ダンジョンにキリトが潜ってるのは間違っているだろうか (ボストーク)
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プロローグ:ダンジョンで彼と彼女が出会うのは間違っているだろうか
第001話 ”ダンジョンにキリトがいるのは間違っているだろうか?”



多くの皆様には始めましてです。
まだハーメルン様に来てから、これを書いてる時点で二週間程度の新参物書きのボストークといいます(^^

この時点でホライゾンとガンダムSEEDの二次創作ニ作品を投稿してますが、両作品別の場所で投稿していたリメイク版が基本だったのですが……他の先生方の作品を読んでるうちに沸々とハーメルン様で全くの新作を、それも今まで全く書いたことのない題材で書いてみたいなぁ~っ!と強く思うようになりました。

そして選んだのが前々からいつかは書いてみたいと思っていた『SAO』と、最近マイブーム『ダンまち』です。
ぶっちゃけてしまうと執筆意欲が暴走し、勢いだけで見切り発進してしまったのがこの『ダンジョンにキリトが潜ってるのは間違ってるだろうか』、略して『ダンキリ』です。
正直、どのくらいのペースで書けるのかわからないほど衝動感の強いシリーズになりそうですが、生暖かい目で読んでいただければ嬉しいです!


2015/09/14、【赤目のザザ】に関する記述を変更/追加しました。



 

 

 

ねえ、キーくん……

ボク達神々はね、その昔遥か天上に生きていたんだ。

だけどボク達は万能で無限、ただ悠久の時を生きてるだけ(・・)だったんだ。

いやそれを君たち人間の基準に置き換えたら、きっと生きてるとはいわないだろうね?

だって無限にして永遠の神々の住む世界は、無限で永遠だからこそ停滞した世界だったからだよ。

今日も昨日も1000年前も、きっと明日も1000年後も変わらない世界……

それはボク達も同じだけど。

 

多くの神々は飽き飽きしてたんだよ。

変わらない世界にも自分達にも。

 

だから全部の神様じゃないいけど、ボク達は下界に降りることにしたんだ。

新たな刺激、ううん。変わらないことが当たり前な神々にとって、この上なく芳醇な”果実(へんか)”が欲しくて。

もっともそれでもまだ物足りなくて、天上に残った神々は”外界”と契約したりもしてるんだけどね。

 

 

 

神様のくせに俗っぽい?

そう言わないで欲しいな。

ボク達にとっては、君たち『変わり続ける有限の存在と命』は、それだけ魅力的で……羨ましかったんだよ。

神の力を捨てても来たくなる位にね。

 

だから万能を捨て不便さと不自由さを楽しもうと……

無限を有限に引き換えて……

人間(こども)達と一緒に暮らしたい』って願ったんだよ。

 

うふふ。おかしな話だよね。

本当なら願い奉られる側の神様が、願い事なんてさ。

でもボク達は願った。

地上に降りられるようにって。

ボク達は祈った。

子ども達と一緒になって生きられるようにって。

 

 

 

今のボク達に神様だったころの全知全能の力なんてない。

ボク達にある力は唯一つ、”恩恵(ファルナ)”を与えてあげられることくらいだ。

そんな神でありながら無力なボク達をキリト……君は笑うかな?

 

「莫迦。そんなことがあるわけないだろ? 大好きだよ”ヘスティア”」

 

ボクもキー君が大好きだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

皆様、こんにちわ。

それともはじめましてかな?

俺は”キリト”、本当(かつて)の名前は”桐ヶ谷和人”っていう名だったんだけど……”此処”では空気を読んで【キリト・ノワール】という名で徹してます。

えっ? 名字が仏語で”黒”なんて単純?

いいだろ? 黒が好きなんだから。

 

”BuMoAaaaaaaa!!”

 

後ろから何か……明らかに人間じゃない生物の咆哮が聞こえてくるって?

大丈夫。俺もしっかり聞こえてる。

というか実はさっきから現実逃避してたりして……

 

「こんなの絶対おかしいだろぉぉぉーーーっ!!」

 

どういうわけか俺はダンジョンに潜ってます。

しかも何故か激怒したミノタウロスにエンカウントして追いかけられてます。

 

(ど・う・し・て・こ・う・なっ・たっ!?)

 

 

 

***

 

 

 

何もかもがおかしい。

そう俺はあの日、2022年某月某日正式サービスが始まった【ソードアート・オンライン(SAO)】をプレイするために世界最初の市販VRゲームマシンである”ナーヴギア”のヘッドセット・インターフェイスを被り、愛する妹と一緒にバーチャル・ワールドにダイブした……筈だったんだけど。

 

えっ? 妹?

正確には額面どおりの血の繋がった妹ではないから、妹のような存在と言ったほうが正しいかな?

名前は”桐ヶ谷直葉”、プレイヤーネームは”リーファ”。自分の本名についてる葉の英語読み”Leaf”からとったらしい。

俺と一緒にやってたβ版のテストプレイヤー時代から使ってるが……それが何か?

 

そもそも俺にVRMMOを薦めてきたのは直葉だった。

確か、こんな感じだったはずだ。

 

『お兄ちゃん……』

 

いつもどおり俺の部屋、胡坐をかいた俺の膝の上にちょこんと座ってゲーム雑誌を読んでいた”スグ”……直葉は、あるページを見つけるなり俺の膝の上でくるりと反転して真剣な瞳でこう告げてきた。

 

『リアルを捨ててバーチャルにいこう!』

 

『直葉……いきなりお前は何を言ってる?』

 

思わずツッコんだ俺は悪くないはずだ。

この後も直葉は『現実で兄妹なんてつまらない垣根が崩せないなら……』とか、『私がこんなに追い詰められたのは全て近所の小学生まで色目使われるお兄ちゃんが悪い』とか、『世間体なんてヴァーチャルなら関係ない』とか、『愛さえあればお兄ちゃんだって関係ないよね?』とか歳のわりには育ちすぎなボリューム感のある胸を押し付けられながら、並々ならぬ迫力で詰め寄られた。

今思えばあちこちに不穏当な言葉が鏤められていて、おまけに最後はどこかで聞いたことのあるフレーズのような気がするけど……

ともかく俺は、直葉に押し切られた。押し切られてしまった。

 

ええ。買いましたともSAOこみでナーヴギア×二人分!

お陰で俺の預金通帳の残高は、かなり見たくない数字に……

 

フフ……

妹に『だいしゅきホールド』極められて動けないまま物を買わされる駄目アニキ……我ながら目から何かが零れそうな構図だ。

 

しかし、自分でもこれはしょうがないと思ってる。

色々あって俺は自覚できるくらい直葉にダダ甘だった。

何しろもう中学生だっていうのに一緒に毎日風呂に入りたがったり、いや正確には『たがる』じゃないな。実際に毎日一緒に風呂に入ってた。涙目&上目遣いの『おねだりモード』の直葉の前に、俺が拒否権なんて発動できるわけは無い。

 

一人で寝るのが怖いって理由で毎晩布団に潜りこんで来る直葉を拒絶できないのは言うまでもない。

お陰で直葉の肢体や髪を洗ったり、抱き枕になりきるとか激しく無駄なスキルだけが上昇してきた気がする。

というか直葉、『お兄ちゃんの匂いがないと眠れない』というのはさすがにどうかと思うぞ? それと下着で寝るのも。というか時折起きたら全裸になってるのは、人のベッドで一体どんな寝相をしてるのかお兄ちゃん激しく疑問だぞ?

まあ直葉が少なくとも俺に対して甘えん坊になったのは、俺のせいもあるけど留守にしがちな両親も同罪だと思う。

 

 

 

***

 

 

 

しまった!

何故か妹談義が妙に長くなってしまった。

というかそれどころじゃなかった!

 

「チッ!」

 

”ギインッ!”

 

俺は振り返ると同時に踏み込み、ミノタウロスの一撃を剣でまともに受けるのではなく流すようにしてなんとかいなし、その反動を利用にして後方に跳躍して間合いをとる。

 

(クソッ……受け流したのに腕がビリビリしやがる)

 

流石はリアルモンスター、”俺が本来居た世界”でじはクレタ島の迷宮の主とされていただけあって驚くべき馬鹿力だ。

それとも、この場合は”牛力”とでも言うべきか?

 

(この剣も業物は業物だけど、あとどれぐらい耐えられる……?)

 

俺の持つ両刃の長剣”ブラックバーン”は、【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】の残党の【赤目の(ブラッディアイ)ザザ】討伐のクエスト報酬のようなもの、正確には『生死問わず』で懸賞金かけられてたザザが溜め込んでた武器の一つだ。

 

アイツは【エストック】……刺突用の細身の長剣を愛用していて、殺した相手がエストックを所有してれば、それを奪ってコレクションする癖を持っていた。

そのザザが、かなりの業物だから手放すのが惜しかったのか、あるいは別の理由があったのかはわからないが……珍しくエストック以外に所有していた両刃の斬撃用長剣(ブロードソード)が”ブラックバーン”だった。

 

だけど人間相手ならそう簡単に刃毀れしたり折れたりしないような鉈みたいに厚い刀身だけど、相手が文字通りの人外だとやはり勝手が違う。

正直、どこまで持ちこたえてくれるかわからない。

 

「持久戦や逃げ切るのは無理か……」

 

そもそも足場の悪い地下迷宮(ダンジョン)での追いかけっこなら、自分の根城だけあってあっちの方が有利だろうし、体力が尽きる前に剣が圧し折れそうだ。

 

「なら……ここで決めるしかないか……」

 

俺は改めて剣を握り直す。

 

(俺はここで死ぬわけにはいかない!!)

 

そう、俺はここでは死ねない。

本来、今頃は【浮遊城(アインクラッド)】を攻略してるはずの俺がこうして【地下迷宮(ダンジョン)】に潜ってる。

そんなことになってしまったのは理由がある。

そして死ねない理由もそこにつながっている。

 

「”茅場晶彦の遺言《ラスト・メッセージ》”が本当なら……」

 

”この世界”のどこかにいるはずなのだ……

『本当ならアインクラッドに集う筈だった日本人』が!!

誰よりも、

 

「スグがっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました!
『ダンキリ』の第001話は如何だったでしょうか?

自分で言うのもなんですが、最初からキリト(+直葉)のキャラ崩壊が著しいような?(^^
しかし、キャラ崩壊が怖くて二次創作が書けるか!ってのもまた事実、読者の皆様に受け入れられたなぁ~と祈ってます。

とりあえず今回の作者のイチオシは……冒頭のヘスティアのモノローグですね~。
あのモノローグには、ヘスティアの夢と希望とシリーズのコンセプトが詰まってます。
即ち『冒険はイージーモード&ラブコメ至上主義!』
いや、なんか早速無理っぽい気もしてきましたが(^^

そんなこんなで始まった『ダンキリ』、もしもこれからも読んでいただければ光栄です♪

是非是非、ご意見ご感想などなどお聞かせください!

8/14、ちょっと呼び方を修正。


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第002話 ”茅場晶彦が世界を憂うのは間違っているだろうか?”

皆様、こんにちわ。
今回のエピソードでは、キリト達がダンまちの世界へ神様転生ならぬ”人様転生”させられた秘密が、ほんのり語られれます(^^

執筆時間が一度にあまり長く取れないせいもありますが、この『ダンキリ』シリーズは1話あたりの文字数は少なく、勢いがあるうちに可能な限り早いアップを心がけようと思っています。


 

 

 

西暦2022年

東京、某所

 

「ねぇ、晶彦……本当にいいの?」

 

「ああ、かまわないさ」

 

この電子機器に埋め尽くされた巨大な部屋……おそらくはどこかの研究所の一室なのだろう。そこで女に問われた一人の男が僅かな苦悩をにじませながらも迷いなく頷く。

彼が見つめるモニターには、ある数字が映っていた。

 

『256,446』

 

それは現在、サービスが始まったばかりのVRMMOROG【ソードアート・オンライン】にアクセスし、ヴァーチャル空間にダイブしている日本国籍ユーザーの総数だった。

 

「私達は今、25万人以上の人間を騙してるのね」

 

女……神代凛子の言葉に男、茅場晶彦は肯定の意思を示し、

 

「だが、これでいい。これだけの人数を『外側の世界』に一気に”跳躍”させる方法は他にない」

 

「それが貴方の望み?」

 

「いいや。私の望みは【浮遊城(アインクラッド)】という仮想現実の中にしか存在できない空間を完成させることさ。その世界を完成させるには本当ならこんな人数はいらなかったんだけどな。せいぜい一割も居ればよかった」

 

「それこそ仕方のないことよ。いつの間にかこの計画は政府に売られ、政府はこれを極秘裏に”国策”の一つにしてしまったんだから」

 

だからこそ本来なら13万円近い低下だったVRゲームマシンは10万円を切る価格で、しかも全ての初回生産分がVRゲーム【ソードアート・オンライン】の同梱販売になり、当初の予定の10倍以上が生産/出荷されたのだった。

 

「まさか役人風情に私の願望を看破されるとは思わなかったさ」

 

そう茅場は苦笑した。

 

 

 

***

 

 

 

「本当なら私が昔から幻視するアインクラッドに招待したかったんだがな……」

 

少し寂しげに茅場は呟くが、

 

「でも、まさかそれに”酷似する世界観の世界”が実在するとは思わなかったわね?」

 

「まったくだ。”現実は小説より奇なり”とはよく言ったもんさ。しかも、SAOが”その世界”に転送できる人材を選ぶ試金石にされるとも思わなかった」

 

凛子はクスクスと楽しげに笑い、

 

「『SAOで生きれてゆける存在なら、あの非近代化のまま存在する世界でも生き残れる公算が大きい。例え待っているのがゲームオーバーではなくリアルな死だとしても』……たしか”菊岡”さんて言ったかしら? あのお役人。中々面白いことを言うわね」

 

すると茅場も凛子に応えるような笑みを浮かべ、

 

「本当にな。だがSAOには”神は実在する”なんて設定はないんだが……」

 

「貴方も行ってみたい? 神々の闊歩する世界に」

 

「出来ればこの目で見たかったな。しかし、そうも言ってられない。私も君も、256,446人の日本人を”送り出す側”の人間だ」

 

彼女は頷き、

 

「そうね。そろそろ”最後の責任”をはたさないと」

 

「そうだな。もう時間はない」

 

茅場は天井を見上げ、その先にある天上を見るような瞳をしていた。

 

(我々の空も神々の世界の空と繋がっているのだろうか……?)

 

「ほどなく現代文明は滅ぶのだから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

「はぁぁぁっ!」

 

”ギィン!”

 

キリトだぉ。

いや冗談だから。だからそんなに引かないで欲しい。

 

何の因果か俺は今、オラリオという街にある地下迷宮(ダンジョン)に潜っていたらミノタウロスとエンカウントした上に追いかけられ、逃げ切れそうもないので長剣一振りで対峙するという無理ゲー状態にある。

いやゲームじゃなくてリアルなんだけどね。

 

(”この世界”に来たばかりの頃は、リアルにモンスターがいるってことに驚いたけど……)

 

「セイッ!」

 

こうして今は『倒すべき現実の壁』って認識して張り合える程度には慣れてきた。

 

(もっともVRゲームで遊ぶはずが、いきなり赤ん坊に転生させられるとは思わなかったけど)

 

何を言ってるか判らないかもしれないけど、正直俺も未だに何がどうなったかわからない部分が多い。

とりあえず今わかっているのは、あの時SAOにダイブしていたプレイヤーは『脳の中にある心や記憶なんかの魂と呼ばれるものを量子化された』後に”この世界”に転送させられたということだ。

質量の大きい肉体の転送はできなかったらしくて、魂だけがコッチの世界に来た。

ただ、全員が肉体情報を初期化……つまり赤ん坊となることで、神々が地上を闊歩する”この世界”で受肉することに成功したらしい。

コンピュータやネットワークに例えるなら、処理速度とか回線の問題で重いハードウェアは送れないけど、軽いソフトウェアだけは世界間に繋がるネットワークを通じてこの世界に転送され、そのソフトウェアを収めるハードウェアがコッチの世界で新たに構築されたってノリのようだ。

 

(それが今から約14年前か……)

 

我ながらそれなりに色々あったものだ。

でも結果として冒険者になってしまうあたり、

 

「俺はSAOに未練でもあるのか?」

 

でも未だにあのβテスターとしてプレイした記憶は、鮮烈な思い出として残っているんだ。

 

(それにスグと一緒にプレイした最後のゲームだしな……)

 

ゲーム開発者、茅場晶彦の”遺言(ラスト・メッセージ)”が事実なら妹、直葉もこの世界に転生して受肉しているはずなんだ。

だから……

 

「お前のような牛頭に殺されてやるわけにはいかないんだっ!!」

 

 

 

***

 

 

 

「流石にミノタウロス、武器も持ってないくせに蹄の威力だけでもそこらのメイス使いの比じゃないか……」

 

悔しいが力勝負では明らかに不利。

そのため、俺はさっきからミノタウロスに比べ数少ない人間の長所である敏捷性と小回りのよさを生かし、蹄の攻撃を掻い潜り懐にもぐりこんで一撃を加えて離脱する『一撃離脱(ヒット&アウェイ)』を繰り返している。

随分とヒットポイントを削ったはずで、手傷から相手の動きも鈍くなってきたけど……

 

(こっちもそろそろ限界か……)

 

俺は”こっちの世界”で相応に鍛えている甲斐あってスタミナはまだまだ持つし、戦闘に支障が出るような手傷も負ってない。だけど俺の愛剣”ブラックバーン”は、もはや剣として機能を半ば喪失しつつあった。

ぶっちゃけ刃毀れしまくりで、切れ味は『駄目主婦の買って以来研いだことのない包丁』程度じゃないだろうか?

それというのもミノタウロスの全身を覆う獣皮が硬くて剛毛過ぎるのと、

 

(蹄も硬すぎなんだよ……!!)

 

ミノタウロスはパワーも怖いがその硬さも侮れない。

いくらヒット&アウェイを繰り返すと言っても時には避け損ねだってある。盾をもってない俺は剣で受けるしかないのだが、

 

(油断したら一発で圧し折られそうだ)

 

まともにミノタウロスの一撃を受けたら、そこそこの出来の剣でも一発でペキンだろう。

だから俺はまともに受けず逸らすように流し、衝撃を逃がすようにインパクトの瞬間自ら打撃と反対方向に跳ぶ。

そこまでやってもなお剣がボロボロになってしまうあたり、やはりモンスターは人間の基準じゃ語れない。

 

「斬り合えるのは、持ってあと数合……」

 

なら、俺も覚悟を決めるしかない。

 

(狙うは胸の”魔石”ただ一点のみ……!)

 

”魔石”は全てのモンスターが例外なく胸部にもつ力の源であると同時に急所、文字通りの『モンスターの心臓』だ。

無論、モンスターだって知能は高くなくても本能でそれはわかってる。

だからそう簡単に突けはしないんだけど……

 

(だけどここまで弱らせれば、あるいは)

 

「いざ尋常に……」

 

この一撃にかけるべく剣を構え直し、

 

「勝負……!!」

 

俺は地面を蹴った!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。

実はまだミノタウロスとの戦いが終わってない罠(^^
『ダンキリ』でも亀展開は相変わらずですね~。
ヴァレン某(なにがし)の登場は次回くらいでしょうか?

それではまた次回お会いできることを祈りつつ。
ご意見ご感想をお待ちしています。



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第003話 ”ナイフでミノタウロスと対峙するのは間違っているだろうか?”


皆様、こんばんわ。
現在、執筆暴走中のボストークです(^^

何を暴走してるかというと……投稿日時を見てほしいのですが、深夜1時台に001話を投稿してからこのエピソードで本日3本目の投稿になります。
1話あたりの文字数が短いとはいえ、1日の投稿本数としては別名で活動していた最盛期(自宅警備員時代)に匹敵してたりします(苦笑)

さて今回のエピソードでは……そろそろキリトとミノ助の二人(正確には一人と一匹)きりの時間が終わりそうです。


 

 

 

俺はオラリオ名物の地下迷宮(ダンジョン)で、ミノタウロスと対峙する羽目になっていた。

第11階層以上に出没するはずのモンスターが、なぜ第05階層なんて浅い階層にわざわざ出張してきたのか理由はわからない。

エンカウトした時から激怒してたから、おそらく本来の住処がどこかの強豪パーティーに襲撃されて慌てて逃げ出したってところか?

 

まあ、そんな事情はどうでもいい。考えてもわからないだろうし。

激怒した相手から逃げられないと踏んだ俺は、装備に不安はあったがエンカウント・バトルを決意。

我ながら悪くない戦いだったと思うけど……

 

(ミノ公は全身傷だらけでも致命傷は無し……さすがに動きは鈍くなってるけど)

 

今度は自分の剣を見て、

 

(こっちは掠り傷だけど、剣はボロボロの屑鉄一歩手前か……)

 

なら長期戦は不利なだけだ。

スタミナはまだまだ持つけど、ミノタウロスと体力勝負するほど俺は阿呆じゃない。

 

本来、俺の戦い方は片手剣だ。

利き腕の右手に長剣を握り、あえて左手をフリーにして戦術的オプションを多く取れるようにしてある。

両手剣に比べるとパワー不足は否めないし、鍔迫り合いで押し負けるリスクも高い。

だけど、俺はそのリスクを数少ない俺の剣術の長所である”見切り”と太刀筋の速さと単純な力に頼らない”重さ”でなんとかフォローするのがスタイルだった。

 

(ならこの一撃に全てをかける……!!)

 

だけど、俺はそのスタイルをあえて捨てる。

小手先の技や搦め手は一切無い。

俺はこの戦いで初めて”両手”で剣の柄を握る。

 

「いざ尋常に……勝負!!」

 

 

 

***

 

 

 

俺は地面を踏みしめ、思い切り蹴る!

 

「セイヤッ!」

 

それは今のところ俺の剣技としては掛け値なしに最も威力のある一太刀、『両手平突き』のモーションだった。

 

”ビュオン!”

 

自分の間合いに入るなりミノタウロスは、丸太のような巨大な腕を横薙ぎに振り回してきた。

 

「!」

 

だが甘い! そんな大振りモーションのテレフォン・フックなんてそうそう当たるものじゃない。

体勢を沈めて回避、ミノタウロスの右腕は数瞬前まで俺の頭があった場所を通過する。

左腕は攻撃態勢に入っておらず、どんなに急いでも俺が懐に飛び込む前に拳が放たれることはないだろう。

俺は加速を緩めぬように体勢の崩れを最低限に抑制して更に踏み込み再加速、一撃を入れる前にトップスピードに乗せるっ!

 

「もらったっ!」

 

体重と加速度の全てを相乗させた渾身の突き……イメージ通りなら魔物の心臓、”魔石”を貫けるはずだったけど……

 

”パッキィィィーーーン!”

 

どこかガラスの破砕音を思わせる硬く乾いた音を立てて折れたのは……俺の剣の方だった。

 

 

 

***

 

 

 

「しまった!」

 

どうやら俺は明確なミスをしてしまったようだ。

ミノタウロスの武器を強靭な腕や蹄ばかりだと見誤っていた。

いや、むしろ”それ”を『ミノタウロスの識別点』と認識するあまり、実は”それ”こそがミノタウロスの身体部位で最も硬く、そして場合により最強の武器となりうることを失念していた。

つまり、

 

「”角”かっ!?」

 

そう俺の剣を圧し折ったのはミノタウロスの特徴、頭部にある鋼よりも硬くいかなる雄牛よりも巨大な”対の角”だ

 

ミノタウロスは剣の切っ先が胸部を捉える寸前に驚くべき反射速度で頭を下げ、刀身に頭突きをするように角を押し当ててきた。

剣と角は交差し火花を立てたが均衡を保てたのは僅かな時間に過ぎず、俺が蹄をいなしてきたように今度は俺の切っ先が逸らされ、突き刺さったのは魔石がある胸部ではなく腹部だった。

 

おまけにミノタウロスはそのまま地面に頭を叩きつける勢いで押し込んできたために元々限界がきていた愛剣”ブラックバーン”は、その負荷に耐え切れず根本からポッキリと折れた。

 

「チッ!」

 

主力武器を失ったとはいえいつまでもこの場にいれば即座にミンチだ。

幸いミノタウロスも大きく体勢が崩れている。

 

「クソッ……」

 

俺はまた地面を蹴るが、今度は退避し間合いを空けるための”引き”の跳躍だった。

 

 

 

(どうする……?)

 

俺はダンジョン内部で目立たないよう漆黒に染めたコートのような上着をまさぐり、その内側に吊るした革製のシース(鞘)から二本一対の片刃の短剣(ダガー)を取り出す。

左右の手に持つそれは本当なら武器ではなく野営道具、言わばキャンピング・ナイフとして持ち歩いているものだ。

それでも普通に鋭く刃もそれなりに分厚くて頑丈なので人間相手だったら十分に張り合えるだけの使い勝手のよさがある。だけど、相手がモンスター……特にミノタウロスなんて大物相手じゃいかにも非力だ。

 

「かといって泣き喚いたって何か変わるわけじゃないしな」

 

絶体絶命ってのはきっとこういうシチュエーションを言うのだろう。

ミノタウロス相手にナイフ二本なんて無理ゲー通り越してマゾゲーだ。

 

(俺は絶対に諦めない……!)

 

最低でも妹の、直葉の元気な姿を見るまでは死なないと心に決めている!

 

「ナイフでも魔石に直接突き刺せばなんとか倒せるか……?」

 

長剣に比べてハードルが巨大化したが、とりあえず他に手はなさそうだ。

 

 

 

***

 

 

 

「ミノ公、悪いがもう一度相手してもらうぞ?」

 

俺は右手のダガーを順手に、左手のダガーを逆手にそれぞれ握った。

 

(やばいな……)

 

次のアタックは明らかにさっきより遥かにハイリスクだ。

腕と角を潜り抜け、互いの吐息がかかるほど接近しなければ勝利はない。

ぶっちゃけ生き残るより死ぬ確率の方がずっと高いだろう。

だけど、

 

(おかしい。ヤバい筈なのに不思議と口元に笑みが浮かんでくる……)

 

「俺に狂戦士(バーサーカー)属性は無い筈なんだけどな」

 

内心苦笑すると同時に、思考がまた別の方向に流れる。

 

(やっぱり盾とかいるかもな……)

 

こんな時なのに”この世界”に紛れ込んだ俺みたいな闖入者を育ててくれた、風変わりな爺ちゃんを思い出してしまう。

 

(爺ちゃん、盾の重要性をよく語ってたっけ……持久戦が想定されるなら攻撃力よりも防御力を重視すべしとかさ)

 

俺ももしかしたら盾を持つべきなのかな?

資金に余裕が出来たら考えてみるかな……”リズ”あたりに相談するか。

 

(まあ余計な考えはこのくらいにしておこう)

 

今持ってない装備に命は託せない。

俺が再び両足に力を入れようとした時、

 

「使って」

 

銀の鈴を鳴らしたような涼やかな声が聞こえた……

 

「!?」

 

声と同時にミノタウロスの脇をすり抜けるように飛んでくる光があった。

いやすぐにそれが光その物じゃないことがわかった。光を反射する”何か”……俺の横も通過しようとするそれを、俺は右手のナイフを捨て慌てて掴んだ。

それは妙に手に馴染む感触だった。

 

「剣!?」

 

 

 

握ったそれは、”逆転の希望”だったと今でも思う。

そしてそれが新たな出会いのきっかけだったなんて、その時の俺は考えもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。
短いエピソードでしたが、楽しんでいただけたでしょうか?

最後にキリトに剣を投げたのは誰だろうなー?(棒)

流石に本日は時間切れ、これ以上の投稿はないと思いますが執筆意欲が続く限り早いアップを狙います。
それではまた次回でお会いしましょう♪

ご意見ご感想を是非お聞かせください。


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第004話 ”ダンジョンで求めてないのに出会ってしまうのは間違っているだろうか?”

皆様、こんにちわ。
昨日に続き今日も懲りずに『ダンキリ』のアップです(^^
まだ創作意欲が持続していて良かった~。

今回にエピソードは、ようやく”原作ヒロイン”とキリトさんの邂逅です。
どうもその出会い、ベル君の時とは大分様子が異なるような……?




 

 

 

俺ことキリト・ノワールは、ダンジョンの比較的浅い階層で普通は11階層以下にしか居ないはずのミノタウロスと対峙する羽目に陥ってた。

ちなみに俺の冒険者LVはLv.1、まごうことなき駆け出しだ。

ミノタウロスを倒すには本来Lv.2以上の冒険者レベルが必要とされているから、すでにこの時点で無理ゲー確定。

 

続いて戦いの途中、勝負の一撃を放ったが生憎とそれはミノタウロスの角カウンターの一撃に合わせられ、俺は愛剣”ブラックバーン”を圧し折られてしまう。

手元に残っている武器は、ガールフレンド(文字通りの意味だぞ?)の駆け出し鍛冶屋”リズベット”から貰った練習用に作ったらしいナイフ二本だけ。

うん。全くもって絶体絶命だ。

この時点で無理ゲーどころかマゾゲー確定だよな。

だけど……

 

「使って」

 

その涼しげな声と同時に飛んできたのは、起死回生になるかもしれないアイテム。

やけに手に馴染むそれは、

 

「剣!?」

 

 

 

***

 

 

 

俺が右手に握るのは、間違いなく両刃の長剣。

明らかにさっき圧し折られた”ブラックバーン”より格上のそれだった。

刀身が漆黒で柄はシンプルなデザイン、正直かなり格好いい。

 

”ヒュン!”

 

軽く振ってみると、

 

(……悪くない)

 

恐ろしいくらいに違和感のない感触だった。

 

「これならいける……!」

 

そう確信を持てるほどに。

調子がいいのは百も承知だけど、俺は切っ先をミノタウロスに突きつけるように構えなおし、

 

「待たせて悪かったな。仕切りなおしだ……いくぜミノ助っ!!」

 

さっきと同じ最短距離を最大加速で直線に走りぬける両手平突きの突進!

再びパンチというよりラリアット振り回されるミノタウロスの丸太のようなハンマー・アーム。

俺はまたそれを掻い潜り、

 

「ハッ!」

 

少なくともさっきと同等の威力と速度の突きを繰り出す!

 

”BuMoooooo------M!!”

 

しかしミノタウロスとて何も好き好んで刺されるわけはない。

またしてもホーン・ヘッドバットを合わせてこようとする。

そう確かにここまではさっきの焼き直しだ。

だが!

 

(誰が投げたか知らないが、)

 

「こちとら借り物の剣を傷物にするわけにはいかないんでねっ!!」

 

先ほどの殺り合いでミノタウロスのカウンター・タイミングは見切れた。

ならば!

 

「人間なめるなっ!」

 

刃と角がぶつかる刹那、俺は強引に踏み込み身体を回転させて太刀筋を変え、刀身を横に滑らす。

 

”ゴッ!”

 

唐突に角を当てる相手を見失ったミノタウロスは勢いあまって俺の狙い通りに地面にヘッドバットを喰らわせた。

 

(チャンス!)

 

そう、地面に頭を打ち付けたミノタウロスは無防備な首筋を『人間が無理なく斬れる位置』に晒していたのだ。

 

「これで終わりだァーーーッ!!」

 

”斬っ!!”

 

その一太刀は、あれだけ苦戦したミノタウロスの首を、なんの抵抗も感じさせないように切り落とした……

 

 

 

***

 

 

 

”ズズゥン……”

 

大きく重い首なしミノタウロスの体が音を立てて崩れ落ち、程なく巨大な体躯を灰へと還元させた。

こうして俺は勝ちを拾えたわけだけど……

 

「な、なんつー切れ味……」

 

俺は剣を掲げて黒い刀身をマジマジと見てしまう。

自分がミノタウロスなんて本来駆け出しの冒険者が倒しちゃいけないモンスターに打ち勝った現実よりも、この”漆黒の剣”の威力に改めて驚嘆していた。

なにせ厚い獣皮とさらに分厚い筋肉、人間と比べ物にならない太く頑強な骨をいとも容易く断ち切り、なおかつ刃毀れ一つしないなんて……

 

(出鱈目な業物じゃないか!!)

 

間違ってもミノタウロスの首を介錯できたのは俺の腕前ゆえじゃない。いくら俺でもそこまで驕っちゃいない。

明らかにこの”漆黒の長剣”の性能だ。

 

(ん……?)

 

俺は刀身に刻まれた刻印とおそらくはこの剣の”銘”に気付いた。

 

(嘘だろ……これ【ゴブニュ・ファミリア】謹製かよ)

 

【ゴブニュ・ファミリア】っていうのは鍛冶屋(スミス)系ファミリアで、規模こそ同業の【ヘファイストス・ファミリア】に劣るものの、技術や品質では伍するとされてる鍛冶系大メジャー・ファクトリーだ。

名品や業物を多く生み出しているが分値段も張るし俺みたいな田舎から着の身着のまま出てきたような駆け出し冒険者がまず手に握ることのない代物だった。

 

(噂どおりの腕前なら、確かにこの切れ味も納得できるな……)

 

むしろ噂以上というべきか?

 

(それにしても……)

 

「【ΕΛΥΣΙΟΝ(エリュシオン)(ELYSION)】……この剣の銘だよな?」

 

 

 

”パチパチパチ”

 

その時、唐突に小さな拍手が聞こえた。

 

「一太刀でミノタウロスの首を落とすなんて、見事ですね?」

 

それは聞き覚えのある声……鈴のように涼やかで透き通った声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

「君は……?」

 

声と同時にミノタウロスの影から現れたのは、ある意味ミノタウロスより斜め上の存在だった。

 

(……俺はどんな顔をすればいいんだ?)

 

華奢な肢体を大胆なデザインのミニのワンピースと軽装備で包み、流れるような美しく長い金髪に声と同じく髪とおそろいの淡い金色に輝く涼しげな瞳……

うん。十人中十人が『美少女』と呼びそうな問答無用の美少女だった。

 

「【ロキ・ファミリア】所属の一級冒険者、”アイズ・ヴァレンシュタイン”」

 

声を裏切らぬ容姿あるいは容姿を裏切らぬ声で彼女は簡潔に告げた。

だが、俺の心に浮かんだのは歓喜ではなく……

 

(げっ……!)

 

『とんでもない人に借りをつくっちゃったなぁ~』という正直すぎる感想だった。

 

 

 

***

 

 

 

そう。さっき剣を投げて助けてくれたのが”アイズ・ヴァレンシュタイン”だというのは俺にとってかなりの衝撃だった。

オラリオでも屈指の最大手名門ファミリアである【ロキ・ファミリア】の中で、看板とも言うべきトップクラスの立ち位置に居る女幹部。

だが彼女が優れているのは容姿じゃない。むしろ容姿はおまけで彼女の真骨頂と言えるのが、

 

(”オラリオ有数の実力を持つ女剣士”……)

 

その圧倒的な実力、特に剣の腕前だった。

駆け出しの頃から彼女はその卓越した剣術が注目されていて、案の定ダンジョンを中心に多くの困難を自らの剣で切り払い、それまでの記録を大幅に縮めて最短時間でLv.1からLv.2に駆け上がり、未だそのレコードは破られてない。

かくゆう俺も『目標に定めるべき存在』と思っていた。

 

 

 

「驚いたな……噂の”剣姫”殿と、まさかこんな場所で鉢合わせるとは思わなかったよ」

 

冒険者はLv2になった時点で”神会(デナトゥス)(地上に居る神々の集会)”で、『二つ名』が決定されるのが慣例になっている。

目の前の少女は、その美しい容姿と類稀な剣技から”剣姫(ソード・プリンセス)”と名づけられたらしい。

 

(もっとも口の悪い連中は、戦闘狂(バトル・ジャンキー)って意味を込めて”戦姫”って呼んでるらしいけど)

 

「噂?」

 

きょとんとした顔がどこか子供っぽさを醸し出してたけど、

 

「色々とね」

 

俺は適当にお茶を濁す。別に本人に聞かせるような話じゃないし。

 

「そう……それにしてもいい剣の腕ですね?」

 

う~ん。今をときめく今の俺には遥か彼方のLv.6の高みにおわします剣姫様にそう言われるとこそばゆいな。

 

「俺の腕じゃないさ。貴女が投げてくれたこの”漆黒の長剣”のおかげだ」

 

嘘でも謙遜でもない。実際、

 

「俺の長剣じゃミノタウロスに手傷は負わせても致命傷を食らわせることはできなかった。じゃなければ二つ名もない、所詮Lv.1の駆け出し冒険者風情にミノタウロスなんて大物が倒せるわけはない」

 

それだけこの【エリュシオン】が今の俺には出来すぎの剣ってことだな。

 

 

 

***

 

 

 

「馬鹿にしないでください」

 

「えっ?」

 

事実をありのまま告げた俺に、何故か彼女……アイズ・ヴァレンシュタインはその綺麗な顔を曇らせた。

端的に言うとムッとしていた。

 

(俺、なんか怒らせることしたっけ?)

 

「ミノタウロスは、武器が良くてもただの”駆け出し冒険者風情”に倒せるようなモンスターじゃありません」

 

そして、彼女は金色の双眸で俺を真っ直ぐに見た。

 

「それに私は貴方の戦いをみてました。確かに貴方の剣はまだ荒削りで荒々しいかもしれません……だけど、」

 

その瞳はまるで俺の全てを見透かすようであり、何故か俺はその淡い金色に吸い込まれそうな自分を感じていた……

 

「貴方の剣は間違いなく【ミノタウロスを一撃で屠れる】に相応しい鋭さと技術を持っていました」

 

そして彼女は告げる。

 

「貴方は一体、何者ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。
ようやくヴァレン某さんとキーくん(両方とも未だモノローグ以来未登場のヘスティア様談)の邂逅を書けて作者的にはホッとしてます(^^

ついでにリズの情報がチラッと出てきたり、あるいはアイズの投げた剣の銘が妙にフラグ臭かったりと色々仕込んでたりするのはご愛嬌。

それにしてもキリトの立ち位置がここってことは、原作主人公のベル君は今どこで何をしているのでしょうね?
まさか……【フレイヤ・ファミリア】、とか?(滝汗)

執筆速度がどこまで続くかわかりませんが、また次回もお付き合いいただければ幸いです。


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第005話 ”キリトがダンジョンで過去を振り返るのは間違っているだろうか?”

皆様、こんばんわ。
お盆休みを終えて如何お過ごしでしょう?
やはり休みじゃないとまとまった執筆時間は取れませんね~。

さて今回のエピソードは、感想を下さった皆様からあった『キリトのキャラ改変』の根幹、タイトル通りに”この世界”の彼の過去が語られます。

H27.8.21、わりと加筆しました(^^


 

 

 

ここはオラリオ名物、世界に一つしかない超巨大【地下迷宮(ダンジョン)】の第五層。

ここで俺はイレギュラー・エンカウントを二回も経験する。

 

一回目は本来は第15階層より深くにしか存在しない冒険者Lv.2相当のモンスター”ミノタウロス”。

二回目は……

 

「驚いたな……噂の”剣姫”殿と、まさかこんな場所で鉢合わせるとは思わなかったよ」

 

オラリオでも最大手ファミリアの【ロキ・ファミリア】の中核、Lv.5の上級冒険者である”アイズ・ヴァレンシュタイン”だった。

 

愛剣”ブラックバーン”をミノタウロスのカウンターで圧し折られた俺は窮地に陥ったが、その時「使って」の一声とともに一振りの剣が投げ込まれた。

そいつは名門鍛冶屋系ファミリア【ゴブニュ・ファミリア】謹製の規格外の業物で、銘を【ΕΛΥΣΙΟΝ(エリュシオン)(ELYSION)】というらしい。

 

その惚れ惚れする”漆黒の長剣”を投げ入れ俺を救ってくれたのが、アイズ・ヴァレンシュタインだったってわけ。

 

だけど今、俺と彼女の間には微妙な空気が流れていた。

 

 

 

「馬鹿にしないでください」

 

それが『ミノタウロスを倒せたのは、俺の剣の腕じゃなくて君が投げてくれた剣の性能のお陰』って純然たる事実を告げたときの彼女の返答だった。

 

「ミノタウロスは、武器が良くてもただの”駆け出し冒険者風情”に倒せるようなモンスターじゃありません」

 

「それに私は貴方の戦いをみてました。確かに貴方の剣はまだ荒削りで荒々しいかもしれません……だけど、」

 

「貴方の剣は間違いなく【ミノタウロスを一撃で屠れる】に相応しい鋭さと技術を持っていました」

 

買いかぶりすぎだと思うけど、彼女に言わせればそういうことらしい。

 

しかし次の台詞を聞いたとき、俺はどう応えるべきか迷ってしまう。

 

「貴方は一体、何者ですか?」

 

と……

 

 

 

***

 

 

 

(何者か、かぁ……)

 

困った質問だ。

オラリオのギルド的な言い方をするなら、俺は半月前に冒険者になったばかりのLv.1の駆け出し過ぎない。

 

(彼女が聞きたいのは、そういう意味じゃないだろうしな……)

 

おそらくだけど、俺は警戒されてると思う。

まあ駆け出し冒険者がミノタウロスの首を一刀で落とすっていうのは、確かに自分で言うのもなんだけどインパクトあるし。

 

(さて、どう言ったら納得してくれるかな?)

 

「駆け出し冒険者ってのは間違ってないんだけどね。実際、オラリオにやってきて冒険者としてギルドに登録したのも、とある”神様”のファミリアになったのも大体半月前だし」

 

うん。嘘はついてないぞ。

色々と話せない事情はるけど。『語らないこと(事実の隠蔽)』と『嘘をつく(事実の改竄)』は意味が違うと爺ちゃんも言ってたし。

 

「ただ、冒険者になる前に俺は俺で色々やってきてさ。だから斬る事は慣れてるんだ」

 

俺はアイズ・ヴァレンシュタインの瞳を見つめ返し、

 

「モンスターも、人もさ」

 

「???」

 

どうも要領を得ない顔で見つめ返されてしまった。

これは”色々”をちゃんと言葉にした方がいいかな?

 

 

 

***

 

 

 

『坊主、男を最も成長させるのはなんだと思う?』

 

『さぁ、勉強と修行かな?』

 

『阿呆、それは土台をつくるだけだ。土台だけじゃあ”(おとこ)”って城は建てられねぇな』

 

『どこの男塾だよ……じゃあ何だ?』

 

『それはな……』

 

 

 

「『女と戦い……それが男を一番成長させ、男を漢にするのさ』……それが爺ちゃんの教育方針でさ」

 

『坊主、男は漢として生まれてくるんじゃねえよ。男は己を磨いて鍛えて成長して漢になるのさ』

 

だっけ?

今にして思えば、俺もとんでもなく破天荒な爺様に育てられたもんだ。

『生まれてすぐ吸った乳母の乳首以来、女に困ったことはない』なんて豪語していたがどうもノン・フィクションくさい。

実際、”老いてなお盛ん”を体現したような爺様で、俺が”この世界”で受肉……いやそれとも赤ん坊にまで戻ったから生まれ変わりか?をして物心ついた(記憶が上手く復元された)ときには爺さんの家には入れ替わり立ち代りで女性、それも美女/美少女達が入り浸っていた。

それは爺ちゃんが死んだ日まで同じだった。

 

(アレも一種のハーレムだったんだろうな~)

 

おかげで俺は『俺の母親役』が誰だったのか未だ判然としない。

妙な言い方をしてるように聞こえるかもしれないけど、爺ちゃんによると俺は捨て子だったらしい。

14年前のある冬の朝に爺ちゃんの家の前に毛布に包まれバスケットの中に入れられ、玄関先に置かれていたそうだ。

だから俺は両親を知らないし、正直言えば”前世の記憶”がある俺としては今更、両親がいないからと言って寂しいと感じることはなかった。

 

(両親が居ないのは、これで二度目だしな……)

 

むしろ風変わりだったけど、酔狂なことに縁もない俺を引き取り育ててくれたことには本当に感謝しているし……改めて言うと照れくさいけど、家族として慕っていたんだと思う。

それに極端に女癖が悪い爺ちゃんのせいで、比喩でなく日替わりで女性達がいる家だったから騒がしさは一入(ひとしお)だった。『女三人寄れば(かしま)しい』とはよく言ったものだけど、三人どころその二乗がいることも珍しくは無かった家だから、その賑やかさはお察しくださいというところ。

 

けど人間というのは恐ろしいもので、そんな爛れた環境もすぐ慣れるものだ。

むしろ慣れなかったのは、俺の教育方針etcetcを巡って時には流血沙汰になる、揃いも揃って変なとこで血の気の多い『母さん達&姉さん達』のキャットファイトとかだろうか?

 

そんな歪ではあったけどユニークな環境で育った俺は、気が付くと爺ちゃんや母さんズ&姉さんズに戦い方の手ほどきを受けていた。

 

『動物としてまず自分の身を守れなかったら生き抜くことはできやしねえ。それが出来るようになったら、次は雄として雌を守れるようにならねぇとな』

 

それが爺ちゃんの口癖だった気がする。

そして10歳のときに……

 

「俺は一応、剣の腕を認められて初めて通商隊(キャラバン)の護衛にデビューしたんだ」

 

 

 

***

 

 

 

迷宮(ここ)と比べて外の世界のモンスターは比較にならないほど弱い」

 

俺は苦笑を浮かべてアイズ・ヴァレンシュタインを見る。

 

「ならば最強の敵はなんだと思う?」

 

唐突な質問に彼女はきょとんとして、

 

「……わからないです」

 

もしかしたら俺が思うよりずっとこの娘は世間知らずなのかもしれない。

 

「人間だよ。広い意味で言うなら、この街で”冒険者”と称される全ての二足歩行して道具を使いこなし、良くも悪くも知恵の回るモンスター以外の生物さ」

 

そう彼ら/彼女ははとても手強かった。

 

「単体の力はモンスターには及ばないのかもしれない。だけど徒党を組み、奸智に長け、目的の為には手段を選ばず搦め手も汚い手も良心の呵責なく平然と使ってくる人間が一番怖い。知恵があるってことは、その分だけ残酷にも冷酷にもなれるって意味だしね」

 

そう。俺は最初のキャラバンの護衛任務……積荷を狙う盗賊たちとの戦いでその一端を垣間見ることになった。

積荷を奪われればキャラバンが食い詰める。積荷を奪わなくては盗賊が飢える。

当たり前のこの情況で、一切の綺麗ごとは通じなかった。

俺はその意味も理解できないままにいまよりずっと小さい剣を振るい、

 

「俺は初めて人を斬り殺した」

 

 

 

正確に言うなら”串刺しにした”だけどさ。

子供の力で斬るのは流石に難しい。

俺がやったのはプレートメイルの継ぎ目を狙って短剣で貫く”鎧徹(アーマーピアース)”って技で、刃が刺さった場所がたまたま急所の一つだったから呆気ないくらいに簡単に”殺せ”た。

 

「爺ちゃんは試したかったのかもしれないな……俺が殺して罪の重さに耐えかね自滅する人間か、例え他人を殺しても潰れず正気を保ち生き延びる人間かを、さ」

 

幸か不幸か俺は生き延びるタイプの人間だったらしい。

かつてゲームの中では自衛でPKをやったことがないわけじゃないけど、俺は殺したことを現実として認識しても、それなりの苦悩や葛藤はあったけど大して変わらずにいられた。

自分は自分だと、見失わずにいられた。

 

 

 

***

 

 

 

「それからは戦いが半ば日常化したかな? キャラバンの護衛だけじゃなくて自警団やモンスター・ハント、盗賊団の討伐……割と見境なく戦いに参加したよ」

 

外での殺伐とした戦いと家に帰れば待っている優しい女性達……命がけの緊張とスリル、そして安らぎと弛緩。そのメリハリとコントラストは、確かに平穏の在り難さを感じさせ、それがいかに得難いかを嫌が上でも思い知る。

なるほど。確かに爺ちゃんの言うことにも一理あると思ったものだ。

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン……それが俺だ。確かに冒険者になってから半月、Lv.で言うなら駆け出しの底辺かもしれないけどさ、」

 

でも、俺はそれだけじゃない。

”前の世界”でも”この世界でも”たしかに生きている。

生きているからこそ積み重ねてきたものがある。

 

「だが戦うことと斬ること……そんなモンにはそれなりに慣れてる。それが俺、キリト・ノワールさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。

アイズさんが原作と明らかに違う反応をしていた理由は、どうやらミノタウロスと対峙していたのが『白いけど可愛い兎さん』ではなく、『もっと獰猛な別の何か』だということを優れた武人である彼女が肌で感じたからだと思われます(^^

次回はアイズさん視点のモノローグでも書こうかな?

亀展開もいよいよ磨きがかかった感はありますが、次回も楽しみにしていただければ幸いです。


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第006話 ”アイズたんがダンジョンで誰かを見つめるのは間違っているだろうか?”

皆様、こんばんわ。
今回は一部の皆様が待っていた……かもしれない(笑)、アイズ・ヴァレンシュタインがメインのエピソードです。
言ってしまえばこれまでのエピソードが『ダンまち』本編的な物だとすると、今回のエピソードは『ソード・オラトリア』的な風味かもしれません(^^




 

 

 

彼を初めて見たとき、気が付くと私は目が離せなくなってた……

 

 

 

***

 

 

 

(困った……)

 

ダンジョン攻略を目指していた私達【ロキ・ファミリア】の選抜パーティーだったけど、第17階層でミノタウロスの集団とエンカウント。

パーティーの戦力的に言えば、それ自体は困ったことにはならない……簡単に返り討ちにできる力が普通にあった。

でも、そこに油断があったと思う。

 

(まさか一斉に上層へ逃げ出すとは思わなかった)

 

ミノタウロスの団体は、自分達の不利を悟ったんろうか?

半分ほど同族を減らした途端、一斉に踵を返して逃げ出した。

まさかミノタウロスがそんなに知恵が回るとは思わなかった私達は反応が一歩遅れた。

 

邪魔なものをモンスターであれ障害物であれ人であれ薙ぎ倒して全速力で逃げるミノタウロスの群れと、それを同じく全速力で追いかける私達のパーティー。

 

仲間(ファミリア)”の腕前は折り紙つき。だから一匹また一匹と追いつき仕留めることができた。

だけど、

 

「まずいな……」

 

そう呟いたのはファミリアの副団長でエルフの魔導師の【リヴェリア・リヨス・アールヴ】だった。

その苦い表情の理由は、最後の一匹が幸運なのか特別なのか他のミノタウロスの犠牲を隠れ蓑に表層近く昇ってしまったことが、リヴェリアの追跡魔法でわかったからだと思う。

 

「アイズ、追跡(チェイス)してもらえますか?」

 

そう提言したのはファミリアの団長でパーティーのリーダーでもある小人族(パルゥム)のフィン、【フィン・ディムナ】だ。

 

「わかった」

 

特に迷うこともなく私は返事をする。

フィンの判断に間違いは極めて少ないし、なにより私も自分が一番の適任だと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

最初に彼を見たとき素直に驚いた。

黒尽くめの、どこかシルフを思わせるほっそりとした少年だ。その顔つきから見ると少女に見えないこともないけど、多分少年だと思う。

多分、身長は私と同じくらいか少し低い感じ。雰囲気から考えると多分、年下。

だけど、その痩躯と言っていい華奢な体つきから放たれる斬撃は体格に反して、

 

(鋭く力強い……!)

 

大事なことなので二度言うけど、私は驚いていた。

その少女のような少年は、私達が逃がした最後の一匹のミノタウロスと『たった()()で斬りあって』いた。

 

それが一級冒険者だとするのなら、さほど珍しい話じゃないかもしれない。

でも見た感じはそういう風には見えない。

うまく言葉にできないけど、『ダンジョンに潜りなれた』感じがしない。

 

私もそれなりにダンジョン攻略に参加してるから肌で判る。

この『ダンジョンの土と泥で汚れた』気配のしない少女っぽい少年は多分、かなりの確度で【下級冒険者(かけだし)】だと思う。

でも、

 

(剣技だけは下級冒険者のそれじゃない……)

 

その片手から繰り出される一太刀は、【神の恩恵(ファルナ)】を受けてない人間なら一撃で屠れるほどの鋭さと重さと速さがあった。

大きな根拠は無いけど、どうしても巧みな一撃離脱(ヒット&アウェイ)を繰り返すその子がミノタウロスに蹂躙される姿が不思議と思い浮かばなかった。

 

その時、私は気付いてしまった。

私がその子から目が離せなくなってることに……

 

「私はもしかして惹かれてる……の?」

 

 

 

***

 

 

 

まるで足に羽根が生えてるような速く軽快なステップから鋭い斬撃を放ち続ける黒い少女っぽい少年剣士(?)だったけど、

 

(そろそろ限界かな?)

 

その子の剣は中級クラスの冒険者が主装備にするようなそこそこ良いものみたい。でも、もう刃が悲鳴を上げているのが聞こえた。

ミノタウロスも傷だらけだけど、黒い少年の剣の方がダメージが大きそうだ。

 

(あの子と剣が釣り合ってないんだ……)

 

速いだけじゃない。見た目よりずっと重そうな剣撃なのだろう。

あのままだとミノタウロスの力とあの子の速度の鬩ぎあいの中で折られるか、

 

(あの子自身の斬撃に耐えられなくて折れてしまう)

 

それはあまり面白くない未来だった。

なんで面白くないの?

剣を失ったあの子が負けてしまうから?

そうじゃない。

私は勝敗はどうでもいいと思っていた。

あの子が殺されるのが良くないなら、勝負がついたその時に割って入ればいい。

無粋かもしれないけど、あの子だって死ぬよりはいいはずだ。

 

(そっか……)

 

なんとなくわかってしまった。

 

(私はあの子を、”あの子の激しい()()”をずっと見ていたかったんだ……)

 

仲間は好き。だからファミリアのメンバーも好き。

でも他にはあまり関心はない。

だから私は自分に少し戸惑う。

自分に関係のない誰かに惹かれるなんて初めてだったから。

誰かの剣閃に目を離させないなんて初めてだから。

 

「もしかしてこれがロキの言ってた”執着”なのかな……?」

 

私の呟きに答える声は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***************************************

 

 

 

 

 

 

 

私の予想通り、その時が来た。

片手で握っていた長剣を両手握りに持ち替え全力を乗せた少年の剣、両手平突きだったけど……ミノタウロスの放ったカウンター気味のロングホーン・アタックでぽきりと折られてしまう。

 

(そろそろかな?)

 

私は腰に下げるのではなく背中に斜めに背負った”暫定の愛剣(スペア・ソード)”、【ΕΛΥΣΙΟΝ(エリュシオン)】の柄を握る。

本来の私の愛剣は左腰に鞘ごと吊るす片手細剣【デスペレート】だけど、今回のダンジョン攻略では武器関係で付き合いが深い【ゴブニュ・ファミリア】の依頼で、試作剣の”試し切り役(テスター)”を仰せつかっていた。

慣れない剣だし、ダーナ神族系の鍛冶神ゴブニュが『銀の義手(アガートラム)を作る過程で試行錯誤した様々な技術やアイデアを戒律に触れない程度にリファインした新機軸』というのを盛り込んだせいで非常に癖が強い……私にとっては扱いにくい剣だけど、階層主級を相手にするならいざ知らずミノタウロスを斬るくらいならどうとでもなる。

 

そう思って駆け出そうとした時、

 

「!?」

 

私は信じられないものを目にしていた。

 

 

 

***

 

 

 

その少女のように華奢な少年は……

長剣を失い、戦う術をなくし立ちすくむしかないはずの少年は……

 

「笑ってる……?」

 

恐怖に飲み込まれ心の均衡を崩したような哄笑じゃない。

もっと純粋で心から滲み出た感情が不純物を交えずに表情になったような……

微かに、でも確かに()()()()に笑っていた。

 

 

 

”ぞくり……”

 

私の背筋に一瞬、悪寒に近い何かが走り抜ける。

 

(確信した……)

 

視線の先にいる”アレ”は、間違っても脆弱な新米冒険者(かけだし)なんかじゃない。

もっと遥かに強靭で危険な生物だ。

きっと”冒険者”って枠組みにも収まらない”何か”……

 

手に持つ武器は、長剣とは比べ物にならないほど小さい二振りのナイフ……

それなりに出来はよさそうな気はするけど、ミノタウロスと戦うにはあまりにか弱い武器だ。

でも、それでも『少年が負ける』というイメージが今なお浮かんでこない。

 

(まるで猫科の獣……)

 

私にはモンスターを相手取るには威力不足なはずの両手のナイフが剥き出しの双牙のように見えた。

さっきの一撃を上回る瞬発力と速度を捻り出そうと縮められた黒い衣装に包んだ身体は、猫科の獣が自分より大きな獲物を仕留めるため必殺の急所を狙う姿を髣髴させる。

 

「綺麗……」

 

本当なら獰猛で荒々しい姿のはずなのに、私は気が付くとそんな言葉を唇から漏らしていた。

 

 

 

***

 

 

 

『このままでいいの?』

 

「だれ?」

 

聞いたことの無いような、でもとても聞き覚えのあるような声に私は左右を見回してしまう。

 

『彼は強い。貴女が警戒するのも、警戒しながらも惹かれるのも当然よ』

 

「うん……」

 

認めよう。

誰の声かはわからないけど。

確かに私は『未知の危険な存在』を警戒している。

そして同時に惹かれている。『危険だけど綺麗な存在』に……

 

『でもこのままだと彼、死んじゃうんじゃない? ナイフだけで戦うにはミノタウロスは危険な相手よ』

 

「それは……嫌。私はもっと彼を見ていたい」

 

それは自分でも驚くほど素直に言葉になった。

 

『ならば、貴女のできることをしなさい。あなたが見たい彼の姿をどうすれば見られるのか考えなさい』

 

私は握ったままの”エリュシオン”の柄に力を加えて、鞘から引き抜いた。

 

『そう。それでいいのよ”私”』

 

私は”漆黒の長剣”を振りかぶって、

 

「使って」

 

剣と同じ黒色に染まる”彼”に向かって投擲した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。
原作と比べて大分雰囲気が違うアイズたんは如何だったでしょうか?
原作アイズFanの皆様の反応がちょっと怖いです(^^

いや~、でもこの拙作『ダンキリ』の中のアイズは一度しっかり掘り下げてみたかったんですよ。
何しろキリトにとって『憧憬』ではなく、もっと『リアルで生々しい』存在になっていくと思いますから。

もしかしたら次回もアイズ視点かもしれませんが、楽しみにしていただけると嬉しいです。
皆様のご意見ご感想をお待ちしております。


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第007話 ”やはり俺がアイズたんの目標になるなんて間違っている”

皆様、こんばんわ。
明日も仕事だというのに深夜アップをしているおバカなボストークです(^^

今回は前回の続きのアイズ視点とキリト視点が微妙に切り替わったりします。
そして副題は……何か別作品の匂いが(笑)

ちなみにこの『ダンキリ』のアイズは、鋭いのはもちろん賢い悪寒が……





 

 

 

それはある意味、予定調和の風景だったのかもしれない。

あるいは【デウス・エクス・マキナ(ご都合主義)(機械仕掛けの神様)】の恩恵だろうか?

 

私の望む風景がそこにあった。

『少女と見紛う華奢な少年が中層最強クラスのモンスター、ミノタウロスの首を一刀の下に刎ねる』、そんな正統な英雄譚(ヒロイック・サーガ)さながらの光景を。

 

 

 

***

 

 

 

「馬鹿にしないでください」

 

気が付いたら、私はその漆黒の少年にそう口走っていた。

 

(どうしてこうなったんだろう……?)

 

でも、私は悪くないと思う。

ミノタウロスを倒す腕を認めたのに、

 

『俺の腕じゃないさ。貴女が投げてくれたこの”漆黒の長剣”のおかげだ』

 

『俺の長剣じゃミノタウロスに手傷は負わせても致命傷を食らわせることはできなかった。じゃなければ二つ名もない、所詮Lv.1の駆け出し冒険者風情にミノタウロスなんて大物が倒せるわけはない』

 

だって。

あんまり甘く見ないで欲しい。

 

「ミノタウロスは、武器が良くてもただの”駆け出し冒険者風情”に倒せるようなモンスターじゃない」

 

武器がどれほど良くても『武器単体』ではモンスターは倒せない。

人あっての武器で、武器あっての人じゃない。

武器は使い手が居て始めて武器になりうる。

ましてや強力な武器になればなるほど固有の癖が強いのが普通で、一級品装備に数えられる武器ともなれば、その性能を引き出すのに人を選ぶ。

 

「それに私は貴方の戦いをみてました。確かに貴方の剣はまだ荒削りで荒々しいかもしれません……だけど、貴方の振るった剣は間違いなく【ミノタウロスを一撃で屠れる】に相応しい鋭さと技術を持っていました」

 

だから惹かれた。

だから目が離せなかった。

 

もっと知りたいと思った。

もっとこの不思議な……見た目と強さがとても”アンバランス”なこの人を。

 

「貴方は一体、何者ですか?」

 

 

 

***

 

 

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン……それが俺だ。確かに冒険者になってから半月、Lv.で言うなら駆け出しの底辺かもしれないけどさ、だが戦うことと斬ることにはなれてる。それが俺、”キリト・ノワール”さ」

 

彼の生い立ちはわかった。

正直に言えば、私と大きな差はないと思った。

でもきっと、私が気付かないだけでどこかが大きく食い違っている。

 

だからその食い違いが……

 

「キリト、だから貴方は強いの?」

 

きっと私との差だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

いや、何の冗談だよ?

口調が唐突に切り替わったのはいいとしても……

 

アイズ・ヴァレンシュタインは俺に『キリト、だから貴方は強いの?』と聞いてきた。

正直、俺は返答に詰まる。

最初は皮肉か嫌味かと思ったが、どうもそういう訳ではないらしい。

 

「別に強くはないさ。アイズ・ヴァレンシュタイン、君を含めて俺より強いやつはごまんと居る。何しろ君は俺の目標の一人だ」

 

本人を目の前にして言う台詞じゃないかもしれないけど、せっかくの機会だしここは宣言したほうがいいかもしれないな。

 

「納得した。なら私はキリトを目標にする。これでおあいこ」

 

「だからちょっと待ていっ」

 

「なに?」

 

だからなんでそこできょとんとする?

小首をかしげるその仕草が、小動物チックで可愛いと感じた俺は負けたのだろうか?

 

「だからどうしてそうなる。俺は君が目標にする物なんか何一つもっちゃいない」

 

「まず一つ」

 

彼女は何を思ったか人差し指を立て、

 

「”君”じゃなくて”アイズ”。私がキリトと呼んでるのにキリトが私の名前を呼ばないのは不公平」

 

いや、俺も名前を呼んでくれと頼んだ覚えもなければ、名前を呼んで良いと言った覚えもないんだけど。

別に嫌じゃないし、断る理由もないけどさ。

 

「わかった。じゃあ”アイズ”、改めて聞くけどLv.5の一級冒険者のアイズを俺が目標にするのは当たり前だけど、半月前に冒険者になったばかりの俺をアイズが目標にする理由はないだろ?」

 

『暖簾に腕押し』と言うか『糠に釘』と言うか……さっきから会話が微妙に噛みあってない気がするのはなんでだろう……

というかとらえどころの無いアイズの会話に翻弄されてる気さえする。

 

(こういう手合いは下手に反発しないほうが吉だな。余計に話がややこしくなる……)

 

名前を呼ぶことでアイズが満足するならそれでいい。

 

「理由ならある。キリトは強い。私は強くなりたい」

 

「ミノタウロスを倒したことを言ってるなら、繰り返すが俺の腕じゃなくてどう考えてもゴブニュ・ファミリア謹製の長剣……【ΕΛΥΣΙΟΝ(エリュシオン)】の性能だぜ?」

 

 

 

***

 

 

 

「キリトは思い違いをしている」

 

不意にアイズが視線を鋭くした。

 

「確かに【エリュシオン】の性能は凄いと思う。少なくてもただ”試し切り役(テスター)”をやっていただけの私でもその一端がわかるくらい。間違いなく一級装備に該当する」

 

あの感触からすれば、そう言われるくらいの性能はあるだろうな。

 

「でも同時に武器に限らず一級装備は癖が強い。それを扱うには相性の壁があるし、性能を引き出そうとすればそれに相応しい腕前がいる」

 

いや、確かにその通りだけどさ。

 

「キリト……その剣を使ったとき、どう”感じ”た?」

 

「ひどく馴染むな。初めて握った時からそう思ったけど、振るうたびにオーダーメイドみたいに吸い付くように益々馴染んだよ」

 

俺は正直に答えた。

 

「そう」

 

得心いったと言いたげにアイズは頷き、

 

「振るってみて重いと感じた?」

 

「いいや。むしろ羽根のように軽いって印象を受けた……というか、そういう効果を付与された剣なんだろ?」

 

だけど、予想に反してアイズは首を横に振った。

 

「私が振るったとき、そんな付与効果は感じられなかった」

 

えっ……?

 

「確かに【エリュシオン】は様々な隠し機能やステータスがありそうな強力な剣だし、それがなくても威力のあるいい剣だと思う。ただ”魔剣(魔法を射出できる剣)”としての機能はないみたいだけど」

 

え~と……アイズは何を言いたいのだろうか?

 

「でも私が振るっても、手に吸い付くような感触も無ければ手に馴染む感覚も無かった。もちろん、羽根のように軽いなんて感じなかった。私の感想は『エリュシオンは普通の剣より重くて強力な剣』って当たり前のもの」

 

何かこの続きは聞かないほうがいいような気がしてきたけど、アイズは口を止める気はないようだ。

 

「結論は二つ」

 

さっきの人差し指に代えて、今度はピース・サインを見せ付けるようにしてのたもうた。

 

「一つはキリトは【エリュシオン】と相性がいい」

 

台詞と同時にアイズは中指を曲げて、

 

「もう一つはキリトは【エリュシオン】の”本来の力”を引き出すだけの実力がある……どうかな?」

 

立てたままの人差し指を俺に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。
妙に長くなってしまっている『キリトとアイズの邂逅編』ですが、お楽しみいただけたでしょうか?(^^

もはや亀展開は『ダンキリ』のトレードマークのデフォになりつつあるような気がしますが、最後までお付き合いしていただければ幸いです。

ではまた次回お会いできることを願いつつ。

ご意見ご感想お待ちしております。


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第008話 ”ダンジョンでいきなり爆弾が落ちてくるのは明らかに間違っているだろう”

皆様、こんばんわ。
終末だ!……もとい週末だ!休みだ!ヒャッハー!と早速深夜アップを試みるボストークです(^^

さて、今回のエピソードは……なんというか伏線とフラグだらけです(笑)
それにしてもこのシリーズのアイズもキリトもフラグ好きだな~。



 

 

 

「結論は二つ。一つはキリトは【エリュシオン】と相性がいい。もう一つはキリトは【エリュシオン】の”本来の力”を引き出すだけの実力がある……どうかな?」

 

アイズ・ヴァレンシュタインは、人差し指を俺に向けた。

 

 

 

***

 

 

 

どうも。かつて桐ヶ谷だったキリトです。

現在、少し混乱してます。

なんというか……俺がアイズから借り受けた”漆黒の長剣”、ゴブニュ・ファミリア謹製の【ΕΛΥΣΙΟΝ(エリュシオン)】はどうにも色々とワケあり物件じみた胡散臭い代物というのが一因になってるのは確かだと思う。

もっとも今をときめく”剣姫”様自らが”試し切り役(テスター)”をやってるくらいだから、その時点で既にいわく位つきそうだけどさ。

 

ともかく話を整理しよう。

アイズの言葉通りなら……

 

『人が使ってこその武器』

『高性能な武器であればあるほどクセが強く使い手を選ぶ』

『エリュシオンはその”クセの強い一級品”』

『俺はエリュシオンと相性がいいらしい』

『エリュシオンの力を引き出す強さのレベルが俺にはあるらしい』

『だからアイズは強い俺を目標にすると言い出した』

 

いや、普通におかしいだろ!?

特に最後の一つは理論飛躍しすぎだ!

 

(ミノタウロスの首を刎ねたら剣姫に詰め寄られるって、どんなシチュエーションだよ?)

 

 

「キリト、聞いて欲しい」

 

アイズは真っ直ぐな瞳で俺を見て、

 

「強さには色んな種類がある。私は小さい頃から冒険者としてすごしてきた。だから”冒険者として強さ”が根幹になってる。でもキリトは違うよね?」

 

その視線は『嘘や誤魔化しは許さない』と無言で訴えていた。

ならば、正直に言うしかないか?

 

「ああ。どう考えても俺にアイズが求めるような”強さ”があるとは思えないが……」

 

でも強いて言うなら、

 

「もし本当に俺が強いというのなら、俺の強さの本質は”人斬り”だ」

 

そう。

きっと俺は珍しい冒険者だろう。

おそらく今までモンスターを斬った数よりも人を斬った数の方が間違いなく多いのだから。

俺は断じて綺麗な存在じゃない。

俺の戦い方は華麗なんかではない。

どこまでも泥臭く血腥く、人を殺し化物を殺し、ただひたすらに命を奪うことに特化した剣技……

 

(ますますこの美しい剣姫が目指すような代物じゃないな……)

 

俺は内心で自嘲する。

別に俺は自分の剣技に恥じるところはない。

今に至るまで……”殺人剣(キリング・アート)”を身に着けるまでには相応の理由も必然もあった。

俺の生き方にはそれが必要であり、自分の生き方に後悔はない。

 

「『神に逢うては神を斬り、仏に逢うては仏を斬る。然る後、初めて極意を得ん。斯くの如くんば行く手を阻む者、悪鬼羅刹の化身なりとも豈に遅れを取る可けんや』」

 

「怖い言葉だね……それは何?」

 

アイズは真剣な口調だった。

逆に俺は少しおどけて答える。

 

「アイズと決して相容れられぬもの……かな? 剣の極意たる教えの一つで、俺の辿り着かなきゃならない心境の一つかもしれない」

 

確か柳生流の”必勝の心得”だったろうか?

今となってはおぼろげになってる”滅んだ旧世界(オールド・ワールド)”の記憶……その中でも魂にこびりついたように残る言葉だった。

 

多分、かつての平和な世界に生きていたなら遠からず忘れてしまった言葉かもしれない。

でも、生と死が一枚のコインの裏表のようによりそってる”この世界”では、決して忘れることはなかった。

生きるために殺すことが当たり前の世界だからこそ、俺も刃を握り”死”と向かい合う者だからこそ忘れてはいけない言葉だと思う。

 

 

 

***

 

 

 

「ねぇ、キリト……」

 

「ん?」

 

「キリトは自分の神様……その、いつか斬るの?」

 

「額面どおりに受け取らないで欲しいな」

 

俺は自嘲ではなく思わず苦笑を浮かべてしまう。

 

「俺の神様は、生憎とそういう対象にはなりゃしないよ」

 

プラトン曰く『一番のんびりしてる、呑気な女神様』。

うちの白くてちみっこくてそのくせ胸だけはでかくて黒髪のツインテールがよく似合う俺の神様は、”旧世界”ですらそう評されている。

 

「ウチの神様を斬った日には、間違いなく俺は魔神や邪神よりも悪質な存在として後世に名を残すことになるだろう」

 

俺の今までしてきたことを考えれば悪名を背負うのは覚悟の上だけど、だからといって望んで悪名を残したいとは思わない。

 

「それにこう見えても俺は自分の神様が大好きなんだぜ? なんせ、あんなに愛くるしい神様は滅多にいないだろうから」

 

”彼女”のことを思い浮かべるだけで、自然と頬が緩んでくるのが自分でもわかった。

 

「よかった……」

 

なぜかアイズはホッとしたように胸を撫で下ろした。

 

 

 

(そろそろ切り上げるかな?)

 

ダンジョンの中でいつまで初対面の女の子と談笑してるってのも、微妙と言えば微妙な話だ。

爺ちゃんなら『ダンジョンとは、美しい女と出会える場所なればこそ!』とか力説しそうだけど、残念ながら俺にとってダンジョンは女の子との出会いを求める場所じゃなくて冒険するとこだ。

 

「改めて感謝するよ。【エリュシオン】を貸してくれて本当にありがとう」

 

俺は漆黒の長剣を逆手に持ち替え、柄尻をアイズに向けた。

でも、アイズは剣を受け取ろうとせずにじっとエリュシオンの柄と俺を交互に見て、

 

「キリト、提案がある」

 

「???」

 

いきなりの台詞に戸惑っていると、

 

「キリト、【エリュシオン】のご主人様になってみない?」

 

な・ん・で・す・とっ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

************************************

 

 

 

 

 

 

(まさかスグ以外に言葉だけで俺を驚嘆させる人間が居るとは……世の中広いな)

 

 

俺はつい変な感心の仕方をしてしまう。

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン……お前は一体、何を言ってるんだ?」

 

「だからキリト、【エリュシオン】のご主人様になって……」

 

「聞こえなかったわけじゃなくて、その発言の意味を判ってるのかと聞いてるんだが……」

 

というかもう一度爆弾を落とそうとするんじゃない。

 

 

「そういう意味? もちろんわかってる」

 

本当か?

どうにも不安なんだけど……

それとさり気無くフンス!と胸を張ったような気がするのは気のせいか?

形は良いけど、ボリュームと揺れ幅はウチの神様の完勝だと思う。

 

「理由はいくつかある。先ずはお詫びとお礼」

 

「いや。詫びられる理由も思いつかなければ、礼を言わないとならないのは俺の方なんだけど?」

 

だけどアイズは首を左右に振り、

 

「理由ならある。あのミノタウロスは私達のパーティーが下層で逃がしたものだから。キリトに迷惑をかけた」

 

「迷惑ってほどじゃないけどさ」

 

軽く命の危機だったけど、特に根拠は無いんだけどなんとなくナイフ二本でも勝てた気はするしなぁ~。

 

「お礼は、キリトがミノタウロスと戦ってるところを見せてもらったから」

 

「アイズが見て参考になるってほど上質なもんじゃなかったろ? 見世物として楽しいかと言えば華が無いから面白くないだろうし」

 

自分で言うのもアレだけど、俺の剣術はさっきも言ったように”殺す効率”を重視してるから正直、見た目は地味だ。

ある意味、『闘技場(コロッセオ)で観客を喜ばす派手な武術』とは対極にあり、どちらかと言えば邪剣とか暗殺剣の方が近いだろう。

それに技だって長年冒険者やっててオラリオ屈指の剣士と云われているアイズの方が上だろう。

 

(唯一勝つ部分があるとすれば……エグさくらいか?)

 

剣術だけじゃないけど俺の戦い方は結構えげつない。

負ければ命が無いのが当たり前である以上、基本的に勝てればいい。

 

「ううん。とても実戦的で参考になった」

 

そんなもんかな?

でも、だとしても……

 

「それでも受け取れない。対価としちゃあ安すぎる」

 

【エリュシオン】は名門鍛冶屋(スミス)系ファミリア、ゴブニュ・ファミリア謹製のしかも一級装備だった。

どんなに安く見積もっても5,000,000ヴァリスを下回ることはない筈だ。

いくら俺でも迷惑料と見物料でそれだけの大金をぼったくれると思うほど頭のネジは緩くない。

 

「わかってる。だから『あげる』とは言ってない。それに【エリュシオン】は私のものじゃないし」

 

「? ごめん。意味がわからない」

 

「キリト、それはね……」

 

俺はその台詞の続きを聞いたとき、地下迷宮(ダンジョン)の中だというのに、思い切り天を……爺ちゃんがいるかもしれない遥かなる青空を仰ぎたくなった。

不思議と爺ちゃんは、実にイイ笑顔でサムズアップしてる気がした……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。
亀展開に定評があるボストーク作品ですが、この『ダンキリ』は特にその傾向が強いなぁ~と我ながら(^^
キリトとアイズの会話って書いててめちゃくちゃ楽しい♪
特にお互いのピントが微妙にずれてるあたりが(笑)

キリトの過去につながる断片もちょいちょい鏤められていますが、アイズが中々に見事な爆弾を落としてくれてよかったです。
実はシリーズ開始当初から”この世界”におけるキリトSAO時代の愛剣”エリシュデータ”に該当する【エリュシオン】の入手イベントをそうするか考えてまして、今回でようやく形になったものを発表できた次第です。

それではまた次回にてお会いしましょう。

ご意見ご感想ももちろんですが、評価をポチってくださるととても嬉しいです。




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第009話 ”キリトとエリュシオン、そしてアイズの出会いは間違ってはいないだろう”


皆様、こんにちわ。
本日二度目の投稿となるこのエピソードで、ストーリー全体のプロローグ『キリトとアイズ、ダンジョンでの邂逅』はとりあえずおしまいです。
先ずはここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

まさかまさかお気に入り登録が100件をいつの間にか越えていて、本当に感謝です!

また今回はいつもの後書きではなく、いつもと趣向を変えて少しエピローグ的なものにしてみました(^^

これからもどうかよろしくお願いします。


 

 

 

それは平和(?)なある日、地下迷宮(ダンジョン)だけに、地下施設破壊弾(ブンカーバスター)級の爆弾が落ちましたとさ。

 

『キリト、【ΕΛΥΣΙΟΝ(エリュシオン)】のご主人様になってみない?』

 

爆弾を落とした張本人、エリュシオンの”試し切り役(テスター)”を務めていた今をときめく”剣姫”ことロキさん家(ロキ・ファミリア)のアイズ・ヴァレンシュタインは……

 

「理由はいくつかある。先ずはお詫びとお礼」

 

けろりと言い放つ。

お詫びは俺がエンカウントしたミノタウロスは下層(17層だっけ?)でアイズのパーティーが逃がした個体だということで、お礼は俺とミノ公のバトルを見物してたかららしい。

それにしたって払いすぎだ。

エリュシオンはゴブニュ・ファミリア謹製の一級装備、ならば500万ヴァリスは下らない。

どこぞのサラ金じゃあるまいし、過払い金の払い戻しなんて応じたくない俺はそのあたりを指摘すると……

 

「わかってる。だから『あげる』とは言ってない。それに【エリュシオン】は私のものじゃないし」

 

「? ごめん。意味がわからない」

 

いや本当に。

 

「キリト、それはね……」

 

アイズの口から飛び出したのは、

 

「キリトが【エリュシオン】の”試し切り役(テスター)”をやればいい」

 

ちょっと待ったあっ!

 

 

 

***

 

 

 

「いやホントにちょっと待ってくれ。何をどうしたらそういう突飛な結論に落ち着く?」

読めない。

この娘の思考パターンが読めない。

 

「凄く簡単な話。キリトは私と種類は違うけど強い。私より【エリュシオン】との相性もいい。テスターをするには私より適任。我ながらいい判断」

 

うんうんと納得したように頷くアイズだったけど……いや、そういう問題じゃないだろう?

 

「だから待てって。【エリュシオン】のテスターはロキ・ファミリの誇る”剣姫”、Lv.5の上級冒険者”アイズ・ヴァレンシュタイン”だからこそ鍛冶屋の名門【ゴブニュ・ファミリア】から直々に依頼されたんだろ? それをぽっと出のLV.1冒険者が勝手に受け継るってもんでも受け継いでいいってもんでも……」

 

「問題ない。私がキリトを代理に推薦しておく。こう見えても交渉は得意」

 

無表情のドヤ顔ってのもかなりレアだな……

それは置いておくとして、なんなんだろうな? この信憑性の無さは……

 

「それにキリト……この剣をもっと使ってみたくない?」

 

「うぐっ……」

 

痛いところを突かれた。

 

「キリト、いつも剣が長持ちしないよね?」

 

まるで見てきたように確信じみて言うアイズに、

 

「ああ」

 

俺は頷くしかなかった。

 

「ミノタウロスに折られなくても、もうあの剣は駄目だった。あの剣はもうキリトの剣撃に耐えられなくなってた」

 

さすが剣姫というべきか?

見るべきとこはしっかりと鋭く見ていたってことか……

 

「キリトはいつもこう思ってたんじゃないかな? 『俺が全力で振るっても壊れない剣が欲しい』って」

 

ぐうの音も出ないとはこのことだろう。

 

「全てお見通しか~」

 

「私もそうだったから。見て」

 

アイズは左腰に下げた鞘からサーベルのような細い両刃の片手剣を抜いた。

 

(こっちはこっちで凄い業物だな)

 

使い込まれた剣独特の迫力はもちろんあるが、それ以上に剣そのものが地で持つ迫力がそこいらの剣と違う。

 

「差し詰め『抜けば玉散る氷の刃』ってところか?」

 

「私の愛剣【デスペレート】。この子に会うまで何本も剣を駄目にした」

 

投げ遣り(デスペレート)”? 剣とは違う意味で名前も凄いな。

いや、それに関してはエリュシオンも人のことは言えないか?

なんせエリュシオンの意味は、

 

(『神に祝福されし死者の楽園』だからな……)

 

【ゴブニュ・ファミリア】のネーミングセンスはかなり微妙だ。

 

「『剣を壊さないように加減しながら戦う』術は覚えたけど、でも壊れることを気にしないで全力で剣を振るってみたいって気持ちはずっとあったから」

 

剣を壊す可能性のある剣士が持つ悩みは、皆一緒か……

 

 

 

***

 

 

 

「私には【デスペレート】があるから。それに【エリュシオン】はキリトの方が力を引き出せる気がする。きっと【エリュシオン】も私よりキリトに振るってもらいたいと思ってる」

 

殺し文句だ。

エリュシオンはおそらく俺が今まで握ってきた剣の中で最上ランクの代物だろう。

少なくともエリュシオン以上に手に馴染み、また振りの感触が軽い剣は出会ったことが無い。

認めよう。俺はエリュシオンを気に入り始めてる。

アイズに返すのを心のどこかで惜しいと思ってる。

 

(名剣を目の前に、ここまで言われて心動かないようなら剣士じゃないよな……)

 

 

 

「だから私はキリトに【エリュシオン】をあげるんじゃなくて、テスターの権利を譲るだけ。これなら対価として高すぎることはない」

 

「まあ……そうなるのかな?」

 

 

だけど、アイズは俺の逡巡を戸惑いや躊躇いに感じたのか、

 

「それでもキリトが高いと感じるなら……これもらっていい?」

 

そうひょいっとアイズが地面から拾い上げたのは、

 

(さっき取り落としたナイフか……)

 

アイズが投げたエリュシオンを受け取るとき、右手で握っていたナイフだった。

 

「かまわないが……いいのか? 俺が言えた義理じゃないけど、そのナイフは知り合いのまだ”新米”の枕詞が取れない鍛治師の卵が練習用に作ったものだぞ?」

 

とても剣姫殿に似合うような代物じゃないと思うが?

 

「いい」

 

アイズは短く返すとしげしげと手に取った”リズお手製のナイフ”を時折角度を変えながらじっくり見て、

 

「たしかにまだ出来は粗いかもしれないけど雑には拵えてない。丹精込めて造ってるのがよくわかる。いいナイフだよ? なんとなくキリトの剣技に似てる」

 

そしてアイズは微かに微笑んで、

 

「きっとこれを造った人は腕のいい鍛治師になる。そんな気がする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

「交渉成立……でいいのかな?」

 

アイズはこくんと頷いた。

 

「もう【エリュシオン】は、俺が使っていいのか?」

 

言葉の代わりにアイズは背負っていた長く刀身と同じ漆黒に塗られた鞘を俺に手渡した。

 

「アイズ、感謝する。おかげで良い剣に巡りあえた」

 

するとアイズは首を横に振って、

 

「キリトがさっき言った台詞を返す。お礼を言われたり感謝したりされる理由は無いよ。私なりに”ケジメ”をつけただけだから」

 

「そっか……」

 

俺は小さくアイズに手を振り、そのままダンジョンの”()に向かって”歩き出す。

 

「ダンジョンから出ないの?」

 

声に振り向くと、アイズが小首を傾げてた。

 

「ああ」

 

せっかくだし……

 

「少し試し切りをしてくる。本当にテスターのお鉢が回ってくるのなら、もう少し馴染んでおきたいし性能を把握したい」

 

「わかった。気をつけて」

 

「ありがとう」

 

 

 

こうして俺とアイズの邂逅は静かに終わりを告げた。

色々変わった娘だと思うし、独特の雰囲気もあって今一つ会話がかみ合わなかったり、時にはダンジョンの中なのに天を見上げたくもなったけど……

 

(変わってるけどいい娘なんだろうな。多分)

 

こうして俺はもう一度、ダンジョンの深部を目指す。

 

(このまま10層、可能なら11層あたりまで足を伸ばしてみるかな?)

 

二桁階層のモンスターは、間違ってもダンジョンに潜ってまだ半年の冒険者が戦っていい相手じゃないけど、新たな漆黒の愛剣……エリュシオンとならどこまでも征けるような気がしていた。

この時、俺はもう魅了されていたのかもしれない。

エリュシオンと、それを授けてくれた……

 

(アイズ・ヴァレンシュタインか……)

 

それが恋心と呼ぶべきものだったのかは、判らないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







余話:狼と好敵手



アイズと別れて下の階層を目指していた俺は、ふととある大岩の前で足を止めた。

「おい」

俺は大岩に近づく僅か前に、岩陰に身を隠した正体不明の”覗き見野郎(サーチャー)”に声をかける。

俺が誰かに覗かれてる気配を察したのは、アイズとずれた会話をしていた時だったろうか?
アイズでなく”明確に”俺に向けられた隠し切れない剥き出しの敵意みたいなものを感じたんだけど、質の悪い悪意や粘つくような感覚じゃなかったせいもあり、特に実害が無いので放置していた。

「出て来いとは言わないし、手を出すつもりがないならこっちから仕掛けるつもりも無い」

大方、アイズのパーティーのメンバーが心配して後を追ってきて、

(出るタイミングを失ったとかだろうな~)

そう俺はあたりをつけた。
さっきのシチュエーションじゃ、確かにタイミングを外すと顔を出しづらいだろう。

「じゃあな」

俺は姿の見えない相手にそう声をかけて奥へと足を向けた。



***



キリトが姿を消し、完全に気配も消えた後……岩陰からばつが悪そうな顔で姿を現したのは銀髪の”狼系獣人(ウェアウルフ)”だった。

「……気にいらねぇ!」

その声は、隠そうともしない苛立ちに満ちていたという。
だが、誰も聞いてないと思っていたその声はしっかり聞かれてた。
背後から来るその人物に。

「? ”ベート”、こんなところで何してるの?」

「うっ……!」

言葉に詰まるロキ・ファミリアの一員”ベート・ローガ”が不思議そうな顔をしてるアイズにどんな言い訳をしたのか?
残念ながら、どの記録にも残っていないようだ。









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第001章:その少年が鍛治神より剣を賜るのは間違っているだろうか
第010話 ”章のプロローグなのに原作に無いシーンから始まるのは間違ってるだろうか”


皆様、こんにちわ。
このエピソードからいよいよ原作1巻第1章…の筈ですが、タイトル通りのっけから原作にないシーンから始まってたりします(^^

そして後半はオラトリア風味にロキ・ファミリアなんかもちらほらと。

表現がアレな部分が多かったのでちょい修正してみました。


 

 

 

さて、本来ある筈だった歴史ではミノタウロスの返り血で汚れたどこか白い兎を思わせる健気な主人公が、オラリオの街を突っ切りギルドへ向かうシーンから始まる筈だった。

 

しかし、残念ながらこのシリーズの主人公は”強くて可愛い兎さん”ではない。

どちらかと言えばアイズ・ヴァレンシュタインの言うとおり、下手に手を出せば即座に喉笛を食い千切りかねない”獰猛な猫科の肉食獣”であろう。

 

故に【新たなる牙(エリュシオン)】を得た主人公……キリト・ノワールはダンジョンの深部を目指した。

 

「私の刃は凶暴です……あれ、このフレーズどこかで聞いたことあるような?」

 

君はフロスト兄弟の兄のほうか?とツッコミたいところだが、ここはあえて『凶暴なのはむしろお前の方だよ! 特にダンジョンのモンスターたちにとってはなぁ!!』とツッコミを入れておこう。

いやマジで凶暴を通り越して凶悪だ。

なにしろ……

 

 

 

***

 

 

 

ダンジョン第7層

 

「ハァッ!」

 

”ザスッ!”

 

俺は実戦剣術(ソードアート)の技、”アーマースラッシュ”で右後ろのニ脚をまとめて関節の継ぎ目から両断し、キラーアントを転倒させる。

アーマースラッシュはアーマーピアースの応用技で、後者が元々は短剣技(ダガー・スキル)で『鎧の隙間を切っ先で貫く技』であるのに対し、前者は『鎧の継ぎ目に刃を走らせ生身を切り裂く技』だ。

根っこは一緒で”見切り”と集中力で相手の弱点を見極め、最良のタイミングで力を狭所に一点に集中させ攻めるというもの。

技の違いは、大雑把に言えば突くか斬るかの違いくらいだ。

これは単体の技ではあるけど”貫き技”を体系化した剣技というのもある。

一応、俺もそのモドキ的なテクニックは使ってはいるけど、

 

(それを”(かん)”と呼ぶには俺の技はまだ未熟だな)

 

その体系、俺がいつか習得したいと思ってる”貫”は、その名の通り相手の防御を”貫き通す”ことを目的とした体系で、これを習得できたら相手は『自分の防御を俺の剣がすり抜けた』ように感じると思う。

もっともこれは対人用に特化したと言ってもいい技で、人体工学や運動生理学等の解剖学、人間の死角の把握や戦闘状態における心理まで計算して”貫く”ことを実現させるのでかなりハードルは高いだろう。

 

 

 

もっと派手な斬撃技や打突技もあるにはあるけど、俺は本来はこういう使い勝手のいい……溜めやモーションのいらない、地味だけど実戦的な技の方を好む。

この手の地味技は基本技や基本技の延長の範疇として捉えられおろそかにする輩も多いが、ちゃんと突き詰めてタイミングを選べば、絶大な威力を発揮する。

それに慣れれば普通の斬撃や剣撃にも相乗させられ、威力の引き上げや付与効果を持たせられる”効果的な追撃要素(エクストラ・ダメージ・スキル)”にもなる。

 

(まさか甲冑や鎧を着た相手との戦闘を想定した技が、モンスター相手にここまで有効だとは思わなかったよ)

 

キラーアントは甲虫類のように硬い甲殻をもつ。その防御力はゴブリンなんかの本当の雑魚と比べるなら雲泥の差だ。

しかし、

 

(流石に『動かさなくてはならない』関節までは硬くはできない)

 

ΕΛΥΣΙΟΝ(エリュシオン)】のスペックを考えたらキラーアントの甲殻くらい野菜を切るより簡単に切断できそうだけど、

 

(弱点を狙えるのに狙わないのは俺の流儀に反してるしな)

 

惰弱と罵られようと俺は勝負の理想は『可能な限り楽に勝つ』だと思ってる。

決闘みたいに”後先考えなくていい一戦”ならその限りじゃないけど、人間相手の複数が入り乱れるような乱戦やモンスターがぽこぽこ生まれてくるダンジョンじゃ、戦いが予想外に長引くことや、戦闘が終わったと油断した瞬間に始まる予想外の戦いが当たり前のようにおこる。

そんな”不測の事態”にいち早く対処するために余力は可能な限り残しておくべきだ。

楽して勝つのは、その余力を作り出すために必要な定石だろう。

 

疲労ってのは戦闘が長期化すればするほど、戦場が混沌とすればするほど恐ろしい代物に変わってくる。

体力の欠落は、集中力を奪い思考のスピードを奪い正常な判断力を奪い、身体を鉛を巻きつけたように鈍くさせる。

万全な状態なら簡単に避けられた攻撃も、余力が無く疲れ切った状態でなら容易く喰らう。

 

(そして人間の中には洞察力と悪知恵に長けて、そんな瞬間を手薬煉引いて待ってる連中も多い)

 

今にして思えば、俺が切り伏せてきた連中は多かれ少なかれそんな手合いばかりだった気がするなぁ……

 

「おっと」

 

思考を深化させる前にすかさず返す刀で倒れたキラーアントの頭部を突き刺した。

キラーアントは瀕死になると特殊なフェロモンを出して仲間を呼び寄せる習性がある。

モンスターのクセに姿だけでなくそんなとこまで虫っぽいな、こいつら。

 

(キラーアントだけ呼び寄せたいならともかく、)

 

「俺はさっさと下の階層に行きたいだけだからな」

 

トドメを躊躇う理由は無い。

それにしても……

 

「本当に手に馴染む剣だなぁ~」

 

逆手片手突き(アイスピック・グリップ)でアーマーピアースを相乗させた一撃で頭を串刺しにしたエリュシオンだったが、毛ほどの刃毀れ一つ起こしてない切っ先を見て、剣の出来をある程度はわかっていたとはいえやっぱり驚く。

 

(もしかしたら”不壊属性(デュランダル)”を付与されてるのかもな)

 

他にも俺の手にやけに馴染んだり、あるいは俺が羽根のようにこの漆黒の剣を軽く感じるというのもおそらく同じく何らかの細工だろう。

 

(特に軽いってのは曲者かもな……)

 

どこぞの”まにわに”の忍法のように本当に重さを消してるわけじゃない。

斬撃の威力や手応えから判断する限り、その長さや分厚さに見合った物理的な重さは実際にはあるようだ。

ただ俺の感覚や、本当なら重さに見合ったフィードバックがあるはずの筋肉疲労や肉体の負荷がどうにも感じられない。

 

(今は深く考えるのはよそう)

 

『自分が思う存分に振るっても壊れない剣』があるだけで満足すべきだ。

俺は足元から円を描くように散らばるキラーアントやその他の第7階層に巣食うモンスターを見据え、剣を背負った鞘にしまう。

 

「さて、とりあえず10層あたりまで潜ってみるかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

さて、舞台は変わりここはダンジョン15階層。

新種の芋虫型モンスターとの遭遇(エンカウント)により負傷者を出すと同時に多くの装備を失った【ロキ・ファミリア】のダンジョン攻略選抜パーティーは、51階層から撤退していた。

 

そんな彼らがミノタウロスの群れに襲撃されたのが第17階層。

いくら装備の大半を失っていて負傷者を抱えてると言っても、オラリオ最大手ファミリアの実力は伊達ではなく、”たかがミノタウロス”など何匹束になって襲ってこようが物の数ではない。

何せついさっきまで強力な51階層の新旧モンスターと戦い、17層に戻るまでミノタウロスより強力なフレイムロックやスパルトイを退けてきたのだから、それも当然といえよう。

 

とはいえそれなりに強力な階層主(モンスターレックス)のうろついてる階層にいつまでもいる意味はないと判断し、現在は15階層で小休止をとっていた。

どちらかと言えば、襲い掛かってきたのに情況不利と見るや一斉に上層に向けて逃げ出したミノタウロスの群れを追いかけ、それを捕捉して一匹を除いて殲滅したのがこの15階層だった。

その戦いの後、なし崩し的に休息を取ってるという形だろう。

 

【ロキ・ファミリア】の団長でパーティーのリーダーも勤めている経験豊かな冒険者、小人族(パルゥム)の”フィン・ディムナ”にとっても今回のダンジョン攻略は異常事態(イレギュラー)なことばかりだった。

51層の階層主を殺すほどの強力な新種モンスターの登場に始まり、攻撃本能旺盛なミノタウロスが組織立った集団逃走を図るなど聞いたことも無い。

 

(まだまだ僕も経験不足ということか)

 

思わず自分に苦笑してしまう。

 

(それにしても……今回はアイズに大きな負担をかけてしまった)

 

51階層の新たな階層主になったかもしれない新種のボスモンスターとのソロバトルに加え、逃げおおせたミノタウロスの追撃も任せてしまった。

無論、自分の判断が間違っていたとは思ってない。

上級冒険者の集まりである自分のパーティーであるならば、ミノタウロス程度なら今のような満身創痍(ズタボロ)状態でも大した問題ではない。

だが下級冒険者、とりわけLv.1の新米冒険者(かけだし)などが当たったらひとたまりのもないだろう。

ミノタウロスがよりにもよって集団で逃げ出したのは上層、当然確率的に下級冒険者の比率が高い。

だから自分達もある程度の消耗や疲労を無視してパーティー全体で追撃し、逃がした一匹でさえも慎重をきしてアイズに追跡させた。

 

(アイズには何か特別な褒賞を用意したほうがいいかな?)

 

フィンがそんなことを考えてる間にタイミングよく、

 

「おかえり。アイズ、それにベート」

 

目当ての二人が帰ってきたようだ。

にこやかにアイズ・ヴァレンシュタインと狼系獣人(ウェアウルフ)であるベート・ローガの二人の帰還を迎えるフィン。

追跡を命じたのはアイズだけだったが、ベートが素直さを著しく欠いた台詞を吐きながら彼女の尻を追いかけるのはいつものことなので、特に気にはしていない。

それが後にまたベートが”アマゾネス姉妹の妹の方(ティオナ・ヒリュテ)”にからかわれるネタになるかもしれないが、フィンにとってはそれも『微笑ましい日常』の一部だ。

 

「ただいま。フィン」

 

「……おう」

 

(あれ?)

 

アイズは平常運転のようだが、ベートの様子がどうもおかしい。

不機嫌そう……なのはいつもの事だが、いつもは鉄火肌系の苛立ちのような感じなのだが、今はなんというか覇気が無い。いつもはピンと張った尻尾も微妙に垂れてる気がした。

 

「ベート……何かあったのかい?」

 

「どーせまたアイズにさらっと袖にされたんじゃないの~?」

 

ケタケタと笑いながら早速からかいにきたのは胸が薄……もとい。先ほど出たアマゾネス姉妹の妹の方、褐色の肌と高い戦闘力はアマゾネスっぽいけど胸には種族的特長があらわれてないショートカットの黒髪がよく似合う”ティオナ・ヒリュテ”だったが、

 

「うっせ」

 

ベートはいつものように文字通り噛み付くような返答ではなく、ただ面倒くさそうにそう返しただけだった。

そのベートらしかぬリアクションに釈然としないパーティー一同であるが、フィンにはその前に確認しなくてはならないことがあった。

 

「アイズ、ミノタウロスは倒せた?」

 

そう、それが今は一番の懸念だ。例え一匹でも駆け出し冒険者にとっては危険すぎる相手なのだから。

 

「うん。でも倒したのは私じゃない」

 

「えっ?」

 

「じゃあ、誰が?」

 

「キリト」

 

その時、フィンだけでなくその返答が聞こえたパーティー全員が同じことを思った。

曰く、

 

(((((誰?)))))

 

その空気を悟ったアイズは腕を組んで、小首をかしげながら考える。

どんな風に答えれば彼の情報が伝わるか。

 

(『Lv.1の冒険者』……違う。Lv.1の冒険者はいっぱい居る)

 

15階層にもどってくる途中、楽しそうにモンスターを斬ってるキリトの姿を見かけたが、邪魔したら悪いので挨拶せずにそのまま戻ってきた。

その時、ベートが小さく舌打ちしたけどアイズには意味はわからなかったようだ。

 

(しまった。どこのファミリアにいるのか聞くのを忘れた)

 

自分がキリトのことで知ってるのはキリト・ノワールという名前とLv.1の冒険者だけどとても強くて、真っ黒な衣装や装備で身を固めていたことくらい。

 

「キリトっていうのは、その……何者なんだい?」

 

リーダーらしく代表質問するフィンに、ある程度結論に至ったアイズは答えた。

 

「強くて獰猛な……黒豹さん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。

いつもより少し長めのエピソードは楽しんでいただけたでしょうか?
このエピソードから原作の始まりなんですが……キリト、ギルドに向かわずそのままダンジョンに潜ってましたね~(^^
このシリーズのキリトは、どんだけバトルマニアックなんだか。

そしてアイズ、このシリーズで彼女がエンカウントしたのは白兎でなく黒豹だったみたいです(笑)

それではまた次回にてお会いしましょう。
これからもよろしくお願いします!



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第011話 ”冒険者ギルドにハリセンが常備されてるのは間違っているだろうか”


皆様、こんばんわ。
今回のエピソードも原作1巻の時間軸なのですが……うん。やはり色々間違っています(笑)

皆様からのご指摘で判明したのですが、話の途中からエイナの名前がエリスに変わっていて『誰だよ?』ってことになってました。それどころか『エリス・ヴァレンシュタイン』なる謎の人物まで出てくる始末……どうしてこうなった?
大変、申し訳なかったです。
多分、修正できてると思いますが(滝汗)


 

 

 

ここはオラリオ名物【地下迷宮(ダンジョン)】、実際に魔物(モンスター)の巣窟であるので正しい意味で魔窟と言える。

 

その第15階層で全体的に消耗してる感じがするが、それでも未だ高い戦闘力を誇るパーティーがあった。

オラリオでも最大手のファミリア、精鋭揃いの【ロキ・ファミリア】のダンジョン攻略選抜パーティーだ。

 

アクシデントもあったがとりあえず落命した者はなく、弛緩した雰囲気はないがでもどこか安心した空気があった。

 

それもその筈で、【ロキ・ファミリア】は中層(ここ)とは比べ物にならないほど強いモンスター犇く51階層で戦ってきたのだ。

しかも旧階層主(モンスターレックス)に下克上して屠るほどの実力を持った新種モンスターとの遭遇戦というオマケ付きで。

それに比べれば15階層のモンスター相手は油断はしないが気楽な相手だった。

 

 

 

さて、ソロで逃走ミノタウロスを追っていたアイズ・ヴァレンシュタインと付録(?)のベート・ローガが無事に合流したのはいいのだが……

 

「ところでアイズ、君は確か【エリュシオン】の試し切り役(テスター)を引き受けていたんじゃなかったのかい? あの剣が見えないようだけど……どうしたんだい?」

 

先ほどのアイズの『ダンジョンで黒豹さんに出会った』発言はあまりにツッコミ所が多すぎたために、とりあえずパーティーメンバーは真相究明を後回しにすることにしたらしい。

ただ、『キリト』なる名前は覚えておこうと思った。

 

ならばファミリア団長にしてパーティーリーダーの”フィン・ディムナ”は次なる疑問を口にした。

記憶が正しければ、ミノタウロスを追いかける前のアイズは確かにミノタウロスを追跡する前には左腰に下げた愛剣【デスペレート】以外に、背中により大柄の黒い長剣【エリュシオン】を背負っていた筈だ。

 

アイズは再びどう答えようと迷った。

小首をかしげながら迷った結果……

 

「これ」

 

差し出したのは一本の純戦闘用というより野営用(アウトドア)の汎用ナイフだった。

そう、エリュシオンとテスター権を譲る際にさりげなくゲットした、キリト曰く『知り合いのまだ新米の枕詞が取れない鍛治師の卵が練習用に作った』らしい代物だ。

 

「……ちょっと見ない間に、随分小さくなってしまったね?」

 

「フィン、今はボケるところなのか?」

 

そう珍しく苦笑するのは副団長で”とびっきりのエルフ(ハイ・エルフ)”の”リヴェリア・リヨス・アールヴ”だった。

 

『や~ん♪ 団長可愛い~♪』とある意味艶かしく肢体をくねらせる”ティオネ・ヒリュテ(アマゾネス姉妹の姉の方)”だったが、メンバーもこの状態の彼女と係りたくないのかなんとなくスルーされていた。

 

この後、【失われた(?)超高額剣】の委譲の経緯と行方について一悶着あったのだが……このあたりはロキ・ファミリアにとっては平常運転の範疇だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***************************************

 

 

 

 

 

さて、再び舞台は巡って数時間後……

 

 

 

ここはオラリオ、魔窟都市。

今日も硝煙の匂いたなびき鉄錆臭い雨が降る……というのは”別の街(ウド)”の話だ。

簡単に言えばオラリオは、神々の降臨する前からダンジョンを攻略する冒険者を相手に繁栄を手中にした街であり、また同時に欲望渦巻く街でもある。

 

もっともこの街を闊歩する黒尽くめの少年にとっては、神と人間という特殊社会構造の中で渦巻く欲望などあって当たり前のものでしかなかった。

故に騙されないよう警戒はすべきであるが、恐れるようなものはない。

 

まがいなりにも街中には秩序があり、治安が守られ、真昼間からモヒカンがバイクで走り回って火炎放射器で『汚物は消毒だーーっ! ヒャッハァーーーッ!!』とはしゃぐこともない。

なにより公共という概念があるのが素晴らしいと思っていた。

 

何しろこの黒い髪にコート風の黒い衣装+軽甲冑に加え、背中に背負った”漆黒の長剣”が新たなトレードマークになりそうな少年が”この世界”で生きてきた時間の大半は、治安だの公共だのなんて概念はどこ吹く風の大地だったのだから。

 

『弱者は食われ、強者が生き残る』

 

弱肉強食という大自然の摂理がそのまま適応されたような場所に生きてきたゆえに、彼の考え方は割とシビアだ。

参考に彼……キリト・ノワールが残した台詞の一部を引用しよう。

 

『殺し殺されまた殺して、そうして俺たちは飯を食う。それが命をつなげてゆくのさ』

 

だそうな。

一応、”この世界”での年齢は公証14歳のはずだが、一般的な基準では計れない器がありそうだ。

 

そのキリトがオラリオの街、北西のメインストリートを抜けてどこに向かっているかと言えば……

 

 

 

***

 

 

 

「冒険者になってまだ半月のド新人が、何いきなりソロでダンジョン二桁階層まで攻略しに行ってるんですかぁーーっ!! おまけにミノタウロスとエンカウント・バトルとか何を考えてるんですっ!!」

 

”スパコーン!”

 

「Ouch!」

 

景気良く響いたのは、キリトの頭を直撃したハリセンの音。

ここは北西のメインストリートにある白亜の”万神殿(パンテオン)”、冒険者のための公共機関の最上位に位置する【ギルド】であった。

正確にはロビーに隣接するよろず相談窓口に使われる一室だ。

 

キリトの頭に小気味いい一撃を入れたのは、

 

「”エイナ”さん、いきなり酷いですよ~」

 

そのシック&フォーマルなパンツルックがよく似合う、綺麗と可愛いが絶妙な配合で交じり合ったようなハーフ・エルフの女性……”エイナ・チュール”にキリトは涙目になりながら抗議の声をあげた。

 

「ええい、お黙り! Lv.1という立ち位置も考えずにダンジョンの奥に入ろうとするおバカな子には、まだこれでも足りないぐらいです!」

 

エルフの特徴である長い耳を逆毛でも立てるようにピンといからせた彼女は、なまじ美人なだけに中々に迫力がある。

差し詰め『怒髪天を突く』の耳版と言ったところか?

基本怖いもの知らずでならすキリトでも、オラリオに来た当初から何かと世話になってるエイナには頭がどうにもあがらないようだ。

 

「キリト君、いい? あなたは自分が凄く幸運だって自覚した方がいいわよ? 駆け出し冒険者がミノタウロスと遭遇して生き残れるなんて、本当ならありえないことなんだから」

 

「私は誰の挑戦でも受ける……!」

 

某往年のプロレスラーのマイクパフォーマンスのような発言をするキリトだったが、

 

「ほっほ~う……君には”反省”という言葉を魂の奥底にまで刻んだ方がいいのかしら? もう笑ったり怒ったりできなくなるレベルで」

 

ジロリと碧玉石(エメラルド)色のジト目で睨まれたキリトは、

 

「すいません。ちょうしにのりました」

 

つい台詞が全てひらがなになるくらいに小さくなってしまう。

なるほど確かにこの世には階層社会権力構造(ヒエラルキー)が存在すると実感できる瞬間でもあった。

 

 

 

***

 

 

 

「それにしても……普段の君ならもうちょっと、心持ち、毛先ほどには自重してるはずでしょ? それがどうして今日に限って?」

 

何やら普段のキリトの行動がうかがい知れるようなエイナの発言だが、

 

「それなんですけどね、ちゃんとした理由があるんですよ」

 

キリトは軽くスルーして背負った長剣、新たな相棒となった【ΕΛΥΣΙΟΝ(エリュシオン)】を鞘ごと外してエイナに預けようとする。

片手で軽々と扱うキリトを見てエイナは気軽に受け取るが、

 

「重っ!?」

 

咄嗟に持ち手を片手から両手に持ち替え、剣を取り落とさなかっただけでもエイナを誉めていい。

エリュシオンは分厚く長い両刃の刀身と長い柄をもつ堂々とした大剣であり、キリト以外が持てば重さは見かけ相応の物となるのだから。

普通の街娘であれば持ち上げることさえ難しい重量だろう。

 

「実はアイズ・ヴァレンシュタインからその剣、【エリュシオン】の試し切り役(テスター)権を譲られたんですが……流石に実戦で使ってみないと剣の特性とか理解できないし、弱いモンスターばかりだと『現状で俺が引き出せる限界性能』が把握しきれなかったんで、少し背伸びしてみたんです」

 

キリトはその後に「だけど冒険的なことはしてませんよ? 剣の性能がある程度は把握できたから下の階層に行ったんですし」と付け加えたが、エイナには聞こえてないようだった。

 

「ちょ、ちょっと待って! 今、なんて言いました……?」

 

「えっ? だから【エリュシオン】の性能がある程度は把握できたから下の階層に行ったんで、エイナさんのいつも言う『冒険者が冒険をしちゃいけない』に抵触する行動はしてないって言ったんですけど? スペックから考えると現状で俺が引き出せる威力や能力だけでも11階層までは行けたと思うんですけど、他の装備が心許無かったから10階層で引き上げてきたんですし」

 

「そこじゃないです。いえ、今の発言も十分に聞き捨てならない部分を含んでましたが、それは後回しにして……誰に何を譲り受けたと言いました?」

 

「えっと……アイズからエリュシオンのテスター権を譲り受けたと言ったんですけど……?」

 

怪訝な表情をするキリトに、聞き間違いでないことを確認したエイナは思わず天を仰いで呪詛の言葉を呟きたくなった。

かの”剣姫”を抵抗無くファーストネームで呼んだことも気にかかったが、優先すべきはそこではなかった。

 

「キリト君……君は一体ダンジョンで何をやったの!?」

 

 

 

***

 

 

 

『ダンジョンの浅い階層でミノタウロスとエンカウント・バトルしてたら剣姫ともエンカウントして剣のテスター権もらたった』

 

キリトの説明を要約するとこんな感じなのだが……そのあまりに予想の斜め上を行く超展開に、基本は真面目な事務受付のエイナは今度こそ激しい頭痛を感じてしまう。

 

「こ、この子は……」

 

なんて言っていいやら言葉に迷うエイナに対し、キリトは能天気に笑い、

 

「人生ってホント予想外の出来事に満ち溢れてますよね~」

 

その屈託の無い表情にエイナは思わず拳を入れたくなったが、その衝動を寸でのところで自制して抑えた。

思ったよりも忍耐強い自分を誉めてやりたくなったのと同時に、キリトに無茶をしすぎだと怒ったらいいのか、あるいは出鱈目すぎと呆れたらいいのか、もういっそのこと破天荒だと誉めてしまった方がいいのかと悩んでしまう。

 

(確かに出会った当初から規格外の子ではあったような気がするけどね……)

 

そんなエイナの葛藤を知ってか知らずか、キリトはこんなことを切り出した。

 

「ところでエイナさん、ちょっと聞きたいことがあるんです」

 

「なに? もしかしてアイズ・ヴァレンシュタインさんのこととか?」

 

可能な限り疲れた表情を出さないようにして、一番可能性の高そうな質問をエイナは先回りしてみるが、

 

「いえ。アイズのことで特に聞きたいことは今はありません。あったとしても本人から直接聞きますし」

 

さらりととんでもない発言が出たような気もしたが……この程度流せないようならキリトと付き合うことなんてできないと悟ったエイナは、視線で先を促す。

 

「今日来た理由なんですが……テスター権の委譲手続きってどうすればいいんですか?」

 

エイナは『頭痛薬はどこだったかしら? 【ミアハ・ファミリア】製のよく効くやつ』と思いながら、資料を取る為に席を立ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
エイナさん初登場の回でしたが、楽しんでいただけたでしょうか?

しかしエイナ……相手がいたいけな白兎ではなく、ふてぶてしい黒豹(笑)だとマヂ容赦ない(^^

次回も新キャラが登場しそうな予感ですが、楽しみにしていただければ嬉しいです。
それではまた、次回でお会いしましょう♪

追伸:実は投稿後の修正が過去最多になってるのは内緒です(汗)


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第012話 ”渋すぎる鍛治工房に赤毛の幼女がいるのは間違っているのだろうか”


皆様、こんばんわ。
明日がどうにも忙しく執筆時間が取れそうもないので、半ば意地で深夜アップを強行するボストークです(^^

さて、今回も原作には無いシーンや見覚えのないキャラが……

まあでもエイナさんは元気でヤロー共を書くのが楽しいエピソードでした(えっ?)




 

 

 

さてここはオラリオ、冒険者の街。

古今東西繁栄する街のご他聞に漏れず、ここでも成功や栄光で光輝く場所の影でどす黒く蠢く闇があり、神がいても人は心安らかにすごせるわけではない。

なぜなら”この地”に降臨せし神は、決して人を救済しようとなどしないからだ。

 

退屈という理由で天を飛び出し、地上で人間とともに不便と不自由を満喫しようとする神々など、所詮そんなものだろう。

人々の営みと幸福を見守るような神ならば、人の持つ『変化』という要素を羨んで下界へ降りたりしないだろう。

 

『God's in his heaven, All's right with the world. (天におわします我らが神よ、世はことにおいて他もなし)』

 

などということは断じてない。

欲望に忠実な人間とその亜種と、不変の存在であるが故に変化こそが最大の娯楽となる神の組み合わせが平和な世界を生むわけもない。

 

オラリオは、その最良のサンプルのような街だった……

 

 

 

***

 

 

 

大抵のファンタジー系の小説や漫画、RPGには【冒険者ギルド】というものが登場する。

大抵の冒険者はそこでアイテムの売買をしたりクエストを受けたりするものだが、オラリオにもその手の機関は存在する。しかも立派な”公共機関”としてだ。

またオラリオでは冒険者ギルドに”冒険者”という枕詞は付かない。

なぜなら、ことオラリオでは『ギルドはそもそも冒険者のために誕生したのが始まりなのだから』だ。

故にオラリオでは冒険者ギルドこそがギルドのオリジンであり、ギルドと言えば冒険者ギルドのことを指す。それが街全体の体質も現している。

そうオラリオは『冒険者に依存し、そうであるが故に冒険者を優遇する街』でもあった。

 

別におかしな話じゃない。

オラリオはそもそも神代の昔よりも遥か太古から地下迷宮(ダンジョン)が存在していた。

ダンジョンにはモンスターが付き物であり、モンスターとダンジョンが揃うならそれを生活の糧とする冒険者も集まってくるのもまた必然。

オラリオの始まりは、その冒険者相手の商人達が集うところから始まった。

 

神々の降臨と”塔”の破壊など様々な紆余曲折はあったが、ダンジョンとモンスターは健在でオラリオの繁栄は未だ翳りをみせていない。

つまり【ダンジョン/モンスター/冒険者】という三位一体(トリニティ)は強固なまでに健在だった。

 

以上の様な理由から、街中でもっとも賑わいをみせる場所のひとつとしてあげられるのが、前出の【ギルド】である。

その一室では……

 

 

 

「いい、キリト君。試し切り役(テスター)を引き受けるなら、まずアイズさんが【ΕΛΥΣΙΟΝ(エリュシオン)】の製造元、つまり【ゴブニュ・ファミリア】と話をつけないと始まらないの」

 

そうレクチャーするのは可愛いけど美人系のハーフ・エルフ、本人曰く真面目が売りのギルドの受付嬢”エイナ・チュール”だ。

 

「ええ、そうですね」

 

頷くのはエイナ曰く『無茶で無謀という言葉を人型に固めたような黒尽くめの少年』である”キリト・ノワール”だ。

議題は当然のように彼がテスター権をゲットした”漆黒の長剣”にまつわることなのだが、

 

「だから【ロキ・ファミリア】の選抜パーティーがダンジョンから帰ってきてないと意味がないんだけど……ちょっと待っててね」

 

エイナは立ち上がって少し席を外した後に程なく戻り、

 

「換金はしていたみたいだから……もう地上には帰ってきてるみたいね」

 

ダンジョンの”戦利品”を換金できる場所は、冒険者の街だけあって合法(免状持ち)/非合法(もぐり)を含めれば数多くあるが、原則として公として認められているのはギルドと文字通りの”都市の中心で象徴”、ダンジョンの”蓋”としても機能する摩天楼施設【神々の塔城(バベル)】だった。

公的機関だけあって高くも安くもない『基準となる値段』での買い取り価格だが、足元を見ない明朗会計であるだけに大半の冒険者はこの二ヶ所のどちらかを換金場所として利用していた。

ロキ・ファミリアは、どうやら込み合うことの多いバベルよりもギルドをよく利用しているようだ。

 

「むしろ私としては、15階層にいたパーティーより10階層に居た君が遅く帰ってきたことに、どんだけモンスターを斬ったのかと小一時間ほど問い詰めたい気分なんだけど?」

 

口元は笑っているが目は笑ってないエイナの発言にキリトは少し頬を引きつらせつつ、

 

「じゃあ、もう【ゴブニュ・ファミリア】に行ってもいいってことですよね?」

 

慌てて話題を戻す。冒険者としての経験は浅いが、その生い立ちから生存に関わる危機感知能力が極めて高いのもキリトの特徴と言えよう。

 

「帰ってきてからそんなに時間は経ってないから、まだ荷解きとか反省会かねた事後ミーティングしてるんじゃないかしら? 聞いた限りだとかなり大規模なパーティーだったみたいだしね」

 

「う~ん……じゃあ、どこで時間潰そうかな?」

 

「それ以前に拾った魔石やドロップアイテムを、まずは換金してきなさいって。今回のダンジョン攻略だってそこそこ装備を消耗したんでしょ?」

 

「そりゃそうだ」

 

無邪気に笑うキリトにつられて笑うエイナ。

こうして見ていると、二人とも顔立ちが整ってるだけあって仲の良い姉弟に見えるから不思議だ。

見ようによっては姉妹に見えなくともないが、そこはツッコまない方向で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

************************************

 

 

 

 

 

さて懐も暖かくなったところでキリトはギルドを出て再び街へ。

エイナとの別れ際の挨拶は、「今度一緒に食事でもしよう」なのだが、生憎と今のところこの約束は果たされてない。

別に口約束ではあるのだがキリトは『日頃の感謝をこめて』という意味で、エイナも『やたらと手のかかる弟との食事も悪くないわね♪』という具合で二人そろって割と真面目にその約束を果たそうとしているのだが、どうにもタイミングが合わないらしい。

 

それはさておき、キリトが向かっているのはギルドと同じ北西のメインルートに立地する『三鎚(みつち)の鍛冶場』と呼ばれる場所だった。

もっとも、その前に時間つぶしもかねて評判のいい道具屋の『リーテイル』に足を伸ばし、消耗品一式を買い揃えて店に預けてきていたのだが。

 

 

そして辿り着いたのは路地裏、なんとなく湿気がこもりそうな掛け値なしの裏通りだ。

そこに居を構える工房こそが、”交差する三つの鍛治鎚(クロス・トライ・ハンマーズ)”をエンブレムに掲げる『三鎚の鍛冶場』……【ゴブニュ・ファミリア】の本拠地だった。

 

 

 

「御免。邪魔するよ」

 

キリトは良く言えば重厚で渋い、悪く言えば旧態依然とした『鍛冶師達の仕事場』に足を踏み入れた。

同じ鍛冶屋ながらウルトラ・メジャーな【ヘファイストス・ファミリア】とは大分趣が違うことにキリトは驚く。

あっちは北東のメインストリートの一等地に、ブティックも裸足で逃げ出すほどの豪奢で瀟洒な工房兼ショウルームを構えているのだが、

 

(このあたりがゴブニュ・ファミリアとヘファイストス・ファミリアのスタンスの違いなのかもな……)

 

識者の評判では、ゴブニュとヘファイストス両ファミリアの腕前は甲乙付けがたいとも言われている。

冒険者なら誰もが所有を望み憧れるヘファイストス・ファミリアの製品は確かに『至高』だろう。

それがブランド力であり、商売戦略ということだ。

対してゴブニュ・ファミリアは知名度や販売勢力は大きく劣る。

しかしそれは、

 

「華美や虚飾を一切捨て、ただ真摯に鋼達(そざい)と向き合い、直向きに己の鎚の音を聞く……有象無象の俗物は相手にせず、ただ違いの判る使い手の相棒となればいい。そのファクトリーの姿勢は、まさに製品……いや”作品”同様に質実剛健の一言に尽きる」

 

キリトはまだ若い。あるいは青い。

彼は『古の鍛治房』と呼んでいいこの雰囲気を剣士としての本能……『良き武器を嗅ぎ付ける嗅覚と、良い武器を見極める目利き』から一目で気に入り、いつのまにか素直な気持ちを口から外側に出してることに気付いていなかった。

そしてその言霊が、いつの間にか『漢達の仕事場』から鎚の音を奪い、視線を釘付けにしていることに……

 

「故に愚直なまでに目指す先は、神々への奉納に足る”逸品”のみ……その姿、まさに『孤高』たらんや」

 

”ウオォォォーーーッ!!”

 

突如巻き起こった職人達の雄たけびに、正気に無理やり戻されたキリトは思わずびくりと身体を竦ませた。

もともと男としては線の細いキリトだったが、その仕草が妙に女性っぽい華奢な可憐さを醸し出していたせいか、

 

「姉ちゃん、よく言った!」

 

「お、俺は嬉しいぜ! 姉ちゃんみたいな別嬪さんが俺達の仕事を理解してくれるなんてようぅっ!」

 

「そうだ! 俺達に華はいらねえっ!!」

 

「見栄えしかわからねぇ阿呆どもの支持なんてものいらねぇ!」

 

「そんなモンはお綺麗が自慢のヘファイストスにでもくれてやれっ!!」

 

「例え男臭い汗にまみれても、”孤高”にいたれりゃ文句はねえっ!」

 

「「「「「ゴブニュ、万歳!!」」」」」

 

主にヤロー達が大はしゃぎである。

古今東西どころか異世界までも、男という生物は綺麗な女性に認められるというのは、無条件に嬉しいらしい。

それが例え性別を勘違いしていても、だ。

 

 

 

(ど、どうしよう……)

 

性別が誤認されてるのは大変面白くはないが……キリトは自分がある意味、ミノタウロス戦よりも危機的状況に陥ってることに気が付いていた。

自分の良い意味での失言(?)から、場は沸騰。正直、どう収拾つけていいかわからない。

しかし、その時救いの神が現れた!

 

「煩えっ! 黙れ落ち着け沈まりやがれっ!!」

 

怒声と呼ぶにはやや可愛らしい怒鳴り声が響いた。

 

「若造はともかく、いい歳したオッサンまでが思春期のガキみてぇにいちいちのぼせんじゃねぇっ!!」

 

よく聞けば、その声は随分と低いところから聞こえてくる。

具体的には男としてはさほど長身な部類ではない自分の胸辺りの高さだろうか?

キリトが音源に視線を向ければ、

 

「悪いな姉ちゃん。こいつら腕はいいが頭は悪くてな。ちょいと誉められるとぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ発情するクセがあるんだ」

 

柄の長い『鍛造用長鍛治鎚(スレッジ・ハンマー)』を肩に担いだ、問答無用の”幼女”が立っていた。

 

 

 

***

 

 

 

そう幼女である。

精々キリトの胸ほどまでしかない身長に、胸も尻も綺麗なまでのぺったんぺったんロリぺったん娘、もし人間なら年齢二桁に達してないような見た目だ。

ただし、いかにも気の強そうなツリ目気味の瑠璃色の瞳には、一廉ならぬ力があった。

仕事に邪魔だから縛っているのだろうが……左右に垂れ下がる太くて長い、鮮やかな赤色の三つ編みおさげが印象的だ。

格好は工房作業ゆえにTシャツのような貫頭衣にチェックのミニスカートを組み合わせるというラフなもので、そこになぜかモンスター系らしいウサギ(?)のアップリケを縫い付けた作業用前掛け(ワークス・エプロン)をかけていた。

無論、両手には火傷や怪我を防止する為の分厚い革製の鍛治手袋(スミス・グラブ)も忘れていない。

とはいえゴツイと評して良いハンマーもエプロンもグラブも、彼女の精悍さと同居する可愛らしさをスポイルすることはない。

無骨な装備が逆にミスマッチが、彼女の可愛らしさをより際立たせているような気もするから不思議だ。

 

以上のような情況から考えるに、幼女と言ってもどうやら『本当に幼い女の子』ではないようだ。

かなりの重さがある筈のスレッジハンマーを軽々という感じで肩に乗せてる姿もそうだが、その全身にまとう雰囲気が只者じゃなかった。

その格好からして間違いなくこの工房の鍛治職人であり、態度を見るとファミリアの中でもかなり上層な感じだ。

 

 

「でもよ、バカどもに便乗するわけじゃねーけどさ……アンタのさっきの一言、流石のオレもグッときたぜ!」

 

ハンマーを握る反対側、左手で見事なサムズアップを極めながらニカッとなんとなくガキ大将っぽく笑う幼女。

キリトはそのあまりのキュートさに思わずクラっときそうになるが、なんとか押さえ込んだ。

これも普段から今は亡きキリトの祖父が、『ドキッ☆ 女だらけの自宅のリビング』という情操教育を日頃から実践していた賜物だろう。

お陰でキリトには年齢に関わらず”旧世界”に居た頃とは比較にならない女性に対する免疫が、色々な意味でついていた。

そりゃもう本当に色々な意味で。

 

「君は?」

 

とにかく最重要なのはどうもこの場で一番偉いと思われる幼女の情報収集と判断したキリトがそう問いかけると、

 

「オレか? オレは”ヴィータ・アームストロング”。【ゴブニュ・ファミリア】の副団長を務めてるケチな女さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
ついに出してしまったシリーズ初のオリキャラ(?)登場回、楽しんでいただけましたでしょうか?

”ヴィータ・アームストロング”、もちろん元ネタは『リリ☆なのAs』の鉄槌の騎士さんです(^^
いや~、前々から『ヴィータのグラーフ・アイゼンってウォーハンマーってよりスレッジ・ハンマーっぽいよな~』と思ってたんですが、気が付いたらこんなことに(笑)

ついでに言うとある意味、【ヘファイストス・ファミリア】涙目の展開かも?
それにはしゃぐヤロー共が書いてて妙に楽しかったなぁ~。

さて次回はキリトとエリュシオンのまつわるエピソードを書く予定です。楽しみにしていただけると嬉しいですよ~。

追伸:次回の後書きは、ヴィータの設定とか入れてみようかな?



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第013話 ”俺がオプティマス・ソードに気に入られるのは間違っているだろうか”

皆様、こんばんわ。
なんとか今晩は日付が変わる前にアップすることができ、ホッとしています。

今回のエピソードは、キリトとエリュシオンと渋いドワーフ神(?)がメインの話となっています。


 

 

「オレか? オレは”ヴィータ・アームストロング”。【ゴブニュ・ファミリア】の副団長を務めてるケチな女さ」

 

その幼女……いや”女性”は力強くニカッと笑った。

 

 

 

***

 

 

 

ここは魔界都市……じゃなかった迷宮都市オラリオ。その北西のメインルートに沿う路地裏にひっそりと佇むのは【ゴブニュ・ファミリア】の本拠地、鍛治工房(ワークス)三鎚(みつち)の鍛冶場』だ。

 

キリト・ノワールはある用事、【ΕΛΥΣΙΟΝ(エリュシオン)】の試し切り役(テスター)権をアイズから正式に譲り受けるため、製造元の許可を求めるためにここにきたのではあるが……

 

(ど、どうしよう……)

 

あ、ありのまま起こったことを話すぜ? 『思わず思ったことを口にしたら、周囲のヤローどもが大騒ぎになり収拾がつかなくなっちまった。オマケに性別まで誤認された』……一体何を何を言ってるか判らないだろうが、俺もなにが起きたか想像したくない。

というのがキリトの心情だろうか?

 

だが、その場を収めたのが冒頭の鍛造用長鍛治鎚(スレッジ・ハンマー)を肩に担いだ幼女(?)だった。

驚いたことに本人の言葉が正しいのなら、知る人ぞ知るマニアックな鍛治名工集団【ゴブニュ・ファミリア】の副団長様ときていた。

 

 

 

(なんというカオス……!)

 

ヤロー達は大はしゃぎで自分は性別を間違われ、おまけに事態を鶴の一声で収めたのはファミリア上層部の”鉄槌の幼女(ハンマーロリ)”とくれば、キリトでなくともこう思ってしまうだろう。

キリトにとって当面の問題は、この騒ぎ起こしてしまった原因を釈明して、奇しくもエンカウントできたファミリア副団長にどう用件を伝えるかだった。

ヴィータ本人は、「でもよ、バカどもに便乗するわけじゃねーけどさ……アンタのさっきの一言、流石のオレもグッときたぜ!」と言ってる通り、キリトの発言にマイナス感情をもっていなさそうなのが救いだった。

 

だが問題なのは、キリトには本来の要求にどうつなげていこうかという明確な答えが今のところノー・アイデアなことだった。

人間やモンスターとの”戦闘”なら、いくらでも先の先や後の先を取れるのだが、ことコミュニケーション能力としてはキリトは自分が『ごく普通の14歳程度』と自覚している。

もっとも彼をよく知る周囲の人物の評価では、特に対女性コミュニケーション能力は大分異なることになるだろうが。

 

しかし、予想の斜め上の展開の連続に困惑気味だったキリトを尻目に、再び場を動かしたのはハンマーロリだった。

ヴィータは何を思ったかツカツカとキリトに近づくと、おもむろに……

 

”ぽむ”

 

「……ほへ?」

 

思わず間抜けな声になったのは、キリト自身でもわかった。

いや、でも、まさか……

 

「ふむ……」

 

(何故に俺は幼女に胸を揉まれてるぅ~~~っ!!?)

 

まあ正確には揉むほどの脂肪の塊などキリトの胸部にはついてないのだが。

だからペタペタと片手で胸に触れられてるという感じだ。

 

言い忘れていたが、普段キリトがダンジョンを攻略するときに着る『勝負服(せんとうふく)』は、”本来はあったはずの世界”風に言うならSAOの黒のロングコート姿としながらも防具としてGGO風の銀のブレスプレートとALO風の銀のショルダーアーマーを追加し、これに同色薄手のガントレットとニーガードと連結されたレガースを組み合わせて基本装備としている。

原作と比べるなら重装備ではあるが、”この世界”における一般的な甲冑や鎧を基準にすれば十分に軽装備で、キリトは自身の筋力やバネを考えて『最大の武器である速さと軽快さを損なわせさせない上限の重さ防具』として選んだようだ。

 

ただし、いくら軽甲冑に分類される装備だとしても、”戦闘用(ガチ)装備”を装着して街中を歩き回るのはあまりに無粋と考えるキリト(彼に言わせると『これでもTPOくらいはわきまえている。爺ちゃんの教育の一貫さ。元文明人のつまらない意地とも言えるけど』とのこと)は、防具一式をギルドに預けてきていた。

そういう意味においては、今の姿はまんまSAO時代のそれだ。

別の言い方をするならヴィータの行動を阻む物、キリトの胸を触るのに邪魔な代物はない。

 

幼女の乳揉み攻撃(?)という反則技に更なる混乱に陥ることになるキリトだったが、幼女は幼女で『揉み飽きた』といわんばかりにあっさりと手を離し、その感触を確かめるように手の平をじっと見つめてしばらく閉じたり開いたりしていたが……

 

「なんだ。可愛い姉ちゃんかと思ったら男でやんの」

 

「「「「「な、なんだってぇぇぇーーーっ!? WYRriiiiiiiiiiiーーーーー!!」」」」」

 

工房に集う鍛治ヤロー共の血の涙を流しそうな哀しみの絶叫が響いたのは言うまでもない。

ただボソッと「俺、男でもいいかも……」という呟きがあったようだが、キリトは何も聞こえなかったことにした。

そう。聞こえない発言は存在しないのだ。

そう思わないとキリトは引きつった頬を緩められそうもなかった。

 

 

 

そして、その喧騒が一通り終わった(ヴィータが武力介入で強制的に終わらせた)後、彼女はこう切り出す。

 

「キリトってのはお前だろ? 話はアイズ嬢ちゃんから聞いてるぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

 

 

「まっ、いきなりオレを子供呼ばわりしなかったのは評価してやんよ」

 

キリト・ノワールは今、工房の内部を歩いていた。

あの騒ぎがプラスに働いたのか? 打ち解けて「まっ、とりあえずオレについてきな」と男前な台詞と共に建屋の案内を買って出てくれたのは、目の前の低い位置で笑う、見た目は幼女でもファミリアの副団長さんである”ヴィータ・アームストロング”だった。

 

「まあ見た目と雰囲気がちぐはぐだったというか……ぶっちゃけ、あの場で明らかに俺より強いのはヴィータ”さん”だけだって直感でわかったし」

 

キリトは苦笑しつつ、

 

「まだ子供の身、若輩者の俺が言うのもなんですが……”ただの子供”に遅れをとるようなやわな鍛え方はしてないつもりですよ?」

 

「まだ卵の殻が取れきってねぇような小僧の分際で言うじゃねぇか!」

 

だが、それと同時に……

 

(こりゃ確かに”うちのドラ娘(はねっかえり)”が気に入るわけだ)

 

とキリトに見えぬよう、ヴィータは『母親の顔』で微笑んだ。

直接会ったことは無いが……”キリト”という名前とアイズ・ヴァレンシュタインが取り留めなく語った人物像に、彼女は少なからず心当たりがあるようだった。

 

 

 

***

 

 

 

「着いた。ここだぜ」

 

その扉は他の部屋に比べてもいっそう厳しい(クラシカル)な雰囲気を漂わせる虎班(とらふ)の浮かぶコモンオーク製のドアで、ヴィータはそこにつけられた古めかしい真鍮のドアノッカーをゴンゴンゴンと三回打ち鳴らした。

 

「”親方”、入るぜ」

 

そう徐にドアを開ける。

キリトとヴィータを待っていたのは、

 

(ド、ドワーフの神様……?)

 

キリトが思わずそう思ってしまったのも無理はない。

頭身的な意味で寸詰まりながら筋骨隆々とした(いわお)のような肉体に、年月を経た者のみが持ちうる年輪のような風格のある皺が刻まれた顔には鷲っ鼻気味の高い鼻梁が真ん中に鎮座し、白髪と白髭がそれを覆っていた。

確かにその雰囲気は、幾星霜の歳とともに技を重ね、名工から名匠へと至り天の頂へと辿り着いた【マイスター・ドワーフ】と紹介されても違和感は無かった。

 

「おう」

 

そのドワーフを思わせる人物は短くそう返した。

 

「小僧、挨拶しな。この方がお前が許しを貰うべき存在……我らが【ゴブニュ・ファミリア】の主神、鍛治神”ゴブニュ”様だ」

 

 

 

(ど、どうしたらいいんだ……?)

 

ゴブニュ・ファミリアの本丸で許可をテスター権の譲渡許可を得るのは最初から目的だったが、まさかのっけから副団長に案内されていきなり主神(めいしゅ)に会うなんて予想外だ。

とにかくなんとか失礼にならない程度の挨拶でもと思ったが、

 

「坊主、慣れない事ならしなくていいぜ」

 

先にそう切り出したのはドワーフ神……もといゴブニュだった。

 

「それより剣を見せろ」

 

「あっ、はい」

 

容姿に見合ってゴブニュの声は重くて渋い。

その有無を言わさない迫力に、キリトは多少面を喰らいながらも背中に背負うエリュシオンを鞘ごと外してゴブニュに手渡した。

 

 

 

***

 

 

 

「ふむ……荒っぽい使い方はしてるが、雑には使ってないみてぇだな。及第点だ」

 

柄を握り、刃を指でなぞったゴブニュが最初に言ったのはそんな台詞だった。

 

「斬ってみてどうだった? あやふやでも抽象的でもかまわん。言ってみろ」

 

その老人神の鋭い眼光に、キリトは振るってる情景を思い出しながら告げる。

 

「初めて柄を握ったときから、恐ろしく手に馴染みました。それにとても軽く感じました。大げさではなく羽根のように軽く」

 

ゴブニュは表情こそ変えなかったが、

 

(どうやら”最初の接触(ファースト・コンタクト)”は上手く行ったようだな。軽く感じたってことは使い手を認識した剣が目覚め始め、適合(フィッティング)を開始したってことだ……)

 

と結論付ける。

 

「坊主、他には?」

 

「強いて言うなら……俺の斬り方や太刀筋に応じて”押し刃”と”引き刃”がその都度に切り替わったことに驚きました。あと刃が触れたときに逆算したみたいに対象に応じて硬度や靭性が切り替わったような気がします」

 

 

 

少しキリトの台詞を捕捉すると、『押し刃』とは”押すときに切れる刃”のことで西洋のナイフや刀剣刃物類は大抵これに当たる。和式剣術として考えるなら、”突く”ときに威力を発揮する刃の付け方と言える。蛇足ながら日本では押し刃は槍の穂先などがそうだ。

『引き刃』はその逆で”引くときに切れる刃”で、日本刀をはじめ身近なところでは大体の包丁がこれにあたる。

和式剣術や剣道の動きを見てる、”薙ぐ”動きが多いことに気付くと思う。薙ぐという刃の動かし方は、対象に刃を当て引いて斬るという動作なのだ。

硬度は言うまでも無くまんま”硬さ”のことで、刃物での靱性は粘り強さを差す。

 

「ほほう。なるほど……面白い」

 

ゴブニュはキリトの台詞を聞くなり微かに口の端を歪めて、実に漢臭い微笑を浮かべた。

 

「???」

 

だが、その微笑んでるのかそうでないのかわからない笑みにキリトはどう反応していいのか迷っていた。

もっとも困惑という意味ではヴィータのほうが強いのかもしれない。

 

(うわぁ~。親方があんな楽しそうに笑ってるのなんて、アイズ嬢ちゃんの為に【デスペレート】打って以来だぜ……)

 

 

 

***

 

 

 

現在のキリトの戦闘技術の基本(ベーシック)は、”旧世界”の頃に修行していた『とある日本の古式実戦剣術とそれに付随する体術や投剣術等の近接戦闘術全般』に端を発している。もう少し情報を開示するなら【永全不動八門】の一派だ。

何故、キリトが原作と違いそんな物騒な技術体系を習得していたのかは、いつか語られるかもしれないが……今は割愛させて貰う。

 

何が言いたいかと言えば、キリトにとって斬ることはその身に着けた技術から『引き刃を薙いで斬る』ことであった。

だが、オラリオでは基本的に”押し切る”もしくは”圧し斬る”西洋拵えの刀剣類が主流で、そのためにキリトの剣術を最大限に生かせる剣は中々見つからなかった。

本来ならキリトが最も得意とするのは『反りのある引き刃をもつ片刃剣(つまり日本刀)』であるのだが……この世界ではそれはレア、かなりの”変り種武器”の分類でわざわざ鍛冶屋に注文しない限り簡単には見つからない代物だった。

逆に鍛冶屋に発注すれば作れなくはないが……それはそれでキリトの要求を満たす片刃剣を造れる職人はめったにおらず、仮に居たとしても高額すぎて手が出なかった。

その代替としてキリトが好んでいたのは入手し易い両刃の直剣で、片方を普通の押し刃のまま、切っ先を挟んで反対側の刃を引き刃として研ぎ直して使っていた。

実はミノタウロス戦で折られたキリトの愛剣だった”ブラックバーン”は、そういった剣の一振りだった。

 

(なるほど、使い手としての最初の関門をクリアできたからこそ、第一の”使い手に合わせた最適化(オプティミニエーション)”を遂げた、か)

 

キリトがブラックバーンであれだけ苦労したミノタウロスをエリュシオンを握った直後に一太刀で屠れたのは、単純な性能だけではなくエリュシオンが太刀筋にあわせて引き刃となり、またミノタウロスの首を刎ねるに足る硬度と靭性に刃を変質させたことも一因だった。

 

「いいだろう。たしかに【エリュシオン】の適合者は……いや最適者は、アイズじゃなくて坊主のようだな。試し切り役(テスター)の座はくれてやる」

 

「えっ?」

 

あまりにあっさりした結論に一番驚いたのは、キリトだった。

 

「どうやら坊主は【エリュシオン】に随分と気に入られたらしいな? なら創り手(おや)作品(こども)の恋路を邪魔するのは粋じゃねぇだろうが?」

 

ゴブニュはクックックと喉の奥からしゃがれた笑い声を洩らし、

 

「精々存分に使ってくれ。【エリュシオン】ってのは、根本的に【最適化する剣(オプティマス・ソード)】だ。使えば使うほど……振るうほどに斬るほどに、坊主に”馴染む”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。
オラトリオにご登場したゴブニュ様の登場回は、楽しんでいただけたでしょうか?

前回に続いて何故かヤローやオッサンが活躍する回でしたね~(^^
何やら、キリトはベル君と違ってヘファイストス・ファミリアでなくゴブニュ・ファミリアとの繋がりをもちそうな予感が……

ところでヴィータって、とある登場人物のお母さんなんですが……一体誰のオカンなのかな~と(棒)

次回は再び女の子メインの話かな?
楽しみに待っていただければ嬉しいです。

ではまた次回にてお会いしましょう。



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第014話 ”鍛治神が失われた風景の追憶に浸るのは間違っているだろうか”


皆様、こんにちわ。
今回のエピソードは、どういうわけかエリュシオンとサブタイ通りにゴブニュ様がクローズアップされているような?

また今回のエピソードから神々の在り方に関して独自解釈をとらせてもらってます。


 

 

 

「精々存分に使ってくれ。【ΕΛΥΣΙΟΝ(エリュシオン)】ってのは、根本的に【最適化する剣(オプティマス・ソード)】だ。使えば使うほど……振るうほどに斬るほどに、坊主に”馴染む”」

 

それが漆黒の長剣エリュシオンと共に鍛治神”ゴブニュ”から賜った言葉だった。

 

 

 

***

 

 

 

「あの、いくつか質問があるんですが……いいですか?」

 

「ああ。答えられることなら答えてやる」

 

キリトは鷹揚に頷くドワーフの神と言いたくなる風貌のゴブニュに、慣れないながらも最大限の経緯と共に物怖じせずに訊ねる。

 

「【最適化する剣(オプティマス・ソード)】というのは、一体なんですか……?」

 

「そうだな。一言で言ってしまえば、名前の通り『持ち主に合わせて最適化してゆく剣』なんだが……まあいい。坊主を試し切り役(テスター)に選んだのはこのワシだ。少しぐらい話してやるとするか。大して面白くもない……退屈な話だぞ?」

 

「かまいません」

 

むしろ興味津々と言う感じのキリトにゴブニュは少し呆れるように作業机へ移動するよう促した。

 

「物好きな奴だ……少々長くなる。ヴィータ、茶の用意をしてくれ」

 

「あいよ」

 

見かけはロリでも実は一児の母であるヴィータは、何気に女子力がファミリアでも飛びぬけて高い。

今は半引退状態だが優れた冒険者で鍛治技能もファミリア屈指だが、家事全般をそつなくこなすことも彼女が副団長という地位に押し上げられた理由の一つだった。

本人曰く『副団長なんてオレの柄じゃねーよ』とのことだが、ファミリアの面々から『姐さん』と慕われているのも、口は悪いし鉄火肌だが気風も面倒見もいいこんなところが原因なのかもしれない。

 

(それにしてもあの小僧、気付いちゃねーんだろうな~)

 

茶器を用意しながらヴィータは、ベッドにもなりそうな大きさの見るからに剛健な作業机に置かれたエリュシオンを挟み、差し向かいに座る彼女らの主神と若い客人を肩越しに見ながら苦笑する。

 

(偏屈で知られる”親方”が、初対面者(いちげん)相手に茶を出すように言うなんざ、それこそ驚愕モンなんだけどよ)

 

レアな光景ではあるが、二人ともどことなく楽しげに見えたのはきっと気のせいじゃないだろう。

 

 

 

***

 

 

 

「さて……どこから話したもんかな」

 

ゴブニュは、懐から彼によく似合う古ぼけてるが故に味が出てきたブライヤー製のパイプを取り出し火をともす。

紫煙をたなびかせながら、

 

「ワシはかつて、悪友……神代の昔からの腐れ縁と連れ立って【銀の義手(アガートラム)】ってアイテムを二度拵えたことがある。一度目はまだ天上に至る前……”遥かなりし失われた土地(トゥアサ・デー・ダナン)”にいた頃だ」

 

どこか懐かしそうに目を細めた。

 

「我ながら悪くない出来でな。義手でありながらアイツの切り落とされた腕に比べても何ら遜色ない、自分の意思どおりに動かすことが出来る腕だった」

 

そしてゆっくりと紫煙を吐き出し、

 

「二度目は、オラリオ(ここ)に降りてきてからさ。もう組むことはあるまいと思っていた悪友とまた組んで、二個目のアガートラムを製造することになった。しかも義手製作の依頼主はその悪友の息子だ。我ながら、何の因果かと思ったもんさ」

 

その時、ゴブニュの心に渦巻いていた心情はなんなんだろうか?

かつて彼は悪友と共に”自分達が王と信じた男”のためにアガートラムを創った。

だが、後に悪友の息子は治るはずのない”その男”の右腕を蘇生/完治させてしまった。

だが、自分を遥かに越える医学の才能に嫉妬した悪友は、よりによって自分の息子を殺してしまう。

あまつさえ復活させられる機会さえあったのに、それさえ邪魔してしまった。

ゴブニュが悪友と『もう二度と組むまい』と縁を切ったのはこの時だった。

 

 

 

***

 

 

 

神という存在に本当の意味での死という概念は存在しない。

死んだ神/滅んだ神/没した神はその自らが生まれ生きてきた神話体系(ミトス)という世界から弾き出され、顕現する力を失う。

例え【神々の黄昏《ラグナレク》】が訪れようとそれは一つのミトスの終焉に過ぎず、神の存在消滅と同義ではない。

そして世界より放逐された神々は、【神々()()が住まう天上界】へと導かれる。

 

そして時の流れは人も神も冷静にさせる。

特に永遠の時を生き、変わることのない世界に住むことを余儀なくされた神性(干渉力)を失った神々なら尚更だ。

悠久の時と『生死という変化』さえも許容されない世界では、神々でさえもやれることは多くはない。

例えかつて自分達の生きていたミトスで思うがままに振るい、人が言う様々な奇跡(ふじょうり)を起こし時には容易く世界すらも滅ぼす”神通力(アルカナム)”を用いてさえも、【退屈な天上界(パンテオン)】は変えられない。

 

だから多くの神々は、かつて自分が生きてきた『生々しい変化に富んだ旧世界(ミトス)』に思いを巡らせることに多くの時間を費やすようになる。

そして嫌が上でも『かつての自分達の所業』を良い物も悪い物も振り返ることになる。

 

 

 

退屈に厭き厭きし、かつて自分達もその渦中に居た『予測不能の変化(しげき)』に思いを馳せ、かつて多くの神々が共に生きてきた『自分達より遥かに不完全でありながら、そうであるが故に完全に焦がれ常に変化し続ける生物』……それ即ち【人間(ひと)】を懐かしく思い出したとき、彼らの行動に躊躇はなかった。

 

ゴブニュとて『懐かしき遠い日々』に焦がれ重力(ひと)に魂を惹かれて墜天した神々の一人に過ぎない。

そして、『人とさして力の変わらぬ存在』として再び鎚を……天上界ではいつしか握らなくなっていた鎚を手に取りまた鋼を鍛え始めたとき、再び巡り合った。

あの袂を分かった『腐れ縁の悪友(ディアンケヒト)』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

『よお、悪友(しんゆう)。久しいな』

 

最初にそう声をかけてきたのはディアンケヒトの方だった。

再会はほんの偶然……ではなく、どうやらディアンケヒトは【人間達の街(オラリオ)】にゴブニュが居ることを聞きつけ探し回っていたらしい。

だというのに「久しい」というわりには口調はつい昨日も会ってたような雰囲気を醸し出すあたり、ゴブニュは悪友の相変わらずの性格の悪さに少しだけ安心した。

 

『悪友、さっそくだがまた俺っちと組んじゃくれねーか?』

 

『フン……理由は?』

 

例えば「過去を水に流して」などという胡散臭い枕詞を入れなかったが故に、ゴブニュは話を聞く気になった。

ゴブニュにとってこの悪友は、『例え悪行を働こうが、それを歯牙にもかけぬ傲岸不遜さ』が売りの神なのだから。だからこそ水に流すような過去はないし、そうでなければならない。

だが、次の言葉はゴブニュを心底驚かせ、また彼にロキの例を出すまでもなく『神とてまた不変ではない』と確証を持たせた。

 

『また【銀の義手(アガートラム)】を作りてぇのさ。医術なら俺っちでもどうにでもなるが、義手自体の製作となるとどうしてもお前さんの技巧がいる』

 

『何故、造る?』

 

『……ちょっとばかり息子(ミアハ)に頭下げられちまってな。今更、親だなんて言う気はねーけど、たまにはこんなのも悪くねーさ』

 

 

 

***

 

 

 

「色々と成り行きがあってな……ワシは結局、二つ目のアガートラムを製造した。厳密には昔のそれと同じでじゃねえ。ワシも今となってはアルカナムは使えん。だから今のワシの使える技術と人間界にある技術のみを使い全てではないが『アガートラムを再現(レプリカ)した』というのが精々だろうな。差し詰め【|偽・銀の義手《レア・アガートラム】というところか?」

 

ゴブニュの名誉のために言っておくが、彼が再現できなかったところはあくまで「神威発動(アルカナム)に関わる部位」であり、人間が使うことを前提とした「単純な義手としての機能」ならば”真・アガートラム(マスターピース)”に比べても見劣りはしない。

 

「神々の事情ですか……」

 

感嘆するように呟くキリトにゴブニュは今度こそ苦笑し、

 

「そんな大層な代物じゃねぇさ。ところで坊主、こっからが本題だ。お前さんはアガートラムにとって何が重要だったと思う?」

 

「えっと……」

 

唐突に言われてもキリトにそれを答えることはできない。

自分もそうだが幸いにして彼の親しい面々は、今のところ義手の世話にならねばならぬほどの重傷を負った者はいなかった。

 

「まずは『使い手への適合性(フィッティング)』だ。失われた持ち主の腕と同じように馴染み、自分の腕のように感じられることが重要だな」

 

「なるほど、確かに」

 

「その次の段階が『使い手に合わせた最適化(オプティミニエーション)』。実際に腕として使い、使い手のクセを学びより自然に合理的に動きや構造を収斂させてゆく」

 

ゴブニュはニヤリと癖のある笑みを浮かべ、

 

「坊主、もう察しはついたんじゃねぇか?」

 

ゴブニュの視線を真正面から受け止めたキリトは気圧されるような感覚を味わいながら返答する。

 

「それってまさか……【エリュシオン】の特性……?」

 

 

 

「正解だ。坊主」

 

ゴブニュは笑みの種類を満足そうな物に変え、

 

「【エリュシオン】はワシが【アガートラム】を創る段階で培った技術を剣に結集させた代物なのさ。ワシは鍛治神の頃から剣や槍の穂先部分を最も得意としていてな。これも当然の帰結だろう?」

 

 

 

***

 

 

 

(なんてこった……!)

 

キリトは素直に驚愕していた。

規格外の切れ味から相当の業物だとは思っていたが……いくらなんでもそこまでとんでもない代物だとは、完全に予想の範疇外もいいとこだ。

 

「いやその……話を全部聞いた後にこう聞くのもなんですが、本当に俺が試し切り役(テスター)でいいんですか?」

 

「ワシの鍛造(しつけ)が悪かったせいか、エリュシオンは随分な『我侭娘』に育っちまったらしくてな。どうにも選り好みが激しくていけねぇ」

 

その時、後ろから笑いを噛み殺した小さな声が聞こえた。

声の主は空気を読んで、創り手と使い手の違いはあれど、どうやら揃いも揃って剣馬鹿らしい二人の邪魔せぬようそっとお茶と茶菓子を出してから静かにしていたヴィータだった。

 

「一番有力だったアイズでさえも適合せず、フィッティングすら起きなかったのさ。そこに現れたのが坊主、お前だ」

 

そして有無を言わさぬ声でゴブニュは告げた。

 

「問うまでもねぇ。坊主、ワシが知る限り、お前が唯一のエリュシオンの【適合者(マスター)】なのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。
今回は多分、今までのエピソードの中で一番渋い雰囲気になってしまったような気がしますが、楽しんでいただけましたでしょうか?

実は今回のエピソードは、第006話の伏線回収話で『エリュシオンとアガートラムの関係』の決着だったりします(^^

あとゴブニュ様の過去話を実際のケルト神話をベースに捏造するのが楽しいこと楽しいこと(笑)
神々の存在について、このシリーズなりの独自解釈をしてみましたが如何だったでしょうか?
考えようによっては、神々もまた広義で言えば転生者なのかもしれませんね。

次回はおそらくゴブニュ・ファミリアのシーンのラストとなります。
それではまた次回にてお会いしましょう。



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第015話 ”キリトに未完の大剣を預けたゴブニュは間違っているのだろうか”

皆様、こんばんわ。
今回のエピソードで一応、『キリトとエリュシオン』編ともいえる第1章は終了です。
原作にないシーンばかりになってしまいましたが、これも原作から分岐するエピソード群と思っていただければと(^-^

でもこの章の主人公ってなんとなくゴブニュ様だったような……?


追伸:ちょっと物足りなかったので修正すると同時に一部表現を変更しました。


 

 

 

【エリュシオン】

古代ギリシャ語のスペルは”ΕΛΥΣΙΟΝ”ないし”ελυσιον”。

本来の意味は世界の西の果てにある【神々に祝福された死者達の楽園】とされる島。

ただし一説によれば、ハーデスが統治する地獄の中に浮かぶ楽園らしい。

 

いずれにせよ『生者が行き着くことのできない場所』であることは確かなようだ。

 

 

 

***

 

 

 

ΕΛΥΣΙΟΝ(エリュシオン)】は、かつて鍛治神ゴブニュが悪友である医神ディアンケヒトと共に創り上げた【銀の義手(アガートラム)】の技術が惜しみなく投入され鍛造された”漆黒両刃の長剣”だった。

ある意味においては『剣の形をしたアガートラム』こそがエリュシオンと言ってもいいかもしれない。

 

元来、ゴブニュは剣や鑓の穂先に特化した鍛造技術を持つ神とされている。

ならばオラリオに降臨した後に得た神の力(アルカナム)を封じても、義手としての能力だけなら、かつて地上神だった時代に創り上げた『”真なるアガートラム”に匹敵する物をオラリオで製造できる技術』を剣に使わないわけはなかった。

 

『問うまでもねぇ。坊主、ワシが知る限り、お前が唯一のエリュシオンの【適合者(マスター)】なのさ』

 

それが鍛治神ゴブニュの結論だった。

 

「【ΕΛΥΣΙΟΝ(エリュシオン)】はお前を気に入り、自分の使い手(マスター)として認め、”使い手への適合(フィッティング)”を済ませた」

 

差し向かいに座る鍛治神ゴブニュの重い眼光をキリトは真正面から受けながら、

 

「聞いていいですか?」

 

「ああ。なんだ」

 

「ひどく手に馴染み、羽根のように軽い……それがアガートラムより継承したフィッティングの影響ですか?」

 

「勿論だ。自分の腕に違和感や重さを感じたりする奴はいないだろう?」

 

アガートラムは『自分の腕と比べても違和感なく使える』のがウリのアイテム、である以上はあっても不思議ではない特性ではあるが……

しかし、ゴブニュが半ば感心していたのは、その先にあった事象だった。

 

「正直に言えば驚いているが……お前さんは”使い手に合わせた最適化(オプティミニエーション)”まで引き出した。確かにその機能はあるはずだが、設計どおりなら例え適合してもそう簡単に最適化は起きないはずなんだが……まあ、それはいい。ここまではいいな?」

 

「はい」

 

頷くキリトに対し、

 

「だが厄介なのはこの最適化だ。適合した以上、【エリュシオン】は『良かれ悪かれ』お前さんに最適化する……言ってる意味はわかるか?」

 

「それってまさか……」

 

悪い予感しかしない言い回しにキリトの顔色がはっきりと変わった。

 

「おそらく坊主の考えてる通りだ。お前さんは確かにミノタウロスを倒した。だが、もうお前さんに伸び代がなく『ミノタウロスを一匹屠れるのが上限』の剣士で止まるならば、【エリュシオン】もその上限にあわせて最適化されちまうってこったな。平たく言えばでっかい”牛刀”になるってことだ」

 

愛用の古ぼけたパイプをくねらせながら、ゴブニュはニヤリと笑う。

その文字通り”真剣な”気配のせいか、やや緊張気味のキリトはゴブニュの自分に対する呼び方が時折変わるのに気付いてなかった。

 

「【最適化する剣(オプティマス・ソード)】ってのは自己成長や自己進化して勝手に頂点に至る便利アイテムじゃねぇ。お前さんがもしヘボ剣士に落ちぶれるなら、【エリュシオン】もまたどうしようもない”鈍”(なまくら)に成り下がる」

 

 

 

***

 

 

 

「剣に合わせるのが良い剣士であり王道の剣術なら、【エリュシオン】は剣士に合わせる『王道ならざる剣(アストレイ・ソード)』だ。全てはお前さん次第で決まる」

 

ゴブニュの重々しい言葉にキリトは思わず息を飲み込んだ。

 

「別に難しい話じゃねぇさ。研鑽を止めるな。強さを渇望し続けろ。お前の目指す”強さの遥かな高み”を強くイメージしろ。一歩づつでもかまわん。迷い苦しむなら、時には立ち止まってもいいさ。だが踏みしめるように高みを目指し続けることに躊躇うな」

 

ゴブニュは一度言葉を区切る。

キリトに考える時間を、あるいは覚悟を決める時間を与えるように。

 

「今の強さに満足するな。高望み大いに結構だ。そしてそのお前さんの長い旅路の相棒として、『剣を可愛がれ』」

 

「剣を……可愛がる?」

 

疑問を隠さないキリトにゴブニュは頷き、

 

「ああ。『本来の剣の使い方をしろ』とも言い換えられるな。坊主、本来の剣の使い方とは何だ? ピカピカに磨き上げて陳列窓(ショーウィンド)に飾ることか? 宝物庫にしまいこみ、時折取り出してはニヤニヤ眺めることか?」

 

「ちがいます」

 

ゴブニュの問いにキリトはきっぱりと、凛とした眼光を宿らせながら答える。

 

「剣は武器。その目的は己に仇なす全てを、人であれ怪物(モンスター)であれ百災百禍をその刃で斬り伏せ、斬り捨てることです」

 

ゴブニュは満足そうに、

 

「いい返事だ。切れない刃に意味はなく、斬らない剣もまた意味はねぇ。坊主、斬って斬って斬り続けろ。剣風を起こし、存分に血風を浴びろ。それがお前さんとエリュシオンにとっての糧であり、同時に鎚にもなる。【エリュシオン(この子)】はそういう剣だ」

 

「はい……!!」

 

キリトの瞳には、確かな覚悟が宿っていた。

決して折れない意思(デュランダル・ハート)”が彼の胸に在ることを示す、鮮烈にして鋭利な眼光……

 

その時、彼の意思に呼応するようにエリュシオンの漆黒の刀身に刻まれた普段は見えない筈の無数の神聖文字(ヒエログリフ)が青白い燐光を帯び、仄かに輝いていたという。

 

 

 

***

 

 

 

後世のオラリオ史の編纂者達の多くはこう語ることになる。

 

『鍛治神ゴブニュの薫陶を受けたこの瞬間こそが、歴史上稀有な”剣聖”が誕生する最初の胎動だった』

 

と……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

「坊主、一つ言い忘れてたことがある」

 

「はい?」

 

エリュシオンを鞘に収めて背負い、礼を告げて退室しようとしたときにふとゴブニュが声をかけてきた。

 

「【エリュシオン】の代金は、お前さんの試し切り役(テスター)料と相殺でかまわん」

 

「えっ!?」

 

流石のキリトもこれには驚いた。

知る人ぞ知る名工揃いのマニアック・ファクトリー【ゴブニュ・ファミリア】の一級装備級なら、例え短刀(ナイフ)程度でも500万ヴァリスは下回らないだろう。

あまつさえ、話から理解するに主神ゴブニュが自ら鍛えた、それこそ”神格級”と称してもおかしくない傑出の大業物おまけにいわくありげな特殊機能付きならば、その10倍……いや20倍を下ることはまずはない。

 

「話は聞いてたろ? 【エリュシオン】は適合者(マスター)じゃねぇと力の片鱗すら見せようとしねぇ。お前以外が使ったなら、打ち損ねとは言わねぇが……精々、普通の剣だな」

 

その時、茶器一式を片付けていたヴィータが「選り好み激しく気難しいとこは親方そっくり。さすが親子だぜ」と呟いたが、幸い誰の耳にも届いてないようだ。

 

「ただし、いくつか条件がある。まずは最低でも五年は使い続けろ」

 

「も、もちろんです!」

 

これほどの名剣はそう滅多にお目にかかれない。

正直、旧世界でも現世界でもそれなりの刀剣を見てきたキリトでも、これほどの剣とまた巡りあえる自信はなかった。

 

「もう一つは……メンテは必ずワシのところに直接もってこい。他所のファミリアの鍛冶師や研師は言うに及ばず、ウチのファミリアの連中にも任せられん。そいつの面倒を見れるのは、おそらく世界でワシだけだ」

 

「いいんですか……?」

 

ゴブニュ自身が面倒を見る……その意味がわからないほどキリトは子供ではない。

 

「良いも悪いも無ぇさ。それが最良だってだけだ」

 

そう癖のある笑みを浮かべながらゴブニュは紫煙を吐き出した。

 

 

 

***

 

 

 

契約書に署名し、キリトは再び礼を告げて部屋を出た。

 

重厚な扉が締まり気配が完全に消えた後……

 

「親方、本当によかったのかよ? アイズ嬢ちゃんの言葉を信じないわけじゃねーけど、小僧はまだまだ未熟だぜ?」

 

そう切り出したのは、茶器を戸棚にしまい終えたヴィータだった。

 

「かまわん。ワシの見立てじゃ坊主の器はまだまだ深い。ありゃ何度も大化けする珠だ」

 

「そんなもんかねー。でもよ、ありゃ製造資金だけで2億ヴァリス以上って代物だぜ? 売値でいやぁ3億ヴァリスにはなる。そもそも素材が素材だからな。ファミリア(うち)としちゃあ大損だ」

 

ヴィータの「もったいねーなー」という趣旨のぼやきにゴブニュは苦笑し、

 

「馬鹿言うな。持ち主となれば誰しもが性能を引き出せる剣が理想の剣なら、適合者(マスター)を選びマスターにしか”真の力”を引き出せねぇ剣なんざ、駄作もいいとこだ。とてもじゃねぇが売り物にはなんねぇさ」

 

「親方ぁー、そんな売り物になんねーもんに大枚叩いたのかよー」

 

一応、ファミリアの運営に携わるだけあってヴィータは聞き捨てなら無い台詞に頬を膨らませるが、ゴブニュはただ愉快そうに……

 

「そうブーたれるな。それにお前は鍛冶屋の一人として面白いとは思わねぇのか?」

 

「面白い? 何がだよ?」

 

「創り手の予想さえも超える、”完成した姿が予測できない作品”って奴が、さ」

 

 

 

 

「完成した……姿? ちょっと待てよ。【エリュシオン】はもう完成した剣だろ?」

 

焦った表情をするヴィータだったが、

 

「はん。ヴィータ、お前もまだまだ修行が足りんな。あの剣は今の姿が完成形じゃねえ。完成してるわけもねぇ」

 

「えっ?」

 

「【エリュシオン】は使い手であるマスターが完成し、それに最適化して初めて完成に至るのさ。『全てはお前さん次第』……そう言ったろ? マスターと剣は対なるもんだ。俺は”最初の形”を創ったにすぎん」

 

ゴブニュはいつの間にか笑みの種類を変えていた。

それは言うならば彼本来の存在としての笑み、『人の生き様を娯楽として楽しむ、神としての傲慢さ』を内包した笑みだった……

 

(刃に刻みしは『変化に必要な不定数化の権化たる”不確定要素(カオス)”』……)

 

「キリト・ノワール……お前は、一体ワシにどんな完成した姿を見せるのだろうな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。
深夜アップになってしまましたが、なんとか週末に二本を上げられてホッとしてます(^^

前書きにも書きましたが、このエピソードで第1章が終わりとなります。
原作にないエピソードばかりでしたのに、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
楽しんでいただけましたでしょうか?

実はこの第1章は原作のベル君の代名詞である『ヘスティア・ナイフ』に変えて、キリトのSAOにおける主武装である『エリシュデータ』をいかに登場させるか?を考えているときに原案が浮かんだエピソードが出発点となっています(^^

次章からはようやく再び原作の流れと合流しますが、ベル君とヘスティア様の絆の象徴ともいえるナイフ製造イベントとかはどうなるのでしょうか?

そんなあたりも含めて、次話&次章を楽しみにお待ちいただけたら幸いです。

では、また次回にてお会いしましょう!






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第002章:神と眷属の関係が斜め上になってるのは間違っているだろうか
第016話 ”のんびり妖精っぽい神様が同時にワン娘ちっくなのは間違っているのだろうか


皆様、こんばんわ。
いよいよこのエピソードから新章突入です。
お陰でちょい難産気味だったのはお約束(^^

というよりようやく原作と少しずつクロスオーバーするような……?
いや、むしろようやく”彼女”が出てくるようです。


 

 

 

ゴブニュ・ファミリアを出たキリト・ノワール(Kirito Noir)は、街を横切るように北西のメインストリートを抜け、都市の西地区の沿いを郊外に向け歩いていた。

 

オラリオの西地区は【ファミリア】に加入していない無所属の労働者の多くが住居を構え、彼らの家族も生活することで大規模な住宅街を形成しているとされていて、いわゆる低所得者層も多い雑居地区だ。

もっとも21世紀の日本人が想像する”荒廃地区(スラム)”と比べればまだ治安は悪くはない。

確かにインフラストラクチャーなどは摩天楼施設(バベル)がある都市中央や高級住宅街が並ぶ北地区と比べれば未熟ではあるが、活気に溢れた庶民的な街とも言えた。

 

やがてキリトは街並みを抜けて廃墟が立ち並ぶ(うら)寂しい地区へと出る。

こんなところで何がしたいのかとも思うが、彼は迷いない足取りで一点へと歩んでいた。

 

 

 

やがて辿り着いたのは、放棄された教会だった。

時は夕暮れ黄昏時。昼と夜の狭間の刻、どこか血を思わせる薄暗く紅い光の中で朽ち果てた教会の前に佇む死を連想させる黒衣の剣士……確かに絵になる構図ではあるが、なんとなく妖しいというか、ゴシック的な意味での惨劇を予想される不穏な風景でもある。

 

そして自分が何をすべきかをよく知っていたキリトは徐に扉を潜り……

 

 

 

「キーくん!! おかえりー!!」

 

本来は救済を謳う教会でするには少々後ろ暗い謀のための隠し部屋として作られていたが、教会が捨てられたためにその役目を失い今はただの無害で平和な居間(リビング)として使われているその部屋に入るなり、ご主人様の帰りを長らく待っていた飼い犬のようにキリトの胸に飛び込んできたのは、

 

「ただいま。”ヘスティア(ΕΣΤΙΑ)”」

 

嬉しそうにぐりぐりと押し付けてくるツインテールの黒髪の映える頭を、キリトは慈しむように優しく撫でた。

 

 

 

***

 

 

 

【ヘスティア】

スペルは”ΕΣΤΙΑ”もしくは”εστια”。

ギリシャ神話体系(グリーク・ミトス)に登場する女神で、アテナやアルテミスと並んでギリシャ神話の誇る三大処女神(おとめ)の一柱。

炉の象徴とされ、それが転じて家庭の守り神、ひいては全ての孤児達の保護者とされる。

その一方、古代ギリシャの哲学者プラトンによれば「彼女1人だけがのんびりしていた」などの表記があるように、非常に呑気な印象の女神らしい。

一説によればクロノスとレアーの長女であるのだが……そうなるとゼウスの姉ということになってしまうが、”オラリオのある世界”での真偽は不明である。

 

以上は凡そ21世紀の地球に伝わる女神ヘスティアの概要なのだが、ここオラリオに降臨したヘスティアは、その伝承に合ってるような合ってないような『女の子』であった。

 

真っ白なリボンで結わえた黒髪のツインテールに、くりくりとよく動く好奇心を隠そうともしない大きくつぶらな瑠璃色(ラピスラズリ)の瞳……

顔つきは明らかに美人顔ではなく可愛い系、ぶっちゃけて言えばかなりの童顔で背丈も低い。

だが、胸と背中に割と大胆なカットがされた純白ミニのワンピースに包まれた肢体は全体サイズはミニマムだが幼児体系ではなく、それなりにくびれているところはくびれていて、何より他が小さい分、マキシマムと言っていい双丘……オパーイが胸元のアクセントである瞳の色と良く似た青いリボンを押し上げ強烈なまでの自己主張をしていた。

ついでに肢体に巻きつけている瞳と同じラピス色の紐は、何故か微妙にエロい。

 

まったく他の神々から「ロリ巨乳女神」と呼ばれるわけである。

 

 

 

さて、そんな世にも愛らしいのんびり妖精……もとい。のんびり女神様が、キリトとこんな寂れた教会で密会(?)をしているのは海よりも深いわけがある、というわけではない。

 

「今日はいつもより遅かったみたいだね? お陰で昨晩はさびしかったよ~」

 

会話から察するに、キリトは昨日は朝から一日中ダンジョンにいたらしく、ダンジョンを出てギルドに足を運んだのが昼前で、ゴブニュ・ファミリアへ向かったのが昼食後という感じのようだ。

 

「ごめんな、ヘスティア。ちょっと浅い階層でミノタウロスとエンカウトしてバトったら勝っちゃってさ。それで調子乗ってつい下まで降りてたんだよ」

 

「ちょ!? ミ、ミノタウロスぅーーーっ!? キー君、無事なの!? ねぇ、怪我とかしてないよね!? 痛いとことかないかいっ!?」

 

彼女……”ヘスティア”は抱きついてた身体をパッと放し、キリトの周囲を回る様にして慌ててぺたぺたと触りまくるが、

 

「大丈夫だよ。無理もしてないしやせ我慢もしてないさ」

 

「わわっ!?」

 

何を思ったかキリトはくるくる回るヘスティアを捕まえると同時に両脇の下に手をいれ、子供に『高いたか~い』をするようにひょいと持ち上げ、

 

「このくらいできる程度には元気だぜ?」

 

「にゃあぁぁ~! お~ろ~し~て~!」

 

 

 

***

 

 

 

「でもホッとしたよ。キー君に大怪我されたり死んだりされたら、ボクは大ショックだよ!」

 

そう心底胸を撫で下ろしてるのはキリトの膝の上にちょこんと座るヘスティアだった。

この部屋に二人でいるときの不文律(ルール)は、とりあえずキリトがソファに座り、その上にヘスティアが座るというものだった。

それを最初に決めたときは、『ボクは神様なんだしこのくらいの役得はあってもいいと思うんだ』『男の膝の上なんてゴツゴツして座っていいもんじゃないだろうに』『ボクにとっては最高の座り心地なんだよ♪』というやり取りがあったそうな。

キリト、炸裂しろ。

 

「そう簡単にくたばりゃしないよ。これでもしぶとさには定評あるし、悪運の強さも折り紙つきだ」

 

「でも、ボクはいつだってキー君のことが心配なんだよ~」

 

キリトの膝の上で膝を抱えるという器用なことをする心配性ののんびり女神様をキリトはきゅっと抱きしめ、

 

「キー君……」

 

「俺は【ヘスティア・ファミリア】唯一の団員だ。ヘスティア一人だけを遺して哀しませるような真似はしないさ。まぁ、とりあえず俺を信じろ」

 

「よぉ~し言ったなぁ~! ならばボクは大船に乗ったつもりでいるからね♪」

 

笑顔の戻るヘスティアにキリトは大きく頷き、

 

「まかせておけって!」

 

 

 

***

 

 

 

既にお察しかもしれませんが改めて言えば、ヘスティアとキリトの関係は比喩的に言うなら”親子”にござい。

一般的に言えば【眷属(ファミリア)】というものであるのだが。

 

主神ヘスティアを中心ないし頂点とする【ヘスティアの眷属(ヘスティア・ファミリア)】、言葉通りに今のところ唯一の眷属がキリトだった。

 

「そういえば今日は、キー君が帰ってくると思ってお土産があったんだよ♪」

 

ぴょんと擬音が付きそうな感じでヘスティアはキリトの膝から飛び降りると、テーブルの上に用意していた大皿に被せていた布をめくり、

 

「じゃっじゃぁ~ん♪」

 

「おおっ。”じゃがまるくん”の山盛りじゃないか」

 

「へへ~ん♪ バイトの売り上げがいいからご褒美に貰ったんだよ~!」

 

この女神様は会話から察するに、”じゃがまるくん”という食品を販売するアルバイトに従事しているらしい。

世の中には「働かざる者食うべからず」なる名言も存在するが、微妙に切ない気持ちになるのはなぜだろう?

もっとも彼女の場合は、幸いにしてあまり暗い事情は無いようではあるが。

 

実際にその仕草は、何やら女神というより初めて作った料理を親に自慢する子供に見えなくもないが、キリトはキリトで”この世界での年齢”に似合わない父性に溢れた笑みを浮かべ、

 

「すごいぞヘスティア。客商売ってのはあれで中々難しいんだ。少なくとも愛想のない俺にはできないさ」

 

そして、両腕を大きく広げて、

 

「ヘスティア、おいで」

 

「うんっ!」

 

じゃがまるくんを乗せた大皿をキリトの横に置き、またぽふっとキリトの胸に反転ダイブして膝の上に着地&胸板に後頭部を押し付けご満悦そうなヘスティア様である。

大事なことなのでもう一度言うが、ヘスティアは”女神”でありキリトはその”眷属”たる人間なのだが……なぜかご主人様に甘える真っ白の愛玩犬を連想させるのは気のせいだろうか?

 

 

 

「ほら、ヘスティア。あーん」

 

「あ~ん♪」

 

食べ易いサイズにしたじゃがまるくんを女神の口に放り込む黒の剣士……なぜだろう? 字面にするとひどくシュールだ。

絵面から言えば、単にキリトは無自覚にヘスティアは意識的にいちゃこらしてるだけなのだが。

 

(そういえば、スグもよくこうやって膝の上に乗せて食べさせてたっけ……)

 

既視感(デジュヴュ)と言いたくなるような感覚を感じながら、今はどこにいるのかわからない血の繋がらない妹のことを思い出してしまう。

前世(?)のこととはいえ、小さい頃の思い出なら微笑ましいで済むが、実はこれSAOへの最初で最後のダイブの直前までの日常風景であるらしい。

蛇足ながら桐ヶ谷和人も桐ヶ谷直葉も思春期真っ只中のはずなのだが……

 

今生の爺様主催の日常ハーレム(エリート教育)もさることながら、前世のうちから一番近い位置に居た女の子から自然と食事も一緒寝るのも一緒お風呂も一緒の無自覚の同棲生活をしていたキリトにとり、この程度の事柄は『ドキドキ☆シチュエーション』どころか近しい間柄のスキンシップにもあたらないことだろう。

それがヘスティアにとって幸なのか不幸なのか。

 

 

 

「そういえばキー君、その剣はどうしたんだい? 昨日出るときに持っていたのと違うみたいだけど?」

 

ふとヘスティアは、ソファに立てかけてある鞘拵えすらも立派な”漆黒の長剣”を目に留めた。

 

「ああ、これか? 【ΕΛΥΣΙΟΝ(エリュシオン)】って剣なんだけど……実はさ、」

 

 

 

***

 

 

 

キリトの奇妙な冒険(ストレンジ・デイ)』となった昨日から今日にかけての一両日の出来事を聞いたヘスティアは、腕を組んで難しい顔をしてしまう。

ただし座り場所は相変わらずキリトの膝の上だったが。

 

「つまりキー君はミノタウロスとミノタウロスを逃がしたパーティーの一人のヴァレン某とエンカウトとして、バトルに勝利してモンスター・ドロップの【エリュシオン】をゲットしたということだね?」

 

「いや、細部がかなり違うから。エンカウントまではいいとしても、倒したのはミノタウロスでアイズは倒してないよ。というか今の俺の実力じゃ、とてもじゃないが倒せないさ。あと剣をドロップしたのはモンスターじゃなくてアイズの方だけど」

 

絶対わざと言ってるだろう言い回しに、あえて生真面目に返答するキリト。

ヘスティアもそうだが、キリトも中々いい性格をしている。

 

「そこだ!」

 

「どこだ?」

 

膝の上で器用に半回転して向かい合わせになり(ヘスティアはどうやらキリトの膝から降りる気はないらしい)、ビシッと指差すヘスティアに、キリトは古典的(クラシカル)と言ってもいいボケを返すが、

 

「君は何で出会ったばかりのヴァレン某をさらっと呼び捨てにしてるのさっ!!」

 

「いや、本人にそう呼べって言われたから……かな? まあ俺もアイズの方が呼びやすいし」

 

「呼びやすいって、キー君は一体何度ヴァレン某の名を呼ぶ気なのさっ!?」

 

「さあ。それこそ『神のみぞ知る(God Only Knows)』じゃないのか?」

 

「ええーい! 同じ神族としてそんなの絶対に認めないんだからねっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。

ご挨拶もそこそこに先ずは一言……

「ようやくヘスティア様が描けたぁーーーっ!!」

いやぁ~、冒頭のモノローグから実に15話ぶりの登場でした(^^
その反動(フラストレーション)のせいで、原作以上にいちゃこらになってしまったのは否定できない事実です(笑)

ヘスティアは好きなキャラですし、早く登場させたいとおもっていたのですが、このシリーズのみならずボストーク作品は亀展開が持ち味なので、ここまで伸びてしまった次第です。
しかも、なんとなく(ワン)娘っぽくもなってしまったという罠。

こんなヘスティアですが、新章共々気に入っていただければ嬉しいです。

それではまた次回にてお会いしましょう。



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第017話 ”古びた教会で囁かれたその言葉は間違っていないと信じたい”


皆様、こんばんわ。
やっと週末がやってきました(歓喜!)
ただ週末にも予定が割りと詰まってるので、果たしてどこまで投稿ができるやらです(^^

さて、今回のエピソードは……基本的に閑話的な感じです。
ただ、今までにないくらい甘いかもしれません。
甘いものが苦手な皆様は珈琲の準備を(笑)



追伸:ふと目が覚めて読み直したらちょっと物足らなかったので加筆しました。


 

 

 

西暦2025年某月某日、とある世界の東京……その片隅にて

 

 

 

「どうやら無事に旅立ってくれたようだ」

 

男は満足げに小さく笑い、

 

「酷い旅立ち……いいえ。見送りもあったものね」

 

女は苦笑をもって応えた。

 

「いいじゃないか。少なくとも彼らの生きるべく世界は、”終焉が確定した世界(ここ)”よりは希望もある」

 

「それが例え神々を名乗る者達の退屈しのぎの玩具(オモチャ)になるとしても?」

 

それは契約。神々は古来より人と契約するものだ。

無論、決して公平なものではない。

刹那の刻に生きる人は、悠久の時を生きる神々にとり公平性を重んじるような存在ではない。

公平性とは元来、同等の存在相手に意識されるものなのだから。

 

「例えオモチャになるとしても、さ。少なくとも核の焔に焼かれるよりはマシな未来な筈だろ?」

 

男の端末には既に最初の核弾頭が発射されたことを示すメッセージが浮かんでいた。

 

「希望的観測だと思うわ。きっと全ての”転生者(フォリナー)”が『死ぬより生きてるほうがマシ』と思える人生をおくれるわけはではないのだから……」

 

それは暗に『この世界と共に死んだほうがマシなのかもしれない』と告げていた。

 

「だとしてもだ。生きていれば希望と絶望は織り成すはずだ。絶望があるなら、その対極の希望もあるだろう。だが死ぬのは、絶望でも希望でもない。一切の変化のない、ただ『無』への回帰するだけだ」

 

「貴方はけっこうロマンチストなのね? 知らなかったわ」

 

「君はけっこうペシミストなんだな? 知らなかったよ」」

 

男と女はクスッと微笑み合う。

 

「最後の最後にお互いの知らない姿を見れたことは、喜ぶべきことかな?」

 

「さあ。でも今は貴方と一杯飲みたい気分だわ」

 

「乾杯しようか?」

 

「何に?」

 

男は二つ並んだワイングラスに、いつか来るはずだった彼女との記念日に用意していたとっておきのワインを注ぐ。

 

「彼らの旅立ちに幸多からんことを。彼らの行く末に”神々”の祝福あれ(Gods bless the new World)

 

「それ、もしかして皮肉?」

 

「『誰に対する』という情報を明言しないのが君らしいよ」

 

女はとても楽しそうに微笑んでいた。

それは胸が締め付けられるほど……全てを受け入れた者が出来る儚くも優しい笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

それはきっと、人々の記憶から忘れられた教会に伝わる小さな優しい御伽噺(リトル・フェアリーテール)

傷ついた黒い少年剣士とのんびり妖精が織り成すような物語……

 

騎士とお姫様の物語(ロマンティック・サーガ)のような華やかさはないかもしれないけど、きっと幸せなお話だろう。

 

 

 

***

 

 

 

せっかくキリトの膝の上に座っているのに、いつまでもブーたれてるのはもったいないと思ったのか、ヘスティアの機嫌はほどなく直ったようだ。

 

(まあ、それにキー君もそこまで想い入れあるわけでもないみたいだしね~♪)

 

「くふふ。ヴァレン某、きっと君にはキー君の膝の座り心地なんてわからないだろうさ。この先ずっと」

 

「いきなり何を言い出すんだか」

 

そう苦笑するキリトであったが、今気になるのは膝の上の女神様より鞘から抜き放った漆黒の長剣”ΕΛΥΣΙΟΝ(エリュシオン)”の方らしい。

 

「ヴァレン某のことは置いておくとしてもさ……その剣、そんなに気に入ったの?」

 

「ああ。気に入ったよ」

 

”ヒュン”

 

キリトは片手で軽く振るい、小さな剣風を呼ぶ。

 

「とてもよく手に馴染むし、次第に”俺自身”にも馴染んでくるらしいからさ」

 

「ふ~ん……ボクに言わせれば妖しげな事この上ない特性に聞こえるんだけど」

 

「そうか? 俺が強くなればなるだけ”俺に合わせて最適化(オプティミニエーション)”されるなんて、いかにも鍛え甲斐があるじゃん」

 

「そんなもんなの?」

 

「そんなもんさ」

 

”パチン”

 

とキリトは後ろから抱きかかえるようにしているヘスティアの眼前で、鍔鳴りをさせて剣を鞘に収める。

 

「でもちょっと悔しいかも」

 

「何が?」

 

ちょっと拗ねたようにヘスティアはそっぽを向いて、

 

「こうなったら言っちゃうけどさ……実はさボク、キー君のために武器を用立てようと思ってたんだよ。昔の伝手を頼ってね。そのためのプランも色々考えてたんだけど、さ」

 

”ぽむ”

 

キリトは優しく黒髪のてっぺんに手を置いてそっと撫で始めた。

 

「バカだなぁ。ヘスティアはそんなことに気を回さなくたっていいよ」

 

「だって! ボクだって少しは神様みたいなことをしたい! キー君に養われてるだけじゃ、おんぶに抱っこされてるだけじゃ嫌なんだよ……ボクだって、キー君のために何かをしたいんだよぉ……」

 

自分に対する情けなさからか最後は涙声になってしまう。

その言葉は、オラリオに降り立った『退屈を殺すために人間を巻き込む』という傲慢を是とする神らしい神々としてはあまりに善良すぎた。

 

深い親愛と友愛が胸を打つ。

キリトのささくれ立った心の奥底を癒すような、まるで春の霧雨のように優しく柔らかい気持ちは、きっと恋愛感情とは別の何かだろう。

 

その気持ちを上手く表す言葉をキリトはもっていなかった。

だけど名前を知らぬその気持ちを無理やり押さえ込めるほど、大人でもなかった。

 

「莫迦だなぁ。本当に莫迦だよ。ヘスティアは……」

 

「そんなに何度もバカバカ言うこと無いじゃないか! ボクだってたまには真剣に……」

 

”ぎゅ”

 

「へぅ!?」

 

それは抱擁……キリトはさっきまでの子供を抱きかかえるようなそれではなく、気が付いたら『自分の意思』でヘスティアを痛がらせないぎりぎりの力で、彼女の小さな肢体(からだ)を抱きしめていた……

 

 

 

***

 

 

 

「もう十分だよ。十分なんだよ。ヘスティア、お前がいてくれるだけで」

 

「キー……君……?」

 

「お前が居てくれたから、俺はまだ『この世界も悪くない』って思える。爺ちゃんと死別して、俺はただ漂流するように生きてきた。ただ流れるままに斬って殺す日々だった……」

 

それはキリトが滅多に見せることの無い、恥ずかしいぐらいに素直な心の吐露……

 

 

「それが気に入らなかったと言えば嘘になる。命のやり取りをする日々はスリル満点で心底楽しかった。愛した女だってそれなりにいたよ。自分なりに真剣に精一杯に生きていた実感だってある……でもさ、」

 

キリトの声はかすれていた。

あえてその表情を語るのは、無粋というものであろう。

 

「根無し草として生きるはずだった俺を拾ってくれたのはヘスティアだったんだ。知ってるか? 俺は本当は誰かの眷属(ファミリア)になんてなる気はなかった。オラリオに立ち寄ったのだって、かつて遣り残したこと……”後始末”をするだけの予定だったんだ……」

 

 

 

「知ってたよ。君は初めて見た時、目に見えないけど傷痕(きずあと)だらけだったから……空を見上げる瞳が、なんだかとても寂しそうに見えたから……」

 

思い出すのは在り来たりの街の風景。

変哲の無い公園の階段に座り、ただ虚空を仰ぎ見ていた少年の姿……

 

(だからボクは、キー君をほうっておくことなんてできなかった)

 

伝承によれば、ヘスティアは全ての孤児の守護者なのだという。

ならきっと、その出会いには意味はあった。

 

最初は、女神としてほうっておくことなんてできなかった。

 

(でも、昨日も今日も明日も自分には関係ないって目をしてたから……)

 

 

 

***

 

 

 

『ねぇ、ボクと契約して眷属(ファミリア)になってよ』

 

気が付いたら声をかけていた。

それは、ほんの半月ほど前の話なのに……

 

(これが人間(きみ)達の思う『懐かしい』って気持ちなのかな……)

 

「ヘスティア、お前が俺にもう一度”戻りたい場所(ファミリア)”をくれた。死にかけようと手足がもげようと、這ってでも帰りたいと思える居場所をくれた。それだけで俺は、短い人間の生では返しきれないほどのものをお前からもらってる」

 

「そこが例えこんなに朽ちた教会でも……?」

 

キリトは大きく頷く。

全てを肯定するように。

 

「ああ。問題ない。お前が居てくれれば十分だ」

 

「ボクはマイナーな上にへっぽこぷーな神様だよ? 地上(ここ)では一人じゃ何もできないんだよ?」

 

「かまわない。だから二人いるんだろ? お前が俺の居場所を守り、俺がお前のために外で剣を振るう。ヘスティアをそもそも家庭の守り神だ。ほら、とてもらしい役割だろ?」

 

「今だってファミリアには人が全然集まらないよ。いつもキー君にばかり負担をかけてしまう」

 

「いいさ。俺は別に負担だなんて感じたことはないから。それに二人きりだからこそこうして好きなだけいちゃいちゃできる」

 

「バカ……バカバカバカ! キー君の方こそ本当にバカだよ。こんな駄目駄目な神様にそこまで入れ込むなんてさ……」

 

「バカで結構。それでヘスティアの側に居られるなら安いもんだ」

 

 

 

”ポロ……ポロポロ”

 

ヘスティアの瑠璃色(ラピスラズリ)の瞳から、透明な煌く雫がいくつも零れ落ちる……

 

「君は本当にひどい人間(ひと)だよ……えぐっ……神様のボクをこんな風に泣かせるなんて」

 

「その通りだ。俺は言語道断の人でなしだから。その自覚は十分にあるさ」

 

ヘスティアは泣いていた。

でもきっとそれは哀しい涙なんかじゃない。

だって彼女は泣きながら、こんなにも嬉しそうに微笑んでいるのだから……

 

「好きには色んな種類があるけどさ……でも、これだけは胸を張って言える」

 

それはきっと、小さな物語には相応しいシンプルだけど大事な言葉……

 

 

 

「大好きだよ。ヘスティア」

 

「ボクもキー君が大好き……どうしようもないくらい大好きだよぉ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。
冒頭は茅場夫婦(?)の滅び行く者たちのほろ苦い甘さを、残りはド直球な甘さを表現したかったのですが、如何だったでしょうか?

最近、私生活にまったく精神的糖分が皆無で、辛さと苦さばかりにヘキヘキしていた反動でこんな作風になってしまいましたが楽しんでいただけましたか?
一応、タグにラブコメと入れてるわけだし、たまにはこんなエピソードもいいかなぁ~と作者的には思ってたりして(^^
ヘスティアの原作のベル君との絆と、『ダンキリ』のキリトとの絆は似て非なるものだったりしますし。

さて、次回はいよいよ気になるキリトのステータスが公表!となればいいなぁ~と(笑)

それではまた次回にてお会いしましょう。


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第018話 ”キリトが意外と魔力値が高いのは間違っているのだろうか”

皆様、こんにちわ。

今回のエピソードはいよいよ明らかになるキリトのアビリティと……前回のオチ?


追伸:とある読者様から登場魔法に対するご考察をいただき、それを参考に一部解釈を変更しました。


 

 

 

それはきっと、小さな物語には相応しいシンプルだけど大事な言葉……

 

「大好きだよ。ヘスティア」

 

「ボクもキー君が大好き……どうしようもないくらい大好きだよぉ」

 

 

 

***

 

 

 

「ねぇ、キー君……」

 

「ん?」

 

「今夜はボクを寝かさないで欲しいな……ボクをその、食べて欲しい」

 

しかしキリトはヘスティアを抱きしめたままにっこり微笑み、

 

「うん。だが断る」

 

笑顔ですっぱり、この上なく鋭く切り捨てた。

 

 

 

「ちょ! キー君! 君はどうしていつもいつも、最後の一線を越えようとするといきなりシャットアウトするのさっ!?」

 

「好きには色々な種類があるって言ったろ? 俺がヘスティアに対するのはどちらかと言えば”無償の愛(アガペー(αγαπη))”とか”家族愛(ストルゲー(στοργε))”の類で、間違っても”性愛(エロス(ερωσ))”じゃないの」

 

ちなみにこの世界で言う【神の恩恵(ファルナ)】の語源と思われる”フィリア(φιλια)”というギリシャ語があるが、その意味は【友愛】である。

これを順当な意味に捉えるかそれとも皮肉に捉えるかは、きっと意見の分かれるところであろう。

 

「むー。例え端くれでも、ギリシャ神話の一柱に数えられる身としては反論しづらいけど……すっごく納得できない!」

 

「そうむくれるなって。大好きって言葉に嘘偽りないんだし」

 

するとヘスティアは女神にあるまじきジト目で、

 

「キー君……君は一体、いくつの大好きや好きをもってるのさ?」

 

「それを聞くのか? ヘスティア……お前は地上に降りてから食べたパンの個数を覚えているのか?」

 

「キー君のちょーうーわーきーものぉーーー!!」

 

”げしげしげし!”

 

「脛を蹴るなって。地味に痛い」

 

「全然痛そうに見えないのが余計にむーかーつーくー!!」

 

 

 

***

 

 

 

「もういい! わかった……キー君、なら服を脱いでベッドに横になって」

 

「いや、だからさ」

 

するとヘスティアは自慢のツインテールを振りながらビシッとキリトを指差し、

 

「そうじゃないよ! キー君の意見は尊重しよう。眷属(こども)の頼みを聞くのも神様のたしなみなんだし。ならボクは……」

 

瞳をキランと輝かせ、

 

「神様でいいよ……なら神様らしいやりかたで、キー君をぞっこんにさせてやるんだから!」

 

キリトが思わず『それは一体どこの白い悪魔(9歳児ver)だ?』とツッコミそうになったのは誰にも責められまい。

 

「というわけでステータスの更新とスキルのチェックするよ♪ まっ、キー君がボクの眷属(ファミリア)である以上、これだけはヴァレン某だろうがどこかの鍛冶屋やってる複合混血(ハイブリット)・ドワーフ娘だろうが情報屋のネズミ系獣人女(ソウリスロープ)だろうが真似できないんだし」

 

「ヘスティアさん、やけにご指摘が具体的なのは気のせいでせうか?」

 

「さーてね。まあキー君の場合、あと数倍はいそうな予感がするんだけどな~」

 

「ぎくっ」

 

 

 

***

 

 

 

「ウフフ♪ ねぇ、キー君……」

 

うつ伏せにベッドに寝転んだキリトの腰の辺りにヘスティアは馬乗りになり、

 

「血の一滴じゃなくて背中じゅうに血を塗りたくって、ボクの匂いが二度ととれないくらい染み付け(マーキング)たいって思うのは、間違っているのかな?」

 

ハイライトに消えた瞳でのたもうた。

 

「そのヤンデレ的な発想は自重してくれると助かります。というか、それって一体どこの邪神信仰の儀式(ニャルラトホテプ・イニシエーション)だよ?」

 

いや、キリト……お前の想像した邪神『這い寄る混沌』は、絶対に別のものだ。

きっと、”うー”で”にゃー”な人(?)だろう。

 

そしてヘスティアの血液を垂らすことにより浮かび上がったキリトの背中に刺青のように刻まれた現状の総合能力値(ステイタス)は……

 

 

†††

 

冒険者Lv:Lv.1

 

基本アビリティ

力 :704(B) → 740(B)

耐久:513(D) → 518(D)

器用:801(A) → 833(A)

敏捷:847(A) → 891(A)

魔力:598(D) → 613(C)

 

魔法

防人神の慧眼(アイ・オブ・ヘイムダル)

罪深き幻惑(スプリガン・ギルティ)

 

スキル

呪詛の黒騎士(ダーク・デュラハン)

【=/=/=/=/=(←何か書き潰されたような痕跡)】

 

†††

 

 

「ほ~う。悪くないじゃん。合計経験値(エクセリア)上昇132……今までの新記録だ。第10層まで潜った甲斐はあったかな?」

 

羊皮紙に転写された自分のステイタスを見てキリトはまずそう感想をもらした。

 

「やっぱりミノタウロスとの一戦とか二桁階層の到達が大きかったと思うよ? 元々、キー君の資質的に伸び易い敏捷/器用がよく伸びてるのは勿論だけど、力の上昇幅まで大きいのはその剣、【エリュシオン】のせいかな?」

 

いくら天然でもヘスティアだって神様。見るべきところはよく見ていた。

 

「感覚的には羽根のように軽いんだけどな」

 

「それは剣の付与能力、”使い手への適合(フィッティング)”や”使い手に合わせた最適化(オプティミニエーション)”のお陰だよ。実際にはちゃんと重さがかかってるから、それがフィードバックされてるんじゃないのかな? えっと……」

 

試しにヘスティアは鞘に収まったままのエリュシオンの柄を両手にとってみると……

 

”ずしんっ♪”

 

「んぎぎぎぎぎっ!」

 

「ヘスティアさんヘスティアさん、何をやってらっしゃるので?」

 

本気で疑問の表情を浮かべるキリトだったが、ヘスティアは力みすぎたせいか涙目でぽつりと一言、

 

「……持ち上がらにゃい」

 

確かにヘスティアは非力だ。非力だが……

 

「ぐはっ!?」

 

違う意味での『こうかはばつぐんだ』ったようだ。

 

 

 

***

 

 

 

「コ、コホン! えっとボクの見立てではエリュシオンは、どんなに軽く見積もってもキー君が使ってたブラックバーンの倍以上の重さがありそうだからね。きっとそれが作用したんだと思う」

 

「なるほど。まにわに忍法の”足軽”と違って実際に重さを打ち消すんじゃなく、あくまで感じないだけでを筋力増強を促す類の肉体への負荷は本物ってことか。もしかして乳酸の分泌を抑制するとかプロテイン合成なんかの効果もあるのか? しかし、剣を振るのがアイソトニック運動の過負荷として考えるなら、超回復に必要な休息時間が必要なはずなんだけど……まさか、それもキャンセルできる筋肉性疲労に対する回復力(キュア)に関して、なんらかの追加効果とかあるのかな?」

 

何事も無かったかのように進行するヘスティアにキリトも空気を読んだのか、はたまたいつものことと割り切ったのかそれに乗っかるようだ。

どうでもいいが、元インドア・ゲーマーと思いきや、意外や意外、キリトはトレーニングや運動生理学に関してきっちりと学んでるようだ。

考えてみれば”旧世界”に居た頃から何やら”永全不動八門”なる古式の実戦剣術(あるいは複合武術か?)を齧ってたようだし、存外体育会(アスリート)系なのかもしれない。

 

「……ボクは、たまにキー君が何を言っているのかわからなくなるよ」

 

「気にするな。多分、もうあんまり意味をなさないだろう知識だから」

 

キリトは適当にお茶を濁して答えてから、

 

「でも流石に攻撃を喰らわないと耐久値は伸びないなぁ……ここは敏捷性と相殺か」

 

「むしろボクは魔力値がコンスタントに伸びてることに驚いてるよ。まあそれを言うなら、キー君は元々眷属になったときの初期パラメータも異常だったけどさ。オールアビリティがE(400)オーバーで、敏捷と器用さに至ってはD(500)オーバーだなんてあんまり聞いたことないよ。しかも初めて会ったときから魔法も使えたし」

 

「魔力に関しては先天的な【種族的特性(レーシャル・プロパティ)】ってヤツだよ。見た目はまんま人間だけど、実際には色々と他亜人種の血が混じってるようだしさ」

 

どうやらキリトは純血種の人間というわけではないようだ。

例えば、自己展開(いつわる)型ではなく幻像投射(だます)型の幻術魔法の一つである【スプリガン・ギルティ】は名前の通りスプリガンの種族固有魔法(インヒューレント・マギカ)として知られている。

 

「初期パラメータにしても魔法にしても、『職業的に必然があったから』としか言いようがないな。ヘスティアに出会う直前まで、ガチの人斬りやってたわけだしな~」

 

必要な戦術技能だったということだろうか?

キリト自身まだ若いどころか人によっては幼いと言われかねない”この世界の年齢”の少年ではあるが、冒険者になる前は通商隊の護衛(キャラバン・エスコート)盗賊討伐(シーフ・レイダー)怪物狩り(モンスター・ハント)と色々やってきたようだし。

 

 

 

「そっか。キー君、オラリオに来る前ってかなりハードな人生おくってきたもんね」

 

姿を変え形を変え戦い続けてきたからこそ、それが反映され魔法だけでなく最初から基礎アビリティも高かったのであろう。

 

「とはいえ、せっかくの【スプリガン・ギルティ(Spriggan Guilty)】も実戦で使いこなすにはまだ魔力値が少し物足りないな。とにかく自分に投影して相手に情報を誤認させる自己展開型に比べて、相手の精神(スピリタス)に幻影を飛ばして見せ付ける幻像投射型は燃費が悪いからな……今の精神力(マインド)だと少し心許無いかなあ」

 

「【アイ・オブ・ヘイムダル(Eye of Heimdall)】の方はどう?」

 

こっちはキリトのもっとも付き合いの古い魔法で、討伐した盗賊が隠し持っていた魔導書(グリモア)を奪い読んだときに顕現した力だった。

 

「今のところ使えるのは”暗視”(スターライト)”遠視”(テレズーム)”速視”(ラピッドフレーム)くらいかな? 定義的には残る『慧眼』はあと六つ。先はまだ長そうだ」

 

 

 

***

 

 

 

この魔法を説明するには、北欧神話(エッダ)に登場するヘイムダルという神の説明が必要だろう。

ヘイムダルガルドという伝承によれば「9人の母の子、9人姉妹の息子」とされている。

この神の最も有名なエピソードとしては、鋭い視覚と聴覚を持ち故に”アース神族の国(アースガルズ)”の防人役、敵対者に対する見張り番を務めていた。

 

だがやがて、その平穏は打ち破られる時がきた。

いわゆる”神々の黄昏(ラグナレク)”の始まりである。

アースガルドの終末を告げる角笛ギャラルホルンを鳴らし、忌まわしき敵の到来を報せたのがヘイムダルだった。

他にも魔剣ホフドを持ち、それを使い悪神ロキとの因縁が深い神でもあるのだが……それはいずれ別の機会にでも。

 

さて、肝心の魔法の説明であるが……

伝承に「夜でも昼と同じく100マイル先を見ることができ、草の伸びるわずかな音でさえも聞き取る鋭い耳を持っていた」と描写されるほどの鋭敏な感覚の持ち主で、その伝承を魔法術式化したのが、この【アイ・オブ・ヘイムダル】だった。

視覚に作用する非常に珍しい魔法ではあるが、これまでまったく術者が居なかったわけではない。

また、「9人の母の子、9人姉妹の息子」という伝承を元にし、理論上は『九つの慧眼』が発現されるとされている。

ただし、現状ではキリトも使える光学増幅によりどんな暗闇でも昼のように見える”暗視”(スターライト)、千里眼の一種である”遠視”(テレズーム)、動体視力強化の”速視”(ラピッドフレーム)の比較的早い段階で発動されると統計される三つ以外に、幻術を見破る”破幻視”(イマジンブレイク)、音を視覚化できる”音響視”(ヴィジソナー)、可視光領域以外も視覚として捉える”彩光視”(スペクトラル)、相手の急所や弱点を見破る”死直視”(ハデスセンス)などの計七つの慧眼だけが確認されている。

 

残る二つに至った術者はいないとされているが、一説によるとヘイムダルはアース神族の一員でありながらヴァン神族と同じように未来がわかる神だとされていることから、”未来視”(ファンタズマゴリア)の顕現が予測されている。

 

直接的な攻撃力はないが、戦闘用ではなく生活魔法としても使い勝手がよく、また熟練度が上がれば現状で顕現している六つ全ての慧眼が無詠唱化できることが確認されていた。

 

また、この魔法の優れている点は慧眼全てを重複化し、有機的に連動させ同時使用できる点にある。つまりキリトは暗視/遠視/速視を重ね掛けすることができる。

無論、その分魔力の根源となる精神力(マインド)の消耗は激しくなるが、この手の自己作用型で物理エネルギー的効果を伴わない魔法は精神力の消耗が比較的に少ないので今のキリトの魔力値や精神力でもどうにかなるようだ。

 

それともう一つ……この【防人神の慧眼(アイ・オブ・ヘイムダル)】は本来、人間以外のいくつかの種族が持つ先天的魔法が、原典(オリジナル)となっている。

キリトが魔導書(グリモア)を読んだ際にこの魔法を発現させたのは、そのオリジナルの存在をよく知っており、魔法生成の際にそれを原型にしたかららしい。

先天と後天の違いも有り、厳密には完全に同じ魔法じゃないかもしれないが、今のところ明確な差はないため故に便宜上同じ魔法としているようだ。

 

 

 

「それにしてもいっそ潔いくらい攻撃力のある魔法がないねー」

 

ヘスティアはおかしな感心の仕方をするが、

 

「要するに攻撃は、剣とかの物理だけでなんとかしろってことだろう。どうやら俺は脳筋キャラとしてやってくしかないようだよ」

 

とキリトは苦笑した。

 

 

 

***

 

 

 

「魔法については問題ないけど……見るたびにキー君の【スキル】だけは首を捻りたくなるよ」

 

「だよな」

 

二人がベッドの上で膝をあわせて見る羊皮紙に書かれた文字、それは……

 

呪詛の黒騎士(ダーク・デュラハン)

 

「「どう見ても呪いか、悪役のスキルだよな~(だよねー)」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。
明らかになったキリトのスペックと前回のオチ(?)は楽しんでいただけたでしょうか?

まるで悪役もしくは呪いのような名前のスキル(笑)は次回に持ち越しです(^^

最初、キリトの魔法はどうしようかと思ってましたが、悩んだ末にこんなんなりましたが如何でしょう?
やっぱりキリトは攻撃はブレオン・メインのほうがらしいかなぁ~と。
なので魔法は、ベル君と違って物理攻撃力のないサポート系メインになりました。
チートかどうかは、正直微妙な能力な気もしますが(苦笑)

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう。



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第019話 ”キリトのスキルが色々な意味で斜め上なのは間違っているだろうか”

皆様、こんばんわ。

さて、今回のエピソードは……楽しみにしていただいた皆様、お待たせしました。
いよいよキリトの謎スキルの全貌(?)が明らかになります。

果たしてそれはいかなるものか?
楽しんでいただけたら幸いです。


追伸:修正と同時にソードスキルのちょっとした解説を追加してみました。


 

 

 

†††

 

冒険者Lv:Lv.1

 

基本アビリティ

力 :704(B) → 740(B)

耐久:513(D) → 518(D)

器用:801(A) → 833(A)

敏捷:847(A) → 891(A)

魔力:598(D) → 613(C)

 

魔法

防人神の慧眼(アイ・オブ・ヘイムダル)

罪深き幻惑(スプリガン・ギルティ)

 

スキル

呪詛の黒騎士(ダーク・デュラハン)

【=/=/=/=/=(←何か書き潰されたような痕跡)】

 

†††

 

 

 

以上が羊皮紙にヘスティアが転写したキリト・ノワールのアビリティ一覧である。

 

キリトは約半月前にオラリオでヘスティアに拾われ(キリト談)て冒険者になる前は、通商隊の護衛(キャラバン・エスコート)盗賊討伐(シーフ・レイダー)怪物狩り(モンスター・ハント)などなど色々と戦闘系職業をやってきたようだ。

無論、前世と呼べる”旧世界”での経験……β版SAOをはじめとする数々のゲームだけでなく、実戦剣術を核とする古式武術『永全不動八門』の修行や、”この世界”で引き取り育ててくれた祖父とプチハーレムを形成していた女達/少女達から受けた戦闘を含む『生き抜くための様々な訓練』の成果もあるだろうが……このような様々な要素が絡み合い、今のキリトを形作っているのだろう。

 

それがあったからこそ、キリトはヘスティアより【神の恩恵(ファルナ)】を授けられ、冒険者としての一歩を踏み出したときに中々に異例な数字を叩き出したと推測できる。

それを数値化したのが、オールアビリティE(400)オーバー、敏捷と器用さに至ってはD(500)オーバーという数字だ。

 

オマケに魔法を二つも身につけていた。

間違っても強力な広域殲滅魔法とかではないが、燃費が悪く汎用性も高くないため今はまだ大々的に使うことは憚れるが、いざ使いこなせるようになれば意外と応用が効きそうな幻影魔法【スプリガン・ギルティ】に、逆に燃費が良く中々に使い勝手のよいマルチモードの視覚情報強化魔法【アイ・オブ・ヘイムダル】という悪くはない組み合わせだった。

 

 

 

しかし、問題がないわけではない。

いや、そもそもそれが問題と言えるのか不明だが……

 

「「どう見ても呪いか、悪役のスキルだよな~(だよねー)」」

 

そうベッドの上で膝をつき合わせたキリトとヘスティアが正直すぎる感想を漏らしたのは、ファルナを得ることにより顕現したキリトのスキル、

 

呪詛の黒騎士(ダーク・デュラハン)

 

を見た時だった。

 

 

 

***

 

 

 

†††

 

スキル【呪詛の黒騎士(ダーク・デュラハン)

 

・黒色系の武器/防具/装備との相性が種類を問わず”最高”に固定される。また銀色系のものは半減するが同じ効果が得られる。

 

・基礎アビリティから算出される最終攻撃力/防御力/回避率/クリティカル率が、隠しパラメータ【実戦剣術(ソードアート)】ならび隠しパラメータ【実戦格闘術(マーシャルアート)】、隠しパラメータ【複合体術(グランドアート)】の補正を受ける。

 

・一度の戦闘で敵を倒すたびに基礎アビリティ数値が加算される(1体倒すごとにランダムで基礎アビリティ数値のいずれかが1上昇)。ただし戦闘終了後、数値はリセットされる。

 

・首が弱点や急所にならない。

 

・冒険者Lvの上昇に伴い、スキル内容が変化する可能性がある。

 

†††

 

 

 

……とりあえず、ツッコミどころ満載だった。

 

「ま、まず言えるとすれば、このスキルが呪いだとしたら間違いなく俺自身にかけられた呪いだな。うん」

 

キリトの頬が微妙に引きつった。

 

「う、うん。ごめんキー君。神の恩恵(ファルナ)を与えたボクが言えた義理じゃないけど……その言葉を否定できないや」

 

見るのは初めてじゃないはずなのに、同様にヘスティアの頬もまた引きつっていた。

そして二人は同時に思い切り息を吸い……

 

「というか基本、武器も防具も装備も黒か銀しか色選択できないってなんだよっ!? いや、まあどっちも好きな色だけどさ」

 

「それに主神であるボクにまで隠されるパラメータってなんなんだいっ!? 最終攻撃力/防御力/回避率/クリティカル率とかって、いつの間に設定されてたの!?」

 

「だよな! つか斬れば斬るほど強くなるって、俺は狂戦士(バーサーカー)とか呪いの武器か何かかよっ!?」

 

「首が急所じゃないって何っ!? 下手なモンスターより普通に怖いよ、それっ!!」

 

「これ以上、何が変わるって? 次は”首無しの馬”でも召還できるようになるのかよっ!? ツッコミどころまだ増やす気かよっ!!」

 

 

 

と思う存分にツッコミを入れてから二人は息を整え、

 

「スキル見るたびに毎度毎度のことだけど……ヘスティア、付き合ってくれてありがとう」

 

「いいんだよ。ボクだってツッコミたいのは、一緒だから」

 

するとキリトは奇妙な笑みを浮かべて、

 

「フフフ……これだけ珍妙なスキルを持っているのは、きっと世界で俺だけに違いない。これがホントの【唯一無二の(ユニーク)・スキル】ってヤツだな」

 

「確かにボクも他で聞いたことないよ。独特(ユニーク)って意味では、もうこれ以上ないくらいユニークだよね? 多分だけど」

 

 

 

***

 

 

 

呪詛の黒騎士(ダーク・デュラハン)】の能力を解説する前に、その原型たるデュラハン(Dullahan)の存在をおさらいしておこう。

 

デュラハンはアイルランドの伝承に伝わる妖精であり、本来はコシュタ・バワー(Coiste-bodhar)という首無し馬が引く馬車に乗り、片手で手綱を持ちもう一方の手には自分の首をぶら下げているという描写がされている。

そしてバンシーと同じく『人の死を予言する存在』という定義がなされていた。

 

しかし、いつの頃から伝承は微妙に変化し、この姿に加えて『漆黒の甲冑に身を包んだ首なしの騎士』+『首無しの馬(コシュタ・バワー)に乗るアンデッド』という姿が広まり、またただ死を予言する者ではなく『人の魂を狩り取る』という属性が追加され、妖精と言うよりむしろ死神に近い描写に切り替わっていた。

 

ダーク・デュラハンのモデルになったのは、もちろん後者の首無しの騎士(デュラハン)の方だ。

 

 

 

「まあ、冷静に考えればかなり使えるスキルなんだよな……ツッコミどころ満載だけど」

 

「そうだね。キー君、魔法自体には直接戦闘力はないから、ちょうどいい戦闘力増強要素だと思うよ? ツッコミどころ満載だけどさ……」

 

二人の表情はどこか疲れているように見えるのは、気のせいだろうか?

 

「最初の黒と銀については、あえてツッコまないけどさ……そういえばキー君、前々から聞きたかったんだけど、”ソードスキル”と”ソードアート”ってどう違うの?」

 

「けっこう混同されてるけど……ソードスキルっていうのは”実戦剣技”のことで、一つの一つの技だよ。対してソードアートは、複数の技を有機的にリンクさせ戦術として完成させたもの、つまりは”実戦剣術”ってことさ。まあ、これもSAOって仮想現実遊戯(VRMMO)のマニュアルの受け売りだけどね」

 

追記するならばソードスキルもソードアートも、異世界転生の際SAOにアクセスしていた25万人以上のプレーヤー全てに『記憶として焼き付けた(インストールした)知識』であったのだが、無論、記憶として持っていてもそれを全員が『現実の技術として再現』できたわけではない。

そもそも、このソードスキル自体が単純なゲーム用モーションではなく、元々SAOの売り文句が『ゲームであっても、遊びではない』というだけあり、”建前として”は集められる限りあらゆる古今東西の実戦剣術の技を解析し、その中から最も効果的な動きを抽出し完成させた『リアルな剣技』がソードスキルとして公表されていた。

 

今にして思えば、それは『過酷な異世界で生き抜くための最低限の知識』として転生者達に贈られた、茅場なりの選別のつもりだったのかもしれない。

 

 

 

「その”ぶいあーるえむえむおー”っていうのも、実はよくわからないんだけどね」

 

するとキリトはぽんぽんとヘスティアの頭を軽く叩くように撫で、

 

「何人もの人間の精神(こころ)を繋げて、オラリオやダンジョンを幻術で作り出してそこで遊ぶようなもんさ。悪い。俺も上手く説明でそうにないや」

 

ちょっと困った顔をする。

自分が”この世界”に来るきっかけ……というよりむしろ原因となったゲームだが、もともとβ版しかプレイせず、本物を堪能する前に”始まりの街”からこの世界に飛ばされたために経験や知識を体験として語れるほどの知識はなかったし、何より『この世界の住人』として生きてきた15年近い歳月が、旧世界の多くの記憶を朧げで不確かなものに変えつつあった。

 

「あっ、ごめん。キー君を困らせるつもりはないんだよ。じゃあ最終攻撃力/防御力/回避率/クリティカル率の補正っていうのは?」

 

どうやらヘスティアは、この際だからよくわからないものは聞いてしまおうと思ってるらしい。

確かに異世界者(フォリナー)が持ち込んだ知識や概念は、女神である彼女の叡智をもってしても理解に苦しむものが多々ある。

キリトは腕を組んで、

 

「これは体感的な憶測だけど、かまわない?」

 

「うん」

 

「攻撃力/防御力/回避率/クリティカル率の四要素は、冒険者LVと五つの基礎アビリティを基本に武器や防具や装備、敵との相性や地形効果なんかの様々な要素を受けて算出されるんだけど、最終的に導き出された数値に三つの隠しパラメータに応じて10%とか15%とか変動上昇あるいは下降するって意味だと思う。”旧世界”の遊戯(ゲーム)にも、そんなシステムはあったしさ」

 

もっとも神の恩恵(ファルナ)を受けスキルが発動してから、心持ち上記の四要素が上昇してる気がするので、例え三つの隠しパラメータが低くても補正がかからないだけで下降はないのでは?とキリトは考えていた。

 

 

 

「そんなわかりにくい意地悪な数字に比べれば、『一度の戦闘で敵を倒すたびに基礎アビリティ数値が加算される』はまだわかりやすいね♪」

 

「まあ、そうかな? その分、融通は利かないけど」

 

『一度の戦闘で敵を倒すたびに基礎アビリティ数値が加算される』のより詳しい解釈は、『同一の戦闘で敵を1体倒すごとに、ランダムで基礎アビリティ数値のいずれかが1上昇』ということになる。

つまり任意のアビリティが上がるわけではない。100体のモンスターを倒した場合、合計上昇値が100になるだけで必ずしも均等割り振りにはならず、下手をすれば防御だけが100伸びるというような偏った上昇もありうるのだ。

 

「ついでに言えば数値が背中にある以上、自分じゃ確認できないから感覚で把握するしかなしさい。戦ってる最中なら尚更だな……上昇するのはありがたいけど、不安定と言えば不安定かもしれない」

 

 

 

***

 

 

 

「首が弱点や急所にならないって能力は……キー君的にはどうなの?」

 

「またコメントし辛い質問だなぁ。まず言えるのは首が弱点や急所にならないってのは、逆に言えば他の弱点や急所は健在ってことさ。少なくとも今のスキルじゃ、頭が潰されたり心臓を貫かれたりしたら普通に死ぬだろうし」

 

そして一旦言葉を区切り首の辺りをなぞるように触れながら、

 

「実際にどんな効果が起きるのかは……流石に試したくはないな」

 

「当たり前だいっ! キー君の首に刃が当たるなんて、想像しただけで顔が青くなりそうだよ!!」

 

心配性の主神にキリトは柔らかく微笑み、

 

「せいぜい万が一のときの”使い勝手の悪い保険”くらいに考えておくよ。むしろ不安なのは最後の一つ……四つ目の効果『冒険者Lvの上昇に伴い、スキル内容が変化する可能性がある』ってヤツかな? ホント、どんな変化するのやら」

 

「う~ん……基本的に【ダーク・デュラハン】って名前から、さほど縁遠いものにはならないと思うけど? 名前はスキルその物の本質を現すわけだし。でもスキル自体が斜め上だもんね」

 

「どうなるかは、実際にLv.2になってみないとわからない、か」

 

そして二人は顔を見合わせて、

 

「どっちにしても前例や類似例が無さ過ぎるから、くれぐれもスキルを過信したりしないようにね?」

 

「安心しろ、ヘスティア。ユニークすぎて逆に発動するのが怖いくらいだ」

 

 

 

「ところでさ、ヘスティア……」

 

「なにかな?」

 

「この掻き消されたような”隠しスキル”は、一体なんなんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。

存分にツッコんでいただけましたでしょうか?(笑)
いや~、我ながら無茶苦茶なスキルになってしまいました。
チートかと言われれば、これまた微妙な感じですが(^^

さて、次回は『隠されたスキル』がいよいよ明らかに……なるかは謎だったりします(えっ?)
全てはヘスティア様次第だったりして。

それでは皆様、また次回でお会いしましょう。



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第020話 ”『こんなスキル絶対に間違っている!』とヘスティア様が叫ぶのは間違っているだろうか”


皆様、こんばんわ。
思ったより早くエピソードが完成したので今夜アップしました。

さて、このエピソードで第002章はとりあえず終わりです。
そして……いよいよキリトの”隠しスキル”が明らかに……?

追伸:文章に誤字と表記ミスがあったので修正しました。


 

 

 

 

 

キリト・ノワールの能力(アビリティ)もいよいよ明らかになりはじめた今日この頃。

謎とツッコミどころの多いスキル【呪詛の黒騎士(ダーク・デュラハン)】の全貌も……

 

 

 

†††

 

呪詛の黒騎士(ダーク・デュラハン)

 

・黒色系の武器/防具/装備との相性が種類を問わず”最高”に固定される。また銀色系のものは半減するが同じ効果が得られる。

 

・基礎アビリティから算出される最終攻撃力/防御力/回避率/クリティカル率が、隠しパラメータ【実戦剣術(ソードアート)】ならび隠しパラメータ【実戦格闘術(マーシャルアート)】、隠しパラメータ【複合体術(グランドアート)】の補正を受ける。

 

・一度の戦闘で敵を倒すたびに基礎アビリティ数値が加算される(1体倒すごとにランダムで基礎アビリティ数値のいずれかが1上昇)。ただし戦闘終了後、数値はリセットされる。

 

・首が弱点や急所にならない。

 

・冒険者Lvの上昇に伴い、スキル内容が変化する可能性がある。

 

†††

 

 

 

と明かされた。

だが、まだ残る謎はある。

それは言うまでもなく、

 

「ところでさ、ヘスティア……」

 

「なにかな?」

 

「この掻き消されたような”隠しスキル”は、一体なんなんだ?」

 

キリトが言うのは……

 

†††

 

冒険者Lv:Lv.1

 

基本アビリティ

力 :704(B) → 740(B)

耐久:513(D) → 518(D)

器用:801(A) → 833(A)

敏捷:847(A) → 891(A)

魔力:598(D) → 613(C)

 

魔法

防人神の慧眼(アイ・オブ・ヘイムダル)

罪深き幻惑(スプリガン・ギルティ)

 

スキル

呪詛の黒騎士(ダーク・デュラハン)

【=/=/=/=/=(←何か書き潰されたような痕跡)】 ← ココ注目!

 

†††

 

のことである。

 

「チョット手元ガ狂ッタンダ。イツモドオリ、タダノ空欄ダヨ?」

 

妖しい。この上なく妖しいヘスティアの棒読みであった。

 

「ほほ~う。ヘスティア、君は自分がアビリティ・チェックをするたびに書き損じる、不器用な神だといいたいのかね? ん?」

 

「自分、不器用ですから……」

 

キリトは相手が女神様だけに米神の辺りを押さえ、

 

「どっからそのネタを聞いたかは置いておくとして……謝れ! 今は亡き昭和を代表する名優に謝るんだ!!」

 

 

 

***

 

 

 

「というわけで、そろそろ教えてくれないか?」

 

「イーだ! 絶対に教えてあげないよーだ!!」

 

ただでさえ胸以外は幼い容姿だというのに、舌を突き出す姿はヘスティアをいっそう子供っぽく見せた。

 

「なんでだ?」

 

「……間違いなくキー君のためにならないからだよ」

 

どうもそれは、あながち嘘でもなさそうなのだが。

 

 

 

(絶対に教えてなんかやるもんか……! だってキー君に顕現したスキルはよりにもよって、)

 

ヘスティアはキリトに神の恩恵(ファルナ)を与えたことに一片の後悔も無い。

ただ、”このスキル”を見た瞬間に泣きたくなったのは内緒だ。

 

(【好色の大英雄(ユリウス・カエサル)】って一体なんなんだよ~~~っ!!?)

 

 

 

***

 

 

 

ユリウス・カエサル(Iulius Casar)

 

正確には【ガイエス・ユリウス・カエサル(Gaius Iulius Casar)】、英語読みすると【ジュリアス・シーザー(Julius Caesar)】。

言うまでも無く欧州文化の一つの頂点とも言える、ローマ帝国最大の英雄である。

実際、彼は皇帝になることなく彼を恐れた元老院に暗殺されてしまうのだが、例えばドイツ語で皇帝を意味する”カイザー(Kaiser)”や同じくロシア語で皇帝を意味する”ツァーリ(царь)”が全て”シーザー”のスペルの各言語発音が元になってることからも、在りし日の彼の権勢や栄誉がうかがい知れる。

また歴史には彼が残した名言がいくつもあり、誰でも聞いた事のある有名なものだけでも、

 

賽は投げられた(alea iacta est)

 

来た(veni,)見た(vidi, )勝った(vici)

 

ブルータス、お前もか(et tu, Brute?)

 

などがある。【不退転の大きな決断をする】を意味する諺『ルビコン川を渡る』は、上記の『賽は投げられた』と対になる、同じシチュエーションを現したものだ。

暗殺の時の台詞「ブルータス、お前もか」まで明言として残ってしまうあたり、確かにローマ最大の英雄たる所以だろう。。

 

ユリウス・カエサルの偉業を上げればきりが無いが、こと女性関係に関しては自由放埓で、こんなエピソードが残っている。

 

・元老院議員の3分の1が妻をカエサルにNTRれた。

 

・愛人に美女で有名なクレオパトラ。

 

・愛人を巡る修羅場がほとんどなかった。

 

まさに凄まじいまでのプレイボーイっぷりで、ラノベで御馴染みハーレム体質の主人公の元祖、あるいは『英雄色を好む』という言葉の元ネタと言っても、あながち間違いじゃない。。

暗殺された本当の理由は、妻を寝取られた元老達の嫉妬と恨みという説があるのも頷ける。

 

さて、これがスキルという形になればどうなるのかと言えば……

 

 

 

†††

 

スキル【好色の大英雄(ユリウス・カエサル)

 

・同じパーティーの女性の数が多ければ多いほど、一人一人の好感度や愛情値が高ければ高いほど戦闘時の獲得経験値(エクセリア)が多くなる。

 

・同じパーティーの女性の数が多ければ多いほど、一人一人の好感度や愛情値が高ければ高いほど戦闘時の魔法やアイテム使用時の回復量や自然回復量が大きくなる。

 

・同じパーティーの女性の数が多ければ多いほど、一人一人の好感度や愛情値が高ければ高いほど、戦闘時のクリティカル値と命中率が高くなる。

 

・好感度や愛情値が高い女性が多いほど、冒険者Lvアップ時にスキルが変化し易くなる。

 

・好感度や愛情値が高い女性が多いほど、大成する。

 

†††

 

 

 

さて……どこからツッコんでやろうか?

少なくとも【呪詛の黒騎士(ダーク・デュラハン)】と明らかに違うベクトルだが、同じくらいツッコミどころ満載だった。

 

(まず、発動能力の全てが女がらみってなんなんだいっ!?)

 

まあ普通、最初はそこだろう。

 

(大体、戦闘時の発動能力が三つとも究極的には、『戦いの時に、いかに女の子の前で格好つけるか?』に終始してるじゃないかっ!!)

 

まさに鋭い指摘だった。

エクセリアの獲得値が増えるのは『女の子の前だから努力できる』、回復量が大きくなるのは『女の子の前だから頑張れる』、クリティカル値や命中率が高くなるのはまんま『女の子の前で格好つけたい』という意味だろう。

 

さらに問題なのは……残る二つ。

 

(それにスキルが変化したり成功するには、好感度の高い女の子の数次第ってなんなのさっ!? それじゃあまるでキー君が女の子がいないとまるで成長しないみたいに聞こえるじゃないかっ!! しかもパーティーとか制限ないしっ!!)

 

ヘスティアの脳裏には、なぜか白髪頭に立派な髭をたくわえたマッチョな老人が、『ガハハッ! でかした! さすが我が孫、男が漢になるのは女子(おなご)が絶対に必要だと本能からわかっておるわいっ!!』と呵呵大笑するイメージが浮かんだという。

 

(こんなスキルを知られたら、キー君の日常が爛れまくって駄目人間まっしぐらだいっ!!)

 

もういっそ、この【ユリウス・カエサル】のほうがよっぽど【ダーク・デュラハン】より悪質な呪いなのでは?とヘスティアは考えてしまう。

 

ある意味、ユリウス・カエサルという存在を端的によく表しているというか……女誑しにまつわる部分を煮詰めて抽出したようなスキルではある。

 

だから、これは絶対の秘密。

基本的に死のない自分はともかく、キリトが墓場に行くまで絶対に話すまいと、ヘスティアは今夜も固く誓うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

「ねぇ、キー君……やっぱり、もうしばらくボクの(ヘスティア)ファミリアは、ボクとキー君の二人きりの方がいいかもしれない」

 

「別にそれはいいけど……急にどうしたんだ?」

 

 

どうやら今夜もヘスティアの頑固な口を割らせられなかったキリトだったが、別に大して気にする様子も無い。

まあ、そこまで無理に聞き出したいほど知りたいわけでもなし、なにより『ヘスティアが知れば俺のためにならないというなら、その通りなんだろう』と自然に思えるぐらい彼女を信頼している(信頼しきってる?)のもまたキリトだった。

 

なのになんでステイタス確認のために毎度毎度、聞き出せないのをわかってて聞くのかと言えば……「ヘスティアのリアクションがいちいち可愛いから、それを見たくなる」という理由は口が裂けてもいえない。

相手は一応、女神だというのに怖いもの知らずというか……ともかく、意外といじめっ子(サディスト)なキー君である。

 

「う~ん……上手くは言えないけど、強いて言うなら女神の予感?」

 

「なるほど。確かにそれは当たりそうな予感だ」

 

そう優しく微笑みながらヘスティアの自分好みの色の髪を撫で、

 

「ヘスティア、今日はもう遅いし……寝よっか?」

 

「うん♪」

 

 

 

***

 

 

 

いつものようにあまり広くないベッドに二人は仲良く寝転び毛布を被る。

キリトの抱き枕がヘスティアで、ヘスティアの抱き枕がキリトなのもいつものことだ。

 

「キー君、明日も朝からダンジョン?」

 

「いや。午前は”リズの店”に顔を出すつもりだから、ダンジョンに潜るのは午後からになるかな?」

 

「むー。なんでわざわざ複合混血(ハイブリット)ドワーフ娘の店に行くのさ?」

 

「今回のクエストでちょっと盾を意識してさ。俺が知ってる中で盾に一番詳しいのが”リズ”なんだ」

 

「盾? 『敵の攻撃は避けるか流すもの』が信条のキー君が、一体どういう心境の変化だい?」

 

キリトは苦笑し、

 

「その信条は変える気はないし、盾だからって真正面から攻撃を受け止める必要はないよ。とはいえ防御主体装備の必要性も感じたんだ。俺のイメージだと盾としては結構、変則的な使い方になると思うけど」

 

「へー。キー君のことだから、単純な盾として使う気はないだろうけどさ」

 

「今以上深くに潜るつもりだから……しばらくソロで潜るなら、持久戦を考えて防御力の強化も悪くない」

 

「うん♪ ボクも盾の装備は賛成だよ。何よりもキー君が無事に戻ってくるのが、一番だしねっ!」

 

 

 

それは平和な夜……

ピロートークと呼べるほど色気のある話じゃないが、それでもお互いの体温が温かくて、心が暖かくて、だから二人は幸せだった。

 

「明日の朝は、いつもとは逆に俺がヘスティアを送り出す側だな。朝食はまかしてくれ」

 

「それはすっごく楽しみだよ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
【ダーク・デュラハン】に引き続き登場したとんでもスキル、【ユリウス・カエサル】に存分にツッコんでいただけたでしょうか?(笑)

実はキリトの隠しスキルは最初からコンセプトがあって『同じようなコンセプトでもベル君の憧憬一途となるべく正反対になるように』と『ヘスティア様が他の神様の娯楽から守るためではなく、絶対にキリト本人に喋りたくなくなるようなスキル』でした。

そして気が付いたらこんなスキルになってしまいました(^^

では皆様、次回でまたお会いしましょう。
次の章でもよろしくお願いします。


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第003章:この素晴らしきロクでもない世界は間違っているのだろうか
第021話 ”章のプロローグからいきなり世界の謎の根幹に触れるのは間違っているだろうか”


皆様、こんばんわ。
なんか妙に筆が乗ってしまい、自分でも驚くほどのスピードで1話完成してしまいました。もしかして、これなんらかのバッドエンド・フラグ?(汗)

それはともかく……このエピソードからいよいよ新章突入です。
そしていきなり、世界の根幹に迫ります(^^

では、混沌が深くなる新しい章の始まりをお楽しみください♪



追伸:ちょっと一部の表現を変更し、加筆修正してみました。


 

 

 

さて、時には昔の……少しキー君”たち”の話をしよっか?

 

キー君たちは【フォリナー(Foreigner)】って呼ばれている。

本来の意味は「(国籍を問わない)外国人、外人」って意味らしいけど、ボク達の世界は国って概念が希薄だから今一つピンと来ない。

確かに国家系ファミリアってのもあるけど、オラリオの住人の多くがこれと言ったイメージが無いのかもしれない。

強いて言うなら、『いつもオラリオに勝負を吹っかけてきて負けて帰る連中』くらいかな?

そもそも国家系ファミリアの住人を【フォリナー】なんて呼ばないし、外国人なんて意識もしないだろう。

 

それにフォリナーって単語には、外国人っていう直接的な意味に加えて「見慣れない、異質なもの。自分達とは生まれが違う者。アウトサイダー」ってニュアンスも含まれているらしい。

これもボク達には、あまり馴染みがないニュアンスだ。

『生まれが違う異質なもの』の代表格がダンジョンで生まれるモンスターだろうけど、あれらは間違ってもフォリナーなんて呼ばれないだろうし。

 

では、何故こんな言葉が世界にあるのだろう?

 

答えは簡単だ。

キー君たちがいたからこそ、この【フォリナー】って単語は生まれたんだ。

 

 

 

***

 

 

 

フォリナー……

『生まれが違う者たち。生き方が違っていた者たち』の意味。

だから、ボク達はフォリナーをこういう風に位置づけた。

 

異世界者(フォリナー)】、【転生者(フォリナー)】そして【受肉せし者(フォリナー)】……

 

 

 

神とは古来より人と契約するものだ。

数々の神話体系(ミトス)でも、”Αποκαλυψισ(アポカリプス)”……『終焉の日(apocalypsis)』と同じくらいその記述が出てくる。

内容はともかく、神は太古より人に崇拝されると同時に人と契約を結ぶものだし、神もそれを望む。

無論、自分が絶対的な有利者というスタンスは崩さずに。

 

だから多くの神が地上に居る間に本来の神聖にして神性を持つ天上の神々は、実に神らしく人間達と『相変わらず無責任な』契約を交わした。

神代の時代より、いつものことと言えばいつものことだ。

ただ、それが『別の世界の人間』だったというだけで。

 

滅んでしまった旧世界(オールド・ワールド)”……それが、キー君たちが『純粋な人間として生まれ、生き、そして死んでゆく』世界だった。

キー君はこんなことを言ってたっけ?

 

『そんないい世界(モン)じゃないぞ? 神々の多くは人々の心から駆逐され、大地との(えにし)は断絶さ。豊穣の大地はいつしか地下に眠る鉱物資源を巡る欲望の土地となりはて、人々は豊かさと引き換えに欲望の赴くまま地を空を海を汚していた』

 

そんな世界だったらしい。

 

『だからさ、俺はたまに思うのさ。今回の一件が無くたってそう遠くない未来に俺達は絶滅していた。惑星(ほし)から生まれたのにその環境に順応できず、エゴに忠実に徒に汚染だけを広げた。己が出した(けが)れに飲まれて滅ぶなんて、いかにも似合いの最後だ』

 

その時のキー君の瞳は、何故か忘れられない。

断じて絶望しただけの瞳じゃない。哀しいわけじゃない。

 

『だから、この世界に”転生した者(フォリナー)”たちは、どうしようもない現実(リアル)よりも仮想現実(ヴァーチャル)のほうがよほど人らしく……自分らしく生きられると思ったのかもしれない』

 

ただ、寂しそうだった。

でも、それでもキー君たちが住んでいた日本という国は比較的平和だったらしい。

 

だけど……それもある日突然、崩れ去った。

 

 

 

***

 

 

 

「ヘスティア、これは厳密には俺が経験したことでも体験したことでもない。『それ』が起きたことを知ったのは、ゲーム……SAOにダイブし、”始まりの広場”で【クソヤローの遺言(ラスト・メッセージ)】を聞いたときだ。それを差し引いて判断してくれ」

 

そう前置きしてからキー君がはじめた話は、女神の一柱であるボクでも驚くべきものだった。

 

一部を除く神々を自分達の精神(ココロ)から追い出し、魔法の代わりに上限の見えない”科学”という恐るべき力を手にした人間が最後に行き着いたのは……

 

「自らの手で”神々の黄昏(ラグナレク)”を起こすことだった」

 

皮肉だと素直に思った。

あるときは信じる人すらを異端者、背教者、背信者として神々を追放した人間が、もっとも神話的な最後を選んだのだから。

 

キー君の話が難し過ぎて、ボクもどこまで理解できてるかわからないけど……

人間は科学を進めた結果、地上でヘリオス(Ηλιοσ)……太陽を生み出す技術を身につけた。

それを大規模殲滅魔法のように地上で炸裂させることにより、街ごと大地と大気を焼き払うらしい。

しかもその人工の太陽(ヘリオス)は甚だ不完全で、炸裂と同時に大量の毒を撒き散らすみたいだ。

しかもその毒、例え毒を浴びた本人が生き延びても人の根幹(たしか”でぃーえぬえー”とか言ってたかな?)まで入り込み、次の世代の命まで蝕む凶悪なものだったらしい。

解毒薬は未だ開発されてなかった。

 

人工の太陽に焼かれなくても、じわじわと毒に殺される……あんまりに惨めな最後だと思う。

そして、この二つで殺されなくても、毒は空と海と陸を汚して作物の育たない土地にしたり、作物やに毒が入ったり、雲の中に漂い毒の雨が降り注いで飲めない水ばかりになる……

 

どんな邪神でも考え付かないだろう悲惨で凄惨な惨禍……人は自ら”それ”を生み出し、”それ”が人の意思で人を襲った。

 

 

 

***

 

 

 

しかし、その人と世界の悲惨な結末を予想した預言者であり賢者であり学士だった人物がいた。

その名は【カヤーバ】。

キー君に言わせると発音が違うらしいけど、ボク的にはこっちのほうがしっくり来る。

 

カヤーバは持てる全ての叡智と技術と神秘を用いて、『ボク達』に接触(コンタクト)してきた。

そう”この世界”の天上にいる神々に、だ。

 

カヤーバの願いはシンプルだった。

 

『この世界は直に滅ぶ。だから、そちらの世界でも生きていけそうな者たちを魂と記憶にして贈る』

 

だけど、ボクが言えた義理じゃないけど神々は常に傲慢だ。

 

「我々にお前の滅びる世界を、滅び行く人間を救済する理由は無い」

 

最初の答えはこれだった。だけど、カヤーバは諦めなかった。

 

『だが、永久にして永劫、変化なき無限の時を生きる神々よ。君達は”今の在り方”で満足かね? 25万を超える[世界の枠組みにとらわれない新たな可能性]は、本当に時を無味乾燥に持て余す君達にとって不要か?』

 

ボクはカヤーバに会ったことはないけど、良くも悪くもきっと頭が良くてズルい男なんだと思う。

カヤーバは知っていた。いや、例え知ってなくても見抜いていた。

 

天上に残る神としての力と矜持を守る神々が、実は神たる力も誇りを失いながらも引き換えに得た変化と刺激に満ちた日々を羨んでいた事に。

だから神々は問い返す。

 

「ほう。貴様は25万人の魂を、供物として差し出すというのか? ただ退屈を紛らわすための傀儡(くぐつ)となると判っていてもなお、それでも我らに捧げるというのか?」

 

『委細承知。神々よ、これは契約だ。我が望むのは、25万の魂が君達の世界で安住の地を得て受肉するまでだ。再び大地に人として生れ落ちるその時までだ。ならば、その対価がなんであろうと我の関知するところではない』

 

「ハッハッハッ!! 言うではないか、人間! 神をも恐れぬというのはこのことぞ。我らは傲慢である。いや傲慢になくば神に非ず。しかし、貴様は我らに匹敵するほどに傲慢だ!!」

 

『ふん。もはや世界が滅び、我が同胞(みんぞく)もそれに巻き込まれ滅亡の瀬戸際に立たされている最中、それを僅かであっても覆そうというのだ……傲慢にもなるさ。我らには既に神を畏れる余力すらも潰えた』

 

「気に入ったぞ人間! 栄華を極めながらも滅びを回避できぬ矮小なる者よ!! いいだろう。神にかぶき、我らを楽しませた褒美に貴様の願いを叶えてやろう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

こうして天上の神々は、転生者(フォリナー)を受け入れた。

ただ忘れてはいけないのは、神々は善意で受け入れたわけではないということ。

 

多くの神々が地上に降りてしまった為に死者の魂の処理や輪廻転生をデスマーチ感覚で行なっていた彼らには、暇は無くても退屈で代わり映えの無い日常に彩を加える為の刺激、退屈凌ぎが必要だった。

まったくロクデナシの神様ばかりだ。無論、当時天上にいたボクを含めても。

 

だから、天上に残る自分達の娯楽とするべく、神々は『死した”この世界の住人”の魂』になら、決してやってはいけない”細工(カラクリ)”をフォリナーたちに施した。

 

まずは自分達の目となり耳となる機能。

彼らが見たもの聞いたものを、自分達の感覚として取り込めるようにした。

キー君に言わせれば、『なるほど。俺達は生まれながらに神々の情報収集端末というわけか』とのこと。

 

神通力(アルカナム)”を使えば目や耳どころか心の声や思考を読み込んだり、あるいは本当に使い魔(アガシオン)、もしくは操り人形にすることもできた。

でも、それは神々はあえてしなかった。

神としての良心からじゃない。

そっちの方がずっと「面白い」からだ。

人間を操るなんてナンセンス。神々が見たかったのは、神々の時間に比べれば刹那の刻と言っていい寿命しかない人間が、いかに過酷なことが当たり前の運命に抗い、どんなに惨めでも足掻き生き抜いてゆくかだ。

脆い命が健気に生き、あるいは死んでゆく姿こそ、愉悦でなのだ。

それは人が自らの意思で判断し生きない限り、決して見ることのできない戯曲(ドラマ)だ。

 

そして神々は、もう一つの”悪戯(トリック)”を仕掛けた。

そのトリックは……

 

「SAOのプレイヤーの”実年齢に合わせた順番”で受肉させること」

 

 

 

***

 

 

 

キー君に言わせると、SAOに没頭(ダイブ)していたプレイヤーは実に千差万別、年齢層も様々で上は40歳代から10歳くらいの幼い女の子までいたらしい。

 

神々は転生に順列をつけた。

そう、魂を励起状態で保存してもっとも年長のプレイヤーを皮切りに、その年齢の順番に合わせて受肉させていったのだ。

 

つまり、最初の受肉者(フォリナー)が現れたのが50年近く前で、最後のフォリナーが現れたのは約10年前……

 

そう、もう気付いたよね?

なぜキー君たちがいた世界が、”滅んだ旧世界”だなんて呼ばれているのか……

そう、キー君たちの世界の終焉……【滅亡戦争(ハルマゲドン)】は、もう相対時間で半世紀前の出来事なんだよ。

 

 

 

そして今年、

 

「全てのフォリナーがSAOプレイ当時の年齢に達する」

 

天上にいる神々は『素晴らしい記念イベント』を考えてると噂されている。

もし事実なら、きっとそれはロクでもないイベントに違いない。

 

そう、人間でなく神々(ロクデナシ)を喜ばせるためのイベントなのだから……

 

ねぇ、キー君……こんなイカレた世界に転生してしまったけど、

 

 

 

「君は今、幸せかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。

グランド・プロローグ以来久しぶりのヘスティア様のモノローグはご堪能いただけたでしょうか?

裏話にはなってしまいますが、このフォリナーに関する設定は、物語を書き出す時にはすでにフォーマットとして決定していて、今回ようやく発表できた次第です。

端的に言えば「SAOの中にあった年齢差を、オラリオでどう表現するか?」を考えた末に出来たものですね(^^
この世界観を読者の皆様に受け入れていただけるか一抹の不安はありますが……
とりあえず神々相手に一歩も引かなかったカヤーバさんは『漢』だったなと(笑)

先は長いし亀進行ですが、次話&新章も楽しんでいただければ幸いです。





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第022話 ”とある伏線がそろそろ回収されるのは間違っているだろうか”

皆様、こんにちわ。
ようやく待望の週末、昨日の帰宅から書き始めたエピソードがどうにか午前中に完成しました。
いや、まあアップしたらしたで、いつも通り何度も加筆修正するとは思いますが(^^

さて今回のエピソードは……朝食とサブタイ通りに伏線回収?





 

 

 

ねぇ、キー君……こんなイカレた世界に転生してしまったけど、

 

 

 

「むにゃむにゃ……君は今……幸せかい?」

 

「ああ。勿論だ」

 

窓からそっと下弦の月の優しい光が注ぐ、夜より朝に近い時……キリトは未だまどろみの中にいる敬愛する女神様(ヘスティア)の髪をそっと撫でた。

 

「お前に会えたんだ……幸せに決まってるだろ?」

 

まるでその言葉を聞いてるかのように、ふにゃっと子供のようにあどけなく微笑むヘスティア……

今度はそのぷにぷにのほっぺたを突っつきながら、

 

「でも大変なんだぞ? こんなすぐ近くにお前の眷属(ファミリア)って建前を保ったままいるのはさ……」

 

キリトは無防備過ぎるヘスティアの寝姿に苦笑する。

 

「女神って看板を外せば、お前ほど可愛い女の子は中々いないんだからな? そこのところわかってんのかなぁ……」

 

そして頭を掻きながら、

 

「なあ、ヘスティア……お前の抱き枕にされるのって結構辛いんだぜ? 俺の理性とか自制心的に、さ」

 

彼は脳内で賢者の精神になれる架空物質【ケンジャニウム】を想像し、それの分泌をイメージしながら再び眠りに浸るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

じゅうじゅうとベーコンとグリーンピースの焼ける音……

コトコトと煮込まれるポタージュの甘い匂い……

 

”ぽふっ”

 

まだ醒め切れないまどろみの感覚のままに枕に顔を埋めると、

 

(キー君の匂いだぁ……)

 

鼻腔をくすぐるのは、できあがりつつある朝食よりも魅惑的な大好きな匂い。

この世で一番安心できる匂い……

 

「幸せ……」

 

ボクは心の底からそう呟いた。

 

「おーい。ヘスティア、朝飯ができるぞーい。そろそろ起きろー」

 

「うにゅ……もうしばらくキー君分の補充(チャージ)を……」

 

「チャージなどさせん!」

 

”スコーン!”

 

「あう!? キー君、いきなり”フライ返し投げ(メイオウ攻撃)”なんてひどいよーっ!」

 

少し涙目になりながら抗議するボク。ところでなんで「チャージなどさせん!」の後に放たれる攻撃は、すべからくメイオウ攻撃になるんだろ?

キー君によれば冥界神(ハデス)が関係してるみたいだけど……

 

「さっさと起きないネボスケ女神が悪い」

 

「キー君はもうちょっとボクにいたわりの心と情欲を持つべきだと思うよ?」

 

「前者はともかく後者は却下だ。俺は今のところ、衣服と一緒にヘスティアの神性をひん剥く気はないよ」

 

いつもつれないんだから~。

 

「……いつかその気にさせて剥かせてやるぅ!」

 

「お手柔らかにな」

 

 

 

***

 

 

 

「「いただきま~す♪」」

 

ベーコンの味付けは、キー君好みに少しスパイシー。でも美味しい。スパイシーな分、グリーンピースの甘さが映えるなー。

 

「サラダのドレッシングは自家製かな?」

 

「いや、売ってたよ。この味付け……作り主はおそらく転生者(フォリナー)と見た」

 

食べなれない味だけど、胡麻(セサミ)を磨り潰したペーストの濃厚な感じが、予想以上に野菜に合うよ。

 

パンにバターとジャムは定番。ボクはイチゴかブルーベリーだけど、キー君はいつも甘さ控えめのお手製のマーマレード。

 

「マーマレード・ボーイ……」

 

ボクの何気なくひらめいた呟きに、

 

「誰が遊だ? まあ、六反田呼ばわりされないだけマシだけどさ」

 

イマイチ意味はわからないけど、でもキー君はいつも律儀に返してくれる。

何気ない、でも間違いなく嬉しい時間。

 

 

 

〆のポタージュを堪能して、ボクは身支度を整える。

ツインテールはいつもどおりきまってると思うけど、前髪の辺りが少し気になって鏡の前で直す。

歯磨きはキー君と一緒にしたし、支度はバッチリ。

 

「じゃあキー君、いってきまーす!」

 

”Chu”

 

「ああ。いって来い!」

 

そして「いってらっしゃい/いってきます」の互いの頬へのキス。

頬へのキスは親愛の証と言うけれど、

 

(でも、やっぱりキスは”マウス・トゥ・マウス”が基本だよね?)

 

それは今後の課題だね♪

キー君が笑顔で小さく手を振って送り出してくれる。

きっとボクは、地上で一番幸せな女神なのかもしれない。

 

 

 

虹は訪れ彩を投げかけ

花は心を惹きつけて

月は静かに微笑んで

仰ぐ空には太陽が輝き

煌々しくも穢れなく

太陽と月の輪舞のように

命は巡りまた生まれ

悠久の時を刻みゆく

 

キー君、君に出会ってボクは本当に気付いたんだ。

この世はこんなにも輝きに満ちていたんだって!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***************************************

 

 

 

 

 

「聞いてくれ。”リズ”……どうしよう。ウチの女神様が可愛すぎて生きるのが辛いんだ」

 

「人の店に来るなりいきなりそれかいっ!? イッペン・死・ン・デ・ミ・ル?」

 

ここは迷宮都市オラリオの北西のメインストリート……から郊外に抜けたちょっと先の小川の岸に建つこじんまりとした水車小屋付の鍛冶工房(アトリエ)、重なる丸盾(タージュ)鎚矛(メイス)のエンブレムが掲げられた【矛盾(パラドクス)武具店】である。

 

さてこの店の名物と言えば唯一つ……というかただ一人。

この店唯一の鍛冶師兼店主兼店員兼看板娘の”リズベット”だ。

 

くせの強い赤とピンクの中間色の髪を肩にかかるくらいの長さにそろえ、豊かな胸を包む白い布地とリボンタイがいいアクセントになってるちょっとメイド服っぽい赤い仕事着(ワンピース)と真っ白なショートエプロン……

その鮮やかな衣に包んだ肢体は健康的な色気に満ちていて、足元をかためるナチュラル・ブラウンのロングブーツは中々にお洒落だ。

 

顔は美人というより可愛い系で、同じ可愛い系でもヘスティアがおっとり系なのに対し、リズベット……いや、ここは親愛をこめてリズと呼ぼう。

リズはアクティブさと良い意味での気の強さがうかがい知れる快活な感じだ。

そばかすだってこの娘にとってはチャームポイントだろう。

 

 

 

「ホント、アンタはいつもいつもそのお約束ね? いい加減、飽きないの?」

 

「バカを言うなよ。可愛いは正義だと偉い人も言っている。そういう意味ならリズも立派に正義だが」

 

「……ばか」

 

ちょっと頬を染めながらも満更ではないリズである。

しかし、平穏な時間はここまでのようだ。

 

 

 

「ところでさぁ……その正義のリズちゃんから、”我らが部隊長(アークマスター)”に質問があるんだけど?」

 

「俺に答えられることならなんなりと」

 

「わたしがプレゼントしたナイフ二本のうちの一本、どうしたのかなぁ~?」

 

「ぎっくうっ!」

 

ご主人様(アークマスター)は、ダンジョンにでも落としてきちゃったのかなぁ? まーさか他の女の子にあげちゃったとかはないわよねぇ~。ね?」

 

「サーセンでしたーーっ!!」

 

その時キリトが魅せたジャンピング土下座は、いかなる実戦剣技(ソードスキル)より鋭い技の冴えだったという。

 

 

 

***

 

 

 

「ふ~ん……【ΕΛΥΣΙΟΝ(エリュシオン)】だっけ? まとめるとキリトはその漆黒の長剣に目が眩んだってわけね?」

 

その中々味わいがある床の上では、両手を腰に当て仁王立ちのリズに、正座のキリトというかなりシュールな情景が展開されていた。

 

「これも哀しき剣士の気質(サガ)といいましょうか……そりゃツウ好みのゴブニュ・ファミリア謹製の大業物ともなれば、例え剣士じゃなくても食指が動くというものさ。俺なら尚更だ」

 

「まっ、いいわ。そういう理由だったら仕方ないから許してあげる♪」

 

ペロッと舌を出し、お茶目にウインク。

 

「へっ?」

 

「そりゃあアイズ・ヴァレンシュタインに目が眩んだっていうなら、多少は面白くないけどさ……よっと」

 

リズは正座したままのキリトの手を取ると軽い動作で引き起こし、

 

「でも剣を欲するは剣士の宿命(さだめ)。斬らない剣士に意味は無い……これでも、それが理解できないほど馬鹿な女じゃないつもりよ?」

 

”ぎゅむ”

 

そのまま歳のわりには大きく豊かな胸に抱きしめた……

 

「いい、キリト。アンタは確かに女神の眷属(ファミリア)になったのかもしれない。だけど、隣に立つのは”わたし達”なの。今は世界中に散ってるかもしれないけど、かつてもそうだったし、今だってそう。もしアンタが望むならこの先もずっとね」

 

「うん……わかってる」

 

「アンタは強くて弱いから……誰よりも強靭で誰よりも脆弱だから、だからアンタがアンタでいるためには、剣の鋼と女の柔肌が両方必要なの。それを忘れないでね?」

 

「忘れてないよ……」

 

その笑みは聖母の笑み……だけどリズの紅玉(ルビー)色の瞳の奥では、妖しい光が蠢いていた。

それはまるで強い雄を求める雌の本能のようにも見えた……

 

「だったら今は生まれたばかりの赤ちゃんみたいに無垢で弱いまま、女の柔肌を堪能しなさい。わたしはいつだって、そんなキリトを全部受け入れてあげるから」

 

 

***

 

 

 

「それにしてもさ、リズ」

 

胸に顔を埋めたまま、抵抗することなく髪を撫でられてるキリト……確かにこういう姿は少し珍しい。

 

「ん? なぁに?」

 

「やけに事情に詳しいな? というか、最初から事情をある程度わかってたっぽいしさ」

 

「あっ、バレちゃった?」

 

悪びれた様子も無くリズは笑う。

 

「どうしてだ?」

 

「少し長くなるから……そうね」

 

リズは抱きしめ軽く自慢の胸に押し付けていたキリトの頭を解放する。

ちょっと名残惜しそうな顔をするキリトを尻目に、リズはそそくさドアにかけていた真鍮製のプレートをひっくり返し【OPEN】を【CLOSED】にするとカーテンも閉めた。

 

少し薄暗くなった店内に置かれた、おそらくは接客用の応接セットのソファの端っこに座ると、

 

「キリト、ここに来て」

 

ぽんぽんと自分の太ももを叩いて促したのだった。

 

 

 

「キリト……わたしのフルネーム、まだ覚えてる?」

 

膝枕をするキリトに、リズはそう雪の街の駅前ベンチに座る少年に問いかけるように切り出した。

キリトは二時間も雪の中で待たされてもないし、リズの手には缶コーヒーは無いが。

 

「えっと……”リズベット・パラドクス”だっけ?」

 

「いや、それ入団のときに自分の武器をもじって洒落でつけたファミリーネームだから。あそこじゃ組織の性質上、実名は隠蔽だったでしょ?」

 

残念。正解は得られなかった。

ついでに言えば店の屋号もこの偽名(ダミー)からつけたようだ。

 

「じゃあ”裂海(れっかい)”?」

 

「それこそ【特務殲滅隊(けつめいきしだん)】時代の秘匿符牒(コールサイン)じゃない」

 

「となると……俺、リズのフルネーム知らないんだけど?」

 

「えっ?」

 

きょとんとして目をぱちくりさせるリズ。

この回答はどうやら想定外であったらしい。

 

「もしかして……わたしってば、キリトに本名教えてなかったっけ?」

 

「ああ。パラドクス姓が偽名なら、俺は知らないぞ」

 

「あちゃー。こりゃリズお姉さん、痛恨のミスだわ」

 

『しまったぁー』という顔をするリズだったが気を取り直して、

 

「今更だけど教えておくわね? 忘れちゃ嫌よ」

 

「忘れないさ。他ならぬリズの名なんだから」

 

「うん、合格♪」

 

キリトの素の返答にリズは満面の笑みを浮かべ、

 

「”この世界”での私の名前は、【リズベット・アームストロング】よ」

 

「ん? アームストロング? つい最近、どこかで聞いたような……?」

 

するとリズ、悪戯が成功したおてんば娘のようにくふふっ♪と笑い、

 

「そりゃそうよ。だってゴブニュ・ファミリアの副団長、”鉄槌担いだ合法ロリ(ハンマーロリ)”こと【ヴィータ・アームストロング】は、わたしのママだもん♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。

ようやく第002章に張った伏線【ヴィータの娘】が判明しましたが、いかがだったでしょうか?
予想していた人がいらっしゃったとしたら、予想は当たりましたか?
作者的には、はねっかえりなとことか『この母にしてこの娘あり』って感じが出ていればと(^^
とにもかくにもリズ、この世界ではヴィータの娘であるリズベット・アームストロングがついに登場です!
ちょっと原作よりおっかない娘になっていそうですが(苦笑)

ヘスティア様とやたらストロベリーな雰囲気の朝食のシーンがやけにこってるのは、執筆中に空腹だったからってのは内緒です。

あと何気に入れた懐かしのネタ、チャージなどさせん!→メイオウ攻撃コンボとかマーマレード・ボーイとか雪のベンチと缶コーヒーとか、果たして何人の方が元ネタをご存知でしょうか?(汗)

それにしても……書いておいてなんですが、またしても謎ワードが出てきましたね?
【特務殲滅隊】と【けつめいきしだん】……”けつめいきしだん”は【血盟騎士団】のことだと思われますが……?
キリトとリズの間には、まだまだ開かされてない過去がありそうです。

それではまた次回、お会いしましょう!




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第023話 ”リズのママ&パパがある意味ロックな生き方をしているのは間違っているだろうか”

皆様、こんばんわ。
なんとか筆の乗りと勢いに任せてエピソードを仕上げました。
限りある時間と資源は大切にせねば(笑)

さてさて今回のエピソードは……前半はサブタイ通りにある意味、ろっけんろーるな生き方をしてるリズパパ&ママのお話で、後半はちょっとノリが変わるかも?

今更ですが……なんかこのシリーズって、今のところダンジョンより圧倒的に地上ステージが多いですね~(^^





 

 

 

キリト、よく聞いて。

アンタはたしかに神の眷属(ファミリア)になったのかもしれない。

でも神はアンタの上や後ろにいることはあっても、アンタがどれほど望んだところで決して横に並び立つことは無いの……

だから忘れないで。

天を仰ぎたくなった時にも、地上には常に”わたし達”が居るってことを……

 

 

 

***

 

 

 

「”この世界”での私の名前は、【リズベット・アームストロング】よ♪」

 

「ん? アームストロング? つい最近、どこかで聞いたような……?」

 

「そりゃそうよ。だってゴブニュ・ファミリアの副団長、”鉄槌担いだ合法ロリ(ハンマーロリ)”こと【ヴィータ・アームストロング】は、わたしのママだもん♪」

 

それは驚愕の事実だった。

 

「ええぇ~~~っ!! ヴィータさんがリズのお母さんだって!?」

 

「うん♪」

 

キリトはまじまじとリズを上から下まで見回し、

 

「……あの小さな肢体(からだ)のどこに詰まってたんだ……?」

 

「バカね~。いくらわたしだって、この姿のまま生まれたわけじゃないのよ?」

 

「そりゃそうだけどさ……」

 

まあ、キリトの驚愕もわからないではない。

リズのこの世界の肉体年齢は14歳だが、身長は同年代の少女の平均身長(人間基準)と比べても少し低めなくらいなものの、胸は同水準を文字通り大きく上回り、むしろスタイルのいい女子高生と張り合っても引けをとらないだろう。

対してヴィータは、人間基準ならどっからどう見ても10歳以下……

 

「ママは原種(オリジナル)に近いドワーフと一緒にノームの血が入ってるから、あんなにちみっこいのよ」

 

「原種に近いドワーフ? ああ、『あの男はオッサンで女はロリ』ってファンタジー系の定番の」

 

「そういうこと。もっともこの世界じゃあ、ドワーフは純血種とかにあんまりこだわりがないみたいだから……混血が進んでどんどんガタイはよくなってきてるみたいよ? かくいうわたしだってパパは狼系獣人族(ライカンスロープ)なんだし」

 

確かにオラリオを見る限り、人間とあまり身長の変わらないドワーフやその血脈は多いようだ。

 

「……まさかリズのお父さんって○リコン?」

 

「それ、ママの前で絶対に言ったら駄目よ? さもないと”噴焔の貫鎚(ラケーテンハンマー)”とか普通に飛んでくるから」

 

その技名は聞き慣れないが、なんとなく自分がミンチになるイメージが浮かんだキリトはコクコクと頷くしか出来なかった。

 

「まあ、わたしは否定しないけどね」

 

「否定しないのかよ!?」

 

「だってママ公認のお弟子さん(あいじん)、ミウラって男の娘っぽい女の子なんだけど……身長も胸もママと大差ないし。それどころかこれ以上大きくならないように、ママったら大枚叩いてディアンケヒト印の妖しい成長抑制剤(まほうやく)まで取り寄せてたみたいだから」

 

「お~い」

 

「ママはいつも平気な顔してるけど、あれで結構自分の幼い容姿にコンプレックス持ってるからね。自分と正反対みたいな女がパパの隣に立つ(愛人になる)のを毛嫌いしてるみたいよ? パパはパパでちっちゃい()のほうが好きみたいだから問題ないけど」

 

普通、老いた正妻は若い愛人を自分の容姿に衰えにより旦那を取られる恐怖、若さに対するどうにもならない妬みから嫌悪するのだが、死ぬまでおそらく容姿の変わらない……変わったとしても人間より遥かに変化の少ない”不完全変体”じみてるヴィータの悩みは、どうやら別のベクトルを持っていそうだ。

 

「逆だ! 逆! いくらなんでも問題ありすぎだろっ!?」

 

激しいツッコミのキリトに対してリズは涼しい顔で、

 

「ここは”旧世界”じゃないのよ? 今更、この世界の倫理観や価値観にツッコミを入れたところで意味は無いわ。大体、ママだって『あん? 一人前の狼が自分の群れ(ハーレム)作るなんて当たり前だろーが。むしろようやく二人目なんて少なすぎるくらいだぜ? それにオレも鍛冶師の仕事やらファミリアの運営やらで忙しいから、あんまり構ってやれねーしな。だからちょうどいいのさ』って具合だし」

 

『そこに愛はあるのか!?』と問い正しくなるような言動だが、夫婦揃って(つがい)への愛情値はMAX固定なのだから何を況や。

実際に本当にヴィータにとっては少ないくらいなんだろう。現に同じファミリアの親しい人物によると『アイツほどの雄なら、中規模ファミリア作れるくらいの雌の取り巻きがいてもおかしくねーんだけどな』的な発言をしてるらしい。

もっともハーレムと呼ぶにはあまりに少ない人員の理由が、ヴィータに対する愛情の高さゆえなのだが。

 

「二人?」

 

「もう一人いるのよ。同じライカンスロープの娘なんだけど、群れから見捨てられて死にかけてたところをパパに拾われたって娘が。アルフって名前なんだけど、パパは今、アルフとミウラ連れて二人の見聞を広めるのを兼ねてモンハン込みの武者修行に行ってるわよ。今はどこの空の下にいるのかなぁ……」

 

「なんかリズの父さんってスゲーな……見習いたくはないけど」

 

キリトは絶対に人のことは言えないと思うが……自分のことを棚にあげるのは人間、もしくは知的生命体の習性みたいなものだから仕方が無い。

 

「ちなみに幼態固定するのは、ママによれば避妊の意味もあるみたい。生理こなけりゃ孕みようもないものね? まあ、わたし的には異母弟妹はウェルカムなんだけど」

 

「生々し過ぎる!!」

 

 

 

***

 

 

 

「リズ……俺はなんだか、お前の特徴的(ユニーク)な性格形成の過程を垣間見たような気がするぞ……」

 

「あははっ♪ そこまで影響受けてないって。だってわたし達異世界者(フォリナー)は、SAO開始時までの記憶を持って生まれてくるんだもの。全くの何も知らない赤ん坊じゃないのよ? 例え”シリカ”だって一廉の自意識くらい確立してるわ」

 

キリトは、一緒に居た期間は短くとも同じ選抜部隊(パーティー)で幾多の激戦を潜り抜けた”最年少の仲間(リトルドラゴン)”のことを思い出す。

 

「ちょっと待て……その台詞を鵜呑みにすると、リズ達はもともとアレな性格の素養があったってことか!?」

 

「アレな性格って表現には、あえてツッコまないでいてあげるけど……ふふん♪ まだまだ甘いわよ部隊長(ごしゅじんさま)。我々は転生とこの”容赦ない世界”という二重苦により、自我(エゴ)を強化された人間なのだよ♪」

 

リズ、君はどこの鉄仮面だ?

 

「なんたる破滅的真実……」

 

「キリト……ブーメランってネット・スラングまだ覚えてる?」

 

「はっ?」

 

「アンタだって、この上なく立派に同類よ?」

 

「絶望した! この容赦ない世界に絶望した!」

 

 

 

***

 

 

 

「ところでキリト、わざわざわたしの店にまで足を運んだのは楽しくトークするため? わたしは別にそれでもかまわないし、むしろ嬉しいけど」

 

「リズの顔を見に来たってのもそりゃあるけどさ」

 

「こんな顔でよろしければ、いくらでもどうぞ♪」

 

クスクスと愛らしく笑うリズにキリトは少し眩しそうに目を細め、

 

(女の子って鮮やかな生物だよなぁ……)

 

つくづくそう思う。

 

「実は折り入ってリズに相談があったんだ」

 

「わたしに? 何?」

 

 

 

【矛盾の紋章《エンブレム・オブ・パラドクス》】を掲げている通り、リズの得意武器はキリトとパーティーを組んでいた頃から長尺の鎚矛(メイス)とスパイク付の丸盾(タージュ)だ。

詳細はいずれ語られると思うが……実は鍛治技能を持ちのリズは、自ら鍛えたメイスとタージュを携えて参戦したため、その製造にも扱いにも長けていた。

 

 

「へぇ~。キリトが盾ねぇ……敵の攻撃は避けてナンボ&流してナンボのキリト君が一体、どういう心境の変化?」

 

「そんな大げさな話じゃないよ。ただダンジョンをソロで攻略する関係上、どうしても単独持久戦が想定されるだろ? なら受けるダメージは、少なければ少ないほどいい。回復薬(ポーション)だって安くはないしな」

 

「なるほどね。キリトはしばらくソロで行くの?」

 

「他に選択肢はないよ。ウチのファミリアは人が居ないからさ」

 

「ふ~ん……ヘスティア・ファミリアか」

 

「どうかしたのか?」

 

「別に。ところで現在、団員は募集してるの?」

 

「団員じゃなくて眷属(ファミリア)な? 年中無休で受付中さ。リズ、まさか入ってくれるとか?」

 

それは社交辞令のようなものだったのだろう。

今のところしばらく二人でやっていくというヘスティアの方針ではあるが、ファミリアのメンバーは居るに越したことは無い。

それにダンジョン中層にチャレンジしようと思ったら、必然的にパーティーを組まざる得ない。

無論、別のパーティーに混ぜてもらうという手もあったが、オラリオに来て半月程度のキリトにそんなコネはあるはずも無かった。

 

いや……正確には、エリュシオン絡みで既にコネは出来そうなのだが、肝心のキリトがその可能性に気付いていなかった。

だが、リズはさらりと

 

「考えとくわ」

 

と短く返しただけだった。脈無しと判断したキリトは苦笑しながら、

 

「期待しないで待ってるよ」

 

 

 

***

 

 

 

「とりあえず盾の話をする前に防具一式確認させてくれる? 消耗具合をチェックするついでに使用頻度を確認したいわ」

 

「了解」

 

幸いと言うべきか?

キリトは。矛盾防具店を出てすぐにダンジョンに潜るつもりだったので完全装備だった。背中には背負う”最適化する長剣(オプティマス・ソード)”こと【エリュシオン】にバックパック。

身体にはいつものマントの機能も併せ持つロングコート風の衣装にメタリックシルバーの金属篭手(ガントレット)にニーガードと一体になった脛甲(レガース)を組み合わせ、上半身には同じくGGO風の銀のブレスプレートとALO風のショルダーガードを装着していた。

原作に比べればガントレットとレガースがある分だけ重装備に思えるが、オラリオのダンジョン冒険者の水準なら間違いなく軽装と言えた。

 

「ガントレットの機巧(ギミック)は上手く作動してるみたいね?」

 

「ああ。リズのお陰でばっちりさ」

 

実はガントレットとレガースはリズベットお手製のそれであったりする。

 

 

 

リズはキリトにあげたナイフが練習品であった通り、今のところ鋭く薄く鍛える刃物の製造は練習中だが、基本は鉄塊である鈍器や盾などは大得意だ。

それとは真逆の趣味が入りまくってる細工も好きこそものの上手なれということで得意としていた。

 

さて、ここでキリトのガントレットについて説明しておこう。

基本構造は一枚素材ではなく曲面的な金属パーツ五つを多重連結したキャタピラ構造をしており防御力を維持しながら極力腕の動きを邪魔しないように考慮されている。

また、外側には前進角を持つ突起がパーツごとに設けられており、単純な打撃用スパイクとして使える他にも相手の剣を絡め取り一種のソードブレイカーとして使うことができた。

また内側にはこのガントレット最大の特徴と言えるギミックが組み込まれていた。

それは超硬金属(アダマンタイト)を極限まで細く伸ばし、それ自体が武器として使える強度を持つ強化鋼糸(メタルストリング)を巻きつけた”リール”だった。

イメージ的には”アカメが斬る!”のラバックが手袋に仕込んでいたリールを、手首から肘にかけてギミックとしてセットしてると思えば判り易いかもしれない。

またメタルストリングの先端には、投擲する際に鏃のような尖り”カエシ”の付いた分銅が取り付けられていた。

 

キリトが”旧世界”にいた頃に学んでいた古流実戦武術【永全不動八門】の各流派は、敵を倒すことを目的とした現代風にいうなら複合戦闘技術であり、槍や刀といった主武装以外にも鋼糸/各種手裏剣の扱い、徒手空拳の対術の研鑽にも余念が無かった

そのためにこのようなギミック付のガントレットのアイデアをキリトが出し、リズの手により組み上げられたのだった。

 

最初の代物は二人が出会った直後に作られたものだったが、今のそれに比べれば甚だ稚拙な代物だったという。

だが、二人が同じ戦場(いくさば)で同じ風景を見る中でその技術は磨かれ蓄積され、新たなアイデアも盛り込まれ今の形になったのだ。

 

言うならばこのガントレットは、キリトとリズを過去から今に繋ぐ『目に見える形の絆』の一つなのかもしれない。

 

さて、それはどんな絆だったのだろう?

それは風と大地に刻まれた、時には血腥い物語だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。
またまた閑話的なエピソードでしたが楽しんでいただけましたでしょうか?

実はリズパパの名前が作中には出てこない罠(笑)
ヴェアウルフらしいけど誰だろうなー(棒

後半はなんだか色々フラグが立ってたような気もしますが……
もしかしたら次のエピソードは、キリトとリズの出会いの物語かな?

地味にシリカも名前だけ登場してましたね?(^^

本当に先の長い物語ですが、お付き合いくだされば幸いです。
それではまた次回、お会いしましょう!



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第024話 ”神々の闊歩する世界で棺桶が笑うのは間違っているのだろうか”

皆様、こんばんわ。
今夜も懲りずに深夜アップです(^^

今回のエピソードは……キリトやリズ、転生者(フォリナー)にまつわる、珍しくシリアスな感じです。

2015/09/17、作中にとある名前を追加しました。


 

 

 

その紅蓮の舞台で、二人の男は邂逅していた。

一人は鉈とも包丁とも呼べる短刀を携え、膝まである暗黒色のポンチョを纏いフードを目深に被った顔の見えない長身の男だ。

もう一人は返り血で汚れたマントを纏い同じくフードを被り、いぶし銀の牡山羊(ゴウト)を象ったマスクで顔の上半分を隠し、漆黒の片手長剣を構えたポンチョ男よりもやや小柄な男、あるいは少年だった。

 

『なあ、【打斬者(バッシュ)】……どうしてお前は”そちら側”にいる? お前は、お前だけは明らかに”こっち側”だろ? 俺とお前は同じ存在な筈だ』

 

むしろ親しげにポンチョ男が問えば、

 

『否定はしないさ。否定するほど厚顔無恥でもない』

 

どこか幻影騎士団(ミラージュナイツ)を思わせる格好の少年は、無感情に答える。

元は純白ではあったが今は煤と泥と血で薄汚れたマントに浮かぶ【剣と盾と十字架】をモチーフにした赤い紋章と、紅に塗られた右の肩当だけがやけにに目立っていた。

 

 

 

『そうだろうさ。血と臓物の匂いだけが俺たちを満足させる。戦いの中でしか、殺し合いの中でしか俺達は生きられん。そういう生物だろ?』

 

『命の爆ぜる瞬間しか、俺達の(せい)は無いと言いたいのか?』

 

『それが真実だ。元の世界から追い出され、ただの神々の暇つぶしのための玩具に成り下がった俺達(フォリナー)に唯一残る自由が”命”だろ? ただの傀儡(くぐつ)となっても生殺与奪だけは俺達の物だ。命を奪い奪われる時だけが、俺達を人形から人間へと戻す』

 

『だから命が失われる最後の瞬間の輝きを、まるで花火でも見物するように楽しむか? 悪いが俺はそこまで悪趣味じゃないさ』

 

『お前とて所詮、体から鉄錆の匂いと腐臭が立ち込める人殺しだろうに』

 

『だからこそだ……所詮は同じ人殺しだからこそ、俺とPoH(オマエ)は相容れない!!』

 

『 HA-ha!! Now It's SHOW TIME!! 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

篭手(ガントレット)の方は問題ないみたいね」

 

作業机の上に並べられたキリトの防具……ガントレットに脛甲(レガース)胸当て(ブレスプレート)肩当て(ショルダーガード)の中で、特に自分が製作したガントレットとレガースを入念にリズベット・アームストロングはチェックしていた。

 

特にガントレットは多重連結(キャタピラ)構造を持ち、ソードブレイカーの機能を持たせながらメタルストリング・リールを仕込んだ凝った造りのために調整には気を使うのだった。

 

「キリトもちゃんとメンテしてくれてるみたいだし、荒っぽく使われてる痕跡はあるけど機能不全の兆候はないわ。使用頻度から考えたら状態は悪くないわ。流石ね♪」

 

するとキリトは苦笑しながら、

 

「武具だから荒っぽく使うのは当たり前だけど、雑には扱わないよ。せっかくリズが作ってくれたものなんだし」

 

キリトの一言が嬉しかったのかリズは上機嫌に、

 

「重畳重畳♪ 私の作った道具に無理をさせるな……な~んてことは、口が裂けても言わないわよ。だけど無理させなきゃいけない時に無理が出来ない状態で放置されてたら、ちょっといただけないもんね」

 

「そういうことだな。それにリズの雷も怖い」

 

そうおどけるキリトにリズはいかにも心外という顔で、

 

「あら? 私の怒った顔はそんなに怖い?」

 

「少なくとも俺にとっては、ご褒美にならないくらいには怖いぞ?」

 

見つめあいながらプッと思わず噴き出す二人だった。

 

 

 

***

 

 

 

「レガースは特にギミックは組み込んでないけど、連結部の磨耗が予想以上ね。確かにパーツ一個一個の重さがガントレットより重いってのもあるけど……一体、どんな人間やめてる動きをしてるんだか」

 

レガースもガントレットと同じくフレキシブルに稼動し装着者の動きを極力妨げない多重連結(キャタピラ)構造を採用してるのだが、リズの言うとおりガントレットと同じ素材を使っているために一個一個のパーツが大きくその分だけ重い。

特にキリトの変態歩法による負荷は半端な物ではないらしく、特にパーツとパーツ接合に使ってる回転軸の磨耗が激しいらしい。

 

「いっそ接合軸受けにボールベアリング構造でも採用しようかな? そこまで精度にこだわなければ自作できなくはないし」

 

すでにいくつものアイデアが脳内に飛び回ってるらしいリズ。その笑みからすると心底楽しそうだ。

 

「あっ、でもキリトって蹴り技は使うほうだよね?」

 

「ああ。基本的に両腕は武器で埋まるから、必然的に格闘体術は限られるし」

 

「そっかそっか。ねぇ、レガースはもう少し重くなっても平気?」

 

「程度にもよるけど、まだ余力はあるよ」

 

「なら、ニーガードだけじゃなくてトゥガードとヒールカップも一体化して組み込んだほうがいいかもね。う~ん……となると、改良じゃなくていそ再設計したほうが早いかな?」

 

楽しそうなまま表情のリズはデザインノートにスケッチを描き出す。だが気が付くと、

 

「どうしたの?」

 

いたわるような優しい瞳でキリトは見ていた。

 

「すまないな。いつも面倒かけて」

 

「いいわよ。気にしないで♪ わたしとしては半月前にふらりとオラリオに”戻って”きた時、真っ先にわたしの店に顔を出してくれたことが嬉しかったし……1年前はわたしがまだ店を出してなかったせいもあるけど、ニアミスすることすらなかったから。キリトがいたことも随分後に知ったわけだしね」

 

「あの時はすまない。【赤目の(ブラッディアイ)ザザ】を追ってた時だったからな……目的は果たしたけど、街に長居するのは危険だった。まだジョニー・ブラックやPoH(プー)の足取りが掴めない以上、あの時点で正体がばれるわけにはいかなかったんだ」

 

 

 

「キリトは、まだ追ってたんだよね……」

 

「俺にとっては遣り残した宿題みたいなものさ……目を逸らしては不安ばかりが増えて、終わらないと安心できない。遅れれば遅れるだけ切羽詰って手が付けられなくなる」

 

「あはは♪ キリトって結構、夏休みの前半に宿題終わらすタイプでしょう?」

 

「よくわかったな」

 

リズはふと懐かしそうな……だけど決して楽しいだけではない表情で、

 

「本当に色々あったね……あの頃は」

 

「そうだな。色々在りすぎた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ここにある恐ろしいデータがある。

 

”この世界”に転生し受肉した256,446人の異世界人(フォリナー)のうち5万人以上が既に死亡し、転生者人口は20万人を割っているのだ。

最初のフォリナーが生まれて半世紀も経ってない現状では、当然のように老衰により天寿を全うした人間は居ない。

 

最も死亡者数が多いのは、新生児~2歳までの乳幼児期の死亡だ。

オラリオを含め”この世界”では、現代日本のような手厚い福利厚生制度や医療福祉関連の社会システムは存在しない。

治癒魔法はあっても、当然のように科学的根拠に基づく近代医療は無い。経験則を柱とした統計学的な生薬を用いた薬草学は我々の知る漢方薬膳より発達してるが、化学薬品(ケミカル・メディスン)のような大量生産/安定供給が可能なものはない。

 

衛生環境の整った病院や疫病に対する予防接種や栄養学的な意味での社会補助も存在しなければ、公衆衛生の概念も未発達……つまり抵抗力の弱い乳幼児の死亡率が現代日本と比べるなら異様に高いのだ。

 

現在の地球でも社会システムの整ってない、あるいは内戦などで崩壊したままの国での新生児の死亡率は高く、例えば2013年の統計では新生児の死亡率が10%を超える、つまり10人中1人以上の割合で新生児が死ぬ国が、二つも存在する。

そして、この世界の新生児死亡率は平均的に『それよりはマシ』程度だ。

 

同じ理由で、疫病を含む病気や感染症を含む怪我による死亡率は高く、またあまり近代国家ではあまり聞かない有毒生物の毒素による死亡や、モンスターを含む危険生物に襲われ捕食されての死亡も決して無視できない数字で存在する。

例えば、ダンジョンにおける死者も大抵はここに含まれる。

 

また目立った死亡数を誇るのが意外にも……いや、それとも当然というべきか?

その死因が『自殺』だった。

ゲームを遊びと割り切り、遊びでなら戦うことができてもそれがリアルな殺し合いが頻発する世界となれば話は違ってくる。

例えば、ゲームをやめれば豊かな物資に溢れた”豊かで幸福な現実”に戻れる……現代を生きる日本人としては願うことすらない当たり前な感覚でSAOにダイブしていた人間がほぼ全員だっただろう。

しかし……その当たり前は容赦なく打ち砕かれ、現代生活への帰還は不可能。残されたのは生死が一枚のコインの裏表のように張り付いている非近代的な世界でのサバイバル……

果たしてこの過酷な現実に、どれほどの人間が適応(アジャスト)でき、またどれほどの人間が現実を拒絶したのか……

最大の現実逃避が死であることは、今も昔も変わらない。

 

 

 

無論、人間同士の争いによる死亡も現代日本よりずっと多い。

オラリオなどの大都市や国家系ファミリアを除けば、”この世界”の大半は非法治地域……悪く言えば某世紀末救世主伝説的な意味も含めて、力が物を言う自由と強欲の無法地帯だ。

キリトも前(第005話)に語っていたが、この世界は山賊などの野党はごまんといる。

働くより奪うほうが楽で効率がいいと考える輩は、決して珍しくないのだ。

大は軍隊まがいの大盗賊、小は街の強盗やチンピラの小競り合いまで、とかくこの世界は殺人沙汰が身近にあった。

 

これは単純な治安の問題だけではなく、教育制度や価値観などあまりに多くの要素が含む問題であり、一概にはこれがたった一つの原因とは言えるものはない。

一番よい方法は、一度誰かがこの世界を制覇、きっちりとした法制度を施行し、法治国家を形成することなのだが……今のところその気配は欠片ほどもない。

 

 

 

大きな意味では上記の事例に含まれるのだが……

だが、キリトやリズのようなフォリナーにとって決して”無視できない死、いや殺人”があった。

 

それは『組織的/計画的な殺人による死』を引き起こす者たち……殺人ギルド【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】の存在である。

 

 

 

***

 

 

 

笑う棺桶(ラフィン・コフィン)

 

通称”ラフコフ”。

この組織は殺人ギルドであるが、他にもいくつか確認されてる犯罪系結社(ギルド)にはない特徴があった。

それは、『転生者(フォリナー)だけで結成されてる組織』だということだ。

 

ラフィン・コフィンが結成されたのは、今から約6年前とされているが……

それより前に、【ラフィン・コフィン】誕生のきっかけとなった事件がある。

 

皆さんは【闇派閥(イヴィルス)】というものをご存知だろうか?

それは、かつて”邪神”を名乗る神々が興した過激派ファミリアの総称であった。

過去形にしたのは、その本体と呼べるものは過去にギルドを中心とした各有力ファミリアが連携した討伐戦により壊滅したからだ。

だが、残党は未だに存在し地下に潜伏し暗躍してると噂されている。

 

 

 

さて、そのイヴィルス残党の中で最も名を知られ過激な活動を行なっていたのが、邪神系ファミリアの元メンバーのフォリナーで結成された【ラフィン・コフィン】だった。

 

彼らはイヴィルスが壊滅した後に『役立たずな神を捨てる』為にファミリアを抜け、邪神の統制さえも受けつけぬ犯罪結社となり、リーダーの”PoH”を中心に組織だった大量殺人を開始した。

驚くべきことに彼らが組織として実質的な活動をした4年間の間に殺害した延べ人数は、判明してるだけで2000人を超えるとされ、そのうち1037人はフォリナーだったのだ。

 

また、彼らが一種の殺人カルト集団と認識されているのは、彼らの掲げるお題目の一つが『フォリナーの神々からの解放』だったからだ。

 

 

 

実はこの【ラフィン・コフィン】と先に述べた『自殺』は密接に関係をしていた。

死と隣り合わせの世界という現実を拒否したいけど、様々な理由で自ら死を選ぶことも出来ない……そんなフォリナーの何割かが心を狂わせることは、想像に難くない。

自分が死ぬくらいなら誰かまわず巻き込んで道連れにしてやろうというのは、古今東西を問わず自殺型テロリストにはありがちな発想だ。

例えば、『自分だけが死を選ぶほど不幸なんて許せない。こんなクソみたいな世界でそれでも幸せな奴は許せない。妬ましい。どうせなら皆で不幸になり、皆で死ぬべきだ。こんな世界滅んでしまえばいい』というような……

 

そんな狂人化したフォリナーの受け皿となったのも、また【ラフィン・コフィン】だったのだから……

 

 

 

***

 

 

 

しかし、これに対して自然発生的に他のフォリナーから悪性ウイルスに対する免疫反応のようにとある組織が秘密裏に発足する。

ラフィン・コフィン(ウイルス)】の活動開始から遅れること1年……その”抗体(アンチボディ)”の名を、

 

【血盟騎士団】

 

と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。
『ダンキリ』における【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】の解釈は如何だったでしょうか?

今回、次回と少しキリトたちの過去を語る回にしようかと思います。
なんせ過去から今に続く彼らとの因縁は、ストーリー全体に関わってきますし……

誰が斬りを結んでいるのかわかりません(笑)が、冒頭のあれは過去の情景です。
あの頃は二人とも人間の範疇の強さだった?

ネクスト・エピソードはいよいよ血盟騎士団の結成秘話になりそうな……?
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう♪



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第025話 ”血盟騎士団がその誕生から存在の定義を変えるのは間違っているのだろうか”

皆様、こんばんわ。

今回は前回に引き続けちょっとだけシリアスです。
というより、今回のエピソード主役は……人物でなく血盟騎士団?






 

 

 

『死を以て転生者(フォリナー)の魂を神々の玩具(オモチャ)より解放する』

 

その大義名分のもと組織的に、そして無軌道までに殺戮を繰り広げた組織があった。

その名は【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】……

 

 

 

かつて存在した邪神を名乗る神々の過激派ファミリアの集合体である【闇派閥(イヴィルス)】。

ギルドや有志ファミリア同盟により行なわれた討伐戦においてイヴィルスが崩壊した後、それらのファミリアに所属していたフォリナー達が神々に反旗を翻し離反、そしてより過激に凄惨になるべく立ち上げたの組織が、殺人結社(ギルド)【ラフィン・コフィン】であった。

今から約6年前の話である。

 

最盛期には600人を数える構成員が居たとされるラフィン・コフィンが組織として活動していた4年間の間、彼らに殺害された存在は判明しているだけで2000人を超えるとされ、そのうち1037人がフォリナーだった。

 

 

 

***

 

 

 

オラリオのある”この世界”の総人口は、純粋な人間(ヒューマン)だけでなくエルフやドワーフなど亜人(デミヒューマン)を加えた知的生命体として総数、”広義な意味での人類”は概算でざっと3億人ほどもいる。

なのに犠牲者の比率の半分が20万人程度しかいないはずのフォリナーだというあたり、ラフィン・コフィンの組織的な本質を表していた。

掲げる『フォリナーの神々からの解放』は、彼らの理屈からすればあながち的外れではないのだろう。

 

だが、ラフィン・コフィンに犯され殺されるだけの存在だけでいるほど、フォリナーは弱くも脆くもなかった

そもそもが彼らは『魔法を無視して剣技(ソードスキル)だけで浮遊城(アインクラッド)に犇くモンスター共と戦う』なんてバリバリの硬派(ストロング)スタイルなゲームにフルダイブし、全感覚で楽しもうとしていたゲーム脳的な意味での猛者の集まりなのだ。

言い方を変えるなら、例えVRゲームでも『半ば闘争が拒絶された法治国家に棲みながら、仮想空間に潜ってまで可能な限り実戦に近い真剣勝負(セメント)を求めた者たち』なのだ。

当然、戦うという事象が選択肢にない一般市民より、よほど戦意も闘争心も高く強い。

 

いやそんな集団だからこそ、その手の意識がエゴや絶望や狂気と交じり合い異常肥大し、殺人衝動を全肯定するような……故にカルト殺人集団に分類されるラフィン・コフィンのような組織も生まれる原因になたのだろう。

 

これは仮説ではあるが……

もし、ラフィン・コフィンがフォリナーという総体に生まれた、あるべき姿から変質し異物となった悪性新生物(ガン細胞)や病原性ウイルスのようなものだとするならば、それらに対抗する免疫反応のようなものが生まれても不思議ではない。いや、むしろ自然と言えるだろう。

 

悪性新生物(ラフィン・コフィン)の存在が確認されてから遅れること1年……

フォリナーの被害者が三桁の大台を記録する頃に”その抗体(アンチボディ)”は極秘裏に産声をあげた。

その抗体の名こそ、

 

血盟騎士団(シバレース・デ・クラン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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血盟騎士団(Chevaliers de Clan)

 

略称は”CdC”。

その母体になったのは、【血盟修道会(Orden de Clan)】と言われている。

血盟修道会は修道会と名乗る以上は”旧世界”の教会を参考にした弱者救済を主目的とした各種慈善事業(例えば炊き出しや孤児の保護)を細々と行なってはいたが……それは本質を世間から隠す隠れ蓑であり、また当然のように全知全能の一神教の神を崇める集団ではなかった。

修道会の実態は、『種族やファミリアの枠組みを超えたフォリナーの連絡協議会ならびに商工会』という代物だったのだ。

 

その組織の性質ゆえにいち早く【ラフィン・コフィン】の存在を見抜き、またその実像に迫ることが出来たらしい。

そこまでいけば答えは簡単だった。

ラフィン・コフィンの尻尾を掴んだのなら、次はみすみす殺されないために対抗組織を作り上げるのは、むしろ当然と言えるだろう。

 

こうして生まれたのが【血盟騎士団】であるのだが……だが、世間に大きく誤解されている(あるいは意図的に大きく誤解させている)事情がある。

【血盟修道会】が大きな組織であるために巨大戦闘集団と思われがちな血盟騎士団ではあるが……その実態は、他のいかなる組織に所属していない純然たる固有戦力、つまり”血盟騎士(クラン・シュバリエ)”として抱えてる戦力はラフィン・コフィンと比べて極めて小さい(数十人~せいぜい百名程度と言われている)。

そうであるが故に組織の主戦力と言えるのは、騎士団構想に賛同した他のファミリア/戦闘系ギルド/パーティーから抽出した人員と、更には足りない戦力を補うために契約した傭兵までいたとされる寄り合い所帯だった。

 

例えば、その騎士団長(とうもく)と目されていた”導師(グル)エギル”は、前出の血盟修道会(オルデン・デ・クラン)の代表で、同時に酒場や冒険者向けの道具屋を経営する資産家だ。

噂では冒険者(オラリオ)・ギルドと強い繋がり(コネクション)を持っていたとされていて、だからこそ血盟騎士団を立ち上げられたと信じられている。

また有力幹部であった”ディアベル・カンクネン”はオラリオ外の冒険者ギルド【ドラゴン・ナイツ・ブリゲード(意味は”竜騎士旅団”。略称は”DKB”)】のリーダーであり、同じく有力幹部の”シンカー・マルソー”は、広域情報系ギルド【MTD】のリーダーである。

実力で言うならこの二者より小規模ながらも、有力戦闘系ギルド【風林火山】とその頭領”クライン・フォート”の存在も忘れてはならないだろう。

加えて戦闘力に重点を置くなら……人員規模はギルドというよりパーティーだが、その戦闘力はそこいらのギルドを軽く凌駕すると言わしめた少数精鋭の純戦闘系パーティー、”ラン・コンクェスト”率いる【眠らない騎士団(スリープレス・ナイツ)】も特筆すべき存在だった。

 

また、パーティーというくくりで見るなら”グリセルダ・グレイワース”率いる【黄金林檎(Golden Apple)】や”ケイタ・クラウディ”率いる【月夜の黒猫団(Moonlit Black Cats)】などはパーティー丸ごと血盟騎士団に参加していたようだ。

 

 

あえて平行世界の視点から見るならば、血盟騎士団の読み方が英語の”Knights of blood (KoB)”ではなく仏語の”Chevaliers de Clan (CdC)”と大きく違いがあるのは、そのまま組織の質の違いを表しているともいえる。

全くの余談だが……英語でCDCと言えば”Combat Direction Center (戦闘指揮所)”や”Centers for Disease Control and Prevention (疾病管理予防センター)”という意味の略になる。

なんとなく的を射ているような……?

 

 

 

このような組織結成の背景から、血盟騎士団はラフィン・コフィンさえも驚く速度で戦力を整え、対抗組織に成長したいったのであった。

その戦力の最大動員時は3000名を下らない……実にラフィン・コフィンの5倍を誇る兵力ほ動員可能であり、たしかに戦闘技量の平均値で比べるならラフィン・コフィンに劣るかもしれないが、正面戦力比なら技量差などの戦力倍加要素ではどうにもならない差ができていた。

数とはそこまで戦いにおいて重要なのだ。

 

さて、このようなごった煮状態の寄り合い所帯ならばこそ、短期間に多くの人員が導入できたものの同時に派閥間抗争など急造の組織にはありがちな問題も噴出した。

 

その中でも特に重要な案件とされたのが、精鋭のはずの血盟騎士の1人”クラディール・ザカー”が実はラフィン・コフィンの間者だった一件や、妻殺害を条件にラフィン・コフィンに情報を流していた”グリムロック・グレイワース”などの裏切り者、また野心と勢力拡大のための資金目当てに謀反を起こして粛清、仲間共々懲罰部隊送りの憂き目を見た”キバオウ・ピアッジ”の叛乱などがあった。

 

だが、この激動の中にあってこそ決して無視できない【超精鋭部隊】が存在していたらしい。

10名にも満たない小さな部隊(パーティー)ではあったが、一人当たりのラフコフ討伐数なら他のいかなるパーティーの追従も許さぬとされた血塗られた集団……

 

それこそが【特務殲滅隊】だった。

 

 

 

***

 

 

 

厳密に言うならば……【特務殲滅隊】という部隊が、発足した当初から活動を休眠させた現在に至るまで血盟騎士団に存在したという証拠は無いし、導師(グル)エギルこと”エギル・カーマイン”も『巷で噂されるような名称を持つ部隊は血盟騎士団にはない』公式に否定している。

現在となっては『都市伝説の一種』と断ずる歴史編纂者もいるようだが……

しかしながら名称こそ定かではないが、その手の”血腥い殲滅任務(ヌレシゴト)”を専門に行なっていた人員ないし部隊はあったと、未だ(まこと)しやかに囁かれているのも事実だ。

 

市中に流れる噂をかき集めると、その特殊部隊じみ活躍をした部隊は【テンプル・ナイツ】と呼ばれていたとか、【閃光】と呼ばれていたとか、あるいは【オラリオ・メタル・シティ】と呼ばれていたとか諸説あるが、もっとも有力視されているのが【幻影の夜(Mirage Night)】という名だった。

 

この名称の出所は、ごく稀に当時の血盟騎士団の本部や支部で『正体不明の騎士』が見られたことに端を発する。

 

 

 

雄山羊(ゴウト)を象った燻し銀のマスクで顔半分を隠し、【剣と盾と十字架】をモチーフにした血盟騎士団を示す赤い紋章が浮かぶフード付の純白のマントで全身を覆う謎の存在』

 

非常に目立つ姿をしてるのに目深に被ったフードとマスクで顔をマントで全身を隠した彼らもしくは彼女らは、大人なのか子供なのか、男なのか女なのかも判然としない存在だった。

一説にはマスクには声の波長を変化させる魔法がかけられた一種のマジック・アイテムであり、また正体(からだ)を隠すため前をきっちり合わされたマントは滅多に開かれることはなく、閉じてる限り裏地に縫いこまれた浅い認識阻害効果のある幻術紋様(ルーン)が発動しているとも噂されていた。

 

彼らが複数人数存在することは、目撃情報やマントに刺繍されたナンバーで確認できたのだがのだが……ただ、中の人がいつの間にか入れ替わっていても気付かれない可能性が高いため、本当に常に同じ人物だったかは不明であり、持ち回りで複数の人間が中身を演じていたという説まである。

 

ただ、その服装のデザインは”旧世界”にあった漫画【F.S.S】に登場する”幻影騎士団(Mirage Knights)”をイメージモチーフにしているのは明白(おそらく部隊創出の主導的な役割をした人物が同作のファンだったと推測されている)であり、故にそれをもじって読みがほぼ同じな【幻影の夜(ミラージュ・ナイト)】という名称が広がったようだ。

 

無論、これも俗説に過ぎない。公的に存在が認められてない部隊に公式名称なんてあるはずもないのだから当然だろう。

 

ただ、後に必要に迫られ各ナンバーに該当する秘匿符牒(コールサイン)の一部だけ、血盟騎士団内部のごく限られた人間に公表された時は、

 

No.Ⅰ:”打斬者(バッシュ)

No.Ⅱ:”裂海(れっかい)

No.Ⅲ:”迷槍(めいそう)

No.Ⅳ:”珪竜姫(クーン)

No.Ⅴ:”絶懐剣(カイエン)

 

と記されていたらしい。

無論、これは部隊の存在を認めたのではなく、『仮面とマントの特定不能人物を名無しのままでは不都合』という意味合いでの公表だったとされている。

その証拠にナンバーが確認されているNo.Ⅵ以降のコールサインが確認できる資料は、今のところ発見されてない。

おそらくだが……Ⅰ、Ⅳ、Ⅴは前出のF.S.Sの中から読み方を取った(Ⅰについてはバッシュ・ザ・スタンピート説もある)と思われ、Ⅱは使う必殺技から、Ⅲは使う武器からとされている。

 

無論、このコールサインは本来の名前から全く無関係の読みや字から決められたと思われ、この呼び方から正体を察するのは難しい。

もともと血盟騎士団は本名の公開を禁じており、全員が偽名を使っていた(例えばリズは本来のアームストロング姓ではなく使用武器から取ったパラドクス姓を名乗っていた)ために余計に特定は困難だっただろう。

 

おまけに通称【幻影の夜】のメンバーは純粋な血盟騎士から選ばれたのではなく、騎士団とは無関係の傭兵から構成されていたとか、任務中に死亡もしくは行方不明で登録を抹消された元団員から構成されているとか諸説あり、未だその正体については不明とされている。

 

 

 

***

 

 

 

名称不明な上にこれだけ妖しい部隊(?)だったにも関わらず、その存在が(特に血盟騎士団内部で)確実視されていたのは、いくつもの物的あるいは状況証拠があるからだ。

 

例えば、前出の血盟騎士団の裏切り者、”クラディール・ザカー”が無残な斬殺体として転がった後の調査で、彼が秘密裏に探っていたのが【幻想の夜】の正体だったことが明らかになった。

また、ラフィン・コフィンの拠点を襲撃した際、苦労して防衛網を突破してみたら既に拠点が壊滅しており構成員が皆殺しにあっていた……なんて事例も少なからずあったようだ。

 

 

 

【特務殲滅隊】、あるいは【幻影の夜(ミラージュ・ナイト)】……その詳細を知るのは『導師エギルの私兵説/粛清部隊説』がある通り、今も昔もエギルと本人達だけなのかもしれない。

少なくとも一般市民にまで真実が知られることは当面は無いだろうし、その暗闇に光を照らすのはこの時代の人間ではなく、遠い未来の歴史家の仕事なのかもしれない……

 

断片的に伝わる『彼ら/彼女らがやった行為』だけでも、それは凄惨であり壮絶だとわかる。決して楽しい青春時代の思い出を語るようなものでないのは確かだ。

 

だが、そんな血腥く薄暗い世界にも今はキリト・ノワールを名乗る少年はいて、今は本当の名であるリズベット・アームストロングに戻った少女がいた。

 

リズを右腕だとするならば左腕と呼べる槍使いの少女が居て、二人のとんでもない力を持つ妹分が居た……

 

その時代は語られることはないかもしれない。

しかし……その時代が、その戦場が今のキリト達を形作っているのもまた確かなのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。

原作と大幅に異なる血盟騎士団の誕生秘話は楽しんでいただけたでしょうか?
何やら聞き覚えのある名前がチラホラと出て来ましたが(笑)

なんか今回は血盟騎士団と特務殲滅隊の話を書いてたら、いつの間にかエピソード・エンドに辿り着いていたって感じです(^^

何やら原作では消えてしまった人々も多々居るようですが……いずれ物語に関わってくるのでしょうか?

次回からは従来どおりの路線に戻ると思います。
それではまた次回にてお会いしましょう!



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第026話 ”一つの歴史の終焉が静かに幕を閉じるのは間違っていないだろう”

皆様、こんにちわ。

唐突ですが今回のエピソードが章の(チャプター)エンドとなります。
同時に血盟騎士団とラフィン・コフィンの確執と対立、その一先ずの終焉のエピソードでもあります。

はたして、その戦いの果てにあるものは……?




 

 

 

転生者(フォリナー)によって生まれた二つの組織……

 

無軌道な殺人により、己が神々の玩具でなく己であることを立証しようとした殺人結社(ギルド)笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】……

 

その抗体反応(アンチボディ)として立ち上がった【血盟騎士団(シバレース・デ・クラン)】……

 

前者が結党したのが六年前であり、後者が誕生したのが遅れること一年後の五年前……この二つの組織がぶつかるのは歴史的必然であった。

 

度重なる戦闘は幾度もあったが、その頂点(ピーク)となったのが今の時節から数えて二年前だった。

 

 

 

***

 

 

 

血盟騎士団の団長と目されていた”導師(グル)エギル”は、クラディール・ザカーの一件が最後の裏切りだとは考えていなかった。

 

血盟騎士団本体の戦力こそ小さいが、協賛ギルドやパーティーが秀逸だったこともあり総動員時の戦力は極めて大きく3000名規模とされていた。

対してラフィン・コフィンの総戦力は最盛期で600名ほどである。

戦力差五倍……個々の技量差などの戦力倍加要素を入れても、正面気って戦うならちょっと覆せる数の差ではない。

 

そもそもラフィン・コフィンは暗殺がメインであり、正面きって戦場で戦うような組織ではない。

闇に潜み敵の油断や隙を突いて一方的に殺すのが本懐だ。

 

なら数に勝る対抗者を消すにはどうするのか?

決まってる”搦め手”を使うのだ。

 

自分の手のものを送り込むのも悪くないが、クラディールやグリムロックのように内部の人間を腐らせ寝返らせるのもいい。

人間は弱いものだ。誘惑に弱く、真反対のベクトルの脅迫にも弱い。

金や権力で釣られる者もいれば、家族こそが最大の急所である者もいる。

人間の悪徳も美徳も『いかに弱点になるか?』を計算しつくし、徹底的に利用するのが悪の犯罪結社の正しき姿だろう。

 

 

 

だが、そんなラフィン・コフィンらしい考えをエギルは読んでいた。

だから一件を案じた。

大規模な動員を幹部達と共同決議し、『間違いなくラフィン・コフィンに”正確”な情報が流れる』ように複数拠点の同時討伐を宣言したのだ。

 

冗談ではないのはエギルが企図したとおり裏切り者の手により正確な情報が伝わったラフィン・コフィンだった。

闇にまぎれて強襲し一方的に殺すのは好きだが、粘り強く戦わなくてはならない守りの戦いは大の苦手なのだ。

 

浮き足出すメンバーに対し、”PoH”は相変わらず鋭く強いリーダーシップを発揮し、こう諭したという。

 

『何を驚くことがある? わざわざ三千の兵が分散してくれるというのだ。ならば念入りに歓迎せねばなるまい。強襲が確定している拠点の中から隠れひそみ逆襲に向いてる拠点を三つ抽出し、そこに戦力を集中させよ。残りは空城にし囮にする。強襲するのは自分達が逆に強襲される側となったときの顔は、さぞかし見物だろうな』

 

この時、ラフィン・コフィンの思考は切り替わった。

自分達は強襲されるのではなく、いつものように騙しすかして強襲する側であり、生意気な血盟騎士団を壊滅させる好機だと……その為の一大反抗作戦だと定義されたのだ。

 

だが……繰り返すが、エギルは読んでいたのだ。

 

 

 

***

 

 

 

結果から言えば三ヶ所の拠点を強襲した血盟騎士団は、確かに逆撃を受けた。

ラフィン・コフィンの奇襲は、まるで暗殺者の教科書というものがあるとするなら載せたくなるほどに見事なものだったという。

しかし、そうであっても彼らは思うように殺せなかった。

 

無論、理由はある。

情報が流れたという情況を想定し、ラフィン・コフィンの手口を計算すれば……卑怯な騙まし討ちや闇討ち、奇襲になると読むことは難しくは無かった。

また、強襲予定の敵拠点の中から逆襲に向く場所……『危険拠点』を特定するのも難しくは無い。

 

どれほど見事でも読まれていた奇襲効果など、考えるまでも無いだろう。

加えて三ヶ所を含む万が一を考え都合六ヶ所の『危険拠点』に放った討伐部隊は、行軍直前に予備兵力としてキープしていた兵員が回され、当初の計画より規模が明らかに増強されていた。

こうして規模が大きくなっていた上に防御を得意とする、あるいは特化した団員や回復役が多く含まれており、持久戦や耐久戦に向いた粘り強い編成になっていたのだ。

 

また空振りに終わった残る三増強部隊は『当初の予定通り』に当たりと思われる近い『危険拠点』へと迅速に向かったのだ。

結果としてそれが時間差で文字通りの奇襲部隊となり、敵の退路を塞ぎ半包囲の殲滅戦へと戦場が移行したのだ。

 

また実に抜け目ないことに、既に面が割れていたラフィン・コフィンに組みする内通者(うらぎりもの)が行軍開始と同時に捕縛/処断されていたため、戦況が敵に伝わる可能性が極めて低くなっていた。

 

血盟騎士団には元々、特務殲滅隊【幻影の夜(ミラージュ・ナイト)】に限らず裏仕事系の諜報セクションが未公表のまま複数暗躍しており、裏切り者の炙り出しや特定を専門とするセクションがあり、その真価が発揮された瞬間でもあった。

 

 

 

***

 

 

 

では、残る拠点の強襲部隊はどうなったのか?

伝えられていた拠点が空城であることを確認した彼らは、脇目も振らずに『ラフィン・コフィンの本拠地(ほんまる)』を目指した。

 

もうお気づきだろうか?

そう、三ヶ所の拠点に差し向けた討伐隊こそが”囮”だった。

ラフィン・コフィンの主力を誘引し引きつける為のエサであり、殲滅しながら可能な限り長時間にわたって敵を拘束し続ける為の部隊だったのだ。

 

つまり、残存の……他の拠点へ向かったはずの速度や攻撃力を優先した部隊こそが、本命の”敵本拠地強襲部隊”だった。

 

この時点でラフィン・コフィンの誤算があるとすれば……『既に本拠地が特定されていた』ことと『血盟騎士団の本当の目的が本丸の襲撃』ということを見抜けなかったことだろう。

そしてエギルはこれを”決戦”と捉えていたこと……その覚悟を、だ。

 

 

 

決戦……それは対立の全てを決するために行なわれる戦い。

そしてエギルは決戦だからこそ、後先考えない戦力投入を行なっていた。

動員数はほぼ限界であり、三ヶ所の拠点に集結した兵員は2000名以上、仮にラフィン・コフィンがこの戦いに全力を投入してもなお三倍以上の兵力差があった。

これが数の差という暴力であった。

 

エギルは出陣前、各指揮官に行軍中に必ず開くよう封した密書を渡していた。

その達筆で書かれていた内容は、

 

『コレヨリ対峙スル全テノ敵ニ対シ、捕縛ノ必要ナシ。捕虜ノ必要なナシ。一切ノ降伏ヲ認メズ。一切ノ投降ヲ認メズ。タダ殲滅ヲ以テヨシトスル』

 

そのあまりに苛烈な内容に、多くの指揮官が戦慄を覚えたという。

だが、その次の文章こそがこの手紙の本義だった。

 

転生者(フォリナー)ノ未来ハコノ一戦ニアリ。各員ノ最大限ノ奮戦ヲ期待スル』

 

それは参加する全員を奮い立たせる檄文だった。

そして、多くの指揮官は気付いた。「嗚呼……導師(グル)はこの戦いで全ての禍根を断ち切るつもりなんだ」と……

 

さらにこの時、エギルは虎の子である特務殲滅隊の全員までも全く秘匿したまま本拠地攻略に投入していたのだ。

 

打斬者(バッシュ)……キリト率いる少数精鋭部隊(パーティー)が本拠地に突入したのは、1000名近い血盟騎士団の強襲部隊が本拠地に殺到し、手薄になった上に苦手な防衛線を強いられたラフィン・コフィンの本拠地守備隊を磨り潰しにかかったちょうどその瞬間だった。

 

 

 

***

 

 

 

この戦い……『全てが語られることのないだろう伝説となった戦い』の詳細を、ここに書くことは憚られる。

それだけでおそらく一つの物語となってしまうだろうから。

ただ、その血腥い戦いの結果だけを書いておこう。

 

血盟騎士団:死者133名

ラフィン・コフィン:死者489名

 

血盟騎士団側の死者が戦力差から考えれば多く感じるが、それはおそらく降伏も許されず捕縛する必要もないとされた多くのラフィン・コフィンの構成員が、後のない”死兵”と化したからだろう。

しかしそれを勘定にいれてなお、そうするだけの成果はあった。

 

死者489名という数は、ラフィン・コフィンの組織の全構成員の八割を超える。

それ以前の……この戦いに比べたら小競り合いと呼べるこれまでの幾多の戦いの死者を考えれば、組織は語義どおりの全滅といえた。

最早、組織としての体裁はどうやっても維持できないと考えていい。

 

 

 

ただ、これでも血盟騎士団にとっては完勝とは言えなかった。

世の中に完璧や完全というものは存在しないというのが通説だが……今回の戦いでもそれは証明されてしまったのだ。

執拗なまでの包囲殲滅と追撃を行なったのにも関わらず、血盟騎士団は結局30名ほどの逃亡を許してしまったのだ。

そして、その逃げおおせた者の中には最も首を狩り取るべきだった三巨頭……首領のPoHを筆頭に赤目の(ブラッディアイ)ザザ、ジョニー・ブラックらも含まれていた。

 

そしてラフィン・コフィン壊滅から1年後、今の時間軸から考えれば1年前に赤目のザザが【とあるファミリア】の全滅事件に深く関与していたことが判明したため、ラフィン・コフィンの亡霊が未だ凶刃を収めてないことを世間に知らしめ、元血盟騎士団の面々は自分達が逃がしたものの大きさに愕然とした。

 

それが1年前のキリトのオラリオ来訪、そして今キリトがここ(オラリオ)にいる理由に繋がるのだが……それはまた別の話。

 

 

 

***

 

 

 

この戦いの後、禍根が完全に断ち切れたとは言い切れないものの『組織としてのラフィン・コフィン』はここに打倒された。

そして、その1ヵ月後にエギルは正式に血盟騎士団の実質的な解散を宣言する。

 

ラフィン・コフィンという明らかな脅威が消滅した今となっては、その対抗組織として誕生し急速に規模を拡大した血盟騎士団は、平時に維持するには巨大になりすぎた。

言い方を変えるのであれば、血盟騎士団はその組織を存続させるために『ラフィン・コフィンに代わる新たな敵』を用意しなければならなかった。

 

冷戦終結後のNATOやWTOの例を挙げるまでも無く、古今東西その歴史的役割を終えた巨大組織が必ず陥るジレンマであった。

 

組織を存続させるために敵を見つけるという本末転倒を嫌ったエギルとそれに賛同した幹部は、解散という結論に至ったのだ。

それにファミリアのフォリナーが、さして必然もないのにいつまでもファミリアの枠組みを超えた巨大戦力を保有していたら、どこの組織からどんな嫌疑がかけられるかわかったものではなかった。

今更だが血盟騎士団自体がフォリナーの自衛的措置という目的のための”特例”として『神々から黙認』されていたに過ぎない……それをエギル達はよくわかっていたのだった。神々とっても『世界を大いに盛り上げる、自分達にとって都合のいい暇つぶしの種』であるフォリナーを徒に潰されて嬉しいはずはないのだ。

 

とにもかくにも、前に記したとおり血盟騎士団の主力はオラリオ外のフォリナー系ギルドやパーティーだ。

ならば解散もさほど手間はかからない。なにしろ『血盟騎士団結成前にあった各勢力の本来の姿』に戻るだけなのだから。

 

 

 

エギルは血盟騎士団の組織の無期限休眠と加盟/協賛組織の開放を宣言した。

彼の元に残ったのは戦力という意味では本当に小さい、騎士団最盛期に比べるなら正しく残滓と呼べるような人員に過ぎなかった。

まあ、彼ら/彼女らはこれまでとは違う方法でオラリオで生きていくことになるのだが……いつかこれも語られるかもしれない。

もっともこれはエギルの影響力の低下を意味するものではない。なぜなら血盟騎士団の母体となったフォリナー系連絡協議会兼商工会【血盟修道会(オルデン・デ・クラン)】は揺らぐことなく存在していたのだから当然だろう。

大局的に見れば不要となった過剰戦力を手放しただけなのだ。

 

では血盟騎士団とラフィン・コフィンにまつわるエピソードの最後に、少しだけ関わった者たちの『その後』を書いてみよう。

 

 

 

血盟騎士団(Chevaliers de Clan)(CdC)】

組織としては無期限休眠状態にあるが、元々事務などの組織維持に必要な後方要員は【血盟修道会(Orden de Clan)】から借り受けて運営していたために彼らは問題なく元の職場に復帰している。

また、帳簿上は41名の”血盟騎士(Clan cavalier)”が未だ在籍してるといわれ、現在はオラリオにある血盟修道会の本部預かりとなっているようだ。

一説によればラフィン・コフィンの追跡調査に修道会の用心棒、その他諸々の『オラリオ外の任務』にと割とこき使われて……もとい。忙しく活躍してるらしい。

 

ドラゴン・ナイツ・ブリゲード(Dragon Knights Brigade)(DKB)】

血盟騎士団参加勢力の中で最大規模を誇り、名実共に主力だったオラリオ外のフォリナー系冒険者ギルド。しかし、ラフィン・コフィンとの戦いで最も多くの被害を出した組織でもある。

現在、血盟騎士団時代に昵懇となった同じく数を減らし勢力が衰えたり人数的に維持が難しくなったギルドやパーティーと連合を組み、組織の再編を図った。

その組織再編に伴い、中核となるDKBはそのまま残しつつ新たに【聖竜連合(Divine Dragon Alliance)】という新組織を立ち上げる。

ただ、連合といいつつ形式的にはDKBが他の弱小組織を取り込んだ感が拭えず、またあえてエギルや血盟騎士団が選ばなかった『巨大組織への道(おそらくフォリナー系戦闘組織としては最大規模)』を選択したため、その吉凶判断が難しいところだ。

リーダーのディアベル・カンクネンが『荒野の騎士王』と呼ばれるようになるのか、あるいは組織自体が『歴史の仇花』となるのか……それは彼ら次第だろう。

 

【MTD】

原作ではキバオウ率いるALS(アインクラッド解放隊)に吸収され組織としては消滅の憂き目を見るが、この歴史においては野心と権力欲が強すぎたキバオウ・ピアッジがその取り巻き共々懲罰部隊送りになり、事実上の粛清(扱い的には全員戦死)されたために組織は安泰なままである。

本来はオラリオ外のフォリナーの情報支援ネットワークを基本としていたが、現在は血盟修道会との多方面にわたる提携を積極的に行なっており、オラリオやダンジョンの情報収集にも余念が無い。

 

【風林火山】

リーダーであったクライン・フォート(騎士団では”クライン・カルヴァン”を名乗っていた)が「戦が終われば、俺はただの一匹のサムライに戻るだけさ」と言い残し修行の旅に出てしまったため、現在は代替わりをしているようだ。

元々友人六人で立ち上げた【風林火山】だけあって次のリーダーに選出された”マサノブ・ヴェスリー”に言わせれば「……さては女の尻を追いかけに行ったな。まっ、そのうちふらりと帰ってくるだろう。その時まで精々引き受けてやるさ」と大して気にしてない様子。

 

眠らない騎士団(Sleepless Knights)

原作の”Sleeping Knights”という名を使っていたが、病とは無縁の健康な肉体を手に入れた面々は『今度は眠ってる場合じゃないよね?』という意味をこめてこう名づけたようだ。

現在は、血盟騎士団加盟以前と変わらずの冒険者パーティーとしてオラリオ外で活動中。

ただ、現在はリーダーであるラン・コンクェストの妹である”ユウキ・コンクェスト”が行方不明であり、一抹の不安と影を落としているが……肝心のランが全く心配してる様子が無いため、どうも生きている確信があるようだ。もしかしたら何らかの理由で団員に報せずに連絡を取り合ってるのかもしれない。

 

黄金林檎(Golden Apple)

サブ・リーダーのグリムロック・グレイワースの妻殺し未遂とラフィン・コフィンへの内通という罪から処断されたが、それを乗り越え相変わらずグリセルダ・グレイワースをリーダーとして優良パーティーとしてのまとまりをみせる。

グリセルダは現在、活動拠点をオラリオに移してダンジョン攻略に挑戦するか真剣に検討中らしい。

 

月夜の黒猫団(Moonlit Black Cats)

注目すべきはメンバーの1人で槍使いの紅一点、”サチ・フェルディナント”がMIA……作戦中の行方不明(Missing In Action)になっていることと、決戦にて重傷を負ったリーダーのケイタ・クラウディが「戦いはもうこりごりだ」と言い出し、冒険者を引退してしまったことだ。

ちなみにケイタは小さくて可愛い小人族(パルゥム)の嫁(どうやら血盟騎士団の従軍看護婦だったようだ)を見つけてオラリオでパン職人の修行に明け暮れてる。

仲間内からは「それなんてキンケドゥ?」とか「○リコン爆発しやがれ!」とか散々言われているがケイタ本人は勝ち組なので気にしてない。

現在のリーダーはテツオだが、メンバーが三人になってしまったために今後の身の振り方について悩んでる模様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

舞台は再びリズの店、【矛盾(パラドクス)武具店】へと戻る。

 

 

 

「あの時、リズは”裂海”で、」

 

「キリトは”打斬者(バッシュ)”だったね……」

 

あの凄惨な戦いからもう二年も経つ、あるいはまだ二年しか経ってない……

その時はまだ二人とも”この世界”の年齢では12歳で、前世の記憶と経験のあるフォリナーでなければ、きっと受け入れられない壮絶で苛烈な経験だった。

 

でも今は……

導師ではなく、”エギル・カーマイン”に戻ったあの男の店でおそらくは手に入れた豆なのだろう。

どこか”旧世界”を思い出させる珈琲の芳醇な香りに引き寄せられるように、二人は自然に顔を近づける。

 

”CHU”

 

こうして激動の先にあった柔らかな時間は過ぎていくのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。
シリアスなノリは前回で最後にするつもりでしたが、どうしても締めを書きたくなりチャプター・エンドとしてこのエピソードを書き上げました。
何故か過去最大の文字数になってしまいましたが(^^

二年前の出来事と『その後』……現在へと続くミッシング・リンクは楽しんでいただけましたか?

現在のところクライン、サチ、ユウキがパーティーより離れ行方不明となってますが……果たしてその意味は?(笑)

他にも結構容赦なくえげつない手を考えるエギルとか、1人リア充√に進んだケイタとか、ディアベル絶対苦労すんだろうなーとか色々ありますが、とりあえず血盟騎士団とラフィン・コフィンの過去話はこれにて終幕です。

次回&次章からは今度こそ再びオラリオ・メインのエピソード展開になると思いますが、この作者のことですから(汗)

次章もご愛読いただければ幸いです。
それではまた次回にてお会いしましょう!



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第004章:ダンジョンの内部並に人間関係が入り組んでしまうのは間違っているだろうか
第027話 ”チャプターの最初からカッ飛ばすリズベットは間違っているのだろうか”



皆様、こんばんわ。
連休のお陰でなんとか執筆時間がとれたので思ったより早くアップできました。

今回のエピソードは、基本的に『キリトと盾』の続きなんですが……どこがとは言いませんが、今までよりちょっとエ○いです(^^

えっちいのがお嫌いな方はご注意ください。




 

 

 

さてさて……

例え章は変わりても、相変わらずのリズベット・アームストロングの小さなお城……ここ【矛盾(パラドクス)武具店】より幕開ける。

 

「ところでキリト、この防具って誰の作?」

 

少し珈琲の香りのするキスの後、名残惜しそうに唇を離しながらリズは再び職人の顔を戻ると、前々から気になってたことを聞いてみた。

 

篭手(ガントレット)脛甲(レガース)はリズのお手製だが、残る防具の胸当て(ブレスプレート)肩当て(ショルダーガード)は別の人の作品だった。

 

「ああ、えっと……【ヴェルフ・クロッゾ】って人の作品らしい」

 

「”クロッゾ”? それってもしかして……鉄仮面被って巨大MA乗り回してるって」

 

「いや、それカロッゾだから」

 

まさかとは思うが……ネタをふったリズもそうだが、即座に反応したキリトもガノタなのだろうか?

 

「そういえば昔、親が後生大事に隠し持ってた同人誌で【Pia☆カロッゾへようこそ!】っていうのがあってね……」

 

「それ絶対に陵辱系だろ!? というか当時のお前って、正真正銘の14歳じゃなかったのか……?」

 

「失礼ね。今だって”この世界”においては14歳よ? ちょっと育ち過ぎたかな?と思わなくも無いけど……」

 

とリズは結構自慢の胸を手で揺すってからにっこりと微笑み、

 

「でも育った責任の半分以上はキリトの責任だと思うんだけどなぁ~。散々、わたしのことを性玩具(おもちゃ)にしたんだからさ♪」

 

「ぐふっ!? いや、まあ戦闘の緊張からの開放感と生命の危機に瀕した故に子孫を残そうとする生存本能といいましょうか……」

 

キリトの言うことはあながち間違いでもない。

現在の世界でも慰安所を設ける風習の無い軍隊ほど、戦場での婦女暴行が発生し易いという統計がある。

 

「ふ~ん……それでわたしの処女、”全部”キリトに奪われたってわけなんだぁ~」

 

「も、もしかして後悔してます?」

 

「ずぇ~んぜん♪ 初めての時の無理やりっぽいのも含めてカケラほども後悔して無いわよ?」

 

他意無く微笑むリズである。

それにしてもこの娘のキリト弄りの腕前は相当なものだろう。

 

 

 

***

 

 

 

「その話は後にしてっと。クロッゾってあのかつては『魔剣の一族』って呼ばれてたクロッゾ?」

 

「そうかもしれないけど、単なる(あやか)りかもな。あの一族が鎧の類を打ってるってのは聞いたことが無いしさ」

 

「確かにそっちの方が確率はあるかぁ……でも、結構気に入ってるみたいね?」

 

「まあね。強度のわりには軽いし、人間の間接可動域をよく考えられてて動き易い。軽甲冑のお手本みたいな代物だ。おまけに安かった」

 

「特に最後のが重要そうね?」

 

にんまり笑うリズに、

 

「なんせ零細ファミリアなもので」

 

苦笑するキリトだった。

 

「でもまあ、コイツの唯一気に入らないと言うか……アレな部分があってさ」

 

キリトが指差す場所には製作者と並んで小さく銘が刻んであり、

 

「……確かにアレね」

 

その軽甲冑には【軽特珍(けいとくちん)】と銘打たれていた。

 

 

 

”けいとくちん”……

貴方がもし転生者(フォリナー)なら、きっとこの発音を聞いて真っ先に思い浮かべるのはきっと”景徳鎮”の方だろう。

景徳鎮とは中国北部にある古い都市の名前で、一説によれば漢代……要するに三国志の時代から陶磁器を生産してる由緒正しい焼き物の街である。

 

無論、鎧に付ける様な名前じゃない。

というか割れやすい陶器を連想させる名前を鎧につけるなんて、むしろ縁起悪すぎだろう。

 

「”軽くて特別で珍しい”甲冑って意味で名づけたんだろうけど……その字を並べたら、えらく珍妙な銘になったものねぇ~」

 

呆れるというよりいっそ感心したようなリズの呟き(ツィート)に、キリトはウンウンと頷いた。

 

「多分だけど、売れなくて投売り価格(バーゲンプライス)になってた理由の大半が、この銘のせいじゃないかと俺は睨んでる」

 

だがリズもキリトも知らない。そして知らないとは幸せなことでもある。

この銘は某クロッゾ氏製作の代物にしては、まだ”まともな部類”だということに……

 

 

 

「ねえキリト……そういえば、わたしってばガントレットとレガースに銘を入れ忘れてたのを思い出したんだけどさ」

 

「そう言われれば、確かに銘を聞いた覚えは無いな」

 

「もしかして、さ……このセンスに合わせないと、駄目?」

 

「勘弁してください」

 

 

 

***

 

 

 

結局、ガントレットは【高速抜き(クイックドロウ)】&レガースは【銀の疾風(シルバーゲイル)】と普通の銘が入れられた。

ちなみにクイックドロウとは英語で西部劇(ウエスタン)でおなじみの『早撃ち』のことを指すが、直訳すると『(銃を)素早く抜く』という動作(モーション)のことであり、これにキリトの抜剣やその他の武器を使うときの素早い動きをなぞらえて付けたのだろう。

 

実際、背中に背負った長剣はともかく、ガントレットに仕込んだ分銅鋼糸(メタルストリングス)の投擲や手裏剣などの投剣(ダガースローイング)のアクションはまさにクイックドロウと言ってもおかしくは無いし、特に投剣系の実戦剣技(ソードスキル)……例えば”シングルシュート”などを併用すれば相乗効果が得られそうだ。

 

「この装備とキリトの体格やアビリティから割り出した盾となると……金属製で中型(一般に長さ30~60cm位。一般的な盾)のタイプが一番妥当かな?」

 

あまりに間が空いてしまった為に忘れてしまった皆様もおられるかもしれないが、本来キリトが矛盾武具店のドアを叩いた理由は、先のミノタウロス戦で興味を持った盾についてリズに相談するためだった。

 

「そのココロは?」

 

「小型(30cm以下:小盾)の物は防御面積や防御力が低すぎてキリトの『当たらない戦闘スタイル』なら持っても持たなくてもあまり変わらなくなる。だったら血盟騎士団時代みたいにソードブレイカーかマン・ゴーシュかスティレットみたいに『盾として使える短剣』を装備して、必要に応じて使う”変形二刀流”にしたほうがずっとマシよ」

 

どうやら血盟騎士団の頃のキリトは、盾は使わずに頑丈な短剣でその代わりとなす変形二刀流で防御に対応していたらしい。

 

「大型(60cm~100cm:大盾)の物は重さより大きさ的な意味で駄目ね。キリトの動きそのものの邪魔になるわ」

 

「なるほど……流石は特務殲滅隊(おれたち)きっての盾のエキスパート」

 

やたらと感心するキリトにリズは苦笑して、

 

「あのねぇ~。このくらいの指摘は、盾を使い始めたばっかの初心者でもできるわよ」

 

ちなみに論外なのでリズは言及しなかったので、100cm以上の物は”壁盾”と呼ばれ、古代ローマ帝国の”スクトゥム”のように重防御密集陣形などに良く使われている。

いわゆる防御専門の装備で、厚さや大きさによっては持ち歩くのではなく地面に突き立てて文字通りの”壁”として使うため、長剣片手に大立ち回りを繰り広げるキリトには縁のない代物だろう。

 

「そういうもんなのか?」

 

「そういうもんなの。まあ、ここからが一応は専門家の腕の見せ所なんだけど……キリト、手に持つ(センターグリップ)タイプと手甲に取り付ける(アイロン)タイプならどっちがいい?」

 

「違いは?」

 

「センターグリップ型は手の動きに合わせて自由に向きをつけられるから扱い易く初心者向けって言えるかな? アイロン型は腕全体に固定できるからセンターグリップ型に比べてより強い衝撃に耐えられるけど、その分自由に動かせないから性能を引き出すならより高度な技術がいる……ってとこよ」

 

「なら迷うことは無いさ。元々左手自体は何かを握らずフリーにさせておきたいから、篭手に固定できるタイプの方が助かる」

 

「キリトならそう言うと思ってたわよ」

 

と呆れながらも楽しそうにリズは微笑んだ。

 

 

 

***

 

 

 

「とりあえず盾っていうものを感じるなら……うん。これがちょうどいいかな?」

 

そうリズが取り出したのは、良く見かける縦長の前後に引き伸ばした五角形を基本とした、先端が尖り後端が鈍角を描く盾だった。

また断面から言えば中央が分厚く縁に行くほど薄くなる構造で、全体として受けた攻撃を逸らし易いようになだらかな曲面を描いているこれまオーソドックスな構造だ。

 

「尖ってるほうを前に向けて装着するのよ。そうすれば単なる防御だけでなくてキリトのセンスなら打突武器としても使えるから」

 

「こうか?」

 

「う~ん……ちょっとベルトと止め具の調整をするから動かないで」

 

身体を密着させてくるリズに柔らかな感触と女の子特有の甘い匂いに、思わずまずい場所に血液が集中するのを感じる肉体年齢的には思春期(やりたいさかり)真っ只中のキリト君であったりするのだが、

 

「……嬉しい」

 

膨張するそれに気付かないほどリズベットさんは鈍くはないし、浅い付き合いでも無かった。

 

「ちゃんとまだわたしに女を……牝を感じてくれるんだね?」

 

「あ、当たり前だろ! リズみたいな魅力的な女の子と密着して何の反応も示さないほど、俺は枯れてないし男を捨てちゃいないさ!!」

 

いっそ珍しいまでの慌てっぷりを見せるキリトである。

そこには普段のどこか飄々とした姿ではなく、歳相応……いや肉体年齢(みかけ)相応の姿といえた。

その姿に女として、あるいは一匹の牝としての原初的な何かを刺激されたのだろう。

 

「ねぇ、キリト……今は、さ」

 

リズは悪戯っぽく、何より艶っぽく微笑み……

 

「な、なんだよ?」

 

「お口でいい、かな?」

 

 

 

***

 

 

 

「一番絞り、ご馳走様でした♪」

 

先から根本から、喉の奥までつかって一滴残らず搾り尽くし、ついでにシャフト(?)にこびりついた残滓まで綺麗に舌で舐め取ったリズは、ごくんと喉を鳴らして白い液体を飲み込みひどく満足げだったという。

 

「お、お粗末様でした……でいいのか? この場合」

 

「お粗末なんかじゃないわよ? 相変わらず立派なモノだったわ♪ 流石、何人もの生娘の瓜を破ってその血で磨き上げた名刀ね~」

 

「なあ……俺はこんなとき、どんな顔をすればいいんだ?」

 

「笑えばいいと思うわよ?」

 

「それなんてエ○ゲ主人公だよ……しかもブラック・パッケージ系の」

 

「黒が好きなんだし、いいじゃない♪」

 

エ○シーンを期待した読者諸兄には大変申し訳ない。

やはりモロ書き&ガチ書きはタグ的な意味で不可能だった。

後は皆様の想像力に期待するしかない、が……

もし、深夜アニメ放送版の謎の光ラインのようなぼかし表現に対し、販売版的な意味での限定解除のフルバージョンをお望みの方がいるならば、感想欄に『わっふるわっふる』と……いや、なんでもないです。

 

 

 

「ねえ、もしかしてだけど……キリト、かなり溜まってた?」

 

「うっ……何を根拠に?」

 

「量的というか勢い的というか……?」

 

キリトは『ハァ~~~ッ』と深々と溜息ををつき、

 

「リズには誤魔化しはきかないか」

 

「あったりまえじゃない! 男と女の関係になってから、一体何年たったと思ってるのよ?」

 

「返す言葉もないなー」

 

力なく笑うキリトにリズは真剣な表情で、

 

「女神ヘスティアは、夜のお相手はしてくれないの? いや別に夜じゃなくてもいいんだけど」

 

「ヲイヲイ……相手はかの有名な処女(おとめ)神だぞ? いくら俺でもそこまで不信心じゃないさ」

 

リズは本日何度目かの呆れた表情で、

 

「アンタってば、女好きの癖に格好付けというか……相変わらず変な所でお堅いのね~」

 

「生憎と俺はこういう生き方も気に入ってるんでね」

 

ハハッ!と変に爽やかな乾いた笑いを浮かべるキリトに、

 

「あ・の・ね~。そんな無理が来るくらい我慢するなら、いつでもわたしのところに来なさいっての! わたしだってキリトに会えるのは嬉しいんだし、抱かれるのはもっと嬉しいんだからね?」

 

「いや、でもそれって自分勝手(エゴイスティック)な性欲処理の為にリズを使うって感じがしてさ……」

 

途端に難しい顔をするキリトだったが、

 

「だ~か~ら~。わたしはそれでいいって言ってるの! わたしと寝るのがアンタの勝手(エゴ)ならアンタと寝たいってのはわたしの勝手(エゴ)よ! いい、キリト……」

 

リズは再びキリトの頭を抱きしめ、柔らかく自分の胸に押し付けると……

 

「聞きなさい。恋愛だの何だのって、所詮は感情と感情、エゴとエゴのぶつかり合いよ? 恋愛なんて決して綺麗なだけのものじゃないわ。むしろ何かが壊れれば、直ぐに淀んでドロドロの真っ黒になってしまうものなの……だからこそ、わたしは尊いと思ってるけど」

 

「……うん」

 

「わたしはキリトが好き。この気持ちに嘘はないし、例えキリトにだってこの気持ちは否定はさせないわ」

 

「絶対に否定なんてしないよ」

 

「わかってる。だからね、キリト……『キリトが誰が好きでも』わたしの気持ちは変わらない。だってそうじゃない? キリトを好きって気持ちは他の誰でもない、わたしだけのものなんだから……ね? わたしだって充分に自分勝手(エゴイスティック)でしょ? だから、キリトがわたしを気遣う必要なんてないわ。それに……」

 

リズは魅了されそうなほど艶やかに微笑み、

 

「こうやってキリトを独占できる機会なんて、滅多にないんだからね?」

 

 

 

***

 

 

 

抱き合っていた。

ただ、二人は抱き合っていた。

どれほどの時間が流れたのだろうか?

秒単位? 分単位か? はたまた1時間もそうしていただろうか?

 

「キリト……アンタの盾は必ずわたしが作るわ」

 

「ああ。リズ以外には頼みたくない……」

 

ゆっくりとリズはキリトの黒い髪を撫で、

 

「だからお願いがあるのよ」

 

「どんな?」

 

「わたしも一緒にダンジョンへ連れてって♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。

とりあえず始まった新章スタートは如何だったでしょうか?

ちなみにキリトとリズは肉体年齢こそ14歳ですが、生存年齢は倍の28歳ですからー。
旧世界の年齢加えて累計28年生きてますからー。
大事なことなので二度言いました(笑)
何を言わんとしてるかは、本編を読んでいただいた皆様には委細承知のことと(^^
ただ、精神の成長はわりと肉体に引っ張られるので精神年齢が28歳と言えないあたりが実に微妙です。

それにしても……このシリーズのキリトって、ハーレム体質のわりには存外に尻に敷かれるタイプだったのかと。

どうやらリズも一緒にダンジョンに行くみたいですし、次回から果たしてどんな巡りあいがあるのやら~。

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!
新章もどうかよろしくお願いします。







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