咲-Saki-《風神録》 (朝霞リョウマ)
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第一部・日常編
日常編・東一局『春が来たりて』


にじファンからTINAMIを経由してハーメルンでも復活。

ある程度の修正を加えつつ掲載していくつもりですが、もしかしたらそのままの文章の可能性も。


 

 

 春である。英語の綴りで表すとspring、バネではなく春。

 

 桜の花が満開に咲き誇り、新たな生活の始まりの季節。

 

 冬眠していた土の中の動物たちが活動を始める生き物の季節。

 

 優しい太陽が照らす暖かな季節。

 

 きっと、そんな春だからなのだろうか。

 

「なあなあ! お前もそうなんだろ!?」

 

 入学式もHRも終わり、後は帰宅するだけとなった直後、突然前の席の奴が振り向きざまにそんなことを言ってきたのも、きっと春のせいだろう。

 

「……はぁ?」

 

 唐突にこんな始まり方で申し訳ない。いや、本当に唐突で自分ですらよく分かっていないのだから、勘弁願いたい。

 

 

 

咲-Saki-《風神録》

 日常編・東一局 『春が来たりて』

 

 

 

「……いきなり何だ?」

 

「何って、さっき自己紹介しただろ? 出席番号10番、加賀(かが)太郎(たろう)だ!」

 

「名前はいいから。さっきの言葉の意味だよ」

 

 いや、確かに名前も覚えていなかったが。

 

「だから、お前もここが()()()()だから入学してきたんだろ?」

 

 俺の目の前の少年、えっと……佐賀(さが)だっけ? 佐賀は何故か何かを期待するような視線で、そんなことを尋ねてきた。

 

 私立鶴賀(つるが)学園。何の変哲もないこの私立の学校は、去年まで女子校だった。それが今年から共学となり男子生徒も受け入れるようになった。しかしそこは元女子校。やはり肩身が狭いと感じるからか男子からの入学希望者は少なく、加えて男子は新入生しかいない。結果、この学園の男子生徒は全体の二割にも満たないのだ。

 

 このクラスでも三十人強の生徒の内、男子は両手で数えられる程度。きっと加賀はそんな状況になることを逆に望んで入学してきたのだろう。あれだ、ハーレム願望ってやつかな。

 

「いや、違うけど」

 

 まぁ、気持ちは分からんでもない。

 

 だが考えても見て欲しい、周りが女子で男子が自分一人という状況の現実的な厳しさを。正直言って肩身が狭いなどという言葉では済まされない孤独とある種の恐怖を味わうことになるだろう。親戚一同女性ばかりの俺が言うのだから間違いない。ガキの頃はお人形遊びされそうになる度に必死の逃走劇を繰り広げたものだ。

 

「違うのか!?」

 

 そんな俺の返答を聞いた佐賀は、信じられないと言わんばかりの驚愕にその表情を染めていた。

 

「お前、ここに男子が入学する理由なんてそれしかないだろ……!」

 

「いやいやいや、お前は高校に何を求めて入学したんだよ」

 

 初対面で早くもこの目の前の少年の将来が心配になってきたが、彼はこの生き方できっと幸せなのだろうと勝手に結論付けて放っておくことにする。

 

「じゃあなんでこの学校選んだんだ?」

 

「ん? まあ、そんな大層な理由があるわけじゃねえよ。ただ単に実家を出て一人暮らししたかっただけ」

 

 誤解されるかもしれないのでここで言い訳しておこう。別に家庭環境が悪く、居心地が悪いので家を出たかったわけではない。純粋に、本当に純粋に一人暮らしというものに憧れていたのだ。果たして家族という他者が全くいない環境での生活というものに。

 

 今時にしては寛大な我が両親はこの俺の要望を「社会に出たときのいい練習になる」と言ってとある条件付きで了承してくれたのだ。

 

 その条件というものが、この進学校である鶴賀学園を受験することであった。この鶴賀学園は近隣の中でも五指に入る進学校ではあるが、俺が努力すればちゃんと手が届くレベル。俺の成績を完璧に把握していた両親(このこともやはり今時の親にしては珍しいのではなかろうか)によって提示された一種の試練だったのだ。

 

 初めは若干やる気を失い欠けたが、なんとか無事合格。晴れてこの春から一人暮らしの身となったのだった。

 

「まぁ、それ以外に理由があるとしたら――」

 

 それを口にしようとした途端、残った生徒もまばらとなった教室の前の扉が勢い良く開かれた。

 

 開かれた長方形の枠の中に納まるようにして立つのは、一人の女子生徒。女子にしてはやや高めの身長に、鋭い眼光。下級生の教室に乗り込んできているというのに堂々としたその様子は、凛々しいという言葉がよく当てはまった。

 

……まぁ――。

 

「突然失礼する。三年の加治木(かじき)だ。風祭御人はいるか?」

 

 ――知り合いなわけですが。

 

「……あの人にこの学園にいたから……かな」

 

 見紛うことなき我が従姉弟、加治木ゆみとの久々の再会だった。

 

 

 

   †

 

 

 

「まさか一年生の教室に乗り込んでくるとは思わなかったよ、ゆみ姉」

 

 背後から聞こえてくる佐賀の「お前は既にそちら側の人間だったのかー!」という血涙と共に放たれた叫びを遮断するように、後ろ手に教室の扉を閉めた。

 

「む、迷惑だったか?」

 

 若干だが不安そうな声を出す。ゆみ姉。見た目通りの凛々しい女性であることは間違いないのだが、時折見せるこういう表情が本当に可愛い。何気に初恋の女性だったりする。

 

「いや、変な奴に絡まれてたところだから逆にありがたかったよ」

 

 別に悪い奴ではないとは思うのだが、無意味に絡まれるのは勘弁願いたいところだ。いや、バカ話が出来る友人が出来るということは三年間の高校生活を過ごす上でかなり重要になってくるファクターの一種ではあるとは思うのだが。

 

「それで? わざわざ教室まで来たってことはもちろん何か用事があるんだよね?」

 

「ああ、悪いが少々付き合ってはもらえないか?」

 

「もちろん」

 

 そんなゆみ姉の言葉に俺は二つ返事で了承する。

 

 すまんな、と言いながら歩き始めるゆみ姉。きっと付いて来いという意味であろう。

 

 道すがら、隣を歩くゆみ姉が話しかけてくる。

 

「改めて合格おめでとう。叔母さんから聞いたが、大分頑張ったみたいだな」

 

「うん、ありがとう。いやいや、ゆみ姉のおかげだよ。ゆみ姉が教えてくれたおかげで試験はバッチリだったし」

 

 実はメールでこの学校を受験する旨をゆみ姉に伝えたところ、なんと鶴賀の入学試験の傾向と対策を纏めたプリントを宅配便で郵送してきてくれたのだ。郵送ではなく宅配便というところがミソ。そこまで大きくないとは言え、ダンボールに詰められたプリントを眼にしたときは二回ぐらい目を擦った。

 

 だがしかし、塾にも行かずにここに受かったのは間違いなくその対策プリントのおかげである。本気で助かったので後輩のために中学に寄贈しようかとも考えたが、あまりにももったいなかったので大切に実家に保管してある。

 

「あれは私がここを受験した際に使ったものに少し手を加えただけのものだったのだがな。役にたったのならば重畳だ。しかし、最終的に合格の決め手になったのは、お前の努力だ」

 

 よく頑張ったな、とゆみ姉は撫でるようにポンッと俺の頭に手を置いた。昔はよく頭を撫でられたものだが、今こうして高校生になってまで撫でられるのは、懐かしいような恥ずかしいような子供扱いが悔しいような、複雑な気分である。

 

 それ以前に、未だに身長が負けているのが悔しい。確かに俺も男子にしては大きい方ではないが、それでも年上とはいえたった一つしか違わない女子に身長で負けるのは色々と思うところがあるのだ。……せめてこの高校三年間で160cmにはなりたい。それでも恐らくゆみ姉には追いつかないだろうが。

 

 憧れでもあり、尊敬の対象であるゆみ姉。そんな敬愛する従姉(あね)と同じ学校に通えるということも、俺がこの学校を選んだ要素の大事な一つである。

 

 ……恥ずかしいから絶対に口に出さないけど。

 

「着いたぞ、ここだ」

 

 ゆみ姉に頭を撫でられて悶々としている間にいつの間にか目的地に到着していたようだ。

 

 そこはとある教室の目の前だった。扉の前、視線を持ち上げてそこに書かれていた文字を読む。

 

「……麻雀部?」

 

 つまり麻雀部の部室ということだろう。いや、それ以外になんの可能性が考えられるというのだろうか。

 

「連れてきたぞ」

 

 ノックも無しに扉を開けながら、ゆみ姉は部室の中に入っていった。その後ろについて行くように俺も部室の中に入る。

 

「加治木先輩、こんにちは」

 

「おー、ゆみちん、その子かー? ずっと言ってた新入部員候補生はー」

 

 中には二人の女子生徒がいた。一人目、黒髪をポニーテールにした、ゆみ姉のように目元がキリッとしていて生真面目そうな女子生徒。ゆみ姉のことを先輩と呼んでいることから、三年生ではないだろう。恐らく二年生。二人目、赤みがかった髪の、何故か陽気そうな印象を受ける女子生徒。言動から察するに恐らくゆみ姉と同学年、つまり三年生。

 

 って、新入部員候補生?

 

「ゆみ姉、もしかして……」

 

「察したか」

 

 そうだ、とゆみ姉は頷く。

 

「突然ではあるが、お前にはこの鶴賀学園麻雀部に入部してもらいたいのだ」

 

 

 

 《東二局に続く》




とりあえず第一話。

ついでにTINAMIではなかった称号も復活。

   †

“風祭御人は称号『新入生』を手に入れました”
『新入生』
若葉芽吹く季節、それは新たな生活の場へと移り変わる季節。
これは様々な希望と不安を胸に抱く者の称号。

“風祭御人は称号『従姉弟(弟)』を手に入れました”
『従姉弟(弟)』
実の姉弟ではないが、血の繋がりもありその関係は姉弟も同然。
若干ヒエラルキーは低いものの、姉のことは大切にしている。

“加治木ゆみは称号『従姉弟(姉)』を手に入れました”
『従姉弟(姉)』
実の姉弟ではないが、血の繋がりもありその関係は姉弟も同然。
度々無茶なお願いをしてしまうこともあるが、弟のことは大切にしている。


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日常編・東二局『鶴賀学園麻雀部』

続けて第二話。


 

 

「えっと、本日よりこの鶴賀学園に入学しました、風祭御人です」

 

 とりあえず自己紹介という流れになったので、よろしくお願いしますと先輩方に向かって頭を下げる。

 

「私は津山(つやま)睦月(むつき)、二年だ」

 

「三年で麻雀部部長、蒲原(かんばら)智美(さとみ)だー」

 

 黒髪ポニーテールが津山先輩で、赤みがかった髪が蒲原先輩ね。おk把握。

 

「それにしてもゆみ姉、どうして俺を?」

 

 いや、確かに野球やサッカーなどのメジャーな部活動以外において部活の勧誘は、運動系文系関係なく力を入れることだろう。部員が規定人数に届かなければ最悪廃部、良くても活動停止である。部の存続のために新入部員の勧誘をすることは、マイナーな部活動に所属するものならば一度は通らなくてはならない道と言っては過言ではないだろう。

 

 しかし、ここで一つの疑問が浮かび上がる。

 

 現在、世界の麻雀競技人口は一億人を超えたと言われており、この数字は明らかにマイナーなどという括りに属するもののそれではない。それだけ麻雀はメジャーなものということだ。

 

 その麻雀の部活が、存続の危機などということがあるのだろうか? いや、確かに漫画や小説の世界において、廃部寸前の野球部やサッカー部などが題材になることはあるし、探してみればリアルの世界でもそのような出来事は存在するだろう。しかし、こと麻雀においてそれが当てはまるのだろうか?

 

 それらのこと簡潔に問いかけると、ゆみ姉は軽く溜息を吐いた。

 

「集まらない理由があるんだよ」

 

 

 

咲-Saki-《風神録》

 日常編・東二局 『鶴賀学園麻雀部』

 

 

 

「この鶴賀学園は知っての通り進学校。部活動よりも勉強に力を入れている。よって男子だったら裾花(すそばな)、女子だったら風越女子(かぜこしじょし)などの麻雀強豪校へと進学して行ってしまうんだ」

 

「あー、なるほど」

 

 ゆみ姉の口から語られた理由は、この学校の立地条件および偏差値的な問題だった。

 

 この鶴賀学園の近辺には、裾花高校と風越女子学園という二つの高校がある。この二校は、それぞれ男子と女子で麻雀強豪校。本当に麻雀がしたいっていう人がいるならば、こんな進学校に進学せずにインターハイ県予選優勝の常連であるその二校に進学するはずである。最も、風越女子の方が偏差値が高いが、麻雀がしたいならばもう少し頑張って勉強しようという話になるわけだ。

 

「そもそもこの学校には二年前まで麻雀部がなかった」

 

 あれー!? そもそも麻雀する環境がこの学校にはなかったの!?

 

「私と蒲原が創設して以来、わずかな人数で細々と活動をしていたわけなのだがな……」

 

「大会出場のための規定人数が五人のため、大会にも出場できず」

 

「大会どころか部活自体の存続の危機だったりするんだなー」

 

 ゆみ姉以下先輩方の分かりやすい状況説明ありがとうございます。なるほど、部活を存続させるため、たまたまこの学校に入学した俺に白羽の矢が立った、というわけか。

 

「こんな個人的な理由ですまないが、私たちも後がない状況なんだ。だから――」

 

「大丈夫だよ、ゆみ姉」

 

 今にも頭を下げようとしていたゆみ姉を止める。

 

「俺がゆみ姉の頼みを無下にするわけないでしょ?」

 

 それに。

 

「ゆみ姉が、部員確保のためとはいえ俺を頼ってくれたことが純粋に嬉しいんだ」

 

 昔から、何かとゆみ姉にはお世話になりっぱなしだった。そんなゆみ姉の役に立てるのであれば、俺は喜んで何でもしよう。

 

「だからそんなに気にしないで、ゆみ姉」

 

「……そうか。本当にありがとうな、御人」

 

「いやいや、良い子が入ってくれたねー」

 

「これで部活は存続できそうですね」

 

 おや?

 

「今部活の規定人数は五人って言ってたよね? それだとまだ足りないんじゃ……」

 

 俺が麻雀部に入部したとして、ゆみ姉、蒲原先輩、津山先輩で合計四人。規定人数に一人足りていない。

 

「それだったら問題ない」

 

「私の幼馴染を強制入部させるから、これで五人になるのだよ」

 

 なるほど、強制入部ですか。突っ込みべきところだったのだろうが、俺も似たり寄ったりな立場だから何も言わないでおこう。

 

「それで御人、改めて聞きたいのだが、麻雀部に入部してくれるか?」

 

 そんなことを尋ねてくるゆみ姉。まあ、特にやりたかった部活があるわけではないし、放課後もただゲームしたり漫画したりしているだけだし。たった一度きりの高校生活だ。麻雀とはいえ、部活に青春を捧げてみるのも悪くないだろう。

 

 というわけで、俺の答えは一つ。

 

「もちろん。一年、風祭御人、麻雀部に入部させてもらいます」

 

 こうして晴れて俺は鶴賀学園麻雀部の新入部員となり、新たな高校生活をスタートしたわけである。

 

 

 

   †

 

 

 

 ……なのだが、早速問題発生である。

 

「大会に出場できない?」

 

 全国高校生麻雀大会。夏に行われるこのインターハイと呼ばれるこの大会は、全国から一万人以上の高校生が目指して出てくる。本戦は毎年テレビ中継もされる、云わば『麻雀甲子園』。このインターハイの県予選が八月に行われるわけなのだが……。

 

「出場できないってどういうこと?」

 

 トンッと一索をツモ切りしながらゆみ姉に尋ねる。

 

「ロン、7700だ」

 

「げ」

 

「終了、だな」

 

 言い訳にするわけではないが、話ながら打っていたらゆみ姉に直撃してしまった。流石に焼き鳥ではないし、飛びもしなかったものの、結果最下位。長年家族や親戚で麻雀を打って腕には自信があったのだが、麻雀暦ニ年のゆみ姉に何故か勝てない。というか、普通にゆみ姉強いっす……。

 

 半荘を終え、一息吐いたところで先ほどの会話を再開する。

 

「それで、どうして大会に出場できないの?」

 

 部員はちゃんと五人集まった。これで部活は存続するし、県予選の団体戦にだって出場できるはずじゃ……。

 

「それが、単純な話だったりするんだなー」

 

「団体戦は男子と女子で別れてるんだ」

 

「……あー」

 

 本当に単純な話だった。そりゃそうだ。普通に男女別に決まってるよな。

 

 とりあえず、現状男子は俺一人しかいないから今年の県予選はほぼ絶望的だろう。そもそも男子生徒が少ないこの進学校の中で、今から男子部員を四人集めるのは若干厳しいものがあるだろう。

 

「一人は部長の幼馴染が入ってくれるとして、問題は最後の一人の女子部員ですね」

 

 牌を並べて片付け、点棒を整理しながら津山先輩は溜息を吐いた。昨今の各校の麻雀部であったら各部室に全自動雀卓が配備されているのだろうが、二年前に出来たばかりで規定人数ギリギリの我が麻雀部にそんな高価なものを買うほどの部費が落ちないため、普通に雀卓である。わざわざ自分で山を積まないといけないのは若干面倒ではあるが、こう、自分の手でジャラジャラとかき混ぜるのは個人的に好きだったりする。

 

「今までにも一応勧誘活動はしてきたんですよね?」

 

「ああ。地道に周りに声をかけたり、張り紙を貼ったりしてきたさ。ただ、最近はもっぱらこれだな」

 

 そう言ってゆみ姉たちがカバンから取り出したのは……ノートパソコン?

 

「それ、自分たちの?」

 

「ああ、全自動雀卓が買えないのに、ノートパソコンを三つも買う余裕があるものか」

 

 ……ごもっともでございます。

 

 というか、いいなーノーパソ。普段から漫画やらゲームやら買ってる俺にそんな高価なものを買う余裕など雀の涙ほどもございませんよ。

 

「麻雀部のサーバーを校内LANに繋いでプレイヤーを募っているんだ」

 

「それで、なかなか良さそうな人材がいたら勧誘って流れかなー」

 

 なるほど。校内を歩いて探すより、ネット麻雀で麻雀が出来てそれなりの人物を効率よく探せるわけだ。

 

「それで、今までの収穫は?」

 

「「「………………」」」

 

 いや、まあこの部活の現状を見れば言わずもがな、なんだけど。

 

「これからも地道に続けていくしかないんだろな」

 

 こればかりはどうしようもない。俺みたいにすんなり強制入部って流れの方がおかしいからな。

 

 普通、誰かに無理矢理入部させたところでいつ辞めるか分からない。夏の全国が終わるまでのその場しのぎって考え方もないこともないが、これから三年間部活を続ける身としては出来るだけ長く部活を続けてくれるような人に入ってもらいたいものだ。

 

「それで、先輩方がネット麻雀で新入部員を探している間、俺は一体何をしていればいいんでしょうかね?」

 

 一人だけノートパソコンを持っていないのですが。

 

「「………………」」

 

「……宿題でもしていればいいんじゃないかなー」

 

「……はい」

 

 ……まぁ、進学校だけあって授業のレベルが高く、出される課題が多かったりするのもまた事実。元々結構無理してこの学校に入学した身。少しでも勉強を怠ったら授業に置いていかれる上に、あっという間に補習塗れな日々。ちょっとでも課題を片付けることは大事だ。

 

 こうして、放課後麻雀部では半荘をやった後は一人寂しく課題や勉強をすることとなったのであった。

 

 

 

 《東三局に続く》




メインヒロイン本格参戦まであと四話!

   †

“風祭御人は称号『新入部員』を手に入れました”
『新入部員』
部活という新たなコミュニケーションの場へ進出した者へ送られる称号。
部活の種類によってその待遇は異なるので注意。

“蒲原智美は称号『麻雀部部長』を手に入れました”
『麻雀部部長』
競技として麻雀を行う、そんな部活の部長さん。
顧問の先生がいないため、部活の実質的なNo1となる。

“加治木ゆみは称号『部活の先輩』を手に入れました”
“津山睦月は称号『部活の先輩』を手に入れました”
『部活の先輩』
新入部員が入部したときに既にそこにいる存在、つまり先輩。
一年という年月の差は以外にも大きい。


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日常編・東三局『Default Player・前編』

ここの話を書くためにアニメを何度も見返したというちょっとした裏話。


 

 高校に入り、生まれて初めて参加する部活動。そこで俺を待ち受けていたのは、厳しい先輩と先生のしごき、深まる友人との絆、そして現れるライバルたちを退け、目指せ世界への道――!!

 

 ――なんてことがあるはずもなく。

 

「ねえゆみ姉ー、加速度って何ー?」

 

「速度の変化を経過時間で割った値だ」

 

 基本的に、我が麻雀部の活動は味付けが薄めだった。

 

 いや、部の存続の危機に対する危機感はもちろんあるよ? もちろんさ。

 

 

 

咲-Saki-《風神録》

 東三局 『Default Player・前編』

 

 

 

 カチ、カチカチ……

 

 カリカリ……

 

 二種類の音が響く麻雀部の部室。前者の音は、ノートパソコンを使って新入部員を募っているゆみ姉たちがマウスをクリックする音。後者の音は、ただひたすら出された課題を片付ける俺のシャーペンがノートを叩く音。我らが麻雀部はいつものように半荘を終え、いつものようにそれぞれの活動をするのであった。

 

「……ふぅ」

 

 クルクルっとシャーペンを指で回してから机の上に置き、ググッと背伸びをする。

 

(ダメだ、斜方投射とか何が何やら)

 

 相変わらず理数系は苦手だ。いや、だからと言って文系が得意というわけではないんだけどね。今更ながらよくこの高校に受かったものである。というか、ネトマ(ネット麻雀)に勤しむ傍ら、俺も勉強も一緒に見てくれるゆみ姉のスペックがマジ半端ない。

 

(……ダメだ、行き詰まったー)

 

 ということでちっとばっかし休憩。コーヒーでも入れることにしよう。この部室、全自動雀卓こそないものの、冷蔵庫やケトルなどといった軽い喫茶をする事が出来る設備は整っている。といっても雀卓以外は各自不要となったものを再利用しようと部室に持ってきたものなのだが。

 

「コーヒー飲む人いますかー?」

 

 俺の発言に対して全員手を上げたので、マグカップを四つ用意してコーヒーを入れる。俺とゆみ姉はブラック、部長は砂糖五杯、津山先輩は一杯っと……。なんというか、こうコーヒーに入れる砂糖一つ取っても人となりって言うのは見えてくるものだなぁ。

 

「はい、ゆみ姉」

 

「ん、ありがとう」

 

 全員にコーヒーを配り終わってから自分のマグカップに口を付ける。安物のインスタントではあるが、この苦味が疲れた頭に染み渡る。個人的には糖分よりもこちらの方が回復するような気がする。いや、甘いものも大好きだけど。

 

「そっちの調子はどんな感じ?」

 

「ああ、なかなかいい人がいたぞ」

 

「え? マジ?」

 

 今まで見つからずに今になって見つかったということは、俺と同じ新入生かな? もしかして、勧誘したら俺みたいにアッサリ入部してくれる人がいるかもしれない。今度他の一年生のクラスにも声をかけてみることにしよう。

 

 入学してまだ一週間しか経っていないが、結構な人数の男子生徒と知り合いになれた。結構というか、ほぼ全員と言っていいかもしれない。くどいようではあるが、この鶴賀学園は去年までは女子校であった。それ故に男子生徒は女子生徒と比べて圧倒的に少人数で、男子生徒でコミュニティが出来上がるまでに大して時間はかからなかった。なんとうか、女子生徒ばかりの学校で肩身の狭い思いをする男連中が寄り集まったというところか。

 

 ちなみに、佐賀は佐賀で元女子校というシチュエーションを存分に楽しむさらに少人数のコミュニティを作り上げているらしい。エンジョイしてるなぁ、色んな意味で。

 

 閑話休題。

 

 ゆみ姉の後ろからノートパソコンを覗き込む。ゆみ姉が指差すそこには『Default Player』の名前。

 

(どれどれ……)

 

 そのままゆみ姉の後ろから対局を観戦することにした。

 

 

 

   †

 

 

 

 対局自体は南三局で終了した。下家が無用心な振込みをしてしまったため満貫を振り込み飛んでしまい、残り少なかった点数に止めをさされてしまったのだ。結果、三位だった対面の逆転勝利で終わったのだが……注目すべきは振り込んだ下家でも、逆転勝利を収めた対面でもない。

 

(ゆみ姉が二位、か……)

 

 こう言ってはあれだが、ゆみ姉は手加減なんて器用な真似は出来ない。だから例え相手が初心者であっても全力で麻雀を打つ。時の運はあるものの、そんじょそこらの経験者ではゆみ姉から一位は簡単に奪えない。それは既に何回か直接対局している俺がよく分かっている。

 

 そんなゆみ姉が『直撃していないのにも関わらず』ただの満貫で逆転されてしまったのだ。

 

 そのような状況になってしまった最大の理由。それが……。

 

(上家……『Default Player』……)

 

 決して素人などではない手堅い打ち回し。時には他家に振り込んでまでゆみ姉の和了を阻止し、降りるべきところでは降りる。派手な打ち筋ではないが着実に点数を稼ぎ、二位の位置からトップのゆみ姉を抑えていたのだ。三万点返しのルールのため、このままでは西入(シャーニュウ)するかと思った。

 

 華がないと言ってしまえば、それで終わり。

 

 けれど。

 

 何故か、その打ち方と性格に、惹かれるものがあった。

 

「いい打ち手だと思わないか?」

 

「うん……華はないけど堅実だ……ねぇ、ゆみ姉」

 

 俺の言おうとしたことが分かったらしく、ゆみ姉は頷いた。しかし、ゆみ姉が行動に移す前に部長が動いていた。

 

『カマボコ:よかったら、麻雀部に入部してみない?』

 

 学校のサーバーに作られたテーブル、そこに設けられたチャット機能を用いて部長が『Default Player』に話しかける。……というか部長、ハンドルネームが『カマボコ』ですか。いやまあ、別にいいんですけど。

 

 部長直々の勧誘の言葉。しかし『Default Player』から帰ってきたメッセージは、そっけないものであった。

 

『Default Player:あまり興味がないので』

 

『かじゅ:そこをなんとか』

 

 ハンドルネーム『かじゅ』ことゆみ姉が喰らいつく。部員が少ないのは事実。でも、たとえどんな人でも入部してもらいたい現在の状況でも、優秀な人材ならば欲しいに決まっている。インターハイに出場することが目的とはいえ、初戦敗退となってしては目も当てられない。出場するからには、勝たなければならない。『出場することに意味がある』みたいな言葉も存在するが、そんな綺麗ごとだけでは済まない事態だって存在するのだ。

 

 そんな思いを込めた願い。是非とも入って欲しいという願い。

 

 しかし、帰ってきた返事はとても不思議なものだった。

 

 

 

『Default Player:あなたたちは、私を見つけられない』

 

 

 

「……え?」

 

 それは果たして誰の口から零れ出たものだったのか。部室にいる四人全員が、ここではない何処からか書き込まれたそのメッセージに言葉を失ってしまっていた。

 

『システム:Default Playerが退室しました』

 

「あ!」

 

 俺たちが再び動き出したのは、そんなシステムメッセージが表示された後だった。

 

「引き止められなかったなー」

 

 部長がいつものように「ワハハー」と笑うが、その表情は僅かに暗くなっていた。津山先輩にも視線を向けると、彼女の眉間には皺が寄っている。ゆみ姉もため息を吐いていて、この部室にいる全員が新入部員(且つ即戦力)候補を逃してしまったことを残念に思っていた。

 

 しかし、気になることが一つ。

 

「ねえ、ゆみ姉、これってどういう意味なんだろ……」

 

「………………」

 

 無言。しかし、首を左右に振ることで答えが返ってくる。

 

 結局、その日はもう『Default Player』は姿を現さなかった。

 

 

 

   †

 

 

 

「………………」

 

 気が付けば、もう夕方だった。

 

 先に帰ると言ったゆみ姉たちを「もう少し残る」と見送ったのは、今から一時間前。先ほどまで勉強していた机に、ノートを広げたまま頬杖を付いて窓の外をぼんやりと眺めていたら、いつの間にか夕方になってしまっていた。

 

 窓の外、姿は見えないが運動部員たちの声が耳に届く。先ほども話したが鶴賀は女子生徒の方が多い。そのため声のほとんどが女子のものだが、よくよく聞くとその中に男子生徒のものと思わしき低い声もある。聞いた話では、十数人の男子生徒が集まって野球部を設立したらしい。きっと出来立てホヤホヤの野球部で、先輩の扱きなど無縁なノビノビとした部活動を送っていることだろう。

 

「はぁ」

 

 一人暮らしのため門限なんてあるはずもないが、流石にそろそろ帰ることにしよう。

 

 部長から預かっていた鍵を使い、戸締りをしてから昇降口へと向かう。

 

 誰もいない廊下。一人歩きながら考えるのは、さっきからずっと変わらずたった一つのこと。

 

 『Default Player』が残していった最後の言葉。

 

『あなたたちは、私を見つけられない』

 

 一体どういう意味なのだろうか。いや、確かにネット麻雀なんかで個人の特定なんか出来ないし、見つけられないっちゃ見つけられないんだろうけど。

 

 けれど、あの言葉には何か別の意味が含まれているような気がした。気がしてならなかった。

 

「……ん?」

 

 それは、本当に直感だった。別に何かが見えたわけでも聞こえたわけでもなかった。人間が持つ五つの感覚の外、正しくそれは第六感。

 

 けれど、俺は本能的に左を向いた。

 

 そこは一年A組の教室。開きっぱなしとなった扉から中を覗く。夕方のこの時間に部活以外の用事で残っている生徒は流石にいない……はずなのだが。

 

 佇む人影。揺らぐ姿。

 

「!?」

 

 グシグシと目を擦ってから、もう一度教室の中を覗きこむ。

 

「……今のは……」

 

 しかし、もうそこには誰もいなかった。

 

 

 

 《流局》




メインヒロイン本格参戦まであと三話!

   †

“加治木ゆみは称号『かじゅ』を手に入れました”
『かじゅ』
本名である「かじきゆみ」を短縮してできたハンドルネーム。
部長に勝手に決められたものだが、本人も気に入っているご様子。

“蒲原智美は称号『カマボコ』を手に入れました”
『カマボコ』
活字では分かりづらいが、笑っている口元は見事な半月型である。
ワハハー。


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日常編・東三局一本場『Default Player・中編』

女の子に対して熱血的な対応を取ると現実ではものすごく引かれます。二次元に留めておきましょう。


 

 

「……お前、どうしたよ」

 

「んあ?」

 

 夕暮れの教室で陽炎のような『何か』を見た翌日。教室でボーっとしていると、前の席に座っている男子生徒が振り返ってそんなことを尋ねてきた。えっと……。

 

「佐賀か」

 

「加賀だよ! 加賀太郎だ!」

 

 そうそう、そんな名前だったっけ。なんというか、席が前だから結構頻繁に話しかけられているのだが、どうにもこいつの名前は覚えられない。何故だろう、世界の強制力だろうか。

 

「っと、話が逸れた。なんか今日お前一日中ボーっとしてるな。何かあったのか?」

 

「んー、まぁ、あったっちゃーあったのかなー」

 

 『Default Player』の言葉。夕方の教室の人影。

 

 何故かこの二つの事柄が頭から離れていかない。本当だったら結びつくことがないような二つの事柄が、どうしても頭から離れなかった。おかげで今日の授業中は散々だったな……授業中に上の空だったおかげで物理担当の丸山女史(二九歳独身)にどやされるし。

 

 はぁ、と溜息を一つ。

 

 すると一体何を勘違いしたのか、突如として目をギラギラと輝かせた佐賀が鼻息荒く詰め寄ってきた。

 

「もしかしてあれか!? 恋の悩みだったりするのか!?」

 

「ちょっとその場で三十分ぐらい息止めてろよ」

 

「死ぬわ!」

 

 佐賀の言葉は適当に流しておこう。真剣に相手してると疲れることこの上ない。

 

 さて、部活だ。

 

 

 

咲-Saki-《風神録》

 日常編・東三局一本場 『Default Player・中編』

 

 

 

「まさか掃除当番だったとは……」

 

 意気込んだにも関わらず早速出鼻を挫かれてしまった。

 

 気付かなかった振りをして何気なく教室を後にしようとしたのだが、共に掃除当番の女子生徒の一人(クラス委員長)に首根っこを引っ掴まれてしまった。渋々と黒板周りの掃除エトセトラを終わらせ、少し遅れてから俺は部活へと向かう。一応ゆみ姉にメールは送ってあるから問題は無いだろう。

 

「こんにちはー」

 

 挨拶をしながら部室に入る。ゆみ姉たちは既に集まっており、全員ノートパソコンを出してネット麻雀に興じていた。まぁ俺がいないとメンツが揃わないから卓で麻雀は出来ない。三人麻雀(サンマ)という手もあるが、部員勧誘に今一番力を入れなければならないのでしょうがない。今からゆみ姉たちの対局を邪魔するのも悪いから、俺はまた課題を片付けることに専念することにしよう。

 

「あ……」

 

 カバンの中から勉強道具を取り出し、さてやろうと意気込み、だがその前にコーヒーでも入れようと立ち上がったところでゆみ姉が小さく声を上げたのを聞いた。

 

「どうしたの?」

 

「……来た……かもしれん」

 

「……!」

 

 ゆみ姉の言葉に主語はなかった。けれど、何がということは分かった。すぐにゆみ姉の後ろから覗き込む。ノートパソコンのディスプレイに表示されているのは、『Default Player』の文字。

 

 『Default Player』というのはこのサーバーで麻雀をする際、名前の設定をしなかった場合にデフォルトで設定されるもの。故に一個人を特定する名前ではなく、これが昨日の『Default Player』なのかはまだ分からない。

 

 そのまま他の生徒を交えて、ゆみ姉と『Default Player』は対局を始めた。その打ち筋はまるで昨日と変わらない、堅実で実直なもの。真っ直ぐで、手堅くて、それでいて何故か儚げな雰囲気を感じる打ち方。間違いない、昨日の『Default Player』と同一人物だ。

 

(………………)

 

 今ココでハッキリと言ってしまうと、俺はゆみ姉や部長たちほど麻雀に入れ込んでいるわけではなかった。確かに家族や親戚と一緒に麻雀はよく打っていたし、そんじょそこらの一般人なんかよりは強い自信はあった。しかし、麻雀はあくまで遊び、レクエーションという認識であった。熱意という点で言ってしまえばそこら辺にいるただの麻雀打ちよりも低いかもしれない。

 

 けれど、今は違う。

 

 『Default Player』の打ち筋を見ていると、自分も打ちたいと思う。自分もこの卓に、この対局に混ざりたいと心から思う。

 

 

 

 ああ、俺は、この『Default Player』の打ち筋にこんなにも惚れ込んでしまっていたのか……。

 

 

 

   †

 

 

 

 気が付けば、対局は終わっていた。今回の結果はゆみ姉が一位、『Default Player』が二位で終了した。やっぱり、強い。

 

「加治木先輩、どうしますか? また勧誘しますか?」

 

 対局を観戦していた津山先輩が尋ねてくる(対局者じゃなくてもテーブルに入ってその対局を見学することが出来る)。それに対してゆみ姉は首を横に振る。

 

「いや、あまり何度もしつこく勧誘するのもアレだろう」

 

「だなー。今回は特になしだなー」

 

 ゆみ姉と部長がそう判断する。津山先輩もそれに同意したようで、それ以上特に何も言わなかった。

 

 確かに、一度断った相手に何度も勧誘するのは、相手も不快に思うだろう。過ぎたるは及ばざるが如し。行き過ぎた勧誘は逆効果。

 

 けれど、一言だけ言いたかった。言いたいことがあった。

 

「ゆみ姉、ちょっとゴメン」

 

「御人?」

 

 ゆみ姉の横から体を乗り出し、キーボードを叩く。

 

『かじゅ:昨日、私たちには君は見つけられないって言ってたよね?』

 

『Default Player:言いましたけど、何か?』

 

 これは、わざわざ言う必要のないこと。言ってどうにかなるという問題ですらなく、そもそもこの言葉に意味は無い。

 

 けれど、どうしても言いたかった。

 

『かじゅ:見つけてみせる』

 

『かじゅ:私が必ず、君を見つけてみせる』

 

「………………」

 

「御人……」

 

 ゆみ姉が俺の顔を見ながらポツリと呟く。

 

 俺の打ち込んだ言葉に返って来たのは、たった一行のシステムメッセージ。

 

『システム:Default Playerが退室しました』

 

「……絶対見つけてみせる」

 

 

 

   †

 

 

 

 と、意気込んだものの。

 

「どうすっかなぁ……」

 

 まず第一にネット麻雀の相手の所在を調べるなんて、ハッキリって素人に出来るようなことではない。というか、一歩間違えば犯罪だ。そもそもそんなスキルを俺は持ち合わせていない。大前提として、俺はパソコン自体を持っていない。

 

 暗礁に乗り上げたというか、そもそも航海するための船を所持していなかったという状況である。

 

「はぁ……」

 

 そんな悩みを抱えたまま迎えた昼休みのことであった。

 

「お悩みだな! 女か!?」

 

「ちょっとそこで一人ジャーマンしてくれよ」

 

「イヤだよ!?」

 

 購買で購入したカレーパンとコロッケパンを食い終わり、自分の席で食後のジュースを飲んでいると佐賀が話しかけてきた。しかし相変わらずのハイテンションである。こいつの元気は一体何処から来ているのだろうか。

 

「まぁ、悩んでることには間違ってねーよ。女の子ではないけどな」

 

 いや、女の子なのかさえ分からないけど。

 

 ……そういや、そこんとこ考えてなかったな。もしこの『Default Player』が男だった場合、勧誘に成功したところで結局ゆみ姉たちがインターハイに出場するための部員にはカウントすることができない。そうなったら結局振り出しに戻るわけだが……まあ、そういうことは後で考えよう。

 

 さて、このまま目の前の男を無視し続けてもいいのだが、借りれるものは猫の手だろうが猿の手だって借りたい状況だ。ちょっと話してみよう。

 

「どれどれ、この『お悩み解決人』こと加賀太郎に話してみなさい!」

 

「……お前……」

 

「ささ、一体何でお悩みだい?」

 

「……佐賀じゃなかったのか?」

 

「まだ間違えて覚えてたのか!?」

 

 

 

   †

 

 

 

 ということで簡潔に事情を話してみた。

 

「なるほどな。つまりネット麻雀で惚れた相手がいるから、実際に会ってみたいが拒否されたと」

 

「若干言い方がアレだが、まぁ概ね間違ってない」

 

 これではまるで俺がストーカーのような言い草だが、間違いはほとんどないので細かくは訂正しない。惚れたのは打ち筋に対してであって人物に対してではないことだけは断言させてもらう。

 

「一応俺もパソコン詳しいけど、流石にそんなこと出来ないし、仮にやったとしても犯罪だからな」

 

「だよなぁ……」

 

 やっぱりそうか。やっぱりチャット越しに自分で直接交渉してみるしかないのか? でも「必ず見つける」って大見得切っちゃったしなぁ……。

 

「その相手が校内LANに繋がってたらまだ打つ手があったんだけどな」

 

「そうか。……ん?」

 

「そんな目に見えない相手に恋してないで、今度の休日に俺と街に繰り出してナンパしないかナンパ! 一緒に可愛い子をゲットしようぜ!」

 

「ちょっと待て」

 

 今こいつ、ものすごく重要なことを言わなかったか?

 

「なんだ?」

 

「今お前何て言った?」

 

「だから今度の休みに俺と――」

 

「そっちじゃない! その前!」

 

「えっと……『校内LANに繋がってたらまだ打つ手があったんだけどなぁ』か?」

 

「その話、詳しく聞かせてくれ!」

 

 僅かにだが、光明が見えたようだ。

 

 

 

 《流局》




メインヒロイン本格参戦まであと二話!


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日常編・東三局二本場『Default Player・後編』

ついに姿を現したメインヒロイン!

カ、カノジョハイッタイダレナンダー!?(棒)


 

 

「ローカルIP?」

 

「ああ、クラスのパソコンに詳しい奴に教えてもらったんだ」

 

 翌日、部活の時間に佐賀から聞いた話をゆみ姉たちに話した。

 

 学校内でパソコンを使う場合、みんな校内LANに接続することになる。今まではそれを利用して生徒から新入部員を募っていたのだ。そしてその校内LANというものは学校の至る所に設置してある。

 

 つまり『Default Player』が何処の校内LANに接続しているのかが分かれば、『Default Player』の居所を特定することが出来るのだ。

 

 その特定する方法が、それぞれの校内LANを識別するために存在するローカルIPである。

 

 現在、パソコンのチャットルームに表示されるゆみ姉たちのハンドルネームの横には、九桁の識別IDが表示されている。

 

「なるほど。ローカルIPから何処の教室から接続しているのかを特定するのだな」

 

 ゆみ姉の言葉には、若干呆れたような感心したような、そんな感情が混じっていた。

 

「強制表示モードって……」

 

「ワハハー、風祭は相当本気みたいだなー」

 

 津山先輩の呆れた声に、部長の感心したような笑い声。

 

 確かに、ちょっとやりすぎたような気がしないでもない。

 

 ――けれど、これでようやく見つけられる。

 

 

 

咲-Saki-《風神録》

 日常編・東三局二本場 『Default Player・後編』

 

 

 

 カチカチ……。

 

 トン、トン、トン……。

 

「……御人、さっきから手が動いてないぞ」

 

「へ?」

 

 ゆみ姉の言葉でようやく我に帰る。手にはシャーペン。眼前のテーブルの上にはノートと教科書。数学の課題を謎解くための数式が途中で途切れてしまっていた。つまり、ここからずっと先に進まず停滞状態だったというわけだ。

 

「気になるのも分かるが、今は自分のすべきことに集中したらどうだ?」

 

 ゆみ姉たちがネット麻雀をし、俺が課題をするいつも通りの時間。気がつけば、俺はただシャーペンでノートを叩いているだけだったようだ。

 

「ハハハ……。そ、それでどう? 来た?」

 

「来たら教えているさ」

 

「だよねー……」

 

 昨日一昨日と連続で来た『Default Player』だったが、どうやら今日は来ないようだった。

 

「まあ、毎日来るってわけでもないだろうからなー」

 

「気長に待ちましょう」

 

「……ですね。コーヒー入れます。いる人いますか?」

 

 またもや全員が手を上げる。いつも通り、俺は四人分のコーヒーを淹れるのだった。

 

 ……が、ゆみ姉と部長のマグカップを間違えてしまい、二人の「甘っ!」「苦っ!」という声が同時にしたのだった。

 

 

 

   †

 

 

 

 事態が動いたのは、翌日のことであった。

 

 最早日課となりつつある麻雀部の部室での課題消化。成績優秀なゆみ姉が家庭教師のように俺の課題の面倒を見てくれることが本当にありがたい。おかげで家に帰ってから課題に時間を割かなくて済むようになったため、好きなことに時間が使えるようになった。

 

 今日も今日とて教科書を捲りながら必要な数式を探す。

 

 そんな時である。

 

「来た!」

 

「!!」

 

 その言葉に俺は教科書を机の上に投げ出した。ゆみ姉の後ろからノートパソコンのディスプレイを覗き込む。

 

「ゆみ姉」

 

「ああ」

 

 一つ頷いたゆみ姉はチャット機能を用いて『Default Player』に話しかける。

 

『かじゅ(――××,×):やあ、久しぶり』

 

『Default Player(―△△,△):たった二日ぶりですよ』

 

 ゆみ姉の言葉に返事する『Default Player』。その表示されたメッセージの横に現れた、ゆみ姉のローカルIPと下三桁が違うローカルIP。

 

 これが、『Default Player』を見つけるための鍵。

 

「部長! この番号は!?」

 

「落ち着けって。えっと、この番号は……」

 

 部長が予め調べておいた手元のメモと照らし合わせる。

 

「一年A組だな」

 

「一年、A組……!」

 

 部長の言葉を聞いた途端、体が動いていた。

 

「ちょっと行って来ます!」

 

「御人!」

 

 ゆみ姉の言葉を背中に受けながら、俺は足早に部室を後にした。

 

 

 

『Default Player(―△△,△):それで、私は見つけられたっすか?』

 

「………………」

 

『かじゅ(――××,×):ああ、大丈夫だ』

 

『Default Player(―△△,△):え?』

 

『かじゅ(――××,×):たった今、君を迎えにいったよ』

 

 

 

   †

 

 

 

 走って教師に見つかると面倒くさいので、足早に廊下を進む。

 

(あの時の人影……)

 

 思い出すのは、一昨日の夕方の教室。一年A組で見た人影。

 

 果たして、これは偶然なのだろうか?

 

「失礼します」

 

 一言そう言ってから、俺はA組の教室に入った。突然の来訪者に、教室に残っていた生徒たちの視線が一斉にこちらを向く。

 

 そんな視線を気にせずに俺は教室の中央まで進む。

 

(何処だ……!)

 

 この教室に『Default Player』がいることは間違いないのだ。

 

 グルリと教室を見渡すが、それらしき影は全く見つからない。

 

 この教室にいるはずなのだ。ここに、いるはずなのだ。

 

 でも、見つからない。姿が見えない。

 

「っ……! 俺は、一年B組、風祭御人! 麻雀部!」

 

 ここに、いるはずなのに……!

 

 

 

「……俺は、お前が欲しい!!」

 

 

 

 気が付けば、俺は叫んでいた。

 

 周りの生徒がより一層騒ぎ出すが、今の俺にはそんなことはどうでもいいことだ。

 

 それは、俺の心からの願い。

 

 だから、俺は叫んだ。

 

 君が、欲しいと。

 

 そのときだった。

 

「ん……?」

 

 それは、ほんの微かに感じた直感。違和感。一瞬だけ見えた、揺らぎのような感覚。

 

 けれど、それはすぐに確信へと変わった。

 

「……見つけた」

 

 真っ直ぐと見据え、側まで歩く。

 

 一歩、二歩、三歩。

 

 目の前に立ち、俺は右手を差し伸ばした。

 

「約束通り、見つけたぜ」

 

 

 

 そこには、一人の女子生徒がいた。

 

 

 

 この教室にいるということは、間違いなく俺と同学年、一年生。やや長い前髪の隙間から見える両目で、しっかりと俺を見ていた。

 

「……き、君は……私が、み、見えるっすか……!?」

 

 彼女の声は、俺に見つけられたことがとても信じられなかったのか、若干震えている。

 

「ああ……ちゃんと見えてるよ。だから、こうして迎えに来た」

 

 だから、もう一度言おう。

 

「俺は、君が欲しい」

 

「……!!」

 

 彼女はゆっくりと両手で俺の右手を包み込んだ。その手も、やっぱり震えていた。

 

「……わ、わたしを……見つけてくれた……初めて……見つけてくれた人が、いた……」

 

 彼女は泣いていた。肩を震わせ、涙を流していた。

 

 今までの苦しみを、悲しみを吐き出すように、泣いていた。

 

「………………」

 

 俺は黙って、彼女の頭に左手を置いた。

 

 

 

 こうして俺は、彼女を見つけ出したのだ。

 

 

 

   †

 

 

 

「……心配になって来てみれば……」

 

「と、とんでもないことになってますね……」

 

「ワハハー、青春だねー。ムッキー、顔が真っ赤だぞ」

 

「え、ええ!? そ、そんなことないですって!」

 

「アイツはたまに周りが全く見えなくなることがあるからな」

 

「これはしばらくの間弄れそうだなー」

 

 

 

   †

 

 

 

 私は、子供の頃から存在感が無いとよく言われていた。

 

 歌って踊ったりしない限りは誰にも気付かれない影の薄い子だった。

 

 多くの人は、自分以外の誰かとコミュニケーションするために、情報を集めたり色々行動して、時間やお金を消費することがある。

 

 その面倒さとコミュニケーションで得られるものとを天秤(はかり)にかけて、切り捨てたりもするだろう。

 

 そんな訳で、私も完全にコミュニケーションを放棄してきたわけで、子供の頃からこんな感じだと特に辛くもないし、存在感の無さに拍車がかかるばかりだった。

 

 高校に入学したところで、それが変わるなんて一切思ってなかった。

 

 けれど……その予想は全く違うものになった。

 

 

 

 ――俺は、お前が欲しい!!

 

 

 

 それは、一人の男子生徒だった。私と同じ、一年生で、麻雀部の部員。

 

 教室に入ってきたかと思ったら、教室の真ん中でそんなことを叫び始めたんすよ?

 

 誰からも見つからない、そこにいないはずの私を、大勢の人の前で叫んで求めてくれた人がいたんすよ?

 

 おかしな人っす。

 

 そしてそれと同時に、面白い人だとも思った。

 

 けれど、私の驚愕はそれで終わらなかった。

 

 

 

 ――見つけた。

 

 

 

 彼と、目が合った。

 

 彼は真っ直ぐと私を見ていた。

 

 それは、私の今までの人生の中でありえないことだったっす。

 

 存在感の無い私を、今まで誰にも見つからなかった私を、彼は意図もアッサリと見つけてしまったのだ。

 

 

 

 ――約束通り、見つけたぜ。

 

 

 

 そう言って、彼は私に向かって手を差し伸ばしてきた。

 

 信じられなかった。

 

 

 

 ――き、君は……私が、み、見えるっすか……!?

 

 

 

 声が震えていた。

 

 

 

 ――ああ……ちゃんと見えてるよ。だから、こうして迎えに来た

 

 

 

 そしてもう一度、彼はしっかりこう言ってくれたっす。

 

 

 

 ――俺は、君が欲しい。

 

 

 

 それはもう、嬉しいなどという言葉では表しきれない感情だった。

 

 それは、今まで諦めていたこと。二度と手に入ることがないと、諦めてしまっていたこと。

 

 差し出された彼の手を取り、気が付けば、私は涙を流していた。

 

 ようやく現れた、私を見つけてくれた人。その目で、私の姿をしっかりと見つめてくれる人。その手で、私の手をしっかりと握ってくれる人。

 

 

 

 高校一年の春。私は、ようやく出会うことができた。

 

 

 

 《東四局に続く》




次回! ついにメインヒロイン参戦だー!

   †

“風祭御人は称号『猪突猛進』を手に入れました”
『猪突猛進』
一度決めたことには、一心不乱にひたすら前進。
その結果痛い思いをしようが、ただひたすら前進。


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日常編・東四局『五人目の部員・部室編』

一ヶ月近く振りのこっちの更新。最新話というわけではないが。


 

 

 

「………………」

 

 俺は今ほど、かの有名な赤い人の『若さ故の過ち』という言葉を実感したことは無い。

 

「『俺は、君が欲しい』!」

 

「だあああ!! もうリピートするのは止めて下さい!!」

 

「ワハハー、なかなか情熱的なプロポーズだったなー」

 

「マジで勘弁してくださいって部長!!」

 

 昨日からずっとこの調子である。

 

 昨日、探していた『Default Player』をようやく見つけることが出来た。それはいいんだ。見つけることができたことに関しては何の問題は無い。問題は、教室のど真ん中で俺がやってしまった行動だ。

 

 い、いくら周りが見えていなかったからって、まだまだ人が残っている教室であんなことを叫んでしまうとは……!!

 

「あ、あの、わ、私は嬉しかったっすよ?」

 

 止めてくれ! 俺の心の点棒はもう無いんだ! とっくにハコなんだってば!!

 

 

 

咲-Saki-《風神録》

 日常編・東四局 『五人目の部員・部室編』

 

 

 

「それじゃあ、改めて自己紹介しとこうかー?」

 

「そ、そうっすね」

 

 ひとしきり俺を弄っていた部長は、ようやく満足してくれたらしい。改めて向き直った部長の言葉に、彼女はコクリと頷いた。

 

「一年A組の東横(とうよこ)桃子(ももこ)っす」

 

 ペコリとお辞儀をしながらの丁寧な挨拶。それに応じて俺たちも挨拶を返す。

 

「部長で三年の蒲原智美だ。よろしくなー」

 

「二年の津山睦月だ」

 

「三年、加治木ゆみ。ほら、いつまでも項垂れているな」

 

「はい……。えと、昨日も言ったけど、一年B組の風祭御人。これからよろしくな」

 

「はい、よろしくお願いしますっす!」

 

 いい笑顔だ。というか……。

 

(結構……というか、すごく、可愛い……!)

 

 昨日は『Default Player』が見つけられたということに感激していて全然気が付かなかったが、かなりの美少女。やや前髪が長く目にかかってしまっているため、一目ではやや暗い印象を受けてしまいそうになる。だがしかし、僅かに覗くその瞳、醸し出すその儚げな雰囲気。

 

 ハッキリと言おう。完璧に俺の好みの女の子である。

 

 なんというか、後付けの形ではあるが以前佐賀と話していた内容が実現してしまった。最悪『Default Player』が男の可能性も考えていたのだが、まさかここまで俺の好みドンピシャな女の子だとは予想もしてなかった。ただそのせいで昨日の俺の台詞が今更になって自分自身に対する大ダメージとなって跳ね返ってきているのだけれども。……いやまぁ、ヤローに対して「お前が欲しい」なんて言うことにならなかっただけマシだったと考えるべきか。

 

 閑話休題。

 

 しかし、こんな俺好みの美少女と言っても過言ではない容姿しているというのに、彼女は影が薄いらしいのだ。これはつい先ほどの出来事である。

 

『し、失礼しますっす』

 

『あ、こ、こんにちわー』

 

『ん? 御人、誰に向かって挨拶してるんだ?』

 

『……え?』

 

 とまあ、こんな感じで俺以外の部室内にいた部員全員が彼女の入室に気付くことができなかったのだ。

 

 彼女曰く。

 

「まぁ、皆さんが気付かないのも無理ないっす。私は昔から存在感がなかったっすから」

 

 とのことらしいのだが。

 

「それじゃあ、私たちが気付かなかったのはともかく、何故御人には気付けたんだ?」

 

 確かに、ゆみ姉の言うとおりだ。あの時、東横の存在はあのクラスにいた彼女のクラスメイトにすら認識されていないような状況だったらしいのだ。それになのにも関わらず、何故か俺は東横の存在を認識し、気付くことができた。

 

「そ、それは、私にも分からないっす」

 

「俺にも分かんない」

 

 不思議なことがあったもんだ。

 

 ……いや待てよ。A組の教室で東横を見つけた時と夕暮れの教室で人影を感じた時、両者共に似たような『揺らぎ』のようなものを感じた。そこに存在するはずなのに存在を認識することができないものを認識することができた、と……。言葉にすると若干ややこしいが、何となく心当たりがあるような……。

 

「ま、そこら辺の細かいことは気にしなくても大丈夫だろー」

 

 おおう、人が長々と考察していたというのにバッサリですか部長。いやまあ、そうなんすけどね。

 

「麻雀部員がやることと言ったら、一つしかないだろー?」

 

 そう言って部長が指差すのは、もちろん雀卓。

 

「君の実力、直に見せてもらっていいかな?」

 

「もちろんっす」

 

 その申し出を東横は快諾。

 

(……よっしゃ!)

 

 その返事に、俺は心の中でガッツポーズを決める。

 

 これでようやく東横と、あの『Default Player』と対局することが出来るのだ。元々それが目的で頭を悩ませ、様々な協力と労力を支払ったのだ。今の心境は小学生の頃、クリスマスイブの夜に翌朝のプレゼントを心待ちにしたときと同じ心境である(ちなみにゆみ姉は毎年毎年違う観葉植物をくれた。ああ見えて室内ガーデニングが趣味なのだ)。

 

「メンツは……私と蒲原、あと――」

 

(ワクワク)

 

「――津山か」

 

「異議有り!!」

 

 バンッと机を叩きながら勢い良く立ち上がる。きっと俺の頭上にはギザギザな吹き出しが浮かび上がっていることだろう。それぐらい気迫と気合いが篭った一言であったと思う。

 

「ちょっとゆみ姉!? そこは俺をメンツに入れてよ! 俺超頑張ったでしょ!?」

 

 そのために今まで頑張ってきたと言っても過言ではないのだから。

 

「あ、あの、加治木先輩、私は別に後でもいいので……」

 

「ありがとうございます津山先輩!」

 

 今まで地味な先輩だと思っててごめんなさい!

 

「……何やら不快な思考を感じ取ったのだが……」

 

「しょうがない、津山もこう言っているわけだし――」

 

「――ジャンケンだな」

 

 どうにも((ゆみ姉と部長|この二人))は俺を苛めたいらしかった。ちくせう。

 

 

 

   †

 

 

 

 んで、公正なるジャンケンの結果。

 

「……(血涙)」

 

「あ、あの、いいんすか?」

 

「ああ、気にしなくて大丈夫だ」

 

「ワハハ、我が部にもこういう弄られキャラ(ポジション)が欲しかったところなのだよ」

 

 麻雀の神様はどうにも俺を嫌っていたようだ。結果は俺だけグーで全員パーの一発負け。どうにも作為的なものを感じざるを得ない。

 

 しかしいつまでも血涙を流しているわけにもいかない。卓を囲めないならば、後ろから観戦するしかない。それに、半荘が終了すればまた俺にチャンスが巡ってくるかも――!

 

 ガラッ

 

 すると突然、部室の扉が開けられた。

 

「失礼しまーす。……あ、やっぱりここにいた!」

 

「うげ」

 

 扉から顔を覗かせる来訪者、それは我がクラスの学級長様だった。

 

「風祭君! 君、今日掃除当番でしょ!? さっさと戻って来る!」

 

 三つ編みにメガネという典型的な委員長スタイルの彼女は、如何にも「私怒っています」といった形相でツカツカと詰め寄ってきた。どうやらコッソリと掃除をサボってきたことがバレたらしい。

 

「い、いやー、うっかりしちゃってて……で、でももう流石に終わってるでしょ? 今から行ったところで――」

 

「大丈夫です。ゴミ捨てという名誉の仕事を全員一致で君のために取っておいてあります」

 

「心優しいクラスメイトたちだよ畜生!」

 

 掃除サボった俺が言う台詞ではないが、わざわざ仕事を残してまで押し付けるとは何て奴らだ。

 

「で、でも今俺部活中――」

 

「――ではなさそうですが?」

 

 振り返ると、そこには既に卓を囲んで麻雀を打つゆみ姉たち。俺の居場所は、現在この部室の中には何処にもない。

 

「ほら、さっさと行きますよ!」

 

「ぬあー……!」

 

 ドナドナよろしく首根っこを掴まれズルズルと連行されていく。

 

 まあ、なんというか、今日は厄日だったらしい。

 

 

 

   †

 

 

 

「………………」

 

「……どうした東横、連れて行かれた御人が気になるのか?」

 

「へ!? い、いや、そんなことないっすよ」

 

 トン

 

「あ、それロンです」

 

「え!?」

 

「リーチ相手に生牌(ションパイ)のドラ切りか」

 

「それで気になってないって言われても信憑性に欠けるなー」

 

「う、うう……」

 

(せ、先輩たちは何の話をしてるんだろう……?)

 

 

 

 《流局》




 みんなのアイドル東横桃子参戦!

 彼女とオリ主とのイチャイチャを描くこの小説はここからが本編といっても過言ではない。

 というわけで次回は青春回。



   †



“風祭御人は称号『弄られキャラ』を手に入れました”
『弄られキャラ』
集団の中に、必ず一人は生まれる道化役。
本人は不本意かもしれないが、それはもはや宿命である。

“加治木ゆみは称号『S』を手に入れました”
“蒲原智美は称号『S』を手に入れました”
『S』
人を弄って楽しむ人へ送られる称号。
決して悪趣味なんかではない。全ては愛故に。 


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日常編・東四局一本場『五人目の部員・帰り道編』

主人公爆発しろ。


 

 

 

「……はぁ」

 

 夕暮れの陽に赤く照らされる放課後の校内。ほとんど生徒がいなくなった廊下を歩きながら思わずため息を吐いてしまう。

 

 教室に戻ってゴミ捨て(委員長の監視付き)を終えたと思ったら、廊下で丸山女史に捕まり教材運びを手伝わされるハメになってしまった。なんでも授業中上の空だった罰とのこと。説教交じりに教材運びの手伝いを長々とさせられ、気が付けば完全下校時刻になってしまった(部活に全く出そうとしない教師ってのはどうなんだ……?)。

 

 さらに手伝いも終わり携帯電話を開いてみれば「先に帰るからな」というゆみ姉からのメール。

 

「……こういうのを厄日っていうのかなー……」

 

 がっくりしと肩を落とし、再度ため息を吐きながら携帯電話を閉じる。

 

 しょうがない、家に帰ってラノベでも読んでいよう……。そんなことを考えながら、自分の荷物の回収と戸締りのために部室を目指して歩くが、ふととあることに気が付く。

 

(あれ? ゆみ姉たちが部室を空にしたまま戸締りもせず帰るわけないよな?)

 

 ということは誰かが部室内で俺が戻って来るのを待っていてくれているということだ。ゆみ姉は既に帰宅済みなのはメールで確認済み。

 

 一体誰が……と考えながら部室の扉を開く。

 

「お、お帰りなさいっす」

 

「へ?」

 

 

 

咲-Saki-《風神録》

 日常編・東四局一本場 『五人目の部員・帰り道編』

 

 

 

 夕暮れが差し込む部室内。椅子に座って俺を待っていてくれたのは。我が麻雀部の五人目の部員、東横桃子だった。

 

「えっと、と、東横が待っててくれたのか?」

 

 何となく東横を直視することが出来ず、すすっと視線を横に逸らしながら尋ねる。新たに視界の中に入ったのはしっかりと片付けられた雀卓。俺がいない間に何回か対局したのだろうが、片付けられた雀卓から今日の対局の成績を把握する事は到底不可能だった。

 

「そ、そうっすよ。部長から鍵もしっかりと預かってるっす」

 

「そっか。待たせちゃって悪いな」

 

「全然大丈夫っすよ。その……私から待たせてもらったんすから」

 

(ん?)

 

 その東横の発言に逸らしていた視線を東横に戻すと、彼女は両手で部室の鍵を弄びながら視線を手元に落としていた。僅かに覗く耳元が仄かに赤くなっているが、それは果たして夕陽のせいなのか別の何かが原因なのか。

 

「えっと……い、一緒に帰らないっすか?」

 

 ……へ?

 

「……ダ、ダメっすか?」

 

「いや、全然大丈夫。ダメなことなんて一切合財存在しないからノープロブレム」

 

 純粋に驚いた。ハッキリ言って今まで女の子との関わりはそんなに多くはなく、ましてや女の子から「一緒に帰ろう」などと言われたことなどあるはずがない。しかもあろうことか彼女はそのためだけにわざわざ待ってくれていたではないか。可愛い女の子が若干顔を赤らめながらモジモジと言われたそんな提案を、断る男がいるのだろうか? いや、いるはずないね!

 

「そんじゃ、帰るか」

 

 テンションが上がって了承の返事が何やら可笑しなものになってしまったが、気にしないことにする。

 

「う、うん」

 

 机の上の鞄を拾い上げると、俺と東横は戸締りをしてから部室を後にした。

 

 

 

   †

 

 

 

「「………………」」

 

 二人並んで帰り道を歩く。何となく気まずいような気恥ずかしいような、そんな緊張感を感じ所在無く視線をキョロキョロと彷徨わせてしまう。基本的にこの近辺は世間一般的に田舎に部類される地域のため、周りに民家は少なく人通りも少ない。ゆえにこうして並んで歩いていると、必然的に二人きりというシチュエーションになるということだ。

 

 しかしこの女の子と二人きりというシチュエーション自体に対するものではなく、『東横桃子と二人きり』という現在の状況に対するもの。

 

 彼女の存在を知ったのは三日前、彼女と直接顔を合わせたのは昨日。にも関わらず、俺は隣にいる少女のことをこんなにも意識してしまっている。

 

 チラリと横目に東横を見やる。何度目になるか分からないが、ハッキリ言って東横は俺の好みドストライクだ。

 

(………………)

 

 ふと思い出すのは部活を始める前の東横とゆみ姉たちとのやり取り。

 

 どうしてこんなに可愛い子が周りに入室を気付かれないレベルで存在が薄かったりするのだろうか。

 

「……なぁ、東横」

 

「うひゃあ!」

 

(……可愛い!)

 

 じゃねーよ!

 

「ど、どうした? そんなに驚いて……」

 

「いや、その、声をかけられるということがあまりなかったっすから……」

 

 いやいや、今俺思いっきり隣を歩いてるんだけど。

 

「……私は、隣にいようが目の前にいようが、歌ったり踊ったりしない限り誰にも気付かれないっすよ」

 

 東横は自嘲するように、ポツリポツリと語り出した。

 

「私は、今まで周りの人間とのコミュニケーションを放棄してきた。他人とのコミュニケーションで得るもののためにする努力を、私は面倒だと言って切り捨ててきたっす」

 

 少し、東横の歩くスピードが遅くなる。俺も歩く速度を落とす。

 

「おかげで私の存在感の無さは拍車がかかるばかり。きっとこれから先もずっと、私は他人とコミュニケーションを取ることはないと、ずっとそう思ってたっす」

 

 ふと、背後から車が走ってくる音がする。歩道がなく道幅も狭いため、肩を並べて歩いていた俺たちは道の端によって車をやり過ごす。

 

 車は行ってしまったが、東横は足を動かさなかった。

 

「……そんなとき、一人の男の子が教室に乗り込んできた」

 

 

 

 ――俺は、お前が欲しい!

 

 

 

「見つからないはずの私を、大勢の人の前で叫んで求めてくれた。それだけじゃない。今まで決して見つかること無かった私に向かって、手を差し伸ばしてくれた」

 

 

 

 ――見つけた。

 

 

 

「……本当に、嬉しかったっす。あの差し伸べられた手で、私の世界は変わったっす。だから、改めて言わせてください」

 

 

 

 ――見つけてくれて、ありがとう。

 

 

 

「……!!」

 

 ……か、顔が熱い! これはダメだ、本当にダメだ!

 

「ど、どうしたんすか?」

 

「い、いや、何でもない何でもない、気にしないでくれ」

 

 鞄を持っていない方の手で覆いながら顔を背ける。

 

 東横の笑顔に完璧にやられた。顔が熱くてまともに東横の顔が見れない。

 

(………………)

 

 ああ、そうか。

 

 こうして笑顔を見せてくれるだけで、こんなにも幸せになれる。

 

 知ることになったきっかけは、ただのネット麻雀。実際に出会ったのはわずか二日前。

 

 それにも関わらず、俺はこんなにも東横を意識してしまっている。

 

 

 

 俺は、東横桃子のことをどうしようもなく好きになってしまったのだ。

 

 

 

「そ、それでなんすけど……ひ、一つお願いしたいことがあるんすけど……」

 

 胸の前で人差し指をツンツンとしながら東横はふいっと視線を逸らす。

 

「お、お願い?」

 

 そんな仕草に「ああ可愛いなぁ!」などと脳内にて全力でニヤニヤする。顔に出ないようにするので精一杯である。というか、我ながら短時間にベタ惚れしすぎではないだろうか。多分、意識してしまうことで一気に東横のことが好きになったのだろう。

 

「……な、名前で呼んでも……いいっすかね?」

 

「……全然大丈夫!」

 

 一瞬考えてしまったが、これは即断でOKしていい内容だった。

 

「そ、そうっすか? ……じゃ、じゃあついでにわ、私のことも名前で呼んでくれると……その、嬉しかったりするんすけど……」

 

「……と、東横が呼んでいいって言うなら……」

 

 なんかもう、ハッキリ言って舞い上がってます。キャラが違う? 色々とあってテンションが振り切れてるんだよ! バクバクと心臓の音が体外にまで聞こえてしまうのではないかと思えるほど煩くなっている。

 

「……呼んで欲しいっす」

 

「……じゃ、じゃあ、これからよろしくな……モ、モモ……で、いいかな?」

 

 ……名前で呼ぶのが恥ずかしかった。ヘタレ言うな!

 

「よ、よろしくお願いしますっす……御人君」

 

 夕陽に照らされ、真っ赤になりつつも俺に向けてくれたこの時のモモの笑顔を、俺は一生忘れることはないだろう。そう思えるほど、彼女の笑顔は素晴らしいものだった。

 

 

 

 その後、モモと分かれて自宅に戻った途端、頭を抱えながら「うわ何この陳腐な恋愛の三文小説みたいなノリ!? 恥ずかしすぎる!!」と首を吊らんとせんばかりの勢いで身悶えることになるのは全くもって余談だということにしておこう。

 

 

 

 《南一局に続く》




 なんというか、主人公と同時に作者赤面回。よくもまあこんなこっぱずかしい文章書けたもんだな。

 それが大好物でこの小説書き始めたんだけどね!



   †



“風祭御人は称号『青春少年』を手に入れました”
『青春少年』
青い春に生きる少年に送られる甘酸っぱい称号。
リア充爆発しろ。

“東横桃子は称号『青春少女』を手に入れました”
『青春少女』
青い春に生きる少女に送られる甘酸っぱい称号。
リア充幸せになれ。


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日常編・南一局『とある二人の麻雀技巧・前編』

 そういえば世間は受験シーズン真っ只中。

 受験生の諸君は息抜きもほどほどの勉強を頑張ってください。

 夜更かしして作者のように風邪を一週間も長引かせないように。


 

 

 

 ……長かった……。

 

 この日を熱望し続けて、一体どれほどの時間が流れたのだろうか。俺はずっとこの日を待ち続けた。この日が来ることを待望し続けた。

 

 そして、ようやくこの日がやってきたのだ。

 

「ようやくモモと麻雀が出来る……!」

 

「と言っても、まだ私が麻雀部に入部してから二日しか経ってないっすけどね」

 

 そこら辺は突っ込んではいけない。

 

 

 

咲-Saki-《風神録》

 日常編・南一局 『とある二人の麻雀技巧(マージャンスキル)・前編』

 

 

 

 というわけで、念願叶ってモモと対局することが出来るようになったのだ。初日は泣いているモモを落ち着かせるためにお流れとなり、その次の日はゆみ姉と部長とクラスメイトに意地悪されて対局することが出来なかったが(クラスメイトのは自業自得である)、今日ようやく場が整った。メンツは俺とモモ、ゆみ姉と部長だ。

 

「……西か」

 

「東っす」

 

「南だな」

 

「北だ」

 

 席決めの結果、俺の対面がモモ、上家がゆみ姉、下家が部長となった。二つのサイコロを振り、仮仮親、仮親と決めていく。

 

「んじゃ親はーっと……左八か」

 

 起家はゆみ姉か。

 

 さて、対局開始だ。

 

 

 

   †

 

 

 

《東一局 親:加治木ゆみ ドラ:一筒》

 

 ニ向聴(リャンシャンテン)のなかなかの良手から五巡目。

 

 34589三四五参参肆肆伍 8

 

(よし、張った)

 

 理想的なタンピン三色だ。ここで勢いを付けておこう。

 

「リーチ!」

 

 九筒を切ると共にリー棒を出す。これで安く和了っても8000(マンガン)、五索が来れば12000(ハネマン)だ。

 

「ワハハ、残念だったな、風祭」

 

 へ?

 

「ツモ。メンゼン白ドラ1、1000・2000だ」

 

「うぼあ」

 

 俺がリー棒出した途端にこれだよ!

 

 なんとも幸先の悪い出だしだった。

 

東 加治木ゆみ 23000(-2000)

南 風祭御人  23000(-1000)

西 蒲原智美  30000(+5000)

北 東横桃子  24000(-1000)

 

 

 

   †

 

 

 

《東四局 親:東横桃子 ドラ:五萬》

 

南 加治木ゆみ 28600

西 風祭御人  17600

北 蒲原智美  33900

東 東横桃子  24900

 

 1345一ニ八陸漆玖玖白白 ニ

 

 八巡目のこの時点で三向聴(サンシャンテン)。親番だし、白を鳴いてさっさと和了りたいところではあるが、どうにも誰かに抱えられている気がする。

 

 引いてきたニ萬を手牌に加える。そして八萬を切り出そうとして、それが先ほどリーチをかけたモモの裏スジだということに気付いた。ベタオリするわけではないが、親リーの一発だけは避けたい。代わりに一筒を切る。

 

 異変に気付いたのは、その時だった。

 

 トンッ

 

(……へ?)

 

 下家の部長が切ったのは、ドラの五萬――モモの裏スジ。

 

「ロンっす」

 

「「は?」」

 

「リーチ一発ドラ1、裏が乗って11600(ピンピンロク)っす」

 

 ニッコリと笑うモモに対し、驚愕の表情を浮かべているゆみ姉と部長。まるで完全な安牌……いや、モモが和了ること事態を想定していなかったかのようだ。俺としては部長が親リー相手にこんなにも無警戒に振り込んだことが驚きなのだが。

 

「え、ちょ……」

 

「あー……東横、すまないが……キチンとリーチ宣言の発声はしたんだよな?」

 

 あまつさえそんなことを言う始末。

 

「何言ってんだよゆみ姉、さっきちゃんとリー棒出して『リーチ』って言ってたじゃん。ねぇ、津山先輩」

 

 俺にだってちゃんと聞こえていたというのに、両脇の二人がモモの声を聞き逃すはずがない。同意を求めて後ろから対局を見ていた津山先輩に同意を求める。

 

「……いや、私にも聞こえなかったのだが……」

 

「え!?」

 

 しかし帰ってきた言葉は、さらに俺を驚愕させるものだった。

 

「いやいやいや、いくらなんだって目の前に座っている人の声が聞こえないはずがないじゃないですか。皆さん一体どうした――」

 

 そこまで口にしてから、俺は昨日のモモとの会話を思い出した。

 

 

 

 ――私は、隣にいようが目の前にいようが、歌ったり踊ったりしない限り誰にも気付かれないっすよ。

 

 

 

「……モモ、お前ってもしかして……」

 

「御人君は気づいたみたいっすね」

 

 クスクスと笑うモモ。純粋に可笑しくて笑っていたのか、それとも自虐的なそれだったのか。

 

「私の気配はいわばマイナスの気配。そのマイナスは私の牌も巻き込むっすよ。……誰もアタシの捨て牌からは和了れないし、私は誰にも振り込まない」

 

「「「「………………」」」」

 

 思わず絶句してしまう俺たち四人。

 

「………………」

 

 そんな俺たちの沈黙とは別の沈黙と共に、モモは少し視線を下げてしまった。

 

「……あの――」

 

「そっかー、つーことは、モモから直撃を取るのは難しそうだなー」

 

 モモの言葉を遮るように、俺はわざとらしく声を大きくする。モモが何を言おうとしたのかは分からないが、それ以上言わせたくなかった。モモの口から、自分自身を卑下する内容なんて一切聞きたくなかった。

 

「でも、どうやら俺には通用しないみたいだけどな。いつもの調子で打ってると、逆に俺に直撃するハメになるぜ」

 

 ふふんと笑いながら、俺は人差し指を振った。

 

「……そうだな、我々もこれからは気をつけなければならないな」

 

「ワハハー、まるで黒ひげ危機一髪をやってる気分だなー。もしくは十七h「それは漫画が違います」」

 

 ゆみ姉たちもそう言って笑い出し、そんな俺たちにモモは呆気に取られた表情になる。

 

「さて、東四局一本場だ。……そのまま逃げ切れると思うなよ、モモ」

 

「……いーや、逃げ切ってみせるっすよ」

 

 やっぱり、モモは笑ってた方が可愛いな。

 

 それはさておき。よし、こっから巻き返す!

 

 ……というか今気付いた。

 

南 加治木ゆみ 28600

西 風祭御人  17600

北 蒲原智美  22300(-11600)

東 東横桃子  36500(+11600)

 

 俺、今最下位じゃん……。

 

 

 

 《流局》




 作者の風邪は鼻から来るタイプ。ちなみに母が熱で姉が喉。

 風邪でもホント個人差があるんだなーと思った。



   †



“東横桃子は称号『   』を手に入れました”
『   』
彼女は決して気づかれない。相手にされない。
それはコミュニケーションを断ってしまったが故なのか、それとも……。


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日常編・南一局一本場『とある二人の麻雀技巧・後編』

 本日の更新はここまで。

 同時進行でにじファン未掲載の書き下ろし(?)シーンの執筆中。

 ……テストあるけどね。


 

 

 

 前回までのあらすじ。

 

南 加治木ゆみ 28600

西 風祭御人  17600

北 蒲原智美  22300

東 東横桃子  36500

 

 気が付いたら最下位でした。

 

(トップとの差は18900点。まだ東四局とはいえ、これ以上引き離されるのはマズイ)

 

 そろそろ、調子上げてかないとなぁ……。

 

 

 

咲-Saki-《風神録》

 日常編・南一局一本場 『とある二人の麻雀技巧(マージャンスキル)・後編』

 

 

 

《東四局一本場 親:東横桃子 ドラ:八筒》

 

 Side:津山睦月

 

 現在、麻雀部の部室では先輩の二人と後輩の二人が対局中だ。順位は、昨日入部したばかりの東横さんが一位、以下、加治木先輩、部長、これまた新入部員である風祭君と続く。

 

 私は対局から外れているため、四人の後ろを転々と歩きながら手牌を覗かせてもらっている。

 

・御人の手牌

 89七八八八九九壱弐参北北 7

 

 十四巡目でこの手配。私だったら……ここは八萬切りだな。ペンチャン待ちになるが、これば一盃口(イーペーコー)平和(ピンフ)にチャンタだ。ドラもあるし、リーチすればツモっても満貫だ。

 

「リーチ」

 

(――は?)

 

 今、風祭君がリーチをしたのはいい。けれど、彼は何を切った? 私の目間違いでなければ、彼が切ったのは……。

 

(ち、七萬……!?)

 

 私には理解できない。どうしてこの場面で九萬と北のシャボ待ちに? おまけに北は既に枯れており、九萬も残り一枚だ。

 

 しかも下家の部長から七萬が切られた。もし八萬を切っていれば一発だった。

 

「ロン、2900(ニック)3200(ザンニ)だ」

 

 しかし、運が良かったのか、最後の九萬は対面の東横さんから放銃された。ただ一発でもないので、点数は微々たるもの。

 

 果たして彼は何を考えているんだ……?

 

南 加治木ゆみ 28600

西 風祭御人  20800(+3200)

北 蒲原智美  22300

東 東横桃子  33300(-3200)

 

 Side:津山睦月 out

 

 

 

   †

 

 

 

 Side:加治木ゆみ

 

《南一局 親:加治木ゆみ ドラ:三筒》

 

 南場に入り親番が回ってきたが、何やら嫌な予感が漂ってくるな。その出所は、下家の御人。

 

 先ほどの御人の和了は不自然だった。

 

 あいつはリーチをかけた際、八萬ではなく七萬を切った。いくらペンチャン待ちとはいえ、あの状況ではシャボ待ちより出やすい牌には違いなかった。それなのにも関わらず、あいつはほとんど悩むそぶりも見せずに七萬を切ったのだ。

 

 思えば、こいつは昔からこういったことが度々あった。所謂、分の悪い賭けというものだ。

 

 例えるなら「九割の確立で当たるクジ」と「一割の確立で当たるクジ」を選べと言われたとする。普通の人間なら、当たりを望むのならば前者のクジを選ぶだろう。普段の御人ももちろんそちらを選ぶ。しかし、御人は唐突に何のためらいもなく後者を選ぶときがあるのだ。

 

 もちろん、疑問に思い、何度も尋ねたことがあった。

 

『どうして確立の低い方を選ぶんだ?』

 

 その質問に、御人はいつも笑いながら同じ文句で返すのだが……なんだったかな。

 

 っと、いかんいかん、今は対局(こちら)に集中せねば。

 

・ゆみの手配

 178ニ四(アカ)六弐参捌西發發 三

 

 ふむ、悪くはない。發を鳴いてもいいが、赤ドラもあることだ。ここはじっくりと腰を据えていこう。

 

 そして数巡後。

 

・ゆみの手配

 789ニ三四(アカ)六弐参捌發發 七

 

 よし、張ったぞ。役は無いが、裏ドラに期待、といったところか。

 

「リーチ」

 

 リーチ宣言と共に千点棒を出す。

 

 そのときだった。

 

 

 

「……んー、ゆみ姉もリーチか……じゃあ、俺もそろそろかな」

 

 

 

 その声に、手配を確認していた目線を上げる。

 

 聞こえてきた声の主、御人は、静かに笑っていた。

 

「んじゃ、リーチ」

 

(!?)

 

 そしてそのままツモした牌を切り出したと同時にそう宣言した。

 

(ツモ切りリーチ……!?)

 

 ざわりと鳥肌が立った。

 

 蒲原と東横はただツモ切りリーチを訝しげに思っていたようだが、それ以上は何も感じていないらしい。

 

 しかし、何かがある。

 

 本能的に一発を消さなければならないような気がした。しかし、リーチをかけてしまった私はロン以外で鳴くことはできない。

 

 幸い、ツモった牌は安牌だった。自分に一発が直撃することはなかった。

 

 そして、御人が牌に手を伸ばす。

 

 

 

「……ツモ」

 

 

 

 ――ああ、そうだ思い出した。

 

 

 

・御人の手配

 11122三三七八九南南南 三

 

「リーチ一発、ダブ南三暗刻……裏ドラは乗らなかったけど……3000・6000だ」

 

 

 

 ――御人がいつも言う言葉。

 

 

 

「よーやく、風が吹いてきたみたいだ」

 

 そう言いながら、御人は笑った。

 

 その笑みは、昔のなんら変わっていなかった。

 

東 加治木ゆみ 22600(-6000)

南 風祭御人  32800(+12000)

西 蒲原智美  19300(-3000)

北 東横桃子  30300(-3000)

 

 Side:加治木ゆみ out

 

 

 

   †

 

 

 

 対局終了。

 

 いやー、久しぶりに真面目に麻雀した気がするよ。久しぶりに『風』も読めたし。やっぱりまだまだ衰えていないってことだな。

 

……ん? 対局の結果?

 

 いやいや、いいじゃんじゃん別に。俺が跳萬和了って終わったってことで。

 

 ……聞くの? 聞いちゃうの?

 

 

 

 ……ハ コ り ま し た け ど 何 か ?

 

 

 

 自分の親番で調子に乗った結果、ゆみ姉の国士直撃しましたよ! 32000点だからギリ生き残ったかに思えたがその一巡前にリーチかけたおかげで200点足らずに飛びましたよ畜生!

 

「か、かける言葉が見つからない……」

 

「ワハハー、格好付けた割にはあっけなかったな」

 

「ふ、結局、従弟(オマエ)従姉(ワタシ)には勝てないってことさ」

 

「げ、元気出してくださいっす」

 

 モモの優しさが身に染みる……こ、今度こそ絶対カッテヤルー!!

 

 俺の魂の叫びが夕焼け空に響き渡り、画面がワイプしていくようなそんな錯覚に陥った高校生のとある春の出来事だったとさ。

 

終われ。

 

 

 

《南二局に続く》




 相変わらず対局シーンは苦手。

 誰か代わりに書いてくれないかしら。



   †



“風祭御人は称号『風見鶏』を手に入れました”
『風見鶏』
その場に流れる風を肌で感じ、理解する。
それはまるで風向きを知らせる風見鶏が如く。


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