FINAL FANTASY F (クロム・ウェルハーツ)
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プロローグ

「初めましてクポ。……“光の選者”」

 

 意識が覚醒する。

 目を開くと、頭に触覚が生えた白くフワフワな生き物が浮かんでいた。

 

「まずはモグの自己紹介をさせてもらうクポ。モグは情報共有有機生命体モーグリ族の“シャイン”クポ。“光の選者”である君のサポートをさせて貰うクポ。以後よろしくクポ!」

 

 辺りを見渡す。

 周りは何もない白い空間だった。

 

「ああ、君は同位体である君自身に送り込まれたもう一人の君クポ。そして、ここは君の心象世界。今は何もない空間だけど、君、そして世界の成長でここを君好みの世界に作り変えることができるクポ。詳しい話は然るべき時にするクポ。ああ、聞き忘れていたクポ。君の名前は?」

 

 饒舌に喋る白い生き物。その生き物の質問に、青年は少しの時間考え、口を開く。

 

「……ルクス」

「よろしく、ルクス。そして、ようこそ。この世界“ペルトゥル”は君を歓迎し、期待しているクポ。そして、モグは君がペルトゥルを救ってくれることを信じるクポ」

「ペルトゥルを……救う?」

「この世界、ペルトゥルは崩壊の危機に瀕しているクポ。そして、その危機を救うことができるのは光の選者、つまり“君たち”クポ」

「君たち?」

 

 ルクスの問いかけにシャインは頷く。

 

「光の選者は君だけじゃないクポ。過去から今まで何人もの光の選者が現れ、そしてペルトゥルを救おうと命を懸けたクポ。けど、彼らの命は摘み取られてしまった」

「誰に?」

「魔王に」

 

 シャインはルクスを見つめる。

 

「ここまで言えば、君も分かったと思う。モグの……いや、ペルトゥルの願いは魔王を倒し、この世界に平和と秩序を取り戻すことクポ。そのために、光の選者を召喚し彼ら、彼女らにモグたちの願いを託したクポ。けど、魔王は光の選者たちを悉く打ち破ったクポ」

「つまり、魔王は世界を救うために動いていた光の選者を倒し、世界を壊そうとしているということか。そして、私が呼ばれた理由はペルトゥルを救うためか?」

 

 シャインは深く頷く。

 

「ルクスのいう通りクポ。けど、世界を救うということをモグたちは光の選者に強制はしないクポ。ここでどう生きるかは君の自由。魔物を狩って只管に武器を作ることも街で色々な服を着ることも美味しいものを際限なく食べつくすことも君の自由クポ。ただ願わくば……」

 

 それまで、饒舌に話していたシャインが口籠る。

 

「願わくば、どうかこの世界を救って欲しいクポ」

 

 シャインの懇願。それを最後に、ルクスの目の前が暗くなった。

 

 +++

 

 視界が黒に染められたのは一瞬。すぐに目を開くと、目の前には青空が広がっていた。そして、背中にはしっかりとした感触がある。

 

 私は倒れているのか。

 

 ルクスはそう結論付けると立ち上がる。と、彼の顔に薄緑色の光が当たった。ルクスはその方向へと顔を向ける。

 彼の目の前には黄緑色をした大きなクリスタルがあった。『とても綺麗だ』と月並みな感想を覚えるルクスはクリスタルを見つめる。

 

「光の選者か?」

 

 突然、後ろからルクスへと声が掛けられた。聞こえてきた声に反応し、ルクスは振り向くと、一人の女性がいる光景が目に入る。

 

「これはまた軟弱そうな光の選者だな。面構えに覇気がない」

 

 長く豊かな金髪を揺らし、女性はルクスを見つめる。

 

「着いて来い」

 

 そう言って、女性はルクスの返事を待たずに足早に歩き始める。

 

「おい! 私は着いて来いと言ったハズだ。同じことを二度も言わせるな!」

 

 振り返り、立ち呆けているルクスを一瞥した後に女性は苛立った様子で自分の後を追うように言う。慌ててルクスは女性の後を追った。

 二人は無言だった。ルクスへと振り返ることもなく街中を進んで行く女性。

 今、彼女に話しかけても満足に話しをすることもしてくれないだろう。

 ルクスはそう結論付け頭を振る。視線を前に戻すと、彼女の金色の髪が揺れているのが見えた。

 

「……綺麗だ」

 

 そう呟くルクスの声に反応した彼女はまだ振り返ることはないものの口を開く。

 

「光の選者にとってはそう見えるだろうな。ここ、プルヴァマのカズスはこの大陸で一番栄えている所だ。観光名所としても名高かった」

 

 ルクスは彼女の言葉に疑問を覚えた。

 

「ここが観光名所だったというのは、今は昔のことだがな。一歩外に出れば魔物がわんさか湧いて出る。……あの日以来」

 

 彼女の声が低くなる。溢れ出しそうな憎悪をプライドが押さえつけている。そんな声音をした彼女はある建物の前で立ち止まる。

 

「ここはカズスのオーナーの家だ。詳しい説明はその人から聞け」

 

 そう言って彼女はルクスの前から立ち去る。

 

「ありがとう!」

 

 ルクスの声は聞こえなかったのか彼女は振り返ることもなく歩いて行った。

 彼女を見送ったルクスは建物に向き直り、ドアにゆっくりと手を掛ける。

 これから、彼の冒険は始まったのだ。

 




Tips

FINAL FANTASY F
⇒本作のタイトル。略称はFFF。ジャンルとしては、F2PのMMOARPG。

ルクス
⇒本作主人公。自分で性別、容姿や名前は自由に設定できる。デフォルトはルクスという男性主人公で白髪のM字バングで身長180cmの優しい風貌と設定している。ただ、無口であることは全てに置いて共通しているが、プレイヤーの動かし方によっては喋らないが、動きが面白い人物になる。
ちなみに、女性主人公の場合のデフォルトはルシアという白髪のナチュラルストレートミディアムの髪型で身長165cmの優しい顔付きである。


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カズスのオーナー

 金色の髪を持つ女性にある一軒の家へと案内されたルクスは、その建物をまじまじと見る。周りの家々と比べても一際大きなその家は外観だけで言えば、まるで宿場のようであった。

 手を伸ばし、その家のドアを開く。ドアの奥にはホールが広がっていた。

 ルクスはドアを通り抜け、ホールへと足を踏み入れる。軽くルクスの足音が響く。彼の足元に敷かれている石は固い素材のようだ。その固い石に繊細で豪奢な意匠をこらした職人たちの仕事振りは見事の一言である。

 ルクスは辺りを見渡す。先ほどの女性に促され、入ってみたはいいもののここが誰の家なのか彼は知らない。カズスのオーナーだと言っていたことから察するに、この土地の長であることは推測できるが、それだけだ。その人となりは全く分からない。

 

「アンタ、誰だい?」

 

 ルクスは声がした方向に頭を向ける。上だ。視線を上げると、二階部分の柵にもたれ掛かる赤い髪の青年と目が合った。

 

「あなたがカズスのオーナー?」

「いやいや、違うよ。カズスのオーナー、村長はオレの親父だ」

 

 彼はそう言って、階段を降りてルクスの元まで歩いて来る。

 

「オレはオレン。よろしくな」

「オレン……。よろしく」

 

 ルクスはオレンと名乗った青年と握手を交わす。人の良い微笑みを浮かべたオレンは左手で階段をルクスに示した。

 

「立ち話も何だし、親父の所まで案内するよ……光の選者」

「なぜ?」

「なんで、君が光の選者って分かったかってこと? なんていうか、光の選者は持つ雰囲気が独特なんだよね。普通の人とは違うっていうか」

 

 オレンの後に続き、階段を昇るルクスは疑問を彼に呈す。

 

「普通の人とは違う?」

「ああ。浮世離れしているっていうのが一番近いかな。それに、ここをアポなしで訪ねてくるなんてのは、ペルトゥルのことを良く知らない光の選者しかいないよ。……あ! オレも質問いい? なんで、ここが村長の家だって分かったの?」

「金髪の青い鎧を着た女性が教えてくれた」

「ああ、アリスか。ごめんね、アイツ、素っ気なくて」

 

 ルクスはそんなことはないと言うように首を横に振る。

 

「彼女はオレをここまで連れてきてくれた」

「そうなんだろうけど……」

 

 オレンはルクスを連れて廊下を渡りながら苦笑する。

 

「他の人ならもっと温かく歓迎してくれたんだけどね。っと、ここが親父の部屋」

 

 二人はある扉の前で立ち止まる。オレンが数度その扉をノックすると、扉の向こうからくぐもった声で『どうぞ』と聞こえた。

 オレンは扉を開けルクスを部屋の中に招き入れる。明るく、使いやすそうな部屋だ。事務仕事がし易いように資料を入れる棚が部屋の中心にある書類仕事用の机の後ろにいくつもあり、そのテーブルの前には来客用なのか、3人掛けソファが二つとその間に小さなテーブルが置いてある。

 そのテーブルに影が差す。それに気が付いたルクスが視線を上げると、そこには一人の男性が立っていた。

 

「親父。こちら、新しい光の選者さん。名前は……えっと、なんだったけ?」

「オレン、相変わらずそそっかしいな。悪いな、光の選者さん。コイツは時々抜けてんだよ。コイツが聞き忘れたアンタの名前を教えてくれねェか?」

 

 そう言って、椅子から立ち上がった男性はオレンの頭を小突く。男性の服装はスーツをワイルドに着崩し、口には紙煙草を加えている。しかし、見た目とは裏腹にその表情は彼の息子と同じように人懐っこい笑顔を作っていた。

 

「ルクス」

「ルクスっていうのか。オレはシド。んで、こっちが息子のオレンだ。よろしくな!」

 

 二カッと笑うシド。

 

「で、早速なんだが“クリスタルツール”を見せてくれねェか?」

「“クリスタルツール”?」

 

 ルクスは耳慣れない言葉に首を傾げる。

 

「ああ、クリスタルツールっていう個人用の携帯デバイスだ。アイテムの管理から遠く離れた人との通信まで、なんでもござれの便利ツールさ。ペルトゥルに来る前にモーグリに渡されなかったか?見た目は掌に収まるぐらいの小さなガラス板だ」

 

 ルクスは覚えがないというように首を横に振る。

 

「あー、あのモーグリめ。サボりやがったな。ええと……」

 

 シドは自分の机に向かい、引き出しの中を探す。

 

「ああ、これだ」

 

 シドが机の引き出しから取り出したものはプレイステーションのコントローラーだった。

 

「ルクス。頭の中でこのコントローラーを思い浮かべてSTARTボタンを押してみろ」

 

 シドの指示に従い、ルクスは目を閉じてコントローラーの想像した後、それのSTARTボタンを押した想像を行う。と、彼の手に固い感触があった。スベスベとした感触が指から伝わる。握りしめたそれをルクスは自分の掌に乗せ、シドに見せた。

 

「そう、それがクリスタルツールだ。これに向かって翳せ」

 

 シドはそう言って、手を振ると彼の手の中に光と共にクリスタルツールが現れる。シドは自分のクリスタルツールをルクスに向ける。ルクスは一つ頷くと、シドのクリスタルツールに自分のクリスタルツールを合わせた。すると、ピコンという軽い電子音がルクスを驚かした。

 音が鳴った自分のクリスタルツールを驚いた表情でしげしげと見つめるルクス。その表情をみたシドはしてやったりという顔でルクスを見る。

 

「これが、“ラーニング”だ。クリスタルツールをクリスタルや他のクリスタルツールに翳すことで登録ができる。相手がクリスタルツールの場合、通話やアイテムの送受信ができるから積極的にラーニングを行うといいぞ。オレン!」

「ルクス、今度はオレとも頼むぜ!」

 

 オレンはルクスに自分のクリスタルツールを見せる。ルクスは頷き、彼のクリスタルツールに自分のものを翳した。シドとした時のように軽い電子音が二人のクリスタルツールから同時に流れる。

 二人の様子を見ていたシドはラーニングに成功したルクスに微笑む。

 

「ラーニングができたな。普段はモーグリの奴がこういうのは教えているんだが、時々アイツ等が教えないことがあるんだよ。災難だったな、ルクス。ま、オレが教えてやるから安心しろ」

 

 シドはルクスと肩を組み、彼の肩を軽く叩く。

 

「クリスタルツールの出し方は分かったな? それと同じような感じで装備も出せる。基本的にはコントローラーを思い浮かべて、それのボタンを押した想像をしたら、そのボタンに対応した行動ができるって訳だ」

「なるほど」

「それじゃ、練習のために外に出るぞ」

「親父、その前に設定しなくちゃ光の選者たちは魔法が使えないんだろ?」

 

 オレンの声にそうだったという風にシドが手を打ち鳴らす。

 

「ああ、忘れていた。クリスタルツールの左上の方にあるボタンを押してみな」

 

 シドの言う通りにルクスがボタンを押すと、こちらを映していた暗く光沢のある画面に光が点り、その画面上に四角を組み合わせた画面が広がる。

 

「それが設定画面だ。どうなっている?」

「○ボタンに攻撃、×ボタンにジャンプとなっている」

「□ボタンに指を合わせてみな」

「合わせた」

「そんじゃ、これはオレからお前に対する投資だ」

 

 ルクスの前にある画面に《魔法:ファイアを獲得》と出る。

 

「そのファイアを□ボタンにセットしてみな」

 

 ルクスはシドに言われたように魔法をセットしていく。

 

「セットできたか? じゃあ、次だ。今度はアビリティをやる。今度は自分で△ボタンにセットしてみな」

 

 再び、ルクスの前にある画面に変化が起こる。《アビリティ:強切りを獲得》と出た。ルクスは先ほどと同じ要領で△ボタンにアビリティ:強切りをセットする。

 

「よし、できたな。じゃあ、練習場に行こうか?」

 

 シドが部屋の扉を開けようとすると、扉が独りでに開いた。

 

「村長! 大変です!」

 

 慌てた様子の村民が部屋の中へと飛び込んでくる。

 

「ノックぐらいしろ! このバカ野郎!」

 

 シドは扉にぶつけた右手を擦る。

 

「すっすみません! でも、緊急事態なんです!」

「緊急事態だァ?」

「はい! カズスに向かってジンが来ています!」

「ああ、あのアホか。そんなこと一々、報告しないでいいぞ」

「それが! ジンが魔物たちを束ねているんです! それも大量の魔物を!」

 

 シドの顔付きが変わる。

 

「あンのイタズラ坊主め。今度は洒落じゃすまねェぞ。……ジンはどっちだ!?」

「北の街道にいます!」

「オレン! 行くぞ!」

「ああ!」

 

 部屋を出ていく二人にルクスが声を掛ける。

 

「私も行こう」

 

 オレンが驚いた顔でルクスを見る。

 

「それは助かるけど……初めての実戦がこんなに早くて大丈夫か?」

「ああ。私は足手纏いにならないよう善処する。それに、モーグリから言われたんだ」

 

 ルクスは凛とした振る舞いを彼らに見せる。

 

「世界を救ってくれ、と」

 




Tips

オレン・オーロラ
⇒カズスの村長であるシドの一人息子。モデルはFF7のレノ。ジョブはすっぴんである。

シド・オーロラ
⇒カズスの村長。モデルはFF7のシド。ジョブはマーシナリーである。飛行艇技師として働いていた実績からカズスの村長に選ばれたという経緯がある。

クリスタルツール
⇒ペルトゥルにおける個人所有のデバイス。見た目はスマートフォンだが、その材質はクリスタルで出来ており、膨大な力を有する。また、これは普段は心の中という不可視空間にしまっておくことができ、必要な時には瞬時に取り出すことができる。


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Battle

 シドと、そして、オレンに続いてルクスは町を駆け抜ける。

 異国情緒溢れる風景はルクスの興味を引くが、今はそれどころではないとルクスは意識を前にいる二人の方へと戻す。と、前の二人の更に奥に門が見えてきた。

 

「村長!」

 

 シドに気が付いた一人の男が声を上げる。門の上にいる彼に向かってシドは素早く尋ねる。

 

「ジンの奴はどこだ?」

「まだ来ていません! ですが、ジンのコントロールから外れたと思しき魔物が迫ってきています! ……来た!」

 

 門番の彼が声を上げると門の向こうから獣の唸り声がした。

 

「俺たちが出る! お前たちは門をしっかり守ってくれ!」

「分かりました! ご武運を! ……開門!」

 

 門番が叫ぶと、門に少し隙間が開く。

 

「行くぜ、オレン! ルクス!」

「おう!」

「ああ」

 

 先陣を切って門の隙間に身を滑り込ませたシドに続き、オレンとルクスも門の外へとその体を動かす。

 

「これは……?」

 

 ルクスの目の前には白い毛を蓄えた三匹の獣がいた。三人を確認した獣の魔物たちは口を大きく広げ、ルクスに向かって吠える。

 

「ルクス」

 

 固まったルクスに向かってオレンがゆったりとした口調で話しかける。

 

「無理はするなよ。お前はまだペルトゥルに来て間もないんだ。ここの勝手が分からないのに無茶をすると危ない目に会う。それは避けた方がいい」

「……オレン、君の言う通りだ。確かに私はペルトゥルに来たばかり。そして、ここのルールで知っていることの方が少ない」

 

 ルクスが手を振ると光を伴い、その手に一振りの剣が現れた。

 

「だが、助けを求めている人がいるのに逃げ出すことはできない。これはペルトゥルのルールにもあるか?」

 

 驚いた表情を少し見せたオレンだったが、すぐに表情を明るく自信があるものに変える。

 

「あるさ! 全く……いい奴だな、お前は」

 

 オレンは肩の近くまで右手を持っていき、そこから一気に斜めに振り下ろすと彼の手にもまた剣が現れた。

 

「それじゃあ、行こうぜ!」

 

 二人は狼の魔物たちと睨み合っているシドの隣に移動する。

 

「来たか。……ルクス、お前さんはさっき俺が言ったアビリティと魔法の使い方を覚えているか?」

 

 ルクスは頷く。それを横目で確かめたシドはニヤリと笑い、手に持っていたウォーハンマーを構え直す。

 

「練習なしで、いきなり実戦になるがオレンがお前さんをサポートする。思い切ってやれ!」

 

 シドはルクスにそう言い残すと、先頭にいた狼の魔物の鼻先にウォーハンマーで打撃を加える。キャンと鳴いた魔物は後ろに向かって逃げ出し、シドはそれを追いかける。一匹の魔物を追ったシドに続くように残された魔物の内の一匹がシドを後ろから追いかける。

 

「シド!」

 

 ルクスはシドの名前を呼ぶが、シドは振り返ることもなく林の中へと消えていく。

 

「ルクス! 親父なら大丈夫だ! 今は目の前の魔物に集中しろ!」

「あ、ああ。済まない」

 

 オレンに促され、ルクスは目線を目の前に残った一匹の魔物に集中させる。

 

「いいか? アイツは“シルバリオ”って呼ばれる魔物だ。一匹一匹は大したことはないが、群れでやってくると厄介な魔物」

「と、いうことは……」

「ああ、今がチャンスだ。群れじゃないシルバリオなら簡単に倒せる」

 

 シルバリオはルクスとオレンに唸り声を上げる。

 貴様らを喰い殺してやる。唸り声がそう言っている。ルクスは剣を構え直し、息を整える。目を見開いたルクスはシルバリオに向かって声をあげた。

 

「ヤァアアア!」

 

 しかし、これは彼にとって初めての実戦。そのことがルクスの剣を鈍らせた。彼の愚直で真っ直ぐな動きは、厳しい生存競争の中に常に晒されているシルバリオにとって格好の獲物だ。ルクスの剣を易々と避けたシルバリオは、その牙を向きだしてルクスの左腕に向かって飛び掛かる。

 

「ファイア!」

 

 火の塊がルクスに迫っていたシルバリオを吹き飛ばす。

 

「ルクス! 行け!」

 

 オレンだ。彼の使う魔法がシルバリオの牙からルクスを守った。

 彼に一つ頷いたルクスは剣を腰に構える。

 

「ハッ!」

 

 立ち上がったシルバリオに肉薄したルクスは溜めた力を一気に開放する。

 

「強切り!」

 

 アビリティ:強切り。敵に向かって構えた武器を力の限り振り下ろすという単純な攻撃ではあるが、その威力はシルバリオを屠るのに十分過ぎるものであった。

 ルクスの剣は寸分狂わずシルバリオの体を捉える。最期に一声泣いたシルバリオは地に伏し、その体を霞みに変えていった。

 

「やったな! ルクス!」

 

 ペルトゥルに来て初めての実戦。ルクスが思い描く理想の戦闘はできなかったものの、この経験は彼にとって活きた経験となった。

 ルクスの頭の中にファンファーレが流れる。

 興奮冷めやらぬ様子でルクスが周りを見渡すと、オレンと目が合った。

 

「おいおい、大丈夫かよ、ルクス? ケガはないよな?」

「ああ、君のお陰だ。シルバリオに君が魔法を当ててくれなければ、私はこうして五体満足でいることができなかっただろう。ありがとう、オレン」

「そう畏まらなくてもいいって。“仲間は助ける”。お前がペルトゥルに来る前にいた所ではないルールだった?」

「いや、そのルールはあった。……そうか、仲間か」

「おう! カズスの村のために体を張ってくれる。そんなお前が仲間じゃないなんて言う奴はこの村にはいねーよ」

 

 “仲間”という言葉を噛みしめるように呟くルクスにオレンは眩しい笑顔を見せる。

 

「フン。どうせ、そいつもどこかの光の選者のようにすぐに逃げ出すさ」

 

 声が聞こえた。その方向にルクスは振り返る。

 

「君は……」

 

 振り返った先にいたのは、ペルトゥルに着いた直後に自分を導いてくれた女性だった。

 彼女は立っているカズスの村を守る門の上から地面に向かって飛び降りる。優雅で洗練された彼女の動きからルクスは彼女が一流の武芸者であることを読み取った。

 彼女は立ち上がりながら冷たい視線をルクスへと向ける。

 

「おい、アリス! そんな言い方はないだろうが! コイツは逃げ出したりするような奴じゃない!」

「どうだか」

 

 アリスと呼ばれた女はルクスを見遣る。

 

「あの程度の魔物に手古摺るような光の選者では、ペルトゥルではすぐ死ぬ。それか……逃げ出すか、だな」

「アリス。お前、バズのおっさんのこと……」

「その名前を私がいる場所で口にするな」

 

 静かに、だが、確かに怒りを感じることができる声色でアリスはオレンの言葉を遮る。アリスの迫力にオレンは言葉を失う。

 

「奴は光の選者でありながら、その使命から逃げ出した臆病者だ。虫唾が走る。そして、他の光の選者どもも奴と同じように自分の身が危険に晒されたら逃げ出すのさ。結局、身に降りかかる火の粉は自分の手で払わなければならない。ジンはカズスの村の者で止める。いいな、オレン?」

「ジンという人物を止めることを手伝おう」

 

 二人に背を向けて歩き出していたアリスの背に向けてルクスは声をあげた。アリスの歩みが止まる。肩越しにルクスを見遣りながらアリスは目を細めた。

 

「お前は話を聞いていなかったのか? ジンの不始末はカズスの村の者がつけると言っているんだ。お前は関係ない」

「確かに、私は関係ないかもしれない。だが、困っている人を見て手を差し伸べるのは私にとって自然なことだ」

「そうやって、お前の偽善に付き合わせた挙句に逃げ出すのだろう? ……もう私は光の選者には期待しない」

「待ってくれ!」

 

 ルクスの声を無視し、金色の髪を揺らしながらアリスは森の中へと歩みを進め、その姿を晦ました。

 

「ルクス、すまねぇな。あいつ、アリスっていうんだが……おい! アリスを追いかけるなって! こういう時、あいつの機嫌はなかなか直らねーんだから!」

「しかし……」

「あいつなら心配いらねぇよ。カズスの村でも5本の指に入るほどに強い奴だぜ」

「む? そうか」

 

 ルクスは口を噤み、そして、オレンを正面から見る。

 

「オレン」

「何?」

「アリスという人物について教えてくれ。そして、なぜ、彼女が光の選者を嫌うようになったのかをシドを追う道中に聞かせて欲しい」

「りょーかい」

 

 二人はアリスの後に続いて森へと足を踏み入れた。

 

「昔さ、この大陸は魔物の軍勢と戦っていたんだ。その中で、アリスが住んでいた村が襲われた」

「アリスはカズス村の出身では……」

「じゃない。アリスはここから北にしばらく行った所にあったウルの村の出身だ」

 

 森の中へ足を踏み入れた二人を魔物、ゴブリンが襲う。それらを剣、または、魔法で迎撃しながら二人は森の奥へ奥へと進んでいく。

 

「魔物に襲われたウルの村を救ったのが光の選者の一団、“プラウド・クラッド”。そのリーダーだったのが“バズ”っていう光の選者。親父の昔馴染みで一緒に旅をしたこともあったらしい。いい人だったよ」

「いい人……だった?」

「ああ。バズのおっさんはいなくなったんだ。魔物との戦いが一番激しい時期に姿を晦ました」

「それで、アリスは戦いから逃げ出したバズを、そして、彼と同じ光の選者を憎んでいるということか」

「そうなる。自分の命の恩人だったバズのおっさんが急にいなくなったんだ。アリスにとっちゃ、憧れ余って憎さ百倍ってとこだろうな」

 

 オレンは肩を竦めながら、頭上から襲い掛かってきた鳥の魔物、ルフに魔法:エアロを当てる。

 

「そんな訳でアリスは光の選者のことが嫌いな訳さ」

「しかし、そのバズという光の選者はなぜ逃げ出したんだ?」

「それは分からない」

 

 オレンは肩を落とし、悲しそうな顔を見せた。会って時間はほとんど経っていないものの、オレンは明るく面倒見のいい人だと思っていたルクスは予想だにしないオレンの顔付きに思わず表情を引き締める。

 

「はっきりしたことはバズのおっさんにしか分からない」

「それは、そうだが……」

 

 オレンは何も言わず、森の中を進んでいく。話の続きを聞きたい気持ちもあるが、今のオレンに聞くのは少し躊躇われる。

 ルクスは横目でオレンを観察する。

 察するに、アリスだけではなくオレンもまたバズという人物のことを敬愛していたのだろう。バズを信じたい気持ちがあり彼の不可解な行動、魔物との激化した戦いの途中で姿を消したことを信じられない、信じたくないと思っている。

 そう当たりを付けたルクスは口を閉ざすしかなかった。異邦人である自分はオレンのこと所か、この世界、ペルトゥルの常識すらも知っていることが少ない。そのような自分が苦し気に顔を歪めた彼にどんな言葉を掛けることができるのだろうか?

 思考に沈んでいたルクスの顔に光が差した。

 

「親父!」

「おう、オレン。ルクスも怪我はないみたいだな」

「シド、そちらこそ無事で何よりだ」

 

 森を抜けた先に待っていたのはシドだった。ウォーハンマーを肩に携えたシドはルクスに笑いかける。

 

「ルクス。アリスに嫌われたみたいだな」

「ああ」

「気にすんな。アイツは素直な態度を取るのが苦手な奴でな。好意の裏返しって奴だ」

「そうなのか?」

「違う! 村長も揶揄わないでください」

 

 シドの後ろから出てきたアリスはルクスを睨みつける。

 

「村長がお前に協力しろと言った。だが、お前が使い物にならないと私が判断したら魔物の餌にしてやるから気を引き締めていろ」

「ああ」

 

 自分の脅しにも怯まず、堂々としたルクスの態度にアリスは眉を顰める。心底、気に食わない。感情がありありと表に出ているアリスは手を腰に当て、大きく溜息をついた。

 

「早く準備しろ。ジンを止めるのは早い方がいいからな」

「準備?」

「知らないのか? 思っていた以上に愚鈍な奴だな、お前は」

 

 顔を顰めるアリスをシドが宥める。

 

「そう言うな、アリス。ルクスはペルトゥルに来てからほとんど経っていないんだからよ」

 

 アリスからルクスへと視線を移したシドは体を移動させ、自分の後ろにあったクリスタルをルクスから見えるようにした。薄緑色に発光した人の背丈ほどの大きさのクリスタル。その光が4人を優しく照らしている。

 

「ルクス。お前さんのクリスタルツールをこのクリスタルに翳してみろ。そうすりゃ、モーグリに会える」

「モーグリに会うよりもその“ジン”という人物を追った方がいいのではないか?」

「いや、モーグリと光の選者が会う空間はここに比べて時間がゆっくり流れているらしくてな。お前さんがモーグリと話し込んでもこっちじゃあっという間だ」

「そういうことか。なら……」

 

 ルクスが右手に意識を集中するとクリスタルツールが光を伴ってその手に現れた。それをそのまま目の前のクリスタルに翳すと、クリスタルツールの画面に光が点り、文字列が現れていく。

『ADMIT:CRYSTAL』

 クリスタルツールから放たれた一筋の光がルクスとクリスタルとを繋ぐ。意識が薄緑色の渦に巻き込まれていく感覚を感じたルクスは思わず目を閉じる。

 

「ここは“クレイドル”」

 

 前方から聞こえた声に反応し、ルクスは目を開けた。

 

「ルクス、君のクリスタルツール、つまり、心の中の場所の一つクポ」

 

 無機質な白い空間。約25mの立方体の中の中心に浮かんでいたのは、ここに来る前に会ったモーグリ、シャインだった。

 




Tips

アリス・シュイゼンバーン
⇒青い鎧を着込んだ金髪のロングヘアーの女性。幼い頃に住んでいた村をカオスの軍団に襲われた過去を持つ。そして、カオスの軍団の兵に襲われていた幼いアリスを助けたのが、後に養父となった光の選者のバズである。
自分に何も言わず、カズスの村が大変な時に、突然、姿を晦ましたバズを憎んでおり、バズと同じ光の選者も同様に憎んでいる。

クリスタル
⇒自然発生した魔力を帯びた鉱物。その力は多岐に渡り、ペルトゥルに生まれた人が持つクリスタルツールはクリスタルを加工して作ったもの。また、光の選者のみクリスタルに自分のクリスタルツールを翳すことで、自分の心的空間であるクレイドルに行くことができる。
その他にも、一度、クリスタルツールを翳して記憶したクリスタルの元にテレポすることができるようになる。


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ガチャは世界を救う

 三方に扉がある白い小部屋のような空間でルクスは目の前の生き物に向かって尋ねた。

 

「モーグリ。ここは一体?」

「クリスタルで増幅された力が君のクリスタルツールに作用して、君をこの空間に送り込んだクポ。あと、モグのことはシャインと呼ぶクポ」

「そうか、済まない。シャイン」

「気にしないでいいクポ」

 

 頭を下げるルクスにモーグリはその短い手を振り、楽にするように促した。

 

「この空間は君の心の中を写した空間クポ。モグたちはこの空間を“クレイドル”と呼んでいるクポ」

「クレイドル、か」

「クポ。君の心の中の始まりの空間クポ。君の成長と共にその空間は拡張を繰り返していくクポ」

「つまり、クリスタルツールの機能を十全に引き出すためには私の成長が不可欠ということか」

「クポ。そこまで、分かっているならモグが君の前に姿を現した理由にも気づいているクポ?」

 

 ルクスは頷く。

 

「クリスタルツールの新たな力が開放されたから、シャイン、君は私の前に姿を現したのだろう?」

「正解クポ」

 

 シャインは体全体を使って、ルクスの答えが是だと示した。

 

「では、案内するクポ」

「頼む」

 

 ふわふわと宙に浮きながら先導するシャインはルクスから見て左の扉へと彼を案内する。その扉の前で止まったシャインを見て、ルクスは理解した。自分がこの扉を開けることをシャインは期待しているのだ、と。

 ルクスは手を伸ばし、目の前の扉を開いた。扉の先にあったのは赤、青、緑のカラーリングが施された柱が三本。赤い柱、青い柱、緑の柱はそれぞれに対応した光がゆっくりと下から上に向かって移動している。思うに、材質はクリスタルなのだろうとルクスは当たりをつけた。

 

「ここはアルトクリスタルリウム。力を導く場所クポ」

「力を……導く?」

「そうクポ。さっき魔物を倒した時にクリスタルで出来たカードのような物を拾ったクポ?」

「ああ、これか?」

 

 ルクスはシャインの言う物に心当たりがあった。

 敵からドロップしたアイテムは独りでに光の粒に分解され、ルクスの持つクリスタルツールの中へと吸い込まれていた。その時に表示された通知画面を確認していたルクスはシャインの言う“クリスタルで出来たカードのような物”が画面上に出ていることを確認していたのだった。

 ルクスはクリスタルツールを操作して、所持アイテムの項目をシャインに見せる。

 

「これクポ。“赤のソウルカード”、このドロップアイテムを100枚集めると、一回、赤の柱からクリスタルの導きを得ることができるクポ」

「100枚、か。それほどの量はない」

「心配しないでいいクポ。今回はモグの力を使って、ソウルカード1000枚分の効果の11連クリスタルダイレクトを行うクポ。そうすると、君は武器を11個、手に入れることができるクポ」

「1000枚分で11回、そのクリスタルダイレクトを行うことができるのか? 100枚で一回、クリスタルダイレクトが行うのなら計算が合わないが……」

「1000枚のソウルカードを赤い柱“ローズエンタシス”に捧げると、時空が乱れて一個多く武器が排出されるクポ。性能などには問題がないことは今までの数多くの試行から確かめられているから心配無用クポ」

「そうか。なら、頼む」

「クポ!」

 

 頷いたシャインが赤い柱、ローズエンタシスに近づくと、ローズエンタシスの赤い光が少しの間、激しくなったがその励起はすぐに収まった。通常の弱い光が下から上へとゆっくり向かう状態となったローズエンタシス。ルクスはローズエンタシスの様子を見て、自身のクリスタルツールを確認する。彼が持つクリスタルツールの画面には、シャインが言ったように11個の武器が映っていた。

 ルクスはその武器たちを一つ一つ見分していく。

 

 武器、ロッド ☆4“天空のロッド” 属性、光

 武器、弓 ☆4“疾風の弓矢” 属性、風

 武器、弓 ☆3“エイビスキラー” 属性、無  鳥系統のモンスターに威力中UP

 武器、槍 ☆3“オベリスク” 属性、土  低確率で石化(ブレイク)効果

 防具、頭 ☆3“シルバーヘルム” 属性、無

 武器、斧 ☆3“デスシックル” 属性、闇  超低確率で即死(デス)効果

 武器、剣 ☆3“ブレイクブレイド” 属性、土  低確率で石化(ブレイク)効果

 防具、体 ☆3“ウインドメイル” 属性、風

 武器、剣 ☆3“ルーンブレイド” 属性、光  魔力低UP

 武器、ロッド ☆3“炎のロッド” 属性、火

 武器、剣 ☆5“ゴールドソード” 属性、無

 

「次に行くクポ」

 

 シャインはローズエンタシスの前から移動し、青い柱の前で止まった。ルクスもシャインに続いて青の柱へと歩みを進める。

 

「アネモネエンタシス。先ほどのローズエンタシスと違って、アビリティを排出するクポ。今回は特別にモグが青のソウルカードを1000枚払って11連クリスタルダイレクトを行うクポ」

 

 シャインがアネモネエンタシスに近づくと、それはローズエンタシスと同じように光り輝き、その光が収まった後にルクスは11個のアビリティを得た。

 

 アビリティ ☆4“アースブラスト” 属性、土  範囲物理攻撃

 アビリティ ☆3“風の乱舞” 属性、風  全体物理攻撃

 黒魔法 ☆3“バイオ” 属性、毒  単体魔法攻撃

 白魔法 ☆3“ケアル” 属性、聖  単体HP回復

 黒魔法 ☆3“ブリザド” 属性、氷  単体魔法攻撃

 アビリティ ☆4“フレイムブラスト” 属性、火  範囲物理攻撃

 アビリティ ☆3“エアロフィスト” 属性、風  範囲物理攻撃

 黒魔法 ☆3“ダークラ” 属性、闇  範囲魔法攻撃 

 アビリティ ☆3“ウォータイラプト” 属性、水 全体物理攻撃

 黒魔法 ☆3“エレメトβ” 属性、土風雷の三属性同時 単体魔法攻撃

 アビリティ ☆5“セインクロス” 属性、光 単体物理攻撃 自身に蘇生(リレイズ)効果(一戦闘時一回のみ)

 

 アビリティが表示されたクリスタルツールからルクスは目を離し、緑の柱を見つめる。そのルクスの視線に気がついたシャインは一つ頷いて、説明を続けた。

 

「この緑の柱はバニラエンタシスというクポ。この柱から排出されるのは“メモリア”という物質クポ」

「“メモリア”?」

 

 聞いたことがない、いや、どこかで耳に挟んだワードだ。ルクスはメモリアという言葉について考える。しかし、そのどこかとペルトゥルは同じ雛型を使っていても、全くの別物であることに思い至り、頭を振った。

 考えても答えがでないのならば、調べるしかない。その調べる手段は今の所、限られている。シャインに聞くことだ。

 

「そのメモリアというのはどういうものか教えてくれないか?」

「“メモリア”は記憶クポ。これ以上のことは君が成長したら教えるクポ」

「そうか」

「君は随分、あっさり引く人間クポ」

「シャイン。君が教えたくないということを無理矢理聞き出すということはいけないことだと私は考える。それに、私が成長したら教えてくれるのだろう?」

「クポ」

 

 シャインは厳かに頷いた。

 

「それにしても驚いたクポ」

「何がだ?」

 

 突然のシャインの言葉にルクスは首を傾げる。

 

「強力な力を持つが故に、☆5のレア度は滅多に排出されることがないクポ。多くの光の選者たちは☆5のレア度の武器やアビリティを求めたクポ。そして、ソウルカードを集めるために数多くの魔物たちと戦って、その命を散らしたクポ。それなのに、君は一回で☆5を引き当てたクポ。もしかしたら、君が世界を救う運命を持つものかもしれないクポ」

「元よりそのつもりだ。ペルトゥルを救う。それが私の使命なのだろう?」

「君の、というより光の選者たちへのペルトゥルの民の期待クポ。決して、使命などという君を拘束するようなものではないクポ。初めにモグが言ったように君は、光の選者は自由に生きる権利を持っているクポ」

「なら、私は皆の期待に応えよう。期待に応えることを選ぶのも、また自由だろう?」

「君は飛んだお人よしクポ」

「そうでもない。今の私には力がない。ここで理想を語っていても世界を救うことはできない。だから、教えてくれ。武器の扱い方を」

 

  シャインは頷く。

 

「シドが説明したアビリティの装備手順を覚えているクポ?」

「ああ。つまり、今、ローズエンタシスから得た武器を先ほどのアビリティと同じ手順で装備すると、反映されるということか?」

「そうクポ。今の君のジョブは“すっぴん”クポ。全ての武器とアビリティを使うことができるクポ。その代わり、ステータスアップといった他のジョブなら持つ特別な効果を持たないジョブになっているクポ。早速、装備してみるクポ」

 

 シャインに頷いたルクスは自分のクリスタルツールを見つめる。武器装備画面をシャインに教えて貰いながら開くと、そこには4つの空欄があった。武器、防具(頭)、防具(体)、そして、アクセサリだ。アクセサリを持っていないルクスであるが、これは仕方のないことと割り切り、今、手に入れた武器と防具をクリスタルツールに表示された空欄へとセットしていく。

 

 武器、剣 ☆5“ゴールドソード” 属性、無

 防具、頭 ☆3“シルバーヘルム” 属性、無

 防具、体 ☆3“ウインドメイル” 属性、風

 

 次にルクスが操作したのはアビリティの箇所だ。先ほど、シドから教えて貰った通りにアビリティをセットし直す。

 

 アビリティ ☆5“セインクロス” 属性、光 単体物理攻撃 自身に蘇生(リレイズ)効果(一戦闘時一回のみ)

 黒魔法 ☆3“エレメトβ” 属性、土風雷の三属性同時 単体魔法攻撃

 攻撃

 ジャンプ

 

「これで準備は整ったクポ」

「ああ」

「君ならこれからの困難にも立ち向かっていけると思うクポ」

「困難、か。確かに、アリスにどう接していいか分からないな」

「心配することはないクポ。君の心に基づいた行動をしていけば、北風のような彼女の心にも春がやってくるクポ」

「そうだといいな」

「クポ!」

 

  シャインは大きく体を動かした。その様子を目に写したルクスの頬を緩ませて、アルトクリスタルリウムへと入ってきたドアを開ける。

 

「私はそろそろ行く。ありがとう、シャイン」

「気にしなくてもいいクポ。元々、モグはアドバイザーとしての役割があるクポ。だから、これはモグの仕事の一環クポ」

「そうか。なら、いい仕事をしてくれた。ありがとう」

 

 ルクスはシャインに笑顔を見せて、アルトクリスタルリウムに繋がるドアから外へと出ていった。

 

「いい仕事……クポ」

 

 ルクスを見送ったシャインは自嘲気味に笑う。

 

「モグが採算度外視で仕事をするならば、君がここに来た時点でクリスタルツールの機能を全て開放しているクポ。モグが君を助けない理由。それは、君を見極めるためクポ」

 

 シャインはどこか諦めたように、しかし、希望はまだ捨てていないかのように言葉を紡ぐ。

 

「君は本当の意味で“光の選者”と成るべき存在なのか? それをモグはここから見定めさせて貰うクポ」

 

 +++

 

 薄緑色をした光の中、体が運ばれる。

 それは母の腕で揺り籠から外に出されるようなもの。一人で立つこともできない赤子はまずは這うことを覚えなくてはならない。揺り籠の中で多少の力を手に入れたとて、このペルトゥルという世界で生き抜くためには足りない。まだ這う程度の力でしかない。で、あるならば……

 ルクスは手をギュッと握りしめる。

 ……少しでも早く強くならなければいけない。

 母に守られる雛鳥の時期を抜け、あの大空を自由に飛び回る。そのためには、力を示し自身が“守る存在(光の選者)”であることを認めさせなくてはならない。

 

「済まない、待たせた。ジンという人物を止めに行こう」

 

 薄緑色の光がルクスから霧散すると共に彼はクレイドルからペルトゥル、プルヴァマのカズスの森のクリスタルの元、つまり、シドやオレンたちの元に移動(テレポ)した。ルクスはその目をシドの後ろにいる人物に向ける。彼の視線の先の彼女は露骨に表情を歪める。

 

 貴様はいらない、ジンの件は私たちだけで解決する、だから貴様は付いて来るな。

 

 彼女は言葉を口にしていないが、その目はルクスに彼女の気持ちを雄弁に語っていた。しかし、ルクスは怯まない。彼女、アリスの鋭い目線を正面から受け止める。

 蒼い鎧を纏い、苛立った視線を自分に向けるアリスに自分自身が持っている力を知ってもらい、認めてもらう。

 

 ――それが、私の旅の第一歩になる。

 

 この時、ルクスの旅の終着点が決まったのかもしれない。

 それは魔王に滅ぼされる運命にある世界を救う物語。今のルクスの目では全容が闇に包まれている魔王の姿を正しく捉えることはできない。

 魔王にとって、光の選者とは羽虫のようなもの。湧いては自分という悪の火に向かってくる愚か者どもだ。そして、新しく生まれ出でたルクスは羽虫とも呼べない。蛆よりも弱く醜く、地に這い蹲っているのが似合いだと、この時のルクスに魔王が会ったのならば、そう断じただろう。いや、それとも、矮小過ぎるルクスの存在は魔王の目に留まることすらできないのかもしれない。

 小さなルクスが世界を救うといくら吠えた所で、その夢は幻想だ。だが、彼がもしも……万が一……あり得ないことであるが、魔王を倒せたのなら、その幻想は崩壊を終わらせ世界に幸福をもたらすに違いない。そうなれば、ルクスの旅はこう呼ばれることだろう。

 “FINAL FANTASY”、と。




Tips

武器
⇒光の選者の武装。一種類しか装備できず、アクションは武器に依存する。同時にステータスも上昇し、オートアビリティも発動する。

防具
⇒光の選者の武装。頭と体に一種類づつ装備できる。同時にステータスも上昇し、オートアビリティも発動する。また、防具の項目の中にアクセサリという項目もあり、こちらはより弱体防止など特殊な効果をプレイヤーに与える装備品となっている。

属性
⇒火氷水の三竦み、風雷土の三竦み、聖毒の相互、光闇の相互の優劣関係がある。また、無属性は優劣関係がない属性。その他にも、物理攻撃、魔法攻撃の区分分けもある。


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力を手に入れた少年は呼ぶ

「見違えたな」

 

 シドは頷き、ルクスに声を掛ける。

 

「ああ。シャイン……モーグリがよくしてくれた」

 

 ルクスはその光景を思い出す。いわゆる、自腹を切るという行為は他の媒体でがめつい印象があったモーグリのイメージを払拭する効果があった。

 

「それだけ、モーグリの奴もお前さんに期待しているってことだろうな。ルクス、気を引き締めろよ」

「もちろんだ」

 

 そう言って、静かに頷いたルクスの表情を見たシドは笑みを浮かべた。

 

「いい返事だ。オレン! アリス! そして、ルクス! これから、ジンを止めに行くが準備はいいな?」

「もちろんだ、親父!」

「はい、私はいつでも」

「ああ」

 

 自分の周りに立っている三人を見回して、シドは踵を返す。

 

「んじゃ、行くぞ! てめぇら、遅れんなよ!」

 

 +++

 

 群れる魔物を斬り飛ばし、時には魔法で吹き飛ばしながら森を進んでいく。ルクスだけではなく、シド、アリス、オレンも多くの魔物たちを屠り、道を切り開いていく。

 森を抜けた。目に映る景色の中で一番大きなものは城だ。古く荘厳な城。しかし、その城からは生き物の気配は全く感じ取ることはできない。昔に遺棄された城であるだろう。ルクスは城から、自分たちが今居る場所からそこへ繋がる道に視線を移す。

 その先に居たのは頭から角が生えた一人の少年だった。

 

「ジン!」

 

 シドが怒声をその少年に浴びせる。

 ルクスは目を見開いた。まさか、今回の騒動、多くの魔物をコントロールしている犯人が年端もいかない少年だとは予想だにしていないことだった。

 

「シド。見てよ、ボクの力を。こんなにたくさんの魔物を操れるようになったんだ」

 

 少年、ジンが手を広げるとこれまで戦ってきた魔物たちと同種類の魔物が彼の後ろにワラワラと群がってきている様子が見て取れた。

 

「操れてねーよ。お前のコントロールから外れた魔物がカズスに襲い掛かってきていたんだぞ」

「嘘だね! ボクの力に嫉妬してるんだろ、オレン!」

「嘘じゃねーし、嫉妬もしてない!」

「オレン。ジンの奴には何を言っても通じない。実力行使だ」

「ひぅ!」

「お前はなんでそう物騒なのかな、アリス?」

 

 アリスが剣を振るうと、剣の先端に開けられた穴に風が入り、甲高い音を立てた。その音に慄くジンと呆れるオレン。今にもジンに斬りかかりそうなアリスを止めたのはシドの厳しくも優しい声だった。

 

「ジン、お前は凄い力を持っている。召喚士としての力はカズスの中でも一番だ。けどな! その力を好き勝手に使ったら周りの人が傷つく! 最悪、死ぬかもしれない! そのことは前も教えただろうが!」

「でも、けど、だって、ボクがやらなきゃ誰がティアマットを倒せるのさ!」

「ティアマットに手を出すなって俺はあの時、皆に言った。お前もそれを聞いていたよな?」

「聞いていた! けど、シドは何もしてくれないじゃないか! ボクの村を襲った魔物たちの親玉がティアマットなんだろ!? なら、あいつはボクの村の仇だ!」

 

 シドの顔が一瞬、歪む。苦悩の色を映し出した彼であったが、すぐにその表情を無に戻したシドは有無を言わせない口調でジンに告げた。

 

「ジン、帰るぞ」

「嫌だ! ボクがティアマットを倒すんだ!」

「お前に何ができる!?」

 

 一際、大きな声を出したシドの言葉は止まらない。

 

「あの日、俺たちは何もしなかった訳じゃねぇ! 俺たちはティアマットに挑んで、そして、負けた。だからこそ、ティアマットの力をよく知っている。その俺が言うんだ。お前じゃティアマットには勝てない! 絶対にだ!」

「やってみなきゃ分からないよ、そんなの!」

「分かってるんだよ! どれだけの魔物を引き連れようが、奴の牙は魔物を噛み殺す! 奴の爪は魔物を斬り殺す! 奴の(ブレス)はお前を……殺す」

 

 シドはそう言って、地面に目線を落とした。

 

「俺はお前を、お前たちを守る義務がある。だから、聞き分けてくれ。辛いだろうが……」

「うるさい! ボクは強いんだ! ティアマットなんかに負けない」

「黙って聞いていれば、ぐちぐちと」

 

 沈黙を守っていたアリスが口を開いたと同時に回りの空気が変わった。並の者であるならば恐怖を感じる今のアリスの雰囲気は、触れたら斬られるとルクスが確信するほど剣呑としたものであった。

 しかし、ジンはアリスを逆に睨み返す。どうやら、ジンも精神的に強い者であるらしい。とはいえ、震えている。無理もないことだ。まだ幼い少年にとって、魔物との戦いで日々、修羅場を潜り抜けてきた者の醸し出す空気は冬の空気以上に冷たく、息がし難いものだ。アリスが目線を緩めると、ジンは大きく息を吐いた。

 

「分かっただろう? 今のお前ではティアマットはおろか、私ですら相手にできない」

「……それはどうかな?」

 

 確かに、少年の心構えは未熟であった。アリスの気に中てられたジンであったが、未熟である故に、彼は蛮勇を備えていた。

 

「ボクが何の手もなくティアマットへ戦いに行くと思うかい? 違うよ! ボクは奴に“勝てる”と思ったから魔物を集めたんだ!」

 

 ここで、彼が取った策は愚かとしか言い様がない。自分の力を過信し、周りを省みず、思うまま行動する。先ほどのシドの注意が無駄になった。

 

「来い!」

 

 ジンは自らの手に持つクリスタルツールを空に掲げる。クリスタルツールの画面が光り、そこから空に向かって茶色の光の線が刻み込まれるように幾度も輝いた。

 茶色の光が形作るのは魔法陣。

 

「“タイタン”!」

 

 空間に円状に刻まれた魔法陣が一際強く輝くと、ルクスたちの足元が揺れた。

 すぐに体勢を立て直したルクスが顔を上げると、一人の大男と目が合った。いや、一人の“男”と定義するのは間違いである。その存在は人より上位の存在。神の領域に達した存在、蛮神と呼ばれた時代もあった。

 

「……召喚獣」

 

 オレンの呟きは魔法陣より顕現した土の召喚獣、タイタンの咆哮により飛ばされた。人の二倍程度の大きさでしかないタイタンであったが、ルクスにとって、その姿は実際よりも大きく見えた。

 

「どうして、ジンがタイタンのメモリアを!?」

「……ジンの親の形見だ。この前のジンの誕生日に俺がアイツに渡した。正しく使ってくれるって信じてな」

「村長! ジンはまだ子どもです。幼いジンにメモリアを渡すなどあってはならないことです!」

 

 アリスとシドを見つめていたルクスは視線を正面に戻し、剣を抜いた。

 

「二人とも話は後だ。来る!」

 

 アリスとシドがルクスの声でタイタンに注意を向けた瞬間、タイタンは両の拳を地面に叩きつけた。

 

「レビテガ!」

 

 シドが魔法を唱える。

 レビテガ。浮遊呪文、レビテトの上位魔法で、魔法発動者の周りの者に効果を及ぼす魔法だ。その効果は対象を地面から浮かせる効果を持つ。本来は、沼や火山を抜けるなど足場が悪い時に使う魔法であるが、今回のタイタンが放った“アースシェイカー”を飛んで無効化するという変則的な使い方もできる魔法である。

 

「GUOOOO!」

 

 しかしながら、タイタンは地面を揺らす攻撃しかしない訳ではない。自身の攻撃が避けられたと知ったタイタンは、すぐさま、ルクスに駆け寄る。

 クラッシュダウン。固い巨体を使った圧し潰す攻撃。単純だが、素早く繰り出すことができ強力な威力を誇る攻撃だ。

 自分に迫る巨体。それを見据え、ルクスは自分の(ゴールドソード)魔力(MP)を注ぎ込む。注がれた魔力によって、光を放ち始めた剣を左腰に溜めたルクスは一歩一歩、地響きを立てながら迫る脅威を正面から受け止めるべく力を籠める。

 

「GUOOOO!」

「ハァアアア!」

 

 タイタンの影がルクスに覆いかぶさろうとした瞬間、ルクスの持つ剣の輝きがタイタンに向かって煌めいた。

 

「セインクロス!」

 

 横薙ぎに一閃。光に押し返されたタイタンの目に映ったのは自分に迫るもう一つの光の線だった。

 セインクロスは光属性の単体攻撃。しかし、その攻撃は二連続攻撃である。まずは横に一回、そして、縦にもう一回、剣を振るい祈りを捧げることで、このアビリティは完成する。

 

「GUoooo……」

 

 ふらつき、後ろへと下がるタイタン。しかし、その目からは闘志は消えていない。そのことに気がついたルクスの思考は『失敗した』という文言で埋め尽くされた。自分がアビリティを使うことを見越した他の三人は自分とタイタンから距離を取っている。そして、その三人が自分を助けるために魔法やアビリティを使うには少し遅い。更に、自分は先ほどのセインクロスで魔力を全て消費した。

 つまり、タイタンから矢継ぎ早に繰り出された次の攻撃を防ぐ術はない。

 咄嗟に剣を構えて防御の体勢を取ったルクスを襲ったタイタンの拳は、ルクスを軽々と空へと持ち上げる。シドやオレンの声が遠くに聞こえたが、その声はノイズが掛かっていてどうも聞き取ることができなかった。しかし、彼らに続いて聞こえたアリスの『嫌だ』という喪失感が溢れる声はルクスの耳に響いた。

 私は死なないさ。

 そうニヒルに心の中で呟いたルクスは目を閉じ、タイタンに打ち上げられた体が地面に叩きつけられた衝撃で意識までもを手放したのだった。

 




Tips

ジン・バイキング
⇒頭に角が生えた12歳の少年。アリスと同じ村の出身であり、彼女と同じように村が壊滅状態に陥った後、バズに引き取られてカズスの村で育った。アリスとは違い、バズをそれほど憎んでいないが、自分たちの村を襲ったカオスの軍勢を憎んでいる。

ティアマット
⇒シドが治めるカズスの村がある大陸、プルヴァマにいる“カオスの四神”の内の一柱。アリスやジンの村を襲ったカオスの軍団の長であり、プルヴァマに魔物がはびこる原因はティアマットが持つ魔物を創る能力にあると言われている。


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尖兵

「ルクス!」

 

 一番早く行動を起こしたのはアリスだ。彼女にとって、ルクスは憎しみの対象である光の選者であっても、目の前で命を落とされるのは認められないことであった。

 アリスは多大な影響を過去の喪失から受けていた。隠れている家の影から見た光景、カオスの尖兵が村の人々を欠片ほどの慈悲もなく次々と機械的に殺していく場面はアリスの心に深い爪痕を残し、彼女に喪失をしないことを自らに誓わせる結果となった。そして、これから喪失をしないために力を付けることをも彼女は自らに誓ったのである。

 アリスは一見、表面上は冷たく振る舞っていても、その内面は慈しみ溢れる女性だ。だからこそ、シドやオレンに先んじて傷ついたルクスに駆け寄り、手を翳すことができた。

 

「ケアル!」

 

 回復魔法ケアル。聖属性の魔法で、その効果は対象の体力(HP)を回復させるというもの。しかしながら、あくまでもケアルという魔法は()()が効果の魔法だ。これは言い換えると、回復以外の効果はないということである。

 

「親父! タイタンを!」

「分かってる! アリス! ルクスを頼んだ!」

 

 ルクスの元に駆け付けたアリスの前にシドとオレンが躍り出る。ケアルを使って大きな隙ができているアリスをタイタンの攻撃から守ろうとしての行動だ。

 

「村長! タイタンは任せます!」

 

 アリスの脳裏に最悪の結果が過る。ルクスが先ほどの攻撃で死んでいたらケアルでの回復はできない。蘇生魔法、レイズという魔法もあるが、彼女はレイズを使うことができない。戦闘不能に陥ったルクスを救うことができずに、自分の目の前でまたしても命を失わせるのか?

 それは嫌だ。そうアリスが望んでいても、現実は常に残酷なものだ。幼い頃、力がなかったあの日に戻ることができないということを理解しているように、アリスはタイタンの攻撃はルクスが到底耐えることができるような攻撃ではないことを理解していた。

 

「くっ……」

「へ?」

 

 しかしながら、これまでも、そして、これからも現実は常にアリスの想像の上を行く。すんなりと体を起こしたルクスを呆けた顔で見つめるアリスにルクスは大丈夫だというように笑いかける。

 

「アリス、回復ありがとう」

 

 視線をタイタンへと向けたルクスの様子はアリスが予想していたものとは全く異なっていた。

 

「なぜ、お前は動ける?」

「君がケアルを掛けてくれたからだ」

「戦闘不能にもなっていなかったのか? いや、そんな訳はない。タイタンの攻撃はペルトゥルに来たばかりの光の選者では一回の攻撃で戦闘不能に陥るハズだ。それなのに、なぜ、お前は動けているんだ?」

 

 合点がいったというようにルクスは瞬きをしながら首を縦に動かす。

 

「アビリティ、セインクロスは攻撃と共に私に復帰魔法(リレイズ)の効果を与えるものだ。それで、戦闘不能に陥らなかった私は君の回復魔法ですぐに立てたということだ」

「なんだ……心配して損した」

「心配をかけてすまない」

 

 安心して思わず口から出た心の声をルクスに聞かれ、さらに返事をされたとあっては、いつも冷静なアリスでも、その表情を羞恥に染められずにはいられない。

 

「黙れ! 元はと言えば、お前が弱いからこうなったんだぞ!」

「すまない」

「すまないじゃない! 忘れろ! 私がお前にしたこと全部!」

「それはできない。君からの恩を忘れることはしたくない。少なくとも恩を返すまでは忘れることはできない」

 

 やや強い口調でいうルクスにアリスは『ああっ、もうっ!』と苛立ちを言葉に、そして、態度にしてぶつける。

 

「その恩人が忘れろと言っているんだ! なら、忘れるのが恩返しというものだろう!」

「む? そうなのか?」

「そうだ!」

「おい! 早くこっちを手伝ってくれ! 予想以上にコイツ、強い!」

 

 オレンの焦った声で二人は言葉を止める。今は言い合いをしている場合ではないと気がついたのであろう二人はそれぞれの得物を構え、オレンとシドの隣に並ぶ。

 

「ルクス、無事だったか」

「ああ。遅れて済まない、シド」

「全くだ。んで、体力は大丈夫なんだろうな?」

「体力は、な。ただし、セインクロスを放ったことで魔力は切れた」

「あれだけのアビリティだ。連発できるようなもんじゃないと思っていたが、やっぱりか。しっかし、あれだけの威力のアビリティを正面から喰らっていてピンピンしているなんざ、タイタンのヤローの体力はどうなってやがるんだ?」

 

 目の前で唸り声を上げる召喚獣を呆れた目で見ながらシドはぼやく。

 

「村長。私がジンを直接狙います」

「……それしかないか。アリス、任せるぞ」

「はい」

「あと、くれぐれもやり過ぎないようにしろ」

「心得ています」

「ホントかなぁ……」

 

 アリスは一度、疑い深げな表情のオレンを睨み、ジンの方を向く。その目線は鋭く、ジンを数歩後退らせた。そして、タイタンを前に出させることも同時にさせたのだった。

 

「アリスを倒せ! タイタン!」

「ちっ!」

 

 ジンの命令に従い、標的をアリスに定めたタイタンに向かって彼女は舌打ちをする。少しやり辛くなったのはアリスも認める所であるが、彼女の標的は今だ変わらずジンのままだ。

 

「フェザーステップ」

 

 だが、アリスは目の前に障害が有るならば壊して進めばいいと考える人間だ。アビリティ:フェザーステップを使って近づいてきたタイタンに剣を振るう。羽のように軽やかな剣舞はタイタンに避けさせることはさせなかった。

 しかしながら、アリスの技量を以ってしてもタイタンの体に傷を付けることはできなかった。とはいえ、アリスは始めからタイタンにダメージが通ることは期待していない。重要なことはフェザーステップがタイタンに当たったことだ。

 攻撃を受けた者の被クリティカル率を10秒間上げるアビリティ:フェザーステップ。クリティカル攻撃、通常の攻撃の1.2倍の威力が入りやすくなったタイタンに向かってアリスは蹴りを放つ。フェザーステップからの連続攻撃を避ける術はタイタンにはなかった。クリティカルが発生し、思わぬ痛打を受けてタイタンは怯む。

 その一瞬の隙を逃すアリスではなかった。タイタンの横を通り抜けジンへと迫る。

 

「ひっ」

 

 自身の召喚主に危機が迫っていることを感じたタイタンは振り返り、自分の背を向けているアリスに向かって攻撃を加えようと拳を固めた。

 

「させねぇよ!」

 

 しかし、その拳が振るわれることはなかった。シドとオレン、そして、ルクスがタイタンへと攻撃することでタイタンは大きく体勢を崩した。後ろで倒れるタイタンの音を背にアリスは更にジンへと迫り、彼の目の前に立つ。

 

「あ……あ」

 

 ジンの前に立つアリスの表情はジンがこれまで見てきた表情とは全くの別物。それは正しく魔王と同等の恐怖をジンに与えた。身を守る術はなくジンにはアリスの攻撃を受け入れる以外になかった。

 ゴツンという音が響いた。

 

「いったあ!」

「さっさとメモリアシステムを止めろ。さもないと……もう一発だ」

「わ、分かったよ!」

 

 ジンがクリスタルツールを操作するとタイタンは光に包まれて、その姿を消した。終わったのだと判断したルクスは武器を掌から消す。自身のクリスタルツールに中に光の粒子となって保存された剣を確認したルクスは視線を前にやる。アリスにジンが一方的に怒られている光景を見ながらルクスは苦笑した。

 シドとオレンもルクスと同じ感想を抱いたのだろう。ジンはアリスに任せておいたほうがいい。というより、ここで止めに入るとアリスの怒りの矛先が自分に向かうから止めておきたいという気持ちの方が大きかった。

 しかし、これでカズスの村を襲う魔物たちはいなくなるハズだ。タイタンを操る際に、ジンのコントロールが届かなくなった魔物はタイタンの姿を見て敵わないと思ったのか全て逃げ出していた。カズスの村から離れた魔物たちが町に来ることはそうないだろう。そうシドとオレンが話していることを聞いてルクスは胸を撫でおろした。

 そして、彼は何となしにアリスとジンに視線を移す。

 

「む?」

 

 彼らの後ろの方に黒く蠢く者がいた。人型である。というより黒い甲冑を着込んだ人間のように見えるが、ルクスの勘は告げていた。奴は危険だと。

 今だ話し込むシドとオレン、そして、アリスとジンの隣を通り抜け、彼らよりも先にルクスは出る。

 彼が右手を斜めに振り下ろすと、その動きを読み取ったクリスタルツールが彼の手に剣を出現させた。それを握り締めて構えると、アリスの震える声が聞こえた。

 

混沌の尖兵(カオス・エッジ)……」

 

 名前からして強そうだ。ルクスが視線を強めると、それに気がついたのかカオス・エッジは膝を曲げた。

 

「なっ!?」

 

 重い甲冑を纏った者の動きとは到底思えない。そう感想を出すほどの速さで動くカオス・エッジはルクスに肉薄し、その手に持つ黒い剣をルクスに振る。

 しかし、それは黄金の煌めきによって阻まれた。

 

「負けない」

 

 咄嗟に反応したルクスは鍔迫り合いに縺れ込ませることに成功した。

 

「強いな」

 

 しかし、膂力は相手の方に分があった。ジリジリと押されていくルクスが額に汗を流し、善後策を練っていると、横から剣が差し込まれた。

 

「退くぞ!」

 

 オレンだ。横から差し出した剣で以ってカオス・エッジの体勢を崩したオレンはルクスの手を握り、後退を促す。

 

「オレン? しかし……」

「いいから! 親父! 行くぞ!」

「テメェらは先に行け」

「なに言ってんだ! 死ぬぞ!」

「だからだ。アリスとジンを頼んだぜ、オレン」

 

 座り込み、震える体を両腕で押さえつけるアリス、そして、呆けたように大きく目を見開くジン。撤退するにも、手助けが必要な状態だ。

 その二人の様子を見たオレンは決断を下す。

 

「ああッ! クソッ! 帰って来なかったら許さなねぇからな、親父!」

 

 しかし、シド一人を残すことはルクスには認められることではなかった。

 

「シド、私も残る。先ほどは不意を突かれたため倒すことができなかったが、次は負けない」

「ダメだ。ルクス、お前もカズスの村に戻ってろ」

「しかし」

「戻ってろって言ってんだ!」

「シド?」

「カオス・エッジは部隊で動く。一体見つけたら、最低でも五体はいる」

「尚更、戻れない。君が危険だ」

「たっく。お前さんは……」

 

 呆れたようにルクスを見るシドであったが、ルクスの表情を見た彼は考えを改めた。

 

「じゃあ、お前さんはオレンたちの護衛だ。動けなくなっている二人を抱えるのがオレン、そんでお前さんは無防備なオレンを守ってやってくれ」

「そう言われると、私は引き受けるしかない。……済まない、シド。ここは任せた」

「おうよ」

 

 背を向け、ルクスはオレンと共にアリスとジンを抱えてカズスの村へと走り出す。彼らを見送ったシドはゆっくりと立ち上がったカオス・エッジを見て、大きく溜息をついた。

 

「ぞろぞろとお出ましだな」

 

 立ち上がったカオス・エッジの後ろに10体以上のカオス・エッジが駆け付けてきていた。

 

「来いよ。あの時と同じように叩き壊してやる!」

 

 ウォーハンマーを構えながらシドは大きく声をあげた。

 

「テメェらには絶対にカズスの村をやらねぇからよ!」

 

 それは村長としての責任もあったが、心の底からシドが愛した村を蹂躙させないという決意でもあった。しかし、それを嘲笑うかのようにカオス・エッジの軍隊はシドに一斉に襲い掛かる。

 

「親父……」

 

 遠くから聞こえてきた金属と金属が奏でる音に振り向いたオレンは一瞬、辛そうな顔をしたが頭を振って気持ちを切り替える。

 体を張って時間を作ってくれている親父のためにも、そして、オレの前で魔物を倒してくれているルクスのためにも立ち止まれない。アリスとジンを抱え直し、オレンは前を向く。

 だが、彼の歯は自らの唇に食い込んでいた。

 




Tips

タイタン
⇒召喚獣である。メモリアという物質の中に残留した魔物:タイタンの記憶をクリスタルツールが読み取ることで魔法で疑似的にタイタンを出現させている。
属性は土であり、物理攻撃を半減とするので、雷属性の魔法攻撃を用いれば楽に討伐できるだろう。

カオス・エッジ
⇒カオスの軍勢の中の雑兵に当たる存在。混沌の力を持つ者の中で最下位の存在であるが、その力は通常の魔物や、光の選者でも並の者では返り討ちにされるほどである。
見た目は黒い甲冑を着込んだ人間に見えるものの、中に人が入っている訳ではなく中は筋肉が詰まっている。
鎧のように見える部分は昆虫と同じように外骨格であり、その硬度は鉄と同等の硬度を持つ。


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