のんびり艦これ (海原翻車魚)
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柱島泊地~上陸~

どうも、初めて艦これ小説を書きます。のんびりとしたペースで進むので気楽に読んで下さいな。

2022年10月末追記
 今書いてる最新話が現在80000字程度になっていることをここにお知らせとして書いておきます。一年飛ばしてクリスマス+年末年始からクリスマス+年末年始の妄想話になるため、あと1、20000字程プラス…というか前後編レベルになるかもしません。二年ほどお待たせしてしまい申し訳ないです。作者が存命であればエタることは恐らくないのでそこはご安心を。ちなみに、最新話は書きたい+やってみたいことが多々あるので中盤あたりにモリモリしてます。最新話の前書きで注意書きを置いておきます。
 (多分こっちに書いとけば見る人が多いと思ったので移動しました)

追記の追記
 早くうpしろという方は拙作をお気に入り登録や高評価して頂けるとスピードが上がります。(Tuberみたいなこと言っててすいません。モチベーションが吸いとられてて進行ナメクジなんです。)

 追記の追記、そして追記(2023年4月下旬)
 機材関連のトラブルで10万字程度の物がそろそろ上げられると思います。GW中に出せますので、もう少々お待ち下さい。


 広島県領にあたる柱島という日本の中では些細な島にほんの少しのでも、ある意味とてつもないことが敢行された。廃屋であった小さな鎮守府の再建である。

 修復はそこらへんの木を斬り倒して製材するとかではなく、出来るだけ周辺に散らばっている木にニスをかけて使い回しているとのこと。

 

 伝聞口調なのはどうしてかと言われると拘束した上で一方的に話を聞かされているからだ。

 話し手は声色から恐らく男だろうか。

 愚痴なのか苦労話なのかは不明だがタラタラと何かを口にしているようだ。そんなこちらの意図は知らぬ存ぜぬと言わんばかりに男はケチな作業の話を続ける。

 

 わざわざ廃材を使い回して再建を企てる理由として上がるモノは幾つかあるとのこと。

 そのうちの一つとして国々の派閥に属さない第三、第四の勢力として『深海悽艦』という未知の存在が出現したという事だ。

 そのなんとかとやらは日の本の国の貿易を妨げているらしい。貿易関連の職ではないし初耳の内容のため実際は分からない。件の彼らを政府は数ヶ月経ってようやく認知したらしい。貿易が立ち行かないばかりに物価は高騰、修復に回す資材を輸入するにもリスクがあるし、仮に輸入が成功して対策本部なる建物を建築出来たとしても今までの失敗の分で完全に損をしているらしい。

 これが一つ。

 理由として看過出来ないことがもう一つある。深海棲艦が出現する以前からの不景気による財政難により完全に真新しい建物にするのは国力の余裕が無いからと宣ったからである。鎮守府はピカピカにした廃材を使い回して応急処置を施した程度に再建した。

 これも一つ。

 ちなむ形で『艦娘』なる非公式の存在を作り上げ、自衛隊とは別の戦力として配備しつつあることを聞いた。

 

 事情は現在進行形で聞いている。

 聞こえているのだが、話し手の姿は見えない。

 何か被せられてるのか目の前が真っ暗だった。首筋の痛みと混乱による心境のめまぐるしい変化と同時に肝心な単語が出てきてしまい、要所に対する質問をする暇が全く無かった。

 『そもそも予算が無いのに自衛隊以外の戦力を生産して、憲法に抵触しないのか』、『渋るレベルの予算にしては勢力と呼ぶ段階のモノに勢力を産み出せる余力があるのか』などと言った質問は考えられるだけであって口に出来ない。何か噛ませられている訳ではないのだが上手く喋れない。何故だろうか。とにかく頭がくらくらして仕方がない。

 

 「降りるぞ」

 事情を話していた男の声が動いた。

 頭を鷲掴みにされたような感触がすると同時に目の前の障壁が取れた。

 真っ暗だった視界から目を覆いたくなるような光が差し込んだ。

 目をシパシパさせて目の前を見ると小さな椅子らしいもの。

 ピントが合わない内に腕を引かれ、階段らしきものをゆっくりと下っていく。

 「さて、今日からこの島が君の住居兼家庭兼職場だ。」

 「?」

 随分と兼ねるモノが多いようだと思い建造物らしきものを探す。

 丁度良いタイミングで眩しさに目が慣れてきたのかぼんやりと景色を把握することが出来た。

 見渡す限りの砂、砂、たまに海。建物どこだよ。

 視界は相変わらず覚束ない。

 階段から踏み出した足はしゃりしゃりしてる感触を捉えた。

 潮の香り、押しては返す白波の音。

 砂の色と波の音と潮の匂いからここは砂浜だろうことが確かになる。

 その海の景色をぼやけた視界が邪魔していて若干憤りを感じるが、そこに怒るのは流石にベクトルが違うだろと理性のツッコミ。

 

 自分で自分にツッコミを入れたところまでがいわゆる"回想"だ。一瞬で愚痴やら何やらがフラッシュバックしたのだがそれはそれ、これはこれ。

 そんな経緯で見知らぬとこに連れてこられた僕。正に文字通りの右も左も分からない状態だ。

 

 

 

 何故ここにいるのかを回り始めた頭を稼働させて追憶し始める。

 

 あれは確か職場からの帰り道のこと。

 疲れでフラフラしていたところに突然名状しがたい痛みと衝撃が走った。その後のことは推測でしかないが、ほぼ拉致同然で政府に召還されたのだと思う。

 うっすらと背広の男達から尋問を受けた様な気がする。

 静かになった瞬間に二回目の痛み。

 意識を取り戻した時には愚痴が聞こえたことから、尋問のステップはクリアしてしまったらしい。

 助けてもらおうとも思った。しかし、助けてくれるのは公的機関。目の前の不埒者も公的機関。世も末だ。このままでいても公務執行妨害で騒いで抵抗しても公務執行妨害。八方塞がりで刑務所に連行されるのは理不尽だ。

 完全に余談だが、スタンガンで気絶させられ拉致の被害にあったことが分かったのは着任してからおよそ一年先のこと。

 

 ともあれ、当然のように見たこともなければ聞いたこともない島に連れて来られた訳だ。

 仕事が素早いところからある程度腕利きなのだろうかとも邪推してみる。

 それを考える前に生きるために諦めて現状を受け入れよう。

 

 

 そう思ったところで政府の黒服が早口で

「済まないが5人の中から早急に選んでくれ、それとせめてもの詫びとして首相からの謝罪文書と委任状ついでにこの"艦娘"だ。受け取ってくれ。」

 と言った。

 なかなか消えない痛みに顔をしかめながら黒服の顔を見る。作業をこなす労働者の面構えだった。目を慣らす為にしばらくシパシパとまばたきした。そして、口をついて出た言葉が、

 「一体何故、僕なんです?」

 つまりはそういうことだ。

 一体何故なのだろう。適任は必ず他にもいるはずだが。意図を察したのかどうかは分からないが予想の範疇だと言わんばかりに黒服は飄々と答えた。

 「君みたいな人間が適任だからさ、無意識下での適性検査もSランクでクリアしている。」

 何かしらテストをされたようだ。もっとも今重要なのはそこではないはず。家に帰せと言っても毛頭帰す気は更々無いだろう。でなければ回りくどい不意打ち同然の拉致をする必要が無いからだ。

 しかし、せめて選ばれた経緯などは理解したいし今後の為に政府に歩み寄っておきたい、駄目元で聞いてみる。

 「僕みたいってどういう事ですか?というか話を聞かせて下さい。」

 「時間が無いのだ。次があるんでね。」

 次。

 その言葉に安堵もしたし嫌悪感も沸くワードだった。

 自分以外にも犠牲者が居たのかと驚く反面、憤慨もする。

 「つまり、まだ沢山同じような人がいるって事ですか?」

 「ああ、君はかなり後の方に召還されているからね。先輩がわんさか居るさ。業務の疑問は心配ないだろう。それじゃあ先程も言ったが最初のパートナーを選んでくれ。」

 

 目が慣れてきたし、体の感覚もあらかた元に戻った。

 さて、今の状況を整理しておこう。

 横目でチラッと後ろを見た範囲くらいには今しがた降りた客船とも漁船ともつかない船。

 目の前には五人の小学生くらいの女の子。右隣を見ると筋肉質なガタイの黒いスーツのサングラスをかけた男が一人。後ろを振り替えると透き通るような青い海。青というよりはまさに水色。旅行なら是非とも行きたいくらいの絶景。

 

 よそ見をしていると黒服が眉をしかめた。慌てて女の子五人に向き直る。左から青い髪の子、茶色い髪の子、黒い髪の子、水色の髪の子、桃色の髪の子がいた。

 

 詫びとそのついでの品と言われた。四の五を言っても恐らく後戻りは出来ない。させるつもりもないのは雰囲気で分かる。

 背後からスタンガン、無意識での適性検査、考えてみなくとも無理だと分かる。

 開き直って受け入れよう。

 「じゃあ水色の髪の子、来てくれないか?」

 おとなしく、凛々しい表情で敬礼していた彼女に惹き付けられ衝動的に選んだ。

 黒服はいそいそと他の子を乗ってきた船に乗せて後に自らも乗り込みスタコラと水色の水平線に帰ってしまった。

 

 横目で置いていかれた者同士の女の子を見る。水色のストレートパーマに兎を彷彿とさせるような機械を浮かべているように見えた。上半身のセーラー服の丈を間違えたような服装だった。

 

 船が完全に消えた。

 監視から逃れた。

 愚痴が溢れ出た。

 「一体全体何が何だって言うんだよ。」

 「はいはい、来た人は皆決まって言うセリフね。」

 「……。」

 「司令官、大本営から文を預かってるわよ。早く読みなさい。」

 「司令官?誰のこと?」

 考える前に口が動いた。知らない呼称で呼ばれるというのはこういうものなのかと目覚めたての頭にしては大分余裕があるなあっと諦観する。

 それと同時に目の前の子供の見た目の印象と実際の性格のギャップのようなものに打ちのめされそうになっている自分がいた。

 「アンタよ、アンタ。」

 「そうなの?」

 「アンタ以外私と話せる人いる?」

 至極当然の論理だった。

 「そっか、そうだね。首相から電文の前に君の名前は?」

 噛み締めるように納得する。

 「特Ⅰ型駆逐艦五番艦の『叢雲』よ。よろしく」

 「ああ、宜しく。」

 「アンタ、名前は?」

 親からもらった名前はある。

 ただこの名前は僕の中では忌み名でしかない。覚めかけの頭をゆっくりと回した。

 「んー、形式的でも良いなら『丸』でいいよ。」

 頭の回転が鈍いので何となく丸で良いと感じた。子供につける名前ではない忌み名に比べれば大分ハイセンスなニックネームだ。

 「そんなネーミングでいいのかしら?」

 「センス無いのは分かっているよ」

 「そう、なら良いわ」

 こちらの自虐に対し、そう言った彼女はこちらの不満そうな顔をスルーしてキョロキョロし始めた。

 職場兼家とは何だろう。

 そしてそれは何処だろうと自分の過去から目を背けて今を見る。

 『ところで…………』

 出鼻を共に挫きあう形になってしまった。

 しかし、お互い同じことを言おうとしているのが分かった気がして強行する。

 『君(アンタ)道知ってる?』

 その問に対しての答えは勿論…。

 『知らない。』

 なんだろうなあ、この状況。

 白目を向きながら嘆息しそうになるのをこらえて叢雲を見る。

 「取りあえずこっちに行ってみましょう。何か分かるかも?」

 道が分からなくなってしどろもどろになっている叢雲の肩を掴んで止めると、彼女はキッとこちらを睨み付け

 「アンタね!酸素魚雷を撃ち込むわよ!」

 と怒り始めた。

 「ゴメンね」

 「まあ、最初だし許すわ。これ以上セクハラ行為をすると憲兵呼ぶわよ。」

 主観でしかない解釈だが、僕にとって憲兵とは過去の警察みたいな認知だ。警察もとい憲兵さんのお世話にはならないように気をつけておこうと枷を一つ。

 

 叢雲の言うとおりの方向へ足を向ける。そして、島を回る。島のおよそ四分の三回ったであろう頃。

 「全く、鎮守府はどこかしら」

 持っていた地図をピンと張って持ち直す叢雲。見た目小学生の娘がよくもまあここまで歩けるものだと感心していると、

 「何よ?」

 不機嫌が滲み出ている語感で目線と言葉が帰ってきた。同時に話が出来るチャンスが出来たともある意味では言える。

 「疲れてる?」

 「全ッ然!シャキッとしなさい。男のアンタが音を上げてるだけじゃないの?」

 「いや、普通に観光してる気分なんだけど。」

 「そう、なら良いわ」

 叢雲はぶっきらぼうに会話を切った刹那、彼女はフラッとよろめいた。砂浜とはいえ転んだところに貝殻の破片があったらまずいと思った僕は即座に彼女を抱き抱えた。

 「ま、まあ、礼は言っといてあげる。」

 頬が少し紅くなってる叢雲だが、口調が荒い。きっと暑いのだろう。

 直立の姿勢がとれるように叢雲をおろす。休憩出来そうな場所を探すとレンガ作りの塀があった。

 ジャンプして塀の上から見える景色を垣間見ると、塀の向こうには厳かな建物があった。

 もしやと思い、叢雲に許可を取って肩車をし、今しがた見えた施設を見せる。

 「もしかして、鎮守府ってあの建物じゃない?」

 「そそ、そうよ!アレよ!」

 赤面して落ち着きを無くす叢雲。

 対照的にこちらの頭は冷えている。

 彼女の顔が赤いのはきっと暑さだ、そう暑さ。もしくは、同意ありなのに理不尽なセクハラ抗議か。後者なら酷い。

 この時の景観から、僕はあることを推測した。詳細に説明すると面倒というか二字熟語の羅列をベラベラと話すことになりかねないため、簡単に解説すると……上陸地点が割と近いところに見えるとこまで回ってきた。 

 「えーっと、進むべきなのは真逆だったね。」

 穏やかな追求に叢雲は取りあわずに僕の腕を掴んだ。

 「細かい事は良いのよ!さあ行くわよ!」

 嬉しいのか恥ずかしいのか彼女は僕の腕を勢いよく引っ張った。

 「痛い痛い!」

 思いきり引っ張られ思わず抵抗してしまう。  

 夕方の光がほんわかと映える薄暗いこれからの拠点に小さな背中の女の子と一緒に雪崩れ込んだ。

 というよりもヘッドスライディングする羽目に。

 痛い。

 

 

 これが、彼女との長い長い思い出のアルバムのほんの一行にしかなっていないのを、僕は知るよしもなかった。




 2021年末という時期になって本当に今更なんですけど、多分のんびりの方が受けが良いとかじゃなくて純粋に作者がのんびりしたものが読みたいだけの自分向けの作品ではないかと考え始めました私です。
 まあ、メタい話というかなんというか、最新話にかけてPV減ってきているので盛り返そうと10万字レベルのものを書いている最中なのですが、また作者がメンタルやられているのとリアルのせいで進行が遅いです。本当に申し訳ない。
 何が言いたいかって言うと、心にゆとりがあるときに書ければ作品名に則ったものが書けるんですってことでどうにかよろしくたのんます。


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柱島泊地~着任~

前回の粗筋:『丸』は叢雲がツンデレとは知らずに選んでしまった為に、対応に困っている。ついでにげんなり気味。


~柱島泊地執務室~

 

 だらっとした夕陽も落ちかけ、木漏れ日も少なくなった夏を感じさせる湿った夏の夜の時間帯。

 海辺だからか湿気ている。そのせいで少し暑く感じる。除湿しようと思い、この建物にいるもう一人に訪ねてみる。

 『ねぇ、エアコン無いの?』

二人してキョロキョロする。しかし、古びた木で出来たこの部屋には段ボール二個しかなかった。少しがっかりして叢雲の方を見る。同じタイミングに口を開くと

 『無い(わ)ね』

 シンクロした。向こうも暑かったのだろう。

 というか色々分からない事が多すぎる。

 黒服が言っていた存在、もとい目の前にいる艦娘という存在。

 深海棲艦と呼称される謎の艦隊。

 艦隊というよりも班で襲撃してくるらしいが事実かどうかは出撃と呼ばれる行為をしていないため、僕には分からない。

 まあ、向こうは黒服に配布というかなんというか任命されたのだから僕の任務について知っているだろうと高をくくった。

 「具体的に、僕はこれからどうすれば良いんだい?」

 「知らないわ、謝罪文書か委任状に書いてあるんじゃない?」

 不馴れな異性に話しかけられたこの少女はこの建物に入った時と同じ様にぶっきらぼうに言った。

 異性が不慣れなのはこちらもなのだが置いておこう。

 まあ、政府の方も対策に追われて必死なのだろう。説明はやってみれば端折ることが出来るくらい容易いということなのだろう。

 そういうことにしておこう。民間人を拉致して就役させるぐらいの仕事だろうから。何故、拉致されたのかは追々考えていこう。今はしなければならない仕事があるようだ。

 

 白状すると話すという行動のモチベーションが下がりかけている。

 というのも、クールに淡々と仕事をこなすタイプだと先入観から期待したこちらがツンツンしているだけの娘なのを判断出来なかったのが悪いのだから仕方のないことなのだが。とにかく冷たすぎるのではないだろうかもっと愛想が良くても良くはないだろうか?そして、あの中途半端な格好はなんだろうか?セーラー服の上の服とインナーに黒の何か、それと黒のタイツという出で立ち…何処から突っ込めば良いのか皆目見当がつかない…。

 心が擦りきれるような長い文句を言っても解決策になるわけではないから早々に切り上げよう。。

 

 つんけんする同僚はさておいてもやっぱり仕事内容は気になる。

 卒業証書でも入りそうな筒の中には何重にも巻かれた紙があった。

 さぞ仰々しいモノが書いてあるのだろうと思い紙の端を左手で持ち右手で紙を引いて広げていくと何も書かれてない。

 巻かれていた時の見た目のボリュームと同じくらい紙はとんでもなく長かった。

 紙を送った手の方には紙の山が出来ていた。

 紙を完全に広げ終わると端の方に小さな文字でこう書かれていた。

 【どうもすいませんね。】

 「は!?」

 あまりにも訳が分からなくてただただ驚くだけだった。そのリアクションに疑問を抱いた叢雲が背伸びをして文書を覗きこむ。

 「どうしたの?……ああ成る程ね。首相殿はテキトーなのね。」

 流石にこれは無いと思ったのか首を横に振った叢雲。

 しかし、がっかりした僕は彼女の反応を見ていなかった。

 「ううん…どうすれば良いんだ」

 軽い首相の返信と勝手の分からない職場に困惑を隠せなくなってきた。もう、放心して能面のような顔をしてることだろう。

 

 「はいはい、そんなこともあろうかと私が指導されたことを手解きしてあげる。まずは新しい艦の『建造』ね。所謂召集だけど。工廠の案内は執務室に張っておくから追々参照にして。発注書に使用資材の内容を書いて渡して頂戴。今は紙だけど追々機材が来るから良い?」

 説明するのが面倒なのは分かるが知っているならやはり説明してくれても良いのではないかと思った。

 

 工廠への簡略化された地図を貼っている叢雲を見つつ新しい艦娘の来訪について考える。

 新しい職員が増えるのは嬉しくもあるし、不安でもある。

 楽しい現場になればモチベーションが上がるというものだし、何より無愛想に会話を切られて感情が動くことが無くなるのは良いと思った。

 わざとらしくおうむ返しで聞く。

「え?新しい艦?」

 真面目半分、ふざけ半分のトーンだと変な声が出る。芝居の演技の練習でもしとくかな。

 なんて思った所で何も始まらないから話を聞こう。

 「そう、アンタと私の仕事仲間が増えるの。私だけだと負担大きいしね」

 やれやれと言わんばかりの顔。

 解せない所もあるが新しいメンバーが増えるのはとても嬉しいことだ。

 新しいということは無愛想な子もいるけど性格が逆な娘も来るんだということがはっきりとした直感がおりてきた。

 そう思うと飛んでいった心が戻ってきた。

 「うん、分かった。それと発注書は言いにくいからオーダーいいかな?」

 「アンタの好きにしなさい」

紙の下の方に(MIN:30)とあった。何で下限が?

 「叢雲、資材の最小値が30なのは?」

 「最低でもそこまで消費しないと新しい娘は来ないのよ」

 そういうことなら早く言って欲しい。

 せかせかしても意味がないのは分かるが気分が気分なだけに少し早口になっている自分がいるのを自覚した。

 「ふぅむ…………じゃあ、All30で」

 「全部最低値ね、了解」

 叢雲が壁にかけてある古びた無線機を操作して、業者に問い合わせているのだろうか。

 何か問答してるのが伺えた。

 後ろを向くと綺麗な夕日は無く夜だった。

 都会の様な喧騒も田舎の様な虫の鳴き声も無く漣が寄せては返す音だけが鼓膜を揺らす。

 

 

 

 壁のホルダーに無線機をかける音を聞き、向き直る。

 「結果は?」

 「待って、専用の端末が届いて無いから分からないわ。30分くらい待って頂戴。」

 慌てるのはいけない。落ち着け、落ち着け僕。

 「30分か。かかるなぁ」

 しかし、口に出るのは不満の声だった。落ち着いても意味があるのか疑問に思えた自分。

 そもそも、自我形成は去年辺りに終わってしまって適齢期というには老けている。

 それなりに、落ち着きを持ちたいところだが現状が現状だけに無理かもしれない。

 

 そんな問答は意味が無いのに気付き、下らない思考を止め現実に戻る。

「そんなに待ちたくないなら向こうの係に高速建造材(バーナー)使わせる?」

 こちらの苛つきに気付いたのかはたまたこちらの物言いに不満を感じたのか分からないが少し顔をしかめて新しい道具の名前を出す叢雲。

 「そんな、便利なモノがあるなら早く言ってよ。」

 こっちまでぶっきらぼうに言ってしまう始末。

 この先大丈夫だろうか。否と答える自分がいた。自重しよう。

 叢雲は壁にかけられている無線機を取って業者らしい所に指示を促す。

 「ハァ、使用許可下りたわ。やって頂戴。」

 溜め息一つで無愛想に指示を出す。

 業者に気を悪くされなければせめてもの幸いだが。

 というか人を作る業者?派遣する業者?そこが引っ掛かった。

 無線機を壁に打ち付けられたフックに戻した叢雲は水色の髪をなびかせこちらにくるりと向き直る。

 「誰が来たの?」

 新しいメンバーの顔を見るのに年甲斐も無くわくわくが止まらなかった。

 ついでに現状の打破にもわくわくしてるということもある。

「来た子達は毎回ここに来て自己紹介をしていくから十数秒待って頂戴。」

 やれやれと言わんばかりに叢雲は言う。

 すぐに新しいメンバーが来ることがが確定された今ならわくわくも少し落ち着かせられる。

 

 深呼吸一つして落ち着く。

 叢雲は小声で「しゃっきりしなさい。司令官」と言ってきた。

 椅子も机もない現状で上の者と認識してもらうにはどうすれば良いのか分からないので、腕組みして足を肩幅に開くポーズで立った。

 叢雲は僕の隣にきて、ドアの方に向き自身の手と手を重ね合わせて足の付け根の間に置いた。

 叢雲の偏見か否か秘書のポーズをとっているらしい。

 コンコンという音。

 その後に「……失礼します。」の声。

 お決まりの「どうぞ。」という僕。

 会社やら入試の面接のように感じた。

 

 礼儀正しくノックをして入ってきた紫色の髪をした幼い見た目の女の子。僕と彼女の距離が丁度良い塩梅の所で紫の髪の女の子は立ち止まりペコリと一礼した。

 「………弥生です…気を使わなくていいです。」

 「ああ、宜しく。ん?どうした叢雲?」

 

 僕が笑顔で挨拶をした後、横目で叢雲を見るとびっくりしてるのか固まっていた。どこか、驚きのような戸惑いのような複雑な顔をしていた。

 「なあ、叢雲?この子はどういう娘?」

 「……。」

 「おーい!」

 「アンタ…どんな引きしてんのよ!?レアな子よ!」

 そんなことも知らないのかと言わんばかりの面と向かって言われた。解せない。確認になるか分からないが弥生にも聞いてみる。

 「そうなの?」

 少女は目をつむって首を横に降った。

 「…………知らない」

 「そうだよね、自分の事はよく分からないよね」

 少し珍妙な答えをした自分が恥ずかしくなった。しかし、紫の髪の女の子、もとい弥生は少しだけ目の中に輝きを見せた。

 「…………分かってくれるの?」

 艦娘というのも案外こちらと同じなのかもしれない。何も知られずに何をすれば良いのかも分からない所に放り投げられる。そんなところに共感というか親近感に近いものを感じた。

 「うん。じゃあ叢雲、この子の住む部屋の確保とか諸々任せるよ。」

 部屋というか、物件と言えば良かったかもしれないと内心思った。

 「何を言ってるの、まだ休むには早いし部屋の準備なんてろくにされてないわよ。まあ、府内の整備も中途半端みたいだから職場というには最悪かもね。それにこの島にはこの鎮守府しか建物という建物は無いわよ。」

 ブラック企業というかなんというか……自宅兼職場兼住宅地兼…etcみたいな大雑把な所らしい。

 「もう休ませて、一日にしては色々起きすぎて疲れた。」

 疲労のせいで隠しておくのが限界を迎えて本音がだだ漏れになってしまう。

 「全く、私の話を聞いてた?今度の仕事は編成と哨戒よ。」

 疲れとスタンガンの痛みが合わさって入力と出力が出来ずに首を傾げる。

 「?」

 分からないのを素直に態度に出すとそんなことも分からないのかという目を叢雲にされる。

 こちらの心情を今すぐにでも吐露したいところだがもたつくだけなのが分かっているので自重する。

「イチイチ直すのは面倒だけどカタカナ…………もとい外来語にすればいいのね。『パーティー作成とパトロール』よ。」

 分かり易い。

 最初からそういう風に言ってくれれば良いのにと思った。

 「OK」

 「じゃあ、私か弥生さんを旗艦に指名してちょうだい。あっ、言われる前に言っておくとリーダーを決めて頂戴。」

 キカンと聞いてぽかんとしたがリーダーと言われて何となく分かった。

 「じゃあ、先輩の叢雲が旗艦で弥生は随伴で。」

 安直だが簡単に先輩後輩で決める。背の高さで呼び捨てにしてみたもののいかがなものだろうか?追々考えていけば良いだろうか。

 ヘトヘトな僕の思考は四方八方に散る。

 『了解。』

 手の平を顔の方に向けて腕を顔の輪郭の接線となるようにポーズを取る二人。敬礼なのだろうか。その辺は分からない。

 「…………司令官、質問良い?」

 「どうしたの弥生?質問、良いよ。」

 おずおずと手を上げた弥生に出来るだけ柔和な態度で接しようと思い笑顔を作り目線を合わせるためにしゃがむ。

 「…………その、旗艦という事は提督も行かなきゃいけない。提督の乗る娘が旗艦だし…どうやって提督は彼女に乗るの?」

 「あっ………」

 叢雲がまた固まった。それが災いして場は暫く凍りついた。




筆者ね、知り合いに『チュートリアルで弥生って子が出た』と言ったら『はあ!?』って言われましたよ( ´∀`)

さて、こちら側の事情ですが1話からのUVの伸びが悪い!!
 追々追加の記述をしていくので見捨てないでええええええ!!!!


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柱島泊地~戦闘開始!~

 タイトル詐欺にならないようにほんわかといきたいですね。


~同室~

 

「叢雲が旗艦、弥生が随伴。わちきはどうするの?」

 疲れからか車とかあったら激突しそうだなあ。寝惚けてるから発言がおかしくなるのは勘弁して欲しいとかなんとか思っていると弥生が口を開いた。

「…………司令官、夜だけど頑張って。」

 弥生に元気付けられた。

「何も出来ないけど、頑張ってきて!」 

 眠気を振り切り言葉で応援した。

 彼女らは決意で満たされた…とか何とかなってくれたらなぁなどと内心思った。

 これから戦地へ赴いてもらう二人を応援するつもりでさらに頭を撫でる。弥生、叢雲の順に撫でる。弥生の髪はさらさらしてた。

 女子の髪は良いのぉなどと供述したくなった。弁解しておくと僕はアリスコンプレックスではない。

 叢雲の髪はと感触を少ない楽しみとして期待し触れた途端に体が光に包まれた。

 

 白い極光が晴れていくと目の前には大きな黒い何かがあった。顔を上げると大きい叢雲の顔と体があった。左を見る弥生がいた。二人ともスカートらしき布を押さえてこちらを見ている。

 

 「あれ?大きくなったね。」

 開口一番がこうなるのも仕方ないと思う。

 叢雲が赤面しながら数フレームおいて一言。

 「アンタが小さくなったんでしょ?!」

 「………司令官、えっち」

 小さくなったのだろうとは思った。変態呼ばわりとは心外だが。まあ小さくなったのだろうか。不思議の国の少女はこのような視界でドアを潜っていたのかと思った。 

 自分の足なり腕なり見るとちゃんと調整されてピッタリの軍服を着ていた。

 軍服?何で?

 「えーっと……何これ?」すっとんきょうな声が出た。

 

 叢雲による説明だと、軍服に関しては簡素な物で作られていてこの島に上陸した頃にはすでに着ていたとのことだ。ポケットに入った貴重品は全てこの軍服に移し変えたそうだ。

 

 その説明を受けてポケットをまさぐると、無い。ポケットをがさがさまさぐるってもない。もしや、体と服は縮んでもスマホ等は縮小しないのでは。

 そう思って、左右を見ると左にスマホにイヤホン右に財布がある。

 自分が縮んだのが衝撃的だがこんなのに驚いていたら恐らくこの仕事はやっていけないと思い、深呼吸を繰り返し落ち着く。

 

 「弥生、叢雲。見えてないから大丈夫」

 「そんな訳無いでしょ!?」

 「………えっち」

 どうしよう。

 無限ループは避けたい。

 しかも、ロリコンという汚名まで付けられてしまうのはこの先困る。

 なら、無理矢理話を変えれば良いのか。普通はやらないが、やった方が安牌だろう。

 

 「とにかく、叢雲。乗せて。」

 万歳してみる。小さい子が抱っこをねだってるイメージが頭に浮かぶ。

 「どこに乗るのよ?!」

 羞恥からくるものなのか少しボリュームが大きいなぁと思った。このタイミング弥生が妙案を思い付く。

 「…………あっ、二人とも頭はどうでしょう。」

 静まり返る。弥生を除く二人の思考がフリーズした。リスタートが早かったのは叢雲の方。

 

 「あっ…………それもそうね!そうしましょう!」

 首を縦にブンブン振って肯定している。何故赤面しているのかは分からない。変なことを考えていたのはむしろ叢雲の方ではと思いながらも早く寝たいから話を続ける流れにもっていく。

 「ゴメン、それ以外無いと思う。」

 「う、うるさいわね!」

 ふんっ、と無愛想にそっぽを向く。イライラしてきた。

 「…………司令官、早く」

 弥生は無表情だった。

 口調からの推察は今の僕には難しい。

 「うん。」

 流石に大人しい娘を怒鳴りつけたくはないし、そもそも怒鳴るような神経を使いたくない。気力も使いたくない。だから流れのまま叢雲の頭に乗ってドアを出て、海辺に出た。叢雲が少し憂鬱そうに呟いた一言が妙に僕の心に刺さった。

 「夜、夜はあまり好きではないわ」

 お化けが怖いなんて可愛いねと皮肉ろうとしたが、あまりにも神妙な面持ちであったため冗談を飛ばすことなんて出来なかった。

 「………叢雲さん、どうかしました?」

 何か呟いたのを聞こえたのか弥生が叢雲を心配した。しかし、叢雲は平常心を顔につけて答えた。

 「何でもないわ。ただ、どうしてかしらね」

 弥生は意図が分かったのか何も問うまいとした。

 その意味ありげな沈黙は何を語るのだろうか。

 「………」

 沈黙により人の声がなくなった。ただ潮が寄せては返す音だけが耳を通っていく。

 

 

 叢雲と弥生の二人は海に向かって歩いた。そして水に入るのかと思って下を見ると、直立していた。水の上に直立していた。驚くばかりだがこの先もずっと驚いていたら始まらない。このフレーズを繰り返しては使っているあたりこの職業は未知に満ちている。しかし、案外こちらが無知なのかもしれない。現に国内の近海を哨戒させていることから将来的な危険性は高いことが容易に推測出来る。

 

 

 

 

~鎮守府正面海域~

 

 

夜の海。先程の夕日が照らしていた鮮やかな海とは打って変わってどす黒い液体が不気味に波を立てている。月だけが頼りだ。

 「提督、捕まってる?」

 「…………大丈夫?」

夜の海を見ていて恐怖を少し覚えた。静かな僕が心配になったのか叢雲と弥生の二人が心配した。

「うん、大丈夫。快適」

大丈夫な都度を聞くと二人は速度そのままに沖へ沖へと行く。すでに大陸棚は過ぎたのかもしれない。こんな海を見ていると深淵に吸い込まれそうになる。

「乗り物には強いみたいね。」

 叢雲の声に我に返る。乗り物に強いというか酔いにくいのかもしれない。真夜中の雪道の車内でゲームを楽しんでいた幼い頃を思い出す。

 「このまま百科事典も読破できるよ」

 「それは…………凄いわね」

 「…………うん、凄いのです?」

 微妙な例に返答に困る二人。申し訳ない気がした。暗がりの中で顔はよく見えないが困ったような顔をしてるのだろう。

 「あ、うん、なんかゴメン。で?パトロールなんだよね。敵がいたらどうするの?」

 何かを警戒するためにパトロールはするものだ。つまり、警戒しなければならない敵がいるということ。

 「その時は腕についてる12㎝単装砲で吹き飛ばすわ」

 「…………脚部についてる魚雷も忘れないで」

 自慢気に話す二人が可愛いと思った。

 こういう態度を見ると年頃の可愛さがあるのだと思いどこか心が安らいだ。今のところ静かな水面に写る僕の姿は水上靴のモーターに掻き消された

 

 バチャ、と水面を何かが跳ねる音がした。

 例の敵"深海棲艦"だろうか。それを考えた途端に心臓の鼓動が速くなる。

 「あ、うん。分かった。それと何か来るよ」

 「あっ…」

 叢雲がバッとそちらに振り向いて手甲の様な物を水面に向けた。いたのはただの魚だった。思い過ごしで良かった。

 

 三人全員が硬直していた。全員が例の勢力の一端も目にしていないので何が何なのかが分からずに腰が引けてしまっているのだ。

 一番最初に硬直を解いたのは叢雲だった。冷や汗が額に浮かんでいるのが見てとれた。からかって和ませようとも思ったが自分も冷や汗まみれだった。

 「ふう、今の所は異常《ビイィィィ!》反応あり!距離400!」

 叢雲のウサギの耳みたいな装備からけたたましいアラームが響く。鼓膜を裂くようなアラームに衝撃と同時に緊張を覚えた。正直、耳が痛い。マナーモードを貫通してくる緊急時のスマホのようだ。

 「…………雷撃戦、用意!」

 弥生も緊張した面持ちになる。少なくとも穏やかではないのが伺える。敵というのは追い払うべき敵なのか、それとも絶命させなければならない敵なのか。少し、観察してみよう。

 

 敵は鯨のような形をしているがやたらヘドロを含んだ口をがっぽりとあけ全てを飲み込まんとしている。歯もあるようだ。月明かりのせいでよく見えない。逆に粘着質な緑白色のヘドロが月光に映えていた。

 

 大学に行って帰って行ってと繰り返してる間に、こんなに禍々しいのが浜辺の近くにいると思うと随分平和だったのが

思い知らされる。しかし、ここに来た以上腹を括るしかない。

 

 「装填完了、牽制行けるわ!」

 「…………提督、指揮を!」

 指揮って言われても何を言えば良いのだろう。言葉が出てこない。確か、xyzで表すアレがあった筈…座標だ。

 「座標合わせて!」

 「分かったわ!」

 「………了解」

 えーっと……なんだっけ。砲で攻撃、魚雷で攻撃…

 「砲撃、雷撃開始!」

 指示を出し砲と魚雷を打ってもらう。指示が適切で良かった、のだろうか。

 それを含めた確認事項として彼女達の装備の概要は追々説明してもらおう。今聞いても頭に入らない。ほぼパニック状態の脳内で装備の説明を聞いても意味ないし。

 

──シュボアッ!

──スダアァン!

 

 闇夜に舞う火花が花火を連想させた。綺麗だから笑って見ていた。

 少し遠くに水柱が立っていたようだが暗くて見えなかった。

 

 「アンタ、気持ち悪いわね。」

 「………弥生、怖いとは思ってませんよ。」

 大変申し訳ない。

 「なんかゴメンよ。」

 謝って気分が沈んだ。

 下げた目線には現在進行形で物理的に沈んでいく敵は全く見えなかった。

 

 損害は皆無。

 どうせキリが良いのならこのまま進むことにした僕たち。

 目印が無いのに迷いなく進路を採っているところを見ているとどこへ行き、引き返すのかが分かっているように見える。

 しばらく進むとさっきのサイレンが鳴り響く。

 

 「レーダーに感あり!計三隻!」

 どうもこちらよりも数が多いようだ。

 「…………どうするの、数の利では不利。」

 不利と言われるとどうしても挑みたくなる天の邪鬼な自分がいた。同時にそんな自分にも嫌気がさすが、これも世のため人のため、自分のため、彼女達のためだから一匹でも多くこの世からご退場してもらおうと思い続行の指示を出す。

 

 

 軽巡クラス一隻と駆逐クラス二隻という艦隊だったらしいが砲雷撃戦の末にこちらの損害無し。敵全滅という快挙を成し遂げた。

 

 「艦隊、帰投したわ。」

 疲れたと言わんばかりに腕を回す叢雲。彼女の回した腕の風圧が直にくるので少々肝を冷やす。

 相変わらず無表情で立つ弥生。

 「…………提督、お疲れ様です。」

 労いの言葉にはお礼が当たり前。

 「ありがとう、弥生」

 そうやって言うと、鎮守府のドアの前に下ろしてもらう。ドアを弥生に開けてもらう。府内に入った瞬間、光に包まれ元の大きさに戻った。

 つまり出撃時には艦娘の頭部に触れて小さくなってから搭乗し、帰還時には鎮守府のドアを通ることで体の大きさが戻るらしい。

 その程度しか考えられない自分が嫌になるが仕方ないとスルーした。




 正直に言うと最初の内は叢雲をそこまでよく思っていませんでした。口が悪いからです。改二にしたときようやくデレを垣間見て解体しなくて良かったなぁと思いました。でもレベル75はキツいです。
 


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柱島泊地~運営開始!~

とりあえず、ここ数話は作者が躍起になって進めようとして慢心していた頃を書きます。

プレイヤーとして人として胸糞悪い文章はここで予告するのでご了承下さい。


大丈夫です。タイトル詐欺にはしません!
(のんびりの筈なのに戦いがあってもいいのか疑問。)


 夜の十時であろう時間帯。

 僕は家とは違う施設の中で猛烈な睡魔と格闘していた。

 どうやら戦場から帰ってくる最中に保護した娘らしい。

 桃色の髪に叢雲と同じような飾りを浮かせている娘と黒い制服に茶髪の娘がいた。敬礼して指示を待っているのか微動だにしない。

 とにもかくにも話してもらわねば。

 幸いこちらに主導権があるから気兼ねする必要がない。

「とりあえず、二人の自己紹介宜しく。誰が誰か分からなくなるのも困るから。」

 何もないここでは立ちっぱなしも困る所だが、威厳を保つ為に腕組みして肩幅に足を広げる他ない。小物感が漂うのは気のせいだと願いたい。

 

 桃色の髪の娘は先程見たときは手が主砲という妙ちくりんな出で立ちだった。しかし、敬礼をしているその娘の手に物騒な物は無く年頃の可愛らしい手がよく見える。

 「こんにちは、子日(ねのひ)だよ~。艦名、読みづらくなんか無いよね?ね?」

 読みづらそう…………。艦名か、コードネームだろうか。叢雲といい子日といい、どうしてこうも呼びにくいのか。読みにくいのか。弥生は読みやすいのだが。旧暦を個人で覚えていたのが功を奏した。

 「駆逐艦、若葉だ」

 先程と比べてかなりあっさり。こんな感じにざっくり名乗ってくれるだけの方が良い。弥生よりも読みやすいねぇ。

 「叢雲、この娘達を部屋に案内できる?」

 「あ」

 「?…そうだった。無いんだ。」

 失念していた。政府のいい加減さが早くもこちらの首を絞めてきた。着任初日にこの扱いの酷さは塞ぎこみたくなる。アドバイザーもいない今、何をすればよいのか分からない。

 

──ティローン

「おめでとうございます」

 

 

 

 鎮守府内外にとても軽い効果音のような音が流れる。それとと同時に清楚な女性の声がせせらぎ府内をなだめる。

 少なくともそう聞こえた。

 眠気をすり抜けて入り込むような声とも言える

 

「提督。着任早々敵艦隊撃滅。おめでとうございます!申し遅れました。私、提督の補佐をすることになりました艦娘『大淀』と申します。お世話になります。」

 天井近くの壁。

 ドア側の壁の上部にスピーカーらしき物があった。かなり古いのかどうか分からないがそもそもスピーカーかどうかもまた怪しい器具が取り付けてあった。そこから音がしただけでスピーカーと決めつけるのは安直過ぎただろうか。

 

 「あっ…………うん。」

 ノイズを掻き分けて透き通る声というのも妙だが、女性の声はノイズを気にさせなかった。

 

 何かの任務が僕の手によって遂行されたのはだいたい

分かった。でも、面と向かって声と話を聞きたいから彼女と話す方法を模索してみる。2秒くらい考えた。結果として、府内にいると仮定してそれが合っているというのが前提の考えがまとまった。

 

 執務室を出るなり廊下で大声で叫ぶ。

 「大淀さんでいいのかなー?とりあえずこっちに来てくれるとかなり助かるんだけどー!」

 「あっ、すいません。只今伺います!」

 こちらの声が聞こえたのか椅子を慌てて引くような音がスピーカーから微かに聞こえた。

ーブツン。

 壊れかけのブラウン管テレビの電源を切ったような音がした。

 その直後に

__トタトタ………

 ヒールを履いているのかローファーを履いているのかが判別しにくい足音。床からリズミカルな悲鳴が聞こえる。

 来てくれているみたいだからドアを閉めて叢雲の隣へ。

 ドアの前で床の悲鳴は止まる。

 

__コンコン

 「提督、大淀です。」

 「どうぞ。」

 

 ちゃんとノックするあたり基本的な礼儀作法は政府が教えてるのだと思う。それが今のところの艦娘というこの女子達の印象だ。

 

 古いドアを優しく開けてこちらに入ってきたのは眼鏡をかけた黒髪の女性。チャラチャラした女よりもこういう委員長みたいな子は割といいと思う。誤解しないで欲しいが僕は性癖の話をしているのではない、性格の話をしているのだ。

 「先程のお話を続けても?」

 お伺いが来たので了承する。

 「うん。」

 「提督はさっきチュートリアルの任務を受注され見事クリアなされたので大本営から資材とアイテムを持ってきました。それと、人材も別任務の報酬という体で派遣されました。」

 資材という何だか馴染みのない単語から想像する物はどこにも無い。そして、人材も見当たらない。

 「何にもないよ?」

 見たままのことを言うとハッとした顔を見せる大淀さん。

 「ハッ?!失礼しました!実はすでに資材庫に搬入させて頂いておりました。それに白雪さんもすぐ近くで待機してもらってます。」

 倉庫があるそうだ。明るくなったら確認しよう。白雪という娘は一体何処にいるのだろう。

 「どこにいるの。その白雪っていう娘は?」

 「彼女はそこのドアの近くで待機しています。呼んであげて下さい。」

 息を吸い込み、声を大きく出せるようにする。

 「白雪。入りなさい。」

 周りの娘が顔をしかめながら耳を塞いだ。

 「ごめんごめん。」

 かなりボリュームをしぼって詫びをいれる。

 

──コンコン

 「失礼します。」

 またしても行儀が良いと思った。政府は最低限のことは教えるのであろうと結論付いた。

 人拐いを敢行する癖にこの娘たちには実に人道的なことをするところを考えると少しむかっ腹が立つ。

 ここで怒っても意味はない。だから話を聞く。脈絡おかしいとは思うが今は一歩を踏み出し続けることの方が重要だ。

 どうも今日の自分は余計なことを考えがちだと思う。

 

 「特Ⅰ型駆逐艦、二番艦の白雪です。宜しくお願いしますね。」

 特Ⅰ型駆逐艦、何処かで聞いたような…。あっ、叢雲が五番艦だった筈。ということは姉妹なのだろうか。聞いてみることにしよう。

 「叢雲。」

 「何よ。」

 相も変わらずぶっきらぼうだ。気力が減っていくのが分かる。

 「駄目でしょ、そんな無愛想じゃ」

 ここで白雪が嗜めた。口の聞き方が荒い女子にこう切り込んでいけるのは尊敬する。臆してしまう自分がどうしてもいるからだ。ついでに今までのも相まって心の中で白雪を応援している。

 「うるさいわね。」

またぶっきらぼうに話を切った。すると、白雪が叢雲の手を握って自らの胸元に持っていった。

 「お姉ちゃんの言うこと聞くのはイヤ?」

 この言動に対してどのような行動を叢雲はとるのか観察しようとワクワクした。姉妹という予想も的中し、ワクワクしつつ悪戯心も芽生えた。

 「うっ…」

 叢雲は気まずそうに白雪から目を逸らす。少し考える素振りを見せて叢雲は白雪の手を外した。

 「分かった、私が悪かったわよ。」

 非を認めた叢雲はこちらを見るとバツが悪そうに目を逸らした。どこかプライドがあるのだろう。自分の口から言ってもらおうと思い叢雲の目と同じ高さまでしゃがんだ。

 「悪かったわ、御免なさい。」

 許す時は笑顔で許す。そうじゃないと人間というのはすっきりしない。許しを乞う方も乞われる方もしこりが残る。だから、微笑みながら叢雲に語りかけた。

 「よく言えました。」

叢雲の頭をポンポンと撫でる。彼女は少し照れ臭そうに目を逸らしていた。年頃の可愛さが多少なりとも残っていることに安堵すると共に少しだけ叢雲の印象が変わった。

 

 部下と上司のいざこざが終わった頃、空気と化していた一人が喋った。

 「提督、大本営からのプレゼントだそうです。」

 大淀さんが手渡してきたのはまな板を二回りくらい小さくした大きい端末。スマホの大きいやつって言えばそれまでなのだろう。タブレットという単語が出てくるのに約三秒。

 「このタブレットは?」

 プレゼント、つまりこの端末でアプリをインストールして遊んでいろとでも言うのだろうか。そんなことはないと心の隅で思った。正直に言うと遊べる端末が欲しい。そんなことも思った。

 「遠征や建造、開発などを多面的に指示できるものです。同時に府内の案内ならこのデバイスがあれば十二分だそうです。」

 やっぱり仕事用ではないか。旨い話じゃないのは分かってたが分かっていてもやはり期待していた。子供みたいなことを言っても仕方ない。

 「良い端末だ。頼もしい。」

 仕事仲間に仕事道具、ようやくらしくなってきた……のか?

 

 「それで、部屋は?」

 これまでのアドバイザーとしての彼女を振り替えると先程の疑問に明確な回答が返ってくるのを期待した。

 「あっ…」

 事情はあるのだろう。思い当たる節があるのだろう。思い出したような素振りを見せる。

 「大淀さん、詳しく聞こうじゃないの。」

 秘書艦こと叢雲も言う。

 「…………どうなの?」

 弥生も詰め寄る。

 「若葉は24時間寝なくても大丈夫」

 さらっととんでもないことを言う若葉。

 『それは無理』

 総ツッコミを入れる。

 「お布団がないとやだよー」

 同じ新参の子日も言う。

 『どうなの?』

 全員が大淀さんに詰め寄る。

「もう何日か待って頂ければそれなりには、お布団は10組ありますから。」

 嫌な予感がする。それを振り払うべく追求する。

 『つまり?』

 シンクロした。そんなことは構わない。

 「ここ数日は執務室で寝ることになります。」

 良いのだろうか、艦娘側の精神衛生的な意味で。

 「そうなるのかぁ。」

 変態の烙印を押されぬように努めねば。寝相の悪さは小さい頃から変わっていない自分が恨めしい。ここで親の矯正を拒んだツケが回ってくるとは。

 『うーん。』

 艦娘が一斉にこちらを見る。

 「変な事はしないよ。安心して?ね?」

 そら見たことか。一気に変態候補に格下げを食らう。

 「本当かしら?」

 叢雲が少しだけ赤くなってる。私はロリコンではございません。

「本当だってば!」

こちらまで赤くなってしまう。まあ、意味合いは違うけれど。

 

 

 しかし、僕自信がロリコンではないという発言を撤回することになるとはこの時は知る由も無かった。




というわけでチュートリアル終了!



何回もデータぶっ飛んで書き直してるんですよ。


お気に入り5件突破!DANKE!

こうして欲しいとか、こんな話が見たいなんて人はリクエスト受け付けます!感想からおなしゃす!


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柱島泊地~考察~

 あまりにも長かった考察だったので思いっきり千切って考察話を作りました。
 描写等を少しだけ書き加えたので世界観を掴んでいって下さいね!
(愚痴になりますが自動車の路上教習は怖いですね。)


~府内 浴室~

 

 みんなが風呂に入った。

 僕は最後に風呂の湯を張りかえてどっぷりと浸かり今日起こったゴタゴタのことばかり考えた。

 

 まず、この鎮守府という職場のことだ。泊地か府はどうでもいいとして、政府が一般人を誘拐して軍人に仕立て上げるという蛮行はどう考えても筋が通らない。

 一年前と半年前に消えた知り合いと関係があるのだとしたらどうなのだろう。

 あいつらも誘拐されたとすれば…何処にいるのやら。まあ、誘拐されたと考えるなら証拠が足りない。関係の無いところに思考が逸れた。

 「はあ」

 溜め息一つ。

 体中の毒素が出ていくのを感じた。顔の下半分を湯に埋めて息を吐く。

 泡沫が目の前で舞い踊る。

 先程の思考から辿り着く答えとして…というより推測の領域だが政府は何らかの原因によって追い詰められているということだろうか。

 某国の大統領変更による外国人自衛官が0人という痛手のせいだろうか。

 それに伴う日本国の自衛戦力の事実上の消滅のせいだろうか。日本人自衛官が真っ先にリストラされその後に外人自衛官がごっそりと消えた。

 某国の大統領曰く使う資材やそれの調達資金の払えぬ国に我が国の戦力を割く必要性は皆無であるそうだ。

 つまり、節約という名目でケチったのである。

 ついでに言うと第二次世界大戦終結時に当時敗戦国だった日本に現在の憲法を提案したのが先の大統領の国家代表であるのにも関わらずに、だ。

 「どうなってんだかなぁ。」

 ぼやく。

 嘆きにも似たそれの返答はある筈がない。

──コンコン

 プラスチック製のドアが誰かに叩かれている音がする。

 少し驚くが平静を取り繕う。

 「司令官、タオル置いとくわ。」

 「ありがと。」

 叢雲だった。

 ほうっと一息つく。

 「どういたしまして。」

 「早く寝なさい。もう少し入ってるから」

 「はいはい、まったく。」

 また無愛想に返事をされる。

 さっきの顔のイメージがガラスが割れる音ともに崩れ去るのを心で感じた。 

 さて、落胆はおいておき更に考察していこう。

 資材の中でも著しく一般家庭に響いたのが燃料だ。

 一リットル当たり5000円という馬鹿げた価格のおかげで都市も田舎も自動車をとんと見かけなくなったのが誘拐される前に暮らしていた環境である。

 車に乗れば軽トラックだろうがスポーツカーだろうが石油王やら巨万の富の持ち主と名声を博す程だ。

 数千海里沖で起きる石油タンカー沈没事件も度々ニュースで報道される。

 もしかすると…そのまさかかもしれない。

 それ以上はいけない。

 思考のストッパーがかかった。

 話題を変えよう。おおよそ全容は掴めた気がする。

 

 次に挙げる事柄は艦娘という存在だ。

 街には女性と男性が均等にいた覚えがある。

 女性を拉致してまで兵役に就かせている訳ではなさそうだ。

 女性を洗脳して兵力に仕立て上げている訳では無さそうだ。

 艦というところから読み取ると昔の軍艦等をコードネームにして武器を持たせて戦わせると言った所なのだろうか。

 穏やかではないのが丸分かりだ。

 しかも同じコードネームを持つ娘が出る可能性も現時点では否めない。

 つまり、複製可能な人間を生成してるのだろうか。

 憶測でしかないため根拠はない。

 それと護衛艦の名前ではないことも分かる。

 風呂に入る前に提出してもらった個人資料には艦名しか記載されておらず、ここに来るまでの来歴も不明。

 艦名は漢字で書かれていることから現在の護衛艦由来ではないことは分かる。

 しかし、軍艦という存在を重視するとなると第二次世界大戦に由来することに相違ないだろう。詳しいことは資料があればどうにかなるんだが‥。

 資料を溜め込んでいる部屋でも探してみようと思う。

 

 最後に深海棲艦と呼ばれる敵戦力だ。

 叢雲と弥生の奮戦のおかげでこちらの損害は皆無。

 しかし、明らかにこちらを攻撃する意志がある以上敵でしかない。

 敵というにも許しを乞わせ見逃すという思慮深い手もある筈だが弥生も叢雲も沈めるの一点張り。

 となると、死闘をこれからも繰り広げることになる。

 こちらの娘達も死ぬことがあるのだろうか。

 勿論、殉職ということだ。

 考えたくはないが最悪のケースを考えることをしなければならないのが上司の勤め、というよりかは義務だろう。

 向こうと同じように沈む最期だろうか。

 それとも吐血しながら崩れ落ちて動かぬ肉になるのか。

 そう考えるととんでもないことを考え出す自分の心が許せなくなる。

 ともかく、深海棲艦は撃滅対象なことだけは理解できた。

 

 恐らくだがこの先政府の考えを掴める機会は必ず来る。

 だから今は、のんびりとどっしりと構えて楽しもう。 

 そう思いながら、湯けむり漂うタイルの上を歩いてスライド式のドアを開ける。

 畳まれた軍服に畳まれたタオルが脱衣室のドアの隅にあるかごの中に入っていた。

 叢雲の用意した白いふかふかのタオルに顔を埋める。

 「はあ、この先どうなるんだが。」

 溜め息を一つ二つと吐いてる内に着替えが終わって浴室から廊下に出た。湯気と海辺の環境もあって少し蒸し暑い。

 「司令官、早くしなさい。」

 「のわっ?!」

 ビックリした。

 何を隠そう水玉のパジャマを着た叢雲が月明かりに照らされウサギの耳のような二つの鉄の塊から赤い光を出しながら腕を組み壁にもたれかかって足を交差させて待っていたからだ。

 「何よ、もののけでも見た顔して。」

 「そんなことはないよ。」

 「ふんっ、どうだか。さっさと寝るわよ。みんな布団を敷いて寝てるから静かに入るのよ。アンタの分も敷いておいたから。」

 「仕事が早いなぁ。」

 「当たり前でしょ、新任の補佐は秘書艦である私の務め。この私に補佐をしてもらえることを誉れに思いなさい。」

 スゴく、腹立たしいです。

 そう思いながらも艤装の様なモノを注視していた。

 あることに気付かざるを得なかった。

 誉れに思えと言っているときに、目を開けるのが辛いほどの赤い光を発していたことだ。

 赤と直結する感情の怒りを表現していると思えるが、違う。

 誉れというのは早い話が名誉ということだ。

 つまり感謝して欲しいというのとではないかという仮説が出来る。

 では、誉めて欲しいというおねだりではないのだろうかと容易に結論付けてみた。

 そうっと彼女の頭に手を伸ばす。

 「叢雲は偉いなぁ。」

 包むように頭を撫でる。

 「ッ?!と、当然よ!」

 暗がりで顔は見えない。

 しかし、赤色灯のように赤く光りくるくる回るところを見るととても嬉しいのだろう。

 そう思うとなかなかどうして愛らしい。

 割れたガラスのイメージが元通りに直った。

 

 執務室についた時に叢雲の足に注目すると裸足だった。近いうちに皆にスリッパ履かせてあげようか。

 それはそれとして叢雲が忍び足で歩いていた。

 こちらも倣い裸足で忍び足で歩く。

 叢雲が合図した布団を見やる。

 僕は案の定、端に布団があった。変態ではございませんと言っていたのに酷いと思った。

 

 叢雲は僕の隣の布団。

 疑問が出てきた。

 「叢雲。」

 かなり声を抑えて叢雲を呼ぶ。

 「何よ。」

 「どうして隣に?」

 「アンタの監視。」

 暗い闇の中では叢雲の桃色の光が目に大変よろしくない。

 外せば良いのに…。

 彼女は疑問を持つこちらの顔に目もくれなかった。

 「そうか。」

 「ほら、寝なさい」

 「はいはい。」

 叢雲と反対側の壁側を向き布団にくるまり、寝る。

 すぐに心地のよい眠気に誘われ夢の世界へと入っていった。




 あと一話で序章が終わります。駆け足気味だったのでもっとペースダウンしながら、投稿は早足で頑張っていきます!


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柱島泊地~補給~

この話は「こんな風になってればなぁ~」という妄想で書きます。

タブレットの新機能も出します。

妙ちくりんなモノになるかもしれない。(今に始まったことじゃない。)


─翌朝─

 

~執務室~

 

 夏に差し掛かる時期に似合わない非常に心地の良い温かさが体を包んでいる。しかし、夢の時間は首筋の鋭い痛みで消え去った。

 「つっ?!」

 思わず声が出る。

 上半身を飛ぶ勢いで起こすと目の前には朝日が差し込んでいた。

 自分のポケットをまさぐり携帯を取り出すと午前6時30分といういつも通りの時間に起きていた。

 つくづく嫌になる。

 もっと寝ていたい。

 ふと、叢雲を見る。

 楽しい夢でも見てるのか笑っていた。

 弥生は寝ていた。

 子日も若葉もスヤスヤと寝ていた。大淀さんは枕元に眼鏡を置いて壁の方を向いて寝ていた。でも大淀さんの隣に一人誰かが寝ていたような布団がもう一つ。誰なのだろう。大淀さんみたくこの府の専属の人がもう一人いるかな。

 僕の悲鳴に誰も起きなかったのは幸いだが、こっちはどうしろというのか。いつもなら五度寝上等なのに二度寝すら出来る気がしない。

 何とか二度寝する方法を模索してみた。スマホをいじっても枕に顔を埋めても布団にくるまって小さくなっても先程までの心地の良い眠気は遠く彼方へ行ってしまった。一時間位眠気を呼ぼうとしたがそんなことは意味のない時間の流れと一緒に終わってしまった。物音が余程立っていたのかは分からない。けど、何かが原因で熟睡していた叢雲が起きた。ヨダレを垂らしているところから余程心地よかったのかが伺える。

 「うるさいわねぇ。」

 目をこすって不満げにこちらを見てくる。どことなく申し訳のない気がしてくる。

 「ごめんごめん。」

 叢雲はむくれてる。

 でも、しょうがないと思って欲しいところだ。なぜなら、本格的に私が寝たのはテッペン超して三十分のことだ。定時に起きても寝たくなるのは摂理だという都度を話すと

 「知らないわよ。んー…あふぅ。」

 知らないと一蹴される。伸びをした叢雲はむっくりと立ち上がると僕の手を掴んで

「艦隊総員起こしするわよ。」

 何だそれは。

「ほら、皆起こすの」

 意味は早く言ってくれ。

 寝起きは厳しい。

 "起こす"ということはつまりそういうことなのだろう。

 小さい頃によく親にやられたことをそのままやってみる。人としてやるべきではないが手っ取り早い。早さ優先でやることにした。

 「そおれ。」

 全員の布団を引き剥がす。

 「………おはよう司令官。」

 「眩しいぞ、だが悪くない」

 「おはよー。」

 「ハッ?!眼鏡眼鏡。」

 どうやら大淀さんは布団を剥がした時に眼鏡が吹っ飛んだようだ。枕元を見やると無い。ふと枕元に近い壁を見ると角に転がっていた。眼鏡のツルを持ち、手渡す。

 「はい、眼鏡。」

 「あっ、有り難うございます。」

 「どういたしまして。」

全員起きたと思って見回す。叢雲が若干むくれていた。嫉妬かな。朝から論理的に考えるなんて出来ない。直感でしか考えられない。

 

 流石に年頃の女の子の着替えをダイレクトに見ると変態扱いされるだろうと思って執務室から出る。朝から気を使うことに疲れを感じ溜め息を一つ。

 昨日は見ている余裕も無く観察できなかった廊下。踏めばギイギイ軋み、所々床が抜けそうな所もある。こういうところを改修しないのは政府の体たらくということにしよう、そうしよう。

 十分後に叢雲が出てきて、皆の着替えが終わったことを話してきた。心遣い感謝するとも言っていた。保身のためという言葉は喉で止めた。心に一物があると思われるとこちらも面倒だからだ。それにしても女子だらけの部屋に男の自分一人というなんともいかがわしいアトモスフィアが漂うが、それを自覚したのは執務室の戸口を開いた時だった。

 部屋に戻るとキチンと全員分の布団が畳んであって部屋の隅に置かれていた。それを僕がドアの開閉と通行の邪魔にならないように布団を廊下に置いた。まあ、特に何をしてもらう訳でもないから奥の方には特段用はない。だから塞がるところに布団を置いてもどうにもならないだろう。

 

 死活問題が一つ出てきてしまった。

 朝食をどうしようかということだ。

 「腹減った」

 「はいはい。私たちもよ」

 パジャマよりも制服の方が見慣れた光景に思える。それはそうだろう。叢雲は少し怒っていた。空腹によるモノだろう。

 「叢雲達皆の食事は?」

 「ああ!『補給』ですね!先日お渡ししたタブレットで艦娘の状態を一人一人モニタリングする事ができますよ!ついでに補給する資材も適量で資材庫から転送されます。」

 「つまり?」

 「その端末で提督業に必要なこと全てができます!」

家電量販店で聞いて用途が一般的ならバカ売れしそうだなとか思いながらもこちらも兵糧がなければ戦は出来ないと現実的な考えにもどる。

 「僕の食事は?」

 「それは、政府から支給されるみたいですね。冷蔵庫が搬入されているでしょう?」

言われてみて初めて気づく真新しい冷蔵庫。ホテルとかに備え付けてあるくらいの大きさだ。

部屋の窓側から見ると左端ぴったりと壁に接しているに冷蔵庫がこちらに扉を向けている。逆側にはマンホールくらいの穴があった。

 

 さて、タブレットはどうしたものか。大淀さんのワクワクしている様子を見て若干引きつつタブレットの電源ボタンを探す。こういうのは音量調節のボタンの真逆にあるのが通例であり、この端末も例に漏れず音量調節ボタンの反対側にあった。電源ボタンを軽く押すと、新品を感じさせるロック画面の立ち上がりの早さが見てとれた。自分の使っている端末に比べたらとか思うところで止めておこう。このスマホは何故かこちらが不快となるように動くことが多く、それは大体が僕がこのスマホに心中で毒づいた後に起こるからだ。腹立たしいことこの上無いが今は業務用の端末の操作をしよう。

 

「あっ、ロック番号がありまして」

──ピピッ!

「ん?何?」

「あっ、いえ。もう解除してらしたので説明は必要ないかと」

「何かゴメンね?」

 オーソドックスに0000と入力したら案の定解けてしまったパスワードロック。

 説明しようとしていた大淀さんには申し訳ないことをした。

 しかし、ここから先は全く分からない。

 説明をお願いしよう。

 なんせこの業務に特化した端末だ。

 素人には分かるはずがない。

 「では、改めて説明させて頂きます。」

 「宜しくね。」

 「まず、ホーム画面の左上にある艦隊運用のタイトルのアイコンをタップして下さい。」

「はいはい」

 タップすると画面は暗転。

 直ぐに青色を貴重とした背景が立ち上がる。

 画面左側に丸く区切られたところがある。観察していると女性、女の子達が武器を構えている画像が丸の中から少しはみ出している。

 少し違和感がある。

 集合写真にしては構図が明らかにおかしい。

 何故そっぽを向いたり真正面を半身で見据えたりしているのだろう。

 きっと、個人写真をいじって合成した結果がこうなっていたのだろう。

 まあ、左側なんて気にしてはいられない。

 右側のがおかしいと思う。なぜ艦隊運用のタイトルのアイコンと同じ『艦これ』のロゴが使われているのか。

 我ながら突っ込むのが遅すぎたとおもう。

 いつも、タイトルしか見ずにアプリを起動してしまう癖があってアイコンのイラストを見ていなかったからだ。

 「大淀さん?」

 「何でしょう?」

 「『艦これ』とは?」

 「『艦隊これくしょん』の略称です。」

 「そうじゃなくて、何て言うんだろう」

 言葉が出ない。この人命を軽んじたネーミングが許せないがそれをどうも短い熟語で済ませるにはどのような言葉が適切なのか……。

 「これは政府の考案したものです。」

 「うむぅ。まあ、艦隊の方は分かるよ。これくしょんの方は何なの?」

 「それは…」

 「それは?」

 「……」

 「……」

 「トップシークレットなんでしょう」

 「あ、突っ込んじゃいけないとこなのね」

 まあ、政府にカチ込みかけられるなら早い内にシめとこう。問いたださねばならない事案が多い。ついつい要らない正義感に燃える自分にどうも嫌悪感がする。兎に角、目先の事案を済まさねば今は何も始まらない。どうしてこうも脳内での話の筋がめちゃくちゃなのだろう。ノイローゼなのだろうか。まあ、昔のことを振り返って憂鬱な雰囲気を作るのは駄目だ。飯だ飯。

 

 艦これのロゴの下にある『GAME START』のアイコンに目をやる。

 政府は人命を何と思っているのだろう。

 しかし、言及しても何も始まらない。一般人に見られたときのカモフラージュと考えておこう。

 「そのアイコンをタップして下さい。タップすると位置と現在所属している艦娘と時空座標から政府のサーバと同期が始まるので少々お待ちください。」

 「大淀さん?」

 「何でしょう」

 「時空座標って言った?」

 「ええ」

 「えーっと。」

 「難しく説明します?簡単に説明します?」

 「吐き気を催すほど簡単に」

 「かしこまりました。この鎮守府に来てから同業の方とこの泊地内で会ったことはないですよね?」

 「うん」

 「それは、提督全員が僅かながらに違う時空座標に所属しているからです。」

 「つまりは、パラレルワールドで各個部隊で深海棲艦を絶滅させなければならないということかな?」

 口走っている妄言に思わず手が震える。非現実的なのもそうだが、誰一人提督側としての味方がいないのは寂しいとかの言葉では収まりがつかない。

 「そういうことです。」

 しかもあっさりと肯定されると困る。

 「ええー?!!!」

 オーバーに驚いたその実、僕は結構げんなりしてる。まあ、弥生と叢雲にご飯食べさせたらこっちも食べようと思う。レディファースト、というやつだ。語源こそアレだが今は女子を優先して動かねば。飯の前にさっさとタブレットの機能を覚えなければ。

 

<認証終了>

<コードネームの設定>

電子音が文字の出現するタイミングと合わせて鳴る。ゲームでよくあるアレと同じだ。

 

コードネームはまあ、『資本論』の筆者の名前をもじろう。最近のスマホと同じで少し押してスライドすれば文字を入力出来るので手間がかからなくて良い。いわゆる、フリック入力。パソコンとかのキーボード配列だと少し苦手としている僕には有り難かった。

<コードネーム・設定完了>

<以後、変更は出来ません>

 まともな名前にしておいて良かった。

 

 そして、軍艦だか漁船だかがプカプカ浮いている画面に写る。左下を見ると『NOW LOADING』の文字。起動中らしい。船が消えると既視感がある水色の髪の少女が画面にいた。あの小生意気な艦娘に酷似していたのでタブレットから視線を外して見ると不思議そうな目でこちらを見ていた。僕と目が合うとつっけんどんに「何よ」と言ってきた。もうスルーで良いかな。現実の叢雲は無愛想に振る舞った。タブレットの中の叢雲の方は片足で立っていてどこか高圧的な雰囲気を醸し出している風に見えた。こちらも生意気そうだ。

「あら、秘書艦は叢雲さんでしたか。」

「そうだよ。それがどうかした?」

「現実の秘書艦を変えるとタブレットのアプリ上の秘書艦も変わりますよ。」

「へー」

「人によりますけど面白いことをタブレットの方で喋ってくれる人もいますよ」

「そうなんだ。じゃあ、試しにこっちの叢雲で。」

「でしたら彼女の立ち絵のどこかをタップして下さい。」

「OK」

肩の部分に触れてみる。

《アンタ……酸素魚雷を食らわせるわよ!》

 全くもって無愛想だなあこの娘。少しため息をつく。

「て、提督。皆最初の内は距離を置くものじゃないですか!」

大淀さんが慌ててフォローに入る。

「そういうものかねぇ」

「そ、そうですよ!ねえ!叢雲さん!」

大淀さんが叢雲の方を見る。話を振られずに突っ立っていた叢雲はビクッとした。だが、直ぐ様平静を取り繕った。

「そ、そうよ!」

大体急に話を振られるとyesと言いたくなるのが常だろうとか勝手に思っておく。

 

 叢雲の小生意気な立ち絵の横に梅鉢の様な形で六つのアイコンがあった。梅鉢と違うのは真ん中の円が他よりも二回りくらい大きいことくらい。それぞれの円には歯車をモチーフにしているのかそれの歯をあしらってある。外周にあたる五つの円はそれぞれ左回りから編成、補給、入渠、工廠、改装と書かれていた。真ん中の大きい円には出撃と書いてある。恐らく、主な行動がこの六つなのだろう。上の方にはなにやら小さい文字で書かれている。よく見ると、戦績表示、薄く友軍艦隊、図鑑表示、アイテム、模様替え、任務(クエスト)と書かれていた。こちらも六。ただ、入力の判定が無いのが一つあったので実質五。タブレットにも新しい職場にも慣れなければならないのでいろいろ観察しておくに越したことはない。

 先程の説明の中で出てきた補給のボタンをタップすると、横に長いバーが表示されていて、一番上には小生意気な奴の小生意気な立ち絵の切り抜き。

 その下には凛とした出で立ちの弥生の切り抜きがあった。

 切り抜きの方から右に視線をずらすと弾薬みたいなアイコンがついたケータイの電波の強度ゲージみたいなのがあった。

 

 もう少し右にずらすと緑色のドラム缶のアイコンがついたそれがあった。1と書かれた旗のマークが水色になっている。

 横には2、3、4と並んでいた。

 後々理解すればいいと思ったのでスルー。

 1の脇にあるチェックボックスをタップすると叢雲と弥生の脇にあるチェックボックスにチェックが入った。

 弾3燃4と表示された。そのまま、右下にある『補給』ボタンを押す。

 <搬入しています>の表示。

 勝手にやってくれる訳ではないようだ。

 

 「大淀さん?」

 「えーっと、労うなら直接という事でしょう!」

 スゴく胡散臭かった。

 述べるなら述べるなりの根拠が欲しい。

 中途半端に最新設備なのは困る。

 中途半端な親切設計も要らない。

 せめてもう少し寄せて欲しい。

 古くても新しくてもどっちでもいいから寄せて欲しい。

 そんなことを思っていると

_ガシャン!

 古い機械を無理矢理動かしたのだろうか。

 壊れてもおかしくない挙動を見せた。

 しかも、油がさされてないのがよく分かるくらいに軋む音がうるさく聞くにたえない。

 

 マンホール位の穴が開いたと思ったら帰ってきて穴が塞がった。開いた時と帰ってきた時の違いは小さな弾薬みたいなものと小さい小さい小さい緑色のドラム缶が乗っているくらい。

 

 手に取った。床の木目と合うようになっているのは面白いと同時に関心する。ただ、動作音がたまらなく五月蝿い。ダメ元でお願いしてみよう。

 「大淀さん」

 「はい。」

 「もう少し良くなる様に改造頼めない?」

 「承知しました。」

ニコニコとこちらを見ている大淀さん。任せておけと言わんばかりの自信が彼女の視線を通して伝わる。その笑顔をもう少し見て心を探ろうとしようとした。

 「アンタ!早く寄越しなさい。」

 「ん?ああ今渡す。」

 しかし、小娘の催促に阻まれた。

 瞬間、直視するのがしんどい光が手から出る。目を逸らして光が収まった。恐る恐る手を見ると、ドラム缶が缶ジュースに弾がクロワッサンになっていた。物理的にアリ?

「大淀さん、何回も悪いんだけどこれはどういうこと?」

「提督が艦娘に補給するときに資材量に応じて見合った料理に変換できる能力です。提督がここにいる限りは使えますよ。」

不思議というかなんというか。この服が高性能端末という解釈の方が今のところ分かりやすい。

「でも、僕は食べられない。」

そうなのだ。元が燃料や弾薬なら人間である僕が食べられる訳が無いのだ。しかし、彼女達も人間なのだから食べられない筈だと思った。そんなことを考えるのは無駄だった。

叢雲に手渡しする。と、頬を赤らめて。

「貰っておくわ」

 おおっと?!!!ツンデレさんかな?!デレたとこもお兄さんみたいん!小癪な小娘めしごいたる。

 脳内が一瞬パニックを起こしたがクールダウン、クールダウン。弥生にも同じように資材を渡す。湯飲みの緑茶と三色団子だった。

「…………もらっちゃって、いいの?」

嬉しそうにはむはむと小さな口で頬張る二人をみて心が和む。政府は何故出撃させるのだろう。させなきゃいいのに。自分が提督業を放棄するのもアリかもしれない。でも、提督だからこそ保護する義務から逃げる訳にもいかないし…………。逃げるという単語が出てくる時点で現実を飲み込めきれてない自分と弱い自分にそれぞれ嫌悪感がした。

 微妙な自己嫌悪に襲われ項垂れていると、大淀さんの声。

 「あっ、提督お伝えするのを忘れていました。ご自身の携帯端末持ってますか?」

 「これ?」

 朝方いじっていてタスクを切らずに放っておいて温かくなっている自分のスマホをとりだす。

 「実は、このタブレット。同期させればお知り合いの提督にタブレットを介して情報共有ができますよ!」

 「電話とかそういうの?」

 「はい!ついでにマルチ機能で三人の方と同時に通話可能です!」

 気のせいなのだろうか、大淀さんは機械の事になると微妙にイキイキしているかもしれない。

 好きな物の話になると人は興奮する。

 僕もそーなる。

 「そうなのか。でも、暫くはゆっくりしたいから情報は後でお願いするよ。」

 「わかりました。」

 微妙にトーンが下がった。試して欲しかったのだろうか。

 

 タブレットに視線を移すと上の方に何か書いてあった、というより映っていた。

【艦隊司令部level5 Maruks】

 丁寧に入力されている。

 司令部レベルとは何だろう。

 今の僕には知るべき事なのか否か。

 まあ、良いだろう。

 1900/2010/1980/1800といった数字が表記されていた。

 資材と表記されているが、そもそもこの資材はなんだ。

 何を表現しているのか見当もついていなければ話すら聞いていないではないか。

 追々まとめて聞いていくとしよう。

 他のマークに気を留める前に執務室のドアを開き散歩にでかけた。

 タブレットを持ち逃げするような不届き者はいるまいと思いつつ、パスワードをどうしたら良いのだろうと考えながら部屋を出た。




 うp主の提督名そのままです。
(叢雲ファンの皆様に今更ながら一言。最初こそ私の中での印象は最悪でした。最初は。今は好きです。likeじゃなくてloveです。変態化しましたw)


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戦艦と猫とその他諸々

時間が飛びますが覚えてないとかそんなことではないです。多分。

 作者の引きは現実の運とは反比例してるので『ふざけんな死ね』とか言われると本当に困ります。(リア友に言われた言葉なんで辟易としてます)
 本編へ、どうぞ。


~執務室~

 

 触れたことどころか見たことすらない軍服に袖を通してみる。

 かしこまって『私達』なんて言ってみると変に聞こえる。

 実際は、田舎の小学校の一クラスの風景に酷似していると感じるのが正直なところだ。

 実はここ数日は何もしていない。

 資材は政府から分単位で微々たるものだが送付されるらしく、一日仕事をしないだけでかなり資材が貯まる。

 何も無い執務室に胡座をかいているのも退屈極まりないため何か置こうとした。

 結果、パイプ椅子と安物の長机を運び入れるに至った。

 ボロボロのパイプ椅子だが一応座れる。

 年季が入っているためギイギイ椅子が軋むのはしょうがないことだと思いながら、ギイギイ鳴らしているとどこか懐かしい気がしてきてポーッとしてくる。

 そうすると目の前の木の模様がぼんやりとして、いつの間にか目の前がぼんやりと部屋という概念が抽象化されて発散せず、収束もしないいい加減さにうっとりとして現実と幻覚の二重写しが出来てきた。

 しかし、桃源郷はクラス一生意気な小娘によって壊された。

 「司令官!」

 バンと机を叩き、身を乗り出す叢雲。

 ぼんやりとした感覚が急に境界を取り戻し現実というベクトルに戻りつつあった。

 イラッときたが年上だから我慢する。

 「叢雲か、どうした。」

 「今日の建造はどうするの?」

 何かと思えばデイリー任務消化の催促だった。

 後回しでいいじゃないかと思う。

 「うーん……MAXで。」

 どうやら黄昏た後や寝起き後は極論になりやすい自分は幼い頃から全く変わってなくてようでそことなく少しイライラする。

 「ついに博打に出るようになったわね。」

 呆れられてまたイラッとしたが博打というのは的を射てるため仕方無い。

 

 ここで、あまり関係無いことを思い出した。

 トイレから戻って執務室に入ると何故か仲良く寝ている皆がいなくて変わりにいたのはどこから入ってきたのか分からない猫とこれまたどこから入ってきたのか分からない幼い女の子がいた。

 どうやら猫を捕まえたい様でさっきから執拗に追いかけ回している。

 しかし、こちらはこの子が猫を追いかける詳しい理由はよく分からない。 

 そこで猫を捕まえて女の子に渡すとペコリと一礼し猫を抱いたまま出ていった。

 気になって執務室から出て様子を見るとトテトテと廊下の奥に行ってしまった。

 

 何だったんだと思いながらも執務室に入り直すと皆がスヤスヤと寝ていた。

 どうなっているのか一向に分からなかった。

 入る部屋を間違えたのだろうと思うことにした。

 改めて司令室に忍び足で入って部屋を見る。

 狭い部屋に七人分の布団を敷くとなると一人分のスペースにゆとりがなくかなり狭い。

 段ボールがスペースを取っているのが原因かもしれない。

 そんなことを考えてると先日の建造でこちらに来た那珂が元気よくガバッと起きた。

 両脇の叢雲と弥生が少し顔をしかめていた。

 誰が誰の隣になるかとかを真っ先に決めた方が良いかもしれない。

 「プロデューサー!おっはよおー!」

 「那珂ちゃん?他の子が起きちゃうでしょう?」

 「アイドルの朝は早いのっ!」

 朝からこの声量で起こされる子が不憫でならないからだ。

 先日、通信用にもらった大淀さんとの無線機に呼び出し音が鳴る。

 ヘッドセットと言われるあの装置だ。スイッチを入れて声を極力絞る。

 『提督、先行して作成していた例の部屋が出来ました。』

 「グッジョブ。防音とかは大丈夫?」

 『大丈夫です。』

 「有り難く使わせてもらうよ。切るね。」

 『はい。』

 この機械も中古でガタがきてるのかノイズが時たま混じる。中古を各鎮守府に配布してるとすれば酷い職場なのは間違いない。

 政府に毒づく前に目の前の事に集中せねばならない那珂の事案に目を向ける。

 「提督?何をブツブツ喋ってるの?」     

 「那珂ちゃん、こっちおいで。」

 「スマイルが大事だよぉ、スマイルスマイルぅキャハッ!ってプロデューサー?顔が笑ってないよ?怖いよ?そんなに強く手を引かないで?!ごめんなさいごめんなさい!!そんなに怒らないでよ?!元気よく挨拶するのがそんなにイケナイことなの?!なにここ?!!暗いよっ?!!!あっ!?那珂ちゃんに乱暴する気でしょ?!エ」

 那珂の手を引き執務室の対面の部屋のドアを開けて、鍵を閉めた。

 どうやら穏やかではない顔を僕はしていたらしいがこの際どうでも良いことだ。

 確かにこの部屋は暗い。

 しょうがないことだ。明かりをつけて那珂と目を合わせた。

「再教育の時間だよ?那珂ちゃん」

「いやあああああああ?!!!!」

 

 数分間経ち、口からエクストプラズム的なアトモスフィアの物を口から出して気絶している那珂を置いて執務室のドアを開けると皆が寝惚けながらも起きていた。

 人数と名前を照らし合わせていると、子日がいなかった。

 朧気ながらに記憶を辿ると着任したときに叢雲に艤装を渡して僕自ら子日の艤装を叢雲の艤装に錬成したんだ。そのまま子日だった子は政府に連絡し引き取ってもらったという事実に行き当たった。

 彼女は普通の人間として名前を変えてまたどこかで暮らすらしい。

 大淀さん曰くこれが『近代化改修』らしい。 

 

 僕を含めた全員の着替えが済んだところで冒頭の場面に戻る。

 全ての資材を一回の建造に注ぎ込んだ。建造時間はタブレットに表示されるので便利だ。

 叢雲がトランシーバーを持って建造の係に指示をとばす。

高速建造材をスタンバイさせておいてとも指示をしているのが聞こえた。

 タブレットの「工廠」のバーから工場をモチーフにした枠を見ると建造完了まであと四時間の表示が出た。

 叢雲が見せてとせがんで来たが変なの引いたらとやかく言われるから見せないでおいた。

 ポコポコと胸を叩いてくるが全く痛くない。

 むしろ微笑ましさすら感じられるくらい。

 工廠の係がバーナーを使ったのか建造完了までの時間がみるみる減っていって全てが零になった。

 連動してるのはスゴいと小学生並の感想が出る。

 

 

 「…ゥゥゥううう!」ギシギシギシギシギシギシ

 新任の娘が走っているのか床の節々が断続的に大きな悲鳴をあげていた。

 どんどん部屋に近づいてくるのはサイレンかと一瞬思ったくらいけたたましかった。

 ドップラー効果ってこんな感じなのだろうかなどと益体もないことを思っているとドアが勢いよく開く。

 ドアノブが壁にめり込んだ。

 冷蔵庫の側面に寄りかかっていた響は自分の眼前にドアノブがめり込んだ現場があったので目を見開いて放心してしまっていた。

 そんな些細なことは知らないと言わんばかりに僕の前に来た女性。

 特徴的なのは髪やら服やらに留まるところを知らずに存在自体が特徴的だった。

 髪は綺麗な茶髪。

 後ろ髪の横に某ドーナツ店の某ドーナツを彷彿とさせる形状で髪を結わえている。

 後ろ髪だけでいうならニスを塗った木の板にドーナツを張り付けた感じとでも言おうか。

 例えるのにセンスがないのは分かっているがここまで酷いと笑えてくる。

 服は巫女服を彷彿とさせる服だが肩から手にかけての間に布で出来たヒラヒラとした何かがある。いわゆる振り袖だろう。

 上半身の格好が特徴的だっただけで下は丈の短いスカートで黒のチェックのスカートを履いているだけだ。

 ソックスは膝を少し超すくらいの長さで靴はそこまで高くないヒールを履いていた。

 ヒールの高さも加味されてか僕の身長とたいして変わらなかった。

 一瞬見てそれくらいしか分からなかった。

 性格などはもう少し話してみてからでないと分からない。

 茶髪の女性は素早く敬礼をするなり口を開いた。

 「英国ヴィッカーズ社で建造された金剛デース!ヨロシクオネガイシマース!」

 「えっ、あっ?うん、宜しく」

 彼女の発言で思考が一瞬止まった。

 待て、整理してみよう。

 いわゆるイギリスの艦なのだろうか。

 片言の日本語を話していることからの推測なのだが…。

 強さを推定しようとしたがこの府内では艤装を外してもらっているため判断材料が少ない。

 それに付随する艦種を推測するのも置いておいてだ。

 どのよう性格なのかを知ろうとこちらが話しかけようとする前に金剛と名乗る女性は数フレームで飛び付いてきた。

 「提督ぅ!カッコイイデース!」

 「のわっ!?」

 本能が働いたのかなんなのかは分からないがゼロフレームで床に滑り込んでいた。

 「What?!」

 金剛がガラスに突っ込んだのかガラスが割れる音がした。

 背中にガラスの破片がパラパラと落ちてきてくすぐったい。

 府内の空気が止まったというのが正しいのだろうと思うような余裕があるくらいに長い静けさが後を引いた。




提督LOVE勢筆頭が来ましたね。うちの鎮守府では六番目に来た艦娘で最初に来た戦艦です。
まあ、序盤にここまで資財を溶かそうとした提督は私ぐらいでしょう。

それでは、さよならさよなら。
さらっと白状すると始めた当時は放置サイコーとか言って放置してたので資材は貯まるは貯まるはでウハウハでした。
周回サボって後で苦しんだのは言うまでもないですがね。


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空母はいないけど突き進めッ!

 始めたての頃の記憶を辿りながら書いていきます。
 『ん?』と思ったところがあったら感想の欄にお願いします。


~執務室~

 

 

 一瞬の喧騒から想像もつかないような静けさが辺りを満たす。手を床について立ち上がると叢雲がやけに高圧的に見える態度をしながら二、三回手拍子を打った。

 「何さ?」

 青筋が出そうになったが我慢して対応する。

 口調がぶっきらぼうなのは仕方ないことにしてほしいところだ。

 質問を受けた叢雲は右手を腰に当て左手で割れた窓を指した。

 「今のを避けられた提督って貴方だけらしいわよ」

 叢雲の言い方にイラッとしたがここは年上として落ち着こう。

 というか僕が年上じゃなかったらキレるという論法が癖になってはいないだろうかと思うがカリカリしたところで良いことはない。

 逆に考えるんだ。クールにいってもいいさ、と。

 「今のダイビングプレス?」

 「初見殺しの技らしいわね。素質あるわよアンタ。」

 「何のだい?」

 「司令官のよ。先見の明があるって言うのは轟沈のリスクを回避できるって言えるわ。まっ、せいぜい頑張りなさい。」

 「…いまいち誉められている感じがしない」

 「感謝なさい、この叢雲が賛美しているのよ?」

 「そうかい。」

 やってしまったと自分を呵責するには後の祭り。

 こちらもあちらも人間なのだからたまるものがある。

 流石にこれには叢雲も腹を立てたのか少し顔に怒気を浮かべた。

 「何よその態度!」

 ここで頭をクールダウン。

 簡単に叢雲にこちらの気心を知ってもらうにはどうすれば良いのだろうか。

 思いついたのが誘導だった。

 「素直に話さない子とお話したくはないよ。」

 「フン、別に良いわ。それで?」

 プイッとそっぽを向いて反抗する叢雲。

 何も言わずにただ黙ったまま叢雲を見る。

 僕はただ腕を組んで肩幅に足を開いて立つ。

 チラチラとこちらを見る度に叢雲の顔がどんどん青ざめていってるような気がした。

 僕はそこまで怖い顔をしているのだろうか。響と弥生が抱き合ってガタガタ震えているのだが…。

 「…………」

 じっと叢雲を見ていると彼女は口を開いた。

 「ごめんなさい。」

 「わかればよろしい。」

 にっこりと笑って叢雲の頭を撫でる。

 嬉しそうな顔をしていた。

 笑顔にしていれば可愛いのにと思ってしまう。

 ガタガタ震えてた二人もほっと胸を撫で下ろして適当なところでくつろいでいた。

 

 解決したところで通常営業を再開しよう。

 「さて、仕事しようか。」

 「えーっと、次は開発ね、資材は?」

 「最低値。」

 無線を取り外してオーダーをする叢雲。

 よく見てみると、というよりかはパッと見て分かる話だが叢雲が使っている無線機の固定具が叢雲の肩の位置と同じで僕が取るときは屈まないと取れない。

 何が言いたいかというと駆逐艦クラスの子が扱うと丁度いい位置にあるのだ。

 「最低値のオーダー、宜しく。」

 疑問が出た。『開発とやらも高速開発材なる物が存在するのだろうか』ということ。

 その都度を話し、聞いてみると存在しないそうだ。

 そもそも開発自体がすぐに終わるそうだ。

 

 叢雲がオーダーして二、三分経過した頃だろうか。

 ドアから妙な音がするのが聞こえた。

 まるで猫がドアを引っ掻いているような音がする。

 周りの皆がいるところから考えると本当に猫の出現というわけではないようだ。 

 「響、開けて。」

 「ハラショー。」

 冷蔵庫にもたれ掛かっていた響に開けるように頼んだ。

 彼女がドアノブを回して開いた扉をチラリと見やると誰もいない。

 叢雲がドアの近くでしゃがむと段ボール箱が独りでにガタガタと動いた。

 ビックリして飛ぶような勢いで立ち上がると小人が段ボールを渡していた。

 叢雲の膝くらいの背丈の何かしらだった。

 コンセントのプラグのような目をしていた。

 小人は足早に執務室から出ていった。

 童話の話に頭がいきかけたがどうにかもち直す。

 混乱しているのが正直なところだ。

 そもそもなのだが、開発の概要そのものがわからないのだ。

 その混乱を察したのか叢雲が喋り始めた。

 「そうそう、開発は私達の使う武器……言わば『艤装』を造る為の手段よ。艦娘の強化の為には建造と開発が重要なのよ。覚えて。」

 「う、うん。それで何が出来たの?」

 「ふふふ…アンタの引きもここまでみたいね。」

 「?」

 「はい!」ドサッ!

 目の前に置かれた段ボールを覗くと、涙のアップリケが付いたペンギンのぬいぐるみと毛玉が入っていた

 唖然としていると叢雲の癪に障る笑い声が聞こえた。

 府内の敵としての認識が強くなる一方だ。

 「うふふ、本当に酷いわね」

 「僕にさっきの顔もう一度させるつもり?」

 「止めて頂戴!」

 本気のトーンになりかけたのを聞いた叢雲が怯えた。

 「僕はそんな顔してないよねェ?那珂ちゃん?」

 「ひゃッ…ひゃいい!」

 声が裏返っているのがよく分かる。

 そんなに怖かっただろうかあの顔。

 「何にしろ遠慮しとくわ。」

 暫く緊張した静寂の糸が張り巡らされる。

 張った本人が糸を切った。

 「じゃあ建造、all500。バーナーね。」

 「はいはい、聞こえたでしょ?早くお願いね。」

 小人はどこから出したのか分からない可愛らしい音をしながら出して工廠に向かう。

 僅か一分も経たない間に床が軋んだ。

 改修工事が必要かと思うと色々困る。

 「重巡鳥海、着任しました!」

 要するに、艦種ってアレの大きさで決まるのだろうか。

 何とは言わない。

 保身の為に。

 というかセクハラだから言ったら終わる。

 取り合えず編成を考えておこう。

 無線機を府内放送に切り替え全員に召集をかける。

 

 全くの余談になるが窓から入室しようとした金剛を顔面鷲掴みで止めて部屋に入るように促したのだ。 

 「…………何だっけ。」

 「HEY!提督ぅ!私がフラッグシップでいいと思うデース!」

 いきなり編成の話を始めた金剛に困ったが、そもそも召集をかけたのはそれの話をするためだったため話を続けることにした。

 「金剛旗艦ってことで宜しく頼む。」

 「oh!Thank Youデース!」

 「叢雲随伴!」

 「悪くないわ」

 「残りは鳥海さんに那珂に若葉に響にする。宜しく頼むよ。」

 『はい!』

 「…………私は?」

「弥生は暫くお留守番。大淀さん。頼むよ」

 『了解しました。』

 この一言ですぐに戦闘に移ろうとした一行をなだめ、府内の施設紹介を兼ねたオリエンテーリングを開催したのはまた別の話にしておく。

 僕自身も全貌を把握してなかったためにオリエンテーリングどころか僕の全くの私情だったのは言うまでもない。




ここからは引きは多少引きが悪いです。
金剛さんの今?
ケッコン寸前です。


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哨戒終了のお知らせ

皆さん、おひさです。

ここで作者よりお知らせです。次回はブラック鎮守府の方か戒めにしたい方のみご覧下さい。今日で悲劇の役者が揃います。


~執務室~

 

「司令官!」ダン!

「うおう?!毎度毎度寝てる耳元で机を叩かないで!」

「…………弥生も少し怒ってます」

『誰に(デース)?!』

 

僕と叢雲と金剛が同時に弥生に突っ込む。

静かな子程怒ると怖いのは知ってる。小学校時代、自分が実際そうだったからだ。

 

アレから龍田さん、神通さんという軽巡クラスの人が来た。

龍田さんはおっとりしているようでサディストらしいことを言っていることが外見と段違いで怖い。

 神通さんは服装で気になって聞いてみたところ那珂ちゃんのお姉さんらしい。二番艦と言っていたところを聞くと彼女は次女という解釈でいいかも…………。ここで疑問が浮かぶ。那珂ちゃんは末っ子らしい。なら、長女は?

 

 そんなことを考えていると金剛さんが僕の肩をポンポンと叩いて呼んでいた。

「Hey提督、そろそろ行くネー」

「んあ?うん…………金剛さんどこ行くの?」

「私を初めて連れて行ってくれたところの次デース!」

「ん…」

 

1-4に行くらしい。南西諸島防衛線という名称。地理に疎い為南西諸島と聞いても何処だかが分からないが言葉の響きから食い止めているようなニュアンス。防衛線の前進が目的だろうか。とにかく、行ってみないことには埒は開かないし開けられもしない。タブレットを操作して転送装置を起動させ、行き先を指定する。

 

プー、プー、プー…

聴力検査の低いビープ音が耳に付けている小型無線機から鳴る。

 

「大淀さん?」

『そうです。提督、ある意味での警告です。』

「どういうこと?」

『皆さんに説明しておきたいので提督のマイクを放送の回線に切り替えて下さいませんか?』

「分かった」

 つい最近分かったことで、この無線機はスピーカーフォンにすることが可能らしい。早速、スピーカーフォンに切り換える。

 

『皆さん、お聞き下さい。今から行こうとする海域は新任の提督達から鬼門と呼ばれている海域です。気を引き締めて下さい!まだ見たことのない敵艦種が出現する恐れがあります。厳重警戒をお願いします!』

 プツリ。

 最近、改修を頼んで無線機のノイズを消してもらった。いい仕事してることがよく分かるくらいにノイズは消えていた。

「さて、面子を発表する。旗艦は金剛、随伴、叢雲、鳥海、龍田、神通、那珂!」

 面子は艦種のバランスをよくしようとして組んだ。

『了解!』

 唱和した声が綺麗に響く。

 

 

 

~南西諸島防衛最終海域~

 

 少量の弾薬を叢雲が拾い、敵と一戦交わる。

「ここまでの損傷は軽微。行ける」

金剛さんの頭に揺られながらススを被った叢雲を見て不安な顔をしていると思う。

むしろ連戦でここまでよく軽い傷で済んでいると思う。

 

「ヘーイ提督ゥ!羅針盤を回しなYO!」

「毎回思うけどそうゆう道具じゃないよね?!」

「What?」

「…もういいや」

 

タブレットが来てから主力艦隊かどうかの判別がつくようになった。

 

「タリホー!」

「金剛、せめて『視認した』で良いと思うけど?」

「oh…」

「まあいいや。金剛も可愛いよ。」

「+$%∞₩?!」 

「そこのバカップルさん、色恋も良いけど敵も見たら?」

「叢雲、バカップルって言わないの…………ッ?!」

「What?提督、どうしたんデース?」

 

 敵を見ると見たことない奴が得体の知れないモノを飛ばしてきた。さらに驚く事にミサイルの様な爆弾を金剛に落としてきた。幸い、金剛は手を振り抜いて爆弾を粉砕。

 

「きゃあ?!」

「叢雲?!」

 

しかし、叢雲は被弾した。しかも、装甲を貫き大破した。

 

「総員に命ず!一匹残らず駆逐せよ!」

 

 

 

結果、夜戦にもつれこみ旗艦の空母を撃破。

昼戦では他の艦船は轟沈させていた。

 

とりあえず帰投は出来たが…………

 

「見ないでよ司令官!」ベチン!

「ヘブゥ?!」

 

服が破けているのを見ると叩かれた。少女にはあまり興味は無いんだが…………。

 

解せぬ。




まあ、南西諸島海域に移りますね。次は悲劇の回です。ここから俺氏提督こと丸の懺悔と復帰の回になります。金剛さんが来たのが慢心の原因ですね。

それではそれでは、さよーなら。


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~轟沈_Lost~

お久し振りです。

突然ですがタイトル警告はしました。
この回は作者がかなり焦っていた時期の慢心による事故とでも言いましょうか……後述に託します。とにかく、自分でケジメとしてこの話を書きます。


提督の方々はこの様な稀有なケースが起こりうるということを思慮に入れて嫁艦の育成に励んで下さい。

2017年1月19日より追記。
 同じようなことが最近着任した知人にも起こりました。人柱島ですね(半ギレ)


~柱島泊地~

 

──通信室

 

 「大淀さん、話があるの」

 「……そのぉ、取りあえず尾行で部屋の割り出しは止めて下さい。心臓が止まりそうになりました」

 「ごめん、すぐに聞きたかったから」

 好奇心で体が勝手に動いた。正直、軍師に知恵者は必要とされる戦において僕はへっぽこの軍師に相当する。

 ならば知恵者は大淀さんしかいないだろうと思い先程大淀さんが言った尾行だ。

 「…わかりました。それで」

 「先の戦闘においての新艦種の事なんだけど」

 正直に言うと船なんて文明の領域ではなく怨念が具現化した異形の化物というのがこちらの印象だが、あくまで敵対行為を働くのをみすみす船という言葉で片付けずに艦というのが適当だろう。

 正直、足りない情報は状況証拠でロジックを組み立てて補填しなければならないというのが現状であるためあっているかどうかが定かではない。

 早い話が船か艦だかは知らないが敵対する浮遊物がゆえに艦と呼称することにしたというだけだ。

 「軽空母ヌ級、ですね……。」

 「名前なんてあるの?」

 名前が付けられてるとは思わなかった。

 ただ艦種は分かる。が、"ヌ"は一体どこから出てきたのかが引っ掛かった。

 「そこから説明する必要がありましたね、こちらの説明不足です。すいません。」

 「いいんです。それで?」

 「政府は日本国の貿易の邪魔をする深海棲艦を艦種と強弱に合わせていろは歌にて区別をつけています。」

 なぜいろは歌なのかを聞きたい。

 でも、興味を持つのはそこではないと自制し話を聞く。

 「強さの序列は?」

 「艦種ごとに決まっていますが基本的に『艦種中、後に出る文字』になるにつれて強くなります。例を挙げるとするなら駆逐イ、ロ、ハ級がいます。能力が高いのはハ級です。ただ軽空母はヌ級しかいません」

「…ありがとう。」

少し飲み込めないこともあるが質問したことは大体分かったため一礼して部屋を立ち去った。

 

 

──執務室

 

 

「司令官、今日も開発・建造をしていくわよ。」

 叢雲の一言で寝惚けていた瞳をシパシパさせる。

 昼下がりというのは眠くなるものだろうと心の中で言い訳していた。

 

 最近、タブレットでオーダーが出せる機能を見つけたのでとても便利である。デイリーの建造三回おわったあたりでハッとする。

 建造が終るとタブレットの電子音が一、二回鳴って知らせてくれる仕組みで今日もそれのお陰で意識を戻した。最近作業染みてきてこの操作中はよくボーッとしている。

 デスクの正面をみると金剛が頬杖をついてこちらをはにかみながら見ていた。この娘は何をしたいのだろうとぼんやり見つめる。

 こちらの目線に気付いて朗らかな笑顔を見せながら

「提督ぅ~朝からきゃっこいいネエェ!」

 と言った。

「びっくりした……。」

 びっくりして口をついたのがこれだ。

 ボーッとしてたら目の前に美女がいるなんてザラにあるシチュエーションじゃないからしょうがないと思う。

「金剛さん、離れて下さい。司令官が困っているでしょう?」

「oh!sorry men!」

「舐めた口を聞くのは止めて下さい」

チロリと叢雲が金剛を睨め付けると先程の笑顔と比べると少ししょんぼりとした顔になっていた。

「sorry」

「宜しい。」

 

それにしても、叢雲は一体全体どこで金剛を抑圧するだけの威圧感があるのだろう。先輩後輩の関係を金剛が知ってしまったのだろうか。

仮に威圧感ではないと仮定するとなんなのだろう。闘志だろうか。何をするためだろうか。奪い合いかもしれない。何のだろう。恋人とかの取り合い?叢雲にそんな意思が微塵もあると感じられないのだが。

 

「司令官~天龍ちゃんは~?」

「ん?今日の出撃で来たけど……」

「早く言って下さいよ~」

「ごめんね?天龍型一番艦って聞いた時にはどうもピンと来なかったから」

「気をつけてねぇ~」

 

突然、屋根から音も無く降ってきた女性。彼女は軽巡洋艦クラスに相当するらしい。黒みがかったショートヘア。天使にしては黒い輪が頭に浮いていて、黒を基調としたワンピースのような服を着ている。龍田というのがコードネームらしい。そんな彼女は質問するだけしていって音もなく天井に跳ねて行った。天井を見やると一部のタイルだけ外されていた。怖い。しかも、少し黒い笑みでタイルを戻していった。余計に怖い。

 

<提督、第2艦隊が解放されました!任務の報酬はこれです。>

「任務名どころか内容すら分からないよ!」

館内放送が響く。常備のヘッドセットを起動して大淀さんに繋げる。

『失礼、『天龍型軽巡洋艦』を2隻集めれば良いという任務です。』

「なるほど。それで、第2艦隊っていうのは別動隊が作れるって事かな?」

『はい!詳しくは端末にて!チュートリアルにあたる任務をインストールしておきました!』 

「仕事が早い。助かるよ。」

 

 放送をかけて戦闘が出来るメンバーを召集する。改めて思うのが全員が紛うことない美少女であることだ。全員の顔を観察する暇が無かった訳ではない。今、見て純粋にそう思っただけだ。この娘達の笑顔を誰一人失わせる訳にはいかないし、怪我を負わせることも極力避けねばならない。前線で指揮を執る者としての自覚を持たねば勝てる戦も勝てばしない。

 

 「本日より第二艦隊の運用が可能になった。艦隊の編成を行うにあたり皆を集めたんだ。早速、本題に入るよ。第一艦隊、旗艦は金剛、随伴として龍田、叢雲、弥生、那珂。第二艦隊旗艦は天龍。随伴は響、神通、弥生。」

『はい!』

 

 

大淀さんから貰った端末のスリープを解くと第2艦隊は遠征に出すことが可能らしい。かなり平たく言うとお使いだ。しかし、旗艦という事は僕も行かなければならないのでは?

 

『ちなみに提督。』

「大淀さん、なあに?」

『第二艦隊は提督が搭乗する必要はありません。』

「そうなんだ……じゃあ、初めての遠征とか任務がありそうだから代わりに受けといて欲しいな。それで初めての航海に第二艦隊を連れていっておいて下さいよ!」

『承け賜りました。』

 

 

──南西諸島海域(通称:2-1)

 

 今、羅針盤を回して移動している最中だ。戦闘に関してもこのタブレットが使用されるとは思わなかった。今タブレットに表示されているのはこの海域の略図だろう。他の海域だと違った図が表示される。いつも図中の破線を少しずれて艦隊は移動するが、この略図通りのルートで進行しているので政府が測量でもして明記しておいたのだろう。

 

端末を確認するに緑のマスに止まろうとしている。それらしい所に泊まると極少量の鋼材を手に入れまた進み始めた。

 

「レーダーに敵、感あり!敵艦載機見ゆ!」

 

キィィィィィン!

 

大した面積のない翼がジェット機の様に空気を切り裂く。

そして、放たれた凶弾は配属されたばかり龍田に目掛けて何かを落とした。その何かは運悪く彼女の眉間辺りに炸裂した。炸裂したのは爆弾なのか硝煙の臭いが鼻腔をくすぐる。龍田の頭は奇跡的かは分からないが原型を留めていた。龍田の艤装であるリングはすでに彼女の足元の水面を漂っていた。

 

予想していなかった光景に呆然とした。ロジックを頭の中で練ろうとした。それよりも早く龍田の足の装置が煙を上げて剥がれ落ちた。

彼女の沈没が現実に差し迫っていると思った瞬間

「龍田あああああ!」

 僕は彼女の名を叫び金剛の頭から飛び降り、駆け寄った。

 ここから先、細かいことは覚えてない。

 

 水面の際に沈みゆく龍田の手を取り胸の中で出血している彼女の頭を抱き締めた。病的な龍田の肌の白さが海の深淵の暗さと合わさって映えた。そんなこちらの様子を見て察したのかどうかはわからないが彼女は己の最期を悟ったのだろうか、あるいは、何かが見えているのは分からないがこの一言が僕の心に野太い杭を深々と打ち込んだ。

 

「派手にやられちゃったあ~…あ~天龍ちゃんの戦う姿が見える~……」

 

この言葉が彼女の生涯の幕を引くかの如く抱き締めた僕の腕をすり抜け水面に沈む……。龍田はこちらに手を伸ばしていたが届かなかった。十秒もないはずの彼女の沈みゆく時間が恐ろしく長く感じた。彼女を殺したという罪悪感と救えなかった無力感に酷く腹が立った。歯を噛み締め怒りを堪える。

 

やがて、虚ろな目で沈み行く龍田はこちらをただただじっと見ていた。

 

 「司令官!指示を!」

 敵の弾が黒風白雨の様に降り注ぐ中、龍田の沈んでいくところを涙ながらに見ていた。嗚咽を漏らすまいと歯を食い縛り必死に脳裏から沸き立つ甘美な激情の波に耐えていた。

 子供のように喚き散らして済む問題でも無いことは分かってる。

 けれども、この激情は吐き出したい。楽になりたいと葛藤していた。そのような中、叢雲はこちらに指示を仰いだ。

 同僚の死に際になんてことを言うのだろうと一瞬思ったが、叢雲は涙を流しながら応戦していた。他の皆も泣きながら応戦していた。泣きわめくのではなく、ただ口を真一文字に食い縛ってひたすらに涙を流していた。 

 僕はただ悔しかった。同時に自分を許せなかった。みすみす龍田を沈めてしまったこと。激情を理性で縛り付けて葛藤して自分のせいだと批難されることへの逃げ道を自分の中で作ろうとしたこと。何よりも目の前を向いて仇討ちの形でも戦おうという意思を持てなかった自分が許せなかった。

 

さあ、地獄を作ろう。

奴等の死体を積み上げ三千世界のカラスが集る程の修羅場を。

 そう思うと、自分の涙が引いた。同時に口からするりと指示を出していた。

 

 

「総員に告ぐ。敵艦隊を粉微塵すら残さずに粉砕せよ!」

 

 悪魔の宣告とも捉えられる指示の下、皆の奮戦の甲斐もあり敵艦隊は全滅。僕の望み通り死骸は形を保つどころか完全にこの世から蒸発した。

 しかし、得も言えぬ喪失感が僕の、皆の胸を穿つ。

 

 

 

 鎮守府に帰ってきて入り口から府内に一歩入ると大淀さんが立っていた。全員が泣いているのを見ると、事態を察してくれたのかペコリと一礼して執務室に帰ってくれた。

 

 丁度、遠征から帰ってきた天龍が後ろから来た。朗らかな天龍の呼び掛けの返答する声が上ずった。初めての遠征が楽しいということをほんの少し喋った天龍は第一艦隊の面子を見てあることを聞いてきた。

 「提督、龍田は?」と。

 「龍田はな、どこか遠くに行ったんだよ。手も届かないどこかにさ。」

 「そうか、龍田のやつ何処ほっつき歩いてんだろ」

 散歩だと勘違いしてくれたのか天龍はニコニコと入り口を颯爽と走って府内に入っていった。天龍の無知な笑顔を見ているのが本当に辛かった。

 

 まさか無傷・疲労無しの艦が沈むなんて事があるわけがないと思っていたからだ。




………皆さんも、バグの巻き添えは食わないようにしましょう。

何でしょうね、運営に言ったんですが返事が帰ってきません。(事件は5ヶ月前、報告は2週間前)

次は、復帰と新しい仲間………それによる反抗の加速を書きます。

何故あの時、この任務を受諾しなかったのだろうかと今でも思うくらいには思い出というか因縁が深い出来事です。


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~復帰~反撃の狼煙

はい、ここからは丸(もとい作者)の復帰の流れになります。夏イベとかはもう少し先かもしれません。

あっ、秋イベ。

取りあえず復帰は1話で終わちゃうかな?


 ご飯を彼女達にあげたかどうかを覚えてない。ただ、無くした筈なのに痛むのだ。

 無くしたからこそ痛むのであろう。

 そんな痛みが体を凍えさせた。

 無いはずの痛みなのに、そこにある。

 腕を無くした筈なのに痛む幻肢痛のように。

 

 数時間前になるのだろうか、僕は第一艦隊の生き残った面子に説教ともとれるかもしれない自嘲を怒鳴り散らしてしまった。 

 人としてなんてフレーズを多用した気がする。

 人として最悪なのはお前自身だろうと良心の呵責が悪意に満たされる心臓を握り潰そうとした。

 この黒い心臓を潰すにはあと一握りの光が必要だった。 

 『赦し』という名の光が必要だった。

 それがない限り立ち直れはしないだろうと思った。

 しかし、その救いはさっき自らの手で揉み消してしまったのだ。

 当然、そんな人間を赦す人間なんて居はしない。

 人生二十年余りの経験が今の僕を糾弾する。

 部屋の片隅の冷蔵庫の隣にもたれて塞ぎこんでいた。

 冷蔵庫の熱と冷気の中途半端さが妙に体に染みる。

 自分の口から呪詛を紡いでいるような気がした。

 何回も同じ文句が僕の口から這い出している。

 ふと、口を閉じてみると誰かがドアをノックしていた。

 嗚呼、死刑執行の死刑囚もこんな風に救いの手を求めるのかと訳のわからないことを思った。

 「司令官、どんな人にもそんな事はあるわ。実際、あの面子の誰も貴方の事を恨んではいないわ。」

 「そうデース!悪い人なんて誰もいなかったのデース!」

 叢雲と金剛だった。

 救いの手は差し伸べられた。

 嬉しかった。

 「………」

 そのはずなのに無言のつぶてを投げる。

 慰めの言葉を取り合う気になれない。

 それと同時に放っておいて欲しかった。

 龍田を殺したのは紛れもない僕であるのは明らかなのだ。

 敵の砲撃に当たって轟沈したとしても当たらないように指示を飛ばせなかった僕の責任だ。

 「ハァ、全く自分を責めて反省してるフリがそんなにしたいのかしら。子供と一緒ね。」

 「わ、what?!」

 「結局、自分を責めているだけで彼女を沈めたことに向き合おうとしてないじゃない。そんなんじゃあんたが沈めたに決まっているでしょ?アンタが自分で進まなきゃ誰がアンタの道を進めるのよ?どうなの?」

 そうだ。

 自分を責めていれば彼女の恨み辛みから逃げられると思っているさ。

 何が悪いんだ。

 怖いものから逃げて何が悪いんだ。

 結局、上から指示を飛ばす人間なんてロクなヤツがいないんだ。

 「アンタ、フォローに回る下の人間の気持ちが分かるの?」

 ああ、そうさ。

 僕は下位の人間さ。

 こっちに来てようやく自分を変えられると思ったさ。

 でも、結局変わらなかった。

 変われなかった。

 だから大いに分かるさ。

 咎める対象が欲しいんだろ?

 さあ、責めるがいい。

 咎めるがいい。

 そんな負の感情にプレッシャーをかけるような重い静寂。

 ドア越しに聞こえたのは何かの駆動音と共に叢雲の大きめな溜め息だった。

 「ハァ、世話が焼けるわね。金剛さん、手伝って。」

 「Sir yes sir!」

 流暢な英語で了解の旨を叢雲に伝えた金剛は一際大きな機械音をたてながら薄い木の板一枚を隔てた僕に会おうとする手助けをしているのだろう。

 ひたむきに手を差し伸べてくれる人に余程恵まれなかった過去の自分が恨めしく思うくらいに僕の心は明るくなった。

 ああ、素晴らしき世界。

 信じられる人間がいるというのはこういうことなのだろうか。

 黒い心臓は清光に浄化された。

 もう、降参だ。

 いじけた自分は負けた。

 後は踏み出すだけだと思い、ドアノブに手をかけた刹那。

 「……ゥ!Looooove!」

 「えっ?」

 やかましい程の掛け声と共にぶち破れた板切れは僕ごと空中に吹っ飛ばされた。

 執務室内なのは天井を見て分かった。

 ただ、高度が分からぬまま着地と同時に受け身もとれず気を失ってしまった?

 気を失うということが今まで無かったのだ。

 状況は理解できないに等しい。

 ブラックアウトする視界は美しくも醜くもない懐かしいような黒に染まっていった。

 

 身体中の痛みがひしひしと体の奥から沸き起こる。

 ゆっくりと意識が戻ってきた。

 目の前が黒かった。

 目を開けてみる。

 天井が見えることからどうやら横になっているらしい。

 それはそうであろう。

 なにせ床に叩きつけられたんだ。

 さて、恩人とも犯人とも言える二人は何処だと思った僕は首を捻って、左を見た。

 桃色の髪、碧眼の双眸を持ち大淀さんと何処か似たような服を着た美人さんがいた。

 「気がつきました?」

 「え、ええ。どうも」

 意識がはっきりしてないのか自分の悪癖である人見知りが出てるのか判然としなかった。

 「私、明石と申します。大淀さんがお世話になってます。」

 「こちらこそ………。」

 人見知りが出てると確信した。

 自制したばかりなのにつくづく自分が嫌になる。

 「提督、具合は?」

 「あっ………いたんだ。」

 「ええ、寝顔頂きました。」

 「それはどうも………。」

 「今回は大運営も前代未聞らしくお咎めは無しの様です。

 「でも………。」

 「下の者に気を揉ませたら龍田さんが報われませんよ。」

 「!」

 「ご理解頂けたのなら早くお二人に会いに行ってください!」

 「うん…。叢雲、金剛入ってきて。」

 名前を呼ぶとシンクロ状態で天井をぶち抜いた二人。

 見ると泣きながら笑っている。

………正確に言うと涙を浮かべながら笑っているのだが。

 「司令官、指揮を」

 「提督、please command.」

 涙ぐみながら僕の指示を仰ぐ二人。

 「心配かけてすまん。俺は情けない奴だな。女の涙に一喝入れられるとわね………大淀。」

 「?!」

 「任務表は俺が見る。無線の仕事に従事してくれ。」

 「はっ!」

 「叢雲、金剛。」

 「はい!」

「地獄を作るぞ、一心不乱の大戦争をしようじゃないか。あやつらに豚の様な悲鳴をあげさせようじゃないか。私が指揮する小隊戦友の諸君。地獄を作るぞ!」

 『はい!』

 諸々を吹っ切るためにスイッチを切り替えた。

 ここから始まる復讐劇は薔薇色になるのだろうと高揚と興奮を交えていた。

 

 雀の鳴き声と共に目が覚める。

 気がつくと寝ていた。

 執務室で寝ていた。

 皆の寝顔はどこにも無い。

 机を見ると101~130までの番号と該当するであろうボタンが存在した。

 寝てすっきりしたのか思考が巡る。

 恐らく皆の部屋が出来たのだと思い、試しに106のボタンを押す。

 カコンと軽い音がしたと思った刹那、金剛が眼前の直径1mくらいの穴から補給資材と同様に出てきた。ただ、慌てていたのかは定かでは無いが髪がボサボサである。

 その後興味半分で押しまくると泊地に来た順番で部屋が割り振られているらしい。

 指揮をして第一艦隊のみ面子を決める。

 紙媒体の任務表をパラリ、ぱらりとめくると「敵空母を轟沈せよ。」という任務があった。

 南西諸島にはしばらく行きたくはない。なので、1-4で決行することにした。

 日課を悼む様にこなす内に三時間の文字がタブレットに映り込む。

 「隼鷹でーす!ひゃっはー!」

 艦種を見ると軽空母………ヌ級………………。

 しっかりしなきゃならないのに後ろ髪を豪腕で引かれる。

 それでも体面を整えねばならない。

 崩れそうな諸々を圧し殺し、告げる。

 「隼鷹」

 「なんだい提督ぅ~」

 「お留守番!」

 「イエーイ!」

 1-4に出向き空母を撃破、S勝利。

 敵の撃滅が作業じみてきた頃、任務の条件は達成された。

 大淀さんに任務のページを切り取った物を見せると少し待つように言われた。

 執務室に戻って待機する。

 すると、多少の資材と弓を持った赤い弓道着の女性が現れた。金剛さんと同じ背格好だろうか。

 「正規空母の赤城です。宜しくお願いします。」

 「ああ………よろしく。」

 空母と聞いて思考が固まった。

 ただ、軽空母と正規空母は違うと思い直す。

 「て、提督?どうしたのですか?」

 「いや、嬉しいんだよ。有難う。」

 それでも堰を切って溢れる思いは止められず女性の前で涙ぐんでしまった。

 泣きながらこう考えた。

 『反抗作戦、開始』と。




最初あたりに軽空母が来てヌ級を思い出すから使いたいとか思ってたんですよね……トラウマを抱えて進まないと……まあ、今は4-4に苦戦してるんですがね……

(^q^)ワ―コロセ!

彼女はもう少しで出てきます。
これで分かる人はある意味凄い。


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ウチの娘達はやれば出来る!(羅針盤がボス)

礼号よりー普通ーにオリョールが好っきィィィ!アアアアアアアアアアアアアアイ!

オリョクルなんてしたことございません。ついでに秋イベの進捗E-3が…四号無理っすわ。

つーわけで、本編どうぞ。


遅れてすんませんしたああああ!


 執務室にて眠っていた僕を起こしたのは就任している艦娘ではなく鎮守苻に突っ込まれた際にしまっていた僕のスマホのバイブレーションだった。

 ぼやける視界をこすり端末を顔に近付けて見ると知人の名前が表示されていた。

 「お早うさん。」

 自動受話機能が働き合成音声が流れる。

 と、ほぼ同時に元気の良い声が耳を通り抜ける。

 うるさいとは言わないが寝起きから聞いていい音量ではない。

 「どうした」

 久々の通話に喧嘩になったら困るので一旦間をおいて用件を聞く。

 「まあま、お前も着任して嬉しいだよ。」

 「…?」

 田舎者口調で祝辞を述べられて困惑した訳ではないが、彼の意とする事がピンと来なかった。

 「丸、察し悪いな」

 「…お、おう。…ってそういうことかい。だから最近見かけない訳だ」

 着任したばかりの祝辞と『お前"も"』というワードから彼も同様に気絶させられ着任させられたという結論に行き着いた。

「最近っておま、一年前以上だぜ?」

「そこまで経ってたか?」

「経ってるよ、忘れたか?最後の電話」

「…あれね、あの時か」

 

散らばってた記憶のピースが少し手元に寄せられた。

 

あれは、休みの日に赤提灯からの帰りだった。まだ、夕方の前で手持ちぶさたに思えたから高校時代の親友にボウリングに誘おうと思った時だった。

 

トゥルルル…

トゥルル…

 

ブチッ!

 

切断音によく似た受話音が耳を走る。

 

「よー、丸。どうした」

「遊ぼうぜ」

「イキナリどうした」

「暇ー」

「はいはい、ちょっと待ちんしゃい」

「前まで行ってたボウリング場集合な」

「おo.ガッ?!」

「…おい?」

 

ブチッ!

 

受話音によく似た切断音が耳を走る。

 

彼とはそれぎり音信不通だった。

 

 

 

「どうしたんだ、あの時は」

「後ろから黒服に鉄パイプで殴られた」

「俺の時より手荒だな」

「…そっちは?」

「スタンガン」

「痛そ」

「今でもタマに痛む」

「俺は治ってるけど、持病は相変わらずだな」

「ああ」

「本当にさこれは厄介で<お話中失礼します、投与のお時間ですクマー>…ありがと球磨ちゃん」

「今もか、提督業は?」

「順調、最後まではクリアしてる」

「最後って?」

「中部海域」

「…」

「まあ、お前は始めたて出し気にするなw」

「おい、電話越しに草生やすな」

「バレたか。まあ、アドバイスならするさ」

「へえ…」

「じゃあ、最初から順を追って質問してくぞ?最初の建造は?」

「やよやよ」

「は、死ね」

「ふぁ?!」

「まあいいや、次。第2艦隊は?」

「編成可能」

「ふむ、空母は?」

「赤城さんと、隼鷹さん」

「…うん、次な。」

「おう<バアアアアアニングゥ!ラアアアアアアアアアアアアアアブ!!!!!>うるせえ!」スパーン!

 

ズドン!バタリ!

鎮圧用の銃で金剛さんの眉間を撃ち抜く。

 

「…えっ?金剛いるの?」カチカチカチカチ…

「おい、携帯を秘書に持たせて電話するなよ」

「話逸らすな、どうなんだよ」

「いるよ、6回目に自棄になってやった。後悔はしてない」

「いいよなぁ…運営に愛されてるなぁ」

「んなことないだろ」

「そんなこと言って重巡姉妹とかコンプしてないだろうな?」

「妙高さんでしょ、那智さんでしょ、足柄さんでしょ、羽黒ちゃんでしょ」

「早いなオイ!」

「うるさいよ、耳元で怒鳴るな」

「…まあ、これだけは言っておく。上の情報はある程度掴んどけ。その為には『青葉』っていう重巡を手に入れろ」

「…OK」

 

ブチリ

 

 

 

 

この友人のアドバイスがきっかけで何か吹っ切れた。

 

「…やるか」

 

 

 

 

布団を畳んで軍服を着る。新品ならではのパリッとした感じがとれかけていて何となく着心地が悪く感じる。

 

余談だが靴を履いてる最中にコケた。

 

この時、金剛さんに床ドンしてしまったが幸いにもバレなかった。ただ、寝ぼけてた叢雲がドアを開けてしまっていた。ボサボサ頭な彼女は「むにゅむにゅ」と言いながら眠そうに何処かへ行った。

 

慌ててドアを開けると彼女は千鳥足で部屋に向かっていた。

見てないのかな?

 

 

金剛さんは…ムクリと起き上がった。

 

「Heeey!提督ゥ!Good mooooorningデース!」

「うるさいよ」

「うう~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マイクのスイッチを入れる。

 

キィィィィィィィン!

 

けたたましいハウリングが府内を駆ける。

 

収まったのを確認して放送のスイッチを入れ直す。

 

 

<総員、よく聞いてくれ。旗艦を金剛とし、鳥海、神通、叢雲、赤城、那智の艦隊でカムラン半島に出向く。12:30に発つぞ!暁の水平線に勝利を刻むぞ!>

 

 

 

 

 

この時、奇跡の様な必然が起きた。

 

 

なんと、姑息なレベリングの甲斐があってかカムランの深海棲艦を蹂躙出来たのだ。

この編成のまま次の海域に行くと

 

「わっせわっせわっせどぅーい!」

 

 

ズバババババアアン!

 

金剛さんがドロップキックで奴らを蹴り飛ばしながら勝利を納めていった。全部のトドメが金剛さんだから唖然としてる自分がいた。

 

こんな感じだけど2-4の門前まできた。隼鷹さんもレベリングしておこ…




楽しんでもらえました?

それでは、比叡は

気合い!入れて!書きます!


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壁と空と別の壁

とりあえず、20回くらい書き直さなきゃ行けなかったんでのんびりを書きながら鬼門をクリアするとこまで持っていきます!どうぞ!


 僕は泣いていた。

 目の端からつぅと涙が走る。

 目頭を押さえても止めどなく溢れ出る。

 目頭がどんどん熱くなっていく。

 咽びながらも手を動かさなきゃいけないことに愕然もしていられないのが堪らなく悔しい。

「司令官」

「………」

「提督ゥ………」

「………」

「……司令」

『まだ(デースかー)?!』

 叢雲、金剛と弥生が急かす。

 そんなことを言われても困る。

 目から流れるこれが止まらないことには急ぐことも敵わない。

「司令官、作戦命令を」

「ちょっと待って響」

「電の本気を見るのです!」シャキン!

「電ちゃんは大人しく座ってて」

「はい、なのです。」しゅん…

「もっと私に頼っても良いのよ?」

「雷ちゃんも座ってて。当番僕だから。」

 さっきから玉ねぎを切るところから仕込みが終わってない。

 

 

 

 目を醒ますとバイブ音が聞こえた。

 枕元の携帯に手を伸ばすと、表示には5時の時刻と《ソラ》と表示された着信の画面あった。

先日の《嘉島》と同じで高校時代の友人。クラス内での主に話していたのが彼らだから電話番号が少ないのはしょうがない。

 

[受話]のアイコンをタップすると、久々に聞いた声。

 

「よー!」

「ん」

「テンション低いぞ!張り切ってこうぜ!」

「止めろ、何時だと思ってる」

「そっちは知らない」キリッ

「切っていい?」

「まてまて、お前も着任したんだろ?」

「面倒だから切っていい?」

「分かった、手短に言うから」

「ん」

「嫁艦は決めとけ?」

 

《よめ》?《ヨメ》?《夜目》?《嫁》?

 

「ケッコン相手決めておくと戦略にも幅が出るぞ」

「……」

 

ブチィ!

 

ツー、ツー、ツー……

 

 

朝からテンションMAXの人に置き去りにされてポカンとなった。

 

「ふぅ」

 

少し長く息を吐いて、軍服に着替える。まだ、変に柔らかいところがあって少し不快に感じる。

日めくりのカレンダーをめくると、今日の当番は僕らしい。どうしよう……

 

 

 

「鳳翔さん、執務室に」

《はい。》 

 

マイクを鳳翔さんの部屋に切り替えて放送。

 

 

コンコン

 

「失礼します。」

 

スタスタスタ……

 

ゆっくりと入ってきた鳳翔さん。

 

「大きい鍋ってある?」

「ありますけど……」

「どれくらい?」

「力士さんが入るくらいのならありますけど……」

「それでやってみます。有難う御座います。」

 

 

 

<ガチャ>

 

 

鳳翔さんが部屋を出たあと、電報が来た。

内容は堅苦しいモノではなかった。というか叢雲から。

 

『水上観測機』なるモノが出来たらしい。

 

 

「金剛さんに装備させよ」

 

タブレットを操り金剛さんに持たせる。画面には艦娘の写真とその脇に黒いバーがあってそこをタップすると今所持している武器……というか艤装を表示する枠が出てくる。そこから装備させたいモノを選ぶとタップしたバーに積むというモノだった。

 

「丸!ちょっと待て!」ガコン!

「んなぁ?!」バァン!

「オフッ……」ドタン!

 

突如、天井のタイルを外して現れた嘉島。びっくりして麻酔銃でHSしちゃった。

 

 

「いつつ……HSとはやるな。落ちちまった。」

「何でいるんだよ?!」

「酷いなぁ、折角内地……もといお前のところに遊びに来たのにさ。」

「何に乗ってきた……」

「この子」

「球磨だクマー」

「俺の嫁」

 

ワシャワシャワシャワシャ……

 

「クマ~♪」

 

 

そう言うと彼は球磨の頭を撫で始めた。クマなのに子猫の様に目を細めた。

 

「タブ見せてみ」

「ほい」

「何で41持ってんの……って、金剛改装済みかよ。ついでに霧島もいるし…伊勢日向もいるし……赤城いるし……隼鷹も」

「スゴいの?」

「運営に賄賂でも渡した?」

「なわけ」

「…解せぬ」

「どうせ僕よりいい装備あるんだろ?」

「まあな」

「じゃあ、2-4突破とかよゆーなんだろ?」

「やってみるか」

 

 

 

2-4

 

金剛の頭には二人の小さい人間がいた。僕と嘉島だ。

 

道中はカスダメで損害は無いに等しい。

 

ボス前に嘉島が行った。

 

「真ん中ルートだから安定するな。しかも、損害軽微。行けんだろ」

「おう。」

 

~ボスマス~

 

「ヘーイ…」

「どうした金剛」

「観測機から戦4重2とのreportデース」

「…構わん!掃討しろ!」

 

 

夜戦にもつれ込み、辛くもS勝利。

 

 

ドロップ艦を見るなり嘉島は叫んで吐き捨てた。

 

「えっ?!ちょっ?!オマ……死ねエエエエエエ!」

「アイエエエエ、ナンデ?!」

「大鯨とかオマアアアアアアアアアア!」

「お、落ち着け!」

 

 

こんなことを言って嘉島は帰っていった。話によるとこの『大鯨』という子は中々出る子じゃないらしく、熟練の提督達もこの子の捜索で悶えるらしい。よくわからないけど……

 

 

まあ、祝勝会も兼ねてカレーパーティやろうか。

 

~冒頭に帰る~

 

 

玉ねぎ切り終わらないよー……

 

 

「HEY!提督ゥ!hurry!hurry!」

「はいはい」

 

玉ねぎ切りを金剛さんが手伝ってくれた。少しはかどったが……カレーが出来るにはもう少しかかりそう…。

カレーってこんなに手がかかる奴だっけ…

 

あっ、他人の分まで作るからここまで手間取るんだ。




投稿遅れてすいません。2-4ボスドロで一発で大鯨を引き当てました私です。
 
とりあえず、軽空母にする前に蒼龍を改二にせねば……彗星(江草)が手に入らないじゃないか!?

初月可愛いよ。
叢雲もふもふ。
文月のあらんことを。
ぽいーぽいー!

次回もおたのしみにー。
通常海域、イベント、全体的なのんびりは気まぐれで変わるのでご容赦下さいな


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カレー…?

お久しぶりです。

やっぱり、春イベ厳しいですね。前段で手一杯です。E4で雲龍さん掘ろうかな。
あっ(嘉島[かしま])に関しては作者の知人にいたりするので暫くしたらネタで使います。

では、行ってみましょう。バアアアアアアアアアアアアアアアニングゥ!ラアアアアアアアアアアアアアアアアブ!


 あくびが出る温かな昼下がり。 

 それを噛み殺してふと思った。

 今、この大会で当番なるものを決めても意味があるのだろうかと睡魔を打ち払いつつ思った。

 

 四時間前のことである。 

 今日は誰が献立から調理までを担当するのか考えていると立候補してくれた子が何人かいた。

 喧嘩のような様相を呈しそうだったので、にっちもさっちもいかずにカレーを作り始めた。

 野菜の仕込みを始めるというタイミングで台所戦争は勃発した。

 「HEY!提督!手伝うネー!」

 「…司令官、弥生も。」

 「しょ、しょうがないわね。カレーの下ごしらえとなったら手伝ってあげても…良いわよ?」

 「提督、お手伝い致します。」

 「私も、ふつつかながら…」

 「司令官、作戦指示を。」

 「みんな…」

 玉ねぎを切り終えたタイミングで同時に言われても困るのが本音だ。というか厄介な仕事が終わったタイミングで手伝うって言われたら邪推してしまうのも仕方ないのではと自己弁護してみたりした。

 目をつむり思考する。

 喧騒が強くなり始めたのを確認しようと右目だけちょっと開けて様子を見ると、そこは背景に炎やら火花やらが飛び交うのが見えるぐらいに白熱した修羅場だった。

 「Hmm?提督は私のhelpを望んでいるネー」

 「…英国にカレーなんてあったけ?」

 「アンタらこそ、私の昼食の邪魔しないでくれるかしら?」

 「提督は日の本に育ち、日の本に生まれたカレーがお気に召すのでは?」

 「あ、あの!カレーなら得意料理ですっ!」

 「カレー…Ураааааааа!」

 皆、目から火花が飛んでた。

 物理的に見えるくらいに鋭い目。金剛、弥生、叢雲、鳳翔、大鯨、響の目が鋭い。

 大鯨は鋭いというか狼狽というか、我を通しているだけな感じがする。

 火災を液体窒素で解決するが如くの暴挙をやってしまえと何故か吹っ切ってしまった。

 「…じゃあさ。」

 「What?!」

 「何?!」

 「何です?」

 「材料は切り終わってる。ルゥもある。鍋も今しがた大量に見つけた。」

 「つまり…?」

 響が生唾を飲み込んだ。

 他の艦娘もそれに倣うかのように僕を見据える。

「潰し合いね。燃えるじゃない」

 叢雲が察した。

 誰がどうかの問題やら何やらをクリアするには料理大会にすれば良いのだ。

 潰し合いとなってしまったのは言葉の綾なのかもしれない。

 耳の無線機に手を当てる。

 ノイズ混じりの起動音が不快感をもたらす。

 「大淀さん、感度チェック。」

 《良好です。どうかされました?》

 「ちょっと丈夫でスペース取らないような机が8個欲しい。あと、コンロとかお玉とか調理器具も見合った感じのも」

 《分かりました、明石さんにも手伝ってもらいます。》

 「悪いね、こんなこと頼んで。」

 《いえいえ、御安い御用です。》

 ブラウン管テレビを切るかのような音が再び不快感をもたらす。

 僕の無線機も改良の余地有り。

 ここでふと赤城に思い当たった。

 冷蔵庫から食材を盗み食いするならここは狩り場なのでは、と。カレー大会なんて開いたら食料が無くなるのではと考えた。

 しかし、現実は予想の斜め下を行った。

 赤城はしょんぼりと食卓用に用意された椅子に座っていた。

 「……。」

 バイブレーション赤城ともマナーモード赤城ともとれる感じでガタガタ震えていた。

「響?」

 思わず、一番近くにいた響に聞く。

「何だい?司令官」

「赤城さん元気無くない?」

「それは、ほら。」

 響の小さな人差し指は黒い笑顔を浮かべた鳳翔さんだった。

 少し遠目で見ても怖い。

 食材を運んでた天龍が通りかかる時に半ベソになるほど怖い。

 もっと分かり易い娘で言えば、べろんべろんの隼鷹の酔いが一瞬で醒めた程。

 

 今さらだがこの大会を開いても大丈夫なのか本気で考える必要が出てきたことに思わずため息が出た。

 叢雲に近づく一人の影。

「叢雲ちゃん。ルゥが薄いよ、何やってんの?」

 白雪がアドバイスをしていたが、彼女の台詞が某白い基地の某天馬上官を彷彿とさせた。




はい。カレー大会始まりました。金曜日の設定です。
まだ、神風とUちゃんしか来てないんですよねぇ。春イベ難しい?!でも、基地航空隊は今後普通に使いたいんですよね。個人的には結構楽しいです。



それではまた次回。


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カレーバイキングネー!by金剛

水無月ィィィィィ!可愛いeeeeee!
夏イベ攻略中です。まだE3ギミック外しただけなんでまだ潰せる段階じゃないのがキツい…皆さん、頑張ってください。(くまのん欲しい、雲龍さん欲しい)

今回は実況はみんなのアイドル(もとい四水戦旗艦)、状況説明は提督(もとい作者)お送りしたい所存で御座います。

始め!


~鎮守府 中庭~

 

_四時間前_

 

 

 

 業務用の安物の机が縦に二、横に三といった形で六つ並んでいる。

 それぞれの机の上には既に切られた野菜が盛られた銀のボウルが隣の少し大きめ鍋に落とされそうに窮屈に置かれている。力士が入りそうな鍋は勿論だが厨房から出せなかった。

 そして、それぞれの机の前には六人の女性や少女。

 巫女服っぽいものだったり、ワンピースの様なものだったり、和服だったり、セーラー服に鯨のフェルトの付いたエプロンだったり、白いセーラー服だったり、黒いセーラー服だったりを着用してる。

 

 机の群れの先頭には朝礼台のようなお立ち台がある。

 その上に僕は立っていた。

 下を見ると料理用とは別の机がある。

 

「それっじゃあ!はっじめるよー!『ドキッ!乙女のカレー大会!』想いよ届け!」

 

ピーッ!

 

…忘れてた、那珂ちゃんも隣にいたんだ。それにしても那珂ちゃんはこの大会に名前を付けてたの?それとも即興で付けたのかな?

まあ、そこはどうでもいい。

 那珂ちゃんのホイッスルと同時に動き出す彼女達の腕。

 

 こちらから見て手前の一列目の鳳翔さんは手慣れた手付きで具材を炒め始めた。

 隣の金剛は…圧力鍋を使っていた。

 その隣の響はどこから取り出したかウォッカを鍋の中の具材に入れ炒め始めた。

 数秒も待たずに噴きあがる淡い赤の炎。

「ΥΡΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑ!!!」

叫び出す響、機嫌が良いと済ませる訳にはいかない。彼女の所に台から降りて駆け寄ると

 「ひ、響?」

 「フランべだよ司令、ヒック」

 雪みたいに白い顔が林檎の様な真っ赤な顔になっていた。 

 「飲まないの」

 「飲んでないさ、ヒック」

 「…ええ」

 思い当たったことがある。

 臭いに当てられたのではないだろうか。

 「臭いに酔ってしまってね。」

 「やっぱりそうなのか。」

 

 鳳翔さんの後ろにいる大鯨ちゃんは鳳翔さんよりワンステップ先にいた。

 煮込む作業に入っていたからだ。

 

ここで那珂ちゃんがウズウズしていた。

ちょっとわき腹をつついて合図する。

 

ツンツン

「あっ、ハーイ」

 

カチッ

 

マイクの電源を切っていたようで、スイッチを入れる那珂ちゃん。

 

キーン!

「あう?!」

「くっ」

 

スピーカーがお立ち台の両脇にあるものだからとても聞くことの出来る音じゃないハウリング音。

後ろの方の音響係としていた大淀さんと明石さんが音を調整してくれた。OKのサインが来たところで那珂ちゃんに合図。

 

「ハーイ、コホン。みんなー!粉末のカレーのルーはプロ…じゃなかった、提督の持ってるボウルに盛られてまーす!好きなだけ取っていってねー!」

 

大鯨が小走りでこちらに来た。右手にはよく洗われた銀のボウル、左手には計量カップを持っていた。三杯か五杯すくって大鯨は自分の持ち場に戻った。叢雲が次いでこちらに来た一杯だけ取って戻った。

金剛は二杯、弥生は四杯、響は五杯、鳳翔さんも五杯取っていった。

 

 

~三時間後~

 

暑くも寒くもない海辺は静かで豊かで救われる感じがする。こう空を見上げていると太陽も砂浜もとても暖かい。心地の良い天気だ。ここで、昼寝をしたらさぞかし気持ちが良いだろうなぁ。

 

「Zzz…」

 

那珂ちゃんはお立ち台の端から足を投げ出してる僕の肩を枕に寝てる。口の端からぶら下がっているものは見なかったことにする。スッと後ろを見ると明石さんも大淀さんもお互いの肩を寄せあって寝ていた。

 

試合、もとい大会の方を見ると鳳翔さんと大鯨と弥生は完成していたのか目の前のテーブルに運んでくれていた?

 

~三十分後~

 

響と叢雲が完成して、駆け足で持ってきた。

 

 

~二十五分後~

 

「Yes!I gut it!」

 

金剛が出来たと喜んでこちらに鍋を持ってきた。

 

「それでは配膳を始めます。大淀さん、明石さん。お願い」

「分かりました」

「お任せ下さい」

 

六人は目を点にして首を傾げていた。

 

「これから皆に食べてもらって誰のが一番美味しかったか決めるんだ。もちろん、今作ってくれたみんなも食べて誰のが一番美味しかったか投票してもらうよ。主催の僕の一票は十点、皆のは一点。」

 

素早く皿が中庭の特設食卓に並べられ、一定量の白米が盛られた。全員のを食べてもらう必要があるから少なめに盛ることを察してくれた二人はテキパキと仕事をしてくれた。

 

鍋には番号を振った。①が鳳翔さん、②が金剛さん、③が弥生、④が響、⑤が大鯨、⑥が叢雲。

 

結果はどうなるだろう。何故か赤城さんの目が死んでる…。




E3ケチならなければ一発クリアできますね。(難易度は丙) 
初のダイソン戦が快勝で良かったです。水無月可愛い娘、グヘヘヘ…憲兵さん?!何を?!


それでは次回!


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カレー大会の結果は?

はい、いろいろ遅れてすいません。時間とれません。兎に角言い訳よりも先に書きます。

*注意)この話が終わると1年後の夏イベ終了時まで時間が飛びます。その際にちょくちょく設定等を文中に出すので宜しくお願いします。記憶がだんだんと薄れていってるので御容赦願います。


~柱島~

 

 雲一つ無い清い青い空。そよぐ柔らかい風。包み込むような優しい日光。

 そんな6月の上旬の心地の良い天気の昼下がりの中、わいわいと賑やかな建物が一つ。

 建物の外側をレンガ作りの囲いが正方形を型どり一周。

 その唯一の切れ目となっている門には『柱島泊地』の四文字が掘られた真新しい表札が打ち据えてある。

 門を通ると中庭らしき場所で机を並べ鍋を混ぜたり、お立ち台のような所に鍋を持っていく幼子や女性の姿が目に映る。

 お立ち台の上には軍服らしき白い服を着た男が一人。

 お立ち台の傍らにはうつらうつらと舟を漕ぐ黒髪と桃色の髪の女性が二人、台の脚にもたれ気持ち良さそうにしている。

 

 時間が経つにつれ一人、また一人と夢の世界へ入っていった。

 昔の中学生の制服を着た娘から和服を着た女将風な女性までがまどろみ寝入ってしまう。

 ついには軍服の男もあぐらをかき、腕を前に組んで寝てしまった。

 夢の世界は突然、終わりを迎えた。

 静かな空間を電子音が響く。

 軍服の男は眠たそうなまぶたを擦り、大きく伸びをするとあぐらの姿勢からうしろに右手をついて立ち上がった。

 スマホのタイマーを切って普通の声量で終了を告げる。

 「はーい、終わり。」

 立ち上がって数秒後に聞こえた鈍い音。

 お団子ヘアーの真ん中にたんこぶが出来たのでだろう女の子がむっくりと起きた。

 「いーたーいー!」

 「あ、ゴメンゴメン。僕の肩に頭乗せてたのね。気づかなかった。」

 「んもー!」 

 那珂ちゃんがむくれてた。

 痛みを訴えながらこちらにむくれた表情を見せる彼女が妙に可愛らしく見えたというのが男の感想だった。

 

 少し時間が経つと男の目の前の台には調理を行っていた女性達の人数分の鍋が乗せられていた。底が深い鍋が並ぶ中に、一つだけ圧力鍋の本体が並んでいるのを見ると少し変だなあと思った。

 

 

 

 「Hey,提督ぅ。起きるネー」

 優しく鼓膜が揺らされる。そんな感覚を感じた僕はゆっくりと目を開けた。

 「んぁ、金剛か。」

 綺麗な茶髪でドーナツのように髪を束ね、頭頂部に優しいタッチでカチューシャを着けている世間なら美人で通る女性のコードネームを呼んだ。

 「気持ち良くてシエスタは分かるけどサー」

 「分かるけど?」 

 男は言葉尻を引用して聞き返した。

 しかし、正確には聞き返した時点で察して言葉が出なくなった。どうやらさっきまでのことを夢の中で見ていたようだ。

 空いた時間にまた寝てしまったのか。

 どっちなのかは寝ぼけている頭ではよくわからないことになってしまうのが関の山だ。

 「ああ、ゴメンゴメン。僕が音頭をとらなきゃいけないもんね。忘れてた。」

「もー、しっかりして欲しいネー」

 男はしゃがんでメガホンを取ると、スイッチを入れた。

 ハウリングを起こすことなく喋ることが出来るのは快適だと思いつつ指示をする。

 少 し補足するとここの機材は古い物が沢山ある。しかし、メガホンなんて機器は戦中では普及していない筈だろうと思われるかもしれないが、中古品が男の来る前に置かれたと思えばそうかもしれない。

 不良品が男の来る前に来たのかもしれない。こうも言いたくなるほどこのメガホンはハウリングを起こす。つくづく酷い職場だ。

 「僕が寝てる間にカレーの味見は終わってるだろうから、君たちは先に投票して。僕も今食べて投票するよ。」

 『はーい。』

 皆の可愛らしい返事と共に目の前の机の簡素な投票箱に紙が入れられていく。ふと脇を見ると空っぽの鍋が八つ。ちゃんと全部残さず食べてるとは偉いなぁと男は思った。うかうかしてても意味は無い。

 男は銀の匙に手を伸ばした。

 肉が旨いカレーや家庭的な味わいのカレーにスープカレー、辛味が強いカレーなど印象に残るカレーがあった。

 

 結論から言うと、家庭的な味のカレーに票を入れた。結果も同様に家庭的な味のカレーの票数が一番多かった。

 お団子頭の軽巡がマイクを握ってパフォーマンス。

 「優勝は鳳翔さん。一週間料理係優先権をプロ・・・じゃなくて提督から授与されまーす!」

 こうして、第一回カレー大会は終わった。この先、様々なカレーとの出会いをまだ男は知る由が無かった。

 

 そして、このあとには知りたくもない事実をも辿り着く羽目になることもまた知る由が無かった。




はい、作者の言い訳コーナーです。端折って説明すると・・・

・勉強つらたん
・秋刀魚、レベリングつらたん(金剛型の中二人の育成が特に)
・事情ありきでハーメルンにログイン出来ない日が多数。

こんな感じです。

白状すると初めてのイベントの記憶が薄れてきて危機感を感じたので今年の夏イベ終了まで飛ばすことにしました。当然ですが、かなり人数が増えます。

不定期更新ですが、今後とも『のんびり艦これ』を宜しく御願いします。

(あくまでついでですが、ここの鎮守府の娘は白いです。性格的な面で白いです。黒くするとどこまでも黒くなっていくので書きたくないというのが本音です。)


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人の成長は人それぞれ

 まず、報告です。前回の宣言通り一年後の夏イベ終了時まで時間を飛ばします。それともう一つ。自分の納得のいくような訂正が完全には終了していません。(各話の途中がぶつ切りになっている可能性が……)

 次にちょっとした愚痴です。イベントが2月初盤から始まるのは資材に優しくないと思います。ボーキが貯まらない。全く貯まらない。3万ちょっとで基地航空が出るとなると個人的には厳しいかなぁとかなんとか思ってたり思ってなかったり。

 最後に、明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い申し上げます。遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。


 着任、初出撃、初イベント。そんな初めてだらけのあの時期から一年が経った。

 あの時から比べたら生活感溢れる部屋にはなっているだろう。

 どこをどう見ても和室としか言い表せない部屋になっている。

 調度品を揃え、ここまでの部屋にするのに苦労したとしみじみ思った。

 勿論、僕自身が何かをするわけではなく、艦娘たちの尽力によるものだが。

 こちらはお使いをお願いしては時たま海に出て指示を飛ばすだけという労働比がアンバランスな職場環境に慣れつつあるあたりを考えてみるとこの仕事に抵抗感を覚えていた最初の頃が懐かしいとさえ思うようになっていた。

 

 

 過去のことに触れてみよう。金魚鉢の後ろのコルクボードにのり付けされた写真の数々を見て、ふとそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 丁度、一年前の今のことだ。

 大淀が執務室に駆け込んできたのが本当の意味での仕事の始まりだったのかもしれないと今でも思う。

 特定の場所、もとい特定の広域の海域において深海棲艦が大量に発生し、石油資源やら鋼材やらの国内への輸送が困難になりつつあるという内容の電文が大本営から届いたようだった。

 その事態の対処にあたり各鎮守府の各提督に善処を求めてきた模様。

 この報せは大淀が肩で息をしながら途切れ途切れに話していた文章を脳内で補完した物だ。

 国の緊急時態だと思った。

 電文と呼ぶには枚数が少ないと言うべきか紙が短いというべきか、A4の紙きれ一枚を見た。『EVENT発令』と印刷してあった。

 疑問を抱いた。

 一体、何のイベントなのだろう。

 国の一大事ではないのか。

 この『EVENT』の意味を大淀に聞いた。

 「大淀さん、EVENTって何なの?どういう意味なの?」

 「ええっと、私より金剛さんの方がよく存じ上げているかと」

 英単語の意味ならこっちだって分かる。何かの略称というのが僕の予想だった。

 聞き方が悪かったのかもしれない。

 電文に大きく書かれた大文字のEVENTを指してもう一回同じ質問をしてみた。

 「そのEVENTですか。それは『Evolving Vulgarity Enemy Noting Term:進化及び悪性化する敵勢力に対する警戒期間』の略称のようです。」

 「やっぱり略称なんだ。でも、どうやって現場まで行くの?」

 「タブレットの出番です。大本営から現地の座標を配布されたのでそれをインストールしておきました。出撃する際はいつものようにお願いします。」

 「分かった」

 いつも思うが、仕事が早い。このタブレットを直接操作してるのではないかと思うくらい。

 「インストールしておいたとは言いましたけど、オンラインだと自動的に新しい海域の座標をインストールするようになっているんです。私は操作していません。」

 「そうなの。教えてくれてありがと。」

 「いえいえ。」

 無理に当てはめたような気がしてならない。何がというのは政府の面目を考えて言及はしないことにする。

 善処というのは表の言葉だろう。ひっくり返してみたら接敵したら皆殺しというのが筋だろうなと思った。

 

 大淀を下がらせて数分間、政府からの電文の隅から隅を見る。電文の要点を纏めると

 ・ソロモン近辺に深海棲艦隊が出現した。

 ・深刻な被害を受けているため早急な撃滅を求む。

 ・広海域且つ長期間戦が予測される。

 ・着任間もない提督は艦娘の練度の向上に努めよ。

 ・無理は禁物。

 こうだ。

 紙面と現状を照らし合わせると矛盾が生じる。

 早急に撃滅出来る部隊が望ましいにも関わらず右も左も分からぬ輩を大戦場に引っ張り出すとはどのような了見なのだろうか。

 

 この作戦は自分だけの作戦ではないため遠征用の艦隊、主力艦隊のメンバーの関係なく全員を執務室に召集した。

 主力の金剛や叢雲、那智に鳥海。遠征の響、天龍、龍田を始めとする全員が所狭しと並んで敬礼して待機していた。

 

 

 

 

 

 補足だが、どういうわけか龍田があの悲劇から数日経たずに帰ってきた。本人にどうやって帰ってきたのかと聞くと前の自分は沈んだのかとか聞いてきたので面食らったのを覚えている。

 あまり考えたくはないがある推測をした。

 <敵とこちらは表裏一体なのだろうか>

 ドロップ艦としてこちらに就いた艦娘が何者なのかという疑問について、この推論だと辻褄が合う。

 では、建造でこちらに就いた艦娘は?

 当然、陸上経由でこちらに来るため海に触れることはないだろう。

 ならば、陸上で安価且つ高速で人間を製造する手段とは。頭に浮かびたくもない単語が浮かぶ。

 『クローン人間』

 試しに、というと僕の中では納得がいかない。理論を完結させうるロジックとエビデンスが必要になった。

 ともかく、青葉という重巡クラスの艦娘をそそのかして通信室のPCから政府のサーバーから乱雑にデータを引っこ抜かせたのだ。

 するすると出てきた情報。

 セキュリティがザルな政府から引っ張り出した情報にはデコイが多く、文字の羅列を見るのに飽きた青葉は別の場所に行ってしまった。

 大淀も同様に明石のところに駄弁りに行ってしまった。

 仕方なく一人でスクロールしていると機密フォルダらしいデータに行き着いた。

 書かれていたのは日本がタブーであるクローン人間の複製に着手してしまったこと。

その活用がよりにもよって兵役だと言う事実を知ってしまった。

 しかも、ほぼ三年前にはこの兵役を秘密裏に行っていたことが細かく書かれていた。

 ただ、思ったよりも驚きは無かった。

 予想通りと思った自分がいた。

 その時はただそれだけだった。

 溜め息一つ。

 エビデンスが来てしまった。

 非常に小さい文字で『女子のみローコストで生産可能。改造可。』

 人命を救う仕事に携わろうとしていた人間にとってここまで生命を侮辱する行為を行える政府に腸が煮え繰り返った。

 データを抜粋し、USBメモリに保存。

 青葉が引っこ抜いたデータにウィルスが潜伏している可能性の極めて高いサイトのリンクを多量に張り付けて、政府のデータベースに戻しておいた。

 

 

 

 

 話を戻そう。

 その時には第二艦隊までしか解放できておらず出来る限りの戦力と資材を投入した結果、第一海域の制海権を奪取することしか敵わなかった。

 ところが九月に入ると敵が退いていったという報せがあった。正直、何かしらの意図を感じた。

 

 このイベント期間中、最も印象に残ったのは工廠の建造で川内型軽巡洋艦の一番艦の川内が来たことによる第三艦隊の解放。そして、高校時代の友人であり現在は同業者として提督をしている嘉島(かしま)の助力による金剛型戦艦三番艦の榛名の建造成功による第四艦隊の解放だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに嘉島にはこの時のイベントに目標があったらしく、様子見がてらに彼の鎮守府に邪魔をしに行った時があった。

 ちょうど出撃しにいく所のようだったから彼の秘書艦の頭に乗せてもらった。ちょうど、高校時代のもう一人の友人も同業者で嘉島の下に来ていたので同行した。世間話や思い出話を交えながら、今後の指揮の参考に彼の指揮や戦術等々をこっそりメモしていた。何度かの出撃でクタクタになった嘉島にはぐったりと執務室の椅子にどっかりと座っていた。

 コンコン、と何度目かのノック。

 「どーぞ」

 投げ遣りな返事だった。

 相当苛ついているらしい。

 しかし、ドアの開く音と共に嘉島は背筋を張って立ち上がった。異様な動きを見て驚きバッとドアの方を見ると妖艶な女性が露出の多い服を来ていた。彼女の回りには陰陽道で使いそうな式神がふよふよと飛んでいた。

 龍驤と似たような印象を受けた。

 新しく来た艦娘はおずおずとお辞儀をして

 「正規航空母艦雲龍です。宜しくお願いします。」

 「ぬおおおおおおお!!!!!雲龍うううううううう!!!!!!」

 『?!』

 よっぽど嬉しいのか嘉島は発狂していた。

 「ずっと待ってた!ありがとう!」

 雲龍の肩をポンポンと叩くと彼女に抱きついた嘉島。

 豊満な双丘に顔を埋めていた。

 嘉島の顔を見ると、鼻の下が伸びていた。

 小声でとんでもないことを言っていたのが不幸にも聞こえてしまったので雲龍から引き剥がして拳骨をかました。

 「止めんか、アホんだら。」

 「いてっ、いやあさ。ずっと待ってたのよ。マジで。しょうがないとは思わない?」 

 「セクハラで現行犯逮捕出来るレベルなんだが。」

 「そうだぞ嘉島」

 「ちぇー」

 僕ともう一人の友人に嗜められた嘉島はいじけたふりをして笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 上手くことが運ばずに、死にたくなったこともある。すこし重い鬱を患っていたことも災いしてか奇行に及んだこともある。もっとも、人に迷惑をかけることをするわけでは断じてない。

 建造をふざけてやっただけだ。建造終了まで二十四分と表示されたのをタブレットを操り、バーナーを使用。結果は、雪風という駆逐艦だった。セーラー服の上のみを着用していてスカートを履いていないという奇妙な格好だった。

 有り体に言えば変態の格好だが、本人曰くこれが制服だそうだ。ならば仕方ないと流すことにした。

 

 

 

 時は巡り、秋イベント。 

 この時は、僕だけが深い悲しみに包まれた。あまり多くを思い出したくはないが、強いて言えることは誤解体には気を付けるべきだと言うことだ。

 翌日になって消えていた島風のショックは今でも残っている。

 摩耶の第二次改装が終わったのもこのイベントの期間内だ。

 しかし、すぐに敵が退いてしまった。時間をかけすぎたというべきだろう。

 

 このイベントの時まである個人的なイメージを抱いていたせいで重巡洋艦クラスを起用していなかった。

 軽巡洋艦よりも強いけど、戦艦には全く及ばないというイメージが脳内にこびりついていたからだ。

 そのせいで初めて輸送連合艦隊というものに火力の不足感が否めなかった。練度不足も災いしてか資材の減りも激しかった。

 

 では何故、摩耶だけはレベリングをしたのか。

 それは、あるネットのページを見たからだ。

 端的に言うと有志の人を集め、艦娘についての大まかな情報がまとめているページだ。

 その中で、摩耶は高い練度を要求されるが防空重巡洋艦として重宝するとの情報が記述されていた。

 敵艦載機の爆撃による中大破はいろいろな意味で困る。

 修復材が底を着くことだったり、目のやり場に困ったり。

 少しでもそういった事象を減らすことが出来るならと、摩耶、赤城、加賀、金剛の面子でひたすら2-1,2,3やらに行ってはデイリーをこなしていた。

 

 

 

 

 十二月十四日、僕と金剛はケッコンカッコカリをした。

 執務室の中で二人だけのケッコン式。

 ケッコンすると金剛自身の近くで桜の花がずっとひらひらと落ち続けるようになった。

 ケッコンしたことを皆には秘密にしていようと二人で思っていたが、普通にバレた。

 ノックせずに青葉がドアを開けたからだ。

 勿論、執務室の対面にある部屋の中でお説教した。

 そんな青葉が中心になって大きな式を上げようという話がその日の内に進んでいった。

 その日の夜にはすでにケッコン式やら披露宴などの行事が流れるように進んでいった。

 披露宴の後には酔いつぶれた隼鷹やら千歳やら那智やらが頭に何かを巻いて酒瓶片手に寝ていた。

 駆逐艦も軽巡も重巡も戦艦も皆、疲れて寝てしまっていた。

 金剛が執務室で初夜を過ごそうというので、連れていった。

 一人の男と一人の女の間に何も無かったなんてことはない。

 たとえ、それが人命を遵守した者と侮蔑した者達の間であっても。

 

 十五日の片付けには金剛が腰が砕けて立てないと言って半日近く僕と他の皆が総出で後の片付けをしていた。

 人の数が多いと仕事が良く進む。 

 金剛が復起した頃には、いつもの光景に戻っていた。

 比叡を始めとする金剛の妹達と青葉と明石がクスリと笑って

 『昨夜はお楽しみでしたね。』

 と口を揃えて言ってきたのには閉口した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 大晦日、元旦と仕事をした。仕事といってもヤケの建造だ。最近、欲しいと思っている空母がいたから深夜帯まで無理して起きていた。

 瑞鳳と飛龍だ。

 瑞鳳はネットの画像を見て可愛いらしかったのが強烈に印象に残った。兎に角欲しかったという側面もあるが祥鳳に妹がいるのに未だに彼女の元に来ていないのが可哀想に思ったから瑞鳳の建造には特に熱心になっていた。

 飛龍に関しては、赤城と加賀と蒼龍が少し寂しそうに語っていた。彼女達曰く、飛龍は一緒に南雲機動部隊なるモノを編成していた盟友らしい。

 任務表にも南雲機動部隊を編成せよとある傍ら、瑞鳳の建造と合わせて飛龍の建造をこなしていた。

 瑞鳳は年の明ける5秒前に来た。

 飛龍は元旦初の空母レシピで来た。

 南雲機動部隊が結成された喜びは言葉では言い表せない。

 

 

 冬イベント。中々に難しい。霞の大破進撃による帰還。清霜、明石の到来。足柄の謎の被弾。スーパー北上様の降臨。泊地に巣食う鬼を引き剥がす為に空になったゲージに30回以上挑んだ。

 クリアした。それによる初めての防空駆逐艦の到来は嬉しくもあり同時にいとおしい。

 初月を抱き締めて、可愛らしいほっぺに頬擦りしていたのが思い出される。最初の頃は、とても嫌そうな顔をしていたが今では僕を見かけるだけで駆け寄ってきて撫でて欲しいとか抱っこして欲しいとねだるようになった。

 

 寒さが続く春。そんなときのイベント。

 辛くも神風とU-511とをお迎え。卯月も来た。輸送作戦が出てくる度に小数精鋭と化していく駆逐艦。育成の偏りが見えるようだった。

 この時には、初月の練度は60を越していた。摩耶よりも資材の消費が少ないからという理由で艦隊の防空の要として起用していたからだ。

 

 

 

 

 

 

 そして、今。

 バケツ八十個からどうにか工面し、拡張作戦まで走りきった夏イベント。敵に遊んでるんじゃないとか言いながら雪風と叢雲に砲撃の指示を出すと二人が三桁ダメージをボスに打ち込んでいるのが面白かった。ダイソンと言われる戦艦クラスの鬼を完膚なきまで叩きのめしたのも面白かった。水無月、朝霜、アクィラ、秋月、リベッチオ、ウォースパイトを迎え入れた。

 母校枠が足りてないだろう?ノープロブレム。嘉島に奢らせた。高校時代の貸しがあったからだ。

 

 

 

 

 

 余談だが、初めて戦闘にウォースパイトを出したとき、彼女の艤装は椅子の形をしていたのに驚いた。立って海面を滑りながら移動するのではなく飛ぶ椅子に座って砲撃していた。座ってるいるからなのか資材の消費が少ないのにも驚いた。

 それでも、戦闘にあまり出さないためウォースパイトが椅子に座っていない姿を見る方が圧倒的に多い。

 秘書艦の時は補助員として英国での滞在経験のある金剛に同席を求めてる辺りから察するに話が合うのだろう。

 聞いている限り、中学生でも理解できるであろう英文が出てくるが流暢な発音のせいで英検でも受けている気になってしまう。

 ちなみに僕の鎮守府では武装を解除させているためウォースパイトと金剛は自室から木製の椅子を持ち込んでいる。

 

 

 

 秘書艦として仕事をしているウォースパイトをすこし見やりながら僕は僕の仕事を煎餅布団に胡座をかいてこなしていた。

 仕事といっても、敵を狩るだとかのベクトルではなく、カレー大会の諸々の期間と概要を考えることだ。

 艦娘達の士気を上げるために催すことなので立派な仕事だと声高に主張したい。

 自分のスマホのメモ帳に考え付いたことを打ち込んで保存。

 

 

 金剛に一言告げて、府内の散歩に出た。外で遊んでいる艦娘達を見て癒されるのが目的だ。

 

 公園に散歩に出かけるお爺さんの気持ちが分かった気がする。孫と同じ世代の子供が遊んでいるのを見てのほほんとしている気持ちが身に染みる。

 

 大井と北上との語らいを見ていたり、最上と鈴谷と伊勢と日向の紙飛行機の飛ばし合いを見たり、海で遊ぶ五十鈴と潜水艦たちの触れ合いを見たり、ただ突っ立っている叢雲と初月の髪をモフモフしたり、鳳翔さんが空母の皆に弓道を教えている現場を見学したり、秋雲と巻雲のデッサンを見ていたりしていた。

 こなすことはキチンとやってからこうやってのんびりしているだけであってサボっている訳ではない。

 

 右耳から低いビープ音が聞こえた。無線機の着信音だ。スイッチを押して着信に応じる。

 「どうした、大淀」

 『準備出来ました。間宮さんと伊良湖さんの監修のもとで材料も厳選しました。』

 「OK。こっちも放送かけることにするよ」

 『ところで、どちらにいるんですか?執務室には居ないみたいですが。』

 「中庭。」

 『お散歩ですか。早く戻ってきて下さい。懸案事項が有るんですよ。』

 「もうちょっとしたらね。」プチ

 喋り終わると同時に通信を切った。

 

 さて、どんなカレーが食べられるかな。楽しみだ。 




 また、カレーです。
 個人的にはCoCo壱のカレーが好きです。チーズキノコカレーなら800g食べられるかもしれません。とにかくカレーが好きです。


 本年も作者と『のんびり艦これ』をどうぞ宜しくお願い申し上げます。
 では、また次回にお会いしましょう。
 さよなら。


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大艦隊夏カレー祭り 2016年ver総集編  

 以前のカレー祭りの話を1話に集約しました。
 最新話の方で告知した改変になります。
 この話もちょくちょく手を入れることになると思いますが、ご容赦をば。


 青畳に家具職人の壁、煎餅布団と金魚鉢と豪華な月見窓で和装に仕上げた執務室の真ん中に大の字になって寝転がっていた。

 夏は暑い。

 当たり前のことを思った。

 ご飯が旨く感じる季節だとも考えた。

 焼肉とか素麺や焼きそばやからあげとかも良いと連想ゲームのように食べ物を脳内に浮かべていった。

 

 空想がカレーという言葉でピタリと止まった。

 カレーといえば何かやったような気がした。

 それも着任後直ぐのことだ。

 初めてのカレー大会から一年と数ヵ月が経過していたことに気がついた。金曜カレーの風習があの大会から僕の鎮守府に根付いた。カレーの時は優勝者の鳳翔さんが作ることになっていた。

 しかし、だ。囮機動部隊の派遣によって彼女はこの鎮守府にいることが少ないのだ。金曜日も例外ではなく夕食を誰が作るかと談合することになってしまうことがまあまあよくあった。

 最近、任務を達成したことによって参入した間宮さんと伊良湖ちゃんのお陰で全員食事を誰が作るかといった問題に頭を悩ますことはない。

 鳳翔さんだけにカレーを作ってもらうのはいい加減に止めにした方が良くないかと思いたち食堂に行って彼女の率直な意見を聞いてみることにした。

 

 執務室を出て左に曲がって直進してエントランスホールを通り抜けようとしたところ散歩していたのであろう曙と会った。

 「アンタ誰?ここは関係者以外立ち入り禁止よ。」

 「ぼのたん潮ちゃんと遊んでいなさい。」

 「何で私とあの子のコードネームを?!」

 

 ここで注釈を。

 軍服を着ていると艦娘は僕を指揮官だと認識するのだが、軍服の上着もしくはズボンのどちらかを着ていないと僕が誰だかがわからないということを着任初期の段階で気が付いた。当初はこの仕組みを利用してよく散歩に出かけていたものだ。

 ただ、特定の艦娘には通用しないようでよく大淀やら間宮さんやら明石やらに見咎められることが稀にあった。

 見咎められると言っても事務的な仕事は一切ないため勤務態度について嗜められる程度だ。それに大淀にも事務的な仕事は一切ないため彼女は暇なときよくヘッドホンでよく音楽を聞きながらマンガを読んでいたりする。

 明石も注意しようとするフリをして新しい発明品を見せに来たり工廠に誘いに来たりする。工廠には夕張も一緒でくすんだ水色のツナギにタンクトップと軍手に安全第一の黄色のヘルメットを着用という出で立ちをしている。明石も同様の格好をしている。

 しかし、工廠の手伝いをしているだけの夕張は軍服を着てない僕にあの発言をする。

 「ここにいるあなたは一体誰?」

 と。

 ここから分かることだが、最初からこの鎮守府にいる艦娘や一部の補助の役割を担う艦娘が提督を顔で認識することが出来るようだった。叢雲や弥生、那珂は少しだけラグがあるが顔で覚えているような言動が見られるのでそれなりの時間を一緒に過ごしていれば顔を覚えてくれるという仕組みなのだろう。ちなみに唯一のケッコン艦である金剛は軍服を着ていなくてもすぐに認識して呼び掛けてくる。

 

 サボった記憶を振りほどいて目の前の曙を適当に対処して食堂に向かう。

 不審者かと思って驚くから例の軍服を着てくれという発言を間宮さんと伊良湖ちゃんにされたが、暑い時に厚い軍服を着ているという方が変だからと別段軍服に関しては何も思わなかった。というよりもこの発言をあしらうことに慣れてしまった。

 対応に困っていたが近くでたまたま昼食を取っていた金剛を呼び掛けて説得してもらうことが出来た。

 「それで提督?何のご用ですか?」

 「鳳翔さんばかりにカレーを作ってもらっているのは不公平だなあと思ったから改めて選考大会でも開こうかなってね。」

 適当に説明する。

 「えーっと、どういうことですか?」

 質問が返ってくるのは仕方ないこと。一年も経ったのにいまさら係を変更するというのはおかしいであろうという目を伊良湖ちゃんはしていた。間宮さんは納得してくれているようだった。

 「ねえ、提督。催し物はいつやるのぉ?」

 割って入った金剛。日本に慣れたようで某芸人らしい話し方はなりを潜めている。

 「う、どうしよう。」

 一ヶ月に一度何かしら催しを開くことにしているのだが今月は末近くになっても未だに何もしていない。

 「前月の鬼ごっこ大会は面白かったのにね。」

 「ぐぬぬ…。」

 確かに盛況だった。艤装の装備という装備を一切しないため本当の自分の力が見えるだとか意外に足が遅い子がいることが分かって親しみを感じるとか鬼のスタメンがバランスが良くて公平性があったとかそんな意見が寄せられた。

 それと同じかそれ以上の人気を博さねばならないのは非常に悩む。

 妙案というか愚策というか破れかぶれというかそんな作戦を思い付いた。

 「この際、カレー選考大会と夏祭りを同時にやるか!」

 「おーいいですねー」

 「棒読みは止めて。刺さる。」

 金剛が一体どこでこんな芸当を覚えたのだ。夫(カリ)として悲しい。

 「まあ、冗談はさておいてカレー大会は任意なの?それとも、指定されたmember限定なの?」

 「任意だよ。久々に英語聞いたような気がする。」

 「気のせいですよ、提督。」

 「ほう…。」

 「疑ってますね、その顔。」

 会話にも満たないキャッチボールに混ざる人影が見えた。

 「夫婦漫才はそこまでにしてくださると助かります。」

 割って入った伊良湖ちゃんは少し怒っているように思える。目の前で話の腰が折られて空気になっていくのが辛いのだろう。

 「提督、空気にしようとしているのは貴方では?」

 「こ、コラ!伊良湖ちゃん!そんなこと言わない!」

 「だって、間宮さん!目の前のバカップルが!バカップルが!」

 「おしどり夫婦って言いなさい!すいませんね、提督。男性がこの島では貴方一人しかいないのでこの子なりに悶々とするところがあるみたいで。」

 「間宮さんも余計な事言わないで下さい!!」

 「あらあら、この間だって提督の良いところブツブツ言ってた癖にー」

 「きゃあああ?!!言わないで下さいよおお!?」

 「HEY!伊良湖ちゃーん。後で裏来るネー」

 「ひゃいいいい?!!」

 食堂が賑々しくなってきたなぁと傍観していたが金剛の癖が出たのと伊良湖ちゃんの悲鳴に気づいた。止めねば。

 パンパン!

 「はいはい、漫才グループ組んだら面白いかも知れないけど今は催しの話だよ。」

 「うううー。」

 「ひ、ひー?!」

 金剛が僕の腕に抱きつきながらちろりと伊良湖ちゃんを睨むと伊良湖ちゃんは怯えて厨房の奥に隠れてしまった。

 「間宮さん、食材はどのくらいあります?」

 「百三十人分の食料はあります。」

 「十二人分の余剰があれば充分だろうね。中華麺はある?」

 「ええ。ありますよ。というよりかは一通りは揃っているって言った方が正しいかも。」

 「なら良かった。」

 「あのぉ?」

 伊良湖ちゃんが奥の冷蔵庫からおずおずと顔を出して聞いてきた。

 「どうしたの。」

 「直ぐに使ったりします?」

 「明日には使うつもり。」

 「分かりました。作業に移って・・ヒィィィィ?!!」

 また怯えて何処かへ消えてしまった伊良湖ちゃん。

 腕の締め付けがキツくなっていたところから簡単に推測出来るが金剛がまた嫉妬したらしい。しかも、より強く。

 「金剛、痛い。」

 「むううううう!!!」

 雑巾でも絞っているのかと思うほどに服の袖がひねられている。視覚情報がようやく感覚として伝わると同時に痛みが津波となって押し寄せる。

 「痛い痛い痛い痛い痛いいだいいだいあだだだ!?」

 「Oh?!sorry.」

 『あっ、ゴメン。』みたいなテンションなら自制してほしかった、とは言わずに

 「今度は気を付けて……。いてぇ。」

 とたしなめた。

 「その、ごめんなさい。」

 「気を付けて。ホントに。」

 「あい。」

 恨めしそうな涙目で見られぎょっとしてしまった。

 驚いた勢いで腕の拘束がほどけた。柔らかい暖かさからの解放は少し残念だがそんなのは二人でいるときにすれば良い。

 とにもかくにも時間が無いのだ。

 金剛に明石と青葉を呼ばせて諸々を用意してもらう。

 諸々は諸々だ。

 青葉も例の珍妙な発言をしていたが明石と金剛に嗜められた。

 何種類かの紙を百三十枚ずつ刷ってもらい、エントランスに長机を置いてその上に紙を置いて必ず取るように都度を書いた紙を机に貼っておいた。 

 

 ウチの鎮守府の面子はノリが良い方どころの話ではなくノリにノって倒れるまでノり続ける娘ばかりで催事を企画する者として気が乗ると言うものだ。

 勿論、倒れるまでというのは方便でそれほど楽しんでくれているということなのだ。

 このように急に企画された催しでも、彼女らは嫌な顔どころか待ってましたと言わんばかりの速さで準備をする。

 その証拠にどこからか現れた島風が一種類の紙の束を両手に持つと中庭から通信室や工廠に至るまで紙を置いては一種類、また一種類と持って同じように配っていき机を出して1時間も経たない内に配り終えていた。余りはキチンと机の上に置いてあった。

 仕事が早い。

 後で島風にご褒美あげよう。

 

 長いようで短い廊下を通り、執務室に向かう。

 百十人余りもいるのに誰も会わないのが不思議だった。

 執務室に帰ると誰もいない和室。

 煎餅布団に背中から倒れ込む。

 固い畳の感触が布団越しからも伝わるがその感触が中々癖になる。

 耳に無線機を付けてスイッチを押す。用事のあるときだけ呼び出すという行いは一人の女子を相手にする際に適しているのだろうかと考えつつも執務室の大淀に連絡を取ろうとした。

 『ふふふふんふーん♪』

 今年加賀さんが歌い始めた名曲を口ずさんでいるような鼻歌が聞こえてきた。

 勿論、「加賀岬」だ。

 

 数日前、加賀さん宛に小包が郵送されてきた。宛名に『加賀』とあったので加賀さんに届けた。彼女はその日の内に部屋から出てくることは無かった。ときどき、南雲機動の面子が出入りしては感涙してたらしい。

 その翌日、鎮守府には正体不明の美声が響いているのにとても驚いた僕は通信室に駆け込んだ。

 目の前にはレコーディング機材と思われるマイクとヘッドホンをした加賀さんが右手に何らかの紙を持って歌っている姿があった。

 大淀はうっとりしながら聞いていた。

 加賀さんは大淀の様子に気付かずにクライマックスまで歌うとヘッドホンを外した。

 僕は思わず拍手した。

 大淀も拍手していた。

 加賀さんはとても驚いたのか油の切れたロボットのようなぎこちのない動きで左右の僕と大淀をそれぞれ見た。

 「て、提督いつの間に。」

 「え、何、そのカワイイ動き?」

 「か、かわ………?!」

 「ちょ?!加賀さん?!」

 余計な口が出たかと後悔したときはすでに遅く加賀さんは赤面した顔を両手で押さえながら一人ローリンググレイドルもどきをしていた。カワイイと素直に思ってしまう。

 「提督…」

 「…ごめん。」

 「…加賀さん。少し落ち着きましょう?」

 ジト目で見てきた大淀は、加賀さんをなだめながらこちらをチロリと睨んできた。

 数分後、深呼吸をして落ち着いたのかいつもの無表情そうな顔をして出てきた加賀さん。声をかけようとすると目線をこちらから反らしてしまった。

 困ったことにこのコンディションだと加賀さんは口あまりをきいてくれない。別の角度から先程の現状を整理するロジックが必要だな。

 「大淀、さっきまで何してたの?」

 「大本営からの指令です。」

 「えっ。」

 どうやら艦娘に歌わせるのが新しい指令だそうだ。

 そして、歌っていたのは加賀さんだ。

 つまり、あの美声は加賀さんのものであることは確定事項であり、その当人は嫌がっていないようだ。嫌がってないのなら良いかもしれない。それに私情丸出しだが演歌が好きな自分にとっては涎を出しそうになるくらいに好きな曲調だった。

 「加賀さん。」

 加賀さんに背中を向けて窓の方を見た。

 「……」

 無言のつぶてが返ってくる。

 小恥ずかしいのはよく分かる。しかし、こちらも完璧なロジックが脳内で組み立てられてしまったのだ。大人しく口を割ってもらおう。

 「僕だけのために歌ってくれないか?」

 「…!」

 口説き文句のようにも聞こえるセリフを言ったときにゆっくり振りかえると加賀さんの姿はなく、大淀が顔をしかめていた。

 「提督、口説かないでください」

 「ナンパっぽかった?」

 「というかそのものです!」

 「ありのままに言っただけなんだけど。」

 「気持ちは分からなくも無いですが言い方が…」

 歯切れの悪い言い方で嗜められてしまった。

 「気を付ける。」

 

 このような出来事があった。

 詳細は省くが、話題となり流行となって今ではウチの鎮守府のテーマ曲と言っても過言ではないくらい頻繁に執務室で流している。

 

 テーマ曲と化した加賀岬を口ずさむ大淀を少し大きな声で呼ぶ。

 「おーい!」

 「ッ?!は、はい。大淀です!」

 「カレーとか夏祭りとか諸々やるから諸々用意!」

 「諸々ってなんですか?!」

 「諸々は諸々。ヒトサンゴーマルに各員に集合の都度を説明の上で食堂に待機させて!」

 「分かりました!それと…。」

 「ん?」

 「ギリギリは止めましょう?」

 「アッ、ハイ。」

 最後にしっぺ返しが飛んできた。

 毎回食堂に招集をかけている気がする。しかし、講堂のような大きな部屋が見当たらないのだから仕方ない。

 今はヒトサンサンマル。集合に二十分もかからないと思うが一応だ。

 僕は先に講堂に向かった。

 

僕が府内の艦娘に「好きに騒いでくれ。」と言った翌日。

 

 僕は全身に鈍い痛みを感じて起きた。

 

 見てみると金剛が飛びかかってきたようだった。いつものように推察なので断言出来ないがダイビングブレスをまともに受けてしまったことによる痛み。

 

 しかし、悪意のある痛みではないためやんわりと微笑んで金剛を撫でてどいてもらう。

 

 スマホのロック画面で時間を確認すると日の出とほぼ同時刻。

 

 年寄り並の早起きに呆れつつ枕元に畳んでおいた軍服を手に取った。

 

 「かぶり付きで見てます。」

 

 「……」

 

 「じゅる。」

 

 ヨダレを垂らし好事家のような顔をしている金剛を尻目にタンクトップの上に軍服を羽織る。

 

 「じゅるる。」

 

 暑いので帽子は被らない。

 

 下にはジャージを履いているがそのままにしておいて部屋を出ようとドアノブに手をかけた瞬間に

 

 「Nooooooooo!!!!!」

 

 ジャージに思いきり飛びつかれた。

 

 ずり落ちかけたジャージを掴んで引き上げた。が、金剛の勢いに掴んでいた手が負けて下着ごとずり落ちた。

 

 「おい?!何するんだよ?!」

 

 「軍服はしっかり着ないと駄目ですよ!」

 

 「それはそうだがどうして掴んだ?!」

 

 「それはぁ…その…」

 

 「そしてその手を離してくれ。下半身裸はおかしい。」

 

 「coolでしょ?」

 

 「この光景のどこがクールだ。シュール通り越してファニーだよ!?」

 

 「脚線美が眩しいです。」

 

 「だから放」

 

──コンコン

 

 「ちょっとアンタ?起きてる?入るわよ。」

 

 金剛との夫婦漫才染みた喧騒に紛れた叢雲の声が聞こえなかった。

 

 幸いなことにドアノブを握りっぱなしなので叢雲の力では開かなかった。

 

 「とにかく着て下さい。」

 

 声を絞った金剛に違和感を感じながら振り返ろうとした途端に足がもつれ金剛に倒れこんでしまう。

 

 当然、ドアノブから手が離れてしまったため叢雲がノブを捻って入ってきた。

 

 「きゃあああああああああ?!!!!」

 

 鎮守府夏祭りは乾いた破裂音が府内に響き渡ったところから始まった。

 

 

 

 

 

 青い空。

 

 雲一つない空の下で祭りを開催するのは心が踊る。

 

 筈なのだが、僕の心には積乱雲が立ち込めていた。

 

 お立ち台に立って周りを見回すとゆうに百を越す女の子の視線が自分に集まっていることがよく分かる。

 

 そしてその視線の全てが疑問を孕んでいることもよく分かった。

 

 何せ僕の左頬がマンガのように真っ赤に腫れ上がっているのだから。

 

 

 

 皆が誰か口火を切ってくれと言わんばかりの顔をしていた。小声でヒソヒソと話している人の群れの中から一本の腕が出た。

 

 艦橋を模したカチューシャに太陽に映える黒い髪。

 

 人の群れが彼女から数歩離れたことによる赤いスカートと特徴的な巫女服の出現。

 

 つまりは彼女なのだ。金剛型三番艦の彼女なのだ。

 

 「司令官、その…お顔はどうされたのでしょう?」

 

 榛名がおずおずと尋ねてきた。

 

 「僕の隣に便りになる御姉様がいるだろう?聞いてごらん?」

 

 僕の隣には『あんぱん』と書かれたプレートを首からぶら下げている金剛と叢雲がいる。僕から見て金剛が左隣、叢雲が右隣にいる。

 

 「御姉様?」

 

 榛名が小首を傾げて聞くとどこか気まずそうにそっぽを向いた金剛は

 

 「ちょっと…ね?」

 

 と曖昧に言った。

 

 「?」

 

 榛名は少し抜けているのか元からなのか少し察しが悪いところがある。

 

 「叢雲ちゃん、どうしたの?」

 

 榛名の質問に後押しされたのか叢雲の直系の姉の吹雪が挙手をしてから聞き始めた。

 

 「…何でもない。」

 

 こちらはうつ向いて唇を震わせていた。頬を赤くしていた。

 

 

 

 「この二人についてはいつか号外として発刊される青葉の府内号を見てくれ。それでは今回の夏祭りの説明に入る!」

 

 『はい!』

 

 「楽しんで!以上!」

 

 『えっ…』

 

 限りなく単純明快に説明してつもりなんだが駄目なのだろうか。

 

 「えーっと、皆には予め引換券を10枚配布しているよね?それを出店を開いている人のところに行って使ってほしいな。」

 

 『はい。』

 

 「カレー大会は今から3時間後の10時まで参加の受け付けをしている。11時から始めて12時に審査を開始を予定している。奮って参加しておくれ。」

 

 『おー!』

 

 威勢のよいふわふわした声で轟く声には安らぎをも覚えた。

 

 「じゃあ、解散!」

 

 この一声で一同は素早く作業に取りかかった。

 

 

 

 数種類の鉄パイプを組み合わせて骨組みを作り、色とりどりのビニルを骨組みに被せた。

 

 たこ焼、お好み焼き、佐世保バーガー、うどんそば、焼き鳥、唐揚げ、ベビーカステラ、わたがし等々食べ物の屋台が立ち並んだ。

 

 一通り見てみると食べ物しか無かった。

 

 

 

 龍驤の屋台を参考に構造やら準備の行程を見てゆく。

 

 縁日の屋台を完成させた龍驤はプロパンガスのボンベを持ってきて専用の加熱機と型を持ってきた。

 

 黒潮も手伝っていた。

 

 あっという間に設営完了という尋常じゃない速度。

 

 ヤル気マンマンだぜ、といった気迫が感じられるような気合。

 

 他に目を向けると同じように誰かしらが手伝って同じように尋常じゃない速度で設営していた。

 

 島風の屋台に至ってはすでにわたあめを売り始めていた。売り子に天津風、作る係に島風という似た者コンビで運営していた。客には第六駆逐隊やら第七駆逐隊が列を作っては嬉しそうな顔でわたあめを食べていた。

 

 

 しかし、嵐の前の束の間の晴れだということに僕はまだ予想すらしていなかった。

 

 

スタンディングオベーションを贈りたくなるような生声の『加賀岬』がアジテーターとして流れている。

 こういう盛り上がる時には職権濫用をしたくなる。

 というよりもうしたからタチが悪いと自責する。

 提督だからと言って全ての出し物の食べ物を一つずつ頂戴したのだ。

 

 そもそもの切欠は龍驤の店だ。

 彼女は黒潮と一緒にたこ焼をやっていた。

 加熱機で鉄の型を温めながら仕込みを終えた龍驤が声をかけてきた。

 今思えば空腹とソースの匂いに負けて口からヨダレを垂らして物欲しそうに見ていたのかもしれない。

 龍驤は悪戯っぽい笑顔を浮かべると交渉をこちらに持ちかけてきたのだ。

 内容が少し長かったので要約すると、『味見と宣伝をしてくれるのなら一舟ごちそうする』ということだった。

 勿論、喜んで引き受けた。

 湯気がたつ出来立てのたこ焼き、小麦の生地の上で踊る鰹節。紅しょうがのさっぱりとした香り。

 すぐにかぶりつくと美味しい熱さが口を襲った。

 舌を火傷しては困るので仕方なく出来立てのたこ焼を冷ましながら歩いていると駆逐艦やら軽巡洋艦が物欲しそうにこちらを見てくるので龍驤の店だと言うと直ぐに龍驤の店に向かっていった。

 今思えばこれが良くなかったのだろうと思う。

 近くにいた島風の客がみんな龍驤に行ったせいで彼女の店の前には僕一人がぽつねんと取り残された。 

 ちらりと横目で島風を見ると彼女は涙目でこちらを見つめながら地団駄を踏んでいた。

 客を奪う原因になり得たのは自分なのだからここは彼女の宣伝に力を注ぐべきだろうと思い、宣伝を買って出た。

 その後、あちらこちらと同じような宣伝を頼まれ続け下のジャージがベトベトになってしまった。

 

 アレの開催予定時刻までに時間は割とある。

 この際、気に入っているジャージはどうでも良いとしてだ。

 この催しを楽しみたい。 

 僕がいてもいなくても気づかれないシステムを使えば、管理人より一人の人間としてそれを満喫出来るはずだ。

 そう思うと自然と体が動いた。

 朝礼台のようなお立ち台の付近から執務室までおよそ50メートル。

 颯爽と駆け抜けられた。

 ほぼノンストップで計13秒ほど。

 勿論、府内も賑わっているが、最小限の動きで駆け抜けた。

 三角飛びで数々の視界から逃れ、足音は艦娘達が歩いて軋む音に紛れて進んだ。

 楽しくもあるが、少し足が痛い。

 些末な痛みに気を回す時間が惜しく、誰もいない執務室で数ヵ月前に送られてきた政府名義の荷物の箱に手を伸ばす。

 最初に添え書きがあった。

 乱雑な字で書かれ、普通なら解読不可能。

 しかし、僕にとっては非常に馴染み深く懐かしい筆跡だった。

 実家の母親からのメッセージだった。

 

 文から察すると黒服達はどうも職場の同僚と騙って転勤する僕のために服を持っていきたいと言ったそうだ。

 素知らぬ人間を家にあげるとはどのような了見だろうかとも実の親に対し思ったが、軍服から解放されると思った僕の脳内には親への感謝の情が強く頭に残った。

 

  渋々と職場に戻る。

 着替えは床下で済ませた。

 

 経緯としてはこうだ。

 司令室の隣の部屋、ただの空き部屋があるのだがそこのタイルを外して床下に入り込んだ。

 私服のセンスでディスられたらたまったものではない。

 勿論、入り口の扉は閉めてある。

 床下は平面の広さはあれど縦の狭さは少し大きめの段ボール箱の上に握り拳が一つ入るかどうかの高さなので困った。

 勿論、呼び戻されている以上早く行かねばならない。

 モタモタと迷う時間はもう無い。

 薄いフローリングと敷かれた厚い畳の上から司令官捜索チームを派遣しようと言う声が聞こえたからだ。

 匍匐の状態から段ボールを蹴り、倒して中身を出す。

 都合の良いことに着たい服と靴が転げ落ちてくれた。

 もっぱら軍服なのだが。

 蹴ったことで音が出たんじゃないかと蹴った後になって気付いた。

 一瞬焦ったが捜索の話が進んでいるところから考えると気が付かれていないようだ。

 そのまま這いつくばった状態で着替えた。

 砂ぼこりまみれになってしまったが別に些末なことだ。

 タイルをそっと外して周囲を伺うと誰もいなかった。

 音をたてずにタイルを戻した。

 

 構造上出来た隙間に身を隠す。

 そこでそっと砂ぼこりをはたいていると隣から怒号のような何かが聞こえた。

 壁の面に密着し、体勢を低くした。

 そのまま壁に耳を当てると愉快な騒ぎになっているようだ。

 どうやら先頭で声をあげ指揮を執っているのは長門のようだ。

 淡々と駆逐艦に指示を出すところから連合艦隊旗艦の名は伊達ではないようだ。例え練度が低かろうとも。

 時間があれば図書館で調べようとも思ったが今は違う。

 全員を出し抜いて愉悦に浸るのが先決だ。

 下らないことを考えている間にも長門は駆逐艦の機動力と無邪気さを利用して僕を見つけようとしているらしい。

 指示をまとめると、吹雪型駆逐艦は鎮守府入り口周辺に睦月型は鎮守府外周、第六駆逐隊と第七駆逐隊と天龍型はそれぞれ屋台エリアの哨戒。

 川内型は各自で府内の警ら。

 阿賀野型は川内型の補佐。

 夕張は明石と共に工廠の警備。

 大淀は通信の回復・増強。

 球磨型は入渠ドッグの周辺。 

 鳥海と摩耶は各艦娘の部屋内の確認。

 最上、鈴谷、熊野は女子トイレの監視。

 秋月、初月の二名は屋根裏部屋の探索。

 戦艦組は総員で府内一回のローラー作戦。

 大鯨は特殊艦の統率。

 統率がとれてきたのは上官として嬉しいがこちらは丸腰でも出し抜くことは容易。

 床を突き抜かんとする慌ただしい足音が去り静寂が辺りを包んだときを見計らい素早くこの部屋のドアを開け執務室に入る。

 肝心の本丸ががら空きなのに落胆こそしたが及第点だ。

 例の緊急敵性生物排除任務期間であるからこその息抜きだから許すのであって本番中には万全を期す。

 それがウチのやり方だ。

 端的に言うのであれば緩急のメリハリをつけること。

 

 

 執務室に入るなり、敷いてあった煎餅布団に大の字になって寝転がる。

 哨戒の目を逃れ、布団に寝転がるという最高にクールでハイな愉悦に思わず笑顔が溢れる。

 読みかけの単行本に手を伸ばした瞬間。

 「Heeeeeeeey!yoooooooou!?」

 「Be quite!」

 「…sorry.Admiral.」

 英語で交わす数瞬の時。

 純英国の戦艦である彼女がしょぼくれる。

 「…で、何をやってるの?ウォースパイト。」

 名前を呼ぶと顔を上げて慌てたような顔をした。

 「そ、それはこちらのセリフです!皆探してますよ!?」

 顔が忙しそうだなぁと思ったが僕の気まぐれでやったことだったことを思い出した。

 「知ってる。」

 「でしたら!」

 「ん?僕の奥の手を見たいの?」

 僕は腹這いの姿勢から懐に手を突っ込みウォースパイトを見る。

 「…ぐ。分かりました。私は何も見てません。」

 少し怯えたような難しい顔をするとウォースパイトが渋々了承したことを確認すると懐に入れた手を引き抜いた。

 「それでよし。大方、金剛がここに来るだろう。それまで大人しく座ってなさい。」

 「分かりました。」

 

 

 

 

 艦娘と人間の膂力の差は艦娘の方が僅かに強い。

 いわゆる強化人間である彼女らは足腰、肩や腕の力が強くなるように僅かに調節がかけられ、陸上で艤装と呼ばれる鉄の塊を装着し持久走をさせ海上に出ては敵を掃討する訓練を行っていたようだ。精神的な訓練も兼ねていたのかもしれない。

 実際、そのような訓練をしているというデータを政府の間の抜けたサーバーから引き抜いてきた。

 資料によると戦艦クラスの女性には米俵約半分の重さの装備を腰に着けているらしい。重巡・航巡クラスは少年から青年に愛される週刊誌を10冊を縛ってまとめた位の重さを片手に装備しているようだ。背中の方はもう少し軽いらしい。

 軽巡クラスは全体的に重巡よりもやや軽い。

 駆逐艦は陶器の皿を10枚を積み上げたくらいの重さの装備を片手や背中に付けているようだ。

 そんな人間離れした訓練と環境を耐え抜いてきた彼女ら。

 そんな彼女らの新入りであるウォースパイトが寝た体勢の僕にやや怯えるのには理由があった。

 

 ある夜、イベントの最中に大規模な事故があった。

 艦同士の接触とかではなく道中大破祭りのことだ。

 飛ぶ修復材、疲労を訴える高練度艦。

 思うようにならずにイライラしていた夕食のころ。

 暑さと怠さで思うように箸が進まない。

 さらに喧騒が加わった。

 「夜戦だああああああああああああああああ!」

 いつもは微笑ましいくらいにしか聞こえない賑やかさも今だけ聞けば耳障りな叫び声にしかとれない。

 結論から言ってしまえば僕は彼女に向けて拳銃を構えて即座に撃ったのだ。 

 暴徒鎮圧用の麻酔銃を携行しているのは知っていたらしいが、それを撃たれた恐怖よりも撃った時の僕の顔の方が数段怖かったらしい。

 暫く、僕の目の前で騒ぐ艦娘はいなかった。

 後から聞いた話だが沈黙令が僕を通さずに発令されていたらしい。

 さらに、そのはた迷惑な逸話を新入りに入念に聞かせているらしい。

 

 

 そんな経緯があり、正に新入りのウォースパイトはおめおめと帰ることに…

 「Heeeeeeeey提督ゥ!ネタはあがってるYO!」

 ならなかった。

 「うるさい。」

 シュッ!

 消音器を付けた麻酔銃を即座に天井のタイルを外して登場なぞ格好を付けた金剛の眉間に向かって撃つ。

 「oh my…」

 ぬるりと落ちいく金剛を受け止め、ウォースパイトに出ていくように促すと…

 「ゲームオーバーです。」

 「何だって?」

 静かに告げたウォースパイトの言霊には勝利の確信が宿っていた。

 まさかと思い周りを見回すと…

 「ご主人しゃま~!みちゅけたぁぁぁぁ!」

 窓にべったりと張り付いた漣の姿。

 「…えっ?」

 べったりと張り付いていた。

 とても印象に残ったのでもう一回言った。

 

 

 そこからの時の流れは異様に早かった。

 全員が狭い執務室に再び詰めかけ、がやがやと騒がしくなった。

 意気込む声が部屋を満たしていた。

 それだけで僕にも彼女達のエネルギーが伝わってきて、元気がもらえる。

 活力溢れる声も時間が経つと小さくなっていく。

 申請を済ませた子たちが部屋を出て支度するためだ。

 

 「定例会議よ、提督。」

 冷えるようなクールボイス、怪談を語らせたら似合うであろう声が目の前から聞こえる。

 「何であんなことをしたのかも聞きたいのだけれど。」

 一番付き合いの長い声も聞こえる。

 「それは私も同感ネー。」

 公私混同の原因、もとい家内の声も聞こえる。

 「プロ、じゃなくて司令官?今回のお祭りのことを話さなきゃ駄目でしょ?」

 こちらはスルーしようかと迷うくらいの声。

 「ったく、このあたしの目から逃れるたぁ大した逃げ足だよなぁ。」

 精神的衛生によくない格好をしたナイスバディな罵り声が聞こえる。

 「…うぅ、どうしてそうなるんですか。」

 うって変わって白スクを着た幼女の声も聞こえる。

 「仕様のないことであります!司令官殿の落ち度でもあります!」

 本官は貴官が夏場でもその格好は暑くないのか疑問に思うであります。

 「えっと…とどのつまりどういう会議なんですか?」

 唯一の工作艦の声も聞こえた。

 「さあ?」

 頬をポリポリとかいて困った顔している声もした。

 九人の豪傑が目の前に立ち詰問してくる。

 「今回の催しのことよ、明石。提督、貴方の行いで若干時間がおしてしまったので代替案、もしくはスケジュールの変更を要請、あるいはこのまま実行するのかを採決して頂きたく参りました。」

 「…」

 叢雲もあきつ丸もまるゆもこちらを見る。

 視線の逃げ場所が無い。

 「一刻を争います。現在、予定より10分ほどおしていますので可及的速やかな決定を。」

 「…分かった。元の予定の三十分前倒し。」

 「つまり、二十分の前倒しですね。」

 「そうだよ、じゃあ何か質問は?」

 全員が揃って黙る。

 「良し、散!」

 窓から、ドアから、屋根からそれぞれフリースタイルで準備に向かった。

 さて、自分も準備をしよう。

 そう思って土間に降りて草履をつっかけ廊下に出た。

 

 悠々と浮かぶ雲と近くに吊るしている風鈴が夏を感じさせる昼下り。

 この日が一年後になっていても違和感が無さそうなくらいに眠い。

 こんなにも風流だと、昼寝には丁度良さそうだが。

 「ヴェックシッ!?」

 思わずくしゃみを一つ。

 鼻水が垂れるのを感じつつ、前のめりになって場を見渡す。

 「大丈夫?」

 両手でティッシュ箱を持ってきてくれた小動物のような駆逐艦、水無月。

 「ありがとう。大丈夫だよ。」

 微笑んで頭を優しく撫でてからティッシュを数枚取る。

 そのまま鼻をかむと耳なりに似た音が両の耳に響いた。

 「いつでも言ってよ!僕は姉さん達と合流しちゃうけど呼ばれたら行くからさ!」

 そういうと水無月は審査員席の僕の傍らからトタトタと離れていった。

 ティッシュ箱を置いていってくれたら良かったのになんて野暮なことは言わない。

 自分の役割を自分で決めた人の行動を止めるなんて無礼にもほどがある。

 現に水無風は僕にティッシュを持ってくるのが自分の仕事で、今しがた仕事を果たした時の彼女の笑顔がやり甲斐があることを如実に示している

 「司令官、ニマニマするのは後にしてちょうだい。開戦の法螺貝を吹くのは貴方なのよ?」

 「叢雲がアンタ呼びしないのは珍しいな。」

 「うるさいわね!酸素魚雷をぶつけるわよ。」

 「はーいはい。じゃ、那珂。」

 「あっ、はーいプロデューサー!マイクです!」

 最敬礼をしながら両手でマイクを持つ那珂に苦笑いしつつマイクを受けとる。

 受け取ってスイッチを入れる。

 さて、確かめてみよう。

 「テステス。」コンコン

 指先でマイクをつつく。

 整列した艦娘全体に普通の音量で聞こえるようにスピーカーを設置しているのだが、僕は二台のスピーカーの真ん中に立っていたため、ハウリングが耳を貫いた。

 耳を塞いでしまいたい衝動を抑える。

 僕としてはハウリングのやかましさは小中高と音響に徹してきたから多少は分かる。

 音響係に出力を下げるように合図して、パニックに陥った心臓をなだめるように深呼吸を一つ。

 「はい、テストテスト。…OKだな。」

 ハウリングが起きないことを確認して説明に入る。

 

 

 「分かったかな?じゃあ、早速始め!」

 要点だけかいつまんだ説明。

 長いだけの前口上なんて誰でも出来る。

 それでは話が滞るに決まっているから手短に済ませる。

 そして、手短に始める。

 緊張したまま突っ立っているなんて心臓がもたないことは元運動部所属の経験で分かっている。だから、早めにホイッスルを吹いて集中してもらうことが選手達への献身というものだ。

 

 椅子に腰かけて揚々と気軽に待つことは出来ない。

 明石と大淀が打ち込んだ参加者一覧表と各チーム代表者の意気込みが目をこらして見ないといけないくらいに所狭しと紙にあった。

 

 参加者の総数は30を超えた時点で分からなくなった。

 目が痛くなるほどに字は細かく、紙の白さを見つけることが困難な程に文字に埋められていたからだ。

 参加者が多いことは嬉しい。

 しかし、しかしだ。

 『最終審査権は僕にある』っていうのがネックという現状なので諸手を挙げて喜べない。

 早い話が、参加者全員分のカレーは食べられないかもしれない。

 明らかに30より多い個人、団体の数々。

 今すぐにでもルール改訂をしたい。

 しかし、賽は投げられた。

 審査員長としての自分にはもうどうすることも出来ない。

 それに…。

 「み、皆さん!もっと楽しくお料理しましょう?ね?」

 『え?』

 声のトーンが本気である。

 ひきつったような笑顔と黒い炎をギラつかせる薄目を物見やぐらのような実況席にいる大淀に向けられる。

 「ひっ?!」

 実際、コワイ。

 リアルカンムスショックを起こしそうなアトモスフィアが提督=サンと大淀=サンを襲うだろう。

 そのようなショックを起こす暇は残されてはいない。

 こちらも実況と監視と審査をする役割に就いているため椅子から立ち上がって参加者の出席者確認とマイクを使った実況、調理が粗方終わって煮込みを待つだけの加賀さんや那珂や金剛型戦艦の面子にBGM代わりの生歌披露の依頼をした。

 快諾してもらったのが幸いし、調理場以外のところにいるときは居心地が良かった。

 

 出来たカレーの品評会と言えば聞こえは良い。

 しかし、実際は僕の胃袋を掴んだのは誰かという自己申告会でもあるから複雑な所だ。

 企画しておいて言うことではないのだが、みんな違ってみんな良いというのは駄目なのだろうか…。

 激辛とか劇辛とか撃辛とかありそうだなどと考えて諦めている自分がいた。

 この際、全て完食してしまえば良いのだ。

 その上で舌が誰を選ぶかなのだ。

 

 

 腹を括った僕は、個人出場者や姉妹揃っての大所帯やらの見回りをしながらチームの解説、撮影をしている。

 

 戦場にルールは無いのは分かっているが不測の事態やら型破りな戦法が入り乱れるせいで苛つくことが多々あった。

 しかし、この大会ではそのようなものは存在しない。

 つまり、この大会において不正は全く無かった。

 ルール通りに動いてくれることがとても嬉しいことであるとは思わなかった。

 戦場でのストレスもこの充足してゆく気持ちが洗い流してくれる。

 とどのつまり、平和そのもの。

 …とは言い難かった。

 

 一部の艦娘がスカートの中も撮影OKだと言ってきたのだ。

 金剛一人ならまだゲンコツを落とせば済ませられる。

 しかし、だ。

 空母や戦艦、一部の駆逐艦まで同様の言葉を囁いてくるから僕の愚息に悪い。

 その場は適当に流しておいたが、悩みの種が増えると思うと先が思いやられる。

 因みに浮気は自分がされたく無いという理由でしない主義なのだが…。

 金剛曰く、「鎮守府の空気が桃色になる前に止めてもらえると助かります。ただ、険悪になるのは避けたいのでその娘の要望通りに付き合ってあげて欲しいのです。勿論、私に気付かれないようにお願いします。」とのこと。 

 個人より組織を優先する。

 きっと金剛も苦心していることだろう。

 それ以上に、いけないシーソーゲームに身を投じている自分には重荷がのし掛かっていることを改めて自覚する。

 思考回路がオーバーヒートするかもしれないと思ったときには僕の意識は少し薄れた。

 

 ビクリと体が震えた直後に目を開けると目の前には食事中の艦娘達。

 彼女達は小振りの皿に盛られたカレー、カレー、カレーの数々を食べていた。

 我ながら無茶なことを考えたものだ。

 食べられるかそうでないかに個人差があることを念頭に置いていなかった。

 戦艦ならともかく駆逐艦の娘達には小振りの皿に盛られているとはいえ40を超えるカレーはキツいだろうと今になって反省した。

 あまり食べなかった印象が強い弥生に聞いてみる。

 「弥生、大丈夫か?…ッ?!」

 顔が真っ青だった。

 あまりの青さに僕の全身の血の気が引いた。

 「…ぁ、司令官…。」

 「ごめんよ、弥生。無理しなくて食べなくても良いんだぞ?」

 「…すいません、司令官。私、表情固くて…」

 「表情以前に血色悪いよ弥生。救護室に行った方が…」

 「…これは…その…足柄さんのカレーが辛くてダウンしていただけです…。ご心配おかけしました。カレーはまだまだ食べられるので大丈夫です。」

 「そ、そうかあ。無理しないでね。」

 大丈夫と言われてもやはり心配なので弥生をちらりと見ながら彼女のもとを後にする。

 

 試食するための場所に移動する。     

 寝る前まではどのチームがどのようなカレーを作っているのかというのは粗方分かってはいたのだ。

 しかし、今は忘れてしまった。

 どういうわけか記憶が長く保存されない。

 こういう言い方をすると、自分がロボットのような感じがして嫌だ。

 なので今の自分を端的に言い表す。

 つまるところが【ボケている】の方が妥当ではないかなどと益体もない事を考えていると。

 「お仕事お疲れ様です、提督。」

 大淀からの労いが聞こえた。

 最近になって、どちらかが話しかければもう片方の通信機の回線が開くように改修したのをふと思い出した。 

 関係がないため脳内での言及もここで終い。

 「どうしたの。」 

 「味見の時間です。」

 「他の艦娘達には?」

 「もう皆さん頂いています。」

 「分かった。そっちに行くよ。」

 スッという音がしてから通信機の回線が閉じた。

 去年の通信機のスペックより抜群のスペックだったということを頭の片隅で思いつつ、珍しく酔っていない凖鷹と付き添いの飛鷹が運んできた食器一式やカレーの鍋の数々と相対した。

 

 そこからは味の天国と地獄のシャトルランだった。

 足柄の激辛カレーをトップバッターにしてみたところから始まり、ウォースパイトの納豆カレーで終わった。

 途中に鳳翔さんの懐かしい味や金剛監修の僕好みのカレー、長門のニンニク多めの甘口カレーなどの天国ゾーンがあったが、脳裏を焼き尽くして切り裂くような地獄ゾーンの印象が遥かに強かった。

 

 結果から言うと金剛四姉妹の独走だった。

 艦娘達の票だけで全体の七割を占めた。

 ビリの艦娘は決めない。

 あくまで優勝したグループのみ決める。

 ビリだのブービーなど決めるといじめが起きてしまう。

 それは、避けたい問題の一つだからだ。

 ここまで、平和に過ごせたのにハラスメントで崩れるなんてお話にならない。

 話がそれたが、金剛四姉妹のカレーが次の大会まで食堂にならぶことになった。

 

 こうして、カレー大会は終わり次の年へ、また次の年へと引き継がれる。

 というより、毎年の恒例行事となっている。

 炎天下の中にでやることになりかねないのだが毎年工夫をこらして何とかしていることを未来の僕は知っている。




 早めに書き始めて見せるさ…書いてやる
(ちょいちょい改変加えてます)


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おサボり提督のご機嫌はいかが?

 皆様、ご無沙汰してます。
 リアルの主は療養が必要にも関わらず、勉学に重点を置いているので更新がめちゃくちゃ遅くなっております。
 今回はタイムリーなイベントを書きながら何かしらを書こうと思っています。


 青畳の香りが海風と混じりのどかさを醸し出す。しかし、僕の目の前には飢えた獣たち。僕は雪でも降るかと思えるくらいの寒さに身を震わせる。そして、ただ目の前の小さい物を睨み付けては、知恵を絞り出すかのように苦悩する。

 僕と獣たちとの温度差は大きく、温度が低い僕には状況通り風が吹いていた。

 「通れッ!」

 水色の毛色の狼が吠える。

 しかし、猟師たるもの害するものは敵だ。

 目の前の狼には退場願おう。

 握りしめた猟銃の引き金を引くように背面が黄色い小さな物を手元に引き寄せる。

 「ツモ。」

 規則通りに並べられた小さな牌を倒してアガリの証拠を叩きつける。

 「アンタねぇ…。」

 上官である僕にアンタと呼んだ娘の言葉尻が下がっていく。語調とは裏腹に悔しさが滲み出ていた。

 「まあ、ロンじゃないだけ良くないかな?」

 「流石にここまで負け越したら、人のアガリはイラつくわよ。ていうか、なんでこんなことをしてんのよ?」

 「まあま、首尾はどうかと聞かれたからこうしているだけだよ。ようやく使い慣れてきた家具だし試してみたかったからね。」

 ジャラジャラと牌をかき集めて中央に積んだ。

 そのまま雀卓を部屋のすみにどけておく。

 片付け方は適当。

 こうして適当に積んでいるだけなのだ。

 「HEY!麻雀も良いけどさー。時期とか戦力とか考えなヨー」

 「まあ。二面まで行ったし小休止ってことで。」

 「まあ、私は長い間出撃出来てないですケドー。」

 「…それは…運命力じゃないかな?」

 「それならしょうがないネー。」

 胡乱な外国人のような口ぶりが金剛に戻ってきた。

 叢雲も納得しながらも悔しがる顔をしていたが、それもすぐにいつもの涼しげな顔になった。

 「ハン、あんたもそれくらいは分かるようになったのね。」

 「あぁ。何があったのか理解していないとイベントはやりにくいからね。」

 「それでも最近は後半海域までは行けてないんですけどね。」

 「ぐぅ…。」

 ぐうの音もでない。

 毎度のことだが運命力が高い艦娘の育成を育て忘れることが多いのだ。勿論、改善には努めてはいるのだがあと少しで改装できる練度になるという間の悪さでギリギリのところで育て逃すという愚行を繰り返している。

 ただ、川内型の三人をようやく改二に出来たことにより基盤は安定してきた。

 鈴谷の練度は改装できる段階までギリギリで、今回のイベントでも登用できるのだが航空戦力がどうにもならない。

 斥候の段階で、暫定的な戦略的打開ポイントに到達したのだが潜水艦の姫クラスは強力な弱体化フィールドを展開しても対処しきれないのがウチの現状だ。

 ちなみに、EVENT海域では各提督に深海棲艦を極度に弱らせる毒電波を流せる装置が支給される。人を狂わせておかしな行動をさせるようなアレではない。アレやコレを混ぜ合わせてセッ、とかの電波ではない。あくまで、弱体化させるだけの電波装置である。難易度は甲乙丙の段階で分類され、後の序列になればなるほど弱体化フィールドの作用は強くなる。甲では素材そのまま、乙は塩の恋人、丙では盛り塩くらいの作用。

 それでも、敵が強くて完全に無力化することは出来なかった。

 提督の積んだ経験を数値化したものがあるのだが、それが大きく関わっている。

 細かい説明は省くが、提督としての経験が大きければ大きいほど弱体化フィールドの出力が弱くなるのだ。

 僕は三桁代に入ったばかりだから丙の難度でもそこそこ苦戦する、もしくは勝てないことが多い。

 政府の火力と速度重視の斥候だけでは把握出来ない選ばれた編成にのみ示される航路があり、それを見つけられる艦娘と編成が織り成す力のことを運命力とウチでは呼んでいる

 

 ともかく、レイテの輸送が終わらないことにはどうにもならない。

 修復剤も100個のデッドラインを越えた時点で残りのバケツを使いきることは確定事項となった。

 まあ、僕の立てる作戦というよりかは方針なのだが賛否両論なのだ。

 のんびりしすぎているとか、焦りすぎだとかよく言われる。

 

 少し前のことを思い出しているとコンコンと突然のノックの音。

 「どうぞ。」

 少し開いたドアからのぞいた獣の耳を彷彿とさせるクセっ毛。

 「提督よ、次はどうする?」

 六戦連続で中破しながらも重巡棲姫に手傷を追わせてきた初月が震える足で執務室に入ってきた。

 この鎮守府の駆逐艦最高練度であっても、疲労には勝てない。持久力のない駆逐艦が疲弊してしまったため今日のところはここまでにする。

 「もう終わりだよ。よく頑張ってくれた。おいで」

 叢雲と金剛を部屋から出し、初月を抱きしめ頭を撫でた。

 最近は艦娘の頭を撫でることに慣れてきて加減が分かった。

 以前、初月を撫でていたとき段々と犬に見えてしまいワシャワシャと撫でてしまっていた。その後、しばらくは近づいてくれなかったのが思い出される。

 

 警戒態勢を解くために襟についているマイクで館内放送をかけた。

 「あー、あーテステス。戦闘態勢解除。夜更かしは良くないぞー。お休み。」

 手早く、簡潔に。

 放送をかけ終えると初月が顔を赤くしながら出ていった。

 その後、秋月も来て同様の反応。

 珍しく麻耶も来た。

 カバディのような攻防のあと、彼女に膝枕をしてしばらく過ごした。

 ドアから顔をのぞかせていた金剛や榛名までも膝枕と言ってヘッドスライディングをしてきたのには流石に困った。

 

 そうして時間が経ち、日付変更間近の時間帯。

 冬のような寒さに心地よさと寂しさに身を浸しながら月を見つめていると、静かに加賀が入ってきた。

 彼女は静かに隣に立つと、

 「月が綺麗ですね。」

 と言ってきた。

 眠気に落ちかけた脳味噌がフルスロットルで回り始めた。

 「‥ッ!?」

 動揺した僕を笑うように加賀は微笑み部屋を後にした。

 ドアを開くと同時に、

 「?!!」

 加賀の笑みが消えた。

 加賀が開けたドアから僅かに覗く一、二、五航戦の様々な笑みが見えた。

 「そこの女王と龍と鶴コンビも寝なさい!」

 『はーい!』

 少し気恥ずかしそうに頬を赤くしうつ向く加賀。

 ただ、表情が出にくいだけであって相当恥ずかしいのが加賀の本心だろうと思うとこちらまでニヤニヤしてしまう。

 

 こうして士気を高めながらイベント海域に挑む。




 なーんだこの甘い空気は‥
 (加賀さん可愛いヤッター!)
 冬は冷えるので加賀さんを暖房にしたi‥ちょ?!ナニをする?!やめ‥アバアアアア!サヨナラ!

 冗談はさておき、レイテにまで戦艦が使えないのは痛いですね‥火力と耐久が紙な輸送船団でちまちま運んでいるので困ってます。
 皆さん、頑張って凉月ちゃんを手に入れてください!
 私はe2で運んでいます!
 では、また何ヵ月後かに会いましょう!


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鎮守府異聞~年中行事はほどほどに!~

 皆さん、お久し振りです素人丸屋です。
 更新が大変遅くなり申し訳ございません。
 昨年度は病院なり講義なり試験なりで忙しく執筆出来ませんでした。
 また今年度はさらに講義やレポートが増えるため、作者が半ば失踪状態に成り得る可能性があるので大目に見てもらえればなあと思います。


 前置きが長くなりましたが、『のんびり艦これ』をこれからも宜しくお願い致します!


 昨日はクリスマスイブだった。

 カラオケ大会が年末特番ばりの歌合戦になったり、鬼ごっこ大会がいつの間にか高速無双になったり、料理評議会が正妻戦争になったりとカオスさが思い出される。

 それがクリスマス当日になると盛況さという名の何かが増していく。

 

 町並みのカップルを見かけては内心では毒づいて虚しかった頃とは対照的に、今の僕は目下逃走せざるを得ない状況に立たされた。

 『提督のハート射止めるのです!』という一見楽しそうな電の筆で書かれた題字とは裏腹に当人の目はどこか笑っていなかった。

 提督こと僕のスタート地点と艦娘たちのスタート地点は50メートルも離れていなかった。

 幸いにも僕のスタート地点は鎮守府のドアの真正面。

 僕のスタートの20秒後に総勢123名の艦娘が一斉にスタートし僕を捕まえたら一日デート券が直接支給されるというルール。

 因みに僕には特別ルールとして麻酔銃と他のアイテム数個を使用できることになっている。

 一見僕の有利に見えるがそのようなことは毛頭ない。

 アイテムを携行するだけでスタミナが削られるし、麻酔銃を使えば近くにいることを悟られる。

 加えて内通者がいないことで多対一の状況でしかない。

 

 背中に刺さるほどの視線を受けながら、開始の花火と同時に一歩踏み出してドアを開けた。

 

壁に背をつけ深呼吸をする。悪鬼羅刹が押し寄せるようにも思えるこの多対一の鬼ごっこで数多いうちの行動の選択が命取りになり得る。

 今の行動が正しくそうだ。

 鬼ごっこで足を止めるのは自殺行為。

 しかし、かくれんぼならば...。

 軍服に仕込んでおいたステルス迷彩を起動し、壁と同化。

 足音をたてる訳には行かないため、仕方なく仁王立ち。

 足を開き終わったのと同時に、雪崩れ込んできた艦娘たち。

 半々で左右に分かれる彼女たちの顔は明らかに戦闘時の形相。

 奇数人数のため必然的に片方の人数が多くなるわけだが、全く予想しない展開となった。

 

 最後尾にあたる集団から大井が転げ出たのだ。

 勢いそのまま僕の股間に頭を命中させた。

 迷彩は衝撃に弱く、周りから見ればいきなり現れた僕が崩れ落ちている様に見えるだろう。

 「つっ…?!」

 男性ならではの激痛が脳に痛みの遮断を訴えかける。

 意識が飛び、倒れそうになった。

 ほんの数瞬、起き上がってない大井が目に入った。

 『このまま倒れる訳にはいかない。』

 意識を素早くかき集めると同時に、大井を踏まない位置に足を動かし踏みとどまる。

 「イタタ…?」

 頭をさすりながら起き上がった大井は僕の顔見るなり少し引き気味な表情を見せた。

 そこまで酷い顔をしているのかと思いながら、視界は暗くなり何も聞こえなくなった。

 

 目が覚めると滅多に使われない救護室のベッドに僕がいることがぼんやりと分かった。

 「ったく、何してんだか!」

 イライラしながら貧乏揺すりでもするのかというくらいに落ち着きのない大井が横にいた。

 こちらが起きてないと思ってるのか僕の方には視線を向けていない。

 「あのさ。それは、こっちのセリフ」

 「…ぅうるさいです!」

 やはり気づいてなかった。

 「心配してくれてありがとう。大丈夫だから。」

 「ふんっ」

 そっぽをむかれてしまった。

 少し視線をずらすと、今にも飛びかかりそうな勢いを堪えているのか溜めているのか判然としない金剛がドア近くでわなわなとしていた。

 「大丈夫だから。ステイステイ」

 「…はぃ」

 尻すぼみな力無い返事と共に金剛は去っていった。

 120人の大所帯で一人でも話しかけたことが無い艦娘がいることは避けたい。

 上下関係云々の前に人間関係が確立してないのは避けたいからだ。

 逆に言うと一人に執心すると他が蔑ろになることもあり得ることで、それも避けたい事象に含まれる。

 そういう訳で金剛には今回は退いてもらう。

 「じゃあ、行くか」

 「…」

 救護室から出た僕と大井は執務室の炬燵に入った。

 「あ~、手足冷えるなあ」

 高校時代から冷え症気味なのが続いているせいか、適温の炬燵が手先だけサウナに入ったようなインパクトを受ける。

 「そうですか?」

 テーブル部分に頬を付けてだらけた大井が疑問を投げる。

 「冷え症だから」

 「どれどれ?冷たッ?!」

 炬燵の中で僕の手を触った大井は驚いて炬燵を揺らした。

 それとほぼ同時に洗牌しておいた麻雀牌がじゃらりと音をたてバラバラになってしまった。

 「あらら」

 「直しましょう。今すぐ」

 「後でやっておくからいいよ」

 「駄目です!こういうのは放っておくと悪化するんですから!」

 テキパキと片付けていく大井。

 手が温まったから手伝おうと思った時には洗牌作業は終わっていた。

 ここでふと疑問が一つ。

 「ねえ大井」

 「何です?」

 ゆっくりと炬燵に戻る大井の視線は態勢のせいなのか睨み付けるように見えた。

 「誰に対してもそんな感じなの?」

 「だらしない人には」

 端的に答える大井は少し不機嫌そうだった。

 北上についてはどうなのか。

 北上曰く大井が北上の出撃の際、支度を手伝ってくれているという。

 ルーズな面がある北上に対しては姉妹艦としてどう大井に映っているのか興味が沸いた。

 「北上にも?」

 大井は顔を伏せた。

 「貴方が北上さんをどう思っているか、よく分かりました。では、失礼します。」

 早口にそう言った大井は足早に部屋を出ていこうと炬燵から出ようとした。

 「待った」

 「…チッ」

 露骨な舌打ちが乾いた空気に響く。

 「北上ってさ、面倒臭がりだろ?針ネズミのような寝癖は気にしないし、戦闘服はずれてることがまあまああるし、スウェットとジャージの不揃いなんて素知らぬ顔だし。そういう面があるから球磨型の姉妹としてはどうなのか聞きたいだけなんだよ。」

 「分かってないですね、面倒臭がりだからこそ良いんじゃないんですか」

 「だよなあ」

 「当たり前じゃない」

 口ではつんけんしているけど、根は世話焼きなのは知っている。大井が何気なく後輩の駆逐艦にキチンと生活や戦闘の指導しているのを僕は知っている。

 「じゃあさ」

 「……」

 興奮と憤慨と歓喜と羞恥が同居した顔はどうして複雑なように思えて単純なのだろうと思ってしまうくらいに大井の顔は赤かった。

 大井が言っている内容が彼女自身の頭で整理されているのか心配になってきた。

 それとは別にちょっとしたクレームまがいのことを聞いておこう。

 「北上と出撃すると毎回同じ敵を標的にするのさ?」

 「それは…」

 大井の顔から赤みが引いていき、真面目に考える顔に変わった。

 「たまたまです」

 「明らかに北上さーんって叫んでる時があったのに?」

 「うっ?!」

 実際に雷撃するときに叫んでるのを嫌という程どころか日常風景になりうるくらいにはよく目撃している。

 「大井も面倒臭がりだったりして」

 「もう良いです」

 ばつが悪いのか少しむくれた様子。

 「まあ、確実性があるのは分かるけどさ。二人ともキチンと当ててくれるのは知ってるから。今度から二人の先制雷撃で複数体仕留めてくれない?」

 「善処します」

 むくれた顔は変わらないが、言葉の端からは安堵の音が聞こえる。

 説教するつもりはなかったとは言い難い。けれど、やってくれるのならわざわざ怒ることも無いと考え直した。

  

 

 クリスマスに何てことをしているんだろうと思いながら過ごした昨日を振り返り、やれやれとため息を一つ。

 クリスマスと同時に近づいてくる年越しの準備に取り掛かる。

 

 

 

 朝早く起き、倉庫兼資材庫に足を運び門松などの正月飾りをしまってある箱を食堂に運ぶ。

 「お早う御座います、司令官。」

 「おはよう。君も正月の準備かい?」

 「駄目ですよ松風さん。司令官様に失礼ですよ。」

 「春姉の言う通り。お早う御座います、司令。」

 挨拶をした神風と段ボールを持ち上げた松風、妹の言葉遣いを嗜める春風と同意をしながら挨拶してくれた旗風。

 「みんなお早う。どうしたんだい?」

 「私はここにも慣れてきたから少しは手伝いたいなって思ったの。」

 「で、朝からゴソゴソしてた姉貴を追いかけてみたら鳳翔の手伝いをしてたから僕も手伝うことにしたのさ。」

 「私も同じです。」

 「私もです。」

 鴨の行進が思い浮かび、朝からほっこりとした気分になった。

 「偉いなあ、よしよし。」

 神風の頭に手を置き、撫でる。

 ギョッと驚いた神風は顔を赤くし僕の手から逃げた。

 しかし、俯きながら「もう一回やって」と言って僕の手首をむんずと掴んで神風自身の頭に僕の手を置いた。

 「ご相伴に預かるとしますか。」

 そう言った松風は空いた手の方にやってきて、頭を差し出す。

 「よしよし」

 呆気にとられた春風と旗風も寄ってきて頭を出す。

 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」

 優しく、素早く、優雅に四人の頭を撫でる。

 何分経ったか分からない。 

 ふと入り口の方を見ると、顔を半分だけ出した山風がふくれっ面でこちらを見ていた。

 「あたしも、やってた」

 ボソリと何かを言った山風は足早にどこかへ行ってしまおうとした。

 「ちょっとゴメンね。」

 神風たちに軽く謝り、山風を追いかけた。

 

 「山風、ある部屋に行こう」

 倉庫からあまり離れていない早朝の司令室前。

 「…え?」

 立ち止まり振り返った山風の目元は少し赤く腫れていた。

 「いいから。」

 優しく手を握り、司令室の向かい側の『開かずの間』と木の札が打ち付けてある部屋に山風を連れ込む。

 ドアを開けると視界に飛び込んでくるのは暗澹たる光景。

 「ひっ…?!」

 後ろから聞こえた今にも消え入りそうな悲鳴は山風のものだ。

 「おっと、明かり点けるの忘れてた!」

 入口すぐのスイッチに手を伸ばす。

 蛍光灯が照らし出したのは、木造の小部屋。

 机と椅子が2セット向かい合わせに配置されている。

 山風に入口近くの席に座る様に促し、僕は入り口から遠い方の椅子に腰かけた。

 

 この部屋は『開かずの間』と銘打っているが、説教・カウンセリング部屋だ。

 新米の頃に睡眠妨害をしていた那珂ちゃんのコスチュームを昭和アイドルのような服にしてみたり、古い振付を新しい曲に合わせて踊ってもらったことが思い出される。

 

 「…………。」

 「山風は何をしていたのか教えてほしいな。」

 笑顔で、柔和な態度で話しかける。

 「…………。」

 「そっか!お手伝いしてくれたんだね!ありがとう!」

 「!」

 簡単な話だが、神風たちが褒められていることに山風はむくれていた。

 褒められたかったという仮説が容易に出来る。

 してもらった仕事には感謝を。

 「…………あたし」

 「?」

 「あたし、頑張った。」

 「うんうん。」

 「食堂に食べ物、運んだ!」

 「よくやった!よしよしよしよしよしよおおおおおおし!」

 椅子から立ち、山風を抱き寄せ頭を撫でまくる。

 

 山風を部屋の外に出し部屋の明かりを消す。

 「じゃあ。」

 「うん!もっと頑張る!」

 「無理しない程度にね?」

 「じゃあね!パパ!」

 「ぶううううううう?!」

 衝撃的な一言に吹き出したが、幸いにも山風は気張って手伝いに戻っていたため聞かれていなかった。

 クリスマスの食材搬入は重労働なのは通年なのだが、山風が頑張ってくれたおかげで僕の仕事が無くなってしまった。

 

 クリスマスを喜んでいられるものは幼く、苦労するのが上の人間の運命。

 頑張った山風は寝てしまったし、大体の艦娘たちも同様に夢の中だ。

 「DS、レオパルド、ホテル集合!」

 薄暗い食堂に響く小さな招集の声。

 それに素早く応じたのが、金剛型4姉妹とビスマルクと大和だった。

 「Hey提督、応援来たネー」

 「今日は寝てません!」

 「通常は就寝時間まで寝ませんよ、お姉さま」

 「マイクは必要ないですよね?」

 「いやいや、常識的に考えなくても要らないのは明らかでしょ。」

 「提督、ホテルと呼ぶのは止めて頂きたいです。」

 「みんな静かに。他の人たちは寝ているから。」

 ハッとなって口をつぐむ全員。

 「よし、これよりツリーの解体・梱包と装飾の撤収と梱包、並びに倉庫への収納を行う」

 『はい!』

 静かな気迫ある返事と共に作業は順調に行われた。

 倉庫に諸々を運び終えたのは日付が変わる30分前だった。

 「お疲れ、大和。」

 「提督、お疲れ様でした。」

 倉庫を閉め背伸びをした。

 「さて、風呂入って寝るか。」

 「お背中流しましょうか?」

 「?!」

 「し、しーっ!皆さん寝てますって!」

 「あっ…」

 しまったと思い慌てて口を塞ぐ。

 幸い、外だったため府内の艦娘に聞こえることはなかった。

 「大和が先に入って出た後、僕がシャワーだけ浴びるっていうのは?」

 「駄目です。」

 「参ったなあ…じゃあさ。」

 大和にゴニョゴニョと耳打ちした。

 「確かに背中は流せますけどぉ…」

 「丁度いい妥協点でしょ?」

 「ううぅ…」

 結局、大和には僕指定のジャージを着た上で裾と袖をまくった状態で一緒に入ることと指示したタイミングで浴室と脱衣所から出ることの二つを条件に一緒に入ることを許可した。

 何事もなく緊急イベントが終わったことに安堵した僕は、スウェットに着替えて布団を敷き就寝した。

 

 

 12月31日、艦娘たちは艦娘たちで提督は提督で思い思いに過ごすのに適した日ではあるのだが………

 「提督、一杯付き合って貰えますか?」

 練度が99になってかなり経つ加賀が、酒の席に誘ってきた。

 食堂へ行く道すがら加賀を見て彼女の若干の変化に気付いた。

 サイドテールに結んでいるヘアゴムが変わっている。

 まあ、酒を飲みながらそれとなく聞いてみることにしよう。

 食堂のスライド式の戸を開けると、カウンター席で飲んだくれている隼鷹や那智や千歳の姿が見える。

 テーブル席には年越しそばをすすりながら、カウントダウンを今か今かとうずうずしている駆逐艦や阿武隈をいじる北上とそのやりとりをハンカチの端を嚙み千切らんばかりにしている大井や瑞雲談義をする伊勢と日向と最上型の面々。 

 カウンター席の一番端、比較的静かな席についた。

 流星改と烈風の何が良いのかという議題で盛り上がる空母達は、いつの間にかこちらを見てニヤニヤしていた。

 加賀は赤面するどころか同艦種の仲間に向かってサムズアップしていた。

 その時の顔は見えなかったが、青葉がいつの間にか写真を撮っていたので後で回収しておこうと思った。

 「お母さん、暖かいの二つ。」

 「はーい」

 加賀にお母さんと呼ばれて注文をとりに出てきたのは女将の鳳翔さんだった。

 「温かいのを。」

 「はーい」

 僕と加賀の二人を見た鳳翔さんは何となくだが嬉しそうだった。

 

 しばらくして熱燗の銚子一本と猪口二つが運ばれてきた。

 二人で酌み交わす内に、加賀の顔がほんのりと赤くなってきた。

 銚子は合計で7本は空けただろうか。

 年を越すまで時間はまだ余りある。

 体質的にアルコールには強い僕は理性がしっかりと残っている。

 対照的に加賀は僕の右肩に頭を寄せて寝息をたて始めた。

 「赤城」

 「あっ、はーい」

 赤城に頼んで加賀を部屋に運んでもらった。

 結局、黙々と酌み交わしていただけで言葉は交わせなかった。

 ただ、普段より加賀の感情がよく出ていたことだけは分かった。

 

 夜になるにつれて食堂が賑やかになってきた。

 誘った加賀がいない以上、長く食堂に留まるつもりはなかったのだが現主戦力のメンツが集まってしまったため定例会議のようなものが始まってしまった。

 そのうち空母に重巡や駆逐や戦艦クラスの副戦力や育成組がわらわらと集まって、結果的にほぼ全員が集まってしまった。

 つぶれていたはずの呑兵衛たちも酔いが醒めたのか参加していた。

 鳳翔さんも一段落ついたのか割烹着を脱いで、戦闘用の制服である着物を着ていた。

 「ええっと…これより反省会を行います。諸々すいませんでした。以上!閉会!もう帰っていいよ。」

 「駄目よ。何逃げようとしてんのよ、このクズ!」

 「はいはい、霞は明日から育成組ね。」

 「感謝なんてしないから。」

 「分かった。」

 霞のフライングで話が切り出しやすくなったのか、レーベとビスマルクが育成組にしてもらえないかと遠慮がちに聞いてきた。

 「ビスマルクは育成組、レーベは霞が終わった後あたり。」

 「ユーはダメですか?」

 Uボートがすごすごと聞いてきた。

 「ユーちゃんはもう少し待っててね。」

 脇からひょっこり出てきたユーちゃんの申請をやんわりとうやむやにした。

 バシー辺りを周回するときには採用しているが、正直潜水艦を旗艦にすると僕も水中に潜らざるを得なくなってしまうため雷巡の二人に旗艦を頼んでいるのが現状だ。

 とは言え、潜水空母がまだいないのも現状なのも確かだ。

 来年は伊58や伊19に力を入れてもいいのかもしれない。

 「提督、アクィラは?」

 「日本空母の戦力が粗方整備出来たら。」

 「そんなー」

 「提督、私は?」

 「コマちゃんは…少し待っててね。」

 最近、一部の水上機母艦に大発が積めるようになったため千歳と千代田に注力していたのだったのを思い出した。

 コマンダンテストには申し訳ないとは思うが、EVENT海域での戦力不足が否めないため後回しにする他ない。

 アクィラに関しては、隼鷹と龍驤がいるため育成面では放置することにしている。

 二人とも悪い子じゃないのは確かなのだが、来た時期が悪かった。

 ウォースパイトは『やはりそうなるか』といった半ば悟ったような表情を浮かべていた。

 外国艦の魅力はあれど、金剛型の戦力に依存してしまっているためウォースパイトの育成も放置していたのだった…。

 一度育成組に入れてみて分かったことは前方投影面積が若干少ないことだけだ。

 座りながら砲撃というスタイルは見たことがない。

 「みなさーん、アイスいりますか~?」

 ここでふわっとした声と共に伊良湖がアイスの注文をとりに来た。

 みんな思い思いに注文していた。

 長門が目をキラキラさせてバニラアイスを3つ注文していたことと秋月と初月がアイスとは何だろうか話していたことが印象に残った。

 因みに僕は、キャラメルフレンチトーストのバニラとチョコのアイス乗せを注文した。

 

 時間は年を越す1分前、寝ていたはずの加賀やつぶれかけの呑兵衛たちが気を引き締めた面持ちで立っていた。

 僕はクラッカーを手に持ち、お立ち台に上る。

 府内にいる艦娘のみんなに視線が台上の僕に注がれる。

 食堂の大時計が2018年1月1日を指し示したときに、クラッカーの紐を思いっきり引っ張り新年を祝した。

 

 

 

 

 新年初めての2月頃のEVENT海域は4つ目の海域の姫クラスの敵があと一歩のところで倒しきれず苦汁を舐めさせられた。

 ビスマルクは久々の出撃ということで張り切っていたが高レベルの金剛型が苦戦を強いられていることを知り意気消沈していた。

 最近では、艤装加速装置《タービン》を積むことによって低速戦艦でも高速戦艦ばりの速力が出せるが、補強増設の切り方に困っていて低速な陸奥の出撃が出来ない。

 生活組の駆逐艦たちも秋月や初月、叢雲や雪風といった主力組の面々が中大破して帰ってくるのを見て震えていた。

 空母や水上機母艦のメンツも赤城や加賀、翔鶴や瑞鶴といった主力組がボロボロになって帰投している姿が頻繁に目撃されているため、援軍にでている艦隊の士気に影響がでていた。

 そういったことがあり、夕立が育成組に配属された。

 

 

 「第一艦隊、点呼!」

 「1!」

 「2」

 「3」

 「4」

 「5」

 「6」

 「青葉!」

 「お呼びですね?!お呼びですね?!」

 大声で呼ぶと勢いよくドアを開けて青葉が現れた。

 生き生きとした顔に、首には愛用のカメラをぶら下げている。服は芋っぽいジャージだが。

 「スムーズに編成したいから、艦隊記録頼む」

 「はーい。えーっと、霞さん、夕立さん、大鳳さん、翔鶴さん、大和さん、武蔵さんですね?」

 「うん、OK。」

 今日は、4月某日。

 完全に和室と化した司令室にジャージを着た六名と記録係の青葉と軍服の上を引っかけ軍帽を被る僕の計7名がいる。

 「それにしても大和型の方を同時に育成組にあげるって大胆ですねえ。それに先日の痛手も回復していないのに新しい正規空母を導入ですか…。」

 「ああ、言いたいことは分かる。」

 「別に私も育成組にあげて欲しいとか思ってませんよ?スパルタなのはよく聞いた話ですし。」

 「誰だい、そんな話広めたの。」

 「私です~」

 「前も言ったけど、止めなさい。」

 「はーい」

 「まったくもう。」

 先入観を持たれると育成組になった者の士気に関わるから止めて欲しいものだ。

 

 提督業を始めさせられて4年。

 割と始めの頃に演習関連で気付いていた事がある。

 演習で勝利すると、明らかに戦意が昂っている者が出ることだ。

 完全勝利に近い勝ち方をすると旗艦だけでなく、艦隊全員に戦意がみなぎることもあることも気づいた。

 戦意が昂っている艦娘は回りから見るとキラキラしていることから諸提督たちからその状態をキラキラと呼び、キラキラを付ける作業をキラ付けと呼んでいることを後で知った。

 艦娘たち自身にはハイな状態になっている自覚があることから自信をつけてもらう行動をさせられているという認識になっているようだ。

 青葉が先程言ったのはそのことだろう。

 相手にとってスパルタなこともあれば、自チームにとってスパルタなこともあるらしいことから僕の育成は「Killer付け」と呼ばれることが度々あった。

 相手艦隊が駆逐艦1隻に対し、こちらの艦隊が空母6隻なんてよくあった。

 相手の編成はタブレットで表示されているので有利になるように艦隊を組んだり、不利な編成にも関わらずごり押しさせたりと艦娘たちにはたまったものではないことを育成として行っている。

 演習用の砲弾はゴム弾と規定されているし、演習上の魚雷はペットボトルロケットを水面すれすれで飛ばすし、演習中の爆撃などはタライを艦載機達が落とすなど痛みを減らした戦闘となっているためそこまで殺人的ではないと思うのだが。

 「司令官、どうしました?」

 「そこまで厳しいかなあって考えてた。」

 「厳しいと思いますよ。今回は教育組が一人、翔鶴さんしかいないじゃないですか。」

 「あー…そういう厳しいね?」

 「はい、そういう厳しいです。」

 なるほど、合点がいった。

 

 

 秘書官の夕立を残し、第一艦隊のメンツを部屋に待機させた。

 「夕立」

 「何ですかー?」

 ほんわかとした声が伸びる。

 「改二になってもよろしくな。」

 「ぽいっ!」

 元気の良い声が司令室に響いた。




 クリスマスから現在までの話をざっくりと書いてみました。
 イベント終了後、四月のいつだかは忘れましたが自棄を起こして大鳳レシピ二連続でやったのでボーキが壊滅しました。
 結果は二回目で大鳳が出たので、漸く来たか~と思いました。
 一、二、五航戦の空母に次ぐ正規空母を長い間使ってみたいと思ってもなかなか来てくれなかったので嬉しい気持ちでいっぱいでした。
 まあ、ボーキがピンチなのは今でもあまり変わらないんですけどね。
 

 それはさておき最新話いかがでしたでしょうか?
 約半年振りの執筆なので腕が落ちていると思いますが、そこも大目に見て頂けると幸いです。
 以上、素人丸屋でした!


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イベントでも日常でも皆は元気です

投稿が遅くなり大変申し訳御座いません。
もう少し長くするつもりでしたが約束の時間に間に合わせるため区切りの良い地点で終わらせました。
来月あたりに徐々に書き足していこうと思っていますのでお待ち頂けると幸いです。
次回の投稿は早く出来るようにしますので今後とも『のんびり艦これ』を宜しくお願い致します。



 多くの艦娘たちがピリピリしながら敵を殲滅するイベント中のある日の朝。

 障子張りの引き戸の向こうから賑やかな声が聞こえてくる。

 「次は執務室前ー、執務室前ー。お出口は後方以外となっております。」

 「なのです!」

 「ハラショー」

 電車のアナウンスを想像させる声が聞こえた。

 声で六駆なのははっきりと分かった。

 それはさておき、出口が後方以外とはどういうことか引き戸をスライドさせ確かめてみる。

 結論としては、確かに後方以外は下車は可能ということだった。

 なにせ、車は車でも台車であるからだ。

 「司令官!乗るのです?」

 「この雷に任せなさい!」

 「ウラー」

 「ちょっと響!やる気出してよ!」

 「ヴェールヌイだ」

 「まあま、お言葉に甘えますかな」

 雷電コンビが後押し、年長者二人が台車を押すという状態だが響、もといヴェールヌイが眠いのか疲れているのかやる気があまりなかった。

 ゴロゴロと音をたて動き出す台車。

 流れる景色はゆったりと流れていく。

 よいしょ、うんしょと頑張る声が後ろから聞こえる度に軽い罪悪感が沸き上がる。

 ほどなくして大淀がいる通信室の前に到着した。

 「お出口は右側です」

 「お足元に注意して降りて欲しいのです!」

 暁と電のアナウンスに促され、降りようとしたその時。

 「あー!提督じゃーん!」

 「姉さん?!すいません提督!…もう、姉さん提督が困っているでしょう?駆逐艦の皆、ごめんね」

 「那珂ちゃんだよー!」

 川内型の三人が目の前に現れた。

 というか、長女がすでに僕に飛び掛かっていた。

 慌てて姉を引きはがしにかかる次女。

 慣れてしまったのか、悟ったのか自己紹介をし始めるマイペースな三女。

 「神通ぅ…ちょっと待ってよう」

 「迷惑でしょう姉さん。」

 「カタいなあもう。」

 胡坐をかいていた僕の膝にしがみついていた川内は渋々と妹の言葉を聞き入れた。

 ちぇーといいながら立ち去ろうとした川内が放った何気ない一言が波紋を呼ぶことを僕は直前に勘付いた。

 「提督はいつ夜戦してくれるのお?」

 凍り付く空気。

 空気が動き出した原因は顔を真っ赤にした大淀が勢いよくドアを開けながら「金剛さん以外と夜戦ってどういうことですか?!」と口にしたことだった。

 やれやれと困る僕と川内と神通。

 ポカンとする那珂、雷電コンビ。

 顔を真っ赤にした大淀の誤解を解くため、こうなった経緯を手短に話し始めた。

 

 

 

 川内がこの鎮守府に来て数日が経過した頃のことだった。

 夜戦だ夜戦と夜にも関わらず騒いでいる川内を静かにさせるために不意をつく形で消音機付きの麻酔銃で眠らせた。

 その後、姉を探しにでた神通と出会い眠らせた川内を預けた。

 明くる朝、夜に夜戦だと騒ぐのは止めてほしいと言うと川内は首を横に振った。

 どうすれば止めるかと聞くと対決してほしいとのことだった。

 川内は非武装、僕は麻酔銃にのみを携行することと開始地点は互いに知らないこと、他の艦娘がいないことが条件とされていた。

 僕の視界に一回も入らなかった場合川内の勝利、川内を眠らせた場合僕の勝ちというルール。

 やれるものならやってみろ、という意思を感じた僕はマガジンを取り出し残弾数を確認した。

 弾は十分、コンディションも良好、開始時刻の目印の時計も壊れていなかった。

 開始時刻。

 府内の静けさは川内の動きを明確に伝えてくれた。

 僕は足音を立てず、呼吸を静かに浅くするように階段の付近の壁に張り付いた。

 川内はそろりそろりと階段を上ってきてはいたが、僅かに音がでていた。

 三階に上ろうとし背中をこちらに向けた川内の頭に発砲し眠らせ勝負は僕の勝ち。

 川内は静かに夜を過ごす。

 ...となるはずだったが、ズルだなんだと言われ再戦し続ける内に、ある時期の夜になると対決が自然とはじまってしまうことになってしまった。

 

 

 

 

 「…で、その時期が近くなってきて催促しているって訳なんだ。」

 「だって、負けたくないんだもん。」

 「せめて一勝くらいしてから言って欲しいな。」

 「勝つまで挑めば負けじゃない!!!」

 「やれやれ。で?分かってもらえたかな?」

 「無理です(なのです)」

 「困ったなあ。」

 確かに、変な方向性から始まった会話の理解は不可であろう。

 いっそのこともっと変な方向に進めてしまえと思った。

 「ちなみに、神通と那珂も一緒に参加しているんだよねえ。」

 「提督?!」

 「プロデューサー?!」

 「言わないでください!」

 神通は怒っているのか照れているのかは分からないが顔を真っ赤にしていた。

 那珂は得意げな顔をし始めた。

 大淀は真っ赤な顔を手で押さえ、下を向いてわなわなと震えていた。

 「最低です!」

 「待った、勘違いしてる。」

 走り始めそうな大淀の手を僕はなんとか掴み、目線を同じにするために台車から離れ、立った。

 「一緒に冷静に考えてみよう。まず、夜戦だとTPOを弁えずはしゃぐ川内がいます。」

 「…ええ。」

 呼吸を整え始めた大淀の目は疑いと軽い蔑みの念を孕んだものだった。

 初めてのことだったのでドキッとした。

 勿論、後悔と恐怖の心臓の鼓動の高鳴りなのだが...。

 深海棲艦に対する艦娘の目が丁度このような感じなのだろうかと思案したが、それどころじゃないと思い説得を続ける。

 「当然、誰も寝付ける訳がないでしょ?」

 「…はい」

 思考のパズルをし始めたのであろう大淀の顔は赤みが引いていき普段の顔色と変わらない色となった。

 「で、静かにしようとしない川内をどうにかこうにか静かにさせていたら…。何故かある日になったら模擬戦闘を始めるって謎習慣が出来ちゃったの。」

 「やっぱり分かりません」

 真顔で大淀は審議を拒否。

 内心泣きたいところではあるがここで折れたら色欲に刈られたハラスメントの化身として扱われてしまうと過去の自分からの警鐘が鳴り響いた。

 「もっとシンプルに考えよう。僕は川内を静かにさせるために毎回麻酔銃で川内を眠らせてるだけで、その後は何もしてない。川内は神通か那珂ちゃんに任せてる。ノータッチだから、全くのノータッチだから。」

 言葉が大分多くなってきたのを自覚する。

 言い訳がましく聞こえてないだろうか。

 そんなことを心配して大淀を見ると得心したかのような面持ちとなっていたためホッとする。

 「とりあえず、変なことはしていないから。OK?」

 「分かりました。OKです。」

 普段の落ち着いた雰囲気が大淀に戻り、通信室に戻った彼女を見送る。

 「誤解だからね?今説明した通りだから」

 第六駆逐隊にも同じように説明するのは流石に骨が折れる。大淀との会話を聞いてるためそれはしなくても済みそうだ。

 「分かってるわ。司令は金剛さんのだもんね!」

 「そうなのです。」

 「むぅ~!」

 「ハラショー」

 赤面しながらワタワタとしている暁。誤解が解けてないのか危惧する。

 長女に反して冷静に同意する電。

 むくれる雷。

 末っ子と同様に同意するヴェールヌイ。

 台車を押して倉庫に行くように促し第六駆逐隊を帰らせる。

 「川内型は後で反省会。」

 「なんで~?!」

 「うぅ…」

 「夜戦?!」

 通常運行だなあとやや放心しつつも執務室の向かい側の『開かずの間』に三人を入れ、夜の模擬戦闘を改めて僕と川内型のみの秘密にし二度と口外しないように厳重注意をした。

 尤も川内は反省していないのかすぐに夜戦と言い始めた。

 僕と神通は苦笑しながらアイコンタクトを交わし互いに頑張ろうと鼓舞した。

 

 

 

 

 

 

 府内のピリピリした空気が全く無くなった頃。

 言い換えれば、イベント海域が消え殺気だったオーラが全員から消えた頃なのだが、健闘を称えるのと同時に自分の未熟さを慰めるための慰安会として焼き肉パーティーを開くことにした。

 勿論、上に立っているという自覚は持たねばならないため慰安会ということは話していない。

 付き合いの長い艦娘にはバレていそうだが…。

 「提督ぅ、何かしようとしてる?」

 「分かる?」

 案の定金剛にはバレた。

 「戦闘服は着てきちゃダメだぞ。火の粉で穴が開くからね」

 「ほうほう、つまり炭火で…あっ」

 「焼肉ですか提督?!」

 金剛の視線の変化に気づくのとほぼ同時に背後から聞こえる大食漢ならぬ大食艦の声。

 僕の受け持つ鎮守府の古参にして主力空母の赤城と加賀が目を輝かせて駆け寄ってきた。

 「流石に気分が高揚します。」

 加賀は赤城の顔を見ながら喜んでいた。

 赤城はそんな加賀を見て嬉しさがこみ上げたのかニコニコとしていた。

 彼女らが通りがかってきたのは果たして偶然なのか、それを考えるより先に空母と戦艦、間宮と伊良湖達に声をかけ機材を倉庫から引っ張り出すのを手伝ってもらって必要な食料を業者に注文した。

 公務という名目、それも先方の政府は無理やり職に就かせているため食料の領収書はあてつけで政府に宛てた。




焼肉では牛のハラミが大好きな投稿者です。
ある焼肉店の牛タンで作られているハンバーグも大好きです。
食べ放題では白米を掻き込むよりか肉を食べ続けたほうがモトがとれると思います。
そんなこんなで次回(もしくはこの回)は焼肉回です。


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聖夜でも僕たちは肉を焼く

 メリークリスマス(クルシミマス)!
 どうも作者です。
 今回は諸々タイムリーということもあって焼肉パーティー+クリスマス回になります。
 それでは本編どうぞ!

追記:ちょいちょい書き足しています。


 大量のビニール袋に入った肉を業者から受け取った。

 注文した肉を軽トラの荷台に数回に分けて積み込んだ。

 それでも肉は余り仕方なく助手席に載せる。

 帰りの運転は苦労するだろうなあとぼんやり思う。

 「金剛」

 「うぅ…分かりました。」

 寒空の下、荷物の見張りに金剛を回すのは心が痛むが荷の量が量であるため仕方ないと思って欲しい。

 軽トラはAT車であったため助かったと思いながらゆっくりとアクセルを踏み込んだ。

 もっとも車を倉庫から出した時には気付いていたのだが、このあとのやることの多さに冷静になる機会が無くなっていた。早朝の冷たい風で多用を抱え込みヒートした頭が冷えたといった方が伝わりやすいかもしれない。

 「提督、寒いです」

 「あと二分堪えて」

 「はーい…」

 一分と経たない内にレンガ造りの塀と門が見えた。

 ゆっくりと塀から離れる様にハンドルをきり門に入る。

 倉庫に着くとほぼ同時に金剛型の妹達が金剛に体当たりでも仕掛けるのかと思うほどの勢いで雪崩れ込んだ。

 「御姉様ー!」

 我先にと飛び込む比叡。

 身ぶりで制止をかけた金剛に突っ込みそうになるのを間一髪で止める三女と末っ子。

 「霧島、榛名?!」

 「お肉が潰れちゃいますから!」

 「落ち着いて下さい!」

 車内のミラーで肉のピンチを見た僕は慌ててサイドブレーキをかけエンジンを切りドアを開けたが榛名と霧島のファインプレーにより胸を撫で下ろした。

 「お早う。皆元気だね」

 『御早う御座います。提督』

 息ピッタリなのは良いことだ。

 そうは思っても目の前のことは言及せねばなるまい。

 「元気なのは良いけど、いきなりポシャる原因になるのは避けてほしいなあ」

 「うぅ、すいません」

 「それにこんな時間に駆逐艦起こしたら可哀想だから府内を走るのは止めなさい」

 『すいませんでした』

 「分かった?なら、鳳翔さんのところに持っていって。運びきれないなら赤城と加賀以外の空母と妙高型に声かけて手伝ってもらって。」

 「HEY!提督ぅ!」

 久しぶりの片言風な喋り方の呼びかけに応じてみる。

 「ん?」

 「育成組に関してはどうするつもりですか?」

 「手伝ってもらいたいけど、朝から動きっぱなしなのはマズいから声かけなくて良い。足柄も含めてね。」

 「了解しました」

 「助手席にもあるから」

 「司令?この黄色の袋のお肉は何ですか?」

 「僕のお楽しみ」

 『ずるいです』

 「あ、あはは…。ほら、運ぼう」

 『ブーブー』

 このようなことがあったが肉の運搬は順調に終わった。

 

 ある雑事を済ませて、午後の演習も済ませた夕方。

 軍手をぴっちりはめ、脳内のスイッチを切り替える。

 ここから気合を入れた仕事になるため普段の調子から一転させなければ至福の時を迎えられないと思えばこのようなことは些事でしかない。

 仕事モードに切り替わると同時に整列した艦娘一同に向かって指示を出す。

 既に焼肉パーティーなのはバレているようで駆逐艦や海防艦の中でも涎を垂らしている者や腹の虫が鳴いているのを必死に隠そうとしている者が散見される。

 「新旧育成組は用品系の組み立て、工廠組はバーナーで炭に着火した後に各コンロに炭を配置。戦艦はコンロの会場工廠間の運搬。巡洋艦は簡易テントをコンロの数分張って。駆逐艦と潜水艦、海防艦は巡洋艦の手伝い。それと戦艦、空母は片付けに注力してほしい。質問は?」

 「質問であります!」

 「何だいあきつ丸?」

 「自分はどこの配属でありますか?」

 「空母のところに行って。」

 「了解であります」

 「質問」

 「どうした叢雲」

 「アンタが何するか聞いてないんだけど」

 「もちろん全体の見回りと指示出し、フォローだよ」

 「そう。なら良いわ」

 「他には?」

 「はい!」

 「はい雪風」

 「頂きますはいつでしょう?」

 「準備出来たところから始めて良いよ」

 「他に質問ある人は?」

 無言からくるシンとした雰囲気が漂う。

 「OK、各員作業開始!」

 号令と同時に一斉に仕事を開始する艦娘達。

 ある一人を除いては…。

 「機材トラブルはどうすれば…?」

 「oh…。クラ先生」

 「感嘆しながら私を簡単そうに呼ぶなんてことする…?」

 「余裕そうだけど」

 「余裕に見えるなら大きな間違いだよ、提督」

 顔が青ざめた様子の秋雲は余程困っているのか深刻そうな声で僕の言葉を否定した。

 「どうしたの」

 「いいとこまでは来た原稿の画面がいきなりエラー吐いた」

 「バックアップは?」

 「どうだろ、覚えてない」

 さめざめと泣きそうな秋雲。

 分厚い積乱雲が空を覆い隠そうとしたその時だった。

 「何してるの?秋雲」

 「巻雲ちゃん…」

 「また副業?」

 「そうだよ、書きたいものを形にして他の皆に広めたいなっていう仕事」

 「その様子だと何かあった?」

 普通に聞こえるこの会話だが秋雲は困り顔で、巻雲はやれやれといった感じだった。

 そんなにトラブルが起こるのだろうかと思っていると

 「前に手伝った時の仕事のバックアップならとってあるけど?」

 「マジ?」

 「マジ」

 雲はモーゼの予言の海がごとく切り開かれ、肌を貫くほどの日差しが現れたのだった。

 秋雲の顔は段々と活き活きとしたものになった。

 「んじゃ提督、BBQの準備してくるねー!」

 秋雲は颯爽と倉庫から出ていった。

 「ちょっ?!秋雲待ってって!」

 巻雲は余った袖を振り回しながら秋雲を追いかけていった。

 

 簡易テントは支障なく組み立てられているのを見て、進んでいるなと思った矢先に育成組がヘルプを出していると大淀からの通信を受けた僕は何事かと思い走っていった。

 「どうしたの?」

 「脚部のセッティングが出来ないの」

 「そのタイプならこうして…こうするのさ」

 脚部パーツ、と言っても8本の棒を4本にしてコンロを安定させるタイプだったので直ぐに組み立てられた。

 「すまない、助かった」

 「大丈夫だよ、長門」

 「コンロはあとどのくらいある?」

 「20はあったかもしれん。どうする提督」

 「こっちも組み立てはやれるだけやってみる」

 「なら配置はこの武蔵に任せてもらおう」

 「お姉ちゃんもやるわよ…へっくち!」

 何時着ていたか覚えてないが私服で外に出てきた大和はくしゃみをしていた。

 「セーター以外にも着てきて大和」

 「すいません、行ってきます提督」

 「ダウンコートとか温かい格好してきなさい」

 「はい!」

 「武蔵は…大丈夫そうだね多分」

 「ああ、下にもある程度着込んでいるからな」

 「ブルゾンで寒くない?」

 「問題ないが?」

 「寝るときは温かくしてね?」

 心配である。

 そう思っていると不審な動きをする足柄の姿を視界の端で捉えた。

 バッと振り替えると瑞鳳とビスマルクまで似たような格好になっている。

 「何をしてるの呑兵衛たち」

 思わず毒を吐いた。

 酒瓶を持ちながらこそこそとしているという時点でちょっとこちらの心象は悪い。

 心象はともかくとしてこちらの声を聞いて驚いた三人は油の切れたロボットのようにぎこちなく顔だけこちらに向けてきた。

 「今は呑まないの、那智だって働いたあとの酒が旨いって言ってるくらいだ。ポーラと隼鷹すら今この時は呑んでないし」

 「ダメ?」

 瑞鳳が子犬のような目でこちらを見てくる。

 かわいいというのが本音だが心を鬼にする。

 「作業が終わってからにしなさい。さもないと…」

 「?」

 「今度瑞鳳の目の前で煎り卵作っちゃうから。下味は砂糖かな?」

 「ごめんなさい」

 「分かればよろしい」

 瑞鳳を説得したところで足柄が食ってかかる

 「でも美味しいものは美味しいでしょ?」

 「作業をサボる理由にはなりません。働かないで食べるご飯旨いだろうけどさ」

 「勿論です」

 「そっかあ、じゃあ足柄のカツカレーの味見止めちゃお。辛すぎて舌痛かったし」

 「すいませんでした」

 この一連の流れを見てビスマルクは自分の番だと気づいてしまった。

 「私は作業に戻ります」

 そそくさと逃げようとするがそんなことはさせない。

 「ソーセージ」

 「ヒッ?!」

 「今日のラインナップに入ってたけど駆逐艦にあげちゃお。最近入ったマックスも確かドイツだったし、ゆーちゃんにもあげようか」

 「お慈悲を」

 「じゃあ作業しなさい」

 「トホホ…」

 正直者が馬鹿をみるなんてあってはならないと考えているため少し圧をかけた。

 というか酒が呑めない娘、駆逐艦への教育に悪いことこの上ない。

 ともかく呑兵衛の酒盛りサボりは事前に回避出来た。

 安堵しているところで服を引っ張る感覚がした。

 「提督よ、僕や姉さんも食べて良いのか?」

 初月だった。

 資料によるとかつての大日本帝国時代の資源の少ない頃に建造された秋月型防空駆逐艦の『初月』を性格モデルにしているせいか食において我慢する傾向にあるらしいことは知っている。

 というか初月に限った話ではなく秋月型全員に言えるらしい。

 「麦飯じゃないのか?」

 「白米だよ」

 「……」

 何故か黙りこんだと思いきや初月の口の両端からヨダレが垂れていた。

 「楽しみかい?」

 「いや、でも…個数制限とかあるだろう?」

 「無いよ、縛りは無いよ」

 「そうか!」

 少し耳寄りな情報を初月や秋月にと思ったが、肉をどう食べるかなんて自由だと思い止めておいた。

 というか普段は何を食べてるのだろうか…イナゴの佃煮とか食べてはいないだろうかと心配になってしまう。

 「いっぱい食べてね、おかわりもあるから」

 「ああ!」

 毒ガス訓練でもしそうな流れだと思ってしまった自分に嫌気が差した。

 初月はそのようなことを考えている僕に関せず嬉しそうに秋月に今日の食事のことを話していた。

 その光景を見ていると視界の端にはまだ火の点いた炭がないコンロが何個もあった。

 戦艦のフォローに行った方が良いと思い僕は工廠へ向かった

 

 工廠にはコンロを持ち列をなした戦艦たちがいた。

 大和や陸奥、金剛型、日向、ビスマルクらがうずうずしながら待機していた。

 「寒いなかお疲れ様、進捗は?」

 『駄目です(だ)』

 「oh…」

 「だって寒いもの。ねぇ?」

 陸奥が周りに同意を求めた。

 ウンウンと首を縦に振る一行。

 ちゃんと厚着してくれと言おうとした刹那。

 「退避ィィィィィ!」

 夕張と明石が我先にと叫びながら飛び出していった。

 それに倣うように全員が一斉に外に駆け出す。

 最後尾にいた僕が何とか外に出ると共に爆発音と衝撃波が迸る。

 「何が起きたの!?」

 そう聞くと夕張と明石が気まずそうな顔をして説明し始めた。

 どうやら陸奥の第三砲塔だった主砲の点火装置を改造して安定するバーナーを製作しようとしたが手違いで火花が止まらなくなってしまい、不幸なことに近くにはスプレー缶が転がっていてそれが砲塔に近づいてきたのが爆発の原因だそうだ。

 陸奥には聞こえない位置まで夕張と明石を連れていき詰問する。

 「いくつか質問させて欲しい」

 「なんでしょう?」

 「どうして曰く憑きかもしれない物品を選んだの?」

 「陸奥さんが出撃しないまま大分時間が経っていたので誰の装備だったか分からなかったんです」

 「ふんふん、次の質問」

 「はい」

 「どうして近くにスプレー缶があったの?」

 「作業終わりの汗の臭いが気になるので消臭スプレーを置いていたんです。勿論、火元の近くには置いていません。」

 「じゃあどうしてこうなったの?」

 「火花が止まらなくなったのでヘルプで大淀さんに頼んで提督に連絡してもらおうとして慌ててたんです。それで中に入ろうとしたらスプレー缶が転がり落ちちゃって…運悪く砲塔の方に行ってるからもう逃げるしかって思って退避したんです」

 「そっか…それで、点火作業は続行出来そう?」

 「それは出来ます。ガス栓からはパイプを引き抜いたし栓は閉めてるので」

 「なら後で追及するものとしてこの場のことは知らないことにしとくよ」

 「すいませんでした」

 「それと、始末書代わりの報告書は後で出しといてね。僕の行う装備廃棄と悪戯での装備改造は違うんだから」

 「すいませんでした」 

 幸いコンロもガスも何も異常はないのでホッとした。

 それにしても今日に限って色々起こりすぎではないだろうかと思う。

 

 設営が終了し、金網でじゅうじゅう焼かれる肉の臭いが漂い始めた頃。

 僕はさりげなく執務室に戻っていた。

 僕の動きに誰も気付いてないことを良いことにあるものを取りに来たのだった。

 大きさがバラバラな薄いステンレス板がちぐはぐに蝶番のような部品に繋がれている物、メタル賽銭箱とも言われる焚き火グリルだ。

 食堂の厨房の冷蔵・冷凍庫から黄色の袋を取り出す。

 中身のすり替えが行われてないのを確認すると畳まれている焚き火グリルを袋に突っ込む。

 そして、倉庫から監督椅子とステンレス製の折り畳み机を小脇に抱え満天の星の夜に歩みを進めた。

 

 誰も入っていない簡易テントに椅子と机を設営、焚き火グリルを組み立てた。グリルを持参し工廠に寄る。

 「前もって言ってたアレ、あるよね?」

 「勿論です!」

 目の前に差し出されたのは赤々と燃える白い備長炭。

 「いい感じ。後は…火バサミある?」

 「これですか?」

 作業中炭を掴み続けたであろう先端が黒いトングが差し出された。

 「ありがと」

 火バサミを使ってグリルに炭を入れるとあることに気づいた。

 「大きさに段階がある?」

 「あ、それは偶然です」

 マズイことをしたかもしれないという顔をする夕張。

 「偶然でもナイス!」

 安堵する夕張。

 顔が忙しいなあと思ってしまった。

 上司に何か言われると思い身構えてしまうのはよくわかる。

 火元とグリルが近い場所と火元とグリルが遠い場所が作られることにより火力の調節が出来るのだ。

 「いい仕事をしてくれてありがとう」

 「どういたしまして、です!」

 「ごゆっくりー」

 感謝の意と慰安を楽しんで欲しいということを伝え、僕は工廠を後にした。 

 

 グリルをステンレスのテーブルに乗せ、ゆっくりと椅子に腰掛けた。

 周りのテントから小皿や調味料を借用し、始まる晩餐。

 皆は既に始めているようで肉をおかずにする者や肴にする者、ひたすらに肉を求める者といった具合になっている。

 空母組では烈火の如く肉を食べ進む赤城や加賀による大食い大会のようなイベントが開催されていた。

 蒼龍や飛龍は大会を肴にしながら出来上がっていた。

 翔鶴と瑞鶴はコンロの端で牛、鶏、豚などを遠慮がちに焼いていた。

 忠告くらいはしたかったが目に見えていたことであるし、警戒をしなかった五航戦の落ち度ではある。

 何が言いたいかと言うと、誰が焼いた肉だろうが一航戦は手をぬるりと伸ばして食べてしまうのだった。

 やれやれと思いながら肉を置こうとした箸を止め仲裁に入ろうとした、その時だった。

 「卵焼き、たべりゅ?」

 酔っているであろう瑞鳳が網の上に卵焼き用のフライパンを置いたのだった。しかも、赤城と加賀が手を出していた五航戦のエリアを遮る様にである。

 「塩!」

 「塩!」

 出来上がった二航戦は卵焼きの下味をコールしだした。

 一航戦は一瞬動きが止まったが、自分たちのエリアの肉を食べ始めた。

 その様子を一部始終を見ていた僕は瑞鳳と目が合った。

 返答は確かな熱がこもった視線を交えたウインクだった。

 僕は親指を立てて『いい仕事だ』と返答する。

 安堵した僕は腰を下ろし、肉のパッケージの包装を破る。

 パッケージに書いてあった牛ハラミの下味は塩。

 タレも袋の中にあるにはあるがまずは塩だ。

 タレから始めるとグリルにタレ自体と風味が残ってしまう。

 火力の強い方から肉を置き焼いていく。

 焼ける音をサウンド代わりに小皿に醤油や塩、甘口や辛口ダレを用意する。

 用意し終わると同時に生焼けに見えるキレに箸を伸ばす。

 血の臭いが若干はあるが、旨かった。

 次にミディアム気味に焼けたキレに手を伸ばし、赤い醤油にさらりと通す。

 塩に醤油というシンプルな旨さが胃を通る。

 暫くこれで食べていたが、タレで頂くハラミは焼き肉屋に行っていた時を思い出し違った旨さがあった。

 ノスタルジーに旨さとは一体何だろうかと思ってしまったがそれはさておいて…ソーセージのパックに手を伸ばす。

 ソーセージをトングで乗せ1、2本に胡椒を振りかけ、残りには塩をパラパラとかけた。

 どちらも旨い。

 酒と合わせてみると良さそうだと考えたが呑まないに越したことはないと思い、別に氷水を用意し飲んだ。

 スマホを見ながらニヤついて食事していたため周りの目が不思議そうな雰囲気のものに変わっているような気がしたが気にせず箸を進めた。

 ハラミや希少部位を満喫しているうちにどんどん時間は経っていった。

 

 

 

 BBQの片付けが終わり、日付が変わった頃。

 僕は足が冷えたので炬燵の機能を兼ねた雀卓で暖をとっていた

 「提督、まだ起きてますか?」

 「金剛かい。入っていいよ」

 「失礼します」

 部屋に入るなり金剛は直ぐに炬燵に入った。

 「今日は何の日か知っていますか?」

 「12月25日...?あっ、そういうことね」

 「そういうことです」

 「じゃあ」

 「ええ」

 一呼吸おいてお決まりのあの言葉を口にする。

 『メリークリスマス』

 シャンパングラスをぶつけて乾杯するかのように僕の手を金剛の手にそっと当てる。

 「寒いしそろそろ寝よう」

 「そうですね」

 卓を部屋の隅にどけ、布団を敷いた。

 リモコンで障子戸にロックをかけ電気を消した。

 布団で足を覆った後に何かに戸惑っている素振りをしている金剛に一声かけようとし、

 「おいで」

 などと言ってしまった。

 「Burning love」

 答えるかのように金剛が布団に入ってきた。

 その後のことはよく覚えていない。

 ただ、多幸感だけが頭の中を渦巻いていた。

 




 最新話をクリスマスプレゼントと言い張る蛮行お許しください

 初めてのバイトで今日が終わるまでの時間が無かったことと書きたい内容の多さが合わさったことで肝心のシーンが書けませんでした。
 とにかくクリスマスには小説をあげるというのを目標に頑張りました。
 後々1000から2500字位で焼肉シーンを書き足しますのでご容赦願います。
 (文字数カウントしてなかった…)
 ここまで読んで頂き有り難う御座いました。
 今年も『のんびり艦これ』を読んで頂き、誠に有り難う御座いました。
 来年も作者作品共々宜しくお願いします。
 それでは良いお年を!
 (アパった?何のことでしょうかねえ?)


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欲求が消えると心配されるらしいからストレスは程々に。

 こんにちは、そしてこんばんは。
 書き手でございます。
 この話の追加が今月の最初で最後の更新かもしれません。
 申し訳程度に先の話より3000字程度多くした10Kもとい一万字の列と行を成したモコモコ話となっております。
 途中タイトルにそぐわない表現が出るかもしれませんが、サブタイトルが関係してくるやもしれません。
 おまけ程度にちょっとしたのんびり以外の要素が滲み出てしまうかもしれません。
 早い話が広い心で読んでいただけるとこちらとしては有難いという事でございます。


 それではギスギス、モコモコ、ヒヤヒヤな世界へ行ってらっしゃいませ。
 (本編へどうぞ。)


 府内の巡回を終え、冷えた炬燵に座り足を突っ込む。

 上家、もとい左側の座布団の上に放られたタブレットに手を伸ばす。

 職務用のタブレットを開くと宛先の分からない新着のメールが送られていた。

 この手のメールは基本的に開かず削除するのが定石である。

 スルーしようとタブレットをスリーブさせようと思った矢先に明石から『至急』というタイトルのメールが届いた。

 何事かと思いメールを開くと、相談したい案件があるらしくタブレットも必要になるから医務室まで来て欲しいとのこと。

 相談することはあっても相談されることなんてあったのだろうかと思いつつ医務室に足を運んだ。

 

 「重症です。」

 「はい?」

 ドアを開けて開口一番にこれである。

 「重症です!」

 「二回も言わんでよろしい。」

 何故か水着でいる明石をよそに席に座る。

 「そういうとこが重症なんです。」

 「えぇ…」

 小声で呟かれた言の葉が聞こえてしまったのと同時に理不尽な言い分に困惑した僕はタブレットを取りだした。

 「それで、何の相談?」

 「コホン」

 僕と明石はお互いに仕切り直し向き合った。

 「早速ですが提督。送り主が分からないメールを受信してますよね?」

 「まさかその件と今の発言関係ある?」

 「そうです。」

 「何かやっちゃってた?」

 「逆です。」

 全くもって要領を得ない。

 季節を考えていない格好をしているため鳥肌が立ち始めている明石に自分の上着を羽織らせる。

 「何もしてないのに問題があるってどういう事?」

 「どうも…。それでどこから説明すれば良いのか…。」

 もごもごと口ごもる明石。

 暫く考えている様子だったが思いつくことがあったのか明石はこちらを見据えた。

 「人間の三大欲求って知ってますか?」

 「睡眠欲と食欲と性欲の三つがどうかした?」

 「率直に言いますと、提督の場合最後の欲が無くなっているのではないかと政府に心配されています。」

 「は?」

 「性欲が無いとみなされています!」

 酷い、酷すぎる。

 「政府から直々に!」

 「高らかに何回も言わんでよろしい。第一、そんなこと心配されるようなモノかなぁ?」

 明石を制止し、不満気に愚痴を吐く。

 「通常、指揮官に対する不満は私や大淀が艦娘から聞き取ることになってます。まあ、会社の意見箱の様な役割です。軽度の不満なら私や大淀からの注意、重度の違反になると懲戒免職にまで及ぶことも有り得ます。」

 「それって僕に言っても大丈夫なの?」

 「良くは無いんですけど説明上仕方ないですし。で、男の人の場合異性が多いと誰かには手を出しちゃうことがあるでしょう。それは容認されているんです。で、手を出しすぎて修羅場になるようなこともあることは簡単に予想できます。そのことで提督にとって悪い意見が普通は出るんですよ。」

 「ほう。」

 金剛しかそういうことはしてないから僕は問題ないだろうと思ったが、異性に対しあまり問題を起こしてないのが問題となっているのなら…。

 「って、まさか…」

 「そうです。問題が無さすぎるから問題なのです!」

 「な、なんだってーーーー?!」

 理不尽なことだったのでちょっぴりダメージを受けた僕は医務室を去ろうとした。が、がっしりと手を捕まれてしまった。

 「まだ、何か?」

 悪い予感がした。

 首がぎこちなく手の方を向く。

 「ここからが本題です。」

 激しい喜びも深い絶望も必要としない植物のような鎮守府ライフが僕の目標だった。

 それが今変わろうとしている。

 環境の変化は好ましいモノと好ましく無いモノがある。

 当人がバネに出来るか否か、ストレスとなるか…

 「提督?どうしたんです?」

 「ンあ?口に出てた?」

 「ちょっとだけですけど聞こえてました。」

 「あらら…ところで本題っていうのは?」

 「単刀直入に言うと『セラピー』の申し込みをしませんか、という話です。生物の根幹であり原始的な欲求が失われている以上、治療を行う必要があるということからなされた提案ですけれども…。」

 「なるほどね。本能レベルの欲が無くなってるから病気だと。」

 『やかましいわ』と口を開かず小さく悪態をつく。

 「そこで、どんなセラピーを受けて貰うかの相談というのが肝です。例えば…『酒池肉林こーす』とか?」

 「コースが平仮名だしその後ろにハートマーク…。嫌な予感するんだけど。」

 「いえ、心ゆくまでの高級料理食べ放題です。女性嫌いな提督でも満喫出来ますし…それと露出の多い服を着た女性とパーリナイする訳ではありませんから。」

 「その言い方だとちょっと引っ掛かるなあ…。」

 女性嫌いというのはある意味では正解であるが、本題から逸れそうなので軽い愚痴で返しておく。

 「誰も提督が女性嫌いとは言ってませんよ?」

 「はいはい、他は?」

 「アロマテラピーとかは?」

 「アロマがごちゃ混ぜだと非常に困る。」

 文面では『様々なアロマを満喫』とある。

 各種ごとにブースが設けらているならまだしも全て混合なのは勘弁してほしい。

 「ダメですか…。それじゃあこのセラピーはどうです?」

 本当に混合されているようで代案が明石から出される。

 「カラオケ?」 

 「カラオケです。」

 「うーん…。」

 暫く考える。

 「僕だけで歌える?」

 「同伴する艦娘を指定しなきゃならないようですね。」

提示された資料にもそのような内容が記されていた。

 「えぇ…。」

 「ちなみに全てのセラピーに同様のルールがあります。」

 「何でそんなルールが…。」

 「多分大丈夫だと思うんですが、係の人を傷つける様な行為が確認された際の拘束員が必要だからです。」

 「随分穏やかじゃないね。」

 「普段の仲の良い艦娘とデートと考えれば良いじゃないですか?」

 「………。」

 先の説明だとまるで手を出すことが艦娘側にとっての希望の様に聞こえる。

 しかし、そんなことをしたら侮蔑の目の中を生き抜いていくしかなくなるのは自明であろう。

 閉じたコミュニティの凶悪さとかつての体験が頭をフル回転させると同時に背筋に絶対零度を宿す。

 「ど、どうしました?」

 「いや…ね?」

 数回深呼吸して平静さを取り戻そうとする。

 動悸は治まらず、バクバクと悲鳴をあげる。

 かつての嫌な光景が頭を次々と過る。

 それでも顔だけは平静を取り繕う。

 「大丈夫だから、続けて。」

 「ええと…じゃあこれなんてどうです?」

 「………。」

 次の文面に目を運ぶと、冬場に吹く春の一陣の風の様に心を休めていく。それでも動悸は治まらない。

 「…それで良いかも。」

 「随伴の艦娘はどうします?」

 「少し待って。」

 深呼吸と同時に侵食していた負の風景をセラピーの様子を思い浮かべ中和する。

 動悸が正常な鼓動へと変わるまで待つ。

 どのくらいが経ったのか体感では分からない。

 咳払いし明石と視線を交える。

 「ちょっと問題かもね。」

 「ですね。私も受けられるなら受けたいっていうか…もしくは買っちゃいますね。」

 「だよね…。僕も割とそう思う。」

 少し考えてメンバーをふるいにかける。

 「金剛型四姉妹は多分ダメ。金剛と比叡が夢中になる。大和型は大和が僕にアプローチかけてるから彼女を誘うのは周りにとって悪影響だし、ビスマルクはオスカーの件があるから呼びづらい。伊勢型は瑞雲だし…。」

 「『瑞雲だし』ってなんですか。」

 「瑞雲は瑞雲だよ。」

 「でもまあ、確かに瑞雲ばっかり言ってますからね。そういえば、瑞雲以外の機体を装備させられるがどうだって話をしてましたね。」

 「その内容が何なのかは聞いてない?」

 「通りすがりだったのでそこまでは…」

 「そっかあ…。さて、と。拘束員なら駆逐艦やら海防艦、軽重巡には務まらないだろうね。」

 「重巡の娘は出来ると思いますけど…。」

 「摩耶と羽黒がネックかも。」

 「うう…そうなると空母しか居ませんね。」

 「赤城と加賀は種類によっては本当に饅頭と見間違えて食べそうな気がする…。まあそうはならないとは思うけど来てもらうのはマズイかな。蒼龍と飛龍は『ウチの鎮守府にも配備しましょう!』とか言いかねないしなあ…。大鳳はちょっと想像つかないけど五分五分かなあ…。そうなると翔鶴型だけだね。」

 「瑞鶴さんはどうです?」

 「結構サバサバしてるから大丈夫かもね。」

 「今更ですけど、随伴の艦娘は一人でも良いです。」

 「なら、瑞鶴だけにしよう。」 

 話はまとまった。

 実施日は明日で、拘束員もとい随伴艦は瑞鶴のみ。

 セラピーの存在を知るのは明石と僕、場所は多目的室2。

 

 椅子から腰を浮かせ、ドアノブに手をかけた時にふと口が開いた。

 「明石が医務の係だからって訳じゃないし言い訳する訳でも無いんだけど…あるからね?」

 「そうなんですか?一体誰とどのようなハードコアなのを…」

 「そんなのじゃないから!」

 首を傾げながらトンデモ発言をする明石に耳を貸してとジェスチャー。

 「ゴニョゴニョ…。」

 言っても引かれない範囲で話した。セクハラ案件ではと内心思ったがかなりぼかした言い方をしたので大丈夫だろうと思っておく。

 世間一般的な営み以外のこともやってはいるのは認めるがそれをわざわざ言っては閉じたコミュニティの凶刃の餌食になりかねないので言わない。

 「お盛んですねー。」

 ニマニマと笑う明石。

 「だからどこも問題はないはずなんだけどなあ…。」

 「セラピー、止めておきます?」

 「止めない。貰えるものは貰う。」

 「では、手続きの方は私がやっておきます。瑞鶴さんへの呼び出しはどうします?」

 「僕がやるよ。」

 「わかりました。では、ご健闘を。」

 「はいはい。」

 二つ返事で答え、廊下に出る

 今日はいつもと同じように演習と工廠関連の仕事をこなし就寝した。

 

 翌朝、瑞鶴の部屋に『貴艦に特別訓練を行う。ヒトマルマルマルに執務室に出頭するように。なお、体躯を動かすことに特化した服装で来るように。』と放送をかけた。

 艦娘の部屋の構造はよく知らないが、大淀曰く確実に耳に届いてるらしいので良しとしておいた。

 9時50分に執務室の出入り口の戸からノック。

 「提督さん、来たわよ。」

 「入っていいよ。」

 横開きの戸から覗かせた瑞鶴の顔は怪訝さと緊張を帯びていた。

 「そんなに構えなくて大丈夫だから。」

 「そ、そう?」

 まあ、個人での特別訓練なんて滅多にやっていないから身構えてしまうのも無理はないだろう。

 「まだ時間あるから暫く炬燵でも入ってゆっくりしよう。」

 「う、うん。」

 戦闘用の服を着ている瑞鶴を久々に見たような気がすると寝ぼけた頭で考えていたが、時間が迫りつつあるため即座に脳を切り替える。

 「今からでも遅くないからジャージに着替えてきて。」

 「えー、動きやすい服装って言うから着てきたのにー。」

 「見えるよ?」

 「提督さんは変なことしないでしょ?戦闘中に中大破したらタオル巻いてくれてるし。それにちょっと見えちゃってるし見てるでしょ?」

 「ノーコメント、着てきなさい。」

 「はーい…。」

 渋々着替えに戻った瑞鶴は五分後に洋紅色のジャージに着替えてきた。

 「もー、ちゃんとそう言ってくれないと分からないから。」

 「ごめんごめん。」

 「でー?訓練て?」

 「んー?」

 「なんでとぼけるのよ!?」

 「まあ、度胸やら根性が必要な訓練だから。」

 「なにそれ?」

 「ある意味、必要かもね?」

 わざと含みを持たせた言い方をする。

 間違ってはいなし、加えて忍耐がいるがこれ以上引っ張ってもしょうがないから事柄を二つに絞り、話していない。

 「ま、まさか……。拷問?!」

 「当たり。」

 ある意味では『拷問』だ。

 「やだやだやだやだ!赤城さんだって三秒しかもたなかったらしいじゃない!」

 「ああ~、そんなことあったなあ。」

 あれは…。そう、去年の秋のこと。

 まあ、つまみ食い常習だったので折檻がてらに薄暗い例の部屋で秋刀魚を炭火で焼いてやっただけのことだ。

 瑞鶴の言う通り彼女は三秒ももたなかったのだが…。

 ちなみにこれからはしないという言質を取った上で赤城の目の前で秋刀魚を頂いたわけなのだが、これは今の瑞鶴には隠しておこうと思った。

 「はいはい、んじゃ時間だから行こうか。」

 「いーや!拷問なんかいーや!」

 「上官命令だから観念して。」

 「横暴だああああああああ!」

 「叫んでも駄目なものは駄目。すぐに気持ちよくなれるから。」

 「ヒィッ?!」

 「さて、良いこといっぱいしようね?」

 悲鳴をあげながら袖を引っ張る瑞鶴に明石謹製の無音ステルス迷彩を被せる。

 いつぞや着用してたステルス迷彩の強化版で、着用した対象の物音や生活音、生命活動の音まで消せる優れもので布面積が自在でショックにも強い。

 第三者から見れば僕が歩いているようにしか見えない。

 階段に差し掛かると激しく抵抗するため、迷彩でくるんで横抱きで二階へと上がる。

 何を言っているのかは解らなかったが、動きは抱きかかえられた猫の様に大人しかった。

 階段を上り終わってマズいと直感した。

 調子に乗ってしまっていたと自制し、謝ろうと迷彩をめくってみると瑞鶴は俯いて顔を赤くしていた。

 「…もっと。」

 「ええっと…?」

 「もっと抱っこして。」

 瑞鶴の幼子のような要求に僕はびっくりし思考と体が固まってしまった。

 「ん!」

 怒りか恥ずかしがっているのか両手をこちらに伸ばしてくる。

 「…ぇえっと、失礼しますよお姫様。」

 迷彩を畳んで軍服にしまい瑞鶴の手を僕の首の後ろで組ませ、そのまま抱え上げる。

 「苦しゅうない。」

 瑞鶴は満足したような笑みを浮かべていた。

 安心しているのか先ほどまでの恐怖の様相を呈していなかった。

 僕は過去二番目に重い者を抱えながら多目的室2へ移動した。一番目は言わずもがなであるが伏せておく。

 

 いつもは卓球やらビリヤードやらピンポンやらが行われているこの多目的室2だが、今日のこの時に限ってはかなり違う。

 具体的に言うと玉は玉でも殺人毛玉、もといモフモフした柴犬が部屋中に侍っていたのだった。

 「何て惨たらしい…。」

 瑞鶴は驚愕している風なことを口では言っているが、ボーア量子のような口の形になっている。

 もっと端的に言うなら動く毛玉の可愛さに悶絶しているのだった。

 もっとも、僕も内心悶絶しているのだが…。

 「さあ、訓練開始だ。」

 開始と言い終わる前に瑞鶴はフライングして豆柴の赤ちゃんに飛びついた。

 「かわいー!」

 「僕も狙ってたんだけどなあ…。」

 お前も可愛いと言いかけたがセクハラ案件となりそうだったので自粛した。

 先程の横抱えもセクハラ案件の様な気がするがそれは沙汰を待とう。

 「こんな暴力屈しない!」

 毛玉の可愛さに圧倒されてる瑞鶴は白い赤ちゃん豆柴を仰向けになって持ち上げては引き寄せて頬擦りして持ち上げてを繰り返していた。

 「体は正直だなあ?」

 瑞鶴の胸元に眠っていた別の茅色の赤ちゃん豆柴を持っていった。

 「あわわわわわわ?!かわわわわわわわ!?」

 「ボキャブラリーが死んでる。」

 思った言葉がつい出てしまった。

 「うっさい!」

 「起きちゃうって。」

 瑞鶴のシャウトの後、きゅうと愛らしい鳴き声が下の方からしたことから彼女の胸元の豆柴の鳴き声だろうことは容易に推測出来た。だから、静かにするように嗜める。

 「ぅう…。」

 子犬がいるということは親犬がいるだろうと思い、周りを見回す。

 予想通り普通の柴犬より小さい成犬がいた。

 近寄って観察した。

 セラピーに使われている犬なだけあって大人しい態度が見受けられる。

 毛並みはモフモフしていて艶々していた。

 目は潤んでいて耳はピンと立っていた。

 つい触ってみようと思い頭を撫でるとコロンと横に寝転がった柴犬。

 無防備に空けられた腹をワシワシと揺らすように撫でると気持ちよさそうに目を細めた豆柴は仰向けになってさらに自らの腹を無防備にする。

 「ほへえ…。」

 溜息のような謎の息がつい漏れた。

 『これが癒しか』などと思うほどに気持ちがほぐれていくのを感じた。

 手を放すと目を細めた柴犬はすやすやと寝てしまった。

 そうっと持ち上げ瑞鶴の腹に乗せる。

 「もー…お返しするからそこのクッションに座って。」

 口調とは裏腹に緩み切った顔をした瑞鶴は僕に艦娘はおろか提督すら駄目にするソファーに座るように促した。

 「はいはい。」

 静かに腰をおろすと体のほとんどがソファーに包まれる。

 一番沈んだ腰の部分に瑞鶴に乗せた二匹の子犬と一匹の成犬が彼女の手によって乗せられた。

 すやすやと寝ている成犬の上に団子や大福の見間違うような子犬が乗っている様子を見て言葉が漏れた。

 「かわいい。」

 「提督さんも語彙無いじゃん。」

 「そうだね。でもまあ、実際可愛いからモーマンタイ。」

 「なんかズルーいー。」

 数分堪能した後、瑞鶴と共に犬達を起こさないようにゲージに戻して他にゲージが無いかを確認する。

 部屋全体を見ると豆柴を入れたゲージと同じ物が二個あった。

 目の前にあるゲージと違うのは中に入ってる犬種であった。

 部屋に入って左側の壁の中心、もとい僕の近くのゲージには柴犬達が入っている。

 部屋入って右側の奥にはチワワの親子、右側の手前にはポメラニアンの親子が入っていた。

 このセラピーの本懐はモフモフを堪能することであるためポメラニアンを後に回すことにした。

 チワワのゲージに近寄ると、格子に足をかけてこっちを見ているのが二匹いた。

 一匹のチワワを持ち上げ抱き抱える。

 モフモフはしてないがブルブル振えるチワワを見ていると優しい気持ちになった。具体的に言うと守りたくなる気持ちであろうか。

 「提督、この子達の犬種って?」

 「『チワワ』って言うんだよ。小さい犬種なんだ。」

 「へえー。」

 「いつも震えてるけどなんでかは知らない。」

 「そうなんだ。」

 そう返事をするなり瑞鶴は先程のチワワのもう片方を持ち上げて床にゆっくりと下ろした。

 ゲージから出たチワワは暫くウロウロしたあと瑞鶴を見上げ、舌を出して呼吸していた。

 「こっちも可愛い。」

 そう言うと彼女はしゃがんでチワワの頭を撫でた。 

 瑞鶴のチワワは毛が短く、僕の抱いているチワワは毛が長かった。

 僕は抱いたチワワの背中に顔をそっと埋めて毛並みを堪能する。

 暫くして顔をあげると瑞鶴も似たようなことをしていた。

 ゲージにチワワを戻した僕達はある禁忌に触れていた。

 「提督さん、ワンちゃん達可愛いわね。」

 「ね。」

 「ウチの鎮守府では飼わないの?」

 「うっ…。」

 当然のことだった。

 動物関連のセラピーに艦娘が同伴すると『動物を飼わないか?』という質問されるのは火を見るより明らかなことだ。

 僕の担当している鎮守府ではビスマルクが黒猫を持ち込み、ドイツ艦の間で独占しているため府内での影響はごく僅かである。更によく脱走して印象に残りにくいおまけ付きだ。

 仮にウチの鎮守府で動物を飼い始めればそれは全員の士気に多大な影響を及ぼすことが考えられる。

 プラスの影響だけならば絶対に奨励するのだが、事は生物だ。

 当然、死んでしまう可能性だってある。

 そうなればマイナスの影響が出るのは必至である。

 愛する動物の死がバネになるのならまだ良いが、ずっと塞ぎこんでしまう艦娘も出てしまうことが懸念される。

 それならば最初から飼わない方が好ましいというのが僕の考え方だ。

 「鋭い質問だ。今回の拷問演習はそこが肝なんだ。」

 「拷問の体裁は崩さないんだ。」

 「まあ聞いて。この可愛い動物達を目の当たりにして可愛いと思うのは良いんだ。それ自体は何も悪いことじゃない。」

 「えー…。それってもしかしてそういうこと?」

 何かに気付いた様子の瑞鶴の意思を汲み取り核心の説明を続行する。

 「瑞鶴の言う通り、今回の演習は如何に可愛い動物を見ようとも飼いたいと思わない精神力を養うためだったんだ。」

 「んー…。」

 得心がいかないのか首を傾げる瑞鶴。

 ゲージのチワワを見ながら瑞鶴は思考の海に入った。

 たゆたうこと五分、彼女は戻ってきた。

 「士気が上がるから良いと思うんだけどなあ。」

 「確かにそうなんだよ。」

 「良いなら飼おうよ。ビスマルクだって猫飼ってるし。」

 少し困る切り返しだが予想してなかった訳じゃない。

 それに、この言葉を聞いてしっかり真意を汲み取れる人選をしたと僕は確信している。

 日本人の悪い慣習であるのは間違い無いが『察する』ことが出来る艦娘を選んだつもりだ。 

 「でもね、瑞鶴。物だって生き物だって終わりはあるんだよ。」

 ゲージに指を入れ小さい体躯のチワワの頭を撫でる。

 終わりというワードが分からないチワワは引き抜こうとした僕の指をそっと舐めた。

 「そっか。」

 その言葉と同時に瑞鶴の目には『残念だ』という思いと『仕方ない』という諦めが帯びた。

 僕はその悲しげな表情を見て察してくれたのであろうと思うと同時にばつが悪くなった。

 自分から切り出した話題ではないが原因の一端は僕にある。

 その気まずさから逃げるようにポメラニアンのゲージに瑞鶴を誘導した。

 飼えないのに飼いたくなるように衝動を駆り立てるという行いは拷問そのものだ。

 自責し始める心を表すようにかける言葉が見つからないでいると、

 「まーいっか!今楽しめば良いんだもん。」

 と瑞鶴は朗らかに笑った。

 「そうだね。」

 物事に執着しないサバサバした性格の瑞鶴を拘束員に選んで正解だった。

 竹を割った様な性格とも言えるかもしれないがそのようなことは今更知れたことだ。

 「提督、この子達の犬種は?」

 「『ポメラニアン』って言うんだよ。小さくて可愛い犬種。見た目に反して気性が荒いらしいけど、ここにいる子は大人しいみたいだね。」

 「へぇー。モコモコしてて可愛いわね。」

 そう言うなり成犬を持ち上げた瑞鶴。

 舌を出して呼吸するポメラニアンの顔をじっと見ていた瑞鶴は自らの顔を犬の腹に埋めた。

 「モフモフー…。」

 その持ち上げ方だと犬にとって良くないと瑞鶴に言おうと思ったが顔を戻してすぐに持ちかえていた。

 相伴に預かるというのも変だが瑞鶴に倣って僕もモコモコしたポメラニアンの毛並みを犬にとって負担のかからない持ち方にして堪能することにした。

 十数秒後、ポメラニアンのゲージの方から甲高い鳴き声が聞こえて顔半分を埋めた状態でそれを見た。

 奥の方にポメラニアンの仔犬を別に収めたゲージがあった。

 成犬をそっとゲージに戻して仔犬のゲージに向かう。

 親譲りのモコモコした毛並みと産まれたばかりのあどけない顔が可愛さを増長させる。

 親よりも高い声は耳に障るようでいて甘えているように聞こえる。

 ゲージを真上から覗くと毛玉が縦横無尽にてくてく歩いていた。こちらの陰を見たのか見上げる仔犬がいた。

 「可愛い。」

 ゲージを側面から覗けば毛玉は短い足を忙しなく動かしては角に突き当たる止まってくるりと回って、てちてちと別サイドに歩き出す。

 「可愛い。」

 「可愛いね。」

 「…いつの間に?」

 「五分くらい前から。」

 「そんなに経ってる?」

 「経ってるわよ。」

 「んー。まあいいや。」

 動き回る毛玉の中から一番モコモコしていそうな子犬をピックアップし、ソファーに連れていく。

 「よいしょっと。」

 沈み込んだ腰に子犬を乗せると舌を出してせわしなく呼吸しながら顔めがけて上ってきた。

 ただでさえ可愛いのに顔面に迫る可愛さの暴力に悶々としてしまう。

 子犬の口からチロチロと短い舌が覗いたかと思うとそれは何度も僕の顔にぶつかった。

 普段なら少し抵抗を覚えるが、今は不思議と嫌な気分にはならなかった。

 「癒されている、のかな?」

 ついそんな言葉が出てきた。

 「ちょっと提督さん!私もそこに座るの!」

 少し腰をずらしもう一人座れるくらいのスペースを作る。

 瑞鶴はおずおずと腰を下ろし僕の背にもたれかかった。僕と瑞鶴の姿勢を横から見ると三角形でも出来ているんじゃあるまいかなどと思ったがどうでもいいことだった。

 その状態で数分間自分たちが連れてきた子犬と思い思いにじゃれていたが、瑞鶴が何気なしに口を開いた。

 「どうして私だけなの?」

 「何が?」

 「だってこういうのって皆で参加した方が絶対楽しいじゃん。まあ、提督の言ってたことも一理あるからあんまり言えないんだけどさ。」

 「そう言ってくれるのはありがたいな。皆が飼いたいって言い始めたら僕は勢いに負けてOKしちゃうかもしれない。」

 「……。」

 「だから一人だけ呼ぶことにしたんだ。瑞鶴を選んだ理由は話した通りだよ。」

 「ん?その理由は聞いてないよ。」

 「え?そうだっけ?」

 「そうよ。」

 すっかり話した気になっていた。

 「気になる?」

 「うん。」

 「瑞鶴は結構ドライっていうかサバサバした性格って言うのかな。物分かりがいいから事情を説明すれば分かってくれるかなあって思ったんだ。」

 「ドライって言い方酷くない?」

 「ごめんね。」

 「むぅ…。」

 「他の誰かだと飼いたいって結構言ってくる気がしてさ。」

 「んー、他の子でも事情を話せばちゃんとわかってくれると思うよ?駆逐艦でも泣いちゃうかもしれないけど分かってくれるだろうし。」

 「そっかあ。」

 艦娘サイドからそのような情報が入ってくるとは思わなかった。

 「機会があればそうしたいけど…。」

 そもそも艦娘を同伴させるのは代表者が係員を傷つけそうな場合の拘束のためであって駆逐艦や海防艦には務まらないから参加させるのは難しいと思ったことを説明しようと思ったが、

 「機会があればね。」

 と誤魔化した。

 そういえば係員が見当たらないがどうしたのだろうかと思い首を回し部屋を見回そうとしたが瑞鶴がまだもたれかかったままだったため豆柴のゲージ方面の景色しか見えなかった。

 「そろそろ終わりにして各自の部屋に行こうか。」 

 「うん。」

 いつの間にかすやすやと眠っている二つの小さい毛玉をゲージに戻しドアノブに手をかけた。

 「この紙は?」

 「えーっとなになに?『係員は席を外しております。係員が戻るまで犬に触れるのはご遠慮下さい。』?」

 「あっ。」

 「あっ。」

 マズいことをしてしまったのではないかと思い、瑞鶴を見ると顔が青ざめていた。

 彼女も同じことを考えたらしくこちらを見ていた。

 この後、ドアを静かに開けた僕たちは静かに素早く部屋に逃げ帰った。

 

 後日、明石から聞いた話によると係員だったであろう人から『もっとワンちゃんと一緒にいても良かったのではないか。』という都度のメッセージがあったらしい。

 苦情の類のメッセージは一切無く、むしろ犬達を寝かしつけてくれて有り難かったというメッセージや贔屓にしてほしいというメッセージがあったらしい。

 それを聞いた僕は最低限のタスクをこなすべくタブレットを携え工廠に向かうだった。




 いかがでしたでしょうか?
 動物と少女のミニチュアタペストリーは皆様の心に光をもたらせたでしょうか?
 だとしたら書き手冥利に尽きるというものです。
 (語りが可笑しい?スイマセン。ここから戻します)

 前書きの通り最後の更新かもしれません。
 復帰にするにあたりリハビリをしなければならない状態で、時間をそれに使わなければならないため執筆活動は抑えめになることが予想されます。
 ただ、更新は執筆が終わり次第していきますのでのんびりと待っていただきたいです。
 ペットショップや動画で見たくらいの犬の描写なのでリアリティーの無さは申し訳ありません。
 精一杯書けるだけ書いたので宜しくお願いします。

 では、次の話でまたお会いしましょう。
 (作者の自伝風小説はその内にあげます。) 


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意地っ張りの反省

 こんにちは、執筆者です。
 最後の投稿が3月なのにびっくりして書こうとしたのもつかの間、リアルがどんどんと立て込んで書けずにいました。今回は合間を使って書いてみましたがあまり多くは書けず、前回の半分くらいの内容になってしまいました。それと、新しい端末で文字をほぼ打ち込んでいるので操作感に戸惑っている面もありました。
 それでも見たいという方は下にスクロールして見ていってください。
 (後れ馳せながら注意書です。グロテスクな表現やショッキングな内容、ヘイトが大好物だと言う方は決して見ないで下さい。主人公がただ問題を起こさないようにのんびりと立ち回っていく小説です。)


 執務室にて、僕はぼうっとしていた。

 ただただぼうっとしていた。

 開発やら建造やら演習やらを終わらせてぼうっとしていた。

 時々、自分は果たして提督としての職務を全うしているのか不安に思うことがあるのだが今、正にそう思っている渦中であった。

 いつもの雀卓が穏やかな暖気を帯びてきたのを下半身で感じ取った時に戸を叩く音がした。

 「だーれだ?」

 榛名の声を明朗にしたかのような声が戸をすり抜ける。

 だが、この慣れた感じは金剛型戦艦の長女たる彼女であろう。

 「改二丙おめでとう。」

 「何で分かるんですか…。」

 戸越しでも項垂れている金剛が透けて見える。

 この時の彼女の声はいつも通りの金剛だった。

 「EQ160の提督を甘く見ちゃいけないよ。」

 「EQ?」

 「調べてみれば分かるよ。それよりそこは寒いだろうし中に入ったら?」

 「お邪魔するネー。」

 「邪魔するなら帰って。」

 「何でですか。」

 「あらら、ノってくれないか。」

 どこかで聞き齧ったノリを繰り出してみるも不発に終わった。

 それはそれで構わないが、構わないのだが少し寂しいと思うのはどうなのだろうかと自問してみる。結論としてはただのワガママなのだ。しかも唐突にやるおっさんのだる絡みのようなものだったため自責の念が募る。

 「まあいっか。炬燵にでも入ってゆっくりしてて。」

 そういった僕は立ち上がり茶と菓子を用意する。

 「はーい。」 

 背後から布のすれる音が聞こえた。正確に言えば布とポリ素材が擦れる音であろうが、金剛が炬燵に足を入れ座布団に座ったものと考えられる。

 「うぅ、寒い。」

 春先の寒さが足先から侵略してくる。

 丸い盆に乗せられた二つ並んだ湯飲みからはゆらりと湯気がたつ。個包装された煎餅たちは歩いた振動とともに音をたてる。

 自分の座布団を踏みながら湯飲みを置く。

 煎餅は真ん中に盆ごと置いた。

 「それで、どうしたの?」

 「用はさっき提督が言った通りです。」

 「なんかゴメン。」

 「ところで何故眼鏡をかけてるんです?」 

 「いつもかけてなかったっけ?」

 「初めて見ました。」

 「本当?…どこから話そうか。」

 「簡潔にお願いしマース。」

 「口調戻りかけかな?」

 「たまに出るんです。」

 「そっか。じゃあ話そうか。」

 冷め始めた茶をすすり舌を濡らす。

 舌を滑らせるために水カステラやら気違い水やら般若湯を寄越せとは言わない。雑談程度に酒は要らない。ただ渇いた喉を潤す程度の水分で良い。

 「着任する前から少し近視気味でね。着任してからはみんなの顔は一応覚えてたんだけど念を入れて動き方の癖と服装の傾向を同じように覚えてたんだ。それから少し経って実家から荷物がある程度届いたんだ。その中に買ってそのままにしておいた眼鏡があったんだ。ちょっと意地を張ってかけないで過ごしてたんだけど限界になったから最近になって眼鏡をかけたんだ。」

 「なるほど、だから顔を見るとき距離感がおかしかったんですね。」

 「う、うん?そんなに近かった?」

 「近かったですね。新任の娘が来たら多分泣きますよ。」

 「本当に?」

 「本当に。睨んでる風に思われるかもしれないネー。」

 「よし、眼鏡かけておこう。」

 意地を張ると余計なことが起きるのは実体験しているのだが省みない自分の態度には思うところがある。そこまで酷い顔をしているのだろうかと思い、スリープさせてるスマホの画面を鏡代わりに眼鏡を外した自らの顔を見る。

 なるほど。これは新しい同僚が泣く。角度によっては完全に不良のメンチだ。

 「慣れてて察しがついてる艦娘はなんてことは無いんですが、慣れてても察してない艦娘はかなり驚くと思います。ウォースパイトとビスマルクは驚いてました。」

 「ううむ。」

 顔とか服じゃなくて動きの癖を見て判別してた僕は唸るしか出来ない。眼鏡をかけずに艦娘に話しかけるのはもう止めようと思った。

 

 「そういえば提督。金剛さん以外にも次世代改装される艦娘がいるって知ってます?」

 何気なく入ってきて数分経過した頃に赤城が口にした最初の言葉がこれだった。

 普段つけている茶色のカラーコンタクトを外し、爛々と輝いて見える裸眼を開いて饅頭を両手でもしゃもしゃと食べている赤城に僕はツッコミがてら返答する。

 「カラコンなの知ってたけどさ。もう隠す気は無いんだね。では、改めて。二人とも改二実装おめでとう。」

 『ありがとうございます。』

 二人の声が重なる。

 うちに着任している古鷹の目と同じ感じだからかは分からないが着任し始めた頃よりかは赤城のカラコンの執着度合いが落ち着いてきたのはまず間違いない。

 というか、速報が入ってからかは完全に外してつまみ食いを敢行していた。

 真面目な性格なのは知ってるが食に対する姿勢は見直して欲しい。

 「つまみ食い止めない?」

 「どうしてその話に?」

 「昨日出来立てつまみ食いしてたでしょ?それを思い出したの。」

 「あれはつまみ食いではありません。」

 「味見か。」

 「あ……。」

 「子供みたいな言い訳しないの。何回か注意してるでしょ?」

 「うぅ…。」

 「皆には甘い鳳翔さんだけど空母たちには特段甘い気がするなあ。」

 「え?」

 話の脈絡が全く分からないという顔した赤城はおかわりの饅頭に触れようとした右手を止めた。

 「連帯責任で適性量変えるか。」

 「もうしません。ご容赦を。」

 「本当に?」

 「はい。」

 「金輪際?」

 「はい。」

 「よし、言質とった。」

 「そんなあ!?…って、しまっ?!」

 「赤城は懲りないですネー。」

 「はあー…。」

 ため息一つ。

 『それさえ無ければいい人というのはそれがあるから悪いのだ』という言葉をどこかで聞いたような気がする。

 直接聞かないなら間接的に通すまでのこと。 

 「艦歴って金剛の方が上だよね?」

 「何の話です?」

 「そうですね。」

 再び饅頭に手を伸ばし要領を得ない赤城と得心した金剛。

 「じゃあ、全体の適性量変えてって言っといて。」

 「言うのは構いませんけど提督の分も減りますよ?」

 「この際だし構わないよ。」

 「じゃあ言ってきます。」

 「いってらっしゃい。」

 金剛が出ていってしばらくしたタイミングで赤城が慌てて金剛を止めに行った時の顔は戦闘時にバリアの耐久値が1になった時よりも絶望した顔をしていた。大事になる前に止めておけと注意しているのに懲りないからそういうことになるのだと思い、廊下を見ると食堂が賑やかになっていた。

 二人の姿が見えないことから金剛はここを出た瞬間、走って食堂に向かったのであろう。

 赤城の足音のテンポが速かったことからまず間違いないだろう。

 因みに艦歴とは今日までモデルとなった艦が現存している場合の年数である。

 

 一悶着あった食堂はしばらく賑やかだったが、空母たちが味見という名のつまみ食いはもうしないという約束がなされ静かになった後のことだ。

 先程の面子に加え響が加わった。

 四人で駄弁を弄するにも言の葉が尽きた。

 三者三様ならぬ四者四様の状態で炬燵でのんびりする。

 炬燵に入ってほっこりする響、もといヴェールヌイ。

 しょぼくれながらミカンをもそもそと食べる赤城。

 手際良く洗牌する金剛。

 尻尾だけ出した猫に手を伸ばして撫でる僕。

 この猫はどうも府内の誰かに良くしてもらってるようで毛並みが野良にしては綺麗だし人慣れしている。

 パラレルワールドにいるせいなのかこの島には活気が無いどころか僕らしかいないのだ。野性動物はいることにはいるがあまり多くない。だからこの猫が関わることとなる人物は僕らのうちの誰かという理屈になる。

 もう一度撫でようとして尻尾でやんわり拒否された僕は徐に口を開いた。

 「アレやろう。」

 「やりましょう。」

 「やります。」

 「やるやる。」

 そういうことになった。

 アレ、というのはとある卓上遊戯の一種だ。

 賽子を振り出目に応じて自身が演じる人物の行動を演出するというものだ。

 つまるところTRPGである。

 「誰がKPするの?」

 『提督。』

 「何で聞いたヴェールヌイまで僕を指定するかな…。」

 「面白いから。」

 「ちょっと泣いていい?」

 「それは良いから早くしてください。」

 調子が戻ってきた赤城が急かす。

 「じゃあ、テストのオリジナルシナリオからやるよ。KPしばらくやってなかったからね。」

 『よし来た。』

 「キャラ名と職業、体力と敏捷だけで良いよ。」

 「推奨技能は?」

 赤城が聞く。

 「跳躍と場合によるけど言いくるめ。」

 『?????』

 「すぐ終わるから。」

 しばらくしてキャラシートが手元に来る。

 ヴェールヌイのキャラは《島田 大介 陸上選手 体力10 体格16 敏捷10 知性13 アイディア65 知識100 容姿 8 推奨技能の<跳躍>100 <言いくるめ>100 その他の技能は任意のタイミングで振る》となった。

 「KP放棄して良い?」

 「駄目。」

 無表情で両手をピースにしながら前後に動かすヴェールヌイ。

 頭の中のシナリオが壊れていくのを感じる。

 「次は私です。」

 赤城のキャラは《島田 哲朗 陸上選手 体力13 敏捷9 知性17 アイディア85 知識65 容姿7 推奨技能の両方に100。その他技能は任意のタイミングで振る》となった。

 「えーっと…この流れはもしかして。」

 「最後は私ネー。」

 金剛のキャラは《島田 雄輔 陸上選手 体力10 敏捷11 知性9 アイディア45 知識85 推奨技能は両方に100。任意のタイミングで他の技能を振り分ける。》

 「シナリオ崩壊待った無しなんだけど。」

 「壊れるものを見るのも風情だよ、司令。」

 「全員同じ苗字で同じ職業…。それでもって推奨技能全振り+αを全員振れるとか…УРааааааааааааааааа!」

 少し壊れた自分に引いてる目線に気付くのにそう時間はかからなかった。

 

 「じゃあ、導入いきましょう。…の前に。」

 『?』

 「PC達は同じ団体の同じ競技の選手ってことで良いの?」

 「うん。」

 「大丈夫ネー。」

 「それでいきましょう。むしろそのつもりです。」

 「改めて…。」

 【身を焦がすほどの日照りが大会に向けて練習中の貴方達に刺さります。水分補給を許されない環境の下、監督の怒号にも似た指示が飛んできます。彼曰く、近くの小川で筋力や記録向上のために走り幅跳びを行うとのこと。暑さで意識が朦朧としている貴方達は鴨の親子のように監督について行ってしまいます。次に意識をはっきり持ったのは件の小川に着いた頃でした。練習開始という単語を聞いたところからロールプレイをスタートしてください。】

 「練習開始!」

 KP以外にNPCをやる人手がないのが少し悲しい。

 「KP、早速《言いくるめ》。」

 ヴェールヌイが技能の使用許可を求める。

 「数値の半分でどうぞ。」

 「えっ?」

 「炎天下に長時間いるだけでも奇跡なのにでまともに頭が回ると思う?」

 「うっ…。」

 「振った振った。」

 《1D100→24 成功》

 「よし成功。」

 「ロールプレイもどうぞ。」

 「監督、このままだとアンタの責任問題になるぞ。」

 「何が言いたい?」

 「私達の管理問題で責任が問われると言いたいんだ。」

 「分からないな。もっと具体的に言ってくれないと。」

 「炎天下に水分補給もさせずに私達が倒れたのなら貴方は良くて懲戒免職、悪ければ刑務所だ。」

 「それで、何を求めてる?」

 「大量の水分を求む。」

 「ほう。」

 「ヘーイキーパー。」

 「ん?どうしたの。」

 「別府のロールプレイだと練習続行する?」

 「そうなるね。」

 僕が演じてるのは連盟も怒鳴り込みに来るほどのクズ監督だ。

 「普段は変な事しないしさせないからこういう時の提督のRPは新鮮だね。」

 「ウチでは夏場はスポドリと塩飴とタオルを常備してもらってるし、冬も水分とカイロの携帯をしてもらってるからね。一応上に立ってる人間だし。」

 「ギャップがありすぎて風邪引くネー。」

 「この役は仮想だからさ。リアルとは別ね。というかリアルにこんなのいたら警察は放って置かないし万に百放置するようならこの国は終わってるよ。」

 「1%は可能性があるんですね。」

 「少なくとも一般人を拉致して軍に従事させるのは100%駄目だな。って、この国駄目じゃん。」

 事ここに至った。

 少なくとも拐われたあの日から薄々は分かっていたが…。

 思考にブレーキをかける。

 「はいはい。この話の引き金は僕だけどゲームに戻るよ。」

 『はーい。』

 【シャツの胸元をつまんでパタパタと風を顔に送る監督の顔は気だるそうにしていた。その顔は早く冷房の効いた部屋に行かせろと言わんばかりだった。早速その行動をしようと踵を返す監督。】

 「待って、監督。」

 赤城がロールプレイで待ったをかける。

 「まだ何かあるのか。」

 「奥さんが泣きますよ。」

 「バカめ、独り身だ。」

 「お母さんが泣きますよ。」

 「絶縁してる。」

 「くっ…無敵か。」

 「もうちょっと粘れない?」

 諦めた赤城に思わずKPの素が出る。

 「だって…。」

 「言いくるめが駄目ならアレがあるでしょ。」

 ハッと気付くのが早かった金剛が説得を提案した。

 結果として最大値の半分でダイスを振ると不思議なことにクリティカルが出てしまいゲーム終了となった。

 その後はレーザー銃やら忍術やら高次元の生物の触手やら原始的な掛け声やらが飛び交い食べ物を粗末にしたりで酷い有り様だった。

 途中で鳳翔が来て間食のお握りを差し入れてくれたり、暁型駆逐艦の三人が来て僕が頬をぷにぷに触ってるのを見つけた神風型の四人も部屋に入ってきたり、部屋の三人もぷにぷにしてみないかと言い始めたりでどんどん人が集まってしまった。

 解散させた時には夕飯の時間をとうに過ぎていた。

 

 TRPGを久々にやった日からある程度経った日の朝、かなり早い時間帯に鳳翔が付き合って欲しいことがあると執務室にこっそり来た。

 アレをやろうということだった。

 食堂に足早かつ静かに向かいカウンター席に腰掛ける。

 鳳翔はカウンター越しの僕の隣の席に辺りの位置にいた。

 何も入ってないグラスがゆっくりと僕の前に滑り込む。

 「暫くやってなかったので肩慣らしにこのくらいの距離から始めます。」

 「良いと思う。」

 アレというのは西部劇やら昼ドラの深夜帯のバーで見る『あちらのお客様からです』のことだ。

 大分前に昼から呑んでいる隼鷹が『酌をしてもらうのも良いがたまには別な感じで酒を出されてみたい』などと言ったことが起因だ。

 「まずはここから。」

 そういって鳳翔が出したのはラーメンのどんぶりだった。

 「肩慣らしって何だっけ。」

 「間違えました。」

 普段の間違えた時のリアクションとは対応が少し異なっていた。もっと踏み込んで言うとものボケをしていたのだった。何故朝からそのようなことをしたのかという言及はしないことにした。やりたかっただけだろう。

 「こっちですね。」

 流れるような動作で出てきた普通のグラスを一瞥し、こくりと頷く。

 徐に視界に入るグラスを構えていた左手で優しくキャッチ。それが理想なのだが惜しくも左手首に当たった。

 朝の早い時間帯、この食堂は声が響く。そのため僕は無言でグラスを鳳翔に返したあと、ジェスチャーでさっきの距離でもう一回やろうと提案した。

 もう一度やると今度は吸い込まれるように左手にグラスが来た。

 その後もう一席、もう一席とずらして練習するうちスタート位置とゴール位置が両端になっていた。

 スライドさせる器もいつの間にかどんぶりになっていた。

 聞こえるかどうかの音がすぐに大きくなり、僕の掌を直撃した。

 相当な力で扱っていたのか打ち所が悪ければ骨折していたかもしれないと思うほどの衝撃だった。

 ただあまりにも大きい音だったためかパジャマ姿の叢雲が慌てて駆け込んできた。

 どんぶりを片手で持つ僕と成功を喜んでガッツポーズをしている鳳翔が二人だけで、しかも異様な距離に両者がいることで導き出した叢雲の答えは…。

 「………。」

 沈黙。

 それはそうだろう。破裂音に似た音が響き渡ったのにも関わらず現場の当人達は距離がある。意味不明の度合いを強める謎のアイテムや手振り…全てが結び付かない状況では口を開けるか沈黙するしかない。

 自分もこの光景を見ようものなら多分唖然とするだろう。

 鳳翔に許可をもらい事情を説明した。

 「なんだ、アンタが鳳翔さんに叩かれた訳じゃないの。」

 「あんな音したらそう思うよね。」

 「てっきり鳳翔さんを怒らせたかと思ったじゃない。心配して損したわよ、全く。」

 「心配してくれてありがとう。そんな酷いことしないから安心して。」

 「勘違いしないでよね。アンタがいなかったらアレが出たとき困るじゃない。」

 アレよと繰り返して単語を思い出した叢雲が指差したのはまさかの単語。

 このまさかは女子の口をついて出たことによる衝撃などではなく、何の前触れもなくつき出された指が当該当物を偶然指差してしまったことによる喜劇のような悲劇である。

 つまるところゴキブリと言いながら指差した場所に偶然ヤツが居合わせたのであった。

 悲鳴と走り回る足音が建物中に広がり見物人が増えては悲鳴が響く。失神する者も居れば足早に見なかった振りをする者など様々なリアクションを尻目に僕は食堂の隅にゴキブリを追い詰め、手に持っていたキッチンペーパーで鷲掴みした。そのままグシャグシャと丸めて止めに両手で圧縮した。

 僕はゴキブリを潰したその足で外に出てゴミ置き場に積まれた袋の中に無理矢理そのペーパーを突っ込んだ。

 このような日もあるさと思いながら外の水道で手をよく洗い水を完全にはたいて府内に戻った。 




 メインタイトル通りの内容とおまけ程度の他要素しか書かないので注意書は必要無かったですかね。
 本当はもう少し書きたかったのですが、良い持っていきかたが浮かばなかったので次回に回そうと思います。
 (まあ、ショッキングなのもグロテスクなのもエロティックなのも書けるんですが時間とサイトが許せばオリジナルで書くと思います。)
 作者の愚痴のような自伝的小説は内容が日に日に濃くなっていっているためかなり濃縮されたヘドロのようなどす黒いものになっています。見たいと言う方は作者のTwitterなりこの小説の感想の追記なりで「まだですか?」と急かしてみてください。多分書きます。

 それでは、また次回にお会いしましょう。


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トライ&エラー

 皆様、海原でございます。それとお久しぶりです。
 今回は書きたい物のためにこっちを切り上げすぐにあげようと思い端末をフリックしました。
 今回の話はこんなのも書いてみようかレベルの話なのであんまりな感じだとは思いますが平にご容赦をば。
 


 EVENT海域を少ししか制圧してないことに落胆してから暫くした7月のとある頃、明石からのメールが来た。

 内容によると発明品の相談やらテストがしたいのだそうだ。

 この手の相談、もとい実験は年に十数回はあるため今回も含め足繁く通うことになるのだ。

 

 「ねえ、何を作ってくれちゃってるの?」

 説明を最後まで聞いた上での怒気を孕んだ僕の声がまともに聞こえているのか分からない位明石の表情はにこやかだった。

 「ですから、透明になれる薬ですって。」

 さも当然のように言う明石。

 「他にもあったよね?」

 「ええ!フックを打ち込んだ場所に引っ張る拳銃に、太い杖の形状をした対深海棲艦用徹甲弾を装填したショットガン、千里眼とも言われるくらいによく見える目薬とか。今回も色々作りました。」

 「うん、そこまでは問題無いの。」

 そう、ここまでは。

 「まだ報告することあるよね?」

 「ええ、便利そうに見えますけど欠陥がありまして。」

 「例えば?」

 デメリットについて聞いたのはこちら側だが明石の天然産物がごとき白々しさに頭痛がしてきた。むしろ、天然なのかこれが分からない。

 「透明化薬品は服用後に激しい腹痛が服用者に起きます。」

 「他の発明品は?」

 頭痛に頭をもたげ言葉を紡ぐ。

 「鉤爪発射式移動銃は引っ張られた勢いで肩を脱臼する可能性が大です。散弾銃の方はデザインを重視したため発射口と引き金が分からなくなりました。目薬は瞳孔が開きっぱなしになります。」

 「だから、何を作ってくれちゃってるの?」

 「どうしました?物忘れですかね?」

 「僕がボケてるとかじゃなくて、なんで高性能な発明品にサービス精神で壊滅的なデメリットを付けてるのかってこと。作ろうと思えばデメリット無視の発明が出来るのにさ。」

 何とか平静を取り繕いながら明石に顔を向ける。

 すると、にこやかに明石はこう言った。

 「だって、高性能なだけじゃ可愛げが無いでしょう?」

 「えぇ…。」

 これが今回だけならまだ良かったが、足繁く通った結果が致命的欠陥品の紹介を毎度のようにされるため少々負の感情が起こる。

 これだけなら一蹴した後に帰れば良いがそうはならないし、そんなことはしない。

 「それらの発明品はおいておこう。虎の子はあるんだよね?」

 「勿論です。」

 舌をちろりと出しながらこちらに背を向ける。

 「この辺にしまったような…。あっ!あった!」

 例の物を見つけたであろう明石がこちらに向き直った時に彼女の手には、スクエア型フレームの眼鏡が存在していた。

 「これは?」

 「提督用の艤装、もとい装備です。」

 「というと?」

 「敵の戦闘力やウチに所属している艦娘の総合力が分かります。勿論、機能はこれだけじゃないです。フレームに付いているボタンを押すと景観の拡大や縮小が出来ますし、特定のまばたきのリズムで写真が取れます。ところで…。」

 すらすらと喋っていた明石の歯切れが悪くなった。

 「どうしたの?」

 「寄り目とか出来ます?」

 「出来るけどやらないよ?」

 過去に友人や家族からかなり引かれたことがあることがトラウマで自重している。だから明石を含む艦娘には絶対見せない。というか、見せたくない。

 「えー。」

 「だって気持ち悪いでしょ?」

 「私個人としては面白いと思うんですけどね。」

 「見せないよ。で、寄り目をするとどうなるの?」

 「提督に対する艦娘の好感度が見られます。」

 「それはあまり使いたくない機能だなあ。」

 「あのぉ…。」

 無言で少しむくれたかと思えば、何か思い付いて気まずそうな雰囲気を漂わせ始めた明石。彼女の意味の分からない挙動を僕の目は捉えた。 

 「どうしたの?」

 「前から思っていたことが有るんですけど言っても良いですか?」

 「良いよ。」

 「では、お言葉に甘えて。提督はご兄弟はいらっしゃいます?」

 「一人っ子の長男だよ。」

 「親御さんは厳しかったですか?」

 「まあ、ね。」

 「親御さん達から『しっかりしろ。』とか『堂々としろ。』とか言われて育ちました?」

 「そうだね。」

 そこから明石は考え込む素振りをしてこちらを時折見た。

 数分したころ、明石の目には同情と悲しみを帯びていた。

 「提督に就任するまで、大変でしたね。」

 「そう思ってくれる?」

 今ので僕の抱えている物のおおよその見当をつけた明石は僕の言葉に首肯した。

 「ええ。」

 「もっと人を頼っても良いんですよ?人は生きている時は迷惑をかけるものなんですから。」

 「頑張ってみるよ。」

 その場の空気は重苦しいものになっていたが、こういうときは前に歩みを進めないといけないことを僕はよく知っている。

 「他の機能はあったりするの?」

 「…えぇ、ありますよ。片方だけ寄り目をすることによって透視が出来ます。」

 「それもあまり使わないな。明石が想像するような使い方は特にやらないから。」

 「ですよねー。というか出来るんですね。」

 恐らく売り文句は『アノ娘のあんなところやこんなところが丸見え』とかだろう。出来るけど絶対にやらない。

 「あとは開発者オプションみたいな感じで、装着した人の別の人格が発現するようになる機能を付けて見ました。」

 「起動する条件は白目を剥いたらでしょ?」

 「バレました?」

 「まったく…。まあ、持ち歩きに便利なカメラとして使ってみるよ。」

 明石の手から取った眼鏡の度はいつ視力を測定したのかということをすぐに疑問に思う程よく見える代物だった。

 

 付け心地を確かめた後に眼鏡を自分の物に付け替えた。服の襟に明石の作った眼鏡を引っかけ、明石と向かい合う。

 「まだテストがあるよね?」

 呼び出された用件の内、相談しか行っていないことを思い返し明石に本題のテストについて催促する。

 「そうでしたね。ちょっと待って下さいね。」

 椅子から立ち上がった明石は、廊下とは繋がっていない部屋に入っていった。

 その部屋は電気がついておらずどの様な部屋かは相も変わらず分からなかったが、発明品の話で入ることから開発室兼倉庫なのだろう。臭いは鉄と油、硝煙が主な物であると思う。不確かな言い方なのは未だに嗅ぎ慣れてない異臭であるため判別が困難であるためだ。

 直ぐに帰ってきた明石の手には地味な色合いどころか漆黒のブーツをベースにとある装置が付いた物だった。装置には若干の見覚えがあった。大分前に見た叢雲や摩耶、赤城達の戦闘用の靴とそっくりだった。

 何故見たことがあるかの話は省くが、同様の装置だと断定出来るほど酷似していた。

 「これが何なのか当ててみます?」

 「僕用の靴でしょ?」

 「正解です。まあ、今の話の流れならそうなりますがね。」

 「そうだね。」

 早速履き心地を確かめようと靴を脱ごうとすると止められた。

 「どうしたの?」

 「概要を聞いてから然るべき場所で試しましょう、提督。」

 大分自信があるのか胸の張り方がさっきまでと段違いだ。それを口にすれば間違いなくセクハラに抵触するだろう。

 「どんな靴なの?」

 「薄々は気付いていると思いますが提督専用の水陸両用靴です。提督が出撃の際に履いているものの改良版で安定さや快速性抜群です。私の主義は捨てて開発していますのでかなりの良作だと思います!」

 「なるほどね。」

 捨てられる主義なら捨ててしまえと言いたいが余計なことだろうと口をつぐんだ。

 「それでは早速、出立しましょう。」

 「あいよー。」

 ギシギシと軋まない床に改修してからどのくらい経ったのだろうと益体もないことを考えて歩く僕。明石は自信に満ち溢れた顔をしながら廊下を闊歩していた。

 浜辺に出た僕はいつも履いてる改良前の両用靴のまま水面に片足を浸けた。少し大きめの駆動音が鳴り始めると同時に足の底から押し上げられる様な浮遊感を覚える。そのままもう片方の足を浸けて浮遊感が出るまで待つ。

 両足の底から力強い駆動音と浮遊感が現れた後は浜辺沿いを走ってみる。この靴は艦娘達の艤装の様に水面を滑るのでは無く水面を文字通り歩行及び走行するタイプの靴なのだ。

 「提督、何やってるんです?」

 「どういう違いなのか体で知っておきたくて走ってみたんだ。」

 「やってもらおうと思ってたことなので別にいいんですけども…。」

 「ごめんて。」

 水面から降りて浜辺の砂を踏むと同時にスニーカー型の靴は駆動音と浮遊感を完全に消した。

 「では、今回の靴を試してみて下さい。」

 脱いだスニーカーをマット代わりにしながら慣れないブーツを履く。

 「一応ゴーグルを着けておいて下さい。提督はこのタイプに慣れていないので水面に頭を突っ込むことになる可能性があります。」

 「はいはい。」

 「他の貴重品や機器なども預かっておきます。」

 「部屋に置いてきたから大丈夫。無線機は必要無いだろうとは思ったけど持ってきた。」

 「リアルな感想が聞きたいので装備していて下さい。」

 「了解した。」

 男物のブーツというからどのような物かと思ったが、厚底になっていること以外はスニーカーと履き心地は変わらないと思う。

 あくまで陸で棒立ちしている限りの話だが。

 水面に爪先を浸けようとした瞬間、静かにしかし力強い浮力に持ち上げられる。爪先だけで耐えられないものでは無いが少々出力の具合に驚いた。

 浸けようとした瞬間にこの出力が可能ならばと思い、一気に水面に飛び乗った。

 予想通りに体が水面に浮く。

 そこまでは良かった。

 「うべぢょぼぼぼぼぼぼぼぼ?!」

 「まあ、そうなりますよね…。」

 コケた勢いでゴーグルがめくれ海水がモロに目に入る。

 痛い。

 小さい頃の旅行の懐かしさよりも顔が擦りむけていないかの心配を真っ先にする程に痛い。

 当然、靴の出力は続いているため海面に顔を埋めながらセルフ水上スキー状態。

 奇跡的に浜辺に打ち上げられるまで僕の眼球と海水は仲良し小良しだった。

 その後、何十回とセルフ水上スキーを繰り返しどうにか艦娘達と同様の移動が出来るようにはなったのだが次の日には風邪をひいて寝込んだ。




 8月末にイベントが始まりましたね。
 作者は9月始めから夏休みなので執筆出来る時間があまりございません。
 作者の書きたいものは10月中にはハーメルンで出ると思うので興味が御座いましたらご一読願います。ちなみに完全オリジナルの異世界物です。チートは(今のところ)無いですね。


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風呂と美人、墨と僕

 更新が遅くなってしまい申し訳ないです。
 リアルでのフィジカルとメンタルがディスアビリティなので筆が進みません。更にアイムビズィーなので余計に書けません。
 早い話が不調で忙しいのです。
 閑話休題。
 今回は短めとなっています。あと少しエロいかもしれません。それではどうぞ。


 海は残酷だ。

 浮く意思や力を無くせば深い深い海の底に沈んでいく。

 飲み込んだ者への報いなく、飲み込んだ者の血さえ残さずに飲み込むのだ。

 そのような現場に送り出さなければならないこちらの身をケアするのは実質自分のみ。

 海をかなり縮小化したこの檜の浴槽にも同じことが言える。

 沈もうと思えば簡単に沈むし、多少切り傷が出来たところで血は溶けて見えなくなる。

 僕は先程までいた加賀の残像を湯煙に浮かべながら湯をすくって顔にかける。

 

 

 

 時はさかのぼり一時間前。

 「衣装が魚臭いー!」

 「今に始まったことじゃないでしょ?那珂。」

 一時的に鎮守府近海の制海権を手にしたことにより、ちょっとした釣りを行った時のことだ。那珂は自分で釣った魚を危うく逃がしかけ、自分の服を使ってどうにかこうにか確保したのだが臭いが染みてしまったようだった。

 「風呂入ってきな。あの海域にはもう用は無いし。」

 「OFFだー!」

 颯爽と艦娘用、もとい女子風呂に走る那珂。

 クーラーボックスの中にある鰯を食堂に持っていき保存してもらった後に、ふと自分も臭いことに気がつき風呂の支度をしようと執務室へ向かう。

 執務室近くの通路から青葉が立ったまま滑り込み、立ち塞がった。

 いつも通り不敵な笑顔を浮かべこちらを見てくる。

 こういう時は大抵ロクなことがない。

 何も見なかったことにしようと塞ぎきれてない横を通ろうとすると寄った側に詰めてくる。

 何度も横をすり抜けようと繰り返して何度目だろうか。

 青葉の笑みは段々と苦しさを帯びてきたのだ。

 具体的にいうと汗をかきながら笑顔をこちらに向けてくるのだ。

 もう少し続けたら面白そうだと自分の中の悪魔が囁いてくるが、そんなものは理性で握り潰す。

 「何の用?」

 ぶっきらぼうに話を切り出す。

 「おや?もう終わりですか?」

 言葉の余裕さはどこへやら。膝に手を置き肩で息をしている青葉は掌をこちらに向け『少し待って欲しい』の合図。

 やがて落ち着いたのか気を付けの姿勢でこちらを見据える青葉。

 「時に司令官。」

 「……。」

 改まった青葉の顔を見て思わず顔が強ばる。

 こういうときの青葉を例えるなら笑顔で点火済みのダイナマイトを咥えてくるボクサー犬だ。始末に負えない。

 「青葉秘蔵の写真はいかが?」

 出た。

 この鎮守府内のどこかで盗撮行為を行ってはこちらに自慢気に見せて物々交換をせびってくる腹だ。何回もやっているのでその度に鉄拳を落としては今すぐ止めてファイルを削除するように勧告しているのだが、どうやら止める気はそうそう無いらしい。

 綺麗な手の甲を見せてきたかと思えばいつの間にか写真がずらりと装填される。

 どれもこれもウチに所属している艦娘たちのあられもない姿が写真として収められている。

 「何度も言ってるけど買い取らないし受け取らないよ。」

 「あれ?」

 すっとんきょうな声をあげた青葉は数拍おいて、

 「男の人ってこういうのを『おかず』にするんですよね?」

 などと言った。

 意味が分かっているのか不思議に思ったが次の青葉の一言でほっと胸を撫で下ろした。

 「男の人って写真でご飯食べれるんですねぇ。」

 「はぁ…。飯ならせめて食える物にしてほしいなあ。」

 分かってない。

 分かってないだろう。

 多分。

 「とにかく、元のデータとコピーとその写真諸とも処分すること。」

 付け加えて何かを言おうと思ったが青葉の小指辺りにある写真に目を引かれた。

 鈴谷がパフェを一口食べて喜んでいるであろう一瞬を切り取った写真だ。

 「せめてさ」

 手早くその写真を取って裏返し青葉に向ける。

 「こういうのを交渉テーブルに持ち出して欲しいな。」

 「承りましたー!」

 「何も分かってないね?!」

 嬉々として走り去る青葉の背中を見送る形になった僕は項垂れた。

 そのまま執務室に入り着替えとタオルを持って自分用の風呂に向かう。

 

 体と髪と顔を洗い、シェービングクリームをうっすらと塗り生えかけの髭を剃った。一人で入るには余りにも広すぎる檜の浴槽に入り深く息をつく。

 「ここまでやってたら流石に慣れるか。」

 何かの脈絡が無い話、という訳でもないのだがあえて脳内で弁明する。

 最初の秋刀魚釣りは餌の付け方や針の外し方、釣ってから持って帰るための保存方法まで全てがおぼつかなかった。

 着任して四年経った今では手が勝手に動いている。

 生臭い服を着続けるのはまだ慣れないのだが…。

 そんなことを考えていると浴槽の壁のパネルが浮き出てそのままパタリと倒れる。

 最近無断で導入されたシステム、『提督用物資運搬経路』。

 文字におこすと変な感じがするが要は風呂に入ったタイミングで軽い飲み物や食べ物が滑り込んで湯がたっぷり入った浴槽に絶妙な角度でスライディングしてくるのだ。

 酒は倒れても人がいる環境でないと飲みたくないので、やってくれやがった明石に予め釘を刺してある。詰問したときは白々しい態度をとっていたが、体験してみたら存外に良かったため事後承認となった。

 今日は一体何が流れてくるのか期待して倒れたパネルの元を見つめる。すると、もう一回り大きいパネルが倒れた。その大きさは人一人が滑って丁度良いほど。

 この考えに至った瞬間、明石への恨み言よりも流れてくるであろう人命を優先しようと腕を構えてランディングコースで待機する。

 瞬間、何かが滑り落ちてきているのが分かるくらいの風を切る音が聞こえる。

 いよいよ出てきた人物は黒髪を横に結んでいて青いスカートが特徴的な一航戦のその人、加賀だった。

 どっぷりと湯にダイブした加賀を何とか両手で救出した。

 僕に掬い上げられた加賀はこの手の上で水を吐き出して項垂れていた。

 「大丈夫か?」

 声の方向に顔を向ける加賀。

 「あ、提督。ど…?!」

 加賀が赤面したのは彼女の横顔から見ても明らかな程の赤さ。

 余程衝撃的なことがあったのか顔を一瞬で反対に向け、暴れた加賀の行き先は湯船の中。

 どうしてこうなったのかが分からない。

 その反応から数拍置いて自分の今の状況を俯瞰する。

 僕は今、風呂に入っている。

 加賀の顔は丁度僕の腰くらいの所にあった。

 なるほど。

 まあ……いっか。

 こちらのクールダウンが終わった。

 対称的に加賀は直立不動の姿勢をとっていた。

 赤面しながら、目線を意図的にこちらから外しながら、クールな態度を貫通するほどあたふたと慌てながら直立していた。

 しかも、彼女の水に濡れた服は体のラインがはっきりして非常にこちらの精神衛生上よろしくない。うっかり反応してしまうのは性だろうか。

 さて、こんな状況で会話が出来るのか。まず、加賀が流れてきた経緯について聞こう。

 「あのさ。」

 ビクリと震えてこちらを見る彼女の目線はみるみる下がっていく。ハッとなるのと同時に目線を外す。この二つの動作を繰り返していることに加賀自身は気づいているのか。気づいてはいないだろう。

 「もしもーし。」

 手を加賀の目の前に二、三度通過させる。

 「…!」

 こちらには気付いたようで目線を向ける加賀。しかし、目をこちらの腰に向けてくる。

 話が進まないから頭に乗せていたタオルを腰に巻く。

 こちらにいつもの無表情な目を向けてくる加賀。顔全体は落ち込んでいて目も拗ねているような素振りが見え隠れしている。

 「何でここに?」

 「青葉に唆されました。」

 「大体分かった。」

 どうも待機室に青葉と入った加賀は新種の滑り台だとかと騙されて滑り込んでしまったのだろう。

 「滑り台…。」

 確認のために頭に浮かんだ文を投げ掛けてみると首肯した彼女は普段の態度からは想像もつかない落ち込み具合だった。子供らしいと言えばそうだがそこを含めて愛おしく感じてしまう。

 「夏になったら艦娘用スライダー作ってもらおう?」

 「はい…。」

 びしょびしょになった加賀は風呂からそそくさと上がると去り際に一言と一礼を残していった。

 「御馳走様でした。」

 「お粗末様でした。」

 鼻を押さえていた加賀の足元には血が一滴垂れていた。

 一夫多妻へのフラグが立ってしまったと後悔するもそんなものはへし折ればいいと半ば諦め、湯船に身を沈める。

 余談だが反応した愚息は萎びてくれた。

 

 

 最近、年ごとのイベントにしか大したことが起きてないことに少し驚いている。

 バレンタインやらクリスマスやら年越しやらそういう節目しか大きな動きがないような気がしてなら無い。

 今年も師走に入り上旬、中旬と過ぎいよいよクリスマスの時期。

 そんな中、僕は四年ぶりにペンを持ち適当に文字を書き殴っていた。

 「うへえ…。」

 口をついて出た感嘆とも辟易ともつかない声。

 ただでさえミミズが可愛く見えるレベルの文字なのに書いた本人が判読不可な怪文書が出来てしまった。

 こんなの部下に見られたら困るどころの話じゃない。しばらく府内はこの前衛的文書の話で持ちきりになるに違いない。それは避けたい。

 愚策でしかないが字と字の間にもう一文字を隙間を形成している二文字と重なるように書く。

 前衛的文書から前衛的絵画に早変わり。

 「なんでだよっ?!」

 頭の中の悪ふざけに思わずツッコミをいれる。

 しかし、無駄にした紙と芯は戻ってこない。

 別の紙を取り出して意識して美しいと思える字を書く。

 「まあ、うん。…うん。」

 唸って出た結論がギリギリの及第点。

 赤点ギリギリのところだ。

 定期的に字は書いておこうと心に誓うと共に焼却場に足を運び紙を燃やした。 

 

 どんちゃん騒ぎの大晦日と元日を経て、僕はまた筆を執っていた。

 筆(毛筆)を取っていた。

 「府内の標語を是非」と大淀から書道の一式渡されて困惑し、やれやれと書き始めた。

 何を書こうかと思案し、四字熟語を書けばバランスが良いと思ってから頭の中に候補を挙げる。

 安全第一?猪突猛進?臥薪嘗胆?一生懸命?

 つらつらと出てくる単語にノイズが混じる。

 安産祈願。

 「ぶっ?!」

 男でその標語はまずいだろうと思う理性を体は打ち破り、すらすらと筆を進めていた。

 「バカヤロー!!!」

 「どうしました!?」

 「うわあああああああああああああああ!!!!!!!」

 突如現れた大淀によってパニックに陥った僕はすずりの墨に、半紙を捩じ込んだ。

 墨は半紙に吸い込まれたおかげで床にも自分にも大淀にもかかることは無かった。が、今部屋にいる二人の間にはなんとも気まずい雰囲気があった。

 

 気まずさを振り払って話し合った結果、大淀はこっそり様子を見に来たことやこちらが中々に標語を決められないという情報を交換した。もちろん安産祈願は伏せてある。標語は家内安全となり府内に入ってすぐの丁字路に貼られることとなった。

 




 前書きの通り暫くは忙しいのでこっちも創作の方も更新出来ません。平にご容赦を頂きたく思います。
 それではまたいつか。


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色って何気にいっぱいあるよね?

 皆様、本当にお久しぶりです。書き手の海原です。
 最近まで某ウィルスやら非常事態宣言やらで大変だったかと存じます。本当にお疲れ様です。
 この小説が励みになればと思い筆を執ってみました。
 が、数ヶ月ぶりの執筆でなまっていたのと投稿者のリアル事情で作業が難航してました。
 申し訳ありません。
 なるべく書いていこうと思うので、どうか平にご容赦をば。

 さて、今回の話ですが人によって好き嫌いが分かれるものではないかと私は懸念しております。
 サブタイトルも話の内容も錯綜しておりますが、どうか読んでやってください。思うことがございましたらやんわりと感想や評価をお願いします。
 あと、思うところがあり話数構成を改変します。

 それでは、面舵いっぱい。
 (追記: 16000UV達成させて頂き、誠に有り難く存じます。これからも宜しくお願いします。
 書き手の戯れ言ですが、お気に入り登録をして頂いている方の数が低迷していることから作風の改善のために最新話作成まで時間を頂きたいと思います。多分ですがのんびりという作風に対してのスランプだと思われます。)


 喧騒、凝視、動悸。

 僕の手元に刺さるように集まる視線を感じながら、僕の手と目は機械的に動く。

 フライ返しに乗る黄金色の食パンと薫る甘さに皆は我先にと皿を差し出す。

 「どうしてこうなった。」

 第一目撃者兼拡散者の赤城の皿に焼きたてのフレンチトーストを乗せる。

 

 

 この光景に入るにはある前提が必要だ。

 着任して間もない頃のこと。

 僕が料理長を兼任していたことがあった。

 鳳翔が来てからはフライパンを握る機会は滅多に無くなった。

 この話は古株から新米まで広まっており、関心を持つ者は少なくないこと。

 これをふまえて赤城が襲来する前に時系列を戻す。

 

 ある日の昼下がりに小腹が空いて軽食でも作って食べようかと思い立ち、食堂の厨房に立ち入り在庫を見た。

 物色していても咎められるどころか物音は僕の鳴らす音だけであることから誰もいない。

 好都合だ。

 余り気味の薄い食パンの入った袋と卵、牛乳パックと香り付けのバニラエッセンスの小瓶、バターをそれぞれ取り出した。

 調味料の類いは火元の近くに配置されていた。

 手をブラブラ、足をブラブラとさせ鈍った四肢にスイッチを入れて、手を医療従事者のように石鹸で洗う。消毒液も付けて乾くまで待った。

 

 まずは調味液、もとい漬ける液を作る。

 トレーに卵を割り落とし、牛乳と砂糖を加える。

 近くの引き出しに入っていた竹串でかき混ぜ、黄身と牛乳が混ざりきるまで腕を動かした。

 次に食パンを一枚取り出し、卵液に漬ける。このとき食パンの白い面が調味液に染まるように気をつけて両面を染める。

 この漬け込む時間にフライパンを強火で温める。フライパンが温まったのを確認したら弱火にし、暫く待つ。

 時短のつもりだなんだと言い訳するがいかんせん素人だ。本当に時短になっているのかは定かではない。

 バターをフライパン全体に馴染むように広げ、漬けた食パンを焼く。

 適当な時間が経ったら、パンをひっくり返し反対側も焼く。

 そう、この時だった。

 食パンをひっくり返そうと目線を上げた刹那。

 どこまでも純朴で貪欲な暴食の権化が滝のようなヨダレを垂らしていた。

 「?!」

 驚いた。

 ただ驚いた。

 だが、ヤツの動きはその驚きすら過去にした。

 赤城はスマホを取り出し空母たちにメッセージを送信。

 それだけに留まらず、食堂を疾風のごとく駆け抜け近辺の艦娘にまで僕が料理していることを拡散したのだった。

 それから府内の艦娘が集結するのに10分もかからなかった。

 明石、大淀、間宮、伊良湖が皿を配り先着順に並ぶ艦娘の列の整理を行っていた。

 

 始まる修羅場に嘆息しそうになるもかみ殺す。

 同時に呆然としそうになるも自分をかき集める。

 そんな心境であることを付け加えて冒頭に至る。

 最初こそ一枚ずつ丁寧に漬けてはじっくり焼いていたが、人数が捌けない。

 人数が減らないことに違和感を感じ視線を上げると配膳したはずのメンツが最後尾に並んでいた。

 さらには列の整理にあたっていたはずの四人まで並んでいた。

 

_______ぶちっ。

 

 何かが切れた。

 頭は冷静ながら過熱気味に高速回転。

 器具と材料をガスコンロの数だけ用意し、それぞれを個別に対応しながら配膳した。

 

 最後の自分の分を焼き終わる頃には食パンは底をついていた。

 厨房のパイプ椅子に腰かけ、間宮謹製のアイスとキャラメルソースやメープルシロップをかけた勤労の証を金剛が淹れてくれたアールグレイと共に臓腑にじっくりと取り込んだ。

 子供の宝石箱にアロマを焚いたよう、もといこってりした甘さをすっきりした飲み物で洗い流すこのパラドックスが何とも言えない愉しさを生む。

 「疲れた。」

 小声でポツリ。

 『!』

 僕の四文字の愚痴をそばでティータイムをしていた金剛型とウォースパイトに聞かれてしまった。

 「お疲れ様ネー。」

 労いと共に僕の肩を揉む金剛。

 だらしなく力が抜けた首は頭の重さに耐えられずに後ろに傾く。

 金剛の胸の中に後頭部が吸い込まれているのだが、全く自覚が無い僕。なにせ、ヨメの笑顔と匂いがこの世界に広がっている。今この瞬間の外聞なぞ些事だ。

 「ひえええええええええ?!!」

 「……。」

 「ほぅ…。」

 「…What?」

 叫ぶ比叡と冷静さを装う霧島と奇妙な行動をとるメンバーを訝しむウォースパイトの声は聞こえた。

 首を横に傾け細目で確認すると、本当に驚いたのであろう比叡が椅子から立ち上がっている姿や手で目を隠しながら指の隙間からこちらを見ている榛名、眼鏡のツルを持ってこちらを見据える霧島、首を傾げて何がなんだか分からないという風なウォースパイトの姿がぼんやりとした視界にあった。

 目を定位置に戻しまぶたを閉じると心地よい暗さと凝り固まった疲れを感じる。

 マッサージを受け続け十数分。

 「あああああ~」

 口を半開きにしヨダレが出かけているなあとぼんやり思った刹那。

 ざわざわという喧騒が近場で起こっていることに疑問を覚え現へと意識が浮かび上がる。

 後頭部の柔らかい感触に驚いて目を剥き、飛び起きる。

 阿吽の呼吸と言わんばかりの金剛の回避によって額に痛みを覚えることは無かった。

 一つの煌めきが視界を支配した。

 焼きついた光が視界から逃げていくと共に現実が帰ってくる。 

 青葉がカメラをこちらに向けていたことからこの写真を撮ろうとしていたことが把握出来た。

 『おい』と言おうとした。が、周りにはニマニマとした表情の凖鷹や龍驤、机に乗り上げて興味津々と言わんばかりに目を輝かせる佐渡や対馬が見えた。

 怒るに怒れない。

 「はーい、捌けた捌けた。」

 こちらを見てニマニマしながら机に戻る大きめの艦娘。

 「ふぅん…。」

 「いひひっ!」

 不満げな対馬と面白いものを見たと言うような笑い方をした佐渡。

 「間宮からアイス貰って食べてて。」

 「えっ?」

 金剛の横辺りから間宮の声。

 椅子から立ち上がり机に乗り上げている海防艦を下ろす。そのまま間宮の元まで手で優しく押して誘導し彼女に目配せ。

 席に戻り、溶けたアイスと自作のスイーツを食した。

 

 

 

 バレンタインデー、ホワイトデーという単語には縁がない人種の僕だった。

 ここに来てからは義理でも貰えることは多々あるため返しの作業を含めて2月14日と3月14日は忙しかった。

 年々思い出すのが面倒になるほど濃密になっていく。

 カメラのフィルムも逃げ出しそうな出来事を最近したためている日記に簡潔に記す。

 ただ、覗かれても困らないようにマスターキーのようなワードのみを書き記した。

 

 『縁延艶』

 ____と。

 

 何があったかを追想する。

 あのチョコを渡す日はふらふらと歩く明石を見つけて声をかけたところから地獄が始まった。

 「どうした?」

 「提督…。」

 こちらを虚ろな目で見る明石の顔は紅潮していた。

 何があったかを問おうとすると、明石は背負っていたリュックを差し出し…

 「逃げて。」

 と言い残し意識を失った。

 「明石!」

 大声を出して起こそうとしたが無理だった。脈は正常だったため明石の頭を優しく床につける。

 どうしようかと指針を決めかねていると目の前に大淀が通りかかる。

 「大淀!丁度良いところに!」

 声をかけようと手を伸ばす。

 妙だ。

 理性の塊が警鐘を鳴らす。

 大淀を観察すると目は明石と同じ目。さらに足取りもおぼつかない。首は座ってないのかと思うほど揺れ動いていた。

 彼女の瞳に僕が映った。

 その瞬間、大淀の動きは未知の生物のようだった。

 一瞬の出来事で過程は分からなかったが、結果的に両腕でがっしりホールドされてしまった。

 大淀の蕩けた顔と潤う唇が眼前に据えられた。

 何をしているんだ、と問う前に彼女の腕は僕の頭に標的を変えホールドしていた。その腕はまるでキスをさせようとする動きだった。

 それはまずい。

 大淀の細い手首を持って引き剥がし束縛から逃れる。

 数歩後ろに退いて、目の前の問題を見据える。

 「どうなってるんだ?!」

 蕩けきった大淀の歩く道には粘性のある液体が散っていた。きっと口から出ている唾液だろうと自分を納得させ、思考に移る。が、情報が少ない。発揚しているとしか分からない。

 リュックの中身を漁ろうにも数歩の距離では詰められてしまう。

 ここは逃げの一手に限ると思い転身しようとした矢先、先程まで聞いていた声と共に後ろから腰をホールドされてしまう。

 「て・い・と・く」

 その手は蛇のように下に動いて特定の位置で止まった。そのまま愛撫を始めようとする手を強引に振りほどこうとすると今度は大淀にも頭をホールドされてしまった。

 

 マズイマズイマズイマズイマズイマズイ!!!!!

 

 咄嗟に偶然ポケットにしまっていた麻酔銃を腰の明石の頭に撃ち込み、眼前の大淀の頭にも同じように弾を撃ち込んだ。

 安全地帯に戻ろうにも遠い。

 三階の現在地から一階の執務室はちょうど立体的にも平面的にも真逆。

 二人の部屋は僕の部屋、つまり執務室の近くにある。

 ここからだと二人をこのまま放置せざるを得ないほど遠い。

 それに、おかしくなる前の明石の『逃げろ』という発言が後押しとなって二人を廊下に寝かせておくことにした。

 仕方なく以前、瑞鶴を包んだ迷彩を被り、移動しながらリュックを漁ると、綺麗に折り畳まれた紙といつもの麻酔銃のマガジンが多く入っていたのが感触で分かる。また、予備の麻酔銃も鞄の奥底に眠っていた。

 紙を開くと何か書かれていると分かるが、いかんせん暗くて見えない。

 迷彩を解除して周りを見渡すと、顔が赤くうつむく蒼龍と同じく顔が赤くこちらに手を振る飛龍が視認できる範囲にいた。

 先程の工作艦二人と同じように様子が変だ。

 開いた紙を即座に読破。

 『バカタレええええええええええ!!!!!!!!』

 と大声で叫びたい、状況が許すのなら。

 

 こうなった顛末が紙には書いてあったのだがあまりにも酷い。

 早い話が手元の事故で気体状の惚れ薬が換気扇を通じて漏れてしまったとのこと。府内に拡散されてしまったと見て間違いない。

 性質上、女子にしか効果は無くいつもの麻酔銃で解毒可能らしい。時間による代謝も解毒の対象とも。しかも、解毒時にそれまであったことは覚えていることは無いというおまけ付き。

 ちなみに、制作した事情は黙秘する旨も書かれていた。

 変なところで律儀なのもバカ野郎ポイントが高い。

 この状況を利用して自分だけいい思いをしようと考える紳士の方々が多数を占めるだろうが、僕はそんな展開を毛ほども望みはしない。

 そう決意した後の僕は自分でもよく分からない動きをしていた。

 川内限定かと思っていた狙撃精度を発揮し、ふらふらとした二人の頭を撃ち抜いた。

 後ろの方で天井が突き破れた音がした。

 目視で破った犯人である祥鳳と瑞鳳確認した後、二人の頭部を即座に撃ち抜く。

 おもむろにイヤホンをつけたスマホを操作し、ユーロビートを大音量で流す。

 現在地の三階から一階まで起きている者を残さずに制圧していく様は、快楽と殺戮の限りを尽くすシリアルキラーだろう。

 まあ、実弾が入ってれば殺人鬼そのものなのだが、撃っているのは麻酔薬の入った小型の注射器のような弾だ。

 全くの余談という訳ではないが、途中で言い寄ってきているのであろう加賀や瑞鶴を容赦なく撃ち抜いている。イヤホンをしているとはいえ心が揺らぎかけていた自分を戒め、執務室に戻る。

 回転出来る椅子と葉巻とサングラスがあれば仕事終わりのヒットマンなどと益体もないことを思いながら布団に座りこむ。

 やや聞こえにくくなってきた耳を案じてイヤホンを取り外し、布団に潜り込み全員が正気に戻るまで待った。

 

 同日の夕方。

 廊下が騒がしくなってきたことで目を覚ました。

 喧騒を隔てるは静寂たる夜の明かり。

 スマホを確認すると時刻は18時あたりを示した。

 喧騒は一層大きくなる。

 口々に紡がれる内容は、

 『誰か提督を見たか?』『今日1日見てすら無い』『昨日までは元気だった』『チョコどころじゃないんじゃない?』『マジなの、これ?』

 などと言った感じだ。

 どうも薬を吸い込む前に僕を見た者がいなかったせいか、内容が安否確認じみてきている。

 心配する声の中には明石の声もあったのだが、薬効が出たタイミングはあれから大して差がないのか僕を見てない口振りだった。

 普段から『巡回という名の散歩をしているから目撃者やら同行者は絶えないだろうとは思った。けど、一日姿を見せないとここまでのリアクションになぅてしまうのか』などと頭の中で妙なことを垂れ流してみる。垂れ流しても意味は無い。

 さっさと電気を点け、戸を開ける。

 加賀や金剛、瑞鳳が切迫した様子でこちらを見ていた。

 「はい、確認ね。」

 加賀の頬に触れて紅潮の度合いを確かめ、下の目蓋を親指で少し引っ張って目を見る。涙液の過度な分泌は無し。

 口元を見ても唾液の過多も無い。

 「?!」

 驚いて身を引く加賀を放置して、前にいる金剛と瑞鳳にも同じことをし惚れ薬の効果が切れたかどうかの確認を取った。

 「はあ…良かった。寝よ。」

 『ちょっと待った!!!!!!』

 あまりの声量と人数に床か地面が揺れた。

 結局、チョコをみんなで分けて夕飯が思うように食べれず鳳翔さんに『めっ!』と、一喝されてしまったのだ。

 この時はこれで収まったと思ったんだ。

 

 

 でも、違ったことを一ヶ月後とそれ以後の僕は知っている。

 あれも酷かった。

 同じマスターキーを書くのも味気ないと思い、今度のマスターキーを解読不可レベルの汚さで書き記した。

 『Coffin of beast』

 パッと要点だけを思い出す。

 

 

 3月14日。

 お返しのクッキーを配り終えた後のことだ。

 やけに上機嫌な明石がいた。

 出てきた先は加賀の部屋。

 そんな加賀の部屋からは金剛や大和や瑞鳳の声がした。

 和気あいあいな声から想像出来ないのだが僕は嫌な予感がした。

 踵を返そうと足を動かした瞬間、“フロバ“という単語が聞こえた。

 早急に明石を詰問しようと考えた僕は直ぐに彼女の部屋に向かったのだが、当人は不在の上に鍵をかけずに留守にしていた。

 この隙に出来る限りの備えをしておこうと思い部屋に入る。

 ガラクタまみれの部屋から見覚えのあるシルエットがあった。例の鉤爪銃である。使えば肩を脱臼すること請け合いの銃を没収という名目で掻っ払う。ついでに近くにあった前までの僕専用の水上靴も一緒に持っていく。

 この選択が間違いかどうかはこの時の僕は知るよしもない。

 バレンタイン騒動の時のマガジンまみれのリュックにいつもの麻酔銃と鉤爪銃と水上靴とステルス迷彩を詰め込み、僕専用の浴場の浴槽に隠しておいた。

 

 昼、夕方と時間が経過し、思い過ごしだったかと安心しかけた入浴時間。狂戦士と亡者はゆらりと現れた。

 脱衣室と浴場を隔てるすりガラスからバスタオルを巻いているのであろう女子の姿が複数観測した。もっとも視力は落ちているせいか輪郭はぼやけているのだが、それでも数人は並んでいるのであろうと思えるほどにシルエットの横幅は広かった。

 ガラリと隔壁が開くと、顔を紅潮させてふらふらひたひたとこちらに近寄ってくる4名。

 その中で、比較的に動きがしっかりしている金剛。

 どういうことなのか聞こうと口を開こうとした瞬間、

 「フォーメーション!」

 金剛が声をあげた。

 「なあ…?」

 「バアアアアアアアアニング…」

 「話を…」

 「ラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアブ!」

 問答無用だった。

 さらに厄介なことにフォーメーションというのが伊達では無かったことだ。

 金剛の合図によって展開した加賀、瑞鳳、大和と中央の瑞鳳をカバーするように仁王立ちする金剛。しかも、厚い中央は入り口のすりガラスを隠すように布陣していた。

 「熟練は違うなあ。」

 自分が指揮して練度を上げたのにこの他人事加減はどういう了見かと自戒する。が、今度はたくましくも妖しいフォルムに魅了されつつあった自分がいるのに気付いた。そもそも意識が無い女子にどうこうするのは犯罪者だ。

 自分の両頬を思いきり両手で叩いて思考をクリアにする。

 今の状況を俯瞰する。

 まず、僕は浴槽にいる。

 次に、四人の艦娘は入り口近くを固めるように広く布陣している。

 さらに、向こうは指揮官、人数の優位性がある。

 結論としては絶望的だった。 

 頭の中で散りかけのバラが完全に散る様が浮かんだ。

 これは本当にマズイ。

 イベント海域攻略中の資材不足という状況が上乗せされたときの道中大破レベルにマズイ。

 現状だけでは対処が不可能と思い俯瞰のレベルを上げた。

 今日、僕は一体何をした?

 今日、僕は風呂場に何をした?

 僕は本当にここまでか?

 「そうじゃない。」

 否定の文言が口をついた。

 体は諦めてない。

 心は?

 『下を守るのは上の仕事だ。この後のことは後で考えろ。』

 文字通りの一心同体になった。

 呼吸を一つ、二つ。

 最後に大きく深呼吸。

 泰然自若となった僕は浴槽のとある一角に歩みを進めた。

 リュックを漁り、麻酔銃を取り出し、狙いをつけて、引き金を引く。いつもならこれを4回やれば済むはずだった。

 カチッ、カチッ。

 弾が出ない?!

 どうも防水加工がなされてないようで故障してしまっていた。我ながら何をしているんだと憤りを覚えるがそうじゃない。切り抜けねば。

 今使えるのは水上靴と脱臼銃とステルス迷彩。

 どう切り抜ける?

 思考を巡らそうとするとジリジリと詰めより範囲を狭めてくる四人。

 頭がヒートアップするが、詰め寄る四人の蒸気にあてられ上気した顔が近視を無視出来るレベルになるほどにどんどん輪郭を明確にし始めた。

 このままじゃ……。

 そう思った時、手に取った鉤爪銃は妙なことになっていた。水上靴のヒモがトリガー周辺に絡み付いていたのだ。

 それを見た僕は雷に打たれたかのように起死回生のアイディアを閃いた。

 後の面倒よりも今の打開が先決なのは百も承知、たとえそれが咎められることがあっても変態やら犯罪者のレッテルを貼られることになるよりかははるかにマシな手段。

 まずは、脱臼させることに定評がついている銃のトリガーの手前に水上靴のヒモを固く結びつける。

 次に、なるようになれと鉤爪を入口兼出口に向けて発射した。この時に金剛が瑞鳳を覆い被すように鉤爪を回避したため目を奪われそうになったがそういう場合じゃないと頭の中をピンクから透明にした。すりガラスを鉤爪が貫通していて、なおかつガラスに発射したものが引っ掛かっているのを確認する。

 最後に、トリガーを引いてすぐに手を離す。

 凄まじい勢いで銃本体が鉤爪に向かって引き込まれていく。縛り付けた靴は一瞬風呂場の床と水平になっているかと見間違うほどに勢いよく飛んでいった。

 突っ込んだ銃本体と靴はキレイに入り口のすりガラスを吹っ飛ばし退路が拓かれた。

 ステルス迷彩をリュックから無理やり引っ張りだして浴槽と更衣室から脱出し、廊下に出る。出ると同時にステルス迷彩を被り壁を頼りに自室に戻る。

 服を着て体裁を整えた後に、台所にいた鳳翔に声をかけ風呂場で正気を失っているであろう四人の介抱を頼んだ。その後に明石に二時間説教し麻酔銃の改修やら風呂場の修復と片付けを押し付けて床に就いた。

 

 

 「靴持ってきといて良かった…。」

 ため息をついて回想を終える。

 結局、あの四人は何も覚えてないらしいことが後日分かった。解毒の手順上、自明ではあるのだが。加賀が若干拗ねているような顔をしていたが気付かない振りをした。

 多分なのだが明石に惚れ薬の開発を頼んだのは加賀ではないかと今の僕は推測している。加賀は顔に出すのが不得手の激情家である個体が多いらしい。うちの加賀も御多分に漏れず感情が大きく揺れ動くが表現が巧く出来ないタイプなのだろう。瑞鶴や翔鶴が初めて来た頃は二人をとても邪険に扱っていたのが証左である。

 まあ、これを証拠だと言い張るのが変ではないかと思うが、どうも加賀の人格データは五航戦が肝心な時に入渠していたことが色濃く焼き付くことがあるらしく最悪の場合、府内での乱闘が絶えなくなることがあるほどに憎しみの面を覗かせることがあるらしい。

 幸か不幸かうちの加賀は説得したら納得してくれたため乱闘が起こることは無かった。

 先程のことと関連した追加事項だが、戦場に一緒にいるほど司令官に対して思うことが多くなるのが艦娘の思考らしい。どういうことかというと、練度が高くなると好感を抱きやすいとのことだ。だからケッコンシステムが適用できるらしい。

 うちの加賀は通常ではもう練度が上がらない領域にまで達していた。

 ここまでの長い脳内講釈をまとめると『巧くアプローチ出来ないなら薬と勢いに任せて既成事実を作ってしまえ』ととれる。こう考えたから惚れ薬を明石に作らせたのではないか?

 邪推はここまでにしておこうと日記をそっと閉じ、最近大幅に改修した中庭に向かった。

 

 中庭への道中にて。

 「大和。」

 「何ですか提督?」

 「いつぞやに持っていた番傘貸してもらえない?」

 「いいですよ。」

 大和の快諾の下、赤銅色とそほが織り成す番傘を借りて中庭に出る。

 大きな桜と石で周囲を囲った小さな池がよく見えるように寝転び、頭が日陰に入るように番傘をそっと置く。

 優しい赤と陽の光が気持ちのいい温かさをもたらす。

 そのまま眠ろうとしたところに影が差す。

 「おーい。」

 暗さとダウナー系の空気を持ち込んだのは黒髪を左右に結んだ重雷装艦の北上だった。

 「どうした?」

 ゆっくりと上体を起こす。

 「気持ち良さそうじゃん、それ。」

 「悪いけど一人用。」

 「えー。」

 "一人"という単語で思い出したことがある。北上と大井を同じ隊に入れると、不思議なことに同じ艦を狙うのが頻発することだ。

 「そういえばさ。」

 起こした上体をまた地面につけながら番傘越しの陽の光を見る。

 「んー?」

 「北上と大井って何で一緒の標的狙うんだ?」

 以前、股関に頭突きをくれた北上大好きウーマンにした質問を何気なく投げてみる。

 こちらを覗き込む北上の目はとても澄んでいた。少しこちらから目線を外し頬をかくと彼女は、

 「阿吽の呼吸ってヤツじゃない?」

 と得心したかのように人差し指で天を指し朗らかに言った。

 「なるほどね。こっちとしてはそれだと割と困る局面があるんだけどさ。」

 「まあまあ。」

 話題を切るようになだめられては詰問する方がおかしいだろう。

 僕と北上の会話は一旦途切れた。

 

 北上が横に無理矢理入ってきて数分経った頃。

 「暇じゃないけど暇だー。」

 仕事中だが持て余す時間をどう過ごそうかと考えつい口に出た。

 「暇ですねー。」

 相づちが返ってくる。

 しばらく暇だ暇だと言い合っているとお互いに声が小さくなっていき、聞こえなくなってきた。どうやら二人して本格的に眠いらしい。

 あくびをして薄目を開くと目の前には見慣れない格好の艦娘がこちらを見ていた。

 誰だろうと思い目を大きく開けると大井だった。

 眼鏡をかけながらパッと見で彼女の身なりを観察する。

 白のシャツに深緑のロングスカートに黒のブーツを着こなしていた。

 「新しい服ってそれのことか。似合ってる。」

 「お褒めに預かり光栄です。」

 大井の言葉に文言通りの感謝の念は微塵も感じられない。それどころか威圧している様な気さえする。

 原因は簡単だ。

 北上と横になっていたのが気に食わないのだろう。

 寝ぼけ気味の頭に渇を入れて即座に北上の横から立ち退き、手全体で先程まで僕がいた箇所を指しながら、

 「As you wish.(お好きなように。)」

 と言った。

 大井は瞬時に北上の横に滑り込み、北上の寝顔を見ながら嬉々としていた。

 北上も大井も相変わらずだなあと思いながら、大和から借りた番傘をこっそりと回収しつつ中庭を後にした。




 という感じでいかがでしたでしょうか?
 本当はもう少し風呂敷を広げるつもりでしたが、広げた先の収拾が分からなくなってしまったため一万字以上の小話とは相成らなかったのです。
 前書きでも申しましたが書く日が隔たれているため、「いいぞ、もっとやれ。」や「この話のテイストに戻して。」などのご意見を頂ければ幸いです。
 それでは、また会いましょう。

(ハマったゲームがあったから投稿が遅れたではないですよ?ええ、ペルソナ5Rにハマったとかではないですよ?
というか、北上さんにも新規グラください。あと随分前の話ですが吉◯家コラボの金剛さん可愛すぎでは?と思う筆者です。蛇足失礼しました。)


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何か軟化してきた目線の人

 毎度どうも作者です。
 書いてて「毎回主人公の人格が違うんじゃないの?」っと薄々感じてきてしまったのを気づいたとです。
 変化は大事なのは分かっていますが、一貫性に欠ける云々と語るのはここまでにしておきます。

 主人公の感情の汲み取り方が異常に正確なのは主人公がHSPであるのと、毒親家庭の一人っ子であることをここに明かしておきます。(発明品の件のとこでの不自然な会話はこれを察知したものです)
 どういうことか分からないという方は『HSP』や『毒親』について調べて頂くとよろしいかと思われます。(作者がそうであろうということは……中の人のTwitterを覗いて頂けたら幸いです。)
 
 のんびり出来ない要素の開示になりますが、これを承知の上でご覧になって頂くとありがたいです。

 最近、別の二次創作をしようかなと思っています。『こっちに専念してくれ』という方や『それはそれで見てみたい』という方はコメントの方でやんわりとお願いします。
 閑話休題
 それでは、長くなりました挨拶をここで締めて本編どうぞ。
 (読んでくれてる人おるん?)


 僕は、この海洋国家日本に生まれて海を何回も、何十回も、何千回も見ている。この立場に任ぜられる前も見てはいるのだが、整備されているためか景観が損なわれているほどの海辺は見たことがなかった。

 見に行った場所が単に観光地だったからかもしれない。

 

 執務室から覗いた出入口の門から通用口にかけて、サラサラとした砂から多種多様な雑草が所狭しと生えていた。

 見た目がよろしくない海辺だ。

 たけが低い雑草が多いのだが、着任当初の砂浜に無骨に建つ鎮守府の方が景観としては好ましいのではないかと思い、幹部に相当する艦娘に召集をかけることにした。

 幹部と言えば物々しいが、ある艦種の古株、金剛に叢雲、赤城に隼鷹、大淀と明石といったいつものメンバーを執務室に呼び出した。

 

 一階の床に響く足音が大きくなる。

 上座、下座を気にするのは面倒であるため、執務室の中心にちゃぶ台一つとその円に沿うように座布団を七枚敷いて、全員が来るのを待った。

 

 待った結果なのだが全員が集まるのに二分とかからなかった。

 驚いた。

 午前8時という早い時間帯に集合をかけたのにそれにかかった所要時間が短いことにまず驚いた。

 ただ、驚いたことは他にもある。というより、驚きのウェイトは次の事柄が占めていた。

 隼鷹が素面だったことだ。いつもなら千鳥足になるまで呑んでいるか、二日酔いの頭を抱えてることが日常茶飯事。これには思わず、僕を含めた隼鷹以外の全員が口を開けて驚愕していた。

 その光景にやはりと言うべきか隼鷹がキョトンとした顔で疑問の声をあげた。

 「え?顔に何か付いてる?」

 『何も付いてないよ。』

 「?」

 唱和していた。

 そこには驚かない自分を無視して、全員が席に着いたのを確認してから今回召集したテーマを僕は口にした。

 「最近、雑草が多くない?」

 フランクな話し方で始めた、はず。

 だって皆顔を合わせてヒソヒソし始めるんだもん。

 頭の中までフランクというかソフトになった。

 「ようやくなの?」

 やや不満げというか呆れている様子の叢雲が最初に口を開いた。

 「…はい。」

 「Hey!提督。」

 金剛が威勢よく手を突き上げた。突き上げる風に見えるように挙手した。

 「私はコーディネートだと思ってたネー。」

 「う"っ…。」

 さらりとフォローをいれてくれたのだろうが、思い切りハートブレイク。

 ちらりと工作艦コンビを見ると、

 「~♪」

 「………。」

 口笛を吹いてそっぽを向く明石と、対照的に無言でそっぽを向く大淀。

 「はいはーい、アタシからも有るよー!」

 勢いに乗る隼鷹。何が飛び出すかと覚悟していると、

 「面倒なのがキライなアタシから言うのならこのままでも良いと思う。」

 覚悟していたものとは真逆の意見が出た。少し防御が弛んだその刹那。

 「でも、商船だった私からすれば汚いのはどうかと思うなー。」

 「うぐぅ…。」

 ガードを抜けてボディブローが飛んできた。

 「行ってきます…。」

 悲しくなった僕はすぐに皆に背を向け、執務室から飛び出した。

 

 倉庫からゴミ袋と鎌と熊手と軍手を調達した僕は外に出ようと廊下を歩いていた。

 ふとゆっくり横切る小さな複数の影。

 とことことパジャマ姿の第六駆逐隊が寝起きのまぶたを擦りながら歩いていた。その手には、イルカやサメ、マンボウにフグのぬいぐるみ。

 「司令官、おはようなのれす。」

 眠気が強いのかろれつが怪しい電。

 「お早う。」

 しゃがんでから挨拶。駆逐隊の目線に頭をもっていく。

 「司令官?お仕事なら手伝うわよ。」

 ハキハキと喋り始めたのは一つ上の雷。

 「大丈夫。もう少し寝てて。」

 雷電の頭を優しく撫でて、ついでにぬいぐるみの頭も撫でて、部屋の方向に行くようにうながす。

 「ураааааа……」

 尻下がりにテンションが落ちた響は夢の世界に行きかけていた。現に支えないと倒れて頭を床にぶつけているところだ。

 「むにゅぅ…。れでぃ…。」

 夢うつつの暁はいつものフレーズ。姉という自覚のためか響を僕の腕から自分に移して部屋に帰り始めた。長女にならって雷電も後をついていった。

 

 梅雨時のジメジメと湿った空気が凶器になる前の時間までに一段落させておこうと思った僕は外に出てすぐに作業を開始した。

 早い話、むし暑さがピークになる前にさっさと終わらせる腹積もりだ。

 生えている草を絶妙な力加減で手早く抜く。自分で絶妙と言うのも変だとは思う。といっても経験からなる技術だから変ではないのだろうか、などと思いつつ軽やかに雑草を抜いていく。

 

 天球の水色が空を占めるようになって暑さが増してきた頃。飛び出してからもう三時間くらい経っているだろうか。

 長時間に渡る作業で痛めた腰をリラックスさせようと立ち上がる。ついでに成果としてどれだけの草を刈り取れたかを見ようと振り返る。完璧主義が災いしてあまり進んでないが砂しか無いと断言出来るレベルの仕上がりだ。

 この調子でやっていこうと己を鼓舞したところですっかり見慣れたダイアモンドがこちらに近付いてきた。

 「お疲れ様ネー。」

 労いと共にタオルと1Lの水筒が手渡された。

 頭から滝のように流れる汗をすぐに拭って水筒の中身を一口飲む。

 味からしてスポーツドリンクだろうか。甘さの中にほんのりとした塩気が感じられた。渇いた体が少し潤ったのを感じた僕はポツリと一言洩らした。

 「うまい。」

 「Your welcomeネー!」

 「金剛が作ったのか?」

 「Yes!」

 快活に肯定した金剛の手には軍手がすでに装着されていた。水筒の手渡しの時は渇きからそっちに目がいってて気がつかなかったが、潤った今は細かい所に目がいく。

 「手伝ってくれるの?」

 質問の答えは行動で示すと言うように、白ジャージ姿の金剛は草むしりを始めた。

 

 少し経ち、正午のチャイムが申し訳程度に鳴る。

 申し訳程度なのは呑兵衛達の頭に響くということと、寝ていて仕事をしない人間に秘書艦をつけるのは手間だろうという僕の判断で軽いチャイムをごく短時間鳴らすという形式に変えたことの2つが理由だ。

 やや蒸してきた日射しの中、黒い柴犬のような艦娘がこちらに来た。柴犬というのは勝手なイメージなのだがどこか犬っぽい初月が生えているたけの低い草を見て目を輝かせていた。

 「イナゴはいたのか、提督。」

 「……初月か。」

 暑さで頭がやられてきたのか、初月の発言で酷く驚いたのか今ははっきりとしない。レスポンスが悪いなあと鈍い考えがまろびでる。

 秋月型の性なのだろう。戦時中のデータが参照されているとはいえ食料ですらないものをそれとみなすのは今では有り得ないことだ。飽食の時代の人間とそうでない真逆の人間のギャップに小一時間思考に入るのが僕としては普通なのだが、今は頭が働かない。

 自分でもどうしてそうしたかは分からないが、僕は初月の頭を軽く抱き寄せて、

 「もうイナゴはご飯じゃないんだよ。」

 と言った。

 彼女の両肩に手を置いて向き合ってみると、しょんぼりとしているようでどこか嬉しそうな複雑な表情をしていた。

 「間宮と大和に言ってご飯とラムネをご馳走してもらいな。」

 「あ、ああ。そうするよ。すまない、提督。」

 初月は顔を赤くして涙を浮かべていた気がする。暑いからだろう。きっとそうだ。

 意識がふわふわとしてきた。体も力が入らない。たおれるだろうなあ。でも、めいわくかけられないなあ。

 しゃがんでた僕は地面に腰をつけてへたりこんだ。

 ぼやけた視界に水筒のビジョン。取ろうと伸ばした手は視界に無い。

 声がした。だれの声だか今の僕は分からない。

 水筒の色が視界を染める。

 口に異物の感触。

 口に液体が入る。

 塩気と共にぼやけた視界と意識が形成される。

 口に水筒をねじ込んだのは近くに居た金剛だった。

 「HEY!」

 「……お。」

 渇いた唇が動かない。

 給水したことで湧いたわずかな気力で金剛の手から水筒をもらって中身を少し流し込んだ。

 「すまん、助かった。」

 「休憩するネー。」

 問答無用で僕の手を引っ張る金剛の顔は悲しそうに見えるようでその実、怒っている風にも見えた。

 

 冷房が効いた府内に戻った僕は金剛にたしなめられた。

 なんやかんやで古株メンバーからも重労働を一人でやるなとたしなめられた。

 まだ自分を変えられてないのかと自戒するも、非生産的だから止めるようにしようと決心した。

 頭がボーッとしてそのくらいの記憶しか府内に戻ってきて覚えてることは無かった。

 

 頭を物理的に冷やすために廊下を歩いていると、六駆の部屋の前に布団の山があった。

 布団から四人が頭だけだして眠っているのだが、段違いに積み重なった上で四方から頭を出していた。

 『Zzzzz……。』

 寝息が重なる。

 あまりにも気持ち良さそうに寝ているものだから悪戯心が湧いてしまった。

 湧いただけだ。

 断じてほっぺをつつこうとした訳ではない。断じて。

 しゃがんで第六駆逐隊の様子を見ていた僕に近づこうとする足音が二つ。

 「よっ!提督。」

 「うぃ。」

 遠征隊長か幼稚園の教員と呼ぼうと思ったが、天龍本人が良くても脇の龍田が黙ってなさそうだと即座に判断し、短く呼応した。

 「お前ら、そろそろ起きろー。」

 「みんな~、お布団干すわよ~。」

 黙ってるかどうかとこちらが思案した割には二人とも教員然としていた。

 もぞもぞと布団の山が蠢く。

 布団が四人を産み落とそうとしたその時、己が速さを誇る駆逐艦が疾駆した。いや、正確には違う。

 快走していたのは違いない。

 避けようのない物体Xが彼女、島風の疾走を妨げた。

 勢いそのままにボウリングで倒れるピンを連想させるが如くの悲劇に進展した。

 端的に言い換えるならば、島風が布団の山にダイブするように転んでしまったのだった。布団の山は勢いに任せて崩れてしまった。

 「おうっ!」

 布団の一枚がクッションとなったのか、島風はピンピンとしており再び走り始めた。

 「廊下は走るなー!」

 天龍がそう呼び掛けた時には島風は廊下一辺の半分ほどの箇所にいた。走るのに夢中だったわけではないのだろう。天龍の声かけに手を振って留意する旨の言葉が投げ掛けられたからだ。

 さてボウリングのピン、物体Xもとい布団の山は島風の強襲により崩れていた。当然と言えるが、布団に飲まれていた第六駆逐隊は皆冷房で冷えた廊下に投げ出されている。

 あの事態が起きてなお、眠そうな駆逐隊は緩慢な動きで布団に戻ろうとしていた。

 「…ったく。そんなに気持ちいいか?」

 やれやれと言いたげな天龍だったが、布団の魅惑に捕らえられてしまったようだった。今まさに物体Xに手を食べられて恍惚とした表情を浮かべている。

 「みんな~早く起きないと次の遠征のお土産がなくなっちゃうわよ~。」

 龍田がふんわりとした口調で言った。

 その瞬間、弾かれたように四人が躍動した。

 布団は運びやすいように積まれ、幼い四人の身支度はあっという間に終わった。

 よほど聞き捨てならなかった内容らしい。

 …って。

 「お土産?」

 初耳だし聞き捨てならない。

 5W1Hの詰問をしようと二人を見ると朝の明石と大淀のように目をそらし口笛を吹いて誤魔化していた。

 このパターンなら逃げられると思われると後々余計に面倒になるだろうと踏んだ僕はさきほどの6通りの質問とは別のものを考えた。

 「その費用はどこから?」

 二人の口笛が荒く、かいている汗が加速。

 「ねぇ?」

 一歩。

 「ねえ。」

 一歩ずつ。

 「ねえ!」

 一歩ずつ詰める。

 声も大きくなる。

 二人ともぎこちない笑顔で顔をプルプルと横に振る。

 いつぞやの那珂みたいな怯え方をしている二人。

 そこまで怖いだろうか。

 

 この後、怖がりながら間に入った暁たちによって経緯が示された。

 簡潔に言うと、遠征先で何かしらもらっているらしい。もらっているというのはパラレルワールドで誰も存在しないから不自然に商品が置かれている店から好きなものを頂戴しているとのこと。

 金銭に関しては面倒事にならないように代金を置いていっており、その領収はこの鎮守府に請求しているとのこと。

 「そういうことはもっと早めに言ってくれないと。」

 『すいません。』

 二人の謝罪が被る。

 「隠すと面倒なことがいろいろ湧いてくるから今後はきっちり報告すること。分かった?」

 『はい…。』

 「暁たちは早く布団干しに行きなさい。」

 『はーい!』

 割とどうでもいいようなどうでもよくないような事実が浮き彫りにはなった。まあ、些事かもしれない。

 全くの余談だが、島風が秋月と初月と入れ違っていた。もう少し遅く島風が布団の山を崩していたなら、彼女らも巻き込まれていたかもしれない。

 というか、今のあの二人は布団に入るんじゃなかろうか。この鎮守府に来てからずいぶん軟化したというか俗っぽくなったというかそんな感じがする。

 

 この出来事から数時間経った時、窮屈そうに廊下に置いてある大きな大きな大きな笹に短冊を結びつけた。

 助力を頼んでから草が一切無くなった庭の真ん中で笹を燃やし、煙が空を巻くのを見ながら願い事を朧気に反芻したのは別の話である。

 

 とんでもなく奇妙な夢を見ていた。

 起き抜けの今なら如何程の冒涜的な夢かを解説出来るがどこからか圧力がかかりそうなので止めておく。

 あまりの不快さに目が覚めるとやたらと人がいた。人というか部下というか同僚というか……。ともかく多くいた。

 腹部に微妙な鈍痛。

 その痛みを和らげるかのような慣れた温もりも同時に存在した。

 あお向けなのを確認して上体を起こし状況把握。

 真っ先に見えたのは僕の腹に頭突きをかましてる金剛。何だか分からないがずいぶんととろけた笑顔を浮かべていた。

 右を向けば幾回も見た壁。

 「HEY!提督ぅ!」

 鳴き声が聞こえた真ん中を通り越し左を向く。

 先述の通りの人人人。

 人々の目が僕を見ていた。

 

 先程の状況確認から読み取れたことをここに示す。

 ・暁が絵本を持ってたじろいでいた

 ・響が長めの物差しにゴムを数本かけてたものを持っていた

 ・叢雲が顔を赤くしてこちらの視線を切ろうと必死だった

 ・川内が吹けていない口笛をしながら露骨にこちらを見ていない

 ・神通と那珂が謝り倒している。

 ・大和が手で隠しながら指の隙間からこちらを見ていた

 ・武蔵は姉を見かねていた。

 ・金剛以外の三姉妹は三者三様の顔をしていた

 パッと見でここまでの情報。

 他の子もいるのだが、何かしていた訳ではないので示してない。

 

 誰から聞こうか……。

 まあ、地固めから始めよう。

 「金剛。」

 「?」

 にんまりと笑う家内に目線を合わせる。

 「何してんの?」

 「モーニングコールネー。」

 「そのコールの後ろに物理ってついてるでしょ?」

 現行犯発見。

 軽口ついでにため息をつきそうになったが、空気が悪くなる。やめておこう。

 金剛がやっていたというのは分かった。けど、説明不足が過ぎる。目の前の人だかりに説明がつかない。

 さてと…、一番よく分からない響に話を聞こう。

 「別府。」

 「なんだい?」

 タブレット端末でのヴェールヌイの表記が余ってしまいどうしてもアルファベットの『Bep』に見えてしまうことから『別府』という俗称が存在するとかなんとか。

 僕の鎮守府の響改二はこの別府の語感に対して気に入ったらしく、このあだ名で呼ばれると反応する。

 閑話休題。

 「何してたの?それとそのゴムと物差しのセットは何?」

 「これかい?これはギターさ。」

 ベンベンとゴムを弾いて得意気に音を奏でるヴェールヌイを見て、彼女と僕を除く全員から苦笑がこぼれた。

 「物差しでギターは懐かしいなあ。」

 口からそんな言葉がついて出た。というよりようやく分かった。小さい頃に自分がやってたことじゃん。

 『?!』

 何者何様だか分からないが驚きの声が唱和した。

 「これが分かるのかい?流石だ、同志。」

 ヴェールヌイの小さい手が目の前に差し出される。その愛らしい手にそっと手を添え、固く柔らかい握手を交わす。

 「で、ギターを持ってここで何をしてたの?」

 「暁がある本に感化されてしまってね。演奏中に連れてかれてしまったんだ。」

 弾き語りでもするかのようにベェンとゴムを弾くヴェールヌイ。

 そこで暁の腕の中にある本に目を向ける。

 腕の隙間から赤い絵が見えた。

 自前の眼鏡でははっきりと見えなかったため、枕元の明石謹製眼鏡をかける。フレームのボタンに指をかけ絵本の赤い絵を注視する。

 赤い絵の正体はりんごだと思われる。

 となると白雪姫の絵本だろうか。

 「暁。」

 「な、なにかしら?」

 「白雪姫読んでたの?」

 「ふえぇぇ…。」

 首肯した直後に怯え始めた暁。怯えは僕ではなくもう少し彼女の視線から見た左奥。丁度……。

 「金剛、脅かさない。」

 「…What?」

 「めっ!」

 しらばっくれたので軽くしかる。

 「oh…」

 白雪姫と言えばあのシーンだろうか。今この直前に起ころうとしていたのは丁度起こそうとしたシーンの再現とか。

 で、見かけた金剛が暁を威圧してダイビングプレスを僕にかましたと。

 にしてはこの人数の説明がつかない。いても最小限の三人だけだろう。大和や川内が来る理由が分からない。

 暁のベーゼにかなり時間がかかったとしたら?

 「暁、ちょっと耳貸して。」

 「?」

 暁の耳元で声を小さくして先程の疑問をぶつける。

 「うん…。」

 帰ってきたのは肯定。

 「そうかあ……。」

 布団の暖かさの束縛を惜しみながら抜け出し立ち上がる。

 「はい、解散解散。着替えるから出た出た。」

 川内や叢雲、金剛を除く三姉妹はすぐに出ていったが大和が中々出ない。武蔵に無理矢理彼女を連れていくように言うと最後の最後まで粘っていた。

 初めに質問した三人は残っていた。

 暁は言いたいことというかやりたいことというか要望があるらしい。どうも僕と金剛の口づけが気になるとかなんとか。ゴニョゴニョ言ってたので意訳なのだが。それを艦娘が出ていく最中に耳打ちしてきたのだった。

 見た目からしてやらかしたら憲兵行き確定の艦娘にそういった行為を行うのは非常にまずい。

 なので、唇をすぼめてネズミの真似をして寄り目をしたら暁が逃げていった。

 ヴェールヌイは『なるほどね』と何か納得をして執務室を後にした。

 金剛のみになった執務室。

 先程の変顔をすると金剛は爆笑していた。

 「これはこれとして着替えるのは本当だから出た出た。」

 「かぶ」

 「ダメ。」

 心にオッサンでもいるのだろうか、このピンクダイヤモンド。




 秋月型をコンプしたいけど、イベント参入考えたらスペースが足りない中の人です。
 まるゆが切るに切れない中の人です。(最初の潜水艦ってだけもうね)
 2-4が登竜門じゃないかと思っている中の人です。

 イベントで丁が実装されて久しい中、どうしても丙以上で走ろうと意固地になってます。というか、金剛の改二やりたいのに素材がなくて悲しくなってます。スペース拡充するためのリアルマネーもないから指輪も買えてないしなあ。
 
 そんなぼやきが出る私です。
 今回も一万字は超えなかったけれど、そこそこの内容にはなっていると思います。
 次回もしばらくお待ち頂けると幸いです。

 この話の投稿日を見て気づいたのですが、この小説が五周年を迎えていました!(頻繁にあげられず本当に申し訳ないです。)
 五年もやってこんだけしかあげてないのは平にご容赦をば。
 
 最後に読者の皆様には新型コロナウイルスにくれぐれも気をつけて頂いてご自愛してほしい旨を今回の締めの挨拶とします。

 読んで頂き有り難う御座いました。


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タテ食う虫も好き好きな職員一同に敬礼ッ!

 読者の皆々様におかれましてはご機嫌麗しく……ってこんなあいさつはらしくないですかね。
 仕切り直します。
 どうも、執筆者の海原です。
 最近、新型何某やら首相が変わっただの、”大変”の一言で済ますにはあんまりな状況ですね。(余談ですが、筆者はまだ罹患してはいません。)
 流行り廃れが激しい界隈の末端の末端、その更に末端の一抹の書き手として創作活動をしていますが、そろそろ別のものを書いた方が……なんてことも考えてはみることは少なくないです。(新規イベント始まっているのは知ってますが、丙で走る時間があるか怪しい感じです。Boxにルーレットに大忙しです。忙しくなさそうだから書け?すんません、努力します。)
 書きたいものを書く。続き物も書く。両方やらなきゃならないのが物書きの辛いトコだな。

 さて、今回の話は手垢が付きまくったコテコテの話、いわゆるテンプレみたいな感じとなっています。ただ、書き終わって読み直したら人を選ぶなあ…というか初期案でだいぶイってるかもしれないという話です。
 早い話が、タイトル通りの話というわけです。
 ここまでの長文失礼しました。.

 それでは抜錨!!!


 硬い。

 視界が真っ暗だ。

 手のひらをついて立ち上がろうとした。

 それと同時に覚醒を急ぐ。

 頬を叩くことで強制的に覚醒。

 視界には穏やかな夕陽が差し込む廊下が収められていた。

 いたのだが……。

 下に目を向けると、倒れた艦娘が両手どころか両足を使っても数えきれないほどいた。

 うちに所属している艦娘の半数以上は倒れていると思われる。しかも、何かに悶えたのか痙攣してる職員までいる。

 艦娘同士同期してるのか分からないが痙攣が伝播してるようにも見えるが気のせいだと思いたい。

 

 問題解決には考えるのが大事なのだが、起きたばかりでこの状況は至極困る。というか、考えようと思った意思を褒めて欲しいレベルだ。

 痙攣同期職員の中から茶色か桃色の髪の子を探す。

 大体、金剛か明石が原因だ。たまに加賀と赤城も。

 

 二人を探そうと周囲を見回すと、僕が倒れていた場所の丁度後ろに金剛が倒れていた。

 「おーい、金剛。」

 「戻っちゃいましたカー…」

 落胆したような言葉を紡いだ彼女は安らかな顔で気絶した。

 「えぇ……」

 状況と発言と表情に若干引いた。

 

 「切り替えは大事だ。」

 思ったことをそのまま口に出す。

 レスポンスはない。

 無いだろうから口にした。

 異常者の思考じゃないかと理性のストッパー。

 どうも混乱しているようだ。

 金剛の次は明石だ。大概の騒動の原因は彼女だ。決めつけるのは主義に反するが是非もなし。

 

 僕が倒れていた後方側の廊下と曲がり角を歩いて探してはみたがいなかった。

 なら、その反対側はどうだと探してみるとこれまたいない。

 しょうがないので向かい側の廊下まで足を延ばすとまたまたいない。

 歩いている最中に分かったのだがここは二階らしい。

 上下の階へ行き来できる階段がある階層は二階だけだからだ。

 大分朦朧とした思考回路だと自嘲しつつ捜索を続行。

 

 頭がすっきりしかけてきたのと同時に明石を発見した。

 一階の自分のラボ近くで転がってたからある意味具合がいいというかなんというか…。

 金剛やその近辺にいた職員同様に痙攣して倒れていた。

 違うのはこちらの呼び掛けに反応がないこととスマホを手に倒れていたことだ。

 今はともかく情報が欲しい。あまりにも気は進まないが明石の端末を拝借しディスプレイのロック画面を点灯させる。

 なんというべきなんだろうか。誰とも分からないのだが既視感のある幼児の写真が待受画面に設定されていた。驚いたというのもそうだがこのパラレル世界の定義への矛盾ではという懐疑心も出てくる。

 明石の手にそっとスマホを戻し現場を後にする。

 関係ない話ではないのだが、夕張のスマホにも角度が違うが同じような写真が待受画面に設定されていた。

 何?ブームなの?ベビーブームなの?一匹の種馬なの?付けた覚えは御座いませんッッッ!

 

 よたよた、ゆらゆら、ふらふら。

 そんな擬音が似合うほど揺らめく人影が見えた。

 頭部に浮かぶヘッドセットらしきものと水色の髪で前に結ばれた二つのお下げが冬季の兎を思わせる艦娘、長ったらしく意味が分からなくなるが要するに初期艦こと叢雲がこちらを見据えながら接近していた。

 その目は虚ろというかピントが合ってないというか心ここに在らずと言った具合だ

 僕の姿を目に写した叢雲は、糸が切れたように倒れこんだ。

 とっさに抱き止めた僕は、意識を手離そうとした叢雲の文言を聞いた。

 「あんた……、か…。」

 「叢雲さん?事情聞かせて?」

 こちらの問いは虚しく廊下に響いた。

 彼女からは情報は得られずじまい。

 

______本当に?

 

 面倒くさい観察眼が理性に問いかける。例えて言うならTRPGで目星90振ってるレベルの。ファンブル?知らんな。

 叢雲の口は『か』を発音したあと口を閉じて『あ』行の発音をしようとしたところで気絶した。

 多分その情報が理性の求めた答えだ。

 

 興が乗った、というのはおかしいのだが苦境を楽しむようにしている僕はこの状況をある種のゲームとして遊んでいる感覚になりつつあった。

 しかも面白いまでに情報が集まらない。ここまで来たならもう遊び倒す他あるまいて。ハイ、自棄っぱちです。

 金剛と明石というムードかトラブルの発生源からは妙な情報。

 叢雲も妙と言えば妙なのだが、長い付き合いからか直感が告げている。水色の髪の君は真実を語ろうとしていたことを。

 あごに手を当て考えを巡らせようとしたその時。

 ウチに所属している神風型の面々と第六駆逐隊と鳳翔が極楽にいるのではないかと思えてしまうような安らいだ表情で倒れているのを視界の端で発見した。

 「うぅ……。」

 呻き声。

 紺色に近い髪のレディ候補が声を出した。

 「ジェントルマン……。」

 ???

 寝言というかうわ言というか分からないのだが、暁はそれだけ。

 淑女が口癖の彼女が正反対の言葉を口にするのは違和感がある。

 「……ら。」

 響が何か呟きながらむくりと起き上がった。

 「扉が……。」

 「響?どういうことなのかおし___」

 「新たな扉がッッッ!」

 遥か先を見据えながら咆哮した響は、倒れた。

 「えぇ……」

 突拍子の無さでは金剛や明石と同等以上の響だが、先程まで開かれていた双眸に宿る熱は本物だった。新たな性癖を得た人と同じ目だ。

 端的に換言すれば、とても刺激的なモノを見たらしいということだ。

 ちなむとこではないのだが、この鎮守府で一番突拍子が無いのは艦娘側の満場一致で僕らしい。酷い話だよ。

 「もう、私たちがお世話する必要はないのね……」

 落胆、安堵、失意、慈愛を含んだ言の葉を口にしたのは雷だった。

 「雷、この状況を説明出来る?」

 「そのままよ……、鍵は司令……。」

 悲しそうな顔をして気絶した雷。

 電は天に召されたかのような様子で、姉たちに倣って何かしらのアクションを起こすことは無かった。

 「司令。」

 凛とした声が正面から。

 「お世話は?」

 こっちもか。

 「せつ__」

 絞り出した質問だったのか力尽きてしまった鳳翔。何故、みんな事切れたかのように気絶していくのか訳が分からない。

 正気度ロールが入る光景ではなかろうか。

 落ち着け。

 既に錯乱してる自分に渇を入れ、自室に戻る。

 

 「シンキングタイムスタート。」

 冬場の寒気で冷えきった部屋を暖房を付けて暖めながら、羽毛布団を体に巻いて思考の整理を開始。

 まずは、事実の確認。

 探索中に意識がはっきりとした艦娘は見かけてない。全員何かしら言っては気絶していた。というか、半数という目算は全くの見当違いで全員が気絶していた。そうでないと府内の異様なまでの静かさは説明がつかない。

 次に情報の整理。

 金剛が言うには『戻ってしまった』。

 明石のスマホには『謎の既視感がある幼児の写真』。

 叢雲が絞り出した『アンタ、か』。

 暁の異様な『ジェントルマン』。

 響の『新たな扉』。

 雷と鳳翔の『鍵は僕。そして、世話の終わり』。

 羅列した情報が指し示すものは……意味不明。

 何だこの情報は。

 ……って、自分の足で集めた情報に呆れてどうする。

 推理に移行する。

 便利な略語がある。「5W1H」だ。

 その中の『何』が起きたのかを推理していこう。

 雷曰く、鍵は司令官こと僕らしい。

 世話を必要とする僕ってなんだ?

 老人か赤ん坊でもない限り世話なんて…………。赤ん坊?

 明石の撮った写真が何故か小さくなった僕自身とするなら、このパラレルワールドの原理には抵触しないし、既視感があるのも金剛の戻ってしまったという発言も頷ける。幼児の世話をしていた鳳翔と第六駆逐隊が影響をモロに受けていたことも合点がいく。

 となると、叢雲の謎の言葉は『アンタ、可愛かったのね。』という文言ではないかと予想出来る。

 両親曰く、小さい頃の僕は誰からもちやほやされるほど可愛かったという。

 ということは、実行犯は僕だった?!

 ……って、待て待て。

 仮に小さくなったとして、その装置か薬を作った元凶がいるはず。

 となると犯人はヤツだ。

 

 確かな足取りで犯人の元へ向かう。

 先程見かけた時とは異なる階層、異なる場所でヤツは擬態していた。

 薄目を開け始めた明石と目が合う。

 ビクリと震えたかと思うと倒れたフリ。

 先程までスマホをいじっていたのか利き手にがっちりホールド。

 さて、審判の時だ。

 僕は、彼女の頭をむんずと掴むわけでも、スマホを踏み潰すでも、物理的に寝耳に水を実行するでもなく、たった一言耳元でささやいた。

 「ニチャァ。」

 「ぶふっっっ!?」

 最近、この語句がツボにハマったらしいことは夕張から聞いていたのだが効果てきめんだった。

 「洗いざらい話してくれる?」

 「ハイ……。」

 

 

 「薬系の開発はしばらくやめて?」

 事の真相を聞いた僕は明石にそう言った。

 真実はこうだ。

 男性に効くだろうと思われる惚れ薬のような薬品を承諾を得た僕に飲ませたところ何故かは分からないが極度に若返る薬だったこと。その後、先ほどの推理通り赤ん坊にまで若返った僕が軒並みの職員を悶えさせたとのこと。

 「ちなみに、私は中学生くらいの尖った司令が性癖に刺さって昏倒しました。」

 「人のことは言えないけど、随分な性癖だね?!……って、そうじゃなくて、そんなことちなまなくていいから、マジで。」

 「ええー。」

 何故ブーイングを受けねばならないのか、コレガワカラナイ。

 「嫌われ薬を作れば、イケオジ生産が可能に……?」

 「やめなさい。」

 僕の管轄の職員は反省のネジを外してあるのだろうか?

 真剣に仮説を立てつつある明石に、呆れる僕の二人を沈みかけた夕陽は静謐に照らした。

 

 全くの余談なのだが、明石の研究室にフラリと立ち寄るとあの惚れ薬がどうとかこうとか言っている職員が毎度の如く数人はいるようになってしまった。これは、果たして僕が悪いのだろうか?




 はい、こんな感じです。
 お気に召しましたらお気軽に感想の方やお気に入り登録していただけたら幸いです。(モチベ≒書く速度=反響)
 プラスに傾いていたら、年末イベント(クリスマス+年越し)と年始イベント(正月)ののんびり回の話が間に合うかもしれないです。

 前書きと違って、作者はサイレンスに去るぜ。


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柱島鎮守府の二年

 こんにちはこんばんわ。作者の海原です。
 皆さんお久しぶりです。機材から作者まで問題が山積みで執筆する時間が設けられませんでした。結果というか挙句というか……二、三年ほどお待たせしてしまい大変申し訳ございません。

 今回は下ネタから意味が分かると怖い話までやりたいことを色々と詰め込んでみました。お楽しみ頂けたら幸いです。

 ここで長々と語っても仕方ないので、詳細は後書きに託します。
 艦隊、抜錨!!!


 唐突なのだが、慣れというモノは恐ろしい。

 スタンガン、拉致、無意識下の適正試験、スタンガン、搬送、委任という列挙してみると意味の分からない再就業のコンボを食らった。就任当初はしどろもどろに、不相応なりにその日その日を賑やか、というよりかは鮮烈に苛烈に激烈に過ごしていた。

 カビ臭い布団を敷いて狭い執務室で雑魚寝していたのが、目蓋の裏で灯火のように思い出される。

 新婚当初に購入した煎餅布団の薄さと寒さに悩まされるのも先日の話ではあるが、最近は天井に設置された業務用のエアコンの駆動音が僅かに聞こえ、そこから吐き出される温風が部屋を暖める。

 「Hey!提督ぅ。初めての頃をrememberしてるのぉ?」

 暖気に当てられたのか猫なで声というか寝ぼけた声というかとろりとした声を出す金剛が目の前にいる。うん。

 「まっ、アンタのことだからそんなとこでしょう。ねえ?」

 真逆の方向に寝返りをうつと、前髪が垂れて顔が見えなくなっている叢雲がいた。ドッキリ番組でローションかけられた女優みたいなことになっているなと思って吹き出しかけたが我慢我慢。うん?

 「……弥生もいたし、いる。」

 うつ伏せになったら目の前に弥生。懐かしい面々だなあと他人事気味になる。おやおやおや?

 「あの時のプロデューサーは新米だったからなあ。」

 仰向けになって上体を起こすと、那珂が頬杖つきながらこちらを優しい眼差しで見つめていた。その目は何故か母性を感じさせた。アイドルと一緒に成長したプロデューサーというニュアンスなんだろうか。……おいおい。

 眠気は晴れて思考が巡ってきた僕は四方を艦隊の支援で囲む、などと意味不明なことを考えながら

 「誰も輪形陣組んでって言ってないよね?」

 と至極全うな風にツッコミを入れた。まったく、慣れというのは恐ろしい。こんな混乱してもおかしくない状態でもボケとして処理出来るのだから。

 『ぶっっっ!!!』

 吹き出されてしまった。

 四人同時に……って、ん?四人にしては吹き出した音が大きすぎるような気がする。何か、数十人規模のハモりに聞こえたような……?

 暗闇に慣れてきた目が、響と隼鷹、その他の面々が所狭しと体を丸めて床を埋め尽くしている様を捉えた。

 最近隣接してた部屋の壁を撤去して広くしたとはいえ、それでも三桁台の人数を収容するにはあまりに狭い。駆逐艦や海防艦は重い艦の上に乗って配置されている。

 枕元のリモコンを操作して部屋の明かりを点けると、職員総出のモーニングコールと言わんばかりにこちらに向く艦娘たち。携帯端末のロック画面を開くと深夜帯の時刻を指し示す。ミッドナイトコールとは面妖な。

 「はぁ……。」

 布団から立ち上がりため息一つ。

 彼女達を踏まないように部屋から出ていき、あることを実行することにした。

 食堂にある食料庫の非常食用の棚の中から、国民的カップ麺を取り出し湯沸し器からお湯を出して容器に注ぐ。もちろん、食す為の箸も忘れずに。

 二分経過した頃に食堂から出てきて執務室へ。

 自室に着いた僕は、布団に座り即席麺の器の蓋を開けた。

 人工的な醤油ベースのスープの匂いと乾燥した具材が織り成すジャンクな風味は主食はもちろん夜食にももってこいだ。

 ぐううううううぅぅぅぅうううううぅぅぅぅ……。

 闖入者たちの腹の虫が唱和や輪唱を奏でた。

 効果と天罰はてきめんだった。

 少し冷まして口の中にまあまあな量の麺を掻き込む。

 周りの目線は好奇心から羨望へと変わる。

 ずぞぞぞぞぞ。

 なるべくまばたきしないように周りを見ながら麺をすする。

 まるで、ようやく餌にありついた獣のような目をしているだろう。

 というか、全員をまばたきせずに一望しながら麺をすするとか気が触れているとしかならんだろ。現に、ドン引きしてる子がちょっといるし。

 麺を食べきり、スープを数口飲んで一つ息を吐く。

 「明日はサプライズの予定だったけど、艦隊総演習に変更!」

 『ええええええええええええええええええええ!!!!!!!!???????????』

 抗議と批判の絶叫が鎮守府を抜けて夜空に駆けた。

 集合時間を告げた上で部屋から一人残らず追い出して、冷めた布団に身を埋めた。

 

 

 翌朝、というか今朝というかはっきりとは分からないが朝と呼称するに相応しい時間になった。

 早い話、前述の午前1時に一悶着あって今の時間が午前6時だ。しかも、クリスマス・イブと世間一般に言われる日だ。

 何故こんなことになってしまったのかと後悔しはじめたが自分がちゃぶ台ひっくり返しておいて言う台詞ではない。

 人数をカウントし、全員がいることを確認した。

 「今朝の一件、便乗した全員に咎がある。言い出した人間云々ではなく止めずに乗った全員が悪い。それをまずは肝に銘じてくれ。」

 拡声器を持って僕は昨日の一件の罪の所在を明らかにした。ここで一人、もしくは数人の犯人を責めたらギスギスした空気が生まれてしまう。対象が僕ならまだ構いはしないが、艦娘同士の不和は悪い空気しか生まない。だから、連帯責任として平等に背負ってもらう。現に全員ノリノリで執務室にいたから平等に悪いでいい気はする。

 「今日は、連合艦隊での紅白戦だ。ポジショニングで有利不利は生まれるし、練度の違いで一気にシールドを持っていかれることもあるだろう。装備の違いや練度上限の違い、艦種の違いでもだ。今回、僕はチームの指示は一切しない。言い方は悪いが形だけの旗艦を二人ずつ選出する。今回は遠征組、育成組、待機組は一切関係ない。存分に自分の腕を奮ってくれ。僕からは以上、訓練に移れ!」

 『はい!』

 真面目にやろうって時はホントに皆真面目なんだけどなあ……何であんなにはっちゃけるのだろうか。やっぱり僕に威厳とかないと駄目なのか?

 

 最近のEVENT海域は連合艦隊同士のぶつかり合いが多くなっている。火力で重い連合艦隊や艦載機をぶん回す連合艦隊、輸送の為の最小限の連合艦隊……どんな構成でもお構いなしに殺意高めの編成で迎撃しようとするのだから深海棲艦というものはタチが悪い。嫌がらせにも限度がある。更に待ち伏せパターンやら拠点基地まで襲いに来るのだから尚更だ。

 そろそろ本業に戻らないとマズイのではという焦りとこのまま戦闘に入っても闘争心を掻き立てられないのではという老婆心でこの演習を計画した。聞こえは良いが八つ当たりだろう?違う違う違う違う違う。

 与太話は終わり。

 即席で作った大艦隊同士の接戦が視界いっぱいに繰り広げられている。

 詳しく説明すると何かに抵触しそうではあるが、凄まじいの一言に尽きる。

 圧倒的火力が無骨な砲から重低音を奏でている様や艦載機が対空放射を受けて煙を噴いては花火と化す様相は童心を掻き立てられる。潜水艦が雷撃を受けて力なく浮かぶ様は何かを催してしまいそうだ。

 戦闘意欲は十分にあるのは分かった。が、それ以上に僕の心には物騒な趣味と本能が眠っていることが分かり呆れてしまう。同時に復帰しても指揮は奮える気概、つまりやる気があることも分かってホッとしたのも事実。

 訓練のため衣服が弾け飛ぶことは無く、訓練用のシールドが剥がれて決着がついても誰かを責めることも無い。それどころか互いの健闘を讃え合う様子がよく見える。

 エキシビションマッチはここで終わり。

 「まずは前哨戦お疲れ様。次は個人で射撃訓練、水上走行、雷撃訓練、対空射撃訓練、基地爆撃訓練、舶地修理訓練、伝達訓練の計7つの訓練を自分で選んで行ってくれ。行う訓練の数は任せる。散開!」

 『はい!』

 返事は良いんだけどなあ。そんなことを拡声器の電源を切ってポツリと漏らす。

 

 「提督……。」

 工廠に向かった僕を不満そうに見据える桃色が見えた。誰かは分かっていたが、いつぞやの試作品メガネをかけてズーム処理。明石その人が忙しなく手を動かしながらこちらを見ていた。

 「舶地修理訓練って私だけ対象じゃないですか!」

 「そうだよ、皆訓練しないと総演習って言えないからね。それに基地爆撃の標的の修理も兼任してる訳だから。頑張って。」

 「ひぃぃぃ……」

 ここでふと、噂をすれば影というのはこうも的確なのだろうと感心することになった。

 大量の訓練用の艦載機がけたたましい駆動音を鳴らしながら、標的の小型基地模型を爆撃していった。

 爆撃の後に訪れる静寂。明石は呆け、僕は清々しさを覚えた。

 数拍おいて、

 「はい、修理。」

 「鬼ですか?!」

 静かだった工廠に明石の悲鳴が響いた。

 

 工廠から鎮守府へのドアを開けてサボりがいないかの観察。

 「………ぃ」

 執務室に近づくと小さな悲鳴。

 通信室からの声のようだ。

 ノックしようと手を出すと、

 「あわわわわわわわわわわわわ」

 なんて声が聞こえた。どう発音しているのだろうかと思いながらノック。何回かノックしても返事はなく、代わりに聞こえてくるのは悲鳴。

 「お邪魔するよ。」

 ドアを開けた先には、冬場なのに半開きの窓から入る風で頭を冷やしながらモールス信号を紙に書き留めている大淀の姿がそこにはあった。

 カリカリという鉛筆が師走の字のごとく疾く走ること十数分、ヘッドセットを外し、背もたれに体を預けて休憩をとり始めた大淀。

 「お疲れ様。」

 「ぁ……お疲れ様です。」

 疲れているのか第一声は絞り出したのかというくらいに小さかった。

 「いたんですね。」

 「十何分くらい前からいたよ。」

 「左様で」

 大淀のテンションに合わせてスローテンポの会話。沈黙も長め。

 「何故この訓練の内容なんです?」

 ぼんやりとしていた僕は訓練の意義を聞いているのだろうと思い、

 「全員訓練にしとかないと平等じゃないでしょ?」

 と返答。

 それに大淀は、

 「そうではなく」

 と否定。

 「解読していたところ、連合艦隊内の指示やら会話を暗号化したものなのは分かるんですが何故それを採用したので?」

 と質問。

 「訓練に訓練ブッキングさせてみた。」

 と回答。

 「えぇ……。」

 と嘆息。

 「冗談だよ。まあ訓練に訓練組み合わせたら丁度良さそうなプログラムになりそうだったからノリで採用した。」

 と暴露。

 「大淀はこれで訓練終わりにする?」

 背中と頭を背もたれに預けた大淀に声かけをすると、彼女はおもむろに上体を起こしてこちらを見据えた。

 「いえ、射撃訓練に出ようかと。」

 そう言うや否や大淀は体をほぐしながら通信室を後にした。

 「いってらっしゃい。」

 部屋の主を見送った僕は窓から刺すような冷たさの風を軽く浴び、あまりの冷たさに身震いしたため窓を閉めて通信室を去った。

 

 府内の巡回を終え、見回る場所を変えようと水上用の靴を装備して洋上に出る。

 スケートでもしてると思うと楽しくなり始めて、つい口笛を吹き始めようとした矢先のことだった。

 波の音に混じる人工的な音。不協和音というよりかは異音が微かに聞こえた気がした。方向を探って明石謹製の眼鏡を向けると僅かに雷跡を残して進み来る酸素魚雷を僕に当たるまでにあと数百メートルのところで検知できた。

 「ふっ!」

 早めに進行中の魚雷見つけて回避を始めたからかステップを軽く踏んだだけで避けられた。

 演習の流れ弾だろうか、そう思った矢先にひどく狼狽した金髪の少女がこちらに駆け寄ってきた。

 「はわわわ、てーとく?!大丈夫?!」

 「うん、大丈夫。今の魚雷は?」

 「私が指揮の代理をしてた水雷戦隊の駆逐の子が的を外しちゃって……。」

 「なるほどね。……ってあれ?あぶぅが代理?」

 「あ、あはは。やっぱり気になる?」

 「なるね。」

 「実は北上さんが何故か指揮を放り出しまして……。」

 「あー……。」

 そういうことかと相槌を打とうとすると阿武隈の後ろに噂の北上がいた。人差し指を立てて"静かに"とのこと。

 あらら、と思いながらも北上の企みに乗ることにした。

 阿武隈自身の背後に注意がいかないように話題を出してみる。

 「大井はどこ?」

 「知らないですよ。」

 阿武隈のきごちない返事と急に素っ気なくなる生返事。態度の急変、これはおかしい。そこから阿武隈と北上の状態に僕もなりかけてるのではないかと邪推し、直ぐに後ろを振り返った。

 「ちっ…。」

 両手をこちらの顔に回そうとしたのか分からないが、腕をこちらに伸ばしかけているのであろう大井がいた。まあ、彼女は気付かれて小さく舌打ちしているのだが。

 「ひゃあ?!」

 「いひひ」

 北上の方は成功したらしい。

 「もぉ~!北上さん止めてくださいよぉ!」

 阿武隈の抗議が始まろうとした頃には北上は数歩先の青の広間へ歩みを進めていた。

 「ここまでおいでー」

 ぷんすこと怒りながら阿武隈は北上を追った。

 「大井は戻らなくて良いの?」

 「さっきまで阿武隈さんと別の水雷戦隊を指揮していたので休憩です。提督こそ、ここでサボりですか?」

 「サボりじゃなくて巡回。」

 「提督もちゃんと訓練してくださいね?」

 「はいはい。」

 「返事は一回。」

 「はいよ。」

 「はあ……。」

 「このまま駄弁ると北上と阿武隈と駆逐艦が無差別鬼ごっこ始まるだろうから早く戻ったら?」

 大井が返事をしようと口を開いた刹那、彼女は耳の中の無線機に手を当て連絡を受け神妙な面持ちでこちらに向かい合った。

 「噂をすればなんとやらです。」

 「本当に鬼ごっこ始まっちゃった?」

 「急いで止めにいきます!」

 「行ってらっしゃい。」

 どことなく嬉しそうな大井の後ろ姿を見送った僕は、頭の高さ辺りまで高度を落として低速で飛ぶ艦載機を見つけた。その機体の後ろには『サボり?』と書かれた幕がくくりつけられていた。

 事件と誤解が交わっていくことに慣れ始めた自分がいることに驚きもしないあたり、先が読めているという方がいいのか決めつけているという方がいいのか……どちらがふさわしいのだろうかと考えながらも足は更に沖合へと向けて動き始めていた。

 

 雷撃訓練の更に沖合。

 和洋折衷の弓道着を着こなす大和撫子達が弓の弦を引き絞りながら、艦載機の発着艦を淡々とこなしていた。横には式神風の艦載機を飛ばす陰陽師風なおなごも。

 「おっっっそい!」

 こちらに一瞥くれるなり怒鳴ってきたのはムードメーカーの瑞鶴。

 「あれはサボりじゃなくてサボりの注意と事故」

 先ほどの事情を簡単に説明。

 「鬼ごっこ、ですか。私も混ざりたかった……。」

 「赤城さん……」

 消沈する赤城につられる加賀。童心があるのは良いことだ。

 ……って、そうじゃない。

 「訓練は順調?」

 と全員に問いかける。

 「ええ。」

 赤城の消沈につられた加賀がテンションを盛り返せずに返答。

 「二航戦の先輩方は先程合流しました。基地爆撃の訓練をなさっていたそうです。」

 「なるほどね。」

 工廠の爆音は二航戦だったわけだ。報告してくれた翔鶴に礼を言ったところ件の黄色と青色がこちらに来て、

 「やっほー!」

 「どぉよ!」

 と、どや顔でこちらを見る。

 二つ返事で流しても良かったのだが一応誉めておく。

 「暇あ~。」

 弓を持ったまま腕をぶらぶらとさせ始めた瑞鶴。一通り訓練を終えたからか駄々っ子のような態度をとり始めた。

 翔鶴が注意をしようと瑞鶴に近付くよりも速く、軽空母の母、もとい全ての空母の母、もといお艦こと鳳翔が瑞鶴の唇にそっと人差し指を当て『めっ』と幼子を諭すような様子で叱った。

 鳳祥の忠言が空母達の喧騒を切り裂き静寂をもたらした。小難しく言ってもなんなので、簡単に説明すると『久々の「めっ」頂きましたッ!』という様子で空母達がその文言を噛み締めていたのだった。さながら推しメンの一言一句を聞き逃さんとするサブカルチャーに明るい方々のように。この例えはふさわしいのか考えるのは止めておく。

 空母の皆々様が悶絶しているのを見た鳳翔は数秒考えた後、顔を真っ赤にして顔を両手で覆い、子供扱いをしてしまった瑞鶴に平謝りし始めた。それを止めようと『こちらこそ、すいません。』と深々と頭を下げ始める瑞鶴。

 二人の応酬を見て、『日本人ってこんな感じだよなあ』と何目線か分からないことを考え始めた頭をどうにか切り替え、二人の令和謝罪合戦を止める。

 後で訓練用の艦載機をキチンと実戦用に戻すように釘を刺し、僕は岸辺の方向へ歩みを進めた。

 

 碧い空。

 吠える狼の如く天球に向けて構えられる無骨な鉄塊。

 燻る硝煙の香り。

 落ちゆく機体はさながら真夏の花火。

 高まる緊張は屍山血河を築かんとする実戦そのもの。

 そのくらいの緊張感を持って、ウチの鎮守府の対空担当艦は訓練機を撃墜していた。

 特にやる気があるのはこの鎮守府に二人しかいない秋月型の面々、秋月と初月だ。

 それもそうだ。何せ、空母達から飛ばされる訓練用の艦載機の内数機は攻撃能力を一切削ぎ落とし、耐荷重を大幅に増やした上で戦闘糧食を運んで向かってくるのだから。もっと簡単に言うとボーナス機体が紛れ込んでいて、その機体には鳳祥特製のおにぎりが小さいビニール袋に入れたものを吊るしてあるのだ。

 なんとなくだが、訓練教官の摩耶も秋月型の二人が美味しそうに食べているのを見てほっこりしている風に見える。なんなら摩耶も適当に撃ち落としてお握りをもにゅもにゅと食べていた。もっと余計なことを言うとお握りの具は何だったのかと三人で談笑していることも伺える。緊張感とほんわか具合のギャップで風邪をひきそうだ。

 「おーい。」

 艦載機の波が引いたことを確認して声をかける。

 「おーっす!」

 「司令!」

 「提督」

 三者三様の返答。

 「食うか?」

 摩耶が言うならスッと飲み込めるのだが、初月が食べ物を分けるというのは意外だった。

 「それじゃあお言葉に甘えて。」

 手付かずのお握りを二個貰う。行儀が悪いのは重々承知だが、旨さが手伝いレディースサイズのお握りを一口か二口で平らげてしまった。鮭の塩気と米の甘味がよく合うお握りと全体的にほんのりとした塩気が特徴的な銀シャリのお握りだった。ウチにいるたった一人の補給艦である神威が向こうに合流したのだろうか。

 「もっと食うか?」

 好奇心に満ちた目をした摩耶が締まりの無い笑顔を浮かべながら袋からお握りを差し出してくる。

 『お母さん?』

 秋月と初月と僕の一言がハモった。

 「……ちげーし。」

 頬を赤らめながら目を反らした摩耶。照れているのだろうか。ここで下手に追撃すると何かしらのお叱りが来るかもしれないので大人しく引き下がることにした。

 そう言えば水分を取ってないなと思っていると、噂をすれば影とはよく言うのだなと本日二回目の感心。

 新しく来た艦載機の群れの中の一機に、ご丁寧にも水筒が人数分入った袋が提げられていた。そんな機体に一瞥もくれることなく三人の一撃が空飛ぶ鉄塊を直上で粉々に撃墜し袋が落ちてくる。ノールックショットとか人間技じゃない。

 若干戦慄しかけていると、

 『お前(貴方)には言われたくない(です)。』

 とのこと。

 「酷くない?!」

 抗議しようと口を開こうとすると、摩耶が僕の肩に手を置いてこう言った。

 「鎮静化のためとはいえノールックで射程ギリギリの標的を撃ち抜く奴の技量は人間技か?しかも、あたしたちみたく補助の装備を着けてないだろ?」

 「川内限定だよ。」

 「それでもだ!」

 摩耶は呆れているのか項垂れていた。

 「そういえば…」

 秋月が何か思い浮かんだらしい。

 「この前、夜中にタービンを装備した走り回る島風さんを撃ち抜いてましたよ。しかも、距離は廊下の端と端。」

 「おま…」

 摩耶はあまりにも呆れたのか頭がどんどん下に下がっていく。肩に置かれた手も一緒にずるずる下に下がっていく。

 「お握りおいしいなあ」

 すっとんきょうな態度で話題を逸らそうとすると、

 『おい!(ちょっと!)』

 総ツッコミだった。

 

 かなり無理のある方法で摩耶達から逃げた。

 一通り巡回を終えた今、太陽は空を橙に染めていた。事実は小説より奇なりとはよく言ったもので絵で見るより鮮やかで配色がごたごたしている。アナログでもデジタルでも大変な作画だなあと絵描きでもないのに妙な脈絡で妙なことを考える自分が妙だと思うも妙の数珠繋ぎが出来つつあるのに驚いて数珠を爆破した。この爆破出来る数珠を書店の積み上げた本の頂上に置いて街が愉快なことになるだろうとかどこぞの小説のようなことを考え始めたことを若干後悔する。

 慣れない水上巡回で疲れているのだろう。

 過去の経験を生かして、頭をまっさらにする。

 経験とはなんぞというのは言及しない。まっさらの意味がない。

 海岸で靴を履き替え、砂浜をスニーカーで闊歩する。

 疲れからふと空を見上げて、夕方と夜のバトンタッチの刹那を垣間見る。見目麗しい水着の美女と戯れることを妄想するも『寒いし夕方だし色々おかしいだろ』と理性がツッコミを入れた。

 どうも余裕が出てきたらしい。

 おかしなことを職員の前で口走る前に、翌日のクリスマス当日のために早く寝る支度を済ませようと思い鎮守府の表口のドアを捻った。

 

 

 

 

 

 前日にサプライズと言ったな。あれはマジだ。

 今、まさに全員が目を爛々と輝かせて人工的だが生きている海の中を探索しつつあった。

 

 時系列をクリスマス当日の早朝に戻す。

 執務室で金剛と共に寝ていた僕は彼女を起こして着替えに戻らせた。ついでに僕は余所行きの服に久々に袖を通した後、通信室でコンシューマーゲームで寝落ちをかましている大淀をどうにか起こし、訓練用の警報を鳴らす。

 緩慢な動きで外に出てきた職員達はさながらパニックホラー物のゾンビのような動きだった。

 叢雲や隼鷹や赤城などの古株の面子から神威や江風や磯風などの新参者の面子まで眠気をどうにか御して起きてきたようだった。

 最後尾にはいつぞやの服に着替えた金剛が息を切らしながらこっちに向かって走ってきた。関連キーワードで牛丼が浮かんくるが、かみさんカッコカリはなんやかんやで今日も綺麗だ。

 金剛の格好に視線が集まる。

 朝の頭に優しいように拡声器の音を極力絞りアナウンスを開始する。

 「昨日言ったサプライズパーティを本日開催します。」

 金剛から視線がこっちに動く。

 大体の職員の目は『そういうことするから突拍子もないって言われるんだぞ』という感じだったがあえて考えないことにした。

 「今日は僕指定のジャージではなく、余所行きの服を来てきて下さい。職員全員の慰安旅行に行きます。マルナナマルマルにここに集合してください。そこからは水上移動にて本州のとある施設へ向かいます。以上、解散。」

 目を丸くする者、事態を飲み込めてない者、嬉々として府内に戻り準備をしようとする者、白目を剥いてグロッキー状態の者……etc.

 「提督さ、正気かい?」

 いつぞやの焼肉の時の再現だろうかと思う位にテンパっている秋雲が抗議に来た。

 「秋雲さんや、何か問題?」

 「次の納期、いつだっけ?」

 「年始」

 「この時期にサプライズ?」

 「クリスマスだからね。」

 「あれ?もうそんな時期?」

 「そんな時期。」

 「しくじった……。あのゲームのドロップ率がおかしい。」

 どうやらこちらもコンシューマーゲームにのめり込んでいたようだ。数日前にマルチプレイしたのは記憶に新しい。

 「確かに。もしアレなら開催開始の時期をもっと後にしようか?」

 「それはアタシのプライドが許さない。」

 「oh…」

 「皆勤賞逃してなるものか。」

 「oh…」

 「セリフの使いまわしもアリか。」

 「伏線回収か回想シーンだけにしとけば?」

 「あばばばばばばばばばば。」

 「今日は慰安旅行だし、ゆっくりしなよ。最悪、液タブ持ってって作業するとか。」

 「秒で矛盾してるじゃん。」

 「メリハリよ、メリハリ。」

 「自業自得か……。よっしゃ、明日から本気出す。今日は楽しむ!!!」

 「そう来なくっちゃ!」

 何か良くない方向へ吹っ切れた秋雲を見送り、深呼吸。

 昨日の訓練で指揮の自信と腕と効力は担保されていることは確認した。今日の計画では、よほど凄絶なことが無ければ人命に支障をきたすことはないだろう。

 そう思い、僕は正面玄関から鎮守府に入った。

 

 

 集合時間には僕を含めた全員が身なりを整えて整列していた。僕はと言えば、私服の上に軍服を引っ掛けている。

 珍妙な出で立ちに納得がいかないのだが経験で判別がつかない新入りの為だ、我慢しよう。

 指揮用のタブレットを使い、本州に向かった。

 陸路を歩いて、施設に入館する。

 張り紙が入り口に一枚、お好きにご観覧下さいとのこと。

 

 水色の中に黒い影が泳ぐ。

 魚、そう俗に言う魚だ。

 何故魚を見ているのか、それはここが本州某所の水族館だからだ。

 僕たち柱島鎮守府職員一同は、パラレルワールドで無人と化した水族館に旅行に来たのだった。魚の管理の有無に関しては……言及しても無駄だろう。切り分けられた時空に提督以外の純然たる人が存在しないということが定義なのだから。

 与太話と断じるには重要すぎるのだが、メインは彼女達とついでに僕の慰安旅行だ。こなれてきたパラレルワールドに構う暇はない。

 ここで、現在の時系列に戻そう。

 

 

 晴れた日にスキューバダイビングをしないとお目にかかれないようなアクアブルーの海底にいる僕らを魚は傍観する。見られている当事者なのに。

 駆逐艦と海防艦は展示場のガラスに顔をめり込ませんとするばかりに張り付き、魚を見る。空母達の大体は涎を垂らしていた。

 「そこな空母さん達?なして食欲出してるの?」

 「いえ、新鮮そうだなあと。」

 「〆る前の魚は久々に見ました。」

 「じゅるり。」

 赤城は鮮度を気にし、鳳祥は調理での感想、加賀はよだれをすすった。

 「酒のつまみに良さそうだねぇ」

 隼鷹がポツリ。うっかり頭が働いてしまったし口は言葉を紡いでいた。

 「魚だけに?」

 「この施設って暖房付いてましたっけ?」

 「あまりの寒さにギョッとしたね。魚だけに。」

 『さ、寒いぃぃ……。』

 空母全員がドン引いていたプラス寒がっていた。二回もやって、正直すまんかった。

 「よし、魚見よう。そうしよう。」

 『ちょっと?!』

 そそくさと空母達が見ている水槽から立ち去り、戦艦達が見ている川魚のコーナーへ足を進めた。

 

 川魚のコーナーだけあって展示場の水は浅かった。個人的に小川が近所にあったという訳ではないのだが、川と聞くと膝下くらいの深さが一般的だと思っていたからか、海から川へのギャップにさして驚きはしない。若いのに冷めてるなあ……僕。

 タナゴやフナ、カワムツ等々、写真と解説がセットになってプレートが水槽の近くにあった。川にはこのような魚が棲むのかと淡白な反応をしている自分については何も言うまい。

 対照的に戦艦達は浅瀬に泳ぐ魚達に興味津々だった。

 各自のスマホで写真を撮ろうとする職員もいた。

 「写真撮るときはフラッシュ焚かないようにな~。」

 近場の日向と伊勢に注意し、他の職員にも言い含めるように指示した。

 霧島と比叡が目をキラキラさせながら、目の前のフナをつつこうとしていた。正確に言えば、フナと彼女たちの間のガラスなのだが。

 「そこ、魚にストレス与えない。」

 「うぅ……。」

 「すいません。」

 軽く注意し、次の水槽へ向かおうとする僕の腰に衝撃が走る。

 「バアアアアアアアアアアアアアニングぅ、ラ」

 「やめんしゃい」

 悪質なタックルに体勢を崩しかけるも気合いで持ちこたえた上で、金剛の猛追に抵抗する。間髪入れず何をどうして発奮した彼女のタックルにチョップでカウンター。

 終わったかと油断したこちらの腰にするすると手を入れようとしてる気配がしたので、素早く振りほどいて彼女の耳元で一言囁いた。

 公にする訳にもいかないワードなので開示は避けさせてもらう。

 

 僕の鎮守府の職員が全員入ってものびのびと遊泳することが出来そうなくらいの途方もない大きさの水槽が鎮座していた。

 水族館のマップを見る限り、この水槽は中間部であるのと同時に目玉スポットらしい。普通はスタッフによるエサやりが行われるのだが、ここは人が存在しない平行世界。そのようなイベントはないのだ。

 少し悔しい気分になりつつある僕を、人体を越える大きな体とつぶらな瞳で見据える白黒の魚が一匹。

 俗にキモカワイイと言われてしまう風貌の魚なのだが、僕にはマンボウがキモいとは微塵も思えない。可愛いじゃないか。

 かの魚がゆらゆらと空気と海水を隔てるガラスに近づいてくる。

 童心が涌き出てきたからか、僕は自然に、かつおもむろに手を伸ばしていた。

 そっと、なめらかに、手で輪郭をなぞる。まるで、別れ際の恋人の顔を愛おしげに触れるように。その行為の真意を理解していない魚はコツンとガラスにぶつかった後、ゆっくりと僕から遠ざかっていった。伸ばした手は重力に従って落ちていった。後ろ姿を見送った僕はしばらくぼうっとしていた。何に感銘を受けたか分からないが思考が停止していた。

 「はあ。」

 心に満ちた感情を言い表すことは不可能だった。たった一言でも表現出来る気がしない。ただ、キャパを越える感情を吐き出すためにため息一つ。

 ガス抜きしたことで頭が回転を始めた。

 『今の一通りの行動は何か変じゃないか?』と。

 そう思うと、嫌な予感がした。

 後ろをバッと振り返ると、興味、関心、注目といった目線が僕に刺さるほどに向けられていた。

 『……。』

 ちょっと恥ずかしく赤くなりかけてるのを自覚した。

 追い払うのは簡単だが、雰囲気を壊したくない。

 回れ左をして、スッとその場を離れた。

 『ちょっとおおおおお!!!?』

 喧騒が追いかけてくる。

 暴動鎮圧という名目で『アレ』を乱射するのは容易だ。弾倉の高速充填なんてものも身に付けてはいる。

 けど、ダメだ。

 慰安旅行で改良型の《携行型暴徒鎮圧用軽機関麻酔銃》をぶっぱなすのはダメすぎる。漫画とかライトノベルのツンデレヒロインでもそんなことはしない……と思う。

 ということで、アニマルセラピーの時の瑞鶴に被せたアレに視認性を十全に確保したステルス迷彩を装備して逃走。

 

 無理矢理逃げたことに何か思うことは無いわけでもないが、少し頭を冷やしたかった。まあ、恥ずかしかったから逃げたのだが。

 今は屋外のふれあいコーナーにいるのだが、スタッフが存在しないため生き物達は水槽にいなかった。

 頭は冷やしたかったが空の水槽を見て自分とつい重ね合わせてしまった。勝手にヒートして勝手にコールドして……イマイチ自分が分からない。こういう時は何も考えない。余計なことは考えない。

 階段に腰掛け、空を仰ぐと心なしか空が曇っていた。

 「ほへえ……。」

 気の抜けたため息一つ。短時間で意味の違うため息をつくことになるとは思っていなかった。

 そんなことを思っていると雲に切れ込みが入り、冬場にはありがたい陽射しが地面に注がれた。

 背後から何かが擦れる音と一緒に厚底の靴を履いた身長の低い子の足音が聞こえた。

 「提督……。」

 ダウナー系ながらこちらのことを慮る心を持ち合わせる駆逐艦、それは……

 「どうしたの、山風。」

 寒気に当てられ、完全に冷えた頭で後ろの小動物然としているであろう艦娘に向き直る。

 冷静な頭から弾き出された答えは正解。件の山風は新年を迎えた際の格好、つまり巫女服みたいな服装をしていた。

 彼女は立ち上がりつつある僕に抱きついてきた。階段が大した段数が無くて安心したこともあるが、いくら小学生高学年の女子の体当たりとは言え体幹がびくともしなかったのは諸々含めて安心した。階段なんて危ないのなんの。

 「提督、皆探してる。もどろ?」

 「……。」

 なんというか……小型犬にじゃれつかれている感覚に陥った。

 あまりの可愛さにしばらく放心していると、小型犬の目が潤み始めた気がした。

 ハッとなって意識を戻すと、何か言っていたらしい山風が泣きだしそうだった。

 「嫌……だった?」

 「……。」

 分からない。なんと言っていたか分からない。普段なら言葉の端を聞いて全てを推察出来るのだが、言葉の端を聞いてなかった。紡げる言葉なんて、ない。

 小動物の目端に大粒涙が……。誰か助けて。

 「山風の姉貴~!」

 正に渡りに船。艦船だけに……って、おいコラ。

 僕たちに駆け寄った後、呼吸を整えながら江風が話し始めた。

 「姉貴が急に走り出すからびっくりしたよ。追いかけたら提督も変なとこにいるし。」

 「変、か。確かに変だね。」

 水槽だけのふれあいコーナーは確かに変だ。

 それにしても気のせいだろうか。江風が来てから山風のホールドの強度が増した気がする。平たく言えばくっつき虫になってる。

 「や、山風?」

 「パパと一緒に見るの!」

 涙ぐみながら横目で妹を見据える山風の眼光はこちらからでも鋭さが垣間見得るレベルだった。

 奥手な子が自分を出せるのはとても大事だと思う。つい過去の自分と重ね合わせてしまうレベルだ。とは言っても僕の過去なんて今のこの状況では些事だ。

 「よしよし。」

 山風のホールドを優しく解き、しゃがんで山風と江風をふんわり抱き寄せる。

 「みんなのとこに戻ろうか。」

 山風の右手と僕の左手、江風の左手と僕の右手をつないで虚無を後にした。

 

 

 「HEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEY!!!!!!!!!!!!!」

 「おっと靴紐が。」

 「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!?????????」

 戻るなり顔めがけてダイブする妻カッコカリ。

 このタイミングで発覚するのも神がかってるのだが、靴紐が解けているのに気付いて頭を下げた。

 その結果、僕の上を通りすぎた金剛は誰もいない空間にヘッドスライディングをかますことに。さっきの放送禁止レベルの口説きを忘れたのだろうか。

 「More……Loooooooooooooove!!!!!!!!!」

 靴紐を結び直していると、腰に鈍痛が走る。

 「ぐおっ?!」

 「Ouch?!」

 痛みを我慢しながら後ろを確認すると頭からこちらに突っ込んでいる金剛がいた。どうやら先程のダイブの後に再度突っ込んできたらしい。

 動かさないでくれと懇願する自分の腰をなだめながら、僕は金剛の耳元で囁いた。

 「《自主規制》」

 「Oh?!」

 このピンクダイヤモンドは島風のような声をあげた後に痙攣し始めた。昨日に引き続き、激しい夜になりそうだと感嘆しそうになるが言い出しっぺは僕だ。それに貪れるのなら貪りたいのも事実だ。

 ビクンビクンと痙攣する金剛を山風と江風がつついているのを尻目に職員一同に向き直る。

 「ごめんなさい。」

 空気を悪くしたことを素直に謝る。

 数拍おいて、全員から了承。全員文言がバラバラだからしいと言えばらしい。僕を含めた個々人の良さも悪さも包み込む職場なのだから。

 

 場所は先程の大きな水槽。 

 堪能出来なかった分の写真を撮ろうと思い、水槽からかなり距離を空けてパシャリ。

 方向を変えてパシャリ、更に変えてパシャリ。

 数枚撮って更に方向を変えた時、カメラのフレームから瑞鶴が生えてきた。

 「なーにしてんの?」

 「なーにかしてんのよ。」

 彼女の質問をなあなあに返す。

 「五航戦と一緒でも気分が高揚します。」

 ずっちんの隣から百万石、もとい加賀が生えた。文言に引っ掛かるところがあるのか食ってかかろうとした瑞鶴は晴れ着の加賀の微笑みに撃沈した。

 「ずっちんキラーだなあ。」

 記念撮影がしたいのかと思い、数歩後退。

 「撮るよ~。」

 明石特製のメガネと両手の中のカメラを構えた。その瞬間、事は起きた。

 空母達が生えてきた。二航戦は瑞鶴と加賀を映えるように、一航戦と五航戦の片割れ同士は妹分が密着してる肩とは逆の肩にそっと手を添えた。

 豪華客船だった飛鷹型軽空母の二人は横になった上でピースサインをしながら画角に入り込む。龍驤は瑞鶴と加賀の中間あたりに立ち両手でピース。なるほど、子供ポジションかと妙に得心してしまったのは心に秘めておこう。

 「キミ~?」

 「ハハハ、ナンデモナイデスヨ?」

 顔には出してないはずなんだけど?!

 「そりゃあ、長い間おるんやから分かりもするわ。」

 「撮るよ~。」

 「待てや」

 怒る龍驤含めた全員をフレームに納めているとあることに気付いた。

 鳳翔の位置だ。

 一番後ろに来たのは良いが、身長が微妙に足らないからか彼女の姿が見えない。彼女が必死に背伸びしてこちらから見えたとしても結んでいる髪の毛しか見えない。

 「一航戦と五航戦は中腰になって。」

 僕の指示を聞いて頭の上に疑問符を浮かべる彼女たちは、後ろを振り返ると感嘆符が大量に頭上に出現。そそくさとしゃがんでポーズをとる。

 赤面したのをなんとか両手で隠す鳳翔に、『友達の少ない長女の成人式に来たのは良いが、友達や恋人を一人で作れる努力をした娘の成長を見て、ボロボロと泣いてしまい化粧が崩れてしまった母親』と言った印象をもってしまった。

 撮るよ。と言おうとすると戦艦や重巡、駆逐艦や海防艦…とどのつまり全員がひょこひょことフレームから生えては思い思いに位置取った。

 あまりの人数の多さに全員が入りきる画角を探すのに悪戦苦闘し、ここから撮ろうと思った矢先、人の群れから綺麗な腕が生えた。

 「司令官、一人足りません。」

 青葉が誰かが足りないと忠告してきた。

 迷子だろうか、急いで探さないと。

 誰がいないのだろうかと急いで脳内で照合する。

 「にっしっし」

 フレームの端にいる佐渡が悪戯っぽく笑っていた。

 鳳翔の後ろにいる金剛も笑っていた。佐渡とはちょっとニュアンスが違う笑みだ。あれだ、やれやれって感じの呆れが入った感じの笑みだ。

 青葉が人の海を切り開きながらこちらに向かってくる。何故か三脚を組み立てながら。

 彼女は僕の手のカメラを取ると、三脚にセットしタイマー機能をオンにした。

 「司令が足りないんですよ。」

 青葉の予想だにしない一言でフリーズ。即リブート。

 「時間があまり無いので急いでくだサーイ。」

 人混みの中央の更に中央に人一人分の隙間があった。丁度金剛の隣に。

 青葉に手を引かれ、フレームの中に入る。自分のポジションに就いた青葉は僕の背をトンと押した。

 金剛の元に着いてすぐにカメラの方に向く。

 ぎこちない笑顔を浮かべた瞬間、カメラの赤いランプが点滅した。

 

 この写真、実は諸々の処理をして執務室に飾られるまである奇跡が起きたことを誰も知らなかった。

 大きなマンボウが写真中央の僕と金剛の頭上あたりで水槽のガラスにぶつかっていた瞬間に撮られているのを、聖夜ですっきりした数日後に知ることになった。

 

 

 

 

 聖夜と奇跡から数日後、月末を晦日と言うが今月の晦日は大晦日だ。つまり、今日は12月31日だ。

 まずは大掃除、と言いたいところだが布団を畳んで寄せれば片付いてしまう。こたつと化したちゃぶ台もいつも拭いているおかげで掃除の必要が無い。雀卓もホコリが無く洗牌もしてあるため、今手をつける必要は全く無い。旅館やホテルにあるこじんまりした冷蔵庫の中身もいつの間にか空だ。清掃も行き届いていて掃除の必要は無い。

 自分で言うことではないが、珍しい大晦日だ。大掃除前に掃除が済んでいるのは本当に珍しい。

 お次は……って、府内の掃除がまだだった。

 「気合い、入れて、やるか!」

 比叡の真似をして気合いを入れてみる。上体を後ろに倒すとバキバキバキと小気味の良い音が腰から聞こえる。大丈夫かと余人に聞かれそうだが平常運転だ、問題ない。指の骨を鳴らし、関節を温め、筋肉の筋を伸ばす。

 「よし!」

 気合一杯、ヨシ!

 そう思った矢先、叢雲が執務室に入ってきた。

 「大掃除ならもう終わってるわよ?」

 「んー?んー?んー?」

 理解不能理解不能理解不能!

 「アンタがたまにはゆっくりしたいからってことで、クリスマス辺りからコツコツやるように指令飛ばしてたでしょ?」

 「あっ。」

 理解可能。そういえばそうだった。

 「しかも、アンタにしては珍しく片付け出来てるし……。何か拾い食いした?」

 「ごめん、理解不能。」

 珍妙なやりとりが行われている最中、特に府内がどうこうすることは無かった。これも珍しい。いつもはこれ見よがしと言わんばかりにゴタゴタするのに何もない。運命を書き綴る奴がいるとしたら、ソイツが拾い食いして当たったに違いない。

 

 

 厨房スタッフの手伝いや、のんだくれ達の抑圧、空母達のつまみ食い防止、川内型の暴走阻止、山風のひっつき虫化、戦艦達の戦術談義への勧誘等のゴタゴタがあった。要約すればそれだけなのだが、宿命の書記は快復したらしい。早くないか?

 一息つこうとカウンター席に腰掛ける。

 年が明けるにはまだまだ時間がある。

 「板さん、今日のおすすめを。」

 「はーい。」

 年越しそばやその他のパーティ料理の仕込みに一段落した頃合いを見計らって板さん、もとい鳳翔に話しかける。

 ちなむ程ではないが、注文する物によって彼女の呼び方を変えている。寿司の時は『板さん』、酒やおつまみ系統の時は『お母さん』と言った感じ。

 赤みがうっすらかかったブリの握りと足を斜めにスライスしたタコの握りが一貫ずつ。

 赤い醤油と新鮮な魚、炊きたての酢飯の匂いが口の中で広がる。

 簡単にいうと、贅沢ないつもの美味しさ。

 手慣れた手付きで増えていく握りを堪能していると、寿司を握っていた鳳翔が僕のそばに来ていた。

 耳元で『あるものを試してみないか』とのこと。正直に白状すると、聞くと落ち着く声が撫でるように耳を通過してくるものだから最初に何て言っていたのか分からなかった。好意から来る打診なのは口調から明らかだったため断る理由もない。

 「お願いするよ。」

 機密性の高い内容なのだろうと思った僕は鳳翔の耳元で快諾の意を示した。

 ニコニコとカウンターに戻った彼女は、包丁と食材を変えたのか静かだった厨房にまな板と包丁の接触音がしんと聞こえる。バーナーらしき音も聞こえないこともない。

 そうして寿司下駄に置かれたのは肉の握りが二貫。よく回転寿司で見るヤツだと一蹴するのはとてつもなく簡単だ。しかし、この肉の厚さ……ただの味付けされた肉じゃない。

 寿司下駄の側部に何か書かれた紙が貼ってあった。『仙台名物牛タン握り』……?!

 まずは醤油をつけずに口に運ぶ。歯応え、味、匂いの全てが香ばしく濃厚。魚の寿司のすっきりした風味が牛タンのこってりさに吹っ飛ばされる。海が陸に蹂躙された。

 新鮮な醤油を小皿に補充し、牛タン握りのもう片方を赤い大豆タレで頂く。ううむ、これはこれであり。

 名残惜しいことにすうっと喉の奥に牛タン寿司は去っていってしまった。別れは未練が無いようにと冷水で口の中をリセット。

 『どうして名物レベルの牛タンを出してくれたのか?』、そんな旨のメッセージを鳳翔の携帯端末に送る。

 最近になってようやくスマホの文字入力が若者よりかは少し遅い程度になった鳳翔は端末上のキーボードに指を滑らせた。曰く、『日頃のお礼と新メニューの考案をしたかった』らしい。

 食堂全体を警戒するかのようにキョロキョロとしている鳳翔に『何故それほど警戒しているのか?』とメッセージを送ると『空母の子達が厨房に入ってつまみ食いをする可能性がある』と返ってきた。確かに機密性が必要だ。と同時にまだつまみ食いをしているのかと呆れ、ため息一つ。

 『あらあら』と言いたげな呆れと親心のこもった笑みを浮かべる鳳翔。

 周りの状況と会話の流れの整合性をとるために僕は口を開き、言の葉を紡いだ。

 「いろいろとお疲れ様。今年はお世話になりました。」

 と早めの年の暮れの挨拶。

 「提督もお疲れ様です。来年も宜しくお願いします。」

 と応答。

 

 

 「プロデューサー!」

 「はいはい。」

 即席のステージに立つ僕と那珂に寄せられる視線。

 舞台の横にそびえるは何時、誰が、何のために買ったか分からないお高そうなスピーカー。

 そこから高音質なイントロが流れてくる。

 特定のタイミングから曲に言葉と技術と気持ちを乗せ歌うことを強いられているんだッ!…じゃなくて、どうしてこうなった?

 まあ、いつもなら思い出して状況を整理するのだが今は歌詞を思い出すのが先決のため後にする。

 

 「プロデューサー!!」

 「はいはい。」

 浴びせられる拍手の豪雨に那珂は感涙していた。

 普段の彼女のライブ、もといステージでは義理で付き合ってくれる同型の子、つまり同型艦のよしみで川内と神通がパチパチと拍手を贈っていた。年末のステージもご多分でなく、『わーすごいねー(棒)』みたいなまばらな拍手が聞こえるのはもう日常風景と化している。

 回想を兼ねた推測になるが、那珂は万雷の拍手、喝采が聞きたかったのだろうか。本当にそうかどうかは分からないが那珂は未知に賭けた。自分のステージの色に密封された色の分からないペンキ缶の中身をぶちまけようとしたのだ。

 結果としてはぶちまけたペンキが新鮮さと感動を呼び込んだのだが……、それで良いのだろうか?

 関係のある話なのだが、僕はこの鎮守府に就任してから一度も全員の前で歌ったことは無いし、歌ったとしても上機嫌な時の鼻歌だけだ。

 朝の叢雲との入れ違いでいきなり押し掛けてきた那珂が歌って欲しいと僕に頼んできた時はどういう風の吹き回しかと驚いたし、正直に言ってしまえばかなり渋った。しばらくどころか数年レベルで趣味のカラオケなんて行ってないから歌声云々の前の話だ。

 最終的に『数ヶ月は夜間の川内を抑えておくこと』を約束し、壇上に上がることになった。那珂流のボイストレーニングをほんの少し受けて歌声らしきものを取り戻した僕の声に那珂はガッツポーズをしていたのだがあまり気にしないことにした。

 

 「同士、次は私だ。」

 「となるとアレ?」

 「そう、アレ。」

 僕は先程の壇上で別府、もとい信頼されるという意味のロシア語が由来のヴェールヌイとこそこそと話していた。

 面白そうだから一緒に歌いたいというのは目に見えているが、よりによってロシアの民謡をご指名とは……。

 「なんでカチューシャ?」

 「司令官はカラオケとやらでいつも歌うのだろう?」

 「ウォームアップで歌うけどさ……。」

 「なら大丈夫さ。司令を信じる私を信じてくれ。」

 少年漫画みたいな言い回しをしているヴェールヌイに圧され、渋々マイクのスイッチをオンにする。

 スピーカーからレコード音源をデジタルに変換したような曲調で民謡が流れ始める。

 別府は透き通るような歌声だった。薄手のシルクの織物のような歌声と言うと流石に表現が気持ち悪いなと思い自制する。余計なことを考えていた僕はふと我に帰り自分の声質を無視したテナーボイスを基調とするメリハリをつけた歌い方で彼女のフォローに当たった。

 

 「司令官はロシアに行ったことが?」

 歌い終わった後にまたこそこそと話している僕ら。

 「行ったことはないよ?」

 「そうか、私は第二の祖国が歌を通して見えた。」

 「それは良かった……のかな?」

 「良いさ。では、次の歌手に交代だ。」

 ヴェールヌイがスッと手をあげると、スタンディングオベーションが沸き起こる。まあ、メインの彼女が目立つように歌ったからね。

 手を振りながら退場していく別府。入れ違いでトラブルメーカーにバトンタッチ。

 

 先日の水族館の時と同じ晴れ着を着ている加賀が所望したのは自身の持ち歌。余計なことを掘り返すとしばらく前まで執務室にガンガン流していたあの歌だ。

 「流石に気分が高揚します。」

 テンションぶち上げらしい。

 「赤城とじゃなくて良いの?」

 「……。」

 「痛い痛い、分かった分かったから!」

 こちらの服の袖をいじらしく引っ張りながら無言で肩に軽めの頭突きをしてくる加賀を止めてマイクのスイッチと気合を入れ直す。

 

 「気分が高揚しています。」

 歌い終わってもまだ、ブチアゲ中らしい。

 まあ、歌っている人が気持ちよくなるように僕が歌えているためそれはそれで良しとしておく。

 この流れからもう予想はつくが、『次は自分が一緒に歌う』と言う艦娘が殺到し気がつけば年が明けていた。

 余談だが、元旦0時の年明け最初の僕の挨拶がパニックホラーもののゾンビの鳴き声に非常に近しいものになっていることが職員全員の初笑いになったのだった。

 この後、金剛が執務室に遊びに来たのだがスケッチブックを使った筆談をせざるを得ないくらいには喉がイッていた。

 

 

 喉の超再生が間に合うわけもなく、一晩寝ても声はゾンビ化から立ち直りつつある感染者レベルだ。つまり、人様に聞かせられる声ではない。

 仕方なく新品のスケッチブックを三冊とサインペンを二本持ち歩くことにした。

 先に、汎用性の高いセリフを書き留めておく。

 「司令官、明けましておめでとうございます。」

 『あけおめ。』

 「……ああ!なるほど。」

 書こうとした矢先に明石が新年の挨拶。なるべくスムーズに返事をしたかったため略式の挨拶で対応。

 スケッチブックで何かを書き始めたこちらを最初は訝しんだ明石だったが、書かれた文字と昨日の出来事で予測ができたらしい、

 「今朝までお疲れ様です。」

 『ありがとう。』

 「収録環境を整えるので、CDに録音していいですか?」

 『No』

 「そんなあ?!」

 厄介な案件の気配がしたので、二文字で一蹴する。二なのに一とはなんだろうか。変な事を考えるレベルで余裕はあるらしい。喉よ、はよう治れ。

 「……まあ、それはそれとして。どうでした、アレ?」

 「?」

 書く必要が無い、というか身振りでどうにかなると思った僕は首を傾げた。

 「アレっていうのは、私がポリシーをかなぐり捨てて作ったトリガーハッピー用の麻酔銃です。クリスマスの時に軍服の下にコッソリと武装していたじゃないですかぁ。」

 「!」

 得心がいったという風に握った手を逆側の平手に打ち付ける。

 『No』

 「ダメでした?」

 『No』

 「違う?使ってないってことですか?」

 『Yes』

 筆談って面倒だなあ、とこのやりとりで感じてしまった。

 「今度の川内さんとの夜戦に使ってみては?」

 『No』

 「拳銃の方がお好みで?」

 汎用性のあるセリフで応対するのに限界が来た。次のページに那珂とのいきさつと契約内容を書いた。

 『那珂と一緒に壇上で歌う代わりに川内を抑える約束をした。だから、しばらくは麻酔用の拳銃は使わない』

 「なるほど。司令官がやつれているように見えるので私はこれで。お大事に。」

 『ありがとう。』

 同情しながら明石は一旦離れることにしたらしい。正直に言うと有り難かった。

 

 そんな明石が大淀に僕を思いやる事を主とした放送をかけてくれたらなあ、なんて甘い考えは捨てることとなる。

 「お早う御座います、提督。そして、明けましておめでとう御座います。」

 『あけおめ。ことよろ。』

 明石に見せたページに略式の挨拶を更に加える。こちらの対応に一瞬不思議そうな顔をしていた大淀だが、先程のトラブルメーカー同様推測が出来たらしい。

 「昨日の歌唱大会が原因ですか?」

 『Yes』

 「なるほど……では、少し失礼しますね?」

 そういうと大淀はスマホで素早く何かを入力した。

 「?」

 何をしたのか分からないため首を傾げた。

 「全体メッセージで『火急の用が無い限り、極力司令官を労ること』と打っておきました。」

 自分の業務用の端末を見ると、確かにその旨が示されたメッセージが数秒前に入力されていた。

 『ありがとう。』

 「いえいえ、お大事になさって下さい。それでは、失礼します。」

 こちらに一礼してこの場を後にする大淀。

 手を振って見送る僕。

 普段なら会話の淡白さに耐えきれず何か話題を見つけて話を続けてしまうのだが、今は産まれた淡白さに感謝している。

 「………ぁ"」

 Oh…….相変わらずのゾンビボイス。

 悪戯心に火が付いたが、それを敢行すると更に喉を傷めるからやめとけやめとけ。

 誰も聞けないだろうから、脳内でネタバラシするがゾンビのマスクを被って職員にじゃれつくというプランを練ったのだ。明らかに喉のオーバーワークなのは自明の為、ボツ案にしたのだが。なんなら反撃にあって無事撃沈なんてことも考えられる。ともかくボツ案は埋葬しておかねば。

 

 おい、待てェ。失礼したのはどういうことだァ?

 脳内で謎の文言が反芻、反響する。『脳内産なのに謎なのはそれこそ意味不明だろう』等とセルフツッコミしている場合ではない。

 先程の応対からの予想外な展開に狼狽している場合ではない。目の前には職員の群れ。

 どうすりゃよかと?

 エセの方言が出て、『お前はどこ産だ?』等とまたもやセルフツッコミ。雑念が多いことからどうも疲れがとれないらしい。肉体的な余裕と精神的な余裕は全くの別物のようだ。

 『おはようございます。』

 今いる職員全員の挨拶がバラバラに聞こえてくる。

 サインペンで悪筆にならないように素早く書く。僕の行動を不思議に思う職員達がもたらした静寂にサインペンの紙面を駆ける音が響く。

 『おはよう。』『あけおめことよろ。』

 今日の始まりと今年の始まりの挨拶をする。

 そこから更に新しいページに彼女たちの疑問に対する文言を記す。

 『スマホ見て。』

 最前列の子達が指示を受けて端末を見始める。そこから、板状の機械を見る動きが伝播していく。そして、驚きと困惑等々感情も伝播していった。

 職員達の波が包むように流れていく。その最中、様々な労いの言葉がかけられていく。その中にいる僕は『ありがとう。』のページを彼女達に向けていた。

 

 夕方、窓から柔らかい日が射し込む頃。

 「あー、あー。」

 見舞いの品として貰ったのど飴やお茶のお陰で快復。

 お礼のチャットを送ろうと思ったが、それで良いのかと指が止まり、入力途中のメッセージを消去キーで消去した。

 そろそろ夕食だ。

 全員いる場で礼を言った方が良いだろうと思い歩みを進めた。

 

 

 詳細を省くが結局、困った時は相身互いということで話は落ち着いた。

 良い職場だ。

 

 

 

 

 良い職場なのだが、こういう時は困る。

 世間が浮世離れしたかのように思える雰囲気の浮わつき。言うなればバレンタインデーだ。

 例年の如く、義理だの友だの本命だのチョコを貰うことになるのだが、どうも今年はなんやかんやで省略する事項に含まれないらしい。

 端的に換言すれば、二月十四日という一日が始まる。

 

 

 甘ったるい匂いが立ち込める食堂から追い出された昨日。

 廊下とこの部屋を隔てる障子からチョコの匂いがしそうな今日。

 邪魔だと言わんばかりに勢い良く開かれる障子。

 事が始まるというのはそういうことさ、常時。

 

 頭の中で頭の悪いラップが繰り広げられたが、起きたことには相違ない。

 スパーンと何周か回って気味の良い音が執務室と廊下に響いた。感嘆符も付けたいレベルだ。

 朝っぱらから何処の誰がそんな音をたてたのだろう。……って、当柱島泊地の職員なのだが。

 「同志に」

 「チョコを」

 「あげる!」

 「なのです!」

 ヴェールヌイが差しきって一着。鼻先でのアドリブがどうにか間に合った暁が二着。次いで雷電が3着4着。『競馬かよ』とセルフツッコミ。どうも、僕には脳内で一人漫才して地産地消する癖があるようだ。二十年来の人格の持ち主としては知れたことではあるのだが。

 透明なラッピングから四人のイメージカラーというか髪の色というか……ともかくそんな色の一口チョコが手渡された。

 驚いた。

 とにもかくにも驚いた。

 去年までは皆が思い思いに作ったチョコが手元に来るのが当たり前だったため、昨年の色んな意味で重いチョコとは逆に軽いチョコというギャップに驚いた。

 「えっとね……。」

 余りにも呆気にとられている時間が長かったのか、生まれた沈黙に耐えきれずに暁が何かを話し始めようとした瞬間、第六駆逐隊の後ろから別の四人の姿が見えた。

 「チョコの大きさが今年に関して、小さくなった理由をあたしが説明してあげるわ。」

 「どういうことなの?ぼのたん。」

 「ぼのたん言うな、糞提督!」

 ニックネームで呼ばれたのが嫌だったのか顔を赤くして怒るのは第七駆逐隊の駆逐艦、曙その人だった。

 自分だけテンションが高くなっていることを自覚した曙は咳払いをしつつ、ヴェールヌイの肩に手を添えた。

 「簡単にこの状況を表すのなら『愛情と根回し』ね。」

 「愛情と根回し?」

 意味が分からないため、オウム返し。

 「そうだよ、同志。これはある人が方々に回って私達全員に協力を呼び掛けた結果なんだ。最後にとびっきりのモノをプレゼントするためのね。」

 ヴェールヌイが曙に目配せしながら喋っているのを見て、思うことが無いわけではないのだが口に出すのは野暮だろう。

 『愛情・根回し』のことは分かった。

 問題は誰がそんな根回しをしたのか、ということなのだがどうもサプライズ計画が漏れてしまっているように感じられた。好意から来る嬉しいサプライズならばここは鈍感になろう。ここでの跳躍思考による推理は無粋だ。

 「なるほどね。」

 「そういうことだから受け取んなさい。」

 曙が代表で七駆四人分のカラーリングチョコを渡してきた。こっちも一口チョコだ。

 「ありがとう。ゆっくり食べるね。」

 様々な動きが執務室と廊下を隔てる戸の前で行われており、なおかつ全員の行き先がバラバラであることによって起こる団子……。早い話、全員でわちゃわちゃと蠢く団子になってしまっている。

 「しょうがないなあ。」

 何人かを一旦執務室に入れて人数を減らす。向かう方向への矢印が減ったところでここに残った数人を一人ずつ帰す。団子は綺麗に無くなってひとまずは一件落着。

 

 駆逐艦の寄せ波はどうにか出来た。しかし、引き潮がどうなるかは分からない。離岸流が生まれるかもしれないし、もっと強い第二波が訪れるかもしれない。

 今回は第二波だった。

 種々の犬が群れを、波をなして覆い被さってきた。これは引き潮も凄まじいだろう。

 意味不明?

 簡単な話だ。さっきはライト級、第二波はアブソリュート級だ。種類と数が違う。

 波、というよりは堰を切ったかのような濁流が執務室に雪崩れ込む。おうやめーや。

 ガヤガヤというかワイワイというかどんちゃん騒ぎというか…朝から元気だなあ。そんな感想のあたしは年寄りかしらん。

 数十分時間を飛ばした。

 ……なんてことは出来はしない。そんな能力も発明もない。

 いつもならシャットダウン&ショートカットモードに入るのだが、再三言うように今回はダメらしい。

 目から失くしかけた正気は目の前の喧騒に押し留められて戻ってきた。

 「静かにね。」

 柏手を打つことで響く破裂音。

 直ぐに静かになる執務室。しんとした空気が部屋中に澄み渡った。

 「鉄板ネタさせてよ。まあ、いいや。」

 全校集会をする校長の件をやろうと思ったのだが、幸か不幸か直ぐに静かになった。幸か不幸かというよりかはむしろ塞翁が馬というなんというか……やっぱ幸か不幸かでいいや。面倒だし。

 「一斉に雪崩れ込んできてどうしたの?」

 一応理由を聞いておく。が、聞き方が悪かったと直ぐに思った。いや、言い方だな。言葉足らずだ。

 全員が一斉に喋りはじめて聞き取れない。儂は旧一万円札の人ではないぞ?

 パンパンと再び両手を打ち合わせる。

 「一人ずつ頼むよ。一気に喋られても聞き取れないし。」

 そう聞き取れないし汲み取れない。なんというか時代が違う戦隊ヒーローの誰かを引き抜いてきて一斉に決めポーズと決めセリフを言ってもらっている感じと言えば伝わりやすいかもしれない。

 艦娘は戦前や戦中に建造、つまり産まれて、戦中や戦後に撃沈、つまり散っていったものが多い。早い話、思考や嗜好が違うし表現も違う。それが一斉に発露すると情報の濁流でしかない。

 いつも通りに僕に話しかける子もいれば何とか言葉を絞り出してくれた子もいる。それらを無下にするのは心苦しいが真摯に受け止めるためには止めざるを得ない。

 長い講釈を一旦ここで切る。多分だが、何かが進まない。

 最初に歩み出した子は山風だった。

 「えっとね、これ。」

 小さな両手に愛らしい小さなエメラルドグリーンのチョコ。

 「ほんとはもっと大きなの作ろうとしたんだけど……。」

 赤面しながら目端に涙をため、もじもじといじらしい態度をとる山風がどうしようもなく僕の中の庇護欲を掻き立てる。思わず抱き締めてしまう程に。

 「ありがとう。」

 そんな彼女に感謝を述べる。

 抱き締めていることで顔は見えないが、彼女の華奢な腕が背中に回るのを感じた。

 「うん!」

 少し経ってゆっくりと山風を解放する。

 白い歯が笑顔に映える、そんな感想が出る表情だった。

 どうにも父性が湧いてくる。こんなに笑顔なら余計に笑わせたくなってしまう。そんな衝動をどうにか抑え山風の頭を軽く撫でて見送る。

 次に姿を見せたのはとあるグループ。その中の某メンバーの言葉を借りるなら『バカばっかり』なグループ。

 「今日は通信担当ではなく、一人の軽巡洋艦としてここに来た次第です。」

 その言葉に続くように、

 「私も今日はカツカレーの人じゃなくて一人の重巡洋艦として来たの。」

 「清霜も戦艦じゃなくて駆逐艦として来たの。」

 おいおい……。清霜の発言に思わず顔が若干ピクッとなってしまう。誰かツッコミしてと言いたくなってしまうのだが……。

 「全く……貴女は貴女。そうでしょ、司令官?」

 「そう!清霜は清霜だ!」

 霞がツッコミでは無くフォロー、そのフォローにフォローを入れる朝霜。

 「んもう!かわいいんだから!」

 メンバーのよしみを超えた駆逐艦と軽巡洋艦を巻き込む唐突のハグに僕を含めた皆がびっくりする。

 驚いた顔も一瞬。だんだん、締まりのない笑顔に雰囲気もとろけていく。そんな礼号組の面々がたまらなく愛おしく感じた僕は、足柄と反対側から全員を包むように抱きつく。

 驚く駆逐艦、笑ったままの駆逐艦、より深みに行こうとする駆逐艦、三者三様のリアクション。

 大淀はちょっと苦笑い。

 色とりどりの四人を見た足柄は、

 「子沢山ね、あなた。」

 なんてとんでもないことを言ってきた。

 『?!』

 これには僕を含めた全員が吹き出した。

 ただ、キラーパスにはそれなりの返礼をかますのが礼儀だと思う。否、返さねばならん。

 頭が切り返しを考え始めて0.06秒。

 「経産婦さん、本業の制服は着られる?」

 「ぶっ?!」

 これには足柄が吹き出す。

 大淀と霞は笑いをこらえ、霜コンビはぽかんとしていた。

 珍しくクリティカルヒットしたようで顔が真っ赤だった。

 つかみかかられそうになる前にタンマを入れて、礼号のメンツに用事を思い出させる。

 足柄はぷんすこと怒りながら、左手にカレールー……もとい一口チョコを叩きつけて帰っていった。

 霜繋がりの二人は精一杯手を伸ばして僕にチョコをくれた。

 大淀は両手をお椀の形にしてバレンタインのチョコを渡してきた。

 霞は僕の右手に彼女の小さな左手を添えて、自身の右手でチョコを乗せて「頑張んなさいよ」と小声で言って帰っていこうとした。聞こえなかった方が良いのかもしれないと思ってしまう程に霞の去り際の横顔は赤かった。

 その自覚が有ったのか、廊下に出たところで複雑な感情が表に出ている赤面で微笑み彼女は今度こそ帰っていった。

 

 人混みの中から抜け出てきた…というか押し退けてすらいる風にも見えるたっぱの高い大日本帝国の超弩級戦艦二隻が部屋に入ってきた。

 「お早う御座います。」

 「お早う、相棒。」

 「……。」

 どうにも最近の僕は感慨に浸ってしまう。出会った当初は箱入り娘と粗暴な者という認識だったのだが、資材と精神に余裕のあるときに編成すると何とも痛快の一言。それ以来、頼りになる戦力と認識を改めた。

 武蔵が最終改造を終える頃には、何故育成組に入れていたか記憶が吹っ飛ぶくらいに火力が桁違いだった。

 大和は一時期育成組に編成していたとは思うのだが、途轍もない火力と共に途轍もない資材が補給に必要になったため数戦のみ配備していたことを朧気に思い出した、

 そんな二人は体勢こそ違うが二口サイズのチョコを差し出してくれている。疑問に思って文言を紡ごうとしたのだが二人の差し出し方が余りに切実というか必死というか……何というかせめてもの気持ちといった感じが見受けられた。どうもここで根回しを無視することについて言及するのは野暮ったい気がする。だから……、

 「ありがとう、大事に食べるよ。」

 そう言って、桜の家紋らしき模様が入ったチョコとデフォルメされた武蔵の似顔絵が書かれたチョコをありがたく頂いた。

 そのフレーズを聞いて安堵したような顔をした両名は一礼して部屋から去っていった。

 

 「提督よ、何回目になるかは覚えてないが今年もこの贈り物だ。」

 「司令官、妹に倣って私も何回目かのチョコです!」

 メモを渡すかのような気軽さでチョコを渡す三女とどことなく急いているような様子の長女が入ってきた。

 気軽さで返すか高めなテンションで返すか一瞬戸惑う。迷ったら折半、半分こ。

 「ありがとね。」

 軽く、それでいて真摯に感謝を述べる。

 ふふんと胸を張る初月とモジモジし始めた秋月。練度がキャップになったときの好感は個人差があるなあなどと他人事のように言っている。国家付きの艦娘研究者じゃないぞ、僕は。それに自分事だしな。

 ボールを取ってきたワンコ化している初月はひとまず放っておこう。秋月の顔を見るために目線を合わせる。程よく伸びた髪から良い匂いがする。そして、赤面していて目線をこちらに合わせてくれない。何回か目線を向けようと立ち位置を変えてもその度に目線や首の向きを変えてしまう。これは否が応でも気づいてしまう。かわいい妹に紛れてガチな奴だった。シンプルな包装とシンプルなチョコに紛れて気持ちは十二分に乗っている。ただ、ここで答えてしまうのは良くない。それは多方面に不義理だ。だから、彼女にしか聞こえない声で告げた。

 「ごめん、ただの上司と部下でいよう?」

 この気持ちは切り捨てる。

 秋月は目を見開いたあと、項垂れて少し震えた。しかし、本当に少しの間だった。こちらに顔を見せず腕で何かをぬぐうとこちらに向き直って、

 「これからもご指導ご鞭撻宜しくお願いします!」

 何かが吹っ切れた顔でこちらを見据える。

 「うん、よろしく。」

 これで良かったのか、なんておこがましい限りの声を振り払う。良いのさ、これで。

 初月は涙の跡が見える姉に頓着せず、そそくさとどこかへ行ってしまっていた。

 秋月は一礼してこちらに屈託の無い笑顔。そのまま、妹を探しに行ったようだ。

 ……ここで終われば、僕は義理を通す人間ということになるのだろうが事はそう簡単でもない。

 溢れそうな人混みの中、初月が先ほど秋月をフッていた僕に対して人知れず泣いていたことをこの時の僕は知らなかった。

 念のためもう一度補足しておく。

 艦娘と提督は互いに錬度があり、艦娘側にはキャップ…もとい、上限が設けられている。錬度は提督との信頼関係と実力が相関したもので、その信頼と飽くなき向上心をさらに上昇させるためにケッコンシステムが存在する。それを世間一般の結婚と捉えるも、ハーレムへの一歩と捉えるもキーアイテムたる指輪を渡す提督次第だ。

 別の言い方をすれば、上限に到達した艦娘もしくはそれに近しい者は司令官への特別な感情を募らせることが頻繁に報告されている。

 要約すれば、錬度が最大の秋月、初月両名がそういう気持ちであったということだ。

 僕は彼女たちと良き戦友でありたいと思い、その勇気ある一歩を拒まざるを得なかった。それに、ケッコンシステムを結婚と同義と捉えるなら僕は一番筋を通さなきゃならない相手がいる。そういう話だ。

 

 暫く戦線に出ていないことから錬度が上がりにくいはずなのだが、秘めたる想いは醸造されていくようだ。

 現に、普段の態度とはかけ離れた……、いや、むしろ隠していた部分を出した摩耶が今年もモジモジとしていた。ナンデスカコノカワイイイキモノハ。まあ、例年通りの態度だから何を今更言っているのだか。

 去年か一昨年かは忘れたが、胸元にひび割れたハート型のチョコを叩きつけてきた時は心臓が止まるかと思った、物理的に。就任して慣れてきた自分をこの時ばかりは恨んだ。強化し過ぎだよ……。

 「今年はあの人の顔を立ててこれくらいで勘弁してやる。」

 ふんわりと握った手からポロリと手渡される溶けかけの一口チョコ。包装用のビニールから透けて見えるカラーバリエーションの多さに感心半分、恐縮半分。でも、まあ、摩耶が立てなきゃいけない顔と僕が筋を通さなきゃならない人は同一人物のようだ。一体どんな甘ったるく巨大なチョコが来るのか大トリが来る前の前哨戦で戦々恐々としてしまう。

 「では、私もこれくらいで放免します。」

 なんの罪が赦されたのだろうか、とも考えたが先程出ていった秋月の顔が浮かんで言葉に詰まる。

 真っ赤なお顔を隠しながら颯爽と逃げる摩耶とそれを微笑みながら追いかける鳥海を見送るために花道を作る残りの職員一同。

 数年分の寿命が削られてそうだが、これが序盤のウォーミングアップなのを頭から排除したくなる現状。

 錬度が上限に達している職員を振らざるを得ないことでグロッキーになっている僕。まだまだこれからと言わんばかりに蠢く職員の群れ。勘弁してくれ、なんて文言は職員どころか僕自身も許さない。日頃の信頼関係に報いるだけなのに勘弁とは失礼極まりない。

 

 「やっほー。」

 「うぃーっす。」

 「貴方、一応私たちの上司なんですから返事くらいまともにしてください!北上さんもっ!」

 「"アナタ"って新婚さんかなあ?大井っち。」

 ダウナーなやりとりにツッコミ入れるから……、と内心思った、切り捨てねばなるまい単語が聞こえたような気もするが何故か静観した方が良いと思った。理由は分からない。

 「音だけ聞けばそうなるでしょうけど、あたしが言ったのは敬称の方です。」

 「あーねー。試しに『ア・ナ・タ』って色っぽくやってみれば気持ち傾くかもよ?」

 「北上さん?!」

 面白いことになってきた。どうも僕が北上に関して、悪友とも親友ともとれる感情が抱いている。悪戯仲間というのが一番近いニュアンスかもしれない。

 たじろぐ大井と攻める北上。どう切り返すのだろうかと内心ワクワクしてきた僕はもう少し無言を貫くことにした。

 「……人のこと言えないじゃない、北上さん。」

 目端に、瞳に涙を一粒貯めて口を手で隠した大井は赤面しながらそんなことを言った。

 「?!」

 大井のカウンターがクリティカルヒット。これには北上も思わず後ずさる。

 ……そういえば、錬度カンスト勢でしたね。静観キメてなんですが非常に嫌な予感がするので窓ガラス割れるように脚に力を溜めておこう。

 「じゃあ。」

 「ええ。」

 腹が決まった、彼女たちの様子はそんな風に見える。罪悪感が背中に迫るのを感じる。脚へのチャージが100%溜まった。

 『ア・ナ・タ』

 「ヒェッ……」

 素で変な声が出た。脚のチャージが-20%になった。頭の回転が2000%加速しました。早い話、これしかない。

 「じゃあ、金剛。」

 『……。』

 どうにか二つの刃をいなした。いなしただけだ。返す刀がどう返ってくる来るかなんて見切れない。ところがほんの刹那でしかないこの時間、第二陣ならぬ第二刃は襲ってこなかった。

 「司令官。」

 どことなく違うベクトルの怒りと呆れが入り交じった顔の大井がわなわなと握り拳を作って震えていた。

 「提督ってさ、大好きなおかずって最後までとっとくタイプじゃなかったっけ?」

 北上は呆れに全振りしている表情でこちらを見ていた。

 全くの余談なのだが、二人の口数が逆転しているのは割と珍しいのだ。

 どうやら、いなし方が良かったのかもしれない。ゲージを使ったフィニッシュカウンターはこのタイミングに叩き込む。

 「ひとまずはご馳走さまでした。」

 『……。』

 二人揃ってため息一つ。

 やれやれと言う表情で僕を見た彼女らは他の職員に倣って一口チョコを手のひらに置いていった。

 何度目かの余計なこと、言わせてもらうとするならカウンターのイメージが強いのは格闘系の搦め手か刀を使った居合いだと個人的には思う。

 

 この調子が夜まで続いた。

 そうは問屋が卸さないパターンだろ、という所だろうが卸問屋は搬入先にトラックを走らせたようだ。意味が分からないだろうから普通に換言しよう。

 酷使につぐ酷使でフリーズしかけた頭が勝手に処理を進めていたらしい。おかげでまともな思考ルーチンが戻ってきたのは、満面の笑みという言葉では形容出来ないレベルに眩しい笑顔を向けながら割と大きめのチョコパフェを差し出している金剛が目の前にいる場面になってからだった。しかも、彼女の後ろには今まで好感を口にしてきた艦娘達のえもいわれぬ表情の群れ。

 「Freezing love.」

 金剛の笑顔に何かしらの雑じり気がある気がするが気のせいということにしよう。面倒だ。

 冷気漂うサンデーとスプーンを金剛から受け取ると、僕はちゃぶ台と座布団を用意しゆっくり腰を下ろす。

 ようやく気が休められる。そう思うだけでため息をしそうになるが、人の前で好ましい態度とは言えないことを瞬時に判断して口の中で溜まりつつあった息を噛み殺す。

 「…~っシ、頂きます。」

 含んだ息で食材や自然への感謝の詔を発音する。

 適温よりかは少し暖かいくらいの暖気に晒されたサンデーは目に見えないレベルで溶け始めるのが常。どこから食べようか、なんて悠長なことを言っているとすぐに食材かどうか怪しい残飯が出来てしまう。

 周りを彩る焼き菓子をある程度抜き取って一息に噛み砕く。サンデーの頂点に鎮座する三つのアイスの内一つを半分くらいスプーンで取って、これも一息に食べると頭がキーンとした。思わず眉間をつまんでしまう。

 そんな様子を見ていた金剛もアイスを一すくい。パクリと食べたとたん、こちらと同じように眉間をつまむ。

 そんなどうしようもなく予想通りに進む日常に思わず口元が緩んでしまう。頭痛が少し回復したのか、片目を開けて微笑むこちらをうかがう金剛。しかめた顔から一瞬不思議そうな顔、そこから得心したのか微笑み返してきた。

 

 完食するのに三分とかからなかった。

 血肉となった食材に対する感謝の定型文を発する。

 片付けようと立ち上がった僕に、日付が変わってからまた訪れるということを金剛からこっそりと聞いた。かなり回りくどい文句だったので脳内で暴露してしまう。

 確か『暁に満たない頃にクリームで満たした風船を沢山作って飛ぼう』とかだった気がする。……マジで回りくどい。とは言っても、駆逐艦やら重巡やら空母やらがガッツリ覗いていたあの状況から深夜の訪問を直接的な表現で言うのはよろしくない。だから婉曲的な表現にしたのであろうが……僕の頭が回ってなかったらどうするつもりだったのだろうか。

 

 バレンタインの翌日の丑三つ時。絞り尽くすか意識を飛ばすかの接戦を繰り広げた男女のことをこの鎮守府の職員は誰も知らない。

 

 このバレンタインと関係のある話、余談なのだがこのインファイトから数時間後のことである。

 満足感と幸福感と倦怠感と虚脱感が抜けきらない内に、溢れんばかりの大量の荷物を風呂敷に包んで執務室に入ってくる者がいた。

 ガチャガチャという物音が足音と共に迫ってくるため、嫌でも目が覚めてしまう。

 とんでもない格好をしている金剛をどうにか布団で暖をとれるように包む。そして、素早く普段着に着替える。うっかり腰部の脱力感に尻餅をつくところだったが、まだ若いからか巧く持ちこたえられた。

 軍服の上着に袖を通した瞬間、廊下と執務室を隔てる障子が遠慮がちに開く。

 「あのー、司令官は普通ですか?」

 声からして明石が入ってきた。

 「普通ですかって何さ?」

 上着を着終えて明石に向き直る。

 隙間からチラチラと全体を見回した明石はホッと胸を撫で下ろして執務室に入ってきた。変な所に気を回したのがバレバレだ。ふと、悪戯心。

 「何をそんなに警戒してるの?」

 「いえ、運営している最中だとこちらとしては気まずいので確認していました。」

 「それは申し訳ない。」

 見事に受け流されてしまった。まあいいや。……いや、良くないな?!

 「ちょっと待って、運営中の様子見てたことある?」

 「……。」

 勢いよく明後日の方向を向いた明石。

 グギッ!

 「ーっっっ?!」

 やっぱりそうなるかと思ってしまう程、刹那に物事が重なった。

 「色々あって整理が追い付かないけど、とりあえず大丈夫?」

 思わず差し伸べた手に制止が入った。

 「大丈夫です。こちらの失態ですから。」

 何を指しての失態だか分かりかねるが、とどのつまり言及はしないでくれということだろう。ちょっと恥ずかしいけど痛み分けってことにしておこう。

 「それで、何の用?」

 大幅にずれた筋を元に戻すように促す。

 「実はですね~」

 舌をペロリと出しながら背負ってきた唐草模様の風呂敷をガサゴソと広げ始めた。それと同時に明石の後ろからそろりと川内がこちらを覗いていた。なにゆえ?

 「司令官の自衛の為に新しい装備の携帯を嘆願する意見がよせられまして。」

 試作品であろう装備が明石の手に握られていた。と、同時に川内が明石の言葉に首をブンブン縦に振って肯定していた。その様子がヘットバンキングしているのかと思ってしまう程に凄絶だった。頭をぶつけてしまわないか心配だ。

 「………えーっと、早い話、『麻酔銃系統以外の武器持ってみたら』って意見が多いってこと?」

 「そういうことです。」

 ずいっと差し出される短刀2つを手に取る。意外と重い。つまむように扱ったら耐えきれずに落としてしまっていたかもしれない。

 鞘から引き抜いて逆手に持つ。

 「あのゲームがモチーフなのは分かる。そこで改めて聞くよ?これの名前は何?」

 「対深海棲艦デュアルソードです。」

 「だよなあ。」

 全くもって予想通り。よく協力プレイしているけど、あの武器を使っている艦娘って…そういえば割といるな。ちなむほどのことではないが、僕はあのゲームでよく刀を使っている。居合い斬りを繰り出したときのモーションがなんとも童心をくすぐるからだ。

 「ちょいと失礼。」

 生まれたままの姿を布団で包み隠した金剛と新装備を持ってきた明石から十分すぎる程の距離をとり、二本の短刀をギュッと握りしめ振り回す。舞うように振り回す、暴れるように振り回す、いたぶるように振り回す。

 汗が顔に滴るのを感じ始めた僕は息を乱していた。

 「体力落ちたなあ、運動しないと。」

 そう言いつつ明石に短刀二本を鞘に納めて返した。

 「どうです?」

 感想を求めてきた明石。

 「アレと戦うにしてもリーチが短いかな。至近距離とかそんな話の程度じゃなくて、触れる程の距離じゃないと戦えないんじゃないかな?」

 「そうですよね~。司令官が勇猛果敢に挑んで食べられるのは開発者としての本意ではないので。」

 だったら何故紹介した、というツッコミは口の中にしまっておく。

 「何で紹介したかってツッコミ来ませんね?」

 「ツッコミ待ちの装備かよ…。」

 これはひどい。

 「これで終わりじゃないでしょ?」

 「アッハイ。次の装備はですね~…これです!」

 風呂敷に手を伸ばしかけた明石はふと自分の背中に手を向けた。

 今まで目を反らして見ないようにしていたが、明石の背には風呂敷ともう一つ物騒な品物が携えられていた。それが、東洋風の槍である。

 「同じく対深海棲艦用の槍です。お納めを。」

 「納めるかどうかは振り回してからじゃないと分からないから。」

 「あえて言うならツッコミ待ちでした。」

 「『とりあえず振り回すんですね。』って逆ツッコミ待ち。」

 「格ゲーでお互いにカウンター入力したままの空気感ですね。」

 「そりゃそうだ。」

 大筋からずれている気配を感じ、えげつないブレードの付いた槍を振り回し、仮想敵を突いて、払って、押して、斬る。

 「先頭に立ってたら後ろの人がサボりそうな順序ですね?」

 「それは思った。」

 某コントグループのネタを試しにやってみると明石は難なく拾った。これはヒートアップしたくなる。が、早朝でそのテンションは情緒不安定が過ぎる。

 槍の切っ先を誰もいない方向に向けて、明石に柄の部分を握らせ返還する。

 「箸休めはいかが?」

 そう言って明石が取り出したのは、折り畳み式で携行可能なグレネードランチャーだった。しかも、キチンと替えのグレネード弾もセットで手渡してくる。

 何だろう。ラーメン、チャーハンと来て食後のデザートを持ってくると言われて杏仁豆腐か胡麻団子が来るのかと期待して待ってみたら北京ダックが出てきた感じになっている。簡単に言うとメイン、メイン、さらにメインの連打で反応に困るということだ。

 「箸休めって何だっけ。」

 それはともかく、流石にグレネードランチャーの組み立ては分からなかったため、明石に手取り足取り教えてもらった。

 「言い忘れてましたけど。」

 ストックを肩につけ、アイアンサイトを覗き込む僕に明石はポツリと捕捉情報を紡ぎ始めた。

 「それに関しては対物用なんです。」

 解放された窓を通す様に狙いをつけ引き金に指をかけた瞬間、明石は一番の要点を口にした。

 素早く安全装置をかけ、グレネード弾を撤去した。

 「あーかーしー?」

 「あ、あはははは……。」

 この場にいる全員がギャグマンガよろしく黒焦げアフロオチになるところだった。

 はた迷惑な近代兵器を折り畳んで床に置く。

 「どうされました?」

 その動きにおかしさを感じた明石が声をかけてくる。先程と同じように突き返されると思っていたのだろうか?

 「これは採用。」

 素直に使い勝手が良さそうだと思ったから採用。

 「ちょおおおおおおおおおおおおおおおおおお?!!!!!」

 今まで隙間から覗き込んで大なり小なりリアクションをしていた川内が怒号と共に乱入してきた。

 「やあ、川内おはよう。」

 「あ、おはよー!……じゃなくて?!」

 普段から賑やかだが、今日は輪にかけて元気だ。まるで狼狽しているかのような感じだ。

 「そりゃ焦るでしょ?!私との夜戦でこんなの使われたらたまったもんじゃないじゃん!?」

 「は?」

 明石に川内がひたひたとついてきたのは先程のことから分かる。ただこの一言でハッキリした。この武器達を卸す元になったのは明石ではなく川内だった。

 それはともかくあまりにも素に近い返答に若干明石と川内がたじろいでいた。早い話、先程の返答にドスが効きすぎた。

 「…はぁ。とりま、夜戦禁止延長。那珂と神通にメッセ回しとく。」

 「そんなああああああああああああああああ?!!!」

 業務用のタブレットから連絡用のアプリケーションを開いて二人にメッセージを送信する。すぐに既読一件の文字がこちらの送ったメッセージの横に表示される。と、ほぼ同時に走ってこちらに向かってくる足音一つ。

 「なんでなんでなんでえええええ?!!!」

 「はいはい、うるさいわよ。」

 床に倒れこんでジタバタと幼児のように暴れ始めた川内。その様子を半ばというか3/4程呆れたように流す僕。ここで余計なことを一つ。川内が上下ジャージで心底良かったと思ったことだ。理由はあえて言わないことにしておこう。

 「姉さん?」

 ドスというよりかは威圧感が効いた言の葉が横から。それと同時にビクッという震えが足元から聞こえた。

 ぎこちなく動く川内の首、それと物凄く安堵しているであろう僕の首が同じ方向を向く。

 川内型次男、もとい次女の神通その人が右手の手のひらを右頬に添えて能面のように無機質な笑みを向けていた。なんか変な声が出そうになったよ。

 「ヒェッ……」

 代弁してくれてありがとう、明石。

 そんな明石には目もくれず僕に神妙な面持ちで礼を一つした神通は川内の首根っこを掴んで持ち上げた。

 「責任を持って回収致しますので何卒寛大なお許しを。……姉さん?」

 片手で簡単に持ち上げられたことなのか、それとも妹が尋常でない表情で自分を回収に来たことなのかは分からないが呆ける川内。そんな彼女もさらにプレッシャーを増した呼び掛けに正気を取り戻し、ペコリとお辞儀。

 「ゴメンナサイ。」

 片言であった。

 「申し訳ありません、提督。」

 そんな姉の態度を詫びようと深々と頭を下げる神通。俗に言う最敬礼だ。

 「僕なんかそんな立派な人間じゃないから頭上げて?!」

 「ですが……。」

 「川内には処遇を伝えてあるから。」

 「でも……。」

 結構食い下がってくる。神通という艦には経歴からして信賞必罰を徹底する節があることを着任して間もない頃に聞いた気がする。俗に言うと自他共に厳しい鬼教官タイプらしい。

 「じゃあさ。」

 割と誰も傷付かない代替案を耳打ちした。

 「川内型全員で夜戦演習したら?」

 少し訝しんだ神通はこう耳打ちした。

 「解決になっていないのでは?」

 「確かに。」

 「消耗が早くなるように適正外装備付けるとか?」

 「それはマズイです。実戦に支障が出ます。」

 「対人戦闘に焦点をあてた夜戦にする?艤装を装備するんじゃなくてエアガンと防弾ベストとゴーグルで武装してさ。」

 「いわゆるサバイバルゲームですか?」

 「そうそう。元々そういう感じで川内とやりあってたし。」

 「なるほど……。」

 耳打ちし合って侃々諤々の話し合い。

 「当人差し置いて物騒な話しないで?!」

 耳打ちしているはずなのに何故聞こえているのかは分からないが川内が食って掛かる。

 「途中から普通に話してたでしょ?!」

 「左様にござるか。」

 「誰?!」

 「姉さん?」

 「ハイ……」

 ツッコミが交代してボケ始めた僕を止めるためなのか、単純に姉を諌めるためなのかは分からないが神通がプレッシャーを強くした。

 「姉さんを止めるためです。」

 ツッコミが二人に増えてしまった。面白くなってきたぞ。

 「猫って首根っこつまんじゃダメらしいね。」

 「唐突にどうされました?」

 「神通と川内がいかにも猫の親子っぽいから。」

 「アタシ子猫?!」

 「もう……姉さんったら。」

 神通の無機質な笑いに少し柔らかさが見えた。と、同時に川内のボルテージも上がってきた。僕もテンションが上がってきた。が、朝からそれはおかしいという過去の自分の制止を思い出す。

 「とりあえずまあ、メッセージの通りに川内の夜の訓練の相手よろしくね?」

 「承りました。」

 「やだあああああああああああ!!!!!!司令が良いいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」

 襟をむんずと掴まれた川内は神通にズルズルと引きずられて退場していった。どうにも夏場に道端に落ちている蝉の暴れている姿を彷彿としたことを悔いる。あれって足閉じてても死んでないパターンがあるからなあ。

 夏の風物詩についてぼうっと考えていると、自分の視界が揺れていることに気付いた。

 「……れい、司令!」

 「……ああ。うん。何?」

 「どうしました?ぼーっとして」

 「さっきの川内が蝉みたいだなあって。」

 「司令……。」

 がっくりと項垂れる明石。しょうがないじゃないか、突飛に出てきてしまうものなのだから。

 「突拍子がないんですよ?!」

 「顔に出てた?」

 「何年一緒にやってきてるとお思いで?」

 「忘れたよ。」

 本当は覚えているが流した。

 「まあ、それは置いといて。川内さんがいなくなって紹介しやすくなりました。次の得物……というか最後の武装です。」

 「?」

 「あー、ちょっと男子のロマンを加えたら思ったより大変なことになってしまいまして……。」

 「??」

 「カッコいいとは思うんですよ。けど、凝りすぎました。すいません……。」

 「???」

 よく分からないことを喋りながら明石が取り出したのは、刀と脇差だった。男子のロマンとはこの武器種であろうか。

 まずは手軽な方から見てみようと脇差に手を伸ばす。

 「司令。」

 改まった表情、というかいつになく真剣な表情の明石。こんな彼女の顔をみたのは何年ぶりだろうか?何というか初対面の頃のピリピリした時の表情だ。

 「う、うん?なになに?どうしたの?」

 「それを抜刀するなら私達から離れた上で一気に引き抜いてください。」

 「……分かった。」

 脇差をベルトに佩く。呼吸を整え一気に引き抜けるように腰を捻る。自らが万全となった刹那に全力で引き抜き仮想敵に斬りかかる。

 引き抜き始めに大きな放電音がけたたましく鳴り響く。それは刀身が姿を世界に晒そうとする度に音量を上げていく。それはまるで雷鳴とでも言うべきほどのもので刀がこの執務室を完全に見た瞬間、"轟"と床を震わせる。仮想敵に斬りかかる頃には雷を伴った刀身が見えた。

 一度振るった刀身は先程の童心をくすぐるビジュアルではなく、ただの小太刀と化していた。それでもくすぶるものはあるのだが。

 「おー!やっぱりスゴいですね!」

 耳をつんざく放電音で辺りは静まったのであるが、僕の耳は文字通り遠くなっていた。早い話、ギミックのせいで何も聞こえない。たまたま明石を見ていなかったら何かを喋っていることすら分からない程に聴力が減退していた。

 納刀して明石の方へ向かう。

 「いやー、あのエフェクト出すのに苦労したんですよ!結果的に内蔵した超高容量に貯めた高圧電力を一気に放出することで事なきを得たんですけど、それを脇差サイズの大きさにするのに夕張の力も借りて、ついでにセカンダリに刀を装備している艦娘の力も借りてどうにか形にはしたんですよ。まあ、一回しか放電出来なくてバッテリーを交換する必要があるですけどね!アハハハハ!!!!!では次にこちらの装備はいかがです?」

 ものすごい早口でものすごい文字数を言っている気がする。

 スマホを取り出して明石に個人メッセージを送る。

 『ごめん、聞こえない。』

 もう一振に手をのばそうとした明石はメッセージの通知音に気付いたのか自身の端末を取り出した。メッセージに気付いたのか端末のスクリーンを踊るように文字を打ち込み始めた。

 『すみません、そこは改良点ですかね。』

 『もうちょいボリューム落とせないかな?使ってこれだとダメージがデカすぎる。』

 『元はスタンロッドなんですけど、あのゲームで刀を好んでいる司令が喜ぶだろうと思って開発した刀にエフェクトを付けてみたんですけどね?』

 『それはありがとう。』

 気遣いは痛み入る。

 『でも、やっぱりスタンブレードでこっちがスタンするのは違う。』

 『ですよねー』

 あはは、と言った具合の乾いた笑みを浮かべる明石はこちらを見ていた。その後再び端末にメッセージを打ち込み始めた。

 『エフェクトも刀もカッコいいけどさ。実用性かロマンかってやっぱり難しいとこよね。』

 『分かってくださいます?』

 『うん。』

 物を作るときの苦労は知っている。安い同情の言葉かもしれないが無いよりはマシかと思う。改善策としてのアイデアを端末に打ち込む。

 『スタンガンレベルまで電圧落とせば?』

 『エフェクト無くなりますよ?』

 『自爆スタンの要因だからしゃーない。』

 『承知しました。改良次第納品します。』

 話が一段落したところで、普段から微かに聞こえる浜辺の音が聞こえるようになってきた。

 「耳が物理的に痛い…。しかも、金剛は起きもしないし。」

 「聞こえるようになりました?」

 「うん」

 「ちなみになんですけど、金剛さんは司令が抜刀する直前に起床されまして抜刀した直後に気絶されました。」

 「ええ……。」

 気絶したと言われる金剛の様子を見る。

 「……。」

 明石の言う通り彼女は白目を剥いて気絶していた。目蓋を優しく撫でて目を閉じる。きっと、この光景は夢の一部として金剛の胡乱な記憶になるだろう。夢の話は置いておくとして彼女が起きた後に妙ちくりんな事が起きかねないし、あられもない格好でうろつかれると僕を含めた全員の精神衛生上よろしくない。ついでに麻酔銃で追い討ちをかけようとも思ったが目的外の使用は規律に違反する可能性があるし、良心が痛む。簡単に言うと『麻酔銃で眠らせるのは違う』って話だ。

 どうにか金剛を布団で強固にくるみ、明石の方に向き直る。先程の聞こえない期間、彼女がもう一振の刀をこちらに薦めていたのを覚えていないほど僕は耄碌していない。

 「こっちは何?」

 短めに要点のみを聞こうと口を開いた。

 「そちらは緊急時に司令官でも対処可能なように作成した対深海棲艦用の刀です。先程の脇差と比べてエフェクトは無いですが、深海棲艦の装甲は容易に切り裂けます。オプションになりますけど、爆破による斬撃のブーストも可能です。」

 「物騒なオプションの提案ありがとう。しなくて良いから、マジで。また自爆するとこだったよ。」

 「デスヨネー。」

 オーダーメイドの武器を少し見ようと思い鯉口を切る。鞘からぬらりと出てきた刀身は素人目に見てもどこか妖しさが宿る。現代社会に妖刀とは何だか妙な話だが、得も言われぬ何かがある。

 「この刀、素材は?」

 「廃棄された艤装から少々くすねたものとその他の金属をたたら製法で丹精込めて叩き上げました。」

 「なるほどね。」

 得心がいった。この装備には何かあると言ったが、こちらの身を案じた愛が籠っていた。ただそれだけだ。まあ、素材をくすねたのは後で査問という名前の説教するけど。

 「これは皆を護るときに使うよ。」

 「ありがたく思います。ちなみになんですけど…。」

 「?」

 「まだ銘を入れて無いんですよ。どうします?」

 「明石で良いんじゃないの?」

 「いやー、男子だったら自分の刀に名前付けたくなりません?」

 「確かに。」

 物凄く首肯する。とある県の名産の人形以上に首を縦に振る。性別の括りで語られてしまうのは少し遺憾ではあるが自分の装備に銘を入れられるのは正直に言って嬉しい。

 北上や大井を彷彿とさせる浅緑の柄の脇差を手に取り、

 「じゃあ、脇差の方は『護朋刀』にする。朋を護る刀ってことで。」

 と名前を付けた。

 「なるほど。」

 業務用端末に何かを書き込み始める明石。メモしてくれているのだろう。

 「それで本差はどうします?」

 金剛の勝負服である制服を思わせる黒の柄の本差を手に取る。

 目の前で鯉口を切って刀身を僅かに見ては納刀し名を考える。

 「うーん……。」

 金剛……金剛山……寺……仏像……………よし。

 「『不動』ってどう?」

 「少し捻りました?」

 「ちょっと考えた。」

 「して、意味は?」

 「最前線で堂々と立って皆と国を守るって感じ。」

 「了解しました。刻印が終わったら納品します。」

 「お願いするね。」

 トントン拍子に話が進み、銘が決まるまで約三分。もう少し凝った方が良かっただろうかと考えるが、二十数年生きてきた人生で直感で出したものの方が通りが良かったことが多いため訂正するために彼女の背に手を伸ばすことはしなかった。

 

 「提督、おはようネー。」

 昨日の金剛の夜の声は一段と記憶に残るものだったことを挨拶よりも先に考えてしまうあたり僕はまだ若いらしい。

 「うん、おはよう。服着てね?」

 もうすっかり見慣れた肢体ではあるが公私の壁が物理的にも雰囲気的にも薄っぺらいため早急に人様に向けて見せられる格好をしてもらわないと色々と困る。

 布が擦れる音が何か掻き立てる。戒めるため自分の頭を強めに小突く。痛みのお陰で平常心とジンジンと脈動する頭皮を得た。

 音が消えた頃に金剛の方へ向くと、ボサボサの髪なのに整った顔立ちとのたまらないギャップ要素をぶち壊すよれたジャージを着ていた。端的に換言すれば、ムラっとくるのがアホらしいレベルの残念な格好。それでも反応してしまう自分の性癖の方が余程アホらしくて仕方ない。

 まあこれも人様にお見せできる格好ではないが、建造されたままの姿よりかは通りが良い。なんというか日曜日の昼頃に起きたOLを見ている感じと言えば諸兄にはご理解頂けるだろうか。

 「んー……。」

 そんな意味不明なことを脳内に巡らせているとまだ眠い金剛は再び布団に入ろうとしていた。

 「はーい、お早う。」

 無理矢理掛け布団を引き剥がすとほんのり暖かい。ついでに、ふわりと匂う本能を誘うフレグランス。言及するとマズいためここで止める。

 「さ、寒い。」

 布団を手に届かないところまで離すと金剛はフルフルと震えだした。冬はこれがキツい。それは分かる。分かるのだが、起きた以上個人としての活動をしてもらいたい。白状すれば理性の緒が一段階切れました。まだ、九十九段階あるけど勘弁してください。

 「寒いところ悪いけど部屋に戻って?」

 「ん~……?」

 生返事が返ってきた。ただ、語尾がしっかりしてきたのを僕の耳は聞き逃さなかった。そろそろお帰り頂けるかと安堵しかけたその瞬間。

 「聞きたいことがあるの。」

 「お、おう。」

 いつものカタコト口調とは違って日本語然とした話し方で話しかけてきたものだから僅かにたじろいだ。

 「さっきのカミナリは何だったの?」

 「あー……。」

 そういえば先ほど明石が金剛について言及していたことを思い出した。『抜刀直前に起きて抜刀直後に気絶した』と。寝ぼけている弾みで見落としたものと勝手に思っていたがそうではなかったようだ。

 誤魔化すのも変だし、先ほどまでの明石との一件を要点をかいつまんで話した。

 

 「なるほど……とはならないネー。」

 エンジンがかかってきたらしくいつもの話し方が顕在化した。

 「まあ、地上の雷の理由とか気絶した理由が分かって良かったじゃん?はい、解決。昨日あたりキミの妹達を昼まで出禁にするのも骨が折れたし……顔見せるために帰った帰った。」

 物凄く適当にはぐらかす。事実と嘘が混ざってるがどれが本当かはこの際放置しておく。

 「いや、そうならないデース。」

 ダメでした。

 「えーっと、ダメ?」

 「忘れたノー?最終的にシスターズをなだめたのは?」

 「こ、金剛デース。」

 昨夜、微妙に御しきれなかった金剛の妹達を夜から朝にかけて出禁にするのに終止符を打ったのは長女たる彼女だった。思わず口調が移ってしまったのか割といい加減な返事をしてしまった。

 「ネタにしないの。」

 「へい。」

 無論、怒られた。それはそうだ。パーソナリティを貶めるのは人道に反する。ただ、たしなめた彼女の口調は馴染みのある人間だからこそ出来る会話のパーツであることを認知したようなものだった。要するに、親しい仲だからこその頭を使わない軽口の一部として流してくれた。その恩には報いよう。

 「早速、雷落としに行くネー。」

 「はい?」

 前言撤回。何を言い始めたのこの子?

 「Let's go!」

 「I REFUSE!!!!!」

 「問答無用ネー。」

 「拒否権を行使する。」

 「朝の余韻を台無しにされたから八つ当たりする。」

 急にガチのトーンになるじゃん?!そんな僕の心中はお構いなくずんずんと肉薄する金剛、何かするなと身構えたが通り過ぎた。安堵しようと息を吸い込み始めた瞬間、首が締まった。文字通りの問答無用らしく襟を掴まれズルズルと引きずられ始める僕。

 視線が低い。そしてだんだんと奥行きが増していく廊下。

 「ちなみに誰に?」

 「ふふふ……」

 「ヒエッ」

 聞いちゃいない。

 数秒としないうちにドアを勢いよく開ける音が背後から聞こえる。 「HEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 「ブッッッッッッ?!」

 かしましいとかにぎやかとかそういう次元のボリュームではなく近所迷惑、というか公害レベルの声量での討入り。ドスのせいなのか何なのかは不明だが、母音に濁点が混じっている気がする。そんな声に思わず先ほどまで僕の部屋にいた部屋の主たる明石が飲み物を吹き出してしまっていた。

 「うるさっ?!」

  思わず素のリアクションが出てしまう。何度目だろうか素のリアクション?

 それはさておき八つ当たりとは明石にだろうか?

 「あーかーしーー?」

 顔を見なくてもどんな顔なのか理解してしまう。恐らくだが、前髪が影になってて目は見えにくくドス黒い笑みを浮かべている感じだろう。

 「ひいいいいいいいいいい?!!」

 沸点を超える怒りを目の前にし急にテンションが下がって冷静になりつつある僕。

 ポキポキと関節の鳴る音が背後から聞こえる。襟の締め付ける感覚が解けたのを感じた僕は金剛のボルテージについて今さらながら考察を始める。

 いや、考察するまでもないことなのだが寝起きに衝撃的な光景を見せつけられて微睡みの感覚をショックにすげ替えられたのは割とイラッと来るのは適当だ。それに原因の一端を担ってしまった僕に怒りを向けられない以上に、本来向けられるはずの二人分の怒りを明石が一身に受けてしまっていることが現状であると考えられる。

 「いやいやいやいや?!!!!座りながら考えてないで助けて下さい?!!!!」

 振り返ってみると、明石がへたりこんで後ずさって壁際まで追い詰められていた。まるで、親父狩りにあったリーマンと不良のボス格みたいな感じだ。

 感心してるフリをして呆けるのは頂けない自分を省みるのは後にして怒れる大金剛石を背中から言葉で止めにかかる。

 「はーい、ストップ。」

 「止めないで下さい。一発かまさないと気が済みません。」

 「あかしー?」

 「ひゃい?!」

 輪にかけてシリアスなキレ方をしている金剛。これは開発続きの明石の手に余る。かと言って、僕にも御せるかは分からない。普段から温厚でニコニコしていてぶちギレないアベックの片割れが怒髪天なのだから明石の返事も上ずっているのはしょうがないことだ。

 このタイミングで悪魔的な閃き。インドアな原因がヤバいならアウトドアの元気な原因に押し付ければ良いじゃないか、と。

 字にすると意味が分からないが、早い話ヘイトを別の方に向けて時間稼ぎをしようという腹だ。

 「あの脇差を作るきっかけになったのって誰だっけ?」

 「こんな時に何です?!!!」

 ヒタヒタというかズンズンという可愛らしさのある擬音を立てる訳もない金剛の顔は鬼気迫るものだった。口から高熱の吐息を出し、目は朱く閃いていると言っても言いすぎではないと思える程に。普段挨拶の度にこちらに振っている華奢な腕は、今や見る影もないほどにミチミチと音を立て、血管を浮き上がらせ、隆々と有り余る力をチャージしつつあった。

 「貴方退いて、その人殴れない。」

 考えが、思考が、アイディアが帰着しつつある僕は自分でも驚いてしまうことをしていた。二人の間に割って入っていたのだ。

 文言というよりかは口調から呪言だと思える程に金剛は怒っていた。場にふさわしくないのは正論なのであるが、力みが強ければ強いほどいなせるチャンスはあると確信している僕ははにかんだ。

 「まあまあ、明石、誰がアレ作る原因だっけ?」

 「川内さんですうううううぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 明石の慟哭ともとれる悲鳴が部屋を裂く。

 その悲痛な祈りが、かすかな願い、僅かなる思いが金剛に届いたのか彼女の紅い眼光は僕と明石とは異なる方へ向いた。閃光一閃。赤い軌道は不規則な線を描き部屋を去った。

 「た、助かりました、司令。」

 「そう言っても時間無いよ?」

 遠くから二人ほどの悲鳴が聞こえた。絹を裂くような悲鳴とまた悲鳴。声色から長女の川内と三女の那珂のものだろう。神通は表情を変えずに気絶したのだろうか?

 とりあえず、保護する必要があるため最新版のステルス迷彩を明石に被せる。

 モゴモゴと何か言っているようだが、僅かに歪んだ景色が動いているだけでこちらは何を言ってるか分からない。

 いつぞやの瑞鶴に被せた奴の改良版で、足跡、温度、臭い、電波や公害レベルの音に至るまで中から外への情報の発信を完全に誤魔化せる代物だ。外から中は普通にシーツ越しに聞く、見るものなのだが。それに、空間の屈折率も小数点数十桁レベルまで自律計算して辻褄どころか景色そのものに擬態してしまうやべーやつ。まあ、開発頼んだの僕なんだけど。

 そんなことを思っているとポケットから振動が伝わる。

 『お手数おかけして申し訳ないです。』

 『良いよ。それはそれとしてちょっとずれといた方が逃げれるよ。』

 『え?』

 明石のチャットに気付き返信が終わった瞬間、金剛がダクトの格子を蹴り飛ばして研究室に闖入してきた。

 何をしてきたのか、先程の悲鳴で目に浮かんでしまうが、多少気が晴れたようで彼女の目に先程のような猛る獣は宿っていなかった。

 「あ、な、た?」

 「なした。」

 「あの子はどこ?」

 けれどやっぱり目は笑ってなかった。怖いんじゃが。うん、プランAに変更なし。このまま疲れるまで消耗させて寝かせよう。なんで朝からこんなことになってんだ?

 「確かにシェルターに閉じ籠るとか何とか言って研究室の奥に行ってたな。」

 「了解ネー。」

 よし、ヘイトが虚空だ。ついでに、消耗デバフを付与。

 「金剛、ちょい待ち。」

 「What?」

 「その時、『あたし、暫くマンガ読んで引きこもってまーす!』ってすっげえ清々しい笑顔かましてた。」

 「《自主規制の四文字言葉》」

 颯爽、そんな言葉の爽やかさは今の殺りにいっている彼女には似つかわしくない。高速戦艦とはやすのも違う。なんと言うか人って怒るととんでもないスピードとパワーを自力で出すんだなあと思わず感嘆してしまう。

 ドアを破壊せんばかりに開閉して暴れまわる彼女を尻目に、先程から猛烈な振動を繰り返す僕個人のスマホを手に取る。

 『何言ってくれちゃってるんですか?!!!!』

 『消耗狙ってんのよ。寝たタイミングで連絡頂戴、後で理不尽極まる説教しておくから。』

 『気が気じゃないです。』

 『あー……ファイト!』

 『そんなあ!!』

 どうにか明石が荒れ狂う金剛に見つからないようにとささやかな祈りを捧げ、部屋を出る。

 この後二人がどうなったかを知る者は割といるという。

 なんなら僕も知っている。

 まあ、それは後の話にしておこう。

 

 自分の部屋、執務室に戻るとビスマルクがいそいそとコタツの準備をしていた。机の上にはオスカーが座ってビスマルクを見据えていた。

 「うるるなあん。」

 字にするとこんな感じなんだろうかと思ってしまうほどに独特な鳴き声をあげるオスカー。飼い主に誰か来た旨を伝えているのだろうか。

 「どうしたの、オスカー……。あら、Admiralじゃない。ようやく帰ってきたのね。ほらほら、入った入った!この私がコタツ?とやらを温めておいたんだから!誉めてもいいわよ?」

 「よっこ……さみぃ…。」

 思わず出た声をキャンセルして思わず出た声。温めたってなんだよとツッコまずにはいられない程にコタツ内部も床も冷えていた。

 「えっ?!嘘っ?!冷たっっ?!」

 ビスマルクも寒さに気付いた、気付いたというかなんか気付かざるを得なかったというかなんというか…。さっきまでの問答による糖分不足と筋肉の冷えが余計に思考をほどいていく。早い話、かんがえるきりょくございません。

 「おべべべべべべべ」

 「ひえっ…」

 「シャアアアアアアアアアア!!!!」

 「この世は気触れに厳しい。」

 寒くて辛いのは事実なのだが、ふざけているのにこの風当たりは酷い。思わず何か世間的にみて妙なことを口走った気がする。というかオスカーまで酷くないか?

 「ほら、昨日までまともにモフってきた人が変なこと口走るから怒っちゃったじゃない。」

 「すまぬ、寝かせてくれたもう。おの字。」

 「なぁーん。」

 切り替えが速いのは飼い主に似てないなあと思いつつ、言葉を解しているらしきオスカーを手元に引き入れる。息を思い切り吐き出し、オスカーのお腹に顔を埋めて一気に吸気。独特の匂いが脊髄と脳を痺れさせる。たまんねえ。

 

 ぬこはんの匂いに意識を委ねてどれほど時が経っただろうか。コタツが温まってきて、冷え性気味の足が生気を帯びる。冬場の僕の足は壊死とまではいかないが酷く血色が悪くなる。そんな足が心地よい温かさを持つとどうなるか。簡単だ、眠くなる。

 

 不気味なエキゾースト、ニャン気筒エンジン、そんな胡乱な単語が頭を過り始めて数秒。顔をあげるとオスカーが寝ていた。

 「寝てた、か。」

 安心する眠気をふるふると振り払うと共に、眠る前に感じていなかった圧迫感が左半身にあった。何故だろうと疑問に思い、左を見ると金髪の美女が僕の肩に頭を預けていた。処理能力が落ちた頭では、性癖の塊の据え膳が置いてあるという何とも獣染みた考えが浮かんでしまう。

 「せーの。」

 自分の頭に拳骨を一発かます。

 痛みと共に三大欲求をリセット。理性のアクセルが2速に入る。

 改めて左側を視る。

 すうすうと寝息をたてて僕の肩で寝ているビスマルク。こうして見ると、艦娘は総じて美人が多いことを改めて痛感する。理性が無ければ、ハーレム三昧、妊婦と子供だらけになるのも頷けてしまう程に。

 「いっせーの。」

 流石に利き手でもう一発を入れたくは無かったが、寝ている人を起こす訳にもいかないため利き手で自身に焼をいれる。

 加速する欲求のエンジンにクラッチを踏んで、理性のアクセルと思考のギアを無理矢理6速に入れる。表現が変なのは頭をしばいたせいだろう、きっとそうだ。

 どうも、温まるのが遅いコタツに業を煮やしたのか僕の所に入り込んできたらしい。そのまま寝落ちしたようだ。

 そういえば、ビスマルクも錬度がかなり高い方だったな。入り込むという算段に抵抗が見受けられないのはそのためだろう。

 さて、起こすか寝かすか。

 そんなことを考えようとした矢先、オスカーが起きて伸びてこちらにのそのそと向かってきた。

 「にゃあ。」

 一鳴き一閃猫パンチ。いや、一閃とは言い過ぎた。緩慢とまでは言わないが、かと言って一閃とも言えないなんとも絶妙な速度の猫パンチがビスマルクの額にクリーンヒット。

 「う~ん…」

 気付けは上々。

 「もう一回やって、ぬっこはん」

 「にゃ」

 てしてしとジャブをビスマルクの額に浴びせるオスカー。

 「んん…?」

 眠りから覚めつつあるビスマルクはカタツムリもかくやと言う感じに緩慢な動き。

 「おはよう。」

 「んみゅ……おやすみ。」

 「オスカー、頼む。」

 「フシャ!」

 純白の半紙に一筆一閃。オスカー渾身のストレートがビスマルク眉間にヒット。

 「……~っっ!」

 効いたようだ。ご丁寧にというかなんというか綺麗な肉球のスタンプ跡がくっきり。

 「起きた?」

 「…起きたわよ、もう。」

 「なぁん。」

 「おはようお寝坊さん、だって。」

 「オスカーはそんなこと言わないわよ。ねー?」

 「………。」

 「え?」

 「…ククククク」

 ビスマルクの腕の中に抱かれたオスカーはなしのつぶて。本当に人語を解しているのではないだろうかと思ってしまう程にこの無言は雄弁であった。思わずビスマルクが本気のトーンになってリアクションしてしまっている。

 吹き出しかけたが我慢我慢。

 「して、なんで入ってきたの?」

 「寒かったから」

 眠さが抜けてないのかかなり素直に答えたビスマルク。いつもは何か煮えきれないというか歯切れが悪いとか…ある程度の駆け引き的なものが生じるのだが…眠気ってすげえな。

 「勘違いするし、されるぞー。」

 気の無いことを棒読みで言う。

 「良いわよ、別に。」

 声色に眠気が混ざってる肯定。真に受ける方が阿呆というものだ。寝言にマジになる奴がいるかって話だ。

 「そんなこと言ってると襲撃されるぞー。」

 「誰にー?」

 するすると腕を絡めつつあるビスマルクに牽制のつもりで脅しをかける。なお、棒読みである。

 「金剛。」

 冗談気味に言った筋を通さねばならない相手かつこの鎮守府の大御所の名前を口にした。ビスマルクの眠気は顔面から消え失せ、あるのは蒼白。そして、聞こえる一人小隊の軍靴の音。 「HEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEY!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 日を跨いでの三度目の正直。噂をすればなんとやらだ。

 「いや、うるさい。」

 「ヒッ…!」

 ほれ、ビスマルクが恐怖しとる。しかし、流石軍人というべきかなんというか。それじゃ普通に分からんな。彼女の恐怖した顔は瞬時に鬼の形相に変わり脱兎の如く逃げ始めた。しかも、窓ガラスは割らずに出ていった。単純にすごいという小学生もかくやという感想しか出てこない。いつぞやの誰かに見習って欲しいなあと目線を送ろうとするも既に執務室は僕以外、人っ子一人居ないという。

 「ぶみぃ。」

 猫っ子はいた。

 「お互い面倒だねえ。」

 「なぁー。」

 「合いの手が人間なのよ。」

 「み?」

 なんとも要領を得ない会話なのだが、それでも良いかと思ってしまうほどに眠気がしてきた。

 「オスカー、おいで?」

 胡座をかいた自分の足をとんとんと叩きオスカーを招く。

 「……。」

 朝と今の一悶着で疲れているのだろうか?黒髪の少年が自分の膝元に座る幻を見た。朧気な視界と意識はうつらうつらと現を後にした。

 

 気が付いた。

 いや、目が覚めた。

 「ふぁあ……。」

 良く寝た。

 ……今回の覚醒は急くことはないためゆっくり起きる。なぜか思考が回り始める。

 足にあった黒い温もりはいつの間にか無くなっていた。喪失感というか虚脱感というか郷愁というか……一抹の寂しさというのがしっくりくる。長いな……、まあ、オスカーどこ行ったってこと。

 炬燵布団をめくると、赤橙色に照らされた黒い塊が身震いした。首のない巨漢が掌に備えた口を振り回しているとかそういう神話生物的なムーヴをかますわけでは断じてない。まあ、足よりは熱源の方があったかいのだろう。オスカーは贅沢にヒーターの真下を陣取っていた。

 「懐かしい。」

 口についた言葉がこれ。小さい頃はあんなに広く高い炬燵が今や潜った瞬間にヒーターと接触して火傷しかけるものになっていたのをつい思い出してしまった。

 「オスカー。」

 炬燵布団をめくって上半身を突っ込む。そのまま半ば野良とは思えない艶のある黒猫の毛並みを楽しむ。

 頭にヒーターが直に当たり上半身が熱くなってきたその頃、障子をノックする音が聞こえる。

 「どうぞー。」

 オスカーを驚かせないように極力普通の声量で返事をする。

 「失礼します。…何をなさっているんです?」

 困惑している事務職をしている感じの声が聞こえた。声の主は大淀だろうか。

 「大淀も入ってみなよ。分かるから。」

 「は、はあ。……それでは失礼します。」

 訝しむというかおっかなびっくりというかそんな感じで炬燵布団をめくる大淀に思わず居酒屋に恐る恐る入る新人のOLをイメージしてしまった。

 「あら、猫ですか?」

 「そうそう、ビスマルクんとこの。かわいいのよなあ。」

 「は、はあ。」

 「まあま、ずずいっと。」

 「お酒のノリじゃないです?呑んでるんですか?」

 「流石に飲んでないよ。それよりも……ほらほら、お腹のあたりが背徳的だよ。」

 「明石が動物飼わない方針って言ってたって聞いたんだけどなあ。」

 「ん?何か言った?」

 「いえ、何でもないです。」

 「ほらほら、オスカーだよぉ。」

 丸くなっているオスカーをほんの少しずつ大淀の方へ動かす。

 「失礼します。」

 もふっとした毛並みが大淀にかかる。換毛期が終わっているためもふがもふもふもふしてる。もふを堪能し始めたのかとても長い呼気と吸気が炬燵を覆う。

 ほどなくして、

 「zzz……」

 「寝た?」

 気持ち良さそうな寝息が聞こえてきた。ニャン気筒エンジンもスロットル回してる。ご相伴させた人間がご相伴に預かるのも変な話だが、この鎮守府では、もとい僕の回りには変な話ばかりだ。今に始まったことじゃない。さてさて、寝始めた大淀を起こすのは若干気が引ける。かと言って起こさないのも事が進まない。よく見るとウチの近況、もとい制服事情では珍しく制服を着ている。上半身だけ制服とは思えないため炬燵の外はあられもないことになっていることが想像に難くない。絶……いや、なんでもない。

 さて、どうしようかと思案を始めようとした瞬間だった。

 「ふぃー、ようやく逃げ…何してんの?大淀。」

 「…はっ?!あ、ああああ、明石?!」

 「おはよう。」

 同僚を見咎める…、困惑している…そんな感じの明石。

 まあ、そうなるよな。丸見えだもんな、何がとは言わないけど。冷静に判断してはいるが、こちらは頭が物理的にヒートアップしている。

 モフモフが名残惜しい…けど暑くてたまらないため、炬燵から撤退。

 するりと頭を出すと、同じタイミングで頭を出す大淀の姿を見た。やはり、短いスカートを携えた制服のまま相伴に預かったらしい。明石は明石で死に物狂いで逃げてきて、レッドゾーンと見せかけたセーフゾーンに駆け込んだかと思ったら同僚のとんでもないとこを見てしまい思考停止。だよなあ、同じ立場なら情報量多くてフリーズすると思う。

 「なんでここにいるの?!」

 「ええっと……こっちもあなたが何してたか聞きたいんだけど、大淀。」

 焦燥と困惑。

 テンパりとフリーズ。

 そんな二人がこちらを見据えるのに数秒とかからなかった。なして?

 

 二人のいきさつを聞きつつ、僕が持つ情報を開示。

 『なるほど。』

 三人の唱和。

 つらつらと書くと面倒なので簡潔に二人のいきさつをおうむ返し。

 「早い話、明石は静かになったからラボから出てきて、大淀は明石が見当たらないから総当たりの手始めにここに来た……と。」

 『はい。』

 なるほどなー。

 「司令はあれからまた金剛さん絡みの出来事ですか。大変ですね。」

 皮肉ではなく純粋にあの剣幕の被害者として同情する明石。

 「で、大淀は猫さんと遊んでたと。」

 「だって……」

 猫さんとは可愛い響きだ。あんなにマッドなサイエンティストぶりなのに。高性能産廃量産機なのに!

 「まあ、オスカー勧めたのは僕だからね。特に言うことはないよ。」

 「なあん。」

 張本人が『お呼びで?』と言う感じで炬燵布団からぬらりと出てきた。

 「私もモフるー!」

 明石がオスカーに飛び付こうとした刹那、ホクホクした表情から絶望の表情に変化したのを僕は見逃さなかった。

 軍靴が、鉄血艦隊が、絶望が窓からやってきた。

 なんというか、苦労してボスを倒したと思ったら裏ボスとの連戦になった感じ……?

 意味が分からないだろうが、少なくとも眼前に激昂した金剛が現れた明石にはそう見えるかと思われる。

 

 この後、悲鳴を響かせながら廊下を全力で逃げ始めた明石と僕の声を完全スルーしてるレベルにタービンをガン積みして明石を追いかけ回し始めた金剛を尻目に僕と大淀は呆然としていた。

 

 

 

 

 バレンタインの次は白日だろう?

 左様でございます。

 時は飛んで3月14日。

 多が一のために奮闘する日から一が多のために奮戦する日。戦力を拡大するほど苦闘が強いられる日。

 いや、司令官権限で踏み倒せばそれで済むのだが、今まで尽くしてくれた皆と文句を言いながら全員に礼をしてきた今までの自分に申し訳がたたなくなるから、そんな蛮行は御免だ。

 「さあて、今年は何にしようかな?」

 そんなことを口にした。

 クッキー?飴?フレンチトースト?パンケーキ?

 …ううん、自分が食べたいものばかりが出てきてしまう。

 どうしようか本格的に悩み始めた丁度そのとき、仕事用のタブレットから通知音がした。操作して何の通知か確認すると明石から例のごとく完成品の試運転に協力してくれないかという打診だった。先日の出来事から少しは懲りたのかと思ったのが間違いだったことを数分後に知る羽目になるのだが今の僕は知る由が無かった。…まあ、呼び出された時点でっていうとこはあるのだが。

 

 研究室前。

 ろくでもないものが増産しているであろう現場に赴くのは何回目だろうか。数十回はくだらないだろうが…。まあ、呼び出されてほいほい行くこちらもおかしいのだろうが。いや、おかしいわい。

 自問自答をしつつ、何回捻ったか分からないドアノブを今回も回した。

 くつくつくつと笑う明石がそこにはいた。普段の笑い方が快活なものならば、今回のは悪辣というか悪趣味というかそんな感じだなあ、と直感してしまうレベル。この笑いが引き笑い、ひいてはドン引きする羽目になるのをこのころの職員一同と僕は知るはずが無い。

 「ふふふふふふふふふ、ついに完成しましたよ。対提督用の秘密兵器が。」

 「帰る。」

 「ちょっ?!居たんですね?!すいません、タンマタンマ!!待って!止まって止まって!!!ああああ!!!お客様お待ちください!!困りますお客様あ!お客様ああああああ!!!!!」

 「いや、うるさいし帰る。」

 「すいません、本当に仕切り直させてください。あとで何でもしますから。」

 「ん?」

 ここまで様式美。何でもというので一回だけ情けをかけることにした。

 「まあ、冗談はおいとく。一回だけプレゼンして。」

 「感謝の極み。」

 ネタの応酬。これでも、会話が銀河間ワープしてないだけマシな方である。いつもなら…、いや、やめておこう。脱線するし、当事者でない限り意味が分からない。

 「えーっとですね。とりあえず、迷惑をかけるのは大前提なので守秘義務ガン無視で依頼主の開示をしたいと思います。」

 「はい、信用ゼロ。」

 「まあま、恐らく大したことにはならないと思いますけど恥をかくなら皆で恥かいた方が提督的にはお得でしょう?」

 「道連れって話?」

 「Exactly、正解です。」

 この子に開発関係任せて大丈夫かどうか今更になって不安になってきた。まあ、何を今更って話だ。

 「それでは、依頼主の発表です。ドゥルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル…デンッ!金剛さん以外の全員です!」

 「えっ…ドラムロール人力だし、範囲デカすぎだし…なんなん?」

 キャラ何処行った儂。ん?金剛以外?

 「逆に金剛は何で拒否した?」

 「それは金剛さんが話したがらなかったから不明にせざるを得なかったですよ。他の皆さんは加賀さんや初月さんをはじめとした意見に付和雷同って感じですし……。」

 「ほう?」

 どうしたそうなった。

 「要領得ないですよね……。ええっと、話したがらなかったというか喋って貰えませんでした。」

 「ああ、こないだの確執?」

 「それは解消されてます!」

 甚だ疑問である。今でも口をついては愚痴ってるレベルなのに。世俗のさらに一部の界隈でいう『解釈違い』だろうか?恐らく使い所が違う。

 「ともかく、この機械の被験者になってください。」

 「待て待て、プレゼン以前に脈絡どこ行った?」

 逸り始めた明石に制止をかける。

 「そうでした。では、遅ればせながら本品のプレゼンテーションを始めさせて頂きたいと思います。」

 「わー」

 棒読みの完成と感情の起伏が見られない拍手。こちらの態度にムッとした明石は咳払いをしつつ、説明を始めた。

 研究者特有の熱というかテンションのぶち上げというか……早口と長文を捲し立てられてしまった。なので、頭が捉えた要点のみを端的に記す。

 どうも、『話題統制マシン』なるものらしく被験者たる僕のみに効力を発揮するとのこと。また、明石の妙なテンションのせいで大半を聞きそびれたが彼女自身の個人的趣味を多分に盛り込んだ話題をチョイスしたらしい。なお、効果範囲はプロトタイプということでこの府内全域らしい。

 「御清聴有難う御座いました。」

 パチパチとまばらな拍手。

 「ちなみに何か質問などは御座いますか?」

 何というか気張ってるOLのプレゼンテーションってノリだ。これからされることへのせめてもの足掻きとして何かしらぶちこもう。

 「はい」

 「どうぞ!」

 「この実験への肉体的、精神的負荷に対する賠償を求めることは可能でしょうか?換言すれば、どう責任をとるおつもりでしょうか?回答は3秒後にお願いします。3、2、1どうぞ。」

 「ええっと……そのぉ……あ、あははは……」

 「では、誠に勝手ではありますが当方の裁量による判断に委ねるということで宜しいですね?」

 「何するつもりですか?!!」

 「いや、こっちが赤っ恥かくのにそっちは痛手を被らないで笑ってるっていうのは流石に駄目でしょ?」

 「では、体で払います。」

 「こうだぞ。」

 あまりに阿呆な発言をパシリを引き受けたようなテンションで聞いたため、近場のジャンク品らしきものを拳で叩いた。当たりどころが良かった?悪かったのか分からないが珍妙な音を立てて爆散した。

 「ああ!私の渾身のジャンクっぽいジャンクが?!!」

 「結局ガラクタじゃねえか。」

 もう素が出ようがおかましいなしな自分がいる。

 「分かりましたよぉ。では、司令官が被った被害に対して現金と有給を充てます。」

 「だけじゃないでしょ?」

 「他の皆さんにも後日お詫び申し上げます。」

 「……まあ、なるようになるか。」

 それじゃあ何にもならないだろ、そう頭につけようとも思ったがいよいよ足が疲れてきた。話を楽譜にするならコーダが入り乱れているのかもしれない。オチを持ってこいって話だ。

 混乱し始めた頭に待ったをかけるように明石が話を進め始めた。

 「それでは、スイッチON!」

 ラップトップパソコンを弄って電源を入れた明石。電源が付いたというのは、件の機械らしきものが発光しているのがこちらから容易に視認出来るため分かることだ。

 「何か喋ってみて下さい。」

 肩たたき券を初めて親にあげた子供のようにキラキラした目をこちらに向ける彼女。

 「汝、深淵に何を望む。『何か言ってって言われてもなあ。』」

 「ぶっ?!」

 どうしてこうなった?これ、黒歴史製造機の間違いじゃないの?ともかく喋ったら駄目だ。

 「なるほど~。では、こっちはどうでしょう?」

 明石の指がキーボードの上を踊る。

 「何か喋ってください。お願いします。」

 親をくすぐったら余計にくすぐろうとしてくる子供みたいな目をしている。

 「あーらやだ、この子ってばもう。『やだ。』」

 「……くっ…くっ……」

 肘の内側で口許をおさえているが完全に笑いを噛み殺している。

 「後で覚えてなさいよ。『後で文句聞かないよ?』」

 「…くっ…ぶっ!!」

 吹き出してるし。しかも、手は別の生物と化しているのか文字の鍵盤を流麗に滑っている。

 「それでは本命のモードいきます。」

 実行キーを押すその瞬間に急に真顔になった。現状そのままなのだが、あえて言い表すのなら『抱腹絶倒しているのに何かしようと思い立ったら急に感情が無くなった。』という感じで言い知れぬ怖さがあった。端的に言うのならば『ヒエッ』ってなった。

 「今は品性を疑うモードに入ってます。ちなみに、今は小学生レベルにしてありますっ!」

 「◯◯◯ち◯!?『それってどういう…っ!?』」

 こういうことか……。つまり、下ネタモードと。

 「さしずめ、Y」

 「◯まる◯ぽ!『それ以上はいけない』」

 「ちなみに、原文と一緒に代替テキストとして提督の言わんとしていることをこのディスプレイに表示させています!」

 「◯◯◯◯?『なにこれ?携帯汚言症展開装置?』」

 「人の発明を何だと?」

 ニコニコしながら怒っているが、それはこちらのリアクションだ。

 「お仕置きです!中学生レベルに上げます!安心してください!規制音が厳重になりますから!」

 「◯◯◯◯『後でしかるべき報いを受けさせたる』」

 「……///」

 同性の◯のの単語を出したためか赤くなった明石。規制音突き抜けてない?大丈夫?

 「◯◯○?『自爆してる?』」

 「すいません、掃除でも何でもしますから喋らないでください。」

 「ぬるぬるアワビぬぷす『いや、フェアじゃないから。今のところこっちが赤っ恥かいてるから。何ならブレーキ壊れ始めてきたんだけど』」

 「えっ?!ブレーキかけてたんです?!」

 「二枚貝の真ん中に◯◯了『多分このレベルにすれば、社会人ドン引きのレベルかな?』」

 「何で裏コード知ってるんです?!」

 「きりたんぽにつうずるっこむ?!『こんなの裏コードとかバカじゃねえの?!』」

 いや、本当に何なの?歩く性癖拡散機どころか公害レベルじゃないか?

 「……ええっとですね?落ち着いて聞いてくださいね?」

 「お◯◯◯◯。『お、おう。』」

 神妙な顔をしている明石に思わず真面目モード。すでに不健全とか言わないで?

 「規制音が強烈になる代わりに提督のポテンシャルが解放されます。おっと喋るのは少し待ってくださいね?……この場合のポテンシャルというのは提督が普段セーブしている下ネタが解放されますし、なんならご友人同士の会話に出しているようなえげつないのも出かねません。一応、府内の職員の端末のメッセアプリに提督の言わんとしたことを意訳したものを表示するように仕込んでおきましたし現状も通達しました。なので、大事にはならないと思いますが出来れば会話は控えて頂いた方が言いかと……。」

 「丸の内三◯◯馬?『なあ明石?』」

 「…はい、何でしょう?」

 「サンチマンタリズムプレグナント『依頼主は金剛以外だったよな?』

 「え、えぇ。」

 「◯◯淋◯◯イズ。『じゃあ他の皆はこの事態を了承済みってことにならない?』」

 「そういうことになります。」

 「切◯モノA◯の本物はどこ?これが◯◯◯コーナーかよ。『じゃあ、いつも通りに喋っても良いわけだ。よし、行ってくる。』」

 「やめ」

 「◯◯◯◯レ◯◯ものは?『スケープゴートになるって言ってたでしょ?』」

 「うぐっ…」

 まあ、身代わりだけじゃ済まさんけどな。後で分からせる。

 さあ、掻き乱そう。こちらだけが事後承認なんて分が悪いにも程がある。

 

 開発室から出た僕は、ちんまりとしたてくてく歩く集団を見つけた。無理に艦隊と例えるなら輸送艦隊から軽巡洋艦と海防艦を除いた連合艦隊……駆逐艦ばかりの集団だ。

 「クソ提督、珍しく早起きじゃない!」

 「ご主人様、おはようございます。」

 「司令官、おはようなのです!」

 「お早う、同志。」

 曙、漣、雷、ヴェールヌイが挨拶をしてくる。普通に返したいところなのではあるが、汚言症にさせられてしまったこちらとしては口を開かないのが正解というのが絶対。

 頑として口を開くまいと口を固く結ぶ僕。

 いや、待てよ?

 全員が要望を出して、明石が形にしたのならこの子達も嘆願した内の八人ということにならないか?

 なら、惜しむ必要はないのでは?

 丁度、こういう状態になっているのは伝達されているし……。

 「◯◯から◯◯ボルケーノ『お早う皆。』」

 『ぶはぁ?!』

 ヴェールヌイ以外は失笑した。いや、正確に言うのならヴェールヌイも噛み殺した笑いを浮かべている。ただ、尋常ならざる事態に対して、先程通達されているメッセージを思い出したのかスマホを取り出していた。彼女の端末を見る者が増えると同時に発言の真意が伝わり安堵する者も増えた。

 「合意した◯◯◯もの◯◯とかリアリティー舐めてんの?『解決するまでこんな感じだから耳栓してスマホ見てもらえたら助かるんだけど?』」

 「同志、翻訳されてなければ汚水が流れている事態に関してどう思う?」

 「やっぱりスカート◯◯ものだよなあ。編集者さん?『それは申し訳ない。明石から取れるだけふんだくってやって?』」

 「全く、貸しにしておくよ?さっきから私以外の全員が呆けてしまっているからね。ほら、暁。お邪魔らしいから撤収するよ?七駆の皆も、ほら。」

 『ほへぇ~』

 「こんな調子だね。いくら翻訳されているとは言え暴力的な下品さだ。同志が筋を通すべき人間とは違うけれど、溜め込みすぎるのは毒だ。大黒柱を支える骨組みとして皆に頼ってほしい。」

 「やっぱり◯◯は最高だぜ!『古参組だからなおのこと有難い!』」

 「さて、私はそろそろ彼女らとシベリアごっこをするのでお暇するよ。до свидания(それじゃあ)」

 「マジッ◯ミ◯ー◯『それじゃあ』」

 「……はっ?!ちょっと響!シベリアごっこって何させるつもり?!」

 「ふふふ……。」

 「司令官?!止めて!!」

 「◯◯◯◯もので◯◯◯◯したい『すまん、歩く下ネタマシーンには無理』」

 「響ちゃん!?司令官さんは何て言ってるのです?!」

 「ΥΡΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑ!!!!!!!」

 「ちょっと?!話聞きなさいよお!」

 意識を取り戻した暁はヴェールヌイを止めようとしたが今の僕には止められない。翻訳機能で意図を知った信頼は祖国に賛辞を贈りながら7人を外へ連れ出した。

 シベリアごっこってなんぞやと思うが、恐らく何かしら数えさせるのだろう。そう思うことにしよう。

 

 普段なら被害を出すまいと避けるところだが、今回は考慮しなくて良い。何しろこちらは被害者だ。

 まあ、このヒートアップした思考から出たものは良くないものであるのは自覚しているのだが、今後こんな発明品が生まれないように楔を打ち込んでおく必要がある。だから、時間帯的に人が多いであろう食堂に向かった。

 

 年季の入った横開きの戸をスライドさせた。

 つい先日修理をしたばかりでするりと開く。

 ガララ、と音を立てて開いた戸は僕と食堂内の視線の隔たりにもなっていた。堰が崩れれば溢れるのみ。簡単に言うのなら、めっちゃ人がいるしこっち見てる。

 「公◯◯◯って楽しそう!『おはよう、皆!』」

 『ぶっ?!』

 全員吹き出してるし。前もあったなあ、こんなこと。クリスマスあたりの話だったか。

 「司令官?!どうしたんです?!」

 「司令は普段そんなこと言わないはず……。」

 焦燥というより狼狽している間宮と伊良湖。正直申し訳ない。

 「◯◯◯◯ものってやっぱり◯◯なんよ。『戦闘に出ない二人には本当に申し訳ない。』」

 『ぴっ?!』

 発言がとんでもないものであることと同時に手元の端末によって翻訳されていることを知らないためか二人とも気絶してしまった。

 このまま頭を打ち付けてしまえば、最悪の事態が想定される。それは駄目だ。僕が頭を張るというならもうあんなことは起こさない。あの時の龍田の青白い顔が僕の脊髄を逆撫でる。

 二人の間を無理矢理すり抜け、それぞれを片手で受け止めどうにか倒れるのを阻止した。僕の両手から変な音がした気がするがそんなのはどうでもいい。

 今の救出劇に喝采が起こるわけはない。ただ、発言といううわべが変わっただけで僕が持つ責任と覚悟は今の動きで伝わったようだ。

 何も言わずに鳳翔と龍驤、飛鷹と隼鷹が二人の介助をしてくれた。ありがたいことだ。ただの汚言垂れ流し男にはこの温かさは熱く感じる。

 先程の良くない考えを少し改めてこの場は工夫を凝らすことにした。

 私用のスマホから非通知で金剛の仕事用の端末に電話をかけた。呼び出し音が3コール鳴りきったあたりで彼女は応答した。

 「大変お待たせしました。柱島泊地です。」

 「突撃一番。」

 「了解ネー。」

 とあるスラングを言った。そして、了承の意を示した金剛は電話を切った。

 『???』

 海軍艦は首を傾げた。一方で、陸軍艦は飲み物を吹き出したり赤面したりした。誰だよ、こんな合言葉決めたの……儂でした。

 十数秒ほどで金剛は食堂に来た。

 「Hey!テイトクぅ!どうゆうsituationなのお?」

 「◯しい◯◯が。『歩く汚言症。』」

 「……っ!」

 何か顔赤くしてるし……。君に関してはいつも平気でやられていることでしょ?

 このまま垂れ流すのもやぶさかではないが、面倒になってきたためスマホを見るように身ぶり手振りで促す。

 「端末ですか?……あー、なるほど。犯人は懲りている様子の無いあの娘ネ?」

 首肯する。

 「なるほどネー。理解しました。」

 腕を組んで頷く金剛。

 「今から発言が不自由な提督のために翻訳係をするネー。」

 非常に助かる。これで、ある程度発言を気にしなくてもいいようになる。

 「それに……。」

 金剛がこちらの耳に口を近付けてきた。

 「夜のBURNINGな提督を知っているのは私だけでいいネー。」

 ちょっとゾクッとした。気持ちの良い音を聞く動画というのはこういう感覚を求めて再生されるのだろう、などと若干気持ち悪い考えを浮かべてしまった。

 それはさておき、試験運用してみよう。

 ゴニョゴニョ……。

 「『事の発端は明石と金剛以外の艦娘と伝え聞いている。その是非を問いたい。』って言ってるネー。」

 おお、正解。一緒に長い時間いるからかノリが分かってる。

 さて、この問いを受けた食堂中の職員は各々口々に弁明や釈明を図ろうとし声を発し始めた。情報と音の濁流に圧倒される。簡単に言うと、全員が一斉に言い訳しようとしているからうるさい。

 「Be quiet、静かにネー。」

 お局による鶴の一声というやつだろうか。夜の帷がもたらす静粛が帰ってきた。

 ゴニョゴニョ……。

 「えっ、私が決めるんです?」

 金剛が呈した疑問に対して首肯する。

 「じゃあ、シスターズ!出番ネー!」

 『はい!!!』

 姉妹達と呼ばれて出てきた比叡、榛名、霧島の三人。何故ホワイトデーの朝方に食堂にいるのかは今は不問にしておく。

 ゴニョゴニョ……。

 「皆の言い訳聞いてくるネー。」

 『Sir!YES sir!』

 散開を言い渡された三人は訓練された動きというのもおこがましいレベルで洗練された動きを見せた。あまりの流麗なムーヴにうっかり頑張れと声を掛けしてしまいそうだった。

 「提督、抑えて」

 "すまない"とハンドサインで詫びる。

 何人に聞いたのか、何分かかったのか、定かではないが少し時は過ぎた。

 神妙な面持ちで帰ってきた三人にはどこか達観というか悟りというか、気持ちが吹っ切れたかのような感情が出ていた。

 そして、互いを見合った三人は意を決したのか口を開いた。

 「Stop.」

 が、金剛がそれを止めた。何故だ?

 「一人ずつSpeakした方がLesseningし易いから、ワタシが指名するネー。霧島!」

 聞き取りやすさの重視か。なるほど。

 「えーっと、皆さんの話と私の話を統合したものを述べさせてもらうと……そのぉ……。」

 「??」

 普段の様子とはかけ離れた歯切れの悪さ。まあ、明石のあの様子じゃあ話せないレベルの言い訳出てくるよな。ついでに、自白までしようとしてるんだからなおさらだよなあ。

 「お姉様一人だけズルいってことです。」

 とかなんとか思ってたらストライクゾーンど真ん中の剛速球が飛んできた。

 『同じく。』

 比叡と榛名は左に倣った。……まあ、そうなるな。

 「榛名ぁ?詳細を話して。」

 おっと表情も声色も口調もガチだ。こうなると最早吊し上げだ。おお怖い怖い。

 「私たちだってもっと司令とお話したいんです!!でも!お姉様が独占するからこんなことに!!」

 待った。金剛の一方的な吊し上げと思ったら職員の総意を汲んだ比叡達姉妹のノーガードの殴り合いが始まろうとしてない?!!心なしか愛憎劇のプロローグの様相を呈してきた。嗚呼、頭痛がしてきた。

 「気合、入れて、往きます!!!!!」

 比叡も何か気合入れているし……思わず嘆息しそうになる。いつぞやの明石の不祥事の時の様な顔をし始めた金剛を尻目にしてしまえばこうなるのも仕方なのではないだろうか、などと脳内で弁明しても現状はどうにもならない。

 食堂に例のカミナリを落とす?トリガーハッピーする?一触即発な四人をテイクダウンする?

 頭に次々悪手が募る。

 ……いや、悪手は悪手でも一番酷い悪手が今の自分にはあるじゃあないか。淫魔じみた発想に思わずほくそ笑む。

 さあ、言祝ごう。

 まずは気合が入りまくっている比叡のエネルギーを発散させよう。策があることを激昂する金剛の肩を叩いて教える。ギロリと刺し貫くような視線がこちらに向けられる。が、何かあることを理解したのか、はたまた味方サイドに話しかけられたからか般若の形相は鳴りを潜めた。流石、初代の龍田轟沈の痛みを乗り越えただけある。

 温厚に、柔和に、懇篤に比叡に近づく。

 姉に食って掛かろうとした比叡は近づく僕を視界に捉えたらしく動きに戸惑いが見えた。そこに付け入る!!!

 比叡の両肩にふわりと手を添え、真っすぐ彼女の両の眼を見据える。

 「ひえっ?!」

 赤面しつつ上体を僅かに反らした。普段なら冷静に分析出来るが、今回は一触即発の雰囲気であるため手早く済ませることにした。

 排水溝をマイクに近付ける。分かりにくい?まあ、そりゃそうだ。言い換えよう、下ネタを垂れ流す口を比叡の耳にそっと近付ける。

 「ショートヘアの娘って正直◯◯甲斐しかないよね。つーか、僕の◯◯狙ってるでしょ?ぶち◯◯よ?『お姉さん取られるのと錬度上昇で気持ちぐちゃぐちゃだよね。それでも、さっき話したいって言ってくれたよね?なんならその内時間とるよ?』」

 「HEY!提督ぅ!Overkillネー」

 「◯◯『すまん』」

 怒髪天の金剛が真顔に戻っていた。端末を持っているため翻訳済みの文章が見えているのだが妹の放心ぶりにそうなってしまったのだろう。まあ、加工前があの文章なら仕方ないだろうというのもある。

 「はひぃ……」

 『比叡姉様?!』

 そして、比叡が膝をついて崩れ落ちた。放心の度合いに若干引いたが今は気にしているば……、いや、金剛真顔だしこのまま順当に落とすか。うん、即発から即解決良い流れだ、多分。嗚呼もう滅茶苦茶だよ。

 次は榛名にしておこう。

 「Hey、榛名。次は貴女ネー。」

 会話の小回りが利かないこちらに気を回してくれたのか金剛が代弁してくれた。ありがたい。

 比叡の時と同じくそっと間合いを詰める。まるで、友人や恋人のような気軽さで、親や祖父母のような優しさで、春の陽射しや秋の木漏れ日のような朗らかさで。

 背中にふんわりと手を回し、耳元でささやいた。

 「黒髪清楚◯◯◯美少女とかさ、◯◯◯ーでヌルヌルして◯◯◯がベチャベチャなんだけど責任とってくれない?『比叡や霧島と同じ感情なのは良く分かる。ただ、金剛に筋は通したいから執務室でゆっくり談笑するくらいで勘弁してくれないか?』」

 榛名は両膝から崩れ落ちた比叡と違って、浄化されたかのような清らかな顔で倒れた。勿論抱き止めたのだが余計に表情が洗練というか清浄化というか……最早燃え尽きたかのような、とかく綺麗な顔で意識を無くしていた。

 「野外放◯プレイって◯◯◯◯◯◯路地裏が安定だよな『どうすりゃ良いの?これ』」

 「そのままフィニッシャー入れてください。」

 困った僕は金剛に意見を求めたのだが、真顔&敬語。しかも片言無し。さっさと片せということらしい。

 仕方ないので霧島に歩み寄る。

 両手を広げ、胸を張り、体全体をゆったりと構え霧島にハグをする。そして、先程の二人と同様耳元で声を少し整えてささやいた。

 「眼鏡っ娘って眼鏡外すのも良いけど、かけたままの顔に◯◯ルマぶっかけて汚すのも乙だよね。まあ、練乳カーニバルとか言ってみるのもアリかもな。『いつもは姉妹と僕の五人で茶会を開いてるけどそれだと霧ちゃんはダメみたいだね。だったら、中庭の桜を見ながら駄弁るなんていうのはどうかな?』」

 来るなら来いと身構えた霧島は仁王立ちで散った。

 エクストプラズム的な物が口から出ている。なんなら鼻血も出ている。

 天に召されそうな霧島であった。

 ……じゃないが!!

 「My ◯◯◯◯◯ case.『金剛』」

 「事実でもTPO大事ですよ?」

 これ以上赤っ恥かくのは御免被りたいため近くによってひそひそ話に切り替える。あと、原文はちゃんと否定してくれ。

 ……ゴニョゴニョ。

 「後で全員反省文提出するように!」

 『えええええええええええええええ!!!!!!!!』

 いや、うるさい。追撃したろ。

 ……ゴニョゴニョ。

 「最低でも原稿用紙三枚以上、二枚未満の場合は暗室行き!!」

 『ええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 さっきの今でどこから出るの、その声。それと、僕が言ったのは説教部屋なんだけど……。もしかして、職員の間では暗室って言われてるの?まあ、照明簡素だけどさあ。うーん……。

 けれど、余計なことを思うより前に考えなければならない議題が頭に浮かぶ。

 「Hey,提督ぅ。」

 「?」

 「これってやっぱりあの娘の仕業なのぉ?」

 先程の質問と同じものに首肯する。どうやら、彼女も同じことを考えていたようだ。

 「流石に度が過ぎている気がする。」

 そして、普段からは考えられないくらいのマジトーン。

 ただ、僕はしばらくは反省するであろう施策を思い付いていた。

 ゴニョゴニョ。

 「それで止まると良いですけど。」

 そこはこちらも唸るしかない。

 「まあ、いざとなったら私が出ます。」

 ガチトーンが続いているのが何とも言えない……居心地が悪いといえばそうなのだが……。ともかく、程度をわきまえて欲しいと伝える。

 ゴニョゴニョ。

 「分かってマース。程々にネー。」

 あっさり了承。何かありそうだと警鐘を鳴らす心をどうにかねじ伏せ、食堂の天井を仰ぎ見た。

 

 「つーわけで、明石には『1日分の野菜生活と規則正しい生活ルーチンにおける客観的・主観的肉体及び精神の変化について』って論文もしくはレポートを用紙40枚程度で提出してもらう。」

 「え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"!!!!!」

 「声がきたねえ。アンド自業自得。」

 「え"」

 「うっさい。」

 再び騒音を撒き散らそうとしたので、明石の口を手のひらで塞ぐ。

 「大体さ、そっちが変な発明したせいで反省文とそっちのレポートか論文の類が大量にこっちに舞い込むことになったんだけど。」

 「確かにこちらが全般的に悪いんですけど、反省文とかを書かせるようにしたのは提督の意思であって流石に言いがかりでは?」

 「……しゃーないにゃー。」

 おもむろに立ち上がり、明石の耳元にすり寄る。そして、声を整え絶妙なくすぐったさが出るように息遣いを変える。

 「マチュピチュ。」

 「!!!」

 「はまぐり。」

 「?!!!」

 「マンゴー。」

 「???!!!」

 大分キテる表情をし始めた明石を尻目に説教部屋の椅子に腰をかける。

 「改めて聞くけど、こっちの苦労が増えたのは明石の発明のせい。OK?」

 「ひゃ、ひゃい……。」

 「宜しい。じゃあ、2ヶ月後にレポート提出。」

 「ふへへへ……。」

 蕩けた顔でトんでる……。近寄らんとこ。

 よし、退こう。

 装置の洗脳が解けた深夜帯、トリップしている明石を放置し執務室へと帰った。

 余談ついでにだが、今日はホワイトデー。まだ、こちらの下ネタマシーンから解放されてない僕からお返しをもらうのは嫌にも程があると思うが、金剛に同伴してもらってバレンタインの返礼品を配って回ったことをここに示しておく。

 

 

 明くる日の3月15日。

 暦の上では夏に達しかかる頃。地球温暖化のせいで暦がずれているせいか、年度の始まりから3ヶ月経って夏というのが一般的であるが、正確には1月から起算して3ヶ月経った4月頃が夏だ。だから先の言い回しに不可解な所はない。Q.E.D.

 益体のない証明を脳内で補完しておく。

 何せ、中庭に溢れる七分咲きの桜と差し込む木漏れ日を前にしては一個人の主観なぞ取るに足らない些事だ。端的に換言するならば、風流を楽しみたい。ただ、それだけのこと。

 「ふああ……。」

 摂氏20度はある心地のよい気温に思わず欠伸が出る。

 普段なら金剛がいるが、今は席を外している。

 一人の時間が必要な人間であると理解してもらっているからだ。他の艦娘も昨日の今日だからそっとしておいてくれている。

 そよぐ風。

 くすぐる潮風。

 覗く空から天津風。

 どこまでもフォーカスしてしまいそうな思考。

 普段なら仕事の邪魔になるから振りほどく思考だが、今は誰も邪魔しない。

 風にも様々な言葉がある。天津風、時津風、島風、神風……。ウチの駆逐艦ばかりじゃないか。どうでもいいけど、神風の大正ロマン溢れる装束はどうしても個人的に琴線に触れまくる。うん、神風型最高。朝風という神風型の次女がいるらしいが、お目見えしてはいない。かなしみ。

 ゆーて、金剛型の和洋折衷の服もストライクゾーンだ。

 うん、艦娘の制服考えている人に同志がいるのでは?酒でも飲みながらゆっくり語ろうや。

 見えない同志との乾杯を夢見つつ、心地の良い陽射しと慣れ親しんだ潮風に意識は緩やかに薄れていった。

 

 ごろごろごろごろ……。

 息苦しさと不可解な音、独特な臭いにゆっくりと目を開けると一面の黒。

 ただ、顔には木漏れ日とは違う小さな、それでいて生きている確かな温もりがあることが分かった。ついでに毛皮の類いが鼻をくすぐる。

 まさぐるように黒の感触を確かめる。

 どうにか両手で持ち上げて正体を暴く。

 「Zzz……」

 両脇から手を通されて持ち上げられても依然として寝ているオスカーが手の中にいた。

 「なして?」

 なぜ、猫が顔の上で寝ているのか?なぜ、ここまで懐かれたのか?なぜ、オスカーがビスマルクらドイツ艦の元を離れているのか?

 そんな疑問が瞬時に浮かび上がってきたが、次の瞬間には疑問達は潰え、オスカーを腹の上に乗せて再び微睡むことにした。眠いんじゃ。

 さあ、寝よう。そう思ってまぶたを閉じたその時だった。

 「コラー!オスカーダメじゃないか!」

 Z1、本人の弁を借りるならレーべが可愛らしい怒号をあげながらこちらに近づいてきた。文が変な気がする。プンスコしながら来たって方がしっくり来る。

 「邪魔してごめん、提督。」

 「……大丈夫だよ。」

 眠気を振りきれず、含みのあるような間が出来てしまった。

 「じゃあ、僕はこれで……。」

 後味と空気が悪いんじゃ。

 「コラ、オスカー。今日は僕達と海を見る予定だったじゃないか。ビスマルクが血相変えて探してたんだよ?」

 小声でオスカーを叱るレーベ。ビスマルクが探してた旨を聞いたあたりから段々と風に紛れて声が聞こえなくなっていった。

 出ていくレーベを尻目に見た時、同じくオスカーの捜索をしていたZ3、もといマックスが合流していた。

 手の中の黒いのと戯れながら廊下を悠々と歩いていくドイツ駆逐艦の二人。

 ふと、そんなドイツ艦達の様子を見て彼女達が如何にしてここに来たかを朧気ながらに思い出した。

 最初に、何かの任務を達成してレーベが来た。

 次に、レーベを旗艦にして建造を行い、「どうせ陸奥だろう」という予想を裏切ってビスマルクが来た。このあたりのタイミングでそこらへんの黒猫を見つけてオスカーとして飼い始めたのだと思う。

 その次に、どこかのEVENT海域でUボート……今は呂500なのだが……とかく、彼女が来たわけだ。

 最後に、またレーベを旗艦にして適当に島風を呼んだ物資の量を適用したところ十何回か建造を行い、マックスの呼び出しに成功した。

 "プリンツ"と呼ばれる艦がドイツ艦にいるようなのだが、呼び出せてはいない。何とも歯痒いというかもどかしいというか……。

 ドイツと言えば軍艦よりも戦車が有名な気がする。ヘッツァーやルクス、ティーガー戦車が個人的には好きだ。3号突撃戦車も。

 そう言えば、ウチにいる他の海外艦…………

 コマちゃんことコマンダンテストとか発音しにくいアクィラ、アクィラに比べれば発音しやすいリベッチオ、響もといヴェールヌイ……って、カウントに含めて良いのだろうか?あと、最近入ってきたポーラに戦争を忌む者ウォースパイト。余談なのだが雪風の改装候補に丹陽という艦名が挙げられていた時期があった。もっともすぐに霧散した予想なのだが。

 正直、改装したいのに設計図が足らないからということで一航戦の二人の強化が出来ない……。なしてって言いたいが、武蔵の改ニ改装を行ってしまったことやEVENT海域への対処の放置、近海海域への出撃を怠ったため等々、色々出てきたため思考を止める。今は都合の悪いことは考えなくても良いなのだから。

 上体を起こして、桜を見ながら三色団子に手をつける。

 もちもちとした食感にほんのりとした甘さを感じる。そして、しばらく風に当たって冷めた緑茶でフレッシュ。視覚、味覚、触覚、嗅覚、聴覚、五感を全て使って一人を満喫する。元々、集団行動は苦手ではないが人の細部が気になってしまう性質で自己犠牲の精神が強いのが僕だ。その代償ということでもないのだが、充電する時間として一人でいないといけない時間が必要なのだ。本当に久しぶりのリラックスタイム。満喫しなきゃ損も損だ。

 上体を再び平地にポジショニング。チラリと見えた池には逆さに映る桜が見えた。

 「風流だねぇ……。」

 再び桜と木漏れ日のダブルパンチ。

 うつらうつら、徒然なるままに、眠気に任せて眠る。

 

 

 

 「ぐがっ……?」

 気付けば夜だった。

 府内の部屋の明かりと差し込む月明かり。ライトアップされた桜が昼とは違う顔を見せる。

 雅というのはこういうことだろうと思いながら上体を起こして物理的にかぶりを振る。

 チラリと見えた風に飛ばされている団子のくしと倒れて転がる湯飲み。自明なのであるが色々あったらしい。

 意識が醒めると自覚し始める寒さ。

 春先とは言え夜は寒い。

 両肩を腕で抱きながら府内に戻る。おっと、後片付けを忘れていた。開けたドアを固定されるまで開ききってからくしと皿と湯飲みを回収する。

 中に入るとエアコンの駆動音が聞こえる。艦娘たちの甘い匂いも鼻腔をくすぐるが、食らいついてもいい職員はただ一人。貪る獲物はただ一つ。自身の中のどうしようもないオスを理性で叩きのめすことにした。

 匂いから臭いへのシフト。いや、匂いには違いないのだが……。

 言葉の違いが明確なので言い方を変える。"匂い"の対象を変えることにした。

 目を閉じ、甘い匂いを意図的に無視する。

 すると、どうだろう。

 食堂から漂ってくる美味しそうな匂いが濃くなってきた。この匂いは……揚げ物系だな。

 大好物の気配に足取りが軽くなったのを感じつつ、歩みを食堂に向けた。

 

 結論から言ってしまえば、鶏の唐揚げと先日の牛タンが肉、それと付け合わせにしては滅多矢鱈と多い千切りキャベツ、小さい茶碗に入った炊きたての麦飯が今日の夕食だった。

 まあ、油ものばかりだからキャベツが多くなるのも米が少ないのも納得だが内なる小学生が「もっと寄越せ」と、駄々をこねる。

 再び理性が「過去に戻ってしまう」と、叱りつけた。

 「……。」

 旨い飯の余韻に浸るでもなく黙りこくっている僕を見る視線を感じた。

 顔を上げてカウンター席の向こう側を見ると他の職員の食事の準備に汗を流す鳳翔が背中を向けていた。

 後ろを向くと談笑している職員たち。

 右を向くと、猪口を見つめる加賀がいた。酔いが回っているのか、はたまた思案に暮れているのかぼうっとしているようだった。銚子に手をつけることも無く、ただただ猪口を見つめていた。

 左を見ると、小さな手が目の前で振られていた。目線を下ろすとピョンコピョンコと跳ねる緑の髪が視界を埋めていた。

 「山風、髪がぐしゃぐしゃだよ?」

 頭を軽く押さえて跳ねる動作を止める。ついでに彼女の髪の毛を整える。

 「ぱぱ?もう平気?」

 「大丈夫だよ。」

 再三言うのだが、この小動物然とした艦娘は何なのだろう。いや、正体を問うわけでは断じて無い。父性が湧くというか庇護欲をそそられるというか……。思わず戦闘用の装備を渡すのを躊躇してしまうほどには。

 それはともかくとして、彼女の弁から思うに下ネタマシーンは健全になったのか否かを問うものだった。

 論より証拠というか論による証拠という感じで普段と同じように話す。

 「山風、どうしたの?」

 「んーん、なんでもない。」

 「そっか。」

 にこやかに去る背中を微笑ましく見送る。

 「でも、反省文あるんよなあ。」

 十分に離れた頃、つい口をついて出た。

 「ヘーイテイトクぅ。」

 「……どうした?」

 「子供が出来たらあんな感じなんだろうなって。」

 「ッ?!」

 不意打ちが過ぎる。タチが悪いことに後ろから小声で言ってきたものだから思い切り吹き出してしまい周りの目が白かった。

 「冗談にしてはボディブローが過ぎるぞ。」

 「冗談……のつもりでは無いんですけどね。」

 自嘲にも冷笑にもとれるため息をつきながら僕の隣にさも当然のように座す金剛。

 「Master、キープしてたボトル一本頂戴ネー。」

 「はーい。」

 注文を受けた鳳翔は厨房の奥へ消えていく。酒ってそんな奥にしまうだろうかとも思ったが、火気を遠ざける必要があるのだろうと得心しておくことにした。他に理由が無いとも言う。

 「提督。」

 益体もない思考に澄み渡る一声がよぎる。最近、シリアスになることが多い金剛が呼び掛けていた。

 「丸さん。」

 さらにだめ押しと言わんばかりに本名代わりのニックネームで畳み掛けてきた。

 「あのさ……。」

 こちらとしては望まない訳ではないのだ。確かに家庭を持つのは生物的にも世間的にも自然なことだ。ただ、遥か昔に立てた僕の仮説が正しければ生体兵器として生を受けている彼女達、艦娘達は生殖機能を極端にカットされている可能性が高い。いや、過去に成し遂げた司令官の事例があるので完全に希望を否定しきれるわけではない。

 言い淀んだ影でそんなことを考えていると、彼女が人差し指でこちらの唇を押さえてきた。

 「私は貴方だから望んでいるんです。正確に言うのなら……」

 言葉を濁す金剛は、僕から見て右側を向いた。

 倣ってその方向を見ると加賀がこちらを見ていた。さらに、ちょっと気まずそうにこちらに苦笑いを向けている赤城。

 「こんな兵器でしかない私達を人として見てくれている提督、貴方だから私達は望むんです。」

 いつもの笑顔とは違う慈愛を感じる微笑みが僕を捕える。

 じゃあ、お返しをあげないと不義理というものだ。

 「そっかあ、じゃあ今夜は寝かせたくないな。」

 「?!」

 「素直な金剛、僕は大好きだよ。」

 結局、僕はそこに惚れ込んだのだ。

 一緒に居ると落ち着く、というより顔と思考がリンクしている彼女の愚直さ……いや純朴さや素直さが僕にとっては居心地が良いのだ。

 ここに来る前の僕はどうにも表情や仕草、目線、声色などから人の心が分かってしまう。今もその気質は変わっていない。言葉と表情の齟齬やそれに伴う不誠実な応対に僕は常日頃ストレスを感じていた。そのストレスがトラウマの呼び水となって心の環境を増悪させていくというのが何とも酷い。一言で言うと無限牢獄だ。

 さらに言ってしまえば、拉致されて就業させられた当初……もとい、金剛と出会った当初は波乱に次ぐ波乱で適応出来る状況ではなかった。新天地での混乱や叢雲のつっけんどんな態度によるストレスで怒りやら呆れやらが頭を渦巻いていた。

 今になって白状してしまうのだが、金剛と出会った当初は滅多矢鱈と絡み付いてくる野良犬といった印象だった。正直、放っておいて欲しいと泣き言を吐きたくなった気持ちが一層強まってしまった原因でふざけないで欲しいというのが本心だった。

 ただ、日を過ごす内にストレートな感情や表現は愚考より先に伝わってくることが頭じゃなくて心で理解出来た。詰まるところ、俗世の汚さに染まっていない幼子のような素直さに惹かれたのだ。

 結局のところ、金剛のそこに僕は惚れ込んだのだった。

 「56は無しかい?」

 「~~~!!!」

 カウンター席を左手でバンバン叩きながら右手で顔を隠してそっぽを向く金剛。

 嗚呼、もっと紅くして愉しみたい。普段は困難を楽しむ僕でも、二人の時を愉しむ時は少しサディストじみる。

 「続きは部屋でね。」

 そして、トドメ。

 「……ぃ。」

 さっきまでじゃれついていたダイヤモンドは今や転がる石となっていた。

 すっかりオーバーヒートした金剛は食堂を後にした。

 よし、態勢を立て直せる。

 ということで頭を虚無にして意識を手放すことにした。

 夜戦については言及しないが、あえて言うのなら戦術的勝利とだけ記しておこうと思う

 

 

 桃の節句、エイプリルフール、端午の節句を経て笹を搬入する時期が来た。

 七夕、7月7日である。

 笹を搬入する前の深夜とも早朝ともとれない時間帯のことであった。

 「ふぁぁ……何でクソ提督がこんな時間帯にいるのよ?」

 何故こんな時間帯に起床してるのかこちらが聞きたい。

 「霞こそ。」

 「変態。」

 「ええ……」

 勘ぐられて困るレベルのことをしにいくのかしたらしい。

 「それじゃあおやすみ。」

 「待ちなさいよ。」

 止められてしまう。

 「アンタ本当に暗示解けているの?」

 「かれこれ3ヶ月前だよ?それにキチンと喋ってるでしょ?」

 「どうだか!」

 腕組みしてそっぽを向く霞。ほんの少し時間が経った頃片目を薄く明けながら彼女はこちらを見始めた。

 「だったら、アタシが直接確かめるわ!」

 「しーっ!」

 「あっ……」

 少しあたふたした後、落ち着きを取り戻し、改めてこちらに向き直った。

 「ともかく、確かめるったら確かめるの。」

 言っていることは至極全うなのだが、身長やら仕草やらで駄々をこねている子供にしか見えない。思わず微笑んでしまう。

 「ちょっと?」

 「んー?」

 「子供扱いは止めなさい。」

 「ハイ……。」

 怒られてしまった。

 「じゃあ、大人の霞には主砲の手入れをお願いしようか。」

 「ちょっ?!えっ?!」

 暗がりでどういう顔をしているのかはよく見えないが声色から相当テンパっている。もとい、狼狽している。もとい、あたふたしている。

 「じゃあ、こっちに来てもらおうか。」

 「い……」

 叫びそうになる霞をどうにかしつつ、僕と彼女は海から大陸棚が出てくるところあたりまで歩みを進めた。

 

 

 「最初からそう言いなさいよ!」

 霞の怒号が静寂に響く。やれやれと言った表情の金剛。か弱い月から強烈な太陽にバトンタッチする時間帯の今に響く声にしては不相応なのだが、流石に鎮守府からは大分遠い。咎める人間はこの場にいない。

 「よう、相棒。」

 「わざわざすまないね、武蔵。」

 「なあに良いさ。砲塔を合計五つ積載出来るのは今のところ私だけだからな。それに、姐さん……いや、相棒のかみさんには私達が扱える砲身は積めないしな。」

 「金剛にも51cm砲積めたら良かったんだけど……。」

 「Heyテイトクぅ、人には適正が有るネー。」

 対象外だから諦めてくれということらしい。

 「私達は資材を持っていってしまうからな。これくらいはさせてくれないと大和を隠した女将に申し訳が立たない。」

 「その程度なら気にしなくても良いと思うけど。」

 「ふぅむ。」

 考え込み始めた武蔵をよそに霞に向き直って説明をする。

 先の演習からまた武器を手に取ることが少なくなりつつあるため、武器の手入れとして精鋭を集めて試し撃ちすることにした。ついでに、ホコリを被った武器たちに本分を思い出させる……もとい、ちゃんと放置されている過去の主武装たちである砲塔が機能するかのチェックも兼ねている。

 「見れば大体分かるわよ。でも、気になることがあるわ。」

 「ん?」

 「精鋭っていうなら、古株の叢雲だったり錬度が最大の秋月型二人を来させれば良かったんじゃない?」

 もっともである。

 「霞がついてくるっていうからドタキャンした。」

 まあ、詰まるところこういうことである。三人とも睡眠時間が増えると喜ぶメッセージを送ってきたのを思い出した。。

 「……後が怖いわね。」

 「多分大丈夫だろうけど人間そういうこともあるさね。」

 パンパンと柏手を打つ。いや、お参りしている訳ではないから不適切か……。両手を打ち付けてパンパンと音を鳴らす。

 考え込む武蔵、砲塔の調整を行う金剛、弓の感触を確かめる赤城、気まずそうな霞、久々の瑞雲搭載であたふたしていた鈴谷が一斉にこちらを見る。

 「さっさと終わらせて二度寝と洒落込むぞー。」

 『はーい。』

 ゆるーい返事から野太い砲声が、艦載機のけたたましいプロペラの回転音が、酸素魚雷が海を裂く轟が聞こえ始めるまで数瞬とかからなかった。物騒やねぇなどと思ってしまうが模擬戦らしきことをしてるのに物騒じゃなかったらそれはそれでおかしい。

 

 この早朝の出来事の詳細は語らず要所のみを語ることにする。

 結論としては、使わない装備でも整備は大事であることが分かった。

 36cm砲はその場でクリーニングして使ったり、53cm魚雷はなかなか炸裂しなかったり、12.7cm連装砲は最大仰角までいくのに軋みがあったり、使ってない天山は巧く旋回出来てなかったりと散々であった。

 職員の動きは衰えてはいなかったことをここに明記しておく。

 

 「やはり大口径は私か大和が装備した方が良い気がするぞ、相棒。」

 「……。」

 肯定も否定も出来ない。

 「長門型の二人を起用することも出来るぞ、相棒」

 「……。」

 何とも言えない。

 「姐さんを休ませられるぞ、相棒。」

 「確かにな。」

 それはそう。いい加減金剛ばかりを使い倒すのは止めた方が良いかなあと思い始めたところだ。

 「WHAT?!」

 『びっくりしたぁ……』

 三者思わずデカイ声が出る。

 「Sorry.」

 「うん……。」

 「うむ……。」

 三者反省。少しの間の後、僕は口を開いた。

 「金剛がよく演習とか出ているから労いを兼ねて言っているだけで、もういなくて良いって言っているわけではないよ?」

 後々の面倒につながらないように武蔵と僕の真意を先に語っておく。

 コクコクと頷く武蔵。

 「必死に取り繕おうとしなくても分かってますよ。」

 分かってくれたらしい。

 「それでも、少し寂しいデスけどね。」

 「姐さん、何か言ったか?」

 「Nope.」

 武蔵は聞こえなかったようだが、僕はうっかり聞いてしまった。

 「同じく。」

 見当はずれなタイミングの同意は果たして誰に対してのセリフだろう、そんな後悔が空を漂った。

 

 二時間程度の武器の調整が終わって、僕は笹を搬入するために艦娘達と別れた。

 政府の役員から悪態をつかれたが、軽く無視して府内に持ち込んだのはいつの日か語れる時が来るかもしれない。

 以前、大きな笹をエントランスに置いたときは通用口がどうにも使いにくくなってしまっていたことを思い出し、開放的かつ全員が集まる食堂の片隅に配置し執務室へと足を向けた。

 ……このとき、金剛が部屋の布団に入っていたのは何故か気にしていなかったようだと後に思うことになる。

 

 ……る、とぅるるるるるる、とぅるるるるるる。

 デフォルトの着信音らしき目覚ましの音が聞こえ始めた。というより、認識し始めた。

 いつもの位置に手を動かしてアラームを切ろうとすると優しく温かいのにしっかりとした重さが頭を襲った。

 「ぐえっ」

 「……?sorry.」

 ちょっとした痛みで意識がはっきりしてきた。

 どうやら隣で寝てた金剛が代わりにアラームを切ったようだった。うーん……。

 「Wake up.テイトク」

 「起きてるよ。」

 少ししつこい眠気をまとったまま上体を起こすと似たようなことになっている金剛がいた。

 「今朝ぶり。」

 「Hi.」

 胡乱な会話が繰り広げられる。多分、初期のメンツくらいしかこの珍妙な光景は見ていないと思うと後々思ったのだが、今の僕はモロにスルーしていた。

 このまま眠気に負けても良いかと布団に身を預けようとした、まさにその時であった。

 ガララララッッッ!!!!!

 ガンガンガンガン!!!!!

 「総員起こしよっ!起きなさい!!」

 「うるさっ?!」

 「……what?」

 叢雲がボロボロの金属製のバケツとこれまたボロボロのおたまを打ち鳴らしながら執務室に入ってきた。

 「仲良いわね、貴方達。」

 「……それはそれとして、今日の担当叢雲だった?」

 「いいえ、他の娘よ。今朝のお礼を兼ねて代わってもらったの。」

 「すいませんでした。」

 「ふんっ!」

 今朝のドタキャンの憂さ晴らしらしい。

 ……?何か脈絡が変じゃないか?

 自分の肩におたまをぺしぺしと当てながらそっぽを向く叢雲に視線を合わせて、

 「まさかだと思うけど、今日の総員起こしの担当って霞?」

 と、半分冗談半分予想の戯言をほざいてみた。

 「あら、冴えてるじゃない。ジャックポットよ。」

 うーわ、これは僕も霞もばつが悪い。

 「責めないでやってくれないか?霞も悪気があった訳じゃないんだ。人生生きてりゃこういうこともあると思うんだ。」

 なんか浮気がバレたときの悪手を繰り広げている気がする。

 「なんというか……浮気がバレたみたいネー。」

 『金剛(さん)?!』

 客観視すればそうなるよなあと思ってた矢先に思考がバレて驚く僕とトンデモ発言に呆気にとられる叢雲。

 「I'm just kidding.」

 本人いわく冗談らしいがこちらとしては心中読まれたようで少し落ち着かない。

 「……んっん、とにかく、今日はアンタの大好きな催し物の日よ。まったく、いつの間に搬入したんだか。」

 咳払いして文言を紡いだ割にはどこか不服そうなことを言っている。そんな風に聞こえるようで、彼女の目には何故か慈愛というか親のような雰囲気が宿っていた。何というか……『ここまでやれるようになったのね。』って感じのそんな何か。

 「叢雲は短冊ぶら下げてきたの?」

 「総員起こし特権でいの一番よ。」

 「そりゃいいや。」

 起こす前に食堂に行ったのか……。

 「ほら、さっさと起きる。アンタが頭張ってるんだから一番早く起きて皆に姿勢を示しなさい。」

 「あいよ。」

 ようやく、眠気が飛んで思考がクリアになってきた。

 汗で全身が濡れてないか心配になりながらも、軍服のジャケットを羽織って叢雲と廊下に出ることにした。後になってこの服洗濯すると業務に支障が出るからやりたくなかったけど、状況がそんなことを許してはくれなかった。

 一方、金剛は縮こまって布団にもぐり込もうとしていた。

 「ダメでーす。」

 「Oh…….」

 布団を引き剥がして、着替えに戻らせた。

 「さっ、行くわよ。」

 なんだかんだ言って、叢雲も催しが大好きなようでほっこりした。

 「何よ。」

 「なんでも。」

 おっと危ない。

 最古参と古狸は古巣から飛び立った。

 

 ブランチの時間帯、そんな時間帯にはもう笹は短冊まみれになっていた。

 「まさかだと思うけど、一人で三、四枚とかぶら下げてないよね?」

 『……。』

 「コッチヲミロ。」

 全員でそっぽ向くなし。

 「まあ、いっか。」

 追及するのもちょいと面倒だし流すことにした。

 軽く朝食兼昼食を頂いて食堂を出ることにした。

 ドアを開けると海防艦達が短冊の束を持って出てきた。

 そこまでは良かった。

 テンションが高い海防艦達の先頭にいた娘の右手が股間に直撃した。

 「ッッッ?!」

 「あっ、提督?!大丈夫ですか!?」

 「~~~!!!」

 日振の頭を撫でて事がないことを伝えながら痛みを噛み殺す。幸い右舷のみに被弾したため船体は無事だ。もちろん、僕の方の話である。そうは言ってもやっぱいでえ。

 「ろ、廊下は走らないようにね……?」

 「ごめんなさい!ごめんなさい!」

 痛みをこらえながら立ち上がる。

 「ほら、行ってらっしゃい。」

 「は、はい……。失礼します……。」

 股間の激痛を他所にしてまで、そこまで酷い顔をしているだろうかと思ってしまうほどに日振が怯えていた。そろそろ、海防艦も錬度を上げて交流を図った方が良いのかもしれない。

 自分と股間に誓いながら、中庭で安静にすることにした。幸いなことか定かでは無いが僕のいるところからそこへの通用口が近かった。

 右の玉が震えて発痛物質を分泌するのを耐えて中庭でゆっくり……。

 

 

 意識が、途絶えた。

 それが分かったのは、だくだくと流れる汗の気持ち悪さと生命活動の危機を知らせる直感が体を跳ね起こしたことを自覚したときだった。平たく言うと、汗だくで気持ち悪いわ喉からっからで飛び起きた。

 まだ、玉は痛みで震えているが意識をかっさらうほどじゃない。

 今の状態で人と話すのはちょっと好ましくない。思考が鎮守府向きのものではないからだ。うん、ちょっと素に近い。

 少し消えさせてもらおう。

 ステルス迷彩を羽織り、執務室へ帰る。

 迷彩を解除して時計を見ると時刻は午後6時。

 そろそろ天に願いを捧げる頃合いだ。

 ……そうは言っても、やっぱりちょっと痛い。

 布団に寝転がり鎮静を図る。

 

 10分後、まっとうに動けるレベルには回復した。違和感は消えてくれてないが動けなくて挙句の果てに気絶するよりかは何千倍マシだ。うん、日振にぶつかった時よりかはマシ。

 軽くステップ踏んで緊急停止した体にスイッチを入れる。

 「行くか。」

 「あら、思ったより元気そうじゃない。」

 「何とかね。」

 同性同士のノリでノンデリ発言かましそうになった。理性が補正加えてくれて助かった。

 「なら、さっさと来なさい。一応ここの代表者なんだから、お天道様に口きいてらっしゃい。」

 「あいよ。」

 リーダーだから居ないと行事が締まらないということらしい。今思い起こしてみるとここまで忙しい七夕は初めてだったと思う。

 

 鎮守府入口と門の間のスペースにて木材が焚き火でもするかのような形で組まれていた。こじんまりと。

 「Fire!!!」

 「撃てえええ!!!」

 「Feuer!!!」

 ……アゲアゲかしら。火入れのコールが少し物騒だなあ、とやや他人事気味。

 耳にイヤホンっぽい通信機を付けてコール。モスキート音よりかは大分マシな当たり障りのないビープ音が鼓膜をつつく。

 「どーも、明石です。どうしました?」

 「これから笹燃やすんだけど、木組み小さくない?」

 「マジ?」

 「マジ。」

 本当に一人キャンプをするためだけのベースしかない。それこそ、クレームを即入れてしまうほどに。

 「カップラーメン食べててもらえません?」

 「40秒で支度しな。」

 「よよよ。」

 「はいはい、至急ね。」

 「承知。」

 なんというか、漫才じゃないか、これ?

 そんなことを思っていると、明石が颯爽と現れ手際よく木組みをグレードアップしていった。計測したわけではないが、2分とかかっていないのは確信出来る。

 「ふぅ!さあ、火入れをお願いします!」

 「にしても乗り気だな?」

 研究以外には腰が割と重い明石が一陣の風のように現れ、竜巻のように作業をこなしているのには感心と同時に違和感を覚えた。

 なんでこんなに乗り気なのだろうという話だ。

 「楽しそうだけどどうした?」

 「短冊十枚はぶら下げたので!!」

 「強欲だねぇ。」

 「そういう司令官だって個人的なお願い以外の短冊もぶら下げてるじゃないですかあ!」

 「さあ?」

 「とぼけたなくたって知っているんですよ?『皆の願いが叶いますように』って短冊があるの。」

 「無粋だねぇ。」 

 「傲慢ですねぇ。」

 完全に漫才というか老夫婦の会話というか……ううん、あえて言うなら悪友同士の会話だろうか?

 そんなことを考えながら、木組みを少しいじってアルコールを染み込ませた綿を詰め込み火を付けたマッチを放り込んだ。

 煌々と燃える火が夜空に熔け、願いの方舟は泡沫に。

 

 

 

 

 数十日経ったある日、僕は誕生日を迎えた。

 といっても、いつぞやか設定したリマインダーが『おめでとうございます』と無機質な文字を吐き出したのを見るまで忘れていたのだが。

 「誕生日ねぇ……。」

 小さい頃なら、友人同士で『おめでとう』と賛辞を送るのは茶飯事だったのだが今は過ぎ行く時間の引っ掛かりでしかない。濁流がごとき時間に埋もれている何かに過ぎない。

 だから、『祝ってほしい』とか『めでたい』とかは思っていない。でも、こう思っている時点で実際は無垢な子供のように諸手を挙げてはしゃぎたいのもまた事実なのかもしれない。自分の中の子供のケアが出来てないと自覚出来ているだけマシだと吐き捨てて活動するための頭に切り替える。

 「おはよう。」

 自然と挨拶を空に投げる。

 静寂が返ってくる。

 「?」

 切り替えきれてない頭で辺りを見回すといるであろう人がいない。

 確か、昨日あたりに姉妹か戦艦つながりで何かやっていたような気がする。何だったろう。

 着替えを済ませ、障子を開ける。

 静かな府内だと思うほどによく音が通る。

 そして、目の前にはヘドロのような粘液を張り巡らせた深海棲艦の口が……?!

 

 

 

 

 「うわああああ!!!!?」

 「へぶっ?!」

 「あだっ!!」

 額が痛い。

 痛む頭を押さえながら改めて状況把握。

 僕の隣には同じようにぶつけた所を押さえている金剛。

 うん、予想は出来たけど……。

 「何してんの?」

 とりあえず聞いてみることにした。

 

 「うん、何してんの?」

 金剛曰く、めでたい日なのにうなされているこちらが心配になって顔を覗きこんでいたそうだ。そして、白雪姫を連想したとも供述。心配を無下にするようなリアクションになったのはそのためだ。

 「めでたい日って……」

 「提督のBirthdayネー。」

 彼女は僕のスマホのリマインダーを指差してそんなことを言った。

 さっさと着替えを済ませ、障子戸に手を掛ける。

 ふと、手が止まる。

 さっきの悪夢がフラッシュバックする。

 もし、あの怪生物がまた大口を開けて待ち構えていたら?

 もし、皆がいなくなっていたら?

 もし、ここがこの世界の最終防衛ラインだとしたら?

 そんなことを考えていると手に躊躇いが伝わってきた。

 戸惑いはそのうち震えとして手を引かせていく。

 「お仕事の時間ネー!!」

 僕の不安を知ってか知らずか金剛が障子戸を小気味良く開け放った。

 小心者の素が出て、全身の細胞が総毛立つ。そして、目もギュッとつむってしまう。

 開かれた眼前の景色は何も無かった。あるのはよく知る仕置き部屋のドア。

 ふうっ、と胸を撫で下ろす。目線も下に下がる。

 そして、待ってたのであろう第六駆逐隊の姿がそこにあった。

 「…………。」

 勝手に始まった感情の破天荒な動きを無理矢理抑える。

 一つ、二つ、三つと深呼吸。

 そして、彼女らの視線に顔を落とす。

 「どうしたの?」

 幼子に話しかけるように同じ目線に立つ。

 「おや、そんな同志の焦燥している顔は久方ぶりに見たな。」

 『???』

 「そこは良いから、ヴェールヌイ。」

 「そうかい。では、我々からの贈り物だ。」

 普段から大人びているためか姉妹達より少しレベルが上の話し方だった。

 そんな感じだったからかポカンと呆気にとられている姉妹を放り出して、淡々と用件を済ませる別府。

 「ほら、暁、雷、電。行くよ。」

 ポンポンと姉妹の肩を叩いたり、肩を掴んで体を揺すってみたりして呆けを醒まさせている。

 効果ありのようで目の焦点が合ってきたようだ。

 ハッとした様子の三人とやれやれといった様子の一人が改めてこちらに向き直った。

 「いくよ?せーの!」

 『お誕生日おめでとうございます!!』

 元気の良い声でそんなことを言われた。

 どうにもほっこりしてしまう。

 「済まないね、姉と妹が取り乱して。改めて、これが同志へのプレゼントだ。受け取って欲しい。」

 そう言って差し出されたのは、

 「しおり?」

 爛漫に咲いていた桜が浮かぶくらいに綺麗な花びらが栞にはあった。

 「どうしたのこれ?」

 「明石に言って、加工してもらったんだ。作ろうと思った時に風で折れてしまった枝と新鮮な花があったからそれを拝借したのさ。」

 「なるほど。」

 「勿論、同志の自然を愛でる姿勢を尊重しようと思ったから、中庭の桜の枝を手折る真似はしてないさ。」

 「さんきゅ。ありがたく使わせてもらうよ。暁も雷も電も有難う。」

 「れでぃは贈り物も大人なの!」

 「資料をよく見てる司令にはピッタリよね!」

 「なのです!」

 ヴェールヌイの解説とちゃっかり便乗している他の子にやはりほっこりしてしまう。

 そんなことを考えていると目をつむってワクワクしている六駆。

 何だろうかと思ったが、アレかと思い彼女らの頭に手を置く。

 そして、いつも通りわしゃわしゃと撫でようかと思ったが、今日は愛でるように撫でることにした。

 期待より上のことが起きたからかは少し考えにくいがなんというか恍惚とした表情を浮かべる駆逐艦達。……この顔面って小学生くらいの娘がしていいものでは無い気がする。これ以上は言及しない。

 

 第六駆逐隊を見送った後、廊下を歩いていたら潜水艦達に出会った。先頭にはまるゆ、ろーちゃん、ハチ、イムヤ、ゴーヤの順番でこちらに相対した。

 「おはようございまーす!」

 「元気の良いお野菜で。」

 「そっちじゃないです!」

 「おう、すまんすまん。おはよう。」

 なんとなくで始めて以来、名前をからかうのは様式美となっていた。断っておくと、彼女の錬度はそこそこ高いため互いに『気心知れた仲間』と言った認識だ

 「おはようございます。」

 「まるゆもおはよう。」

 「まるゆは普通なんですね?」

 「ですですっ!」

 ツッコミするアハトもといはっちゃんとそれに便乗するろーちゃん。

 「……。」

 そして、無言のイムヤ。

 「イムヤ、どうしたの?」

 「いや……」

 重々しく唇を動かすイムヤ。果たして、ここから何が来るかと思い身構え……ることはなくただ何を話すかを純粋に僕は待っていた。

 「提督のブツはどこにしまってるのかなあって思ってただけ。」

 『ブッ!!!?』

 僕とはっちゃん、ゴーヤが吹き出した。

 トンデモ発言からは考えられないほどにブツブツと独り言を喋りながら思案に暮れているイムヤ。

 そして、よく分かってないろーちゃんとまるゆは小首を傾げていた。頼むから君たちはそのままでいて欲しい。

 「提督……。」

 呼び掛けてきたのはゴーヤだった。どうにも耳打ちするレベルという判断が合致したため、ゴーヤに対して声を潜めて詰問する。

 「逆に君とはっちゃんは何で知ってるの?」

 「私に聞かれても困るでち。お上に叩き込まれたとしても随分昔の話ですし。」

 「それはすまん。」

 「ともかく、イムヤの意図を探って。」

 それを最後に彼女は僕の耳から口を離した。

 「イムヤ?ごめん、何て言った?」

 とりあえず、すっとぼけて言い直してもらうことにした。

 「いえ、提督のモノがどこにあるのかと……」

 やっぱり噴飯ものだった?!

 この娘、頭の中が赤と白を混ぜた色に染まってる?!

 ゴーヤとはっちゃんも似たようなリアクションしてるし!

 大人組が狼狽しかけて来てイムヤの目の焦点が現世に当たってきた。

 「?……!」

 「あのー……イムヤさん?」

 「……ええっと、そういう意味じゃないの。」

 「アッ、ハイ」

 安心したけど、分かってる側の人だった。

 「じゃあ、どういうこと?」

 さて、真意を探ろう。噴き出したエア飯返して。

 「私って海のスナイパーなんですよ。」

 「アッ……そうだね。」

 二回目の生返事かますとこだった。素性を知らない人が聞いたら間違いなく頓狂な反応をすると思う。

 イムヤは自他共に認める海のスナイパーであり、史実も輝かしいものがある。それをFPS風に言えば、裏取りして連覇している感じの史実だ。ただ、錬度があまり足りないからかその片鱗は一向に見えてこない。

 「説明させて。」

 赤面した様子で手でこちらを静止しつつ、自身の言葉を紡ぎ始めた。

 

 数分後、やっぱりというかなんというか……。

 つまるところ、普段携行している麻酔銃はどこにしまっているのかということを思案しているところで問題発言をぶちかました……っと。

 「忘れて。」

 「そうしとく。」

 「一件落着でち。」

 「ですです。」

 「皆さん、本命を忘れていますよ。」

 『あっ!』

 潜水艦一同がはっとした様子でこちらを見始めた。

 「てーとく」

 ゴーヤが後ろ手に何かを隠しながら僕に笑顔を向けてきた。その笑顔に不自然な感じはしない。

 「はい、これ」

 彼女の手ずから渡されたものは、大量の『肩たたき券』だった。幼さを感じる字がなんともアットホーム。

 「アハトたちだけじゃなくて、海防艦ちゃんたちの分も含んでます。」

 「だからこんなに分厚いのか。」

 厚さだけみれば、辞典などに迫るほどのものがある。

 「私たちも司令をお助けしたいんです。」

 「まるゆは隊長に居場所をもらいました。恩を返したいんです。」

 「まるゆ……。」

 ちょいしんみりしてきた。……よし!

 「みんなぁ?ちょっと執務室に来てくれる?」

 『?』

 早速ギフトチケットを使うことにした。

 

 

 余談も余談だが、嬉しさ半分老け込んだ感半分と言った感じだった。海防艦もいたからか自分の子供に肩を叩いてもらっている感じがなんとも……。

 

 

 執務室でチケットを使った後、伊勢と日向に会った。

 一昨年は水上観測機のミニチュアフィギュアだった。去年は製作にてこずっているとのことで何も贈り物は無かった。

 そして、今年はうちの水上機で一位二位を争うレベルの瑞雲(六三一空)のフィギュアだった。一昨年よりも大きめで、棚の上とかに置いたら色もあって映えそうだなあと思った。

 「ふふふ、会心の出来だ。」

 瑞雲だけにずいずい来る日向。妖しい、というか怪しい笑みである。

 「すいません、他の娘の装備借りちゃって。」

 「良いよ、最近僕が指示出してないから戦闘することもないし。」

 「ほんと、すいません。」

 「ふふふふふふ……」

 「日向?」

 「ずいずい瑞雲。」

 「?!」

 「時津風返し!」

 「!?」

 一言詫びさせようとした伊勢は奇妙なことを言い始めた日向に驚いた。そして、言葉を挟む間もなく奇行で返した僕に再び驚く伊勢。

 「しれぇ、よんだ?」

 そんでもって近場にいた時津風が遊んでアピール。

 「はいはい、いい子だねぇ。」

 遊びはしないが抱っこはする。

 「あとでボールで遊ぼうねー。」

 「はーい!」

 「~?」

 伊勢のキャパを超えたらしい。ポカーンとしている。本で使う表現で言うのなら呆気にとられていると言った感じだ。

 「まあ、そうなるな。」

 「締めたねぇ。」

 「……?……!いやいや?!全然分かんないから!」

 立ち直った伊勢がツッコンで瑞雲絡み……もとい、伊勢型絡みの話の肝は終わった。瑞雲六三一型は前にもらった瑞雲と共に棚に飾らせてもらった。

 

 「遊ぼ!」

 「ごめん、司令。夕立はただ遊びたいだけなんだ。」

 潮流が唐突に始まった。

 「遊ぶのは良いけど、ずいぶん急だね?」

 「提督さんは川内とばっかり遊んでてずる~い!」

 あー、なるほど?

 「事情は知っているのだけど、夕立の中では解釈が違うみたいなんだ。」

 「聞いた感じそうなのかなあって感じはする。」

 対人戦の訓練になりつつあるアレが遊びと感じられるあたり夕立のパーソナルデータの原本って物騒なのかもしれん。あとで、地下の蔵書を漁ってみることにする。……にしても模擬戦闘を遊びとする辺りなあ。

 「時雨も遊ぶっぽい?」

 「良いさ。」

 「っぽ~い!」

 うーん、ワンコワンコしてきた。なんと言うか、じゃれつくダックスフンドと大人しい柴犬と遊ぶことになった……ぁ?

 

 

 空に飛ぶボール、飛びつく夕立、普通にキャッチする時雨。

 「子供って体力すげえ。」

 「何を言ってるんだい、司令。提督だって若いじゃないか。」

 「十代に比べれば二十代なんて老いさらばえたもんよ。」

 「老衰した人間は鉄砲玉相手に完封勝利しないんだよ。」

 「うーん、老獪な奇策ってことにしといて。」

 「頑なだねえ。」

 何というか会社の屋上でコーヒー休憩している新入社員と課長の会話みたいなことになっている。

 「???」

 「ねぇ、夕立。司令っておじいちゃんに見える?」

 「お兄ちゃんっぽい。」

 「ほら」

 「う~ん。」

 …………?ちょっと待って、ボール速くない?!

 「はい、ストップ。」

 『?』

 「はーい、こっそり艤装リング使ってるね?」

 「バレたか。」

 「むぅ~。」

 艤装リング、艤装を装備するための固定具かつブースターなのだが、それを着けた艦娘は見た目の肉体年齢を大きく凌駕した総合力を得られる。ぶっちゃけて言えば、超バフ装備である。

 「川内だって割と最初の方から着けてるのに……。」

 「初耳なんだけど。」

 どうりで足音とスピードが並外れているわけだ。あとで、虎の子出して完封しよう。自力で演習している僕が悲しくなるじゃあないか。

 「僕にも稽古をつけてくれないか?」

 「後ろから忍び寄らないの、初月。ちょっとびっくりした。」

 「お返しさ。」

 あのなあ……と言おうと思った刹那。

 「なに、分かってるさ。人としての君の義理堅さは。ただ、女としては一夜でも馬鹿をみたいとも思うのさ。」

 「ほーら、夕立とってこーい。」

 「っぽ~い!!!」

 「……で、なんて?」

 「流石に酷くないか?」

 「遊んでる最中に口説く方がどうかしてる。」

 「しかも、ちゃんと聞いてるんだから、まったく。……待てよ、遊びというのはそういう?!」

 「秒で矛盾していくスタイルは面白いと思うけど勘弁して。」

 ついでに明石に頭のネジを締め直してもらえと言おうと思ったが業者が業者だった。始末が悪い。

 「ふふふ」

 「ぽーい!!」

 高校生が投げたような速球が返ってくる。ベアハンドで捕球する。いったいなあ。

 初月の肩を優しくたたき、ボールを目の前でチラチラさせる。

 彼女の目がボールを追い始めたのを確認して、

 「とってこおおおおおい!!!!」

 と弱い肩ながらに遠投。

 案の定食らいつく初月。

 ボールを追いかける彼女の背中にはふりふりとご機嫌な尻尾が見えてしまうほど嬉しそうだった。髪色から黒の柴犬を連想してしまう。

 ああ、これが平和か……などとほっこりしているととんでもない形相で戻ってくる初月を捉えた。

 「司令官、かくまってくれ!!!」

 「かくまうも何も目の前じゃねえか。……あと、なんで足柄が来てんの?」

 「……。」

 「無言怖。」

 「……。」

 「わかった!分かったから至近距離でフルピッチングの構えやめて!」

 遊びたいらしい。

 「わひゃいもやいまふ。」

 「赤城はもの食べながら歩かない。」

 このあと、めちゃくちゃリング付きの駆逐艦とドーピングはしてない巡洋艦と空母で遊んだ。

 

 一時間程度経ったころ、熱中症の防止のため引き上げさせた。

 執務室の冷蔵庫で冷やしておいたドリンクをさっきまで一緒だった面子に渡して、僕は一際大きい水筒の中身を一口飲んで休んで飲んでを繰り返す。下手にがぶ飲みして水中毒になっても困るからだ。

 口つけたコップやら僕だけ分量が多いだとかちょっとしたゴタゴタはあったが、どうにか収まった。

 さて、まだ午前のあたりだ。何をしよう。

 ふと、気がつくといつもの中庭の桜の木の下で青々とした葉を見つめていた。

 

 いつからいつまでこうしていたのかは自覚がない。木陰とはいえ、もう正午に近い頃合いだ。気温も上がってくる。まあ、暑いのよ。暑いって思うと途端に汗が吹き出してくる。

 顔中の汗を振り払うように上体を起こし、額の汗を腕でぬぐう。

 「あっつ……」

 考える場所を間違えたと後悔するより先によく聞く声が通用口から聞こえた。

 「Hi、elevensネー。」

 そんな時間か、と小声でつぶやくと共に立ち上がって金剛の元に向かう。

 すっかり、英国の文化に馴染んでしまった自分がいる。朝にも昼前にも夕方にも紅茶を飲んでいる。このままだと訳の分からない兵器の構想でも思い付いてしまうのではないかと、初めの頃は危惧していた。が、すぐに元からおかしい思考回路をしているから今更かと思いイギリスカルチャーに傾倒していった。

 ドアを開けて冷房が効いた府内に入ると、金剛が琥珀色の液体が入ったグラス2つをお盆に乗せて待っていた。

 「今日はアイスティーネー。」

 「今日もアイスティーな。他の姉妹は良いのか?」

 「アフタヌーンティーなら3時のおやつに丁度良いと思いマース。」

 日本の文化に傾倒しているのは向こうらしい。

 「それに、お仕事をされている提督への労いです。」

 「労いったって言われても何もしてないぞ?」

 「いつも遊び疲れるまで寝ない人たちを相手にしてもらってたので助かってマース。」

 「そういうこと?」

 夕立や足柄ならまだしも、時雨や初月もそういう面子なのに少し驚いた。赤城はベクトルが違う気がする。

 「だから、今日のプレゼントとは別のカテゴリーデース!」

 「なるほどね、差し入れってことか。」

 グラスを手に取り中身をあおる。スッキリとした甘さと紅茶の風味、ほんのりと効いた砂糖が口の中を潤わせてくれる。

 「まあ、もしかしたらプレゼントをもらうのは私かもしれません。」

 なんかモジモジし始めた。

 「いつも通り……だと、刺激が足りないかな?」

 「?!」

 ちょっと煽ってみると更にモジモジが加速した。なんなら赤面してるし……。

 「この話の続きはまた夜にな。」

 「……ハイ。」

 頭から湯気が出ていると思ってしまうほどに彼女の顔は紅かった。うーん、ピンクダイアモンド。

 

 軽めのティータイムをはさんで、僕は何故か明石の部屋に向かっていた。理由を聞かれてしまうと困ってしまうが、詰まるところ刺激が欲しくなっただけだ。暇だからっていうのも理由に入る。

 その道のりの最中、施工中の立て札とその周辺の四方を囲むようにパイロンが立っていた。それと飛沫が飛び散らないようにという配慮からか防塵用のネットが張られていた。

 作業をやめているからか、物音はしない。

 「何してんの?」

 ネット越しに声をかけると、居酒屋ののれんでもめくるかのように明石が顔を出した。

 「司令官への誕生日プレゼントを作ってます!」

 「やけに素直に言うじゃん。」

 「ここが最後なのでちょっと待って頂ければ説明出来ます!」

 「じゃあ部屋入っとるで。」

 「はーい。」

 しれっと始まった会話がしれっと終わる。会話だけなら付き合ってそこそこのカップルか悪友に見えるだろう。無論、僕と明石は後者なのだが

 「と、思ったんですけど仕込み終わりました。見てってください。」

 ぎぃぃゆぅぅぅぅう

 「肩を掴んだときの強さじゃないよ?」

 ジンジン来そうな痛みをどうにか知らないフリをして真後ろの明石に向く。

 囲いの中から伸びた腕の誘いを受ける。

 中に入ると、何の変哲もない壁……いや、目をこらせばうっすら見える切断の跡。

 「何した?」

 「見ててくださいね。」

 立ち上がるやいなや壁に向かってローなトーキックをかます明石。

 「何してんの?」

 ほんとこれに尽きる。何してん。

 「チッチッチッ、まだ分かりませんか?」

 「分からん、帰る」

 囲いを蹴破って帰ろうとする僕を明石はさっきよりも強い力で引き留める。

 「いだだだだだだっ!!!お前も艤装リング着用か、明石。」

 あえて、というか見たくなかった、というか彼女の腰の得物を見ないフリをしていたが認めざるを得ないようだ。

 「司令を止めるにはこれくらいしないと。」

 「そんなことするならマトモに説明してくれ。」

 痛む肩をさすりながら明石とむき出しになった仕掛けを見る。

 明石はちょっと涙目になっていた。

 まあ、そこはスルーでいい。この仕掛けは何だろうか。

 観察して分かることは、何かしらの棒状の物を蹴った勢いで放り投げる仕掛けらしい。だが、その肝心な棒状の物体の見当がつかない。

 投げることで効果を得るのなら、スタングレネードやスモークグレネード……んにゃ、筒状物質だなあ。スタンブレードなら辻褄が合……?

 「なあ、明石。」

 「はい?」

 「まさかだと思うけど、あの刀投げるやつじゃないよな?」

 「あの刀ですか?」

 もう一押ししてくれと言わんばかりにすっとぼける。

 「明石の作った電気の出力狂った刀をぶん投げるやつか?」

 「大正解です!」

 …………んー、あれ?何かここで最後とか言ってなかった?しかも、アレぶん投げる装置とか言ってたよな?

 「……はぁ」

 「どうされました?」

 「いや、何でも。」

 鎮守府内でバカスカインスタントサンダー炸裂することになるんよな、なんて思うと指摘しまくる気概が失せた。

 「あっ…と、忘れてました。これ、改めて納品です。」

 「すっかり忘れてた。」

 「試しにスタンブレードの方を抜いてみて下さい。」

 「こっちか。」

 軽く半年前のことで頭が混乱したが、メインが刀なのを思い出して脇差の方を抜く。

 雷鳴が轟くどころか、抜刀した音は刃物のカバーを外した際のスタイリッシュなものだった。

 刃を見れば、パチパチと放電していた。うーん、溢れ出る高電圧感。

 「これ、本当に出力加減した?」

 「かなーり。」

 「スタンどころかポックリな気がする。」

 「ちょっと見せて下さいね?」

 「ほい」

 流石に明石とは言え、物騒なものを抜き身で渡すわけにもいかず納刀して手渡した。

 「ふんふん、えーっと……ああ!」

 鯉口を切って、わずかにのぞく刀身を鑑定する明石。幾ばくの時を待たずに作業は終わったようだ。

 「これ、エフェクトじゃなくて電力調節の放電です。採用したのが小型の発電機構なのでその関連です。」

 「つまり?」

 要領は得ているのだが、先ほどのお返しだ。

 「ちゃんとスタンガンします。」

 「日本語喋ってる?」

 要領を得なくなってしまった。『つまり』の使い方を教えた方が良いのだろうか。

 「あー……、はい、スタンガンします。」

 強調した?

 「なんて言えば良いんですかね……。あっ、ご希望通りの仕様となりました!」

 「はい、良くできました。」

 最初からその台詞を聞きたかった。

 

 その後、ワンタッチスルーならぬワンキックスルーの練習をすることになったのは言うまでもない。もちろん、防塵用の囲いは広くして敢行した。

 

 「今後ともご贔屓に!」

 「考えとく。」

 川内型との夜戦演習にもってこいなギミックが追加されてしまった。まあ、1VS3だからしょうがないかもしれないと受け入れることにした。

 何故、川内だけでなく彼女を長女とした次女、三女の二人までが参戦してしまったのか。

 この出来事は些末なため、一言だけ簡単に示す。

 『神通が後学のためとして、参戦した。』……これに尽きる。百歩譲って後学だとしても艤装リングつけて三人とも全力なのは買い被りが過ぎる気がする。

 先陣を川内が切り、那珂が囮、神通が裏取りという立派なフォーメーションを組んでる。

 まあ、最初の頃は那珂が毒ガス中のカナリアみたいな扱いになってはいたのだが、今は優秀なデコイ……もとい、ソナーになっている。こちらとしては悲しいかな、最初に那珂を沈黙させると位置情報がバレるし、彼女以外のどちらか一人を制圧すると動く騒音となってこちらの耳を潰してくる。

 こうなると、川内と神通をほぼ同時に落として那珂を速攻で静かにさせないといけない。なんなら真夜中にやるから速攻は確定。手が限られてしまうのがなんとも。飛車と角行、金将を落として戦っている気分だ。

 「やれやれ。」

 頭の中でわき出た文言に対して、落とし所を口に出す。

 つまるところ、ため息混じりの愚痴を出したかっただけだ。

 「やっほー!」

 「うーい。」

 「元気ないね?」

 親戚の姪っ子のように手を振って突っ込んできたのは件の川内だった。

 「はーい、女の子ならめったやたらと男に抱きつかない。危ないぞ。」

 「???」

 「ダメだこりゃ。」

 「ああ!!馬鹿にしてる!!」

 「分かる?」

 「分かるう!!!」

 わざとらしく小馬鹿にした顔をすると、川内が怒り始めた。抱きついたかと思いきや今度は胸のあたりをポコポコ叩いてきた。艤装リングがついてないからか、加減してくれているのか痛くない。

 「姉さん、みっともないですよ。」

 川内を後ろからたしなめる神通。その調子でどうにかして欲しい……?

 「神通さん?」

 「神通?」

 「捕まえた。」

 姉が前なら、妹は後ろから抱きついてきた。

 「これが、夜だったら良かったのに。」

 そして、とんでもないことを言い始めた……ように思えたが、戦闘民族っぽい神通が言うことは一回も上げないこちらの黒星の話だろうと変換出来るため受け流すことにした。

 そんな中、那珂は傍観していた。

 まさか、なんて思ったが姉にならって抱きついてくるようなことは無かった。

 「はーい、離れて離れて。」

 それどころか引き剥がしてくれた。

 「プロデューサーは那珂ちゃんのコーチするの!」

 どうあがいても何かしらに引っ張られてしまう。違う言い方をするのなら三者三様である。

 逆に考えるんだ、引かれて困るなら押してしまえ。

 「ほーれ、逃げろお。」

 『?』

 背中のステルス迷彩を剥がして、ライトマシンガン型の麻酔銃を取り出す。

 「く・ん・れ・ん・か・い・し。」

 コッキングしてチャンバーに弾を込める。

 そして、ストックと引き金に指をかけて……

 『すいませんでした!!!』

 乱射する前に逃げられてしまった。

 スタコラ逃げられてしまいどうやってこの銃を片付けたら良いか途方に暮れた。

 「成長したなあ。」

 そういうことにしておいた。

 

 適当に昼食を済ませ、立ち上がろうとしたとき僕の服の裾を引っ張る艦娘がいた。

 「しれぇ、あそぼ。」

 「あ」

 午前中に時津風と遊ぶ約束をしていたのを忘れていた。

 「っぽい!」

 「夕立も?」

 「しれえ!」

 「雪風。」

 「ぱぱ?遊ぶの?」

 「山風もかあ。」

 「じゃあ、私はタイムキーパーもろもろをやるわ。」

 「そういう叢雲は遊ばんの?」

 一歩引いた立ち位置から役割を買ってでた叢雲。

 「あんた昼間気絶しかけたじゃない。私がいないとてんで駄目ね。」

 だ、そうだ。何か言おうと思ったが、先刻のことは事実だから反論出来ない

 「タイムキーパーしつつ遊べば?」

 「ナイス夕立。」

 結局のとこそういうことになる。

 「やれやれ、しょうがないわね。」

 叢雲の口の端にニヤケが出ているのは言わぬが華と思った。

 

 「かくれんぼしよ。」

 言い出しっぺの法則、というやつなのだろうか。そんな時津風の一言で蜘蛛の子を散らすように駆けていくテンポの早い足音が聞こえ、遠ざかる。

 何故視覚の情報が無いのか、簡単な話だ。じゃんけんに負けて鬼役になってしまったのだ。目を自分で塞いでいるから見えないのである。叢雲のカウントダウンが終わると同時にてくてくと歩きだしてしまうあたり、僕は尋常じゃないほどマイペースらしい。

 

 「鬼ごっこっぽい!」

 ステルス迷彩を駆使して手早く見つけて次は夕立の鬼ごっこリクエストかあ。深く考えるのはやめているあたり頭がオートパイロットに入っているらしい。

 「飲んどきなさい。」

 「助かる。」

 自家製スポーツドリンクを二口ほど飲む。そして、水筒をライトマシンガンと同じ場所にくくりつける。

 「頼むから艤装リングはやめとくれ。泥試合になる。」

 『ええええええええ!!!!!!』

 「なんで全員からブーイング?」

 「川内さんとは艤装リング有りでやってるっぽい!!」

 「そうきいてるよ?パパ」

 「しれぇ、ずるはダメだよ?」

 「しれえ?」

 「そうよそうよ。」

 「なんでしれっと叢雲もそっち側なの?」

 うん、叢雲はこっちサイドかと思った。

 「いえ、別に。……ククク」

 「おーい、叢雲ぉ?こっち見ぃ?」

 顔を逸らして笑いを噛み殺している。

 顔を近づけても逸らし続けるから、思わず片方の目だけ寄り目をしてみた。

 「ブッ!!!」

 「あぶなっ!!?」

 吹き出されてしもうた。あと、ツバがこちらの眼球に対して至近弾。

 「レディの分泌物が汚いわけないでしょ?!!」

 「なわけあるか!」

 喧嘩らしき何かが始まりかけるが、山風が僕の右足を体全部を使ってホールド。叢雲は夕立と時津風が割って入ってなだめた。

 数十秒おいて、艤装リングを装備する音が耳朶を打つ。カチリじゃないんよなあ。

 流石に人数や状況が非対称なのは僕に対して容赦が無いということで川内型達の演習の僕側のルールを適応していいとのこと。

 早い話、フル装備して構わないからリング装着を認めろとのこと。

 「一個忠告ね?」

 『?』

 「麻酔銃使えるなら、もうこれ以上遊べなくなるけど良い?」

 『やだあああああああああ!!!!!』

 どうやら前言撤回らしい。

 「ほら、普通に鬼ごっこするわよ。」

 『はーい。」

 大人しくリングを外す面々。一人で外せない時津風や、外すのに手間取る山風に思わずほっこりした。見かねた叢雲が外すのを手伝ったりしてて姉妹なのかと思った。

 反面、雪風と夕立、叢雲は速い。流石に戦闘慣れしているだけある。

 

 わちゃわちゃと走り出す駆逐艦達にさっさと鬼役を渡して静観を決め込もうとしたが、僕に割と鬼が回ってくる。

 まあ、こちらの縛りとしてテクテク歩いてくれとのことだから仕方の無いことだ。

 鬼ごっこというよりかは、徘徊する老人に挨拶する近所の小学生と言った絵面とも言えてしまう……。

 「鬼さんこっちっぽい~!」

 「はいはい。」

 「ぱぱ、うわきのしょーこあるよ?」

 「はい?」

 「お義父さん、認知して頂戴。貴方の子よ。」

 「おとぅ。」

 「のんびりしたおさんぽを修羅場にすな。」

 台詞が物騒になってきたからツッコんでおく。

 「アンタ、普段の方が歩くの速くない?」

 「大人だからねぇ。」

 「どーだか。」

 「ぱぱ、うわき?」

 珍しくテンションが高い山風。よーし、パパ頑張っちゃうぞ~。歩幅をかなり広く、ケイデンスは軽やかに速く。油断した山風にタッチするまでそう時間はかからなかった。

 「はーい、山風鬼ね。」

 「ひどーい。」

 「ご本いっぱい読んでお勉強しようなあ?」

 「ごめんなひゃいごめんなひゃい!」

 「この口か?この口がイケないのか?」

 つらまえて愉しむ幼子の頬の感触は心地よい……、じゃなくて、とんでもないことを言う山風にちょっとお仕置き。彼女の頬を軽くつまんだり、ふにふにしたり、もちもちしたり……やはり、心地よい。

 「不審者よ、夕立憲兵へ連絡を。」

 「分かったわ。」

 「やめーや。」

 距離感が近いアットホームな職場と言えば聞こえは良さそうだなと身と益体のないことを考えてしまう。

 

 何回か鬼役と子役が変わった頃、流石に給水する必要があると総意で決まった。その後、解散した。……まあ、体よくはけさせただけなのだが。

 時刻は午後2時30分。

 普通におやつの時間だ。この職に就く(?)前は、このルーティンを蔑ろに……いや、ただ不規則だったから行えなかった。

 それがいまやどうだろうか。ほんの少しの糖分を求めて腹が減る。健康優良児のような生活リズムだ。数年前の自分に聞かせたら嫉妬してしまう、かも?いや、胃痛が増すだけかもな。

 思い出すは苦労の連続。多勢に無勢な異性の山、大人数のケア、解離出来ないコミュニケーションの数々。ストレスフルだった自分がそんな未来を聞いたら飲む睡眠導入剤が増えているだろう。

 けど、マイナスしか見えないだろう前の僕とは少しだけ視点は違う。どうしようもないやつらのどうしようもなくだらけた、守りたい笑顔が今や僕の後ろに立っている。そんな兵士の風上にも置けない奴らを意地と胸と背中を張って守るのが今の僕だ。

 良い意味でストレスの角が丸くなった。それだけの話。

 「Hey,提督ぅ。おやつの時間ネー。」

 嗚呼、そうだ。妻が出来た、なんて言ったら昔の僕はどんな顔をするだろうか。

 「はいはい」

 玄関から手を振る金剛が煌々と輝いて見えた。

 

 

 

 綺麗な白のテーブル、見慣れたティーセット、ケーキスタンドに人数分のスコーンやケーキ。円卓を囲むは金剛型の四人と戦争を忌む者、もといwarspiteと僕の六人。丸に三回線を引いたら出来るであろう交点に腰を下ろしていた面々にならって空いている席に座る。

 ほうっと立ち上る湯気から透けて見える戦艦たちが和気あいあいと会話をしていた。

 楽しそうだ、そう思って淹れたての紅茶に口を付ける。

 「あ"っつ!」

 「What?!」

 「司令?!」

 「やけどした。」

 熱さに思わず舌を出す。

 「Oh,cu…….」

 「金剛?なんか言った?」

 「Nothing.」

 あからさまな赤ら顔。なして?

 「姉様、砂糖吐きそうです。」

 『同じく』

 「sorry…….」

 「?」

 何がどうなってこうなっているのか分からない。きっと空腹のせいだろう。……鈍感系主人公ムーヴかましている気がするけど気のせい気のせい。ツリーフェアリー。

 

 適当にもしゃもしゃしていたら頭が冴えてきた。ここからは話に入っていこう。

 「Hey,提督ぅ。」

 「?」

 「こんな話知ってる?」

 なんか真面目な顔してこちらを見る金剛。

 「提督や私達って安楽椅子に座る古狸って言われていたって話。」

 「初耳だな。」

 「あー、聞いたことがあります。ちょっとマイクセットしますね。」

 流れるように余計なことをし始める霧島。止めようとしたら榛名と比叡がガード。

 「久々なんでやらせてあげてください!。」

 「榛名もそう思います。」

 だ、そうだ。音響の仕事任せたりしてるけど、それでも足らぬか。

 「あー、テステス。」

 ハウリングすることなく聞き取りやすいボリュームの音と整った声が空気を揺らす。慣れたものだと感心した。

 「本件に関するガイダンスを行いたいと思います。」

 霧島が眼鏡をきらめかせて話し始めた。

 

 先日のことである。

 配属されたての艦娘や錬度が一切上げられていない艦娘たちが、『いつもワチャワチャやってる提督やその取り巻きは政府の財源を食い物にして体よくサボっているのではないか』ということを考えるようになったらしい。演習や出撃を行わないのはそれが露呈させずにうやむやにするためではないかとも。

 先述の通り、一人が思ったわけではなく同じような艦娘たちが同じようなことを考えたことによってあられもない噂は広まっていった。

 

 「なるほどね。そりゃ確かに置物だわな。」

 「確かにネー。」

 『ちゃんとして下さい!!!』

 比叡、榛名、Warspiteが同時に声を発した。

 「まあま、霧ちゃん。続きあるんでしょ?」

 「ちゃんと差し込ませて下さい……。」

 「お株盗ってゴメン。」

 「TO BE CONTINUED.」

 「姉様、切らないで下さい。」

 「続きはよ。」

 「……もう、お二人とも。霧島が困ってますから。」

 「ぴえん。」

 霧島が変な語句を使い始めた……。

 『キャラ違くない?!』

 いじり倒そうとしてた僕と金剛が思わずツッコむ。

 「えぇー……では、私榛名から続きを」

 「これ以上掻き乱さないで……」

 Warspiteがわたわたし始めたのを尻目に霧島が弁舌をふるいはじめた。

 

 あの時……クリスマスイブを大演習にあてた日のことだ。大和型二隻をそれぞれ別々に旗艦に据えた連合艦隊の試合があった。

 正直、低錬度の艦娘がドン引いていたらしい。

 

 「なにゆえ?」

 回想をぶった切って霧島に尋ねる。

 「簡単な話ですよ。」

 眼鏡をクイッと直しながら、霧島は言った。

 「戦闘スタイルが異様なんですよ。」

 

 どういうことかを尋ねる前にMCは語り始めた。

 眼光は軌跡となって、砲弾は飛沫となって、悲鳴は歓声となった。凄絶な砲撃戦は超至近距離、おまけに乱打戦だったらしい。対峙した武蔵と大和は互いに一歩も譲らなかったそうだ。

 二人の決着がつく頃には、バリアが剥がれた艦娘たちが二人を鼓舞していた。

 そりゃ殴り合いの距離でガンファイトが長時間続けば待機してるやつは応援するわな。

 

 「どうりでね。」

 「はい、道理です。」

 「ただ、一つ問題が……。」

 おずおずと会話に入ってくる榛名。歯切れが悪いな?

 「どうしたの?」

 「榛名、私から言うね?」

 妹の代弁を比叡がするみたいだ。

 「えーっと、私たちの演習を見た娘たちがね……。」

 比叡も歯切れが悪い。

 「Hahaha…….」

 金剛もか。

 「あのですね、提督。」

 霧島が姉一同の説明引き継いだ。

 

 金剛型は1、4と2、3で別れて連合艦隊の旗艦と副旗艦を務めたらしい。金剛と霧島、比叡と榛名がペアになって様々な錬度帯の子達をまとめあげた。その錬度帯には、古狸と後ろ指を指した者も含まれていたらしいのだが……。

 

 「一言で言えば、地獄絵図……ですかね?」

 そんなことを霧島は遠い目で言った。

 

 どうにも、大和と武蔵の演習が前座だったと言わんばかりの肉薄した戦闘を行ったらしい。砲撃の衝撃で霧島の眼鏡にヒビが入ったり、榛名のダズル迷彩が至近弾をかすめたせいか通常の砲台にしか見えなくなってしまうほどの戦闘だったとかなんとか。

 

 「ハッスルしすぎじゃない?」

 霧島は過去、というか史実では弾道計算なんて放棄してしまうほどの至近距離での乱打戦を繰り広げていたそうだ。データが反映されているのかどうかは確かめる術はないのだが、どうにも至近距離の戦闘を楽しそうに感じている節はある。

 「ふふふ……。」

 ほら、楽しそう。

 

 姉妹で大立ち回りを演じたことによって、古狸だの女狐だの言われなくなったそうだ。が、余程鬼気迫るものだったのか、この演習以降『姐さん方』やら『姉貴』やら言われるようになってしまったとか……。

 

 「困ったものデスネー。」

 誇らしげに遠くを見る金剛を横目に啜った紅茶は生温かった。

 なんか金剛型キラキラし始めたし。

 水を差すことになるが、余計な詰問をしようと口を開きかけた。その時だった。

 こちらの肩に手を置く者がいた。

 「?」

 「……!!」

 その者曰く、それは悪手だそうだ。こちらに向ける視線と日本式の身振りとして横に振り続ける顔が何よりも雄弁だった。

 「……。」

 「…………。」

 目と目で話すのは何も長く付き合いのある親しい間柄のみではないことを僕は知った。

 ホッとしたのか、居ずまいを正すようにWarspiteは紅茶を啜った。

 ……ここまでの流れを簡単にまとめるなら『元レディースの社員が最近ぶちアゲた手柄を話しているのを聞かされた現職場の上司』ってとこだろう。

 そして、訂正しよう。Warspiteは居ずまいを正すためでなく現実から逃げるため遠い目を紅茶を啜ったのちにした。

 「なるほどね……」

 会話を続けるためでなく、別の道を歩むために倣うことにした。

 堂に入った所作で紅茶を飲んだ後、一切合切の感情を頭から叩き出し無の境地に入った。

 すうっと透き通った、ずうっと遠くの空を眺め時が過ぎていく。

 

 

 「……く!……とく!」

 声がした。

 酷く視界が揺れる。

 「いとく!……提督!」

 紡がれる言の葉が鮮明に聞こえ始める。

 「司令!」

 「提督!」

 「Admiral!」

 「……ぁ?」

 すっかり渇いた口から発した声はかすれていた。

 目の前のケーキスタンドから食物を連想して唾液を無理矢理出す。汚いが唾液で口をゆすいで飲み込むことで喋れるようにした。

 「どうした?」

 本調子でこそないが、声は出した。

 『ふう……』

 安堵のため息が聞こえる。

 「心配したんですよ、提督。白目を出して失神してるみたいだったので。」

 「マジ?」

 「いえ、アレはsleepingネー。たまに見マース。」

 「マジ?」

 「さっきまでの司令は?」

 「馬耳……やかましいわ。」

 漫才が済んだところで別の議題に切り替わったらしいことを伝え聞く。

 「……んで、なんの話だったっけ?」

 「再戦を要求します。」

 「おっし、帰る。」

 「Please wait!」

 「おうちかえる!」

 「お忘れですか、司令の家はここです」

 「やー!」

 腕と足と頭を五人がかりでホールドされる。

 何故、年齢的にキツイ態度をとっているかというと……。

 

 簡単な話、金剛型四人を相手にした対人演習にて完勝してしまったからである。ルールは川内型と同じ。当初泣きつかれるかと思っていたが、めがっさ駄々こねられた。

 正直に白状すると、川内たちより頭が回る分キツかった。

 まあ、装備を出し惜しめただけ僥倖だったが。

 

 そういう訳で疲れるから是非とも断りたいのだ。

 「第一、僕に何の得があるのさ?」

 「ワタシとBurning出来マース。」

 後で石炭にしたる。

 「日常をカウントすな。」

 「日頃の感謝って大事ですよね。」

 「掩護射撃すな。」

 「Admiralは初心者ぶって周りを狩るから……。」

 「どういうこと?!」

 本当にどういうこと?

 『こっちの台詞(ネー)!!!』

 話がごちゃごちゃしてきた……。イギリス艦と金剛たちの話を要約すると……『艤装リングのみの丸腰の艦娘相手とは言え一方的に勝ちをもぎ取っているのはおかしい』とのこと。

 「そうは言われてもなあ。」

 事実だし……。

 「とにかく、再戦はしません。」

 『ブーブー!』

 「しません。」

 いつの間にか注がれていた紅茶を啜る。

 「……!」

 あぢい。

 「言い忘れてたけど淹れたてネー。」

 「どうも。」

 少し糖分補給をしようとフルーツケーキに手を伸ばす。

 キョトンとする周りの目。

 「今度は何さ。」

 「指令が果物を召し上がるのは珍しいなあ、と」

 『確かに(YES.)。』

 「そういう気分ってだけ。で、だ。」

 あまり好みではないキウイとケーキの先端を切り取り、食べる。自分が真顔になってしまったのを薄ら感じながら話題を戻す。

 「リーダーってそういうものじゃない?」

 『???』

 「OK、脈絡無さすぎた。」

 コホン、と咳払いして仕切り直す。

 「戦闘部隊の長なら強くなって前線立たないと駄目かなっていうのが持論なんだけど。」

 『あー……』

 そして生まれる沈黙。

 気まずい沈黙ではないことを空気感から察する。

 他人がどう思うかを考えてしまうのは悪癖……というよりかは悪習慣という方が正しいかもしれない。

 ともかく、考え込む五人に倣って沈黙……せずにケーキを食べる。チョコケーキ旨。

 

 数分後、額を合わせて結論をまとめ始めた五人。

 そして、始まるジャンケン。

 そこまで言いにくいことなのだろうか。もしくは、言いにくい人間に見えてしまっているのだろうか。

 四回目のあいこから一人負けした榛名がおずおずと話し始めた。

 「提督はどちらかと言うとボスの方が都合が良いです。」

 「そりゃそうだ。」

 呵呵と笑い飛ばして茶を飲む。後ろにいないと困る人間が一番リスキーな前線にいたらえらいことだ。

 だから、"提督"、"司令官"としてはボスの方が良いというのは一理どころか万理ある。

 でも……。

 「何もしないお飾りの狸じゃ誰も聞いてくれないんじゃない?」

 『あ~……』

 得心、諦観が入り混じった顔を連ねる面々。まあ、複雑な心境よな。

 「マスコットネー。」

 置物の狸って……。

 「お好み焼きの店じゃあるまいに。」

 素のテンションで軽くツッコんでおく。

 『?』

 「だよなあ~」

 理解されないツッコミが空を切り途端に虚しくなる。

 

 

 侃々諤々、もとい全員で意見を出して話し合った結果、今のスタンスにちょいとだけボス要素を足してくれとのこと。

 旗艦の傍らよりかは旗艦の頭上の方が安全だと釘を刺されてしまった。まあ、対人戦のスタンスは全肯定されているのはちょっと理解出来ないが。ついでに再戦の催促もされたが今のルールなら無理と突っぱねたところ、発見ではなく接触したらこちらの敗北に改定すれば良いとWarspiteが余計な一言。賛同の嵐で止めに止められず無血開城。

 まあ、LMGぶっぱで止められることには止められるが使用意図に則さないためやらない。

 

 このあと滅茶苦茶土を付けた。灸を据えたとも言う。

 善は急げと息巻いた全員の勢いに圧され、始まってしまった5対1の勝負。府内の職員もギャラリーと化して歓声をあげ始めた。

 スモークグレネードとスタングレネードをいつぞやのランチャーにセットしてばらまいてミスディレクション。

 割れた窓ガラスや音、煙に意識を割かれていることを確信出来たタイミングでジップラインを四方八方に繋げて不規則に移動。

 移動中に窓を通して見えた榛名、霧島、Warspiteを拳銃型麻酔銃でヘッドショット。

 窓ガラスを割って突入した先に金剛が背を向けた金剛がいたためヘッドショット。反対側を見ると気絶している比叡を見つけて念のためにヘッドショット。

 計測してた明石によるとここまで3分ほど。

 「川内型抑えとけ~」

 勝鬨がそれで良いのかという周りの目を気にせず、ジップラインで下に降りて執務室の布団に潜り込む。

 一応、明石に五人の世話を頼んでおいた。

 

 

 気がつくと、夕食の時間だった。

 適当に済ませて寝ようかと思った矢先、何かの破裂音。

 自前、というにはおこがましいが自分の番号が刻印された麻酔銃以外だと聞かないタイプの音。ただ、戦場を想起させるものではない。早い話、拍手とか花火とか日常系の音なのは確信した。

 うるさいなあ、そう思ってしまい壁にあるスイッチを乱暴にしばきかけ、中空で手を止める。眠気から覚めかけた理性が止めてくれたのだろうか…………?

 などと考えても時間の無駄。いつも通りにペシと押す。

 からりと開く戸を横目で見送り、廊下を見る。いや、廊下だけでなく眼前にも視線が行った。

 端的に表現するなら、”花道”。

 職員総出でお出迎えである。執務室近辺には海防艦、食堂に近付いていくと駆逐艦、巡洋艦、空母、戦艦と体格が良くなっていくこの道。僕が到達する前にクラッカーを鳴らしてくれるのは神経質な手前、有難い。足元に散らばるクラッカーの中身は気にしないことにした。

 何千回通ったか分からない食堂の扉をいつものように開けると、中心に鎮座するウエディングケーキと見紛うほどの大きな大きなホールケーキと古参のメンツが僕を出迎えた。

 

 このあと、全員でケーキや食事を楽しむ一次会、バラエティー豊かな二次会、子供たちを寝かしつけて酒が入る三次会、日付を越してテンションがバグった奴が残る四次会、深夜どころか早朝でも寝やしないイカれたのが騒ぐ五次会、夫婦水入らずの六次会……もとい一回戦、流石に鍵のかからない執務室は総員起こしで開けられてしまうので金剛の部屋で敢行。

 何回戦かは記憶が朧気である。素面に戻った頃に金剛に聞いてみたが、彼女も分からないらしい。ただ、絞り出した気配は感じるためそういうことなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 季節が巡る、月日が経つ、幾何かの昼夜を繰り返した……どの表現が正しいか、というのは些事だ。

 少なくとも、この地雷を踏んでしまった瞬間のこの硬直の前では。

 

 ことは数分前に遡る。

 いつものように食事を終えて、プレートを下げようと立ち上がったとき鳳翔が傍らにいた。

 いつもの柔和な笑顔とは明らかに違う神妙な表情。

 いつもの対応でどうにかなるケースではない。

 どうした、そう聞こうと口を開こうとする僕より先に鳳翔が自分の腹部をさすり始めた。

 「司令……」

 やめて欲しい、その次の句は紡がないで欲しい。

 「出来ちゃったみたいです。」

 空気が、凍った。

 カクテルパーティー効果、特定の人物の音声が騒音の中でも聞こえてしまう現象なのだが……。

 『……。』

 如実、その二文字が鮮明に頭に浮かぶ。

 詰まるとこ、爆弾発言をかましてくれちゃった訳である。

 

 脳味噌が凍りついたのをハッキリ感じたのはいつぶりだろうか。周りの目を気にしながら思考に逃げる。

 考えるのは2つ。周りの誤解を解くこと、僕の邪推と鳳翔の真意が同じであること。

 そして、ノイズどころか野外フェスが、監視船どころか鉄血艦隊が、大和撫子どころか般若がそこにいた。

 「HEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEY!!!!!!!!!!!!!!」

 コール・アンド・レスポンスのコールなら百点満点の声量と勢いだなあ、と思いながらお約束の金剛のシャウトを聞く。

 掴みかかる勢いでこちらに飛んでくる金剛。

 対して、僕は……

 「金剛、目え見い。」

 彼女の両頬に両手を添え、額と額を合わせ、目を見据えた。

 何秒程度経ったか定かではないが、目の前の人間の雰囲気が憤怒の色から平静の色に変わったのを見て言葉を紡ぐ。

 「0に0かけたらいくつ?」

 「論外……?」

 「そういうこと。そっちの処理は任せた、相方。」

 「Roger.」

 「分かっているだろうけど、角は立てないで。」

 金剛の首肯を見て鳳翔のカバーへつま先を向ける。

 モジモジしてる鳳翔の耳元で河岸を変える旨を伝え、共にその場を後にする。

 

 

 鎮守府門前、距離は取った。聞こえることは無い……はず。

 「えーっと、新メニューの開発でお腹にお肉が付いちゃったって話だよね?」

 手前勝手で悪いが領空侵犯させてもらう。

 「もーっ!なんで言っちゃうんですかー!」

 恥ずかしいのは重々承知だが、切り出さないと始まらない。

 「あそこであー言われたらあらぬ誤解生んじゃうでしょ。」

 思案に入る鳳翔。動向を見守る僕。

 得心がいったように、拳を平手に打ち付けるジェスチャー。

 「確かに……。すいませんでした。」

 食堂の件とデリカシーを欠いた発言の件はおあいこということに。

 「で、用件は例のアレを何とかする手段の相談?」

 「……はい。」

 つまるとこ、ダイエットの相談。ここまでの心労に対する保険とかないのだろうか?

 「スニーカーとかジャージとか持ってる?」

 「すにーかー?じゃーじ?」

 知らない単語を聞いた感じのリアクション。

 「ええっと……運動着と運動靴持ってる?」

 「ああ!持ってます!持ってます!」

 なんか可愛いな。これは空母達が限界化するわけだ。

 「それを身に着けて走るっていうのが無難だけれども……。」

 ふと、ある思考が頭を過ぎってしまい言葉尻が濁った。

 「けれども?」

 仕方ない。乗り掛かった舟に欺瞞を醸すわけにはいかないから正直に言おう。

 「川内たちの対人演習の話って聞いたことある?」

 「ええ、お食事の際によく聞きます。当世風に言うのなら、愚痴をこぼしておいででした。」

 「その演習を何回か行えば本懐を遂げられると思うなあ、って思ってさ。」

 そういうことだ。思考に混じったノイズはこれだった。

 「い、いえ!私事で司令官のお手を煩わせるなどと……。」

 「そっか。」

 生まれるぎこちない虚無。気まずい……、けどぶち壊す。

 「じゃあ、普段着でも運動着でも散歩から始めてみるとかどう?」

 「なるほど。では、参りましょう。」

 「あいよ。」

 鳳翔の足に目を向けると、普段の下駄や草履ではなく動くのに何ら支障をきたさない靴だった。

 

 古い靴の大きな背中と新しさが残る靴の華奢な背中は、調律しながら歩みを進めて行った。

 話をした、普段の食事のこと。

 話をした、職員との関係のこと。

 話をした、人対艦娘の演習のこと。

 何気ない会話が何気ない時間を加速させた。

 

 そうして、40分程度が経った頃。腕時計の30分計測が機能を停止していたことに気付いた。

 「この辺にしておこうか。」

 「何故です?」

 「カロリーの消費に必要な散歩時間って40分くらいだから。」

 「なるほど……。」

 歩くのをやめかけた僕を鳳翔は追い越しかけて、一言。

 「もう少し歩きましょう。」

 「分かった。」

 鎮守府の門まであと少し。

 調律は即座に完了して和音となった。

 

 

 汗をかいたであろう鳳翔を見送り、しばらく海を眺めようとした僕の背に衝撃が走る。

 色々詳細は省くが、事故を起こしたのはお馴染みの女性だ。

 「ゴメン提督!止められなかった!」

 声からして川内だった。遅れて神通、那珂と……誰かが来た。足音から鑑別が出来ずに顔と胴体を少し捻る。

 謎の足音の正体は赤城だった。彼女の口周りや手周りに食物が無いあたり金剛を止めるのは切迫していたのだろう。

 「止めといてくれてありがとうね。」

 それはそれとして……

 「僕の背中に顔擦り付けててどした?」

 「…………!」

 声にならない抗議、かわいいかよ。

 もうちょっとこのままでも良いかも……そう思った矢先、怖気が走る。

 何がそうさせるのか、理由は海に浮かんでいた。

 その影は刻一刻とこちらに迫ってくる。

 「赤城、艤装を取りに行って。」

 『え……?』

 全員があっけにとられる。

 「出来れば金剛も装備取りに行って。」

 「What?」

 「川内型は万一に備えて火力組に声掛けに行って。」

 沈黙は雄弁に困惑を示した。差し迫る脅威をいち早く伝えるため簡単に話す。

 「敵だよ、敵。深海棲艦来てる。」

 日常が崩れる、戦地での平穏は薄氷のようなものなのを改めて知ることになった。

 「提督も逃げて下さい!」

 「ちょっとお仕事してから退くわ。」

 百メートル以内に迫る深海棲艦、恐らくロ級駆逐艦であろう。体色が黄色を帯びていることから旗艦クラス……flagshipと呼称されるものだ。

 眼前五十メートルに迫るロ級flagshipを見て、満身創痍だと感じた。仕事用の端末でスキャンすれば大破していると表示されるであろう程度にはボロボロだった。

 海岸線から走って遠ざかり距離を稼ぐ。

 鎮守府の門に到達したころには、深海棲艦は砂浜に乗り上げそうになっていた。

 チャンスではないかと判断した僕は、何故か暴徒(艦娘)鎮圧用軽機関銃を背中のステルス迷彩から取り出し乱射する。

 敵は緩慢だった動きが被弾したせいか余計に遅く感じる程に弱体化した。打ち上げられたクジラの死に際を想起してしまうほどに。

 ここで処理できないかと思い、グレネードランチャーを取り出そうとした、その時だった。

 レシプロ機がけたたましく駆け付け、おびただしい量の爆撃を行っていった。

 上陸していた深海棲艦は木端微塵に爆散した。

 「ナイス。」

 警報音らしき不快な音が常備している無線機から聞こえる。

 「司令!大丈夫ですか!?」

 「……!」

 音が割れていた。おみみがこわれりゅ。

 「司令?!司令官?!!!」

 「だ、だいじょうぶ……。みみが・・・」

 「耳…………?」

 静寂が訪れる。訂正、高音の耳鳴りが響く。

 「・・・あっ、失礼いたしました。」

 先ほどの爆音じみた心配の声と耳鳴りのせいかとても小さく聞こえる普通の声量。

 「・・・心配ありがとう。大丈夫だって館内放送でみんなに伝えておいて。」

 「いえ、手遅れみたいです。」

 呆れの分量が多い安堵混じりの声は何を意味するのだろう、そう思い鎮守府の入り口を見ると今の僕の家族が血相を変えてこちらに向かって全力疾走。

 

 

 

 このあと、しこたま怒られた。

 ついでに、何故か龍田にスカートを盗んだと難癖をつけられてしまった。なんで?

 

 

 またまた月日は流れ、ハロウィン。

 何かしらの催しをし続けてきたウチの鎮守府では珍しく艦娘側が企画やその実行をするイベントだ。

 これを割愛やカットするのは無粋だ。などと言いつつスルーしていた気がする。

 今回はトリック重視で対応することにした。そして、奮発した。

 先日の『古狸』呼ばわりされていても反論のしようが無いことは自覚している。そのお飾りなりに資金はそれなりに転がせる。なので、田舎のスーパーレベルから小都会の百貨店くらいにはグレードアップした。懐が冷えたよ、とほほ。

 障子戸をノックする音。さて、開幕は誰かな?

 「やっほー!酒盗頂戴!」

 簡素にシーツを被ってる誰かさん。声とテンションからして隼鷹か?

 「隼よ……んにゃ、飛鷹何してん?」

 うっすら透けて見えた黒髪とふと頭に走った思い出から、ギリギリ言い直した。

 「何で分かるのよ?!」

 「昔、酔った勢いで隼鷹のモノマネやってたから。」

 「やったっけ?」

 「素面の隼鷹が慌てて飛鷹の首根っこ掴んで回収してたから覚えてる。」

 「……。」

 「……。」

 黙っちゃった、黙っちゃったからには……ねぇ?

 「出雲丸ちゃんはおつまみ欲しいの?」

 「ぶうっっっ?!!」

 「シーツ合って良かった。」

 「ひどい!」

 「なら銃口向けんといて」

 「む~」

 適当にあしらいつつ、お菓子をあげる。

 そして、沈黙。なんで?

 「去年とは違うのね。」

 そういうことね。

 「そういうことね。」

 去年はイタズラを選んでたからそのせいかと合点した。

 「そうよ。」

 なんかチラチラ見える……。いや、まさかだよな?

 「……ネタ潰ししていい?」

 多分だけど……、いや確実にそうだ。ネタ被りの姉妹が後に控えている!?

 「..............................え?」

 「......後ろに出るタイミング逃したチューン済みの隼鷹いるでしょ?」

 「......あのさあ、指揮官としては80点だよ......。男としては下だけど。」

 やれやれと言わんばかりにシーツを取りながら呆れ顔を見せてくる。

 「赤点でも点数は付けといてもらって。あとチラチラ見えてるから残りの20点貰っとく。」

 『?』

 「海防艦と潜水艦に無理させないの。」

 肩車して丈を稼ぎつつ、シーツを被った面々が視界にちらついているのを指摘する。

 『バレたか...』

 「全員で嘆かないの。お菓子あげるから。」

 『Boooo!』

 ハロウィンの出鼻がこれだ。

 

 出鼻はあるけど、『中鼻』とか『後鼻』は聞かないなあ……などとうつつを抜かしかけた時だった。騒ぎが起きた。

 簡単に言うと、シートまみれ。シーツにビニールシートに果てはブルーシート……おまんらなあにしとん?いや、ハロウィンの慣例なのは分かっているんだけど・・・。

 しかも、ぎっちぎちに廊下に詰まってる...。

 「はーい、一旦捌けて~。」

 手をメガホン代わりにして呼びかける。

 先頭の娘達は割とスムーズに抜け出たが、それでも後はつかえている。

 しょうがないからパズルのように一人ひとりほどいていく。幸い、下敷きになっている人はいなかった。

 本当なら個人個人で対応したいところだが状況が状況だ。

 「お菓子あげるから一旦解散!」

 列を作らせて後ろにいる娘にバケツリレー方式で行き渡るように配っていく。

 「あーと。」

 僕の呼びかけに満悦な顔から恍惚な顔たちがこちらを見る。

 「執務室に押しかけないの。」

 『はーい!』

 「良いお返事。」

 去り行く面々の背中を見送りつつ、思った。

 大したことをしていないのに疲れた、と。

 思わず、使い古した腕時計を見る。隼鷹や飛鷹の件から三十分くらいしか経ってない?!これで?!

 そんな僕は無意識かつ自然にとある艦娘に無線を発信していた。

 

 「どうしたんです?そんなゲッソリして...。」

 コールした艦娘は破天荒な普段と違ってかなり親身で真摯な態度だった。逆に言うと、真顔にさせてしまうほど今の僕の顔は切羽詰まっていたそうだ。

 「秘蔵っ子貰っていい?」

 ついでに思考も終わっていた。

 「あの、お渡しするのは構わないんですけども理由を聞かせてもらえません?」

 「うびびびびびびびびび……」

 「?!」

 客観的視点も終わっていた、とのちに酒を呑んだ明石はこぼしていた。

 

 「ふと気づくと、中庭にいた。」

 「なんのナレーションだ?相棒。」

 「いや、何でもない。」

 口の中に親しみある人工的な甘味と体に良くなさそうな薬品の匂いが満ちていた。なのにエナジードリンクを飲んだ記憶が無い...明石が僕の口にねじ込まないとまずいと判断するレベルでイかれていたのだろうか...?

 後でお礼とお詫びをしておこう。

 「それはそれとして、武蔵仮装しないの?」

 「うーむ、どう話したものか。」

 そうして聞いた文言から要約すると、『少し恥ずかしいから仮装はしない。けど、催しの雰囲気を壊したくないから中庭にいる』だそうだ。それはどうなのだろう、とも思ったが慮りを無駄にするのもなんなので言及しないことにした。

 「とりあえず、これ食べといて。」

 手渡しで菓子を渡す。

 「これは……。」

 「んじゃ。」

 中庭を後にした。

 近場にいた妹が心配なのだろう大和にも菓子を渡しておいた。

 「…………な。」

 何かが聞こえた気がした。

 

 鼓動が速くなる。疲労を感じにくくなる。意識が鮮明になる。数年ぶりのカフェインが身体を巡る。明日の疲労感が大変そうだ、なんて自嘲しつつ足取りは軽やかだった。

 可愛いゴーストから口にするのははばかられる悪魔の一種のコスプレまで多種多様だった。

 菓子をばらまいて茶を濁しまくる。とんでもない格好の人はリネン室から拝借したシーツを被せて個室へぶん投げたあとに菓子を近くへ置いておいた。何人か意外なことをしているから自室で安眠コースへご案内。まさに夢心地。

 うーむ、人に銃口向けるのに抵抗無くしてきてるな。自重せねば……。

 そんな一人反省会を知ってか知らずか、川内型が年相応の愛らしいコスプレで雁首揃えてご対面。

 「やっほー提督!」

 「どうも」

 「プロデューサー!」

 「はいよ。」

 三者三様のお返事が返ってくる。ちょっと身構えてしまっているのが出てしまった……。

 『Trick or Treat!!!』

 そんなこちらの懸念を知らずに慣用句が息ピッタリに飛び出す。

 「手、出して。……はい、どうぞ。」

 菓子を手渡すと三人とも鳩が豆鉄砲を食ったような顔した。そして、段々と不満そうな顔へ変わっていき・・・。

 「ちぇっ、今年は演習じゃないのかあ。」

 「姉さん。」

 「特訓じゃないの?」

 「なんでさ。」

 これはひどい。

 「・・・今回はお休み。それに今更だけど対人戦する意味ないし。」

 「あります!」

 こちらの発言に鬼気迫る表情になりかけた神通。しかし、すぐにしおらしくなっていった。どうにも取り乱したようだ。

 「本社との交渉とかに役に立つよ~!」

 「そうそう、カチコミだー!!!」

 「はいはい、何言ってるか分からないからね~。追加で激辛お菓子あげるから帰った帰った。」

 口臭ケア用に持ち歩いている清涼タブレットを一人一つずつ渡す。

 「ほいじゃ。」

 この場を後にする僕の背中は悲痛な叫びを微かに捉えた。

 

 そうして、ハロウィンの日は更けていった。珍しく金剛が執務室にいないな、と思ったが昼間に安眠コースへご案内したのを失念していた。

 

 

 

 

 一年が過ぎ去るのは早い。そう思えるのは振り返っている未来の自分自身の特権である。

 少なくとも年始を翌日に控えた僕はそんなことを考えながら物思いにふけっていた。今年も濃かった。

 年中行事の他に一カ月に一回の催しやそれについてくる二次会関連の宴会もついてくる。休肝日を作らないといけないかもしれないと危惧しかけるほどに酒が無くなっていく。ビスマルクが日本酒に慣れたり、隼鷹が黒ビールをがぶ飲みしたりしていたのを朧気に思い出した。肝臓に気を遣わなくて良いのかとも聞いたが艦娘だから大丈夫だと押し切られてしまった。便利な体だなあ、とだけ思うことにした。

 「……こんな所で何しているの?」

 「いや、種族の壁は厚いなあって思ってた。」

 「……?」

 そういう反応になるよな!唐突すぎるッッ!

 「何でもない。こっちの話。」

 取り繕うには手遅れのはずだが、のらりくらりとやってきたからか……はたまたタダの声掛けだったのか弥生は軽く手を振って去っていった。

 食堂にいるとはいえ、物思いにふけるには場違いだなと自省し返却口にトレーを返した。

 「あら、今年はお部屋で過ごすので?」

 「?」

 女将さんの反応に困って掛け時計をみやると午後十一時を指していた。

 「?!!!!」

 内向から外向に思考がシフトする。と、同時に鳳翔が簡単ないきさつを話し始めた。

 「あれから何か深刻そうな顔で考えていらしたので艦娘総意で"そっとしておこう”ということになってまして。」

 「だからか!」

 得心。

 「ちなみに総意の中に再集合ってあったりする?!」

 「もちろん!」

 鳳翔や伊良湖、間宮のボリュームを絞った館内放送を尻目に僕は館内を疾駆し待機状態を解きながら、何故思考の沼に溺れていたのかを思い出し始めた。

 

 大掃除を年末に行うのは日本人の慣例ではある。もちろん、日ごろから清潔にしておく方が良いに決まっているのだが綺麗事は時として机上の空論と化す。言い直すと、今年のうちの鎮守府は早めに掃除をしておくどころか年末を迎えるまでにあまり掃除をしていなかったのであった。だから二十九日から大掃除を始めて、府内が綺麗になる目途が立ったのが三十日の夕方で、実際に終わったのが大晦日の午前十時だった。

 「大掃除お疲れ様。各自適宜休息。」

 『はい!』

 ほとんどの職員が食堂へ雪崩れ込む。夜通し掃除をしていた艦娘は自室に帰り始めた。彼女たちの背中を見送りながら士気、もといやる気を上げるために自室である執務室に戻ることにした。端的に換言するならば、仮眠する。

 「ただいま。」

 広い執務室に言霊が響く。

 「おかえり。」

 廊下に透き通る声が響く。

 「叢雲がここにいるのは珍しいね。」

 「いいで『私もいマース!』……。」

 「おお、初期メン。同窓会か?」

 「……弥生も、いる。」

 「お邪魔しています、司令」

 叢雲、金剛、弥生、赤城……本当に同窓会染みてきた。そういえば、このメンツって夜通し掃除してたはずじゃ……。

 「食事取らなくていいの?」

 『それは後で。』

 ご唱和である。思わず、

 「なんで?」

 と口に出てしまう。

 「寒いから。」

 「貴方がいるから。」

 「……寒いから。」

 「冷蔵庫があるので~。」

 四人それぞれの理由を手短に語る。それはそれとして、寒いと言う二人の言が指す通り起動し始めた暖房がこの部屋を暖めるまで時間を有するであろう。よく見れば、コタツに足を入れている面々はうすら震えていた。コタツも起動したてかあ……。

 「じゃあ、失礼仕る。」

 人三人は優に入れる一辺の長さを誇る特大コタツ。仲良く四人で卓を囲っているので相伴にあずかることにした。その結果……。

 「は~、あっつ。」

 「?!」

 「……ひゅ~ひゅ~」

 「ご馳走様です。」

 露骨に目をそらす叢雲、慣れたことなのに新鮮なリアクションをする金剛、はやす弥生、満足そうな赤城。

 「なにさ。」

 茶化す感じで軽く抗議しておく。

 

 赤城の腹の虫が鳴くまであまり時間はかからなかったが、それでもユルくてぬくい空気が部屋に満ち満ちた。

 そんな中、廊下が足音で揺れ始めた。恐らく、食事を終えた子たちが自室へ帰り始めたのだろう。そんな足音達の中、妙な動きをする音が二つ。そんな二人は形だけのノックをしてこちらの返答を待たずに廊下と執務室を隔てる障子戸を開けた。

 「やっほ~、提督いるぅ?」

 「鳳翔さんが心配していたので様子を見に来ました。」

 気さくな北上、世話焼きな大井が来訪した。

 「うぃ~っす。」

 特に声を大きくするでも、張るわけでもなく無難に返事をする。無難過ぎて素が出ているけども。

 「入るよ~」

 「失礼します。」

 そんでもってコタツに入りこむ二人。特筆する、という程でもないのだが陣取った箇所が話をしやすくするために僕を挟むように、北上と大井が互いが対面になるように座っている。

 ちょっとした沈黙。そんな中、始めに口を開いたのは大井だった。

 「ごはん、食べないんですか?」

 まっすぐこちらを見ながら大井が尋ねてくる。

 「食べてから寝ると気持ちいいよ~」

 「北上さんっ!」

 ユル~い感じで北上が魅力的な提案をしてくる。

 ぐぅ~~~~~~~~~

 誰かの腹の虫が鳴いた。

 「はいっ!」

 うん、赤城が元気に挙手してるね。

 「コタツが温まってきたとこだけど、皆でごはん食べに行こうか。」

 『は~い。』

 「あたしもおかわり~」

 「北上さん?!」

 「しゃーないな。行くぞ~」

 『は~い。』

 徹夜組と食事済みの面々と食堂に向かった。

 

 各々が好きな食事のプレートを持ち寄る中、僕は自分の食事に加えパーティ用の食事を乗せたプレートをしれっと卓上に置いた。

 「大掃除お疲れさまでした。そして、頂きます。」

 『お疲れさまでした!!!』

 まだ昼間ということもあり、コップにソフトドリンクを入れたまま乾杯する。

 コーラにメロンソーダ、抹茶ラテにアイスココア、ラムネに炭酸入りのブドウジュース……真ん中に鎮座するフライドポテトの山も相まってカラオケで打ち上げしているのか、と思った。

 「すいません提督、カラオケのバージョンアップが終わってません!」

 いよいよか?いよいよなのか?

 「いや~去年ぶりだっけ?」

 「はい、確かそのあたりだったかと。」

 抹茶ラテを一口飲んで牛乳ひげを作った赤城が去年のことを思い出していた。ふと、思った。大戦中のデータから見ればあまりにハイカラなものを飲んでいるな、と。

 「最近の空母達のブームなんです。」

 彼女はこちらの視線に気づくやいなやそんなことを言った。それに厨房の鳳翔を巻き込んだ抹茶ラテがブームかあ、ちょっと気になる。

 「後で飲んでみるよ。」

 「オススメのお茶菓子はバターたっぷりのクッキーです!!」

 「美味そう。教えてくれてありがとう。」

 「美食に部下も上司もありませんから。」

 そう言いながら赤城は自分のプレートの食事を食べ始めた。……ん?いや間違えた。すでにデザートの黒糖ゼリーを完食しかけていた。あんなにあったミートソーススパゲティはどこかとも思ったがお腹の中であろう。

 「……司令、ラムネもおいしい。」

 大和印の入ったガラス製の瓶を置きながら弥生はそう言った。

 「……オススメの付け合わせは間宮さんのバニラアイス。」

 「それも良いな。」

 フロートにするのもかなりアリだ。いけね、ヨダレ出た。

 「ホットココアにはロールケーキです。」

 「冬場には有難いな。」

 オススメのスイーツセットを述べる会になってきた。にしても、大井の勧めは簡便だった。オススメってなんだっけと思っていたら大井がマグカップのふちに口を付けながら目くばせをしてきた。黙って試せとのこと。

 「どっちも一口も~らい。」

 「ええ、ええ!どうぞ北上さん。」

 口を付けた場所なんてお構いなしな二人。うーむ、平和だ。

 『貴方(てーとく)も良いんですよ(だよ)。』

 「気持ちだけもらっとく。」

 槍の矛先というにはあまりに丸く温かい切っ先だった。差し伸べられた手という方が自然かもしれない。二人には少しだけ申し訳ないが遠慮させてもらう。

 「も~イボ痔なんだから」

 『それを言うなら意固地。』

 とんでもねえワードが出てきた。まさに藪蛇である。大井が一緒にツッコんでくれて良かった。 

 「んへぇ~。」

 やりきった顔してらっしゃる北上さん。へっちょりしてるし……。

 「あ~、このジュースはゼリーの素を貰ったりナタデココを入れると良いよ~。」

 「そのパターンもあるのか。」

 炭酸ジュースってゼリーになるのだろうか。……と、思っていたら白い粉を入れてティースプーンで混ぜ始めた。視線に気づいた北上はカップを持ちながらこちらに来た。

 「見てて~」

 シュワシュワと空気を立てるジュースが段々と固まっていく。スプーンの動きが緩くなってきた頃、北上が手を止めた。

 「ほら、しゅわしゅわぶどうゼリーの出来上がり~。お味は是非とも自分でお試しあれ~。」

 「美味そうだからそのうちやってみる。」

 「それやらないや~つ~。」

 「残念でした、次のドリンクでやりま~す。」

 「ちぇ~」

 あえてこの雰囲気を言語化するのなら『もんにょり』としたものだった。他に示す言葉はあるのかもしれない。けれども、今の僕にはわからない。

 これまで沈黙を貫いていた叢雲が最初の頃からは想像がつかないほどフランクなものを飲み干してこちらを見据えた。

 「うっ……んんっ!あたしのオススメはジャンクなスナック全般ね。」

 「ここでスイーツから逸脱するのか。」

 「別にいいじゃない。あんたとアタシの仲じゃない。」

 「それもそうだな。」

 「WHY?!!!!!!」

 しまった、風船に空気を入れ過ぎたはずみでついに爆発した。

 「どうどう、早めの忘年会なんだから。」

 「Hmmmmmmmmmmmm.」

 「ほら、金剛のオススメ教えてよ。」

 嬉しさ25%、不満75%な顔をしている金剛。放置が堪えたのかプレートの料理はすでに空。おまけに素手でフライドポテトをガッツリいったらしい。綺麗な指が油と塩まみれなのがその証拠だ。

 「うわ~無難。」

 「北上さん。」

 北上の茶化しに大井のたしなめが入った。ただ大井のたしなめもどことなく諦めが入っていた気がするけれども。スルーしとこ。

 「むぅ、私はメロンソーダを飲んでます。」

 「うん。」

 「オススメは、ソフトクリームデース。乗せると更にヨシ、デス。」

 いつも以上にカタコトだった。慰めになるかは分からないが起爆剤に自主規制ものをかまそうとしたとき、思考ルーチンを消し飛ばすほどの話題が聞こえてしまった。

 「アタシ達もここにいて長いけど、みんな平和になったら何がしたい?」

 朝食を聞くテンションでそんなことを叢雲は言った。

 「私は良いベッドと布団買って寝る。」

 北上は言った。

 「北上さんと同じ褥に入るわ!」

 声がでけえ大井。

 「焼肉なるものの食べ放題とやらに行きたいです。」

 食い気が凄い赤城がなんか言ってる。

 「……私は、みんなといたい。」

 あら、かわいいやよ。

 「BURNING LOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOVE!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 「あら、お盛んね。アタシは…………何がしたいのかしらね。まだここにいて考える時間が欲しいところね。」

 「ふうむ。」

 思わず、考え込む一同。僕は何がしたいのか。この平行世界の事案が片付いたら僕は果たして戻れるのだろうか、元の生活に、元の環境に……。

 心境は曇り空。さらに雨が降ることにつながる一言を最古参が行ってしまった。

 「噂によると、司令官権限で連れていけるのは一人までらしいわよ。」

 スプーンを空で遊ばせながら叢雲はそんなことを言った。

 コノセイカツガクズレル?ヒトリダケ?ナンデ?ドウシテ?

 「なーんてね。噂なんて考えるだけ無駄よ。……ちょっと、真面目な顔して考え込まないでちょうだいよ。」

 コノセイカツガクズレル?ナンデ?

 「あーあ、バッド入っちゃった。冗談はみんなが笑ってないと冗談じゃすまないんだよ。」

 ヒトリダケ?ドウシテ?

 「放っておいてあげて下さい。こうなると長いんです。」

 ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?

 

 

 一年が過ぎ去るのは早い。そう思えるのは振り返っている未来の自分自身の特権である。

 少なくとも年始を翌日に控えた僕はそんなことを考えながら物思いにふけっていた。今年も濃かった。

 

 ふと意識がはっきりしたのと経緯を自覚したのはこのあたりだったか。

 朝のメンツ全員に詫びを入れ、遅いながらも忘年会を開く運ぶ流れになった。

 「提督、バージョンアップ終わってます。」

 「教えてくれてありがとう、鳳翔。」

 「那っ珂ちゃんだよおおおおおおおおお!!!!!!!」

 待ちかねた、そんな感じで雄たけびを上げる那珂。女子なのに雄たけびなのか……。

 一年ぶりの那珂の歌声をバックに思い思いに年越し蕎麦をすする面々。

 「アンタは歌わないの?」

 そんなことを叢雲は言った。

 「こんな時間だからね。」

 「近くに家があるわけじゃないんだから遠慮しなくてもいいのに。」

 「いや、単純に声が出ないだけ。」

 「あら、そ。てっきり恥ずかしくて日和ったかと思ったわ。」

 「日和ってたら僕含めてみんな散華してる。」

 「それもそうね。」

 那珂がハッスルし始めて間もない頃、僕と叢雲は偶像とは対角線の端にある席に座していた。

 「ねえ。」

 「ん?」

 神妙な面持ちの叢雲。

 「少し涼みたいの。付き合ってもらえる?」

 「あいよ。」

 表に出ろとのこと。

 

 小児用のコートを羽織った叢雲と見た目の割に防寒性能が凄まじい指揮官用の軍服を羽織った僕は砂浜の波打ち際に腰を下ろしていた。月明りに照らされる波、寄せては返り寄せては返る波。それを呆けて見ようといった趣旨ではないことを僕は最初から分かっている。

 「どうした?」

 「言ったでしょ、涼みたいだけだって。」

 話す覚悟が決まってないらしい。だったら待つだけだ。

 波が何回こちらに向かい、そして返った頃か……叢雲が口を開いた。

 「怒ってる?」

 思考が非生産的になったことだろうあのことか、と得心がいった。

 「……。」

 怒ってはいない。ただ、何をどう言えばキチンと伝わるか考える時間が欲しくて言葉に詰まった。

 「その……ごめんなさい。混乱させるつもりはなかったの。」

 謝る叢雲。

 「私はただ話のタネになると思って。」

 怒ってない、そんなことを言うだけで良いのに言葉に詰まる。寒さで口がかじかんだのだろうか。夜の空気もあってどんどん雰囲気がどんどん重くなっていく。

 「ねえ、何か言ってよ。」

 「……。」

 単純なことを言うことほどキツイものはないな、なんて頭で考えたところで読心術でもない限り分かるわけがない。叢雲のアクセサリーである謎の装置がこれまでに見たことのないターコイズブルーよりも昏い蒼になっていった。ゆっくりと隣の叢雲の顔を見やると、つついただけでズブズブに崩れそうな顔をしていた。

 ここでようやく口と手が意識の管制下に入った。

 「待って。」

 「……。」

 今度は叢雲が押し黙る番になった。

 「ちょっと話そう。」

 逃げ出そうとした彼女の顔は今にも泣きだしそうだった。

 「着任したての時、覚えてる?」

 「……ズズ…ええ。」

 鼻水をすする音は聞かなかったことにした。

 「あの時の叢雲も今と似たようなこと言ってたよね。」

 「アンタ……。」

 ”泣きそうな人間つらまえてそんなことを言うのか”と言いたそうな顔をしていた。

 「でも、あの時と違ってみんなの今後を真剣に心配しての発言だったんでしょ?」

 「……。」

 彼女は驚いたような顔をしている。ただ、何に驚いたのかを考えることは今の凍りかけた頭では出来そうにない。

 「だから、怒ってないよ。ま、空気は読めてなかったけど。」

 こちらから顔を背けて、コートの袖で顔を乱暴に拭った叢雲の一連の動きは見なかったことにした。

 「ま、まあ、アンタがそういうのならそういうことにしておいてあげる。」

 虚勢なのは見て分かる。まあ、それに触れるのは野暮も野暮だろう。

 「先に戻るわ。」

 「おう。」

 「それと。」

 「ん?」

 「アタシはアンタの歌声、好きよ。」

 「ありがと。」

 軽口には軽口で返す。どうしようもなく不器用な会話だが、それでも伝わるものは確かにあった。

 

 

 年を越す十分前に食堂に戻った僕は、思考がフリーズした分を取り戻すかの如く思うがまま食事や酒を堪能し日を跨いだのだった。




 据え置き型の狩猟ゲームをやったり、スキルが使えるFPSをやったり、異性の友達と交流した結果ふられたりしてました。正直メンタル来てます。
 まあ、それは置いておくとして、一話の前書きの通り十万字程度の小説となっております。次回に挙げるネタは浮かんでいるのですが、これまで以上に執筆時間が見出しにくくなっているため投稿時期が不明瞭です。ごめんなさい。
 GWに入ってしまった仕事や学業への活力剤になるのなら物書き冥利に尽きます。

 それでは、次回をお楽しみに。


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ひとくちのんかん(番外編)
ひとくちのんかん~1~


 作者です。年末年始のイベントの内容を書こうと思いましたが、前回と異なりSSになりました。(区切りが良かったので……)
 「こっちの方が伸びるかなあ?」と思いSSサイズです。
 それでは、どうぞ。


 食事、というのは生きとし生けるものの宿痾である。いや、本能を病気呼ばわりはなかなか酷いか。宿命の方が障りが幾分良い。また、物事というのは視点となる人間にとっては悲劇にも喜劇にもなり得る。食事の話を踏まえるなら、食らう肉食獣にとっては日常であるが食らわれる草食獣にとっては惨劇である。

 

 

 唐突ではあるが、実のところ大食漢な僕は目の前の惨状に思わず舌なめずりをしそうになる。右手側には手で顔を覆う鳳翔がいた。他に誰もいないのは幸か不幸か……。

 「鳳翔?どうしてこうなったの?」

 「分かりません!分かりません!」

 頭をふる鳳翔の手の端から覗く赤い顔面。

 ちょっと、スイッチ入っちゃった。

 「聞かせてよ?」

 声をオとす時並みに変えて、耳元でゾワゾワするレベルでささやく。気色悪いのは自明なのだが、自覚したのは一件が片付いてからだった。

 「ねぇ……、こっちみてよ。」

 鳳翔の顎を優しく、でも少し強引にこちらを向かせる。

 「もうこんなになってる。」

 「…………!」

 「責任、取れる?」

 手を力無く下ろした鳳翔の瞳は涙で潤んでいた。

 「ねえ」

 そして、そのまま唇へ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というのは、まあ言葉のあやである。

 上の話は目の前のトンチキな寿司に対しての言及である。どのくらいトンチキかというと、通常の二倍くらいの太さと五倍くらいの長さをもつシャリとネタ。

 うーん、細長いシャリに細長いネタ。そして、漂う寿の匂い。

 「なんで見た目こんなんなのに美味しそうなの?」

 「『こんなん』言わないで下さい!」

 「なら、説明してよ。こうなった理由。」

 「それは……」

 断片的に情報が出てくる。聞いている内に聞こえてきたが、どうにも素面ではないようだ。

 「つまり……」

 話の要点を絞っておうむ返し。

 「酒の勢いで柵のまんま寿司を作ったってことだよね?」

 「……」

 「……」

 なんというか、鳳翔と話して気まずい沈黙が流れたのは久々な気がする。まあ、その話は後々に。

 「………………とりあえず、醤油もらえる?」

 「アッハイ。」

 思案する、如何にしてこの異形を食すか。

 懸念する、食す方法について。

 苦慮する、この些末事の顛末について。

 目には目を、歯には歯を、ネタにはネタを。ということで、手洗いを済ませて素手で頂くことにした。SNSに投稿したら炎上請け合いである、たぶん。

 唐突だが食レポをすると、だ。酒の勢いで作ったという料理人としての如何を問う前評判は見た目で吹っ飛んだ。いや、インパクトの話ではなく…。ネタは瑞々しくも脂が乗っているマグロ、恐らくは中トロだ。シャリは規格外の大きさにも関わらず、日本人の遺伝子がこれで良いと太鼓判を押すフォルム。空気を含んだ米の甘みが酢のアクセントで引き立ち、目利きによって選ばれたトロは口の中でほろほろとほどけていく。

 喉を過ぎたのは何時だろうか、いつしか腹に落ちたのは確かな充足感であった。

 「ごちそうさまでした。」

 「お、お粗末様でした。」

 「なんで引くのさ……。」

 「いえ、箸が進んでおられていたので……」

 「うん、おいしかったから。」

 「……。」

 鳳翔が顔をこちらからそらした。そして、生まれる間。

 「……。」

 好意の返報性という言葉を何かの本で読んだ気がするが、この場合は何の返報性なのだろうか?

 

 結局のところ、異形は完食。

 そんなものは無かったと言わんばかりに清掃された食卓。

 

 鳳翔も僕も沈黙してから数分。

 静穏を破ったのは、僕の腹の虫の音とお互いの破顔だった。

 

 「はい、普通のです。」

 「はい、普通のどうも。」

 いつも通りの寿司がいつも通りのクオリティで届いた。

 つまるところ、平穏が一番である。

 

 

 後日談として、このキングサイズの料理はクリスマスやら正月やら七夕やらの季節のイベントで出てくるようになった。

 クオリティもあるし、作ってる面子が楽しそうだったので特に言及しない。現に何度も食べているし、それで文句をつけるのも変だ。

 このような情景を見ていると食事、というのは生きとし生けるものの宿痾であるというのは当たらずとも遠からずなのかもしれない。




 寿司下駄に収まらないキングサイズの寿司をいつか食べてみたいと思いつつ、近くのお得なラーメン屋に駆け込む作者です。
 ネタはいくつかひねり出しているので、ちまちま上げていきたいと思います。
 小ネタの連発なので前回の話の投稿ほどお待たせすることはないと思われます。(そのぶん、ほんわか出来るのんびりを出せたらなあと思います。)
 この作品のアンケートを最近追加したので、片手間にでもポチポチしてやってください。
 海原でした。


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ひとくちのんかん~2~

 待たせたな!……はい、嘘です。
 小ネタともSSとも言える話です。小話って言ったほうがあってるかも……
 まあいっかの精神で投稿します。
 あと、この気まぐれ一口チョコ感覚であげるやつは前回の話から「ひとくちのんかん」と題します。
 真面目……というかキチンとしたものを時間が出来たら投稿します。
 それではどうぞ。


 「…………て、……きて」

 意識を無くしていた、というよりかは自然な無意識であった。……まあ、小難しく言ってるだけで寝てただけである。

 「司令官起きて。」

 「……?別府?」

 雪を駈ける風のような声色、だけども温もりがある声。眠気を振り切った脳が反射的に名前を呼んでいた。

 「返して。」

 おぼろげに見える彼女の小さな手が僕を指差していた。

 そして、知覚するちょっとした違和感。

 腕の中にはもふもふとしたものがあって、隣で寝ている者とは違う匂いを発していた。

 「?」

 なにこれ?

 「返して。」

 腕を目の前に持ってこようとすると、ヴェールヌイの持っていたマンボウのぬいぐるみがあった。

 「あぁ、ごめん。」

 体を起こして、ぬいぐるみを返す。

 「まったく、君って人は……」

 別府のため息が寝ぼけた頭を急速に回し始める。

 よくよく考えたら違和感が強い。それに、何故かこっちが悪者になってるのもおかしい。

 勝ち逃げしようとするヴェールヌイに待ったをかける。

 「別府ちょい待ち。」

 ビクッ、という擬音がしそうなほど驚いたヴェールヌイ。

 「なんで別府がここに入ってるの?」

 「そ、それは総員起こし担当だから……。」

 「ふむ……」

 確か違った気がするが、一旦保留して泳がせることにした。

 「なんで別府のぬいぐるみが僕の腕の中にあるの?」

 「……黙秘する。」

 「?????」

 どうにも核心らしい。聞く順番を間違えたと思うくらいにはリアクションが上々であった。

 「聞き方を少し変えようか。」

 生唾を飲む音が聞こえた気がする。

 「なんで総員起こしにぬいぐるみを持ってきたの?」

 「………………………………くっ!」

 ぬいぐるみを抱えたまま膝をつくヴェールヌイ。

 論破がてら彼女の目線に合わせて改めて座り直す。

 「さて、このイタズラについて色々聞かせて?」

 「それは…………」

 彼女にしては歯切れが悪かったが、ポツリポツリと紡がれた内容をまとめるとこうだ。

 珍しく抱き合って無かったため手が空いていた僕にぬいぐるみを置いたらどうなるかと言う好奇心からくるものだったようだ。で、ヴェールヌイがここまでぬいぐるみを持ってきたのは気まぐれだったようだ。

 理由と動機の半ばははっきりとした。ただ、ピースが欠けている。

 何故、昼間に総員起こしと称してこちらにおもむいたのか、だ。

 「なんでその子を持ったまま来たの?」

 「……………………………………………………………寂しかったから。」

 顔をぬいぐるみにうずめてそう言った。

 ちらりと見えるおでこはほんのり赤かった。

 追撃はやめてあげよう。

 「……とりあえず、お部屋に帰ったら?」

 「うん。」

 大人びた態度をとることが多い彼女の珍しい見た目らしい言動。そんな背中を見送った僕は布団に潜った。

 

 

 そして、駆逐艦たちの間では先日水族館で購入したぬいぐるみを昼間まで寝ている僕に置いてみる遊びが流行り始めた。

 おかげで夜間運営が困難である、という青玉じみた思考は置いておく。

 

 

 

 威厳とかないと駄目かなあ?

 




 えー、前回アンケート催促みたいな文を書いた結果投票頂けて有難い限りです。
 ただ、現状を見ると決行するには早計と判断しました。
 なので、40~50件ほど投票を頂いて多かったものを採用します。
 (ここで告知するのもおかしな話ですが、仮に成人向けになった場合別垢別名義で投稿させて頂きます。ここでBAnされると本格的に物を書きたく無くなるので……。引き続きよろしくお願いします。)
 今年はこれにて執筆き納めになります。良いお年を!


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ひとくちのんかん~3~

 これが出る頃には、新年を迎えた頃でしょう。
 明けましておめでとうございます。良いお年と言って執筆き納めと思ったら執筆き始めしてるので因果なものです。
 まさかの連日投稿です。(まあ、予約投稿なんで前もって書いてた訳なんですが。)
 一口にしようとおもったら三口くらいになりました。
 それではどうぞ。


 こたつって良いよなあ。

 鎮守府に勤続することになって早数年。家具コインって通貨を集めて購入した雀卓兼こたつに顔以外のほぼ全身を突っ込んでそんなことを考えていた。

 そして、そんなやんわりとした思考を窓から吹き込む冷たい風がたしなめる。

 今は麻雀をしないため、木の板を二枚かませてこたつとして使っている。ただこたつで安穏としている、というのはいささか誤解がある。今、僕は文字通りの常在戦場の気構えでいる。

 卓の面子には暴食の化身三人集、大和、赤城、加賀がおわすのだから……。

 何故こうなったかというきっかけなんて語る必要がない。

 旨そうな匂いがする、通りかかった、それだけだ。

 ぐぅ~

 ぐぐう~

 ぐるるるる~

 文字に起こせばそんな感じの腹の虫を鳴かせながら、目の前の七輪で火責めを受ける椎茸に目線をそそぐ三人。いや、キチンというなら僕を含めた四人である。

 鳳翔が期限が1日ほど切れた椎茸をどうにか有効活用出来ないかと言った相談にのった。結果、普通の人が一人で食べるには余りあるほどの量をもらった。田舎のご近所さんかなとも思ったがおいておく。

 七輪と調味料と木炭をもらい、執務室。

 色々準備して、「賞味期限ってあてにならない」とか、「こたつ温かい」とか思ったところに例の闖入者だ。

 「どうして……」

 ポツリ、漏れた。

 そんな小声は三人には聞こえないようだった。

 じっくり一個ずつ焼いていた七輪には雑多に散らされた椎茸に溢れていた。風情の欠片は犬に食わせたんか?

 さらなる悲しいことに乱入されたものだから膝の上にいたオスカーはどこかへ行ってしまった。ぽやしみ。

 いつの間にか持ち込んでいたマイ箸や備え付けている割り箸でパクパク食べている三名。

 食らう者には言葉は不要ということらしい。現に量を食べれば落ち着くと僕がたかをくくった面子はいつの間にか調味料を用いて箸を進めていた。意外とグルメさんたちでした。

 あっけにとられていても仕方ないと思い、ある程度火が入った椎茸の傘に醤油を一滴し。グツグツと煮える醤油と椎茸のハーモニーが鼻腔をくすぐる。

 頃合いを見計らって自分の小皿に持っていく。余分な醤油はこっそりと木炭にこぼしたが、匂いでバレバレである。うーん、スモーキー。

 「おいひいでふえ!」

 赤城が口一杯に頬張ってもにゅもにゅ喋る。

 「行儀悪いわよ。」

 「赤城さん、飲んでください。」

 「赤城さん……」

 三人からたしなめられると、急に口を動かし始めて飲み込んだ。流れとしてはコミカルに見えるが、その実化物である。こっわ……。

 『えー……』

 ぶっちゃけドン引きである。

 「美味しいですね、提督。」

 「そうだね。」

 「確かに、美味しいです。」

 「むぐむぐ」

 仕切り直す赤城、同意する僕と大和、うなずきながらよく椎茸を食べている加賀。

 「水を差すようだけど、これ賞味期限切れてるよ?」

 「一日くらいなら賞味期限なんて気にしません!」

 なんか残念なことを言い始める大和(撫子)……まあ、いつぞやかのクリパの片付けで一緒に風呂に入ろうとしてたことからなんとなく分かってたことではあるのだが。

 コクコクと首肯する一航戦。こっちも残念だった。なら僕も残念な人なのかしら…。まあ、頼まれたからといって期限切れ食品を独り占めしようとしていた時点でそうなのだろう。ひとよんで、残念会…なんちて。

 いきなり暴食の化身が三人も来た事で大量の椎茸の底が見えてきてしまった。

 そういう訳で切り札その1を切ることにした。家庭用のサイズにランクアップした冷蔵庫から水カステラの一升瓶を取り出す。もちろん分類名に大和を関する国名が入ったヤツだ。

 取り皿に煮えたぎる醤油を吸いきった椎茸を取り、猪口に般若湯を注ぐ。

 ゴクリという生唾の唱和を聞き、片目を少し開けると視線はこちらに注がれていた。

 特に気にせず、熱々の椎茸にかぶり付き狂い水をあおる。

 キまる。形容するなら……いや、形容出来ない。キまる。

 「ふぅ……………。」

 恍惚。その二文字が頭に出る。

 うっとりとした目で天井を仰ぎ見る。

 そして、目線の方向から腹の虫がけたたましく聞こえる。

 「少し融通してもらえません?」

 「おひゃけ……」

 「竹葉なんてずるいです!」

 「知らぬ、存ぜぬ、解せぬ。」

 "うるせー!知らねー!"で通した。勿論、全員膨れっ面である。可愛いなこいつら。

 「君たち可愛いね。」

 ほぼ変換なしで口に出力してしまった。どうも一石どころか土砂崩れを投下してしまった。

 赤城と加賀が顔を赤くしながら出ていってしまった。

 「あー……お二人とも練度高いですもんね。では、私から一言……誤解されるのでお嫁さんだけに言って下さい!」

 「えー」

 「えー、じゃないです!………私も危なかったんですから……」

 「後半なんて?」

 難聴系のフリをしてしらばっくれる。いかに見た目が好みとは言え立てた誓いを違えるほど終わってるつもりはない。ただ、欲しい言葉が分かってしまうだけなのだ。

 じゃあ、切り札その2を切りますか。

 ポケットに入れていたするめいかを取り出す。

 「それ何です?」

 「するめいか。」

 「はあ……」

 和製ハードドリンクを猪口に注ぎ、固形燃料に着火するためのライターの火の尖端で軽くするめいかをあぶる。

 自己処理したときの臭いがし始めて思うところが出てきてしまったが無理やり頭の片隅にぶん投げる。

 あぶったいかをかじり、猪口の液体をあおる。

 「ふいぃー……」

 味わった風味を、楽しんだ光景をため息で馳せる。これもイイ。

 「なんでそんなに美味しそうに食べるんですか!」

 「ぎも"ぢい"」

 「医療班呼びましょうか?」

 「ひっでえ」

 大分距離感がバグってる気がするが……。これか?これなのか?威厳無くなることの原因?

 悲しくなったついでに切り札2.5を切る。

 あぶったするめいかにマヨネーズをつけて食べる。

 「……それ、美味しいんです?」

 「ほれ。」

 新しいいかをちょいとあぶり大和に渡す。

 「どうも。」

 口元を隠しながらかじったようだ。長さがほとんど変わってないことから意外と一口は小さいのかもしれない。いや、冷静になると気持ち悪い観察眼だ。

 「美味しいです。」

 「じゃあ、おまけ。」

 大和の取り皿に欠片ほどのマヨネーズをたらす。

 「頂きます。」

 ちょんちょんと白い物体にいかをつけて、また小動物のような一口でいかをかじる大和。

 「意外と合うんですね!」

 「口に合って良かった。」

 調子にのって切り札2.75である。

 あぶりするめいか、マヨネーズ、七味唐辛子。

 そして、〆に九献を飲む。

 「おいしーかもー!」

 「……ぅぅ、いじわる。」

 ちょっと真意に気づいてもらえないので、ネタバラシといこうか。このままじゃ僕はただの畜生だ。

 「あのな、大和。」

 「…………はい。」

 「皆の健康を損なう可能性があるから僕が処分してるの。」

 「……自分を大事にしない人にそんなこと言われたくないです。」

 「耳が痛いなあ」

 「ともかく、夕飯食べれなくなるからそろそろお開きにするよ。」

 「まだやれます!」

 昭和のスポコンかな?今のご時世にはノリが違うと思う。

 「はいはい、片付けしとくからお開きね。」

 「むうううううううう!!!!!!」

 なるべくプライベートパーツに触れないように立たせて執務室から出した。

 

 期限の切れた菌糸類を食べて体調を崩すと思っていたが、そんなことは無かったことをここに追記する。




 お目汚し失礼しました。
 作者はこれから本業に力を入れるため、また数ヶ月単位で遅れます。ほんとすんません。
 アンケートの方も引き続きお答え頂ければ有難いです。
 お気に入りや感想を頂けると喜ばしい限りです。


 それではまたいつか。


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ひとくちのんかん~4~

 読者の皆さん、お早い再会でしたね。リアルが一段落したので通常とSSを作成しています。
 近況報告は爆破して早速GO!


 掘っ立て小屋の一部屋、その片隅にあった棚もどきからそれは始まった。

 運営学、心理学、軍略、戦記、艦艇図鑑、歴史書。そんな最低限の本がかつては寂しそうに並んでいた。

 そんな木っ端は姿を変えることはなく、場所を変えて今も僕の隣にいる。

 

 図書室が地下に増設されたのは、割と記憶に新しい。具体的に言うと、僕が鎮守府業務を熱心にこなさず人間である彼女らに居場所を与えることを是としたスタンスに切り替え始めて数ヶ月経ったころだ。

 地下に行くには昔はエレベーターのみだった。明石曰く、増設するコストはこっちの方が安上がりとかなんとか。詰問すると施設自体は既に作ってあるから後は穴を開けるだけとかなんとか。ぶっちゃけ、時系列がめちゃくちゃで頭が理解を拒んでいる。

 現在、地下に移動するには外付けの非常階段とエスカレーター、最近点検したエレベーターが使える。

 今日も僕はエレベーターに乗りながら、明らかに三階分は動いてるのではと何百回めの愚問を呈する。だって、かなり動いてるのにB1Fの表示が出るの遅いんだもん。

 蛍光灯や床のメンテナンスが行き届いた廊下を通り、ドアノブを捻る。途中、海防艦たちが絵本を持って出ていくのがみてとれた。

 「廊下は走らないでねー。」

 『はーい!』

 申し訳程度の注意。朗らかな返事にほっこりだ。

 「おっすー。」

 「うーい。」

 向こう側からエスカレーターに乗ってきた北上。

 「大井は?」

 「しおりを忘れたとかなんとかで後から。そーゆう提督は?」

 「……現実逃避?」

 「ふふふ、なにそれ。」

 「んま、やりたいようにさ。」

 「あいあーい。」

 「うー」

 会話ととれない胡乱なやり取り。これで練度最大なのだから、北上が底知れないのか、僕がにぶちんなのか……。案外、どっちも溶岩だったりするとかなんとか。

 まあ、それはそれとして、今日も守り神様…………もとい、この鎮守府の古い備品にお参りする。……顔を見せるの方が正しいか?

 最近修繕された軍艦図鑑に手を伸ばす。

 目的無く見ているためかページを送る速度が異様なのは自覚していた。ただ、時たま止まる手に意識を向けると聞いたことのあった軍艦のページにてよく止まっていた。そんな艦たちを見かける度にふと笑みがこぼれてしまう。

 パタンと本を閉じて、そうっと戻す。叢雲と険悪だったあの頃から劣化が進んでかなりボロボロな最初の本棚。どのくらいボロボロかと言うと、本を取っても戻してもきしむくらい。

 ただ、何故か同じタイミングに同じところにいたというだけに妙に親近感を覚えてしまう。妙なのは僕か。

 周りには、ニスでコーティングされた本棚や手入れがされているフローリング、貸出に使う新しいコンピュータ……。ポツンと放り出された化石がごとき最初の本棚に日々建造されていく艦娘に囲まれた自分を重ねてしまっている。だから、妙だと自覚しているのだが。

 歳を重ねて老いていくだけの本棚と僕自身……全盛の頃に産み出された彼女たち……重なってしまう。……妙だって。

 

 ……ふと、気になった。

 子供用コーナーが賑やかだったからだ。

 のぞいてみると、童話をぬいぐるみに読み聞かせてあげる海防艦や駆逐艦たちがそこにはいた。かわいいね!

 ちょっとおませな子は読みやすい文学作品を読んでいた。

 「……」

 最近、ヴェールヌイをよく見ている気がするが似た者同士だからだろうか。もちろん、変わり者同士ということで。

 さわさわと膝上を撫でていることから、やはりおわすのかぬいぐるみ。うかつにのぞこうとするとプライベートパーツの侵害になるからやらないけど。小学生のスカート見に行くやつis何って話だ。うーん、脳内めちゃくちゃ。

 

 新しい本棚たちの中から面白そうなのをピックアップして、貸出カウンターの担当に声をかける。

 こんこん

 「……いつまで?」

 「無期限で。」

 「……ふーん。」

 「冗談、二週間。」

 「……最初からそう言って。」

 「ごめんって、弥生。」

 「……はい、大事にしてあげて。」

 「ありがとう。」

 「……うん。」

 小学校あたりの『当番』ってやつ……という訳ではないのだが、回り持ちを決めている。今日の図書室の係が弥生だった、それだけなのである。

 用件も終わったから帰ろうと踵を返したところ、北上と大井がイチャイチャしながら本を読んでいた所を目撃した。ここに割って入ると自称憲兵が介入してくるともっぱらの噂だ。触らぬ百合に祟りなし、だ。他にも余計なことを考えたが考えなかったことにした。うんうん。

 

 ……なのに、今度は僕が図書室で金剛と一緒に本を読んでいる。執務室ではないからかなり抑え気味だが、はたから見たら十分に惚気の内なのはご愛嬌ということで。




 今日はここまで!(最近久々にプレイを再開したので、そこでやらかしたことを次回あたりに書いてみます。)


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ひとくちのんかん~5~

 一週間経たずに更新とか風邪引いたかしら…チガイマスヨ?
 「連投すればアンケートの投票が増えやすいのでは?」と考え始めた作者です。
 前回の宣言通り、久々に艦これをプレイしてやらかしたことを書きました。(キャラロストとかそんな重大なものではないことをあらかじめ明記しておきます。)
 それでは。


 叢雲、金剛、赤城、天龍が新人だった頃、掘っ立て小屋だった鎮守府の増築許可を嘆願書として政府に送ったことがあった。とんでも文章の謝罪文を部下に持たせるだけあって受理から許可のスピードが異常だった。何かしらのツールでも使っているのかと悪態をつきたくなってしまうほどに。証拠・根拠の類というほどの確信はないが、自動生成されたような文章と許可された権限が『際限なしの増築』・『その他業務に差し支える場合における独自の改良』である。やっつけ仕事が過ぎる。

 この話題を出したのは政府のふざけた態度を批判するためではない。ちょうどこの時、職員一同から自分のプライベートな空間が欲しいとの要望が出ていた。と、同時に司令官の僕も自室をもった方がよいという話も出た。

 この時は、一瞬そんなことは別にしなくても良いのではないかと思っていた。が、何かの間違いが起きても困るため半ば快く、半ば渋々承諾した。はい、どっちだよって話。

 何回か機材の設置やら遊びに来たやらで艦娘たちに話を聞くことがあったが、僕の自室は艦娘たちに比べてやや広いらしい。かれこれ5、6年以上は勤続しているのに『らしい』と言っているのはケッコンカッコカリを行っている金剛の部屋にすら入っていないからである。あられもない姿でいる金剛型姉妹と鉢合わせしてしまうことのないように予防線を張っていると言えば諸兄にはお分かり頂けるだろうか。金剛以外の据え膳は食わぬことにしている、操を立てているということだ。きっと、その選択をしなかった僕もいたのだろうかとけったいなことを思ってしまった。

 

 余談はさておいて、自室に入る。

 この自室の階層は図書室よりも上層に位置しているため、B0.3Fといった具合だと思われる。なんせ、あの部屋の異様な表記に準ずるなら普通の建築物のフロア一階分くらいしか動いてないからね。

 僕の私室は、共通のエレベーターの隠しコマンドを入力する、もしくは工廠と鎮守府をつなぐ連絡通路に隠してある直通エレベーターにて入室が可能となる。

 遊びに行きたいと言った金剛以外の艦娘は申し訳ないが目隠しをしてもらうことで秘匿性を確保している。予定外の訪問は少し困るからだ。気を許してない訳ではないのだが、仕事とプライベートを少しでも分けておきたい。執務室で寝ている癖にどの口が言うのか自分でも疑問だ。

 

 ゲーム機を起動させて、ヘッドセットを付ける。

 今日やろうと思ったのは、怪物を狩ってその素材で強くなっていくゲームだ。ここに来るかなり前から友人が勧めてられていたが、今になってようやくプレイしている。逆張りしたかった訳ではなくプレイしたい作品とハードの調達がかち合わなかったのだ。うん、早い話買ってもらえなかったのだ。それが、今は自分の収入で機材を整えている。拉致されたことに関して、そこだけは感謝したい。

 マルチ部屋に入ると大淀と明石が休憩がてら駄弁っている現場だった。

 「お疲れ様~……って何してん?」

 「謎企画です。」

 「謎企画です!」

 「謎企画ね~……謎企画?」

 流そうと思った会話が流せない。なんて?

 「それ何?」

 「いえ、クリーチャーを往復ビンタしまくろうって話です。」

 「物騒だな、よしやろう。」

 『よしきた!』

 大淀と明石とはこういう本気じゃなくて脱線した楽しみ方をしている。銃使いの攻撃をジャストガードし続けたり、変なキャラクターコントロールを発見したり、物理演算をバグらせて裏世界に侵入したり……そんな遊び。今日は怪物に張り付くコマンドを使ってビンタしようということだった。

 

 十数分たった頃、ハントが終わった。

 『だの"じい"。』

 全員脳味噌が溶けていた。待機時間でエモートを使っておちゃらけている明石の回りに火を炊いて部族風に仕立てる僕と便乗して肉を焼き始める大淀。全員が何も打ち合わせなんてしてないのに途端にふざけ始める。

 うん、あれだ。友人か自分の家で遊んでるあれ。

 「次はエモート縛りするか。」

 『やります!』

 発起人は僕。我ながら変なことを考えている。解説すると【攻撃判定のあるエモートで対象を倒す】というものである。

 

 さっきよりも遅い時間でハントが終わった。

 『ぎも"ぢい"』

 同僚とゲームしてるのに楽しいのは良い職場なのかもしれない。とは言っても社会人経験が乏しい僕がこう断言するのは違うだろう。ま、楽しいのは事実。

 今回はプレイヤーキャラをかち上げてオブジェクトの隙間に潜り込ませてバグらせようとする大淀と爆発時のモーションを悪用して裏世界に入ろうとする僕。物質は明石からもらった。

 

 しばらくの間雑談をして、部屋を解散する……はずだった。

 きっかけはささいなぼやきだった。

 「仕事したくないでござる。」

 「いにしえすぎる。」

 「なんでしたっけ?フォカッチャ?」

 「フォカヌポォ」

 「それです。」

 「……そういやさあ。」

 『はい?』

 「そろそろ本業もどる?」

 『え?!』

 「大淀、鉄の傘って持ってる?」

 「明石、作れる?!」

 「ひっど」

 「……マジ、なんです?」

 「そろそろね。」

 間が空いた。一息つく。脊椎での会話から数拍。この面子が考えをまとめるには十二分だった。

 「手始めに遠征からですか?」

 「そんなとこ。演習もちょいちょいね。」

 「真面目な風に言って、変なこと考えてるんじゃ……」 

 「なわけ。」

 「今日はここまでにしましょうか。お疲れ様です。」

 『お疲れ様です。』

 部屋が解散されたUIの表示、セーブしてゲーム機の電源を切った。夕暮れあたりの時間帯だったから全体メールで活動再開の旨を送った。

 

 

 久々の指揮だった。ゆえに……

 「間違えた!ちょっと帰ってきて!」

 こんなことも起きる。

 おつかいに出す部隊、間違えちゃった。




 あるあるですよね?
 
 次はSSか通常版かでお会いしましょう。
 (UV伸びて欲しいような、ないような)


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