キテレツ大百科 ハルケギニア旅行記 (月に吠えるもの)
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異世界旅行記! ハルケギニアへ殴りこみ!

♪ お料理行進曲(間奏)

コロ助「た、たいへんナリーっ! 五月ちゃんが光る鏡に吸い込まれてしまったナリーっ!」

キテレツ「あの鏡は、どうやら僕達の世界とは違う異世界に繋がってるらしいんだ」

コロ助「い、異世界ってどんなところナリか?」

キテレツ「それがそこではメイジっていう魔法使いがいるんだ。その人達は使い魔を召喚して自分のパートナーにするんだって」

コロ助「キテレツ! 早くみんなで五月ちゃんを助けに行くナリよっ!」

キテレツ「次回、異世界旅行記! ハルケギニアへ殴りこみ!」

コロ助「絶対見るナリよ♪」



ある春の晴れた日の表野町。学校のチャイムが午後の授業の終わりを告げます。

下校するのは五人組の小学生達。学校帰りのキテレツ達は仲良くお喋りをしながら楽しそうにしていました。

 

「へへっ、明日からトコロテンウィークだな。楽しみだぜ」

「ゴールデンウィークでしょ……」

 

毎度毎度のブタゴリラの天然ボケに、トンガリは呆れた様子です。

 

「キテレツ君達は連休中、キャンプへ行くんでしょう?」

「うん。勉三さんと一緒にね」

「五月ちゃんはゴールデンウィークもお芝居があるんでしょう? 大変ね……」

 

みよ子の言葉に五月は頷きます。

五月は、地方を巡りながらお芝居を披露する花丸菊之丞一座の看板役者です。

そのため転校はしょっちゅうであり、長くても2ヶ月くらいしか一緒にいられません。この表野町にも何度となく戻ってきてはキテレツ達の小学校へ編入しています。

 

「せっかくの連休なのにお芝居だなんて可哀相だよ。一日くらいは他の人に代わってもらって休みをもらうとか……」

「そういうわけにはいかないよ……」

 

トンガリは五月を気遣いますが、五月は切なそうに苦笑します。

本当は五月だって、友達と一緒に楽しい思い出を築きたいのです。しかし、役者も大事な仕事です。

 

「キテレツぅ。キテレツの発明で何とかできない?」

「う~ん。そう言われてもなあ……」

 

キテレツはこれまでも様々な発明品を作っては色々な不可能を実現してきたのです。

そんなキテレツはみんなから大きな信頼を寄せられています。トンガリもキテレツの発明品ならば何とかできると頼っているのでした。

 

「五月ちゃん。お芝居は連休のいつにやるの?」

「うん。連休の始めから三日間。午後から夕方までに二回、公演があるの」

 

どうやら、みよ子は何かを思いついたようです。

 

「ねえ、キテレツ君。天狗の抜け穴を使えば、五月ちゃんもキャンプに来られるんじゃないかしら」

「それだよ! 天狗の抜け穴を使って、お芝居の時間だけ戻ればいいんだ!」

 

キテレツの発明品、天狗の抜け穴は遠く離れた場所からでも瞬時に移動できるというもの。

以前に五月が運動会の綱引きに出た時も、その発明が役に立ったのでした。

 

「よっしゃ! 決まりだ! キテレツ! 帰ったら、天狗の抜け穴を用意しておけ!」

「うん。分かった。すぐに準備をしておくよ」

「わーい! 五月ちゃんと一緒にキャンプへ行けるんだ!」

 

男性陣が喜ぶ中、五月も嬉しそうに笑います。

転校すればいつも独りぼっちになってしまう五月にとって、友達と楽しく過ごせる時間は充実なひと時なのです。

特にこの表野町でできた友達は五月には最高の友達です。だから、次の転校までにたくさんの思い出を作ろうとしていました。

 

「あ、見て。あれ、コロちゃんじゃない?」

「あいつ、何あんなに慌ててるんだ?」

 

みよ子が指を差した先には、キテレツの弟分であるからくりロボット、コロ助がいるではありませんか。

 

「キテレツ! キテレツーっ!」

「どうしたんだ? そんなに慌てて」

 

何やら慌てた様子で走ってきたコロ助はキテレツの元へとやってきます。

 

「勉三さんがまたユキさんにふられたのか?」

「違うナリ! とにかく家へ来て欲しいナリーっ!」

 

ブタゴリラの冗談には耳を貸さず、コロ助はキテレツを引っ張ります。

何やら、ただ事ではないようです。キテレツは急いで家へ戻り、他の四人もついてきます。

キテレツのママはどうやらお出かけのようで、家にはいません。

 

「どうしたんだよ、一体」

「いいから来るナリ!」

 

コロ助に引っ張られてやってきたのは、キテレツの家の庭です。

 

「な、何だこりゃ!?」

 

ブタゴリラはもちろん、キテレツもトンガリもみよ子も五月も、庭にある光景を目にして驚きます。

何とそこには、不思議な光を放つ大きな鏡が浮かんでいるではありませんか。

 

「な、何なんだ! これは!」

「ワガハイも知らないナリ……外から戻ってきたら、いつの間にかここにあったナリよ……」

 

キテレツの足元に縋りつくコロ助は困惑しています。それはキテレツ達も同じです。

 

「一体、何なのかしら……これ……」

「五月ちゃん! 危ないよ、近づいちゃ!」

 

戸惑いつつも好奇心を湧かせていた五月は光の鏡に近づきますが、トンガリは呼び止めます。

 

「よ、よせよ! 五月! そいつはきっと、あの世への入り口だ! 吸い込まれちまうぞ!」

 

ブタゴリラは以前、自分の先祖のお墓参りへ行った際、似たような体験をしてあの世へ行ってしまったことがあるのです。

 

「え?」

 

五月がそっと手を伸ばして振り向いた、その時です。

 

「きゃあっ!」

 

突然、光の鏡が五月の手を飲み込みだしたのです。五月は突然のことに持っていたカバンを落としてしまいます。

その場で足を踏ん張りますが、光の鏡は五月を吸い込もうと引き寄せていきました。

 

「五月ちゃん!」

「五月!」

 

ブタゴリラとトンガリは慌てて五月のもう片方の腕を掴んで引き戻そうとしますが、光の鏡の方が力が強くて逆にブタゴリラ達まで引き寄せられてしまいます。

 

「ううぅ……!」

「トンガリ! もっと強く引っ張れよ!」

「引っ張ってるよーっ!」

「ふんぬぬぬぬぬ……!」

 

キテレツとみよ子、そしてコロ助までもが力いっぱいに引っ張りますが、五月の腕を掴んでいるブタゴリラの手から徐々に抜けていきます。そして――

 

「うわあっ!」

 

スッポリとブタゴリラの手から五月の腕が抜けてしまい、五人は勢いあまって後ろに倒れてしまいました。

そして、五月は光の鏡に飲み込まれてしまい、そのまま鏡もろとも消えてしまいました。

 

「あああ……」

「さ、五月ちゃんが……」

「鏡にく、食われちまった……」

「そんな……」

「あわあわあわあわ……」

 

一同は地面に倒れこんだまま、愕然とするしかありませんでした。

 

 

 

 

そこはハルケギニアと呼ばれる地の、トリステイン魔法学院という場所での出来事でした。

ここでは今、二年生進級のための試験が行われており、生徒達は学院の外の草原に集まっていました。

 

「ゼロのルイズが魔法を成功させたのか!?」

「いや、まだ召喚自体はされてないからあれじゃ成功とは呼べないな」

「何が召喚されるのか見ものだよ」

 

鳥や猫などの動物、果てはマンティコアやサラマンダーといった幻獣と戯れている生徒達の視線は一人の少女へと集まっていました。

 

「早く! 早く出てきなさいよ! あたしの使い魔!」

「焦ってはいけませんよ、ミス・ヴァリエール。このゲートを潜るかどうかは向こう次第ですからね」

 

声を上げる桃色の髪の少女・ルイズを禿げ頭の中年教師・コルベールが落ち着かせます。

二人の目の前には、光を放つ大きな鏡が浮かんでいました。

 

今、ここで行われているのは使い魔召喚の儀。それはルイズはもちろんのこと、他の生徒達にとっても自分のパートナーを呼び出すための大切な行事なのです。

既に他の生徒達は様々な動物を召喚していますが、最後の番となったルイズにはまだ使い魔はいません。

それは今、これからこの光の鏡・ゲートから出てくるのですから。

 

「おっ、何か出てくるぞ!」

 

召喚のゲートはさらに強い光を放ち始めます。ルイズは期待に満ちた表情でゲートに見入っていました。

鳥が出るのか猫が出るのか、出来ることなら幻獣が出てくることを望んでいます。

 

「――きゃああああっ!」

「きゃあっ!」

 

悲鳴と共にゲートから飛び出てきたものは勢いのままにルイズとぶつかり、のしかかってしまいます。

 

「いった~……! ……な! 何なのよ! あんたは!」

 

体を起こしたルイズは自分にぶつかった召喚されたものを目にして驚きます。

それは黒髪をショートカットにした、ルイズと同い年のように見える少女――五月でした。

 

「何? ここ、どこなの?」

 

五月は辺りを見回して、さっきまで自分がいたキテレツの家の庭ではないことに戸惑います。

 

「ちょっと! いい加減、早くどきなさいよ! 重いじゃない!」

 

ルイズは自分の上にいる五月に向かって怒鳴ります。

 

「あ、ごめんなさい。……大丈夫?」

 

立ち上がった五月はルイズに手を差し出し、起き上がらせました。

ルイズは自分より背の高い五月を僅かに見上げて不満そうな顔を浮かべています。

 

「見ろよ! ゼロのルイズの奴、平民を召喚しやがったぜ!」

「こりゃあ傑作だ!」

「ゼロのルイズにはお似合いだな!」

 

周りの生徒達は爆笑しながらルイズをはやし立てだします。

その声を耳にするルイズは、目の前にいる召喚された五月を目にして顔をヒクつかせていました。

 

「こ、これが……あたしの……使い魔?」

「これは何と……」

 

傍にやってきたコルベールは物珍しそうに五月に見入っています。

 

「ミスタ・コルベール! 召喚のやり直しを要求します!」

「残念だが、それはできません。使い魔召喚の儀式は神聖なものです。やり直しは認められません」

「しかし、人間を使い魔にするなんて聞いたことがありません!」

 

ルイズは呆然としている五月を指差して癇癪を上げ、抗議をしていました。

五月は自分の身に何が起こったのか、何の話をしているのかさっぱり分からず困惑しています。

 

「まあ……確かにこれは前例のないことです。ですが、何であれ君はサモン・サーヴァントには成功したのです。ならば次の召喚のためにはどうすれば良いか……分かっていますね?」

「そ、それは……そうです、けど」

 

ルイズは困惑したようにちらりと五月の顔を見やります。

 

「とにかく、召喚の儀はこれで終わりです。さあ! これにて解散です! みんなも学院へ戻りなさい!」

 

コルベールが周りに呼びかけると、生徒達は自分の召喚した使い魔と共に次々に学院へ向かいます。

中には宙に体を浮かべ、空を飛んでいくものまでいます。

しかし、赤い髪と青い髪をした二人の少女だけは残っていました。この二人はサラマンダーと風竜を使い魔として召喚しています。

 

「嘘……? 空を飛んでる!?」

 

五月はその光景を目にして驚きました。

キテレツの発明品でもなければできない魔法みたいなことを、ここにいる人達は簡単にやってのけているのですから。

 

「驚かせてしまったようだね。見た所、君は平民のようだが……名前を伺おう。私はここの教師のジャン・コルベールだ」

 

コルベールは五月に近づくと、穏やかに語りかけます。傍にいるルイズは不満の表情を変えません。

 

「五月……花丸五月です」

 

一体ここがどこなのか、この人達は誰なのか。何も分からないままでしたが、五月は自分の名を名乗りました。

 

 

 

 

一方、ここはキテレツの部屋。五月が光の鏡に吸い込まれてしまった後、キテレツ達はここに集まってきたのでした。

 

「わ~~~ん!! 五月ちゃんが~~~っ!!」

 

トンガリは床に頭をくっつけるほどに沈み込んで号泣していました。

 

「五月ちゃん、一体どこに消えてしまったの?」

「まさか、この間のブタゴリラみたいにあの世に……」

「縁起でもないこと言うんじゃねえ!」

 

ブタゴリラはコロ助の頭を小突きます。

 

「でも、五月ちゃんが異次元空間へ入っちゃったっていうのは間違いないよ。あの鏡が異次元への入り口だったんだ」

「キテレツ! 五月ちゃんを助けてよ! お願い~~っ!!」

「うわぁ!」

 

トンガリはキテレツに縋り付いて体を激しく揺すります。

ガールフレンドであり、一途に惚れているトンガリはこのまま五月を放っておくことなんてできないのです。

頼りになるのはキテレツだけでした。

 

「航時機でも何でも良いからさ! キテレツの発明品で何とかしてえ~~っ!」

「航時機は時間を移動するだけだから無理だよ! 落ち着いて!」

 

キテレツは半狂乱のトンガリを押し出し、離しました。

しかし、何とかして五月を助けにいかなければなりません。どうすれば良いのかキテレツは考えます。

 

「キテレツ君! この間の冥府刀、あれが使えるんじゃない?」

「そうか! あれなら、異次元へ行くことができるよ!」

 

キテレツの発明品――冥府刀、またの名を異次元刀とも呼ばれるそれはキテレツ達のいる世界と別の世界とを繋げることができるものです。

以前、ブタゴリラが誤ってあの世へ行ってしまった時に――本人達は忘れてしまっていますが異次元へ迷いこんだみよ子を助けに行った時も――役立っていました。

 

「よっしゃ! そうと決まったら、五月を助けに異次元へ殴りこみだぜ!」

 

ブタゴリラは張り切った様子でキテレツの部屋を後にしようとします。

 

「どこ行くのさ! ブタゴリラ?」

「異次元へ行くんだから、色々と準備するもんがあるだろ! キテレツも色々と準備しておけよ!」

 

呼び止めてきたトンガリにブタゴリラはそう答え、キテレツに告げます。

 

「準備って?」

「この間みたいにあの世で化け物に会っても大丈夫なように、お前の発明品をあるだけ持って行くんだよ。俺も準備をしてくるぜ! 備えあれば嬉しいなって言うだろうが!」

「備えあれば憂いなし、でしょ?」

 

トンガリはこんな時でもブタゴリラに突っ込みました。

あの世へ行った時には思い出すも恐ろしい化け物達に襲われたことをキテレツ達は忘れていません。

キテレツの発明品はどれも便利なものばかりなのですから、色々と持って行ければ必ず役に立つはずです。

 

「分かった。コロ助! 如意光を出してくれ!」

「了解ナリ!」

 

キテレツは忙しなく部屋の中を動き回り、コロ助も張り切った様子で押入れの中を探りだしました。

 

 

 

 

「そんな話が信じられるわけないでしょう?」

 

怪訝そうにするルイズは腕を組んだまま自分のことを話していた五月を睨みつけます。

 

「わたしだって信じられないよ。……いきなり、こんな場所に呼び出されるなんて」

 

五月も困惑したままルイズを見返します。

先ほどコルベールから今、自分に何が起きたのかを説明され、五月は半信半疑でした。

ここはハルケギニアという聞いたこともない場所で、自分はルイズという少女に魔法で呼び出されたというのです。

ルイズ達は魔法学院の生徒であり、進級のための儀式を行っていたのです。

 

(わたし、ファンタジーの世界にやってきちゃったのかな)

 

五月はルイズ達が魔法使いであることに驚き、自分はファンタジーの世界に迷い込んでしまったのかと思っていました。

 

「あんたのその、オモテノマチ……だっけ? そんな町、聞いたこともないわ。あんた、一体どんな田舎から来たのよ……」

「そんな田舎でもないよ。それより早く、わたしを元の場所に帰してください。みんなも心配してるだろうし……」

 

五月はコルベールに懇願しますが、コルベールは困った顔をしています。

 

「申し訳ないのだが……召喚したものを送り返す魔法はないのだよ。サモン・サーヴァントは一方通行でね……」

「そんな……」

 

コルベールの言葉に五月の顔は青くなりました。

つまり、五月が自力で帰ることはおろかルイズ達の力であっても元の場所には帰れないというのです。

いきなり訳の分からない場所へ連れて来られてしまい、帰ることはできないなんて冗談ではありません。

 

「帰れないじゃ困ります! 私にはお母さんやお父さんだっているのに、勝手に呼び出しておいてそんな無責任な……」

 

必死にコルベールに食いつきますが、コルベールも弱った様子。

 

「君には本当に申し訳ないと思っている。何分、人間が召喚されるのは始めての事例でね……」

「あたしだって、あんたなんかを召喚なんてしたくなかったわよ!」

 

突然、ルイズは喚くように大声を上げました。

 

「本当だったら、キュルケやタバサみたいな幻獣とか……動物とかを召喚したかったわよ! なのに、あんたが勝手に……」

 

この場に残っていた二人の生徒の方へ悔しそうに視線を流し、きっと五月を睨みました。

 

「勝手にって……そんな言い方はないと思うわ」

「何ですって!? 平民のくせに――」

「待ちたまえ、ミス・ヴァリエール。今はサツキ君を責めている場合ではない」

 

いざこざになりそうだった所をコルベールが仲裁します。

 

「我々も出来る限り、君を送り返す方法を探してみるよ。だからそれまでは、どうか彼女の使い魔となって欲しいのだ」

「そんな……急に言われても……」

「使い魔を持たなければ、彼女は進級できないんだよ。これは彼女の一生に関わる問題なんだ。だから彼女と儀式をしてくれないかね?」

 

ルイズを指しながらコルベールは言いますが、五月はますます困り果てます。いきなり訳の分からない場所に連れてこられて魔法使いの召使いになってくれだなんて。

しかし、ルイズの使い魔とやらにならなければ彼女は彼女で困ってしまうというのも困りものでした。

 

「あんたが契約してくれるって言うんならあんたには衣食住の保障くらいはちゃんとしてあげるわ。第一、あんたは帰れないんでしょう? だったら、あたしと契約をしておいた方がお互いの為になるはずよ」

 

ルイズはつんとしたまま五月に言い放ちます。しかし、五月は深呼吸をして気丈にルイズを見返すと、こう言い返しました。

 

「たぶん……それはないと思うわ」

「何ですって?」

「確かにわたしは一人じゃ帰れないわ。でも、きっと助けが来ると思うの」

 

五月のその言葉にルイズもコルベールも、そして残っていた赤い髪の生徒・キュルケまでもが首を傾げます。

 

「助けが来るとは……どういうことかね」

「何かアテでもあるっていうの?」

「うん。わたしの友達が、きっと心配して助けに来ると思うわ」

 

五月は自分の友達を信じていました。トンガリもブタゴリラも、みよ子もキテレツも、そしてコロ助もきっと自分を助けようとしてくれるはずです。

特にキテレツは不思議な発明品で色々なことを解決してきました。キテレツの発明品でこちらにやってきて、きっと自分を探しに来てくれる――五月は信じていました。

 

「助けが来るって……そんなの、そんなの認めないわ!」

 

ルイズは声を上げると、五月の胸に杖を突きつけました。

 

「あんたはあたしの使い魔よ! 絶対にどこへも行かせないわ!」

「こらこら、やめたまえ。ミス・ヴァリエール。……しかし、困ったものだな」

 

コルベールは髪のない頭を掻いて深く考え込みます。教師生活二十年において初めての事例に直面し、自分はこの案件をどうするべきか……。

 

「……仕方がありませんね。学院長と相談してみることにします。ミス・ヴァリエールの進級と君の処遇については後々伝えることにしましょう。ひとまずサツキ君、君も我々と一緒に来なさい」

「はい……」

 

この件はつまり保留ということに収まったようです。コルベール達四人の魔法使いに連れられ、五月は魔法学院へと足を踏み入れることになりました。

 

 

 

 

一度家に戻っていたブタゴリラは荷物が詰まったリュックを背負ってキテレツの家へと再びやってきました。

 

「あら、熊田君。英一はもう帰ってきてるのかしら」

「こんちわ! おばさん! おじゃまします!」

 

ちょうど家の前で買い物から帰ってきたキテレツのママと鉢合わせになりましたが、軽く挨拶をすると庭の方へ走っていきました。

庭ではもうキテレツ達が集まっています。

 

「遅いナリ! ブタゴリラ!」

 

風呂敷を背負っているコロ助はプンプンと怒っています。

 

「悪い、悪い! 用意に手間取っちまってな! で、キテレツ! 発明品は?」

「うん。使えそうなものは全部この中に小さくしてあるよ」

「如意光はワガハイのお守り代わりナリ♪」

 

キテレツもリュックを背負い、片手にケースを持っていました。中にはこれまでに作ってきた発明品の数々が入っているのです。

コロ助の風呂敷の中にもいくらか入っています。

 

「ところでブタゴリラ君は何を持ってきたの?」

「ああ、もしかしたら向こうで皿洗いをするかもしれないからな!」

「サバイバルのことでしょ? やっぱり野菜?」

 

トンガリの呆れた突っ込みにブタゴリラは得意げです。

八百屋の息子たるもの、如何なる時でも野菜は持ち歩くのが本人のモットーでした。

 

「キテレツ! 早速、向こうへ殴りこみだ!」

「うん! コロ助、冥府刀を!」

「はいナリ!」

 

コロ助は風呂敷の中から小さな刀を取り出し、キテレツに渡します。

これが異次元への扉を開く、キテレツの祖先・奇天烈斎の発明品・冥府刀です。

 

「行くぞ! 冥府刀、スイッチオン!」

 

冥府刀の柄頭にあるスイッチを回すと、刀身が赤く光りだしました。

 

「えいっ!」

 

冥府刀を掲げるキテレツは何もない空間――五月を吸い込んでしまった光の鏡があった場所を切りつけます。

すると、パックリと空間に大きな裂け目が出来上がります。光り輝くその裂け目は形を変え、あっという間にあの光の鏡と同じになりました。

 

「な、何か緊張するわ……」

「五月ちゃんがこの中に……」

 

みよ子もトンガリも光の鏡を前にして不安のようです。

 

「つべこべ言ってないで行くぞ!」

「うん、行こう!」

 

ブタゴリラとキテレツは誰よりも早く、恐れずに光の鏡へと飛び込んでいきました。

 

「あっ! キテレツ! ブタゴリラ!」

 

続いてコロ助も慌てて光の鏡に飛び込みます。

 

「僕……やっぱり、怖いな……」

「今さら何言ってるの! 五月ちゃんを助けに行くんでしょう!? あたし達も行くわよ!」

 

怖気づいたトンガリの腕を引っ張り、ついにみよ子達も飛び込みます。

 

「うわああああ~~~っ!」

「ママああぁぁ~~~っ!!」

 

絶叫を上げる五人は不思議な光の空間の中を、上も下も分からないままに流されていきました。



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トリスタニア捜索! 五月ちゃんを求めて

♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「ファンタジーの世界って、思っていたよりのんびりしているナリね」

キテレツ「呑気なこと言ってる場合じゃないよ。どんな世界でも危険はいっぱいなんだから」

コロ助「ワガハイ、みよちゃんと一緒に人さらいにさらわれてしまったナリ」

キテレツ「知らない人に話しかけられてついていっちゃ駄目だろ!」

コロ助「申し訳ないナリ……」

キテレツ「次回、トリスタニア捜索! 五月ちゃんを求めて」

コロ助「絶対見るナリよ♪」



コルベールに魔法学院へと連れられた五月はひとまず、寮塔のルイズの部屋へと招かれました。

コルベールは魔法学院の責任者、オスマン学院長と話し合い、ルイズと五月をどうするかを決めるのです。

 

「何であんた達まであたしの部屋にいるのよ!」

「あら、いいじゃない。ゼロのルイズが召喚した使い魔がどんなものなのかを見るくらい」

 

部屋の主のルイズはベッドに両腕と足を組み腰掛けたまま怒鳴りました。しかし、壁に寄りかかったままのキュルケはルイズの怒りを軽くいなします。

 

「使い魔って……まだわたしはこの子の使い魔になるって決まったわけじゃ……」

 

膝に手を置いて行儀よく椅子に座る五月は戸惑いながら答えます。

 

「この子って……あんた、平民が貴族に向かってそんな口を聞いて良いと思ってるの?」

「そういえば、貴族とか平民とか言っていたけど……ここってもしかしてヨーロッパなのかしら?」

 

五月はルイズ達の身なりや物言いなどから、自分がずっと昔の世界へとタイムスリップしてしまったのかという考えも抱き始めていました。

タイムトラベル自体は前にキテレツ達と一緒に日本の平安時代へと行ったことがあるのです。

 

「ヨーロッパ? 何よそれ? どこの国? そんなの知らないわよ。とにかくあんたが平民である以上、貴族のあたしに気安く声をかけることは許さないわ」

「あ~ら、良いじゃないの。わたしは別に気安く声をかけてくれたって構わないわ。自己紹介が遅れたわね、わたしはキュルケ・フォン・ツェルプストーよ。よろしくね、サツキ」

「はい。こちらこそ」

 

気さくに話しかけてくるお姉さんのキュルケに五月は微笑みます。しかし、ルイズは不機嫌なままです。

訳あって、ルイズはキュルケとはあまり仲が良くはありません。キュルケが今、ここにいるというだけで不愉快を感じるほどなのですから。

 

「それからこの子はわたしの友達のタバサよ」

 

キュルケの隣には青い髪の眼鏡をかけた少女が杖を抱えたまま静かに本を読んでいます。

しかし、タバサは本から視線を外さないまま挨拶もしません。

 

(何だか寂しそう)

 

タバサの顔と瞳を見て、五月は自然とそのような印象を抱きました。

 

「きゅるきゅる」

「ああ、それとこれがわたしの使い魔のサラマンダー・フレイムよ」

 

キュルケの足元で体を伏せたまま喉を鳴らしているのは大きなトカゲです。尻尾の先に火を灯し、口からは炎の吐息を漏らしています。

 

「へぇ、可愛い」

「あら、あなたにはこの子の良い所が分かるようね」

 

意外にもイグアナや恐竜といった爬虫類などが好きな五月にはサラマンダーは心をくすぐられるようです。

五月が頭を撫でてやるとフレイムは気持ち良さそうにきゅるきゅると鳴きます。

 

「いい加減にしなさいよ! あんた達ぃ!」

 

そんな様を見つめていたルイズは、イライラとしていましたがついに堪忍袋の緒が切れたように憤慨しました。

 

「あたしの進級がかかっているっていうのに、他人事みたいに呑気にして!」

 

そうです。ルイズがここまでイラついているのは、自分の合否の結果についてでした。

使い魔の召喚自体はできましたが契約はまだしていません。二年生に進級するためには平民であろうとルイズは召喚した五月と契約をしなければならないのです。

しかし、五月は契約をする気はないようですし、しかも自分のいた場所に帰ろうとしているのです。

そうなってしまえばルイズは使い魔を持つことができず、落第してしまうのです。……それは、ルイズにとっては最悪の未来です。

 

「大体、あんたが大人しく契約をしないから悪いのよ! あんたが使い魔になっていれば……こんなことには……!」

 

五月を睨みつけるルイズの目には、涙がじわりと浮かび上がっていました。

 

「ルイズちゃんには悪いとは思ってるわ。でも……わたしにだって自分の生活や仕事もあるし、ずっとあなたの使い魔になるっていうわけにはいかないの」

 

あくまで五月は一生ルイズの使い魔になる気はありません。見知らぬ場所にいきなり連れてこられてそれまでの生活を全て捨てるなんてことはできません。

ましてまだ五月は小学五年生なのです。転校を何度も繰り返して、生活の環境が変わることは慣れていますが、それも程度というものがあります。

 

「そういえば、サツキってオモテノマチって所から来たって言ってたわよね。仕事って何をやってるの?」

「うん。わたしの家、一座をやっていて色々な町を周りながらお芝居をしてるの」

「ふ~ん。旅芸人の一家……面白そうじゃないの」

 

キュルケは五月の話に、興味津々といった雰囲気です。五月も屈託なく話をしてくれるキュルケとすっかり打ち解けていました。

しかし、ルイズは相変わらず顰め面でそっぽを向いています。

 

「あんたが何をやっていたにせよ、勝手に帰るなんてことは認めないからね。絶対に!」

 

せっかく自分が召喚した相手は平民。しかもその平民は自分との使い魔の契約を拒み、帰ろうとしているのです。

自分の言うことをまるで聞いてくれないという光景と現実に、気位の高いルイズは納得できませんでした。

 

「困ったなぁ……」

 

対する五月も、ルイズがここまで使い魔の存在に固執することに困惑していました。

そんな中――

 

「ミス・ヴァリエール。オスマン学院長がお呼びでございます。至急、学院長室へ来てください」

 

コンコン、と扉をノックする音と共に外から女性の声が聞こえます。

その声を聞いた途端、ルイズの顔から表情が消えていきました。ついにこの時が来たか、といった顔です。

 

「……何やってるのよ! とっとと付いてきなさいよ!」

 

癇癪をあげるルイズに五月も立ち上がり、後ろを付いていきます。

扉を開けると、そこには緑髪の眼鏡をかけた綺麗な女性が立っていました。学院長の秘書を勤めるミス・ロングビルです。

 

「ちゃんと進級できることを祈ってるわ。ルイズ~」

 

からからと手を振りながらキュルケはルイズ達を見送ります。しかし、ルイズは肩越しにキュルケを睨みつけていました。

 

 

 

 

魔法学院の中央に立つ一番大きな塔の最上階に学院長室があります。

ルイズ達はロングビルの後ろについて長い長い階段を上がっていき、目的の部屋へ辿り着きます。

 

「オスマン学院長。ミス・ヴァリエールをお連れしました」

「うむ。入りたまえ」

 

部屋の中から声がかかり、ルイズ達は中に足を踏み入れます。

 

「失礼します」

 

ルイズはしっかり入室の挨拶をして入室し、五月も後に続きます。

部屋の奥の大机の前にはコルベールが待っていました。

そして、机で席についているのは立派な髭を蓄えたおじいさんです。

 

「ほう。この子が、ミス・ヴァリエールが召喚した平民の少女とな?」

「はい。ハナマル・サツキと言うそうです」

「うむ。お初にお目にかかるの。ワシがこのトリステイン魔法学院の長、オスマンじゃ。人はオールド・オスマンと呼んでおる」

 

コルベールに一度確認を取ったオスマン学院長は五月と向かい合い、自己紹介をします。

 

「さて……ワシも教師を続けて色んな生徒やその使い魔達を見てきたものじゃが、人間が召喚されるとは前代未聞の事態じゃ」

 

水ギセルをふかしながら喋るオスマンはどこか飄々としています。

しかし、そんな態度に対してルイズはガチガチに固まったままです。

 

「サツキくん、と言ったの? 聞けば君は、遠い所からミス・ヴァリエールにこうして呼び出されたわけなのじゃが……どうしても使い魔になる気はないのだね?」

「はい。わたしのお母さんもお父さんも、友達もみんな心配しているでしょうから」

 

オスマンの問いに対して五月はきっぱりと自分の本心を答えます。

 

「しかし、君の故郷は恐らくここより遥か遠い異国であろう。自分の力のみで帰ることが果たしてできるものかね?」

「わたしだけじゃ無理です。帰る道も分からないし、そもそもここがどこなのかすら分からないんです」

「それでも君は、自分の故郷に帰ると言うのだね?」

 

オスマンは飄々としつつも威厳のある眼光で五月を真っ直ぐに見つめてきます。

 

「わたしは、わたしの友達を信じています。きっと、みんなわたしのことを助けにきてくれるはずですから」

 

五月が使い魔になろうとしないのも、友達を信じているからこそです。きっとみんなは来てくれる。迎えに来てくれる。そして、みんなで一緒にあの表野町へと帰るのです。

キテレツの発明は時空さえも飛び越える奇跡をもたらしたのですから。

 

「ふ~む……まあ、今回の件はこれまでに全く前例が無かったものじゃ。人間に使い魔の契約を行うとはっきり言って、どうなってしまうのか分からんし、今まで通りのやり方で儀式を執り行うというのは少々危険かもしれん」

 

オスマン学院長は五月の言葉を聞いて深く熟考し、そう答えます。

 

「それにサツキくんには、帰るアテがあるようじゃ。たとえ契約を結ぶことができたとしても、恐らくそう長くは共にいられまい」

 

そして、今度はルイズの方へ視線を移しました。オスマンに見られるルイズはさらに緊張した面持ちになります。

 

「よって、ミス・ヴァリエール。今回は特例により、君の進級を認めるとしよう」

「……! ほ、本当ですか!?」

 

オスマンの言葉に一瞬、ルイズの頭は真っ白になりました。しかし、すぐに顔をパッと輝かせます。

 

「何、君は使い魔の召喚自体はしっかり成功したのじゃからな。ギリギリ、合格といった所じゃよ」

「……あ、ありがとうございます!」

 

ルイズは深く頭を下げて合格を告げてくれた学院長に感謝しました。

 

「サツキ君。君の故郷からの迎えというのは、いつ頃来るのかな?」

 

そんな中、コルベールは五月に尋ねます。

 

「それは分かりません。……でも、キテレツ君ならそんなに時間をかけずに私を見つけてくれると思います」

「ずいぶん変わった名前の友達だね……しかし、何か君をすぐに見つける手段でもあるみたいだね」

 

コルベールはちらりとルイズと五月を交互に見比べました。

 

「では、迎えがくるまでの間、ミス・ヴァリエールの元に給仕としてこの学院に留まることを認めましょう」

「え、ええ?」

「ミス・ヴァリエールが呼び出した以上、君が彼女を監督するんですよ」

 

驚くルイズにコルベールは教師らしい態度できっぱりと言いました。

五月としてはお手伝いさんとしてしばらくルイズの世話になるくらいなら別に構いません。

しかし、ルイズは微妙な様子で五月を見つめています。

 

「よろしくね、ルイズちゃん」

「ご主人様、と呼びなさい。これからあんたはあたしの世話になるんだから」

 

平民にここまで気安く話しかけられているのは気に入らないのでした。

使い魔の契約では、はじめてのチュウを同じ女同士でやらなければならなかったのですが、それをやることすらありませんでした。

 

 

 

 

五月が魔法学院へ滞在することになった翌日の朝、王都トリスタニアのセント・クリスト寺院の裏側でのことです。

 

「うわああああっ!」

「痛ってえ!」

 

そこは何にもない静かな場所で物置き場となっていましたが、突然空間に光の鏡が現れるとその中から五人組の子供達が飛び出てきたのです。

五人を投げ出した鏡はそのまま消えてしまい、地面に投げ出された五人はぐったりと倒れたままでした。

 

「大丈夫? みんな」

「え、ええ……」

「ここ、どこなの?」

 

キテレツはみんなの安否を確認します。みよ子もトンガリも、無事なようでした。

 

「ブ、ブタゴリラ……重いナリ……」

 

コロ助はブタゴリラに押し潰されて苦しんでいました。何しろ大量の野菜の入ったリュックを背負っているのですから。

冥府刀を使い、異次元空間を流されてきたキテレツ達がやってきたのは人通りの少ない寺院の裏のようです。

冥府刀をリュックにしまい、起き上がったキテレツ達は寺院の表へと出てきました。

 

「どこかの町みたいね」

 

目の前に広がるのは大勢の人々が行き交う通りでした。

 

「見て、お城が見えるよ!」

 

トンガリが指差した遥か先には、トリステインの王宮が見えています。

 

「ここ、本当に良い次元なのか? タイムスリップしただけじゃねえだろうな?」

「異次元。見た所、中世のヨーロッパみたいな雰囲気だけれど……」

「それはないよ。ここは間違いなく、異次元……っていうより、異世界だね。ほら、あの看板を見て」

 

困惑するブタゴリラとトンガリですがキテレツが指したのは、道の一角に立つ看板です。

一行はその前に駆け寄りますが、そこに書いてある文字は日本語や英語でも無ければキテレツの世界のあらゆる国のものではありません。

 

「何て書いてあるナリか?」

「さあ……さっぱり読めないよ。でも、ここが僕達のいる世界とは全く違う世界であることは確かさ」

「とにかく、この良い世界のどこかに五月がいるんだよな? 早速、行動開始だ。ちょっと、すいませーん!」

 

ブタゴリラは道行く人に話しかけますが、通行人はおかしなものでも見るような顔をします。

何人かはブタゴリラに受け応えをしますが、逆にブタゴリラが困った顔をしていました。

 

「な、何だよ。さっぱり言葉が通じないぜ」

「おっと。ここじゃ僕達の世界とは言葉が違うんだ」

 

キテレツはリュックから耳栓のようなものを五つ取り出します。

 

「みんな。これを耳に入れて」

「通詞機ね。分かったわ」

 

これは通詞機という発明品で、耳に入れることで母国語以外の言葉を翻訳し、さらには喋ることができるようになるものです。

 

「あー、すいません。俺の言葉分かりますか?」

「何でえ、べらぼうめぇ! 人が忙しい時に話しかけるんじゃねえ! こっちゃあ急いでるんだ!」

 

通詞機を耳に入れたブタゴリラは再度、通行人の一人に話しかけると今度はしっかり話が通じました。

ブタゴリラが話しかけた人は悪態をつくと歩き去っていきます。

 

「ブタゴリラ。ペンと、ノートかメモ帳を持っていない?」

「え? ああ、持ってるぜ?」

 

キテレツに尋ねられてブタゴリラはリュックの横ポケットからペンとメモ帳を取り出します。

 

「トンガリ。これに二枚、五月ちゃんの似顔絵を描いてくれないかい?」

「お安い御用さ!」

「そっか、まずは情報集めという訳ね」

 

どうやらキテレツはまずは町の人達から情報を集めることにしたようです。似顔絵を通行人に見せて、それを頼りに五月の行方を探る作戦です。

絵が上手いトンガリならば五月の似顔絵を描くことなんてお手の物です。惚れている相手ならば尚更です。

 

「よぉし、できた!」

 

わずか数分でメモ帳には正確な五月の可愛い似顔絵が描かれました。

 

「それじゃあ、僕とみよちゃんとコロ助でここら辺をあたってみるからブタゴリラとトンガリは向こうの大通りの方を頼むよ」

 

そして、ここからは二手に分かれて情報集めが始まります。少しでも五月の手がかりを見つけるためにはその方が効率が良いのです。

 

「二人だけで大丈夫?」

「任せろって。しっかりと包丁集中してくるぜ!」

「情報収集!」

 

みよ子が心配する中、ブタゴリラはトンガリの肩を抱いて胸を叩き、張り切ります。

 

「連絡用にトランシーバーを渡しておくから。何かあったら連絡してくれ」

「分かったよ」

「よっしゃ! 早速、行動開始だ!」

 

トンガリがキテレツ自作のトランシーバーを受け取り、一行は二手に分かれて情報集めを始めます。

 

 

 

 

大通りが広がるトリスタニアのブルドンネ街を歩くブタゴリラとトンガリの二人は五月の似顔絵を道行く人達に見せて尋ねていきますが、何も情報は得られません。

どんなに尋ねてみてもみんな、「知らない」「見たことがない」と言うばかりです。

 

「五月ちゃん……大丈夫かな……」

 

五月の身を心配するトンガリは五月の似顔絵を見つめながらがっくりと肩を落とします。

こんな見ず知らずの世界にやってきてしまって、きっと泣いているのではないか、酷い目に遭っているんじゃないかと不安に駆られます。

 

「へえ~、こいつは良い野菜だ! うちの店で売り出したいくらいだぜ!」

「お、分かるかい! ボウヤ! こいつは今売り出し中の野菜だよ!」

 

トンガリが塞ぎこむ中、ブタゴリラは女主人が営む野菜市場の店先に出ている野菜を見て感嘆としていました。

 

「ブタゴリラ! 僕達は遊びに来たんじゃないよ!」

「良いじゃねえか。せっかく良い世界に来たんだから、少しくらいは見て回ったって。おばさん、つかぬことをお聞きしますがこんな女の子を見ませんでしたか?」

「う~ん……見たことない顔だねぇ……」

「俺達の友達なんですよ! もし見かけたら、知らせてください!」

 

トンガリからひったくった似顔絵を見せますが、やはり情報は得られません。

 

「こんなんで五月ちゃんが見つけられるのかなぁ……」

 

この先が思いやられるとトンガリは深く溜め息を吐いていました。

 

「ほええ~……すごいのね。これが人間の町なのね……」

 

ふと、トンガリの目の前を通り過ぎるメイド姿の青髪の女性は子供のように目を輝かせて、行き行く人々や軒を連ねる屋台を物珍しそうに見回しています。

トンガリはその女性の存在にすら気づかないほどに落胆しており、ブタゴリラは相変わらず異世界の野菜にはしゃいでいました。

 

 

 

 

ブルドンネ街に比べると若干、人通りが少なめなチクトンネ街をキテレツ達三人は歩き回ります。

しかし、こちらでも有力な情報は何も得られず、時間だけが過ぎていきます。

 

「はひぃ~~……疲れたナリね……」

 

コロ助はクタクタにのようで、疲れた顔をしています。

道行く人達は通りがかる度にコロ助が珍しいのか、ちらちらと振り返ってきました。

 

「もしかしたら、五月ちゃんはこの町にはいないんじゃないかしら?」

「うん。これだけ人に聞いても何の手がかりがないからね。その可能性は高いよ」

「ブタゴリラ君達と合流しましょう」

 

キテレツはトランシーバーを手にすると、ブタゴリラに連絡を取ることにします。

 

「もしもし、トンガリ? ブタゴリラ? 聞こえる?」

『キテレツ。そっちはどう? 何か分かった?』

 

トランシーバーからはトンガリの声が聞こえてきます。

 

「全然ダメ。トンガリ達の方は?」

『こっちも手がかりなしさ。……ちょっと、ブタゴリラ! 何やってるんだよ!』

「二人とも、あんまり目立つようなことはしないでよ?」

 

この世界は一体、どういった世界なのかすら分からないのです。下手に目立つと、何が起きるか分かりません。

 

「おじさん、こんな女の子を知らないナリか?」

 

コロ助はキテレツが連絡をしている間でも熱心に五月の似顔絵を通行人に見せては尋ねていました。しかし、結果は同じです。

ところが、それが十人ほどを超えた時、それまでとは違う反応が返ってきました。

 

「……この子は、どこかで見たことがあるね。ボウヤの友達かね?」

 

コロ助が話しかけた老紳士は、間違いなくそう言いました。その言葉に、コロ助の疲れた顔が一気に変わります。

 

「まことナリか?」

「ああ。案内してあげよう。……こっちだ」

 

老紳士に招かれ、コロ助は意気揚々と付いていきます。

 

「あっ! コロちゃん!」

 

トランシーバーで連絡中のキテレツの傍にいたみよ子がコロ助が見知らぬ男についていくのを目にして、慌てて追いかけます。キテレツはすぐには気づきません。

 

「あっ! みよちゃん! コロ助!」

 

十秒ほど遅れて二人が路地に入っていくのを目にしたキテレツも急いで追いかけ始めます。

 

「のわあ! 何するナリー!」

「きゃああっ! 離し……ムグッ!」

 

路地に入りかけた所で、キテレツは二人の悲鳴を耳にしました。

キテレツの顔が青ざめます。

 

「みよちゃん! コロ助!」

「キテレツーっ! 助けてナリーっ!」

 

キテレツが路地に入って見たのは、みよ子とコロ助が二人の男に捕まっている所でした。

コロ助はチョンマゲを掴みあげられ、みよ子は口を塞がれて抱かかえられています。

 

「ずらかれ!」

「うわぁ!」

 

男二人は火打ち式の短銃を抜いて、キテレツ目掛けて発砲しました。

命中精度が悪いのと、キテレツが驚いて尻餅をついたおかげで弾は当たりませんでした。

しかし、みよ子達はそのまま男達にさらわれてしまいました。

 

「みよちゃん……」

 

キテレツは青ざめた表情で愕然とします。自分が目を離してしまったおかげで、二人はさらわれてしまったのです。

この異世界では何が起きるか分からないと、理解していたはずなのに。

キテレツは小汚い路地でがっくりと肩を落としていました。

 

 



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悪漢召し捕ったり! 雪風のタバサとシルフィード

♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「キテレツーっ! ワガハイはここナリーっ! 早く助けて欲しいナリーっ!」

キテレツ「落ち着けよ。今、ブタゴリラとトンガリと一緒に探してるからさ」

コロ助「早くしないと、みよちゃんもワガハイもどこかに売られてしまうナリ~……」

キテレツ「あっ! 一緒に捕まっているメイドさん、あの魔法使いの女の子の使い魔だったんだ!」

コロ助「きっと、五月ちゃんのことも知っているナリよ!」

キテレツ「次回、悪漢召し捕ったり! 雪風のタバサとシルフィード」

コロ助「絶対見るナリよ♪」



トリステイン魔法学院にいるのは何もルイズ達のような貴族や魔法使いばかりではありません。

ここにはルイズ達をお世話する者として平民が奉公人として働いているのです。

 

「えいっ!」

 

魔法学院の庭で威勢の良い掛け声と共に五月は振り上げた斧を降ろします。薪は良い音と共に、綺麗に縦に割れました。

 

「サツキちゃん。はい、差し入れよ」

「ありがとう。シエスタさん」

 

薪割りに精を出す五月の元に黒髪のメイドが水を持ってやってきます。

 

「すごいのね、サツキちゃん。こんなに薪を割っちゃうなんて」

「小さい時から重いものを運んだりしてたから。これくらいへっちゃらよ」

 

コップの中を水をあおり、五月は答えます。

 

「でも、サツキちゃんは女の子でしょう? わたしなんて斧なんて持てないから鉈を使うのに、すごいわ」

 

シエスタは五月が割った薪の山を見て感嘆としました。

薪割りは力がある男の仕事なのに、五月は大の男顔負けの働きぶりを発揮しているのです。

しかも五月は自分より年下のはずなのに。

 

「とりあえず、必要な分はこれで終わりよ。後はこれをまとめて持っていくだけで良いのね?」

「はい。お疲れ様です」

 

キテレツ達が助けにきてくれるまで、ルイズの給仕として世話になることになった五月の朝は早いものでした。

朝起きたら水を汲み、その後にルイズを起こし、ルイズの着替えを手伝いました。

朝食のために学院の食堂にルイズと一緒に伴った時は席につくルイズの椅子を引く、といったこともしたのです。

ルイズは本当に五月を自分の召使いとして扱うことにしたようでした。

ちなみにその食堂は通常、平民は入れない場所なので五月は昨夜の夕食の際にお世話になったメイドのシエスタ達、奉公人と一緒に厨房で食事をしました。

そして今、ルイズは朝の授業に出ているので学院で働く奉公人達の手伝いをしているのです。

 

「本当にごめんなさい。こういうことはわたし達のお仕事なのに。サツキちゃんにもやらせてしまって」

「良いのよ。お世話になっているんだから、これくらいのことは」

 

二つの薪束を両手で運ぶ五月は並んで歩くシエスタと語り合います。

 

「でも……本当に気の毒だわ。貴族様の使い魔として、遠い所から連れてこられてしまうなんて」

「仕方が無いよ。こんなことになるなんて思っても見なかったし」

「サツキちゃんは強いのね。普通だったら平民が貴族様にさらわれるなんてことがあったら、正気じゃいられないはずなのに」

 

シエスタは五月が平然としていられることが不思議に思えました。

どうしてここまで安心していられるのか、同じ平民として知ってみたいとも考えるほどです。

 

「わたしも本当はびっくりしたよ。いきなり見ず知らずの場所に連れてこられちゃったんだから。でも……きっと帰れるって信じてるの」

「サツキちゃんが言っていた、お友達が来てくれるから?」

 

昨晩の夕食の時にシエスタは五月から友達が迎えに来てくれることを聞いていました。

 

「うん。みんな来てくれるはずだわ。きっと、わたしのことを心配してくれてるもの」

 

舞台の公演で足の骨を折った時もお見舞いに来てくれたし、運動会に綱引きのクラス代表に選んでくれたのに急遽決まった追加公演で出られなくなってしまった時も、キテレツの力で出場することができました。

 

「サツキちゃんの友達か……どんな子達なのか、わたしも会ってみたいな」

 

シエスタは五月と同じように、きっと元気な子達に違いないと考えていました。

 

(待ってるよ。キテレツ君、みんな)

 

大切な友達がきっと来てくれることを信じて、五月は今の自分のこの時を過ごすことにしました。

 

 

 

 

五月がシエスタ達の仕事を手伝っている中、ルイズは朝の授業に出席していました。

本来はこの授業には召喚した使い魔を同伴させることになっているのですが、五月はルイズと使い魔の契約を結んでいないのでそれはできません。

 

(みんなは使い魔がいるのに……わたしだけ……)

 

ルイズは他の生徒達が自分の使い魔と戯れているのを羨ましそうに眺めています。

平民とはいえ、使い魔の存在はルイズにとっては希望であり、メイジとしての証となるはずだったのです。

しかし、五月はルイズの使い魔となることを拒みました。そのために自分は使い魔さえもいないメイジとして過ごさなければならなくなったのです。

 

「何よ……自分の故郷から、友達が迎えが来てくれるなんて……そんなこと……」

 

五月がルイズとの契約を拒んだ最大の要因はまさにそれです。

きっと五月の故郷はこのトリステインからずっと遠い異国に違いありません。しかし、どれだけ遠いのかはおろか、場所さえも分からないのに迎えが来ると五月は信じているのです。

五月の友達とやらがどんなものなのか、ルイズには想像がつきません。しかし、五月はあんなに友達のことを信じているのを見て、ルイズは内心思っていました。

 

「わたしにだって……そんな友達は……」

 

あんな年下の平民にさえ心から信頼できる友達がいるというのに、自分にはこの学院に一人もいないのです。

それがどうにも悔しくて、切なくて、ルイズは溜め息をついて沈み込んでしまいました。

 

「みなさん、二年生への進級おめでとうございます」

 

そんな中、教壇にはふくよかな中年の女教師・シュヴルーズの姿がありました。

 

「春の使い魔召喚は成功のようですね。こうやって春の新学期に様々な使い魔たちを見るのがわたくしはとても楽しみなのですよ」

 

シュヴルーズは教室を見回して、生徒達が召喚した様々な使い魔達を眺めます。

 

「先生! 一人だけ使い魔を持っていない生徒がいます!」

「そうです! それどころか落第のはずなのにここに残っているのがいるんです!」

 

そんな中、生徒の何人かが大きな声でそのようなことを言い出しました。

その言葉を聞いた他の生徒達はクスクスと失笑し、ルイズへ嘲るような視線を向けます。

例外は化粧をしているキュルケと本を読んでいるタバサくらいのものでした。

 

「ゼロのルイズ! 使い魔を召喚できなかったからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよな!」

「いや、契約自体ができなかったんだから進級試験自体、不合格も同然じゃないか」

「大体、平民なんかと契約したって大したことないもんなぁ」

「まあでも、ゼロのルイズの使い魔としては相応しいかもな!」

「同じ魔法が使えない者同士……最高の組み合わせだよ!」

「っていうより、どうしてまだ学院に残っているんだい? 使い魔もいない以上、君がこの学院にいる資格なんてないんだぜ?」

 

次々にあがる心無い嘲笑と侮蔑の言葉に、ルイズは何も言い返せませんでした。みんなが言っていることは事実なのですから。

たとえ五月を使い魔にした所で、平民である以上は大したことはできません。せいぜい、今のように召使いとして働かせる程度です。

そんなものしか召喚できなかった自分は、昔から変わらない『ゼロのルイズ』でしかないことに、ルイズは悔しさに身を震わせていました。

 

そんな中、教室内は一瞬にして静かになります。

見れば、ルイズを嘲笑した生徒達は全員、赤土の粘土が口いっぱいに詰め込まれていました。

 

「お友達にそのような侮辱をしてはなりません。それでも貴族ですか」

 

杖を下ろすシュヴルーズは厳しい態度となって生徒達を静かに叱りつけます。

 

「ミス・ヴァリエール、事情はオスマン学院長より伺っています。気に病むことはありませんよ」

「シュヴルーズ先生……」

 

穏やかな雰囲気で語りかけてくるシュヴルーズにルイズは戸惑います。

 

「確かに、使い魔はメイジにとって大切なパートナーです。ですが、必ずいなければならないというわけではありません。わたくしは土系統のトライアングルですが、使い魔はいないのですからね」

 

シュヴルーズの言葉に生徒達は誰も反論できません。

 

「何より、今回は契約は見送りになったとしても召喚は成功したのでしょう? ならばそれを誇りなさい、ミス・ヴァリエール」

「は、はい」

「では、改めて……授業を始めるとしましょう。まずは、基本的な錬金のおさらいといきましょうか」

 

シュヴルーズから励ましの言葉をかけられたルイズは僅かではありますが、元気を取り戻していました。

 

 

 

 

「ムグムグ! ムグーっ!」

「痛いっ!」

 

見知らぬ男達にさらわれてしまったみよ子とコロ助はロープで縛られて、街外れの森まで連れてこられました。

そこには馬車が止まっており、二人は荷台の中へと放り込まれてしまいます。

コロ助はあまりにもうるさかったので、途中で口を布で塞がれていました。

 

「何をするの!」

「うるせえ! 黙ってろ!」

 

みよ子が叫ぶと男がドスの利いた声で怒鳴ります。

見れば荷台にはみよ子達以外にも女の子が何人か縛られていました。みんな、泣いています。

 

「みんな、どうして泣いているの?」

「イルククゥ達は、人さらいにさらわれてしまったのね……。これからどこかに売られるそうなのね……」

 

唯一泣いていない青髪のメイドは悔しそうな顔で答えます。

先ほど、イルククゥは街で主人から仰せつかった買い物をするはずだったのですが、とある事情でお金を使い切ってしまったのです。

「お金が欲しい」と叫んでいたら、男にここへ連れて来られて縛られてしまったのでした。

 

「人買いに売るっていうの?」

 

驚くみよ子に女の子達は頷きます。

 

「きゅい……このロープもすごい頑丈で全然切れないから困っているのね……あーっ! 悔しい! こんなしょーもない魔法なんかを使って!」

「魔法? 魔法って、どういうことなんですか?」

 

イルククゥの魔法、という言葉にみよ子は不思議そうに尋ねます。

 

「きゅい……このロープには魔法がかかっているから切れないのね。おまけに別の馬車にはメイジが二人いるし……兵隊もいるから逃げられないのね」

「魔法……」

 

みよ子はこの世界がただの異世界ではないという事実に驚きます。

この異世界には魔法という存在があるという、本当にファンタジーな世界だったのかと確信して愕然としました。

そんな世界に五月は迷い込み、自分達はやってきてしまったのかと思うと不安になります。

 

「お前ら! 静かにしやがれって言ってるのが分からねえのか! さもないと売り飛ばす前に酷い目に遭わすぞ!」

 

荷台にやってきた男が脅しつけながら怒鳴り散らすと、持っていた物を荷台に投げ入れてきました。

それはコロ助が持っていた刀と風呂敷です。中からは持参していたキテレツの発明品が出てきて転がります。

如意光、動物変身小槌、捜しっぽ、夜逃げ電灯、五月の似顔絵、そして……。

 

「あれは……!」

 

みよ子はその中にある一つを目にして目を輝かせました。

 

「何だよ、あのガラクタは」

「ああ。あのボウズが持っていた奴なんだが……どうする? 捨てちまうか?」

「馬鹿! 俺達がここにいたってことが誰かに知られたらどうする! 一緒に売っちまうんだよ! マジックアイテムとか何とか言って、素人に売りつければいいんだ!」

 

男達が去っていったのを確認すると、みよ子は座ったまま目の前に転がっている道具を漁りだします。

 

「きゅい? この顔……どこかで見たことが……」

 

イルククゥは五月の似顔絵を目にしてそのようなことを呟きます。

 

「まことナリか? 五月ちゃんを知っているナリか?」

「きゅい! 嘘はつかないのね!」

 

食いついてきたコロ助にイルククゥは元気に答えました。

 

「ところで何をしているのね? その道具がどうかしたのね?」

「しーっ……イルククゥさん? ちょっと手伝ってくれるかしら?」

「わたしにできることなら何だってやるのね!」

 

頷いたみよ子は道具の一つを後ろ手のまま掴みました。

それは、キテレツ自作のトランシーバーです。

 

 

 

 

最初にやってきたセント・クリスト寺院の裏に戻ってきたキテレツの元に、ブタゴリラとトンガリ達もやってきました。

キテレツはあれからすぐに連絡をして合流するように伝えたのです。

 

「どういうこと! みよちゃんとコロ助がさらわれるなんて!」

「キテレツがついていながら、何やってるんだ!」

「ごめん……」

 

トンガリとブタゴリラに責められてキテレツも参った様子です。

異世界へやってきて早々、このようなトラブルに見舞われてしまうなんて思ってもみませんでした。

しかし、危険があることは分かっているから発明品を持ってきたのにこんな事態になるとは完全に油断していた証拠です。

 

「五月ちゃんを探しに来たっていうのに、みよちゃん達までさらわれちゃうなんて、もう!」

「とにかく、早く二人を助けに行くぜ! キテレツ! それで、誘拐犯はどこへ行ったんだ!」

「それが……僕も見失っちゃって……」

「こんな時こそ、お前の発明が役に立つんだろうが! 何でも良いから出して探せよ!」

 

当然、それはキテレツだって考えています。早速、リュックの中から使えそうなものを探すことにしました。

 

『こちらみよ子よ。キテレツ君、聞こえる?』

 

すると、キテレツのトランシーバーからみよ子の声が聞こえてきました。

 

「みよちゃんの声だぜ!」

「トランシーバーはここに二つあるのに……」

「そうか! コロ助がもう一つ持ってたんだ!」

 

トランシーバーは全部で三つ作ってあったのですが、キテレツが持ってきたのは二つだけでした。

しかし、コロ助自身もトランシーバーを風呂敷に入れていたようです。それでみよちゃんが連絡できたのでしょう。

 

「みよちゃん! 今、どこにいるの?」

『街の外よ。今、馬車に乗せられて運ばれてるの』

 

聞けば確かにガラガラと音が聞こえるのが分かります。

 

『ひえーっ! 声が聞こえるのね! この箱、すごいのねーっ!』

『静かにして……! イルククゥさん……! 見つかっちゃう……!』

 

トランシーバーの向こう側では、みよ子はイルククゥが後ろ手で持っているトランシーバーに顔を近づけて話しているのです。

 

『何でも、この馬車は北のゲルマニアっていう国に向かっているみたいなの。このままじゃ、あたしも他の女の子達と一緒に人買いに売られちゃうわ』

「分かった。無線のスイッチはそのまま切らないで。僕達もすぐに行くから!」

『気をつけて、キテレツ君。この世界には……魔法使いがいるんですって』

 

みよ子のその言葉に三人は目を丸くします。

 

「魔法?」

「魔法って、ファンタジーなんかでよく出てくるあれのこと? そんなまさか……」

 

いきなり魔法などと言われてもブタゴリラとトンガリは信じられない、といった顔をします。

 

「何だっていいぜ! こっちには魔法のような発明品がいっぱいあるんだからな!」

 

ブタゴリラは自信満々に張り切ります。

キテレツの発明品はまさに魔法の道具とも言うべき代物なのです。それさえあれば、怖いものなんてありません。

 

「ブタゴリラ。これを履いて」

「お! そりゃあ前に作った稲荷でワラジって奴か!」

「韋駄天ワラジだよ!」

 

キテレツがリュックから取り出したのは、履けば足のツボを刺激して走る速さを数倍にする韋駄天ワラジです。

潜地球かキント雲を使って追いかけたい所なのですが、ケースに小さくして入れているため、如意光が無ければ元の大きさにできません。

しかし、相手が馬車であればこの韋駄天ワラジでも十分追いつけるはずです。

 

「あれ? 僕の分は?」

 

キテレツとブタゴリラが靴の上から韋駄天ワラジを履いている中、トンガリは呆然とします。

 

「ごめん。二人分しか作ってないんだよ」

「それじゃ僕はどうするのさ!」

「うん。ブタゴリラ、悪いけどトンガリをおぶってあげてくれないかい? この火事場風呂敷を着けさせるから」

 

リュックからさらに取り出したのは赤い布です。火事場風呂敷は巻いたものをとても軽くしてしまうことができるのです。

 

「おら! 持ってろ!」

「うわあ!」

 

ブタゴリラは背負っているリュックをトンガリに押し付け、火事場風呂敷でトンガリを包み込みます。

 

「へへっ! こりゃあ軽い軽い! 片手でもこんなに持ち上げられるくらいだ!」

「やめてよ~!」

 

火事場風呂敷を巻きつけたトンガリを、ブタゴリラは片手だけで肩まで持ち上げて弾ませていました。

 

「よっしゃ! それで、どうやってみよちゃんを追うんだ?」

「ああ。トランシーバーの電波を辿るから、それで場所が分かるよ。でも、急がないと電波が届かない範囲に出てしまうから、早く追いつかないと」

 

トンガリを背負ったブタゴリラにキテレツはケースを開けながら答えます。

トランシーバーにはどこから通信しているかが分かるように発信機と探知機能が備わっています。

以前、ブタゴリラがトラックを追跡するコロ助との連絡のやり取りや山で遭難した妙子を捜索しに行った時もそれが役に立ちました。

しかし、有効範囲は30kmほどなので、その外に出てしまえば探知はできなくなってしまうのです。

 

「ブタゴリラ。これを飲んで」

「何だこりゃ?」

「百里丸さ。これを飲めば、長時間走り続けていても体力が正常のままでいられるんだ」

 

キテレツは取り出した小さなビンの中に入っていた丸薬を飲み込みながら説明します。

 

「お、何だか力が湧いてきたぜ!」

「うん。よし、行こう!」

 

キテレツはトランシーバーを片手に、ブタゴリラはトンガリを背負い、走り出しました。

韋駄天ワラジのおかげで走る速さが強くなっている二人は、あっという間にトリスタニアの外へと出て行きます。

道行く人達は馬のような速さで疾走する二人を目にして唖然としていました。

 

 

 

 

日が傾いてきた頃、みよ子達を乗せた人さらいの傭兵団の馬車の一団は国境の関所へとやってきました。

 

「大丈夫……お役人様が荷物を検めてくれるわ……そうすればきっと……」

 

縛られている女の子達は期待にざわめいていました。

国境を越える以上、必ず関所などで危険なものを運んでいないかを確かめられるのです。

役人がみよ子達を人身売買のために運ぼうとしているのを見咎めてくれれば大丈夫、そう思っていたのです。

 

「きゅいきゅいっ」

「それなら助かるナリね」

 

イルククゥも布を外したコロ助も期待に胸を躍らせています。

みよ子はスイッチが入りっぱなしのトランシーバーを後ろ手にしたまま、じっとしていました。

 

「積荷は小麦粉とあるが……どれどれ……」

 

荷台を覗き込んできた二人の中年の役人ですが、様子がおかしいです。みよ子達を見ても何も言いません。まるで本当にただの小麦粉を見ているようです。

人さらいの男の一人が役人の貴族に皮袋を渡しているのが見えます。

 

「どう見ても、ただの小麦粉でしょう?」

「なるほど。確かに小麦粉だな……」

 

もったいぶった仕草で頷く貴族の役人が荷台を覗いてきます。二人ともとても嫌な笑みを浮かべていました。

その様子に女の子達の表情が一気に絶望へと変わっていきます。

どうやら賄賂を受け取って、悪人の密輸や不正を見逃していた悪徳役人だったようです。

 

「お前達という奴は! どいつもこいつも最悪なのね! 許せないのね!」

「悪人と一緒になって悪いことをするなんて、悪い役人ナリ!」

「何だ、貴様らは? 小麦粉が喋るんじゃない! 黙っていろ!」

 

怒りに燃えるイルククゥとコロ助ですが、悪人達は憤慨しました。

しかし、いくら暴れた所でロープはほどけません。キテレツ達が助けに来てくれるのを待つしかないのです。

 

「きゅいきゅいきゅいっ! きゅいーっ!」

「な、何だ!」

「何ナリか?」

 

ところが、怒りが収まらないイルククゥに異変が起こります。

猛然と暴れるイルククゥの体が光だし、徐々にその姿が変わっていくではありませんか。

 

「痛い! きゅい! きゅい! でも我慢なのね! きゅい! きゅい!」

 

体が大きく膨れ上がっていくイルククゥを縛っていたロープが引き千切れます。そして、ついに強烈な破裂音と共に馬車が弾け飛びます。

 

「うわああーっ!」

 

吹き飛ばされた役人達は驚きの叫びを上げます。

 

「ド、ドラゴン!?」

「一体、何が起こったナリーっ!」

 

絵本に出てくるような青いドラゴンが、目の前に現れたのです。それはイルククゥが変化したものでした。

ドラゴンとなったイルククゥは地面に投げ出されたみよ子達を庇うように翼を広げます。

 

「きゅいーっ! この韻竜であるイルククゥをここまで馬鹿にするなんて、許せないのねーっ!」

 

ドラゴンになっても人の言葉を話すイルククゥは役人や兵達を次々と前足や尻尾でなぎ倒していきました。

 

「きゃああっ!」

 

襲い来る衝撃にみよ子はもちろん、女の子達も悲鳴を上げます。

 

「大丈夫なのね! あいつらに本当の風を教えてやるのねーっ!」

 

雄叫びを上げながらイルククゥは体を大きく持ち上げます。

 

「きゅいっ!?」

 

ところが、突然イルククゥの体をネバネバとした太い蜘蛛の糸のようなものが絡みつきます。

傭兵団のメイジの一人が、背後から魔法を使ったのでした。

完全に身動きが出来なくなってしまったイルククゥは必死に暴れますが、弾力のある魔法の糸はほどけません。

 

「これが、魔法……」

「魔法って、すごいナリ……」

 

こんなドラゴンを一瞬にして自由を奪ってしまった光景にみよ子もコロ助も驚きます。

 

「やめるナリ! それ以上、乱暴な真似は武士のワガハイが許さないナリ!」

「きゅい……」

 

イルククゥにトドメを刺そうとするメイジの前にコロ助が立ちはだかります。

 

「何言ってやがるんだ、小僧。メイジに刃向かってタダで済むと思うか!」

「のわーっ!」

「コロちゃん!」

 

メイジが杖を振ると、突風がコロ助を吹き飛ばしてしまいました。

 

「えいっ!」

 

みよ子は地面に転がっていた如意光を拾い、後ろ手のまま赤いスイッチを押しました。

 

「うわあーっ!」

 

如意光からの赤い光を浴びたメイジはみるみるうちに小さくなっていきます。

あっという間に小指ほどの大きさにまで縮んでしまいました。

 

「何なんだ! こりゃあ! 元に戻せーっ!」

 

小さくなってしまったメイジがみよ子に向かって喚いています。

 

「へぇ、ずいぶんと面白い物を持ってるじゃないか」

 

突然かかった女の声にみよ子は振り向きます。そこには一人の銀髪の女が杖を持って立っていました。

後ろについていた馬車から降り立っていた、傭兵団の頭目のメイジです。

 

「あ、あねご! 早くやっちまってください! それで俺を元に戻してください!」

 

女メイジの足元に、小さくなってしまったメイジが縋り付いてきます。

 

「慌てるんじゃないよ。まったく……そんなにされちまうなんてだらしがないねぇ」

「わあっ!」

 

呆れたように言い放つ女メイジは足元の小人を横に蹴り払い、みよ子に歩み寄ってきます。

 

「近づかないで! あなたも小さくするわよ!」

「やってみなよ。ただし……こいつがどうなっても良いって言うならね」

 

女メイジは目の前に転がっているコロ助を見やり、せせら笑いました。そして、杖をコロ助へと突きつけます。

みよ子はそれを見て立ち竦んでしまいました。

 

「そのマジックアイテムをこっちによこしな。さもないと……こいつがどうなるか分かるね?」

 

みよ子は仕方がなく、如意光を前に投げ出します。女メイジは地面に転がった如意光を拾い上げました。

 

「これで物を小さくしちまうって訳かい。で? もちろん、大きくもできるんだろ? どうやってやるんだい?」

「……青い方を押せば良いのよ」

 

コロ助が人質に取られている以上、素直にしないと何をされるか分かりません。

 

「ふぅーん。……しかし、見たことのない作りだねぇ。ガリアでもこんなのは作れそうにないよ。何でこんなものを平民が……」

 

如意光をまじまじと見つめて女メイジは唸っています。

 

「どうしよう……」

 

みよ子は何とかして如意光を取り戻してコロ助を助けなければならないと考えますが、どうすれば良いのか分かりません。

考えられる手段は動物変身小槌で女メイジを鳥か猫にでも変えてしまうことですが、小槌は離れた所に落ちています。

拾いに行こうと動けば魔法が飛んでくるのは間違いありません。第一、後ろ手に縛られたままなので、まともに振れるかどうか……。

 

「エア・カッター!」

 

突然、女メイジが別の方向を素早く振り向き杖を振るいました。風の刃が飛び、自分の乗っていた馬車を直撃します。

風の刃で切り裂かれた馬車の後ろから小さな影が飛び出てきました。

高くジャンプしたその影は空中でひらりと身を翻し、地上に着地します。

 

「女の子?」

「ほう。あんたは貴族だね」

 

眼鏡をかけた青い髪の少女が、杖を手にして女メイジと対峙しました。

 

「ち、ちびすけ……」

 

糸に絡まれているイルククゥの目に映っていたのは、魔法学院の生徒である少女、タバサでした。

イルククゥはタバサが召喚した使い魔の風竜なのです。

タバサは使い魔のイルククゥの視界を共有することで居場所を特定し、馬で急行したのでした。

 

「こりゃあちょうど良いね。平民の小娘なんか相手にするより面白そうだ」

 

女メイジは楽しそうに笑うと優雅な仕草で杖を構えます。タバサも同じく静かに杖を構えようとしました。

 

「待ちな。あたしは女だけど、三度の飯より騎士試合が大好きな性分でね。あたしと騎士らしく決闘をしてもらおうじゃないか」

「わたしは騎士じゃない」

「嫌だって言うんなら……あの小娘どもと竜に魔法をお見舞いしてあげるよ」

 

みよ子達に杖を向けながら女メイジは言います。

タバサは無表情のまま、仕方なさそうに構えを解きました。

 

「それでは……いざ尋常に……」

 

女メイジが優雅に一礼すると、タバサもそれに合わせて一礼をしようとします……。

 

「危ない!」

 

しかし、突然みよ子がタバサに向けて叫びました。

みよ子は右手を横へと流す女メイジの指が、手にしている如意光の赤いスイッチへと動いたのを見たのです。

 

「!!」

 

案の定、不意打ちを狙っていた女メイジは如意光のスイッチを押し、赤い光をタバサへ放ったのです。

タバサは驚くべき反応速度で咄嗟に横へ飛び退きましたが、如意光の光はタバサの持つ大きな杖に当たってしまいました。

あっという間にタバサの杖は小指以下のサイズに小さくされてしまいました。

 

「はっはっはっ! これは凄い代物だね!」

「卑怯なのね!」

 

笑い声を上げる女メイジの汚いやり口にイルククゥが叫びました。

 

「さて、杖が無ければもうこっちのものさ。あんたも小娘達と一緒に売り飛ばしてやるから、大人しくしな」

 

勝ち誇ったように女メイジはタバサに杖を突きつけます。タバサはその場に突っ立ったまま動きません。

女メイジは杖を突きつけたままタバサへと近づいていきました。

 

「エア・ハンマー」

「なっ! ――ぐはっ!」

 

目の前までやってきた女メイジに、タバサはマントの中に入れていた手を素早く出します。

その手にはマントに忍ばせてあるタクト状の予備の杖が握られており、女メイジの胸に風の槌が直撃しました。

タバサが呪文を詠唱していたことさえ分からず、まともに突風を食らって地面に投げ出された女メイジは呻き声を上げながら昏倒していました。

 

「やったわ!」

 

見事なタバサの手際の良さにみよ子が歓声を上げます。

タバサは地面に落ちた如意光と、小さくされてしまった自分の杖を拾い上げていました。

そして、みよ子の方へ歩み寄ってきます。

 

「何?」

「……戻せる?」

 

手の平に乗っている小さな杖をみよ子に差し出して、一言尋ねてきました。

 

 

 

 

「もうすぐだ! みよちゃん達はこの先にいるよ!」

 

トランシーバーの電波を頼りに街道を疾走していたキテレツ達はようやく国境の関所へとやってきました。

 

「急ごうぜ! 何かみよちゃん達、ヤバイことになってるみたいだからな!」

「うわっ! うわわーっ!」

 

先ほど、トランシーバーから大きな悲鳴や騒音が聞こえてきたのでみよ子達の身にとんでもないことが起きていると判断しました。

キテレツとブタゴリラは全速力で街道を駆けますが、トンガリは激しく揺らされて悲鳴をあげます。

運動が苦手なキテレツも、韋駄天ワラジのおかげで普段の運動オンチも何のそのでした。

 

「あ! あそこか!」

 

関所に人が集まっているのを目にし、二人はそこへと向かいます。

 

「あ! キテレツナリよ! みよちゃん!」

「キテレツくーん!」

 

コロ助とみよ子が手を振りながら到着した三人を出迎えました。

 

「みよちゃん! コロ助!  ……大丈夫!?」

 

百里丸の効果が薄れてきたのもあって、少し息を切らしているキテレツが二人の安否を気遣います。

 

「人さらいはどこにいやがるんだ!?」

「落ち着いて。もうあたし達は大丈夫」

「悪い役人達も一緒に捕まったナリ」

 

見れば、みよ子達をさらった人さらいと、賄賂を受け取って癒着していた役人が警邏の騎士達に連行されています。

 

「良かった……」

「でも、どうやってあいつらをやっつけたのさ?」

 

安心するキテレツをよそに、トンガリが尋ねます。

 

「あの子が助けてくれたの」

 

みよ子が隅の方で風竜のイルククゥと一緒に待機しているタバサを差します。

 

「あんな小さな子がかよ?」

「あの子も魔法使いなのよ」

「ええ!? しかもドラゴンを連れてるじゃないか!」

 

トンガリはタバサが魔法使いであることや風竜の姿に驚きます。

 

「あの……僕の友達を助けてくれてありがとう。えっと……」

 

キテレツがタバサに礼を言うと、タバサは読んでいた本を閉じてキテレツを見やりました。

 

「タバサ。――来て」

 

自分の名を名乗るタバサはそう一言告げ、林の方へと歩いていきます。イルククゥものしのしと続いていきました。

キテレツ達はタバサの後を付いていき、林の中へと連れてこられます。

 

「ドラゴンのイルククゥさん。五月ちゃんを知っているって、本当ナリか?」

「きゅい! もちろんなのね!」

 

コロ助がイルククゥに話しかけると、人の言葉で喋りだします。

 

「しゃ、喋ったぁ!?」

「すげえーっ! 喋るドラゴンかぁ!」

 

トンガリとブタゴリラは言葉を話すドラゴンに驚いていました。

 

「この子が喋ることは秘密」

 

しかし、はしゃぐ二人をよそにタバサはイルククゥに触れながら一行にきっぱりと告げます。

 

「どうして、このドラゴンが喋るのが秘密ナリか?」

「この子は韻竜というとても珍しい種族。わたし達の間では絶滅したと思われている。騒がれたら面倒」

「分かった。約束するよ」

「つまりは恐竜とか、絶滅しそうな生き物みたいな物なんだな」

 

キテレツ達は百丈島の首長竜の親子やマフィアに狙われていたリョコウバトのことを思い出します。

絶滅しそうになっている動物などを大切にするのは当然でした。

 

「ところで、本当に五月ちゃんを知っているナリか? もう一度、見て欲しいナリ」

 

コロ助は五月の似顔絵を取り出し、イルククゥに見せます。

しかし、それをタバサが取り上げました。

タバサは無表情のまま、五月の似顔絵をじっと見つめています。

 

「……知ってる」

 

タバサは魔法学院で目にした五月の顔をはっきりと覚えているのです。

 

「ほ、本当に!?」

「五月に会ったのかよ!」

「ねぇ、五月ちゃんはどこにいるの!?」

 

キテレツもブタゴリラもトンガリもタバサに詰め寄ります。

しかし、タバサは無言・無表情のままボーっと突っ立ったままです。

 

「乗って」

 

すると、イルククゥに飛び乗ったタバサは一行に乗るよう告げます。

しかし、キテレツは持っていたケースを下ろすと中を開け始めます。

 

「いや、みんな乗ると重そうだし、僕達はこれに乗っていくよ。コロ助、如意光を貸して」

「はいナリ」

 

如意光を受け取ったキテレツはケースの中から自家用飛行雲のキント雲を取り出し、如意光の青い光を当てました。

 

「きゅいーっ!? 大きくなったのね!」

 

キント雲が大きくなったのを見てイルククゥは驚きの声を上げます。タバサも無表情ながらも驚きの色を隠せないようでした。

 

「それじゃあ、僕達はタバサちゃんの後を付いて行くから。みんな、乗って!」

「おっしゃ!」

「乗ろう乗ろう!」

 

操縦レバーを握るキテレツの後ろに四人が次々に乗りこんでいきました。

そして、キテレツが操縦レバーを動かすと、キント雲は空中へと浮かび上がります。

 

「きゅい、きゅいーっ! 浮いたのねーっ! すごいのねーっ!」

「うるさい」

 

一々、驚きの声を上げるイルククゥの頭をタバサはポコン、と杖で叩きました。

しかし、キント雲を見上げるタバサ自身もやはり驚いている様子です。

それでも自分もイルククゥを飛び上がらせ、キテレツ達が乗るキント雲と並びます。

 

一頭の竜と空飛ぶ雲は、夕日の空の中を泳ぐように魔法学院へ向けて進んでいきました。

 



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カツ丼の再会! やっと会えたね五月ちゃん

♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「五月ちゃんが見つかったナリ。無事で良かったナリね!」

キテレツ「魔法学院の人達にお世話になっていたみたいだし、ちゃんとお礼を言わないとね」

コロ助「何か、あのツンツルテンのおじさんも魔法使いのお爺さんも、キテレツの発明にすごい興味があるみたいナリ」

キテレツ「コルベール先生も僕と同じ発明家なんだよ。気が合いそうだ」

キテレツ「次回、カツ丼の再会! やっと会えたね五月ちゃん」

コロ助「絶対見るナリよ♪」



「シルフィード! きゅい! 素敵な名前! きゅい、きゅい!」

 

赤く焼けた夕日の空を進む風韻竜・イルククゥは喜びの声を上げていました。

主人であるタバサがイルククゥに、使い魔としての名前をつけてあげたのです。シルフィードには『風の精霊』という意味があります。

 

「ねえねえ、タバサさま! タバサさまのこと、お姉さまって呼んでいいかしら? きゅい!」

 

自分に名前をつけてくれたタバサにイルククゥもとい、シルフィードは嬉しそうに尋ねます。

すると、タバサは無言のままこくりと頷きました。

シルフィードがさらに嬉しそうにしている中、タバサはちらりと横を振り返ります。

 

「これが異世界の空か! すごい石鹸だな!」

「絶景でしょ?」

「でも、こんなに良い景色なんて日本じゃ見られないわ!」

 

シルフィードと並んで飛んでいるキント雲の上ではキテレツ達一行がはしゃいでいます。

タバサは無表情ながらも好奇の眼差しをキテレツ達に向けていました。

 

(あれが、サツキの友達……)

 

五月が迎えに来てくれると言っていたという友達がどんな相手なのかタバサも少しは想像していたのですが、そのずっと斜め上を行っていたことに驚きます。

まさかあんなマジックアイテムを使って空を飛べるような、不思議な存在だったのですから。

風竜並の速さで空を飛ぶあの雲はもちろんですが、自分の杖や人間の大きさを変えてしまうマジックアイテムなどタバサも見たことがありません。

 

(一体、何者……)

 

キテレツ達がただの平民ではないという事実にタバサの興味は強くなりました。

マジックアイテムは恐らくあれだけではないのでしょう。さっきキテレツが開けていたケースの中には様々な道具が入っていたのをタバサはちらりと見ていました。

 

(あの子がマジックアイテムを?)

 

タバサの好奇の目はキント雲を操縦するキテレツへと向けられます。

マジックアイテムは見た所、全てキテレツの所有しているもののようです。ということは、作ったのもキテレツなのではと考えます。

魔法の使えない平民がそのような代物を作ることができることに、タバサの関心はますます強くなるばかりでした。

 

「きゅい! お姉さま、お姉さま、そろそろ学院に着くのねー」

 

シルフィードが声を上げると、トリステイン魔法学院が見えてきます。

タバサが命じるとシルフィードは滑空を始めます。キテレツのキント雲もそれに合わせて付いてきました。

 

 

 

 

夕日の空の下、魔法学院へと続く街道を二頭の馬が走っていました。

 

「サイフはちゃんと持ってるでしょうね?」

「大丈夫。しっかりカバンに入ってるから」

 

ルイズと一緒に乗馬をこなす五月は肩に下げているルイズから渡されていたカバンをさすります。

 

「まったく……あんな所でスリに遭うなんて思っても見なかったわ」

 

手綱を握るルイズは顔を顰めていました。そして、数時間前のことを思い起こします。

今日の午後は二年生の授業はありませんでした。生徒達が使い魔とのスキンシップのために自由時間が設けられたのです。

五月と正式に使い魔の契約を結んでいないルイズは、半ば従者である五月を連れてトリスタニアの街へ買い物に行きました。

ところが、買い物をしている最中にスリに遭ったのです。五月はルイズから預かっていたサイフを盗まれそうになりました。

 

「でも、ちゃんと追い払ってあげたでしょう?」

「あんた……ずいぶんと腕っ節が強いのね。あんな奴を投げ飛ばすなんて……」

 

ルイズは五月を怪訝そうに見つめます。

スリをしようとした小男でしたが、五月はサイフを取られそうになった瞬間にスリの腕を掴んだのです。

しかし、スリは一人ではありませんでした。スリが失敗すると、仲間のいかにも悪そうな男が現れたのです。

公衆の面前で力ずくで強盗をしようとした男は二人に襲い掛かりましたが、五月は殴りかかってきた男の攻撃を避け、その勢いを利用して投げ飛ばしてしまったのです。

 

それでも強盗は五月に向かってきて、ナイフまでも取り出す始末でしたが、五月は何度も何度もかわしては投げ飛ばしていました。

最後には威勢の良い掛け声で一本背負いを決めたほどです。周囲の野次馬達からは拍手喝采が上がっていました。

その後、駆けつけた警邏の兵に強盗とスリは連行されていったのです。

 

あの光景は今もルイズの脳裏に焼きついていました。

大の男をまだ子供の五月が簡単に投げ飛ばしただなんて、信じられません。

 

「サツキ。あんたの友達って……本当に迎えに来るの? あんたの友達だって、平民なんでしょう?」

「うん。でもキテレツ君の発明品なら、きっとここにもすぐに来られるよ」

「何なのよ、そのキテレツっていうのは?」

 

五月はそのキテレツという人物のことをかなり信頼しているようで、ルイズも首を傾げます。

 

「キテレツ君は色々と便利な発明品を作って、色々なトラブルを解決してきたの。わたしも、キテレツ君にはお世話になってたわ」

「……何よ。平民が作るものなんて、銃とかそんな程度のものでしょう。あんな鉛玉を飛ばせるから何だっていうの」

「そんな物騒なものじゃないよ」

 

ルイズはツンと澄ましてそっぽを向きます。魔法の使えない平民に何ができるのかと、五月の話を頭から信じていませんでした。

 

「でも、ルイズちゃんもキテレツ君の発明品を見たらきっとビックリするよ。本当にキテレツ君の発明は魔法みたいなものなんだから」

「はあ? 平民が魔法を使えるわけないじゃない。……それよりもいい加減にご主人様って呼びなさい。あんたは使い魔じゃなくても、あたしの世話になっている間は従者なんだからね」

 

澄ました態度を取るルイズに五月は苦笑しました。

そんな中、二人の頭上を何かが通り過ぎていくのが見えました。

 

「あれは……」

 

見上げてみれば数百メートル上空を、二つの影が飛んでいます。どうやら魔法学院の方へ向かっているようでした。

大きな翼を広げて滑空する一つは、どうやら竜のようでした。

 

「タバサの風竜じゃない。そういえばお昼の前から姿が無かったみたいだけど」

「……あ!」

 

五月は風竜と並んで飛んでいるものをじっと眺めていると、突然驚いたように目を見開きます。

そして、手綱で馬を叩くとルイズよりも先に馬を全速力で走らせだします。

 

「ちょっと、何勝手にご主人様より先に走ってるのよ! 待ちなさい!」

 

ルイズも慌てて馬の速度を上げて五月の後を追いました。

 

 

 

 

魔法学院の庭にシルフィードが降下すると、キテレツ達の乗るキント雲も並んで着陸していきます。

 

「何だ、何だ!」

「ミス・タバサと一緒に変なのも来たぞ!」

「あの雲に乗ってきたのか?」

「あれは平民か?」

 

庭にいた生徒達が次々と集まってきます。全員、キテレツのキント雲を見て驚いていました。

 

「ここで待ってて」

 

シルフィードを降りたタバサがキテレツ達にそう告げ、魔法学院の本塔の中へと入っていきます。

 

「本当にここに五月ちゃんがいるのかなぁ……」

「あたし、あの子が嘘をついているとは思わないわ」

「そうナリよ」

「信じようよ」

 

不安な様子のトンガリを、キテレツ達はなだめます。

 

「しかし、ここにいる奴らはみんなマント着たりして、変な所だなぁ」

 

ブタゴリラはリュックの中からバナナを一本取り出して食べ始めます。

 

「みんなあのタバサちゃんと同じマントを着けているナリね」

「それじゃあ、ここにいる人達はみんな魔法使いなの?」

「きっとそうよ」

 

キント雲に乗ったままの五人は次々と集まってくる生徒達に戸惑いだします。

生徒達はキント雲を興味深そうに見つめては触ったりしていました。生き物なのか、マジックアイテムなのか、乗っているのは平民だ、と様々な話し声が聞こえてきます。

 

「こらこら! 君達、そこで何をしているのかね!」

 

そこへ、庭の一角で生徒達が集まっている光景に目が付いたコルベールがやってきました。

 

「コルベール先生! この平民達がいきなり……」

「んん?」

 

コルベールは人ごみを掻き分けていき、キント雲に乗ったキテレツ達と相対します。

 

「おや? 君達は……この学院の者ではないようだが。ここは関係者以外、立ち入り禁止ですぞ」

「すいません。僕達、タバサちゃんに連れられてここまで来たんです」

「ミス・タバサに?」

 

キント雲を降りて答えるキテレツにコルベールは目を丸くしました。

タバサが連れてきたというだけでも驚きですが、何よりキテレツ達の格好がハルケギニアの平民とはあまりにも異なっています。

 

「ワガハイ達、五月ちゃんに会いに来たナリよ」

 

そして何より気になったのは、明らかに人間ではないコロ助の存在でした。

眼鏡を手でかけ直し、しゃがみ込んでコロ助の顔をじっと見つめます。

 

「君は……人間……かね? いや……これは、ガーゴイル?」

「何するナリか。ツンツルテンのおじさん。ワガハイはがーごいる、じゃなくてコロ助ナリよ!」

 

ポンポン、とコロ助の頭をつつくコルベールにコロ助は叫びだします。

ツンツルテンと言われて、コルベールは微妙な顔をしました。

 

「タバサちゃんにここに五月ちゃんがいるって教えられて来たんです」

「サツキ? 君達は……サツキ君の言っていた、友達とやらかね?」

「はい。僕、キテレツと言います」

 

キテレツに五月の名前を持ち出されてコルベールはさらに驚きました。そして、五月が言っていたキテレツの名を名乗ったことで確信へと変わります。

 

「いやいや……迎えが来ると彼女が言っていたのだが……まさか本当に、こんなに早く来るとは……」

 

後頭部を掻いて参ったような顔でキテレツ達を見回しました。

 

「やっぱり、ここに五月ちゃんがいるのね!」

「ねえ、おじさん! 五月ちゃんはどこにいるの!? 会わせてよ~!」

「こらこら、落ち着きなさい」

 

トンガリに縋りつかれるコルベールですが、教師らしく落ち着いた態度でなだめます。

 

「君達、ミス・ヴァリエールはまだ戻らないのかね?」

「さあ? ゼロのルイズがどこに行ったかなんて知りませんよ」

「あいつ、午後の自由時間に召喚した平民と外に出たまんまなんですよ」

 

コルベールが生徒達に問いかけますが、みんな首を横に振るばかりです。

 

「なあ、オセロのルイズって何だ?」

「ゼロのルイズ、でしょ? さあ……何かのあだ名じゃない?」

 

ブタゴリラの天然を交えた疑問にトンガリ自身も想像します。

 

「ところでミス・タバサはどこに?」

「タバサちゃんは塔の方へ行ってしまって……。ここで待っているように言われているんです」

「ふむ……入れ違いになったかな……。分かった、ここで待っていなさい。さあ、君達は早く解散しなさい!」

 

そうコルベールが生徒達に叫ぶとみんなキテレツから離れていきます。

コルベールも小走りでタバサが入っていった本塔へと向かいました。

 

「でも何で五月がこんな所に来ちゃったんだろうな?」

「さっき、召喚とか言ってなかった?」

「ポンカン?」

「召喚よ。つまり、魔法使いが動物とかを呼び出す魔法のこと」

 

今度はみよ子がブタゴリラの天然に突っ込みました。

そうしてキテレツ達が立ち往生している中、正門の方では一頭の馬が駆け込んできます。

 

「やっぱり……!」

 

馬を飛ばして大急ぎで魔法学院へと戻ってきた五月の目に、見慣れた子供達の姿が映りこみます。

途端に道中も期待に輝いていた顔がますます喜びに満ちていました。

 

「キテレツ君! みんな!」

 

馬を飛び降りた五月は手を振りながら駆け寄っていきます。

 

「見て! 五月ちゃんよ!」

「本当だ! 五月ちゃんだ! 五月ちゃ~ん!」

 

キテレツ達の方も捜し求めていた五月の姿に喜んでいました。トンガリは誰よりも早くキント雲から降りて駆けていきます。

 

「心配したぜ! 五月!」

「無事で良かったわ!」

「五月ちゃん、怪我はない? 僕、本当に心配したんだよ?」

「こっちは五月ちゃんを見つけるのに苦労したナリよ」

「でも良かったよ。こんなに早く見つけられたんだから」

 

五月と再会したキテレツ達は口々に五月の身を案じ、そして安堵していました。

 

「みんな……きっと来てくれるって信じてたよ……!」

 

大切な友達は危険を省みず自分を助けに来てくれました。一体、何が起きるか、どんな危険が待ち受けているのかにも関わらずにです。

そのことがとても嬉しくて、五月は思わず瞳を潤わせていました。

 

「ありがとう、キテレツ君! みんな……!」

 

五月はキテレツの手を取り、感極まっていました。声もどこか涙声です。

 

「いやぁ……そんな……」

「キテレツは本当に頼りになるナリ!」

「五月ちゃんのためだったら、どこへだって追いかけていくよ!」

「これが本当の、カツ丼の再会って奴だな」

「ブタゴリラ君。それを言うなら、感動の再会でしょ?」

 

再会を喜び合い、はしゃぐ子供達の姿に、先ほど解散したばかりの生徒達がまたも集まってきます。

 

「何よ……あの子達は……」

 

追いついてきたルイズは、五月が見慣れぬ平民の子供達と親しく話している光景を蚊帳の外から見届けていました。

 

 

 

 

タバサがオスマン学院長を呼んできて、コルベールも一緒に戻ってくるとひとまず一行は学院長室へと移動しました。

ただし、大勢で入ると迷惑になるので入るのはキテレツと五月だけです。

残りの四人は外で待つことになりました。

 

「君がミス・ヴァリエールの呼び出したサツキ君の友達の……キテレツ君、と言ったかの?」

「はい」

「それはあだ名で、本名は木手英一って言うんです」

 

ソファーに座ってキテレツ達とオスマン学院長達は向かい合います。

 

「うむ。しかし、まさかこんなに早く迎えが来るとは思わなんだな……」

「君達の故郷は、ここからそう遠くないのかね?」

「信じてもらえるかどうか分かりませんけれど……僕達は、別の世界からやってきたんです」

「別の、世界?」

 

キテレツの言葉にコルベールもオスマンも目を丸くしました。

 

「じゃあ、やっぱりここはわたし達が元いた世界とは全然違うのね。一体、キテレツ君達はどうやってやって来れたの?」

「うん。僕の作った冥府刀を使ってね。これで、この世界と僕達の世界を繋いだんだ」

 

キテレツはリュックから取り出した冥府刀を見せます。

 

「すごい……キテレツ君、そんなものまで作れたのね……」

「我々のいる世界とは別の世界……ハルケギニアではないどこかか……実に興味深い話だな……」

「じゃあ、ちょっと試しにやってみますね」

 

立ち上がったキテレツはオスマンの机の前で冥府刀を構えます。

 

「冥府刀、スイッチオン!」

「わっ!」

「おお!?」

「何と!」

 

キテレツがスイッチを入れれば冥府刀の刀身は赤く光りだし、三人は驚きの声を上げます。

 

「えいっ!」

 

そして、空間を切りつけると、何も無い場所に光輝く時空の裂け目が出来上がりました。

 

「すごい……」

「こ、これは……」

「何と……」

 

五月もオスマン達も開いた口が塞がりません。目の前に浮かぶ時空の裂け目からは不思議な光が放たれていました。

 

「ちょっと覗いて見てください」

 

キテレツが促すと、オスマンとコルベールはキテレツが作りだした光の裂け目の中へ顔を突っ込みます。

 

「これは……!」

「おお……!」

 

オスマン達の目に飛び込んできたのは、これまでに見たことのない光景でした。

そこはキテレツ達の通っている表野小学校の屋上で、表野町を一望することができます。

ハルケギニアでは考えられないほどに大きな町が目の前に広がり、空には飛行機が轟音と共に飛んでいました。

遥か彼方には都心のビルが霞んで見えます。

 

「コ、コルベール君……ワシらは、夢を見ているのかの?」

「い、いえ……これは、夢ではありません……」

 

呆然とするオスマンとコルベールは目を見開いたまま、驚くばかりです。

彼らの常識では決して考えられない出来事、そして光景が目の前で起きたことに夢か幻かと錯覚してしまいます。

 

「今二人が見たのが、僕達の住んでいる世界なんです。信じてもらえますか?」

「すごい……こんなものを見せられて信じないわけにはいかないな」

「同感じゃ……」

 

顔を引っ込めると、キテレツは冥府刀のスイッチを切ります。

光の裂け目は跡形もなく消えてしまいました。

 

「だが、こんなすごいことができるマジックアイテムを……まさか、君が作ったのかね?」

「発明したのは、僕のご先祖様ですけどね」

「キテレツ君は、魔法みたいな不思議なことができる発明を作る才能があるんです」

 

コルベールはずいずいとキテレツに迫って顔を近づけだしました。

 

「そ、それじゃあ……あの丸いガーゴイル人形も君が!?」

「コ、コロ助のことですか? ガーゴイルじゃなくて、カラクリ人形ですよ」

「お、おお……! 何と、あそこまで精巧に動く上に、自分の心を持つ人形を作ったとは! おっと……!」

 

興奮するコルベールは眼鏡を落としてしまいます。

 

「素晴らしい! 君は素晴らしい発明家だ! その若さであれほどの物を作るとは!」

「い、痛いですよ!」

「これこれ、やめんか! コルベール君!」

 

子供のように目を輝かせ、歓喜に打ち震えるコルベールはキテレツの肩を掴みます。それをオスマンが見咎め、杖で小突きます。

 

「おっと……失礼しました。つい興奮を……」

 

落ち着きを取り戻したコルベールはソファーへと戻ります。キテレツも冥府刀を手に五月の隣に戻りました。

 

「うむ。君達がこのハルケギニアとは別の異世界から来たというのは、これで証明された訳じゃな」

「しかし、ということはミス・ヴァリエールは異世界から使い魔の召喚を行ったというわけですね」

「そういうことになるの……。実に不思議なものじゃな。我々のいる世界とは別の世界が存在し、さらにその世界から召喚を行えたとは」

 

キテレツにしてみれば四次元を通ってあの世へ行ったことがあるのですが、ここまで不思議な世界があったのは驚きました。

 

「じゃが、サツキ君。これで君が帰る手段は見つかった訳じゃな」

「では、君達は帰るのかね? 元の世界に」

「はい。キテレツ君達と一緒に帰りたいと思います」

 

五月はきっぱりと答えました。自分達が帰るべき場所。それが表野町なのですから。

 

「そうか。しかし、我らも無断で君を呼び出してしもうて申し訳無かったの」

「わたしも、短い間ですけれどお世話になりました」

「五月ちゃんがお世話になったようで、ありがとうございます」

 

オスマンは謝罪を、五月とキテレツは感謝のために頭を下げました。

 

「あの……ルイズちゃんは、この後どうなるんです?」

 

ふと、五月は自分を召喚したルイズのことが気になり、コルベールに尋ねました。

 

「本来、メイジが召喚した使い魔はその使い魔か召喚したメイジ……どちらかが生涯を終えるまで新たな召喚はできないのだよ」

 

つまり、ルイズか五月のどちらかが死ななければならなかったのです。

だから再召喚は無理だとコルベールはルイズに告げていたのでした。

 

「だが、君達が元の世界に帰れば恐らくまた新たな召喚は可能となるだろう。ミス・ヴァリエールにはもう一度召喚の機会を与えよう」

「そうですか。ルイズちゃん……とても寂しそうな子だったから心配していたんです」

 

五月は一日だけとはいえ、ルイズと一緒に過ごしましたがルイズに対してある印象を感じていました。

それは孤独――自分が抱えていたものと同じです。しかも彼女には五月のような友達さえいません。

だからあそこまで使い魔を欲しがっていたのだろうと感じていました。かつて五月が北海道で唯一友達となった子牛を可愛がっていたように。

 

「でも、また僕達の世界にあの光る鏡が出てきたらどうするのさ」

「ああ。その時は決して君達は触れてはならん。本来、使い魔の召喚と契約は鳥や猫などの動物に対して行うものじゃ。ワシのモートソグニルのようにな」

 

ふと、オスマンの肩に小さな白いネズミが上ってきました。これがオスマンの使い魔です。

 

「もしもまた、召喚のゲートが君達の世界に現れるようなら、何か動物を入れてやればよい。それで召喚された動物を、彼女の使い魔としよう」

「でも、その動物もいきなり別の世界に送られるなんてちょっと可哀相」

 

五月でさえいきなり異世界へ飛ばされてしまって戸惑ったのです。猫や鳥となればキテレツ達のように仲間が助けにくるわけにもいきません。

 

「ワシらも元いた場所に使い魔を送り返す魔法を開発せねばならんかもな」

「ええ。同感ですね。今後、このようなことがないように」

 

コルベールはキテレツの方を見ると、何か決意したような顔をしています。

 

「キテレツ君。私も君が作ったあのメイフトウのように、異世界を繋ぐ発明をいつか作ってみせようと思う。君の世界を、もっと見てみたいのだ」

「ホッホッホッ。コルベール君は変わり者じゃが、ここまで奇天烈なものを見せられてさらに刺激されたようじゃな」

 

 

 

 

学院長室を後にしたキテレツと五月は長い螺旋階段を降りていました。

 

「本当にキテレツ君には感謝のしようがないわ」

「それほどでもないよ」

「でも、たった一日で迎えに来てくれただなんてびっくりしたよ」

「一日? 僕達は、あれからすぐに五月ちゃんを追ってきたんだよ。ついたのはお昼前だったんだよ」

 

五月はこのハルケギニアで一日を過ごしましたが、キテレツ達にしてみれば五月がいなくなって数時間しか経っていません。

 

「どういうことなの?」

「う~ん……きっと、僕達の世界とこの異世界とじゃ、時間の流れが全然違うんだな。こっちでの一日は向こうの数十分でしかないんだ。実際はどうなのか分からないけど……」

「でも、それなら今すぐ帰れば向こうではそんなに時間が経ってないってことよね」

「うん。きっとそうだよ。早くみんなと一緒に表野町へ帰ろう!」

 

他の四人は建物の外で待ってるようです。急いで合流して冥府刀を使い、元の世界に帰らなければなりません。

ずっと長居していれば、本当に何が起こるか分からないのです。

しかし、五月はその前にお世話になった学院の奉公人やルイズへ挨拶をしようと考えていました。

 



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帰還不能!? ゼロのルイズの大爆発

♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「五月ちゃんを召喚した魔法使いの女の子がとても怒ってるナリよ」

キテレツ「一体、何をしたんだ?」

コロ助「ゼロのルイズって呼んであげたら、ものすごい怒り出したナリ」

キテレツ「それはあの子にとっては悪口みたいなものなんだから、怒って当たり前だよ」

コロ助「わわわーっ! 待つナリ! 爆発の魔法が怖いナリーっ!」

キテレツ「次回、帰還不能!? ゼロのルイズの大爆発」

コロ助「絶対見るナリよ♪」



キテレツ達がオスマン学院長達と話し合っている間、みよ子やコロ助達は学院の庭で待つことになりました。

 

「しかし呆気なかったなあ。丸一日はおろか半日も経たない内に五月が見つかるなんてな。野菜をたくさん持ってきた意味がないぜ」

 

キント雲に座るブタゴリラは横に降ろしたリュックを叩いて溜め息をつきました。

 

「まあでも良かったじゃない。何も危険が無くて家に帰れるんだからさ」

「あら、あたしとコロちゃんは危ない目に遭ったのよ。トンガリ君もブタゴリラ君もあんな目に遭わなかったからそんなことが言えるんだわ」

 

実際に危険な出来事に直面しなかったので呑気なトンガリ達にみよ子が食いつきました。

 

「ははは……でもさ、五月ちゃんも見つかったし、これで万事解決だよ」

 

後はキテレツの冥府刀を使って元の世界へ帰るだけなのです。

少々張り合いのない異世界での冒険劇でしたが、トンガリとしては早く家に帰って大好きなママにも会いたいのでした。

 

「ところでコロ助の奴はどうした?」

「コロちゃんならあそこよ」

 

みよ子が指差すと、庭の一角でシルフィードと戯れているコロ助の姿がありました。

 

「きゅいきゅい~♪」

「きゃははは♪」

 

コロ助はシルフィードの首に乗って楽しそうに遊んでいます。

 

「あいつはもっと呑気だよなあ。さっきまで人さらいにさらわれてたってのによ」

「本当だね……」

 

ブタゴリラとトンガリはコロ助を見て呆れています。

と、シルフィードと遊んでいるコロ助をよそにブタゴリラ達の元へ近づいていく三人の生徒がいました。

 

「あら、タバサちゃん」

 

みよ子が世話になったタバサは友人のキュルケと一緒に、三人の前に現れたのです。

その後ろではルイズが憮然とした顔をしていました。

 

「ふ~ん。あなた達の乗っているそれが、空を飛ぶマジックアイテムなのね」

 

キュルケはみよ子達が乗っているキント雲をまじまじと見つめ、興味深そうにしています。

 

「な、なんすか。お姉さん」

「すごい美人……」

 

ブタゴリラもトンガリも綺麗な年上のお姉さんであるキュルケを前にして顔を赤くしています。

 

「タバサ。あなたの使い魔とどっちが速かった?」

「同じくらい」

 

一緒にいたタバサは本を読みつつ短くそう答えます。

シルフィードは幼生の風竜ですので最高飛行速度は時速150kmといったところで、キント雲もそれと同じくらいの速さで飛べるのです。

 

「へぇ~、すごいものに乗ってるのね。あなた達、サツキの言っていた友達ね?」

「は、はい。自分は、熊田薫と言います。実家は、八百屋で……はははは」

「ブタゴリラ。顔が赤いよ」

「トンガリ君だってそうじゃないの……」

 

目を細くしてみよ子は照れて赤くなっている二人を呆れたように見つめました。

五月に一途に惚れているはずのくせにそんな顔をするなんて、男はみんな綺麗な女の人に弱いのです。

みよ子達からしてみればキュルケは外国人で、大学生くらいのお姉さんといったところなのですから。

 

「あの、お姉さんもタバサちゃんと同じ魔法使いなんですか」

「ええ、そうよ。私はキュルケ。キュルケ・フォン・ツェルプストー。二つ名は微熱のキュルケ……」

 

トンガリの問いにキュルケは優雅に自分の名を三人に名乗ります。しかし……。

 

「キュウリの本と、増えるストライキ?」

「あらら」

 

ブタゴリラの言い間違えで台無しになってしまいました。みよ子とトンガリはずっこけます。

長ったらしい外国の名前はブタゴリラが覚えるのは無理な話だったようです。

 

「キュルケよ。キュルケ」

「ぷぷぷ……くっくっくっ……」

 

しかし、キュルケは苦笑しつつも余裕たっぷりの態度で言います。

ルイズは腹と口を押さえて密かに爆笑していました。キュルケは当然、気づいていますが無視していました。

 

「フォンっていうのは貴族の子孫っていう意味がある名前なんだよ。確か、ドイツで使われたはずだけど……」

「あらボウヤ、平民なのにずいぶんと貴族の名前の意味に詳しいわね。その通りよ。私はゲルマニアのツェルプストー家の生まれ……炎と情熱に満ちた貴族の一員よ」

 

外国のことにはそれなりに詳しいトンガリの説明にキュルケは感嘆しつつ答えました。

 

「何が炎と情熱よ。ただの色ボケの色魔じゃない」

「あら、ルイズ。あなたいたのね」

 

と、そこへルイズが澄ました態度で前へ出てきてキュルケの悪口を言います。キュルケは悪口など気にせず余裕の態度を崩しません。

 

「あなたもタバサちゃんとキュルケさんのお友達?」

「冗談じゃないわ! 誰がこんな女と友達なもんですか!」

「あら、つれないわね。実家も部屋もお隣同士じゃない。私はあなたをお友達だと思っているわよ。嫌いだけど」

 

みよ子が話しかけるとルイズはキュルケを指差して癇癪を上げていました。

 

「あの二人、仲悪いのか?」

「そうじゃない?」

 

ブタゴリラがトンガリに耳打ちをします。傍から見ればそうにしか見えません。

 

「あたしはルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブランド・ラ・ヴァリエールよ」

「ルイズ、フラダンスぅ? 変な名前だな」

 

やっぱりブタゴリラには貴族の名前は覚えることはできません。またもみよ子とトンガリはずっこけてしまいました。

しかし、今回はキュルケのように穏やかには終わりません。

 

「ルイズ・フランソワーズ! 貴族の名前を間違えるだなんて無礼じゃない!」

 

ルイズはブタゴリラに向かって烈火のごとく怒り出しました。

ブタゴリラもさすがに二度も間違えて悪いことをしたと感じたのか、困った顔をします。

 

「ご、ごめんな。でも、長ったらしくて覚え難くてよ……もうちっと金平糖な名前の方が覚えやすいぜ」

「それを言うならコンパクトでしょ」

 

こんな時でもブタゴリラの天然な言い間違いにトンガリのツッコミが入ります。

 

「ぷっ……あはははは! サツキの友達って本当に面白いわね! ねえ、タバサもそう思わない!?」

「滑稽」

 

キュルケからしてみれば何とも漫才じみたやり取りに腹を抱えて爆笑してしまいます。

 

「まったく……サツキの友達がどんな平民なのかと思ったら……こんな連中だなんて……」

 

ルイズは頭を押さえて溜め息をついていました。

 

「さっきから平坦だとか、規則だとか何のこと言ってるんだ?」

「貴族と平民。貴族っていうのは、要するに江戸時代で言えばお殿様みたいに偉い人ってことさ」

「平民っていうのは、あたし達みたいなのを言うのよ」

 

ブタゴリラが貴族や平民の概念を理解していないので、トンガリとみよ子は分かりやすく説明します。

 

「要するに、トンガリみたいなのを言うんだな。お金持ちのエリートって奴か」

「ちゃんと分かってるじゃない。そうよ。あたしはトリステインの由緒正しきラ・ヴァリエール家の三女よ」

 

ルイズは尊大な態度で腰に手を当てて胸を張っていました。

 

「何か感じ悪いな……」

「そりゃあ貴族のお嬢様みたいだし……子供なんだから仕方がないよ」

 

キュルケやタバサと異なってかなり偉ぶるルイズにブタゴリラはあまり良い印象がありません。

しかし、裕福な家庭育ちのトンガリは彼女がそういう人間なのだと割り切っていました。

ブタゴリラ達からしてみればルイズは自分達と同じ年頃の女の子に見えるのです。

 

「何コソコソ話してるのよ!」

「まあ良いじゃないの、ルイズ。相手は子供なんだから許してあげなさいな」

 

癇癪を上げるルイズをキュルケがなだめます。

しかし、ルイズの不機嫌さは一行に収まりません。

 

「きゅい~♪」

「タバサちゃんのドラゴン、とっても良い子ナリね」

 

そこへ、シルフィードと遊んでいたコロ助がその背に乗ったままやってきます。

コロ助はシルフィードの首を滑り台代わりにして降りてきました。

 

「な、何よこの丸っこいのは?」

「ワガハイ、コロ助と言うナリ。よろしくお願いするナリ」

 

ルイズがタバサの友達と思ったのかコロ助は気軽に話しかけて挨拶をしてきました。

コロ助がブタゴリラ達とは明らかに違う存在であることにルイズは驚いているようです。

 

「あら、可愛いわね。この子、もしかしてガーゴイルなのかしら?」

「たぶんそう」

「これがガーゴイル? 変な姿してるわね……。背中のそれは剣なのかしら?」

 

ルイズは不思議そうにコロ助の頭を指先でつつきます。ゴム鞠のような触感……というより、元々コロ助の頭の部品はゴム鞠なので柔らかいのです。

 

「なはは……そうナリ……ワガハイは武士ナリから……」

 

ルイズの顔を見てコロ助は照れたような顔をします。

コロ助からしてみれば、ルイズはキテレツ達と同じくらいの可愛い女の子として見ていました。

 

「ところで、平民がマジックアイテムを使って空を飛んできただなんて。もしかして、あなた達が作ったのかしら?」

 

キュルケはキント雲の三人を振り返って尋ねます。

 

「あ、いえいえ。これは俺の友達が作ったものでして……」

「そうそう。さっき、五月ちゃんと一緒に中に入っていった……」

「コロちゃんもこの雲も、キテレツ君の発明です!」

 

キュルケを前にして顔を赤くするブタゴリラとトンガリですが、みよ子が気丈な態度で代わりに答えました。

 

「キテレツって、あの眼鏡の子ね? へえ~……平民なのにガーゴイルやこんなすごいマジックアイテムを作れるなんて……」

「何よ。いくら平民が作ったからって、空を飛べるだけじゃない。そんなこと、あたし達メイジだってできるわ」

 

素直に感心するキュルケですが、ルイズはつんと澄まして面白くなさそうにします。

 

「あら、でもルイズよりはすごいと思うわ? マジックアイテムを使ってでも空を飛べるんだから。自分の二つ名、ご存知?」

「……う、うるさいわね!」

 

キュルケにそう言われてルイズはさらに憤慨します。自分の二つ名……それはルイズにとって屈辱そのものなのです。

 

「二つ名って何のことだ?」

「あだ名のことだよ。ブタゴリラみたいな」

 

ブタゴリラにトンガリが耳打ちをして教えます。

 

「ああ。じゃあ、さっきのゼロのルイズっていうのが、あだ名なんだな!」

 

先ほど、生徒の何人かが口にしていた言葉をブタゴリラはふと思い出しました。

ところが何気なくその二つ名を口にした途端、ルイズの目つきがますますつり上がり、怒りの色が濃くなります。

肩を震わせ、拳をぎゅっと握り締め、俯いたままです。

 

「な、何だよ? どうしたんだ?」

「あなた、逃げた方が良いんじゃない?」

「ええ?」

 

あっけらかんと促すキュルケにブタゴリラはさらに戸惑います。

そして、ついにルイズは乗馬の鞭を取り出し、きっとブタゴリラを睨みつけました。

 

「何よ! たかが平民のくせに! たかがマジックアイテムが使えるくらいで! ガーゴイルがいるくらいで!」

 

まるで今まで溜まっていた思いを全て吐き出すかのように、ルイズの怒りは爆発しました。

 

「ちょっと、待てよ! 俺は別に何も……痛てっ!」

「うるさい、うるさい! あんた達もサツキも! 平民のくせしてあたしを馬鹿にして!」

 

鞭を振り回しながらルイズは怒りのままにブタゴリラを叩き始めました。

その剣幕にはさすがのブタゴリラもたじたじです。

 

「待ちなさい、平民! ブタ!」

「冗談じゃねえ! 俺が何やったって言うんだ!」

 

庭を逃げ回るブタゴリラをルイズは物凄い剣幕のまま鞭を振り回して追いかけ回します。

 

「さっきのあだ名って、言っちゃいけないものだったんですか?」

「まあそうね。ルイズにとっては禁句みたいなものだけど」

 

トンガリがキュルケに尋ね、キュルケは肩を竦めながら答えます。

 

「ブタゴリラはどこへ行ってもトラブルを起こすナリね」

 

コロ助はルイズに追い回されるブタゴリラを眺めて溜め息をつきます。

 

「おいおいおい! やめろって!」

「何でこんなに早くサツキを迎えに来るのよ! おまけにあたしまで馬鹿にするなんて! 絶対に許さないわ!」

 

怒りに全てを任せるルイズは思わず口にします。それは五月の友人であるキテレツ達が現れてから抱いていた思いでした。

故郷から迎えが来るだなんてせいぜい、何ヶ月……ひょっとしたら何年もかかるものだと思っていたのに、現実はたったの丸一日というとんでもない早さだったのです。

自分が召喚した五月は使い魔の契約も結ばず故郷からの迎えにより、たったの一日で自分の前からいなくなってしまう……ルイズはその現実を受け入れることができませんでした。

たとえ使い魔の契約を結んでいないとしても、五月の存在はルイズにとっては必要なものだったのです。

それをこうもあっさりと失ってしまうなんてルイズは認められませんでした。

 

「何やってるんだよ、ブタゴリラ!」

「どうしたの、ルイズちゃん!」

 

そんな中、学院本塔の入り口から出てきたキテレツと五月が目の前で起きている騒動に驚きます。

止めに入ろうと駆け寄り、ブタゴリラもキテレツ達の方へ逃げてきました。

 

「へぇ……へぇ……痛てっ! 痛たたたっ!」

「この! このぉ!」

 

草地に倒れこみ疲労困憊のブタゴリラを追いついてきたルイズが力いっぱいに鞭で引っ叩きます。

 

「ど、どうしたのさ! 一体!」

「やめて、ルイズちゃん!」

「黙りなさい!」

 

キテレツと五月が止めに入りますが、ルイズは怒りの矛先を二人にも向け始めます。

 

「どうせあんただって……すぐに帰れるから……あたしのことを馬鹿にしてたんだわ!」

 

ルイズからしてみれば五月は自分に「誰がお前の使い魔になんてなるものか」と言っているように感じていたのです。

 

「あたしは……ゼロの……ゼロのルイズなんかじゃない!」

「うわっ!」

 

鞭をキテレツの顔に投げつけ、杖を手にしたルイズは怒りに我を忘れたまま三人を睨みつけました。

 

「平民のくせに! 馬鹿にするなぁーっ!!」

 

激怒のままに杖を振り上げた途端に杖が強い光を放ち、四人がいる場所に大きな爆発が巻き起こります。

 

「うわああああっ!」

 

爆発に巻き込まれた三人は爆風に吹き飛ばされてしまいます。

 

「キテレツ君!」

「キテレツーっ!」

「五月ちゃん!」

 

みよ子達は投げ出されてしまった三人の元へと慌てて駆け寄ります。

ブタゴリラだけは草地の上で仰向けになって目を回し、気絶していました。

 

「はぁ……はぁ……」

 

肩で大きく息をするルイズも爆発に巻き込まれて着ている服は黒焦げです。

 

「大丈夫!? キテレツ君」

「うん……何とかね……」

「五月ちゃん。怪我はない?」

「わたしは大丈夫……」

 

キテレツはみよ子に、五月はトンガリに介抱されて起こされます。

 

「あああああーっ!」

 

そんな中、コロ助の絶叫が響きました。

 

「キテレツ、キテレツぅーっ!」

「どうした? コロ助!」

「め、め、め、め、め、め、冥府刀が……」

 

コロ助の元へ急いで駆け寄ると、キテレツはそこで見てはいけないものを見てしまいます。

 

「あああっ……! 冥府刀がぁ……!」

 

二人の前には、キテレツが手にしたままだった冥府刀が草地の上に投げ出されていました。

ところが、今の爆発で刀身と柄が外れ、中の部品が散らばってしまっていました。完全に壊れてしまったのです。

 

「め、冥府刀が壊れたってことは……」

 

コロ助が恐る恐る問いかけると、唖然とするキテレツはがっくりと膝をつきます。

 

「僕達は、帰れなくなっちゃったんだよぉ……」

「えええっ!?」

「う、嘘でしょ!? キテレツぅ!」

「そんな……!」

 

沈み込むキテレツに駆け寄ってきた三人は、目の前の惨状とキテレツの絶望の言葉に愕然とします。

この異世界とキテレツ達の世界を繋ぐことができる唯一の手段である冥府刀。それが無残にも壊れてしまったことは、つまりそういうことなのです。

キテレツ達は、この異世界ハルケギニアに永久に足止めとなってしまったのでした。

 

 

 

 

コルベールが庭での騒ぎを聞きつけて駆けつけた時には全てが終わった後でした。

故郷へ帰る手段を失ったキテレツ達は泣き崩れていました。トンガリは「ママーッ!」とはっきり叫んでいたほどです。

一行はとりあえず再びオスマン学院長の部屋へと招かれることになりました。そこには騒ぎの原因であるルイズもいます。

 

「これは……ひどい有様だな……」

 

ソファーに座るコルベールは目の前のテーブルに置かれた冥府刀の残骸を目にして溜め息をつきます。

先ほど、異世界への扉を開く奇跡を見せてくれたマジックアイテムは見るも無残に壊れています。

 

「しかし……これで君達は帰れなくなってしまったというのだね?」

「それを言わないでよ! おじさん!」

 

向かいのソファーにはキテレツ達が座っており、その横に立っていたトンガリが泣きながら叫びます。

コルベールは申し訳なさそうな顔で一行を見つめます。みんな、沈んだ顔をしていました。

 

「僕達、五月ちゃんを助けに来たっていうのに、こんな世界で取り残されるなんて!」

「ニラ取りがニラになるって奴だぜ」

 

気絶から回復していたブタゴリラがソファーの後ろで呟きます。

 

「ミイラ取りがミイラでしょ!」

「うるせえ! 一々、言い直すな!」

 

こんな時でも天然ボケをかますブタゴリラに怒鳴るトンガリですが、当の本人も怒鳴り返しました。

 

「何とか直せないの? キテレツ君」

「うん……一応、工具箱は持ってきてるんだけど……肝心の部品がないんだよ。大百科も無いし……」

 

みよ子に尋ねられて奇天烈は弱々しくそう答えます。

冥府刀はかなり精密な部品を使って作られているので簡単には直せません。

おまけにキテレツの数々の発明品の設計が載っている奇天烈斎が遺した秘伝の書・奇天烈大百科は元の世界にあるのです。

これでは修理はもちろん、新しく作り直すことも不可能です。

 

「それじゃあ、ワガハイ達はずっとここで暮らすナリか?」

 

キテレツはその問いに何も答えずに俯きます。まるでそれが答えだと言わんばかりです。

 

「うわ~~ん! そんなの嫌ナリ~~! 家へ帰りたいナリ~!」

「ママ~!」

 

コロ助とトンガリが泣き出してしまいます。その姿を見て、コルベールもオスマンも困り果てた顔をします。

 

「みんな……ごめんね……わたしを助けに来たばっかりに、こんなことに……」

 

五月も沈みこんで拳を膝の上で握り締めます。

そもそも事の始まりは五月があの光の鏡に不用意に触れてしまったことなのです。五月は今回の騒動の原因となったことで責任を感じていました。

 

「……何よ。全部あたしが悪いって言ってるみたいじゃない!」

 

コルベールが座るソファーの後ろで立っていたルイズが、耐えられずに声を上げました。

 

「何だと! お前が五月を誘拐したのがそもそもの原因じゃねえか!」

「何ですって! 誰が誘拐よ!」

「魔法使いだって言うんなら、俺達を元の場所へ戻す魔法を使いやがれ!」

「無理よ! 召喚したものを送り返す魔法なんて無いわよ!」

 

ブタゴリラとルイズが睨み合って言い争いを始めます。それを止めたのは、コルベールの一喝でした。

 

「やめないか、二人とも! ミス・ヴァリエール。たとえどんな理由があろうと、君がこの子達が故郷へ帰る手段を奪ったことに変わりはない!」

 

コルベールの一喝に二人は黙り込みます。そして、ルイズはキテレツ達の顔を見回しました。

この平民達はただ友達を助けに来ただけです。ただそれだけなのに、トラブルによって故郷へ帰ることはできなくなってしまいました。

そのトラブルの原因が自分にある――冷静になって考えるとその事実はルイズの心に深い罪悪感を生み出します。

 

「ブタゴリラ、ルイズちゃんを責めちゃだめよ。ルイズちゃんだって、悪気があってやったわけじゃないんだから」

 

五月がそう言うと、ルイズは余計に罪悪感に苛まれます。

 

「これはもう……我々にも責任がありますな」

「うむ。生徒の責任は我ら教師の責任じゃ……そして、使い魔召喚の儀そのものにも問題があることがはっきりした」

 

コルベールとオスマンは顔を見合わせます。

 

「我らも出来る限り、君達を送り返す手段を探してみるとしよう。それまでは、君達がこの学院にいることを認めよう」

「でも……それが見つかるまでどれくらいかかるのさ?」

 

トンガリは恐る恐るそう尋ねます。

何ヶ月……いや、もしかしたら何年もかかるかもしれません。その間、元の世界ではどうなっているのか分からないのです。

ひょっとしたら永久に見つからない……そんな結末だってあり得るのです。

 

「それは……」

 

コルベールもオスマンも何も答えられませんでした。

一同は完全に沈黙し、悩み、絶望し、困惑していました。

非常に気まずい雰囲気の中、みよ子は決意したような顔となります。

 

「みんな! 元気を出して! あたし達はきっと帰れるわ!」

「みよちゃん……」

 

キテレツはもちろん、五月もコロ助もブタゴリラもトンガリも、呆然としました。

 

「冥府刀はこんなに壊れてしまったし、奇天烈斎様が助けてくれる訳じゃないのに……無理ナリよ……」

「何言ってるのよ、コロちゃん! あたし達、これまでだって色々冒険をしてきたじゃない。それまでで帰れなかったことがある?」

 

キテレツ達はこれまでの自分達の冒険を思い出します。

航時機で近い昭和の時代から江戸時代、戦国時代、室町時代、平安時代、弥生時代、旧石器時代へとタイムトラベルをしてきました。

さらに日本だけでなく、紀元前のエジプトやローマ、中世ヨーロッパ、アメリカの西部開拓時代と、世界中を旅してきました。

果てはあの世にまで行ったことさえあるのです。

そのいずれの冒険でも危険なことは必ず起こっていました。航時機が壊れて帰れなくなりかけたことさえあります。

しかし、最後には元の世界の表野町へと帰ることができたのです。

 

「キテレツ君もみんなも、最後まで諦めちゃ駄目よ! きっと帰る方法はあるわ! それまでがんばりましょうよ!」

 

みよ子がみんなを元気付けようと発破をかけると、それまで沈んでいたキテレツ達の顔に希望が宿っていきます。

 

「そうよ。みよちゃんの言う通りだわ。わたし達は帰れるよ。だから元気を出しましょう!」

 

五月もみよ子に賛同して元気な声を上げます。

 

「キテレツ君も、諦めないでがんばってみて。もしかしたらその冥府刀だって、直せるかもしれないわ」

「みよちゃん……うん! 僕も諦めないよ!」

「ワガハイもナリ! 帰ってママのコロッケを食べたいナリ!」

「俺だって八百八を継ぐって決めてるんだ! こんな所で野垂れ死にしてたまるか!」

「僕、ママの所へ帰りたいよ……」

 

トンガリだけはまだ元気がありませんでしたが、それでも家に帰りたいという思いは同じでした。

そのように元気を出した六人の子供達を目にしてルイズもコルベールもオスマンも、呆然とします。

 

「うむうむ。ここまで元気な子達を見るのは初めてじゃな」

「ミス・ヴァリエール。君が責任を持って彼らの面倒を見るのだよ。それが君が彼らにしてあげられる最低限の償いなんだ」

「はい……」

 

ルイズは元気を取り戻したキテレツ達を眺めて、不思議に感じました。

どうしてここまで絶望的な状況なのにここまで希望を抱いて前向きになれるのか。自分より年下の、しかも平民なのに。

しかもこの六人は強い絆で結ばれた親友同士です。その輝いた姿を目にして、胸の奥がモヤモヤとしていました。

 

 



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嘆きのルイズ! 独りぼっちの魔法使い

♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「ワガハイ達、とんでもない世界に取り残されてしまったナリね」

キテレツ「とにかく冥府刀を直せないか、色々と試してみるよ。コルベール先生も手伝ってくれるみたいだし」

コロ助「ところであのピンク髪の魔法使いの女の子、何であそこまでみんなに馬鹿にされてるナリか?」

キテレツ「次回、嘆きのルイズ! 独りぼっちの魔法使い」

コロ助「絶対見るナリよ♪」



魔法学院へと身を置くことが認められたキテレツ一行は、五月と同様に表向きには学院の奉公人という扱いとなりました。

五月だけはルイズが直接召喚してしまったので、今後も彼女の個人的な従者ということになります。

 

「いつまでもウジウジすんなよ。早めのトコロテンウィークが来たと思えば良いじゃねえか」

「ゴールデンウィークだよ……」

「大丈夫よ、トンガリ君。キテレツ君だっているんだから」

 

階段を降りていく一行ですが、帰れないことに未だ落ち込むトンガリをブタゴリラとみよ子が励まします。

魔法使いの存在する世界でただの小学生五人がまともにやっていける訳がありません。

しかし、キテレツは魔法のような様々な発明品を持っています。それは魔法使いのいるこの世界ではとても頼りになるのです。

そのキテレツは三人の後ろの方では五月とコロ助、ルイズと一緒に歩いていました。

 

「ブタゴリラが君に悪いことを言ったみたいで……僕からも謝るよ」

 

一体どうしてルイズがあそこまで激怒していたのか騒ぎの始まりを見ていなかったキテレツ達には分かりません。

しかし、ブタゴリラが失言からルイズを怒らせてしまったのは事実なのです。結果的にキテレツ達は帰れなくなってしまったのですから。

 

「……もういいわよ、そのことは。手打ちにしてあげるわ」

 

キテレツが謝るとルイズは憮然としたような、苦悩しているような、様々な思いが入り混じった複雑な顔で溜め息をつきます。

平民に馬鹿にされてしまったことは腹立たしいことでしたが、自分のせいでキテレツ達が帰れなくなってしまったことに対しての責任も感じていました。

 

「外にある雲やあのガーゴイルも壊れたマジックアイテムも……あんたが作ったんですってね」

「まあ、そうだけど……」

「あの壊れたマジックアイテム……何であれが無いとあんた達は帰れないのよ」

 

ルイズはナイフのようなマジックアイテム……冥府刀がどのような効果を持つのか知らないのです。

ナイフが無ければ帰れないだなんて聞いたことがありませんでした。空飛ぶ雲が壊れた、というのなら納得はできます。

 

「うん。僕達の町は、あのキント雲じゃ帰れないくらいずっと遠い場所にあるんだよ。この冥府刀は、ここと僕達の町を五月ちゃんがここへ来た時のように繋げることができたんだ」

 

冥府刀の残骸が詰まっている袋を手に、キテレツはルイズに分かるように説明します。

キテレツの話を聞いて、ルイズは使い魔召喚のゲートを作るようなマジックアイテムなのだと考えていました。

 

「あんた、本当に平民なの? メイジじゃないでしょうね?」

 

怪訝そうにルイズはキテレツの顔を見つめました。

五月と同じ異国の、こんな平民の子供がマジックアイテムを作っただなんてまだ信じられませんでした。

 

「僕達はルイズちゃん達みたいな魔法使いじゃないよ」

「だったら、何でそんな魔法でなきゃできないことができる物を魔法が使えない平民が作れるのよ! ……こんなガーゴイルまで作っておいて!」

「うわわっ! 何するナリか!」

 

ルイズは一緒に歩いているコロ助のチョンマゲを掴み、小さな体を持ち上げます。

キテレツはルイズの剣幕に困惑し、少し逃げ腰になってしまいました。

 

「どうしてって言われても……」

「いいじゃない、ルイズちゃん。キテレツ君は魔法使いじゃないけど、便利な物をいっぱい作れるんだから」

 

五月に言われ、ルイズはコロ助から手を離して降ろします。

 

「可愛いけど乱暴ナリね~……」

 

ルイズに聞こえないように、コロ助はボソリと呟きました。

 

「ハーイ。御機嫌よう、みなさん」

 

本塔から出てきたキテレツ達をキュルケが出迎えます。タバサも本を読みつつ一緒に待っていました。

キュルケが現れた途端、ルイズはとても不機嫌な顔になります。

 

「何しに来たのよ、キュルケ」

「別に。ルイズが学院長先生に呼び出されてどうなったのか、気になっただけ」

 

と、言いつつもキテレツ達一行の顔を見回すキュルケは面白そうなものでも見るような目をしています。

 

「どうもないわ。こいつらがこの学院にしばらく居候することが決まっただけよ」

 

澄ました態度で腰に両手を当て、ルイズはキテレツ達を顎で指し示します。

 

「ふ~ん。そうなの。さっきあなたが壊したあのマジックアイテムと何か関係があるのかしら?」

「あ、あんたには関係ないじゃない!」

 

ほくそ笑むキュルケにルイズはそっぽを向いて叫びました。

 

「ま、何はともあれよろしくね。サツキのお友達のボウヤ達」

「いや……ははは……」

 

ウィンクをするキュルケにブタゴリラは顔を赤くしてしまいます。

 

「ねえ、あなたがキテレツね?」

「あ、は、は、はい……」

 

とても美人なお姉さんであるキュルケが顔を近づけてきて、キテレツも顔を赤くしてしまいます。

それを見たみよ子はムッと不機嫌な顔になりました。

 

「平民なのにあの空飛ぶ雲やガーゴイルを作れるなんて、本当にすごいのね。ゼロのルイズとは大違いだわ」

「うるさいわよ! そんなことを言うためにわざわざ待ってたって言うの?」

「まあまあ、固いことは言わないの。第一、サツキはまだしも他の子達は別にあなたが召喚した訳じゃないでしょ?」

 

喚き声を上げるルイズをキュルケは軽くいなします。

 

「キテレツ君! 早くキント雲を小さくしましょう!」

「あ……う、うん……。コロ助、如意光を」

「はいナリ」

 

ルイズ同様、不機嫌な態度で声を上げるみよ子に促され、困惑したままのキテレツはコロ助から受け取った如意光でキント雲を小さくしました。

 

「すっご~い……こんな魔法、見たことも聞いたことも無いわ……」

「こんなことまで出来るなんて……」

 

メイジの魔法には物質の大きさを変えてしまうなんていう魔法は存在しません。

自分達メイジでも不可能な如意光の力を目の当たりにしたキュルケとルイズは目を丸くしてしまいます。

 

「あの箱の中にたくさん入ってるのもきっとマジックアイテムよね。ふふっ……何だか面白くなりそうね」

 

小さくしたキント雲をケースにしまうキテレツへ二人は好奇の眼差しを向けていました。

タバサもケースの中の様々な発明品をじっと見つめていました。

 

「もうすぐ夕食の時間になるわ。あんた達はサツキと厨房で食べてきなさい。サツキは分かってるわね?」

「うん。みんなを案内したらすぐに行くわ。みんな、こっちよ」

 

五月はキテレツ達を連れてルイズ達と別れます。

キテレツ達六人の子供達は楽しそうに会話をしながら歩いていました。

ルイズは一行の背中をボーっと突っ立ったまま眺めています。

 

「どうしたの、ルイズ?」

「……な、何でもないわよ!」

 

キュルケに声をかけられてハッと我に返ると、ルイズは慌てるように声を上げて足早に去っていきました。

 

 

 

 

厨房は食堂からも入れるのですが、食堂は通常はルイズ達貴族しか入ることはできません。メイドなどの奉公人が料理を運んだりするのであれば例外ですが。

本塔の裏手にも入り口があるので、五月達はそちらから厨房に向かうことになったのです。

 

「こんにちわ、シエスタさん」

「あら、サツキちゃん。その子達は?」

「前に話していたわたしの友達です」

 

厨房の入り口で何やら慌てている様子で走っていたシエスタと出会い、五月はキテレツ達を紹介します。

 

「まあ、この子達がサツキちゃんのお友達?」

「はい。紹介するわ。ここで働いているメイドのシエスタさんよ」

「こんにちわ」

「こんにちわナリ」

「こんにちわ。ごめんなさい、今ちょっと困ったことになっちゃったから……」

 

キテレツ達が挨拶をするとシエスタは厨房へ急いで駆け込んで行きました。

 

「何かあったのか?」

 

厨房を覗いてみると中ではコックやメイド達が何やら慌しくしていました。

 

「くそ……ちきしょうめ……」

「マルトーさん、大丈夫ですか?」

「人のことを心配する暇があるなら、自分の仕事をしな……」

 

シエスタは椅子に腰掛けて蹲っているコック長のマルトーを気にかけます。

マルトーは頭を抱えたままとても気分が悪い様子でした。

 

「あのコックのおじさん、どうしたんだろう」

「気分でも悪いナリか?」

「ああ。コック長が体調を崩してしまってな。まだ材料の仕込みが終わってないっていうのに……」

 

トンガリとコロ助の呟きにコックの一人がそう答えます。

 

「このままじゃ貴族様を怒らせることになるよ」

 

それは当然です。夕食が出ないとなれば厨房にいる人間達に学院中の生徒はもちろん、教師達からも文句を言われてしまうのですから。

文句を言われるならまだしも、ひょっとしたら魔法で罰を与えようとする者もいるかもしれません。

シエスタも他のコック達も困り果てているようでした。

 

「キテレツ。この人達を助けてあげるナリよ」

「うん。からくり料理人を持ってきてるからね」

 

キテレツはケースから取り出した一輪車の足をつけた人形を取り出し、如意光で大きくします。

 

「この人形は?」

「ああ。五月ちゃんは見るのが初めてよね。これは料理をしてくれる人形なのよ」

 

五月が初めて目にするカラクリ人形をみよ子が説明します。

 

「大丈夫か? 前みたいに暴れたりしないだろうな?」

「心配ないよ。ちゃんと日本語でも命令を聞くようにしてあるから」

 

心配するブタゴリラですが、キテレツはからくり料理人のスイッチを入れます。

カタカタと震えだした料理人の目が、カッと光り始めました。

 

 

 

 

「塩を少々。胡椒を少々」

 

起動したからくり料理人は、厨房でマルトーの代わりに食材の下拵えを行った後も一人で調理を続けていました。

おかげで他のコック達はほとんど出る幕がありません。ただ呆然と、からくり料理人の調理を眺めています。

 

「あれは、ガーゴイルって奴なのか? あんな物をお前さんが持ってたのかい」

「はい。調理はあれに任せて、マルトーさんは今はゆっくり休んでいてください」

「すまねえな……」

 

椅子に腰掛けたままのマルトーに尋ねられ、キテレツはそう答えました。

 

「包丁――シパパパパパパッ!」

 

からくり料理人は巧みな手捌きで包丁を振り回し肉を切り、野菜を切り、着々と貴族達に出す料理を作り上げていきました。

元々、洋風の料理を作るのが得意なのでからくり料理人にとっては朝飯前です。

その様を目にするメイドやコック達からは次々と歓声が上がっていました。

 

「人形のくせに、できるじゃねえか。これは俺も負けてられんわな……」

 

からくり料理人の料理の腕前に目にしたマルトーは、同じ料理人として対抗心を燃やしだします。

 

「こちら、テーブルの方へ運んでくだされ」

「はいはい、任せて!」

 

出来上がった料理の乗ったトレーを食卓へ運ぶ仕事だけは、シエスタ達メイドの役目です。

夕食の時間までもう僅かですので、急ぎ足で運ばなければなりません。

 

「相変わらず張り切ってやがるな」

「すごーい……」

 

みよ子達と一緒に厨房の隅でからくり料理人の調理を見届ける五月は呆気に取られます。

キテレツの発明品はやはりどれもすごいものばかりで、改めて驚いてしまいました。

結局、からくり料理人は貴族達の料理はおろかデザートまで全部作ってしまい、何とか夕食の時間までに間に合うことになりました。

 

「マルトーさんと良い勝負だな、この人形」

「でも本当に助かったよ」

「俺達の出る幕無かったけどな」

 

コック達は厨房の危機を救ってくれたからくり料理人を口々に褒め称えます。

 

「この人形さんのおかげで本当に助かったわ。ありがとう」

「キテレツ君のおかげよ」

「僕もお役に立てて嬉しいです」

 

配膳を終えて厨房に戻ってきたシエスタに五月とキテレツが答えます。

 

「かたじけない」

 

からくり料理人も礼儀正しくシエスタにお辞儀をします。

 

「いやいや、俺もこいつには借りができちまったようだ」

「マルトーさん。もう大丈夫なんですか?」

「ああ。いつまでも休んでいられないからな。何、しばらく休んでたら前よりずっと楽になったよ」

 

やってきたマルトーはからくり料理人を見下ろし、しゃがみこむとその顔を覗き込み、にっかりと笑います。

 

「俺もお前さんに負けてられねえぜ! さて、今度は賄いを作るとするか! 待ってな。お前達の分もしっかり作ってやるからな!」

 

料理人魂に火が点いたと言わんばかりにマルトーは張り切りました。

 

「ご苦労様、料理人」

 

キテレツは用が済むと、急いで料理人のスイッチを切ります。スイッチを切られた料理人は動きを止め、がくんとうな垂れました。

料理の腕前は確かですが、放っておくと何をしでかすか分からないのです。

 

「あ……いけない。みんな、ちょっと待っててね」

「あ、おい五月」

 

何かを思い出したように五月はキテレツ達を置いて、急いで食堂の方へ向かっていきました。

 

「遅かったじゃないの、サツキ」

「ごめんね、ルイズちゃん。待たせちゃって」

 

テーブルで腕を組みながら待っていたルイズの元に五月はやってきました。

昨日の夜から今日の昼の時と同じように、五月はルイズの椅子を引きます。そして、ルイズは席につくのです。

 

「あれじゃ召使いじゃねえか」

「実際そうみたいだね……」

 

厨房の入り口から食堂を覗き込んでいたトンガリとブタゴリラは五月の姿を見て呟きます。

 

「サツキちゃんは、ミス・ヴァリエールの使い魔として召喚されたって聞いているわ。だから色々とお世話をしなければならないの」

「お世話って、何をやってたんですか?」

「朝にミス・ヴァリエールが顔を洗う水を汲んできたり、着替えを手伝ってあげた

り、洗濯をしたり……色々よ」

「五月ちゃん……こんな所に連れてこられて、あんなことをやらされてるなんて……」

 

シエスタから話を聞かされたトンガリは不憫そうに五月を見つめます。

 

「大丈夫。わたしもサツキちゃんを手伝ってあげているから」

「お前だって、『ママ~』に着替え手伝ってもらってるんだろ?」

「僕は一人で着替えられるよ! ……あっ、五月ちゃん」

 

ブタゴリラの冷やかしにトンガリは憤慨しますが、そこへ五月が戻ってきました。

 

「五月。お前、あんなお嬢さんにこき使われてるのか?」

「別に無理なことをやらされているわけじゃないし。それに、お世話になっているんだからこれくらいのことはしないと。あ、シエスタさん。後でデザートを運ぶでしょう? わたしも手伝うわね」

「ありがとう、サツキちゃん」

「だったら、僕も手伝うよ……。五月ちゃんばかりにやらせるわけにはいかないし……」

 

トンガリは自ら五月達の配膳を手伝うことを志願したのでした。

 

 

 

 

「今日の夕食はいつもと味付けが少し違うな」

「まあ、美味ければ気にしないけどね」

「うん。この肉の焼き加減は絶妙だ」

 

アルヴィーズの食堂では生徒達はもちろん、教師達もからくり料理人が作った料理の味に舌を巻いていました。

もちろん、からくり料理人が作ったなどということは知る由もありません。

周りではわいわいと他の生徒達がお喋りをしている中、ルイズは一人で食事をしています。

 

「聞いたぞ、ゼロのルイズ。平民の使い魔が増えたそうじゃないか」

「ゼロのルイズは数で勝負するとでもいうのか?」

 

と、そこへ同級生の男子生徒の一団がルイズの席の近くを通りかかると、せせら笑ってきました。

ルイズは肩越しに振り返りつつ彼らを睨みつけます。

 

「いくら使い魔の数が増やしたって、たかが平民の子供じゃ何の役にも立たないんだぞ?」

「というより、使い魔は一体しか持てないはずだが……」

「そもそもお前は契約をしていないんだし、誰を使い魔にしたって同じだよな」

「ゼロのルイズ。何を使い魔にしようと自由だけど、僕達に迷惑はかけないでくれよな」

 

言うだけ言って生徒三人はそのままルイズの元から歩き去っていきます。

ルイズに話しかけてくる生徒はみんなこうして口々にルイズを馬鹿にしては、自分達の溜飲を下げていくのでした。

それはいじめも同然であり、貴族と呼ぶには程遠い陰険なものです。

しかし、彼らが言っていること自体は事実なので何も言い返せません。そのため、いつもルイズは歯痒い思いばかりしているのです。

この学院ではルイズが心から親しく、仲良くできる友達は一人もいませんでした。

 

「使い魔がちゃんといれば……」

 

だからルイズはせめて、自分だけの親しい友達が、使い魔が欲しかったのです。

ところが、結果は使い魔さえいないという有様。その状況を良しと見て他の生徒達はさらに冷かしにかかるのでした。

 

「こら! お前! 何で野菜を残してやがるんだ!」

「ブタゴリラ! 何やってるんだよ! こんな所にまで来て!」

 

食堂の一角が慌しくなり、ルイズがそちらを向いてみるとそこでは五月の友達であるブタゴリラが生徒の一人に食ってかかっていました。

トンガリが腕を掴んでブタゴリラを止めようとしていますが、ブタゴリラの怒りは収まりません。

 

「何だよ。僕は野菜は好きじゃないんだ。平民に指図される言われはないよ」

「何だと! 野菜を馬鹿にする奴は、野菜の神様が許さねえぞ!」

 

ブタゴリラよりも肥え太った体格の生徒、マリコルヌは肉ばかり食べて野菜は皿の隅に全部寄せていました。

八百屋の跡取り息子であるブタゴリラこと、熊田薫は野菜を粗末にしたり、野菜を食べない人間が大嫌いなのです。

トンガリと一緒にデザートの配膳を手伝っていたブタゴリラは、露骨に野菜を残しているマリコルヌを見て思わず突っかかっていたのでした。

 

「野菜の神様なんて、いるわけないだろ。僕達は偉大なる始祖ブリミルからのささやかな糧をこうしてありがたく頂いているんだからな。お前達平民には分からないだろうけどな」

「ざけんじゃねえ! シーソーだか、フルチンだか知らねえが、野菜を粗末にする奴は絶対に許さねえ!」

「お前……平民の分際でさっきから言わせておけ……うわあっ!」

 

マリコルヌは年下の平民がここまで貴族である自分に文句をつけてくるのが我慢できず、杖を突きつけようとしました。

しかし、その前にブタゴリラはマリコルヌの胸倉を掴み上げてきます。

基本的には臆病かつ小心者で目下の相手などに対しては居丈高になるマリコルヌですが、ブタゴリラの貴族をも恐れぬその気迫は初めて経験するもので、完全に物怖じしてしまいました。

 

「お、お前……貴族に手を上げてタダで済むと思って……」

「知るか! 野菜を粗末にする馬鹿野郎は、八百八大明神の代わりに天誅を下してやる!」

 

周りからは悲鳴も上がっていますが、ブタゴリラはそんなものを気にしません。

 

「うわあ! 助けてーっ!」

「やめろって、ブタゴリラ! 相手は貴族だよ! 殴ったりしたら、僕達タダじゃすまないよ!」

 

泣き喚くマリコルヌに手を上げようとするブタゴリラをトンガリは必死に後ろから掴みかかって抑えようとしています。

ファンタジーの世界とはいえ、階級社会の厳しさなどをエリートであるトンガリはよく知っていました。

 

「何やってんのよ、あの馬鹿は……!」

 

ルイズはその光景を目にして、思わず立ち上がります。ここでブタゴリラがマリコルヌを殴ればとんでもないことになってしまうのです。

彼らを監督するのはルイズの役目なので、彼らの問題事は即ち自分の問題となるのですから。

これ以上、何か問題が起きるのはもうたくさんでした。それで結局、自分がまた馬鹿にされたり非難されるのです。

 

「やめなさい! ブタゴリラ!」

 

そこへ同じようにデザートをシエスタと一緒に配っていた五月がやってきて、トンガリの代わりにブタゴリラの体を押さえつけます。

 

「痛ててて!」

「こんな所まで来て乱暴をしたら駄目でしょ! それより、デザートを配るのが先!」

「そうだよ! ブタゴリラはトラブルメーカーなんだから!」

「カオル君、貴族様を本気で怒らせたら殺されちゃうわ……!」

 

五月はマリコルヌからブタゴリラを引き剥がし、そのまま引き摺っていきました。

ブタゴリラから解放されたマリコルヌは大量の冷や汗をかいて完全に萎縮してしまっています。

生徒達は五月とトンガリ、シエスタに引き摺られていくブタゴリラを見届け、唖然とします。

 

「くぞぉ……平民のくぜに、たかが野菜なんかで……」

「まあ、あの平民の言うことももっともだと思うがなぁ」

「うん。君は少しっていうより、かなり野菜を残しすぎだと思うよ。だからそんなに太るんだよ」

「何だよぉ……ギムリもレイナールもそんなこと言うのかよお……」

 

級友達からもブタゴリラと同意見で論破されてしまい、マリコルヌは泣き出してしまいます。

そして、この鬱憤を晴らすために彼は一人の少女へ目を付けるのです。

 

「ゼロのルイズ! あいつら、君の召喚した平民とその仲間なんだろう? ちゃんと監督してくれよぉ……!」

「……あんたもちょっとは野菜を食べるようにすれば済む話じゃない。だから平民にも馬鹿にされるのよ」

 

しかし、ルイズも何のその。ここぞとばかりに言い返します。

陰険な悪口や八つ当たりをされたからと言って、いつまでも受けのままでいる訳にもいかないのです。

 

 

 

 

キテレツ達は学院内にある平民の宿舎で寝泊まることになりました。

先日も五月はシエスタに連れられてここの空き部屋を借りていたのです。宛がわれた部屋は共用の寝室であり、ベッドは二つ置いてありました。

もう片方のベッドはまだ誰も使っていないということらしいです。

 

「痛ってぇ~……あそこまでぶつかよ……」

 

体中傷だらけのブタゴリラは床に腰を下ろして渋い顔をします。

夕食の後、ブタゴリラの前に現れたルイズに騒ぎを起こした罰と言われて鞭でたくさん引っ叩かれていました。

ブタゴリラがマリコルヌに絡んだことの全責任は自分が背負うと言い、ブタゴリラを手打ちにしてもらっていたのだそうです。

本来なら重い罰が与えられるはずでしたが、それを鞭打ちに軽減してもらったようなものでした。

 

「ブタゴリラが悪いのよ。あんな騒ぎを起こすんだから」

「ここはあたし達の世界とは違うんだから、好き嫌いで怒ったって仕方がないわよ」

 

ベッドに腰掛ける五月とみよ子に言われ、ブタゴリラは頭を掻きます。

世界が違っても野菜を粗末にするのはどうにも許せなかったのでした。

 

「そうだよ。そんなことより、これからどうするかを考えないといけないんだから! 大体、帰れなくなったのはブタゴリラが原因なんだよ!」

 

トンガリにまで指を差されて喚かれてブタゴリラはがっくりと肩を落とします。

悪気は全く無かったとはいえ、ルイズの悪口を言ってしまったがために彼女を怒らせることになったのですから。

 

「キテレツ……冥府刀は直せるナリか?」

「肝心な部品が完全に壊れてるからな……この世界で手に入るかどうか……」

 

ランプの灯りの下、床に冥府刀の残骸を広げるキテレツは腕を組んで悩みます。

どうもこの異世界はキテレツ達の世界で言えば文明レベルは中世のヨーロッパ程度であり、電気も発明されていないようなのです。

ましてやダイオードや半導体、回路などといったものがあるはずもありません。

 

「他の発明品を分解して部品を流用できないの?」

「それは僕も考えたけど、冥府刀に使っている重要な部品は他の発明品には使われてないものなんだよ」

 

みよ子に問われて、キテレツは申し訳なさそうに答えます。

 

「でも、何とかして直す方法を見つけないとね」

「頼りにしてるナリよ……」

 

コロ助はキテレツに抱きつきます。今、この異世界で一番頼りになるのはキテレツだけなのですから。

こうして異世界での生活を、五月は二日目、キテレツ達は一日を終えることにしました。

しかし、ベッドは二人分しかありません。

 

「コロちゃん、一緒に寝ましょう」

「そうするナリ」

 

みよ子が使うことになったベッドにコロ助が入り込みます。

もう一つは五月が使っているので、男三人は床で寝ることになります。

シエスタからもらった藁の束と、その上にシーツを被せることで三人は雑魚寝をするのです。

 

「僕達、本当に帰れるかな……ママ……」

「大丈夫よ。トンガリ君。必ず帰る方法が見つかるわ。それまでがんばろう?」

「うん……そうだね……」

 

未だに泣きながら不安そうに愚図るトンガリを、五月は優しく励ましました。

トンガリは大好きな女の子が一緒にいてくれることに安心して、眠りに就きます。

就寝中、寝相の悪いブタゴリラの腕に潰されて、うなされ続けることにはなりましたが。

 

 

 

 

翌日の朝、キテレツはみんなと一緒に朝食を済ませると学院の正門広場へやってきていました。

そこでケースの中にある持参してきた発明品などを確認することにしたのです。

持ってきたアルミケースには発明品が如意光で小さくされて、無数の収納スペースに数段重ねで収められていました。

蓋の収納部にも薬品系の発明が収められています。リュックに入っているのは手軽に使えそうな発明品や他に役に立ちそうな物となります。

 

「如意光に使う電池の数は充分だけど……あまり無駄使いはできないな」

 

キテレツは如意光で潜地球や超鈍足ジェット機など、発明品を大きくしてメンテナンスを行います。

工具箱はありますが万が一、発明品が壊れてしまえば部品がないので冥府刀のように使い物にならなくなるのです。

そのため、発明品はどれも大事にしなければならないのでした。

 

「大百科さえあればなあ……」

「ふ~む……これが異世界の発明とやらか……」

 

キテレツが座りながら悩んでいると、気がつけばコルベールがおり、超鈍足ジェット機を興味深そうに見つめていました。

彼は冥府刀やキント雲などキテレツの発明品にとても強い関心があり、キテレツがメンテナンスをしている所を目にして好奇心が抑えられなかったのです。

 

「キテレツ君! この樽がついた物は一体何なのかね? 良ければ、説明してくれないかい?」

「ああ。それは超鈍足ジェット機と言って、キント雲と同じで空を飛ぶことができるんです」

「何と! これも空を飛ぶというのか。この超……ジェット機とやらは、どうやって飛ぶのかね?」

 

かなり興奮した様子のコルベールに尋ねられ、キテレツは戸惑いつつも答えることにしました。

 

「ふぅむ。なるほど。この中にある煙を燃料にして動くのだね」

 

コルベールは超鈍足ジェット機に備わっている樽の一つをまじまじと見つめて唸ります。

 

「はい。と言っても、キント雲より長くは飛んでいられないけど」

 

今回持ってきた超鈍足ジェット機ですが、空の移動手段はキント雲があれば充分だとキテレツは考えていました。

元々、キント雲はキテレツが発明品を応用して作り出した、いわばキテレツオリジナルの発明とも言えるものなのです。

超鈍足ジェット機は改造で時速100km以上の速さで飛ぶことができますが、航続距離はそんなにありません。おまけに燃料も特殊なガスを必要としています。

緊急時や乗り切れない場合に使うことにはなるかもしれませんが、今持ってきている燃料では二回飛ぶのが精一杯でしょう。

 

「では、この丸い乗り物のような物は?」

「それは潜地球といって、地中へ潜って移動ができるんです」

「ほう! 地中に潜れるというのか! うぅむ……かなり狭いようだが、見たことのない器具でいっぱいだ……!」

 

潜地球の扉を開けて中を覗き込むコルベールはもう、年甲斐も無く子供のように目を輝かせています。

 

「ああ! 勝手にいじらないでくださいよ! 今はメンテナンス中なんですから……」

「ああ。いやいや、すまなかったね。こういう珍しい物を見るとどうしても興奮してしまうのだ……」

 

潜地球を降りると、キテレツのメンテナンスを横から眺めだします。

 

「君はまだそんなに若いのに、これだけの発明が作れるだなんて……何とも素晴らしいものだ!」

「そういえば、コルベール先生は発明をするって言ってたみたいですけど……」

「ああ。私はね、魔法の研究と発明が生き甲斐なのだ。私達メイジが使う魔法を活かして、人々を幸せにする物を作りたいと思っているのだよ」

 

コルベールはキテレツの隣に座り込んで語り始めます。

 

「ところが、どうにも私の考えは理解されんようだ。何、仕方ないとは思う。メイジはみんな、魔法を何も考えずに使う便利な道具程度にしか考えていないからね。しかし、私はそうは思わない」

「はあ……」

「魔法も扱いようによっては、誰もが平等に使える物となるはずだ。そう……君の発明のようにね。私はそれを目指してみたいのだ」

 

熱く語るコルベールに、キテレツは少々戸惑いますが、同じ発明家として共感できることがあるのも事実でした。

人々を幸せにするために様々な発明をする……それは祖先である奇天烈斎様が成そうとしていたことです。

この異世界にそれと同じことをしようとする人がいてくれたのは、何だか嬉しいものでした。

 

「キテレツ君。私にも手伝えることがあったらいくらでも訪ねてくれたまえ。喜んで力になるよ」

「はい。お願いします。コルベール先生」

 

自分の発明を理解してくれる人がいるのがとても心強く思えていました。

 

「それでキテレツ君。この超……ジェット機の中にあるという燃料、少し私に分けてはいただけないだろうか?」

「良いですよ。僕達にはキント雲がありますし」

「いや、かたじけないね」

 

親子ほどに歳の離れた二人の発明家はお互いを共感しあいながら温かく交流を続けていました。

 

 

 

 

キテレツとコルベールが語り合っている中、他の五人は本塔裏のヴェストリ広場へとやってきていました。

現在、ここでは二年生のルイズのクラスが魔法の実技を行っている最中であり、その見学をしているのです。

 

「ドットばかりの生徒にしては、全員進級はできたようだな。まずは褒めておく」

 

黒ずくめの若い男の教師・ギトーは教師とは思えない冷たい言葉を生徒達に浴びせかけました。

このギトーは一々、気に障る物言いをするので生徒達からは人気がありません。

事実、生徒達の表情は不満の色を隠せません。

 

「さて、本来なら二年生に相応しい魔法を使うのが筋というものだが、基本がなければ何も成り立たんのは自明の理だ。面倒ではあるが……基本の復習から始める」

 

そう言ったギトーは生徒達に順番に風の初級魔法『レビテーション』と『フライ』を使うよう指示をします。

 

「わあーっ! みんな飛んだナリ!」

 

遠くから魔法の授業を眺めるコロ助は生徒達が魔法で空を飛ぶのを見てはしゃぎます。

 

「あんなのを見せられないと、ここがファンタジーの世界だって思えないよね」

「本当ね」

 

トンガリとみよ子は空を飛ぶ生徒達の姿に感嘆とします。

 

「でも何で、シエスタの姉ちゃん達は魔法を使えないんだろうな?」

「シエスタさんから聞いたんだけれど、魔法っていうのは貴族の人だけが使えるんですって」

「何で貴族しか使えないのさ」

「よくは知らないけど……魔法っていうのはブリミルっていうずっと昔の偉い魔法使いが編み出したものらしいわ。その魔法を伝えてきた子孫が今の貴族みたい」

 

ブタゴリラとトンガリの疑問に五月が答えます。

この世界には五月達の世界と同様に宗教がちゃんとあり、始祖ブリミルは神様のような存在となって崇められていると聞いていました。

 

「シソのフルチンって奴はすごい魔法使いなんだな」

 

ブタゴリラの言い間違いに一同はズッコケます。

 

「ブタゴリラ、絶対にあの人達の前で言い間違えない方が良いよ……」

 

始祖ブリミルを崇めているのであれば、ブタゴリラのような言い間違えはとんでもない侮辱になることでしょう。

 

「あっ! ルイズちゃんナリ!」

 

コロ助が指した先にはルイズが杖を構えて飛ぼうとしている姿がありました。

 

「あいつは飛ばねえのか?」

 

他の生徒達はタバサが一番高く早く飛ぶ中、残りはそれなりの高さで飛んだり浮かんだりしていますが、ルイズだけはまだ地上にいるままでした。

 

「さあ、後は君だけだ。ミス・ヴァリエール。さっさと飛びたまえ」

「はい。ギトー先生」

 

ギトーが命じる中、ルイズは杖を握り締めます。

そして、『レビテーション』の呪文を唱え始めました。

 

「みんな! ゼロのルイズが爆発するぞ! もっと高度を上げろ!」

 

生徒の一人が叫ぶと他の生徒達は必死に空に浮かび上がろうとしています。

しかし、何人かは数メートルを浮かび上がるだけで精一杯のようで、空中をジタバタしていました。

 

「どうしたのかしら? あんなに慌てて」

「何かルイズちゃんから逃げてるみたいナリね」

 

みよ子もコロ助も生徒達の様子に首を傾げます。

そして、次の瞬間にそれは起こりました。

 

「うわあっ!」

「きゃあっ!」

「わわわわっ!」

 

ルイズが呪文を唱えて杖を振った途端、爆音と共にルイズとギトーがいる地上で爆発が巻き起こったのです。

その爆風はルイズを中心にギトーを包み込み、上空に逃れていた生徒達は爆風に煽られてバランスを崩し、次々と地上に墜落していました。

タバサだけはキュルケを抱えて高度を上げていたため、爆風の影響を受けません。

 

爆風が晴れるとそこには髪や服を焦がしたルイズが立っており、爆風に吹き飛ばされたギトーが倒れこんで気絶しています。

 

「痛ててて……またかよ、ゼロのルイズ!」

「まったく……役立たずの平民を召喚したのに飽き足らずに、失敗するしか能がないのか!」

「もう退学にしてちょうだい! あ~ん! あたしの服がボロボロ!」

「いつだって成功確率ゼロなんだからな!」

「でもギトー先生を吹っ飛ばしたのはスッとしたけどね!」

 

墜落した生徒達は口々にルイズを非難が――極一部はギトーの無様な姿が見れたことの冷やかしも含めて――飛びます。

 

「魔法が失敗すると、ああなるのか?」

「さあ……みんなが言っているんだからそうじゃない?」

「だからあの子がブタゴリラ君の言葉に怒ったのね」

 

事の顛末を見届けた一行はルイズのあだ名の意味を、そして昨日それを呼んで怒ったことの理由を知ります。

要するにルイズはこの魔法学院では成績の悪い魔法使いということなのです。

いくら他の生徒達と同じように魔法を使おうとしても、今のように失敗してしまうのでしょう。

ゼロのルイズ、というのは彼女の悪口なのです。

 

ギトーが気絶したままなのでその間、生徒達は自習をすることになりました。

生徒達はルイズの爆発で墜落したことに未だ文句や陰口などを呟いたり、気絶しているギトーを杖でつついたりしています。

そんな中、ルイズは生徒達から離れて五月達の元へと歩み寄ってきます。その表情は悔しさに満ちていました。

 

「大丈夫? ルイズちゃん!」

 

五月はボロボロのルイズに駆け寄ります。ルイズは五月の顔をきっと見つめて表情を険しくしました。

 

「触らないで!」

 

その口から出てきたのは拒絶の言葉でした。

 

「使い魔にならない平民に慰められるほど、あたしは落ちぶれてなんかいないわ!」

「ルイズちゃん……」

 

突然のルイズの拒絶に五月は呆然とします。

 

「分かったでしょ? あたしがゼロのルイズって呼ばれている理由が。今のをあんた達も見たでしょ? あたしは貴族なのに、生まれて一度も魔法を成功させたことがない……」

「生まれてから一度も……」

 

ルイズの事情を知ってブタゴリラもみよ子達も驚きます。

 

「お笑いよね……貴族なのに……メイジなのに魔法が使えないだなんて……。あたしも平民と対して変わらないわ……!」

 

開き直ったルイズは自分を卑下するように自嘲の笑みを浮かべだしました。

ルイズの一変に五月達は呆然としています。

 

「だからあたしはみんなからああして馬鹿にされる! 成功確率ゼロ! ゼロのルイズって!! そのおかげであんた達を帰れなくしたんだから、あたしはとんでもないゼロなのよ!」

 

ルイズは五月達の顔を嫉妬と怒りが入り混じった目付きで一瞥しました。

 

「あんた達は良いわよね! マジックアイテムで空を飛んだり、物を大きくしたり小さくしたりできるんだから! あたしは平民のマジックアイテムにさえ劣るゼロなのよ! おまけに仲良くできる友達一人もいない! 使い魔もいない! あたしには何にもないのよ!」

 

五月達に向かって叫び倒したルイズは駆け出し、一行の前から離れていきました。

 

「あいつ、何を一人でミステリーになってるんだ?」

「ヒステリーね……」

「ルイズちゃん……」

 

五月は物憂げに、去っていくルイズの背中を見届けていました。

 

「何よ……何よ……あんたには友達がいるくせに……」

 

目を真っ赤に腫らしてルイズはヴェストリ広場から逃げるように走り去っていきます。

今のルイズの心はズタズタになっていました。

 

「あんた達にあたしの何が分かるのよ……!」

 

ルイズは自分よりも輝いている五月とその友人を見て、強烈な嫉妬を抱いていたのでした。

自分には仲良く心を通わせられる友達はいません。しかし、五月には信頼できる親しい友達がいます。

孤独であったはずなのにそれでも友達を信じ、あのように団結していられます。

五月は平民なのに貴族であるはずのルイズが持っていないものを持っているのを目にして、心の底でとても羨ましいと思っていたのでした。

 

 



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大乱闘! 青銅ギーシュの乙女たち・前編

♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「ワガハイ、魔法使いのお兄さんの落し物を拾っただけなのに怒られてしまったナリ」

キテレツ「貴族の人は僕達と違ってとてもデリケートなんだよ」

コロ助「おかげで五月ちゃんがお兄さんと喧嘩をすることになったナリよ」

キテレツ「危ないよ! いくら五月ちゃんでも、相手は魔法で作られた青銅の人形なんだよ!」

キテレツ「次回、大乱闘! 青銅ギーシュの乙女たち」

コロ助「絶対見るナリよ♪」



「まったく……ラ・ヴァリエールの令嬢ともあろうものが未だにフライの一つも使えんとは……。退学しないのが不思議なくらいだ」

 

ルイズの爆発で丸二時間も気絶していたギトーは息を吹き返すと、戻ってきたルイズにそう冷たく告げていました。

学院の生徒達も教師の多くも、魔法が使えないというルイズの無能さに溜め息をついています。

いくら教えても魔法は爆発するばかりで一向に成功の兆しは見えません。

しかし、ルイズはトリステイン随一の名門であるラ・ヴァリエールの令嬢であるため、あまり酷い言葉を浴びせたり見捨てる訳にもいきませんでした。

 

「申し訳ありません……ギトー先生」

「ああ。もういい。今日の授業はこれまでとする。以上だ」

 

ぞんざいな態度でそう言うと、ギトーはヴェストリ広場から去っていきます。他の生徒達も同様に解散していきました。

 

「まったく……あんな奴早く退学にしてもらいたいよな……」

「ラ・ヴァリエール家の娘だからって特別扱いされていい気になって……」

 

生徒達は密かにルイズに対して様々な罵声を残していきます。

取り残されたルイズは最後にトボトボと広場から立ち去っていきました。

先ほど自分が罵声を浴びせた五月達は既にいません。もうすぐ昼食なので、厨房へと向かったのでしょう。

 

「サツキ……」

 

五月達に嫉妬が爆発して思わず頭に血が昇りましたが、先ほどの五月はルイズのことを心配してくれていたのははっきり伝わっていました。

それを突っぱねてしまったことに対して後悔してしまいます。もしも五月が使い魔であって先ほどのように心配してきたのを拒めば使い魔の思いを踏み躙ったことになるのですから。

使い魔でなくとも、平民からの心遣いをあそこまで無下にするのは貴族がすることではありません。

 

「ちゃんと謝ろう……」

 

五月達を帰れなくした上に厚意までも踏み躙ったことは許されるものではありません。

それでも昼食の時にでも謝罪はしておこうと決意しました。

 

 

 

 

「ふーん。そんなことがあったんだ」

 

みんなと一緒に厨房で昼食を食するキテレツは五月達の話を聞いて唸ります。

ルイズから拒絶された五月達ですが、「そっとしておきましょう」というみよ子の提案であれからすぐにヴェストリ広場を後にしていました。

 

「魔法が使えないからゼロ……か」

「どこの世界にも落ちこぼれはいるってことだよな」

「あら。それってキテレツ君のことを言ってるの?」

 

スプーンをくわえるブタゴリラの言葉にみよ子が食いつきました。

キテレツは発明に関する知識や雑学などは豊富なのですが、逆に運動に関する能力は壊滅的なのです。

かろうじて逆上がりができるくらいで、競走はいつもビリです。力もそんなにありません。

 

「どうせ僕は運動音痴だよ」

「でもキテレツには発明の才能があるナリ。落ちこぼれじゃないナリ」

 

ムッとするキテレツですが、コロ助はキテレツの美点を口にします。

 

「ブタゴリラだって体育はできても算数も国語も駄目だからね」

「何だとトンガリ! もういっぺん言ってみやがれ!」

「やめなさいよ、ブタゴリラ。食事中くらいは静かにしてちょうだい」

 

席を立って怒り出すブタゴリラを五月がぴしゃりと叱りつけました。

ブタゴリラは仕方なく席につきました。

 

「ルイズちゃんは気づいてないみたいだけど、あの子は魔法がまったく使えないわけじゃないよ」

「どうしてそう言えるのさ?」

「だって、わたしがここにいるのはルイズちゃんが呼んだからでしょ?」

 

怪訝そうにするトンガリにそう答えた五月に、みんな何かに気づいたように口を開けます。

五月をこの異世界へやってきてしまったのは、ルイズ達が使い魔を召喚する魔法を使っていたからです。

つまり、ルイズはちゃんと魔法を成功させていたことに他なりません。

 

「言われてみればそうね」

「でもルイズちゃんは本当に独りぼっちなんだわ。励ましてくれる友達もいないみたいだし……だからあんなにムキになったのよ」

「不憫ナリね……」

 

魔法使いなのに他の魔法がまともに使えないなんて魔法使いにとっては落ちこぼれの極みです。

キテレツ達の世界で言えば不得意科目があるからしょうがない程度で終わりますが、ここではそうはいきません。

魔法という存在が至上のものとされている以上、それができなければルイズのように孤立してしまうのですから。

 

「ミス・ヴァリエールはあれでもがんばっているのよ。ああ見えてもとてもがんばり屋なんだから。学院の隅で誰にも気づかれないように魔法の練習をしているの」

 

そこへやってきたシエスタが話の輪に入ってきました。

 

「それに、魔法は上手くできなくても読み書きの方はとっても優秀なんですって。わたし達メイドが聞いた話だと、座学では他の生徒様は誰も足元にも及ばなかったの」

「ほえ~」

「典型的な講義は得意だけど、実技は駄目なタイプって訳なんだ。あの子」

 

シエスタの話にブタゴリラとトンガリは感心しました。

誰にでも欠点や美点はあります。キテレツもブタゴリラも、ルイズにもそれはあるのです。

成績は優秀なトンガリも、気弱なのが欠点なのですから。

 

「あ、もう学院の人達の食事の時間ね。ちょっと待ってて」

 

キテレツ達は早めに昼食をとっていたので貴族達の食事はこれからなのです。

五月は厨房を後にすると、食堂のルイズの席へと向かいました。

まだルイズは来ていないようで、五月はそこで立ったままルイズを待つことにします。

 

「あ、ルイズちゃん」

 

少しすると、ルイズが俯いたまま現れました。五月と視線を交わそうとしません。

それでも五月が椅子を引いてあげると、ルイズは黙って席につきます。

祈りの唱和が始まりますが、それでもルイズは顔を上げませんでした。

 

「さ、さっきは……」

 

五月はまだルイズをそっとしておいた方が良いと思い、厨房へ戻ろうとしましたが唱和が終わって食事が始まった途端、ルイズが口を開きます。

 

「さっきは……あたしも悪かったわ……その……ごめん、なさい……」

「いいよ、別に。気にしないで」

 

口篭りながら謝るルイズに五月は笑顔で答えます。

 

「ルイズちゃんだって色々とがんばってるんでしょう? だったら諦めないでがんばって」

「……ふ、ふん。当然よ。ちょっとやそっとの失敗で……立ち止まるわけにはいかないわ。いつかきっと、魔法を成功してみせるんだから」

 

五月の励ましに貴族のプライドが邪魔して、素直な態度になれないルイズは虚勢を張ります。

 

「うん。後でデザートを持ってきてあげるから待っててね」

 

そう言い残し、五月はその場を後にして厨房へ向かいました。

ルイズは自分を励ましてくれた五月の背中を見つめ続けます。

 

「ありがと……」

 

誰にも聞こえないよう、ぽつりとそう呟きました。

 

 

 

 

「コロちゃん。こちらのケーキをあちらのテーブルに持っていってくれる?」

「任せるナリ」

 

コロ助は五月やみよ子と一緒にシエスタ達メイドの手伝いをしていました。

シエスタから渡されたケーキの乗った皿を頭に掲げて食堂内を走り回り、言われた場所へと運んでいきます。

少々危なっかしい姿でしたが、みよ子達からのフォローなどもあり、落とさずにケーキを運び続けていました。

 

「なあギーシュ。今は誰と付き合っているんだ?」

「そうだそうだ! 誰が恋人なんだよ? 教えろよ、ギーシュ」

「おいおい……よしてくれたまえ。僕にはそのような特別な女性はいない。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだよ」

 

その頃、二人の生徒が派手なシャツを着ているキザな物言いをする生徒を冷やかしていました。

彼、ギーシュ・ド・グラモンは薔薇の造花を模した杖を手にして酔ったように答えます。

 

「おや?」

 

そこへケーキを運び終えたコロ助が近づいてきました。

ギーシュのポケットから小さなビンが床に落ちたのを目にします。しかし、ギーシュは気づいていません。

 

「魔法使いのお兄さん。落し物ナリ」

 

親切なコロ助はすぐにそれを拾うと、ギーシュを追いかけて渡そうとします。

しかし、コロ助が話しかけてもギーシュは振り向きません。そのまま二人の生徒と一緒に立ち去ろうとします。

コロ助はギーシュ達の前へ回り込んでいきました。

 

「何だね君は!」

「落し物と言っているナリよ」

 

コロ助を見下ろすギーシュですが、差し出された小ビンを目にすると何故か気まずそうな顔をしました。

 

「それは僕のものじゃない。何を言っているのかね?」

「そんなはずはないナリ。確かにワガハイ、お兄さんのポケットから落ちたのを見たナリ」

「知らないと言っているだろう、しつこいな。良いからそこを退きたまえ」

「そうはいかないナリ」

 

ギーシュもコロ助もどちらも退きません。コロ助が渡そうとしてもギーシュは拒むのが続くだけでした。

 

「おや? それはもしかしてモンモランシーの香水じゃないか?」

「確かにそうだ。この鮮やかな色はモンモランシーが調合したものだ! やっぱりギーシュ……お前はモンモランシーと……」

「なっ! 何を言うんだ! 彼女の名誉のために言っておくがね……」

「結局、これは誰に渡せば良いナリか?」

 

二人の生徒から指摘されてギーシュは慌てます。コロ助もどうすれば良いか分かりません。

すると、そこに一人の一年生の女子生徒が涙目で現れます。

 

「ギーシュ様……やはり、ミス・モンモランシーと……! ひどいです!」

「違うんだ、ケティ。彼らは誤解しているんだよ……」

 

必死に弁明しようとするギーシュですがパチン、という乾いた音が言葉を遮ります。

栗毛の髪の生徒、ケティはギーシュの頬を思い切り引っ叩いたのでした。

泣きながらケティが立ち去った直後、今度は金髪の女子生徒が怒った顔でギーシュの元へやってきました。

 

「やっぱりあの一年生に手を出していたのね、ギーシュ!」

「ま、待ってくれモンモランシー! 彼女とはただ一緒に軽く遠乗りをしただけ……」

 

しかし、その言い訳も通じませんでした。モンモランシーはテーブルから取ったワインボトルの中身を全てギーシュの頭にかけていきます。

 

「この嘘つき! ……ありがとね」

 

ギーシュに怒鳴ったモンモランシーはコロ助から香水を取り上げ、去っていきました。

 

「これが二股、という奴ナリか?」

「その通りさ。ギーシュは二股をしていたのさ」

「ま、こういうこともあるさ!」

 

コロ助の呟きに生徒二人がさらにギーシュを冷やかします。

しかし、ハンカチで顔を拭いたギーシュは苦々しくコロ助を睨みます。

 

「いっ……!?」

「君は何てことをしてくれたのだね? 軽率にビンを拾ったおかげで二人のレディの名誉に傷がついたのだぞ。どうしてくれる?」

「ワガハイのせいナリか?」

 

いきなり糾弾されるコロ助は困惑します。コロ助は善意で落し物を拾って届けようとしただけなのですから。

 

「当然だ! 僕は君が渡そうとした時に知らないフリをしたじゃないか。話を合わせるぐらいの機転があっても良いんじゃないか?」

「そんなこと言われても分からないナリよ……」

 

ましてや初対面の相手ではそのようなことをするのは無理です。

コロ助は困惑するばかりでした。

 

「とにかく! 彼女達を傷つけた全責任は君にあるのだ! 一体、どうしてくれる!?」

「そんなこと言われても……ワガハイは……」

 

薔薇の杖を突きつけられて怒鳴られ、コロ助はオロオロとしながら涙目になってしまいます。

良かれと思ってやったことなのにこのようことになってしまうなど予想できず、どうすれば良いのか分かりません。

 

「やめなさいよ! コロちゃんはただ親切に落し物を届けてあげようとしただけじゃない!」

 

と、そこへ騒ぎを聞きつけた五月とみよ子がやってきました。

 

「五月ちゃん! みよちゃ~ん!」

 

コロ助はみよ子に縋り付いて泣き出します。

 

「君は……ああ……ゼロのルイズが召喚した使い魔になり損ないの平民だね」

 

ギーシュは五月を見ると馬鹿にするように鼻を鳴らします。

 

「確か、他に四人ほどガーゴイルと一緒に仲間が来ていると聞いている。……平民なんかに貴族の機転を期待した僕が馬鹿だったよ。もういい。とっとと行きたまえ」

「行きましょう。みよちゃん、コロちゃん」

「大丈夫? コロちゃん」

 

ギーシュのことを無視して五月は二人と一緒にその場を後にしていきます。

みよ子は咽び泣くコロ助を慰めていました。

無視されたことが気に入らないギーシュはさらに鼻を鳴らしだします。

 

「ふんっ……貴族に対する礼儀がなっていないな。まったく……これだから教養のない平民は嫌だよ」

「あなたが二股をしていたのが悪いんでしょ」

 

振り向いた五月がギーシュに言い返します。

 

「やれやれ……女とは思えぬ品のなさだ。まったく……ゼロのルイズもとんだ厄介者を召喚してくれたものだよ」

「ルイズちゃんは関係ないじゃない」

「大有りだ。ゼロのルイズは魔法がまともに使えないだけでなく、君達のような平民が騒いだりするおかげでこちらは迷惑するんだ。ああ……そもそも、契約さえできなかったのだったな。それなら君をここまで躾けられないのも当然か」

 

ギーシュは芝居がかった動作で髪を直し、キザに言葉を続けます。

 

「あんな無能なメイジは貴族ではない。とっととこの学院から消えてもらった方が僕達のためなのだよ!」

 

あまりにも酷い悪口に、みよ子もコロ助も不快感を露にしています。

遠くでは当然ルイズもその言葉を聞いており、唇を噛み締めて辛そうに俯いていました。

ギーシュからその誹謗中傷の言葉が放たれると、五月はつかつかとギーシュの方へ戻っていきます。

より一層きつくなった目付きでギーシュを睨みつけました。

 

「何だね? もう行って良いといったはずだ……」

 

ギーシュの言葉が途切れ、パシン! という強く乾いた音が食堂に響き渡ります。先ほどのケティの比ではありません。

五月にケティと同じ場所に思い切り平手打ちを食らい、ギーシュは床に倒れこんでしまいました。

周囲からは生徒達の悲鳴が上がります。

 

「さ、五月ちゃん!」

「やっちまった……!」

 

騒ぎを聞きつけてやってきたトンガリとブタゴリラが唖然とします

ブタゴリラが結果的に手出しをしなかったのに、五月自ら貴族に手を振り上げたのです。

倒れこむギーシュは二度も打たれた頬を押さえて呆然とします。

 

「何が貴族よ! 友達を散々によってたかっていじめて馬鹿にして、あまつさえ出て行けって言うなんて! あなた達は独りぼっちになって悩んでる友達を助けてあげることも親や先生に教わってないの!?」

 

激怒する五月はギーシュを見下ろして怒鳴りました。

五月達はもちろん、キテレツ達は親や学校から道徳的な教育をしっかり教わっているのです。

故に友達が悩んだりしていればそれを何とか手助けしたりするものでした。いじめなどもっての他です。

ここまで露骨に級友を一方的にいじめたりする光景を、五月は許せませんでした。

 

「あなた達、最低だわ!」

 

それはギーシュだけでなく、他の生徒達にも向けられた言葉でした。

 

「何だよ……平民の分際で……」

 

しかし、生徒達の多くはひそひそと五月に対する悪口や罵声を呟いています。

 

「平民が……貴族の顔を……殴ったな……」

 

怒りの色に染まった顔でギーシュは起き上がり、五月を睨み返します。

 

「ここまでしておいて……許されることではない……僕は君を女などとは思わぬよ……!」

 

ギーシュは薔薇の杖を五月に突きつけました。

 

「サツキと言ったね! 僕は君に決闘を申し込む!」

 

ギーシュのその宣言に食堂中で驚きと歓声が上がりました。

 

「八つ当たりをするつもり? あなた、本当に最低ね!」

「何と言おうが、逃げることは許さない! ヴェストリ広場で待つぞ!」

 

そう言い残し、ギーシュは食堂を後にしました。

 

「五月ちゃん! 何であんなことを……」

「俺より先に手を出すなんてよ……」

「あんなにルイズちゃんをいじめるなんて、許せないわよ!」

 

トンガリとブタゴリラが駆け寄ってきますが、五月はそう返しました。

五月は転校先でいじめっ子を見つけると、すぐに止めに入るほど男勝りで正義感に溢れる性格でした。

ブタゴリラもコロ助をいじめようとして五月に叩きのめされたことがあったのです。

 

「サツキ! 何てことをするのよ! 勝手に決闘なんか……」

「ルイズちゃん……」

 

険しい顔をしてルイズもやってきます。

 

「ごめんね。ルイズちゃん……こんなことになって」

 

いくら酷いことをギーシュが言ったとはいえ、トラブルを起こしてしまったことの責任を五月はしっかり感じていました。

 

「とにかく、ギーシュに謝った方が良いわ。今ならまだ許してくれるかも知れない。決闘なんてあたしは認めないからね!」

「でも、あの様子じゃ断っても謝っても無理だろうぜ」

 

ギーシュはあんなに怒っていたのです。どうあっても決闘を受け入れなければ許してくれそうにありません。

事実、五月が逃げられないように生徒が一人待機しています。

 

「そんな! 相手は魔法使いなんだよ! いくら五月ちゃんでもやられちゃうよ!」

 

トンガリは不安になって涙目になりました。大好きな五月がギーシュに叩きのめされてしまう場面など想像したくありません。

 

「こうなったら、キテレツの発明品で叩きのめすしかないナリ」

「キテレツはどこにいるのさ!?」

「そういえば、コルベール先生の所に行くとか……」

 

やってきたみよ子はキテレツの所在をただ一人知っていました。

キテレツは昼食を終えると、すぐに中断していた発明品のメンテナンスを再開するために出て行ったのです。

 

「肝心な時にいないんだからぁ~~~!」

 

トンガリは頭を抱えて喚いていました。

異世界へ取り残されて、魔法使いに因縁をつけられてしかも決闘にまで発展してしまうなんて、とんだ災難です。

 



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大乱闘! 青銅ギーシュの乙女たち・後編

ルイズは五月達と一緒に、ギーシュが待つヴェストリ広場へと向かうことにしました。

とんでもないことになる前に、何としてでもこの決闘騒ぎを収めなければなりません。

ヴェストリ広場へたどり着くと、そこでは話を聞きつけた生徒達で溢れかえっていました。

 

「諸君! これよりこのギーシュ・ド・グラモンは決闘を始める!」

 

集まっていた生徒達に囲まれていたギーシュは薔薇の造花を掲げます。

すると生徒達は歓声を上げ、ギーシュはそれに満足したように笑いました。

 

「ふっ……逃げずによく来たね。平民!」

 

五月達が現れると、ギーシュは格好をつけるように前髪をかいていました。

 

「馬鹿言わないで! 決闘は禁止されているはずでしょ! こんなことはやめて!」

「おいおい……禁止されているのは貴族同士の決闘だけじゃないか。平民と貴族の間での決闘は誰も禁止していないよ」

 

ギーシュの言葉にルイズは言葉に詰まります。

 

「大体、ゼロのルイズ。その平民は別に君と使い魔の契約を結んだわけではないだろう? なら僕とその平民の間に何があろうが、それは僕達の問題なのだ」

「サツキ達は使い魔じゃないけど、あたしが面倒を見ているのよ。その責任はあたしにもあるわ」

 

ルイズは何とその場で跪き、ギーシュに頭を下げたのです。

 

「ルイズちゃん……!」

 

その姿に五月達はもちろん、ギーシュも周りの生徒達も驚いた様子です。

それは人一倍プライドの高いであろうルイズならば決してしない行為なのですから。

 

「ギーシュ・ド・グラモン。この者達の無礼は謹んでお詫びするわ。だから杖を収めてちょうだい」

 

貴族らしい真摯な態度でルイズはギーシュに謝罪します。

ルイズとしては五月達を故郷へ帰れなくしてしまったのは自分の責任であるため、その責任を貴族としてしっかり果たさなければならないのです。

 

「ふんっ……君がどんなに頭を下げようと、その平民がここへ来た時点で既に戦いは始まっているのだ。下がりたまえ」

 

しかし、ギーシュはルイズの謝罪に意を返しませんでした。

 

「それに……僕のこの美しい顔を……平民が傷つけたことは断じて許さない!」

 

ギーシュは五月に叩かれてまだ腫れて痛む頬を押さえて叫びます。

 

「そうだそうだ!」

「ゼロのルイズは引っ込め!」

 

娯楽に飢えていた生徒達は出しゃばってきたルイズに次々と罵声をぶつけます。

 

「さあ! サツキとやら! 逃げずに来たことは褒めてあげよう! かかって来たまえ!」

 

真顔になった五月はゆっくりと前に出ていきます。

 

「五月!」

「五月ちゃん!」

「ちょっと相手をしてくるね」

 

ブタゴリラとコロ助の呼びかけに五月はそう答えます。

そこへキテレツを呼びに別れていたみよ子とトンガリが走ってやってきます。

 

「あ! みよちゃん! トンガリ! キテレツはどうだ? 見つかったのか?」

「それが、コルベール先生の研究室にもいないの……」

「もう! どこに行ったんだよぉ! こんな時に!」

 

学院内にあるコルベールの研究室として使われている掘っ立て小屋を訪れましたが、もぬけの空でした。

発明品が入っているケースも如意光もありません。

 

「おい! コロ助! お前の風呂敷にも道具入ってただろ! 早く持って来い!」

「分かったナリ!」

 

ブタゴリラに促され、コロ助は風呂敷を置いてきた宿舎へと走り去っていきます。

 

「では、そろそろ始めようか!」

 

五月と対峙したギーシュは薔薇の造花を振り、一枚の花びらを宙へ放ります。

その花びらが草地に落ちると、光に包まれて形と大きさを変えていきました。

 

「何なの、これ?」

 

五月は目の前に現れた甲冑を身に着けた青銅製の女戦士の人形に驚きます。

 

「申し遅れたが、僕の二つ名は青銅のギーシュ! よって、青銅のゴーレム・ワルキューレがお相手する!」

「何だとお前! 男なら男らしく自分で戦いやがれ!」

「卑怯じゃないか!」

 

得意気な顔をするギーシュにブタゴリラとトンガリが野次を飛ばしました。

 

「僕はメイジだ。だから魔法で戦うんだよ。殴り合いなんて平民同士の野蛮な行為だ。貴族の僕には相応しくない……」

「あら、今やってることだって充分野蛮じゃない」

「何とでも言いたまえ。行け! ワルキューレ!」

 

五月の言葉を一蹴し、ギーシュはワルキューレに命じます。

ワルキューレは五月に真っ直ぐに突進し、拳を突き出してきました。

 

「危ない! 五月ちゃん!」

 

トンガリが悲鳴を上げますが、五月はひらりと横へ体を動かして避けます。

ワルキューレはさらに追撃を仕掛けてきましたが、その度に五月は身軽な動きで避けていきました。

 

「ひゃあっ! うひゃあっ! ひいっ!」

 

五月がワルキューレの拳を避ける度にトンガリは悲鳴を上げます。

 

「ほう。女にしては動くじゃないか」

「あら。女の子とは思わない、って言ったのはあなたじゃなかった?」

「だが、逃げてばかりではワルキューレは倒せんぞ! 少しは攻めたらどうだね!?」

「そうだそうだ!」

「つまらないぞ!」

 

ギーシュが叫ぶと周囲の生徒達からは五月に対するブーイングが飛んでいました。

 

「じゃあ、遠慮なく……えいっ!」

 

五月はワルキューレの拳を横へ屈んで避けつつ脚を横に伸ばします。

ワルキューレは五月の脚に引っ掛けられ、勢いあまって倒れてしまいました。

 

「何やってるんだギーシュ!」

 

無様に倒れるワルキューレに周りから野次が飛び、ギーシュは憮然とします。

すぐにワルキューレを起き上がらせると、再び五月へと突進させました。

 

「てえいっ!」

 

五月は繰り出された青銅の拳を避けつつその手を掴み、勢いを利用して振り回して放り投げます。

それでもワルキューレは立ち上がり五月を攻撃しますが、動きが単純なので五月が避けるのは訳がありません。

 

「おおおおっ!」

 

向かってきたワルキューレの頭上へ高く飛び上がり、肩を台にして跳び箱を越えるようにその背後へと着地します。

周りの生徒達からは驚きと歓声が沸きあがりました。

 

「五月ちゃん! がんばって!」

「素敵だよ、五月ちゃーん!」

 

みよ子とトンガリも五月へ声援を送ります。

五月はバク転やバク宙など、軽やかにワルキューレの攻撃をかわしていました。

 

「相変わらずすげえ運動神経してるよなぁ……」

 

五月は小学生でありながら、その身体能力は既に小学生はおろか常人のレベルを超えていました。

花丸菊之丞一座の看板役者である五月はお芝居でも飛んだり跳ねたりといったアクロバティックな動きを難なくこなしています。

舞台で鍛えられたその運動能力はまさに超人的といえるもので、かつて航時機で平安時代へ行った時は武蔵坊弁慶とも互角に渡り合ったほどなのです。

 

「何をやっているんだギーシュ!」

「そんな平民なんかにあしらわれてやる気があるのか?」

「おのれ……! 平民がちょこまかと……!」

 

ギーシュは一発も攻撃を五月に当てられないことに苛立ち始めます。

観衆の一部からは更なる野次が飛ぶ始末でした。

平民の女、しかも年下が相手なのでワルキューレで軽くひれ伏させるのは訳ないと考えていたのに、完全に思惑が外れてしまったのです。

 

「やああああっ!」

 

そして、ついに五月も本格的に反撃へと転じました。

繰り出されたワルキューレの拳を避け、掴み取ると向かってきた勢いを利用して見事な一本背負いを決めたのです。

投げ飛ばされ地面に叩きつけられたワルキューレは自らの重さも合わさった衝撃でバラバラに崩れてしまいました。

 

「やったぜ!」

「すごいわ、五月ちゃん!」

「さすが五月ちゃんだ!」

「あの平民、ギーシュのワルキューレを倒したのか?」

「すごいじゃないか!」

 

ワルキューレを倒した五月にブタゴリラ達からはもちろん、観衆からも歓声が巻き起こりました。

 

「すごい……」

 

ルイズは五月の姿を目にして唖然としてしまいます。

先日は強盗を投げ飛ばしてしまうという腕っ節の強さを見せ付けられたのですが、さすがにメイジ相手では平民の五月は敵わないと思っていたのです。

しかし、五月は平民の子供とは思えない身体能力を発揮してワルキューレを倒してしまったのには驚くしかありませんでした。

 

「ギーシュ! そんな平民、さっさと叩きのめせ!」

「平民なんかに負けたら貴族の名に泥を塗るんだぞ! 恥を知れ!」

 

基本的に観衆は入学したばかりの一年生が純粋に決闘を見て楽しんでおり、二、三年生も少ないながらもワルキューレと互角に渡り合う五月を褒め称えています。

ところが、その光景が気に入らない生徒達も少なくはありませんでした。

彼らはメイジである貴族が平民にあしらわれるのが、貴族としてのプライドが許せないのです。

 

「もうこれで気が済んだでしょ?」

 

一息をついた五月はギーシュに向き直って言いました。

 

「それで勝ったつもりかな?」

 

ギーシュは馬鹿にしたように不敵な笑みを浮かべて薔薇の造花から花びらを散らせます。

すると、またも目の前に新たなワルキューレが姿を現しました。

 

「げ……!」

「また出てきたよ!」

 

ブタゴリラ達は二体目のワルキューレが現れたのを見て驚きます。それは五月も同様でした。

 

「どうやら君を甘く見すぎていたようだ……僕も本気で行かせてもらおう!」

 

さらにギーシュは花びらを落とし、もう二体のワルキューレを作り出しました。

ワルキューレ三体は三方から五月を取り囲みます。

 

「三対一なんて汚えぞ! お前、男のくせに女の子をよってたかってメンチにして恥ずかしくねえのか!」

「リンチだよ!」

 

ブタゴリラが野次を飛ばしますが、ギーシュは見向きもしません。

ガキ大将のブタゴリラも多少は暴力を振るったりはしますが、理不尽すぎることは決してしないのです。ましてや女の子に手を上げることはしません。

それどころか級友が別の学年のいじめっ子にいじめられていれば自ら助けに行くほどです。

 

「さあ、続けようか!」

「参っちゃったな……」

 

五月は囲んでいるワルキューレを見回して冷や汗を流します。

自分がやってきたお芝居ではよくこういった場面がありましたが、さすがに本気の喧嘩では初めてのことでした。

しかも相手は人間ではないのです。

 

 

 

 

魔法学院から少し離れた空を飛ぶ物があります。それは静かな音を立ててゆっくりと飛んでいました。

 

「うん。エンジンの調子も快調だな」

「う~む。これは本当にすごい! これだけの部品で空を飛べるだなんて!」

 

キテレツが操縦する超鈍足ジェット機の上でコルベールははしゃいでいました。

キテレツはしばらく使っていなかったジェット機のテスト飛行をするため、軽く魔法学院の近くを飛んでみることにしていました。

コルベールは是非自分も乗せて欲しいと頼み込み、キテレツは彼を同乗させたのです。

 

「どれくらいの速さで飛べるのかね?」

「本来はそんなに速く飛べないんですけど、改良して時速100キロ以上出せるようにしてあるんです」

「ほほう。自ら……いや、大したものだよ!」

 

コルベールはもう子供としか言いようのないはしゃぎぶりで超鈍足ジェット機に感激し、キテレツに感心していました。

 

「キテレツ君。学院に戻ったら、この超……ジェット機をしばらく置いておいてもらえないかね?」

「良いですけど、どうしてです?」

「いや、私もこれを作ってみたくなったのだ。何、これでも私はこうしたカラクリには造詣が深くてね。構造さえ分かれば複製は簡単だ」

 

熱く語るコルベールにキテレツは呆然とします。

先刻招かれたコルベールの研究室には様々な怪しい代物や薬品、さらには何かの作りかけの装置が置いてありました。

その装置は今度授業で生徒達に見せるものだそうで、自分の研究成果を理解してもらいたいと言っていました。

 

「もちろん、代価として私の部品を分けてあげるよ」

「助かります」

 

コルベールが所有している部品はどれもキテレツの発明に使えるものばかりでした。

さすがに冥府刀の修理に使えそうな物はありませんでしたが。

 

「それじゃあ、そろそろ学院へ戻りますね」

「うむ」

 

キテレツは操縦レバーを動かして超鈍足ジェット機を反転させ、魔法学院へ進路を取ります。

 

「おや? あれは……」

「タバサちゃんの竜ですね」

 

そこへ前方からタバサの使い魔であるシルフィードがやってきました。

その背にはタバサとキュルケが乗っています。

 

「どうしたのだね? 君達」

 

超鈍足ジェット機をホバリングさせて止まると、シルフィードもその場で停止します。

 

「キテレツ。あなたのお友達のサツキが、今大変なことになってるわ。すぐに戻った方が良いわよ」

「大変なこと?」

「ギーシュと決闘してる」

 

タバサがぽつりと答えると、キテレツとコルベールは目を見開いて愕然とします。

 

「何! 決闘は禁じているはずだぞ!」

 

それまでの温厚だった態度が一変し、コルベールは声を上げます。

超鈍足ジェット機が飛ぶのを見ていたタバサはキテレツを呼び戻すためにここへ来たのでした。

 

「何で五月ちゃんが……」

「ルイズに悪口を言ったギーシュを、サツキが引っ叩いちゃって。それでギーシュが怒ったのよ」

「何て馬鹿な真似を……!」

 

コルベールは膝を拳で叩いて憤ります。

 

「ギーシュもギーシュよ。二股がバレたのをコロちゃんのせいにして……しかもルイズにあそこまで酷いことを言うなんて」

「それで、五月ちゃんはどうなったんですか!?」

 

呆れるキュルケにキテレツは尋ねました。代わりに答えるのはタバサです。

 

「今、ギーシュのゴーレムと戦ってる」

「他の教師は何をしているのだね!」

「生徒達が邪魔してて止める暇もないみたいですの」

「キテレツ君! すぐに学院へ戻ってくれたまえ!」

「は、はい!」

 

コルベールに強く促され、キテレツは超鈍足ジェット機を学院に向けて大急ぎで飛ばします。

シルフィードも横に並んで共に魔法学院へと戻っていきました。

 

 

 

 

決闘が始まって早十数分あまりが経ちます。ヴェストリ広場はさらに盛り上がっていました。

 

「たあっ!」

 

挟み撃ちを仕掛けてきたワルキューレの攻撃を五月はその場でトンボを切ってかわします。

外れた拳は五月の後ろから迫っていたワルキューレに頭に叩き込まれ、吹き飛ばされました。

五月はワルキューレの腕に着地すると、そこからさらにジャンプして空中でくるりと一転して背後へ降り立ちます。

 

「危ない、五月ちゃん!」

「はっ!」

 

トンガリの叫びと共に、別のワルキューレが棍棒を振り下ろしてきます。五月は素早く横へ側転してかわしました。

さらにバク転をして距離を取った五月は二体のワルキューレを前にして身構えます。

 

「はあ……はあ……」

 

肩を上下させて五月は荒く息を吐いていました。

 

「平民にしてはよくここまでがんばったと褒めてあげよう。だが、いつまで持つかな?」

 

ギーシュの薄い笑みに五月は何も言い返しません。ただ汗が一滴顔から流れます。

軽やかな動きで跳びはね、攻撃をかわしていた五月は未だ一発も攻撃を受けていませんでした。

囲まれてもワルキューレの頭を踏み台にしてジャンプして包囲から脱し、同士討ちを狙ったりもしますが、長期戦になればなるほど五月は体力を削られるばかりです。

 

いくら超人的な身体能力を持っているといっても、五月は小学生の女の子です。

体力には自信があるブタゴリラでも同じくらいのものなのですから、あまり長くは激しく体を動かせません。

しかも戦う相手は人間ではないので、殴る蹴るといったことはできません。

思い切り投げ飛ばしてやれば倒すことができますが、何体も連続でとなると体力が持ちません。

 

「あれじゃ五月ちゃんが持たないよ!」

「コロ助は何やってやがるんだ! もう我慢できねえ!」

「ブタゴリラ君!」

 

ブタゴリラはいても立ってもいられず、ついに決闘の場へと駆け込みます。

 

「何だね? 君は! 貴族の神聖な決闘に入り込もうというのか!」

「ふざけんな! 自分は戦わねえくせに三対一で五月をメンチにしやがって! 友達を放っておけるか!」

 

ブタゴリラは五月が倒したワルキューレの残骸から持っていた棍棒の一つを手にして五月の隣にやってきます。

 

「熊田君……」

「へへへ……ここで出なきゃ、男が廃るってもんだぜ」

 

呆然とする五月にブタゴリラが笑いかけます。

 

「平民が何人来ようが……メイジに勝てる訳はないのだよ!」

 

馬鹿にしたように笑うギーシュはまた薔薇の造花から花びらを数枚落としました。

今度は三体のワルキューレが一斉に現れます。

 

「君達がそう来るなら、もう容赦はしない! 貴族に楯突いたことを覚悟してもらうぞ!」

 

総勢五体のワルキューレが、五月とブタゴリラの前に現れました。

 

「ブタゴリラ君! 杖よ! あの杖を落とすのよ!」

 

先日、タバサが人さらいのメイジと戦った場面を見ていたみよ子は杖が無ければメイジは魔法が使えないと理解していました。

事実、杖がないメイジは全くの無力であることはこの世界の常識です。

 

「そうか! 魔法使いなら、杖がなきゃ魔法が使えないのは当たり前だよな! おりゃあああっ!」

 

ブタゴリラはギーシュ目掛けて突進しますが、その前に一体のワルキューレが立ちはだかりました。

 

「このやろ! おらあ!」

 

ブタゴリラとワルキューレの棍棒の応酬が始まります。

しかし動きは単調ながらパワーはブタゴリラより上で、ブタゴリラは防戦一方となっていました。

 

「熊田君!」

 

五月が叫ぶと、残り四体のワルキューレが一斉に五月へ向かってきました。

ワルキューレの攻撃を咄嗟に跳び上がってかわします。

そのまま頭を踏み台にして飛び越えようとしますが、別のワルキューレが棍棒を上に突き出してきました。

 

「はっ!」

 

五月はバク宙して紙一重でかわし、別のワルキューレの頭に飛び移ります。

そこへまた追撃の棍棒が繰り出されましたが、五月はまたもジャンプして身を翻してかわします。

地面に着地した五月にさらに別のワルキューレが棍棒を振り下ろしますが、これも横へ跳び退ってかわしました。

 

「ええええいっ!」

 

素早く立ち上がった五月に最初に攻撃してきたワルキューレが拳を繰り出してきましたが、五月はまたもその腕を掴んで一本背負いを決めました。

叩きつけられたワルキューレはまたもバラバラになってしまいます。

 

「はあ……はあ……はあ……はあ……はあ……」

 

しかし、五月は膝に手をついて激しく息を切らします。

あんなに激しく動き回ったので一気に体力を削られてしまったのです。

もう体力は限界に達しようとしていました。

 

「ちくしょう……! こんな人形に負けっか……!」

「熊田君……!」

 

ブタゴリラがワルキューレに苦戦している姿を目にして五月は急いで駆けつけようとします。

しかし、残った三体のワルキューレが。立ちはだかりました。

後一回、跳ぶのが精一杯でしょう。五月はワルキューレを跳び越えようとしますが……。

 

「きゃっ!」

 

ジャンプをしようとした途端、何かが五月の足を掴みました。

五月はそのまま地面に引きずり倒されてしまいます。

見れば、自分の足を土の手のようなものが掴んでいました。

 

「僕がワルキューレを操るしか能が無いと思っているのなら……それは大間違いだ!」

 

土のドットスペルであるアース・ハンドを使ったギーシュは得意気な顔をします。

足を掴まれて動けずに倒れたままの五月をワルキューレが取り囲みました。

 

「五月ちゃん!」

「サツキ!」

 

みよ子とトンガリ、ルイズはその光景を見て悲鳴を上げました。

すると、三人の足元を通り過ぎて五月に向かっていくものがあります。

 

「ウサギになるナリーっ!」

 

学院の庭が広くてようやく戻ってきたコロ助が動物変身小槌を手に五月へ駆け寄り、ワルキューレへ小槌を振ります。

 

「な、何!?」

「ワルキューレがウサギになったぞ!」

 

ギーシュはもちろんのこと、群衆は驚愕しました。

小槌を振るわれたワルキューレの一体が一瞬にして青銅製の小さなウサギの像へと変わってしまったのです。

 

「コロちゃん!」

「ワガハイも加勢するナリよ!」

 

驚く五月にコロ助は小槌を手に叫びました。

 

「マジックアイテムなんか使って卑怯だぞ!」

「このガーゴイルめ! 引っ込め!」

「武士はいじめられている子を助けるものナリ!」

 

野次など気にせず、ワルキューレの一体へ向かいます。

 

「とりゃあ! ウサギになるナリ!」

 

またも小槌を振ると、ワルキューレはウサギの像へと変わりました。

 

「いいぞ、コロ助!」

 

五月を助けたコロ助にトンガリが歓声を上げました。

 

「んぎゃ!」

 

しかし、コロ助の活躍はそう長く続きませんでした。

すぐに残りのワルキューレがコロ助の後ろに迫ってコロ助のチョンマゲを掴み上げたのです。

さらに小槌を取り上げて放り投げてしまいました。

 

「は、離すナリーっ!」

「僕に恥をかかせただけでなく、妙なマジックアイテムなんかを使って邪魔するとは……。このガーゴイルめ!」

 

ギーシュは忌々しげにコロ助を睨みつけます。

そして、ワルキューレは五月の傍へとコロ助を放り投げました。

 

「覚悟はいいかね!?」

「もうやめて。ギーシュ」

 

と、そこへルイズがやってきてワルキューレの前に立ち塞がります。

 

「何だね? ゼロのルイズ。君も決闘を邪魔するのかい?」

「当然よ。サツキ達は使い魔じゃないけど、あたしが面倒を見ているんだから。もしも何かあったらあたしは責任を果たせなかったことになるわ」

 

五月達が故郷へ帰れなくしたのが自分である以上、しっかり面倒を見るのがルイズの役目です。

いわば領主が領民の安全を守るようなものと同じです。

 

「第一、もうサツキは戦えないわ。ギーシュも気が済んだでしょう? お願いだからもうやめて」

「引っ込めって言っただろう! ゼロのルイズ!」

「これからが良い所なんだぞ!」

 

毅然とした言葉を口にするルイズへ群衆の一部から野次が飛びます。しかし、ルイズは動きません。

そんなルイズの姿を目にしてギーシュも溜め息をつきました。

もうこれくらいもすれば充分。後は土下座をして謝らせてやれば、もうそれで手打ちにしてやろうと考えていました。

それでも続けるというのであれば話は別ですが。事実、ブタゴリラはまだワルキューレと戦っています。徐々にですが押し始めていました。

 

「何をやっているのだ! 君達は!」

 

ギーシュがいざ言葉を口にしようとした途端、怒鳴り声が響き渡ります。

ギーシュも五月達も、果ては見物人の生徒達全員がその声に反応して騒ぐのをやめました。

 

「コ、コルベール先生……」

 

現れたのはコルベールです。キテレツとタバサ、キュルケと一緒に戻ってくるとすぐ様騒ぎの場へやってきたのでした。

 

「五月ちゃん! コロ助!」

 

キテレツは慌てて五月達の元へ駆け寄ります。みよ子とトンガリも続きました。

 

「大丈夫? 五月ちゃん」

「怪我はない!?」

「わたしは大丈夫……」

 

みよ子とトンガリに気遣われる五月は微笑みます。

 

「一体、これは何事なのだね?」

「あの……これは……」

「ギーシュが平民の娘と決闘を……」

 

厳しい顔つきで一同を見回すコルベールに、生徒達は口篭りながら答えます。

普段はあまり本気で怒らないコルベールが今、本気で怒っている様子なのでみんな引いていました。

 

「決闘は規則で禁じられているはずですぞ」

「しかし、ミスタ・コルベール……! それは貴族同士のことであって、貴族と平民の間には……ああっ!」

 

ギーシュの言葉を遮り、コルベールは自分の杖の先から小さな炎の渦を放ちました。

それはギーシュが持つ薔薇の造花をピンポイントで瞬時に焼き焦がしてしまいます。

 

「ミスタ・グラモン。校則であろうとなかろうと、他人を無闇に傷つけることが許されると思っているのかね?」

「し、しかし……その者は貴族の僕に……」

「黙りたまえ! たとえ平民だろうと、彼女達の身に万が一のことがあればどうなる!? 私は人の命を奪うことのために魔法を教えた覚えはない!」

 

コルベールの一喝にギーシュは黙り込んでしまいました。

 

「そして、君達も君達だ! 誰もこの騒ぎを止めようとしなかったのかね!?」

 

この場にいる生徒全員に対してコルベールは叱りつけます。

生徒達は全員、俯いて沈黙します。

 

「私は君達に失望した……貴族として……いや、人としての道徳の教育を一からしっかり教え直さねばならんようだな!」

「かっけえ……」

「先生の鑑ナリ……」

 

生徒達を教師として一喝するコルベールの姿にキテレツ達は唖然とします。

 

「罰として、今この場にいる騒ぎを止めようとしなかった生徒全員に、夕方まで学院の清掃を命じます!」

 

突然の命令に生徒達からは不満の声が上がりました。

しかし、コルベールがいざ怒り出すと怖いのは有名であり、生徒達はそれに従わざるを得ませんでした。

薔薇の造花を焼き焦がされたギーシュは、その後コルベールにこっぴどく叱られてしまいました。

 

 

 

 

学院の生徒達の九割以上が決闘の見物をしており、教師達の監視の下、学院内の全清掃を行うことになりました。

ただし、魔法を使うことは厳禁で、手だけを使うことになります。

ルイズとキュルケ、タバサは外されていたのですが、ルイズは自ら志願していました。

 

「何であなたまで参加しているわけ? ルイズ」

「サツキが面倒事を起こしたんだから、その不始末はあたしが取るのよ」

 

講義室の机を雑巾で掃除するルイズに尋ねるキュルケにそう答えます。

 

「ごめんね。ルイズちゃん……」

「すまないと思うなら、口より手を動かしなさい」

 

箒を手にする五月にルイズは手を動かしながら毅然と告げました。

五月は本来、手伝う必要はなかったのですが、一応ルイズの従者であり自分にも責任があるということで参加していたのです。

 

「でも五月ちゃんをそんなに責めないで。五月ちゃんはルイズちゃんを……」

「分かってるわ」

 

みよ子の言葉をルイズは遮りました。

五月が手伝うということで同じようにキテレツ達も手伝っているのです。

 

「サツキ。あんた、どうしてあそこまでギーシュに突っかかったの。……平民なのに」

「平民とか、貴族とか関係ないよ。ただルイズちゃんがいじめられてるのが見過ごせなかっただけだもの」

「五月ちゃんらしいわね」

「そこが五月ちゃんの良い所なんだけどね」

「五月ちゃんはいじめっ子を見かけるとすぐブタゴリラみたいに投げ飛ばすナリ」

「それを言うんじゃねえ! コロ助!」

「やめなって、ブタゴリラ」

 

怒るブタゴリラをキテレツが制しました。

 

「……ふーん。良い所あるわね。良かったじゃないの、ルイズ。平民とはいえ、あなたを助けてくれる子がいるなんて」

「うるさいわね。手伝う気がないなら、出てってちょうだい」

 

茶化してくるキュルケにルイズは毅然と怒り出しました。

 

「じゃあ、ついでに手伝ってあげるわ。サツキがギーシュに立ち向かったことに敬意を表して、ね」

 

そう言って、キュルケもはたきを持って手伝い始めます。

タバサだけは相変わらず隅で本を読み続けていました。

 



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双月の交流 微熱のキュルケと露天風呂

♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「五月ちゃん、すっかりメイドさんやコックさん達のスターになったナリね」

キテレツ「魔法使いとケンカをしてあんなことになったからね。この世界では平民は魔法使いを怖がっているんだ」

コロ助「ところで、ブタゴリラは大きな鍋なんか持ち出して何をする気ナリ?」

キテレツ「僕達の世界みたいに大きなお風呂に入りたいんだって。五月ちゃん達が先に入るけどね」

コロ助「わあーっ! ワガハイも入りたいナリ!」

キテレツ「次回、双月の交流 微熱のキュルケと露天風呂」

コロ助「絶対見るナリよ♪」



ギーシュと五月達の決闘騒ぎを止めずに見物していた生徒達は結局、罰として夕方まで学院中の大掃除に勤しんでいました。

決闘なんか見るんじゃなかった、と後悔する生徒達ですが、一部の生徒はこのようなことをさせられることに納得がいかない様子で、密かに愚痴を呟いています。

中には八つ当たりとして、ルイズに対する言われなき悪口まで漏らす生徒までいました。

 

「はぁ~、やっと終わったナリ……」

「こんな所まで来て大掃除をするなんて思ってなかったぜ」

 

渡り廊下を歩くキテレツ達一行ですが、コロ助とブタゴリラは本当に疲れた様子です。

 

「グズグズ言うんじゃないわよ。サツキがやったことはあんた達の責任でもあるんだから」

「ごめんね。みんなにも付き合わせちゃって」

 

苦笑いをしながら五月はキテレツ達に謝ります。

 

「五月ちゃんは悪くないよ。結果的にケンカを仕掛けてきたのはあのキザな魔法使いなんだから。年下の女の子をいじめようとするなんて男として恥ずかしいと思うな、僕は」

「トンガリ君……ちょっと」

「え? 何?」

 

五月を弁護するトンガリは調子に乗りますが、みよ子が耳打ちをしてきます。

 

「あ……」

「あなたは……」

「ギーシュ……」

 

気が付けば、一行の目の前にはギーシュが現れたのです。トンガリは慌ててみよ子の後ろに隠れました。

騒ぎを起こしたギーシュは学院長室へ呼び出されて、コルベールはもちろん、シュヴルーズやオスマンにも説教されていたのです。

 

「どうだった? 先生達からたっぷりお説教されたんでしょう?」

「ははは……まあね」

 

キュルケがからかうように言うと、ギーシュは乾いた笑いを浮かべました。

五月に決闘を仕掛けていた時の雰囲気はどこへ行ったのか、何やら清々しい様子です。

 

「何か用かしら? ギーシュ。サツキ達にまだ文句があるの?」

「いや、もう良いのさ。そのことは。それよりもルイズ……」

「ちょ、ちょっと。何よ……」

 

ギーシュは突然ルイズへ深く頭を下げてきました。

一同はギーシュの行動に驚いてしまいます。

 

「僕は君に謝らなければならない。あの時は頭に血が昇っていたとはいえ、君にあそこまで酷い暴言を浴びせてしまった……」

 

学院長室でギーシュはシュヴルーズに、

 

「どんな理由があろうとお友達を馬鹿にするなど、貴族がやることではありません。ましてや出て行けだなんてそれは最大の侮辱です。恥を知りなさい」

「お友達が本当に困ったり悩んだりしている時には助けてあげるのも貴族の役目なのですよ」

 

と叱られました。さらにコルベールからは、

 

「ミス・ヴァリエールは失敗を恐れず、諦めないで何度だって挑戦して努力しているのだよ。その心構えは学友として褒め称えるべきものではないかな?」

 

と叱られてしまいました。そしてオスマンから、

 

「君の父君も君と同じ女好きではあったが、たとえ平民が相手でも決して女を傷つけたりするようなことはしなかったそうじゃ」

「時には女のために自ら悪者になったこともあるそうじゃよ。君は父君からそれを教わらなかったのかな?」

「ミス・ヴァリエールも魔法こそ上手くはできんが、それ以外であればはっきり言ってお主らより遥かに優秀じゃ。同じ貴族として馬鹿にはできんぞ?」

 

と叱られたのです。

散々に先生に説教されてしまったギーシュは、決闘騒ぎを起こした己の行いを恥じて反省していました。

そして、こうしてルイズに謝りにきたのです。

 

「貴族にあるまじき無礼な振舞いを、心から詫びるよ……君の努力の精神は僕らでは持ち得ないものだ。それは実に敬服に値する」

「もう良いわよ。そのことは」

 

いきなり畏まったようにそんなことを述べられてもルイズとしても困りました。

 

「そして、サツキと言ったね」

「はい……」

 

ギーシュは今度は五月の方を振り向いてきます。

決闘の時とは違い、ここまで真摯な態度を取るギーシュに五月も呆然としてしまいます。

 

「平民でありながら僕のワルキューレを恐れずに立ち向かったその勇気……素直に感激したよ。君はルイズの使い魔ではなくとも、従者としてルイズのためにあんなことをしたのだね」

「そんな畏まらなくても……」

「そして、僕のワルキューレを華麗にあしらってみせた君の勇姿……あれこそまさにワルキューレ(戦乙女)と呼ぶに相応しい……!」

 

熱が入り始めて新たな薔薇の造花を取り出すギーシュに五月は困惑し、他のみんなも戸惑い始めます。

 

「何か変な雰囲気になってきたな」

「すごいキザなお兄さんナリ……」

 

ブタゴリラとコロ助が呆れる中、ギーシュは五月の前に跪きだしたのです。

 

「ああ……! 君のような勇ましい女性は初めてだ! このギーシュ・ド・グラモン、こんなにまで感動したことはない!」

「ちょっ、ちょっとやめてよ!」

「ミス・サツキ! 君はまさに華麗なる女傑だ! 僕は君の華麗な勇姿を、いつまでも忘れないだろう!」

 

薔薇を振りながら興奮し、感激に酔いつつ迫ってくるギーシュに五月は困惑するどころか完全に引いていました。

 

「この色ボケ男……」

 

ルイズはギーシュの女癖の悪さは知っていますが、ここまで興奮する姿を見るのは初めてで呆れています。

 

「もう! 五月ちゃんから離れてよ! 困ってるじゃないか!」

「面白えじゃねえか。五月があんな顔する所なんか滅多に見られないぜ」

「まあ、珍しいよね」

 

トンガリが慌てますが、ブタゴリラは面白そうに眺めています。キテレツも苦笑いをしていました。

 

「ねえギーシュ。盛り上がるのは良いんだけれど……」

「何だね? キュルケ」

「あれ」

 

キュルケが指した先では、いつの間にかモンモランシーが立っていました。

彼女は完全に怒った様子でギーシュを睨んで肩を震わせています。

 

「モ、モンモランシー……!」

 

一度振られてしまった女性が目の前に現れて、ギーシュは混乱します。

 

「一年生に手を出すだけじゃなくて……そんな年下の平民にまで手を出すだなんて……! ギーシュ……あんたって人は……!」

「違うんだよ! 僕は彼女の勇姿に惚れて、ただそれを褒め称えに……!」

 

ずんずんと迫ってくるモンモランシーにギーシュは慌てて言い訳を始めます。

 

「今のうちに逃げましょう」

「そうね。行きましょう」

 

みよ子に促されて五月はキテレツ達と一緒に走り出します。

 

「あ、こら! 待ちなさい! サツキ!」

 

ルイズとキュルケ、タバサも五月達を追いかけて走り出します。

その後もギーシュはモンモランシーに言い訳を続けていましたが、結局顔にビンタをもらってしまいました。

 

 

 

 

学院の生徒全員による大掃除が終わった後は、待ちに待った夕食の時間です。

肉体労働など滅多にしない生徒達は体をいっぱい動かしたおかげでみんなお腹を空かせていました。

もちろん、キテレツ達も同じです。六人は厨房で賄いをもらおうと足を運びましたが……今回は様子が違います。

 

「おお! 来たな! 待っていたぞ! 我らの『勇者』達!」

 

厨房へやってきた途端、コック長のマルトーは豪快な笑顔で一行を歓迎しました。

 

「ゆ、勇者ぁ?」

「どういうこと?」

 

いきなりの歓迎にキテレツもみよ子も、みんな呆然としていました。

 

「シエスタから聞いたぞ、サツキとやら! 貴族とケンカをしてゴーレムを倒したそうだな!」

「シエスタちゃんもあそこにいたナリか?」

「サツキちゃん達が心配になって……」

 

シエスタは五月がギーシュと決闘をすると聞いて、現場にやってきて決闘を見守っていたのです。

しかし、五月がワルキューレと素手で互角に戦ったり、ブタゴリラが助太刀をしたり、コロ助がワルキューレをウサギに変えてしまったのを見て驚いてしまいました。

 

「はっはっは! だが、心配はいらなかったみたいだな! しかし、貴族に堂々とケンカを売れるとは、偉い度胸をしているな!」

「でも、あんなケンカで勝ったって何にもならないよ」

「そう謙遜するな! ケンカは引き分けになったって聞いているが、平民が貴族に挑んでそこまでやれるなんてすごいことなんだぞ!?」

 

マルトーは次にブタゴリラの方を見ると、にんまりと笑って顔を近づけてきます。

 

「な、何すか? おじさん」

「お前さん、昨日貴族のボウズに野菜を残すなって突っかかったろ? 俺は嬉しかったぜ!」

 

ブタゴリラの首にマルトーは自分の太い腕を巻きつけ、上機嫌に笑いました。

マルトーの豪快さと勢いにブタゴリラも思わず尻込みをしてしまいます。

 

「貴族の連中は好き嫌いが多くてな。いつも残している奴ばっかりで俺もうんざりしてるんだ。俺の気持ちを代弁してくれたお前さんには感謝するぜ……!」

 

マルトーは思わず涙ぐんでしまいます。

 

「あ、おじさんも分かります? 俺の家、野菜を売ってるもんで」

「何!? なるほど、どうりで野菜の気持ちが分かってるってことだな! さすがは商人の息子だぜ! 気に入ったぞ!」

「痛てて!」

 

マルトーはバンバン、とブタゴリラの背中を叩きました。

 

「すごい喜びようだね……」

「何であんなに喜ぶんだろう」

「マルトーさんは貴族が嫌いなの。だからあんなに喜んでるのよ」

 

相当に機嫌が良いマルトーの姿に唖然とするキテレツとトンガリにこっそりとシエスタが言います。

 

「さあ! 今夜はサツキとその友達に俺からご馳走を振舞おう! 貴族達の食事が始まるまでまだまだ時間はある! サツキも友達と一緒にゆっくりしな!」

 

いつもキテレツ達六人で一緒に食事をするテーブルへ行くと、そこにはいつもの賄い料理がありません。

 

「うへー! すげえ!」

「うひゃあ……」

 

テーブルの上には、賄いとはまるで違う豪華な料理が乗っていたのです。

ブタゴリラはもちろん、他のみんなも目を丸くしてしまいました。

 

「これ、ここの人達が食べてる食事でしょう!?」

 

お金持ちのエリートで家族と一流のレストランで料理を食べたこともあるトンガリも思わず驚きます。

 

「そうさ。貴族の連中に出しているのと同じ奴だ! さ、遠慮せずに食べてくれよ!」

「さ、サツキちゃんもカオル君も、みんなどうぞ。召し上がってくださいね」

「あ、ありがとう……マルトーさん、シエスタさん」

 

五月は戸惑いつつも席に座り、他のみんなも豪華な食事を前にして少し興奮気味のようです。

 

「いただきますナリー!」

「うん。美味しい!」

「僕もママと一緒に行ったレストランでもこれ程のものは食べたことないよ!」

「うん! こりゃ良い野菜使ってるな!」

 

コロ助もみよ子も、はたまたトンガリでさえもルイズ達が普段食べている豪華な料理に舌を巻いていました。

 

「本当に驚いたわ。サツキちゃんがあんなに飛んだり跳ねたりするなんて」

 

水差しでコップに水を汲むシエスタが目を丸くして五月を見ます。

 

「それにゴーレムを投げ飛ばしちゃうなんて。サツキちゃんは女の子なのに……」

「五月ちゃんは、お芝居でも飛んだり跳ねたりするもんね」

「五月ちゃんはブタゴリラも投げ飛ばしたことがあるナリよ」

「それを言うなって言ってるだろ!」

 

トンガリに続いて余計なことを喋るコロ助をブタゴリラが小突きました。

 

「これで剣の一本でも握りゃあ貴族のゴーレムなんか真っ二つにできるかもしれねえな! はっはっはっ!」

「五月ちゃんならやりかねないかもね。お芝居でも刀を使うから」

「そんな……キテレツ君……」

 

マルトーとしては冗談を言っているつもりでしたが、お芝居で五月の殺陣を何度も見たことがあるキテレツ達は五月なら本物の剣も扱えるかもしれないと踏んでいます。

 

「わたしは真剣なんて振り回したくないよ。人を傷つけることになるんだから」

 

五月はもちろん、キテレツ達はまだ小学五年生です。刃物なんて危ない物は持つことなんてできません。

 

「それはそうだよね。……そうだ! 五月ちゃんならあれが使えるはずだよ!」

 

突然、キテレツが何か閃いたようでポンと手を叩きます。

 

「あれって?」

「明日用意してあげるよ。僕の自信作なんだ」

 

キテレツは何かの発明品を出すつもりのようです。一体、何を出そうとしているのか五月は予想できません。

五月でも使いこなせるという発明とは一体なんなのでしょうか。五月もみよ子もコロ助も考えます。

 

「あっ! おじさん! ところでお願いがあるんですが!」

「何だい? 何でも言ってみな!」

「外に置いてあった大きな鍋、あれって使わないんですか? 良かったら、俺達に貸して欲しいんですが!」

 

ブタゴリラは学院の庭の隅に古い大釜が置いてあるのを昼間に見かけていました。

 

「おう! 構わないぜ! どうせ捨てようと思ってた奴だからな!」

「へへっ! 毎度どうも!」

 

快く許可してくれたマルトーにブタゴリラはしたり顔を浮かべます。

 

「熊田君。何をする気なの?」

「なあに! 後のお楽しみさ! トンガリ! コロ助! 食い終わったらちょっと手伝え!」

「え~。何でさ……」

「つべこべ言うんじゃねえ! 良いから手伝え!」

「何をする気ナリか……」

 

トラブルメーカーのブタゴリラが考えていることなんて大したことではないとトンガリとコロ助は怪訝そうにします。

魔法学院の生徒達の食事の時間が始まるまでの間、キテレツ達は仲良く食事を楽しんでいました。

 

 

 

 

夕食が終わると、トンガリとコロ助はブタゴリラに付き合わされていました。

 

「こんな大釜を何に使う気なのさ」

「お前、まだ分からねえのか? お坊ちゃまは日本伝統の風呂も知らないのかよ?」

 

人気のないヴェストリ広場の隅へ大釜を転がすブタゴリラの後ろをトンガリとコロ助が薪を運んで続きます。

 

「何のことナリ?」

「五右衛門風呂だよ。五右衛門風呂」

「お風呂ぉ?」

 

ブタゴリラが何をしようとしているのかを知ってトンガリは声を上げました。

 

「俺は、あんなサウナじゃ満足しねえんだ。やっぱり、日本人はしっかり風呂に入らねえとな!」

「まあ確かにね……」

 

魔法学院の浴場は貴族しか使えないため、平民はサウナ風呂を使うしかありません。

ブタゴリラもトンガリも昨日、一度入ってみたのですが特にトンガリはすぐに嫌になってしまったのです。

 

「分かったら体を動かせ! そいつの次は石を運ぶんだ!」

 

ブタゴリラ主導の下に五右衛門露天風呂は作られていきます。

均等に配置した石の上に大鍋を置き、その下に薪をくべ、大鍋の中にたっぷりと注いだ水を火で沸かすのです。

 

「よっしゃ! 後は湧くまで待つだけだぜ!」

「楽しみナリーっ!」

「おっと! お前は入るのは後だ!」

 

水をはった大鍋の中を覗き込むコロ助をブタゴリラは掴み上げます。

 

「何でナリか!」

「まずはレディペーストって言うだろ! 五月とみよちゃん達が先に入るんだよ!」

「レディファーストでしょ。……あ! まさか五月ちゃんのお風呂を覗く気じゃ……」

「馬鹿野郎! 何考えてやがるんだ! お前は! そういうお前こそ覗こうとするんじゃないだろうな?」

「そんなことする訳ないでしょ!」

 

トンガリは顔を真っ赤にして叫び返します。

ところが、思わず頭では大好きな五月が入浴する姿が浮かんでしまいました……。

しかし、トンガリは頭を振ってやましい考えを振り切ります。

 

 

 

 

「ふーん。露天風呂かぁ。熊田君も考えたわね」

「ブタゴリラ君らしいわね」

 

約二時間後、準備が整った風呂釜に五月とみよ子がやってきました。

覗き防止のために風呂釜を囲むように木板の衝立まで用意されています。

 

「へへへ! まずは女の子お二人をご案なぁ~い」

 

ブタゴリラはまるで風呂屋を商売しているような気分でした。

実際、ブタゴリラは銭湯を経営していた妙子という女の子と相思相愛の仲なのです。

 

「ありがとう。ブタゴリラ君」

「それじゃあ、男の子は向こうへ行っててね。覗いたりしたらダメよ」

 

五月は両手を腰に当てて三人の顔を覗き込みます。

 

「も、もちろんだよ五月ちゃん……」

「それじゃごゆっくり~。……おら! トンガリもコロ助も、こんな所でウロウロしてるんじゃねえ! あっちへ行くぞ!」

「痛いナリ~!」

 

散々手伝わされたトンガリとコロ助は、ブタゴリラに引きずられてヴェストリ広場を後にしました。

 

「一応、この召し捕り人を置いておくからね」

 

キテレツは『御用』と書かれた提灯の姿をしたからくり人形を持ってきて、それを足元に置きます。

 

「何? この人形?」

「悪い人を捕まえるからくり人形よ。これがいてくれるなら安心してお風呂に入れるわね」

 

屈みこんで召し捕り人を見る五月にみよ子が説明します。

必殺・召し取り人は少々融通が利かない部分がありますが、悪人を捕らえる腕前そのものは非常に優秀です。

 

「召し捕り人。怪しい人が来たらすぐに捕まえるんだ。いいね?」

「御用! 御用! 御用ぉ~~っ!」

 

十手と縄を手に、召し捕り人は張り切ります。少々やかましいのは仕方がありません。

 

「それじゃあね。何かあったらすぐに呼んで!」

 

見張り役も用意できたことで、キテレツもヴェストリ広場から離れていきました。

 

「入ろうか。みよちゃん」

「ええ」

 

広場から誰もいなくなったのを確認すると、五月とみよ子は着ている服を脱ぎ始めます。

服はブタゴリラが用意した桶の中に入れて、五月とみよ子はタオルを手にすっかり湯が沸いて湯気を昇らせている大鍋の中へと身を沈めていきました。

五右衛門風呂なのでそのまま入ると火傷をしてしまいますので、鍋底には木の板が敷かれています。

 

「はあ……良い気持ち……」

「本当ね……生き返るわ……」

 

五月もみよ子もブタゴリラ特製の風呂に快適な様子でウットリとしていました。

 

「まさか魔法使いの世界にやってきて、露天風呂に入るだなんて思ってもみなかったわ」

「ええ。そうね……」

 

空を見上げればそこには二つの月が浮かんでいます。

それは露天風呂としてはまさに絶景そのものでした。

 

「二つの月……わたし達の世界じゃ絶対にあり得ないよね。こんなの」

「やっぱりここはファンタジーの世界ってことよね」

 

五月とみよ子はすっかり露天風呂から眺める幻想の光景に見惚れていました。

おとぎ話のようなファンタジーの世界にやってきてしまったこと自体が夢のような出来事なのです。

 

「すぐに元の世界に帰れなくなって……少し得をしたかもしれないね」

 

大鍋の縁に寄りかかって五月は呟きます。

 

「……でも、やっぱり早く帰れると良いわ。ママも心配するといけないし」

「うん……」

 

しかし、いくら美しい光景を見ることができても、それは気休めでしかありません。

みんなで元の世界の、表野町へ何としても帰らなければならないのですから。

それだけは五月も忘れないのです。

 

「そういえばキテレツ君。わたしに何を渡してくれるのかしら」

「さあ……何かしら。キテレツ君の発明品だから、何か役に立つものだと思うけど……」

 

五月とみよ子が露天風呂でくつろぎながら語り合いを続けていますが、しばらくすると……。

 

「御用! 御用! 御用! 御用!」

「ちょっと! 何よこれ! きゃあああっ!」

 

突然、衝立の向こう側から召し捕り人の叫び声と共に女の悲鳴が聞こえてきます。

風呂に浸かっていた二人は突然の騒ぎに目を丸くしました。

 

「御用! 御用! 御用! 御用! 御用ぉ~~~!」

 

しかもガキン、ガキンと音を立てて争っている騒音まで響いてきます。

 

「……見てくるね」

 

タオルを体に巻いて湯船から上がった五月は衝立の向こう側を覗き込んでみました。

そこでは召し捕り人が灯りを発して二人の人間を縄で縛って張り倒しています。

 

「覗き見、召し捕ったり~っ!」

「痛たたた……ちょっと、離しなさいよ……」

「キュルケさん! それにタバサちゃん!」

 

召し捕り人に仲良く縄で縛られているのは、キュルケとタバサだったのです。

 

「ハァイ、サツキ」

「どうしてここに……」

 

苦笑しながらも挨拶をするキュルケに五月は驚きます。後に続いてやってきたみよ子も同じでした。

 

「キテレツに、サツキがここにいるって聞いたから来たのよ」

 

しかし、衝立に近づいた途端、灯りを消して身構えていた召し捕り人が二人を覗き見と誤認して捕まえにかかったのです。

キュルケはあっさり捕まってタバサも多少は応戦しましたが、杖を投げ縄で奪われて無力にされて呆気なく捕まったのでした。

 

「それより、これを解いてくれるかしら?」

「その人達を放してあげて」

「構いぃ~無しぃ!」

 

みよ子が頼み込むと、召し捕り人は二人を雁字搦めに縛っている縄を器用に外していきます。

縄から解放されたキュルケとタバサは起き上がりました。

 

「ごめんなさい……迷惑をかけちゃって」

「ああ。別に良いわよ。それにしてもタバサもあっさり倒すなんて、そのガーゴイルすごいわね」

「……不覚」

 

杖を拾うタバサは妙に沈みこんだ様子で召し捕り人を見つめます。

 

「ところであなた達、お風呂に入ってるんですって?」

「はい。ここのお風呂はわたし達じゃ使えないって聞いてるから……」

「ふぅ~ん。あなた達の故郷ではこんなお風呂に入ってるのかしら?」

 

五月の説明を聞くキュルケは大鍋を興味深そうに眺めています。

 

「そうでも無いわ。これもかなり古いタイプのお風呂だから……」

「へぇ~。……ねえ、タバサ。せっかくだからあたし達も入らない?」

「ええ?」

 

突然のキュルケの言葉に五月とみよ子は戸惑います。

 

「月夜を眺めながらのお風呂も中々良いじゃない。あたし達も楽しませてもらっても良いでしょ? サツキ」

「別に良いけれど……」

 

女同士とはいえ、貴族が平民と一緒に風呂に入るというのはあり得ないことです。

しかし、キュルケは気さくな態度を変えないまま自ら進言してきたのでした。

 

「そう。それじゃあ見張りはあのガーゴイルに任せてあたし達も入りましょうか。タバサ」

 

言いながら、キュルケはマントを外し着ている制服までも脱ぎ始めます。

 

「うわ……」

 

みよ子は大人なスタイルをしているキュルケの妖艶な裸体に思わず顔を赤くしてしまいました。

対照的にタバサはみよ子達と大して変わらない子供らしい体をしています。

 

「さ。一緒に入りましょ。サツキ、ミヨコ」

 

服とマントを衝立にかけた二人はタオルを手に、五月とみよ子と一緒に大鍋の湯船へと浸かりました。

 

「ふぅ~~……これは快適ね……」

 

髪を後ろでアップに纏めているキュルケは気持ち良さそうに声を漏らします。

タバサは無言のままでしたが、湯船の中でも杖を手放さずに持っていました。

 

「学院のお風呂も心地良いけど、このお風呂も中々じゃない。ねえ、タバサ?」

 

隣のキュルケに肩で突かれてタバサはこくりと頷きました。

 

「それで、キュルケさん。わたしに何か用事でもあるの?」

「まあ。大した用事でも無いのだけれどね……サツキを祝福しに来たってところかしら」

「祝福?」

 

五月もみよ子もキュルケの言葉に首を傾げました。

 

「あなた、平民なのにギーシュのゴーレムを投げ飛ばしたりしたでしょう? タバサと一緒に見てたわよ」

 

最初は普通に決闘の現場で見物していたキュルケとタバサでしたが、ギーシュがワルキューレ三体を呼び出した辺りからキテレツとコルベールを呼びに飛んでいったのです。

その後はタバサの遠見の魔法で決闘の様子を見届けていたのでした。

 

「タバサも感心してたわ。平民で、しかも子供なのにあんなに立ち回れるなんて」

「そんな……」

「あたしも同じよ」

 

キュルケは艶っぽく微笑みながら五月に顔を近づけてきます。

思わず五月は身を引いてしまいました。

 

「あなたがギーシュのゴーレムと戦っていた時の姿……本当に格好良かったわよ。サツキがもしも男の子だったら……あたしはあなたに恋をしていたかもしれないわね……」

 

キュルケは湯船の中で五月の手を握ってきました。

突然のことに戸惑い、五月は慌てて手を引っ込めてしまいます。

 

「ちょっと、キュルケさん……!」

「あたしの二つ名は微熱……つまり情熱なのよ。うっかり同じ女の子に恋をしてしまいそうだったわ。サツキ」

「か、からかわないで。キュルケさん……」

「嘘……」

 

唐突なキュルケの発言に五月は頬を染めて苦笑いを浮かべます。みよ子も唖然としました。

 

「ふふ……。そんなに赤くなって……でも安心しなさい。あたしはそんな趣味まではないからね」

「良かった……」

 

五月は思わずホッと安堵してしまいました。

 

「でもね。結果は引き分けになっちゃったけど、ギーシュを最初に引っ叩いたのは素直に感心したわ」

「え?」

「どういうこと?」

「だってギーシュったら、ルイズにあんな酷いことを言ったんですものね。あれはさすがに言い過ぎよ」

 

キュルケはギーシュがルイズに「魔法学院からいなくなった方が良い」と暴言を吐いた時に思わず怒りが湧いてきたのでした。

 

「あたしもルイズと口喧嘩はしたりするけど……あそこまで酷いことは言わないわ」

「そういえばキュルケさんはルイズちゃんと部屋が隣だけど、仲が悪いの?」

「どうしてなんですか?」

「まあ、色々あってね。あの子の実家とあたしの実家は国境を挟んで隣同士だから」

 

キュルケが言うには、キュルケの五代前のご先祖は当時のルイズのご先祖の恋人を奪い、四代前の先祖は婚約者を、三代前の曽祖父は妻を横から奪ったと言うのです。

こうした事情があり、ルイズはもちろんのこと、その実家の人間もキュルケの実家のツェルプストーを目の敵にしているのでした。

 

「何かすごいことがあったのね……」

「ちょっとやり過ぎな気もするわ……」

 

昔話を聞かされた五月とみよ子は呆然としてしまいました。

 

「まあ……別にあたしはご先祖様の因縁なんてどうでも良いんだけれどね」

 

大鍋の縁に凭れ掛かってキュルケは肩を竦めます。

 

「ねえサツキ。あなた、ルイズと一緒に過ごしてあの子のことをどう感じてる?」

「どうって……」

 

突然の問いかけに五月はまだ三日と短いながらもルイズと過ごしてきた時間を思い起こします。

ルイズは怒りっぽい性格でプライドが高く素直ではありませんでしたが、そうした姿を見ていて思ったことが一つありました。

 

「あの子は、独りぼっちなんだなって……」

「魔法が上手くできないせいで、あんなにみんなに馬鹿にされてるものね……」

「ふぅん……あなた達もあの子に対してそう感じるのね」

「でも、キュルケさんは他の人達と違うわ。ルイズちゃんをいじめてる訳じゃないんでしょう?」

 

キュルケはからかいはしますが、他の生徒達のように陰湿ないじめだけは絶対にしていないことを五月は察していました。

 

「勘違いはしないでね。あたしはあの子が嫌いなんだから。……でもね、邪魔だなんて思ったことは一度もないのよ」

 

くすくすとキュルケは笑いを漏らします。

 

「あの子は魔法はできないけど、それ以外のことだったらとても優秀よ。それに貴族の誇りだけは決して失くしてないわ。他の生徒はルイズと違って貴族とは思えない連中ばかりだもの」

 

確かにルイズをよってたかっていじめる光景は五月もみよ子も見ているだけで腹が立ったほどでした。

 

「あたしはね、ルイズがいつまでも貴族の誇りを失わずにいないで貰いたいのよ。あの子はあたしの好敵手でいてもらわないと困るんだから。挫けそうになったら、ちょっかいをかけてあげたくなるのよ」

「キュルケさん……」

 

五月はルイズにもしっかりと友達がいてくれることに安心します。

キュルケはルイズが嫌いと言っていますが、それは本心ではないのです。あくまでもルイズとライバルであり続けるための方便に過ぎないのです。

 

「ルイズには内緒にしてちょうだいね。あの子、プライドが高いしあたしのことは毛嫌いしてるから」

「はいっ」

 

異世界で出会った独りぼっちの女の子にもしっかりと友達が存在していたことに、五月は思わず嬉しくなりました。

 

 

 



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少女達の危機! レンコン、モット伯の人形館・前編

♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「メイドのシエスタちゃんが辞めてしまったナリ」

キテレツ「モットっていう貴族の人に気に入られてそっちで働くことになったんだよ」

コロ助「でも他のメイドさんやコックさんは何で嫌な顔をするナリか?」

キテレツ「それがそのモットっていう人はあまり良い噂を聞かないんだって。若い女の子をメイドとして連れ込むんだけど、誰も帰ってこないんだよ」

コロ助「わあっ! みよちゃんまで連れて行かれちゃったナリか!? 大変ナリ!」

キテレツ「次回、少女達の危機! レンコン、モット伯の人形館」

コロ助「絶対見るナリよ♪」



昨日のギーシュとの決闘騒ぎは、魔法学院中にキテレツ達の様々な印象を与えることになりました。

奉公している平民達にはキテレツ達、特に五月は貴族にも果敢に立ち向かい互角に渡り合える勇者です。

 

「あのサツキって平民、中々やるよな」

「ギーシュのゴーレムを倒すなんてな!」

「あんなに飛んだり跳ねたりするなんて。まるでイーヴァルディの勇者みたい」

「ふん! だが決闘に勝った訳じゃない」

「あんな平民の娘なんかが貴族に勝てるはずないんだ」

「この僕だったら一瞬でケリをつけてみせるさ」

 

生徒達はギーシュのゴーレムを倒した五月を平民ながらに賞賛したり、逆にそれを認めずに反感を抱いているのとで分かれました。

前者は下級生に多く、後者は上級生が多いです。二年生は半々といった所でした。

 

「あのマジックアイテムは一体何なのだ?」

「何故、平民があんなものを持っているというのだ?」

「あの眼鏡の平民は他にもマジックアイテムを持っているそうだ……」

 

教師達は五月よりも、コロ助が使った動物変身小槌に驚き、興味を抱いています。

というより、キテレツが様々な発明品……マジックアイテムを持っているというのは周知の事実で少し警戒されていました。

 

「キテレツの奴、どこに行ったんだ?」

「さあ……」

 

晴々とした空の下、学院の正門広場でブタゴリラも五月も首を傾げます。

キテレツは昼食が済むと、どこかへ消えてしまったのです。コルベールの研究室にもいませんでした。

 

「五月ちゃんに渡すものがあるって昨日は言っていたけど、結局まだ用意してないのよ。キテレツ君」

「朝の時もどこかにいなくなったんでしょ? ちょっと不安だよ……」

「キテレツのことだから大丈夫ナリ!」

 

トンガリの呟きにコロ助は反発しました。

キテレツの発明品を信頼しているコロ助は発明品を馬鹿する者――それは即ち、尊敬する奇天烈斎を馬鹿にしているのと同じなので許せないのです。

 

「何やってるのよ、あんた達」

「あ、ルイズちゃん」

 

そこへ昼休みの真っ最中のルイズがやってきました。

ルイズはキテレツ達がトラブルを起こさないように、手が空いている時は自分で見張っておくことにしたのです。

 

「キテレツ君を捜してるんだけれど……ルイズちゃんは見なかった?」

「知らないわよ、あたしは見てないわ。……またトラブルを起こされるのはごめんだからね」

「うん。気をつけるわ」

 

五月は溜め息をつくルイズに苦笑を浮かべながら答えます。

 

「特に! あんたが一番問題児みたいだからね!」

「げげ……!」

 

キッとルイズはブタゴリラを睨みつけました。

本来ならば五月よりも前にブタゴリラが最初にトラブルを起こしたのですから、ルイズが一番警戒するのも当然です。

 

「ブタゴリラはいつもトラブルメーカーだったナリからね」

「本当にこっちも気が重くなるくらいなんだ……」

「なんだと! お前ら!」

「痛い、痛い!」

「痛いナリ~!」

「やめなさいよ、ブタゴリラ君!」

 

愚痴を漏らすコロ助とトンガリをブタゴリラがチョンマゲと首根っこを掴みます。

そこをみよ子が取り成すことで離すのでした。

 

「あ……あれじゃないの? あんた達が捜してるのって」

 

その光景を目にして呆れるルイズが視線を外すと、正門から駆けてくるものを目にして呟きました。

 

「あ! キテレツ君!」

 

ルイズの指摘に五月達がそちらへ振り向けば、紛れも無くそこにはキテレツの姿があったのです。

その手には細長い棒のようなものを持って五月達の元へ走ってきます。

 

「キテレツ君、何か持ってるわね」

「何かしら?」

「何よ。あんた達、あいつのマジックアイテムなのに知らない訳?」

 

溜め息をつくルイズは、またキテレツの持っているマジックアイテムの一つなのだと当たりをつけています。

空飛ぶ雲に大きさを変える杖、動物に変えてしまうハンマーなど、どれも見たことがない効果を持つキテレツの発明品に、実はルイズもそれなりに興味はあるのです。

 

「お待たせ~! やっと充電が終わったよ!」

「どこへ行ってたの、キテレツ君。それにその刀みたいなのは……」

「ごめんごめん、これのバッテリーの充電に時間が掛かっちゃって!」

 

そう言ってキテレツは手にする物を見せ付けます。

それは円筒状の柄を持った90センチほどの刀のようなものです。ただしその白く細長い刀身は刃ではなく蛍光灯のような棒でした。まるで誘導棒みたいです。

 

「何なの、それ?」

「オモチャの刀?」

「ワガハイには自分のがあるからいらないナリ」

「あ! それって確か……」

「いつだったか使った光る刀だよな!」

 

五月とみよ子は首を傾げますが、トンガリとブタゴリラはその刀のようなものに覚えがありました。

 

「うん。電磁刀さ」

 

それは以前、航時機で中世ヨーロッパへ行った際に役立てたことがあった刀で、もちろんキテレツの発明品です。

 

「何なのよ。その剣もマジックアイテムだって言うの?」

「まあ、そんな所だね。この刀は磁場の力で向かってくる攻撃を避けたり、跳ね返したりできるんだよ」

「じ……じば……? 何よそれ……」

 

キテレツの説明を聞いても全く分からないルイズは顔を顰めてしまいます。

 

「これを五月ちゃんに渡しておくよ。五月ちゃんはお芝居でも刀を使ってたし、きっと使いこなせると思うんだ」

「わたしがこれを?」

 

キテレツから手渡された電磁刀を見つめ、五月は呆然とします。

 

「それは良いや! 五月ちゃんならピッタリだよ!」

「大丈夫か? 前みたいにすぐぶっ壊れるんじゃねえのかよ」

 

トンガリが目を輝かせますが、ブタゴリラは心配そうな顔をします。

 

「大丈夫だよ。あれはまだ実験用のものだったんだし、改良を重ねて材料も壊れにくいのを使ってるし、頑丈に作ってあるからさ」

「どうやって使うの?」

「うん。その柄のスイッチを押してみて」

 

五月は言われた通りにスイッチを押してみます。

 

「きゃっ!」

 

その途端に電磁刀の刀身は光を放ちだしました。五月は思わず驚いてしまいます。

 

「うわあ……」

「光ってるわ……」

 

五月とルイズは光り輝く電磁刀に溜め息をつきました。

 

「もしもまた何かあった時はそれを使ってね。あ、それとその電磁刀のバッテリーは太陽の光で動くようにしてるから」

「それじゃあお日さまが出てないと使えないナリか?」

「また充電する時はね。朝からずっと外に置いておいて、バッテリーを溜めておいたんだよ」

 

そのためにキテレツは朝早くに起きて電磁刀を太陽光がよく当たる場所に放置しておいたのです。

昨晩、コルベールから日当たりの良い場所を聞いていたのでした。

 

「ただの棒がこんなに光るなんて……一体、何でできてるの……」

 

発光し続ける電磁刀の刀身に目を奪われるルイズは、恐る恐る手を触れようとします。

 

「あ! 触っちゃ駄目だよ!」

 

ルイズが電磁刀の刀身に触ろうとするのを見たキテレツが慌てて止めようとしますが……。

 

「え? ……ぎいいいいぃぃぃっ!!」

 

刀身に指で触れた途端、ルイズの全身を強烈な衝撃が走ったのです。

悲鳴を上げるルイズはそのまま目を回して倒れてしまいました。

 

「ルイズちゃん!」

「しっかりするナリ!」

「だから言ったのに……電磁刀は電気ショックで攻撃するようになってるんだよ」

 

電気ショックで気絶してしまったルイズにキテレツは頭を抱えます。

 

「調整すれば熊とかも倒せるんだから……光ってる時は触っちゃ駄目なんだよ……」

「熊も……」

 

電磁刀の威力に五月はもちろん、ブタゴリラ達も驚きます。

これは実に頼もしい武器と言えますが、一歩間違えればとんでもないことになりかねません。

 

「とにかく、ルイズちゃんを運びましょう」

「ったく、しょうがねえなぁ……」

 

電磁刀のスイッチを切った五月がルイズの体を起こすと、ブタゴリラが背負いだします。

キテレツ達は気を失ったルイズを医務室がある水の塔へと運んでいきました。

 

 

 

 

「もう! 何てことしてくれたのよ! おかげで午後の授業全部休んじゃったじゃない!」

 

夕食前に目を覚ましたルイズはキテレツと五月を見つけるなり、叱りつけていました。

不用意に電磁刀に触れてしまったルイズの自業自得なので、八つ当たりにも近い癇癪を上げます。

 

「ごめん……」

 

ヴェストリ広場で五月と一緒に叱られるキテレツは思わず頭を下げます。

 

「サツキも、あんな危ないマジックアイテムは無闇に使わないでちょうだいね!」

「うん。そうするわ」

 

現在、電磁刀は五月のズボンに剣首部分のキーホルダーで柄だけになって繋がっています。

電磁刀の刀身は持ち運びがしやすいように改良されて伸縮するようになっているのです。

 

「分かったならそれで良いわ。今後はトラブルを起こさないように注意しなさい」

 

まだ不機嫌さが収まらない様子のルイズは仏頂面のまま後にします。

ルイズから解放された二人はそのまま厨房へと向かっていきました。

 

「あいつが自分から触ったのがいけないんじゃねえか……」

 

厨房の入り口で眺めていたブタゴリラが呟きます。

 

「僕もしっかり説明しなかったのがいけなかったんだよ」

 

配慮が足りなかったと申し訳なさそうにキテレツは頭を掻きます。

 

「キテレツ君。これは大事に使わせてもらうからね」

「うん。できれば使うことがなければ良いんだけど」

 

また貴族の魔法使いとケンカになるようなことはもう避けたいと思っていました。

あくまでもこの電磁刀も護身のために使うべきなのです。

 

「キテレツ。その電磁刀は、もっと無いのか?」

「うん。一番新しいタイプのこれしか持ってきてないんだ。これを作るまでの間のいくつか試作品を作ったんだけど全部元の世界にあるんだよ」

「何だよ。いっそ全部持ってくりゃ良かったのによ」

 

ブタゴリラは悔しそうにします。五月だけが武器を持つことになって自分は何もないのではつまらないのです。

 

「でもあれは普通の電池を使う奴だからね。そんなに長くは使えないんだよ」

「ごめんね、熊田君」

「ちぇっ」

 

キテレツ達は厨房に入ると、六人仲良く夕食の賄いを食べ始めます。

 

「はい。どうぞ」

「ややっ! こ、これは!?」

 

コロ助はシエスタがテーブルに置いた皿の上に乗っていた物に驚き、目を輝かせました。

 

「コロッケじゃないの? これ」

 

みよ子は皿の上に乗っている、そのサクサクの揚げ物に目を丸くします。

紛れも無く、六人の前には山盛りのコロッケが出てきたのでした。それは日本の食卓でよく出てくる食べ物です。

 

「コロッケナリ~! わーい! コロッケが食べられるなんて感激ナリ~!」

 

コロッケが大好きなコロ助は自分の好物が出てきたことに大喜びしていました。

 

「ここにもコロッケがあんのか」

「意外だね……」

「これはわたしの村の郷土料理の一つなのよ。今日はみんなにこれをご馳走したいと思って、無理を行って厨房に立たせてもらったの」

 

呆然とするブタゴリラとトンガリにシエスタは言います。

 

「ワガハイ、コロッケは大好物ナリよ! シエスタちゃん、ありがとうナリ~!」

「ふふっ、コロちゃんはそんなにコロッケが好きなのね。わたしも作った甲斐があるわ」

 

コロ助の喜びようにシエスタも思わず嬉しそうに笑いました。

 

「さあ、サツキちゃん達もどうぞ。遠慮なく食べて」

「いただきますナリ~!」

 

シエスタの作ったコロッケはほとんどコロ助だけが食べていってしまいます。

異世界にやってきて、家に帰るまでコロッケを食べられないと嘆いていたのですから、その嬉しさはとてつもないものがありました。

 

「美味しいナリ~! ママのコロッケの味ナリ~!」

「コロ助、少しは遠慮ってものをしなよ」

「良いのよ。そんな風に喜んで食べてもらえるなんて嬉しいもの」

 

コロッケを一つ口にして呆れるトンガリですが、シエスタはむしろコロ助の食べっぷりが気に入っているようでした。

 

「でも突然コロッケなんてどうして?」

「わたしね……サツキちゃん達と一緒にいたり、こうしてお話をしていたりすると……何だかとても親近感が湧いてたのよ」

 

五月が尋ねるとシエスタはキテレツ達の顔を見回しています。

 

「サツキちゃん達の故郷は、ここからずっと遠いんでしょう?」

「ええ……まあ、そんな所です」

 

異世界から来たとも言えないのでキテレツはそう答えます。

 

「何だか不思議な感じ……みんなとは生まれ育ちは全然違うはずなのに、まるで同じ所で過ごしていたように感じられるわ」

「言われてみれば、何だかそんな感じがするよな。シエスタの姉ちゃんは話しやすいっていうか……」

「きっと、髪の色のせいじゃないかしら」

「そうかもしれないわね。わたしの髪の色は、ここじゃとても珍しいから」

 

ブタゴリラの言葉にみよ子がそう答えます。シエスタもそれに同意しました。

シエスタの黒い髪の色は日本人と似たような印象があるのです。

 

「でも、みんなはわたし達とは違うわ。サツキちゃんもカオル君も、コロちゃんも……とても勇気がある」

「へ?」

 

コロ助が一人美味しくコロッケを食べている中、ブタゴリラと五月は呆然とします。

 

「どんなことがあってもめげないで、友達と一緒に助け合って貴族にも立ち向かえる子供達……。みんなを見ていると、勇気が湧いてくるの。わたしもこれからもっとがんばれるって思えるようになるわ」

「シエスタさん……」

 

いきなりのシエスタの称賛にキテレツ達は戸惑います。

 

「そんなサツキちゃん達に是非、わたしの手料理を食べてもらいたかったのよ」

「こんなに美味しいコロッケなら、ワガハイ毎日食べたいくらいナリよ!」

 

嬉しそうに答えながらコロ助はコロッケをほお張ります。

シエスタは笑顔を絶やさずにキテレツ達を見つめていました。

 

「シエスタ。これ、先生のテーブルの方へ持って行くから手伝って~」

「はーい! すぐに行くわ! ……それじゃあね」

 

同僚のメイドに呼ばれて、シエスタはキテレツ達の前から去って行きます。

 

「どうしたのかしら、シエスタさん」

「何だか様子が変ね」

 

五月もみよ子も、シエスタの雰囲気がいつもとは違うことに気が付いていました。

 

 

 

 

「やだ……早く起きすぎちゃったわね……」

 

翌日の早朝、みよ子は何故かとても早く起きてしまいました。

キテレツ達はまだ眠っていて、ぐっすりしています。ルイズの従者として働く五月も朝は早いのですが、まだ起きません。

 

「キテレツ君、ずっとがんばってたのね」

 

キテレツだけは壁に寄りかかったまま眠っていました。その前には冥府刀の残骸が広げられています。

何とか修理ができないか色々と考えていたのでしょう。

 

「がんばってね……。キテレツ君」

 

みよ子はキテレツにそっと声をかけると、せっかくなので朝の空気でも吸いに外へ出ることにします。

 

「はぁ……良い朝だわ」

 

その場で軽く伸びをするみよ子は庭を散策でもしようと思い、歩き始めました。

 

「あら? シエスタさん?」

「ミヨちゃん」

 

朝日の光が入り込む正門の所へやってくると、そこにはシエスタの姿がありました。

しかし、いつものメイドの姿ではなく私服の姿で、しかも大きな鞄を手にしています。

見れば一台の馬車まで停まっていました。どうやらその馬車に乗ろうとしていたようです。

 

「どうしたの? こんなに朝早く……」

「ちょっと散歩をしようかなって思って。でもシエスタさんもどうしたの? そんな荷物を持って……」

 

驚くみよ子にシエスタは溜め息をつきながら弱々しく笑みを浮かべます。

 

「わたしね、この学院で働くのを辞めることになったの」

「辞める? どうして?」

 

突然のことにみよ子はさらに驚きました。

 

「モット伯爵っていう、偉い貴族様のお屋敷でご奉公することになったの。だから、ミヨちゃん達とはお別れね」

「でも、急にそんなことになるなんて……」

 

昨晩の夕食の時にシエスタの雰囲気がおかしかった意味が今、分かりました。

シエスタはみよ子達にさよならは言いたくなかったのでしょう。

 

「仕方がないの。伯爵がわたしを名指しでお呼びしたんだから……」

「シエスタさん、その貴族の人の所で働くのが嫌なんじゃないの?」

 

みよ子に問われてシエスタは困った顔をします。

 

「そんなことはないわ。平民が貴族にご奉仕をすることは名誉なことなのよ。モット伯は王宮勤めの貴族だし……」

「それじゃあどうしてそんな顔をするの? シエスタさんはその貴族の所で働くのは本当は嫌なんでしょう?」

 

みよ子はシエスタの態度を見て、すぐに分かりました。

どんな理由かは知りませんがシエスタはそのモットという貴族の奉公人になることを望んでいないのです。

 

「正直に言って、シエスタさん」

「……わたし達平民は嫌であっても、貴族には逆らえないの。だから仕方がないのよ……」

 

沈み込んだ様子で答えるシエスタにみよ子は思わず我慢ができなくなります。

 

「シエスタさんが嫌なら嫌ってはっきり言えば良いじゃない。その伯爵にちゃんと、自分の考えをはっきり言わないと。言いなりになるだけじゃ、相手の思い通りだわ!」

「でも、貴族様を怒らせる訳にはいかないのよ。逆らえばとんでもないことになってしまうわ」

「おい、早く乗ってくれ。早くしないと伯爵に私が怒られてしまう」

 

みよ子とシエスタが話を続けていると、馬車を操る御者から声がかかります。

 

「はい。今行きます。……ミヨちゃん、サツキちゃん達によろしくね」

 

シエスタは切ない笑みを浮かべると馬車に乗り込んでいきます。

このままみよ子が見過ごせばシエスタは行きたくもない貴族の所へ行ってしまうのです。

 

「待って! あたしも一緒に行くわ。一緒にその伯爵に話をして、断りましょう!」

「ミ、ミヨちゃん!」

 

馬車に乗り込んできたみよ子にシエスタは慌てました。

みよ子は基本的に心優しく良識的な女の子ですが、同時にすぐにおせっかいを焼きたがるほどに気が強く行動力も高いのです。

そのため、キテレツ達が何かトラブルに遭ったりや冒険に出ようとすると仲間外れは嫌と言わないばかりにしゃしゃり出ていたのでした。

結局、強制的に乗り込んできたみよ子とシエスタの二人を乗せて馬車は出発してしまいました。

 

 

 

 

モット伯爵の屋敷は魔法学院からそう遠くない場所に建っていました。歩きなら一時間ほどかかります。

敷地は広く、門から屋敷までは結構な距離があり、槍を持つ兵や番犬のガーゴイルが警備をしていました。

 

「伯爵はお部屋でお待ちでございます。どうぞ、こちらへ」

 

シエスタとみよ子が馬車を降りて屋敷へ入ると、屋敷の使用人が二人を奥へと招きます。

 

「ミヨちゃん……伯爵が駄目だって言ったら、素直に帰るのよ。怒らせるなんてことがあったらタダじゃ済まないわ」

「そんなに弱気じゃ駄目よ。わたしも一緒に断るから、シエスタさんもしっかり断ってね」

 

廊下を歩く二人はひそひそと小声で話し合います。

魔法を使う貴族の恐ろしさがよく分かるシエスタですが、みよ子は相手が海賊や山賊であっても強気な態度は変えません。

やがて、二人は使用人に屋敷の応接間へと連れて来られました。

 

「おお。待っていたぞ。シエスタとやら」

 

そこで待っていたのは、派手な服装をした中年の貴族でした。カールな細い髭が特徴的な紳士然とした風貌です。

シエスタは頭を下げて挨拶をすると部屋に入り、みよ子も続きました。

 

「私がこの屋敷の主の、ジュール・ド・モットだ。まあ、まずは座りたまえ」

「失礼します」

 

ソファに座るモット伯に促されてシエスタは向かい合う形となる椅子に座ります。

 

「はて……? 一緒にいる娘は何だ? 私が買い入れたのはシエスタだけのはずだったが……」

 

モット伯はみよ子を目にして怪訝そうにします。

 

「わたしはシエスタさんの友達のみよ子です」

「何だ。魔法学院の友人かね? シエスタと一緒に我がモット家で働きたいと言うのかな?」

 

気丈な態度で答えるみよ子にモット伯は溜め息をつきました。

しかし、同時にみよ子を眺めて少しだけニヤついています。それはシエスタに向けていたものと同じでした。

 

「いいえ。違います。シエスタさんを魔法学院へ帰してあげて欲しいんです」

「何だと?」

「ミ、ミヨちゃん……!」

 

みよ子の単刀直入な言葉にモットもシエスタも驚きます。

 

「馬鹿を申すな。シエスタは私が正式に魔法学院から買い入れたのだぞ。今さら、帰すことなどできん」

「シエスタさんはここで働くのは嫌だって言ってるんです。それでも無理矢理、働かせる気なんですか?」

 

みよ子の言葉を一蹴にするモットですが、みよ子も持ち前の気の強さで食いつきます。

 

「何? シエスタよ。お前は我がモット家に仕えることに、何か不服があるのかね?」

「い、いえ……わたしは……」

 

モット伯に睨まれてシエスタは何も言い返せません。

貴族に逆らえば何をされるか分かっている以上、どんなに嫌なことでも頷かなければならないのです。

しかし、それを見て許せないのがみよ子でした。

 

「シエスタさん! はっきり言って! この屋敷で働きたくなんかないって! 本当は魔法学院で働いていたいんでしょ!?」

「黙っていろ! 小娘! シエスタは既にこのモット家の正式な使用人なのだ! 使用人をどうするかは主の自由なのだ!」

 

モット伯はしゃしゃり出てくるみよ子を睨みつけて叫びます。

 

「シエスタよ! 王宮の官吏であるこの私に仕えることに何が不満なのだ! 言ってみろ!」

「シエスタさん! ちゃんと自分の考えを言わないと、この人の言いなりになるだけよ!」

「子供が出しゃばるなと言っているんだ! 引っ込んでいろ!」

「……お止めください! わたしは伯爵にお仕えすることに何もご不満はありません!」

 

いたたまれなくなってしまったシエスタは大声でそう叫びました。

 

「どうか、この者の無礼をお許しください! まだ子供なのです!」

「シエスタさん……」

 

シエスタは深く頭を下げてモット伯に謝罪します。みよ子はそんなシエスタの姿を見て苦い顔をします。

これ以上逆らえばとんでもないことになるとシエスタは分かっていました。だからこうするしかなかったのです。

 

「ふん……最初からそう言えば良いのだ。もう良い、部屋へ案内させるからそこでこの屋敷の服に着替えるのだ。良いな?」

「はい……」

 

モット伯に促されてシエスタは沈み込んだ様子で部屋から出て行きました。

みよ子はその姿を残念そうに見届けることしかできません。

 

「君も屋敷からすぐに出て行くのだな。さあ! 帰った、帰った!」

 

モット伯も手を振ってみよ子に退室を命じます。

みよ子は不満そうな顔でちらりと一瞬、モット伯を見やりましたがこれ以上ここにいても何もできないため、出て行くことにしました。

しかし、出て行こうとするみよ子の姿をじっと追っていたモットは、突然ニヤリと笑い出します。

 

「……待ちたまえ。ミヨコと言ったな?」

「……何ですか」

 

ノブに手をかけようとして呼び止められたみよ子はモット伯を振り向きます。

モット伯は先ほどのように好色そうなニヤけた顔でみよ子を見つめていました。

 

「私は今、ちょっとした趣味に凝っていてね。それに君が手伝ってくれれば、先ほどの願いを考えないでもない。どうかな?」

「趣味って……何をするの」

 

貴族の趣味とやらが分からないのでみよ子は怪訝そうにします。

 

「何、そんなに難しいことではない。子供でも簡単にできることだ……ちょっと剥製作りを手伝ってくれればいい」

 

自分の髭をいじくるモット伯はしたり顔で笑います。

みよ子はそんなモット伯を見つめて眉を顰めますが、仕事を手伝ってシエスタが帰されるのであれば文句はありません。

動物の剥製作りとなれば、確かに変な趣味でもないので問題もないはずです。

 

「……分かったわ。手伝います」

 

みよ子の返答に満足した様子のモット伯は鈴を鳴らすと、部屋には使用人が入ってきます。

 

「例の物を用意しろ」

「はい。かしこまりました」

 

使用人は一礼をするとすぐに部屋を後にします。

モット伯はみよ子へ向き直ると、さらにニヤついた顔をしていました。

 

「では、付いてきたまえ」

 

そして、モット伯はみよ子を連れて屋敷の奥へと連れていきます。

みよ子達の後ろには小さな剣を持ったアルヴィーの魔法人形が何体か付いてきていました。

 

 

 



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少女達の危機! レンコン、モット伯の人形館・中編

「みよちゃん、どこに行ったんだろうな」

「きっと近くを散歩してるんだよ」

 

みよ子達がモット伯の屋敷へ着いていた頃に起きていたキテレツ達はみよ子の姿がないことに気が付きました

しかし、トンガリの言う通り、どこか近くを散歩でもしているのだろうと思い、深く気にかけることはなかったのです。

朝食にはひょっこり姿を現すだろうと思って待っていましたが、それでもみよ子はやってきませんでした。

 

「早起きして一体どこにいったナリか? みよちゃん……」

 

コロ助はみよ子が座っていた隣の椅子を心配そうに見つめます。

 

「もしかして散歩道の途中で迷子になってるんじゃねえか?」

「いくら何でもそんな……この辺りは草原で、この建物もすごい目立つんだよ?」

 

賄いを食べながらのブタゴリラの言葉にトンガリはそう言い返します。

遠くからでも魔法学院は見えるのですから、少し離れてしまっても戻ってこられるはずです。

 

「そんなに遠くまで外へ出たりはしないと思うんだけどなあ……」

「キテレツぅ……ワガハイ、みよちゃんが心配ナリよ……」

 

最初は楽観的に考えていたキテレツ達でしたが、次第に不安になってきます。

もしも本当に迷子になっていたら、一体今みよ子に何が起きているのか全く分からないのです。

 

「まだ戻ってきてないんだ、みよちゃん」

 

そこへ五月が食堂でのルイズの世話を終えて戻ってきました。

 

「いくら何でも遅すぎるナリ。やっぱり、どこかで迷子になってるナリよ。キテレツ、みよちゃんを捜すナリ」

「うん。万が一……ってことも考えられるからね。後でみんなで捜しに行こうか」

「こういう時もキテレツの発明が役に立つからな」

 

キテレツの発明品はどれも様々な状況で役に立てられるものばかりです。

人捜しや物探しも簡単で、その手段も多様に渡ります。みよ子をすぐに見つけることもできるでしょう。

 

「……五月ちゃん、どうしたの?」

 

トンガリは五月が厨房をやけにきょろきょろと見回していることに気が付き声をかけます。

 

「うん。……シエスタさんの姿が見えないなって思って」

「ありゃ、そういやあいないな。シエスタの姉ちゃん」

 

キテレツ達も五月の言葉を聞いて気づいたようです。

五月は今日の朝からずっと、食堂でもシエスタの姿を見かけることはありませんでした。

いつもならルイズの洗濯物を洗いに行く時に顔を合わせますし、食堂で給仕をしている彼女の姿を必ず見かけているはずなのです。

 

「今日はお休みなんじゃないの?」

「まさか。そんなことないでしょ」

 

トンガリの言葉を五月は否定します。シエスタが働き者のメイドであることは五月も知っていました。

ましてやシエスタが仕事をサボるなんてことは考えられません。と、なれば後は病欠ですが……。

 

「何だ。お前さん達は聞いてなかったのか」

 

と、そこへマルトーがやってきます。何やら表情がいつもの豪快な性格とは思えないくらいに重くなっていました。

 

「マルトーさん。シエスタさんのことを何か知ってるんですか?」

「ああ。シエスタなら、もう辞めたんだよ」

 

五月が尋ねると、マルトーはあっさりとそう答えます。

 

「そんな……」

「辞めたぁ?」

「シエスタちゃんが辞めちゃったナリか?」

 

五月もブタゴリラもコロ助もあまりに唐突な言葉に一様に驚いてしまいます。

 

「でもどうしていきなり辞めたんですか?」

「ああ。急遽、モット伯っていう貴族に仕えることになってな。今朝、迎えに来た馬車に乗って行っちまったのさ」

 

キテレツが尋ねるとマルトーはそう説明しました。

 

「もっと白菜?」

「ブタゴリラ……」

 

ブタゴリラの言い間違えにトンガリも他のみんなも突っ込む気力がありません。

 

「ははは……とにかく、シエスタはその伯爵様の個人的な使用人になったんだよ」

「残念ナリ。シエスタちゃんのコロッケ、もっと食べたかったナリよ」

 

苦笑しつつも言うマルトーに、コロ助は残念そうに呟きます。

せっかく好物のコロッケがもっと味わえるかと思ったのに、こうなってしまうとは予想できませんでした。

 

「そっか……だから、昨日あんなに様子が変だったのね」

 

五月はシエスタが昨晩の夕食の時に雰囲気が少しおかしかった理由を知ります。

シエスタは五月達との別れを惜しんでいたのです。コロッケを食べさせてくれたのもそのためなのでしょう。

それでもシエスタはさよならだけは言いませんでした。五月が転校する時にさよならを言わないのと同じです。

 

「でも、それって貴族の人から直接スカウトされたってことでしょう? マルトーさん」

「ああ、らしいな……」

 

トンガリの言葉にマルトーは力無く相槌を打ちました。

 

「それって普通に考えれば結構、ラッキーなことなんじゃないの?」

「どういう意味だよ。トンガリ」

「何てこと言うの、トンガリ君」

「何でシエスタちゃんがその偉いお殿様の所で働くのがラッキーナリ?」

 

少々薄情なトンガリの言葉に三人はそれぞれ声を上げます。マルトーも顔を顰めていました。

 

「だって、直接貴族の人に仕えるっていうのはそれはそれで名誉なことじゃない。その貴族の人が偉ければ尚更だよ。僕ん家で言ったら、パパが会社の社長や取引先の相手に気に入られるようなものなんだよ」

 

トンガリの少々自慢が入った言葉にキテレツ達は呆れました。

上流階級のお坊ちゃまであるトンガリならではの考えです。よりエリートな人間の下につくことは出世への道にもなるのですから。

 

「おいおい。坊主、とんでもないこと言うなよ。お前さん達はそのモット伯のことを何にも知らねえだろう?」

「え……ど、どういうことですか」

 

声を荒げるマルトーにトンガリはビクつきます。

 

「モット伯はな、王宮に仕えている貴族なんだが以前からあまり良い噂を聞かない奴なんだよ。よくこの魔法学院にもやってくるんだが、シエスタみたいに若い娘で気に入ったのを見つけたら、すぐに自分の屋敷に買い入れちまうんだ」

「何でそんなことするナリ? お手伝いさんがそんなに足りないナリか?」

「そんな訳ねえだろ、ネギ坊主。モット伯は、噂じゃあ相当な女好きって話でな。召抱えた若い娘も自分の妾にしてるんだ」

 

能天気なコロ助にマルトーは溜め息をつきながら言いました。

 

「妾って何ナリか?」

「愛人のことだよ。要するに、自分に奥さんがいても他にいる女の人のことを妾って言うんだ」

 

よく分からない様子のコロ助にキテレツは簡単に説明します。

 

「シエスタさんが……そんな……」

「結局、俺達平民は貴族の言いなりになるしかないのさ」

 

驚く五月に諦めたような口調で言うマルトーは、自分の仕事へと戻っていってしまいました。

 

「シエスタの姉ちゃんがいなくなって、みよちゃんまでいなくなっちゃって……何だかなぁ」

 

一度に二人の女の子が周りからいなくなるというのは、いい気がしません。

 

「ミヨコ? ああ、あの子ならあたし見かけたわよ」

 

すると、突然そこにトレーを運ぼうとしている別のメイドが話しかけてきました。

 

「え? 本当ですか!?」

 

そのメイドの言葉にキテレツは思わず声を上げてしまいました。

驚く他のみんなの視線もメイドに集中します。

 

「え、ええ……今朝、シエスタを迎えに来た馬車にシエスタと一緒に乗っていったのを見たけれど……」

 

そのメイドは朝の仕事で洗い物を運んでいる最中に正門でみよ子とシエスタを見かけていたのです。

 

「それじゃあ、みよちゃんもそのもっと白菜って奴に連れていかれちゃったって言うのか?」

「そんな……! どうして、みよちゃんまで……!」

 

キテレツはみよ子が妾として連れて行かれてしまったと聞いて驚きを通り越して、愕然としてしまいました。

みよ子はキテレツの憧れの女の子なのです。それが異世界の訳の分からない貴族の愛人にされてしまうなんて考えたくありません。

 

「何かの間違いナリよ!」

「とにかく、そのモットっていう伯爵の所へ行きましょう」

「え~……本当に行くの?」

 

立ち上がる五月の言葉にトンガリは乗り気ではない様子です。

 

「お前、みよちゃんを見捨てるって言うのか?」

「ぼ、僕は別にそんなつもりじゃ……ただ、その貴族の人をあまり怒らせたりしたら何があるか……」

 

掴みかかってくるブタゴリラにトンガリは気弱に弁明します。

しかし、そんな姿を見て五月はきつい顔で睨みます。

 

「もう! こんな時に何言ってるのよ、トンガリ君! みよちゃんが危ない目に遭っているかもしれないのよ!? トンガリ君はみよちゃんが心配じゃないの!?」

「さ、五月ちゃん……!」

 

大好きな五月にまで責められてトンガリは逃げ腰になってしまいます。

 

「本当に元気な子達だよな」

「まさに勇者って奴かな」

 

マルトーら厨房の給仕達は同じ場所で働く同僚のシエスタがいなくなったことで重苦しい雰囲気でしたが、キテレツ達の姿を見て少しだけ元気を取り戻していました。

同じ平民なのにあそこまで元気でいられるのが、彼らには不思議でたまらないのです。

 

 

 

 

「モット伯? ああ、彼なら王宮の勅使でよくこの学院に来るわね。いつも偉そうにしているからあたしはあんまり好きじゃないけど」

 

五月は午前の授業へ向かおうとするルイズを捕まえていました。

モット伯がどこにいるのかが分からないと話になりません。ルイズなら居場所を知っていると思ったのです。

 

「で? 彼に何の用なの?」

「それがね……みよちゃんが、そのモットっていう人の所へ連れていかれちゃったみたいなの」

「はあ? 何ですってえ?」

 

五月の言葉を聞いて眉を顰めて声を上げてしまいました。

 

「よくは分からないんだけど……そこで働くことになったシエスタさんと一緒に馬車に乗って行っちゃったそうで……」

「もう~……何であんた達はこうトラブルばかり起こすの?」

 

ルイズは額を押さえて大きな溜め息をつきます。

これ以上、トラブルばかり起こしていては本当にルイズ自身の面子も丸潰れとなってしまうのです。

ルイズには五月達の面倒を見る責任がありますが、面倒事ばかり起こされるようではたまったものではありません。

 

「はあ~……でも何であんたの友達がモット伯の所へ行ったのかしら……」

「それは分からないんだけど……」

「もう……分かったわ……今日の授業が終わったらあたしが一緒にモット伯の屋敷へ行ってあげるわよ。それまで待ってなさい」

「ごめんね、ルイズちゃん」

 

面倒事ばかり引き起こしてしまうことに五月は思わず謝ってしまいます。

 

「その代わり、帰ってきたらあんた達にはちょっとお仕置きをしてあげるからね。覚悟しなさい」

「……うん」

 

五月は苦笑して頷きます。言い置いたルイズは授業へ出席するためにそのまま五月と別れました。

 

「どうだった? 五月ちゃん」

「ルイズちゃんの授業が終わったら連れて行ってくれるって」

 

五月は本塔の入り口で待っていたキテレツ達と合流してそう伝えます。

 

「何で今すぐそのもっと白菜の所へ行かないんだよ。場所さえ聞きゃ俺達だけで充分じゃねえか」

「それはまずいよ、ブタゴリラ。僕達だけで行ったって、その伯爵はまともに会ってくれないと思うよ。誰か同じ貴族の人がいてくれた方が良いよ」

 

キテレツ達はこの世界では何の後ろ盾がない立場なのですから仕方がありません。

しかし、ルイズの従者という形であれば一緒にいても大丈夫なはずです。

 

「その方が良いよ……」

「みよちゃん、今頃どうなっているのか心配ナリ……」

 

トンガリは弱気にそう賛成し、コロ助もみよ子のことが心配で不安になっていました。

 

 

 

 

昼を過ぎ、夕方より少し前にルイズ達生徒の一日の授業が終わりました。

ルイズは約束どおり、キテレツ達をモット伯の所へ案内するために彼らを正門広場へと連れてきます。

 

「さ、キテレツ。あんたのあの雲に乗っていくわよ」

「うん。ちょっと待っててね」

 

腕を組むルイズに命じられてキテレツはリュックから取り出した如意光でキント雲を大きくします。

 

「これ、本当に雲なの? 一体、どんな材料使ってるのかしら……」

 

大きくなったキント雲を間近で見つめるルイズはキント雲を指でつついてみたりしてその触感を確かめます。

 

「おい、早く乗ってくれよ。お前がいないとこっちも道が分からねえんだから」

「うるさいわね、分かってるわよ。あたしがわざわざ付いていってあげるんだから感謝しなさい?」

 

既にキテレツ達が乗り込んでいる中、ブタゴリラが催促しますがルイズは強気に言い返しました。

ルイズは一番後ろ、五月の隣へと乗り込みます。

 

「へ、へえ……中々良い座り心地してるじゃないの。この雲」

「わたしも初めて乗るんだけど、不思議な座り心地ね」

 

ルイズと五月は初めて乗ることになるキント雲のふわふわとした乗り心地に感嘆としています。

その何ともいえない独特な感触は、キント雲……仙鏡水で作られた特殊な雲ならではのものでした。

 

「早く飛んでみなさいよ。この雲で空を飛べるんでしょう? ほら! 早くしなさい!」

「もしかして乗ってみたかったナリか?」

「うるさいわね。あんたは黙ってなさい!」

「んぎゃ!」

 

妙に興奮気味のルイズを怪訝そうに見つめるコロ助の頭を、突っ込まれた本人は声を上げながら掴みました。

 

「暴れないでよ。ルイズちゃんも五月ちゃんも、しっかり掴まっててね。それじゃあ行くよ!」

「う……うわああああっ!? きゃああああああっ!」

 

一番前で操縦レバーを握るキテレツが告げるとキント雲は浮かび上がり、見る見る内に空高く飛び上がっていました。

 

「きゃああーっ! すごいわ! 浮いたわ! 信じられない! これ本当にマジックアイテムなの!? どうやって浮いてるの!?」

「すごーい……!」

 

初めて体験する感覚にはしゃぐルイズはキント雲の上で思わず立ち上がりました。

五月も同様に驚き、キント雲の上から見下ろせる地上を目にして声を漏らします。

地上では生徒達がキント雲を見上げて驚いている様子が窺えます。

 

「危ないよルイズちゃん。それで、モット伯の屋敷ってどこなの?」

「あ! あ、ああ……! そうだったわね! それじゃあ、あたしの言う通りに飛びなさい! 良いわね!?」

 

尋ねてくるキテレツにルイズははしゃぎつつもそう命じます。キテレツはルイズの指示通りにキント雲を飛ばすことにしました。

 

「本当にすごいわ! 何これ!? こんなのに乗るなんて初めてよ!」

 

空をゆっくりと飛んでいくキント雲の上でルイズはさらにはしゃいでいました。

 

「しっかり掴まってないと危ないよ、ルイズちゃん」

「魔法学院があんなに小さくなってるわ!」

 

そんなルイズを座ったままの五月が注意します。しかし、ルイズは五月の言葉が耳に入っていないようでした。

 

「まるで子供だな……」

「そりゃあ子供でしょ……」

 

ルイズのはしゃぎようにブタゴリラとトンガリは呆れ気味の様子でした。

ルイズはキテレツ達からしてみれば同じくらいの年代の女の子にしか見えません。

 

「ルイズちゃん。こっちで良いんだね?」

「え、ええ! そう遠くないからもうすぐよ!」

「あら! 空の旅にずいぶんとご満悦なご様子ね。ルイズ!」

 

キテレツの問いかけに相変わらず喜びに浸りながら答えるルイズでしたが、突然誰かの声がかかります。

キテレツ達は辺りを見回しますがこの空には自分達しかいないはずです。

 

「こっちよ、こっち!」

 

声はキテレツ達のすぐ上から聞こえてきました。一行が真上を見上げてみると、そこには一匹の風竜が飛んでいます。

 

「タバサちゃんのドラゴンナリ」

「キュ、キュルケ!?」

 

高度を下げてキント雲の横につけてきたのは、タバサの使い魔であるシルフィードでした。

そして、その上には主のタバサと一緒にキュルケが乗っています。突然のキュルケの出現にルイズが仰天してしまいます。

 

「ハアイ、御機嫌よう」

「キュルケさん。どうしたの?」

「何しに来たのよ! キュルケ!」

「あなた達がその雲に乗るのを見つけたものだから、ちょっとタバサと一緒に追いかけてみたくなったの。ね、タバサ?」

 

五月とルイズが尋ねるとキュルケはタバサの頭を後ろから撫でています。

二人とも、不思議なマジックアイテムを使うキテレツ達にとても興味を抱いているのでした。

 

「あんたに用なんかないわよ! あたし達は今急いでるんだから!」

 

ルイズは腰に手を当てて立ったままキュルケに向かって叫びました。

 

「あら、どこへ行こうと言うのかしら? トリスタニア? それともラ・ロシェール?」

「違うわよ! あんたには関係ないじゃない!」

「まあまあ、せっかくだから良いじゃない。付き合わせてもらうわ」

 

ルイズがどんなに喚いてもキュルケは余裕の態度であっさりといなしてしまいます。

 

「何ですってえ!? 何であんたが首を突っ込むのよ!」

「ルイズちゃん! 揺らさないでよ! 落ちちゃうよ!」

 

キント雲の上で暴れるルイズにキテレツが慌てて叫びます。

ルイズが暴れているせいで、キント雲は横に大きく揺れてしまいます。

 

「うわあ! 落ちるぅ!」

「仕方ねえな! 掴まれトンガリ!」

「うわわわあっ!」

「ルイズちゃん、とにかく座って!」

「お願いだから揺らさないでよ~!」

 

キテレツ達は揺れながら不安定に飛ぶキント雲の上で騒がしくします。

その横を飛ぶシルフィードの上で、キュルケは一行の光景を面白そうに眺めていました。

 

 

 

 

10分とかからずにモット伯の屋敷が見えるすぐ近くの森まで到着すると、キテレツ達は着陸していました。

そこから街道を歩いて屋敷の方へと向かっていきます。

 

「ねえ、ところであなた達はどうしてモット伯の館へ?」

「あんた、何にも知らないで付いてきたの? サツキ達の友達が、間違ってモット伯の館にメイドと一緒に行っちゃったみたいなのよ」

「モット伯ねえ。あの中年の貴族かぁ……」

 

あっけらかんとするキュルケにルイズは溜め息をつきます。

 

「みよちゃんがいると良いね……」

「うん……」

「きっといるナリよ!」

 

五月の言葉に頷くキテレツにコロ助も元気よく同意します。

 

「何者だ!」

 

それから数分ほど歩いてモット伯邸の門の前までやってきた一行ですが、その前に警備の兵が現れました。

 

「わたしは魔法学院のルイズ・ド・ラ・ヴァリエールです。ジュール・ド・モット伯爵にお取次ぎをお願いするわ」

 

二人の兵は槍を交差させて道を塞ぎますが、ルイズは毅然とした態度でそう告げます。

兵達は一瞬、戸惑ったような顔をしますが、すぐに一行を館の前まで連れていきました。

 

「広い庭ナリ……」

「こんな所で野球がしたいくらいだぜ」

「伯爵っていうくらいなんだから、これくらいは当たり前だと思うよ」

 

広大な敷地を見回して驚くコロ助とブタゴリラににトンガリが納得したように言います。

それから館の前に着くと、兵の一人が館へ入っていき、さらにそこでしばらく待っていると入館の許可が出ました。

 

「やっぱりルイズちゃんに来てもらって良かったね」

「うん。助かるよ」

「当たり前でしょ。モット伯ほどの貴族が平民とまともに取り合う訳ないんだから」

 

五月とキテレツにルイズは当然だと言いたげにそう答えます。

 

「あんまりぞろぞろ行くといけないから、三人はここで待ってて」

 

中に入るのは貴族であるルイズとキュルケ、タバサですがキテレツ達が全員入ると面倒となります。

よって、キテレツと五月が従者の代表として一緒についていくことにしました。

 

「ちぇっ、つまんねえの」

「賛成だよ……」

「みよちゃんをすぐに連れて帰るナリよ」

「サツキ、キテレツ。早く来なさい」

 

ブタゴリラ達三人が呟く中、ルイズが声高に呼んできました。

キテレツと五月はルイズ達の後ろをついて館の中へと入っていきます。

 

「さすが貴族のお屋敷ってところね」

「うん……」

「これって剥製よね? しかもこんなにたくさん……」

 

廊下を歩く五月とキテレツは煌びやかな貴族の邸宅に目を丸くしていました。

特に一番目についたのは、館の至る所に置かれている動物の剥製です。鳥から猫、果ては熊までもが剥製の人形となって飾られています。

 

「本当に生きているみたい……」

「まさか……」

 

剥製を眺める五月の言葉にキテレツは苦笑します。

それから五人は使用人に屋敷の応接間へと連れられてきました。

そこではモット伯がソファーに腰を下ろしてワインを飲んでいました。

 

「魔法学院の生徒が私に用事があるとは珍しいことだな。しかもラ・ヴァリエール家の娘とは……」

 

テーブルにグラスを置いたモット伯は現れたルイズ達を見回します。

ルイズ達三人の生徒はモット伯に軽く一礼していました。

 

「あの人がモット伯爵よね」

「うん。さすがに偉い貴族そのものって感じだよ」

 

その後ろで五月はキテレツにこっそりと密かに話しかけます。

 

「で、王宮の官吏であるこの私に生徒の君達が何の用だね?」

「はい。今日、伯爵の元にメイドが一人新しく入られたと聞いているのですが……」

 

用件を尋ねてきたモット伯に、ルイズは単刀直入に尋ねかけます。

 

「……シエスタのことか。確かに我がモット家の正式な使用人となったが……あのメイドがどうかしたのか?」

「やっぱりここにいるんだ……シエスタさん……」

 

モット伯の言葉に五月は僅かに呟きます。

 

「そのメイドと一緒にミヨコという平民がいらっしゃいませんでしたか?」

「ああ……あの娘のことだな。うむ、確かにあの娘ならシエスタに付いてきていたな」

 

問いかけてくるルイズにモット伯は僅かに目を細めながら答えました。

 

「その娘はわたくしが預かっている使用人でございます。もしここにいるのであれば、すぐに引き取りたいのですが……」

「何? ヴァリエールの使用人だったのか。それは知らなかったな」

 

モット伯は意外そうに声を上げます。

 

「だが、その平民ならここにはいないぞ。既にお引取り願ったからな」

「モット伯爵。その……伯爵にその娘は何か失礼なことは致しませんでしたか?」

 

ルイズは恐る恐るモット伯に尋ねます。何をしにみよ子がシエスタに付いていったのは知りませんが、また何かトラブルを起こしているのではと心配していました。

ましてや相手は王宮の官吏ですので、下手をすればとんでもないことになるのです。

 

「まったく……使用人の監督はしっかりしてもらわねば困るな。ミス・ヴァリエール。シエスタを返せだの、馬鹿馬鹿しいにも程がある」

「みよちゃんが……?」

 

偉そうに腕と足を組むモット伯は溜め息をつきます。キテレツもみよ子がここでやったことに驚きました。

もしかしたらみよ子はシエスタがここで働くことになったのを理由も含めて知っていたのかもしれません。

 

「まあ、今回は大目に見ておいてやろう。分かったら、すぐに帰りたまえ。私も忙しいのだ」

「……お忙しい中、面会に応じて頂き感謝致します。モット伯爵」

「あの、シエスタさんは今、どちらにいるんですか?」

 

ルイズが深く頭を下げて会釈をすると、五月が前に出てきてモット伯に尋ねました。

 

「ん? お前もあのミヨコと同じ友人か? シエスタなら今、トリスタニアへ使いに出している」

「そうですか……」

 

もしいるなら少し会っておきたかったのですが、どうやらそうはいかなかったようです。

 

「タバサ。何を見ているの?」

 

キュルケは応接間にもいくつか置かれている動物の剥製を見つめているタバサに声をかけます。

タバサが見ているのは、壁の近くに飾られている狼の剥製人形でした。

 

「ふふっ、私は最近、新しい趣味が増えたものでな。以前は珍しい書物のコレクションが趣味であったが、今では剥製を集めるのに凝っていてな」

 

帰れと言いながら、モット伯は自慢げに語り始めました。

自分の宝物を他人に見せびらかせるのがたまらないのでしょう。

 

「では、廊下に置いてあった剥製も全て伯爵のコレクションでございますの?」

「ああ。もちろんだとも。この屋敷には数多くの鳥や獣、幻獣の剥製があるのだ。私はそれを鑑賞するのがたまらなく好きでな。もっと見たければ特別に案内してやっても良いぞ?」

「え、遠慮致します」

 

キュルケの問いに身振り手振りにモット伯は熱く語りますが、ルイズは首を横に振ります。

ルイズもキュルケも興味がなさそうに溜め息をつきました。

 

「貴族の趣味って分からないわ……」

「まあ、貴族にも色々いるからね……」

 

五月もキテレツも、モット伯の趣味にはついていけませんでした。

大金をかけてこんなにたくさんの剥製を集めて、それを鑑賞して悦に入ったり、得意気に客に見せびらかしたりするのはまさしく貴族の趣味そのものです。

 

「いつかは火竜山脈の極楽鳥をこの屋敷に飾りたいものだ! はっはっはっはっ!」

 

大笑いをするモット伯ですが、それとは対照的に無表情のタバサは飾られた剥製をじっと見据えています。

特に一番注目しているのは、剥製達の瞳でした。

 

 

 

 

モット伯の屋敷を後にした一行は、キント雲とシルフィードを置いていった方へと戻っていきます。

 

「みよちゃんはシエスタの姉ちゃんを返してもらいに行っていたんだな」

「でも断られちゃったナリね」

「僕達に何の相談もしないで一人で行くなんて無茶すぎるよ。みよちゃんは……」

 

ブタゴリラもコロ助もトンガリも道中、みよ子の行動力と積極性の高さに驚き、呆れました。

友達としてみよ子のことをよく知っている身としては、今回のみよ子の行動はかなりやりすぎのようにも感じてしまうほどです。

 

「まあ、そのシエスタは確かに可哀相だとは思うけど、仕方がないわね。貴族にも色々いるから」

「シエスタちゃんのコロッケ……もっと食べたかったナリ……」

 

シエスタはあくまで純粋な学院の奉公人である以上、ルイズには何もできません。

コロ助も好物のコロッケをもう食べられないということに残念がります。

 

「ところで、もっと白菜って奴はどんな奴だったんだ?」

「モット伯爵でしょ」

「あんたを連れて行かなくて正解だったわね……」

「ぷぷぷ……」

 

相変わらずのブタゴリラの言い間違えにトンガリは呆れ、ルイズは溜め息をつき、キュルケは密かに爆笑していました。

 

「うん。偉そうなおじさんって所だったわね。あれは」

「典型的な貴族って奴だよ」

 

五月とキテレツはもっと伯に対して抱いていた印象を述べました。

 

「でも、みよちゃんが追い出されたって言うんならどうして戻ってこないんだ?」

「やっぱり、どこかで迷子になってるんだよ。早く見つけてあげないと……」

 

行きは馬車で来ても、帰りが歩きであったなら魔法学院への道が分からなくなってしまったのかもしれません。

 

「もしかしたら案外もう戻ってるのかもしれないよ。それでいなかったら、僕達で捜しに行こう」

「みよちゃん、無事だと良いね……」

 

五月もみよ子の安否を気遣います。

 

「どうしたの? タバサ」

 

キュルケはふと、隣を歩くタバサに話しかけます。

タバサはずっとモット伯の屋敷があった方を振り返って見つめていたのでした。

 

「あの剥製……」

「モット伯の剥製のこと? あれがどうかしたの? あなた、ずいぶんと熱心だったみたいだけど、もしかして興味があるの?」

 

しかし、タバサは首を横に振ります。タバサが気にしていたのはそんなことではありません。

 

「……生きてる」

「ええ? 生きてる? 剥製が? それ、どういう意味よ」

「……まだ何も分からない」

 

タバサ自身にもはっきりと確信は抱けませんでしたが、モット伯の屋敷に置いてあった剥製を見ていて思ったのです。

あの剥製は普通の剥製ではありません。あそこまで傷一つない精巧な剥製を見るのは初めてでした。

一番に気になっていた点は、あの剥製の目は死んだ生き物や造り物でもなく、紛れも無く生ある者の目だったのです。

 

「あの屋敷には……何かある」

 

 

 

 

「ミヨコ? ううん。戻ってきてないわよ」

 

魔法学院へ戻ってきたキテレツ達はメイド達にみよ子の所在を尋ねましたが、全員同じ答えでした。

たった今、キテレツが水場で話しかけているメイドもこの通りです。

 

「そんな……」

「やっぱり迷子になってるナリよ。早く捜しに行くナリ」

 

唖然とするキテレツにコロ助が促します。

ここに戻ってきていない以上、コロ助の言う通りにみよ子はどこかで迷子になってしまっているのでしょう。

ならば、すぐに捜しに行かなければなりません。

 

「ミヨコもモット伯の屋敷へ行ったんでしょう? ……だったら、ちょっと心配だなぁ」

 

メイドは溜め息をつきながら突然、そのようなことを言い出し始めます。

 

「どうして心配ナリ?」

「あなた達、モット伯の噂を知ってる?」

 

メイドはやけに深刻そうな様子で語り始めました。

二人はその様子に対して不安な面持ちとなってしまいます。

 

「あのモット伯は、知っての通りこれまで学院だけじゃなくて、色々な所から若い女の子を自分のお屋敷に召し上げたりしているんだけれどね……」

「な、何ナリか?」

 

コロ助は冷や汗を垂らしながらメイドの次の言葉を待ちます。

 

「その召し上げた女の子はしばらくするといなくなっちゃうんですって。それでまたすぐにモット伯は新しい奉公人を召し上げるんだけど……追い出したって訳じゃないのに、行方が全く分からなくなるの」

「ど、どうしてナリ?」

「さあ……もしかしたら、モット伯に何かされたんじゃないかとか色々おかしな噂があるわ」

「そんな……」

 

もしもそのメイドの言うことが本当なのなら、もしかしたらみよ子はまだモット伯の屋敷にいるのかもしれません。

モット伯が女好きだと言うのなら、シエスタだけでなくみよ子にまで手をつけているのかもしれないのです。

ルイズが尋ねた時はもう帰したと言ったのも嘘であった可能性もあります。

 

「大変ナリ! とにかく、みよちゃんを捜しに行くナリよ! キテレツ!」

「うん!」

 

もちろん、キテレツはそんなことはないと願いたいと思っていました。

どこかで迷子になっていて泣いている……そんな結果であれば安心できるのに、最悪の結末だけは考えたくもありませんでした。

 

「みんな! 早く乗って! みよちゃんを捜しに行こう!」

 

キテレツは他の三人と合流すると、再びキント雲に乗って行動を開始します。

もう既に夕方で、空は赤くなっていました。

 

「夜になる前に見つけないとね」

「きっとどこかで泣いてるぜ」

 

五月もブタゴリラも、みよ子がどこかで迷子になっていることに心配でした。

一刻も早くみよ子を見つけ出さなければなりません。

 

「とりあえず、まずはこの学院から屋敷までの道を低空で捜そう」

「出発ナリ!」

「みんなは下を見て何か見つけたらすぐに教えて!」

「分かったわ!」

「視力2.0の俺に任せろ!」

 

キント雲を学院の外壁を越えられる程度に浮かび上がらせたキテレツは、他の四人に矢継ぎ早に告げます。

大好きなみよ子の無事を強く願っているからこそ、キテレツはここまで張り切っているのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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少女達の危機! レンコン、モット伯の人形館・後編

すっかり日は落ちてしまい、夜空には二つの月が浮かんでいました。

 

「サツキったら、まだ戻らないのかしら? 何をやってるのよ……!」

 

正門広場で腕を組んだままのルイズはつま先を何度も上下させます。

もうすぐ夕食の時間となりますが、五月やキテレツ達が戻ってきていないのでルイズは不機嫌になっていました。

五月は出発前にしっかりとルイズに「すぐに戻る」と言って出て行ったのに、もうかれこれ二時間が経過しているのです。

 

「迷子の一人も見つけられないの……もう!」

 

キテレツの持つマジックアイテムでパッパと見つけてすぐに戻ってくるのかと思ったのに、予想は外れてしまいました。

 

「夜になっても、こんなに熱心に捜そうとするなんてね。何だか感心しちゃうわ」

 

そこへ突然、キュルケが現れてルイズの隣へやってきました。

 

「あの子達、本当に友達思いなのかもね。あんなに友達を大事にする平民なんて、本当に初めて見るわ」

「……そうね」

 

キテレツ達がここへやってきたのも、元々はルイズが召喚した五月を助けにきたからです。

聞いたこともない遠い町から遥々とこのハルケギニアへやってきて、帰れなくなっても一致団結をし、仲間が危機に陥れば身の危険も省みずに助けようとします。

ルイズは自分とは対照的な輝かしい子供達を見て、思わず羨ましいと思ってしまうほどでした。

 

「あ~あ、サツキが男の子だったら……今頃アプローチをかけてたのになぁ……あの子、女の子だけどちょっとボーイッシュな所があるし、残念」

「な! 何考えてるのよ! あんた、平民の女まで見境いなく手を出すって言うの? どこまで色ボケなのよ! サツキは女でしょうが!?」

 

数多くの彼氏を持っているキュルケが同じ女にまで惚れるだなんて、普通なら考えられません。

 

「第一、サツキは使い魔じゃないけどあたしの従者なのよ! あんたには絶対に渡さないわ!」

「冗談に決まってるじゃない、馬鹿ね。……あら? タバサじゃないの」

 

ルイズの突っ込みを軽くあしらうキュルケはふと、タバサがシルフィードに乗り込もうとする姿を見かけました。

 

「どこへ行くの、タバサ。もうすぐ夕食よ」

「サツキ達の所」

 

キュルケが駆け寄ると、タバサは短くそう答えます。

 

「あなたまでミヨコを捜すっていうの? 迷子くらい、あの子達だけで充分でしょ?」

「たぶん、あの子達はモット伯の屋敷へ行く」

「はあ? 何でモット伯の所へ行くのよ。もうあそこには用はないはずでしょ」

 

タバサの言葉にやってきたルイズも訳が分からず片眉を吊り上げました。

 

「そういえばタバサ、あなたもモット伯のお屋敷が気になってたみたいだけど、どうして?」

「……分からない。あそこには何かがある……それだけは確か」

 

タバサはそれを確かめたいがために、恐らくモット伯の元へ立ち寄るであろうキテレツ達に付いていこうとしたのでした。

それに、タバサはみよ子に借りがあるので放っておくことができません。

 

「じゃあ、あたしも付き合ってあげるわ。サツキ達が何をするのか面白そうだしね」

「あ、あたしも行くわよ! モット伯の屋敷へ忍び込むなんてことがあったら、ただじゃ済まないわ!」

 

三人はシルフィードに乗り込むと、キテレツのキント雲を追っていったのでした。

 

 

 

 

「みよちゃーん!」

「どこナリかー!?」

 

10メートル低空を飛行するキント雲の上で五月とコロ助が大声で叫びます。

キント雲に乗ったキテレツ達は魔法学院とモット伯邸の間を何度も往復していたのですが、未だにみよ子は見つけられません。

道を間違えて迷子になっているのなら、魔法学院までの一本道を外れた所を彷徨っているのかもしれないので、キテレツ達は近辺をくまなく捜してみることにしました。

 

 

「こう暗くなっちゃ全然見えねえぜ」

 

下に広がる森の中の林道を見下ろすブタゴリラは参ったように頭を掻きました。

いくら目が良くても、暗くなってしまってはどうにもなりません。

 

「こんなに捜してもいないなんて……どこに行ったんだろう?」

 

トンガリも心配した様子で下を眺めています。

もう魔法学院からモット伯邸の間とその近辺、およそ1キロ以内は隅々まで捜していました。

 

「もしかしたら、本当に道を外れて迷子になっちまってるんじゃねえだろうな?」

「それじゃあ空からじゃ捜しようがないよ」

 

おまけに夜になって視界がとてつもなく悪くなってしまっています。これでは森の中にいるかもしれないみよ子を見つけるのは不可能に近いです。

 

「キテレツ君。何か良い方法はないの?」

「うん……ブタゴリラ、操縦をちょっと代わって」

「お、おう」

 

ブタゴリラが操縦レバーを握ると、キテレツはケースを開けて中から取り出したものを如意光で大きくします。

 

「何、それ?」

 

五月は取り出された大きな巻き貝の形をした道具に目を丸くします。

 

「それって、前に使った親しい人の声が聞こえる貝殻でしょ?」

「うん。風の便りさ。これでみよちゃんの心の声を聞いてみるよ」

 

これは風の便りと呼ばれる発明で、トンガリの言う通り、親しい人の心の声を聞くことができるのです。

 

「キテレツはみよちゃんが大好きだから、きっとすぐに聞こえてくるナリね」

「う、うるさいな。もう」

 

茶々を入れてくるコロ助に顔を赤くしながら、キテレツは風の便りを耳に当てます。

その名の通り、今は風が流れる音がひゅーひゅー、と聞こえてきていました。

 

「どうだ、キテレツ? 何か聞こえるか?」

「みよちゃん……」

 

キテレツはみよ子のことを強く考えながら、風の便りの音に集中します。

みよ子が迷子になっているなら、きっと悲しみの声か、助けを求める声が聞こえてくるはずです。

 

『す……け……』

「あ……」

「どうしたの?」

「何か聞こえるナリか?」

 

五月とコロ助とトンガリが見つめている中、風の便りから風の音に混じって微かに声が聞こえてきます。

キテレツはより強く意識を集中して音を聞きます。

 

『助け……て……キテレツ……君……』

「……みよちゃんの声だ! 間違いないよ!」

 

はっきりと、キテレツはみよ子の声を耳にしたのです。それも自分に助けを求める声が発せられてきました。

 

「本当か!? で、みよちゃんはどこにいるんだ?」

「ちょっと待って……」

 

キテレツはさらに続けて風の便りに集中していました。空にいるので風はよく吹いており、みよ子の声もしっかり聞こえてきます。

 

『誰か……助けて……』

「あっちだ! あっちから聞こえる!」

「よっしゃあ!」

 

ブタゴリラはキテレツの言葉通りにキント雲を飛ばしていきます。

そして、すぐにあのモット伯の屋敷の近くまでやってきていました。

 

「おや? あそこは……」

「レンコンのもっと白菜ってオッサンの家じゃねえか」

「レンコン? どうしてレンコンなの?」

「もっと白菜って奴はオッサンなんだろ。そんな奴がシエスタの姉ちゃんみたいに若い女の子を可愛がったりするのを、レンコンって言うんだろう?」

 

また何かの言い間違えに首を傾げる五月にブタゴリラはそう説明しますが、さっぱり分かりません。

 

「ひょっとして、ロリコンって言いたいの?」

 

しかし、さすがにトンガリはブタゴリラの言い間違えの本当の意味を察していました。

 

『助けて……キテレツ君……みんな……』

「キテレツ。どうナリか?」

「……あの屋敷からだ! みよちゃんはあの屋敷の中にいる!」

 

風の便りから聞こえてくるみよ子の助けを求める声は、モット伯の屋敷から聞こえてきているのをキテレツは看破していました。

 

「えーっ! 本当ナリか!?」

「あの人、みよちゃんはもう帰したって言ってたのに……」

「それじゃあ嘘を付いてたってことなの?」

「間違いない。みよちゃんはあの中にいるんだ」

「この野郎、みよちゃんを誘拐しやがるなんて、とんだロリコンな白菜だぜ!」

 

みよ子の行方を知った一行は一様に驚き、憤ります。自分達の友達がさらわれて閉じ込められてしまうなんて許せる訳がありません。

 

「早速、殴りこみだぜ!」

「ちょっと待って! いくら何でもいきなりは不味いよ!」

 

しかし、キテレツは張り切るブタゴリラを制止します。功を焦った行動は無謀すぎるのです。

忍び込むにしても作戦や必要な道具を準備しなければなりません。

 

「おい! お前達!」

「何をしているのだ! 怪しい奴らめ!」

「あ! お前ら、さっきやってきたヴァリエール嬢の連れだな!」

 

と、キテレツ達が空中で騒がしくしていたので屋敷の門で警備をしている兵達がやってきました。

翼を生やしている番犬のガーゴイル達も激しく吼えています。

 

「や、やべ! どうすんだよ、キテレツ!」

「とりあえず一度、退却だ! ブタゴリラ! Uターンして!」

 

ブタゴリラは慌てて操縦レバーを横いっぱいに動かします。

 

「きゃああっ!」

「うわあっ!」

「わわわわあっ!」

 

激しく旋回するキント雲の上で五月達は悲鳴を上げます。

急速に方向転換をしたキント雲は、全速力で屋敷から離れていきました。

 

「どうすんだよ、見つかっちまったら屋敷に忍び込めねえじゃねえか」

「とりあえず態勢を立て直そう。森の中に着陸して」

 

キテレツの指示に従い、ブタゴリラはキント雲の進路を林道から外していきます。

 

「サツキ、キテレツ!」

 

手頃な場所で着陸しようとすると、突然声がかかりました。

 

「ルイズちゃん……」

 

キント雲の上空を飛んでいたのは、シルフィードに乗るルイズ達でした。

つい先ほどキテレツ達が引き返してきた所をルイズ達は高空から見つけて、すぐ様飛んできたのです。

 

「ハアイ、ミヨコは見つかっ……てないみたいね」

 

キュルケはキテレツ達の中にみよ子の姿がないことを確かめると、溜め息をついていました。

 

 

 

 

「何ですって? ミヨコがモット伯の屋敷にいる?」

「うん。そうなんだよ」

 

森の中へと着陸したキテレツ達はルイズ達に事情を説明していました。

 

「本当にいるんでしょうね? もし間違いだったら、どうするのよ」

「それはないナリ。キテレツの発明で、しっかり分かったナリよ」

 

訝しむルイズに、コロ助は風の便りを見せながら反論します。

 

「こんな貝殻でどうやって居場所が分かるって言うの?」

「これ、どうやって使うのかしら?」

 

ルイズがコロ助から取り上げた風の便りを、今度はキュルケが手に取り尋ねました。

 

「耳に当ててみてください」

「どれどれ……」

 

キテレツに言われて興味を湧かせながらキュルケは風の便りを耳に当てます。

しかし、しばらく耳に当てていたキュルケは目を丸くしていました。

 

「……何にも聞こえないわよ」

「あ、そうか。風が吹いてないから駄目なんだ」

「風とこの貝とどんな関係があるのよ。こんなので人の居場所が分かるわけないじゃない」

 

ルイズは溜め息をつきながら苦言を漏らします。

効果を発揮できないマジックアイテムなど、役立たずも同然です。

 

「あなたのマジックアイテムで居場所を突き止めたのなら、わたしは信じる」

 

しかし、タバサだけはキテレツ達を信じていました。

キテレツの道具はどれも自分達メイジでは理解できないであろう不思議なものである以上、本人達がそれを使って確信しているなら信じざるを得ません。

 

「でも、どうしてモット伯の屋敷にミヨコがいる訳?」

「あのロリコンのオッサン、みよちゃんやシエスタの姉ちゃんみたいに可愛い子が趣味なんだよ。きっと、シエスタの姉ちゃんみたいに自分専用のニンジンにしてやがるんだ」

「愛人でしょ!」

 

キュルケからの問いかけに答えるブタゴリラに、トンガリが突っ込みました。

 

「まったく……もしも本当だとしても……貴族の館に無断で侵入するなんて許されないのよ。あたしがもう一度、モット伯に聞いてきてあげるわよ」

「でも、嘘をついて追い出したんだから、きっとまた白を切るよ」

 

溜め息をつくルイズにトンガリが反論します。

確かに先刻に尋ねた時はいないと言っていたのですから、もう一度尋ねても結果は同じでしょう。

 

「だからってね! 平民のあんた達が貴族の館に忍び込んで暴れたりすれば、重罪なのよ! その場で処刑されたって文句は言えないんだからね!」

「じゃあ、みよちゃんをこのまま見捨てろって言うのかよ! この薄情者め!」

「何ですって! 誰が薄情者よ!」

「やめなさいよ! 熊田君もルイズちゃんも落ち着いて!」

 

言い争いを始める二人を五月が取り成します。

 

「とにかく、みよちゃんがいるってことだけでもはっきり確認しておかないといけないんだ」

「こっそり忍び込むにも、さっき見つかっちゃったからね。どうするのさ?」

 

トンガリが心配そうに尋ねますが、キテレツはケースを開けて次々に取り出したものを如意光で大きくしていました。

 

「これを使って忍び込もう」

「何よ、その黒い服は」

「あ、それっていつか熊田君が着ていた姿が見えなくなる服ね」

 

顔を顰めるルイズですが、五月はキテレツの取り出した黒装束に覚えがありました。以前、バスに乗った時のことを思い出します。

それは真っ黒衣と呼ばれる黒衣の衣装で、身に着けた者は姿が見えなくなるのです。

どこかへ忍び込んだりするには最適な道具と言えるでしょう。

 

「へへっ、これなら見つからないで楽に忍び込めるな」

 

意気揚々とブタゴリラは服の上から真っ黒衣の装束を身に着けていきます。

タビに手袋、そして顔を全て覆い隠す薄布の覆面がついた頭巾を被れば……。

 

「きゃっ!」

「き、消えた!?」

「不可視のマント……?」

 

ルイズ達は真っ黒衣を着込んで姿が風景と一体化したブタゴリラに驚きました。

メイジのマジックアイテムでも姿を消すことができる代物が存在するのですが、それと全く同じ効果を持つことに呆気に取られます。

 

「あと三人分あるから僕とあと二人、一緒に行こう」

「わたしが行くわ」

「ワガハイもナリ」

「ぼ、僕は遠慮する……」

 

五月とコロ助が志願しますが、気弱なトンガリは首を振って辞退していました。

貴族の館に忍び込んで見つかった時のことを考えると、怖くて仕方がないのです。

 

「それじゃあトンガリはここに残って連絡係を頼むよ。はい、これ」

「そうさせてもらうよ……」

「何よ、その箱は」

 

トランシーバーを渡されたトンガリの後ろからルイズ達が覗き込んできます。

 

「たぶん、離れていても話ができる道具」

「へえ、そんな便利な物まで持っているの」

 

キュルケはトランシーバーを見つめて感嘆とします。

タバサは先日、使い魔との感覚共有能力でシルフィードの目と耳を通してトランシーバーの機能を知っていました。

 

「どう? わたしの姿、消えてるかな?」

「ええ。しっかり消えてるわよ。サツキ」

 

真っ黒衣を着込んだ五月はルイズ達に話しかけてみましたが、キュルケが答えます。

ルイズ達から見れば真っ黒衣を着込んだサツキ達の姿はまるで見えません。

 

「よし、準備オーケーだ。早速屋敷へ行こう」

「ロリコン白菜の奴の鼻を明かしてやろうぜ」

 

キテレツが覆面をずらして顔を見せると、他の三人も同じようにして顔だけを見せていました。

 

「良いこと? 変なことして見つかったりしたらタダじゃ済まないんだからね。ミヨコがいることだけ確かめて戻ってきなさい。それが分かったら、あたしがもう一度話をつけるから」

「五月ちゃん……気をつけてね……」

「うん。すぐ戻るわ」

 

念を押すルイズと心配するトンガリに頷いた五月は再び顔を覆面で隠して姿を完全に消しました。

森の中には、透明になった四人の足音だけが響いています。

 

「何だか本当に面白いことになってきたわね。あなた達って見ていると全然飽きないわ」

 

キュルケはトンガリの肩に肘を乗せて楽しそうに笑います。

 

「呑気なこと言ってる場合じゃないわよ。何かあったらあたしだってタダじゃ済まないんだから!」

「五月ちゃんが危ない目に遭うなんて、僕は嫌なんだからね!」

 

ルイズもトンガリもそれぞれ喚き声を上げていましたが、タバサはトンガリが持つトランシーバーをじっと見つめていました。

 

 

 

先ほど怪しい子供達がマジックアイテムで空を飛んでうろついていたのを目撃したため、モット伯邸の警備は厳重となっていました。

門だけでなく敷地内の至る所に警備の兵が槍を持って佇み、おまけに番犬のガーゴイルまでもが何体も放たれて、侵入者を見つけようと目を光らせます。

 

「こ、怖いナリ……」

 

噴水がある前庭を歩くキテレツ達でしたが、コロ助は低く唸っているガーゴイル達に怯えていました。

 

「しっ……見つかっちゃうよ」

 

五月は自分の足元にくっついているコロ助をなだめます。

真っ黒衣には姿が見えなくなるだけでなく、臭いさえも消してしまう効果があります。

そのおかげで番犬のガーゴイル達も完全に姿を消して敷地内に侵入しているキテレツ達には気付いていません。

 

「キテレツ。もしも見つかったりしたらどうすんだよ」

「使えそうな道具は持ってきているから、それを使うさ」

 

真っ黒衣の上からリュックを身につけると見つかってしまうので、キテレツは真っ黒衣の生地のマントに道具を包んで斜め掛けにして持っています。

リュックもケースも今はトンガリに預けていました。

 

「あの坊主達、何しにここへ来たんだろうな」

「さてな。俺が知るかよ」

「それにしてもあんな空を飛ぶ雲なんて見るのは初めてだぜ」

 

警備の兵達はもちろん、ガーゴイル達も真っ黒衣で姿を消したキテレツ達を見つけることはできません。

あっという間に広い前庭を突き進んで、難なく屋敷の前へと辿り着いていました。

 

「まるで本当に忍者みたいね……わたし達」

「へへっ……本物の忍者だって、ここまではできないぜ」

「こちらキテレツ。……トンガリ、聞こえる?」

 

入り口の横に外れた建物の隅で五月とブタゴリラが話す中、キテレツは懐から出したトランシーバーを頭巾の覆面の中に入れて小さく声を出します。

 

『もしもし、こちらトンガリ。大丈夫、聞こえるよ。そっちはどう?』

『ちょっと! 本当に聞こえてきたわ! 何よ、これ!?』

『へぇ~、すごいわね。この箱』

 

トランシーバーからはトンガリと一緒に驚くルイズやキュルケの声まで聞こえてきました。

 

「あっ……! まずい……!」

「ば、馬鹿……! 音を小さくしろ……!」

 

しかし、大声を出して驚くルイズにキテレツは慌ててトランシーバーの音量を小さくします。

 

「誰だ! そこにいるのか!?」

「大変……!」

「いっぱい来るナリ……!」

 

今のルイズの声を聞かれてしまったようで、屋敷の入り口に立っていた警備の兵達がやってきます。

特に耳が良いらしい番犬はどんどん庭から屋敷に集まってきていました。

 

「仕方が無い……! このまま屋敷へ入ろう……! 行くよ……!」

「ま、待つナリ~……!」

 

こうなったら見張りが集まってくる前に一気に入り込むしかありません。

相手には姿が見えないので、キテレツ達は確かめにきた警備の兵達の目を掻い潜って屋敷の入り口へと向かいます。

警備の兵が入り口から離れてくれたので、駆け込んだ四人はそのまま扉を開けて屋敷の中へ入ることができました。

 

「ふぅ……危ない所だった……」

 

エントランスに入り込んだキテレツ達はホッと安堵していました。

 

「そいつを貸せ、キテレツ……! この野郎……! お前のせいで危うく見つかる所だったじゃねえか……!」

 

ブタゴリラはキテレツからトランシーバーを取り上げると、小さな声で叫びかけます。

 

『何ですって!? 何やってるのよあんた達! 見つからないでって言ったじゃない!』

『返してよ、ルイズちゃん……! うげっ!』

 

音量は小さくしているので、周りにはほとんどルイズの叫び声は聞こえません。

トランシーバーの向こう側ではルイズがトンガリから取り上げたトランシーバーに向かって癇癪を起こしていたのでした。

 

『こっちの声も向こうに聞こえてる。大声を出すとあの子達が見つかる』

『そういうことよ。あんたがサツキ達の足を引っ張ってどうするのよ、ゼロのルイズ』

『な、何ですって……!? あたしが足手纏いですって!?』

 

タバサとキュルケに諌められてルイズがまた大声を上げます。

しかし、ブタゴリラはもう声は聞きたくないと言わんばかりにキテレツにトランシーバーを突き返しました。

 

「まったく、とんでもない奴だぜ。俺達の邪魔しやがって……」

「何とか中には入れたんだから、良いじゃない」

 

不機嫌になるブタゴリラを五月がなだめます。

 

「これからどうするナリ?」

「とりあえず、屋敷の中を隅々まで調べよう。どこかにみよちゃんがいるはずだからね」

 

トランシーバーをしまうキテレツを筆頭にして、いよいよみよ子の捜索が始まります。

四人が歩くモット伯の屋敷の中には、相変わらず剥製の人形が飾られていました。

 

「一体、どこにいるんだろうな。みよちゃん」

「シエスタさんみたいに使用人になっているのかもしれないわ」

「心配ナリ……」

 

すれ違う使用人達は透明なキテレツ達の存在に気付くことはありません。

それでも声を出すと見つかるので、近くに誰かが来た時はじっと黙っていました。

 

「とにかく、どこかに入ってみようぜ」

「それがいいね」

 

ブタゴリラの提案でキテレツは手頃な扉から中を見てみることにしました。

そっと静かに扉を開け、その隙間からキテレツ達は中を覗き込みます。

 

「あ……! シエスタさんだわ……」

「本当だ……」

 

覗き込んだ部屋の中ではメイドのシエスタがソファーに腰掛けるモット伯と話している姿がありました。どうやらここはモット伯の私室のようです。

今のシエスタは魔法学院で着ていたメイド服とは違う、スカートなどが短く肌の露出が多い服を着ています。

 

「どうだ、シエスタ。ここでの仕事には慣れたか?」

「はい……大丈夫です」

「そうか、そうか。まあ、あまり無理はせぬようにな。私はお前をただの雑用のためだけに雇った訳ではないのだからな……」

 

モット伯はニヤけた顔でシエスタを見つめています。

シエスタは困惑した顔をしながらも頷きました。

 

「仕事が終わったら、湯浴みをするが良い。それが済んだら、私の寝室へ来るのだ。良いな?」

「は、はい……」

 

そんな二人のやり取りを見ていたキテレツ達は呆然とします。

 

「何だよあのオッサン、やっぱりロリコンかよ……」

「シエスタさんが可哀相だわ……」

「ワガハイにも見せて欲しいナリ……」

 

ブタゴリラも五月もシエスタの境遇に顔を顰めていました。唯一、中を見れないでいるコロ助は不満そうにします。

モット伯はシエスタを使用人兼愛人として扱おうとしているのですから、そのようなことをするのは当然です。

平民であるシエスタが貴族に逆らえない以上、良くない噂が多い貴族に仕えることになってしまったのは不幸としか言いようがありません。

 

「あ、こっちに来るよ。みんな、離れよう」

 

モット伯に一礼をしたシエスタが部屋を出て行こうとするので、キテレツ達は扉を閉めて離れました。

 

「はあ……」

 

中から出てきたシエスタはとても沈んだ様子で溜め息をついていました。

やっぱりシエスタはここで働くのは嫌なのでしょう。そんな態度が顔に表れています。

 

「シエスタさん、シエスタさん」

 

キテレツは歩き去ろうとしているシエスタに話しかけます。

 

「え? だ、誰?」

 

シエスタは突然誰かに話しかけられたことで困惑し、辺りを見回しますが彼女にはキテレツ達の姿は見えません。

 

「ここよ、シエスタさん」

「サ、サツキちゃん……!? え、ええ……!? きゃっ……!」

 

五月は頭巾の覆面を上げて顔を見せました。

シエスタは目の前に五月が現れたことに驚いてしまっています。

しかも顔だけになって浮いているので腰が抜けて尻餅をついてしまいました。

 

「ごめんなさい、驚かせちゃって」

「サツキちゃん……それに、キテレツ君にカオル君……コロちゃんまで……」

 

キテレツ達も顔だけを見せると、シエスタは一行の顔を見回して唖然としていました。

 

 

 

 

廊下では目立つので、キテレツ達はシエスタと一緒に屋敷の物置へやってきます。

 

「で、でも……どうしてサツキちゃん達がここに?」

 

シエスタは頭巾を外したキテレツ達に戸惑いながらも尋ねます。

つい先ほど真っ黒衣で透明になっている事実を聞かされることで、とりあえずは納得していました。

 

「俺達、みよちゃんを捜しにきたんだよ」

「ミヨちゃんを?」

 

キテレツ達が貴族の館に無断で侵入した理由を知ってシエスタはさらに驚きました。

 

「キテレツ君の発明で、みよちゃんがここにいるってことが分かったの。シエスタさん、みよちゃんがどこにいるか知らない?」

「シエスタちゃんみたいにお手伝いさんになって働いてるナリよね」

 

五月とコロ助が尋ねますが、シエスタは怪訝そうな顔をしていました。

 

「ミヨちゃんは、もう帰ったはずじゃ?」

「え? そ、そんな!」

「どういうことなの?」

 

シエスタの意外な返答にキテレツ達は驚愕しました。

 

「ミヨちゃんはモット伯がお屋敷から追い返したって言ってたの。わたしもこのお屋敷でミヨちゃんを全然見ていないわ」

「キテレツ。あの道具で本当にここにみよちゃんがいるって分かったんだろう?」

「う、うん……」

 

キテレツはマントの包みを広げて中から風の便りを取り出すと、それを再び耳に当ててみました。

 

『助けて……助けて、キテレツ君……』

「やっぱりみよちゃんはここにいるよ。間違いない」

 

今までよりはっきりと聞こえてくるみよ子の声にキテレツは、みよ子はこの屋敷のどこかにいることを再確認します。

 

「それじゃあ、何でシエスタの姉ちゃんがみよちゃんを知らないって言うんだよ」

「僕に聞かれても……」

「シエスタさん。何か知らないかしら?」

「そう言われても……わたしには……」

 

シエスタは本当に何も知らないようで困惑するばかりでした。

しかし、使用人として一緒に働いている訳ではないというなら一体、みよ子はどこにいるのでしょう。

 

「やっぱり、メイドさんが言っていた通りナリ。このお屋敷にやってきた女の子はいなくなってしまうナリよ……」

「そのお話はわたしも聞いたことがあるわ。でも、まさかミヨちゃんが……」

 

青ざめるコロ助にシエスタも顔を曇らせました。

モット伯の屋敷に召し入った娘は何処かへと消えてしまうという噂は一部で有名でしたが、まさかそれでみよ子が消えてしまうなんて思ってもみなかったのです。

もしかしたら自分が消えていたのかもしれないと思うと、自分の代わりに消えてしまったみよ子に申し訳が立ちませんでした。

 

「こうなったら、屋敷中をくまなく捜すしかないな」

「もしかしたらどこかに閉じ込められているのかもしれないしな。絶対に見つけてやるぜ!」

 

張り切るキテレツ達の姿を見て、シエスタは本当に不思議な気持ちになっていました。

友達を助けるために貴族の館にまで堂々と忍び込む勇気なんて、自分達のような平民には持ち得ません。

それなのにキテレツ達はこんなにも勇気を出して行動できるのが不思議で仕方がありませんでした。

 

「サツキちゃん、キテレツ君達も……気をつけてね」

 

そんなキテレツ達にシエスタがしてあげられるのは、こうして無事を祈る言葉をかけてあげることだけです。

 

「あの白菜のオッサンの化けの皮を絶対に剥がしてやるぜ!」

「白菜って、伯爵のこと? ふふっ……」

 

そして、ブタゴリラの言い間違えに思わず笑ってしまいました。

 



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波濤のモットの秘宝! 錬金の魔法銃

♪ お料理行進曲(間奏)

コロ助「わーっ! みよちゃんが剥製になっているナリーっ!」

キテレツ「あのモット伯っていう人は、魔法の道具で人間をコレクションにしている悪い人だったんだ」

コロ助「悪いお殿様は許せないナリ! 絶対に懲らしめてやるナリ!」

キテレツ「五月ちゃんが何とかがんばっているけど、モット伯も強い魔法使いなんだよ」

コロ助「ワガハイ、五月ちゃんに助太刀するナリ!」

キテレツ「ああっ! あの伯爵が持っている魔法の道具って……まさか、何でここに!」

キテレツ「次回、波濤のモットの秘宝! 錬金の魔法銃」

コロ助「絶対見るナリよ♪」



シエスタと別れたキテレツ達は再び真っ黒衣で完全に透明になり、屋敷の探索を再開します。

 

「あの白菜の奴はどこにいやがるんだ?」

「どうして伯爵を捜すの?」

「あいつについていれば、もしかしたらみよちゃんのいる所に行くかもしれないじゃねえか。あいつはロリコンなんだろ?」

 

五月から問われたブタゴリラは得意気にそう答えます。

 

「まあ……居場所は知っているだろうけどね……」

 

みよ子が今、この屋敷でどんな目に遭っているのか分からず、キテレツは気が気ではありません。

 

『どうなの、あんた達。ミヨコは見つかったの?』

 

廊下を進んでいく中、キテレツのトランシーバーからルイズの声が小さく聞こえてきます。

 

「それが、まだなんだ……でも、道具も反応しているからここにいることは間違いないはずなんだよ」

『いい? 何かあっても余計なことはしちゃ駄目なんだからね。自分達の立場を弁えなさい』

『五月ちゃんに何かあったら困るんだから、早く戻ってきてよ……』

『ちょっと! 返しなさいよ! 今、あたしが話してるんだから!』

『うわあ!』

 

小声で話すキテレツにルイズとトンガリはトランシーバーの向こう側で争っています。

音量は小さくしているのでほとんど周りには聞こえませんが、人が近くにいる時は迂闊に話せません。

 

「それにしてもこのお屋敷……何だか怖いナリね……」

 

コロ助は屋敷に飾られている動物の剥製を見て少し怖がっていました。

剥製はまるで生きているような雰囲気で、今にも動き出しそうなのです。

 

「ただの剥製だよ、コロ助」

「でも、本当に生きているみたいね……」

 

五月も剥製が気になって仕方がありません。

 

「……あっ、静かに」

「出てきやがったな……」

 

キテレツ達は廊下の先の曲がり角でモット伯が何やら警備の兵の一人と話し合っているのを目にしました。

 

「くせ者はまだ見つからんのか」

「はい……未だに」

「まあ良い。たかが平民の子供ごときが忍び込んだとしても何もできんわ。このまま警備を続けていろ」

 

一礼をして去っていた兵を見送ったモット伯は踵を返してキテレツ達の方へ向かってきます。

四人は壁際に寄ってモット伯が通り過ぎるのを待ってじっと息を潜めていました。

 

「今回は二人の娘が手に入るとは、私も恵まれているな。あのメイドはどうやって味わおうか……」

 

廊下を歩くモット伯はニヤニヤと笑いながら、誰ともなく独り言を呟いています。

 

「二人の娘……ということは……」

「みよちゃんのことね……」

「あいつめ……みよちゃんを誘拐しやがって……見てろよ……」

 

通り過ぎていったモット伯の後ろを離れてついていく中、小さな声でキテレツ達は呟きます。

 

「どれ……まだ時間があるし、少しあの娘でも眺めてくるか……」

 

そう言ってモット伯は先ほどシエスタと話していた部屋へと入っていきました。

 

「みよちゃんの所へ行く気ナリよ」

「よっしゃ……行こうぜ」

 

キテレツ達はそっと、静かにモット伯が入っていった私室の扉をほんの僅かに開けて中を覗きます。

 

「みよちゃんを眺めるって、どういうことかしら……」

「さあ……分からないよ」

 

先ほどモット伯が口にした言葉に違和感を感じて五月とキテレツは首を傾げます。

 

「何やってやがるんだ……」

 

扉の隙間から中を覗いていると、モット伯は何やら大きな本棚の前に立って何かをしています。

 

「あ……!」

「棚が動いたぜ……!」

「隠し部屋……?」

 

モット伯の目の前にあった扉のように開いて、奥へと続く通路が現れたのです。

まさしくそれは隠し扉と言うべきものでした。モット伯は現れた通路の中へと入っていきます。

 

「きっと、あの先にみよちゃんを閉じ込めてやがるんだな」

「行ってみましょう、キテレツ君」

「うん……!」

 

意外な事実を目の当たりにしたことで、みよ子はやはりここにいるという真実が確かなものとなっていきます。

しかも只事ではない事態となっているようなのは間違いありませんでした。

 

「確か、これを引いてたな……」

 

部屋に入り込んだキテレツはモット伯と同じように本棚に端に置かれている一冊の本を引くと、隠し扉が開いて道が現れます。

その先には薄暗い通路が奥へと続いていました。そのずっと先から明かりが漏れているのが分かります。

 

「こ、怖いナリ~……」

「何言ってやがんだ。みよちゃんが閉じ込められてるんだぞ」

「まだはっきりとは分からないよ……」

「とにかく、行ってみましょう」

 

四人は意を決して隠し通路に入ってみることにしました。

こんな隠し通路を作っているくらいなのですから、ブタゴリラの言う通りにみよ子を牢屋にでも閉じ込めているのかもしれません。

 

「うーむ……いつ見ても素晴らしい……鳥や獣を鑑賞するのもいいが、やはり若い娘はいいものだ」

 

キテレツ達が通路を進んでいると、その奥からはモット伯の上機嫌な声が聞こえてきます。

 

「な、何だこりゃ……?」

「これって一体……」

 

ブタゴリラも五月も、通路の奥にあった物を目にして愕然としました。

入り口から顔を出して覗くと、そこは広い部屋であり、部屋の中心にはいくつもの人形が並べられていたのです。

それは本物と見紛うばかりに精巧な若い娘ばかりの人形で占められていました。ポーズも直立から驚いているようなものまで様々です。

 

「ふふふ、やはりあのマジックアイテムは素晴らしい。これほどの剥製を一瞬で作れるとは! 少々、形は気に入らんが……」

 

モット伯は人形達に近づいて満足そうに眺めながら独り言を呟いていました。

 

「は、剥製……!? こ、これが……!?」

 

五月はモット伯の言葉に驚きを通り越して驚愕します。

動物の剥製なら知っていますが、人間の剥製なんて聞いたことがありません。そもそも、人間を剥製にするなんてとんでもない行為です。

 

「あ……! おい、キテレツ……! あれ見ろ……!」

「ああ……! みよちゃん……!?」

 

キテレツ達はモット伯が熱心に眺めている剥製に注目して目を見開きました。

一番若く小さな少女、ピンクのワンピースを着ている驚いたようなポーズの人形……それは紛れも無く、みよ子の姿をした剥製だったのです。

 

「あわわわわ……」

「嘘だろ? みよちゃんが、剥製に……?」

「そんな……みよちゃん……」

「みよちゃんが……あああ……」

 

キテレツ達はへなへなと倒れこみ、がっくりと膝を折って愕然とします。

友達が悪趣味どころではない趣味を持っている貴族の手で、見るも無残な剥製人形へと変えられてしまったのですから。

 

「今度はあのシエスタを剥製にするのが楽しみだな……」

 

みよ子の剥製を眺めていたモット伯は、部屋の奥へと歩いていくと何やら台の上に置かれた立派な装飾の小箱を開け始めます。

モット伯は持っている杖を振ると、箱の中から何かが浮かび上がっていました。

 

「……ピストル?」

 

五月は箱の中から出てきたものを目にして不思議そうにしました。

小箱の中から浮き上がっていたのは、かなり古い……江戸時代くらいに作られたような小さな拳銃だったのです。

中世ヨーロッパ風のファンタジーの世界にはそぐわない代物に見えました。

 

「お、おい……! キテレツ……あいつが持ってるのって……確か……」

「え? 何なの?」

 

五月は何故か驚きだすブタゴリラに戸惑います。

 

「あれは……即時剥製光……!?」

 

キテレツはモット伯が取り出した道具を目にして驚きます。

 

「それって、確か動物を固めてしまう道具ナリか?」

「え? それじゃあ、キテレツ君の発明品なの?」

 

ブタゴリラはもちろん、コロ助もその道具のことを知っていました。

即時剥製光は奇天烈斎が発明した道具で、あの道具から発射された光線を浴びせた生き物を剥製に変えてしまうものなのです。

 

「僕はあれを作ったことはないんだよ……でも、間違いなく即時剥製光だ……!」

 

かつてキテレツ達は航時機で江戸時代へ行った際、悪人が奇天烈斎の道具でトキを密猟しようとしていたのを奇天烈斎と一緒に食い止めたことがあったのです。

その時に目にしたあの発明品を、キテレツは忘れてはいませんでした。

と、いうことは屋敷中にある剥製も生きているように見えるのも不思議ではありません。即時剥製光で剥製にしたのであれば尚更です。

 

「何であの白菜が持ってやがるんだ……!?」

「そんなの分からないよ……」

 

しかし、現にモット伯は即時剥製光を持っているのです。

みよ子も、そして恐らくここにある他の女の子達の剥製も、きっとあの即時剥製光によって剥製に変えられてしまったのでしょう。

何故、モット伯が奇天烈斎の発明品を持っているのかはまるで謎ですが。

 

「それじゃあ……このままじゃシエスタさんまで……」

 

先ほどのモット伯の呟きから、いずれはシエスタまでもがモット伯の剥製コレクションの一部に加えられてしまうのです。

五月はみよ子はおろか、シエスタまでもが悪趣味なコレクションにされてしまうなんて許せませんでした。

 

「何て野郎だ……! おい……! みよちゃんを助けようぜ……!」

「そうナリ……! 早く元に戻してあげるナリよ……!」

「待った……! ここにみよちゃんがいるってことは分かったんだ。ひとまずルイズちゃんの所へ戻ろう」

 

キテレツだって今すぐにでもみよ子を助けてあげたいのです。

しかし、無茶をして失敗してしまったらどうにもなりません。この悪事をルイズに報告して突きつけてやれば、それで良いのです。

ましてや下手に争って即時剥製光が壊れてしまったら、永久にみよ子達は戻せません。

 

「うん。……それが良いわ。戻りましょう」

「もしもし……聞こえる?」

 

キテレツはトランシーバーを取り出して声をかけます。

 

『どうなの? 見つかったの?』

「うん。それが、大変なことが分かったんだ……」

 

剥製の鑑賞に浸っているモット伯に注意を払いつつ、キテレツは会話を続けました。

 

『大変なこと? ミヨコがどうしたの?』

『何があったのさ、キテレツ……』

『何でも良いから、早く戻ってきなさい。話はこっちで聞くわ』

 

ルイズもそう急かしているのでキテレツ達は一度退却することを決め、通路を戻ろうと振り返ります。

モット伯がいつ戻ってくるかも分からないので急がなければなりません。

 

「うわあ!? な、何ナリ!?」

 

しかし、その途中で最後尾のコロ助が突然、誰かに後ろから掴まれてしまっていました。

 

「な、何だよ! こいつら!」

 

それは騎士の姿をしたコロ助ほどに小さなアルヴィーの魔法人形達でした。

真っ黒衣で見えなくなっているはずなのに、アルヴィー達はキテレツ達に剣を向けてきていたのです。

その中の一体はコロ助を掴んで引きずり倒していました。

 

「は、離すナリーっ!」

 

頭巾が落ちてしまったコロ助はジタバタともがいています。

 

「誰だ!?」

 

騒がしくしてしまったので隠し部屋のモット伯に気付かれたようです。

 

「何だ、お前は!?」

 

やってきたモット伯は隠し部屋に待機しているはずのアルヴィーが倒しているコロ助を見て驚いていました。

 

「まずい! 見つかった!」

「このチビ! あっち行きやがれ!」

「大丈夫! コロちゃん!?」

 

ブタゴリラはアルヴィーを蹴りつけてコロ助を助け出します。

五月がコロ助を抱えて、三人は慌てて通路を駆け抜けていきました。

 

 

 

 

「ちょっと!? どうしたの! サツキ! キテレツ!」

 

屋敷の外の森で待機しているルイズ達はトランシーバーから聞こえてくる音を耳にして慌てます。

 

『何だ! お前は!?』

『まずい! 見つかった!』

『このチビ! あっち行きやがれ!』

『大丈夫! コロちゃん!?』

 

トランシーバーからはキテレツ達の悲鳴や叫びがはっきりと聞こえてきました。

 

「あら、見つかっちゃったのね?」

「見つかったですって! 何やってるのよ!?」

「ええ!? そんなぁ!」

 

無断で侵入していたのがバレてしまったことにルイズもトンガリも狼狽しました。

 

『賊だ! であえ! であえーっ!』

『カラクリ人形がいっぱいナリーっ!』

『何で見えないのに見つかったんだーっ!?』

『たぶん、あの部屋にいた人形は音に敏感だったんだよーっ!』

 

トランシーバーからはキテレツ達やモット伯の叫び声が聞こえてきて、明らかに追いかけられているのは間違いありません。

 

「キテレツ! サツキ! 早く戻ってきなさい!」

「五月ちゃん! 早く逃げてーっ!」

『やべえ! こっちだ!』

『うわあああっ!』

 

二人はトランシーバーに向かって叫びますが、向こう側からは返答はありません。相変わらず悲鳴と叫び声が聞こえるばかりです。

 

「もう! 見つからないでって言ったのに! タバサ! お願い、すぐにシルフィードで飛ばして!」

 

トランシーバーをトンガリに突き返したルイズはタバサに頼み込みます。

本を読んでいたタバサは頷くとシルフィードにすぐ飛び乗り、ルイズもその後ろに乗り込みました。

 

「待ってよ! 僕も行く!」

 

トンガリも慌てて乗り込みますが、キュルケはすぐに乗りませんでした。

 

「待ちなさいよ、ルイズ。このまま行ってあの子達のことを説明したって、あなたもタダじゃ済まないわよ」

「だったらどうするって言うのよ! 行かない訳にはいかないでしょ!」

 

自分がキテレツ達の面倒を見ている以上、問題を起こせばそれは即ちルイズ自身の責任なのです。

 

「まあ落ち着きなさい。あたしに良い考えがあるわ」

 

キュルケはトンガリが持つトランシーバーに目をやってほくそ笑んでいました。

 

 

 

 

モット伯の屋敷は今、騒然となっていました。

侵入者が入り込んだことが発覚し、屋敷を警備していた兵達はもちろん、アルヴィー達までもがキテレツ達を追い回しているのです。

 

「待てい! このガキ共め!」

 

屋敷中の廊下を逃げ回るキテレツ達を槍を持った兵達が追いかけます。

キテレツとブタゴリラと五月は透明なのですが、コロ助が頭巾を落としたのを慌てていたので回収し忘れたせいで、姿を消すことができません。

こう騒がしくなってはたとえ姿を消せても居場所はすぐにバレてしまいます。

 

「キテレツ! 何か無いのかよ!」

 

コロ助だけに集中させる訳にはいかないので覆面を外したブタゴリラは叫びます。

 

「ま、待ってよ! ええっと……」

 

キテレツは慌ててマントの包みから持ってきた道具を取り出そうとします。

 

「いたぞ! 捕まえろ!」

「わわわわっ! 前からも!」

 

廊下の先の曲がり角から兵達が現れたので、コロ助は余計に慌てました。

後ろからも追いかけてきているので、これでは挟み撃ちです。

 

「これだ! ブタゴリラ! この金縛り玉を!」

「よっしゃ! これでも、食らえ!」

 

小さな巾着袋を渡されたブタゴリラは中から金色の癇癪玉を二つ取り出し、目の前の兵達へ投げつけます。

 

「ぐわっ!」

「なっ、何だこれは! ……ヘックシ!」

 

足元に投げつけられた金縛り玉は破裂音と共に弾け、黄色の煙幕が噴き出しました。

煙に包まれた兵達はくしゃみをすると、直後には金色の彫像のようになって固まってしまったのです。

 

「な! 何だあれは!」

「すごーい……!」

 

金縛り玉の効果に後ろの兵達も五月も驚きました。

キテレツ達は動きを止めた兵達の横を通っていくと、入り口を目指して全速力で進みます。

 

「逃がすな! 追え、追え!」

 

金縛り玉の効果は極めて短いので、固まっていた兵達はすぐに動き出します。

 

「この! 食らえ! そら!」

 

行く手を塞ぐ兵達にブタゴリラは次々と金縛り玉を投げていき、動きを止めては道を開いていきます。

もちろん、前だけでなく後ろにも投げることで追っ手の兵達を固めて振り切ろうとしました。

 

「あの人形、固まらないじゃねえか!」

 

しかし、アルヴィーの魔法人形達には効果がなく、兵達が固まって動けないのをよそに追いかけてきていました。

 

「もうすぐ出口よ!」

 

アルヴィーに追われながらもキテレツ達は屋敷のエントランスへと戻ってくることができました。

四人は急いで入り口の扉を開けて外へ出ようとします。

 

「げ……!」

「うわあ!」

 

扉を開けた途端、ブタゴリラとコロ助はもちろん、キテレツも五月も唖然としました。

入り口の外には中庭に放たれていた何体もの番犬のガーゴイル達が集まっており、激しく唸り声を上げて威嚇してきていたのです。

 

「キ、キテレツ……! 何か他にないのかよ!」

 

癇癪玉もあと数個しか残っていないので、これでは強行突破ができません。

 

「ま、待って……! 確か……!」

 

焦るブタゴリラにキテレツは急いで道具を取り出そうとします。

 

「わわっ! 来たナリーっ!」

 

しかし、侵入者を見つけたガーゴイルは待ってなどくれません。

一体のガーゴイルが猛然と飛びかかり襲ってきたのです。

 

「……そうだわ! これを!」

 

五月は咄嗟に自分の股引の中に手を入れ、中にある物を取り出します。

キテレツから渡されていた電磁刀を思い出した五月は、今こそこれを使うべきだと判断したのです。

 

「電磁刀、スイッチオン!」

 

五月は電磁刀の柄の二つあるスイッチの一つを指でスライドさせます。

すると、柄の先端から青い光と共に刀身が伸び、瞬く間に電磁刀の刀身を成したのです。

如意光の機能を一部組み込んでいるため、使わない時は刀身を小さくして収納していたのでした。

 

「わああーっ!」

「えいっ!」

 

コロ助の前に出た五月は白く光り輝く電磁刀を振るい、迫ってきたガーゴイルを弾き飛ばします。

 

「また来るぜ! 五月!」

「任せて!」

 

次々に襲ってくるガーゴイルの番犬達を五月は電磁刀で次々と弾いていきました。

電気ショックの効果もあり、ガーゴイル達は地面に倒れて動きを止めてしまっています。

 

「こっちも来るナリ! ワガハイが相手になるナリーっ!」

 

後ろから追いついてきたアルヴィー達を前にコロ助は自分の刀を抜きました。

頑丈ではありますがこれは本物の刀ではなく、ただのオモチャでしかありません。

 

「ちょわ! とりゃ! うりゃ!」

「この野郎! このチビ!」

「うわあ!」

 

アルヴィー達を相手にコロ助は必死に刀を振り回して応戦します。

ブタゴリラとキテレツも飛び掛ってくるアルヴィーを掴んでは投げ飛ばしていました。

 

「そこまでだ、お前達!」

 

そこへ、追いついてきたモット伯が階段の上から悠然と歩いてきます。

攻撃をしてきていたアルヴィーやガーゴイル達はモット伯の出現と共に動きを止めていました。

キテレツ達も思わず呆然としてしまいます。

 

「お前達、確かミス・ヴァリエールらと共にいた平民の子供だったな」

 

キテレツと五月の顔を見回してモット伯は言います。一応、二人の顔は覚えていたようです。

 

「貴族の屋敷に無断で侵入するとは、一体どういうことだ? たとえ子供であろうが、その行いは厳罰に処すぞ」

 

階段を降りてきたモット伯は厳しい顔でキテレツ達の顔を睨みました。

 

「何言ってやがるんだ! 俺達の友達を勝手に閉じ込めやがって! 知らねえとは言わせねえぞ!」

「みよちゃんを帰したっていうのは嘘だったんでしょう!」

 

ブタゴリラと五月はモット伯に向かって叫びます。

 

「だから何だと言うのだ? あの平民の娘は貴族の私に無礼な真似を働いたのだ。それを罰するのはこの館の主として当然のことだ」

 

悪びれた風もなく答えるモット伯にキテレツ達は顔を顰めます。

 

「ふざけんじゃねえ! みよちゃんを剥製になんかしやがって! このロリコンのオッサンめ!」

「貴様! 平民の分際で貴族を侮辱する気か!?」

 

口々に叫ぶブタゴリラ達ですが、モット伯はブタゴリラの言葉に憤慨していました。

そして、手にする杖をブタゴリラに突きつけます。

 

「無礼なガキ共め! そこへ直れ! 貴族の館に無断で侵入し、あまつさえ剣まで抜くなど万死に値する!」

 

しかし、キテレツ達は誰もモット伯の脅しに屈しません。

 

「シエスタさんも他の女の子みたいに剥製にしてしまうつもりなんでしょ!」

「僕達の友達をコレクションにするなんて許さないぞ!」

「みよちゃんを返すナリ!」

「ふんっ。あの娘は既に私のコレクションの一部なのだ。所有物を渡す訳がなかろう」

 

キテレツ達の叫びを一笑に伏してモット伯は杖を構えました。

 

「秘密を知った以上、お前達は決してこの館からは逃がさん。この場で処刑してやろう」

「やれるものならやってみやがれってんだ!」

「悪い殿様は成敗してやるナリ!」

 

つまりは口封じを企んでいるモット伯と睨み合い、キテレツ達は身構えます。

 

「私の二つ名は『波濤』のモット。トライアングルのメイジだ。メイジの力、とくと見せてやるぞ」

 

モット伯は手にする杖をゆっくりと静かに振るいます。

すると、台に置いてあった花瓶が床に落ち、中の水が溢れ出てきました。

 

「な、何をしようってんだ?」

 

キテレツ達が戸惑う中、モット伯が呪文を唱えると出来上がった水溜りから見る見る内に水流が伸び上がり、水の鞭へと変化します。

さらにモット伯が杖を振るい、水の鞭は四人に向かってきました。

 

「うわあっ!」

 

突然振るわれてきた水の鞭にキテレツ達は思わず倒れこんでしまいます。

 

「この野郎! 白菜め!」

「やめるんだ、ブタゴリラ!」

「熊田君!」

 

起き上がってモット伯に立ち向かうブタゴリラをキテレツ達は止めますが、ブタゴリラは果敢にモット伯に挑もうとします。

 

「う、うわ……!」

「奇妙なマジックアイテムを持っているようだが、所詮は平民の子供だ。平民が貴族に立ち向かうなど百年早いわ」

 

しかし、目の前まで来た所でブタゴリラの体は杖の一振りで浮かび上がってしまいます。

 

「うわああっ!」

「うわっ!」

 

そしてそのままキテレツ達に向けて放り投げてきました。

ブタゴリラにぶつかってしまったキテレツは一緒に床に倒されてしまいます。

 

「キテレツ君、熊田君! ……何てことをするのよ!」

「黙れ。平民の小娘が!」

 

モット伯が杖を振ると、水流の鞭は今度は無数の氷の礫へと変わっていきます。

 

「ふぎゃ! 痛たっ! 痛いナリ~っ!」

「コロちゃん!」

 

飛んでくる氷の礫を五月は電磁刀を使って打ち返していましたが、コロ助は何発も当たってしまって終いには吹き飛ばされてしまいました。

三人が倒されてしまい、残った五月は電磁刀を手にしたまま身構えます。それはお芝居の時に刀を構えるのと同じでした。

 

「お前達のような愚かな平民など初めてだ。まったく……生意気な子供の分際で、貴族に逆らうとは……」

「何が貴族よ。わたしの友達を酷い目に遭わせて、シエスタさんも断れないのを良いことに……」

「名も無き平民が、私のような高級貴族に奉仕できるなどこの上ない名誉ではないか」

 

傲慢な態度のモット伯に五月の目付きはさらにきつくなります。

もう絶対にこの悪人の貴族を許すことはできませんでした。

 

「サツキ! キテレツ!」

「五月ちゃん!」

 

と、そこへ入り口から駆け入ってくる者達がいました。

それは騒ぎを聞きつけてやってきたルイズ達とトンガリです。

四人はシルフィードを庭に降ろして急いで駆けつけたのでした。

 

「ルイズちゃん……!」

「何?」

 

後ろを振り向く五月はルイズ達の登場に戸惑います。当然、モット伯もです。

 

「許可無くお屋敷に踏み入れた非礼はお詫びします、モット伯爵。ですが、どうか杖を納めてください」

「ミス・ヴァリエール。これは一体、どういうことかな?」

 

跪くルイズにモット伯は高圧的に問いかけてきました。

 

「この平民達は君の従者なのだろう? 従者の管理もできないのかね? まったく……王宮の官吏である私に剣を向けようとするなど、主と共に重罪なのだ? 覚悟はできているのだろうね」

「この者達の非礼は謹んでお詫び致します。……ですが伯爵。この者達の侵入はわたしが命じたものなのです」

 

しかし、ルイズは毅然とした態度を崩さないまま言葉を続けます。

 

「何だと? それはどういう意味だね?」

「それについては、こんな所で話すのも何でしょう。どこかわたくし達だけで話ができる場所でしませんこと? モット伯爵」

 

怪訝そうにするモット伯にキュルケがしたり顔で前に出てきました。

 

「キュルケさん……?」

 

何故か強気な態度で出てくるルイズやキュルケにキテレツ達は呆然としていました。

 

 

 

 

ひとまず騒ぎは収拾し、ルイズ達とモット伯は応接間へとやってきます。

モット伯はソファーに腰をかけて目の前に立つルイズ達を訝しみながら見つめていました。

 

「伯爵。これからの伯爵の返答次第では、今回の件を王室へと報告致しますので、何卒よしなに」

「何だと? 何故、王宮の官吏である私が王室に訴えられねばならんのだ」

「あら。自分が一番よく知っているのではありませんこと? 伯爵」

 

ルイズとキュルケの言葉にキテレツはもちろん、モット伯までもが心底、訝しんでいました。

 

「伯爵。実はしばらく前から魔法学院中で噂になっておりましたの。伯爵はこのお屋敷で、何か良からぬことをしていると……」

「何だと?」

「はい。お召し抱えになった平民の娘を魔法の実験台にしておられるとか……趣味が興じて自らの手でその命をお奪いになるとか……色々ありますわ」

 

キュルケはほくそ笑みながら言葉を続けます。

徐々にモット伯の表情はこわばっていくのが分かりました。

 

「事実がどうであろうと、同じ貴族としてこれは見過ごせないと思い、この度はこの者達を使って探りを入れさせてもらったのです」

「何?」

 

モット伯は真っ黒衣を脱いだキテレツ達を睨みました。

 

「そして、この者達がこの屋敷で調べていたことは、わたくし共も全て把握しておりますの」

「な、何? それは、どういうことだ」

 

キュルケのその言葉に狼狽するモット伯ですが、キュルケはマントの裏から何かを取り出します。

それはトンガリに渡されていたのをルイズが奪ったトランシーバーでした。

 

「どうぞ、これをお持ちになって」

「ん……何だ、この箱は」

 

キュルケから渡されたトランシーバーにモット伯は目を丸くします。

 

「キテレツ。もう一個を貸してもらえるかしら?」

「う、うん。どうぞ」

 

目配せまでしてきたキュルケにキテレツは慌ててトランシーバーを渡します。

 

「キュルケさん、何をしようっていうのかしら……」

「おい……どうなんだよ、トンガリ」

「まあ、見てて」

 

五月とブタゴリラに尋ねられたトンガリですが、そのまま顛末を見届けようとします。

 

『あー、聞こえますか? モット伯爵』

「うお! な、何なのだ! この箱は!」

 

トランシーバーからキュルケの声が聞こえてくるので、モット伯は思わず驚いてしまいました。

 

「それは最近、ガリアで新しく作られた離れた所からでも声を届け合える風のマジックアイテムですの」

 

もちろん、それは嘘であることはキテレツ達には分かっていました。

 

「何を考えてるのかしら……」

「きっと、何か考えがあるんだよ」

 

キュルケは何か考えがあってそのような嘘八百を並べていることにキテレツ達は気付くことになりました。

 

「このマジックアイテムはずっと、この者が持っていましたわ。そして、この者が聞いた音や声は全てわたくし共にも届いておりましたの」

「ですからモット伯爵。この館で起きたことも、伯爵が何をしていたのかもわたくし達は全て知ってしまいました」

 

実際にはルイズ達はトランシーバーだけで全てを把握している訳ではありません。

トランシーバーが拾えないキテレツ達の呟きだってあるのですから。しかし、何か屋敷で起こったということは想像に難くないので、ハッタリをかましているのです。

ルイズもキュルケからの作戦を聞いて話を合わせたりしていたのです。

 

「あっ! じゃあ、キュルケの姉さん達も、こいつが女の子を剥製にしてやがったことも知ってたのか?」

「黙っていろ! 小僧!」

「……ええ。そうよ。申し訳ありませんが、その通り……」

 

一瞬、驚いたような顔をするキュルケとルイズでしたが、すぐに毅然な態度に戻ります。

モット伯は強張った顔で冷や汗を垂らしながらルイズ達を見返しました。

 

「馬鹿なことを言うな! 王宮の官吏である私がそんなことを……」

「何をとぼけてやがる! みよちゃんを剥製にしやがって! シエスタの姉ちゃんまで剥製コレクションにする気だったくせに!」

「み、みよちゃんを、剥製に……」

 

小さな声でトンガリはこの屋敷で何があったのかを把握して青ざめます。

 

「伯爵が潔白であるというのであれば、証拠をお見せくださいませんか? そうすればわたくし共も納得できますし、無断で侵入したことを改めて深くお詫びしますわ」

「ですが、事実に相違ないのであるなら王室へ報告させてもらいます。人間を剥製にするなどという非人道的な振る舞いは、貴族として……いえ、人として許されるものではありません」

「う、ぐ……」

 

気まずそうに呻くモット伯ですが、ルイズ達からこうも追い詰められてしまっては何も言い返せません。

キテレツ達が隠し部屋の存在を知っている以上、そして彼らを口封じに処刑ができなかった以上、隠し通すことはできないのです。

 

「た、頼む……王室にだけは……報告はせんでもらえんだろうか……? 私の、名誉が……」

「では、まずは伯爵の秘密とやらの相違を確かめさせてもらいますわ。それからまた話し合いましょう。お願いしたいこともありますので」

 

キュルケはしてやったり、といった顔で頭を下げるモット伯を見下ろしていました。

そして、キテレツ達の方を見やるとパチン、とウインクをします。

 

「すげえな……」

 

キテレツ達はハッタリと脅しでモット伯を屈服させてしまったことに唖然としてしまっていました。

 

 

 

 

こうして、キュルケの策にまんまと嵌ってしまったモット伯は今回の件を示談とする代わりに一行の要求を受け入れなければなりませんでした。

まず、第一にみよ子とシエスタの解放です。みよ子の救出は当初の目的でしたが、ついでに働くのを嫌がっていたシエスタまでも返してもらうことになったのです。

第二に、これまで剥製にしてきた女の子達も全員、解放することです。みんなモット伯の悪趣味なコレクションにされていたので、人道上から自由にしてあげなければなりません。

そして第三に、即時剥製光をキテレツ達が預かることでした。

奇天烈斎の発明品を悪用させないため、その管理をとりあえず、魔法学院が預かるという名目にしてキテレツが回収することにしたのです。

 

もちろん、回収するのは女の子達を全員、元に戻して帰してあげてからです。

 

それらの要求を受け入れざるを得なかったモット伯は悔しそうに肩を落とす結果になってしまいました。

自分の宝物を全て失ってしまったのはこの上ない無念だったのです。

 

「キテレツ君……ありがとう……本当に怖かったわ……」

「本当に良かったよ、みよちゃんが無事で」

 

空を飛ぶキント雲の上でみよ子はキテレツに抱きつきながら涙を流します。

即時剥製光を当てられて動けるようになってから、キテレツにすぐしがみついてきたのです。

 

「それにしてもとんでもない趣味をしてやがったな。あの白菜のオッサン」

「でも良かったわよ。みよちゃんが無事だんだから」

「心配したナリ」

 

ブタゴリラ達も友達であるみよ子の無事を心から喜びます。

 

「もう、無茶なんかしないでよ。みよちゃん」

 

トンガリはみよ子の軽はずみな行動に対して注意します。

 

「ごめんなさい。心配をかけちゃって……」

「良いんだよ。みよちゃんが無事だったんだからね」

 

大好きなみよ子がこうして元気な姿で帰ってきてくれたことが、キテレツは嬉しかったのです。

 

「ルイズちゃん達も本当にありがとう。助けてもらっちゃって」

 

五月は隣を飛んでいるシルフィードに乗り込むルイズ達に礼を述べます。

今回は彼女達の後ろ盾などがなければどうにもならなかったでしょう。

 

「あんた達はあたしの従者なんだから。従者を見捨てるなんて、貴族じゃないわ」

「あたしの友達がミヨコにお世話になったって言うし……これで貸し借りなしってことね。タバサ?」

 

キュルケはタバサの頭を優しく撫でます。

 

「それにしても、モット伯がとんでもないことをしていただなんて……」

「あたしも驚いたわね。剥製を作るマジックアイテムが存在していたなんて。でも、あのマジックアイテムは元々、あなた達の物だったのでしょう?」

 

モット伯の悪行もそうですが、その原因となったマジックアイテムはキテレツ達の所有物であったことも驚きでした。

 

「僕たちも驚いたよ……あれがここにあるなんて」

 

即時剥製光がまさかこの異世界にあるなんてキテレツは予想もできませんでした。

どうしてこの世界に存在したのか、回収したら調べる必要があるでしょう。

 

ルイズ達に恩ができたキテレツ達は、彼女達のシルフィードと並びながら魔法学院へと戻っていきます。

もう既に、夕食の時間は過ぎてしまっていることでしょう。

 

 



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世紀の大怪盗! 土くれのフーケはお姉さん?

♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「みよちゃんもシエスタちゃんも戻ってきてくれて本当に良かったナリ」

キテレツ「でも、奇天烈斎様の発明がこの世界にあったのは驚いたよ。もしかしたら、元の世界に戻れる手掛かりがあるかもしれないな」

コロ助「ワガハイ、早く帰りたいナリ……それまではシエスタちゃんのコロッケで我慢するナリ」

キテレツ「ああっ! 大変だ! 魔法使いの泥棒に奇天烈斎様の発明が盗まれちゃった!」

キテレツ「次回、世紀の大怪盗! 土くれのフーケはお姉さん?」

コロ助「絶対見るナリよ♪」


キテレツ達が魔法学院へ戻ってきてからそう時間が経たない内に、一台の馬車がやってきました。

それはモット伯邸で使われている馬車です。

 

「シエスタちゃん、お帰りナリ~!」

 

正門で待っていたキテレツ達は馬車から降りてきたシエスタへと駆け寄ります。

 

「みんな、無事だったのね。本当に良かったわ」

 

シエスタはキテレツ達の顔を見回して安堵の顔を浮かべます。

屋敷が大騒ぎになった時、邪魔だからと部屋にいるよう使用人頭に言いつけられたのです。

キテレツ達が追い回されている音や悲鳴はシエスタにも届いていましたが、ただ捕まらないように祈ることしかできませんでした。

 

「ミヨちゃんも……わたしのために怖い目に遭ってしまって……」

「あたしは大丈夫。キテレツ君達が助けに来てくれたんだもの」

 

苦い顔のシエスタにみよ子は笑顔で答えます。

 

「でも、俺達に相談しないで白菜のオッサンの所へ行くなんて無茶すぎるぜ」

「キテレツの発明を使えばシエスタさんを帰してあげちゃうくらい、何でもなかったのに……」

「今度はちゃんとみんなで力を合わせようね。僕も力になるからさ」

 

ブタゴリラもトンガリも、キテレツの発明品にこれまで何度も頼ってきているのですから、当然それくらいのことはできると踏んでいます。

 

「うん。みんなには迷惑をかけちゃって……ごめんなさい」

 

実の所、みよ子も怖かったのです。

モット伯に剥製作りを手伝ってくれと頼まれたのを承諾した後、みよ子は例の隠し部屋へと連れて行かれました。

そこで目にした女の子達の剥製に驚いていた中、モット伯は即時剥製光を取り出して有無も言わせずみよ子を剥製に変えてしまったのです。

剥製にされていた間、みよ子は意識こそありましたが、動くことはもちろん喋ることはおろか、何も感じず何も見えず何も聞こえないという状態に陥っていました。

その時に味わった恐怖は忘れられません。それでもみよ子はキテレツに助けを求めていたのです。

 

「みよちゃんもシエスタさんも戻ってきてくれたんだから、これで一件落着ね」

「またシエスタちゃんのコロッケが食べられるナリ」

「まあ、コロちゃんったら……。これからもよろしくね、みんな」

 

自分のコロッケをとても気に入ってくれたコロ助を見てシエスタは微笑みます。

同じ平民であるのに貴族を恐れず、友達を助けようとする勇気がある子供達とまた一緒にいられることに嬉しさを隠せませんでした。

 

 

「もう……どうしてこんなに面倒事ばかり起こるのかしら」

 

シエスタを出迎えているキテレツ達を広場から見つめるルイズは溜め息をつきます。

正直言って、ルイズは今夜の出来事にハラハラしてしまいました。

王宮の官吏であるモット伯の屋敷に無断で侵入した挙句、大騒ぎを起こしてしまったのですから。

キテレツ達だけでなく自分も本当ならタダでは済まないはずだったのです。

 

「まあ良いじゃないの。大事にはならなかったんだし」

「あんたはよくもああまで堂々と伯爵にあんなことが言えたわね……相手は王宮の勅使なのよ」

 

ハッタリと鎌をかけたキュルケの話に合わせたルイズもその時はとても緊張していました。

みよ子がモット伯の屋敷にいることやキテレツのトランシーバーから聞こえてくる声や音の内容をまとめて、あんな話をでっち上げたのですから。

しかも途中から何故かトランシーバーに雑音が入ってしまって、ほとんど何も聞こえなくなってしまったのですから焦ったものです。

実はそれは、五月が磁場を発する電磁刀をトランシーバーの近くで使っていたせいでした。

 

「あら、ルイズだって割と乗ってたじゃない。王宮のお偉い方に向かってあんなことが言えるなんて大したものだわ」

「あ、あたしは別に……」

 

キュルケの突っ込みにルイズは複雑な顔をしてしまいます。

 

「でも、まさか伯爵が本当に悪いことをしていたなんて……」

「人を剥製にするなんて、趣味が悪いわ。やっぱり他の剥製も全部あのマジックアイテムで作ったのかしらね」

 

モット伯が悪行をしていた事実にはルイズはもちろん、キュルケも驚いたものです。

 

「タバサは全部分かっていたのかしら?」

「確信はなかった。でも、ただの剥製じゃないことは分かった」

 

キュルケが話をでっち上げることができたのもタバサがモット伯の屋敷を怪しんでいたからこそなのです。

キテレツ達が何かを見つけたことで、詳しいことは分からずとも伯爵が屋敷で何かをしている、ということだけは確信できました。

 

「あの錬金の魔法銃って、本当にキテレツのマジックアイテムなのかしら……」

「使い方をあの子達が知っているんだから、そうなんじゃない? それにしてもすごかったわよね。人間を剥製にできるなんて」

 

モット伯が実際に使ってみせた錬金の魔法銃――キテレツ達の言う即時剥製光というマジックアイテムの効果にはルイズ達も驚きました。

詳しい話は聞かないで欲しいというモット伯の懇願もあり、ルイズ達もあまり詮索はしませんでしたが。

 

「キテレツ達に持たせておいて大丈夫かしら……」

「まあ、大丈夫じゃないの? あのキテレツって子は真面目そうだし。ねえ、タバサ」

「たぶん、問題ない」

 

そんな危険なマジックアイテムを平民に持たせるなど普通は考えられません。

モット伯に話をつけた名目通り、魔法学院の宝物庫で預かるのが理想的と言えるでしょう。

しかし、キテレツは数々の不思議なマジックアイテムを持ちながらそれらを悪用するといった様子はありません。

それに元々は彼らの所有物だったというのですから、預けておいても問題はないかもしれません。

 

「でも、何でそんなマジックアイテムを伯爵が持っているのかしら……」

 

一つだけルイズが気がかりなのは、それをモット伯がどうやって手に入れたかということなのですが。

 

 

 

 

モット伯の屋敷での騒動から二日が経ちます。

その日の夜、モット伯は屋敷に戻ってきた一台の馬車を私室の窓から眺めていました。

 

「くそぉ……せっかくの私のコレクションが……」

 

平民はおろか魔法学院の生徒に自分のコレクションの秘密を知られてしまったため、モット伯はそれらを手放すしかありませんでした。

王宮に報告されてしまえば当然、屋敷に捜査がかかることでしょう。

若い娘の剥製コレクションの存在が公となれば、間違いなく自分は非道な行為を行っていた貴族として捕縛されてしまいます。

 

「何であんな平民の子供なんぞがあれを知っておるのだ……」

 

キテレツ達が錬金の魔法銃のことを詳しく知っている様子なのがモット伯は信じられませんでした。

あの魔法銃は半年前にゲルマニアの貴族から譲り受けた代物だったのです。

初めは拳銃という貴族には相応しくない形状から見向きもしませんでしたが、実際の効果を見せられることで気に入り、動物の剥製コレクションを集め始めました。

やがては人間を剥製にしてみたいという欲求に駆られて、召し入れた若い娘を剥製コレクションの一部にするようになったのです。

 

「ああ……私の夢のコレクションが消えてしまう……」

 

魔法学院の生徒に証拠を握られてしまっている以上、モット伯は事を穏便に済ませるしかないのです。

剥製にした娘達は魔法銃を使って元に戻し、屋敷でのことは何も無かったということにして馬車で送り帰していました。

 

「魔法学院から召し入れた娘達が今日で全部だったな……」

 

先日、学院へ帰してやったシエスタも含めて解放した娘達には固く口止めをしています。

一度にたくさん解放しては屋敷でのことが知られかねないので、少しずつ解放するしかありませんでした。

そうやってせっかくのコレクションが無くなっていく度にモット伯は肩を落としてしまいます。

 

「こんな時に召喚されし書物とやらがこの手にあればな……」

 

落ち込みながらこれからは昔からの趣味であった書物のコレクションに切り替えるべきなのか、と考えていたその時でした。

 

「……お、おお!? ……何だ!」

 

突然、屋敷全体に重い衝撃が走り、轟音が響いたのです。

ふらつくモット伯は何が起こったのか分からずに戸惑いました。

 

「伯爵! た、大変です! 庭に、ゴーレムが!」

 

そんなモット伯の元に、血相を変えた警備の兵が飛び込んできます。

 

「何!? ……こ、これは!」

 

窓の方へ行って外を見てみれば、そこにはつい先ほどまでは無かった巨大な影が屋敷の正面に立ち塞がっているのです。

混乱していたモット伯はそれが土のゴーレムであると分かるのに、少々の時間を要してしまいました。

 

屋敷よりも一回り巨大なゴーレムは、モット伯の私室のすぐ近くの壁を豪腕で破壊していたのです。

そこはモット伯の剥製コレクションが存在する秘密の部屋がある場所でした。

 

「あ……! ああ……! あそこは……!」

 

モット伯は急いで隠し部屋の入り口を開こうとしますが、仕掛けが今の衝撃で壊れてしまったのか、作動しません。

屋敷の庭では兵達が取り囲み、番犬のガーゴイル達が吠え掛かっていましたが、ゴーレムはまるで意に返しませんでした。

 

 

 

 

その日の昼、キテレツ達はいつものように厨房で賄いをもらっていました。

 

「コロ助。お前、本当によく食うなあ」

「ワガハイ、シエスタちゃんのコロッケが気に入ったナリよ」

 

皿に盛られたコロッケをパクパクと食していくコロ助にブタゴリラはもちろん、キテレツ達も呆然とします。

シエスタが戻ってきてからというものの、コロ助は毎回の賄いでシエスタの作ったコロッケをもらっていたのです。

 

「おかわりが欲しかったら遠慮なく言ってね。すぐに用意してあげるから」

 

デザートのトレーを運ぶシエスタは幸せそうにコロッケを食べるコロ助を見て笑います。

自分のコロッケをまた食べてもらえるのが嬉しいのでした。

 

「お前さんらは本当に勇者だぜ! まさかモット伯の所からシエスタを連れ帰っちまうなんてな!」

「痛てててて!」

「ぐ、苦しい……」

 

満面の笑顔を浮かべるマルトーはブタゴリラとトンガリの首に腕を巻きつけてきます。

 

「貴族のボウズに挑むだけでなく、王宮のお偉いさんの屋敷に連れて行かれた友達を助けに行くなんざ……くぅ~っ、泣かせるぜ」

 

厨房の給仕達はキテレツ達がみよ子を助けに行った結果、シエスタまでも連れ戻してきたことに喜んでいました。

マルトーに至っては咽び泣く始末で、キテレツ達はますます気に入られてしまったようです。

 

「まだまだ子供なのに、一体どうやったらそんなにお前さん達みたいな勇気が出せるって言うんだ? なあ、俺にも教えてくれよ」

「ははは、そりゃまあ……友達が困ってますからね! 俺達は昔からこういうトラブルには慣れてるもんで」

「おかげでいつも危ない目にあってるけどさ……」

 

解放されたブタゴリラはマルトーにそう答えます。同様にトンガリも苦しげに呟きました。

この質問はもう何度もされているので、一行はいつも同じ答えを返していました。

 

「そうかそうか! 友達のためなら、いくらでも勇気が出るってことだな! みんなもこの勇者の子供達を見習えよ!」

「はい! 親方!」

 

マルトーが厨房のコックや給仕達へ呼びかけると、彼らはこうして嬉しげに声を上げるのです。

 

「キテレツ君、そんな顔をしてどうしたの?」

 

マルトーが仕事に戻った後、五月はずっと深刻な顔を浮かべているキテレツに声をかけます。

 

「やっぱり、あの道具のことが気になるのね?」

「うん。どうしてあれがここにあるのかって思ってさ」

 

みよ子の問いかけにキテレツは、みんなも思っていることを答えました。

奇天烈斎の発明である即時剥製光が何故、この異世界にあるのかが気になって仕方がないのです。

 

「キテレツ君の発明は、元はキテレツ君のご先祖様が作ったものなのよね?」

「うん……」

「でも、何でそれがこの世界にあるのかしら……不思議だわ」

 

五月の言葉にキテレツは頷きます。みよ子も首を傾げました。

 

「もしかしたら……奇天烈斎様もこの世界にやってきたかもしれないんだよ。あくまで推測だけど」

 

奇天烈斎も冥府刀を使ってこの異世界を訪れたかもしれないという考えがキテレツの頭をよぎっていました。

 

「何でわざわざここへ奇天烈斎様が来るナリ?」

「それは分からないよ。第一、奇天烈斎様が来たのかどうかさえはっきりしないんだから……」

 

実際に奇天烈斎がこの異世界へやってきたという証拠でも見つけなければキテレツの推測は立証されません。

元々、冥府刀は江戸時代に人間が消失してしまうという怪事件を調べるために奇天烈斎が作ったものなのです。

ならばその過程でこの異世界へとやってきても不思議ではないかもしれません。

 

「そういやあ、あれはいつ白菜のオッサンから返してもらえるんだ?」

「女の子達をみんな元に戻してからだから、もう少しかかるよ。でも、きっと何か手掛かりがあるはずだ」

 

即時剥製光を返してもらう時になれば、モット伯の屋敷から馬車の迎えが来ることになっています。

そうなればルイズ達と一緒に受け取りに行くことになっているのでした。

あれが一体、どうやってこの異世界へと流れ着いたのかを突き止めれば、キテレツ達が元の世界に帰る方法が見つかるかもしれません。

早く即時剥製光を返してもらえる時が待ち遠しくて仕方がありませんでした。

 

「何でも良いから、僕は早く帰りたいよ……ママ……」

「大丈夫よ、トンガリ君。少しずつ、帰る方法を見つけていきましょう」

「そうよ。わたし達以外に元の世界にあったものが見つかっただけでも、大発見なんだから」

 

みよ子と五月はしょぼくれるトンガリを慰めました。

帰ることができるその日まで、キテレツ達は諦める訳にはいかないのです。

 

 

 

 

昼食を食べ終えたキテレツ達が広場にやってくると、そこでは何やら生徒達が慌しくしているのが目に入ります。

 

「何かあったのかなあ?」

「どっかの魔法使いの坊っちゃまが何かやらかしたんじゃねえのか?」

 

トンガリとブタゴリラは呑気にしていますが、どうやら只事ではないことは確かなようです。

生徒達はこれから授業が始まる時間だというのに、教室へ向かう様子がありません。

 

「あっ、あんた達」

「ルイズちゃん。一体、何があったの?」

「こんなにみんな慌しくなって……」

 

そこへ通りがかったルイズに、五月とみよ子が話しかけます。見ればルイズも他の生徒達よりも焦った様子なのが分かります。

 

「何だか大騒ぎになってるみたいだけど、どうかしたの?」

「ちょ……ちょっとこっちに来なさい。話があるわ」

 

キテレツも尋ねると、ルイズは一行を広場の隅へと連れて行きます。

 

「何だよ。聞かれたらまずいことでもあんのかよ?」

「当たり前でしょ! ……昨日、モット伯の屋敷に土くれのフーケが現れたらしいの」

 

やや声を潜めてルイズはキテレツ達に事情の説明をしました。

 

「フケがどうしたって?」

「フーケよ! フーケ! 汚い物を口にしないでちょうだい! この馬鹿!」

「ブタゴリラ……しばらく黙っていようよ……」

 

ブタゴリラの言い間違えにルイズが大声で怒鳴りつけます。トンガリも呆れ気味でした。

 

「その土くれのフーケっていうのは、一体何なの? ルイズちゃん」

 

改めて五月がルイズに話を続けるよう促します。

 

「フーケっていうのはね……」

「今、このトリステインを騒がせている泥棒のことよ」

 

しかし、ルイズがキテレツ達に説明をしようとした途端、そこへ割り込んできた者がいました。

声のした方を向けば、キュルケがルイズ達の下へと歩み寄ってきます。

 

「キュルケ! あたしが話してるのよ! 横から首を突っ込まないでよ!」

 

唐突に現れたキュルケにルイズは、自分の出番を取るなと言わんばかりに叫びました。

 

「ふぅん。それじゃあ、説明してもらおうかしら。ちょっとでも詰まったらわたしが説明させてもらうわよ。良いわね?」

「み、見てなさいよ! あんた達も黙って聞いてなさい! 良いわね!?」

 

小馬鹿にしたような態度で促すキュルケにルイズはキテレツ達、特にブタゴリラを睨んで言います。

 

「分かったよ……」

「怒ると怖いナリ……」

 

ブタゴリラもコロ助もルイズの剣幕に参った様子です。

 

「いい? 土くれのフーケっていうのはね、最近このトリステイン中の貴族を騒がせている盗賊なのよ。そいつはトライアングルクラスの土のメイジって言われていてね、貴族の屋敷を中心に盗みを働いているの」

「魔法使いが楽器を使うナリか?」

「楽器? なわけないでしょうが。何言ってるのよ」

 

首を傾げるコロ助をルイズは厳しい目付きで見下ろします。話していたのを中断されたのが不満なようです。

 

「トライアングルっていうのはね、わたし達メイジの実力を表すランクのことよ。ドット、ライン、トライアングル、スクウェアの順で上がっていくの。ちなみにわたしはトライアングルなの」

 

キュルケはキテレツ達が自分達メイジについてよく知らないと見て、簡単に説明をしてくれました。

またもキュルケに横槍を入れられたことにルイズは憮然とします。

 

「そういうことよ。とにかく、そのフーケは土のトライアングルクラスのメイジって噂されているわ」

「何で土くれって呼ばれてるのさ」

「盗みの時には土の錬金魔法を使うからよ。屋敷の壁やドアなんかも錬金でただの土に変えてしまうの」

 

トンガリの質問に、今度は即座に答えました。

 

「そんなわけでついた二つ名が『土くれ』ってことよ。分かった?」

「魔法使いの泥棒ってか。何だかかっこいいじゃねえか」

 

ブタゴリラにしてみれば、そのフーケはまるでテレビの番組にでも出てきそうな雰囲気の魔法使いのように思えていました。

ただの泥棒よりは、魔法で華麗に盗みを働く未知の大怪盗、のようなイメージを抱きます。

 

「痛てっ!」

「何言ってるのよ、あんたは! 相手は恐れ知らずにも貴族の宝を盗みだす盗賊なのよ! 分かってるの!?」

 

呑気なことを言うブタゴリラの頭をルイズが叩きます。

 

「まあまあ、ルイズちゃん。落ち着いて……」

「その泥棒が、伯爵のお屋敷に現れたっていうことなの?」

 

キテレツが宥めると、みよ子はさらに問いかけます。

 

「そうみたいね……今、オールド・オスマンやコルベール先生が様子を見に行ってるみたいだけど……」

「まあ、そういう訳だからあたし達も午後の授業は閉講というわけなの」

 

キュルケは肩を竦めて自分達生徒の現在状況を伝えました。

モット伯の屋敷にフーケが盗みに来たという報せが届いたのは、ちょうど午前の授業が終わってすぐのことだったのです。

 

「大丈夫かなあ……その泥棒に即時剥製光が盗まれてないと良いんだけど……」

「あたしもそれで心配なのよ……。フーケはマジックアイテムとかも盗み出すって聞いてるから……」

 

キテレツの懸念にルイズも同意します。

 

「おいおい、それじゃあやばいじゃねえか。あれがないと手掛かりが掴めないんだろ?」

「ねえ、キテレツ君。あたし達も様子を見に行ってみましょうよ」

「それが良いよ、キテレツ君。行って確かめましょう」

「うん。あれが悪用なんかされていたら大変だからね」

 

みよ子と五月に促され、キテレツははっきりと頷きます。

 

「今はモット伯の屋敷に王宮から派遣された兵士がいるって聞いてるから、あんた達だけで行ったって入れてくれないわよ。あたしも行くわ」

 

こうしてキテレツ達はモット伯の屋敷へまた向かうことになりました。

キテレツのキント雲の乗って行くことになるのですが……。

 

「何よ。あんたまで付いて来るの? 様子を見に行くだけなんだから、あたしがいるだけで良いでしょうが」

「一緒にモット伯を脅かした仲じゃないの。……この雲、本当に不思議な感触ね」

 

キント雲に乗り込もうとするキュルケにルイズが噛み付きますが、本人はどこ吹く風と言わんばかりに軽く受け流しました。

しかし、キテレツはそんな様子を見て困った顔をします。

 

「キュルケさん。悪いんだけど、定員オーバーなんだよ。もうこれ以上は乗れないんだ」

 

キテレツ達が六人と、さらにルイズが無理をして乗り込んでいるので、どんなに詰めてもギリギリ乗れるか乗れないかです。

 

「タバサちゃんはどうしたナリ? いつもいるのにいないみたいナリが……」

「ああ。あの子なら今日は外出中みたいね。たまに一人でいなくなったりするから気にしないで」

 

答えながら、キュルケはキント雲から降りていました。

 

「それじゃあ、王宮の人に怒られないようにしなさいよ。ルイズ」

「ほら! 早く飛ばしなさい! キテレツ!」

「うわあ! 分かったから、ちゃんと座ってよ!」

 

キテレツの頭を掴んで声を上げるルイズに困りながらも、キテレツはキント雲を飛ばしました。

 

 

 

 

モット伯の屋敷の近くの森でキント雲を降りると、キテレツ達は屋敷へと急行します。

 

「こら! 何だ、お前達は!」

「ここは現在、立ち入り禁止だ。すぐに立ち去りなさい!」

 

屋敷の正門前には警備の兵と全く別の兵士達がおり、やってきたキテレツ達の前に立ち塞がりました。

彼らは王宮から派遣されたメイジの兵士です。

 

「お願いします。僕達、ここに急用があるんですよ」

「通して欲しいナリ」

「駄目だ、駄目だ! 平民が一体、ここに何の用があるのだ! さっさと帰れ!」

 

キテレツとコロ助が懇願しても兵士達は聞く耳を持ちません。

 

「申し訳ございません。この者達の無礼は謝ります。ですが、わたくし共はモット伯爵に急用があるのです。お忙しいとは存じますが、どうか謁見の許可を頂きたいのです」

「駄目だと言っているだろう。子供が首を突っ込むんじゃない!」

「お前は魔法学院の生徒だろう? 早く学院へ戻れ!」

 

ルイズが取り成そうとしても、兵士達は相変わらず「帰れ」の一点張りです。

キテレツ達は困ってしまいました。これでは事件の現場を確かめることができません。

 

「おや? 君達は……」

 

と、そこへ屋敷の方から正門へとやって来る男がいました。

彼はキテレツ達を見かけるなり、何事だろうと足早に駆けつけてきたのです。

 

「コルベール先生!」

「ミス・ヴァリエールにキテレツ君まで……何をしているのかね。ここは生徒が来る所ではありませんぞ」

 

現れた禿頭の男、コルベールはキテレツ達の顔を見回して驚いています。

 

「コルベール先生。僕達、この屋敷に大事な用があるんです。モット伯爵さんとどうしても話したいことがあって……!」

「モット伯か……う~む、彼ならもうここにはいないぞ、キテレツ君」

「え? もういないって……ミスタ・コルベール。どういうことですか?」

 

顔を顰めて告げるコルベールにルイズも驚いた様子で尋ねます。

 

「ここで話すのも何だからね。ひとまず向こうで話をしましょう。……悪いが、この子達を通してあげてくれませんかな?」

 

コルベールが兵士達に言うと、彼らは渋々と了承してキテレツ達が先に行くのを許可してくれました。

 

「わあっ! 何だありゃあ?」

「屋敷にあんな穴が開いちゃって……」

 

兵達が闊歩する敷地内の庭を歩く中、ブタゴリラとみよ子が大声を上げて驚きます。

見ればモット伯の屋敷の二階の一部には大きな穴が開けられた破壊の跡が刻まれているのですから。

 

「うむ。土くれのフーケの仕業さ。あの有名な盗賊メイジが、土のゴーレムを召喚して破壊したのだよ」

「でも、あんな大穴を開けちゃうなんて……屋敷よりも大きなゴーレムだったのかなあ?」

「フーケが召喚したゴーレムは、この屋敷に勤めていた警備兵の話によれば20メイルはあったという話だからね」

 

疑問を口にするトンガリにコルベールは教師らしく答えます。

 

「ところでミスタ・コルベール。モット伯爵がもういないとは、どういうことですか?」

「ああ。彼なら今日の朝、王宮の衛士に連れて行かれてしまったそうなんだよ」

「あの白菜が連れて行かれたあ?」

 

ルイズの質問に答えたコルベールの言葉にキテレツ達は怪訝そうに顔を見合わせます。

 

「伯爵が連れて行かれたって、どうしてなんです?」

「それは、あの穴が開けられた場所へ行けば分かるよ」

 

コルベールに連れられ屋敷の中へと入っていったキテレツ達は、そのままある場所へとたどり着きました。

 

「あ……ここは」

 

やってきた場所に五月は目を丸くします。

そこは、先日キテレツ達が侵入した際に目にしたモット伯の剥製コレクションが置かれていた隠し部屋でした。

壁にはこの間までは無かったはずの大きな穴が開けられて破壊されており、露となった隠し部屋は外から丸見えとなっています。

 

「あの壁の破壊の具合から見て、フーケは相当に強力なゴーレムを使ったに違いない」

「ゴーレムって何ナリか? キテレツ」

「簡単に言えば、魔法で動く土の人形みたいなもののことだよ」

 

コルベールの説明がよく分からないコロ助にキテレツが簡単に説明します。

 

「噂には聞いていたけど……本当にゴーレムを召喚してここまでするのね……」

「やることが派手だわ……」

「泥棒っていうより、強盗ね。そのフーケって」

 

ルイズもみよ子も五月も思わず呆然としてしまいます。

 

「何でもモット伯はマジックアイテムを使って、若い娘達を剥製にしていたというのだ。あそこに置かれているのがそうだ……」

「まだ全部戻ってないんだな……」

 

顔を顰めるコルベールにキテレツも同じ顔を浮かべます。

隠し部屋の隅には、まだ元に戻されていない人間の剥製が置いてありました。

 

「きっと、今回の騒ぎでバレちゃったのね……」

「ま、事故のいちじくって奴だな……」

「自業自得でしょ」

 

五月とブタゴリラがぼそりと呟くとトンガリが突っ込みを入れます。

フーケの襲撃によってこの隠し部屋とその中にあった剥製コレクションの存在が露呈となり、穏便に済ませたかったモット伯の秘密と悪行が知られてしまったのでしょう。

それでモット伯は連れて行かれてしまったのです。

 

「君達は、ここにこのような物があったのを知っていたのかね?」

「あ、いや……まあ、ちょっと……」

 

あまり驚かない様子のキテレツ達に疑問を持ったのか尋ねると、キテレツはバツが悪そうにします。

まさか、屋敷に無断で侵入して騒ぎを起こしたなどと素直に言えません。

 

「おや。君達も来たのかね? ミス・ヴァリエールにキテレツ君」

「オールド・オスマン!」

「学院長先生!」

 

そんな中、通路を通ってキテレツ達の前に現れたのはオスマン学院長です。

彼の傍にはオスマンの秘書である女性、ロングビルが一緒にいました。

 

「王宮の勅使である伯爵が我らに勧告をしてきたというのに、自分自身がフーケの標的にされるとは皮肉なものじゃの」

 

実は先日、モット伯は魔法学院へ王宮からフーケに注意をするようにという呼びかけを告げに来ていたのでした。

 

「ですが、今回ばかりはモット伯爵が王宮へ捕縛されたのは頷ける気もします」

「まあ、仕方あるまいの。彼は人間を剥製にするという、非道に手を染めていたそうじゃからの。貴族ともあろうものが、そのようなことをしては捕縛されるのは当然じゃ」

 

ロングビルが静かに辛烈な言葉を口にするとオスマンも小さく頷きました。

 

「皮肉にもフーケの手によって、モット伯の悪行が暴かれたというわけじゃな……ほほほっ、これは中々良いものじゃの」

「……オールド・オスマン。おやめください。不謹慎でございます」

 

若い娘の剥製人形を眺めているオスマンをロングビルがその首根っこを掴んで引き戻していました。

 

「何やってんだよ、じいさん……」

「ちょっと幻滅だね」

 

威厳ある学院長であるオスマンの一面を見て、ブタゴリラとトンガリは呆れます。

 

「学院長先生、コルベール先生。そのフーケっていう泥棒は一体、この屋敷から何を盗んでいったんですか?」

「オッホン……うむ。そこの壁を見たまえ」

 

軽く咳払いをするオスマンは杖で部屋の壁を指します。そこには文字が刻まれていました。

 

「何て書いてあるんだ? 読めねえよ」

 

通詞器を使ってハルケギニアの言葉を聴いたり喋ったりすることはできても、さすがに読むことはできません。

 

「『貴官所蔵の錬金の魔法銃、確かに領収致しました。土くれのフーケ』」

 

ブタゴリラが頭を抱えていると、ロングビルが文字を読み上げてくれました。

 

「あ、どうもありがとうございます! お姉さん!」

「いいえ。良いんですよ」

 

ブタゴリラが礼を言うと、ロングビルはにっこりと微笑みかけました。

 

「錬金の魔法銃って……それじゃあ! ああ~……やっぱり盗まれちゃったんだあ……」

 

即時剥製光がフーケに盗まれてしまったことを知り、キテレツはがっくりと膝をついてしまいました。

せっかく元の世界へ帰れる手掛かりが見つかったと思ったのに、それが泥棒に盗まれてしまうなんて最悪です。

 

「キテレツ君……」

 

みよ子はキテレツの肩に手をやり、慰めようとします。

 

「錬金の魔法銃……ワシも少しばかり噂には聞いておったがの……」

「キテレツ君は、それを知っているのかね?」

「知っているも何も、キテレツの発明品ナリよ!」

「あれは即時剥製光という名前の道具なんです」

 

オスマンとコルベールにコロ助と五月が言いました。

 

「何と! まさか君の、異国のマジックアイテムがこの地へ流れてきていたというわけかね!」

「と、いうことは……そこにある剥製の娘達は……」

「全部、連れて行かれちまった白菜のオッサンがそいつで変えちまったものなんすよ」

 

驚くオスマンとコルベールは剥製の人形達を振り返ります。

あれがなければ残りの剥製にされた女の子達を元に戻すことさえできないのです。

 

「何ということだ……一刻も早く、フーケを捕まえてあの娘達を戻してあげねばならんな」

「ミスタ・コルベール。そのフーケはマジックアイテムをもしかしたら、どこかに売り払っている可能性が高いですわ。それだけ価値のあるマジックアイテムなら尚更です」

「うむ。フーケほどの怪盗ならば、闇市場にでも売りかねぬな」

 

ロングビルの推測にオスマンは同意しています。

 

「それじゃあ、すぐにトリステイン中の店に捜査が入るのですか?」

「そういうことになるの。まあ、外国に売られてしまっても、売買のルートを探ればすぐに見つかるじゃろうて」

 

ルイズの問いかけにオスマンはしたり顔で答えました。

 

「でもさ、そのフーケっていう泥棒がまだ持っていたらどうするのさ」

「もしそうだったら、探しようがないんじゃないかしら」

「うむ……」

 

トンガリとみよ子の意見に教師達は困ったような顔をしてしまいます。

フーケが即時剥製光を売らずに所有しているのであれば、いくら売買のルートを探ろうとしても無駄になってしまうのです。

 

「キテレツ。何か良い物ないのかよ? 犯人を捜す道具くらいあるだろ?」

「とりあえず……これを使ってみようか」

 

キテレツは持ってきたケースを開けると、中から取り出した道具を一つ、如意光で大きくしていました。

 

「それが、ミスタ・コルベールの言っていた異国のマジックアイテムなのですか……」

「ははは……どれも不思議な効果を持つものばかりだよ。キテレツ君のマジックアイテムは、どれも素晴らしいものだ」

 

感嘆とするロングビルにコルベールは目を輝かせながら言います。

二人ともキテレツの発明品に対する関心が強いのでした。

 

「それはどんな効果があるのよ」

「カメラ?」

 

ルイズと五月がキテレツが取り出した木製のカメラに目を丸くします。

 

「これはね、回古鏡と言って、過去を写すことができるカメラなんだ」

「過去を……写す!?」

「そんなことまでできるの?」

 

キテレツの説明に二人は声を上げていました。

教師二人と秘書も回古鏡を目にして目を丸くします。

 

「そんなマジックアイテム聞いたことがないわ! どうやって、過去を写せるっていうの!?」

「分かった、分かったよ! ……じゃあ、ちょっと試してあげるね」

 

詰め寄ってくるルイズにキテレツは困惑をしつつも、回古鏡を構えます。

 

「それじゃあ学院長先生、コルベール先生、ロングビルさん。ちょっとこっちを向いたままじっとしていてくれませんか?

「うむ」

「ええ……」

「良いとも」

 

承諾した三人に対し、キテレツは回古鏡の時間ダイヤルをセットします。

 

「ま、二時間前くらいが良いかな……じゃあ、いきますよー!」

「うわっ!」

「おおっ!」

「うっ!」

「眩しい!」

 

キテレツは回古鏡で三人を連続で撮ります。その度にフラッシュして三人はもちろん、ルイズまでもが驚き眩しがっていました。

 

「さあ、これで三人の二時間前が写るはずなんだけど……」

「本当に過去が写ってるの? 見せて!」

「あたしにも!」

「俺にも見せろよ!」

「ワガハイにも見せるナリ」

「ばっちり写ってる?」

 

コロ助達はインスタント式ですぐに出てきた写真を見ようと、殺到します。

キテレツの手には、たった今撮られた三枚の写真があります。

 

「……何だこりゃ」

「何やってるの……」

「うわ……」

 

写真を見たブタゴリラもトンガリもみよ子も、じっとりとオスマンの方を見つめています。

 

「な、何じゃ。その顔は」

「何よ。あたしにも見せなさいよ!」

「あっ!」

 

ルイズはキテレツの手から写真をひったくると、それを自分の手の中で目にします。

その後ろからオスマン達三人が覗き込んできました。

 

「んなっ!?」

「っ……!」

 

オスマンとロングビルは一緒に目を見開き、唖然とします。

ロングビルの眼鏡が思わず落ちそうになりました。

オスマンとロングビルの二時間前を写した写真。そこには、学院長室で本棚に本をしまっているロングビルのお尻を撫でているオスマンの姿があったのです。

時間は同じなので、状況は同じですがアングルがそれぞれ異なっていました。

 

「学院長……何をやっているのですか」

「聞かないでください。ミスタ・コルベール」

 

コルベールまでもが呆れた様子でオスマンを見ますが、ロングビルが眼鏡を手で直しながら強い口調で言いました。

ちなみにコルベールの二時間前は、午前の授業で教壇に立っている姿が写しだされていました。

 

「本当に、そのマジックアイテムとやらは過去を写す力があるようじゃの……まさか、あんな場面を写すとは……」

 

オスマンはブツブツと小さく呟いていました。

 

「うむ……これは素晴らしい……! 君のマジックアイテムは、こんなことまでできるなんて!」

「本当に驚きですわね……」

「とにかく、これで昨日の夜にここで何があったのかを写してみますね」

 

感動するコルベールとロングビルが唖然とする中、キテレツはこれからすべきことを告げます。

回古鏡でフーケが盗みに入った時の光景を写せば、何か手掛かりが見つかるかもしれません。

 

「それじゃあ、昨日の夜中を30分ごとに……」

 

キテレツは事件現場の部屋を次々と回古鏡で写真を撮っていきます。

10枚ほどになる写真の束の中……。

 

「あ! これだ!」

 

多くは事件後、もしくはフーケの侵入前の様子が写っていましたが、その中の一枚に、違う場面が写っていたのです。

 

「これが、土くれのフーケ?」

「本当に部屋の壁に穴を開けてるみたい」

 

写真を覗き込むみよ子と五月は、ゴーレムの腕を伝って颯爽と侵入してきたらしい黒いローブを纏った人物が写っているのを目にしていました。

 

「何か女の人みたいだな」

「ええっ? お姉さんなの? これ」

「ワガハイにも見せて欲しいナリーっ!」

 

そして、写っている人物はどうやら女性であることが分かります。

 

「何と……土くれのフーケは、女であったのか! ほほっ……これは中々の美女と見た」

「これは初耳ですなぁ……」

「……そうですわね」

 

横から覗き込むオスマンとコルベールが驚く中、ロングビルは顔を顰めて写真を見つめます。

 

「ねえ、顔がよく見えないわよ」

「ごめん。そこまでは……」

「それじゃあ意味がないじゃない!」

 

困惑するキテレツにルイズは声を荒げます。

写真に写っているフーケはフードを目深く被っているおかげで人相が分かりません。

微かに口紅を塗った口元が見えるだけでした。

 

「まあまあ、ミス・ヴァリエール。フーケの正体の一部が垣間見れただけでも良いではないか」

「早速、王宮に手配してもらうとしよう。土くれのフーケは、綺麗なオナゴのメイジであるとな!」

「それがいいですわね……」

 

張り切るコルベールとオスマンに対し、ロングビルはますます苦い顔を浮かべて写真を睨みつけていました。

 

 



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大胆不敵! フーケはお昼も大忙し?

♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「わーっ! 魔法使いの泥棒が学校にも現れたナリーっ!」

キテレツ「魔法学院には破壊の杖っていうマジックアイテムが置いてあって、それを狙ったみたいなんだ」

コロ助「泥棒の魔法使いのゴーレムはとっても大きいナリ! 踏み潰されてしまうナリよ!」

キテレツ「こうなったら、如意光を使うか! あんなゴーレムだってあっという間に手乗りサイズさ!」

コロ助「うわあ! ルイズちゃん、何をする気ナリ!?」

キテレツ「次回、大胆不敵! フーケはお昼も大忙し?」

コロ助「絶対見るナリよ♪」


キテレツの回古鏡でフーケの手掛かりを写しましたが、キテレツの希望とオスマン学院長の計らいで回古鏡のことは内密にしてもらうことになりました。

フーケの情報は近隣の農民からの聞き込みで得たということにしてくれたのです。

 

「フーケは恐らく、我が魔法学院も狙っておるに違いない」

「同感ですな」

 

モット伯の屋敷から帰ってきたオスマンとコルベールは本塔へ向かう道中で話し合います。

オスマン達の馬車と一緒にキント雲で戻ってきたキテレツ達も一緒に歩いていました。

 

「何で泥棒がここに来るって分かるナリか?」

「あんた、そんなことも分からないの? モット伯の屋敷とここは目と鼻の先なんだから、フーケは次にここを狙ってきてもおかしくないのよ」

 

疑問を述べるコロ助の頭をルイズはポンポンと叩きました。

 

「この学校にも、その泥棒が欲しがるようなものが何かあるの?」

「学校にも盗みに入るなんて、せこい泥棒だな」

 

呑気なトンガリとブタゴリラの言葉にルイズはムッと二人を睨み付けます。

さらにオスマンの後ろを歩くロングビルが、ピクリと反応してブタゴリラを流し目で僅かに見つめていました。

 

「ここを何だと思ってるの? ここは恐れ多くも誉れあるトリステイン魔法学院なのよ。貴重なお宝やマジックアイテムだって保管してるのよ」

「そんなに大事な物があるんですか? 先生」

 

ルイズが説明するとキテレツはコルベール達に尋ねました。

 

「うむ。この学院の宝物庫には、ミス・ヴァリエールの言ったように、色々な理由で預かることになった様々なマジックアイテムを大事に保管しているんだ」

「どんな物があるんですか?」

「あまり詳しいことは言えないのだが……どこかの遺跡などから発掘された危険な物とか、アカデミーから調査目的で一時的に預かっている物といった所だね」

 

みよ子の問いにもコルベールは丁寧に答えてくれます。

 

「そういえば、破壊の杖と呼ばれるマジックアイテムも曰くつきの代物と聞いていますわ」

「何なんですか? その破壊の杖って」

 

唐突に話題を広げてきたロングビルの言葉に五月はもちろん、キテレツ達も首を傾げます。

 

「私もあまり詳しいことは知らないのですけど……何でも使えばどんな強力な魔物も一撃のもとに倒すことができる力があるマジックアイテムだと聞いています」

「ほほっ、よく知っておるな。ミス・ロングビル。……じゃが、秘蔵の宝の名は滅多に口にせんようにな」

「申し訳ありません。オールド・オスマン」

 

オスマンに軽く諌められてロングビルは頭を下げます。

 

「しかし、フーケがこの近くに来ていたことが分かった以上、今夜から学院の警備はいつもより強くせねばならんの。取り越し苦労とは思うが」

「どうして取り越し苦労だって思うんですか?」

「そのフーケっていう泥棒はとても大きいゴーレムであんなことをしたんですよ?」

 

オスマンがどこか呑気な様子で呟くのを見てキテレツと五月は声を上げました。

彼もそうですが、コルベールからもどこか警戒心や危機感が強く感じられないのです。

 

「なぁに、宝物庫がある本塔は極めて頑丈に作られてあるでな。壁も天井も、宝物庫の錠前もスクウェアクラスのメイジが数人がかりで固定化の魔法を厳重にかけておる。モット伯の屋敷のものより強力にな」

 

オスマンは立派な自分の髭を揺らしながら誇らしく語るのですが……。

 

「こ、こてい、か?」

「そんな名前のイカなんかでどうしようって言うんだよ。痛てっ!」

 

コロ助が頭を抱え、天然ボケをかますブタゴリラの頭をパシン、とルイズが叩きます。

 

「固定化よ! こ・て・い・か! 色々な化学反応から物を保護する魔法のことよ!」

「うむ。固定化をかけられたものは錆付くことも、腐ることもなくなるのだよ。無論、メイジに錬金の魔法をかけられても変化することはないんだ」

 

人差し指を立ててブタゴリラに迫りながらルイズは説明しました。コルベールも教師らしく説きます。

 

「へぇー、便利な魔法なんですね」

 

キテレツは固定化魔法の効果について関心した様子でした。

自分の発明も古くなっていつか使えなくなってしまうことを考えると、固定化は大事な物を保存するのに最適な魔法に思えます。

 

(奇天烈大百科にそういう発明があったかな? ……でも、仕組みさえ分かれば僕でも作れるかもしれないな)

 

新たな発明が大好きなキテレツは思わずそのようなことまで考えてしまいます。

 

「ウオッホン……! その通りじゃ。如何に土くれのフーケと言えども、宝物庫の防御を突破することはできぬじゃろうて」

「ですが、油断は禁物だと思いますわ」

 

呑気な教師達に対してロングビルだけはまともな警戒心などがあるみたいでした。

 

「わたしもロングビルさんの言う通りだと思います」

「そうですよ、先生」

 

五月もみよ子もロングビルの意見に同意していました。

 

「僕も手伝いますから、その泥棒がいつ来ても大丈夫なようにしましょうよ」

 

キテレツもフーケに発明品を盗まれている以上、放っておくことはできません。

何としてでも捕まえて取り返さなければならないのです。

 

「うむ。確かにそうじゃな。……コルベール君。今夜の当直は君じゃったな?」

「え、ええっ!? 確か、今日はギトー先生ではなかったかと……」

「はて? そうじゃったかの? おやおや? ワシもよく覚えておらんでな。一体、誰であったかのう?」

 

オスマンとコルベールが大の大人なのに漫才を繰り広げていて、一行は溜め息をつきます。

 

「このじいさん達、やる気あんのかよ」

「さあね……」

「心配ナリ……」

 

ブタゴリラ達も心配そうに二人の教師を眺めていました。

 

 

 

 

夕刻、ヴェストリ広場へとやってきていたキテレツはケースからまた発明を取り出しています。

 

「ふうん、やっぱりあのマジックアイテムがフーケに盗まれちゃったのね」

 

その場にやってきたキュルケが腕を組みながら頷いています。

ルイズ達がモット伯の屋敷へ行っている間、キュルケは三年のペリッソンと学院の外で軽くデートをしていました。

 

「そうなんです。だからわたし達も困っちゃって……」

「あの道具を何とかして取り返さないと、また悪用されちゃうわ」

 

五月もみよ子も苦い顔を浮かべていました。

 

「サツキ。あいつは何をやってるわけ?」

「わたしには何も……。みよちゃん、何なの? あのロボット」

 

キテレツを眺めていたルイズは五月に尋ねますが、五月もキテレツが何をしようとしているのか分かりません。

ケースから取り出した物を如意光を使って大きくしていますが、そのロボットらしき発明を五月は知りませんでした。

 

「あれはカラクリ武者っていう発明品よ」

 

しかし、みよ子はキテレツの発明品をいくつも見てきたので、それが何かすぐに分かります。

キテレツが取り出した鎧武者を模した一輪車の足を持つロボットはとても見慣れたものでした。

 

「カラクリムシャ? あれもガーゴイルなの?」

「へえ、コロちゃんと違って何だかずいぶんと雰囲気が違うのね」

 

ルイズもキュルケも用意されたカラクリ武者に目を丸くしていました。

 

「そんな奴を出してどうしようっていうんだよ」

「うん。今夜からカラクリ武者を見張り役にさせるのさ。フーケがいつ盗みにやってきても良いようにね」

 

カラクリ武者は非常に強く、侵入者を見つければすぐに撃退してくれるはずです。

その強さはキテレツはもちろん、ブタゴリラ達もよく知っていました。

 

「でも相手は魔法使いの泥棒だよ? あの屋敷を壊しちゃうくらいのゴーレムを使うんでしょ?」

「カラクリ武者だけじゃ心細いナリよ」

「う~ん……それもそうだね。それじゃあ……」

 

心配な様子のトンガリとコロ助に言われて、キテレツはさらにケースから発明品を取り出します。

 

「あら、あのガーゴイルまで……」

 

取り出されたのは先日、キュルケを縄で縛りあげた召し捕り人でした。

 

「あんな変なガーゴイルなんかが役に立つの?」

「まあ、頼りにはなるんじゃないかしら。少なくとも警備の兵よりは役に立つわよ」

 

ルイズが怪訝そうにしますが、召し捕り人の実力を思い知ったことがあるキュルケは素直にそう答えます。

 

「あれがあなた達のガーゴイルというやつですか」

「ロングビルさん」

 

と、そこへ突然現れたのは学院長オスマンの秘書、ロングビルでした。

 

「学院長やコルベール先生からお話は伺っていますわ。異国で作られたマジックアイテムというのは本当に不思議で変わっているのですね。本当にあの子が作ったのですか?」

「ええ」

「全部、キテレツ君の発明品ですから」

 

五月とみよ子の言葉にロングビルはとても興味深そうにキテレツを見つめています。

ガーゴイルだけでなく自分の過去の一部を写してしまったマジックアイテムを作り出したキテレツに驚きが隠せませんでした。

 

「でも、考えてみればキテレツのマジックアイテムをフーケが狙ってくるっていうのも考えられるわよね」

「それは無いと思いますよ。フーケは貴族の宝にしか手を出さないという話だそうですから」

 

キュルケの推測を何故かロングビルは一蹴してそう断言しました。

 

「どうしてフーケは貴族しか狙わないんですか?」

「やっぱりお金持ちの人がよく狙われるってことなのかしら」

「さあ……単純にそうとは言えないかもしれませんね……。貴族ばかりを狙っているということは、フーケは貴族が嫌いなのかもしれませんね」

 

みよ子と五月にロングビルはまるでフーケの気持ちが分かるかのように静かに答えます。

 

「まあ、フーケがメイジってことは元は貴族だったんでしょうけど、貴族にも色々いるしね。勘当されたり家が取り潰された貴族が傭兵になったり犯罪者になったりすることがあるみたいだし……」

「そんなことがあるんだ……」

「それであんな魔法使いがいたりした訳ね……」

 

みよ子は初めて異世界にやってきた日に実際に犯罪者となったメイジを目にしています。

ならばフーケが元は貴族であるという話に納得ができました。

 

「とにかく、早くフーケを見つけて剥製光を取り戻しましょう」

「ええ。あの女の子達も元に戻してあげないといけないものね」

 

五月もみよ子も女の子ながらにフーケを見つけて捕まえることに張り切っていました。

 

「よし! 準備はできたよ!」

 

キテレツはカラクリ武者と召し捕り人を並べて全ての準備を整えました。

カラクリ武者のリモコン兼モニターに、ブローチ式の小型カメラ・壁耳目を召し捕り人に装着させます。

 

「泥棒がやってきてもあっと言わせられるナリ」

「へへへっ、イチゴの出汁にしてやれるぜ」

「もしかして一網打尽って言いたいの? 第一、フーケって一人だけ……」

「お前は一々、人の揚げ足を取るんじゃねえ!」

「うわあ、やめてよ~!」

 

ブタゴリラがトンガリの首に腕を巻きつけ抱え、頭をぐりぐりと拳で捻じ込みます。

 

「やめなさいよ、ブタゴリラ君」

「熊田君も一々、構わなければいいじゃない」

 

みよ子と五月はブタゴリラを止めに入りました。二人に詰め寄られてブタゴリラも仕方なくトンガリを離します。

 

「本当に大丈夫かしら?」

「さあ、どうでしょうかね……」

 

キテレツ達を心配そうに眺めるルイズに対し、ロングビルは微かにほくそ笑みながら肩を竦めていました。

 

 

 

 

しかし、張り切っていたキテレツ達に反してフーケは一向に現れる気配がありませんでした。

魔法学院を警備する衛兵はもちろん、正門の詰め所には当直の教師がいつも以上に怪しい者に対して目を光らせていますし、キテレツが用意したカラクリ人形達も庭で見張りを行っていました。

それでもフーケらしき怪しい人物はまるで見つかる様子はないのです。宝物庫も無事なままでした。

結局、三日が過ぎてもフーケはもちろん、ゴーレムすら現れません。

 

「全然見つからないじゃねえか、キテレツ。あの人形だって全然役に立ってねえぞ」

「そう言われても……向こうからやってこない限りはどうしようもないよ」

 

その日の午後、中庭でブタゴリラに文句を言われてキテレツは困っていました。

 

「警備が厳重だから諦めちゃったんじゃない?」

「きっとそうナリよ」

「それじゃあ困るよ! 早くフーケを捕まえなきゃいけないのに!」

 

トンガリとコロ助の言葉にキテレツは慌てます。

魔法学院からしてみればフーケが現れないで何も盗まれないのは良いことなのですが、キテレツにとってはフーケが現れないのは大問題でした。

フーケが魔法学院の宝物庫を狙っているのであればこっそりと夜に盗みに入るか、巨大なゴーレムを呼び出して力尽くで破壊しに現れると思ったのに、諦めてどこか別の場所へ行かれてしまってはもうどうすることもできません。

 

「でも、フーケが女の魔法使いだっていうのはもう広まっているんでしょう?」

「だったら、きっとまた何か手がかりが見つかるよ」

 

頭を抱えるキテレツに対し、みよ子と五月は落ち着いています。

確かにオスマン学院長が王宮にフーケは女のメイジであると報告をしていました。

今まで男か女かすら分からなかったフーケの性別だけでも分かったことで、王宮側も犯人捜しに当たりをつけやすくなったはずです。

 

「うん……」

「あんた達、うるさいわよ。今はあたし達が授業中なんだから、静かにしてちょうだい!」

 

と、そこにルイズがやってきてキテレツ達を叱り付けます。

彼女の言う通り、今はルイズのクラスが中庭で魔法の実技を行っている最中でした。

 

「ごめんね、ルイズちゃん」

「頼むわよ、まったく……」

「ミス・ヴァリエール! 今は授業中だぞ。召使いの世話は後にするんだな」

 

ルイズに謝る五月ですが、そこへ実技を担当しているギトーから呼びかけられました。

慌ててルイズは授業の場へと駆け戻ります。

 

「ゼロのルイズ! 平民と一緒に見学していても良いんだぜ?」

「どうせまた失敗するだけなんだからな」

「失敗するのは勝手だけど、僕達にはくれぐれも迷惑はかけないでくれよな」

 

生徒達はまたもルイズに心ない中傷を浴びせてきました。一人が言えばまた別の生徒が続き、周囲の生徒達もクスクスと嘲笑するのです。

ルイズは俯いたまま何も答えません。しかし、その表情は明らかに悔しそうにしていました。

 

「では改めて、実技を続けるぞ」

 

そしてギトーはと言うと、生徒達の行いやその誹謗中傷に晒されているルイズには興味がなさそうに授業を続行していました。

 

「相変わらずひどいわね。ルイズちゃんが可哀想」

「あの先生もちょっと冷たすぎるわ……」

 

みよ子と五月は生徒達と教師の光景に苦い顔を浮かべます。

コルベールやシュヴルーズなどの教師はこうしたいじめは絶対に許さないのに、ギトーは全くの逆でした。

自分の目の前で生徒が他の生徒にいじめられているのが目に入っているはずなのに、眼中にないかのように見て見ぬふりをしているのです。

彼は生徒への愛情や関心があまりにも薄すぎるのです。

 

「見てるこっちも気分が悪くなるね」

「佐々木先生を見習ってもらいたいもんだぜ」

 

キテレツ達のクラスの担任である佐々木先生は生徒のいじめや暴力は決して許しません。

ブタゴリラが誰かをいじめていたり暴力を振るったりしているのを見ると、真っ先にかけつけて止めに入るのです。

 

「そりゃあね、佐々木先生はブタゴリラが僕達にちょっかいをかけているのを見るとすぐに来てくれるもんね」

「一言余計なんだ、お前は!」

 

どこか馬鹿にしたような態度のトンガリに、ブタゴリラはその頭を小突きます。

 

「あたっ! ……もう、先生がいないと思って」

「何だと! この野郎!」

「やめろよ、ブタゴリラ。静かにしてないと……」

「そうナリよ。ブタゴリラもルイズちゃんをいじめてる子達と同じナリ」

 

キテレツとコロ助に止められて、ブタゴリラは渋々と矛を収めていました。

 

「あんな奴らと一緒にすんな」

 

しかし、いくらブタゴリラでも目の前のいじめっ子達と同じにされるのは嫌でした。

 

「ルイズちゃん……」

 

五月は心配そうにルイズを見つめます。

ルイズは他の生徒達が魔法で実技を行っているのを歯痒そうに眺めていました。

魔法がまともに使えないルイズは、他の生徒達のように授業を楽しむことができないのです。

 

 

 

 

「やれやれ……夜はあんなに厳重だったのに、昼になれば隙だらけだねえ」

 

魔法学院の外壁の縁から一人の女が顔を出していました。

ローブを纏ってフードを目深く被った女はレビテーションの魔法で浮かんでおり、中庭をこっそりと覗いています。

中庭で授業をしている生徒もキテレツ達も、誰も彼女には気づいていません。

 

「まあ、これだけ腑抜けなら仕事がやりやすいんだけれどね」

 

女メイジはこのほのぼのとした光景にこっそりとほくそ笑みます。

夜は衛兵達が中庭をいつも以上に警備をしていたのが嘘のようでした。

 

「問題はあの平民の子達だけれど……」

 

女メイジはちらりと本塔の壁に寄りかかっている子供達を見つめます。

 

「あの子達は油断ならないからね……」

 

キテレツ達が数々の不思議なマジックアイテム――発明品を扱えることを知っている彼女は、仕事をするチャンスを待っていました。

夜は警備の数が多いのはもちろんですが、キテレツが用意したカラクリ武者や召し捕り人の存在のおかげで仕事が行えなかったのです。

 

先日、モット伯の屋敷で仕事を果たしたのはいいのですが、自分の素性が危うくバレかけたのには驚きでした。

まさか過去を写すマジックアイテムなどという物を持っているなど、全くの予想外だったのです。

 

しかし、今は昼間。闇夜に潜んでこっそりと仕事をすることはできず目立ちはしますが、逆に警備はまるで配置されていません。

誰が白昼堂々、授業中の魔法学院を襲うと考えるでしょう。

 

「どれ……そろそろ行くとするか……!」

 

外壁の外側へとレビテーションで降り立った女メイジは、さらに呪文を詠唱します。

それはこの場にある土を媒介にしてゴーレムを作り出す魔法でした。彼女ほどの実力のメイジであれば、30メートル級のゴーレムを作るのも簡単です。

彼女はこれまでにも同じ方法でトリステインの貴族達を震え上がらせ、数々の宝を奪ってきています。

そんな彼女を人は『土くれのフーケ』と呼んでいました。

 

 

 

 

ルイズ達はギトーの指導の下、風魔法の実技を行っていました。

内容は用意されたそれぞれ大きさが異なる二つの石のどれかを風魔法で吹き飛ばしてみろというものです。

一つはボーリング玉くらいの石、もう一つはその数倍も大きく重そうな岩でした。

 

「何だ。この程度の石をそれくらいしか飛ばせんのか。情けない……」

 

生徒達の多くは小さい方の石を数十センチほど軽く転がすのが精一杯でした。クラスでは数少ないラインメイジの生徒達でさえ大きい岩を動かすことはできません。

その様子を目にしてギトーは鼻を鳴らしながら大きい方の岩の前に立ちます。

そして、手にする杖を構えて呪文を詠唱し始めました。

 

「ウインド・ブレイク!」

 

杖を突きつけると、その先から鋭い突風が放たれ、大きい岩を5メートルほど吹き飛ばしていました。

しかし、その光景を目にする生徒達から拍手はおろか歓声すら起こりません。

 

「いいかね。風というのは実体がないように見えて力がないように思えるが、そうではないのだ。他の属性とは異なり、目に見えぬ風はこのような力を発揮できるほどの力を秘めているのだ」

 

ギトーが自論を語りだすと、生徒達は辟易とした様子で軽く聞き流します。

こうやって風の魔法の優位性を語るのは彼だけではなく、多くの教師の癖なのです。

すなわち自分の能力をひけらかすのが目的、ということでもありました。

 

「最近は土くれのフーケとかいう盗賊のメイジがあちこち荒らしているようだが、如何にフーケと言えどもあの岩のように風の力で容易く薙ぎ倒されることだろう。所詮は土のメイジなのだからな」

 

自慢げに、そして得意げに語るギトーに生徒達から冷たい視線が浴びせられます。

しかし、そんなものなど気にせずギトーは喋り続けていました。

 

「相変わらず飽きない先生ね……」

 

キュルケはつまらなそうにギトーを睨みます。隣ではタバサが興味もなさそうに本を読んでいました。

 

「それでは、他に誰かやってみたい者は……」

「うわあっ! 何だ、ありゃあ!」

「何ナリかーっ!」

 

ギトーが再び生徒達を見回しますが、そこに突然見学をしているキテレツ達の大声が響きます。

 

「あいつら……!」

 

ムッとしていたルイズはキテレツ達の方を振り向きます。一行は何やら何かを見て驚いていました。トンガリに至っては腰を抜かしてしまっています。

ギトーも目障りだと言いたそうに睨みつけていました。生徒達はクスクスと嘲笑しています。

 

「うるさいわよ、あんた達! 静かにしなさいって……!」

「ルイズちゃん! あれ、あれ!」

 

怒鳴りつけるルイズですが、キテレツは驚きながらも正面を指差します。

ルイズと、他の生徒達は指差した方向を振り向きます。その先には――

 

「ひいっ! な、何だいあれは!?」

「ゴ、ゴーレム!」

 

悲鳴を上げる生徒達の視線の先、そこには魔法学院の外壁を跨ぐ巨大な影があったのです。

それは紛れもなく土のゴーレムで、大きさは30メートルもある如何にも強靭そうなものでした。

ゴーレムが歩く度に、ズシンズシンと重い地響きを立てて大地を揺るがします。

 

「な、何でここにゴーレムが!?」

「ま、まさか土くれのフーケ!?」

 

生徒達は突然の巨大なゴーレムの出現に、完全にパニックに陥っていました。

腰を抜かしてその場から動けない者、恐怖に怯えて一目散に逃げ出す者、中庭は逃げ惑う生徒達でいっぱいです。

 

「そ、そんな……ま、まさかフーケが……! は、白昼堂々と……!」

 

そしてギトーはというと、他の生徒達と同様に腰を抜かしてしまっています。

先ほど、自分の語っていた自論を実行する気力などありません。メイジとしては優秀であっても、所詮は実戦経験などほとんどないのです。

 

「う、うわあああああっ!」

 

向かってくるゴーレムを前にして、蜘蛛の子を散らして逃げる生徒達同様に、ギトーも尻尾を巻いて逃げてしまいます。

生徒達を守るべき教師とは思えないほどに情けない醜態を晒していました。

中庭をゆっくりと進むゴーレムは中庭を逃げ惑う者など眼中になく、本塔へと一直線に向かっていきます。

 

「きゃあっ!」

「モンモランシー! しっかりするんだ!」

 

ギーシュは倒れてしまったモンモランシーの元へ駆け寄ると抱きかかえて安全な場所へと運んでいきます。

最初は他の生徒同様に腰を抜かして動けなかったのですが、倒れたモンモランシーを見るなり勇気を振り絞って動いたのです。

 

「タバサ! 手を貸して!」

 

しかし、逃げ惑う生徒達の中にも果敢にゴーレムに立ち向かう者もいました。

それはキュルケとタバサです。並んだ二人はゴーレムに向けて杖を構えます。

 

「ファイヤー・ボール!」

「エア・ストーム」

 

二人の杖の先から同時に、巨大な火球と竜巻が放たれます。二つの魔法はゴーレムの巨体に直撃しました。

しかし、ゴーレムはそんな攻撃など物ともしません。

 

「ひえええっ! ま、まさかこんなに大きい物だったなんてー!」

 

腰を抜かしたままトンガリは完全にビクついています。

キテレツ達も巨大なゴーレムの出現に唖然としていました。

 

「見て! 誰か乗っているわ!」

 

みよ子が指差すと、ゴーレムの肩にはローブを纏った人影があるのが窺えます。

 

「あれがフーケなの?」

「間違いないよ! まさか、こんな真昼間に現れるなんて……!」

「ハクション堂々、盗みにやってくるなんて良い度胸してやがるぜ!」

「それを言うなら白昼堂々!」

 

こんな時でもトンガリはブタゴリラに突っ込みを入れます。

夜に襲ってくると思ってカラクリ武者や召し捕り人達を用意していたのに、完全に計算外でした。

 

「何とかならないの、キテレツ君!?」

「キテレツ! 如意光ナリ!」

 

五月が叫ぶと、コロ助が即座に対処方法を告げました。

如意光を使えば、あんなゴーレムなどあっという間に小さくすることができます。

 

「そうか! コロ助! 急いで持ってきてくれ!」

「分かったナリ!」

 

コロ助はキテレツの発明品を置いてある平民の宿舎へと大急ぎで走っていきます。

キテレツ達も本塔から離れてキュルケ達の近くへと移動しました。

 

「しっかりしやがれ! 踏み潰されてえのか!」

「うわあああっ! ママーッ!」

 

ブタゴリラに引き摺られるトンガリは恐怖から思わず叫んでしまいました。

 

「あっ! ルイズちゃん!」

 

五月はゴーレムの進路でルイズが杖を構えて立っているのを見つけます。

ルイズは逃げようとせずにキュルケやタバサ同様に果敢にゴーレムに立ち向かおうとしていたのでした。

必死に呪文を唱えているのですが、ゴーレムの表面に爆発が起きるだけでまるで効いていません。

ゴーレムは本塔の壁をその巨大な豪腕で殴りつけ始めました。

 

「五月ちゃん!」

 

トンガリはルイズに慌てて駆け寄っていく五月に向けて叫びます。

 

「ルイズちゃーん!」

 

五月はルイズに向けて呼びかけますが、ルイズは意に返しません。

 

「離して! フーケが現れたのよ! ここで捕まえないと!」

「駄目よ、ルイズちゃん! 逃げないと!」

 

五月はルイズの腕を掴んで力一杯に引っ張っていきます。

しかし、ルイズはジタバタと暴れて杖を振り回しました。

 

「ファイヤー・ボール!」

 

引き摺られながらも必死に呪文を唱えますが、やはり杖からは魔法は放たれません。

代わりに本塔の壁に大きな爆発を巻き起こす始末でした。

 

「ルイズ! どうせ爆発させるんだったら、フーケのいる所を爆発させなさいよ!」

「うるさいわね! ほっといてちょうだい! サツキもいい加減に離しなさい!」

 

ルイズは力ずくで五月の手を引き剥がすと、タバサと一緒に魔法を放つキュルケに混じってさらに呪文を唱えていきます。

しかし、やはり効いている様子はありません。

 

「ちきしょう! 何て頑丈な奴だ!」

「あっ! 壁が……!」

 

キテレツはゴーレムが何度も殴りつけていた本塔の壁についに穴を開けて破壊するのを目にします。

フーケはその腕を伝って本塔の中へと侵入していきました。

 

「どうすることもできないの?」

「コロ助はまだか!」

 

キテレツの発明品が無ければ何もできない以上、コロ助が戻ってくるのをキテレツ達は待つしかありません。

そうこうする内にフーケは破壊して開けた穴から出てきます。その腕の中で何かを抱えているのが見えました。

 

「あっ! 逃げて行くわ!」

 

フーケを肩に乗せてゴーレムは用が済んだと言わんばかりに反転して学院の外へと向かっていきます。

このままでは完全に逃げられてしまいます。

 

「タバサ?」

 

そこへタバサが突然指笛を吹き出しました。

すると、どこからともなく彼女の使い魔のシルフィードが現れて外壁を乗り越えたゴーレムの後を追っていきました。

 

「お待たせナリーっ!」

 

そこへコロ助が如意光を手に、戻ってきました。

 

「遅いんだよ、お前は!」

 

しかし、ブタゴリラはコロ助の頭を小突きました。

既に逃げられてしまった以上、今更戻ってきても意味がないのです。

キテレツ達もルイズ達も、去っていくゴーレムを呆然と見届けることしかできません。

 

 

 

 

「ふう、上手くいったね……」

 

ゴーレムの肩の上でフーケは一息をつきます。

学院の壁をゴーレムの豪腕で破壊しようとしたのですが、さすがに頑丈な防御力を誇る本塔の壁は傷一つ付けられなかったのです。

ところが、ルイズが起こした爆発によって、壁に幸運にも大きなヒビが入ったおかげで、ゴーレムで破壊することができたのです。

 

こうしてフーケは宝物庫への侵入を果たし、中に収められていたマジックアイテム――『破壊の杖』が収められたケースをまんまと盗み出せたのでした。

 

「しつこい奴だね……」

 

フーケは上空を旋回しているシルフィードを見上げて舌を打ちます。このまま追跡されては面倒なことになってしまいます。

フーケは懐に手を入れると、中からピストルの形をした道具を取り出していました。

 

「どれ、試させてもらおうじゃないか。異国のマジックアイテムの力を」

 

それは先日、モット伯の屋敷を襲って手に入れたマジックアイテム――錬金の魔法銃と呼ばれる代物でした。

 



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フーケはどこだ? キテレツ・ルイズ追跡隊、出動!

♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「泥棒が隠れている場所が見つかったって本当ナリか?」

キテレツ「それが隠れ家とは思えないボロ屋なんだってさ。そんな所に隠れたってすぐ見つかるのに変だよ」

コロ助「とにかくみんなで泥棒を捕まえに行くナリよ」

キテレツ「ルイズちゃんがついてきたら駄目だって言うんだ。自分達の力だけでフーケを捕まえる気みたいなんだよ」

コロ助「ルイズちゃん達だけじゃ心配ナリ。こっそりついていくナリ」

キテレツ「次回、フーケはどこだ? キテレツ・ルイズ追跡隊、出動!」

コロ助「絶対見るナリよ♪」


『貴学所蔵の破壊の杖、確かに領収致しました。土くれのフーケ』

 

フーケによって侵入された宝物庫の壁にははっきりと、犯行のサインが刻まれていました。

白昼堂々と、しかも授業中に襲ってくるなんて誰も予想することはできず、まんまと宝物庫から秘宝が盗まれてしまったのです。

 

「まさか、宝物庫がこうもあっさり破られるとは……派手にやってくれたもんじゃ」

 

学院長のオスマンは犯行現場となった宝物庫へやってきて唖然とします。

フーケが学院を襲った際、オスマンは本塔最上階の学院長室で呑気に居眠りをしていました。

しかし、フーケのゴーレムによる攻撃で地震かと思うほどの衝撃で目を覚ましたのです。

何しろ、宝物庫は学院長室の一階下にあるのですから。

 

「よもや生徒達が授業をしている最中にやってくるなんて……」

 

壁に開けられた大穴にコルベールも驚きを隠せません。

彼は自分の研究室で研究に熱中していたのですが、騒ぎを聞きつけて現場へ急行したのです。

その時には既にフーケのゴーレムが学院から逃げていく所でした。

 

「生徒達は無事かね?」

「はい。幸い、怪我人は誰もいませんでしたよ」

「そうかそうか。良かったのう」

 

二人が一番安心したのは、教え子の生徒達を含めて誰も怪我をした者がいなかったことです。

 

「しかし……破壊の杖はフーケに奪われてしまいました」

「うむ。それが問題じゃな」

 

二人は破壊の杖が置かれていた台の方を向きます。

そこにはつい先刻まであったはずの秘宝、破壊の杖が収められたケースが置いてあったのです。

 

「持ち出し不可って書いておるのに盗むとは、ひどいもんじゃ。まったく……フーケも良いオナゴなのにこんな簡単な注意書きも読めんのか」

 

台のプレートを見つめつつ、オスマンはブツブツと呟きます。

 

「それで、ゴーレムの行方についてはどうなっておるのかな?」

「はい。何でも、ミス・タバサが使い魔を追跡へ向かわせたと聞いておりますが」

「まあ、あれだけ巨大なゴーレムじゃ。空から追跡されれば見失うこともあるまいの」

 

オスマンは破壊された壁の穴の方へ移動し、そこから日が傾いてきた空を眺めます。

 

「しかし、下はまだあんなに騒いでおるようじゃな。暇人の若造どもめ」

「はあ……」

 

下を見下ろしてみれば、そこでは中庭で学院中の生徒や教師達が集まって騒いでいるのが見えます。

犯行現場を直接見ていない者達も、騒ぎを聞きつけてああして野次馬になって集まっていたのでした。

 

「おや、あれは……」

「キテレツ君達の雲ですね。おや? ミス・ヴァリエールにミス・ツェルプストーまで……」

 

見れば学院の外からキテレツ達がキント雲に乗って戻ってくるのが見えます。その上にはルイズやキュルケまで乗っていました。

どうやら、フーケのゴーレムを追っていったのでしょう。

 

「ホッホッ、何とも行動力のある子供達じゃな。野次馬になって何もしない教師達もあの子達を見習って欲しいもんじゃ。のう?」

「面目ないです……」

 

じろりと流し目で睨むと、コルベールは後頭部を掻きながら頭を下げていました。

 

「ところでミス・ロングビルを知らんかね? 姿が見えぬようじゃが……」

「ええ? 私は知りませんぞ」

「こんな大騒ぎなのにどこへ行ったのかのう?」

 

オスマンはふと気がついたように尋ねますが、コルベールも困ったような顔をしていました。

学院長室でオスマンが居眠りをする前、ロングビルは書き物をしていたのをオスマンは覚えていたのです。

 

 

 

 

「キテレツくーん!」

「五月ちゃーん!」

「どうだ? フケの泥棒は見つかったのか?」

 

様子を見に行ってきたキテレツのキント雲が学院の中庭に降りてくると、みよ子達が駆け寄っていきます。

定員オーバーだったのでみよ子にブタゴリラ、トンガリは学院で待っていたのでした。

 

「どうしたの? 何かあったの?」

「それが……」

 

キント雲から降りてきたキテレツは苦い顔を浮かべていました。コロ助と五月も同様です。

 

「あれ? それって、確かタバサちゃんの……」

 

トンガリは一緒に乗っていたルイズとキュルケについていたタバサが抱えているものを目にして指差します。

タバサの腕の中には、小さくなったシルフィードが抱えられているのです。

それを抱えているタバサの表情は妙に沈みこんでいました。

 

「シルフィードがフーケにやられたのよ。フーケの奴、やってくれるわ……」

「タバサ。気を落とさないで」

 

ルイズが答える中、キュルケはタバサの肩を後ろから抱いて慰めます。

 

「即時剥製光をフーケがそのドラゴンに使ったんだよ」

「可哀相ナリ……」

「こんな剥製にされちゃうなんて……」

 

キテレツもコロ助も五月も、自分の使い魔が見るも変わり果てた姿になって落ち込むタバサに同情していました。

タバサが抱えている小さなシルフィードは、ピクリとも動かない剥製人形へと変えられてしまっているのです。

 

「でも何でそんなに小さくなってるんだよ」

「如意光で小さくしておいたんだよ。運びやすいようにね」

 

ブタゴリラの疑問にキテレツはそう答え、ポケットから如意光を取り出します。

フーケの後を追ったシルフィードが一時間以上経っても戻ってこないので心配になったキテレツ達は、キント雲に乗って様子を見に行ったのです。

 

「けれど泥棒には逃げられてしまったナリね……」

 

しかし、ゴーレムの姿は全く見られず、街道を下り学院からそう離れていない草原の真ん中でキテレツ達は土くれの小山を見つけていました。

それはフーケのゴーレムの残骸であり、フーケは何処かへと姿を眩ましてしまったのです。

剥製にされてしまったシルフィードはその土くれの山の上に落ちて横たわっていたのを見つけて、キテレツ達はシルフィードを回収したのでした。

 

「悔しいわね……せっかく現れたのに逃げられちゃうなんて」

「あんたのあのガーゴイル、全然役に立たなかったじゃない」

 

キュルケが爪を噛んで舌を打つ中、ルイズはキテレツに詰め寄ります。

 

「まさかこんな真昼間にやってくるだなんて思わなかったんだよ」

 

キテレツも困ったような顔をしてしまいました。

それはそうです。夜と違ってこんなに目立ちやすい昼間に盗みに入るなんて思わなかったのですから。

しかもフーケは忍び込むのではなく、モット伯の屋敷同様にゴーレムによる強行突破という大胆な手段を取ってきたのです。

結局、魔法学院の人間は教師達もキテレツ達も、魔法使いの女怪盗・土くれのフーケにことごとく翻弄されてしまったのでした。

 

「でも、どうにかして捕まえて取り返さないと。タバサちゃんの使い魔だってこのままじゃ……」

「キテレツ君。もう一度、フーケがいなくなった場所に行って調べてみましょうよ」

 

落ち込むタバサを見つめながら言う五月に同調してみよ子はキテレツに提案します。

 

「うん。何か手掛かりが残っているかもしれないからね。行ってみよう!」

 

頷いたキテレツは再びキント雲へと乗り込み、五月ら他の五人も次々に後ろへと乗っていきました。

 

「ちょっと、あたしを置いて行こうって言うの!? 待ちなさいよ!」

「わわっ!」

「揺れる~!」

 

浮かび上がるキント雲に飛び乗ろうとルイズがしがみついてきたため、キント雲はバランスを崩して大きく揺れてしまいます。

 

「きゃっ! 落ちる、落ちる!」

「ルイズちゃん! ……せーのっ!」

 

揺れながらもさらに浮上するキント雲から落ちそうになるルイズの腕を五月が力いっぱいに掴み、引き上げました。

空に浮かび上がったキント雲はしばらくその場に留まっていましたが、バランスが安定すると小さく旋回して学院の外へと飛んでいきます。

 

「タバサ……。何としてでも、フーケを捕まえましょうね」

 

キント雲を見送ったキュルケは同じように隣で立ち尽くすタバサの肩をそっと叩きます。

タバサは自分の腕の中に抱えられているシルフィードの剥製人形を見つめました。

剥製にされたシルフィードは何が起きたのか分からない、そんな顔をしています。

 

「絶対、捕まえる……」

 

ぽつりと呟くタバサはぎゅっと杖を手にする力を強めていました。

相変わらずの無表情ながらも、今のタバサの瞳には自分のパートナーを変わり果てた姿にしてしまったフーケへの怒りがひしひしと込められているのです。

シルフィードを元に戻すためにも何としてでもフーケを捕まえることをタバサは決心しました。

 

 

 

 

キテレツ達の必死の調査も結局、全てが徒労に終わってしまいました。

ゴーレムの残骸の土くれの山が残っている場所でキテレツは発明品を使って何としてでも手掛かりを見つけようとしたのですが、悉く失敗だったのです。

 

回古鏡で空から地上や土くれの山の周りを写してみましたが、何とフーケはゴーレムを土くれに戻す際に、その土を使って大きな土煙を巻き上げていたのです。

そのためにフーケがどこへ姿を消したのかが全く分からなくなってしまったのでした。

そこで、足跡から探したい相手を見つける尋ね人ダマを使おうとしたのですが、フーケの足跡が何故か見つからないのです。

一緒についてきたルイズは、フーケはフライを使って空を飛んで逃げたのだと推測していました。

もしもそれが当たっているのであれば、フーケの手掛かりは何一つ失ってしまったことになります。

 

「こんちきしょう! 全然、八宝菜も良い所じゃねえか!」

「それを言うなら、八方塞がり!」

 

その夜、宿舎の部屋に集まって床に座っていたキテレツ達ですが、相変わらずブタゴリラの言い間違えにトンガリは律義に突っ込みます。

しかし、ブタゴリラの言葉の通りです。フーケの手掛かりがもう何もないのですから。

 

「キテレツ。捜しっぽは使えないナリか?」

「無理だよ。どこへ行ったのかも分からないのに」

 

捜しっぽで魔法学院から盗まれた破壊の杖という宝の置いてあった場所から記憶させて捜す手段もあります。

しかし、フーケがどこへ行ったのか分からないのでは、この広い世界を当てもなく闇雲に探し回ることになってしまいます。

それではいつ見つかるのかも分かりません。

 

「それじゃあ、もう打つ手は無いナリか?」

 

コロ助が愕然と声を上げる中、キテレツは何も答えられずに俯いてしまいます。

 

「そんなぁ……」

「冗談じゃねえぜ。何か他の方法を考えろよ」

「そう言われても……」

 

頼りになるキテレツがここまで落胆するのを見て、トンガリまでも肩を落とし、ブタゴリラが詰め寄ります。

しかし、キテレツも腕を組んで困ってしまいました。どうすればフーケの手掛かりが見つかるのか、見当もつかないのです。

様々な発明品もまるで役に立たないのでは、意味がありません。

学院へ戻ってくる時にはルイズにも「案外、あんたのマジックアイテムって役に立たないじゃない」とまで言われてしまいました。

 

「みよちゃん。さっきからどうしたの?」

 

五月はみよ子が床に広げられている数枚の写真を見つめているのを見て、声をかけます。

その写真は数時間前に回古鏡で写したものでした。

 

「ねえ、みんな。何かおかしくない?」

 

突然、みよ子は五人を見回しながら言い出します。

 

「何がおかしいっていうのさ」

「この写真よ。どうして、フーケはこんなことをしたのかしら」

 

みよ子はフーケが土煙を巻き上げて姿を眩ましている場面の写真を手にして言います。

 

「それは、追っ手から目を眩ませるためじゃないの?」

「タバサちゃんのドラゴンから逃げるためにやったナリよ」

 

トンガリとコロ助はもっともな意見を述べます。

 

「そんなことをする必要があったのかしら。だって、タバサちゃんのシルフィードは剥製に変えてしまったんだから、それでもう追っ手を振り切ったも同じはずよ。わざわざこんなことをするなんて変よ」

 

みよ子はじっと手にする写真を睨むように食い入ります。キテレツ達はそんなみよ子をじっと見つめていました。

 

「それに足跡一つ残さないで逃げたりして、ここへやってきた時も警備が全然無くて、授業をしている時を狙っていたわ。いくら何でも用意周到すぎるわよ」

「そうかあ? 魔法使いの怪盗なんだから、それだけ頭が切れてるってことじゃねえのか?」

「それだけじゃないわ。あの時はキテレツ君だって、発明品が近くに無かったじゃない。カラクリ武者や召し捕り人だっていなかったし。そんなの都合が良すぎるわ」

 

そうです。見張り役のからくり人形達は昼間は起動させておらず、あの時キテレツは数々の発明品を近くに置いていなかったのです。

結果的にフーケが現れてもそれを使うのが間に合わなかったのです。

学院の警備自体が完全に手薄、さらにキテレツの発明品や見張りさえも無いという、フーケにとってはまさに絶好のチャンスという時に、それを見計らって現れたようでした。

 

「言われてみればそうね……。みよちゃんの言う通りだわ。何かおかしいわよ」

 

みよ子の意見を聞いて、五月も何か不審なものを感じたようです。

 

「まるで、キテレツ君が発明品を持っているのが最初から分かっていたみたい」

「まさか! そんな……」

 

フーケがキテレツ達とその発明品の存在を初めから認識していた、もしそうならあんな手段で対策したり先手を打つこともできたかもしれません。

しかし、キテレツの発明品がマジックアイテムだという情報があったとしても、その一つ一つが実際にどのような効果を持つのかまでは分からない以上、ピンポイントで対策など打てるはずがありません。

 

「ひょっとしてあれか?」

「何さ……」

 

腕を組んで唸るブタゴリラにトンガリは目を細めて見つめます。

 

「俺達を見張っている、スパイスがいるんじゃねえのか?」

「スパイスぅ? それを言うなら、スパイでしょ。あたっ!」

 

またも突っ込みを入れたトンガリを、ブタゴリラは軽く肘で小突きました。

 

「もし熊田君の考えが当たっているなら、きっとこの学校の人かもしれないわ。フーケ本人がこっそり入り込んでいたってことも考えられるわね」

「そうだよ、五月ちゃんの言う通りだよ」

 

トンガリは苦笑いを浮かべて五月に同意します。

 

「あながち違うとは言えないな。この学校で働く人に紛れ込んでいれば、警備がどうなっているか分かるし……」

「キテレツ君の発明品があることも分かるものね」

 

腕を組んで考え込むキテレツにみよ子も続いて頷きました。

 

「でも、もう泥棒してしまったならここにはいないんじゃないナリか?」

「いいえ。今日までいた人が突然いなくなっているっていうなら、誰が犯人かは目星がつけられるわよ」

 

コロ助の懸念に対して五月はそう答えます。

 

「そのための発明もちゃんとあるからね。きっと見つけてみせるさ」

「犯人の手掛かりを集められたら、学院長先生に知らせましょう」

 

キテレツもみよ子もしたり顔で強く頷きます。

誰が犯人であるかを突き止めることができれば、王宮に報告して人相も判明した手配書をトリステイン中にばら撒くことができます。

そうすればもう、捕まるのは時間の問題となることでしょう。

 

「へへへっ、土くれのフケめ。絶対に逃がさないぜ」

「フーケだって……」

 

 

 

 

翌朝、ルイズのクラスの生徒達は魔法学院本塔の二階ホールに集められていました。

朝食を前に教師達から集合がかけられていたので、こうしてやって来ているのです。

ホールには生徒達だけでなく、コルベールやシュヴルーズら教師達も既に前に出てきていました。

 

「ああ、オホン。皆の者、静粛に! 注目!」

 

そして最後に現れたのは、学院長のオスマンです。

オスマンはわざとらしく咳払いをして全員の視線を自分へと集中させました。

 

「こんなに朝早くから諸君らに集まってもらって苦労をかけるの。だがしかし、今は危急の時なのじゃ」

 

生徒達の顔を見回すオスマンに、しんと静まり返ります。

 

「皆も知っての通り、魔法学院が始まって以来の大事件が起きた。今、世間を騒がせておるあのメイジの盗賊、土くれのフーケが現れたのじゃ」

 

フーケの名が出た途端、今度は生徒達の間で微かにざわめいていました。

 

「フーケは先日、モット伯爵の屋敷を襲い、さらには我が魔法学院にまで襲撃を仕掛けてきおった。実にけしからんが、事件の現場に居合わせておった諸君らが無事であったのが幸いじゃな」

 

オスマンはぐるりと生徒達の顔を見回し、そしてにこやかに笑いました。

 

「見た所、誰一人怪我をした者もいないようで本当に良かった。こうして集まってもらったのは、諸君らの安否をこの目ではっきり見ておきたかったからなのじゃ」

 

教え子の無事を喜ぶ言葉をかけるオスマンに生徒達は一様にホッと安堵し、嬉しそうな顔を浮かべます。

 

「さて、話を戻すが……フーケは宝物庫の防御を突破し、この学院の秘宝である破壊の杖を奪っていきおったのじゃ。警備が極めて手薄な真昼間に、堂々とのう。我らはあまりにも油断をし過ぎていたと言わざるをえまい」

 

そしてオスマンは一部の生徒達の顔をちらちらと見つめていきます。

それはルイズ、キュルケ、タバサの三人でした。

 

「ミス・ヴァリエール、ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ。君達三人は勇敢にもフーケのゴーレムに立ち向かったそうじゃな。詳しい話を聞かせてくれんかね?」

「は、はい……」

 

前へ歩み出てきたルイズは小さく頷き、状況を説明していきます。

現れた巨大なゴーレムが宝物庫の壁を破壊し、フーケが中から破壊の杖のケースを持ち出したことや、逃げていったゴーレムが草原の真ん中で土くれの山だけとなって見つかったことも、フーケの足取りが掴めなくなってしまったことも、全てを包み隠さず話していきました。

 

「うむ。なるほど、そこからの手掛かりが無いという訳じゃな」

 

ルイズからの報告を聞いたオスマンはちらりと、横に控えているロングビルを見やります。

 

「ミス・ロングビル。君の得たという情報とやらを話してはもらえんかの?」

「はい。オールド・オスマン」

 

彼女は昨日の昼からずっと姿が見えませんでしたが、何でも外出から戻ってくると学院中がフーケのことで大騒ぎになっていると知って、ずっと学院の外で聞き込みなどの調査をしていたというのです。

そして、今朝になって情報を集めて戻ってきたロングビルはオスマンに進言したため、今回、生徒達を集めることになったのでした。

 

「付近の農民に聞き込みを行った所、森の中の廃屋に黒ずくめのローブを纏った怪しい人物が出入りしているのを見たそうです。恐らくそれがフーケで、そこはフーケの隠れ家ではないかと思われます」

「うむうむ。さすがに仕事が早いのう。感心してしまうぞ、ミス・ロングビルよ」

 

ロングビルの報告に満足そうに頷くオスマンは彼女の後ろに立つと、そのお尻を撫で始めます。

 

「いいえ。勿体無いお言葉でございます……わっ!」

 

顔を僅かに引き攣らせるロングビルは拳を震わせると、オスマンの頭に一発、げんこつを叩き込みました。

うぎゃっ、と呻いたオスマンはばたりと床に倒れて顔を叩きつけられてしまいました。

生徒も教師達もそんなオスマンの無様な姿に呆れ返った様子です。

 

「……ウオッホン! して、ミス・ロングビルよ。その廃屋とやらは近いのかね?」

 

しかし、すぐに起き上がったオスマンは咳払いをして話を続けます。

 

「はい。馬で行けば四時間といった所でございます」

 

ロングビルもまだ少し口元が引き攣ってはいましたが、事務的な態度で答えました。

 

「オールド・オスマン。すぐに王宮に報告しましょう」

「私もミセス・シュヴルーズに賛成です。王宮から兵を派遣して、フーケを捕まえなければ」

「何を言っておるんじゃ。そんな悠長なことをしていてはフーケに逃げられてしまうわい。魔法学院の宝が盗まれたのは、我ら魔法学院の問題じゃ。当然、我々だけで解決し、汚名を返上するのだ」

 

コルベールとシュヴルーズの進言をオスマンは一蹴します。それを見ていたロングビルは微かにほくそ笑んでいました。

生徒達はオスマンの言葉にざわめきだします。まさか自分達がフーケを捕まえに行くのでは、と思うと不安で仕方がないのです。

 

「それでは、捜索隊を編成する。我と思う者は杖を……って、おや?」

 

有志を募るべく、教師と生徒達に声をかけるオスマンですが、言い終える前に出鼻を挫かれることが起きました。

 

「ミス・タバサ!」

 

コルベールが驚きの声を上げます。

何と、タバサが即座に手にする杖を掲げて真っ先に捜索隊に志願したのです。

周りの生徒達も、タバサに視線を集中させてさらにざわめいていました。

 

「タバサ……」

「ま、気持ちは分かるわね……」

 

ルイズとキュルケはタバサがどうして積極的に志願をするのか、その理由が分かります。

使い魔のシルフィードを元に戻すためにも、フーケから錬金の魔法銃――即時剥製光を取り戻す気なのでしょう。

 

「ほうほう。真っ先に志願するとは、結構なことじゃなミス・タバサ。ほれ! 他におらんのかな? フーケを捕まえて、貴族の名を上げるチャンスでもあるのじゃぞ? さあ、我と思う者は杖を掲げよ! こんなにまだ若き生徒でさえ、勇気を示したのじゃぞ? お主らも示さんか!」

 

オスマンは周りを見回しながら煽るように叫びかけますが、生徒達はもちろん、教師達でさえ誰も志願しようとしません。

みんな、フーケのことを恐れているのです。フーケに返り討ちにされるのが怖くて、危険な目に遭いたくないがために志願しようとしないのです。

そんな腑抜けな教師と生徒達の様子を見て、ルイズは意を決した顔を浮かべます。

 

「あたしも行きます!」

「ま、タバサだけを行かせる訳にもいかないものね」

 

ルイズとキュルケは同時に、杖を掲げました。

三人の少女がフーケ追跡の捜索隊に志願したことに周囲から驚きの声が上がりました。

 

「ミス・ヴァリエール! ミス・ツェルプストー! あなた達は生徒でしょう!」

「そうだぞ。子供に何が出来るというのだ? ここは我ら教師に任せればいいのだ。君ら生徒が出る幕ではない」

 

シュヴルーズは純粋にルイズ達のことを心配しますが、ギトーは逆に三人を馬鹿にしたような態度できつい言葉をかけます。

 

「先生方は誰も掲げないじゃありませんか!」

「ミスタ・ギトー。失礼ですが、フーケのゴーレムを前にして尻尾を巻いて逃げるような教師なんて信用できませんの」

 

ルイズはきっと、凛々しい態度で言い返します。キュルケもまた、皮肉を込めて言い放ちました。

 

「な……!」

 

ギトーが気まずそうな顔をするのを見て、生徒達はぼそぼそと声を潜めて呟きます。

先日、ギトーが大層なことを言いながらいざフーケを前にして逃げ出したことで、以前から人気の低い彼の評判はガタ落ちになっていたのです。

 

「ゼロのルイズ! 魔法も使えないのに、フーケを捕まえに行く気なのか?」

「そうだぞ、お前が行ったって役に立たないんだから、やめておきなよ」

「フーケのゴーレムに踏み潰されるのがオチだぞ!」

 

周りの生徒達はルイズが捜索隊に志願したことが気に入らず、次々と野次を飛ばしました。

 

「じゃあ、あんた達が代わりに行くって言うの?」

 

ルイズは生徒達をきつい目つきで睨みつけます。

生徒達は何も言い返せずに俯いてしまいました。フーケの討伐なんて行きたくありません。

 

「ふん! どうせ、あの平民達のマジックアイテムを頼る気なんだろう!」

 

しかし、言い負かされるのが悔しい生徒の一人が負け惜しみにそう言い返しだしました。

その言葉を聞いたルイズの表情が一瞬、凍りつきます。

 

「そうだ、そうだ! 自分が魔法が使えないから、あいつらのマジックアイテムを使ってフーケを捕まえる気でいるんだろう?」

「所詮、異国のマジックアイテムに頼ることしかできないゼロのルイズのくせに! 生意気だぞ!」

「使い魔でもない平民に頼ろうとするなんて、貴族として恥ずかしいよ」

 

こんな時でも生徒達は魔法が使えないルイズを馬鹿にし、貶めようと罵声を浴びせかけていました。

ルイズはその言葉を耳にしながら、唇を噛み締めています。

 

「黙らんか! こわっぱ共め! 我らが争って何となる! 今はそんなことをしておる場合ではないじゃろう!」

 

そんな中、オスマンの怒鳴り声が響き渡ります。

普段の飄々とした老人とは思えない迫力に、ルイズを馬鹿にしていた生徒達は黙り込んでしまいます。

 

「彼女らは敵を見ておるのじゃ。そのように彼女達を貶める口が叩けるのであれば、諸君らもフーケの討伐に加わるというのじゃな?」

 

生徒達も教師達も困ったように顔を見合わせます。

 

「この三人はフーケが襲撃を仕掛けてきた時に恐れずもゴーレムに立ち向かったのじゃ。君達はそんな勇気があるというのかな?」

 

オスマンの言う通り、生徒達の多くが逃げ回っていたのですが、ルイズは逃げずに果敢にもゴーレムに挑んでいました。

そう言われてしまってはもう、ルイズを馬鹿にする言葉は口に出来ません。

 

「では、捜索隊はこの三人と……」

「お待ちください、オールド・オスマン!」

 

捜索隊の結成を完了しようとした途端、一人の生徒が前へ出てきて、ルイズ達の横へとやってきました。

キザったらしい声で、キザったらしい動きで現れたのは……ギーシュです。

 

「その土くれのフーケという、忌まわしき盗賊の討伐……是非ともこの、ギーシュ・ド・グラモンにお任せくださいますよう!」

 

薔薇の造花を大げさに振りながら、酔ったような動作で一礼をします。

 

「ギ、ギーシュ……」

 

モンモランシーはギーシュが志願しだしたことに呆然としていました。

 

「レディが三人も志願しているというのに、男であるこの僕が志願をしないなんてことはあり得ない! 必ずやフーケを捕まえてご覧にいれましょう!」

 

しかし、生徒達はそんなギーシュの格好をつけた姿を目にして呆れの声を漏らしていました。

 

「ま、いっか……」

 

オスマンも同様に呆れた様子でため息をつきます。

こうして、フーケの追跡を行う捜索隊はルイズ、キュルケ、タバサ、ギーシュの四人に決まったのでした。

ロングビルは案内役として、馬車の御者を買って出ることになります。

 

 

 

 

正門前ではルイズ達が出発の準備を整えていました。

荷台の馬車をロングビルが用意し、四人の生徒達はそれに乗ってフーケの隠れ家へと向かうのです。

 

「フーケの居場所が見つかったって本当!?」

 

ルイズ達がフーケを捕まえに行くという話を耳にしたキテレツ達は出発間近のルイズ達の元へとやってきていました。

 

「ええ。あたし達はこれからそこへ行く所なの。場所はそう遠くないけどね」

 

キュルケはやってきたキテレツ達にそう告げます。

横にいるルイズは何故か澄ました顔のまま、キテレツ達を振り向こうとしません。

 

「何としてでもフーケを捕まえて、タバサのシルフィードも元に戻してあげないとね」

 

キュルケは隣に立つタバサの頭を撫でます。

 

「よっしゃ! 俺達もフケを捕まえに出発しようぜ!」

「フーケだって。本当に僕達も行くの?」

 

意気込むブタゴリラですが、トンガリは逆に乗り気ではありません。

捜索隊が結成されたのですから、自分達までが無理に行くことは無いと考えているのですが……トンガリも本音ではフーケのゴーレムが怖いので、出来れば行きたくないのです。

 

「ルイズちゃん達だけを行かせる訳にはいかないでしょ」

「そうよ、トンガリ君。フーケは即時剥製光を持ってるんだから」

 

五月とみよ子は逃げ腰なトンガリにきつい視線を浴びせます。

 

「わ、分かったよ……」

 

女の子二人に責められてはトンガリも頷くしかありません。

 

「キテレツ。ワガハイ達もキント雲に乗って行くナリ」

「よし。それじゃあ……」

「待ちなさい。キテレツ、サツキ」

 

キント雲を取り出そうとするキテレツですが、そこへルイズが前へ出て呼び止めました。

 

「あんた達はここに残っていなさい」

 

突然のルイズの言葉にキテレツ達は愕然とします。

腕を組むルイズはキテレツ達をより一層きつい目つきで見据えていました。

 

「何でさ。ルイズちゃん」

「わたし達も手伝うわ」

「いい? これは魔法学院の問題なの。あんた達は本来は学院の人間じゃないんだから、学院の問題事にまで首を突っ込まないでちょうだい。あんた達のマジックアイテムもあたし達が取り返してあげるから」

 

ルイズはキテレツ達の参加を断固として拒否します。しかし、キテレツ達は納得ができない様子でした。

 

「でも、フーケはあんなに大きなゴーレムを操るんだよ。ルイズちゃん達だけじゃ危ないよ!」

「そうよ、ルイズちゃん」

「いいから! あんた達はあたし達が帰ってくるまでここにいなさい! 分かった!? あの雲で付いてきたりしたら許さないわよ!」

 

反論するキテレツと五月ですが物凄い剣幕で叫んだルイズにキテレツ達は黙り込んでしまいます。

六人を黙らせたルイズはきつい顔のまま振り返り、そのまま馬車へ向かって走っていきました。

キュルケはルイズの背中を見つめて肩を竦めます。

 

「おーい、何をやっているんだね? 早く出発しようじゃないか!」

 

既に馬車に乗っていたギーシュが呼びかけてきます。

困惑するキテレツ達ですが、このまま黙って見送る訳にもいきません。

 

「タバサちゃん。これを持っていて」

 

キテレツはタバサに壁耳目のカメラ兼送信機のブローチを渡します。

これでタバサの周りで起きていることをキテレツ達も見たり、聞いたりできるのです。

 

「分かった」

 

壁耳目をマントの前に取り付けたタバサは、キュルケと一緒にルイズ達が待っている馬車へと向かっていきました。

ルイズ達を乗せた馬車は街道を下って草原を走っていきます。

 

「何を一人で怒ってるんだ? あいつ」

「ルイズちゃん……」

 

五月もキテレツ達も、どうしてルイズが自分達をあそこまで拒絶するのかが分からず、困惑するしかありませんでした。

 

「ついてきちゃ駄目って言われたんだからさ、僕達は大人しく……」

「じゃあ、トンガリ君だけ残っていればいいじゃない! ルイズちゃん達を放っておけないでしょ!」

 

五月は自分の腕を掴んでくるトンガリの手を振り払って叫びました。

 

「で、どうすんだよ。キテレツ」

「空を飛んでったら駄目って言われてしまったナリね」

「心配ないよ。こっちを使うから」

 

キテレツは地面に下ろしたケースを開け始めました。

空が駄目なら……別の方法でこっそり後を追えば良いのです。

 

 



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わたしは貴族! 魔法使いルイズの勇気と涙・前編

♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「泥棒に盗まれた学校のお宝が見つかったナリ。とっても呆気ないナリね」

キテレツ「ところがそうはいかないんだ。フーケのゴーレムがまた現れたんだから」

コロ助「早く泥棒を捕まえないと、ルイズちゃんも五月ちゃんも危ないナリ」

キテレツ「近くにフーケがいるってことなんだから。今度こそ捕まえてやるさ」

コロ助「ところで、ハカイのツエって変わった形をしているナリね」

キテレツ「ちょっと待って! あれは、どう見ても僕達の世界の物だよ!」

キテレツ「次回、わたしは貴族! 魔法使いルイズの勇気と涙」

コロ助「絶対見るナリよ♪」



魔法学院を出発してから二時間、ルイズ達を乗せた馬車はフーケのアジトに向かって街道を進んでいます。

案内役のロングビルが御者を務め、荷車の上ではルイズら四人の生徒達はそれぞれが到着までの時間を潰していました。

キュルケは呑気に爪を磨き、タバサは本を読み、ルイズは膝を抱えたまま黙り込んでいます。ギーシュはというと……。

 

「うう、緊張するな。これからフーケのゴーレムと戦うことになるのか……ああ、怖くなってきた」

 

胡坐をかき腕を組むギーシュはガチガチに緊張して固まっていました。

 

「あんた、そもそも何で志願なんてした訳?」

「いやあ、ははは……つい、勢いというか衝動的というかね……」

 

ルイズに問われてギーシュは頭を掻きながら苦笑します。

 

「昨日、ゴーレムが現れた時にモンモランシーを助けたんだが、それでも許してくれないもんでね……フーケを捕まえればモンモランシーも僕を見直してくれると思って……」

「それで格好つけたくって志願したの?」

「あああ……しかし、不安になってきた。大丈夫だろうか……」

 

志願をしたくせに怖気づいているギーシュにルイズは呆れたように息をつきました。

 

「そう言うあなたは、どうしてキテレツやサツキ達を置いてきたのかしら?」

 

キュルケがルイズに問いかけると、ルイズは唇を噛み締めます。

 

「フーケを捕まえるなら、あの子達がいてくれた方がとても頼りになると思うんだけど。あの……ニョイコウだっけ? あれならフーケのゴーレムなんて一発で何とかできるのに」

 

フーケのゴーレムははっきり言って、トライアングルであるキュルケやタバサが二人がかりでも倒せるような相手ではありません。

しかし、キテレツの発明品であれば間違いなくゴーレムを倒すことができるはずなのです。

特に、昨日も使おうとしていた如意光ならばゴーレムを小さくすることもできたでしょう。

 

「あんた、貴族としての誇りもないの? これはあたし達、魔法学院の問題なのよ。キテレツ達は魔法学院の人間じゃないんだから、異国のマジックアイテムにばかり頼る訳にはいかないわよ。降りかかる火の粉を自分達で払えないなんて、そんなの貴族じゃないわ」

 

キッとルイズは毅然とした顔でキュルケを睨みつけていましたが、抱えている膝に顔を埋めます。

 

「それに……キテレツ達はあたしが面倒を見てあげているのよ。いくらあいつらのマジックアイテムをフーケが持っているからって、危険な目に遭わせる訳にはいかないわ」

「まあ、そういうことにしておいてあげるわ。……でもね、言っておくけどあたしはタバサのために志願したんだからね」

 

キュルケは冷たい視線をルイズに浴びせると、隣のタバサの肩に優しく手をかけます。

タバサの使い魔のシルフィードを元に戻してあげようとフーケ討伐に志願した友人の力になるためにキュルケは参加したのです。

 

「あたしはタバサのためだったら、どんな手を使ってでもフーケを捕まえてやるわ。キテレツやサツキ達の力を借りてでもね」

 

そう言いながら、キュルケはちらりと来た道や林道の空を見上げます。

 

「もうその話はよして。それより、フーケのゴーレムをどうやって倒すのか、今のうちに作戦を立てましょう」

「はいはい。到着までの暇つぶしにもなるしね。ほら、ギーシュもいつまで固まってるのよ」

「わ、分かってるよ」

 

四人の生徒達は荷台の上で集まって、これからのことについての話し合いを始めます。

 

「ミス・ロングビルもそのままで良いんで、何かあったら意見を聞かせてくださいますか?」

「ええ。分かりましたわ」

 

御者台のロングビルにルイズが話しかけると、ロングビルは振り向かないまま答えます。

彼女は手綱を握ったまま、背後で作戦会議を行う生徒達の話を聞き入っていました。

 

(あいつらはついてきてないわよね……)

 

作戦会議を続ける中、ルイズはちらりと馬車の後方や空へと視線を向けていました。キテレツ達がキント雲でついてきたりしている様子はありません。

ルイズがキテレツ達を連れてこなかったのは本人が言ったように、本来キテレツ達は魔法学院の人間ではないことと、彼らを危険な目に遭わせないためです。

自分のせいで故郷に帰れなくなってしまったキテレツ達の身に何かがあれば、ルイズは自分に課せられた責任を果たせなかったことになります。

貴族としての責任感と使命感故に、キテレツ達を魔法学院へ置いてきたのでした。

 

(あたしは、ゼロのルイズなんかじゃない……)

 

それはルイズの本心ではありますが、同時にルイズの心にはある思いも入り混じっていました。

 

(あいつらのマジックアイテムに頼らなくても、フーケを捕まえてみせる……!)

 

ルイズは今回ばかりはどうしても、自分の力でフーケを捕まえてやりたかったのです。

もしもキテレツ達を一緒に連れて行って捕まえたとしても、魔法学院の生徒達はみんな出発前のようにルイズをさらに馬鹿にすることでしょう。

何をやっても周りから嘲笑されてきたルイズにはそれが耐えられませんでした。

 

(あたしだって、やってみせるわ……!)

 

ルイズは今までもずっと、ゼロのルイズと馬鹿にしてきた者達を見返してやりたい一心なのでした。

内心、キテレツ達に抱き続けていた嫉妬とコンプレックス、そしてプライドがキテレツ達を拒んでいたのです。

 

 

 

 

ルイズ達の馬車が走る街道のおよそ、10メートルほど地下の地中を馬車と同じ速さで進むものがあります。

2メートル以上の高さに直径2メートルほどの木製の球体はちょうど、ルイズ達の馬車の背後の地中から潜望鏡を地上に出していました。

 

「どうだ、コロ助。見失ってねえだろうな」

「大丈夫ナリ。しっかり、後ろに付いていってるナリよ」

 

潜地球の操縦室ではコロ助が潜望鏡にぶら下がって覗き込んでいます。

 

「ルイズちゃん達の後をつけるだけなら、レーダーがあるから潜望鏡は使わなくても良いんだよ」

「ずっと土の中じゃ退屈ナリよ」

 

操縦席で潜地球を動かすキテレツはコロ助を注意しますが、コロ助は離れません。

コンソールのレーダーには一つの光点が映し出され、点滅していました。

 

キテレツ達はルイズ達が出発した後、如意光で大きくした潜地球に乗り込んでいたのでした。

空から追いかけると目立つ上にルイズが怒り出すので、地中から後をつけることにしたのです。これならば見つかることはないでしょう。

潜地球の速さならば馬車にも充分追いつけるため、レーダーを使って見失わないようにしながら確実に追跡を続けていました。

操縦席にはキテレツとコロ助とみよ子が並んで座り、五月とブタゴリラとトンガリはその後ろで立つことになったのですが……。

 

「コロ助くん。ちょっと、私にも見せてはもらえんかね?」

「はいナリ」

 

操縦席の後ろから顔を出したのは、何とコルベールです。

 

「おじさん。狭いんだから、あんまり動かないでよ」

「本当だったら定員オーバーなんだぜ」

「ああ、悪いね。すまん、すまん」

 

コルベールの横で窮屈そうにするトンガリとブタゴリラが文句を言います。

キテレツ達が出発する直前、中庭で潜地球の調整をしている時に現れたコルベールは自分も乗せて欲しいと頼み込んでいたのです。

明らかにキテレツの発明品である潜地球への強い関心があるようでしたが、同時にコルベールはフーケ討伐隊に参加したルイズ達のことを心配していたのです。

そのためにルイズ達を追おうとするキテレツ達に便乗してきたのでした。

 

「ううむ……! これはすごい! 地上の様子がよく見えるな!」

 

潜望鏡を覗き込むコルベールはまるで子供のようにはしゃいでいました。キテレツの発明はどれも、コルベールの探究心を刺激するものばかりです。

 

「しかし、本当に地面の中を進むことができるなんて! 素晴らしい乗り物だ!」

「わたしも初めて乗るけど、すごいわね」

 

みよ子のすぐ横の空間で顔を出す五月も感嘆としていました。

五月もまだまだキテレツの発明の全てを知っていたり、体験しているわけでもないので、この潜地球も新鮮な体験でした。

 

「みよちゃん。ルイズちゃん達の様子はどう?」

「ええ。何か作戦を立てているみたいね」

 

五月が尋ねると、みよ子はタバサに渡した壁耳目からの映像や音を受信する小型のタブレットモニターを手に答えます。

モニターにはタバサの視点からによる映像で、ルイズ達が映し出されていました。

 

『それじゃあ、おさらいするわね。もしもフーケのゴーレムが現れたら、ギーシュはどうすんの?』

『へ? あ、ああ……僕の杖の花びらをたくさん舞わせるんだろう。それをミス・タバサの風でゴーレムへとまぶす』

 

モニターの中でルイズが問いかけると、ギーシュは落ち着かない様子で答えます。

 

『その後は、花びらを錬金で灯油に変えるんだったね』

『で、あたしとルイズの魔法でその油に引火させて、タバサの風の魔法でもっと火力を上げてやると。でもあなた、炎の魔法なんて本当に使えるわけ?』

『う、うるさいわね! 今度はしっかり成功させてみせるわよ!』

『まあ、失敗で爆発しても引火くらいはするでしょうし。あなたがやるって言うならそれでいいわよ』

 

キュルケからの指摘にルイズはムキになって癇癪を起こしていました。

 

『ミス・ロングビルは土の系統とお聞きしていますが、よろしければギーシュと一緒に協力をお願いできますか?』

『ええ。もちろんですわ』

 

キュルケがロングビルに声をかけますが、タバサが振り向かないのでロングビルの姿が見えません。

 

「どういうことナリか?」

「つまり、普通にキュルケさんとタバサちゃんの魔法を同時に当てても効かないから、もっと威力を底上げしようってことだよ」

「ミス・ヴァリエールも、ちゃんと私の授業を聞いていたみたいだな」

 

モニターからの音声に、ルイズ達の作戦が理解できていないコロ助にキテレツは説明します。コルベールも感心した様子で頷いていました。

今の作戦の意見はほとんどルイズが出していたのです。最初はギーシュが自分のゴーレムを召喚して突撃させようと提案しましたが、すぐに踏み潰されると却下されました。

そこでトライアングルであるキュルケとタバサの魔法による火力をさらに上げることにしたのです。

最初はその辺にある土を錬金で燃料油にしてゴーレムに浴びせかけようという話でしたが、大量の土を用意した上でゴーレムに浴びせるのに時間がかかる問題が挙がってしまいました。

そこにタバサから、ギーシュの杖の花びらを利用すれば良いと意見を付け加えられることで、フーケのゴーレム対策が纏まったのでした。

 

「本当にそんなんであんなでかい奴を倒せるのかよ」

「うむ。大きさにもよるが土のゴーレムが相手であれば、今の作戦でも充分に対抗できるだろう」

 

ブタゴリラの疑問にコルベールが答えます。

 

「でも、それならルイズちゃん達だけでも何とかできるんじゃない? やっぱり、何も僕らまで……」

「もう! いつまでウジウジ言ってるの? 何が起きるか分からないんだから、ルイズちゃん達だけにしておけないでしょ!」

「わ、分かったよ……ごめん、五月ちゃん……」

 

未だに渋っている様子のトンガリを五月が厳しい目付きで睨みました。

大好きな五月に何度も怒られてしまい、トンガリも渋々ながらも同意します。

 

「コルベール先生。ゴーレムを動かすことができるのに有効な距離ってどのくらいなんですか?」

「ん? ああ、私は土系統は専門ではないから正確な距離までは分からんが……メイジの魔法は基本的に術者と魔法との距離が近ければ近いほど、制御はより正確になるのだ。そして、魔法がより高度なものとなればその制御は困難なものとなる。そうなればメイジのランクにもよるが当然、魔法を制御できる範囲にも限界というものができてしまうものだ」

 

キテレツからの質問にコルベールは講話を交えて説明していきます。

 

「トライアングルクラスのフーケのゴーレムで言えば、そうだな……これもまた大きさにもよるんだがどんなに離れていても、150メイル以内が限界といったところかな」

「そんなこと聞いてどうするってんだよ」

「そうナリよ」

 

ブタゴリラとコロ助はコルベールの話が今一理解できてない様子でキテレツに食いつきます。

 

「つまり、そのゴーレムを操れる範囲内にフーケがいるってことさ。もしもゴーレムが現れたなら、潜地球のレーダーにも反応があるはずだからね」

「それならフーケが隠れていてもすぐ見つけられるわね」

「今度こそ捕まえてやりましょう」

 

みよ子も五月もフーケを捕まえることに意気込みを見せていました。

先日は奇襲をかけられて不覚を取ってしまいましたが、今度こそしくじる訳にはいかないです。

 

 

 

 

やがてルイズ達の馬車は深い森へ入り、さらに奥へと進んでいきます。

そして、一行は森の中の空き地へと出てきました。空き地にはロングビルの情報通りの小さな炭焼き小屋らしき廃屋がポツンと立っています。

林道で馬車を降りたルイズ達は茂みの影から様子を窺います。

 

『情報によれば、あの中にフーケがいるという話です』

『何だい、あんなボロ屋を隠れ家にしているのかね……』

 

一番後ろから顔を出すギーシュがため息をついていました。

壁耳目つけているタバサがキテレツ達に配慮してくれているのか、顔を出して廃屋を見せてくれます。

潜地球はちょうど、ルイズ達の真下の地中で留まっていました。

 

「どう? キテレツ君」

「う~ん……あの中にはいないみたいだよ」

 

五月に尋ねられてレーダーを見る操縦席の三人ですが、レーダーには反応がありません。

レーダーにはルイズ達の反応しかなく、その周辺50メートル以内には何もいないようです。

しかし、範囲外にフーケがいるかもしれないので油断はできません。

 

「カセットだったんじゃねえのか?」

「それを言うなら、ガセでしょ」

「ふむ……ミス・ロングビルの情報が外れていたということかな」

 

トンガリがブタゴリラに突っ込みますが、コルベールが顎に手を当てて唸ります。

 

「第一、あんな所を隠れ家にするっていうのがおかしいよ。こんな見つかりやすい所に隠れないでさっさと外国に逃げれば良いのに、わざわざ残ってあんな場所にいるなんて変だ」

「そう言えばそうよね。昨日、盗みにやってきたのが明るかった時なんだから、充分遠くに逃げる時間はあったはずよ」

 

キテレツとみよ子が不審な点に気づいて顔を顰めます。

そうこうする内に、ルイズ達はまたも作戦を立て始めていました。

あの小屋にフーケがいるのなら奇襲を仕掛けることにしたのです。ゴーレムを作られる前に倒すのでしょう。

 

『それで、偵察兼囮は誰がやるのかね?』

『わたしがやる』

 

ギーシュが尋ねると、タバサが自ら志願しました。

 

『気をつけて、タバサ』

 

キュルケから励まされたタバサはそっと、素早く小屋へと近づいていきます。

窓から覗いて見ても、中には人の気配はありません。潜地球のレーダーにも映らないのですから当然です。

 

「キテレツ君。わたしを降ろしてくれる?」

「五月ちゃん! 何を言い出すのさ! 外は危ないんだよ!?」

 

キテレツ達が壁耳目からの情報に集中している中、五月が切り出しました。トンガリはそれに反論して腕にしがみつきます。

 

「だからこそよ。もし、フーケのゴーレムが現れてルイズちゃん達を襲ってきたら、ルイズちゃん達だけで倒すなんて無理よ」

「でも、ルイズちゃん達の作戦なら大丈夫だってこのおじさんも……」

「フーケはいつもこっちの先手を取ってきたんだから、ルイズちゃん達の作戦が成功するか分からないわ。もしもの時のために、助けてあげないと」

 

トンガリはコルベールをちらりと見ますが、五月はその意見をバッサリと切り捨てます。

 

「キテレツ君達はこの辺りを回って、フーケがいるかどうか捜してみて」

「五月ちゃん……」

「危ないナリよ……」

 

決心した様子の五月にみよ子もコロ助も心配した様子で見つめます。

 

「大丈夫。キテレツ君の電磁刀もあるから」

 

五月はキテレツから渡されている腰にぶら下げた新・電磁刀に手を触れます。

 

「……分かった。それじゃあ、これを持っていって」

 

腹を括ったキテレツは足元に置いてあるケースとリュックを取り出し、中を探ります。

そうして取り出されたのはトランシーバーと如意光、そして二つの黒いリストバンドです。

 

「これは?」

「それは万力手甲と言って、腕に巻けば一時的に通常の何倍もの怪力が出せるんだよ」

「ほう。そんなマジックアイテムを持っているのかね」

 

コルベールは五月に渡された万力手甲に目を丸くします。

 

「でも、それって一回しか使えないんじゃないナリか?」

 

そうです。万力手甲は一度効力を発揮すると効果が無くなってしまう、使い捨ての発明品でもあるのです。

おまけに製造法も難しく、量産も極めて困難という意外に不便な代物でした。

 

「大丈夫。それは研究と改良を重ねて作った新型なんだ。何回でも使えるようにしたんだよ」

「本当ナリか」

「苦労したけどね。でも、一日で三回までしか使えないから、気をつけてね」

「ありがとう、キテレツ君」

 

五月はポケットに如意光とトランシーバーを入れ、新・万力手甲をトレーナーの上から手首に巻きます。

キテレツは潜地球を空き地から離れた森の中へと移動させると、そこで一度地上へと出てきました。

 

「気をつけてね、五月ちゃん」

「トランシーバーのスイッチは入れたままにしておいてね」

「五月ちゃん……危なくなったらすぐ逃げてね……」

 

キテレツ達はハッチを開けて外に出た五月を気遣います。特にトンガリは五月の安否を神経質なほどに心配しました。

 

「行ってくるね」

 

微笑みながら頷いた五月はルイズ達がいる空き地へ向けて林の中を駆けていき、すぐその姿が見えなくなります。

 

「何か五月ちゃん、あのルイズって子のことを妙に気にかけてるよね」

 

トンガリは五月のルイズに対する態度が気になったようです。

確かに五月はルイズを庇ったりしますし、ギーシュが酷い悪口をぶつけた際には引っ叩いたほどでした。

 

「サツキ君は元々、ミス・ヴァリエールの使い魔として召喚されたからね。それが影響しているのかもしれんな」

「どういうことだよ、それ」

「うむ。使い魔の契約……これをコントラクト・サーヴァントというのだが、それを行った使い魔は主人に対して親愛の情を植えつけられるようになるのだよ」

 

ブタゴリラに問われてコルベールはそう答えます。

 

「それじゃあ、五月ちゃんは魔法の力であの子のことを気にかけてるってこと?」

「いや、ミス・ヴァリエールとサツキ君は使い魔の契約はしていないからそんなことはないはずなんだがね。しかし、それを抜きにしてもサツキ君がミス・ヴァリエールのことを気にかけているのは事実だな」

「きっと、ルイズちゃんのことを友達だと思っているナリよ」

「あの癇癪持ちのお嬢様をか? 変わってるなぁ」

 

ブタゴリラは思わず意外そうに声を上げました。

ルイズはブタゴリラにしてみれば何かあるとすぐに怒り出し、鞭で引っ叩き、自分達と同じ年頃とは思えないほどにプライドも高い高飛車な女の子です。

そんな女の子を五月が気にかけるのが不思議で仕方がありません。

 

『それでは、私はここで見張りをしていますね』

『お願いします。ミス・ロングビル』

 

一方、ルイズ達は廃屋へと足を踏み入れているようでした。

タバサの偵察とディテクト・マジックによる探知魔法で罠がないことを確認したようです。

廃屋の入り口でロングビルが見張り番となり、他の四人は廃屋の調査を始めました。

キテレツ達は潜地球ですぐ地中に潜らず、壁耳目のモニターからの映像に見入っていました。

 

『うわっぷ! 汚いなあ……本当にこんな場所に破壊の杖があるのかい?』

『グダグダ言ってないで、ちゃんと調べなさいよ』

 

大量のホコリが立ち込める中、ルイズがギーシュに言いつけていました。

 

「そんな所調べても意味ないと思うんだけどな……」

「でも一応、調べておいた方が良いわよ。何か手掛かりがあるかもしれないんだし」

 

ルイズ達が廃屋を調べているのに苦言を漏らすトンガリにみよ子が言い返します。

 

「僕達もこの辺を調べようよ」

 

キテレツが促すと、みよ子がハッチを閉めて潜地球は再び地中へと沈んでいきました。

地中をゆっくり進みつつ、コンソールのレーダーから動体探知、熱源探知、超音波探知等を駆使して周辺に怪しい反応がないかを調べます。

しかし、やはりどれも目立った反応がありません。

 

「全然、反応ないナリね」

「やっぱり、もうここにはいないんじゃねえのか」

『う~ん。何にもないな……もうここにはいないんじゃないのかね』

 

ブタゴリラとギーシュは同じことを呟きだします。

お互いに進展がないまま、時間だけが過ぎて徒労に終わる、かと思われましたが……。

タバサが部屋の中にあった古ぼけたチェストを開けてみると、そこには……。

 

『破壊の杖』

『な、何だって!?』

『ほ、本当に?』

 

チェストの中からタバサが取り出したのは、紋章が刻まれた細長いケースでした。

驚くギーシュとルイズはタバサの隣にやってきます。

 

「嘘……本当にあんな所に置いてあったの?」

「先生。あの箱で間違いないんですか?」

「あ、ああ。破壊の杖は確かに、あのケースの中に保管してあるのだが……」

 

コルベールはキテレツからの問いに眼鏡を直しながら答えます。

キテレツ達もフーケに盗まれた品がこんな場所に置き去りにされていたことに驚きを隠せません。

 

「やっぱり変だわ。何で逃げもしないでこんな場所に盗んだ物を置いておくの?」

「それはつまり……えーと……どうしてだろう?」

 

みよ子の疑問にトンガリは返答に困ってしまいます。フーケの意図がさっぱり分からないのでした。

 

『中身はちゃんとあるの?』

 

キュルケの言葉にタバサはケースを開けて中身を改めます。

 

『これで間違いないのかい?』

『ええ。宝物庫を見学した時に見たことがあるわ』

 

その中に入っている破壊の杖が本物であることをキュルケは認めます。

破壊の杖は金属製で太い円筒状をしており、とても杖とは思えない形をしていました。

 

「ちょ……ちょっと待って……! これって……!」

 

キテレツはもちろん、コルベールを除く他の四人は破壊の杖を目にして愕然としていました。

 

「キテレツ君……これって……」

「こりゃ、バズーカじゃねえのか!」

「間違いないよ! 兵隊が使ったりする奴だ!」

「ばずうか?」

 

コロ助だけは名前や意味が分からず首を傾げます。

 

「バズーカとは、何だね?」

「あれは僕達の世界で使われている武器なんです!」

 

問いかけてくるコルベールに、破壊の杖の正体を知ったキテレツは興奮しました。

紛れもなく、破壊の杖とは戦争などで兵隊が携行武器として使う小型のバズーカ砲……いや、ロケットランチャーという代物だったのです

まさか、魔法学院にも自分達の世界の品が存在していたなんて思ってもみませんでした。

 

「何と! あれがキテレツ君達の世界の品であると!?」

『きゃああああああああっ!』

 

コルベールまでも驚く中、唐突にロングビルの悲鳴が響き渡ります。

キテレツ達がモニターに視線を戻すと、画面には大きな影が映りこんでいました。

 

 



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わたしは貴族! 魔法使いルイズの勇気と涙・中編

 

 

「ミス・ロングビル!?」

 

外からの悲鳴にルイズ達が思わず振り向いた途端、屋根が豪快な音を立てて吹き飛ばされます。

 

「な、な、な、何だね!? 一体!」

「ゴーレムよ!」

 

ギーシュが混乱し慌てる中、キュルケが叫びます。

ルイズ達の前には、あの巨大な土くれのゴーレムの姿があったのです。間違いなく、フーケのものでしょう。

大きさこそ15メートルほどと先日より小さいですが、それでも巨大であることには変わりありません。ルイズ達を捻り潰すことも簡単です。

 

「大変、ミス・ロングビルが!」

 

ルイズが指差した先には外で見張っていたはずのロングビルがゴーレムの巨大な手に掴まれて頭上に持ち上げられています。

ロングビルはゴーレムの手の中で苦しそうにもがいていますが、当然逃げることはできません。

 

「きゃああああああっ……!」

 

ゴーレムはロングビルの体を力一杯に放り投げてしまいます。

ロングビルは悲鳴を上げながら森の中へと落ちていってしまいました。

 

「ど、ど、ど、どうするんだね、一体!? 本当にゴーレムが現れるなんて!」

「落ち着きなさい! 何のために作戦立ててきたと思ってるの!?」

 

尻餅をつき慌てふためくギーシュに怒鳴るルイズは杖を手にしだします。

 

「ギーシュ! 早く、ゴーレムに!」

「何やってんのよ! あんたがやらないとどうにもならないんだから!」

「わ、わ、わ、分かったよ!」

 

キュルケとルイズに急かされ、ギーシュは造花の杖を振り抜きます。

大量の薔薇の花びらが宙を舞うと、手はず通りにタバサも呪文を唱えて風の魔法を放ちます。

タバサの風に乗った花びらは次々とゴーレムの全身にまぶされていきました。

 

「ほら、次!」

「よ、よおし……!」

 

間髪入れずにギーシュは杖を振るいます。

すると、ゴーレムに絡みつく花びらが次々とどろりとした液体へと変化していきます。

錬金の魔法によって灯油へと変化したのです。

 

「いくわよ!」

 

張り切るキュルケが杖を構え、手早く呪文を唱えます。

ルイズもまた、同じように呪文を口ずさんでいました。

 

「ファイヤー・ボール!」

 

同時に魔法を放った二人ですがキュルケの杖から燃え盛る火球が飛んでいったのに対し、ルイズの杖からは何もでてきません。

代わりにゴーレムの胸の辺りで爆発を起こしていました。結局、ルイズの魔法はまたも失敗だったのでした。

しかし、それでも灯油に引火させるには充分でした。キュルケの炎の魔法も命中し、ゴーレムは一瞬にして巨大な炎に包み込まれます。

 

「おお! やった! やったぞ!」

 

全身を炎で焼かれるゴーレムは後ずさりながら暴れていますが、そこへタバサが前へ出て追撃します。

ゴーレムに適度な勢いで風を吹きつけさせ、炎の勢いをさらに上げていくのです。

 

「見て! ゴーレムが!」

 

キュルケが歓声を上げると、ゴーレムは膝と両手を地面についていました。

これだけ強力な炎に焼かれてはさすがの土のゴーレムも耐え切れません。

 

「やったわ! あたし達、勝ったのね!」

「僕の錬金が、フーケのゴーレムを倒したんだ! やったよ、父上! ギーシュは勝つことができました!」

 

ルイズとギーシュが互いに喜び合います。

あの土くれのフーケのゴーレムを自分達の力だけで倒すことができたなんて、夢のようでした。

 

「どうしたの、タバサ?」

 

しかし、キュルケは素直に喜びませんでした。何故なら、タバサが身構えたままだったからです。

 

「まだ……!」

 

タバサが呟くと、全身を焼かれたままでいるゴーレムが再び立ち上がりだします。

そして、焦がされた土くれが次々にボロボロと崩れ落ちていきました。

ゴーレムの土くれの体が崩壊していくのかと思いましたが……。

 

「え?」

「……う、嘘だろう!?」

 

ルイズとギーシュは目の前のゴーレムに愕然とします。

何と、土くれが崩れたその下からはとても頑丈そうな岩肌が姿を現したのですから。

土くれの全てが剥がれ落ちると、目の前にいたはずの土くれのゴーレムは、強靭な岩のゴーレムへと姿を変えていました。

 

「い、い、い、岩!? 土くれの下に岩のゴーレムがいたのかい!? そんなの全然聞いてないぞ!」

 

驚愕するギーシュの言う通りでした。土くれのフーケはこれまでも巨大な土のゴーレムを使って襲撃などを行ってきたのです。

それが岩のゴーレムを操るなどというのは計算外でした。しかもご丁寧に土くれでコーティングをしていただなんて聞いたこともありません。

土のゴーレムを倒せたと思ったのに、こんなことになるなんて思いもしませんでした。

 

「ひとまず退却」

「それが良さそうね。あんた達、散らばってゴーレムをかく乱するのよ!」

 

タバサの言葉に即座に同意したキュルケは驚いたままの二人に呼びかけ、崩れた廃屋から外に出ていきます。

岩のゴーレムが相手ではたった今実行した作戦は通用しません。ましてやキュルケとタバサの同時攻撃が通じる訳がないのです。

 

「ひ、ひええええっ!」

 

ギーシュも腰を抜かして地面を這いながら必死に空き地の中を逃げ出し始めました。

ルイズも悔しそうに唇を噛み締めながらも急いでその場から走り出していました。

岩のゴーレムは四方に散らばった四人を見回し、誰を倒そうか迷っている様子です。

 

 

 

 

地中を進む潜地球の中でキテレツ達はルイズ達に起きている状況を壁耳目のモニターで見届けていました。

 

「強そうナリ~」

「当たり前だよ。土じゃなくて岩なんだから!」

「でもこれであいつらの作戦がパーになっちまったってことだろう?」

 

ブタゴリラ達もこのような展開になるのは予想外でした。

またもフーケはルイズ達の先手を打っていたのです。ルイズ達の作戦を見透かしたかのような戦法には驚くしかありません。

 

「錬金で土のゴーレムを岩にしていたのだな。それをさらに上から土で隠すとは……」

「でも、どうしてフーケはこんなことを……」

 

思わず唸っているコルベールですが、キテレツはフーケがここまで対策を施していることに強い不審を抱きます。

先日の追っ手を振り切る際にわざわざ煙幕を張ったり、今のように岩のゴーレムに土のゴーレムとして偽装するなど、あまりにも用意周到で都合が良すぎます。

 

「キテレツ君、あたし思ったんだけど……もしかしたらフーケはあのロングビルさんなんじゃないかしら?」

 

モニターを見て考え込んでいたみよ子が突然、確信したようにそう言いだしました。

 

「何だって? ミス・ロングビルがかね?」

「みよちゃん、いきなりどうしたんだ? あの眼鏡の姉ちゃんが泥棒だって?」

 

コルベールもブタゴリラも目を丸くしてみよ子を見ます。

 

「だって、ここまですれば明らかじゃない。ルイズちゃん達のあの作戦はここへやってくる途中で考えだしたものなのよ。それを直接聞いてでもいない限り、あそこまでピンポイントに対策なんてできないわ」

 

まったくその通りです。このフーケのゴーレムはあまりにも準備が良すぎるほどの対策が施され、結果的にルイズ達の作戦を無にしたのですから。

 

「それに考えてみれば、あの人はキテレツ君が発明品を持っていることも、学校の警備がどうなっているかも知っていたわ。だからあそこまで対策ができたのよ」

 

みよ子の更なる指摘には信憑性がありました。考えてみればみるほど、ロングビルがフーケであることを裏付ける点があるのです。

回古鏡で過去を写した時も、カラクリ武者を用意していた時もロングビルはその場にいました。

 

「コルベール先生。昨日、フーケが現れた時にロングビルさんはどこにいましたか?」

「うむ……学院長によると、彼女はその時留守にしていたそうだ。それから一日中、学院の外でフーケの情報を調べて今朝に戻ってきたのだが……」

「時間もピッタリね」

 

キテレツに尋ねられたコルベールの答えにみよ子はしたり顔を浮かべました。

これだけ状況証拠が揃えば、ロングビルがフーケであることは疑いようもありません。

 

「じゃあ、どうしてこんな所に盗んだ物を置いておくナリか?」

「あの人がフーケだっていうなら、ルイズちゃん達をここに連れてくる理由があるの?」

「それは……分からないけど」

 

コロ助とトンガリの疑問にみよ子は顔を顰めます。

唯一、不可解な点はそのまま逃げずにわざわざ魔法学院に戻ってきて、こんな場所へおびき出したということでした。

 

「とにかく、ロングビルさんを捜してみよう。それで全てが分かるよ」

 

ロングビルが飛ばされていった場所はレーダーの範囲外ですが、その方向は分かります。ゴーレムを操作できる範囲内の森の中にいるはずです。

 

『キテレツ君、聞こえる?』

 

その時、トランシーバーから五月の声が聞こえてきます。

 

「聞こえるよ、どうぞ」

『フーケのゴーレムが現れたんだけれど……』

「分かってる。こっちでも確認してるよ」

 

たった今、空き地へと戻ってきた五月は茂みの影からこっそりと様子を窺っていました。

 

『どういうことなの? 昨日のゴーレムと違うわ』

「五月ちゃん、逃げて~! あの子達の作戦が失敗しちゃったんだよ~!」

 

キテレツからトランシーバーを取り上げたトンガリは泣き言のように叫びかけます。

 

『それじゃあ、どうするの……!? どうやってあのゴーレムを倒せば……』

「ゴーレムは術者のメイジを何とかすれば、動きを止められるはずだ」

 

トンガリを無視して困惑する五月ですが、コルベールが一言を呟きます。

ゴーレムがメイジの魔法で動いている以上、それを操る人間がいなくなればその制御が止まってしまうのは当然です。

 

「じゃあ、フーケを何とかすれば良いんですね?」

『フーケ? フーケが見つかったの? キテレツ君!』

 

キテレツの言葉に反応して五月は声を上げます。

 

「あの眼鏡の姉ちゃんが泥棒だったんだぜ!」

『ロングビルさんが? ……あっ、ルイズちゃん!』

「五月ちゃん! どうしたの!?」

 

みよ子が呼びかけますが、応答はありません。

壁耳目のモニターを見てみれば、ゴーレムは矛先をどうやらルイズへと決めて進みだし始めました。

足元にはギーシュの青銅のゴーレムが張り付いていますが、フーケのゴーレムは物ともしません。

 

「何をやっているのだ、ミス・ヴァリエール! 早く逃げるんだ!」

 

しかし、ルイズは逃げようとせずに杖を構えていました。

それを見たコルベールが思わず身を乗り出して叫びますが、当然その声が届く訳がありません。

 

「あいつ、踏み潰されたいのかよ!」

「急いでフーケを捕まえよう!」

「ええ!」

「出発ナリ!」

「五月ちゃん、応答して! 五月ちゃ~ん!」

 

キテレツは操縦桿を動かし、潜地球を進ませます。

ロングビルが飛ばされていった場所の光点ははっきりとレーダー上で点滅していました。

その手前ではルイズ達四人や五月の光点も写っています。

 

 

 

 

森の空き地で散らばった四人はゴーレムを前にしてどうしようかと立ち往生していました。

トライアングルのキュルケとタバサの攻撃が通用しない以上、どうすることもできません。ましてやギーシュとルイズは論外です。

 

「こ、こ、こうなれば突撃! 突撃だ! 今こそトリステイン貴族の意地を見せる時だ! いでよ、ワルキューレ!」

 

完全に自棄になってパニックを起こしたギーシュは喚きながら造花の花びらを数枚、舞い散らせます。

花びらは五体の青銅のゴーレム、ワルキューレへと錬金され、フーケのゴーレムへと向かっていきました。

しかし、大きさが違いすぎてまるで相手になっていません。ゴーレムの足にまとわり付いていますが、軽く振り払われています。

 

「あいつ……戦場じゃ一番最初に死ぬタイプね」

 

タバサの隣にきたキュルケが思わずため息をついて呆れます。

 

「どうするの、タバサ。あの子達もここに来てるはずだけど……」

「後ろにいる」

 

ちらりとタバサが肩越しに振り返ると、森の茂みの影から顔を出す五月を見かけました。

五月とタバサの視線が合い、五月は微かに頷きます。

 

「まったく……ルイズのおかげでこんなに苦労する破目になるなんて」

 

キュルケは顔を顰めながらもゴーレムを睨んでいました。

如意光を使えば一発でゴーレムを小さくしてやれるのにルイズがキテレツ達を拒んでしまったために彼らが堂々と行動することはできません。

どうしてルイズがキテレツ達を拒むのかをキュルケは分かっています。

 

「ルイズ! 何やってるのよ!」

 

そんな中、ギーシュのワルキューレを蹴散らすゴーレムの岩の体の表面に小さな爆発が起きていました。

見ればルイズは無謀にもゴーレムに近づいて杖を構えていました。

 

「あなたの魔法じゃ倒せないわ! 逃げなさい!」

「そんなのやってみなくちゃ分からないじゃない!」

 

反論するルイズは真剣な顔でゴーレムを睨んで呪文を唱え、杖を振ります。

しかし、それで起きるのはいつもの爆発だけでゴーレムは全く堪えていません。

それどころかゴーレムを刺激してしまい、ついに矛先をルイズに決めて向かっていきました。

 

「何考えてるのよ、あの馬鹿は……!」

「ルイズちゃん、逃げて!」

 

茂みから出てきた五月はルイズに向けて大声で叫びます。

その声を耳にしたルイズは、現れた五月を見て驚いていました。

 

「おお、ミス・サツキじゃないか!」

「何でサツキが……!」

 

ギーシュもまた、五月の登場に目を丸くして驚きます。

潜地球で地中からついてきたことなど全く知らなかったルイズは五月がこの場にいることに困惑します。

 

「何であんたがここにいるのよ、サツキ! 学院で待ってなさいって言ったでしょう!?」

「今はそんなこと言ってる場合じゃないわよ! 早く逃げるのよ、ルイズ!」

 

キュルケがルイズに叫ぶ間にもゴーレムはルイズの前へと迫ってきていました。足元にはギーシュのワルキューレが再度張り付きますが、その足は止まりません。

我に返ったルイズは迫り来るゴーレムに恐怖しながらも杖を構え直します。

 

「逃げなさいって言ってるのが分からないの!?」

「ルイズちゃん!」

「……嫌よ! あたしは逃げないわ!」

 

二人の呼びかけにもルイズは拒否しながら杖を振るいます。

それで起きる爆発でゴーレムが倒せるはずがありませんが、ルイズは諦めようとしませんでした。

 

「ここで逃げたら……またみんながあたしを馬鹿にするじゃない……! ゼロのルイズが逃げたって……!」

 

討伐隊に参加したのに成果を上げられずに学院に戻ればまた他の生徒達はルイズのことを嘲笑するでしょう。

ルイズはもうこれ以上、馬鹿にされるのが嫌なのです。

 

「こんな時に何を意地になってるのよ! あなた、死にたいの!?」

「それに! サツキ達は逃げなかったわ! ギーシュと喧嘩をした時だって! 伯爵の館に行った時だって! 昨日だって!」

 

ルイズのその叫びに五月は目を丸くします。

 

「平民のサツキ達でさえ逃げなかったのに、わたしが逃げるなんてそんなの貴族じゃない!」

 

ルイズは平民である五月やキテレツ達が団結し、仲間のために敵に立ち向かおうと勇気を発揮するその姿がとても輝いて見えていました。

それはルイズが持っていない、それでいながら求めていたものであり、とても羨ましく思っていたのです。

 

「わたしは貴族なのよ! 魔法が使える者を貴族と呼ぶんじゃない!」

 

ギーシュのワルキューレが一斉にゴーレムの片足に集中して張り付いたことでようやく動きを鈍らせることはできましたが、すぐに振り払われるのは時間の問題です。

 

「敵に後ろを見せない……勇気を持つ者を本当の貴族と呼ぶのよ!」

 

ルイズは必死に呪文を詠唱して魔法を使いますが、失敗の爆発しか起こらないのです。

時にいつもより大きな爆発が起こりますが、ゴーレムの岩の体を少し削り取るのが精一杯でした。

 

「も、もう駄目だよ! これ以上、ワルキューレで押さえきれない!」

 

必死な表情で杖を手にするギーシュが喚くように叫びます。

ゴーレムはその巨腕でワルキューレ達を次々に薙ぎ払って吹き飛ばしてしまいました。

やがてゴーレムはルイズのすぐ目の前にまで迫り、片腕を振り上げようとしています。

 

「ルイズちゃん!」

「あの馬鹿……!」

 

ここまで危機的状況であるにも関わらず、ルイズは逃げようとしません。このままではゴーレムに潰されてしまいます。

 

『逃げるんだ! ミス・ヴァリエール!』

 

五月がズボンのポケットに入れているトランシーバーからコルベールの叫び声が聞こえてきます。

タバサの壁耳目から潜地球に乗っているキテレツ達もこの光景を目にしているはずです。

コルベールは自分の生徒が絶体絶命となっている場面を目にして、ここまで必死に叫ぶのでしょう。

 

五月とキュルケは思わず走りだし、ゴーレムとルイズの元へと全速力で駆け寄っていきました。

 

「これで……!」

 

五月はキテレツから預かっていた如意光をポケットから取り出します。

これでゴーレムを手乗りサイズに小さくしてしまえば完全に無力化することができます。

その後にフーケを捕まえてしまえば良いのです。

 

「えいっ!」

 

ゴーレムの後ろにやってきた五月は如意光を構えて赤いスイッチを押しますが……。

 

「え?」

 

如意光はいつものように縮小させる赤い光線を放たず、ライト部分が弱々しく赤く光って点滅するだけでした。

二度、三度とスイッチを押しても結果は同じです。

 

「電池切れ……!?」

 

そうです。タイミングが悪いことに、如意光に今使っている電池が切れてしまったのでした。

単三電池を二本使っているのですが、代わりの電池はキテレツが持っているため、交換しようにもそれはできません。

 

「余計なことをしないで! サツキ!」

 

五月が如意光を手にしているのを見たルイズが怒鳴りつけました。

 

「ルイズ!」

 

直後、駆け込んできたキュルケが叫んだ時にはゴーレムの拳が振り下ろされようとする直前でした。ゴーレムへ視線を戻したルイズは思わずは目を瞑ります。

 

「ルイズちゃん! キュルケさん!」

 

ゴーレムが腕を振り下ろすと同時にキュルケはルイズの体を抱えて大きく飛び込んでいました。

 

「エア・ハンマー!」

 

五月の横へ駆けつけたタバサが杖を突き出し、風の槌をゴーレム目掛けて放ちます。

精神をより強く集中させて放った突風の塊は振り下ろされるゴーレムの腕に命中し、軌道がずれていました。

地面に転がった二人のすぐ横にゴーレムの拳が叩きつけられます。あと少し遅れていれば、二人とも叩き潰されてしまっていたことでしょう。

しかし、ゴーレムはすぐにもう片方の腕を振り上げ始めます。二人ともまだ起き上がれないでいました。

 

タバサが再び呪文を詠唱し始めますが、これだけのゴーレムを今のように大きく怯ませるほどの風を放つには精神の集中に時間がかかります。これでは間に合いそうにありません。

 

「これで……!」

『五月ちゃん! 何する気なの!? 逃げて~!』

『おいおい! 無茶すんなよ!』

 

五月は腰に下げている電磁刀を手にすると、スイッチを押して刀身を伸ばし、電源を起動させます。

タバサの壁耳目から様子を見ているトンガリの悲鳴やブタゴリラの声がトランシーバーから聞こえてきますが、五月は無視して駆け出しました。

 

「パワーを目一杯にして……」

 

電磁刀の鍔部分のダイヤルを回すと、光を放つ刀身がより強く眩しすぎるほどに発光していました。

ダイヤルを回せば出力を上げることができ、より強力な磁場や電気ショックを発せられるのです。

 

「ルイズちゃん、キュルケさん! 早く逃げて!」

 

倒れている二人を庇うようにゴーレムの前へやってきた五月は電磁刀を構えて叫びます。

ゴーレムは振りかぶった拳を勢いよく振り下ろしてきました。

 

ガキンッ! とぶつかり合う強烈な衝撃音が響き渡ります。

 

「う……」

 

ルイズとキュルケが体を起こし振り返ってみれば、そこには目を疑うような光景がありました。

巨大なゴーレムの強靭な拳がすぐ目の前まで迫っており、今にも自分達を押し潰さんとしていたのです。

 

「サ、サツキ……」

 

そしてそのゴーレムの一撃を五月が眩い光を放つ電磁刀を頭上の前で構えて受け止めていたのでした。

パワーを最大にした電磁刀は五月の十倍はある巨大な岩のゴーレムの拳をも簡単に受け止めていたのです。

普通の剣などで受け止めようものならば剣は折れる所か、一緒に潰されていたことでしょう。

 

「んっ……」

 

しかし、ゴーレムは五月をそのまま押し潰そうと拳をさらに押し出そうとしています。

五月はその場で踏ん張って持ち堪えていました。

電磁刀の磁場の力でゴーレムの拳は刀身から僅か1ミリの所でピタリと止まっています。パワーを最大にしているおかげで五月でも押し負けることはありません。

もちろん、このままではいずれ潰されてしまいます。

五月は電磁刀を握る両手と腕に目一杯に力を込めていきました。

 

「んんんっ……!」

 

腕に巻いている万力手甲が反応し、五月の腕力をさらに増幅させていきました。それは通常の何倍、それこそ熊といった大きな動物も持ち上げられるほどにです。

五月は自分の腕がとても軽くなっていくような感覚がありました。

 

「……えええええいっ!」

 

力のある掛け声と共に、五月は渾身の力を込めて電磁刀でゴーレムの拳を押し出しました。

バチンッ、と弾ける音と共にゴーレムの拳が五月の強化された力と電磁刀の磁場によって弾き飛ばされます。

そのままゴーレムはバランスを崩して背中から大きく倒れこんでしまいました。

 

先ほど振り払ったギーシュのワルキューレの何体かが、倒れたゴーレムの下敷きになってしまいます。

タバサはゴーレムが倒れる前にその場から離れ、五月達の元へと向かいました。

地響きを立てて倒れたゴーレムは何とか起き上がろうともがいていますが、中々起きられません。

 

「すごい……」

 

そして、ゴーレムを倒した当人である五月自身も唖然としていました。

電磁刀と万力手甲の力によるものとはいえ、自分があんな巨大なゴーレムと力比べをして勝ってしまったなんて信じられません。

本当にキテレツの発明品は不思議で、予想のできない力を持つものだと実感します。

 

「大丈夫? ルイズちゃん、キュルケさん」

「おーい! 君達、無事かね!?」

 

五月が起き上がる二人に声をかけると、そこにギーシュも駆け寄ってきました。

 

「いや、しかしすごいな……こんなゴーレムを倒してしまうなんて……う~む……」

 

ギーシュは五月が倒したゴーレムを眺めて呆然とします。自分のワルキューレでさえ歯が立たないフーケのゴーレムを力押しで倒したのが信じられないほどでした。

そして、そのゴーレムを倒した五月がとても勇ましく見えていました。それこそ、本当の戦乙女(ワルキューレ)のようです。

 

「怪我はない?」

「ええ。あたしは大丈夫よ」

 

キュルケは笑顔で、しかもウィンクまでして余裕の態度で五月に答えますが、対してルイズは唇を噛み締めたまま俯いていました。

五月は心配そうにルイズの方を見やりますが……。

 

「何でっ……!」

 

顔を上げたルイズはきっと五月の顔を睨みつけます。その表情は怒りに満ちていました。

 

「何で、ついてきたのよ! 学院で待ってなさいってあれほど言ったのに……あたし達の邪魔をして!」

「ルイズちゃん……」

 

自分を助けてくれた恩人であるはずの五月をルイズは烈火の如く怒って非難していました。

 

「キュルケもキュルケよ! あたしの邪魔をしないでよ! あたしは自分の力で……!」

 

さらにはキュルケにも噛み付くルイズでしたがパシン! と乾いた音がルイズの言葉を遮っていました。

キュルケがルイズの頬に一発、平手打ちを叩き込んでいたのです。

頬を叩かれたルイズは突然のことに沈黙し、打たれた頬を押さえて呆然としています。

キュルケは今までにない厳しい顔でルイズを見下ろしていました。

 

「いい加減にしなさいよ。あんたのプライドであたし達がどれだけ迷惑をしていると思ってるの?」

 

キュルケの冷たい言葉にルイズだけでなく、五月もギーシュも黙り込みます。

 

「あんたが学院の連中を見返してやりたいって言うのは分かるわよ。でもね、それで失敗なんかしたら何にもならないじゃない。あんた、今自分がどうなっていたのか分かってるの?」

 

ルイズはゆっくりとキュルケの顔を見返します。

 

「もしサツキ達がついてきてくれなかったら、あんたはさっき死んでいたのよ!? 分かってるの!?」

 

キュルケのその言葉にルイズの表情は凍り付いていました。

死、という現実が自分に迫っていたことを思い出し、言い知れぬ恐怖が湧き上がったのです。

 

「確かに貴族らしい死に方ってものはあるでしょうね。敵に勇気を示しながら討ち死にをして貴族の誇りを示す、なんて……そんなご大層な綺麗事がね。でも、あんたがやっていたのは勇気でもなんでもない、ただの犬死によ。そんなのは誇りなんかじゃないわ!」

 

自分がやっていたことを咎められて、ついにルイズの目元にはじわりと涙が滲んでいました。

 

「この子達ははっきり言って……あたしらなんかよりずっと場数を踏んでるわ。今は貴族だの平民だの、プライドなんて言ってる場合じゃないのよ。あたし達に力を貸してくれるっていうなら遠慮なく借りたって何も恥じゃないんだから。ましてや、フーケほどの相手ならね」

「う……うう……」

「お、おいおい……」

 

キュルケはそっと五月の肩を抱いていましたが、ついにルイズは嗚咽を漏らして泣き出し始めてしまいました。

二人のやり取りを見届けていたギーシュは困ったように慌てています。

 

「だって……あたし、悔しいのよ……いつも、みんなから馬鹿にされて……」

「ルイズちゃん……」

「何で……何であんた達は平民なのに、そんなに勇気があるの……? どうしてあたし達にできないことができるの……? そんなの……そんなの、悔しすぎるわよ……」

 

五月達に抱いていた様々な思いをルイズは泣きながら漏らし始めます。

平民でありながら、キテレツの発明品を使って自分にできないことができるのがとても羨ましく、そして悔しかったのでした。

それどころか発明品が無かったとしても勇気を示して立ち向かうことができるのですから。

 

「わたしだって、本当は怖いわ。あんな大きなのを相手にしたんだから。もちろんキテレツ君達だってそうよ。でもね……」

 

五月はそんな泣き崩れるルイズをそっと抱き留めてあげます。

 

「友達のためだったら、いくらでも勇気が出せるし、どんなことでもやり遂げたいって気持ちになれるの」

「良いわよね……あんたには信じ合える友達がいて……あたしにはいないのに……」

 

友人や仲間の有無が決定的な違いであると、ルイズは思い知ります。

五月もキテレツ達も仲間同士で助け合えるからこそ、ここまで勇気を出し、敵に立ち向かえるのです。

それに対して自分にはそれらがないのです。その事実もまた、ルイズにとっては悔しかったのでした。

 

「……いいえ、ルイズちゃんにだってしっかり友達がいるわ」

 

五月のその言葉に顔を上げたルイズは泣き崩れて歪んだ顔のまま見つめます。

 

「それに……わたしだって、ルイズちゃんのことを友達だって思ってる。ルイズちゃんは、わたし達を危ない目に遭わせたくないから付いてきちゃダメって言ったんでしょう?」

 

呆然とするルイズですがその時、辺りを強い地響きが襲っていました。

倒れていたゴーレムがようやく起き上がりだしたのです。

 

「ひ、ひえ……! ど、どうするんだね……!」

 

ギーシュが腰を抜かして動揺します。五月達もゴーレムを前に身構えました。

 

「このゴーレムを操っているフーケを何とかすれば良いんでしょう? それだったら、フーケを捕まえればいいんだわ」

「で、でも……フーケがどこにいるかなんて……」

 

涙をぐしぐしと拭うルイズは困惑します。

しかし、五月は持っているトランシーバーをルイズに差し出しました。

 

「それでキテレツ君達と連絡をして。フーケを森の中で見つけたみたいなの。あのロングビルさんがフーケだって言ってたわ」

「何ですって?」

「ミ、ミス・ロングビルがかね?」

 

五月の言葉にキュルケとギーシュが声を上げます。

ルイズにトランシーバーを渡した五月は電磁刀を構えました。

 

「わたしが時間を稼ぐから、ルイズちゃん達はフーケを捕まえて!」

「で、でも……!」

 

戸惑うルイズですが、ゴーレムはまたも腕を振り上げようとしていました。

 

「早く! 行って!」

「ルイズ! ここはサツキに任せるしかないわ! あたし達にできることをやるのよ!」

「サ、サツキ……!」

 

キュルケがルイズの手を引っ張り、森の中へと向けて走り出します。

ルイズは心配そうに五月を振り返っていましたが、キュルケと共にすぐに森の中へと消えていきました。

 

「どうしたの、何で行かないの?」

「あなた一人じゃ危険」

「い、いや……こ、腰が抜けてしまって……!」

 

キュルケ達と一緒に行かなかったタバサがそう答えますが、完全に萎縮してしまったギーシュはその場から動けないでいました。

しかし、そんなギーシュのマントをタバサが掴みます。

 

「ひとまず離れる」

「うん」

 

タバサに促され、五月はその場から急いで駆け出しました。

ギーシュの首根っこを掴むタバサもフライの魔法で低空を素早く飛びながら離れます。

ゴーレムの拳が三人がいた場所に叩き込まれたのは、それからすぐのことでした。

 

 



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わたしは貴族! 魔法使いルイズの勇気と涙・後編

 

 

森の中の地中を進む潜地球の中でキテレツ達は深刻な様子でした。

 

「もしもし!? 五月ちゃん! もしもし~! 応答してぇ~!」

 

トンガリがトランシーバーを掴んで何度も呼びかけていますが、雑音しか聞こえてきません。

壁耳目のモニターも同様に何も映らなくなっていました。

 

「何で突然見えなくなっちゃったの?」

「たぶん、五月ちゃんが使っている電磁刀のせいだよ」

 

みよ子が尋ねると、キテレツはそう答えます。

五月が電磁刀を使っている影響で電波が乱れてしまい、交信ができなくなっているのです。

 

「そんな! あんな刀であんな大きな奴と戦えるわけないじゃないか! 大体、如意光が使えなかったんだよ! どうしてくれるのさ!」

「ごめん……まさか、あそこで電池切れになるなんて……」

 

この異世界にやってきて何度も頻繁に使っていたので、電池切れがその分早くなるのは当然です。

 

「しかし、早く何とかせねばな……ミス・ヴァリエール達は大丈夫だろうか……。コロ助くん、どうだね?」

 

唸るコルベールが潜望鏡を覗いているコロ助に声をかけます。

操縦席のコンソールのレーダーには一つの光点がちょうど潜地球の真正面で点滅しています。

 

「あ、誰かいるナリ!」

 

コロ助が覗く潜望鏡には、薄暗い森の中で木の陰に身を潜める女性が見えていました。

それは間違いなく、あのロングビルです。しかし、様子がいつもと違います。

 

「あの眼鏡のお姉さんナリよ。何かしているナリ」

「俺にも見せろよ!」

「わっ! 何するナリか!」

「狭いんだから暴れないでよ!」

「こらこら、やめなさい」

 

ブタゴリラがコロ助をどかそうとして掴みかかり、狭い潜地球の中で暴れるのでトンガリが文句を言い、コルベールが二人を嗜めます。

 

「待ってよ! 今、モニターに映すからさ」

 

キテレツがコンソールをいじると、操縦席正面のモニターに潜望鏡カメラからの映像が映し出されます。

ロングビルは木の陰で杖を片手に腕を組み、空き地の方を眺めていました。

そのきつくなった表情は優しい秘書だったとは思えないほどに苛烈なものとなっています。

 

「あの姉ちゃんだぜ。指揮棒なんか持ってやがる」

「うむ……ミス・ロングビルがフーケと見て間違いあるまい……」

 

コルベールは大きな溜め息をしながら呟きます。どこか残念そうな表情を浮かべていました。

投げ飛ばされたはずのロングビルが堂々とそのようなことをしている以上、もはや疑いようはありません。

 

「キテレツ! 早速、捕まえてやろうぜ!」

「どうやって捕まえるのさ?」

「千点必勝って言うだろ! こっちから攻撃してやるのさ!」

 

トンガリの問いにブタゴリラは得意げにそう返しました。

 

「ははは、先手必勝のことだね」

 

ブタゴリラの言い間違いに突っ込んだのはトンガリではなく、コルベールでした。

 

「確かに魚雷は発射できるけど……」

 

その通りです。潜地球には小型の地中魚雷が搭載されており、煙幕弾に泥んこ弾、火炎弾と様々な種類の魚雷が発射できます。

本来の潜地球には無かった機能ですが、キテレツが初めて作った際に独自に搭載してみたものなのです。

もっとも、普段は使う機会がないのですが。

 

「それだよ! ドカンと一発お見舞いしてやれ!」

「そうナリ! そうナリ!」

「待ってよ。フーケは剥製光を持ってるんだよ? 下手に攻撃して剥製光が壊れでもしたらどうするのさ」

 

そうなってしまえば元の世界への手掛かりはおろか、剥製光で剥製にされているモット伯の屋敷の女の子やタバサの使い魔も元には戻せません。

ここは慎重に行動しなければならないのです。

 

「じゃあ、何でも良いから発明品を出せよ!」

「落ち着いて、ブタゴリラ君」

 

キテレツに掴みかからん勢いで興奮するブタゴリラをみよ子は宥めます。

しかし、使えそうな発明品をケースから出そうにも、如意光は五月に預けてしまいましたし、電池を交換しなければなりません。

リュックに入っている発明品は携帯ができて手軽に使えそうなものですが、フーケに使うにしても一度地上に出なければならないのです。

効果自体は把握していなくても、キテレツの発明品がフーケにとって不都合な代物であることが知られている以上、正面から立ち向かっても返り討ちにされてしまうでしょう。

 

「先生。ゴーレムって一度にどれだけの数を動かすことができるんですか?」

 

それでもフーケを捕まえるために作戦を立てなければなりません。キテレツは魔法について詳しいコルベールに尋ねます。

 

「うむ。大きさにもよるんだが、10メイル以上のものとなるとこればかりは1体が限度だな。大きければ大きいほどメイジは精神の集中が必要だからね」

 

つまり、キテレツ達が捕まえに行ってもフーケは新しいゴーレムを呼び出せないのです。

 

「なんだ! だったら、みんなで突っ込めばいいじゃねえか」

「何言ってるんだよ。相手は魔法使いなんだよ? 使える魔法はいっぱいあるよ」

 

ブタゴリラの言葉にトンガリが反論します。

フーケがゴーレムを呼び出すだけしか能が無いはずがありません。他の魔法だって使えるのですから、下手に捕まえる訳にはいきません。

 

「うーん。どうしようか……」

「早く何とかしないと五月ちゃんが……」

 

キテレツが深く悩んでみよ子も心配していたその時のことです。

 

『……あー、もしもし……? キテレツ? 聞こえるかしら?』

 

それまで応答がなかったトランシーバーから、キュルケの声が聞こえてきたのです。

キテレツはトランシーバーを掴んで交信を試みることにしました。

 

「あ、キュルケさん? 聞こえます、どうぞ」

「ミス・ツェルプストー! 大丈夫なのかね!」

 

コルベールが身を乗り出して、トランシーバーに呼びかけます。

 

『あら? その声はミスタ・コルベール? 先生まで来てたんですか』

『え? コルベール先生?』

 

コルベールがキテレツ達と一緒にいたことにキュルケとルイズが意外そうに声を上げます。

 

「ミス・ヴァリエール! 怪我はないかね?」

『は、はい……わたしは、大丈夫ですけれど……』

「ねえ! 五月ちゃんは!? 五月ちゃんはどうしたの!?」

『大丈夫よ。タバサが一緒にいてくれているから、安心しなさい』

 

トンガリの必死な叫びにキュルケは宥めるように優しく答えてくれました。

空き地から森の中にやってきた二人はフーケが近くにいることを警戒し、木の陰に身を潜めてキテレツ達に連絡をしてきたのです。

潜地球のコンソールのレーダーの端にも二人の存在を示す光点が点滅していました。

 

『話は後よ。キテレツ、フーケを見つけたって本当なの? サツキがミス・ロングビルがフーケだって言ってたのだけれど……』

「はい。今、僕達の目の前にいるんです」

『目の前って……よく見つからないでいられるわね』

「へへへっ、そりゃあ土の中だからな!」

 

目の前と言っても、潜望鏡は少し離れた草むらの影に隠しているのです。

 

『土の中!? どうやって土の中から話してるのよ! っていうか、何で土の中に……』

『大声出すんじゃないわよ。フーケに聞こえるでしょう』

 

ブタゴリラの言葉に驚くルイズをキュルケが叱り付けます。

一応、二人とも声は潜ませてはいるのですが……。

 

「まずい! 見つかった!」

 

フーケは二人の気配を察したらしく、杖を構えていました。もうぐずぐずなどしていられません。

 

「キテレツ君。私を地上に降ろしてくれないかね?」

 

そこへコルベールが突然、キテレツにそう切り出し始めました。

 

「どうするナリか?」

「私が彼女を引き付けるから、君達はミス・ヴァリエールらと協力して彼女を捕まえるんだ」

「おじさんが囮になるってこと?」

 

トンガリの問いにコルベールは落ち着いたまま頷きます。

 

「彼女はまだ、我々が土の中に潜んでいることは知らないはずだ。君達とミス・ヴァリエール達で力を合わせれば、フーケを捕まえられるだろう」

「でも……」

 

確かに地上のルイズと地中のキテレツ達との二面からの攻撃ならばフーケにとってはかなりの奇襲となるでしょう。

もちろん、失敗は許されないのです。

 

「オッサンも強そうだし、直接捕まえれば良いじゃねえか」

「この間の先生は格好良かったナリ」

 

ブタゴリラ達が前にギーシュと喧嘩をした時にコルベールは見事な手際で炎の魔法を操っていたのを覚えていました。

 

「ははは……あの時は私もつい頭に血が昇ってしまってね。本当は、暴力のために魔法を使いたくないんだよ」

「でも、あの人は泥棒なんでしょ?」

「たとえ悪人であってもだ。私は……出来ることなら人を傷つけたくはないんだ。まして、命を奪うなど以ての外だ」

 

トンガリの言葉に何故か苦い顔を浮かべるコルベールに、キテレツもみよ子も顔を合わせて怪訝そうにします。

 

「ミス・ツェルプストー、ミス・ヴァリエール。聞こえたかね?」

『はい、よろしいですわよ。しかし先生、大丈夫なんですか?』

「心配はいらないよ。君達はこの子達と力を合わせてフーケを捕まえるんだ。良いね?」

『でも、どうやって……』

 

ルイズが不安の声を漏らす中、キュルケはトランシーバーを片手に周りの警戒を怠りません。

 

「キュルケさん、ルイズちゃん。二人の位置はこっちでも分かっているんだ。だから、トランシーバーで合図をするから……」

 

コンソールをいじっていたキテレツは何かを思いついた顔をすると、トランシーバーに語りかけます。

コルベールら他の五人もトランシーバーの向こう側にいるルイズ達も、真剣にキテレツの話に耳を傾けていました。

 

 

 

 

自分が作り出したゴーレムで森の中に自分を投げ飛ばしたロングビル――土くれのフーケは木の陰から空き地の方を窺います。

空き地では五月達三人の子供達がゴーレムから逃げ回っていました。

 

「あの子がいるってことは、他の子達もいるってことだね……」

 

フーケは時折ちらちらと周囲を見回し、警戒しています。

先ほどルイズら二人の生徒が森の中に入ってきたのでこっそりと潜む場所を変えているのですが、それでもまだ近くにいる気配がありました。

しかし、魔法学院の生徒のことをフーケは問題にしていません。一番問題なのは……。

 

「どこに隠れているんだい……」

 

五月がここにいる以上、仲間であるキテレツも近くにいることは間違いありません。

フーケは様々な不思議なマジックアイテムを持っているキテレツのことを非常に警戒していました。

何しろ、過去を写すマジックアイテムというとんでもない代物があった以上、他にもまだ予想もできない力を持つマジックアイテムを持っているはずなのですから。

ゴーレムに投げ飛ばされる際に空飛ぶ雲に乗っていないことは確認できても、また別の方法で隠れ潜んでいるとフーケは睨んでいます。

何とかして早く仕事を済ませておさらばといきたいのですが、中々上手くいきません。破壊の杖の使い方が分からなくてはどうにもなりません。

 

「ここで何をしているのかね? ミス・ロングビル」

 

周囲の警戒を続けていたフーケが再び空き地の方を窺おうとした時、突然声がかかりました。

 

「……ミスタ・コルベール」

 

驚きつつも声がした方を振り向けば、そこには魔法学院にいるはずのコルベールが立っていたのです。

コルベールは少し離れた森の中で浮上した潜地球から降り、ここへやってきていたのでした。

 

「どうされたのですか、先生。何故、こんな所に……」

 

フーケは険しくしていた表情を魔法学院の秘書として扮していた時のように柔らかくし、ロングビルとしての口調で語りかけます。

 

「何、キテレツ君達と一緒に君らの後をつけてきたんだよ。心配だったものでね」

 

コルベールは穏やかに語りかけつつも、その表情は真剣でした。手にしている杖もいつでも振るえる位置に持っていきます。

 

「……そうだったのですか。ご足労をおかけしますわ」

 

フーケも同様に、油断なく杖を手にしたままコルベールを見返していました。

 

「ミス・ロングビル。早速ではあるが、君に頼みがある」

「何でしょうか? 先生」

 

コルベールは真っ直ぐにロングビルの目を見つめながら言葉を続けます。

 

「すぐに、あの空き地で暴れているゴーレムを止めてもらいたいんだ。私の生徒達をこれ以上、危険に晒さないでもらいたい」

「……フーケのゴーレムをですか? どうして私が?」

 

フーケの表情はもうロングビルとしての演技を止め、先ほどまでと同じく険しくなります。

 

「申し訳ないが……我々は見てしまったのだよ。君が土くれのフーケであるという事実をね」

「……そうかい。やっぱり、あのキテレツっていう子も一緒に来てるんだね。本当に油断ができない子達だよ」

 

口調も素に戻り、フーケは悔しそうに舌を打ちました。

 

「それにしても私のゴーレムの一撃を受け止めるだけじゃなくて力勝負で勝つなんて、あのサツキっていう子が持っているのもキテレツ君のマジックアイテムっていう訳かい。本当にすごいね」

「ミス・ロングビル。何故、こんなことをしたのだね? どうして、ここへあの子達を誘き出したんだ」

 

嘆息を漏らすロングビルを無視し、コルベールは問いかけました。

 

「ん? ああ、あの破壊の杖の使い方が分からなかったものでね。盗んだは良いけど、それじゃあ宝の持ち腐れよ。困ったものさ」

 

フーケはため息をつきながら説明します。ずいぶんと余裕な態度です。

もちろん、コルベールがいつ攻撃を仕掛けてきても良いように油断はしません。

 

「魔法学院の誰かなら使い方を知っていると思ってね。本当は教師に来てもらおうと思ったけれど、あの子達が来てアテが外れちゃったわ」

「そして、あの子達が誰も使えないと知れば……全員を踏み潰していたという訳だ」

「まあ、そういうことさ。……さて、ミスタ・コルベール。先ほど、あんたは私にゴーレムを止めて欲しいと言っていたね」

 

ちらりと空き地の方へ視線を流すフーケはしたり顔でコルベールを見ます。

コルベールは相変わらず真剣な、そしてどこか冷たい表情のままフーケを見つめていました。

 

「一つ取引と行こうじゃないか。私にあの破壊の杖の使い方を教えてちょうだい。そうすればゴーレムは止めてあげるのを考えてあげる」

 

今、空き地で逃げ回っている子供達は、いわば人質みたいなものという訳です。

コルベールは顔を僅かに歪めました。

 

「それで君が止めてくれると言うのであれば、そうしたい所なのだが……あいにく私もあれの使い方は知らないんだ。申し訳ないが……」

「あら、そう。……じゃあ、あんたも用無しって訳だね」

 

フーケは素早く杖を突き出し、コルベール目掛けて魔法の矢を放ってきました。

しかし、コルベールもまるで剣を振るような鋭く素早い動きで杖を振るい、魔法の矢を叩き落します。

 

「残念だよ、ミス・ロングビル。君とは今夜のフリッグの舞踏会で一緒に踊りたいと思っていたのだがね」

「そうかい。私はごめんだけどね。あんたみたいな男と付き合うのは!」

 

深くため息をついたコルベールにフーケが懐に手を入れながら再び攻撃をしようとすると、

 

「「ファイヤー・ボール!」」

 

少し離れた、二人の姿を確認できる所からルイズとキュルケは同時に魔法を放ちます。

トランシーバーでキテレツに誘導されてここまでやってきた二人は囮となっているコルベールとフーケを見つけて早速、攻撃を行ったのです。

 

「……なっ!」

 

キュルケの放った小さな火球が飛来しますが、それよりも前にフーケの潜んでいた一本の木が爆発を起こしました。

爆風に煽られて怯むフーケの手から、杖が落ちてしまいます。

その隙をコルベールは見逃しません。一気にフーケの懐へと駆け込み、当て身を食らわせようとしますが……。

 

「ちいっ!」

 

フーケは懐に入れていた手を抜き出し、手にした物を目の前までやってきたコルベールへ向けます。

 

「あれは……!」

「先生!」

 

それが即時剥製光であると知った時には、既にフーケは引き金を引いていました。

リング状の黄色い光線が銃口から照射され、コルベールを直撃します。

身構えながらも驚愕の顔を浮かべるコルベールの動きがピタリと硬直してしまいます。

即時剥製光の光線を浴びたものは、このようにして一瞬に剥製となって固まってしまうのです。

 

「先生!」

 

ルイズ達が慌てて駆け寄ろうとしますが、フーケは今度は二人に剥製光の銃口を向けてきました。

 

「おっと、動かないで。あなた達が魔法を使うより、こっちの方が早いよ」

 

剥製光を向けてくるフーケに、ルイズもキュルケも動くことも魔法を使うこともできません。

拳銃である剥製光の方が、ルイズ達の魔法より速いのです。呪文を唱えている間に剥製にされてしまいます。

 

「それはあいつらのマジックアイテムなのよ! 返しなさいよ!」

 

しかし、ルイズは気丈にもフーケに向かって吼えました。

 

「そうはいかないよ。こいつは仕事をするのに便利だからね」

 

当然、フーケが剥製光を渡してくれるなどとは二人も思ってはいませんでした。

 

「さて、悪いけど私の顔を見られた以上、あなた達も剥製になってもらうよ。短い間だけど、楽しかったわ」

 

薄い笑みを浮かべるフーケは再び指を引き金へとかけようとします。

二人はいつでも光線が避けられるように身構えていました。

 

「キュルケ……」

「分かってるわよ……」

 

しかし、二人にとってはこうなることは想定内のことでした。

フーケはまだ、彼女達の作戦には気づいていないのです。

 

『今だ!』

 

キュルケが持ったままのトランシーバーからキテレツの声が聞こえた途端、二人はマントで顔を覆い隠します。

 

「何?」

 

フーケが一瞬だけ戸惑ったその直後、目の前の地面が突然小さく弾けたのです。

 

「うああっ!」

 

さらに、その地点から目が眩むほどの強烈な閃光が炸裂し、フーケの視界を奪います。

 

「ぐっ……! うっ……!」

 

至近距離で、しかも太陽のように凄まじい光を直視してしまったフーケは目を押さえて悶えていました。

しかも突然の異常事態に剥製光を取り落としてしまいます。

 

『二人とも! 早く剥製光を!』

 

フーケの背後の地面からは潜望鏡が浮き出ています。

潜地球から閃光魚雷を発射していたキテレツはトランシーバーで二人に叫びました。

フーケはキテレツの声が聞こえたのか、目を覆いながらも咄嗟に屈んで足元の剥製光を拾おうとします。

しかし、目が眩んで何も見えないため、拾うことはできません。

 

「これでも喰らいなさい!」

 

一目散に剥製光へ駆け寄って拾い上げたルイズはその銃口をフーケへと向けます。

使い方は一度、モット伯の屋敷でみよ子を元に戻す際に見たことがあるので、その時のことを思い出しながら引き金を引きました。

 

「あっ……!」

 

フーケが慌ててその場から飛び退こうとした時にはルイズは引き金を引き、剥製光の光線をフーケへと照射していました。

光に包まれたフーケは一瞬にして剥製へと変えられて硬直し、沈黙します。

 

『やったよ、ルイズちゃん!』

『お手柄ナリ!』

『やるじゃねえか!』

『すごいわ!』

『これで泥棒は捕まえられたんだ!』

 

トランシーバーの向こう側ではキテレツ達が次々に歓声を上げていました。

剥製光を構えたまま、ルイズはブルブルと震えています。たった今、自分は一人の人間を剥製へと変えてしまったのですから。

初めての行為に、武者震いが走ってしまっているのでした。

 

「作戦成功ね、ルイズ。ご苦労様」

 

隣にやってきたキュルケはルイズの肩をポン、と叩きます。

ようやく緊張が解けたルイズは剥製光を持つ両手を力なく下ろします。さらにはその場でへたり込んでしまいました。

 

「ほら、それでコルベール先生を戻してあげないと」

「え、ええ……」

 

キュルケに促されたルイズですが、未だに放心状態のまましばらくその場で動けないままでした。

 

 

 

 

空き地では未だにゴーレムが五月達を追い回していました。

巨大ではあっても、動き自体は鈍いので攻撃を避けるのは簡単です。しかし、いつまでも避け続けているわけにはいきません。

 

「今よ! ギーシュさん!」

「わ、分かった……!」

 

五月の叫びに怖気づきながらも杖を構えていたギーシュが杖を振るいます。

目の前ではタバサが身軽な動きとフライの魔法でゴーレムを引き付け、攻撃をかわしていました。

 

「それっ!」

 

タバサを追い回していたゴーレムがぐらりと大きくよろめきだします。

ギーシュがゴーレムの足元に錬金の魔法をかけ、固い地面をぬかるんだ泥へと変えたのです。

ぬかるみにはまったゴーレムはバランスを崩してしまい、前のめりに大きく手をつきました。

 

「や、やった! これでしばらくは動けまい……!」

 

タバサが二人の元へ戻ってくる中、ギーシュが歓声を上げます。しかし、その顔は冷や汗がどっと溢れています。

 

「早くフーケを捕まえてくれないと……」

 

ギーシュとは対照的に五月はとても焦っていました。

電磁刀は先ほどゴーレムの一撃を受け止める際に最大パワーにしたためにバッテリーをかなり消耗してしまったのです。

そのために電磁刀の光も今までと違ってとても弱くなってしまっています。もう先ほどのように受け止めることもできないでしょう。

 

「しかし、ルイズ達はずいぶんと派手にやってるみたいだね」

 

ルイズ達が入っていった森の奥からは爆音が響いてきているのが分かります。

間違いなくフーケを見つけて捕まえようとしているのでしょう。

 

「大丈夫かしら、ルイズちゃん。……あっ」

「げっ、意外に早いじゃないか……」

 

そうこうする内にゴーレムはもたつきながらも体勢を立て直そうとしています。

五月は電磁刀を構えてゴーレムを見据えました。

 

「なあ、タバサ。その破壊の杖とやらでゴーレムを倒せないのかい?」

「使い方が分からない」

 

ギーシュに尋ねられたタバサは手放さずに抱えていた破壊の杖が入ったケースを開けます。

破壊の杖は見たこともない代物で、まるで杖とは呼べません。いくらタバサでも未知のマジックアイテムの使い方は分かりませんでした。

 

「ちょ、ちょっと……それって……」

 

五月は箱の中に収められた破壊の杖――ロケットランチャーを目にして驚き、目を丸くしました。

 

「ミス・サツキ? 君はそれを知っているのかね」

 

ギーシュとタバサは反応を示した五月を見つめます。

 

「それってバズーカっていう大砲だったと思うけど……」

「大砲? こんなに小さいのにかね?」

 

破壊の杖の正体を知ってギーシュもまた驚いていました。

 

「間違いないわ。でも、どうしてこれがここに……」

「ミス・サツキ。これであのゴーレムを倒せるのかい?」

「ごめんなさい、そこまでは分からないの。使い方も知らないし……」

 

もしかしたらキテレツであれば分かるのかもしれないと一瞬考えますが、いくらなんでも小学生であるキテレツが戦争で使われる兵器の使い方まで知っていると思うのは考えすぎでした。

 

「来る」

 

ケースを閉じたタバサが身構えると、ゴーレムがぬかるみから抜け出して体勢を立て直していました。

地響きを立てながら五月達を振り返ってきます。

 

「ううう……どうしよう。僕の魔法はもうさっきので打ち止めだよ……」

「ルイズちゃん達がフーケを捕まえるまでがんばりましょう。逃げるだけでいいんだから」

 

弱音を吐くギーシュに対し、五月は電磁刀を構えながら元気付けます。

タバサも五月の隣で杖を手にし、ゴーレムを見据えていました。

ゴーレムは一歩を踏み出し、三人がゴーレムから逃げ回るのが再び始まるのかと思われましたが……。

 

「何!?」

 

森の奥で激しい閃光が走ったかと思うと、ゴーレムの動きが極端に鈍くなりだしたのです。

 

「おや? どうしたんだね?」

 

さらにその直後、一歩だけを踏み出したゴーレムの動きはピタリと止まってしまったのです。

 

「止まったわ……」

 

それからしばらく沈黙が続きますが、ゴーレムはピクリとも動きませんでした。

 

「エア・ハンマー」

 

そこへゴーレムへ近づいていったタバサが杖を突き出し、空気の塊をゴーレムにぶつけます。

ゴーレムはぐらりと後ろへと傾いていき、そのまま力なく地面に倒れてしまいました。

それまで三人を追い回していたのが嘘のように、全く動きません。

 

「ゴーレムが動かないってことは……ルイズちゃん達がやったんだわ!」

 

どうしてこうなったのかその理由を察した五月は歓声を上げました。

 

「そうか……フーケを……捕まえられたのか……はああああ……助かった……」

 

安心しきってしまったギーシュは完全に脱力し、その場でへたり込んでしまいます。

笑顔と安心感に満ちた表情の二人に対し、タバサは相変わらず涼しい顔で沈黙したゴーレムを見つめていました。

 

 



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友情のブドウ会? ルイズと五月の約束


♪ お料理行進曲(間奏)

コロ助「泥棒も捕まえられたし、奇天烈斎様の発明も取り戻せたし、めでたしナリね」

キテレツ「でも、また僕達の世界の物が見つかったんだよ」

コロ助「どうしてこの世界にワガハイ達の世界のものがたくさんあるナリか?」

キテレツ「それを学院長先生から聞くんだよ。あの人は剥製光のことに詳しいみたいだからね」

コロ助「ワガハイ、その間は学校のお祭りでタバサちゃんとコロッケを食べているナリ」

キテレツ「次回、友情のブドウ会? ルイズと五月の約束」

コロ助「絶対見るナリよ♪」




 

動かなくなったフーケのゴーレムはやがて、ボロボロと崩れて岩の瓦礫へと変わっていきました。

ゴーレムの残骸を眺めるギーシュは余計に安心してため息をつきます。

 

「ルイズちゃん!」

 

五月も電磁刀の刀身を小さくして収めると、森の中からルイズ達が姿を現すのが見えました。

一番後ろにはコルベールがついてきています。

 

「おお、無事だったんだね。いやあ、良かった良かった……しかし、あれは?」

 

五月が手を振っている中、ギーシュはキュルケがレビテーションの魔法で宙に浮かべて運んでいるものに目がいきます。

 

「ロングビルさんだわ」

 

ギーシュは唖然としながら立ち上がります。

ロングビルは目元を押さえておかしな体勢のまま彫像のように硬直していたのでした。

 

「ルイズちゃん、大丈夫!?」

「ハァイ、サツキ。タバサもギーシュも無事みたいね」

 

駆け寄る五月に対して答えたのはロングビル……フーケを運んでいるキュルケでした。

ルイズは俯いたまま、即時剥製光を手元に抱えて歩いてきます。

 

「みんな無事のようだな。本当に良かった……」

「あ、あれ? コルベール先生ではありませんか。どうしてここに……」

 

五月達を見回して安心するコルベールですが、ギーシュはコルベールがここにいる理由が分からず戸惑います。

 

「君らが心配になってね。サツキ君達と一緒に付いてきたんだよ」

「そ、それで、フーケは? ミス・サツキはロングビルがフーケと言っておりましたが……」

「ご覧の通りよ」

 

キュルケは浮かばせていたフーケの体を地面に降ろします。

 

「な、何でこんな風に固まっているのかね? もしもし?」

 

ギーシュは硬直したフーケに近づいて話しかけますが、当然返答はありません。

 

「キテレツ君の剥製光を使ったのね」

「そういうこと。杖は取り上げてるけど、学院に戻るまではこのままの方が良いわ。ほら、ルイズ」

 

キュルケがずっと黙っているルイズを促すと、五月の前に歩み出てきます。

 

「これ……あんた達に返すわ」

 

ルイズは何故か恥ずかしそうにしながら五月に即時剥製光を差し出してきます。

 

「ありがとう、ルイズちゃん」

 

剥製光を受け取った五月が笑顔で礼を言うと、ルイズは視線を逸らしていました。

 

「これもみんな、キテレツの作戦のおかげね。やっぱりサツキやあの子達がいてくれた方が良かったでしょ?」

「そ、そうね……」

 

キュルケに指摘されてルイズは口篭ります。

結局、ルイズ達の力だけではフーケを捕まえることはできなかったのですから、キテレツ達を拒絶してしまったことが恥ずかしく感じられました。

キテレツとコルベールの立てた作戦では囮役のコルベールがフーケの気を引き付け、その間に二人がいる場所へキテレツに誘導されたルイズとキュルケが奇襲を仕掛けるというものでした。

それでフーケを怯ませた所でコルベールがフーケの杖を折って魔法を使えなくさせる予定だったのです。

もっとも、ルイズの爆発で杖を吹き飛ばしてしまったので少し計画がずれてしまったのですが。

 

万が一の時はキテレツが潜地球から目眩ましの閃光魚雷を撃って援護をする話になっていました。

実際、キテレツからその話を聞かされていた二人は魚雷発射の合図をもらって巻き添えを食わないようにしたのです。

地中にキテレツ達が潜んでいるとは知らないフーケはそれによって無力化され、ルイズ達が捕まえることができたのでした。

 

「ミス・サツキの仲間がかい? しかし、どこにいるというのだね」

「そういえばあいつら、土の中にいるとか言ってたけど……」

 

ギーシュとルイズは辺りをキョロキョロと見回します。

 

『ワガハイ達はここナリ』

『今、地上に出るよ』

 

キュルケが持ったままのトランシーバーからキテレツ達の声が響きます。

 

「え? うわあああっ!」

 

ギーシュの足元の地面が光りだしたかと思うと、地中から潜地球が浮き上がってきたのです。

潜地球に押し上げられたギーシュは浮上した潜地球の上から転げ落ちてしまいました。

 

「な、な、な、何なのよ! これ!」

 

ルイズも地中から現れ潜地球に腰を抜かしてしまいます。

 

「大丈夫。キテレツ君達はこれに乗っているの」

「我々はこれに乗って、君達を追ってきたのだ」

 

驚くルイズを五月が手を引いて起き上がらせます。

 

「へぇー……こんなもので地面を潜っていたのね……」

 

キュルケもタバサも、潜地球を目の当たりにして驚いています。

空を飛ぶのはまだしも、地面を潜って移動できる乗り物なんて初めて見るのですから。

 

「やあ、みんな無事みたいだね」

「キテレツ君、コロちゃん!」

 

ハッチを開けて出てきたキテレツとコロ助に五月は安堵の笑顔を浮かべました。

 

「五月ちゃ~ん!」

 

続いて血相を変えて飛び出てきたのは、トンガリでした。

トンガリは潜地球から降りると五月へ真っ先に駆け寄り、その両肩を掴みます。

 

「五月ちゃん、大丈夫!? ケガはしなかった? 僕、五月ちゃんがやられちゃったんじゃないかって、とっても心配したんだよ!?」

「落ち着いて、トンガリ君。わたしは大丈夫よ」

 

ほとんど泣き顔で縋りつくトンガリを五月は宥めます。

 

「キテレツ君、これを」

 

五月はキテレツに剥製光と万力手甲の二つを差し出しました。

 

「うん。ありがとう、五月ちゃん。あの……先生、大丈夫でしたか?」

 

道具を受け取ったキテレツはコルベールに話しかけます。

コルベールはフーケに一度、剥製にされてしまっていたのですが、ルイズが元に戻していたのです。

 

「ああ。剥製にされるなど初めてであったが……」

 

毛の薄い後頭部を掻いてコルベールは苦笑します。

コルベールとしては剥製にされている間のことは何も覚えてはいなかったのですが。

 

「泥棒も捕まえられたし、これでインゲン落着ってやつだな」

「ブタゴリラ君。それを言うなら一件落着よ」

 

みよ子がブタゴリラの言い間違いを訂正すると、キテレツ達はおかしそうに笑い合っていました。

そんな微笑ましい光景をルイズ達は呆然と眺めています。

 

「本当に仲の良い子達よね」

 

キュルケがそう呟くと、ルイズはすぐ隣で笑っている五月をちらりと見つめ、すぐに目を逸らしました。

 

 

 

 

魔法学院へ戻ってきたルイズ達は報告のためにオスマン学院長の元へと訪れます。

オスマンを前に並ぶ四人の生徒の中、前へ出たタバサはずっと手にしていた破壊の杖が入れられたケースを机の上に置きました。

 

「うむ。よくぞフーケを捕まえ、破壊の杖を取り戻してくれた」

 

オスマンが一行の顔を見回すと、ルイズ達は一礼をします。ギーシュに至ってはバラを手にかなり誇らしそうな仕草でした。

 

「フーケの身柄は王宮へと引き渡した。君達も無事で何よりだ」

「ありがとうございます、オールド・オスマン」

 

生徒達の無事を喜ぶオスマンにルイズが代表して、礼を述べました。

 

「しかし、ミス・ロングビルがフーケであったとはのう……あ~あ……せっかくお尻を撫でても怒らない美人な秘書じゃったというのに、勿体ないわ……」

 

ボソボソと小さく呟くオスマンですが、四人には聞こえておらず呆然とします。

 

「ところで、コルベール君を知らんかね? 君達が朝に出発してから姿が見えぬのだが……」

「あ、先生でしたら今、キテレツ達と一緒にモット伯のお屋敷へ行っておりますわ」

「何じゃと? まったく……キテレツ君のマジックアイテムに興味を持つのは良いが、年甲斐もなくはしゃぎおってからに……。キテレツ君達が君達の後を付いて行ったのは分かっておるわい」

 

魔法学院へ戻る道中、ルイズ達とキテレツ達は別れていました。

キテレツ達はモット伯の剥製コレクションにされてしまったままの女の子達を元に戻してあげるために、取り戻した即時剥製光を持ってキント雲で屋敷へ向かったのです。

屋敷にはまだ兵士がいるのでキテレツ達だけでは入れないため、コルベールが付き添っていったのでした。

別れる際には剥製のままだったフーケを剥製光で元に戻し、暴れられたりしないようにタバサがすぐスリープ・クラウドで眠らせています。

 

「まあ、ともあれこれで一件落着というわけじゃな。さて……本来ならば君達の活躍を王宮に報告してシュヴァリエの称号を授けるなり、何か褒賞を与えたいところなのじゃが……」

 

オスマンのその言葉にキュルケとギーシュの顔が一瞬輝きます。

しかし、オスマンは一行の顔を見回し、申し訳なさそうな顔を浮かべました。

 

「盗賊を捕まえた程度で授与することはできぬとのことじゃ。世の中、色々と掟が変わるものじゃなあ」

 

ため息をつくオスマンに二人はどこかがっかりした様子です。タバサは興味もなさそうでボーっとしていました。

 

「いいえ。いりません」

 

しかし、ルイズだけはきっぱりとそう答えます。

 

「オールド・オスマン。キテレツやコルベール先生に何か褒賞は?」

「うむ。コルベール君にも君達同様に爵位の申請を行ったが、同じように却下されたわい。キテレツ君達は……残念ながら平民じゃからの」

「今回の任務の成功は、キテレツ達の全面的な助力があってこそのものです。それなのにわたし達だけが褒賞を授かるわけにはいきません」

 

そう答えるルイズをキュルケは意外そうな顔で見つめます。

 

「ただいま戻りました、学院長」

 

と、そこへ突然学院長室の扉からノックと共に声が響きます。

ルイズ達が振り向く、入ってきたのはコルベールでした。

 

「おお、コルベール君」

 

一礼して入室するコルベールに続いて、キテレツ達六人がぞろぞろと入ってきます。

 

「あなた達、もう終わったの?」

「うん。みんな元に戻せたよ」

 

キュルケの問いにキテレツが答えます。

剥製光で剥製から元に戻した女の子達は自分達の身に何があったのか分からず呆然としていましたが、すぐに我に返っていました。

モット伯が捕まったことを知らされると、すぐに実家へ帰りたいと次々に騒いでいました。

コルベールが馬車の手配をしたため、女の子達はそれが到着するまで待つことになったのです。

 

「最後はタバサちゃんのドラゴンよ」

「そうね。タバサのシルフィードもちゃんと元に戻してあげないとね」

 

みよ子の言葉にキュルケがタバサの肩を抱きます。

タバサがフーケ討伐に参加した最大の目的は自分の使い魔を元に戻すことなのですから。

 

「コルベール君。ワシに話もせんで、勝手にキテレツ君達と一緒に出かけたりせんでくれ」

「はあ……申し訳ございませんでした」

 

コルベールは苦笑しながらオスマンに頭を下げます。

 

「先生。ありがとうございました。先生達のおかげで、今回の任務を成功させることができました」

「キテレツもサツキ達にも、感謝してるわ」

 

ルイズがコルベールにも礼を述べ、キュルケはキテレツ達に微笑みかけます。

 

「ミス・サツキ、僕は君を尊敬するよ。あのフーケのゴーレムをも倒した君は、まさに理想のワルキューレだ……。僕は君の勇ましい姿を今一度、脳裏に焼き付けよう……」

「ちょ……ちょっと」

「五月ちゃんに何するのさ!」

 

酔ったような仕草で跪くギーシュは五月の手を取り、甲に口付けをしてきました。

五月は困惑して手を引き、トンガリが思わず抗議します。

 

「ははは……ところで君達。今回のことなのだがね……実は頼みがあるんだ」

「何ですか?」

 

コルベールがルイズ達の顔を見回し、言葉を続けます。

 

「今回のフーケの討伐に私はいなかったことにして欲しいんだ。君達はキテレツ君達と協力してフーケを捕まえた、ということにしてもらいたい」

「どうしてですか? コルベール先生の協力もあってフーケを捕まえられたのに……」

「先生は僕達にも色々と教えてくれたんですよ。先生がいなかったら、きっと今回みたいに上手くいかなかったはずです」

 

謙遜するコルベールにルイズだけでなく、キテレツ達も疑問を抱きます。

 

「良いんだよ。そもそも私はフーケの討伐に志願したわけではない。ただ、君達が心配になって勝手についてきたに過ぎないんだ。私はただの教師、それだけさ」

 

コルベールの言葉に、ルイズもキテレツ達も納得ができない様子でした。

そんな中、オスマンがポンポンと手を打ちます。

 

「さあ、今夜はフリッグの舞踏会じゃ。主役はもちろん、君達じゃ。用意をしてきたまえ」

 

オスマンのその言葉にルイズ達は思い出したようにハッとします。

 

「釣具のブドウ会?」

「舞踏会。ダンスパーティのこと」

 

ブタゴリラの聞き間違いにトンガリが即座に突っ込みました。

 

「それでは先生。わたくし達は急ぎの用がありますので」

「コロ助。これでタバサちゃんのドラゴンを元に戻してあげるんだ」

「分かったナリ」

 

コロ助はキテレツから受け取った如意光と即時剥製光を手に、キュルケ達に付いていきます。

 

「あんた達、何をしてるの?」

「僕達はまだ先生に用があるんだ」

「先に行ってて。ルイズちゃん」

 

退室しようとするルイズが呼びかけますが、キテレツ達五人は学院長室に残ります。

キテレツ達はコルベールと一緒にオスマンの机の前に立ちました。

 

「ワシに何か聞きたいことがあるのじゃな。言ってみなさい。力になるぞ」

「この箱の中にある物なんですけど……」

 

キテレツが言うとオスマンは杖を振り、ケースを開きます。

中には破壊の杖と呼ばれるバズーカ砲ことロケットランチャーが入っていました。

 

「キテレツ君達が言うには、この破壊の杖は彼らの世界の代物だそうです。確か……バズーカとか言ったね?」

 

コルベールが尋ねるとキテレツは頷きました。

 

「はい、間違いありません。学院長先生。これをどこで手に入れたんですか?」

「もしかしたら、これがあたし達が帰る手がかりになるかもしれないんです」

「何でも知っていることがあったら教えてください」

 

キテレツ達は次々にオスマンに問いかけます。

 

「なるほど……ふむ、そういうことか」

 

オスマンは一行の顔を見回しながら深刻そうにため息をつきました。

 

「これはな、ワシの命の恩人の形見なのじゃ」

「命の恩人?」

「誰だよ、そいつは」

 

トンガリとブタゴリラは目を丸くします。

 

「もう……三十年も前になるかの……ワシはあの時、森を散歩しておった。その時、ワイバーンに襲われてしまったのじゃ」

 

オスマンはヒゲに触れながら昔話を始めました。

 

「回覧板?」

「ブタゴリラはしばらく黙っていなよ」

 

またも聞き間違いをしたブタゴリラをトンガリが諌めます。これ以上、ボケをかましていては話が進みません。

オスマンは森でワイバーンに襲われてしまいましたが、そこを助けてくれたのが破壊の杖――バズーカ砲の持ち主だったそうです。

その人はもう一本のバズーカでワイバーンを倒しましたが、ひどい怪我を負ってたというのです。オスマンが学院に連れ帰り看護をしましたが、その甲斐なく亡くなってしまったのでした。

オスマンは残されたもう一本のバズーカを破壊の杖と名付け、形見として宝物庫に保管したということです。

 

「この破壊の杖に、そんな謂れがあったのですか……」

 

コルベールはバズーカを見つめて目を丸くしました。

 

「彼は亡くなるその時まで『元の世界に帰りたい』と、うわ言を繰り返しておったのじゃ」

「キテレツ君。その人って……」

「間違いないよ。僕達の世界からやってきた、どこかの国の兵隊なんだ」

 

オスマンを助けた人物は紛れもなく、キテレツ達の世界の住人です。

この異世界へやってきたのはキテレツ達だけではなかったのです。

 

「で、そいつはどうやってここへ来たっていうんだよ?」

「それはさすがに分からないよ」

「すまんの。ワシも彼がどんな方法でやってきたのか、最後まで分からなかったのじゃ」

「それじゃあ全然、手がかりにならないじゃない!」

 

きっぱりと言い切るキテレツとオスマンにトンガリが喚きだします。

 

「落ち着いて、トンガリ君。わたし達以外にも元の世界の人が来ていたなんて、すごい発見じゃない」

 

五月はトンガリを抑えて宥めました。

 

「そうよ。五月ちゃんの言う通りだわ」

 

どんな方法にしろ、元の世界からこの異世界へやってきた人がいたのです。

ならば、その逆で元の世界へ戻る手段もあるかもしれないのです。

 

「何にせよ、よくぞ恩人の形見を取り戻してくれたの。ありがとう」

「私からも、私の生徒達を助けてくれて本当に感謝するよ」

 

オスマンとコルベールはキテレツ達に深く頭を下げて礼を述べました。

キテレツ達は自分達が役に立てたことが嬉しくなり、笑顔を浮かべます。

 

「……ところで、君達がフーケから取り返したのは破壊の杖だけではなかったのじゃったな」

「即時剥製光のことですか?」

 

オスマンが何か思い出したように切り出してきます。

 

「今、思い出したのじゃが……ワシはあのマジックアイテムのことを知っておるよ」

「本当ですか!?」

 

突然のオスマンの言葉にキテレツは声を上げて驚きました。

 

「あれはそう……恩人と出会った日より七十年も昔じゃったかのう……ワシはその頃からこの魔法学院の長を勤めておった」

「話長くなりそう……」

 

どこかのんびりと語りだすオスマンにトンガリが呟きます。

 

「あの日、ワシはアカデミーで行われていた魔法実験の視察に付き合わされておった」

「アカデミー?」

「ああ……アカデミーというのは、トリステイン王室直属の研究機関でね。色々な魔法の実験や研究を行っている所だよ」

 

コルベールがみよ子に説明してくれましたが、どこか声に元気がありません。

 

「まあそうじゃ。あそこは年柄年中、魔法の研究ばかりしておるのだが、少々……というか過激な所があってなあ。ワシも連中には苦労させられておるわ。生徒がとても珍しい使い魔を召喚した時には『その使い魔を引き渡せ』とか言ってくるし……。人体実験やら解剖なんて当たり前じゃわい……」

「怖そうな所ね……」

「うん……」

 

ブツブツと文句を述べるオスマンにキテレツ達の顔が曇りだします。

そのようなおっかなそうな場所を想像するだけでも恐怖してしまいそうでした。

 

「あ、いやいや……すまんのう、話が逸れてしまったわい。とにかく、ワシはそのアカデミーの実験に付き合わされておったのじゃが、その召喚実験の最中に色々な物が召喚されおったのじゃよ。まあ、ほとんどはガラクタばかりじゃったがな。その中に君達のあの錬金の魔法銃があったのじゃよ」

「ほ、本当ですか? 学院長先生」

「うむ。あれは間違いなく、あの時召喚された物と同じだったわい」

「じいさん、どうしてそんな大事なこと教えてくれなかったんだよ」

 

ブタゴリラが不満そうに問いかけます。他の四人も同様のようでした。

 

「すまんの……ワシもさっきキテレツ君が取り出すのを見て急に思い出したものでな」

 

申し訳なさそうにオスマンは弁明します。

オスマンが即時剥製光を目にしたのは実に数十年ぶりと言えるのですから仕方がありません。

 

「じゃが、召喚されたその時、あれは魔法銃としては見なされておらんかった。ただの木製の銃という風にしか見られずアカデミーはすぐに売り払ってしまったわい。魔法銃の噂が立つようになったのは、さっきワシが話した恩人と出会った頃からじゃったな」

「何で調べたりしなかったんですか?」

「このハルケギニアはメイジの魔法が至上とされていてね。それ以外の技術などはどれも忌避されるものなんだよ」

 

キテレツが尋ねると、コルベールは切なそうにそう答えました。

しかし、そのアカデミーという大きな研究機関で悪用されなかったのは幸いだったかもしれません。

もっとも、三十年の間に誰かに悪用されていたかもしれないと思うと、心配でなりませんが。

 

「銃や剣といったものは平民の武器だから、アカデミーも大して関心が無かったのかもしれませんな」

「うむ。そうじゃろうな」

「つまり、剥製光は色々な国や人の手に渡っていたってわけね」

「きっと、その間に誰かが剥製光の効果を知ったんだ。それで魔法の道具として扱われるようになって、あの伯爵が最後に持っていたわけだ」

「それで、その噂をフーケが聞きつけたのね」

 

キテレツもみよ子も五月も次々にオスマン達の話に納得しました。

即時剥製光も五月のようにしてこの世界へ渡ってきたのです。きっと、奇天烈斎の時代から召喚されたのかもしれません。

 

「とにかく、良い収穫だったことには違いないね。この世界には他にも僕達の世界と関わりがあるものがあるはずだよ。それを探してみよう!」

 

それを見つけることによって元の世界へと帰る手段が見つかるかもしれないのです。

もしかしたら、キテレツ達以外に元の世界の人間がこの世界に今もどこかで彷徨っている可能性もありました。

 

「学院長先生、ありがとうございます」

「何の、何の。お役に立ててワシも嬉しいぞ」

 

キテレツが頭を下げるとオスマンもにっこりと笑いました。

剥製光やバズーカ砲がこの世界へ渡ってきた経緯を知ることができたのは、とても有益な情報だったのです。

キテレツ達が元の世界へ帰る方法も見つけることができるかもしれません。

 

「う~ん……」

「どうしたの、ブタゴリラ? おじいさんの顔なんか見たりして」

「なんじゃな? ワシの顔に何かついてるかの?」

 

何やら指で数えていたブタゴリラがオスマンの顔をじっと訝しそうに見つめています。

 

「じいさんって、歳いくつなんだ? 計算すると百年前になるぜ?」

「あ……」

 

ブタゴリラの言葉に思わずキテレツ達も反応してオスマンに注目しました。

即時剥製光がこの世界へ渡ってきたのが百年も前なら、オスマンの年齢は百歳を超えることになってしまいます。

 

「はて? ワシの歳はいくつだったかのう? 自分の歳を数えるのは七十ぐらいからやめてしもうてなあ……」

 

とぼけたように唸るオスマンにキテレツ達は呆然としました。

 

「じゃがしかし、長生きの秘訣は元気でいることじゃよ。それこそ、若いオナゴにちょっとイタズラができるくらいにの」

 

飄々とした態度で喋るオスマンですが、キテレツ達もコルベールも呆れた視線をぶつけていました。

 

「あ~あ……せっかく美人な秘書じゃったのにいなくなってしもうて悲しいもんじゃ。そう思わんか?」

「このエロジジイ……」

 

同意を求めるオスマンですが、コルベールはぼそりと呟いていました。

キテレツ達もボケるオスマンを見て、大きなため息をつきます。

 

 

 

 

フリッグの舞踏会はアルヴィーズの食堂の二階ホールで行われています。

着飾った生徒や教師達はいつも以上に豪勢な料理が並んだテーブルの周りや、会場のあちこちで歓談していました。

 

「コロちゃんには感謝感激なのね。きゅい!」

「元に戻れて本当に良かったナリね」

 

コロ助は山盛りのコロッケが乗った皿を手にし、バルコニーに顔を出してきたシルフィードと楽しそうに話をしています。

シルフィードは数時間前まで剥製にされたままタバサの部屋に置かれていました。タバサが中庭へと持ってくるとコロ助が如意光で元の大きさに戻し、即時剥製光を浴びせて元に戻したのでした。

元に戻るなりシルフィードはタバサのことをベロベロと舐めてとても喜んでいました。

もちろん、恩人であるコロ助のことも舐めて感謝したほどです。タバサも自分の使い魔が元に戻ったことが嬉しかったようで、コロ助に「ありがとう」とはっきり感謝しました。

 

「きゅいっ! 痛いのね!」

 

コロ助に感謝するシルフィードですが、そこへやってきたパーティドレス姿のタバサが杖でシルフィードの頭を叩きます。

 

「無闇に喋るの禁止」

「きゅい~……コロちゃん達はシルフィが喋れるの知ってるのに……」

「ここはパーティ会場」

 

涙目で文句を言うシルフィードですが、タバサは杖で後ろのホールを指しました。

誰もシルフィードが喋ったことに気がつかなかったようですが、これだけ大勢の人がいる場所で喋れば韻竜であることがバレてしまう恐れがあります。

 

「分かったのね……」

「う~ん……ほら、タバサちゃんもドラゴンさんもどうぞナリ」

 

叱られるシルフィードの姿に困惑するコロ助はコロッケが乗った皿を差し出します。

タバサは山盛りになったコロッケを興味深そうに見つめていました。

 

「きゅい、きゅい~♪」

「美味しいナリか? 今日のコロッケはトウモロコシとクリームの味ナリね。あ~ん……」

 

コロ助からコロッケをいくつかもらったシルフィードは美味しそうに食べています。

タバサは黙々とコロッケを手に取ると、一口味わってみます。

 

「……美味しい」

 

初めて食べてみた感想を呟くと、タバサは無表情ながら次々にコロッケを食していきます。

大好物のコロッケを次々に食べていくコロ助にも負けず劣らず、タバサも一口で半分以上を齧り付くほどでした。

それから二人と一頭は仲良くコロッケを食べ続けていました。

 

「タバサちゃんのドラゴンって喋れたの……!?」

「しーっ……これは秘密なの。タバサちゃんと約束したことだから」

「そうだったの……分かったわ」

 

バルコニーの入り口でコロ助達を眺めて驚く五月にみよ子が小声で話しかけます。

五月はシルフィードがとても珍しい韻竜であることは知らなかったのです。

 

「ぷはっ。このブドウのジュース、とっても美味いぜ! 喉に沁みるな!」

「お酒じゃないんだから……まったく、よく満喫してられるね」

「細かいことは気にすんなよ。こんなに美味い料理が食えるんだぜ」

 

肉料理とサラダを食するブタゴリラをトンガリが呆れて見つめます。

キテレツ達はパーティ会場の料理に堂々と手をつけることはできませんでしたが、シエスタが一行のために料理をワゴンで持ってきてくれていました。

子供なのでワインは飲めないので、同様にシエスタが用意してくれたジュースを飲んでいます。

 

「キテレツ。これからどうするのさ?」

「うん。そのことなんだけど、この世界には必ず僕達の世界と関わりがある何かが他にもあるはずなんだ。それを見つけてみよう」

「どうやって?」

「まあ急がなくても良いよ。今はこの世界で過ごしながら、少しずつ手がかりを見つけていこう」

 

食事をしながらトンガリとキテレツはこれからのことを話し合います。

 

「ママ……」

 

トンガリは元の世界へ帰りたいという思いでいっぱいであり、料理の味も分かりません。

 

「あっち行って! あの平民の娘と踊ってれば良いじゃない!」

「だから違うんだって! 僕は彼女の勇姿を貴族として褒め称えたってだけで……」

 

パーティ会場ではギーシュが必死になってモンモランシーに追い縋ります。

つい先ほどまでギーシュは自分の活躍を下級生の女子生徒達に囲まれて自慢していましたが、その場面をモンモランシーに見つかって怒られていたのです。

 

「またあいつフラれてんな」

「もう……五月ちゃんにあんなことしたりして……」

 

トンガリは五月の手にキスをしてきたギーシュを恨めしそうに睨みます。

 

「キュルケの姉ちゃんはどうしてんだ?」

「あそこにいるよ」

 

キテレツが指し示す先にはキュルケがたくさんの男に囲まれて楽しそうにしていました。

 

「ルイズちゃんは?」

「まだ来てないみたいだね」

 

五月から尋ねられてキテレツは会場を見渡しますが、ルイズの姿はありません。

今回のフーケ討伐に参加し、見事フーケを捕らえてみせた四人の主役が揃うまで、パーティは本格的に始まらないようです。

後はルイズの登場を待つのみでした。

 

「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~り~!」

 

と、ちょうどそこへ衛士が大声で最後の主役の到着を告げます。

 

「うわあ……」

「ほへ~……」

 

キテレツ達は会場に姿を現したルイズに呆然とします。

パーティドレスに身を包んだルイズは普段の高慢ちきな少女という印象をまるで感じさせません。

まるでお姫様のように高貴な姿はキテレツ達だけでなく、会場の男子生徒達も唖然としていました。

 

「綺麗ね……」

「本当だわ……」

 

男子生徒達は次々にルイズをダンスを申し込もうと声をかけますが、ルイズは眼中にありません。

楽士達が演奏を始め、ダンスが始まります。ルイズはキテレツ達を見つけると、ゆっくり近づいてきました。

 

「あんた達も楽しんでるみたいね」

「まあ、おかげさまで」

 

話しかけてきたルイズにキテレツが答えます。

 

「お前も、孫にもいそうじゃねえか」

「馬子にも衣装」

「うるさいわよ」

 

トンガリに突っ込まれるブタゴリラをルイズは睨み返しますが、怒っている訳ではないようでした。

 

「ルイズちゃんは踊らないの? あんなに誘われてたのに……」

「良いのよ。いつもはゼロのルイズなんて呼んで避けてたのに、こんな時になって掌を返して近づいてくるんだから。下心が見え見えよ」

 

みよ子の言葉にルイズはちらりと後ろを振り返りながら答えます。

入学当初はルイズの家柄から媚を売ってきたり、取り入ろうとしてきた生徒達ですが、いざ魔法がまともに使えないことが分かれば『ゼロのルイズ』と馬鹿にしてくるようになったのです。

 

「まあ確かにそうだね……」

 

都合の良い時だけ近づいて仲良くしていようとするなんて、そんなのは友達とは言えません。

 

「どうかしたの? ルイズちゃん」

 

キテレツ達を見つめて黙り込んでいたルイズですが、少しすると突然頭を下げてきました。

 

「ごめんなさい。キテレツ、サツキ、ミヨコ、カオル、トンガリ……」

「ええ?」

「何だ? どうしたんだ?」

 

いきなりの謝罪にキテレツ達は戸惑います。

 

「あたし……あんた達にずっと嫉妬していたわ。あんた達は、あたしに無い物を全部持っていたから……」

「何だぁ? いきなり」

 

キテレツ達は顔を見合わせ、困惑しました。

 

「あたしにはあんた達みたいに信頼し合える友達なんていないわ……。けれど、あんた達はいつだって団結していられて、とっても輝いてる……。そんなあんた達のことがとっても羨ましくて、悔しかったのよ……」

「ルイズちゃん……」

 

突然語り始めるルイズにキテレツ達は呆然としてしまいます。

 

「本当にあんた達が羨ましいわ。あたしよりずっと子供で平民なのに、物怖じしないであんなに勇気が出せるだなんて……」

「俺達が年下って……お前、いくつなんだ?」

 

ブタゴリラがルイズの言葉に首を傾げて尋ねます。

 

「え? あたしは16よ」

「16!?」

「嘘お!?」

 

ブタゴリラとトンガリはルイズの年齢を聞いて驚きます。

 

「どう見ても16には見えないぜ」

「僕達と同じくらいかと思った……」

「何よ、悪かったわね。どうせあたしはキュルケみたいに大人の体じゃないわ」

 

二人にそう言われてルイズは拗ねたように顔を背けてしまいます。

 

「胸だってサツキより大きくないし……」

 

ぼそりと誰にも聞こえないように呟くルイズは五月をちらりと見つめました。

 

「ルイズちゃん。……ルイズちゃんは独りぼっちなんかじゃないよ」

 

前に出てきた五月がルイズに語りかけます。

ルイズは困惑したような顔で五月を見返しました。

 

「サツキ……」

「ルイズちゃんにだって、しっかり友達がいるじゃない」

「あたしに?」

「ルイズちゃんには、キュルケさんがいるわ」

「何言ってるのよ! キュルケは先祖代々の仇敵なんだから! 友達なんかじゃないわ!」

 

呆然としていたルイズですが、五月の口からキュルケの名が出た途端に怒鳴り散らします。

ブタゴリラとトンガリは思わず耳を塞いでしまいました。

 

「フーケを捕まえに行った時のことを覚えてる? キュルケさんはあんなにルイズちゃんのことを心配してくれていたのよ? それって、ルイズちゃんのことを嫌ってる訳じゃないことでしょ?」

 

ルイズは昼間のフーケ討伐の時のことを思い出します。

キュルケはゴーレムに叩き潰されそうになったルイズを助け、平手打ちを浴びせつつも檄を飛ばしてくれました。

 

「でも、あいつもあたしをゼロのルイズって……」

「キュルケさんはルイズちゃんをいじめてる訳じゃないわ。……わたしは、ルイズちゃんが他の人にいじめられても元気になって欲しいから、ちょっかいをかけてるみたいに見えるの」

 

以前、キュルケと約束していたことを破らないよう、ルイズには気づかれないように彼女の本心を伝えます。

それを聞かされたルイズは複雑な表情で俯き、顔を背けます。

 

「本当はルイズちゃんだって、キュルケさんのことを口で言うほど嫌いってわけじゃないんでしょう?」

「冗談じゃないわよ! あんな女なんて! ……あんな……女なんて……」

 

咄嗟に五月の言葉を否定しますが、不思議と否定しきることができません。

先祖代々の仇敵であり、嫌いであるはずのキュルケのことを心の底から憎らしいと思えないので複雑な気分でした。

 

「素直じゃねえ奴」

 

そんなルイズの姿を見て、思わずブタゴリラは呟きました。

ルイズの後ろでは音楽に合わせてダンスが続いています。五月はそちらを見ると、思いついたように笑います。

 

「ねえ、ルイズちゃん。わたしが一緒に踊ってあげるわ」

「え?」

「せっかくのダンスパーティなんでしょ? だったらちゃんと踊らないと、パーティに来た意味がないじゃない」

「で、でも……女同士じゃない」

「良いじゃない。女の子同士だって。ほら、行きましょう。ルイズちゃん」

 

五月は困惑するルイズの手を取り、二人は一緒に並んでホールへと入っていきました。

 

「本当に素直じゃねえ奴だな。友達になってくれって言やあ、それで良いのによ」

「仕方が無いよ。僕らと違って貴族のお嬢様なんだから」

 

ブドウジュースを一気飲みするブタゴリラにトンガリが答えました。

 

「五月ちゃんもあの子の友達になってあげたいのかしらね」

「そうだろうね。きっと、独りぼっちなのが見過ごせないんだよ」

 

みよ子もキテレツも五月がルイズのことを気にかける理由が分かったような気がして納得します。

 

「タバサちゃんもコロッケが気に入ったナリか?」

「美味しい」

「きゅい、きゅい~♪」

 

バルコニーではコロ助とタバサとシルフィードが仲良くコロッケを食べ続けています。

 

 

 

 

五月と手を取り合い、ルイズは音楽に合わせて優雅にステップを踏みます。ルイズに合わせて五月も付いてきていました。

 

「ねえ、サツキ。あんたが最初にここへ来た時に言ったわよね? 自分は別の世界から来たって」

「うん……」

 

ルイズに召喚された際、五月は自分が違う世界の住人であることを話しましたが、信じてもらえませんでした。

 

「その話……信じてあげるわ」

「え?」

「あたし、あんた達と先生の話を聞いてたの。あの破壊の杖もあんた達の世界のものだって」

 

ルイズは数時間前に学院長室から退室した後、すぐ気になって戻ってくると扉を挟んで中の会話を聞いていたのです。

 

「キテレツ達は……あたしが壊したあのマジックアイテムで違う世界から来たのよね?」

「うん。わたしも驚いたんだけどね」

「元の世界に帰れるアテはあるの?」

「ううん、まだ見つからないけど……。でも、この世界にはわたし達の世界と関係がある物が他にもあるかもしれない。元の世界に帰る方法も見つかるかもしれないわ」

「それが見つかったら……あんた達は帰っちゃうんでしょ?」

「うん……」

 

切なそうに俯くルイズに五月も苦笑しながらも頷きます。

 

「仕方がないわよね……あんた達にはちゃんと帰る場所があるものね……」

 

五月達の故郷では家族や大切な人達が待っている、ということを思うとルイズは自分が帰る方法を潰してしまったことを申し訳ないと感じます。

 

「でも……さよならは言わないわ」

「え?」

「ルイズちゃん達と別れる時が来ても……わたしは『さよなら』なんて誰にも言わない」

 

ルイズは五月の顔を見て、寂しそうな顔を浮かべているのを見て目を丸くします。

 

「友達と別れるのは辛いから……」

「サツキ?」

「わたしね、元の世界だといつもキテレツ君達と一緒にいられる訳じゃないの。前に話したよね? わたしの家がお芝居の仕事をしてるってこと」

 

ルイズは五月が旅芸人の仕事をしている、という話を思い出します。

 

「お仕事で色々な町を回らないといけないから、あちこち転校を繰り返してきたわ。だから、お友達ができてもすぐ離れ離れになっちゃうの」

「じゃあ、キテレツ達とは?」

「うん。キテレツ君達ともすぐに別れちゃうわ。またいつかキテレツ君達の学校に戻ってくるけど、それでも長くは一緒にいられないの」

 

花丸菊之丞一座の役者である五月は転校先で友達ができても、仕事の都合ですぐ転校してそれっきりになってしまいます。ひどい時には友達ができなかったこともありました。

故に転校してからもまた再会できるキテレツ達はかけがえの無い大切な友達でした。

 

「本当だったら元の世界じゃ、来月になったらまた転校することになってたのよ」

 

そして、六月になればまた別れの時が訪れるのです。

転校する時になっても、五月は決して「さよなら」とは言いません。

友達と別れるのはとても辛いのですから。

 

「サツキ……」

 

ルイズは五月が抱えている孤独を感じ取り、唖然としました。

 

「この世界に呼び出された時、もうキテレツ君達と会えないのかなって……本当は考えてたの」

 

五月はルイズに本音を打ち明けます。

 

「だから、キテレツ君達が助けに来てくれるって祈りながら……この世界でも新しい友達を作ろうって決めてたんだ」

 

寂しそうな顔を浮かべつつも、五月は微笑みます。そんな五月を見つめながらルイズは呆然とします。

五月は五月なりに、この異世界ハルケギニアで生き抜こうとしていたのです。

 

「メイドのシエスタさんとも……ルイズちゃんとも……。独りぼっちなのはとても辛いから……」

 

もしキテレツ達が助けに来てくれなければ、本当に五月はこの異世界で取り残されたまま独りぼっちとなってしまったことでしょう。

ルイズは五月が本当はとても不安であったことを知り、本当に申し訳ないと感じてしまいました。

 

「わたし、ルイズちゃんの使い魔にはなってあげられないけれど……この世界にいる間は、友達でいてくれるよね?」

 

使い魔として一生を共にすることはできなくても、友達として心を通わせたい。

それが五月のルイズに対する思いなのです。

 

「い、良いわよ……」

「ありがとう。……これからもよろしくね。ルイズちゃん」

 

恥ずかしそうに目を背けるルイズですが、五月は嬉しそうに微笑みます。

二人の孤独な少女は優雅な音楽の中、楽しそうに踊り続けました。

 

 



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世界沈没? 水の精霊の探し物・前編

♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「わあーっ! とても大きな池ナリーっ!」

キテレツ「池じゃなくて、湖だよ。この湖はこの世界でも有名な、大きな湖なんだって」

コロ助「水の中にたくさんのお家が沈んでるナリ」

キテレツ「湖の中にいる精霊が水位を上げているみたいなんだ。このまま放っておいたら、僕たちまで溺れちゃうよ!」

コロ助「わわわ! それは大変ナリよーっ!」

キテレツ「次回、世界沈没? 水の精霊の探し物」

コロ助「絶対見るナリよ♪」


その日、トリステインの青空を三つの影が風に乗って緩やかに飛んでいました。

二つはキテレツ達が乗るキント雲、タバサの使い魔・風竜のシルフィードです。

 

「う~ん。地上があんなに小さく……何とも見事な絶景だな」

 

そして、もう一つは他二つと違って静かな轟音を立てながら先頭を飛んでいるのです。

それは超鈍足ジェット機を操縦するコルベールでした。

 

「どうですか~、コルベール先生~」

「うむ! 飛行は快調だよ」

 

シルフィードから声をかけるキュルケにコルベールは振り向きながら答えます。

 

「キテレツ君! 私がこんなことを言うのも何だが……超ドンソクジェットとやらは本当に素晴らしいよ!」

 

キテレツ達にも叫んでくるコルベールは子供のようにはしゃいでいます。

 

「あのおっさん、良い歳してよくあそこまで喜んでられるよなあ」

 

キント雲の上で、ブタゴリラはリュックから取り出していたキュウリにかぶりついています。

 

「でも、超鈍足ジェットを自分で作っちゃうなんてすごいわ」

 

みよ子は感心したようにコルベールを見つめていました。

今、コルベールが操縦している超鈍足ジェット機は実はキテレツのものではありません。

数日前からキテレツが魔法学院のコルベールの研究室がある小屋の近くに置いていたものを、コルベール自身が自力で複製したものなのです。

キテレツの数々の発明品に興味を持っているコルベールはぜひ、異世界の技術を研究してみたいとして、超鈍足ジェット機の解析と複製を行ったのでした。

そして、今日完成した複製品のテスト飛行をしているのです。

 

「うん。コルベール先生は本当にすごいよ。エンジンまで作っちゃったんだから」

「ええっ? エンジンを?」

「えんじんって、車を動かしたりする時のあれナリか?」

 

キテレツの言葉に五月もコロ助も目を丸くします。

 

「何よ? そのえんじんっていうのは」

 

キント雲に近づいてきたシルフィードの上からルイズが尋ねてきます。

ルイズ達は魔法学院の授業をサボってコルベールのテスト飛行に付いてきていました。

 

キュルケは「つまらない授業を受けるよりはキテレツや五月達と一緒にいた方が楽しい」という理由です。

 

タバサはそんなキュルケに付き合わされたのですが、特に嫌がる様子はありません。むしろ、キテレツの発明が見られるので自分から付いてきたようなものです。

 

そしてルイズはというと、「自分が世話をしているキテレツ達を放っておけない」ということでしたが、実の所は仲間外れにされるのが嫌だったようです。

 

「うん。簡単に言うなら、火と油の力を使って強い動力を得る装置のことだよ」

 

キテレツは昨日、コルベールが九割方完成させたという装置を研究室で見せられました。

それは火の魔法で気化した油を爆発させ、そのエネルギーでクランクをピストンさせ、車輪を回すという代物でした。

極めて原始的な構造ではありますが、それはエンジンの基礎とも言うべき装置だったのです。

この魔法世界でそんな代物が見られたことが、キテレツには驚きでした。

 

「その装置を上手く使えば、荷車だって馬を使わないでもっと早く動かせるし、船も帆を張らないで進めるんだよ」

「そんなの魔法で動かせば良いじゃない。わざわざそんな装置なんか使わなくたって……」

 

キテレツに説明に対してルイズは今一理解ができませんでした。キュルケも同様にそれがどうしたのかと言わんばかりの顔をしています。

 

「でも、魔法使いがずっと動かし続けるのって疲れるんじゃないかしら? エンジンを動かすのには小さい力でやって、車や船そのものを動かすのはエンジンに任せれば疲れないで済むと思うわ」

「う~ん……言われてみればそうかしら……」

「ワガハイ達の所では、えんじんを使って車も船も動いてるナリ」

 

みよ子とコロ助の話を聞いているキュルケは少し納得した様子です。タバサも無表情ながらも真剣に話を聞いていました。

ルイズだけは顔を顰めたままですが。

 

「それじゃあ、あなた達の国ではそのエンジンっていうのがたくさん使われてるのね。キテレツのマジックアイテムも作っちゃうし……先生のこと、ちょっと見直したわね」

「今度、ルイズちゃん達の授業で見せるそうだよ」

「ふぅ~ん。そうなんだ。ちょっと楽しみかしら」

 

キュルケは少しコルベールに興味が湧いたような顔を浮かべます。

コルベールはフーケの討伐の時にも自分達の手助けをしてくれたこともあって、少しは尊敬するようになっていました。

 

「ところであんた、さっきから何食べてるの?」

 

ルイズはブタゴリラが食べているキュウリが気になって声をかけます。

 

「これか? こいつは八百八特製のキュウリさ!」

「ヤオハチ? キュウリ?」

 

ハルケギニアにはキュウリなどという野菜は存在しないのでルイズは首を傾げます。

 

「俺の家は野菜を売ってるからな! いつだって野菜は持ってくるようにしてるんだ!」

「でも、ちょっと持って来すぎじゃないかしら」

 

五月は誇らしくキュウリを味噌につけてかじるブタゴリラの隣に置かれたリュックを見て呟きます。

開いている口からは他にもリンゴやみかん、さつまいもが入っているのが分かります。

 

「ははは! 備えあれば嬉しいなって言うからな!」

「備えあれば憂いなしよ」

 

ブタゴリラの言い間違いをみよ子が訂正します。

トンガリはキント雲の最後尾でずっと黙り込んだままでした。

 

「何だよ、お前も食うのか?」

 

ブタゴリラはタバサがじっとキュウリを見つめているのを見て尋ねます。

タバサは無言ながらも小さく頷きました。

 

「よおし、それじゃあこれを漬けて食べてみな。そら!」

 

ブタゴリラは味噌の入ったパックと一緒にもう一本キュウリを取り出して投げ渡します。

それを受け取ったタバサはキュウリを味噌のパックに突っ込んで塗りつけると、かぶりついてみます。

ルイズとキュルケはそれを横で怪訝そうに見つめていました。

 

「どうだ? 美味いか?」

 

ポリポリとキュウリを食べるタバサは何も答えません。しかし、それでも食べる手は止まりません。

キュウリに味噌を漬けて黙々と食していったタバサはあっという間に完食してしまいました。

 

「お! 良い食べっぷりじゃないか! ほら、もう一本やるよ!」

「カッパじゃないんだから……」

 

ブタゴリラの張り切り具合にキテレツが思わず呆れてしまいます。

まさかキュウリがタバサに気に入られるとは思ってもみませんでした。

 

「タバサ。あたしにも一口いいかしら」

「あ、あたしも」

 

タバサは二人の言葉に、キュウリを三等分にして割って差し出します。

ルイズとキュルケも同じようにキュウリに味噌をつけて口にしてみましたが……。

 

「……何よこれ。変な味」

「ちょっとあたしの口には合わないかしら……」

 

キュウリを味わって食べているタバサと違って渋い顔をされてしまいました。

 

「何! 八百八の野菜にケチつける気か!」

 

家業の八百屋を誇りにしているブタゴリラは、野菜を馬鹿にされたり文句を言ったり、好き嫌いをする者は絶対に許さないのです。

 

「やめなよ、ブタゴリラ!」

「こんな所で暴れたら駄目でしょ、熊田君」

 

キテレツと五月に注意されてしまい、渋々ブタゴリラは引き下がりました。

ハルケギニアの人間、しかも貴族の口にはキュウリはそもそも合うはずがありません。味噌をつけても同じことです。

ルイズとキュルケはお気に召さなかったキュウリの残りをタバサに返し、タバサはそれも全て食べてしまいました。

 

「どうしたの、トンガリ君。ずっとそんな顔をしたりして」

 

みよ子はトンガリが朝からずっと沈み込んで喋らないでいるのが気になり、声をかけます。

トンガリは膝を抱えたまま、元気のない顔でみよ子を見返します。

 

「僕達、一体何してるんだろ……」

 

思わず呟いたその言葉に五人は怪訝そうにします。

 

「早くママの所へ帰りたいのに……どうして、こんな所で遊んでるんだろ……」

 

どうやらキテレツ達が呑気にコルベールのテスト飛行に付き合っているのがとても不満なようです。

一刻も早く家に、元の世界へ帰りたいトンガリとしてはこんな所で遊んでいたくなどありませんでした。

 

「だからって、学院でじっとしている訳にはいかないじゃないか。もしかしたら、ひょんなことで帰る方法が見つかるかもしれないんだよ?」

「そうよ、トンガリ君」

 

魔法学院で何もせずじっとしていても帰れる手段を見つけることさえできません。

キテレツがこうしてコルベールに付き合って外出したのも、元の世界へ帰る手段を見つけるためでもありました。

 

「ママ~……」

 

キテレツとみよ子に諭されてトンガリはすっかり沈み込んでしまいます。

 

「しっかりするナリよ」

「すっかりホーム四苦八苦になっちまってるな」

「それを言うならホームシック……」

 

それでもブタゴリラの天然ボケに突っ込みを入れるくらいの気力は残っていたようですが、やはりいつもの元気はありませんでした。

 

「トンガリ君。きっと帰る方法は見つかるよ。挫けないでがんばろう?」

 

五月は元気の無くなってしまったトンガリの肩に触れて元気付けようとします。

 

「五月ちゃん……ははは……見つかると良いね……」

 

大好きな五月に宥められて、トンガリも少しだけ元気が出てきて、力なく笑いました。

 

「あ! あれは何ナリか?」

 

上空数百メートルを飛び続けていた一行ですが、コロ助が地上を指差します。

眼下の地上には緑にあふれた森に囲まれ、とても大きな湖が広がっているのが見えます。

 

「湖みたいね」

「大きいわ……」

 

それはそこらの湖とは比べ物にならないほどに広いものです。日本で言えば琵琶湖ほどにもなる広さと言えました。

 

「ラグドリアン湖ね。ハルケギニアで一番大きな湖……そして、有数の名勝と呼ばれる場所よ」

 

上空からの湖の絶景に見とれるキテレツ達にルイズが説明します。

 

「先生! 一度降りてみませんか? 燃料も補充しないといけないし」

「うむ、ちょうど良いね。よし、あの湖畔で休憩するとしよう!」

 

キテレツからの提案に即座に頷いたコルベールは操縦桿を操作し、超鈍足ジェット機を地上に向けて降下させていきます。

その後を追ってキテレツのキント雲とシルフィードも降りていきました。

 

「ラグドリアン湖ってあんなに広かったかしら……」

 

地上へ近づく中、ルイズはラグドリアン湖を眺めて思わず呟きます。

以前、ラグドリアン湖を訪れたことがあるルイズには湖の面積が以前よりも明らかに広くなっているように見えていたのです。

 

 

 

 

キテレツ達は休息のためにラグドリアン湖の湖畔へと降り立ちました。

……いや、正確にはラグドリアン湖まで続いている丘の上の街道です。本来ならこの街道の坂道をもうしばらく下れば湖畔へと辿り着くはずでした。

立て札にも『この先、ラグドリアン湖』と記されています。

 

「何だね……これは」

「どうなってんの、これ……」

 

湖へと続く街道はすっぽりと湖に飲み込まれて途中から無くなってしまっていたのです。

コルベールとルイズは目の前に広がる湖を目にして呆然としました。キュルケも同じように目を丸くしています。

タバサだけは波打ち際の前で屈んで湖面を見つめていました。

 

「見てよ、家が沈んでる」

「本当だわ」

「村が水没してるのね」

 

キテレツが指を差した先には、建物の屋根が所々水面から顔を出しているのが見えます。

五月の言う通り、村が湖の中に沈んでしまっているのです。

 

「どうしてお家が沈んでるナリ?」

「香水でもあったんじゃねえのか?」

「洪水だよ」

 

ブタゴリラの言い間違いに今度はキテレツが突っ込みます。

まだしょげているトンガリは地面の上で膝を抱えたままでした。

 

「確か、ラグドリアン湖の岸辺ってあの村よりももっと先にあったはずなのに……」

 

ルイズは湖を見つめて首を傾げました。しばらく見ない内に湖がこのような状態になっているのが不思議でなりません。

大雨があって多少は水位が上がることはあっても、普通はここまでになることはないはずでした。

 

「あのぅ……貴族の旦那様方……もしかして、水の精霊との交渉に参られた方々だすか?」

 

と、頭を抱えている一行の前に現れたのは一人の農夫でした。

 

「いや……我々はただ湖を見に来ただけでしてね……」

「そうすか……残念だす……。わすらでは水の精霊と話もできねえし……貴族様のお力を借りるしかねえのに……」

 

コルベールは申し訳なさそうに頭を掻きながら答えると、農夫は残念そうにため息をつきます。

 

「くくく……勉三さんそっくりだな……」

「そう? ぷっ……」

 

ブタゴリラと五月は農夫の姿や訛った言葉に失笑してしまいます。

農夫はキテレツ達が元の世界でよくお世話になっている冴えない大学生、苅野勉三と顔立ちはおろか声までそっくりなのでした。

勉三のトレードマークである牛乳ビンの底のような眼鏡までかけているのです。

 

「どうしてこんなに湖の水位が上がっているの? 水の精霊がどうとか言ってたけど……」

「はあ……二年ほど前からゆっくりと水が増えていったんすよ。今じゃあ、わすの家も畑も、村の寺院までもが水の中に沈んじまう始末だす。きっと……水の精霊が悪さをしているんすよ」

 

キュルケが尋ねると、農夫はがっくりと肩を落としながら語ります。

 

「水の精霊って何なんですか? 先生」

「うむ。ラグドリアン湖にはね、遥か昔……何千年も前から我々人間より長く生きている先住の異種族が住んでいるのだよ。それが水の精霊と呼ばれる存在なんだ。彼らは深い湖の底で独自の文化と王国を築き、静かに暮らしているという……。水の精霊は『宣約の精霊』とも呼ばれ、彼らの前で行われた宣約は決して破られることはないと伝えられている……」

「そうね。水の精霊とトリステインの王家は旧い盟約で結ばれているのよ。……確か、モンモランシーの実家が昔は交渉役を務めてたと思ったけど」

 

みよ子の問いにコルベールはまたも講話を交えて語り、ルイズも説明に付け加えていました。

 

「今はやってないの?」

「詳しいことは知らないけど……何かトラブルがあったみたいで、今は別の貴族が務めてるわね」

「はあ……ご領主様も宮廷でのお付き合いに夢中で、こんな田舎の村の相手もしてくれねえんだす……わすらもこれからどうすれば良いやら……」

 

五月にルイズが答えると、農夫はさらに意気消沈してしまっています。

 

「でも、何で水の精霊がこんなことをするのかしら……?」

「こっちが聞きたいくらいだす。いっそのこと、水の精霊を退治して欲しいくらいだすけど……精霊はとっても強いだすからなあ……」

 

愚痴を呟いて、農夫は来た道を戻ってルイズ達の前から歩き去っていきました。

 

「う~ん……ミス・モンモランシーがいれば、水の精霊と話ができるんだがね……わざわざ連れてくる訳にもいくまい」

「あのキザな奴が付き纏っている姉ちゃんか?」

 

ブタゴリラはギーシュが散々追い掛け回しているモンモランシーを思い浮かべます。

今日もギーシュはモンモランシーに頭を下げては、彼女に無視され続けていたのを覚えていました。

 

「コルベール先生。僕達で湖の中を調べてみませんか?」

「調べるって……どうやって水の中に潜る気よ。精霊が住処にしているのはずっと深い場所よ」

「タバサの魔法でも一人か二人が行くのが精一杯よね……」

 

キテレツの提案にルイズが噛み付きます。キュルケもタバサの頭を撫でながら苦言を漏らします。

風の魔法を使って空気の球を作り、その中に入って水に触れずに潜ることはできますが、長時間は潜ってはいられません。魔法の力にも限界はあるのです。

 

「と、いうことは……また何か君の発明を出すのかね? 一体、どうやって水の中に潜るのだい?」

 

しかし、コルベールだけは期待に胸を躍らせていました。

キテレツが何の考えもなしにそのようなことを言い出すはずがありません。と、なればまた新たな発明が登場すると見ていました。

 

「あの潜水艦を使うのね。確か……亀甲船って言ったわよね」

「亀甲船なら、みんなも乗れるわね」

「何よ。そのキッコウセンって」

 

五月とみよ子が声を上げる中、ルイズはさっぱり分からず尋ねます。

キテレツは持ってきたケースを開き、中から木製船の模型を取り出しました。

 

「みんな下がってて。……それっ!」

 

水面に浮かべた船の模型にキテレツが如意光の拡大光線を照射します。

 

「おお……!」

「何これ、船!?」

 

見る見るうちに巨大化し、潜地球よりもさらに大きな見たことのない形の小型の船にルイズ達は驚きます。

首を上に伸ばした亀のような形のこの船こそが、亀甲船と呼ばれる潜水艦なのです。

 

「トンガリ君、しっかりして。ほら」

「ママ~……」

 

ホームシックにかかって未だに落ち込んでいるトンガリを五月が立ち上がらせます。

 

「さあ、先生達も乗ってください!」

「ルイズちゃん、こっちよ!」

 

キテレツ達が亀甲船に飛び乗ると、ルイズ達は顔を見合わせ戸惑いつつも後に続いていきます。

 

「ここで待ってて」

「きゅい」

 

タバサだけはシルフィードにキント雲と超鈍足ジェット機の見張り兼待機を命じて亀甲船へと飛び移っていきました。

 

「うわあ……」

「すごいわね……」

 

船体上部のハッチを開け、中に入るとルイズ達は唖然としてしまいました。

十人が乗ってもまだ余裕があるほどに広い内部の壁には見たこともない様々な計器の類が並んでいます。

 

「ううむ……! それで、これでどうやって水の中へ!? 早速、動かしてみてくれ!」

「きゃっ!」

「わ、分かりましたよ! 今、動かしますから!」

 

興奮が収まらず操縦席に座るキテレツにコルベールが迫ります。隣に座っているみよ子が思わず叫んでしまいました。

キテレツが操縦レバーを動かすと、亀甲船は水中に浸かっている後部から推進剤の高圧酸素を噴射して沖へ向かってゆっくり進みます。

 

「おおーっ! 動いているな!」

「一々、驚かないでくれよな。おっさん」

「はしゃぎすぎナリよ」

 

大の大人が子供のようにはしゃぐ姿に、床に座り込んだブタゴリラとコロ助は呆れていました。

トンガリは相変わらず、床の上で膝を抱えています。

 

「この辺でいいかな。それじゃあ、潜水開始!」

 

沖まで出てきた亀甲船は底部の排水/吸水口から湖の水をバラストタンクに吸入していき、水中へと沈んでいきました。

 

「ちょ、ちょと、ちょっと! この船沈んでるわよ! 大丈夫なの!?」

「大丈夫。この船は潜水艦って言って、水の中に潜るための船なのよ」

 

初めての潜水に慌てるルイズを隣にやってきた五月が宥めます。

 

「水の中に潜れる船なんて聞いたことないわ。すごいわねー……」

 

船体左右に取り付けられた窓から外を見れば、そこには青々とした湖の中が広がっています。

キュルケも初めて乗る潜水艦に感嘆としていました。タバサも珍しく驚いた様子で湖中を窓から眺めています。

 

「わたしも前に一度乗っただけなんだけど、とっても乗り心地が良いわ」

 

五月は以前、静岡の浜名湖で大鯰に追い回されていたブタゴリラとコロ助を助けるために亀甲船に乗り込んだことがあったのでした。

 

「でも、これなら魔法も使わないで水の精霊の所へ行けるわね」

 

ルイズは窓から水中を眺めながら言います。

水の精霊との交渉役のメイジがいずとも、風の魔法を使わずとも水中に潜れるこの亀甲船ならば労せず精霊と接触ができるのです。

本当にキテレツの発明品はルイズ達の想像を超える代物ばかりでした。

 

「本当にすごいな! 一体、どうやって水の中に潜っているのだね? キテレツ君!」

「後で全部説明しますから……落ち着いてくださいよ」

「先生もとりあえず座ってください」

「いや、すまないね……どうしてもこういうのを見ると興奮してしまってなあ……」

 

大はしゃぎするコルベールをとりあえず落ち着かせると、みよ子の反対側のキテレツの隣へと腰掛けてきました。

 

「とにかく、このまましばらく潜水を続けますね」

 

キテレツは亀甲船をさらに進ませながら湖の底へと向けて潜水を続けていきます。

潜水してからの数十メートルは、増水によって沈んでしまった森や村の中を通り過ぎていきます。

しばらく進むとかつての船着場らしき場所へと辿り着きました。そこから先はさらに湖底に向かって地形が続いています。

 

「ここから先が本当の湖の中なのね」

「うん。先生、水の精霊ってどんなものなんですか?」

「ああ……私も実物は見たことがないんだよ……話によれば水そのものの姿をしているそうだが」

 

みよ子の言葉に頷くキテレツはコルベールに尋ねますが、苦い顔でそう返されてしまいました。

 

「そんなんじゃ探しようがないんじゃねえのか?」

 

ブタゴリラはリュックから折り畳み式の釣竿を取り出しながら声を上げます。

水と全く同じなのであれば、見分けが付きようがありません。

 

「あたし達メイジならただの水と精霊の見分けくらいなら付けられるわ。水の精霊は強い魔力を帯びているものね」

「それなら安心ね」

 

キュルケの言葉に五月の顔が綻びます。

 

「ところで、精霊を見つけた後はどうするのよ」

 

窓の外を眺めていたルイズが振り返りながら言います。

 

「とりあえず、話はできるんだよね? だったら、どうして湖の水を溢れさせているのか聞いてみようよ」

「言っておくけど、精霊は怒らせたらとんでもないことになるって話よ。気をつけてちょうだいね」

「うん。危なくなったら浮上して逃げるから」

 

亀甲船は更に湖の底の奥深くまで潜水していきました。水深は既に100メートルを超えようとしています。

ここまで来ると、陸上からの光も届きにくくなっており、暗くなっていきました。

 

「どれ。何か釣れるかな。それ!」

「何やってんのよ、あんた」

「熊田君。そんな物持って来ていたの?」

「へへへっ、タイコからのプレゼントだからな!」

 

床のパネルを開けて釣り糸を水中に垂らすブタゴリラにルイズと五月は唖然とします。

この釣竿はブタゴリラと相思相愛の女の子、桜井妙子からプレゼントされた大切な物なのです。

 

「それに、もしかしたら釣り針にそいつが引っかかるかもしれないじゃねえか」

「あのねえ、精霊は魚じゃないのよ? そんな物で釣れるわけないじゃない」

 

ブタゴリラの行動にルイズはため息をついて呆れました。

そんな物に引っかかるほど水の精霊の知能は低くはないのです。

 

 



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世界沈没? 水の精霊の探し物・後編

 

 

「さあ、ここが湖の底だ」

 

やがて潜水を続けていた亀甲船は湖の奥深くへと辿り着きました。

琵琶湖と同じくらいの広さを持つラグドリアン湖の正確な深さは分かっていませんが、現在記録されている最大の水深は約150メートルだそうです。

キテレツの亀甲船はそれよりもさらに深い300メートルまでやってきたのです。

もっとも、増水している分の数十メートルを除けば本来の水深は200メートルほどということになります。

 

「ほお……これがラグドリアン湖の一番深い場所か……」

「何にもない所ね。岩と砂ばかりじゃない」

 

コルベールは操縦席の暗視モニターの映像に唸りますが、キュルケは逆につまらなそうに肩を竦めます。

確かに湖の底にはこれと言って変わった物はありません。暗闇の中に見えるのは、岩ばかりでした。

 

「きゃあっ! 何よこれ!」

 

しかし、ルイズは窓の外に映った大きな影に驚き、尻餅をついてしまいました。

窓の外には人間の大人より大きな巨大な魚が泳いでいたのです。それはキテレツ達で言えばシーラカンスのような古代魚でした。

 

「シラスの缶詰めって奴だな。あんな大物がいるんなら、もっとでっかい魚が釣れるかもな!」

「シーラカンスでしょ? そんなに大きな魚じゃその道具だと釣れないと思うけど」

 

呑気に釣りを楽しむブタゴリラにルイズを起こす五月が突っ込みを入れました。

 

「肝心の水の精霊なんてどこにもいないじゃない」

「しばらく湖の底を回ってみるよ」

 

窓の外を見つめて声を上げるルイズですが、キテレツはゆっくりと亀甲船を進ませます。

 

「ほら、トンガリ君。いい加減に元気を出してよ。窓の外でも見ていれば、何か面白いものが見えるかもしれないわ」

「うん。そうだね……」

 

未だに落ち込み続けているトンガリを窓際へ連れてきた五月は水中の風景を見せようとしました。

 

「ほら……あら?」

「どうしたの、五月ちゃん」

 

五月が窓の外を見て声を上げたのでトンガリは問いかけます。

 

「あれ、何かしら」

「何か見つけたの? サツキ」

「何々? 何か面白いものでもあった?」

 

ルイズやキュルケも五月が注目しだした窓の外を眺めます。

窓の外、少し離れた所にぼんやりと何かが浮かんでいるのが分かりました。

 

「暗くてよく見えないけど……何かあるわね」

「キテレツ君。向きを変えられる?」

「うん。ちょっと待ってて」

 

五月の言葉にキテレツは操縦レバーを動かし、亀甲船を左へ反転させます。

 

「何かの祭壇のようだね……」

「こんな湖の底にですか?」

 

顔を顰めるコルベールにルイズが声を上げました。

亀甲船の正面に据えられ、暗視モニターに映し出されたのは明らかな人工物であり、四つの柱に囲まれた台座が鎮座しています。

 

「サイダンって何ナリ?」

「飲むとシュワシュワする飲み物だよ! あれが美味いんだよな、これが!」

「それはサイダー! 神様とかに祭るお供えものを置いたりするもののことだよ」

 

首を傾げるコロ助にブタゴリラがボケをかましますが、キテレツが突っ込むと同時に説明します。

 

「でも、何にも置いてないみたいね」

「しかし、ここに何かがあったことは確かだね。見たまえ。台座の上は中心に向かってすり鉢状に窪んでいるだろう。あの中にきっと何かが安置されていたんだ」

 

みよ子の言葉にコルベールがモニターを指差します。

 

「こんな水の底に一体何を祭っていたんですか?」

「う~ん……聞いた話によれば……水の精霊は、この湖の底で何かのマジックアイテムを守っていたということなのだがね」

 

コルベールはルイズの質問に記憶を巡らせながら答えました。

 

「マジックアイテムを、ですか?」

「うむ。それが何なのかはちゃんと調べてみなければ分からんがね」

 

魔法学院の図書館にならばそれが記された書物があるかもしれません。

 

「それじゃあ、それは精霊にとっては大事な宝物みたいなものなのね」

「ふうん。水の精霊が湖の底で守るマジックアイテムね……中々面白そうな話じゃない。ねえ、タバサ?」

 

五月の言葉に唸るキュルケはタバサに話しかけます。しかし、タバサはじっと窓の外を見つめたままでした。

 

「でも、精霊さんの宝物がないということは……」

「誰かが持ち出したのかもしれんなあ」

「水の精霊が守っているくらいの代物だから、欲しがる物好きはいるかもしれないわね」

 

操縦席に近づいてきたコロ助にコルベールとキュルケは答えます。

 

「要するに、この間のフケみたいに泥棒がやってきたっていうことだろ」

「フーケでしょ。……もう。少し黙ってなさいよ」

 

幾度も続けられるブタゴリラの天然ボケにはルイズまでも呆れて突っ込んでしまいます。

フーケのような腕の立つメイジの泥棒であれば、この湖の底にまでやってきてお宝を盗んでいくことも可能でしょう。

もちろん、精霊に襲われればただでは済まないので、軽はずみなことはできないでしょうが。

 

 

「我が領域へ何の用だ。秘宝を奪いし者達よ」

 

 

突然、一行の耳に聞こえてきたのはとても澄んだ女性の声でした。

 

「ひっ……! 何なの、この声?」

 

さすがに落ち込んでいたトンガリもビクついて、五月にしがみついてきました。

どうやらこの声は亀甲船の外から聞こえているようです。

 

「いる」

「どうしたの、タバサ!」

「何がいるナリか?」

 

静かに杖を構えるタバサが呟き、ルイズとキュルケ、五月とコロ助らは彼女が見ている窓の外を注目しました。

 

「あれは……」

 

窓の外には、ぼんやりとした光を放つぶよぶよとした液状の物体が浮かんでいました。

周りの湖の水とは明らかに異なる、不定形のアメーバのように見えます。

 

「これが、水の精霊!?」

「おお……! 間違いない! あれが水の精霊だよ!」

「綺麗ね……」

 

キテレツやみよ子にコルベールまで、全員が窓に集まって現れた水の精霊の姿に驚きます。

水の底の暗闇の中で特に際立つその神秘的な姿は、キテレツ達はもちろん、ルイズ達も見とれてしまいます。

 

「水飴みたいな奴だなあ」

 

ブタゴリラだけは精霊の美しさが理解できませんでしたが。

 

「ここは我が暮らす最も濃き水の底の聖域。単なる者達よ。早々に立ち去るが良い」

 

しかし、そんなキテレツ達の気持ちなど知らないと言わんばかりに精霊は警告をしてきました。

 

「待ってください、精霊さん。僕達はあなたに聞きたいことがあって……」

 

早速、キテレツは精霊とコンタクトを図ろうとします。この湖の底までやってきたのはそれが目的なのですから。

精霊はどこから喋っているのかは分かりませんが、はっきりと人語を解することができる以上、会話を行うこともできます。

 

「去れ。お前達にこれ以上、我が領域を汚させるわけにはいかん」

 

しかし、精霊はキテレツの言葉に耳を貸そうともしてくれません。

グネグネと形を変えていき、無数の長い触手を生やした姿になっていきました。それはまるでタコかイカのようです。

 

「きゃあ!」

「うわあ!」

「ぬおっ……!」

 

水の精霊は問答無用で亀甲船に体当たりをしてきました。大きさで言えば亀甲船とほぼ同じであり、弾力がある水の体による一撃で亀甲船は大きく揺れます。

ルイズ達は今の衝撃で床の上に倒されてしまいました。

 

「あっ! 俺の釣竿! 危ね!」

 

しかもブタゴリラは大切な釣竿を危うく水の中に落としてしまう所です。

 

「何をするのよ! まだ何にもしていないのに攻撃してくるなんて!」

「待ってください! 僕達はあなたを攻撃するつもりじゃ……」

 

ルイズが癇癪を上げますが、キテレツは慌てて説得を試みようとします。

しかし、精霊の攻撃は止みません。伸ばしてきた触手を次々と亀甲船を叩きつけてきました。

 

「うわあ! ママ~!」

 

頭を抱えて蹲るトンガリは思わず泣き叫んでしまいます。

 

「相当、気が立っているみたいね……!」

 

キュルケの言うとおり、水の精霊はとても怒っているようなのは間違いありません。

 

「きゃっ!」

「キテレツ君、水が!」

 

攻撃による衝撃で壁の隙間から大量の水が中に入り込んできたのです。

浸水してきた水はキュルケにかかってしまいました。

 

「うわあ! 沈没しちゃうよお!」

「た、大変ナリ~!」

「ど、ど、ど、どうすんのよ! この船、壊されちゃうわよ!」

 

喚くトンガリやコロ助をよそにルイズは慌てふためきます。

精霊の攻撃は未だに続いており、その勢いは強くなるばかりで浸水も激しくなります。

 

「ここにいるのは危険だ! キテレツ君! すぐに陸へ逃げよう!」

「は、はい!」

 

水の精霊はかなり怒っている様子で、とても話ができる状況ではないようです。

コルベールに促され、キテレツは大急ぎで操縦席に駆け寄ります。

 

「急速浮上!」

 

操縦レバーを動かし、亀甲船を立て直すと全速力で水上に向かって直進していきました。

 

「うわああっ!」

「痛てててっ!」

「きゃあああっ!」

 

最大180ノットで進める亀甲船が推進剤の酸素を大量に噴射して全速力で移動しているおかげで、物凄い振動とGが機体にかかっています。

中にいる全員はたまらず、悲鳴を上げながら翻弄されていました。

 

幸い、水の精霊は亀甲船を追ってくることはありません。自分の住処に侵入し、荒らそうとする者を追い出せればそれで良いみたいです。

亀甲船は二分とかからず湖上まで浮上していきました。

 

「キテ、レツ……」

 

亀甲船の泡の軌跡を見つめながら、精霊は触手を生やした体を普段の不定形の姿へと戻していきました。

 

 

 

 

「きゅい、きゅい~♪」

 

しっかりと留守番をしていたシルフィードは主人達の無事を喜びます。

命からがら水の精霊の住処から逃れてきたキテレツ達は陸へと上がっていました。

亀甲船は修理が必要で、しばらく使えそうにありません。

 

「もう……まさかいきなり攻撃をしてくるなんてね。頭に来るわ」

「本当よ。まったく……」

 

直に水を浴びてびしょ濡れになってしまったキュルケは濡れた髪を掻き分けながら文句を呟きます。

ルイズも湖を恨めしそうに振り返りながら頬を膨らませます。

 

「精霊さん、とても怒っていたみたいナリ」

「何であんなに怒ってたんだろうな?」

 

地面にへたり込むコロ助達は安心しつつも疑問を述べました。

 

「ねえキテレツ君。あの精霊、あたし達のことを泥棒って言ってなかった?」

「間違いなくそう言っていたわ」

 

如意光で小さくした亀甲船をケースに戻すキテレツにみよ子と五月が指摘します。

水の精霊はキテレツ達を『秘宝を奪いし者』と呼んで、明らかな敵意を抱いていたのでした。

 

「うん。やっぱり、あそこに何か宝物が置いてあって、それを盗まれたから怒ってるんだよ」

 

そのための報復か何かのために湖の水位を上げているのでしょう。水の精霊が怒る気持ちも分かります。

 

「う~む。しかし、困ったなあ。何が盗まれたのかが分からんと、返してあげることもできんよ」

 

コルベールも困ったように頭を掻きます。

あの祭壇に置いてあった物が盗まれたのは明らかです。しかし、それが何なのかを知っているのは水の精霊だけなのです。

 

「もう一度潜ろうにも亀甲船は修理が必要だからなあ……」

「水中呼吸膏を使えばまた潜れるナリよ」

 

水中呼吸膏という薬を使えば水圧にも耐えられ、水中に含まれる酸素から皮膚呼吸を行うこともできるのです。

それならば亀甲船を使わずとも潜ること自体はできますが……。

 

「僕は嫌だからね! あんな所にまた潜るのは!」

「それにすぐ喧嘩を売ってくるんじゃあ、話もできないじゃねえか」

 

トンガリは猛抗議し、ブタゴリラまでもため息をつきます。

水の精霊はとてもまともに話し合いができる状態ではないのです。

 

「生身で行くのは危険。水に触れたまま精霊の所へ行くのは自殺行為」

 

タバサまでも乗り気ではないようでした。

水の精霊は水に触れるものの心はおろか、生命までも操ることができる力を持つのです。

と、なればやはりタバサの風魔法を使いたい所ですが、あまり長時間は話し合いをしていれらません。

 

「やっぱり、モンモランシーに来てもらった方が良いわね」

 

ルイズは頷きながらそう提案しました。

交渉役のメイジを仲介にして安全に話をつけた方が得策でしょう。

 

「う~む……仕方があるまい。一度学院へ戻るとしようか」

「それが良いですね」

 

ルイズとコルベールの意見にキテレツも賛成します。

 

「へっくしっ……! もう……あたしも早く帰って着替えないとね……」

 

キュルケはくしゃみをしてしまいました。

このまま濡れたままだと風邪を引いてしまうかもしれません。まだ季節は春なのでいくら暖かくても意外に冷えるのです。

 

「よし、これで燃料は満タンだな」

 

コルベールは自作の超鈍足ジェット機の樽に二つの瓶からそれぞれ液体を注ぐと、中で篭った小さな破裂音が聞こえてきます。

液体が化学反応を起こして特殊なガスが発生し、それを燃料にして超鈍足ジェット機は飛ぶのです。

 

「おや? 何ナリか?」

 

キテレツ達もキント雲に乗り込もうという時、コロ助は湖を振り返っていました。

 

「何だろう? あの光」

 

見れば湖の離れた水面の一部が光りだしていたのです。一行は地面に降りると、岸辺へと近づいていきました。

 

「何か出てくるみたいね」

「ま……まさか……」

 

五月がそう呟くと、トンガリの顔から血の気が失せていきます。

光が漏れる水面がゴボゴボと波しぶきが上がりだしたのでした。その勢いは強くなるばかりです。

 

「わあっ! 出たあーっ!」

「きゃあ!」

 

突然に飛び出るようにして大きな水柱が立つほどの水しぶきが噴き上がりました。

水の精霊が湖の底からここまで追ってきたのです。

 

「何だよ、しぶとい奴だな! ステッカーかよ!」

「ストーカーでしょ!」

「わわわわ! 早く逃げるナリ~!」

 

腰を抜かすトンガリがブタゴリラに突っ込みます。

コロ助も精霊に驚いてキテレツにしがみ付くみよ子にしがみつきました。

 

「まだ来るっていうなら、あたしも容赦しないわよ!」

「かかってきなさい!」

「いかん! 君達は下がっていなさい!」

 

息巻いて杖を抜こうとするキュルケとルイズをコルベールが制して前に出ました。

タバサも自分の杖を突きつけながら身構え、五月も腰の電磁刀を手にします。

 

「待て。単なる者達よ。我は貴様達と争うつもりはない」

 

しかし、精霊は先ほどまでの敵意を見せていた時とは異なり、とても落ち着いた様子で喋りだします。

 

「遥々陸より我が住処へと訪れたのは、何かしら意味があってのこと。我も性急が過ぎたようだ」

 

精霊は水柱から形を変えていき、その姿は竜の顔へと変化していました。

どうやらシルフィードの姿を真似ているようです。

 

「な、何よいきなり……」

 

ルイズ達もキテレツ達も突然の水の精霊の態度に呆然としてしまいます。

 

「キテレツ。貴様達は何故、我が元へとやってきた」

「ええ? 僕?」

 

そして、精霊は何とキテレツを指名してきたのです。

いきなり名指しで呼ばれてキテレツも困惑してしまいます。他のみんなもキテレツに注目しました。

 

「何でキテレツの名前を知ってるんだ?」

「僕に聞かれても……」

「多分、さっきの私達の声はちゃんと届いていたんだろうな」

 

首を傾げるブタゴリラ達にコルベールがそう答えました。

何はともあれ、水の精霊がちゃんと自分から話をしに来たというなら、今が事情を聞いてあげるチャンスです。

 

「僕達は精霊さんと話し合いに来ただけなんです。どうして精霊さんは湖の水を増やしているんですか? もし良かったらやめて欲しいんですけれど」

 

キテレツは早速、水の精霊に湖の水を溢れさせている理由を尋ねます。

 

「五月ちゃん、怖い……」

 

トンガリは水の精霊がいきなり襲ってくると思うと怖くなり、五月の腕にしがみ付きました。

 

「そういうことか……。我がこの水を広げるのは、我が守りし秘宝を取り戻さんとするがためだ」

「やっぱりそうだったのね……」

 

みよ子も五月も納得して頷きます。

 

「あれは月が三十ほど交差する前の晩。貴様達の同胞は風の力を行使し我の住処へと足を踏み入れ、眠る我には手を触れずに秘宝を奪っていった」

「何のこと言ってるナリ?」

「うむ。一ヶ月の周期であの月は交差して二つに重なり、また離れては重なることを繰り返すんだよ。水の精霊は二年ほど前に宝を盗まれたと言ってるんだ」

 

首を傾げるコロ助にコルベールは丁寧に教えてくれました。

 

「まったく、どこの誰なのよ。そんなことをしたのは……」

 

ルイズは頭を抱えて面倒を起こした泥棒を恨みました。

 

「我が水が全てを覆い尽くせば、いずれ秘宝へ届く。さすれば我は秘宝の在り処を知ることができるだろう」

「すげえこと考えてるんだな」

「そんなことされたら、世界が沈没しちゃうわよ……」

 

水の精霊は世界全てを水の底へ沈めてでも自分の宝物を取り返す気でいるのです。

ブタゴリラも五月も、精霊の執念に驚きや恐怖を通り越して呆れてしまいました。

そんなことをされてはたまったものではありません。

 

「そのお宝というのは一体何なんです?」

「我と共に時を過ごした秘宝。アンドバリの指輪だ」

 

キテレツが尋ねると、問題のお宝の名を精霊は口にします。

 

「何と! あのアンドバリの指輪かね!?」

 

秘宝の名を聞いた途端にコルベールは驚きだしました。

 

「餡ドーナツ?」

「あんたは黙ってなさいよ! このっ!」

「痛てっ!」

 

一々、言い間違いをするブタゴリラにルイズもついに怒り出します。ブタゴリラの頭を小突きました。

 

「知っているんですか? コルベール先生」

「私も書物でしか見たことがないのだがね。それは水の先住魔法の力が秘められた伝説のマジックアイテムだよ。まさか、ここにあったとは……!」

「何なんですか? その先住魔法っていうのは?」

 

キュルケの問いに答えたコルベールに、今度はみよ子が尋ねました。

 

「うむ。簡単に言えば、自然の力というべきかな。私達メイジの魔法とは全く別の力を秘めたものなんだよ。そして、そのアンドバリの指輪は極めて強力な水の力を宿しているとされている。それは死者をも蘇らせ、町一つの人間の心をも操ると聞いているが……」

「死んだ人を!?」

「それってすごいことじゃないですか」

 

コルベールの説明にキテレツ達は驚きます。

死人を蘇らせることができる道具なんてキテレツの発明品でも不可能なのですから。

 

「その通り。しかし、アンドバリの指輪が与える命は偽りの命。旧き水の力に過ぎぬのだ。お前達にとって命を与える力は魅力かもしれぬが所詮、益にはならぬ」

「人の命に偽物も本物もあるのかよ?」

「難しすぎてよく分からないナリ……」

 

ブタゴリラやコロ助は今一、精霊の話が分からないようでした。

 

「盗んでいった人はその指輪の力を聞いて盗んだのかしら」

「その魔法の指輪はとってもすごい力を持ってるっていうんだもの。欲しがる人はいると思うよ」

「それで、盗んでいった人のことを何か覚えていませんか? 名前でも何でも良いんです」

 

キテレツは少しでも情報を引き出そうと精霊に尋ねました。

 

「個体の何人かはこう呼ばれていた。『クロムウェル』そして、『シェフィールド』と」

「誰なんだ? そいつら」

「名前だけじゃ分からないわね……」

 

ブタゴリラもみよ子も首を傾げます。名前だけで容姿が分からなければどうにもなりません。

 

「とにかく、そいつらがアンドバリの指輪を盗んだってわけね。どこの馬鹿かしら……こっちまでとばっちりを喰らっちゃったわよ……」

「それじゃあ、その指輪が戻れば水を増やすのはやめてくれるんですね?」

 

顔を顰めて頭を押さえるルイズですが、キテレツは精霊にそう語りかけます。

 

「ちょっと、キテレツ! まさか引き受ける気なの!?」

 

トンガリは声を上げてキテレツに抗議します。

面倒事に自ら首を突っ込もうとするなんて、厄介事に関わりたくないトンガリにとっては冗談ではありません。

 

「だって、もしこのまま指輪を取り戻せないで放っておいたら、湖の水はもっと広がっていくんだよ?」

「そうよ、トンガリ君。そうしたら、他の村も町も沈んじゃうわ」

 

五月も指輪を取り戻そうと考えるキテレツに賛同していました。

 

「それに、あたし達だってずっと帰る方法を見つけられないでいたら、いつかは水の中に沈んじゃうってことになるわよ」

「えっ! そ、そんなあ……」

「それはまずいナリね」

 

ついにはみよ子にまでそう指摘されてしまい、トンガリの顔は青ざめます。

 

「わたし達だけじゃないわ。ルイズちゃん達も、シエスタさん達もみんな溺れちゃうのよ。放っておけないわ」

 

五月はこの異世界で世話になり、友達になった人達のことも気にかけていたのです。

 

「おいおい、冗談じゃねえぞ」

「……僕、そんなの嫌だよ!」

 

ブタゴリラもトンガリも、自分達が溺れ死んでしまう結末となるのは嫌でした。

そうなる前に元の世界へ帰れれば良いのですが、まだその手掛かりは無いのです。

 

「精霊さん、あなたの宝物は僕達が取り返します。ですから、ひとまず湖の水をこれ以上増やすのはやめてくれますか?」

「良かろう。それならば我も水を増やす必要は無くなる」

 

キテレツの頼みに、水の精霊は即座に受け入れてくれました。

 

「何か本当に……さっきまでと全然態度が違うわね」

「水の中じゃあんなに攻撃してきたっていうのに……キテレツにだけ心を開いてるって感じ」

 

ルイズとキュルケはあっさりと要求を聞き入れてくれた水の精霊に呆気に取られます。

メイジですらない平民のキテレツとこんなにも対等に、交渉役のメイジ並に話し合いをしてくれるなんて信じられませんでした。

 

「ちょっと。あんたは何でそんなにキテレツにだけ丁寧になるわけ? さっきまであんなに怒ってたのに……」

 

思わずルイズは水の精霊に問いかけてみます。

キテレツ達も水の精霊の反応が気になり、黙り込む精霊に注目しました。

 

「我は覚えている。貴様の体を流れる液体を。数えるのもくたびれるほどに月が交差したあの時も、その者は我を助けてくれた」

 

そして答えたのは、全く訳の分からない言葉でした。

 

「何のこと言ってるんですか?」

「さあねえ……精霊の使う言葉の意味は我々人間とは違うからね……」

 

コルベールも頭を掻いて困惑してしまいます。

 

「キテレツよ。我は今一度、貴様を信じたいと思う」

 

再び精霊はキテレツの名を呼んでそう告げていました。

 

「何かキテレツだけやけに信頼されてるね」

「どういうことだ?」

「僕に言われたって分からないよ……」

 

水の精霊がここまでキテレツを信頼している理由は、結局本人にしか分かりません。

しかし、その意味まではキテレツ達には理解できませんでした。

 

とりあえず分かるのは、水の精霊は過去に誰かの世話になっており、そのことに恩義を感じているのです。

 



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ルルル! プリンセスの誰にも言えない秘密



♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「ギーシュのお兄さんがルイズちゃんのお部屋を覗いてるナリ! けしからんナリ!」

キテレツ「学院にやってきたお姫様がお目当てみたいだね。あのお姫様はとっても人気がある人なんだ」

コロ助「本当に可愛い人ナリ。ルイズちゃんとも仲が良いナリね」

キテレツ「そのルイズちゃんとお姫様は小さい頃からの友達なんだってさ。二人だけにしてあげようよ」

コロ助「でも、こんな夜遅くにどうして来たナリか?」

キテレツ「次回、ルルル! プリンセスの誰にも言えない秘密」

コロ助「絶対見るナリよ♪」


 

 

ラグドリアン湖から戻ってきたキテレツ達はどうやって水の精霊の宝物を探すのかを考えます。

とにかく、まずは盗まれたアンドバリの指輪のことをもう少し調べる必要がありました。

そのためにコルベールは魔法学院の図書館でアンドバリの指輪についてより詳しい資料を探してくれています。

本格的な捜索はもう少し後になることでしょう。

 

「しぇ~……」

「すっごい大きい本棚ね……」

「本当だわ……」

 

さて、ラグドリアン湖での一件の翌日である今日、朝食を済ませたキテレツ達はコルベールと一緒に本塔にある図書館を訪れていました。

本来、平民であるキテレツ達は図書館に入ることはできませんが、コルベールやルイズ達が一緒にいてくれる限り、特別に入館が許可されています。

30メートルもの高さがある図書館を見上げて、ブタゴリラもみよ子も五月も驚いていました。

 

「いい? ここで騒いだりしちゃ駄目だからね? ここにある本はみんな魔法の本とか秘伝の書とか、門外不出で大事なものばかりなんだから」

「うん。分かったわ」

 

そんな三人に注意をしてくるルイズに五月はしっかり頷きます。

 

「絵本は無いナリか?」

「絵本ねえ……ここはそういうの置いてあったかしら?」

 

タバサと一緒についてきているキュルケですが、きょろきょろと見回すコロ助に困ったように微笑みます。

 

「あんな高い所までどうやって本を取るのさ。……脚立とか梯子も無いみたいだけど」

「それは、こうやって取るのよ」

 

トンガリの呟きにキュルケは杖を取り出して軽く振ると、レビテーションの魔法で高く浮かび上がります。

あっという間に10メートル以上も上の本棚から一冊の本を手に降りてきました。

 

「ね?」

「何ていう本なの? これ」

 

ハルケギニアの文字が読めないのでトンガリは受け取った本を見て苦い顔をしました。

 

「ええっと……あら、これシュヴルーズ先生の出してる本ね。何だ、つまんないの」

「いや、僕に渡されても……」

 

キュルケはため息をついて本を返しますが、トンガリも困り果ててしまいます。

 

「やっぱり、こっちの文字はわたし達じゃ読めないわ」

 

適当に手にした本を読んでみようとしますが、タイトルから中の文章まで五月達にはまるで意味が分かりません。

 

「何て書いてあるのかさっぱりだぜ。日本語の本はねえのかよ」

「ある訳ないじゃん」

 

本の中に目を通すだけで渋い顔をするブタゴリラにトンガリが突っ込みます。

 

「仕方がないわ。通詞器じゃ、あたし達がこっちの言葉を喋ることまでしかできないもの」

「何よ? そのツウジキっていうのは」

 

棚に本を戻すみよ子にルイズが尋ねます。

すると、みよ子は両耳から通詞器を取り外しました。

 

「ルイズちゃん。あたしの言っている言葉が分かる?」

「な、何よ。あんた、何喋ってるのよ」

 

みよ子は日本語で喋っているのですが、それがルイズには分かりません。

逆に通詞器を外したみよ子も驚くルイズのハルケギニアの言葉は何と言っているのかが分かりませんでした。

 

「あたし達はキテレツ君のこの道具を使ってルイズちゃん達の国の言葉を話しているのよ。これがないと、ルイズちゃん達とお話ができないの」

「ふうん。つまり、異国の言葉を聞いたり話せるマジックアイテムね。すごいじゃない」

 

通詞器を付け直して説明するみよ子にキュルケが感心します。

タバサもじっとみよ子のことを興味深そうに見つめました。

 

「みんな、そんなのを使ってたの? わたしは普通にルイズちゃん達の言葉は分かるし、話せるのに」

「そういえば五月ちゃんは通詞器が無いのにどうしてこっちの言葉を喋れるわけ?」

 

五月は意外そうに声を上げます。トンガリも五月がキテレツの道具も無しに普通に異世界の言葉を喋れることが不思議に思えていました。

 

「わたしに聞かれても……」

「たぶん、召喚された時の影響」

 

困った顔をする五月にタバサが答えます。

 

「どういうこと? タバサちゃん」

「サツキは元々、使い魔として召喚された。使い魔には特別な能力が付くようになる」

「ああ、きっとそうね。ネコとかを使い魔にすると、人の言葉を喋るみたいだし」

 

タバサの説明にルイズも納得したように頷きました。

正確にはルイズと使い魔の契約を結んだわけではないのですが、召喚のゲートを潜った時に五月の体に何か変化があったのかもしれません。

 

「そうだったんだ。全然気がつかなかったわ……」

 

五月は呆然としながら自分の口を押さえます。

 

「ところで、キテレツはどこにいるナリ?」

「そういやあ、ここに入ってから見かけないな」

「あそこにいるわ。先生も一緒よ」

 

キュルケは図書館の一画の机を指差します。

その机ではコルベールとキテレツが一冊の分厚い書物を一緒に見ていました。

 

「どうですか? 先生。何か分かりましたか?」

「ううむ……何しろ、伝説級のマジックアイテムだからね。一般の本に載っていないことがほとんどなんだよ。私が前に見た本も、簡単な効果しか記されていなかったからね」

 

一行が二人の元へやってくると、コルベールは困った顔で笑います。

 

「もうかれこれ、昨日から何十冊も書物を漁っているんだがね……」

「僕も先生を手伝いたいんですけど、こっちの文字が読めなくて……」

 

キテレツもハルケギニアの言葉が喋れても文字の読み書きができないことに困っていました。

 

「何、今日中にでも見つけてみせるさ。これはかなり古い年代のマジックアイテムも記してある貴重な書物だからね。載っている可能性は高いよ」

 

コルベールはしたり顔を浮かべます。

今読んでいる本は教師でしか閲覧ができないエリアから持ち出したものなのです。

 

「早く精霊の宝物を返してあげないと、本当にこの世界は水の中に沈んじゃうよ」

「でも、今日明日にすぐ沈むわけじゃないんだから、そんなに急ぐことはないわよ」

 

少し焦った様子のキテレツにキュルケはそう答えます。

二年ほどで湖から数十メートルまでが沈んでいたのですから、沈む速さはとても遅いということです。

確かに極端に焦ることもありません。まさか何年も探し回るわけでもないのですから。

 

「あんたのあのカイコキョウだっけ? 過去を写すっていう道具を使えばすぐ分かるんじゃないの?」

「駄目だよ。二年前に盗まれたって言っても、正確な日時が分からないと……それに、回古鏡のフィルムも限りがあるし」

 

キテレツはルイズの提案をすぐに却下しました。

 

「アンドバリの指輪は私が調べておくから、ミス・ヴァリエール達は授業へ行きなさい。もうすぐ始まる時間だよ」

「はい。さ、あんた達。コルベール先生の邪魔になるから、あたし達も出ましょう」

「確か今日の午前はギトー先生の授業だったかしら?」

 

コルベールに促されたルイズ達はキテレツ達を連れて図書館を出て行こうとします。

 

「あ、シュヴルーズ先生」

 

図書館の入り口へやってくると、ちょうどそこで教師の一人であるシュヴルーズが現れました。

 

「ミス・ヴァリエール。ミスタ・コルベールを見かけませんでしたか?」

「先生ならあそこにいますわ」

 

何やら慌てている様子のシュヴルーズにキュルケはかったるそうに答えます。

 

「ここにいらっしゃったのですか、ミスタ・コルベール。探しましたよ」

「ミセス・シュヴルーズではありませんか。どうしましたか?」

 

大急ぎで駆け寄ってきたシュヴルーズにコルベールは本を読むのを中断して尋ねます。

 

「はあ。実はたった今、オスマン学院長からお知らせがありまして……アンリエッタ王女がゲルマニア訪問からのお帰りで当学院を行幸なされるそうです」

「何と! あのアンリエッタ姫殿下がですか?」

「それでこれから、全校を挙げて歓迎の式典を行うのですが……」

 

シュヴルーズからの知らせにコルベールは立ち上がるほどに驚いています。

話を聞いていたルイズも目を丸くしていました。

 

「へえ。噂に聞く、亡き先代のトリステイン王の忘れ形見の王女様ね」

「何の話ナリか?」

「お姫様がこの学校に来るの?」

 

キュルケもキテレツ達も学院を訪問しようとしている王女に興味があるようでした。

 

「何だよ。アリのお姫様が来るって、わざわざ人間の学校に来るのか? ……痛てえっ!」

 

またも天然ボケをかますブタゴリラの頭をルイズは思い切り拳骨で叩きます。

 

「口を慎みなさい! このバカ! よりによってアンリエッタ姫殿下の名前を言い間違えるなんて! おまけに何がアリよ! 姫様はれっきとした人間よ! 無礼にもほどがあるわ!」

「落ち着いて、ルイズちゃん」

「ごめん。僕からも謝るから」

 

五月とキテレツが激怒するルイズを宥めようとします。

 

「痛ってえ~……」

「自業自得だよ。ブタゴリラは黙ってなって」

 

たんこぶができてしまった頭を押さえるブタゴリラにトンガリは呆れながら言います。

 

「分かりました。では、私も早速準備に取り掛かりましょう」

「わたくしは他の先生や生徒達にも知らせてきますわ」

「すまんね、キテレツ君。これから式典の準備をしなくてはならなくなってしまったよ……」

「いえ、良いんですよ。何かできることがあるなら僕もお手伝いをします」

 

申し訳なさそうにするコルベールにキテレツは答えます。

学校の行事があるというのなら、教師であるコルベールはそちらを優先しなければいけません。

 

「さあさ、生徒の皆さんは門の前に整列をしてください。姫殿下を送り迎えをしますからね。しっかりと正装をするんですよ」

 

シュヴルーズはルイズ達生徒にそう告げると、図書館を出て行きました。

 

「ミス・タバサ。すまないが、しおりを挟んでこの本を司書の人に預けておいてくれないかね?」

 

コルベールはタバサに読んでいた本を手渡すと、タバサは頷くでもなく本を見つめていました。

 

「さあ、みなさん。姫殿下をお出迎えに行きますぞ」

「ほら、あんた達も来なさいよ」

「どんなお姫様が来るのかしら?」

「可愛い人ナリか?」

「ま、それは見てのお楽しみさ」

 

コルベールとルイズに続いて、キテレツ達も図書館を後にしていきました。

 

「……アンドバリの指輪」

 

誰もいなくなった図書館でタバサはコルベールから預かった本をじっと見つめたままその場に突っ立ったままでした。

少しすると、先ほどコルベールが使っていた机に向かい、その本を読み始めます。

 

 

 

 

魔法学院の前庭で学院中の生徒達は正門から本塔に続く道の左右で整列をしています。

オスマンやコルベールら教師陣は本塔の玄関前で待機していました。

やがて正門をくぐって馬車の一団が現れると、整列する生徒達は一斉に杖を掲げました。

その中でも一番立派な馬車は角の生えた馬……ユニコーンと呼ばれる幻獣が引いているものでした。

 

「あの角の生えている馬は何ナリ?」

「あれはユニコーンっていう動物よ。綺麗ね……」

 

整列している生徒の団体の中で、キテレツに肩車をされるコロ助にみよ子は見惚れながらも答えました。

 

「何だ? あの鳥みたいな変なやつ」

「あれって確か、グリフォンっていう動物だったかと思うけど」

 

ユニコーンの馬車の四方を固めている鷲の上半身とライオンの下半身をしている動物――グリフォンという幻獣に目を丸くするブタゴリラに五月が答えました。

 

「実物を見るのは初めてだけど、こんなものだったんだね。すごいなあ……」

 

キテレツ達の世界では架空の動物であるユニコーンやグリフォンを目にすることができたことにトンガリも唸ります。

 

「魔法衛士隊のグリフォン隊だね。う~む、かっこいいなあ!」

 

ギーシュはグリフォンに跨っている羽帽子に黒いマントを纏ったメイジ達を見て眼を輝かせていました。

 

「トリステイン王国王女! アンリエッタ姫殿下のおなーーーりーーーっ!」

 

やがて馬車が止まると、召使い達がユニコーンの馬車に駆け寄り扉を開けます。

 

「うわあ……」

「ほえ~……」

「綺麗……」

 

生徒達から歓声が上がる中、キテレツ達は思わず唖然としてしまいました。

馬車から降りてきたのは栗色の髪に純白のドレスを身に纏い、すらりとした気品に満ちた顔立ちの美少女でした。

トリステイン王国の王女、アンリエッタ姫の登場です。

 

「可愛い子ナリ~……」

「あれがトリステインのお姫様ねえ。あたしの方が美人じゃないの?」

「おお……! アンリエッタ姫殿下……! 何と可憐なお姿だ……!」

 

観衆達に優雅に手を振るアンリエッタ王女に見惚れるコロ助やギーシュですが、キュルケはつまらない様子でした。

 

「ねえ、サツキ。どう思う? あたしとあのお姫様、どっちが綺麗?」

「う~ん……どうって言われても……」

 

いきなりそんなことを聞かれても五月は困ってしまいます。

日本人であるキテレツ達から見ればキュルケだってアンリエッタ王女だってどちらも綺麗です。比較なんてできません。

 

「あんた達……! 少し静かにしてなさいよ……!」

 

そんな風にしてお喋りをするキュルケとキテレツ達をルイズが小声で叱り付けました。

 

「ごめん、ルイズちゃん……」

 

五月が謝りますが、ルイズは何故か嬉しそうな顔を浮かべています。

その視線はアンリエッタ王女へと真っ直ぐに注がれていました。

 

「あら……あのグリフォン隊のお兄さん、良い男じゃない。お髭が素敵だわ……」

 

そんな中、キュルケはグリフォン隊の隊員の一人に目がついてうっとりとしていました。

 

「魔法衛士隊とか何とか言ってたけど……何のことなの?」

「ああ。彼らはね、我がトリステインが誇る近衛隊でね。三つの隊からなるエリートなんだ」

 

トンガリが呟くと、ギーシュは芝居がかったように薔薇をかざしながら答えます。

 

「彼らはヒポグリフ、グリフォン、マンティコアと三つの幻獣を乗りこなす騎士なんだ。その黒マントの姿に僕のような若き美男子は憧れ、花嫁となることを望む女性は数多いという……! ああ……! 僕も一度は彼らのようなマントを纏い、戦場を駆け抜けてみたい……!」

 

自分の体を抱きしめて酔い痴れ、完全に自分の世界に入り込んでいるギーシュにキテレツ達はため息をついて呆れてしまいます。

そんな中、ルイズはキュルケが見惚れているグリフォン隊の隊員を同じようにぼんやりと見つめていました。

 

 

 

 

アンリエッタ王女は客人として今夜、魔法学院へと一泊することになりました。

王女を招いた夕食では、いつもは賑やかに食事を楽しむ生徒達も静かに食事をしています。

 

「すごい静かね」

 

キテレツ達はいつものように厨房で賄いをもらっていましたが、いつもと違う雰囲気の食堂を覗き込んでいました。

 

「お姫様はどこにいるナリ?」

「あそこだよ」

 

トンガリはアンリエッタ王女や宰相のマザリーニ枢機卿らが食事をしているテーブルを指差します。

魔法衛士隊はテーブルの傍に立って警護をしていました。

 

「何だかお姫様、悲しそうね」

「ええ? どういうこと?」

 

みよ子の指摘にトンガリは目を丸くします。

 

「だって、全然楽しくなさそうだもの」

 

見れば確かに、アンリエッタの表情は微笑みながらもどことなく物憂げな様子でした。

 

「何かあったのかしら?」

「お姫様の悩み事なんて僕らには分からないよ……」

 

しかし、どうしてあのようにして悲しそうにしているのか気になって仕方がありません。

 

「あ、五月ちゃん。どうしたの?」

 

トンガリはルイズの世話をしてきた五月が戻ってきたので声をかけます。

 

「それがルイズちゃんの様子が変なのよ。わたしが声をかけても全然反応がないし……」

 

みよ子達がルイズの方を振り向きますが、ルイズは昼間の時と同じでずっとぼんやりとうわの空といった状態でした。

数時間前はブタゴリラがまたルイズを怒らせるような言い間違えをしていたのですが、それにも無反応だったのです。

 

「お姫様もルイズちゃんも、本当にどうしたのかしらね」

「さあ……僕に聞かれても……」

 

 

夕食も終わり、キテレツ達は宿舎へと戻っていきます。

今日はコルベールも色々と忙しいため、図書館での調べ物ができません。

アンドバリの指輪の資料探しは明日以降にまた始めることにしました。

 

「おや? 誰ナリか?」

 

眠ろうとするキテレツ達の部屋の扉を誰かがノックをしています。

ブタゴリラはトンガリと一緒に自前の露天風呂へ入りに行っているのでここにはいません。

 

「あ! タバサちゃんにキュルケのお姉さん!」

「ハアイ。コロちゃん」

 

コロ助が扉を開けてみると、そこにはタバサとキュルケの姿がありました。

 

「どうしたの? こんな夜遅くに」

「それにその本は……」

 

五月とみよ子はタバサが抱えている本を目にして目を丸くします。

それは図書館でコルベールがタバサに預けていた本でした。

 

「この子ったら、あれからずっと図書館でアンドバリの指輪の資料を探してたんですって」

 

キュルケはタバサの頭を撫でて苦笑します。

タバサが夕食の時もずっと姿が見えないことが気になり、キュルケはまだ図書館に残っているのではと思い迎えにいったらそこにいたのです。

 

「そうだったんだ。ありがとう、タバサちゃん」

 

キテレツが礼を言うと、タバサは黙々と本を開いていき、あるページをキテレツに見せてきました。

そこには指輪のようなものの絵が載っています。もちろん、文字はキテレツ達には読めません。

 

「アンドバリの指輪」

「これが、水の精霊の宝物なの?」

「タバサちゃん、見つけてくれたのね! すごいわ!」

「ワガハイにも見せて欲しいナリ~!」

 

本に注目する四人ですが、タバサは部屋の中に入るとキュルケと一緒にベッドに腰掛けます。

 

「何々……『アンドバリの指輪……数千年もの古き時代より存在が確認されているマジックアイテム。誰が作り出したのかは定かではない』」

 

無口なタバサに代わってキュルケが本を読み上げていきます。

 

「『このマジックアイテムは先住の水魔法の力が凝縮されたものであり、その成分は水の精霊とほぼ同質のものであるとされ、それが結晶化したものである。この指輪はこの世界の源の雫の一つである水の先住魔法そのものとも言える』」

 

キテレツ達は向かいのベッドに座ってキュルケの読み上げに集中していました。

 

「『水は生命と心を司る要素であり、この指輪によりその生命と心を自在に操ることができる。死者に命を与え、生者の心を奪うことも容易い。しかし、あくまでこの指輪の魔力による仮初めのものでしかなく、根本的な生命と心の深き部分までは支配できない。即ち、偽りの生命と心でしかない』……ですって」

 

読み上げを終えたキュルケにキテレツ達は深刻そうな顔をしました。

 

「何だか聞いてるとその指輪って怖いわ」

「心を奪われるってどんなのかしら……それに偽りの命って……」

「つまり、死んだ人を生き返らせても、あくまで指輪の魔力で無理やり動かされているだけってことね。人の心を操るのもそういうこと。やっぱり恋は情熱的なものじゃないと! こんな指輪で心を操ったって何の意味もないわ!」

 

キュルケはポンッ、と本に描かれた指輪の絵を叩きました。

 

「待って。確か、その指輪は水の精霊と同じって書いてあったんですよね?」

「ええ。ほとんど同じみたいね。要は、あの水の精霊の体が固まったものって所かしら」

「何か考えがついたナリか?」

 

話を聞いていたキテレツが何か妙案を思いついたと見て、一行はキテレツを注目します。

 

「そうか! それだったらあれが使える! 明日、もう一度精霊の所へ行こう!」

「何か良いアイデアが閃いたのね」

「さすがキテレツ君!」

 

キテレツが自分の発明品を使うとなれば、これまでもキテレツの発明で助けられてきたみよ子達からすればそれはとても信頼できることでした。

 

「面白そうね。あたし達も明日、一緒させてもらうわ。ね、タバサ?」

 

キュルケが本を閉じるタバサを振り返ると、彼女も興味があるらしく頷きます。

 

「おい! キテレツ!」

 

その時、バタバタと喧しい足音が外から響くと同時に扉が開きます。

現れたのはブタゴリラとトンガリでした。

 

「どうしたの、熊田君? そんなに騒いで」

「あら。あなた達、今までどこにいたの?」

「二人はお風呂に入ってたナリ」

「ああ。この間、サツキと一緒に入った庭の……」

 

二人を見つめるキュルケに答えるコロ助に、納得したように頷きます。

 

「キテレツ! すぐに何か道具を出せよ! 泥棒がいやがった!」

「泥棒? どういうことさ」

「庭を変な奴がうろついてたんだよ。とっても怪しかったんだ……」

 

二人はお風呂から上がり、宿舎へ戻る途中で黒いフードを被った人影が女子寮へと向かっていくのを見つけたのです。

 

「すぐにとっ捕まえてやる! 何でも良いから発明を出せ!」

「あら。だったらちょうど良いわ。あたし達もそろそろ寝ようかと思ってた所だし、戻るついでに泥棒さんを叩きのめしてきてあげる」

 

喚くブタゴリラにキュルケはくすくすと笑い出します。

 

「待って。もしも見つかって騒がれたり逃げられるといけないから、こいつを使おう」

 

そう言うキテレツは発明品が入ったケースと如意光を取り出します。

 

 

 

 

「あれがその泥棒?」

「確かに怪しいわね……」

 

キテレツが手にする二つ折り型の小型モニターの画面に一行は注目します。

そこには魔法学院の女子寮の階段を昇っていく黒いローブ姿の人影が映っていました。

 

「へえ~……あのカラクリムシャってガーゴイル、こんなことまでできるんだ」

 

キテレツの後ろから覗き込んでくるキュルケは感心したように声をあげます。タバサも同様にモニターに食い入っていました。

隠密作戦などで役に立つカラクリ武者を起動させたキテレツはモニター兼リモコンによる遠隔操作で操り、怪しい人物をつけていったのでした。

元々、カラクリ武者のリモコンはブラウン管のテレビ型だったのですが、持ち運びがしやすい電子辞書式の小型リモコンを新しく作ってあったのです。

 

「あ! この階に用があるみたいだ」

 

カラクリ武者の視線を通して映し出される映像を見ながらキテレツはリモコンを操作し、後を追います。

キテレツのリモコン操作でカラクリ武者は器用に階段を昇っていきました。

 

「あら。ここってあたしの部屋がある階じゃない」

「ええ!? それじゃあ、ルイズちゃんの部屋もあるわ!」

 

キュルケの呟きに五月は声を上げました。

 

「キテレツ! 早く捕まえちまえ!」

「待ってよ。まだ泥棒と決まったわけじゃないんだから」

 

急かすブタゴリラをキテレツは抑えます。

とりあえずいきなり捕まえたりしようとすれば大騒ぎになってしまうので、まずは様子を見なければなりません。

 

「あ。ルイズちゃんの部屋に入っていったわ」

 

通路の陰からこっそりと顔を出すカラクリ武者に気付くことなく、黒ローブの人物はノックを数回してからそそくさとルイズの部屋へと入っていきました。

キテレツはリモコンを操作してカラクリ武者をルイズの部屋の前まで移動させます。

 

『……久し……ね……イズ……ランソワ……』

『……姫……!』

『……ああ……ズ、ルイ……!……懐…………イ……!』

 

部屋の中からはルイズともう一人、少女らしき声が聞こえてきますが上手く聞き取れません。

 

「おい。全然聞こえねえぞ」

「もう少しマイクの感度を上げてみるよ」

 

キテレツはリモコンを操作し、カラクリ武者のマイクの調整を行います。

 

『姫殿下! いけませんわ。こんな下賎な場所へ……』

『ルイズ。そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい! あなたと私はお友達なのよ! ここには枢機卿も誰もいない……私とあなただけ! 私が心を許せるお友達だけなの! そんなあなたにまでそんなよそよそしい態度を取られたら、私はもう死んでしまうわ!』

『姫様……』

 

はっきりとマイクが拾っている音声からはそのような二人の声が聞こえてきます。

 

「姫様って……あの王女様?」

「今日やってきた、あのアリのお姫様のことか?」

「アンリエッタ王女でしょ?」

 

またも言い間違えたブタゴリラをトンガリが訂正します。

 

「あのお姫様がルイズちゃんの部屋に来てるの?」

「どういうことかしら」

「何だかとっても仲が良さそうナリ」

 

五月もみよ子も首を傾げますが、中から聞こえてくる二人の楽しそうな会話をキテレツ達は全て聞いて理解します。

どうやら二人は幼い頃からの親友だったそうで、ルイズはアンリエッタ王女の遊び相手を務めていたのだそうです。

それにしても見た目はお淑やかな王女様でしたが、会話を聞いてみると実際は結構なお転婆だったようです。

 

「ふうん。そういうこと。だからルイズに会いに来た訳ね」

 

キュルケも納得したように頷きます。要するにお忍びで友達にわざわざ会いに来たようなものなのでしょう。

 

「そっか……ルイズちゃんにはまだ友達がいたんだ」

 

五月はルイズがとても楽しそうに王女と話し合っているのを耳にして安心します。

いじめられっ子だったルイズにはまともな友達はキュルケくらいしかいないと思っていましたが、そうではなかったのです。

 

『どうなさったのですか? 姫様』

『いいえ。何でもないわ。気にしないで、ルイズ。あなたに話せるようなことではないから……』

『いけません、姫様! 昔から何でも話し合った仲じゃありませんか! どうか親友のこの私めにお悩みをお聞かせくださいませ!』

『ありがとう。私をお友達と呼んでくれるのね。とっても嬉しいわ』

 

しかし、しばらくするとアンリエッタは何やら神妙な様子になっているのが分かります。

 

「何だか様子が変わってきたな」

「やっぱりお姫様には何か悩み事があったのね」

『良いですか? 今から話すことは誰にも話してはなりません」

『はい。姫様」

 

みよ子が納得する中、ルイズ達の会話は続いています。

 

『私は今度、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになりました……』

『ゲルマニア! あの野蛮な成り上がり共の国に!』

「あら。言ってくれるわね」

 

キュルケはルイズの言葉に軽く鼻を鳴らして笑います。

 

『仕方が無いのよ。ゲルマニアと同盟を結ぶためなのですから。好きな殿方と結婚するなんて、諦めているわ』

 

アンリエッタ王女の話によれば、今アルビオンという国では反乱が起こっており、その反乱軍が勝利しやがてはトリステインに攻めてくるのではと考えているそうです。

それに対抗するためにアンリエッタ王女はゲルマニアの皇帝と結婚をしなければなりません。

 

「つまり、お姫様は政略結婚をするってことなんだね」

「何だそりゃ?」

 

キテレツの言葉にブタゴリラが首を傾げます。

 

「本人の意思に関係なく、国同士の話し合いで結婚をすることを言うんだよ」

「可哀相……」

「本当ね……」

 

トンガリが説明をしますが、みよ子と五月は王女に同情している様子でした。

 

「ふうん。つまんない結婚を押し付けられたってわけね。あのお姫様は。うちの国の皇帝陛下に嫁ぐなんて」

 

ゲルマニア出身のキュルケは自分の国の最高権力者に対してあまり忠誠心がないのでそんなことを言いだしました。

 

『やや? 何だね? これは?』

 

ルイズ達の会話がさらに続こうとする中、突然別の声が聞こえてきます。

 

「え? 何?」

「どうしたの?」

 

キテレツ達が戸惑う中、それまで扉を映していたモニターの映像が男の顔を映し出しました。

 

『これは、キテレツ君のガーゴイルかな? 何でここに?』

 

何と、モニターにはギーシュの姿が映りこんでいたのです。ギーシュはカラクリ武者を持ち上げて覗き込んできていました。

 

「何でギーシュさんがここに……」

「この野郎! 離せよ! せっかく良い所なんだぞ!」

「ブタゴリラ! あっ!」

 

ブタゴリラがキテレツの肩を強く揺らすと、その拍子でキテレツはリモコンの操作を誤ってしまいます。

 

『カ・ラ・ク・リ・ム・シャ……!』

『うわあ! 何だね! 一体!』

 

ギーシュは突然喋りだしたカラクリ武者を思わず放り投げました。

着地したカラクリ武者は右腕をゆっくりと顔を覆うように振り上げます。

すると、それまで無表情だった武者の顔は真っ赤に怒りに満ちたような恐ろしいものへと変わっていったのです。

 

『うわあああ! 来るな! 来るな! 助けて!』

『カ・ラ・ク・リ・ム・シャ!』

 

尻餅をつき、薔薇の造花を振り回して後ずさるギーシュですが、カラクリ武者は腰に下げている刀を抜いてギーシュへと向かっていきました。

 

「ちょっと、どうしたの? キテレツ君!」

「カラクリ武者が暴走しちゃったんだよ!」

 

戸惑う五月に尋ねられるキテレツはリモコンをいじりながら答えました。

 

『ぎゃあ! 痛い! ひい!』

『カ・ラ・ク・リ・ム・シャ!』

 

ギーシュに襲い掛かるカラクリ武者は刀を振り回して暴れるギーシュを痛めつけていきました。

 

「早く止めないと!」

「何とか止められないの? キテレツ」

「カラクリ武者はクイックアクション機能で相手が戦えば戦うほど自動で反撃するんだよ。ギーシュさんが気絶でもしない限り、こっちからは動かせないんだ」

 

みよ子が焦る中、キュルケが尋ねますが、キテレツも困ったように答えました。

カラクリ武者はこういった暴走を起こすこともあるので使い方に気をつけなければなりません。

 

『何の騒ぎ!? ……あっ! ギーシュ! あんた、何でここに!?』

 

とうとうルイズが騒ぎを聞きつけて部屋の外へ出てきたようです。

 

『ひいっ! 助けて! うぎゃっ!』

 

カラクリ武者の一撃がギーシュの顔面に炸裂し、ついに気絶させてしまいます。

しかし、戦う相手がいなくなったことでようやくカラクリ武者もおとなしくなりました。

 

『ルイズ?』

『この人形……キテレツの……!』

 

しかし、今度はルイズがカラクリ武者を拾い上げて無表情になった顔を睨んできています。

 

「うわ……」

「やべ……」

「すごい怒ってるナリ……」

 

その顔は明らかに怒りに満ち満ちていました。口の端がピクピクと震えています。

 

『こらあ! キテレツ! サツキ! あんた達、何やってるのよ!』

 

ルイズはカラクリ武者に向かって大声で怒鳴りつけます。

その大音量を拾っているキテレツ達は思わず怯んで耳を塞いでしまうほどでした。

 

『まさか、この人形で盗み聞きをしてたんじゃないでしょうね!?』

 

ルイズはカラクリ武者を床に叩きつけると、杖を抜き出して突きつけてきました。

 

『さっさと帰らないと、お仕置きしてやるわよ!』

「やべ! 逃げろ、キテレツ!」

「う、うん!」

 

ブタゴリラが叫ぶと、キテレツも大慌てでリモコンを操作します。

起き上がったカラクリ武者は全速力で階段を転げ落ちるようにして退散しました。

 

「惜しかったわね。せっかく面白そうな話が始まるかと思ったのに」

 

ルイズの凄まじい大声に耳を塞いでいたキュルケはため息をつきます。

ギーシュの邪魔が無ければ、アンリエッタ王女の誰にも言えない秘密が聞けたのかもしれないのに、残念でなりません。

 

 



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それぞれの出発! 空の国、アルビオンへの道

♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「こんなに朝早くからルイズちゃんは早起きナリね~」

キテレツ「お姫様がアルビオンっていう国に手紙を届けるように頼んだんだよ。とっても大事なものなんだって」

コロ助「一緒にいる魔法使いのお兄さんのお手伝いをするナリね」

キテレツ「僕達はルイズちゃん達が戻ってくるまで、水の精霊の宝物を探すのさ」

コロ助「おやおや? でも、ルイズちゃん達と一緒の方にあるナリか?」

キテレツ「次回、それぞれの出発! 空の国、アルビオンへの道」

コロ助「絶対見るナリよ♪」





アンリエッタ王女が魔法学院を訪問してきた日の翌日は虚無の曜日です。

多くの生徒達は起きていない朝靄の早朝、キテレツ達は早起きをして出発の準備を始めていました。

 

「いくらあの水飴の奴の所に行くからって、こんな朝早くから出かけなくたって良いじゃねえか……」

 

中庭でキント雲を準備しているキテレツですが、ブタゴリラは眠そうに大きなあくびをします。

 

「善は急げさ。早いに越したことはないよ」

「ところで、五月ちゃんはどこに行ったの?」

 

張り切って整備をするキテレツの横でトンガリがみよ子に尋ねます。

 

「ルイズちゃん達を呼びに行ったみたい」

 

結局、昨晩はカラクリ武者を追い返されてルイズとアンリエッタ王女がどんな話をしていたのかは分かりません。

それでもルイズにはラグドリアン湖に行くという話を伝えておかなければなりません。

きっと、ルイズも一緒に行くと言うことでしょう。

 

「ねえ、先生は呼ばなくて良いの? キテレツ君」

「それが、まだ色々と忙しいんだってさ。お姫様のこととかでやることがあるんだって」

 

キテレツは数分前にコルベールにも出発することを伝えていましたが、コルベールは一緒に行ってあげられないと言ってきました。

やはり教師としての仕事は忙しいようです。

 

「ハアイ。おはよう、みんな」

「やあ、ルイズちゃんも」

 

と、そこへキュルケがタバサと一緒に現れます。すぐ後ろにはルイズが五月と一緒にやってきました。

 

「あんた達、ラグドリアン湖へまた行くんですって? サツキから聞いたわ」

「うん。水の精霊にぜひ協力してもらいたいことがあるからね。それで指輪の在り処が分かるはずだよ」

「そう。あたしは今日からしばらく留守にするからね」

「ええ?」

 

一行を見回すルイズの突然の言葉にキテレツも五月も驚きます。

 

「ルイズちゃん、お出かけするナリか?」

「わたし達に言いたいことってそれだったの?」

 

ルイズを呼びに行った五月は支度をして部屋から出てきたルイズに、「キテレツ達に話がある」と言ってきていたのです。

 

「あら。こんなに朝早くから、一体どこへ行こうっていうのかしら?」

「あんたには関係ないことよ。……とにかく詳しいことは話せないけど、アルビオンへ大事な用事があるの」

 

キュルケが関心を見せて尋ねますが、ルイズはつんと澄ましてそう答えました。

 

「大事な用事?」

「そう。だからあたしが出かけている間、アンドバリの指輪のことはあんた達に任せるわね」

 

キテレツ達は怪訝そうにルイズを見つめます。

もしかしたら、昨晩にやってきたアンリエッタ王女のことと何か関係があるのかもしれません。

 

「ひょっとして、昨日来ていたお姫様に何か言われたナリか?」

「あんた! こんな場所で滅多なことを言うんじゃないわ!」

 

キテレツ達が思っていることを、コロ助が何気なく呟くとルイズはきつい表情になって詰め寄ってきました。

 

「痛いナリ!」

「ちょっと、ルイズちゃん!」

 

コロ助の頭を両手で掴み上げるルイズにみよ子が駆け寄ります。

 

「姫様はお友達のあたしを頼って密命を任せてくれたんだからね! 安易に話せることじゃないのよ! 大体、あんた達! 昨日は勝手にあのガーゴイルで盗み聞きをして……!」

「ねえ、ルイズ」

「あによ!」

 

喚き立てるルイズにキュルケが話しかけますが、コロ助を降ろしたルイズは彼女を振り返って睨みます。

 

「そんなに重要な密命をお姫様から託されたっていうんなら、密命があることをあんたが口にしちゃ意味が無いんじゃないの?」

 

呆れたようにそう述べるキュルケに、数秒固まっていたルイズの表情が気まずそうなものに変わりました。

そうです。ルイズは昨晩、友人のアンリエッタ王女から重大な任務を託されていたのでした。

もちろん、その任務は言った通りの密命で決して公にはできないものです。

カラクリ武者は追い返し、覗き見をしようとしていたギーシュは気絶していたので誰にも聞かれることはなかったというのに……自分が喋ってしまっては密命の意味がありません。

 

「密命って何だよ?」

「秘密にしたままこっそり行う大切な仕事のことだよ」

 

意味が分からない様子のブタゴリラにトンガリが説明します。

 

「ま、アンリエッタ王女様からの大事な密命なら聞かないでおいてあげるわ」

 

キュルケは肩を竦めながらそう言いました。

 

「アルビオンって、戦争で今は危ない場所なんでしょう? 大丈夫なの?」

「……姫様が腕の立つ護衛を一人つけてくれるって言ってたわ。だから大丈夫よ」

 

心配そうに尋ねる五月にルイズは仕方なそうにため息をついてそう答えます。

そして、右手に嵌められている指輪を握り締めました。

それはアンリエッタ王女からお守りとして渡された水のルビーという指輪なのです。

 

「とにかく! あたしはしばらく留守にするからね。分かった?」

「その護衛という人はどこにいるの?」

「まだ来てないみたいね。ここで待ち合わせすることになってるんだけど」

 

みよ子に問われてルイズは中庭を見渡しますが、一行以外にはまだ誰もいません。

 

「わたし達もついて行った方が良いかしら。ルイズちゃん」

「駄目よ。あんたも言ったでしょう、アルビオンは危険な場所だって。あんた達がいくらマジックアイテムをいっぱい持っているからって、そんな危ない場所へ連れて行けるわけないでしょう?」

 

五月の言葉にルイズは毅然とした態度で言います。

確かにキテレツの発明があれば任務を達成するのは簡単でしょう。

しかし、ルイズにはキテレツ達が帰るまで世話をする大切な役目があるのです。

いくら密命が託されたからと言って、キテレツ達まで巻き添えにすることはできません。

 

「でも……そんなに危険な場所なんでしょう? 護衛が一人だけじゃあ、やっぱり心配だわ……」

「キテレツ君。ルイズちゃんに何か道具を貸してあげたらどうかしら?」

 

五月が心配する中、みよ子が提案しました。

 

「キテレツのマジックアイテムを?」

「良いんじゃない? 魔法が使えないあんたでも、マジックアイテムくらいなら簡単に使えるでしょ? 持っていて損はないんじゃない」

「それが良いよ、ルイズちゃん。きっと役に立つはずだわ。ね? キテレツ君。ルイズちゃんに何か貸してあげて」

 

ルイズが目を丸くする中、キュルケも五月もみよ子に賛同します。

 

「う~ん……そうだね。それじゃあ、ルイズちゃんにはこれを貸してあげるよ。ちょっと待ってね」

 

そう言うとキテレツはリュックの中から丸く赤いテープを、そしてケースから小さな人形を取り出して如意光で大きくします。

 

「何よ? そのアルヴィーは」

「これは助太刀人形、一寸ガードマンさ。これがルイズちゃんを守ってくれるよ」

 

コロ助よりもさらに小さいその一寸法師風の侍を模した人形は、命令することで護衛をしてくれるロボットです。

小さいながらもカラクリ武者並に強く、とても頼りになるはずです。小さいので邪魔にもなりません。

 

「そのテープ、瞬間移動ができるテープね!」

「そう。天狗の抜け穴さ」

「テングノ、ヌケアナ?」

 

五月は赤いテープを見て声を上げます。天狗の抜け穴は以前、五月がキテレツ達の運動会に出場できるように役に立った道具なのです。

そして、この道具は初めて五月が知ることになったキテレツの発明品でもあります。

 

「うん。使い方だけど、一度試してみようか」

 

キテレツ達は宿舎の隅まで移動すると、宿舎の壁に天狗の抜け穴のテープを大きな輪状にして貼り付けます。

 

「もう一つをこっちに……」

 

そして、もう一つのテープの輪を学院の堀の壁へと貼り付けました。

距離は5メートルほど離しておきます。

 

「それで? そんな物を貼ったから何なのよ」

「黙って見てた方が良いわよ」

 

怪訝そうに見つめているルイズにキュルケは楽しげにそう言いました。

 

「まあ見てなって!」

「あっと驚くナリよ」

 

得意気にするブタゴリラとコロ助にタバサも同様にじっとキテレツを見つめています。

 

「いいかい? このテープでこうやって丸い形を二つ作って、片方の丸の中へ飛び込むと……」

 

キテレツは宿舎側の抜け穴へと走りこんで飛び込んでいきました。

 

「えっ!」

「わっ!」

「……っ!」

 

ルイズ達三人は宿舎の壁の中に光と共に潜り込んでいったキテレツが、堀側の抜け穴から飛び出てきたことに驚きを隠せません。

 

「ね。こうやって二つのテープを通して、離れた場所からでも移動ができるんだ」

 

キテレツは堀側の抜け穴を通り、また宿舎側の抜け穴から出てきました。

 

「すっご~い……」

「本当にすごいマジックアイテムばっかり持ってるわね……」

 

ルイズはもちろん、キュルケも開いた口が塞がりません。タバサも無表情ながらはっきりと驚いていました。

 

「もし危なくなったら、これを上手く使って逃げると良いよ」

「うん。これなら絶対に役に立つわ」

 

五月はこの道具に助けられてキテレツ達と素敵な思い出を築くことができた経験があります。

 

「便利なマジックアイテムねえ……」

「でも、良いの? 天狗の抜け穴ってとても便利じゃない。全部貸すなんて……」

 

キュルケが感心する中、トンガリはかなり心配した様子で言いました。

天狗の抜け穴には何度も助けられているため、それを自分達が使えなくなるというのは不安なのです。

 

「大丈夫。テープはもう一組あるからね」

 

そう言ってキテレツはリュックからもう一つの天狗の抜け穴のテープを取り出しました。

 

「くれぐれも大事に使ってね。この一寸ガードマンはこの小型マイクで命令を出せば動くから」

「分かったわ……あ、ありがとう」

 

キテレツはルイズに天狗の抜け穴、一寸ガードマンと共に革製の腕時計を手渡します。

元は打ち出の小槌型のマイクでしたが、これもまた改良して腕時計型マイクを作ったのでした。

 

「ところで、ルイズちゃんと一緒に行くっていう人はいつ来るナリか?」

「そういえば全然姿が見えないわね」

 

ルイズが腕時計を巻き、マントにキテレツから渡された道具を入れる中、キュルケ達はまたも中庭を見渡します。

やはり、人の気配はありませんでした。

 

「そろそろ来ても良いはずなんだけど……」

「蜜豆に遅刻をするなんて、大丈夫なのかよ、そいつ……」

「密命だって……ん?」

 

正門前に移動し、ルイズも心配そうにしてトンガリがブタゴリラの言い間違えを訂正する中、上を見上げたトンガリは何かに気付きます。

 

「何か降りてくるよ」

「え?」

 

タバサはトンガリよりも早く気付いて見上げていましたが、他のみんなもトンガリが見上げた空に注目しました。

朝靄の中から大きな影が翼を広げて一行の前に降り立ってきたのです。

 

「グリフォン」

 

タバサが呟くと、前に出てきた影の姿がはっきりと露になります。

それは先日、王女の護衛をしていた魔法衛士隊が乗っていた幻獣、グリフォンでした。

 

「やあ、遅れて申し訳なかったね」

 

そして、そのグリフォンから羽帽子をかぶった長身の男が降りてきます。

 

「あら……あなたは……」

「昨日見かけた……」

 

キュルケは頬を赤らめて現れた若く凛々しい貴族に見惚れます。五月もその銀髪の口ひげを生やした男に見覚えがありました。

 

「アンリエッタ姫殿下より護衛の任を任された。トリステイン魔法衛士グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」

 

王女の護衛を行なっていたトリステインの近衛の騎士でした。

しかも隊長となれば相当のエリートということになります。まさにとても頼りにできる護衛でした。

 

「かっこいいナリね」

「強そう……」

 

腰に差しているレイピア状の杖が、彼の騎士としての印象と力強さをさらに引き出しています。

 

「お髭がとっても素敵ね。ふふっ……ねえ、ミスタ。情熱はご存知かしら」

 

コロ助も見惚れてトンガリが唖然とする中、キュルケはしなを作ってワルドへにじり寄ろうとします。

 

「ミス、ありがとう。しかし、これ以上は近づかないでもらいたい」

「へ?」

 

男を魅惑してきたキュルケの誘惑にワルドは毅然な態度を一切崩しませんでした。

キュルケも自分の誘惑にまるで動じないワルドに逆に動揺する結果となります。

 

「僕の婚約者が誤解をするといけないのでね」

 

キュルケを押し退けたワルドは一直線にルイズへと歩み寄っていきます。

ワルドが現れてからのルイズは呆然としていましたが、目の前までやってきたワルドを見上げて笑顔を浮かべていました。

 

「ワルド様!」

「久しぶりだな、僕のルイズ! 相変わらず、羽のように軽いな!」

 

気さくな笑顔を浮かべるワルドはルイズの体を抱え上げます。

 

「お恥ずかしいですわ……ワルド様……」

「まさか、こんな形でまた君と会えるなんて思っていなかったよ!」

 

ルイズは抱えられたまま頬を赤らめてワルドの顔を見つめます。

 

「コンニャクって何だ? あいつ、コンニャク屋でもやってんのか」

「もう……婚約者っていうのは、将来結婚の約束をしている人達のことよ」

 

またも天然ボケで勘違いをしているブタゴリラに五月が突っ込みました。

 

「ルイズちゃんとあのワルドっていう人は、将来結婚することが決まっているんだね」

「あんなかっこいい人が婚約者だなんて……素敵ね」

 

キテレツもみよ子も男らしいワルドを見て納得した様子です。

 

「何だ、つまんないの」

 

逆にキュルケは興が醒めたと言わんばかりにそっぽを向きます。

タバサは全く興味がなさそうで本を読んでいました。

 

「ルイズの友達かな? 僕の婚約者がお世話になっているよ」

 

ルイズの体を降ろしたワルドはキテレツ達を振り返って屈託のない態度で話しかけてきます。

 

「キュルケ・フォン・ツェルプストーと申しますわ。……学友の婚約者とは知らず、失礼を致しました」

「こんにちわ」

「こんにちわナリ」

 

キュルケはとりあえず挨拶をし、タバサ以外の他の六人もワルドに挨拶をしました。

 

「貴族だけでなく、平民にも友達がいるとはね! 何とも素晴らしいことじゃないか、ルイズ。平民とも屈託なく仲良くできるなんて」

「そ、そんな……」

 

キテレツ達を見回してワルドは感心したようにルイズを見つめます。

ルイズはさらに頬を赤くして俯いてしまいました。

 

「ワルドさん。ルイズちゃんのことを、どうかよろしくお願いします」

 

前に出てきた五月はワルドに向かってそう懇願します。

 

「もちろんさ。彼女は僕の婚約者だからね。必ず守り通してみせるさ。君達は安心して待っていたまえ」

 

強く頷くワルドはルイズの肩を抱いてグリフォンへと歩み寄り、ひらりと跨ります。

 

「さあ、おいでルイズ」

「は、はい……」

 

ルイズは躊躇うようにしてワルドの手を掴み、後ろに跨りました。

まるで白馬に乗った王子様とお姫様のようです。乗っているのは馬ではありませんが。

 

「それでは出発だ!」

 

ワルドが手綱を握ると、唸るグリフォンは街道を進み始めます。

 

「いってらっしゃーい!」

「気をつけてね、ルイズちゃん!」

「あんた達も、水の精霊の宝物を見つけても無茶はしないでよ!」

 

ルイズとワルドを見送るキテレツ達に、ルイズは後ろを振り返りながら叫びます。

朝日が昇る中、一頭のグリフォンをキテレツ達はその姿が見えなくなるまで手を振り、見届け続けました。

 

「さあ、僕らも行こうか!」

「ええ!」

 

そして、キテレツ達はキント雲と風竜シルフィードに乗り込み、アルビオンへ向かったルイズ達とは別の方向へと飛んでいきます。

 

 

 

 

ラグドリアン湖へと再びやってきたキテレツ達は早速、水の精霊を呼ぶための準備をしていました。

亀甲船はまだ修理が終わっていないので使えないため、タバサが風魔法を使ってキテレツと一緒に呼びに行くことになります。

 

「それじゃあ待っててね。みんな!」

「気をつけてねー!」

「タバサも気をつけてー!」

 

タバサの風魔法で空気の球体を周りに作り出して水中へと潜っていくキテレツ達を陸上の一行は見送ります。

水に触らないまま、キテレツ達は陸と変わらずゆっくりと湖底を並んで歩いていきました。

緩やかな斜面が続いていますが、時折いきなり深くなる所があるので進む時は気をつけなければなりません。

 

「どうやってアンドバリの指輪を探すの?」

 

湖底を進んでいる中、タバサは唐突にキテレツに尋ねてきました。

キテレツが何か道具を使うということは予想できていましたが、どういった方法で探そうとしているのかが気になっていたのです。

 

「コルベール先生から聞いたんだけど、水の精霊の涙っていう物があるんだって。知ってる?」

 

キテレツが問い返すと、タバサは小さく頷きます。

水の精霊の涙はいわゆる水の精霊石とも呼ばれるものであることをタバサは知っていました。

先日、キテレツは資料探しをしていたコルベールから水の精霊の涙というものが水の精霊の体の一部であるという話を聞かされていたのです。

それは闇市場などで売られているそうで、強力な水の魔法薬の原料にもなるそうです。

 

「その精霊の涙を精霊から借りようと思ってるんだ。それを使って、アンドバリの指輪の在り処が分かるはずだよ」

「あなたの道具で?」

「うん。ちょうど良い物があるんだよ。それを使おうと思ってね。……あっ」

 

湖底を歩いて10分と経たない内に、キテレツ達の前に見覚えのある光が現れます。

湖の底から上がってくる光はキテレツ達を包んでいる空気の球に近づいてくると、その目の前でピタリと止まりました。

 

『キテレツか』

「はい。こんにちわ、水の精霊さん」

 

現れた水の精霊は自分の体の一部を蛇のように空気の球の中へと入れてきました。

その体はまたもシルフィードと同じ顔になります。

 

「精霊さん。実はお願いがあるんです。精霊さんの宝物を探すのに、力を貸してくれませんか?」

『我に協力せよ、と? 秘宝を取り戻すために?』

「はい。アンドバリの指輪は、精霊さんの体と同じものでできているって聞きました」

 

キテレツは精霊を見上げて言葉を続けます。その隣ではタバサが空気の球を維持し続けるのに集中していました。

 

「精霊さんの体の一部を、ほんの少しで良いんです。しばらくの間、僕に貸してくれませんか? 宝物の場所を見つけるのに必要なんです」

『……秘宝を見つけるために我が一部が必要だというのか』

「指輪を返す時になったら一緒に返しますから、お願いします」

 

頭を深く下げて、キテレツは精霊に頼みかけました。

 

『かの者は、かつて我との誓いを守った。ならば、貴様を信じても良いと思う。……良かろう、我が一部を貴様に貸し与えよう』

「ありがとうございます!」

 

キテレツリュックから小さな瓶を取り出すと、竜の頭を下げてきた精霊へと近づいていきました。

小さく開いた竜の口から一滴、ほんの一雫の液体がキテレツの差し出した瓶の中へと落ちていきます。

これが水の精霊の涙と呼ばれる貴重なものです。

 

「待っていてください、精霊さん。必ず指輪を取り返してきますから」

『良い。かの者は我との約束を守ったのだから。……我が秘宝、必ず取り戻してくれ。キテレツよ』

 

水の精霊は本当にキテレツのことを信頼し、期待しているようです。

初対面のはずなのにどうしてここまで協力的なのか、本当に不思議でなりませんでした。

 

 

難なく水の精霊の涙を入手したキテレツは、陸へと上がってきました。

その手には精霊の涙が入っている瓶が握られています。

 

「何だよ、その水」

「水の精霊の涙っていうんだ。精霊さんの体の一部だよ」

 

持ち上げた瓶を見つめてキテレツは言います。

 

「精霊さんの体をもらったの?」

「うっそぉ……水の精霊の涙ってかなりレアな秘薬じゃない。よく手に入れられたわね……」

 

五月は呆然とし、キュルケは驚いたように瓶を見つめます。話には聞いたことがありますが、実際に見るのは初めてでした。

 

「でも、そんな物を使ってどうやって精霊さんの宝物を見つけるナリ?」

「まあ待っていて」

 

瓶を置いたキテレツはケースを開けて、中から何かを取り出そうとします。

いよいよ、キテレツの新たな道具が登場することにキュルケとタバサはさらに期待を膨らませていました。

 

「手鏡?」

 

五月はキテレツが取り出し、如意光で大きくしたものを見て声を上げます。

それは手鏡とコードが繋がれたような道具でした。

 

「これは合わせ鏡と言って、このコードの先に繋いだ物と同じ物の場所に向かって鏡から光を出すんだよ」

「それじゃあ、それで指輪の場所が分かるのね!」

 

みよ子はキテレツの考えを理解して歓声を上げました。

以前はスリットに差し込めるカードのようなものしか探せませんでしたが、改良をすることで他の形の品物も探せるようにしたのです。

水の精霊の涙とアンドバリの指輪は本質的には同質であり、何より持ち主が水の精霊であったためにこの道具を使うことができるのでした。

 

「さすがキテレツだぜ!」

「これで精霊さんの宝物は見つかったも同然ナリ!」

「よし、準備完了だ!」

 

キテレツはコードの先端を水の精霊の涙が入った瓶へと繋げると、取っ手部分のスイッチを押します。

 

「きゃっ!」

 

手鏡から一直線に光が放射され、五月は思わず驚いてしまいました。

光は一直線に特定の方向へと放たれ続けています。キテレツ達はその光をじっと見つめていました。

 

「うん! この光の先に指輪があるはずだよ! 行ってみよう!」

「よおし! 待ってろよ、泥棒め!」

 

光を放射し続けたまま、キテレツ達はキント雲に乗り込みました。

キュルケとタバサもシルフィードに乗ると、張り切っているキテレツ達と一緒になって光が示す方向へと飛んでいきます。

 

「……でも、ずいぶんと遠くにあるみたいね」

 

光の先を見つめるキュルケは思わず呟きます。

手鏡の光は何の障害物の無い空の中を突き切り、地平線の遥か彼方まで延びていました。

その方角はラグドリアン湖からずっと西のようです。

 

 

 

 

キント雲とシルフィードは鏡からの光の先に向かってひたすらに飛んでいきました。

西へ、西へとずっと進んでいき、やがて平原から険しい山や峡谷にまで到達してしまいます。

 

「ねえ、まだなの?」

 

トンガリは思わずそうキテレツに問いかけます。

結構な距離を飛んでいるにも関わらず、ずっと合わせ鏡からの光は遥か彼方に向かって伸びたままでした。

目的地に近づけば、空からはやがて地上へと到達するはずなのに、まだその気配はありません。

 

「おかしいなあ……」

 

キテレツも怪訝そうに合わせ鏡を見つめますが、それでも行くしかありません。

この光のずっと先にアンドバリの指輪があるのは間違いないのですから。

 

「あら……ここは……」

 

キュルケは真下の地上を見下ろし、声を上げます。

峡谷に挟まれたそこには町があるのが見えました。

 

「町が見えるわ」

「ラ・ロシェールの町ね。ここからアルビオンへの船が出ているって聞いてるわ。あたしは行ったことないけど」

「こんな山の中なのに船に乗るんですか?」

 

五月に答えるキュルケにみよ子が尋ねました。

船に乗るというのであれば、海岸の港町というイメージがあるのですが、それが山にあるというのは不思議に感じられました。

 

「アルビオン大陸は空に浮いている」

「島が空に浮いてるナリか!?」

 

みよ子の問いにタバサは短く答えると、コロ助が驚きました。他の五人も同様のようです。

 

「そうよ。普通は空を飛ぶ船でアルビオンへ行ったりするの。……ところでキテレツ」

「何ですか? キュルケさん」

「もしかしたら、アンドバリの指輪はそのアルビオンにあるのかもしれないわよ」

「ええっ? どうして分かるんだよ」

 

突然のキュルケの言葉にブタゴリラは驚きます。

 

「ここからもう少し西に進むと、もうその先は海なの。もしそこまで行っても光がそのずっと先に行っているなら、指輪はアルビオンのどこかにあるってことになるわ」

「それじゃあ……わたし達もアルビオンへ行かないといけないってことなの?」

「ええ……でも、戦争中で危ないんでしょ?」

「ええ。……これだったら、ルイズと一緒に行った方が良かったかもしれないわね」

 

五月とトンガリが漏らす中、キュルケは思わずため息をつきます。

まさかそんな場所に水の精霊の宝物があるだなんて思いもしませんでした。

空に浮いている場所に指輪があるなら、水の精霊はその果てにこの世界の全てを本当に水の深い底へと沈めていたことでしょう。

 

「海だ」

「ずっと海の向こうへ続いてるわ」

 

やがてキテレツ達はトリステインの西の果ての海岸上空まで到達してしまいました。

そして、キュルケの予想通りに光は海の彼方に向かって伸び続けています。

どうやらアンドバリの指輪はアルビオンにあるようです。

 

「やっぱりね……」

 

自分の予想が当たったとは言え、そんな場所にアンドバリの指輪があることにキュルケは顔を顰めました。

 

「その空に浮いてる島にあるっていうんなら、このまま乗り込んでやろうぜ! それだけの話じゃねえか!」

 

確かにブタゴリラの言う通りです。どこに指輪があろうと、合わせ鏡がその場所を示してくれるので探せないというわけではありません。

 

「え~、やっぱり行くの?」

「当たり前でしょ。何のためにここまで来たのよ」

「待って。一度学院へ引き返す。アルビオンへ行くなら準備が必要」

 

トンガリが愚痴る中、張り切るブタゴリラや五月ですが、タバサがそう告げました。

 

「そうね。キテレツ、一度戻りましょうよ。また出直しましょう」

「はい」

 

キュルケにも促されてキテレツは一度、合わせ鏡をしまいました。

空の上の国というキテレツ達には未知の世界にこれから行くとなると、これまで以上の冒険となることでしょう。

そこでどんなに恐ろしい出来事が待っていようと、諦めるわけにはいきません。



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どーして? ボクたち、アルビオンのおたずねもの

♪ お料理行進曲(間奏)



コロ助「キテレツ! 本当に島が空に浮いてるナリよ! すごいナリー!」

キテレツ「アルビオンは浮遊大陸だからね」

コロ助「でも、お空の上はとっても騒がしいナリ」

キテレツ「それは今は戦争中だし、海賊も出るっていうんだよ?」

コロ助「ワガハイ達は海賊じゃないのに、何でおたずねものにされてるナリか?」

キテレツ「分からないけど、とにかく今は逃げるしかないよ!」

キテレツ「次回、どーして? ボクたち、アルビオンのおたずねもの」

コロ助「絶対見るナリよ♪」






魔法学院を出発してから数時間、ルイズとワルドを乗せたグリフォンはトリステインの西へと向かって走っています。

浮遊大陸であるアルビオンへ行くには港町のラ・ロシェールから船に乗らなければなりません。

二人はまずはそこを目指しているのです。

 

「この調子なら、今日の夜にはラ・ロシェールに着くよ」

「良かった。普通に馬を飛ばしてたんじゃ。二日はかかってたものね」

 

ルイズはグリフォンを操るワルドに抱かれるようにして前に跨っています。

二人は道中、再会を懐かしみながら談話を楽しんでいました。

 

「しかし、ゆっくりとした旅も悪くないかもしれないよ。何しろ、君と会うのは本当に久しぶりだからね」

 

ルイズがワルドと最後に会ったのは10年も前になります。

昔はルイズの実家のラ・ヴァリエールで催される晩餐会をよく共にしたりしていました。

ワルドが実家の領地を相続して、さらに魔法衛士隊に入隊してからは会うことは無くなってしまいました。

ルイズのことも、二人の親が冗談交じりに約束した婚約の話も忘れられたかと思いきや、ワルドはしっかりと覚えていてくれたのです。

 

「良い機会だ。一緒に旅を続けていれば、昔のように懐かしい気持ちになれるよ」

「ワルド様……」

 

そんなワルドはルイズにとっては憧れの人であり、再び会うことになって本当に驚いてしまったのです。

憧れの人が旅の共をしてくれるのであればとても頼もしく、安心ができました。

 

「ところでルイズ。今日、学院にいたあの平民の子供達だが……」

「キテレツ達のことですか?」

 

ワルドは唐突にルイズにキテレツ達の話題を切り出してきます。

 

「あの子達はずいぶんと変わった身形をしていたね。それに一人は……ガーゴイルのように見えたが……」

「キテレツ達はその……遠い異国からやってきた平民なんです。あのガーゴイル……コロスケって言うんですけど、キテレツが作ったものだそうです」

「ほう。あの子達の雰囲気はハルケギニアの人間とは全然違っていた。……もしかして、ロバ・アル・カリイエから来たのかな」

「ま、まあ……そんな所ですわ」

 

まさかキテレツ達が異世界から呼び出されたなどと言えるわけがありません。

 

「そんな遠くの国から使い魔を、しかも人間を召喚するなんてすごいものだな」

「え? ご存知なのですか?」

「ああ。何でも何日か前に、グラモン家の四男が平民の子供達と決闘をして引き分けになったと聞いているよ。そして、その子供達をルイズ……君が召喚したということもね」

 

そんな細かいことまでワルドが知っていることに、ルイズは目を丸くして驚きます。

魔法衛士隊ともなると、色々な情報が耳に入ってくるのでしょう。

 

「わたしが召喚したのは……サツキだけですわ。あの白い服を着ていた女の子ですけど。それに、サツキとは使い魔の契約を結んでいるわけじゃありません」

「どうしてだい? 人間とはいえ、せっかく自分だけの使い魔を召喚したというのに」

「人間が召喚されるなんて始めてだし……それに、サツキ達はいつか故郷に帰らないといけないんです」

 

その故郷へ帰る方法を自分が潰してしまったことまではさすがに口にはできません。

 

「キテレツ達はわたしが呼び出してしまった友達のサツキを迎えに、遥々ここまでやって来たんですから……」

「そうか。自分のことよりも、その子達のことを考えたというわけだ。優しいんだね、ルイズ」

「そんな……わたしはただ……」

「しかし、それでも君が人間という使い魔を召喚したという事実に変わりはない。それは本当にすごいことなんだよ」

 

ワルドはルイズを賞賛してきますが、対するルイズは困惑してしまいます。

 

「ルイズ。君はきっと、偉大なメイジになる。それこそ、始祖ブリミルのような歴史に名を残すメイジにね」

「いくらなんでもそれは大袈裟ですわ。お世辞が上手いのね」

「お世辞だなんてとんでもない。ロバ・アル・カリイエから使い魔を召喚したんだ。君は間違いなく、素晴らしい才能を持っているよ。僕はそう予感している」

 

ここまでルイズのことを褒めてくれるのも、きっとワルドなりのアプローチなのかもしれません。

婚約者の気を少しでも惹こうと必死なのです。

そう考えるとルイズは思わず頬を染めて苦笑してしまいました。

 

 

 

 

アルビオンへ出発するための準備として、キテレツ達は一度魔法学院へと戻ってきていました。

朝起きてからキテレツ達はまだ何も食べていなかったので、各自はそれぞれ軽くお腹に物を詰め込むことにします。

そして、タバサはアルビオンで最低限は必要になりそうな物を揃えなければなりません。キテレツ達はその間、庭で待つことになりましたが……。

 

「よっしゃ! 俺はこれで準備オーケーだぜ!」

 

ブタゴリラはキント雲の上で腰を下ろすと、持ってきた自分のリュックを隣に置きます。

 

「またそんなに重い物を持っていって大丈夫?」

「入ってるのは野菜ばかりでしょ? 役に立つのかなあ……」

「文句あんのかよ! 野菜を馬鹿にする奴はなあ、野菜に泣くんだぞ!」

 

みよ子と一緒に呆れるトンガリの言葉にブタゴリラはリュックの中から一本の大根を取り出し、トンガリの顔に突きつけました。

 

「分かった! 分かったよ! ブタゴリラの好きにしなって!」

 

トンガリは顔を背けて必死に頷きます。

 

「ところでコロちゃんはどうしたの? まだコロッケを食べてるの?」

「あんなにたくさんあったものね」

 

尋ねてきた五月にみよ子は肩を竦めて苦笑します。

食事を済ませた五人ですが、コロ助はまだ厨房にいるようです。

サンドイッチを作ってもらって食したのですが、コロ助はまたもシエスタ手製のコロッケをたくさん用意してもらったので、今もそれを食べ続けていました。

ちなみにキテレツはタバサの準備が整うまで、コルベールの研究室を訪ねています。

 

「ハアイ、お待たせ」

「やあ、お待ちどう様!」

 

と、そこへキテレツとキュルケ、タバサの三人が同時に待っている四人の元へと現れました。

タバサは肩から鞄をたすき掛けにしています。キュルケと一緒に旅の準備を済ませていたのです。

 

「キテレツ君、先生の所で何をしてたの?」

「うん。これを作ってきたんだよ」

 

みよ子に尋ねらるとキテレツはそう言って持っていた巾着袋を見せてきました。

 

「金縛り玉の数が少なくなってたからね。先生にも手伝ってもらって、何とか作れる分だけ作っておいたんだ」

 

作り方を覚えている発明品であれば、何とかコルベールの研究室にある物で作れそうなものは作れるのです。

キテレツはコルベールの力を借りることで、金縛り玉を補充することができたのでした。

ちなみにコルベールは今日も忙しいそうで付き添いはしてくれませんが、アルビオンへ出発するキテレツ達を心配して「気をつけるんだよ」と声をかけてくれました。

 

「向こうで何があるか分からないからね」

「さすがキテレツ」

 

準備が良いキテレツにトンガリも含めてみよ子達も安心します。

 

「コロちゃんは? まだ来てないのかしら」

 

キュルケはコロ助がいないことに気付いて首を傾げました。

後はコロ助が来るのを待つだけなのですが、いい加減に遅すぎます。

 

「何やってやがるんだよ、あいつは! よし! 俺が連れてきてやる!」

「その必要はないみたいだよ、ブタゴリラ」

 

痺れを切らしたブタゴリラがキント雲から降りますが、キテレツは苦笑して制します。

コロ助が風呂敷を背負って庭の中を駆け寄ってくるのが見えました。

 

「何をモタモタしてやがんだ! お前は!」

「良いじゃない、熊田君。ちゃんと来たんだから」

 

ブタゴリラはようやくやってきたコロ助に食って掛かりますが、五月が抑えます。

 

「ワガハイも旅の準備をしてたナリよ」

「何なのさ、それは」

「シエスタちゃんがおやつをくれたナリよ。みんなで食べても良いと言ってくれたナリ」

 

トンガリの問いにコロ助は背負っている風呂敷を見せます。

コロ助は厨房でコロッケを食べている最中、シエスタに自分の田舎から送られてきたというお菓子を食べても良いと言われ、キテレツ達の分のお菓子を包みをくれたのです。

 

「別にピクニックに行く訳じゃないのに……」

「良いじゃない。向こうでちゃんと食事ができるかどうか分からないんだもの」

 

呆れるトンガリですが、逆にみよ子はコロ助が持ってきたおやつを認めます。

 

「何だよ、俺の野菜だけじゃ嫌だってのかよ」

「まあまあ……カオル。せっかくコロちゃんが持ってきたんだから」

 

不満そうなブタゴリラをキュルケが宥めます。

 

「キュルケさん達の分もあるから、向こうであげるナリよ」

「あら、ありがとう。コロちゃん」

 

キュルケはコロ助の頭を撫でてくれました。

 

「よし! それじゃあ準備も済んだことだし、出発しよう!」

「よっしゃ!」

「行きましょう!」

「タバサ! あたし達も!」

 

張り切るキテレツ達はキント雲に、キュルケ達はシルフィードへと乗り込み、再び昼の空へと飛び上がります。

 

 

 

 

夕方頃にキテレツ達はラ・ロシェールの町へと到着しました。

この町の港から出る定期船に乗って、アルビオン大陸へと向かうのです。

 

「すっげえでっけえ木だな」

「こんな木、見たことないわ……」

「どれくらい大きいのかしら……」

「これは東京タワーくらいはあるよね……」

「うん。間違いないね」

 

港は町より丘の上の場所にあります。そこへやってきたキテレツ達はその港の桟橋として使われている物を見て唖然としてしまいました。

それは東京タワーほどに巨大な大樹でした。巨大さに見合ったいくつもの太い枝が伸びており、その枝には大きな帆船が吊るされて停泊しています。

それぞれの枝へは大きな階段を昇って行けるようです。

 

「あの船が空を飛ぶナリか?」

「ええ。そうよ。風石っていう石を使って船を浮かばせて飛ぶことができるの」

 

コロ助の問いにキュルケは大樹を見上げながら答えます。

キテレツ達が待っている間、タバサが大樹の幹に設けられている駅に行ってアルビオン行きの船に乗る交渉をしていました。

スカボロー港というアルビオンの港町をまず目指すようです。

 

「どうだった? タバサ」

 

戻ってきたタバサにキュルケが声をかけますが、タバサは首を横に振りました。

 

「明日の朝にならないと、アルビオン行きの船は出ない」

「ええ~? それじゃあここで足止めなの? 面倒臭いなあ……」

 

タバサの言葉にトンガリが文句を漏らします。

 

「どうして今は船が出られないの?」

「そういえばあたしもアルビオンには行ったことないから、よく知らないのよね。そこの所」

 

みよ子に続いてキュルケも首を傾げていました。

すると、タバサは杖を使って足元で何やら絵を描き始めます。どうやら島と大陸のようです。

 

「今、アルビオンはハルケギニアから遠くの位置にある」

 

タバサの説明によれば、浮遊大陸アルビオンは海の上でハルケギニアとの間を行ったり来たりしています。

そして、二つの月が重なるスヴェルの夜に、アルビオンは一番ハルケギニアへ近づくのだそうです。

そのスヴェルは数日後で、それまでは出航できる船の数も限られており、今の時期では週に2、3本しか定期便が出ていません。

これは燃料の風石を節約するためでもあるそうです。

 

「ふうん。そういうことなのね」

「参ったなあ。出来るなら、今すぐにでも行きたいんだけどなあ……」

 

キュルケが納得する中、キテレツは苦い顔を浮かべていました。

 

「いっそのこと、このままシルフィードとあなた達の雲で飛んで行く?」

「タバサちゃん。ここから飛んで行って、アルビオンまではどれくらいかかるかな?」

「半日はかかるのは確か」

「結構かかるナリね」

 

悩むキテレツの問いにタバサは淡々と答えます。

 

「夜中もずっとキント雲を操縦している訳にもいかないしなあ……」

「誰か一人が起きて、交代で操縦すれば良いじゃねえか」

「でも、結構大変じゃない? それにあの狭い雲のスペースじゃ下手をすると休んでいる時に落ちちゃうわよ」

 

ブタゴリラが案を出しますが、キュルケがそう返します。

夜の間は休んでいられるような場所が必要で、尚且つアルビオンまでノンストップで飛んで行かなければなりません。

それができるのが空飛ぶ船なのですが、明日出発するのでは到着が遅れてしまいます。

 

「もうこの際さ、今日はこの町で休んで明日出発しようよ? ねえ、五月ちゃん」

 

面倒が嫌なトンガリはそう提案しますが、キテレツは何とか今から休みつつアルビオンまで行く方法を考えます。

 

「キテレツ君。仙鏡水を使ったら? あれならみんなもゆっくり休んでいられるわよ」

 

そこへ一緒に考えていたみよ子がキテレツに言いました。

 

「何? 仙鏡水って」

「えー!? あれを使うの!? 僕は嫌だよ! もうあれに乗るのはごめんだ!」

 

五月が目を丸くする中、トンガリが喚きだして五月の腕にしがみつきます。

 

「トンガリ君。キント雲だって元は同じ雲じゃない」

「そりゃあそうだけど……」

「うん、それが良いな。タバサちゃんのドラゴンも一緒に乗せてあげられるし」

 

文句を言うトンガリですが、キテレツはみよ子の提案に賛成します。

タバサとキュルケはまたキテレツが何か道具を出そうとしていることに期待した様子で見つめていました。

 

「前に東京タワーにぶつかったことがあったじゃないか! あんな危ない目に遭うのは嫌だよ!」

「ここにはそんな物ねえだろうが」

「一体、何があったの……?」

 

喚き続けるトンガリにブタゴリラが突っ込みますが、五月は訳が分からずに首を傾げてしまいました。

 

「とにかく仙鏡水を用意するから、一度空に上がろうよ」

「うう……やっぱり乗るの……」

 

トンガリはガックリと肩を落としてしまいますが、観念してキテレツ達とキント雲に乗り込みます。

一行はラ・ロシェールの丘の上空へと浮上していきました。

 

「それで? これからどうするのかしら? その子が嫌がるセンキョウスイっていうのを使うんでしょう?」

 

キュルケはシルフィードの上から面白そうに声をかけてきます。

 

「待ってて。みよちゃん、ちょっと操縦を代わって」

「ええ」

 

操縦をみよ子に任せたキテレツはケースから取り出した大きな瓶とフラスコを如意光で大きくします。

瓶とフラスコにはそれぞれ違う色の液体が入っています。

 

「この二つの液体を混ぜて……」

 

瓶にフラスコの液体を注ぎ、蓋を閉めると液体が混ざるように瓶をよく振ります。

すると、瓶の中の液体の色が一気に変化しました。

 

「よし!」

「うわっ!」

 

蓋を開けた途端、瓶の中から大量の煙が一気に溢れ出てきて五月は驚きます。

瓶から噴き出す煙はキテレツ達の頭上でみるみる内に大きく広がり、あっという間に巨大な雲が出来上がりました。

 

「これって、この雲と同じやつなの?」

「僕はあまり好きじゃないんだよな……これ」

 

五月が驚く中、トンガリは渋い顔を浮かべていました。

 

「よし! タバサちゃん、この雲の上に降りて良いよ! みよちゃん、お願い」

「分かったわ」

 

みよ子の操縦でキント雲は仙鏡水の雲の上へと上がり、その上へと着陸しました。

 

「きゅい~……」

「ちゃんと乗れるみたいね。あたし達も行きましょうか」

 

シルフィードは不安なのか雲の上に降りようとしません。

しかし、タバサとキュルケはは迷うことなく雲の上へと飛び降りていきました。

 

「わっ! すっごい乗り心地が良いわね~」

「ふかふか……」

 

乗れる雲の感触に二人とも驚嘆します。キュルケはその場で跳ね、タバサも雲を興味深そうに触れていました。

 

「これなら足を伸ばしてゆっくりしていられるからね。後は、これで……」

「あっ! 何か作るナリか?」

 

キテレツがケースからシャベルをいくつか取り出したのを見てコロ助が駆け寄ります。

 

「強風で崩れないようにしないといけないからね。コロ助も手伝ってよ」

「あ! あたしも手伝うわ!」

 

みよ子もシャベルを受け取ると、二人と一緒に雲をいじり始めます。

 

「何をするのかしら……」

「まあ、見てからのお楽しみって奴さ!」

「大丈夫かな……」

 

トンガリと五月が作業を見つめる中、座り込んだブタゴリラは降ろしたリュックからリンゴを取り出してかぶりつきます。

 

「きゅい~」

 

ようやく降りてきたシルフィードも、雲の感触が気に入ったのかゆったりと寝そべりだしてしまいました。

 

 

 

 

キテレツ達がラ・ロシェールを出発した数時間後に、ルイズ達は遅れてこの町へと辿り着きました。

二人は貴族も宿泊する高級宿、女神の杵亭へと泊まります。おまけに宿で一番上等な部屋で寝泊りをすることになりました。

テーブルについていた二人は一緒にワインを飲み交わしています。

 

「姫殿下からの手紙は、ちゃんと持っているね?」

「はい」

 

ワルドに問われてルイズはマントのポケットの中を探り、中にある物をテーブルへと出しました。

キテレツから預かった助太刀人形と、一通の封筒がテーブルの上へと出てきます。

この手紙が今回の密命で必要な密書でした。

 

「おや? そのアルヴィーは……」

「あ、これはキテレツから借りたものなんです。わたし達を守ってくれる人形です」

 

ワルドが助太刀人形を目にして目を丸くしますが、ルイズは助太刀人形について説明しました。

 

「ほう……ロバ・アル・カリイエのマジックアイテムか。なるほど、話には聞いていたが……」

「キテレツのマジックアイテムだとご存知なのですか?」

 

助太刀人形を手にするワルドがキテレツのマジックアイテムの存在を知っていることにルイズは驚きました。

 

「ああ、うん。先日、魔法学院をフーケが襲った事件のことは僕の耳にも入っているからね。何でも、平民がマジックアイテムを使って君達を手助けをしてくれたとか」

 

やはり、フーケの事件についてもワルドは知っているのです。

 

「僕もいるし、君の友達のアルヴィーもあれば、必ずルイズを守れるよ。大丈夫、この任務も上手くいくよ」

「ワルド様がいてくれるならとっても頼もしいですわ」

 

助太刀人形を受け取ったルイズはそれを肩に乗せます。助太刀人形はちょこん、と肩で座っていました。

 

「ところでルイズ。君は今日、出発する時にあの子達に言っていたね。水の精霊の宝物が、どうとか……どういうことだい?」

 

突然、ワルドにそんなことを尋ねられてルイズは戸惑いました。

しかし、別行動であるキテレツ達と任務に関係があるわけでもありませんし、ワルドに話しても問題はないでしょう。

 

「あの、実は……」

 

それからルイズはワルドに、ラグドリアン湖で起きていることや、先日キテレツ達と体験してきたことを話していきます。

水の精霊がアンドバリの指輪というマジックアイテムを探しており、それを今キテレツ達が探しているであろうこともです。

 

「なるほどな……そういうことか。しかし、困ったものだね。精霊の秘宝を取り返さなければいずれは世界中が水の底に沈んでしまうわけか」

 

ワルドは僅かに眉を顰めて唸りました。

 

「はい。どこの誰が盗んだのかは分かりませんが、迷惑な話ですわ。一応……クロムウェルとシェフィールドっていう名前だけは分かっているんですけど……」

 

何故かワルドの表情はさらに険しくなっていました。

 

「……指輪が見つかるアテはあるのかい?」

「きっと、キテレツのことですからマジックアイテムを使って見つけると思います。今日もラグドリアン湖へ行く予定でしたから、何か手掛かりを見つけたのかもしれません」

 

一体、どうやって見つけようというのか、指輪はどこにあるのか、ルイズも気になる所でした。

しかし、それでキテレツ達が無茶をしているのではないかという不安もあります。

万が一、何かがあっては自分は責任を果たせないのですから。

 

「そうだね……ならば、彼らは彼らの仕事を、僕らは僕らの使命を果たそうじゃないか」

「もちろんですわ」

「……ルイズ。この任務が終わったら、僕と結婚しよう」

「え?」

 

突然のワルドからのプロポーズに、ルイズは呆然としてしまいます。

 

「僕は魔法衛士隊の隊長で終わるつもりはない。いつかはこの国を……いや、ハルケギニアを動かすような貴族になりたいと思っているよ。そのためには……君が必要なんだよ、ルイズ」

「で、でも……急にそんな……」

 

熱心にアプローチをかけてくるワルドにルイズは戸惑うばかりです。

 

「わたし、まだあなたに釣り合うようなメイジじゃないのに……」

「ははは……ごめん、ルイズ。いきなりで驚かせてしまったね。もちろん今、返事をくれとは言わない。ゆっくり考えて答えをもらいたいな。でも、きっとこの旅が終わる頃には僕の気持ちを分かってくれるだろう」

 

そう言ってワルドは立ち上がります。

 

「さあ、明日は早いからね。今日はゆっくり休むと良いよ」

「ワルド様は?」

「僕は少し夜風に当たってくるよ。お休み、ルイズ」

 

言い残して、ワルドは部屋のテラスから外へと出て行きました。

 

「キテレツやサツキ達……大丈夫かな……」

 

ルイズは思わずため息をついて一人ごちます。

異世界から自分が呼び出し、そして訪れてきた平民の友達は今、どこで何をしているのかがとても気になります。

もしかして、今頃泥棒を見つけてアンドバリの指輪を取り返しているのかもしれませんし、まだ探しているのかもしれません。

ルイズが願うのは、たとえ取り返せなくても良いから無事な姿でまた再会できることでした。

 

「あたしもがんばらないとね……」

 

アンリエッタから預かった密書をしまうと、ルイズは明日の旅に備えて床につきます。

 

 

外へ出てきていたワルドは二つの月をじっと見上げて寛いでいました。

その表情はそれまでルイズと話していた時のように穏やかなものとは一転して険しいものとなっています。

 

「フーケが言っていた通りだな……あのガキ共、油断はできなさそうだ……」

 

その口から出てきたのは、ルイズ達が捕まえたはずの泥棒の名前です。

 

「指輪を探しているということは……閣下の所へやってくるかもしれんな……」

 

忌々しそうに呟くワルドの冷たい瞳には、それまでルイズに見せていたような優しさは微塵もありませんでした。

 

 

 

 

水平線の彼方から朝日が昇る中、大空の中を一隻の白い船が飛んでいます。

風に流されるように飛ぶ船からは光が一直線に雲の彼方まで伸び、その光に向かって一直線に進んでいました。

 

「きゅい、きゅい~! お姉さま、起きるのね~!」

 

その船の甲板で寝そべっていたシルフィードが何度も声を上げていました。

 

「……朝」

 

シルフィードに寄り添ったまま寝息を立てていたタバサが目を覚まします。

甲板の上でキテレツやキュルケ達は横になってぐっすりと眠りについていました。

ブタゴリラに至ってはやかましい鼾まで立てているほどです。

 

「おはよう、タバサちゃん」

「サツキ」

 

ただ一人早起きをしていた五月は船首で船の先に広がる空と雲を眺めていました。

タバサが起きたと見ると、その傍まで歩み寄って座り込みます。

 

「あの光の先に、アルビオンがあるのよね」

「そう」

 

甲板に備え付けられた台座にはキテレツの合わせ鏡が差し込まれています。そして、そこから放たれる光はアンドバリの指輪があるアルビオンまで一直線に伸びているのです。

 

「それにしても、こんな船を作っちゃうなんて……キテレツ君達は本当に不思議なことばっかりするわ」

「奇想天外」

 

眠っているキテレツ達を眺めて五月は笑います。タバサも思わず呟きました。

 

「きゅい! きゅい! 乗れる雲なんて初めてなのね! シルフィ、ちょっと怖かったのね!」

 

自分が喋れるのを知っている人だけが起きているので、シルフィードは普通に喋っていました。

昨日、キテレツ達は仙鏡水で作った雲を雲シャベルという道具を使って加工し、雲の帆船を作ってしまったのです。

大きさはラ・ロシェールの港にあったものに比べれば圧倒的に小さく、ヨット程度のサイズでしたが、シルフィードを含めてみんなが伸び伸びとしていられるには充分すぎるものでした。

おまけに風に流されても大丈夫なように、とキテレツは船尾にプロペラをつけて回すことで進路を合わせ鏡の光に向かえるように固定したのです。

こうしてゆったりと休める船は、夜の間もアルビオンに向けて飛び続けたのでした。

 

「まだ寝かせておいてあげましょう」

 

五月の言葉にタバサは頷きます。

キテレツ達は気持ち良さそうに眠っています。アルビオン大陸が見えてくるまではこのまま休ませておいた方が良いでしょう。

 

「ママ~……」

 

特にトンガリは寝言を呟いているほどです。

そんな様を見ては余計に起こすことはできません。

 

「お母さんか……今頃どうしてるのかな……」

「サツキの、お母さん?」

 

空を眺めて思わず呟いた五月にタバサが反応していました。

 

「うん。お母さんは、わたしの一座の座長の奥さんなの。お芝居が開演していない時は親戚の八百屋で働いているのよ」

「そう」

「キテレツ君やみよちゃんのお母さんも綺麗で優しい人だし……熊田君のお母さんもしっかりしてるし、トンガリ君のママも……ちょっと過保護だけど、子供思いな人なんだから」

 

五月は眠っている友人達の寝顔を見つめます。

タバサは膝を抱えながらじっと話を聞いていました。

 

「みんな、きっとお母さんに会いたいはずだよ……」

 

それはもちろん、五月も同じことです。もう何日も家族と会えていないのですから、ふと寂しくなってしまいます。

 

「きゅい~……サツキちゃん達もお姉さまと一緒で可哀相なのね……お姉さまもお母様に会いたいのに……痛たっ!」

「タバサちゃんのお母さん?」

 

シルフィードが余計なことを口走ったので、タバサは杖でまた小突きました。

 

「気にしないで。……わたしの母様は、元気だから」

「タバサちゃん……」

 

そう呟くタバサの表情はどこか悲しそうです。

そんなタバサを見つめて五月は、彼女の母親や家族に何かあったのではないかと考えました。

 

「一つ……聞きたいことがある。キテレツのマジックアイテムには……病気を治す物はある?」

 

しばらく黙っていたタバサがそう尋ねてくると、五月は困った顔を浮かべます。

 

「う~ん……わたしもキテレツ君の発明を全部知っているわけじゃないから……ごめんね」

「そう……」

 

やはり、タバサの家族は病気か何かで寝込んでしまっているのでしょう。

それが何かを深く聞いた所でタバサは辛い記憶を思い出してしまいます。

五月はそれ以上は何も聞かず、そっとしてあげることにしました。

 

 

 

 

それからも雲の船は数時間、空を飛び続けていました。

キテレツ達は次々に起き始め、タバサは持ってきた保存用の干し肉を渡してあげました。

水に関してはこの雲の船に使われている雲を水に戻すことで、飲料水にできます。

 

「見て! 何か見えてきたわ!」

 

雲の上まで浮上してくると、みよ子が合わせ鏡の光の先にある物を指差します。

 

「島が浮いてるナリ!」

「でっけえな……」

 

雲の切れ目から覗いているそれは、まさしく島……それ以上に大きい巨大な大地だったのです。

 

「これがアルビオンね……へぇ~、すごい景色ね」

 

額に手をかざしてキュルケも驚嘆としています。

下半分が白い雲で覆われているその大地こそが、一行が目指していた浮遊大陸・アルビオンなのです。

 

「絶景だね……」

「本当……」

「大陸が浮いてるなんて信じられないよ……」

 

トンガリも五月もキテレツも、アルビオン大陸の絶景に息を呑みます。

 

「他にも船が飛んでいるわ」

 

みよ子の言葉通り、薄っすらとかかっている霧の中に何隻もの船が飛んでいるのが分かります。

 

「確か、アルビオンって今は戦争中だったわよね。反乱軍の船かしら」

「まずいな。もしも見つかって大砲なんか撃たれたら、この船はひとたまりも無いよ」

 

キュルケが呟くと、キテレツは困った顔をします。

 

「恐らくあそこが港。そこへ行った方が良い」

 

杖を握ったタバサが指し示す先には、たくさんの船が集まっているのが見えます。

 

「よし! 目立たないように、霧の中を飛んで行こう!」

 

プロペラを操作して船の進路を変え、霧の中を潜りながらさらに浮上を続けていきます。

幸い、船自体が雲であるためかカモフラージュになっているらしく、近くを大きな軍艦が通り過ぎることもありましたが、見つかることはありませんでした。

 

結果、キテレツ達は難なく港の空域まで辿り着いたのです。

 

 

「そこの船! 停まれ!」

 

しかし、さすがに入港しようとすると雲の船はとても目立ちます。

何匹もの風竜や火竜に乗った騎士達がキテレツ達を包囲していました。

 

「うわあ! ドラゴンがいっぱいナリ!」

「ママ~!」

「落ち着いて。ちゃんとしてないと、本当に捕まっちゃうわよ。ここはあたし達に任せておいて」

 

コロ助とトンガリをキュルケが宥めます。

抵抗しては却って相手を刺激するだけなので、キテレツ達は竜騎士隊に従ってゆっくりと港まで降りていきます。

そこはスカボローという港町だそうで、いくつもの軍艦が停泊していました。おまけに何百もの兵士の姿もあります。

 

「一体何なのだ? お前達は。こんな船に乗ってきおって見た所、学生のようだが」

 

船から降りたキテレツ達は騎士達に尋問されます。騎士達は雲の船を不思議そうに眺めていました。

 

「驚かせて申し訳ありませんわ。私どもはトリステイン魔法学院より参りました、キュルケと申します。こちらは友人のタバサ。そして、こちらの平民は私達の旅の共でございます」

 

キュルケは貴族らしい態度で騎士達と向かい合います。

その後ろではキテレツ達は大人しく立ち呆けていました。キュルケが交渉をして怪しい者ではないと証明してくれれば、何事もなくすんなりと解放してくれるでしょう。

 

「この度、私どもは観光のためにアルビオンへと参った次第でございます」

「学生が旅行? 何故、あんな船を使うのだ」

「観光のついでに、魔法学院で実験的に作られたマジックアイテムのテストも兼ねていますの。こちらが魔法学院で作られた白き船ですわ」

「ふむ……」

 

騎士達は胡散臭そうにはしていますが、キュルケは本当に上手に交渉を続けていました。

 

「さすがキュルケさんだね」

「これなら通してもらえるわね」

 

キテレツ達も感心してキュルケの交渉を眺めています。

 

「……分かった。行って良いぞ」

 

騎士達はようやく納得してくれたのか、キテレツ達を解放してくれました。

 

「これでオーケーよ。さ、行きましょう」

 

したり顔を浮かべるキュルケに促され、一行はとりあえず町を出ることにします。

雲の船は壊してしまうのも何なので、キテレツが如意光で小さくしてケースに入れました。

 

「ん? ちょっと待て!」

 

と、そこへ騎士達が突然踵を返して戻ってきました。

 

「な、何ですか? 一体……」

「僕達、何にもしてないよ……」

 

キテレツ達に詰め寄ってきた騎士達はじっと一行を睨みます。

 

「どうされましたか、騎士様?」

 

慌ててキュルケが声をかけますが、騎士達は無視してキテレツ達を睨んでいました。

そんな微妙な空気の中、タバサは静かに杖を構えだします。

 

「赤い帽子にメガネをかけた少年……桃色の服の少女……」

「青い帽子と服の太った子供……赤い服の子供……白い服の少女……」

「そして、丸っこいガーゴイルを連れていて、物の大きさを変える杖を使った……」

「な、何ナリか?」

「俺に聞くなよ……」

 

キテレツ達の顔を一人一人見つめながら口々にそのようなことを言い出す騎士達にキテレツ達は困惑します。

その様子を見たキュルケもそっと杖を手にしだしました。

 

「お前達、トリステインのスパイだな!」

「きゃあっ!」

 

一瞬沈黙した騎士達はキテレツ達に向かってそう叫びだしました。

そして、次々に杖を突きつけてきます。

 

「ええ!? な、何のことですか!」

「ち、違います! わたし達は怪しいものじゃ……!」

「黙れ! 貴様らを連行する! 我らと一緒に来てもらうぞ!」

 

キテレツと五月が慌てて弁明しようとしますが、騎士達は聞く耳を持ちません。

 

「……エア・ハンマー!」

「何! うわあっ!」

 

一行を連行しようとした騎士達に、タバサが風の槌をぶつけて吹き飛ばしました。

 

「何事だ!」

「貴様ら!」

 

しかし、今の騒ぎで周りにいた兵士達が次々に集まってきます。

 

「わわわわ! どうするナリか!」

「何で!? 何でこうなるの!」

「町の外へ!」

 

コロ助とトンガリが混乱する中、タバサが叫びます。

シルフィードも空に飛び上がると、町の外へ向かっていきました。どうやらキテレツ達を誘導してくれるようです。

 

「みんな! 逃げるんだ!」

 

キテレツが叫ぶと、一行は大急ぎで港から離れて町の中を走り回ります。

キュルケはキテレツ達を守るために一緒についていき、タバサは殿を務めて追ってくる兵士達を退けていました。

 

「逃がすな! 捕まえろ!」

「わあっ! 来たよ!」

 

大通りを走る一行の前に多数の兵士達が立ち塞がり、慌てて止まったトンガリは尻餅をつきます。

 

「ファイヤー・ボール!」

 

そこへキュルケが杖から火球を放ち、兵士達の前の地面で着弾させました。

爆風に怯む兵士達にさらに炎を浴びせかけ、焼き払います。

 

「このまま突っ切って!」

「みよちゃん! 急いで!」

「ええ!」

 

キュルケが叫ぶ中、キテレツはみよ子の手を引いて全速力で走りました。

 

「あたっ!」

「あっ、コロ助!」

「コロちゃん!」

 

コロ助が途中で転んでしまい、ブタゴリラと五月が慌てて引き返します。

 

「しっかりして!」

「タバサちゃんも早く来いよ!」

 

五月はコロ助を起き上がらせると、その体を背負って走り出します。ブタゴリラは追っ手を退けているタバサに呼びかけました。

前の方ではキテレツ達に立ち塞がる兵士達をキュルケが炎の魔法で次々に退けていました。

 

「追え! 追え!」

「こっちだ!」

 

後ろからは兵士達が次々にキテレツ達を追い続けています。

タバサは風の魔法で吹き飛ばしていましたが、全員を相手にしていてはキリがありません。

 

「スリープ・クラウド!」

「うわっぶ!」

 

タバサが杖を突き出すと、青白い雲が広がり、兵士達を包み込みました。

振り返るタバサは大通りを先に進んでいったキテレツ達を追って自分も走り出します。

 

雲が晴れると、そこには追ってきた兵士達が全員眠らされて地面に倒れていました。

 

 



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大冒険! 空の国は危険がいっぱい・前編

♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「うぎゃぎゃーっ! 森の中は怖い鬼がいっぱいナリよー!」

キテレツ「アルビオンには色々な怪物がいるみたいだからね」

コロ助「兵隊さんにも追われてるのに、そんな怖いのまでいるなんて冗談じゃないナリ」

キテレツ「でも、捕まらないように指輪を探すには、危ない森と山を越えるしかないんだ」

コロ助「とにかく、キテレツの発明をたくさん使ってやっつけるナリ!」

キテレツ「次回、大冒険! 空の国は危険がいっぱい」

コロ助「絶対見るナリよ♪」





アルビオンの港町スカボローは元々、ハルケギニアからアルビオンに定期船や貨物船で多くの人が訪れるため、広く大きな町です。

今ではアルビオンの反乱軍の一部が駐留しており、町の中には大勢の兵隊達の姿がありました。

そんな大きな町の中で、キテレツ達は兵隊達に追い回されていました。

 

「こっちよ! 急いで!」

 

先頭を走るキュルケがキテレツ達を手招きします。

キテレツ達は町の出入り口を目指して通りを走り続けますが、兵隊達は次から次へと現れていました。

その度にキュルケとタバサが魔法で退けていくのです。

 

「何で追われなきゃならないのさ! 僕たち、何にもしてないのに!」

「知るか! 俺に聞くんじゃねえよ!」

「とにかく早くここを出ましょう!」

 

喚き立てるトンガリにブタゴリラとコロ助を背負う五月が叫びます。

 

「待て! ガキども!」

「逃がさんぞ!」

 

兵隊達はいくら退けてもキテレツ達を追ってきます。前からも現れるのでキュルケとタバサは忙しなく杖から魔法を放ち続けていました。

 

「キテレツ! 例の金縛り玉だよ! あれを出して! あれを使うんだ!」

「こんなに大勢に使っても焼け石に水だよ!」

「じゃあ、何でも良いから他のを出してよ!」

「この状況じゃあ、そんな暇は無いよ!」

「何だよ! 肝心な時に役に立たないんじゃ意味ないじゃないか!」

「こんな時にそんなことを言ったって仕方がないでしょう!?」

 

キテレツに文句を言うトンガリをみよ子が叱り付けます。

とにかく今は出口に向かって走るしかないのです。

 

「お! 見ろよ! あそこが出口だぜ!」

「やったあ……!」

 

ようやく町外れまでやってくると、通りの一番先に城門が見えてきました。あそこを抜ければもう町の外です。

追っ手はタバサが退けてくれていたおかげで、まだ遥か後方にいます。

外で待っているシルフィードに乗って急いで町から離れてしまえばとりあえずは安心でしょう。

 

「あと少しよ! みんな、がんばって……っ!」

「……っ」

「げ……!」

「あんなにいっぱいナリー!」

「そんな……!」

 

キュルケが元気付けようとしましたが、前を向き直して足を止めます。タバサも他の六人も同様でした。

城門まで辿り着いたキテレツ達でしたが、そこにはこれまで最高でも一度に現れても10人以下だった追っ手とは比べ物にならない数の兵隊達が待ち構えていたのです。

キテレツ達が町の外へ逃げようとしているのが分かっている以上、先回りをされるのは当然でした。

 

「観念しろ! トリステインのスパイどもめ!」

「もはや逃げられんぞ!」

 

今までの追っ手にはメイジがいませんでしたが、今回は何人ものメイジの兵士達の姿がありました。

数こそ少ないですが、それでも平民の兵士も含めてキテレツ達の前に立ち塞がった兵士達は100人にも達します。

 

「まずいわね……」

 

キュルケは苦い顔を浮かべます。いくらタバサと協力したとしてもこれだけの数の兵士達をまとめて退けるのは無理でした。

それでも二人は杖を突きつけて兵士達を威嚇します。何もしないでいても魔法を撃たれてしまうだけです。

 

「追ってくるナリよ!」

 

立ち往生している間にも後ろからの追っ手は近づいてきます。これでは袋のネズミも同じです。

 

「き、キテレツ! 早く! 何でも良いから出して! あいつらをまとめて吹っ飛ばせるものとかさ!」

「わ、分かったから離してよ!」

 

トンガリに掴まれて揺さぶられるキテレツは大急ぎでケースを開き、一番下の段から取り出した物を如意光で大きくしました。

それは赤い房飾りのついた柄に七枚に分かれた葉っぱの形の扇が取り付けられている、大きなうちわでした。

その形は、まるで天狗が使っているうちわのように見えます。

 

「これは?」

「説明は後! ブタゴリラ、あいつらに向かってこれを思いっきり力を入れて扇いで!」

「おっしゃ! 分かったぜ!」

 

尋ねてくるみよ子ですが、キテレツはブタゴリラにうちわを手渡します。

ブタゴリラは兵士達と睨み合っているキュルケとタバサの間を通って前に出てきました。

 

「それはキテレツのね。タバサ」

 

キュルケとタバサはブタゴリラが持っている物を目にしてすぐに何をしようとするのかを察し、巻き添えを食らわないように身構えたまま後ろへ下がります。

 

「いくぜ! ……どおりゃあっ!」

 

得意の野球でボールを投球するように大きく振りかぶり、力いっぱいに叩きつけるようにしてうちわを一扇ぎさせました。

 

「きゃっ!」

「うっ!」

「……っ!」

「きゃあっ!」

 

途端、うちわから普通では考えられないほどの凄まじい突風が吹き荒れ、後ろにいたキュルケ達は思わずその余波に怯んでしまいます。

 

「うわああああっ!」

 

嵐のような突風を真正面から叩きつけられた兵士達は次々と紙切れのように外へと吹き飛ばされ、城壁に叩きつけられて気絶してしまいす。

100人もいた兵士達はあっという間にキテレツ達の前からいなくなってしまいました。

 

「すごーい!」

「タバサの風よりすごいわね……」

「こりゃすげえな……」

 

五月が歓声を上げる中、キュルケもタバサもスクウェアクラスのメイジが全力を出してようやく起こせるほどの突風を起こしたことに驚いてしました。

ブタゴリラもうちわの効果に唖然としている様子です。

 

「みんな! 急いで外へ! とにかく町を離れよう!」

「え、ええ! そうね! さ、行きましょう!」

 

先導したキテレツの言葉に我に返ったキュルケが声を上げると、他の六人も慌てて門を潜っていきました。

後ろからの追っ手はもうすぐ近くまで来ています。早くここを離れなければ捕まってしまいます。

 

「きゅい、きゅい~♪」

「乗って」

 

外では上空で待っていたシルフィードが草原の街道に降りてきます。一番に飛び乗ったタバサは一行に乗るよう促しました。

キント雲を取り出して大きくしている暇はありません。定員オーバーですが、シルフィードに乗って飛んでいくしかありません。

 

「待て! 逃がさんぞ!」

「おっと! もう一発食らえ! そら!」

「……うわああああっ!」

 

ブタゴリラが追っ手に向かってもう一度うちわを一振りさせると、先ほどのように突風が吹き荒れて兵士達を吹き飛ばしました。

もうこれ以上、追っ手が来る様子はありません。

 

「ブタゴリラ君! 早く乗って!」

「よし! いいぜ!」

 

シルフィードに乗り込んだみよ子が呼びかけるとブタゴリラも大急ぎでその背へと乗り込みました。

 

「退避」

「きゅいっ!」

 

タバサが短く命じると、8人もの大人数を乗せてシルフィードは空へと浮かび上がります。

翼を羽ばたかせ、大急ぎでスカボローの町の空域を離れていきました。

 

 

 

 

シルフィードに乗って約3リーグほど北に離れた森まで逃げてきたキテレツ達は、一度そこで降りることにしました。

 

「ここまで来ればひとまず安心ね……」

 

森の中に降下したシルフィードから降りた一行はようやく小休止をすることができて思わずへたり込みます。

キュルケは安心しきった様子のキテレツ達を見て、思わず自分もホッと安堵していました。

 

「まったく……冗談じゃないよ。何でこんなことになるのさ……」

「ワガハイ達……何にも悪いことしてないナリよ……」

 

未だに愚痴をこぼすトンガリにコロ助も思わず呟きます。

 

「あの兵隊達……あたし達のことを知ってたみたいだったわ……」

「何で俺達がスパイスにならなきゃならねえんだよ……」

「スパイよ……」

 

疲れきったみよ子はブタゴリラの言い間違えを力なく訂正しました。

 

「どうしてわたし達のことを知ってたのかしら……キテレツ君の道具のことも知ってたみたいだったし……」

 

五月も騎士達がキテレツの如意光を使う所を見たことでスパイと疑ったことがとても気になっていました。

こんな空の上の外国の人間が、どうして地上にしかいなかったはずのキテレツ達のことやその道具の存在を知っていたのかが不思議でした。

 

「分からないよ……でも……ここじゃあ、僕達はおたずね者にされてるってことだけは確かなんだ……参ったなあ……」

 

一体どうして自分の発明道具の存在が知られてしまっているのかは疑問ではありますが、考えていても仕方がありません。

とにかくキテレツ達はこのアルビオンでは確実に追われる身であるという事実だけは受け入れないといけないのです。

 

「これじゃあ、普通に歩いて指輪を探すわけにはいかなくなったわね……」

 

キュルケも困った顔をして腕を組みました。それが今回の旅で一番の問題となることです。

 

「潜地球で隠れながら指輪を探したらどう? それなら見つからずにいられるよ」

「駄目だよ。指輪を持っている相手が動いているかもしれないから、合わせ鏡で方角を確かめながら探さないと」

 

トンガリの提案をキテレツは却下します。

しかも追われている以上、光をずっと出し続けていると見つかってしまう危険があるため、在り処の方角が分かったらすぐにしまわないといけません。

幸い、キテレツは今回の異世界での冒険のためにコンパスを持ってきていました。

 

「それにキント雲も目立ち過ぎるから、空を飛んで探すのも駄目だな」

「ええーっ!? それじゃあ、これから歩きナリか!?」

「歩きだけじゃさすがに辛すぎるわよ。アルビオンはトリステインと同じくらい広いみたいだし。そうでしょ? タバサ」

「そう」

 

タバサは鞄から取り出した地図を広げて見ていました。それは今回の冒険のために持参したアルビオン大陸の地図です。

 

「冗談じゃないよ! こんな暗くて陰気臭い森をずっと歩きだなんて!」

「それじゃあ何日も時間がかかっちゃうわ。何か方法は無いの? キテレツ君」

「大丈夫。ちゃんと用意してあるからさ」

 

喚くトンガリにみよ子も不安そうにキテレツに尋ねますが、キテレツはケースからある物を取り出して如意光で大きくしました。

 

「それは?」

「綺麗なリングね……」

 

五月が尋ねるそれは金色の小さなフープのようです。キュルケも思わず目を丸くしました。

 

「ああ! それは!」

「空を飛べる輪っかナリ!」

「これは空中浮輪と言ってね。こうやって頭に乗せると……」

 

みよ子とコロ助が声を上げる中、立ち上がるキテレツは空中浮輪を自分の頭上へと乗せます。

キテレツの頭上で浮かぶようにして乗っているリングからは微かな光が真下へと注がれているのが見えました。

 

「わっ! 飛んだわ!」

 

リングを頭に乗せたキテレツが軽くジャンプをすると、ふわふわと何メートルも上へと浮かび上がっていきました。

そのまま空中の高い木の枝の上へと着地したキテレツに五月は驚いています。

 

「このリングを乗せた物体の周りに反重力のエネルギーを発生させることができて、その力を利用して自由に空を飛べるんだ」

「う~ん……要するに空を飛べるマジックアイテムなのよね」

 

難しい説明が分からないキュルケは苦笑してしまいます。

キテレツは枝から飛び降りると、そのまま空中を自在に飛び回り、地上に降りてきました。

 

「まるで天使みたい……」

 

空を自力で飛んだキテレツに五月は呆然とします。このリングを身に着けたその姿は確かに天使のようでした。

 

「いつかこういう時が来るかと思って、みんなの分も作っておいたんだよ」

 

ケースからさらにキテレツは4つのリングを取り出し、一行に見せます。

空中浮輪は量産が簡単なので、いつか役に立つと思って以前から用意をしていました。

 

「ははっ! これなら歩かないから疲れなくて済むね!」

 

トンガリはリングを受け取って喜びます。

 

「わ、わ、わ……体が急に軽く……」

 

試しにリングを頭に乗せてみた五月の体がふわりと浮かび上がりますが、初めての体感に慣れずに戸惑います。

 

「すぐに慣れるわ。大丈夫よ」

「へへっ、こりゃあ楽チンだな!」

 

同じようにリングを装備したみよ子は五月の手を取っていました。

ブタゴリラもリングを頭に乗せて軽く低空を泳ぐように飛び回ります。

 

「キテレツ。ワガハイの分は?」

 

しかし、唯一リングを受け取っていないコロ助はキテレツに食いつきました。

 

「ごめん。五人分しかなくて……」

 

元々、空中浮輪は普段よく一緒にいたキテレツにコロ助、みよ子、トンガリ、ブタゴリラの五人が使うことを想定していたのです。

五月は再三の転校と編入を繰り返している身でしたので、用意ができなかったのでした。

 

「みんなだけ空を飛んでずるいナリ! ワガハイも空を飛びたいナリー!」

 

仲間外れにされたコロ助は大きく喚き立てますが、そこをキュルケがコロ助の体を抱き上げました。

 

「コロちゃんはあたし達と一緒にシルフィードに乗せてあげるわ。ね、タバサ?」

 

地図を見続けるタバサはこくりと頷きます。

コロ助は不満そうな顔をしつつもとりあえずは収まりました。

 

「そういえばタバサちゃんのドラゴンは大きいから目立っちゃうわ」

 

キテレツ達は空中浮輪で低空を目立たずに飛んでいけますが、シルフィードは森の中を飛ぶには体が大きすぎます。

 

「キュルケさん達は魔法で空を飛べないの?」

「う~ん……一応、あたし達もレビテーションで空は飛べるけど……あんまり長くは飛んでいられないのよ」

 

みよ子とトンガリの言葉を聞いたキュルケは苦い顔でそう答えました。

メイジの精神力に限りがある以上、長距離を飛び続けることはできません。故に移動はシルフィードに頼るしかないのです。

 

「キテレツ。ニョイコウを貸して」

「良いけど……」

 

そんな三人の会話を聞いたタバサは即座にそう告げると、キテレツは如意光をタバサに渡します。

 

「きゅい?」

 

タバサは如意光を手に、シルフィードへと歩み寄っていきます。そして、何の迷いもなく如意光の赤い光線を浴びせました。

 

「きゅいーっ!」

 

5メートルもの体長を誇るシルフィードはみるみる内に縮んでいき、あっという間に半分以下の小さな馬に近い大きさになってしまいます。

 

「きゅい、きゅい! きゅいーっ!」

「これなら目立ちにくい」

 

文句を言っている様子のシルフィードを無視してタバサは如意光をキテレツへと返します。

この大きさならタバサとキュルケ、そしてコロ助が三人までなら何とか乗せて森の中を飛ぶことができるでしょう。

 

「いつの間に使いこなしてやがるんだ……」

「何回も使ってるのを見てたんだもの。覚えちゃったのよ」

 

ブタゴリラはタバサが如意光の使い方が完全に分かっているのを見て驚きますが、逆にみよ子は感心していました。

 

「よし……それじゃあ、まずは合わせ鏡で……」

 

キテレツはリュックから合わせ鏡とコンパスを取り出し、合わせ鏡のスイッチを入れます。

すると、ミラーから放たれた光が森の中を一直線に突き進んでいきました。

さらにキテレツはコンパスを確認し、光が指し示している方角を確認します。

 

「……進路は北だね」

「今、私達はこの辺りにいる」

 

タバサは地図の一点を指差します。そこはアルビオン大陸の南端からすこし北に位置する森でした。

そこからずっと北へ行くと山脈が続くサウスゴータ地方を越え、さらにその北には首都・ロンディニウムがあるのです。

 

「うん。とりあえず三時間ほど飛んだら、もう一度方角を確認しようか。それじゃあ出発だ!」

「ちょ、ちょっと待ってよ。キテレツ」

「何だよ、トンガリ。せっかくのムードをぶち壊すなよ」

 

いざ出発、という時に出鼻を挫かれてブタゴリラが思わず文句を言います。

 

「僕達、追われているんでしょう? もしまた兵隊達が現れたらどうするのさ?」

「キュルケさん達がいるじゃない。それに五月ちゃんの電磁刀もあるわ」

「ワガハイもいるナリ!」

「コロ助はともかく、五月ちゃんの刀だけじゃ心細いよ。相手は魔法使いだっているんでしょ?」

 

みよ子とコロ助にトンガリはさらに反論しました。

確かにまた追われる状況になったら、キュルケとタバサや五月の電磁刀だけでは力不足になるかもしれないのです。

ましてや大軍で追われては多勢に無勢です。

 

「うーん。言われてみればそうだな……」

「ところでコロちゃんの背中にあるのって剣でしょ?」

 

キュルケはコロ助がいつも背中に差している刀を指差しました。

 

「どうせそれはオモチャでしょ? 期待できないよ……」

「武士の魂を馬鹿にするとは無礼ナリ!」

 

ため息をつくトンガリにコロ助は刀を抜いて剣先を突きつけました。

刀は見た目こそコロ助と同じくらいの大きさですが、実際は鞘から抜くとせいぜい30センチ程度の大きさしかありません。

一応、銃の弾を弾き返すくらいに頑丈ではありますが、所詮はオモチャでしかないので武器としては役に立たないのです。

 

「キテレツ。何か武器になるような道具は他にないの?」

「うーん。そうだな……使えそうな物と言えば……」

 

キテレツはリュックとケースから次々と道具を取り出して地面に置いていきます。

 

「こんな物しかないよ」

「たったこれだけ?」

 

取り出されたのは相手の動きを止める煙幕を出す金縛り玉の入った巾着袋、フーケから取り戻した即時剥製光、怪力を発揮できる万力手甲――

 

木製のランドセルのような箱にコードで繋がった時計と光線銃が付属された道具は、時間を止める効果を持つ脱時機です。

完全に時を止めることができれば色々な窮地を脱することはできるのですが……実は以前に巻き込まれた天狗との騒動で故障したままなので使うことはできません。

幸い、標的の時間を止めることができる光線銃の方はかろうじて使えます。

 

小さな竹筒のような道具は中にプロペラが入っており、展開して回転させると、それを見た人間の目を回して気絶させてしまうことができるトンボウというものです。

護身用として作っていた物なのですが、これも相手を傷つけることなく眠らせることができます。

 

「この如意光はできることならあまり乱用したくはないんだよな……」

 

そしていつもお世話になっている如意光もまた武器として使うことができますが、発明品を保存するのに使うので無闇な使用は避けたいのです。

 

「キテレツ君、本当に色々持ってきているのね……」

 

電磁刀以外にも様々な武器となる道具があることに五月は驚きます。

 

「ところで、カオルが持っているその道具は? すごい風を起こしたじゃない」

 

キュルケはブタゴリラがずっと手にしているうちわを指摘します。

 

「お、そういえばこいつもあったんだったな」

「それはかなり頼りになるかもね」

 

トンガリもあれだけの強風で兵隊達を吹き飛ばしたのを見て、うちわの効果に期待していました。

 

「何なの、このうちわは? 何だか、天狗が使うような物に似ているけど」

「それはね、最近新しく作っておいた道具で天狗の羽うちわって言うんだ」

「そのまんまね……」

 

みよ子が尋ねるとキテレツは新たな発明品を説明します。五月はまさしく名は形を表す道具に目を丸くしました。

ブタゴリラは天狗の羽うちわをじっと眺めています。

 

「そのうちわは強風を操る力を持ったうちわで、振る力の強さや勢いに比例して通常のうちわの何万倍もの突風を巻き起こすことができるんだ」

「それであんなにすごい風が起こせたのね……」

 

みよ子だけでなく、他の6人も実際に目にしたうちわの効果に納得しました。

 

「うん。振り方によって色々な種類の風を起こすことができるんだ。僕もまだ試したことはなかったんだけど、成功して良かったよ」

「へへっ、それじゃあこいつは俺が使わせてもらうぜ! 文句はねえな!」

「頼りにしてるわ。熊田君」

 

ブタゴリラは天狗の羽うちわが気に入ったようでした。五月も賛成のようです。

 

「とにかく武器に使えそうな物はこっちに入れておくから、使う時になったら渡すからね」

 

キテレツは如意光で小さくした道具をリュックへと移します。

五月の電磁刀にブタゴリラの羽うちわ、そして数々の武器をこれから使うことになる時がくることでしょう。

その時になったら、キテレツ達もそれらを手に戦わないといけないのです。

 

「分かったわ」

「できればもう追われるなんてこりごりだからね……」

 

みよ子が頷く中、トンガリは他の7人も思っていることを口にしました。

要は武器を使うような危ない状況にならないことが一番良いのです。

 

「それじゃあみんな、出発だ!」

「おおーっ!」

 

歓声を上げるキテレツ達は、空中浮輪によって空中へと浮かび上がり、北へ向かって森の中を飛んでいきます。

 

「あたし達も張り切っていきましょうか! タバサ」

「出発ナリー!」

 

小さくなったシルフィードに乗り込んだ三人も浮上すると、キテレツ達と共に森を進んでいきました。

 

 




※備考

今回のエピソードで出てきた道具『天狗の羽うちわ』についてですが、これは原作漫画の『スーパー天狗』の話に登場した『怪力面と羽うちわのセット』が原型となっている本作オリジナルの道具となります。

アニメ版にはスーパー天狗の話が無いため、羽うちわを単独の道具として登場することになりました。

また、道具の効果については原作漫画の効果と、ドラえもんのひみつ道具『風神うちわ』『バショー扇』をプラスしたものとして設定しています。


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大冒険! 空の国は危険がいっぱい・中編

アルビオン大陸はトリステインに比べると見晴らしの良い平地よりも森林や山地の方が多くを占めています。

街道を進んでいれば道に迷うことはないでしょうが、キテレツ達がおたずね者にされている以上、必ず追っ手に見つかってしまうでしょう。

よって、目立たないように街道から外れたどこまでも続く広大な森を通ってアンドバリの指輪がある場所を目指さなくてはいけません。

 

「いやっほう! みんなも早く来いよ!」

「ブタゴリラ君、自分だけどんどん先に行っちゃ駄目よ!」

「へへっ! 分かってるって! とにかく真っ直ぐ飛んで行きゃ良いんだろう?」

 

一行よりずっと先にある木の枝に着地したブタゴリラにみよ子が呼びかけました。

アルビオンの森は広葉樹よりも針葉樹の木々がほとんどで、高さは20メートルを超えるものばかりです。

空中浮輪で森の中を飛ぶキテレツ達は木々の間を縫うようにして進んでいきました。

 

「本当に元気ねえ。で、キテレツ。どうなの?」

 

みよ子と一緒に隣を飛んでいる小さなシルフィードの上からキュルケが尋ねると、コンパスを見ながら飛んでいたキテレツは合わせ鏡を取り出します。

 

「まだこのまま進んでも大丈夫だね。この様子じゃあ、持ち主は全然動いていないみたいだよ」

 

コンパスと同じ方向へ向かって合わせ鏡から光は放たれています。

スカボロー近郊から出発して5時間以上になりますが、まだまだ鬱蒼とした森は続いているままなのでした。

 

「それにしてもキント雲よりゆっくりナリね~。いつ着くナリ?」

「それはさすがに分からないさ。持ち主が正確にどこにいるのか分からないんだから」

 

キュルケに抱えられているコロ助が呟きますが、キテレツはそう答えるしかありません。

恐らく、アルビオン大陸のどこかの町に指輪を盗んだ人間はいるのでしょう。

 

「その輪っかはもっと速く飛べないナリか?」

「これはそんなに速くは飛ぶことができないんだよ」

 

キテレツ達は現在、体を前に少し傾けたような体勢になって飛んでいます。

反重力のエネルギーで全身を包んで飛ぶ空中浮輪は姿勢や飛ぶ時の勢いの強さなどによって変わります。

人間の力だけではどんなに全力を出しても時速50キロ程度が限界といったところでしょう。風に乗るなど他の要素が加われば話は別ですが。

ちなみに現在の速度は時速20キロ程度とゆっくりです。こんな森の中では速く飛んでいると木にぶつかってしまいます。

 

「夜になったらもう少し高く飛べるから、ペースを上げられるよ」

 

時速100キロ以上で飛べるキント雲ならば目的地まですぐ着くでしょうが、キテレツ達は今おたずね者なのです。

目立ち難い夜で無ければ森の上を飛んでいては、空中浮輪でもすぐに見つかってしまいます。

 

「歩くよりずっとマシだよ。ねえ、五月ちゃん」

 

キテレツ達と並んで飛ぶトンガリはすぐ隣を飛ぶ五月に話しかけます。

 

「うん。確かにね。……よっと!」

 

頷く五月は目の前に木の枝が迫っていたので、姿勢を器用に変えて軌道を修正し、枝を避けます。

 

「五月ちゃんもずいぶん飛ぶのが上手くなったね」

「トンガリ君が教えてくれたおかげよ。ありがとう」

 

初めて空中浮輪での飛行を行う五月は飛び始めてからしばらくは上手く飛ぶことができずにフラついていましたが、トンガリが熱心に飛び方を教えてあげたおかげで今では自力でスムーズに飛ぶことができます。

 

「そ、そう? ははは……それほどでも……」

 

大好きな五月に礼を言われてトンガリは顔を赤くしました。

 

「五月ちゃんは運動神経が良いものね」

「サツキの飛び方、タバサのフライと良い勝負なんじゃないかしらね」

 

キュルケもタバサも空中浮輪による飛行はメイジの魔法で言う浮遊するだけのレビテーションではなく、高速飛行ができるフライと同レベルのものだと察しています。

 

「キテレツ君のキント雲で飛ぶのとは違った不思議な感じ。自分の力だけで飛べるなんて本当に夢みたいだわ」

「ははは、五月ちゃんがそうやって喜んでいると僕も嬉しくなるよ」

「五月ちゃんも案外、子供ナリね」

 

空を飛べる充実感に心を躍らせている五月の姿にトンガリもコロ助も思わず笑ってしまいます。

 

「……あっ! トンガリ君!」

「前、前を見て!」

「ぶつかるわよ! トンガリ!」

 

三人の女性陣が一斉にトンガリに向かって叫びかけてきました。

 

「え? ……んぎゃっ!」

 

五月に気を取られて余所見をしていたトンガリは真正面に木が迫っていたことに気づけず、激突してしまいます。

もろに顔面をぶつけたトンガリはそのままズルズルと地上に向かって落下していきました。

 

「トンガリ!」

「トンガリ君!」

 

キテレツと五月が叫びますが、トンガリは真っ逆さまに森の中へと落ちていってしまいます。

 

「急いで引き上げて」

 

下を見ていたタバサが僅かに表情を険しくしてそう呟きました。手にしている杖を構え、シルフィードも停止させます。

 

「……何かいるわ!」

「何ナリか?」

 

キュルケも杖を取り出して叫びました。

トンガリが落下していった森の下の方からは何やらブヒ、ブヒと豚のような濁った鳴き声が聞こえてきています。

薄暗い森の中は空中からだと下がよく見えません。

 

「まずいわ。オーク鬼よ」

「何だよ、どうしたんだ?」

「トンガリ君! 今行くわ!」

 

異変を察してブタゴリラが引き返してきましたが、五月は地上へ向かって飛び込むようにして降下しました。

 

「何、あれ?」

 

地面に倒れていたトンガリの周りには数匹の、豚のような顔をしている太った人型の怪物が取り囲んでいました。

気絶しているトンガリに顔を近づけ、何やら匂いを嗅いでいる様子です。

オーク鬼はトンガリのような人間の子供を大好物としている怪物です。

 

「まさか、食べる気なんじゃ……! トンガリ君!」

 

五月は電磁刀を手にすると全速力で降下し、トンガリに手を伸ばそうとしているオーク鬼の後頭部に向かって踏みつけるようにしてドロップキックをお見舞いしました。

オーク鬼はブギィ! と大きな悲鳴を上げます。

 

「五月ちゃん!」

「大丈夫!?」

 

上空からはキテレツとみよ子の声が聞こえてきました。

そのままくるりと一転して倒れているトンガリの前に立った五月は2メートルもある巨体のオーク鬼達を見据えます。

三体のオーク鬼はいきなりの攻撃に驚いた様子ですが、敵が子供だと知ってか持っている棍棒を手に唸り声を上げて威嚇してきました。完全に怒っているようです。

 

「トンガリ君には手出しはさせないわ」

 

光を迸らせる電磁刀を構える五月は鋭い目つきでオーク鬼達に睨みを利かせ、片腕でトンガリの体を抱えます。

オーク鬼達は光を放つ剣である電磁刀に少し慄いている様子ですが、相手が子供である以上、恐れることもなく突撃してきました。

 

「はっ!」

 

巨体に似合わない素早さですが、五月はトンガリを抱えたままジャンプをして振り下ろされた棍棒をかわします。

空中浮輪を装備していない状態でも軽く飛び越えられる身体能力を誇る五月は軽やかにオーク鬼達の背後に着地しました。

 

「んんっ!」

 

逆手に持った電磁刀を顔の前で構えて振り向いたオーク鬼の棍棒を受け止めます。

電磁刀の刀身にぶつかった瞬間、棍棒はオーク鬼もろとも勢いよく弾き返されて吹き飛ばしてしまいました。

その拍子に棍棒が隣の一体の顔にめり込みます。またもブギイ、と汚い悲鳴が出ていました。

 

「はあああああっ!」

 

二体が怯んだ隙に、五月はまたも跳躍してもう一体のオーク鬼の顔面目掛けて高く振り上げた電磁刀を叩きつけます。

電気ショックが炸裂し、オーク鬼は顔を押さえてもがきますが、今の出力では倒すには至りません。

 

「ジャベリン!」

「ファイヤー・ボール!」

 

五月が身を翻しながら飛び退いたのを見て、上空からキュルケとタバサがオーク鬼達目掛けて魔法を放ちます。

火球がオーク鬼の顔面を焼き尽くし、氷の槍が巨体を串刺しにしました。

 

「それっ!」

 

電気ショックでもがいているオーク鬼に向かってみよ子がキテレツから渡された即時剥製光の光線を発射しました。

光線を浴びたオーク鬼の動きがピタリと固まってしまい、一瞬にして剥製となってしまいました。

 

「大丈夫? 五月ちゃん」

 

電磁刀をしまった五月はトンガリを抱えたまま浮上してくると、キテレツが声をかけました。

 

「ええ。トンガリ君、しっかりして」

「う、うん……あ、あれ……? ぼ、僕は……?」

 

五月がトンガリの体を揺すると、意識を取り戻します。

 

「余所見なんかするからナリよ」

「今のは一体何なの? キュルケさん」

「あれはオーク鬼って言って、このハルケギニアじゃ割と有名な亜人よ。よく旅人や村を襲ったりする奴らだわ」

 

みよ子が尋ねると、杖をしまいながらキュルケは説明してくれました。

 

「鬼って、豚みたいな顔の鬼なんかがいるのかよ」

「ええ、そうよ。この森にはどうやらオーク鬼達の巣があるみたいね」

「え? 一体、何があったの?」

 

トンガリは目を丸くしてみんなに尋ねます。

 

「トンガリ君、危うく食べられそうになったのよ」

「へ? ぼ、僕が……? ……もしかして、下に見えるあれに?」

 

五月の言葉にトンガリは恐る恐る下を見下ろしてみます。そこにはたった今、退治されたオーク鬼達の亡骸があります。

それを目にしたトンガリの顔から血の気が引いていきました。

 

「……うわあっ! 怖いよーっ! 五月ちゃーんっ!」

「ちょっと、トンガリ君!」

 

思わず叫んで五月に抱きつきますが、五月はトンガリの体を慌てて押し退けます。

 

「あんな怖いのがいるなんて聞いてないナリ……」

「本当だわ……」

 

トンガリやコロ助だけでなくみよ子も恐ろしい怪物の存在に恐怖します。

 

「これは下手に降りられないね……休憩する時は安全な場所を探さないと……」

 

キテレツは顔を顰めて腕を組みました。

人里から離れた土地には人間を脅かす怪物達がウヨウヨしているのです。

アルビオンの兵隊達だけでなく、そういった存在のことも考えてこれから先も進んでいかなければなりません。

 

 

 

 

海上より数千メートル上空を飛ぶ帆船は、アルビオンのスカボロー港へ向かう定期船です。

数時間前にラ・ロシェールの港から出航した船に乗っていたルイズとワルドは昼の青空の中、アルビオンを目指しています。

 

「スカボロー港への到着は今日の深夜過ぎぐらいになるそうだよ」

「まだそんなにかかるのですか……?」

 

甲板に出ていたルイズは時間潰しに空の景色を眺めていましたが、やってきたワルドにそう告げられて顔色を曇らせます。

 

「仕方がないさ。スヴェルの前までに出れる船があっただけでも幸運と思わなければ」

 

確かにワルドの言う通りでしょう。

アルビオン大陸がハルケギニアへ近づくスヴェルの日であれば船でも半日程度で到着するのですが、その日を待っていては余計に時間がかかってしまいます。

 

「そんな顔をしないで。大丈夫さ、アルビオンに到着さえすればもう任務は完了したも同然さ」

 

微笑むワルドはルイズの頬に触れて宥めました。

 

「情報によれば、ウェールズ皇太子はニューカッスル付近にいるのだったね」

「はい。そのはずですが……」

 

皇太子ウェールズ。その人物とまず会うことが、ルイズがアンリエッタ王女から託された任務なのです。

 

「ウェールズ皇太子はご無事なのでしょうか?」

「分からんな。さっき船長から聞いてみたのだが、アルビオンの王党派はニューカッスル付近で反乱軍に完全に包囲されてしまっているらしい。全滅するのも時間の問題だと」

「そこまで戦況は悪くなっていたのですか……」

 

余計にルイズは沈み込んでため息をついてしまいます。

 

「とにかく、時間との勝負だな。スカボローに到着したら僕のグリフォンで一気にニューカッスルまで行こう。一日とかからないよ」

「でも、港も反乱軍に押さえられているのでしょう? どうやってニューカッスルまで……」

「何、反乱軍の今の標的はあくまで王党派だからね。外国の人間にはあまり関心はないだろう。最悪、包囲網の強行突破も止むを得まい」

 

緊張した様子のルイズにワルドは頷きます。

 

「心配しなくて良い。ルイズは僕が守る。君は戦わなくても良いんだからね。皇太子の大事な使者なのだから」

「はい。この人形もいますものね」

 

ルイズは肩に乗ったままの助太刀人形を見つめます。

それを見ていると、キテレツ達が今どこで何をしているのかがとても気になって仕方がありません。

 

「あの子達が心配かい?」

「はい。キテレツもサツキも、わたしの大事な……大事な友人ですから」

 

ルイズの考えを察した様子のワルドに問われてそう答えます。

 

「大丈夫さ。あの子達を信じてあげようじゃないか。もしかしたら、もう魔法学院に帰ってきて僕らを待っているのかもしれないしね」

「はい……」

 

舷側から身を乗り出したルイズは今まで船が通ってきた進路を眺めます。

このずっと後ろにハルケギニアが、ラ・ロシェールが、そして魔法学院があります。

キテレツ達が既にアンドバリの指輪を取り戻し、そこで待ってくれていることをルイズは祈りました。

 

 

 

 

夕空の中、アルビオンの森林地帯のすぐ真上をキテレツ達は飛び続けています。

 

「もう日が暮れるわね。暗くなってきたわ」

 

キュルケは沈みかけている夕日を見つめながら言いました。

一時間ほど前から辺りは暗くなってきたので高度を上げて飛行のペースを1.5倍ほどに上げていたのです。

 

「キテレツ君。どう?」

「う~ん。まだ反応があるね。もう少し先へ進んでみようか」

 

キテレツの発明が入ったケースを両手で持って飛ぶみよ子に尋ねられ、キテレツはそう答えました。

三色のランプにオシロスコープ、二つのダイヤルが側面についた手持ちの小型装置をキテレツは持っており、ランプは音と共に点滅していました。

 

「こう森が暗いとここからじゃ何も見えないね」

「でも、キテレツ君の道具に反応があるってことは、何か動物がいるってことでしょう?」

「また何か出てきたらこっちから追い払っちまえば良いじゃねえか」

 

トンガリも五月もブタゴリラも森を見下ろしながらキテレツ達のすぐ後ろをついてきています。

 

「そうはいかないよ、ブタゴリラ。できるだけ何もいない安全な場所で休まないと危ないんだから」

 

キテレツが今持っているのは、人間以外の動物などの存在を感知できる人で無しという道具です。

この分では森の中で野宿をすることになりますが、オーク鬼などの危険な怪物に襲われてはたまったものではありません。

そこで半径およそ150メートル以内に動物などの存在がないことを確認してから、休息することにしたのでした。

今はクマなどの大型の猛獣を基準にして感知するように調整しているのでオーク鬼の存在も一目瞭然です。

 

「……ハックシ!」

 

しばらく飛び続けている内に、みよ子が突然くしゃみをしだしました。

 

「何だかやけに寒くなってきたわ……」

「言われてみれば……確かにそうだね……」

「明るい時は暖かったのに、いきなり寒いナリ……」

 

みよ子もトンガリも、シルフィードに乗るキュルケやコロ助さえも体を擦りだします。

 

「ここは本当は空の上」

 

一行が寒がる中、タバサがぽつりつ呟きました。

 

「そうか。考えてみればそうだね。ここは空の上だからこんなに寒くなってしまうんだ」

 

キテレツはタバサの言葉に納得します。

アルビオン大陸があるのは地上から3000メートルも上空です。標高が高くなればなるほど寒くなるのは当たり前です。

春の季節でもアルビオン大陸は寒冷地であるため、昼は暖かくても夜になれば一気に気温が下がってしまうのでしょう。

 

「早く休める場所を見つけないと……」

「僕達、凍えちゃうよ……!」

 

五月もトンガリも焦った様子でした。確かに、このまま休める場所が見つけられなければ夜の寒さに耐えられません。

そんな中、キテレツの人で無しの反応がピタリと止みました。

 

「……あ! この辺りは何もいないみたいだ! ここで降りよう!」

 

もうほとんど日は沈んで夜になりかかっていた中、ようやくキテレツ達は森の中へと降りていきました。

今夜はこの場所でキャンプとなります。

 

「あ~! 助かった! 暖かいね、五月ちゃん」

「うん」

「きゅい~」

 

焚き木を集め、キュルケの炎の魔法で火を点けると一行は焚き火を取り囲んでくつろぎます。

寝そべるシルフィードも焚き火の熱を浴びて気持ち良さそうにしていました。

 

「これ。寒かったら使って」

 

タバサは鞄から取り出した二つの小さめの毛布をみよ子達に差し出しました。

 

「ありがとう、タバサちゃん」

「あなた達で使いなさいな。寒いんでしょう?」

「キュルケさんは良いんですか?」

「小さい子供を凍えさせるわけにはいかないわよ」

 

キュルケは微笑みながら五月にウインクをします。

 

「念のために、カラクリ武者と召し捕り人を見張り役にさせておいたから、何かが来たらすぐに知らせてくれるよ」

 

キテレツは用心のためにカラクリ武者と召し捕り人をすぐ近くに配置させていました。

 

「これで今夜は安心して休めるナリね」

「キテレツ君もこっちに来て火に当たったら?」

「うん」

 

みよ子の隣にやってきたキテレツは座り込み、焚き火の炎に当たりました。

 

「カオル。何をやっているの?」

「そりゃあ焚き火があるんだから、焼きいもでも焼こうと思ってさ!」

 

ブタゴリラは自分のリュックから取り出したいくつものサツマイモを焚き火の中へ入れていきます。

 

「焼きいも?」

「何だ、キュルケさんは焼きいもも知らないのか! こいつは八百八特性のサツマイモだからな! 美味いぜ!」

「サツマイモ……あなた達の国の食べ物なのかしら?」

 

ハルケギニアにはサツマイモというものがないのでキュルケは不思議そうな顔でイモを焼くブタゴリラを見つめます。

 

「ここにはサツマイモが無いんだ」

「みたいね」

 

意外な事実にキテレツとみよ子は驚きました。

 

「それにしてもこんな形でブタゴリラの野菜が役に立つなんて思わなかったよ」

 

トンガリは感心したような呆れたような微妙な表情でブタゴリラを見つめます。

結果的にブタゴリラが持ってきた野菜が貴重な旅の食料となったのは大助かりです。

 

「へへへっ! 恐れ入ったか! 八百八の野菜に感謝しろよな!」

「うん。熊田君には本当に助かるわ」

 

ブタゴリラの野菜に、五月はとても感心していました。

 

「お、これはもう良いな。そら、キュルケさんとタバサちゃんで食べてくれよ」

 

しばらくすると木の枝に突き刺して焼きいもを掴んだブタゴリラはそれを二人に渡します。

 

「熱ち、熱ち、熱ち……」

「ふぅ……ふぅー……」

 

初めての焼きいもにキュルケもタバサも少し戸惑いつつも、二つに割った焼いもを二人は口にします。

 

「うん! 美味しいじゃないの、これ」

「美味しい」

 

焼きいもの味は貴族である二人に合ったもので、すぐに気に入りました。

 

「ほら、焼けたぜ」

「いただきまーす!」

「熱ちちちち……」

 

五月も二等分に割った焼きいもを口にし、トンガリも手の中で躍らせつつも何とか食べていました。

ブタゴリラの焼きいものおかげで、場はすっかり和んでいます。

 

「それじゃワガハイもこれを……」

 

コロ助は自分の風呂敷を開け、中の物を取り出しました。

 

「コロちゃん。それって、もしかしておまんじゅう?」

「そうナリ。シエスタちゃんがくれたおやつナリよ。温めて食べると美味しくなるって言ってたナリ」

 

みよ子はコロ助が焚き火に近づけて暖める物を見て意外そうな顔をします。

コロ助が取り出した白くて丸いそれは、まさしくまんじゅうそのものだったのです。

 

「まさかまんじゅうまであるなんて……」

「コロッケと言い、まんじゅうと言い、シエスタさんって僕らの所のものばっかり用意してくれるね」

 

トンガリもみよ子も、まさかのまんじゅうの登場に目を丸くしていました。

 

「それもあなた達の国の食べ物なのね?」

「そうナリよ。キュルケさん達の分もあるから、食べさせてあげるナリ。はい」

 

そう言ってコロ助は温めたまんじゅう二つをキュルケとタバサに渡します。

二人はまんじゅうを一口、頬張ってみました。

 

「これも中々いけるわね」

「甘い」

 

これもまた二人には好評のようでした。

 

「コロ助! 俺らにもよこせよ」

「慌てなくても、ちゃんとみんなの分はあるナリよ」

 

キテレツ達もそれぞれコロ助からまんじゅうを受け取って食べていきます。

 

「本当に美味しいわ、このおまんじゅう」

「これ、ワインが隠し味に使われてるみたいね」

 

五月も絶賛する中、キュルケはまんじゅうの中身について口にします。

確かに、普通のまんじゅうに比べれば少し変わった味でもありました。

 

「……トンガリ君、顔が赤くなってない?」

「みよちゃんだってそうだよ」

 

見れば二人の顔色はやけに赤みがさしているのが分かります。

 

「何だかこのおまんじゅうを食べたら、体が温かくなってきたもの」

「それに何だか力が湧いてくるような感じだぜ」

 

よく見れば、まんじゅうを食べた全員の顔がすっかり赤くなって元気になっていました。

焚き火だけでなく、まんじゅうを食べることですっかり体は温まり、夜の寒さなど気にならなくなってしまうほどです。

 

「ん~、あなた達の国って本当に美味しいものがたくさんあるのね。あたしも一度行ってみたいなあ」

「その時は俺ん家の美味い野菜をたんまりご馳走するぜ!」

「ブタゴリラは野菜のことしか考えられないの? もっと別の物を考えないと!」

「そうよ、熊田君! あはははは!」

 

すっかり気が大きくなって、それからも一行は楽しい野営を続けていました。

 

「どうしたの、キテレツ君」

「いや、何でもないよ。まさかね……」

 

みよ子はまんじゅうの一欠けらを見つめているキテレツに声をかけますが、黙り込んでいたキテレツはその欠片も口へ放り込みます。

キテレツはこのまんじゅうに、奇妙な違和感のようなものを覚えていたのです。

何故なら、奇天烈大百科にも載っている発明品の一つにとてもよく似た効能の代物があったはずなのですから。

 

 



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大冒険! 空の国は危険がいっぱい・後編

 

翌日、キテレツ達はスカボローより出発してから既に数百キロもの距離を北へと飛び続けています。

アンドバリの指輪の在り処の方角は合わせ鏡が指し示し、導いてくれますのでそれに従って進むしかありません。

 

「大きい山だわ……」

「これをこれから越えなきゃいけないの?」

 

目の前には雄大な山がそびえており、みよ子は呆然と眺めますがトンガリは不安な様子です。

この日の昼過ぎ、キテレツ達一行は山の麓近辺まで辿り着いており、その手前にある森の小さな空き地で小休止をしていました。

 

「どうせ空飛んで行くだけだろ。楽勝じゃねえか」

「よくまだイモなんか食べていられるよ……」

 

ブタゴリラがまだ残っていた持参のサツマイモを焼いているのを見てトンガリは呆れます。

 

「シティオブサウスゴータがここ。今はこの辺りにいる」

「ふうん。で、アンドバリの指輪はもっと北にあるわけね」

 

地図を広げるタバサは指を差しながら言います。キュルケは呑気に爪を磨いていました。

タバサの説明によればキテレツ達は今、アルビオン大陸の真ん中辺り、サウスゴータ地方という場所まで来ているそうです。

サウスゴータはアルビオン大陸で五指に入るほど広大な土地で、今キテレツ達の前にそびえる山脈から近郊の森林、アルビオン東部の港町ロサイスとを結ぶ草原の大半までもが含まれているのです。

東に数10キロも行けばシティオブサウスゴータという大きな都市がありますが、合わせ鏡の光はさらに北を示していました。

 

「あるとしたら、ここか、この町ということなのかしら」

「ロンディニウムに、ダータルネス……まあ、他にも城や砦はあるけれどね」

 

タバサと一緒に地図を見ていた五月の後ろからキュルケが覗き込んできます。

北へもう100キロ以上も進めば、険しい高地地帯やアルビオンの首都ロンディニウム、最北端には港町ダータルネスといった町や地域があるのです。

 

「とにかく、サウスゴータのこの山を越えないとどうにもならないわね。そろそろ出発しましょうか」

「キテレツ君、コロちゃん!」

 

みよ子は離れた場所で何かをしているキテレツとコロ助に呼びかけました。

見ればキテレツの手元に空中から野球ボールのような物がふわふわと落ちてきています。

 

「どうナリか? キテレツ」

「……うん。どうやら追っ手はいないみたいだね」

 

小さな覗き口がついた野球ボールに顔を近づけ、中を覗き込むキテレツはそう答えました。

野球ボールの中には、キテレツ達が今いるサウスゴータ地方の上空数10メートルからの景色が収められています。

ゆっくりと360度、ぐるりと景色が回転して山脈や森林を映していました。それ以外には何もありません。

望遠球と呼ばれる発明は一種の小型スパイ衛星のようなもので、投げつけて戻ってくるまでの間に映像を収めることができるのです。

これならば目立つこともなく出発前の偵察や安全確認が行えました。

 

「大丈夫だよ、みんな。さあ、出発しよう!」

 

望遠球をリュックにしまったキテレツはポケットから空中浮輪を取り出して装備します。

他の四人も空中浮輪を頭に乗せると、次々に空中へと浮かび上がりました。

タバサとキュルケもコロ助と共にシルフィードに乗って宙へ舞い上がります。

 

「このまま一気に山の頂上まで行こうぜ!」

「そこまで行く必要はない」

 

張り切るブタゴリラですが、タバサはきっぱりと冷たく言いました。

キテレツ達一行は標高1000メートルを越える山の間を縫うようにして飛んでいきます。

サウスゴータ地方の山脈と豊かな緑がどこまでも続くのはまさに絶景ですが、あまり楽しんでいる余裕はありません。

 

「どれくらいで山を越えられるの?」

「夕方までにはここを抜ける」

「まあ、空を飛んでればオーク鬼とかも襲ってこないから、楽に抜けられるわよ」

 

ペースを上げて時速30キロ台で飛ぶ中、シルフィードの横に来たキテレツが尋ねるとタバサとキュルケは答えます。

恐らくこの山脈にも恐ろしい怪物がいることでしょう。眼下に見える川や森にきっと潜んでいるのです。

 

「へへっ、何か出てきても、俺がこいつで吹っ飛ばしてやるぜ! こうやってな!」

 

ブタゴリラは尻のポケットに差していた天狗の羽うちわを手にすると、それを横へ凪ぐようにして軽く振り回しました。

 

「「きゃあああっ!」」

「うわあ! 五月ちゃ~ん!」

「きゅい、きゅい~!」

 

強烈な突風が辺りに吹き荒れてしまい、キテレツ達は危うく吹き飛ばされそうになります。

 

「あらららら!」

 

キテレツ達だけでなく風を起こした本人であるブタゴリラでさえも鳴き声を上げるシルフィードに吹き飛ばされまいとしがみつきます。

 

「わわわわっ!」

「あ、コロちゃん!」

 

シルフィードから落ちそうになったコロ助をキュルケがしっかりと抱きとめます。

軽く扇いだだけでも、羽うちわが発する風は極めて強力な嵐となってしまうのでした。

 

「ブタゴリラ! それを不用意に振り回しちゃ駄目だよ!」

「何考えてるんだよ! もう!」

「危なく落ちちゃう所だったナリよ!」

 

風が止むとキテレツ達は一斉にブタゴリラを非難していました。

 

「わ、悪い悪い」

 

ブタゴリラも思わず平謝りです。

もちろん、ブタゴリラは悪気は無かったのですが、まさかここまで強い風になるとは思ってもみなかったのです。

 

「もう……。あら……どうしたの、五月ちゃん」

 

みよ子は五月が耳に手を当てて何やら耳をすましているのを見て声をかけました。

 

「しっ……みんな、何か聞こえない?」

「え?」

「何ナリか?」

 

五月の言う通りにキテレツ達も周りの音に集中し始めます。

谷に吹く風の音……川の流れる音……ギャアギャア、という生き物の声――

 

「何の音なの? これ……」

「何かの鳴き声みたいだね」

「へっ! 早速おでましってわけか?」

 

トンガリとキテレツが緊張する中、ブタゴリラは羽うちわを手に張り切りだします。

徐々にその鳴き声の数や激しさは増していくばかりで、喧騒な雄叫びは谷中に響き渡っていました。

 

「ちょっと待って、これって……!」

 

キュルケが深刻そうな顔を浮かべると、タバサは杖を手にして前方を見上げます。

 

「みんな、見て! あれ!」

 

みよ子が指を差した先はタバサの視線と同じでした。

谷の各所から、次々と黒い影が飛び上がってきているのがはっきりと分かります。絶えず続くギャアギャアという鳴き声の発生源はそれでした。

 

「何あれ!? ドラゴン!?」

 

五月が驚き目を見張るそれは巨大な翼を羽ばたかせて10メートル以上もの巨体を飛び上がらせている怪物でした。

 

「やっば……ワイバーンの大群よ!」

 

ワイバーンはハルケギニアの各所に生息している翼竜の怪物です。

シルフィードのような一般的な飛竜と違って前肢と翼が一体化した形態をしており、どこか愛嬌がある風竜や火竜と違ってワイバーンはひたすらに凶悪で可愛げが一切ない顔をしていました。

騎士達が乗り物として使う飛竜よりも極めて獰猛かつ凶暴で知られるワイバーンは乗り物にはまったく適さないことでよく知られているのです。

 

「後ろからも!」

「囲まれちゃったよ!」

 

前からだけでなく来た方角からもワイバーンが軽く30を超える大群を成して迫ってきていました。

どうやらこの渓谷にはワイバーンの巣があったようで、キテレツ達を餌と認識して襲ってきたようです。

 

「こっちに来るよお!」

「逃げるナリ~!」

「きゅ、きゅい……」

 

すっかりワイバーンに取り囲まれてしまい、キテレツ達はおろかシルフィードまで恐怖に慄きます。

ワイバーン達は相変わらずギャアギャアと喚き声を上げ、牙と舌を剥き出しにしていました。

ブレスこそ吐くことはできませんが、その鋭い牙で噛み砕かれればひとたまりもありません。

 

「このまま突っ切る。シルフィードから離れないで。……エア・ストーム!」

「そおら!」

 

タバサとキュルケが杖を突き出すと、その先から放たれた火と風の魔法が交じり合い、巨大な炎の竜巻がワイバーンの大群目掛けて撃ちだされました。

炎に飲み込まれたワイバーン達は翼を燃やされ、次々と墜落していきます。

 

「今度こそ俺の出番だな! ……どおりゃあっ!」

「いけえっ! ブタゴリラ!」

 

トンガリが煽る中、ブタゴリラが大きく振りかぶった羽うちわを一気に振り下ろします。

しかし、それで起きた風は先日100人の兵隊を吹き飛ばしたり、先ほどのものとは違うものでした。

 

「ありゃ……」

 

鋭いつむじ風はワイバーン達の体や翼を両断し、中にはバラバラに刻んでしまうものまでありました。

 

「ブタゴリラ。縦にして振るとかまいたちが出ちゃうんだよ。ちゃんとうちわを横にして煽がないと」

「あ、そうなのか? で、かまいたちって何だ?」

「話はあとあと! このまま突っ切りましょう! みんな、しっかり掴まって!」

「突撃!」

 

キテレツの説明にブタゴリラが尋ねますが、キュルケとタバサが叫びます。

ワイバーンがいくらか蹴散らされたことでできた道をシルフィードは全速力で突き切っていきました。

当然、ワイバーン達は見逃すはずがなくシルフィードを追いかけてきます。

 

「追ってくるナリよ!」

「もっとスピード出ないの!?」

「今はこれが精一杯」

 

みよ子の言葉にタバサは答えつつ後ろを振り向き、エア・カッターの魔法を唱えて風の刃を放ちました。

如意光でかなり小さくなっている今のシルフィードでは全速力で飛んでも普段のときより1/3程度までしか速度が出ません。

ワイバーン達はそんなシルフィードを嘲笑うかのようにすぐ後ろまで迫ってきていました。

 

「きゅい、きゅい、きゅい~!」

 

シルフィードも何とか振り切ろうと必死でした。追いつかれれば自分も食べられてしまうのですから。

 

「うわあ! 来るな、来るなあ!」

 

シルフィードの尻尾に掴まっているトンガリにワイバーンが大きく口を開けて迫ります。

 

「トンガリ君! ……このお!」

 

同じく尻尾に掴まっている五月は電磁刀を手にすると、それを後ろへ突き出します。

先端がワイバーンの額に命中すると、電気ショックが炸裂し、ワイバーンは悲鳴を上げてバランスを崩して落ちていきます。

五月はさらに電磁刀を振り回してワイバーン達を威嚇していました。

 

「えいっ!」

「それっ!」

「食らえっ、この! そらあっ!」

 

キテレツは如意光を、みよ子は即時剥製光を、ブタゴリラは羽うちわの突風とそれぞれワイバーン達を退けようとしていました。

タバサとキュルケの魔法はもちろん、如意光の赤い光線を浴びたワイバーンは手の平サイズに縮小され、剥製光の光線を浴びれば剥製と化し、突風に煽られて吹き飛ばされたワイバーンもまた次々に墜落していきます。

しかし、いくらやってもワイバーン達はシルフィードをしつこく追いかけてきていました。

渓谷の中を翼竜の大群が一頭の小さな風竜を追い回すその光景は、圧倒的です。

 

「駄目よ! キリがないわ!」

「うひゃあ! このままじゃ食べられちゃうよお!」

「ワガハイは食べても美味しくないナリよ~!」

「しつこい奴らだな! ワイン番って奴らも!」

「ワイバーンだって!!」

 

こんな時でもトンガリはブタゴリラに突っ込みました。

 

「何とか振り切るしかないわ! みんな、がんばって!」

 

炎の魔法を必死に放つキュルケはキテレツ達を元気付けていました。

対抗手段を持たないコロ助とトンガリ以外の6人はワイバーンを退けようと必死です。

そんな一行の奮闘が功を奏したのか、シルフィードは徐々に数が減ってきたワイバーンの大群を引き離していきます。

 

「やっと撒いたみたいね……」

「た、助かった……」

「良かったわ……」

「すごかったナリ……」

 

トンガリも五月も、他のみんなも危機を脱することができたことにホッと胸を撫で下ろします。

 

「ここは危険。このまま一気に谷を突っ切る」

「それがいいよ。またいつ襲われるか分からないからね」

 

タバサの提案に如意光をしまったキテレツも頷きます。

キテレツ達は全速力で羽ばたくシルフィードの体にしがみついたまま、渓谷を一緒に飛び続けていました。

その遥か後ろからは、ワイバーンの喚き声がいつまでも響き続けています。

 

 

 

 

昨晩の深夜にアルビオンのスカボロー港へ到着したルイズはワルドのグリフォンに乗って夜な夜な街道を突っ切っていきました。

ニューカッスルはアルビオン大陸の最南端に位置する城であり、そこではアルビオンの王党派の軍が反乱軍に追い詰められているのです。

スカボローから馬で一日の距離ですが、グリフォンならば半日もあれば到着できるのです。

 

反乱軍による邪魔もなく、予想以上にペースが良くスムーズに進めることは、急ぎの用であるルイズ達にとっては幸いでした。

特にスカボローの港では駐留していた反乱軍に何かトラブルでもあったのか、兵士の数も少なくすんなりと突破することができたのです。

 

そして、この日の夕刻、ニューカッスルを取り囲むように敷かれた反乱軍の陣の手薄な場所を見つけて何とかニューカッスルまで辿り着くことができたのですが……。

 

「止まれ! 貴様達、何者だ!」

 

ニューカッスルのすぐ手前までやってくると、何10人もの騎士達がルイズ達を取り囲み杖を突きつけてきます。

グリフォンを降りた二人は騎士達の前に堂々と歩み出て行きました。

 

「こちらはトリステイン王国より参られた特命大使、ラ・ヴァリエール嬢でございます。ウェールズ皇太子へのお目通りをお願いしたい」

 

ワルドが用件を告げると、騎士達は次々にどよめきだします。

 

「トリステインからの使者だと?」

「もう少しマシな嘘を言え!」

「反乱軍のスパイだな!」

 

しかし、言葉だけでは信じてもらえそうにありません。

もちろん、こうなることはルイズ達には予想済みのことでした。

 

「アンリエッタ姫殿下はウェールズ様への使者の証として、この水のルビーを渡してくださいました。ウェールズ皇太子の持つ風のルビーと合わせれば、その証になると……まずは皇太子に会わせてください!」

 

ルイズはさらに一歩前へ出ると、きっぱりと告げて水のルビーが嵌められた手を見せ付けます。

 

「その指輪は……!」

 

驚いた声で騎士達を掻き分けて前に出てきたのは、青い軍服を着こなしている凛々しい金髪の青年です。

彼はルイズの前に近づくと、自分が右手に嵌めている指輪を外して彼女の水のルビーへと近づけます。

 

「あ……」

 

すると、二つの指輪に嵌められている石の間に虹色の光が振りまかれます。

水と風は虹を作る、アンリエッタがそう話していたものでした。

 

「間違いない……それは水のルビー……では、やはり君はアンリエッタの……」

 

青年は頷くと、ルイズを見つめて笑顔を浮かべます。

 

「みんな、大丈夫だ。この者達は間違いなく、トリステインからの使者だ。杖を下ろすんだ」

 

周りを見回しながら述べる青年の言葉に騎士達は杖を下ろしていきます。

 

「失礼した、大使どの。我らも今は相当にいきり立っているものでね。……私がアルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」

 

名乗った青年は紛れもなく、ルイズ達が探し求めていた人物、ウェールズなのでした。

 

「アンリエッタ王女より大使の大任を預かりました、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールでございます」

「トリステイン王国魔法衛士グリフォン隊隊長、ワルド子爵です」

 

ウェールズが一礼をすると二人も名乗りつつ頭を下げます。

 

「こんな場所で話をするのも何だ。さあ、ニューカッスルの中へご案内する。そこで用件をお聞きしよう」

 

頷いたウェールズに手招かれ、二人はニューカッスルへの入場を果たしたのでした。

 

 

 



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最後の晩餐? 皇太子ウェールズへの贈り物

♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「ワガハイたち、この怖い場所を一体どこまで行けばいいナリ?」

キテレツ「大丈夫。アンドバリの指輪がある町はもうすぐそこさ」

コロ助「でも、何だか兵隊さんもおっかない怪物もいっぱいいるみたいナリ」

キテレツ「どうやら僕達が来ることが分かっていたみたいなんだ。これは簡単には取り戻せそうにないよ」

コロ助「ところでルイズちゃんは、今ごろどうしているナリか……」

キテレツ「次回、最後の晩餐? 皇太子ウェールズへの贈り物」

コロ助「絶対見るナリよ♪」



危険なサウスゴータ地方の山脈を何とか越えることができたキテレツ達はその日の夜、二日目のキャンプを過ごしていました。

先日と同じように安全な森の中で焚き火を囲んで暖をとりながら、ブタゴリラの持参した野菜が夕食になります。

 

「タバサ。あなた、そんなにそれが気に入ったの?」

 

みかんを食べているキュルケは呆れたように隣に座るタバサを見ます。

タバサは今晩4本目となるキュウリをパックの味噌に漬け、小さな口で黙々と食していました。

 

「まだまだあるからな。たらふく食っていいぜ」

「これじゃあ、まるで本当にカッパだよ……」

 

残り少ない焼きいもを焼いているブタゴリラはタバサの食べっぷりに感心ですが、みかんの皮を剥くトンガリはキュルケ同様に呆れました。

タバサはブタゴリラのキュウリがとても気に入ったようで、先ほども「キュウリ」と呟くことで欲しがる意思表示を示したのです。

 

「きゅい、きゅい~」

「どうしたの、シルフィードちゃん?」

 

タバサの後ろで寝そべっていたシルフィードが顔を出してきたのでみよ子が声をかけます。

 

「シルフィードちゃんも食べたいナリか?」

「きゅいっ」

 

物欲しそうな様子で頷くシルフィードも、どうやら一行が食べている物を味わってみたいようです。

風竜は雑食で主食は肉ですが、野菜なども一応食べられます。

タバサはまだ口にしていないキュウリを一本、味噌につけるとそれをシルフィードに差し出しました。

 

「きゅい~」

 

シルフィードは嬉しそうに口を開け、キュウリに齧り付きます。

 

「きゅいぃ……?」

 

しかし、ドラゴンとは思えないような渋い顔をされてしまいます。

 

「シルフィードのお口には合わないみたいね」

「やっぱりタバサちゃん以外には美味しくないんだよ」

「そんな顔すんなよ。ほら! これでも食いな!」

 

キュルケとトンガリがため息をつく中、ブタゴリラはリュックから取り出したリンゴをシルフィードに向かって投げ渡します。

 

「きゅいっ!」

 

それを口で受け止め、飲み込んだシルフィードは今度は満足そうな顔をしています。どうやらこれは気に入ってもらえたようでした。

 

「そおら、もう焼けたぜ」

「待ってましたナリー!」

 

ほかほかに焼けたいもを二つに割って渡していくブタゴリラにみんなの顔が輝きます。

キテレツと五月を除いてですが。

 

「まあ慌てんなって。最後にこいつを塗ってだな……」

「何それ?」

 

リュックから取り出した、ラベルにカボチャの絵が描かれた小さなビンにキュルケは目を丸くします。

 

「あら、それってブタゴリラ君の伯父さんが作ったハチミツね」

「へへへっ、そうさ! ハチミツは体に良くって、皿洗いにも役立つって勉三さんも言ってたからな! 家に一個あったのをこっそり持ってきたんだ!」

「サバイバルだよ、ブタゴリラ」

 

ブタゴリラの伯父は伊豆で養蜂場を営んでおり、そこで作られたハチミツはとても質が良く美味しいのです。

 

「へえ~、あたし達ももらおうかしら」

「へへっ、毎度!」

 

ブタゴリラはさらに持参したスプーンでハチミツを一杯分を掬い上げ、各々の焼きいもに塗りつけていきました。

焼きいもの匂いにハチミツの甘い香りが混ざってとても美味しそうです。

 

「美味しいナリー!」

「さすがブタゴリラ君の伯父さん特製ね!」

「う~ん……良い香り! それにとても甘いわ!」

「極上」

 

ハチミツで味付けされた焼きいもにキュルケもタバサも舌を巻いてしまいます。

 

「きゅい! きゅい!」

「お前も食ってみるか? ……そらよ!」

 

シルフィードも欲しがっているのでリンゴにハチミツを塗り、投げ渡しました。

 

「きゅ~い~♪」

 

ハチミツのリンゴを食したシルフィードはとろけきった顔で唸ります。

 

「ほら、キテレツ君も食べたら? 美味しいわよ」

「もうちょっと待ってて。メンテナンスはしっかりしておかないと……如意光は一番重要な道具だからね」

 

みよ子が隣のキテレツに焼きいもを差し出しますが、キテレツはドライバーを片手に自分の作業に集中していました。

膝の上では分解された如意光が乗っています。

今日の昼間にワイバーンの大群に襲われた際に少し酷使したため、壊れたりしていないか入念にチェックをしているのです。

 

「もう……こんな時でもそんなことして……」

 

元の世界でもキテレツは発明などに集中すると周りが見えなくなってしまう悪い癖があるのです。

それをよく知っているみよ子はほとほと呆れてしまいました。

 

「五月ちゃん、どうしたの? そんな顔したりして。食べないの?」

「えっ? え、ええ。いただくわ」

 

膝を抱えて上の空であった五月が気になったトンガリが声をかけると、ハッと我に返ってトンガリが差し出してきた焼きいもを口にします。

 

「何か気になることでもあるナリか?」

「そうよね。サツキがそんな顔をするなんて珍しいわ」

「何か悩みでもあるの? 何でも言ってよ。僕が相談に乗ってあげるからさ」

 

トンガリまで五月のことを心配してくれます。五月はみんなの顔を見渡すと、キテレツ以外の全員が自分に注目していることに気づきました。

 

「うん。……ルイズちゃん、今頃どうしてるのかなって思って」

「ああ……」

「ルイズちゃんは五月ちゃんの友達だから、心配ナリね」

 

五月の言葉に全員が納得した顔を浮かべます。

ルイズ達はキテレツ一行も乗っていたかもしれない定期船でこのアルビオン大陸を訪れているはずでした。

到着は当然、先に来た一行より遅いでしょうが今頃アルビオン大陸のどこかで自分の仕事を果たそうとしているのです。

しかし、どこで何をやっているかは誰にも分かりません。

 

「ルイズちゃん達もこのアルビオンにもうやってきているはずよ。わたし達みたいに、危ない目に遭ってないか心配で……」

「そういえばあいつ、あの兄ちゃんと一緒なんだよな。何だっけな……えーと、わ、わ、ワールド……?」

「ワルド子爵。……大丈夫よ、サツキ。子爵は魔法衛士隊のエリートなんだから。そんじょそこらのメイジよりは全然強いわ」

 

ブタゴリラを訂正しつつ、キュルケは五月を宥めます。

 

「それに子爵はルイズのフィアンセみたいだし、きっとあの子のことを守ってくれているはずよ。キテレツのアルヴィーもいることだし」

「もしかしたら、もう先に戻っているかもしれないぜ」

「ちょっと早すぎる気がしないでもないけどね……」

「確かに……」

 

ブタゴリラの言葉にみよ子とトンガリは懐疑的でした。

今もう戻ってきているのであれば、アルビオンに到着してすぐ引き返しているようなものです。

さすがにそこまで早く仕事を終わらせているとは思えません。

 

「あたし達もちゃっちゃとアンドバリの指輪を取り戻して、トリステインへ帰りましょう?」

「うん。そうね」

 

五月も笑顔を浮かべて頷きました。

ルイズは決して一人で危険な旅をしているわけではありません。頼れる仲間やキテレツの発明が彼女を支えているのです。

ならば自分達も彼女達の任務の成功を信じて、自分達のすべきことを果たさなければなりません。

 

「よし! これで完了! ……あれ、どうしたの? みんな」

「キテレツ君……」

 

みんなが改めて奮起している中、如意光のメンテナンスを終えたキテレツは呆気に取られていました。

みよ子は呆れ果てた様子でキテレツを見つめると、大きなため息をもらします。

自分の世界に没頭してしまうような人間はこれだからいけません。

 

 

 

 

ニューカッスルにて、ルイズは自分に宛がわれた居室のベッドに突っ伏していました。

ルイズがアンリエッタ王女から課せられた任務の一つはひとまず、果たすことができました。その証を先刻ウェールズから受け取り今もルイズのポケットの中にあります。

ところがルイズは達成感や安心感といったものは何一つ味わうことはできません。

 

「何がパーティよ……みんなあんな風に開き直ったりして……これから死のうとする人を目にして、どう楽しめって言うのよ……」

 

今夜、この城のホールでは華やかなパーティが行われています。

ウェールズによれば明後日には反乱軍――レコン・キスタはこのニューカッスルへ総攻撃を仕掛けて来るということでした。

アルビオン王党派の軍勢はたったの300、対して敵は50000という大軍で、とても勝ち目なんてありません。

完全に敗北するその前日にせめてもの祝宴を催す予定だったそうですが、ルイズ達が王軍の最後の賓客ということで二人を歓迎するために急遽予定を繰り上げ、パーティが行われることになったのです。

貴族達は次々と客人であるルイズ達に料理や酒を勧めたり、冗談を言ったりしたりして盛り上がっていました。

ワルドは普通に普通に貴族達と歓談していましたが、ルイズはそのパーティを楽しむ気分にはなれず、すぐに抜け出してしまったのです。

 

「姫様が逃げてって言っているのに……どうしてウェールズ様は……」

 

パーティに出席していた貴族達も、ウェールズも、敗北してこれから死ぬことが分かっているようでした。

それなのに誰も悲しい雰囲気など見せてはいませんでした。むしろ、怖いほどに明るく振舞っていたのです。

ウェールズに至っては真っ先に死ぬつもりだとも言ってのけたくらいです。

 

「姫様が好きなくせに……愛しているくせに……あんな意地張るなんて……大嫌いよ……」

 

ルイズはウェールズに亡命を勧めましたが、ウェールズはそれを断固として断ったのです。

王家の名誉を守るため、王家の最後の義務を果たすために敗北するというのがウェールズの決意でした。

しかし、自ら死を選ぶその行為がルイズには何一つ理解ができません。

 

「早くみんなに会いたい……サツキ……キテレツ……」

 

逆に悲しくなってしまったルイズは涙を目元に浮かべていました。

そして思い浮かんだのは、友達になってくれた平民の子供達です。

トラブルやイラついたりすることはありますが、あの子達と一緒にいれば、こんな悲しい雰囲気などきっと吹き飛ぶに違いありません。

明日の朝にはワルドのグリフォンでトリステインへ戻る予定なので、早く明日になって欲しいと願います。

 

「姫様が可哀想よ……大好きな人とも会えずに、死に別れちゃうなんて……そんなのあんまりだわ……残される人のことなんて、何にも考えてないのよ……」

 

ルイズはトリステインで自分達の帰りを待っている親友のアンリエッタのことを思います。

きっと彼女は愛するウェールズに会いたいに違いないのです。そのためにルイズを使者としてこのアルビオンへ寄越したのです。

せめて、何とかして一目だけでもアンリエッタとウェールズを会わせてあげたいとルイズは強く願います。しかし、自分にはどうすることもできないのです。

 

体を起こしたルイズはポケットを探り、中にあるものをベッドの上へと出していきました。

 

「あ……」

 

その中には赤いテープが混ざっています。それはキテレツから渡されていた天狗の抜け穴です。

キテレツが実演してくれたこのマジックアイテムは離れた場所からでも瞬時に移動ができるという優れものでした。

結局、この旅で使う機会は無かったわけですが。

 

「待って……っていうことは……」

 

失意のままに天狗の抜け穴を見つめていたルイズですが、何かに気づいたような顔になります。

放心したままベッドの上に座り込んでいたルイズの表情はやがて、それまでの悲壮感に満ちていたものが徐々に希望に溢れたものへと変化していきました。

 

「……そうだわ。これよ……! これがあるじゃないの!」

 

思わずベッドの上で立ち上がり、歓声を上げてしまいます。

ぐしぐしと目元を拭ったルイズは颯爽と飛び降り、パーティ会場へと駆けていきました。

 

会場では相変わらず楽しそうにパーティが続いています。しかし、そんな物に目も暮れず、ルイズは会場の中を見回してある人物を探します。

 

「いた!」

 

老メイジと歓談しているウェールズを見つけたルイズは急いで彼の元へと駆け寄りました。

 

「やあ、ラ・ヴァリエール殿。どうかな? パーティは楽しんでもらえているかね?」

 

笑顔でルイズを出迎えるウェールズですが、ルイズは一つ深呼吸をして真顔になると真っ直ぐにウェールズと向かい合います。

 

「皇太子様。少しばかりお時間をよろしいでしょうか?」

「ああ、いいとも。いくらでも付き合うよ。ちょっと失礼するよ」

 

老メイジのパリーに断りを入れ、二人はホールの隅へと移動していきます。

 

「話とは何かな?」

「皇太子様に二つばかりお尋ねしたいことがあります。……どうしても、トリステインへ亡命をなさる気はないのですね?」

「ああ……その通りだ。私がトリステインへ亡命すれば、レコン・キスタが攻め入る格好の口実となってしまう」

 

またその話か、と言わんばかりにウェールズは苦笑します。

 

「……そうだ、アンリエッタにはこう伝えてくれないかな」

「いいえ。それを私が聞くわけには参りません」

 

言葉を続けようとするウェールズですが、ルイズは毅然とした態度でウェールズを手で制します。

その先の言葉こそが、ルイズがもう一つ尋ねたいことだったのですから。

 

「どういうことかな?」

 

呆気に取られるウェールズですが、ルイズは天狗の抜け穴のテープを1.5メートルほどの長さまで伸ばして千切ります。

キテレツが説明した通りにそれを輪の形に繋げました。

 

「それは?」

「何も聞かないでください。ウェールズ様、どうか明後日の戦が始まるまでこれを肌身離さずに持っていてくださいませ」

 

小さくまとめた天狗の抜け穴をルイズはウェールズに差し出します。

それを受け取ったウェールズは不思議そうな表情で見つめていました。

 

「私はもう何も言いません。皇太子様をお止めすることも致しません。……ですが、せめて愛する人への言葉は皇太子様が自らお伝えくださいませ」

「……ラ・ヴァリエール殿」

 

とても真剣な表情で見つめてくるルイズにウェールズは逆に圧されてしまいます。

きっと彼女には何か意図があってこのような物言いをするのだと察していました。

それが何なのかはウェールズには何も分かりません。

 

「……分かった。アンリエッタの使者である君からの大切な贈り物だ。大事に持っているとしよう」

 

微笑んだウェールズは天狗の抜け穴を懐へと入れました。

 

「皇太子様……どうかご武運を……」

 

真摯な態度でルイズは深く一礼をしました。

そんなに死にたいのであれば、愛する人に遺言を伝えたいのであれば、他人を介さず自分自身でやるべきなのです。

 

(明後日までにトリステインへ戻れば……きっと間に合うわ!)

 

ルイズは新たな使命感に目覚め、心の中で自らを奮い立たせました。

 



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天狗の抜け穴で再会! 頼れるみんな大集合!・前編

♪ お料理行進曲(間奏)

コロ助「ついに泥棒を見つけたナリよ! 成敗するナリー!」

キテレツ「落ち着けよコロ助。相手はアルビオンの王国を乗っ取った反乱軍なんだよ? 一筋縄じゃいかないんだ」

コロ助「五月ちゃんとタバサちゃんが、がんばってくれてるけど、敵はとっても強いナリ!」

キテレツ「急ぐんだ、コロ助! アンドバリの指輪をあいつらに渡しちゃダメだ!」

コロ助「わわわあっ! 天狗の抜け穴を通って何かがこっちにやってきたナリ!」

キテレツ「次回、天狗の抜け穴で再会! 頼れるみんな、大集合!」

コロ助「絶対見るナリよ♪」




アルビオン大陸の全土を手中に収めた反乱軍、レコン・キスタは五万もの軍勢の極一部を占領した各都市や港町へと駐留させています。

最大の都市にして首都であるこのロンディニウムにも今、二千もの兵隊や騎士達が残っていました。それどころか、夜になるとその何倍もの数の兵が外から戻ってきています。

ロンディニウムの都市の南側に、かつてのアルビオンの王族達が政を行っていた居城、ハヴィランド宮殿が建っています。

その宮殿は今やレコン・キスタの主だった閣僚や将軍といった王家に反旗を翻した貴族達の本拠地となっていました。

 

「子爵君。それで、皇太子の手紙の回収はどうなっているかね?」

「は……私めが間諜としてトリステインの使者の傍に今もおります故、いつでも回収ができる所存。皇太子の抹殺も明日実行します」

 

宮殿の執務室で白い仮面を被った黒ずくめのマントの男は執務机に座っている理知的な風貌の痩せた男に答えます。

この聖職者の身なりをした男こそが、アルビオンの王家を追い詰めた反乱軍レコン・キスタの総司令官、オリバー・クロムウェルなのです。

 

「そうかそうか、さすがは風のスクウェアメイジ。大したものだ」

「恐縮でございます。閣下の操る虚無に比べれば……私めの力など児戯に等しいもの……」

 

一礼をする仮面の男にクロムウェルはちらりと左手にはめられている指輪に視線を流します。

 

「明日はいよいよ無能な王家にとどめを刺し、革命が達成される記念すべき日だ。我らの艦隊とレキシントン号によるフィナーレは君が密命を達してから始めることにするよ。急がずとも良い、じっくりとやりたまえ」

「閣下のご高配には心より感謝いたします」

 

子爵は再び頭を下げ、クロムウェルは絶えずニコニコと陽気な笑顔を浮かべています。

 

「さて、死に損ないの王族達の始末はそれで良いとして……」

 

クロムウェルが視線を向けたのは子爵の隣に立っていたフードを深く被った女のメイジです。

 

「ミス・サウスゴータ。君の言うそのトリステインから来た平民のスパイ達というのはそこまで厄介だというのかね?」

「あの子達を舐めてかかると痛い目を見るよ」

 

サウスゴータと呼ばれた緑の髪を覗かせる彼女は……かつてトリステインの貴族達を震え上がらせていた怪盗、土くれのフーケその人でした。

ルイズやキテレツ達の活躍で不覚にも捕まってしまった本来ならばチェルノボーグの牢獄に放り込まれて処刑を待つ身だったはずなのです。

 

「スカボローでの情報によれば、スクウェアの風メイジ級の突風をもいとも簡単に巻き起こすマジックアイテムを使ったそうよ」

 

二日前にスカボロー港ではトリステインからのスパイとして五人組の平民の子供達が二人のメイジと一緒に確認されていました。

それがキテレツ一行であり、スパイ容疑をかけられてお尋ね者にされているのは彼らのことをよく知っているフーケの話を聞いた子爵が手配したからです。

 

「他にもそのガキどもはロバ・アル・カリイエ製のマジックアイテムを数多く持っているそうです。そうだな?」

「ええ、そうさ。あの子達のマジックアイテムはどれも私らが知っているマジックアイテムより不思議なものばかりだよ」

 

子爵の言葉にフーケは肩を竦めながら頷きます。

キテレツの発明品の力を思い知らされたのですから、その力を認めるのは当然のことです。

 

「ほう。東方で作られたマジックアイテムか。ミス・シェフィールド、そなたの故郷で作られたものならば一番良く知っているのではないかね?」

 

クロムウェルは横に控えている腕を組んだ黒髪の女性に尋ねます。

扇情的なドレスのような細いローブを身につけている二十半ばの彼女はとても冷たい雰囲気を纏っていますが、これでもクロムウェルの秘書という身分でした。

 

「実際に見てみない限りはどうとも言えませんわね」

 

クロムウェルと違ってシェフィールドは深刻そうな面持ちで首を横に振ります。

 

「子爵君。その子供達が、本当に余の元を目指していると?」

「間違いありません。ラグドリアン湖の水の精霊と接触して、閣下の手にしておられる秘宝を取り戻そうとしているのでしょう」

 

クロムウェルは僅かに顔を顰めて指輪に手を触れます。

キテレツ達がお尋ね者にされた最大の理由は、一行が増水しているラグドリアン湖の水の精霊の依頼を引き受けたという情報を子爵が聞き入れ、それをクロムウェルに報告したからです。

一行の外見的特徴については子爵が牢獄から脱獄させてレコン・キスタの同志として加えたフーケから聞き出したもので、各都市の兵隊達にキテレツ一行を発見次第、スパイとして逮捕するようにクロムウェルが命じたのでした。

 

「だが、どんなに多くのマジックアイテムを持っていようとも、我が虚無の力に及ぶはずもない。たかが子供だ。焦ることはない」

「それであの子達に追っ手を差し向けなかったというの? 呑気なものね」

 

フーケはクロムウェルがとった方針に呆れた様子です。

確かに見つけたらすぐに捕まえるように命じはしましたが、同時に必要以上の追跡はしないという命令も下していたのです。

そのためにキテレツ達には一切の追跡部隊が派遣されることはありませんでした。

 

「ミス・サウスゴータ。既にその平民の子供達とやらを出迎える準備は整えてある。わざわざこのアルビオン大陸中を闇雲に探し回る必要はないのだよ。ミス・シェフィールド、そうだね?」

「ニューカッスルの五万の攻城部隊から一万の兵をこのロンディニウムへと帰還させています」

「そういうわけだ。彼らをこのロンディニウムまで誘い込み、圧倒的な兵力によって一網打尽にするのだ」

 

たかが十人にも満たないスパイ……しかも子供に対して過剰戦力とも言うべきかもしれませんが、相手が未知のマジックアイテムを使う以上、戦力を一点に集中させた方が捕まえやすいと考えたのでしょう。

 

「諸君らもスパイを見つけ次第、直ちに捕縛して余の元へと連れてきてくれたまえ。未知のマジックアイテムとやらを是非、余も見てみたいものだからね!」

「御意」

 

子供のようにはしゃぐクロムウェルに子爵が頷きます。

それから子爵はフーケと一緒に執務室を後にしていました。

 

「何が虚無よ……水の精霊から盗んだ秘宝とやらを使っているくせにさ。とんだ道化だね」

「虚無だろうが先住魔法だろうが構わんさ。偉大な力とやらを示して、俺を聖地へ連れて行ってくれるならな」

 

つまらなそうに鼻を鳴らすフーケに子爵は答えます。

総司令官、クロムウェルは二人も知らないような未知の魔法を使うとされていました。それを彼は『虚無』と呼んでいます。

二人は実際にその力を見たことはありませんが、彼はその力を示すことでアルビオンの王族に不満を持つ貴族達の信用を集めて反乱を起こすことができたのでした。

しかし、子爵はその力の正体を知っており、フーケも彼からその話を聞いていました。

 

「聖地の奪還ねえ……あいつらにそんな大それたことができるなんて思えないけどね」

 

脱獄を手引きされてレコン・キスタに加わったフーケははっきり言って忠誠心など皆無です。

元々、協力をしなければどの道口封じに殺される身でしたので、強制された本人としては仕方が無く手を貸しているようなものでした。

サウスゴータというのは、フーケが昔捨てた貴族の名前です。彼女はかつて、このアルビオンの貴族の一員でした。

 

「とにかく、例のガキどもを見つけたらすぐに知らせるんだ。ここに来るのが分かっている以上、俺達はこのロンディニウムに待機だ。いいな?」

「分かったわよ」

 

気のない返事をしてフーケは子爵と一緒に廊下を進んでいきます。

 

さて、執務室ではクロムウェルが部屋に残った秘書のシェフィールドと話を続けていました。

 

「ミス・シェフィールド。トリステインのスパイとやらに追っ手を差し向けなくて本当に良かったのでしょうか?」

「ええ。それで良いわ。その者達の目的がアンドバリの指輪である以上、必ずここへやってくる。ならば下手に追いかけて見失って戦力が分散させられるより、ここで待ち構えていれば兵力を一点に集中できる」

 

秘書なのにシェフィールドはクロムウェルに対して物腰こそ柔らかいですが、タメ口を利いています。それどころか立場がまるで逆転していました。

クロムウェルとシェフィールドはこうして二人だけの状況になった時だけ、総司令官とその秘書という関係が無くなるのです。

キテレツ一行に対する様々な対策もシェフィールドがクロムウェルに指示したものでした。

 

「なるほど。しかし、私はどうも信じられんませんな。子供がわざわざこの空の国までやってくるとは……しかも平民が水の精霊の頼みを聞いてこの指輪を取り戻しに来るなんて」

 

今一クロムウェルは緊張感がない様子です。

数年前、シェフィールドに連れられてラグドリアン湖に赴き、クロムウェルはその湖に眠る秘宝を手に入れたのでした。

それこそが今、手につけられている指輪……アンドバリの指輪なのです。

 

「あなたは今まで通りにレコン・キスタの総司令官として革命を成していれば良いわ。スパイの処分は私達で行う。……決して、その指輪は奪われないようにしなさい」

「も、もちろんでございます! この力のおかげで、私めに恥をかかせたアルビオン王家に復讐ができる機会に恵まれたのですから。あなた様方には感謝のしようがありませぬ」

 

満足そうに声を上げるクロムウェルにシェフィールドは頷くと、執務室を後にします。

廊下を歩く彼女の表情は今まで以上に深刻で、顎に手をやって考え込んでいました。

 

「まさかアンドバリの指輪を取り戻しに来る者が現れるとは……予想外だわ」

 

彼女の計画としては盗み出したアンドバリの指輪でクロムウェルをレコン・キスタの司令官として仕立て上げ、アルビオンの王家はおろか将来的にはトリステインやゲルマニアさえも攻め込ませる予定でいます。

しかし、まさかアンドバリの指輪の奪還をしに来る者がやってくるとなると、計画に支障が出る恐れがありました。万が一にでも指輪を奪還されればクロムウェルはおろか、このアルビオンにも利用価値がなくなります。

相手が子供であるのでそこまで警戒することもないとも思いましたが、フーケからの情報では未知のマジックアイテムを駆使するということでした。

このためにシェフィールドはたかが子供と油断はしていません。故に確実に邪魔者を始末するために策を巡らしたのです。

 

「計画の修正を考えるべきかもしれないわね……」

 

最悪の場合、現在進めている計画そのものを変更する必要もあるとシェフィールドは考えていました。

 

 

 

 

翌朝、ハヴィランド宮殿の広大な中庭には数千ものレコン・キスタの兵士達が集まっていました。彼らは自分達を導いてくれる革命のリーダーの登場を待ちかねています。

やがて、城のバルコニーには一人の男が現れます。それは総司令官・クロムウェルでした。

その後ろでは秘書のシェフィールドや仮面の男、土くれのフーケ、そして主だったレコン・キスタの閣僚や将軍達が控えています。

 

「神聖アルビオン万歳! 革命万歳! クロムウェル万歳! 神聖アルビオン万歳! 革命万歳! クロムウェル万歳!」

 

クロムウェルの登場と共に中庭の兵達は熱狂的な歓声が轟いていました。

 

「諸君! いよいよ、この日が訪れる時が来た! 忠勇にして無双なる諸君らの働きによってアルビオンの最果てまで追い詰めた無能なアルビオンの王族達は間もなく、我らの強大なるレキシントン艦隊によって葬り去られることだろう! その瞬間、我らの革命は達せられる! 選ばれし貴族達による新たな国家が! 神聖アルビオン共和国が誕生するのだ!」

 

中庭の観衆達に向けて演説を始めたクロムウェルの言葉に、ますます歓声は高まっていきます。

 

「しかし! それで我らの理想は果たされたと言うべきなのか? ……否! 我らの理想はこの空の上の王となることではない」

 

一旦、観衆達の歓呼の輪がすっと静まりますが……。

 

「結束! そう! 結束だ! 国境を越え、空を越え、大地を越え、海を越え、我ら選ばれた貴族によってハルケギニアは結束する! そして、あの忌まわしきエルフに奪われた『聖地』を取り戻すのだ! それこそが、始祖ブリミルが我らに与えし使命なのである!」

 

高らかに宣言すると再び観衆達の熱が高ぶり、歓声が蘇りました。

 

「始祖はこの私に力を授けてくださった! 偉大なる『虚無』の系統を!」

 

兵士達によってバルコニーに連れられてきたのは数人のメイジの騎士達です。しかし、彼らは革命戦争で不覚にも命を落としてしまった人達でした。

クロムウェルが拳を高く振り上げると、アンドバリの指輪が煌きだします。

すると、力なく項垂れていたはずの死人の騎士達は、次々に体を自らの力で立たせて動き出しました。生きている人間と何ら変わらない動きを見せています。

観衆達はその光景に驚きが混じった声を上げています。死者を蘇らせるという奇跡は普通の系統魔法でできることではないのですから。

 

「この力ある限り、我らに負けはない! 諸君! 安心せよ! この『虚無』が、我らに絶対の勝利をもたらすのだ!」

「神聖アルビオン万歳! 革命万歳! クロムウェル万歳! 神聖アルビオン万歳! 革命万歳! クロムウェル万歳!」

 

最大限にまで高まった熱気はバルコニーにまではっきりと届いています。

しかし、この演説を後ろで見届けていたフーケはつまらなそうな顔をしていました。

シェフィールドはクロムウェルのすぐ後ろで冷たい表情のまま演説を見つめています。

しかし、その視線と意識はやがて別のものへと向けられていました。

 

(ん……? あれは……)

 

クロムウェルが演説に夢中になっている中、シェフィールドが注目したのは彼がつけているアンドバリの指輪です。

その指輪に朝日の光に混じって、別の小さな光が空から降り注いでいるのがはっきりと分かりました。

腕を動かされる度にその光はクロムウェルの腕に合わせてアンドバリの指輪をしっかりと追従しています。

シェフィールドがその光の先を視線で追ってみますが、それは明らかにこのロンディニウムの外、遥か先の空から放射されているもののようです。

その光を睨んでいたシェフィールドの表情が険しくなりました。

 

(とうとう来たようね……キテレツという少年達……)

 

未知のマジックアイテムを使いこなし、自分と同じ故郷から来たという触れ込みの子供達がもう間もなくこのロンディニウムに到着することをシェフィールドは確信します。

 

 

 

 

首都ロンディニウムから南方へ五キロほど離れ、街道から少しだけ外れた小さな森の中でキテレツ達は待機していました。

今日は朝早くに起きて、ここまで飛んでやってきたキテレツ達は一つ賭けに出ることにしていました。

 

「よし、準備完了だ」

「コロちゃん、こっちは準備オーケーよ!」

『了解ナリー!』

 

みよ子がトランシーバーに向かって喋るとコロ助の声が返ってきました。コロ助は今、一行の近くにはいません。

キテレツは集光機や望遠レンズにスコープまでもが取り付けられ、小さなスタンドで立てられている箱型の装置のセッティングを行っていました。

 

「あのマジックアイテムはタバサの風魔法の遠見の呪文と同じということなのね?」

「わたしも初めて見るんです。あれで本当に蜃気楼を作れるの? トンガリ君」

 

タバサと一緒に装置を眺めているキュルケに尋ねられた五月が今度はトンガリに声をかけました。

 

「うん。キテレツの蜃気楼鏡なら、きっと目的の場所を映すことができるはずさ!」

「何を偉そうにしてやがんだよ。作ったのも使うのもキテレツだろうが」

 

リュックからリンゴを取り出していたブタゴリラが呆れます。

 

「あ! コロちゃんが光を出したわ!」

 

真上の空を見上げていたみよ子は小さな光が一直線に放射されているのを見ました。

 

「よし! こっちもスイッチオン!」

 

キテレツが蜃気楼鏡を作動させると、一行の周りの景色があっという間に変化していきます。

それまで木々が生い茂る森であったものが、青々とした広い光景が広がる空へと変貌したのでした。

 

「わっ! すごい!」

「これが蜃気楼なの? 本当に空にいるみたい……」

 

キュルケもタバサも五月も周りに映し出された空の景色に戸惑っていました。

蜃気楼鏡は遠くの景色の光を映像として装置に集めることで、立体映像のようにして周りに映し出すことができるのです。

 

「これがコロ助だな。それじゃあ、この光を追うようにして……」

 

空の景色の中には小さな手鏡と天使の輪――キテレツの空中浮輪と一緒に合わせ鏡が光を放射しながら空に浮かんでいました。

キテレツが蜃気楼鏡の装置をいじると、景色が光の先に向かってぐんぐんと動いていました。その先には大きな都市が見えます。

 

「間違いなく、ロンディニウムにアンドバリの指輪はあるようね」

 

映像を眺めていたキュルケはしたり顔を浮かべます。

アンドバリの指輪の在り処をいち早く見つけるためにキテレツは思い切った行動に出たのでした。

アルビオンの兵隊に見つかるのを覚悟の上で合わせ鏡を空から使い、さらに遠隔地を映し出せる蜃気楼鏡でその光を追って指輪の正確な位置を知ろうとしたのです。

コロ助は今、真っ黒衣を着て姿を消していますが、あまり長く光を出していると確実に追っ手がやってきて逃げる暇が無くなってしまうので、早々に済ませなければなりません。

ちなみにこの役をコロ助が買って出たのは、自分も空を飛びたいから、ということです。

 

「大きな町だね……」

「それはロンディニウムはアルビオンの首都ですものね」

 

景色がどんどんロンディニウムに近づいていくのを見てトンガリが驚き、キュルケも頷きます。

 

「見て。お城よ。あそこに光が向かっているわ」

 

都市の南側、入って少し進んだ所に立つハヴィランド宮殿に光が注がれているのを見てみよ子が指差しました。

 

「あんな城に指輪があるなんて……ずいぶんと偉そうな泥棒みたいね」

「一体、どんな人なのかしら……」

 

キュルケも五月もアンドバリの指輪を盗んだ人物がただの泥棒ではないと知って怪訝そうにします。

 

「確か、え~と……クロネコとシャーベット……」

「クロムウェルにシェフィールド」

「そうだよ、確かそんな名前だったよな」

 

水の精霊が教えてくれた泥棒の名前を言い間違えたブタゴリラに、何とタバサがぽつりと突っ込みを入れていました。

 

「お? 何だありゃあ」

「城の中庭で何かやっているわ」

「何かしら……」

 

景色がさらにハヴィランド宮殿に近づくと、中庭には大勢の兵達が集まっているのが分かります。

かなり盛り上がっている様子ですが蜃気楼鏡はあくまで映像を映すだけで音を拾うことができないので、群集の声などは聞こえません。

 

「何であいつらあんなに騒いでるんだ?」

「どうやら演説をしているみたいね。ほら、あそこのバルコニーに緑の服を着た男がいるでしょ? あいつが何か言っているのよ」

 

キュルケが指差した先の演説をしている男は身振り手振りに何かを語っているようですが、やはり音は聞こえないので何を言っているかさっぱりです。

 

「待って。……光はあの人に向かっているわ!」

「あ、本当だ!」

 

みよ子とトンガリが声を上げると、みんなも映像に注目しました。

確かに合わせ鏡からの光は演説をしている男の左手につけられた指輪へと注がれているのがはっきりと分かります。

 

「それじゃあ、あれがアンドバリの指輪なのね」

「ええ。間違いないわ。あいつがクロムウェルかシェフィールドっていう奴なのよ」

 

五月の言葉にキュルケははっきりと頷きました。

このアルビオン大陸を二日も動き回って、ようやく目的のものを見つけることができたのです。それは快挙でした。

 

「みんな、あれを見て!」

 

蜃気楼鏡を弄るのをやめたキテレツも映像を目にすると、そこでは驚くべき光景が映し出されていました。

バルコニーに集められた死んだ騎士達が、クロムウェルが腕を振り上げると瞬く間に生き返り、動き出したのです。

死んだ人間が蘇るという光景に、キテレツ達は唖然とします。

 

「本当に人を生き返らせてる……」

「嘘みたい……」

「あれがアンドバリの指輪の力みたいね。……まあ、あれも所詮は紛い物の命だっていうことだけど」

 

みよ子と五月が呆然とし、キュルケも驚いた様子でした。

確かにああして生き返ったようには見えますが、水の精霊曰くあれは魔力で操って強制的に死体を動かしているものなのです。

つまりは操り人形でしかありません。

 

「あんなひょろいおっさんが泥棒かよ。冴えねえなあ」

「でも……っていうことは盗んだ相手ってこの国の反乱軍ってことなんでしょ?」

 

拍子抜けした様子のブタゴリラですが、逆にトンガリは困惑します。

 

「そうみたいね。たぶん、指輪の力を戦争で利用したのよ」

 

そのためにラグドリアン湖から指輪を盗み出したのでしょう。

 

「これで指輪の場所がはっきりしたわ。後は、こっちから乗り込みに行くだけよ」

「よっしゃ、早速殴りこみに行こうぜ!」

「うん。急いでここを離れて出発しよう!」

 

キュルケとブタゴリラが張り切ると、キテレツも蜃気楼鏡のスイッチを切ります。途端に周りの景色は森へと戻っていました。

 

「コロちゃん、もう降りてきても良いわ。鏡をしまって戻ってきて」

『分かったナリ!』

 

みよ子がトランシーバーで呼びかけ、すぐにコロ助は地上へと降下して姿を現しました。

 

「どこに行けば良いか分かったナリか?」

「うん。これから大きな町へ行くのよ。そこに指輪があるのが分かったの。コロちゃんのおかげよ」

 

真っ黒衣を脱ぐコロ助が尋ねてきたので、五月が答えます。

 

「やっぱり行くの? 相手はただの泥棒じゃないのに……下手したら本当に捕まっちゃうよ」

「もう。ここまで来たなら行くしかないでしょ? 何のために色々苦労をしたの?」

 

逃げ腰になるトンガリにみよ子がきつい言葉を浴びせます。

しかし、トンガリの気持ちも分からない訳ではありません。相手は単なる物盗りではなく、何万もの軍隊なのですから。

 

「それじゃあ、早速……」

「待って。あの町で安全な場所を見つけたいから、潜地球に乗って侵入しよう」

 

空中浮輪を取り出す一行をキテレツが呼びとめ、告げました。

 

「それがいいナリ。潜地球なら安全ナリよ」

「僕も賛成」

「でも、こんなに大人数で乗れるのかよ?」

 

それが一番の問題でした。定員はせいぜい五、六人くらいで八人となると完全に定員オーバーになるのです。

おまけにシルフィードを乗せるわけにもいきません。

 

「如意光」

「あ! そうか、その手があったね!」

 

タバサがぽつりと呟くと、キテレツは歓声を上げました。

シルフィードを小さくしてしまえば、乗せることができると考えたのでしょう。

キテレツはケースから潜地球を取り出し、如意光で大きくするとタバサに手渡そうとします。

 

「どうしたの、タバサ?」

 

しかし、タバサは如意光を受け取りません。

 

「それで私達を小さくして」

「きゅ、きゅい!?」

 

タバサの更なる言葉にシルフィードは戸惑った声を上げます。

 

「それならみんなで一緒に乗れるはず」

「大丈夫なの? タバサ」

 

キュルケが心配そうに声をかけますが、タバサは覚悟を決めた顔を浮かべています。あくまで自分達が小さくなって定員を空けるつもりのようです。

 

「分かった。それじゃあいくよ! ……それっ!」

「きゅいーっ!」

 

タバサに同意したキテレツは如意光の縮小光線をタバサとシルフィードに照射しました。

みるみる内に、タバサ達は手の平サイズの大きさに小さくなってしまいます。

 

「どう? 大丈夫、タバサ?」

 

キュルケがしゃがんで声をかけるとタバサは頷きました。キュルケの手の上に乗り、キテレツ達と一緒に潜地球へと乗り込みます。

 

「それでもやっぱり狭いのね……」

「痛てて……」

「ごめんなさいね~」

 

座席の後ろでキュルケが立つ中、トンガリとブタゴリラがしゃがみ込んで窮屈そうにしています。

五月は座席の横に、みよ子とコロ助は操縦するキテレツの左右に座りました。

 

「よし、それじゃあ発進!」

 

操縦レバーを動かし、潜地球は地中に潜行していきます。方角は分かっているので、今は一直線に進むだけです。

空中浮輪でこっそりと隠れるように空を飛んでいたのとは比べられないほどスムーズに、ロンディニウムへと向かうことができました。

 

 

 

 

ロンディニウムには今、一万以上もの兵力が駐留しており、首都の警戒に当たっています。

町の至る所で兵士達が堂々と闊歩するその警備は極めて強力無比であり、怪しいと思われた人間はすぐに声をかけられてその場で尋問されてしまうでしょう。

特にハヴィランド宮殿近辺の警戒は厳重であり、十数分前にクロムウェルの演説が終わってからはさらに警備は強化されていました。

 

「すごい警備が厳重だね……」

 

ロンディニウムの路地から潜望鏡を出し、操縦席のモニターに映像を映し出します。

映像はトンガリとブタゴリラ以外の六人だけが見ていました。

 

「こんなに警戒が厳重じゃあ、あの城に忍び込めないわよ」

「第一、あたし達だって地上に上がれないわ」

 

五月とみよ子の言葉にキテレツは潜望鏡を戻して困った顔をします。

確かに地中にいる限り、見つかりはしませんがこれでは地上へ出るに出られません。

 

「どうするナリ? キテレツ」

「とにかく、安全な場所を探してそこを拠点にしましょうよ」

「うん。キュルケさんの言うとおりだね」

 

キテレツは操縦レバーを動かし、潜地球を進ませていました。

それから十数分ほどロンディニウムの町を周り、西の外れに打ち捨てられた小さな寺院が一つあるのを発見したのです。

城の近辺に比べれば警戒も薄く、近くには人もいないので拠点には最適です。

寺院内の朽ち果てた礼拝堂で潜地球を浮上させ、一行は外へと出ます。

 

「さて、これからどうするのかしら? キテレツ」

 

タバサとシルフィードが元の大きさに戻ると、キュルケは切り出しました。

 

「うん。真っ黒衣で透明になってこっそり忍び込もう。それであの指輪を持っていた人を探すんだ」

「でも、素直に返してくれるかな……」

「力尽くで取り返すしかないのかしら」

 

トンガリと五月は心配した様子です。あのクロムウェルが素直にアンドバリの指輪を手放し、渡してくれるとはとても思えません。

 

「お願いしてもとても返してくれそうにないナリね」

「ぶん殴って気絶させて無理矢理取り返しちまうか?」

「あんまり騒がしくしたら捕まっちゃうわよ」

 

過激な手段を述べるブタゴリラをみよ子が諌めます。もし下手に派手なことをして見つかってしまえば何千人もの兵隊達に追い回される破目になるのです。

できれば危険なことは避けなければなりません。

 

「まあ何とかなるよ。良い物があるからね」

 

しかし、一行の心配をよそにキテレツはケースから次々と物を取り出して如意光で大きくしていきました。

その中には合わせ鏡とは別の手鏡があります。それらをリュックから取り出した様々な道具と一緒に真っ黒衣のマントに包み込みます。

 

「真っ黒衣はあと三人分あるから……誰かが三人ここに残って、連絡係をしてもらいたいんだけど……」

「僕はここで待たせてもらいます……」

 

怖気づくトンガリは居残り組を即座に志願していました。

 

「わたしも一緒に行くわ」

「ワガハイもナリ!」

「俺も行くぜ!」

「私も行く」

 

積極的な五月にブタゴリラ、コロ助とタバサの四人がキテレツとの同行を志願しました。

タバサがいてくれればとても頼もしくなるので安心できます。

 

「それじゃあ、あたしはトンガリ君と一緒に居残りなの?」

 

しかし、そうなるとみよ子も居残り組になりますが、それが本人には不満なようでした。

自分もキテレツ達と一緒に行って役に立ちたいと思っているのです。

 

「あたしも残るわ。万が一、ここに誰かやってきても大丈夫なようにね」

 

キュルケは居残り組の安全を守るために、自ら残ることを決めます。

 

「潜地球はこのままにしておくから、何かあったらそれを使って。それから……」

 

キテレツはトランシーバーと一緒に天狗の抜け穴を取り出し、礼拝堂の壁にテープを輪にして貼り付けました。

 

「これで何か危ない目になっても、大丈夫だよ」

「さすがキテレツナリ」

「これならこの間みたいになってもこっちにすぐ逃げて来られるわね」

 

以前、モット伯の屋敷に忍び込んで見つかった時とは違って、今回は逃走と脱出ルートを確保することにしました。

こういう時にこそ天狗の抜け穴は役に立つのです。

 

「連絡はこれで行うから、何かあったら連絡をしてね。それから……」

 

みよ子にトランシーバーを渡し、キテレツは今度はタバサの方を見ます。

 

「タバサちゃんにはこれを貸してあげるよ」

 

そう言ってキテレツが差し出したのは一着のフード付きの白いマントでした。

 

「これは?」

「それは隠れマントっていうもので、フードを上げて着ると真っ黒衣と同じく姿を消せるマントなんだ。昔作った隠れ蓑を応用して作ってみたんだけど」

「あの道具か……」

 

トンガリはうんざりした顔を浮かべます。以前、その隠れ蓑で酷い目に遭ったことがあるのを思い出しました。

マントを受け取ったタバサはそれを着込み、フードを被ってみます。すると……。

 

「きゅいっ!?」

「わ! 本当に消えたわよ! タバサ!」

 

一行の目の前からはタバサの姿が消えてしまいました。

 

「それって、この服とどう違うの?」

「うん。真っ黒衣は匂いも消せるんだけど、こっちはそのまんまなんだ」

 

真っ黒衣を着込んだ五月の問いにキテレツはそう答えます。キテレツの発明品の中には効果が類似していたり、ダブっていたり、下位互換になってしまうものもあるのです。

 

「それでいい。ありがとう」

 

礼を言いつつフードを下げると、またタバサの姿が現れます。

役に立ちそうな発明品をキテレツは包みに入れ、真っ黒衣と隠れマントで姿を消せば準備は完了です。

 

「気をつけて! キテレツ君!」

「五月ちゃん、早く戻ってきてね!」

「行ってくるわ!」

「うん! キュルケさん、みよちゃん達をよろしくお願いします!」

「ええ! タバサも気をつけて!」

 

居残りの三人に呼びかけられた五人は透明になると、寺院を後にしていきました。

 

 



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天狗の抜け穴で再会! 頼れるみんな大集合!・中編

空しかったニューカッスルでのパーティを終えてからルイズはすぐ眠りに就きました。

早朝に起きてすぐにワルドのグリフォンでアルビオンを発ち、トリステインへ戻らなければなりません。

反乱軍によるニューカッスルの攻城が始まる明日までに一刻も早くアンリエッタとウェールズを会わせなければならないのですから。

 

「……いけないっ!」

 

しかし、新たな使命感に燃えていたルイズは興奮して寝付けず、結局早起きはできませんでした。

ベッドから飛び起きたルイズは時刻が九時を過ぎていると知り、大急ぎでワルドの元へと行きます。

ワルドに朝早く起こして欲しいとでも頼んでおくべきだったかと後悔してしまいます。

 

「やあルイズ。やっと起きたね。待っていたよ」

 

廊下を走っていたルイズはワルドに笑顔で出迎えられました。

何やらその手には清楚な作りの冠やヴェール、マントがあります。

 

「ワルド様! ……そ、そのっ! ……あ、あのっ!」

 

起きたばかりだった上に大急ぎで駆けてきたために頭が混乱していたルイズはすぐにトリステインへ戻りたいことを伝えられません。

しかし、ワルドはそんなルイズの姿を見ても態度を変えずにこんなことを言い出します。

 

「ははは、大丈夫だよ僕のルイズ。そんなに慌てていては、新婦の姿が台無しになってしまうよ」

「え……? し、新婦って? どういうことですか?」

 

唐突な言葉にルイズは呆然としてしまいました。

 

「実は昨日、ウェールズ皇太子に僕らの結婚の媒酌をお願いしたんだよ。ルイズを驚かせようと思って、今まで黙っていたんだ」

 

よく見れば、ワルドが手にしているのは新婦用の衣装であることが分かります。

ワルドは本気でここでルイズと結婚式を挙げようとしているのです。

 

「結婚って……こ、ここで式を挙げるのですか!?」

 

ルイズは突然すぎる結婚式の開催に驚きました。

確かにワルドは今回の任務が終わったら結婚をしようとアプローチをかけてきました。

しかし、いくらなんでもこんな場所で、しかもこんな状況で結婚式を挙げようとするなんてあまりに性急で、非常識にすら感じられます。

 

「ああ。皇太子殿下にどうしても僕らの結婚の晩酌をしてもらいたくなってね。彼も喜んで引き受けてくれたよ」

「そんな……今は任務中なのに……」

 

何も気にしていない様子のワルドにルイズは逆に戸惑うばかりでした。

 

「もちろん、本格的な式はトリステインへ戻ってから行うよ。これはいわば本番の前の練習みたいなものだ。それとも僕との結婚が嫌なのかな? 僕のことが嫌いになったのかい?」

「嫌じゃありませんわ……でも急に結婚式なんて……」

 

今、ルイズがするべきなのは許婚であり憧れのワルドとの結婚ではなく、大切な友人から託された真の任務を果たすことなのです。

 

「この結婚式は何も僕達だけのことじゃないんだよ。皇太子殿下のためでもあるんだ」

「皇太子様の?」

 

ワルドの言葉にルイズは余計に困惑するばかりです。

 

「ウェールズ皇太子は何があっても、どんなに説得をしても亡命には応じてくれはしないだろう。その皇太子が最期に望んだことを実現させてあげたいのだよ。そのために、僕らの結婚式の媒酌という大役を務めさせてあげたいんだ」

 

なるほど、とルイズは思いました。ワルドはワルドなりにウェールズのことを考えているのでしょう。

亡命を拒んで討ち死にを果たそうとするウェールズへの、最後の手向けというわけです。

 

「僕達でせめて皇太子殿下に最期の花を持たせてあげようじゃないか。ルイズ?」

「最期って……」

 

しかし、ルイズはワルドのそのどこか冷たくさえ感じられる態度が気に入りませんでした。

まるでウェールズの死そのものが既に決定しているかのような物言いと、彼の命やアンリエッタ王女の想いを蔑ろにしているようにも感じられてしまうくらいの薄情さです。

 

「……いいえ。皇太子様は死なないわ! あたし達で助けてみせます!」

 

ワルドの思いを否定するかのように、思わずルイズは叫びます。

 

「……それはどういう意味かな?」

 

ルイズの叫びに今度はワルドが呆気に取られていました。

 

「とっておきの秘策があるんです。皇太子様を亡命させるための!」

「それは?」

 

取り出された天狗の抜け穴にワルドは目を丸くしました。

 

「キテレツから預かったマジックアイテムです。これを使えば、皇太子様と姫様を会わせてあげることができます! 上手くいけばそのままトリステインに亡命させることだってできるはずです!」

 

ルイズはワルドに天狗の抜け穴の効果についてそのまま捲くし立てるようにして説明します。

その話を聞いたワルドの表情は微かに険しくなりました。

 

「……なるほど。ロバ・アル・カリイエのマジックアイテムとやらはそんなことまでできるのか……」

「はい! だから急いで、トリステインへ戻らなければならないんです! 明日のレコン・キスタの攻城までまだ時間があります!」

 

ルイズは今自分が一番にやりたいことをはっきりとワルドに告げます。

ところが任務を果たすことができるというのに、ワルドの表情は変わることはありません。むしろさらに顔を顰めていましたが。ルイズは気づきませんでした。

 

「……分かった。それじゃあルイズは先に僕のグリフォンの所で待っているんだ。皇太子殿下に、式の中止を告げてくるからね」

「はい!」

 

ため息を微かに漏らしたワルドの頷きにルイズの顔が明るくなります。

すぐに踵を返して廊下を駆け、ワルドの前から消えていました。

 

「あのガキどもめ……余計な物を持たせおって。……亡命などさせんぞ」

 

ウェールズ皇太子が待つ礼拝堂へ向かう道中、ワルドは独り忌々しそうに呟いていました。

つい先ほどまでルイズに見せていた優しさなど微塵もありはしません。

 

 

 

 

大都市ロンディニウムでは至る所でレコン・キスタの兵隊や騎士達が巡邏にあたっています。

非常に厳しい警戒の中、透明になっているキテレツ達はハヴィランド宮殿を目指して堂々と進んでいました。

 

「いいか? こんなガキどもを見つけたらすぐに知らせるのだ。匿っていたりしたらただではおかんからな!」

「し、承知しました……」

 

市場の店主や市民を掴まえては一枚の羊皮紙を見せていました。そこにはキテレツ達の似顔絵が描かれています。

ロンディニウムの住人達は兵士達が気に入らないのか、とても嫌な顔を浮かべていました。

 

「何だよこりゃあ……下手くそな絵だなあ……」

「全然似てないナリ」

 

ブタゴリラとコロ助が横から覗き込んで思わず呟きます。

トンガリが描く似顔絵と比べれば天と地ほどもの差があるほど似ていません。

 

「んっ……何だ?」

 

突然聞こえた声に兵士が周囲をきょろきょろと見回すと、二人は慌てて口を塞いでその場から離れていきました。

いくら透明で姿は見えないといっても声は聞こえるので迂闊なことをするとすぐに見つかってしまいます。

 

「もう……変なことしちゃ駄目でしょ」

「見つかったら終わりなんだから寄り道はしないでよ」

 

路地の入り口で五月とキテレツは追いついてきた二人を叱ります。真っ黒衣同様に隠れマントで姿を隠すタバサは周囲を警戒していました。

 

「悪い悪い」

「でも、やっぱりワガハイ達はどこに行ってもお尋ね者ナリね」

「何で俺達がゲロリストにされなきゃなんねーんだよ……」

「テロリストだろ? ……あの人が指輪を持っていたってことは、僕達が取り戻しに来ることが分かっていたのかもしれないね」

「だけど、どうしてわたし達が来るのが分かったのかしら……このアルビオンの人と誰も会ったことも無かったのに」

 

それがこれまで抱いていた最大の疑問です。アルビオンの反乱軍はどんな理由であろうとキテレツ達がこのロンディニウムまでやってくることをアルビオン大陸へ来る前から知っていたのです。

しかし、いくら考えてもその謎は分かりません。知っているのはお尋ね者にしてきた本人達だけです。

 

「とにかく、早くあの人から指輪を取り戻してしまおうよ。タバサちゃん、行こう」

 

一行が透明であることまでは知らないアルビオンの兵隊達は誰も五人の存在に気づくことはありません。

キテレツ達は楽々とハヴィランド宮殿のすぐ前までやってくることができました。

 

「待って」

「どうしたの、タバサちゃん」

「俺達は見えないんだからさっさと忍び込もうぜ」

「グリフォンとマンティコアがいる」

 

呼び止めたタバサの言うとおり、城門ではグリフォンやマンティコアに騎乗した騎士達が門番を勤めています。

 

「何だぁ? あのライオンみたいなやつ。鳥みたいに羽がついてるぜ」

「あれがどうしたナリか?」

「幻獣は人間や動物より感覚が鋭い。見つからない保障はない」

 

たとえ透明になっていても優れた感覚を持つ幻獣を欺ききることはできず、気配を察知される恐れがあるかもしれません。

何しろタバサの場合は匂いまでは消せていないのですから。

 

「それじゃあ、正面から入るのはやめようか」

「でも、どこから忍び込むの?」

「こっち」

 

タバサが呼び招くと、一行は城門から脇に少し離れた城壁までやってきました。

 

「タバサちゃん、どこにいるの?」

「ここ」

 

五月が声をかけるとトントン、と地面を突く音がします。タバサがマントの中で杖を使ったのでしょう。

 

「私に掴まって」

「うん。分かったよ」

「一体どうするナリか?」

 

四人が見えないタバサの体に手探りで掴まると、タバサは手早く呪文を唱えました。

 

「レビテーション」

「わっ!」

 

ふわりと全員の体が宙に浮かび上がり、一気に城壁を飛び越えていきます。

 

「飛ぶなら飛ぶって言ってくれよ」

「しっ……声を出すと見つかっちゃうわ」

「むぐむぐ……!」

 

五月の囁きにコロ助は片手で口を塞ぎます。

当然、城壁の上にも見張りの衛兵がおり、城の上空には竜騎士達が飛び回っていますが、音も出さず透明である五人の存在には気づきませでした。

空中浮輪で飛んでいれば消えないリングが見えて見つかっていたでしょうが、タバサの魔法であっさりと侵入することができたのです。

 

「トリステインのスパイ達は既にこのロンディニウムへ潜入している可能性が非常に高い! 警戒を怠るな!」

「奴らの目的はクロムウェル閣下だ! 絶対に城内への侵入を許すな!」

「見つけ次第、即刻逮捕だ! いいな!」

 

城の敷地内の警備の指揮している騎士達は大声で部下達に呼びかけています。

もう既にキテレツ達は庭を通り抜けて城内へと正面から入る所なのです。

 

「これは見つかったらただじゃすみそうにないね……」

「もう俺らは忍び込んでるのにな。マヌケな奴らだぜ」

「捕まったら、何をされるナリか……?」

「そんなことを考えちゃ駄目よ。行きましょう」

 

あっさりと五人は城内への侵入を果たし、エントランスホールの大階段の下へ移動します。

周りでは相変わらず兵隊達が警備を続けており、少しでも姿が見えてしまえば見つかるので透明のままでした。

 

「しかし、クロムウェル閣下の虚無はすごかったな」

「ああ。まさか、死人を蘇らせる魔法を使うとは……あれが、伝説の彼方に消えたという虚無の系統なのか……」

 

すぐ真上の階段を上がっていく二人の兵が話し合っています。キテレツ達はぐっと息を潜めていました。

 

「クロムウェルって、指輪を持っていた人のことね」

「うん。間違いないね」

 

ようやく泥棒の名前と正体について一致しました。クロムウェルと呼ばれていた人物が、バルコニーで演説を行なっていた男なのです。

 

「これからどうするナリか」

「この城の中にそのクロムウェルっていう人がいるのは確かだし、顔も分かっているんだから慎重に探そう」

「そうね。見つからないようにしないと……」

 

ここまで来て見つかりでもしたら、全てが水の泡です。ドジを踏むことも許されません。

 

「キョムって、あのざるをかぶって笛吹いてる奴のことか?」

「ええ? 何を言ってるんだよ、ブタゴリラ」

「熊田君。それって、もしかして虚無僧のことを言ってるの? 漢字は同じだけど、読み方も何もかも全然違うわよ」

「こんな時でもブタゴリラはボケるナリね~……」

 

こんな時にもブタゴリラは天然ボケをかましているので三人は突っ込みました。

タバサだけは相変わらず冷静に周りを警戒しています。

 

『どう? キテレツ君。そっちの調子は?』

『五月ちゃん、大丈夫?』

 

と、そこへトランシーバーからみよ子とトンガリの声が聞こえてきます。

キテレツは懐からトランシーバーをそっと取り出しました。

 

「うん。わたし達は大丈夫よ」

「今、城の中に入った所だね。そっちは?」

『あたしがいるから安心しなさいな。タバサ、あなたも気をつけてね』

 

五月とキテレツが小さい声で応答すると、キュルケが気さくに答えてくれました。

タバサはキュルケの声に頷きます。

 

「何かあったら発明品を使っていいからね」

『分かったわ』

『五月ちゃん、早く戻ってきてね。危なくなったらすぐ逃げるんだよ』

 

キテレツのリュックもケースも如意光と一緒に置いてきているので、三人が兵隊に見つかってもそれらを使ってやり過ごせるでしょう。

 

「それじゃあ早速、クロムウェルっていう人を探そうか」

「了解ナリ」

「キテレツ君。どうせなら二手に別れて探してみない? そっちの方が見つけやすいと思うの」

 

五月がそう四人に提案してきました。

確かにその方が一度に探索できる範囲も広がるので見つけられる可能性が高くなるでしょう。

 

「それは良い考えだね。それじゃあ、僕とコロ助で二階を探してみるから、タバサちゃんと五月ちゃんとブタゴリラは一階をお願いするよ。もう一個トランシーバーを渡すから、何かあったら連絡をするんだ」

「おっしゃ。任せな」

 

キテレツからトランシーバーを受け取ったブタゴリラは意気揚々とそれを懐にしまいこみます。

 

「それじゃあみんな、見つからないようにね」

「分かった」

「うん。キテレツ君達も気をつけて」

 

タバサと五月は頷きます。透明のままなのでその様は見えませんが。

一行は階段の下から出ると、二つのグループに分かれて城内の探索を開始します。

ハヴィランド宮殿の内部は外以上に多くの兵士達が警備にあたっており、全ての扉の横には必ず見張りが立っていました。

クロムウェルという人物が城内のどこにいるのか分からないので、見つけるのはかなり苦労します。

透明になっているので堂々と歩き回っていられるのですが、手掛かりが他にない以上は迷路のように複雑で広大な城の中をさ迷い歩く破目になってしまうのです。

 

「泥棒さんはどこにいるナリか~? キテレツ、泥棒さんはどんな顔してたナリ?」

「あれは三十歳くらいのおじさんだったね。偉そうな神父みたいな格好をしていたから、かなり目立つよ」

 

一階を探索して廊下を歩くキテレツとコロ助は通りがかる衛兵や警備が周りにいないのを確認して話します。

コロ助は蜃気楼鏡の映像を見なかったのでクロムウェルの顔は知りませんが、キテレツはしっかり記憶していました。

兵士達と違う上に特徴的な出で立ちだったので一目で分かるはずです。

 

「それでどうやってお宝を返してもらうナリか?」

「大丈夫。裏表逆さ鏡を持ってきているから、向こうから返してくれるよ」

 

キテレツが今持参している発明品の中に合わせ鏡とは別の手鏡があります。それが裏表逆さ鏡という道具です。

その手鏡から発せられる光を浴びせれば、相手がキテレツからの要求に対して反抗しても行動そのものは逆に働かせてしまうのです。

 

「それは便利ナリね」

「もちろん、取り返したらすぐ逃げないといけないからね。おっと……静かに」

 

自分の作戦を語っていたキテレツでしたが、前を向き直ると口を閉じます。

すぐ目の前には数人の衛兵が迫っていたので、コロ助と一緒に壁際へと移動し、通り過ぎるのを待ちました。

 

 

 

 

一階の探索をしている五月とタバサとブタゴリラ達も途方に暮れていました

クロムウェルの顔は分かっているのに、居場所が分からなければどうにもならないのです。

 

「あ~あ……あのおっさん、どこにいやがるんだよ? こっちが迷っちまうぜ」

 

廊下に置かれている偉い人と思われる胸像の台座の下でブタゴリラは座り込んでいました。

 

「駄目よ、熊田君。ちゃんと探さないと」

「けどよ……こんな迷路みたいな場所で、どうやってあのおっさんを見つけるっていうんだ?」

 

確かにブタゴリラの言うとおり、当てもなく探していては意味がありません。

 

「う~ん……そうよね……」

「誰かに聞いてみっか?」

「そんなことしたら見つかっちゃうでしょ」

 

もちろん冗談なのでしょうが、ブタゴリラだったら本当にそれを実行してしまいそうなので怖いです。

 

「タバサちゃん。何か良い手はないかしら?」

「クロムウェルは恐らく、アルビオンの反乱軍の司令官か何か大きな地位に就いてる」

 

タバサは蜃気楼鏡で見たクロムウェルの演説をする姿から、彼がこのアルビオンでどういった存在であるのかを冷静に分析していたのです。

 

「少なくとも廊下を一人でうろついたりする立場の人間じゃない」

「それじゃあ、どこかの偉い人がいそうな部屋にいるっていうことかしら」

「恐らくそう」

「それじゃあ、そんな人が出入りできる部屋にいたりするわけね」

 

これで僅かですがクロムウェルを探すための手掛かりが見つかりました。

クロムウェルがアルビオン反乱軍の要人であるという立場から推察されたものです。

 

「行きましょう、熊田君」

「あいよ」

 

三人は一階にある廊下と隣接した部屋をしらみ潰しに探すことにしました。とはいっても扉の横には衛兵が張り付いているので入ろうとすると怪しまれて見つかる恐れがあります。

そこでタバサが部屋に入らずに外から覗く、という手段で確認する方法を提案してくれました。その方法とは……。

 

「何だ? どうしたんだ?」

「どうかされましたか? 将軍」

「お呼びでございますか?」

 

ある廊下で三つの扉がコンコン、とノックの音を響かせていました。横で張り付いていた衛兵達はそれぞれ扉を開けて中の確認を行ないます。

 

「何? 俺達は呼んでないぞ?」

「そうか、すまんな」

「何の用だ! 警備を続けんか、馬鹿者め!」

「は、はいっ!」

「何を言っているのだ? 私は呼んでなどおらんわ」

「サー、失礼致しました」

 

ある部屋は兵士達の詰め所であり、中では休憩をしている衛兵達が寛いでいます。

気が短い将軍や大臣達の自室では呼んでもいないのに覗き込んできた衛兵を追い出していました。

 

「こっちは違ったわ」

「俺もだぜ」

「私も」

 

三人は柱の影で合流してそれぞれの報告を行ないます。

透明であることを生かすことで三人はそれぞれ扉をノックし、衛兵に扉を開けさせてその中を覗き込んだのです。

これで中を確認することでクロムウェルを見つけようという作戦でした。

もっとも、衛兵達がノックなどもせずに堂々と出入りをしているような部屋はクロムウェルのような要人が利用するような部屋ではないと見て無視します。

しばらく三人はそのようにして調査を続けていました。

 

「もう一階はほとんど調べちゃったわね」

「それじゃあ、キテレツ達の方にいるってことか」

「たぶん」

 

一階にいないと確定すれば、クロムウェルが二階にいることは間違いありません。

三人はキテレツ達と別れたホールを目指して廊下を駆け抜けていきました。そこから二階に上がってクロムウェルがいる部屋を見つけるのです。

 

「あっ……!」

「何だ、どうした?」

 

ホールまで戻ってきた三人ですが、五月は驚き立ち止まります。

 

「見て、あの人よ! ほら……! あの緑の服の人……!」

「あん?」

 

五月の視線の先には何人もの閣僚や将軍の一団が階段を上ろうとしているのが見えます。

 

「ありゃ、本当だ」

「あの人がクロムウェルなのね……」

 

その中心にいる人物こそが、探し求めていたクロムウェルだったのです。左手の指には間違いなく、アンドバリの指輪を嵌めていました。

とうとう見つけた泥棒の姿に三人は心躍ります。これは見失うわけにはいきません。

 

「このまま後をつけようぜ」

「ええ。熊田君、キテレツ君に連絡して」

 

三人は階段の下へ移動すると、ブタゴリラは預かったトランシーバーを取り出しました。

タバサが確認のために外に出ると、クロムウェルは階段の最上部でローブを纏った二人の男女と会って何かを話している所です。

 

「おい、キテレツ。聞こえるか? どうぞ」

『はい、こちらキテレツ。どうしたの、ブタゴリラ』

 

トランシーバーの向こうでキテレツ達も骨董品が飾られた台座の陰に身を潜めていました。

二人とも見つからないように小さな声で話し合います。

 

「キテレツ君、クロムウェルっていう人をこっちで見つけたわ。今、二階へ上がろうとしているの」

『本当に?』

「わたし達もこれから上に上がって後をつけるわ」

『分かった、それじゃあすぐに合流しよう。その人が一人になるまで待つんだ。気をつけてね』

 

トランシーバーをしまい、五月とブタゴリラも階段から外に出てきました。

 

「あっ、上に行っちゃうわ」

 

クロムウェルの一団は階段を上がってその向こう側へと立ち去っていってしまいます。

しかし、階段の途中で男女二人が立ち止まって何かを話して道を塞いでいるので三人は上に上がれません。

城の外みたいにタバサがレビテーションを使って一気に二階に飛び上がりたい所ですが、あの二人はトライアングル以上のメイジであることが見ただけで分かります。

透明とはいえ魔法を使えばディテクト・マジックを使わなくても気配を悟られる危険があるので使うことができないのでした。

 

「とっととどけよっ……!」

 

早くクロムウェルの後をつけなければならないのにそれができないので、もどかしく感じてしまいます。

そんな三人の焦りを知ってか知らずか、何故かあの二人は階段から動かないまま会話をしているようでした。

歩き話をしていれば良いのに、こんな時に限ってそれをしようとしないので五月とブタゴリラは苛々してしまいます。

 

「マチルダ。確か、例のガキどもはメイジを含めて八人だったな」

「ええ、そうさ。スカボローでの情報だと火と風のトライアングルメイジで、トリステイン魔法学院の生徒らしいね。それがどうかしたのかい」

 

階段で仮面の男と会話をしているフーケは首を傾げます。

 

「既に奴らはこの城に忍び込んでいる。少なくとも三人だ。だが、他にも忍び込んでいる奴がいるはずだ」

「よく分かるじゃないさ。で、私にどうしろって言うんだい?」

「知れたことか。連中は姿を隠して潜んでいる。閣下の指輪が目的だから閣下を探しているはずだ。ディテクト・マジックを使って徹底的に探しだせ」

「人使いが荒いね……いいさ、あの子達には礼もあるし、ちょいと探してくるとするよ」

 

そんな会話をしていた二人ですが、フーケは階段を降りると五月達がやってきた廊下の方へと歩き去っていきました。

 

「よし、行こうぜ」

「ええ」

「……待って」

 

階段を上がろうとする五月とブタゴリラですが、それをタバサが呼び止めました。

まだ階段の途中には仮面の男が残っています。しかも何やら様子がおかしいことをタバサは察していました。

 

「さて……それではまずは、姑息なネズミを三匹……」

 

マントの下からレイピアの形をした軍杖を取り出し手にすると、呪文を唱えだします。

 

「何やってるんだ? あいつ」

「魔法を使おうとしているみたい」

 

五月とブタゴリラは仮面のメイジの意図が分かりません。さっさと退いて欲しいので余計にじれったくなりました。

しかし、タバサだけは彼がやろうとしていることをたった今察します。彼が今唱えている呪文は……。

 

「……掴まってっ!」

「え?」

「なにっ?」

 

タバサは呆けていた透明の二人へ手を伸ばし、即座に呪文を唱えました。

 

「フライ!」

「ライトニング・クラウド!」

 

タバサと仮面の男の魔法が同時に解放されます。五月とブタゴリラの体を掴んだタバサは素早く宙へと飛び上がりました。

 

「わわっ!」

「きゃあっ!」

 

直後、仮面の男が閃光のような速さで振り抜いた杖の先から鋭い炸裂音と共に稲妻が放たれます。

三人が立っていた床を稲妻が直撃し、焼き焦がしていました。避けるのが少しでも遅れれば確実に三人に直撃していたでしょう。

 

「ほう。子供とはいえ、トライアングルだな。一応は褒めてやろう」

 

一気に二階に着地したタバサは二人を解放すると、マントのフードを外して姿を現しました。

 

「お、おい」

「まさか、わたし達が分かっていたの?」

 

五月は仮面の男が三人の存在に気づいていたことを知って驚きます。

もう姿を隠しても意味がないと悟って頭巾を外してマントを脱ぎ捨てたタバサと同じように姿を見せます。

 

「風のスクウェアともなれば、空気の流れで周りにいる人間の存在を察するなど容易いこと。そんな子供騙しでメイジを誤魔化せると思ったか?」

「ばれてやがったのかよ!」

 

仮面のメイジは透明になっている三人が階段の下で隠れている時からその存在を察していました。

すぐに侵入者の存在を告げたりしなかったのは、完全に身を隠していると思っていた三人を嘲笑っていたのでした。

 

「閣下の指輪を取り戻しにきたそうだが、あいにくそうはいかん」

「どうして指輪のことを……!」

 

相手は自分達がアンドバリの指輪を取り戻しにきたということをはっきり認識していることに五月は唖然としました。

それでキテレツ達六人を指名手配にして捕まえようとたのでしょう。

一体、どこでどうやってそこまでの情報を耳にしたのか不思議でなりません。

 

「知ってどうなる? 貴様らのようなガキどもが知ることではないわ!」

「ウィンディ・アイシクル!」

 

男が叫ぶ間にもタバサは呪文を完成させて杖を突きつけました。

何本もの無数の氷の矢が放たれますが、相手はそれを軽業師のように後ろへ飛び上がってかわし、階下の踊り場へと着地します。

 

「何事だ!」

「どうされましたか!?」

「侵入者か!?」

 

騒ぎを聞きつけたらしく、ホールには次々と何十人もの衛兵達が集まってきます。

ここまで来てこんなことで見つかってしまうなんて最悪の状況でした。

 

「やべえ! 逃げるぞ!」

「タバサちゃん!」

 

ブタゴリラと五月が叫びますが、タバサは動きません。

 

「先に行って」

「タバサちゃんは?」

「ここで食い止める」

 

ここで三人一緒に逃げると一階の兵達が二階へ集中することになります。それではたとえ透明になったままでも追い詰められて捕まってしまいます。

タバサは殿を務め、彼らをここで足止めにすることを決意しました。

 

「スリープ・クラウド!」

 

タバサが再び呪文を唱えると、杖の先から一気に青白い雲が噴き出し、一階に広がって充満していきます。

階段を上がろうとしていた衛兵達は眠りの雲に包まれ、まとめて眠らされてしまいました。

 

「ウィンド!」

 

しかし、メイジの男は自分の周りに突風を吹かせて眠りの雲を吹き飛ばしてしまいます。

 

「トリステインのスパイが入り込んだぞ!」

「あそこだ!」

 

さらにさらに新手の兵達が次々と現れてきます。これではキリがありません。

 

「お前らは上のガキどもを追え! 俺はあの小娘をやる。城の周りを包囲して絶対に逃がすな」

「はっ!」

 

仮面の男が衛兵達に命じると、タバサはライトニング・クラウドを唱えて稲妻を放ちます。

相手も即座に反応して同じ魔法を使って相殺してきました。空中でぶつかった稲妻が弾け合い、辺りに飛び散ります。

 

「ブレイド!」

 

さらに男は杖に魔力の光刃を宿し、一気に階段を駆け上がるとタバサに斬りかかってきます。

タバサも同じ呪文で対抗し、敵の攻撃を横に少し体をずらして紙一重で避けると、自分の杖を突き出します。

相手はそれを蜻蛉を切ってかわし、階下へと戻りました。それを追ってタバサも飛び降りました。

 

「タバサちゃん!」

 

ホールの一階ではタバサが仮面のメイジと杖を交えて戦っていました。

相手はかなりの手練れのようで身軽な動きで撹乱しようとしているタバサと互角に渡り合っています。

 

「おおっと! させるかよ! そおら!」

「ぐおっ! うわあああっ!」

 

階段を上がってきた衛兵達にブタゴリラは取り出した天狗の羽うちわを力いっぱいに振り下ろしました。

それによって発生した強烈な突風はホール中に吹き荒れ、衛兵達をまとめて一階へと吹き飛ばしてしまいます。

 

「ざまあみやがれってんだ。五月、何してるんだ?」

 

五月は真っ黒衣をその場で脱ぎ捨ててしまったのを見てブタゴリラは目を丸くしました。

 

「タバサちゃんを助けるわ。熊田君はキテレツ君達と合流して、早く指輪を取り戻して!」

 

タバサだけで殿を務めていてはさすがに辛いと察し、五月も加勢することにしたのです。

電磁刀を手にした五月はスイッチを入れ、刀身を伸ばして電源を起動しました。

 

「だったらこれも使いな。それであいつらをまとめて吹っ飛ばしちまえ!」

 

ブタゴリラは羽うちわを五月に差し出しました。

ホールにはまだまだ衛兵達が集まってきているのです。電磁刀一本だけではさすがに全部相手にするのは難しいでしょう。

 

「ありがとう。使わせてもらうわ」

 

受け取った羽うちわを五月はズボンに挟みます。

 

「気をつけろよ! 何かあったらトンガリがびーびー喚くからな!」

「熊田君達もね!」

「すぐ迎えに来るぜ!」

 

頭巾の覆面を下げて完全に姿を消したブタゴリラはホールから背を向けて走り去ります。

五月は電磁刀を片手に顔を引き締めます。一座の舞台で男役の侍を演じる時のような凛々しい顔でした。

 

「観念しろ、小娘め!」

「はあっ!」

 

目の前まで上がってきた衛兵達の頭上を五月は身を翻しながら一気に飛び越え、階段の踊り場へと着地します。

さらにそこから手すりに登ってジャンプし、タバサが戦っている仮面の男に向かって電磁刀を振り下ろしました。

 

「はあああああっ!」

「むっ!」

 

後ろに飛んで避けた仮面の男ですが、タバサが追撃でエア・カッターを飛ばします。

風の刃を相手は避けきれず、マントの一部が切り裂かれていました。

五月とタバサは隣り合うと、それぞれ電磁刀と杖を手に身構えます。

 

「ほう。それがマチルダのゴーレムの一撃を受け止めた光る剣とやらか」

 

男が口にした名前に五月は聞き覚えはありませんが、それを気にしたりする余裕はありません。

 

「と、いうことは錬金の魔法銃とやらには気をつけねばならんな!」

 

突き出された杖の先から鋭い稲妻が放たれ、五月は電磁刀を正面で横に構えて迸る電撃を受け止めます。

 

 

 

 

さて、キテレツ達がロンディニウム宮殿で泥棒探しをしている間、残されたみよ子達三人は廃墟の礼拝堂で暇を持て余していました。

寝そべっているシルフィードも退屈そうに欠伸をしています。

 

「五月ちゃん達、大丈夫かなあ……心配になってきたよ」

「タバサちゃんもついてるんだから大丈夫よ」

 

トンガリはブタゴリラが置いていったリュックから取り出したミカンの皮を剥きながら不安そうにします。

 

「それは良いけど、ブタゴリラも一緒なんだよ? 五月ちゃんの足を引っ張ったりしないか心配だよ……」

「あら、カオルのことを信用してないのかしら?」

 

みよ子やトンガリと同じようにミカンを口にしているキュルケは意外そうにします。

 

「だって、ブタゴリラは普段から札付きのトラブルメーカーだったんだよ? 向こうで変なことして見つかったりしてるんじゃないかと思うとさ……」

「もう、こんな時にもなってそんな縁起でもないことを言わないでちょうだい」

 

ネガティブなことばかり口にするトンガリにみよ子はうんざりしていました。

 

「大丈夫よ。何かあってもこれですぐに逃げて来れるんでしょう?」

 

キュルケは壁に貼られた天狗の抜け穴を見つめます。

向こうで何か危機的状況になっても、これを潜ってくればすぐにこちらへ逃げてこられるのです。

 

「それはそうだけどさ……」

「もう、しょうがないわね……」

 

見かねたみよ子はトランシーバーを手にし、キテレツ達へのコンタクトを行なうことにしました。

 

「もしもし? キテレツ君? そっちはどう?」

『あ、みよちゃん。たった今、ブタゴリラ達がクロムウェルを見つけたんだって』

「本当に?」

「あら、見つけられたのね。やったじゃない」

 

みよ子とキュルケは顔を明るくしました。

 

「五月ちゃんは? 五月ちゃんはどうしたの?」

 

しかし、トンガリは泣きつくように大好きな五月の安否を尋ねます。

 

『五月ちゃん達とは今、二手に別れているんだ』

『ブタゴリラ達と一緒ナリよ』

「何でだよ! 何でブタゴリラと一緒にするんだよ! 何かあったらどうするのさ!」

「落ち着いて、トンガリ君!」

 

トランシーバーを掴んで喚き立てるトンガリをみよ子は諌めました。

 

「早く泥棒を捕まえてこっちに戻ってきてよ!」

『分かった、分かったから大声を出さないでよ……』

『トンガリは心配性ナリね』

 

コロ助はもちろん、みよ子もキュルケまでもが呆れていたその時でした。

 

「うわああああっ!」

「きゃああっ!」

『みよちゃん……!? みよちゃん……!』

 

トンガリはトランシーバーを落とし、みよ子と一緒に悲鳴を上げてしまいました。

キュルケまでもが目を大きく見開いて愕然としています。

 

「な、な、な、何これ!?」

 

尻餅をついたトンガリの視線の先にあったもの……そこには天狗の抜け穴の中心から鋭い光の棒が伸びているのです。

それは何の前触れもなく、突如として突き出されてきたのでした。

呆然とそれを見つめていた三人でしたが、少しするとそれは抜け穴の中へと引き戻されて消えていきます。

 

『みよちゃん、トンガリ、キュルケさん、何があったの?』

『応答するナリー!』

 

驚き、天狗の抜け穴に目を見張ったまま、みよ子はキテレツ達の声がするトランシーバーに手を伸ばしていきました。

 

「キテレツ君は今、天狗の抜け穴を使ってるの?」

『ええ? まだ使ってないけど……一体どうしたの?』

『何があったナリか?』

 

キテレツ達が天狗の抜け穴を貼っていないはずなのに、今ここから何かが現れたのです。

その原因と、たった今現れた物の正体が分からないので三人は頭を悩ませます。

 

「キテレツ君が使ってないのに、どうしてこれが……?」

「やっぱりどこかに通じてるよ……でも、何だろうこれ?」

 

トンガリが恐る恐る天狗の抜け穴に手を突っ込み、向こう側がどこかに繋がっていることを確認しました。

しかし、その先はとても変な感触が伝わってきます。何かしら空間が広がっているかと思いきや、何かに包まれているような感じです。

 

『みよちゃん、一体どうしたの?』

『大丈夫ナリか?』

「あたし達は大丈夫だけど……」

 

キテレツ達が心配をしてくれていますが、みよ子は呆然としたまま答えるしかありません。

 

「何をする気!?」

 

と、そこに立ち上がったキュルケが天狗の抜け穴へと近づいて行くのでトンガリが声を上げます。

キュルケもまた、天狗の抜け穴に手を突っ込んで掻き回しだします。トンガリの時とは違って今は広い空間があるのを確かめました。

 

「あなた達はここで待ってて。ちょっと様子を見てくるわ」

「あ、キュルケさん!」

 

言い残したキュルケは抜け穴にそのまま飛び込んでいってしまいました。

取り残されてしまった二人は、ただ呆然と天狗の抜け穴を見つめます。

 

『ん? 何だか様子が変だよ。どうしたんだろう』

『何があったナリ?』

 

そして、トランシーバーの向こう側でもキテレツ達に異変が起きていました。

 

 



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天狗の抜け穴で再会! 頼れるみんな大集合!・後編

 

「あの、ウェールズ皇太子様はどちらに?」

「殿下ならば礼拝堂にいらっしゃいますぞ。何でもワルド子爵のご婚礼の媒酌をなさるとか」

「ありがとうございます」

 

ニューカッスルの廊下でルイズは通りがかった貴族に声をかけ、また走り出します。

つい先ほどまでニューカッスルの外で待機しているグリフォンの元へ行こうとしていたのですが、全く別の場所へと向かっていました。

 

「キテレツにはちゃんと説明すればいいわよね……」

 

その手には旅の共としてキテレツから渡されていた助太刀人形が抱えられていました。

明日のレコン・キスタの攻城が始まる前、万が一のことも考えてウェールズにこの人形を持たせておこうと考え、途中で引き返していたのです。

ワルドが自分達の結婚式の中止を告げに行ったので、礼拝堂に今もいるはずです。今頃、二人で話し合っていることでしょう。

 

「おや、ヴァリエール大使殿。ワルド子爵でしたら、この先の礼拝堂ですぞ。結婚式は中止になさったとか……」

「……どうもありがとう!」

 

途中に鉄兜で身を固めた騎士の一団とすれ違いになりましたがルイズは足を止めずに通り過ぎました。

ルイズは城内にある礼拝堂へ続く廊下を、その先にある扉に向かって駆け抜けます。

 

「ウェールズ様! お話……が……」

 

駆け込みながら扉を開け、中に飛び込んだルイズはそこで起きていた出来事に目を疑いました。

 

「え……!?」

 

ウェールズは軍服の上に王族のマントを身に着けています。恐らくはルイズ達の結婚式のために礼装していたのでしょう。

そのウェールズの胸に、何と一本の光るレイピアが深く突き刺さっていたのです。

自分の胸を貫かれているウェールズの目には、驚愕の色が浮かんでいました。

 

「ワルド……様……!?」

「!?……ルイズ……!?」

 

そしてそのレイピアは、ルイズと別れたワルドの手に握られていました。

怪訝そうに顔を顰めていたワルドはルイズの登場で険しい顔をより深くしていきます。

 

「ちっ……!」

「うぐっ!」

 

ワルドはウェールズの腹に蹴りを叩き込んでレイピアを引き抜くと共に床へ突き飛ばしました。

 

「ウェールズ様!」

 

倒れこんだウェールズへルイズは思わず駆け寄ります。

 

「ウェールズ様、大丈夫ですか!?」

「あ……ああ。私は……大丈夫なようだな……」

 

ルイズに介抱されるウェールズ自身も自分の胸を撫でて呆然としています。

あれだけしっかりと胸を貫かれ抉られたはずなのに、どうやら無傷だったようです。

 

「ルイズ、君がどうしてここに来ているんだい? 外で待っていろと言っただろう?」

 

ワルドはこれまでルイズが見たことがなかった冷たい目で見下ろしてきています。

 

「それはこっちの台詞です! ワルド様、これは一体どういうことなのですか!?」

 

ルイズには今、ここで何が起こったのかさっぱり分からず頭が混乱していました。

 

「貴様、レコン・キスタか……!」

 

しかし、ウェールズは彼の正体をすぐに察しました。

つい先ほど、ワルドは結婚式の中止を告げにここへやってきました。ウェールズはそれをすぐ了承し、式のために集まっていた騎士達も解散させたのです。

ワルドは式が中止になったことを残念であることをウェールズと話し合っていたのですが、いきなり杖を抜いてウェールズの心臓へと突き刺してきたのでした。

もっとも、何故かウェールズは痛みはおろか傷一つ負ってはいません。

 

「レコン・キスタ? う、嘘でしょう!? トリステインの貴族であるワルド様がどうして……!」

「……そうさ。いかにも僕はアルビオンの貴族派『レコン・キスタ』の一員だよ」

 

困惑するルイズですが、ワルドは反論も何もなくあっさりと答えます。

 

「しかし、アルビオンの、と言うのは違うかもしれんな。我らレコン・キスタは国境を越えて繋がった貴族の連盟なのだからね」

 

ワルドは敵と繋がっていたスパイ、つまり裏切り者だったのです。

 

「どうして!? 初めから騙していたの! ワルド様!」

「騙してなんかいないよ、ルイズ。まあ僕の話を聞いてくれ」

 

ワルドはにっこりと微笑んでいました。右手には光に包まれたレイピアが握られたままです。

 

「僕達レコン・キスタはハルケギニアの将来を本当に憂いているんだ。そのためには新たなる指導者と大いなる力の元で、ハルケギニアを結束させなければならないんだよ。そして、始祖ブリミルの光臨した聖地をエルフ達から取り戻すんだ。……僕はそんなレコン・キスタの理想に共鳴したのだよ。この腐敗しているハルケギニアを我らの手で一つにする。その足がかりとして、まず無能な王達をこの手で滅ぼさなければならない」

「ワルド……! あなた……!」

 

熱く語っているワルドをルイズは呼び捨てにしていました。

目の前にいるこの男は、もう自分が知っていた憧れの人などではないことに気がつきます。

 

「僕とおいで、ルイズ。一緒に世界を手にしよう。きっと君にもレコン・キスタの理想のすばらしさが分かるよ」

「嫌よ! そんな訳の分からない連中と一緒になるなんてごめんだわ!」

 

手を差し伸べてくるワルドですが、ルイズは拒絶すると自分の杖を引き抜きました。

 

「いつか言っただろう? 聖地をも越えたロバ・アル・カリイエからも使い魔を呼び出せたほどの君の才能は素晴らしい。始祖ブリミルにも劣らぬ優秀なメイジに成長するだろう。そんな君の力を僕は……レコン・キスタは必要としているんだ」

「……冗談じゃないわ! 誰があんたなんかと行くもんですか! ふざけないで!」

 

こんな時になってもワルドは口説いてきていますが、もうルイズは彼の言葉などに耳を貸しません。

この男はルイズではなく、ありもしないルイズの『才能』を愛し、欲していることを知って怒鳴りました。

 

「こうまで僕が言っても駄目なのかい? 僕のルイズ」

「くどいわ! 姫様を、トリステインを裏切ったあんたなんて、もう許婚でも何でもないわ!」

「下がりたまえ! ミス・ヴァリエール!」

 

立ち上がったウェールズは自ら杖を手にしてルイズの前へと出て身構えます。

 

「……やれやれ、最後の最後で台無しになってしまったな。大人しく外で待ってくれていれば、あっさりとウェールズを葬ってアンリエッタの手紙を手に入れたのに」

 

ワルドはため息をついて肩を竦めだしました。

やはり、レコン・キスタに組するワルドの目的はルイズがウェールズから預かった密書なのです。これを渡すわけにはいきません。

 

「残念だよ、ルイズ。僕がこの手で君を殺めなければならないとはね……君と一緒に世界を手に入れたかったよ」

 

レイピアを構えるワルドにルイズとウェールズは息を呑みます。

 

「ルイズ、最期に教えてはくれないかい? どうしてここへ来たんだね? 君が余計なことをしたせいで、何もかも台無しになってしまったのだからね」

「このアルヴィーを皇太子様に届けるためよ! 皇太子様を亡命させるまでに守るためにね!」

 

ルイズは取り出した助太刀人形をウェールズの肩に乗せました。

ウェールズはルイズの言葉に怪訝な顔をして、助太刀人形を見ます。

 

「そうか。キテレツとかいうガキのマジックアイテムか。それでウェールズを亡命させる気だろうが、そうはいかんな」

 

優しかったワルドの表情が一気に冷酷なものとなりました。今までルイズに優しくしていたのも、全ては演技だったのです。

 

「……しかしあのガキども、つくづく余計なことをしてくれたな。クロムウェル閣下の指輪を取り返しにやってきただけでは飽き足らず、君に変なマジックアイテムを持たせるとはな。……ルイズをこの手にすることができなくなったではないか」

「なんですって!? キテレツ達がアルビオンに……!? どういうことなの!?」

 

忌々しそうに呻いたワルドにルイズは唖然とします。

数日前に別れ、アンドバリの指輪を探しているはずの平民の友人達がこの大陸へやってきているということに驚きを隠せません。

そして、どうしてそれをワルドが知っているのかもです。

 

「君がそれを知る必要はないよ。もうあいつらが捕まるのは時間の問題だ」

 

ワルドは杖を突きつけてきますが、ウェールズもルイズを庇いながら同じく自分の杖を突きつけます。

と、そこへ……。

 

「皇太子様! て、敵が……!」

「……貴様、皇太子様に何をしている!」

 

礼拝堂の扉が開き、先ほど退出していった騎士達が戻ってきました。

彼らは目の前で起きている光景を目にすると次々に軍杖を引き抜いてワルドを攻撃しようとします。

 

「邪魔だ」

 

しかし、ワルドは二つ名の『閃光』に相応しく、一瞬にして呪文を詠唱すると振るった杖から次々と魔法の矢を飛ばしました。

放たれたマジック・アローは騎士達の胸や喉を貫き、あっという間に全滅させてしまいます。

 

「くっ! ……エア・カッター!」

 

仲間が倒されたことに顔を顰めたウェールズは一瞬、ワルドの気が逸れたのを見て魔法を放ちます。

しかし、ワルドはあっさりとそれを横へ跳んでかわし、返しで魔法の矢を飛ばしてきました。

 

「皇太子様、危ないっ!」

 

ルイズはウェールズを横へ突き飛ばすようにして一緒に床へ倒れこみます。

ワルドは間髪入れずに倒れた二人に魔法を浴びせかけようとしました。

 

「むっ!」

 

そこへ今まで動かなかった助太刀人形が腰の刀を抜いて、ワルドに飛び掛かったのです。

小さいながらも素早い動きの攻撃で、ワルドは一度後ろに下がります。

それまで無表情であった助太刀人形は怒ったような顔になり、小さな刀を構えてワルドと向かい合いました。

 

「あれは……」

「アルヴィー! あいつをやっつけて!」

 

ウェールズが目を見張る中、ルイズが腕時計のマイクに叫びかけます。

 

「アルヴィーごときが生意気な……」

 

助太刀人形と相対するワルドは仕掛けようとはせず、レイピアを構えたまま動きません。

今の動きを見ただけで、この人形がただ物ではないと見抜いたのです。

 

「な、何だ!?」

 

ルイズと一緒に起き上がったウェールズは、城の外から無数の大砲らしき轟音が響きだしたことに驚きます。

それだけでなく、爆音と共に礼拝堂全体が激しく揺れていました。

 

「……どうやらレコン・キスタの総攻撃が始まったようだな。我らの旗艦、レキシントン号を含めた艦隊が空から砲撃を加えているのだ。一気に貴様らを叩き潰すためにな」

「何ですって!?」

「馬鹿な。レコン・キスタの総攻撃は明日の正午のはず……」

 

ワルドの言葉にルイズは驚愕します。ウェールズも信じられない、という顔でした。

王軍は明日の最後の戦いと女子供の疎開のために今も準備をしているはずですが、まだそれが整ってさえもいないのに攻撃をされては一方的に虐殺されてしまいます。

 

「どこまでもおめでたい奴らだ。あっさりと偽の情報に騙されてくれるとはな。だから貴様らは無能だというのだよ。彼らは私が任務を果たすまで待っていただけに過ぎんのだよ」

 

しかし、ワルドはそんなウェールズを一笑に伏しました。

 

「昨日は耄碌した老いぼれが居直り、それに付き合い酔い痴れる貴族どもは実に滑稽だった。本当にアルビオンの王族どもはどこまでも愚かな道化だ」

「貴様……我が父を侮辱するか……!」

 

嘲笑するワルドにウェールズは激昂します。

 

「事実を言ったまでだ。栄光ある敗北? 我らレコン・キスタに貴様ら死に損ないの勇気と名誉を示すだと? ふんっ……所詮貴様らは歴史の闇に埋もれる弱者に過ぎん。敗者の夢想など誰も気に留めんわ!」

 

鼻を鳴らしたワルドにウェールズは唇を噛み締めます。しかし、次の瞬間……。

 

「ん? 何だ?」

 

ウェールズは自分の胸元に違和感があるのに気づき、視線を落とします。

すると、軍服の胸部が小さく盛り上がっていたのです。中から何かが突き出ているようでした。

その盛り上がりが無くなると、ウェールズは懐の中にあるものを取り出します。

 

「天狗の抜け穴……」

「君からもらった……」

 

ウェールズはルイズから預かっていた天狗の抜け穴のテープの輪を両手で広げます。

 

「なっ!?」

「えっ!?」

 

直後、いきなりその輪の中が光に包まれ、何かが向こう側へと飛び出てきました。

それは見た所、褐色の肌をした人間の手のようです。しかも女性であることは間違いありません。

 

「何だ……?」

 

ワルドもこの光景に呆然とした様子です。

天狗の抜け穴から出てきた手はしばらく何かを探るように動いていましたが、すぐに引っ込みました。

 

「何なの……?」

 

ルイズは恐る恐る横へ回りこんで天狗の抜け穴を覗き込んでみました。

 

「きゃっ!?」

 

直後、またしても天狗の抜け穴から何かが飛び出てきます。今度は明らかに人間でした。

驚いたルイズは尻餅をついてしまいました。

 

「な!? これは!?」

 

ウェールズは突然現れたものに驚いてしまいます。

一行の前に現れたその女性は、燃えるような赤の髪を揺らして礼拝堂を見渡します。

 

「キュ、キュルケ!?」

「あら、ルイズじゃないの。ここはどこなのかしら?」

 

ルイズはそれが学友のキュルケであることをすぐに察します。キュルケもルイズを見下ろして目を丸くしていました。

 

「あのガキどもと一緒にいた……! ちっ!」

 

ワルドは見覚えがあったキュルケの存在を確認し、すぐ様レイピアを手にルイズ達へと襲い掛かろうとします。

しかし、助太刀人形は刀を手にワルドの前に立ちはだかっていました。

 

「ええい! 邪魔な!」

 

ブレイドの魔法でレイピアに魔力の刃を纏わせ助太刀人形に切りかかりますが、体の小さな人形はそれを素早くかわし、刀を振り上げて反撃します。

 

「ぐおっ!」

 

刀がワルドの手に叩きつけられ、弱い電気ショックが炸裂します。

その強烈な衝撃にレイピアを落としてしまいました。

痺れた腕を押さえるワルドはさらに追撃を仕掛けてきた人形を慌てて後ろに飛んでかわしました。

 

「何かお取り込み中のようね。一体どうしたのかしら? それにこの素敵なお兄さんはどなた?」

「な、な、な……何であんたがここから出てくるのよ! ……あっ! っていうことはこれ、どこかに繋がってるのね!?」

「当たり前じゃない。あたしが出てきたんだから」

 

天狗の抜け穴を指差すルイズにあっけらかんと答えるキュルケですが、急なことにルイズは混乱しつつも状況を把握します。

今、この天狗の抜け穴は間違いなく、このニューカッスルとは別の場所に繋がっており、キュルケはそこからやってきたのでしょう。

ワルドがウェールズの胸をレイピアで貫くはずだったのも、奇跡的にも懐に入れていた天狗の抜け穴を通り抜けることになり、偶然どこか別の場所へ繋がっていたので致命傷を避けられたのです。

 

「貸してください! 皇太子様!」

 

ルイズは唖然とするウェールズがずっと持っていた天狗の抜け穴をひったくり、それを急いで壁に貼り付けます。

 

「皇太子様! どうぞこの中へお逃げください!」

「何? 一体それは……」

「いいから! 詳しいことは後でお話いたします! どうかわたし達と一緒に来てください!」

 

困惑するウェールズにルイズが大声で叫びました。

今、ここから逃げなければウェールズを救うことはできず、アンリエッタからの密命は果たせません。

 

「何だかよく分からないけど……とにかく、今はあたし達と一緒にここから逃げましょう。この子を信じてあげてくださいな」

 

ルイズの真剣な様子を見たキュルケもウェールズを促します。

二人に詰め寄られたウェールズは戸惑いながらも頷きました。

 

「逃がすか! ……ちいっ! このアルヴィーごときが!」

 

腕を押さえつつもレイピアを拾ったワルドはルイズ達を攻撃しようとしますが、それを助太刀人形が阻んで立ちはだかります。

 

「ライトニング・クラウド!」

 

レイピアの先から放たれた稲妻は助太刀人形のレーダーでも察知できずに直撃してしまい、一瞬にして黒焦げにされてしまいました。

 

「早く! 早く中へ!」

「フレイム・ボール!」

 

ルイズがウェールズを先に行かせる中、キュルケは杖を取り出し、ワルド目掛けて火球を飛ばします。

その火球をワルドは避けますが、動きに合わせて追尾してきました。

 

「待て! ウインド・ブレイク!」

 

迫ってきた火球へ強烈な突風をぶつけて掻き消すと、フライの魔法で一気に追いかけます。

既に最後に残っていたキュルケは二人に続いて天狗の抜け穴へと入った所でした。

 

「逃がさんと言ったはずだ! ルイズ!」

 

ワルドは壁に貼られた天狗の抜け穴へ向けて一気に突撃し、その中へと潜り込もうとしますが……。

 

「ぐぶっ!?」

 

三人と違って天狗の抜け穴を通り抜けることはできず、顔面からもろに壁へと激突してしまいました。

 

「ぐ……な、何故だ……」

 

顔をめり込ませるほど勢いよくぶつかってしまったワルドは、そのままズルズルと床に倒れてしまいます。

 

 

 

 

キュルケが天狗の抜け穴に入ってしまった後、みよ子とトンガリは呆然としたまま取り残されたままでした。

 

「ねえ、あたし達も様子を見に行った方が良いんじゃないかしら……」

「冗談じゃないよ! 向こうで何があったのか分からないのに!」

 

みよ子の提案をトンガリは猛然と拒否します。

一体、この天狗の抜け穴の向こうで何が起きているのかを考えるだけでぞっとするのですから。

しかし、その原因を二人はすぐに理解することになりました。

 

「わっ!?」

 

天狗の抜け穴からいきなり二人の人間が飛び出てきたのです。それはキュルケではありませんでした。

 

「ルイズちゃん!?」

「あんた……ミヨコ! それにトンガリじゃない!」

 

現れたルイズはこの場にいた二人とシルフィードを目にして驚きました。

 

「ここは……?」

 

ウェールズもいきなりニューカッスルとは別の場所に自分が移動していることに驚き、困惑しています。

 

「キュルケさん!」

 

すぐにキュルケも二人に続いて天狗の抜け穴から出てきました。

 

「キュルケ! ワルドが追ってくるわ! 早くそれを!」

「おっと! そうだったわね!」

 

振り返ったルイズに急かされてキュルケはすぐに天狗の抜け穴の輪を一ヶ所だけ千切ります。

これでワルドはここを通って追ってくることはできません。

 

「何をするのさ! それじゃあ五月ちゃん達がこっちに来られないじゃないか!」

 

しかし、それでは城に潜入しているキテレツ達の脱出路が無くなってしまうのでトンガリは喚きました。

 

「キュルケさん、ルイズちゃん。一体どういうことなの? それにその人は誰?」

 

みよ子は二人と一緒にいる見慣れぬ人物であるウェールズに困惑しました。

 

「それはこっちの台詞よ。キュルケ、ここは一体……」

「ここはアルビオンの首都、ロンディニウムよ」

「何!? ロンディニウムだと!?」

 

キュルケの言葉にウェールズは信じられない、といった顔で愕然とします。

ロンディニウムはかつて自分達テューダー王家が政を行っていた故郷であり、ニューカッスルからは遥か数百リーグも北に離れた場所なのです。

 

「これは一体どういうことなのかね? ミス・ヴァリエール」

「あ、あたしもさっぱり何が何だか……っていうか、どうしてあんた達がアルビオンにいるのよ? アンドバリの指輪はどうしたの?」

「まあまあ、訳が分からないのはあたし達も同じなんだから、ひとまず話を整理しましょうか」

 

全員が全員、突然のことに混乱してしまっていますので、まずはお互いの状況を理解し合わなければなりません。

こうして天狗の抜け穴を通して合流した五人はお互いのことを話し合うことになりました。

 

 

 

 

ハヴィランド宮殿二階の廊下の骨董品の壷が置かれた台座の陰にキテレツとコロ助は潜んでいました。

コロ助は陰から顔を出して廊下を駆け回る衛兵達に困惑しています。

 

「賊だ! 賊が城に入り込んだぞ!」

「トリステインのスパイか!?」

 

口々に叫ぶ衛兵達の姿にコロ助は不安でした。

 

「五月ちゃん達が見つかっちゃったナリか……!?」

「ブタゴリラ、そっちはどうなってるの?」

 

心配になったキテレツはトランシーバーでコンタクトを図ります。

 

『魔法使いの奴に見つかっちまったんだ。五月とタバサちゃんが下で戦ってるぜ』

「そんな……!」

「ええーっ……!? ……わぷっ! ……何で見つかるナリか!」

 

大声を出しそうになったコロ助は慌てて口を塞ぎ、小さな声で叫びます。

 

『俺に聞くな……! こっちだって見えなかったのに見つかっちまったんだからな……! 急いでクロネコのおっさんから指輪を取り戻すぞ……!』

 

まさか姿を消しているのにも関わらずまた見つかってしまうのは非常に最悪な事態でした。

五月達が戦っているのであれば早く指輪を取り戻して脱出しないと捕まってしまうのは時間の問題です。

 

「分かった。ブタゴリラは今どこにいるの?」

『クロネコのおっさん達を後ろから追いかけてるんだ。お前らこそ、どこにいるんだよ』

「僕達は……」

「キテレツ、キテレツ。探している人って、あの人ナリか?」

「え? あ……」

 

そこへ何かに気づいたコロ助が話しかけてきて、キテレツは目の前を歩いている一団に注目しました。

 

「トリステインのスパイは既にこの城に忍び込んでおったとは……閣下の言葉通りでございましたな」

「クロムウェル閣下、いかがなさるおつもりで? 今、ホールに衛兵達を集めさせておりますが……」

「何、スパイとはいえたかが子供にすぎぬ。捕まるのは時間の問題だろう。諸君らは今まで通りに職務を続けていれば良いのだ」

 

慌てた様子な何人もの大臣と将軍達を、先ほどキテレツがコロ助に説明した神父のような格好をした男が落ち着いた様子で引き連れていたのです。

それこそまさしく、探し求めていたクロムウェルという男本人でした。

 

「あの人だ……! あの人がクロムウェルだよ。指輪もしっかりつけてる」

「やったナリ……! キテレツ、早く追いかけるナリよ……!」

「待って。ブタゴリラ、いるんだろう? 僕達はここだよ。壷が置いてある所」

 

すぐ近くにいるはずのブタゴリラにトランシーバーで声をかけます。

クロムウェルの一団から後ろに離れた柱の影に隠れて交信をしていたブタゴリラはキテレツ達が隠れている場所へこっそりと移動しました。

 

「おう。ここにいたのか。やばいことになっちまったぜ。兵隊達がうじゃうじゃ集まってきてやがる」

「何で見つかったりするナリか。これだからブタゴリラは……」

「俺のせいだとでも言うのか、この野郎……!」

「痛たたたた……! 痛いナリ……!」

 

声から判断してブタゴリラはコロ助の頭に拳をぐりぐりと捻じ込みます。

 

「やめなよ……! 五月ちゃん達が戦ってるんだったら、急いで指輪を取り戻して逃げないと。行こう……!」

 

三人はクロムウェルの一団の後をつけていきます。真っ黒衣のおかげで透明ではありますが、見つからないとは限りません。

事実、ブタゴリラ達は見えなくても見つかってしまったのですから油断はできないのです。

 

「よし、人がいっぱい減ったね。後はどこか目立たない所で指輪を取り戻すだけだ」

 

三人はクロムウェルを見失わないように後を追い続けます。

さらに階段から上の階へ行こうとする直前、クロムウェルは秘書を一人だけ連れて他の大臣達と別れていました。

 

「キテレツ、道具は何を持ってきてるんだ?」

「大丈夫。指輪を取り返すのに使える道具は持ってきてるから」

 

キテレツが包みに入れて持ってきたのは天狗の抜け穴、裏表逆さ鏡、トンボウ、万力手甲、そして金縛り玉です。

 

「二人ともいいかい? 指輪を取り返したら、すぐに五月ちゃん達の所へ戻るんだ。それで天狗の抜け穴を使って脱出しよう」

「よっしゃ、分かったぜ」

「五月ちゃんとタバサちゃんが心配ナリ……」

「俺のうちわを渡してやったから、大丈夫なはずだけどな……」

「ブタゴリラ、羽うちわを持ってないの?」

「兵隊がいっぱいいるんだから、五月に使わせてやった方が良いだろ」

 

五月の手に電磁刀と天狗の羽うちわの二つがあれば、確かに兵隊達を大勢相手にしてもかなり持ちこたえられるでしょう。このブタゴリラの判断は間違いなく最適でした。

追跡を続ける三人ですが、やがてクロムウェルと秘書は廊下の一番奥にある扉を通って中へと入っていきます。

扉の左右には、やはり衛兵が控えていました。

 

「あそこにいるみたいだね。よおし、それじゃあ早速僕達も入ろうか」

「でも、見張りがいるナリよ」

「一発殴って眠らせちまうか? 俺達は見えないんだから、やっちまおうぜ」

「そこまでする必要はないよ。それに騒がれたりしたら兵隊達が集まってきちゃうんだから。僕に任せて」

 

柱の陰に移動したキテレツは包みの中から一つの道具を取り出します。

それは相手の目を回させて気絶させることができるトンボウでした。

 

 

 

 

執務室に戻ってきたクロムウェルは机につき、そこへシェフィールドがスタンドがついた鏡を持ってきてクロムウェルの前に置きました。

すると、その鏡が光りだし、別の景色を映し出します。

 

「これがトリステインのスパイとやらか。本当にまだ子供ではないか、しかも一人は平民だ」

 

ハヴィランド宮殿に忍び込んだというトリステインのスパイのうち二人が今、城内のホールで多くの衛兵達と交戦しています。

遠見の鏡と呼ばれるマジックアイテムの力で城内のホールの様子を映し出しているのです。

一人は光る剣を振るい、強風を巻き起こすマジックアイテムを使いこなし、もう一人は節くれだった大きな杖から氷の魔法を放っていました。

それはすなわち五月とタバサの二人です。

 

「平民なのに子爵と互角にやり合うとは……やるものだな」

 

鏡に映し出される五月は衛兵達に羽うちわの突風をぶつけて吹き飛ばし、仮面のメイジが放つ数々の魔法を電磁刀で防御し、弾き飛ばしていました。

タバサも風と氷魔法を駆使して衛兵を牽制しつつ五月の援護をしています。

 

「ミス・シェフィールド。あんな子供相手に本当にここまで兵力を集中させずとも良かったのではないでしょうか? どう考えてもこの城からは逃げられんのですぞ?」

「あの連中は未知のマジックアイテムを使っている。決して油断はできないわ。……それに、まだ他にもいるはずよ」

「この指輪を狙っているというわけか……」

 

クロムウェルはアンドバリの指輪にそっと手を触れました。

腕を組むシェフィールドは鏡の映像を見つめて、クロムウェルとは違って険しい顔を浮かべています。

 

(あの娘はオルレアン公の……)

 

彼女が注目をしていたのは五月ではなくタバサの方でした。

 

(彼女が関わっていたとなれば、ジョゼフ様に報告をしなければならないわ……)

 

シェフィールドの真の主はこの空のアルビオン大陸から遥か離れた地上にいます。

彼女がこの国にいるのは、その主からの密命でもあるのです。

 

「な、何! いざとなればこの指輪の力でトリステインのスパイを倒してみせましょうぞ! そうすればその者達のマジックアイテムとやらも手に入る!」

 

微妙にうろたえるクロムウェルは少し顔を引き攣らせて笑いました。

未知のマジックアイテムとされるキテレツ達の発明品の数々に内心では怯えているのです。

シェフィールドはそんなクロムウェルの情けない姿に冷たい顔を浮かべていました。

 

「な、何だ、お前っ……!」

「め、目がぁ……ま、わ……」

 

その時、部屋のすぐ外で衛兵達の声が響きます。二人はそれに気づいて遠見の鏡から扉に注目しました。

 

「な、どうしたのだ!」

「何事!? 衛兵!」

 

クロムウェルがおたつく中、シェフィールドが叫びかけます。

扉が開かれると、そこには頭巾を外して姿を現したキテレツの姿がありました。

その外では扉の前で見張りをしていた衛兵の二人が目を回して床に倒れて気絶しています。

二人の目の前に頭巾を外して透明からいきなり姿を現し、驚かせたキテレツはトンボウを使ってあっという間に眠らせてしまったのでした。

 

「な、何者だね! お前達は!」

 

キテレツに続いてブタゴリラとコロ助も頭巾を脱いで透明を解除し、中に入ってきました。

 

「あなたがクロムウェルさんですね?」

「いかにも。私こそが神聖アルビオン、レコン・キスタの司令官、オリバー・クロムウェルである」

「レンコンとキスぅ? なんだそりゃ」

 

ブタゴリラがまたも言い間違えをしてしまっていますが、この際キテレツはそれは置いておくことにします。

 

「お前達はトリステインのスパイだな? 私の指輪を狙って遥々このアルビオンの我が元まで来れたことは褒めてあげよう。だがしかし、子供とはいえ泥棒をしようとするのは感心せぬな」

 

相手はたかが子供だと思ってクロムウェルは穏やかに話しかけます。

 

「何言ってやがる! 泥棒はお前の方だろうが! 俺達は全部分かってるんだよ!」

「神妙にお縄につくナリ!」

 

ブタゴリラが啖呵を切り、コロ助は自分の刀を突きつけていました。

 

「その指輪は、ラグドリアン湖の水の精霊さんから盗んだ物ですね? 僕達は、精霊さんに頼まれてそれを返してもらいに来たんです」

「知らん……! そんなものなど知らん」

 

キテレツが説明をしますがクロムウェルは首を振り否定します。

その横でシェフィールドは険しい顔を浮かべていました。

 

「とぼけやがって! そっちがその気ならこっちにだって色々考えはあるんだぜ!?」

「素直に返さないと、舌をちょん切ってやるナリよ!」

「待ってよ二人とも。クロムウェルさん、どうかその指輪を返してくれませんか? それは水の精霊さんの大切な宝物なんですよ」

「な、何を言うか! これは我らの秘宝なのだ! 易々と渡すわけにはいかん!」

 

キテレツの言葉にクロムウェルはアンドバリの指輪をどうあっても手放したくない、と言わんばかりに握り締めながら叫びます。

 

「でも、水の精霊さんはそれを取り返そうと湖の水を増やして水位を上げているんです。今じゃ湖の周りが水没しちゃってるくらいなんですよ。このままじゃあ、いずれこの世界そのものが水の中に沈んでしまうんです」

「な、何と? そんなことが?」

 

クロムウェルはキテレツの説得に対して意外にも驚いた反応を見せています。

しかし、隣のシェフィールドはそんなクロムウェルを横目で睨みつけました。

 

「その指輪を水の精霊さんに返してあげてください。そうしないと、本当にとんでもないことになってしまうんです!」

「ならば、その水の精霊を退治してしまえば済むことよ」

「何だよおばさん。あんた誰だ?」

 

シェフィールドはブタゴリラにおばさん呼ばわりされても表情一つ変えません。

 

「私はシェフィールド。……キテレツと言ったわね。確かに、このアンドバリの指輪は水の精霊の元から持ち出した伝説のマジックアイテム……」

「あんたも泥棒かよ!」

 

彼女の名前はキテレツ達が水の精霊から聞いたもう一人の盗んだ相手のものです。

シェフィールドはブタゴリラに泥棒と呼ばれても無視して話を続けました。

 

「でもこれは本来、私達人間が使うために作られたものなの。それがあの湖にあったのを精霊が自分の宝物としてしまっただけ。ならば、私達人間に返してもらうのは道理というものよ。むしろ邪魔なのは水の精霊の方。奴さえいなくなれば、全てが解決する」

「そ、そうだとも! 精霊さえいなくなれば、この指輪は我ら人間の物となるのだ! 何の問題もない!」

 

つまり、精霊を力尽くで退治して湖から排除してしまえば、湖の増水は収まるし、誰も文句を言う者はいなくなるのです。

それはかなり強引で強行的な手段であり、奪った宝物を自分達の所有物にすることを正当化しようというのです。

 

「そんなのひどいナリ! 精霊さんがかわいそうナリ!」

「黙りなさい、ガーゴイルの分際で」

「ワガハイはコロ助ナリ!」

 

シェフィールドはコロ助の非難に対してもまるで耳を傾けません。

もちろん、キテレツは話しても素直に返してくれるなんて考えてはいませんでした。

 

「どうしても駄目ですか?」

「くどいわよ」

「これでも?」

 

キテレツは取り出した手鏡をクロムウェルへと向けると、鏡からは光が放射されます。

シェフィールドは怪訝そうな顔をしました。

 

「アンドバリの指輪を、僕達に返してくれますね?」

「その鏡がどうしたというのかね? そんな物を見せられたからといって、この指輪を返すわけにはいかんな。すぐに衛兵を呼んで、お前達を逮捕してやる!」

 

しかし、光を浴びたクロムウェルは口ではそう言いながらも、体はキテレツの言葉通りに自分の指から指輪を外しだします。

裏表逆さ鏡の力で操られたクロムウェルは、自分の意思とは関係なく体はキテレツ達の言いなりになっていました。

 

「へへへ、さっさと返してもらうぜ。おっさん」

「話が分かる良い人ナリ」

 

口では逆らっていても体は反対に動いてしまうその間抜けな姿にブタゴリラとコロ助は思わず笑ってしまいます。

 

「な……! クロムウェル!」

 

しかし、それをシェフィールドは許しませんでした。

指輪を投げ渡そうとしているクロムウェルの手を掴み、押さえ込もうとします。

 

「言っている側から、何をしている!?」

「何を言っておられるのですか! ミス・シェフィールド! 誰がこの者達に渡すと思っているのでございます!」

 

そうは言いながらもクロムウェルは指輪を取ろうとするシェフィールドを押し退け、引き剥がそうとし、二人は取っ組み合いになりました。

 

「ちいっ……! これもキテレツの……!」

 

キテレツが数々のマジックアイテムを持っていることが分かっていながら、このようなことができる道具まであることを考えなかったのは迂闊でした。

神の頭脳と呼ばれた自分がこのような失態を犯しては、主への申し訳が立ちません。

 

「クロムウェル! アンドバリの指輪を渡すんだ!」

「誰が渡すものか! この指輪は我らのものなのだ!」

 

そう言いつつも、クロムウェルは今にもキテレツ達に投げ渡しそうです。シェフィールドは必死にクロムウェルから指輪を取ろうとしていました。

 

「ええい! この役立たずめ!」

「あぶっ!」

 

シェフィールドはクロムウェルの脛を蹴りつけ、こめかみに平手打ちを叩き込み、彼を張り倒します。

指輪を手にしたシェフィールドはそれを自分の指にはめました。

 

「な、何だ!?」

「おでこが光ってるナリ!」

 

指輪を身につけたシェフィールドの額は輝きだし、ルーン文字が浮かび上がったことでブタゴリラとコロ助は驚きます。

キテレツ達を睨むシェフィールドがアンドバリの指輪をはめた手を顔の前でかざすと、指輪の石が淡い光を放ち始めました。

 

「う……!?」

「な……なんだ……?」

 

アンドバリの指輪が光り始めた途端、キテレツとブタゴリラは動けなくなってしまいます。

キテレツも持っていた裏表逆さ鏡を落としてしまい、床に膝をついてしまいました。

 

「キテレツ! ブタゴリラ! どうしたナリか!?」

「か、体が動かない……!」

「ちくしょう……! ど、どうなってやがんだ……!?」

 

コロ助が慌てて二人に声をかけますが、キテレツもブタゴリラも金縛りにあったように体を動かせません。

しかし、これで驚いたのはアンドバリの指輪の力を使うシェフィールドも同じでした。

 

「何……! 何故お前は動ける!?」

 

ガーゴイルさえも操る先住の水魔法の力が秘められたアンドバリの指輪ならば、人間の心を操り、その動きを自在に操ってしまうのは容易いことでした。

もっとも、コロ助はガーゴイルなどではなくカラクリ人形。しかも心を持つとはいえ、人間やこの世界のガーゴイルらとは仕組みが何もかも違うのです。

シェフィールドが困惑する中、コロ助はキテレツが身に着けている包みの中からトンボウを取り出しました。

 

「おばさん、これを見るナリ!」

 

トンボウのスイッチを押すと、筒の先端から折りたたみ式のプロペラが飛び出し、三枚の羽が展開され、一気に回転していきます。

 

「くっ……!? うぅっ……!?」

 

それを目にしたシェフィールドの意識は一瞬にして朦朧としていき、激しい目まいに襲われました。

取り出された道具がまた何か未知の力を秘めていると分かっていたので、即座に目を逸らしはしたものの、一瞬見ただけでも凄まじい効果が発揮されたのです。

気絶こそしなかったシェフィールドは目元を押さえてその場で膝をついてしまいます。

 

「大丈夫ナリか? キテレツ、ブタゴリラ」

 

シェフィールドが悶えだした途端、二人はアンドバリの指輪の魔力から解放されていました。

 

「な、何だったんだ?」

「今のがアンドバリの指輪の力なんだよ。危なかった……」

「助かったぜ、コロ助」

「良かったナリ」

 

コロ助のおかげで窮地に陥りそうになったのを脱することができました。

キテレツは裏表逆さ鏡を再び手にし、その光をシェフィールドに浴びせます。

 

「シェフィールド! アンドバリの指輪を渡すんだ!」

「だ、誰が……渡すものか……! く……!」

 

悶えながらも抗うシェフィールドですが、やはり体はキテレツ達の言う通りになってしまい、外したアンドバリの指輪を床に放り投げてきました。

床に転がった指輪をコロ助が拾います。

 

「いただきナリ!」

「ざまあみやがれ!」

「か、返せ! お前達!」

 

そこへ立ち上がったクロムウェルが必死になってキテレツ達に迫ってきます。

懐にアンドバリの指輪を入れ、コロ助は作動したままのトンボウをクロムウェルに突きつけました。

 

「これを見るナリ!」

「あ……! あああ……目が……目がぁ……」

 

まともにトンボウのプロペラを見てしまったクロムウェルは瞬く間に目を回し、その場で倒れ伏して気絶してしまいました。

 

「よし! 早く逃げるんだ!」

「おっしゃ!」

「五月ちゃん達の所へ行くナリ!」

 

アンドバリの指輪を取り戻すのに成功した以上、もうこの城に用はありません。後は脱出するだけです。

三人は真っ黒衣の頭巾をかぶり、姿を消すと執務室から走り去っていきました。

 

「お……おのれ……!」

 

目まいが少し治まってきたシェフィールドは立ち上がりながら懐から数粒の種を取り出すと、それを床にばら撒きます。

すると、種は瞬く間に光を放ちだしたかと思うとどんどん膨れ上がりつつ、一頭の狼のような姿へと変わっていきました。

魔法人形であるガーゴイルの一種とされるもので、フェンリルと呼ばれる狼型のガーゴイルです。

 

「行け! 奴らを追え!」

 

フェンリル達はシェフィールドの命令に従い、鋭く吠えるとキテレツ達を追って執務室から飛び出すように駆け出していきます。

 

 

 

 

ハヴィランド宮殿のホールでは既に100人以上の衛兵達が五月とタバサの手によって倒されていました。

二階へ上がろうとすると五月の天狗の羽うちわかタバサの風魔法で吹き飛ばされ、上に行くことができません。

衛兵達は入り口や壁際から遠巻きに五月とタバサ、そして仮面のメイジの戦いを見届けています。

時に加勢をしようとしても五月とタバサの息はピッタリで衛兵達を退け、仮面のメイジとも互角に渡り合っていました。

 

「ライトニング・クラウド!」

「ファイヤー・ボール!」

「エア・カッター!」

 

周りの衛兵達の中に混じったメイジの騎士達の魔法が五月とタバサに襲い掛かります。

 

「飛んで」

「……っと!」

 

タバサが即座にレビテーションでふわりと高くジャンプし、頭に空中浮輪を浮かべる五月も続きました。

二人がいた場所に魔法が炸裂し、仮面のメイジはブレイドを宿したレイピアを手にフライの魔法で飛び上がってきます。

 

「んっ!」

 

突き出されたレイピアに対して五月は電磁刀を横へ軽く払います。光る刀身が触れた途端にレイピアは大きく弾かれました。

 

「エア・ハンマー」

 

直後にタバサが脇から杖を突き出し、仮面のメイジに風の槌をぶつけます。

吹き飛ばされたメイジはくるりと受身を取り、着地しました。

 

「放て!」

「くたばれ、ガキども!」

「マジック・アロー!」

 

階段の途中の踊り場に二人が着地する場所目掛けて騎士達が魔法を放ってきました。

 

「んんんんっ……!」

 

五月が正面に電磁刀をかざすと、迫ってきた魔法攻撃は刀身にぶつかった途端に全て天井や壁など明後日の方向へと跳ね返されていました。

 

「えいっ! やあっ! はあっ!」

「エア・カッター」

 

次々と放たれる魔法を五月は電磁刀を振り回して全て弾き、打ち返していきます。タバサも五月の横から杖を突き出して援護を続けます。

 

「うわあっ!」

「剣で魔法を跳ね返すとは何てガキだ……!」

 

五月が跳ね返してきた魔法を避けようと衛兵達は慌てています。

まだ小さな子供にここまで苦戦してしまうなど、騎士の名折れというものでした。

 

「アイス・ストーム」

 

騎士達の攻撃が止んだ瞬間、タバサは大技を繰り出しました。

杖を振り下ろし、猛烈な氷の嵐がホール中を荒れ狂いだしたのです。

 

「うわあああっ!」

 

タバサの大技の魔法の威力に衛兵達はたまりません。鋭い氷の刃にその身を切り刻まれながら吹き飛ばされ、壁に叩きつけられてしまいます。

 

「すごい……」

 

タバサの魔法の凄まじさに五月は驚きました。氷の嵐を食らった衛兵達は床に倒れて呻き声をあげてもがいています。

 

「下がって!」

 

五月は仮面のメイジが飛び上がって突撃してきたので前に出ました。

彼だけはエア・シールドによる高圧の空気の壁でタバサの魔法を防いでいたのです。

 

「んっ! くっ!」

 

五月の電磁刀と仮面のメイジのレイピアが何度もぶつかり合い、切り結びます。

電磁刀にぶつかった瞬間にレイピアは弾かれますが、相手は体を捻って体勢を崩さずに連続で攻撃を繰り出してきました。

しかし、五月も持ち前の運動能力、そして芝居で鍛え上げた剣術で相手の動きに合わせて電磁刀で受け流していきます。

 

「はっ!」

 

突き出されたレイピアを五月はジャンプでかわし、相手の後ろへ向かってくるりと身を翻していきました。

 

「ジャベリン!」

 

そこへタバサが横からジャベリンによる氷の槍を飛ばしました。

仮面のメイジも即座に二階に向かって飛んで放たれた氷の槍をかわします。

 

「女子供のくせにやるではないか。たかが平民だと思って侮っていたわ」

 

仮面のメイジの魔法はスクウェアにふさわしく強力でした。遠距離魔法でけん制したかと思うと突撃しては離脱するヒットアンドアウェイを繰り返していたのです。

しかし、それらは五月の電磁刀でことごとく防がれ、受け流されてしまっていました。

先ほども剣戟の最中に魔法を繰り出そうとも考えましたが、電磁刀で跳ね返されると見てやめていました。

 

「ルイズの方へは俺が行くべきだったかもしれんな。手紙の回収と暗殺ならば俺でもできたからな……作戦ミスだったわ」

「あなた、どうしてルイズちゃんのことを知っているの?」

 

五月は相手が口にした言葉に驚きました。

先ほどは錬金の魔法銃、すなわち即時剥製光のことまで知っていたみたいだった上に、何故ルイズのことまで知っているのかその理由がまるで分かりません。

仮面のメイジは杖を降ろすと、顔につけている仮面を外しだします。

その下から現れた見知った顔に、五月は愕然としました。

 

「ワ、ワルドさん……!?」

 

何と、仮面のメイジの正体は数日前に魔法学院で別れた友達、ルイズの婚約者だったのです。

仮面とマントを捨て、魔法衛士隊の服装を露にしたワルドは不敵な笑みを浮かべていました。

 

「どうしてあなたがここにいるんですか?」

「知れたことか。俺はこのレコン・キスタの一員だからな」

 

以前に会った時とは全く違う冷たい態度に五月は呆気にとられます。

彼がこのアルビオンの反乱軍の一味であったことにも五月は愕然としました。しかも最初からこの男は敵だったのですから。

 

「マチルダ……お前らが知っているフーケから色々と話を聞いていたが、やはりお前達は我らレコン・キスタにとってはとんでもない障害だったな」

「フーケって……どうしてあの人のことを……」

 

ワルドが牢屋に捕まっていたフーケを脱獄させたことなど、五月は知る由もありませんでした。

 

「ルイズちゃんは一体どうしたの?」

「さあな。今頃、もう一人の俺が始末しているかもしれんよ」

 

残忍な笑みを浮かべるワルドに五月は目を見開きます。

まさか、ルイズの身には今、危険が迫っているのではと考えが過ぎりました。

何しろ、彼女はこの裏切り者の男と一緒にいたのですから。

 

「そんな……ひどい……! ルイズちゃんは婚約者でしょう!? あの子はあなたを信じていたのに……!」

「信じるのは向こうの勝手だ。俺は目的のためには手段など選んではいられんからな。……もっとも、あんな高慢な女など俺は愛したことなど一度もないがね」

 

冷酷に鼻で嘲笑うワルドに五月の顔がきつく怒りに染まっていきます。

友達の、婚約者の心を散々に弄ぶだなんて、最悪の一言でした。

 

「許せないわ……! ルイズちゃんを騙すなんて……!」

 

電磁刀を強く握り締め、五月はワルドを睨みつけました。

 

「さて、そろそろ片をつけてやろうか! ガキども! お前らのマジックアイテムは役に立ちそうだからな! いただくとするぞ!」

 

ワルドは階段をゆっくりと下りてきます。五月は電磁刀を正面で構えたまま迫るワルドを睨み続けます。

友達を騙し、弄んだこの男だけは絶対に許せません。

 

「サツキ。……耳を貸して」

 

タバサが五月に耳打ちをしてきて何やら相手を倒すための作戦を話してきました。

それを聞いた五月は小さく頷き、ワルドを見据えます。

 

「ライトニング・クラウド!」

 

先に仕掛けたのはタバサでした。杖の先から稲妻を放ち、ワルドはそれをジャンプしてかわします。

 

「たあっ!」

 

ワルドを追うように飛び上がった五月は斜に構えた電磁刀を振り上げます。それをワルドはレイピアで軽く受け止めました。

五月はそのままワルドとは反対側の階段へと着地しました。

 

「ライトニング・クラウド!」

 

ホールに着地したワルドに、先に降りていたタバサがしゃがんだ体勢から再度稲妻を放ちます。

 

「何度やっても同じだ! 馬鹿め!」

 

正面から放たれた稲妻をワルドはあっさりとフライで飛んでかわします。

そのまま空中からタバサ目掛けてライトニング・クラウドで反撃を繰り出そうと呪文を詠唱しますが……。

 

「んんっ……! ええいっ!」

 

五月は自分に向かってきた稲妻を電磁刀で受け止め、ワルドに向かって大きく振るいました。

タバサが放ってかわされた稲妻は、ちょうどワルドを挟み撃ちにするような位置となっていた五月へと向かっていったのです。

電磁刀で受け止められ、打ち返された稲妻はワルドの背中目掛けて飛んでいきました。

 

「ぐおっ!?」

 

背中からまともに稲妻を食らったワルドは体勢を崩して墜落しそうになります。

 

「エア・ハンマー」

「がはっ!」

 

その隙をタバサは逃がさず、ワルドに真下から風の槌をぶつけて勢いよく吹き飛ばしました。

天井まで吹き飛ばされて叩きつけられたワルドは力なく床へと落ちてきます。

 

「お、おのれ……子供ごときに……」

 

床に倒れて呻いていたワルドですが、気を失った途端にその体が風のように掻き消えてしまいます。

 

「消えちゃった……?」

 

降りてきた五月はワルドが倒れていた床を見つめて呆然とします。

 

「今のは風の偏在。魔法で作られた分身」

 

タバサが五月の横に来て呟きます。

風の偏在、ユビキタスと呼ばれる系統魔法はスクウェアクラスの風メイジが使える高位の魔法で、タバサもまだ使えません。

 

「それじゃあルイズちゃんと一緒にいたのは……」

「たぶんそれが本物」

 

この分身と、本物が別行動をしていたということなのでしょう。

本物のワルドは今もきっとルイズと一緒にいるに違いありません。

 

「ルイズちゃん……一体どうなってるのかしら……大丈夫なのかな……?」

「少なくとも、危険であることは確か」

 

裏切り者だったワルドが一体何を企んでいるのかが分からない以上、五月は不安になってきました。

一体今、ルイズの身に何が起きているのかを考えるだけでその思いは強くなってきます。

 

「早くルイズちゃんを探しに行かないと……! 行きましょう! タバサちゃん!」

 

二人は階段を駆け上がり、脱ぎ捨てていた真っ黒衣と隠れマントをそれぞれ拾います。

キテレツ達と合流してここを脱出し、ルイズを迎えに行かなければなりません。

 

「あそこだ! 捕まえろ!」

「追え、追え!」

 

まだ集まってくる追っ手達の勢いは凄まじく、姿を消している余裕はありません。

五月は電磁刀を手にしたまま、タバサと一緒に廊下を駆け抜けていきました。

 

 



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プリンセスのラブレター? ウェールズの決意・前編

♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「ウェールズさんはアンリエッタお姫様の恋人って本当ナリか?」

キテレツ「そうだよ。ルイズちゃんは王子様を連れて帰るためにずっとがんばっていたんだ」

コロ助「精霊さんの宝物も取り返したし、後は帰るだけナリ!」

キテレツ「でもシェフィールドは僕達を捕まえようとすごい必死なんだ。この空の国からは間単には逃げられないよ」

コロ助「おや? あのお姉さんはこの間捕まえた泥棒さんナリね」

キテレツ「次回、プリンセスのラブレター? 王子ウェールズの決意」

コロ助「絶対見るナリよ♪」




キテレツ達がハヴィランド宮殿でトラブルに巻き込まれている間、廃墟ではルイズとみよ子達が寝そべっているシルフィードの側で腰を下ろして話を続けています。

 

「そう。それであんたのフィアンセが……」

「ワルドさんがスパイだったなんて……」

「それってさすがにあんまりだね……」

 

ルイズはワルドがレコン・キスタのスパイであったことをキュルケ達に話すと三人は気の毒そうな顔をします。

 

「良いのよ。もう済んだことだから」

 

ため息をつきながらそうは言うものの、ルイズはショックを隠せません。

まさか自分の婚約者が裏切り者であったなんて、信じたくはありませんでした。

幼い頃、魔法の不出来で両親に叱られて実家の中庭でいじけていた時には慰めてくれたり、励ましてくれたワルドはルイズには心の支えの一つだったのです。

今回の任務で再会してからあんなに熱心にアプローチをしていたのもルイズをレコン・キスタの一員として加えようとしていたからなのでしょう。

そして、ありもしないはずのルイズの魔法の才能をワルドは欲していました。憧れの人は自分のことなどこれっぽちも愛してなどいなかったのです。

 

「でも、あんた達がこんな所でこれを使っていたなんて思わなかったわよ。……おかげで助かったけど」

 

ルイズは壁に貼られた千切れたままの天狗の抜け穴を見ます。

 

「アンドバリの指輪を盗んだのが、まさかレコン・キスタのリーダーだったなんて……」

「あんなひょろそうな司教さんが盗むなんて普通考えないわよねぇ。あたしも拍子抜けしちゃったわ」

 

キュルケ達とルイズ達はお互いのことを話し合って、どういった状況なのかをある程度理解することができました。

ルイズがウェールズのことを軽く紹介すると、三人はアルビオンの皇太子である彼に驚いたほどです。

謙虚な性格であるウェールズは平民であるみよ子とトンガリにも屈託なく接してくれました。

ちなみに彼は今、ここに置かれている潜地球に近づいて見入っており、話の輪には入っていません。

潜地球が異国のマジックアイテムの一種であるとルイズに説明されると不思議そうに眺めています。

 

「けど、あんた達もよくレコン・キスタの本拠地までやってこれたわね」

「キテレツ君の発明やキュルケさん達のおかげよ」

「ま、そういうこと」

 

ルイズはキュルケ達がキテレツの発明によってアンドバリの指輪の在り処を突き止めたことから、このロンディニウムまでやってくる間に何があったのかをある程度聞かされました。

港町でスパイ扱いされて兵隊に追い回され、森ではオーク鬼に、山ではワイバーンに襲われたことも聞いたルイズは一行がこのアルビオンで過酷な旅と冒険を繰り広げていたことを知って息を呑んだほどです。

 

「でも、これで納得がいったわ。あたし達がアルビオンで指名手配にされていたのは、あのワルドのおかげだったわけね」

「まさかこんなことであんた達を危険な目に遭わせちゃうなんて……」

「ルイズちゃんは悪くないわよ。誰もその人がスパイだなんて分からなかったじゃない」

「良いお兄さんに見えたんだけどね……」

 

キテレツ達を故郷へ返すという責任を背負っているルイズとしては、今ここに一行がいることさえ本当は気が気ではありません。

まさかアンドバリの指輪を盗んだ人間がこんな空の上にいるだなんて思いもしなかったのです。

 

「そういえばルイズちゃんがお姫様から受けた仕事って、やっぱりあの王子様と何か関係があるの?」

 

トンガリがルイズにそう尋ねますが、そこへウェールズが歩み寄ってきて四人の近くに座り込んできました。

 

「トンガリ君。ミス・ヴァリエールはトリステイン王女アンリエッタの大使として密命を託されたんだ。興味本位で内容を知ろうとするのは良くないことだよ」

「あ……ごめんなさい」

 

ウェールズに注意をされてしまったトンガリは思わず謝ります。

しかし、それでもみよ子とキュルケは興味深そうにルイズを見つめていました。

ルイズは何とか話を逸らして別の話題に切り替えるために頭を巡らせ、あることがふと思い浮かびました。

 

「そ、それよりサツキ達はどうなっているの。キテレツ達は城に忍び込んでるんでしょう?」

 

今、ルイズが気がかりなのは、城に忍び込んでアンドバリの指輪を探しているキテレツや五月達の安否でした。

 

「あっ、そうだわ。一体、向こうはどうなってるのかしら……」

 

みよ子もはっと思い出してトランシーバーを手に取ります。

先ほど連絡をした時、キテレツはクロムウェルを見つけたと言っていました。

もうすぐ取り戻して脱出をしようとしているのは間違いないでしょう。

 

「天狗の抜け穴を早く元に戻してよ。これじゃあ五月ちゃん達がこっちに戻ってこれないんだよ」

「ちょっと待って。向こうからワルドが来るかもしれないんだから」

 

トンガリが文句を言いますが、それをルイズが抑えました。

ニューカッスルではワルドが今、どうなっているのか分からないので迂闊には戻せません。

元に戻した瞬間、こちらに現れる可能性もあるのです。

 

「とりあえず、ミヨコのそれで向こうの様子をちゃんと確かめてからね。もしもの時はあの潜地球で迎えに行きましょう」

「分かったよ……」

 

キュルケにまで諭されたトンガリですが、納得ができないといった顔で口を尖らせていました。

 

 

 

 

キテレツ達を捜してハヴィランド宮殿二階の廊下を駆ける五月とタバサですが、二人の前に次々と衛兵達が現れます。

タバサは先ほどのホールでの戦いですっかり精神力を消耗してしまい、もう魔法を使うほどの余裕がありません。

 

「このっ……! うぐっ!」

 

とはいえ、それでもタバサは杖による打撃で衛兵達を倒していきます。

小さい体を活かした素早い動きで攻撃をかわして懐に入り込み、死角に回り込んでは急所に一撃を与えていきました。

 

「何っ!」

「はああっ!」

 

五月も衛兵の突き出してきた槍を跳躍して避け、振りかぶった電磁刀を顔面に叩き込みます。

炸裂した電気ショックによって衛兵は一発で昏倒してしまいました。

 

「はっ!」

「うおおっ……!?」

「ぐふっ……!」

 

それからも現れる衛兵達を二人は次々に倒していきました。

五月は持ち前の運動能力で飛び跳ね、身を翻し、それと思わせてスライディングで懐に入り込んだりと兵達を翻弄しては電磁刀の電気ショックで気絶させていきます。

もちろん、タバサも負けずに確実に敵を倒していきます。その動きはまるで暗殺者のように冷徹かつ迅速でした。

 

「てええいっ!」

「うわああああっ!?」

 

時には衛兵の腕を取り、見事な一本背負いを決めて投げ飛ばしたりもします。

 

「なっ……うおわあっ!?」

 

タバサも杖の先端の湾曲した部位で衛兵の服を器用に絡め取って投げ飛ばしていました。

二人に投げ飛ばされた兵達は床や壁に全身や頭を強烈に叩きつけられて動けなくなってしまいます。

 

「タバサちゃんもやるのね」

「サツキの真似」

 

床に転がる白い包みを五月は拾い上げると、タバサと一緒にまた走り出しました。

その包みは隠れマントで、中には真っ黒衣が入っています。衛兵達を相手にする時は邪魔になるので一つに纏めていたのでした。

今すぐにこれを着て姿を隠すこともできるのですが、それではキテレツ達が五月達を見つけることができないのでこうして持っているしかありません。

 

「キテレツ君達はどこにいるのかしら……」

 

五月は焦った様子でキテレツ達を捜します。

電磁刀は使いすぎたせいかバッテリーが切れかかっているようで、光も弱くなってチカチカと点滅し始めていました。

大量の衛兵が現れても天狗の羽うちわで吹き飛ばせますが、タバサも魔法が使えない以上、早く脱出をしないと本当に捕まってしまいます。

 

「うわああああっ! こっち来るなよ!」

「助けてナリー!」

 

ちょうど十字路となる廊下までやってくると、聞き覚えのある悲鳴が響き渡ります。

立ち止まった二人は声が聞こえてくる右側の廊下の方を振り向きました。

 

「何あれ!?」

 

見れば廊下の先から数体の獰猛な狼達が駆けてくるではありませんか。凶暴な唸りを上げて真っ直ぐこちらに向かってきます。

 

「フェンリル。ガーゴイルの一種」

「あ! 五月ちゃんとタバサちゃんナリ~!」

「五月ちゃん! タバサちゃんも無事だったんだね!」

 

杖を構えるタバサですが、キテレツとコロ助の喜ぶ声が聞こえてきます。

真っ黒衣で姿は見えないキテレツ達ですが、その声から存在がはっきりと分かりました。今、三人はあのフェンリルに追われているということも察します。

 

「のわあっ!」

「コロ助!」

「コロちゃん!」

 

勢いあまって転んでしまったコロ助の頭巾が外れ、その姿が露になります。

五月とタバサは急いで駆け寄っていきますが、フェンリル達ももう間近に迫ってきていました。

 

「えいっ!」

 

コロ助に飛び掛って襲おうとしたフェンリルを五月は電磁刀で弾き飛ばします。

炸裂した電気ショックが効いて壁に叩きつけられたフェンリルは動かなくなります。

 

「五月ちゃん、キテレツ~……」

 

タバサも五月と一緒に自分の杖でフェンリル達を退け、その隙にコロ助は起き上がっていました。

 

「いたぞ! あそこだ!」

 

しかし、フェンリル達の数は多い上に追っ手の衛兵達まで現れました。

電磁刀を手に身構える五月にフェンリル達も鋭く唸っています。

 

「五月! そのうちわを貸せ!」

「はい、これっ!」

 

透明のままのブタゴリラが声を上げると、五月はズボンに挟んでいる天狗の羽うちわを差し出しました。

姿が見えないのでブタゴリラが受け取ったうちわは宙を浮いているように見えます。

 

「下がってろ! ……どおりゃあっ!」

 

羽うちわを手に前へ出てくる透明のブタゴリラは力いっぱいにうちわを扇ぎます。

 

「きゃああっ!」

「うひゃああっ!」

「みんな伏せるんだ!」

「ぐおっ! うわああああっ!」

 

廊下を吹き荒れる凄まじい暴風に衛兵達はおろかキテレツ達さえも悲鳴をあげてしまいました。

至近距離から突風をまともに食らったフェンリルはもちろん、その先から迫ってきていた衛兵達さえも紙のように吹き飛ばし、遥か先の壁へと次々に叩きつけていきます。

ブタゴリラの後に下がり、キテレツの忠告に従っていた一行は吹き飛ばされることはありません。

 

「……キテレツ君。みんなも無事だったのね」

 

五月が声をかけるとキテレツ達は頭巾を外して姿を現します。

 

「うん。指輪も取り返すことができたよ」

「ここにあるナリ」

 

コロ助は懐から取り出したアンドバリの指輪を五月とタバサに見せました。

 

「ったく……何で透明なのに追われなきゃならないんだよ……」

 

羽うちわを手にしたままブタゴリラは不満そうにしています。

フェンリル達は真っ黒衣で透明になっているはずのキテレツ達の気配を察知できるようで振り切ることができず、おまけに金縛り玉も効かないので追われる破目になったのです。

 

「でも本当に無事で良かったわ……あとはここから逃げるだけよね」

「うん。天狗の抜け穴ですぐに脱出しよう」

「それは後。今は逃げるのが先」

 

タバサは杖を構えたまま一行に告げます。

衛兵達を天狗の羽うちわで吹き飛ばした廊下の先からまた新たな追っ手が姿を現したのです。

 

「もう一発お見舞いしてやるぜ!」

「待って、ブタゴリラ! いくらやってもキリがないよ! どこか安全な場所を探してそこから天狗の抜け穴で逃げるんだ!」

 

張り切るブタゴリラをキテレツが制止し、五人は五月達が来た道を戻ります。

 

「賊はあそこだ! 追え、追え!」

「わあっ! あっちからも来るナリよ!」

 

十字路まで来た所で五月達が来た方向の廊下からも追っ手が迫ってきていました。しかも反対側の廊下の先からも衛兵達がこちらへ向かってきています。

 

「どうすんだよ!」

「みんな、こっちよ!」

 

唯一、追っ手の姿がない四つ目の分かれ道の廊下の方へ五月とタバサは向かっていました。

その廊下の一番奥には扉があるのが見えます。

 

「お前らは先に行け! 俺に任せろ!」

「ブタゴリラ! それよりこれを投げて!」

 

殿を務めようとするブタゴリラですが、それを止めたキテレツは巾着袋から取り出した数個の金縛り玉の一部を差し出しました。

 

「観念しろ、ガキ共め!」

「よっしゃ! ……これでも、食らいな!」

 

槍を手にじりじりと迫る衛兵達に二人は大量の金縛り玉を投げつけます。

 

「ぐわっ!」

「うわっぷ!」

「何だこれは……! へっ……へっ……ヘックシ!」

 

煙幕に包まれた衛兵達は次々にくしゃみをしてしまい、直後には全身が金色の彫像のように固まっていました。

ちょうど十字路からキテレツ達のいる廊下の途中に大量の硬直した衛兵達がいるおかげで道が塞がっており、後続の追っ手達はこちらへ来れません。

 

「今のうちに行こう!」

「おう!」

 

二人も五月達三人が向かっていった奥の扉へと向かって駆け出します。

飛び込むように中へと駆け込むと、そこでは先に入っていた三人が待っていました。

 

「大丈夫ナリか?」

「うん。……ここは会議室みたいだね」

 

そこそこの広さを持った白一色で塗りつぶされた荘厳な場所は16本の円柱がホールの周りを取り囲んで天井を支えています。

部屋の中心には立派な造りをしている巨大な円卓がしつらえられていました。

どうやらここはアルビオンの大臣や王族達が国の舵取りを行っていた会議室のようです。

 

「でもすぐに追っ手が入ってきちゃうわ。何とかしないと……」

 

五月は困った様子でそう言います。金縛り玉も効果が短いのですぐに追っ手達はここへ突入してくるでしょう。

天狗の抜け穴を用意している間に入ってこられては逃げる余裕がなくなってしまいます。

 

「何かでバリケードが作れれば良いんだけど……」

「キテレツ君、これを使いましょう」

 

会議室には円卓とその周りに背の高い椅子がいくつか置いてあるだけで他には何もありません。

五月は一番大きな上座を引きずって扉の前へと置きます。タバサも一緒に他の椅子を持っていっていました。

 

「そんなんじゃ駄目だぜ。キテレツ! あのすげえ力が出せるなんとか鉄甲を貸せ! そのテーブルも使うんだ!」

「万力鉄甲だろ?」

 

ブタゴリラの考えをすぐに察したキテレツは包みから万力手甲を取り出して渡します。

万力手甲を手首に巻いたブタゴリラは巨大な円卓の前に部屋の扉と向かい合う位置へ歩み寄り、その淵を掴むと力を込めて押し出します。

すると、テーブルの下でメキメキと崩れる小さな音が聞こえてきていました。

 

「いけないっ!」

「ドアを押さえるナリ!」

 

扉の向こう側から走ってくる足音が聞こえてきて、五月とタバサとコロ助は慌てて扉を押さえます。外では衛兵達が部屋に入ろうと激しく叩いているのが分かりました。

タバサが魔法を使えればアンロックで鍵を閉められたのですが、それもできません。

 

「急いで! ブタゴリラ!」

「待ってろって……! ふんっ……! ぬぬぬぬ……!!」

 

床と一体化している上に重い円卓のテーブルを人間が、ましてや小学生の子供であるブタゴリラの力で押し出せるはずがありません。

万力手甲を装着することで通常の何十倍もの怪力を発揮することができ、円卓の太い支柱がバキバキと砕ける音と共に床から剥がされていきました。

 

「……どおりゃああっ!」

「きゃっ!?」

「わあっ!」

 

気合の入った掛け声と共に一気にテーブルを押し出し、五月達が慌てて横へ避けると同時に扉が蹴破られかけました。

しかし、すぐに押し出され引っくり返ったテーブルが半分開いた扉にぶつかり、再びバタンと閉めてしまいます。

 

「おいこら! 開けろ!」

「このっ、何とかしろ!」

 

バリケードの向こうでは衛兵達が叫んでドンドン、と扉を叩いていますが重いテーブルに完全に押さえつけられて開けることはできません。

 

「何とかこれでしばらくは持つね」

「さっさとここから逃げようぜ」

「みよちゃん達もどうなってるか心配ナリよ」

「急ぎましょう」

 

ブタゴリラはもちろん、コロ助も五月も脱出を急かします。

 

『キテレツ君。聞こえる?』

 

包みから天狗の抜け穴のテープを取り出そうとすると、キテレツのトランシーバーからみよ子の声が聞こえてきました。

 

「みよちゃん、そっちは大丈夫?」

『あたし達は大丈夫なんだけど……』

『サツキ!? サツキなのね!? あんた達こそ大丈夫!?』

 

五月が声をかけるとみよ子の声と一緒に聞き慣れた少女の声まで返ってきていました。

 

「この声……もしかしてルイズちゃん!?」

「どうしてルイズちゃんが……?」

「ええ? ルイズちゃんがみよちゃん達と一緒にいるナリか?」

「ワールドって兄ちゃんと一緒だったんじゃなかったのかよ?」

 

アルビオンの別の場所で自分の仕事をしているはずのルイズの存在にキテレツ達は困惑します。

トランシーバーの向こうではルイズがみよ子からトランシーバーをひったくっていました。

 

『そんなことはどうでもいいの! あんた達、今どうしてるの!?』

「えっ……う、うん……それが、アンドバリの指輪は取り返すことができたんだけど、城の兵隊達に追われていて……」

『何ですって!?』

『五月ちゃんは!? 五月ちゃんは無事なの!? 五月ちゃ~ん!』

『タバサは? タバサはいる?』

 

キテレツが返答をするとトランシーバーの向こうの人間達がそれぞれ驚き、泣き叫び、困惑の声を漏らしていました。

 

「落ち着いて。わたし達は大丈夫だから。今から天狗の抜け穴でそっちへ戻るわ」

 

コロ助が壁に天狗の抜け穴を貼っている中、トランシーバーを受け取った五月が答えます。

 

「そっちの天狗の抜け穴は大丈夫だよね?」

『それが実は……今、天狗の抜け穴を剥がしているの』

「何だって!?」

 

キテレツの問いかけにみよ子は困ったように答えていました。

 

「わわっ! 本当に繋がってないナリ」

「それじゃあ俺達が帰れないじゃねえか!」

 

コロ助が天狗の抜け穴の輪の中に手を入れようとしますが、壁に触れるだけで向こう側へ行けません。

 

『ルイズちゃんが天狗の抜け穴を通って別の場所から来たんだけど、そこにワルドさんがいるらしくて……』

「ワルドさんって、ルイズちゃんと一緒にいた人でしょう?」

「キテレツ君。その人はこのアルビオンのスパイだったみたいなの。さっきホールでタバサちゃんと一緒にワルドさんの分身と戦ってきたんだけど……」

 

五月の説明に事情を知らないキテレツ達は驚いた顔をしていました。

 

『だからこれを繋げるとワルドがこっちに来ちゃうかもしれないわけ。どうすればいいかしら?』

『キテレツ君、潜地球で迎えに行った方が良いかしら?』

『何でも良いからこっちに早く戻ってきてよ!』

 

キュルケとみよ子、そして喚くトンガリにキテレツは顔を顰めます。

まさか向こうではキテレツも考えもしなかった事態が起きていたのですから。

 

「分かった。それじゃあこうしよう。そっちが天狗の抜け穴を貼り直したらすぐに合図を送って。僕達はそれですぐにそっちへ戻るよ」

『ワルドはこっちに来ないの?』

「その心配はないよ。天狗の抜け穴は一番近い位置に貼られた場所を優先して繋げるようになってるから。向こうから来ても僕達が今いる場所に出るだけなんだ。そっちへ全員戻ったらすぐに剥がせばもう追って来れないよ」

 

ルイズの問いにキテレツは答えます。

 

『分かったわ。トンガリ君、天狗の抜け穴を元に戻して』

『うん。……キテレツ、いくよ! 準備はいい?』

「うん! いつでも良いよ!」

 

五人は天狗の抜け穴の前で待機して身構え、合図を待ちます。少しでも遅れれば今この場にワルドが現れてしまうかもしれません。タイミングと迅速な行動が肝心になります。

 

『……今だ!』

「それっ!」

 

トンガリの合図と同時に五人は天狗の抜け穴へと一斉に飛び込んでいきました。

誰もいなくなった会議室には、バリケードの外からドンドン、という音だけが響いています。

少しすると、バリケードで塞がれた扉が見る見るうちに砂へと変わり、崩れていきました。

直後にはバリケード自体も砂となって崩れ、会議室に衛兵達が次々と突入してきます。

 

「奴らはどこへ行った!?」

 

衛兵達は会議室を探し回りますが、既にここはもぬけの空です。

 

「おやまあ、逃げられたみたいね……やっぱり一筋縄じゃいかなかったか……」

 

衛兵達に続いて入ってきたフーケは中を見回して肩を竦めていました。

侵入者が二階の会議室へ篭城したという騒ぎを聞きつけてやってきた彼女は得意の錬金魔法で扉を砂へと変え、衛兵達が突破できなかったバリケードを容易く破ったのです。

 

「ミス! これを!」

 

衛兵の一人が壁に貼られた天狗の抜け穴を見つけて叫びます。

フーケはそこへ歩み寄ると、天狗の抜け穴のテープに指で触れます。

 

「これもキテレツのマジックアイテムね……どうやら、これで城の外へ逃げたみたいだね」

 

輪の中に手を入れようと手を伸ばしたその時です。

 

「っ!?」

「何だ!?」

 

天狗の抜け穴の中から何かが飛び出てきて会議室の床に降り立ちました。

フーケと衛兵達はいきなり現れた人影に驚きますが、その姿を確認して胸を撫で下ろします。

 

「何だ、あんたか。どうしたのさ、ニューカッスルで任務をしていたんじゃないのかい?」

 

フーケは目の前に現れた男――ワルドにため息をつきつつ話しかけました。

ワルドは風の偏在で分身を作り、本体と別行動をしていたのです。ここに現れた彼は本物です。

 

「ここはハヴィランド宮殿か? ……奴らはどこだ?」

「何を言ってるんだい。さっぱり分からないよ。それよりどうしたんだい、その顔は?」

 

フーケはワルドが顔に傷を作り、鼻血を流しているのを見てくすりと笑いました。

 

「放っておけ。それより奴らはどこだ? ルイズ達はこれを通ってこっちへ来たはずだ」

 

陥落したニューカッスルから天狗の抜け穴を回収して外に出ていたワルドは戦艦に乗り、そこで貼り直してここへ来たのです。

 

 



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プリンセスのラブレター? ウェールズの決意・後編

「うわああっ!」

「んぎゃっ!」

「痛たっ!」

 

ハヴィランド宮殿から一瞬にして西の外れの廃墟へと戻ってきたキテレツ達ですが、大勢で一度に天狗の抜け穴に飛び込んだせいで、向こう側に出てきた途端に全員折り重なって倒れてしまいました。

 

「キテレツ君、大丈夫!?」

「五月ちゃ~ん!」

 

天狗の抜け穴を横で待機し、それを千切ったみよ子とトンガリが倒れた一行に駆け寄っていきます。

最後尾で飛び込んでいた五月とタバサは三人に潰されることもなく、すぐに立ち上がっていました。

 

「五月ちゃん、大丈夫!? どこも怪我はない!?」

「わたしは大丈夫。ありがとう、トンガリ君」

 

泣きついて手まで握ってくるトンガリを五月は宥めます。

 

「サツキ!」

「タバサ!」

「きゅい、きゅい~っ!」

 

ルイズとキュルケも喜びを露にして二人に駆け寄りました。シルフィードも主人の無事な姿に嬉しそうに鳴いています。

 

「ルイズちゃん……本当にルイズちゃんなのね! ワルドさんが裏切り者だって知って心配してたのよ?」

「サツキこそ、無事で何よりだわ」

「もう、心配したわよ? タバサ」

 

五月もルイズも数日ぶりに再会した大切な友人の姿に安堵した様子です。キュルケに至ってはタバサに抱きついていました。

と、再会を喜んでいる四人ではありますが……。

 

「ブ、ブタゴリラ……早くどいてよ……」

「重いナリ~……」

 

キテレツとコロ助はブタゴリラの体に潰されてしまって苦しそうです。

 

「大丈夫? キテレツ君、コロちゃん」

「早くどきなさいよ! このブタ!」

 

みよ子が側に寄りますが、ルイズは上に圧し掛かっているブタゴリラに怒鳴るなり掴みかかって放り飛ばしていました。

 

「あだっ! 何をしやがる!」

「あんたがさっさとどかないのがいけないんでしょうが!」

 

地面に投げ出されたブタゴリラは起き上がるなりルイズに食いつきますが、彼女も逆にブタゴリラと睨み合います。

 

「はいはい、二人ともストップよ。せっかく無事に戻って来れたんだから、まずはそれを喜ばないと」

 

パンパン、と手を叩いてキュルケが興奮する二人の気を引きます。

 

「良かったわ、キテレツ君達が無事で……」

「うん。アンドバリの指輪もちゃんと取り返せたしね」

 

キテレツを抱き起こすみよ子はとても安堵に満ちた顔を浮かべていました。

 

「話は全部ミヨコ達から聞かせてもらったわ。あんた達、アンドバリの指輪を取り戻しにここまで来たんですってね。まったくもう……無茶なんかして……」

 

ルイズは腕を組んでキテレツ達の顔を気難しそうな顔で見回します。

 

「ごめんなさい、ルイズちゃん」

「まさか指輪を盗んだ相手が、こんな空の上の、しかも反乱軍だとは思わなかったんだよ」

 

謝る五月とキテレツですが、ルイズは小さくため息をついていました。

 

「まあでも、無事だったんだからそれで良いわ。それで指輪はどうしたの?」

「これが精霊さんの指輪ナリよ」

 

尋ねてくるルイズに、起き上がったコロ助は懐から取り出したアンドバリの指輪を見せます。

 

「へぇー、これがね……」

「なるほど、それがアンドバリの指輪か……」

 

指輪を手に取って間近で眺めるキュルケの隣にウェールズがやってきました。

 

「あの……あなたは?」

「誰だよ、この兄ちゃんは?」

「かっこいいお兄さんナリ」

 

潜入組だったキテレツ達五人は全く見慣れないウェールズの存在に目を丸くしていました。

 

「な! 失礼でしょ、あんた達! このお方はね……!」

「良いんだよ、ミス・ヴァリエール。トンガリ君とミヨコ君にもこうして楽にしてもらっているんだからね」

 

苦笑するウェールズは慌てふためくルイズを押しとどめます。

 

「ミス・ヴァリエールの友人だそうだね、話は聞かせてもらっているよ。私はウェールズ・テューダー。アルビオン王国の皇太子だったものだ。よろしく」

 

ウェールズはキテレツ達五人の前に歩み出て名乗りました。

 

「こ、皇太子様だって!?」

「何だよ……その、包帯石って、どんな石だ?」

「それを言うなら皇太子。つまり王子様のことよ!」

 

ブタゴリラの言い間違えをキテレツと同じように驚く五月が訂正しました。

 

「王子様あ?」

「そうよ! このお方は正真正銘、ウェールズ皇太子様なんだから! あんたはまた、姫様だけでなく皇太子様にまで失礼なことを言って!」

「はいはい、怒るのは後にしなさい」

 

喚き立ててブタゴリラに食って掛かろうとするルイズの肩をキュルケが掴みます。

 

「何でそんな王子様がここにいきなりいるって言うんだ? それに何でお前まで……」

「そう、それよ。どうしてルイズちゃんがここに? ワルドさんはスパイだったって言うし、全然分からないことばかりだわ」

「そういえばワルドがそっちにいたってどういうことよ、それ! サツキ、ちゃんと教えなさい!」

 

お互いに質問を質問で返すせいで話がだんだんとややこしくなっていきます。

 

「ちょっと待って! ちゃんと話を整理しようよ! まずはここで何があって、ルイズちゃんがここにいるのかを話してよ」

 

キテレツが声を上げ、全員の視線を集中させました。

こうも話が混乱していては何も分かりません。一つ一つ話を整理して理解する必要があります。

キテレツの提案に全員が頷き、まずはみよ子とキュルケが自分達の身に起きたことを話していきました。

 

「……それじゃあ、この天狗の抜け穴がそのニューカッスルっていう城でルイズちゃんの作った抜け穴に繋がっていたわけなのね」

「そうよ。あんた達がこれを貼っていたおかげで、ウェールズ様は助かったんだから」

「でも、あのワルドっていう兄ちゃんが敵のスパイスだったとはなあ……おまけに分身の術なんかしてたなんて、忍者みたいだぜ」

「それを言うならスパイ!」

 

一行が座り込む中、トンガリはブタゴリラの言い間違えにいつものように突っ込みます。

ニューカッスルでワルドが本性を現したことをルイズは話し、五月も風の偏在の分身だったワルドと戦ったことを告げていました。

 

「それでルイズちゃんは天狗の抜け穴を通って、王子様と一緒にこっちへ逃げてきたわけだね」

「ええ。そ、それでね……あんたから預かってたあのアルヴィーなんだけど……」

 

助太刀人形はルイズ達が逃げるための時間稼ぎをしてくれましたが、ワルドに壊されてしまいました。

借り物を壊してしまったことに対してルイズは申し訳ない気持ちを抱いていたのです。

 

「良いんだよ、また作れば良いんだから。ルイズちゃんを守ることがあの一寸ガードマンの役目なんだ」

 

キテレツとしては自分の発明が役に立てたことの方が嬉しいのです。

 

「でも何で、王子様と一緒に来たナリか?」

「そうだぜ。お前、何をしにそのニューハッスルって所に行ってたんだ?」

「ニューカッスルでしょ?」

 

一々突っ込みをするトンガリは呆れた様子です。

コロ助、ブタゴリラだけでなくタバサ以外の他の五人もルイズを興味深そうに見つめていました。

 

「そ、それは……」

「ねえ、ルイズ。ここまで来たら、もう隠し事は無しなんじゃなくて?」

 

困ったように口篭るルイズにキュルケがにじり寄って肩をポン、と叩いてきます。

 

「ミス・ツェルプストー、しかし彼女は……」

「恐れながら皇太子殿下。私達はもう知り過ぎてしまったのです。確かにこの子はアンリエッタ王女からの密命を受け、結果的に今ここにいます」

 

ウェールズに対してキュルケは毅然とした態度で言い返しました。

 

「私達はレコン・キスタという共通の敵を持ち、追われている身なのです。即ち、私達は仲間と言って良いでしょう。同じ仲間に対して彼女が目的を話すことは何も咎められることではないはずですわ」

 

呆気に取られるウェールズですが、キュルケはルイズと正面から向き合っていました。

 

「ねえ、ルイズ。聞かせてちょうだいな。あなたがこのアルビオンへ来た目的を。私達も力になってあげるから」

 

興味本位ではない真剣な態度でそう詰め寄ってくるキュルケにルイズは困惑します。

しかし、彼女だけでなくキテレツ達にまでじっと見つめられてしまって、ついに観念したようにため息をつきました。

 

「ぜ、絶対に誰にも言っちゃ駄目よ……あんた達も、良いわね?」

「もちろんだよ。誰にも言わないさ」

「武士は口が固いナリ!」

 

キテレツ達もきっぱりと頷いてくれたのを見て、ルイズは自分の旅の目的――アンリエッタからの密命を話し始めます。

 

ルイズがアンリエッタから託された密命、それはウェールズ皇太子からアンリエッタが送った一通の手紙を回収するというものでした。

それがアルビオンの反乱軍、レコン・キスタの手に渡ればゲルマニアに嫁ごうとしているアンリエッタの縁談は取り消しになり、トリステインとゲルマニアの同盟は結ばれないのです。

レコン・キスタはトリステインとゲルマニアの同盟を阻むためにその手紙を狙っていたのでした。

 

「でも手紙一枚で王女様の結婚が取り消しになるってことは……もしかして、王女様が送った手紙って……」

「あ、あんた……!」

「良いんだよ、ミス・ヴァリエール。ミヨコ君が思っている通りさ。ミス・ヴァリエールはアンリエッタが私に送った恋文を回収しに我が元までやって来たのだ」

 

ウェールズの告白にキテレツ達は、特にみよ子と五月は息を呑んで驚いていました。

異国の王子を王女が愛するなんてシチュエーションはとてもロマンチックなのですから。

 

「王女様にもちゃんと好きな人がいたのね……」

「しかも相手は王子様なんて……」

「これがいわゆる、ラブレターってやつナリか?」

 

まさしくコロ助の言う通り、アンリエッタのラブレターをルイズは回収しにウェールズの元へ行ってきたのです。

 

「でも、王子様がいたそのニューハッスルっていうのは今日、そのレンコン何とかって奴らに攻め落とされちゃったんだろ? 王子様が危ないのに手紙だけ持って帰ってきて欲しいだけなんて、何だかずいぶんと薄情だな」

「ブタゴリラ……!」

 

かなり失礼なことを堂々と口にするのでトンガリは焦ります。見ればルイズの顔は今にも怒り出しそうな雰囲気ですが、堪えていました。

 

「手紙を返してもらうっていうのはただの口実よ。姫様が本当にしたかったのは……」

 

ルイズはウェールズの方を振り向き、一行の視線もそちらへと集中します。

 

「ウェールズ様。姫様から預かった密書には、亡命をお奨めになられたことが書かれていたのですよね? ……どうか、本当のことをお話しください」

 

ルイズはニューカッスルでアンリエッタから預かった密書の内容を問い詰めましたが、ウェールズはそれを否定していました。

もっとも、彼の態度からそれが嘘であることは分かりきっていましたが。

 

「すると、王女様は王子様を亡命させるためにルイズちゃんを使者として送り出したっていうことなんだね」

 

話を聞いていたキテレツは納得したように頷きます。

 

「透明? 真っ黒衣みたいにか?」

「ぼうめいって何ナリ?」

「住んでいた国から他の国へ逃げることを亡命って言うのよ」

 

ブタゴリラのボケは無視してみよ子はコロ助に分かるように説明しました。

 

「うん、そうよ。今回みたいに戦争があった時なんかは特にね」

「ふうん。王女様も良い所があるんだね」

 

興味深そうに話し合うキテレツ達にウェールズは心底困惑した様子で見回していましたが、ルイズがじっと真剣に見つめてくるのでずっと黙っているわけにも、誤魔化すわけにもいかなくなります。

 

「……確かに、そうだよ。アンリエッタは私に亡命を奨めてきた。昨日、ミス・ヴァリエールが言ったようにね」

「やっぱり……では、どうして姫様の思いに応えてはくれないのですか!? 姫様が逃げてと言っているのに、どうして死を選ぶのですか!?」

 

苦しそうに語るウェールズにルイズは思わず叫びます。

 

「ええ? 王子様が死ぬって!?」

「そんな……!」

「どういうことなの?」

「王子様は助かったのに、どうして? そんなの訳が分からないよ」

 

アルビオン王家の事情を何も知らないキテレツ達は愕然とウェールズを見つめました。

 

「ウェールズ様達アルビオンの王家は、レコン・キスタの反乱でもう風前の灯火だったわ。でも、ウェールズ様達は逃げずに玉砕しようとしていたのよ」

 

ルイズの告白にキテレツ達は信じられない、といった表情を浮かべてウェールズを見ていました。

 

「だからあたしはそうなる前に、天狗の抜け穴を使って皇太子様と姫様をお会いさせようとしたのよ」

 

ルイズの考えたウェールズの亡命計画は結局、失敗してしまいましたが。

 

「そんな……どうして勝てないのが分かっていて残ったりするんですか?」

「お姫様が誘ってくれてるんだから、逃げれば良いのに……」

「そうだわ。せっかく王女様がそれを伝えるためにルイズちゃんをここへ来させたのに」

「もう負けは決まっているのに、死ぬのが怖くないの?」

「他殺願望でもあるのかよ?」

 

ブタゴリラは自殺願望、と言ったつもりなのでしょうが今は誰も、トンガリですら突っ込みはしませんでした。

 

「王子様はお姫様が嫌いナリか?」

 

キテレツ達に口々にそう言われたウェールズは微かに苦笑を浮かべていました。

 

「コロ助君と言ったね? とんでもないよ。私がアンリエッタを嫌いになるだなんて。あり得ないことだ。……だが、愛するが故に身を引かねばならぬ時がある」

「ウェールズ様……」

「トンガリ君、それは私だって怖いさ。死を恐れない人間なんているわけがない」

 

ウェールズはしっかりと一行の顔を見渡し、言葉を続けていきます。

 

「しかし、我らはたとえ勝てずとも、せめて勇気と名誉の片鱗をレコン・キスタの連中に見せつけてやらねばならない。ハルケギニアの王家は弱者ではないことをね。それは、王家に生まれた者の義務なんだよ」

 

きっぱりと語るウェールズですが、キテレツ達には理解できません。

 

「私が亡命をしてしまえば、レコン・キスタがトリステインへ攻め入る格好の口実となってしまうのだ。それだけは決してあってはならない」

「でも、レコン・キスタの目的は要するに、世界征服なんでしょう? 王子様が亡命しなくたって、いずれは攻めにやってきますよ」

「そうよ。遅かれ早かれ、きっと王女様の国までやってくるわ」

「それじゃあ王子様は無駄死にも良い所だわ」

 

キテレツもみよ子も五月も、ウェールズの玉砕を遂げようとする意志を否定します。

 

「確かにそうかもしれぬ。しかし、私はアルビオンの王家に生まれた者として、王家に課せられた最後の義務を果たさねばならないんだ」

 

決して変わらない固い意志を示すウェールズですが、ルイズはそんな彼を目にして唇を噛み締めていました。

 

「皇太子様……失礼を承知で仰らせていただきます。ウェールズ様がやろうとしていた討ち死には、とても馬鹿げたことです」

「……ミス・ヴァリエール?」

 

ルイズが顔を顰めて悲しそうな、不満そうな、様々な思いが入り混じった複雑な顔を浮かべているのでウェールズは呆気に取られました。

 

「ウェールズ様はおっしゃいましたね? 王家の誇りと名誉を示す、栄光ある敗北だと。……ですが、それを成した所で一体どうなるというのです? 残される人のことをどうして考えようとしないのですか?」

 

もはや睨みつける域にまで達しているルイズの気迫にウェールズは思わず引いてしまいます。

 

「ワルドが言っていた通りですわ。そんなことをしたって誰も喜びもしませんし、レコン・キスタの連中だって誰も見向きもしません! ましてや、姫様が喜ぶとでも思っておられるのですか!?」

 

もはや悲痛な思いがはっきり伝わるほどにルイズは声を荒げていました。

ウェールズはもちろん、キテレツ達まで黙り込んでしまいます。

 

「それに、レコン・キスタが討ち死にをしたウェールズ様達のことをそのまま放っておくと思っていたのですか? あいつらは、アンドバリの指輪を持っていたのですよ? もしもキテレツ達が取り返していてくれなければ、きっとアンドバリの指輪の力でウェールズ様達に偽りの命を与えて操り人形にしていたに違いありません!」

 

確かにルイズの考えは当たっていることでしょう。死者に偽りの命を与えて蘇らせ、意のままに操ることができるアンドバリの指輪を持っていたのですから、その力を利用しないわけがありません。

さすがにウェールズもアンドバリの指輪の存在を今日の今まで知ることは無かったので、苦しそうに俯いていました。

 

「死して亡霊となって姫様を脅かすことになるというのが、ウェールズ様の望んだ義務だというのですか? 自己満足に酔って現実逃避をするのもいい加減にしてください!」

 

こうまでルイズに責め立てられ、ウェールズは何も言えなくなってしまいます。

 

「……皇太子殿下。この子の言う通りですわ」

 

それまでずっと黙り込んでいたキュルケがようやく口を開きだしました。

 

「勇敢に戦い、勇敢に死んでいくのは殿方の特権とよく言います。王家の義務を果たす……確かに聞こえは良いでしょう。ですがあなたは今、この子の言う通りに現実から目を逸らしているのです」

 

激しい口調だったルイズと対照的に穏やかに、そして厳しさがこめられた口調でキュルケはウェールズを責め立てます。

 

「皇太子殿下はおっしゃられましたね。勇気を示すことが義務だと。ですが、あなたはアンリエッタ王女を愛しておられる。ならば、その愛する人のために生き残るのも一つの義務ではないでしょうか?」

 

ルイズとキュルケから浴びせられる厳しい言葉にウェールズはぐうの音も出ないほどに打ちひしがれてしまいます。

 

「どうしても玉砕をする覚悟があるのだとしても、せめて愛する人への別れの言葉くらいは皇太子殿下ご自身で直接告げるべきだと思いますの。それをルイズに押し付けて自分は無責任にも果てようだなんて、卑怯ではなくて?」

「そうですよ、王子様。ルイズちゃん達の言う通りです。何もここで死ぬことはないですよ」

「お姫様が可哀相ナリよ」

「王女様を泣かせたりするなんて、そんなの男らしくないと思います」

「せっかくルイズちゃんが遥々やって来たのに、それじゃあ何もかも無駄骨になってしまうわ」

「こういうのを、猫死にって言うんだぜ。王子様」

「それを言うなら犬死にでしょ! 僕も王子様が亡命したって罰は当たらないと思うよ」

 

キテレツ達にまで責め立てられたウェールズは黙りこんで何かを考えている様子です。

本を読んでいるタバサを除く一行はじっとウェールズを見つめていました。

 

「……参ったものだな。遥か東方から来た子供達にまでそう言われてしまうなんて。我らはここまで腐っていたのか……」

 

やがてウェールズは搾り出すように自嘲の言葉を漏らしだしました。

 

「もっと早く……その言葉を聞きたかった。いや……聞くまでもなかったはずだったのかな……」

 

力の無い笑みを浮かべていましたが、ウェールズは何かを決意した目をしていました。

 

 

 

 

ハヴィランド宮殿は日が暮れる頃になっても騒ぎは収まりませんでした。

侵入者には逃げられた挙句、100人以上の衛兵は蹴散らされ、城内は滅茶苦茶に荒らされてしまったのですから。

しかも相手はたった数人の子供であるという事実に誰もが混乱しています。

 

「おおお……アンドバリの指輪が……奪われてしまうとは……あれが無ければ私は……」

 

執務室でクロムウェルは机に突っ伏したままガタガタと震えていました。

レコン・キスタのリーダーとは思えない情けない姿を他の誰かに見られれば失脚は目に見えています。

 

「ミス! ミス・シェフィールド! 一体どうすれば良いのです!? もしも私が虚無の力を使えぬただの司教であることが知れれば……!」

 

横に控えて何かを考え込んでいる様子のシェフィールドに泣きつきますが、シェフィールドは一瞬、忌々しそうに彼を睨みました。

 

「落ち着きなさい、閣下。奴らの逃げる先はトリステイン。ならば自ずとその逃走ルートに当たりはつけられるものよ」

 

すぐに柔らかい表情になって、子供をあやすようにクロムウェルを宥めます。

 

「アルビオン全軍を全ての港へと向かわせて既に封鎖しているわ。それにこの大陸を囲むようにして戦艦や竜騎士達に絶えず警戒をさせている。脱出をしようとすれば必ず見つけられるでしょう」

「おお……! では、奴らもこのアルビオンから逃げることはできませぬな!」

 

シェフィールドの言葉に安心して顔を輝かせるクロムウェルですが、シェフィールドは険しい顔のまま俯いていました。

ニューカッスルに篭城していたアルビオン王軍は壊滅させはしましたが、アンドバリの指輪を奪われてしまうというとんでもない失態を犯してしまったのですから。

おまけにワルドはウェールズの暗殺に失敗したというのです。

 

(この私がまさかあんな失態を……ジョゼフ様に申し訳が立たない……)

 

キテレツのマジックアイテムに対して完全に油断していたことは間違いない事実です。

シェフィールドはキテレツに完全に手玉に取られてしまったことが許せませんでした。

 

(絶対に逃がしはしないわ、キテレツ……このままで済むと思うな……)

 

 



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大空中戦? エスケープ・フロム・アルビオン・前編

♪ お料理行進曲(間奏)


キテレツ「コロ助、アルビオンのレコン・キスタの軍隊がどれだけいるか知ってるかい?」

コロ助「いっぱいすぎて数え切れないナリよ」

キテレツ「そりゃあ兵隊だけじゃなくて、ドラゴンや色々な怪物まで使っているからね」

コロ助「あんなにたくさんなのに、本当に逃げられるナリか?」

キテレツ「シェフィールドはどうあっても僕達を逃がしたくないんだ。でも、みんなで一緒に何としてでもアルビオンから脱出するんだ!」

コロ助「わわわあっ! ルイズちゃんのお婿さんがいっぱいになって襲ってきたナリよーっ!」

キテレツ「次回、大空中戦? エスケープ・フロム・アルビオン」

コロ助「絶対見るナリよ♪」





首都ロンディニウムより三百リーグほど南東、アルビオン大陸の東端に位置する町はロサイスという港町です。

そこは普通の港町ではなく、完全な軍港であるため停泊しているフネは全て軍艦で占められていました。巨大な鉄塔型の港湾施設の桟橋には何隻もの軍艦が係留しています。

町自体も民家は存在せず工廠や空軍基地、練兵広場といった軍関係の施設ばかりで宿舎が疎らにある以外は町外れに寺院がある程度です。

 

二つの月が重なるスヴェルの夜、普段は五百程度の守備隊しかいないこのロサイスにはその四倍も多くの兵隊達の姿がありました。

その中には人間の数倍もの大きな体をしている亜人までもが堂々と闊歩しているのが窺えます。

そんな港の一角にある資材置き場の地面から人知れず、スッと透けるようにして潜望鏡が現れていました。

 

「何なの、あの大きいのは?」

「この間の鬼より大きいナリよ」

 

みよ子とコロ助は潜地球の潜望鏡からの景色を映し出すモニターの映像に目を見張ります。

 

「トロール鬼。アルビオン北部のハイランドに生息している亜人さ。戦の時にはよくレコン・キスタも戦線で真っ先に投入させていたものだよ」

 

座席の後ろから顔を出しているウェールズはモニターに映るトロール鬼達の姿に険しい顔をしていました。

 

「トロールって、魚を網で獲る船のことか?」

「全然違う!」

 

ブタゴリラのボケに突っ込んだトンガリですが、その声は狭い潜地球の中にも関わらずとても小さいものでした。

それもそのはず。二人は今、キテレツ達よりもずっと小指ほどに小さい手のひらサイズとなっているのです。

 

キテレツ達とキュルケ、タバサの8人だけでも定員オーバーだったのがさらに二人増えては潜地球に乗ることはできません。ましてやシルフィードもいては潜地球がパンクして壊れてしまいます。

シルフィードは当然として、キュルケとタバサもブタゴリラ達と一緒に如意光で小さくなることで定員オーバーを回避していたのでした。

 

「二人とも静かにして。タバサが寝てるんだから」

「あ、ごめんなさい……」

 

キュルケに小さい声で叱られたトンガリは思わず謝ります。

小さくなった四人とシルフィードはコロ助の頭の上で腰を下ろしていますが、タバサだけはキュルケの膝を枕にして静かに眠っています。

魔法の使いすぎで精神力を消耗し疲れていたタバサはその回復も兼ねて休息をとることにして、キュルケも同意したのでした。

 

「兵隊達も何だか迷惑そうにしてるわ……」

「でも、どうしてレコン・キスタがあんな凶暴な亜人達を従えているのです?」

 

座席の後ろで五月がモニターのトロールを見ている中、隣のルイズがウェールズに尋ねます。

 

「私にも分からない。連中はどういう訳か、あいつらのような亜人やワイバーンまでも簡単に従えて戦力に加えてしまっているんだ」

「やっぱり、アンドバリの指輪の力を使ったのかもしれないわね」

「もしそうだったら、もうあいつらを操ることはできないよね」

 

キュルケの言葉に潜望鏡を戻したキテレツが答えます。

取り返したアンドバリの指輪はキテレツのリュックの中に大切にしまってありました。

 

「だと良いんだけど……」

「もうあんな怖いのを相手にするなんて嫌ナリよ」

 

ルイズの頷きにコロ助も同意します。

 

「でもこの分じゃあ、きっと他の港町も兵隊でいっぱいになってるわよね……」

「見つからずに逃げだすのは無理よ」

 

モニターを見て苦い顔をするみよ子に五月も頷きました。

数時間前にはロンディニウムよりずっと北の港町、ダータルネスへ向かっていたのですが、そこもここと同じように何千人もの兵隊達が厳重に警戒していたのです。

しかも軍艦は何隻かが大陸の外側に浮かんで上空から哨戒を行っているので、空を飛べばそれだけで見つかってしまいます。

アルビオンから脱出するには空を飛ぶのが必要不可欠ですが、これでは脱出すること自体が不可能です。

 

「僕達が脱出しようとするのが分かっているから、全部の港町を完全に封鎖しちゃったんだよ」

「レコン・キスタったら、面倒なことをして……!」

 

ルイズは思わず苛立って声を荒げてしまいます。

 

「私が囮になって、君達だけでも逃がしてあげたいのだがな……」

「それは絶対に駄目です! ウェールズ様は必ずわたし達がトリステインへとお連れします!」

 

そんなことを呟きだすウェールズですが、ルイズは否定してきっぱりと告げました。

 

「そうだったね……アンリエッタは、私のことを待っているのだったな……」

 

ルイズの必死で真剣な顔を見てウェールズは苦笑しました。

十時間以上も前、キテレツ達はアルビオンの首都ロンディニウムから潜地球に乗って脱出していました。

皇太子ウェールズはルイズやキテレツ達の説得と熱意に打たれ、一緒にトリステインまで来てくれることを約束してくれたのです。

もう既に陥落しているはずのニューカッスルに残してきた部下や家臣達を置いて自分だけが国外へ亡命することにはかなり抵抗があったようですが、こうなってしまったのは自分達のせいだと自覚をしたようでした。

敗北が決まっているのが分かっていた以上はとっくの昔に亡命をしていれば良かったのに、それをしなかった結果、自分だけが生き恥を晒す破目になってしまったのです。

名誉を守り、勇気と誇りを示し、王族の義務を果たす、そういった謳い文句を言い訳にして現実から目を逸らし、安易な玉砕へと身を委ねて逃げ出そうとしたことにウェールズは自分達のことだけしか考えていなかったことを恥じ、とても後悔していました。

それをルイズ達の説得によってようやく自分達が愚かであったと気づいた時には全てが遅かったのです。

 

「しかし参ったなあ……これじゃあ、脱出なんてできないよ」

 

キテレツだけでなく他の全員も困った顔をしていました。

 

「ずっとこの中にいるわけにもいかないし……」

「でも、何とか逃げ出す方法を考えないと、いつか捕まっちゃうわ」

 

五月とみよ子は顔を見合わせます。

 

「あんたのマジックアイテムで何とかならないの?」

「そう言われてもなあ……まずは見つからずに空を飛ばないと話にならないし……」

「地面の上に出ただけでも見つかっちゃうナリよ」

 

天狗の抜け穴をトリステインのどこかに貼っていれば、それを通ってすぐ脱出できましたが、それをしなかったのは失敗でした。

 

「いっそのこと、無理矢理突っ込んじまうか?」

「冗談言わないでよ。そんなことしたら、返り討ちにされるのがオチだよ」

「いくら何でも多勢に無勢すぎるわ。あなたのあの風を起こすマジックアイテムだってどこまで通じるか分からないのよ?」

 

ブタゴリラの無策の案にはトンガリやキュルケはもちろん、他の全員も賛成できません。

 

「……キテレツ君。この乗り物は地中を自在に移動できるんだったね?」

 

一行が悩み、考える中、ウェールズが何かを考え付いたようで声をかけてきました。

潜地球に乗り込む時や動いている時はルイズ共々、地中を移動できるという未知の体験にとても驚いていたほどです。

 

「はい」

「このロサイスからずっと南西に行けば、私達がいたニューカッスルに辿り着く。そこへ向かって欲しいんだ」

「ウェールズ様。あそこはもう……」

 

ウェールズが告げた目的地にルイズは思わず声を上げます。

ルイズ達が天狗の抜け穴で脱出する時にはレコン・キスタの攻撃が始まっており、今頃陥落どころか崩壊しているはずなのです。

おまけにあそこには今もレコン・キスタの軍勢が残っているはずでした。そんな場所へ戻るなんて自殺行為も良い所でしょう。

 

「分かってるよ、ミス・ヴァリエール。あの城には、私達が使っていた秘密の港があるのだ。もしかしたら、そこからなら脱出できるかもしれない」

「本当ナリか? 王子様」

「そんな所があるんですか」

 

コロ助と五月が目を丸くして尋ねました。

 

「ああ。とはいえ、既に発見されて占拠されているかもしれないが……疎開の船も脱出できたかどうか分からんしね……」

「行ってみましょう、もしかしたら脱出できる手段が見つかるかもしれません」

「ええ。行ってみる価値はあるわ」

 

ウェールズが告げた希望の言葉に、キテレツもみよ子も顔を輝かせます。

 

「それじゃあ全速力で飛ばすからね。発進!」

 

キテレツは操縦レバーを動かし、潜地球を移動させます。

潜地球の移動する速度はこれまでキテレツ達がロンディニウムを目指していた数日でゆっくり空を飛んでいた時とは比べ物にならないほどに速いです。

 

「きゃあっ! ちょっと! もう少しゆっくり出発しなさいよ!」

「痛たたたっ!」

 

発進の勢いでつんのめってしまったルイズがキテレツの頭をポカポカと叩きます。

 

「静かにしなさいな。初めて乗るからってはしゃぎすぎなのよ」

「何よ! 小さいからっていい気になって!」

「ルイズちゃん、大声を出したらタバサちゃんが眠れないわ」

 

文句を言うキュルケに噛み付くルイズですが、五月が宥めました。

月明かりさえも射し込まない地中を、潜地球はレコン・キスタに気づかれることもなく進んでいきます。

 

 

 

 

アルビオン王軍と反乱軍レコン・キスタによる戦争が終わりを告げた翌日の朝、潜地球はアルビオン最南端のニューカッスルへと辿り着きました。

真夜中もずっと地中を移動するわけにもいかなかったので途中で地上の安全な林の中で野営をして一睡していましたが、ウェールズ達がいたニューカッスルへとキテレツ達はやってきたのです。

地上のニューカッスルは酷い有様であり、先日のレコン・キスタによる一方的な砲撃によって完全に崩落していました。

 

「ひどいわ……」

「こんなに徹底的にやられてしまうなんて……」

 

潜望鏡からのモニターにはニューカッスルの様子が映し出されています。それを目にするみよ子とルイズは苦い顔を浮かべました。

ニューカッスルは今ではただの瓦礫の山と化しており、その上をレコン・キスタの兵隊達が闊歩しており、瓦礫を掘り返して何かを探している様子でした。

 

「あいつら、一体何をやってるんだ?」

「きっと、城に残っている宝を漁っているのだろうな。ニューカッスルの宝物庫には僅かではあるが宝や金貨が残っていた。それに、家臣達も金目になる装飾を身に着けていたしね」

 

ウェールズはモニターに映し出されるニューカッスルの光景を目にして沈痛な表情を浮かべていました。

あの瓦礫の山の中に、ウェールズの父王だったジェームズや多くの家臣達の亡骸が埋もれているのです。

 

「家臣達をみすみす死なせてしまうとは……私は、王族の資格などないのかもしれん。もっと早く亡命を決意していれば……」

「ウェールズ様……」

 

後悔の念に駆られて自嘲するウェールズですが、ルイズは何も言葉をかけてあげられません。

ルイズ達の説得によってようやく自分達の間違いに気づいたのですから、何もかも手遅れにしてしまった自分達が悪いことにはいくら悔やんでも悔やみきれません。

 

「……キテレツ君。この城の地下に潜れば、そこが秘密の港だ。もう行ってくれ」

「分かりました……」

 

ウェールズに促され、キテレツは潜地球の潜望鏡を戻してさらに地中へと潜っていきます。

 

「この辺りに広い空間があるみたいだね。そこが港なんですか?」

 

すこしするとモニターに映る地中用の地形レーダーがキテレツの言葉通りにかなり広い空間の存在を示していました。

 

「ああ。洞窟の中に作られた場所だからね。出る時は気をつけてくれ。レコン・キスタの兵がいるかもしれない」

「はい」

 

ウェールズの忠告を聞いたキテレツは潜地球を洞窟の壁沿いにさらに降下させていき、そこから洞窟の地面の下へと移動させていきます。

 

「これが、秘密の港?」

「洞窟が光っているの?」

「何で光るナリか?」

 

キテレツが潜望鏡を上に出すと、モニターには洞窟の様子が映し出されました。

そこはとても巨大な鍾乳洞であり、何故か壁一面が白く光っているおかげで洞窟の中とは思えないほどに明るくなっているのが分かります。

 

「発光性のコケのおかげさ。ここの洞窟の壁はそのコケで覆われているのだよ」

「へえ……」

「それであんなになってるんだ……」

 

ウェールズの言葉にみよ子と五月はどこか幻想的な雰囲気のある光景に見とれていました。

 

「コケが光るのかよ?」

「光るキノコがあるっていう話は僕も聞いたことあるけどね。それと同じじゃない?」

「何? 何でキノコが光るっていうんだ。俺でも聞いたことねえぞ」

「いや、だからさ……」

 

疑問を述べるブタゴリラにトンガリが説明しますが、余計に疑問を抱いてしまったので逆に困ってしまいます。

 

「生物発光っていうんだよ。簡単に言えば、ホタルが光るのと同じさ」

「そう! そうだよ。分かった?」

「じゃあ、何でホタルが光るんだ?」

 

キテレツがブタゴリラに分かりやすく説明をしましたが、またも余計に疑問を述べてくるのでキリがありません。

説明する二人は頭が痛くなってしまいます。

 

「痛ててっ! な、何すんだよ!」

 

と、そこへルイズの指がブタゴリラの頭を小突きました。

 

「あんたはうるさいのよ! 少し黙ってなさい!」

「はいはい、二人ともそこまでよ。どう? キテレツ、何かいる?」

 

キュルケが声をかけると、キテレツは潜望鏡を動かして辺りを見回します。見た所、動く影は何もありません。

 

「うん。レーダーには反応もないし……誰もいないみたいだね。降りても大丈夫だよ」

 

コンソールのレーダーも確認して安全を告げたキテレツに一行の顔が輝きました。

秘密の港の出入り口はニューカッスルの内部へと続いてたので瓦礫に埋もれた結果、まだこの秘密の港は見つかっていないのでしょう。

キテレツ達は浮上した潜地球から降りると、淡い光で満ちている鍾乳洞へと足を踏み入れます。

小さくなっているブタゴリラ達も元の大きさへと戻りました。

 

「どうやら、イーグル号は脱出ができたようだな……」

 

洞窟内の一角には岸壁があり、そこには木製のタラップが放置されていました。

この港には本来、ウェールズ達が最後に所有していた軍艦にして疎開船だったイーグル号が係留されていたはずですが、今はその姿がありません。

疎開するはずだった女子供達はイーグル号に乗って脱出することができたのでしょう。

その事実を知ることができたウェールズはホッと安堵の顔を浮かべます。

 

「すっげえー……」

「でっかい穴だね……」

 

秘密の港の岸壁の先には直径三百メートルはありそうな巨大な穴がぽっかりと開いていました。

ブタゴリラとトンガリはその全てを飲み込んでしまいそうな迫力の穴を覗き込んで息を呑みます。

 

「この穴の下はアルビオン大陸の真下に続いているんだ。さすがに奴らも大陸の下までにはやって来れない」

 

二人の隣にやってきたウェールズも穴を覗いています。

確かにその穴からは冷たい風が吹き込み続けており、どこかへ繋がっていることを意味していました。

 

「それじゃあ、ここからならレコン・キスタに見つからずに抜け出せるのですね?」

「うむ。ここを出ればそこからはもう雲の中だ。その中を進んでいけば、奴らの軍艦に見つからずにいけるだろう」

 

ルイズに問われてウェールズは強く頷きます。

元王立空軍でもあったウェールズはレコン・キスタが危険を冒してまで大陸の下までやってくる度胸もない、空を知らない無粋者であることを知っています。

 

「キテレツ! キュルケ! 行くわよ! 準備は良い!?」

 

顔を輝かせたルイズは振り返って叫びかけます。

後ろではキュルケとタバサがシルフィードの傍で準備万端と言いたげに突っ立っていました。

 

「あたし達はもう良いんだけどね……」

 

キュルケはちらりと横を向くと、そこではキテレツがケースから何かを取り出している最中でした。

みよ子に五月、コロ助も後ろからキテレツの作業を見つめています。

 

「何してんのよ? あんたも早くあの雲を出しなさいよ」

 

キント雲を出そうとしていないキテレツにルイズはつかつかと歩み寄っていきます。

キテレツはケースから取り出した発明品を如意光で大きくしようとしている所でした。

 

「ちょっと待って。その前にやっておきたいことがあるんだよ」

 

そう言いながらキテレツは取り出した蜃気楼鏡を如意光で大きくしていました。

 

「何する気なの?」

「外に追っ手がいるかどうかを調べたいんですって」

 

みよ子の言葉にルイズは怪訝な顔をします。

 

「念には念を入れておかないとね。これを使って、穴の外がどうなっているのか見てみようよ」

「そんなので本当に分かるの?」

「これは遠くの景色を映すことができる機械なのよ」

「ま、分かりやすく言うなら遠見の魔法と同じやつってわけね」

 

キテレツが用意する蜃気楼鏡を眺めて首を傾げるルイズに五月とキュルケが説明します

 

「ルイズちゃんも驚くナリよ」

「うむ。事前偵察ができるのならやっておいた方が良いだろう。しかし、ロバ・アル・カリイエのマジックアイテムは本当にすごい代物ばかりなんだね」

 

ブタゴリラ達と一緒にやってきたウェールズは蜃気楼鏡を見つめて感嘆と頷いていました。

天狗の抜け穴や潜地球といった見たこともない発明の力にはウェールズも驚くばかりなのです。

 

「よし、こんな物で良いかな。行くよ!」

 

キテレツが蜃気楼鏡のスイッチを押すと、薄暗い洞窟の風景がみるみる内に別の景色へと変わっていきました。

 

「うわあ……」

「これはすごい……」

 

初めて蜃気楼鏡を体験するルイズとウェールズは映し出された光景に目を奪われます。

蜃気楼鏡が映し出したのは地上のニューカッスル、アルビオン大陸最南端の岬を空から見下ろしているアングルでした。

真下には廃墟となったニューカッスルやその近辺はもちろん、アルビオン大陸の海岸線とその下に広がる雲まで見ることができます。

 

「とりあえず僕達がいる場所のずっと真上に合わせてみたんだけど……」

「船がいっぱい飛んでるナリね」

「本当だわ。あたし達を探しているのね」

 

大陸の外の空には何隻もの軍艦が遊弋しており、よく見れば距離を離して海岸線を囲むようにして哨戒を行っているのが分かります。

 

「うむ……港だけでなく、アルビオン大陸全体を取り囲んで封鎖しているのだな……」

「ねえ、大陸の下は? そっちは見られないの?」

「ちょっと待って。えーと、座標を下に……」

 

ルイズに催促されてキテレツは蜃気楼鏡を操作して映像の視点を下げていきました。

ウェールズが言っていたように雲や霧が広がっていて視界が悪い大陸の下には軍艦はいませんでしたが……。

 

「んん? 何か飛んでるね」

「何だよありゃあ?」

 

トンガリとブタゴリラが目を丸くして映像に注目します。

見れば濃い雲を抜けた薄い霧の中を、無数の小さな影が飛び交っていたのです。

 

「あれってカラスかしら?」

「何であんな所にいるの? それもあんなにいっぱい……」

 

それは紛れもなく、何百羽にも達するカラスの集団であり、鳴き声を上げながら日の届かない大陸の下で不気味に舞い回っているのでした。

しかし、こんな場所にあれだけのカラスがいることにみよ子も五月も違和感を覚えます。

 

「あれはガーゴイル」

 

本物のカラスと変わりない姿と動きをしているのでキテレツ達では判別できませんが、タバサは一目でカラス達の正体を見抜いていました。

 

「ガーゴイルなら疲れ知らずで哨戒を続けていられるものね。あっちも考えたじゃない」

「雲の下にまでガーゴイルで哨戒を行っていたのか……これでは見つからずに突破するのは不可能だ……」

 

頷くキュルケですが、ウェールズは悔しそうな顔をしました。

あらゆる逃走ルートをレコン・キスタは見越して厳重な警戒を行っているのです。

どうあってもキテレツ達をこのアルビオン大陸から逃がさないつもりなのでしょう。

 

「そんなあ……それじゃあもう逃げる道がどこにもないじゃないか」

 

思わずトンガリは落胆していました。

強行突破をしようものならすぐに見つかってしまい、軍艦が集まってきて集中攻撃をされてしまうことでしょう。

 

「弱ったなあ……これじゃあ本当に打つ手がないよ」

「何か方法はないの? キテレツ君」

「せっかくあと少しなのに……」

「何とかするナリよ」

 

五月やみよ子達にそう言われてもキテレツも困り果ててしまいます。

 

「もう、肝心な時に駄目なんだから! 何か使えそうなマジックアイテムを持ってないの?」

 

見かねたルイズはキテレツのケースを勝手に開けて中を漁り始めました。

 

「あ! 駄目だよルイズちゃん!」

「こんなにマジックアイテムがあるんだから、ひとつくらいは何か使えるものが入ってるんでしょう? ちょっとは考えなさいよ!」

 

小さくなって収められている数々の発明品を手にしては戻していくルイズにキテレツは慌てます。

下手にいじって壊されてはたまったものではありません。

 

「どうしたの? タバサ」

 

少しするとタバサまで物色をしようとしだしたのでキュルケが声をかけます。

しゃみこんだタバサはルイズが戻した道具の一つをケースから取り出してそれをじっと見つめていました。

 

「……これが使える」

「タバサちゃん?」

 

唐突なタバサの呟きにキテレツ達は呆気にとられます。

タバサが手にしていたのは、キテレツ達がこのアルビオン大陸へやってくる際に乗ってきた仙鏡水の雲で作った船でした。

 

「使えるって、どういうこと?」

「その船じゃ大きすぎてむしろ目立っちゃうよ」

「何か考えがあるのね? タバサちゃん」

 

トンガリは苦言を漏らしますが、アルビオンでの冒険中でもタバサに助けられてきたキテレツ達は期待の眼差しを向けていました。

 

「陽動。囮を使って敵を引き付ける」

「ほう。陽動か……」

「囮だって? どうするってんだよ」

「大きい船ならとても目立つ」

「……ああ。なるほど、そういうことね」

 

口数の少ないタバサは断片的にしか呟きませんが、親友のキュルケは彼女の考えを理解していました。

タバサの作戦はこうです。この雲の船を元の大きさに戻し、敵の哨戒網の中を無人のまま突き切らせることでガーゴイルや軍艦達の注意を引きつけ、その隙に自分達が手薄になった別ルートからトリステインまで一気に降下しようというわけです。

 

「うむ。それはいけるかもしれんな」

「考えたわね、タバサちゃん」

「その手があったか。それならいけるかもしれないね」

 

ウェールズもタバサの作戦に賛成し、五月とキテレツも彼女の考えを褒め称えました。

 

「でも、陽動をするんならできるだけ長く引き付けておかないと」

「何か良いマジックアイテムはないの?」

「誰かが船に乗って、見つかったらすぐに天狗の抜け穴で戻ればいい」

 

キュルケとルイズが意見を述べますが、すぐ様タバサが返します。

タバサはキテレツの発明品の有用性が分かっているので、すぐにそれらを利用した作戦を思いついてしまう発想の良さに一行は驚嘆しました。

 



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大空中戦? エスケープ・フロム・アルビオン・後編

アルビオン大陸南部、スカボロー港近辺の空域にもまた、十隻のレコン・キスタの軍艦が哨戒を行っています。

数日前に港町でお尋ね者だったトリステインのスパイを取り逃がしてから港町はさらに警備が強化され、つい昨日に首都ロンディニウムに侵入したスパイ達を逃がさないために完全に封鎖していたのです。

トリステインからやってくる輸送船はひとまず港には入ることができますが、出港の際には念入りに積荷や船全体を調べられ、スパイが潜んでいないかをチェックされているほどでした。

輸送船に紛れて脱出するのは不可能でしょうが、それでも別の手段で空を飛んで逃げ出すことを考えて、軍艦は厳戒態勢を続けていました。

少しでも怪しい物が見つかれば、すぐにでも哨戒している軍艦がスパイ達を捕まえるために駆けつけます。

 

「艦長! ホバート号より通達! 敵スパイのものと思わしき不審船を発見! これより砲撃を開始するそうです!」

 

トリステインへと続く空域を哨戒していたある軍艦の甲板で、伝令船員が艦長へと駆け寄っていました。

この船の艦長の名は、サー・ヘンリー・ボーウッド。レコン・キスタの革命戦では王党派の軍艦を二隻撃沈したという戦功がある軍人です。

近々、レコン・キスタの空軍艦隊の旗艦であるロイヤル・ソヴリン号の艦長となることも決まっていました。

 

「本当にスパイの船かね? 他国の輸送船を誤って撃沈したとなれば問題になる。その船の旗は確認したのか?」

「はっ! 旗は揚げていないとのことです! しかもその船には逃亡中のウェールズ・テューダーが確認されたという報告もあります!」

 

冷静に問いかけるボーウッドですが、きびきびとした態度で答える伝令の言葉にぴくりと眉を顰めました。

 

「ウェールズ殿下だと?」

 

昨日行われたニューカッスルに篭城していた王党派の殲滅作戦にはボーウッドの艦も参戦していました。

しかし、情報によればウェールズだけはニューカッスルから脱出し、トリステインのスパイと共に今も逃亡を続けているというのです。

王党派の最後の生き残りであるウェールズだけは何としてでも抹殺すべし、という命令がレコン・キスタの全軍に伝わっており、彼らを逃がさないためにも今まで厳重な警戒を続けてきたのでした。

 

「……分かった。我らもすぐにホバート号に合流する」

「イエッサー!」

 

ボーウッドの軍艦が進路を変え、目的地に向けて進んでいきます。近辺を哨戒していた他の艦も同様に続いてきました。

スカボロー港から数キロほど東に離れた空域までやってくると、大砲の音が鳴り響いているのが聞こえてきました。

見ればアルビオン艦隊の一隻である旧型の軍艦、ホバート号が砲撃を行っているのが見えます。

 

「あれがその船かね?」

 

舷側へとやってきたボーウッドはホバート号の砲撃先に無数の黒く小さな影が群がる、小さな白い船が遊弋しているのを見つけました。

アルビオン大陸の厚い雲、そして霧の中に溶け込んでしまうような不思議な姿をした船です。

 

「トリステインのスパイ達がスカボロー港へ密航しようとした際に乗り込んでいたものと全く同じだそうです。やはりあれに彼らが……」

 

伝令から手渡された遠眼鏡でボーウッドはその白い船を覗きんでみました。

 

「ずいぶんと小さな船だな……」

 

大きさで言えばボーウッド達が今乗っている軍艦の半分もありません。大型のボートと言っても良いくらいです。

船の周囲には哨戒のために放されていたガーゴイルのカラス達が群がっているのが分かりました。

 

「はっ。的が小さいので大砲の弾もかなり当て辛いようです。おまけに搭乗しているメイジが風の障壁で防御までしております」

 

白い船の甲板には二人の人影があり、共に杖を掲げていました。

伝令の言う通り、風の魔法による障壁を作り出しており、ホバート号からの砲撃を防いでいるようです。

船自体が小さく当て辛い上、当たっても風の魔法で弾かれてしまうのではかなり厄介でしょう。

 

「ウェールズ殿下……」

 

ボーウッドは搭乗している二人のメイジの姿をはっきりと確認し、ため息をつきました。

一人は青い髪の少女ですが、もう一人の金髪の男には見覚えがあったのです。

それはかつてボーウッドが仕えていたアルビオンの王族の一人であり、上官でもあったウェールズ・テューダーその人でした。

 

(生きておられたか……殿下)

 

かつての主の姿を目にしてボーウッドはホッと安心していました。

レコン・キスタに属してはいますが実の所、ボーウッドは本心では王党派に忠誠を抱いていました。しかし、今の上官の艦隊司令官がレコン・キスタ側についたので仕方がなく、自分も共にする破目になったのでした。

軍人は政治家に従うべきであるという考えを持つ彼は心ならずも、忠誠を誓ったかつての主達と敵対することになってしまったのです。

昨日のニューカッスル殲滅作戦の際には王軍にとどめを刺したことに対する嫌悪や罪悪感を覚えるほどでした。

そんな複雑な心境の中でウェールズが生き残っているという話を聞いた時には嬉しさを感じていました。

 

「彼らはゲルマニアへと逃げるつもりでしょうか?」

「このまま行けばそうなるが……」

 

白い船の進路は一番近いトリステインではなく、ゲルマニアの方角となっていました。

今はスヴェルの時期でアルビオン大陸はトリステインのラ・ロシェールに最接近しており、一直線にそこへ飛んでいけば簡単に逃げられるはずです。

ラ・ロシェールに近づき過ぎるとトリステインに対する領空侵犯となるため、アルビオン艦隊も無闇に近づくことはできません。

彼らがわざわざ遠くのゲルマニアへと向かっているのは不自然に感じられました。

 

(殿下達は何をしておられるのだ? それに他のスパイとやらの姿は見えぬな……)

 

遠眼鏡を覗くボーウッドはウェールズが赤い紐のような物を取り出して輪を作っている様子が見えています。

ウェールズの他にもトリステインからのスパイが十人近く存在するということを聞かされていましたが、あの二人以外には誰もいないことで不自然に感じられていました。

 

(消えた……!?)

 

ウェールズは赤い紐の輪の中へ飛び込むと、そのまま消えてしまいました。青髪のメイジもしばらく間を置いてから後に続き、その中へと飛び込んで同様に消えてしまいます。

 

(そうか……あれはワルド子爵が持っていたというマジックアイテム……なるほど……陽動ということか……)

 

ボーウッドは先日の王党派殲滅作戦の後、密命をこなしていたワルドが回収していたマジックアイテムの効果を目にしていました。

それは瞬間移動ができるという赤い輪で、ワルドはそれを使ってロンディニウムまで移動したのです。

ウェールズ達はそれと同じ物を使ってどこかへ移動したのだと、ボーウッドはすぐ理解しました。そして、彼らが何をしようとしていたのかもです。

 

「艦長。いかがなさいますか? 我々も砲撃を?」

 

既にウェールズ達はどこか別の場所へと移動していることでしょう。砲撃をした所で意味はありません。

恐らくあの白い船でトリステインまでのルートを哨戒している艦隊を引き付け、その隙に別動隊と合流して手薄になった警戒網を突破して逃げようというわけです。

本来ならボーウッドも囮であるあの船を捨て置いてウェールズ達の逃走ルートへと進路を変更すべきですが……。

 

「そうだな、砲撃を開始せよ。ただし、ほどほどにだぞ。可能な限り、スパイを生きて捕縛することが上からの命令でもある。各艦にもそう伝えよ」

「イエッサー!」

 

ボーウッドは忌むべきレコン・キスタに対してささやかではありますが抵抗することに決めました。

アルビオン王軍の最後の生き残りであるウェールズ・テューダーに何としてでも生き残ってもらいたいと願っていたのです。

このままトリステインへ亡命させるためにも、彼らの仕組んだ陽動と時間稼ぎにできるだけ長く付き合う必要がありました。

故に彼らの作戦にあえて嵌められることにしたのです。

 

「殿下……ご武運を……!」

 

大砲の音が轟き続ける中、ボーウッドはトリステインへ続く空に向かって最上級のアルビオン式の敬礼を行います。

的の小さな雲の船はそれから十数分後には集中砲火によって跡形もなく砕け散っていました。

 

 

 

 

アルビオン大陸の下に広がる分厚い雲の中から二つの小さな影がゆっくりと降下してきます。

キテレツ達六人が乗るキント雲とルイズ達にウェールズの四人が乗るシルフィードは雲を抜けて空へと飛び出ていました。

 

「あんなにカラスがいたのに、一匹も飛んでないぜ! へへっ、ざまあみやがれ!」

「みんなあっちに行っちゃったんだね」

 

歓声を上げるブタゴリラにキテレツは頷きます。

十数分前まで大陸の雲の下をあれだけ哨戒していたガーゴイルの群れは一匹も飛んでいません。

 

「タバサちゃんの作戦は大成功ナリね」

「本当にご苦労様。タバサ」

 

キュルケはタバサの頭を優しく撫でます。

 

「ウェールズ皇太子様自ら陽動を引き受けていただくなんて……」

「礼には及ばないよ。君達を無事にトリステインへ帰すためならね」

 

ルイズに恭しく頭を下げられるウェールズは苦笑します。

大陸の下に続く秘密の港の入り口の大穴まで降りていったキテレツ達はタバサの作戦通りに雲の船を用意しました。

囮役として買って出たのは発案者のタバサとウェールズだったのです。

アルビオン王党派の重要人物であり、追われる身であるウェールズが船に乗っていると知ればレコン・キスタの艦隊の注意をより強く引き付けられます。できるだけ長く陽動を続けるためにもウェールズは自らが囮になることにしたのでした。

天狗の抜け穴を持参し、いつでもこちらへ戻れるようにすれば準備は完了です。キテレツ達はタバサに身に着けさせた壁耳目からの映像をモニターで確認し、陽動作戦の様子を見届けていたのです。

二人を乗せた雲の船はキテレツ達の逃走ルートから遠ざける方角へと飛んでいき、雲を抜けるとすぐに哨戒のカラスに見つかって軍艦も集まってきました。

そしてつい先ほど、頃合を見計らった二人は天狗の抜け穴でこちらに戻ってきたのでした。

 

「ああ! やっと平和な地上へ帰ることができるよ!」

 

安全な地上へ帰れるということでトンガリは安堵と喜びを露にしていました。

この数日間、ずっとアルビオンで緊迫した日々ばかりを過ごしていた一行にとっては平和なトリステインへ帰れると思うと安心します。

 

「あそこに見えるのがあたし達を追っていた船かしら?」

「そうみたいね」

 

みよ子と五月は遥か彼方の上空に無数の船が浮かんでいるのに気づきます。

この一帯の空域を哨戒していたはずだったレコン・キスタの艦隊は陽動によって遠く離れた空まで引き付けられているのです。

哨戒網がこれだけ手薄になっていれば一気にトリステインまで逃げ切ることができるでしょう。来る時と違って滑空するだけで良い上、今はスヴェルの時期なのでトリステインは目と鼻の先なのです。

 

「あまりぐずぐずしてもいられないから急ごうか」

「そうだな。陽動に気付かれればすぐにでもこちらへやってくる。あれだけの軍艦に襲われればひとたまりもない」

 

キテレツの言葉にウェールズも頷きます。

レコン・キスタの艦隊は囮の雲の船に砲撃を続けていました。大砲が一発でも直撃すればあの船は一撃で粉々に砕けてしまいます。

そうなれば艦隊は陽動に気が付いてキテレツ達の方へやってくるでしょう。そうなる前に逃げ切らなければなりません。

 

「早く! 早くこんな物騒な所から逃げるんだよ、キテレツ!」

「トンガリ君、落ち着いて」

「せっかちナリ」

 

喚き立てるトンガリを五月が宥めます。コロ助も呆れた様子でした。

 

「なあに、いざって時はこいつであの船も吹っ飛ばしてやるさ!」

 

ブタゴリラは天狗の羽うちわを取り出して意気揚々と張り切ります。

 

「でも、艦隊を全部いっぺんに吹き飛ばせるか分からないし……見つからないに越したことはないでしょ?」

「そうよ。もしウェールズ様の身に何かあったら……姫様に合わせる顔がないわ……」

 

そんなブタゴリラにキュルケとルイズが苦言を漏らします。

 

「……っ! 止まって」

 

空を滑空し続けていると突然、タバサが声を上げてシルフィードを停止させました。

キテレツは少し遅れてキント雲を止め、その場でシルフィードと一緒に静止します。

 

「どうしたの、タバサ? いきなり止めたりして……」

「何かあるの?」

 

キュルケとみよ子が尋ねますが、タバサはじっと前を見つめたまま答えません。

停止したキテレツ達の前には濃い霧のような雲が広がっていました。

 

「来る」

「え?」

「来るって、何が……」

 

タバサが杖を構えだしたのを見てキテレツとルイズ達は戸惑います。

 

「あれは……!」

 

ウェールズは何かに気が付いたようで自分の杖を抜き出していました。

 

「ちょっと……何よあれ!?」

「何かが雲の中にいるんだ!」

「一体何なの?」

 

キテレツ達が気が付いた時には、目の前の雲の中から何か大きな影がゆっくりとこちらへ近づいてきています。

その周りにも小さな影がいくつか微かに見えるのが分かります。

 

「ま、まさか……」

「何だってんだよ? ……このっ!」

「ちょっと、熊田君!」

 

トンガリが不安に襲われる中、イラついたブタゴリラが羽うちわで一扇ぎをし、突風を発生させます。

羽うちわが生み出した強風は霧の雲をいとも簡単に掻き消し、はっきりしなかった影が景色と共に露わとなりました。

 

「あん?」

「う、嘘……!」

「そんな……!」

「あわわわわ……」

 

ブタゴリラが呆然とする中、キテレツ達やルイズは目の前に現れたものを目にして愕然とします。

 

「どうしてここに軍艦が!?」

「嘘お!? みんなあっちに行ったんじゃなかったの!?」

 

ルイズとトンガリは大声を上げて驚きました。

そこには今も陽動を続けている雲の船の数倍以上、百メートル近い大きさを誇る船が、キント雲とシルフィードの前に立ち塞がっていたのです。

それは間違いなく、レコン・キスタの軍艦の一つでした。

 

「ドラゴンもいっぱいナリよ!」

 

おまけに軍艦の周りにはシルフィードより一回り大きい火竜達が羽ばたいており、騎士達が跨っていました。

その数は十騎。アルビオン王国が誇る精鋭の竜騎士団です。

しかも甲板にはまだ十人もの竜騎士達が待機しており、各々が乗る風竜達の手綱を手にしていました。

 

「待ち伏せか……!」

 

ウェールズも顔を顰めてしまいました。

いきなりのレコン・キスタの軍艦の登場にキテレツ達は唖然とします。陽動によって艦隊を全部引き付けていたと思ったのに、まだ一隻だけ哨戒を行っていた船が残っていたのは予想外でした。

 

「トリステインのスパイども、聞こえるか!?」

 

船首に出てきた一人の男がメガホンを使って叫びかけてきます。

 

「ワルド!」

 

声を上げるルイズの言う通り、それは裏切り者のワルド子爵でした。

 

「我らの目を欺いてここまで逃げ延びるとは敵ながら見事だ! 誉めてやる! だが、お前達をトリステインへ行かせるわけにはいかない!」

 

先日、ウェールズ抹殺の任務を失敗したワルドは何としてでも汚名を返上するためにキテレツ達を捕まえようと躍起になりました。

ワルド達も軍艦に乗って哨戒を行っていましたが、アルビオン大陸とトリステインの中間の空域で隠れ潜んでいたのです。

トリステインへの逃走ルートが一つしか無い以上、ここで待ち伏せをしていればキテレツ達を必ず発見ができるため、要撃を狙っていたのでした。

キテレツ達の陽動で他の艦隊が囮に引き付けられたとしても、ワルド達は決してここを動かなかったのです。

 

「観念して降伏しろ! もはや逃げられん! あの艦隊がこちらへ来るのも時間の問題だ!」

 

自分の軍杖でワルドは未だ陽動が続いている艦隊がいる空を指します。

 

「どうするのキテレツ君……!」

「ここまで来て見つかるなんて……」

「もうおしまいだー!」

 

五月とみよ子が焦る中、トンガリも頭を抱えて絶望しました。

 

「うっせえ! そっちこそ、そこをどきやがれ! さもないとまとめて吹っ飛ばすぜ!」

 

しかし、ブタゴリラは威勢を失わずに立ち上がり、羽うちわを振りかざします。

 

「ブタゴリラ!」

「熊田君!」

「カオル!」

「どおりゃあっ!」

 

キテレツ達が目を丸くする中、ブタゴリラは力いっぱいに羽うちわを扇いで強烈な突風を軍艦目掛けて叩きつけます。

 

「……ウインド・ブレイク!」

 

即座に杖を突き出してきたワルドも風の魔法で羽うちわに匹敵するほどの鋭い突風を放ちました。

 

「うわあああっ!」

 

二つの突風がぶつかり合い、嵐のような風が辺りを吹き荒れます。キテレツ達や甲板の騎士達は思わず怯んでしまいました。

 

「あ、ありゃ?」

 

羽うちわの突風はワルドの魔法で相殺されてしまい、ブタゴリラは唖然とします。

 

「無駄だ。お前のマジックアイテムの力は既に知り尽くしている! 何度やっても同じだ!」

 

ワルドは小馬鹿にしたように叫びます。

 

「無理よ、カオル。ワルドは風のスクウェアよ。風の扱いにかけては一流だわ」

「それに上には竜騎士達がいるのよ。まとめて吹き飛ばすのはちょっと難しいわよ」

「くそっ!」

 

ルイズとキュルケの言葉にブタゴリラは舌を打ちました。

 

「ボウヤ達! 素直に大人しくした方が良いよ!」

 

ワルドの隣にフードを被った一人の女メイジが歩み寄ってくると、キテレツ達に向けて叫んでいました。

 

「あの人は……」

「えーっと、あのお姉さんは確か……」

 

見覚えのある女メイジにキテレツ達は記憶を巡らせていきます。

 

「フーケ!?」

「そうよ、フーケっていう人だわ」

「あの泥棒のお姉さんナリか?」

「あんた誰だっけ!?」

 

キテレツ達やルイズ達は憶えていましたが、ブタゴリラは完全に忘れてしまっていました。

 

「私を忘れるなんて、いい度胸をしてるじゃないの? ブタゴリラ君! 散々、世話になったでしょうが!」

 

現れた女メイジ、フーケは引き攣りつつも苦笑を浮かべていました。

 

「土くれのフーケよ。忘れたの? ブタゴリラ君」

「ああ、そう! そのフケだよ!」

「フーケだよ! ああもう、あんたの天然ボケには参ったものね!」

 

みよ子が教えますが、言い間違えをしたブタゴリラにまたもフーケが怒鳴ります。

隣のワルドは思わず失笑しており、周りの竜騎兵達も呆れていました。

 

「でも、何でここにフーケが……」

「チェルノボーグに入れられたって聞いたけど……」

「ワルドさんが言っていたわ。わたし達のことをフーケから色々聞いていたって……」

 

ルイズとキュルケの疑問に五月が答えます。

 

「ワルド! あなたがフーケを脱獄させたのね!?」

「そうさ。我がレコン・キスタは優秀なメイジが一人でも欲しいからな。彼女は喜んで同志となってくれた!」

 

ワルドはルイズの問いに誇らしそうにしますが、当のフーケは顔を顰めてため息をついています。

実の所、フーケは脱獄の際にレコン・キスタにつくか口封じに殺されるかのどちらかを迫られていたので、強制されたというのが正しいです。

あまり乗り気な気分でないのもそれが理由でした。

 

「さあ! 大人しく降伏しろ! そうすれば命だけは助けてやろう。ただし、ウェールズだけは死んでもらうがな!」

「ふざけるんじゃないわ! 誰が裏切り者のあんたなんかに従うもんですか! あたし達は絶対にトリステインへ帰って、姫様とウェールズ皇太子様をお会いさせるのよ!」

 

ルイズは杖を突きつけて啖呵を切ります。

 

「ルイズ! これが最後のチャンスだ! 僕と一緒に来たまえ! 君の力がレコン・キスタには必要なんだ!」

「お断りよ! さっさとそこを退いてあたし達に道を開けなさい!」

 

二人は互いに相手の言葉に耳を貸さずに言い争っていました。

 

「ルイズちゃんを散々騙しておいて、何を言ってるのよ! あなた、本当に最低な人だわ! ルイズちゃんがどれだけ傷ついているのか知っているの!?」

 

五月までもが怒り心頭でワルドに向かって叫びます。 

先日、一行が再会した時にワルドの話をしていた時のルイズは切なそうな顔を浮かべていたのを五月はもちろん、キテレツ達も見ていたのです。

婚約者だった人が裏切り者だったことにショックを感じていたのが一行には分かっていたのは言うまでもありません。

 

「サツキ……」

「使い魔になり損ないの平民ごときが粋がるか? 滑稽だな! ……もういい! 愚かなルイズとウェールズもろとも、海の藻屑になるがいい! やれ!」

 

嘲笑したワルドが命じると、空中を飛ぶ竜騎士達が一斉に襲ってきました。

甲板の騎士達も次々に自分の竜に乗り込み、浮上しだします。

 

「避けて!」

「みんな掴まって!」

 

タバサが叫ぶとキテレツは声を上げてキント雲を動かします。

火竜達が次々に激しい炎のブレスを吐きかけてきて、シルフィードとキント雲は左右に分かれてかわしていました。

 

「きゃああああっ!」

「うわわわわっ!」

 

激しく揺れるキント雲の上で悲鳴が上がります。

二十騎の竜騎兵達は尚も二手に分かれたキテレツ達に向かって攻撃を仕掛けてきました。

 

「あんたは出ないのかい?」

 

フーケはワルドを横目で見ながら言います。

まだ甲板には風竜が五匹残っていますが、ワルドはそれに乗って戦闘に加わる様子がありません。

この軍艦は大量の竜騎士達を積載するための運搬船なので大砲が積まれていません。

 

「何、まずはお手並拝見だ」

 

竜騎士達に追い回されているキテレツ達を楽しそうに眺めながらワルドは不敵に笑います。

 

 

 

 

「きゃああっ!」

「ミス・ヴァリエール! しっかり!」

 

激しく飛び回るシルフィードの上でしがみつくルイズをウェールズが庇います。

二手に分かれたシルフィードとキント雲には火竜と風竜、それぞれ十騎ずつの竜騎士達が襲い掛かり、空中を追い回していました。

 

「ウェールズ殿下! お覚悟を!」

 

竜騎士達はかつては自分達の主であったウェールズに対して一応は礼儀を払って攻撃をしてきます。

竜のブレスや魔法が次々と放たれる中、シルフィードは必死にそれらをかわしていきました。

 

「これが話に聞いていたハルケギニア最強と謳われたアルビオンの竜騎士! さすがに激しいですわね!」

「……我ながら敵に回すと恐ろしいものだ!」

 

キュルケとウェールズはそれぞれ魔法を放って応戦をしますが、火竜騎士達は散開してかわしてしまいます。

追従しながら攻撃してきたと思えば数方から取り囲み、一斉に時間差攻撃を仕掛けてきます。

 

「きゅいーっ! きゅい、きゅいーっ!」

 

シルフィードは必死になって竜騎士達の攻撃をかわし続けていました。

 

「わわわわわっ! 落ちるナリよーっ!」

「コロちゃん、しっかり!」

 

同じようにキント雲に乗るキテレツ達も竜騎士達に追い回されていました。

みよ子はコロ助を抱きかかえて振り落とされないように必死です。

 

「このっ! ちょこまか飛び回りやがって!」

 

ブタゴリラは竜騎士達を吹き飛ばそうと羽うちわを振り回していました。

しかし、火竜よりも速さに優れる風竜はいとも簡単に突風をかわしてしまいます。

おまけに羽うちわの効果を知ってか、距離をある程度離したままでいるので効果自体が薄いのです。

 

「熊田君! どいて!」

 

五月が電磁刀を手にしてブタゴリラを下がらせます。

高速で飛び回り翻弄してくる風竜の騎士達は魔法を放ってきますが、五月は電磁刀を正面にかざして盾にし、明後日の方向へと跳ね返していました。

 

「ルイズちゃん達も追い回されてるわ! 早くなんとかしないと……!」

「うわあああっ! ママ~っ!」

 

みよ子がシルフィードの方を見て焦る中、トンガリは蹲り頭を抱えて泣き叫びます。

 

「キテレツ! 何か良い道具はないナリか!?」

「まずはこの速いドラゴンを何とかしないと……! あっちへ助けにも行けないよ!」

 

キント雲の速度を上回る風竜の追撃からの連続攻撃はあまりにも激しく、このままではかわしきれずにやられてしまいます。

今は五月が電磁刀で攻撃を防いでくれていますが、数時間前に朝起きて出発する前にできるだけ充電をしたとはいえ、半分ほどしかバッテリーは回復していないのです。

バッテリーが切れればあっという間にキテレツ達はやられてしまうでしょう。

 

「トンガリ! 操縦を代わって!」

「ええ!? 何で僕が!?」

 

キテレツは操縦レバーから手を離すとケースを開けて中を探り出します。顔を上げたトンガリは突然の交代に困惑しました。

操縦者がいなくなったことでキント雲はその動きが徐々に遅くなっていきます。

 

「早く! 囲まれちゃうわ!」

「うわわわっ! 落ちるのは嫌だ~っ!」

 

みよ子に急かされてトンガリは慌てて操縦レバーにしがみつき、キント雲の飛行を再開しました。

 

「……よし!」

 

キテレツはケースから取り出し、如意光で大きくしたゴーグルを装着します。

 

「ブタゴリラ! 五月ちゃんの後ろから来るよ!」

「よっしゃ! 任せろ!」

 

キテレツは竜騎士の一人が五月の防御の死角に回り込もうとする前にその動きを先読みしていました。

ブタゴリラは羽うちわを力いっぱいに扇いで突風を起こし、竜騎士はそれに反応して避けます。

 

「今度は右から二人! 上からも来るよ! 下からも上がってくる! トンガリ、左に避けて!」

「わわわわあっ!」

 

キテレツは目まぐるしく周囲を見回しては竜騎士達の動きを完全に予測しては五月たちに指示を送ります。

現在、キテレツの視界ではそれまで高速で動いていた竜騎士達がとてもスローな状態になって見えていました。

キテレツが装備したゴーグルは鈍時鏡と呼ばれる道具で、目に見える物をスローで見たり、逆に速く見ることができるのです。

調整すれば銃弾さえも先読みして回避もできるこの道具のおかげで、風竜達の動きはまるで牛のようにノロノロとしていました。

 

「あたしも……!」

 

キテレツが先読みをし、五月が防御を担当、ブタゴリラが敵を退けているのにいても立ってもいられなくなったみよ子はキテレツのリュックの中から即時剥製光を取り出しました。

しかし、相手が速すぎるのでそのままでは撃ってもかわされてしまいます。

 

「左に回り込んだ! 右上からも来るよ! あっ! 真上にも!」

 

忙しなく指示を続けるキテレツの言葉通り、キント雲の頭上から竜騎士が今にも攻撃を仕掛けてこようとしていました。

 

「えいっ!」

 

そこへすかさずみよ子が両手で構えた剥製光から光線を頭上に向けて発射します。放たれた光線は見事に風竜に命中しました。

 

「な、何!? ……うわあああっ!」

 

剥製光で剥製になった風竜の動きが硬直し、当然飛ぶ力を失った竜はそのまま墜落してしまいます。

 

「トンガリ、横に避けて!」

「わああああ~っ!」

 

慌ててトンガリはキント雲の軌道を横にずらし、落ちてきた竜騎士を避けます。そのまま竜騎士は真下に広がる海へと真っ逆さまに落下していきました。

 

「うわああああっ! 落ちちゃうナリよ~!」

 

コロ助は振り落とされまいとみよ子の足にしがみついていました。

 

「今度は左右の頭上両方から! 五月ちゃん、魔法が来るよ! ブタゴリラ! ドラゴンが火を吐こうとしてる!」

「おっしゃ! 食らえっ!」

 

今度は風竜がブレスを吐きかけようとした所でブタゴリラが羽うちわを振るいました。

 

「おおおっ!? うわああああっ!」

 

まともに突風を食らって吹き飛ばされ、バランスを崩した風竜から竜騎士が振り落とされ、落下していきます。

 

「ええいっ!」

 

竜騎士が放ってきたジャベリンの魔法を五月は電磁刀で打ち返しました。

氷の槍はそのまま撃ってきた竜騎士へと跳ね返り、風竜の翼を貫きます。風竜は悲鳴を上げながら竜騎士もろとも落ちていきました。

 

「あの子達、やるじゃないの……!」

 

キテレツ達が奮戦する光景を同じように応戦するキュルケ達もちらちらと見届けていました。

タバサが火竜騎士達の攻撃を必死にかわすシルフィードを操りながら、隙を見つけては氷と風の魔法を放って迎撃していきます。

キュルケも炎の魔法で援護に加わり、ウェールズは風の障壁を張って竜騎士達の攻撃を防いでいました。

 

「ロバ・アル・カリイエのマジックアイテムとは本当にどれもすごい代物ばかりだな……全部、あのキテレツ君が作った物なのかい?」

「は、はい……! キテレツはその……東方の発明家でして……!」

 

感心するウェールズにルイズはシルフィードにしがみつきながら答えます。

まさかキテレツ達が異世界からやってきたなどと言えるわけがないのです。

 

「あたし達も負けられないわ! 早くこいつらを片付けてキテレツ達と一緒にここを離れましょう!」

 

キテレツ達もキュルケ達もお互いに攻撃と防御を両立させて竜騎士団を相手に奮戦し続けていました。

数的には一対多数で不利であるにも関わらず、一行の抜群なコンビネーションは竜騎士達の攻撃をいなし、反撃を行い、逆に相手を苦戦させています。

 

「ルイズちゃん! 大丈夫!?」

「すぐにそっちへ行くからね!」

 

竜騎士の魔法を防いでいたサツキとキテレツが心配して呼びかけます。

みよ子がキテレツの後ろからその竜騎士の竜に剥製光を発射し、またも倒すことに成功しました。

 

「サツキ達こそ、無茶をしちゃ駄目なんだからね! きゃああっ!」

 

火竜達がブレスを一斉に吐きかけてくるのをシルフィードは体を大きく捻ってかわして旋回するので、ルイズは思わず悲鳴をあげてしまいました。

 

「ウィンディ・アイシクル!」

 

ブレスが吐き終えたのを見計らってタバサは頭上の竜騎士達に氷の矢を次々に放ち、何匹かの竜達の翼を射抜きます。

 

 

 

 

「ふんっ……! アルビオンの竜騎士団も呆気ないものだな」

 

キテレツ達に翻弄される竜騎士達を眺めていたワルドは鼻を鳴らしていました。

二十騎もいたはずの竜騎士団はわずか十分ほどで七騎にまで減らされています。

竜騎士達にはキテレツ達のマジックアイテムが脅威であることを事前に知らせており、近づきすぎないように言ってあったのですが、それでもこのザマです。

 

「ずいぶんな言葉だけど、あんたは行かないのかい? 何のために風竜をあんなに連れてきたっていうのさ? 結局はあんたも口だけかい?」

 

フーケは刺々しい口調でワルドを笑います。

 

「分かっている。俺が直接手柄を立てなければ、クロムウェル閣下の信頼を失うだろうからな」

 

クロムウェルは作戦に失敗したワルドを寛大にも許してはくれましたが、実際はどう思われているのか分かりません。

何としてでも手柄を立てて信頼を勝ち取らなければならないのです。

 

「竜騎士達はあんたの捨て石かい……」

 

ため息をつくフーケですが、ワルドは答えずに後ろを振り返ると風竜達に歩み寄っていきました。

 

「ユビキタス・デル・ウィンデ……」

 

呪文を唱えるワルドの周りにぼんやりと四つの人影が突然現れだします。

姿がはっきりしてきたそれらの影は、ワルドと全く同じ姿をしていました。

 

 

 

 

「大丈夫!? みんな!」

「怪我はないナリか?」

 

竜騎士達の数を減らしたのでキント雲とシルフィードはようやく合流することができました。

 

「君達こそ大丈夫かい!」

 

心配するキテレツとコロ助に対して逆にウェールズが聞き返してきました。

 

「五月ちゃん達のおかげで平気ナリよ」

「サツキ! あんたは何ともないでしょうね?」

「うん、大丈夫よ」

 

電磁刀を片手に五月はルイズに笑顔で答えました。

 

「あいつら、ビビってやがんのか? こっちに来ないぜ?」

ブタゴリラの言う通り、残った竜騎士達はキテレツ達から距離をとったまま取り囲んでいますが、警戒して仕掛けてこようとはしていません。

 

「ねえ、今だったらもう一気に逃げられるんじゃない? 僕、もうずっと追い回されるの嫌だよ!」

 

キント雲を操縦し続けていたトンガリは神経が磨り減ってしまい、へなへなと膝を折って崩れてしまいます。

 

「まだあの船にはワルド子爵がいるはずよ。それに竜騎士達だってまだ残ってるわ」

 

キュルケは進路を塞ぎ続ける軍艦と周りで浮かんでいる竜騎士達を見て言います。

 

「へんっ! あんな奴一人で何ができるんだよ。他の奴らだってビビっちまってるんだから、さっさと行っちまおうぜ」

「うん。みんなで一塊になって突っ込めば逃げ切れるよ」

 

船を睨んで笑うブタゴリラの言葉にキテレツも賛成します。

 

「五月ちゃん、電磁刀のバッテリーはどう?」

「大丈夫。まだ残ってるわ」

 

残り三分の一程度ではありますが、バッテリーにはまだ余裕がありました。

 

「それじゃあ、タバサとウェールズ皇太子様の風の魔法で防御を強くしましょうか。皇太子殿下、よろしいですわね?」

「ああ。もちろん、全力でやらせてもらうよ」

 

キュルケの言葉にウェールズも頷きます。

たとえ敵が仕掛けてきても鉄壁の防御を築いて強行突破すれば逃げ切ることができるでしょう。

トリステインはもうすぐそこなのに、いつまでもこんな空で立ち往生しているわけにもいきません。

 

「よし、それじゃあ用意は……」

「悪いがそうはいかんな!」

 

突然、頭上から声が響いたかと思うと、大きな影が猛烈な勢いで急降下してきました。

 

「うわあああっ!」

「きゃあっ!」

 

慌てて避けたキント雲とシルフィードの間を突き抜けていった一匹の風竜はくるりと反転し、キテレツ達の後方へと浮上してきます。

 

「何だあ!? 今のは!」

「またあいつらが仕掛けてきたの?」

「ワルドよ!」

 

驚くブタゴリラとトンガリですが、ルイズは風竜に乗っているのがワルドであると確認しました。

 

「何をしている臆病者どもめ! やれ!」

 

ワルドが攻撃しないでいる竜騎士達に向かって叫ぶと、ようやく彼らは魔法や竜のブレスでキテレツ達を攻撃し始めていました。

 

「危ない!」

「こっち」

「え!? あ! わわわわわっ!」

 

タバサがトンガリに声をかけると、シルフィードを横へと移動させます。

トンガリも慌てて操縦レバーを握って後をついていきました。

間一髪で竜騎士達の攻撃をよけます。

 

「逃がさんと言っただろうが?」

 

不敵に笑うワルドがちらりと上を見上げると、空には四匹の風竜達が降下してくるのが見えました。

 

「また来るわ!」

 

またも急降下で突撃してきた風竜を一行はかわします。

 

「ライトニング・クラウド!」

 

すると時間差で頭上から二人の声が同時に響き、稲妻が降り注いできました。

 

「まずい! また上から!」

「ライトニング・クラウド!」

 

鈍時鏡で攻撃がゆっくり迫ってくるのを見ていたキテレツに反応して、ウェールズが杖から同じ稲妻を放って相殺しました。

 

「エア・カッター!」

「マジック・アロー!」

 

直後に左右から同じ声が同時に響き、魔法が飛んできました。

 

「エア・カッター」

「くっ!」

 

右から来た風の刃をタバサが迎撃し、左から飛んできた無数の魔法の矢を五月が電磁刀を盾にして防ぎます。

 

「これもかわしきるとはな」

「どこまでもしぶといガキ共だ」

 

攻撃をしてきた五匹の風竜は一行を取り囲むように集まってきます。

 

「な、何なのこれ?」

「ワルドさんがいっぱい?」

 

トンガリとみよ子だけでなく、キテレツもコロ助もブタゴリラも目の前の光景に困惑します。

その五匹の風竜達に乗っているのは全員、間違いなくワルドだったのです。

 

「ど、どうなってやがるんだ?」

「同じ人がいっぱいいるナリ~!」

「そういえばこの人、魔法で分身ができるのよ!」

 

ロンディニウムで分身体のワルドと戦ったことがあった五月はすぐに理解していました。

 

「風の偏在か……! これはただの分身ではない。一つ一つが独立した意思と力を持っている」

「ふうん。これが例のね……!」

 

呻くウェールズにキュルケも口端を歪めました。

 

「その通りだ。ウェールズ、いくら風の使い手のお前でもこれは使えまい?」

「風の魔法が最強と呼ばれる所以、たっぷりと教えてやる!」

 

五人のワルド達が風竜を操り、一斉に飛び掛ってきました。

キテレツ達は上空へと一気に浮上し振り切ろうとしますが、待ち構えていた竜騎士達が魔法を放ってきます。

 

「タバサちゃん! トンガリ! 右へ行って!」

「分かったよ!」

 

鈍時鏡で敵の動きを見切るキテレツの指示に従い、キント雲とシルフィードは攻撃をかわします。

 

「ウェールズ! まずは貴様の命をもらう!」

「東方のマジックアイテムも、クロムウェル閣下の指輪も、アンリエッタの手紙も全て頂くぞ!」

 

前後から同時に襲ってきたワルドは杖にブレイドの魔法をかけて斬りかかろうとしてきました。

 

「来ないでよ! ファイヤー・ボール!」

「んんっ!」

 

五月が後ろから突撃してきたワルドの魔法の刃を電磁刀で受け止め、弾き返しました。

ルイズは杖を振り下ろすと正面から迫ってきたワルドに炎の魔法……ではなく、いつもの失敗の爆発が叩き込まれます。

 

「すごい! 倒したわ!」

「ルイズちゃん、すごいナリ!」

 

キュルケとコロ助は驚くように歓声を上げます。

ルイズの爆発は騎乗していた分身のワルドを直撃し、爆風が晴れるとそこにはワルドの姿はありませんでした。

 

「え? き、効いたの? あ、あたしの魔法で……?」

 

ワルドを一体倒したことにルイズ自身は信じられないといった顔で呆然とします。

 

「まだ来るわ! えいっ!」

「ちょこまか逃げやがって! この野郎!」

 

みよ子とブタゴリラが高速で飛び回り翻弄してくるワルドに剥製光と羽うちわの突風を当てようとしますが、あっさりとかわされてしまいます。

 

「しつこい男は嫌いよ!」

 

キュルケとタバサもそれぞれ魔法で攻撃をしますが同様にかわされ、代わりに竜騎士達に当たって次々に墜落していきます。

 

「キテレツ! このままじゃやられちゃうナリよ! 何とかするナリ!」

 

ワルド達の攻撃も五月の電磁刀とウェールズの風の障壁で何とか防いでいますが、竜騎士達以上に激しいその攻撃にいつまで持ちこたえられるか分かりません。

 

「ブタゴリラ! その羽うちわを腕を振り回しながら思いきり扇ぐんだ!」

「何!? そんなことしてどうするっていうんだ?」

「その羽うちわは台風や竜巻だって起こすことができるんだ。それでみんなまとめて吹き飛ばすしかない!」

「そんなことをして大丈夫なの? キテレツ君!」

「あたし達まで吹き飛ばされちゃうんじゃないでしょうね!?」

 

みよ子とルイズが不安になって聞いてきます。

台風並に強力な風となると、船でさえまともに航行することもできません。

 

「みんな吹き飛ばされないようにしっかり掴まるんだ! 空中浮輪は持ってるよね? もしもの時はそれで飛ぶんだ!」

 

空中浮輪でも自由に飛べるか分かりませんが、これはイチかバチかの賭けでした。

 

「そろそろとどめを刺してやる! 覚悟しろ!」

「死ねい! ウェールズ!」

 

ワルド達は四方から一斉に襲いかかろうとしてきています。

 

「今はキテレツに賭けてみましょう! 私達はフライで飛べるから大丈夫! ルイズ、あなたはしっかり掴まってなさい! 落ちるんじゃないわよ!」

「分かってるわよ!」

 

キュルケの言葉にルイズは拗ねた顔をします。

フライはおろかレビテーションも成功させたことがないルイズは飛ぶことができないのです。

もしも吹き飛ばされれば真っ逆さまに墜落してしまうでしょう。

 

「その首もらったぞ!」

 

三人のワルド達は三方から同時に突撃してブレイドで斬りかかろうとします。

 

「エア・シールド!」

 

ウェールズが風の障壁を張り巡らしてワルド達の攻撃を阻もうとしますが……。

 

「あっ!」

「ルイズ!」

「ミス・ヴァリエール!」

 

四人目のワルドが擦れ違いざまに風竜をシルフィードにぶつけてきたため、ルイズが大きくバランスを崩してしまいます。

 

「きゃああああああっ!」

 

キュルケが手を伸ばして掴もうとするものの、ルイズはシルフィードの上から投げ出されてしまいました。

 

「ルイズちゃんが!」

「大変だ!」

「落ちちゃったわ!」

 

空の上に放り出されたルイズはそのまま落下していってしまいます。

 

「ルイズちゃん!」

 

五月は躊躇いもせずに落下していったルイズを追って自分もキント雲から飛び降りていきました。

 

「五月ちゃ~ん!

「よくもやりやがったな! もう許さねえ!」

 

トンガリが下を覗き込んで悲鳴をあげる中、憤慨したブタゴリラは羽うちわを振りかざし、腕をぐるぐると回転させていきます。

 

「うおりゃあああっ!」

 

振り回した腕を大きく薙ぎ払った途端、ドンッ、と大砲のような強烈な音が空域全体に轟きました。

今までとは比較にならないほどの強烈な嵐がキテレツ達の周りに吹き荒れたのです。

周りの雲さえも取り込んだその嵐はもはや巨大な竜巻と化し、空域のありとあらゆる物を飲み込んでいきます。

 

「ぐおあっ!?」

「うわあああっ!」

 

四体のワルド達はもちろん、傍観していた竜騎士達までもが避けることも逃げることさえできずに竜巻に飲み込まれてしまいます。

 

「ヤバいねこりゃ……!」

 

甲板でずっと戦闘を眺めていたフーケは慌ててマストへと全速力で駆けていきます。

マストにはワルドが持ってきた天狗の抜け穴が撃墜された時に備えて貼ってあり、フーケはその中へと飛び込みました。

直後、竜巻は軍艦をも容赦なく飲み込み、船体をバラバラに砕いて遥か彼方の空へと吹き飛ばしてしまいました。

 

「すごい……」

「これだけの風はスクウェアでも難しいな……」

 

キュルケとウェールズが呆然としています。

竜巻の中心であり発生源でもあったキテレツ達は巻き込まれることもなく、辛うじて吹き飛ばされることはありませんでした。

 

「みんな、大丈夫?」

「ええ、何とか……」

「助かったナリ……」

「ありゃま、あんなに吹っ飛んじまったな」

 

立ち塞がっていたはずの巨大な軍艦は影も形もなく、竜騎士達もワルドの姿もどこにもありませんでした。

 

「ルイズ達はどうしたの?」

「五月ちゃんは!? 五月ちゃんはどうしたのさ!?」

 

しかし、それでまだ安堵などできませんでした。

ルイズは空に投げ出され、五月はそれを追っていったのですから。

もしかしたら今の竜巻に巻き込まれてしまったかもしれません。

 

「五月ちゃ~ん!」

「ルイズちゃ~ん!」

「ルイズ~!」

 

キント雲とシルフィードは真下の海面に向かって降下していき、キテレツ達は大声で呼びかけます。

 

「まさか、海にそのまま落ちちゃったんじゃねえだろうな?」

「そんな縁起でもないこと言わないでよ!」

 

ブタゴリラの言葉をトンガリは否定して喚きます。

 

「……あ! あれを見て!」

 

高度三百メートルほどにまで降りてきた所でみよ子が何かを見つけて指を差しました。

 

「五月ちゃんだ! ルイズちゃんもいるよ!」

 

そこには海面スレスレの地点で五月がルイズの体を抱きかかえている姿がありました。

空中浮輪を頭に装備して空を飛んでいた五月は墜落していったルイズを追い、海面に叩きつけられる寸前でキャッチしたのです。

 

「五月ちゃ~ん!」

 

キテレツ達が呼びかけると五月は手を振って応えます。

 

「大丈夫!? 五月ちゃん!」

「五月ちゃん! ケガはない!?」

「ルイズ! 大丈夫なの!?」

 

キュルケが呼びかけるルイズは五月の腕の中で気を失っているようでした。

 

「わたし達は大丈夫よ、何ともないわ。みんなこそ大丈夫?」

「うん。こっちも何とかね」

「俺がまとめてあいつらを吹き飛ばしてやったぜ!」

「五月ちゃ~ん! 良かったよお~!」

 

トンガリは五月の無事に喜ぶあまり泣いてしまいます。

 

「う……あれ……サツキ……」

 

意識を取り戻していたルイズは目の前に五月の顔があることに呆然とします。

 

「もう大丈夫よ、ルイズちゃん」

 

目を覚ましたルイズに五月は微笑みかけます。

 

「……あたし、助かったの?」

「当たり前だろうが。でなきゃ俺達だってここにいないんだぜ?」

「五月ちゃんがルイズちゃんを助けてくれたのよ」

「サツキが……?」

 

意識をはっきりとさせるルイズは自分が五月に抱えられていることを理解しました。

 

「あんた……無茶するわね……空から落っこちたらただじゃすまないのに……」

「大丈夫。今はキテレツ君の道具のおかげで空を飛べるんだから」

 

ルイズは足元を見下ろして、五月の体が宙に浮いていることに気付きます。

五月の頭に浮かぶ天使の輪のような空中浮輪を見つめ、納得しました。

 

「……あ、ありがと……サツキ……」

 

他に大勢の人がいるのでルイズは恥ずかしそうに礼を言います。

裏切り者だった元婚約者のワルドはルイズが落ちてもまるで見向きもしてくれませんでした。

しかし、五月はキテレツの道具があるとはいえ、躊躇することなく自分を助けてくれたのです。

そのことがルイズにはとても嬉しくて、胸の奥が熱くなってしまいそうでした。

 

 



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覗き見禁止? 王子と王女の愛の再会

♪ お料理行進曲(間奏)



コロ助「ふーっ、やっとお空の上から帰って来られたナリね」

キテレツ「でもまだルイズちゃんには最後の仕事があるんだ。お姫様に会わないといけないんだよ」

コロ助「王子様とお姫様はあんなに抱き合って、とっても仲が良いナリ」

キテレツ「二人は恋人同士なんだからね。僕達は邪魔しない方がいいよ」

コロ助「ああ……でもお姫様と王子様、なにをやっているのか気になって仕方がないナリ……」

キテレツ「次回、覗き見禁止? 王子と王女の愛の再会」

コロ助「絶対見るナリよ♪」





レコン・キスタの追っ手を振り切ったキテレツ達はそのまま海を越え、トリステインの沿岸まで辿り着きました。

ここまで来ればもうレコン・キスタは追跡してくることはできません。

ようやくキテレツ達のアルビオンの冒険は終わり、平和なトリステインへと戻ってきたのでした。

しかし、アンリエッタ王女から密命を任されたルイズにはまだやるべきことが残っています。

 

「ルイズ~、いい加減にしなさいよ? アンリエッタ姫殿下の所へ行くんでしょ?」

 

百メートル上空を飛ぶシルフィードの上からキュルケが後ろを振り向いて声をかけます。

少し後ろではキント雲と、空中浮輪で空を飛ぶ五月が並んでいました。ルイズは五月と手を繋いだまま一緒に飛び続けているのです。

 

「ルイズちゃん、空を飛ぶのは楽しいナリか?」

「あんた達、こんな物を持っているなら早く言いなさいよね! 自力で空を飛べるのがこんなに気持ち良いなんて!」

「あんまり暴れると落ちちゃうわ。しっかり掴まって」

 

楽しそうにはしゃいでいるルイズに五月が微笑ましそうに注意しました。

ルイズは海で五月に助けられてからもシルフィードやキント雲の方へは移らずにずっと五月と一緒に空を飛び続けていたのです。どうやら空中浮輪での飛行が気に入ったみたいでした。

空中浮輪での飛行スピードはそれだけではキント雲とシルフィードには遠く及ばないので、最初は五月がシルフィードに掴まって一緒に飛び、スピードが出てきたら後は自力で飛んでいました。

それからは上手く気流にも乗ることでキテレツ達に遅れることなく五月とルイズは一緒に飛び続け、ルイズはそれを楽しんでいたのです。

 

「まったく……どこまでも子供ね……」

 

呆れるキュルケですが魔法が使えず空を飛べないルイズが五月と一緒とはいえ、自分で空を飛べるのが嬉しいという気持ちはよく分かります。

 

「良いじゃないですかキュルケさん。別に急ぎってわけじゃないんだし」

「もうここまで来れば安全なんだから、もう少しゆっくり飛んでいましょうよ」

「ワガハイも疲れたナリ」

 

キテレツもみよ子も五月達に合わせて飛び続けるのには文句はありません。

今まで息の詰まりそうなアルビオンにいたので、むしろ平和な飛行時間をじっくりと味わっていたい気分でした。

 

「私も急がないよ。トリスタニアはもうすぐそこだからね」

 

ウェールズもキテレツ達に同意します。

のどかな平地や丘の上を飛行していますが、このペースであれば昼ぐらいにはトリスタニアへ到着するでしょう。

 

「や~れやれ、あんなに空の上で暴れてきたのが嘘みたいだぜ」

「もうこりごりだよ。あんなのは」

 

ブタゴリラはミカンの皮を向きながら呟きます。トンガリも疲れた様子でした。

 

「お姫様の所へ行ったら、指輪を湖に持っていくのよね?」

「うん。水の精霊さんも待ちかねてるだろうからね」

 

キテレツ達の旅の目的はアンドバリの指輪を水の精霊に返してあげることなので、それが済めば本当のアルビオンでの旅は終わりです。

 

「姫様もきっとお喜びになられるわ。皇太子様とお会いになれるんだから……」

「うん。ルイズちゃんはお姫様のためにとってもがんばったんだものね」

 

五月と手を繋いで空を飛ぶルイズは達成感に満ちた笑顔を浮かべています。

 

「皇太子様をお助けできたのも、あんた達のおかげよ。姫様に代わってお礼を言わせてもらうわ。……ありがとう」

 

ルイズは素直に感謝の言葉を口にします。五月はそんなルイズを見つめながら微笑みました。

二人の少女は空の風に吹かれながら、シルフィードとキント雲と一緒にいつまでも飛び続けます。

 

 

 

 

王都トリスタニアの上空にやってきた一行はそのまま王宮へ一直線に目指して行きました。

 

「あれがお姫様の城ね?」

「ええ。トリスタニアの王宮よ」

 

上空から見下ろせる王宮を眺める五月にルイズが答えます。

 

「このまま王宮の中庭に着陸しましょう。キテレツ! タバサ! 良いわね?」

「分かった!」

 

ルイズの言葉にキテレツとタバサは頷きます。

 

「大丈夫かい? さすがに許可なくいきなり王宮の真ん中に着陸するというのは……」

 

苦言を漏らすウェールズの言う通り、そんなことをしては王宮の貴族や衛兵達を驚かせてしまうことになるでしょう。

 

「この際、仕方がありませんわ。わたしが何とか姫様に取り次いでもらえるように頼んでみます」

 

キテレツ達がゆっくりとスピードを落として王宮の上空までやってきたその時でした。

 

「何かこっちに来るわ」

「何ナリか?」

「ライオン? でも翼が生えてるね」

 

みよ子とコロ助とトンガリは王宮から何頭もの翼を生やしたライオンのようなものが飛び上がってくるのを見て目を丸くします。

 

「あれはマンティコアっていう幻獣ね。っていうことは、王宮の近衛じゃない?」

 

キュルケの言う通り、マンティコア達にはそれぞれ黒ずくめのマントを身につけた騎士達の姿がありました。

トリステインが誇る近衛騎士隊、魔法衛士隊の一つであるマンティコア隊に間違いありませんでした。

 

「お! お出迎えって奴か? へーい! ご苦労さん!」

「何かそうは見えないけど……」

 

ブタゴリラが呑気に手を上げていますが、トンガリはため息をついていました。

 

「待て! 止まれ! 我らはトリステイン魔法衛士隊だ!」

「現在、王宮の上空を飛行することは許されておらん! ただちに引き返せ!」

 

マンティコアの騎士達はキテレツ達に立ち塞がるように空中で静止するなり、そう大声で警告をしてきました。

やはりウェールズの思っていた通り、王宮に直接着陸するのは無理なようです。

 

「ですって。どうするの? ルイズ」

「このまま着陸よ。行きましょう、サツキ!」

「あ! ちょっと、ルイズちゃん!」

 

キュルケが声をかけますが、ルイズは気にせずに叫ぶと五月の手を引っ張って無理矢理真下へと降下していきました。

 

「五月ちゃん! 待ってよ!」

「ったく、世話かけさせやがって」

「まったく、しょうがないわね……!」

 

いくら何でも無謀なルイズにキテレツ達も慌てて後を追っていきました。

 

「こら待て! お前達!」

 

上空のマンティコア隊達もすぐに王宮の中庭へと降下します。

キテレツ達が着陸した中庭では地上で待機していた他のマンティコア隊達が待ち構えていました。

 

「うわ……」

「あわわわ……」

 

トンガリとコロ助はレイピアの軍杖を突きつけてくる騎士達に震え上がります。

上空のマンティコア隊達も降り立ってきて、キテレツ達は完全に取り囲まれてしまいました。

 

「動くな! 杖を捨てろ!」

 

同様に軍杖を突きつけてくる髭面の隊長が怒鳴りかけてきます。

 

「ここは宮廷。従った方が良い」

「やっぱり普通に入った方が良かったんじゃないの?」

 

タバサとキュルケ、そしてウェールズは大人しく自分の杖を地面に捨てました。

 

「お前もだ! その腰の杖を捨てろ! 平民風情が杖を手にする法はないぞ!」

 

今度は五月に向かってそう命令してきました。腰に下げている収納状態の電磁刀を魔法の杖と勘違いしているようです。

 

「杖じゃないんだけど……」

「良いから言うことを聞きましょう」

 

五月もルイズと一緒に電磁刀を地面に置きました。

 

「おいおい、大丈夫かよ?」

「このまま捕まっちゃうんじゃないよね?」

 

トンガリは今にも自分達を捕縛しようとしているマンティコア隊達の迫力に不安を隠せません。

 

「今はルイズちゃん達に任せましょう」

「僕達は黙ってた方が良いよ」

 

キント雲の上でキテレツ達は成り行きを見守ることにしました。

 

「今は王宮上空は飛行禁止令の触れが出ているのだぞ。見た所、魔法学院の学生のようだが……」

 

隊長はルイズ達の顔を見回して顔を顰めていました。

 

「許可なく王宮へ入り込んでしまい申し訳ございません。わたしはラ・ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエールでございます」

 

五月の手を離したルイズは一歩前へ歩み出ると、毅然とした態度で名乗ります。

 

「ラ・ヴァリエール公爵家の? ……うむ。確かに、公爵夫人とよく似たお顔だな。目元などもそっくりだ」

 

隊長はルイズの顔をまじまじと見つめ、納得したように頷いています。

 

「ルイズちゃんのママってどんな人ナリかね?」

「うーん、想像もつかないよ」

「意外と美人だったりしてね」

「あれでもルイズちゃんって、結構可愛いものね」

「あんなじゃじゃ馬な奴の母ちゃんなんて、想像すると恐ろしいぜ……」

 

キテレツ達はルイズの母親がどのような人物なのかを想像していきます。

ルイズと同じ桃色の髪の人か、ルイズを大人にしたような綺麗な人か、ルイズとは性格が逆で大人しい人か、はたまたルイズと同じで気性が激しい人か、トンガリのママのようにザマスと言う過保護な人か。

実際にそれらが当たっているかどうかは分からず、キテレツ達の勝手な想像でしかありませんが。

 

「して、用件を伺おうか」

「詳しいことは申せません。ですが急用で、今すぐアンリエッタ姫殿下にお取次ぎを願いたいのです」

 

杖を収めた隊長が尋ねてきましたが、ルイズは毅然としたまま答えます。

 

「そういう訳にはいかんな。理由も聞かずに取り次ぐことはできん。用件はこちらから姫殿下にお伝えするのが規則なのでな」

 

対する隊長も困ったような顔をしてしまっています。ルイズはすぐ取り次いでもらえないことに不満な様子でした。

 

「待ってくれ、君達。彼女はアンリエッタ王女から密命を託されている。易々と任務の内容は話せないのだ」

「貴殿は?」

 

そこへウェールズが前へ出るとルイズの隣にやって来て隊長に話しかけました。

 

「私はアルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーと申す者だ。彼女はアンリエッタ王女から主命を……」

 

ウェールズが名乗りながら説明しようとしますが、一時は穏やかになった隊長の表情がまた厳しいものへと戻りだします。

 

「何? 嘘も大概にしろ! アルビオンは反乱軍に制圧され、王軍は全滅したと聞いている! アルビオン王家の人間がこのトリステインにいるわけがなかろう!」

 

再び杖を、今度はウェールズに向けてきました。隊長はウェールズを疑って話をまるで信じていないようです。

 

「違うわ! このお方は本当にウェールズ皇太子様よ! アンリエッタ姫殿下がお招きしたれっきとした客人なんだから!」

「黙れ! 貴様ら、さてはアルビオンの反乱軍のスパイか!?」

 

ウェールズに杖を突きつけてきたことでルイズは怒り出し、隊長に食ってかかります。

しかし、隊長はルイズの言葉に耳を貸しはしませんでした。

 

「何だかヤバい雰囲気になってきたよ……何で話を聞いてくれないのさ」

「ここでもスパイス扱いされんのかよ」

 

隊長はおろか周りのマンティコア隊達までもが物々しい様子で身構えています。

 

「ちょっと待ってください! ルイズちゃんはお姫様からの密命をこなして帰ってきたのよ! それなのに無下に突っ撥ねるなんてひどいじゃない!」

「従者風情が貴族に話しかける法はない。下がれ、無礼な平民め!」

 

五月までもが疑っている隊長に食ってかかりますが、相手が平民の子供であるためか明らかに見下した態度でした。

 

「何だよ。偉そうなオッサンだなあ」

「ワルドさんの方がまだマシだったわね」

「しーっ……聞こえちゃうよ」

 

どうせ演技だったに違いないとはいえ、ワルドは平民であるキテレツ達にも最初は身分など拘らずに気さくに話しかけてきていました。

しかし、この隊長はどうにもキテレツ達に悪い印象を抱かせる嫌な人でした。

 

「とにかく殿下に取り次ぐわけにはいかん。直ちにこの者達を捕縛せよ!」

 

隊長が目配せしつつ命令をすると、他のマンティコア隊達が一斉に杖をキテレツ達に向けてきます。

 

「わあああっ!」

「お、おい! キテレツ! 何とかしろ!」

「早く何か道具を出すナリ!」

「そんな、急に言われても……!」

 

キテレツは大慌てでリュックを探ってこの窮地を脱することができそうな道具を取り出そうとしますが、混乱していてどれを使えば良いのかすぐに判断できません。

 

「待つんだ! 彼女達は怪しい者では……」

 

慌ててウェールズが説得しようとしますが、もはや隊長は聞く耳を持たずに他のマンティコア隊達と共に呪文を唱えていました。

今にも一行に魔法が放たれようとしたその時です。

 

「ルイズ! ……ウェールズ様!」

 

王宮の中から現れたのはアンリエッタ王女でした。自室の窓から外を眺めていた彼女は中庭に降り立ったシルフィード達を目にして、すぐに飛び出してきたのです。

中庭へやってきたアンリエッタは魔法衛士隊に取り囲まれているルイズ達一行の中にいるウェールズの姿を目にして、驚きと喜びの混じった顔を浮かべます。

 

「姫様!」

 

アンリエッタの登場にルイズは安堵の笑顔を浮かべます。ウェールズもこちらへ駆け寄ってくる彼女の姿に目を丸くしていました。

 

「ド・ゼッサール殿! 一体何事なのですか?」

 

騒動が起きている現場へ辿り着いたアンリエッタがゼッサール隊長に声をかけます。

マンティコア隊達は魔法を放とうとするのを中断していました。

 

「姫殿下。この者達が飛行禁止令の触れが出ているにも関わらず、王宮へ無断で侵入してきたのです。しかもアルビオンの王族などとあからさまな嘘までついて……」

 

状況を説明するゼッサールですが、それを聞いた途端にアンリエッタは厳しい表情になって彼を睨みつけます。

 

「……無礼者! 杖を下ろしなさい! この方達は敵ではありません!」

「ひ、姫殿下……!」

 

アンリエッタの威厳に満ちた叱責にゼッサールはもちろん、他のマンティコア隊達も驚いて呆然とします。

 

「このお方はわたくしの従兄のプリンス・オブ・ウェールズ。正真正銘、テューダー王家の者です! 私の客人達に対して杖を向けるなど、恥を知りなさい!」

 

怒りを露にしてアンリエッタはマンティコア隊達を見回して叫びました。

勘違いであるとはいえ、自分の恋人や友人に危害を加えようとしたのですからここまで怒るのは当然でしょう。

 

「魔法衛士隊ともあろうものが、敵と味方の判断さえできないのですか!? この者達に杖を向けることは許しません! 今すぐに杖を下ろして下がりなさい!」

「ぎょ、御意!」

 

王女の命令にマンティコア隊達は深く頭を下げ、隊長に至っては跪いていました。

魔法衛士隊は慌てて中庭から退散していき、後にはアンリエッタとルイズ達一行だけが残ります。

 

「さすがお姫様ね」

「ああ~……良かったぁ……」

 

みよ子が感心する中、トンガリは安心してため息をつきます。

 

「ごめんなさい、ルイズ。とんだ出迎えになってしまって……」

「良いのですよ、姫様。わたしも少しばかり強引すぎました」

「本当にごめんなさい……でも、あなたが無事に帰ってきてくれて本当に嬉しいわ……」

 

何度も謝るアンリエッタにルイズはポケットから一通の手紙を取り出し見せます。

 

「こちらが件の手紙でございます。それから……」

 

ちらりと横に立つウェールズの方へ視線をやると、アンリエッタもそちらを振り向きました。

ウェールズは優しい笑顔を浮かべてアンリエッタを見つめます。

 

「……ウェールズ様……よくぞご無事で……!」

 

アンリエッタは歓喜に満ち溢れた顔を輝かせ、涙を浮かべていました。

 

「綺麗になったね。アンリエッタ……」

 

抱きついて咽び泣いているアンリエッタの頭をウェールズはそっと撫でます。

 

「ほえ~、やってくれるもんだな」

「お姫様は王子様と会えて、本当に嬉しいナリね」

「だってあの二人は恋人同士なんだもの。当然でしょ?」

「うん。お姫様があんな風になる気持ちは分かるよ」

 

キント雲から降りていたキテレツ達もキュルケらと一緒に五月の近くまでやってきます。

五月も抱き合っているウェールズとアンリエッタを見つめて微笑んでいました。

 

「姫様のご所望通り、ウェールズ皇太子をここまでお連れ致しました。本当はこうなることを一番望んでおられたのですよね?」

「ルイズ……ありがとう……あなたは本当にわたくしの一番のお友達よ……どれだけ感謝をしても足りないわ……」

 

アンリエッタはルイズの手を取って、しっかりと握り締めます。

 

「もったいないお言葉ですわ」

「ところで、こちらの方達は?」

 

アンリエッタは集まってきたキテレツ達に気付いて一行を見つめてきます。

 

「わたくしの任務の手助けをしてくれた、魔法学院の学友達です。彼女達がいなければ、ウェールズ様の亡命の成功はあり得ませんでした」

「初めまして。アンリエッタ姫殿下。私はルイズの学友で、ゲルマニアのフォン・ツェルプストー家のキュルケと申します。こちらは私の友人のタバサでございます」

 

ルイズが紹介すると、すぐにキュルケは前に出て名乗りました。タバサは黙って突っ立っているままなので自分が代わりに紹介をします。

 

「それと、この子達はこの間お話をしたロバ・アル・カリイエの平民達ですわ」

 

ルイズがキテレツ達を指すと、アンリエッタは驚いたように声を漏らします。

先日、魔法学院へ訪れてルイズに密命を託した際に盗み聞きをしていたカラクリ武者を追い払った後、アンリエッタはルイズからキテレツ達のことを少しだけ聞かされていました。

東方のロバ・アル・カリイエからやってきた、数多くのマジックアイテムを持っている平民の子供達が滞在をしているという話を聞かされたのです。

 

「まあ。あなた方もルイズの手伝いをしてくれたのですか?」

「手伝いっていうか、成り行きっていうか、たまたまっていうか……ま、色々あってな!」

「ブタゴリラ。お姫様に向かって失礼だよ」

「そうよ、熊田君。お姫様なんだからちゃんとしないと」

「良いのですよ。どうぞ楽にしていてくださいな。わたくしのお友達を助けていただいて、本当にありがとうございます」

 

トンガリが嗜めますが、アンリエッタは少しも気にした風もなく笑顔で頷きます。

 

「な、何ナリか? お姫様」

「まあ、可愛いガーゴイルだわ。ロバ・アル・カリイエではこんなに可愛げがあるガーゴイルがいるのね」

 

アンリエッタはしゃがみこんでコロ助を物珍しそうに見つめてきていました。

 

「ワガハイはコロ助ナリ。どうぞよろしくお願いしますナリ……」

「はい。こちらこそ。コロ助さん」

 

可愛い顔をしているアンリエッタにコロ助は顔を赤く染めて照れたように笑います。

 

「ところで、ワルド子爵の姿が見えないようですが……」

「実はその……」

「ああ。あの兄ちゃんなら、俺らがやっつけちまったぜ」

「あたしが説明してんのよ! あんたは黙ってなさい!」

「いでっ!」

 

ブタゴリラの胸にルイズの肘鉄が叩き込まれます。

ブタゴリラの言葉にアンリエッタは顔を顰めていました。

 

「ここで話すのも何だ。城の中で話を続けてはどうかな?」

「そうですわね。迎賓室を用意しますから、そこで色々とお話を聞かせてもらいますわ。さあみなさん、どうぞ中へ」

 

ウェールズの提案に賛同してアンリエッタは一行を王宮の中へと招き入れました。

 

 

 

 

一行は迎賓室に招かれ、ルイズはそこでアンリエッタに任務の報告を行いました。

キテレツ達とキュルケ達はルイズの座るソファーの後ろや横に立って成り行きを見守っています。

 

「まさか、ワルド子爵が裏切り者だったなんて……魔法衛士隊に敵のまわし者が潜り込んでいたなんて恐ろしいことだわ」

 

ウェールズと一緒にソファーに腰を下ろすアンリエッタはルイズからの報告に顔を曇らせます。

 

「はい……わたしも彼が裏切り者であったことを残念に思います……」

 

ワルドは祖国だけでなく婚約者だった人までも裏切ったのですから、ルイズも苦悩の思いを隠せません。

 

「ですが、キテレツのマジックアイテムのおかげでウェールズ様をお救いすることができました」

 

ルイズはキテレツ達の顔を見回して笑顔を浮かべました。

偶然だったとはいえ、キテレツから託されていた天狗の抜け穴がウェールズの命だけでなく、ルイズをも窮地から救ってくれたのです。

 

「キテレツさんと言いましたね? ウェールズ様を、そしてわたくしのお友達を助けていただいて本当にありがとうございます」

「い、いやあ……そんな……僕も発明がルイズちゃんを助けることができて嬉しいですよ」

「もう、キテレツ君ったらデレデレして……」

 

王女から感謝されてキテレツは照れ臭そうに頭を掻きます。

隣ではみよ子が横目でキテレツを見つめて拗ねた顔をしていました。

 

「東方で作られたというマジックアイテムの数々、いつかわたくしも目にしてみたいですわ。その時をお待ちしています」

「ははっ。きっとアンリエッタも驚くだろうな。彼らの使うマジックアイテムはどれもすごい代物ばかりなんだ」

 

既にいくつかを目にして体験しているウェールズは楽しそうに笑顔を浮かべていました。

 

「お姫様もあっと驚くぜ。何だったら今すぐここで何か見せてやったらどうだ?」

「別に今やる必要はないんじゃないの? 見せるったって、何を見せるのさ」

「おい、キテレツ。何でも良いから出してやれよ」

 

トンガリがブタゴリラに突っ込みますが、ブタゴリラは構わずキテレツに持ちかけます。

 

「簡単に言わないでよ。僕の発明は見せ物じゃないんだからね。如意光の電池だって限りがあるし……あんまり無駄使いはしたくないんだよ」

「何だよつまらねえな」

 

ブタゴリラは渋い顔を浮かべていました。

 

「ウェールズ様。あなたはわたくし達がお守り致しますわ。決して、レコン・キスタ達には指一本触れさせません。ゆっくりとこの城に滞在なさってくださいな」

「ありがとう……アンリエッタ」

 

アンリエッタはウェールズの手に自分の手を重ねて告げ、ウェールズはそんなアンリエッタの明るい顔を見て頷きます。

 

「姫様。これはお返ししますわ」

 

ルイズはお守りとして指に嵌めていた水のルビーを外し、アンリエッタに手渡します。

任務が終わった以上、もうルイズには必要のないものです。

 

「それはあなたが持っていなさいな、ルイズ。任務を果たしたせめてものお礼ですよ」

「そんな! 恐れ多いですわ! それにこれは王家に伝わる大事なものでは……」

「あら。ラ・ヴァリエール公爵家の祖先は王の庶子よ。あなただって立派なトリステイン王家の血を引くのだから、その指輪を嵌める資格はあるはずだわ」

「でも……」

 

ルイズは王家の秘宝である水のルビーを自分が手にすることに抵抗感を抱きます。これを持つのはアンリエッタにこそ相応しいのですから。

 

「障子って何だ?」

「庶子! 要するに結婚している人とは別の、結婚していない人との間に生まれた子供のことだよ」

 

ブタゴリラの疑問と言い間違えにまたもトンガリが突っ込んで説明しました。

 

「ルイズちゃんのご先祖様ってすごい人なんだ。王女様とは親戚ってことなのね」

 

五月は興味深そうにルイズを見つめます。

 

「何で結婚していない人に子供がいるナリか?」

「要するにそいつはプリンをしたってことか!」

「プリン? あんた、何言ってるのよ?」

 

ブタゴリラがまたも言い間違えをしますが、意味が分からないルイズは首を傾げます。

 

「それを言うならプリンじゃなくて、不り……」

 

トンガリがまたも訂正をしようとしましたが、五月がトンガリの口を塞ぎます。

いきなり口元を塞がれてトンガリはウーウー、と唸っていました。

 

「あんまり余計なことを言い過ぎるとルイズちゃんが怒るわよ」

「トンガリ君も突っ込みはほどほどにしないと」

「あなたもルイズから痛い目に遭いたい?」

 

五月が耳元で囁き、みよ子とキュルケにも小声で注意されます。

トンガリは首をぶるぶると横に振りました。いつもブタゴリラにやられているような鉄拳制裁などごめんです。

 

「ルイズ。あなたはとても楽しいお友達がいるのね。東方から来た人達はこんなに面白いなんて」

 

アンリエッタはキテレツ達の様を見て楽しそうに笑っていました。

ウェールズもそんなアンリエッタの顔を見て嬉しそうにしています。

 

 



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水の精霊のお友達? 奇天烈斎様の謎を追え

♪ お料理行進曲(間奏)



コロ助「水の精霊さんが、奇天烈斎様と会ったって本当ナリか?」

キテレツ「どうもそうらしいよ。奇天烈斎様はこのハルケギニアへやってきて、精霊さんを助けたことがあるんだって」

コロ助「奇天烈斎様がいてくれたなら、冥府刀もすぐ直してくれるナリね~」

キテレツ「でも、この世界のどこかにまだ奇天烈斎様の手がかりがあるかもしれないんだ。それを見つけてみせるさ!」

キテレツ「次回、水の精霊のお友達? 奇天烈斎様の謎を追え」

コロ助「絶対見るナリよ♪」



アンリエッタ王女との謁見を終えたキテレツとルイズ達は王宮を後にしていました。

皇太子ウェールズはそのままトリスタニアの王宮に身を寄せることになりましたが、非公式の亡命であるためその存在は公にはされません。

王宮にいる限りはレコン・キスタも簡単には手を出せないでしょう。

何はともあれ、これでルイズのアンリエッタ王女から託された密命は終わったのです。

 

「お姫様と王子様達はこれからどうなるのかしら」

「きっと結婚するナリよ。今頃、お城でチューをしてるナリ」

 

シルフィードと一緒に空を飛んでいくキント雲の上で呟くみよ子にコロ助が楽しそうに言います。

 

「まあ、それだったらハッピーエンドって所でしょうけど……そうはいかないんじゃないかしら」

「どうしてナリか?」

 

ため息をつくキュルケにコロ助は尋ねました。

 

「コロちゃん。ルイズがアンリエッタ姫殿下に渡した手紙を覚えてる?」

「あの手紙がどうかしたナリか?」

「忘れたのコロ助? あの手紙はお姫様から王子様へのラブレターで、あの手紙が世間に知られるとお姫様の政略結婚が台無しになっちゃうんだよ」

 

よく分かっていない様子のコロ助にトンガリが説明します。

 

「どうして手紙一枚程度でパーになるっていうんだ?」

「政略結婚をしようっていう時に別の人と恋人だった、なんて知られたらそれはスキャンダルになるんだよ。重婚罪って言って、婚約をしている人以外の人と恋人だったりするのはいけないことなんだ」

「そう。トリステインとゲルマニアが軍事同盟を結ぶためには姫様とゲルマニアのアルブレヒト三世閣下との結婚が前提になってるのよ。ウェールズ皇太子との仲が知られたら、それが取り消しになって同盟も成り立たないわけ。分かった?」

 

みかんを食べているブタゴリラにキテレツとルイズが説明します。

 

「ふうん。ところで、あのお姫様が結婚するっていうゲームマニアって国の王様はどんな奴なんだ?」

「ゲルマニア。正確には王様じゃなくて皇帝よ。うちの国の皇帝、アルブレヒト三世閣下は確か今年で四十……え~と、忘れちゃった」

「おっさんかよ。あんな可愛いお姫様とじゃあ、似合いそうにないぜ」

 

あっけらかんと話すキュルケにブタゴリラはため息をつきます。

 

「キュルケさん、自分の国の一番偉い人なのに興味ないの?」

 

みよ子はどこか関心の薄いキュルケに怪訝そうにします。

 

「別に。元々ゲルマニアは諸侯の貴族達が利害一致で集まってできた国だし、アルブレフト閣下だって元はその一人だったのよ。閣下は皇帝の座を手にするために自分の政敵を親族もろとも塔に閉じ込めちゃったくらいなんだから」

「うわ……酷いことするんだね、その人って」

 

キュルケの話を聞かされる中、トンガリは苦い顔で驚きました。キテレツ達も同じです。

 

「それだけゲルマニアは弱肉強食なのよ。まあでも、皇帝として国をちゃんと纏めておられるんだから決して無能な人ってわけじゃないわ」

「そんなだからゲルマニアは野蛮な国って言われるのよ……」

 

キテレツ達と同じように話を聞いていたルイズは呆れた顔をしていました。

 

「そんな人と結婚して、お姫様は大丈夫なのかしら……」

「姫様は政略結婚なんて望んでいるはずがないわ。本当はウェールズ皇太子様と結婚したいはずなのよ」

 

心配そうにする五月にルイズはきっぱりと答えます。

 

「ならすりゃあ良いじゃねえか。せっかく自分の城まで連れてきたんだからよ」

「それができないから姫様は悩んでおられるのよ。好きな人と自由に結婚できない立場なんだから……」

 

事情が何も分かっていないブタゴリラの言葉にルイズは顔を顰めます。

たとえ結婚できなくても、アンリエッタは愛しているウェールズに死んで欲しくないから亡命させようとしたのです。

それだけウェールズ皇太子のことを大切に思っているのでしょう。

 

「お姫様が可哀相。せっかく大好きな王子様と生きて会えたのに、結婚できないなんて……」

「でも、あたし達が何を言ったってどうにもならないわ……姫様が嫁がない限りゲルマニアと軍事同盟は結ばれないんだし……」

 

アンリエッタに同情する五月にルイズは呟きます。

 

「でも、大好きな人が生きてくれているってだけでも良いことだと思うよ」

「そうかもしれないけど……やっぱり可哀相だわ……」

 

キテレツの言葉を聞いても五月は苦い顔を浮かべたままです。

 

「いっそのこと、お姫様と王子様が崖落ちでもしちまえば良いんじゃねえのか?」

「何のことナリ?」

「駆け落ちのこと言ってるんだよ」

「あんたねえ。そんなことしたらスキャンダルどころかゲルマニアが怒って戦争を仕掛けてくるじゃないの! 変なこと言うもんじゃないわ!」

 

とんでもないことを軽々しく口にするブタゴリラでしたが、訂正をしたトンガリにルイズは怒鳴ります。

 

「何で僕を怒るのさ! 言ったのはブタゴリラなのに!」

「トンガリ君。こんな所で言い争ったって仕方がないわよ」

 

みよ子は言い返すトンガリを宥めます。

 

「ま、そこはアンリエッタ姫殿下とウェールズ皇太子次第ってところかしらね。安易に駆け落ちなんてするほど無責任じゃないでしょうけど」

「当然よ、まったく……」

 

キュルケの言葉にルイズは拗ねてしまいます。

 

「さあ、湖が見えてきたよ」

 

空の上で言い合いを続けられる中、キテレツが声を上げました。

トリステインの上空を南に飛び続けていた一行が今目指している場所は、水の精霊が住まうラグドリアン湖なのです。

ルイズの仕事は終わっても、キテレツ達にはまだやるべきことが残っていたのでした。

 

 

 

 

一行はラグドリアン湖に着陸し、キテレツは水の精霊に会うための準備をしていました。

リュックとケースを開け、中からアンドバリの指輪と水の精霊の涙が入った小瓶を取り出します。

 

「最初に来た時よりやっぱり水が引いているわね」

「精霊さんが戻してくれたのね」

 

五月とみよ子は湖の水位が以前より明らかに下がっていることに気が付きます。

 

「でも、この分じゃ元の水位に戻るまでまだ時間がかかるわね」

「どれくらいかかるの?」

「さあ……何週間か、何ヶ月か……一気に元に戻るわけじゃないでしょうし……」

 

トンガリの質問にルイズも推測をしながら答えます。

今はキテレツ達が最初に来た時よりせいぜい50センチ程度しか水位は下がっていないように見えます。

 

「指輪を返してあげればもう水が増えることなんて無いんだし、大丈夫だよ。よし! 準備オーケー! タバサちゃん、またお願いするよ」

 

キテレツは座り込んでいるシルフィードに寄りかかるタバサに声をかけます。

タバサはキテレツの元まで歩み寄ると、この間と同じように風の魔法で湖底へと向かうべく魔法を使おうとしました。

 

「キテレツ! あれを見るナリ!」

 

その直前に突然コロ助が声をあげて湖の方を見つめていました。

一行も岸辺に集まってきて、湖に注目します。

 

「お?」

「あれは……」

 

離れた湖面が下から光だし、ゴボゴボと水しぶきを盛り上がらせていました。

しかもそれは徐々にこちらへと近づいてきています。

 

「あれってひょっとして……」

「来たばかりなのにいくら何でも早すぎない?」

 

明らかに水の精霊であることには違いありませんが、みよ子とルイズは向こうからやってきた上にそれがあまりにも早いことに目を丸くします。

 

「やっぱり、これがあるのが分かるのかな」

「ま、水の精霊の宝物なんだし、指輪の魔力を感じたのかもしれないわね」

 

キテレツが手にするアンドバリの指輪にキュルケは納得したように頷きます。

 

「うわっ!」

 

岸辺から少し離れた所までやってきた水しぶきは途端に激しくなり、水柱を噴きあがらせます。

驚いたトンガリは尻餅をついてしまいました。

 

『キテレツ』

 

水柱は声を発すると、その姿をまたもシルフィードと同じ竜の顔へと変えていきました。

 

「精霊さん。お待たせしました。精霊さんの宝物です」

 

前に歩み出たキテレツは手を差し出し、アンドバリの指輪を見せました。

すると水の精霊の体は薄っすらと光りだします。

 

『アンドバリの指輪……ああ……幾度もの太陽の昇沈と月の交差を経て、ようやく我が秘宝が戻ってきた……』

 

どこかうっとりとした声で呟く水の精霊は嬉しそうにしているのが分かります。

自分の宝物が戻ってきてくれたのを喜んでいる証拠でした。

 

さらにキテレツ達の元へと近づいてきた水の精霊は頭を下げて口を開きだします。

キテレツはその口の中へアンドバリの指輪を放り込みます。

指輪は水の精霊の体の中に取り込まれ、静かに浮かんでいました。

 

『キテレツよ……再び我が秘宝を取り戻してくれて感謝するぞ……』

「良かったナリね、精霊さん」

「今度からは泥棒に盗まれないようにずっとあんたが持ってたらどうだ? いっそのこと飲み込んだままでいるとかよ」

『単なる者の言う通りだ。我はもう秘宝は決して手離しはしない。邪な単なる者達に奪われるわけにはいかぬ』

 

冗談めいたブタゴリラの提案に水の精霊は意外にも乗り気なようでした。

指輪を水の精霊が直接持っているままであれば、泥棒も精霊が眠っている間に風の魔法で盗み出すことはできません。

水の精霊を倒さない限り、指輪は手に入らないのです。そう考えればその方が安全と言えます。

 

「この精霊の涙もあなたにお返しします。これのおかげで指輪を見つけることができました」

「もしかしてそれって水の精霊の涙!? あんた達、そんな貴重な物をどうして……」

「精霊さんから借りていたのよ。アンドバリの指輪を探すためにね」

 

小瓶を差し出すキテレツに驚くルイズに五月が説明しました。

 

『キテレツよ。貴様は今一度、我との約束を守った。誓いを果たした者には相応の対価が無ければならぬ。我が一部はそのまま進呈しよう』

「良いんですか? これはとっても貴重なものなんでしょう?」

 

まさかそのまま水の精霊の涙をもらえるとは思っていなかったのでキテレツは驚きます。

 

『構わぬ。かの者にも同じように我が一部を与えた。使いたければ好きに使うがいい』

 

しかし、水の精霊はまったく気にしていない様子でした。

 

「へぇーっ……良い物もらったじゃない。モンモランシーが欲しがりそうね……」

 

横から小瓶を覗き込むルイズは嘆息を漏らしました。

 

「でも何に使うの?」

「水の精霊の涙は魔法薬の材料になる」

 

みよ子の問いにタバサが答えました。

 

「どうせだったら闇市場にでも売ってみたら? かなりの額で買ってくれるはずよ?」

「う~ん……もしかしたら何か役に立つ時が来るかもしれないし、このまま持っておくよ。ありがとうございます、精霊さん」

 

キュルケからの提案をキテレツは断ります。

思わぬ物を手に入れましたが、これでキテレツ達の目的は果たされました。

水の精霊もアンドバリの指輪を口に入れたまま湖の底へ戻ろうとします。

 

「あ! あの、精霊さん!」

 

しかし、キテレツは慌てて水の精霊を呼び止めました。

 

『何だ、キテレツよ』

「どうしたのキテレツ君?」

「まだ何か用があるナリか?」

 

水の精霊だけでなく五月やコロ助、他のみんなもキテレツに注目しました。

キテレツはこれまで以上に真剣な顔になっており、水の精霊を見つめたまま言葉を続けます。

 

「精霊さんに一つだけお聞きしたいことがあるんです。精霊さんは以前に奇天烈斎という名前の人と会ったことがありませんか?」

「おいおい、キテレツ何言ってるんだよ」

「どうして奇天烈斎様のことを聞くナリか?」

 

キテレツの口から出てきた言葉にルイズ達以外の五人は目を丸くしました。

 

「いや。僕のことを知ってるみたいだから、まさかとは思うんだけどさ……」

 

水の精霊はキテレツのことを名乗ってもいないのにキテレツと呼んでいましたが、そもそも『キテレツ』というのはあだ名なのです。

親しい人でなければ知らないはずのあだ名の方で呼んできたというのは考えてみればあり得ないことなのでした。

 

「キテレツ斎?」

「キテレツ斎って?」

「キテレツ君のご先祖様よ。キテレツ君の持っている道具を発明した人なの」

 

ルイズとキュルケの疑問にみよ子が答えました。

 

「うん。江戸時代のすごい発明家だったのよね」

 

五月は奇天烈斎に会ったことがありませんが、キテレツの先祖の話は以前に少しだけ聞いたことがあるのです。

 

「トンガリ。ちょっと似顔絵を描いてみてくれる?」

「あ、うん。ブタゴリラ、ペンと紙を貸して」

「お、おう」

 

キテレツの指示に従ってトンガリとブタゴリラは準備をし、トンガリは記憶を頼りにスケッチを描いていきます。

水の精霊は黙ってキテレツ達を見守っていました。

 

「似顔絵って……あんた、そのキテレツ斎って人はどれくらい昔のご先祖様なのよ? 顔を知ってるの?」

「キテレツの家にその人の絵か何か飾ってあるんでしょ?」

 

怪訝そうにするルイズにキュルケが呟きます。

実際はタイムスリップをして何度も会っているわけですが、二人にそれが理解できるはずがありません。

 

「よし、できた! ちょっと急いで描いたから雑になっちゃったかもしれないけど……」

 

数分後、トンガリは手際よく作業を進めてスケッチを完成させます。

紙には総髪の髷が結われた初老の男性の似顔絵がはっきりと描かれていました。紛れも無くキテレツの祖先の奇天烈斎その人でした。

トンガリが口で言う割には上手く描けていました。

 

「へえ。これが奇天烈斎様……」

「意外とダンディな殿方じゃない」

 

絵を覗き込む五月は初めて目にする奇天烈斎の顔に嘆息しました。キュルケも興味深そうに絵を見つめています。

 

「こんな顔の人に見覚えはありませんか?」

「キテレツよ。我には単なる貴様達の姿は全て同じにしか見えぬ。しかし、貴様の体に流れる液体と同じ物を持つ者と我はかつて出会ったのを覚えている。その者はキテレツと名乗っていたのだ」

 

キテレツは似顔絵を見せますが、水の精霊は困ったようにそう答えていました。

 

「それじゃあこいつは俺たちの顔が分かってないってことかよ」

「どうやってワガハイ達を区別してるナリか?」

「水の精霊は人間を血の性質の違いで区別してる。親子や兄弟ならその性質が近いから血縁者かどうかも分かっているはず」

 

コロ助の疑問にタバサが答えました。

 

「いつその人と出合ったんですか?」

「我がキテレツと初めて出会ったのは月が1999回交差する前の時のこと。その時も此度と同じく欲にまみれた単なる者たちは我が秘宝を狙い、我が住処へと踏み入り秘宝を奪っていった」

「嘘……160年くらい前になるじゃない」

「正確には166年と7ヶ月前」

 

指を折ったりして計算をし驚くルイズにタバサがまたもぽつりと答えます。

 

「我はその時も秘宝を取り戻すべく、単なる者達を追い、この湖の水を増やさんとも試みた。しかし、何処から現れたキテレツは奇妙な道具を使い、秘宝を奪った単なる者達を蹴散らし、アンドバリの指輪を取り戻してくれた」

「奇妙な道具ってことは……本当に奇天烈斎様かも……」

 

昔話を語る水の精霊にキテレツは期待と関心が膨れ上がっていきます。

 

「かの者、キテレツは自らの同胞を救うために我が一部を欲していた。しかし、欲深き単なる者達はしぶとく秘宝を奪わんと攻め入ってきたため、我は条件として彼奴らを退治することをキテレツに願った。キテレツは見事に彼奴らを永久に退け、約束を果たしてくれた対価として我が一部を差し出したのだ」

「う~ん。精霊さんの話だけじゃ分からないナリね~」

「だったら航時機でその時代へ行けば良いじゃねえか」

「航時機は持って来てないから無理だよ」

 

ブタゴリラの案をキテレツは一蹴しました。

そもそも元の世界では航時機はオーバーホールの真っ最中なのでしばらくは使えないのです。

 

「過去へ行くって、どういうことよ?」

「何だよ、タイムスリッパを知らねえのか?」

「タイムスリップ! キュルケさん達に言っても分からないよ……」

 

ブタゴリラの言い間違えにトンガリは突っ込みます。

魔法が発達した異世界人であるルイズ達では過去や未来へ移動する時間旅行の概念を話しても理解してはもらえないでしょう。

キュルケはさっぱり訳が分からないようで首を傾げています。

 

「あんたのあの過去を写すカメラってやつを使えば良いじゃない」

「回古鏡ね。キテレツ君、試してみたら?」

 

ルイズの提案に五月も賛成しました。

 

「いや、それよりもっと良い物があるよ。ちょっと待ってて」

 

キテレツはケースの中から取り出した物を如意光で大きくします。

それは発明道具を入れていたケースと似たような小さなトランクでした。

 

「過去透視鏡!」

「そうさ。これで精霊さんが言っていた時間を覗いてみるよ」

 

声を上げるみよ子にキテレツは箱を開けながら答えます。中には二つのダイヤルに、フタの方にはモニターが備わっていました。

キテレツは箱の中に入っていたヘッドセットを身につけると、コードを接続します。

過去透視鏡はこのヘッドセットのカメラとマイクを通して見た対象の過去を遡ってモニターに映し出すことができるのです。

 

「確か、166年に7ヶ月前だったっけ?」

「そう。正確な日付までは分からないけど」

 

カメラは水の精霊に合わせ、ダイヤルを操作するキテレツが後ろや横から他の全員と一緒に覗き込んでくるタバサに尋ねます。

 

「それだけ分かれば十分さ。後は上手く調整をすれば……」

「あ。何か映ってきたナリ」

 

モニターにはしばらく砂嵐しか映し出されてはいませんでしたが、徐々に鮮明になっていきます。

ラグドリアン湖の湖畔の夜の景色がそこには映っていました。

 

「これが166年前のラグドリアン湖?」

「何もいねえじゃねえか」

「でも水位が全然違うね」

 

映像を見つめるルイズにブタゴリラ、トンガリが呟きます。

モニターに映っている湖の光景は水位が今よりずっと低い状態でした。これが本来のラグドリアン湖の景色なのでしょう。

 

「待って! 今、何か人が映ったわ」

「うん!」

 

五月の言葉にダイヤルを慎重に調整すると、モニターには人らしきものが映し出されていました。

 

「どうやらメイジみたいね」

「見た所、貴族じゃなくて盗賊みたいだけど……」

「それじゃあこれが精霊さんが言っていた泥棒?」

 

キュルケとルイズの頷きにみよ子はモニターに食い入ります。

マントを身につけた数人の男達は見るからに悪そうなゴロツキのような風貌をしていました。

 

『この間はよくもやってくれたな!』

『おとなしく水の精霊の宝をよこせ!』

 

キテレツがつけているヘッドセットのイヤホンからは男達の声が聞こえていました。

 

「おい、何も聞こえないじゃねえか。音を上げろよ」

「ちょっと待ってよ。今スピーカーを切り替えるから」

 

キテレツがスイッチを押すと、イヤホンから過去透視鏡本体から音声の発するのが変わりました。

モニターの盗賊メイジ達は杖を手にしたまま憤慨しています。どうやら誰かと相対しているようで、一行の目の前にはマントを羽織っている男性らしき人物が立っています。

しかし、夜の上に曇りなので周りはかなり暗く、姿がよく見えません。

 

『申し訳ないが、この湖の主はお前達のような悪者が来るのを大変迷惑にしている。すぐにお引取り願おう』

 

その男性は威厳のある声で盗賊達に向かって言いました。

 

「あっ……この声は……!」

「今の声って……」

「もう一回喋って欲しいナリ!」

 

キテレツはその男性の声を聞いた途端、愕然としてモニターに食い入りました。

コロ助もみよ子も同様にキテレツと一緒にモニターに顔を近づけます。

 

『何を!? 平民ごときが生意気な!』

『やっちまえ!』

 

盗賊達が呪文を唱えると、男性は手にしている杖の中に仕込んでいたらしい細長い棒を引き抜きます。

 

『ファイヤーボール!』

『エア・ハンマー!』

『ウィンド・ブレイク!』

 

盗賊達が魔法を放つと同時に男性が逆手に持っている棒が眩しいほどに光りだしました。

 

「これって、わたしの電磁刀なの!?」

 

放たれた魔法は男性が前にかざした光る棒に当たる寸前にあらぬ方向へと偏向されてしまいました。

五月は自分が持っている電磁刀と全く同じ効果を発揮したことに驚きます。

 

「……ああっ! き、奇天烈斎様!」

「奇天烈斎様ナリ!」

 

発光する刀の光に照らされる男性の顔を目にしてキテレツとコロ助は驚愕しました。

 

「本当だわ! この人、奇天烈斎様よ!」

「マジだぜ! 本当にキテレツのご先祖様じゃねえか!」

「本当にここに来てんだ!?」

 

三度笠を背に合羽を羽織っている股旅姿の男性は、紛れも無くキテレツ達が会ったことがある奇天烈斎その人だったのです。

キテレツの予測が当たっただけでなく、尊敬している人がこのハルケギニアにいた事実に興奮が治まりません。

 

「この人がキテレツのご先祖?」

「絵で見るのとは違うけど、中々威厳がおありじゃないの。しかも平民なのに強いわ」

 

キテレツ達が驚く中、ルイズとキュルケもモニターの映像を興味深そうに見守ります。

奇天烈斎が電磁刀で防いだ風の魔法は盗賊の一人に跳ね返され、吹き飛ばしたのです。

 

『こ、この……! うぐっ……!』

『うぎゃあっ!』

 

すぐに奇天烈斎は男の一人の懐まで駆け寄ると、呪文を唱えさせる暇も与えず鳩尾に一撃を叩き込みました。

間髪入れずに電磁刀をもう一人の胸に突き出して電気ショックを炸裂させます。

奇天烈斎はあっという間に盗賊達を倒してしまったのです。

 

「お見事ナリ! 奇天烈斎様!」

「さすが……」

 

発明家である奇天烈斎は意外にも武芸にも心得があることは以前にキテレツは身を持って知っています。

 

「これがキテレツ君のご先祖様……」

 

五月は初めて目にする奇天烈斎の姿と活躍に感嘆としてしまいます。

魔法使い三人を相手にしても全く苦戦することなく倒してしまった奇天烈斎はその後、盗賊達の杖を取り上げて縄でまとめて縛り上げていました。

 

『おお……懐かしきキテレツの声……1999の月の交差を経て、また彼の者の声が聞けるとは……』

 

ずっとその場で留まっていた水の精霊は過去透視鏡から聞こえていた音声にうっとりとしています。

キテレツは過去透視鏡のスイッチを切り、ヘッドセットを置きます。

 

「やっぱり、奇天烈斎様もここにやってきていたんだ……! すごい大発見だよ! まさかとは思ったけど、本当に来ていたなんて!」

 

これまでにない笑顔をキテレツは浮かべていました。

 

「ご先祖様がいただけでそんなに嬉しいの?」

「当然ナリよ。奇天烈斎様がいてくれたのが分かっただけでも嬉しいナリ」

「それに、あたし達が帰る手がかりが見つかるかもしれないんだから!」

 

問いかけてくるキュルケにコロ助もみよ子もまた満面の笑みで答えました。

 

「そっか……そうよね」

 

キテレツ達の最大の目的は、このハルケギニアから自分達の故郷の世界へと帰還することです。

その帰る手段をルイズが潰してしまったために今日まで様々な危険な冒険を繰り広げる破目になっているのです。

 

「奇天烈斎様もきっと元の世界へ帰ったに違いないんだ。それを見つけることができれば、僕達も帰れるはずだよ!」

「で、どうやって奇天烈斎様はここへ来て、帰ったっていうんだ?」

「それをこれから見つけるんでしょ?」

 

ブタゴリラにトンガリが呆れて突っ込みます。

 

「きっと、元の世界へ帰るための手がかりがあるはずだよ。それを見つけるんだ!」

「奇天烈斎様がいてくれたのが分かったなら、何か方法があるはずよね」

「うん。やってみましょう。きっと帰る方法が何かあるはずよ!」

 

まさかアルビオンでの冒険の果てに、ここで新たな手がかりを見つけることができたのは思わぬ収穫でした。

しかも奇天烈斎がこのハルケギニアという異世界を訪れていたという事実を知ることができたのは、とても有力な情報です。

キテレツ達は過去にもタイムスリップ先で奇天烈斎に助けられてきたことがあるので、この異世界でもまた助けられることになる結果になるかもしれません。

奇天烈斎の手がかりを他にも見つけることができれば、元の世界へ帰る方法もきっと見つかるはずです。

 

「ごめんなさい精霊さん、時間を取らせてしまって」

 

水の精霊はずっとその場に留まって待っていてくれたので、キテレツは思わず頭を下げます。

 

『良い。我も久しぶりに彼の者の声が聞けたのだから』

 

しかし、水の精霊もどこか満足そうにしていました。恩人の声が聞けたのが嬉しいようです。

 

「ねえ、元の世界ってどういうこと?」

「後で話すわ。信じられればの話だけど」

 

キテレツ達の故郷の事情を知らないキュルケはルイズに尋ねますが、それを今ここで長々と話している暇はありませんでした。

 

 



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ハダカの思い出? ルイズ、はじめての露天風呂

♪ お料理行進曲(間奏)



コロ助「やっと学校に帰ってこれたナリ~。もう疲れたナリよ~。シエスタちゃんのコロッケを早く食べたいナリ~」

キテレツ「みんなだって疲れてるんだよ。ルイズちゃん達も五月ちゃん達と一緒にお風呂に入るって言ってるんだから」

コロ助「ルイズちゃんもワガハイ達のお風呂を気に入ってくれたナリね。ワガハイ達もゆっくり温まるナリ!」

キテレツ「おっと! 僕達が入るのはまだ後だよ」

キテレツ「次回、ハダカの思い出? ルイズ、はじめての露天風呂」

コロ助「絶対見るナリよ♪」


キテレツ達は夕方になって、やっと魔法学院に戻ってきました。

数日ぶりに帰ってきた魔法学院は相変わらず平和で、キテレツ達やルイズの冒険なんて知るはずもありません。

 

「おお、キテレツ君! 今戻ったのかね?」

 

中庭に着陸した一行を暖かく迎えてくれたのは教師のコルベールでした。

 

「ミスタ・コルベール」

「ただいま戻りました、先生」

「ミス・ヴァリエールも一緒なのか。学院長から聞いたが、君もアルビオンへ行ってきたそうだね。みんな無事で何よりだよ」

 

コルベールは全員の顔を見回して嬉しそうに笑顔を浮かべます。

 

「あんな物騒な所なんて二度と行きたくないや……」

「久しぶりに風呂に入ってゆっくりできるぜ。おい、トンガリ! 風呂沸かすの手伝え!」

「わあっ! 僕じゃなくても良いじゃないかー! いだだだっ!」

 

帰ってきてもなお張り切るブタゴリラは疲れたトンガリの首根っこを掴んで引きずって行ってしまいました。

トンガリがぎゃあぎゃあ喚き続けるのをキテレツ達は見届けます。

 

「お風呂かあ……そういえば何日も入ってないよね」

「あたしもちゃんと汗を流したいわ……」

 

キント雲から降りながら五月とみよ子は呟きました。

アルビオンへ出発してから実に三日間もの間、シャワーは当然で風呂にも入ることができなかったので女の子の二人には限界でした。

 

「ふうん。それじゃあこの間みたいにあたし達も一緒に入らせてもらおうかしら? ね? タバサ」

 

シルフィードから降りるキュルケはタバサの肩に手を置きます。タバサも賛成したようで小さく頷きました。

 

「ルイズちゃんも一緒にどう? 熊田君が作ったお風呂なんだけど、気持ち良いわよ」

「あいつが作ったですって? 何か信用ならないわね……」

 

五月の誘いにルイズは渋い顔を浮かべます。

 

「ま、ルイズが学院の浴場を使うって言うならそれで良いけどね。あたしは今回はサツキ達のお風呂に入らせてもらうわ。ねえ?」

「は、はあ……」

 

艶やかな笑みを浮かべて顔を寄せてくるキュルケに五月は苦笑しました。

 

「先生もワガハイ達と一緒に入るナリか?」

「う~ん。そうだなあ。君達の国の風呂に入ってみるのも一興かもしれんなあ。なら、お言葉に甘えてご一緒させてもらおう」

 

コロ助からの誘いにコルベールは快く頷いてくれました。

 

「ところでキテレツ君。水の精霊が盗まれた指輪は見つかったのかね?」

 

一行が中庭を歩く中、コルベールは尋ねます。

 

「はい。何とか取り返すことができました」

「さっき精霊さんに返しに行ってきた所なんです」

「水の精霊の涙のおまけ付きですけどね」

 

みよ子に続いてキュルケが述べると、コルベールは驚いた顔を浮かべました。

 

「水の精霊の涙? あの秘薬をかね。お礼としてくれたというのか」

「まさかもらえるなんて思わなかったんですけど……」

「キテレツ。先生にも見せてあげるナリよ」

 

コロ助に促されてキテレツはリュックの中から精霊の涙が入った小瓶を取り出しました。

 

「ふうむ。闇屋で取り扱っているのは聞いていたが、実物を見るのは初めてだな……」

 

顔を近づけて小瓶をまじまじと見つめるコルベールは興味津々な様子です。

 

「そういえばその闇屋の人達ってどうやって精霊の涙を手に入れているの? これって精霊さんの体の一部なんでしょう?」

「さあね。想像するだけでもおっかないわ。命知らずも良い所よ……」

 

五月の疑問にルイズは呆れたようにため息をつきました。

大方、水の精霊の住処まで風の魔法で潜って攻撃を行い、それで体の一部を無理矢理回収しているのでしょう。失敗すれば命はまず無いため、まさに命がけです。

 

「とにかく指輪は取り返したし、これで水の精霊も大人しくなるな。一件落着というわけだ。しかし、こちらは少し問題があってね……」

「何かあったんですか? 先生」

 

頭を掻いて困った顔をするコルベールにキテレツ達は神妙な表情をしました。

キテレツ達の留守中に何か魔法学院でトラブルが起きたのかもしれません。

 

「ああ。君達がアルビオンへ出発してすぐのことなんだが、トリスタニアの使いから報せが来てね。チェルノボーグの牢獄から、この間捕まえた土くれのフーケが脱獄をしたそうなんだ。城下にアルビオンの反乱軍の手先がいるらしくてね。そいつが手引きをしたらしい……」

 

深刻な顔をして語るコルベールですが、キテレツ達は平然とした顔を変えません。

 

「あのー、先生?」

「もう知ってるんですけど……」

 

申し訳なさそうにキテレツとみよ子は声をかけました。

 

「何? 知ってるとな?」

「わたし達、アルビオンでフーケに会ってきたんです」

「それにアルビオンのレコン・キスタのスパイにだって会って来ましたわ」

 

五月とキュルケの言葉にコルベールは目を丸くします。

 

「スパイだって?」

「ワルド子爵が敵のスパイだったんです……」

 

「何と……まさか魔法衛士隊の隊長が……」

「残念ですが事実ですわ。このトリステインにレコン・キスタの手先がいることは確かです」

 

さらに驚いた顔のコルベールにルイズはため息をつきながら告げました。

 

「まあワルドもフーケも、カオルがキテレツのマジックアイテムで吹っ飛ばしてしまいましたけどね」

「その様子だと、君達はレコン・キスタと一戦を交えたのだね。大方、指輪を盗んだのもそいつらというわけかね?」

 

キュルケの言葉にコルベールは頷き、鋭い推測を述べていました。

 

「はい。指輪を戦争で悪用していたみたいで……」

「でも、もう取り返しちゃったから悪いことには使われないわ」

「精霊さんが大事に持ってるからもう大丈夫ナリよ」

「うん。また盗もうとしてもそう簡単には盗られないわ」

「まあ……それでも君達が無事で本当に良かったよ。長旅で疲れただろうから、今日はゆっくり休みなさい」

 

キテレツ達の言葉にコルベールは安心した様子で一行を労います。

一行はそうして話し歩いているうちにヴェストリ広場までやってきていました。

 

「おお! キテレツ君達ではないか! よくぞ戻った!」

 

すると突然、頭上から誰かのはしゃぐような声が響き渡ります。

何事かと足を止めて上を見上げてみればそこにいたのは……。

 

「オールド・オスマン!」

「学院長先生!?」

 

キテレツ達の頭上ではコルベールが複製した超鈍速ジェット機が遊弋していました。

それを操縦しているのは魔法学院の長であるはずのオスマンです。

 

「何で超鈍速ジェット機に乗ってるナリか?」

「コルベール君が複製したというキテレツ君のマジックアイテムがちと気になっての!」

「学院長、勝手に整備中のものをまた弄って! まだ懲りないんですか!?」

「がっはっはっはっ! どうじゃ! コルベール君! ワシの操縦テクニックは! 中々に上達したじゃろう!」

 

オスマンは操縦レバーを操りながらヴェストリ広場の上空をぐるぐると飛び回っていました。

キテレツ達の留守中、オスマンはコルベールが超鈍速ジェット機の飛行実験を行っているのを暇潰しに見学に来ていましたが、コルベールの目を盗んでは度々勝手に操縦をしていたのです。

 

「学院長! そんな無茶なことをしてはまた落ちますぞ!」

 

機体を大きく傾けたりとかなり荒い操縦をしているオスマンにコルベールは叫びかけますが……。

 

「ぬっ!? おおおおおっ!?」

「あっ! 危ないわ!」

 

ベルトも無いのでオスマンはバランスを崩し、シートから滑り落ちそうになっていました。

 

「学院長先生! レバーを前に倒してください!」

「ま、ま、ま、ま、待てい! だあああ! その前に落ちてしまうわい! 助けてくれい!」

 

キテレツが慌てて指示を出しますが、オスマンはレバーとシートにしがみ付いたままもがいています。

制御を失った超鈍速ジェット機は同じ場所をぐるぐる回り続けていました。いつ落ちてもおかしくありません。

 

「レビテーション」

 

見かねたコルベールが杖を振ると、超鈍速ジェット機はゆっくりと地上に向かって降下していきます。

 

「大丈夫ですか!? 学院長先生!」

 

不時着した超鈍速ジェット機から転げ落ちたオスマンにキテレツ達は駆け寄りました。

 

「ホホホ……君のマジックアイテムとやらは扱いが難しいもんじゃな……痛たたた……」

 

オスマンはよろよろと起き上がって照れた笑みを浮かべました。

一行は醜態を晒したオスマンを見つめてため息をつきます。

 

「何やってんだよ、あのじいさん」

「いい歳してはしゃぎすぎ……」

 

風呂釜の大鍋を転がしていたブタゴリラとトンガリもその一部始終を遠くから目にして呆れ果てていました。

 

 

 

 

夜になり、キテレツ達が夕食を食べ終えた頃にはブタゴリラ手製の五右衛門風呂は湯がしっかりと沸き立っていました。

最初は女子陣が入ることになり、脱衣所代わりの衝立の裏でみよ子と五月は服を脱いでいる途中です。

 

「ハアイ、お待たせ。二人とも」

 

そこへキュルケにタバサ、ルイズの三人が現れました。それぞれ手にはタオルを持っており、入浴の準備は万全のようです。

 

「これがサツキ達の国の風呂なの? かなり小さいわね。しかもただの鍋じゃない。あんた達って鍋を使って風呂に入るわけ?」

 

ルイズは五右衛門風呂の風呂釜を眺めながら怪訝そうにしていました。

見た目は完全にただの大鍋にしか見えないので疑ってしまうのは仕方がありません。

 

「お風呂といっても、結構昔のスタイルのお風呂だから……」

「あたしはこのお風呂が好きよ。月夜を眺めて夜風に当たりながらのお風呂なんて普通じゃ味わえないもの」

 

前に入ったことがあるキュルケは露天風呂独特の風情を気に入っていました。

 

「でも本当にこんな外で風呂に入って大丈夫かしら?」

「心配ないわ。召し捕り人が見張ってくれているから」

 

服を脱ぎきったみよ子はタオルを体に巻きながらルイズに言うと、風呂に入ろうと鍋に近づいていきます。

 

「待って」

 

そこを呼び止めたのは同じくタオルを体に巻いていたタバサです。

 

「タバサちゃん。如意光なんて持ってどうしたの?」

「キテレツ君から借りてきたのね。どうしてそれを……」

 

タバサは自分の杖と一緒に何故か如意光を手にしていたのです。

みよ子達はもちろん、ルイズとキュルケも怪訝そうにタバサを見つめていました。

 

「五人でこのままじゃ小さすぎる」

 

そう呟いたタバサは如意光の青い光線を風呂釜の大鍋へと照射しました。

光線を浴びた大鍋は瞬く間に一回りほど大きくなります。

 

「これならみんな入っても狭くならないわね。考えたじゃない、タバサ」

 

キュルケはタバサの頭を撫でました。

 

「さあ、ルイズちゃん。一緒に入りましょう」

「え、ええ……」

 

五月に手を引かれ、ルイズは五右衛門風呂の湯船に浸かります。

大鍋の面積が大きくなったためかいっぱい近くにまで溜められていたお湯の水位がその分だけ下がっています。

五人全員が一度に入っても狭くはありませんし、お湯もギリギリ溢れません。

 

「んん~……三日ぶりのお風呂……生き返るわね~……」

「本当ですね……」

 

キュルケとみよ子はしばらくぶりの入浴に満足していました。

アルビオンでの冒険中は味わうことのできなかった寛ぎの時間がようやく訪れたのですから、たっぷりと満喫しようとしていました。

タバサも無表情ながら肩までしっかり湯船に浸かって気持ち良さそうにしています。眼鏡も湯気で曇っていました。

 

「外でのお風呂も意外と悪くないわね……」

「でしょう? ルイズちゃんも気に入ってもらえて嬉しいわ」

 

ゆったりとしているルイズに隣にいる五月は微笑みます。

魔法学院の浴場と違って香水もありませんが、涼しい夜風のおかげで独特の心地良さが感じられました。

 

(やっぱりサツキの胸、あたしより大きいのね……)

 

五月をちらりと横目で眺めるルイズは湯船の中で自分の胸元に手を触れました。

16歳のルイズは歳の割に発育はあまり良くなく、子供のような体型です。

対して五月はみよ子と同じくルイズより五歳ほど年下の子供なのに、背もルイズより高い上に発育も歳の割に良いのです。

服の上からでも五月のスタイルの良さが分かるのに、実際に目にすることでルイズは余計に羨ましく感じてしまうのでした。

 

「ところでここのお風呂ってどういう場所なの? ルイズちゃん」

「え? え、ええ……魔法学院の浴場は本塔の地下にあるわ。男女別になっていて、生徒が全員入れるくらいに広いわね」

 

五月からのいきなりの問いで我に返ったルイズは慌てながら語っていました。

 

「ふうん。さすが貴族のお風呂なのね」

「広いだけじゃないわよ。お湯には香水が混じっているから良い香りがするの。日によって種類が変わるから、香りの違いも楽しめるわ。今日は何だったかしらね……」

 

感嘆とするみよ子にキュルケも続けて語りだします。

 

「一度はそういうお風呂に入ってみたいわ。ね、みよちゃん?」

「そうね。とっても気持ち良さそう」

「でもあなた達は平民だから入れないわよ」

 

淡い夢を抱く二人にルイズが釘を刺します。貴族専用の浴場なので平民は使うことが許されていません。

 

「あら。だったら夜遅くで誰もいなくなった時にこっそり入れば?」

「あんたねえ。サツキ達が勝手に使ってるのが見つかったらただじゃすまないでしょ?」

「あたし達が一緒についていれば良いじゃない。ねえ? サツキ、ミヨコ。今度、ここの浴場を使わせてあげるわよ」

「良いんですか? キュルケさん」

 

思わずみよ子は心配そうに尋ねます。

 

「良いの良いの。頭の固いルイズのことなんか気にしないで」

「誰が頭が固いよ。あたしは学院の規則を守ってるだけなんだからね」

 

不機嫌になってルイズはキュルケからぷい、と顔を背けました。

 

「そういえばみよちゃん。キテレツ君のご先祖様の奇天烈斎様って会ったことがあるんでしょ? どんな人だったの?」

「はあ? あいつのご先祖って百年以上も前の人なんでしょ? どうやって会うっていうのよ」

 

突然の五月の言葉にルイズは顔を顰めます。

普通に考えれば自分の祖先に会うなんてことは不可能なので疑問に感じるのは当然です。

 

「キテレツ君の航時機を使って過去にタイムスリップすれば会えるはずよ。みよちゃん達もそれで会ったことがあるんでしょ?」

「ええ。そうよ。キテレツ君も奇天烈斎様のことをとっても尊敬しているし、子孫であることにも誇りを持っているわ。あたし達も奇天烈斎様に何度か助けてもらったことがあるの」

「キテレツ君のご先祖様なんだから、きっととても立派な人なんでしょうね」

 

五月が過去透視鏡で初めて目にした奇天烈斎は発明家とは思えないほど威厳や品格に満ちた印象の人物でした。

しかも見た所、とても人格者な人物であることはあの映像での出来事から明らかです。子孫のキテレツが尊敬するのも納得ができるほどです。

 

「タイム……スリップ? 何よそれ」

「カオルとトンガリもそんなこと言ってたわね」

 

ルイズもキュルケも訳の分からない単語で余計に頭を悩ませて訝しみます。

タバサも興味が湧いたのか、みよ子達の話に耳を傾けていました。

 

「キテレツ君の道具で過去の場面を写したり、見たりしたでしょう? あれと同じで、あたし達自身が過去や未来の世界を旅することを言うの」

「過去や未来に行くですって? そんなことができるの?」

 

説明するみよ子にルイズは目を丸くしてしまいます。

ハルケギニアのマジックアイテムでさえ昨日程度の過去しか見ることができないのにキテレツの道具はそれ以上のことが出来、あまつさえその過去へ直接赴くことができるなんて信じられません。

 

「うん。わたしも一回だけ体験したことがあるわ。キテレツ君の航時機っていう乗り物でタイムスリップができるんだから」

 

以前、五月はキテレツの航時機で平安時代の日本へ行ったことがあったのでした。

 

「キテレツのマジックアイテムなら本当に何でもできそうね。違う世界を旅するなんて……想像もできないわ」

 

キュルケとタバサは数時間前にルイズからキテレツ達がハルケギニアとは違う世界からやってきたことを聞かされていたのでした。

魔法以上のことができるキテレツ達なら、そのような摩訶不思議なことさえ実現できるのも当然かもしれないと見て、キュルケは大して驚きません。

 

「未来が分かるってことは、あたしの将来とかも分かったりするのかしら?」

 

将来、ルイズはどのようになっているのかが気になります。キテレツの道具ならそれが分かるのかもしれないと考え、タイムスリップに強い関心を抱いていました。

 

「航時機は確か過去にしか行けないはずよ。それにキテレツ君、航時機は持ってきてないみたいだからタイムスリップはできないわね」

「何よ。つまんないの」

「それは残念ね」

 

みよ子の言葉にルイズとキュルケはため息をつきます。タイムスリップというのがどのような物なのかを自分達も体験できたかもしれないのが不可能なので、期待外れとなってしまいました。

 

「キテレツ斎……だったかしら。ずいぶんと変わった格好だったけど、貴族みたいな雰囲気だったわね」

「少なくとも、ただの平民じゃないってことは確かね。キテレツのマジックアイテムを最初に作った人なんでしょう?」

 

ルイズ達が目にした奇天烈斎への印象は概ね悪くはないイメージを感じていました。

 

「ええ。キテレツ君の家には奇天烈大百科っていう本があって、それに色々な発明品が書かれているのよ。わたしは見たことないけど……」

「キテレツ大百科……ねえ。コルベール先生が読みたがりそうな本かもしれないわね」

「でしょうね。キテレツのマジックアイテムにあんなに興味を持ってるんだし」

 

ルイズとキュルケはコルベールが奇天烈大百科を子供のように目を輝かせ、夢中になって読み耽る姿を想像しました。

 

「で、そのキテレツ斎っていう人がこのハルケギニアへやってきてたわけね?」

「そうみたい。きっと、その人の手がかりがもっと見つかればわたし達が帰る方法も見つかるはずだわ」

「もしかしたら、キテレツ君の冥府刀を直す方法だって見つかるかもしれないもの」

 

五月とみよ子は満面の笑みでルイズに答えます。

 

「冥府刀って、ルイズが壊したマジックアイテムでしょ?」

「う……」

 

自分のせいでキテレツ達を故郷へ帰れなくしてしまった負い目があるルイズは口元まで湯に沈めてブクブクと息を吐いていました。

 

(あれが直れば、キテレツ達は元の世界へ帰っちゃうのよね……サツキも……)

 

もしも冥府刀が直ったり、別の元の世界へ帰る手段を見つければキテレツ達はこのハルケギニアからいなくなることでしょう。

その帰るための手段の手がかりを、今回偶然にも見つける結果になったのです。

 

(いつまであたし達といてくれるのかしら……)

 

異世界の友人達との別れの日は近いことをルイズは悟っていました。

キテレツ達を故郷へ帰すことはルイズの大切な義務ではありますが、いざ別れる時のことを考えると自然と寂しさと空しさを感じてしまいます。

 

 



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シエスタちゃん里帰り タルブの不思議な秘密・前編

♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「シエスタちゃんの田舎からまた美味しいものが送られてきたナリ。今度はとっても甘いハチミツナリよ~」

キテレツ「タルブっていう村がシエスタちゃんの故郷なんだよ」

コロ助「コロッケやおまんじゅうも名物になってるなんて不思議な所ナリ」

キテレツ「それだけじゃないよ? 竜の羽衣っていう珍しい物がいっぱい置いてあるんだってさ」

コロ助「何にも書いてない本があったナリ。これは……もしかして~?」

キテレツ「次回、シエスタちゃん里帰り タルブ村の不思議な秘密」

コロ助「絶対見るナリよ♪」




数日前の革命戦争を制したことでレコン・キスタはアルビオンの王家に成り代わり、神聖アルビオン共和国として樹立されたばかりです。

レコン・キスタの司令官であり、新政府の初代皇帝となったクロムウェルは今、アルビオンの首都ロンディニウムのハヴィランド宮殿の執務室で頭を抱えて震えていました。

 

「私の……私のアンドバリの指輪が……あれが無ければ私は……私は……」

 

机に突っ伏すその姿は一国の主とは思えないほど弱々しいものでした。

ちょうど旧政府との革命戦争が終わった日、ロンディニウムに侵入したトリステインからのスパイ、キテレツ達によってアンドバリの指輪は奪い返されてしまったのです。

これまで指輪の力を虚無の魔法と偽ることで革命に加わった貴族達の信頼を得てきたのですが、その指輪がもう無い以上、かつてのように威光を示すこともできません。

 

「ミス……! ミス・シェフィールド……! どうすればよろしいのです!? あの指輪の力が無ければ私はただの人間に過ぎませぬ! もしも他の者達に私が魔法も使えぬただの司教でしかないと知られればあっさりと見限られる……! どうすればよろしいのか、私には分かりませぬ……!」

 

拠り所を失って恐怖に怯えるクロムウェルは窓際で腕を組んで外を眺めている秘書のシェフィールドに泣きつきました。

シェフィールドは明らかに不機嫌な顔を浮かべていますが、クロムウェルの方を振り向きもしません。

 

「クロムウェル。あなたは今やこの神聖アルビオンの皇帝よ。人前でそのような惨めな姿を見せてはなおさら誰も皇帝とは認めないわ」

 

それでも落ち着き払った声で子供をあやすようにそう言いました。

 

「あなたはどうあれ、指輪の力を虚無として多くの兵達に示していることに変わりないわ。そして、虚無の系統は歴史の彼方に消えた神聖な魔法……ならば滅多に使うようなものでもないのよ。他の連中にはそう言っておけば良いわ」

「は……はあ……」

「あなたが皇帝としてアルビオンのトップに立った以上、その威光によって信じさせることも充分可能だわ。ならば皇帝らしく振舞いなさい」

「はい……分かりました……」

 

クロムウェルは床に頭を擦り付けます。これでは秘書のシェフィールドの方が主に見えてしまいますが、実際にそうなのです。

皇帝とは言ってもクロウウェルは所詮、シェフィールドの傀儡に過ぎません。数年前にアルビオンの革命戦争を最初に起こした時も彼女がクロムウェルを革命のリーダーに仕立てあげたのでした。

様々な作戦も彼女がクロムウェルに命令を下して実行させていたのです。

 

「とにかく、トリステインとゲルマニアは昨日軍事同盟を締結したわ。私達も新政府樹立の公布と共に不可侵条約の締結を打診するのよ」

「ふ、不可侵条約ですと? そういえばウェールズ皇太子は取り逃がした上にアンリエッタ王女の手紙は結局回収できず、同盟を阻止することはできませんでしたが……よろしいのですか?」

「向こうはいくら軍事同盟を結んでもアルビオンの空軍力には対抗しきれない。その点は心配ないわ。それに、この不可侵条約は願ってもない協定のはずよ」

 

先日、アルビオン大陸を完全包囲して封鎖することでアンドバリの指輪を奪ったキテレツとウェールズ皇太子、そしてアンリエッタ王女の手紙を持つトリステインの使者を捕まえようとしましたが、逃げ切られてしまいました。

キテレツ達を待ち伏せしていたワルド子爵と竜騎士達の乗っていた軍艦は撃沈され、土くれのフーケが辛うじて逃げ延びてきたのです。

恐らく、ワルドは軍艦と運命を共にして海の藻屑となったのでしょう。

 

「司教。外交にはやり方があるの。連中には今は暖かいスープとパンを与えてやれば良いのよ。杖はまだ必要ない。あなたは今は皇帝としての役目をしっかり果たしなさい」

 

シェフィールドは未だ怯えた犬のように縋りつこうとするクロムウェルにそう告げると執務室を後にしました。

その顰めた表情はまだ悔しさと不快で彩られています。

 

(忌々しい……キテレツめ……)

 

先日、宮殿に侵入してきたキテレツのマジックアイテムの力を思い知らされた挙句に包囲網までも突破されてしまったことはシェフィールドにとってこの上ない屈辱です。

見たことも聞いたこともないマジックアイテムの数々を駆使するキテレツ達の行動は予測ができず、結果としてアンドバリの指輪は奪われて脱出まで許してしまったのですから。

 

(オルレアンの娘が関わっていたとすれば、彼女に水の精霊の討伐を任せるべきかしら。キテレツのマジックアイテムも回収させて……)

 

屈辱を晴らすためにもシェフィールドは次なる策謀を考えていました。未知のマジックアイテムを本国に持ち帰り、解析すればその技術を物にすることができるかもしれないのです。

 

(ミューズ。余のミューズよ)

 

廊下を歩きながら思考を巡らせていたシェフィールドの頭の中で突然、声が響きました。

 

「ジョゼフ様……!」

 

その声が聞こえた途端、シェフィールドはまるで少女のように顔を輝かせます。

いきなり声を出してしまったので口をつぐみ、周りに誰もいないことを確認すると、急いで人気のない城のバルコニーへと移動しました。

 

「ジョゼフ様……あなた様のお声が聞けて嬉しゅうございますわ」

(うむ。余もしばらくぶりにお前の声が聞きたくなってな。……さて、そちらで起きたことは余も理解している。アンドバリの指輪を取り返されてしまったそうだな)

 

遠く離れた場所にいる主の声にうっとりとしていたシェフィールドですが、その言葉を聞いて表情を曇らせます。

主の使い魔であるシェフィールドの視界などを共有することができるので、報告をしなくても全て知っているのでした。

 

「申し訳ございません、ジョゼフ様……神の頭脳たる私ともあろう者がこのような醜態を……。今すぐにでもジョゼフ様の元へ戻り、如何様の罰も謹んでお受けします……」

(良い。良いのだ、余のミューズよ。そのような些細な失敗など気にすることはないのだ。それよりも面白い物を見つけたそうではないか)

 

シェフィールドの失態や謝罪など気にすることもなく、飄々と言葉を続けています。

 

(キテレツとか言ったな? その少年達は見た所、ハルケギニアの人間ではないようだ。お前の故郷のロバ・アル・カリイエの出身か? 同じ髪色をしていたが……)

「いえ……我が故郷でもあのような出で立ちの者は見たことがありませぬ。おまけに我が頭脳を持ってしても理解できぬマジックアイテムを使いこなすなど、いくら我が故郷の技術でも不可能でございます……」

(ほう……お前でも無理なのか。そのキテレツとやらのマジックアイテムの一部をお前は手中に収めているそうだな)

 

ワルドが回収し、土くれのフーケが持ち帰った天狗の抜け穴というマジックアイテムはシェフィールドの力を持ってしても解析することはできませんでした。

厳密にはあれはマジックアイテムでは無いようですが、瞬間移動が行えるという効果は判明しています。

 

(お前でも分からぬ未知のマジックアイテムとやら、ぜひ余も見てみたいものだ。今すぐにでも我が元へ戻れるか?)

「ジョゼフ様のご命令とあらばいつでも……しかし、このアルビオンでの計画はどうなさいます?」

 

自分がいなければクロムウェルは何もできないことは分かっています。今後の謀略を進めるためにもレコン・キスタは必要な存在でした。

 

(何、そちらの連中はスキルニルにでも相手をさせていれば良いだろう。お前はすぐ余の元へ戻ってくるのだ。やはり、直接ミューズの声で土産話を聞きたいものだからな)

「御意に……!」

 

シェフィールドとしてはこんな空の上の片田舎で操り人形をあやすなど退屈でしかありませんが、敬愛する主の願いであればクロムウェルなど放り捨ててでも戻りたいと思っていました。

 

 

 

 

キテレツ達がアルビオンでの冒険を終えてから既に一週間が経っていました。

今は昼休みで、生徒達は中庭で魔法を使ったボール遊びや友人とお茶を飲んだりして楽しんでいました。

 

「おら! キテレツ! 行ったぞ!」

「う……うん……!」

 

ヴェストリ広場の一角でキテレツ達一行もボール遊びを楽しんでいます。その内容はバレーボールでした。

 

「今度は落とすんじゃないわよ、キテレツ!」

 

ルイズとキュルケの二人も加わった八人の輪の空中に浮かび上がったボールはキテレツ目掛けて落下していきます。

ちなみにタバサは遊びの輪には加わっておらずにその外で突っ立ったまま本を読んでいました。

 

「あ、あわわわ……!」

 

キテレツはルイズに釘を刺されておたつきながら顔を庇うように両手を頭上で構えました。

キテレツの腕にぶつかって低くバウンドしたボールはすぐ左側にいるコロ助の方へ不安定な軌道で飛んでいきます。

しかし、このままでは届かずに地面に落ちてしまうでしょう。

 

「とりゃーっ!」

 

コロ助は素早く駆け込むと地面にボールがぶつかる直前に飛び込み、上手くレシーブをします。

高く上がったボールはキュルケの方へ飛んでいきました。

 

「そおれっ!」

「えいっ!」

 

キュルケとみよ子は綺麗なトスでさらに高くボールをふわりと舞い上がらせます。

 

「行くよっ! 五月ちゃん!」

「うん! それっ!」

 

トンガリと五月がレシーブでしっかり受け止めパスをし合い、ブタゴリラの方へボールを飛ばしていきます。

 

「よっしゃ! ほらよ!」

「キテレツ! もう一回行くわよ! しっかり受け止めなさい!」

 

ブタゴリラがトスをしたボールをルイズがレシーブでキテレツ目掛けて飛ばしました。

 

「何で僕ばかり……! あいたっ!」

 

慌ててレシーブで受け止めようとするものの、ボールの軌道を読むことができずに顔面へ激突してしまいました。

眼鏡が衝撃で外れ、キテレツは倒れてしまいます。

 

「大丈夫!? キテレツ君!」

「ケガはない?」

 

みよ子と五月がキテレツに駆け寄り、その身を気遣いました。

 

「う、うん……大丈夫……」

 

キテレツは顔を押さえつつもみよ子から眼鏡を受け取ってかけ直します。

 

「タバサ。今度は何回続いた?」

「27回。最高記録」

 

キュルケは外野のタバサに声をかけると、淡々とした答えが返ってきました。

タバサはボールの音でどれだけパスが続いたかを記録していたのです。

 

「それにしてもあんたって本当にどん臭いのね……」

 

ルイズはキテレツを見下ろすと、呆れたように声を上げます。

今まで様々な発明を駆使してきた頼りがいのある姿とはあまりにも正反対な無様さにはギャップを感じてしまいます。

 

「キテレツは運動が苦手ナリからね~」

「発明の天才の唯一のフォークポイントって奴さ」

「ウィークポイント。おかげでいつも運動会じゃ僕達は良い成績を残せないんだよね……」

「放っておいてよ。どうせ僕は運動音痴なんだから」

 

コロ助ら三人から口々にそう口酸っぱく言われてキテレツは拗ねてしまいます。

発明家を志すキテレツは学校では秀才と呼ばれ、苦手科目はあるものの勉強はできる方でした。特に算数や理科などは大得意なのです。

そんなキテレツが最も苦手とするのが体育で、運動神経が鈍いキテレツはいつも体力テストなどでも良い成績は残すことができません。

 

「二人とも。そんなことを言っちゃ駄目よ。キテレツ君だってがんばってるんだから」

「熊田君やトンガリ君達もこういう時に、ちゃんとフォローをしてあげないといけないのよ。自分達だけキテレツ君より運動ができるからって良い気になるなんてそんなの良くないわ」

 

馬鹿にされるキテレツをみよ子と五月は庇います。

キテレツ達に混じってルイズ達がバレーボールをしていたのは、ルイズが魔法のボール遊びができないのを見て切なそうにしていたのを見た五月達がボールを一つ拝借し、ルイズに自分達の世界のボール遊びを教えてあげることにしたのがきっかけでした。

バレーボールのコツを掴んだルイズはすっかり遊びに慣れていましたが、運動神経の鈍いキテレツは何度もパスに失敗したりするおかげであまり長く続きませんでした。

それでもキテレツはバレーボールを嫌がったりしていたわけではなく、自主的に参加したのです。

 

「そうよ。ここの生徒だって魔法はできるけど座学の方はからっきしって連中だって多いし、その逆だってあるのよ。ね? ルイズ」

 

したり顔のキュルケに見つめられてルイズは複雑な顔を浮かべます。

人それぞれに得意・不得意がある以上、一方的に責めたり馬鹿にすることはできません。ましてやルイズは魔法が苦手という致命的な欠点があるのです。

 

「ま、とにかくあんた達のバレーボールっていうのは中々楽しめたわね」

「結構体を動かすから、汗をかいちゃいそうね。食後にはちょうど良いかもしれないわ」

 

髪をかきあげるキュルケもバレーボールがすっかり気に入ったようです。

あまり激しく体を動かすのが好きではないキュルケもこんなに気持ち良く感じられるのは新鮮でした。

 

「バットとグローブがありゃあ野球もできんだけどなあ」

 

ブタゴリラは少し物足りなさそうな様子で呟きました。

 

「これくらい広ければ野球とかサッカーをやるには充分すぎるよね」

「大会が開けるナリよ」

「ヤキュウ? サッカー? それもあんた達の故郷の球技?」

 

広場を眺めるトンガリとコロ助にルイズが食いつきます。

 

「うん。タバサちゃんが持ってる杖みたいな物を使って投げたボールを打つの。熊田君は野球がとても上手いのよ。熊田君の投げるボールはわたしでも全然打てないんだから」

 

五月は以前にブタゴリラ達と野球の試合で遊んだことがありましたが、ブタゴリラの野球のセンスは五月も認めるほど見事なものでした。

ピッチャーだったブタゴリラの変化球には五月も見切ることが難しく、ストライクばかりだったのです。

 

「でも、五月ちゃんだってとっても速いボールが投げられるじゃない」

「うん。あれはプロ野球選手並みだったよ」

「とってもかっこよかったよ、五月ちゃん」

 

みよ子とキテレツ、トンガリは五月の野球の実力を絶賛します

五月も五月で、名バッターのブタゴリラがまともに打てない豪速球を投げてみせたのでした。

 

「あんた達、本当に楽しくやってたのね。サツキとカオルはそのヤキュウって球技じゃエースだったわけ」

「まあな!」

 

どこか怪訝そうな顔で感心するルイズにブタゴリラは胸を張ります。

 

「そういえばあんたって、マリコルヌみたいな体してるのに案外体力あるのね」

「そいつって、野菜を残しまくるあのデブのことか? あんな運動不足のモヤシみたいな奴と一緒にすんなよな」

「この学校って体育みたいに運動とかはしないんだね」

 

ブタゴリラはボールを足元に弾ませる中、トンガリは周りの生徒達を見回しました。

 

「魔法学院なんだからそういうのは基本やらないわよ」

 

将来は騎士になるなどの夢を抱く一部の男子生徒が自主的に軽いトレーニングをしているくらいです。

 

「でもタバサちゃんやキュルケさんはとっても運動神経が良いナリよ」

「あら、ありがとうコロちゃん。あたしの家は代々軍人の家系だからね。女も戦に出られるように、軽くトレーニングはしてるのよ」

「タバサちゃんもすごかったわよね。やっぱりキュルケさんみたいに何かやってるの?」

 

五月はアルビオンのハヴィランド宮殿で一緒に大勢の兵士達を蹴散らした時のことを思い出しました。

小さい体ながらタバサも五月に負けない運動神経を発揮していたのです。

 

「別に」

 

五月の問いかけにタバサは素っ気無くぽつりと答えます。

 

「キテレツも発明ばっかりやってるから運動不足になるナリよ。たまにはちゃんと外で遊んで運動するナリ」

「大きなお世話だよ」

 

コロ助に言われてキテレツは不機嫌になってそっぽを向いてしまいました。

 

「ミス・ヴァリエール! デザートのご用意ができました! キテレツ君達もこっちへどうぞ!」

 

そこへ、少し離れた位置のテーブルからメイドのシエスタが大声で呼びかけてきました。

キテレツ達とルイズらはシエスタの元へと向かい、テーブルに用意されたブドウのジュースを口にします

 

「やっぱり体を動かした後の一杯は、美味いな。シエスタちゃん、もう一杯おかわり頼むぜ」

「はいはい。まだあるからたくさん飲んでね」

 

ジュースを一気に飲み干したブタゴリラにシエスタは微笑ましそうにしていました。

 

「こちらのデザートはこのハチミツを塗ってお召し上がりください」

「ありがとう。いただくわ」

 

テーブルにはジュースの他にも切り分けられた小さなケーキが皿に乗っており、ハチミツが入った小皿も用意されています。

ルイズ達はスプーンでハチミツをすくい、少量をケーキに垂らしてから口にしました。

 

「甘くて美味しいナリ~」

「本当。ハチミツが効いててとっても甘いわ」

 

みよ子達はデザートのケーキにとても満悦していました。

 

「これってタルブのハチミツね? やっぱりトリステイン五指に入る名産なだけはあるわね」

「何だよ? 樽がどうしたんだって?」

「タルブっていうのはこのトリステインの土地の名前よ。ラ・ロシェールからもう少し西に行った先にあるわ」

 

ボケるブタゴリラにルイズは説明しました。

ルイズは過去にその土地で産出されているハチミツを味わったことがあったのです。

 

「これは今日、タルブの実家から届いたハチミツなのよ。カオル君」

「へえ~、そうなんだ。シエスタちゃんの田舎からね」

「シエスタちゃんは田舎から色々な物が送られてくるナリね。この間のおまんじゅうも美味しかったナリ」

「何よ。あんたタルブの出身なの?」

「はい」

 

トンガリとコロ助が頷く中、ルイズがシエスタに尋ねました。

 

「このハチミツ、熊田君の持ってるハチミツと同じ味だわ」

「本当ね。カオルの物と同じじゃない。何か似てると思ったけど」

 

ケーキを味わう五月とキュルケはふとハチミツの味について気付きました。

ブタゴリラが持参しているハチミツとこのハチミツはとてもよく似ている、というより同じ味だったのです。

 

「まあ。カオル君もわたしの村のハチミツを持ってるの?」

「いやあ、俺のは自分の家から持ってきた奴なんだけどさ。俺の伯父さんが伊豆でハチミツを作っててさ」

「あらまあ、そうなの? タルブの村には養蜂場があって、今の時季に新鮮なハチミツが取れるのよ。それを送ってもらったんだけど……」

「でも伯父さんの奴と全く同じだな。どうしてだ?」

「そりゃ偶然でしょ?」

 

ブタゴリラの疑問にトンガリはきっぱりと言い切りました。食べ物の味が似ていたり、同じであることはよくあることです。

 

「ねえシエスタさん。一つ聞きたいんだけど、この間僕達がアルビオンへ出発した日にコロ助に渡したお菓子もシエスタさんの田舎のものなんだよね?」

「マンジュのことかしら? そうよ。わたしの村に古くから伝わっている薬膳の食べ物なの。寒い時に食べると体がとっても温まるし、疲れていても元気をつけられるのよ」

 

ふとキテレツはシエスタに尋ねると、以前にアルビオンで食したまんじゅうについて説明されます。

 

「何よ、そのマンジュって?」

「ああ、アルビオンでコロちゃんが持ってきていたお菓子ね。あれは美味しかったわね~。キテレツ達の国でも作られてるお菓子なんでしょう?」

 

ルイズが首を傾げる中、まんじゅうを食べたことがあるキュルケがしたり顔で声を上げます。

 

「まあ、マンジュがキテレツ君達の国でも食べられているの? コロッケと言い、偶然ばかりね」

「本当に偶然なのかな……」

「キテレツ君、どうしたの?」

 

キテレツが腕を組んで妙に深刻な顔をしているのを見て、みよ子も五月も呆気に取られます。

ただのまんじゅうに対してキテレツは何か思うことでもあるのを不思議に感じていました。

 

「もしかして、シエスタさんの村に不思議な道具とかがあったりしないですか? 僕の持っているような……」

「う~ん……空を飛んだり、姿が消えたりとか、そういうマジックアイテムは無いけど……昔から伝わっている便利な道具だったら村にあるはずよ」

「どうしたんだよキテレツ?」

「何か気になることでもあるのかい?」

 

真剣に話を聞いているキテレツにブタゴリラ達も目を丸くしていました。

 

「そうだわ。今度、キテレツ君達をわたしの村に招待するわ。もうすぐアンリエッタ姫殿下がご結婚するでしょう? それでわたし達給仕にも暇がもらえることになっているから、帰郷しようと思っていた所なのよ。遠慮なく遊びに来て。コロッケやマンジュもいっぱい食べさせてあげるわ」

「まことナリか!? ワガハイ、ぜひ遊びに行きたいナリよ!」

 

ポン、と手を叩いてシエスタは笑顔でそう一行に提案しました。コロ助は大好物のコロッケが食べられると知って即賛成します。

 

「……うん! 絶対に行くよ。その時には、その便利な道具っていうのを見せてもらえますか?」

「ええ。良いわ。キテレツ君のあの空飛ぶ雲を見たら、きっと村のみんなはびっくりするでしょうね」

 

キテレツも思い立ったようにはっきりと頷き、さらにシエスタに求めました。

 

「一体どうしたのかしら? キテレツ君ったら……」

「何か気になることでもあるのかしらね?」

 

五月とみよ子はどうしてキテレツがここまでシエスタに強い興味を抱いているのかが不思議でなりませんでした。

コロ助のようにただ遊びに行く、という軽い気持ちではないことは間違いないようです。

 

「……何か面白いことがありそうね。あたし達も付き合わせてもらうわ」

「タルブのハチミツか……ちい姉さまへのお土産に少しもらっておこうかしらね」

 

ルイズ達もそれぞれの思惑を持って、シエスタの故郷へ行くことを決意しました。

 

 



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シエスタちゃん里帰り タルブの不思議な秘密・中編

明日は虚無の曜日であり、今月のシエスタのシフトではその日にお休みがもらえることになっていました。

しかし、もうすぐアンリエッタ王女の結婚式が近いことで給仕達には全員休暇が与えられ、ちょうどタイミングが良かったのでシエスタはそのまま早めに休暇がもらえることになったのです。

キテレツ達はその休暇を利用してシエスタの故郷のタルブへと招待してもらうことになりました。

 

「キテレツ君? 本当にどうしたの?」

 

宿舎の寝室でキテレツ達は明日に備えてもう眠りに就こうとしていましたが、既に寝ているトンガリとブタゴリラを除く四人はまだ起きていました。

 

「お昼の時からずっとこうナリよ」

 

五月やコロ助が、床に座ったまま深く考え込んでいるキテレツに話しかけてもまるで反応がありません。

発明など何かに夢中になり過ぎると周りが見えなくなってしまうのはキテレツの悪い癖なのです。

 

「キテレツ君。……もうっ、キテレツ君ったら!」

「うわっ!?」

 

肩を揺らしても無反応なので痺れを切らしたみよ子は大声を上げてキテレツの背中を強く叩きました。

さすがに今度ばかりはキテレツも驚いて我に返ります。

 

「一体どうしたの? キテレツ君、何か変よ?」

 

みよ子は心配そうにキテレツの顔を覗き込みました。

 

「うん。色々と考えていてさ。奇天烈斎様のこととか、シエスタさんのくれたあのまんじゅうのこととか……」

「何であのおまんじゅうが気になるナリか? キテレツはまたあれが食べたいナリか?」

 

たかがまんじゅうにここまで深く考え込むキテレツの意図がまるで分かりません。

 

「そうじゃないよ。奇天烈大百科には、あのまんじゅうと同じ効果の物が載っていたのを思い出したんだよ」

「まことナリか?」

「奇天烈大百科に?」

 

キテレツの言葉に三人は目を丸くします。

 

「奇天烈大百科にはね、ふくふく饅頭っていう発明品が載っていたんだよ。五月ちゃんもみよちゃんも前に食べたことがあるでしょ?」

「あのおまんじゅうのことナリか?」

「確か、勉三さんの実家へ行った時にキテレツ君がくれたものだったわよね。結構美味しかったわ」

 

五月は以前、冬に勉三の実家へみよ子とトンガリと一緒に向かう途中で遭難しかけた際、救助に来たキテレツにまんじゅうを渡されて食べたことがあるのを思い出しました。

そのまんじゅうを食べた途端、寒さで凍えそうだったのが嘘だと思えるほどに体が温まったのです。

 

「そのおまんじゅうと、シエスタさんがくれた物が同じだって言うの?」

「はっきりそうだとは言えないんだけど……あのまんじゅうを食べた時の効果がそっくりだったんだよ。みよちゃん達も食べてみて、体が温かくなったよね?」

「ええ。確かに……」

「奇天烈斎様は、旅をしていた時には非常食としてふくふく饅頭を持ち歩いていたんだよ」

 

ふくふく饅頭は材料にお酒を使っている他、滋養強壮の効果を発揮する薬も混ぜているので食べれば体の血行を良くして体は温まり、三日は飢えを凌いでいられるほど栄養価が高いのです。

キテレツはアルビオンでシエスタのまんじゅうを食べた時に、このふくふく饅頭と同じ効能であることに気が付いたのでした。

 

「同じ効果があるまんじゅうがシエスタさんの田舎から送られてきたってことは……もしかしたら昔、そこへ奇天烈斎様がやってきたかもしれないんだ」

「奇天烈斎様がナリか?」

 

きっと奇天烈斎はこの異世界へやってきて、色々な場所を旅していたに違いありません。その過程でシエスタの田舎の村を訪れていたという可能性もあるのです。

そして、奇天烈斎が持っていたであろうふくふく饅頭の製法が伝わったのかもしれません。

 

「でも、何の目的でキテレツ君のご先祖様はこの世界へやってきたのかな……?」

「それはまだ分からないけど、きっとシエスタさんの田舎には何か大きな手がかりがあるはずだよ。シエスタさんが言うには不思議な道具があるってことだから、もしかしたら奇天烈斎様はそこに何か発明品を残しているのかも……!」

 

首を傾げる五月ですが、キテレツは期待に胸を躍らせて語りました。

先祖の奇天烈斎が異世界を訪れていたという事実を知れただけでも朗報だというのに、さらに新たな手がかりが得られるかもしれないのですから嬉しくなるのです。

しかし、まさかこんな身近に奇天烈斎に関する手がかりがあるのはとても予想外でした。

 

「それじゃあ、また奇天烈斎様に助けてもらうことになるのかしら?」

「うん。そうなると良いね」

 

過去に奇天烈斎に何度も助けられている身として、みよ子も奇天烈斎の秘密を解き明かすことには大きな期待を寄せていました。

 

 

 

 

虚無の曜日のこの日、風竜のシルフィードとキント雲は青空の中を進んでいきます。

朝起きてすぐに支度をしていたシエスタはキテレツ達のキント雲に乗せてもらい、それでタルブへ向かうことになったのです。

 

「五月ちゃーん! そっちの乗り心地はどう?」

「ドラゴンさんの背中はどうナリかー!」

「うん! とっても良いわよー!」

 

今回はルイズ達と一緒にシルフィードに乗っている五月はトンガリ達の呼びかけに元気に応えました。

シエスタがキント雲に乗ると定員オーバーになってしまうため、五月が自らシルフィードの方に乗ることに決めたのです。

 

「ドラゴンに乗って空を飛べるなんて本当に気持ち良いわ。夢みたい」

「いつもあの雲で飛んでるじゃないの。別に変わらないでしょう?」

 

五月の前に乗っているルイズは心外そうに声を上げます。

 

「ただ飛ぶだけならそうかもしれないけど……空中浮輪やキント雲を使うのも、シルフィードちゃんに乗って飛ぶのも……全部それぞれ違う気分とかが感じられるわ。それにわたし、ドラゴンみたいな生き物が大好きだから。シルフィードちゃんに乗れて空を飛べるなんて最高の気分よ」

「きゅい、きゅ~いっ!」

 

五月の言葉が嬉しかったのか、シルフィードは楽しげに鳴き声を上げていました。

 

「ルイズちゃんだって、この間はわたしと手を繋いで一緒に飛んだ時ははしゃいでたでしょう?」

「そうよねえ。あなた、ずいぶんと楽しそうにサツキと飛ぶのを満喫してたわね」

「それは、その……そうだけど……」

 

五月やキュルケの言う通り、自力で飛んだ時に味わった独特の気分は今乗っているシルフィードでの飛行ではあり得ない爽快な気分でした。

 

「こんな不思議な乗り物は初めてだわ。竜籠にだって乗ったことないのに」

 

キント雲に乗る私服のシエスタもまた、初めての体験に胸を躍らせていました。

 

「なんだそりゃ? そのリュウカゴってのは?」

「ミス・タバサの乗っているようなドラゴンが、人が何人も乗る籠を持ち上げて遠くまで運んでくれる乗り物よ。貴族の方々が急ぎの用で使うことが多いみたいだけど、平民のわたし達が使える物じゃないわ」

「それじゃあシエスタちゃんは空を飛んだことがないナリか」

「空を飛ぶ船に乗ったことくらいならあるけど……キテレツ君達のこの雲はとっても不思議で快適よ」

 

空を見回しているシエスタは感無量といった様子でした。

 

「竜の羽衣も、こんな風に飛んだりするのかしら……」

「竜の羽衣? 何なのそれは?」

「タルブに置いてある村の宝物よ。マジックアイテムの一種だと思うの。それを使えば空を飛べるっていうことらしいんだけど……」

 

みよ子の問いに、シエスタは要領が悪そうに口ごもります。

 

「らしいって、シエスタさんはそれを見たことがあるんでしょ? 村の宝なんだし」

「お宝って言ってもそんなに大した物じゃないわ、トンガリ君。どこにでもある名前だけのインチキな代物よ。実際に飛んだ所なんてわたしは見たことがないし……今じゃただの置物になっているわ。それでも珍しいって言って、村のおばあちゃんとかは拝みに来たりするけど……」

「飛べないのが分かっているのに、どうして空を飛ぶって言うのが分かるの?」

 

キント雲を操縦するキテレツが尋ねます。

 

「その竜の羽衣の持ち主はね、わたしの曾おじいちゃんだったの」

「シエスタさんの曾おじいさん?」

「ええ。わたしが生まれる前に亡くなっちゃったけど」

 

キント雲に寄ってきたシルフィードから五月が声をかけてきました。

シエスタ曰く、その曽祖父は六十年ほど前にタルブの村に突然現れたそうです。竜の羽衣という物を使って空を飛んできたということでしたが、実際に空を飛ぶ所は誰も見たことが無く、おまけに本人ももう飛べないと言ってそのまま村に住み着いたそうでした。

 

「竜の羽衣が空を飛ぶなんて誰も信じなかったそうよ。でも、曾おじいちゃんはとっても働き者で、おまけに今じゃ村の名物になった色々な郷土料理の作り方とかも教えてくれたから好かれていたんですって」

「ふうん。マジックアイテムの名前としては結構良いフレーズだと思うんだけどね……」

「でもインチキなんでしょ? それじゃ役立たずじゃない」

 

キュルケはシエスタの話に興味を抱いたようで、会話に混ざってきました。ルイズはあまり関心がなさそうです。

 

「コロッケの作り方も曾おじいちゃんが村の人達に教えてくれたの。村の産業の養蜂だって曾おじいちゃんが最初に始めたんですって」

「ふうん。シエスタちゃんの曾じいちゃんってすげえんだな」

「だからシエスタちゃんもコロッケが作れるナリか。一体、その人はどこの誰ナリか?」

 

ブタゴリラもキテレツ達も感心した様子で唸ります。

 

「さあ……ずっと東から来たと言っていたってことくらいしか……」

「シエスタさん。村に着いたら、その竜の羽衣っていうのも良かったら見せてくれる?」

「六十年も経ってるんでしょ? 今頃はホコリがかぶってるか古くなって壊れたりしてるんじゃない?」

 

キテレツの要望にトンガリは呆れたように呟きます。確かにそれほどの時が経っているならそうなっていてもおかしくありません。

 

「その心配はないわ。曾おじいちゃんが貴族の方にお願いをして、固定化の魔法をかけてもらって大事にしてたんですって。だから今でもちゃんと見られるはずよ」

「家庭科魔法? 何だそりゃ」

「固定化よ。物質の腐敗とか変質を防ぐための魔法。魔法学院にあったあんたの鍋風呂にでもかければずっと錆びたりすることも無くなるわけよ。分かった?」

 

ブタゴリラの言い間違えをルイズが訂正しつつ説明をします。

 

「あ、あそこがタルブの村よ。もう着いちゃったわ……」

 

シエスタは地上を指差しながら驚いていました。眼下には広い草原が広がっており、その中に村があるのが分かります。

ラ・ロシェールよりさらに先、魔法学院から馬で三日はかかっていたであろう距離を、たったの数時間で到着できたのです。

 

「タバサちゃん! あの村に降りるよ!」

 

キテレツの言葉に頷くタバサは、キント雲と一緒に滑空をしつつ降下を始めていきました。

 

 

 

 

「おお! ドラゴンが降りてきなすったぞ!」

「貴族様のドラゴンか?」

「あの雲も一緒に空を飛んできたのか?」

「シエスタが乗っているじゃないか」

 

タルブ村に降りてくると村人達は突然現れた風竜やキント雲に強い関心を抱いたようで、次々に集まってきます。

 

「呼ぶまで待ってて」

「きゅい!」

 

タバサはシルフィードに待機を命じ、キテレツも小さくしたキント雲をケースにしまいます。

 

「のどかな村みたいね」

「うん。平和な田舎そのものって感じがするよ」

「勉三さんの田舎みたいナリ」

 

牧歌的な雰囲気が感じられるタルブの村を見回してキテレツ達は感嘆としました。

他の面々も同様にタルブ村の穏やかな空気にはそれぞれ好印象を抱いている様子です。

 

「ところで、竜のハンコっていうのはどこにあるんだ?」

「竜の羽衣でしょうが。あんた、耳が悪いんじゃないの?」

「ブタゴリラにその件を期待するのはよした方が良いよ……」

「うるせえな! この野郎!」

「痛たっ!」

 

どこまでもボケをかますブタゴリラにルイズも呆れ果てていました。

諦めたように余計なことを呟くトンガリをブタゴリラが小突きます。

 

「こんな所まで来てケンカはよしなさいよ、ブタゴリラ君」

「そうよ。……シエスタさん、ごめんね」

「ふふふ、良いのよ。竜の羽衣は村外れの寺院にあるわ。さ、行きましょう」

 

謝る五月にシエスタは微笑み、鞄を手に歩き出します。キテレツ達はその後をついていきます。

 

「何か売ってるナリ。あれは何ナリか?」

 

道中、村の中を進んでいく一行は村人が行商人とやり取りをして何かを売っている場面に出くわします。

荷台には大量の小さなビンが積まれていました。

 

「村で作ったハチミツよ。ああして村に来た行商の人が買っていってくれるの」

「へえ、そうなの。じゃあ少し頂くわね」

 

シエスタが説明すると、ルイズはマントの裏からサイフを取り出します。

 

「あら、ルイズ。あなたあれが欲しいの? 気に入ったのかしら?」

「何よ、あたしが買っちゃいけないの?」

「別に良いんじゃない? せっかくだからあたしも少し買っていこうかしらね。美味しかったし」

 

ルイズとキュルケは露店へと足を運び、キテレツ達も続いていきました。

 

「ええ? 何よこれ?」

「何か虫みたいのが詰まってるわね……気持ち悪い」

 

二人はハチミツのビンと一緒に虫の幼虫が大量に入ったビン詰めが並んでいるのを見て顔を顰めます。

 

「ははは、これは蜂の幼虫ではちのこと言いましてな。見た目は気味悪くても、とても美味しいですぞ」

 

店主が笑いながら説明しますが、ルイズとキュルケは渋い顔のままでした。

貴族の女子にとってはこういった物は気持ち悪いものでしかないのでしょう。

 

「こっちのこれは何かしら?」

「蜂の巣みたいだね」

 

みよ子とトンガリが注目する大きなビンの中にはハチミツに浸された蜂の巣状の穴がいくつも空いた板状の塊が入っていました。

 

「養蜂で獲れた蜂の巣の蝋よ。生でもそのまま食べられるとっても甘い珍味なんだから」

「蜂の巣も食べられるって聞いたことはあったけど……」

 

シエスタの言葉に五月は目を丸くして蜂の巣のビンを見つめました。

 

「良かったらちょっと食べてみるかい? 貴族の方々もぜひ味わってみてくださいな」

 

店主はそう言ってビンの中から蜂の巣を取り出すと、それを千切って皿の上に盛ります。

 

「わあー! 美味しそうナリ!」

「へへっ、それじゃあ頂くとするか!」

 

キテレツ達もルイズ達もそれぞれ分けられた蜂の巣を手に取り、口にしていきました。

 

「意外といけるわね」

「蜂の巣っていうから硬いかと思ったけど、柔らかいわ」

 

ルイズとキュルケは意外そうに呟き、蜂の巣を食します。タバサも黙々と味わっていました。

 

「やっぱりこのハチミツは伊豆の伯父さんのと同じだぜ。こりゃ良いや」

「ええ。とっても美味しいわ」

「五月ちゃん、美味しい?」

「うん。トンガリ君、蜜が垂れてるわよ」

 

キテレツ達も蜂の巣をじっくりと味わって満喫していました。

 

「蜂の巣だけじゃなくて、ハチミツもはちのこも栄養価がとても高いんだ。おまけに薬効の作用もあるから健康にも良いんだよ。ハチミツは傷薬の軟膏にも使われていたくらいなんだ」

「まあ。キテレツ君はそんなことまで知ってるの?」

「ただ甘いってだけじゃないわけね」

「本で色々調べてみたんだけどね」

 

キテレツの説明にシエスタとルイズは感嘆としました。

 

 

 

 

ルイズ達がハチミツをいくつか購入すると、キテレツ達は改めて村外れの寺院を目指していきました。

 

「あれがそうよ。曾おじいちゃんが建てた寺院なの」

 

草原の片隅に建てられている小さな建物をシエスタは指差します。

 

「ずいぶんと変わった形をしてるわね。この門とか……」

「何でこんな形してるのかしら」

 

ルイズとキュルケは寺院へ続く丸木の柱が組み合わされて作られた大きな門を目にして唸りました。

彼女達からしてみれば見たこともない、独特のデザインだったのです。

 

「これって、神社の門じゃないかしら?」

「本当だわ。そっくりっていうより全く同じよ……」

 

みよ子と五月は門を見上げて、ルイズ達以上に驚嘆としていました。

門のデザインは明らかに、キテレツ達の世界の日本の一般的な神社の鳥居そのものだったのです。

それどころか門の先に続いている石造りの道は明らかに参道で、奥に建っている木造の小さな建物は神社の社の形をしていました。

 

「何でこんな所に神社があるんだよ?」

「僕に聞かないでよ」

「不思議ナリね……」

 

ブタゴリラに尋ねられるトンガリも困惑するしかありません。

何故、こんな場所に場違いな神社が存在するのかが分からないのです。

 

「もしかして……シエスタさん、竜の羽衣っていうのはあの中に?」

「ええ」

 

シエスタはキテレツ達がやけに驚いていることに目を丸くしていました。

キテレツ達はシエスタに連れられて、社へと進んでいきます。

社の扉は引き戸になっていて、それを開けた先には広々とした部屋が一つだけ広がっています。

 

「これが竜の羽衣? こんなのが飛ぶっていうの?」

「ただの羽のついたカヌーじゃない……つまんないの。こんなのが飛ぶわけないじゃない」

 

ルイズとキュルケはそこに置かれていた大きな物体を目にしても、がっかりしたようにため息をついていました。

タバサだけは好奇心が湧いたのか、じっとそれを見つめています。

 

「嘘……!」

「ねえ、これって夢じゃないよね? ……痛たっ!」

 

みよ子とトンガリがルイズ達とは対照的に目の前に鎮座する物に目を奪われる中、ブタゴリラがトンガリを軽く小突きます。

ブタゴリラ自身もその竜の羽衣と呼ばれる代物を目にして唖然としていました。

 

「何でこれがここに……!?」

「信じられない……ここにこれがあるなんて……!」

「キテレツ。これは、ひこうきナリか?」

 

キテレツと五月が愕然とする中、同様に目を丸くするコロ助が尋ねてきます。

 

「ただの飛行機じゃない……僕達の国の戦闘機だよ!」

「しかもこりゃあ……ゼロ戦じゃねえか!」

 

神社の社の中に安置されていた、竜の羽衣と呼ばれる翼とプロペラがついているその鉄の物体は、紛れもなく昔の戦争中に活躍した日本の戦闘機の一つであるゼロ戦だったのです。

この異世界にあるはずの無いものが目の前にあることに、キテレツ達は驚愕の色を隠せませんでした。

 

「ひこうき? ゼロせん?」

「これもあなた達の国で作られたマジックアイテムか何かってわけ? ふうーん」

「キテレツ君、みんなも……この竜の羽衣のことを知っているの?」

 

驚いているキテレツ達を怪訝そうに見つめるルイズとキュルケに、シエスタも心配そうに声をかけてきます。

 

「知ってるも何も、俺達の国で作られたものなんだぜ!」

「うん。確か、戦争中に使われていたものだったはずだよ」

「ねえ、シエスタさん。曾おじいさんが残した物って何か他にありませんか!?」

 

興奮するキテレツはシエスタに詰め寄りました。

 

「え? ええ……遺品と、あとお墓があるんだけど……」

「ぜひ、そこへ案内してください!」

 

ここまでキテレツ達が興奮していることにシエスタもルイズ達も困惑していました。

 

 



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シエスタちゃん里帰り タルブの不思議な秘密・後編

タルブ村の共同墓地はゼロ戦が置かれている寺院とはちょうど反対側の村外れに位置し、キテレツ達はシエスタにそこへ案内されていました。

 

「サツキ。あのひこうき? あれがどうかしたっていうの?」

 

道中、ルイズは寺院に置かれていたゼロ戦について尋ねます。

 

「あのゼロ戦の持ち主はわたし達の世界と同じなの。空を飛ぶことができる乗り物なんだけど、シエスタさんの曾おじいさんはそれに乗ってここへやってきたんだわ」

「学院にあるあのバズーカを持っていた人も、同じ世界から来たものね。あたし達の故郷からやって来た人達のことがもっと分かれば、帰るための大きな手がかりになるのよ」

「バズーカ……ああ、破壊の杖のことね」

「キテレツ達の故郷で作られた代物っていうなら、あれが空を飛べてもおかしくないかもね」

 

五月とみよ子の話を聞いてルイズは頷きます。キュルケも納得したように唸りました。

 

「曾おじいちゃんの故郷がキテレツ君達と同じなの?」

「ねえシエスタさん。もしかして、シエスタさんってその髪の色とか珍しいって言われたりしません?」

「ええ、それはまあ……うちの家族はほとんどこの髪の色だけど、知らない人に珍しがられることはあるわ」

 

キテレツが問うと、シエスタは困惑したように答えます。

 

「黒髪の人って貴族でも滅多にいないわね」

 

キュルケはじっとシエスタの髪を見つめていました。

ハルケギニアで多い髪の色はギーシュのような金色ばかりです。シエスタのような真っ黒な髪の人間は極めて稀でした。

 

「シエスタちゃんの曾おじいさんは僕達と同じ日本人ってことなんだね」

「言われてみりゃあ、シエスタちゃんって何か俺達と似た感じがするんだよな」

「とっても親しみがあったナリよ」

 

トンガリ達の言葉にシエスタは戸惑ったような顔を浮かべていました。

 

「そうか……わたしもサツキちゃんと初めて会った時も何だか不思議な感じがしていたのは、こういうことだったのね」

「え?」

 

シエスタの言葉に五月は目を丸くします。

五月がルイズの召喚によってハルケギニアへ呼び出されたあの日、シエスタは自分と同じ髪の色をして雰囲気もどことなく似ていた五月のことがとても親しく感じられていたのでした。

キテレツ達が迎えに来るまでがんばろうとするサツキを見て、シエスタも積極的に力になってあげたいと思ったのもそれが理由だったのです。

 

「何だか運命的だわ。曾おじいちゃんと同じ国の子達と会えたなんて」

「僕もまさか、すぐ近くに日本人の血を引いた人がいただなんて思わなかったよ……」

 

キテレツの言葉に他の五人も頷きます。まさしく灯台下暗しと言えるかもしれません。

 

「ここが村の墓地よ。わたしは曾おじいちゃんの遺品を持ってくるから、みんなは先に曾おじいちゃんのお墓に行ってて」

「え? ちょっと待ってよ。どれがそのお墓なのかこっちは分からないのに行かれちゃ困るよ」

 

やがて墓地まで辿り着いた一行ですが、シエスタにそう言われてトンガリは声を上げます。

 

「曾おじいちゃんのお墓は一番大きい物で色が黒いものだから一目で分かるの。ほら、ここからでも見えるあれがそうよ。曾おじいちゃんが亡くなる前に自分で作ったんですって」

「んん?」

「あれナリか?」

 

シエスタが指差した先には確かに、一つだけ他の墓石とは全く形や色、大きさが異なるものがあるのが見えました。

 

「ええ。それじゃあすぐに戻るからちょっと待っててね」

 

頷くシエスタは墓地から走り去っていきます。キテレツ達はシエスタが指し示した墓石の元まで向かいました。

 

「ずいぶんと変わった形のお墓ね」

 

ルイズは他の墓石とは全く違うそれを眺めて唸ります。

 

「典型的な日本のお墓だわ」

「うん。シエスタさんの曾おじいさんもずいぶんこだわりがあったみたいだね」

 

みよ子とキテレツは墓石を間近にして嘆息しました。

共同墓地の墓石はどれも白い石で横幅の広く背の低いものですが、シエスタの曽祖父の墓石は黒い石で作られ、四角柱の石を一番上に、それを乗せる台座の石を下にしたデザインは紛れも無く日本の一般的な墓石でした。

 

「でも、ずいぶんと目立つねえ……」

「まあ、他の墓石と全然違うものねえ。目立つのも当然だわ」

 

トンガリとキュルケは周りの墓石と、目の前の墓石を見比べて苦笑します。

確かに他の墓石とデザインが全く異なる上、和風の墓石が洋風の墓石の中に混じっている光景はどこか違和感がありました。

 

「何か書いてあんな。えーと、何て読むんだ?」

「ワガハイ、漢字は読めないナリよ……」

「海軍少尉 佐々木武雄、異界に眠る。シエスタさんの曾おじいさんの名前ね」

 

彫ってある墓碑銘を読もうとしたブタゴリラですが、国語力が無いので読むことができませんし、コロ助は漢字自体が読めません。

代わりに国語が得意な五月がすんなりと読み上げていました。

 

「サツキちゃん達にはその文字が読めるのね。異国の文字だからわたし達じゃ何て書いてあるかが全然読めなかったのよ」

 

そこへシエスタが何かを手に抱えて戻ってきました。

 

「それは何ナリか?」

「曾おじいちゃんの遺品よ。タルブに来たばかりの時に着ていた服と剣と……」

「うわ! 日本刀だよ!」

「それ、本物か?」

 

シエスタが差し出してきた物を目にしてトンガリは驚きますが、ブタゴリラは怪訝そうにします。

古ぼけたパイロットの飛行服にゴーグル、そして一振りの脇差しがそこにはありました。

 

「シエスタちゃんの曾おじいさんは武士だったナリか」

「違うよ。これは昔の日本の兵隊が使っていた軍刀だよ。シエスタさんの曾おじいさんは、僕達の国の兵隊の一人であのゼロ戦のパイロットだったんだ。間違いないよ」

 

キテレツ達はシエスタの曽祖父、佐々木武雄の墓碑銘や遺品から全てを理解することができました。

バズーカ砲の持ち主と同様に、ゼロ戦のパイロットだったシエスタの曽祖父もまた、異世界に迷い込んでしまった一人だったのです。

 

「兵隊さんか……やっぱり、そんな感じはしてたわ」

「どういうこと?」

「実は、曾おじいちゃんの若い頃の顔だけならわたしも知っているの。遺品の一つに曾おじいちゃんが描かれた小さい絵が残っていたから」

 

みよ子の問いにシエスタは一枚の小さな古ぼけた紙を取り出しました。

キテレツ達はシエスタの元に集まり、それに注目します。

 

「これって、写真じゃないの?」

「シャシン?」

 

驚くトンガリにシエスタは首を傾げます。

シエスタが手にしているその絵が写っている紙、というのは間違いなくキテレツ達の世界の写真だったのです。

 

「キテレツのマジックアイテムのカメラだっけ? あれで写したやつのことでしょ?」

「うん。でも、これはずいぶん古いカメラで写したみたいだね」

「戦争中だったんだから古くて当たり前だよ」

 

ルイズの言葉にキテレツとトンガリは頷きました。

シエスタが手にしている写真には飛行服を身につけた二人の男性がゼロ戦をバックに、仲が良さそうに肩を抱き合ってこちらを向いている場面が写っています。

しかし、キテレツの時代よりも何十年も古い昭和の年代に写されたその写真はカラーではなく、白黒でした。

 

「この右にいる人が曾おじいちゃんだったんですって。普通の平民じゃないってことは雰囲気で感じられてたわ」

「あら、割と良い男じゃない?」

「あんたねえ……性懲りもなく……」

 

シエスタは写真の人物を指差すと、キュルケが反応していました。ルイズは横目で見てため息をつきます。

その人物は片手に小さな瓶を手にしているのが分かりました。

 

「この隣にいる人って、ブタゴリラ君のおじさんに似てない?」

 

写真を眺めていたみよ子は何かに気付いて声を上げました。

 

「言われてみれば確かに似てるね」

「熊田君のおじさんって、ゼロ戦のパイロットだったの?」

 

頷くトンガリに対して五月は驚いたようにブタゴリラを見つめます。

 

「へへへっ、まあな。五月は会ったことなかったよな」

「うん。蜂飼いの話だって初めて聞いたもの」

「まあ。この人、カオル君の親戚の人なの?」

「いやあ、おじさん本人かは……」

「……ちょっと待って。名札をよく見てよ。ほら、熊田って書いてある!」

 

写真を観察していたキテレツがもう一人の人物を指差し、叫びました。

古ぼけて少しすすけてはいますが、佐々木武雄の隣にいる男性の飛行服の名札にははっきりと『熊田』という名前が書かれていたのです。

 

「本当だ。じゃあ、この人は本当に俺の伯父さんか!?」

「ワガハイにも見せて……おや? キテレツ、写真の裏に何か書いてあるナリ」

 

コロ助は下から見上げていたため、写真の裏側に小さな文字があることに気が付きました。

シエスタは写真を裏返し、キテレツ達もそこに書き記された短い文字に注目します。

 

「何て書いてあるの?」

「昭和十九年二月、熊一郎君と出撃前に……ですって」

 

ルイズ達では日本語は読めませんが、五月が読み上げるとキテレツ達は目を丸くしていました。

 

「熊一郎さんって、やっぱりこの人ブタゴリラ君のおじさんだわ!」

「間違いないよ! ブタゴリラ!」

「そういやあ……伯父さんから聞いたことがあるぜ。同じゼロ戦のパイロットで一番仲が良かった友達がいたって」

 

唖然としていたブタゴリラは思い出したように語りだしました。キテレツ達はブタゴリラに注目します。

 

「何でもさ、伯父さんと同じ農学校で勉強をしてたんだってよ。でも、戦争中にゼロ戦に乗って戦っている最中に行方が分からなくなって、戦争が終わった後も結局、見つからなかったみたいだぜ」

「それがシエスタさんの曾おじいさんなの?」

「そうみたいだね……」

 

ブタゴリラの話を聞いていて五月とトンガリは呆気にとられました。

 

「そうか……きっとその時にゼロ戦と一緒に、何かが原因でこの世界に迷い込んでしまったんだね。それで帰る方法も見つからなくて、ここで一生を過ごしていくことを選んだんだ」

 

キテレツは佐々木武雄の送ってきたであろう生涯について納得します。

戦争が終結した後も見つからなかったのは、異世界に迷い込んでしまったからです。それではいくら探しても見つけられるはずがありません。

そして、佐々木武雄も元の世界へ帰れずにこのタルブに骨を埋める結果になったのでした。

 

「そういえばあれってどうして飛べないのよ?」

「たぶん、故障したか燃料が切れたからじゃないかな? 調べてみないと分からないけど……」

 

ルイズの問いにキテレツは答えます。ゼロ戦は外装はしっかりしていましたが、内装はどうなっているか分かりません。

 

「それじゃあ本当に、曾おじいちゃんのあの竜の羽衣は空を飛べるのね?」

「うん。壊れていなければね」

「ここで作っているあのハチミツがブタゴリラ君のおじさんのハチミツと同じ味なのも納得できるわね」

 

佐々木武雄はブタゴリラの伯父と一緒に同じノウハウを学び、その知識を活かすことでこの世界で養蜂家として大成したのでしょう。

そして、それが村の名物になるほどになったのでした。

 

 

 

 

一行はその後、シエスタの実家へと招かれます。シエスタは家族に一行のことを紹介すると、両親は快く迎え入れてくれました。

八人兄弟の長女であるシエスタは帰郷に喜ぶ弟妹達に囲まれて楽しそうに笑顔を浮かべます。

シエスタの両親はおもてなしを兼ねて昼食を一緒に食べようと持ちかけ、ルイズ達はそれを了承しました。準備の間、シエスタの家の庭で待つことになります。

ところが、そこにはキテレツの姿だけはどこにもありません。

 

「これでよし、と……」

 

みよ子は家のすぐ近くに立っている小さな木の枝に天狗の抜け穴のテープを大きな輪にし、引っ掛けて吊るしていました。

キテレツは魔法学院へコルベールを呼びに、先ほどキント雲に乗って飛んでいったのです。

今は飛べないゼロ戦を調べ、整備してまた飛ばすことができるかもしれないためにコルベールの協力を仰ぐことにしたのです。

往復の手間を省くために、天狗の抜け穴を使ってすぐに戻って来れるようにしたのでした。

 

「これってガーゴイルなの?」

「ガーゴイル見るなんて初めて!」

「この頭のこれはな~に?」

「いたたた! やめるナリ~!」

 

シエスタの家の庭でコロ助は数人の幼い弟妹達にじゃれつかれていました。一人が珍しそうにコロ助のチョンマゲを引っ張っています。

幼い子供達にとって初めて目にするからくりロボットはかなり好奇心を刺激されるようでした。

 

「こらこらダメよ。コロちゃんをいじめたりしちゃ」

「はーいっ」

 

その様子を見かねたシエスタが弟妹達をたしなめていました。

 

「準備オーケーよ。あとはキテレツ君達が来るのを待つだけだわ」

 

藁束が積まれた荷台に腰掛けて寛いでいるルイズ達の元にみよ子はやってきます。

 

「コルベール先生があれを見たら、きっと興奮しちゃうでしょうね」

「まあ、言えてるわ。あんなに珍しい物を見たら居ても立ってもいられないかもね」

 

苦笑するルイズにキュルケは爪を磨きながら言いました。

 

「ドラゴンさんだ! すごーい!」

「きゅい、きゅい~♪」

 

タバサはいつものように持参した本を読んでいますが、ついてきていたシルフィードは中庭に座り込んで子供達と遊んでいます。

 

「あら? ブタゴリラ君とトンガリ君は?」

 

みよ子は庭に二人の姿がないことに気が付き、五月に尋ねます。

 

「熊田君と一緒にシエスタさんのお母さんの所。手伝いをしに行ったみたい」

 

みよ子が天狗の抜け穴を用意している間に、ブタゴリラはトンガリを無理矢理引っ張ってシエスタの家の中へと上がっていったのです。

 

「ミズ・ヴァリエールの皆様方にはお待たせして申し訳ないんですけど、まだしばらくかかりそうで……」

「良いわよ、お構いなく。あたしらはのんびり待たせてもらうから」

 

ルイズ達に断りを入れにやってきたシエスタですが、キュルケは気さくに答えていました。

 

「シエスタさん。わたしにも何か手伝えることはあるかしら?」

「う~ん。それじゃあ、これから倉庫に取りに行くものがあるんだけど、それを運ぶのを手伝ってくれるかしら?」

「うん!」

「あ、あたしも手伝うわ!」

「ワガハイも行くナリ~……」

 

五月達は積極的に仕事の手伝いをすることを決め、シエスタの後をついていきます。コロ助はじゃれつかれていた子供達から逃げるようにして後を追いかけました。

ルイズ達三人の生徒達は何もやることがなく、庭に残されていました。庭からも眺められる広大なタルブの草原の景色を眺め、風に吹かれます。

 

「やっぱりサツキ達も、自分達の故郷と縁がある彼女と一緒にいるのが嬉しいのかしらね」

「そう、かしら……」

 

一行を見送るキュルケの言葉にルイズは五月の後姿を切なげに見つめます。

シエスタと話をしている時の五月達がいつもよりとても楽しそうなのは、はっきりと分かりました。

まさかシエスタがキテレツ達の故郷である異世界と関わりがあったなど想像もできませんでしたが、その事実を知る前でも一行は彼女とはとても親しそうにしていたのです。

平民同士だから、というわけではなく故郷と深い縁があるために、キテレツ達はとても親近感を湧かせて安心できているのでしょう。

見ず知らずの異世界に取り残されてしまったキテレツ達は本来ならば不安で仕方が無かったはずです。そんな時にシエスタという故郷と深い縁のある人間がいてくれたおかげで、ああも元気でいられるのです。

 

 

 

 

シエスタと一緒に村の共同倉庫までやってきた五月達は大鍋や揚げ物用の油といった必要な物を集めていきます。

今作っているのはヨシェナヴェという郷土料理とコロッケで、その後にはマンジュことまんじゅうも作るつもりでいました。

 

「よいしょっと……」

 

シエスタは床に設けられた扉を開けると、階段を降りていきます。

床下の地下室に入ってくると、シエスタは壁にかけられたランプに火を点けます。

 

「ここは何ナリか?」

「樽がいっぱいだわ……」

 

薄っすらと明かりが灯った地下室の壁にはいくつもの樽が並べられていました。

 

「村で大事な物をしまっている場所なの。村で作っているワインなんかもしまってあるのよ」

「へえ。それじゃあこの樽の中にワインがあるの?」

「ワインって、お酒のことナリか?」

 

五月達はワイン樽を眺めて呆気に取られます。確かにこの地下室なら保存には最適と言えるかもしれません。

 

「マンジュを作るから、ワインを一本持っていくわ。それから……その棚の上にある箱を取ってもらえるかしら?」

「ええ。これね?」

「ワガハイが取るナリよ」

 

シエスタが指差した先の棚に向かおうとした五月ですが、コロ助が隣にある梯子を駆け登っていきました。

 

「えーと、どれナリか?」

「右側にある箱よ。ワインを冷やさないといけないから、氷を作るの。そのためのマジックアイテムが入ってるのよ」

「氷を作るマジックアイテム?」

「ええ。水をすぐに凍らせることができる薬なの」

 

首を傾げる五月にシエスタが説明しました。

 

「キテレツの瞬間氷結剤みたいナリね。……うわっ、わわわっ!」

「あっ、コロちゃん!?」

 

箱を取って降りようとしたコロ助ですが、余所見をしていたせいでバランスを崩して落ちそうになってしまいます。

 

「わあーっ!」

 

五月とみよ子が駆け寄ろうとした時にはコロ助は梯子から転げ落ちてしまいました。

一緒に落ちた箱からは丸い白い玉がは詰まった瓶が飛び出て床を転がります。

 

「痛たたた……あいたっ!」

 

さらに棚の上から落ちてきた別の小さな箱の一つがコロ助の頭を直撃してしまいました。

 

「大丈夫、コロちゃん?」

「ケガはない?」

「面目ないナリ……」

 

傍に寄ってきた五月とみよ子がコロ助の身を案じます。箱が落ちてきたせいで小さなコブができていました。

 

「大変! ちょっと待ってて。上に薬があるから」

「大丈夫ナリ。ワガハイの頭は頑丈ナリから……」

 

コロ助は地下室から上がろうとするシエスタを呼び止め気丈にも立ち上がり、片づけまでしようとします。

 

「この本は何ナリか? 何にも書いてないナリ」

 

落ちてきた箱から飛び出てきたのは一冊の本でした。コロ助はページが開いている中身を目にして不思議そうにします。

 

「まだ使ってない日記かしら?」

 

五月は本を拾い、みよ子と一緒に目を丸くして本を覗き込みました。その本はどのページも白紙であり、文字一つ書き記されてはいないのです。

 

「それはこのタルブに百年以上も前から伝わっている秘伝の書なんですって。村長さんの家が代々管理をしているとても大切な物らしいわ」

「何にも書いてないのに?」

「どうしてそんな物を大事にしまってあるのかしら……」

「う~ん……わたしもよく知らないの。でも、とても大事な物だからちゃんとしまっておいてね」

 

そう述べたシエスタはワインの瓶と桶を持って地下室から上がっていきます。

 

「そっちのはメガネみたい」

「良かった……割れてないみたいだわ」

 

もう一つの箱から出てきたのは眼鏡でしたが、高い所から落ちたのにも関わらず壊れている様子はありません。

それどころかヒビ一つ入っていませんでした。

 

「頑丈なメガネで良かったナリ」

「本当に割れてないのかしら……」

 

五月は念のためにしっかり調べることにして、自らメガネをつけてみました。

 

「うん……大丈夫。壊れてないみたいだわ」

「良かった。さ、早く片付けて行きましょう」

「ええ。……あら?」

 

みよ子に促されて五月はメガネを外そうとしましたが、手を止めていました。

 

「どうしたナリか?」

「五月ちゃん?」

 

本に視線を落とした五月は開いているページをじっと見つめたまま呆然と固まっていました。

一度、メガネを外して本を凝視しますが、またメガネをつけなおします。

 

「みよちゃん。この本、普通の本じゃないわ」

「え? どういうこと? 五月ちゃん」

「これをかけて読んで見て」

 

五月は外したメガネをみよ子に手渡します。みよ子は言われた通りにメガネをかけ、本のページを覗いてみました。

 

「みよちゃん、一体何が見えるナリ?」

「……嘘。これって……」

「そのメガネをつけないと読めないみたいなの。それって、キテレツ君の持っているカラクリ武者じゃないかしら?」

 

驚く五月に、みよ子は呆然としたままページを見つめていました。

先ほどまでこのページは何も書かれていないただの白紙でしかありませんでした。しかし、今このメガネをかけてから見ることによって、そこには明らかに文字や絵がはっきりと書き記されていたのです。

今、開いているページにはキテレツのカラクリ武者と全く同じ姿をしたカラクリ人形の絵がありました。

そして、そのページのタイトルにもこう記されていたのです。『唐倶利武者』と。

 

「これって、もしかして……!」

「みよちゃん!?」

 

ページの内容を読んでいたみよ子は何かを確信し、次々と前のページを捲っていきます。

様々なページの中は白紙ではなく、同様に文字と絵が描かれていました。しかし、みよ子はそれらには目も暮れず、どんどん最初のページに向かっていきました。

 

(奇天烈斎様は、やっぱりここに来ていたんだわ……!)

 

 

 

 

数時間後、シエスタの家の木に吊るされた天狗の抜け穴から二人の人影が飛び出てきていました。

 

「あ! キテレツナリー!」

「コルベール先生も!」

「キテレツ君! こっちよー!」

 

庭で一行はシエスタの家族達と一緒に鍋を囲んでおり、五月達は現れたキテレツとコルベールの二人を見かけると大声で呼びます。

 

「ほう……間違いなく、ここはタルブのようだね……本当に一瞬で移動できるとは……すごいものだな! キテレツ君!」

 

コルベールは周りを不思議そうに見回して呆然とします。

魔法学院から馬で三日の距離のタルブまで、一秒で瞬間移動ができた天狗の抜け穴の効果に驚いていました。

 

「で、それで、竜の羽衣? いや、ゼロ戦だったかな? それはどこにあるのかね?」

「まあ、それは後にして、まずはみんなの所に行きましょう」

 

興奮するコルベールを促し、キテレツは一行の元へと歩いていきました。

魔法学院でゼロ戦の話をしたら、知的好奇心旺盛なコルベールは居ても立ってもいられず、早く見て触りたいと叫んだりしていたのです。

しかもキテレツ達の世界の代物だと聞いたら、余計に目を輝かせていました。

 

「遅せえぞ、キテレツ! これからもう鍋パーティを始めようって言うんだからな!」

「こっちはしんどかったんだからね……」

 

トンガリはブタゴリラと一緒にシエスタの母の料理の手伝いを強制されて、疲れていました。

 

「鍋だって?」

「そうナリよ。コロッケも美味しそうナリ」

 

箱の上には鍋の他に大きな皿があり、そこには大量のコロッケが盛られていました。

 

「コルベール先生もご一緒にどうです?」

「いやあ、悪いねえ。う~ん、本当に良い匂いがするな。では、お言葉に甘えて……」

 

キュルケに招かれてコルベール達も食事の会に参加します。

 

「おじさん、すご~い! お兄ちゃんと一緒にどこから出てきたの?」

「あの輪っかは何なの? お姉ちゃん」

「そのキテレツ君が作ったマジックアイテムよ。あの人はこちらのミス・ヴァリエール達がご在学をしている魔法学院の先生のミスタ・コルベール」

 

いきなり現れた二人にシエスタの弟妹達は不思議そうに見つめていました。シエスタの家族たちも同様のようでした。

 

「やや、君はシエスタ君じゃないか。そうか、ここは君の実家だったのかね」

 

シエスタの顔と名前を覚えていたコルベールは目を丸くします。

 

「はい。ミスタ・コルベールもどうぞ、タルブの郷土料理のヨシェナヴェとコロッケをお召し上がりください。お口に合うと良いんですが……」

「すみませんなあ。いきなりお邪魔してご馳走まで頂いてしまうとは」

「いえいえ、滅相もございません」

 

相手が平民であるにも関わらず、コルベールは屈託の無い態度でシエスタの家族と接します。

 

「キテレツ君。これを見て」

「どうしたのみよちゃん」

 

一行が椅子代わりにしている箱に腰を下ろしたキテレツは、隣のみよ子から本を手渡されました。

表紙には何のタイトルも無い本にキテレツは呆気に取られます。

 

「その本の中をしっかりと読んでみて欲しいの」

「大発見ナリよ! キテレツだったらその本を読めるナリ!」

 

みよ子やコロ助だけでなく、五月も何故か嬉しそうな笑顔を浮かべていました。

 

「うん。分かったよ?」

 

いきなりのことに首を傾げつつ、キテレツは本を読むことにします。

 

「その本は一体何なのかね?」

「サツキ達がこの村の倉庫で見つけた秘伝書だそうですわ」

「ねえ、一体何が書いてあるの? いい加減教えなさいよ」

「そうだぜ、みよちゃん。あれがどうしたって言うんだよ?」

「ずるいよ、僕らには秘密にしたままにするなんて」

 

ルイズに便乗してブタゴリラとトンガリも文句を言います。

倉庫から本を持ち出してきたみよ子達はぜひ、キテレツに見せたいとシエスタに頼み込んでいましたが、その内容はまだ誰にも話していないのでした。

 

「まあ待って。キテレツ君が一番読む資格があるんだから」

 

みよ子はぐずる三人を抑えます。

最初のページに書かれている内容をキテレツはじっと黙って読んでいました。

始めの文にはこう記されています。

 

『我、奇天烈斎 異界の地にてこの書を書き残したものなり』

 

この異世界のものではない、日本語の文字を目にした途端にキテレツは心臓が一気に激しく高鳴り、驚愕してしまいました。

 



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明かされた秘密 ハルケギニアの奇天烈大百科・前編

♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「やったナリー! とうとう元の世界へ帰る方法が見つかったナリー!」

キテレツ「奇天烈斎様が残してくれたこの大百科には色々な発明品が書いてあったんだ。新しい冥府刀を作り直すことができるよ!」

コロ助「でも直すには部品やお小遣いがいっぱいいるナリね~」

キテレツ「大丈夫。コルベール先生やルイズちゃん達が色々と協力してくれるって」

コロ助「ところでタバサちゃんは大百科にとっても興味があるみたいナリ」

キテレツ「僕に何か作ってもらいたい物があるのかな?」

キテレツ「次回、明かされた秘密! ハルケギニアの奇天烈大百科」

コロ助「絶対見るナリよ♪」



みよ子達が倉庫で見つけた白紙の秘伝書はシエスタが村長から許可をもらって借りていました。

村長曰く、異国の文字で書かれたその秘伝書はシエスタはもちろん村長も含めて誰も読むことができないため、読める人が現れたのであればその人に預けても良いという話になっているそうです。

借り受けた秘伝書をみよ子達はそれ以上読もうとせず、キテレツに最初に読んでもらうためにそのままにしていたのです。

 

「君はその本が読めるのかね? 確かあのメガネが無いと読めないはずなんだが……」

「キテレツ君のメガネもこれと同じなんです」

 

シエスタの父親が秘伝書を読むキテレツに怪訝とする中、みよ子は秘伝書と一緒に持ってきたメガネを見せました。

 

「まあ。キテレツ君のメガネがそれと同じなの?」

「確かキテレツ君のメガネって、神通鏡っていう特別なものって聞いてるけど……」

 

母と共に木の器から小皿にコロッケをよそいながら驚くシエスタに、五月もキテレツを見つめます。

 

「神通鏡?」

「ええ。キテレツ君がつけているメガネは、この間話した奇天烈大百科を見るのに必要な道具なのよ」

「ちょっとやそっとじゃ壊れないところもそのメガネと同じナリ」

 

尋ねてきたルイズにみよ子とコロ助はしたり顔で頷きました。

 

「何だって!? ……本当だ。それじゃあやっぱりこれは、奇天烈斎様の残した本なんだ!」

 

自分のメガネを外して本のページを見てみたキテレツはさらに愕然とします。

今まで文字が書かれていたはずのそこには、今は何も無い白紙となっていたのです。メガネをつけ直せば、また普通に見えるようになりました。

 

「何!? そいつがキテレツの大百科だってのか!? 何でここにあるんだよ?」

「どういうことなのさ、五月ちゃん?」

「わたしよりシエスタさん達に聞いた方が良いと思うわよ?」

 

キテレツ達はおろかルイズ達三人もシエスタに注目します。

 

「キテレツ斎……この間、キテレツ君が話していたというご先祖様のことだね?」

「はい。これは奇天烈斎様が書いたものに間違いありませんよ!」

 

コルベールは先日、キテレツ達と露天風呂に入った際に奇天烈斎がハルケギニアを訪れていた話を聞かされていました。

キテレツの先祖も立派な発明家である話を聞いて、コルベールはとても感銘を受けていたのです。

 

「キテレツ君のご先祖様が書いたですって!? 本当なの?」

「ねえねえ、キテレツ。それでそれには何が書いてあるのかしら?」

「あたし達にもちゃんと話しなさいよ! 秘密にするなんて許さないわ!」

 

シエスタが驚く中、キュルケにルイズ、そしてタバサまでもが興味津々になってキテレツを凝視していました。

 

「ミス・ヴァリエール。申し訳ないのですが、その秘伝書は部外者に話すことはできなくて……」

「何言ってるの! キテレツ達が知る秘密はあたしが知ることでもあるの! あたしはキテレツ達のお世話をしてるんだから、話を聞く権利はあるはずよ!」

 

困った顔をするシエスタにルイズは食いつきました。

 

「ミス・ヴァリエール。この村が秘密にしたいことがあるのであれば、それを無理矢理知ろうとするのはいけないことだよ。ここは我慢しなさい」

 

しかし、コルベールに諌められてルイズは不満な顔のまま引き下がります。

コルベールも本当は一緒に話を聞きたいのですが、何か事情があると察して自粛したのでした。

 

「ま、そうですわね。ちょっと残念な気もするけど」

 

キュルケはあっけらかんとしてため息をつきます。タバサも納得したようで視線を自分の本に戻しました。

 

「キテレツ君と言ったかね? 後でシエスタと一緒に村長の家に行くと良い。そこで村長から話を聞くと良いだろう。シエスタの話によれば、君達はどうやら『迷い人』らしいからね」

 

戸惑うシエスタですが、シエスタの父が真剣な顔でキテレツ達の顔を見回しながらそう答えます。

 

「迷い人?」

「まあ良いじゃねえか、キテレツ! 後でゆっくり話が聞けるんだからよ! それより飯にしようぜ! 美味そうな鍋じゃねえか!」

 

首を傾げるキテレツですが、ブタゴリラが自分に渡された皿を堂々と前に突き出します。

色々な野菜が煮込まれたスープからは湯気が立ち、美味しそうな香りが出ていました。

 

「さあ、キテレツ君達もミス・ヴァリエールのみなさんもどうぞ召し上がってくださいな!」

「そういえばお腹がペコペコナリよ。いただきますナリー!」

 

コロ助はコロッケを一口にして美味しそうに頬張っていました。

 

「このシチュー、中々いけるわね。スープも全然知らない味しているけど、とっても美味しいわ」

「独特なハーブの使い方をしてるわ。それに見たことない野菜も入っていて……」

「カオル君が持ってきた材料を入れているんですよ。でも、こんなに美味しくなるなんて!」

 

舌鼓を打つルイズとキュルケにシエスタは笑顔で答えつつも驚きました。

 

「熊田君、一体何を入れたの?」

「へへへっ、八百八特性の大根と白菜、長ネギにニンジン! そして隠し味に味噌を使ったのさ! どうですかおばさん!」

「うん、あんたの言った通りにとっても美味しくなったよ。それにしても不思議な味だねえ」

「美味しいーっ!」

「こんなに美味しいヨシェナヴェは初めてーっ!」

 

シエスタの母だけでなく、子供達も喜んで鍋を食しています。

料理を手伝っていたブタゴリラは自分が持ってきた野菜などを使って欲しいと頼み込み、シエスタの母はそれを了承していたのです。

他にもシエスタの父が捕ってきたウサギやシャコなどの肉が煮込まれ、ブタゴリラの味噌でじっくり味付けをされたために誰もが満足する美味しさになったのでした。

 

「う~ん。これはいける味ですなあ。うん! 美味い!」

 

コルベールも唸るほどに特性の寄せ鍋は大好評です。

 

「本当に美味しいわ。ブタゴリラ君も考えたわね」

「ほとんど手伝わされたのは僕なんだからね……」

 

付き合わされたトンガリはブタゴリラの指示に従わされて料理の手伝いをされていましたが、すっかりうんざりしていました。

 

「このコロッケもとっても美味しいナリ。さすがシエスタちゃんのコロッケナリよ、あむあむ……」

「タバサ。あなた、それがずいぶんと気に入ってるのね?」

 

キュルケはコロッケを黙々と食するタバサに注目します。

タバサもコロ助に負けないくらいに大量のコロッケに手をつけていたのでした。

 

「でもこれも美味しいじゃない。コロッケっていったかしら? 魔法学院の食卓に出してみても良いんじゃないかしら」

「ま、他の連中が気に入ってくれるかは分からないけれどね。あたしはこれが好きだけど」

 

ルイズとキュルケもすっかりコロッケが気に入ったようでした。

 

「それじゃあルイズちゃん達にだけ特別に用意してあげたらどうかしら?」

「う~ん、マルトーさんが何て言うかな……」

 

五月の提案にシエスタは困惑してしまいます。

 

「もうすぐタルブ名物、マンジュが出来上がるからそっちも召し上がってちょうだいな」

 

デザートとして出す予定のまんじゅうは現在、蒸されている最中です。

五月達はもちろん、一度食べたことのあるキュルケは期待に満ちた顔を浮かべていました。

 

「キテレツ君はどう? 美味しいでしょ?」

「うん、確かに美味しいよ」

 

五月に問われるキテレツですが、どこか上の空な様子です。

キテレツの後ろには先ほどまで読んでいたタルブの秘伝書――奇天烈斎が残した書物が置かれています。

それが気になってしまって、他のみんなと同じように食事を楽しむことができませんでした。

 

 

 

 

昼食が終わった後、キテレツ達はシエスタに連れられて村長の家へ向かいます。

ルイズ達は部外者ということで一緒に話が聞けないため、ゼロ戦が保管されている神社の方で待つことになりました。

コルベールはゼロ戦が見られるということでむしろ期待に目を輝かせていたのです。

 

「何つけてるの、五月ちゃん?」

「キテレツ君の壁耳目よ。ルイズちゃん達だけ仲間外れにするのも何だか悪いし」

 

トンガリに尋ねられた五月は自分の胸につけている壁耳目に触れます。

先ほどキテレツに頼んでモニターをルイズ達に渡し、五月がこの壁耳目を装着することで彼女達も話が聞けるようにしたのでした。

 

「良いの? 盗み聞きなんてさせたりして」

「大丈夫よ。ルイズちゃん達なら秘密はしっかり守ってくれるもの」

「ルイズちゃん達は悪い人じゃないんだから」

 

心配そうにするトンガリですが、五月とみよ子は笑顔で答えました。

悪人に秘密を聞かれるのは不味いことですが、ルイズ達は信頼できる友達なのです。

 

「おお、シエスタか。今度は何の用だね?」

「村長さん。さっき借りた秘伝書のことについて、この子達に教えてあげてくれますか?」

 

辿り着いた村長の家の玄関のベルを鳴らすと、中から出てきたのは人の良さそうな老人です。

シエスタはキテレツ達のことを紹介すると村長は目を丸くしていました。

 

「ほほう。あの本の中身が分かるということは、やはり君らはシエスタのところのタケオさんと同じ迷い人なのか……」

「ワガハイ達が迷い人って何のことナリ?」

 

興味深そうに見つめてくる村長にキテレツ達は困惑します。

 

「まあ、話は中でしようじゃないか。さあ、みんな中へ上がりなさい」

 

一行は村長宅に招かれ、客間のソファーに並んで座ります。

 

「シエスタ。この子達について詳しく教えてくれんかな?」

「はい。みんな、曾おじいちゃんと同じ国からやってきた子なんです。それからこのキテレツ君が、あの秘伝書を書いた人のご子孫なんですって」

「な、何と……それは本当かね?」

 

キテレツがシエスタに紹介されると、村長はさらに驚いた顔になってキテレツに注目します。

 

「木手英一と言います。この本を書いた奇天烈斎は、僕のご先祖様なんです。このメガネも、奇天烈斎様が作った神通鏡に間違いありません」

「キテレツ君のメガネも一緒なんですって」

 

テーブルに置かれた秘伝書とメガネとキテレツを見比べ、村長は開いた口が塞がりません。

 

「どうしてこの村に奇天烈斎様の書いた本があるんですか?」

「知っていることがあったら教えてください」

「ワガハイ、奇天烈斎様のことをもっと知りたいナリよ」

 

みよ子と五月、コロ助は落ち着かない様子で詰め寄ります。

 

「何でも良いんですよ。奇天烈斎様がここで何をやって、どうやって帰ったとか、何を作ったとか、あとはそうだなあ……」

「ブタゴリラは黙ってた方が良いよ……いつも余計なこと言って話をこじらせるんだから」

 

余計なことを言って話をもつれさせるブタゴリラにトンガリは苦言を漏らしますが、それがまた余計な一言です。

 

「お前も一言余計なんだよ!」

「わああっ! やめてよ~!」

 

ブタゴリラを怒らせて首を腕で締め上げられてしまいました。

 

「やめなさいよ、二人とも! ケンカなんかしてる場合じゃないでしょ!」

 

見かねた五月に叱られてブタゴリラは手を離しました。

村長は一行を見つめて唖然としますが、シエスタはおかしそうに笑っています。

 

「それで、この本についてなんですけどね……これには奇天烈斎様が作った色々な発明品が書いてあるんです」

 

キテレツは本を手に取り、ページを開いてまたテーブルに置きました。全員、開かれたページを覗き込むように注目します。

村長はテーブルのメガネをかけていました。そのページには天狗の抜け穴の絵と文字が書かれています。

 

「何かのマジックアイテムということはワシらも察しはついてはおったんじゃが……何分異国の文字では意味も分からなくてなあ」

「何でそのメガネをかけた時じゃないと見えないの?」

「奇天烈斎様が作った特殊なインクの効果さ。トリックインクの一種で、インクが出す目に見えない光をこの神通鏡が感知して、それで見えるようにしているんだよ」

 

五月の問いにキテレツは神通鏡の説明も交えて答えました。

誰かに悪用されないためにか、奇天烈斎は基本的に自分の秘密に関わる書面はこの特殊なインクで書いているのでした。

 

「どうしてここにこの本があるのか教えてくれますか?」

「わたしも詳しい話を聞きたいわ、村長さん」

 

キテレツに便乗してシエスタも興味深そうに尋ねます。

 

「うむ……この秘伝書は百年以上も前からずっと保管されていたものでな。その昔、この村を訪れ救ったという旅人が書き残された物なんじゃ」

「村を救った?」

「そうじゃ。百年以上も昔、このタルブでは酷い飢饉が起きていたそうでな。領主様に収める税はおろか、村の者達がまともに食うことすら難しくなってしまったそうじゃ。タルブには畑仕事以外にまともな産業が無いからのう。それはもう大変だったそうじゃよ」

「キキン?」

「地震とか台風とか病気とか、色々な原因で畑の食べ物が不足してしまうことよ」

 

首を傾げるコロ助にみよ子が説明します。

 

「そうして村の者達が飢えに苦しんでいた時、旅のお方がこのタルブを訪れた。そのお方は今やこの村の名物であるマンジュをお作りになられたそうでな。それを食べた村人達は不思議なことにたちまち元気が出て、飢饉が去るまで飢えを凌ぐことができたんだそうじゃ」

「そのまんじゅうはきっと、奇天烈斎様の発明品のふくふく饅頭だったんですよ。あれは滋養強壮の効果がありますから」

 

話を聞いて、キテレツはタルブ村の名物との関わりについて確信を持ちました。

 

「まあ、そうだったの……」

「どうりでやけに元気が出ると思ったぜ」

 

シエスタが驚く中、ブタゴリラもほかの四人も納得します。

そうして村に製法が伝わり、今も名物としてふくふく饅頭は村人達に愛されているのでしょう。

 

「その旅の方はその後もタルブに留まり、色々と村の助けになってくれた。荒れた村を復興させるのに協力してくれたのはもちろん、森にオーク鬼が現れるようになって困っていた時には追い払ってくれたり、さらには貧しくなってしまった村を豊かにしてもくれたそうじゃ。その方の知恵やマジックアイテムの力を借りてな」

 

奇天烈斎がこの地で残した活躍にキテレツは胸を躍らせます。

この異世界でも奇天烈斎は困っている人達を助け、幸せにしてあげるために手を差し伸べていたのです。

その結果が今のタルブ村であることは疑いようのない事実でした。

 

「すごい……キテレツ君のご先祖様が村にそこまでのことをしてくれたなんて」

「それだけじゃないぞシエスタ。そのお方の噂を聞きつけて、他の村や外国の貴族様もその方を頼って尋ねに来たりしたものだそうじゃ。その方は不思議なマジックアイテムをいっぱい持っておられたというからの。ほれ、倉庫に物を軽々と運べる布があるじゃろ?」

「それって、きっと火事場風呂敷のことですよ!」

 

奇天烈斎が異世界でも多くの人を助け、信頼を集めていたという事実にキテレツは嬉しくなりました。

それは人間だけでなく、水の精霊のような人ではない存在ですら奇天烈斎を百年以上も覚えているほど信頼していたのです。

 

「さすが奇天烈斎様ナリ!」

「キテレツ君が尊敬しているだけはあるわね」

「うん。僕もとっても誇らしいよ。奇天烈斎様が色々な人にそこまで頼りにされていたんだもの」

「子孫のキテレツ君が立派なのも分かる気がするわ」

 

みよ子だけでなく五月もキテレツに尊敬の眼差しを送っていました。

 

「それでそのキテレツ斎さんはどうなったの?」

 

シエスタがさらに問いただしますが、村長の顔色は先ほどまでと打って変わって苦い顔を浮かべます。

 

「何だよ? 奇天烈斎様に何かあったのか?」

「うむ……そのお方のおかげで村も復興してしばらく経った頃だそうじゃ。ロマリアにもそのお方の噂は届いておったそうじゃが……当時のロマリアの法王様はその方を異端者とみなして、このタルブに兵を送ってきたのじゃ」

「異端だって!?」

 

村長の言葉にキテレツは愕然として立ち上がってしまいます。

 

「ロマリアって何?」

「トリステインからガリアをさらに南へ行った先にある国よ。そこにはわたし達が信仰するブリミル教の総本山の宗教庁という所があって、そこには一番偉い教皇様がいらっしゃるの」

 

尋ねるトンガリにシエスタが答えます。

 

「つまりどういうことだ?」

「要するに、でっかい教会みたいなものだよ。分かるように言うならお寺のお坊さんさ」

「イタンって何ナリ?」

「自分達が拝んでいる仏様とは、違う神様を拝んだりする人を、他の人がよく思わなかったりすること」

 

よく意味が分かっていないブタゴリラとコロ助にトンガリとみよ子はそれぞれ簡単に説明しました。

 

「うむ。ロマリアから知らせを受けてやって来た教会の司教様がそのお方を異端者として捕らえると申していたそうなんじゃ。何でも、そのお方のマジックアイテムが世間を騒がせるのが許せんかったのだと」

「そんな! 奇天烈斎様の発明はちゃんと人の役に立っていたのに!? 何でそんなことに!」

 

キテレツは思わず大声を上げてしまいます。

多くの人々を助け、尊敬されていたはずの奇天烈斎が異端者扱いされるなんて信じられませんでした。

 

「始祖ブリミルを崇める教会やロマリアの方々にとってはそのお方が気に入られなかったようじゃな。異国の不思議なマジックアイテムの力を認めてくれず、逆に危険視されたのだそうじゃ」

「何だよ、心の狭い奴らだなあ」

「ひどいナリ」

 

ブタゴリラとコロ助の言葉にはキテレツだけでなく、全員が納得します。

 

「そのお方は運よく他の村へ出かけていたので難は逃れたそうじゃが、これ以上村にい続けると迷惑がかかると悟り、また教会の者達が来る前に村を後になさったのじゃ。この秘伝書とメガネを残してな……」

 

村長はテーブルの本を手に取ります。

 

「村にはそのお方が作られたマジックアイテムやガーゴイルがいくつかあったのじゃが、ロマリアからやってきたメイジ達はそれらをみんな壊して焼いてしまったのじゃよ」

「まあ。そんなことまでしてキテレツ斎さんを嫌うなんて……」

 

シエスタは苦い顔を浮かべます。

 

「残ったのはこの秘伝書や他に隠してあった目立たない品々だけじゃった……。その方が作られた役立つ薬やマンジュの製法などは口伝で今も使われておるがの」

 

秘伝書は白紙だったので、目をつけられずに難を逃れたのでしょう。

薬やふくふく饅頭の作り方は奇天烈斎が村人に教えた製法が百年以上の時が経っても連綿と受け継がれ、この現代で役立てられているのです。

 

「そして村に代々伝わっている、そのお方が残した言葉がこうじゃ。『もしも自分達と同じ迷い人が現れし時、この書を見せよ。この書に記された道具が迷い人に救いをもたらしてくれる。そしてこの書の秘密は決して、世に出してはならない』……とな」

「わたし達みたいな人のために、自分の発明品の作り方を残してくれたのね」

「奇天烈斎様の他にも、もしかしたらその時にいたんだろうね。きっと、その人を助けるために元々は来ていたんだ」

 

奇天烈斎が異世界を訪れた理由として考えられるのも、やはり人助けであったのかもしれません。キテレツ達が五月を助けにやってきたように誰かを助けに来たとも考えられます。

そうでなければ過去透視鏡で見た時のように準備万端であるとは思えません。

 

「シエスタよ。お前の曾じいさんのタケオさんもな、当時は迷い人かもしれないと思って、ワシの父が口伝の通りにこの秘伝書を渡したのじゃよ。彼はこの書を読むことができたから間違いないと分かったのじゃ」

「全然知らなかったわ……」

「しかし、何分マジックアイテムを作るだけの技も余裕も無くての。結局、彼は大して役立てられんかったのじゃ。まあ、薬の作り方であれば何とかなったがの」

 

曽祖父の話を聞いてシエスタも呆然としてしまいました。

自分の曽祖父だけでなく、秘伝書やそれを書き残した人物さえもキテレツ達と大きな関わりがある事実に運命を感じてしまいます。

 

「キテレツ君と言ったね? この書は君に預けよう。ワシらが持っていても役立てることはできんじゃろう。この村の恩人のご子孫であり、迷い人の君達にはこれが必要なはずじゃ」

「……はい! ありがとうございます! 奇天烈斎様の残したこの大百科、きっと役立ててみせます!」

 

村長に秘伝書……奇天烈大百科を託されてキテレツははっきりと頷きました。

奇天烈斎の助けをまさかこのような形で受けることができるとは思ってもみませんでした。

この大百科に、自分達が元の世界に帰ることができる発明が載っているかもしれないのです。

 

 

 

 

村長宅を後にしたキテレツ達はルイズ達が待つ神社へ向かう前にシエスタの家へ寄っていました。庭の木にかけていた天狗の抜け穴を神社へと移動させるためです。

天狗の抜け穴を回収したキテレツ達ですが、家の前でまだ立ったままでした。シエスタは何か渡す物があるということで、一行を待たせていましたが、すぐに家の中から出てきます。

 

「カオル君。これを受け取って」

「ええ? 良いのか?」

「それは曾おじいさんの大事な形見なんでしょう?」

 

シエスタが差し出してきたのは彼女の曽祖父、佐々木武雄の刀です。

ブタゴリラと五月はせっかくの形見を自分達に渡そうとすることに戸惑いました。

 

「曾おじいちゃんは亡くなる前に遺言を遺したんですって。もし自分の墓の文字を読める人が現れたら、その人にこの刀とあの竜の羽衣を渡すようにって」

「あれももらって良いんですか?」

 

ゼロ戦までくれることにキテレツは驚きました。

 

「実を言うと、竜の羽衣は大きくて管理も面倒だから今じゃ村の荷物になってるんですって」

「どうするの? キテレツ」

「う~ん。……うん! もしかしたら役に立てられるかもしれないし、ありがたくもらうことにするよ」

「え~、あんな大きいのをどうするのさ?」

「如意光で小さくすれば運ぶのは簡単でしょ?」

 

ぼやくトンガリにみよ子が言います。

 

「それとこれを……」

 

シエスタはブタゴリラの伯父と二人で写った写真を渡します。

 

「曾おじいちゃんはこの刀と絵をお友達のこの方に何としても渡してくれるように言っていたそうだわ。カオル君はこの方とお知り合いのようだから、ぜひお願いしたいの」

「分かったぜ。熊一郎伯父さんには確かに渡しておくよ!」

 

刀と写真を受け取ったブタゴリラは力強くしっかり頷きました。

 

「ありがとう。きっと曾おじいちゃんも喜ぶわ」

 

笑顔を浮かべるシエスタは一行の顔を見回します。

 

「わたし、サツキちゃん達と出会えたのが何だか偶然じゃない気がするの。曾おじいちゃんと同じ国で、しかもお友達の親戚の人と会えるなんて。それに……」

 

シエスタはキテレツの顔を見つめてきました。

 

「このタルブの救い主だった人のご子孫ともこうしてお会いできたなんて。本当に運命みたいなものを感じるわ」

「いやあ、そんな……」

 

キテレツは思わず照れてしまいます。

 

「みんなは帰る方法がちゃんと見つかったら、もう故郷に帰っちゃうのよね?」

「うん……」

 

シエスタも五月も少し寂しそうな顔を浮かべました。

この奇天烈大百科の中に帰る方法がある発明品があれば、それで帰ることができます。

 

「何だかそう考えると寂しくなってくるナリ」

「シエスタさんには良くしてもらったものね……」

「わたしもキテレツ君達が来る前にシエスタさんがいたから、とっても安心できたの……」

 

五月は自分がこの異世界へ突然やってきてしまった時の孤独と不安を忘れません。それを和らげてくれたのが日本人と似た雰囲気が感じられたシエスタだったのです。

元の世界に帰りたいというのはキテレツ達の最大の目的であり本心ですが、お世話になった人達と別れる時のことをどうしても切なくなってしまうのでした。

 

「サツキちゃん、みんな。約束しましょう?」

 

シエスタは五月の手を握ると言葉を続けます。

 

「みんなが帰る時が来ても、『さようなら』って言わないって。悲しいお別れなんて、みんなだってしたくないでしょう? だから、どんなことがあっても『さようなら』だけは言わないことにしましょう?」

 

突然の約束にキテレツ達は戸惑いますが……。

 

「わたしも絶対に言わないわ。さよならなんて……」

 

笑顔ではっきりと五月は頷きました。

ルイズとも交わした約束を、恩人の一人であるシエスタにも誓う五月は誰にも「さよなら」とは言いたくないのです。

 

 



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明かされた秘密 ハルケギニアの奇天烈大百科・後編

「ハアイ、みんな」

 

竜の羽衣ことゼロ戦が保管される神社へやってきたキテレツ達を待っていたルイズ達が出迎えます。

寝そべるシルフィードの傍でキュルケは手を小さく振りつつ、タバサが手にしている包みからまんじゅうを一つ手に取り口にしました。

 

「やあ、お待たせ」

「このマンジュウって本当に美味しいわね。しかもキテレツの発明品だったなんて……」

 

同じようにふくふく饅頭を食べているルイズは意外そうに言います。

壁耳目で話を聞いていた一行はシエスタからもらっていたタルブ名物のマンジュことまんじゅうがキテレツの発明品だと知って驚いていたのです。

 

「ルイズちゃん、おまんじゅうがずいぶん気に入ったのね」

「そうよお。ルイズったら一人でもう三つも食べたりして。しかも一つは喉に詰まらせそうになってたのよ」

「んんっ……! ……ゲホッ! ……ゲホッ!」

「こんな風にね」

「大丈夫、ルイズちゃん?」

 

むせて胸を叩くルイズを見つめながらキュルケは面白そうに言います。

五月はルイズの元へ寄ると、背中を擦っていました。

 

「余計なこと言うんじゃないわよ、キュルケ……!」

「モチでも無いのに喉に詰まらせるなんて器用な奴だな」

「うっさいわね……!」

「ところで、先生はどこに?」

「……あの中で例のゼロ戦を見物中よ。あんた達も見てみると良いわ……。はい、キテレツ。これ返すわね」

 

何とか落ち着いたルイズはため息をつきつつ壁耳目のモニターを渡し、キテレツ達と社の中へ一緒に入っていきます。

 

「う~ん……! これは油かな? まったく嗅いだことのない不思議な臭いだな……ずいぶんと気化しやすいようだ」

 

ゼロ戦をペタペタと触っていたコルベールは、今までになく目を輝かせ興奮しています。

未知の機械を目の当たりにして知的好奇心をこれまでに無いほど刺激され、調べるのに夢中になっていました。

 

「ん……やあ、君達か! キテレツ君、このゼロ戦とやらは実に不思議なカラクリなようだね! この翼は超鈍速ジェットのように羽ばたくようにはできておらんし、前にある風車はどんな役割があるのかとても気になる! それにこの翼の中には全く知らない油が残っておったよ!」

 

本当に子供のようにはしゃぐコルベールの姿にルイズとキュルケは苦笑していました。

 

「油? たぶん、それはこれを動かすための燃料だと思いますよ」

「ほう! そうなのか。しかし、僅かにほんの少し残っているだけみたいでね。これくらいしか採取できなかったよ。これでは動かすことはできんということだね?」

 

キテレツの言葉にコルベールは持参していた小さな瓶を見せます。その中にはゼロ戦の燃料タンクから取り出せたオレンジがかった液体が入っていました。

 

「ふうん。変わった臭いをしてるのね……」

「先生。鼻が詰まりそうですわ……」

 

キュルケが瓶を見つめる中、ルイズは顔を顰めつつ鼻をマントで覆います。

 

「この臭いって、ガソリンじゃないかしら?」

「がそりん?」

 

怪訝そうにするみよ子の言葉にルイズはマントで覆ったまま反応します。

 

「わたし達の世界で使っている灯油よりもずっと燃えやすい油のことよ」

「料理なんかには使えねえけどな」

「当たり前でしょ。火を点けただけで大火事だよ」

 

説明する五月にブタゴリラが続けて言いますが、トンガリはため息をつきました。

 

「あ~……そうか。燃料が無いから飛べなくなっちゃったんだね」

 

ゼロ戦が飛べない原因をキテレツは理解しました。

シエスタの曽祖父、佐々木武雄はゼロ戦の燃料切れが原因でこの村に不時着し、補給もできなかったのでそのまま立ち往生をしてしまったのでしょう。

 

「じゃあこの、がそりんを入れ直せば飛べるナリか?」

「うん。他にどこも壊れてなければね。見た感じはその心配はなさそうだけど。でも、肝心のガソリンが無いとね……」

 

キテレツはゼロ戦を眺めつつ答えます。外装はどこも問題はないようですが、内部の機械などが故障しているかどうかは調べなければ分かりません。

 

「何、この試料さえあれば分析して新しく複製できるだろう」

「本当ですか? 先生」

「うむ。調合は大変だろうが……任せてくれたまえ」

 

コルベールはガソリンの入った瓶にフタをしてポケットに入れました。

 

「でも、どうやってこんな物が飛ぶっていうのよ?」

「このプロペラが回転することで風を起こすんだ。その風の力を翼に伝えて浮く力を生み出して飛ぶんだよ」

「へえ。タバサのシルフィードよりも速いのかしら?」

「たぶんね。僕のキント雲でも追いつけないよ」

 

ルイズとキュルケの問いにキテレツはそれぞれ答えていきます。

タバサはゼロ戦をじっと興味深そうに見上げていました。

 

「ゼロ戦の飛ぶ速さは、時速500キロって言われてるみたいだぜ。新幹線とかよりもそりゃあずっと速いぜ」

「熊田君、よく知ってるのね」

「本当にそうなの?」

「伊達に伯父さんがゼロ戦乗りをやってねえからな」

 

どこか胡散臭そうに見つめてくるトンガリにブタゴリラは得意げに答えました。

実際は本やテレビからの受け売りなのですが。

 

「とにかく、このガソリンとやらを新しく作ってみせよう。乗りかかった船だ! ぜひ、これを動かしてみせようじゃないか! う~ん! こんなにワクワクするのは生まれて初めてだ!」

「シエスタさんからは僕達がこれをもらっても良いって言ってくれましたから、学院に持って帰って色々調べてみましょう」

「うむ! 賛成だ! 今日から眠れなくなるぞ! ところで、キテレツ君のご先祖様の秘伝書というのはどうしたのかね?」

 

研究者魂を燃やすコルベールは張り切っていましたが、もう一つの関心事に話題を変えます。

神社でルイズ達三人が壁耳目のモニターを見ている間中、ずっとゼロ戦に突っかかっていたので、秘伝書の詳細などについては何も知らないのでした。

 

「はい。これです」

「良い物が手に入ったわね~。キテレツのマジックアイテムがいっぱい載ってるんですってね?」

 

キテレツが手に抱える本をキュルケだけでなくタバサも大いに興味を寄せて見つめていました。

 

「それにしても、キテレツのご先祖がまさかこの村にいたなんてね……」

「僕も本当に驚いたよ。まさか、この村に本当に奇天烈斎様が来ていたなんてさ」

「しかも、大百科まで残していたんだものね」

 

嘆息するルイズにキテレツとみよ子は頷きました。

 

「キテレツのご先祖様って、素晴らしい武勇伝があったのね~。尊敬しちゃうわ」

「ぜひ話を聞かせてもらえんかね。キテレツ君」

 

キュルケの言葉にコルベールはまたも目を輝かせています。

 

「大百科に何が書いてあるのかも知りたいナリ!」

「うん。この大百科によると、奇天烈斎様は天正十七年……つまり、僕達の世界で言えば400年くらい前の戦国時代の頃にこの世界へやってきたみたいなんだ」

 

箱に腰掛けたキテレツは大百科の最初のページを開いて告げました。

 

「あら? 奇天烈斎様って、幕末の江戸時代の人じゃなかったかしら?」

「テンショウ? バクマツ?」

「黙って聞いてなさいよ」

 

キテレツやみよ子の口にする日本の元号にルイズは意味が分からず顔を顰めますが、キュルケが諌めます。

 

「たぶん、航時機で昔に行ってたと思うんだけど……」

「そういやあ、キテレツのご先祖様って色々な時代で会ってたよな?」

 

ブタゴリラはかつて江戸時代の初めの年代にトンガリやコロ助と一緒に奇天烈斎と出会ったことがありました。

それだけではなく安政の時代より100年も前の宝暦の江戸時代からキテレツ達の現代に侍が航時機に乗ってやってきたこともあった他、300年ほど前にはからくり斎という弟子がいたという事実も残っており、奇天烈斎は航時機でタイムトラベルをしていたことが分かります。

 

「航時機……君が言っていた時間を旅できる機械だね」

 

先日、コルベールはキテレツ達と露天風呂に入った際に奇天烈斎の話や活躍を聞かされただけでなく、タイムトラベルで出会ったことも聞かされていました。

 

「キテレツのご先祖様が来てたのって、160年くらい前じゃないの?」

「ああ~……ワガハイ達の世界じゃ400年で、こっちじゃ100年……ややこしくなるナリ~!」

 

キュルケの疑問の言葉にコロ助が頭を抱えて喚きだしました。

 

「僕達の世界と、この世界とじゃ時間の流れが全然違うんだよ。でも、400年経っててこっちじゃ100年くらいしか経ってないってことは、時間の流れ方が全然一定してないんだな……」

「本当にややこしいぜ……」

 

キテレツ達がハルケギニアへやってきた時は元の世界では一時間と経っていませんでしたが、到着した頃には一日が経っていました。

どういった法則で元の世界とハルケギニアとで時間の流れが異なっているのかが全く分かりません。

 

「それで、何のためにあんた達みたいにハルケギニアへ来ていた訳よ?」

「早く教えてよ! 奇天烈斎様がどうしてこの世界に来ていたのかをさ!」

「ちょっと待って。え~と、何々……?」

 

最初のページの序文はまだ一番初めの部分しか読んでいなかったので、来訪の目的はまだ知りません。

ルイズとトンガリに急かされて大百科を読むキテレツに全員が注目していました。

 

大百科の序文の内容については、こう記されています。

 

奇天烈斎は元々、文久二年の江戸時代から航時機を使って戦国時代へと向かいました。

どうやら当時、奇天烈斎の航時機を借りたある地方大名の姫とお供の侍がいたそうで、タイムトラベルに同行したそうです。

しかし、タイムトラベルをした先である事件が起きました。その姫は突如現れた不思議な光る鏡に飲み込まれ、助けようとした侍もろとも消えてしまったのです。

奇天烈斎は元の時代から数々の発明を持参して再び姫と侍が消えた時代に戻り、冥府刀を使って異次元を渡ったのでした。

その異次元の先にあったのが、このハルケギニアだったのです。

 

「すごいわね……タイムトラベルをしただけじゃなくて、この異世界にまでやってきたなんて勇気があるわ……」

「お姫様とお侍さんを助けに行くなんて、奇天烈斎様は立派な人ナリ」

 

やはり奇天烈斎は人助けのためにハルケギニアを訪れていたのです。

五月とコロ助だけでなく、キテレツ達自身も奇天烈斎の行動力には驚きました。

 

奇天烈斎は侍を探してハルケギニアを旅していましたが、その道中で立ち寄ったのがこのタルブ村だったのです。

村長の話通り、当時は酷い災害に見舞われていたタルブを見捨てておくことができず、奇天烈斎は発明や知識を駆使して村を救ったのです。

その後、タルブを拠点にして多くの人々や貴族の手助けをしつつ、姫と侍を探して奔走していたのでした。

 

「ほう。こちらでもキテレツ斎殿は多くの人々のために発明を役立てていたのか……」

「どういうことですの? 先生」

 

ルイズは感心して唸るコルベールに尋ねます。

 

「キテレツ君のご先祖様は元の世界でも多くの人々から悩みや相談を受けては様々な発明を作って助けていたのだそうだよ。我ら貴族のような大名からも依頼を受けては感謝され、たくさんの褒美をもらっていたそうじゃないか」

「へえ~……本当にすごいじゃないの、キテレツ斎って……」

「さすがキテレツ君のご先祖様だわ……」

 

多くの人々を幸せにしてきた奇天烈斎の数多くの偉業と功績にルイズと五月はさらに感嘆としてしまいます。

 

「いやあ、そんな……」

「もう、キテレツ君ったら……」

 

キテレツは尊敬している奇天烈斎のことを褒められて照れてしまいました。みよ子もキテレツを見つめて笑います。

 

そして、奇天烈斎がハルケギニアへやってきて一年が経過した頃、アルビオン大陸から奇天烈斎の元に一通の手紙が届きます。

それは奇天烈斎が探していた侍からのものでした。姫と侍はアルビオンに飛ばされていたそうですが、そこで何とか生き延びて隠れ住んでいたのです。

奇天烈斎の活躍と噂はアルビオンにまで届き、それを耳にした侍はタルブにいる奇天烈斎に手紙を送って助けを求めたのでした。

 

アルビオンに向かい、姫と侍を見つけ出した奇天烈斎はタルブへと戻りましたが、ちょうどその頃にロマリアから派遣されたメイジ達が奇天烈斎を異端者として捕らえようとしていたのです。

奇天烈斎はすぐに元の世界へ帰る決意をしましたが、また自分達のような異世界の迷い子達が現れても大丈夫なように、そしてこのハルケギニアの人達にも役立てられるように、ハルケギニアで使っていた数々の発明品を秘伝書に書き残していたのでした。

 

それがキテレツが今手にしている秘伝書――奇天烈大百科なのです。

 

「ロマリアの連中はひどいわね。キテレツ斎を異端扱いするなんて……」

「うむ……実に残念なことだ」

 

肩を竦めながら言ったキュルケにコルベールだけでなく、キテレツも苦い顔を浮かべました。

 

「奇天烈斎様は何にも悪いことをしてないのに捕まえようとするなんて許せないナリ!」

「ロマリアは6000年も続くブリミル教の総本山ではあるが……確かに、心が狭いと言わざるを得ないかもしれんな。6000年という長い年月は、我らの心に大きな壁を築いてしまったのかもしれん……」

 

コルベールは腕を組んでため息をついていました。

 

「私達が使う魔法も神の与えし奇跡の御技と称されてはいるが、結局は人の成す術だ。その力には色々と限界があるものだよ。だが、貴族達は今でもその力を盲目的に絶対視し続けている。その結果、色々な新しい物事や知らない技術を拒絶するほどに心が狭くなってしまった。それでは人類の未来はいつまでも開かれん、と私はいつも思っているよ」

「魔法が、全てではないということなのですか?」

「もちろんさ。ちょっと考えを変えてみれば、魔法ではできないことが別のやり方ならば簡単にできたりするし、多くの人々を幸せにできるものさ。その答えの一つがキテレツ君の発明なんだよ」

 

熱く語るコルベールに問うルイズに、コルベールはさらに頷いていました。

 

「奇天烈斎様は可哀相ナリ……こっちの世界でも追われる身になるなんて悔しいナリ……」

「どういうこと? コロちゃん」

「あんた達の世界でもキテレツ斎はちゃんと人の役に立って感謝されてたんでしょ?」

 

しょげるコロ助に五月とルイズは目を丸くしました。キテレツも残念そうな顔を浮かべています。

 

「そうなんだけど……奇天烈斎様は自分の発明が原因で役人に捕まって、そのまま亡くなっちゃったんだ」

「はあ? どうしてよ?」

「どうして役人に捕まらなくちゃいけないの? そんなにいっぱい人の役に立っていたのに」

「それは一体……」

 

奇天烈斎の晩年を知って二人だけでなくコルベールまでも驚いていました。

 

安政六年、奇天烈斎は人力飛行機での飛行実験を行いましたが、それが「怪しげな術を用いて世間を騒がせた」として幕府からお尋ね者にされてしまったのでした。

奇天烈斎は人里離れた場所で隠遁をしつつ密かに発明を続けては人々を助けていましたが、最終的には座敷牢で終身収監となり、最期には発狂して獄死したというのです。

その晩年に自分の数々の発明品が書き記された秘伝書、奇天烈大百科を遺したのでした。

 

「何とも無念なことだな……キテレツ斎殿がそのような最期を遂げたとは……」

 

同じ発明家としてコルベールは奇天烈斎の報われない結末に同情していました。

 

「……そんなのって無いわ!」

「五月ちゃん……」

 

キテレツの話を聞いていた思わず五月は大声を上げていました。

 

「キテレツ君のご先祖様はちゃんと色々な人の役に立っていたのよ!? 偉い人だって発明を認めて頼りにしていたのに、どうしてそんな仕打ちを受けないといけないの!?」

「そうよねえ。今まで散々、不思議なマジックアイテムに頼っておきながら掌を返して罪人扱いするなんて。本当に頭の固くて心の狭い人達ね」

「空を飛んだくらいで捕まえるなんて、色々不思議な物を作ってるのが分かってるくせに……」

 

キュルケやルイズまでもがため息をついて吐き捨てます。

 

「……全部、モーレツ斎のせいナリ!」

「モーレツ斎?」

「誰よそれ? キテレツ斎の親戚か何か?」

 

喚きだすコロ助の聞き慣れない、そして奇天烈斎と似た名前に五月とルイズは呆気に取られました。

 

「確か、奇天烈斎様のライバルだった発明家だったじゃないかしら?」

「ああ! あの生意気なガキか! 思い出したぜ!」

「とっても感じ悪かったよね……」

 

みよ子もブタゴリラもトンガリも、モーレツ斎のことを覚えていました。

 

猛烈斎は奇天烈斎が若かった頃に長崎で蘭学を学んだ仲であり、共に夢を語り合い発明家を志していた親友でした。

奇天烈斎とは切磋琢磨し合っては互いに様々な発明品を作り出し、東の奇天烈斎、西の猛烈斎と呼ばれるほど名声を二分していました。

やがては奇天烈斎が徳川御三家の水戸藩、猛烈斎は尾張藩の発明指南役として抜擢されるようになったのです。

 

「ほう。キテレツ斎殿の親友もまた、凄い発明家だったのか……」

「要するに、二人とも貴族お抱えの発明家に出世したって訳ね。すごいじゃない」

 

コルベールもキュルケも感心して唸っていました。

 

「はい。子孫も今では資産家となって活躍しています」

「憎たらしい奴だったけどな」

「作ったロボットもコロ助の方がまだ愛嬌あるしね」

「あたしもモーレツ斎はあまり好きにはなれないわ」

 

ブタゴリラ達は嫌そうな顔を浮かべます。コロ助も不機嫌そうに腕を組んでいました。

 

「あんた達、何でそのモーレツ斎のことが嫌いなわけ? 何かあったの?」

「奇天烈斎様が捕まる原因になったのは、モーレツ斎のせいナリよ!」

 

ルイズの問いにコロ助は悔しそうに喚きました。

 

不幸の始まりは二人がからくり人間――すなわちコロ助の原型の研究をしていた時です。

その研究が時の将軍の耳に入ると、からくり人間の御前試合が催されることが決まりました。

奇天烈斎は期日に間に合いましたが、猛烈斎は調整に手間取ったために遅刻してしまい、結局は奇天烈斎の不戦勝となったのです。

猛烈斎は藩主の面目を潰した罰として手打ちにされそうになり、自分のからくり人間に守られつつも結局はその場で自害してしまいました。

奇天烈斎さえいなければ、自分が天下一の発明家であったのに、と恨み言まで言い残して。

そして、お家断絶となった猛烈斎は歴史から消えてしまったのです。

 

「何よ。自分が遅刻したせいで恥を晒しておいてキテレツ斎を恨むなんて。自業自得じゃない」

「約束も守れない奴なんて信用ならないわね」

 

話を聞いていたキュルケとルイズ達は冷たく吐き捨てます。

 

「でも、どうしてそれで奇天烈斎様が?」

「うん。猛烈斎には息子がいたんだよ。父親が亡くなって、自分達が歴史から消える破目になったのは奇天烈斎様のせいだって恨んでいたみたい」

 

そして、その息子が「奇天烈斎は怪しげな術を使い、妙な物を発明をしては世間を騒がせている」とありもしない話や悪行をでっち上げて訴えたことで、幕府からお尋ね者として追われることになってしまったのでした。

 

「今の子孫の子も、そのことはとても根に持っているみたいなんだ」

「……そんな! 自分の失態を棚に上げて友達だったはずの奇天烈斎様を恨むだなんて! 最低だわ!」

 

話を聞いた五月はたまらずに大声を上げていました。

猛烈斎とその一族の恨みなど結局は理不尽で一方的な逆恨みでしかありません。

 

「ワガハイ、とても悔しいナリ……」

「コロちゃん……」

 

しょんぼりと沈み込むコロ助をみよ子はそっと抱きました。

 

「そういやあの野郎、あれから何にも無いけどどうしたんだろうな?」

「猛家って、僕も調べてみたけどすんごいお金持ちでお城みたいな家を持ってるんだってさ」

「どうせ成金なんでしょ? そんな安っぽい因縁をつけてくるくらいなんだから、大した奴じゃないわよ」

 

トンガリの言葉にルイズは呆れたようにため息をつきます。

キテレツ達は以前、猛烈斎の子孫が作ったからくりロボットとコロ助がテレビ番組で勝負をする場面に居合わせていました。

最終的にはコロ助が勝ちはしましたが、それでも猛烈斎の子孫は納得せずにキテレツ達をいつか見返してやると言い残していたのです。

 

「キテレツ君は悔しくないの? 奇天烈斎様がそんなことで因縁をつけられるなんて」

「確かに、猛烈斎達のおかげで奇天烈斎様は捕まっちゃうことになったのは残念だけど……僕は良いんだよ、彼らは彼らでやっていてくれれば。いつか分かってくれるはずだから」

「あんた……自分のご先祖様を陥れた連中なのよ? それでも許すっていうの?」

 

ルイズもキュルケも信じられない、といた表情でキテレツを見つめます。

 

「だって、奇天烈斎様は誰も恨んだりしなかったんだから」

 

キテレツの言葉に全員が沈黙していました。

 

「奇天烈斎様は自分の発明が認められなかったとしても、それで周りを恨んだりしなかったし、自分を陥れた猛烈斎のことだって全然恨まなかったんだ。僕はそんな奇天烈斎様の心を大事にしたいんだよ」

「……うん。キテレツ君の言う通りだ。素晴らしい考えだよ」

 

ずっと黙っていたコルベールが深く頷いていました。

 

「私の発明や思想も、周りからは全然理解してはもらえん。変人呼ばわりさえされるくらいさ。だが、だからと言って自分を理解してくれない人達を憎んだりしてはいけないんだ」

 

キュルケとルイズはコルベールの話を聞いて目を丸くします。タバサも珍しく話に集中していました。

 

「モーレツ斎はきっと、キテレツ斎殿と比べられるのが嫌だったのかもしれんな。お互いに良きライバルであったのに功名心が強すぎて、同じ才能を持っていたキテレツ斎殿を邪魔者に思ってしまうとは……悲しいことだ」

「どうしたの、タバサ?」

「……別に」

 

タバサは自分の顔を隠すように読んでいた本を持ち上げました。

奇天烈斎と猛烈斎の因縁やコルベールの話を黙って聞いていたタバサは、何故か今までとは違って妙に表情が曇っていたことにキュルケは気付いたのです。

 

「一番大事なのは、他者を尊重する心……それなんだ。いかに人々を幸せにしたいという信念があろうとも、それで誰かに迷惑をかけては何もならない」

「コルベール先生……」

「キテレツ斎殿は、本当に高潔な心と信念を持ったお方だ。その心意気は、我らハルケギニアの貴族も見習わなければならないかもしれんな」

「ええ……そうですわね」

 

貴族やメイジだって自分より優れている人間や自分の存在を脅かそうとする人間を疎ましく思ったりすることが多々あります。

しかし、そうした負の感情を抱いて他者を認めず、他者を恨んだり、他者を陥れるような卑劣な真似をしてはいけないのです。

それによって誰かを不幸にしてしまうことになるのですから。

 

「モーレツ斎も、実に惜しいことをした……人々を幸せにするのではなく、名声を得ることが目的になってしまったとは……彼にもキテレツ斎殿のように他者を思いやる心があれば良かったのにな……」

 

奇天烈斎はあくまで人々を幸せにしたいという善意で発明を役立てていました。だからこそ多くの人々に慕われ、名声を得ることができたのです。

 

「私の発明も周りには全然理解されはせんが、キテレツ斎殿の心意気を胸に秘めておきたいと思うよ」

「でも、コルベール先生の考えもいつか色々な人に分かってもらえるはずですよ。奇天烈斎様の残してくれた発明は今もちゃんと役に立っているんですから」

「うむ。そのためには、今まで以上に発明に励まねばならんな。キテレツ斎殿を見習ってね」

 

奇天烈斎とコルベールが出会えば、きっと猛烈斎以上にお互いに理解し合える仲になれただろうとキテレツは考えていました。

 

「……でも、奇天烈斎様はこの世界で追いかけられても、ちゃんと元の世界へ帰ることができたナリよね?」

「もちろんよ、コロちゃん。そのお姫様達とはちゃんと一緒に元の時代へ帰れたのね」

「きっとそうだわ。そうでなきゃキテレツ君の大百科だって無いんだから」

 

奇天烈斎は危険なタイムトラベルと異世界での旅を二つとも成し遂げ、帰還を果たしたのでしょう。

 

「ってことは……その大百科に冥府刀が載ってるってことなの!? ねえ、どうなのさ!? キテレツ!」

「ちょ、ちょっと待って! え~と……」

 

トンガリに詰め寄られてキテレツは大百科のページをめくっていきます。

 

「あ! これよ! キテレツ君の冥府刀!」

 

キテレツの隣にやってきた五月も神通鏡をかけて一緒に見てみましたが、一番最後のページに書かれている物に目を輝かせました。

 

「何!? 本当に書いてあるのか!?」

「……うん! 間違いない、冥府刀だ! 奇天烈斎様は僕達みたいな人が元の世界へ帰ることができるように、ちゃんと書いていてくれたんだよ!」

「ということは、ワガハイ達は……」

「……帰れるのね!?」

 

みよ子達は希望と歓喜に満ちた笑顔を浮かべていました。

 

「……やったあああああっ! あ、ああああ!? 痛たっ!」

「大丈夫?」

「トンガリ君、はしゃぎすぎよ?」

 

歓喜のあまり飛び上がった勢いで倒れてしまったトンガリにキュルケと五月が苦笑します。

 

「だってだって! やっと帰る方法が見つかったんだよ!? これでママの所へ帰れるんだ! わーいっ!」

 

この異世界での一番の目的である、元の世界へ帰るための手段を見つけられたことは、キテレツ達にとっては最大にして最高の快挙であり、収穫であり、成果であり、大発見なのです。

 

(キテレツ達が、サツキ達が、帰る……)

 

喜んでいるキテレツ達の姿を目にしてルイズは呆然としていました。

奇天烈斎と同様にキテレツ達は友達の五月を助けにこのハルケギニアを訪れましたが、ルイズが冥府刀を壊してしまったせいで足止めにされてしまうことになったのです。

一行を故郷へ帰すことがルイズに課せられた義務であり責務でありますが、キテレツ達……特に五月はルイズが心を通わせられた友達です。

帰る方法が見つかったことは喜ばしいと思うと同時に、それは友達がいなくなることを意味していました。

いつか別れる日が来ることは分かってはいても、その時が近づいてくるのをはっきり感じていたルイズは今、キテレツや五月達がまだ自分達の近くにいるのに、その距離が遠いように感じられてしまうのでした。

 

「キテレツの冥府刀を、その大百科で修理できるんでしょ!?」

「いや、どうやら僕の大百科に載ってるのと材料が全然違うみたいだね。この世界にある物を主に使って作るようにしているみたいだよ。新しい部品を手に入れて、一から作り直さないと」

「え~? それじゃあすぐに帰れないの?」

「文句言うなよ。帰る方法が見つかっただけでも良いじゃねえか」

 

はしゃいでいたトンガリの表情が一気に曇りだしますが、対するブタゴリラは気にしませんでした。

 

(そうよね……ちゃんと、サツキ達には帰る場所があるんだものね……)

 

ルイズはこんなにキテレツ達が浮かれているのを目にして、ため息をつきます。

 

「ねえ、キテレツ。それであんた達のあの冥府刀? あれを作るのに何がいるわけ?」

「え? う~ん……コルベール先生の研究室にある物が大体使えそうなんだけど、あそこに無い物も結構あるからね……それを手に入れなきゃどうにもならないよ」

「必要な物があるんだったら、あたしがお金を出してあげるわ」

「キテレツの発明資金を出してくれるナリか?」

 

協力的なルイズにキテレツ達は呆気に取られました。

 

「あたしはラ・ヴァリエール公爵家の娘よ。あんた達のマジックアイテムを作るお金くらい、ちゃんと出してあげるわよ。あたしにはあんた達をちゃんとお世話する責任があるんだから! これくらいの協力は当然よ!」

「私も協力させてもらうよ。君達がようやく帰る目途がついたんだからね。キテレツ君、手伝えることがあるなら何でも言ってくれたまえよ」

「……ありがとうございます。先生、ルイズちゃん。でもそんなに急いでいるわけじゃないから、この新しい冥府刀も慌てないでゆっくり作ることにするよ」

 

大百科を閉じてキテレツは二人の顔を見回して頷きます。

 

「ええ? 何言ってるんだよ、キテレツ」

「そうよね。その気になったらいつでも帰れるってことなんだから、急ぐこともないわ」

「五月ちゃんまで……!」

 

同意する五月に一刻も早く帰りたいトンガリは困惑します。

 

(ルイズちゃんだって、もっとわたし達と一緒にいたいんだものね)

 

五月はルイズが自分達と別れることに寂しさを感じていることを察していました。

友達との別れの辛さを知っている五月はできる限り、少しでも多くルイズ達との交流を続けていたいと思っていたのです。

 

 

 

 

魔法学院に戻ってきたキテレツ達はその夜、宿舎で寛いでいました。

もう就寝の時間でブタゴリラとトンガリ、コロ助は既に眠りについていますが、他の三人はまだ起きています。

 

「うるさいわね……口を塞いでやりたいわ……」

「そっとしておいてあげましょう」

 

宿舎にやってきていたルイズは鼾をかくブタゴリラに顔を顰めますが、みよ子が抑えます。

 

「すごいなあ。僕の持ってる大百科に載ってない物がいっぱいあるよ」

 

ベッドに腰掛けて大百科を読んでいたキテレツは嬉しそうに頷きました。

 

「全然読めないわよ……何て書いてあるの?」

 

隣にやってきたルイズが神通鏡をかけて中を覗き込みますが、達筆の日本語で書かれた文字を読むことができません。

そのページには石のような物の絵が描かれています。

 

「これはね、奇天烈斎様がタルブの村に来た時に発明したもので、太陽の光を固形化したものなんだって。今風に言うならドライ・ライト、っていう所かな」

「ドライ・ライト?」

「どんな発明なの?」

 

みよ子と五月も興味津々に尋ね、二人ともキテレツの隣や傍に寄ってきます。

 

「これによるとね、まだ復興の途中だったタルブの村は冬になるととっても寒くて、村の人達はみんな凍えていたそうなんだ。そこで奇天烈斎様は太陽の光を集めて土の中でドライアイス状の固形物へと変化させることに成功したんだ。このドライ・ライトは太陽の光と熱をそのまま持っているから明かりにも使えるし、冷たい空気に触れると熱を周りに出しながら融けていくんだって。水に入れれば沸騰させてお湯になるし、これを使って寒い冬でもみんな暖かく過ごせたそうだよ」

「へぇ~、すごいわ。そんな物まで作っちゃうなんて」

 

五月は奇天烈斎の凄さを改めて知り、嘆息しました。

 

「つまり火石みたいなものなのね」

「火石って?」

「炎の力を封じ込めた精霊石のことよ。風石と違って簡単に採掘できないからとっても貴重なの」

「その火石とか風石のことも書いてあったよ。人工的に火のエネルギーや風のエネルギーを結晶化させた物を作ったんだって」

 

みよ子に説明するルイズにキテレツは大百科を読みつつさらに答えました。

 

「嘘……精霊石を作れるだなんて……先住魔法でも使わないと無理だっていうのに。キテレツ斎ってどこまで凄いことができるのよ……」

 

メイジを超える奇天烈斎の天才的才能と技術力の高さにルイズは驚き、唖然としてしまいます。

そこまでの驚異的な技術を系統魔法と始祖ブリミルを崇拝するロマリアが危険視するのも納得できる気がしました。

 

「それからこんなのもあったよ。……このページにあるこの薬なんだけど」

「『心神快癒薬』?」

 

ルイズから神通鏡を受け取った五月はページに書かれている発明品の名前を読み上げました。

 

「この間、水の精霊から水の精霊の涙をもらったよね。あれを材料にして作るみたいなんだけど……」

「どんな効果があるのかしら?」

「簡単に言うなら、心を取り戻す特効薬なんだってさ」

「心の特効薬?」

 

みよ子とルイズは意味が分からずに首を傾げました。

 

「ある貴族の令嬢が心を失ってしまう病気にかかったそうなんだけど、その原因が心が壊れてしまう魔法の毒を飲んでしまったことを奇天烈斎様は知ったんだ。奇天烈斎様は心を取り戻すための特効薬を作ったそうだけど、その材料が水の精霊の涙なんだよ。ほら、奇天烈斎様が水の精霊を助けて精霊の涙を受け取ったって精霊さんが言っていたよね。あれはこれを作るためだったみたいなんだ」

「心を失うって、どういうことなのかしら……」

「何でも正気を失くしたり、取り乱したりしておかしくなっちゃうみたいなんだけど……実際はどうなんだろうね」

「聞いていると何だか怖いわ……」

 

五月もみよ子も、それがどのようなものなのかがまるで想像できませんでした。

心が壊れてしまう、などというのは考えるだけでもぞっとしてしまいます。

 

「水の精霊の涙はあるんだからあんたも作れるんでしょう?」

「でも、作り方がかなり難しいみたいだね。そう簡単には作れないよ」

 

そもそもそういった事態に今後陥ったり、出くわすのかさえ分かりません。ならば作らなければならないという必然性はないのです。

 

「誰よ?」

 

唐突に部屋の扉が小さくノックされる音がしました。

ルイズは扉に向かって呼びかけましたが返答はありません。ですが、静かに扉が開きだします。

 

「タバサちゃん」

「タバサちゃん、どうしたの? こんな遅くに」

 

そこに現れたのはタバサでした。今回はキュルケはいないようで一人だけでやってきたようです。

 

「あんた、もしかして立ち聞きしてたの? あんたもキテレツのこの秘伝書に興味があるわけ?」

 

ルイズの問いかけにタバサは小さく頷きました。

ここまで辿り着いたのは本当にほんの少し前で、ノックをする前に扉を隔ててキテレツの話を聞いていたのです。

 

「ど、どうしたの? タバサちゃん」

 

部屋に入ってきたタバサは何故か一直線にキテレツの前までつかつかと歩み寄ってきていました。

どこかいつもより積極的な様子のタバサにキテレツも三人も呆気に取られます。

 

「キテレツ。……あなたに頼みがある」

 

開口一番に述べてきたのは、キテレツへの懇願でした。

その表情はいつもの無表情と違って妙に真剣であり、何かを求めているような願いが込められた瞳でキテレツを見つめます。

 

 



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雪風タバサのピンチ 危ないエルフあらわる・前編

♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「タバサちゃんはシャルロットっていうお姫様だったナリよ!」

キテレツ「でもガリアの王様からはお家断絶をされているし、奴隷のようにこき使われているんだ」

コロ助「タバサちゃんはママを助けるために色々と大変みたいナリ。何とかしてあげたいナリが……」

キテレツ「そのタバサっていう名前も、お母さんが持っている人形のものなんだよ」

コロ助「タバサちゃんのママを早く元に戻してあげないと、かわいそうナリ」

キテレツ「奇天烈斎様の薬を完成させるには、何日も時間がかかるんだ。焦っちゃだめだよ」

コロ助「急ぐナリ! 早くしないと、タバサちゃんのママが連れていかれちゃうナリよ~!」

キテレツ「次回、雪風タバサのピンチ 危ないエルフあらわる」

コロ助「絶対見るナリよ♪」





 

「突然何よ? キテレツに頼み事なんて」

「今、話をしていた心を取り戻す薬……それを作って欲しい」

「心神快癒薬のこと?」

 

怪訝そうにするルイズですが、タバサは眼中にないまま自分の用件を告げていました。

タバサが部屋の前まで来てすぐに入ってこなかったのは、ちょうどノックをしようとした時に中のある会話が聞こえてきたからでした。

水の精霊の涙から作り出される心神快癒薬の話を耳にしていたタバサは思わず固まってしまったのです。

 

「一体どうしたの、タバサちゃん?」

 

キテレツが目を丸くしている中、みよ子も五月もタバサの突然の申し入れに困惑してしまいます。

話を続けようとするのですが、それを邪魔するものがここにありました。

 

「……ああ! もう! 本当にうるさいわね! あんた、起きてるんじゃないの!?」

 

ブタゴリラの鼾がさらに大きくなったことでルイズはとうとう堪忍袋の緒が切れました。

そんなルイズの怒りなど知らないと言わんばかりにブタゴリラの鼾は部屋中に響き渡ります。隣で寝ているコロ助とトンガリも不快そうにうなされていました。

 

「何か無いの!? 口を塞ぐやつは!? こうなったら、枕を口に突っ込んで……!」

「……サイレント」

 

憤慨するルイズでしたが、タバサは表情一つ変えずに小さく呪文を唱えて軽く杖を振ります。

途端に、それまで騒々しかったブタゴリラの鼾はピタリと鳴り止んでいました。

さすがにタバサもこの騒音は耳障りだったのです。

 

「あ、ありがと……タバサ」

 

ルイズに礼を言われてもタバサは気にせず、キテレツに向き直りました。

ブタゴリラ自身は未だに鼾をかいて眠り続けていますが、その音はタバサの風の魔法で遮られ、周りに届かなくなったのです。

 

「……それでタバサちゃん。どうして奇天烈斎様の薬が必要なの?」

 

キテレツも気を取り直してタバサへ率直に理由を尋ねます。納得のできる理由も無しに発明なんてできません。

 

「病に蝕まれている人がいる。その人を治すにはその秘伝書に載っている水の精霊の薬が必要」

「病気って……心が壊れちゃうっていう?」

「……そう」

 

とても真剣な様子で頷くタバサにキテレツ達は唖然としました。

 

「今、キテレツが話していたまま。その人は魔法の毒を飲んだために、心を狂わされている。もう自分の家族さえまともに認識できない」

「そんなことにまで……」

 

タバサの話を聞いてみよ子も五月も思わず息を呑みました。

心が壊れて正気を無くすというのが実際にはどういうものなのかが分かりませんが、それを目にしているらしいタバサの話を聞いて余計に恐ろしいと感じてしまいます。

 

「う~ん。そうか……そういうことだったらその人を何とか助けてあげないとね。分かったよ、タバサちゃん。僕も何とかその薬を作ってみるよ」

「で、タバサ。その心を狂わされてる病気の人って誰なの? あなたの知り合い?」

 

頷くキテレツですが、ルイズからの問いかけにタバサは黙り込んでしまいます。

 

「タバサちゃん。ひょっとして……その人って、タバサちゃんのお母さんのことなの?」

 

何も答えずにいたタバサを見ていた五月は思わず問いかけました。

 

「どういうことなの、五月ちゃん?」

「タバサちゃんのお母さんはね、病気みたいなの。そうなんでしょ、タバサちゃん?」

 

みよ子に尋ねられて五月は再びタバサを問い詰めます。

前にアルビオン大陸へ向かっていた道中で五月はタバサの母親のことについて少しだけ聞かされていました。

その時の話から、どうやらタバサの母親は病気にかかって寝込んでしまっているのだと察していたのです。

タバサは僅かに動揺した様子で目を見開いていましたが、すぐに目を伏せます。

 

「やっぱりそうなのね……だからキテレツ君の発明のことも聞いたんだ……」

 

しかし、その態度から一行はタバサが治そうとしている病人が彼女の家族であると納得しました。

 

「どういうこと?」

「キテレツ君の発明品にお母さんの病気を治せるようなものが無いか、知りたかったのよね?」

 

五月の言葉にタバサは何も答えようとしませんが、全て図星であることは疑いようもありません。

きっと、ハルケギニアにとっては未知の存在であり、不思議な力を持つキテレツの発明なら、自分の母親の病気が治せるかもしれないと期待を抱いていたのでしょう。

そして確信を得たためにこうして薬の製造を頼みにきたのです。

 

「その話って本当なの? タバサ」

 

突然、ノックも無しに扉が開け放たれていました。

キテレツ達が扉の方を振り向くと、そこに立っていたのはキュルケです。

 

「キュルケ! 何であんたまでここにいるのよ」

「タバサがここに入っていくのを見かけたから気になってね。またキテレツ達と面白そうな話でもするのかなって思ったんだけど……」

 

キュルケはタバサの傍にやってくると、その肩に手を置いて顔を覗き込みます。

 

「ねえタバサ。あなたのお母様がご病気って話、本当?」

 

タバサは親友のキュルケから問われても沈黙を守ったままです。どうやら自分の身内のことは話したくはないみたいです。

しかし、五月達も心配そうにタバサに注目していました。

 

「タバサちゃん。お母さんが病気だっていうなら、何としてもこの薬を作ってみるよ。奇天烈斎様が残してくれた発明なら、きっと治せるはずだから」

 

キテレツも強く頷きました。奇天烈斎がこのハルケギニアで人々を助けてきたのなら、同じように力になってあげたいのです。

 

「今はまだ話せない……。でも、必ず全て話す。わたしのことも全部……」

 

ようやく口を開いたタバサですが、何かを決意したように真っ直ぐにキテレツを見つめながらそう告げていました。

そんなタバサの見たことのない雰囲気にキテレツだけでなく、キュルケも五月達も呆気に取られてしまいます。

 

「薬を作るのに必要な材料があるなら、わたしが買ってくる」

「うん。僕もリストはまとめておくから。とにかく、明日から取り掛かるよ」

 

キテレツの言葉に頷いたタバサは部屋を後にしようとしますが、扉の前で立ち止まりました。

 

「キテレツ。聞きたいことがある」

 

振り向かないままタバサは声をかけてきます。

 

「どうしたの?」

「あなたの先祖のキテレツ斎は……本当にモーレツ斎を恨んでいなかったと思う?」

 

突然の問いかけにキテレツは不思議そうにタバサを見つめます。タバサがそのようなことを聞き出すことにキュルケ達も目を丸くしています。

 

「……うん。奇天烈斎様は誰も恨まなかったはずだよ。それだけは絶対に言える。だからこそ、奇天烈大百科を書き残して、僕達に未来を託してくれたんだから」

 

はっきりとそう呟くキテレツは手元の奇天烈大百科をじっと見つめます。

 

「よくそこまできっぱり言えるのね。あたしだったら、ヴァリエール家に牙を剥いてくる奴がいたら絶対に許さないわよ」

「そう……」

 

どこまでも器が大きいキテレツに驚くルイズですが、タバサはそれだけ呟いて部屋を後にしていきました。

 

(タバサちゃん……)

 

思い詰めていた様子のタバサに五月は怪訝そうにします。

 

「それにしてもタバサのお母様が病気だなんて初めて知ったわよ……」

 

タバサを見送ったキュルケは肩を竦めました。

親友の身内がそのようなことになっているなどまるで知らなかったのですから。

タバサは自分のことを話したりするタイプではないので仕方がないかもしれません。

 

「それにしても五月ちゃん。どこでタバサちゃんのお母さんのことを知ったの?」

「うん。たまたまちょっと聞いただけだったんだけど……まさかそれが心が壊れちゃう病気だったなんて……」

 

みよ子に問われた五月もまさかタバサの母親の病気が普通ではなかったことに驚きます。

シルフィードがうっかり漏らしていたタバサの秘密ですが、本人はそれを他人には知られたくないようでした。

 

「あの子、たまに授業をサボって学院からいなくなったりするんだけど……もしかしたら、お母様に会いに行ってたのかしらね」

「そういえば前にもそんなことがあったね。僕達が聞いても全然答えてくれなかったけど」

 

キュルケの言葉にキテレツは、あることを思い出します。

アルビオンへ旅立つ数日前に、タバサは授業中であったにも関わらずに一人抜け出していて、シルフィードに乗ってどこかへ飛んで行ってしまったのでした。

その行き先が、自分の母親がいる場所だったのかもしれません。

 

「授業をサボってでも病気の母親に会いたいなんて……良い子じゃない」

「でも心が壊れちゃってるなら、タバサは母親とまともに話もできていないということじゃない」

 

感心するキュルケですが、ルイズは苦い顔を浮かべます。

心が壊れて正気を失っているタバサの母親は、自分の娘が娘であることさえ分からないはずです。

それではたとえ会いに帰ったとしても、家族と心を通わせられなければ意味がありません。

 

「そんなの可哀相よ……」

「タバサちゃんがそんなに辛い目に遭ってるなんて……」

 

ルイズ達はタバサが抱えている境遇にを不憫に感じてしまいます。

一体、どうしてタバサの身にそのようなことが起きているのか、想像ができません。

 

「でも、キテレツ斎のマジックアイテムでその心が壊れるっていう病気を治せるのよね?」

「あら。例の秘伝書に何か書いてあったの?」

 

キュルケは興味深そうにキテレツの持つ大百科を見つめました。

 

「うん。奇天烈斎様がいた時にも同じ症状の人がいたんだからね。そのためにこの薬があるわけさ」

「キテレツ君。タバサちゃんのお母さんの病気を治してあげましょう。タバサちゃんはとっても寂しい思いをしてるはずだもの」

「ええ。そうしましょうよ」

 

五月とみよ子はタバサが抱えている孤独に深く同情していました。

以前、船の上で話をしていた時もタバサは母親のことを話している時はとても寂しそうな顔をしていたのです。

そんな孤独な少女を何とか助けてあげたいという思いが湧き上がっていたのです。

 

「うん。大変そうだけどやってみるよ。タバサちゃんには色々とお世話にもなっていたんだからね」

「あたしからもお願いするわ、キテレツ。手伝えることがあったら何でもするわよ」

 

キュルケも親友があんなに寂しそうな姿をしているのが見ていられませんでした。

そうしてキテレツ達が新たな目的を胸に刻んでいたのですが……。

 

「……もうっ! またやかましい音なんか出して!」

 

タバサがかけていたサイレントの魔法が切れたらしく、ブタゴリラの鼾がまたも部屋中に響きだしたのです。

そのやかましい騒音にルイズは癇癪を起こしました。キュルケも片耳を塞いで不快そうにしています。

 

「このブタ! あたし達が大事に話をしてるのに、呑気に眠りこけて! このっ!」

「やめなって、ルイズちゃん」

「あんたのマジックアイテムでこいつのこの鼾、なんとか出来ないの!?」

 

ブタゴリラを足蹴にするルイズは喚き立てていました。

しかし、完全に熟睡しているのか、ブタゴリラはルイズに蹴られてもまるでビクともしません。

反面、隣で寝ているトンガリとコロ助は苦しそうにうなされていました。

 

 

 

 

翌日の午後、中庭では何人もの生徒達が集まっています。

そこにはキテレツ達がタルブの村より持ち帰ったゼロ戦が置かれていました。如意光で縮小し、元の大きさに戻されたゼロ戦はコルベールの研究室のすぐ近くにあります。

生徒や教師達はいきなり広場に現れた奇妙な物体を目にして驚くと同時に興味を抱き、近くにやってきては眺めだします。

 

「あの平民達のマジックアイテムか? 何だこりゃ?」

「あの雲みたいに空を飛べるみたいだぜ?」

「こんなのが空を飛べるわけないじゃないか」

「こんなの、ただの鳥の形をしたオモチャだよ」

 

しかし、話題になったのはほんの僅かな時間で、すぐに飽きてしまうと足早にゼロ戦から離れていきました。

メイジである生徒達にとってはただのガラクタでしかないようです。

 

「こりゃあすげえな。この操縦桿の握り具合! まさしく本物のゼロ戦だぜ! 伯父さんもこいつで飛び回ってたんだな!」

「あんまりいじらない方が良いよ」

「壊しちゃうナリ」

 

ブタゴリラはゼロ戦に乗り込んで色々弄り回していますが、すぐ傍ではトンガリとコロ助が心配そうに様子を見つめていました。

 

「ほうほう。これはまた珍しいモンじゃのお。鳥の姿をしたカラクリか……」

 

そこへ、同じように興味を持ってやってきた学院長のオスマンはゼロ戦を眺めながら唸っていました。

 

「オールド・オスマン」

 

ゼロ戦のすぐ近くでルイズは一緒にいたキテレツと五月と共にオスマンに歩み寄ります。

 

「見た所、これも君達の世界の代物みたいじゃが……」

「はい。タルブの村で見つけたものなんです。そこにも僕達と同じ世界からやってきた人がいたことも分かったんです」

「キテレツ君の冥府刀を直す方法もそこで見つかったんですよ」

 

笑顔で答えるキテレツと五月にオスマンは目を丸くしだします。

 

「おお。それはまことかね?」

「キテレツ君のご先祖様が、その村に昔来ていたんです。そこで発明品が載った本を残してくれていて……」

「この奇天烈大百科に、冥府刀の製法が書いてあったんです。これを参考に新しく作れば、元の世界へ帰れるはずです」

 

今も五月達と一緒に読んでいた奇天烈大百科の表紙をオスマンに見せます。

 

「キテレツ君の先祖が来ておったと? ほほう……それは驚きじゃな。キテレツ君と、その血縁者が同じハルケギニアを訪れるとは。何とも運命を感じるわい」

「はい。僕もびっくりしましたよ。奇天烈斎様がこの世界に本当に来ていたなんて」

「うむうむ。故郷へ帰れる目処がついたことは、実に喜ばしいことじゃ。ミス・ヴァリエール。この子達がきちんと帰るその時まで、しっかりと面倒を見るのじゃぞ」

「はい。オールド・オスマン」

 

頷いたルイズはオスマンに一礼をします。

 

「しかし、帰れる目処がついたというのも何だか寂しくなるのう。ミス・ヴァリエールも友との別れは辛かろう?」

 

そうオスマンに言われてルイズは黙り込んでしまいました。

別れの時が近づいている以上、その日が来ることを考えるとどうしても切なくなります。

 

「大丈夫です。絶対に、「さよなら」なんて言いませんから」

 

五月は以前、ルイズと交わした約束を口にします。

その約束の言葉を聞いて、ルイズは五月の顔を見ました。五月もまたルイズと同じように少し寂しそうな雰囲気を醸しだしているのが分かります。

 

「ええ。あたしだって言わないもん」

「ほっほっ……そうじゃな。別れの時が来ても、こうして笑顔でいたいものじゃ。良き友と出会えて、ミス・ヴァリエールも良かったのう」

 

二人の少女の笑顔を目にしてオスマンはうんうん、と深く頷いていました。

 

「して、帰るのはいつ頃になるのかな? キテレツ君」

「冥府刀を作るにはまだ時間はかかるし、帰る前に色々とやることがありますから。それを終わらせてからにします」

「ほう。ところで、コルベール君やミヨコ君の姿が見えんようじゃが? コルベール君なら真っ先にこのカラクリに飛びつきそうなものじゃが……」

「コルベール先生は研究室にいますわ。ミヨコはタバサ達と一緒にトリスタニアへ買い物へ行っております」

 

研究室でゼロ戦を動かすための燃料の精製のためにコルベールは一晩中閉じこもっています。

タバサは現在、キテレツが大百科からまとめた材料のリストを手に、それらを自ら入手しに朝から出かけていたのでした。

水の精霊の涙以外はトリスタニアで手に入るものであり、みよ子はキュルケと一緒にタバサの買い物に付き添っていたのです。

 

「おや? 噂をすれば……」

 

オスマンが空を見上げると、一頭の風竜が降りてくるのが見えました。

それは間違いなく、タバサの使い魔のシルフィードです。

 

「お帰り、みよちゃん。キュルケさん」

「ただいま、サツキ」

「薬の材料は買ってきたわ。キテレツ君」

 

キテレツと五月が駆け寄ると、中庭に降り立ったみよ子は抱えている袋を差し出しました。

 

「あれ? タバサちゃんは?」

「タバサちゃんはどうしたの?」

 

シルフィードに乗っていたのはキュルケとみよ子の二人だけで、タバサの姿はどこにもありません。

 

「トリスタニアで別れてきたわ。何でも町で会う人がいるから、「先に帰ってて」ですって。馬車で学院へ戻るみたいだわ」

「リストに書いてあったのは全部買えたから大丈夫よ」

 

キテレツが書いたリストはタバサ達では読めず、そのためにみよ子が同行していたのです。

 

「会う人がいるって誰だろう?」

「タバサちゃんのお母さんと関係あるのかな……」

 

一体、どんな人と会おうとしているのかキテレツ達には気になって仕方がありません。

 

「タバサのご実家って、そういえばどこなのかしらね? トリステインの貴族じゃないってことは確かみたいだけど……」

 

名門ヴァリエール家のルイズにはタバサのまとう雰囲気がトリステイン貴族の物とはまるで異なることが分かっていました。

 

「あらそうなの? あたしてっきり、世を忍んでいるトリステインの名門貴族なのかなって思ってたんだけど。タバサ、なんて仮の名前を使ってるくらいだし」

「タバサちゃんの名前って、偽名なんですか?」

「確証はないんだけど、たぶんそうよ。だって家名だって名乗ったことなんてないし、そもそも『タバサ』なんてまるでペットにでも名づけるような名前よ。平民だってもうちょっとまともな名前をつけるわよ」

 

手を横に広げるキュルケの言葉にキテレツ達は呆気に取られます。

ますますタバサに関する秘密は深まるばかりでした。実家も本名さえも知らない、無口な友達はどういう人物なのかが気になります。

 

「何じゃ、何じゃ。ミス・タバサの実家がどうかしたのかの?」

 

そこへオスマンもやってきて、話の輪に入ってきました。

 

「ミス・タバサはミス・ツェルプストーと同じ留学生じゃよ。家名に関しては生徒のプライバシーじゃからあまり口には出せんが……彼女はガリアの出身じゃ」

「ガリアって、このトリステインのお隣の国のことよね? ルイズちゃん」

「ええ。ハルケギニア最大の魔法大国。ラグドリアン湖の反対側がもうガリア王国の領内よ」

 

五月の問いにルイズは答えます。

 

「ガリアの留学生だったの。知らなかったわー……」

「キュルケさんはゲルマニアの留学生なんですよね? どうしてここに留学を?」

「ま、色々あってね。ゲルマニアのヴィンドボナ魔法学校がつまらなかったから、そこを辞めてこっちへ来たわけ。家でブラブラしてるだけじゃ退屈だったものね」

 

みよ子の問いにキュルケは肩を竦めながらあっけらかんと答えました。

実際は色々と大事を起こして退学させられているのですが、それを話す気はありません。

 

「ま、最初はこっちもつまらないかなって思ったけど、留学して正解だったわ。タバサっていう友達ができたし……お隣さんのヴァリエールともお勉強ができるものね」

 

ルイズの頭をぐりぐりと撫でながら楽しそうにキュルケは笑っていました。しかし、ルイズは逆に不快そうな顔です。

 

「でもタバサちゃんって、どうして留学してるのかしら。病気のお母さんを残して外国にわざわざ来るなんて……」

「そうだよね。どうしてだろ?」

「ま、留学生には色々と事情があるもんじゃ。興味本位だけで知ろうとするもんじゃないぞい」

 

キテレツと五月の疑問にオスマンは釘を刺すと、その場から去っていきます。

 

「オルレアン家も政争の果てにあそこまで零落れてしまうとはの……世の中非情じゃな」

 

本塔の入り口へ差し掛かった時、そうぽつりと呟いていました。

 

 

 

 

 

 

夕刻を過ぎてもタバサはトリスタニアの町にいました。

みよ子達と別れてから町の中央広場でずっと持参していた本を読んでいたタバサでしたが、日が完全に落ちるとチクトンネ街のある酒場へと足を運びます。

 

「ここは貴族の娘さんが来る場所じゃありませんよ。お帰りになった方がよろしいですぜ」

 

カウンターの席に座ると主人が近寄ってきてきました。

夜の繁華街であるチクトンネ街の中でも上品な店であるそこは貴族の客も多いですが、タバサのような子供が入るような場所ではありません。

しかし、タバサは主人に注意されても動じません。

 

タバサがここにいる理由は、昨晩のことでした。

キテレツに母親の心を取り戻す薬の製作を頼んだあの後、部屋へ戻ったタバサの元に突然一羽のフクロウがやってきたのです。

そのフクロウは伝書鳥であり、一通の手紙を持ってきていました。手紙には明日の夜……すなわち今日の今、トリステインのチクトンネ街にある酒場で待つようにという命令が記されていたのでした。

送り主が誰なのか、タバサは身に染みて分かっています。そして今、その送り主の使者を待っているのです。

 

「遅れてごめんなさい。ああ、気にしないでちょうだい。彼女は私の連れですから」

 

するとそこへ深いフード付きのローブを纏った女がやってくるなり、タバサの隣に腰掛けていました。

女に言われた主人はそのまま下がっていきます。

 

「初めまして。北花壇騎士、タバサ殿」

「シェフィールド……」

 

フードから覗ける冷たい雰囲気を纏ったその女の顔を目にして、タバサは僅かに顔を顰めました。

目の前にいるこの見覚えがある人物は、アルビオン大陸のハヴィランド宮殿でレコン・キスタの司令官、クロムウェルと一緒にいた女その人だったのです。

 

「あら。私の名前を知っているのね。……まあ、キテレツ達と一緒にいたのだから知っていて当然かもね」

 

冷たく笑ったシェフィールドにタバサは珍しく緊張した表情です。

 

「まさかあなたがアルビオンにまでやってきて、あんなことをするなんて思っても見なかったわ。良いこと? 私は主人の命令でアルビオンに派遣されて任務をしていたの。あなた達はそれを邪魔したのよ? 本来なら、あなたのしたことは我が主を怒らせるに十分な行為よ」

 

シェフィールドの言葉にタバサは息を呑みました。

 

「そんな顔をしないで。別にそのことで咎めるわけじゃないわ。今回は、この国であなたに新しい任務が与えられるの。よく聞きなさい」

 

タバサは答えるどころか頷きもせずに沈黙し、耳だけを傾けていました。

 

「一つは、ラグドリアン湖の水の精霊の退治とその秘宝の奪還……」

 

やはりそれが来たか、とタバサは納得しました。

このシェフィールドが現れた時点で、何が目的であるか大よその検討はついていたのです。

 

「そして二つ……我が主は、未知のマジックアイテムに大変興味を持っておられるの。そのマジックアイテムが何なのかは、あなたも分かっているわね?」

 

タバサの目には明確な敵意が含まれ、シェフィールドを睨み付けます。

つまり、彼女はこう言っているのです。「キテレツの持っているマジックアイテムを奪い、献上せよ」と。

 

「この任務を成功させれば、主はあなたに大きな報酬を用意してくださるわ。あなたの母君、毒を飲んで心を病んだそうね。その心を取り戻せる薬よ」

 

もしもこの任務が昨日の内に与えられていたら、タバサは友人達と杖を交えなければならなかったことでしょう。

それも、自分と同じ孤独な子供達をも敵に回すことになってしまいます。

 

「分かっているでしょうけど、知り合いだろうと私情は一切許されないわ。天下の北花壇騎士である以上はね。あなたは我が主の飼い犬なんだから」

 

数日前までなら破格の報酬であり、母を守るためにも命令に従っていたでしょうが、今のタバサにとっては無用の長物なのです。

 

 



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雪風タバサのピンチ 危ないエルフあらわる・中編

ハルケギニア最大の国家、ガリア王国は魔法先進国として知られています。

魔法人形のガーゴイルが用いられているのはもはや日常で、その技術力も他国の追随を許さないレベルでした。

 

「おお、ミューズ! 余のミューズよ!」

 

王都リュティスの王宮、ヴェルサルテイル宮殿の一室では青髪の美丈夫が部屋に入ってきた人物を見るなり、顔を輝かせていました。

ミューズと呼ばれた女性――シェフィールドは自分の主が腰かけるソファーの横へと歩み寄っていきます。

その両手には小さな箱が手にされていました。

 

「ようやく完成したのか! 異国のマジックアイテムとやらが! 余は待ちかねたぞ!」

「既に実験も成功致しております。ぜひ、ジョゼフ様にもお試しを」

 

四十半ばとは思えないほど子供のようにはしゃぐジョゼフに、跪いたシェフィールドは差し出した小箱をそっと開けます。

その中には数本の赤い棒――チョークが並べられていました。

 

「テングの抜け穴か……。一つ試してみようではないか! ミューズよ、こことは別の場所からこれを使って戻ってくるのだ。なるべく遠い方が良い!」

 

チョークを一本手にしたジョゼフはソファーから立ち上がるなり、壁にチョークで大きな輪を描き出します。

シェフィールドもチョークを一本手にして退室していきました。

 

十数分間、輪の前で腕を組んで佇んでいたジョゼフでしたが、突如その中からシェフィールドが潜り出てきます。

 

「おおっ! ミューズ! よくぞ戻ったな! 一体、どこから戻ってきたのだ?」

 

現れて微笑みを浮かべるシェフィールドにジョゼフはさらにはしゃぎだし、輪の中に自分も入っていきました。

今まで宮殿の中にいたジョゼフでしたが、目の前には宮殿の中庭の光景が広がっています。

噴水の裏側の壁にジョゼフが描いたものと同じ赤い輪が描かれており、中庭と自分が今までいたグラン・トロワを満足げに見渡していたジョゼフはまたその中へと戻りました。

 

「素晴らしいぞ、ミューズよ。未知のマジックアイテムをここまで再現できたとは見事だ。まさしく神の頭脳だ」

「もったいないお言葉でございます……ジョゼフ様」

 

主に褒め称えられてシェフィールドはほんのりと頬を染めます。

先日、シェフィールドは回収して持ち帰った天狗の抜け穴のテープをジョゼフに献上していました。

使い方をシェフィールドから聞かされたジョゼフは二つに分けたテープを使って早速、瞬間移動の実演を行ったことで天狗の抜け穴の効果をはっきり知ることができたのです。

 

さらにジョゼフの命を受けたシェフィールドは腕の立つメイジの研究員達を使って天狗の抜け穴の分析を行わせました。

テープに使われている塗料に秘密があることを発見し、その塗料の成分や素材をさらに調べることで、それを参考に新たな天狗の抜け穴を再現しようとしたのです。

成分自体は完全な復元こそできませんでしたが、瞬間移動する能力を発揮できるまでには再現できました。

結果、粉末状に精製されチョークとして複製された天狗の抜け穴が彼女達の手にあるのでした。

 

「しかし、キテレツとやらのマジックアイテムは実に摩訶不思議だ。瞬間移動? そんなことは始祖の伝説でもなければできそうもない。そこらのメイジができんことを、その少年は杖も持たず道具一つで成し遂げてしまうのだ。平民ながら実に見事だな」

 

ジョゼフは天狗の抜け穴のチョークを見つめながら感嘆と頷きます。

 

「キテレツとやらは他にどんなマジックアイテムを持っているのか、余は楽しみでならんな。聞けば物の大きささえも自由自在に変えられるそうではないか」

 

シェフィールドからの報告で、ジョゼフは他にもメイジの魔法をも凌駕する様々な不思議な効果を秘めた数々の未知のマジックアイテムの存在も知っているのです。

 

「ジョゼフ様の仰せの通りに、姪御には新たな任務を与えております」

「シャルロットか。しかし、正直いって期待はできんな。あやつは俺のことを心底憎んでいるからな。母の治療を餌にしたとしても、いざとなれば飼い主の俺に牙を剥いてくるだろう。まあ、そちらの方が色々と都合は良いかもしれんがな」

 

ジョゼフはつまらなそうに小さくため息をつきますが、すぐにシェフィールドへ向き直りました。

 

「ミューズよ。お前に新たな任務を与えよう。シャルルの屋敷に抜け穴を作るのだ。こいつのちょうど良いテストにもなる。ここからは1000リーグも離れているからな」

「御意」

 

主からの命令を受けて恭しく一礼したシェフィールドは静かに退室しようとしますが、すぐに呼び止めます。

 

「そうだミューズよ。ヨルムンガントの製作はどうなっている?」

「申し訳ありません。そちらの方はまだ時間がかかりそうでございます……」

 

立ち止まり振り向いたシェフィールドは僅かに苦い顔を浮かべて詫びました。

 

「そうか。だが、レコン・キスタとトリステインの戦をさらに盛り上げるにはヨルムンガントが必要だからな。完成を待っているぞ」

「ジョゼフ様のご期待に沿えず、まことに面目ありませぬ」

「いや、まだできぬのならそれで良いのだ。余は急がぬ。では行くが良い、ミョズニトニルンよ」

 

再び一礼したシェフィールドは今度こそ退室していきます。

シェフィールドがいなくなった一室でジョゼフは先ほどまで自分が座っていたソファーへと戻っていきました。

 

「どうした? ビダーシャル卿。お前の国ではこいつは珍しいか?」

 

ジョゼフとは向かい側のソファーには、一人の男が座っています。ジョゼフが手にする天狗の抜け穴のチョークを不思議そうに見つめていました。

 

「我ら砂漠の民といえども、このような代物は作れぬからな」

 

シェフィールドが入ってくる前からずっとそこにいた羽のついた帽子を深く被った男、ビダーシャルはジョゼフの客人なのです。

ビダーシャルは遠路はるばるこのガリアを訪れていたのですが、ジョゼフと話し合っていた最中にシェフィールドが入ってきたので中断されてしまったのでした。

子供のようにはしゃぐジョゼフと天狗の抜け穴の実演をただ黙って見届けていたビダーシャルでしたが、さすがにその効果には内心驚いてしまったのです。

 

「そうか。先住の魔法といえども瞬間移動などできぬというのか。我ら人間が恐れる先住魔法も決して万能ではないのだな」

 

どこか皮肉のこもった言葉を平然と口にするジョゼフですが、ビダーシャルは何の感情も覗えない表情でジョゼフと向き合ったままでした。

 

「さて、話が中断してすまなかった。お前は我らと交渉をしたい、ということだったな。しかし、それを聞く前にぜひやってもらいたいことがある。交渉を聞くのはそれを果たしてからにしてもらおう」

「……それが条件というのならば我に選択は余地ない。分かった。お前の要求とは何だ?」

「まあ待て。その仕事の内容は、俺の姪の動き次第で決まることだ。今すぐには取り掛かれんよ。その時が来ればまた呼ぶ。それまでは下がるが良い」

 

肝心な依頼内容を話そうとしないジョゼフに、ビダーシャルは僅かに顔を顰めていました。

 

「ああ。お前にもこのテングの抜け穴を一つくれてやろう。退屈なら、そいつを自分で調べてみたらどうだ? エルフの力でな」

 

 

 

 

 

この日もキテレツ達は魔法学院の中庭に集まっていました。

これから新たな試みがここで行われるからです。

 

「ブタゴリラ君! この風車を回せば良いんだね!? こちらは準備はできたよ!」

 

ゼロ戦の正面に立っていたコルベールは操縦席に向かって叫びました。操縦席ではブタゴリラが乗り込んでおり、トンガリが機体によじ登っています。

 

「ねえ、ブタゴリラにこれが本当に動かせるの?」

「心配すんな。前に伯父さんと一緒に行った爆発館に飾ってあった奴をちょっとだけ動かしたことがあるんだぜ。それに父ちゃんと一緒に見たテレビや本だって見て勉強してんだからな!」

 

ブタゴリラは操縦席の計器を操作していますが、トンガリは不安な様子で見つめていました。

 

「それを言うなら博物館でしょ。……それじゃあ、見よう見真似ってことじゃないか! しかもそれいつの話なの!? っていうか、本物動かしたことないのに無茶言わないでよ! そもそも本物とレプリカは違うんだよ!?」

「うるせえな! 横でゴチャゴチャ言うんじゃねえ! えーっと、確かこいつを動かしてガソリンをこっちに移して……」

 

喚き立てるトンガリですが、ブタゴリラは気にせずに記憶を頼りに計器の操作を続けます。

 

「本当にブタゴリラにだけ任せて大丈夫ナリかね~」

「キテレツはあれを動かせないの?」

「いくら僕でもゼロ戦を動かすなんて無理だよ」

 

ゼロ戦から少し離れた場所で集まっていたキテレツ達ですが、ルイズの言葉にキテレツは首を横に振りました。

 

「熊田君は自信あるみたいだけど、ちょっと心配だなあ……」

「ええ。そうよね……」

「ま、今は見物させてもらいましょうよ」

 

苦い顔をする五月とみよ子にキュルケは爪を磨きながら言います。

今日の昼、コルベールは数日間も研究室に閉じこもって続けていたガソリンの調合と複製を成功させたのでした。

完成させたガソリンはワイン一本分で、キテレツ達は早速それをゼロ戦の燃料タンクに入れて動かすことにしたのです。

とは言ってもいくらキテレツでも何の知識もなしに動かすことは不可能でしたが、ブタゴリラが自信満々に自分が動かしてみせると大見得を切っていました。

トンガリを無理矢理手伝わせて操縦席に乗り込み、今も四苦八苦しているわけです。

 

「よっしゃ、先生! そいつを回してください!」

「分かった! それじゃあいくぞ!」

 

ブタゴリラの合図でコルベールは杖を振ります。エンジンをかけるにはまずプロペラを回さないといけません。

コルベールの念力によってプロペラがゆっくりと回り出すと、ブタゴリラはさらに計器を操作していきます。

 

「これで……どうだ!」

 

スロットルレバーを力いっぱいに倒した途端、バスバスと燻った音を立てたかと思うと機体は力強いエンジン音と共に振動しだし、プロペラは激しく回転していました。

 

「わあーっ! 動いたナリーっ!」

「すごーい!」

 

ゼロ戦のエンジンが動いたことに五月とコロ助は歓声を上げます。キテレツ達も目を丸くして始動したゼロ戦を眺めました。

 

「本当に動いた!?」

「おおっ! 動いた! 動いたぞ!」

 

トンガリとコルベールも動き出したゼロ戦に驚いていました。

コルベールはガソリンを完成させた時と同じように興奮しっぱなしです。

 

「本当に動かせちゃうなんて……嘘みたい」

 

みよ子はブタゴリラの素人知識で動いたことに驚きを隠せません。

下手をしたらエンジンが動きだした途端に壊してしまうのではないかと不安だったのですが、その心配はなかったみたいです。

しかし、やはりちゃんと調整ができていないのかエンジン音にガタガタと異様な音が混じっており、プロペラの回転が途中で急に遅くなったり速くなったりを繰り返していました。

 

「でも飛ばないじゃないの。ちゃんと飛ぶんでしょ?」

「燃料が足りないんだ。あれだけじゃ全然足りないよ」

 

ゼロ戦を飛ばすにはせいぜい、樽が五本くらいのガソリンが必要になるでしょう。

 

「ブタゴリラ! もうエンジン止めて良いよ! とりあえず動くことは分かったんだから!」

「ええーっ!? 何だって!?」

 

キテレツが叫びますが、エンジンの騒音のせいでブタゴリラには聞こえていませんでした。

 

「ブタゴリラ。とりあえずエンジンを止めようよ」

 

トンガリもキテレツの言葉は聞こえませんでしたが、同じことを考えていたのでそれを直接伝えます。

ブタゴリラは計器を操作してエンジンを切ろうとしますが、中々止めることができずにいました。

 

「そういえばキテレツ君。タバサちゃんのお母さんの薬はいいの?」

 

ブタゴリラが苦戦している中、みよ子はふとキテレツに問いかけます。

 

「うん。今、調合した薬を熟成させている所なんだ。丸一日は放置しておかないといけないんだよ」

 

キテレツがタバサに依頼されていた薬の製作を中断していたのはそのためでした。

他の材料を調合させる時も同じように熟成させないとならず、特に水の精霊の涙は最低三日はかけて熟成しなければなりません。

薬の生成と調合は非常にデリケートなので、奇天烈大百科に記されていた通りに慎重に作業を進めなければなりませんでした。

 

「あとどれくらいでできるの?」

「一週間か十日くらいかな……」

「そんなにかかるナリか!?」

 

五月の問いに答えたキテレツにコロ助は声をあげました。

 

「最低一週間……タバサもきっと待ちきれないでしょうね」

「うん。お母さんの病気を早く治してあげたいんだもの」

 

ため息をつくキュルケに五月も頷きました。

 

「ところでタバサはどこにいるの? キュルケ」

「そういえばまだ戻ってきてないみたいね」

 

一昨日にタバサとトリスタニアの街で別れてから、彼女は未だ魔法学院に帰ってきてはいませんでした。

使い魔のシルフィードも一度は学院に戻っていましたが、今はシルフィードさえいないのです。

 

「やっぱりお母さんの所へ行ったのね」

「うん。きっとそうだわ」

「もうすぐ病気を治すことができるからね。待ち遠しいのかもしれないよ」

「タバサちゃんはとってもママ思いの良い子ナリ」

「それにしてもとタバサがここまで親思いだなんて」

 

キュルケは親友の意外な姿に肩を竦めていました。

 

「まあ、確かに意外よね。普段の様子じゃ全然考えられなかったのに……あ」

 

ルイズも感嘆とする中、中庭の一角に注目して目を丸くします。

視線の先には、一頭の風竜がちょうど降り立っている姿がありました。それは噂のタバサの使い魔シルフィードです。

その背からは一人の少女が地面に降り立ち、キテレツ達の元へと歩み寄って来ていました。

 

「タ~バサッ、お帰りなさい」

 

キュルケは帰ってきたタバサを見つけるなり、抱きついていました。

抱かれたままのタバサはなすがままで突っ立っています。

 

「ママと会って来てどうだったナリか?」

「コロ助。気軽にそんなことを聞いたりしちゃ駄目だよ」

「あ、ごめんナリ……」

 

キテレツに叱られてコロ助は思わず口を押えます。

今はまだ、会いに行ったとしても心が壊れている母親とタバサはまともに話もできないのです。

 

「タバサちゃん。キテレツ君が作ってる例の薬なんだけど、まだ時間がかかるんですって」

「いい。わたしは急がない。……それよりキテレツ、あなたに頼みがある」

 

五月からの言葉にそう返すタバサはキテレツの方を向きます。

 

「何? 協力できることがあるなら何でも言ってよ。力になるから」

「あなたの天狗の抜け穴を貸して欲しい」

「天狗の抜け穴なんかをどうするの?」

 

タバサからの要求にみよ子は不思議そうに問いかけました。

 

「母様をひとまずわたしの部屋まで連れてきたい」

 

その返答にキテレツ達は一斉に納得します。

わざわざガリアの実家に帰って定期的に病気の母親の様子を見に行くよりは、自分がいつでも傍にいてあげられるようにしたいのでしょう。

 

「キテレツのテングの抜け穴ならすぐにこっちへ来られるものね」

「うん。それじゃあ用意するから待っててね」

 

頷くルイズにキテレツは早速、天狗の抜け穴が置いてある宿舎に向かって駆け出します。

 

「大丈夫よタバサ。もうすぐお母様の病気は治せるわ」

 

抱きつくキュルケが優しく囁くと、タバサは僅かに俯いていました。

数分後、キテレツは天狗の抜け穴のテープを手に戻ってきます。

 

「それじゃあこれを。もう一組のテープをタバサちゃんの部屋に貼っておくからね」

「ありがとう」

 

天狗の抜け穴を受け取り、タバサはシルフィードに向かって歩き出そうとします。

 

「待って。あたしも行くわ、タバサちゃん」

 

そこへ突然、みよ子が申し出てきました。立ち止まったタバサはみよ子の方を振り向きます。

 

「どうしたナリか。みよちゃん?」

「何かタバサちゃんを手伝えることがあるかもしれないじゃない。キテレツ君達はここで待ってて」

「それならあたしも一緒に行ってあげるわ。タバサのお母様を一緒に運ぶくらいならできそうだし。ね? タバサ」

 

キュルケまでも名乗り出てきたのでタバサは二人を見つめますが、何も答えずにシルフィードの背中へと上がっていきました。

二人も後をついていってシルフィードに乗り込みます。

 

「それじゃあキテレツ君。そっちはお願いね!」

「うん! 任せといて!」

「タバサの部屋はあたしの部屋の上だから! 詳しいことはルイズに聞いてちょうだいね!」

 

浮上を始めるシルフィードの上からみよ子とキュルケが叫びます。

そのまま三人を乗せたシルフィードは一気に大空高く飛び上がっていきました。

 

「おーい! ブタゴリラ君! 大丈夫なのかね!? すごい音だが!?」

 

未だエンジンが止まっておらずに騒音を立てているゼロ戦の下からコルベールは心配そうに呼びかけていました。

 

「ブタゴリラ! 何をやってるのさ! 早く止めてよ!」

「くそっ! 止まれよこのっ!」

 

トンガリもブタゴリラも喚き立てますが、色々と計器やレバーを弄ってみても一向に収まる様子がありませんでした。

 

 

 

 

数時間とかからずにシルフィードはタバサの実家があるというガリアの目的地までやってきました。

そこは何とトリステインと国境を隣接している場所で、ラグドリアン湖のちょうど反対側の湖畔に位置しています。

 

「タバサちゃんの家って、こんなに近くにあったのね……」

 

シルフィードが着陸した場所は湖畔からすぐ近い森の中です。

そこには古い立派な造りの大名邸がひっそりと建っていました。

門の前でみよ子は屋敷を呆然と見上げています。

 

「どうしたの、キュルケさん?」

 

同じように屋敷を眺めていたキュルケですが、その顔はみよ子よりもさらに驚愕して目を見開いていました。

 

「これ……この紋章って……ガリア王家の紋章じゃないの」

 

キュルケが見ていたのは門柱に刻まれていたレリーフです。

そこには二つの杖が交差されている紋章がありました。それはまさしく、ガリア王国の王家の証なのです。

しかし、その紋章は何故かバッテンの傷が刻まれて潰されているのが分かります。

 

「ええ? それじゃあタバサちゃんは?」

「あの子……ガリアの王族なんだわ。確か、今のガリア王はジョゼフ一世っていう人だったわね」

 

みよ子もキュルケも驚きを隠せませんでした。まさかタバサがただの留学生の貴族というのではなく、由緒あるガリア王家の一員だったなんてまるで想像できなかったのです。

つまり、タバサはガリア王家のお姫様ということでした。

 

「でもどうしてあんな傷がつけられてるの?」

「あれは不名誉印って言うのよ。簡単に言えば、王家の人間でありながらその権利を剥奪されているわけ」

「どうしてそんな……」

 

王家の人間でありながらタバサはお姫様ですらない、没落しているというその事実に二人は疑問に思っていました。

 

「おっと……こんな所で呆けていても仕方ないわね。まずは中に入りましょ」

 

タバサはとっくに門を潜って屋敷の入口の前まで行ってしまっているのでキュルケは後を追うことにします。

みよ子も慌ててキュルケと一緒に自分達を待ってくれているタバサの元まで向かいました。

待っている間のタバサはちらちらと周囲に視線を配って何かを確かめている様子です。

 

「お帰りなさいませ。シャルロット様」

 

玄関を潜って屋敷の中に入ると、老僕の執事がタバサを出迎えていました。

 

「こ、こんにちは」

 

みよ子は思わず頭を下げて挨拶をします。その横でキュルケはタバサのことをじっと見つめていました。

 

「ペルスラン。母様をトリステインまで運ぶ。あなたも逃げる準備をして」

 

きっぱりとそう告げるタバサですが、執事のペルスランはいきなりのことに困惑した顔を浮かべています。

 

「は……? 外国へ亡命すると? しかし、この屋敷の周りには王家の者どもの目が光っておりますぞ」

「大丈夫。屋敷の周りに何も気配は無い。兵が来る前に母様を連れ出す」

「かしこまりました……あなた方は、シャルロット様のお友達とお見受けしますが……」

 

頷いたペルスランはみよ子達へと視線を移しました。

 

「はい。みよ子と言います」

「ゲルマニアのフォン・ツェルプストー。タバサの学友よ」

 

タバサの友人であると知ってペルスランは嬉しそうに微笑みます。

それから一行は廊下を通り、客間までやってきました。屋敷の中は綺麗に手入れがされていますが、ペルスラン以外に誰も使用人はいないようでしんと静まり返っています。

 

「母様を連れてくる。ここで待ってて」

 

そう言い残したタバサは屋敷の奥へと続く扉を開けて客間を後にしていきました。

残されたみよ子とキュルケはソファーに腰を下ろします。

 

「ペルスランさん。シャルロットって、タバサちゃんの本当の名前なんですか?」

「あの子、学院ではタバサって名乗っているのよ。偽名じゃないかって思ってたけど、間違いなかったみたいね」

 

同じく残って控えていたペルスランに二人は語りかけます。

 

「シャルロット様はタバサと名乗っておられるのですか。……左様でございます。お嬢様の名はシャルロット・エレーヌ・オルレアン。今は亡きオルレアン公爵のご息女でございます」

「オルレアン……オルレアンですって!?」

「誰なの?」

「オルレアン大公家って言ったら、ゲルマニアの貴族でもその名を知らない者はいないガリアの王族……ガリアの王弟家なのよ!」

 

タバサの本名と出自を耳にしてキュルケは驚愕してしまいました。

正真正銘、タバサの実家は正統なガリア王家に連なる王族にしてお姫様ということなのです。

 

「やっぱりあの子はガリアの王族だったのね……」

「でも、どうしてタバサちゃんのお父さんが……」

 

タバサの父親は話を聞く限りでは既に亡くなってしまっていることが気にかかっていました。

それだけではなく、タバサの実家が没落していることと何か関係があるのではと考えます。

 

「……シャルロット様の心許すご友人とあらば、構いますまい。分かりました……お二方を信じてお話しましょう」

 

苦い表情でため息をついて、ペルスランは口を開きました。

 

 

 

 

一方、屋敷の最奥までやってきたタバサは部屋の扉の前で立ち止まります。

小さくノックをしますが、中から返事はありません。しかし、それはタバサには分かり切っていることでした。

ドアを開けた先は開け放たれたままな大窓の外に中庭が広がる殺風景な広間で、ベッドや椅子、テーブルくらいしか置かれてはいません。

そのベッドの上には一人の女性が蹲っています。

 

「お迎えに参りました。母様……」

 

ベッドに近づいていったタバサはその場で跪いて深く頭を下げます。

ゆっくりと体を起こした瘦身の女性は粗末な寝間着を身に着けており、まだ若いはずなのにその顔は病のおかげで老婆のようにやつれ果てていました

目の前にいる自分の娘を目にしても、わなわなと震えて怯えた表情を浮かべます。

 

「王家の回し者め……性懲りもなくまた私のシャルロットを奪いに来たのね……! 夫を殺しただけでは飽き足らず……何て恥知らずな……! 下がりなさい、悪魔め!」

 

罵声を浴びせ、ベッドの枕からテーブルのグラスと身近にあるものを手に取り、次々にタバサへと投げつけます。

タバサはそれを避けようともせずに全て一身に受けていました。頭に当たったグラスが床に転がり砕けます。

頭から血が流れても、タバサは気にも留めません。

 

(母様……)

 

頭を垂れたままのタバサは悲しそうな顔を浮かべますが、それは誰も見ることができません。

今、目の前にいる母は心を病み、実の娘であるはずのタバサさえも拒絶するほどになっています。

もう何年も本当の母親とはまともに話もできていませんでした。

 

「この子は……シャルロットは誰にも渡さないわ……ああ……シャルロット……心配しないで……私がずっと守ってあげますからね……」

 

タバサの母は抱いている人形に頬ずりをしていました。ただの人形を娘と思っているなど、もはや正気を通り越して狂っています。

この母親の姿をタバサは今までもずっと見届けてきました。しかし、それももうすぐ終わりを迎えようとしています。

 

「……帰れというのが分からないの! 無礼者め!」

 

いつまで経ってもタバサがいることでまたしても取り乱して喚き立てていました。

タバサはゆっくりと立ち上がるなり母を真っ直ぐに見つめると、杖を構えます。

 

「ごめんなさい、母様……」

「ひっ……この子には指一本触れさせは……」

 

一言そう呟いたタバサに母は人形を庇うようにして腕の中で抱きしめます。

タバサは呪文を唱え、母に向かって静かに振り下ろしました。

途端にベッドの上を白い雲が覆い尽くし、母を包み込みます。

雲が晴れた時、あれだけ取り乱していた母は静かに寝息を立てていました。

こうでもしないと、暴れる母を屋敷から連れ出すことはできません。しかし、自分の母親に杖を振るうことに罪悪感を覚えていました。

 

「もうすぐその汚された心を元に戻してあげられます。今しばらく待っていてください……」

 

タバサは眠りにつく母に向かって呟きます。僅かですがこの屋敷にやってきて初めての切ない笑みを浮かべていました。

もうすぐ本当の母とまた会えることができる確実な未来に、タバサの心は期待に満ちていました。

キテレツが今作っている奇天烈斎が残した水の精霊の解毒薬ならば、母の心を救うことができるのです。

それだけでなく、この悪夢の牢獄から母を逃がしてあげることさえもできるのですから尚更タバサの心は安堵に満ちていました。

 

タバサはキテレツから預かっていた天狗の抜け穴を取り出し、それをじっと見つめます。

これが無ければ母をこの牢獄から脱出させ、国外へ亡命させるなど到底不可能だったことでしょう。

 

「ありがとう……キテレツ……」

 

キテレツ達への深い感謝の想いを込めてタバサは礼の言葉を呟きます。

自分達が故郷へ帰るための時間さえ割いて母を救ってくれるあの子達には必ず何か報いてあげたいという強い思いがタバサの胸中に渦巻きまいていました。

 

しかし、今は母をここからトリステインの魔法学院へ移動させることが先決です。

杖をベッドに立て掛け、母の体を起こそうと手を伸ばしたその時でした。

 

「きゃあああああっ!」

 

突如、みよ子の悲鳴が部屋の外から響いてきます。

それだけではありません。客間の方から何やら物々しい音が聞こえてきているのがはっきりと分かりました。

その音を耳にしたタバサは焦りと動揺に満ちた顔で杖を手にし、母を部屋に残して客間へ向かって駆け出します。

 

「まさか……そんな……」

 

屋敷の中だけでなく外にも、先ほど一切無かったはずの大勢の敵意に満ちた気配が突然感じられたのです。

 

 



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雪風タバサのピンチ 危ないエルフあらわる・後編

「動くな!」

 

それは突然の出来事でした。

執事のペルスランと一緒に客間にいたみよ子とキュルケでしたが、屋敷の入口の方から無数の物々しい足音が聞こえてきたかと思うと、何人もの兵隊達やメイジの騎士が現れたのです。

彼らは槍や軍杖で武装しており、客間にいた三人を威嚇してきました。

 

「きゃあああああっ!」

 

みよ子は思わず悲鳴を上げました。兵隊達だけでなく足元には狼のガーゴイル、フェンリルまでもが何体もおり、恐ろしい唸り声で威嚇してくるのです。

 

「ガ、ガリア軍!」

「下がって! 二人とも!」

 

ペルスランが恐れおののく中、立ち上がったキュルケは素早く杖を手にしながらみよ子の手を引いてました。

 

「うわあ!」

 

兵達が槍を手に突撃しますが、キュルケの杖から放たれた火炎が彼らを退けます。

 

「ええい、大人しくしろ! 小娘め!」

「きゃあっ!」

 

指揮官のメイジも反撃で軍杖の先からマジックアローによる魔法の矢を飛ばしてきました。フェンリル達も一斉に迫ってきます。

キュルケはみよ子を庇って屈みこみマジックアローを避け、フェンリル達に火炎の渦を放ちました。

 

「くっ!」

 

何体かは焼き払うことに成功したのですが、討ち漏らした一体がキュルケに飛び掛かってきました。

背中に圧し掛かってきたフェンリルはキュルケの髪に食らいついて噛み千切ろうとします。

 

「ツ、ツェルプストー様!」

 

壁際で腰を抜かして固まっていたペルスランでしたが、そこへすぐ傍の扉が勢いよく開け放たれ、奥に行っていたタバサが戻ってきました。

 

「貴様か! 旧オルレアンの――」

「ウィンド・ブレイク!」

 

客間の光景を目にして一瞬で状況を把握したタバサは目の前にいる敵に向けて強烈な突風を繰り出しました。

メイジも無視して放たれた吹き荒れる突風は怯んでいた兵達もろとも壁に叩きつけていきます。

 

「エア・カッター!」

 

キュルケを襲っているフェンリルにピンポイントで放たれた風の刃はフェンリルの首を斬り落としました。

 

「痛たた……あたしの髪を……」

「キュルケさん、大丈夫?」

 

自慢の赤毛の一部を食い千切られてしまい、キュルケは不快を露わにします。そんな彼女をみよ子は心配そうに気遣いました。

 

「お嬢様、ガリアの王軍が……」

「分かってる。母様を連れてここを脱出する」

 

既に屋敷は完全に囲まれているのは明らかでした。ここにいては袋のネズミです。

どうして突然、今まで気配が無かったはずの敵に包囲されているのかは疑問でしたが考えるのは後です。

 

「奥へ行って。これで学院へ逃げる」

「タバサちゃんはどうするの?」

 

タバサから天狗の抜け穴を手渡されてみよ子は戸惑います。

 

「殿」

 

杖を構えるタバサは、入口から現れる新手を見据えていました。

今度は人間ではなく、十数体以上もの金属質の体をしたガーゴイル達です。半魚人のような恐ろしい顔をし、その手には三叉の槍や斧槍が握られていました。

 

「何あれ!?」

「鉄騎隊……! 行って!」

「さあ、二人とも行きましょう!」

「お嬢様……!」

 

急かすタバサの様子を目にし、キュルケはみよ子とペルスランを連れて屋敷の奥へと向かいます。

そうこうする間にも対峙するガーゴイル達が次々に突撃を仕掛けてきました。

 

「ウィンディ・アイシクル!」

 

タバサは動じずに瞬時に呪文を完成させ、何十もの氷の矢の雨を放ちます。

ガーゴイル達は鋭い氷の矢で全身を射抜かれて怯みますが、この程度では倒れません。

しかも何体かが逆に手にする槍を突き出し、その穂先から稲妻を放ってきました。

 

「アイス・ウォール!」

 

タバサの目の前の分厚い氷の壁が生み出され稲妻を防ぎますが、ガーゴイル達はタバサを追撃しようと壁の死角に回り込もうとしました。

魔法先進国で知られるガリア王国では魔法人形であるガーゴイルさえも軍事に利用され、高性能なガーゴイルのみで構成された部隊や軍隊も存在します。

その一つが鉄騎隊と呼ばれるマジックアイテムで武装した、トライアングルクラスのメイジ級の強さを有したガーゴイル軍団なのです。

 

「……ライトニング・クラウド!」

 

タバサは氷の壁を越えて飛び掛かってきた何体もの鉄騎隊達に強力な稲妻を浴びせました。

さすがのガーゴイルもこの技にはたまらず、次々と焼き焦がされて倒されていきます。

 

『おやおや。北花壇騎士ともあろうものが主人に歯向かうつもりかしら?』

 

残っている鉄騎隊の中の一体から突然、声が響いてきました。その声は先日、トリスタニアの町で会ってきたシェフィールドの物でした。

 

『水の精霊の討伐まで放棄した挙句、こっそり母親と共に亡命をしようと企むなんて。重大な反逆行為だわ。覚悟はできているのかしら?』

「勘違いしないで。あなた達に忠誠を誓ったことなど一度もありはしない」

 

シェフィールドの言葉に対し、タバサはきっぱりとそう言い放ちます。

 

『そう。主の思っていた通りね。なら、裏切り者は処分しないといけないわ。お前の亡命を手引きした者達もろともね!』

「ジャベリン」

 

タバサは杖を振り、氷の槍を声を発する鉄騎隊目がけて放ちました。鋭い槍に胴体を貫かれたガーゴイルは衝撃と共に壁まで吹き飛ばされ、動かなくなります。

もう鉄騎隊に構うことなくキュルケ達を追って部屋の奥へ向かって駆けていきました。

背後からはタバサを追ってくる鉄騎隊の足音がガチャガチャと聞こえてきていました。

 

「タバサ! 早く!」

 

母の居室へやって来ると、そこではみよ子が壁に天狗の抜け穴のテープを貼っている最中でした。

ベッドに寝かされていた母はペルスランに抱きかかえられたまま眠りについています。

 

「ペルスランさん、タバサちゃんのお母さんを連れて早くこの中に!」

「こ、この輪の中に? 本当にここから逃げられると?」

「いいから早く入って!」

 

戸惑うペルスランをキュルケが急かします。

ペルスランは覚悟を決めて、恐る恐る天狗の抜け穴へ飛び込んでいきました。ちゃんと向こう側は繋がっており、ペルスラン達は抜け穴を潜っていきます。

 

「エア・ハンマー!」

「ファイヤー・ボール!」

 

もたもたしている間にも鉄騎隊達が追いつき、部屋に踏み込んできました。

タバサは彼らを退けるべく風の魔法をぶつけていきますが、数が多くて捌ききれません。キュルケが加勢することで何とか食い止めることができています。

 

「ミヨコ! 先に行って……」

 

後ろで立ち尽くして動けないでいるみよ子にキュルケが呼びかけますが……。

 

「きゃああああああっ!」

 

突然、ガラスの割れる音と共にみよ子の悲鳴が大きく響き渡ります。

振り向けば、大窓を突き破って別の鉄騎隊達が飛び込んできたのです。

 

「ミヨコ!」

「嫌ぁ! 離してーっ!」

 

キュルケ達が助けに行く間もなく、みよ子はトビウオのような魚型の空飛ぶガーゴイルに騎乗している鉄騎隊に捕まってしまいました。

もがくみよ子を抱える鉄騎隊はそのまま屋敷の外へ飛び出してしまいます。

 

「……アイス・ストーム!」

 

鉄騎隊達が今度は挟み撃ちで二人に襲い掛かってきます。

しかし、タバサが杖を振りかぶると、二人を中心にして氷の嵐が渦巻きだし、部屋中に吹き荒れだしました。

ガーゴイルの軍団は一瞬にして鋭い氷の刃の竜巻に飲み込まれ、切り裂かれながら次々に壁や天井、庭へと吹き飛ばされて動かなくなります。

嵐が収まった頃にはもう部屋は壁はおろか天井までズタズタに傷だらけになり、ベッドなどの家具も無残な有様になっていました。

 

「何てこと……ミヨコがさらわれるなんて……」

 

キュルケは悔しげに舌を打っていました。タバサも同様に苦い顔を浮かべ、みよ子が落とした天狗の抜け穴を拾い上げます。

自分の母親を助け出すことできたのに友人がそのための犠牲になってしまったなんて、あってはならない最悪な展開でした。

 

「……先に行って」

「タバサ! あなたは?」

「ミヨコを取り戻す」

 

こうなってしまったのは自分の責任だと、タバサは自覚していました。

本来、無関係であるはずの彼女達を巻き込んでしまった以上、何があっても救い出さなければなりません。

 

「シルフィードで追いかける。あなたはキテレツ達に話して」

「でも……」

 

キュルケが困惑する中、部屋の入口の方からコツコツと足音が聞こえてくるのが分かります。

どうやら新たな刺客がここへやってくるようです。

 

「……行って!」

 

タバサは天狗の抜け穴をキュルケに渡し、杖を構えました。

 

「……絶対に無茶はしないで。あたし達も助けに行くから」

 

キュルケは少しの間逡巡していましたがタバサの覚悟を汲み取り、この場は彼女に託すことにします。

ボロボロになってしまった壁の天狗の抜け穴の代わりに新たなテープを急いで小さめに貼っていきました。

天狗の抜け穴をキュルケが潜ったのを見届けると、タバサはテープを剥がしていきます。これで新手がここを通って追いかけてくることはできません。

 

「お前がジョゼフの話していたという裏切り者か?」

 

テープを剥がし終わった途端、誰かに声をかけられます。

扉の方を向き直ると、そこには一人の男が立っていました。ローブを身に纏い、かぶっているつばの広い羽つき帽子の隙間からは長い金髪が覗けています。

どうやら新手の刺客のようですが、今までの敵と違って明確な敵意は何故か感じられません。

 

「エア・ハンマー」

 

しかし、一刻も早くみよ子を助け出さないといけないタバサは敵と話をしている暇なんてありません。

突風の槌を繰り出して吹き飛ばそうとしましたが……。

 

「……ぐっ!?」

 

何と、自分の放った風の魔法は敵を吹き飛ばすどころか、タバサ自身に跳ね返ってきたのです。

壁まで吹き飛ばされて叩きつけられたタバサはこちらを冷ややかに見つめてくる男を睨みつけます。

 

「お前に一つ要求をしたい。ジョゼフの姪よ」

 

彼はタバサが放った攻撃などまるで無視して言葉を続けていました。

強烈な衝撃を受けてダメージを負ったタバサは杖で体を支えます。

 

「我はお前の意思に関わらず、お前をジョゼフの元へと連れて来るよう約束された。できれば、穏やかに同行を願いたい」

 

つまり彼はタバサにこう言っているのです。「抵抗をしないで降伏しろ」と。

当然、そんな要求など黙って聞くわけにはいきませんでした。

 

「……ジャベリン!」

 

さらに魔法を男に放ちますが、猛烈な速さで放たれた氷の槍は男のすぐ手前で突然勢いを失い、床へと落ちてしまいます。

自分の攻撃が全て届かない状況にタバサは焦りました。

 

「ジョゼフの姪よ。抵抗は無意味だ。我はこの屋敷に宿る精霊達と契約をしている。お前では決して我には勝てん」

 

攻撃をまるで意に介さない相手の言葉に、タバサの顔色が変わります。

彼はメイジではありません。しかし、それでもタバサを赤子のように圧倒している彼がどのような力を使っているのかをタバサは今、理解しました。

 

「先住魔法……」

 

メイジ達の使う系統魔法とは異なる魔法は、人間では使うことができません。

しかし、その力はメイジの魔法を遥かに凌駕しています。その魔法を操ることができる種族と言えば……。

 

「ネフテスのビダーシャルと申す者だ。出会いに感謝を」

 

彼が帽子を脱ぐと、人間よりも長く尖っている耳が目に入ります。

 

「エルフ……」

 

それは砂漠の地に住むという異種族として知られ、ハルケギニアでは恐れられています。

タバサは自分が戦いたくない最悪の敵を前にして、息を吞んでいました。

 

 

 

 

五月達は魔法学院の女子寮のルイズの部屋に集まっています。

 

「コロ助! どうだ? みよちゃん達は帰ってきたか?」

『まだナリよ。ワガハイだけ待っているなんて暇ナリ! 代わって欲しいナリーっ!』

 

ブタゴリラがトランシーバーに呼びかけるとコロ助の声が聞こえてきました。

コロ助は今、上の階のタバサの部屋のベッドの上に座っています。ベッド脇の壁には天狗の抜け穴のテープが貼ってありました。

みよ子達がここを通って帰ってくる手筈なので、知らせる役をブタゴリラに押し付けられたのです。

 

「もう少ししたらわたしが代わってあげるから。待ってて」

「しかし、タバサの母君がご病気とはねえ」

 

五月が答える中、この場にいたギーシュがため息をつきながら手にするカードの束を切っていました。

テーブルの周りには三人の他にルイズとトンガリが席についています。

 

「わざわざ学校をサボってまで病床の母君に会いに行くだなんて……くぅーっ、何て親思いなんだ! とても感動するよ!」

「良いから早くカードを配りなさいよね」

 

勝手に酔い痴れているギーシュにルイズが冷ややかに促します。

ギーシュは自分も含めた五人にてきぱきとカードを配っていきました。

 

「それじゃあギーシュさんのカードをもらうね」

「う、うむ。それじゃあこれを受け取りたまえ。大富豪君……」

 

トンガリとギーシュは互いのカードを交換しました。カードを渡そうとするギーシュは渋い顔です。

みよ子達がタバサの実家から戻ってくるまでの間、時間潰しにカードゲームをしようとブタゴリラが提案し、それにルイズ達は賛成したのです。

ギーシュは女子寮へモンモランシーに会いに来ていたのですが、すぐに追い返されてしまっていました。

仕方なく五月に会おうとしてルイズの部屋が盛り上がっていることに気づき、カードゲームを楽しんでいた所を混ぜてもらったのでした。

 

「それでは僕が最初だ。ふっふっふっ……見るがいい、これが我がグラモン家の実力さ!」

 

得意げに笑いながらギーシュは三枚の12をテーブルに叩きつけました。

 

「げっ! いきなりかよ!」

「はっはっはっ! スリーカード! どうだね!? 出せる者はいるのかな!?」

「確かにわたしも出せないけど……」

「あんたこの後、他に出せるカードあるの?」

 

ルイズに指摘されて胸を張っていたギーシュは自分の手札を確認します。残りは7以下の強くないカードばかりでした。

 

「え? ……あっ! しまった!」

 

仰天するギーシュにルイズはおろか五月も呆れたような顔をします。

 

「またこのパターンかよ」

「全然学習してない……」

 

ブタゴリラとトンガリもため息をついていました。

現在、一行がやっているのは大富豪というキテレツ達の世界で楽しまれているトランプゲームです。

ハルケギニアで使われているカードは普通のトランプとは違いますが、1から13までのカードを順番に出していき、早く手札を無くしていった人が勝ちです。

キテレツ達の学校でも楽しまれていて色々なローカルルールがある遊びですが、ルイズもギーシュもすぐに面白さにハマっていました。

 

「おら! これでラスト!」

「う、うぐぐ……また僕が、大貧民……この僕が……」

 

ブタゴリラが最後のカードを出すと、ギーシュはテーブルに突っ伏します。

 

「連続24回、大貧民よ。あんた弱すぎ」

「別にギーシュさんも弱いカードばかり来るわけじゃないんだけどね……」

「要するに見栄っ張りなんだよ。トンガリと同じでな」

「何さ、その言い草! 僕は10回以上も大富豪なんだからね!」

 

ギーシュが参加してからは彼が毎回、最下位の大貧民となっていました。恰好をつけたがるギーシュは後先を考えず強いカードから先に出すので、すぐに他の四人より弱いカードしか出せなくなるのです。

トリステイン貴族の中でも特に見栄を張りたがるグラモン伯爵家の血筋の悲しい性でした。

 

「やあみんな。どう? みよちゃん達は帰ってきた?」

「キテレツ君。それがまだなの……」

「コロ助に見張らせてるから連絡が来るよ」

 

扉を開けて部屋に入ってきたキテレツに五月とトンガリが答えます。

 

「そういえばキテレツ君。君は水の精霊の涙を使って、タバサの母君の病気を治す薬を作っているそうだね」

「うん。そうだけど……」

 

顔を上げたギーシュに尋ねられてキテレツは頷きます。

ギーシュはさすがに心の病を治すという話までは聞いていません。

 

「水の精霊の涙はまだ君の手元に残っているということかい?」

「確かに使わなかった分がまだあるけど……どうするんです?」

 

ギーシュは立ち上がり、キテレツの前まで歩み寄ってきました。

 

「良ければぜひ、それを僕に譲ってくれないかな? モンモランシーにプレゼントしたいんだよ」

「モンモランシーさんに?」

「懲りない奴だなあ。散々、あの姉ちゃんにフラれてるのに」

「あの人にプレゼントしてどうするのさ? 使えなきゃ意味ないじゃん」

「モンモランシーは魔法のポーションを調合してるって聞いてるわね。香水を作って小遣い稼ぎしてるそうよ。水の精霊の涙は貴重な秘薬だし、モンモランシーも欲しがるんじゃない?」

 

トンガリの疑問にルイズが答えます。

 

「そう! そうなんだよ! だからさキテレツ君、今作っている薬が完成したら頼むよ?」

「余ったら別に構わないけど……失敗した時のこともあるから……」

 

今作っているタバサの母親の心を取り戻す薬の作成が万が一、失敗した時のことも考えて安易に手放すことはできません。

薬を一つ作るのに水の精霊の涙を半分使っているので、新たにもう一個しか作れないのです。

 

「まだ一週間はかかるから、もうしばらく待ってあげて」

「ええっ!? そんなにかかるのかい? そこまで作るのは難しいんだね……」

 

五月の言葉に唸るギーシュでしたが、テーブルの脇に置いてあるトランシーバーから声が聞こえてきます。

 

『うわーっ! 何ナリか!?』

 

コロ助の驚く声が響き、一行はトランシーバーに注目しました。

 

「おい、コロ助! どうした?」

「みよちゃん達が帰ってきたの?」

『とにかくみんな来て欲しいナリよーっ!』

 

そう返答が来たので、キテレツ達はコロ助が待機しているタバサの部屋へと向かいます。

 

「コロ助! みよちゃん達は?」

「誰よこの二人は?」

 

ルイズ達がタバサの部屋にやってくると、そこには執事らしい老僕と彼に支えられているやつれ果てた女性が床に膝をついています。

 

「こ、ここは……一体……」

 

執事のペルスランは先ほどまでいたはずの屋敷から全く違う場所へやってきたことに困惑していました。

 

「おじいさん、大丈夫ナリか? タバサちゃん達はどうしたナリ?」

 

コロ助が駆け寄ると、ペルスランはキテレツ達を見回していました。

 

「あなた、もしかしてタバサの実家の人? ここはトリステイン魔法学院よ」

「トリステイン……?」

 

ペルスランは自分が天狗の抜け穴で瞬間移動したことを理解していないらしく、混乱しているようでした。

 

「うわっ!」

 

そんな中、天狗の抜け穴から新たな人影が飛び出してきました。

 

「おお、キュルケじゃないか!」

「キュルケさん!」

「ツェルプストー様。これは一体……」

「大丈夫。マジックアイテムで屋敷から瞬間移動したのよ、安心して。それよりこの人をベッドに寝かせてあげて」

 

戸惑うペルスランの肩をキュルケが叩きます。

ペルスランは眠ったままのタバサの母をベッドへと運んで横たえました。

 

「もしかしてその人がタバサちゃんのお母さん……?」

「こりゃひでえな……」

 

五月達は病気のせいでひどくやつれ果ててしまっているその顔を見て呆然とします。

 

「みよちゃんは? タバサちゃんはどうしたの?」

「何で二人だけ来ないのさ」

 

トンガリが天狗の抜け穴に飛び込もうとしますが……。

 

「あ痛っ!」

 

つい今まで繋がっていたはずの天狗の抜け穴は途切れてしまっており、トンガリは顔を壁にぶつけてしまいました。

 

「どうなってるの? 天狗の抜け穴が繋がってない……」

 

キテレツも天狗の抜け穴の輪の中に触れて向こう側に行けないことを確かめます。

 

「キュルケさん。一体、何があったの?」

「そうよ。どうしてあんただけ帰って来てるのよ」

「……それがとんでもないことになっちゃってね」

 

五月とルイズに問いただされてキュルケは苦い顔を浮かべます。

キュルケは部屋に集まった七人にタバサの実家で起きた出来事を話しました。

 

「何だって!? みよちゃんがさらわれた!?」

 

キテレツは大声を上げて愕然とします。他の六人も同様の表情でした。

 

「何でガリア軍がミヨコをさらわないといけないのよ? 大体、どうしてタバサの家に……」

「ペルスラン。話しても良いわよね? この子達もタバサが信じている友達だから」

「はい。ツェルプストー様のご友人とあらば……」

 

ベッドの横で控えるペルスランに許可を取ったキュルケはさらに話を続けていきます。

 

「タバサはね、ただのガリアの貴族なんかじゃない。あの子は……ガリアの王族なのよ」

「王族ですって? タバサが?」

「そ、それは本当かい? タバサが!?」

 

ルイズとギーシュがキュルケの告白に真っ先に驚きます。

 

「王族……つまり、タバサちゃんはお姫様ってことなの?」

「お姫様ナリか!? すごいナリ!」

「タバサちゃんが……」

「全然そんな風には見えなかったけどな……」

「うん……イメージと全然違うし」

 

キテレツ達も同様にタバサの素性を知って驚きました。

それからキュルケはペルスランから聞かされていたタバサの身の上話を話していきます。

 

タバサの本名はシャルロット・エレーヌ・オルレアン。現ガリア王のジョゼフの弟、シャルル・オルレアン公の娘でした。

全ての悲劇は三年も前、前ガリア国王が崩御した頃になります。当時は王子だった長男のジョゼフか次男のシャルルのどちらかが次期国王として選ばれることになったのです。

ジョゼフは王の器ではない暗愚な人物であるとされ、逆にシャルルは才能と人望に溢れた王にふさわしい有能な人物だったそうです。

そんな中で宮廷は二つの派閥に分かれて醜い争いになったということでした。

 

「お家騒動ってわけね……」

「うん。江戸時代の時でもそういう派閥争いはよくあったからね」

 

ルイズとキテレツは納得して頷きました。

 

「でも、王様に選ばれたのはジョゼフの方だったわ。そんな時に狩猟会が開かれたんだけど、オルレアン公はその時に謀殺されたの」

「殺された!?」

「ええ。しかも毒矢でね」

 

キュルケの更なる告白にキテレツ達は唖然としました。それをやったのはジョゼフ派であることは疑いようもありません。

 

「ひどいことするなあ」

「王様になりたいからって、自分の弟にそこまでするかよ」

 

トンガリとブタゴリラはジョゼフが行った凶行に苦い顔をします。

 

「ジョゼフ派の連中はその後に今度はタバサの命を狙ったわ。そのタバサを庇って、母君がタバサが飲むはずだった毒を飲んだわけよ」

「その毒って……もしかして?」

 

五月の言葉にキュルケはちらりと眠りについているタバサの母を見やります。

タバサの母が今侵されているという心を失う病気……それがその毒によってもたらされたものなのでしょう。

 

「それだけじゃ終わらなくて、連中はタバサにシュヴァリエの地位を与えて、宮廷での汚れ仕事や危険な任務にこき使うようになったそうよ」

「シュヴァ、リエ?」

「騎士の称号のことよ。あの子がシュヴァリエだったなんて……」

 

コロ助に説明したルイズはさらに唸っていました。

 

「タバサにとっては奴隷も同じよ。あの子は実家の屋敷に閉じ込められたご病気の母君を守るためにもその任務をこなしていたんだけど、それ以外の時は厄介払いのように外国へ留学させているの」

「それじゃあこの学院にいるのも……厄介払い、というわけかい?」

 

ギーシュの言葉にキュルケは頷きます。

キテレツ達はタバサの身に起きた数々の悲劇と悲惨な境遇に言葉を失いました。家族を失い、仇に奴隷としてこき使われるなんてあまりにも可哀相すぎます。

 

「だからあんなに寂しそうだったのね……」

 

五月はタバサが抱えている孤独がどれほどのものなのかを理解します。

 

「でも、どうしてタバサなんて名乗っているの? 本当の名前はシャルロットっていうんでしょ?」

「あたしもそこまでは聞いてないのよ。ペルスラン、どうしてなの?」

 

キテレツの問いにキュルケも困ったように答えて振り返りました。

ペルスランから話を聞いていた途中でガリア軍が突入してきたので、中断されてしまっていたのです。

 

「はい。その名は、お嬢様が幼い頃から大事にされていた人形のものなのです。お忙しかった奥様はお嬢様にご自分で街に出てお選びになった人形をプレゼントされました。その人形にお嬢様は名前をつけて、妹のように可愛がっておられました。あの時のシャルロット様の明るさとお喜びようといったらもうそれは……」

 

ペルスランはしんみりとした様子でため息をついていました。

 

「その人形は今、奥様が手にされております。心を病まれた奥様はシャルロット様を王家の刺客であるとして拒み、この人形がお嬢様であると思い込んでおられるのです」

 

キテレツ達はタバサの母が抱えている人形に気づきました。目の部分の飾りは外れ、腕も千切れかけてしまっている痛々しい姿です。

 

「そんな……」

「人形を自分の娘だと思うなんて……」

「むごい話だな……」

「ひどい……」

 

キテレツ達はもちろん、キュルケでさえも絶句してしまいます。

タバサことシャルロットは自分の母親に娘として認めてもらえない所か仇の一員として拒絶され、あんな人形が娘であると思い込まされているなんて、どのような光景なのか想像もしたくありません。

 

「きっとタバサは母君を牢獄同然の屋敷からトリステインへ亡命させるつもりだったのよ。だからキテレツに天狗の抜け穴を……」

「そうか。見張られていて、普通じゃあ逃げ出せないからね……」

「でも、ガリア軍が屋敷に現れてあたし達を捕えようとしたわ。それでミヨコが……」

 

キュルケは悔しそうに唇を嚙み締めました。

 

「ごめんなさい、キテレツ。あたしがついていながら……」

「それでタバサちゃんはどうしたの?」

「向こうに残ってミヨコを助けに行っているはずよ。でも、相手はガリア軍よ。あの子だけじゃ危険すぎるわ」

 

そこまでキュルケが言った所で、キテレツ達は決意を固めた顔をそれぞれ浮かべていました。

 

「……行こう! 二人を助けに!」

「ええ!」

「バリアーだか何だか知らねえが、一発ぶっ飛ばしてやろうぜ!」

「みよちゃんはきっと助けを待ってるはずナリよ!」

 

力強く頷くキテレツ達に、ルイズとキュルケも互いに顔を見合わせます。

 

「当然、あたしも行くわ。あんた達の世話をする責任があるんだからね!」

「早速、準備をしよう! コロ助、その天狗の抜け穴を剥がして持ってきてくれ」

「了解ナリ!」

 

コロ助が言われた通りに天狗の抜け穴を剥がし、キテレツ達と一緒に外へ駆け出ていきました。

 

「ペルスランはここでタバサのお母様を見ていて。必ずタバサを連れて戻るから!」

 

そうキュルケは言い残し、ルイズと一緒に退室します。

 

「あ、えーと……ま、待ちたまえよ! ここまで話を聞いて、この僕を置いていくなんて!」

 

行動力のある一行を呆然と見つめていたギーシュは我に返り、後を追いました。

 

 

 




※備考

今回、登場したガーゴイル『鉄騎隊』はドラえもんからのオマージュとなります。



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飛んでけ天使達! 砂漠の果ては何千里?・前編

♪ お料理行進曲(間奏)



キテレツ「うわあっ!? タバサちゃんのドラゴンが変身した!?」

コロ助「イルククゥちゃんは可愛いお姉さんにも変身できるすごい子ナリよ」

キテレツ「喋れるだけじゃなくて、精霊の力っていうのが使えるんだから韻竜っていうドラゴンは本当にすごいんだな」

コロ助「タバサちゃんがいる場所も見えているみたいナリ。目がとっても赤くなってるナリよ」

キテレツ「使い魔の力で、タバサちゃんが見ている物がイルククゥちゃんも分かるんだって」

コロ助「一体何が見えてるのか気になるナリね」

キテレツ「行くぞコロ助! イルククゥちゃんの力を借りて、みよちゃん達を探し出すんだ!」

キテレツ「次回、飛んでけ天使達! 砂漠の果ては何千里?」

コロ助「絶対見るナリよ♪」




 

「キテレツの奴、先生の所へ何しに行ったんだ!?」

「早くみよちゃんを助けに行かないといけないのに、まったく……」

 

宿舎の前では既にキント雲が準備されており、ブタゴリラとトンガリはその上に腰かけていました。

 

「天狗の抜け穴も持って行っちゃったナリ」

 

隣で佇む五月やルイズと一緒に佇むコロ助は渋い顔をしていました。

コロ助は先ほどキテレツと別れる際に天狗の抜け穴を渡し、宿舎に置いてある発明品一式を五月と一緒に持ち出して出発の準備をするよう言いつけられていたのです。

 

「キュルケさんはどうしたの?」

「タバサの母君の面倒がちゃんと見てもらえるようにするって」

 

五月からの問いにルイズは答えます。

魔法学院の部外者である執事のペルスランは自由に動けないので、学院で働いている給仕の誰かに話をつけに行ったのでしょう。

 

「タバサちゃんのお母さん……あのままで大丈夫かな?」

「今はあそこで寝かせておくのが一番良いわ。ガリアだって外国のトリステインへ大っぴらに兵を差し向けて探し出すなんてできないものね」

「うん……」

 

五月はタバサの身の上話まで聞かされて、浮かない顔をしていました。

病気で寝込んでいると思っていた母親がまさかの心の病気という重病で、しかも父親まで亡くしてしまっていたのです。

タバサのあまりに不幸すぎる境遇には心から同情していました。

 

「ごめんごめん、待った?」

 

そんな中、キュルケが一行の元へ駆け寄ってきました。

 

「あら? キテレツはいないの?」

「コルベール先生の所よ。何し行ったのかしら?」

「あいつがいねえと話にならねえんだからな!」

 

ブタゴリラが不満そうにイラついていると、そこへまた駆け寄ってくる人物がいます。

 

「おーい! 君達! 待ってくれたまえよ!」

「あら、ギーシュ」

 

一行の前に現れたギーシュは息を切らして膝に手をついています。

 

「き、君達さ……本当にガリアへ行こうって言うのかい?」

「ああ? 何言ってやがるんだ。みよちゃんは俺達の友達なんだぞ! 見殺しにしろってのか!」

 

ブタゴリラはギーシュの尻込みした態度に憤慨しました。

 

「いや、そういうわけじゃないんだよ。ただね、そう……相手はガリア王国で、大国なんだよ? 君達はガリアのことを知っているかい?」

「バリアー王国がどうしたってんだ! そんな奴ら、俺達がギタギタにしてやる!」

「ガリア王国だよ。でも、ガリアってどんな国なのさ? 名前くらいしか知らないんだよね」

 

ブタゴリラの言い間違いに突っ込んだトンガリが問いかけます。

 

「簡単に言うならね、このトリステインよりもずっと大きくて強い国なんだよ。ハルケギニア最大の大国で、魔法先進国として知られている。ガーゴイルだって日常的に使われていて、軍隊にも利用されているほどなんだよ。君らだけでまともに戦ったりしても返り討ちにされるかもしれない」

 

ギーシュの訴えにトンガリの顔が青くなります。

 

「しかもそこらの貴族とかならまだしも国の中枢だ。下手をしたら国交問題に発展し兼ねないし、ミス・サツキ達だって捕まればただじゃ済まない。平民の犯罪者としてあっさり処刑されるかもしれないんだ」

「そこまで聞くと確かに怖いかも……う~ん」

「もう! トンガリ君まで! みよちゃん達がどうなっても良いの?」

「五月ちゃん……そういうわけじゃあ……ギーシュさんの言う通り、相手が滅茶苦茶強いってことは確かなんだよ」

 

アンドバリの指輪を取り返しにアルビオン大陸へ行った時はレコン・キスタという敵の正体が分からなかったのですが、今回は初めから敵が誰なのかが分かります。

強大な相手を前にギーシュやトンガリが怖気づいてしまうのは確かに当然といえば当然です。失敗すれば自分達には最悪の未来しかありません。

 

「だからキテレツの発明がいっぱいあるんじゃねえか」

「そうナリ! キテレツの発明があれば怖いものなしナリ!」

「……確かに危険よ。あんたの言う通り、外国の貴族であるあたしやキュルケが首を突っ込んだりしたら戦争になるかもしれない。おまけに無断で国境を越えようって言うんだもの」

 

ルイズは真っ直ぐにギーシュの顔を見つめます。

 

「でもね、サツキ達は理屈抜きで大切な友達を助けたいのよ。キテレツ達が故郷からこのハルケギニアへ危険を顧みずにサツキを迎えに来た時と同じ……。サツキ達は全員、無事に故郷へ帰らないといけないんだから一人でも欠けてちゃ駄目なの。だから、みよ子は何としても助け出さないといけないのよ」

「ルイズちゃん……」

 

ルイズにはキテレツ達が故郷に帰るその時まで、その身の安全を守る義務と責任がありました。

何より、友達になった子供達が困り、窮地に立たされているのを見過ごすなんてできないのです。

 

「それに自分達の内紛に関係のないこの子達まで巻き込むなんて、そんなの許せないわ。タバサだってあたし達やこの子達のことも何度も助けてくれた恩人だもの。あたし達には彼女に通さないといけない義っていうのがあるのよ。だから見捨てるなんて訳にはいかないわ」

 

自分に課せられている強い使命感と友人への恩義から、ルイズは五月達のように意欲的なのです。

ルイズの真摯な言葉を聞かされてギーシュはおろかブタゴリラ達も呆気に取られてしまいました。

 

「そういうこと。タバサはあたしの大事な親友だもの。放っておくなんて論外だわ。それに何もギーシュまで無理して来なくて良いのよ?」

「う……」

 

キュルケにまで言われてギーシュは困惑してしまいますが……。

 

「いや、だけどね……僕だってタバサの話を聞いてしまったし……このまま何もしないでここにいるっていうのも……そりゃあタバサにはフーケの時には世話になって……」

「ああもう! ごちゃごちゃうるさいわね! あんたは来るの!? 来ないの!?」

「やる気がねえならあっち行ってろよ。ニワトリ野郎!」

 

煮え切らないギーシュについにルイズとブタゴリラが癇癪を起こしました。

二人に攻められてギーシュは深く悩んでしまいます。

 

「何でそこでニワトリが出てくるナリか?」

「きっとチキンって言いたいんだよ」

「どういう意味ナリ?」

「説明するの面倒臭いから、自分で考えて」

「んん~? チ・キ・ン?」

 

さじを投げたトンガリにコロ助は頭を悩ませます。ルイズ達も首を傾げていました

ギーシュのことを臆病者と呼んでいるわけですが、ハルケギニアではキテレツ達の世界での言葉のニュアンスは異なるので通じません。

 

「おーい! お待たせ!」

「キテレツ君」

 

そこへようやくキテレツが一行の元へと駆け寄ってきていました。

キテレツのリュックとケースを預かって足元に置いていた五月はそれを渡します。

 

「遅せえぞ! 一体何してやがったんだ!?」

「ごめんごめん。先生にタバサちゃんのお母さんの薬のことを頼んでおいたんだよ」

 

もしかしたら何日もしばらく留守にするかもしれないので、その間の水の精霊の涙による特効薬の調合を代理でコルベールにやってもらうように話をしてきたのです。

奇天烈大百科に記されている薬の製作法をコルベールに伝えてメモをさせており、帰ってくるまでの間はゼロ戦のガソリンの調合も平行しているコルベールが行ってくれます。

ちなみにみよ子達を救出するという話は内緒にしていました。

 

「あと、さっきの天狗の抜け穴を先生の小屋の所へ貼っておいたから。何かあってもすぐ戻ってこられるよ」

「それなら危なくなった時でもこっちに逃げて来られるわ」

「帰りもそれで一発でこっちへ戻ってこれるしね」

「さすがキテレツナリ」

 

今回も脱出と帰還ルートの確保はしっかりと行っておきます。どんなに遠くからであっても、天狗の抜け穴を使えばすぐ安全なこの学院へ戻ってこられるのです。

 

「早く出発しようぜ! 俺も準備できてるんだからな!」

「また性懲りもなく野菜……」

 

ブタゴリラは背負っている野菜入りのリュックを叩きます。トンガリは目を細めながら呆れていました。

 

「うん! まずはタバサちゃんの家に行ってみよう。キュルケさん、案内してくださいね」

「オーケー。……でも、この雲じゃ定員オーバーなんじゃない?」

 

キュルケの言う通り、六人しか乗れないキント雲ではキテレツ達が全員乗ろうとしても一人だけ乗れません。

 

「わたしが空中浮輪で飛んでいくわ。キテレツ君」

「良いの? 五月ちゃん」

「うん。ルイズちゃんとキュルケさんがキント雲に乗って」

「どうせならルイズもこの間みたいにサツキと一緒に飛んだら?」

「今はそんなことしてる場合じゃないでしょうが」

 

キント雲に乗り込みつつからかうキュルケにルイズが噛みつく中、五月はポケットから空中浮輪を取り出し、頭上に浮かべます。

 

「おお! ミス・サツキが浮いた! まるで天使だ!」

 

キント雲と一緒に浮上を始める五月を見上げてギーシュは驚いていました。

確かにギーシュからしてみれば、今の五月の姿は天使そのものです。

 

「……ま、待ちたまえ! 君達! ……レビテーション!」

 

どんどん高く浮き上がっていくのを目にしてギーシュは居ても立ってもいられず、自分の造花の杖を手にして飛び上がりました。

ドットメイジのギーシュは得意とする土とは違う系統の呪文を上手く操れず、ジタバタともがきながら浮上して後を追います。

 

「何よ? やっぱりあんたも来るの?」

「ぜえ、ぜえ……あ、あそこまで話を聞いておいて尻込みなんかしたら男が廃ってしまう! 君らレディや子供達が勇気を出しているんだ。僕にだって少しは恰好をつけさせてくれよ!」

 

キント雲に追いついて何とかしがみついたギーシュは息も切れ切れに叫びました。

成り行きで厄介事となる話を聞いただけであって色々と葛藤はしつつも、ギーシュも身の上話を聞いたタバサや友人達を見過ごして自分だけ日和見でいるのはとても格好悪いと思っていたのです。

 

「うわわわあっ! お、落ちるーっ! ……おお、ミス・サツキ」

「大丈夫? ギーシュさん」

 

危うく落ちそうになったギーシュを五月が抱えて引き上げていました。

 

「ったく、足手纏いになりゃしねえか?」

「ま、好きにさせてやりましょうよ」

 

ため息をつくブタゴリラにキュルケはあっけらかんと答えます。

他の一行も心配そうにギーシュを見つめていました。

 

 

 

 

学院を飛び立ち、数時間前のキュルケの時と同じようにキント雲はラグドリアン湖の畔に建つタバサの実家へと降り立ちます。

 

「ふぅ~……やっと降りれた」

 

定員オーバーだったのでギーシュはずっと五月に支えられたまましがみついていましたが、ようやく地に足をつけてため息をついていました。

 

「これがタバサちゃんの家なんだ……大きい家ね」

「ガリアの王族なんだもの、当然よ。でも、やっぱりその身分は剥奪されてるみたいね。見て、あの紋章の印。傷がつけられてるでしょう?」

「う~む。露骨すぎるくらいにはっきりした不名誉印だな」

 

門の前に立って見上げている五月にルイズが門柱の傷つけられた紋章を指差しました。ギーシュも同様に唸っています。

 

「トンガリの家よりすげえよな」

「何だよ! 僕を侮辱する気!?」

 

金持ちであるトンガリ家よりも立派な邸宅ですが、タバサの家とは比べようもありません。

これも王族と一般上流階級の平民の差と言うものです。

 

「喧嘩なんかしてる場合じゃないだろ? とにかく中へ入ろうよ」

「そ、そういえばキュルケ達はここでガリア軍とやり合ったんだよね? それじゃあまだ中にいるかもしれないな……」

 

キテレツが促す中、ギーシュは不安そうにしていました。

 

「それはそれで結構よ。この微熱のキュルケに牙を剥こうって言うんなら焼き尽くしてやるまでの話だわ」

「うん」

 

自信満々に髪をかき上げるキュルケに五月は頷きました。その手は腰にぶら下がっている電磁刀へと伸びています。

敵が現れたなら、五月もこれを振るって戦うまででした。

 

「屋敷の外から中庭へ回りましょう。そっちの方が近道だから」

 

キュルケを先頭にして一行は屋敷の敷地へと足を踏み入れます。

 

「い、いきなり襲ってくるなんてないよね……」

「何よ、あんた男でしょ。だらしないわね」

 

ルイズもギーシュも杖を手に恐る恐る進んでいますが、ギーシュはかなり緊張した様子で辺りを見回し、落ち着きがありません。

コロ助も五月と一緒に自分の刀を抜いて周囲を見回しています。屋敷の外周は森で囲まれており、風の音がサラサラと聞こえていました。

 

「な、何だよ。こりゃあ。汚ねえな」

 

ブタゴリラが屋敷の外壁に触れると、手が何やら真っ赤になって汚れてしまいました。

赤い粉のようなものが手のひらについてしまったので不機嫌そうに手を払います。

 

「壁にも落書きまでされてるや。ひどいね」

「これもさっきのあの門の傷と同じようなものなのかしら」

「たぶん、そうかもしれないね」

 

見れば壁にはいくつもの大きな赤い楕円や長方形の落書きが刻まれていました。その赤い粉はどうやらチョークのようなものみたいです。

今となっては没落したオルレアン家はこうして部外者から落書きをされるようにもなってしまったのかもしれません。その落書きをしたのもジョゼフ一派ということも考えられます。

 

「あ、何かいっぱい倒れてるナリよ」

 

正門側から反対側の中庭の方へ回ってくると、完全にぶち破られた大窓がある部屋がありました。

その前の草地にはいくつもの破壊されたガーゴイルが転がっています。

 

「あそこでタバサと別れたの。タバサが魔法を使って連中をふっ飛ばしたのよ」

「じゃあ、あれがガリア軍が寄越したガーゴイル?」

「ええ。タバサは鉄騎隊とか言ってたわ。たぶん、ガリア軍で使われているガーゴイル兵でしょうね」

「う~む。さすがは魔法先進国のガリアというだけあるなあ」

 

ルイズもギーシュも鉄騎隊の残骸を見つめて目を丸くします。

 

「うわ……何だこりゃあ」

「ボロボロだね……」

 

破られて風が入りっぱなしとなっている窓から部屋の中をブタゴリラとトンガリが覗き込みました。

そこはつい数時間前までキュルケがいたタバサの母がいた居室に間違いありません。

 

「うひゃあ……ひどい有様だなあ」

「ここにもいっぱい倒れてるね」

 

床にはガラス片や瓦礫が散らばり、壁も天井も傷だらけです。

鉄騎隊達の残骸も壁に叩きつけられ、床に転がったままになっていました。

部屋に足を踏み入れるギーシュはもちろん、キテレツ達も呆然と見回します。

 

「タバサちゃんはどこにいるの?」

「たぶん、シルフィードに乗ってミヨコを取り返しに行ったんだと思うけど……」

「それじゃあ早く追わないと。ここにいたって時間の無駄だわ」

 

腕を組んで考え込むキュルケに五月は声を上げます。

 

「でもどうやって追うの? ミヨコが連れて行かれた場所の手掛かりだって無いのに」

「下手をしたら、タバサだって捕まっているかもしれないな……」

「縁起でも無いこと言うもんじゃないわ」

 

ルイズに続いて呟くギーシュをキュルケはこめかみを小突いて諌めました。

 

「おい、キテレツ。何か無いのかよ。こういう時こそお前の出番だろうが」

「合わせ鏡を使ったらどうナリか? あれなら一直線でみよちゃんの居場所が分かるナリ」

「う~ん……でも、僕達が持ってるのと同じ物をみよちゃんも持ってないと……」

 

合わせ鏡を使って居場所を特定するのがベストでしょうが、肝心の光を合わせるための品が無ければ意味がありません。

 

「ここに何か落ちてないかしら……」

「……キテレツ。あんた達って確か、あんたのマジックアイテムを使ってハルケギニアの言葉を話していたのよね?」

 

五月が床を見下ろして手掛かりを探そうとする中、ルイズが何かに気づいたように問いかけてきます。

 

「通詞器のこと?」

「何だい、そのツウジキというのは」

「あんたは黙ってなさい。……そう。それよ、あんた達が耳に入れてるやつ。あれって、ミヨコの耳にも入っていたわよね? だったら、あんたのその合わせ鏡っていうマジックアイテムに使えるんじゃないの?」

「……あ! そうか! それがあったか!」

 

話をややこしくしそうなギーシュを制したルイズの言葉にキテレツは顔を輝かせました。

五月を除くキテレツ達五人で共通して身に着けているキテレツの発明品が、翻訳機として耳に入れている通詞器だったのです。

 

「そういえばそうよね。あなた達って、キテレツのマジックアイテムであたし達とお話をしてるのよね」

「それは本当かい? ルイズ」

「ええ、そうよ。前に見せてもらったのを思い出したのよ」

 

アルビオン大陸へアンリエッタ王女の密命を受ける前の時のことを覚えていたルイズはふと通詞器のことが頭を過っていたのでした。

 

「で、そのツウジキというのはどういう物なんだい?」

「これのことナリ」

 

コロ助は自分の片耳から通詞器を外してギーシュに見せます。

 

「ワガハイの言葉が分かるナリか?」

「おーい、ニワトリ野郎。悔しかったら俺を馬鹿にしてみな」

「何を馬鹿なことやってるのさ……」

 

ブタゴリラも自分の通詞器を外しておどけてからかっていました。

日本語が分かるトンガリを含むキテレツ達はブタゴリラを呆れながら見つめます。

 

「う、う~む……さ、さっぱり分からないなぁ……何て言ってるんだい? 何となく僕が馬鹿にされてるような気がするんだが……」

「と、まあこういうこと。これが無いとキテレツ達はあたしらと会話できないのよ」

 

日本語を話すコロ助達の言葉が分からず困惑するギーシュにルイズが説明しますが、キュルケはふと肩越しに視線を後ろへとやっていました。

 

「どうしたの? キュルケさん」

「……誰!?」

 

様子に気づいた五月が声をかけた途端、キュルケは振り向き様に杖を振り抜き、一瞬で火の玉を杖の先に作り出します。

中庭の外、ちょうどキテレツ達が来た方向とは反対側の壁の方から何やら人影らしきものがこちらを覗っているのが見えました。

 

「な、何だよ! 四角形がでやがったのか!?」

「刺客だって! 何かそこにいるよ!」

 

トンガリが突っ込む中、キュルケは怪しい人影目がけてファイヤー・ボールを放ちます。

 

「きゅいーっ!」

 

壁に当たって燃え上がる中、奇妙な悲鳴と共に人影が慌てて物陰に引っ込んでしまいました。

 

「や、やっぱり、ガ、ガリアの刺客かね!?」

「何者!? 隠れてないで出てきなさい!」

 

ルイズとギーシュも杖を構え、一行の顔に緊張が走りましたが……。

 

「いきなり何するのね! とっても乱暴なのね! 挨拶も無しに攻撃するなんてひどいのね!」

 

またもぴょこんと顔だけを出したその人影は、突然キュルケに向かって文句をぶつけてきました。

 

「お、女の人?」

「何だよあの姉ちゃん」

「ガリアの手先……ってわけじゃなさそうね」

 

キテレツ達は見たことのない青い長髪のその女性が突然現れたことに困惑しました。

ガリアからの刺客が待ち伏せをしていたとは思えない雰囲気でキテレツ達の敵ではないことは明らかでしたが、素性の知れない相手なので少し警戒してしまいます。

 

「あ! あの時のお姉さんナリ!」

 

コロ助はその女性を怪訝そうに見つめていた中、ハッと思い出して声を上げていました。

 

「きゅいーっ! コロちゃん! 会いたかったのねーっ!」

 

女性もコロ助を見つけるなり歓喜を露わにして物陰から飛び出してきました。

 

「わああああっ!?」

「むぎゅっ……!」

 

部屋に駆け込んできた彼女はコロ助の元までやってくるとその小さな体を抱きしめだすのですが、キテレツ達男性陣は顔を真っ赤にして仰天します。

 

「あわわわわ! 何で、は、裸……!」

「スッポンポンじゃねえかよ!」

「ぶ……! は、鼻血が……!」

 

何と女性は服はおろか下着さえも身に着けていない生まれたままな裸の状態であり、スタイルの良い体を恥じらいもせずに晒していました。

キテレツはもちろん、トンガリもブタゴリラも、ギーシュに至っては鼻を押さえながら完全にのぼせてしまっています。

 

「あら。あたしと良い勝負じゃない?」

「何張り合ってるのよ! っていうか、何なのよこの子!」

 

少し対抗心が湧かせているキュルケにルイズが突っ込みます。五月は呆然と目を丸くして裸の彼女を見つめていました。

 

「きゅい~っ。コロちゃんやサツキちゃん達が来てくれて嬉しいのね……」

「何でも良いからあんた、その恰好をどうにかしなさいよ!」

「ほら、これを着なさいな」

 

見かねたキュルケが自分のマントを脱ぐと女性の体を覆うように羽織らせます。

 

「む~っ、ごわごわするのね……」

「コロ助。この人を知ってるの?」

「こんなレンチな姉ちゃんに知り合いがいるのかよ?」

「それを言うなら破廉恥」

「むむむっ……マントの上からでも見事な体……」

 

彼女が文句をぶつぶつ呟く中、落ち着いたキテレツ達は解放されたコロ助に尋ねました。

しかし、ギーシュはまだ鼻を押さえたまま女性を見つめたままです。

 

「……あなた、もしかしてシルフィードちゃんなの?」

 

コロ助が答えようとする前に五月は女性に対してある確信を湧かせていました。

 

「シルフィード? タバサの使い魔の?」

「へ? だって、彼女の使い魔は風竜じゃないのかね?」

「どう見たって違うじゃねえか。タバサちゃんのはドラゴンだぜ?」

 

ルイズとギーシュだけでなくブタゴリラも首を傾げていましたが、キテレツは腕を組んで考え込みます。

 

「本当ナリ。このお姉さん、タバサちゃんのドラゴンさんナリよ」

「きゅい! そうなのね! 本当の名前はイルククゥって言うのね! シルフィードはお姉さまがつけてくれた名前なのね!」

「言われてみたら声が同じだね」

 

キテレツも納得したように頷きます。シルフィードが喋ることができるドラゴンであることをキテレツ達五人は知っていました。

五月も彼女の声に聞き覚えがあったために正体を確信していたのでした。

 

「でも何でこんな姿をしてるのさ?」

「うん。わたしもそこが分からないわ」

「シルフィードちゃんは魔法で変身できるナリ。シルフィードちゃん、証拠を見せてあげたらどうナリか?」

「きゅい、きゅい!」

 

トンガリと五月がさらに首を傾げますが、コロ助が促すとシルフィードことイルククゥは立ち上がるなり羽織っていたマントを脱ぎ捨てました。

 

「うわっぶ!」

「だから素っ裸になんてならないでよ! もう!」

「ったく、デリバリーの欠片もない姉ちゃんだな!」

「デリカシー!」

「ぶぶぶ……」

 

キテレツの顔にマントがかかりますが、顔を真っ赤にしたギーシュは両手で鼻を押さえて今にも倒れてしまいそうで蹲ってしまいます。

男性陣が参ってしまっている中、静かに目を閉じたイルククゥの全身が光に包まれていきました。

 

「あ……」

「これは……」

 

五月達も呆気に取られる中、イルククゥの姿がみるみるうちに膨れ上がり、人型とは全く別の生き物へと変わっていきます。

 

「きゅいーっ!」

「うわあ!」

 

尻餅を突いてしまったキテレツ達の目の前には、全員が見知っている青い風竜の巨体があったのです。それはまさしく、タバサの使い魔であるシルフィードでした。

 

「ほ、本当にドラゴンだ……」

 

天井を破壊してしまいそうな勢いのシルフィードは体を屈めて座り込んだままキテレツ達を見下ろしています。

 

「この通りナリ。本当にすごいナリよ、シルフィードちゃん」

「きゅい、きゅい~……痛たたたっ」

 

シルフィードは頭を屈めるとコロ助に撫でられて気持ちよさそうにしていますが、突然呻きだしました。

 

「どうしたナリか?」

「シルフィードちゃん、ケガしてるじゃない」

 

五月はシルフィードが足に怪我を負っていることに気が付きました。そんなに大きくはありませんが、血が滲んでいます。

 

「これくらい平気なのね。そのうち治るのね」

「うん。タバサの使い魔っていうのは分かったが……何で風竜が喋れるんだね?」

「ドラゴンはみんな喋る物なんじゃねえのか?」

「そりゃあ使い魔の契約を結べば喋れる動物はいたりするんだがね……」

 

ギーシュの使い魔のビッグモールはもちろん、キュルケのサラマンダーといった幻獣は喋ることができないのです。

人語を話す風竜なんて聞いたこともないのでギーシュは不思議がります。

 

「もしかして、韻竜なの?」

「韻竜って、もうずっと昔に絶滅しちゃったって言う幻獣でしょ?」

 

ルイズとキュルケはその名に聞き覚えがありました。韻竜というのは伝説の古代竜として文献などに載っており、人語を操るほどの知能を持っていることが知られています。

とはいえ、世間では既に絶滅したとされており、姿を見た人は誰もいません。

 

「先住魔法で人間に化けることができるって聞いてるけど……それならさっきまでの姿も納得できるわ」

「精霊の力って呼んで欲しいのね。シルフィ達はその力をちょっと借りてるだけなのね。きゅい」

 

ルイズの言葉にシルフィードが不満そうに言いました。

先住魔法は杖を使わなくても唱えられる、メイジの魔法よりも強力な魔法です。

 

「あなた達は知ってたの? シルフィードのこと」

「うん。確かにシルフィードちゃんはその韻竜っていう珍しいドラゴンなんだ。タバサちゃんには内緒にしておいてって言われてたんだけど」

「そんな珍しいドラゴンだったの……」

「しかし、本物の韻竜が話す所を見るのは僕も初めてだな……」

 

キュルケの問いに答えたキテレツに五月とギーシュは目を丸くして驚いていました。

五月もシルフィードと直接会話をしたことがありましたが、そこまで珍しいドラゴンだとは思ってもいなかったのです。

 

「で、シルフィード。あなたのご主人様はどうしたのかしら?」

「そうなのね! お姉さまを助けて欲しいのね! きゅい! ミヨちゃんと一緒に連れてかれちゃったのね!」

 

キュルケの問いかけに思い出したようにシルフィードは慌てた様子で喋っていました。

 

「何ですって……!?」

「タバサちゃんも?」

 

タバサまでもが囚われの身になったという話を聞いてキュルケは驚愕します。

別れてからまだ数時間と経っておらず、しかもシルフィードがここにいることからあの後すぐにタバサはシルフィードに乗る間もなく捕まってしまったことが予想できました。

 

「タバサちゃんが捕まっちゃうなんて……」

「あんなに強いのにな……」

 

タバサの強さを知っている五月とブタゴリラもその事実に驚いていました。

 

「詳しく聞かせてくれないかな? シルフィードちゃん」

「あの後、ここで何があったの? 聞かせてちょうだい」

 

キテレツとキュルケが促すと、シルフィードはここで起きた出来事を一行に話していきます。

 

まずシルフィードはこのオルレアン邸へタバサ達がやってきた後、ガリアの手の者がやってきてもすぐ分かるように屋敷のすぐ上を旋回して飛び回っていました。

しかし、にも拘わらずガリア軍は突然屋敷の周りに現れて包囲し、中へと踏み込んでいったのです。

 

「あの連中、わたし達が屋敷に入る前から取り囲んでいたってこと? そんな気配全然無かったわ……」

「シルフィも驚いたのね。何にも無かった所にいきなり気配が現れて、気が付いたらいっぱいいたのね」

 

キュルケもシルフィードも不思議そうに首を傾げてしまいます。

ガリア軍はどうやら屋敷の外からではなく、敷地内から突然現れたということになりますが、理由はまったく分かりません。

 

「シルフィ、悔しいのね~……お姉さまを助けに行ったら、あのエルフがお姉さまを……」

「エルフ? エルフですって?」

「お、おいおい、冗談じゃないよ! ガリアはエルフと手を組んでいるっていうのかい!」

「さすがにタバサでも分が悪すぎたかしら……エルフ相手じゃスクウェアのメイジでも勝つのは難しいわ」

 

シルフィードが口にしたエルフの単語にルイズ達は揃って苦い顔を浮かべました。キュルケは唇を噛み締めますし、ギーシュに至っては恐怖に顔を歪めています。

 

「エルフって何だよそりゃ?」

「よくおとぎ話なんかで出てくる妖精のことをエルフって呼んだりするけど……」

 

キテレツ達の世界ではトンガリの言うようにおとぎ話などに登場する妖精として知られており、童話などの本にも登場します。

 

「妖精だなんて、そんな可愛らしいものじゃないよ君達! エルフはハルケギニアじゃ最強最悪の相手なんだ。そこらの亜人なんて目じゃないくらいにやばいんだよ?」

「そ、そんなに怖いの? エルフって」

 

ギーシュがやたらと怖がって動揺しているのでトンガリも思わず顔を青くしてしまいました。

 

「ま、実際はどういうのか見たことないから分からないけどね。耳が長く尖っているっていうのが特徴かしら。で、さっきのシルフィードみたいに先住魔法をどの亜人や種族より上手く使うそうだわ」

「エルフは……エルフだけはやばいよ。奴らはハルケギニアの貴族達なら絶対に戦いたくない恐ろしい相手なんだ。僕のご先祖様も数百年前の聖地解放連合軍に参加したんだけど、散々に負けて退散してきたんだ。我が家でも『エルフだけは絶対に敵に回すな』って言い伝えが残っているくらいなんだよ」

 

説明するルイズに続いてさらにギーシュが恐怖に引き攣った顔で語っていきました。

 

「そういえばここの人達ってエルフのことを相当怖がってるみたいだけど……」

「伝説とか言い伝えばかりだけど、それだけエルフはまともに相手にしちゃいけないってわけ」

「そんな怖い奴らなら、捕まえて食っちまうっていうのか?」

 

ブタゴリラが思わず冗談混じりにそう呟きますが、ギーシュはさらに顔を青くしていました。

 

「おいおい! 変な冗談はやめてくれよ! 考えるだけでもゾッとする!」

 

キテレツ達はギーシュらハルケギニアの人達がここまで露骨に怖がったりするほどにエルフというのは恐ろしい怪物なのかと想像してしまいます。

 

「あのエルフはお姉さまをメッタメタに返り討ちにしちゃったのね! シルフィも噛みついてやろうとしたけど、全然歯が立たなかったのね……きゅい~」

 

シルフィードはエルフの先住魔法で眠らされてしまい、数時間後に目を覚ますと新たな気配を察していました。

敵かと思って先ほどのように人間に化けて物陰に隠れて様子を見ていたのですが、それがキテレツ達だと分かったので今こうしているというわけです。

 

「とにかくそのエルフがタバサちゃんを連れて行っちゃったのね?」

「そうなのね。サツキちゃん! キテレツ君! お姉さまを助けてなのね! お姉さま、きっとガリアの奴らにひどいことされてるのね!」

 

シルフィードは必死にキテレツ達一行に懇願してきますが、ギーシュを筆頭にルイズもキュルケも苦い顔を浮かべていました。

 

「う、う~む……しかし、相手がエルフというのはあまりにもやばすぎるよ。下手したらタバサの二の舞に……」

「あたしは行くわ。タバサはあたし達を待ってくれてるんだから」

「あたし達の目的は二人を助けることよ。何もエルフと必ず戦わなきゃならないってわけでもないでしょ」

「き、君達……ううう……まさかエルフまで出てくるなんて……最悪だよ……」

 

怖気づくギーシュですが、キュルケとルイズは囚われた友人達を助け出すという意志を捻じ曲げません。

 

「キテレツ。どうしよう……」

「どうしようもこうしようもねえじゃねえか。そんな長耳野郎なんて、キテレツの発明で返り討ちにしてやりゃ良いんだ」

 

不安そうなトンガリですが、ブタゴリラが肩を叩いてキテレツの方を見ます。

 

「キテレツの発明なら百人力ナリ!」

「わたしもこれがあるもの」

 

五月は腰の電磁刀に触れて力強く頷きます。

 

「僕もみよちゃんを助けるまでは絶対に帰らないよ。でも、一番良いのは戦わないことだからね。二人の救出が最優先だよ」

 

キテレツ達はどんな未知の敵が待ち受けていると知っても、決してめげません。

友達を助けるためなら、たとえ火の中だろうが水の中だろうが、鬼が出ようが蛇が出ようが、絶対に立ち止まるわけにはいかないのです。

 

「君らは何でそこまで怖いもの知らずなんだね……」

 

ギーシュは平民のキテレツ達が発する勇気に脱帽してしまいます。

 

「シルフィードちゃん。悪いけどしばらく小さくなっててね」

「きゅい……あんまりそれは好きじゃないけど……でも我慢なのね」

 

怪我をしているシルフィードは回復するまでしばらく一行を乗せて飛んでいくことができません。

キテレツは如意光でシルフィードを小さくすることに決めました。

 

「ワガハイと一緒にいるナリよ」

「きゅい~……」

 

コロ助に抱えられるほどに小さくなったシルフィードはコロ助の腕の中でしょぼくれていました。

中庭に出てきた一行はタバサ達の手がかりを追うために準備を始めます。

キテレツはキント雲を取り出し、さらに合わせ鏡も用意していきました。

 

「何やってるの、ブタゴリラ?」

「へへへ、こいつをいただきだ。もらったって罰は当たらねえだろ?」

 

ブタゴリラは鉄騎隊の残骸から斧槍を一本拾い上げると、頭上に持ち上げていました。

 

「それ、たぶんマジックアイテムだと思うわ。何かの役に立つかもしれないし、持っていても損じゃ無いと思うわよ?」

 

キュルケが鉄騎隊が使っていたのを目にした時、槍からは稲妻を放っていました。

恐らく人間が使っても効果を発揮すると思われます。

 

「キテレツ! 如意光をよこせよ。こいつも小さくしておくんだ」

「二本も持ってくの!?」

「良いじゃねえか。備えあれば嬉しいなって言うだろうが!」

 

驚くトンガリに、ブタゴリラは三又の槍も拾い上げて得意げにしていました。

 

「それを言うなら備えあれば憂いなし、ではないかね? ブタゴリラ君。まあ、戦力が少しでもあった方が心強いかな……」

 

ブタゴリラの言い間違いに、珍しくギーシュが突っ込みを入れていました。

しかし、これから戦うかもしれないエルフのことで頭がいっぱいで、その表情はとても浮かない顔をしています。

 

 



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飛んでけ天使達! 砂漠の果ては何千里?・後編

「……タバサちゃん。タバサちゃん」

 

微かに聞こえる自分を呼ぶ声と体を揺すられることで、眠っていたタバサの意識は薄っすらとですが蘇っていました。

どうやら自分はベッドに横たわっているようで、何とか体を起こして意識をはっきりさせていきます。

 

「良かった。気が付いたのね」

「ミヨコ……」

 

すぐ隣にはタバサと同じようにベッドから体を起こしているみよ子の姿がありました。

辺りを見回してみると、ここは貴人用の寝室のようで、自分たちは天蓋付きのベッドに寝かされていたことに気づきます。

そしてタバサ自身は魔法学院の制服ではなく今まで着たことがない豪華な寝巻を着ていました。みよ子も同じような寝巻を着させられています。

 

「……ここは?」

「分からないの。わたしもたった今、目を覚ましたばかりで……」

 

みよ子も困惑した様子で広い寝室を見渡していました。ここが実家のオルレアン邸ではないことだけはタバサも分かっています。

二人は気を失う前、自分達の身に何が起こったのかを思い起こします。

 

オルレアン邸でガリア軍に襲撃され、みよ子はガーゴイル兵に捕まった後はすぐに電気ショックで気絶させられてしまい、たった今ここで起きるまでのことは何も覚えていません。

タバサはキテレツの天狗の抜け穴を使って母やキュルケ達を逃がした後、現れたエルフの刺客を退けようとしましたが、その強力な先住魔法の前には歯が立ちませんでした。

全力で放ったアイス・ストームの魔法でさえエルフには通じず逆に跳ね返されてしまい、まともに喰らってしまったタバサは耐えられずに気を失ってしまったのです。

最後に覚えていたのは、使い魔のシルフィードの怒りの唸り声が聞こえてきたことだけでした。

 

ここまでのことで理解できていることは自分達は今、ガリアによって囚われの身になってしまっているということです。

 

自分の体を改めるタバサはエルフに跳ね返された自分の魔法で傷つけられたはずの体が無傷のままであることに怪訝に思いました。

タバサ自身でも重傷を負ったと認識していたのですが、その痕跡はどこにもありません。

 

「……エルフの先住魔法」

 

恐らくはあの時のエルフが先住魔法を使って治療したのだと察しました。その力はメイジの治療魔法よりも遥かに強い効果であることは明らかです。

 

「一体ここはどこなのかしら……?」

 

ベッドを下りたみよ子は窓の外を見てみますが、今は夜のようであり暗くて何も見えません。

タバサもベッドから下りると自分の杖を探しますが、どこにも見当たりませんでした。そもそも自分達は捕まっているのでそれも当然でしょう。

 

「目が覚めたようだな」

 

扉が開く音がすると、澄んだ男の声が聞こえます。

二人がそちらへ振り向くと、タバサには見覚えのある男が立っていました。呆気なくタバサを倒して捕えたエルフ、ビダーシャルです。

 

「あなたは誰?」

「ネフテス……いや、今はただのサハラのビダーシャル。ただのエルフだ」

 

何故か溜め息交じりにビダーシャルは名乗りました。

 

「エルフ?」

「下がって」

 

タバサはみよ子の元まで駆け寄ると、彼女を庇うように前へ出ていました。

 

「ビダーシャルさん。一体ここはどこなんですか?」

「……アーハンブラ城だ」

 

みよ子に尋ねられたビダーシャルは僅かですが意外そうに目を丸くして答えます。

 

「アーハンブラ城……」

 

タバサはその名を知っていました。ガリア王国の東の果て、エルフの土地である砂漠の国境のすぐ近くに位置する古城です。

ラグドリアン湖からは何千リーグも離れている最果ての地でした。

 

「どうしてあたし達がここにいるんですか?」

「ガリア軍がここまで連行してきた。脱走することは考えない方が良い。奴らの餌食になるだけだろうからな」

 

ビダーシャルが窓の外を見つつ顎で指すと、二人は再度窓の方を振り向きました。

見れば窓の外には飛行するトビウオ型のガーゴイルに騎乗している鉄騎隊達の姿があります。

最果ての地の城に幽閉され、ガーゴイル兵とエルフによる監視に、杖を持たないタバサは抵抗する術ががない最悪なこの状況では逃げることは不可能でした。

 

「私達をどうするつもり?」

 

タバサは憎々しげにビダーシャルを睨みました。ガリアの刺客であるこのエルフが自分達をただ幽閉しているだけとは考えられません。

 

「ジョゼフの姪とそちらの娘でそれぞれ処遇が異なる。お前はどうもしない。ジョゼフからはただ守れと命じられた」

「あたしを守る?」

「お前の友がここまで助けに来るとジョゼフは考えているそうだ。それを阻めと、そういうことらしい」

 

みよ子はキテレツ達のことを思い浮かべます。

きっとキテレツ達だったら、どんなに危険な場所だろうと囚われの身になった自分達を助けるために行動を起こすことでしょう。

 

「私は?」

 

再度タバサは尋ねました。みよ子はやけに軽い処遇でしたが、自分に待っているのはそんな生易しいものではないことは想像に難くありません。

何しろ、ジョゼフ達ガリア王家は自分を始末したいがために危険な任務に何度も駆り出してきたのです。

タバサが裏切った以上、本来ならばこんな場所に幽閉せずにとっくの昔に処刑していてもおかしくないのにそれをしないのが疑問に感じられました。

 

「今、水の精霊の薬を調合している。完成まで十日はかかるが……それ以上費やすかもしれん。とにかく、完成したらそれをお前に飲んでもらう」

「何の薬なんですか? ……まさか!」

 

みよ子はタバサを見つめて目を見開きます。彼女の境遇を知っていたみよ子はこれからタバサがどのようなことをされるのかすぐに想像できました。

 

「心神喪失薬。お前の母が飲んだ物と同じ心を失う薬だ」

 

タバサを見つめるビダーシャルは変わらず冷たい声で告げていました。

自分に待っている運命にタバサは思わず息を呑みます。今、母の心を侵している忌まわしい魔法の毒をジョゼフは今一度、自分に使おうというのです。

 

「そんな……どうしてそんなことをするの!? タバサちゃんはお母さんが病気になってからずっとまともに話もできなくて辛い思いをしていたのに! ひどいわ!」

 

みよ子は思わずビダーシャルに噛みつきましたが、彼は冷たい表情を一切変えません。

 

「ジョゼフからの命令だ。一族に対してここまで非道な振舞いをするのは我も正直、理解できん。お前には気の毒だとは思うが、これも大いなる意思の思し召しだと思って諦めろ」

 

溜め息をつくビダーシャルはジョゼフはおろかタバサの境遇や待ち受ける運命さえも興味がない様子でした。

 

「タバサちゃんがその薬を飲んだらその後はどうするの!?」

「ミヨコ」

「どうもしない。心を失った後もただ守れと命令された」

 

淡々と冷たい言葉を続けているビダーシャルにみよ子は今にも持ち前の気の強さで食いつきます。

そんなみよ子をタバサが抑えていました。今エルフに立ち向かっては何をされるか分かりません。

 

「ジョゼフからはこう言付けられている。血を分けたお前への最後の慈悲としてお前から奪った王女としての一時をこの城で過ごすことを許す。そして残された時間を友と共に仲良く楽しめ。伯父らしいことを何一つしなかったが故の贈り物だ、そうだ」

 

タバサは思わず唇を噛み締めます。憎き仇であるジョゼフにそこまで皮肉めいた処遇を用意されるなんて、怒りを通り越して馬鹿馬鹿しいとさえ感じてしまいました。

 

「何が慈悲よ! タバサちゃんを散々酷い目に遭わせておいて、これから心まで奪おうとしているのに! ふざけないでよ!」

 

あまりにも無情すぎるビダーシャルの言葉にみよ子は怒りをぶつけます。

 

「ミヨコよ。我に怒りをぶつけられても意味はない。我はただ奴からの伝言を届ける役目を担わされただけに過ぎん」

 

平然とみよ子の怒りを受け流すビダーシャルは踵を返して部屋から出て行こうとしていきます。

 

「そんなことは絶対にさせないわ。キテレツ君達がきっと助けに来てくれるもの!」

「キテレツ。……お前の友の名か」

 

足を止めたビダーシャルは肩越しに振り向いてきます。

 

「助けが来るのは期待しない方が良い。お前達蛮人は我には勝てん」

「キテレツ君達はあなたなんかに負けやしないわ! それに、そんな薬を作ったって無駄よ。キテレツ君は今、その毒を治せる薬を作っているんだから!」

「あの水の精霊の薬はお前達では調合できないはずだが……」

 

その言葉を聞いてはっきりと振り向いたビダーシャルは怪訝そうな顔をしていました。

 

「では、これもそのキテレツとやらが作ったものか」

「それは……!」

 

ビダーシャルが懐から取り出した物を目にして二人は目を丸くします。

彼が手にしていたのは天狗の抜け穴のテープがぐしゃぐしゃに纏められた塊だったのです。

恐らく、オルレアン邸でタバサが剥がした物でしょう。

 

「ジョゼフとあの女は瞬間移動ができるというマジックアイテムを作っていた。そのキテレツという者が作り出した代物を研究して再現したそうだ」

「天狗の抜け穴を……!? どうして……」

 

何故ジョゼフ達が天狗の抜け穴を持っているのかみよ子は理解できませんでしたが、タバサは全てを確信しました。

あの時、オルレアン邸で何故突然ガリア軍がどこからともなく現れたのかもです。

 

「そのキテレツとやらは我らでも作り出せぬ品を数多く持っているとジョゼフから聞いている。奴はそれを欲しているそうだな」

 

興味深そうな顔をしていたビダーシャルは天狗の抜け穴の塊を手に部屋から出て行ってしまいました。

みよ子は慌てて後を追いますが、扉は固く閉ざされていて開きません。

 

「何でキテレツ君の発明品を……」

「……シェフィールド」

「え?」

 

タバサの呟きにみよ子は振り向きます。

 

「ジョゼフ達はキテレツのことも、マジックアイテムの存在も知っている。アルビオンの戦争を裏で手を引いているのも彼ら」

「どういうことなの? それにシェフィールドって……」

 

二人はベッドに腰を下ろし、タバサは自分がこれまで知り得たことを全て話していきます。

キテレツに母の薬を作ってもらうように頼んだ日の翌日、アルビオン大陸での冒険で暗躍していたシェフィールドと会ったことや、タバサに課せられたガリアからの命令などあらゆることを伝えました。

 

「そうだったの……」

 

ジョゼフがキテレツの発明品を狙っていたのも、それを目にしたシェフィールドが元はガリアから派遣された人物だったからです。

アルビオンで使った天狗の抜け穴がシェフィールドに回収され、それがジョゼフの手に渡ったことで恐らくはその天狗の抜け穴を元に自分達で新たに作り出したのでしょう。

 

「ペルスランさんから話は全部聞いたわ。タバサちゃんが……ずっと辛い目に遭っていたことも……」

 

みよ子はキュルケと一緒に執事のペルスランからタバサのこれまでの境遇を何もかも聞いていました。

タバサはこれまでずっと辛く苦しい境遇を送っており、今自分達を捕えているガリア王のジョゼフに酷い仕打ちを受けていたことを知って深く同情していたのです。

 

「ごめんなさい……」

 

タバサは突然、申し訳なさそうに俯いて呟いていました。

 

「あなた達をこんなことに巻き込む気は無かった……」

 

思えば自分は母を救えるということに浮かれていたのかもしれません。

タバサはずっと望んでいた心を失った母を救うことができる方法が見つかったことで有頂天になってしまい、絶対に犯してはならないことをしてしまったのです。

今まで一人で戦ってきたタバサは誰も自分の戦いに巻き込んで危険に晒したくはありませんでした。

そう決めていたはずなのに、母を救えるということに浮かれて大切な友人のことを忘れるどころか巻き込んでしまうという最悪の結果をもたらしてしまったのです。

 

「ううん。タバサちゃんは悪くないわ。悪いのはジョゼフっていう人でしょう? タバサちゃんのお父さんにやきもちを焼いて、タバサちゃんにまで酷いことをするなんて……」

「私もモーレツ斎達と、ジョゼフと同じ……ただの独りよがりの復讐者……」

 

タバサはどうにも自分が許せませんでした。

かつてタバサは心を失う直前の母に、「決して仇討ちなんて考えてはいけない」と言われていましたが、その言いつけを守ることはできませんでした。

父を殺し、母の心を狂わせ奪った伯父のジョゼフがどうしても許せなかったのです。

そのためにいつかジョゼフをこの手で討ち取り、父の仇を取ることを誓って今までもガリアからの過酷な汚れ仕事も受け続けてきました。

 

「私は父様が……キテレツ斎が恨んでいたかなんて分からない……」

 

しかし、その復讐を果たした所で父は帰ってきませんし、誰かが幸せになるわけでもありません。

ましてや死んだ父がジョゼフを恨んでいたのかも、タバサにその復讐を望んだりしていたかなど分からないのです。

キテレツの祖先の奇天烈斎を陥れた猛烈斎のように、自分がジョゼフを討ち取ろうとしているのも、結局は誰のためでもなく私怨を晴らすために他ないとタバサは自覚していました。

 

「タバサちゃん……」

「ここに囚われて、心を壊される運命になるのも、私への報い……」

 

拳を握り締めるタバサの目には薄っすらと涙が浮かんでいました。

母の思いを裏切り、友を蔑ろにして危険に晒してしまったことに強い罪悪感を感じてしまいます。

 

「大丈夫よ、タバサちゃん」

 

みよ子はそっとタバサの肩を抱いて優しく声をかけます。

 

「きっとキテレツ君達が助けに来てくれるわ。必ずここを出て、お母さんに会いに行きましょう? 最後まで諦めちゃ駄目だわ」

「ミヨコ……」

 

自分を少しも恨んだりしないみよ子を見上げるタバサは彼女の優しい微笑みに涙を零しました。

ここまで窮地に陥っていてもみよ子は決して諦めず、友情を築いている友人達を心から信じているのです。

その友情を孤独な自分にも向けてくれていることが、決して自分は一人じゃないことが、タバサには嬉しかったのでした。

 

 

昼下がりの空をキテレツ達が乗るキント雲は飛び続けていました。

少量の仙鏡水を使ってキント雲の雲を広げたおかげで九人全員が余裕で座れるだけのスペースが出来上がっています。

これで長旅でもゆったりと寛ぐことができるのです。

 

「来たわよ、キテレツ」

 

キュルケが指差した先、遥か先の正面から三つの小さな影が迫ってくるのが分かります。どうやら風竜に乗っている騎士達のようでした。

ここはガリア王国領内の上空なので、竜騎士隊が哨戒任務を行っているのは当然です。妙な物が飛んでいるのを発見すればすぐ確認のために近づいてくるでしょう。

 

「コロ助、操縦代わって」

「分かったナリ」

 

操縦レバーをコロ助が握り、キテレツはキント雲の真ん中に置いていた装置にいじり始めます。

その場で静止したキント雲に竜騎士達がどんどん近づいてきますが、キテレツは落ち着いたまま蜃気楼鏡の操作を続けました。

 

「キ、キテレツ君。早くしないと捕まってしまうよ。急いでくれっ」

「静かにしなさいよ。これは何回も見てるでしょ」

 

落ち着きがないギーシュをルイズが小突きます。隣では五月が腰の電磁刀に手をかけています。

ブタゴリラは拝借してきた斧槍を抱えて胡坐をかき、トンガリも少し怖気づきながらも羽うちわを手にしていました。

蜃気楼鏡が作動するとレンズから光が放射されますが、キテレツ達の周りの景色に変化はありません。

 

しかし、迫ってきた竜騎士達の方は全員が戸惑った様子でした。その場で静止するとキテレツ達を見失ったように周囲を見回しています。

しばらくするとキント雲の方へ近づいてきますが、それでもすぐ傍にいるキテレツ達の方を見向きもせずに通り過ぎて行ってしまいました。

 

「よし、このまま前に進もう。コロ助」

「了解ナリ」

 

蜃気楼鏡を操作したままのキテレツに促されてコロ助はキント雲をゆっくり飛ばして行きます。

後方の竜騎士達が見えなくなるまで進むと、周りに他に何も無いことを確認して蜃気楼鏡のスイッチを切りました。

 

「へへへっ、ちょろいもんだぜ」

「でもいつ見つかるかと思うと冷や冷やするよ……」

 

したり顔のブタゴリラですが、トンガリはため息をつきます。

 

「トンガリ君の言う通りだ。ガリア軍に追い回されるなんて考えただけでも恐ろしいよ」

 

ギーシュもトンガリ同様にホッと胸を撫でおろしました。

実は蜃気楼鏡でキテレツ達の周りには背後の空の景色を映し出し、装置を調整することで蜃気楼の内側からはマジックミラーのごとく外が見えるようにしてしていました。

竜騎士達は蜃気楼の風景に包まれてあたかも姿を消したキテレツを見失ってしまったのです。

ここまでにも何度かこうして竜騎士達に見つかりそうになっていましたが、蜃気楼鏡を使うことでやり過ごすことができたのです。

 

「ま、いざって時は強行突破するだけよ」

 

キュルケは髪をかき上げながら言います。

 

「でもこれならタバサ達がいる場所まで安全に行けそうだわ。すごいわね、このマジックアイテム」

 

ルイズは蜃気楼鏡に手を触れながら感心しました。

 

「でも僕達一体、どこまで飛んでいけば良いんだろう……」

「キテレツ君。もう一度合わせ鏡を使ってみたら?」

 

ぐずるトンガリの言葉に同意する五月にキテレツはリュックから合わせ鏡とコンパスを取り出します。

合わせ鏡のスイッチを押すと、鏡から放たれた光は一直線に地平線の遥か彼方の空まで伸びていました。

コンパスを確認すると、その方角は南東を指し示しています。

 

「まだずっと先まで伸びてるわ……」

「ずいぶんと遠くにいるのね。二人をどこまで連れて行ったのかしら」

 

コンパスと光を覗き見るルイズとキュルケは怪訝そうな顔をします。

 

「もうかれこれ丸一日は飛んでいるんじゃないのかね?」

「そんなに遠くまで行けるはずはないんだけどなあ……」

 

キテレツも首を傾げると合わせ鏡のスイッチを切ってリュックに戻します。

先日、キテレツ達はラグドリアン湖を出発した後、合わせ鏡を使ってみよ子達がいる方角を確認するとすぐにそこを目指してキント雲で飛んでいきました。

しかし、行けども行けども目的地にはたどり着かず、合わせ鏡の光も彼方に向かって伸びたままだったのです。

ラグドリアン湖から千リーグ以上も飛び続け、昨晩にはガリアの王都リュティスの上空を通過してしまっていました。

 

「あたしが一度魔法学院まで戻って、またタバサの家に行くまで数時間程度しか経ってなかったはずだけど……」

「本当にどこまで連れて行ったのかしら……」

 

キュルケも五月も戸惑いを隠せません。

普通に考えれば短時間であまりに遠くまで二人を運ぶなんてことはできないはずです。

 

「このまま飛んで行ってガリアで目ぼしい場所なんて……東の果てのアーハンブラ城くらいしかないわよ」

「そのずっと先には何があるナリか?」

 

持参した地図を広げるキュルケにコロ助が尋ねます。

 

「アーハンブラ城はガリア王国の国境線のすぐ近くだから……そこから先は砂漠が広がっているわ」

「そうよ。エルフ達はその砂漠に住んでいるんですって。エルフはハルケギニアよりずっと長い歴史を持っている種族で、先住魔法の他にも高度な技術をいっぱい持ってるらしいわ。それで砂漠を切り開いてるってことだけど……」

「うむ。そのアーハンブラ城もずっと昔にエルフと戦争した時には何度も奪い合った古戦場なのさ」

 

ルイズ達三人はそれぞれエルフについてキテレツ達に教えます。

 

「話聞いてると、そのエルフっていうのとここの人達って仲が悪いってことでしょ? ジョゼフっていう王様は何でそいつをタバサちゃんに差し向けたのさ」

「そんなに知るわけないじゃない」

「何にせよ、ガリアは今エルフと手を組んでることだけは確かってことよ」

 

トンガリの疑問にルイズが声を上げますが、キュルケは冷静に頷きました。

 

「要するに、その長耳野郎がみよちゃん達をさらってどこかに閉じ込めちまったってことだよ。ほら、食うか?」

 

ブタゴリラはリュックから取り出していたリンゴを差し出します。

 

「きゅいーっ! いただきますなのねーっ!」

 

今朝から人間の姿に変化し、キュルケのマントを羽織っていたシルフィードことイルククゥはブタゴリラからリンゴを受け取ると美味しそうに齧り付きだします。

 

「まだ野菜はあるからな。腹減ったら好きなだけ食っていいぜ」

「しかし、いくら何でも野菜だけはなあ……」

「じゃあ、あんたが持ってるそれ、あたしにもちょうだい」

 

きゅうりに味噌をつけてかじりつくブタゴリラにギーシュが苦笑しますが、ルイズは手を差し出します。

ブタゴリラはリュックからキュウリを取り出して渡しました。

 

「キテレツ。例のあれを貸してちょうだい」

「良いよ。何味が良い?」

「じゃあ、ビスケット味でももらおうかしら」

 

キテレツはリュックから取り出した木製の小さな胡椒瓶を渡します。

ルイズは瓶からパラパラと粉末をキュウリにふりかけていくと、一瞬だけ光を放ちました。

そのキュウリにルイズは躊躇いなくかじりつきますが、以前のように渋い様子は見せません。

 

「あたしはチーズ味でももらおうかしらね」

「ギーシュさんはどうします?」

「僕はそうだねえ。それじゃあステーキ味でもいただこうかな」

 

キュウリと人参をそれぞれ手にしたキュルケとギーシュもキテレツから瓶を受け取ると、中の粉末をかけてから口にしていました。

 

「う~む! これが野菜だなんて到底考えられないな! やっぱり本物の肉の味だよ!」

 

ステーキの味と食感のキュウリにギーシュは舌を巻きます。

 

「パン生地に魔法で肉の味をつけた代用食っていうのが最近売り出されてるみたいだけど……あれって全然美味しくないのよね」

「そうそう。あたしも前に一度食べたことがあるけど、これとは雲泥の差よ」

「野菜のはずなのに、中身は全く別の食べ物なんてとっても不思議だわ」

 

ルイズ達と同じようにみかんに粉末のふりかけをかけた五月も不思議そうにしていました。

一行が使っている調味料はキテレツの発明品の食物変換ふりかけという代物です。これをかけた食べ物は見た目はそのままで全く別の食べ物の味だけでなく食感や質感にまで変えられます。

ブタゴリラが持参した野菜だけを食べるのにルイズやギーシュ、トンガリが難色を示したのでキテレツが用意していました。

 

「ワガハイもコロッケ味を食べたいナリーっ!」

「コロちゃんの分もちゃんと残しておいてあげるから」

 

操縦を続けているコロ助が喚きだしますが、五月が宥めました。

キテレツはたくあん味、納豆味、コロッケ味の他にも新しく作っていたビスケット味、チーズ味、ステーキ味のふりかけを用意しているので一行は満足して半ば錬金された野菜を食していたのです。

 

「本当に助かったよ。ずっと野菜や果物ばかり食べさせられるのかと思ったからさ」

「ふん! 野菜の本当の味も分からねえ奴らはこれだからな……軟体者め!」

「軟弱者でしょ」

 

ステーキ味のふりかけをかけたみかんを食べつつぐずるトンガリに腹を立てたブタゴリラに逆に突っ込み返していました。

 

「きゅい! シルフィは美食家なのね! そういうニセモノのお肉とかお魚とかは好きじゃないのね!」

 

ブタゴリラと一緒でふりかけを使わないシルフィードは一口でリンゴを丸飲みまでしてしまっていました。

 

「それじゃあ僕も……あれ? シルフィードちゃん、その目……」

「きゅい?」

 

キテレツもコロッケ味の食物変換ふりかけを使おうとしましたが、シルフィードを見やった途端に目を丸くしていました。

 

「シルフィードちゃん、目が赤くなってるわ」

「本当だわ。どうしたのよ?」

 

五月達が見てもはっきり分かるほどにシルフィードの片目は赤く変色していたのです。

 

「何だよ。どうしたってんだ? 目が悪いなら目薬をつけた方がいいぜ」

「きゅい~……おかしいのね……何か変なのが見えるのね……」

 

左目をこするシルフィードのその視界には目の前の光景とは全く別の景色がぼんやりと映りこんでいました。

 

「きゅい……ミヨちゃん?」

 

キテレツ達が心配そうに見守る中、シルフィードの左目にはベッドに横たわって眠りについているらしいみよ子の姿が映っていたのです。

 

「みよちゃんがどうしたのさ? まさかみよちゃんが見えるなんて言うんじゃないだろうね?」

「きゅい! そうなのね! ミヨちゃんがぐっすり眠っているのね!」

 

トンガリに尋ねられてシルフィードははっきりと頷きました。

 

「ねえ……それって、もしかしてタバサの視界なんじゃないかしら?」

「どういうことですか?」

「使い魔は主人と感覚を共有できる能力があるのよ。使い魔は主人の目となり、耳となるって言われてるの。その逆で使い魔も主人の見たり聞いたりしているものが分かるわ」

 

キュルケの指摘に尋ねたキテレツにルイズが答えました。

 

「主人が危機に陥った時、その能力はよく発揮されるそうだがね。……っていうことはシルフィード。君が今タバサが見ている物が見えるってことは、そこが二人が囚われている場所なんじゃないのかね?」

「シルフィードちゃん。他に何か見えないかな?」

「きゅい~……ミヨちゃんばかりでよく分からないのね……」

 

キテレツが尋ねますが、シルフィードは困ったように両目をごしごしと擦っていました。

 

「みよちゃんはどんな感じなの? 怪我とかはしてない?」

「それは全然大丈夫なのね。とってもスヤスヤ寝ているのね。……あ、ベッドから起き上がったのね」

 

シルフィードの視界にはベッドから下りて窓際へと移動する様子が映っていました。そして、その窓の外には無数のガーゴイル達の姿が映りこみだします。

 

「きゅいーっ! あの鉄のガーゴイル達が窓の外にいっぱいなのねーっ!」

「鉄のガーゴイル? ひょっとして鉄騎隊?」

 

喚きだすシルフィードにキュルケが問いかけました。

 

「きゅい! 羽がついた変な魚に乗ってるのね! お城の外をぐるぐる飛び回っているのねーっ!」

 

さらに喚き続けるシルフィードにしか見えない、タバサの目にしているという光景を一行は想像して思わず息を呑んでしまいました。

恐ろしいガーゴイル兵、鉄騎隊が厳重に見張っている牢獄こそが一行が目指す目的地なのです。

 

「キテレツ君。キュルケさんが言っていたアーハンブラ城っていう所を蜃気楼鏡で見てみたらどうかしら? シルフィードちゃんが見ているのと同じ物が映せるかもしれないわ」

「うん。やってみる価値はありそうだね」

 

五月の提案にキテレツは即座に頷きました。

何百キロ、何千キロも離れた遥か遠方の景色さえも映し出せる蜃気楼ならば安全に偵察が可能です。

そのアーハンブラ城という場所に鉄騎隊達がたくさんいて、合わせ鏡の光もそこに届いているのなら、二人は確実にそこにいる証拠となります。

 

「確か、砂漠のすぐ手前にあるんだったね。えーと……距離はどれくらいかな……」

 

蜃気楼鏡を操作するキテレツを一行は見守ります。

 

「待っててね、みよちゃん……タバサちゃん……」

 

五月はもちろん、一行は大切な友人と仲間達の無事を願っていました。

 

 

 



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砂漠の城の大熱戦 お前の名は勇気と剣士・前編

♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「熱いナリ~~っ。喉乾いたナリ~~っ。ワガハイ死にそうナリよ~~っ」

キテレツ「がんばれよコロ助。帰りは天狗の抜け穴ですぐ戻れるから。みよちゃんを救い出すまで僕は帰らないぞ!」

コロ助「でも砂漠のお城は怖いカラクリ人形でいっぱいナリよ。エルフっていうお兄さんはとっても強いナリ」

キテレツ「如意光も羽うちわも効かないなんて!」

コロ助「何とかするナリ! キテレツの発明品ならきっと大丈夫ナリよ!」

キテレツ「五月ちゃんもカラクリ武者達と一緒にがんばっているんだ。何としてでもここを切り抜けてやる!」

キテレツ「次回、砂漠の城の大熱戦 お前の名は勇気と剣士」

コロ助「絶対見るナリよ♪」



 

アーハンブラ城で目覚めた夜からさらに二日が経っています。

ベッドから身を起こしていたタバサの横ではみよ子がまだ眠りについていました。

タバサは囚われる前に着ていた魔法学院の制服がここには無く寝巻のままなのですが、みよ子は自分の私服が置いてあったのでそれを着ています。

 

この部屋からは一歩も外へ出られず、仮にできたとしても杖も無いので鉄騎隊達に抗うこともできません。

たとえあったとしてもエルフのビダーシャルがいる以上は手も足も出ないのです。

結局、何もできることがないタバサはみよ子と一緒にこの牢獄に等しい寝室で静かにキテレツ達の助けを待ち続けるしかありませんでした。

 

「ママ……」

 

ふと、みよ子が小さな寝言を呟きだすのをタバサははっきりと耳にします。

まだ眠りについたままのみよ子でしたが、その寝顔は安眠しているとは言えないものでした。

 

「ママ……」

 

とても不安そうに、うわ言のように呟くみよ子は今にも泣きだしてしまいそうです。

きっと故郷にいる母親の夢を見ているのでしょう。その母が恋しくなってしまったのかもしれません。

 

「ミヨコ……」

 

そんなみよ子の姿を見てしまったタバサは憐みの表情を浮かべていました。

肉親とまともに会えないのはタバサだけではないのです。タバサの母は心が壊れているとはいえ、その姿を直接会って目にすることができます。

しかし、みよ子やキテレツ達は故郷へ帰るまで肉親と話すことはもちろん、会うことも見ることさえできない身なのです。

本当はみんな、今のみよ子のようにすぐにでも故郷で待っている家族と会いたいはずでしょう。トンガリも寝言で母を呼んでいましたし五月も懐かしそうに、そして寂しそうに母のことを話していたのです。

それに比べればまだタバサは母親に会えるだけ良い方と言えるでしょう。

 

「ごめんなさい……」

 

横たわっているみよ子の頬にタバサはそっと触れました。

本来ならキテレツ達はもう故郷へ帰る目途がついていたはずなのに、自分のせいでこんな危険な事態に巻き込んでしまったのです。

責任を感じていたタバサはを何としてでもみよ子をこの城から助け出し、キテレツ達と一緒に故郷へ帰してあげなければならないと強く心に決めていました。

 

ベッドから降りて窓際へ移動したタバサは外を眺めます。

強い日差しが射し込んでくる外では相変わらず鉄騎隊達がアーハンブラ城を厳重に監視を行っているのが昼間なのでよく分かります。

しかもどうやら城内にも鉄騎隊達がうろついているのが扉の外から聞こえる足音で判明していました。

外に見えるだけでも確実に百体以上もの鉄騎隊達が自分達を逃がさないために配備されているのは明らかです。

反面、どうやら衛兵やメイジといった人間は少なくとも外には一人もいないようでした。

 

これだけの大群をキテレツ達が相手をしようとするとなると、かなり厳しい戦いとなってしまうことでしょう。

無論、キテレツのことなので正面からぶつかるということはしないでしょうが、やはり心配してしまいます。

 

「これは……」

 

突然、タバサは片目に違和感を感じていました。左目の視界がぼんやりと歪み始めたのです。

城の外の景色が映っている右目とは異なり、左目には全く違う景色が徐々に映りこもうとしていました。

この現象が何であるかを、メイジであり使い魔を従えているタバサはすぐに理解できました。

 

 

アーハンブラ城は砂漠の小高い丘の上に建っており、その麓に広がるオアシスの傍には宿場町が栄えています。

今朝にこの町へ到着していたキテレツ達でしたが、キント雲にずっと乗っていて疲れていたために宿で一休みをしていました。

宿の二階に部屋を取っていたキテレツ達はベッドや椅子に腰を下ろして羽を休めています。

 

「う~ん。やっぱり見張りの数が多いなあ……」

「ここからでもはっきり分かるわ」

 

窓から双眼鏡を覗いているキテレツと一緒に五月もは丘の上のアーハンブラ城を眺めていました。

アーハンブラ城はこの宿からも見えますが、その周辺の空域には無数の影が飛び回っているのが分かります。

双眼鏡で倍率を上げてみると、鉄騎隊達の姿がはっきりと確認できるのです。

 

「キテレツ、あたしにも見せてよ」

 

隣にやってきたルイズにキテレツは双眼鏡を渡します。

 

「へぇ、よく見えるわね。この遠眼鏡」

「そのダイヤルを回すと倍率を変えられるよ」

「どれよ?」

「これを回せば良いのよ」

 

ルイズはキテレツと五月に双眼鏡の使い方をレクチャーされつつ、アーハンブラ城を覗き込んでいました。

 

「キテレツ、サツキ。こっちへ来て。タバサ達を助ける作戦を立てましょう。ルイズもいい加減にしなさいよ」

「分かったわよ」

 

椅子に座るギーシュらと共にベッドの上に腰を下ろすキュルケに諌められてルイズは渋々双眼鏡を返しました。

 

「コロちゃんとシルフィードちゃんはまだ起きないの?」

「怪我もまだ治ってないし、とっても疲れてるみたいだからもう少しこのままにしておきましょう」

 

ベッドでは毛布に包まっているシルフィードにコロ助が寄りかかってぐっすりと眠っています。

ここまで一番キント雲を操縦する機会が多かったコロ助も、人間の姿に変身しているシルフィードもよほど疲れていたようです。

 

「あの城にみよちゃん達がいるわけだね? あんなにたくさん見張りがいて、どうやって助け出すのさ?」

「また真っ黒衣でこっそり忍び込むか?」

「いや、それはやめた方がいいね。あれだけの数がいるんじゃ姿を消していてもすぐ見つかっちゃうよ」

 

別のベッドに座るトンガリの隣でブタゴリラは意気込みますが、キテレツは首を振ります。

 

「やっぱ共同突破するしかねえなあ」

「強行突破でしょ」

「おお! 君達、良いことを言うじゃないか! うん! 小細工なんてグラモン家の人間がすべきことじゃない! 突撃あるのみ! ってね! それこそが男ってものさ!」

「馬鹿じゃないの? 正面から殴り込みに行ったらこっちが返り討ちでしょうが」

「あのアーハンブラ城にいるガーゴイル達の数は昨日見た時でも確実に百……いえ、三百はいるわ。悪いけど、正面突破は自殺行為ね」

 

勝手に酔い痴れているギーシュにルイズとキュルケが冷たく言い放ちました。

先日、アーハンブラ城の位置を確認するために蜃気楼鏡で上空からの風景を映し見たのですが、配備されていた鉄騎隊達の数はまさしく大群だったのです。

合わせ鏡の光はそこへ伸びていたのでみよ子達が城にいることは確認できましたが、肝心の救出をどうするかが問題でした。

 

「なら天狗の羽うちわで全部ふっ飛ばしてやりゃ良いじゃねえか」

「駄目よ、熊田君。いくら何でも多すぎるわ」

「そうよ、カオル。それにあたし達は戦いに来たんじゃないわ。二人を助けに来たのよ。下手にドンパチなんかやったら二人まで巻き添えにしちゃうかもしれないわ。騒ぎが長引いてたら援軍だってくるかもしれないし」

 

五月とキュルケに諭されてブタゴリラは腕を組んで唸ります。

 

「キテレツ。潜地球で地中に潜ってこっそり行けば良いんじゃないの?」

「潜地球って、君達が乗っていたあの丸い奴かい?」

 

ギーシュは以前のフーケ騒動の時のことを思い出しました。

隠密行動には持って来いの潜地球なら鉄騎隊に見つかることも、襲われることもなく安全に二人を助け出せるでしょう。

 

「それが……実は潜地球の燃料がもうほとんど残ってないんだよ。この間のアルビオンの時にいっぱい動かしたから」

 

トンガリの出した案にキテレツは困ったように答えました。

新しい燃料は魔法学院のコルベールの研究室へ戻らないと作ることができませんし、第一時間がかかってしまいます。

 

「何だね? 君達はアルビオンに行ってきたのかね?」

「今はそんなことどうでも良いわ」

 

目を丸くするギーシュですが、ルイズが軽く話を流しました。

 

「やっぱり、まずはあのガーゴイル達を何とかしないと」

 

しかし、いくら考えても良い作戦は浮かんできません。正面突破も駄目、隠密行動も駄目となると手詰まりです。

見張りが人間ならまだ対処はし易かったかもしれませんが、ガーゴイルとなると難しいのです。

 

「キテレツ君。それならわたしが囮になるわ」

「ええ?」

「何を言い出すのよ、サツキ!」

 

突然の五月の言葉に全員が愕然としてしまいました。

 

「わたしがあの鉄騎隊を引き付けるから、その間にキテレツ君達はみよちゃん達を城から連れ出して」

「そんなの駄目だよ! 五月ちゃん! 一人だけなんていくら何でも危なすぎるよ!」

 

立ち上がったトンガリは五月の腕を掴んで悲鳴のように叫び声をあげます。

 

「サツキ。トンガリの言う通りよ。いくらキテレツのマジックアイテムがあるからって、多勢に無勢すぎるわ」

「そ、そうだとも! ミス・サツキ! 1:300じゃ話にならない! いくら僕のワルキューレだって七体出すのが精一杯なんだよ。とても三百を相手にするのは……」

 

ルイズもギーシュもトンガリに賛同していましたが、その言葉を聞いたキテレツは途端に深く考え込みだしました。

 

「サツキ。陽動は良い案だと思うけど、さすがにあなた一人じゃ……」

「……そうか! それがあったよ! ギーシュさん!」

「へ?」

 

キュルケも難色を示す中、何かを思いついたらしく歓声をあげるキテレツにギーシュは目を丸くします。

五月達も全員、キテレツを注目しました。

 

「こっちもあいつらよりもっと多くの囮を用意すれば良いんだ! それでその隙にみよちゃん達を助け出そう!」

「そんなことできるの? キテレツ君」

「どうやってそんなに囮なんて用意するわけ?」

 

五月とルイズはもちろん、他の四人も興味深そうにキテレツの考えた作戦に期待していました。

きっと持っている発明品を最大限に利用しようとしているのは間違いありません。

 

「この分身機を使えば良いんだ」

 

キテレツはケースから取り出した発明品の一つを如意光で大きくし、それを見せます。

手にするのは赤い小さな銃のような物でした。

 

「何だよ、そりゃあ?」

「オモチャの銃?」

 

それはブタゴリラもトンガリも初めて目にする発明品でした。

 

「この分身機から発する光を当てると、光を浴びた物質の原子に揺さぶりをかけて、二つに分けてしまうんだよ」

「ゲ、ゲンシ?」

「原始時代がどうしたってんだ?」

 

ルイズもギーシュも全く訳が分からず渋い顔をします。

 

「ゲンシって何なのよ? もう少し分かりやすく説明しなさい」

「簡単に言えば、目に見えないくらいとっても小さな粒なんだ。全ての物質はこの原子の集まりでできていて、僕もみんなもこのテーブルだって一見すると隙間なんて無いように見えるけど、実際は隙間だらけなんだ。潜地球で地面を進めたりするのも、その原子の隙間を通り抜けているからなんだよ」

 

キテレツの解説に理科の授業をそれなりに聞いていた五月とトンガリ以外は全く意味が分からない、と言いたそうな顔をしていました。

 

「その原子の集まりをこの分身機で揺さぶると……」

 

立ち上がったキテレツが自分に分身機の光を当てると……。

 

「きゃっ!」

「何だあ!?」

 

全員の目の前で、キテレツからもう一人のキテレツが飛び出てきたのです。

 

「キ、キテレツが二人に!」

「ブンチンの術って奴か!?」

「すごーい!」

 

あまりの光景にみんな驚くしかありませんでした。

 

「こんな感じに、見た目はそっくりなのが出来上がる訳さ」

「ただ、元から一つある原子を半分にするから質量とかも一緒に半分になっちゃうけどね」

「さらに続ければ原子を半分ずつにしてどんどん分身を増やせるんだよ」

 

二人になったキテレツはそれぞれが個別で喋って説明をします。

ルイズもキュルケも開いた口が塞がりませんでした。

 

「元には戻れないの?」

「その場合はこうやってくっつけば簡単に……」

 

二人のキテレツがくっつき合うと、何事も無かったようにキテレツは一人だけになっていました。

 

「というわけさ」

「う、う~む……要するに、そのマジックアイテムを使えば僕のワルキューレをいっぱい増やせるというのだね?」

 

苦笑するギーシュは思わず何百ものワルキューレの大軍を想像していました。

 

「はい。これでギーシュさんのワルキューレを増やせるだけ増やして、それを囮にしましょう」

「よ、よおし! 僕も男だ! 百体でも、三百体でも、ワルキューレを操ってみせようじゃないか! 囮は任せたまえ!」

「決まりね。ガーゴイルは陽動で何とかするとして、もう一つの問題は……」

「エルフね」

 

張り切るギーシュをよそにキュルケとルイズに次の障害について冷静に切り出します。

二人の表情はとても真剣で、ギーシュもエルフの名を耳にして固まっていました。

あの城にはタバサを打ち負かしてさらっていったエルフがいる可能性が高いのです。

 

「へっ、長耳野郎なんて出てきた所で返り討ちにしてやらあ。たった一人だけなんだろ?」

「でも、タバサちゃんをやっつけちゃったくらいなんでしょ? 滅茶苦茶強いんじゃないか……」

 

敵が何であっても恐れないブタゴリラに対してトンガリは不安そうにしていました。

 

「エルフともしも会ったら、絶対に戦おうなんて考えちゃ駄目だわ。エルフだけじゃない。危ないって感じたらすぐに逃げるのよ。あたし達は二人の友達を助けに来ただけなんだから。あたし達まで捕まったりしたら本末転倒よ」

 

キュルケの言葉に一行は改めて、自分達がここまでやってきた目的を再度確認します。

決して戦って敵を倒すのではなく、大事な友達を助け出すために砂漠の果てまで遥々やってきたのです。

 

「きゅい~……何なのね? 気持良く寝てるのに……」

「ふわあああ……」

 

シルフィードとコロ助は呑気に大きなあくびをしながらようやく起き出していました。

 

 

夕方になり日はかなり傾いてきますが、砂漠となるとまだまだ暑いままです。

アーハンブラ城に囚われの身となった二人にはアルヴィーが食事や水を持ってきてくれましたが、下手をしたら何か毒が入れられているのかと思いタバサは食べる気にはなれません。

 

「……大丈夫みたい。食べて」

「うん」

 

それでもタバサは食事のパンとシチューを一口してみよ子に奨めます。

みよ子を飢えて衰弱させるわけにもいかないため、毒見をしてでもこの食事を口にするしか無かったのです。

幸い、今の所は毒は何も入っていませんでした。

 

「キテレツ君達、早く助けに来ないかしら……本当にここまで来てるの?」

 

パンを口にするみよ子にタバサは小さく頷きます。

数時間前、タバサは自分の目に映った風景からキテレツ達がもうこのアーハンブラ城の麓までやってきていることを悟ったのです。

使い魔のシルフィードと感覚を共有したおかげで、シルフィードの視界がタバサも見ることができたのでした。

キテレツ達や、窓の外のアーハンブラ城をシルフィードが目にしていた風景をタバサも見たのです。

 

「でも本当に良かった……キテレツ君達がちゃんとここまで来てくれて……」

 

信じている友達が地の果ての砂漠にまでやってきて自分達を助けようとしてくれる事実に、みよ子は安心した様子で顔を綻ばせていました。

今はキテレツ達だけが頼りであるため、いつ助けにきてくれるのかを期待してしまいます。

 

「もうすぐ近くに来てるのに何をしてるのかしら?」

 

救出が待ち遠しいみよ子はどうしてキテレツ達が城にまだ乗り込むなど行動を起こさないのかが気がかりでした。

 

「何か作戦を考えてると思う」

「作戦?」

「見張りはこんなにいる」

 

冷静にタバサは窓の外を指します。その外では相変わらず鉄騎隊達が厳重に警戒を行っていました。

みよ子もタバサもキテレツが一体、どんな作戦で自分達を助けようとしているのか想像してみます。

 

「潜地球で助けに来るのかしら?」

「それだったらとっくに来てる。別の方法」

 

タバサとしてはそれで来てくれるのが一番最良だと考えていましたが、潜地球が故障でもしているのかキテレツは使おうとしないことを悟っていました。

他に考えられるのは姿を消す真っ黒衣を着てこっそり城に忍びこむことですが、鉄騎隊達をどこまで誤魔化せるか分かりません。

どんな手段にせよ、キテレツ達の身に危険が及ぶような無謀なことだけはして欲しくないと願います。

ましてや、あのエルフと戦うことだけは絶対に避けて欲しいのでした。如何にキテレツ達であってもエルフを相手にするのは危険すぎるのですから。

 

「どうしたの? タバサちゃん」

 

タバサはふと立ち上がると、弾かれるように窓の方へ近づいて行きました。

何かに感づいたらしく、窓の外を食い入るように見つめるタバサの横にみよ子もやってくると一緒に外を眺めます。

窓の近くへ来た時には、外がやけに騒がしくなっていることに気づきました。

 

「どうしたのかしら?」

 

窓の外ではバルコニーや魚型ガーゴイルに乗って警備に就いていたはずの鉄騎隊達が慌ただしく動き回っていました。

この部屋からは見えませんが、次々に中庭の方へ降りて行っています。

 

「タバサちゃん、あれは!?」

 

飛行する騎乗の鉄騎隊達に向かって次々と飛び掛かる青銅の甲冑を着込んだ騎士達の姿がそこにはありました。

手にしている槍を鉄騎隊達の振り回す槍と交錯させて激しく打ち合っているのです。

突然の城の襲撃に二人は唖然としてしまいますが、その襲撃者の騎士達には見覚えがありました。

 

「……ワルキューレ」

「ワルキューレって、ギーシュさんの!?」

 

みよ子もタバサも、あの騎士達が魔法学院のギーシュが操る青銅のゴーレム・ワルキューレであると即座に理解します。

 

「ギーシュさんのゴーレムがここにいるってことは……」

「キテレツ達が動き出した」

 

まさかギーシュがキテレツ達に同行していたのは予想外でしたが、キテレツ達が隠密な作戦を選ばなかったことにタバサは唇を噛み締めました。

強行突破でもするつもりかは知りませんが、恐らくキテレツやキュルケ達も中庭で鉄騎隊を相手にしていることは間違いありません。

見た所、ギーシュが呼び出せる以上のワルキューレの軍団で戦力を増したようですが、鉄騎隊が相手では戦闘力が違いすぎます。

事実、鉄騎隊達の槍から放たれる稲妻がワルキューレ達を次々に砕いていってしまっているのです。

キテレツのマジックアイテムを駆使してもどこまで持ち堪えられるか分からず、タバサは緊張していました。

 

「あっ……」

 

ふと、ワルキューレ達と一緒に宙へ飛び上がってきた人影が二人の視界に入ってきました。

その人影は頭上に天使の輪を浮かべ、襲ってくる鉄騎隊達の槍から放たれた稲妻をひらりと器用に宙返りをしてかわしたのです。

 

「……サツキ」

「五月ちゃん!?」

 

眩い光を放つ電磁刀を逆手に、鉄騎隊達が持っていたのと同じ槍を手にして優雅に飛び回る五月の姿がそこにはあったのです。

二人が見たかった大切な友達の一人の姿をはっきりと目にして驚き、同時に嬉しさが湧き上がっていました。

 

 



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砂漠の城の大熱戦 お前の名は勇気と剣士・中編

アーハンブラ城の中庭は今、大混戦でした。城門を突き破った何百もの青銅のゴーレム、ワルキューレの大軍が次々と雪崩れ込み、警備をしている鉄騎隊達が次々に迎え撃っていたのです。

最初にギーシュは錬金で二体のワルキューレを作りました。それらをキテレツの分身機を使うことで計四体のワルキューレへと増やしたのです。

増えたワルキューレらにも分身機を使って倍に増やし……また倍に増えたワルキューレをさらに倍に増やす……その作業を何回も繰り返して最終的には512体ものワルキューレの大軍になったのでした。

 

『五月ちゃんをいじめるなーっ!』

 

ワルキューレの大軍に混じっていた五月は鉄騎隊の振り下ろした斧槍を頭上にかざした三叉の槍で受け止めていましたが、ズボンのポケットに入れてあるトランシーバーからトンガリの声が大音量で響いてきます。

五月の背後では二体の鉄騎隊が膝よりも小さなカラクリ人形、カラクリ武者と激しく槍と刀をぶつけ合っていました。

鬼のような表情のカラクリ武者はクイックアクション機能で鉄騎隊達の攻撃に的確に、迅速に反応して反撃します。

 

『ワルキューレ達よ! ミス・サツキを守るのだ!』

 

空中から飛び降りてきた二体のワルキューレが短槍や剣を手に鉄騎隊の背後から飛び掛かりました。

いつもよりどこかふわふわと軽い挙動のワルキューレの攻撃を受けて鉄騎隊はぐらつきます。

 

「カ・ラ・ク・リ・ム・シャ……!」

 

そこへ飛び上がったカラクリ武者が刀を横へ一閃させました。

鉄騎隊達の首がポロリと綺麗に斬り落とされ、首の無くなった体はバタリと倒れ伏していきます。

 

「んんんんんんっ……はあっ!」

 

腕に巻いている万力手甲は五月が力を込めるのに反応して、腕力を更に急激に上昇させていきました。

それまで押されていた五月は一気に鉄騎隊の槍を押し出し、逆に弾き飛ばしてしまいます。

 

トンガリ達は今、アーハンブラ城の正門脇の城壁の隅に隠れていました。

キテレツから預かった分身機で大軍にしたワルキューレを操る必要があったためにギーシュのゴーレム操作が行える範囲まで近づかなければならなかったのです。

五月は隠れているギーシュ達が見つからないようにするためにも注意を引きつけるためにワルキューレ達と共に囮役となったのでした。そのためにキテレツの発明品やブタゴリラが持ってきた鉄騎隊の槍で装備を整えているのです。

さらに猛反対していたトンガリが五月の護衛役としてカラクリ武者を同行させるようにキテレツに頼み、今も必死にリモコンを操作しています。

中庭の状況はキテレツから預けられた蜃気楼鏡からの映像ではっきりと把握ができていました。

 

『行け! ワルキューレ!』

 

ワルキューレ達がふらつく鉄騎隊に次々と飛び掛かりましたが、剣と槍は刺さらないどころか逆に折れてしまいました。

分身機によって数こそ増えはしましたが質量や密度もその分大幅に減っているので、紙のように軽くなって素早く動けますがパワーは子供の五月以下となっているのです。

強靭な鋼鉄の体を持つ鉄騎隊達には元が青銅で、しかも分身して耐久力も落ちているワルキューレでは怯ませることはできても倒すことはできません。

数では勝っていても質が悪いので、周りのワルキューレ達は次々に鉄騎隊に倒されていきました。

 

「はっ!」

 

上空から魚型ガーゴイルに騎乗している鉄騎隊達が槍の先から稲妻を放ってきます。

カラクリ武者はトンガリの操作で素早く蛇行しながら避け、五月は頭上に飛び上がってかわします。ワルキューレ達は稲妻をまともに食らって砕かれてしまいました。

五月は頭上に浮かべている空中浮輪によって空中に浮かび上がると、腰の電磁刀を手にしてスイッチを入れます。

 

「はあっ!」

 

鉄騎隊達が稲妻を次々に放ってきましたが、五月はその場でくるりと宙返りをして器用にかわしていました。

さらに追撃で放たれた稲妻を左手の電磁刀で受け止め、防いでしまいます。

 

「それっ!」

 

右手の槍を突き出すと、穂先から鉄騎隊達と同じように強烈な稲妻が放たれました。

マジックアイテムらしいこの槍をここまで来る道中で調べていたために使い方が分かり、稲妻を放つには強く念じれば良いのです

五月の放った稲妻を鉄騎隊達を乗せるガーゴイルが左右に分かれて避け、外れた稲妻が城壁に命中して一部を砕きました。

 

「こっちよ!」

 

飛び込むように高度を下げて中庭を飛ぶ五月を鉄騎隊達の乗ったガーゴイルが追いかけてきました。

真下ではワルキューレ達と鉄騎隊達が激しくぶつかり合っており、カラクリ武者も複数を相手に互角に渡り合っていました。

カラクリ武者は鉄騎隊達を何体か倒していっていますが、ワルキューレはフワフワした動きで翻弄したりはするもののすぐに槍で串刺しにされたり、稲妻で砕かれていっては返り討ちにされていきます。

 

「おっと!」

 

上空の鉄騎隊達が五月に次々と連続で稲妻を放ってくるので、五月はそれを左右に細かく動いてかわしていきました。

 

「やああっ!」

 

体を捻って後ろを向いた五月は電磁刀を力いっぱいに薙ぎ払って放たれた稲妻を打ち返します。

180度方向を変えて次々と跳ね返されていった稲妻を浴びた鉄騎隊達は騎乗するガーゴイルもろとも焼き焦がされて墜落しました。

 

「くっ!」

 

しかし、すぐに別の鉄騎隊が一気に突撃してくると五月は突き出されてきた槍を電磁刀で受け止めます。

弾かれても怯まずに絶え間なく槍を突き出してくる鉄騎隊に五月は宙を流されながら防御を続けました。

電磁刀で槍を弾き、自分の槍を突き出すのを鉄騎隊も槍で弾いてくるので中々勝負がつきません。

 

「んんっ……! それっ!」

 

互いの三叉の穂先がぶつかり合って相手の動きが止まると、五月はすかさず電磁刀を突き出しました。

胸を突かれた鉄騎隊に電気ショックが炸裂し、ガーゴイルからずるりと崩れ落ちて落下します。

 

「何とか忍び込めたみたいね……」

 

一度浮上した五月はちらりと城の中庭から階段で続いている天守の方を見やりました。

何百もの鉄騎隊達がワルキューレ達と戦闘を続けている中庭に対して天守の方には鉄騎隊が一体もいません。

完全に警備が手薄になった天守の一角に見えるテラスには何人もの人影が柱に隠れ移っているのが分かります。

 

キテレツ達はアーハンブラ城の裏側の丘の麓で待機しており、頃合いを見計らって城の中に潜り込む手筈になっていました。

五月達が囮になって鉄騎隊達の注意を引きつけたことでキテレツ達は安全に潜り込むことができるのです。

 

「ルイズちゃん?」

 

キテレツ達が城の中へ入りこもうとしている中で、ルイズだけはこちらを振り向いているのが分かります。

何やら焦った様子で大声を出そうとしているのをキュルケに口を塞がれており、暴れつつも中へと引き摺られていきました。

その意味を五月は即座に理解します。

 

「……っと!」

 

身を翻しながらさらに浮上すると、すぐ真下を鉄騎隊の乗ったガーゴイルが猛スピードで通過していったのです。

さらに頭上には別の鉄騎隊が二体待ち構えており、槍を構えて降下してきました。

五月は器用に身を捻ってかわすと、逆さの体勢のまま手にする槍を突き出して稲妻を放ちます。

反転しようとするガーゴイルの一体に命中すると稲妻が炸裂し、鉄騎隊を乗せたままフラフラと墜落していきました。

 

「もうこんなに……!?」

 

キテレツ達がみよ子達を助け出すまで、可能な限り鉄騎隊達の注意を引きつけなければなりません。

しかし、下の中庭を見ればもうワルキューレ達は鉄騎隊にほとんどやられてしまっており、既に100体以下にまで数を減らしていました。

カラクリ武者は相変わらず何人もの鉄騎隊達を同時に相手にしつつも、奮戦し続けています。

このままではカラクリ武者に鉄騎隊が集中してやられてしまうかもしれません。最終的には自分に攻撃が集中してしまいます。

 

「あ……!」

 

五月が苦い顔を浮かべていると、城門の方から唐突に新たな大軍が一気に中庭へと押し入ってきました。それは100体近い数のワルキューレです。

恐らく、ギーシュが新たにワルキューレを作り出してそれを分身機で増やしたのでしょう。

まだ残っているワルキューレを相手にしていた鉄騎隊達は増援で現れたワルキューレも迎え撃とうと突撃していきました。

 

「もっと時間を稼がないとね……!」

 

対峙する空中の鉄騎隊達が放った稲妻を五月は電磁刀を構えて受け流し、自分の槍からも稲妻を放ちます。

鉄騎隊の一体に稲妻が炸裂し、ガーゴイルもろとも真っ逆さまに墜落していきました。

 

 

五月達が中庭でアーハンブラ城の外を警備していた鉄騎隊達を引きつけている間に、キテレツ達六人は裏側の丘の麓からここまで上がってきていました。

キテレツとブタゴリラ、コロ助は空中浮輪で、キュルケは飛べないルイズの手を引いてレビテーションを使って浮かび上がったのです。

変身を解除しないままのシルフィードは先住魔法の力を使うことで自力で浮き上がり、一行に付いてきました。

 

そうして潜り込んだアーハンブラ城の内部はまさに迷路でした。しかも廃城なので所々が崩れており、行き止まりも多いです。

キテレツ達は城内の廊下を、キュルケのマントを羽織るシルフィードを先頭にして進んでいきました。

 

「本当にこっちなのかよ」

「きゅい、きゅい! こっちからお姉さまの匂いがするのね! くんくん!」

「う~ん。ワガハイには全然分からないナリ」

 

斧槍を手にするブタゴリラが怪訝そうに尋ねますが、シルフィードは自信たっぷりに答えました。

シルフィードは城内に入った時からタバサの匂いがすると言いだして自ら先導していたのです。

 

「主人の匂いが分かるのかしら」

「今はシルフィードに頼るしかないわ。下手に動き回って探すよりは確実よ」

 

元々が風韻竜であったシルフィードならば嗅覚も人間より優れているはずなので、タバサの匂いを感じ取ったことは間違いないでしょう。

ルイズもキュルケもシルフィードの使い魔として、幻獣としての嗅覚を信じることにしました。

 

「犬みてえだな」

「きゅい! 失礼なのね! シルフィは犬なんかよりもずっと鼻が良いのね! 一緒にしないで欲しいのね! きゅい、きゅい!」

「早くみよちゃん達を助け出して、五月ちゃん達も迎えに行かないとね」

「サツキ……大丈夫かしら」

 

シルフィードがブタゴリラに癇癪を起こす中、ルイズは心配そうにため息をつきます。

先ほどテラスから中庭で陽動のために戦っている五月を目にしたルイズは鉄騎隊が襲い掛かろうとしていたのを見て思わず叫びそうになったのでした。

大声を出したら見つかってしまいますが、それを間一髪キュルケに止められたのです。

それでもルイズは五月の身に危険が迫っているのを黙っていることなんてできませんでした。

 

『えーっと、これで良いのかな? ……あ、あーっ……ただいまテスト中。もしもし、君達聞こえるかい?』

 

キテレツが持っているトランシーバーからギーシュの声が聞こえてきます。

 

「どうしたんですか?」

『君らが城の中に入るのを見たもので気になってね。そっちは大丈夫かい?』

 

蜃気楼鏡でアーハンブラ城を俯瞰していたギーシュもキテレツ達が城内に潜り込むのを見ており、気になって連絡したのです。

トランシーバーの使い方が今いち分からないギーシュは操作に手間取りつつも交信していました。

 

「はい。こっちは何とか……あっ」

「ギーシュ。そっちはどうなの? 囮はしっかりできてるの?」

 

キテレツからトランシーバーを取り上げたルイズは落ち着かない様子で呼びかけました。

 

『もちろんだとも。たった今、増援を100ばかり追加させたばかりさ。連中はこっちに釘付けだよ。僕のワルキューレはキテレツ君のガーゴイルと一緒に連中を翻弄しているのさ。なあ、トンガリ君』

『うるさいなっ! 邪魔しないでよ! こっちは忙しいんだから! 五月ちゃんが危ないんだからね!』

 

誇らしそうに喋っていたギーシュでしたが、トンガリは普段では考えられないほどの激しい剣幕で怒声を上げていました。

ギーシュは隣で夢中になってカラクリ武者のリモコンを操作しているトンガリを見つめたまま呆気に取られます。

その凄まじい剣幕にはキテレツ達までもが耳を塞いで黙り込んでしまう始末です。

 

「一番うるさいのはあんたの方でしょ! いきなり叫ばないでよ!」

「あんたまで怒ったって仕方ないでしょうが」

 

ルイズまでもが癇癪を起こしてしまいますが、見かねたキュルケがトランシーバーを取り上げてキテレツに返しました。

 

『ま、まあ……と、いうわけなんだ。こっちの首尾は上々だよ。早くタバサ達を助けてくれたまえ』

「分かりました。何かあったらすぐにまた連絡してください」

「キテレツ! キテレツーっ!」

 

交信を終えようとした時に突然、コロ助が慌てだします。

 

「来た! 来たナリよーっ!」

「きゅい、きゅいーっ!」

 

コロ助が指差す廊下の先からは次々と何体もの鉄騎隊達が槍を手に猛然と駆け寄ってきます。

今の騒ぎを聞きつけて、城内に残っていたのが集まってきたのでしょう。

 

「でやがったな! デッキブラシ!」

「鉄騎隊よ! ファイヤー・ボール!」

 

身構えつつも言い間違えをするブタゴリラに突っ込んだキュルケは即座に呪文を唱えて杖から炎球を放ちました。

 

「コロ助! 羽うちわを!」

「う~ん……とりゃあっ!」

 

コロ助は持っていた羽うちわを振りかぶり、力いっぱいに扇ぎます。

廊下に強烈な突風が吹き荒れますが、力持ちのブタゴリラほどではありません。鉄騎隊達を吹き飛ばしはしますが、すぐに起き上がって向かってきました。

 

「おら! こいつを食らえ!」

 

ブタゴリラが振りかぶった槍を突き出し、穂先から稲妻を放ちます。

キュルケとブタゴリラの攻撃で鉄騎隊達は次々と焼き焦がされて倒されていきました。

 

「きゅい、きゅいーっ! 後ろからも!」

 

シルフィードが叫ぶ中、来た道からも鉄騎隊達が現れて押し寄せてきたのです。

これでは完全に挟み撃ちです。何とかしなければ進むことも逃げることもできません。

 

「わ! ルイズちゃん!」

「ちょっと貸しなさい! えっと……これね!」

 

ルイズはキテレツが背負っているリュックの中を強引に物色し始めると、中から即時剥製光を取り出していました。

 

「わわわっ! どっちをやれば良いナリかー!?」

「えいっ!」

 

コロ助が前後をきょろきょろと見回しておたつく中、ルイズは剥製光を構えて引き金を引きます。

放たれた光線が鉄騎隊に命中し、ピタリと銅像のように硬直して剥製と化してしまいました。

 

「危ないナリ! それっ! それっ!」

 

それでも倒しきれない鉄騎隊が目前まで迫って来るのでコロ助は必死に羽うちわを振り回します。

小刻みに吹く突風が鉄騎隊達の動きをその場で押さえつけてしまい、前に進むことができないでいました。

 

「このっ! このっ!」

 

その隙にルイズは剥製光を次々に連射して鉄騎隊達の動きを止めていました。ブタゴリラ達も鉄騎隊を退けようと必死になっています。

そんな中でキテレツは床に置いたケースを開けて発明品を取り出している最中でした。

 

「きゃあっ!」

「ルイズちゃん!?」

 

迫ってくる鉄騎隊の一体が放った稲妻が剥製光に命中し、ルイズは手に走る衝撃に思わず悲鳴を上げます。

弾き飛ばされて落ちた剥製光は稲妻で焼き焦がされ、完全に壊されてしまいました。

 

「やったわね! ファイヤー・ボール!」

 

手を押さえつつも鉄騎隊達を睨むルイズは杖を手にして呪文を唱えました。

それでキュルケのように火球が出ることはなく、代わりに鉄騎隊達を包み込むように爆発が起きます。

魔法そのものは失敗でしたが、鉄騎隊達を倒すには十分の威力でした。爆風の中からはバラバラになった鉄騎隊の残骸が飛び散っています。

 

「すごいナリ! ルイズちゃん!」

 

コロ助に褒められるルイズですが失敗の爆発を称えられてもあまり嬉しくないため、複雑な顔をしました。

 

「よっしゃ! 行くぜ!」

「強行突破するわよ!」

 

ブタゴリラ達が鉄騎隊達を退けて突破口を開くいたため、ようやく前に進めるようになりました。

急いでみよ子達を見つけて助け出さないと自分達も捕まってしまいます。

 

「シルフィードさん! これを持ってて!」

「きゅい!? 分かったのね!」

 

キテレツはリュックとケースをシルフィードに渡すと、如意光で大きくしていた光線銃付きの脱時機を背負いだしました。

 

「ねえ、キテレツ。その如意光をあたしに貸して!」

「はい。赤いスイッチを押せば小さくできる光線が出せるから!」

 

ルイズに如意光を渡し、六人は急いで廊下を駆けていきます。

分かれ道となればシルフィードの嗅覚を頼りにタバサ達の居場所を正確に探って進みました。

 

「邪魔よ!」

 

一行を阻むかのように現れた鉄騎隊達にルイズが如意光から赤い縮小光線を放ちます。

光線を浴びた鉄騎隊達はみるみる内に小指ほどの大きさに小さくされていました。

立ち止まることなく走り続ける一行は鉄騎隊を踏み潰しながら先を行きます。

 

「おっと! させるかよ!」

「そおらっ!」

 

ルイズの如意光をかわして飛び掛かってきた鉄騎隊をすかさずブタゴリラの稲妻とキュルケの炎が撃ち落としていました。

 

「くんくん。この上なのね!」

「まだ追ってくるナリ!」

 

一度立ち止まらないといけない時には来た道から鉄騎隊達がしつこく追いかけてきました。

 

「あんなに大勢来やがったぞ! やるか!?」

「待って! 僕に任せて!」

 

槍を手に身構えるブタゴリラですが、キテレツは脱時機の光線銃を迫ってくる鉄騎隊達に向けて引き金を引きます。

銃口からは何にも放たれはしませんが、鉄騎隊の一体が突然光に包まれてピタリと動きを止めていました。

キテレツが引き金を引く度に鉄騎隊は次々と同じように光に包み込まれていきます。

 

「どうなってんの?」

「そのマジックアイテムって確か、時間を止められるって言ってたわね」

 

目を丸くするルイズですが、アルビオンでのキテレツの説明をキュルケは覚えていました。

 

「あいつらの時間を止めたのさ。これならかなり時間は稼げるよ」

 

脱時機からの不可視光線を浴びた対象は特殊なバリアに包み込まれて、その時間を止められてしまうのです。

さらに後ろから新手が現れますが、前にいるバリアに包まれた鉄騎隊にぶつかった途端に光に包み込まれて同じように止まってしまいました。

バリアに包まれている対象に触れるとそのバリアが伝搬してしまうのです。

来た道にはバリアに包み込まれて時間を止められた鉄騎隊達で埋め尽くされていきました。

 

「早く来るのねーっ!」

 

小さな階段を上がっていくシルフィードに手招かれて一行はさらに上の階を進んでいきます。

道中では数こそ少なくなった鉄騎隊達の襲撃と追跡は止むことはありませんでしたが、キテレツ達は発明や魔法を駆使して退けていました。

 

 

アーハンブラ城から遥か東に離れた首都リュティスのヴェルサルテイル宮殿の一室で、ガリア王ジョゼフは椅子に体をゆったりと預けて執務机に向かっていました。

机の上にはスタンド付きの鏡が一つ置かれ、ジョゼフはそれに見入っています。

 

「はっはっはっ! これはまた大胆なことをするものだ! キテレツは!」

 

遠見の鏡に映し出される光景を眺めていたジョゼフは豪快に笑いだしました。

そこには東の果ての砂漠の廃城での様々な出来事が映っているのです。

 

「しかし、あの平民の娘は実にやるではないか。我らの鉄騎隊を相手にあそこまで渡り合うとはな」

 

中庭で鉄騎隊とぶつかり合っている青銅のゴーレムの大軍の頭上を飛び回る一人の少女の勇姿にジョゼフは素直に褒め称えます。

彼女はさらに城壁の壁を駆け回って鉄騎隊の追撃をかわし、手にする光の剣を振るって次々に攻撃を受け流していき、軽やかに宙へ身を翻しながら舞い上がり、大胆にもその剣を鉄騎隊に叩き込んでいました。

 

「まるで神の左手、ガンダールヴではないか」

 

少女の動きと戦闘能力はまさしく超人と呼ぶに相応しいものです。並のメイジでは絶対に歯が立たないことはジョゼフもすぐに理解できました。

映像が変わると、数人の少年少女達が城内で鉄騎隊達を相手に奮戦する光景が浮かんできます。

数々の不思議なマジックアイテムを駆使して次々に鉄騎隊を退けていきますが、それらはジョゼフも唸らせるほどの代物ばかりでした。

そうしてジョゼフが楽しんでいると、執務室の扉が開かれて一人の黒ずくめの女が入ってきます。

 

「ミューズか」

 

ジョゼフが従えている神の頭脳と呼ばれる女、シェフィールドでした。

 

「どうだ? ヨルムンガントの製作は順調か?」

「はっ。十日以内には完成させることができます。ビダーシャル卿の協力のおかげで、難題も容易く突破できました」

 

ジョゼフの隣にやってきたシェフィールドは恭しく頷いて報告を行います。

 

「そうか。ビダーシャル卿には感謝せねばならんな。奴がおらねば新しいオモチャも完成せぬわ」

 

エルフのビダーシャルは現在、アーハンブラ城とは全く別の場所で作業を行っています。

ジョゼフはビダーシャルにアーハンブラ城に幽閉している姪の心を狂わせる薬の製作を命じると同時に、海沿いの街、サン・マロンの実験農場でのガーゴイル製作に協力させていました。

ビダーシャルは定期的にアーハンブラ城とサン・マロンを天狗の抜け穴のチョークで行き来しているのです。

 

「それよりも見るがいい。ミューズよ。キテレツ達がついに来たぞ! 余もここまで驚かせるとは」

 

子供のようにはしゃぐジョゼフに対して、シェフィールドは険しい表情を浮かべて遠見の鏡の映像を見つめました。

 

(こんなにも早く……)

 

たったの数日で裏切り者と共に捕えた仲間の居場所を突き止めるだけでなく辿り着くなどというのは異様としか言えません。

キテレツが持つマジックアイテムを使ったのは明らかですが、改めてその能力を脅威に感じてしまいます。

現に今も、シェフィールドが初めて目にするマジックアイテムを使って鉄騎隊達を容易く退けているのですから。

 

「しかし、そろそろお遊びは終わりにせねばならんな。ミューズよ」

 

ジョゼフに声をかけられたシェフィールドはその場で跪いて頭を下げます。これから主が何を命じようとしているのかは彼女も察することができました。

 

「ビダーシャル卿に伝えるのだ。アーハンブラ城に忍び込んだ敵を捕えよとな」

「御意」

 

リュティスからサン・マロンの街まではかなり距離がありますが、天狗の抜け穴の力を使えば一秒で着いてしまいます。

位置を調整すれば一番近い地点同士を繋げて移動ができるので、この宮殿を経由してアーハンブラ城とサン・マロンの街を行き来できるようにしているのでした。

現にシェフィールドもつい先ほどまではそのサン・マロンから天狗の抜け穴を使って戻ってきたのです。

 

「さて、キテレツよ。次はどう出る? お前の持つマジックアイテムの力、とくと拝ませてもらうぞ」

 

 

「みよちゃーん!」

「タバサ! どこにいるの!」

「お姉さま、お姉さま!」

「返事しろよ! 助けにきたぜー!」

 

二人が幽閉されている場所はもうかなり近いはずです。

キテレツ達は鉄騎隊を呼び寄せてしまう危険も顧みず必死に呼びかけていました。

 

「ここよ! キテレツ君! あたし達はここにいるわ!」

 

すると、キテレツ達の呼びかけに答えてみよ子の声がはっきりと聞こえてきました。

一行は声がした方へシルフィードの嗅覚を頼りにして向かい、ある部屋の扉の前で止まります。

鍵はかかっておらず中に入ると、そこはどうやら使用人用の小部屋のようでした。小さなベッドや鏡台が置いてあるだけの小ぢんまりとした部屋です。

 

「タバサの杖だわ」

 

鏡台の傍にはタバサが使っていた節くれだった大きな杖が立て掛けてあるのをキュルケは見つけました。

それは間違いなく、ここに友人がいる証拠でした。

 

「キテレツ君! こっち! こっちよ!」

 

さらに奥には扉が続いており、そのすぐ向こう側からドンドン、と扉を叩く音とみよ子の声が聞こえていました。

六人は奥に見える立派な造りの扉の方へ向かいます。

 

「みよちゃん! ……あ、あれ。開かないな……」

「ふんっ! ぬぬぬぬ……! か、鍵でもかかってんのかよ……!」

「か、固いナリ~……!」

 

キテレツ達が扉を開けようとしますが、まるでびくともしません。

 

「よおし……」

 

キテレツはリュックから二本の針金を取り出すと、それを鍵穴へと差し込みます。

 

「きゅい~?」

「あんた、鍵を開けられるの?」

「構造が簡単だったら良いんだけど……」

 

シルフィードとルイズが後ろで見守る中、キテレツはカチャカチャと針金を動かしていきます。

度々発明をしている都合上、手先がとても器用なキテレツは針金を使って鍵を開けることもできるのです。

 

「早くしろよ、キテレツ」

 

数分ほど一心不乱にピッキングで鍵を開けようと試みるキテレツですが、一向に開錠される気配はありません。

 

「駄目だ……構造が複雑すぎて針金程度じゃ開かないよ」

「注射錠はないナリか? キテレツ」

「チュウシャジョウ? それで鍵を開けられるっていうの?」

 

音を上げてしまったキテレツに尋ねるコロ助にルイズは目を丸くしました。

注射錠はどんな複雑な構造の鍵でも簡単に開錠することができる液体なのです。

 

「新しく作ってなかったからね……あれなら一発で開けられたかもしれないのになあ……」

 

しかし、あの道具は悪用されてはいけないため、必要な時のみに必要分だけを用意するようにしていたので、残念なことに今は手元にありません。

 

「もう、ここまで来て扉一つ開けられないなんて! しっかりしなさいよ!」

「ちょっと待って……」

 

ルイズが声を上げる中、キテレツ達をどかしたキュルケは杖を振り、ドアノブに小さな光の粉を少しだけ舞い散らせました。

魔法探査のためのディテクト・マジックです。

 

「……ロックの魔法がかかってるみたいね。ロック自体はドット程度の弱いものだけど、普通に開けるのは無理だわ」

 

扉に触れて呟くキュルケは手にしているタバサの杖を見ます。

トライアングルクラスのタバサでも、杖が無ければみよ子と同じで魔法の使えないただの人です。それではこの戒めの魔法を解くことはできません。

魔法が使えなくなった無力な人間を閉じ込めておくには十分すぎる錠前でした。

 

「何とかなりますか?」

「ドットくらいだったらあたしが……」

 

意気込んで前に出ようとしたルイズですがキュルケに押し留められていました。

キュルケは軽く一息をついてコモン・スペルの呪文を唱えると、静かに杖をノブに振り下ろします。

トライアングルクラスのアンロックの魔法が下位のロックの魔法を打ち消し、カチャリと錠の外れる音を立てて、扉の鍵は呆気なく解除していました。

 

「みよちゃん!」

「タバサ!」

 

一行が部屋に飛び込むと、そこには二人の少女が佇んでいました。窓際で外を眺めていた方は闖入者のキテレツ達に気付いて振り向きます。

 

「……キテレツ君!」

 

目の前にいたみよ子の表情は見る見るうちに嬉しさに満ち溢れたものへ変わっていき、じんわりと涙を目元に浮かべていました。

 

「うわっ!?」

「……良かった! 来てくれたのね!」

 

いきなり抱きついてきたみよ子にキテレツは思わず上ずった声を上げてしまいました。

大好きな女の子にこうもしっかりと抱きつかれてしまうのはキテレツにとっても嬉しいことなのですが、戸惑いの思いの方が強いのです。

以前にモット伯の館からみよ子を助け出した時もこうして感極まりキテレツに抱きついてみよ子ははっきりと喜びを露わにしていたのでした。

 

「みよちゃんも大胆ナリね」

「ちぇっ」

 

キテレツとみよ子がイチャついているのを見てコロ助はニヤニヤとしていますが、ブタゴリラはつまらなそうに腕を組んでいます。

 

(この二人ってやっぱり惚れ合ってるのかしらね)

 

ルイズの目から見ても、キテレツとみよ子はお互いに好意を抱いているということがはっきり分かっていました。

モット伯の屋敷での一見の時と同じ光景をまた目にした上に、キテレツもみよ子を助けようとしている時は今まで以上に積極的に行動したりするので、二人がただの友人同士ではないと察することができるのです。

さすがに恋人までとはいかなくても、アンリエッタとウェールズと同じように二人がどのような想いを心に秘めているのかだけは理解できました。

 

「お姉さま~!」

「タバサ!」

 

部屋に入ってきたキテレツ達一行を目にしていたタバサは立ち尽くしたまま固まっていましたが、キテレツから預かったリュックを落としたシルフィードは駆け寄るなりぎゅっと小さな体を抱きしめていました。

 

「シルフィード……キュルケ……」

「きゅい~! 無事で良かったのね~! シルフィ、とっても心配したのね~!」

 

シルフィードはタバサの顔に頬ずりをするほどにくっ付いて喜びを露わにしていました。

タバサはシルフィードにされるがままになりながら、自分を見つめているキュルケを見つめ返します。

 

「本当に良かったわ。あなたが無事で……」

 

安心した様子で頬に触れてきたキュルケにタバサは小さく頷きました。

 

「どうしたの? 泣いちゃったりして」

「何でもない……」

 

気付かない内に涙が零していたことを指摘されてタバサはそっと自分の目元を拭います。

傷つくのを覚悟の上で囚われの身となった自分達を救い出そうと奮闘してくれたことが本当に嬉しくて、安堵の涙が自然と流れてしまうのでした。

 

「これ。あなたの杖よ」

 

キュルケは手にしていたタバサの杖を渡します。涙を拭いつつもタバサは愛用の杖を受け取りました。

 

「……エルフは?」

「そういえば全然姿が見えなかったわね」

 

心配そうに尋ねてきたタバサにルイズとキュルケは顔を見合わせます。

タバサを返り討ちにして捕えたという噂のエルフはこの城にいないのか、どこにも姿が無いのです。

これだけの騒ぎになっているのですから、もしいるのなら侵入者に気付かないわけがありません。

 

「何でも良いわ。いない方が都合が良いもの」

「そうよね。さ、サツキを迎えに行きましょう! キテレツ、行くわよ!」

 

一行を促したルイズは入ってきた扉ではなく、タバサが先ほどまで外を眺めていた窓の方へ向かいます。

ここから中庭で戦い続けている五月が宙を舞っている姿がはっきりと見えました。

 

「カオル! この窓を割って! 一気に外へ飛び降りるわよ!」

「よっしゃ! ……おりゃああっ!」

 

ブタゴリラが手にする槍で力いっぱいに窓を突き破りました。

 

(イーヴァルディ……必ず私が守る)

 

杖を握り締めるタバサは先ほどまでの安堵の思いで崩れていた表情を普段の無表情へと戻し、さらに真剣な顔つきになっていました。

タバサは今、自分がここで何をしなければならないのかを改めて自覚したのです。

自分を救い出してくれた勇者の子達をこの最果ての城から、何としても逃がさなければならないのでした。

 

 



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砂漠の城の大熱戦 お前の名は勇気と剣士・後編

「あっ!」

 

高台の上にいた鉄騎隊の槍から放たれた稲妻が五月の空中浮輪を捉えました。稲妻に打たれて粉々に吹き飛んでしまいます。

空中浮輪が無くなったせいで飛行していた五月の体はみるみる内に勢いを無くして真っ逆さまに落下していきました。

このままでは地上でワルキューレ達と戦っている鉄騎隊達の中に落ちてしまいます。

 

「……っと!」

 

五月は体を器用に捻って足が下になるよう体勢を変え、鉄騎隊の頭上に着地しました。

そこからさらに別の鉄騎隊や残り少ないワルキューレの頭へ次々と飛び移り、最後に大きくジャンプをすると体を一転させて天守に続く大階段の途中の踊り場の上へと着地に成功します。

しかし、追ってきた数体の鉄騎隊が階段を猛然と駆け上がってきました。

 

「カ・ラ・ク・リ・ム・シャ……!」

 

トンガリが操るカラクリ武者も五月を追って鉄騎隊達の間を猛スピードで潜り抜けていきます。

鉄騎隊達はカラクリ武者が振り回す刀で次々と足や体をバラバラに両断されて倒れていき、五月に迫っていた鉄騎隊達をも飛び越えました。

 

「カ・ラ・ク・リ・ム・シャ……!」

 

電磁刀を構える五月を庇うように立ち塞がるカラクリ武者は目前まで迫ってきた鉄騎隊の突き出した槍をかわし、その上に飛び乗ります。

そのまま槍の上を突き進み刀を横に一閃、首を斬り落としてしまいました。

さらにもう一体すぐ近くの鉄騎隊にも斬りかかろうとしますが……。

 

「トンガリ君!」

 

階段下から続々と登ってくる鉄騎隊達が槍から稲妻を放ってくるので五月は電磁刀を盾にして防いでいましたが、跳ね上がったカラクリ武者にそれが直撃してしまったのです。

稲妻に焼かれて撃ち落とされたカラクリ武者はそのまま階段を転げ落ちていき、バラバラに壊れてしまいました。その残骸も鉄騎隊達に踏みつぶされていきます。

 

「それっ!」

 

五月は電磁刀で防御を続けながら自分の槍から稲妻を放っていきますが、鉄騎隊の数が多すぎて捌ききれません。

鉄騎隊の数は半分ほどに減っており飛行する魚型ガーゴイルに騎乗しているものは全部倒せていましたが、ワルキューレは既に全員倒されているため攻撃の矛先が五月へと集中していました。

いくら五月でもこれだけの数を一気に相手にしてはやられてしまいます。しかし、キテレツ達が目的を達するまで足止めをしなければならないのです。

 

「五月ちゃ~んっ! 逃げてぇ~~っ!」

 

必死に時間を稼ぐ中、正門の方から突然トンガリの叫び声が大声ではっきりと聞こえてきました。

五月がそちらを見てみれば、何とトンガリが正門の入口に立って血相を変えている姿が見えたのです。

サポートをしていたカラクリ武者がやられてしまった上に窮地に陥った五月に我慢ができなくなって飛び出てきたのでしょう。

 

「サツキ!」

「五月ちゃん!」

 

直後には後ろからルイズやみよ子の声も届いてきました。

 

「キテレツ君! みんな!」

 

肩越しに振り向けば、城内に潜り込んだキテレツ達が天守上の城壁から空中浮輪や魔法を使って飛び降りてきていたのです。

一行の中にはみよ子がキテレツと手を繋いでおり、タバサも飛べないルイズの手を引いていました。

友人達の無事な姿に五月は笑顔を浮かべて階段を駆け上がります。

 

「このおっ!」

 

エントランス手前の踊り場に着地すると、ルイズは一目散に五月の元へ駆け寄るなり如意光を鉄騎隊達に向けてスイッチを押します。

目前まで迫ってきていた十体以上の鉄騎隊達に赤い光線が浴びせられ、小指ほどにまで小さくなっていきました。

 

「エア・ハンマー!」

 

それでも後続の鉄騎隊が駆け上がってきますが、素早く駆け付けたタバサが強烈な突風を叩きつけたことで次々に転げ落ちていきます。

 

「大丈夫、サツキ? ケガはないわよね?」

「うん。わたしは平気よ」

 

さらに続いてくる鉄騎隊にも次々と如意光の縮小光線を浴びせるルイズに五月は微笑みました。

稲妻が放たれてきても五月の電磁刀で防いでしまい、逆に跳ね返されていきます。

 

「早くここから逃げないと、増援も来るわ」

「コロ助! そいつをよこせ!」

「わあっ!」

 

焦るキュルケですがブタゴリラがコロ助の手から無理矢理天狗の羽うちわを奪い取りました。

 

「お前らどいてろ! まとめてふっ飛ばしてやる!」

「熊田君! ルイズちゃん、こっちへ!」

「あっ!」

 

隣にやってきたブタゴリラが羽うちわを野球のピッチャーのように掲げて腕を振り回すので五月は慌ててルイズの手を引いてタバサと共に後ろへ下がります。

 

「うおりゃああああっ!」

 

勢いをつけた上に目一杯に力を込めて羽うちわを振り下ろすと、途端に猛烈な突風が辺りに広がります。

 

「きゃああっ!」

「みんな伏せて!」

「きゅいーっ!」

 

キテレツ達はブタゴリラの後ろで蹲って強風に耐えます。

羽根うちわから放たれた突風は見る見る内に渦を巻きながら膨れ上がり、巨大な竜巻になっていきました。

中庭にいる鉄騎隊達は他の残骸もろとも次々と突き進み巻き上がる竜巻に飲み込まれていき、空の彼方へと吹き飛ばされていきます。

百体以上もいたガーゴイルの兵隊達はあっという間に綺麗にいなくなっていました。

 

「へっ! 思い知ったか!」

「あ、熊田君! あっちにはトンガリ君が……トンガリ君!」

 

未だ収まらない竜巻は城門に向かって直進していきます。門の方ではトンガリが迫ってくる竜巻に激しく取り乱しながら慌てていましたが、すぐに外へと一目散に転げるように逃げていきました。

竜巻の威力は城壁をも粉々にしてしまうほどのもので、城門を壊した後は徐々に勢いを失って萎んでいきます。

 

「ありゃま」

「うひゃー……お城が滅茶苦茶になっちゃったナリよ」

「やり過ぎだよ、ブタゴリラ」

「トンガリ君達は大丈夫かしら?」

 

中庭はもちろん、城門は広範囲に渡って見るも無残に崩れ落ちてしまっていました。みよ子はもちろん、一行は城門近辺にいるはずのトンガリとギーシュのことを心配します。

 

「一緒に吹き飛ばしちゃったんじゃないでしょうね?」

「そんな……」

「その心配はないみたいよ。ほら」

 

ルイズの一言に五月が顔を曇らせますが、キュルケが指差す先の瓦礫に二人の人影がひょっこりと姿を現すのが見えました。

それは間違いなく、トンガリとギーシュの無事な姿です。

 

「トンガリくーん! ギーシュさーん!」

「あんた達、大丈夫ー?」

 

五月とルイズが呼びかける中、中庭を駆けてくる二人はずいぶんと憔悴した様子でした。

ギーシュはその手に蜃気楼鏡を抱えて階段をトンガリと駆け上がってきます。

 

「ひどいじゃないか! ブタゴリラ! 僕達まで吹っ飛ばすつもり!?」

 

トンガリは怒りや不満、様々な感情が入り混じった表情でブタゴリラに詰め寄ってきました。

いつものトンガリでは考えられない剣幕にブタゴリラでさえ圧倒されてしまいます。

 

「はははは……悪い、悪い。まあ、でも助かったんだから良いじゃねえか。あいつらだって一匹残らず吹っ飛ばしたんだからよ」

「笑って誤魔化さないでよ! まったく、加減ってものを少しは考えてよね!」

 

気まずそうにするブタゴリラですが、トンガリの怒りは収まりません。

 

「彼は怒るとああなるのかい? キテレツ君」

「はあ……」

「いつものトンガリじゃないナリ」

 

ギーシュも怖気づいてしまった激情したトンガリの姿にはルイズ達も呆気に取られてしまいました。

普段大人しい人間が怒ると、そのギャップの差で余計に怖く感じるのです。

 

「トンガリ君。ブタゴリラ君だってわざとやったんじゃないんだから」

「うん。わたし達を助けようとしてやったことだもの。許してあげて」

「さ、五月ちゃんがそう言うんなら……」

 

みよ子と五月がとりなすと、トンガリはようやく怒りを鎮めていきます。

 

「ギーシュさんやトンガリ君のおかげでわたしだってあんなに戦えたんだもの。本当に感謝してるわ」

「あのガーゴイルがあんなに戦えるとは僕も驚いたよ。君もよくあそこまで操れたものだね。悔しいが、僕のワルキューレじゃ歯が立たなかったかもしれないよ」

「はは……それほどでも……」

 

二人に褒められたトンガリは照れながらも頬を染めて笑いました。

カラクリ武者の活躍が無ければ囮が成功しなかったのは事実です。トンガリは大好きな五月をサポートするために必死に操作してあそこまで戦い抜いたのでした。

電磁刀を五月が使っている間は交信ができなかったので、それこそ無我夢中で五月を守ろうとがんばったのです。

 

「ラジコンとか動かすのは上手いからな。ま、それぐらいしか取り柄はないけどよ」

「何だよ。それじゃあ僕は役立たずだとでも言うの? 僕だってやる時はやるんだからね!」

「でも結局は壊されちまったんだろ?」

 

ブタゴリラの言葉に不機嫌になったトンガリが噛みつきますが、逆に痛い所を突かれてしまいました。

カラクリ武者がやられる場面を城壁から飛び降りようとしていたキテレツ達はしっかりと見届けていたのです。

 

「はいはい、長話はこれまでよ。早くトリステインへ帰りましょう。増援が来るかもしれないわ」

 

キュルケがパンパン、と手を叩いて一行の気を引きました。みよ子とタバサを助け出した以上、長居は無用です。

新手が来る前にここから逃げなければなりません。

 

「それじゃあ天狗の抜け穴を……」

「お前達がキテレツの一味か」

 

蜃気楼鏡をしまい、キテレツは早速天狗の抜け穴を用意しようとしますが、そこへ突然高く澄んだ声がかかりました。

その声はエントランスの入口の方から聞こえてきたもので、一行はそちらを振り向きます。

いつの間にか入口にはつばの広い羽根つき帽子を被った異国のローブを身に纏う男が立っていました。

 

「ビダーシャルさん」

 

今日は初めて目にすることになるエルフの姿にみよ子は目を丸くしました。

 

「エルフ……!」

「う……ほ、本物のエルフ……」

 

ルイズとギーシュはビダーシャルの人間とは異なる尖った両耳を目にして息を呑みました。

初めて目の当たりにするハルケギニアの人間が恐れる砂漠の異種族、エルフの姿に恐怖が生じてしまいます。

キュルケも険しい表情で唇を噛み締めていました。

 

「あれがセルフサービスってやつか? 本当に耳が長いんだな」

「せ、せるふ? さーびす?」

「エルフよ。ブタゴリラ君」

 

コロ助が首を傾げる中、みよ子がブタゴリラの言い間違いを訂正します。

 

「思っていたより全然怖くないね。ギーシュさんが言っていたのは大袈裟すぎたんじゃない?」

「い、いや……しかし、そういう噂ばかりが流れていたというだけでね……」

 

トンガリはどこか肩透かしを食らったようにため息をつきます。

ルイズ達が恐れおののく中、キテレツ達は初めて目にするエルフに恐怖や驚きといった思いは感じませんでした。

耳の形が違う以外は自分達人間と同じ姿のエルフにむしろ純粋な好奇心さえ抱いてしまいまうほどです。

 

「キテレツ君。この人があたし達をこの城に閉じ込めていたエルフのビダーシャルっていう人よ」

「この人が……」

「お前がジョゼフの言っていたキテレツという少年か。異国の技で作られた魔道具を数多く持っていると聞いている」

 

ビダーシャルはじっとキテレツの顔を観察するように見つめてきます。

 

「どうして僕のことを……」

「後で色々話すわ」

 

みよ子はキテレツにしがみつきながら服を握り締めました。

 

「ここの兵を、あれだけの数をお前達は倒したのか。しかし、まさかここまで早くこの城へやって来るとはな」

 

ビダーシャルは一行の顔を見回してどこか驚嘆としています。

数分前まで遥か西のサン・マロンの実験農場にいたビダーシャルはシェフィールドからの知らせを受け、天狗の抜け穴を通ってこの城に来たのです。

天狗の抜け穴の抜け道は城内にあるビダーシャルがタバサに飲ませるはずだった薬を製作するのに使っていた一室に用意されていました。

 

「お前はあの時の韻竜か。お前がその者達をここまで連れてきたのか」

「きゅい! そうなのね! お姉さまは返してもらうのね!」

 

シルフィードはタバサの体を抱き締めてビダーシャルを睨みつけます。

 

「だが、お前達をこの城より逃がす訳にはいかぬ。お前達二人をここで守れ、と約束をしているのでな」

 

ビダーシャルはタバサとみよ子の顔を見つめてきっぱりと言い放ちました。

タバサは杖を手に身構えます。

 

「……なら、無理矢理奪い返すだけよ! ファイヤー・ボール!」

「きゅいーっ! やめるのねーっ!」

 

既に呪文を唱えていたキュルケが素早く杖を抜きますが、シルフィードが慌てて声を上げました。

放たれた巨大な火球が一直線にビダーシャルに向かっていきます。炎が彼を包み込む、かと思われましたが……。

 

「……えっ!?」

 

突然、命中したかと思われた火球が行き先を180度反転させて跳ね返ってきたのです。

キュルケが驚く間にも自分が放った火球が目の前まで迫ってきました。

 

「キュルケ!」

「うわあああっ!」

 

キテレツ達が慌てて左右へ動いたり倒れこんだりする中、ルイズがキュルケに体当たりをして一緒に横へと飛び込みました。

外れた火球はそのまま中庭の上空で炸裂して火の粉を辺りに散らします。

エルフは涼しい顔で倒れこむ一行を見つめていました。

 

「やりやがったな! 長耳野郎め! これでも食らえ!」

「駄目、カオル」

 

憤慨していたブタゴリラが起き上がりますが、タバサが慌てて制止しようとします。

しかし、ブタゴリラは聞く耳を持たずに天狗の羽うちわを大きく振りかぶりました。

 

「うおりゃあっ!」

 

力いっぱいに叩きつけるように扇ぐと、今まで通りに強烈な突風が吹き荒れますが……。

 

「な!? うおわあっ!?」

「うわああああっ!」

「きゃああああっ!」

「きゅい、きゅいーっ!」

 

突風はエルフを吹き飛ばすどころか逆にブタゴリラにそのまま跳ね返ってきたのです。

何十人もの人間を軽々と吹き飛ばす威力の突風をまともに受けてキテレツ達は次々と天守の階段上から空中へと吹き飛ばされていました。

 

「レビテーション!」

 

空中に投げ出された中でタバサが即座に呪文を唱えると、一行はふわふわと中庭の上空に浮かんでいました。それからゆっくりと地上へ降下していきます。

 

「な、何がどうなってんだよ……?」

「羽根うちわの風が跳ね返ってくるなんて……」

「ふにゃ~……」

 

倒れこむキテレツとブタゴリラは呆気に取られていました。仰向けになっているコロ助は目を回してすっかり参っているようです。

 

「大丈夫? 五月ちゃん……みよちゃん……」

「何とか……」

「痛った~……」

 

五月はお尻を押さえてトンガリに答えます。

 

「い、一体何が起きたというんだね……」

「もしかして、エルフの先住魔法なの?」

「きゅい……あいつ、この城に宿る精霊の力を借りているのね。その力でシルフィ達の攻撃を全部受け止めて跳ね返しちゃうのね……」

「私もあれでやられた……」

 

タバサは自分がビダーシャルに捕らわれた時も同じようにしてやられたことを思い出します。

どんなに強力な攻撃もあのエルフには一切通じないのです。それはメイジの魔法でも、キテレツの発明品でも同じことでした。

 

「あたしの炎をあっさり跳ね返すなんて、やってくれるじゃない……」

 

キュルケは悔しげに舌を打って起き上がります。

 

「蛮人がこれほどの風を、その道具だけで起こしたのか……これもキテレツのマジックアイテムの力か」

 

階段をゆっくり降りてくるビダーシャルは羽うちわが起こした突風の威力に素直に驚いていました。

 

「近づかないで! あんたも小さくしてやるわよ!」

 

立ち上がったルイズが落ちている如意光を拾い上げると、ビダーシャルに突きつけました。

しかし、ルイズの言葉を無視するビダーシャルは足を止めません。

ルイズはスイッチを押して縮小光線を放ちましたが……。

 

「えっ?」

 

赤い光線はビダーシャルの数センチ手前で、まるで見えない壁にでも阻まれているかのように届きませんでした。

 

「如意光まで……」

「何て奴だ、ちきしょう……」

 

とっておきの発明品が通じない有様にキテレツは唖然としました。

如意光が効かないのはこれが初めてではなく、以前に戦ったことがある天狗の時もそうだったのです。

 

「無駄だ。蛮人の娘よ。お前がいかなる魔法や道具を使おうと、精霊の力を破ることはできない」

 

一番下まで降りてきたビダーシャルは淡々とルイズに告げていました。

ルイズは如意光を握ったまま恐る恐る後ろへ後ずさります。

 

「ルイズちゃん……!」

 

立ち上がった五月が電磁刀を手にルイズを庇うように前へ出てきました。

 

「バンジージャンプがどうしたってんだ?」

「それを言うなら蛮人だよ。僕達のことを馬鹿にしてるんだ」

 

こんな時でも言い間違いをするブタゴリラに突っ込んだキテレツは落としていたリュックとケースを拾います。

 

「何でバンバンジーで俺達が馬鹿にされてるっていうんだ?」

「ああもう! ブタゴリラは黙っててよ! こんな時にボケたりして! 時と場合を考えてよ!」

「俺だって好きでボケてんじゃねえ!」

 

喚くトンガリをブタゴリラが小突きました。

 

「こんな時に喧嘩なんてしないでよ! 何とかしないと、みんな捕まっちゃうわ……!」

 

キテレツと一緒に起き上がるみよ子が二人を叱りつけます。

 

(これがジョゼフの言っていた、異国の蛮人の子達なのか?)

 

ビダーシャルはこんな状況でも他愛の無いことで言い争いをするキテレツ達の姿に気が抜けてしまいます。

ジョゼフからは未知のマジックアイテムを使いこなす少年少女達という話を聞いており、実際にその力の一片を目の当たりにしていたので他の道具の存在もあって警戒はしていたのです。

しかし、ビダーシャルのキテレツ達に対する第一印象は、予想を完全に裏切るものでした。

少年とは聞いていましたがここまで子供だとは思っておらず、しかもこのような危機的状況でも間の抜けている姿を見て逆にビダーシャルの方が拍子抜けしてしまうほどです。

 

(無垢なる子供達、ということか。このような蛮人もいるのだな)

 

そして何より、キテレツ達はエルフであるビダーシャルに対して一切の種族的な恐怖や敵意を抱いておらず、むしろ好奇心があるということに驚いたのでした。

みよ子がビダーシャルのことを敬称で呼んだりしたことも呼ばれた本人にとっては初めての経験でもあったのです。

 

「シルフィードちゃんの魔法で何とかできないの?」

「無理なのね。精霊の力は全部あいつに取られちゃってるし、エルフみたいにすごいのは使えないのね」

「脱時機はもうエネルギー切れだし……」

 

キテレツが先ほど背負っていた脱時機は元々、完全に修理ができておらずエネルギーも十分ではありませんでした。

鉄騎隊達の動きを止めるのに残っていたエネルギーを使い果たしてしまい、もう使い物になりません。

 

「キテレツとその仲間達よ。この城は既に我が契約した精霊の力で満たされている。ここから外へ逃れることは不可能だ」

「きゅい……本当なのね。すごい強い風の力が広がってるのね」

 

精霊の力を感じ取れるシルフィードは城の周りに強力な風の壁が作られていることを察します。

これでは元の姿に戻り空を飛んで逃げることもできません。

 

「何でそんなことをするんですか? ビダーシャルさん!」

「これも侵入者を捕えよとジョゼフから命じられたことだ。お前の仲間達が友を助けようとするその心は我も認めよう。だが、お前達を逃がす訳にはいかない」

 

みよ子の言葉を一蹴してビダーシャルが前に踏み出てくるとルイズと五月も一歩後ろに下がっていました。

 

「先住魔法で作られた牢獄ってわけ……」

 

ギーシュは尻餅をついたまま動けず、隣に来たキュルケとタバサが杖を構えています。

 

「無駄な抵抗はやめろ。蛮人達よ。我はこの城を形作る石達とも契約をしている。この城に宿る精霊達は全て我の味方だ。お前達では決して我には勝てぬ」

 

ビダーシャルが警告をしますが、五月は電磁刀を握る両手に力が入りました。

 

「キテレツよ。我は無益な争いは好まぬ。抵抗はせずに大人しく我と共に来てもらいたい。友が傷つくのはお前とて望むことではあるまい」

「駄目よ! キテレツ君! ジョゼフはキテレツ君の発明品を狙っているの!」

 

みよ子は必死にキテレツの腕を掴んで叫びました。しかし、キテレツははっきりと頷くとビダーシャルの方を真っ直ぐに見つめます。

 

「ビダーシャルさん。僕の持っている発明品は僕の先祖の奇天烈斎様が託してくれた物なんです。それを悪人に利用させる訳にはいきません」

「……なるほど。確かに、大いなる力は時に災いをもたらす。お前の一族はどうやらここの蛮人達よりも遥かに高い技術を持っていると見た」

 

キテレツの言葉にビダーシャルは納得して頷いていました。

 

「キテレツ、天狗の抜け穴を。それを使って先にみんなで逃げて」

 

タバサは先頭へ出ると一行に呼びかけました。

ビダーシャルを少しでも足止めして一行をこのアーハンブラ城から逃がさなければなりません。

それが仲間を、友人達を守ると決めたタバサの覚悟なのです。

 

「帰る時はみんな一緒よ。もう誰も囮になんかさせないわ」

「そうよ! あたしは最後の最後まで諦めないわ!」

 

しかし、キュルケはタバサの肩を掴んできっぱりと言います。

友人を助けに来たキュルケもルイズも、一人だけを犠牲にして逃げるということはできませんでした。

 

「わたしの友達には指一本触れさせないわ! みんなで一緒に帰るんだから!」

「……そうか」

 

五月は電磁刀を構えて力強い口調でビダーシャルに言い放ちました。

ビダーシャルはそんな一行の決意を目にして、諦めたように息をつきます。

 

「石に潜む精霊の力よ。我は古き盟約に基づき命ずる。礫となりて我に仇なす敵を討て」

 

両手を振り上げたビダーシャルが朗々と呟きました。

すると、ビダーシャルの背後の階段の石が次々にめくれ上がり、文字通りに無数の石礫となって宙に浮かび上がりました。

 

「何!?」

「き、来たーっ!」

 

腰が抜けて立てず尻餅をついたままのギーシュは薔薇の造花を振り回しますが、もう精神力を切らしているので魔法は使えません。

石礫は次々とルイズ達目がけて猛烈な勢いで飛来してきました。

 

「エア・シールド!」

 

タバサが風の障壁を作り出しますが、完全に受け止めることはできずに何発かが貫通してしまいます。

 

「えいっ! はあっ!」

 

タバサと並ぶ五月が電磁刀を振るって次々と礫を打ち返していきました。

キテレツ達はタバサと五月の防御が及んでいるすぐ後ろにまでやってきます。

 

「きゅい! サツキちゃんの剣、精霊の力を散らしているのね! すごいのね~!」

 

シルフィードは五月の電磁刀が石礫に宿る精霊の力が散らされていることを察しました。電磁刀で打ち返された後はただの石になって動かなくなっているのです。

ビダーシャルも同じように気付いたのか、険しい顔を浮かべていました。

しかし、礫による攻撃を緩めずさらに片手を振り上げだします。

 

「な、何だよありゃあ!?」

「うわあっ! 危ないよ! 五月ちゃん!」

 

ブタゴリラとトンガリだけでなく一行が驚いたのは、さらに大量の階段の石がビダーシャルの頭上に集まり出すと一瞬にして数十倍もの巨大な岩の塊が現れたからです。

確実に直径20メートルはある巨岩はビダーシャルが手を振り下ろすと真っ直ぐにキテレツ達に向かって飛んできました。

 

「パワー全開……!」

 

電磁刀の鍔のダイヤルを目一杯に回した五月は眩い光を放つ電磁刀を頭上の前にかざして構えます。

パワーを最大にした電磁刀と、タバサの風魔法を容易く突き破った巨岩がぶつかり合いました。

 

「サツキ!」

「五月ちゃん!」

「んっ……! んんんっ……!」

 

腕に巻いたままの万力手甲によって腕力が増幅され、パワーも最大にしているのにも関わらず五月は受け止めるだけで精一杯でした。

以前に防いだフーケのゴーレムのパンチさえも受け止めるどころか押し返せていたのですが、先住魔法の力が相手ではそれをすることができません。

五月は何とかその場で踏ん張り、持ち堪えるのですが……。

 

「電磁刀が……!」

 

何と、巨岩を受け止めていた電磁刀の刀身に微かですがヒビが入りだしたのです。

これほどの強力な攻撃を受け止めたおかげで耐久力が限界に達しようとしていたのでしょう。

五月が狼狽する中、電磁刀のヒビは徐々に大きく広がっていきました。

 

「まずい! あのままじゃ壊れちゃうよ!」

「キテレツ! 何とかしろよ! あのままじゃやべえぞ!」

「そうだよ! 五月ちゃんを助けてよ~!」

「うわあ! 何とかしろって言われても、何にも攻撃が効かないんじゃ……! 如意光だって効かないのに……!」

 

取り乱すトンガリに思い切り肩を揺すられてキテレツは困惑しました。

先住魔法の力がここまで強力だったとは思わず、どうすればこの危機を乗り越えられるのか考えが咄嗟に浮かびません。

 

「この長耳野郎! これでどうだ!」

 

ブタゴリラは居ても立ってもいられず、斧槍をビダーシャルに投げつけました。

しかし、投げ放たれた槍はビダーシャルに達する直前でピタリと止まって地面に落ちてしまいます。

それどころかビダーシャルはブタゴリラの攻撃を意に介してはいませんでした。

 

「んんっ……」

「サツキ! ……このっ!」

 

必死に押し返そうとする五月にルイズは如意光をかざしてスイッチを押しました。

赤い縮小光線によって押し潰そうとしていた巨岩は見る見るうちに小さくなっていき、握り拳大の大きさへと縮んでいきます。

 

「ありがとう、ルイズちゃん……」

 

小さくなった岩が足元に落ちると、五月は軽く息を切らしてルイズを見つめます。

 

「何と。ジョゼフの言っていた大きさを変えるという杖か……! ここまでとは……」

 

巨岩を小さくされた光景を目の当たりにしたビダーシャルは驚嘆としてしまいます。

しかし、攻撃の手を緩める訳にはいかずにさらに手を振り上げると新たに精霊の力を使うべく呪文を唱えようとしました。

 

「五月ちゃん!」

「サツキ!」

 

五月はチカチカと点滅をしているひび割れた電磁刀を横に構えたまま突然駆け出し、ビダーシャルへ一直線に突き進んでいきます。

相手の攻撃が止んだ今この瞬間がチャンスだと見て一かバチかの勝負に出たのです。

 

「タバサ!」

 

タバサも五月の後を追って駆け出していました。

 

(サツキ……イーヴァルディ……!)

 

タバサは幼い頃に母によく読んでもらっていた大好きな本があります。そのタイトルは『イーヴァルディの勇者』と言いました。

その物語は始祖ブリミルの加護を受けた勇者が剣と槍を手に様々な怪物や敵を倒していく平民向けの英雄譚です。

今のタバサにとってキテレツ達はその物語に登場する勇者のように感じるようになっていました。

イーヴァルディとは主人公の名ですが、勇者そのものではありません。主人公が心の内に秘めている様々な思いが勇者とされているのです。

その思いとは大切な人を救いたい、という衝動や決心、命を賭けてでも敵に挑もうとする勇気こそが主人公の心に住む勇者なのです。

 

キテレツ達の心にはかけがえのない友人達を助けるために危険を顧みず、どのような敵が待ち受けようと行動を起こす勇気……勇者が間違いなく住み着いているのは間違いありません。

その勇者の存在を、先ほどまで囚われの身だった中で救い出されたタバサは確信していたのです。

この小さなイーヴァルディの勇者達を、帰るべき場所がある孤独な子供達を何としてでも守りたいとタバサは強く決心していました。

 

「サツキ! ……ファイヤー・ボール!」

 

ルイズは自分の杖を取り出してビダーシャルに突きつけました。

手を振り上げるビダーシャルは今にも新たに先住魔法を使って五月達を攻撃しようとしています。

 

「ぬっ!?」

 

突然、ビダーシャルのすぐ目の前で閃光を放ったかと思われた途端に轟音と共に爆発が起きていました。

顔を腕で覆うビダーシャルは精霊の力によって守られているのにも関わらず爆風に煽られてしまったことに戸惑いが隠せません。

 

「はっ! ……やあああああっ!」

 

爆風の土煙を五月は高く跳躍して飛び越え、くるりと宙で華麗に一転すると高く振り上げた電磁刀をビダーシャルに叩きつけました。

咄嗟にビダーシャルが手を突き出すと振り下ろされた電磁刀を受け止めます。

 

「精霊の力が……!?」

 

点滅しながらも眩い光を放つ電磁刀はあらゆる攻撃を防ぎ跳ね返す精霊の守り――カウンターの障壁とぶつかり合っても跳ね返されることはありませんでした。

それどころか電磁刀が触れている部分から障壁が徐々に削り取られ、散っていくのです。

ビダーシャルは今度ははっきりと驚愕の表情を浮かべていました。

 

「きゅい! あいつを守ってる精霊の力がどんどん無くなっていくのね! サツキちゃんのあの剣、とってもすごいのね~!」

 

電磁刀が発する強力な磁場は精霊の力を歪めるだけでなく、その力を拡散させているのがシルフィードにも分かりました。

 

「いけっ! 五月! やっちまえ!」

「サツキ!」

「五月ちゃん! がんばって!」

 

ルイズ達が応援する中、五月の電磁刀は徐々にビダーシャルの防御を崩していきます。

見えないはずの障壁が電磁刀と干渉しているおかげで一行の目にもはっきりと崩れていくのが分かりました。

 

「く……!」

 

しかし、ビダーシャルの防御を切り開いていく度に電磁刀の刀身のヒビはますます大きくなっていきます。

最初は真ん中に少しヒビが入っていたのが上下に広がっていき、やがてそれが刀身の先端と根元にまで達すると……。

 

「きゃあっ!」

 

バリン、とガラスが破裂するような音と共に電磁刀の刀身は粉々に砕け散ってしまいました。

吹き飛ばされた五月は地面に投げ出されてしまいます。

 

「五月ちゃん!」

「サツキ!」

 

倒れこむ五月に一行が駆け寄りますが……。

 

「ウィンディ・アイシクル!」

 

タバサは呪文を一瞬で唱えると、間髪入れずに無数の氷の矢を放ちます。

今の電磁刀の攻撃によってビダーシャルの防御にはっきりと穴が開いたのが分かりました。

攻撃が通じるのは今しかないと見たタバサは確実にビダーシャルを戦闘不能にするべく大技を繰り出したのです。

 

「ぐっ……!」

 

新たな精霊の守りを作り直す暇さえも無く、ビダーシャルの両手、両腕、両肩、両足と鋭い氷の矢が突き刺さっていきました。

 

「エア・ハンマー!」

 

さらに追撃を仕掛けて一気に距離を詰めたタバサは腹に押し当てた杖から突風の槌を叩きつけます。

豪快に吹き飛ばされたビダーシャルは階段の残骸が転がる瓦礫へと叩きつけられました。被っていた帽子も脱げてしまいます。

 

「ぐ……」

 

倒れこむビダーシャルは激痛に堪えつつも何とか体を起こしました。

しかし、両足もやられているせいで立ち上がることができません。

 

「これが……キテレツのマジックアイテムの力……なるほど……」

 

ビダーシャルが感じていたのは自分を打ち破った者達への賞賛の思いです。

まさかエルフである自分が蛮人である人間に敗れるなどとは思っていなかっただけに初めての敗北に戸惑いつつも、自分を負かした者達の力を認めざるを得ませんでした。

 

「……大丈夫ですか? ビダーシャルさん」

 

キテレツ達が五月を介抱していた中でみよ子がビダーシャルに近づいてくるなり心配そうに声をかけてきます。

ビダーシャルは怪訝そうに顔を顰めてみよ子の顔を見上げました。

 

「ミヨコよ。何故、我を気にかける? 我はお前達の敵なのだぞ」

「そうだぜ? みよちゃん。どうしたんだよ」

「ビダーシャルさんは悪い人じゃないわ。この人はジョゼフに命令されていたから仕方なくやっていたのよ。そうなんでしょう?」

 

首を横に振るみよ子の言葉にビダーシャルもキテレツも呆気に取られます。

ビダーシャルが単なる悪人ではない、ということはみよ子も初対面の時に察してはいました。

みよ子達を閉じ込めていたとはいえ、決して乱暴には扱ったりせず、ジョゼフに対しても好き好んで従っている訳ではないことも態度で察することができたのです。

 

「ふ……お前のような無垢なる蛮人がいるとはな……」

 

微かに笑みを浮かべてビダーシャルは俯きます。その表情はいつになく穏やかなものでした。

 

「……行くがいい。この程度の傷は精霊の力で癒せる……我の負けだ」

 

心配そうに見つめてくるみよ子は困惑しつつもビダーシャルから離れようとします。

 

「待て、ミヨコよ。これを返そう……お前達の物だろう」

 

傷ついた手を震わせながらも何とか動かして懐の中を探るビダーシャルは赤い塊を取り出しました。

 

「それ、天狗の抜け穴……」

「我には必要のないものだ。本来持つべき者が手にする品だ……」

 

ビダーシャルが回収していた天狗の抜け穴のテープが纏められたものを差し出され、みよ子はそれを受け取ります。

 

「天狗の抜け穴! それ使って早く帰ろうよ! もう嫌だよ、ここにいるのは! 五月ちゃんだって休ませないといけないんだから!」

 

喜びながら叫ぶトンガリは手を取って起こしていた五月の手を握り締めます。

一行も賛成したように頷くと、みよ子は天狗の抜け穴を持ってキテレツ達の元へと戻ってきました。

 

「忠告する。キテレツ達よ。ガリア王ジョゼフは冷酷な男だ。決してこれでは終わらんだろう。心するがいい……」

 

天狗の抜け穴のテープを地面に貼る中、ビダーシャルが声をかけてきます。

 

「ビダーシャルさん……分かりました。さあみんな、帰ろう」

 

キテレツはビダーシャルからの言葉にはっきりと頷きました。

準備が完了すると一行は次々と天狗の抜け穴の中へと飛び込んでいきます。

 

「何してるの、タバサ?」

「痕跡は残さない」

 

気絶しているコロ助を抱きかかえていたシルフィードが飛び込んだ中、タバサとキュルケは最後に残っていました。

タバサは杖を使って天狗の抜け穴を包み込むようにして土をかけていきます。

錬金で土を油に変えると、さらに発火の呪文を唱えて解放するのを留めました。

二人が一緒に天狗の抜け穴に飛び込んだ瞬間、発火の魔法が解放されて油に引火します。

油に包まれていた天狗の抜け穴は見る見るうちに炎に包まれ、やがて跡形もなく燃え尽きていました。

これで誰もキテレツ達を直接追いかけてくることも、敵地に残した天狗の抜け穴を回収することもできなくなるのです。

 

「未知の異国の蛮人の子達か……。大いなる意思よ……無垢なる彼らと出会えたことを感謝する……」

 

一人残されたビダーシャルは静かに呟くと黙祷を捧げました。

 

 



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ホームでシクシク? みんな会いたい、ボクらのママナリ

♪ お料理行進曲(間奏)



コロ助「タバサちゃんがママと一緒にスヤスヤ寝てるナリ」

キテレツ「やっとお母さんとゆっくりできるからね。そっとしてあげようよ」

コロ助「ワガハイも早くママに会いたいナリ……今頃、心配してるナリよ~……」

キテレツ「みんなだってそうなんだよ。早く新しく冥府刀を作らないとね」

キテレツ「次回、ホームでシクシク? みんな会いたい、ボクらのママナリ」

コロ助「絶対見るナリよ♪」



既に夕刻であるため魔法学院の中庭もかなり薄暗くなっています。

人気のほとんど無い中庭の一角に建つコルベールの研究室の小屋の傍にキテレツ達は集まっていました。

 

「きゅい、きゅ~い! シルフィ、本当に瞬間移動しちゃったのね~!」

「う~む……僕達は本当に帰ってきたのか……夢じゃないよな……? たったこれだけであんなに遠くから帰ってくるなんて……」

 

小屋の壁にはキテレツが出発前に用意していた天狗の抜け穴が貼ってあり、一行はここを通って遥か東のアーハンブラ城から戻ってきました。

初めて体験した天狗の抜け穴による瞬間移動にシルフィードもギーシュも驚き、戸惑っています。

 

「どうしたのよあんた達。何してたの?」

「ま、ちょっとね。あたし達が向こうにいた証拠を消してきたわ」

 

最後に遅れて出てきたタバサ達にルイズが気になって声をかけますが、キュルケは軽く流しました。

 

「う~ん……こ、ここは……? あれ? 何でワガハイここにいるナリ?」

 

草地の上に寝かされていたコロ助がようやく目を覚ましだしますが、周りをきょろきょろと見回して困惑します。

 

「コロちゃん。大丈夫よ、もう終わったわ」

 

みよ子がコロ助を抱き起こして頷きました。

 

「コロ助は気絶してたんだから良いよね……楽ができて」

「お前が呑気に寝てた間、俺達はあの長耳野郎相手に大変だったんだからな」

「ブタゴリラは全然役に立ってなかったじゃない」

「人のこと言えんのか! このっ!」

 

同じように地べたに座り込んでいたブタゴリラとトンガリですが、帰ってきて早々に性懲りもなくまた諍いを始めてしまいます。

 

「もう、ケンカなんかやめなさいよ。みんな疲れてるんだから」

 

ブタゴリラはトンガリの首を腕で締めあげて頭に拳をねじ込みますが、それを止めたのはルイズでした。

ルイズだけでなく、タバサ以外の全員がその場で憔悴しきったようにへたり込んでいるのです。

アーハンブラ城での救出活動は一時間とかかっていないはずなのに、それ以上の時間を費やしたようにみんな疲れていました。

 

「それだけ色々と大変だったんだよ。でも、みんな無事に戻れて良かった」

 

天狗の抜け穴のテープを剥がすキテレツもため息をついて全員の顔を見回しました。

 

「ごめんね、キテレツ君。電磁刀をこんなにしちゃって……」

 

腕に巻いたままだった万力手甲を外す五月は申し訳なさそうに刀身が無くなってしまった電磁刀を差しだします。

今まで五月を支えてくれていた頼りになる武器は度重なる激戦が続いたおかげで無残な姿となってしまったのでした。

 

「良いんだよ。電磁刀もカラクリ武者だってまた作り直せるんだから。僕達が帰れたのは五月ちゃんがあんなにがんばってくれたおかげなんだよ」

 

五月がギーシュのワルキューレやカラクリ武者と一緒に何百体もの鉄騎隊を相手に囮を引き受け、エルフの強力な先住魔法の攻撃を退け、防御を崩してくれなければ今ここにはいないのです。

 

「とってもかっこ良かったよ、五月ちゃん」

「エルフの先住魔法に勝っちゃうなんて驚きよ。本当にイーヴァルディの勇者みたいだったわ、サツキ」

 

トンガリは惚れ惚れと五月を見つめ、キュルケもその活躍を讃えます。

 

「五月ちゃんがあのお兄さんをやっつけたナリか?」

「そうだよ、コロ助君。ミス・サツキはまさにワルキューレと呼ぶに相応しかったよ。光輝く剣を掲げるあの勇姿を思い浮かべるだけで……う~ん! たまらないっ! あの華麗で、気高き勇姿、ずっと僕の脳裏に焼き付けるよ!」

 

五月の勇姿を唯一見届けていないコロ助に説明するギーシュですが、自分の体を抱き締めて一人で酔い痴れて勝手に盛り上がります。

そんな彼の姿に一行は呆れてため息をつき、五月は微妙な苦笑を浮かべています。

 

「わたしだけじゃないわ。タバサちゃんやルイズちゃんだって一緒にがんばってくれたんだもの。ね?」

 

屈みこむ五月はルイズの手を取って満面の笑顔を浮かべましたが、当のルイズは恥ずかしそうに頬を染めて視線を逸らしました。

 

「あたしもびっくりしたわ。まさかルイズに助けられちゃうなんて。ご先祖様達が聞いたらどんな顔するのかしら」

「あ、あ、あれは……か、勘違いしないでよね! 本当だったらラ・ヴァリエールがツェルプストーを助けるなんてあり得ないんだから!」

 

ニヤニヤと笑っているキュルケにルイズは慌てふためいてしまいます。

咄嗟のことだった上に状況が状況だったので気にはしませんでしたが、二人は先祖の因縁など忘れて仲間を助け、目的を果たすために力を合わせたのです。

特にルイズの方から積極的にキュルケを助けたという事実が、助けた本人にとっては恥ずかしく感じられてしまうのでした。

 

「ルイズちゃんが助けてくれなかったら、わたしもきっとやられてたわ。ありがとう、ルイズちゃん」

「ん……」

 

五月はルイズの両手を握って心からの感謝を口にします。

ルイズはキュルケやタバサ、ギーシュのように魔法こそ使えなくても自分にできることを精一杯に行ってキテレツや仲間達と力を合わせて戦ってくれたのです。

キテレツの如意光や魔法の失敗とはいえ、爆発で五月を助けてくれたことは紛れもない事実でした。

 

「お姉さまも、あのエルフにリベンジができたのね~。これもサツキちゃんのおかげなのね」

 

シルフィードはタバサの体を嬉しそうに抱き締めます。なすがままのタバサはそっと目を伏せていました。

 

「みんなの活躍があったからこそだよ。でなきゃここまでやれるはずがないよ」

 

キテレツの言う通り、今回は全員がそれぞれ自分ができることを精一杯にやり遂げたからこそ、危機を乗り越えられたのです。

囚われになっていた時のみよ子でさえキテレツ達を導いてくれたので短時間で助けだすことができました。

 

「ルイズちゃんは何でそんなに恥ずかしがるナリか? お城の中でもカラクリ人形相手にいっぱいがんばってたナリよ」

「そうよお? ルイズにしてはとても良くやったんだから、もっと誇らしくしたら?」

「う、う、うるさい! うるさい! あんたは黙ってなさい!」

 

顔を真っ赤にしてルイズは必死に怒鳴りますが、素直になれず照れ隠しをしているその姿がとっても滑稽に見えてしまいます。

 

「本当に素直じゃねえ奴だな」

「あはははははははっ!」

 

五月もキテレツ達もアーハンブラ城での緊迫感からようやく解き放たれて安心したこともあってか大笑いをしていました。

 

「一体何事だね? ……やあ、君達じゃないか。どうしたんだね、そんな所で」

 

その時、小屋の扉が開くと中からコルベールが現れました。

 

「ミスタ・コルベール」

「コルベール先生」

「ミス・タバサも一緒なのかね。キテレツ君から聞いているよ。なんでも君の母君がご病気だそうだね」

 

コルベールは一行の中にタバサの姿を見つけて目を丸くします。

タバサの母親が心を病んでいることまではコルベールは聞かされていませんでした。

 

「それより何で寝巻のままなんだね?」

「ま、こちらも色々ございまして。お気になさらずに。ミスタ・コルベール」

 

首を傾げるコルベールですがキュルケが間に入って話を流させました。

 

「それで先生。薬の方は大丈夫ですか?」

「うむ。ここまで進んだ所だよ。今、調合を行っている真っ最中でね。明日の朝には次に移れるはずだよ」

 

コルベールはキテレツからの指示を記してあるメモの紙を取り出してそれを見せました。

そこには丸く囲ってある文がいくつもあり、それが作業工程がどれだけ進んだのかを示しています。

キテレツから代理で頼まれていた魔法の解毒薬の調合を今日まで続けていたコルベールでしたが、その作業の最中に研究室の外がやけに賑やかになったことに気づいて出てきたのでした。

 

「どうもありがとうございます、先生。それじゃあ、その時にまた道具とかを借りに来ますね」

「ああ。君達もやけに疲れてるようだね。今日はゆっくり休むといいよ」

 

キテレツ達が国境を越えてガリア王国へ乗り込んだ挙句、最果ての地のアーハンブラ城まで向かったことなどコルベールは知る由もありません。

 

「ひとまずルイズちゃん達の寮へ行こうか」

 

コルベールからの労いを聞いた一行は本当に疲れた様子でそれぞれ起き上がり、キテレツの後に続きます。

塔に向かっていく一行を見送ったコルベールは自分の研究室へと戻っていきました。

 

「あら、ルイズにキュルケ。それにタバサ達まで……」

 

道中、中庭で一人の女生徒と鉢合わせをしました。ルイズ達と同じ学年のモンモランシーです。

ぞろぞろと中庭を歩いているキテレツ達一行の中にこの数日姿を見なかったギーシュがいることに気が付いた彼女は不機嫌になりつつも声をかけてきたのでした。

 

「こんちわ、え~と……洪水の、何だっけ?」

 

ブタゴリラが挨拶をしようとしますが、名前を覚えていないどころか二つ名さえも言い間違えてしまいます。

モンモランシーは明らかに不快な顔をして苦笑いをしながら頭を掻くブタゴリラを睨みました。

 

「こらこら、失礼じゃないか! ブタゴリラ君! 彼女の二つ名は、香水! 香水のモンモランシーだよ! ちゃんと覚えておきたまえ!」

「あらギーシュ。あなたもいたの」

 

ギーシュがブタゴリラを叱りつけると、モンモランシーはわざと彼の存在を認識したように装って素っ気なく声をかけます。

 

「あんた達、一体授業さぼって今までどこへ出かけてたのかしら? この間だってどこかへ出かけてたけど……」

 

モンモランシーはルイズ達の顔を見回します。一行がアルビオンへ向かっていた時に生徒達の間ではルイズ達が休んで外出をしていた理由について密かに噂にされていたのでした。

さらには今回もまたどこかへ無断外出していたので、一体どこへ何をしに出かけたのか噂がさらに広まったのです。

 

「何、大したことじゃないさ。ちょっと彼女らとガリアまでひとっ飛びね……痛だだだだっ!」

 

口の軽いギーシュが造花を片手に得意げに話そうとしますが、ルイズがその耳を力いっぱいに引っ張ります。

 

「な、何するんだね!? ルイズ!」

「今回のことは絶対に内緒よ……! 分かってるでしょうね……!? 言いふらしたりしたらタダじゃ置かないわよ……! もしバラしたりしたらキテレツの如意光で小さくして踏み潰してやるわよ……!」

 

ルイズは厳しい視線と表情でギーシュの耳元で囁きました。

タバサの素性やプライバシーにも関わるので、今回のことは誰にも話すことはできません。

 

「わ……分かったって……安心したまえよ……僕はこれでも口は堅いんだ……」

「何をコソコソ話してるのよ。ま、別に良いけどね。ギーシュがあんた達とどこへ出かけてたってわたしには関係ないもの。その平民の娘とせいぜい仲良くしてたら?」

 

ちらりと五月に視線を向けたモンモランシーですが、五月は彼女から睨まれて逆に困惑します。

モンモランシーはギーシュが自分にも言わないような口説き文句を言ったり、一緒にいたりする時間が割と多い五月に内心嫉妬していたのでした。

 

「おおい! 待ってくれたまえよ! モンモランシー! ミス・サツキのことはその勇姿を讃えただけで、そんな親密な関係じゃないんだよ! 僕が一番愛してるのはモンモランシー! 君だけさ! 僕は君への永遠の奉仕者なんだからね!」

「それじゃ、わたし忙しいから」

 

冷たくツンと澄まして離れていくモンモランシーをギーシュは歯の浮くような口説き文句を次々と吐き出しながら追っていきます。

キテレツ達は呆れ果てながら二人を見送りました。

 

「本当に懲りねえ奴」

「あれじゃストーカーだよ……」

 

ブタゴリラと共にため息をつくトンガリにキテレツ達も納得します。

 

「でも見上げた根性よねえ? モンモランシーもまんざらじゃなかったみたいだけど」

「きゅい、きゅい! 発情期のオスなのね!」

「勉三さんがユキさんにフラれちゃった時とは大違いナリね」

「あ、言えてるかも」

 

キュルケは肩を竦めますが、コロ助の言葉にトンガリが思わず失笑しました。

 

「もう放っておきましょうよ」

 

痴話喧嘩を続ける人間を相手にするのも面倒だと言いたげに、ルイズは軽く手を振り歩きだします。

 

「でも本当に大丈夫かしら? ギーシュって口が軽いし……」

「あんまり信用できないわね」

 

お喋りなギーシュの性格を知っている二人は今回の件をうっかり話してしまわないかとても心配していました。

 

「もしもの時はど忘れ玉か、忘れん帽でも使ってみるよ」

「それってもしかして、人の記憶を消しちゃうとか……そんな道具?」

「五月ちゃん、よく分かったわね」

 

キテレツの提案に対して呟いた五月にみよ子が驚きます。

 

「名前からしてそうなのかなって思っただけなんだけど……そうなのね?」

 

またも初めて聞くキテレツの発明品でしたが、どのような効果があるのか実際に使われるまでは想像したりもするのです。

 

「へえ。じゃあ、ギーシュの記憶からガリアに行ってきたことだけすっかり忘れさせられるのね?」

「良いじゃないの、それ」

「忘れん帽のシリンダーは三つあるし、万が一言い触らされてもこの学院にいる人達の数だったら十分足りるよ」

 

嘆息するルイズとキュルケにキテレツはしたり顔で言いました。

人の記憶を吸い取って付属のシリンダーに保管できる忘れん帽ならギーシュがうっかり口を滑らせてしまったとしてもタバサの秘密を守ることができるのです。

 

「おお……シャルロット様!」

 

キテレツ達が女子寮の入口までやってくると、ちょうど中から出てきたのはタバサの実家の執事で、今は学院に身を置くペルスランです。

ペルスランは無事だったタバサの姿を目の当たりにしただけで感極まった表情を浮かべだしました。

 

「よくぞご無事で……! お嬢様をお救いしていただき、皆様には何とお礼を申し上げれば……」

「良いの良いの、そんなに畏まらなくたって。それよりどう? タバサの母君のお世話はできてる?」

「はい。ツェルプストー様のお計らいのおかげでございます」

 

出発前にキュルケがペルスランのことをタバサが専属の執事を連れてきたと学院の給仕達に話していたおかげで彼は不自由なく動くことができたのです。

 

「タバサちゃんのお母さんのお世話ができるように、キュルケさんが学院のメイドさん達と話し合ってくれたのよ」

 

五月に説明されたタバサは微かですが安堵の表情を浮かべていました。

囚われている間も母のことを気にかけていたのですが、何も問題は無いと知って心底安心します。

 

「母様は?」

「奥様はたった今、お休みになられました。私はこちらの宿舎でお世話になっておりますので、ご用命の際はいつでもお呼びくださいませ。では……」

 

深く一礼をしたペルスランはタバサが無事であったことも含めて、嬉しさに満ちた顔のまま一行の横を通り過ぎていきました。

 

「きゅい、きゅい! それじゃあシルフィはここでバイバイなのね! お姉さま、今日はゆっくりお休みするのね! シルフィも子守唄を歌いに行ってあげるから! きゅい!」

 

唐突にはしゃぎだしたシルフィードは変身で変わっていたその姿を元の風竜へと戻していきました。

 

「キテレツ君! サツキちゃん! みんな! お姉さまを助けてくれて、シルフィとっても感謝感激なのね! また一緒に空を飛びましょうなのね! きゅいーっ!」

 

喜びと感謝の言葉を伝えて竜の嘶きを上げると、広げた翼を羽ばたかせて空へと舞い上がりました。

シルフィードが飛び去っていくのを見届けた一行は寮の中へと入っていきます。

 

「タバサ、あなたは母君の所へ行ってらっしゃいな」

 

寮塔を上がっていくと、ルイズ達の部屋がある階でキュルケがタバサの肩に手を置いて頷きました。

 

「そうよ、タバサちゃん。せっかくお母さんと一緒になれるんだから」

「それが良いよタバサちゃん」

「母ちゃんが病気だったら、なおさらちゃんと親孝行しないと駄目だぜ。せっかく親子水知らずになれるんだから野暮なことはしねえよ」

「それを言うなら親子水入らずでしょ」

「タバサちゃんはずっとお母さんに会いたがってたんだもの。しばらく二人きりでいるといいわ」

 

呆然とするタバサにキテレツ達も次々と促してきました。

大好きな母親を亡命させることに成功したのですから、まだ話せなくても一緒にいる時間を作らせてあげたいという、友人としての気遣いです。

 

「……ありがとう」

 

一行の顔を見回したタバサは小さく俯くとぽつりと礼を一言呟き、階段をさらに上がろうとします。

 

「本当に、ありがとう……」

 

足を止めて振り返ったタバサは再び一行を……特にキテレツ達を切なそうに見つめて改めて感謝の言葉を口にしていました。

 

「どうしたの? サツキ」

 

階段を上がっていくタバサをじっと微笑を浮かべつつ見つめ続ける五月にルイズが声をかけます。

 

「うん……お母さんとやっと一緒になれて良かったな、って思って。まだ話すことはできないけど、それだってもうすぐなんだもの」

「ママとお話ができるようになったら、きっといっぱい甘えちゃうナリよ」

「僕も早いとこあの薬を完成させないとね」

 

キテレツが作成中の解毒薬が完成すれば何年もまともに話せなかった肉親と本当の意味で再会することができるのです。

その瞬間が訪れればきっとタバサは嬉しさのあまり泣き出してしまうかもしれません。

タバサの辛い境遇を考えれば、もうすぐ叶う肉親との再会にキテレツ達は共感してしまうのです。

 

(サツキ……?)

 

五月の横顔を見つめていたルイズはその表情に何か違和感があることに気づきます。

タバサにこれから訪れる幸福を五月も一緒に喜んでいるのは見るからに明らかではありますが、同時にその表情がどこか切なそうにしているのが窺えました。

まるで母親と会えるタバサを羨ましがっているかのような寂しさが見え隠れしているのです。

 

 

「はぁ~、しんどかった……」

「疲れたナリ~……」

 

ひとまずルイズの部屋へやってきた一同の中、トンガリ、コロ助はぐったりとまた床に腰を下ろしていました。

みよ子とキュルケも椅子に、ルイズはベッドに腰かけます。

 

「やれやれ、これでやっと落ち着けるな」

 

ブタゴリラもずっと背負っていたリュックを床に下ろしていました。

 

「みんな本当にありがとう。あのままずっと捕まってたら、タバサちゃんもお母さんと同じにされちゃってたわ」

「何ですって?」

「どこまでえげつないのよジョゼフって……タバサにまで同じ仕打ちをしようとするなんて」

 

感謝するみよ子の言葉にキテレツ達、特にキュルケは露骨に嫌悪の表情を浮かべます。

 

「けれど、もう安心だわ。ここまで来れば向こうだって手出しできないものね」

「うん。後は薬を完成させてお母さんを元に戻してあげるだけだよ」

 

タバサまでもが母と同じ運命を辿らずに済んだので五月も安心していました。

 

「でも、ずっとこの学院に置いておくってわけにもいかないし……どこかもっと安全な場所に移しておかないといけないわね」

「それはタバサの母君が正気に戻ってから考えましょう」

 

薬の完成までまだ一週間はかかるので、それまではタバサの母親はこの学院で匿うことになります。

まさかガリアも大胆に外国の魔法学院を襲撃してまで亡命した二人を捕まえるなどということまではしないと思われます。

 

「ところでキテレツ君。大事な話があるの。タバサちゃんが話してくれたことなんだけど……」

「お、聞かせてくれよ。みよちゃん」

「一体何ナリか?」

 

みよ子が真剣な表情になって切り出し始めたのでキテレツ達は注目して話に耳を傾けます。

キテレツ達にみよ子はタバサからアーハンブラ城で聞かされた様々な話を次々に告げていきました。

 

「……汚いわね。人質同然の母君の治療を餌にするだなんて」

「そんな約束を守っていたかどうかも怪しいわ」

 

ガリア王国はタバサの母親を治療することを条件に命令を下し、キテレツの発明品を手に入れようとしていたことを聞かされて唸ります。

キュルケは親指の爪を噛んで顔を顰めていました。

 

「でもキテレツ君が薬を作っていたから、お母さんを亡命させる道を選んだのね」

「とっても良い子ナリ」

「下手したら、あの子が僕達の敵になってたってことかあ……」

 

タバサが反旗を翻したことで今まで通りに友人として付き合うことができましたが、トンガリの言う通り最悪の場合はタバサと敵対していた可能性もあったのです。

しかし、それも人質になっている母親を守るためだったのです。命令に逆らえばきっと命は無かったことでしょう。

 

「けど、何でガリア王国が僕の持ってる発明品のことを知ってるんだろう?」

「それもちゃんと理由があるの。タバサちゃんに命令をした人は、あのシェフィールドっていう人なのよ」

「シェフィールド……? シェフィールドですって!?」

 

みよ子の口から出た名前にルイズが驚き、立ち上がりました。

 

「誰だっけ、そいつ」

「忘れたの? 熊田君。ほら、アルビオンへ水の精霊の指輪を取り返しに行った時に、クロムウェルの近くにいた人じゃない」

「ああ、確か怖そうなオバさんだったっけな」

 

完全に忘れていたブタゴリラに五月が説明しますが、よく覚えていないブタゴリラはどんな顔をしていたのか思い出せません。

 

「タバサちゃんが言ってたんだけど、シェフィールドはジョゼフの側近らしいんですって。レコン・キスタの反乱もガリア王国が関わっているって言ってたわ」

「それじゃあ、レコン・キスタの黒幕はガリア王国なの!?」

「あのオバさんがスパイだったって訳なのか」

 

まさか今、空の上のアルビオン大陸を王家を転覆させて乗っ取ったレコン・キスタの裏にハルケギニア最大の王国が関わっているなんて考えもしませんでした。

 

「キテレツ君の発明品のことを知ってたのも、アルビオンでシェフィールドが見ていたからよ。向こうに残した天狗の抜け穴も手に入れて持ち帰ったみたい」

「そうだったのか……」

 

みよ子からの話を聞いてキテレツは深刻そうに頷きます。

キテレツの発明品の効果を実際に見て知ったシェフィールドがジョゼフに報告をしたために今度はそれを狙ってきたのです。

しかも既にその一つである天狗の抜け穴を回収されていたとなると、非常に困ったことになりました。

奇天烈斎の発明品を悪人に利用されてしまうのは決してあってはならないことですが、既に敵の手に渡ってしまったのは最悪でした。

 

「でもさ、ジョゼフ王は何のためにわざわざ他の国にちょっかいかけてそんなことしてるんだろう? 五月ちゃんはどう思う?」

「う~ん……」

 

トンガリに聞かれて五月も頭を悩ませますが、さっぱり相手の目的が分かりません。

 

「そこまでは分からないよ。でもジョゼフがレコン・キスタを操って何かを企んでいるってことだけは確かなんだ」

「レコン・キスタとガリア王国でトリステインやゲルマニアを挟み撃ちにしようってんじゃないでしょうね……」

 

みよ子から明かされたレコン・キスタの秘密にキテレツ達は驚くと共に目的についてそれぞれ考えます。

ガリア王国は中立を表明していますがキュルケの推測通りのことを企んでいるのかもしれません。

 

「だったら、今すぐにでも姫様にこの事実を伝えないと……!」

「やめときなさいルイズ。やったって意味ないわ」

 

奮い立つルイズをキュルケがため息交じりに制しました。

 

「何でナリか?」

「残念だけど、ガリアがレコン・キスタと裏で繋がっているっていう決定的な証拠がないわ。そのシェフィールドだって偽名かもしれないんだし、ただレコン・キスタにその女がいるってだけじゃ証拠としては弱すぎるわよ。ガリアが何を考えてるのか分からないけど、自分達の存在を上手く隠しているわ」

 

キュルケの言葉に一同は言葉を失いました。

せっかく真の敵の正体が分かっているというのに、手出しができないのは非常にもどかしいです。

 

「ちきしょう、今すぐにでもそのヨーゼフってやつを叩きのめしてやりたいのになあ」

「ジョゼフ王でしょ? おっかないこと言わないでよブタゴリラ」

 

舌打ちをして悔しがるブタゴリラにトンガリは青ざめました。これ以上、下手に喧嘩を売ればただでは済みません。

 

「カオル、それも諦めるしかないわ。相手が大国である以上、あたし達だけじゃ手の出しようがないもの」

「もうっ! 腹が立つわね!」

 

ルイズもブタゴリラと同様の思いで地団駄を踏みます。

 

「でも、裏で操っているていうことはこれからレコン・キスタを使って何かしてくるのかもしれないよ。用心するに越したことはないね」

 

トリステインとアルビオンは不可侵条約を結んだという報せが伝わっていますが、キテレツの言う通りにこのままで終わるとは到底考えられませんでした。

 

 

既に寝静まった深夜になった頃、寝巻に着替えていたルイズは鏡台に向かっていました。

少し前、ルイズはキュルケと共に五月、みよ子と魔法学院の浴場へと入ってきた所なのです。

今回のアーハンブラ城までの旅で疲れた二人を自家製の露天風呂ではなく、この魔法学院の大浴場で疲れを取らせてあげたかったのでした。

香水の混じったお湯に浸かっていた五月とみよ子は本当に気持ち良さそうにして入浴を楽しんでいました。

その時の五月のゆったりとした表情をルイズは今でもはっきり覚えています。よほど気持ち良かったに違いありません。

 

ブラシで髪をすいていたルイズは小さくため息をつきます。

 

「サツキも、お母様に会いたいのかしら……」

 

ルイズが今考えているのは、五月達のことです。

数時間前に垣間見た五月の寂しそうで羨ましそうな表情で、一体どんな思いを抱いているのかが気になったのでした。

 

「そうよね……あの子達だって本当は家に帰りたいんだもの」

 

浴場で五月は今も二人きりでいるはずのタバサと母親のことを事あるごとに話していました。

その時の五月やみよ子も、親子水入らずのタバサの安堵と幸せをまるで自分達のことのように嬉しそうに語っていたのです。

ルイズはあの二人が母親と一緒にいられるタバサのことをとても羨ましがっていることを察していました。

 

(もうすぐお別れだけど……仕方がないわよね)

 

しかし、五月達ももうすぐその願いが叶います。新たな冥府刀が完成すれば、異世界にある故郷へ帰れるのです。

そうすれば夢にまでみた家族と再会が果たせます。その時は刻一刻と迫っていました。

 

「絶対、さよならなんて言わないもん……」

 

友達になった子供達と別れるのは辛く、寂しいことですがその時が必ず訪れる以上、ルイズは覚悟を決めていました。

改めて、かつて五月と交わした約束を反芻します。

 

「誰?」

 

突然、部屋の扉をノックする音がしたためにルイズは声をかけます。

しかし、何にも返答が無いので立ち上がると、扉の方へと向かいました。

 

「……タバサ? どうしたのよ、こんな時間に」

 

開けた扉のすぐ外にいたのは寝間着姿のままのタバサでした。相変わらず杖だけは肌身離さず持っています。

 

「あなたに話がある」

 

妙に真剣な様子のタバサにルイズは戸惑いますが、とりあえず話を聞くことにします。

 

「明日になったら、冥府刀の材料を集めに行く。手伝って欲しい」

「何なのよ、急に?」

 

唐突すぎるタバサの言葉にルイズはさらに困惑してしまいます。

どうしていきなりこのようなことを言い出すのかルイズにはタバサの意図が理解できません。

 

「また何か起きる前に、キテレツ達を元の世界に帰す。これ以上、あの子達を危険なことに巻き込んでは駄目」

 

続けられたその言葉にルイズは納得しました。

タバサはキテレツ達の身を心配しており、このハルケギニアでまた何か面倒なトラブルや騒動が起きる前に故郷へ帰したいというのでしょう。

確かにルイズとしてもあまりキテレツ達が面倒なことに巻き込まれたりするのは好ましく思っていません。

 

「あの子達には帰るべき場所がある。……そこで帰りを待っている人達がいる」

「……タバサ?」

 

突然、俯いたタバサの表情がルイズも見たことがないほどに苦悩に満ちたものへと変わっていきました。

 

「ミヨコも、サツキも……みんなお母さんに会いたがっている。……本当なら今すぐにでも帰りたいはずなのに無理をしてる」

 

その言葉を聞いてルイズは愕然としました。

まさにその通りです。キテレツ達がいるべき場所はこのハルケギニアではなく異世界の表野町という故郷であり、本来はそこへ帰らなければならないのです。

この世界にいる間、故郷の家族に会うことができないキテレツ達の孤独と辛さは相当なものであり、早く家に帰りたいと思っているはずでしょう。

だから五月はあんなに寂しそうな顔で、タバサのことを羨ましがっていたのです。

 

「……来て」

「え?」

 

タバサはルイズの手を引いて女子寮の外へと連れ出していきました。

夜の中庭を進み、辿り着いた先はキテレツ達が泊まっているはずの平民用宿舎です。

 

「どうしてここまで来るのよ? サツキ達はもう寝てるはずよ?」

 

学院の浴場から出た後に五月とみよ子は「おやすみ」と声をかけて別れていました。本来なら夜中なのでもう誰もが就寝しているはずです。

しかし、タバサはルイズの手を引いたまま中に入っていき、キテレツ達が使っている部屋の前までやってきました。

やはりキテレツ達はもう眠りについているようで、とても静かです。

 

「珍しくカオルが静かね……」

 

ブタゴリラのやかましい鼾が聞こえないので意外に感じますが、タバサは扉を開けて中へと入っていきました。

そこではベッドに眠る五月とみよ子、そして床の上で毛布をかけて残る四人が静かに寝息を立てています。

 

「ママ~……」

「母ちゃん……」

 

ふと、トンガリとブタゴリラがそのような寝言を呟きだしました。

恐らく、故郷で待っている家族の夢を見ているに違いありません。

 

「ママ……」

 

ベッドで眠っているみよ子もうわ言のように呟いています。

アーハンブラ城でも垣間見たその姿を目にしていたタバサの表情が曇っていきました。

 

「お母、さん……」

 

五月も恋しそうに、不安な声で寝言を呟くのがはっきりと聞こえました。

普段の活気に溢れる五月ではあり得ないほどの弱々しさにルイズは絶句してしまいます。

 

(サツキ……)

 

五月が……キテレツ達がどれだけ強い望郷の思いを抱いているのかをルイズ達は今、はっきりと目にしました。

いつもの元気な姿からは故郷に帰ることを割と楽観的に考えているのかとも思っていましたが、そうではなかったのです。

 

タバサの言う通り、キテレツ達は相当に無理をしていたのでしょう。

ルイズが故郷へ帰る手段を潰してしまってから、何とかこの異世界で生き抜こうとしていたキテレツ達は心を安定させるために、なるべく故郷のことを思い出さないように心に鍵をかけていたに違いないのです。

 

それでも望郷の想いは常にその心にあり、ふとしたことで抑えられていた想いが強く蘇ることもあったはずです。

キテレツの先祖の奇天烈斎の痕跡を追っていた時や、母と一緒になれるタバサのことを羨ましがっていた時はそうだったことでしょう。

 

きっと、自分達の知らない所ではこのように故郷を、家族のことをとても強く恋しくしていたに違いありません。

そのことを思うと、帰る手段を奪ってしまったルイズの心には強い罪悪感が湧き上がっていました。

 

「もうすぐ……帰るからね……お母さん……」

(大丈夫よ、サツキ。きっと、あたしが家に帰してあげるわ……)

 

そのために自分達がこれからキテレツ達のために何をしてあげなければならないのかを、タバサと視線を交わしたルイズは頷き合いました。

 



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タルブの決戦! イーヴァルディの勇者たち・序編

♪ お料理行進曲(間奏)



コロ助「うわあっ! 何ナリ!? でっかい船が大砲を撃ってきたナリよ!」

キテレツ「とうとうアルビオンのレコン・キスタが攻撃をしてきたんだよ! シエスタちゃんの村が真っ先に襲われてるんだ!」

コロ助「ドラゴンさんだってあんなにいっぱいナリよ! シエスタちゃん達と一緒に逃げるナリ~!」

キテレツ「アンリエッタ王女様の兵隊も来てくれるんだ。ゼロ戦も何とか動かしてみんなを守るんだ!」

コロ助「ブタゴリラの操縦なんかで大丈夫ナリ?」

キテレツ「こうなったら総力戦さ。こっちだって負けるわけにはいかないんだ!」

コロ助「あのとっても大きいのはグランロボナリか!? 刀の勝負ならワガハイだって負けないナリ!」

キテレツ「次回、タルブの決戦! イーヴァルディの勇者たち」

コロ助「絶対見るナリよ♪」


ガリア王ジョゼフはこの日、サン・マロンにある実験農場と呼ばれる建物の視察に訪れています。

内部には無数のかまどや巨大な溶鉱炉が並んでおり、真っ赤に溶けた鉄がぐつぐつと煮えたぎっていました。

メイジの研究員達が黙々と作業を続けている中、場所が場所なだけにとても暑苦しいはずの施設内をジョゼフは汗一つかかず平然としたまま奥へと進んでいきます。

 

「ジョゼフ様……! このような場所へわざわざお越しになるとは……」

 

施設の中心へやってきたジョゼフの前に黒ずくめの女が近づいて恭しく一礼しました。彼の腹心、シェフィールドです。

 

「完成が間近だと聞いてな。待ち遠しくなって来たのだ。おお! ビダーシャル卿。難航していたヨルムンガントの作成の協力、感謝するぞ」

 

ジョゼフは羽根つき帽子をかぶった男の姿を見つけると、まるで友人に話しかけるかのように気さくな態度で声をかけました。

 

「我は任務を達成できなかった。言い訳はしない」

 

鉄柵の傍でジョゼフから背を向けて立っていたビダーシャルは肩越しに振り向くと、ため息混じりに呟きました。

アーハンブラ城での一件から既に五日が経っています。キテレツ達に敗北したビダーシャルはあの後すぐに先住魔法で自分の傷を癒すと天狗の抜け穴を使ってジョゼフの元へと戻りました。

侵入者はおろか幽閉していた二人までも取り逃がしてしまったことは重大な失態です。しかし、ジョゼフはそのことで彼を咎めることは無かったのです。

それどころかこれまで通り自分に仕えるようにとまで言ってきたのでした。

 

「そんなことを気にしているのか? 失敗した罰で余との交渉が途切れるのかと思ったか? 余が命令を下し、お前は失敗し、シャルロット達はアーハンブラからトリステインへ逃げ帰った。それだけのことではないか。それにこのヨルムンガントの完成でそんな失態など帳消しだ。些細なことなど気にするな」

 

ビダーシャルの隣にやってきたジョゼフは子供のように目を輝かせて鉄柵の下を見下ろしていました。

吹き抜けの構造をしている巨大なフロアの下には何やら巨大な人型のガーゴイルらしきものが見え、ちょうどジョゼフ達のいる通路のすぐ下には顔らしきものが覗えます。

しかし、フロアが薄暗いせいでその姿ははっきりとは見えません。

 

「だが、まさかエルフの先住魔法が敗れるとはな。キテレツのマジックアイテムの力は実に見事だった。痛み分けではあったようだがな」

 

ジョゼフは遠見の鏡でアーハンブラ城の中庭でビダーシャルに挑むキテレツ達を見届けていましたが、最初は手も足も出なかったのが最終的には逆転したことに感心します。

特に先住魔法の攻撃を退け、守りを打ち破った光の剣の力には心底感服したほどです。

 

「あそこまでの力を持つのは我にも予想外だった……」

 

ビダーシャルも正直、キテレツ達を侮り過ぎたと感じていました。

未知の異国で作られたマジックアイテムがまさか自分達の信仰する精霊の力を正面から打ち破るなどとは予想もしていなかったのです。

しかし、実際に精霊の力に打ち勝った以上、キテレツのマジックアイテムの力を認めざるを得ません。

 

「ジョゼフ様。姪御をこのままトリステインへ取り逃がしてしまったのはあまり面白くない事態ではないでしょうか?」

「トリステインへ落ち延びた所でシャルロットに何かができるわけでもない。捨て置くが良い。それよりも、このヨルムンガントはあとどれくらいで完成するのだ?」

 

シェフィールドの言葉にジョゼフは逃亡した反逆者のことなど気にした風もなく答え、今目の前にあるものについて尋ねました。

 

「風石の最終調整に、鎧と剣に焼き入れを施せば完成します。最終試験でスクウェアのゴーレムとの模擬戦をこの後行う予定でございます」

「そうか。この悪魔の騎士人形がトリステインでどれほど暴れ回るのかと思うと、余は楽しみでならん」

 

ヨルムンガントと呼ばれたその巨大なガーゴイルは確かに騎士のような甲冑を全身に身に纏っているようにも見えます。

 

「しかし、これをトリステインまで運ぶのは少々大変ではあるな。ましてやアルビオンのレコン・キスタの元へ届けてやるには大きすぎる」

 

完成が間近のこのガーゴイルはジョゼフが計画している余興のために作られたものでした。

大きすぎるこれを普通に運び扱うのは難しすぎる上に、目立ってしまうことでしょう。余興での初のお披露目を望むジョゼフにとってはその前に観客に見られてしまうのはつまらないことです。

 

「ミューズよ。今一度アルビオンへ渡り、レコン・キスタをトリステインへと導いてやれ。天狗の抜け穴を手土産にな」

「御意」

 

しかし、ジョゼフはその解決策を既に考えているのです。運ぶのが難しいのであれば、ここから直接送り込んでやれば良いのです。

それを実現することができる異国のマジックアイテム、天狗の抜け穴は自分達も手中に収めていました。

ジョゼフの余興が催されるのは数日後……トリステイン王女アンリエッタとゲルマニア皇帝の結婚式の直前になります。

 

 

広大なタルブの草原に多くの村人達が集まっていました。

最初は村での仕事に精を出していたのですが、突如爆音と共に空を飛び回っている見慣れない影を目にしたために次々と村の外の草原まで出てきたのです。

 

「ありゃあ、竜の羽衣じゃないか」

 

新たに群衆に加わった村人の一人が空を見上げて声を上げます。

タルブの上空を風のような速さで飛び回っているのは数日前まで村が管理をしていた秘宝、竜の羽衣と呼ばれるマジックアイテムでした。

しかし、名ばかりで実際は飛ぶことができないとされていたインチキの代物は実際に目の前で優雅に飛んでいるのです。

以前より珍しいからと拝んでいた人は改めて竜の羽衣をこの場で拝んでいました。

 

「わぁーっ、すごい! すごーい!」

「あれが本当に飛んでるなんて……!」

 

元の所有者だったシエスタの家族達も当然ながらこの光景に驚き、特に弟妹達ははしゃぎ回っているほどです。

そして、当のシエスタ自身は呆然と空を見上げつつもその表情は綻んでいました。

 

「う~ん! 快調だな! しかし、全く素晴らしい飛びっぷりじゃないか! キテレツ君!」

「ブタゴリラ! あんまり無茶はしないでよ! あくまでテスト飛行だからね!」

 

コルベールもシエスタの弟達と同じように目を輝かせている中、キテレツはトランシーバーに向かって喋っています。

 

『心配すんなって! へへっ、大分飛び慣れて来たぜ! どうだ、俺の操縦クリニックも見事なもんだろ!』

「それを言うなら操縦テクニック!」

 

ゼロ戦に乗り込んでいるブタゴリラから揚々とした声が返ってきますが、言い間違えにトンガリがキテレツの横から突っ込みます。

 

「スピードも出し過ぎちゃ駄目だよ! ゼロ戦のスピードじゃタバサちゃん達が追いつけないんだから!」

 

ゼロ戦の後方にはタバサのシルフィードが追尾しているのですが、スピードが違い過ぎるために追いつくことができないでいました。

ブタゴリラが操縦ミスをして落ちそうになっても大丈夫なようにするはずだったのですが、これでは意味がありません。

 

『きゅいーっ! 速すぎなのねーっ! あんな速さ、大人の風竜でも絶対無理なのねーっ!』

『カオル! もうちょっとスピード落としてくれると嬉しいんだけど?』

 

トランシーバーを同じく持っているタバサ達ですが、シルフィードとキュルケの困惑した声が聞こえてきます。

 

「カオル! 落っこちても知らないわよ! さっさと言う通りにしなさいよね!」

 

キテレツのトランシーバーをひったくったルイズが大声で怒鳴りました。

 

『分かったって! そんな大声出すなよな。えーっと、それじゃあこいつを……』

 

ゼロ戦は徐々にスピードを落としていくのが目に見えて分かり、シルフィードが並んで飛ぶことができるようになります。

それからゼロ戦とシルフィードはタルブの上空を遊弋し続けていました。

 

「ブタゴリラが本当に飛行機をあんなに動かせるなんてびっくりナリよ」

「本当。見よう見真似だけなのにね」

「いくらおじさんに教わって飛ばないレプリカを動かしたことがあるからって……ぶっつけ本番も同然よ」

 

コロ助、みよ子、五月もみんなと同じように空を飛び回るゼロ戦を見上げて唖然としていました。

 

アーハンブラ城から無事に戻ってきて既に一週間が経っています。

キテレツ達がみよ子達の救出のために外出していた間も、コルベールはタバサの母の薬の調合と並行してガソリンの調合を続けていました。

そして今朝、ゼロ戦を飛ばすために必要な分のガソリンを完成させたことをキテレツ達に告げ、早速テスト飛行を始めようとしたのです。

ゼロ戦を飛ばすためには十分な広さがある場所が必要であり、魔法学院の庭では狭くて無理でした。そこでだだっ広いタルブの草原がちょうど良いということで、天狗の抜け穴でここまで移動してきたのでした。

元の所有者だったシエスタにテスト飛行を見せてあげたい、というのもタルブを選んだ理由の一つです。

 

「よっ! どうだ、俺の操縦っぷりは! 大したもんだったろ!」

 

草原のど真ん中に着陸していたゼロ戦にキテレツ達が次々に駆け寄ってきます。ブタゴリラは機体の上で仁王立ちをして胸を張りました。

 

「よくここまで飛ばせたよ。僕でさえ動かし方も分からなかったのに」

「最初はかなりフラフラしてたけどね。タバサちゃん達がいなかったら今頃は落っこちてたよ」

「ちょっと危なそうだったナリ」

 

トンガリの皮肉通りに飛ばし始めた時は動きもぎこちなく今にも墜落してしまいそうな雰囲気でした。

シルフィードに乗っていたタバサ達がレビテーションの魔法をかけたりしてくれたおかげで何とか飛び続けている内にコツを掴んだブタゴリラはやがてスムーズに飛行を行うようになったのです。

 

「でも、本物の飛行機をあんなに飛ばせちゃうなんてすごいわ」

「まさかここまでできちゃうなんて、何か信じられない気もするけど……」

「伊達に伯父さんがゼロ戦乗りをやってないぜ」

 

五月やみよ子にもコメントをもらいながらブタゴリラは機体から飛び降りました。

 

「でも竜の羽衣を動かして飛ばせたのは事実なんだから、カオルの実力はしっかり証明されたわ」

「シルフィードでも全然追いつけないくらい速いなんて、名は体を表すって本当ね」

 

ゼロ戦の隣に降りていたシルフィードから降りていたキュルケもブタゴリラを讃えてくれます。ルイズもゼロ戦を見上げながら嘆息していました。

 

「いや~、実に素晴らしい物を見させてもらった! ブタゴリラ君! テスト飛行は見事に成功だね!」

 

追いついてきたコルベールが息を切らしつつも満面の笑顔を浮かべていました。

 

「わたしもびっくりしちゃった。竜の羽衣があんなに飛ぶことができるなんて」

「村の人達も曾おじいちゃんが嘘つきじゃなかったって認めてくれてたんだよ」

 

シエスタと、一番下の弟であるジュリアンもやってきて竜の羽衣を見上げていました。

今まで変わり者だったと言い伝えられていた曽祖父の名誉が、竜の羽衣が実際に飛んでみせたことで回復されたので嬉しかったのです。

 

「お兄ちゃん、すご~い!」

 

コロ助にじゃれついていたシエスタの弟妹達は揃ってブタゴリラにも懐いてきます。

 

「良かったですね、シエスタさん」

「キテレツ君達のおかげよ。本当に感激しちゃうわ」

「せっかくこうして飛べたんだからさ、シエスタちゃんもちょっと乗ってみるか?」

 

ブタゴリラがシエスタの妹の一人を肩車しながら言います。

 

「まあ、良いの?」

「ブタゴリラ。いくら何でも二人乗りは無理なんじゃないの?」

「そうだよ。元々ゼロ戦は一人乗りだろ?」

 

トンガリとキテレツの言う通り、ゼロ戦は一人乗りであって座席は操縦者が乗って動かすくらいのスペースしかありません。

 

「あっ、そっか。翼にしがみつく訳にもいかねえしな」

「あら。わたしはそれでも良いわ」

「シ、シエスタさん!」

「姉さん、冗談はやめてよ」

 

冗談には聞こえない笑顔を浮かべるシエスタの言葉にキテレツ達はもちろん、ジュリアンまでもが慌てふためきます。

 

「シエスタ君。いくら何でもそれは無茶というものだよ?」

「もちろん、冗談ですよ。でも、本当にそれでも良いから一度乗ってみたかったんですけどね」

「あんた……こんな時に何を変なこと言うのよ……」

 

コルベールまでもが苦笑してしまいましたが、当の本人は肯定しつつも少し残念そうにしていました。

ルイズも頭を抱えて呆れていますが、ふと思い出したようにキテレツを振り返ります。

 

「ところでキテレツ。あんたの冥府刀の方はどうなってるの?」

「え? うん。ルイズちゃんが頼んでくれた部品が届けば、後はそれを組み込むだけだから。それで完成するよ」

 

アーハンブラ城から戻ってきた翌日にルイズとタバサはキテレツの元へやってくるなり、冥府刀を作るのに必要な材料を聞き出してきたのです。

いつでも帰ることができるように、すぐに新しい冥府刀を作れとまでルイズは強く命じてきたのでキテレツは困惑しつつも奇天烈大百科に載っていた材料のリストを用意しました。

ルイズとタバサはそれを受け取ると数日間、材料集めに奔走していたのです。自力で手に入るものは二人が直接町に行って集め、それ以外のものは外国から取り寄せるように手配もしていました。

 

「そ、そう。……ったく、ゲルマニアは何やってるのよ」

 

ルイズは少し苛ついた様子でやきもきとしていました。

 

「でも、タバサちゃんのお母さんの薬の完成が遅れちゃってるんだ」

「良い。私は急がない」

 

申し訳なさそうにするキテレツですが、タバサは淡々と答えます。

本来ならばとっくに完成していたはずの解毒薬でしたが、冥府刀の製作を行っていた影響で未だ完成はしていません。

タバサの母親は今も魔法学院のタバサの部屋で眠りについていました。

 

「どうしたのかしら、二人とも」

「何だかここの所、様子がおかしいナリね」

「うん……」

 

みよ子や五月達もここ一週間におけるルイズとタバサの態度や行動には違和感を覚えていました。

キテレツ達を元の世界に帰そうとしていることは分かりますが、何故、唐突に冥府刀を作ることを急かすようになったのかその真意が分からないのです。

 

「そうか。もうすぐ君達とはお別れなんだね」

「五月ちゃん達、帰る方法が見つかったの?」

 

冥府刀の話を聞いていたコルベールが唸りだしました。シエスタも驚いたように一行の顔を見回します。

 

「うん。キテレツ君の大百科に帰るための道具の作り方が載っていたの」

「今、キテレツ君が作っている最中なんです」

「これでやっと家に帰れるんだよ!」

 

五月達がシエスタに伝える中、トンガリは見るからに嬉しそうな顔をしていました。

一分一秒でも早く家に帰ってママに会いたいトンガリにとっては冥府刀の完成が待ち遠しいのです。

 

「そっか……いよいよお別れなのね。本当に寂しくなるわ。せっかくサツキちゃん達とお友達になれたのに」

「そうねえ。あなた達と一緒にいた時間はとっても楽しかったもの。カオルとトンガリの漫才は特にね」

 

シエスタもキュルケもどこかしんみりとした様子でキテレツ達の顔を見ていました。

 

「この馬鹿が……!」

「あ痛っ!」

 

いくら帰れるのが嬉しいとはいえ、無神経なことを口走ったトンガリの頭をブタゴリラは小突きます。

それまで活気づいていた場の空気がもうじき訪れる別れの時のことを思って重苦しいものへとなってしまいそうでした。

 

「ねえ、みんな。これから記念写真でも撮ってみない?」

「写真?」

 

そんな中、突然話を切り出し始めた五月に一行の視線が集中しました。

 

「うん。わたし、ここでの色々な思い出をいつまでも忘れたくないの。ルイズちゃん達のことも、シエスタさんのことも……」

「サツキ……」

「サツキちゃん……」

「写真だったらその思い出を、ルイズちゃん達もみんなずっと大切に取っておけるはずだわ」

 

ハルケギニアへやってきたきっかけそのものはアクシデントにも等しいものでしたが、この異世界で送った日々や様々な思い出はかけがえのない宝物なのです。

五月はその宝物をいつまでもみんなの心に残しておけるようにしたいのでした。

 

「キテレツ君の回古鏡はカメラでしょ? それを使えば記念写真が撮れると思うの。それにインスタントカメラだから、すぐに出来上がるし」

「確かに、ダイヤルをゼロにすれば普通のカメラだからできなくはないね」

 

過去を見る時間の調整をしなければ現在を写すだけであるため、五月が思っている通りに写真が撮れるのです。

 

「それが良いわ! ねえ、やりましょうよ! みんな!」

「面白そうじゃねえか。タイコへの良い土産になりそうだぜ」

「それは良い記念になるなあ。よし! では、そのゼロ戦を背景にしてみようじゃないか!」

 

みよ子にブタゴリラ、コルベールまでもが記念写真に乗り気になっていました。

 

「ね? ルイズちゃん」

「……そうね。あんた達のこと、あたしだって忘れたくないもの」

 

手を握ってくる五月が自分達との最後の思い出を作りたいという強い願いを抱いていることをルイズも察します。

異世界から自分が召喚してしまい、それでも友達となってくれた少女はルイズ達とのこれまでの交流を宝物と言ってくれました。

ルイズにとっても五月やキテレツ達との交流で、これまでの人生で得られなかったたくさんのものを得ることができたことは間違いありません。

もうすぐ別れることになっても、異世界の子供達との思い出を忘れたくないという思いはルイズも同じなのです。

 

 

かくして思い出を残すための記念撮影はすぐに始まり、五分と経たずに終わりました。

セルフタイマーが無いために自動で撮影することは無理なので、撮影者が一人必要になりましたがその役をジュリアンが買って出てくれました。

回古鏡の使い方をキテレツに教えられたジュリアンはゼロ戦の前に並んだキテレツ達の写真をしっかりと撮ってくれたのです。

 

「曾おじいちゃんの写真とはずいぶん違うのね」

「うん。色もついてるし、本当にカメラって不思議なものなんだね」

「昔のカメラとは性能が全然違うもの」

 

写真を手にして感嘆とするシエスタとジュリアンにみよ子も自分の写真を見ながら言います。

全部で十枚の写真を連続で撮り、キテレツ達五人分にルイズ、キュルケ、タバサ、シエスタ、そしてコルベールにも渡されました。

 

「ふーん。よく撮れてるじゃない。タバサも可愛く写ってるわ」

 

写真に写っているキュルケは右側の方でタバサの肩を後ろから抱きながらウインクをしていました。さらに写真の右端からシルフィードがひょっこりと首を出しています。

タバサは相変わらずの無表情のように見えますが、よく見てみればいつもの冷たさの感じられる雰囲気がどことなく柔らかくなっているように感じられます。

写真を見つめるタバサは自分がこのような顔を浮かべていたことに驚いていました。決して意識していたわけではないのに、自然とこんな顔をしていたなんて思ってもいなかったのです。

 

「僕も五月ちゃんの隣が良かったな……」

「どこにいても同じだろうが。こんな時にごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ」

 

キテレツやブタゴリラ、コルベールと同じ後列に写っていたトンガリは不満そうにぼやきます。

五月は前列の中心でルイズと一緒に手を繋ぎ、屈んで笑顔を浮かべていました。ルイズの方は少し戸惑った様子です。

みよ子とシエスタも一緒に前屈みになっており、足元ではコロ助が背中の刀の柄を握って満面の笑顔で恰好をつけていました。

 

「素敵な写真だわ。これできっと、離れ離れになってもみんなのことを忘れたりしないはずよ。楽しい思い出があったんだって」

 

五月はとても嬉しそうに写真を眺め、愛おしそうにしていました。

 

(そっか……サツキは元の世界に帰ったら、キテレツ達とも……)

 

しかし、ルイズには五月のその笑顔の裏に寂しさがあることを察します。

五月はこれから二度に渡って別れの時を味わなければなりません。ハルケギニアから故郷へ帰る時にはルイズ達と、そして故郷へ戻った後はキテレツ達とも別れなければならないのです。

家の都合で何度も転校を繰り返す五月は友人達との別れを何度も経験しているために、その時まではできる限り楽しい思い出を作り、残していたいのです。

今、記念写真を撮ろうと考えたのもきっとそのためなのでしょう。

 

「サツキ、安心しなさい。あたしだって、サツキ達のことは忘れたりするもんですか。これがある限り絶対にそうならないわ」

「ルイズちゃん……」

「だからそんなにしんみりとするもんじゃないわ」

「そうよ、サツキちゃん。悲しいお別れはしないって約束したでしょう?」

 

シエスタもキテレツ達と交わした約束を改めて口にします。

最後の瞬間までお互いに笑顔のままでいたい、それはルイズ達はもちろん、キテレツ達も望んでいることでした。

 

「うん。そうだったわねよね。ごめんなさい、みんな」

 

写真を胸に抱いて五月は全員に心からの笑顔を見せます。

 

「それじゃあ、村に戻ってマンジュでも食べましょう。ミス・ヴァリエールのみなさんも召し上がっていってください」

「そういやあちょっと腹も減ったしな」

「ワガハイはコロッケが食べたくなったナリ……」

「ふふふ。はいはい、ちゃんと用意してあげるわ」

 

シエスタに招かれて一行は村の方へと歩いていきました。シルフィードものそのそとすぐ後ろをついてきます。

ゼロ戦は既にキテレツが如意光で小さくしてリュックにしまっていました。

 

「うわあっ!」

「何だ!? あの音は?」

 

村に入ろうという所で、突如ドン、ドン! と大砲のような音が何発も響いてきました。

いきなりの轟音にトンガリはびくつき、ブタゴリラもはっきりと驚きます。

 

「な、な、な、何ナリか!?」

「あっちの方から聞こえたみたい」

「ラ・ロシェールの方角からだわ」

 

コロ助が慌てふためく中、みよ子とシエスタが音の響いた方を振り返ります。

タルブからラ・ロシェールは目と鼻の先で、山々の上空に無数の影が浮かんでいるのが分かりました。

 

「何かしら。あんなに船がいっぱいいて……」

 

五月の言う通り、それは空を飛ぶ船であることがここからでも分かります。しかもその数は一隻や二隻ではありません。

 

「あれって、トリステインの艦隊みたいだけど……」

「今のは礼砲だな。見たまえ、トリステイン艦隊が外国からの賓客を乗せた船を出迎えているんだ」

 

コルベールが指差した先、トリステインの艦隊とは別の艦隊が降下してきているのが見えます。

その中でも、他の船より明らかに一際巨大な船が目立っていました。

 

「あの船……レコン・キスタの船じゃないかな?」

「何ですって? ちょっと見せなさい」

 

リュックから取り出した双眼鏡を覗いていたキテレツですが、ルイズがその手からひったくって自分も覗き込んでみます。

 

「間違いないわ。あいつらの船よ」

 

艦隊の先頭を飛んでいる巨大な船は、レコン・キスタの旗艦に違いありませんでした。

 

「それじゃあ、戦争を仕掛けてきたってことかよ!?」

「いや、アルビオンとは不可侵条約を結んでいるはずだからね。堂々と条約を破るなんてことは無いと思うが……」

「どうだか……」

 

コルベールの言葉に対してキュルケもルイズも、キテレツ達も冷めた目で眺めています。

レコン・キスタの裏で暗躍をしているのが何者であるのかを既に知っている以上、こうして姿を現した敵の船を忌々しく感じてしまっていました。

敵はまた何か企んでいるのではと勘ぐってしまいます。

 

「恐らくは親善訪問に来たのだろうな」

「親善訪問ねえ……胡散臭いこと。そういえば、三日後にはアンリエッタ王女の結婚式だったかしらね」

「生意気な連中だわ」

 

キュルケが肩を竦めますが、ルイズは苦い顔を浮かべます。

 

「戦争? 戦争が始まるの? お姉ちゃん」

「大丈夫よ。心配しなくても良いわ。ジュリアン、みんなと先に家に戻ってて」

「うん。分かった」

 

不安そうにする幼い弟妹達をシエスタは宥めると、ジュリアンに連れられていきます。

 

「今度また何かしてきやがったら、ゼロ戦で叩きのめしてやるぜ」

「やめなよ! ブタゴリラ。いくら何でもあんなのを相手にしたら命が足りない!」

 

拳を片手に打ち付けて意気込むブタゴリラにトンガリが苦言を漏らしました。

いくらハルケギニアの空飛ぶ船よりも速く飛べるゼロ戦であろうと、あれだけの艦隊を全て相手にするなんで無謀としか言えません。

 

「やあ、君達も来ていたのかい! おお、ミス・サツキも……! ぐはっ」

 

全員がレコン・キスタの艦隊に不安と懸念を抱く中、またしても突然聞き覚えのある声が響きました。

 

「ギーシュ。それにモンモランシーも……」

 

ルイズが振り向くと、何とそこに立っていたのは自分達の学友であるギーシュでした。

しかも彼だけでなく、モンモランシーまでもが一緒にいるのですが、五月に目移りしようとしていたギーシュにたった今、肘鉄を叩き込んだところです。

 

「あなた達もここに来てたのね。ミスタ・コルベールも……」

「ミスタ・グラモンにミス・モンモランシー。ここの所、学院で見かけないと思ったらここまで来ていたのかね?」

 

アンリエッタ王女とゲルマニア皇帝の結婚式が間近に迫っているため、魔法学院も現在は休校となっているのでした。

それによってできた時間を利用して外出し、ここまで来たのでしょう。

 

「何しに来たのさ?」

「なぁに、ちょっとばかりモンモランシーと一緒にこのタルブまで遠乗りに来たんだよ。学院もしばらく休みで暇だしね」

 

トンガリの問いかけにギーシュは相変わらずキザッタらしい態度で薔薇の造花を持ち上げて答えます。

 

「あら。ギーシュのことは許してあげちゃったのかしら?」

「あんなにフッちゃってたのにか?」

「勘違いしないでちょうだい。タルブに美味しいワインや珍味があるって聞いたから一緒に付き合っただけよ。仲直りした訳じゃないわ」

 

キュルケやブタゴリラの言葉にモンモランシーはツンとすました態度をとっていました。

アーハンブラ城での一件から一週間、ギーシュはモンモランシーに熱心なアプローチをしていたので、悪い気こそしなかったモンモランシーはギーシュの遠乗りに誘われてそれを受け入れたのです。

 

「ワインをお買いになるのでしたら、わたしがご案内しますわ」

「おお。君は学院のメイドじゃないかね」

「ここの珍味だったらたった今、食べに行く所だから一緒にどうですか? 美味しいんですよ」

「本当かね? ミス・サツキが誘ってくれるとはこれは……あだっ!」

 

五月に誘われてギーシュが顔を綻ばせた所、突然走った激痛にまたも呻きます。

モンモランシーが他の女に目移りしようとしていたギーシュの足を踏みつけたからでした。

 

「何だ、何だ!? また冷凍かよ」

「礼砲!」

 

またラ・ロシェールの方からは何発もの轟音が響いてきました。

今の礼砲はどうやらトリステイン艦隊がレコン・キスタ側に向けて撃ったもののようです。しかし、先ほどに比べると大砲の音や強さは弱く聞こえました。

 

「おお。あれはトリステイン艦隊か。誰を出迎えているのかな?」

「アルビオンよ」

 

興味津々な様子で艦隊を眺めるギーシュにルイズがため息混じりに答えました。

そうして一行ががやがやと騒いでいると……。

 

「キテレツ君! みんな、見て!」

「ちょっと! どうしたの、あれ!?」

 

礼砲が続いている中、みよ子とモンモランシーが何かに気づいて愕然としたように声を上げます。

キテレツ達も同様に、空の彼方を眺めながら目の前で起きている出来事に唖然としていました。

 

「船が燃えてる……」

 

何と、レコン・キスタ側の艦隊の中の一隻の小さな船が炎上しているではないですか。

 

「何だよ、あいつらの船が燃えてるぜ。ケンカでも売ったのか?」

「馬鹿な! トリステイン軍が不可侵条約を結んでいる相手に攻撃を仕掛けるなど……」

 

コルベールが青ざめた表情でうろたえる中、激しい勢いで燃え上がり、みるみる炎に包まれていく船はやがて空中で爆散してしまい、跡形もなく消えてしまいます。

その強烈な爆音もまた、このタルブにまで届いていました。

 



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タルブの決戦! イーヴァルディの勇者たち・前編

「い、い、一体何事なんだね? 何でトリステイン艦隊がアルビオン艦隊に攻撃を!?」

「そんなことあたしが知るはず無いじゃない!」

 

ギーシュもモンモランシーも、タルブに到着するなり目の前で起きた出来事を目の当たりにして混乱していました。

爆発炎上してしまったアルビオン側の船の残骸は燃え盛る炎と共に地面へと墜落していきます。

 

「いや、それ以前にあんな距離からでは、いくら実弾でもあの最後尾の船にまで届かんはずだぞ」

「そうなんですか? 先生」

「あのトリステイン艦隊に搭載されている大砲はあれだけ距離が離れていては当たりはしないんだ。ましてやアルビオン側より高度も低いからね」

 

キテレツに問われるコルベールは険しい表情を浮かべています。

 

「でも、あのお船は燃えてるナリよ」

「まさか何か事故でも……?」

「キテレツ君……」

 

コロ助やトンガリも困惑する中、みよ子も不安そうにキテレツの傍にやってきました。

 

「どっちにしろ、ちょっとヤバそうね……」

「あの……大丈夫なのでしょうか」

 

眉を顰めるキュルケも、もしかしたらレコン・キスタ、すなわちガリア王国が何らかの謀略を始めたのかもしれないと思い始めています。

シエスタもかなり不安な様子で艦隊を眺めました。

 

「ねえ、ルイズちゃん。何かあそこに浮かんでない?」

「え? ……何よ。小さくてよく見えないわ」

 

五月が爆発した船の残骸が飛び散る空域を指差しますが、距離が遠いので双眼鏡を使っても三つの小さな影が浮かんでいるのが見えるだけで何であるかが分かりません。

 

「何だありゃあ?」

 

視力がとても良いブタゴリラでも正体は把握できません。

しかし、双眼鏡を使わなくても確かに何か小さな影がふわふわと浮かんで別の船に移動していることだけは分かります。

 

「待ってて。今、蜃気楼鏡を出すよ」

「大丈夫」

 

ケースを下ろそうとしたキテレツですが、タバサが前に出てきて杖を振ろうとしました。

あれぐらいの距離ならトライアングルメイジのタバサが遠見の魔法を使えば、かなりはっきりと分かりやすく状況を覗うことができるはずだったのですが……。

 

「わ! 何だ!?」

「ひゃあっ!」

 

突然、無数の大砲の音が炸裂してキテレツ達は驚き、目の前で巻き起こる光景に愕然とします。

 

「げ! やりやがった!」

「な、何てことを!?」

 

アルビオン艦隊の巨大な旗艦から次々とトリステイン艦隊に向かって砲撃が加えられ始めたのです。

トリステイン艦隊の旗艦らしい軍艦に次々と砲撃が命中し、見る間に煙や火が上がっているのがはっきりと分かりました。

あまりの事態にトンガリやギーシュ、モンモランシーは尻餅を突いてしまっています。

 

「アルビオンの大砲は、あの距離でも届くというのか!」

 

コルベールは砲撃を続けるアルビオン旗艦の大砲の性能に驚嘆してしまいます。

 

「何でいきなり撃ち合いなんか始めるのよ! アルビオンとは不可侵条約を結んでるはずでしょう!?」

「きっと、アルビオンの方はトリステイン艦隊が攻撃してきたって誤解してるんだよ! だから反撃を……」

 

モンモランシーが喚き立てる中、ギーシュはわなわなと震えていました。

 

「っていうか、あっちの船は何で撃ち返さないんだ?」

「あれじゃやられちゃうナリよ!」

 

ブタゴリラの言う通りアルビオンの旗艦は砲撃を続けていますが、トリステイン艦隊は全くの無抵抗でされるがままとなっていました。

 

「先生が言ってた通りだよ。トリステインの船の大砲の性能じゃ届かないんだ」

「届かないって言うなら、何であっちの船はいきなり爆発なんてしたのよ! それでトリステイン艦隊が攻撃してきたから反撃するなんておかしいじゃない!」

 

キテレツの言葉にルイズも喚き声をあげました。

確かにトリステイン艦隊の砲撃が届かなければアルビオン艦隊の、ましてや一番遠い船が撃沈されることはあり得ないのです。

にも関わらず、アルビオン艦隊の船は爆発炎上し、トリステイン艦隊が攻撃をしてきたと誤解をしているという矛盾が起きていました。

 

「レコン・キスタの自作自演」

「タバサちゃん?」

「ジグザグ支援だって?」

 

ぽつりと呟きだしたタバサに一行の視線が集まります。ブタゴリラの言い間違えには誰も突っ込みません。

タバサの目の前には遠見の魔法で作り出された景色が映っており、それをキュルケと一緒に見ていました。

 

「みんな、これを見て」

 

キュルケに招かれてキテレツ達は次々に二人の元に集まってきます。

そこにはラ・ロシェールの上空が、トリステイン艦隊の倍の数のアルビオン艦隊を少し上から俯瞰する形で映し出されていました。

 

「これは、さっきの爆発した船の乗組員か?」

「そうみたいですね」

「きっとフライの呪文を使って浮かんでるんだわ」

 

三隻のボートが宙を浮かび、爆散した船の飛んでいた空域から別の軍艦へと向かっているのが見えます。そのボートにはそれぞれ十人にも満たない数の乗組員達の姿がありました。

 

「脱出の準備が良すぎるわ。見なさいよ、自分達の船が撃沈されたのに誰一人慌ててる様子さえ無いわ」

 

キュルケの言う通り別の船に回収されたボートからは次々に乗組員達が降りていきますが、みんな平然としているのです。

 

「何でみんなあんなに平気でいられるのさ」

「肝っ玉がず太い奴らだな」

「そういう問題じゃないよ、ブタゴリラ。普通だったら自分達の船があんな目に遭ったら大騒ぎになるはずなんだよ」

「でも、最初から脱出の準備をしていたってことは……」

「連中は最初から親善訪問をするつもりなんて無かったのよ。不可侵条約を結んでいたのだって戦力を整えてトリステインを攻めるための時間稼ぎ。そして、合法的に戦争をする口実を作るためにあんな感じで自作自演の騙し討ちまでしてきたって訳よ」

 

キテレツとみよ子の言葉にキュルケが空を睨みながらさらに続けました。

元々レコン・キスタは世界征服を目的としてアルビオン王家を滅ぼそうと革命を起こしたのですから、最終的にはトリステインや他の国も侵略しようとしていることは明白なのです。

そのためには如何なる卑怯な手段を使うことも辞さないのです。微塵の欠片もない不可侵条約を結ばせて表面的には平和ボケとなったトリステインを完全に油断させて、一気に侵略をしようと企んでいたのでしょう。

そして、その策を考えたのが裏で彼らを操っているシェフィールドと、ガリア王ジョゼフ達なのです。

 

「ぐ……何という卑劣な……」

「あいつら! 何て恥知らずな奴らなの! あんな三文芝居なんかで騙して攻めてくるなんて!」

「ひどいわ……!」

 

コルベールもルイズも、五月でさえもレコン・キスタの卑劣な行いに憤慨します。

特に敵の正体を知っているルイズ達はなおさらレコン・キスタもガリア王国も許せませんでした。

 

「と、なれば今にこのタルブは戦火に巻き込まれることになるぞ……! トリステイン艦隊が全滅するのも時間の問題だ……!」

 

一方的に攻撃を受けているトリステイン艦隊は完全に混乱しているようでバラバラに動き出しており、アルビオン艦隊は容赦なく甚振るように砲撃を続けていました。

既に何隻かの船が爆発炎上し、撃沈されていっています。

 

「そ……そんな!」

 

コルベールの言葉にシエスタが青ざめた表情でがくりと膝を折って崩れ落ちます。

この平和なタルブの地が戦争によって真っ先に戦乱に見舞われる光景など想像したくなんてありませんでした。それはまさに地獄絵図なのです。

 

「じょ、冗談じゃないわよ! は、早く逃げましょうよ!」

「そ、そ、それが良いよ! コルベール先生! 一刻も早く魔法学院へ戻りましょう! 王宮にも報告をしないと……」

 

モンモランシーとギーシュが青ざめた表情で慌てふためいていました。

 

「いや、それよりもタルブの村人達を避難させる方が先決だ。シエスタ君、すぐに村の人達に知らせて安全な場所へ逃げたまえ!」

「は……はい!」

 

真剣な表情のコルベールに促されてシエスタは血相を変えて村の中へと駆け入って行きました。

既に村の中も騒然としていて、外に出ている何人かの村人達はラ・ロシェール上空で起きている異変を眺めて不安な様子です。

 

「コルベール先生、これからどうするんですか!?」

「恐らくアルビオン艦隊はトリステイン艦隊を全滅させ次第、真っ先にこのタルブの草原を拠点に占領行動に移るだろう。何とか村人達をそれまでに避難させねば……」

 

コルベールはちらりとタルブの村の方を振り返って苦い顔を浮かべています。

 

「キテレツ! 俺達であいつらをやってやろうぜ!」

「おいおい、ブタゴリラ君!」

「ブタゴリラ、本気!? 相手は戦艦だよ! しかもあんなにたくさん! いくらゼロ戦が動かせるからって無謀すぎるってば!」

 

ブタゴリラの迷いの無い意気込みにギーシュとトンガリが驚きました。

 

「無謀もゴボウもあるか! 俺達がやらなきゃ、誰がこの村を守るっていうんだ! シエスタちゃんの村なんだぞ!」

「落ち着いて、熊田君。……キテレツ君、わたし達でできる限りのことはやってみましょうよ」

「五月ちゃんまで!」

「君達、危険すぎるぞ! 相手は強大なアルビオンの艦隊だ! 我々だけではどうにもならん! せめて王軍が到着してくれなければ……」

 

艦隊を相手にしても戦おうとする意欲を見せる二人にトンガリだけでなくコルベールまでもが首を横に振りました。

怖気づいているトンガリと違ってコルベールはキテレツ達のことを本気で心配している様子です。

 

「キテレツ。何か良い発明品は無いナリか? きっと何かあるはずナリよ!」

「そうだぜ! あの船を叩き落とせる物とか、何でも良いから出せよ! 」

「キテレツ君……」

 

コロ助もみよ子もキテレツに縋る視線を向けます。今、頼りにできるのはキテレツの発明品だけなのです。

 

「う~ん……さすがに羽根うちわじゃ一度にまとめて吹き飛ばすこともできないし……」

 

しかし、これまで相手にしたことのない戦艦を、しかも大軍が立ちはだかろうとしているのですから対策を立てようにも良い案が浮かびません。

 

「やめなさい! あんた達!」

 

腕を組んで悩むキテレツでしたが、突然ルイズが悲鳴のような大声を上げていました。

 

「駄目」

 

いきなりの大声に驚いて一同が沈黙する中、タバサもルイズに続けて首を横に振りました。しかも珍しくはっきりと苦い顔を浮かべています。

 

「あんた達はすぐに学院へ戻りなさい! ゲルマニアから冥府刀の部品が届くまでおとなしくしてるのよ!」

「ルイズちゃん……」

 

突然の命令に五月は目を丸くしてしまいます。キテレツ達もじっとルイズ達を見つめますが、彼女はとても真剣な顔です。

 

「何だと! シエスタちゃんの村がこれから焼かれちまうかもしれねえってのに、おめおめ置き猿にして皆殺しにしろって言うのかよ! この白菜者め!」

「薄情者でしょ! あと、皆殺しじゃなくて見殺し! 置き猿じゃなくて置き去り!」

「お前は一々人のボケに突っ込んでんじゃねえ!」

「あ痛たたたっ!」

「やめなさい! 熊田君!」

 

ルイズに向かって怒りを露わにするブタゴリラはトンガリの頭にヘッドロックをかけますが、それを五月が咎めます。

しかし、キテレツ達を見つめていたルイズの表情は一転して心苦しそうなものへと変わっていきました。

 

「タバサちゃんもルイズちゃんもどうしたナリか?」

「ルイズちゃん?」

「な、なんだよ……」

 

様子がおかしいルイズとタバサにキテレツ達は困惑するばかりです。

 

「ねえ、あんた達。これから始まるのは今までの冒険や戦いとは全然違うの。これまでの人間とかガーゴイルみたいな生易しいものじゃない、あんな大きな戦艦が相手の本物の戦争なのよ」

 

苦い顔を浮かべながらも真剣な様子でルイズはキテレツ達の顔を見回しました。

 

「キテレツのマジックアイテムだったら、もしかしたらアルビオン艦隊を追い返すことだってできるかもしれない……下手したらそのまま全滅させられるかもしれない……。……でも、それでも……もうあんた達をこれ以上危険なことに巻き込ませたくないの!」

「ルイズちゃん……」

「あんた達は絶対に、みんな揃って故郷に帰らなくちゃいけないの! サツキ! あなたはお母さんに会いたくないの!?」

 

ルイズの口から出てきた言葉にキテレツ達はみんな何も言えませんでした。

それはこのハルケギニアにおけるキテレツ達の最大の目標であり、悲願なのです。

 

「あたしもタバサも知ってるんだから……ミヨコも、トンガリも、カオルだって、お母さんに会いたくって……夜寝てる時もうなされて、うわ言だって言ったりしてることだって……」

 

タバサも静かに頷いて僅かに俯きます。ルイズと同様に普段は絶対に見せないような悲しい顔でした。

 

「俺、そんなこと言ってたのか?」

「ルイズちゃん……」

 

自分達の知らない姿をルイズより明かされてキテレツ達はみんな唖然としました。

五月は前にトンガリが寝ている時にうわ言を呟いているのをタバサと一緒に見ましたが、まさか自分までもが眠っている時にそんなことをしていたなんて知る由もなかったのです。

六人が今すぐにでも家へ帰りたい、という強い思いを二人にはっきりと見られていたのです。

 

「ふうん……そうだったの」

「そうか……」

 

キュルケとコルベールもキテレツ達の本心を知って唸ります。

故郷に帰れないまま、家族に会うことさえできない辛い境遇は、タバサと同じだとキュルケは納得しました。

 

「あんた達の気持ちだって分からない訳じゃない。お世話になったシエスタを助けてあげたいって言うんでしょう? でも、本来ならあんた達はここにいるべきじゃないの! せっかくもう故郷に帰れるっていうのに戦争にまで首を突っ込んで、死んだりしたら元も子も無いじゃない! それでも良いの!?」

 

このハルケギニアで何度も危険な冒険や戦いを続けてきたキテレツ達ですが、ルイズもタバサももうこれ以上、そんなことに巻き込ませたくないのです。

タバサは本来なら全く関係が無いはずの自分の宿命にキテレツ達を巻き込み、危険に晒してしまったからこそ、自分と同じで家族に会いたい六人を一刻も早く帰してあげたいと願っていました。

特に、自分のせいで故郷へ帰れなくなってしまったキテレツ達を何としてでも帰さなければならない責任を背負うルイズは何が何でも一行をこのハルケギニアで起こる騒動に巻き込みたくありませんでした。

 

「シエスタやここの村人達はあたし達が責任を持って保護するから! もうこれ以上危険なことに深入りしないで! 大切な人が待ってる故郷に帰って!」

「お願い」

 

タバサもまたキテレツ達にはっきりと懇願します。

二人の心からの訴えと願いをはっきりと目の当たりにした一行は呆然として沈黙しました。

そんな中でも、ラ・ロシェールの空域からの砲撃の音は響き続けています。

 

「ありがとう……ルイズちゃん、タバサちゃん。そんなにわたし達のことを心配してくれていたなんて……とっても嬉しいよ」

 

五月はルイズとタバサに切なそうに微笑みかけます。

 

「……でも、ごめんね。わたし達、まだ帰る訳にはいかないわ」

「何でよ! サツキ! これ以上関わったら帰れなくなっちゃうかもしれないのよ!?」

「言ったじゃない。悲しいお別れはしないって。わたし、ルイズちゃん達とは最後まで笑顔のままでいたいもの。『さよなら』は絶対に言いたくないけど、こんな形でお別れなんてしたくない」

 

詰め寄ってきたルイズに五月ははっきりと自分の気持ちを語りました。

キテレツ達もキュルケ達も、ルイズ達三人を見守っています。

 

「もしここでルイズちゃん達やみんなを見捨ててまで帰ったりしたら、絶対にこの先ずっと後悔するもの。そんな悲しい思い出は残したくないわ」

 

ルイズの手をそっと握り締めて五月はしっかりと頷きました。

 

「だから……お別れをする最後の最後まで、お世話になった人達のために力になって、助けてあげたいの」

「……サツキ。あんた、怖くないの? あんた達だって、本当は無理してるんじゃないの?」

 

五月のその手は微かに震えているのがルイズには分かります。キテレツ達も同様にこれから起こる戦争に恐怖を感じているのだと察していました。

 

「……もちろん恐いさ。友達やみんなのためだったら、どんなことでもやり遂げたいって気持ちになれるけど、怖いことには変わりないよ」

「キテレツ君……」

 

これまでキテレツ達がハルケギアや元の世界で繰り広げてきた数々の冒険でも、恐怖を感じなかったことはありません。

 

「でも、五月ちゃんの言う通りだよ。たとえ怖くたって、みんなの力になりたいんだ。奇天烈斎様は争いのために発明品を残してくれた訳じゃないけど……それでも、僕はこの発明品でみんなを助けてあげたい」

 

抱えているケースを差し出してキテレツは頷きます。

それでもキテレツ達の心にある勇気の強さが恐怖を上回っているから、諦めない気持ちになれるのでした。

 

「ルイズちゃん。確かに戦争は危険だし、あんなにたくさんの軍艦を追い返すのは難しい。でも、このまま黙って何もしない訳にはいかないんだ。この村でお世話になってた奇天烈斎様だったら、きっとここの人達を助けてあげたいはずだよ!」

「そうナリ! ワガハイは逃げないナリよ! シエスタちゃんを助けるナリ!」

「へへっ、そういうこった! 伯父さんの友達だって世話になってたんだからな!」

「僕は五月ちゃんが心配だもの。ママには会いたいけど、自分だけ帰るなんてできないし」

「あたし達でできる限りのことをしましょう! まだ本当に逃げなくちゃならない時じゃないわ」

 

キテレツ達は口々に意気込みを吐き出していました。

そんな姿を目にするルイズとタバサは唖然としてしまいます。

 

(イーヴァルディ……)

 

やはりキテレツ達の心には勇気という名の勇者が住み着いていることをタバサは改めて感じ取りました。

そのイーヴァルディの勇者がいる以上、説得は無駄であると理解します。たとえ無理矢理魔法学院へ帰したとしても、キテレツ達はタルブに戻ってくるでしょう。

 

「負けね。この子達の勇気は誰にも止められないわ」

「馬鹿……」

 

キュルケが肩を竦め、ルイズも深く俯きます。

自分の願いは六人にはしっかりと届きました。しかし、それでもこの六人の心を変えることは元より不可能だったのです。

それは何より友達であり、世話になったルイズ達を思うからこその強い決意だったのですから。

 

「大丈夫よ。絶対に無茶だけはしないわ。それだけは約束するから……」

「約束よ、サツキ……絶対に生きて帰るって……でないと、許さないんだから」

「うん」

 

五月は改めて、自分達のことを大切に思ってくれるルイズ達と誓い合います。

絶対に『さよなら』は言わず、最後は笑顔でお別れをするためにも、この戦いに生き残らなければなりません。

 

「う~ん……友情っていいもんだなあ……見ているだけで感激してしまうな……」

「何を見惚れてんのよ、あんたは」

「本当にね。……良いわ。あたしも、最後まで付き合ってあげるわよ。サツキ達にはお世話になってきたんだもの」

 

呆然と見届けていたギーシュが感極まりますが、モンモランシーが肘で小突きます。キュルケは笑顔を浮かべてキテレツ達にウインクをしました。

 

「とにかく、まずは村の人達が避難するまであの船が降りてこられないようにしないと」

 

気が付けばタルブの村の中はかなり騒がしくなっている様子でした。シエスタやその家族達が外に出てきて、森へ逃げるように叫んでいます。

 

「何か良い物は無いナリか?」

「まずはゼロ戦を大きくしろよ! 俺がひとっ飛びで脅かしてきてやる!」

「だから無理だって! ブタゴリラ!」

「ブタゴリラ君。あの戦艦は大砲を積んでいるんだ。いくらゼロ戦があれだけ速く飛べるとはいえ、撃ち落とされるかもしれんのだよ?」

 

無謀なことをあっさり口にするブタゴリラをトンガリとコルベールが宥めました。

 

「何を出すの? キテレツ君」

 

唐突にケースを地面に置いたキテレツは中から取り出した物を如意光で大きくしだしました。

 

「これは?」

 

みよ子と一緒に横から覗いていた五月は目を丸くします。キテレツが取り出したのはダイヤルが二つ付いている装置らしき木箱と、二十個近い先端に野球ボールほどの球体が付いている円錐型の小さなアンテナみたいなものでした。

 

「これは雨よけコントローラナリか?」

「説明は後! みんな、この発信機をできる限り広い範囲で草原に設置してきて!」

「よっしゃ! 任せな! おら! トンガリ! お前も手伝え!」

「こんなんでどうする気なのさ……」

 

並べられたアンテナの中から四本手にしたブタゴリラがその半分をトンガリに押し付けました。

トンガリは渡されたアンテナを見つめて顔を顰めますが、ポケットから取り出した空中浮輪を頭上に浮かべます。

 

「コロちゃん、五月ちゃん、行きましょう」

「分かったナリ!」

「うん!」

 

三人も二つずつアンテナを手にし、空中浮輪を装備してそれぞれ違う方向に分かれて飛んで行きました。

空中浮輪を壊されている五月はみよ子に手を引かれて一緒にいきます。

 

「じゃあ、あたし達も行った方が良いわよね」

「ほら! あんた達も手伝いなさい!」

 

キュルケ達もアンテナを二つずつ持ち、ルイズはモンモランシーとギーシュを睨みつけます。

 

「ええっ!? 僕らまでかい!?」

「嫌よ! 何でここまで来てこんなことしなきゃならないのよ! わたし、アルビオン軍に喧嘩を売るなんて嫌だからね!」

「ここまで関わってるんだから、今さらこそこそと逃げ出すなんて許さないわ! さっさとやるのよ!」

 

困惑し、はっきりと拒絶するモンモランシーにルイズは杖を突きつけます。その厳しい目つきは本気です。

ルイズの気迫に圧されてモンモランシーは思わず逃げ腰になってしまいました。

 

「もうっ! 遠乗りに来ただけなのに、何でこうなるのよ~!」

 

 

ロイヤル・ソヴリン号……今はレキシントンと名を変えたアルビオン艦隊旗艦による砲撃が始まってから十数分が経ちます。

一方的に砲撃を受け続けていたトリステイン艦隊の旗艦、メルカトール号の船体が激しく燃え上がり、ついには爆散しました。

他の艦隊もほとんどが撃沈されており、残るはたったの二隻だけとなっています。その二隻も既に撃沈寸前でした。

 

「アルビオン万歳! 神聖皇帝クロムウェル万歳!」

 

レキシントン号の艦上からは何百人もの兵士達の歓声が次々に轟いていました。

彼らは後甲板に立つ一人の聖職者姿の男に視線を集中しています。彼こそがアルビオン大陸で革命を成し遂げたレコン・キスタの長であり、今や皇帝のオリバー・クロムウェルその人でした。

 

「誇り高き同士諸君! トリステイン王国は、我らが温情にも不可侵条約を結ばせたにもかかわらず、それを無視した理由なき攻撃を親善艦隊に対して仕掛けてきた!」

 

クロムウェルは両手を振り上げて声高に叫ぶと、集まった兵士達の熱狂はさらに強まりました。

 

「これは果たして何を意味するか!? そう! 宣戦布告だ! トリステイン王国は明確に、我が神聖アルビオンに対する敵対の意思があったのだ!」

 

歓呼の声がさらに轟く中、同じ後甲板にいた艦長のヘンリー・ボーウッドはつまらなそうに目の前の光景を見つていめます。

 

「王権の簒奪者め……恥知らずな……」

 

汚い物でも見るような忌々しい視線をクロムウェルの背中にぶつけていました。

今回、アルビオン艦隊は三日後にゲルマニアで行われるアンリエッタ王女とゲルマニア皇帝の結婚式に出席するための親善訪問のためにここまで来たのです。

しかし、それは表向きの話であり、実際は卑劣な陰謀をクロムウェル達は企んでいたのでした。

 

締結した不可侵条約を信じて戦備が整っていないトリステイン王国へ攻め入るため、まずはトリステインの主力艦隊を全滅させることにしました。

その手段は実に卑劣なもので、トリステイン艦隊が歓迎のために撃ってきた礼砲に合わせて自分達の艦隊の一隻をわざと大破炎上させたのです。

もっとも、切り捨てた船は旧型艦のホバート号で最小限の乗員しか乗せておらず、火を点けたら脱出する手筈になっていました。

 

それによってトリステイン艦隊がホバート号を撃沈した、と見なしてアルビオン艦隊は応戦をする口実を作り上げたのです。

もちろん、トリステイン艦隊に交戦の意思などないはずで、思いもしなかった反撃に混乱するでしょうが、それさえも初めから分かり切ったことでした。

この汚らしい陰謀をクロムウェルから聞かされた時にボーウッドはっきりと激怒しましたが、本人は「些細な外交」と吐き棄てたのです。

 

「よろしい! ならば受けてたとう! 驕り高ぶるトリステインに、我らが聖なる裁きと鉄槌を下すのだ! 始祖は我らと共にある! 神聖アルビオンに栄光あれ!」

「うおおーっ! アルビオン万歳! 神聖皇帝クロムウェル万歳!」

 

こうして一方的にトリステイン艦隊を全滅させ、アルビオンは表面上は合法的に、自衛のために卑劣な攻撃を仕掛けてきたトリステインに宣戦布告を仕掛けたのでした。

とんだ茶番劇に付き合わされる破目になったボーウッドは険しい表情を浮かべ、たった今全滅してしまったトリステイン艦隊の残骸を見つめます。

 

(ウェールズ殿下……お許しください)

 

戦死したトリステインの兵達を悼み、そしてトリステインへ亡命した真に忠誠を誓う皇太子ウェールズに向けて、静かに黙祷を捧げていました。

さて、熱狂が未だに止まない中、演説を続けていたクロムウェルの心境はというと……。

 

(ああ……ついにトリステインに攻め入ってしまった……本当にここまでする必要があったのだろうか……)

 

あれだけ威厳のある演説を行っていたのとは裏腹に、クロムウェルの心にあるのは恐怖だけでした。

元々、シェフィールドによって革命軍レコン・キスタの長に、そして神聖アルビオンの皇帝に祭り上げられていたクロムウェルには他国を侵略する気なんて無かったのです。

革命を始めた当初は王家に復讐ができることが楽しかったのですが、ここまで事態が大きくなると思わなかったクロムウェルもさすがにここまで来ると恐怖しか感じられません。

それでもクロムウェルはシェフィールドに半ば脅されるように、言われるがままにアルビオンの皇帝として振舞うしかありませんでした。

 

(何故、トリステインへ侵略しなければならなかったのか……ミス・シェフィールド……何を考えておられる……?)

 

シェフィールドはトリステインを侵略する命令を下すだけでなく、クロムウェル自ら戦線に立つようにも言ってきました。

クロムウェル本人としてはせめてアルビオン大陸のハヴィランド宮殿から遠見の鏡で今回の謀略を見届けたかったのですが、シェフィールドはそれを許さなかったのです。

「皇帝自ら陣頭指揮を執った方が兵の士気も上がる」と、もっともらしいことを言っていましたが、シェフィールド自身はここにはいません。

自分に命令を下してくれる者がいないため、クロムウェルはとても不安で心細い思いでした。

 

未だ歓声が止まない中、クロムウェルはレキシントン号のメインマストを見上げます。

マストの帆のほぼ全体に、大きな赤く丸い楕円が描かれているのが分かりました。

 

(何かを我らに送ってくれるというのだろうか? ……しかし、あんな所にあんなに大きな物を描いて何を?)

 

数日前、シェフィールドはクロムウェルに不思議なマジックアイテムを用意していました。

それはワルドが回収していた異国のマジックアイテムである、あの瞬間移動ができるという赤い輪を元にして複製したという代物で、同じように瞬間移動ができるというのです。

シェフィールドはそのマジックアイテムを使ってレキシントン号の帆に瞬間移動の通り道を作るように命じてきました。

それで何をしようというのかについては、「お前は知らなくても良い」と突っぱねられて聞くことはできなかったのです。

肝心なことは何も教えてはくれませんでしたが仕方がなく、竜騎士に命じて帆に巨大な輪を描かせたのでした。

 

そうしてクロムウェルが人知れず不安と恐怖に内心怯えている中、トリステイン艦隊の殲滅が完了したのでアルビオン艦隊は次の作戦を実行に移していました。

侵攻の拠点を得るため、艦隊はラ・ロシェールから近郊のタルブへと移動します。

 

「やけに雲が出てきたな。これでは地上の様子も分からぬ」

 

しかし、タルブ上空に差し掛かろうとした時、クロムウェルは不思議そうに顔を顰めます。

トリステイン艦隊を攻撃している最中にはタルブの広大な草原が見えていたはずなのですが、いつの間にか濃い霧のような雲がタルブ一帯の上空に広がっていたのです。

これでは地上の様子が分からず、艦隊を降下させるのはもちろん、侵攻軍の地上部隊を上陸させることもできません。

 

「おい! 艦長! これはどういうことだ!? 偵察からの報告ではラ・ロシェールとタルブ一帯の天候は快晴だったはずだろう!」

 

艦隊司令長官のジョンストンは掴みかからんとする剣幕でボーウッドに詰め寄ります。

事前偵察のためにラ・ロシェールに送り込まれていた土くれのフーケからの報告ではジョンストンの言う通り、雲一つない天気で見晴らしが良かったはずでした。

 

「ジョンストン君。落ち着きたまえ。所詮、雲が出ているだけだ。敵が現れた訳ではないよ」

「し、しかし……」

 

憤慨するジョンストンをクロムウェルが宥めますが、実の所クロムウェルもこの雲の下に何かいるのかと考えると恐ろしくなってしまいます。

それを悟られないよう、必死に恐怖を押し隠して平然とした態度をとっていました。

 

「……とにかく上陸前の露払いも兼ねて竜騎士隊を先導させましょう。よろしいですね?」

 

ボーウッドは軍人らしく冷静に次の作戦の実行を告げました。

それからすぐにレキシントン号に搭乗していた二十騎ばかりのアルビオン竜騎士隊達が各々の竜に跨り、次々と飛び上がります。

竜騎士隊達は雲の下へと降下していき、アルビオン艦隊はその雲の上でひとまず駐留することにします。

もしかしたら雨が降っているのかもしれません。そうなると地上軍を降ろすのも低空に駐留し続けるのも辛くなってしまいます。

 

「何だ! 何事だ!」

 

突然、雲の下から聞いたこともない騒音が爆音と共に響いてきました。

銃声のような、しかしそれにしては大きすぎる上に小刻みな音で轟き続けているのです。

 

「一体何が起きている!?」

 

クロムウェルまでもが甲板から身を乗り出してしまいますが、雲が見えるばかりで何も見えません。

正体が分からない音を前にして、恐怖に打ち震えていました。

 

 

先ほどまで太陽が照り、青空が広がっていたタルブの空にはすっかり分厚い雨雲で覆われていました。

シエスタ達は既に村の外へと出て行ってしまい、無人となったタルブの村の入口にキテレツ達は集まっています。

 

「いやあ、しかしすごいもんだなあ……さっきまであんなに天気が良かったのに」

「あんな物だけでこんなことできるなんて……」

 

ギーシュとモンモランシーは地面に置いた装置のダイヤルを操作するキテレツを横から覗き込んで嘆息します。

キテレツが用意した雨よけコントローラは元々、雨の呼び笛と呼ばれる発明品で、アンテナの発信機から特殊なイオン波を雲に送り、水分を集めることで雨雲を生み出す装置なのです。

ずっと前にその雨の呼び笛を参考にして、逆に雨雲を避けさせる装置として作ったのが雨よけコントローラでしたが、作った時は調子が悪くて上手くいきませんでした。

それから改良を重ねて作り上げたのが現在の雨よけコントローラ……気象を自在に操作することができる気象コントローラなのです。

 

「このタルブの近くにある雲を全部かき集めたからね。船が降りてきたら大雨を集中させられるよ」

「そんなこともできるんだ」

「でも、それだったら船を落とすこともできるかもしれないわ」

 

五月とルイズもコントローラを操作するキテレツを眺めて唸ります。

空を飛ぶ船とはいえ、嵐に見舞われれば墜落してしまう恐れがあるのです。よって、空の航海は基本的に天気が良い時でなければいけません。

 

「キテレツ斎殿は本当にすごいんだな。自在に雨を降らせられるなら、日照り続きで困っている人も助かることだろう」

「はい。奇天烈斎様もそれが目的でこれをここで使ったみたいなんです」

 

感心するコルベールにキテレツは頷きました。

キテレツがこの装置を用意しようと考えたのも視界を悪くさせて上空からタルブの様子を見ることができないようにさせ、艦隊を降下させる時間を遅らせるためだったのです。

ルイズ達がタルブ草原の各所に設置した発信機からイオン波を拡散させることでこれほどの雨雲を作りだすことができたのでした。

雨自体はその気になればいつでも降らせますが、まだそこまではしません。

 

『おらおらおらーっ! これでも食らいやがれーっ!』

 

コルベールが手にしているトランシーバーからブタゴリラの声が聞こえてきます。

上空を見上げるとそこには降下してきたアルビオン竜騎士団が飛び交っているのが見えますが、さらに高速で飛び回るゼロ戦の姿もありました。搭載されている機銃を発射している音もトランシーバーを通して聞こえます。

ゼロ戦はぐるぐると竜騎士団を威嚇するように周辺を旋激しく回しています。中には機銃で翼を撃ち抜かれて墜落していく竜もいました。

 

『んなもんが当たるかよ! ざまーみろ!』

 

竜騎士達は先ほど急上昇してきたゼロ戦に驚いている様子で火竜が火炎のブレスを吐きだしますが、ゼロ戦の速度に翻弄されてを捉えることはできませんでした。

 

「ブタゴリラ君! あまり無理をしちゃいかんよ!」

「カオル! 囲まれちゃうわよ! 気をつけなさい!」

 

コルベールとキュルケが空を見上げながらトランシーバーに向かって叫びました。

竜騎士達は散開を始め、ゼロ戦を取り囲もうとしているようです。

 

『キテレツ! ブタゴリラが危ないナリよ!』

『だから無茶だって言ったんだよ!』

 

地上に残っていないのはブタゴリラの他にもみよ子、トンガリ、コロ助が別動隊として行動をしていました。

現在、三人はキテレツの発明品を持って村の上空にキント雲を使って飛び上がり、待機しているのです。

 

「キテレツ。如意光を貸して」

「どうすんのよ? 一体」

「何をしようっていうんだい?」

 

タバサが突然、如意光を借り出したのでルイズとギーシュが目を丸くしました。

 

「きゅい! きゅ~いっ!」

 

ずっと座り込んでいたシルフィードの元へタバサが歩み寄っていくと、シルフィードは露骨に嫌がった様子で鳴きだしました。

 

「我慢して。これもみんなのため」

 

そう呟いたタバサは如意光の青い拡大光線をシルフィードに浴びせます。

すると、見る見るうちにシルフィードの体は膨れ上がっていきました。

 

「うひゃあ!」

「でっかい……」

 

ギーシュが尻餅をつき、モンモランシーが唖然とするほどにシルフィードの体は巨大化したのです。

確実に二十メートルはある巨体は大人の火竜でも滅多にあるものではありません。現在、空にいる火竜なんて足元にも及びません。

 

「本当に恐竜みたい……」

 

五月は今のシルフィードがまるでティラノサウルスを彷彿とさせるような威圧感を感じていました。

 

「タバサ、あなたも行くつもり?」

「カオルを助ける」

 

キュルケの言葉を背に受け、巨大化したシルフィードの頭にレビテーションで飛び乗ったタバサはいつもと違う感触の竜の肌に触れました。

 

「きゅ~い~っ!」

 

いつもよりも低くなった感じの鳴き声を上げ、シルフィードは巨大な翼を広げて羽ばたきだします。

 

「きゃあっ!」

「うおおおっ! すごい風圧じゃないか! さすがだな!」

「嫌あ! ぺっぺっ! 目にゴミが……!」

 

二十メートルという巨体による羽ばたきは強烈な突風を巻き起こします。その強風に煽られてルイズ達は翻弄されてしまいました。

飛び上がったシルフィードはそのまま上空のゼロ戦を取り囲もうとする竜騎士団目がけてゆっくりと上昇します。

 

 

「きゅい、きゅ~い~っ!」

「うわあっ! 何なんだ! あれは!?」

「あんなでかい竜、見たことないぞ!?」

 

タルブ村から突然飛び上がってきたそれまで見たことがないほどに巨大な風竜の姿に竜騎士達は戸惑いだします。彼らが騎乗する火竜達も困惑しているようでした。

巨体であるため一見ゆっくりに見えますが、実際の飛行速度はいつもと同じです。シルフィードは一か所に集まっている竜騎士達目がけて突進していきました。

 

「何を怖気づいている! 怯むな! やれ!」

 

竜騎士達はシルフィードの巨体に圧倒されている竜を叱咤すると、火竜達は次々に火炎のブレスを吐き出しました。

 

「きゅいーっ! そんなのへっちゃらなのねーっ!」

 

風竜のブレスは火竜に比べると強くはないですが、今は巨大化しているおかげで火竜達よりも威力を上回っています。逆にシルフィードのブレスがかき消してしまいました。

 

「ウインディ・アイシクル!」

 

巨大なブレスを慌てて散開して避けた火竜達にタバサは氷の矢を拡散させます。

全方位に放たれた氷の矢に竜騎士達は火竜もろとも射抜かれてしまい、次々に墜落していきました。

 

 

「すすす、すごいじゃないか! 天下無双と謳われたアルビオンの竜騎士達がまるで赤子同然だよ!」

 

地上で空中戦を見届けていたギーシュが興奮した様子で見惚れていました。

ゼロ戦の機銃や巨大化したシルフィードとタバサに竜騎士達は圧倒され、手も足も出ません。

瞬く間にその数は半分以下へと減らしてしまいます。

 

「タバサも考えたわね~……」

「確かにあれじゃいくらアルビオンの竜騎士でも敵わないわよね……」

 

感心するモンモランシーにルイズも同調します。

この調子で行けば二人だけで竜騎士団を全滅させることができるでしょう。しかし、本隊は未だ雲の上にいます。それを何とかしなければ話になりません。

 

「見て! 艦隊が降りて来たわ!」

 

キュルケが指を差した先には、雲を突き抜けて降下してきたアルビオン艦隊の姿がありました。

 

「ついに来たか……! 君達! アルビオン艦隊が来るぞ! 気をつけたまえ!」

「あの大きいのは?」

「きっとまだ上にいるのよ」

 

コルベールがトランシーバーに叫ぶ中、ルイズと五月は降下してきた艦隊を観察しています。

どうやら第一陣のようで降りてきたのは全部という訳ではなく、旗艦のレキシントン号やいくつかの戦艦の姿はありません。

 

「みんな! 手筈通りに行くよ! 用意は良い!?」

 

立ち上がったキテレツはコルベールの持つトランシーバーの近くで叫びました。

これからがこのタルブの地を死守するための戦いの本番となります。

あの艦隊をどうにか食い止めなければ、のどかで綺麗なこの草原も村も無残に焼き払われてしまうでしょう。

 



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タルブの決戦! イーヴァルディの勇者たち・中編

もうじき昼になろうとしていますが王都トリスタニアの王宮は今、混乱の極みにあります。

ほんの数時間前までは三日後に執り行われるゲルマニア皇帝との結婚式のための準備で大忙しで、アンリエッタ王女もウェディングドレスに身を包んでいました。

しかし、今となってはもう結婚式どころではありません。ラ・ロシェール上空でアルビオンからの国賓を歓迎しようとしていた艦隊が全滅させられた報せが届いただけでなく、アルビオン政府から宣戦布告まで突きつけられたトリステイン政府は大混乱に陥りました。

 

「すぐにゲルマニアに援軍を派遣してもらいましょう! このままでは敵軍はここトリスタニアにまで攻めてきますぞ!」

「いや、そもそも我が艦隊は空砲を発射しただけなのだぞ? きっと偶然の事故が誤解を生んだのだ」

「今からでもアルビオンと話し合えば誤解は解けるかもしれん。事を荒立ててはいかん」

「アルビオンに特使を派遣して話し合うべきです! こちらから仕掛ければそれこそ全面戦争に発展しますぞ」

「そんな悠長なことを言っている場合では……!」

 

会議室では大臣や将軍達が激しく議論を交わしているのですが意見は一向にまとまりません。

宰相マザリーニ枢機卿も出来ることなら何とか外交によってアルビオンと話し合い、全面戦争という最悪の展開だけは避けたいと考えていました。

 

(ウェールズ様の言っていた通りだったわ……レコン・キスタはトリステインの侵略を……)

 

上座についていたアンリエッタは目の前で繰り広げられている不毛な会議を目にして苦い顔を浮かべています。

彼女は以前から王宮に匿っているウェールズ皇太子から今後の神聖アルビオンことレコン・キスタが何をしようと考えているのかを聞かされていました。

レコン・キスタの目的は言うなれば世界征服です。そのためにいずれはトリステインやゲルマニアにも攻め入って、転覆させた前アルビオン王国と同じようにしようと企んでいるはずです。

不可侵条約も侵略の準備をするための単なる時間稼ぎでしかないとまでウェールズは教えてくれました。

 

(騙し討ちで戦争を仕掛けて来るなんて、何て恥知らずなの……)

 

愛するウェールズの祖国を滅ぼすだけでは飽き足らず、卑劣な手段で侵略を仕掛けてきたレコン・キスタにアンリエッタの心には静かな怒りが宿っていました。

 

(何故、誰もあいつらの卑劣な企みが分からないの?)

 

不毛な会議を続けている貴族達、特に隣に立っているマザリーニにアンリエッタは厳しい視線を向けていました。

ウェールズからの話を聞いたアンリエッタは何週間も前、レコン・キスタはきっとトリステインやゲルマニアを攻めてくるはずだから危険だとマザリーニに話をしたのですが、まるで相手にしてはくれなかったのです。

不可侵条約を結んでいるのだから向こうもこちらも何もできない、ともっともらしいことを述べてはいたのですが、その時も今もマザリーニのアルビオンに対する危険意識が薄かったのでアンリエッタは心底苛ついてしまいました。

 

「偵察の竜騎士より急報です! アルビオン艦隊はラ・ロシェール近郊のタルブ草原に降下して占領行動に移っている模様!」

 

会議室の扉が乱暴に開け放たれ、息せききった急使が飛び込んできました。

 

「もう兵を上陸させているというのか!」

「このままではトリステインをアルビオンに蹂躙されるだけだ! 一刻も早く反撃を……!」

「反撃と言っても、既に艦隊は全滅しているのですぞ! 軍備も整ってもいないのに手を出しては返り討ちにされるだけ……」

「せめてゲルマニアに援軍の派遣をしてもらわねば……!」

 

新たな伝令に会議室はさらに騒然となり、不毛な議論を始めてしまいます。

 

「いえ……そ、それが、その……!」

 

ところが現れた伝令は何故か困惑した様子でその場に留まっています。まだ何か伝えたいことがあるようでしたが、息を切らすだけで話は続きません。

 

「はっきり言え! 何があったのだ!?」

「上陸した敵はどれだけの数なのだ?」

「現地は今、どうなっている!」

 

苛立った貴族達が叱りつけながら促しますが、急使も彼らも混乱してしまって正確な情報が伝わりません。

 

「私が説明しましょう」

 

そこへ突然、急使の後ろからはっきりと聞こえた声に会議室にいる者達の視線が集中しました。

 

(ウェールズ様……!)

 

アンリエッタは思わず上座から立ち上がりそうになりますが、それを何とかこらえました。

会議室に現れたのは彼女が愛する男、ウェールズだったのです。彼は他の竜騎士達と一緒にアルビオン艦隊の偵察に向かい、戻ってきた所でした。

ウェールズの出現に驚き静まる貴族達ですが、彼はそのまま話を続けます。

 

「アルビオン艦隊は今伝えた通りにタルブを拠点に占領を始めておりますが、まだ上陸はせずに大部分は上空待機をしています。現地では二体の竜を相手に交戦している所です」

「竜? それはどこの部隊なのだ? 我が国の竜騎士隊ではないのかね?」

「いや、恐らく現地を偶然訪れていた者達でしょう。彼らはトリステイン魔法学院の者達のようでです」

 

先刻に現地へ飛んだウェールズが見たのは、巨大な風竜と全く未知な姿をした高速の竜がタルブの空を飛び回っている光景でした。

それらを目にしたウェールズは驚きはしたものの、すぐに正体が以前に世話になった魔法学院の生徒達と異国からやってきた子供達であると理解したのです。

 

(まさか、ルイズ達が……!?)

 

ウェールズの話を聞いたアンリエッタは目を見開いて驚きました。

自分の無二の親友と、愛する人をここまで連れてきてくれた異国の子供達が今、アルビオン艦隊と戦っていることを察します。

 

「魔法学院だと? 何を馬鹿な! たかが子供と教師ごときに何ができるというのだ!」

「おとなしく学院に籠っていれば良い物を! 余計なことをしおって!」

「しかし、彼らは驚くほどの奮戦を続けています。現に見たこともない強力な竜やマジックアイテムを操り敵の竜騎士隊を全滅させ、アルビオン艦隊が降下してくるのを食い止めているのです」

 

貴族達が憤慨する中、ウェールズは動じずに現地で目にした状況を伝えます。アンリエッタもルイズ達が今、タルブにいることをはっきりと確信しました。

ウェールズは城に滞在していたこの数日、彼が目にしたキテレツが持つ様々な不思議なマジックアイテムの力を語ってくれたのです。アルビオンから脱出する時にはその力を借りて、敵を蹴散らしたことも話してくれました。

たった数人で軍隊を相手にそれだけのことができたのですから、今もタルブでキテレツのマジックアイテムを使って奮戦しているのだと理解したのです。

 

「アルビオン艦隊を食い止めているだと?」

「魔法学院で何か新しいマジックアイテムでも作り出したというのか? そんな話、聞いたことがないぞ?」

「いや、そんなことよりも今は早くゲルマニアへ援軍の派遣を……」

「だから、それでは余計にアルビオンを刺激することに……早急に特使を送って話し合いを!」

 

またも不毛な話し合いを続けそうになった貴族達を見て、アンリエッタは深呼吸をして決心しました。

こんな所にいても何も解決なんてできないのです。ならば、自分がすべきことはただ一つだけです。

 

「姫殿下?」

 

唐突に席を立ったアンリエッタに貴族達の視線が一斉に注がれました。アンリエッタは彼らには一瞥も暮れずにウェールズの元へと歩いていきます。

 

「行きましょう、ウェールズ様」

「アンリエッタ……」

 

ウェールズは今まで見たことがないアンリエッタの力強い表情と瞳に目を丸くします。

 

「姫殿下! 何をなさるおつもりで?」

「これから全軍を率いてタルブへ向かいます。あなた達はここで会議を続けていなさい」

 

厳しい口調のアンリエッタの言葉に会議室内はざわめきだしました。ウェールズまでもが驚いた顔を浮かべます。

 

「姫殿下、何をおっしゃるか! タルブは今、戦火に包まれているも同然ですぞ。そんな所へむざむざ飛び込むなど……」

 

マザリーニが慌てて駆け寄ってきますが、アンリエッタは逆に彼を睨みつけました。

 

「あなた達こそ、一体いつまでこんな茶番を続けるおつもりなの? 今、タルブで何が起きているか本当に分かっているというのですか?」

 

アンリエッタは貴族達の顔を見回し、言葉を続けます。

 

「タルブの地は今、敵によって侵されていることは事実なのです。この期に及んで同盟だ、特使がなんだと世迷言を繰り返すよりもやるべきことがあるのではなくて?」

「世迷い事など……我らはアルビオンとの全面戦争を回避するために話し合いをしなければ……」

「何がアルビオンと話し合いですか! 今更、そんな申し入れなど戦争を仕掛けてきた彼らが聞き入れると思っているのですか!?」

「しかし、我らは不可侵条約を結んでいたのですぞ。今回の件も偶然が重なった事故によって起きた誤解によるもので……」

 

貴族達はアンリエッタをたしなめようとしますが、彼女の貴族達を見る目はますます厳しくなるばかりです。

平和ボケをしすぎてまるで現状を認識できていない、ふがいない貴族達にアンリエッタはほとほと愛想を尽かしていました。

 

「あなた達は彼らがどんなに卑劣な連中なのか分かっていないようね! 不可侵条約? そんな物など形だけで白紙も同然……彼らが都合良く時間を稼ぎ私達の虚を突くための口約束に過ぎません! 元より守るつもりなど無かったのも、初めから戦争の意思があったのも明白ではありませんか! 一体いつまで現実から目を背けるおつもり!? 彼らが何故、ウェールズ様の国を滅ぼして乗っ取ったのか、あなた達はまるで分かってないわ! 彼らはこのハルケギニアを全て手中に収めるためなら汚いことでも何だってやるつもりなのです! だからこそ、トリステインがアルビオンに敵対の意思があることさえでっちあげたのでしょう!」

 

その言葉に貴族達の表情が青ざめます。彼らもレコン・キスタがどれだけ危険な存在なのか全く認識していなかった訳ではありません。

もしかしたらアルビオンを乗っ取った後にはすぐにでもトリステインへ攻めてくるのではないかという不安もありました。しかし、彼らの方から不可侵条約を申し入れてきてくれたので、表面上ながらも平和の時間が得られたことに安心していたのです。

その平和……つまりは自分達の安全を壊したくない貴族達は、レコン・キスタが自らそれを破って攻撃してくるはずが無いという願望と期待に縋り、明確に敵意を抱いていることや、既に後戻りができないほどに戦争が発展している現実を認めたくなど無かったのです。

 

「そして、私達がこうしている間にも民の血が流されているのが分からないの? 敵に襲われ、侵された時に彼らを守るのが王族の、貴族の務めではないのですか!?」

 

そこまで言われてしまっては貴族達も何も言い返せませんでした。

横にいるウェールズもマザリーニも、彼らを責めるアンリエッタを見守ります。

 

「あなた方は恐いのですね? どうせ勝ち目など無いからと初めから決めつけて、敗戦後に反撃の責任を取らされることが。ならば、このまま何もせず恭順して生き永らえて、民をも見殺しにするというのね?」

「姫殿下。口が過ぎますぞ」

 

マザリーニがたしなめますが、アンリエッタは彼を無視して言葉を続けます。

 

「今、タルブで戦っている者達は軍人でも何でもないただの学生達です。そんな彼らでさえ勇敢に敵に立ち向かっているというのに、あなた達には民を守るどころかなけなしの勇気さえもないようね。そんな者達が貴族を名乗る資格などありません!」

 

ぐうの音も出ないほどに言い負かされ、貴族達は俯いて黙りこくってしまいました。

 

「そこまで敵に侵略されるのが怖いのなら、ここでずっと会議でも何でもしていれば良いんだわ! ウェールズ様! こんな者達など放って行きましょう!」

「ア、アンリエッタ」

 

アンリエッタはもう彼らさえも見ずに振り返り、ウェールズの手を引っ張っていきました。

会議室を飛び出して行ったアンリエッタに引かれるウェールズはここまで積極的に、しかも強気に行動を起こす彼女に面食らってしまいなすがままとなっています。

 

「姫殿下! お待ちを! お輿入れ前の大事な体なのですぞ! ゲルマニア皇帝との結婚式が……」

「ならばそんな結婚式など、無期延期とします! ゲルマニアからの兵が欲しいならば、あなたが結婚でも何でもなされば良いわ!」

 

マザリーニが慌てて追ってきますが、アンリエッタはかぶっていたヴェールを彼に投げつけ、そのまま廊下を進んでいきました。

 

「アンリエッタ、待つんだ。落ち着いてくれ」

 

ウェールズも困惑をしつつも何とかアンリエッタを押し留めようと、彼女の前へと出てきました。

興奮していて息が荒くなっているアンリエッタはウェールズの顔を見つめて、徐々に気を落ち着かせていきます

 

「ウェールズ様。どうか私をタルブへ……ルイズ達の所まで連れて行ってください。今、あの子達だけでアルビオンの軍勢と戦っているのです!」

 

縋るような瞳でウェールズを見つめるアンリエッタの脳裏には、自分の大切な友人の姿が浮かびます。

誰に言われるでもなく、自分達の意思で強大なアルビオン軍と戦っているであろうルイズとその仲間達のことが心配で堪らないのでした。

 

「ルイズやキテレツ殿達は私達に……ウェールズ様のために力になってくれました。今度は私達があの子達に報いる番です!」

 

こうしてウェールズと間近で話し合えるのも、全てはルイズやキテレツ達のおかげなのです。

そんな彼女達に深い恩義を抱いていたアンリエッタは、必ず恩返しをしてあげたいと願っていました。

ウェールズはアンリエッタの顔をしばらく呆然と見つめていましたが、やがて優しく微笑みを浮かべます。

 

「君は本当に強くなったんだね、アンリエッタ。……驚いたよ」

 

ウェールズは自分が愛するアンリエッタがここまで強くなっていることに心底、驚いていました。この城へ身を寄せてからの数週間、彼女はゲルマニア皇帝の元へ嫁ぐのを嫌がっていたり、自分と結婚をしたかったなどと嘆いていたのが嘘のように感じられたのです。

彼女がここまで勇敢に行動を起こせるのも大切な友人達や、この国の民を助け、守りたいという思いを抱いているからなのです。

その強い心がどんな危険や敵が待ち受けようとも、決して諦めない勇気を与えているのでしょう。

紛れもなく、アンリエッタが一国の主となるに相応しい威厳と志を持っていることをウェールズははっきりと認識していました。

 

「今、私がここにいるのもあの子達のおかげだからね。私も見捨てることはできないよ。一緒に行こう」

「はい……!」

 

お互いに同じ思いを抱く二人が握り合う手の薬指にはそれぞれ指輪がはまっていました。

ウェールズの指には風のルビー、アンリエッタの指には水のルビーが輝いています。

数週間前にアンリエッタは任務の報酬としてルイズに譲ろうとしたのですが、結局ルイズは受け取れないと強く断ってアンリエッタに返却したためにこうして彼女の手元にあるのでした。

 

「姫殿下! 皇太子殿! お待ちを!」

 

そこへマザリーニが追いついてきて、肩で息を切らしていました。

 

「……あなた方だけを行かせる訳には参りませぬ! 不肖ながら、私めも御供しますぞ」

 

しかし、彼はもうアンリエッタを止める気はありません。

彼も彼なりに国や民のことを考えて今までアンルビオンと上手くやっていけるように政を行ってきましたが、アンリエッタに現実を突きつけられてついに決心したのです。

もはや外交なんかで何もできないことも、敵がどのような存在であるかもはっきり認識し、自分達が本当に今すぐにできることをしなければならないと理解しました。

 

 

アルビオン艦隊がタルブ上空に居座ってから一時間が経ちます。もうすぐ昼になろうとしていますが、空を覆う雲のせいでとても薄暗くなっていました。

竜騎士団達はブタゴリラのゼロ戦とシルフィードによって全滅し、今度は低空まで降下してきた艦隊に立ち向かっています。

 

『そんなへなちょこ玉が当たるかよ! そらそらーっ!』

 

艦隊の周囲を大きく旋回するゼロ戦に向けて砲撃が加えられますが、速すぎてとても捉えることはできません。

逆にマストに機銃を叩き込まれて風穴を開けられていき、船員達は大慌ての様子でした。

 

「きゅい~っ!」

 

巨大化したシルフィードが戦艦の頭上まで飛び上がると、強力になったブレスをマストに吹きかけます。

一瞬にして炎が燃え広がり、乗員達は大混乱に陥りました。

さらにはシルフィードが体当たりを仕掛けて舷側の翼をも捥ぎ取ったことで、完全にバランスを失った戦艦は煙を噴き上げながら地上に向かって墜落していきます。

 

「次。後ろから回り込んで」

「きゅいっ! カオル君のドラゴンには負けないのねーっ!」

 

シルフィードの頭の上で屈みこむタバサに命じられてシルフィードは翼を広げ、一度艦隊から距離を取ります。

大砲の射程と範囲から外れ、死角に回り込んでから一気に攻撃を仕掛けるというヒットアンドアウェイを繰り返して確実に戦艦を落としていきました。

 

(絶対にイーヴァルディは守る……!)

 

タバサは何があろうと、敵が何であってもキテレツ達を彼らから守り抜くことを決意していました。

敵はアルビオン艦隊ではありますが、実質的に憎き仇の伯父ジョゼフの操り人形同然である以上、容赦はしません。

家族が恋しく家に帰りたいのにも関わらず、それでも自分達のためにこのハルケギニアに留まってくれた友人にして恩人達のためにも、タバサはシルフィードと共に戦艦へと立ち向かいます。

 

「うわわわわっ! また撃ってきたナリよ~! みよちゃん! トンガリ~!」

「えええいっ!」

 

コロ助が操縦するキント雲の上でみよ子は頭上に掲げた天狗の羽うちわを両手で力いっぱいに振り下ろしました。

キント雲の前には戦艦が真正面から迫ってきており、甲板にいる船員達が次々に移動式の大砲を向けて砲撃をしてくるのです。まともに当たればただでは済みません。

しかし、みよ子が羽うちわで巻き起こした強烈な突風は飛んでくる砲弾を阻んでしまい、キント雲に到達する前に失速して落下していきました。

 

「やあっ! えいっ!」

 

みよ子は必死になって羽うちわを両手で振り回しますが戦艦に近づくにつれて砲撃は激しさが増していき、このままでは防ぎきれそうにありません。

 

「うわあ! ママ~ッ!」

 

逃げ腰になりつつもトンガリは大きな円盤状の畳座布団のような物を正面にかざします。

羽うちわの突風で吹き飛ばされ、風圧で阻まれていた砲弾の一部は飛んでいく方向を180度転換して逆に撃ってきた大砲の方へと戻っていきました。

撃ったはずの砲弾が戻ってきて船員達は驚き、船体や甲板に直撃するとさらに慌てふためきます。

キント雲にも使われている、反重力を生み出すことができる昇月紗を如意光で大きくし、盾代わりにすることでみよ子の羽うちわで防ぎきれない大砲の弾を重力の方向を変えて逆に跳ね返すことができるのでした。

如意光で大きくしてもいるため、トンガリは両手でしっかりと支えなければなりませんが、跳ね返される大砲の弾は次々に戦艦を損傷させていきます。

 

そうして二人が攻撃を防いでいる間にコロ助はキント雲を戦艦の原則に突き出た翼の前まで飛ばして行きました。

 

「みよちゃん! 今ナリ!」

「やあああっ!」

 

今度は羽うちわの角度を縦向きにしてまたも力いっぱいに振り下ろします。

これまでのような突風ではない、鋭く大きなつむじ風が戦艦の翼を一瞬にして縦一文字に両断してしまいました。

途端に戦艦はグラリとバランスを崩して傾きだします。

 

「やった! コロ助、早く逃げるんだよ!」

「キテレツ君達の所へ一度戻りましょう!」

「分かったナリ!」

 

急速に転換したキント雲は艦隊のいる空域から一気に離れてタルブ村目がけて降下していきます。

トンガリとみよ子が振り返ると、後ろではバランスを失って大きく傾いた戦艦がみるみるうちに地上へと落下していくのが見えました。

地上の草原にも先に墜落した艦隊が煙を噴き上げて座礁している様子が見下ろせました。

 

このようにして空に上がったみよ子やブタゴリラ達は戦艦からの攻撃をそれぞれ何とかやり過ごしながら翼やマストなどを狙って攻撃し、次々に飛行能力を奪っていたのです。

戦艦の攻撃は激しいものではありましたが、現代兵器であるゼロ戦の性能やキテレツの発明品の力に助けられ、第一波である六隻の艦隊はブタゴリラやみよ子、タバサ達の活躍で残りは一隻だけとなっていました。

 

さて、地上に残っていたキテレツ達はというと……。

 

「御用! 御用! 御用!」

「ぐわっ! や、やめろ!」

 

甲冑姿の騎士の一人を召し取り人が十手で頭を叩いていました。

近くには同じ姿の騎士達数十人ばかりが縛り上げられており、項垂れています。

 

「このガキどもめ! 生意気に我らの船を落としおって!」

「ただで済むと思うなよ!」

 

何人もの水兵達が杖を手にキテレツ達に迫ってきていました。

墜落した竜騎士達は地上にそのまま落ちずに魔法で浮遊することで辛うじて一命を取り止めていたのですが、そのままキテレツ達がいる村にまで乗り込んできたのです。

村のすぐ近くに墜落した戦艦からも大勢の兵達が降りてきて、同じようにキテレツ達に怒りの矛先を向けてきたのでした。

 

「や、やったのはあたしじゃないわよ! ギーシュ、あなた男でしょ! 何とかしてよ!」

「いや、そんな……これだけの数を相手になんて……!」

 

ギーシュの背中に隠れながらモンモランシーが叫びますが、当のギーシュも怒りに燃える大勢の兵を前にして完全にビクついています。

ルイズや五月達がすぐ近くで別の兵達と睨み合っていますが、一緒にいるキュルケが容赦なく炎を浴びせているのが見えました。

 

「黙れ! このままおめおめと生き恥は晒せん! せめて貴様らを道連れに……!」

「きゃあ!」

「モンモランシー!」

 

今にも魔法を放ってきそうだった兵達にギーシュは思わずモンモランシーを抱き締めて庇います。

しかし、次の瞬間に横から突然飛んできた炎の渦が彼らの持つ武器をピンポイントで焼き尽くしてしまいました。

 

「何!?」

「私の教え子達には指一本触れさせませんぞ」

「コ、コルベール先生……」

 

いきなりの攻撃に狼狽える兵達ですが、そこに現れたのは杖を構えて佇むコルベールでした。

 

「き、貴様……」

「申し訳ないが、事が済むまで大人しくしてもらいたい。私はもう、魔法で人は殺さぬと決めているのだ」

 

コルベールは普段とは全く異なる冷たい雰囲気を醸し出しています。怒ると怖いことでも知られるコルベールですが、その時よりもさらに恐ろしい空気を発していました。

ギーシュとモンモランシーは今までに見たことがないコルベールの表情や気迫に目を丸くしてしまいます。

 

「何を、ふざけ……ぐはあっ!」

 

言うが早いか、コルベールの杖から次々と放たれた小さな火球が兵達のみぞおちの前で爆発します。

至近距離からの爆風で吹き飛ばされた兵達は呻き声を漏らして地面をのたうち回り、昏倒してしまいました。

 

「大丈夫かね? ミスタ・グラモン。ミス・モンモランシー」

「は……はい……」

 

優しく微笑みかけるコルベールですが、尻餅をついていた二人は唖然としてしまいます。

コルベールは次々に向かってくる敵を相手に容赦なく、確実に無力化させていきました。

 

「ファイヤー・ボール!」

「ファイヤー・ボール!」

 

一方、ルイズ達も大勢の兵達と対峙していましたが、キュルケが容赦なく反撃の隙も与えず炎を浴びせかけていくのに対してルイズの魔法は相変わらず爆発してばかりです。

ですが、その爆発が兵達を纏めて吹き飛ばせるおかげでキュルケよりも多くの数を次々と薙ぎ払っていました。

 

「はあああああっ!」

「うわああああ!」

 

二人が討ち漏らした兵士が杖を失っても諦めずに立ち向かってきますが、五月はその手を掴んで見事に一本背負いを決めて地面に叩きつけます。

 

「五月! 下がってなさい!」

 

ルイズは杖を振るいながらも五月に呼びかけます。今までと違って五月は電磁刀も無いので素手ではまともに戦えないのです。

大切な友達を傷つけさせないためにも、自分達が守ってあげなければなりません。

 

「五月ちゃん! これを使って!」

「うん!」

 

一番後ろで待機していたキテレツがリュックから取り出したのはトンボウです。それを受け取った五月はルイズの隣に立ち、トンボウのスイッチを押しました。

 

「これを見なさい!」

「あ……ああ……目が……」

 

高速で回転するトンボウのプロペラを少しでも直視した兵達は次々に目を回して倒れていきました。

 

「召し捕ったり~!」

 

各々が無力化させた兵士達は最終的に召し捕り人が縛り上げ、一か所へと集められていました。ほとんどが気絶している者ばかりです。

 

「これで全部?」

「ひとまずはね……」

 

やがてアルビオンの兵士達を全員迎え撃つことができ、ルイズとキュルケは軽く一息を入れていました。

 

「みんな大丈夫?」

「怪我はないかね?」

 

五月やコルベールも一行の安否を気にしてみんなの顔を見回していました。

 

「ええ。何とかね。……それにしても先生、大したものですのね。同じ炎使いとして尊敬しますわ」

 

本格的に大暴れができて上機嫌なキュルケはコルベールを褒め称えます。

普段は争いが嫌いと称しているコルベールですが怒った時にはキュルケも内心認めるほどの炎の魔法を操り、アルビオンの兵士達を難なくあしらう姿は思わず見惚れてしまいそうになるほどでした。

 

「あまり良い気分はしないのだがね……」

 

しかし、当の本人はあまり嬉しそうではなく渋い顔をしていました。生徒達を守るためとはいえ、やはりコルベールは戦いで魔法を使うのは嫌いなのです。

 

「いやあ、でも本当に見事でしたよ。コルベール先生」

 

ギーシュもモンモランシーと一緒に立ち上がってコルベールを素直に褒めていました。

 

「それより、ミス・タバサ達はどうしているのかね? キテレツ君!」

「ブタゴリラ! 大丈夫!? 一度こっちに戻った方が良いよ!」

 

キテレツがトランシーバーで呼びかけながら、空を見上げます。上空では降下してきた艦隊の最後の一隻の周りをゼロ戦とシルフィードが飛んでいるのが見えました。

いくらブタゴリラがゼロ戦が飛ばせるとは言っても所詮は素人なのでアクロバティックな動きなどできるはずもなく、単純に大きく旋回したりするなどの基本的な動きだけで精一杯ですが、それだけでもスピードだけで戦艦を翻弄しているのです。

 

『おう! こいつが最後なんだ! タバサちゃんと一緒にちょいと脅かしてきてやる!』

「熊田君! あんまり無茶しちゃ駄目よ!」

 

五月もトランシーバーに呼びかけますが、ゼロ戦は戦艦の後方から一気に突撃をしていました。

 

『そらそら! もう一発お見舞いしてやるぜ!』

 

どうやらゼロ戦の機銃を叩き込もうとしているようですが……。

 

『あ、ありゃ? 何だ? 弾が出ねえな。どうしたんだ?』

 

ブタゴリラが機銃を発射するためにレバーの引き金を引いていますが、空しい音がするだけで何も出ません。

 

『何だよ? 壊れちまったのか? おい、どうしたんだよ!』

「カオル! どうしたの?」

 

弾が切れてしまったことに気づいていないブタゴリラにルイズが心配そうに語りかけますが……。

 

『……だあああああっ! 危ねえっ!』

 

突然、絶叫と共にトランシーバーからプロペラの激しい音と共にバキンッ、と鈍い音が響いてきました。

よそ見運転をしていたブタゴリラが顔を上げると、ゼロ戦は戦艦のマストに今にもぶつかりそうだったのです。

慌てて機体を横に捻ってかわそうとしましたが、左の翼がマストの一部とぶつかってしまいました。

 

「ブタゴリラ!」

「熊田君!」

「カオル!」

『うわああああっ! 落ちる~! 母ちゃ~ん!』

 

ブタゴリラの悲鳴がトランシーバーから響く中、ゼロ戦が錐揉みしながら落下していくのが見えます。

バランスを失ったゼロ戦の中でブタゴリラは振り回され、絶叫を上げていました。

 

「大変だ! あのままじゃ墜落だよ!」

「熊田君! 早くそこから降りて!」

「そんなこと言ったって、どうすりゃ……!」

「空中浮輪だよ! それを使って早く外に出て!」

「そんな暇あるかよ! うわああああ!」

 

混乱するブタゴリラだけでなくキテレツと五月までも気が動転してしまっていました。

そうこうする間にもゼロ戦はみるみる内に高度を落として落下していきます。このままでは一分と経たずに墜落してうでしょう。

 

「ブタゴリラ君! しっかりしたまえ!」

「カオル!」

「キテレツ! 何とかしなさいよ! あいつ、落っこちちゃうわよ!」

「ブタゴリラ! 急いで早くそこから外に出るんだよ!」

 

ルイズ達もブタゴリラのピンチに大慌てです。ゼロ戦の中のブタゴリラは操縦桿を掴むのが精一杯の状態でした。

 

「きゅい、きゅい~っ!」

 

地上まであと数十メートルという所まで落ちていったゼロ戦の機体が突如飛来した大きな影によって掴まれました。

ゼロ戦をキャッチすると、そのままゆっくりとキテレツ達の元へと滑空してきます。

 

「……タバサ!」

「タバサちゃん!」

 

巨大なシルフィードはゼロ戦を口に咥えてキテレツ達の前に降りてきました。キュルケと五月は嬉しそうに駆け寄ります。

そのまま座り込むと頭を下げてゼロ戦をそっと置き、頭からタバサが飛び降りてきました。

 

「キテレツく~ん!」

「五月ちゃ~ん!」

「みんな大丈夫ナリか~!?」

 

そこへキント雲に乗っていたみよ子達も戻ってきました。ゼロ戦とシルフィードの近くに着陸し、三人は飛び降ります。

 

「ブタゴリラ君! 大丈夫!?」

「熊田君!」

「しっかりしなさい、カオル!」

「ブタゴリラ! 起きてよ~!」

 

翼が片方折れてしまっているゼロ戦のコックピットのキャノピーをこじ開けると、中ではブタゴリラが完全に目を回して気を失っていました。

コルベールが引きずり出して地面に横たえ、みよ子達は心配そうに周りで見守っています。

 

「大丈夫だ。気を失っているだけだよ。少しすれば目を覚ますだろう」

「良かった……」

「もう、無茶なんかして……だから本物とレプリカは違うって言ったんだよ……」

 

トンガリは文句を言いつつも、内心ではブタゴリラのことをとても心配していました。

いつも小突かれたり、いじめられたりしてもブタゴリラはトンガリにとって大切な友達なのです。

 

「モンモランシー。あなたの治療魔法を念のためにかけてあげて」

「え、ええ。良いわよ」

 

ルイズの頼みにモンモランシーは困惑しつつも杖を取り出し、ブタゴリラに呪文を唱え始めます。

 

「……さて、これからどうしたものかね」

「まだ雲の上にはレコン・キスタの艦隊が残ってますよ」

 

コルベールと共にキテレツは空を見上げます。草原には墜落した船が煙を噴き上げていますが、まだ一隻だけ空には姿がありました。

しかもさらに上空の雲の上では旗艦を含めた艦隊が待機しているのです。

 

「本隊が降下してくれば、今にこの村へ総攻撃を仕掛けてくるだろう。そうなったらおしまいだ」

「そ、そんな!」

「大変ナリ~!」

「嫌だよ、そんなの! 何とかしてよ! キテレツ!」

 

ギーシュもトンガリもコロ助もコルベールの言葉を聞いて青ざめていました。

いくら戦艦を何隻か落とせたといっても、それは旗艦と比べれば小さいもので数も少ないのです。

しかし、まだ十隻以上もの戦艦が残っており、それが一気に攻めて来ればいくらキテレツでも太刀打ちできません。

 

「あの一番大きな船を何とかできれば、他の船もびっくりさせて追い返せると思うんだけど……」

「う~ん。難しいわね……」

 

腕を組んで悩むキテレツと一緒にキュルケも首を傾げます。

旗艦がいなくなれば他の艦隊の戦意を失わせることができるかもしれないとキテレツは考えています。しかし、旗艦のレキシントン号は非常に巨大でしかも搭載している大砲の数も驚異的であることは明らかでした。

巨大化したシルフィードでも近づくのは難しいですし、大きすぎて致命傷を与えるのはかなり困難であると予想できました。

気象コントローラで集中豪雨を降らせてもどこまで通じるか分かりません。

 

「とにかく使えそうな発明品は全部出しておいたらどうかしら? きっと何かあの船を何とかできる物があるはずだわ」

「うん。そうだね。今のうちに備えておこうか」

 

みよ子の提案に頷き、キテレツはリュックの中にある物はもちろん、如意光でケース内にある発明品も全部取り出して次々に大きくしていきました。

 

「これ、全部あなたのなの?」

「いっぱいあるんだなあ……」

 

地面に並べられた数々の発明品を前にしてモンモランシーとギーシュは目を丸くしています。

 

「潜地球の魚雷じゃ駄目ナリか?」

「無理だよ、コロ助。潜地球の地中魚雷は地上じゃ使えないんだから、如意光で大きくしても駄目だよ」

 

そもそもキテレツ斎の発明品のほとんどは戦うための物ではないのです。

もしまともに戦えるとしたらゼロ戦のようにキテレツ達の世界で作られた兵器ですが、ゼロ戦はもう使い物になりそうにありません。

今ある発明品を上手く工夫して使いこなすか、もっと他に強力な武器が今のキテレツ達には必要でした。

 

 

ガリア王国の首都リュティスのヴェルサルテイル宮殿の一室にて、ジョゼフはソファーにゆったりと腰を下ろしています。

目の前のテーブルに置かれたスタンド付きの鏡に映し出されている光景を背もたれに肘をついて眺めていました。

 

「あっはっはっはっ! 見事だ! 実に見事なものだ! アルビオンの戦艦をこうも容易く退けるとは! キテレツ達もがんばるではないか! なあ、ミューズよ!」

 

手を叩きながら豪快に笑うジョゼフですが、ソファーの横に立っているシェフィールドは厳しい表情をしています。

つい数時間前までシェフィールドは遥か遠くのアルビオン大陸でレコン・キスタをトリステインにけしかけるべく活動を行っていたのですが、天狗の抜け穴のチョークを使ってこの城に戻ってきていました。

これからジョゼフがかねてより計画していたトリステインとアルビオンの全面戦争の始まりを一緒に見届けようとしていたのですが、それがいきなり頓挫してしまったことに歯噛みしてしまいます。

 

タルブ地方の空には鳥型のガーゴイルが何体か送り込まれてアルビオン艦隊や周辺を監視しており、その光景をこの鏡が映し出しているのです。

しかし、まさかこんな所にまでキテレツ達がいたことにシェフィールドは驚くと同時に、こうも計画を邪魔してくることを忌々しく感じていました。

 

「あれもキテレツのマジックアイテムとやらなのか? 風竜よりも遥かに速いのだな。ミューズよ、お前にはあれが何だか分かるか?」

「いえ……さすがにあのような物は見たことも聞いたこともありませぬ」

「ふむ。まあ、仕方があるまいな。それだけキテレツ達のマジックアイテムは不思議な代物ばかりだ」

 

鏡に映し出されるゼロ戦が飛行する光景にシェフィールドは険しい顔を浮かべます。

あり得ないほどの速さで飛び回るあの乗り物はこのハルケギニアや東方の技術力を駆使しても作れないであろうということは即座に理解できました。

 

「どうだ? ビダーシャル卿。お前の国でもああいうのは無いのか? エルフの先住魔法を使った技術でも無理か」

「我らの力を持ってしても、あのようなカラクリを作ることはできんだろう。……それに、あれはどうやら魔法の力で動いているわけではなさそうだ」

 

ソファーの後ろではビダーシャルが立っており、二人と同じように鏡の映像を見つめていました。

ジョゼフからレコン・キスタの侵攻の様子を見物しないかと持ち掛けられ最初は興味が無いと断っていましたが、キテレツ達がいるということを知らされると渋々ながら同伴することにしたのです。

鏡に映っている光景はビダーシャルでさえも不思議と関心を抱いてしまうものばかりだったのでした。

 

「さすがのビダーシャル卿もキテレツ達のことに関しては興味が湧くのだな。まあ、お前を倒したのだから当然か」

 

ジョゼフがワイングラスを手にしながら言いますが、ビダーシャルはじっと鏡の映像に集中します。

 

(精霊の力をもってしても、あそこまではできん……)

 

ビダーシャルはキテレツが発明品で天候さえも自在に変えてしまったことにとても驚いていました。

彼の故郷は砂漠であり、精霊の力で余計な日光を遮って快適な環境にすることはできるのですが、天候そのものまでは操ることはできないのです。

精霊の力でもできないことをキテレツは難なく成していることには正直、驚きが隠せません。

 

(ルクシャナが言っていたという蛮人も、キテレツのような者なのか?)

 

故郷にはビダーシャルの姪がいるのですが彼女は最近、蛮人の世界の歴史に興味を持っています。

その姪が特に興味を湧かせているのが、150年ほど前にハルケギニアの片田舎で不思議なマジックアイテムを作っては人々に幸福をもたらしていたという偉人です。

名前は興味が無かったので詳しくは知りませんが、今のキテレツのような精霊の力でも不可能な様々なことをしていたそうです。

姪曰く、飢饉が起きた村を救ったり、日照り続きの時には雨を降らしたりしていたということでした。

 

(サハラに戻ったら、調べてみるか……)

 

ハルケギニアの人間達とはどこか違う雰囲気を持っているキテレツ達を見ていると、珍しくビダーシャルは好奇心が湧いてきてしまうのでした。

 

「さて、トリステイン政府の方はどうなっているか……」

 

ジョゼフの呟きに応えるように、シェフィールドは鏡に近づきそっと手を触れます。

彼女の額のルーンと共に鏡が光り出し、映し出されていた光景が別の物へと変わりました。

そこには僅かな数の軍艦が広場から飛び立とうとしているのが見えます。その軍艦の甲板には多くの兵達が乗り込み、トリステインの旗が掲げられていました。

 

「ほう。とうとう正面対決を決めたか。度胸があるな。亡命したウェールズとアンリエッタ王女ら自らが先頭に立つとは」

 

甲板に見つけた二人の男女の姿を目にしたジョゼフは楽しげに笑います。

しかし、その瞳には面白いオモチャを見つけたと言わんばかりの残酷な無邪気さで満ちていました。

 

「では、そろそろ開戦の宴も本番へと移ろうか。ミューズよ、あれをそろそろレコン・キスタに送ってやれ。それから、トリステイン艦隊が到着するまで地上への攻撃は控えるようクロムウェルに伝えるのだ」

「御意」

 

ジョゼフに命じられたシェフィールドは恭しく一礼し、部屋を後にします。

残されたジョゼフとビダーシャルは静かに鏡の光景を見つめていました。

 

「ビダーシャル卿。お前の力で完成したヨルムンガントとキテレツ達……果たしてどちらが勝つと思う?」

「結果次第だ。我には他に何も言えん」

 

数日前に完成した最新のガーゴイルは既に最終テストを難なくこなしていました。

その結果、スクウェアメイジの作り出した巨大なゴーレム数体を呆気なく捻り潰していたのです。

 

 



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タルブの決戦! イーヴァルディの勇者たち・後編

既に数時間が経ち、とっくに昼は過ぎてしまいました。

草原に不時着した船から降りてきた乗員達はほとんどが途方に暮れていましたが、そのうちにタルブの領主のものと思われる軍勢が現れて交戦を始めています。

散発的に村にいるキテレツ達を攻めてきた兵達の残りも巨大なシルフィードが居座ってからは恐れをなしたのかほとんど何もしてこなくなりました。

 

「やあああああっ!」

「うわあああああっ!」

 

それでも立ち向かってくる兵もいるため、五月はブタゴリラに代わり天狗の羽うちわを使って退けていました。

力いっぱいに振り下ろされて巻き起こされた突風はブタゴリラに負けず劣らずの威力で、十数人ばかりの兵達は紙のように吹き飛んでしまいます。

 

「ひえーっ、飛んだ飛んだ! さすがはミス・サツキ! ……痛いっ!」

「またあなたは! こんな時にもその平民の娘に見惚れて!」

 

間近で羽うちわの威力を目の当たりにしてギーシュが歓声を上げますが、モンモランシーが不愉快そうに足を踏みつけます。

 

「いやあ、平民なのに大したものだなあ」

「うむ。俺の風魔法でもあそこまで強いのは起こせんよ」

「あのマジックアイテムは不思議なものだ。見たこともないぞ」

 

捕虜になった兵達は容易く自分の仲間達をマジックアイテムで蹴散らしてしまう五月を見つめて讃えていますが、その表情は先ほどまでの敵意を露わにしていた時とは打って変わって穏やかでした。

それどころかキテレツ達が敵であることさえ完全に忘れている様子です。

 

「何を言ってる、お前ら! しっかりしろ! おい、貴様ら! 変なマジックアイテムを使って我らを惑わすのはやめろ!」

「くそお! トリステイン人め!」

 

しかし、気を失っていた騎士達は目を覚ますと今まで通りにキテレツ達に敵意を向けてきました。

縛られている上に杖も取り上げられているので、暴れても抵抗はできません。

 

「もう、いきなり叫ばないでよ! びっくりするじゃないか。コロ助、頼むよ」

「分かったナリ。とりゃ!」

 

苦い顔をするトンガリに言われてコロ助は持っていた巾着袋からピンク色の癇癪玉をいくつか取り出し、それを暴れる騎士達の足元に投げます。

 

「うわあ!」

 

癇癪玉が一斉に弾け、中から大量の煙が噴き出すと彼らを包み込みました。

咳き込んだりはしませんが、騒がしくしていたのが一瞬で静かになります。

 

「……俺達、何やってたんだ?」

「さあ? ……な、何で縛られてるんだよ」

「わ、分からないがどうやら捕虜になってるみたいだ。おとなしくしてた方が身の為だな」

 

煙が晴れると、あれだけ反抗的だった騎士達はそれまでのことをすっかり忘れてぼんやりと大人しくなってしまいました。

 

「本当、すごい効き目ね」

「その中にも彼らの記憶が入ってるんでしょう?」

「みたいだけど……」

 

感心するルイズとキュルケに聞かれてトンガリは抱えている三角錐型の帽子を見ます。その帽子の先端には小さなシリンダーがついていました。

キテレツが用意した忘れん帽はかぶった人の記憶を吸い出してシリンダーに閉じ込めてしまうことができます。

縛り上げた捕虜達があまりにも反抗的でうるさかったので、眠らせてしまうよりも自分達への敵対心などの記憶を全部無くしてしまおうということで忘れん帽を次々に兵達に被らせたのでした。

帽子を被せられない相手にはコロ助が同じく記憶を無くしてしまうど忘れ玉を使うことで記憶は無くなってしまったのです。

 

「キテレツ! これ、どうすれば良いのさ?」

「とりあえずこっちに持ってきて!」

 

地面に広げた数々の発明品の前で腰を下ろしているキテレツの元へとトンガリは駆けて行きました。

 

「……ったく、うるせえカラスだな。何なんだよ、あいつら」

 

ブタゴリラが頭上を見上げると、いつの間にか空には何羽ものカラス達が飛び交っているのが見えます。

 

「やい! カラス! お前らがカーカー鳴くのは、夕方からって決まってるんだよ! うるさいから今は鳴いてないで、さっさと巣にでも戻れってんだ!」

「カラスに怒ったって仕方がないじゃない、ブタゴリラ君」

 

空に向かって叫んでいるブタゴリラをみよ子が宥めました。

当然、ブタゴリラの文句にカラス達がすんなりと従うわけがありません。

 

「どうしたの? タバサ」

「あのカラス達が気になるの?」

 

ルイズとキュルケはシルフィードの隣でじっと頭上を見上げているタバサに声をかけます。

タバサが表情をかなり険しくしているのが二人は気になったのです。

 

「……ジョゼフ達が私達を見ている」

「どういうこと?」

「あれはガーゴイル。恐らく、シェフィールドが用意したもの」

 

タバサの言葉に二人も同じく空を見上げ、顔を顰めました。

シルフィードに乗ってアルビオンの戦艦を相手にしていた時もあのカラス達は空域を飛び回っていたことにタバサは気付いていました。

もちろん、その正体がガーゴイルで何の目的で存在しているのかも見破っていたのです。

 

「今頃、ガリアの王宮で高みの見物をしているってわけなのね」

「本当、ムカつくわ。これじゃまるであたし達はジョゼフを楽しませるためのオモチャみたいじゃない」

 

レコン・キスタの革命とトリステインへの侵略を裏で操っている黒幕達がたった今、自分達の頭上で監視をしているのかと考えると二人は嫌悪を感じてしまいます。

 

「どうしたの、ルイズちゃん?」

「何でもないわ。カオルの言う通り、あのカラスはうるさいし目障りって思ったのよ」

 

近寄ってきた五月にルイズは小さくため息をついて肩を竦めます。

 

「そういえば、レコン・キスタの艦隊はどうなったのかしらね」

「まだ雲の上にいるんでしょう? 残ってたのも帰っちゃったし」

 

みよ子の言う通り、数時間前に降下してきた艦隊の最後の一隻はタルブの空を遊弋していましたが、しばらくするとそのまま浮上して雲の上へと戻っていったのです。

村にいるキテレツ達を砲撃してくるのではとも思っていたので不安ではありましたが、そんなことは無かったので少し安心ではありました。

 

「でも、何でずっと降りてこないナリか?」

「俺達にビビっちまったんじゃねえのか? へっ! 俺の操縦テクニックに恐れをなしたか!」

「もうこのまま降りてこなくて良いよ……」

 

忘れん帽を渡して戻ってきたトンガリも空を見上げてため息をついていました。

時折、蜃気楼鏡を使って雲の上の様子を覗っているのでアルビオン艦隊はまだ空にいるのは間違いありません。

 

「何にもしてこないのが余計に不気味だわ。連中がこの程度で引き下がるはずないし」

「もう嫌よ……いつまであんなのを相手にし続けなきゃなんないのよ……」

 

キュルケが空を睨む中、モンモランシーは露骨に顔を顰めて落ち込みます。

 

「キテレツ君! もう一度雲の上を見てみましょうよ!」

「ねえ、キテレツ君ってば!」

 

五月とみよ子がキテレツに呼びかけますが、キテレツは道具を弄るのに夢中のようで何も答えませんでした。

 

「発明のことになるとキテレツはいつもああなんだよ」

「キテレツの悪い癖ナリ」

「あまり熱中し過ぎるのも考えものってことね」

 

トンガリとコロ助だけでなく、キュルケまでもが呆れていました。

 

「う~ん……なるほど、こうすれば良いんだな。で、これを戻しておけば良いわけか」

「キテレツ君ったら!」

「こらっ、キテレツ!」

「うわあ!?」

 

傍にやってきたみよ子とルイズが大声で怒鳴りつけ、キテレツは思わず仰天してしまいます。

 

「ごめんごめん。つい夢中になり過ぎちゃって……」

 

ようやく我に返ったキテレツは二人を見上げながら思わず苦笑してしまいました。

 

「まったくもう、キテレツ君ったら……あら? それは……」

「これは破壊の杖?」

 

二人はキテレツが今まで弄っていた道具に目を丸くします。

それは以前、魔法学院が所有していた破壊の杖と呼ばれる代物、キテレツ達の世界の武器であるバズーカ砲でした。

 

「おお、それは破壊の杖じゃあないかね。いや、確かばずうか、とかいう名前だったんだっけ?」

「フーケに盗まれたけど取り戻したって奴でしょ? 何であなた達が持ってるのよ」

「学院長先生からもらったのよ」

 

驚くギーシュとモンモランシーに五月が答えました。

フーケ事件の後、キテレツ達の世界の品ということでオスマンから譲られていたものですが、如意光で小さくしてリュックに入ったままだったのでした。

 

「キテレツ。そいつを使ってあの船を落とせないか? 如意光ででっかくしてよ」

「うん。僕もそれを考えていたんだ。調べてみて、使い方も何とか分かったよ。安全ピンを外すと、このチューブがこうやって伸びたり縮んだりして……」

「ああもう、難しい説明はどうでも良いのよ。それを使えばアルビオンの旗艦を落とせるのね!?」

「確実とは言えないけど……如意光で大きくすれば威力も上がるから、かなりのダメージを与えられるのは間違いないよ」

 

ルイズからの問いかけにキテレツは頷きました。

さすがにバズーカと言えどあれだけの大きさの船が相手では船の一部に穴は空けられるでしょうが、それでも撃沈させるのは無理です。

しかし、如意光で大きくすれば一部どころか船の大半は確実に吹き飛ばせることでしょう。

 

「キテレツ君。やっぱり、ゼロ戦は直せそうにないね。翼が完全にやられてるよ」

 

そこへ一行の元に半壊したゼロ戦を調べていたコルベールが戻ってきました。

ゼロ戦はブタゴリラが操縦ミスでぶつけたおかげで、左翼の1/3先が無残に捥ぎ取れてしまっています。これではもう飛ぶことは不可能でしょう。

 

「だから無茶だって言ったんだよ……いくらレプリカが動かせるからって、本物とは違うんだから」

「俺だって、伯父さんみたいに本物のゼロ戦乗りじゃねえんだ。まだまだ、練習がいるってことだ」

「そんな問題じゃないと思う……」

 

トンガリの呆れた突っ込みにブタゴリラはそっぽを向いて腕を組みます。

 

「キテレツ。あなたのマジックアイテムでまた雲の上を見たいの。お願いするわ」

「分かりました。ちょっと待っててね」

 

キュルケに要件を切り出されてキテレツは置いてあったままの蜃気楼鏡を操作します。

すると、一行の前に蜃気楼鏡から映し出された別の場所の景色が浮かび上がっていきます。座標はこのタルブの遥か上空にセットされていました。

 

「うひゃあ、まだいるよ」

 

トンガリだけでなくギーシュまでも青ざめた顔をしていました。

そこは数千メートル上空の雲の上という絶景で、すぐ下にはアルビオン艦隊が浮かんでいるのが見下ろせます。

特に一番目を引くのは旗艦のレキシントン号で、他の戦艦とは比べ物にならない巨体でした。

 

「でも、何で降りてこないのかしらね?」

「う~む、分からんなあ。いくら艦隊の一部を失ったといっても、我々に攻撃を仕掛けられないはずはないのだがね……」

「コルベール先生、そんな怖いことを言わないでください!」

 

首を傾げるキュルケとコルベールですが、モンモランシーも半泣きの顔で喚きます。

アルビオン艦隊が一気に降下してきて総攻撃を仕掛けてきたらタルブの村はもちろん、草原もろともあっという間に焼き払われてしまいます。

気象コントローラで作った雲のせいで視界が悪いとはいえ、地上の様子は第一波が確認済みなので第二破が降りてきてもおかしくありませんでしたが、その気配さえも無いのが不思議でした。

 

「何かを待ってるようにも見えるけど……」

「こんな空で何を待つって言うのよ? こっちの艦隊を全滅させておいて、これからトリステインを侵略を始めようって時に」

「ま、まあ……彼らが一気に攻めてこないのは、良いことじゃないか」

 

同じく首を傾げる五月とルイズですが、ギーシュが引き攣った顔で苦笑します。

 

「このままじゃあバチが明かないぜ、キテレツ。こっちから上に行って、あのでかい船を落としてやろうぜ!」

「カオル。埒が明かない、でしょ? でも、また降りてくる前に早く対策を練らないといけないのは確かね」

 

キュルケがブタゴリラに突っ込みつつ、どうしたものかと考え込みます。

 

「キテレツ。さっきのばずうかを使えば良いんじゃないナリか?」

「お、そうだぜ! それがあるじゃねえか!」

「ちょっと待ってよ。確かにバズーカを使えばあの船にダメージは与えられるだろうけど、当てるにはかなり近づいて撃たないといけないんだ」

「だからどうしたんだよ?」

「ブタゴリラ君。あの船の大砲は舷側だけじゃなく、真下やあちこちに装備されているんだ。それに見た所、数も非常に多い。近づく前にこっちがやられてしまう」

 

困った顔のキテレツの言葉にコルベールがさらに付け加えて説明しました。

レキシントン号にまともに挑もうものなら艦砲射撃ですぐにやられてしまいますし、そもそも艦隊の中心にいるのですから総攻撃を潜り抜けて正面突破をするのはまず無理です。

 

「この蜃気楼鏡で隠れていけないかしら?」

「やめた方がいい。きっとばれる」

「そうね。あいつらがいなきゃそれで良いんだけど……」

 

みよ子の案をタバサとキュルケがあっさりと却下します。

タバサは先ほどからずっと頭上を飛んでいるカラス達を見つめていました。

 

「あのカラスがどうかしたナリか?」

「あれ、連中のガーゴイルなのよ」

 

コロ助に答えたキュルケの言葉に一同は一斉に頭上を見上げました。

自分達が敵に監視されている以上、たとえ蜃気楼鏡で艦隊から見えなくなったとしても必ず尾行してくるであろう、あのガーゴイル達が目印になってしまうのです。

しかもこの頭上だけでなく、草原の各所に何十羽も飛んでいるのが見えました。事前に片づけようとしても、キリがないでしょう。

 

「う~ん。見張られてちゃ、姿も消せないか……参ったな」

「何だよ、それじゃあ宝の餅が臭いじゃねえか」

「はあ? 何のこと?」

「君、ひょっとして宝の持ち腐れとでも言いたいのかね?」

 

モンモランシーとギーシュがブタゴリラの言い間違いに一瞬、困惑してしまいますがすぐに意味を察して突っ込みを入れます。

 

「五月ちゃん、ルイズちゃん。さっきから何をじっと見てるの?」

 

二人が蜃気楼鏡の映した艦隊の景色にじっと食い入っていることに、トンガリが気付いて声をかけました。

 

「ねえ、みんな。この船って、真上には大砲を撃てないんじゃないかな?」

 

その五月の言葉に全員が沈黙し、呆然とします。二人の周りに集まると、同様にレキシントン号に注目してみました。

 

「……そうよ! この船だけじゃない、他の艦隊だってそうだわ。あいつらの大砲って自分達の頭上には撃てないのよ!」

 

確信したルイズも思わず五月と一緒に顔を綻ばせていました。

 

「なるほど、言われてみればそうだね。多少角度を上に向けることはできるかもしれんが、さすがに真上となれば砲撃の死角になるな」

「そうか! その手があったんだ! それだったら、あの船に近づくことができるよ!」

 

納得して唸るコルベールに、キテレツも歓声を漏らしてしまいます。他の一行も同様に満面の笑みを浮かべていました。

 

「も、盲点だったな……まさか、そんな死角があったなんて」

「それだったら、バズーカを使うこともないよ。モンモランシーさんって、水の魔法が使えるんですよね?」

「ええ。そうよ」

 

ギーシュも目を丸くしている中、キテレツはモンモランシーに問いかけます。いきなり話を振られたモンモランシーは戸惑いつつも頷きました。

 

「何か良い方法を考えたの? キテレツ君」

「うん。これを使えば良いんだよ」

 

期待に胸を膨らませているみよ子にキテレツは頷き、取り出してある道具の中から瓶を一つ手に取りました。

 

「それは?」

「何かの薬……かしら?」

 

五月とルイズだけでなく、モンモランシーやコルベール達もキテレツの手にする物に注目します。瓶の中には透き通った飴玉のような薬が詰められていました。

 

「ひょっとして、水増殖丸ナリか?」

「げ、あの薬かよ」

 

かなり前、キテレツが作った水増殖丸は一粒水の中に入れるだけで、その水量を万倍にも増やしてしまうことができるのです。

初めて使った時はあわや大洪水になってしまったほどの効果でした。

ブタゴリラはあまり良い思い出が無いので渋い顔をします。

 

「そうさ。これでモンモランシーさんの水の魔法をいっぱいに増やしてやるんだ。あの船の真上から降らせてやれば、水攻めにできるよ」

「ほう。水の秘薬、というわけかね」

「水攻めって……あたしの水魔法じゃさすがにそこまではできないわよ。第一、大きすぎるじゃないの」

 

コルベールは興味深そうに見つめますが、モンモランシーは戸惑います。

 

「大丈夫よ。キテレツのマジックアイテムを信用しなさい」

 

モンモランシーの肩を掴んでキュルケはしたり顔を浮かべました。

これまで散々、キテレツの発明品を見てきた身として信頼しているのです。

 

「どうせだったらよ、上から他にも色々落としてやろうぜ!」

「落とすって、何を落とすのさ。あの飛べなくなったゼロ戦とか?」

 

意気込むブタゴリラに、トンガリはゼロ戦の方を振り返りながら言います。

正真正銘、ただの置物になったゼロ戦はもう質量兵器としてしか使い道がありません。

 

「瞬間氷結剤や水粘土加工薬もあるからね。そこらへんの石を如意光で大きくしても良いけど……」

「それじゃあ、決まりね!」

 

これでアルビオン艦隊への反撃の作戦が決まりました。

大砲の死角となる更に上空まで飛び上がり、そこから重量物を落としての爆撃を行うのです。

重くて大きい物を投下すれば、さすがにレキシントン号と言えどただでは済まないはずでしょう。

 

「嫌よ、嫌よ! 何であたしまであんな空の上にまで行かなきゃいけないのよ! 絶対に嫌ですからね!」

「大丈夫さ、モンモランシー。いざという時には、この僕が守ってあげるよ! それに、君の魔法がアルビオンの旗艦を撃沈するんだ! 素晴らしい名誉だよ!」

「手柄なんか欲しくないわよ! だいたい、あんた弱っちいし、空の上じゃ土の魔法だってまともに使えないでしょうが!」

「この僕もワルキューレを召喚して、彼らの頭に正義の鉄槌を落としてみせるさ! まさしく、天空の戦乙女たちと呼ぶに相応しい!」

「何が天空の戦乙女よ! ……もう、やっぱり遠乗りになんて来るんじゃなかったわ!」

「ああもう! ぐだぐだとうるさいわね! つべこべ言ってないで、あなたも来るのよ! ここまで来たらやるしかないでしょ!?」

 

露骨に嫌な顔をして文句を叫ぶモンモランシーですが、ルイズの杖が顔先に突きつけられてしまいます。

キテレツ達を無事に帰すためにも、アルビオン艦隊を退けることにルイズは躍起になっていました。

 

「どうしたの、タバサ?」

 

キュルケが蜃気楼鏡の風景に見入っているタバサに気が付き声をかけます。

 

「何を見てるの?」

 

五月も気になってタバサが見ている物に注目します。どうやらアルビオン艦隊を見ているのではないようでした。

 

「何かが近づいてきている」

「え?」

「何のこと?」

「ここ」

 

タバサが指を差した先、そこは艦隊がいるタルブ上空より遥か彼方の空の一点でした。

 

「……本当だ。何だろう?」

「鳥じゃねえのか?」

「こんな遠くからでも分かるくらい大きな鳥なんて……もしかしたらいるかもね」

 

身を乗り出すブタゴリラの言葉をトンガリは否定しきれませんでした。何せ、このハルケギニアにはドラゴンや様々な怪物がいるのですから。

確かに、そこにはとても小さな影がいくつか並んでいるのが分かります。タバサの言う通り、僅かずつですが近づいてきて大きくなってくるのが分かります。

キテレツは蜃気楼鏡を操作して、その影がよく見える位置まで視点を移動させていきました。

徐々に、そしてますますその影は大きくなっていき、姿形もはっきりしていきます。

 

「船だわ」

「四つも飛んでいるナリ。あれは何ナリか?」

 

みよ子達もその正体が空を飛ぶ船であることを認識しました。四隻の船は真っ直ぐにこちらに向かってきているのです。

 

「あれって……トリステイン軍の船だわ!」

「な、何ですって?」

「ほら、あの旗! トリステイン王家の紋章よ!」

 

戸惑うモンモランシーですが、ルイズが指を差した船が甲板に掲げている大きな旗には、トリステイン王家の証である百合の紋章が刻まれていました。

 

「ってことは、トリステイン軍が来てくれたんだ! いやあ、助かった! 見たまえよ、あの兵を! おお! あれはグリフォン! それにマンティコアやヒポグリフまで! トリステイン魔法衛士隊だ!」

「すごいナリー!」

 

はしゃぐギーシュの言う通り、船の甲板には兵士達がずらりと並んでいるのが見えます。

さらには船にはそれぞれドラゴンや幻獣達、そしてそれらを操る騎士達の姿がありました。

 

「まだ艦隊が残っていたの?」

「だが、どれも旧型艦のようだね……かなり急ごしらえだったのだろう」

 

援軍の登場に浮かれるルイズ達ですが、キュルケとコルベールは素直には喜べません。

アルビオン艦隊がトリステインの主力艦隊を全滅させてからまだ六時間程度しか経っていません。戦争の準備が整っていないトリステイン王国ではそんな短時間で十分な戦力を集めること自体が無茶な話なのです。

あの即席の艦隊も、とにかく兵力を現地に運ぶために古くても小さくても、使えそうな物を片っ端から集めたに違いありません。

多少打撃を受けているとはいえ、即席のトリステイン艦隊とアルビオン艦隊との戦力差は三倍にもなります。

とても正面から立ち向かっても勝つどころか、勝負にさえなりません。

 

「姫様!」

「え!? お姫様がいるの!?」

「本当だ。アンリエッタ王女様だよ!」

 

驚くルイズと一緒に五月とキテレツも目を見張りました。

一隻の船の甲板にはキテレツ達も見覚えがあるアンリエッタ王女が、物々しい戦装束に身を包んでいる姿がはっきりと映っています。

 

「ひ、姫殿下!? おお、勇ましくも何と麗しいお姿だ……!」

「こんな時に何を見惚れてるのよ! もう!」

 

勝手にうっとりとしているギーシュですが、モンモランシーもアンリエッタ王女がいることに驚いて突っ込みを入れられません。

 

「ウェールズさんもいるわ! ほら!」

「マジかよ。王子様じゃねえか」

「な、何と……何故、アルビオン王家の皇太子がトリステインに? 先の革命で戦死なされたのでは?」

 

コルベールが落ちそうになった眼鏡を指で押さえつつも、唖然としました。

みよ子の言う通りにアンリエッタ王女のすぐ隣には一か月前にアルビオン大陸へ渡った際に連れてきたウェールズ皇太子の姿もあったのです。

何もしらないギーシュとモンモランシーも目を丸くしていました。

 

(姫様、皇太子様までレコン・キスタに立ち向かおうとするなんて……)

 

まさか王女と皇太子が自ら先頭に立つなんて考えもしなかったルイズですが、自分の親友でもある王女の存在を嬉しく感じてしまいます。

勇気を出して、強大な敵に立ち向かおうとしている姿は五月やキテレツ達のように勇ましく見えました。

 

「このまま正面対決を挑んだら、すぐにやられちゃうわ」

「無謀すぎる」

 

キュルケとタバサが深刻そうにトリステイン艦隊を見つめました。

二人の言う通り、戦力差も軍備も何もかも劣っているトリステイン軍では勝ち目がありません。

 

「大変よ! このままじゃお姫様達がやられちゃう!」

「キテレツ! 早くあたし達も上に行きましょうよ! 姫様達に加勢しないと!」

「ぼ、僕からもお願いするよ! 今こそ、グラモン家の名にかけて姫殿下のお役に立たなければ!」

「待って。僕達がこのままあいつらの上に行くだけじゃ結局、お姫様達の船も攻撃されちゃう」

 

ルイズとギーシュに急かされるキテレツですが、自分達とその味方を可能な限り被害を出さないようにしなければならないと考えていました。

 

「アルビオンの艦隊はあれだけの数なんだ。僕達が大急ぎで他の小さい船を攻撃しても減らせないよ」

「でも、このままじゃお姫様達が……」

「何とかするナリよ」

 

五月やコロ助もキテレツの頭脳に期待します。発明品を駆使すれば、トリステイン艦隊の手助けになることは間違いないはずです。

その方法をキテレツも全力で考えていますが、良い案が浮かびません。

こうしている間にもトリステイン艦隊はタルブに近づいてきています。

 

「そういえば、ゲルマニアとは軍事同盟を結んでたはずでしょ?」

「こんな短時間で援軍に来るなんて、いくら何でも無理よ」

「何のための軍事同盟なのよ。役立たずね」

 

モンモランシーの言葉を一蹴したキュルケですが、ルイズが顔を顰めててため息をついてしまいます。

同盟を結んだ以上、味方のトリステインが危機に陥ればすぐに助けを求めて、ゲルマニアは援軍に駆けつけなければならないのにこれでは意味がありません。

 

「無茶言っちゃいかんよ。彼らはきっとこの状況も狙って、用意周到に不意打ちをして来たんだ」

 

コルベールに諌められたルイズですが、不満な表情は変わりません。

 

「せめてお姫様の船がもっといてくれりゃ良かったのにな」

「同感」

「分身機を使うわけにもいかないもんなあ……」

 

トンガリもキテレツも頭を抱えて深く悩んでしまいます。

 

「もっと、いっぱい……?」

 

そんな時、みよ子は何かに気が付いたように顔を上げました。

ブタゴリラとキテレツの言葉を耳にした彼女は目の前の蜃気楼鏡の光景そのものをじっと見つめだします。

 

「……そうよ! キテレツ君、それがあるじゃない!」

「どうしたの、みよちゃん?」

「何か思いついたの?」

 

突然、満面の笑みで大声を上げたみよ子にキテレツとトンガリは怪訝そうにしました。

 

「これよ! この蜃気楼鏡を使うのよ! ブタゴリラ君の言った通り、もっと味方の船がいっぱい飛んでいれば良い訳でしょう?」

「蜃気楼鏡……そうか! その手があったか!」

 

みよ子の考えをキテレツも即座に理解して彼女と同じく笑みを浮かべます。

 

「どういうこと? キテレツ君、みよちゃん」

「これで何をしようって言うのよ?」

「二人だけでずるいナリ! ワガハイ達にもちゃんと教えて欲しいナリよ!」

「囮」

 

五月にルイズ、コロ助までもが二人に食いつきましたがタバサが一言呟きます。

キテレツの発明品への理解が深い彼女もまた、二人の考えた作戦がどういうものであるかを理解したのです。

 

タバサの言う通り、みよ子が考えたのは蜃気楼鏡を利用した陽動作戦でした。

トリステイン艦隊がやって来る方角とは別の方角から、蜃気楼鏡で作り出した幻のトリステイン艦隊を作り出すことでアルビオン艦隊に援軍が来たのだと錯覚させようという訳です。

何にも知らないアルビオン艦隊にとっては二つの艦隊を相手にしなければならないため、上手くいけばアルビオン艦隊の戦力を囮の方へ多く引き寄せて分断させることができるかもしれません。

アンリエッタ達、本物のトリステイン軍の船への攻撃も和らげられます。

 

「へえ、良い作戦じゃないの。ミヨコ」

「平民にしちゃずいぶんと考えたものね」

 

キュルケはもちろん、モンモランシーも素直にみよ子の計画に感心していました。

陽動はこれまでも散々やってきましたが、今回は偽物の艦隊という今までで一番豪快かつ派手な囮なのです。

単純ながらも非常に効果的な作戦であることは今までも実践して証明しています。

 

「しかし、このマジックアイテムでそこまでできるのかい?」

「大丈夫ですよ。蜃気楼鏡の映す蜃気楼は、半径20メートル以内だったらどんなに大きな物でも映せるんです」

「う~ん……まあ、君がそう言うんだから大丈夫なんだろうな」

 

少し懐疑的だったギーシュですが、多少はキテレツの発明品の不思議な力を目の当たりにしていることもあって、納得しました。

 

「でも、誰が幻を作って囮になるナリか?」

 

しかし、囮役は地上ではなく空で直接、艦隊の一部を引きつけなければならないため非常に危険であることは事実です。砲撃が直撃しようものなら命はありません。

 

「僕はパス……」

「何だよ、ダシ抜けだな」

「腰抜けでしょ! じゃあブタゴリラがやるの!?」

「俺はあいつらに直接一泡吹かせに行くから、やらなくて良いんだよ!」

 

怖気づくトンガリは首を振ってはっきりと拒否しました。ブタゴリラに突っ込みを入れても、本人はしたり顔で軽く流してしまいます。

蜃気楼鏡を持っていかなければならないため、その使い方がしっかり分かっている者でなければ囮役はできません。

キテレツはレキシントン号に直接攻撃するグループを主導しなければならないのです。

 

「トランシーバーで連絡をし合うから、蜃気楼鏡の使い方は僕が教えるけど……」

「ならばその役、私が引き受けよう。キテレツ君」

 

そこへ申し出てきたのはコルベールでした。

一同はコルベールが囮役を買って出てきたことに納得しつつも困惑していました。この数時間、何度か蜃気楼鏡をキテレツが操作しているのを隣で興味深そうに見ていた彼なら使い方も覚えているでしょう。

 

「先生……」

「キテレツ君の超鈍速ジェット機をお借りするよ。蜃気楼鏡とやらでの陽動は私に任せてくれたまえ」

 

力強く頷くコルベールは地面に置かれていた超鈍速ジェット機を見つめました。

彼が複製した超鈍速ジェット機は魔法学院に置いてあるため、キテレツの物を直接借りることになります。

 

「だ、大丈夫なんですか、先生?」

「お、囮役を引き受けてくれるのら、それで良いんだけど……」

「私の心配はいらんよ。それより、君達も危なくなったら無茶はせずにすぐ逃げるんだよ。良いね? 間違っても死んだりしてはいけないよ!」

 

安堵しつつも狼狽するギーシュとトンガリですが、コルベールは自分のことよりも大切な生徒達の安全を第一に考えていました。

コルベールにとってはキテレツ達も立派な教え子の一員なのです。

 

「コルベール先生……」

 

一同の顔を見回すコルベールの真剣な表情からは教え子達への強い愛情がしっかりと伝わってきます。

いつもは変人とまで呼ばれることもあれば、一度怒り出せばどんな生徒も黙らせる気迫を持つコルベールがここまではっきりとキテレツやルイズ達のことを想ってくれていることに、誰もが内心嬉しく感じていました。

 

「分かりました! 先生! 必ず!」

「キテレツ達はわたし達で守ります!」

 

キテレツとルイズははっきりと頷き、答えました。

一同は絶対にこの戦いを生き残るという約束を、強く誓い合います。

 

 

上空数千メートルを飛ぶトリステイン艦隊はあと十数分ほどでラ・ロシェールの山岳地帯へと差し掛かろうとしています。

四隻の船はアンリエッタの乗る一番大きな戦列艦、残る三隻は輸送用のガレオン船で少し小さい全長80メートルほどの大きさでした。

現地へ一早く急行するためにトリスタニアから出発するのにすぐに使える船は、これしか用意できなかったのです。

搭乗している兵力の総数もたった二千人足らずで、短時間で集められたのはこれだけでした。

魔法衛士隊と竜騎士隊はそれぞれの船に一隊ずつが搭乗しており、アンリエッタ達が乗る船にはマンティコア隊がいます。

 

「艦隊を二手に分けて、敵艦隊から適度に距離を取りながら砲撃で牽制しつつ、旋回をするように。決して、足は止めないようにしてください。その後は手筈通りにお願いします」

「承知しました、皇太子殿。他の船にも今一度伝えましょう」

 

後甲板では同乗していた皇太子ウェールズとマザリーニ枢機卿がこれからの艦隊戦について打ち合わせをしていました。

アルビオンの皇太子であった以上、かつては自分達が率いていた軍や艦隊について熟知しているのは当然です。そのため、ウェールズの陣頭指揮の元でアルビオン艦隊に挑むことになりました。

 

「爆薬の用意も全艦、完了したという報せも入っております。魔法衛士隊、竜騎士隊共にいつでも飛び立てますぞ」

 

たった四隻のトリステイン軍に対して相手は十隻以上と戦力差があり過ぎるので正面対決を挑んでも全滅させることはもちろん、勝ち目が無いことは分かっています。

そこでウェールズが考えたのは、逃げつつ旗艦のレキシントン号に火力を集中させて撃沈することでした。

もちろん、トリステイン軍の火力では不可能ですが、全方位に戦砲射撃が行えるレキシントン号には唯一の弱点があるのです。

真上から攻撃されることを想定しておらず、そもそも大砲を頭上に向けて撃つということができないので、戦艦の真上が完全な死角になっていました。

 

その死角に魔法衛士隊や竜騎士隊ら飛行部隊を向かわせ、そこから甲板に向かって爆撃を行うことを計画したのです。

出撃前には可能な限りの数の爆薬や燃料油を樽に入れて全ての船に積み込んでおり、航行中も土のメイジ達が錬金の魔法で小麦粉から燃料油を作り出していました。

甲板の中央には二十近くほどの樽が山積みにされています。これがレキシントン号に投下させる爆薬で、魔法で浮かばせたり竜の力で運ぶ手筈になっていました。

爆撃を終えた後は彼らが直接、船上に攻撃を仕掛けることも可能でしょう。

 

レキシントン号が元はアルビオンの王軍所属であったことと、先の竜騎士隊の偵察でアルビオン軍の竜騎士団は全滅しているという情報を得ていたがために立てられた計画でした。

爆撃部隊の邪魔をする者はおらず、高々度から安全に敵陣の頭上まで飛べるというわけです。

 

「アンリエッタ」

 

最後の打ち合わせを終えたウェールズは同じく後甲板で佇むアンリエッタの元へ近寄ります。

 

「ルイズ達は今、どうしているのかしら……」

 

遥か先の空を見つめていたその表情には不安な思いがはっきりと表れていました。

 

「地上の方を偵察に行った竜騎士によれば、既に彼ららしき人影や竜もいないそうだが……」

「そうですか……」

 

自分の親友や恩人達が数時間前までアルビオン軍と戦っていたのだと思うとアンリエッタは気が気ではありませんでした。

誰に言われるでもなく自分の意思と勇気で行動を起こして戦いに身を投じたルイズ達でしたが、彼女たちは本来なら戦争に関わるべきではないはずなのです。

ルイズにアルビオン大陸での任務を任せた時も他に頼れる相手がいなかったからでしたが、それでも彼女を危険な目に晒してしまうことを申し訳ないとも思っていました。

そして今、行方が分からないルイズ達の無事を心から願っていたのです。

 

「大丈夫だよ。あの子達はある意味、私達以上の勇気がある。そして、とても抜け目なく賢い子達だ。簡単にやられてはいないはずだよ」

 

ウェールズに優しく肩を抱かれてアンリエッタは小さく頷きます。

キテレツのマジックアイテムの不思議な力と、一行の行動力や機転の良さは共にいたウェールズも驚くものでした。

アルビオン軍とまともにぶつかり合っても退けてしまうキテレツ達なら必ず今もどこかで無事に息を潜めているのだろうと感じていたのです。

 

「ウェールズ様。私達は、勝てるのでしょうか?」

「そうだね……五分五分、といった所かな……」

 

本来なら艦隊の数はもちろん、軍備の差で勝ち目なんてありません。

しかし、キテレツ達が竜騎士団を全滅させたり艦隊に僅かながら打撃を与えてくれていたことはトリステイン軍にとっては勝機そのものだったのです。

これから行う作戦が成功してレキシントン号を撃沈できれば、他の艦隊の戦意を失わせて撤退されることはできるかもしれません。

 

しかし、作戦が必ず成功すると決まったわけでは無いのも事実でした。

レキシントン号は二百メートルもある巨艦なので、爆撃で混乱させることはできても撃沈までできるとは限らないのです。

さらに、たとて撃沈できてもそれで他の艦隊が引き下がらずに攻撃を続けるかもしれません。

ウェールズの戦略はほとんど賭けに近いものでした。

 

「すまない……本来なら我らが彼らの反乱を食い止めなければならなかったのに。君をこんな戦いに巻き込みたくは無かった……」

「良いのです、ウェールズ様。遅かれ早かれ、こうなる運命だったのです。私は、ウェールズ様と共に戦場にいられることがとても幸せです」

 

謝るウェールズにアンリエッタはそっと身を寄せます。

 

「……たとえ、これから命を落とすことになっても……ウェールズ様と運命を共に出来るのなら思い残すことはありません」

「アンリエッタ……」

 

親友達の勇気に感化されて自ら出陣したアンリエッタも、死を覚悟していました。

しかし、この戦場で愛するウェールズと共に最後まで勇気を奮って戦い抜いて、敵に一矢を報いて死ねるのなら本望でした。

 

「ウェールズ様。もしも、この戦で生き残ることが出来たのなら……その時には、私の願いを一つだけ聞いては頂けませんか?」

「……ああ、良いとも」

 

ウェールズはアンリエッタがどのような願いを抱いているのかを察していました。それはきっと、彼女が自分に最も望んでいた夢に違いありません。

その夢はウェールズも内心抱いていたものであり、キテレツやルイズ達の奮闘があったからこそ、今こうして共にいられるために叶えられるかもしれない夢なのです。

二人で全てを捨ててでも叶えたかった夢を叶えるには、この戦いに勝たなければなりません。

 

「あら? 敵の艦隊が……」

「ん?」

 

ラ・ロシェールのすぐ手前まで差し掛かった所でアンリエッタとウェールズはアルビオン艦隊の異変に気が付きます。

それまでずっとトリステイン艦隊を迎え撃とうとこちらを向いていた艦隊でしたが、その中の五隻の戦艦が突然方角を変えていったのです。さらには艦隊から抜け出し、全く別の方角へと動き始めていました。

突然の艦隊の行動にアンリエッタ達は面食らってしまいます。

 

「右二時の方角に、艦隊が出現! 数、四です!」

「何! ゲルマニアの援軍か?」

「まさか、こんなに速く来てくれたというのか」

「いや、さすがに速すぎるのではないか? まさか、アルビオンの増援!?」

 

その異変はトリステイン軍からも確認できました。

トリステイン艦隊はもちろん、アルビオン艦隊よりもずっと遠くの空にはっきりと少ないながらも艦隊の姿があったのです。

しかし、正体不明の艦隊の出現に船上の兵や将軍達は困惑していました。つい先ほどまであそこには何にも飛んでおらず、これだけ見晴らしの良い空なら遠くから新手がやってきてもすぐに分かるはずなのにそれさえ分からないほど唐突に姿を現したのでした。

 

「あの艦隊は一体?」

「なるほど……あれは幻だ。キテレツ君のマジックアイテムに幻を生み出す品があったな」

 

アンリエッタが困惑する中、遠眼鏡を使って様子を覗っていたウェールズが納得したように頷きます。

現れた艦隊はトリステイン艦隊と全く同じ姿をしていたのですが、どこかぼんやりと朧げに見えていました。

キテレツの蜃気楼鏡の力を目の当たりにしたことがあったウェールズはその正体を即座に看破したのです。

 

「ウェールズ様が話していたという? ……では、あれが異国のマジックアイテムがもたらした力?」

「そうだよ。あの子達の持つマジックアイテムは摩訶不思議な力を持つ品ばかりなんだ。まさかここまでやってくれるとはね……」

 

ウェールズが感心する中、更なる異変が起こります。

 

「敵艦隊の上空に正体不明の一団を確認! 敵旗艦に攻撃しています!」

 

同じく遠眼鏡を覗いていた船員の叫びに船上の困惑はさらに強まりました。

見れば確かに、アルビオン艦隊の上空に二つの影が飛び回っているのがはっきりと見えました。

 

「あの子達も今、この空の上で戦っているんだ。……ほら、見てごらん」

 

思わず笑うウェールズがアンリエッタに遠眼鏡を渡します。

 

「ルイズ……!」

 

それを覗き込んだアンリエッタは驚き、息を呑みます。

アルビオン艦隊の中心、レキシントン号の頭上に一匹の風竜と小さな雲のような物が飛んでいましたが、その雲の上に自分の親友の姿を見つけていました。

 

ルイズは手にしている如意光を五月達が放り落とす小さな氷塊に向けて青い拡大光線を照射しています。

すると、見る見る内に巨大化した氷塊はレキシントン号の甲板上に落下し、船員達は慌てて避けていました。

さらに絶え間なく投下されては巨大化する氷塊が船体に激突し、船員達が必死に逃げ惑っています。

元の大きさに戻っている風竜シルフィードの上からもタバサ達が次々に魔法などで攻撃を行っています。

モンモランシーが生み出した水の塊にキュルケがキテレツから預かった水増殖丸を放り込むと、一気に何倍にも膨れ上がって巨大な水塊となっていました。

その水塊から一気に大量の水が滝のようにレキシントン号に降り注ぎ、甲板は洪水のように溢れんばかりの水で満たされ、船員達は次々に巻き込まれて洗い流されそうになっています。

 

完全にレキシントン号はパニックに陥っており、その光景を目にしていたアンリエッタも呆然としてしまいます。

 

「あの子達がくれた千載一遇のチャンスだ。彼らの奮闘を決して無駄にはできないな」

 

ルイズ達は艦隊を囮で引きつけて数を減らしてくれただけでなく、自分達も直接攻撃を行っているのです。

さらなる勝機を与えてくれた彼女達には感謝の言葉さえも出てこないほどでした。

 

「姫殿下、皇太子殿! 所属不明の艦隊が出現されました! いかがなされますか!?」

「あれは友軍の囮です。気にせずにこのまま作戦を開始してください!」

 

マザリーニが駆け寄ってきましたが、ウェールズは即座に合図を出しました。

彼の言う通り、これはまさしく自分達が勝利するための絶好のチャンスでした。

親友達にばかり戦わせるわけにはいかないためにも、自分達も動かなければなりません。

 

「全軍、戦闘準備! 魔法衛士隊、及び竜騎士隊は出撃! レキシントン艦に集中攻撃を!」

 

アンリエッタは水晶のついた王笏を掲げ、勇ましい声で叫びました。

それに応えるように、船上に歓声が一斉に響き渡ります。

 

 

十隻以上残っていたアルビオン艦隊の一部は、突然遠方に現れた艦隊へと急行していきます。

しかし、その艦隊は超鈍速ジェット機に乗ったコルベールが持ってきた蜃気楼鏡から映し出している幻なのです。キテレツ達の陽動作戦であることなどレコン・キスタには知る由もありません。

本隊が手薄になったことで、タルブから一度離れて高々度に飛び上がっていたキテレツ達は一気にその頭上にまで降りるとレキシントン号への攻撃を始めました。

 

「危ない、避けろお!」

「うわあ! ファイヤー・ボール!」

 

レキシントン号の甲板上は今まさにパニック状態でした。

頭上から落ちてくる様々な落下物が炸裂し、船員達は完全に混乱してしまっています。

 

「おらおら! もういっちょ行くぜぇー! ルイズちゃん、頼むぜ!」

「わたしも!」

「良いわよ! やっちゃいなさい!」

 

コロ助が操縦するキント雲に乗るブタゴリラと五月が握り拳ほどの氷の塊を放り投げると、ルイズが如意光の拡大光線を浴びせました。

一瞬にして何十倍もの巨岩のように膨れ上がった氷塊が甲板へと降り注いでいきます。

押し潰されそうになったメイジ達が慌てて杖を振り上げて一斉に火炎魔法を放ち、すんでの所で氷塊を溶かしていました。

 

「ええい! ……何をやってる! やれ! 撃ち落とせ!」

 

甲板の中央には落ちて砕け散った氷が散らばっていますが、騎士達は負けじと頭上に魔法を放ちます。

しかし、ギリギリ魔法が届かない高度にいるために届きません。

 

「ぐわあ!」

「ガボ、ガボ……!」

 

同じくレキシントン号の頭上を飛んでいるシルフィードに乗るモンモランシーの魔法で作り出した水が水増殖丸によって洪水と言わんばかりの大量の滝となって降り注ぎ、前甲板は水で満たされています。

船員達は大量の水に飲みこまれ、空の上だというのに溺れかけるという状況に陥っていました。

 

「よし、投下だ!」

「食らえ!」

 

キテレツ達と同じように艦砲射撃が届かない高所から接近してきたトリステイン軍の飛行部隊はついにレキシントン号の頭上へと差し掛かりました。

竜に抱えられ、レビテーションの魔法で浮かんでいた樽が次々に放り落とされていきます。

 

「ぎゃあ!」

 

落とされた樽に向けて魔法衛士隊と竜騎士達が次々に火の魔法を飛ばすと、中に詰まった火薬や燃料油に引火して次々に爆発し、炎が燃え広がります。

モンモランシーの水魔法が集中している前部ではなくキテレツ達と同じく中央で次々に炎が燃え上がり、黒煙も噴き上げていきました。

もはやレキシントン号の船員達は艦隊を二手に分け、周囲を旋回して砲撃してきているトリステイン軍に反撃する余裕さえもありません。

 

「おのれ! 目障りな蚊トンボどもめ! 卑劣な真似をしてきおって!」

「司令長官殿。そんなに取り乱していては士気に関わりますぞ。お静かに」

 

高所に位置している後甲板から船上の混乱の有様を目の当たりにし、ジョンストンは激高していました。

反面、艦長のボーウッドはこんな状況であっても冷静なままでいるどころか、どことなく白々しい態度でいます。

 

「何だと!? 第一、竜騎士隊が全滅したのは貴様が不用意に偵察などを命じたからだぞ! 貴様のせいで、大切な竜騎士を失う破目になったのだ! クロムウェル閣下! こんな無能な男をこれ以上、この船に乗せていては我らは全滅しますぞ!」

「焦ることはないぞ、ジョンストン君。たかが竜と幻獣が飛び回っているに過ぎんよ」

 

喚き声を上げて責め立てるジョンストンですが、クロムウェルもまた涼しい顔を浮かべて宥めます。

ジョンストンはその返答に困惑し、どうすれば良いか分からずに狼狽えていました。

 

「クロムウェル閣下。竜騎士隊も失っている以上、彼らを迎撃することもできません。本艦の受けた被害は決して小さいものではありませぬ。撤退か、退艦も考えた方が良ろしいかと……」

「撤退? 退艦? 馬鹿を申すな。これからトリステインに裁きの鉄槌を下そうという時に、この程度の被害で退くなどあり得ん」

「しかし、敵は本艦の弱点も知り尽くしているようです。このまま立て続けに攻撃を受けていては、いくら本艦と言えども撃沈は免れません」

「余は撤退などあり得ん、と言ったのだ。このままで良い」

 

ボーウッドからの進言をクロムウェルはあっさりと一蹴していました。

 

(この男、何を考えている?)

 

こんな状況であってもクロムウェルがここまで平然とした態度でいられることにボーウッドは疑念を抱いてしまいます。

まだ何か切り札でも隠し持っているのかと思われますが、それが何であるかは想像もできません。

中央のマストの帆には天狗の抜け穴が刻まれており、それが心の拠り所なのだということは察せられます。

あの中からその切り札がこちらに現れるろいうのでしょうが、どんな切り札が残っていてもこのままでいれば確実にレキシントン号は撃沈されるのはもはや時間の問題でした。

 

(もし逃げたりすれば、私がミス・シェフィールドに殺される……!)

 

表面上は澄ました態度のクロムウェルですが、内心では恐怖でいっぱいでした。

本心ではボーウッドの言う通りに早く退艦するか、撤退をしたい所なのですがそれはできないのです。

彼はシェフィールドから撤退も降伏も許されず、このレキシントン号に乗ってひたすらにトリステインへ侵攻するように命じられていました。

もしもその命令に逆らえば、どんな仕打ちがクロムウェルを待っているのか想像するだけで恐ろしいのです。

 

(一体、あの中から何が出てくると言うのか……ミス・シェフィールド、我らを見捨てないでくれ……!)

 

天狗の抜け穴を通って何が出てくるのか、そしていつ出てくるのかとクロムウェルはひたすらに待ち続けていました。

こうして待っている間にもレキシントン号の甲板の混乱はさらに強まっていくばかりです。それを見る度に、クロムウェル自身さえも恐怖の叫びを上げたくなるほどでした。

 

「お?」

「何だ?」

 

突然、中央のマストに大きな影が浮かび上がったのをクロムウェル達は目の当たりにします。

天狗の抜け穴は帆の前側に大きく刻まれており、それに見合った大きさをした何かが飛び出てくるのがはっきりと分かりました。

 

 

 



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タルブの決戦! イーヴァルディの勇者たち・終編

ラ・ロシェールの街は数時間前にトリステインの親善艦隊が全滅させられてからというものの、完全に無人となっていました。

住民達は店の者も含めて全員が戦火に巻き込まれるのを恐れて逃げ出してしまい、麓に降りて行ってしまったのです。

現に今も上空ではアルビオンとトリステイン艦隊が戦闘の真っ最中でした。

 

「トリステイン軍もずいぶんと派手にやるじゃないさ」

 

無人の街の中にただ一人だけ佇む人影がありました。それは、かつてトリステイン中を騒がせていた盗賊メイジの土くれのフーケです。

レコン・キスタからラ・ロシェール近辺の偵察を命令されていたフーケは昨日からずっとこの街を訪れていました。

 

「確か、あの船にはクロムウェルが乗ってるんだっけ。……レコン・キスタもざまあないもんだね」

 

空を見上げるフーケはせせら笑います。

街が標高の高い場所にあるために麓から見るよりは上空の艦隊戦がよく見えています。

二手に分かれたトリステイン艦隊が距離を保ちつつ牽制し、飛行部隊がレキシントン号に爆撃をしている様子も見ることができました。

 

「それにしても、あの子達もやるものだね……」

 

そのレキシントン号の頭上を飛び回る幻獣や竜騎士達の中に見慣れた風竜と小さな雲を目にして思わず笑ってしまいます。

フーケはここから数時間前までタルブの草原も一望していたのですが、突然集まってきた雲のおかげで今はもう何も見えなくなったのです。

そのすぐ後にアルビオン艦隊の何隻かが雲の下へ降下していきましたが、しばらくしてたった一隻だけが逃げ帰ってきたのを見て、下で何が起きているのかを察しました。

雲を無理矢理集めたり、大した戦力も無いはずのタルブが艦隊を迎撃できたりするのは不思議なマジックアイテムを操るキテレツ達だけなのです。

そのキテレツ達が命知らずにも空に上がってきたことにもフーケは驚いてしまいました。

 

「この調子だったら、クロムウェルの奴も叩きのめせるかもしれないね……」

 

これまで立場上はキテレツ達と敵対する関係ではあったのですが、フーケ本人としてはキテレツ達そのものにこれといった敵意はありません。

むしろ遠い異国から友達を助けるためにハルケギニアまでやってきた行動力に感心し、貴族のトラブルのせいで故郷に帰ることができなくなってしまった境遇に同情の思いを抱いてもいたのです。

それでも子供らしく元気に、どんな敵が現れようとも諦めずに危機を切り抜けてきた勇気のある不思議な子供達ならば、もしかしたらこのままレコン・キスタをも倒すことができるのではと期待さえしていました。

無理矢理自分に協力を強いてきたレコン・キスタが壊滅してくれるならそれはそれで自由になれるフーケにとっても好都合なのです。

 

「がんばりなよ、キテレツ君……」

 

勇気を胸に戦い続ける子供達を応援する中、頭上では未だ大砲の音が轟き続けていました。

 

 

あちこちから煙を噴き上げているレキシントン号の中央のマストから飛び出てきたのは、重厚な鎧を纏った剣士のような姿をした巨大なガーゴイルでした。

突然姿を現したガーゴイルは甲板の上に着地すると、その巨体をゆっくり立ち上がらせていきます。

 

「きゃあ、何なのよあれ!」

「うわあああああ!? な、何だね! あれは!?」

 

30メートルはあろうかという巨体の迫力にモンモランシーやギーシュだけでなく、タバサもキュルケも唖然として言葉も出ません。

レキシントン号上空から爆撃を続けていた魔法衛士隊達も乗っている幻獣と共に驚いており、慌てて離れていきます。

 

「何だあ!? あのデカブツはよ!」

「グランロボナリ~!?」

「そんなわけないだろ~!?」

 

シルフィードらと共にレキシントン号から離れるキント雲の上でトンガリが喚きます。

コロ助が昔よく見ていたテレビ番組に登場していたのは正義のロボットでしたが、現れたガーゴイルは正義の味方には程遠いくらいに禍々しい雰囲気に満ちていました。

 

「キテレツ君! あれってひょっとして……」

「うん! 天狗の抜け穴だ!」

 

みよ子が指差したのはガーゴイルがいきなり現れたレキシントン号のマストです。その帆全体に大々と赤い楕円が刻み込まれているのが見えました。

ただの模様でしかないはずの場所からあんな巨大な物が飛び出してくるのは、天狗の抜け穴が使われているとしか考えられません。

 

「それじゃあ、あれってシェフィールド達が!?」

「間違いないわよ!」

 

ルイズと五月も驚きつつも納得しました。

天狗の抜け穴がジョゼフ達の手に渡っている以上、それを悪用して何かを企てていることは予想ができました。

ガリア王国で作り上げた新兵器を遥か遠くのトリステインで活動しているレコン・キスタへ一瞬で送り届けるために天狗の抜け穴を刻んだのでしょう。

キテレツ達がいつもお世話になっていた天狗の抜け穴の最大の利用価値を、最大限に利用してみせた結果が、あの恐ろしいガーゴイル……ヨルムンガントなのです。

 

「あんな物をこっちに送り込んでくるなんて……!」

「へんっ、どうせあんなデカブツなんて飛べもしないじゃねーか! 空飛んでりゃこっちのもんさ!」

 

ブタゴリラの言う通り、鎧を着たヨルムンガントは巨体に見合った重々しそうな姿で鈍そうです。ましてや空を飛ぶことなんてできるはずがありません。

 

「へ?」

「……うわあああ!」

 

キテレツ達の方を見上げてきたヨルムンガントが起こした行動に全員が仰天します。

 

「と、飛んだナリよーっ!」

 

何とヨルムンガントはその場で踏ん張ったかと思えば体操選手のように勢いよくジャンプしだしたのです。

しかもゴーレムのように鈍重ではなく、人間と全く変わらない滑らかな動作で自分の体よりも何倍もの高さにまで飛び上がっていました。

どんな土のゴーレムであろうと絶対に不可能な、その巨体からは考えられない動きと姿に誰もが唖然とします。

 

「でっかい図体のくせしてあっさり飛ぶんじゃねーっ!」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょーっ! コロ助、逃げるんだよーっ!」

「わわわわわーっ!」

「きゅい、きゅい、きゅいーっ!」

 

一瞬にしてキテレツ達の頭上にまで飛び上がってきたヨルムンガントが降下してきたので、大慌てでキント雲とシルフィードは左右に分かれて回避します。

そのままヨルムンガントは真下に広がる雲海に落下していく……かと思ったら、すぐに上昇してきました。

 

「そ、空まで飛んでるわ!? 何なのよ、あのゴーレム!」

「ひええええっ!」

 

シルフィードの上でモンモランシーとギーシュが絶叫して抱き合います。

ヨルムンガントは翼も無いのに、この空を飛んでいる戦艦とほぼ同じ速さであっさりと飛行しているのでした。

まるで本当にロボットが空を飛んでいるようです。

 

「きゅいーっ! あいつ、体中に風の精霊の石がたくさん詰まってるのねーっ!」

「シ、シルフィードが、しゃ、喋ったあ!?」

 

シルフィードまでもが思わず叫んでしまうので、何も知らないモンモランシーがさらに驚いてしまいます。

 

「驚くのは後よ、後! タバサ!」

「回避!」

 

今は説明をしている暇もありません。目の前の敵を何とかしなければならないのです。

浮上してきたヨルムンガントは手にする巨大な剣を振り上げてきたので、キント雲とシルフィードはまたも回避行動を行いました。

 

「うわわわわっ!」

「きゅい、きゅい!」

「ママ~!!」

「きゃああああっ!」

 

まるで本当に鎧の中に巨大化した人間が入っていると錯覚するような動きで、軽々と豪快に剣を振り回すヨルムンガントにシルフィード達は必死に回避します。

あんな巨大な剣なんて直撃をもらえば一巻の終わりです。

 

「きゃあっ! 落ちるーっ!」

「だ、大丈夫だよ! モンモランシー!! ぼ、ぼ、僕が付いているさ!」

 

振り落とされそうになるモンモランシーをギーシュは必死に抱き締めていました。

 

魔法衛士隊達もヨルムンガントの迫力に完全に押されてしまって、巻き添えにならないようにレキシントン号の空域から離れて遠巻きに眺めていました。

それどころか炎上しているレキシントン号はまだしも他のアルビオン艦隊の船員達でさえ呆気に取られてしまっています。

 

「五月! そのうちわを貸してくれ!」

「はい! 熊田君!」

「……おうりゃああああっ!」

 

天狗の羽うちわを受け取ったブタゴリラはぐるぐると頭上で力一杯に振り回すと、後ろから迫るヨルムンガントへ振り下ろします。

 

「ひゃああああっ!」

 

モンモランシーが絶叫を上げるほどに強烈な突風が吹き荒れ、みるみる内に巨大な竜巻へと膨れ上がっていきます。

周りの雲を巻き込んでいく竜巻はヨルムンガントの巨体を飲み込んでしまいますが……。

 

「そのまま吹っ飛んで……!」

「……うわあっ!」

「きゃっ!」

「エア・シールド!」

 

勝利を確信したブタゴリラですが、突然竜巻の勢いが弱まって回転が止まったかと思ったらいきなり弾け飛んでしまったのです。

激しい強風が辺りに吹き荒れ、危うく吹き飛ばされそうになりましたがタバサが風の障壁を張ってくれたおかげで辛うじて持ち堪えました。

 

「げ!? マジかよ!」

「全然効いてないわ!」

 

消滅した竜巻の中から現れたのは、手にする剣を頭上で大きく振り回していたヨルムンガントでした。

しかも今の竜巻でダメージを受けた様子がありません。

 

「な、何で!? あの竜巻をまともに食らったのに……」

「竜巻を逆回転させたんだよ! それで打ち消しちゃったんだ!」

「そんなのズルいよ~!」

 

あれだけの竜巻に飲み込まれても、ヨルムンガントはああして自分の剣を竜巻の回転とは逆方向に回転させて打ち消してしまったのです。

それだけの芸当を楽にこなせるだけ、恐ろしいパワーを発揮できるのでしょう。

 

「このっ! おらっ!」

 

ブタゴリラは諦めずに縦向きにした羽うちわを何度も振り回し、鉄をも切り裂く巨大なつむじ風を次々に放ちますが、効いている様子はありません。

 

「ジャベリン!」

「これなら……どうよ!」

 

タバサもキュルケも持てる精神力全てを注ぎ込んで特大の氷の槍と巨大な火球を作り上げました。

ヨルムンガントの顔面目掛けて同時に放たれた二つの魔法はあっさりと命中しますが氷の槍は砕け散り、火球は豪快に炸裂したものの、傷一つ付いていません。

 

「だったら、この如意光で……!」

「ルイズちゃん、危ないよ!」

 

ブタゴリラが諦めずに羽うちわを振り回し続ける中、ルイズが身を乗り出して如意光を向けます。

 

「小さくなりなさいっ!」

 

五月に体を支えられる中、ルイズは如意光の縮小光線を手を伸ばしてくるヨルムンガントに浴びせました。

 

「え!?」

「そ、そんな……!」

「如意光まで……」

 

如意光の放った光線までもがヨルムンガントの掌に弾かれてしまい、全く効果が無かったのです。

 

「わわわわわわあ~っ! 危ないナリ~!」

「コロ助、さっさと避けろ!」

「きゃああっ!」

 

掴もうとしてきたヨルムンガントから逃れようとキント雲はシルフィードと共に急上昇します。

その勢いでルイズは振り落とされかけますが、五月がみよ子と一緒に押さえているおかげで落ちずに済みました。

 

「この間と同じだ。あいつにもエルフと同じ魔法がかかってるんだ!」

「そうみたいね。最悪だわ……!」

 

キュルケもキテレツと同じく、あのヨルムンガントの強固な防御力の正体を察します。

如意光の光線をも防いでしまう力は先住魔法意外に考えられません。そして、その先住魔法を使うことができるのはあのビダーシャルというエルフです。

ガリア王国が秘密裏に作り出したのは風石にエルフの魔法と、先住魔法の力をふんだんに組み込れた悪魔の兵器なのです。

先住魔法が相手ではメイジの魔法で対抗することもできません。

 

「エ、エルフですって!? あんた達、何でそんなことが分かるのよ!」

「い、いやあ、実はね」

「後だって言ってるでしょ!」

 

事情を何も知らないモンモランシーにギーシュが答えようとしますが、キュルケが制します。

 

「どうするの、キテレツ君!」

「電磁刀はもうないのに……!」

 

五月が愛用していた電磁刀ならば先住魔法の防御も突破することも可能でしたが、その電磁刀は既に壊れてしまっています。

奇天烈斎がハルケギニアに残してくれた奇天烈大百科には電磁刀も載っていましたが、当然今作ることはできません。

そもそも、ビダーシャルの時と違って相手が大きすぎるので、たとえ突破できたとしても生半可な攻撃で倒すことは難しいでしょう。

 

「わあっ! 来るよ、来るよ!」

 

そうこうしている間にヨルムンガントは浮上してくるのでトンガリが慌てます。

キテレツ達の攻撃がまるで効かず、唯一の対抗手段さえも持たない以上、このまま逃げ続けていてもジリ貧なだけでした。

 

「ギーシュ! あんたのワルキューレを出せるだけ出して! 今すぐに!」

「ど、どうするというんだね! ルイズ! いくら何でも大きさに差があり過ぎるんじゃないかね!」

「良いから早くするのよ!」

 

ルイズに命じられたギーシュは慌てて自分の造花の杖から花びらを数枚空に舞わせると、得意のゴーレム生成によって青銅の戦乙女・ワルキューレが作り出されます。

 

「ゆ、行けっ! ワルキューレたちっ……ああっ! ワ、ワルキューレ!」

 

しかし、ここが空である以上、重いゴーレムであるワルキューレ達は次々と風に吹かれながら落ちていきました。

 

「あんなの落っことしてどうするのさ!」

「……こうすんのよ!」

 

トンガリが五月にしがみつく中、ルイズが突き出した如意光から青い拡大光線が放たれ、落ちていくワルキューレ達に浴びせられます。

 

「おおっ!? ぼ、僕のワルキューレ達が……!」

 

見る間に10メートルほどの大きさにまで巨大化したワルキューレ達はさらに増した重みで一気に落下し、上昇してきたヨルムンガントに次々に激突します。

さすがにこれだけの大質量のゴーレムの落下をまともに受けてはヨルムンガントもバランスを崩してワルキューレ達と共に墜落していきました。

 

「や、やったの!?」

 

モンモランシーが思わず安堵の顔を浮かべますが……。

 

「げ!」

「避けるんだ! コロ助!」

 

落ちながらも体勢を立て直したヨルムンガントが自分にぶつかったワルキューレの一体の頭を掴み取ると、キテレツ達目がけて思い切り投げ飛ばしてきたのです。

縦に回転しながら一直線に飛んできたワルキューレを左右に分かれてかわしましたが、そのまま飛んでいったワルキューレはさらに先に浮かぶアルビオン艦隊にまで到達していました。

 

「ひえ~っ……すっげえ飛ばしたなあ」

「味方の船を壊してまで……」

 

振り返るブタゴリラと五月が唖然とします。

ワルキューレはレキシントン号の船体に激突した挙句に突き抜けているのが分かりました。甲板からは未だ煙が上がって炎上しているので余計に混乱が激しくなるでしょう。

 

「ど、どうするのさ! キテレツぅ!」

「何かあいつを倒せる方法はないの!? キテレツ君!」

「どうしようったって……あいつに効きそうな発明品なんてもう無いし……」

 

トンガリとみよ子に詰め寄られてキテレツも困り果ててしまいます。

如意光も羽うちわも駄目、電磁刀も無し、エルフの先住魔法で守られているヨルムンガントに有効打となりそうな発明品も無く、どれだけ頭を回転させても解決策が思い浮かびません。

 

(……もうっ! 何なのよ! こんな物をこっちに送り込んで余計なことばかりして……!)

 

困惑するキテレツ達を目にしたルイズはヨルムンガントを睨みつけました。

ガリア王国が裏で糸を引いているレコン・キスタがいつか戦争を仕掛けてくることは分かっていましたが、そのせいでまたしてもキテレツ達を危険に晒してしまったのです。

もうこれ以上、故郷へ帰りたいキテレツ達をこのハルケギニアの騒動に巻き込みたくないルイズ達の都合など知ったことではないと言わんばかりに攻めてきたレコン・キスタとガリア王国に、ルイズは激しい怒りが込み上げてくるのでした。

 

「きゃーっ! ま、また来るわよ!」

「お、おのれ! モ、モンモランシーに手出しはさせないぞ!」

「こんにゃろお! こうなりゃ特大のカバいたちをぶちかましてやる!」

「かまいたちだってば!」

 

ルイズが怒りに打ち震える中、ヨルムンガントは剣を構えて浮上してきます。

恐怖に震えるギーシュとモンモランシーがお互いに抱き合う中、羽うちわを大きく振り上げるブタゴリラにトンガリが突っ込みました。

 

「シェフィールドっ!」

 

突然、ルイズが大声を張り上げて立ち上がりました。

その怒声の凄まじさは一緒に乗っているキテレツ達はもちろん、シルフィードに乗っている四人までもが驚いて彼女に視線が集中します。

憤怒の形相でルイズは杖を手にして身構え、同じ高度に浮上するなり一気に迫ってくるヨルムンガントを見据えました。

 

「ル、ルイズ!」

「あなたの魔法でどうにかできるわけないでしょ!」

 

ルイズが掲げた杖から電光と共に激しい光を発する中、キュルケとモンモランシーが叫びました。

 

「これ以上、あたし達の……サツキ達が帰る邪魔をするなああああっ!」

 

目前にまで迫ってきたヨルムンガントは手にする剣を大きく薙ぎ払おうとしてきましたが、その寸前でルイズは杖を振り下ろします。

 

「うおおおおっ!?」

「みんな掴まって!」

「ママ~っ!」

 

ヨルムンガントの目の前で、これまで見たことがないほどに強烈な爆発が閃光と共に巻き起こりました。

その爆風の余波に煽られるキテレツ達も振り落とされまいとキント雲にしがみつきます。

 

「ルイズちゃん……!」

 

五月も屈みつつ同じように爆風に煽られてバランスを崩したルイズの体を必死に抱き締めていました。

 

「見て! あれ!」

「お、おお!?」

 

爆風が収まると、みよ子とギーシュが驚いて声を上げていました。

見れば、これまでキテレツの発明品やキュルケとタバサの魔法を物ともしていなかったはずのヨルムンガントが大きく怯んでいたのです。

しかも先ほど巨大化したワルキューレによる質量攻撃を受けた時よりも大きくバランスを崩して仰け反っていました。

 

「や、やった……?」

「あれを見て! 今ので鎧が砕けてる!」

「すごいナリ! ルイズちゃん!」

「嘘でしょ? ゼロのルイズが……?」

 

指を差す五月の言う通り、ヨルムンガントの。胸の部分の鎧がはっきりと削り取られているのが分かりました。

ルイズの魔法の失敗による爆発は初めてヨルムンガントに有効打となるダメージを与えたのです。

モンモランシーだけでなく、ルイズ自身も自分がもたらした結果に呆然としてしまいます。

 

「そういや、この間の長耳野郎みたいに跳ね返したりしねえんだな」

「言われてみたらそうだね」

「きゅい! あいつがでっかすぎるから、精霊の守りが薄くなってるのね! だからお姉さま達の攻撃はあいつの体に届いてるのね!」

 

精霊の力がどのように働いているのかが分かるシルフィードにはヨルムンガントに張られている鉄壁の防御がどのようなものかが分かっていました。

 

「それでこっちの攻撃を跳ね返せなかったんだ」

「何でルイズちゃんの魔法はあんなに効くのさ?」

「この間のエルフの時と同じよ。先住魔法って、ルイズちゃんの魔法に弱いんだわ!」

 

トンガリの疑問に五月は笑顔でルイズを見つめます。

ビダーシャルとの戦いの時にもルイズの爆発魔法で助けられているので、これだけ抜群に効果があることに納得できました。

 

「跳ね返せないってんなら、シルフィードちゃんも如意光で大きくなってあいつにぶち当たれば……」

「きゅいーっ! 冗談じゃないのねーっ!」

 

ブタゴリラの言葉にシルフィードはぶんぶんと頭を振って猛抗議します。

しかし、これで先住魔法の防御にも限度があることがはっきりしました。防ぎきれないほどに強力な攻撃を当ててしまえばヨルムンガントを倒すことができるのです。

 

「キテレツ君! あれよ! あのバズーカを使ってみましょう!」

「うん! 如意光で大きくすれば、あいつの防御を破ることもできるよ!」

 

みよ子の提案にキテレツは即座に賛成します。

まだキテレツ達には切り札とも言うべき武器が残っていました。それが破壊の杖とも呼ばれている、キテレツ達の世界からもたらされた強力な兵器であるハズーカ砲なのです。

巨大化させれば戦艦も軽く撃ち落とせるくらいの威力が発揮できるのは間違いないですが、ヨルムンガントに効くかまでは分からなかったのです。

しかし、ルイズの爆発が効果があったのならこれも効く可能性があります。今はこのバズーカ砲に全てを託すしかキテレツ達が勝利できる道はありません。

 

「よし! これで良い! あとはこのスイッチを押すだけだ!」

 

リュックから取り出して如意光で大きくしたバズーカをキテレツは手早く発射できる状態にしました。

 

「おお! 破壊の杖じゃないかね!」

「ほ、本当にそんなのが効くの!?」

 

傍によってきたシルフィードから身を乗り出すギーシュとモンモランシーがバズーカを見つめて目を丸くしていました。

 

「貸せ! 俺があいつに一発ぶちかましてやる! さっさと如意光で大きくしろよ!」

「待って! 弾は一発しか無いんだ! それにこんな狭い所じゃ大きくなんかできないよ!」

「じゃあ、どうやって撃つのさ!」

「タバサちゃん! キュルケさん! これを魔法で浮かべてください!」

 

喚くトンガリにキテレツはさらに火事場風呂敷をバズーカに巻きつけるとシルフィードに乗る四人に頼み込みます。

 

「オッケー! タバサ!」

 

頷くキュルケとタバサが杖を振るうと、バズーカはふわりとキント雲の頭上に浮かび上がりました。

キテレツは浮かぶバズーカに如意光の拡大光線を照射します。

 

「お、おお!?」

 

ギーシュが驚く中、バズーカはみるみる内に10倍以上にも巨大化していき、長さだけでも10メートル以上にも達するほどになっていました。

まるで長大な土管のように大きくなったバズーカですが、どんな重い物でも軽くしてしまう火事場風呂敷のおかげでキュルケ達はレビテーションの魔法を苦も無くかけたままでいられます。

 

「シルフィードちゃん! 上からバズーカを掴んで押さえて! 僕達は下から支えるから! コロ助、真ん中に移動して」

「了解ナリ」

「分かったのねー! きゅい! きゅい!」

 

頷くシルフィードはバズーカの真上へ移動すると、後部から持ち上げるようにして抱え込みます。キント雲もバズーカの発射スイッチがある中心へと移動していきました。

 

「発射の反動が強いから、これを使わないとね」

「力仕事なら俺に任せろ! 貸せ!」

 

キテレツがリュックから取り出した万力手甲をブタゴリラが取り上げ、腕にはめると両手を上げてバズーカを掴みます。

 

「キテレツ! あいつが動き出すわよ! 急いで!」

 

キュルケの言葉通り、ヨルムンガントは徐々に崩した体勢を立て直していくのが分かります。

 

「後はこの上のスイッチを押すだけだ。弾は一発しか無いから、チャンスは一度だけだよ!」

「誰が押すのさ!?」

「わたしがやるわ!」

「ええ!? さ、五月ちゃん!」

 

五月は自ら重要な役目を買って出ると、ポケットから空中浮輪を取り出して頭上に浮かべます。トンガリが制止する暇もなくそのままバズーカの上へと飛び上がりました。

 

「キテレツ! あたしにもあの輪っかを貸して!」

「う、うん。はい、これを……」

 

詰め寄ってくるルイズの剣幕にキテレツは驚きつつも自分の空中浮輪を渡しました。

同じように頭に空中浮輪を浮かべたルイズも五月を追って飛び上がります。

 

「五月ちゃん! ルイズちゃんの魔法と一緒に撃つんだ! それであいつが怯んだ所に、バズーカを撃ち込むんだよ!」

「うん! 分かったわ! ルイズちゃん」

「いつでも良いわ、サツキ!」

 

ルイズと五月は互いに顔を見合わせると、笑顔を浮かべながら頷きます。

 

「来るわ! キテレツ!」

「きゃああああっ!」

 

ヨルムンガントは腕を前に出すと自分を庇うようにして猛然と迫ってきます。

悲鳴を上げるモンモランシーをギーシュがぎゅっと抱きしめていました。

 

(この子達は、あたしが守ってみせるわ……!)

 

ルイズは既に杖を突き出して意識を呪文に集中させていました。

自分の魔法がメイジとしてはたとえどんなに失敗作であろうと、その力は大切な友達を守れるだけの力があるのです。

ならば、今の自分が出せる全力を持って、キテレツ達を脅かそうとする敵から守ってあげたいと強く願っていました。

 

(確か、爆発って……)

 

ヨルムンガントはもう目前に迫る中、ルイズはふとあることを考えていました。

メイジの魔法は発揮される力によって様々な名前がつけられますが、基本は効果そのままのものが多いのです。

ならば、自分の失敗作である爆発を意味するその言葉は……。

 

「エクス……プロージョン!」

 

ヨルムンガントが剣を振り上げようとする中、ルイズは声高に叫びます。

突進してきたヨルムンガントの全身を包み込むようにして、先ほどよりもさらに強力な爆発が巻き起こったのです。

その威力の余波はやはり強烈で、キテレツ達も怯んでしまいそうでした。

しかし、この爆発に一番参っているのは、まともに食らったヨルムンガントだけです。

 

「今だ!」

 

爆風が強風で吹き飛ばされると、そこには盾にしていた片腕を吹き飛ばされて大きく怯んでいるヨルムンガントの姿が飛び込んできました。

 

チャンスは、今この瞬間のみです。

 

「えいっ!」

 

五月は両手で発射スイッチを力いっぱいに押し込んだ途端、バズーカの銃口から鈍く空を切るような音と共に巨大なロケット弾が射出されます。

バズーカの後部からガスが噴射され、本体を支える一行は巨大化した影響で強くなった反動を抑え込んでいました。

 

「「「「「「「行っけえええええええっ!」」」」」」」

 

7人の叫びで導かれるように、発射されたロケット弾は一直線にヨルムンガントの胸目がけて吸い込まれていきました。

 

「きゃあっ!」

 

ルイズの爆発魔法に匹敵するほどに耳をつんざく爆音が空に響き渡ります。

ロケット弾が直撃した途端、巨大な爆発がヨルムンガントの巨体を貫くようにして巻き起こったのです。

 

「……やった!」

「……やったわ! キテレツ君!」

「……おお! ……ミス・サツキ!」

 

頑強な鎧で覆われたヨルムンガントの胴体の中心には巨大な風穴が開けられ……と、いうよりも上半身そのものが首から上だけを残して完全に吹き飛んで消滅していました。

あれだけ軽快に動き、飛び回っていたヨルムンガントはぴくりとも動きません。

 

「やったナリーっ!」

「やりいっ! へっ、思い知ったかあ!」

「やったよ、五月ちゃーん!」

 

一行が歓声を上げる中、ぐったりと力を失ったヨルムンガントの巨体はアルビオン艦隊の方へと流されていきました。

 

 

先ほど、ヨルムンガントが投げつけてきたワルキューレが激突したおかげでレキシントン号は船体を激しく損傷した挙句に空を飛ぶのに必要な風石を積載していた貯蔵庫もやられてしまい、もう墜落は免れない状況となっています。

 

「総員、速やかに退艦せよ! 急げ!」

「どけ! どけい!」

 

炎上し、黒煙を噴き上げているレキシントン号の甲板では船員達が次々にボートに乗り込んでいる所でした。

敗北を悟った艦長のボーウッドは大声で迅速な脱出を命じていますが、司令長官のジョンストンは部下達を押し退けてまで必死にボートに乗り込もうとしています。

フライの魔法で浮き上がったボートはまだ近くの空域に残っている他の戦艦へと向かっていきました。

 

(こ、こんな馬鹿な……ミス・シェフィールド、あなたの送ってくれた切り札が……!?)

 

上を見上げるクロムウェルはヨルムンガントの巨体がゆっくりと墜落してくるのを目にして愕然とします。

いきなりマストから現れたヨルムンガントに最初は驚きはしたものの、ガリア王国で作られたという最新兵器ならばトリステインの艦隊もまとめて敵を蹴散らせると勝利を確信していたのに、それが覆されたのです。

 

(わ、私も早く逃げたい……! だが、勝手にそんなことをしては……!)

 

先ほどボーウッドからも退艦をするように奨められはしたのですが、それに応えることはできませんでした。

シェフィールドからの命令が無ければ勝手に行動することができない身であるクロムウェルは恐怖に身を震わせることしかできないままです。

 

『聞こえる? クロムウェル』

 

突如、クロムウェルの前に現れた一羽のカラスから女性の声が響いてきました。

 

「おお、その声はミス・シェフィールド!」

 

そのカラスはクロムウェルも知っている、シェフィールドが使うガーゴイルでした。遠く離れた場所にいるシェフィールドの声を届けることができるのです。

クロムウェルはシェフィールドの声を聞くなり、安堵の表情で顔を輝かせました。

 

『どうやら、レコン・キスタの敗北は決定的のようね。よもやこのような結果になるなんて……』

「ミス・シェフィールド……! 私は……私はこれからどうすれば……! このレキシントン号はもはや駄目でございます! やはり、他の艦に移って今からでもトリステイン軍を全滅させるべきなのでしょうか……」

 

縋るような思いでクロムウェルはシェフィールドの声を出すカラスに語りかけるのですが……。

 

『甘えるな』

「ひっ……!」

 

それまでクロムウェルの秘書として厳しくも柔らかい口調であった時とはまるで別人な、冷酷さが滲み出てた声音で脅しつけてきたのです。

直接見えなくてもその迫力にクロムウェルは思わず後ろに倒れて尻餅をついてしまいました。

 

『騙し討ちでトリステイン艦隊の主力を全滅させておきながら、たった僅かな敵さえも全滅させられずに翻弄されるとは……所詮、アルビオンの力もこの程度か』

「し、しかし……ミス・シェフィールドの送ってくれた切り札までもが……ぎゃあっ!」

 

突然、カラスはその鋭いクチバシでクロムウェルの片右目を刺し突いてきたのです。

目玉を抉られ、血を噴き出す右目を押さえてクロムウェルは蹲りました。

 

「あ……あう……」

『ヨルムンガントを送ったからといって、ただ驚くだけでお前達は何もしてない。アンリエッタとウェールズを始末する機会をもみすみす逃すとは……使えない連中ね』

 

カラスが血をクチバシから滴らせながら、シェフィールドの声は酷薄にも吐き棄てるとクロムウェルの肩へと降り立ちました。

 

『……せっかくお前を望み通りに王としてやったというのにアンドバリの指輪をみすみす奪われ、トリステインにこうも敗北するとは。……もうお前に用はないわ。滅びゆくレコン・キスタの指導者なら指導者らしく、潔くそこで名誉の戦死を遂げなさい。それでお前の名は永遠に歴史に刻まれるでしょう』

 

クロムウェルの耳元で無情な言葉を告げたカラスは羽ばたき浮かび上がると、そのままレキシントン号から飛び去って行きます。

 

「そ、そんな……! ミス・シェフィールド! 私を見捨てないでくれ! お願いだ! 私を……わ、私を……!」

 

目を押さえながら起き上がったクロムウェルはみるみる離れていくカラスに向かって手を伸ばして追い縋ろうとしますが、頭上を見上げて顔を歪ませます。

墜落してきたヨルムンガントの巨体はもうすぐ真上にまで迫ってきていて、真っ直ぐにクロムウェルのいる場所へと落ちていきました。

既に甲板にはクロムウェル以外に誰も残っておらず、他の船員達は全員ボートに乗って脱出した後でした。

 

「ひ……!」

 

恐怖と絶望に満ちた表情を浮かべる神聖アルビオン、レコン・キスタの初代皇帝は巨大な鉄の塊にあっさりと野菜のように潰され、一人惨めな最期を迎えました。

 



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勝利のY! うわさのキッスとプロポーション

♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「ワーイ! ワガハイ達が勝ったナリー! 正義は必ず勝つナリよー!」

キテレツ「シエスタさん達が戦勝パーティを開いてくれるんだって」

コロ助「あ~……やっぱりシエスタちゃんのコロッケは楽しみナリよ~」

キテレツ「それを味わえるのも、これで最後になるかもしれないけどね」

コロ助「冥府刀が完成したら、もうみんなとお別れナリ」

キテレツ「僕は最後の仕上げにかかるから、五月ちゃん達と楽しんできなよ」

キテレツ「次回、勝利のY! うわさのキッスとプロポーション」

コロ助「絶対見るナリよ♪」



 

 

 

「ヒューッ! 豪快にぶつかったわねー!」

 

キュルケが歓声を漏らすと、一行も目の前の光景を呆然と見つめます。

ヨルムンガントの残骸は墜落寸前になっていたレキシントン号へと真っ逆さまに落ちていき、激突しました。

そのままバランスを崩して大きく傾いた巨大な船体は炎に包まれたまま、ゆっくりと真下に広がる雲海へと墜落していきます。

 

「きゅい、きゅいーっ! シルフィ達の大勝利なのねーっ!」

 

バズーカ砲を抱えたままのシルフィードが喜びの声を上げました。

 

「う、う~む……し、しかしこれが破壊の杖の力なのか……いやはや、もう何とも言えないよ……」

 

驚いているのはギーシュだけではありませんでした。ルイズ達はもちろん、キテレツさえもバズーカ砲の威力には開いた口が塞がらなかったのです。

如意光で巨大化させて強化させたとはいえ、キテレツ達はバズーカ砲の破壊力を実際に目の当たりにするのは初めてなのですから。

 

「ルイズちゃん、大丈夫?」

「え、ええ……平気よ。破壊の杖って、本当にすごいものなのね……」

 

五月と一緒に空中浮輪で浮かんでいるルイズですが、ずっと杖を構えて固まったままだったのでようやく体の力を抜いて手を降ろしました。

 

「ルイズちゃんもすごいわ。あんなすごい爆発を起こせるなんて!」

「バズーカと良い勝負だったよ……」

「すごかったナリ~」

「エクスプロージョン……だったかしら? ルイズにしちゃあ良い名前をつけるじゃないの? あなたの爆発に相応しいわ」

 

トンガリとコロ助も五月に同意し、キュルケまでもがルイズのことを褒め称えてくれます。

ルイズ本人としては魔法の失敗である爆発を褒められても本来は嬉しくはありません。

しかし、結果的には自分の力が大いに役に立ったことは紛れもない事実なので嬉しさを感じていました。

 

(エクスプロージョンか……悪くないかもね)

 

ほとんど勢いのままに名付けてしまった自分の爆発を受け入れても良いと思うほどにルイズは充実した気分でいました。

大切な友人達を助けることができたことが何よりも嬉しかったのです。

 

「ミス・サツキだって美しい勇姿じゃないかね。その天使の輪を頭に飾った姿……まさに、天空の戦乙女だよ!」

「天使ねえ。ま、二人とも似合ってるんじゃない?」

 

ギーシュとキュルケに褒め称えられた五月とルイズは互いに顔を見合わせました。

確かに空中浮輪を頭に浮かべているその姿はまさしく天使そのものです。

 

「それよりもよ、俺はいつまで持ってりゃ良いんだよ?」

 

その時、ブタゴリラが不満そうに声を上げだしました。

バズーカ砲を下からずっと支えていたままだったのでそろそろくたびれてきたのです。

 

「ちょっと待って。小さくするから」

 

キテレツはリュックから如意光を取り出し、縮小光線をバズーカに照射します。

元の大きさへと戻ったバズーカから火事場風呂敷も外してリュックに入れました。

 

「キテレツ君、見て! アルビオンの艦隊が逃げていくわ!」

 

みよ子が指差した先ではレキシントン号の周りにいた他の戦艦の動きに変化がありました。

ヨルムンガントの出現で消極的になっていたのがレキシントン号が撃沈されてからというものの完全に沈黙しており、更には方向転換して空域から離れようとしていたのです。

トリステインの艦隊に反撃しようという様子もなく、一目散に逃げだそうとしていました。

 

「やった! 成功だよ!」

「自分達の旗艦が倒されたんだもの。他の船だって混乱だってするわね」

「姫様達もこれで安心ね……良かったわ」

 

完全に戦意喪失している様子の艦隊にキュルケとルイズがほくそ笑みます。

アルビオン艦隊の周りを飛んでいたトリステイン艦隊はどうやら被害を受けた様子もありません。

乗っているアンリエッタ王女とウェールズもきっと無事でしょう。

 

「何だ? あの船だけ何で逃げねえんだ?」

「何ナリか?」

 

多くの艦隊が空域を離脱しようとしている中、一隻だけ逃げ遅れている戦艦がありました。

迅速な動きで退散していく他の船に対して、その船だけはやけにまごついているように留まっていました。

 

「……何か、ずいぶん大騒ぎになってるみたいだね」

「ちょっと貸して」

 

キント雲の横まで降りてきたルイズが双眼鏡を覗いていたキテレツから奪い取ります。

たった一隻だけ残った戦艦の甲板では大勢の船員や兵士達がごった返しになっているのが見えます。

 

「あれって、レキシントン号に乗っていた人達でしょ?」

「重すぎて飛べない」

 

ルイズが呟く中、タバサも遠見の魔法で甲板上の風景を映し出していました。

 

「あの程度の船じゃあ、あれだけ大人数を乗せたって飛べる訳ないからなあ……」

 

ギーシュの言葉通り、船は完全に定員オーバーとなっているのでしょう。

数百メートルはあった旗艦よりも規模の小さい戦艦に、無理矢理レキシントン号から避難してきた船員達が乗りこんでしまったおかげで航行することができなくなったのです。

 

「あれって、何か沈んでいってない?」

「本当だわ」

「やっぱり定員オーバーなのね」

 

トンガリの言う通りで、重さのせいかほんの僅かずつですが高度も落ちているようにも見えます。

みよ子も五月も納得して頷きました。

 

『もしもし、キテレツ君。アルビオンの艦隊が退却を始めたようだが……』

 

その時、キテレツのトランシーバーからコルベールの声が聞こえてきます。

彼は今、タルブから離れた空を超鈍速ジェット機で飛んでおり、蜃気楼鏡を使ってアルビオン艦隊の一部を誘いこんでくれています。

積み込んだ蜃気楼鏡から空に映し出されるトリステイン艦隊の幻に隠れるコルベールは艦隊からの砲撃を避け続けていたのでしたが、それが止み始めたことを察したのでした。

 

「もう大丈夫です! 先生! こっちは作戦成功です! レキシントン号は撃沈しました!」

『……そうか! 君達は大丈夫かね!?』

「はい! みんな怪我はありません!」

「ミスタ・コルベールこそお怪我は?」

『なあに、こっちは問題ないさ。君達がみんな無事で何よりだ!』

 

キテレツとルイズの言葉にコルベールも安心した様子で喜んでいました。

コルベールが引きつけていたアルビオン艦隊の一部もレキシントン号が撃沈されたことに動揺しているようで、退却しようとしているのが分かります。

全てのアルビオン艦隊はもうこれ以上、戦争を続ける気配はなく逃げ腰となっているのは明白でした。

 

「タルブの村まで降りてきてください。そこで合流しましょう」

『うむ! 承知した!』

 

コルベールの返答の直後、空に浮かんでいた艦隊の蜃気楼がみるみる内に薄まっていきます。

アルビオン艦隊を惑わしていた幻は最初からそこに存在していたのが嘘と思えるように跡形もなく消えていきました。

 

「あ、見て! トリステインの艦隊が……」

 

ルイズが目を丸くして何かに気づきます。

今にも重さで墜落しそうな戦艦の周りに次々とトリステイン艦隊が集まっていくではありませんか。

見ればそのすぐ上空にも魔法衛士隊達の幻獣達も飛んでいるのが見えました。

 

「やっぱりこうなったわね。あいつらはもう逃げられないし、降伏するしかないわ」

 

溜め息をついたキュルケの言う通り、残ったアルビオンの船はトリステイン艦隊に包囲されてしまって逃げ場がありません。

応戦をしようという様子もなく、どうやら完全に降伏をしてしまう様子でした。

退却してしまったアルビオン艦隊は見る間にもタルブの空域から遠く離れていきました。

 

「へっ、ざまあみやがれ。あれこそまさに、フクロウのネズミって奴だぜ。勝利の、Yだ!」

「それを言うなら、袋のネズミ! それから、勝利のVでしょ!」

 

得意気にVサインをするブタゴリラの言い間違えに毎度のごとくトンガリが突っ込みます。

 

「見たまえよ、モンモランシー! 我らがトリステイン軍の大勝利だ!」

 

ずっとモンモランシーの体を片手で抱いていたギーシュも歓声を上げるのですが、当のモンモランシーからは何の言葉もありませんでした。

 

「モ、モンモランシー? ど、どうしたのだね?」

「そのお姉さん、寝てるナリよ」

「ありゃま、気絶してやがる」

 

気が付けば、モンモランシーはギーシュに体を預けたまま完全に失神していました。

ギーシュが体を揺すってみても彼女は起きる気配がありません。先ほどまであれだけ驚いたり大騒ぎしていたのが嘘のようです。

 

「あれだけぎゃあぎゃあ騒いでたからねえ……」

「でも、怪我をしたりしてる訳じゃないからすぐに目が覚めるよ」

「おお……モンモランシー、そんなに怖かったのだね……。よしよし、大丈夫だよ……この僕がそばにいてあげるからね……」

 

トンガリが呆れたように息をつきますが、キテレツの冷静な言葉にギーシュはモンモランシーの体を抱き寄せて愛おしそうに髪や頬を撫でていました。

 

 

 

 

タルブの村まで降りてきたキテレツ達は、後始末を始めていました。

まずは気象コントローラによってタルブ一帯の空を覆っていた分厚い雲を取り除き、元に戻していくのです。

キテレツが装置を操作することによってあっという間に、薄暗い曇り空だったタルブの空に太陽の光が差し込む青空が広がっていきました。

 

「すごい燃えてるナリね」

「あれだけ大きい船だからね。早く消さないと後が大変だ」

 

そう言いながらキテレツはさらに装置を操作していきます。

雲はタルブの空からほとんど取り払いましたが、ただ一か所だけにはまだ分厚い雲が漂っており、その雲からは地上に雨が降り注いでいました。

墜落したレキシントン号はタルブの草原のど真ん中で先に墜落していた戦艦やヨルムンガントの残骸と共に横倒しになっており、火災は墜落した後も続いていました。

 

「消せそう?」

「うん。何とかなるよ。……これくらいで良いかな」

 

覗き込んできたみよ子に相槌を打ちつつキテレツは操作を続けました。

炎が燃え広がるといけないのでレキシントン号の真上に残した雲を雨雲に変え、雨を降らして火災を消そうという訳です。

雨量は自由に調整できるため、局所的に大雨を降らせばすぐに鎮火できます。

 

「すごーい! 本当に雨が降ってきたわ!」

「キテレツならこれくらい、朝飯前だからね」

 

気象コントローラによって起こされた大雨を見て五月は驚いています。隣に立つトンガリは目を輝かせる五月を見て嬉しそうにしていました。

天候を変えるだけでもすごいのに、雨さえも自在に降らせるキテレツの発明品の力を目にしては驚嘆するばかりです。

 

「連中のガーゴイル、いなくなったみたいね」

「レコン・キスタが負けたらとっとと帰るなんて……」

 

キュルケとルイズは空を見上げて渋い顔を浮かべます。

それまで自分達を監視していたガリア王国のガーゴイルであるカラス達は今となっては一羽も飛んでいません。

 

「ガリアにとってはこの戦争も茶番って訳ね……」

「ふんだ。あんな鉄くずなんて、結局役立たずになったじゃない」

 

ルイズはすました顔でヨルムンガントからぷいっと顔を背けます。

ガリア王国が裏から操っていたレコン・キスタが敗北しただけであっさりと見捨てたその姿勢は、レコン・キスタがガリアにとっては全く重要な存在ではないということになります。

まるでガリア王国が暇潰しに遊びを初めて、飽きたから捨てられたようにも感じられてしまいます。

これまでずっとガリア王国に知らず知らずの内に付き合わされ、踊らされていたかと思うと敵の正体が分かっている人間としては腹立たしさが込み上げるばかりです。

 

(もうこれ以上、サツキ達に手出しなんてさせないんだから)

 

ルイズとしては自分達がこの先もガリア王国の暗躍に巻き込まれるのならそれに正面から挑むまでのことですが、大切な友人であるキテレツ達を危険な騒動に巻き込ませる訳にはいかないのです。

ガリア王国の暗躍を退けた以上、今すぐにでも元の世界へ帰してあげたいとも思っていました。

 

「うん! みんな無事のようだな!」

「ミヨちゃーん! みんな!」

 

その時、一行の元へと姿を現す者達がやってきました。

空から颯爽と降りてきたのは超鈍速ジェット機に乗り込むコルベールです。

村の外れから駆け込んできたのは森の方へと避難していたタルブ村の住人達と、シエスタでした。

 

「先生!」

「シエスタさん!」

 

手を振りながら駆けてきたシエスタを一行は出迎えました。

着陸した超鈍速ジェット機から降り立ったコルベールにキテレツとルイズ達が、シエスタにみよ子達が近寄ります。

 

「ミス・モンモランシー! どうしたのだね?」

「ミスタ・コルベール! ご安心を! 気を失っているだけでございます! この僕がずっと彼女に付き添っておりますので、ご心配はありません!」

 

未だ気絶したままのモンモランシーを目にして心配そうにするコルベールですが、抱きかかえたまま地べたに座り込んでいるギーシュが頷きます。

 

「そうか……良かった。みんなも、ケガはないね?」

「はい。大丈夫です」

 

一行の顔を一人一人見回すコルベールは本当にキテレツ達のことを心配してくれていたようで、とても安心した顔を浮かべていました。

 

「シエスタさん達は大丈夫?」

「ええ。あの大きな船が落ちてきたのが見えて……空が晴れたと思ったらもう他の船もいなくなってたから……」

 

森の隙間から戦場になりかけたタルブとその空をずっと見ていたシエスタ達ですが、分厚い雲の上で起きていた激戦までは見届けられませんでした。

しかし、晴れ上がった空にはもう恐ろしい戦艦や竜達の姿がどこにもいなくなったのを見て、もう戦いは終わったのだと確信したのです。

 

「これで、戦争は終わったのですよね?」

「ああ。もちろんだとも。もう何も心配しなくても良いのだよ」

 

コルベールはシエスタを安心させるように答えます。

 

「森からもあの竜の羽衣が飛んでいるのが見えたわ。アルビオンの竜達がどんどん落ちていって……とってもすごかった」

 

そしてシエスタ達は竜の羽衣……ゼロ戦の活躍をしっかりと見届けていました。

曽祖父が遺した空を飛べるという触れ込みだったインチキの秘宝、竜の羽衣はキテレツ達の手によって本当に飛ぶことができることを示してくれました。

それだけでも感激なのに、アルビオン軍にまでも立ち向かっていく一騎当千の大活躍をしてみせたことに村人達も含めて歓喜に湧き上がったものです。

 

「実はよ、あのゼロ戦なんだけどさ……」

「ブタゴリラが壊しちゃったナリ」

「無茶な操縦するからだよ」

 

申し訳なさそうにするブタゴリラにコロ助とトンガリが呆れます。

ゼロ戦はトラブルで翼が壊れてしまい、もう飛ぶことはできません。

 

「ごめんよ、シエスタちゃん。せっかくの大事な物だったってえのに」

「ううん。良いの。曾おじいちゃんだって、自分が遺していたものがみんなの役に立ててきっと喜んでいるはずだから」

 

大切な形見である秘宝がもう使い物にならなくなったとしても、シエスタは落胆なんてしません。

むしろ結果的に多くの人の役に立ったという事実がとても誇らしく思えるのでした。

 

「わたし、絶対に忘れないわ。竜の羽衣がこのタルブの空で確かに羽ばたいていた姿を……」

 

そう呟いてシエスタはブタゴリラの両手を握って笑顔を浮かべます。

 

「ありがとう、カオル君。本当にあなた達には、わたし達にない勇気があるのね……」

「い、いやあ……それほどでもないぜ……」

「ブタゴリラの場合、勇気というより無謀ってものだよ」

 

照れるブタゴリラにトンガリは皮肉を漏らします。

 

「姉さん! 父さん達が呼んでるよ!」

 

そこへシエスタの弟がやってきて、姉に声をかけてきました。

村の方では何やら大勢の人達が集まって何かを話し合っているのが見えます。

 

「わかったわ。それじゃあみんな、また後でね!」

「うん! またね!」

 

手を振って別れるシエスタを一行は見送りました。

話の輪に入ったシエスタですが何やら嬉しそうな顔を浮かべてています。

 

「さて……あれくらいで十分かな」

 

キテレツは中断していた気象コントローラの操作を再開しました。

大雨によって既にレキシントン号の火災は収まっており、もうこれ以上は雨を降らせ続ける必要はありません。

 

「ルイズ! ルイズ!」

 

気象コントローラを操作して雨雲を消し終えた直後、頭上から突然声が響いてきました。

見上げてみれば、そこにはいつの間にかシルフィードとは別の一頭の竜が羽ばたいているではありませんか。

 

「ひ、姫様!」

 

高度を下げてきた風竜から身を乗り出していた人物の姿にルイズは驚きます。

それは彼女の無二の親友であり、アルビオン艦隊を迎え撃つ僅かなトリステイン艦隊を率いていたアンリエッタ王女でした。

 

「君達! どうやら無事のようだね!」

 

そして、竜の手綱を握っているのは亡命していたアルビオンの皇太子ウェールズでした。アンリエッタは彼の後ろに乗っており、手を振っているのです。

 

「な、何と! アンリエッタ姫殿下!」

「おお……! あれは、麗しきアンリエッタ姫殿下ではないか……!」

 

コルベールとギーシュがアンリエッタの登場に目を丸くしますが、気を失ったままのモンモランシーの傍からギーシュは離れません。

 

「お姫様ナリ~!」

 

いつものドレスではない戦装束を身に纏ったアンリエッタの勇ましさが感じられる姿を間近で見て、キテレツ達も驚きます。

 

「姫様!」

「ルイズ!」

 

風竜が着陸するなりアンリエッタも地上に飛び降り、ルイズに駆け寄り抱きつきます。

 

「ああ……! 良かった、ルイズ……! あなた達が無事で……!」

「姫様こそ、ご無事で何よりでございます……!」

 

お互いの体を抱き合うアンリエッタとルイズは感極まった表情で喜び合いました。

 

「あなたは……ウェールズ皇太子!」

 

風竜から降りたウェールズにコルベールが愕然とします。

 

「王子様もどうしてここまで?」

「アンリエッタがどうしても、君達の無事をその目で確かめたいと言ってね」

 

キテレツの問いにウェールズは頷いてルイズと抱き合うアンリエッタを見ます。

先ほどキテレツ達がヨルムンガントと戦っている間も艦隊を牽制しつつも呆然としていたトリステイン軍でしたが、レキシントン号が撃沈して他の艦隊が敗走し始めたことで勝利に沸き立っていました。

一隻だけ残ったアルビオンの戦艦を包囲して拿捕した後、アンリエッタはルイズ達の元に行きたいと唐突に無茶なことを言い出しましたが、ウェールズはそれを受け入れてここまでやってきたのです。

 

「あの船は良いんですか?」

「ああ。マザリーニ枢機卿らが事後処理を行ってくれている。あの船も我々に降伏をしたし、他の艦隊も逃げ去った。もう戦いは終わったんだよ」

 

みよ子の問いに答えたウェールズが空を見上げると、トリステイン艦隊に包囲されているアルビオンの戦艦がゆっくりと降下してくるのが見えます。

 

「それにしても、みんなにはこっちも驚かされたよ……アルビオン艦隊を相手にあそこまでやってしまうとは……」

「全部キテレツ君のおかげです」

「いやあ、そんな……みんなが一緒にいてくれたおかげだよ」

 

みよ子に褒め称えられてキテレツは顔を赤くしました。

この戦いに勝つことができたのは、ここにいる全ての仲間があってこその賜物なのです。

キテレツの発明や仲間達の勇気だけではなく、ルイズ達の魔法やアンリエッタ率いる艦隊も来てくれたから、圧倒的に不利な状況下でも勝利を手にすることができたのでした。

ここにいるみんなが、まさに英雄なのです。

 

「皆様……この度は誠に感謝いたします。アルビオン軍の卑劣な攻撃と強大な軍勢を相手にここまで戦い抜いてくれたその勇気によって……トリステインは救われました」

 

抱擁を解いたアンリエッタは一行の顔を見回して労うと、最後にキテレツの顔を見つめます。

 

「キテレツ殿。異国のマジックアイテムの力、私もしかと見させてもらいましたわ。本当に素晴らしい力なのですね」

 

アンリエッタは船に乗っていた時にはタルブの空を覆っていた雲が瞬く間に消え去っていった光景を他の船員達や兵士達と共に驚いていました。

さらにはここまで降下してくる道中には大雨を局所的に降らしている場面も見ていたのです。

キテレツの発明品の力を目の当たりにして驚愕するのは当然でした。

 

「お姫様こそ、格好良いじゃねえか。イカすぜ?」

「まるでヒーローみたいナリ」

「皆様が私達に勇気を与えてくださったのです。このタルブの地で誰よりも先にアルビオンに立ち向かっていったその勇気が……私達を奮い立たせてくれました」

「姫様……」

 

自分達の行動がアンリエッタが立ち上がるきっかけになったという事実にルイズは驚嘆してしまいます。

 

「ウェールズ様を救い、そしてこのトリステインを救ってくれて本当にありがとうございます……あなた方にはどれだけ感謝をしても足りません」

「私からも礼を言うよ。キテレツ君、ミス・ヴァリエール……ありがとう」

「な、何か照れるなあ……」

「ええ……」

 

二人から何度もお礼の言葉をかけられ、キテレツ達は恥ずかしそうにします。

 

「もったいない言葉でございます。姫様、皇太子殿下……」

 

ルイズと共にコルベールらも恭しく跪いていました。

自分達の行動がアンリエッタにはっきりと認められることは貴族としてこの上ない名誉でした。

無二の親友の力になれたことがルイズ本人としても誇りに思います。

 

「姫殿下!」

 

その時、また頭上から大声で声がかかりました。

 

「魔法衛士隊!」

 

ルイズ達がまた空を見上げれば、今度は数頭のマンティコアやグリフォンらが次々と降下してきました。

着陸したマンティコアから降りてきたのは以前、キテレツ達とも出会ったマンティコア隊の隊長です。

 

「マザリーニ枢機卿がお呼びになっておられます。直ちに艦までお戻りください」

「それじゃあルイズ、また……」

 

隊長の言葉に頷いたアンリエッタは今一度、ルイズと抱擁を交わします。

さらにアンリエッタは一行を見回した後、ウェールズに手を引かれて竜に乗り込むと魔法衛士隊達と共に浮上を始めました。

 

「姫様と王子様、熱々だったな」

「何のことナリ?」

「コロ助は気づいてないの? あの二人、しっかり手を握り合ってたし、お姫様なんて王子様にあんなに寄り添ってたんだよ」

「お姫様もとっても幸せそうな顔してたわ」

 

コロ助以外のキテレツ五人はアンリエッタとウェールズが深く結ばれていることに気づいていました。

 

「もしかしたら、あのままプロポーション……なんてな!」

「プロポーズだろう? でも、あり得るかもね」

 

珍しくブタゴリラの言い間違えに突っ込んだキテレツもその可能性を考えます。

 

「ふうん。確かに、良い雰囲気だったものね」

「そ、そうなのかしら?」

「ププププププ、プロポーズ!? おいおい、そんな姫様がプロポーズなんて軽はずみなこと……大体、相手は皇太子殿下じゃないかね!」

 

キュルケもその予想に賛成を示しますが、アンリエッタに憧れを抱いているギーシュは逆に困惑しました。

ですが、どう見てもあの二人は誰がどう見ても深く愛し合っていることは一目瞭然なのです。

 

「ま、あの様子じゃアルブレヒト閣下との結婚も無しになりそうね。もうキスもしてたりしてね」

 

 

その日の夜、キテレツ達はタルブの村で催された祝宴に招待されました。

アルビオン軍を撃退したキテレツ達はタルブの村人達からヒーローとして讃えられ、まるで王侯貴族のような扱いで崇められたのです。

タルブ名物のヨシェナヴェやマンジュ、名産のハチミツを振舞われ、コロ助が大好物のコロッケもシエスタがいっぱい作ってくれました。

かつてタルブの村を救ったキテレツ斎と同じように、六人はこれからいつまでもタルブの英雄として歴史に残ることになるでしょう。

 

そして、アルビオン軍に勝利したトリステインの王女・アンリエッタもまた聖女として崇められていました。

たった一国で侵略してきたアルビオン軍を追い返すことができたアンリエッタの勇気は讃えられ、その人気は絶頂にあります。

戦が終わった後でも、戦勝記念のパレードで毎日が大忙しでした。

 

ですが、アンリエッタは挫けることなく人々に笑顔を振り撒きました。彼女には愛するウェールズがいつまでも傍におり、支えてくれるからです。

おまけに自分が結婚するはずだったゲルマニア皇帝との縁談の話も無かったことになりました。

トリステインが自力でアルビオンを追い払った事実は隣国のゲルマニアにも伝わり、アンリエッタ王女と皇帝の婚約は解消した上で軍事同盟を結ぶことを受け入れなければならなくなったのです。

アルビオンに怯えていたゲルマニアにとって勇気と力を示したトリステインはもはや無くてはならない存在となったのでした。

 

勝利に沸き立つトリステインとは反対に、不可侵条約を無視して侵略してきたアルビオンことレコン・キスタでは激しい混乱が続きます。

レキシントン号を失った艦隊が逃げ帰ってきただけでなく、指導者である神聖皇帝オリヴァー・クロムウェルが戦死したために完全に統制を失ってしまい、政府としてまともに機能しなくなってしまったのでした。

卑劣な騙し討ちをしてきたレコン・キスタにはトリステイン、ゲルマニア両国から厳しい制裁が加えられることも決まります。

指導者を失い、一気に弱体化したレコン・キスタの脅威はそう遠くない将来に完全に消えて無くなってしまうことでしょう。

 

戦いは終わり、ハルケギニアには間違いなく平和が訪れようとしていました。

 

 

こうして、タルブでの戦が終わってから一週間も過ぎた後……いよいよ、来るべき日がやってきました。

 

 

キテレツ達六人の子供たちが、この異世界ハルケギニアと別れを告げる時が訪れたのです――

 

 

 



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愛のフィナーレ さよならハルケギニア旅行記

♪ お料理行進曲(間奏)


シエスタ「みなさん! 今までわたし達のことを見てくれてありがとうございます!」

タバサ「これでわたし達の物語もおしまい」

キュルケ「色々寂しくなるけど、これからはあたし達でいっぱい楽しい毎日にしていかないとね♪」

ルイズ「サツキ達、元の世界でちゃんとお母さん達と会えるかしら……」

シエスタ「わたし、あの子達と過ごした思い出は忘れません!」

タバサ「わたしだって忘れない。イーヴァルディ……」

キュルケ「あらルイズ? あなた、もしかして泣いてる?」

ルイズ「な……泣いてなんかないもん!」

キテレツ「次回、愛のフィナーレ さよならハルケギニア旅行記」

コロ助「絶対見るナリよ!」


新しい冥府刀が完成したのは今日の朝でした。

最後の部品が届いたのもちょうどキテレツ達が起きてすぐであり、今まで届かなかったのは先日のタルブでの戦争による混乱が影響していたのです。

早速、部品を組み込めばそれだけで冥府刀は完成しました。

キテレツがこの異世界で成すべき目標にして悲願である、元の世界へ帰還するために必要な道具がついに手元に揃ったのです。

あとは、この道具を使って元の世界への道を開けば帰ることができるのです。

 

……ですが、キテレツ達はすぐに帰ろうとはしませんでした。

 

「来たわ! ルイズちゃーん!」

 

昼近くになった頃、魔法学院のヴェストリ広場にキテレツ達は集まっています。

空を見上げて手を振る五月は空から降りてくるシルフィードを出迎えます。

シルフィードには主人のタバサはもちろん、ルイズ、キュルケ、そしてギーシュやモンモランシーまでもが乗っていました。

さらにシルフィードと共に降下してくる別の飛翔体もありました。それはコルベール手製の超鈍速ジェット機で、作った当人が操縦桿を握っています。

 

「おかえりなさい。ミス・ヴァリエール、みなさんも」

 

給仕としての仕事に復帰していたシエスタが降り立ったルイズ達を出迎えます。

 

「一体、お姫様は何の用だったんだ?」

 

ルイズ達は今日の朝一番にトリステインの王宮から呼び出しを受けて、今までトリスタニアへと行っていたのです。

キテレツ達は彼女達が帰ってくるまでずっと待っていたのでした。

 

「みんな、胸に何をつけてるのさ?」

 

トンガリはルイズ達の胸に付いている見慣れない立派な装飾に気が付きました。

 

「勲章みたいだね」

「クンショウナリか?」

「コショウがどうしたってんだ?」

「はっはっはっ! これはね、白毛精霊勲章といってね! 武勲を立てた貴族に授けられる、名誉ある勲章なんだよ!」

 

造花の杖を手にポーズを決めるギーシュが自分の勲章をこれ見よがしに見せつけてきます。

 

「そんなにすごい物なの?」

「もちろんだとも、ミス・サツキ! この間の戦争での僕らの活躍が認められて、姫様に授与されにトリスタニアへ行ってたという訳なのさ! ああ……! こんなに名誉なことはないよ……! アンリエッタ姫殿下直々に、僕らに勲章を授けてくれたなんて!」

「こ……このあたしが……精霊勲章を……どうしよう……」

 

はしゃぐギーシュに対してモンモランシーは困惑した様子です。

トリスタニアの王宮で授与された時は多くの貴族達の前という公の場であったために物凄く緊張していたのでした。

 

「とても似合ってるよ、モンモランシー! そんな顔をしないでもっと喜んだらどうだい? 君はアルビオン軍の戦艦を水攻めにしてみせたじゃないか!」

「す、好きでやった訳じゃないわよ! もう! 無理矢理戦争に巻き込まれて、あんなにアルビオン軍に喧嘩売ったり、でっかいガーゴイルは出てきたし……」

「はっはっはっ! 大丈夫だよ、モンモランシー! これは一生に二度と無いかもしれない名誉なんだよ! さあ、学院のみんなにも僕らの勇気の証を報告しに行こう!」

 

ぶつぶつと愚痴を呟くモンモランシーですが、ギーシュに肩を抱かれてヴェストリ広場を後にしていきました。

 

「みんな似合ってるわ」

「おめでとう、ルイズちゃん」

「ありがと。ミヨコ、サツキ」

「あ、ありがとう……」

 

みよ子と五月に祝福されて堂々とするキュルケとは対照的にルイズは照れます。

 

「私はできれば辞退したかったのだがね……あれだけのことがあったんだ……隠し通すのも無理だからな……」

「何でそんなに謙遜なさるんですか? ミスタ・コルベール?」

「先生だって大活躍だったのに」

 

後頭部を掻いて苦笑しているコルベールの消極的な態度にシエスタとキテレツは首を傾げます。

 

「私には似合わないよ……武勲を立てて勲章だなんて……」

「あら、似合わないだなんて。ミスタ・コルベールの活躍があったからこその勝利ですわ。もっと誇らしくしたって良いんじゃありませんの?」

 

別に照れている訳ではないようですが複雑といった感じのコルベールにキュルケは肩を竦めます。

 

「それからね、姫様がこれをあんた達にって」

 

ルイズの言葉と共にタバサが前に出てきます。その手には小さな箱が抱えられていました。

キテレツ達は揃ってタバサが手にする箱に注目しますが、それが開けられると中に入っていた物に目を丸くします。

 

「ルイズちゃん達のと同じやつだ!」

 

箱の中にはルイズ達のものと同じ白毛精霊勲章が入っていたのです。しかもちゃんとキテレツ達の人数分もありました。

 

「ワガハイ達にもくれるナリか?」

「本当だったら、平民がもらえるなんてことはあり得ないんだからね。でもあんた達には特別に、姫様がせめてものお礼にって言ってたわ」

「公の場で平民に授与したりしたら、色々と問題になっちゃうんですって。本当、トリステインは色々と面倒ね。ゲルマニアだったら平民だってちゃんと授与されるのに」

 

アンリエッタ王女はキテレツ達のこれまでの活躍を認めてくれていましたが相手が平民であるためにルイズ達と違って堂々と恩賞を授けることができないので、このような形で非公式に渡そうとしたのでしょう。

 

「ほっほっほっ、何しろ精霊勲章じゃからのう。普通の勲章とは違うもんじゃて」

「学院長先生」

「オールド・オスマン」

 

そこへいきなり姿を現したのはオスマン学院長でした。

 

「非公式とはいえ、よもや平民が精霊勲章を授かるなど前代未聞じゃ。しかし、とっても名誉なことじゃぞ? 君達はそれだけの手柄を立てたということじゃからな」

 

オスマンも笑顔で頷き、キテレツ達のことを祝福してくれます。

 

「さあ、ミス・ヴァリエールよ。お主がこの子達に授けてあげなさい」

「はい」

 

促されたルイズは開けたままの箱を手に控えるタバサと一緒に整列するキテレツ達の前へとそれぞれ立ち、勲章をその胸に取り付けていきます。

最後に小さなコロ助には屈んで勲章を授けました。

 

「わあ……」

 

キテレツ達は揃って自分達の胸に飾られた精霊勲章に目を丸くしてしまいます。

 

「みんな、とっても似合ってるわ! 勲章をもらえるなんてすごい!」

 

シエスタは授与されたキテレツ達の姿に感激しています。

 

「本当にとても似合ってるわ、サツキ。その勲章はあんた達だけのものなんだから」

「おめでとう」

「ルイズちゃん……タバサちゃん……」

 

笑顔を浮かべて讃えてくれるルイズとタバサに思わず五月の顔も綻びます。

友人に心から称賛されたことがとっても嬉しいのです。他の五人も五月と同じように照れつつも嬉しそうな様子でした。

 

「別れの前の最後に、良い思い出ができたのう」

 

そう笑顔を浮かべつつも切り出したオスマンにキテレツ達もルイズも黙り込みます。

もうこのハルケギニアでキテレツ達がやるべきことは全て果たせました。後は冥府刀で元の世界へ帰るだけです。

キテレツ達が今まで帰らなかったのは、最後の瞬間までルイズ達と別れの時を過ごしたかったからです。

 

「ところでタバサちゃん。例の薬はまだ使ってないの?」

 

不意にタバサに声をかけたキテレツですが、タバサは懐からコップほどの小さな瓶を取り出します。

その瓶の中には青白い液体が満たされており、仄かに光っているように見えました。

 

「母様は今、ゲルマニアに亡命する手続きをしている。それが終わったら使う」

 

タバサの母親の失った心を取り戻すことができる水の精霊の秘薬、奇天烈斎が発明した心神快癒薬が完成したのは数日前です。

薬が完成した時のタバサはいつものように静かな雰囲気ではありましたが、それでも喜びと達成感を滲ませた笑顔を浮かべていました。

ようやく自分の母親を救うことができることがとても嬉しく、またキテレツ達には感謝の想いでいっぱいでした。

 

「ペルスランも一緒にひとまずあたしの実家で匿うことにしてるから。大丈夫よ」

「良かったわね、タバサちゃん。やっとお母さんの病気が治せて」

 

五月に手を握られたタバサの表情は安堵に満ちています。今でも母親の心を早く元に戻してあげたいと思っているのでしょう。

タバサの身の上を知っている人間としては彼女の心がよく分かります。

 

「きゅい、きゅい~」

 

傍にやってきたシルフィードもタバサのことを祝福してくれているようです。

 

「コルベール先生。もしもまた僕達みたいな人達と出会うことがあったら、その時はよろしくお願いします」

「うむ。誰かが迷い込むことがあっても、キテレツ斎殿のマジックアイテムで送り帰してあげるよ。……しかしキテレツ君。本当にあの大百科を私が受け取ってしまっても良いのかね? キテレツ斎殿が残した大切な物なのに」

「良いんですよ。奇天烈斎様はこの世界の人達のために、あの大百科を残してくれたんですから。それなら僕が持つより、ここに残して役立ててもらいたいんです」

 

キテレツは先祖がこの地に残していた奇天烈大百科は持ち帰らないことに決め、コルベールに預けることにしていました。

自分が持っている大百科に載っていない発明が多くあったので確かに興味はあったものの、奇天烈斎が託した思いを大事にしたいのです。

 

「それに、先生にだったらキテレツ斎様の思いを託すことができます。きっと先生なら奇天烈斎様と同じように多くの人達のために発明を役立ててくれるはずですから!」

「ああ……! キテレツ斎殿のご意思、しかと心に留めるとも!」

 

発明家を志す二人の少年と教師の心はとても強い絆で繋がっています。

本来なら生徒ではない子供のキテレツですが、コルベールはずっと自分の教え子のように感じ入っていたのです。

キテレツもまた奇天烈斎と同じ志を秘めているコルベールのことを同じ発明家として尊敬し、信頼しているのでした。

 

「ワガハイ。シエスタちゃんのコロッケの味は忘れないナリよ」

「伯父さんにはちゃんとこいつは渡しておくからな」

 

ブタゴリラは背負っているリュックの口から突き出ている物を指差します。

そこにはシエスタから預かっていた彼女の曽祖父、佐々木武雄の遺品である軍刀が差し込まれているのでした。

 

「うん。曾おじいちゃんもきっと喜んでくれるわ。お友達の人に自分の形見が渡ってくれて。カオル君、本当にありがとう」

「へへへ……それほどでもないって。俺が渡した種とか大事にしてやってくれよな。八百八の野菜や果物をハチミツと一緒に村の名物にしてくれよ」

「ええ。きっと!」

 

ブタゴリラは先日、サバイバルに使えると思って予め持参していた野菜の種やサツマイモの苗などを記念としてシエスタに全て渡していたのです。

 

「まったく、ブタゴリラはこんな時になっても野菜ばかりなんだから」

「でも良いじゃない。ブタゴリラ君の持ってきた野菜はちゃんと役に立ったんだもの」

 

キテレツ達が繰り広げてきた冒険では文字通りのサバイバルが多かったので、ブタゴリラの野菜や果物は思いもせずに役に立ったのです。

そのことには感謝しなくてはなりません。

 

「ルイズちゃん」

 

五月は前に出ると、ルイズの手をそっと両手で握ります。

 

「今まで、本当にありがとう……」

「そんな……あたしのせいであんた達を色々と危険な目に遭わせちゃったりして……」

 

元をただせばキテレツ達がこのハルケギニアで冒険を繰り広げる破目になったのはルイズが五月を召喚したことにあるのです。

そのために友人であるキテレツ達が異世界を渡って助けにやって来て、さらには自分のトラブルのせいで帰せなくしてしまったために今でも申し訳ない気持ちを抱いていました。

 

「色々と大変なことはあったけど……わたし、ルイズちゃん達とお友達になれて本当に良かった」

 

笑顔のままで頷く五月にルイズは呆然とします。

 

「ルイズちゃん達とお友達になれたから、わたしは独りぼっちにならなかったんだもの。……本当にルイズちゃんには色々とお世話にもなったし」

 

五月が召喚された時、ルイズの使用人という形で魔法学院に留まれたためにキテレツ達ともすぐに再会することができたのです。

ルイズが五月を見捨てなかったからこそ、五月は異世界にたった一人残されず孤独を味わうこともなかったのでした。

 

「あたし達だって、サツキ達には世話になったもの。……あんたと友達になれたことをとても誇りに思うわ、サツキ」

「ルイズちゃん……」

 

そうルイズが返すと、二人はそっと抱き合います。

二人の孤独な少女は互いに独りぼっちであったことに共感し合って心を通わせることができました。

違う世界の人間同士であっても二人は友人として、同じ時間を過ごすことで友情を育むことができたのです。

 

「わたし、絶対に忘れないよ。ルイズちゃん達と過ごした素敵な思い出を」

「あたしもよ。何があっても忘れるもんですか」

「ずっと、ずっと……友達だよ……」

 

これからも二人はずっとかけがえのない友達として、離れ離れになったとしても永遠に忘れることはないでしょう。

それはキテレツ達も同じことです。自分達が体験した数々の冒険と共にハルケギニアでの思い出はずっと心に刻まれ続けます。

 

「それじゃあそろそろ……」

 

静かにキテレツは切り出すと、リュックの中から発明品を取り出します。

ルイズが壊してしまったのとは色合いが少し違いますが、一振りの小さな刀のようなそれはまさしく今朝に完成したばかりの新しい冥府刀でした。

 

「冥府刀、スイッチオン!」

 

目の前に何も無い空間まで歩み出たキテレツは柄頭にあるスイッチを回します。すると、刀身が赤く光を放ち始めました。

一行はキテレツと冥府刀をじっと見守っています。

 

「それっ!」

 

冥府刀を高く振り上げたキテレツは一気に振り下ろし、空間を切りつけました。

キテレツが切りつけた空間には一閃が刻み込まれていましたが、すぐにその光が広がり始め、瞬く間に大きな裂け目となり、更には大きな穴へと形が変わっていきました。

空間に開けられた穴の中は不思議な光が満ち溢れており、その先には何があるかこちらからでは見えません。

 

「まあ……」

「これがキテレツ達の世界に……」

「サモン・サーヴァントのゲートにそっくりだわ」

 

シエスタはもちろん、初めて冥府刀の力を目にするルイズ達も目の前に出来上がった次元の裂け目に呆然としていました。

コルベールとオスマンは以前に一度目にしていますが、改めて目を丸くしています。

 

「それじゃあ先生、これを。使い方は今みたいにすれば良いですから。閉じる時はスイッチを切ってください」

「うむ。承知したよ」

 

冥府刀をコルベールに渡し、ケースも手にしたキテレツは裂け目の前へと歩み出ます。

 

「さあみんな! 帰ろう!」

「うん!」

「おっしゃ!」

 

みよ子がコロ助を抱き上げ、キテレツ達と一緒に裂け目の前にやってきました。

いよいよ元の世界へと帰る瞬間が訪れますが、それだけに緊張してしまいます。

 

「サツキ! キテレツ! ミヨコ! カオル! トンガリ! コロスケ!」

 

いざ飛び込もうとした時、ルイズが声をかけてきました。

 

「あたし達のこと、絶対に忘れないで!」

 

キテレツ達が振り向くと、ルイズの目元には薄っすらと涙が滲んでいるのが見えます。

いよいよ別れの瞬間が訪れたことで、感極まったのでしょう。

 

「うん! ルイズちゃん達も!」

 

それでも決して五月達は口にはしません。別れの言葉――「さよなら」だけは。それがルイズと交わした大事な約束なのですから。

そして、キテレツ達は一斉に、光に満ちる空間へと飛び込みました。

 

空中浮輪を付けていないのにも関わらず六人はまるで浮かぶように、光の空間の中をゆっくりと流されていきます。

ハルケギニアへと続く出入口は開いたままで、少しずつ遠ざかっていきました。

 

(ルイズちゃん……)

 

出入口の向こう側ではルイズ達が手を振り続けています。

それに応えて、振り向いたままの五月達も同じようにして手を振っていました。

みんな、ずっと笑顔のままで誰も別れを悲しんではいません。ただ、故郷へ帰ろうとするのを最後まで見届け、それに感謝しているのです。

 

 

五月はこの一か月もの間、ハルケギニアで過ごした多くの日々が次々と蘇ってきます。

 

キテレツの家の庭で光の鏡に吸い込まれ、ルイズの元に召喚された時――

 

自分を助けるために異世界にまでやってきたキテレツ達と再会した時――

 

ルイズを馬鹿にしたギーシュと大喧嘩をしてワルキューレと戦った時――

 

ブタゴリラ手製の露天風呂でルイズ達と夜空を眺めた時――

 

フーケのゴーレムに挑もうとするルイズを、光の剣を手に助けに出た時――

 

ルイズとフリッグの舞踏会で一緒に踊った時――

 

空の上でタバサと朝日を眺めながら話を交わした時――

 

アルビオンで繰り広げた数多くの冒険と戦いの時――

 

シエスタの故郷のタルブの村で一緒に食事をした時――

 

さらわれたみよ子とタバサを助けに砂漠の城で戦った時――

 

タルブの上空でガリアが送り込んできた巨大なガーゴイルを仲間達と共に打ち倒した時――

 

 

数々の記憶が心を揺らしながら、五月を満たしていきます。

 

 

やがて、光の中を流されていき遠ざかるキテレツ達の姿がルイズ達には見えなくなろうとしていました。

それでもルイズ達はキテレツ達の帰還を最後まで見届け続け、手を振るのです。

その目からは、一筋の涙が零れ落ちていました。

 

ついには、光の彼方へとキテレツ達の姿が消えていき、完全に見えなくなりました。

手を振るのを止めたルイズ達は互いに顔を見合わせて頷き合います。

コルベールが冥府刀のスイッチを切ると、一行の前から光の裂け目が消えていきます。

後には何も残らず、何もない空間だけがそこにありました。

 

「行っちゃった……」

「うん……」

「ええ……」

「とっても不思議な子達でしたね……」

 

四人の少女達は切なそうな顔で裂け目があった場所を見つめています。

このハルケギニアではないどこかからやってきた六人の子供達がもうここにはいない、というのが信じられないと感じられるほどに不思議な気持ちでいました。

ちょっとどころか、とても不思議な子供達が自分達に与えてくれたこの思いは確かに心に刻まれたのです。

 

「ルイズ、あなた泣いてるの?」

「な、泣いてなんかないもの……」

 

キュルケの指摘にルイズは顔を背けつつも指で目元を拭います。

 

「悲しむことはないよ。ミス・ヴァリエール」

「そうじゃとも。あの子達はいつまでもワシらの心にい続けてくれるわい」

「あの子達とは、キテレツのマジックアイテムを通して繋がってるものね」

 

キテレツの先祖、奇天烈斎が残した秘伝の書に記された数々の不思議なマジックアイテム。

たとえ魔法が使えなくたって、ルイズでもマジックアイテムを作ることはできるでしょう。

これからはコルベールと一緒に様々なマジックアイテムを作って、奇天烈斎と同じく多くの人々に幸福をもたらしたいと考えていました。

 

ルイズは懐から、かつてキテレツ達と一緒に撮った写真を取り出します。

 

「サツキ……」

 

そこにはついたった今、別れたばかりの子供達の笑顔がありました。

 

(あたしの、お友達……)

 

自分と同じ独りぼっちだった少女の絵を目にして、切なそうに笑顔を浮かべます。

 

 

夕方の表野町の道を苅野勉三は飼い犬のベンと共に歩いています。

明日はゴールデンウィーク。キテレツ達と一緒にキャンプへ行くことになっています。

買い出しはもう済ませているので、あとは明日を待つばかりでした。

 

「こんにちわ! 勉三さん!」

 

下宿先に近い場所までやってきた所で勉三は一人の少女とすれ違いました。

 

「やあ~、タエちゃんじゃないっスか。アメリカから戻ってきたんスか?」

 

お下げの髪をしたその女の子はブタゴリラのガールフレンドである桜井妙子でした。

かつては表野町の銭湯を営み、廃業してからは新潟に転校し、今ではアメリカの親戚の元で暮らすようになりましたが、今でもブタゴリラはもちろん、キテレツ達とも交流があります。

 

「はい。明日からこっちはゴールデンウィークだから、熊田君達と会えるのにちょうど良くって」

「ははは、そうっスか。これから、ブタゴリラ君の所へ行くんスか?」

「それが熊田君、キテレツ君の家に行ったっておばさんから聞いて……」

 

妙子がアメリカから戻ってきたのは数時間前の昼ですが、浅草の親戚の元からブタゴリラの家まで行ったのにいないと告げられたのです。

 

「あれえ? まだ帰ってきてねえんスか? ワスが買い物に行った時も、学校から帰ってすぐにリュック担いでキテレツ君の家に行ったそうっスけどね」

「それじゃあ、きっとまだキテレツ君の家にいるのかしら」

「明日はワスら、キテレツ君達と一緒にキャンプへ行くんスよ。その打ち合わせでもしてるんスかね? んだども、ちょっと準備には早すぎな気もするっスけどね」

 

ブタゴリラの行動を三人は不思議がる中、座り込んでいたベンの耳がピクピクと動き出し始めます。

 

「あら、ベン?」

 

突然、ベンはワンワンと吠えだし始めたのです。しかもその激しさは増すばかりでした。

 

「こら、ベン! 一体、どうしたんだスか!? わわわわわっ!」

「勉三さん!」

 

ベンは手綱を握る勉三を引っ張ってしまうほどの勢いで走り出し始めます。妙子も慌てて一行を追いかけました。

猛烈な勢いで駆けるベンは勉三の下宿先を越え、キテレツの家の方にまでやってきました。

それどころか門を通って中に入って行ってしまいます。

 

「いきなりどうしたんスか? ベン! 何を見つけたんだス?」

 

裏庭の方にまでやってきた勉三達ですが、ベンはワンワンと強く吠えるばかりでした。

勝手に人の家の敷地内に入っては迷惑です。何とか引き戻そうとしますが、ベンはその場に踏ん張って言うことを聞きません。

勉三がベンに手こずっている中……。

 

「あああ? 何スか? 一体?」

「あれ……? きゃっ!?」

「どわああああああっ!?」

 

突然、目の前の空間に光の粒が舞いだしたかと思うと、大きな光の裂け目が二人の前に現れたのです。

いきなりの事態に二人は尻餅をついてしまいました。

 

「うわっとっとっとっ!」

「きゃあ!」

「痛いナリ!」

「あだっ!」

 

さらにその光の中からは六人ばかりの人だかりが飛び出てきたのです。

飛び出てきた六人は地面に叩きつけられて倒れてしまいます。

 

「こ、ここは……?」

 

起き上がったキテレツ達が周りを見回すと、そこには懐かしの見知った風景が広がっていました。

 

「ああ……! 僕の家だ!」

「本当ナリ! ワガハイ達の家ナリよ!」

「本当に本当? 夢じゃない? ブタゴリラ! ちょっと殴ってみて」

「おっしゃ! そら!」

「痛いっ! 夢じゃなーいっ!」

 

トンガリは頭を殴られつつもキテレツ達と共に歓喜に湧き上がります。

 

「夢なんかじゃないわ! あたし達、本当に帰ってきたのよ!」

「やったーっ! ついに! ついに帰ってきたんだーっ! ママーっ!」

「やったナリー! キテレツ!」

「やったな、コロ助!」

 

キテレツ達はようやく悲願だった元の世界への帰還を果たしたことを実感し、喜び合いました。

ここは間違いなく、キテレツ達の故郷である表野町なのです。

 

「い、一体何がどうなってるんスか?」

「く、熊田君……? みんな……?」

 

いきなりキテレツが現れた上に狂喜乱舞している光景に勉三と妙子は唖然としていました。

 

「勉三さん! それに妙子ちゃんまで!」

「タ、タイコ……」

 

みよ子が二人の存在に気づくと、ブタゴリラは妙子の顔を目にして誰よりも驚き目を見張っています。

妙子と目を合わせるブタゴリラは言葉を失っていました。

目の前に、遠距離恋愛を続けていたガールフレンドがいることが信じられず、しかしそれが事実であることを認識すると……。

 

「タイコ~~~~~~~~っ!」

「きゃっ! く、熊田君!」

 

やがて感極まったブタゴリラは妙子に抱きつきだしたのです。

突然のブタゴリラの行動に妙子は慌ててしまいます。

 

「タイコ! 俺……俺ぇ……会いたかったよ~~~~~っ! うわああああ~~~~っ!」

 

大声で泣きながら妙子に縋りつくブタゴリラの姿にキテレツ達も苦笑してしまいます。

少々大袈裟に見えるかもしれませんが、ずっと会いたかったガールフレンドと再会を果たすことができたのですから、ここまで喜ぶのは納得できます。

 

「あら? 勉三さんまで……そんな所で、みんな揃ってどうしたの?」

 

家の窓を開けて出てきたのはキテレツのママでした。

今まで二階で掃除をしていた彼女は庭が騒がしくなっているのに気づいて様子を見に来たのです。

 

「ママ……」

 

自分の母親の姿を目にしてキテレツもまたコロ助と一緒に感極まっていきました。

ずっと会いたかった家族が今、目の前にいるのです。だから二人もブタゴリラと同じで……。

 

「ママ~~~~~!」

「あらあら……どうしたの? 英一もコロちゃんも?」

 

二人は彼女に抱きつき、ブタゴリラと同じかそれ以上に泣きながら縋りついていました。

 

「ずっと会いたかったナリ~~~! 嬉しいナリよ~~~!」

「何言ってるの。さっきみんなで集まってきて、三時間くらいしか経ってないでしょ?」

「でも……でも、嬉しいんだよ……ママぁ……」

「英一ったらもう……みんなが見てるでしょ?」

 

彼女にとっては数時間でも、キテレツとコロ助にとっては実に一ヶ月以上ぶりの再会なのです。だから今だけは思う存分に甘えたいのでした。

キテレツ達の苦労や冒険の数々を知らない彼女としてはここまで喜ぶのが不思議でなりません。

 

「キテレツ君……」

 

家族との再会の光景にみよ子達も羨ましそうに見つめています。

自分達も早く家に帰って家族に会いたいという願望でいっぱいなのです。

 

 

その後、とりあえずキテレツ達は一度勉三の下宿先へと移動し、中へと入りました。

そこでキテレツ達は勉三と妙子に自分達の身に起きた全ての出来事を話していったのです。

 

「そうだったんスか。それはすごい冒険だったんスね」

「ずっとみんなで魔法がある世界へ行ってきたなんて……」

 

話を聞かされた勉三と妙子は開いた口が塞がりません。

 

「ちゃんと証拠だってあるんだぜ? ほら! これが向こうで撮った写真だ!」

 

ブタゴリラがリュックから取り出した写真を二人に見せました。

 

「はあー……よく撮れてるっスねえ」

「それじゃあ、この人達がその魔法使いなのね。……わ! これってドラゴン?」

「そうナリよ。このシエスタちゃんが作ってくれたコロッケは美味しかったナリ」

「みんなこの人達ととっても仲良くしてたのね。五月ちゃんの隣にいるピンクの子、とっても可愛い」

「でも、僕達が大冒険をしてきたって言っても、誰も信じてくれないよね」

「仕方ないわよ、キテレツ君」

 

遠い遠い、望遠鏡で見ることもできないほどの異世界を旅してきたなんていうおとぎ話なんて、大人はもちろん子供でさえも信じてはくれないでしょう。

ですが、キテレツ達は間違いなく異世界ハルケギニアで数々の冒険を繰り広げ、その証拠もこうして残したのです。

 

「わたしは信じるわ。みんなのことを」

「んだス。あんな物を見せられちゃあ、信じない訳にはいかねえっスよ」

 

しかし、妙子と勉三は一行の冒険劇を認めていました。

キテレツ達はこれまでも数々の不思議な冒険をしてきたのを知っている以上、今回もまた不思議な冒険をしてきたことに納得ができるのです。

 

「僕はもう冒険はこりごりだよお……ねえ、五月ちゃん?」

 

疲れ果てていたトンガリは五月に同意を求めますが、彼女の抱いている思いは違います。

 

「わたし、とっても素晴らしい思い出ができたわ……」

 

どこか感慨深げにしている五月に一行は注目していました。

 

「キテレツ君達はいつもこんな不思議な冒険をしてるのかと思うと、わたしもいつか一緒に冒険ができればいいなって思っていたのよ。キテレツ君達は航時機でタイムスリップとかをしたりして、色々な冒険をしてるんでしょう?」

「ま、まあね……」

「でも、今回はいつも以上に大冒険だったわよね」

 

タイムトラベルとはまた違う異世界の冒険はキテレツ達にも初めてのことでした。

そんな冒険劇に結果的に五月自身も参加することができたのです。

 

「最初はやっぱり結構びっくりしたし、怖いこともあったけど……わたしもみんなと一緒に冒険ができて良かったわ。あんなすごい冒険は初めてだったんだもの」

 

五月にとってはキテレツ達のちょっと不思議な日常と時間を過ごせるのがとても楽しいことなのです。

表野町から別の町へ転校して、キテレツ達と離れ離れになっている時には決して体験できないことでした。

 

「キテレツ君の発明品だっていっぱい見れたし、本当に楽しい冒険だったわ!」

「いやあ、そんな……」

 

キテレツの不思議な発明品の数々は五月の好奇心を満たしてくれたのです。

今回の冒険では普段は見られないような不思議な道具を見たり、自分も使うことができたのでとても満足していました。

 

「わたし、いつまでも忘れないわ。みんなと過ごした、この素敵な思い出を……」

「五月ちゃん……」

 

五月はキテレツ達と体験した今回の冒険を決して忘れはしません。

キテレツ達と過ごせる時間は五月にとって掛け替えのない大切な、楽しい思い出です。

その思い出を作るために学校でも楽しく過ごしていますが、今回の冒険で普段は味わえないような思い出が出来上がったのです。

次に転校してしまうまで楽しい思い出をいっぱい残そうと考えていた五月にとっては素晴らしい出来事だったと実感していました。

 

そしてこれから一ヶ月、五月が転校するまでにキテレツ達と共にいられる時間を精一杯過ごし、更なる思い出を作っていくのです。

また別れて離れ離れになってしまっても、いつまでも友達のことを心に秘めておくために……。

 

(ありがとう……ルイズちゃん……)

 

そして、異世界で友情を育んだ友達との思い出もまた、五月はずっと大切にしていきたいと思っていました。

 

ポケットから取り出した自分のハルケギニアでの写真を取り出すと、そこに写っているルイズの顔を見つめます。

そっと指先を唇に添え、その指でルイズを愛おしそうに撫でた五月は幸せな微笑みをたたえていました。

 

 

勉三の家で解散をした一行はそれぞれの家へと帰っていきます。

一か月以上ぶりに戻ってきた表野町の町並みはとても懐かしく感じられ、不思議と安心感に包まれました。

ブタゴリラは妙子と一緒に八百屋を営む八百八へ、みよ子とトンガリもそれぞれの自宅へと帰宅すると、真っ先に自分達の母親との再会を喜びます。

我が子が異世界へと旅立ち、冒険を繰り広げてきたことなど知る由もないため、みんな涙ながらに抱きついてくるのを不思議に思いつつも、優しく迎えてくれました。

 

五月もまた、今日は親戚の八百屋で働いているはずの母親の元へと真っ先に向かいました。

一か月ぶりですが、帰り道は当然覚えています。その帰り道を一直線に走り続けます。

待ちに待った家族との再会はもうすぐなのです。

 

「お母さん……」

 

早く母親に会いたい五月は一心不乱に駆け続けました。途中の信号で足止めを食らうのが実にもどかしいです。

やがて、自宅のすぐ前までやってきた所で五月は足を止めていました。

キテレツの家からずっと走り続けてきたので疲労困憊の五月は息を切らしています。

 

「遅かったじゃないかい、五月。キテレツ君達と一緒にいたのかい?」

 

そこへ店の中から一人の女性が姿を見せます。眼鏡をかけたその人こそが五月の母親、花丸郁江なのです。

娘がようやく帰ってきたので出迎えに来たのですが、五月の姿を目にして呆然としていました。

 

(お母さん……)

 

母親の姿を目にした五月の心には今までにない安堵が湧き上がってきます。

一ヶ月以上もの間、逢いたいと思っても逢えず、ずっと目にすることもできなかった母親が目の前に立っているのです。

安堵と喜びに満ちた表情が徐々に感極まっていき、湧き上がる更なる衝動が抑えきれません。

 

「おやまあ、どうしたんだい? 五月。何かあったのかい」

 

気付けばカバンを落とした五月は母親の胸に飛び込んで抱きついていました。

五月の母親は突然の娘の行動に目を丸くして不思議がります。

 

「ううん……何でもないの……ただいま、お母さん……」

 

声を震わせて、五月は母親の体に身を寄せながら咽び泣いていました。

娘がどうしてこんなに涙を流しているのかなんて、何も知らない母親に分かる訳はありません。

それでも郁江は娘の頭を優しく撫でながら、一言声をかけてあげます。

 

「おかえりなさい」

 

五月は安心しきって、いつまでも母の胸の中で甘え続けました。

 

 




キテレツ大百科 ハルケギニア旅行記を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
全60話を無事、完結いたしました。

今回の作品を執筆するきっかけとなったのは、当時別作品をPIXIVで書いていた頃に久しぶりにキテレツ大百科のDVDを視聴した時に、

「キテレツ大百科ってこんなに面白いのに、何故ドラえもんみたいにスペシャルや劇場版とかも無いのか」

と思ったことでした。
キテレツ大百科はドラえもん並に冒険をする機会やトラブルを解決したりする物語がいっぱいあるので、

「もしもキテレツ達が大長編ドラえもんのような冒険をしてみたらどうなるか?」

という考えのもとで大長編ドラえもんを意識しながら今回の作品を執筆することになりました。

キテレツ大百科に登場する道具もドラえもんの道具と比べて

●スモールライト → 如意光
●どこでもドア、とおりぬけフープ → 天狗の抜け穴
●タケコプター → 空中浮輪、キント雲
●名刀・電光丸、ヒラリマント → 電磁刀
●空気砲、風神うちわ → 天狗の羽うちわ
●ショックガン → 即時剥製光
●スーパー手袋 → 万力手甲

と、いった具合にオマージュできる要素がいっぱいあったので大長編キテレツ大百科を構成するのに良い材料となりました。
道具以外にも大長編ドラえもんを意識したり、オマージュとなったシチュエーションや場面もいくつかあり、鉄騎隊の登場もその一つです。

ちなみに五月ちゃんがルイズに召喚されたり戦闘シーンで活躍する機会が多いですが、準主人公となった理由は五月ちゃんはアニメでは冒険をする機会が一度しか無かったので
もしも彼女も本格的に冒険に参加すれば大いに活躍できたんじゃないかと思ったことと、アニメ中で見られる色々な美味しい設定が物語に大きく活用できたためです。

五月ちゃんはアニメオリジナルのキャラクターなのですが、キテレツに出てくるのがもったいないお気に入りのキャラです。

お芝居で剣術が使えたり、超人的な運動神経があるので契約こそしなかったですがガンダールヴとしての役目をばっちり果たせました。
もちろん、異世界転移してきたキテレツ達もそれまでの冒険で培った勇気や経験があるので五月ちゃん無双にばかりならないように配慮しながら、みんなが一人ひとり活躍できるように構成するのが大変でした。

また、ブタゴリラの親戚がゼロ戦乗りだったという設定が偶然にもゼロの使い魔のタルブ村での出来事で活かせたのははっきり言って奇跡です。


本編はこれで終わりなのですが、今後アイデアが出てくれば作中の空白の期間などを用いてちょっとした短編でも作ってみようかなと考えてもいます。
別の作品や今後も新しく書く予定の作品も読んで楽しんでいただければ、幸いでございます。

どうぞ今後とも、よろしくお願いします。


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