する心配が感じ取れたので申し訳ないと思う気持ちが湧く。

 ましてや手が空いていたとは言え、持ち場を離れて独断専行に近い形で綱手の元へ向かった訳なのだからシズネに掛けた心配たるや如何ほどのものだっただろうか。

 状況が状況だけにこの場においては短時間の説教で済んだ訳だが、流石にそれで「はい、お終い」という訳にはいかない……落ち着いたら今回の件は一度謝りに行かないと駄目だろう。

 シズネは根に持つタイプではないけれど、放っておくとトントンが体当たりと共に抗議してくるのだ……あの忍豚の狙い澄ましたかのように弁慶の泣き所を打ち抜くチャージは、思わずしゃがみ込む位のダメージがある。

 

 

 閑話休題、彼女は言いたい事を手早く言い終えると、次に俺へ此方に合流してくれという指示を寄越す。

 シズネのいる医療部隊も現在はこの戦場の後方部にいるらしく、そこには綱手もいるらしい。

 明確にどう動くかというビジョンを持っていなかった俺にとってある意味渡りに船に近いその提案に乗り、すぐに後方支援部隊のいる場所まで下がった。

 負傷で下がる忍達に代わって決死の覚悟で終わりの見えない戦いへ踏み出す仲間達……すれ違う彼らの無事を祈りつつシズネの元へひた走る。

 さほど離れていた訳でもなかったので数分もしない内に到着した其処は、大樹から其程離れていない位置にあるが故に時折木の根がすぐ近くで新たな怪我人を作り出す。

 治しては別の怪我人が増え、治しては新たな怪我人が……まるで鼬ごっこのような現場に息を呑む。

 そんな中一際激しい戦闘音を響かせている一角があった。

 巨大な根がへし折れ、酷い怪我の者が優先的に其処へと運ばれていく。

 一目で其処に誰がいるかわかる暴れっぷりである……触れられればチャクラが奪われるならば地面ごと吹き飛ばしてしまえとばかりに攻撃する綱手の姿はかなり際立っていた。

 患者が彼処に集められていることから恐らく彼処にシズネもいるだろうと考え、強化された身体能力をフルに使って目標地点へと走る。

 足を着いた場所の土がめくれ上がり、音を置き去りにする勢いで接近する俺を見て、一瞬新たな敵かと綱手が殴りかかろうとしてきたが、横から何処か見覚えのあるお爺さんが土遁で壁を作って止める。

 安堵の溜息を吐きながら三年前に息を引き取ったはずの老人に一言礼を言おうとするが、その前に相手の方から声を掛けられた。

 

 

「お主もようやく自らを偽らずに生きられるようになったんじゃな……ヨミトよ」

「そういう訳じゃ「本瓜……なのか?」……なんで此処にユギトちゃんが?」

「私は怪我人を運んできたんだよ……ってそんなことよりアンタ、私の呼び方といい、身体に染みつく匂いといい、本当にあの本瓜なんだね?

 何でそんなに若々しい姿なのかとか、暁に襲われた時に私を助けたのはアンタなのかとか聞きたい事は沢山あるけど、今は時間もないから一つだけ聞くよ。

 本瓜……アンタは味方でいいんだよな?」

 

 

 綱手がそれに「当たり前だ」と答えようとして、またしても三代目に「お主が訊かれた訳じゃあるまい、いいから黙っておけ」と止められている中、ユギトは瞬きすらせず、周囲の戦闘音すら聞こえていないとばかりに俺の顔から目を離さない。

 虚偽は許さないと瞳で語りつつ、その奥では微かに揺れ動く感情が感じ取れる。

 初めて会った時から姿を偽られていた事に対する怒り、今までの関係が上っ面だけだったのではないかという疑惑、命を救われたことに対する感謝……様々な感情が入り乱れ、すぐには整理しきれないというのが本音なのだろう。

 色々と気を揉ませて申し訳なく思いつつ、彼女の問いに対して答えを返す。

 

 

「勿論だよ、俺は敵じゃない……神に誓ったっていい」

「神なんて胡散臭いものに誓われるよりも、アンタの店に誓われた方が信用できるね…… まぁいいさ、今は信じといてあげるよ。

 でもこの大戦が終わったら話を訊かせて貰うからね」

 

 

 彼女はそう言って少し拗ねたようにそっぽを向き、火遁系の術で近くに来ていた根を焼く。

 蒼い人魂のような火球が不規則な軌道を描き、着弾と同時に燃え広がるその術は今まで見たどの火遁よりも美しかった。

 少しだけその光景に魅せられながら、彼女へ返答する。

 

 

「あぁ、餡蜜でも用意して待ってるよ」

「……話は終わったか二尾の人柱力? じゃあ次は私の番だな。

 私の用件は単純に今から何をして貰いたいか伝えるためだ」

「この部隊に合流させたって事は治療を手伝えば良いんじゃないのかい?」

「いや、それは本職の医療忍者達に任せてくれればいい……ヨミトに頼みたいのはこの防衛ラインを守るのを手伝って欲しいという事だ。

 カツユからお前の力についての話は少しだけ聞いている。

 光で出来た特殊な結界忍術のような物を使えるらしいが、その強度と効果範囲、それと持続時間、発動条件を詳しく教えてくれ」

 

 

 綱手が言っているのは恐らく‘光の護封剣’の事だろう。

 過去にカツユに見られたことがある中で該当するのはそれ位だ。

 しかしあれは効果時間が短いので、この状況下においてはあまり適した選択とは言えないだろう……だからこそ俺は、自身にとってそれなりにリスキーだが、効果時間と範囲の広い別のものを使うつもりだった。

 捧げた生命力の大きさと比例して強度を増す神秘の防壁‘光の護封壁’を。

 



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第124話 迷い

「50m四方に敵側からの攻撃だけを防いで、効果時間は一日。

事前準備に五分、発動条件は俺に攻撃が来た時だね」

 

 

 俺は綱手の質問に対して、そう答えた。

 彼女が言っているのがカツユの知るアレ(光の護封剣)である事に気付いておきながら、あえてそれを訂正することなく今回使う力(光の護封壁)の説明をしたことに大きな意味などない。

 既に知られている護封剣の効果を誤認させるだとか、単に面倒臭いからだとか……理由を挙げようと思えば幾つか思いつくが、敢えて一番の理由を選ぶとするならば戦後の事を考えて護封壁のデメリット(・・・・・)が護封剣にもあると思わせるためというのが大きいだろう。

 護封壁の効果は支払ったLP以下の攻撃力以下の攻撃を無効化するというもの。

 俺にとってLPとは健康状態の指針だと言える……それが一気に目減りすれば目眩や吐き気等に襲われ、最悪その場で意識を失いかねない。

 そんなものを俺は万全の状態の半分も使う気でいる。

 過去に一度似たような事をした時には、貧血に似た症状が出てその場に倒れ伏した。

 今回も下手をすれば意識を失うだろうが、そうなった場合綱手にその場で気付けをする様に頼んでおけば問題無いはずだ。

 幸い相手はほぼ無傷に等しい状態……意識があれば失ったLPは何とか出来る。

 綱手に詳しい説明と、使った際に起こるかもしれないデメリットを説明し終えると、彼女は一瞬眉を顰めたが、確りと此方見ながら「分かった、その時は多少強引になるかもしれないが起こそう」と約束してくれた。

 しかしここで今まで殆ど口を挟んでこなかった三代目が口を開ける。

 

 

「ちょっと待て、なんだその馬鹿げた性能の結界は……儂でもそんな術聞いたことが無いぞ。

 お主あの訳の分からない口寄せ以外にもまだ隠し球を残しておったのか」

「えぇ、まぁ……そんなこと今は良いじゃないですか!

 今は目の前の危機を乗り越えることに集中しなければ」

「それもそうじゃが……この調子じゃとまだ何か隠しとるな?

 綱手、一段落着いたら色々と聞き出すんじゃぞ……とんでもない物隠してるかもしれんからの」

「知ってるさ、ヨミトが秘密主義なんて事はね……ただ今度ばかりは多少強引にでも聞かせて貰うとするから覚悟しておくんだね。

 さぁヨミト、そろそろ五分経った頃だろう? 頼んだよ」

 

 

 そう言ってバチコーンとウィンクをしてきた綱手に苦笑いで返し、一度深呼吸をして覚悟を決める。

 100mも無い距離で激しい攻防が行われている中、怪我人を守る為に引くに引けない戦いを強いられている人達にとってこの一手はとても大きな意味を成すだろう。

 俺は覚悟を決めて最前線へと走り、今にも叩き潰されんとする一人の忍の前に立った。

 

 

「気絶したときは手筈通り頼んだよ綱手……発動‘光の護封壁’!」

 

 

 宣言と共に光がドーム状に形を成していき、それと同時に自身の身体から急激に力が抜ける。

 膝から崩れ落ちないように足へと力を入れた際に、地面が軽く陥没したことから装備魔法による身体能力向上の効果は切れていない。

 筋力などの直接的な力ではなく、もっと根源的な部分の何かが抜けていく。

 今すぐにでも横になりたい……そんな欲求に屈しそうになる。

 しかし今折れれば壁の固さは予定を下回り、下手をすると攻撃を防ぎきれない無意味な壁へと成りかねない。

 故に此処で屈する訳にはいかないのだ!……カツユが心配そうに胸元から声を掛けてくれているしな。

 歯が折れんばかりに食いしばり、握りしめた拳から血が滴ろうと壁が完成するまで耐え抜いてみせる。

 ゆっくりと光の壁が一枚、また一枚と重なって強度を増していく。

 そして四枚目が重なったとき、一際強く光を放ち、光で出来た防御壁は完成した。

 壁が木の根を弾き返しているのを見て、達成感から一気に意識が飛びそうになり堪らず膝をつくが、何とか意識を失うことには耐えて急ぎ回復魔法を発動する。

 

 

「発……動‘至高の木の実’、続けて……もう一つ‘至高の木の実’」

 

 

 未だ発光を続ける護封壁の光に紛れ、二羽の白い小鳥が俺の頭上に現れ、俺と未だ暴れ続ける大樹を一瞥し、小さく鳴いた。

 その後二羽は肩の上へと留まって首に付いていた二つの木の実の内の一つを掌の上に落としてから、空気に溶け込むように消えた。

 渡された実を緩慢な動作で口へと運び、かみ砕いて飲み込むと甘酸っぱい味が口の中に広がると共に身体が燃えるように熱くなり、それと同時に体調が護封壁使用前と同じレベルまで戻る。

 

 

 今使用した‘至高の木の実’という魔法は、本来相手のLPよりも此方が低い場合2000のLPを回復できるという効果を持っていたのだが、相手よりもLPが高かった場合は1000のダメージを受けるという効果も持っているものだ。

 先程召喚された小鳥が此方と彼方を一瞥したのは、それを判別するためである。

 もしもあの時後者の効果が発動していたのならば、今回渡されなかった方の木の実を強制的に口に突っ込まれていた……一度試したことがあるから間違いない。

 ちなみにもう一つの木の実を食べると、考えられない程苦い味(例えるならばゴーヤをセンブリ茶で煮詰めた様な味)と共に腹痛と目眩が起こる。

 あの脱力感に苛まされた状態でそれを口にしていたら確実に意識を失っていただろう。

 その事に安堵し大きく息を吐くと、ふと膝をついたときに切った手に熱を感じて横を見ると綱手がカツユを通して掌仙術を掛けてくれていた。

 

 

「気絶した時は起こしてやると言っただろうに……馬鹿者が」

「本当ですよ! あまり心配させないでください!」

「いや、あそこで気を失っていたら不完全な防壁になっていたからね。

 耐えなければいけないところだったんだよ」

「お前は……まぁいい、もう過ぎたことだからな。 それよりも今は次の手へ移る事に専念しよう。

 まずはあの壁に戸惑って攻撃の手を止めた奴らに通信部隊を通して、壁の内側から攻撃をする様に連絡しなければ」

「此処は大丈夫そうじゃから儂はもう一度前線に上がろう……お主はどうするんじゃ、二位殿」

「私は他の苦戦してそうな所に回るさ、此処はもう医療忍者の独壇場だからね……というわけだ本瓜、アンタも適度に頑張んなよ」

 

 

 そう言ってユギトは軽く肩を小突いてから別の戦場へ向けて走り去る。

 小突いた際に少し前連絡されたチャクラ吸収に対する一策である九尾のチャクラを分けてくれた。

 どういう理屈かは分からないけれど受け取ると同時にまるでこの場にいる人全てと繋がっているかの様な感覚に包まれ、薄らとではあるがナルトの感情も伝わってくる。

 三代目も俺と二言三言言葉を交わしてから前線へと移動し、壁を破壊せんと暴れる大樹の根を火遁を用いて焼き払う。

 既に綱手は他の重症患者の治療に入っており、今この場所で手ぶらなのは俺位だろう。

 本来ならこの忙しい中ぶらついているつもりなんて毛頭無いのだが、先程のユギトの一言が何故か頭に残って足が動かないのだ。

 

 

「適度に頑張る……俺の適度ってなんだ?」

「ヨミトさん?」

 

 

 此処で綱手と共に怪我人の治療に専念する?

 それとも三代目の様に此処の守りを更に固める?

 それとも………

 

 



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第125話 手助け

 悩んでいる間にも戦況は刻々と変化し、普通に攻撃しても護封壁は突破できないと気付いたのか、大樹は幾つかの根を束ねてぶつけ始め、先程までビクともしなかった護封壁が少しだけ揺れる。

 この壁は害意を持った一撃で耐久値を越えなければ壊れないので大した問題ではないのだが、それでも壁の内側で戦っている人達からすれば一瞬手が止まる程度に驚くのは当然といっても過言ではないだろう。

 彼らからすれば出所こそは不明だが、今は自身の命を守る為の壁……今壁が壊れれば折角膠着状態まで改善した戦況が再び押し込まれかねないのだからしょうがない。

 すぐに復帰したものの半数は先程と比べて明らかに動きが悪く、何人かなど腰が引けている者すら見える。

 逃げないだけ立派ではあるが、あれでは逆に足を引っ張りかねないと思い、偶々目についた20にも満たないであろう若者達三人組に近づいて声を掛けた。

 

 

「無理に前線にいなくてもいいんだよ?」

「だ、誰だアンタ?」

「医療忍者の助手ってところかな、まぁ俺の事はいいじゃないか。

 そんなことよりも君たちのことだよ……無理に前に出なくても後方で支援に回るのも一つだと思うのだけど?」

「………俺達だって分かってるんだよ、アレにビビってる俺達じゃ役に立つどころかお荷物になってるってこと位は」

 

 

 三人の内の一人が術を放つのも止め、頭を垂れて呟くようにそう言って、側にいた二人も術こそは止めないものの同じく悔しそうな顔を見せる。

 それが分かっていながら何故!と憤りを感じなくもないが、何処か引くに引けない理由がありそうだ。

 土遁でも使うのか地面に手をついて、目を閉じている一人の前に少し間を空けて残る二人が立って居るところを見ると、前衛二人後衛一人のスリーマンセルなのだろう。

 付き合いが長いのか、互いに互いを信頼しているのが感じ取れて良いチームだというのは分かる……しかし俺としても言いたくはないが、一つの判断ミスで仲間が死にかねない状況下にある今、多少強く言ってでも下がらせた方がこの人達のためにもなるだろうと心を鬼にする気持ちで言葉を放とうとした。

 

 

「それなら「しょうがねぇだろうが! 彼処に仲間がいるんだよ!」……根の下に?」

「馬鹿だって言いたいんだろ? あぁその通りさ、俺達は馬鹿だよ。

 あの根に触れた時点でチャクラ吸い尽くされちまうんだ……生きてる確率なんて殆どない。

 だけど零じゃねぇんだ! 別に他の人達に攻撃を止めて欲しいなんて言うつもりはないし、手伝ってくれとも言うつもりはないが……せめて俺達位はアイツを探してやりてぇ!」

 

 

 彼が指差した先は所狭しと根が密集した場所であり、もし彼処に人が居たのならばチャクラを吸い取られるだけでなく、根の質量で圧殺されるだろう。

 カツユも小さな声で「それは……」と気の毒そうな声を上げている。

 それを想像出来ない程彼らは愚かではないはずだ……しかし簡単に諦められる程割り切れてもいない。

 忍としてはきっと正しくない選択……しかし人としてその気持ちは分からなくもない。

 何をしようか迷っていた俺はそんな彼らの思いに少しだけ手を貸す事に決めた。

 

 

「分かった……一度だけ露払いをしてあげるから、タイミングを逃さないようにするんだよ?」

「……は? アンタ何を言って……」

「今近くの味方は護封壁の内側、的は大きくて数もある……ある意味理想的な状況だ」

「ヨミトさん、今度は何をするつもりですか? せめて何をするか位は説明して欲しいのですが……」

「ちょっと雷でも落とそうと思ってね。念のため綱手に連絡して護封壁の外にいて尚かつあの樹の近くにいる忍に一旦距離を取ってほしいと伝えてくれるかい?」

 

 

 今から打つ一手は人だと耐えきれないだろうから、出来る限りフレンドリーファイアの可能性は減らしたい。

 カツユは俺の言葉に驚き……ではなく呆れの感情を露わにし、少し怒っているようだ。

 

 

「そんなことも出来たんですか……もう驚きませんけど、この戦いが終わったらまたキチンと説明してくださいね?」

「終わったらね」

「絶対ですよ?……今から三分後に一度味方に距離を取らせるとのことです。綱手様も呆れてましたよ?」

「怒ってなかっただけマシかな……三分後ね、了解。そこの子達も聞いていたね?

 それまでに感知するなりして仲間を見つけるんだよ?」

「アンタ一体……それに綱手って五代目火影様の名じゃ……」

「俺の事は取りあえず良いじゃないか、今はそんなこと関係無いだろう?

 君たちは仲間を見つけて助け出すことだけ考えておくと良い」

 

 

 そう言い残すと俺は青年達三人を置いて、壁際で人の多い所へと紛れ込んで、起爆札付きの忍具を投げながら時間が来るのを待つ。

 普通の樹であれば火遁や起爆札でそれなりの損傷を与えることが出来るのだが、眼前に(そび)え立つ巨木には殆ど効いているようには見えなかった。

 カツユはそれを見て不安そうに此方を見るが、それが杞憂だということを今から言葉ではなく結果で教えよう。

 瞬く間に三分が経過して、カツユを通して綱手からの準備完了の知らせが届く。

 

 

「一時退去完了、派手にやれ……だそうです」

「それじゃあお言葉に甘えて派手に行こうか! 発動‘ライトニング・ボルテックス’!」

 

 

 宣言と共に根の上30m程の所で平手で皮膚を強く叩いたような音が鳴り始める。

 その音は次第に間隔を狭め、まるで一続きの音の様になっていく。

 さらに時間が経つに連れて音と共に紫電が奔るようになり、紫電は球体へと収束し、たった20秒で8m程の雷で構成された玉が出来上がった。

 詳しい話を聞かされないまま一旦下がった忍達と壁の内側にいた者達も、短時間の内に現れた騒がしくも猛々しい眩い球体に注目せずにはいられない。

 そして30秒が経過した時、球体はおよそ8m程で巨大化を止めたと同時に強く発光すると、まるで雨のように雷を降らせた。

 その光の雨の一滴が槍程の太さで、一滴一滴が大樹の根を穿っていく。

 放射状に降り注ぐそれは、範囲内にあった根を根こそぎ断ち切り、光の雨が止んだ後には辺りに樹の焦げた匂いと砕けた無数の残骸が散乱していた。

 目の前で起こった出来事に現実感を感じられず放心している者も少なくなかったが、我に返った者達は何とか土遁で根のチャクラ吸収から逃れた者達の救助とダメージを負った樹への追撃を始める。

 その中には先ほど話していた青年達の姿もあったが、結果を見ることなく俺は見える範囲にいる人の救助にまわりながらも、カツユ越しに説明を求める綱手達への説明に追われることになった。

 



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第126話 奇人

 綱手への説明を何とか無難に終えた俺は、壁の範囲内ならば問題ないが俺が範囲内から一歩出れば俺を中心に再構築されてしまうために迂闊に動けず、範囲内にいる怪我人の応急処置や俺の医療忍術の手に負えない患者を外の医療忍者に引き取りに来てもらったり、外で倒れている人をチャクラ糸で引っ張ってきたりとかなり忙しく立ち回っていた。

 そんなことをどれ位の時間行っていただろうか……突然脳内に直接映像のようなものが送られてくる。

 それは一人の青年の人生……化物と蔑まれ、それでも心折れずに勇ましく生き、今世界を背負って戦うナルトの記憶。

 流れる記憶の中には俺との日常も含まれていた……穏やかな日常の一幕だ。

 そして届く後悔したくないという強い気持ち。

 この戦場に立つ全ての仲間に気迫が満ちていく。

 直後いつの間に来たのか綱手が俺の手を掴み、この場にいる仲間たちへと言った。

 

 

「今からここに張っている結界を動かす……医療部隊は自分で動けない怪我人を抱えて主戦場から離れておけ。

 私は敵主犯格を叩きに行く、手伝う気がある奴はついてこい!」

 

 

 俺の意思確認など完全無視したその発言に苦笑せざるえなかった……どうせこのまま根の進行を防いでいても根本の解決にはならない。

 ならば綱手の言うように本体を叩くのが一番有効な戦術だろう。

 それにナルトにばかり苦労を掛けるというのも名ばかりとはいえ保護者としてどうかと思っていた所だ。

 俺が綱手の言葉に手を握り返すことで答えると、彼女は少し驚いたようにこちらを見て小さく笑った。

 

 

 神樹本体までの距離は数km程で綱手や今の俺であれば五分も掛からない時間で辿り着ける距離でしかない。

 移動中綱手の祖父でもある初代火影の記憶が先ほどのナルトの記憶と同じように流れ、生前の彼の願いが五国全てが協力し合い生きる世界だったと知り、多くの人が忍連合と重ね合わせて奮起した。

 最短の道を最速で駆け抜けて現場に到着した俺達だったが既に戦いは佳境……チャクラで出来た九つの縄で尾獣の所有権を掛けた壮大な綱引きが行われていた。

 尾獣チャクラの大本から伸びる縄を大勢で引いている様子は、まるで枝葉が伸びていく様にも見えて力強さを感じることが出来る。

 俺と綱手は目配せし合い互いに一度小さく頷くと、綱手は着いてきた者達に散開するよう命じ、俺は一番引きが弱い縄への加勢に向かった。

 

 

 空いている場所に入ると丁度其処を中心に護封壁が再構築されたために一瞬付近の忍達に動揺が走ったが、それがすぐに実害のない物だと気付くと再び額に汗して引き始める。

 俺も縄を握り力一杯引こうと試みたが超強化されている身体能力で持ってしても思いの外引くことが出来ない。

 不思議に思っている俺に前で縄を引く男が教えてくれた……この綱引きに重要なのは単純な力ではなく、チャクラコントロールが最も重要なのだと。

 ナルトから分けて貰った尾獣のチャクラを縄へと繋ぎ、一同息を合わせて引く。

 然れど人柱力ではない者に尾獣のチャクラは早々上手く扱える物ではなく、数で補わざるを得ない。

 現にユギトとナルト、そして八尾の人柱力であるビーと一尾の元人柱力である風影の担当している縄は俺が握る縄よりも人員が少ないにも関わらずかなり優勢であるようだ。

 それにしても相手はたった一人で此方は四人の人柱力と数万人の忍連合……一人でこれだけを相手にして競っているのだから凄まじい。

 

 

 しかしそれも長くは続かず、綱引きは此方の勝利で終わった。

 尾獣はチャクラ体から実体へと変化し、ナルトを囲む様に地に降り立つ。

 残るところは現在初代火影が相手をしているうちはマダラの封印位だろう。

 それも大詰めまで来ているという連絡が既に入っている事から、この大戦の幕が下りるのも後数分というところ……そして以前長門が自身の命を対価にして木の葉の里襲撃の際に亡くなった者達の蘇生を行ったが、今回それをナルトの前で今倒れている者が行うらしい。

 一度見たそれを体験した木の葉の者以外には信じられない秘術だが、この場には木の葉の忍も多く、他里の忍も付近にいる木の葉出身者に真偽の程を尋ねることで半信半疑ながらも仲間が生き返る可能性を信じ祈る。

 その場に立つ全ての者が固唾を呑み見守る中、その印が組まれ……それは起こった。

 術者の半身が不自然に蠢き、彼の近くにいるナルト達が動揺している。

 チャクラを通じて伝わってくるナルトの感情から恐らく良くない事が起こっているのだと感じ……それを察知した数人が駆けつけようとするが時既に遅し、印は組み終わってしまっていた。

 亡くなった仲間が復活して大団円で幕が下りるはずだったのが、予想外のアンコールによって再び幕が上がる。

 うちはマダラの受肉、初代火影の細胞を得て最盛期を越えた肉体を手に入れたマダラは初代火影の仙人チャクラを奪って自身を強化し、五影クラスであっても手に負えない怪物と化した。

 

 

 あまりの急展開及び最大の危機に五影+歴代火影による作戦会議が開かれようとするが、敵は一瞬で尾獣の元に現れてナルト達を蹴散らし、十尾の器となる外道魔像を呼び出し再び尾獣を取り込まんとする。

 それを防ごうと飛び出す者達の行く手を阻む様に巨大な顔一つと小さな顔を五つ持つ巨大な千手観音像を摸した木像が出現し、その上に乗って共に現れた仮面の男が語り出す。

 

 

「やっと出てこれた……息苦しくてしょうがなかったんだよ。

 でさ突然なんだけど俺の質問に答えてくんない?

 便意ってどんな感じ?」

「「巫山戯るな! 其処をどけ!」」

「いやいや普通の人って排泄するじゃん?

 でも俺の身体は普通と違うからそういうの無いのよ。

 飯食ったり眠ったりウンコしたりしないの。

 あ、なんかアイドルって奴みたいだな……あれ、でもあれはそう言われてるだけか!

 そりゃそうだよな、ケツからマシュマロ出すとか俺より意味わかんねぇもんな!

 んでさぁ殺したり、騙したりっていう人の得意技的なものあるじゃん?

 それは俺でも出来るし、その時の相手の顔見て感情とか感じられる訳……それの反対が自分の得る感情って事だろ?

 だから喜怒哀楽的なもんは大体分かるんだけど、身体のつくりが違うから三大欲求とかは分かんないんだよ。

 で取りあえず最初に気になったのが便意ってわけ……でさ、もう一回聞くけど便意ってどんな感じ?」

 

 

 殆どの者が思った……「なんだコイツ、頭おかしいだろ」と。

 だがすぐにこんな奴に構っている暇は無い、木像は気に掛かるが今はナルト達を助けなければという思いから多くの者が突如現れた巨像を迂回するような形で駆けつけようとするが、木像は振り下ろすように拳を叩きつけて横を通り抜けることを許さず、五つの小さな顔からそれぞれ違う属性の術を放ちそれぞれの相乗効果から此方に途轍もない被害をもたらした。

 このままでは悪戯に被害が増えるだけだと判断した綱手は少数精鋭による短期決戦で行く事を決め、三代目火影と五影(風影を除く)+それぞれが役立つと判断した者以外を支援と防衛に徹するよう指示して前に出る。

 三十人にも満たない上忍以上で固められたその中に三代目と綱手からご指名を受けた俺もひっそりと居た……訂正ほぼ先頭で敵の目が明らかにこっちを見ていた。

 

 

「なにその壁……結界術かなんか?

 一応俺ってマダラが知ってる術は大概知ってるんだけど、そんなの知らないなぁ。

 知らない事を知る事が出来るっていうのは幸運なことだ。

 知識欲っていうの?

 それは俺にもあるんだよね、まぁじゃなきゃ便意がどんな感じか知りたいなんて言わないから分かってるよね?

 あ、別に幸ウンと便意とか掛けてないから笑ったりしなくてもいいからな。

 話逸れたけど、アンタ他には何ができるの?

 もっと珍しい事できたりする?

 だとしたらもっと見せて欲しいなぁ……見たことないもの、聞いたこと無いこと、感じたことのない感情。

 それもこれもどれも皆経験してみたい!

 あぁ今日は良い日になりそうだ!」

「うわぁ……なんか変な奴にロックオンされた……カツユ助けて」

「私としても助けたいのは山々なのですが、私に出来るのは溶かす事と癒す事位なので、えっと……応援します!」

「………ヨミトが張っている壁はある程度の物理攻撃を防ぐことが出来る。

 敵の術を最低でも相殺しつつ、手数で押すぞ!」

「「「応!」」」

「あの像から見てもしかすると木遁を使えるやもしれん、もし発動の前兆が見えたのならすぐに燃やせ!」

「「了解!」」

 

 

 気不味そうに俺から目を背けて、仲間を鼓舞する綱手と三代目。

 興味深そうに此方を見る水影と土影。

 俺に構うよりも敵ぶっ飛ばす的な雷影とその他。

 俺の服の中で時折震えながら応援しているであろうカツユ。

 俺はビックリする程士気の上がらない中、主任務壁役をこなすため前進を始めた。

 

 



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第127話 ジリ貧

 最初は順調だった。

 五影が先頭に立って巨像を削り取り、その邪魔にならない様に俺の側から彼らの支援をする仲間達。

 俺も仮面の男目掛けて‘ブラックコア’を放ち、躱されはしたものの巨像の顔の一つを丸々消し去った。

 数多の腕、顔の一部、足の一部等を破壊し、このまま行けば押し切れる……誰もがそう思ったが、巨像は一定まで破損すると再生を開始。

 それを切っ掛けに木像が木遁で作られたという確証は得られたが、切断された腕は瞬く間に生え変わり、他の部分も直ってしまった。

 これには五影の面々も眉を顰め、その他の面々は顔色が悪くなる。

 

 

「限がないのぅ……奴自身をどうにかすればいいんじゃろうが、デカブツが邪魔すぎる。

 ヨミトと言ったか、さっきの黒いのまだ出来るか?」

「出来ますが後二回で打ち止めです」

「数撃って逃げ場無くすこともできんか……もう少し考えてから動くのが最善じゃな」

 

 

 土影の言ったその言葉に俺も声を出さずに賛同する。

 俺も現状既に力を17回使い、現在伏せている一つの罠は予想されている最悪の事態が発生した時に使う予定のもの……要はこの戦争中に使える力は残り22回分だと言うことだ。

 戦闘らしい戦闘に参加した訳ではないが、既に半分近い回数を使用したという事実は残る強大な敵二人の存在を考えると余裕を持てるとは到底思えない。

 唯一の救いは護封壁が相手の物理的な攻撃を受けられるので人的被害が現状0に等しい事位だ……しかしそれも何時まで保つか分からない。

 相手も壁の特性に気付いたのか、壁の外に出た者を優先的に狙い、壁を攻撃する際には狙う箇所を一点に集中させる事で火力を上げ、僅かではあるが護封壁を歪め始めている。

このまま受け続ければいずれ破られてしまうだろう。

 そもそもこの壁は基本的に物理攻撃以外はあまり防いでくれないのだ……基準はチャクラの込め具合。

 純粋なチャクラのみで出来ているチャクラメスなどはほぼ素通りするし、チャクラによって生成した水や火であっても自然にある物を使用して威力を増している場合は増幅分を防ぐことが出来る……そう、増幅分(・・・)はだ。

 

 

「撃ち漏れた火遁が飛んでくるぞ! 水遁使える奴は相殺しろ!」

「糞、雷遁使いの手が足りない……誰か他の所担当してる奴で雷遁使える奴は居ないか!?」

「馬鹿言うな、こっちだって手一杯だってんだ!」

 

 

 五影達は基本的に壁の外で積極的に戦っているが、他の仲間達は内側で防衛主体に戦っている。

 それでも相手のチャクラが異常に多いのか、術はかなりの部分がチャクラで出来ており、相殺にも相当数の数が必要となっていたために戦いは競っていた。

 戦い始めてからどれ程の時間が経っただろうか……五影は未だ最前線に立って戦っているもののチャクラが減って派手な術を使えなくなり、他の仲間もチャクラが完全に切れた人から戦線を離脱していき、今では十数人で戦線を維持している。

 そんな中三代目火影は持ち前の知識と経験から、チャクラを節減しながら敵の猛攻を捌いていた。

 木像の放つ五属性忍術同時発動も影分身を五体生み出して対応し、直接攻撃されれば地形を盾に最小限の動きで躱して火遁を放ち腕を焼く。

 時には穢土転生体であることを利用して自分の身を犠牲に仲間を守り、五影達へ指示をとばす。

 この戦場におけるリーダーは間違いなく彼だった。

 

 

 ちなみに俺も‘昼夜の大火事’を二回連続で放つことで木像の顔丸々焼き尽くしたり、壁の外で倒れてる仲間を‘魔導師の力’で強化された腕力を駆使してチャクラ糸で引っ張り込んだりと攻防それぞれにそれなりの活躍をしていたが、どうにも手詰まり感が否めない状況故にそろそろ一度デカいのをブチかまそうと決意して、その意思を五影達に伝えようとした時遠くから何かが飛んでくるのが見えた。

 敵の増援かと攻勢から防衛へとシフトし、三代目を殿に五影達も一旦此方に集まり身構えるが、飛んできたのは風影と横になっているナルト……前線にいたナルトが動く気配すらなく横たわっている姿に嫌な予感を感じる。

 

 

 直ぐ様この場において最も医療忍術に長ける綱手とシズネ、サクラの三人が駆け寄ったが風影から告げられたナルトは尾獣……九尾を抜き取られ、このままでは死を待つばかりであると言う言葉に一同が息を呑む。

 唯まだ助かる方法もあるらしく、それを成すために少し離れた場所に居る四代目の元へ行かなければならないのだが、このままでは其処まで持ちそうにないので道中医療行為を行って貰うために誰かついてきて欲しいとの事。

 当然視線が集まったのはトップクラスの経験と腕を持つ医療忍者である綱手だったが、如何せんチャクラがギリギリすぎるため医療行為の途中でチャクラが切れては危険だと言うことで辞退、残る二人から同行者が出ることに。

 技術と経験で言えばシズネ、チャクラと機転で言えばサクラ。

 二人の短い話し合いの結果、今回の様な特殊なケースの医療行為は若いサクラの方が柔軟に行動できるであろうという事で結論がでたらしく、決まるや否や風影の作った砂の足場に乗って飛び立った。

 

 

 されど仮面の男が黙って見ている訳はなく、彼らを術で撃ち落とそうとするがこの場にいる者皆でそれを防ぎ、俺も護封壁を彼らの盾に出来る位置へと移動し、激しくなった敵の攻撃を防ぐ。

 流石の護封壁も度重なる攻撃に遂には耐えられなくなり、木像の放つ十発以上の拳を受けると、まるで硝子が割れたときのような音を出して消えてしまった。

 それに伴い‘魔導師の力’によって増幅されていた力が一段階下がり、少しだけ身体が重くなる。

 壁が割れたことで俺自身の行動制限は消えたけれど、その代わりに単身では敵の攻撃に対応できない仲間達がまた数人リタイアする事になった。

 数人で済んだのは雷影が雷遁を纏って高速移動しながら敵の攻撃範囲から弾き飛ばしたからだ。

 彼は勢いそのままに俺の元まできて地面を削りながら止まる。

 

 

「さっきの結界はもう張れんのか?」

「あれは日に一度が限度でして……ですが別の方法であれの動きを暫く止めることは出来ます」

「そうか……では二十秒後それをやれ。 その間に俺達が全力で攻勢を掛けて仕留める」

 

 

 そう言って俺の方を一切向かずに再び前線へと戻っていった。

 彼が戻ると同時に後方から大蛇丸率いる三人組が突出、赤髪の娘がサスケがどうこう叫びながら身体から半透明の鎖を生み出し木像を圧倒。

 身体を何度か穿たれながらそれの横を強行突破する。

 それに続く様に残る三人もこの戦線から離脱、積極的に協力していた訳ではないがこの機会逃す訳にはいかない。

 

 

「‘光の護封剣’だ……頼むから大人しく拘束されといてくれよ?」

 

 

 光で出来た巨大な剣軍に囲まれてその場から動けなくなった半壊の木像、半壊した状態で囲われた所為で再生するにもスペースが無く直すことが出来ないらしい。

五影達の様子を観察していた男がゆっくりと此方に振り向き、小刻みに身体を震わせながら「やっぱりアンタ良いわぁ♪」と呟いたのが聞こえた気がした。

 



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第128話 発動

 雷影の宣言通り護封剣の発動と同時に全面攻勢へと打って出て、逃げ場のない中で飽和攻撃を受けた木像は原型を留めない程に破壊された。

 しかしそれだけの攻撃に曝されながらも仮面の男は未だ存命、攻撃の手が止むと像の破片からまるで生えてくる様に現れる。

 それも木像の破片と同じだけの数がだ……幸い護封剣の効果範囲内から出ることは適わなかったらしく、此方の有利には変わりないのだが相手の数が此方を上回ったのは留意すべき点だろう。

 まぁ俺にとっての問題は其処じゃなくて、恐らく分身体であろうそれらの殆どが俺をロックオンしている事である。

 その上あの木像を使って術を行使していた時よりは一つ一つの術の威力は低いものの、数が居るために五行の法則に則って術の相乗効果を引き起こし、此方への攻撃がむしろ激化していた。

 護封剣も護封壁と同じ様に術に込められたチャクラの割合によって通り抜ける術の威力が変わる訳だが、護封剣は効果時間が3ターン……15分という制限がある為に物理的な衝撃に対する耐性が先程のそれよりも高い。

 一度実験として敵味方両者に似た様な効果を与える‘悪夢の鉄檻’を装備魔法マシマシで殴りつけた時にビクともしなかったことから、10000以下相当の攻撃力であれば揺るがすことすら出来ないだろう。

 

 

 15分という時間はあっという間に過ぎ、光で出来た剣群は儚く散り、敵を閉じ込める物は無くなった。

 しかし中から誰かが出てくることはなく、無数の木片と共に横たわる仮面の男は満足そうに笑っている。

 四分の一時間の攻防は激戦と呼ぶに相応しい戦いだったが、行動範囲が限られている以上此方の優位は覆せず、分身体は次々と木っ端へ変わっていき、最後は五影が残り少ないチャクラを振り絞った術群で強引に敵の術ごと圧し潰す事で決着がついたのだ。

 ちなみに俺も‘ライトニング・ボルテックス’を二回使って、多くの分身体を屠った。

 男の両足はへし折れ、腕にはそれなりに酷い火傷……仮面も罅が入って今にも割れてしまいそうだが楽しそうに首だけを此方へ向けて話しかけてくる。

 

 

「流石は五影、見たことない術のオンパレードだったから思わず魅入っちゃったよ!

それに何よりあの結界術!!

 前に張ってたやつよりも硬いし、綺麗だったなぁ……もっと別のやつも見せて欲しいけど、俺的にもアンタ達的にも無理だろうなぁ」

「どういう事だ?」

「もう時間切れ……ってことだよ火影……あぁ……本当に残……念………」

 

 

 仮面の罅が広がり、パラパラと崩れ、中にいたのが敵に攫われたはずのヤマトだった事に俺一人が驚く。

 どうやら五影達は木遁を使用していたことからある程度予想はついていたらしい……まぁ穢土転生体だろうと思っていたらしいが。

 

 

「漸く片付いたな……後はマダラだけだが、今アイツが言っていた時間切れというのが気になる。

 急ぎマダラの元に……何だっ!?」

「アレはまさか?!」

 

 

 一瞬大きく地面が揺れ、この場にいる全員が上を見上げると其処には写輪眼の紋様が映り、話に聞いた無限月読発動の兆候が現れていた。

 奴が言っていた時間切れというのはコレのことを言っていたのだろう。

 このままでは催眠に掛かってしまうが故、万が一に備えて伏せておいた罠を解放する。

 

 

「皆さん、一先ず集まってください!

 間に合え! 発動‘マジックディフレクター’!」

 

 

 発動と同時に10mはあるかと思われる青色の六足ボディでパラボラアンテナのような物を持つ機械が現れ、アンテナから頭上に緑色の光線を放つ。

 するとそれは放射状に広がり、ドーム状のバリアへと変化した。

 それが形成されるとほぼ同時に月が不自然に光り始め、その光を浴びた者の目に輪廻眼の様な文様が浮かび上がる。

 そして全ての者が動きを止めた……まるで時間が止まってしまった様に。

 俺の呼び掛けで、動ける者は俺の近くに集まってくれたために、無限月読に捕らわれる事無く済んだが、それ以外の人は見える限り全て術中に嵌ってしまったらしい。

 

 

「これが無限月読か……こんなものどうすればいいというんだ!?」

「落ち着け火影、一先ず儂等は動けるんじゃぜ?

 無限月読は術者が居なければ維持出来ん類の術じゃから、マダラの奴を仕留めれば解ける」

「そうだ、結局の所やることは変わっておらん。

 悲観的になるにはまだ早いだろう……おい貴様、この結界は何時まで保つ?」

「発動から5分で消えます」

「5分か……この厄介な術は見たところ月が放つ光を媒介にして発動している。

 要は光が届かない場所に居れば掛からないということだ」

「時間内に光を全く通さない密室を作り出すか、この光自体が止めば問題無いという訳じゃな」

「この光が止まない限り満足に動くことも出来ん……動けなければ奴を倒すことなど夢のまた夢。

 密室に篭もるのは残る時間が1分を切っても光が止まない時だけだ」

「分かっている!」

 

 

 焦りから火影と雷影から苛立ちが感じられ、土影と水影も眉を顰めている。

 三代目は辺りを見回し、術に掛かった者達を見て何か考えている様だ。

 俺はそんな三代目と共に辺りを見てまわり、試しに‘サイクロン’で術が解けないか実験したりしていた……結果は失敗だったが。

 二分が経過した頃、徐々に光が弱まってきている事に気付き、幾分か刺々しい空気が和いだ。

 しかし遠くから何者かが此方に向かってきているのを三代目が発見すると、再び緊張状態へと移行する。

 未だ術が続く中で徐々に近づいてくるその人影に警戒心が高まるが、顔が見える距離まで来ると緊張は解けて若干の安堵感の様なものが湧いた。

 

 

「初代様、二代目様!」

「無事で何よりですが、お爺様方はこの光に当たっても大丈夫なのですか?」

「どうやらこの術、生者にしか効かんらしくてな。

 穢土転生で呼ばれておる儂等には効果が無いようだ」

 

 

 それを聞いて三代目が試しに外に出てみると、催眠状態に掛かることもなく行動できることが分かった。

 その性質を考慮した上で軽く話し合った結果、一先ず初代二代目三代目火影が先行してマダラの元へと走り、現在戦闘を行っているであろう味方の援護を行う。

 残る五影の面々+俺は当初の予定通り、光が止むのを待ってから行動を開始するという事に決まった。

 自分たちがすぐには動けない事を大層悔やみながら三人を見送る事になった五影達の瞳には、まだかまだかと待ちわびる想いが隠しきれず、月の光が途絶えると同時にマダラがいるであろう方向へと走り出す。

 月の光が止むの共に術に掛かった人達が突然生えてきた白い大樹に捕らわれ、まるで木の実の様に枝からぶら下げられている光景は不気味以外の何物でもない。

 えも言われぬ気持ち悪さを我慢しながら俺も五影達に続くが、無限月読が発動してから徐々に強くなる嫌な予感が脳裏を走り、足を鈍らせる。

 マダラと戦闘を行っているのであれば激しい戦闘音が此処まで聞こえてきてもおかしくないはずなのだが……現につい先程まで理解できないレベルの空中戦が行われていた時は地面が揺れたり、破裂音の様な音が聞こえたりしていた。

 しかし今は前を走る影達の足音以外殆ど聞こえず、術者を倒せば解けるであろう無限月読に捕らわれた者達は未だ捕らわれたまま目を覚まさない。

 絶望的な想像が脳裏を掠めるが、到着した現場に広がる光景は想定の範囲外のものだった。

 



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第129話 終戦

 そこに生きている人は誰もいなかった。

 居たのは穢土転生で現界している歴代火影と身元不明の下半身が一つ。

 四代目火影がいつの間にか合流していたが、それであればナルト達も此処に居るはずであり、そもそもマダラもいないというのはどういう事なのだろうか?

 一先ず先に到着していた火影達に話を聞くため、謎の下半身を中心に立って居る彼らの元へ影達と共に向かう。

 綱手が代表して事情を聞こうとすると、中心に転がる下半身からヌルリと若干身体が透けている角の生えたお爺さんが現れ、辺りを見回す。

 突然現れた幽霊の様な相手に俺を含めた数人が臨戦態勢へと移るが、穢土転生組と土影は目を見開いて驚いている様だ。

 最初に口を開いたのは三代目、その口から出た声は少しだけ震えていた。

 

 

「あ……貴方様はまさか六道仙人では……」

「そう呼ばれていたこともあったな。

 ワシのことを知らん者もいるだろうからまずは自己紹介から始めよう。

 名は大筒木ハゴロモ、今ナルトと戦っているカグヤを母に持つ忍宗の開祖だ」

「六道仙人だと!? 忍の始祖が何故此処に?!」

 

 

 六道仙人……輪廻眼を最初に開眼し、世界を救った救世主として神話として語られる様な人物。

 彼について書かれた書物は数多くあるが、そのどれもが憶測推測に満ちており、共通して語られるのは輪廻眼を持っていた事と隔絶した実力を持っていた事。

 火影達と土影は一般的に得られる情報以外の事も知っている様だが、今尚戦う意思を見せないことから恐らく好戦的な人物ではないのだろう。

 それよりも気になる情報が自己紹介の中に紛れていた。

 

 

「ちょっと待ってください、今ナルトと戦っている相手は誰って言いました?」

「カグヤだ……マダラが神樹を取り込んだ所為で封じ込められておったカグヤが活性化し、奴の肉体を使って現界した。

 今ナルトは位相の異なる空間にてカグヤと戦っておる」

「そのカグヤとは一体何者なのでしょうか?」

 

 

 俺の問いに彼は一度その長い髭を触ってから「ふむ、では簡単に話すとしよう」と前置きしてから話始めた。

 六道仙人の語るカグヤという人物は規格外にも程があるもので、両目の白眼と額にある第三の目が輪廻写輪眼(輪廻眼と写輪眼両方の力を持つ眼)というチートっぷり。

 彼女の目的は元は自分の物だったという世界に存在するチャクラを全て手に入れる事。

 遙か昔、神樹に成ったチャクラの実と呼ばれる食べればチャクラをその身に取り込む事が出来る果実を食べたことで膨大な力を得、息子達にそのチャクラを分け与えたのだが、強すぎる力に未練を感じていたカグヤは息子達からそれを取り返すために十尾へと姿を変えた。

 彼女の息子である二人の子ハゴロモとハムラによってカグヤは封印されたが、其れから幾星霜、封印される前に分離したカグヤの意思がマダラを唆し、自身を復活させ今に至るらしい。

 後此処にある下半身だけの死体は、神樹を取り込んで身体の内側からカグヤが飛び出した結果弾けてしまったマダラの物だということが分かった。

 

 

 話を聞き終わり、カグヤの事や大筒木一族の事もある程度理解することができたのだが、結局此処にいる者に出来る事は祈る事と決着がついた時に六道仙人の術によって別の位相にいるナルト達を呼び戻す事だけ。

 それも後者は此処にいる全員のチャクラを合わせても足りないとかで、歴代五影全ての力を冥界から借り受けるのだとか。

 チャクラさえあれば媒介もなく死者の力を借りる事が出来る事に軽く驚きつつも、流石は六道仙人と半ば納得しその瞬間を待つ。

 タイミングはカグヤと血の繋がりを持つ仙人にしか分からない……この場にいる者全てが今か今かと待ち構える中、遂に仙人からGOが出た。

 その瞬間凄まじいチャクラが六道仙人の元へと集まっていき、上空に黒い孔ができるとそれがドンドン広がっていき、10m程迄大きくなると飛び出す様にナルト達と九体の尾獣が此方の位相へと戻ってくる。

 

 

 戻ってきた彼らは皆ボロボロで、激戦であったことが見て取れた。

 大きな怪我は無い様だが、焼け焦げた様な跡があったり、服が濡れていたりとどんな戦いをしていたのか予想も出来ない様相をしており、並の者であれば何度命を落としていたか分からないレベルの戦いがあったのだろう。

 それにしてもナルトの恰好が倒れてる時に見た恰好と大分違うんだが、どういう事なんだろうか?

 それにあの背中の方に浮いてる玉はなんなんだ?

 俺がそんな疑問を抱きながらナルトを見ていると、軽い地響きを響かせながら蒼い巨大な猫が俺の方へと歩いてくる。

 前に一度ユギトが尾獣化したのを見たことがあるから二尾だと分かるのだが、何か用があるのだろうか……体躯が大きいから大分威圧感が凄い。

 

 

「初めまして、私は二尾……貴方にはユギトの中にいた尾獣と言った方が分かり易いかしら?」

「ご丁寧にどうも、えっと……何か御用でしょうか?」

「一度お礼を言いたくてね……以前ユギトが襲撃された時に助けてくれたでしょう?

 もしあの時貴方がいなければユギトは私を抜き取られて命を落としていた。

 私もあの子の事は嫌いじゃないから機会があれば一言って思っていたの……何だかんだあの子結局あの時のお礼言っていないみたいだし」

「いえ気になさらずに……あの時気付けたのは偶然ですし、ギリギリまで覚悟が決まらず助けに入るのが大分遅れた結果尻尾を……」

「それでもですよ、貴方のお蔭であの子も私も助かった……だからありがとう」

 

 

 猫の笑顔というものを見るのは初めてだったが、随分と愛らしいものである……サイズが大きいが故に被食者の恐怖が若干あるけれど。

 それから少しだけユギトの事などを話して二尾の尾獣……又旅(またたび)という名の尾獣は他の尾獣の輪へと戻った。

 入れ替わる様に三代目が此方へと歩いてくる。

 その顔は憑き物が落ちたかの様に穏やかで、好々爺然としていた。

 

 

「ヨミト……お主これから大変じゃな」

「しょうがないさ、流石に今回ばっかりは嵐が過ぎるのを待つって訳にもいかなかったからね……逝くのかい?」

「まぁの、何時までもこっちにいる訳にもいかんしな……ヨミトよ、最後まで気を抜くでないぞ?

 大戦は確かに終わったが、一つだけ残っていることがある。

 口惜しいがもう儂にはどうすることもできん、あの二人の事を気に掛けてやってくれ」

「何を言って……言いっぱなしは狡いぞ三代目」

 

 

 彼はそう言い残して、苦笑しながら光となり消えていった。

 周りを見ると穢土転生で呼ばれた他の火影達も同じ様に消えていこうとしている。

 初代は綱手と笑顔で別れを交わし、二代目は残る五影へ未来を託す。

 四代目は……ナルトと親子水入らずの話をしていた様だ。

 それにしても三代目が最後に言っていた言葉の意味は一体何だったのだろうか?

 



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第130話 終末の谷

 六道仙人が言うには無限月読に捕らわれた者を解放するには、ナルトとサスケの二人が子の印を結んで解術しなければならないらしい。

 随分簡単な条件だと思ったが、二人はカグヤの子孫であり、六道仙人の息子達の生まれ変わり……この条件を持った二人以外には解けないのだから厄介だ。

 ましてや因果か六道仙人の息子達の生まれ変わりは相対する事が運命付けられている様に敵対関係になってしまうので、共に何かを成すという事が難しい。

 先程まで共通の敵相手に共闘していたことからこの二人であれば大丈夫だろう……と思っていたのだが、何やら雲行きが怪しい。

 少し距離があるから何を言っているのか聞こえないが、明らかに場が緊張している。

 

 

 そして事は起こった……サスケが周囲を一瞥すると、ナルトを除くその場にいる全ての者が幻術に捕らわれ身動きが取れなくなったのだ。

 そこで明かされるサスケの計画。

 それは自身を頂点とする平和維持計画、尾獣と現五影を排除する事によって過ぎた力を無くし、自身を抑止力として強制的に平和を作り出すという何処かで聞いた事のある様なものだった。

 五影や尾獣、その場に居る他の者達も異を唱えたが彼は聞く耳を持たず、一人動けるナルトに対して殺すと宣言する。

 ナルトは驚くことなく此処にいる者を巻き込まないために離れた場所で決着を付けようと提案、そしてこの場にいる全員に対して「俺に任せてくれ」「動ける様になっても手は出さないで欲しい」と頼む。

 無論雷影や土影は激しく反論するが、サスケは煩わしそうに改めて彼らを一瞥すると両手を合わせ一つの術を発動させた。

 

 

 地爆天星……以前ペインが木の葉を襲撃した際にナルトを拘束するために発動したものであり、強力な引力を持つチャクラを作り出す事で周囲の物体を引き寄せ、まるで一つの星の様に対象を固めてしまう強力な術である。

 その拘束力は尾獣でさえ拘束可能であり、九尾ですら簡単に抜け出すことは不可能。

 そんな術を彼は五影と尾獣各々に対し使い、彼らは幻術で動くことが出来ず、物理的に封じ込められた。

 ナルトはそれを見て少しだけ唇を噛みしめたが、先を行くサスケを追いかけてその場を後にする。

 残されたのは岩で出来た13個の星と三人の動けない者……写輪眼を持つが故幻術に対抗する事は出来たもののチャクラが尽きて動けないはたけカカシ、他の者よりも強力な幻術に掛けられたのか気絶している春野サクラ、そして俺だ。

 

 

 実は俺に関して言えば別に口さえ動けば能力を発動できるので、幻術を掛けられてすぐに対処することも出来たのだが、彼が近くにいる間に解除すると普通にまた掛けられる上により厄介な幻術もしくは全力で消しに来る可能性があるので一旦彼が離れるのを待つ必要があった。

 能力の残る使用回数は16……幻術を一瞥するだけで掛けられる人間を相手取るには相応の準備が無ければ対処するのは難しい上に、相手の戦闘力は未知数なのだ。

慎重に動かなければ容易に詰みかねない。

 故に伏せた罠が使えるようになる時間が必要だったのだ。

 ‘スキルドレイン’……本来であれば効果モンスターの効果を無効化するテキストを持つ 罠カードだが、この世界で発揮する効果は血継限界封じ。

 瞳術や肉体自体に他の人間と違う能力を持つ者に対しては絶大な効果を発揮するある種のワイルドカード。

 うちはや日向一族にとって天敵とも言える効果だろう……ちなみにこの効果に関しては以前‘クローン複製’という対象の効果以外全て同じクローントークンを作り出す罠による実験したので自信はある。

 実験対象は店の客として来た日向一族の一人だったのだが、忍術が使えるのにも関わらず白眼を使えなかった事でほぼ確信しているのだ。

 

 

 既に二人は見えない程遠くに行っており、何時でも切り札は発動出来る状態にある……そろそろ動き出すべきだろう。

 俺は一先ず自身に‘サイクロン’を使う事で幻術を消し、身体に問題が無いか確かめる。

 突然の強風にカカシが此方を向いて目を見開くが、特に気にせず身体に問題が無いことを知った俺は次の作業へと移るため歩き始めた。

 既にサイクロンは二度使用しているので後一回しか使えない……対して地爆天星によって拘束されているのは13。

 どう考えても対処しきれないので制限のため一度しか使えない虎の子‘ハーピィの羽根箒’の使用を決意。

 効果範囲は能力の範囲限界でもある前方100mなので全て解除出来る訳ではないが、恐らく尾獣五体と影達は解放できるだろう。

 

 

「本瓜さん……貴方は一体……」

「今はそんなこと良いじゃないですか、急がないと決着が着いてしまう。

 手を出すなと言われたけれど、決着が着いた後に助けるなとは言われていないですしね」

「屁理屈ですよそれ……二人を頼みます」

 

 

 俺は何も言わず彼に微笑み、羽根箒を発動させた。

 全長20m近くある巨大な羽根箒……水色でしなやかなそれはまるでシルクの様に艶やかで尚かつ何処か神々しさを感じさせる。

 一瞬だった、優雅であり力強くもあった羽根箒の一振りで最初から何もなかったかの様に岩で出来た星は土に還り、五匹の尾獣と影達が解放されたのだ。

 羽根箒は埃を落とすかの様に一度身を震わせてから光の中へと消えていった。

 解放された四人と五匹は何が起きたのか理解できていない様だったが、直ぐに身体の自由が効く事に気付き拘束した張本人を捜すがサスケは既に此処にはいない。

 そこで目を付けたのは俺とカカシ、カカシは手頃な岩を背に体力回復に務めているのが明らかなために彼らが俺の方へ来るのは自明の理だった。

 真っ先に沸点の低そうな雷影が俺の胸倉を掴み上げ問い詰める。

 

 

「サスケは何処へ行った!?」

「ナルトと戦うに相応しい場だと思います」

「……終末の谷という場所だな、其処からナルトのチャクラを感じる。

 かなり激しく戦っているな」

 

 

 九尾が言うには二人は終末の谷……此処からは大分遠い所で戦っているらしい。

 共に解放された一から四尾もそれに同意する様に首を縦に振っている事から間違いないだろう。

 それさえ分かればとばかりに影達は早速動き始める。

 尾獣達は歯を噛みしめ悔しそうに最初の一歩を踏み出せずにいた……それはそうだろう、九尾は一度操られた経験があるし、他の尾獣もつい先程一瞬で身動きを封じられたのだから。

 俺の切り札の事を説明しようと彼らを呼び止めようとしたが、彼らは聞く耳を持たず消えてしまったので一先ず尾獣達に‘スキルドレイン’の事を話し、一歩進める切っ掛けを与えると二尾が器用に尻尾を使って俺を背に乗せ、先を走る影達を追いかける形で尾獣達も走り出す。

 怪獣大行進と言わんばかりに樹や岩といった障害物を四尾と九尾が破壊し、湖があれば三尾が水遁で一時的に道を作り、より大きな障害物があれば一尾が砂で新たな道を造る。

 ほぼ減速することなく直線的に突き進んだ俺達が影達に追いつくのは当然のことで、終末の谷に着く前に彼らと合流する事が出来た。

 



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第131話 終幕

 合流してすぐに影達にも‘スキルドレイン’の事を話すと、最初半信半疑ではあったが綱手が説得に回ってくれたお蔭で何とか信じてもらうことが出来た。

 尾獣に説明した時は彼らが直感的に嘘などをある程度見抜く事が出来るので、俺が本当のことを言っていると信じてくれたので楽だったのだが……流石に里のトップは早々簡単に人の話を鵜呑みには出来ないから時間が掛かるのはしょうがない事だろう。

 尾獣達の厚意によって今回に限り背に乗ることを許された影達と俺は尾獣達の全力疾走を体験する事になったが、そもそも人を乗せて行動をしたことが殆どない彼らに乗員への配慮なんてものは存在せず、安全ベルトのないジェットコースターに乗っている様で俺は少し怖かった……影達は普通にケロッとしていたが。

 ただまぁ俺を乗せてくれた二尾の蒼く艶やかな毛並みは凄く気持ちよかったので、そっちに集中していれば思いの外精神的ダメージは少なかった。

 

 

 そのまま暫く地獄と天国を同時に味わっていると強い光と共に此方に途轍もない衝撃波が襲いかかる。

 咄嗟に一尾が一番前に立って砂で防壁を作り上げたが、その防壁ごと俺達は吹き飛ばされた。

 尾獣達の重量のお蔭で其程飛ばされることは無かったが、それでも戦闘の余波で10m近い尾獣を吹き飛ばす二人の戦いの激しさに息を呑む。

 その上俺が解き損ねた地爆天星四つが終末の谷の方へと飛んでいき、ここにいる尾獣達もチャクラを引っ張られているらしい。

 その吸引力たるや類を見ない程で、この中で最もチャクラ量の多い九尾以外の尾獣は膝をついてしまう。

 何とか立ち上がることは出来るようだが、今までの様に進むことは出来なくなってしまった現状をどうすればいいか考えている合間にも戦闘は激化しており、先ほどと比べ物にならない程の光と轟音、そしてそれに伴って出来たであろう雷雲が大陸を襲う。

 見渡す空全てを覆い尽くす其れは分け隔てなく地上へ雷を落としていく。

 少し前に俺が使った‘ライトニング・ボルテックス’が静電気に思える程の規模と威力……もしも遊戯王の初期から存在し、その殆どの期間を使用禁止の枠に分類されている全体除去、ライボルの完全上位互換である‘サンダーボルト’が使えればこんな感じなのだろうか?

 

 

 此方にも例外なく降ってきた雷撃にチャクラに余裕のない尾獣と影達は成す術がない。

 現状を打破できるのは俺しかいないのだ……当たれば感電を通り越して消滅しかねないそれ等に対して俺が使用したのは全方位の物理攻撃から守れる‘悪夢の鉄檻’と今日使える最後の‘サイクロン’。

 上空の雷雲の一部をサイクロンで散らす事でこちらの被害を抑え、鉄檻で感電や衝撃、余波を防ぐ。

 咄嗟の判断とはいえ思いのほか上手くいったが相も変わらず尾獣は満足に動けないし、鉄檻の効果は2ターン……10分間続く。

 それを説明すると多少彼らから不満は出たが、周囲の被害状況を見て納得してくれた。

 なぜなら雷が落ちたところには大きな穴が開き、所々火の手も上がっていたのだから。

 結果五人と五匹は少しの間足止めなわけだが、出たところでこれだけの事をできる二人の戦いに介入するのは厳しいだろう。

 二人の力量は既に影達を凌駕し、その差は数で埋められるレベルのものではない……もしもサスケがナルトに勝てば彼を止められる忍はいないという事だ。

 影達もそれが分かっているのだろう、檻が消えると同時に走り出すと思われた彼らは対策を考えているのか足取りは重く、進行速度は目に見えて落ちた。

 

 

 それからどれ位の時間が経っただろうか……チャクラを吸い取られ続けながらも進んでいた尾獣たちは息も絶え絶えであり、影達もチャクラ不足と疲労から足元も覚束ない様子。

 宵闇が周囲を黒く染め上げ、先ほどまで聞こえていた激しい戦闘音も既に聞こえなくなった……二人と繋がる尾獣達が言うにはまだ決着自体は着いていないらしいが、既に二人もチャクラが殆ど残っていない状態で戦っているらしい。

 影達はそれを聞いていざという時は刺し違えてでもサスケを止める決意をしていたが、消耗しきっている彼らでは分が悪いのは目に見えているので、その時は率先して俺が前に出ようと心の中で覚悟を決めた。

 もう終末の谷は目と鼻の先……自然と緊張が高まる中一瞬爆音と共に太陽と見紛うばかりに光が現れ、その衝撃でへし折れた木々がこちらへと飛んでくる。

 前回は一尾の作った壁によって防がれた飛来物だったが、今の尾獣たちは大規模な術を使うことができない。

 各々の身体能力でも十分躱しきれるものではあるのだろうが、念のため‘光の護封剣’で前方から来るそれらを防ぐ。

 

 

「これはあの時使っていた……こんな使い方もできるのね」

「水影様の溶遁であれば余裕で対処できたと思いますが、今は出来る限りチャクラを節約していただいた方が良いかと思いまして」

「お気遣い感謝します」

 

 

 鉄檻と違って護封剣はこちら側からの物理的接触は素通りなので先ほどのような待ち時間は存在しない。

 飛んでくるものが無くなった時点で剣群を越え再び目的地へと進む一行。

 それ以降は激しい戦闘どころか戦いの空気すら感じられないほどに静かで、不安になった俺は九尾に二人の状況を尋ねる。

 

 

「妙に静かだけど今二人はどんな状況ですか?」

「死んではいない……だがサスケからチャクラを引っ張られる感覚が無くなっている」

「決着がついたのだろうか……?」

「何とも言えんな」

 

 

 自然と足早になる一同、その結果遂に終末の谷が見える所まで来ることができたのだが、その光景に一瞬息をのむ。

 初代火影とうちはマダラの巨大な立像は無残にも破壊され、滝は跡形もなく吹き飛んでいた。

 そんな中大きな岩の上に二人が並んで横たわっている姿を発見、写輪眼による幻術を警戒しながら接近するが、二人は何処か穏やかでありサスケも憑き物が落ちたような顔をしている。

 二人は片腕を失っており、このままでは失血死してしまうと俺と綱手がカツユを経由して止血を行い、念のため土影が土遁でサスケを拘束した。

 なんとなく消化不良ではあったが、こうして第四次忍界大戦は幕を閉じることになる……目が覚めたサスケは特に反抗することなく無限月詠の解除に協力、その功績から死罪を免れることになった。

 その後の事は俺が敵味方どちらにも回復効果のある範囲内全てに回復効果をもたらす魔法を限界まで使ったり、二尾とユギトの再会に立ち会ったり、どさくさ紛れに大蛇丸に浚われそうになったりと色々忙しく、人生で最も忙しい時だと実感できるほどだった。

 しかし俺にとって本当に大変なのは戦後だった……どうしてこうなった?

 




駆け足になったけど次で最終話かな……長かった


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エピローグ

 第四次忍界大戦から十数年の時が過ぎ、世界は大きく変わった。

 五大国が互いに歩み寄り、協力し合うことで大きな戦が減って比較的平和な時間が流れているのだ……まぁ今日に至るまで何度か危機的状況に陥るレベルの事件もあったのだからあくまで比較的である。

 

 

「ヨミト、そろそろ時間だ」

「分かってるよ綱手……それにしても岩隠れは少し遠いなぁ」

「仕方がないだろう、土影は歳の所為もあるが元から腰が弱かったからな。

年配者を気遣うのは当然のことだろう?」

「そうだね、だから綱手も里のみんなに気遣われて「ん?」……いや何でもないですよ?」

「そうか? それならいいが……」

 

 

 危ねぇ……あれは完全に殺る気の眼だった。

 綱手もこの十年ですっかり丸くなったけど、最近歳のことに触れると般若も逃げ出す様な顔するから気を付けないと。

 今から向かう先には似た様な人が最低でも三人いるから、もっと発言に注意しないと俺の胃が持たない。

 

 

 時が流れれば立場も変わる。

 火影は二つ代が変わり、先代火影であるはたけカカシが引退してからはナルトが火影へと就任し里をまとめている。

 あの頃はまだ大人と子供の中間位だったのが、今では二人の子供を持つ立派なお父さんだ。

 ナルトと結婚したヒナタも子育ては大変そうだが、この間会った時に聞いた限り日々幸せにやっているらしい……まぁ子供の一人が大分やんちゃで困っているらしいが。

 

 

 綱手の今の立場はご意見番で、火影としての任期は其程長くなかったが三忍として生きた経験と腕から未だ発言力はかなり強い。

 普段は火影邸が主な仕事場なのだが、ナルトが七代目に就任してからは先代であるカカシが先達としていろはを教えているからある程度時間に余裕ができているので偶にこういった外出も増えてきている。

 今回の様に他の国状況を知るためという真面目な内容の時もあれば、シズネを強引に引き連れて博打に興じることも……昔ほどヤンチャしてはいないが年相応の落ち着きを求めるのは無理なのだろう。

陸路も海路も技術進歩のおかげですっかり移動時間が短縮され、割と各国へ訪れやすくなっているのも原因なのかもしれないが。

 

 

土の国岩隠れの里についたのは夕方頃、集まりの主要人物である三人とその護衛は既に到着しており、茶を飲みながら最後の到着者である俺たちを出迎えた。

旧五影会談と称される集まり、およそ四半期に一度開かれる井戸端会議のようなもの。

そのメンバーは第四次大戦時に五影を務めていた者達であり、現在も風影をしている我愛羅を除いた元国のトップ達。

各々が既に役職を退き、隠居の身となった事で気軽に行えるようになったこの集まりだが、話す内容は酒を飲みながら行う本当の雑談であり、会談とは名ばかりのものだ。

 

 

「毎回貴方達が最後に到着しますね……相変わらずお二人とも若々しい姿で羨ましい限りです」

「照美様もお元気そうで何よりです」

「私は若作りが上手いだけだ……それにしてもお前少し太ったな」

「……言わないでくださいますか」

「また若い男に逃げられたらしいぞ? 焦ってるのかもしれんががっつき過ぎなのだ此奴は」

「エー様!!」

「いつもの事ではないか……アイタタタ」

「オオノキ様まで!!」

 

 

 とこんな感じに割と和気藹々とした駄弁りをする訳なのだが、主に喋るのは女性二人で他のメンツは聞き役が殆どである。

 護衛の人も時折話を振られるのだが、元五影相手なので畏まった返答が多く、元影達も最近ではあまり振らなくなった。

 ただし大戦の時から面識のある俺に関しては普通にガンガン話を振ってくるので気は抜けない。

 特に元水影の照美メイ様に対する受け答えは神経を使う。

 

 

「長十郎もすっかり水影が板に付いてきて、可愛いことを言わなくなってしまい寂しい限りなのです……ヨミトさんはどう思われます?」

「えっとですね……何とも言いにくいのですが子供が巣立つ親のような気持ちなのではないでしょうか?」

「子供……あんな大きな子供がいるような女だと見えているのですか?」

「え!?いやそういう事ではなくてですね!」

「私はまだ清い身です! 疑うのでしたら是非ご確認を「おい盛るな色ボケが!」ちっ……別に良いじゃないですか、双方の合意の上であれば」

「それで手を出したら責任を取れと騒ぐつもりだろうが!!焦り過ぎだ馬鹿者!」

「焦りもします……私が良いなと思った相手は殆どがもう結婚してますし、残る人も元水影という肩書に尻込みしてしまって近づいてこないのですから!」

 

 

 早速始まってしまった……そうこの会談で一番話題に上がるのが彼女の男性事情についてなのだ。

 そして幸か不幸かフリーである俺に軽く目を付けている彼女は会う度軽く誘いを掛けてくる。

 綱手としてはそれが妥協で声を掛けてきているように見えて気に食わないらしく、事あるごとに小一時間位口論が続く。

 それなら俺を連れてこなければいいのではと思うだろうが、それに関しては残る二人が待ったを掛けるのだ。

 

 

「ヨミトよ、治療の神を呼んでくれんか?

 今回のは少し長引きそうで困っとるんじゃぜ」

「分かりました、それでは魔法‘治療の神 ディアン・ケト’発動」

 

 

 ふくよかな妙齢の女性が光と共に現れ、彼の腰に手を当て治療を開始する。

 何故元土影がディアン・ケトを知っているかというと数年前に起き上がれない程腰を痛めた彼の治療のために綱手と共に呼ばれた際に使用したからであった。

 大戦後俺の本業である古本屋は副業の様になっており、忍じゃないのだが五影経由の名指しで依頼が来ることが増え、色々な所を飛び回ることが増えている。

 その内の一つが土影の腰痛解消依頼、オオノキさんはディアン・ケトの治癒魔法が大層気に入ったらしく、割とコンスタントに呼び出しが来るのだ。

 それと同じ位の頻度で来る依頼が元雷影であるエーさんからの物なのだが……これがまた厄介なのである。

 

 

「ヨミトよ、もう少ししたら今回も付き合ってもらうぞ?」

「今回もですか……強化はしますか?」

「そうだな、二段階上げてくれ」

「分かりました、用意しておきます」

 

 

 彼の依頼内容は腕が鈍らないようにするための組手相手……正直断りたかったが名指しで雷影に呼び出されると断るのは難しく渋々受けることになった。

最初は俺自身が相手を請け負わされていたのだが、常時戦場を地で行く雷影相手だとどうしても経験不足が表立ってしまい落胆されてしまったのだ。

依頼を受けた以上これは良くないと思い、装備魔法を使って身体能力を底上げしたら何とか満足してもらうことができた。

しかしやり過ぎたのか二度目の呼び出しを受けることになり、身体能力頼みの戦法は通じなくなっていた……またも落胆したような顔をするから今度は驚かせてやろうと思い、‘クローン複製’という対象の身体能力をそのままコピーしたクローンを作り出す罠を使いエーさんに突っ込ませた。

術こそ使えないが、身体能力や戦闘技術の再現のできるクローン体に最初は驚いていたものの、自分自身と闘うという体験に随分と手ごたえを感じたらしく、それ以来これまたコンスタントに呼び出しが来るようになってしまったのだ。

 

 

 このような理由で旧五影会談の準メンバー入りを果たしている訳だが、開催地次第ではここに二尾とユギトが混ざったり、シズネが参加したりする割と姦しい会なので俺も地味に楽しみにしている部分がある。

 近頃は本当に楽しいばかりの毎日だ……甘味の取り過ぎで太ってしまったが性格も丸くなったアンコちゃんと団子を摘むのも楽しいし、俺がいない間の店を任せているカツユには頭が上がらないけれど帰ったらいつも「お帰りなさい」と声を掛けてくれる存在がいると人生に張り合いが出る。

 本当にこの世界に来て良かった……そう思えるだけの幸せを俺は感じていた。

 俺は不老、寿命の違いからこれから先多くの別れが待っているだろう。

 しかしそれと同じだけ新たな出会いもあるはずだ。

 平和でも戦いは無くならない、いつか俺も死ぬことがあるかもしれない。

 だが少なくとも終わりの見えない生に絶望して自ら死を選ぶことはないだろう。

 俺はこの忍者の世界で生き残る……そう決めたのだから。




これにて本編は終了になります。
最後の方は展開が大分駆け足になってしまいましたが、何とか終わりまで持っていくことが出来ました。
それもこれも評価や感想を頂き、自身のモチベーションを保つことができたからであり、読者の皆さんには感謝の念でいっぱいです。
二年も続く長い長い話(一話一話は短かったけど)にお付き合い頂きホントありがとうございました。
一応二本の外伝を用意してあるので更新自体はもう少し続きますが、本編はここで幕引きとなります。
この後のヨミトに関してはご想像にお任せしますが、気が向けばアフターストーリーとか書くかもしれません……ナルティメットストーム4とか劇場版ナルト見てテンション上がったりしたら書きたくなるかもしれないからね!
少し長くなりましたが改めてもう一度、本作を読了頂き誠にありがとうございました!


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外伝
霧の中から 前篇


この物語は主人公がもしも木の葉隠れではなく霧隠れの里に転生したら?というIFルートでございます
本編を書く際に若干スランプに陥った時に書いたもので荒いかもしれませんがお付き合い頂けると幸いです


 目を覚ますと、其処は霧隠れの里という街の一軒家だった。

 一先ず現状を把握するために家の中を探索すると、授けられた能力と今自分の置かれている状況が書かれた紙を見つけたのでそれを読むことで自分が今いる場所がNARUTOという漫画の世界にある霧隠れの里という場所であることと、生前本を読むのが好きだったという事から本屋でもやればいいとばかりに倉庫の中に大量の本があることが書かれていた。

 突っ込みどころは多々あったが、一先ず折角一度は諦めた人生を長く生きるため、如何に行動すればこの危険がそこかしこに転がる世界で生き延びられるか考えながら家の散策を続ける。

 

 

 この世界に来て一ヶ月が経過し、ようやく自分の店となる本屋を開店するに至ったのだが、まぁそんな簡単に満員御礼となるはずもなく、開店中は閑古鳥が鳴く店内で筋トレしながらボンヤリと店の本を読み漁るのが日課となりつつあった……その日が来るまでは。

その日は強い雨が降り、何時にも増して客足が無かったので早めに店を閉めて家の裏に作った家庭菜園の様子を見ていたのだが、突如近くの森に雷が落ち、大雨が降っているものの万が一火事にでもなれば家にも火が回るかもしれないと、念のため様子を見に行ったことがターニングポイントとなったのだろう。

 天気が荒れていたこともあり、落雷など別段珍しくもないので自分の他には今の所誰も来ていないとその時は思っていたのだが、予想外にも其処にはずぶ濡れの女性が独特な形をした二振りの刀を持って倒れていたのだ。

 刀を持っている事に一瞬臆して一歩足を引いたが、近くの木が焦げている上に刀が帯電しているのを見てその女性に雷が落ちたのだと理解し、このまま放っておくと命に関わると判断。

 仰向けにすると胸の上下で呼吸は確認できたので、手元に‘ご隠居の猛毒薬’の薬の方を二本出して彼女の口に流し込む。

 目は覚まさなかったが、幾分か顔色は良くなったので一先ず冷えた彼女の身体を温めるために自分の家で暖を取らせることにした。

 彼女が目を覚ましたのはそれから数時間程経過した頃だった……目が覚めると同時に彼女は俺が少し離れた場所に置いておいた刀を引っ掴んで俺の首に突きつける。

 驚きと生命の危機に対する恐怖から手に持っていた湯飲みが床に転がった。

 

 

「此処は何処でアンタは誰? アタシに何をした?」

「此処は……俺の家で、俺は本屋をやってる本瓜ヨミトって言います。

貴方に対しては森で倒れてるのを見て……そのままにしておけなかったので此処に運びました」

「そうかい、それは悪いことをしたね」

 

 

 そう言って彼女は刀を降ろした……その際に音もなく布団の一部が切れたので、もしもあのまま刀を突き出されていたら、何の抵抗もなく俺の首は宙を舞っていただろう事がありありと予想できた。

 そんなことを考えている内に彼女がふらつきながら部屋から出ようとしていたので、もう少し横になっていた方が良いと進言したが、彼女はまるで聞こえていないように部屋を一歩出ると……そのまま倒れた。

 刀が廊下を滑っていき、音もなく壁に深く突き刺さる。

 その刀の切れ味に少しの間放心していたが、彼女の不規則な息遣いに我に返り、急いでもう一度布団に寝かせ、台所から水を持ってきてゆっくりと彼女に飲ませた。

 時間を掛けて湯飲み一杯分の水を飲みきると、少し落ち着いてきたのかばつの悪そうな顔をして顔を背けながら小さく「ありがとう」と呟いてから再び意識を失ってしまった。

 

 

 彼女が再び目を覚ましたのは翌朝の事、顔色も大分良くなり食欲もあるとのことで卵粥を用意すると腹を鳴らし、赤面しながら俺から奪い取るようにしてそれを搔っ込む……出来たてのそれは熱かったらしく咽せ込んでいたが。

 昨日より幾分警戒心も収まり、少し会話も出来るようになったので気になっていたことを尋ねてみることにした。

 

 

「何故あんな場所で倒れていたのですか?……もしかして昨日の不自然な呼吸音と何か関係が?」

「まぁそんなところ……ちょっと肺がね、駄目みたいなんだよね。

聞いたこと無い? もうすぐ忍刀七人衆の内雷刀の担い手が変わるっていう噂……それアタシの事なのよ」

「という事は貴方は七人衆の林檎雨由利様?! これはご無礼を」

「今更畏まらなくても良いさ、それにアンタは命の恩人みたいなもんだからね。

あのまま外で転がってたら、死んでただろうし……だから敬語も無しで良い」

「そう言ってもらえると気が楽ですね……ですが肺の病を患いながら昨日は何故雨の中外に?」

 

 

 俺がそう聞くと彼女は「まだ諦めきれなくてね……発作がなければ、まだ前と同じ様に動けるからさ」と苦笑しながら答えた。

 林檎様曰く、自分がまだまだ大丈夫であると確認するために森の奥にある洞窟で修行していたらしいのだが、発作の前兆を感じそこから出て街まで走ろうとしている途中で発作が起こり、倒れる前に何とか力を振り絞って人を呼ぶために雷遁で樹を焼いたのだとか。

 恐らく俺が聞いた落雷のような音はその音だったのだろう。

 俺が彼女から話を聞き終え、もしも自分が向かわなかったIFの未来を想像して少し身震いしていると、彼女が不思議そうに首を傾げていることに気付く。

 

 

「変だな……今思えば発作が治まっているのはおかしい」

「え? どういうことですか?」

「自然に治まるような代物じゃないんだよ、アタシの発作は……持ち歩いてる薬を飲まない限り治まらないのさ。

さっき確認して薬の量が減っていなかったからヨミトが飲ませたって線も消えてる……もしもそうだったら根切りの一つでもしてやろうかと思ってたけど」

「そ、そうなんだ……それはそれは」

 

 

 色々な意味で血の気が下がった。

 ‘ご隠居の猛毒薬’の使用がバレる危険以外にもまさかそんなトラップがあったなんて想像だにしていなかったために顔色が蒼くなる。

 そんな俺の表情を見て彼女の表情が訝しげに変化した。

 

 

「アンタ……何か知っているね?」

「いえっ、そんなことはないですよ?!」

「別に責めている訳じゃない……唯藁にも縋る思いで少しでも生きる可能性が無いか知りたいだけなんだよ。

ねぇ本当に何も知らないの? 知っている事があるならどんなことでも良いから教えて!

アタシは病なんかで死にたくない……まだあたしは最高にハートをビリビリさせてくれる人に会っていないの!」

 

 

 俺の胸ぐらを掴む彼女の表情は今にも泣きそうで、忍刀七人衆なんていう大層な称号なんて関係無い一人の追い詰められた女性以外の何者にも見えなかった。

 今まで生きてきてこんなにも追い詰められた女性に問い詰められた経験のなかった俺は彼女の鬼気迫る気迫に負け、一つの提案をする事にした。

 



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霧の中から 後編

 俺がこの世界に来てから五年の月日が流れた。

 店は開店当初に比べれば客入りは良くなったが、未だ裕福とは言い難い暮らし。

 能力で出来る事の把握や身体能力の向上など店の売り上げ向上に関わらない部分は順調に伸びているのだが、それを使う機会など無いに越したことはない。

 それに今うちの店には常時ではないしても過剰戦力気味な用心棒がいるので、俺が力をふるう場面などほぼ無いと言っても過言ではないだろう。

 

 

「おーいヨミトぉ、この本は何処に置けばいぃ?」

「棚の一番下に置いておいてください……それにしても任務の合間合間に手伝ってくれるのは助かりますけど、無理はしないでくださいよ雨由利さん」

「大丈夫よ、最近はずっと調子いいし……それにいざって時はヨミトがいるしね」

「出来るだけいざって時が来ないようにしてくださいよ? 俺のアレにも限度があるんですからね?」

「分かってる分かってる、明日の朝も宜しくね」

「本当に分かってるんですか?ってもういないし……はぁ」

 

 

 俺の家の空いていた部屋に彼女が住み込み始めたのは、かれこれ四年前の事。

 倒れていた彼女を介抱して、最終的に彼女の発作を治めたのが恐らく自分の(名称は隠したが)‘ご隠居の猛毒薬’であることを告げた時から来れる日は毎日薬を飲むために家へ来るようになり、一年が経った頃に「一々此処に来るの面倒臭いから此処に住むことにする」というトンデモ宣言と共に、あっという間に自分の家から荷物を運び込んで家の空いた部屋を自分の部屋へと改装してしまった。

 それからというもの家に食費を入れ、家賃代わりに手が空いている時は店の手伝いと用心棒をやってくれている。

 当時里では林檎雨由利にようやく春がやってきただとか、愛の力で病が治っただとか色々と噂されたが、四年も立てばそれなりに噂は収まり、今ではすっかり比翼連理の仲であるかのように扱われる事も少なくなった。

 まぁ表立って言ってくる人が少なくなっただけで、印象は変わってないのかもしれないが。

 

 

 ただし彼女の立場は大分変わった……すでに忍刀七人衆の半数以上が亡くなり、その上彼らの持っていた忍刀も失われてしまったのだ。

 今里に居る七人衆はたったの二人、しかも一人は彼女曰く新しい水影依存の半人前らしいので必然的に彼女の任務数及び難易度が上昇している。

 雨由利的には嬉しいことらしいのだが、それなりに情が湧いてしまった此方としては気が気でない時も少なくない。

 五年間の‘ご隠居の猛毒薬’投与による発作対策はそれなりに効果があり、今では余程の無理をしなければ発作を起こすことも無くなったのだが、完治したわけではないので長期の任務の時などは何時も出発時につい過保護気味に世話を焼いてしまう。

 やれ薬は持ったか?やれ忍具を忘れていないか?やれ保存食の備えは十分か等々……彼女は別段嫌な顔をする事はないが、大体残念そうに溜息を吐いて適当な返事を返してからそのまま出発する。

 彼女の理想が自分と同等以上に強い勇敢な人らしいので、それにそぐわない心配性の俺を見て溜息を吐いているのだろう。

 まぁ酒の席で聞いた話な上に、そういった相手と結婚したいとかではなく、そんな相手となら心中しても構わないという血生臭い話だったので何とも言えないが。

 

 

 雨由利が帰ってきたのは日が傾いた頃、何時ものように俺が食事を作っている間に彼女は今日あった出来事を話す。

 任務などに関係する事とかは別として、今まで色んな話を持って帰ってきた。

 巷で噂の都市伝説のような話だったり、水影の見合いの結果だったり、自身が告白された事だってサラッと食卓の話題に上がる。

 でもその話題の大体が血生臭くなる……都市伝説はスプラッタ系だし、水影の見合いは相手が他里のスパイで溶かされたとか、彼女に告白した忍は力を見せるために身の丈以上の任務を受けてMIA(作戦行動中行方不明)。

 今の俺ならグロ映画見ながらミートスパゲッティをよく味わいながら食べられるだろう。

 今日も過去にこなした任務(微妙にグロい)を聞くはめになった……だが食後彼女は何時もとは違うキリッとした真面目な表情で食卓の向かい側に姿勢を正して座り、俺にも対面に座ることを勧めた。

 別段断る理由も無く、尚かつ何時にも増して真剣な表情だったので促されるがまま腰を落ち着ける。

 暫く無言の時間が過ぎ、焦れた俺が手っ取り早く用件を聞こうとしたタイミングで、彼女が口を開く。

 

 

「ヨミトと初めて会った日から五年が経った……アンタの薬のおかげで今のあたしがあると言っても過言じゃない。その事に関して幾ら感謝してもしたりない位あたしはヨミトに感謝してる」

「其処まで重く受け止めなくてもいいよ、俺も助けたいから助けただけだしね」

「……あの時からずっと疑問だった。 ヨミトに会うまで何人何十人っていう医療忍者に懸かり、それでも治る気配が微塵も無かったあたしの病を一商売人がどうにか出来るなんてどう考えてもおかしい」

「何を……言っているんだい?」

 

 

 分からない、何故いきなりこんな話をしだしたんだ?

 何故彼女は嬉しそうな表情を浮かべているんだ?

 現実感がない……しかし彼女の話はまだ終わっていない。

 

 

「ヨミトの事ずっと調べてたのさ……あぁ安心していい、あたし一人で調べたからアンタを訝しむ人間はいないよ。

まぁそれはいいとして、あたしがヨミトの過去を調べ始めて三年位経つけど、何一つおかしいところがなかったんだよね」

「それは当たり前だよ、ごく普通の本屋だからね」

「そうなんだよ、そうとしか取れない情報しかない……でもそれがおかしい。

普通の商売人が医者でも匙を投げる不治の病を抑える薬なんて作れるはずがないんだよ。

ましてや一時的に抑えるだけじゃなく徐々に快方へと向かってるんだから余計にね。

ヨミト……アンタこの薬の製法どうやって知ったの?」

「それはその……」

 

 

 無から有を作り出すなんて摂理に背いた所業を言えるはずがない。

 この五年間他者に薬のことをバラさなかった彼女の口の硬さは信用できるし、彼女に力ずくで口を割らせられる人間なんてほぼ居ないに等しいのだ……ふと、もうここで彼女に全部打ち明けてしまおうかという案が頭を過ぎる。

 そう考えたことで「あぁ自分はすっかり彼女を信用してしまっていたんだ」と自分のチョロさに軽く目眩がした。

 それを見て彼女は別のとらえ方をしたのか少し悲しそうな顔をして言葉を綴る。

 

 

「勘違いしないで、別にアンタをどっかのスパイと疑ってる訳じゃないの、それだったらあの時あたしを助けるメリットなんてなかったしね……あたしはただアンタのことを知りたい。

何か隠れてやってることは知ってる……時折ふと消えたようにいなくなってたしね。

それに見た目は大して筋肉質になっていないけれど、必要以上にヨミトが身体を鍛えてることも知ってる。

ねぇヨミト、あたしはそんなに信用できないかい?」

 

 

 彼女が不安そうに此方を見ている。

 いつも浮かべていた不敵な笑みが、自身の特徴的な歯に少しコンプレックスを持っていると恥ずかしげに告げた時の表情が、仲間を任務で失ったと涙を流さず悔しそうに話していた顔が……彼女との五年間(おもいで)が次々と駆け巡り、精神をかき乱す。

 完全に思考が迷路に迷い込み、返す言葉を失っていた俺の様子を肯定と取ったのか悲しそうに眼を伏せ、後ろを向いた。

 

 

「そうか……この五年間じゃアンタの信用を勝ち取るには短すぎたみたいだね。

ゴメン、忘れてくれる?」

 

 

 そう言い残して彼女は部屋を出ようとする……咄嗟に俺の手が伸びた。

 彼女の細い手首を掴み、引き留める。

 雨由利は少しだけ肩を震わせて足を止めた。

 

 

「やっぱり忘れられない? そうよね、勝手に過去詮索されるのは気分が良い事じゃないもの……発作も滅多に起きなくなったし、丁度良い時期だったのかもね。

あたし此処を出て行くわ、今まで世話に「俺はっ!!」え?」

「俺は林檎雨由利を、その………家族のように思ってる。

だから…………話すよ、俺の事」

「ヨミト……無理しなくてもいいんだよ?」

「無理はしてないよ、ただ少し荒唐無稽な話になるから信じるかどうかの最終判断は雨由利さんに任せるからね」

 

 

 この選択が後にどういう結果をもたらすのかは分からない……でもきっと此処で話さなければ彼女との間に深い溝が出来ていただろう。

 もう選択は終わった……後悔はしない。

 振り返った彼女の顔を見て、俺は覚悟を決めた。

 目尻に一滴の涙を浮かべながら、いつもとは違う穏やかな笑み……この笑顔を曇らせないように最善の道を選ぼう。

 こうしてこの世界に唯一人、本当の俺の事を知る者が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 それから数年後霧隠れの里では新たな忍が活躍していた。

 二つ名は支雷のヨミト。

 忍刀七人衆の雷刀を担う林檎雨由利を公私に渡り支え続ける特殊な忍術を使う支援系の忍。

 彼と共に戦う時の林檎雨由利は水を得た魚のように調子が良いので、他国では二人を総じて供雷(ともいかづち)と呼び、ブラックリストに載せた。

 




前後編という短い話でしたが、楽しんでいただけましたでしょうか?
これを書き始めた理由はアニメで林檎雨由利さんが可愛かったからです……ただそれだけです
ナルティメットストーム4で彼女プレイングキャラに昇格してほしいなぁ
もしくはカツユでも可


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雨雲 その1

これはIF外伝の二作目にあたるもので、もしもヨミトが雨隠れに転生したらというIFルートです
10話完結の中編になりますが……当初は小南メインで話を作る予定だったのですが何故こうなったのか分からないっていう


 この世界に来て早十年、雨が良く降るこの里で商店の様なものを経営しながら日々色々鍛えながら今まで過ごしてきた。

 ここに来た当初は邪神かもしれない存在に用意されていた家で数多くの本を見つけた為に本屋でも開こうと思っていたのだが、この里は湿気が凄くてとても本屋に向いた気候ではない事が分かり、比較的扱いやすい保存食等をメインに取り扱う店を開き今に至るわけだが……この雨隠れの里も今は戦時中、開店当初から比べてそれなりに増えた固定客も今ではすっかり客足が遠のき、日がな一日戦火が此処まで広がらない様に願いながらのんびり暮らしている。

 

 

 里の外れにある俺の店は治安が悪くなると強盗や万引きの数が目に見えて増えるのだが、取り扱っている物の中の半分以上が食料であるためか、金目当てというよりは食料調達位のノリでくる事も多い。

 盗みに来る位なら俺のように水害に強い野菜などを個人的に栽培すればいいと思うのだが、まぁ初手で強盗という手段を選ぶ様な輩にそんな事を言っても詮無き事だろう。

 今も俺が売上票を整理していて隙だらけと見たのか、店の中に二人の子供が音も立てずに入ってきて、幾つかの商品を服の中に隠して出て行こうとしている。

 子供だろうと万引きは犯罪、俺は彼らを拘束すべく店に備え付けた防犯用の仕掛けを発動させて二人を逆さ吊りにした。

 

 

「なんだこれ!?」

「ど、どうしよう……これ外せそうにないかも」

「まぁ外せないようにしないと逃げられちゃうからね」

 

 

 一旦記帳の手を止め、ぶら下がる二人の子供の方へと近づく。

 彼らの視線が俺に向けられ、活発そうな子供の方は此方を睨みながら暴れ、もう一人の方は既に目を逸らして申し訳なさそうにぶら下がっている。

 万引きされた商品を棚へ戻し、二人を縛ってから床へ降ろして正座の体勢にさせ、とりあえず警邏には連絡せずにまずは何故万引きをしたのか問い詰めることにした。

 尋問を始めて数分は何を聞いても口を開かなかったが、大人しい方の子が少しずつソワソワし始め、口を開き掛けては閉じるを繰り返すようになってくる。

 そしておよそ二十分程が経過した頃、チラッと店の出入り口を見たかと思うと何かを決意したかのように少し顔を上げた事で、髪によって半分程隠れていた顔が露わになった。

 特徴的な瞳だった……何重もの円の文様、紫がかった白目のない瞳。

 まるで魅了(チャーム)にでも掛かったかの様にその眼に惹き付けられる。

 しかし彼はそれを意図していなかったのだろう、少し訝しげに此方を見てから口を開いた。

 

 

「仲間が体調を崩して……だから少しでも栄養のある物を食べさせようと思って」

「長門!!」

「しょうがないよ弥彦、この人も言わないと流石に警邏呼ぶだろうし……そうですよね?」

「ん、あ、うん、そうすることも視野には入れてたかな」

 

 

 まぁ未遂だったし、子供が犯人の場合は余程反省がなかったり大量に盗もうとしない限り警邏を呼んだりはしないのだが、これ言うと弥彦と呼ばれた少年が騒ぎそうなので言わないでおく。

 その後少し話を聞いてみると、この子達は両親をこの戦争で失っており、今は塹壕に使われていた場所で今ココにいない子を含め三人で暮らしているという。

 戦災孤児か……これだから戦争は嫌なんだ。

 これで今聞いた話が同情心を誘って解放させる嘘だって言うんなら、騙された振りして二度としないように言い含めて外に放り投げる所だが、彼らの身体を見る限り栄養失調気味なのは見て取れるし、打撲痕や服のほつれが目立つ所を見ると他の場所でも同じ様なことをやって叩きのめされたのだろう。

 このまま放っておけば今度は形振り構わず強盗や追いはぎを始めてしまうかもしれない……一度そう言うことに手を染めてしまうと抜け出せなくなる。

 俺は一度大きく溜息を吐いて、二人の拘束を解く。

 

 

「オッサン?」「どうして……」

「ちょっと待っていなさい」

 

 

 二人が顔を見合わせているのを尻目に手早く店じまいの用意を整え、新品のタオルや解熱剤等を持って戻る。

 同情や偽善がないとは言えない……でも自分の生活には多少余裕がある。

 例え偽善だろうと手を出さずに後悔するよりはやってから後悔する方が良い。

 

 

「体調の悪い子は今何処にいるんだい?」

「……何でそんなことを聞くんだ?」

「治療でもと思ってね……唯の偽善だよ」

 

 

 弥彦少年は信用できないとばかりに此方から目を離さずに、長門少年に近寄り耳打ちする……まぁ距離がそんなに離れてないから殆ど聞こえるんだが。

 それにしても長門少年の眼……何処かで見たことある気がする。

 一体何処で見たのだろうか、あんなに特徴的な眼を持つ人が店に来たら普通忘れないと思うんだが。

 

 

「……どうする長門?」

「悪い人ではなさそうだけど……今持ってきたのも看病とかに使うものみたいだし、本当に治療が目的なのかも?」

「でも偽善とか言ってたぜ?」

「偽善ってことは治療自体は本当の可能性が高いんだよね……それ自体が嘘じゃなければだけど」

「あ~もう分かんねぇ! どうすりゃいいんだ!?」

 

 

 どうやら思考が袋小路にぶつかったらしい……まぁぶっちゃけ怪しいわな。

 万引きしたら捕まって、解放されたと思ったら仲間を治療してやるから連れていけって言ってるんだから、怪しさ半端じゃない。

 しょうがない、少しだけ後押しするか。

 

 

「流石に無条件で信用しろとは言わないよ、君たちは俺が害をなそうとしていると思ったらこれで刺せばいい」

「包丁か……良いのか? オッサンが背中を向けている時に刺して荷物を奪うかもしれないぜ?」

「その時は見る目がなかったと考えて(君たちを救うのを)諦めるさ」

「潔いんだな、(自分の命を)諦めるなんて」

「しょうがないことだからね……で案内してくれるのかな?」

「…………暫く歩くぞ、遅れんなよ」

 

 

 そう言って彼は鞘を付けた包丁を腰に差してズンズンと歩き始める。

 長門少年はその少し後ろを歩き、俺は長門少年の横を歩く。

 てっきり長門少年が先頭で、弥彦少年が最後尾で間に俺を挟む形にして何時でも刺せる様な陣形で行くのだと思ったのだけど、どうやら彼らは随分とお人好しの様だ。

 信じて貰えるのは嬉しいが、その反面この素直さは少し不安になる。

 俺が言うのも何だがもう少し人を疑った方が良いと思うぞ弥彦少年、長門少年は俺の一挙一動をしっかり見ている様だから大丈夫だろうけど……まぁ支え合って生きているのだろうから、別に今は良いんだろうが。

 

 

 どれ位の時間歩いただろうか、里の中心部から大分離れたところにその塹壕はあった。

 大きな目印はなく、知っていないと見つけられないレベルの雨隠れのマークが洞窟の壁にある小さなクラックの中に刻まれている。

 二人は足を止めることなく、軽く周囲を見渡してから洞窟に入っていく。

 明かりは入り口から差し込む日の光だけ、それも途中からは届かなくなり、真っ暗に近い中を数分歩くと行き止まりに辿りついた。

 壁を前にして道を間違えたのかと首を傾げていると、弥彦少年が岩壁にある掌大の突起を横にスライドさせ、そこに人が一人通れる位の穴が空いて中からうっすらと明かりが漏れてくる。

 そこから更に少し歩くと、ようやく目的地……木の空箱で出来た簡易のベットの上で寝かされる少女の元へと辿りついた。

 少女は眠っていたが、顔が紅潮して発汗もしている上に時折咳をしている所を見ると恐らく風邪なのだろう……風邪は万病の元ともいうから良い状況とは言えないが、現状取り返しが付かないレベルの症状ではない様なので一安心だ。

 二人が荷物を置いて彼女の元へと近づくとゆっくりと眼を覚まし、少し身体を起こして二人に向かって弱々しく微笑む。

 

 

「二人共……おかえり」

「遅くなってゴメンな、思いの外苦戦してさ」

「弥彦が慎重に行動しないからだと思うけど……」

「五月蝿い長門! お前だっていつまで経っても動かなかったから逆に疑われてたじゃねぇか!」

「ふふふ、どっちもどっちじゃない。 ホント二人は私がいないと何も出来ないんだから。

ところで……其処にいるおじさんは誰? 侵入者って訳じゃなさそうだけど」

 

 

 少女はそう言って少し離れた位置に居た俺を指差して二人に尋ねる。

 彼らは顔を見合わせて少し困った顔をしてから同時に言った。

 

 

「「自称偽善者」」

「確かにそう言ったけど、出来ればその呼び方は勘弁して欲しいかな……俺は里の外れで商店開いてるヨミトという者で、此処には君の容態を見に来たんだ」

「商店ってことは二人が……ごめんなさい」

「まぁ未遂だったから良いんだよ、そんなことよりも君の事だ。

見たところ栄養失調で免疫力が低下したところにウィルスでも入ったんだろう。

取りあえず栄養ある物食べて、暖かくして横になるのが一番の近道かな」

 

 

病的な痩せ方をしている訳じゃないが、些か健康的とは言い難い体型になりつつある。

痩せると言うことは身体の脂肪が減るという事、すなわち身体が冷えやすくなる事に他ならない。

こんな外と殆ど変わらない場所で、それは今まで身体を壊さなかったのが不思議な位だ。

それを分かっていたのか、弥彦少年が此方を睨み付ける。

 

 

「そんなの俺だって分かってる! それが出来れば最初っからしてるっての!」

「弥彦の言うとおり。 だからこそ僕達は……」

「はいストップ、取りあえず此処は湿気のハケが悪い……君たち取りあえず彼女の容態が良くなるまで俺の家に泊まりなさい。

幸い俺は一人暮らしで部屋は空いてるし、子供三人を暫く食わせる位の蓄えはあるから」

 

 

 突然の俺の提案に三人の時が止まる。

 鳩が豆鉄砲を食らったような表情で此方を見る三人に俺は思わず笑ってしまった。

 



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雨雲 その2

 三人の私物は思いの外少なく、一人一つの背嚢で事足りる程度の量しかなかった。

 まぁ荷物をまとめさせるのには大分苦労したが……結局塹壕では衛生面の問題で少女が治癒する前に合併症でも起こしかねないというのが決め手になって、三人は一時的に家に身を寄せることになったのだ。

 ちなみに最初弥彦少年が少女を背負っていたのだが、彼も栄養失調気味だったので其程長い距離背負い続ける事は出来ず、俺が彼の代わりに彼女を背負って家まで歩いた。

 途次(みちすがら)三人に栄養満点高カロリー……しかしビックリする程苦い兵糧丸を食べさせたら吐き出しこそしなかったが、凄く恨めしそうに睨まれたという小さなイベントを発動させながらも歩き続けて数十分、ようやく家に辿りつくと一先ず彼女を布団に寝かせて、濡れタオルを彼女の額に乗せる。

 心なしか居心地悪そうにしている二人にお茶と茶菓子を出し、食事の用意をするから彼女を看ていてくれと伝えてから台所でお粥作りを開始した。

 出来上がった生姜入り粥を少年二人はガツガツと、少女は軽く冷ましながらゆっくりと平らげる。

 食後白湯と共に解熱剤を飲ませ、彼女を寝かしつけると今まで言葉少なく看病に専念していた二人が部屋から出て俺に手招きをしていた。

 半ば強引に近い形で三人を此処に連れてきたのだから、言いたい事の一つや二つあるのだろう……此処で話しては彼女の睡眠を邪魔してしまうだろうから、俺は彼らが誘うがままに部屋を出て、その場所から応客室代わりに使っている部屋へと案内する。

 部屋に入ってから暫くの間は無言だったが、どちらとも無く少年たちがアイコンタクトを取ると二人ほぼ同時に同時に頭を下げた。

 

 

「「ごめんなさい!」」

「い、いきなりどうしたんだ?」

「小南が体調を崩してから二週間も経ってたっていうのに、今まで一向に治る気配が無かったのは食い物以上に塹壕で迎える夜の寒さだったと思う」

「薄い毛布一枚じゃ殆ど寒さは凌げなくて、僕たち三人身を寄せ合って眠っても限界があったからね」

「だからオッサンに治るまで家に来いって言われた時は正直こんなに都合良い事が起こる訳ねぇって思って信じられなかった」

 

 

 今考えると誘拐犯とかも同じような誘い文句使うから、警戒されて当たり前だな……少し思慮不足だったな俺。

 あれ?だとしたら何でこの子達殆ど文句も言わず此処まで着いてきたんだ?

 俺の抱いたその疑問はすぐに解決する事になった。

 

 

「でも、ふと俺の腰に差してた包丁に手が当たって思い直したんだ。

 誘拐目的ならこんなもの渡す理由が無いって」

「それで此処に来るまでの道すがら弥彦と話し合って、家に着くまでヨミトさんが何もアクションを起こさなかったら、ずっと疑ってた事を謝ろうって決めてたんです」

「あぁそれでさっきの……まぁ疑われても仕方ない状況だったから別に気にしてないさ。

 呼び出したのはそれが言いたくてかい?」

「メインはなんだけど、もう一つ言いたい事があるんだ……おっさ、じゃなくてヨミトさん!図々しい願いではありますが、俺たちを住み込みで雇ってください!」

 

 

 そう言って二人が再び深々と頭を下げる。

 突然の願いに少し呆然とするが、すぐに答えは出る……却下だ。

 暫く家に置くのはかまわないし、初めからそのつもりだったのだから問題は無い。

 しかし雇うとなると其処には賃金が発生する……確かに家は食うに困るような家ではないが、決して金持ちではないし売り上げもギリギリ黒字位のレベルだ。

 其処に三人も雇うとなると確実に経営が赤に染まるだろう。

 

 

「残念だけど流石に三人も雇う金は家の店には無いよ……だから」

「給料は要らない! ただ部屋を貸してくれるだけでいいんだ!……できればご飯も少し分けて欲しいけど、無理だったらそれは自分たちでどうにかする!」

「僕たち何でもやるよ! だからお願いします!」

「給料を一室貸し出しの家賃+食費で雇うって事か……それなら赤字になる事はないだろうから良いかな?」

「ホントか!?」「ありがとうございます!」

「ただし逆にその条件なら店の手伝いは毎日じゃなくても良いよ、むしろ偶に掃除や商品整理手伝う位で構わない」

「え、そんだけ?」

「あまり沢山客が来る店じゃないし、うちは少し大きめの家庭菜園やってるから食費もそんなに掛からないんだよ。

 だからそれ程負担にはならないからね……ただ家事はちゃんと手伝って欲しいかな?

 洗濯物の量とか増えるだろうから」

「それ位はもちろんやりますけど……本当にそれだけでいいんですか?」

「構わないよ、空いた時間は好きに過ごすといい」

「「ありがとうございます!!」」

 

 

 涙を流しながら感謝の言葉を紡ぐ二人の頭を軽く撫で、「君たちも疲れただろう、少し此処で休んでいるといい」とソファーを勧めて、俺は夕食の準備をする為に台所へと向かった。

 二人はさっき食べた粥で刺激されて、次はもう少ししっかりした食事を出しても胃が吃驚したりはしないだろう。

 あの少女は病人だから消化に良い物の方がいいだろうが、食後に果物でも出してあげようかな……丁度売るには賞味期限切れではないが際どい物もあるしね。

 そんなことを考えながら台所へと向かう俺の足取りは普段よりも少しだけ楽しげだった。

 

 

 

 

 

長門side

 

 

 ヨミトさんが部屋を出て行って、すぐに僕達は倒れるように椅子に座り込んだ。

 両親が殺されてから弥彦達と行動を共にするようになった今まで、僕達を唯の子供として扱ってくれる大人は殆ど居なかった。

 大多数は厄介者扱い、残りは悪意ある接触ばかり……正直今でもこの状況が信じられない。

 弥彦もそう思ってか、ボンヤリと天井を見つめている。

 

 

「なぁ長門……さっきヨミトさんが言ってたことは本気だと思うか?

実は裏の顔は奴隷商だとか、子供に興奮する性癖持ちとかじゃないよな?」

「多分本気なんじゃないかな……もしあの人が僕達を捕まえて売ったり、使ったりしようとしてるんならさっきのお粥に薬でも混ぜてるだろうし」

「だよなぁ、あの時は腹減ってたから思わず食っちまったけど、何か入れられてる可能性もあったもんな……もう少し慎重になるべきだった、すまん」

「それは僕も一緒だよ……結果として少なく共ヨミトさんに悪意がないって事が分かって良かったと思おうよ」

「それもそうか……この話聞いたら小南も喜ぶだろうな」

「きっとね」

 

 

 小南は僕達の中で一番優しい……例え信じていた相手に裏切られても、相手に何かそうする理由があったんだと思える程に優しい女の子だ。

 でもそう思うことが出来るからといって傷つかないかどうかは別の話、僕達は時折彼女が隠れて泣いていた事に気付いていたし、その事を気丈にも悟られまいとする姿に自身の不甲斐なさを感じていた。

 恐らくそういった心労も今回体調を崩した原因の一つなんだと思う。

 

 

「さってとっ、ヨミトさんは休んでて良いって言ったけどジッとしているのも性に合わねぇし、小南の様子でも見に行くか」

「じゃあ僕はヨミトさんを手伝ってくるよ、僕達のご飯を作ってくれてるみたいだし」

「OK、じゃあまた後でな」

「あんまり騒いで小南の事起こさないようにね」

「分かってるって、長門こそ皿落としたりすんなよ」

 

 

 僕がからかう様に言うと弥彦も同じ様に返してきて、互いに笑い合うとそのまま言葉通りの行動を取るために二人で部屋を出た。

 僕はこの時分かっていなかった……ヨミトさんとの出会いが僕達にとって予想してるよりも遙かに大きなターニングポイントになっていたことを。

 




○○sideはあまり使いたくなかったんだけど……視点変更にはこれが一番楽なんだよね


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雨雲 その3

 三人の子供を家に住まわせ始めて一年が経った。

 人並みの衣食住を受け、しっかり健康優良児になった三人だったが、ここ最近木の葉の忍に弟子入りしたとかで家に帰ってこない日が増えてきている。

 心配ではあるが彼らは理想のために頑張っているので強く止めることも出来ず、帰ってきた時に怪我をしていたら軽い説教と治療を施す位しか出来ていない。

 幸い三人の先生をしている人が良い人のようなので其程心配はしなくて済んでいるが、それでも忍術は一歩間違えば容易く人の命を奪ってしまえるので全く心配しないというのは無理な話で……一度様子を見に行った事がある。

 幸い視力は良い方だったので三人に気付かれることはなかったのだけど、先生と思わしき青年には自分の拙い穏行は通じずに黙礼を受けたが、見ていること自体は止められなかったのでそのまま授業参観のような気分で見ることになった。

 

 

 弥彦が手裏剣で青年を牽制し、小南が何処から出したのか分からない大量の紙で取り囲み、本命であろう長門が水遁で狙う。

 彼らがどの程度の腕前なのか自分には判断できないけれど、息の合った連携であることは自分でも分かる……しかし忍の腕はやはり青年の方が明らかに高い。

 追い込まれたにも関わらず冷静に水遁を相性的には不利なはずの火遁で散らし、尚かつ相殺時に発生した水蒸気によって身を眩ませる。

 遠い距離から見ている自分からは全体がよく見えているために見失うことはなかったが、体勢を低くしたまま素早く動く彼を三人は見失ってしまった様だ。

 三人それぞれの死角をカバーするように互いに背を向け合い、襲撃に備える体勢を取っていたが、その警戒網には穴があった……それは地中からの奇襲。

 彼は視界を遮った隙に土遁で地面に潜り、相手の足を掴んで地中へと引きずり込む。

 その結果首だけを地上に出した三人のパッと見猟奇的な姿がそこにはあった……そんな屈辱的な状況で弥彦は悔しそうに騒いで、小南と長門は弥彦を見て苦笑している。

 

 

 と俺が見に行った時はその様な内容だったのだが、他にも足の裏を岩壁に吸着させて垂直に登る修行や、単純に座学を行うだけの時もあったという話も三人と食事を取った時に聞き、自身の忍の修行内容に関する知識を深めることが出来た……そのおかげで自身の訓練の改良が大分捗ったのであの青年には俺も感謝している。

 しかし彼は木の葉の忍、ずっと雨隠れに居続けることはないだろう……話を聞く限り木の葉の中でも指折りの実力者らしいから、何時呼び戻されてもおかしくない。

 その時が来たらきっと三人はとても悲しむだろう。

 戦時中真っ最中の今、一度別れれば次に会える保証など無いに等しいのだから。

 

 

 まぁそれに関して自分が出来る事はないので一先ず置いておいて、今日は三人が店を手伝ってくれる日だ。

 店主である俺があまりボーッとしていては示しが付かない。

 ただし商品の棚卸しは弥彦が、掃除は長門が、レイアウトの変更や商品整理は小南がやってくれているために俺のやることは帳簿整理位で……殆どやることが無いのだが。

 

 

「それにしてもすっかり三人も手際が良くなったな」

「そりゃ一年やってりゃ慣れるってもんよ」

「僕は昔から掃除が好きだったから……」

「私の忍術ってこういうことに向いてるから、あまり手間にならないのよね」

 

 

 仕事をしながら俺の独り言のような呟きに三人は返答する。

 昔は商品を床に落としたり、掃除をしようとして逆に汚したり、滅茶苦茶に陳列したりと不安になったものだが、今ではすっかり一人前の店員顔負けだ。

 彼らはいずれ自らの夢を叶えるために此処で働くことが無くなるだろうから、その事を喜ぶかどうか分からないが……そう言えば大まかな将来予定は聞いた事があるけど、詳しく聞いたことは無かった気がするな。

 丁度客も居ないことだし、少し聞いてみようか。

 

 

「三人は力に頼らない平和を実現させたいって前に言っていたけど、具体的に何か考えてはいるのかい?」

「あ~~~……まぁあるにはあるんだけど、まだ荒唐無稽って言われてもおかしくないレベルの内容だから話すのはちょっとなぁ」

「まだ自来也先生から一本も取ってないしね」

「そうなのよね……私達もそれなりに力は付いてきてると思うけど、未だに影分身体を相手に一度も勝ててないっていうのは自信を無くすわ。

 幾ら武力を極力用いない平和って言っても、聞き耳持たずに攻撃してくる人も多いから、まず交渉の場を設けるにも力を示さなければ話すら聞いて貰えないしね」

「忍に弟子入りする理由に関して詳しく聞かなかったけど、そういう訳だったのか……」

 

 

 この世界には危険が何処にでも転がっているし、昔忍から理不尽な暴力を受けたことがあるという三人だから自衛目的だろうと思っていたが、完全に外れという訳じゃ無かったようだ。

 それにしても荒唐無稽か……一体どんなことを考えているのやら。

でもまぁ三人寄れば文殊の知恵とも言うし、ポジティブな弥彦とネガティブな長門、そして冷静な小南が力を合わせれば、きっと悪い方向へは行かないだろう。

 

 

 その後時折雑談を挟みながらも別段変わった事もなく閉店時間を迎え、三人は日課の訓練を行うために出かけていった。

 その間に俺は夕食を用意し、戻ってきてすぐに風呂に入れるよう準備する。

 夕食と言っても結構大雑把な男料理だし、風呂の準備も浴槽を洗って水を溜めておくだけだから其程手間ではないのだが、共に住み始めて一年経った今でもこういった配慮に対して若干遠慮気味だ。

 彼らが忍の訓練を始めてから家事を手伝える時間が減った事が原因なのだろうが、元は一人暮らしだったわけだし、大して手間が増えた訳じゃ無いのだから気にしなくても良いと言っているのだが……子供なのだからもう少し甘えてくれても良いと思うのだよ俺は。

 まぁ強要するのは何か違うし、粘り強く接していくしかないのだろう。

 

 

 訓練を終えて三人が帰ってくると、やはり「そんなに気を遣ってくれなくても良いのに」と言葉こそ違うけれど全員に言われた。

 それに対して俺もいつも通り「好きでやってるんだから気にするな」と適当に返す。

 正直に君たちに子供らしく甘えるという事をさせてあげたいと言える程俺はメンタルが強くない……もし言って万が一「余計なお世話だ」とでも言われたら一週間は寝込むかもしれないしな!

 だからこれはベストではないにしてもベターな選択肢を取っていると言える……はずだ。

 

 

 四人で店を切り盛りし、四人で食事を取り、四人で眠る(寝室は別)……まるで本当の家族の様な生活。

 何時か三人が夢を叶えるために此処から出て行く時、多分俺は泣くだろう……成長を喜び、別れを悲しみ、彼らの輝かしい未来を想像してきっと落涙する。

 あぁ弥彦、長門、小南……三人の未来に幸あれ。

 



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雨雲 その4

 三人が店を出ていって二年程が経った……偶に遊びには来るが、今は暁という名の組織の運営が忙しいらしく、最後に三人に会ったのは三ヶ月程前の事だ。

 弥彦をリーダーとした組織は各地で目覚ましい評価を受け、今では中々名の売れた忍集団らしい。

 極力武力に訴えないという理念は民衆の受けも良く、賛同者も増えてきているのだとか……その事が誇らしくもあり、少し寂しくもある。

 寂しくなると言えば、三人が店の手伝いを出来なくなってから三人目当てだった客がめっきりと来なくなった。

 小南に積極的ではないアピールを続けていた青年も、弥彦と駄弁りに来ていた少年も、長門を構いに来ていたおばちゃん……は今でも来るけど、すっかり三人の来る前の閑散とした店内に逆戻りだ。

 そんな静けさに包まれた店内に客が来たことを知らせるベルの音が響き渡る。

 入ってきたのは暗部面を着けた男性が五人、彼は商品に見向きもせずに真っ直ぐ俺のいるカウンターへと近寄り、俺の50cm手前程で立ち止まった。

 

 

「本瓜ヨミトだな?」

「そうですけど……何かご入り用ですか?」

「半蔵様の(めい)で連行する」

「ちょっと! 何をするんですか!?」

 

 

 突然二人がカウンターを乗り越え俺の腕を拘束して後ろ手に縛り、一番ガタイの良い奴が俺を小脇に抱えたまま外に出る。

 抗議しようにも猿轡を噛まされているため声にならず、周囲に四人が控えている上に此処で暴れれば反逆者として里に居られなくなる……最悪の場合は命を優先して交戦もやもえないが、一先ずは何が目的で俺を攫うのか里長の真意を知るため大人しくしている事にした。

 里長の半蔵に関して自分が知っている事は少ないが、近年あまり良い噂が流れていないので多分碌な事じゃないと思うんだが、一縷の望みを掛けて穏便に済めばいいなぁと願いながら、腹部への圧迫感を我慢しつつ運ばれていく。

 どれ位の時間が経っただろう……大雨の降る中で辺りは草一つ生えない岩肌ばかり、着の身着のまま連れ出された俺の体温は徐々に奪われ、うっすら感じる俺を抱える男の体温が鮮明に感じられて微妙に気持ち悪い(せめて女性であって欲しかった)。

 あとどれだけこの苦行が続くのかなぁと考えていると、ようやく一際大きく跳躍してから立ち止まり、俺を地面に投げ捨てて五人は一人の男に跪く。

 

 

「半蔵様の命令通り本瓜ヨミトを確保して参りました」

「うむ、ご苦労だった……さて後は彼奴らを待つだけか。

 理想を語るばかりの小僧共が」

 

 

 顔の下半分を覆うガスマスクの様なものを着けている半蔵はチラリと此方を一瞥して、何も言わずに正面へと向き直り腕を組みながら何かを待っている。

 周りには百人近い忍が控えており、まるで今から戦争をするかの様な緊張感を醸し出していた。

 私語一つ無く、聞こえてくるのは激しく降る雨の音だけ。

 しかしその静寂を破る何処か聞き覚えのある声が辺りに響き渡る。

 

 

「半蔵、アンタの言うとおり三人で来た! だからヨミトさんを解放しろ!」

「馬鹿者が、三人で来るのは交渉を行うための前段階に過ぎんわ。

 これから出す条件に同意すればこの男は無傷で帰そう」

 

 

 此処まで俺を運んできた男が今度は俺の襟を掴んで、半蔵の横まで運ぶ。

 どうやら此処は高さ20m程の崖の上らしく、殺風景ではあるが大分遠くまで見渡せるため、恐らく不意打ち対策でこの場所を選んだのだろう。

 先程声を上げていた聞き覚えのある声の持ち主は崖下に居た……弥彦だ。

 その横には長門と小南もいる……弥彦は悔しそうな表情で半蔵を睨み付け、二人は申し訳なさそうな表情で此方を見上げていた。

 

 

「……条件は何だ」

「簡単な事だ、お前が自害すればいい。

 覚悟が決まらないんなら横に居る奴らに手伝って貰っても構わんぞ?」

「な?!」「そんなこと出来る訳が……」

「別にこの条件を受けなくても構わんぞ?

 ただこの男は死ぬ……その後は単純にお前らの組織と雨隠れの里との総力戦になるだけだ。

 あぁそうだ、別れの言葉位は紡がせてやろう……お前達にとって此奴は親代わりの様な者だろうからな」

 

 

 半蔵がハンドサインで指示を出すと俺を拘束している男が猿轡を取り払う。

 長く着けられていた所為か顎が気怠いが、そうも言っていられない。

 どう考えても俺が三人の足を引っ張ってしまっている……ようやく夢に向かって本格的に動き始めた三人の邪魔になる位であれば、俺は……今までの平穏な人生を捨てよう。

 死にたくはないし、俺を助ける為に弥彦の命が犠牲になるのも認められない。

 だから此処で半蔵を仕留めて雲隠れしよう。

 覚悟を決めてしまえば後は実行するだけ、まずは三人に伝えないと。

 

 

「三人共俺を助けるためにこんな危険な橋を渡らせてごめんな……でも俺は大丈夫だから。

 仲間の所に戻りな、リーダーがいなくなっちゃ組織が空中分解しちゃうかもしれないだろ?」

「ほぅ自己犠牲の精神か……奴らの所為で殺されようとしているにも関わらず逆に奴らの身を案ずるとは面白い奴だな」

「ヨミトさん……」「ヨミトさんを見捨てるなんて出来るはずが……」「弥彦もヨミトさんも僕達にとって大切な人なんだ……そんなの選べない」

「大丈夫だよ……俺は死なない。 雨隠れには居られなくなるけど死ぬ訳じゃ無いさ」

「何を言っている? もしや一介の商売人如きがこの死地から生きて帰れるとでも思っているのか?

 そんな荒唐無稽な夢は寝てから見るものだ」

 

 

 そう言って半蔵は鼻で笑い、自身の大きな鎖鎌の様な武器を手に取った。

 恐らく何時でも俺の事を切れるという事を三人にアピールして選択を促しているのだろう……ただし刃は弥彦達の方を向いているため、警戒がメインなのかもしれないが。

 何にせよ今半蔵の意識は全てが俺に向けられている訳ではない……ならば攻撃まで若干のラグがあるだろう。

 故に俺は此処で最初の勝負に出る。

 

 

「魔法発動‘ファイティング・スピリッツ’、続けて‘地割れ’、‘デーモンの斧’」

 

 

 日頃二つの罠(一つは対多人数反撃用、一つは逃走用)を伏せていたために俺自身の力が範囲内で俺個人を敵視している相手の数に比例して上昇し、尚かつ効果を失う代わりに一度限り攻撃を防いでくれるという多人数戦において効果が高い装備魔法の発動と共に拘束を力尽くで引き千切り、ほぼ誤差無く同時に発動した残り三つの効果が忍達を混乱させた。

 前触れ無く地面が割れて回避が間に合わなかった忍が四人程が消え、突然の現象に驚きつつも此方に攻撃してきた半蔵の刃を中空に現れた身の丈程もある禍々しい斧で受け止める。

 半蔵は己が攻撃を防がれるとは微塵も思っていなかったのか、続けて攻撃することなく一度舌打ちして大きくバックステップをして此方を睨み付けている。

 しかし状況について行けていないのは弥彦達も同じで、驚きで眼を見開いているのが視界に入っていた。

 

 

「貴様……忍だったのか?」

「俺はただの商売人だよ……少しだけ特殊な力を持っているけどね」

「巫山戯おって! 交渉が決裂した以上やることは変わらん、四人とも殺してしまえ!」

 

 

 こうして四人対約百人という数の上で見れば勝ち目のない戦いが幕を開ける。

 



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雨雲 その5

 半蔵の一声が開戦の合図となり、控えていた忍が俺と弥彦達へと殺到する。

 一先ず俺は三人と合流するために崖から飛び降り、弥彦達を襲おうとしていた忍達の一部を力任せにぶった斬った。

 分厚い片刃の巨斧は眼前の人間を武器ごと倍の数の肉の塊へと変え、吹き出した血で戦斧が紅く染まる。

 柄の上部付いた干涸らびた人の頭部がまるで歓声を上げる様にピシリと音を鳴らす。

 初めて自らの手で行った人殺しに何かを感じる暇もなく、俺は後ろから何かが迫ってきているのを感じて振り向くと、半蔵の鎌が此方へと迫ってきていた。

 既に間近まで迫っているそれを先程と同じ様に斧で受けようとすると、突然首を狙った直線的な鎌の軌道が俺の脇腹を切り裂く軌道へと変化する。

 咄嗟の判断で腕一本を盾として軌道を逸らそうとすると、鎌に幾重もの真っ白な紙が巻き付き、鞘の変わりとなってそれは切れ味を失った。

 小南の術で操っている紙はチャクラを流し込むことで一般的な紙とは比べものにならない程の強度を誇る……しかし半蔵が持つ鎌の刀身も並の物ではない。

 一秒も経たないうちに刀身の先端が鞘を突き破っており、もし半蔵が激しく振り回せば容易く千切れ飛んでしまいそうな状態……俺は刀身が完全に解放されない内に峰を思い切り蹴り飛ばして鎌を岸壁へと突き刺した。

 下では俺の援護をして隙が出来てしまった小南を守る様に弥彦と長門が戦っており、数に押され気味ではあるものの大きな怪我を負うことなく少しずつ敵を削っている。

 俺はいち早く合流するためにこちらへ向かって飛んできた風遁を斧を盾にして推進力代わりに使い、文字通り飛んで行く。

 弾丸の様な速度で三人を取り囲む敵の一角へ突っ込み、勢いそのままに進行方向にいた数人を両断しつつ、ようやく三人に合流する事が出来た。

 三人は俺が合流したことに安堵すると同時に謝罪を口にする。

 

 

「巻き込んじまってすまない! 半蔵がまさかこんな手に出るとは思っていなかった俺の責任だ」

「過ぎた事はしょうがないさ、そんなことよりも今はこの場をどう切り抜けるかの方が重要だよ」

「多勢に無勢……もうアレを使うしかないのかも」

「長門! アレを使う事は許さないわ、アレを使えば貴方は……」

「小南の言うとおりだ長門、此処は俺が囮になって三人を逃がすのが最善……」

「何を言っているんだ弥彦! 君は暁のリーダーじゃないか!

 何を差し置いても君は生き残らなければならないのが当たり前だよ!」

 

 

 長門の言うアレというのが何か分からないけれど、取りあえず使えば長門がヤバいことになる代わりにこの状況を打開しうる切り札なのだろう。

 長門本人は覚悟を決めている様だが、弥彦と小南はそれを許す気が毛頭ないらしい……それに関しては自分も同じ意見だ。

 何より自分にはまだこの状況をどうにか出来そうな手札が幾つもある。

 ただそれらを使うためには誤爆の可能性を考えて三人を逃がさなければならない。

 正直言って説得はかなり難しそうだが、弱音を吐いても事態は好転しないのだから一先ず試してみるのが上策だろう。

 俺は襲いかかってくる敵を捌きながら三人に話しかける。

 

 

「一つ提案があるんだけど……此処は俺に任せて三人は逃げてくれないか?」

「そんなこと出来る訳がないだろ!」

「俺一人ならこの場をどうにか出来る手段があるんだ……弥彦達が此処に居たら巻き込んでしまうから使えない一手が」

「まさか自爆とかじゃないですよね……?」

「ちゃんと俺が生き残ることが前提の策だから大丈夫だよ。

 今まで戦える事を隠してきた俺が言う事じゃないかもしれないけど、信じてくれないかい?」

 

 

 力任せに斧をぶん回して二人吹き飛ばし、一人を武器ごと叩き斬りながら返事を待つ。

 まだ敵の数は八割以上残っている……このまま消耗していけば全滅も有り得る状況だ。

 未だ積極的に攻めてこない半蔵も何時本腰を入れてくるか分からない。

 長門と小南は選択を弥彦に託して無心に敵を屠っている。

 答えに窮して時間が経てば経つ程危険は増していく……焦れた俺が再度解答を求めようとした瞬間、苦虫を噛み潰した様な表情で「本当に大丈夫なんだよな?」と肯定に少し傾いた言葉を返してきたので、これ以上迷わぬ様に力強く「任せろ」と返すとようやく覚悟が決まったのか、三人で目を合わせて一旦距離を取り、弥彦と長門が凄まじい勢いで印を結び始めた。

 何をする気かは分からないが、俺は彼らの準備が終わるまで前面に立って斧を大きく振り回す。

 十秒もしないう内に弥彦から「俺達の後ろまで下がってくれ」という声が上がったので斧を肩に乗せて大きくバックステップして指示されたとおり後ろに控えた。

 すると小南が両腕を拡げて袖口から大量の紙吹雪を出し、それを長門の風遁で素早くまき散らす。

 まるで猛吹雪の中にいる様に真っ白に染まる視界……これが逃げるための時間稼ぎなのだろうか?

 俺がそう思っていると、今度は弥彦が四人を囲む様に土遁で半球状のシェルターを作り出して小南に手で何かの指示を出す。

 連続的に聞こえる轟音に空気が震える……一体何が起こっているのかと弥彦を見ると、端から疑問に答えるつもりだったらしく彼も此方を見ていた。

 

 

「今の爆発はさっき小南がばらまいた小さな起爆札の連鎖爆発だ、これである程度戦線は乱れたし上がった土煙が丁度良い目眩ましになる。

 俺達はこれに乗じて仲間を呼んでくる……だから戻ってくるまで何とか耐えてくれ」

「耐えるも何も戻ってきた時にはもう戦闘は終わっているさ……もう形振り構うのは止めたからね」

「そりゃあ心強い……どうか無事でいてくれよ」「必ず助けに戻ります」「死なないでね」

 

 

 三人がバレない様に地面に穴を掘って脱出した後、その穴を埋めてから内側からシェルターを叩き割る。

 外は既にある程度土煙も晴れ、起爆札の影響で幾つもクレーターが出来、四肢の一部が欠損している者がそこらに十人以上転がっていた。

 しかし未だ半分以上が残っている上に、今の一件で此方を見くびるのを止めたのか俺が一人で出てきたにも関わらず、すぐに襲いかかってくる者がいない。

 何も考えずに掛かってきてくれた方が楽だったのだが……これは予想よりも手こずるかもしれない。

 俺の予定していた初手はシェルターを出ると同時に数で押しつぶしに来る敵に対して行うのが一番効果的だったのだから。

 舌打ちしたい気持ちを抑えつつ、作戦を変更したであろう敵首領で未だ一人崖の上で此方を見る半蔵を睨む。

 

 

「此処まで手間取るとは思っていなかったぞ自称商売人。

 それに見たところあの小僧達は逃げた様だな……自己犠牲の精神は大層ご立派だが、貴様がしたことには何の意味もない。

 既に彼奴らのアジトには別働隊が攻勢をかけている。

 逃げ場など何処にもないのだ!」

「そっか……なら早く此処を切り抜けて三人を助けに行かないと」

「何? 貴様……この状況でまだ自分が逃げ延びられるとでも思って居るのか?」

「逃げる? 違う違う、俺は逃げるんじゃなくて抗うつもりなんだよ。

 俺の日常をぶっ壊したアンタを……俺は決して許さない」

 

 

 この場に俺を縛るものは何もない。

 今ココにいる敵の全てが俺一人を敵として見ている。

 爆発的に体中に力が充ち満ちていく。

 帰るべき場所も無くなった。

 もう自重する必要はない。

 ここから先は俺のターンだ。

 

 

「この世界には無い魔法と罠の洗礼を存分に受けて貰おう。

 決闘者(デュエリスト)に喧嘩を売ったんだ……命を掛けろよ?」

 




ちょっと背中切り開いてもらってくるから次の更新の感想に返信するの遅れるかも


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雨雲 その6

 俺の宣言を聞いた半蔵の顔は半分以上隠れていたものの、「何を言ってるんだ此奴?」という訝しげな表情だった。

 しかしその顔をしていられたのも戦闘が再開する前までだ……半蔵のハンドサインと共に波状攻撃を仕掛けんとする敵の一人の刀が俺の身に迫る。

 

 

「伏せを警戒せずに攻撃しかけるなんて剛気だね……だが今回に限ってはその選択は失敗だよ里長殿。

 この人数相手に使うのは初めてだけど、威力自体は折り紙付きだ。

 安心して味わってくれ……罠‘聖なるバリア-ミラーフォース-’」

 

 

 振り下ろされた刀が俺の目の前に突如現れた白く輝くドーム状の壁に当たると、当たった箇所が強く発光し其処から放射状に朱いレーザーが放たれた。

 ミラーフォースは相手の攻撃表示モンスターを全て破壊するという最初期から現在まで通用する強い罠カード。

 この世界で発動した場合、攻撃表示というものが曖昧な上に範囲の問題から文字通り敵全てどうにかするという効果にはなり得ないのだが、それでも少なくない数の敵を朱い閃光が貫く。

 高出力のエネルギーによって出来た傷から血が流れることは無かったが、衝撃によって逆流した血液が脳や心臓に多大な負担を掛けたためにそれに当たった人間の殆どは苦しむことなく黄泉路へと旅立った。

 今の一件で敵の数は半数以下へと減じ、流石に忍達の表情に驚きや怯えが混ざり始めていたが、半蔵がいち早く我に返って指示を飛ばす。

 

 

「なんだ今のは……結界忍術に攻撃性を持たせた様な術だったが、血継限界の類か?

 なんにせよあれ程の術であれば続けて何度も使用できる者ではあるまい。

 者共、再度今の術を発動される前に畳み掛けろ!」

「流石良い読みをする……確かにさっきのを今すぐ使う事は出来ないし、使える回数にも限度がある。

 でもあれで俺の手が無くなったと思ったら大間違いだよ……魔法‘光の護封剣’」

 

 

 宣言と共に範囲内の敵集団を取り囲む様に光で出来た剣群が現れ、隣り合う剣の間に見えない結界が張られる。

 この結界は内側からの物理的な衝撃を受け付けず、術などの超常的な力はほぼ素通りするという足止めには丁度良い効果を持つもの。

 普段であれば効果時間中に逃走するという手を取るのだが、今回は殲滅が目的……故にここで追撃を行う。

 結界の性質を理解した敵達が俺目掛けて様々な術を放ってくるのを躱しながら、連続して魔法を発動していく。

 

 

「‘サンダー・ショート’‘昼夜の大火事’‘デス・メテオ’」

 

 

 逃げ場のない結界内に次々と現れる黄緑色の雷球に一人、また一人と飲み込まれ感電していく中で雷遁や土遁の才を持つものが前面に立って防ごうとしている。

 しかし彼らを襲うのはそれだけではない。

 次に襲いかかるのは轟音と共に広がる巨大な火柱……まるで彼らを包み込む様に外から内へと狭まる炎の壁。

 先程感電し、動けなくなった者が苦痛の呻き声を上げながら炭化していき、入れ替わる様に今度は火遁と水遁使いが炎を食い止めんとチャクラを振り絞って術を発動していく。

 進行が僅かながら遅くなり、彼らの表情に少しだけ希望が浮かび始めた頃にそれはやってくる。

 上空から墜ちてくる赤黒い何か……中心に黒い何かを内包している火を纏ったそれは彼らの表情を再び絶望へと変えるだけのインパクトがあった。

 ‘デス・メテオ’……死の流星という意味を持つこの魔法はバーン系魔法の中でも大きなダメージを与える効果を持ち、尚かつ発動にデメリットが存在しない良いカード。

 ただしこの魔法は市街地では決して使えない代物故に使いどころが限られる……その理由は今目の前の惨状を見れば明らかだ。

 

 

 速度自体は実際の流星に比べると遅いのだが、20mを超える岩が禍々しく燃えながら降ってきたのだ。

 衝撃で地面は捲れ上がり、直撃した部分は熱でガラス化し、結界内に閉じ込められていた殆どの者達は潰れて焼けて灰になって風に散らされ痕跡も残さずに消えた。

 其処にいる者の殆どを圧殺したそれが音もなく消えると、完全に炭化した黒い塊だけがその場に残った。

 岩が消えると同じくして護封剣の効果も切れ、もう敵もいないだろうと俺はその場を後にしようと背を向けると、背後から風切り音が聞こえて何かが弾ける音と共にすっかり弱まっていた‘ファイティング・スピリット’の恩恵が消滅する。

 消える際に起こった衝撃によって弾かれたそれは勢いそのままに持ち主の元へと戻り、主を囲む炭を切り払った。

 中から出てきたのは半蔵を含んだ六人、六人中五人は何かの印を結んだ恰好のまま膝をついて息も絶え絶えだが半蔵だけは射殺さんとばかりに殺気の篭もった視線を此方に向けている。

 

 

「正直驚きを隠せない、あの三つを食らって尚生き残るなんて……」

「ギリギリだったがな……おかげで此方の手勢はほぼ壊滅だ。

 俺は貴様のことを随分と見誤っていた……有象無象に任せようとした俺が間違いだったのだ。

 もう巻き込む兵も居ない事だ、此方も形振り構うのはもう止めるとしよう。

 ご苦労だったな、お前らも巻き込まれたくなければ下がっていろ……口寄せの術!」

 

 

 白煙と共に現れたのは巨大な山椒魚……半蔵の二つ名にもなっているそれだった。

 よく見れば愛嬌のある顔をしているそれは出てくるとほぼ同時に、口から紫色の煙を噴出する。

 煙幕に紛れて奇襲するつもりかと考えた俺は迎え撃とうと斧を構えるが、煙に飛び込んだ鳥がすぐに地面に落下して泡を吹いているのを見て考えを変え、急いで距離を取る。

 

 

「毒を吐く山椒魚なんて聞いたこと無いぞ!?」

「イブセは普通じゃないからな……そして俺もな」

 

 

 毒煙の中から今までずっと着けていたマスクを外し、素顔が露わになった半蔵が話しかけてくる。

 何故このタイミングで素顔を晒したのかは分からないが、なにやら毒が効いている様子もないし俺にとって良い状況になることはないだろう。

 どんどん此方へ煙が向かってくる……そして追い打ちとばかりに半蔵が煙の効果範囲の両端に向かって起爆札を投げたことで、爆風に乗じて一気に煙が広がった。

 

 

「このままだと不味い……全部処理できるかは分からないけど取りあえずやっておくしかない! 魔法‘サイクロン’」

 

 

 発動と同時に毒煙の中心に一陣の風が吹き込む……風は渦を巻き、天高く登る龍の如き様相を成し、周囲に漂う紫煙を巻き込んで紫色の竜巻が肥大化していく。

 その過程で半蔵の居場所が明らかになったので、竜巻の風圧に足を取られている間に装備魔法‘魔導師の力’と速攻魔法‘突進’を発動した上で全力で踏み込み、斧で腹部を横に一線……その身体を両断した。

 斧を振り切った俺はこれで一先ず終わったと少しの安堵を感じたが、宙を舞う半蔵の上半身から先程山椒魚が吐き出していた紫煙よりも濃い色の煙が吹き出している事に気付き、思考が停止する。

 そのまま地面に落ちた上半身だけの半蔵は自分の死を確信し既に覚悟を決めたのか、痛みに脂汗を流しながらも不敵に笑い俺に言葉を投げ掛けてくる。

 

 

「ま……さか……この俺がこんなとこ……ろで死ぬとはな…………しかし一人では……行かんぞ。

貴様も……道連れだ!」

「糞、体内に毒を仕込んでたのか?! 罠‘強制脱出装置’、魔法‘治療の神ディアン・ケト’!」

 

 

 半蔵との距離が近かったために、少し毒を吸い込んでしまい既に殆ど身体の自由が効かない中で、なんとかこれ以上の毒を摂取しない様に急速に距離を取ることが出来る罠を使用し、それと同時に優秀な回復効果を持つ魔法を発動させた。

 突如現れたシャルター状の脱出装置からバックパック一つ付いただけの状態で射出され、その横を後光がさす様な神々しさを醸し出す無駄に露出の高いふくよかな熟女が飛び、空中で治療と解毒を行う。

 ここで‘サイクロン’を使わなかったのは、距離が近すぎて自分が竜巻に巻き込まれる可能性が高かったためである……ただし治療の神で毒に対処できなければ、自身の身に‘サイクロン’を試すことになるのだが、それはあくまで次策なので今は考えないでおく。

 突然この世界に存在しないメカっぽい何か敵を天高く打ち上げ、それを同じく突然現れた女性が飛んで追いかけるというシュールで訳の分からない光景を目にした半蔵はもう言葉を発する力もないのか、酷く悔しそうな表情を浮かべながら静かに息を引き取った。

 



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雨雲 その7

 優雅な空の旅とは決して言えない満身創痍の落下傘体験だが、母性MAXの治療の神による治療によって何とか解毒に成功したので、未だ気怠さと体中に感じる若干の痛みはあるものの何とか死出の旅路とはならないらしい。

 ちなみにどうやって解毒したかというと治療の神曰く、血中に溶けた毒を指先に集めた後に少し傷をつけて排出するという瀉血的な方法だったのだが……指先が濃い紫色に染まって不安になった上に、毒が血管を傷つけながら集まったために体中が痛かったりと中々に辛いものだった。

 まぁ死ぬよりはマシだし、彼女が消える間際に痛み止めのような処置を施してくれたおかげで現在は大分痛みは治まっている。

 そんなこんなで今はゆっくりと風に流されるまま緩やかに地面へと近づいている最中なのだが……これからどうしようか?

 半蔵が退かせた数人の忍によって俺の事は既に広がっているだろう……出来る事なら一度店に戻って持ってきたい物が幾つかあるけれど、恐らく取りに戻るのは自殺行為だ。

 全てを一から始めなければならない上に、恐らく追っ手も掛かる……溜息を吐かずにはいられない。

 昨日まではいつも通りのそれなりに平和な日常だったのに、今は雨隠れの里長殺害の大罪人で逃亡者。

 でもまぁ悪いことだけじゃない……なによりも三人を逃がすことが出来たのだ。

 本当なら先程半蔵が言っていた暁のアジトとやらに加勢に行こうかとも思ったが、肝心なアジトの場所が分からなかったのでその案を棄却し、結局のところ一先ず国外へ流れるという場当たり的な選択肢を選ぶことにした。

 

 

 なんにせよまずは地面に降りてからの話だ。

 風に乗ってそれなりの距離を稼いだとはいえ、それなりに足の速い忍ならまだ追いつけるレベルの距離しか離れていない。

 現に前方から三人が此方に向かって走ってきているのが見える。

 空中では攻撃を躱すのも一苦労なので、まだ少し高度はあるものの覚悟を決めてノーロープバンジーを決行しようと落下傘を切り離すために斧を振りかぶろうとして気付いた。

 もしも援軍なのだとしたら何十人と屠った相手に三人は少なすぎる……それにすこしボロくなっているとはいえ、あの服は先程まで見ていたものだ。

 危険を冒してまで急速落下する必要が無くなったので、そのまま緩やかに地面へと降り立つと、着地点で待ち構えていた弥彦達三人は息を切らしながらも安堵の溜息を吐いた。

 その後ある程度呼吸が落ち着くと三人を代表して弥彦が口を開く。

 

 

「無事で良かった……あの後どうなったんだ?」

「なんやかんやあって半蔵が真っ二つになって今に至る」

「どんだけ端折った説明だよ……まぁ詳しい話は後で聞くとして、取りあえず今は此処を離れた方が良い。

 取りあえず岩隠れに渡りをつけてあるから其処に向かおう。

 ヨミトさんも行き先が決まってないなら俺達と一緒に行動しないか?

 たしかヨミトさんも俺達暁の最終目標には賛成してくれていたよな?

 それに元はと言えば俺達の所為で里を追われる事になったんだし、責任の一つも取らせてくれ」

「その前に俺も一つ聞きたい事がある……半蔵はアジトに兵を差し向けたって言っていたんだが、そっちは無事だったか?」

 

 

 その疑問の答えは三人が揃って俯いた事で理解した。

 弥彦は自身への不甲斐なさを感じてか血が滲む程強く拳を握り、長門は不思議な文様を目に浮かべながら悔しそうに顔を歪め、小南は悲しそうに眉を下げている。

 まるで血を吐き出すかの様に弥彦がその時の状況を話し出す。

 

 

「俺達が着いた時にはもうアジトは壊滅していた………血で赤黒く染まった地面と漂う血臭で地獄の様だったよ。

 不幸中の幸いとも言える事は、アジトを放棄して身を隠すという暗号が残されていたから全滅した訳じゃ無いって事だな」

「そうか……無事だと良いな」

「きっと大丈夫、俺達の仲間はそう簡単にはやられたりしないさ。

でヨミトさん……さっきした質問の答えは?」

「ん、あぁ岩隠れに一緒に行くって話だったっけか?

 別段何処に行くとか決めてなかったし、岩隠れの事もあんまり知らないから助かるけど……弥彦達も今大変だろ?

 俺は足を引っ張りたくないんだが」

「何言ってんだよ、あれだけの数を一人で相手に出来る力があって足を引っ張るも何もないだろうに」

 

 

 弥彦に同意する様に長門と小南も首を縦に振る。

 まぁ現状魔法によって身体能力の底上げされてるから、そう簡単に足手纏いにはならないと思うが俺には圧倒的に実戦経験が足りない。

 今回は効果の高い罠や魔法でごり押し出来たから良いものの、不意打ちや絡め手に対して冷静に対処できるだけの経験もないのだ。

 調子に乗って足下を掬われるのは避けなければならない。

 

 

「まぁいいさ、要するに俺達が良いなら良いって事だろ?

 それなら悩むまでもない……俺達と一緒に行こう!

 三年前に出会ったあの日から今に至るまで迷惑ばかり掛けてきた俺達に少しずつでも良いから恩返しをさせてくれ」

「恩なんて大袈裟だよ……俺は後味の悪い思いを極力したくなかっただけで」

「それでも俺達が救われた事実は変わらない」

「頑固だなぁ………分かった、俺としても助かるしお願いするよ」

「よし決まりだ! それじゃ早速岩隠れ目指して出発するとしようぜ!

 帰依辺りがきっと心配してるだろうしな」

 

 

 俺の返答を聞いてすぐに北へ向けて走り始める弥彦。

 そんな彼に置いていかれまいと少し慌てて三人で彼の背を追いかけ始める。

 跳ぶ様に移動しながら長門と小南に先程説明しきれなかった三人が撤退した後の事を説明し、代わりに二人からはこれから行く岩隠れについての話を聞く。

 現土影の事だったり、土地柄の事だったり、果ては名産品なんかの話などを聞いたのだが、そういった話を聞いている中で先程弥彦が口に出した帰依という名が出てきていた。

 どうやら帰依という人物は女性らしく、暁における彼女の立場は交渉及び偵察を統括する幹部の一人だと言うことが分かった。

 真面目で心配性な彼女はリーダーである弥彦の事を常日頃から心配しており、弥彦もまた戦闘力が高くないが高い交渉能力を持つために危険な任務も多い彼女をいつも心配しているらしい……其処に恋愛感情は無いと言うことらしいのだが二人には判断できないのだとか。

 

 

 そのような話をしながら半日程掛けて移動した結果、岩隠れの里へと辿りつくことが出来た。

 真っ直ぐ暁の第二アジトとも言える里の外れにある寂れた倉庫へと向かうと、十人程の若者達がドラム缶に焚いた火を中心に集まって何かを話し合っているのが見える。

 その中心となっている女性が視線に気付いたのか此方を向いて目を見開いて駆け寄って来た。

 

 

「弥彦!? それに長門と小南も無事だったのね!

 横に居る男性は知らないけれど、とにかく無事で良かったわ!」

「帰依も無事の様で何よりだ……早速だが今の暁の現状について説明してくれ」

「それは……」

 

 

 彼女は少し困惑した様子で俺へ一瞬視線を向ける。

 面識のない相手がいる前で組織の状態を説明するのは避けたいと思うのは当たり前だ。

 その事に思い至り、俺は一旦席を外そうとするが弥彦にガッチリと手首を掴まれて阻止された。

 

 

「大丈夫だ帰依、前に何度か話しただろ?

 この人がヨミトさんだ」

「三人が何年かお世話になっていたっていう人ですか?」

「あぁその人だ、ヨミトさんは今回の一件で里を出ざる得ない状況になっちまったから俺達と行動を共にする事になった」

「そうですか……わかりました、それでは説明させて頂きます。

 三人が出た後暫くして雨隠れの忍がアジトを急襲。

 多数の犠牲を出し、このままでは全滅すると判断し撤退を決意。

 数人の勇士がその身を持って時間を稼ぎ、その隙に規定通りそれぞれが野に下るか再起するかを決めて遁走……今に至ります」

 

 

 百人以上いた構成員が今回の事で十人近くまで減った事は流石にショックは大きいらしく、一様に雰囲気は暗い。

 しかし決して絶望している訳ではなく、弥彦という精神的主柱がいる限り暁という組織は決して折れないだろう。

 事実先程まで俯いていた面々が弥彦の方へ顔を向けている所を見ると、思ったよりも早くこの組織は復活を遂げるかもしれない。

 俺も此処に身を寄せるものとして何か出来ることを探すとしよう……出来れば事務とかが良いな。

 




先日背中にできた腫瘍を取ったわけだが……3cm位あってびっくりした
麻酔痛かったです
時折聞こえるブチブチって音も怖かったです
意識がある中自分の背中を施術される恐怖は中々の物だね……見えても怖いだろうけど


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雨雲 その8

naruto外伝買ったんだが……サラダ可愛いな
ボルトはまだ何とも言えない……現状は初期ナルトよりも好感度低い
次の劇場版での活躍に期待かな?
とりあえず早く前の劇場版見て何とかアフターストーリー書きたいところ


 岩隠れでの新たな生活は時折面倒なことも起こるけれど、それなりに落ち着いてきていた。

 雨隠れでの一件の所為で弥彦達三人と俺に賞金が掛かってしまったり、買い物に出た先で土影一行とニアミスしたり、長門の持つ輪廻眼という特殊な眼の持つ力が暴走し巨大な人型の何かが上半身だけ現れて危うく再びアジトを破棄することになりかけたこと等があったわけだが、それらを何とか乗り越えて今に至る。

 ちなみに賞金額は半蔵を倒した俺が一番高く、その額4000万両……聞いた話によると火の国の大名直轄の守護忍十二士っていう人達よりも高いらしい。

 この世界における1両がおよそ10円位の価値なので俺の首には実に4億円の賞金が掛かっているという事になるのだ……全く笑えない額だよ。

 その御陰で顔半分を覆う様なマスクがすっかり手放せなくなってしまった。

 先日なんてアジトに体中から灰色の触手の様なものを出す白目が黒く黒目が緑という少し特殊な目をした男が一人で襲撃を仕掛けてきたのだ。

 かなりの手練れで半蔵と同等以上の戦闘力を持っていたが、弥彦の指揮の下でしばらく長門と俺が相手をしていると「これは割に合わん」と言い残して何処かへ姿を消したのだけど、あんなのがしょっちゅう来ると考えるとこの先不安で仕方がない。

 

 

 ちなみに俺の暁での役割は平常時であれば店をやっていた経験を生かして物資の管理等を主な仕事とし、緊急時は弥彦の指揮下で戦闘行為を行っている。

 流石に自分が賞金首になっているにも関わらず、後ろで守って貰うっていうのは色々と駄目だろうという考えの基、俺自身がこの組織の長である弥彦に提案した結果だ。

 人手が欲しかった弥彦としてはこの提案はありがたかったらしく、嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちが半々位であったらしいが、長門や小南が「折角言ってくれているのだから」と彼に言ったのが切っ掛けになって彼としても踏ん切りがついたのか一度深く頭を下げて、俺の提案に是を返してくれた……その時はこれで一先ずヒモ生活になる事はないと一安心したのだが、後に思いの外物資管理がガバガバだった事実を知り、尚かつ暁を目の仇にしてる組織や賞金稼ぎなどが結構襲いかかってくるので、店をやってる時とは比べられない程大変な仕事に若干後悔した。

 

 

 今日もいつもの様に俺は掛かった経費を帳簿に書き写し、赤字を何とか減らす様に頭を悩ませていると、今日警備を担当していた一人が経理部(俺しか居ないが)へと駆け込んでくる。

 彼の顔色はまるで土の様な色でそれを見るだけで事の深刻さが窺えた。

 ここに誰かが駆け込んでくる時は何者かが襲撃を仕掛けてきた時が殆ど……恐らく今日もそうなのだろうと俺は筆を置き、手早く外に出る用意を調える。

 

 

「ヨミトさん、急いで外に来てください!」

「襲撃にしては静かだけど、どうしたんだ?」

「……影が来たんです」

「影?」

「土影が部下を連れて此処に来てるんですよ!」

 

 

 思わず足が止まった……この国の代表である土影が一組織に態々足を運ぶ事なんて早々ある事じゃない。

 ましてや暁は悪事こそしていないが、正当防衛とはいえ雨隠れと事を構えているし、雨隠れの長を殺めた俺もいる。

 どう考えても物騒な結末しか想像できないのだが、相も変わらず戦闘音らしきものは聞こえてこない。

 そこでふと土影の血継淘汰を思い出す。

 塵遁……当たった部分を塵と化す防ぎ様のない歴史上二人しか使える者が存在しない特殊な忍術。

 聞いたところによると塵遁は発動時に殆ど音がしないという。

 俺は最悪の事態を想像し、‘魔導師の力’と‘ファイティング・スピリット’、‘突進’をほぼ同時に発動させて壁をぶち抜きながら最短距離を走り抜ける。

 建物内に外まで続く人型のトンネルを作り上げ、地面へ滑る様に着地した俺に幾つもの視線が突き刺さった。

 半分は警戒、もう半分は戸惑いの感情が含まれている様に感じる……前者は土影とその部下で後者は弥彦達だ。

 いち早く我に返った小南が口を開く。

 

 

「ヨミトさん……何故こんな事を?」

「土影が来たって聞いたから……戦いになるかもしれないと思ったら居ても立っても居られなくて」

「心配してくれるのは嬉しいけれど、土影様は別に戦いに来たわけではないわ。

 むしろ「其奴が半蔵を下したヨミトとやらか?」……そうです」

 

 

 彼女の言葉を遮り、配下による制止の声をものともせずにふわふわと浮かびながら此方へ近づいてくる土影。

 見た目小さな老人にしか見えないが、その小さな身体から感じられる強者の気配は半蔵と同等以上である。

 もし一度戦闘になった場合空を自由に飛びながら、防御力無視の塵遁を放つと考えると小さな身体はむしろ利点となるだろう。

 そんな相手が俺の目の前で制止し、ジッと俺の事を観察していた。

 どれ位の間そうしていたのかは分からないが、徐々に土影の表情が訝しげなものに変わっていき、一度首を傾げてから俺に質問を投げ掛ける。

 

 

「お前さん……どうやって半蔵を下した?

 優れた忍でもなく、武術を極めた様なある種の達人というわけでもない。

 先程の動きを見るからに身体能力は異常に高い様じゃが、それだけでどうにかなる程半蔵は甘くないじゃろう」

「運が良かっただけですよ……慢心してくれていなければ今頃俺の方が骸を晒していたと思います」

「答えになってないんじゃが……まぁ構わん、敵対するならその時は消すだけじゃしな。

 で暁の頭目よ、返答は明日の正午までに決めるんじゃぞ?

 それまでじっくり話し合っておく事じゃ」

 

 

 そう言い残して土影一行はその場を後にする。

 彼らの姿が見えなくなると、弥彦達が此方へやってきて去り際に土影が言っていた言葉の意味を教えてくれた。

 土影は暁がここで活動し始めた時から監視していたらしいのだが、特に犯罪行為を行う訳でもなく唯戦いのない平和な世界を目指すという目標のために動く姿を見て、一先ず信用して話をしに来たらしい。

 俺が飛び出してくるまでに話していたことは半蔵と事を構えることになった原因や今後の活動予定などを説明していたのだとか。

 その際に土影から一つの提案があり、それは暁を岩隠れの予備戦力として徴用したいというものだった。

 

 

「予備戦力って、まるで傭兵みたいな扱いだなぁ」

「まんま傭兵だけどな……相手が出してきた条件は資金の援助と暁が戦力を欲した時には土影側からある程度兵を出す事。

 此方に求められたのは防衛戦を行う場合に戦列に加わる事」

「暁は貧乏だから資金はありがたいけど、なんかこっちの得が多くないかい?」

「まぁ確かにそうなんだが、土影が言うには長門の眼が余所に渡って敵に利用されると困るっていうのと、機動力があるが故に各地を飛び回ることが多い自分たちに代わって里の守りに回れる戦力が欲しいというのが理由らしい……なんか他の狙いもあるかもしれないけどな」

「厄介な敵になる前に囲い込んでしまえって考えかぁ……確かに長門の力は反則的な物もあるから気持ちは分からないでもないな」

「……それ僕だけじゃなくヨミトさんにも言える事ですよ?」

 

 

 その言葉に同意する様に周りにいる人間の殆どが首を縦に振っている。

 俺が今までした事なんてそんな大したことじゃないだろうに……ちょっと腕切断された仲間の腕をくっつけたり、‘魔法の筒(マジックシリンダー)’で襲撃者の術を返したりしただけじゃないか。

 前者は医療忍者なら出来るだろうし、後者は長門のチャクラ吸収能力の方が使い勝手が良い。

 能力の中には確かにチートと言わざる得ない様な物もあるけれど、現状長門の輪廻眼以上には活躍してないはずなんだけどな。

 俺は誰か首を縦に振っていない人がいないものかと周囲をもう一度見回してみると一人……小南だけは此方を向いておらず、尚かつ首も振っていなかった。

 其処に一筋の光明を感じ、彼女の下へ走る。

 

 

「小南は分かってくれるよな!」

「……ヨミトさん」

「やっぱり小南は優し「あの壁どうするつもりですか?」……ん?」

 

 

 彼女は確かに俺の方を向いていなかった……彼女はジッと俺がアジトにあけたトンネルを見ていたのだから。

 パラパラと壁の欠片が落ち、壁面には幾つか罅も入っている様だ。

 あれを直すとなるとそこそこな資材と時間が掛かるだろう。

 頭が修繕費などを漠然と計算し始め、一人顔を青ざめさせている最中ゆっくりと小南が振り返り、正に無の表情で俺を処断する。

 

 

「暫く給金三割カットです」

 

 

 俺は無言で膝から崩れ落ちた。

 




抜糸もつつがなく終わりを迎え、後は傷が消えるのを待つばかり
因みに腫瘍を病理に回したら、(分かってはいたが)悪性ではないことが判明して一安心
サイズは2.5cmで取り残しも無いようです……親指の第一関節位の球体だと思えば何とも言えない気分になるね!


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雨雲 その9

 日が落ちるまで土遁を使える人達と共に壁の穴を塞ぐ作業に従事し、きりの良いところ迄終わらせたその次は残っていた書類仕事……全てが終わったのは日付が変わる一時間程前だった。

 凝り固まった肩や腰を回すとバキボキと酷い音が鳴り、仕事の達成感から眠気も徐々に増してきていたので、後片付けもせずに寝室へと向かう。

 廊下は既に明かりを消され、窓から入り込む月明かりだけが道を照らしていた。

 自分の踏む床板の軋む音だけが響くその中を歩いていると、突然轟音と共に建物が揺れ、続々と構成員が部屋から飛び出してくる。

 音の発生源は建物の上層部……長門達の部屋の辺りからであった。

 階段は此処から遠く、今からそこまで走るのは時間のロス以外の何物でもない。

 故に近くの部屋から出てきた者と共に窓から飛んで、上の階へと直接移動したのだがそこは既に大きく様変わりしていた。

 大きく罅が入り一部が崩れた内壁、吹き飛んでいる扉、そして何より酷かったのは長門の部屋だ。

 扉が無くなり見える様になっているそこは既に部屋と呼べる状態ではなかった……一割も残っていない天井に壁の一面も半分以上が無くなっていたのだから。

 

 

 その光景を見て唖然とするが、未だに戦闘音は聞こえている……少しずつこの場から離れてはいるものの、辺りに生えた木々をなぎ倒しながら行われる戦闘は居場所を知らせ続けているので追いかけるのはさほど難しいことではないだろう。

 しかしこの騒ぎで弥彦と小南が此処に居ないことを考えると彼処で長門と共に戦っていると考えて間違いないはずだ……バレずにアジト内(それも上層部)へと侵入するには大人数では不可能に等しいから恐らく小隊以下の人数だろうが、その人数であの三人を同時に相手取って善戦するとなると以前戦った触手男位の腕が無いと厳しい……なら此処に集まった面々が加勢に向かっても犠牲が増えるだけかもしれない。

 そう考えた俺は酷かもしれないが自分の考えと周囲に敵の仲間がいる可能性を伝え、非戦闘員を守る様に言って一人増援に向かう。

 幸い長門同様にチート扱いされていたが故に俺を止めるものも居らず、自らの力不足からか悔しそうに「三人のことを頼みます」と口々に伝えて散開した。

 沢山の思いを背負い、伏せ罠二つに不意打ち対策に‘ファイティング・スピリット’、身体能力強化用に‘魔導師の力’を着けて弾丸の様に飛び立つ。

 

 

 距離が其程離れていなかったこともあり、飛び出してからその場に着くまで十分も掛からなかった。

 そこは木がへし折れ、地面は抉れ、岩は砕けて化す……穏やかな森は激戦区という言葉に相応しい場所へと変貌していた。

 敵の数は長門達と同じく三人、内一人は以前アジトに襲撃を掛けて来た触手男の様だ。

 残り二人の内一人は鎖を武器として使う仮面を着けた男、もう一人は大鎌を手に邪神がどうとか騒いでる関わり合いになりたくないタイプの人間……完全に色物集団なのだが、腕はかなりのものらしい。

 何せ三対三で長門達を押しているのだから、その実力の高さが窺える。

 出来ればもう少し相手の闘い方を見たかったが、戦況から見てのんびり戦力分析している余裕もなさそうなので、丁度小南を斬りつけようとしていた鎌の男を横合いから蹴り飛ばした。

 何度かバウンドしながらも鎌を地面に突き立ててブレーキを掛ける事で20m程で止まったが、ダメージは皆無に等しい様だ。

 その光景を見た五対の視線が俺に突き刺さる。

 

 

「「「ヨミトさん」」」

「あの時の男か……チッ、面倒な相手が増えた」

「半蔵を殺した男には見えんな」

 

 

 忌々しげに此方を見る二人を余所に、此方へ集まった三人に話を聞く。

 幸い相手は此方の出方を窺っている様で、今にも突っ込んで来そうな一人を抑えながら俺との戦闘経験を持つ触手男と話している。

 その間に俺が長門達から聞き出せたのは、仮面の男が突然現れて長門を連れて行こうとしたことと敵の持つ特殊な力。

 どうやら仮面の男は文字通り攻撃が身体を通り抜けるという力を持ち、今俺が吹き飛ばした男は致命傷が致命傷にならない身体らしい……そして触手男は複数心臓を持っていて、それを全て潰さない限り死なない。

 どれも相手にするには厄介な力ばかりで思わず溜息が漏れる。

 それらの情報を聞き終えたとほぼ同時に相手も丁度話が終わったのか鎌男を先頭に仮面触手の順で此方に走ってきた。

 相手が肉体的に不死に近いのならば長門の輪廻眼の力の一つに魂を引っこ抜く力で仕留めることが出来るだろう。

 しかし捕らえて舌を引っこ抜くというアクションが必要なために、一人捕らえたとしても残る二人に邪魔される可能性が極めて高い。

 分断して各個撃破が理想だが、相手の技量も高いためにそう上手くはいかない事が予想できる。

 だから此処は俺が頑張る……既に十の魔法と罠を使ってしまったけれど、まだ30は使えるのだから。

 

 

「墓地に送れないなら隔離してしまえばいい。

 ‘ブラック・コア’発動」

 

 

 小南の放つ紙手裏剣を殆ど回避しない危機感の薄さから鎌男ならきっと対処が遅れると信じていた。

 事実突如眼前に現れた紫電を放つ黒い球体に頭から突っ込んで、そのままズルンと吸い込まれて消える。

 すぐ後ろを走っていた仮面の男が何かしようとしていた様だが、間に合わなかったのか小さく舌打ちして触手男と共にブラック・コアを大きく迂回して此方へ向かう。

 除外ゾーンは一日ごとにリセットされる……どうやってリセットされているかは俺も知らないけれど、一日経てば除外していたものはどんなことをしても場に戻すことは出来ないのだ。

 空間が閉ざされるのか、それとも空間が消滅しているのかは定かではないが、誰もいない空間から永遠に出られなくなる事は死んでいるのと何も変わりはない。

 

 

「日頃から封印術と時空間忍術には気を付けろと言っていたのだがな……馬鹿な男だ」

「また何処かで戦力を補充しなければならないな」

 

 

 仲間が一人消えたにも関わらず全く動揺を見せない二人が鎖と背中から出した触手を振るい攻め立てる。

 長門が斥力でそれらを弾くが、当たる直前で脱力する事で反動を最小限に抑えた上で回り込むように後衛である小南へ攻撃。

 それ単体では当たり所が悪くない限り死ぬ可能性は低いが、激痛と骨折で闘えなくなる可能性も少なからずある。

 ましてや小南は現状紅一点、彼女が戦線離脱することで残る面々の冷静な思考を奪おうという考えもあるのだろう。

 急ぎ触手を切り落とそうとする俺と、鎖を防ごうとする弥彦。

 しかし二つは大きく蛇行し、俺達を避けるように小南を挟撃する。

 そして俺達の目の前で金属と肉の蛇が彼女の身体を刺し貫いた(・・・・・)

 



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雨雲 最終話

 小南を貫いた(・・・)鎖と触手はそのまま一番近くに居た俺へ殺到する。

 恐らく動揺している隙に出来る限り手傷を負わせようという考えなのだろう。

 しかし俺は動揺などしていなかったし、そもそも彼らの攻撃は此方に届かなかった……何故なら貫かれた小南の身体から無数の紙が溢れ出て触手と鎖と辿り敵へと迫っていたからだ。

 俺に向かって進んでいた攻撃は進路を変え、彼女の身体を真っ二つに裂きつつ彼らの手元へ戻る……彼女の紙分身に混ざっていた起爆札というオマケを持って。

 仮面の男は鎖についてきたそれを謎の吸引力を持って仮面の目元に空いていた穴へと吸い込むと何故か爆発することは無かったが、もう一人はものの見事に攻撃に使った触手束ごと爆発し、土煙と共に肉の焼ける嫌な臭いが立ち込める。

 

 

「……やったか?」

「弥彦、それはフラグって奴だと思うよ」

「フラグってなんだ?」

「何かの発動条件とかそう言う意味だって前にヨミトさんが言ってた」

 

 

 二人がそんな暢気な会話をしていると土煙の中から仮面の男が飛び出し、投擲される忍具を透過しながら一直線に長門へと向かっていく。

 原理の分からない敵の能力に弥彦は舌打ちし、ハンドサインを出すと長門が後ろに下がり、弥彦がその前に立って小南が木の上へと移動した。

 おそらく小南が上から絶え間なく起爆札をばらまく事で撃破もしくは長門に近づく事が出来ないよう足止めし、適度弥彦が小南のサポートと長門の護衛をしながら打開策を探るつもりなのだろう。

 俺も弥彦と共に長門の護衛に回ろうとしたが、ふと土煙の中が明るくなっている事に気付いた。

 よく考えると土埃も本来であれば既に無くなっているのが普通……何かがおかしい。

 ふと肉の焼ける臭いと飛び出してこなかった事から運良く複数の心臓ごと爆散したと思っていた触手男の事が思い浮かび、血の気が引く。

 

 

「弥彦! もう一人の奴はまだ生きてる!

 何かしでかすぞ!」

「もう遅い、飛段の仇……というわけではないが面倒な術を持っている貴様は此処で消す」

 

 

 奴が意図的に巻き上げていた土煙が一瞬で吹き飛び、中から半裸でほぼ無傷の触手男が此方に向かってほぼ触手の塊となっている上、先端部分に不気味な三つの仮面のついた右腕を向けていることが分かった。

 仮面の口部分にはそれぞれ火遁、風遁、雷遁のチャクラによって作られたバスケットボール大のチャクラ球が存在しており、それらがほぼ同時に俺に向けて放たれる。

 それらは高速で螺旋状の軌跡を描きながら合体し、紫電の走る白い火球となって俺を焼き尽くさんと襲いかかる……混ざり物のない白い炎の温度はおよそ5000℃~8000℃、マグマがおよそ1000℃という事から当たれば骨も残さず蒸発するだろう。

 実際其処まで温度が高ければ周囲の気温も大変な事になるはずなので、別の要因……恐らく雷遁辺りが影響しているのだと思うが、それでも当たれば唯では済まないのは容易に想像できる。

 弾速が速いため躱すことできない上に、そもそも躱せば射線上にあるアジトが消し飛ぶかもしれない。

 故に此方も虎の子の一つを使う事にした。

 

 

「お前の失敗は弥彦や小南ではなく、俺を狙った事だ。

 罠発動‘魔法の筒(マジックシリンダー)’……返すよ、お釣りはいらない」

 

 

 俺の眼前に現れたのは朱と金と黒で装飾された2m程の二本の筒。

 火球はその片方に吸い込まれるように入り、もう片方の筒から逆のベクトルで射出される。

 魔法の筒という罠は初期に登場したカードであり、使い勝手の良い効果から当時かなりの人気を博したものだ。

 その効果は相手の攻撃を無効化し、その攻撃力分のダメージを相手に与えるという単純で強力な物。

 この世界で使用した場合は飛び道具等のならば先程の火球と同じ様に片方の筒から入ってもう片方の筒から相手に向かって飛んで行くし、打撃等であれば片方の筒の先端に見えない壁が現れて衝撃を吸収した後でもう片方の筒から同威力の衝撃波が飛んで行く効果が発動する。

 

 

 敵もまさか術が返ってくるとは想像していなかったらしく、一瞬呆然としていたが瞬時に我に返って背中から触手で出来た人型を三体だして、それの顔に当たる部分に腕についていた仮面を着けた。

 すると三体は男を守る様に前へ立ち、それぞれが火遁風遁雷遁を使って自らが生み出した三属性混合忍術を相殺しようとするが、込められたチャクラ量と練りが足りないためか僅かに勢いを減衰させることしかできず、敢え無く着弾。

 円柱状に高々と白い炎が広がっていき、三体は塵一つ残さず焼失した。

 本体である触手男は勢いが弱まった隙に退避したのか少し離れた位置で此方を睨み付けながら仮面の男へ合流しようと動いている。

 ならば俺もとばかりに弥彦達と合流すべく足を動かす。

 勿論移動しながらも触手男は土遁、水遁等を使ってきたが返される事を懸念してか出の速い術は使用せず、筒に入らないような足止めをメインとした術を放ってくる。

 俺も場所が森であるが故に‘昼夜の大火事’等の魔法が使えず、相手の使ってくる術が邪魔で身体能力をフルに発揮出来ないでいた。

 その結果互いに殆どダメージの無いまま合流する事になる。

 

 

 どうやら弥彦達も多少疲労は見えるものの大きな怪我を負った様子は無くて安心したが、相手の姿を見て驚いた。

 服に解れすらない全くの無傷……疲れている様子もない。

 この三人を同時に相手したら五影でも無傷ではいられるかどうか分からないと言うのに……何者だあの仮面の男は?

 とりあえず敵の動向に気を付けつつ、牽制に仮面の男に向かって‘ブラック・コア’を放つが二度目だけあって文字通り牽制の役割しか成さなかった。

 その一手を切っ掛けに敵側も合流を果たし、俺が相手をしていた男が仮面の男に何かを話している様だ。

 意図せぬ一時休戦にこれ幸いと、俺は手持ちの起爆札を小南へと渡し、手裏剣やクナイなどの忍具を弥彦へ渡す。

 恐らく俺よりは有効活用してくれるだろう。

 それにしても仮面の男の能力が厄介すぎて活路が見いだせない……一応肉体に起因する血継限界の特殊能力を封じる手はあるんだが、これは味方も効果を受けてしまう。

 そうなれば長門と小南の戦力ダウンは必然、単純な技量は相手の方が上だから逆に厳しい戦いになってしまうかもしれない。

 頭の中を幾つもの作戦が浮かんでは棄却されていく中、仮面の男が此方へ話しかけてくる。

 

 

「正直お前達を甘く見ていた……このまま続けても輪廻眼を取ることは可能だが、既に飛段を失い、角都も命を三つ消費している。

 これ以上の損失は俺としても本意ではない」

「ならどうするって言うんだ?

 ごめんなさいじゃ無かった事にはならないぞ?」

「此処は一旦退くとしよう……此方も少し準備が必要なようだしな。

 それとヨミトといったな……半蔵を仕留めたとは聞いていたが、これほどまでに厄介だとは思っていなかったぞ?

 面白い力を持っているようだが、貴様は確実に邪魔になる。

 必ず消す」

 

 

 そう言って仮面の男は角都と呼んだ男の肩に手を置き、二人揃って仮面に空いた穴へと一瞬で吸い込まれて消え去った。

 後に残ったのは無残に荒れた森と俺達の少しだけ乱れた息遣いのみ。

 

 

 この一件を期に弥彦達は力不足を感じ、より激しい修練を積んで一人一人に二つ名がつく程に有名になり、組織の規模も大きくなった。

 俺も同様に自らの能力の把握に尽力し、能力を使用した連携を弥彦達と試行錯誤したりしていく。

 いずれ来る再戦の時に備えて、俺達は牙を研ぎ続ける……仲間のため、皆で明るい未来を迎えるために俺達は負けない。

 俺達は‘暁’、明けない夜が無い様に最後には夢を勝ち取ってみせよう。

 




俺達の冒険はこれからだEND
外伝もこれで一段落、少しリアルの事情で忙しくなるので執筆から離れることになりますが、モチベがあふれたら時間を無理やり作って戻ってきます
それではまたいつか何処かで


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