火の聖痕が欲しいです! (銀の鈴)
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主人公説明

主人公の説明が不足しているので補足します。


主人公の『大神武志』は、小学校に入る直前に神凪宗家『神凪綾乃』の演武を見学していた。

その時、綾乃が従えていた火の精霊の影響を受けて、前世の記憶が部分的に蘇った。

 

部分的に蘇った記憶の大半は、前世で読んだり見たりした小説、映画等のサブカルチャーの記憶である。

前世の個人的な情報は殆ど蘇っていない。

 

前世での享年は30代。

死亡時は独身。

死因は不明。

 

大神武志に30代の意識が憑依した状態ではなく、小学入学前の大神武志に前世の記憶が知識として頭の中にある状態。

 

知識量が急激に増えたため、同世代の子供達よりも大人びた考え方になったが、精神年齢は子供のままである。

つまり『操お姉ちゃん大好き!』に変な意味はなく、単に年の離れた優しい姉が大好きな子供というだけ。兄が操お姉ちゃんに弱いことを知っているので、兄に虐められたら直ぐに『お姉ちゃ〜ん!』と泣きつく。

父と兄は、厳しいので嫌い。

澪や沙知に対しては、大人として接してるつもり。

綾乃姉さんも優しくて大好きだが、記憶が蘇る前の『神凪宗家のお嬢様』として、敬っていた感情が残っているので、少しだけ遠慮してしまう。

和麻兄さんは早く覚醒しろ。

 

つまり『大神武志』は、本人としては、心は30代の大人になった気がしているが、実際には、サブカルチャー知識が豊富な子供になった。というだけである。

 

前世の記憶の中に、自分の死亡フラグがあったので、運命を変えるために色々と努力しているが、基本はやっぱりお子様なので、イマイチ危機感が薄かったりする。

 

ちなみに『友情』『努力』『勝利』の3つの言葉が、何故か心の奥底に根付いてしまったので、厳しい修行を自らに課して耐えることが出来る。

また、正義の味方っぽい事が大好きになった。(あくまで正義の味方っぽいだけであり、自分の感情を優先して判断する。だって、お子様だもん)

 

前世の記憶が蘇ったことによる、直接的な能力補正は残念ながら全くない。

 

しかし、前世の記憶が蘇ったことにより性格が強気になり火の精霊との相性は向上した。

また、本気で努力をして強くなろうとする意思が生まれた。

その結果、神凪一族の分家の子供が大化けする……かもしれない可能性はある。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「僕の設定って、色々考えられていたんだね」

 

「つまり、武志は耳年増なクソ餓鬼になっちまったのか。兄としては、純粋なままでいて欲しかったぜ」

 

「お姉ちゃ〜ん!兄上が意地悪を言うよ〜!」

 

「お兄様。弟を虐めないで下さいね」

 

「操〜!俺にも優しくしてよ〜!」

 

「お兄様。気持ち悪いです」



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プロローグ

ふと、昔好きだった小説を思い出したので、勢いのまま書いてみました。続きを読んでみたい人という奇特な方がいらっしゃれば、続きを書いてみようと思います。


それは誓いの言葉。

 

『汝、聖霊の加護を受けし者よ。その力は誰がために?』

 

それは戒めの言葉。

 

『我が力は護るために。精霊の協力者として世の歪みたる妖魔を討ち、理を護るが我らの務め。しかして人たることも忘れず』

 

それは最初の誓約。

 

『大切な者を護るために!』

 

莫大な火の精霊を従え、炎の化身とも思えるほどに苛烈でありながらも、心を揺さぶるほどに美しい少女。

 

神凪綾乃を初めて見た僕は、誰にも聞こえないほど小さな声でつぶやいた。

 

「あれ、これって詰んでる?」

 

『大神武志』それが今の僕の名前だった。こう言うと、名前に今も前も無いだろうと思うだろうけど、僕には前の名前が…いわゆる前世の名前があった。

 

神凪一族…それは日本を妖魔より守護する炎術師の中でも最強と目される一族だった。

 

そして、僕は神凪一族の分家の中でも最も有力な大神家の人間だ。

 

その日は、本家のお嬢様である神凪綾乃様のお披露目ともいえる演武が催される日だった。

 

僕も大神家の一員として演武の招待を受けていたので、優秀だと噂のお嬢様の晴れ姿に見学席で胸を躍らせていたのだが…

 

「ここって、風の聖痕の世界だよね」

 

神凪綾乃の演武で聞いた『誓いの言葉』今までも幾度となく聞いていたはずなのに神凪綾乃という、力有る者の口から聞かされたとき、僕の中の何かが揺さぶられた。

 

その結果が前世を思い出すという、訳のわからないことに繋がったようだ。

 

「でも、よりにもよって大神武志って…」

 

『大神武志』それは、風の聖痕を読んだ人達にとっては忘れることができない重要人物だった。

 

なんてことは全くなく、1巻の序盤であっさりと敵の妖魔に殺される脇役だった。しかも、何故名前があるのか不思議に思えるほどのモブである。

 

神凪綾乃の目の前で殺されながらも、神凪綾乃には全くというほど気にもされていなかった記憶がある。

 

そんなモブを何故、僕が覚えているかというと、前世の名前と武志という名前が同じだったからだ。

 

小説に自分と同じ名前の登場人物が出てくるというのは、読書を趣味とする人には分かって貰えるだろうけど、意味もなく嬉しいものだ。

 

少しワクワクしながら読み進めるとあっさりと死亡…

 

ま、まあ、それはいいとして…いや良くはない。

 

つまり『大神武志』という人物は、本編が始まればあっさりと死んでしまうモブなのである。

 

「えっと、とりあえず綾乃様を応援しよう!」

 

僕の目の前では、神凪綾乃が幼いながらも莫大な火の精霊を従え、勇猛でありながらも可憐な演武を魅せていた。

 

「綾乃様って綺麗だなぁ」

 

神凪綾乃の演武に魅せられながら僕は思う。

 

「そういえば、僕は今年から小学生になるんだったよね」

 

現実逃避する『大神武志』6歳の春であった




初めて投稿したけど、ちゃんとできてるかなぁ?


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1話「未来へと続く道」

 

「弟子にして下さい!」

 

「武志よ、よくぞ言った!俺がお前を一人前の戦士にしてやるぞ!」

 

会うなり頭を下げて弟子入り志願をした相手。つまり、僕の叔父上である『大神雅人』は、戦闘狂らしい猛々しい笑みを浮かべながら快諾してくれた。

 

前世の記憶を思い出した僕は少しばかり現実逃避をしていたが、正気に戻ると同時に今後の事を考えた。

 

「とりあえず、生き残る為には戦闘能力をあげるべきだよね」

 

思い出した風の聖痕の世界は、死亡フラグに溢れていた。何しろ、いきなり1巻で日本でも最強と目される神凪一族が全滅に近い状態になってしまうぐらいだ。

 

「僕の死亡フラグを躱しても、お先真っ暗な状態なんだよね」

 

原作では、神凪一族が本当に日本でも最強と目される一族なのかと、疑問に思えるほどに手強い敵が次から次へと現れる世界なのだ。

 

「このまま原作通りなら父上である『大神雅行』の修行を受けるんだろうけど」

 

はっきり言って『大神雅行』の修行は役に立たないだろう。原作では、厳しい修行を息子達に課したようだが、その結果はただの雑魚が育ったに過ぎなかった。

 

「まあ、『大神雅人』も原作では、あっさりとやられたんだけどね」

 

でも、僕が思うに『大神雅人』は、間違いなく日本でも有数の強者のはずだ。何といっても親バカの『神凪重悟』が愛娘を任せるぐらいなんだからね。

 

『大神雅人』があっさりとやられた原因は、おそらく感知能力の問題だろう。何しろ炎術師というのは、攻撃力一辺倒でそれ以外は重視しない一族だからね。

 

風術師である風牙衆を支配下に置いているのも原因の一つだろう。自分達で敵を探さなくても代わりを果たす道具があれば、わざわざ感知能力を磨いたりしないだろうしね。

 

結論として、僕が師事できる相手として最も適しているのは、分家最強と謳われる叔父上だった。

 

本音を言えば、宗家である神凪家に師事したいところだけど、宗家と分家では力の差があまりにも隔絶していて師事には無理がある。

 

「神凪家に受け継がれる力か…」

 

原作では神凪宗家の娘が分家に嫁いだ場合、数代で強大な力は薄まってしまうと言われていた。現実となったこの世界でも宗家から数代前に嫁いできた分家の術者の力は宗家に遠く及ばない。つまりは、精霊王の契約は血ではなく『名』で行ったのだろう。

 

「僕も精霊王と契約したいなぁ」

 

大神家は分家だ。ということは宗家ほどの力を手に入れるのは不可能に近い。それを覆すには神凪一族の始祖のように精霊王と契約を交わすことが一番だろう。

 

原作の主人公が『風の精霊王』と契約できたように、僕が『火の精霊王』と契約できる可能性はゼロではないだろうけど…

 

「とりあえず、今は地力を上げるのが優先だよね」

 

原作ではモブである僕が、精霊王と契約など夢物語に近いだろうから、現実的なところから手をつけるしかない。

 

「目標は『風巻流也』の攻撃を凌げるだけの戦闘能力だな!」

 

原作での死亡フラグを実力で回避できる戦闘能力があれば、その後の強敵達も躱すぐらいはできるだろう。

 

「その後は、主人公に任せる!」

 

他力本願を基本方針として、僕の目標は決まった。



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2話「修行と友達」

「げ、原作が始まる前に死ぬかも…」

 

僕の叔父上である『大神雅人』に弟子入りをした翌日から、僕は修行漬けの日々を送っている。

 

「こ、これって、亀仙人の修行みたいなんだけど…」

 

叔父上の修行は、先ずは体力向上から始められた。『全ての基本は足腰だ!』という言葉と共に、毎日山の中を走らされた…10キロの重り付きで。

 

ランニング後、柔軟体操を行ったあとは地獄のような筋力トレーニングだった。僕が成長期に過度な筋力トレーニングは逆効果なのではないかと尋ねたら「そんなものは気合が足らんだけだ!」という頼もしい言葉を賜った。

 

筋力トレーニングが終わり、ヘトヘトになった僕に待ち受けているのは、叔父上との実戦さながらの組手だった。

 

「お、叔父上。こんなへばった状態での組手に意味があるのでしょうか?」

 

「馬鹿者っ!お前は実戦時に万全な状態で臨めるなどと、頭がお花畑な事を考えているのかっ!」

 

僕の常識は、どうやらこの世界では非常識なようだとフラフラする頭で思った。

 

そんなある修行が続くある日…

 

「武志は、よく生きているよな。父上の修行がピクニックのように思えるぜ」

 

「武志…お前が辛いなら、お姉ちゃんが命に代えても叔父上に直談判して上げるよ」

 

僕の修行を見学した兄上と姉上が、辛そうな顔だったのは、目の錯覚だったと思いたい。

 

僕が通っている小学校のクラスメートには、神凪一族の下部組織である風牙衆の子供達も通っていた。

 

「おはようございます。武志さん」

 

「おはよう、武志」

 

「おはよう。綾、それに沙知」

 

教室に入った僕に、いつも最初に挨拶してくれるのは、そんな風牙衆の女の子である『未風綾(みふう あや)』と『風木沙知(ふうき さち)』の2人だった。

 

「今朝も修行をされてきたのですか?」

 

「あんた、頑張りすぎよ。顔色悪いけど、体を壊さないでよ」

 

風牙衆である彼女達は、将来仕える相手である僕にいつも気を使ってくれる。もちろん、神凪一族に虐げられている風牙衆が裏切ることは、原作知識で知っているが、全員が裏切るわけじゃないし、できれば神凪一族との仲を良くしたいと考えている。

 

「まあ、僕にできるのは身近なことだけだけどね」

 

所詮は子供である僕ができるのは、年が近く、庇いやすい相手を守るぐらいしかできなかった。

 

神凪一族の中でも力のある大神家の僕が、個人的に仲良くすれば、それだけで他の神凪に連なる家の子供達は、彼女達に手を出そうとはしなかった。

 

「武志さん、本当に顔色が悪いですよ。保険室で少し休まれた方がいいと思いますわ」

 

「もう、綾ってば、そんな優しく言ってもこいつは言うこと聞かないわよ。あたしが引きずっていってあげるわ!」

 

「ちょっ、ちょっと待ってよ!僕は大丈夫だから、引っ張らないでっ!」

 

僕達を見る神凪一族の子供達の視線を感じて、僕はワザと大きな声を上げる。そうすることで彼女達との良好な関係をアピールでき、余計な干渉を遠ざけることができる。

 

「まあ、実際に彼女達にちょっかいをかける馬鹿がいても、僕が許さないんだけどね」

 

前世の記憶を持つ僕にとって、幼く友好的な彼女達は、娘のように可愛い存在だった。




モブの中の人は、30代ぐらいのおじさんを想定しています。


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3話「模索の日々」

前話では、予約投稿をしてみました。うまくいってよかった♪


「次は結界術を教えてもらえないでしょうか?」

 

「いいけど、お前が結界術なんか覚えてどうするんだ?」

 

「やだなぁ、自分の引き出しは多い方がいいに決まってるじゃないですかぁ」

 

「…お前って本当に小学一年か?」

 

僕は、叔父上である『大神雅人』に師事しているが、すぐに問題点に気付いた。

 

「叔父上も攻撃一辺倒の人だったとは思わなかった」

 

原作通りに『大神雅人』は、分家最強の術者であり、そして若い頃は外国にも武者修行に赴いていた。

 

原作を読んだ僕のイメージで、炎術だけに捉われずに多種多様な術を習得している人だと勝手に思っていたのだ。

 

「確かに退魔師として『浄化の炎』なんて便利な力があれば、他の術を学ぶより炎術を鍛えるよね」

 

神凪一族の炎には、破邪の力が宿っている。それが他の精霊術者を抑えて、最強の一族と目される秘密だった。

 

魔に対して圧倒的な力があるため、わざわざ他の術を学ぼうとする人間は皆無に近かった。叔父上も海外での武者修行中に学んだのは肉体鍛練の方法ぐらいだそうだ。叔父上いわく、

 

「肉体を鍛え、妖魔に負けぬ体力と、妖魔の攻撃を躱す反射速度を身に付ければ、後は妖魔を焼き払う炎術を磨くのみだ!」

 

だそうだ。

 

結局、分家最強の術者も神凪一族の多くの人達と同じように脳筋だった。

 

「でも、最強最強っていうわりに分家の炎って、たいして役に立たないんだよね」

 

最強であるはずの神凪一族の炎だが、原作では『最弱っぽい』と思えるほどに役に立たない。最高位といわれる『黄金の炎』でやっと敵と同じ舞台に立てるかな?といった感じだったはずだ。

 

しかし、どんなに鍛えたところで、分家の僕では『黄金の炎』は手に入らないだろう。それなら色々な術を覚えて、応用力を養うべきだと思う。

 

敵の目を欺き、敵の罠を躱し、敵の接近を感知したらさり気なく逃げる。それが原作モブの僕が生き残る一番の方法だろう。

 

そのため僕は他の術を学ぼうと思ったが、肝心の師事できる相手がいなかった。期待していた叔父上は脳筋だし、仕方なく他の術者を紹介してほしいと頼んだら「そんな無駄な時間があるなら炎術を修行しろ」と、にべもなく断られた。

 

師事せずに、独学で危険な術を学ぶほどの無謀さを僕が持っているはずもなく、いきなり窮地に立たされてしまった。

 

「まだだ、まだ諦めないぞ。何か手はあるはずだ」

 

炎術師最大の弱点である感知に関しては、個人的に良好な関係を築いてる風牙衆の子供達を頼れるだろう。

 

でも、風術を僕が身につけることはできない。精霊術は適性がなければどんなに修行しても無駄だからだ。

 

「まさか、ずっとそばに侍らすわけにもいかないしね」

 

神凪一族の下部組織とはいっても、小学一年の僕には、彼らに命令する権限など当然なかった。

 

やはり、自分で術を身につけて危険を回避する能力を磨かなくていけない。

 

「やっぱり、彼に頼るのが一番かな」

 

脳筋揃いの神凪一族において、数少ない例外…他の術に精通している天才が僕の身近にいた。

 

「全く、お前も変わっているよな。俺なんかに術の教えを請うなんてよ」

 

そう、原作の主人公『神凪和麻』である。



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4話「落ちこぼれと才能」

神凪一族の落ちこぼれ

 

それが、神凪和麻への周囲の評価だった。でも、僕は知っている。彼が炎術以外では天才といえる能力を持っていることを。

 

 

炎術のみを至上のものと考える神凪一族にとっては、他の術は全て下術にすぎなかった。そのため、退魔師として最低限の知識を得ることはするが、自分で身につけようと修行をする者など皆無に等しかった。

 

だが、神凪和麻は違った。彼は死に物狂いであらゆる術を独学で身につけていった。何故なら、彼は神凪宗家として生まれたはずなのに火の精霊の声が全く聞こえなかったからだ。

 

「独学で他の術を習得できるなんて、和麻兄さんは間違いなく天才ですよ」

 

「…そんなことはない」

 

「僕はですね、炎術に頼り切るのではなく、あらゆる局面に対応できる応用力が必要だと思うんですよ。和麻兄さんのように独学で習得できる自信は全くありませんけどね」

 

「…そんなことはないだろう」

 

「そんなことあるんですよ!」

 

「そ、そうか」

 

本来なら神凪宗家の人間に教えを請うなど無理だったろうけど、一族からハブられ気味の彼だけは別だった。

 

僕に術を教えて下さい。と頭を下げた当初こそ怪しまれたが、真摯に術を学ぶ僕の姿に徐々にだが、態度を軟化させてくれた。

 

もしかしたら、炎術を使えない彼は、炎術を使える僕に指導することを拒否するかもと、心配していたが杞憂に終わったようだ。まあ、色々と内心は複雑かもしれないけどね。

 

「しかし、本当に変わった奴だな、わざわざ俺に術を学ぼうだなんて」

 

「和麻兄さんほどの適任者はいませんよ。他の一族の人達は、みんな脳筋ばかりで役に立ちませんからね」

 

「そ、そうか。だが、そんな風に言って大丈夫なのか?」

 

「脳筋に脳筋といっても文句なんか出ませんよ。だいたい僕の師匠である叔父上が脳筋の筆頭ですからね!」

 

えっへんと胸を張る僕に彼は…和麻兄さんは呆れたようにため息をつく。

 

「まあ、あまり過激な事を言って、敵を作りすぎるなよ」

 

「何を言っているんですか、僕は大神家の人間ですよ。僕に擦り寄る奴はいても敵対する奴はいませんよ」

 

何といっても大神家は分家の中では、最も有力な家の一つだから表立って僕に敵対をする奴はいない。

 

「それに、多少過激な方が神凪一族では歓迎されますからね」

 

「そう、だったな」

 

これは事実だった。神凪一族が司る火の精霊は、穏やかな人間よりも苛烈な人間を好むため、力を持つ者は自然と過激な者が多くなる。このため、神凪宗家の和麻兄さんを虐めるという、分家の人間にあるまじき暴挙にでる馬鹿達がいても問題にされなかった。

 

「考えてみたら変な一族ですよね。脳筋の方が好まれるって、僕みたいに知性派で、物静かな人間には暮らしにくいですよ」

 

「はあっ!?そ、そうか、そうだな。自分の性格は自分では分からないっていうもんな。うん、そうだったな。うんうん」

 

「…和麻兄さんも変ですね」

 

突然、訳のわからないことを言い出す和麻兄さん、もしかしたら虐めのストレスが残っているのかもしれないな。

 

「和麻兄さん。もう一度、虐めをした奴らをボコって、鬱憤ばらしをしますか?」

 

「いやっ!もう俺は十分だからっ!もうあいつらを恨んじゃいないから!お前は何もしないでやってくれっ!」

 

「和麻兄さんって、本当に優しいですね」

 

和麻兄さんの優しすぎる性格が、火の精霊の声が聞こえない理由なのかもしれないな。

 

「…火の精霊の制御を奪ったアイツらを、俺に半殺しにさせて喜んでたお前も相当な脳筋だと思うんだけどな」

 

和麻兄さんが、何か疲れたように呟いていたが僕には聞こえなかった。

 

「やっぱり、ボコりますか?」

 

「止めてくれっ!」




和麻兄さんのトラウマが軽減されたかな?


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5話「愛しき家族(お姉ちゃん限定)」

武志は少しだけ、お姉ちゃん子かも?


「武志、おはよう。今朝も早いね」

 

「おはよう、姉さん。修行は毎日の積み重ねが大事だからね」

 

叔父上と修行を始めてから、もう1年が経っていた。

 

僕は叔父上との修行のため、まだ日が明ける前に起きるのが習慣になっていたので、朝の時間に姉さんと会うのは久しぶりだ。

 

「姉さんはどうしたの、こんなに朝早くから?」

 

「弟が頑張っているんだから姉としては、お見送りぐらいしてあげなきゃね」

 

ニッコリと微笑む姉さんは…可愛かった。

 

「姉さん。結婚しよう」

 

「うん、いいわよ。武志が黄金の炎を出せるようになったら結婚しようね」

 

姉さんは、僕の愛の言葉に躊躇なく答えてくれる。しかも、僕を甘えさせるだけでなく高い目標まで示してくれるのだ。

 

実の姉を虜にするとは、僕って意外とイケメンかもしれない。

 

「おい、武志の馬鹿に変な冗談を言うなよ。本気にされちまうぞ」

 

僕と姉さんとの憩いの時間を邪魔するように愚兄が現れた。

 

「おはようございます。お兄様」

 

「おはよう、操」

 

「おはようございます。愚け、じゃなくて、兄さん」

 

「おはよう、武志。ところで、そのグケというのは何なんだ?お前、よく口にするけど」

 

「何でもありませんよ、兄さん。細かいことを気にするとハゲますよ」

 

「縁起でもないこと言うんじゃないよ、お前は!」

 

「うふふ、お兄様と武志は、相変わらず仲がいいですね」

 

「僕は、姉さんの方が大事ですよ。姉さんのためなら兄さんなんか橋の下に捨ててきますから安心して下さいね」

 

「ありがとう、武志。武志がいてくれたらお姉ちゃんは、安心して暮らしていけるね」

 

「うん。任せてよ」

 

「そうじゃねえだろっ!?何、和やかに笑いあってんだ!操まで武志の馬鹿に付き合うんじゃねえっ!」

 

またしても僕と姉さんとの憩いの時間を邪魔する愚兄だった。その内、ダンボールに詰めて川に流してこよう。

 

「それじゃあ、姉さん。行ってきます」

 

「はい、修行を頑張ってね。でも、怪我をしないように気をつけなきゃダメだよ」

 

「うん、分かったよ。姉さん」

 

「俺を無視すんじゃねえっ!」

 

姉さんに見送られて、暖かい気持ちを胸にして僕は修行に向かった。

 

修行に向かう途中で、風牙衆である2人の少女と合流する。未風綾と風木沙知だ。彼女達は半年ほど前から僕の修行に付き合ってくれるようになっていた。

 

「おはようございます。武志さん」

 

「おはよう、武志」

 

「おはよう、綾。沙知」

 

修行に付き合うといっても、2人は僕とは違い、風術の修行を行っている。つまり、修行場所を同じにしているのだ。

 

「今朝はサンドイッチを作ってきたんですよ」

 

「やったー!綾のサンドイッチって、美味しいんだよね」

 

「うん。僕も綾のサンドイッチは大好きだよ」

 

修行後の朝食は、当初は別々に持ってきていたが、綾が料理が得意なので任せてほしいとのことなので、彼女の好意に甘えさせてもらっている。

 

「武志さんは、今日もいつもの修行ですか?」

 

「うん、そうだよ」

 

現在は、叔父上の脳筋メニューを夜に行い、朝は炎術の制御力の強化と、制御量の増加をメインとして修行を行っていた。ちなみに放課後は、和麻兄さんに術を教えてもらっている。

 

制御力の強化は、主に集中力を高めることが重要となる。神凪一族にとっては最も力を入れて鍛えさせられる能力だ。何故なら鍛錬の結果が比較的現れやすく、炎術の攻撃力の向上に直結するからだ。

 

次に制御量の増加というは、一度に制御下に置ける火の精霊の数を増やすことだが、これが難しい。神凪一族の常識では、制御量というのは、生まれつきのもので修行によって増減するものではないからだ。

 

現に僕の愛しい姉さんは、大神家の中では最大の制御量を誇るが、それは生まれつきのものだ。修行によって増やしたものではない。

 

僕の生まれつきの制御量は、分家の中では多い方だけど、神凪宗家とは比べようもないほどの開きがある。

 

何とかしたい。そう思っても手段がなく困っていたところ、風牙衆の2人に何気なくぼやいてみたら、驚くべき答えが返ってきた。何しろ制御量を増やす修行方法が風牙衆には普通に伝えられているというのだ。

 

「なんだそりゃ!?」

 

叫んだ僕は、悪くないと思う。



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6話「新たな発見」

風の聖痕が原作なのにバトルがないことに気付いた…


精霊の制御量の増加

 

それは、神凪一族にとっては不可能とされていたことだった。

 

だが、僕はその不可能を打ち破ったのだ!

 

「制御量を増やすには、まず心を落ち着かせて精霊をゆっくりと自分の中に導いていきます。限界まで精霊を集めましたら、その限界の状態を維持し続けることを根気よく、毎日続けるんです。そうすることで、少しずつ制御量が増えていきます」

 

地味だった。

 

修行方法を聞いてみれば、何のことはない、体力を増強するのと同じような方法だった。

 

「でも、神凪一族では出ない発想かもね」

 

何しろ火の精霊は苛烈さを好む。修行中は精神を高揚させることが基本になり、そして火という圧倒的なエネルギーを内包した力を、瞬間的に爆発させることを極意とするのだ。

 

例えるなら、短距離ランナーのように瞬発力を重視する選手が、その瞬発力を鍛えようとトレーニング方法を考えてるときに、長距離走に必要なスタミナを鍛えるトレーニング方法が頭に浮かばないようなものだ。

 

自分で言ってても、よく分からない例えだな。

 

「とにかく、地味な訓練は得意だから問題ないよ」

 

「はい。武志さんでしたらきっと、神凪宗家にも匹敵するほどの制御量を持てますわ」

 

「うんうん。武志みたいに偏執的に修行をすれば、あっという間に制御量も増えちゃうよ」

 

僕の評価が高いのか、それとも低いのか、判断に迷う言葉を2人からもらえた。

 

それからは、毎日修行を続けているお陰で、少しずつ制御量が増えてる実感があった。とはいっても、愛する姉さんの制御量には、まだまだ追いつけていないけどね。

 

 

 

「武志に相談があるんだ」

 

ある日の放課後、僕は和麻兄さんに相談を持ちかけられた。

 

「お金なら200円までなら用意できるよ」

 

「小学二年に金の無心をするわけねえだろ。ていうか、200円って少なくねえか?」

 

「女の子の為なら父上を脅してでも1億ぐらい用意するけど、男なら自分で何とかしてほしいもん」

 

「もんって…はぁ、口調は可愛いかもしれねえけど、言ってることは可愛くねえな」

 

「男らしいよね」

 

「確かに、ある意味男らしいな」

 

僕たちはニヤリと笑いあうと、修行に戻ることにした。

 

「修行に戻るなよっ!?俺の相談が終わってないだろっ!」

 

「あれ、オチがついたと思ったのに、まだこのパートが続くの?」

 

「不思議な顔をすんじゃねぇよ!パートって何のことだ!?」

 

「はぁ、仕方ないなぁ、それで相談って何なの?」

 

「なんだか俺の扱いが雑なんだか…まあいい、相談っていうのはな…」

 

和麻兄さんの相談は、意外と重いものだった。

 

「俺は炎術師を諦めようと思っているんだ」

 

「ふ〜ん、そうなんだ」

 

「え、いや、お前、反応が軽すぎないか!?」

 

「だって、和麻兄さんは他の才能はともかく、炎術師の才能って皆無だから、遅かれ早かれ炎術師を諦めるしかないじゃん」

 

「いや、まあ、そうなんだけど、もうちょっとなんというか、雰囲気を大事にしたいというか、重大な決断をした俺への気配りを求めたいというか」

 

「そういうのは綾が得意だから呼んで来ようか?僕が頭を下げて頼めば、和麻兄さん相手でも迫真の演技で対応してくれるよ」

 

「絶対に断わる!」

 

僕の好意は、和麻兄さんに通じなかったみたいだ。まあ、綾は和麻兄さんを毛嫌いしてるから仕方ないかな。

 

「それなら沙知に頼んでもいいよ。沙知は演技は下手だけど、僕が土下座して頼めば、和麻兄さん相手でも歯を食いしばって我慢しながら対応してくれると思うよ」

 

「俺の為に土下座までしようというお前の気持ちは、本来は感激するべき処だと思うが、何故か悪意しか感じない俺は可笑しいのかな」

 

またもや僕の好意は、和麻兄さんに通じなかったみたいだ。まあ、沙知は和麻兄さんを蛇蝎のように忌み嫌っているから仕方ないかな。

 

「というか、俺を嫌っている奴を呼び出そうとしないでくれっ!」

 

「それなんだけど、風牙衆が神凪一族を嫌うのは分かるんだけど、和麻兄さんがあの2人に嫌われる理由がよく分からないんだよね」

 

「そ、それは…」

 

神凪一族が、風牙衆を冷遇して道具のように扱っているせいで、風牙衆の神凪一族への感情は最悪だけど、僕の力が届く小学校では、神凪一族の子供達は、風牙衆の子供達に手を出すことはない。

 

「和麻兄さんは中学生だし、そもそも接点がなかったよね」

 

「あ、ああ…そうだな」

 

和麻兄さんが風牙衆に対して何かするとも思えないけど、前に彼女達に聞いたときはニッコリ笑うだけで答えてくれなかった。

 

「もしかして和麻兄さん…」

 

「な、なんだよ」

 

「彼女達を欲情の目で見たりしてる?」

 

「小学二年相手に欲情するかっ!」

 

「和麻兄さんの性癖は、詳しく知らないからなぁ」

 

「お前も小学二年だろっ!?性癖って言葉が何故に普通に出てくるんだっ!?」

 

「あはは、和麻兄さんは面白いなぁ」

 

「うぅ…俺はもう、疲れたよ」

 

「それで、和麻兄さんは彼女達に何を言ったんだい?」

 

「た、武志…」

 

「彼女達は最初から和麻兄さんを嫌っていたわけじゃなかったよね。僕が気付いたのは3ヶ月ぐらい前だよ」

 

「そうか、武志は気付いていたのか」

 

「当然だよ。彼女達は僕の大切な友達だからね。様子が変になれば直ぐに気付くよ」

 

僕の言葉に、和麻兄さんは覚悟を決めた顔になった。

 

「実は彼女達に…」

 

「彼女達に」

 

「武志が…」

 

「僕が?」

 

「実の姉と結婚しようと考えている重度のシスコンだと口を滑らせてしまったんだ」

 

「それで?」

 

「へっ?」

 

「いや、だからそれで?」

 

「えっと…それだけ、だよ」

 

「和麻兄さん、僕は彼女達が兄さんを嫌っている理由を聞いているんだよ?」

 

「そ、そうだな」

 

「それで、僕の姉さんに対する純粋な想いが何の関係があるんだよ?」

 

「な、なんだと…こいつ、本物だ…」

 

結局、彼女達が和麻兄さんを嫌っている本当の理由は教えてもらえなかった。

 

「武志さんがシスコンなどと汚名を着せようとするとは…あの男は処分対象ですね」

 

「武志は、あたし達全員を自分の嫁にしようと画策してるんだから、その邪魔になりそうな口の軽い屑は抹殺しなきゃ!」

 

まあ、僕にとっては彼女達も和麻兄さんも大切な存在に変わりないし、気にしないようにするかな。




あれ、和麻兄さんの相談はどうなったんだろう?


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7話「天才とか言った者勝ち」

バトルだぜ!


僕の前に立ち塞がり、威嚇してくる妖魔の姿を一言で表せば巨大なカマキリだった。

 

妖魔は、巨大な鎌のような腕を持ち上げると、常人ではとても反応できない速度で振り下ろしてきた。

 

僕自身もその速度に目が追いつかず、僅かに影のようなものを目の端に捉えることが精一杯だった。

 

僕の命を容易に刈り取るだろう威力が込められた一撃を目前にして、僕が出来ることは一つしかなかった。

 

「ファイヤーアッパーカット!」

 

そう、僕に出来るのはカウンターパンチを叩き込むことぐらいだった。

 

「うむ。妖魔の攻撃に対する反応速度、妖魔を一撃で焼き尽くす炎の威力、共に見事だ」

 

師匠である叔父上に見守られての妖魔退治を、僕は何とかこなせるようになっていた。

 

「また、つまらぬ物を殴ってしまった」

 

僕は、軽口をたたきながらも燃える妖魔から目を離さない。妖魔との戦闘は、僅かな油断で命を落とすことに繋がるからだ。

 

「残心も忘れぬ用心深さも大したものだ。これで小学三年とはな。流石は俺の甥ということか。フッ、俺の血は優秀だな。クソ兄貴の血が混じっているとは思えぬ。いや、きっと俺の血がクソ兄貴の血を駆逐してしまったのだろうなっ!」

 

ガハハハハッと、意味不明な高笑いを続ける叔父上を見ながら僕は思う。

 

「神凪一族の男達って、僕以外は変人しかいないよね」

 

修行を始めて2年が過ぎた、ある春の日のことだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「武志の感知も精度が良くなったよね」

 

「まあ、目で追えない速度の妖魔が多いから、感知の修行に費やす時間を一番多くとってるからね。これで効果がなかったら泣くしかないよ」

 

沙知の言葉に、僕は当然とばかりに返す。何しろ原作での僕の死因は、敵の攻撃に全く気付けなかったことなんだから、修行にも気合いが入るというもんだ。

 

もっとも、原作の僕が攻撃に気付けたとして、あの敵の妖魔から逃れられたかというと、全く自信が持てないけどね。

 

「えへへ、武志は炎術師としても優秀なのに感知とか探索の術の重要性を分かってくれてるから嬉しいな」

 

「武志さんは、術に頼るだけでなく五感も鍛え、風の流れ、大地や空気の振動、匂いや音、気の動きまで総合的に捉え識別し判断を下しています。本当に素晴らしいですわ」

 

「うんうん、そうだよね!武志ってば、術者としてだけじゃなく、武術家としても一流だよね!」

 

「うふふ、神凪一族の麒麟児と謳われるのも当然と思えますね」

 

「それで、そんなに褒めてくれるってことは、何か頼みたいことでもあるの?」

 

僕を褒め称える彼女達を胡散臭そうに見ながら尋ねる。

 

「もうっ、武志ってば褒めてるんだから素直に受け取ってよ!」

 

「そうですわ。女の子からの称賛は素直に受け取って笑ってほしいです」

 

「いや、突然褒め称えられても困るだけだよ。だいたい、神凪一族の麒麟児だなんて初めて聞いたんだけど?」

 

もしかして、僕は自分では気付いていないだけで天才という奴なのか?隠された力が目覚めようとしているのか?

 

「私が考えてみたんですけど、気に入って貰えたのでしたら、私達が全力で噂を広めますから遠慮なく言って下さいね」

 

「全力で遠慮します」

 




バトルは難しいです…


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8話「火の御子」

風の聖痕の原作ヒロイン登場の巻!


僕が通っている小学校には、神凪一族の子供達が多く通っている。一族全体で同じ職業に就いているのだから住居も近いためだ。

 

つまり、この小学校には神凪宗家のお嬢様も通っているわけだが…

 

「和麻兄さん、壁にへばり付いていたら不審者にしか見えないよ。通報されても知らないからね」

 

「ば、馬鹿たれっ!声が大きいぞっ!気付かれたらどうするんだ!」

 

その日、中学生でありながら小学校に忍び込み、町内会でも美少女と評判の女の子を物陰から粘着質な視線で凝視している不審者を発見した。

 

「武志さん、見てはいけませんよ。あの様な社会の底辺を蠢くゴミ虫を視界に入れるだけで、武志さんが汚されてしまいますわ」

 

「えっと、職員室と警備室それに警察にも連絡しなきゃね。そうそう、本家にも連絡して隔離依頼が必要だよね」

 

冷淡な反応をする綾と、嬉々として社会的抹殺を図ろうとする沙知

 

「和麻兄さんって、ある意味人気者だよね」

 

「そんな人気などいらん!」

 

「貴方達、学校では静かになさい」

 

僕達が騒いでいると、和麻兄さんが覗いていた女の子が気付いて注意してきた。

 

「学校っていうのは、騒がしいものだよ。少しぐらい大目に見てほしいな、綾乃姉さん」

 

そう、原作では一方的に憧れていただけの僕だったが、現実では、師匠繋がりで姉さん呼びをできる関係にレベルアップしているのだ!

 

脳筋師匠が、綾乃姉さんのお目付役に任じられたので、必然的に僕も一緒に行動させてもらえる機会ができ、友好関係を結べたのだ。まあ、元々親戚ではあるから警戒とかされてないし、僕が年下だから色々と気を使ってもらえたので、無事に仲良くなれた。

 

「武志達だけなら態々注意までしないわよ。中学生でありながら小学校に入り込んでまで騒いでる人が居たから注意しているのよ」

 

「じゃあ、後は和麻兄さんに任せて僕達は行かせてもらおうかな」

 

「はい、武志さん」

 

「早く行こうよ、武志」

 

「ちょっと待ってくれっ!俺をアイツと2人にさせないでくれっ!」

 

僕達の冗談に涙目になって追い縋る和麻兄さん。

 

「少しぐらい年上の威厳を見せてほしいと思う僕は、間違ってるのかな?」

 

「申し訳ありません。そればかりは武志さんの間違いだと愚考致します」

 

「武志でも間違うことがあるんだっ!」

 

「うん、2人共ありがとう。間違いを指摘してくれる友達を持てて、僕は幸せ者だよ」

 

「とんでもありませんわ。私達こそ武志さんの友達になれたことを天に感謝させて下さい」

 

「あたし達はずっと仲良しでいようね!」

 

「うふふ、美しい友情ね。少し羨ましいわ」

 

僕の冗談にここまで乗ってくれる彼女達は、本当に得難い友人達だ。

 

「…武志以外は絶対本気だと俺は思うぞ」

 

和麻兄さんが何やらブツブツ言っているが、いつもの事だから気にしないでいよう。

 

「結局、和麻兄さんは綾乃姉さんのこと覗いていたけど、綾乃姉さんに気でもあるの?」

 

「申し訳ありませんが、私としましては貴方に対する好意は一切持ち合わせておりません。勿論、親戚としての親近感的な感情を、少しばかりは見つける事ができると期待して、私の心の中を隈なく探し尽くせば、恐らくは一欠片ぐらい見つけ出せると、私は己に思い込ませることはできるだろうと、人間の無限の可能性を期待したい所存です。ですが、こういう言い方をしてしまうと貴方に僅かにでも期待させてしまって、私にちょっかいを出されてしまった場合、私としましては我慢の限界に達してしまって、何をしでかしてしまうか自分でも自信が持てなく、少々怖くなるほどなので、決して勘違いされないようにご理解下さい」

 

僕の何気ない一言に綾乃姉さんが反応した。

 

…怖かった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「和麻兄さんって、綾乃姉さんにすごい嫌われてるよね」

 

「嫌われてるっていうより、無能な俺の相手をしたくないんだろ」

 

「うーん、そうかなぁ?」

 

原作では、綾乃姉さんは炎術の才能を持たない和麻兄さんのことを気にもしてない感じだったよね。

 

綾乃姉さんがあそこまで反応するって事は、和麻兄さんが気になっている証拠だよ。

 

「でも好意を抱く理由がないんだよね」

 

「なんだそれ?好意を抱くのに理由が必要なのか?」

 

「綾乃姉さんは神凪宗家だよ。当然、典型的な脳筋だもん。好きになる理由は強さだよ」

 

原作ではそうだった。風術師として強大な力を得た和麻兄さんに、当初こそ反発していたけど、その強さに接する内にあっさり落ちちゃうような強さ至上主義の脳筋娘だった。

 

「和麻兄さんって、実は精霊術師として目覚めてるの?」

 

「またそれか、俺には炎術師としても風術師、水術師、地術師どの適性も持ってないよ」

 

「そっか…」

 

実は僕は、和麻兄さんに炎術師以外の精霊術師の適性がある可能性を告げていた。原作では風術師として大成しているのだから才能は絶対にあるはずだし、無ければ僕が困る。

 

「目覚めるためには、やっぱり命の危機が必要かな?」

 

「何やら不穏当な台詞が聞こえるんだが」

 

「和麻兄さん、僕の為に死ぬような目に遭ってくれないかな?」

 

「お断りだ!」

 

「可愛い弟分の為だよ!」

 

「訳がわからんぞ!?」

 

「僕の幸せな未来の為に和麻兄さん、一度死にかけてから不死鳥のように蘇ってよ!」

 

「ちょっと待て!お前、目がマジだぞ?」

 

「本気と書いてマジと読む!和麻兄さん、僕は兄さんが憎いんじゃないよ。自分の事が可愛いから兄さんを襲うんだよ。いいよね?」

 

「いいわけあるかぁっ!!」

 

炎術を使い、2時間程追いかけ回したが残念ながら和麻兄さんは目覚めなかった。

 

「でも僕は諦めない!明日も和麻兄さんを襲うぞ!」

 

「か、勘弁して、くれ…」

 

僕の平和な未来のため、和麻兄さんを人間兵器に生まれ変わらせてみせるぞ!おー!

 

「ちっ、今日も楽しそうにしてるわね!あんな奴と遊ばなくても、何時でも私が遊んであげるのに!」

 

友達が少ないお嬢様が、自分の友達を取られたと怒っているとは気付くことができない僕だった。

 

「あの男…燃やしてやろうかしら?」

 

「(ゾクッ!?)なんだ、いきなり化け物にでも睨まれたような寒気がしたんだが?」

 

和麻兄さんが目覚めるのも近いかもしれない…



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9話「仲良し家族(お姉ちゃんと僕)」

今回は兄姉の視点です。


私の弟はとても可愛い。

 

「お姉ちゃ〜ん!待ってよ〜!」

 

トテトテと私の後を一生懸命に追いかけてくる幼い頃の弟は、姉ながらも身悶えするぐらいに可愛いかった。

 

「お姉ちゃんは僕と結婚するから、兄上には父上をあげるね。だから2人で早く出て行ってほしいな」

 

私と結婚すると、幼く純粋な愛情を向けてくれる弟は、身震いするくらいに可愛いかった。

 

「お姉ちゃん!今日の授業参観には絶対に来てね!」

 

授業参観に来てほしいとお願いする弟には、同じ小学校に通う身としては困らせられたけど、泣きたくなるほど可愛いかった。

 

「お姉ちゃんの御飯は、世界一だよねっ!」

 

私が作った御飯を美味しそうに食べる姿に幸せを感じた。

 

「お姉ちゃん、一緒にお風呂に入ろう!」

 

「お前はもう小学生だろう!1人で入りやがれ!」

 

「兄上はうるさいよ!僕はまだ6才なんだからお姉ちゃんと入ってもいいんだよ!」

 

「お前は絶対に6歳児じゃねぇだろっ!」

 

「お姉ちゃ〜ん!兄上がいじめるよ〜!」

 

「お兄様、弟を虐めないで下さいね」

 

「うぅ…操、お前は絶対に騙されてるぞ」

 

大人気ないお兄様に虐められて、私に泣きついてくる弟の姿は、いじらしく可愛いかった。

 

本当に私の弟はとても可愛い。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

俺の弟は異常だと思う。

 

幼い頃は普通だったはずだ。多少は泣き虫だったが、標準的な神凪一族の子供だった。たしか、小学校に入学した頃からアイツは変化し始めたと思う。

 

ある日突然、叔父上に弟子入りをしたことを皮切りに、俺逹神凪一族の下部組織の風牙衆のガキ共を配下に収めやがった。

 

弱気だった性格も一変して、配下の風牙衆のガキ共に手出しをしていた神凪一族の子供逹を1人残らず叩きのめしやがるし、恫喝めいたことまでしてやがった。

 

大神家は分家に中でも上位の家だから、殆どの子供達は、弟に屈服して風牙衆に気を使うようになってしまった。

 

大神家に匹敵する家の子供の中には、弟に反抗する奴もいたが、直ぐに変態じみた修行を続ける弟に、実力で圧倒されて軍門に下されちまった。

 

極めつけは、神凪宗家の落ちこぼれ『神凪和麻』の一件だった。

 

何をトチ狂ったのか、大神家の神童とまで呼ばれ始めていた弟が、彼奴に術を習い始めたことだ。

 

俺は「意味のない事に時間を割くな」と忠告をしたが、弟は逆に哀れみの篭った目で俺を見返すと「炎術のみを至上と考えていれば、その内足元を掬われますよ。兄上」と、返してきやがった。

 

俺の忠告を無視した弟は、和麻を虐めていた奴らの精霊の制御を奪いとり、和麻自身の手で報復をやらせやがった。

 

もっとも、和麻よりも弟の方がノリノリだったらしく、最終的には和麻の方からもう十分だからと、虐めてた奴らを擁護し出して、後日感謝されたらしい。

 

年下の弟に苦もなく精霊の制御を奪われた奴らは、自信を無くして炎術師としての力が低下してしまい、一族の中で問題となりかけたが、弟の「そのような軟弱者共に神凪一族を名乗る資格はありませんよ」という言葉であっさり収まった。

 

今では弟より年下の子供達は、尊敬の眼差しを弟に向けている。そして、弟より年上の奴らは恐怖の眼差しで弟を見ている。

 

色々と述べたが、弟の異常はこんな事ではない。弟の異常とは…

 

「小学3年にもなって、操と風呂に入るんじゃねぇっ!」

 

「僕はまだ8才なんだからお姉ちゃんと入ってもいいんだよ!」

 

「お前は絶対に8歳児じゃねぇだろっ!」

 

「お姉ちゃ〜ん!兄上がいじめるよ〜!」

 

「お兄様、弟を虐めないで下さいね」

 

「ぐぐ…それなら、俺も一緒に風呂に入るぞっ!」

 

「姉さん、警察と神凪宗家のどちらに連絡しますか?」

 

「うぅ…お兄様が変態だったなんて…警察に連絡は可哀想なので、とりあえず宗家に連絡してお兄様の矯正について相談しましょう」

 

「姉さんって、やっぱり凄い優しいね!」

 

「もうっ、武志ってば、お姉ちゃんを煽てても何もでないわよ」

 

「えーっ!お姉ちゃんに甘えられると思ったのにー!」

 

「うふふ、お姉ちゃんに甘えたかったら何時でも甘えていいのよ。武志は可愛い弟なんだからね」

 

「うん!お姉ちゃん大好き!」

 

「お姉ちゃんも武志が大好きよ!」

 

「おい、俺の事忘れてないか?」

 

「変態兄さん、まだいたの?」

 

「俺は変態じゃねぇええええっ!!」

 

やっぱり、俺の弟は異常だと思う。




タグにギャグ、シスコン、ブラコンを追加した方がいいかな?


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10話「初めての出逢い」

風牙衆の女の子の視点です。


風牙衆の一員として、この世に生を受けた私は、物心つく頃にはこの世に絶望していた。

 

理由なき差別、突然浴びせられる暴言、時には暴力まで振るわれることがあった。

 

どうして、このような理不尽がまかり通るのかと、泣きながら両親に訴えても、優しい両親は悲しそうな表情で私に謝るだけだった。

 

時が過ぎ、幼いながらも自分が置かれている状況を理解した時には、どうしようもない事だと諦めさえ生じてしまった。

 

どんなに今を頑張ったところで、過去の先祖達が行った罪は消せるはずがないのだから…

 

「申し訳ございません!」

 

何時しか私の口癖は謝罪となっていた。

謂れなき事でも頭を下げ、謝罪を口にすれば、罵声のみで許してもらえることを私は学習していた。

 

頭を下げる度に、私の中の何かが悲鳴を上げるのには、目を背けていたけれど。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「どうして、あたしが謝らなきゃいけないのよっ!悪いのはあんたじゃない!」

 

そんな諦観の日々を過ごすある日、私はある少女と出会った。

 

「うるさいっ!風牙衆のくせに生意気を言うな!」

 

「風牙衆は関係ないでしょ!ぶつかってきたのは、あんたの方じゃない!どうしてあたしが謝らなきゃいけないのよ!」

 

直ぐに状況は理解できた。

理解できると同時に反抗する少女の未来が予想でき、恐怖で身体が震えた。

 

どうして、あの子は謝らないの?直ぐに頭を下げれば済む話じゃない。

なんなら土下座をすれば簡単に見逃して貰えるのに。

 

私には、神凪一族に逆らうあの子の気持ちが分からなかった。

 

そしてその後、私の予想通りに少女は暴力を受けて倒れていた。

私はそれを、物陰に隠れて震えながら見ていることしかできなかった。

 

「大丈夫?今、水を持ってくるから待っててね」

 

「こ、このぐらい慣れてるから、ほっといてくれていいよ」

 

倒れていた少女は、私の声を遮るように立ち上がると、傷ついた身体をフラつかせながら歩いて行こうとした。

 

「あの、家まで送るわ」

 

「止めときなよ。あたしに関わるとあんたまで神凪の奴らに目をつけられるよ」

 

情け無いことに、その言葉で私の出しかけた手は止まってしまった。

 

「あはは、ホントに気にしないでね。あたしも我ながらバカな意地を張ってることは自覚してるから」

 

そう言って笑う彼女の笑顔には微塵の後悔もなく、私の中の何かが激しく動揺した。

 

「ど、どうして貴女は謝らなかったの!頭を下げれば許して貰えたんだよ!殴られずに済んだんだよ!」

 

自分の中の何かが悲鳴を上げていた。

私はその悲鳴に気付く恐怖に耐えられなくて、激情のままに彼女を問い詰める。

 

「だって、あたしは悪くないもん」

 

あっけらかんとした彼女の返事を聞いた瞬間、私の中の何かが歓喜に震えるのを感じた。

 

「あ……そっか。そうだよね。私達は何も悪いことをしてないよね」

 

自然と涙か流れた。

 

先祖が犯した罪に怯え、

 

贖罪の為だけに生きる日々だった。

 

でも、いつも思っていた。

 

私は悪いことを何もしていないのに、いつまで償わなきゃいけないの?

 

「あたしは、自分が悪くもないのに謝るなんて我慢できないよ」

 

子供っぽい考えだと思う。

時には理不尽さに歯を食いしばり頭を下げるべきだと思う。

 

でも、

 

「先祖が罪を犯したからって、神凪に頭を下げる意味が分かんないしね」

 

私の先祖達が犯した罪は紛れも無い事実だから…贖罪は必要だろう。

 

でもそれは、

 

神凪一族に仕えることじゃない。

 

神凪一族に虐げられることじゃない。

 

「あたしは暴力なんかに屈してやらない。あたしの心に命令できるのは、あたしだけからね!」

 

その少女の言葉を聞いた時、私の中の何かが熱を帯びるのを確かに感じた。

 

「やっぱり貴女を家まで送るわ」

 

少女の返事を聞かずに私はその手を取る。

 

「だからあんたまで目をつけられるちゃうってば」

 

「それがどうかしたのかしら?」

 

私の言葉に、彼女は少し驚いたみたいだけど、直ぐに笑みを浮かべてくれた。

 

「ふふっ、あんたもあたしみたいなバカになっちゃったの?」

 

「いいえ、私は、私らしく賢く戦ってみせるわ」

 

「あはははっ、あんたって面白い奴だね。そうだ、あんたの名前はなんていうのよ?」

 

「人の名前を尋ねる場合はまず自分から…と言いたい所ですが、今回は私から名乗りますね。私の名前は…」

 

 

これが私の…ううん、私達の運命を変えてくれた『大切なあの人』に出逢う、

 

少しだけ前の思い出だった。



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11話「驚愕の真実」

神凪一族の分家の実力が明らかにっ!!


「叔父上、もしかして神凪の分家って、弱くはありませんか?」

 

「ギクッ!?」

 

叔父上との修行にも身体が慣れ、多少の余裕ができた頃に、以前から疑問に感じ始めていたことを質問してみた。

 

「た、武志よ。何を言っとるんだ。この間、お嬢の強さを間近にみたばかりだろう」

 

「叔父上。僕が言っているのは宗家のことではなく、分家のことですよ。分かってて話を逸らさないで下さい」

 

「ウグッ!」

 

神凪一族の子供達のうち、宗家以外の分家は、小学校に入った頃から修行を始めるのが一般的だと言われている。

だが、僕以外の子供が修行をしている姿を見たことがなかった。

例外としては、父上に扱かれている兄上ぐらいだろう。

 

「分家の子供達って、修行をしているのですか?」

 

「あ、当たり前ではないか!幼い頃から厳しい修行に明け暮れてるからこそ、10代後半で炎術師として、現場に出れるようになるのだからな!」

 

「神凪の炎って、子供でも破邪の力がありますよね」

 

「ハウッ!」

 

神凪一族に生まれたら、修行をしなくても破邪の炎を物心ついた頃から使う事ができる。(若干一名例外有り)

 

「う、生まれ持った破邪の力を修行にて研磨する事により、実戦でも通用する力となるのだよ。うん!」

 

「実はこの間、分家合同の訓練会を覗いたんですよ」

 

「ヒィッ!」

 

「その訓練会では、小学1年から中学3年まで集まって、全員で雪合戦のような事をしていたんですが……あれって、なんなんでしょう?」

 

「アウゥッ!」

 

結局、誤魔化せられなくなった叔父上が白状してくれた。

神凪分家の術者の殆どが真面目に修行しないことを…

 

「つまりだな、生まれつき妖魔に対して絶大な威力のある、破邪の炎を自由に使えるゆえに、修行の必要性を感じる者が圧倒的に少なくてな」

 

「妖魔を見つけるのも、妖魔を封じている結界の維持も風牙衆に任せてるしね」

 

「う、うむ。全員が鍛えるのは、炎の現出と射出の速度ぐらいだな」

 

「それがあの雪合戦ですか」

 

「そ、そうだな。雪合戦のように見えるかもしれないな」

 

「神凪一族は、火の精霊の加護を受けているから、お互いの炎に当たっても痛くもないんですよね。具体的な内容はどうなっているんですか?」

 

「正式戦は高校生以上から参加できる。親交のある家同士が組んで数チームに分かれ、ポイント制の総当り戦で勝敗を決める。毎回上位に入る常連の家が、神凪一族での発言力が強いとも言える」

 

「ハァ…ちなみに僕の父上は強いのですか?」

 

「うむ。俺達の世代からは『弾よけの雅ちゃん』と呼ばれて恐れられているぞ」

 

「……父上の修行は受けたこと無いのですが、内容をご存知ですか?」

 

「知っているぞ。あれは常軌を逸した修行だ!」

 

「そ、それはっ!?」

 

「神凪の炎では危機感が生まれんと言って、数台のピッチングマシンで硬球を飛ばして、それを避けまくるという恐ろしい修行だ!」

 

「……叔父上も試合は得意なのですか?」

 

「ククク、よくぞ聞いてくれた!俺が現役の頃は『千手観音の雅くん』と恐れられるほどに炎弾乱れ撃ちが得意でな、クソ兄貴ですら俺の弾を避けきれぬほどの一流選手だったぞ!」

 

「おいっ!分家最強の術者!」

 

「ハッ!?ち、違うんだ!俺は海外に出てから現実を目の当たりにして、真面目に修行に打ち込んだんだ!信じてくれ!宗主にも認められたから『分家最強の術者』を名乗っているんだからな!」

 

「はぁ…もう、いいよ。叔父上の今の実力は本物だから、過去の話は忘れるよ」

 

「そ、そうかっ!それでこそ我が甥だなっ!流石だぞ!ガハハハハハッ!」

 

「ふぅ…取り敢えず、色々とショックだけど、神凪一族の現状を正確に知る事が出来たから良しとするしかないか」

 

原作での神凪一族の滅亡の危機は、起こるべくして起きたという事だな。

僕が生き残る為には『分家最強の術者』ぐらいの実力が無いと厳しいかもしれない。

分家の連中だと比較レベルが低すぎて、よく分かんなくなってきたよ。

 

分家対抗雪合戦は……父上と兄上に任せればいいか。今頃は猛特訓をしているだろうから。

 

「武哉!その程度の球を躱せずに優勝できると思うのかっ!」

 

「このクソ親父!硬球を使う意味がねぇだろうがっ!」



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12話「初陣」

武志が炎術師として、正式なお勤めを行うお話です。とは言っても、まだ小学生なので師匠や火の御子に護られた状態で、お勤めの雰囲気を教える為のイベントのようなものです。普通は宗家の火の御子が護衛役をするはずないけど、火の御子のお守り役である、分家最強の術者が冗談で提案してみたら、火の御子がもの凄い勢いで食い付いたため、あっさりと実現した。


今日は、綾乃姉さんの仕事に同行させてもらっていた。

僕が叔父上に弟子入りしてからの初めての正式なお勤めとなる。

 

「武志の実力なら問題ないから安心してね。それに、私が付いているから何かあっても護ってあげるわよ!」

 

綾乃姉さんは凄く張り切っていた。繋いでいる手もブンブン振り回したりして、みるからにご機嫌だ。

 

「お嬢、今日の相手は格下だが、実戦に絶対はありえん。一瞬の油断が死を招くことになるぞ」

 

叔父上は、綾乃姉さんの浮かれ状態に危惧を抱いたようで窘めていた。

 

「分かっているわ、雅人叔父さま。武志に私のとびっきり格好良いところを見せてあげなきゃいけないもんね!」

 

「うん!僕も綾乃姉さんの、とびっきり格好良いところいっぱい見たいな!」

 

「えへへへ〜、私にまっかせなさい!」

 

もちろん、ハイテンションの綾乃姉さんには、そんな提言は耳に入らなかった。

僕もそんな綾乃姉さんのハイテンションに引きずられて、気分が高揚していた。

 

「フッ、仕方がない奴らだな」

 

そんな僕らに呆れ気味な叔父上も、それ以上は窘めることはせず、苦笑を浮かべながら僕達を見ていた。

何故なら、精神が高揚しているのは炎術師にとっては、火の精霊との同調が高まるという利点もあるからだ。

 

「風牙衆が周囲を警戒しとるから、不意を突かれる心配もないだろうしな。今日ぐらいは大目にみてやるか。お嬢もたまにはハメを外してはしゃぎたいだろう……普段はボッチだし」

 

どうやら神凪一族の火の御子は、友達が少ないらしい。

 

「雅人叔父さま!武志の前で変なこと言わないでよっ!姉としての威厳が崩れちゃうわ!」

 

「おっと、済まないな。お嬢」

 

「もうっ、済まんですんだら警察は要らないのよ」

 

「うむ、そうだな。それなら…」

 

「それなら?」

 

「めんご、めんご。あやのッチ!」

 

「雅人叔父さま…ふざけてると、叔父さま相手でも怒りますよ。めんごってなんなんですか?それに、あやのッチなんて今まで呼んだことないですよね!?」

 

「可愛かろ?」

 

「叔父さまの口から出たら可愛くないもん!」

 

ぷりぷりと怒る綾乃姉さんは、可愛いかったので、思わず口に出してしまった。

 

「綾乃姉さんは可愛いなぁ」

 

「 うぅ…武志に生暖かい目で見られるだなんて、今までコツコツと積み重ねてきた私のイメージ戦略が台無しだわ……雅人叔父さまのせいよっ!」

 

「俺が悪いのか?というか、イメージ戦略なんぞしておったのか?」

 

「はうっ!?口が滑っちゃったよう。もうっ、雅人叔父さまなんて大っ嫌い!」

 

「ガーン!?」

 

「プッ、ハハ、アハハハハハッ!」

 

僕は、叔父上と綾乃姉さんの愉快な掛け合いに思わず笑ってしまった。

初めてのお勤めに赴いた僕の緊張を解そうと、2人はわざと演じてくれているのだろう。

叔父上と綾乃姉さんの温かい心遣いに感謝の念が湧いてくる。

 

「叔父上、綾乃姉さん。ありがとうございます。2人のお陰で気負いなく実戦に挑めそうだよ」

 

僕は、綾乃姉さんと繋いだ手をギュッと握りしめながら2人に感謝をした。

 

「武志よ。何の話をし…ウグゥッ!?」

注意1:雅人は武志から見えない角度で綾乃の蹴りを鳩尾に喰らった。

 

「そう、そうなの!えと、えとね!全部、演技だったの!えへへ、武志に気付かれるだなんて、私ってば、演技が下手なのね!うん!演技下手なのよっ!」

 

「あはははっ、上手い下手は分からないけど、普段は凛々しい綾乃姉さんがドジっ子を演じるなんて、見てて凄い新鮮で可愛かったよ」

 

「もう、私も頑張ったのよ。そんなに笑わないでよ。それに年上を捕まえて可愛いだなんて生意気なんだから」

 

「だって、ほんとに演技をしてる綾乃姉さんが可愛く思えたんだもん」

 

「お、お嬢よ、演技って何の話をし…ハグゥッ!?」

注意2:雅人は武志から見えない角度で綾乃のコークスクリューパンチを鳩尾に喰らった。

 

「あらあら、雅人叔父さまってば、持病の癪(しゃく)がでたみたいだわ」

 

「叔父上って、癪持ちだったの!?」

 

「武志は知らなかったのね。きっと、心配させたくなくて内緒にしてたんだわ」

 

「叔父上とは、ずっと一緒にいたのに全然気付かなかったよ」

 

「雅人叔父さまは、私と違って演技が上手なのね」

 

「お、お嬢…演技とは…なんの…ヒデブッ!?」

注意3:雅人は武志から見えない角度で綾乃の百烈拳を鳩尾に喰らった。

 

「癪のせいで、気を失ったみたいだわ。仕方がないから雅人叔父さまには、ここで休んでて貰いましょうね」

 

「う、うん。分かったよ。でも叔父上は大丈夫かなぁ」

 

「雅人叔父さまは、分家最強の術者と呼ばれるほどのお方だもの。きっと大丈夫よ」

 

「うん、そうだね。きっと大丈夫だよね!」

 

「雅人叔父さまを心配させない為にも、しっかりとお勤めを果たさなきゃね」

 

「うん!僕、頑張るよ!」

 

「そうよ。その意気で頑張りましょうね」

 

僕は倒れた叔父上を心配させないように頑張ろうと誓った。

 

「でも、綾乃姉さん」

 

「ん、なあに?」

 

「こういうこと言うのは、不謹慎だと思うけど」

 

「うん?」

 

不思議そうに、こちらを見る綾乃姉さんに僕は思っている事を告げる。

 

「綾乃姉さんと2人っきりでお勤め出来るだなんて、ぼく嬉しいな」

 

むさ苦しい叔父上と2人っきりで修行するより、優しい綾乃姉さんと2人っきりでお勤めする方が嬉しいに決まってるよね。

 

「はうぅううううっ!?わたしもっ!わたしも凄い嬉しいよぉおおおおっ!!武志と2人っきりで遊ぶの超久しぶりだもんねっ!!」

 

いきなり綾乃姉さんが弾けた。

 

「妖魔退治なんて、チャチャッと終わらせるから終わったらいっぱい遊ぼうね!えへへ〜、実は武志と遊ぼうと思って、新しいゲームを買ってあるんだぁ!」

 

「えっと、綾乃姉さん?今日の妖魔退治は僕の仕事だからね」

 

「うんうん。分かってるよ!私が速攻で終わらせるから私の部屋で日が暮れるまで遊ぼうね!そうだっ!今日は泊まっていけばいいよねっ!それなら夜まで遊べるもんね!」

 

どうやら神凪一族の火の御子は、友達との遊びに飢えていたらしい。

 

綾乃姉さんもまだ、小学生だからしょうがないのかな?

 

「仕方がないなぁ、それなら和麻兄さんも誘って3人で遊ぶ?」

 

「……そうね。それもいいかもしれないわね。でも、今日は武志と2人っきりで遊びたい気分なの」

 

綾乃姉さんのテンションがいきなり落ちた!?

 

「そ、そっか。まあ、和麻兄さんは中学生だし、僕達とは遊びにくいかもしれないしね」

 

「そう、そうなのよ!私達は同じ小学生だもん!年だって殆ど離れてないもんね!あの男は年上過ぎて武志とは楽しく遊べないよ!」

 

「そ、そうだね。今日は2人っきりで遊ぼうね」

 

「うんっ!」

 

少し変な綾乃姉さんだったけど、最後は最高の笑顔を見せてくれたので良しとしよう……などと僕は呑気に考えていた。

 

 

「やっぱり、あの男は燃やそう」

 

 

僕は知らなかった。友達の少ない神凪一族の火の御子が、どれほどの焼きもち焼きなのかという事を。

 

でも、僕には直接被害があるわけじゃないし、気にしなくてもいいのかな?

 

「気にしてくれぇええええっ!!」

 

どこかで、誰かの魂の叫びが聞こえたような気がした。

 

きっと気のせいだろう。



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13話「心強き仲間達」

運命を変えるべく頑張る武志!


僕は決めた。

僕にとって、最大の死亡フラグである風牙衆の反乱を防ぐことを。

 

僕は、反乱を防ぐことは絶対に無理だと思い込んでいた。

たしかに、原作を思い出した時点の状況では、無理だったろう。

何しろ神凪一族と風牙衆の溝は、マリアナ海溝よりも深かったのだ。

さらに神凪一族側が、それを認識していながらも問題意識を持っていないという最悪な状況だった。

 

けれど、あれから数年が過ぎた今は違う。

今の僕には、心強い仲間がいる。

 

それは誰かって?

 

ふふふ、きっとここで、火の御子である綾乃姉さんの名前が出てくると思っているだろう、だけど違うんだな。え、叔父上?それはない。脳筋筆頭術者では、この様なデリケートな問題は、解決不可能だよ。

 

では、僕の仲間を紹介しよう!

 

「お兄ちゃん、何をブツブツ言ってるの?」

 

「兄ちゃん、お腹空いたよーっ!」

 

「今日のおやつは何ー?」

 

「昨日のテレビみたー?」

 

「早く帰って野球やろうよー!」

 

「あそこのダンジョンが手強くてよ」

 

「あそこは専用アイテムがいるよ」

 

「本当かっ!?」

 

「……おしっこ」

 

 

そ、そうっ!これが僕の心強い仲間達だっ!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

千年の歴史を誇る神凪一族は大所帯だ。

一族は、宗家を頂点としたピラミッド型の組織となっている。

 

けれど、宗主が絶対君主として君臨しているかといえば、決してそうではない。

たしかに炎術師としての実力は、分家とは天と地ほどの差がある。

発言力もとても強い。

 

だが、それでも絶対君主ではないのだ。

 

宗主が命じれば、たしかに分家の術者を死地にも向かわせられるだろう。

だけど、宗主の意思だけでは、一つの分家を潰すことすら出来ない。

 

すなわち、宗主が絶対的な強権を行使出来るのは、炎術師としての頭領として配下の術者に命ずるときだ。

 

一族として考えたとき、本家としての強い発言力はあるが、分家にも発言力はあり、色々なしがらみが関わってくるため、今の時代では、炎術師としての圧倒的な力だけでは強引な事は出来なかった。

 

ゆえに現在の神凪一族では、有力者達での合議制をとっている。

 

もしも、力による支配を行おうとすれば、それはもはや日本を守護する誇りある炎術師としての名を捨てる事と同義であった。

 

「何てことを、頭の固い宗主が考えているせいで、神凪一族の風牙衆への仕打ちが度を越していることを、宗主が認識していても抜本的な改善を強行出来ないんだよ」

 

「武志が考えていることは分かったけど、神凪一族の子供達を子分にする意味が分からん。この子達は小学生だろ?」

 

こんな子供達では、神凪一族を変えることなど絶対に出来っこないぞ。と、和麻兄さんは続けた。

 

「時代を変えるのは、いつでも若い力だよ。和麻兄さん」

 

「この子達を使って、神凪一族に反旗でも翻すのかよ」

 

「そんなわけないよ。和麻兄さんって、おバカキャラなのか、天才キャラなのかハッキリしないよね」

 

「……俺の扱いの改善にも、取り組む事を提案したいんだが」

 

「うん、ゴメンね。僕の脳内会議で検討した結果、重要度が低すぎるから速攻で否決されちゃったよ」

 

「はぁ…どこかに、俺に優しい世界はないのかなぁ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

幼い頃の教育は、非常に大きな意味がある。

例えば、国民性というのも、各国の学校教育が大きく影響しているものだ。

 

神凪一族は、風牙衆に対して高圧的に接するのが当たり前だと思っている。というのも、幼い頃からの教育の為だ。

自分の親は勿論、周囲の大人達も風牙衆に辛辣に当たり、その能力も不当に低く貶める。

そんな状態を日々見ることによって、子供達は、それが当たり前の事だと教育されてしまっている。

 

その結果、傲慢な神凪一族の一員となってしまうんだ。

 

僕は、その流れを変えたいと思う。

 

3年前では思いつきもしない事だった。

たかだか一人の子供が、大勢の大人達の凝り固まった考え方を変えるなんて、不可能だもんね。

 

でも僕は閃いたんだ。

大人達を変えるのは不可能でも、子供達なら変化させれるんじゃないかと。

 

勿論、ただの子供が大人達と反対の事を言っても、子供達だって相手などしてくれないだろう。

 

ただの…子供ならだ。

 

その子供が、子供達に対して強い影響力を持つ存在なら、まるで話が違ってくる。

誰だって、親や大人達の言う事には影響される。

でも、それ以上に

 

好きな偉人の言葉

 

好きな芸能人の言葉

 

尊敬している先輩の言葉

 

漫画の登場人物の言葉

 

このような言葉に影響されることが多いだろう。

むしろ、親などに受ける影響よりも強い変化を子供達にもたらすことがある。

それも、今までの既成概念をもぶち壊すほどの威力でだ。

 

「確かに、武志の子供達への影響力は強いよな」

 

そう、僕はいつの間にか子供達のヒーローになっていたのだ!

 

「う〜ん、ヒーローかなぁ?」

 

最強と謳われる(神凪一族の自称)炎術師において、強さは正義である。

僕は(綾乃姉さんを除けば)小・中学校において最強の炎術師(精霊術に関してだけなので、体術等は別)になっていた。

 

最強(分家の中学生以下でだよ)である僕の言葉は、炎術師の子供達にとっては、正に憧れのスーパーヒーローの言葉に聞こえるのだ!

 

「俺ぐらいの歳の奴らは、悪魔の囁きって言ってたぞ」

 

強大な力を持つ(言い過ぎかもに1票)僕が、風術に対する肯定と有用性を認めて、口にしていれば、子供達も影響されていく。

 

「俺にちょっかいを出してた奴らは、武志に精霊の制御を力ずくで奪われた後、抵抗出来ない状態で俺にボコられた後、武志に心を折られるほど罵られて、精霊力まで落ちてしまった経験のせいで、力を誇示する事に否定的になった奴が多かったんだよなぁ。そういえば遠い目をして、平和が一番だよって呟いてる奴もいたな」

 

僕は風術は下術ではなく、炎術の苦手な分野を補助してくれる対等な相手だと、根気よく子供達に言って聞かせた。

そして、風術を実際に見せて(綾と沙知に頼んだ)その有効性を示した。(迷子を見つけたり、落し物を探したり、隠れん坊で無双したり)僕は炎術師では、到底出来ない優れた事だと子供達に納得させていった。

 

「中学の奴らは、人に言えない秘密(男子中学生の秘密といえば分かるよね?)を風術で調べられて握られているから、武志に完全に頭が上がらなくなったんだよなぁ」

 

僕が中心になって、神凪一族と風牙衆の子供達と一緒に遊ぶようにした。

そして、遊んでいるうちに炎術師も風術師も同じ存在なんだって、遊んでて楽しい普通の友達なんだって、気付いてもらえるようにしていった。

 

「まあ、武志が頑張っているのは認めるけど、先の長い話になりそうだな」

 

「それは覚悟の上だよ。和麻兄さん」

 

「本気なんだな。武志」

 

「うん。今は子供でも、あの子達もすぐに大きくなるよ。その時に、神凪一族と風牙衆の架け橋になってくれればと思うんだ」

 

長い時間の中、積み重ねられていった両者の確執が簡単に解消出来るだなんて思っていない。

 

第一目標は、風牙衆が反乱まで起こそうと考えるほどの迫害を止めることだ。

 

僕の力で…いや、僕達の力で必ず平和を手に入れてみせるぞ!

 

 

 

「お兄ちゃん……おしっこ」

 

「ああ、ごめんごめん。すぐに連れていってあげるね」



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14話「火の御子の生誕祭」

ハッピーバースデー!綾乃姉さん!


「綾乃姉さん、お誕生日おめでとうございます」

 

「ありがとう、武志。今日は来てくれて嬉しいわ」

 

今日は綾乃姉さんの誕生日パーティーだ。神凪一族を挙げての盛大なものとなっている。

 

「今年の誕生日会は凄い規模だね。ホテルの会場を貸し切って、一族以外からも大勢の出席者が来てるだなんて」

 

「そうなのよ。私はいつものように、家族だけでやりたかったんだけど、お父様が10歳の節目だから盛大にするぞって、聞かなかったのよ」

 

「宗主は、自慢の娘を皆んなに見せびらかしたいんだよ」

 

「お父様の気持ちは嬉しいけど、私は見世物にされてる気分だわ」

 

折角の晴れ舞台だというのに、綾乃姉さんは不機嫌そうだった。

 

「でも、僕は綾乃姉さんの綺麗なドレス姿が見れたから嬉しいな。いつもの凛々しい雰囲気じゃなくて、なんていうか…可愛い感じだよね」

 

「武志……褒めてくれるのは嬉しいけど、にやにや笑いは止めなさい」

 

綾乃姉さんは、フリフリのレースが盛大にあしらわれたピンク色を基調としたフワフワドレスに身を包まれながら、僕を軽く睨んできた。

 

「大丈夫、安心してよ。綾乃姉さんの雰囲気に全く合わないドレスだけど、綾乃姉さんが気に入ってるならそれが一番だよ。それにね、世の中にはギャップ萌えという言葉があるらしいよ。今回の場合において意味が合っているのか、といったら僕は甚だ疑問を感じるけどね」

 

「そ・の・こ・と・ば・のっ、どこに安心できる要素があるって言うのよ!」

 

「いたいれす、ねえしゃん」

 

綾乃姉さんに頰をつねられてしまった。

 

「一応、言っておくけど、このドレスは私の趣味じゃないわよ。お父様が勝手に用意しちゃったのよ」

 

「なんだ、綾乃姉さんの趣味じゃなかったんだ。気を使って損しちゃったよ」

 

「武志のさっきの言葉のどこに気を使った部分があるのかを、じっくりと問い詰めたい気分になるのは私だけかしら?」

 

「あはは、その事はひとまず置いといて、綾乃姉さんの写真を撮らせてね」

 

返事を聞かずに。パシャパシャパシャ!

 

「ちょっ!?こんな格好を撮らないでよ!」

 

そう言いながらも、華麗にポーズを決めてくれる綾乃姉さんだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「和麻兄さん。こんな隅っこでどうしたの?」

 

「ああ、武志か。俺の事は気にするな。向こうでパーティーを楽しんでこいよ」

 

「いや、気にするなと言われても気になるよ」

 

パーティー会場の片隅で、目立たない服装をして周囲を警戒している若い男。どう見ても不審人物だ。

 

「タッパーが必要なら言ってあげるよ?」

 

「……俺はパーティーに出てるご馳走を持って帰ろうと狙っているわけじゃないぞ」

 

「う〜ん。他には思いつかないや。何をしてるのか教えてよ」

 

「本当かっ!?本当に何も思いつかないのかっ!?俺はご馳走を狙う程度の男だとしか思われてないのかっ!?」

 

「僕の想像力じゃそのぐらいしか思いつかないよ」

 

「そんな事はないぞっ!お前はやれば出来る子だ!もっと想像力を働かせるんだ!さあっ、俺の事を考えてみろ。神凪一族の直系であり、お前に様々な術を伝授している男だぞ!」

 

「……ご馳走を食べ過ぎてお腹が痛いとか?」

 

「お前の中の俺はどんだけ食い意地の張ったヤツなんだよっ!?」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

僕はパーティーに参加している顔見知りを見つけたので、声をかけるため歩き出した。

 

「ちょっと待てくれっ!まだ俺のパートは終わってないよね!?」

 

「え?オチがついたから、もういいんじゃないの?」

 

「実は俺は宗主から、頼まれごとをされているんだよ」

 

和麻兄さんに強引に話を変えられてしまった。

 

「これは…綾乃姉さんに言いつけるべきかなぁ。和麻兄さんに強引にされて僕は変えられてしまったんだって」

 

「綾乃相手にはシャレにならんから絶っ対に言うなよっ!」

 

「それで、頼まれごとの内容って何なの?」

 

「切り替えが早えよっ!」

 

和麻兄さんは叫んだと思うと、疲れたようにグッタリとしてしまった。

 

「はぁ、別に俺にとっては大した事じゃないんだけどな」

 

「宗主の頼まれごとなのに大した事じゃないの?」

 

「宗主っていうよりも、娘を心配する親バカからの頼まれごとだからだよ」

 

「娘って事は、綾乃姉さんの事だよね。姉さんがどうかしたの?」

 

「ああ、それがな…」

 

和麻兄さんが言うには宗主から『私の可愛い綾乃を狙っている不届きな男がいないかパーティーの間、監視しといてくれんか?見つけた場合は、其奴の素行調査も合わせて頼みたいと思っとる』という頼まれごとという名の、命令を受けたそうだ。

 

「姉さんを狙っているというのは、ナンパ的な意味でだよね」

 

「ああ、そうだよ」

 

「神凪宗家の綾乃姉さんを狙っている男か…」

 

「なんだ、まさか心当たりがあるのか?」

 

「心当たりというか、宗主に娘を狙ってるんじゃないかと思われて警戒されている男の事は、思いつくけど」

 

「宗主の娘を狙う男。誰だその命知らずは?」

 

「和麻兄さんだよ」

 

「はあっ!?」

 

「神凪の直系であり、綾乃姉さんに近づきやすい立場にいる。炎術の問題はあるけど最近では、神凪一族の若手の中での発言力も無視できない程になっている。綾乃姉さんも和麻兄さんを見つけると熱い視線を向けているという噂もある。以上の事から宗主が真に警戒しているのは和麻兄さんであり、兄さんを牽制する意味を含めて、あえて兄さんに命令を出したんじゃないかな?」

 

「なんだそりゃっ!?」

 

驚愕の表情で叫ぶ、和麻兄さん。

 

「だって、今日のパーティーの出席者で若い男なんて、神凪一族だけだよ。外部からは偉いさんの年配者だけだもん」

 

「だから、宗主は一族内の若い男を警戒してるんだろ?」

 

「綾乃姉さんは一族内で崇められてる存在だよ。火の御子である綾乃姉さんに対して、そんな目を向ける奴は…いるとしたら同じ神凪直系の和麻兄さんぐらいだよね」

 

「ちょっと待てっ!俺はそんな気はないぞ!だいたい俺の発言力うんぬんは、武志の企みのせいだろっ!」

 

そう。僕の神凪一族と風牙衆との融和計画の一環で、中学校での影響力を増す為に和麻兄さんに協力をしてもらっているんだ。

 

「協力というか…小学生の悪魔に対抗できる唯一の救世主のように思われて、勝手に彼奴らが頼ってくるようになったんだよな」

 

呆れたように和麻兄さんは苦笑いをする。

 

「小学生と違って、中学生だと年下の僕の言葉を素直に聞いてくれないからね。多少は強引な手段を使わざるを得ないよ。その結果、僕が嫌われても和麻兄さんに人が集まれば、目的は果たせるからね」

 

「そうだな。俺も出来るだけ頑張るよ。もっとも武志は、嫌われるというより恐れられているけどな」

 

「和麻兄さん、ありがとうございます。それで、綾乃姉さんのことは狙っているの?」

 

「なぜ、お前が嬉しそうなのか分からんが…俺は狙っていないぞ。あんな危険生物は絶対にお断りだっ!」

 

和麻兄さんと綾乃姉さんの原作カップル(?)がくっ付けば、風術と炎術の合体攻撃が使えて心強いのになぁ。まあ、和麻兄さんはまだ覚醒していないけど。

 

「綾乃姉さんは、あんなに可愛くて優しいのに、本当なら兄さんには勿体無いぐらいなんだよ」

 

「勿体無いなら俺はいいっ!遠慮するっ!辞退するっ!そうだっ、武志が貰ってやれ!姉さん女房で丁度いいだろっ!」

 

「兄さんが必死すぎて気持ち悪いんだけど。それに僕には操姉さんがいるからダメだよ」

 

「武志は、綾乃の魔獣のような殺意の込もった目を見た事ないからなぁ……いい加減シスコン治せよ?」

 

「でも宗主も気が早いよね。綾乃姉さんは10歳になったばかりなのにね」

 

「男親ってのは、そんなものなんだろう?俺にもまだ分からんけどな」

 

あれ、綾乃姉さんが10歳?

原作での『継承の儀』って、いつだったかな。まだ、余裕はあったと思うけど…

そうだ!宗主が事故で片足を失ったから『継承の儀』を早くしたんだったよね!

 

事故を防げば、宗主も現役で戦える。

綾乃姉さんも炎雷覇に頼りすぎて成長が妨げられることもなくなる。

和麻兄さんの覚醒は……綾乃姉さんに頼ってみようかな。

 

うん。これからは宗主の事故を未然に防ぐように動こう。

でも、宗主の事故って具体的に分からないんだよね。

結構、大変かも。

 

 

「ところで、僕の純粋な思いをシスコンなんて俗な言葉にしないでよ」

 

「重症だな…」




武志に新たな目標ができた!(シスコンを治すことではない)


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15話「父さんとあいつ」

もう一人の風牙衆の女の子視点です。


あいつの事を最初は警戒していた。

 

風牙衆のあたしに気軽に声をかける神凪なんて、胡散臭いどころの話じゃない。

絶対にあたしを騙そうとしているに違いないと思った。

 

目的は、金か?身体か?

 

金が目的ならお門違いもいいところだ。

あたしの家は貧乏だから、逆さにされたって1円だって出てこないぞ。

 

身体が目的ならこいつは変態か?

小学1年の女の子を狙うだなんて…

いや、アイツも同い年だから正常なのか?

どっちにしろ、アイツが小学1年でも油断は出来ない。

最近の子は早熟だって、お母さんも言ってたもん。

 

「おはよう。風木さん」

 

「お、おはよう。大神くん」

 

「今日もツインテールが決まってるね」

 

「あたし、ショートカットだけど?」

 

「な、なに、訂正されただと!小説は先に言った者勝ちじゃないのか!?」

 

神凪でも有名な大神家の子供は、変わり者みたいだった。

 

「ショートカットよりもツインテールの方が、世間の需要は高いと思うけどなぁ」

 

「あんたの好みがツインテールだから、あたしにツインテールにしろって、言ってるわけ?」

 

「まさか、ただの一般論だよ。第一、彼女でもない女の子の髪型についてあれこれ言えないよ。髪は女の子の命ともいうしね」

 

「か、彼女って…あんた小学1年のクセして、ませたこと言うのね」

 

あたしは、恐る恐る大神家の子供に軽口を叩いてみた。

普通の神凪の子供なら、風牙衆に軽口を叩かれたら逆上して、暴力を振るってくるはずだ。

 

「あはは、最近の子供は早熟らしいからね。僕もそうなのかもね」

 

普通に…というか、少しおどけたように笑うと機嫌よく返された。こいつ本当に神凪の子供か?

 

「あんた…あたしが風牙衆の子供って気付いてないの?」

 

「風牙衆か…」

 

図星だったのかもしれない。

あたしの言葉に急に黙り込んでしまった。

何かを考え込むその姿に、逆上して暴力を振るってくる姿が重なって見える。

 

身体が僅かに震えるのを、手を握りしめることで何とか我慢する。

 

「なによ。なんか文句があるなら、早く言ってよ」

 

あたしは、殴られることを予想しながらも強気に言う。

 

毎度のことながら、あたしはバカだなぁって思いながら。

 

「僕は、風牙衆のネーミングは『ない』と思うんだ」

 

「……は?」

 

「だから風牙衆って一昔前のネーミングセンスだよね。もう少しセンスが欲しいよ」

 

「……え?」

 

「僕なら『ウィンド・ナイツ』とか『 熱き風の旅団』とか『げほげほ団』とか、もっとセンスの良い名前を付けるけどね」

 

「もしかして、あんたってバカなの?」

 

あたしは思わず素で返してしまっていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「おはよう。沙知」

 

「おはよう、武志」

 

あいつがバカだと分かってからは、警戒心も緩んでしまい、いつの間にか名前で呼び合う仲になっていた。

 

「未風さんも、おはよう」

 

「おはようございます。大神様」

 

「様付けは止めてほしいなぁ。僕を様付けで呼んでいいのはメイドさんだけだよ」

 

「生憎とメイド服は所持しておりませんので、取り寄せるまで少々時間がかかります。どうぞ、ご容赦のほど伏してお願い致します」

 

「未風さんって堅いよね。どうにかして未風さんと沙知を足して2で割ること出来ないかな」

 

「沙知は私の大事な親友です。その沙知と一つになれるのなら、これ以上の喜びはありません。ですが、一つになった幸福の後、再び分かつ事となれば私の心が耐えられそうにありません。ですので、大神様のご提案を辞退させて頂くご無礼お許し下さい」

 

「はっはっはっ、許す許す。良きに計らえ」

 

「大神様の寛容な心を神に感謝します。と思いましたが、残念ながら私は無神論者でしたので、そこのカタツムリに感謝する事で代わりとしたく思いますわ」

 

「…あんた達って、仲良いの?それとも悪いの?」

 

「マブダチと言っても過言ではないかもしれないね」

 

「大神様と仲が良いなど恐れ多くて困ります」

 

よく分からん。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「綾は、どういうつもりなの?」

 

「何の事かしら?」

 

綾は、あたしの問い掛けにワザらしく惚ける。

 

「武志のことに決まってるでしょう。武志はバカだけど神凪の奴とは思えないぐらい良い奴だよ。態々イヤな態度を取らなくてもいいじゃん」

 

「全く、沙知は単純すぎて心配だわ」

 

「どういう意味よ」

 

「彼は神凪一族なのよ。今は子供だから友好的かもしれないけど、すぐに他の奴らと一緒になるわ」

 

「そんなこと決めつけなくてもいいじゃん。案外、このままの関係でいられるかもしれないよ」

 

あいつは面白いし、できればずっと友達でいたいと思う。

 

「そうね。このままの関係でいられたら何も問題はないわ。でも、彼が変わった時に下手に関係を持っていたらどうなると思うかしら?」

 

「どうなるって、言ってる意味が分かんないんだけど?」

 

「私たちは女なのよ。個人的に付き合いのある女…逆らえない立場の女…何かしても罰せられることのない女…そんな状況で傲慢な男が考えることなんて分かるでしょう」

 

あたしはその言葉に咄嗟に反論が出来なかった。だってそれは、あたしも最初は考えた事だったからだ。

 

「で、でもあいつは…そんな奴じゃないと思う」

 

「どうして、そう思うのかしら。まだ出会ってから大して時間も経ってないわ。彼の人間性なんて分からないわよ。それに私はこれから変わってしまう可能性の事を言っているのよ」

 

「それはそうなんだけど…」

 

「沙知。何か言いたい事があれば言ってほしいわ。私だって別に彼を嫌いたいわけじゃないのよ。ただ、彼なんかより貴女の方がずっと大切だっていうだけなの」

 

「うん、ありがとう。あたしも綾のこと大切に思っているよ」

 

綾があたしを心配してくれる気持ちは、凄く嬉しかった。でも、それでも…

 

「あいつってさ…あたしのお父さんに、ほんの少しだけ似てるんだよね」

 

「沙知のお父様に?」

 

「えへへ、お父『様』なんて立派じゃなかったよ。いっつもお母さんやあたしを笑わそうとして、バカなことばっかりしてた」

 

あたしはお父さんの事を思い出しながら話した。

 

「バカなことして、お母さんに怒られて、それでも懲りずにまたやらかして…ホントに仕方のないお父さんだったよ」

 

お父さんは、大人なのにいたずらっ子みたいな感じの人だった。すぐにふざけてはおどけて笑ってみせるような人だった。

 

「でも、ある日突然帰ってこなくなっちゃった」

 

「え…?」

 

「綾は覚えてるかな?半年前の大規模討伐のこと」

 

「風牙衆の動ける人間の大半が駆り出されたやつよね」

 

半年前に起こった妖魔の大量発生事件。

事件の詳細は分からないけど、あたしのお父さんも出動した。

 

神凪の術師も大勢が出動したらしい。

でも、神凪宗家の人間は別の依頼で全員が国外に出ていたそうだ。

 

それが混乱の元になったと聞いた。

 

バカバカしいことに、術師同士で主導権争いが起こったのだ。

近年では滅多に起こらない妖魔の大量発生。

その大討伐作戦で、宗家不在なのを理由に分家毎に自分こそが作戦指揮をとるに相応しい術師だと争い始めたのだ。

ただ、功を立てて家の格を上げるためだけに。

 

その混乱は作戦が始まってからも治らなかった。現場は指揮系統などなく、各々が勝手に妖魔と戦い、収拾のつかない状態だったらしい。

 

そんな状態で堪らないのは風牙衆だ。神凪の炎は神凪の人間を傷つけないから、奴らは周囲の事などお構いなしで炎を放つ。

でも、風牙衆は神凪の炎を浴びれば命に関わる。

 

大勢の風牙衆の人が神凪の炎と爆風で傷付いた。

その威力は周辺の地形を変えるほどだったらしい。

 

「そして、全てが終わったあと…お父さんの姿はどこにも見当たらなかったんだって」

 

「ちゃんと捜索はしたのっ!?」

 

「風牙衆の長は、捜索しようとしたけど、風牙衆全体の被害が大きくて、でも他の依頼も沢山あるから、神凪の奴らがたった1人の行方不明者のために人員を割く事は許してくれなかったそうだよ」

 

「そんなっ、そんなことあったなんて私聞いてないよっ!?」

 

「うん。神凪から箝口令がしかれたからね。お母さんとあたしは…長が土下座して謝ってくれたから知ってるんだ」

 

「そんな、そんなの酷すぎるよ…それじゃ沙知のお父様は神凪に殺されたみたいな…」

 

「違う!お父さんは、お母さんやあたしを守る為に命を賭けてくれたの!妖魔から皆んなを守る為に戦ってくれたの!神凪なんかの犠牲になったんじゃないっ!」

 

「あ……ごめん、ごめんね。辛いこと思い出させちゃって、本当にごめんなさい」

 

あたしは、今まで誰にも話せなかったことを初めて話した。

 

あたしは気付いたら泣いていた。そして、同じように泣いている綾に抱きしめられていた。

 

だから、あたし達は気付けなかった。

 

あいつが全てを聞いていたことに。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「お母さん、遅いなぁ」

 

綾と抱き合って泣き崩れた後、お互いに気恥ずかしくなり、取り敢えずアイツの事は保留にする事になった。

ちなみに綾には(非常に不本意だが)ファザコン認定をされたみたいだった。

 

それから幾日か経った頃の事だった。

 

「いつまで電話してるんだろう。ご飯が冷めちゃうよ」

 

夕食が出来上がった後、かかってきた電話に出たお母さんが戻ってこない。

 

どうしたんだろう。なんだか胸騒ぎがした。

 

ガタンッ

 

「どうしたのっ、お母さんっ!」

 

何かが倒れたような音が電話口の方から聞こえた。あたしは慌ててお母さんの元に向かった。

 

「お母さんっ!?」

 

お母さんが電話の前で座り込んでいた。

あたしが慌てて駆け寄ると、お母さんは受話器を握り締めたまま泣いていた。

お父さんが行方不明になった時にも泣かなかった気丈なお母さんが泣いている。

あたしは何が起こったのか分からなくてパニックになりかけた時…

お母さんの嗚咽混じりの声が聞こえた。

 

「沙知…お父さんが……見つかったの」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「綾、おはよう!」

 

「おはよう、沙知。朝から元気ね。まあ、無理もないわね。お父様が見つかったんだから」

 

「えへへ、まあね」

 

あたしのお父さんが見つかった。

突然の連絡に混乱したあたし達だったけど、連絡のあった病院に駆けつけると、まだ昏睡状態だったけど、確かにお父さんが生きていた。

病院の先生が言うには、重症だけど峠は越えたから命の危険はないらしい。

 

「昨日、意識も取り戻したって連絡があったんだよ」

 

「そう、本当に良かったね。沙知」

 

「うん!ありがとう、綾」

 

うちに電話をくれたのは、風牙衆の長だった。

ぬか喜びをさせないようにと、あたし達には内緒にされていたけど、数日前に突然、神凪宗家から呼び出しを受けて、宗主直々にお父さんの捜索を風牙衆の総力を挙げて行うようにと命令を受けたそうだ。

 

しかも風牙衆だけでなく、神凪宗家からの働きかけで警察などの協力も受けての捜索だった。

 

捜索を始めて数日後、現場から10㎞以上離れた川下から、お父さんの霊力の痕跡が発見された。

その後は、その周辺の探索と病院への聞き込みで直ぐに身元不明の患者の情報が集まり、お父さんを無事に見つける事ができた。

 

「神凪の宗主って、案外いい奴なのかな?」

 

上機嫌のあたしは、そんな事を口にする。

 

「そうね。少なくとも幼い者の言葉に耳を傾けるだけの度量はあるみたいね」

 

「なにそれ、どういう意味?」

 

綾のよく分からない言葉に聞き返すが、綾は後ろを振り返ってしまった。

 

「おはようございます。武志さん」

 

「おはよう、未風さん。今日は名前で呼んでくれるんだね」

 

「はい。厚顔無恥ですが、武志さんのお言葉に甘えさせて頂きたく思います」

 

「はっはっはっ、許す許す。良きに計らえ」

 

「はい。良きに計らいますね。それと私の事も沙知と同じ様に名前でお呼び下さいね」

 

「いや、あの、なんていうか…急にどうしちゃったの?悪いもので拾って食べちゃったの?」

 

綾の普段からの激変ぶりに、最初はいつものようにおどけて対応していた武志も素に戻って心配しだした。もちろん、あたしも綾の脳みそを心配する。

 

「ホントに綾どうしたの?最近暑かったから、脳みそ茹だっちゃったとか?」

 

「僕は拾い食いの方だと思うんだけど、カラフルなキノコを食べてパワーアップするのはゲームの中だけだよ?」

 

「ねえ、2人とも『親しき仲にも礼儀あり』という言葉をご存知かしら?」

 

「「なにそれ?」」

 

「うふふ、2人はバカップルね」

 

「綾、それって意味が違うと思うんだけど?」

 

「あっと、ごめん。今日は僕、日直だから先に行くね。そうだ。さっき言ってなかったよね。おはよう、沙知」

 

「うん。おはよう、武志」

 

「それじゃ、もう一度。おはよう、綾」

 

「はい、もう一度おはようございます。武志さん」

 

「あはは、じゃあ先に行くね」

 

武志は、少しおどけたように笑うと駆け足で教室に向かった。

 

「ねえ、綾。急にどういう心境の変化なの?もしかして、あたしのお父さんの件で神凪への見方が変わっちゃったとか?」

 

「私の父は、神凪宗家の屋敷の周辺警備を主に担当しているの。その父から聞かされた話をしてあげる」

 

綾はあたしの疑問に答えるのではなく、突然、別の話をしだした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日は神凪宗家の屋敷内にて警戒の任に就いていた。

もちろん、神凪宗家の屋敷を狙うような愚か者など、この任に就いてから随分と経つが1人としていなかったが、手を抜くことなどありえなかった。

 

その日の午後に奇妙な二人連れが、屋敷を訪れた。

1人は、神凪一族に於いて『分家最強の術者』と名高い男性だった。

彼は別に問題はない。

これまでも幾度となく訪れているのだから。

 

奇妙に思ったのは、彼が連れている子供の方であった。特にその子供に不審があるわけではない。

恐らくは『分家最強の術者』が最近弟子にしたという、彼の甥だと思われたからだ。

 

ただ、彼のような幼い者が、神凪宗家の屋敷に初めて訪れていながらも、些かも畏縮することもなく、いや寧ろ覇気さえ纏っているかのように感じられたのだ。

 

そんな考えに囚われた直後、私は自分の考えに笑ってしまった。

あの様な幼い子になにを思っているのかと…

 

頭を振ってから彼を見直してみれば、私の娘と変わらぬ年に見えた。

私の娘は幼いながらも聡く、風牙衆の現状を正しく理解していた。

普通の家庭に生まれていれば、優れた子として幸せに暮らせていただろう。

だが現実では……いや、これ以上は考えてはならぬことだ。

私は気を取り直して任務に専念するため彼等に意識を戻した。

 

そして私は、

 

これ以上はないだろうという驚きを受けた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「武志さんは、宗主の胸倉を掴んだまま、こう叫んだそうよ」

 

『宗主にとって神凪一族とはなんだ!家族じゃないのか!』

 

『一族にとっての宗主とはなんだ!親ではないのか!』

 

『親ならば子供の行いの責任をとりやがれっ!』

 

「その後も色々とあったらしいけど、詳細は流石に教えてもらえなかったわ。ただ、武志さんが宗主を動かして、結果として沙知のお父様の捜索は成された。それだけで十分よね」

 

そこまで語った綾の顔には、隠しようもないほどの嬉しさに彩られていた。

 

「もっとも、武志さんの名前は表に出ていないわ。混乱を避けるためには当然な処置よね。たかだか小学1年生の言葉に宗主が動かされたなんて知れれば、どんな騒動が起こるかなんて想像したら楽しいわね」

 

嬉しさを露わにする綾とは対照的に、あたしは困惑に苛まれていた。

 

「あの、でも、だって、どうして武志はそんな無茶な事をしたのよ!?」

 

いくら武志が同じ神凪一族だといっても、宗主に直談判など許されないだろう。しかも宗主の胸倉を掴むなんて、下手をすれば一族を追放されてしまうかもしれない。

 

「ど、どうしよう!武志が追放とかされちゃったら!?」

 

「沙知、落ち着きなさい。今さっき本人が平気な顔で登校してきたでしょう」

 

あたしはどれだけ慌てていたのだろう。もしも武志が処分を受けるのならとっくに受けているだろうに。

 

「でも、どうして武志は、お父さんを助けてくれたんだろう?宗主に逆らうことになるかもしれない危険を侵してまで」

 

あたしには分からなかった。

確かにあたし達は…神凪と風牙衆ではあるけど、友達だといえる関係だと思う。でも、そこまでの危険を侵してまで助けてくれる関係かといえば、それは違うだろう。

 

「ふふ、沙知はその理由を知っているはずよ」

 

綾は意味深に笑っている。正直言って気持ち悪い笑みだった。

 

「気持ち悪いだなんて失礼ね。そんな事を言うんなら教えてあげないわよ」

 

「綾は知っているの!?」

 

驚くあたしに綾は、先ほどよりも気持ち悪い笑みを浮かべる。

 

「父が最後に教えてくれたのよ。細かい事を教えられない代わりにってね」

 

「あたしにも早く教えてよ!」

 

「うふふ、私の笑みを気持ち悪いだなんて今後言わないのなら教えてあげるわ」

 

「言わない!絶対に気持ち悪いだなんて言わないからっ!」

 

うん。綾の笑みは気持ち悪いを超えて、だんだんと不気味な笑みになってきたからね。

 

「何故かしら。教える気が無くなったわ」

 

こいつエスパーかっ!?

 

「ごめんなさい。教えて下さい」

 

「うふふ、素直でよろしい」

 

「もうっ、なによそれ」

 

あたし達はなんだか可笑しくなり、2人で笑いあってしまった。

 

「ふふ、それじゃあ、教えるわね」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

全ての話が収まった後に、宗主は彼に尋ねた。

それは、風牙衆の誰もが聞きたがる問いであっただろう。

神凪一族である彼が風牙衆を……己の全てを捨てる程の覚悟を持って助けようとする理由とは何なのかを。

 

そして私は、

 

驚きというものに上限がないことを知った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

『友達を助けるのに理由なんていらないよね』

 

武志は宗主の問いに対して、少しおどけたよう笑いながらそう答えたそうだ。

 

「武志ってバカだ」

 

「ほらね、沙知は理由を知っていたでしょう」

 

綾はこれ以上はないという程の嬉しそうな笑顔をみせる。

 

「武志って本物のバカだ」

 

「そうね。きっと彼は神凪一族とか風牙衆とか、そんなもの歯牙にもかけないほどのバカなのね」

 

綾は見た事もないほどの優しい笑顔をみせる。

 

「あんなバカ…放っとけないよ」

 

「そうね。あんな優しいバカを放っとけないよね。ふふ、だって私達は友達だもん」

 

綾は少しおどけたように笑った。

 

まるで、いつものあいつのように…




風牙衆の女の子コンビが主人公に好意的なのをうまく表現出来ていれば良いのですが。うまく伝わったでしょうか?


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武志による登場人物紹介(15話まで)

・大神武志(主人公)

 

一応は本作の主人公かな。

『努力』『友情』『勝利』を信条に気に入った奴はどんな手を使っても助けるし、気に入らない奴にはどんな手を使っても勝利してみせる。

 

幼き頃に手に入れた前世の知識を武器に、この世知辛い世の中を渡っている。知識が武器になっている気があまりしないけど、きっとそれは気のせいだと思う。

 

炎を操る生まれ持った異能を持っているけど他の術も修行中だよ。

将来は脳筋ではなく、頭脳派と呼ばれたいかな。

 

 

・大神操

 

大好きで大事なお姉ちゃん。

 

穏やかで優しい性格だけど、芯の強い女性。主人公のお嫁さん候補筆頭。

 

原作組だけど原作通りには絶対にさせないよ。

 

 

・大神武哉

 

自称常識人の兄さん。

 

父上と日々、雪合戦の練習をしているみたい。

 

操姉さんに弱い。きっとシスコンに違いない。変態め。操姉さんは僕が護ってみせる。

 

原作組。原作では大した見せ場もなく退場した。噛ませ犬だね。

 

 

・神凪和麻

 

原作チート。

 

早く覚醒しろ。

 

 

・神凪綾乃

 

原作ヒロイン(?)

 

本作でも猛々しい性格は健在だけど、お茶目な部分も強化された。きっと、可愛い弟分が出来たからだね。

 

原作コンビを本作でも是非とも結成してもらい、合体必殺技『生きたガスバーナー』を再現してもらいたいものだ。

 

 

・未風綾

 

礼儀正しい女の子…と見せかけて毒も吐ける女の子。

 

料理が上手でよく弁当を作ってくれる。

 

僕の友達だ。

 

オリジナルキャラ1号。

 

 

・風木沙知

 

活発な女の子…と見せかけて寂しがり屋の女の子。

 

ファザコン疑惑があるらしい。

 

僕の友達だ。

 

オリジナルキャラ2号。

 

 

・大神雅人

 

僕の脳筋師匠。

 

噂によると分家最強の術者らしい。

 

原作組。原作では説明キャラかと思ったらあっさり首チョンパ。あ、僕もだ。

 

 

・宗主

 

原作キャラ。原作通り本作でも親バカは健在なり。

 

原作では義足になっているせいで、戦力外通知をもらっている。

史上最強と謳われている神凪の最強戦力なので、本作では何とか現役続行してもらいたい。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「名前が出た人は、これで全員だよね。何だか登場人数が少ない気もするけど、原作組でまだ未登場の人も多いから仕方ないよね」

 

「俺の家族は出ないのか?」

 

「和麻兄さんの父上なら多分出るかもね」

 

「多分なのか、神炎使いは貴重な戦力だろ?」

 

「戦闘があればね」

 

「ないのかよっ!?」

 

「さあ、分かんないから保留だよ。和麻兄さんの父上だと、面白い掛け合いも出来そうにないしね」

 

「そんな理由なのかっ!?」

 

「弟君なら僕のすぐ下くらいの年齢設定でいいよね」

 

「決めてないのかよっ!?」

 

「その辺りは臨機応変にしたいなぁって」

 

「適当かよっ!?」

 

「和麻兄さんの叫び芸も板についてきたよね」

 

「芸じゃねえよっ!?」

 

「それじゃ、お後がよろしいようで」

 

「勝手に終わんじゃねえよっ!?」



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16話「真打ち登場!」

新キャラ(?)が登場します。


緩くウェーブした黄金の髪。

鮮やかに輝く碧玉の瞳。

お伽話から抜け出てきたお姫様のような彼女は、好奇心に顔を輝かせていた。

そして、少し拙いながらも一生懸命に日本語で挨拶をしてくれた。

 

「初めまして、貴方が日本から来てくれた神凪の方ね。わたしがキャサリンです。仲良くしてもらえたら嬉しいわ」

 

「初めまして、この度はご招待して貰えて嬉しいよ。僕の名前は大神武志だよ。僕の事は武志と呼んでほしいな。君のこともキャサリンと呼ばせてもらってもいいかな」

 

「もちろんよ、武志。長旅でお疲れでしょう。お部屋までわたしが案内するわね」

 

僕の言葉に嬉しそうな笑顔を見せてくれた彼女は、僕の手を引っ張るようにして部屋まで案内してくれた。

 

「うふふ、本当に武志が来てくれて嬉しいわ。世界最高の炎術師である神凪の方が、我が家の招待を受けてくれるなんて夢みたいだわ」

 

無邪気に笑いながら好意の込もった瞳を向けてくれる彼女は、アメリカの炎術師の名門であるマクドナルド家の娘だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

アメリカから一枚の招待状が神凪に届いた。

それが全ての始まりだった。

 

神凪は当初、その招待状を無視することに決めていた。

たかだかアメリカの新興の炎術師が、神凪に対して手紙一枚で呼びつけようなどと思いあがりにも程がある。

それが、神凪の重鎮達が出した答えだった。

 

僕がその招待状を知ったのは唯の偶然だった。

綾乃姉さんと遊ぶため、屋敷を訪れたときに放置されていた招待状を見つけたのだ。

招待状を読んでみたら、アメリカの炎術師の家で娘の誕生日会を行うので、同じ炎術師として交流を持つ意味も含めて、招待したいというものだった。

 

もちろん費用は全て持つとの事だ。

 

「綾乃姉さんっ、これからの時代は炎術師もグローバル化の時代だと思うんだよ。伝統も大事だけど、それは世界の流れに目を向ける事を疎かにしていい事と同じ意味じゃないと僕は思うんだ!」

 

「つまり、丁度夏休みだからアメリカ旅行に行きたい。と言ってるのね」

 

綾乃姉さんは呆れた目で僕を見た。

 

「あはは、こういう招待を神凪宗家が軽々しく受けるのは問題だろうけど、分家の子供なら炎術師同士の付き合いのうちじゃないかな?」

 

「もう、仕方ない子ね。武志だけアメリカに行かせるのは心配だけど、私も明日からお父様と旅行だから武志を一人ぼっちにさせちゃうもんね」

 

綾乃姉さんと違って、僕は友達多いんだけどなぁ。と思った事はもちろん口には出さない。

 

「本当なら武志も私達の旅行に連れて行ってあげたいんだけど……お父様が涙目で反対するのよ。男の子を連れて行くのを」

 

綾乃姉さんは『武志は弟同然なのに呆れるわよね』と続けたあと、少し考えてから僕がアメリカに行けるようにお父様に頼んであげると言ってくれた。

 

こうして、僕のアメリカ旅……いや、炎術師として交流を行うという大役を請け負うことが決まった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「これがわたしの守護精霊よ!」

 

キャサリンがマクドナルド家自慢だという、守護精霊を見せてくれた。

 

キャサリンいわく守護精霊というのは、一群の精霊を仮想人格に統御させることで一個の生物と見立て、それを使い魔として使役する術だということだ。

 

マクドナルド家は守護精霊の研究に関して、最先端をいく第一人者といえる家なのよ。と、キャサリンは誇らしげに教えてくれた。

 

「ドラゴンの姿をしているんだ。あはは、なんだか可愛いね」

 

「うん、そうでしょう。名前はアザゼルって言うのよ」

 

僕が彼女のドラゴンを褒めると嬉しそうにドラゴンの名前を教えてくれた。

 

「へえ、このドラゴンはアザゼルっていうんだ。よろしくね、アザゼル」

 

僕がアザゼルに挨拶するとキャサリンは、ビックリしたような顔になった。

 

「ね、ねえ…武志は守護精霊に話しかけるのは変だと思うかしら?」

 

「ううん、別に変じゃないと思うけど。僕もこうして普通に話しかけたよ。それに自分で守護精霊が使えたら日常的に話しかけると思うよ」

 

「ほんとに!?本当に武志は変じゃないと思うのっ!?」

 

キャサリンは、何故か顔を輝かせながら興奮して聞いてくる。

 

「うん。一緒に戦う相棒なら話しかけるのは当然だよ」

 

「そうなのよ!守護精霊は相棒ですもの!ただの武器じゃないんだから話しかけるのだって当然なのよね!」

 

「そんなに興奮するような事かなぁ。ねえアザゼル。前言撤回してもいいかな、君のご主人様って変だね」

 

「うふふ、わたしが変なら武志も変なんだからね。そうだよね、アザゼル」

 

何故か嬉しそうに笑うキャサリン。

 

これが、アメリカの炎術師。キャサリンとの出会いだった。




武志「マクドナルド家か…どこかで聞いたような名前だな」
綾乃「ハンバーガー屋じゃないの?」
武志「綾乃姉さん。人様の名前を茶化したらダメだよ」
綾乃「うっ、ごめんなさい」

和麻「ぷっ(年下に言われてるよ)」

綾乃「聞こえてるわよっ!そんなに燃やされたいのかしら!」

和麻「ひぃっ!?本当に炎術を使うなよっ!?」


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17話「将来の約束」

最初だけ三人称です。


パーティー会場に現れたのは、まるでお伽話から出てきたような可憐なお姫様だった。

普段は下ろされている黄金の髪は綺麗に結い上げられており、頭には上品なティアラが輝いていた。

お姫様は真紅の華やかなドレスを身に纏い優雅な身のこなしで歩を進める。

 

お姫様をエスコートするのは、黒髪黒目の少年だった。

年頃は僅かにお姫様よりも下のように見えたが、そんな事を感じさせない落ち着いた雰囲気を漂わせている。

二人が寄り添う姿は初々しく、会場の人々を和ませた。

 

会場の前方まで進むと二人は離れ、お姫様は鮮やかに輝く碧玉の瞳を輝かせながら挨拶に臨む。

 

お姫様は緊張で顔を赤くしながらも、立派に自分の誕生日会での挨拶をやり遂げた。

 

そんなお姫様の傍らにいつの間にか寄り添っていた少年の手が、目立たないようにお姫様の手と繋がれていることに気付いた人々は温かい気持ちになった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ふわぁ、緊張したぁ。噛みまくりで恥ずかしいわ」

 

「そんな事ないよ。見てて格好良かったよ」

 

「もう、こういう時は『綺麗だったよ』て、言う場面よ」

 

「キャサリンが綺麗なのは当たり前だよ。初めて会ったときは『お伽話から出てきたお姫様』かと思ったもの」

 

「うふふ、日本人はシャイだって聞いていたけど武志は違うのね。もしかしてプレイボーイの素質があるのかしら」

 

「あれ、こういう時は『貴方も王子様みたいだっだわ』て、いう場面だよ」

 

「武志が王子様みたいなのは当たり前よ。初めて会ったときに、わたしは運命を感じたもの」

 

「あはは、キャサリンには勝てないなぁ」

 

キャサリンは、してやったりと言わんばかりに得意気な顔になる。

その生意気そうでありながら可愛い表情に周囲の人々まで微笑んでいる。

 

キャサリンと談笑をしていると会場に音楽が流れ始めた。どうやらダンスタイムが始まったようだ。

僕は残念ながらダンスを踊ったことがないので辞退している。

 

「キャサリンが主役なんだから踊ってきなよ」

 

僕がそう言うとキャサリンは悲しそうな顔になった。

 

「会場までエスコートをしてくれた貴方が最初のパートナーになってくれないなんて。もしかして、わたしは嫌われているのかしら。だとしたらわたし悲しいわ」

 

よよよ。と、わざとらしく泣き真似まで始めるキャサリン。

 

「パーティーが始まる前に、僕はダンスを踊ったことがないからパートナーを務めるのは無理だって言ったよね?」

 

「でも、やっぱり貴方と踊りたいもの」

 

「僕と踊ったりしたらキャサリンに恥をかかせてしまうよ。僕は君にそんな思いをさせたくない」

 

「大丈夫よ。ここに来ているのはマクドナルド家に連なる人達ばかりだから笑ったりしないわ」

 

「キャサリン、君は名門マクドナルド家の名を背負ってるんだよ。たとえこの場で笑われなかったとしても、見てた人達は『ダンスも踊れないような者をパートナーに選ぶ程度の人間』だと君の事を思うようになる。こういう些細な事でも積み重なれば、名門マクドナルド家まで侮られる事に通じかねない。僕にはそれが耐えられないよ」

 

「武志、あなたは……ありがとう。わたしの事だけじゃなくて家の名誉の事まで考えてくれていたのね。なのにわたしは自分の事ばかりで……恥ずかしい」

 

キャサリンは俯いてしまう。

 

「キャサリン。予約をさせてくれないかな?」

 

「予約?」

 

僕の言葉にキャサリンは顔を上げてくれた。そして、不思議そうに顔を傾げる。

 

「来年のキャサリンの誕生日パーティーまでには絶対に踊れるようになってみせる」

 

僕はキャサリンを手を握りながら言う。

 

「だから来年の誕生日パーティーでの『お伽話から出てきたお姫様』の最初のダンスパートナーになる栄誉…その予約をさせてほしい」

 

「武志…」

 

キャサリンは暫く呆然としていたが、ハッとした後、ニコリと笑ってくれた。

 

「マクドナルド家では10才の誕生日パーティーから社交界にデビューする習わしなの」

 

たしか今日はキャサリンの10才の誕生日パーティーだった。

 

「わたしは社交界デビューを一年遅らせるわ。貴方には『来年の誕生日パーティーの最初のパートナー』ではなく、わたしの本当の意味でのパートナーになってほしいの」

 

わざわざ一年も社交界デビューを遅らせてまで今日と同じ状況にしてくれて、社交界最初のダンスパートナーに僕を選んでくれるなんて、キャサリンは義理堅いんだな。

 

「嬉しいよ、キャサリン。言っておくけど後で訂正してもダメだよ。キャサリンは僕のパートナーに絶対になってもらうからね」

 

「うん。わたしは貴方に相応しいパートナーになれるように頑張るわ」

 

今でもダンスを踊れるキャサリンが頑張るのか?

そのダンスに付いていくために僕はどれだけ頑張らなきゃいけないんだ?

でも、流石にここで情けない返答はできないよね。

 

「ありがとう。僕こそ素敵な『キャサリン・マクドナルド』に相応しい相手になれるように頑張るよ」

 

僕の言葉に『キャサリン・マクドナルド』は、お姫様のようにではなく、普通の10才の女の子らしい…

 

可愛い笑顔を見せてくれた。

 

 




綾「武志さんは仕方のない方ですね」
沙知「嫁候補が増えたね」
綾「あら、沙知は冷静ですね」
沙知「どうせ日本に帰ってきたら忘れちゃうよ。10才の一年間は長いよ」
綾「それはどうかしらね」
沙知「どういう意味よ?」
綾「キャサリンさんはマクドナルド家のご令嬢よね」
沙知「そうだね。きっと色んな人が周りにいてるから武志のこと直ぐに忘れちゃうよ」
綾「キャサリンさんは火の御子様と同じ状況だと思うの」
沙知「お嬢様は『ぼっち』てこと?」
綾「うふふ、それにお嬢様が…あら、もう時間だわ」
沙知「途中で話を止めないでよ!」


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18話「英雄とわたし」

ある少女の視点です。


わたしが生まれた家は、名門といわれる炎術師の家系だった。

 

幼い頃は炎術師というものがよく分からなかった。

 

わたしは周りの大人達に言われるがままに修行をさせられていた。

わたしにあるのは修行だけだった。

そんな毎日だけど、わたしにはそれが当たり前だったから何も思わなかった。

 

ただ、部屋の窓から他所の子供達が楽しそうに遊んでいるのを見ると…

 

なぜか胸の奥が変な感じになった。

 

だから、窓はカーテンを閉めたまま開けなくなった。

 

 

ある時、伝説の炎術師の話を聞いた。

 

伝説は語る。一人の英雄の活躍を。

 

伝説は語る。一人の人間の苦悩を。

 

伝説は語る。一組の男女の物語を。

 

伝説は語る。精霊と人間の友情を。

 

後にわたしは知ることになる。

 

伝説は真実だということを。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

わたしの生まれた家は、アメリカでは名門といわれる炎術師の家系だった。

 

成長と共に少しずつ炎術師の世界を知るようになる。

 

わたしの周りにはたくさんの人達が集まっている。

わたしが新しい炎術を覚えるたびに周りの人たちは凄く褒めてくれる。

 

わたしの家はお金持ちだった。凄く大きな屋敷でたくさんの人達に囲まれている。

わたしの周りの人達は、皆んな楽しそうに笑っている。

だからわたしも一緒に笑う。

笑いながらわたしは不思議に思う。

 

どうして、人は楽しくもないのに笑うのだろう。

 

 

ある時、日本という国を知った。

 

英雄がいた国だった。

 

人が精一杯生きている国だった。

 

好きな人と結ばれることが許される国だった。

 

精霊と人が共存している国だった。

 

わたしは憧れる。

 

わたしは学ぶ。

 

彼の国の言葉を。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

わたしの生まれた家は、アメリカでしか名門といわれない炎術師の家系だった。

 

だけど、我が家が世界一と誇れるものがあった。

わたしが胸を張れるものがあった。

わたしが幼い頃から頑張り続けた結果があった。

 

わたしの、

 

 

たった一人のお友達。

 

 

「おはよう。今日もいい天気ね、アザゼル」

 

わたしが頑張ったから生まれてきてくれた、アザゼル。

 

わたしと共に戦ってくれる、頼もしいアザゼル。

 

わたしに撫でられて気持ちよさそうにする、可愛いアザゼル。

 

わたしは、わたしのお友達を英雄に見て欲しかった。

 

 

「わたしの誕生日パーティーにご招待すれば来てくれるかしら?」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「どうして神凪家に招待状を送ってはいけないのですか?今までは交流がなかったとしても同じ炎術師の家なのだから友好を求める事は変な事ではないでしょう」

 

「同じではありませんよ、お嬢様。神凪家は炎術師として世界の頂点とされる家系なのです。火の精霊王の加護をうけた唯一の存在なのですよ」

 

「だからこそ友好を求めているのよ。わたし達新興の家ならばこそ、神凪家から学べることは多いはずよ」

 

わたしが神凪家に招待状を送りたいと口にすると家の者達が一斉に反対をした。

曰く、家格が違いすぎると。

 

「それに一方的に依存をしたいわけじゃありません。我が家にも誇れるものがあります」

 

そう。家の歴史ではたかだか200年しかない新興の我が家だけど、研鑽に研鑚を積み重ねてきたものがある。

 

「お嬢様、それは…」

 

我が家で家令を務める男性が、何故か口を濁す。

 

「日本では守護精霊の研究は殆どされていないと聞いています。確かに炎術師としての実力では、マクドナルド家は神凪家に遠く及ばないでしょう。ですが、守護精霊の研究ならばマクドナルド家は世界でも最高峰、他の追随を許しませんわ」

 

わたしは自負をもって胸を張る。

代々のマクドナルド家の者達が全ての情熱を賭して研究に没頭し、人生の殆どをその研鑚に捧げてきたのだ。

わたし自身も幼い時から守護精霊の術に触れ研鑚し練磨してきた。

 

「神凪家が世界の頂点の炎術師の家系ならば、我がマクドナルド家は世界の頂点の守護精霊研究の家系ですわ。たとえ神凪家の千年を超える歴史にも、我がマクドナルド家の研鑚の歴史が負けるなどと卑下するつもりはありませんわ」

 

わたしは神凪家に敬意と憧れを持っているけれど、だからといってマクドナルド家を下に見る気はない。

 

精霊と人が対等なパートナーであるのと同じように、神凪家とマクドナルド家も対等なパートナーになりたいからだ。

 

もちろん、不足する実力は努力で補おう。神凪家のパートナーとして足りぬと侮られぬように研鑚を積み重ねよう。

200年で足りぬなら400年。

400年で足りぬなら800年。

800年でも足りぬなら永遠でも積み重ねよう。

わたし達はそうやって生きてきたのだから、

これからもそうやって生きていく。

 

「ですから招待状を送ってみてもいいでしょう?ダメだったとしても無視されて返事がないだけよ。ダメ元でいきましょう!ねっ!」

 

「はぁ、お嬢様は妙な理屈を言い出されたときは絶対に引かれませんよね。分かりました。招待状は送っておきます。ただし、本当に無視されても日本に怒鳴りこみに行ったりしないとお約束して下さい」

 

「やあね。そんな淑女にあるまじき行為は致しませんわ。うふふふ」

 

 

わたしは勝利した。ぶいっ!

 

 

 




綾乃「私の出番が少ないわね」
操「私の方がもっと少ないですよ」
綾乃「あんたは武志の嫁候補筆頭じゃない」
操「武志は母親がいない分、お姉ちゃん子なだけですよ」
綾乃「あれ、武志の母親って生きているよね?」
操「子供を育てる気のない方ですから」
綾乃「あ…そうなんだ」
操「さすらいのギャンブラーなんですよ」
綾乃「何よそれっ!?」


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19話「伝説との邂逅」

ある少女の視点パートツーです。


1日目

 

「お返事は届いているかしら?」

 

「まだでございます。お嬢様」

 

「うふふ、早くこないかなぁ」

 

「恐縮ながら、お嬢様。昨日郵送したばかりですので、まだ先方の手元にすら届いていないと思われます」

 

「まあそうなの、やっぱり直接出向いた方が良かったかしら?」

 

「いきなり訪ねては先方のご迷惑となります。どうかご自重下さい、お嬢様」

 

 

 

一週間後

 

「まだお返事は届かないのかしら?」

 

「まだでございます。お嬢様」

 

「少し遅くないかしら?」

 

「恐らくは、突然招待状を送ってきた当家の調査を行っていると思われます」

 

「やはり日本に行こうかしら?そうすれば神凪家にも誠意が伝わると思うの」

 

「いきなり押し掛けては、大変迷惑だと思われます。どうかご自重下さい、お嬢様」

 

 

 

二週間後

 

「もしかしたら郵便事故で招待状が届いていないのではないかしら?」

 

「出席をご検討されておられても、神凪家ともなると出席する人間の選別にスケジュール調整など時間がかかるものと思われます」

 

「わたしが行って、ご相談に乗れないかしら?」

 

「いきなり部外者が乱入されては余計に混乱を招く事態になると愚考いたします。どうかご自重下さい、お嬢様」

 

 

 

三週間後

 

「もしかしてマクドナルド家の敵対勢力が妨害工作をしているのかしら?」

 

「その可能性も完全に否定はしきれません。残念ですが状況が掴めませんので、諦めることも肝要かと思われます」

 

「わたしが我が家の戦力を率いて敵対勢力を殲滅してくるわ」

 

「アメリカ国内でしたら如何様にも揉み消せますのでご随意にお暴れ下さい」

 

「日本に行って向こうに潜伏しているだろう敵対勢力を殲滅するのよ」

 

「マクドナルド家の戦力を連れていけば、いらぬ誤解を与えてしまう危険性がございます。どうかご自重下さい、お嬢様」

 

 

 

一ヶ月後

 

「もしかしたら、招待状を無視されているのかしら…」

 

「そのような事はないと思われます。ですが、先方には先方の様々な事情がございます。残念な結果となられても、どうかお気を落とされませんように、お嬢様」

 

「誕生日パーティーをいっその事、日本で行えば神凪家も出席しやすくて良いのではないかしら?」

 

「前言撤回を致します。少しぐらい落ち込んで余計な事を考えないようにお部屋でフテ寝でもしていて下さい、お嬢様」

 

 

そして、

 

「お返事が届いたわ!やはり日本の神凪家だから、日本流のお百度参りをしたのが良かったのね!」

 

「それは全く関係ないと思われます。お嬢様」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

神凪家からのお返事には、まずパーティーへの招待への御礼から始まり、返事が遅くなったことの謝罪へと続き、全体的にマクドナルド家への敬意が感じられるものだった。

 

「うふふ、流石は神凪家ですね。お手紙からも風格が感じられますわ」

 

憧れている神凪家が、我がマクドナルド家を尊重してくれていると思うと自然と笑みがこぼれてしまう。

 

「おかしいですね。あの神凪家が、このような誠意のある手紙を当家に送られるとは」

 

なんかうちの家令が、失礼な事を口にしているわね。

 

「神凪家に失礼な口をきくのは許しませんよ」

 

「申し訳ありません。どうやら私共の認識を改める必要があるようでございます……少なくとも今回、招待をお受け下さった御仁に関しては」

 

なにやら含みがありそうですね。

でもまぁ、いいでしょう。

礼儀を失するほど愚かな者ではありませんから。

さあ、そんな事よりも神凪家の方に恥ずかしくないパーティーの準備をしなくてはいけませんわ。

 

「先ずはわたしのドレスからですわ。任せていたドレスはどうなっていますの?間違ってもわたしのイメージに合わない、レースをふんだんに使った、頭がお花畑だと思われるようなフワフワドレスなどを用意してないでしょうね」

 

「もちろんでございます。お嬢様のイメージに合う真紅の落ちついたドレスを用意致しました」

 

「うふふ、流石ですね。では次に…」

 

わたしは、誕生日パーティーへと向けて準備を続けていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

誕生日パーティーの数日前、とうとう神凪家の方が来られる日を迎えた。

 

屋敷の玄関前に大型のリムジンが止まる。

いよいよ対面のときだ。

 

わたしは逸る気持ちを抑えて、マクドナルド家の淑女として相応しい、落ちついた雰囲気を崩さぬように細心の注意を払う。

 

車の扉がゆっくり開いていく。

 

 

そこには…

 

 

 

『英雄がいた』

 

 

 

 

伝説通りの黒髪黒目をもつ少年。

 

落ちついた雰囲気ながらも稚気を感じさせる風貌。

 

そして、何よりも

 

その従える圧倒的な火の精霊の数。

 

それは、マクドナルド家にて最高の天才などと呼ばれていたわたしを遥かに超えていた。

 

その火の精霊達は、彼の周りで楽しそうに踊っている。

 

次の瞬間、わたしは驚愕する。

 

わたしは目を疑う。

 

己の認識力を疑う。

 

彼は、

 

彼は、

 

彼はっ、

 

彼はっ、火の精霊達を!

 

 

 

『支配をしていなかった』

 

 

 

 

火の精霊達は自ら彼に従っていた。

 

火の精霊達は自ら楽しそうに踊っていた。

 

わたしが支配する火の精霊達も彼の元に行きたそうに踊り出す。

 

だけど彼は、わたしから火の精霊達を奪い取るような事はしなかった。

 

ただ、彼は微笑んでいた。

 

わたしの周りで舞う精霊達を見て微笑んでいた。

 

その微笑みはまるで、

 

異国の地で久しぶりに会う

 

古い友人に向けるようだった。

 

 

 

わたしは伝説を思い出す。

 

 

 

 

 

『精霊と人間の友情の物語を』

 

 

 

 

 

 

 

 




沙知「えへへ、武志ってば凄い奴だと思われているね」
綾「沙知は嬉しそうですね」
沙知「あれ、綾は嬉しくないの?」
綾「そうですね。私は少し心配です」
沙知「心配?」
綾「過大な評価は容易に失望へと繋がります。勝手な理想を押し付けて、そこから外れれば非難する。人は勝手なものですよ」
沙知「そんなの、それこそ勝手にさせたらいいんだよ」
綾「え?」
沙知「だってあたし達は武志が本当に凄い奴だって知ってるじゃん。他の奴らがどう思おうと関係ないよ」
綾「沙知……貴女の言う通りですわ。周りなど関係ありませんね。私達が武志さんを支えていけばいいだけの話ですわ」
沙知「綾は難しく考えすぎだよ」
綾「うふふ、今回は沙知に教えられましたね
沙知「えっへん!」


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20話「マクドナルド家」

ある少女の視点パートスリーです。


わたしは霊力を極限まで高めていく。

 

マクドナルド家の技術の粋を集めた秘術を展開させていく。

 

精霊魔術と儀式魔術が複雑に絡み合い昇華していく。

 

火の精霊達に新たな力が与えられていく。

 

幾百幾千の思考を繰り返し、

 

幾万幾億の試行を繰り返してきた。

 

我らがマクドナルド家の研鑽の果ての、

 

一つの答えがここに結実する。

 

さあ、英雄よ。

 

我がマクドナルド家が誇る魔術の真髄を

 

 

 

 

とくとご覧あれ。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

『よろしくね、アザゼル』

 

 

これまでに、

 

マクドナルド家の守護精霊を讃えた者は多くいた。

 

 

これまでに、

 

マクドナルド家の技術を盗もうとする者は数多くいた。

 

 

これまでに、

 

マクドナルド家を害そうとした者は数えきれないほどいた。

 

 

でも、彼は違った。

 

これまでの、

 

誰とも違った。

 

 

彼は…

 

ただ親しげに微笑みかけた。

 

 

 

 

 

『マクドナルド家の全ての想いの結晶に』

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「これが研究中の天使型守護精霊よ。ほら、空を飛べるのよ」

 

わたしは研究中の天使型守護精霊を顕現させると、その腕の中に収まり空を飛んでみせる。

 

「凄いね、炎術で空が飛べるだなんて」

 

彼は素直に感心してくれる。

 

「風術師と違って炎術師は飛べないと思われているけど、守護精霊を使えば風術師以上に自在に飛べるのよ」

 

わたしは言葉通りに上昇下降、急旋回などをしてみせる。

 

「飛行だけじゃなくて、この子は戦闘能力も高いわ」

 

空に向けて炎弾を連続で放つ。準備していた的に急接近してソードで斬り裂く。

 

「近接から遠距離、地上戦に空中戦。あらゆる状況、空間に適応できることが開発コンセプトなの」

 

本来なら秘密だけど、わたしは嬉々として最新の守護精霊を武志に自慢する。

 

「今はまだまだ研究中だけど、最終的には今までに類をみないほどの高性能な守護精霊にしてみせるわ」

 

わたしは守護精霊を見せるだけでは飽き足らず、守護精霊の命ともいえる仮想人格の術式まで懇切丁寧に説明する。

 

「なるほど。本来なら不安定な火をここまで安定させている秘密が仮想人格なんだね」

 

「そうですわ。人の精神では火を安定して具現化させるのにも限界がありますから」

 

火というのは、莫大なエネルギーを秘めているが、安定性という側面では他の精霊に劣ってしまう。

 

土なら言葉にしなくても最も安定しているのが分かるでしょう。

 

水は土よりかは劣るけど、人にとって身近なものだからイメージを維持しやすいわ。

 

風は目にこそ見えないけど、空気と同義だから常に包まれているわ。だからこそ最も運用も容易にできる。

 

でも、火というのは身近ではあるけれど他の土、水、風と違い触れる事が出来ない。

 

安定などという言葉とは無縁な莫大なエネルギーの塊よ。

 

実際にわたし達炎術師は、炎を安定して具現化するのが苦手だわ。

 

ガスバーナーのように炎を連続的に放つ事は出来るわ。

 

燃え続ける炎弾を生み出す事も出来る。

 

 

だけど変化をしない。安定して固定された炎を生み出す事は出来ない。

 

それは、変化をしない安定した炎。という概念を人では理解出来ないから。

 

精霊魔術は人の身でありながら、物理法則を凌駕する事が出来る奇跡のような術ではあるけれど、術者がイメージできない事はやはり出来いないわ。

 

だけど仮想人格なら、それが出来る。

現実ではあり得ないことでも疑問に思わない。組み上げられた術式通りにイメージを固定して維持が出来る。

 

人では実現不可能な領域へとわたし達を連れていってくれる。それこそが、守護精霊の基本にして真髄だった。

 

「炎の物質化をこれほど容易く実現させるだなんて……なるほど。マクドナルド家がアメリカ随一の名門と謳われるはずだよ」

 

武志の小さな呟きが聞こえた。

 

お世辞でも社交辞令でもない。

ふと溢れただけの呟き。

 

 

その彼の呟きにわたしは…

 

 

《千年を超える歴史を誇る一族。》

《世界で唯一、火の精霊に愛されし一族。》

《世界最高峰の炎術師の一族。》

 

彼の何気ない呟き。

 

彼の何気ない小さな賞賛。

 

 

『歴史浅き新興の一族』

 

『伝統なき下賤な一族』

 

『炎術師ではなく、ただの研究家』

 

『弱者の技を研究するしか能の無い、哀れな弱者の一族』

 

 

嘲笑と蔑むを受け続けたマクドナルド家の歴史。

 

 

 

 

彼の呟きに…

 

 

 

 

 

何故か…

 

 

 

 

 

わたしは涙を流していた。

 

 

 

 

 

 

 




綾乃「いつまでバーガー屋の視点なのよ!」
操「綾乃様。そのような物言いは武志が悲しみますよ」
綾乃「うっ!暴言だったわ。前言撤回するわ」
操「素直に謝って下さいね」
綾乃「ウググ…な、名前を茶化すような事を言って、ごめんなさい」
操「はい。よく出来ましたね。綾乃様も武志にとっては姉なのですから言動には注意して下さいね」
綾乃「分かっているわ。私は武志の憧れの姉だもんね!」

和麻「憧れ?」

綾乃「炎雷覇っ!」

和麻「それはまだ持ってないはずだろっ!?」

操「お二人とも、そこにお座り下さい。兄、姉としての心構えをお伝えしますわ」


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21話「考察と新たなる力」

アメリカ編が終わります。


キャサリンの誕生日会が終わった後、僕は今回のアメリカでの出来事を振り返っていた。

 

「マクドナルド家の守護精霊か…」

 

実をいうと僕は修行に行き詰まっていた。とは言っても別に成長が止まったわけじゃない。少しずつ成長は続いている。

何しろ僕の炎術師としての実力は分家の上位クラスに入りつつあると、師匠には太鼓判を押してもらっているぐらいだ。

 

でも不安に思うことがあった。

 

確かに僕は、他の分家の人達より厳しい修行をしていると思う。

でもだからといって小学生が大人達を含んだ分家全体で上位に入るだなんて、そんな事が普通ならあり得るだろうか?

 

僕には一つの仮説があった。

神凪一族の炎術師は火の精霊の加護を受けている。

この加護があるからこそ神凪一族は修行をしなくても自然と炎術を使えるようになる。

そして、ある一定のレベルの炎術師に殆どの者がなることが出来る。

 

そこで僕はふと気付いたことがある。

もしかして加護には決められた力の範囲があるんじゃないかと。

 

「分家には分家の。宗家には宗家の。それぞれの加護の力に決められた範囲があると考えれば色々と辻褄が合う気がする」

 

分家の力の範囲は狭くて宗家の範囲は当然広いだろう。

その範囲内なら比較的容易に実力をあげれるんじゃないかと推察した。

僕の修行レベルとほぼ同等の修行を行っている綾乃姉さん。

それなのに僕を遥かに超える力を綾乃姉さんは持っている

僕の力は綾乃姉さんに近づくどころか逆に差は開く一方だ。

 

それに対して分家の上位陣達は互いにほぼ同等の実力を持っている。まるで判で押したように実力が拮抗しているんだ。

これらの事を合わせて考えれば…

 

「僕は才能の上限に近づいているのかもしれない」

 

これが僕の不安だった。

精霊の加護によって生まれ持った炎術師としての才能。だけどそれには上限が設定されている可能性が高い。

だからこそ、上限までなら努力次第で驚くほど早く成長できるんだと思う。

でも逆に言えば、上限までしか成長出来ないことになる。

 

最初にこの事に気付いたときにはショックの余り引き篭もろうかと思ったぐらいだ。

僕の今の実力は、原作一巻で綾乃姉さんが簡単に倒した土蜘蛛を死闘の果てに何とか倒せるかどうかといった程度だろう。

原作が始まれば明らかに力不足だ。

 

でも幸いにして引き篭もる前に僕は例外に気付く事ができた。

それは『分家最強の術者』の存在だった。

師匠の実力を分家の上位陣と比べてみると明らかに抜きん出ている。

師匠は間違いなく分家の才能の限界を超えているだろう。

それは何故か?

 

僕はここでも仮説を立てる。

神凪一族は精霊に与えられた加護、つまり才能を持っている。だけどこの才能とは別に、『本人が生まれ持った才能』を併せ持っていて、加護による才能の上限に達した者は、自分自身の本来の才能による成長が始まるんじゃないか?という仮説だ。

 

この仮説なら神凪宗家に神炎使いが千年の歴史でも僅かしかいない事にも説明がつくだろう。

神炎は、宗家が与えられている加護の範囲に収まらない程の力だという事だ。

『加護の力』と『本人の力』が足される事によって初めて発現出来るのだろう。

きっと神炎を発現出来る程の『本人の力』は、天才レベルの力が必要だから僅かな人間しか到達出来ないんだと思う。

 

この仮説が正しければ分家の上位クラスに達してからが本当の勝負だ。

僕が本来持つ才能次第では宗家の力に近付けるかもしれない。

もちろん道は果てしなく険しいと思うけどね。

 

そして、ここで話が冒頭に戻る。

 

「最近、成長速度が落ちてる」

 

考えてみれば当たり前の話だろう。

分家の上位といえば(宗家と比べればこそ雑魚に感じるけど)炎術師の世界ではトップクラスの実力だ。

トップクラスに達してから更に実力を上げるのは、たとえそのための才能があっても容易ではないことは簡単に想像がつくだろう。

僕の成長速度が落ちてきたのも当然かもしれない。

とはいっても納得するわけにはいかない。

 

そんなこんなで悩んでるときに今回の招待の話を知り、気分転換をしたくて強引に綾乃姉さんに頼んだけど、

 

「守護精霊は修行にうってつけだよね」

 

どうやら僕は運が良いみたいだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「武志、頑張ってね」

 

「あれだけキャサリンに手伝って貰ったんだから、必ず成功させてみせるよ」

 

誕生日会から数日後、僕はまだマクドナルド家に滞在していた。

キャサリンと遊…親交を深めつつ、守護精霊を身につけるために修行をするためだ。

キャサリンは非常に好意的で、修行にも積極的に協力してくれた。

 

この修行では、和麻兄さんから教わっていたことも役にたった。

守護精霊には精霊魔術に加えて儀式魔術も必要だったからだ。

和麻兄さんから基礎を予め教わっていなかったら、いくらキャサリンの協力が有っても流石にこの旅行中に守護精霊を発現出来るレベルにはなれなかっただろう。

 

「じゃあ、いくよ」

 

僕は霊力を極限まで高めていく。

 

キャサリンに教わった秘術を展開させていく。

 

精霊魔術と儀式魔術が複雑に絡み合い昇華していく。

 

火の精霊達に新たな力が与えられていく。

 

そして、

 

僕の守護精霊が誕生した。

 

 

「初めまして、火武飛(カブト)」

 

 

火武飛は僕の声に応えるかのように僕の頭の上で、その逞しい角を勇ましく聳え立たせていた。

 

「やっぱりカブト虫は格好いいよね!」

 

僕の興奮した声にキャサリンは珍しく微妙な顔をしていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

キャサリンside

 

武志の頭の上にカブト虫が乗っていた。

 

「初めまして、火武飛」

 

武志は嬉しそうに挨拶するけど頭上のカブト虫は反応してくれないみたいね。

 

「でも凄い霊力を込めたのね。カブト虫を構成する精霊の数が桁違いだわ」

 

普通、虫型の守護精霊といえば炎術師の苦手な探索を行わせるために使うけど、その場合は込める霊力を最低限にするのが一般的よね。多く霊力を込めても意味がないもの。

 

「もちろんだよ。火武飛は昆虫の王様だからね!」

 

頭の上に火武飛を乗せたまま、武志はドヤ顔で言い放つ。

 

こ、こういう時の男の子には、優しく微笑むのが淑女の嗜みね。

 

「うふふ、王様だから強そうなのね」

 

「そうだよ。最強で最速で最高なのが火武飛だからね!」

 

武志は嬉しそうにしている。

やっぱり男の子には優しい微笑みが効くわね。

 

「火武飛は空を飛べるし、探索も出来る。しかも発熱しての体当たりと防御も出来るからね。向かうところ敵なしだよ!」

 

カブト虫が空を飛んで体当たりをするのね。立派な角だから痛そうだわ。

 

空を飛べるから探索も出来るはずよね。隠密行動は羽音が賑やかだから無理そうだけど。

 

カブト虫とはいっても構成しているのは火の精霊だから発熱は得意技ね。これは良さそうだわ。

 

防御は発熱している状態ならそれなりに有効かもしれないわ。たぶん…

 

不味いわ。

発熱しか褒めるところが思いつかないだなんて。

『火の精霊で構成したカブト虫が発熱出来るなんて凄いわ』

これって褒め言葉になるのかしら?

下手すると唯の嫌味に聞こえちゃうわよね。

 

「火武飛の実力を見せてあげるよ!」

 

わたしがウンウン悩んでいると武志がカブト虫を空に放った。

 

「僕の火武飛が真っ赤に燃える!」

 

武志が叫ぶとカブト虫から凄まじい熱が発せられた。

まるで空間自体が焼ける音が聞こえそうな程の熱だった。

もしこのまま体当たりをされたら、わたしでは一撃すら耐えられないだろう。

 

「行け!高速機動を見せてやれ!」

 

武志が叫ぶとカブト虫はブーンブーンと大空を飛び回る。その速度は本物のカブト虫よりかは速かった。

 

「近くにいる妖魔を探し出せ!」

 

カブト虫はブーンブーンと武志とわたしの周りを無意味に飛び回る。

もちろん妖魔なんて見つけられない。

 

「どうだい、僕の火武飛は!」

 

「発熱が凄かったわ!」

 

わたしはカブト虫の発熱をべた褒めした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

武志side

 

火武飛の仮想人格のおかげで、僕は制御に意識を取られることなく、感覚的にはほぼ自動的に霊力を消費し続ける事が出来るようになった。

 

そのことにどんな意味があるかといえば、それはただの負荷だったりする。

 

僕は火武飛の数を増やして常時8匹を使役することにした。

一匹に対して僕の1割程度の霊力を割り当てている。

僕の霊力が回復すれば自動的に火武飛に流れ込み、火武飛の仮想人格が制御を受け持ってくれる。

余剰の霊力は火武飛に蓄えられて必要な時に自動で使ってくれる。

 

つまり今の僕は火武飛という負荷によって、本来の2割程度の霊力に落ち込んでいるわけだ。

しかも、この状態で霊力が成長しても火武飛に流れ込むのは、常に僕の霊力全体に対して合計8割になるようにしている。

 

霊力というのは消費すれば回復時に僅かに増加するため、消費し続けるというのは効率的な修行になるのだった。

 

それに火武飛を構成している精霊の数は、僕の1割の霊力で全力を出せる数にしているから、これもまた僕の霊力が上がれば精霊の数を増やすようにしている。

 

僕の場合、霊力の増加量と精霊の制御量の増加率は殆ど変わらないことが、今までの修行でわかったからこの方法を思いついた。

 

少しずつ霊力が増えて、それに伴い精霊の制御量も増える。

これを24時間365日ずっと続ければ、きっと凄いことになるだろう。

 

後は、この方法では強化出来ない精霊力と呼ばれる。精霊との親和性を高める修行に専念すればいいだけだ。

 

僕は未来に光が見えた気がした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「 寝言なら寝てから言いなさいっ!この大馬鹿者がっ!」

 

僕はキャサリンに正座させられていた。

 

「そんな無茶苦茶な修行に人の身体と精神が耐えられるわけがないでしょう!」

 

僕は日本に帰る前日にキャサリンにだけは考えた修行方法を教えておこうと思った。

別に効率的な修行方法を独り占めしたいわけじゃなく、多少危険性もあるから同じ修行方法を思い付いても安易にしないように忠告をしようと思っただけだ。

 

「危険性を分かっていながら実行する貴方は何なんですかっ!わたしに忠告をするぐらいなら貴方も即刻止めなさいっ!」

 

「それは出来ない。危険性は承知の上だよ」

 

このまま時間が経てば、この世界は原作に突入するだろう。

そうなったときに今の僕では太刀打ち出来ない。

僕の大事な人達を護れない。

一番大事な自分の命が護れない。

そんなのは嫌に決まっている。

 

「そんなに力が欲しいの!命と引き換えにしても構わないっていうの!」

 

「命は惜しいよ。でもね、男には命に代えても戦わなきゃいけない時があるんだ。幸い僕には準備する時間が与えられた。それなら命をかけて鍛えるよ」

 

「一体何の為よ!自分の命より大事なものがあるっていうの!?」

 

自分の命が一番大事。

うん!同意見だよ!

未来で確実に殺されるぐらいなら、命懸けではあるけど、実際にはある程度の加減が出来る修行をする方を僕は選ぶ!

そして僕は人生を謳歌するんだ!

 

「キャサリンは心配性だね、大丈夫だよ。僕はこんな修行で死んだりしないよ。死んじゃったりしたらキャサリンと遊べなくなっちゃうもんね」

 

「なっ、何言ってるのよ!わたしは真面目な話をしているのよ!」

 

「僕も真面目だよ。僕は死んだりしない。自分の命を護って、大事な人達も全て護ってみせる。そしてキャサリンと会うためにまたアメリカに来るよ。なんたってキャサリンは僕のパートナーとして予約済みなんだからね」

 

「あ……そうだわ。わたしは武志のパートナーなのよね」

 

キャサリンは小さく呟いたあと、僕の事を抱きしめてくれた。

 

「わたしは武志を信じる。だから武志もわたしを信じてね」

 

「そんなの当たり前だよ。キャサリン」

 

キャサリンのこと信じてるから、

正座をやめさせてほしい…

 

大理石の床で正座は辛いです。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

何とか許してもらえたみたいで、僕は正座から解放された。

 

「まず24時間連続の使役は禁止しますわ。とりあえずは3時間連続を行った後は最低1時間の休憩を挟むようにして下さいね」

 

許してくれてなかったみたいです。

 

「返事をして下さいね」

 

あれ、なんだろう?

さっきより口調はずっと穏やかなのに迫力は増したような?

 

「返事が聞こえませんわ」

 

「は、はい。分かりました」

 

とりあえず返事をしとこう。

どうせ日本に帰ったら分からないんだしね。

 

「…守る気がないみたいね」

 

「守るよ!絶対に守る!僕は約束は守る男だからね!」

 

キャサリンの声に危険なものを感じた僕は本気で約束した。

 

あの声をだした女の子は本気で怖いと、普段は優しい姉さん達で学習しているからね。

ただ、今まではその対象が和麻兄さんや愚兄だったからあまり気にしなかったんだけど…

対象が自分だと怖さ百倍だね!

 

「…いいでしょう。わたしは武志を信じていますからね」

 

キャサリンは『わたしの信頼を裏切ったらどうなるか分かっていますよね』と続けて言うと、ニッコリと満面の笑みを浮かべた。

 

…すごく怖かったです。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

キャサリンside

 

「そうだ。日本に帰る前に僕の守護精霊を見せておくよ」

 

先ほどわたしに叱られた事などコロリと忘れたように、武志は機嫌良さそうにそんな事を言い出した。

こんな所はまだまだ子供ね。とわたしは密かに微笑んでしまう。

 

「あのカブト虫の数を増やしたのよね。そういえばどこにいるの?」

 

武志は具現化し続けていると言っていたけど周囲には見当たらなかった。

 

「空から周囲の警戒をさせているんだよ」

 

なんでも武志が言うには、カブト虫の探索能力はカブト虫を中心に50メートル以内なら信頼できるらしい。

正直微妙な距離だけど身辺警護だと考えれば十分かしら?

 

空を見上げると100メートルほど上空をカブト虫が纏まって飛んでいた。微かにしか見えないけど間違いないと思うけど…

 

「ねぇ、100メートルぐらい離れているわよね」

 

「そうだよ。火武飛は最大300メートルまで僕から離れて行動出来るんだ」

 

行動範囲の広さは守護精霊としては群を抜いているけど…

上空100メートルを飛んでいるカブト虫に何を警戒させているのかしら。空からの奇襲を受ける可能性があるとか?

カブト虫の探索範囲が50メートルなら地上にいる武志の身辺警護としては意味が薄いわよね。

武志の事だから意外な意味が隠されていそうで面白そうね。

わたしは聞いてみる事にした。

 

「…………」

 

武志は無言で全部のカブト虫を地上50メートルまで降ろした。

 

「ほ、他には新しいことがあるのかしら」

 

わたしはスルースキルを覚えた。

 

「えっとね。火武飛の内部を高温に保つようにしてジョット噴射で高速移動をさせれるようになったんだ」

 

武志が言った瞬間に、何かが衝撃波と共に庭に降ってきた。轟音が収まった後には小さなクレーターが出来ていて、その中心にはカブト虫が鎮座していた。

 

「凄いわ。全く目では追えなかった」

 

今の速度で攻撃させれば敵は躱すことは難しいわね。

 

「途中で方向転換と停止が出来ないんだけど大した問題じゃないよね」

 

大した問題だった。

方向転換と任意に止まれなかったら周囲にどれ程の被害をもたらすか分からないわ。

少し周りに気を使う事を教えておかなきゃいけないわね。

 

「最後は戦闘バージョンだよ」

 

武志の周囲を8匹のカブト虫がブーンブーンと飛んでいる。

 

「解放!」

 

武志の言葉と同時にカブト虫が黄金に輝きだして、わたしの周りを飛び回る。

 

「黄金のカブト虫?」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

武志side

 

《時間をかけて霊力を注ぎ》

《時間をかけて精霊の数を増やし》

《制御は仮想人格に丸投げして》

《精霊力の強化だけに全力を尽くし》

 

ついに届くことが出来た最高位の領域。

それは研鑽を重ねてきた一族のおかげだった。

この地に僕を呼んでくれた少女のおかげだった。

僕は万感の想いを込めて感謝する。

 

「ありがとう。全てはキャサリンのおかげだよ」

 

黄金のカブト虫達は、黄金の髪を持つお姫様を祝福するようにその周りを飛び回っていた。

 

 

 

 

 




操「ついに武志が黄金に辿り着きましたね」
綾乃「流石はわたしの弟分よね!」
操「お姉ちゃんは鼻が高いですわ」
綾乃「帰ってきたらパーティーをしようよ!」
操「それはいい考えですね。武志もきっと喜びますわ」
武哉「いや、あれは黄金の炎と言えるのか?守護精霊とかいうのを使わんと黄金を出せないんじゃ偽物だろ」
綾乃「あんた誰よ。イチャモンつけるなら買ってあげるわよ」
操「どちら様かご存知ありませんが、私の弟に文句をつけるのは許しませんよ」
武哉「綾乃お嬢様!?操までなんだよ!大神家長男の大神武哉ですよ!」
操「まあ、どこかで見たことがある気がしていたのはお兄様だったからですね」
武哉「操の冗談は笑えないなぁ」
操「冗談?いえ、本気ですけど」
武哉「ワーワー聞こえないー!」
操「うふふ、お兄様。やかましいですよ」
武哉「ごめんなさい」

綾乃「武志って長男じゃなかったの?」
武哉「綾乃お嬢様!?」


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22話「カブト虫の威力」

日本に帰ってきた僕は、綾乃姉さんに守護精霊を見せにきていた。

 

「へぇ、本当に黄金のカブト虫ね」

 

綾乃姉さんは珍しそうに火武飛を突っついてる。まあ、実際珍しいよね。神凪一族で守護精霊を使う人なんて今までいなかったから。

 

「僕らの場合、実戦での有効性は分からないけど修行にはもってこいの術なんだよね」

 

「そうなの?実戦でも役立ちそうじゃない。汎用性は無くなっても特化型で強力な術だと思うけど」

 

「うん。確かに火力も上がるし制御も仮想人格に任せられるから便利なんだよね」

 

でも守護精霊には弱点…いや違うな、僕たち神凪一族の利点を潰す要素がある。

 

「利点を潰す?」

 

「そうだよ。守護精霊を使う時は浄化の炎を使えないんだよ」

 

「どういうことなの?」

 

綾乃姉さんは理解できないという顔でこちらを見ている。

そんな顔も綺麗だと思う。結局、どんな表情をしても美少女は美少女なんだよね。

 

「僕達の浄化の炎が守護精霊の術式まで浄化して消してしまうんだよ」

 

「浄化の炎を使わなきゃいいんじゃないの?」

 

標的を選んで標的以外には影響を全く与えないような純粋な浄化の炎を使うことは超高等技術で難しい。

だけど、浄化の力を込めない炎を使うのは意外と簡単だったりする。

場所によっては、浄化の炎を使えない場所もあるから使い分けることも重要だったりするんだよね。

浄化の炎を使えない場所…というよりも使ったら後で怒られる場所だね。

土地を護る結界とかを浄化してしまったら後が大変だよ。

 

「浄化の力を込めた炎なら一撃で倒せる妖魔相手でも、わざわざ守護精霊を使って普通に戦うことになるよ」

 

守護精霊を使えばたしかに火力は上がるけど、同時に浄化の力も使えなくなる。

守護精霊の術式だけ燃やさないように制御出来ればいいけど、そんな繊細な高等技術が使える人は、そもそも守護精霊を必要としないぐらいの実力者だけだろう。

 

「相手によって使い分ければ良いんじゃないの?浄化の力の効果が低い魔獣相手とか、私達だって普段から浄化の炎を使い分けてるじゃない」

 

「守護精霊を維持したままだと自分の力が足らない危険があるよ。解除しても守護精霊に費やしてた霊力がすぐに回復するわけじゃないから逆に戦力が落ちちゃうよ」

 

「敵を見てから守護精霊を作るようにすればどうかな?」

 

「僕達の炎みたいに守護精霊を瞬間的に発現出来れば可能だろうね。でも僕の場合は10分ぐらいかかるよ。熟達すれば一瞬らしいけど10年ぐらいかかるらしいよ」

 

「10分だと無理ね。仲間に時間稼ぎしてもらえれば可能だろうけど、そんな手間をかけるぐらいなら普通に戦うわ」

 

「僕の場合は修行を兼ねているから守護精霊で戦うつもりだけど、他の人には勧められないよね」

 

「そうね。私も覚えてみようかと思ってたんだけど」

 

「綾乃姉さんには必要ないよ。守護精霊を覚えるより普通に炎術を磨いた方がいいよ。僕は綾乃姉さんなら神炎に届くと信じているからね」

 

「うぅ…信頼が重たいよぉ」

 

「あはは、そんなこと言って本当は綾乃姉さんも自信あるんだよね」

 

「うふふ、自信がないといえば嘘になるわ。手本が二人も近くにいてるしね。必ず届いて見せるわよ」

 

綾乃姉さんは自信溢れる態度で胸を叩き、えっへんとしてる。その姿は可愛かった。

 

「ところで黄金のカブト虫はいいんだけど、武志自身は黄金の炎は出せないのかしら?」

 

「黄金のカブト虫は、守護精霊の術式のお陰で時間をかけて力を込めれた結果だからね。今の僕が独力で出すのは無理だよ」

 

「守護精霊がなくても時間をかければ出来るんじゃないの?」

 

「黄金の炎を出すには幾つかの方法があるよね。火の精霊と桁外れに強く感応する方法。桁外れの集中力で瞬間的にだけ精霊の力を引き出す方法」

 

そして、これが僕の黄金のカブト虫の方法と続ける。

 

「小さなカブト虫の中に膨大な火の精霊を込め続け、霊力を注ぎ続け、時間をかけて高めた精霊力で力の圧縮を繰り返し、その状態を維持できる疲れることのない仮想人格があって、初めて出来たことなんだよ」

 

「つまり感応力と集中力ともに足りないから持久力で頑張ったらいけたけど、その持久力は借り物ってことね」

 

「そうだね。それに火武飛から黄金の炎を出しても肝心の浄化の力を使えないから意味が殆どないんだよね。多少は火力が上がったけど」

 

「ねえ、ちょっと思い付いたんだけど、黄金のカブト虫を敵に張り付かせてから浄化の炎を使えば、浄化の炎の爆弾にならないかな?」

 

「それは考えたことなかったけど、出来るのかな?」

 

「やれば分かるわよ。さあ、こっちでやるわよ!」

 

綾乃姉さんに強引に連れられて鍛錬場に行くことになった。

 

「ここなら多少の事ではビクともしないから遠慮なくやりなさい」

 

「僕……なんだか嫌な予感がするんだけど」

 

「気のせいよっ!」

 

綾乃姉さんの一言でやる事が決まった。

 

僕は火武飛を鍛錬場の中央に飛ばした後、火武飛を操作して浄化の炎を出そうとしてみる。

 

「仮想人格の制御下にある精霊は、術式の影響で浄化の炎に出来ないな」

 

火武飛とは繋がっているけど、仮想人格を経由してだから術式の影響を受けてしまう。

 

「武志がカブト虫に精霊を送る時に浄化の力を持たせてみたらどう?」

 

「炎に具現化させてない精霊に浄化の力を持たせるなんて無理だよ」

 

「それじゃ仕方ないわね」

 

綾乃姉さん諦めてくれたのかな?

 

「中から無理なら外からいきましょう」

 

「あっ……」

 

綾乃姉さんが止める間もなく火武飛に浄化の炎を放った。

 

チュドーン!

 

「きゃぁああああぁああああ!?」

 

「うわぁあああああああああ!!」

 

 

火武飛に蓄えられていた火の精霊達が一気に解き放たれた威力は凄かった。

鍛錬場の床は抉れ土が剥き出しになり、天井は屋根ごと吹き飛ばされていた。

周囲の壁はかろうじて残っていたけどボロボロで建て直すしかないだろう。

僕達2人は加護のお陰で焼け死ね事はなかったけど、爆風で飛ばされて全身打撲で一ヶ月の入院となった。

 

もちろん、浄化の炎によって火の精霊達は純粋な炎に戻っていたので浄化の力は持っていなかった。

 

 

退院後、綾乃姉さんと僕はトラウマになりそうなほど怒られた。

 

 

 




綾乃「ビックリするほどの高威力よね!」
武志「死ぬかと思った」
綾乃「これなら浄化の力がなくても切り札になるわ!」
武志「爆風で自爆しないために離れなきゃいけないけど、影響を受けない距離を考えたら僕の炎も届かない距離になっちゃうよ」
綾乃「えーと、どんまい?」


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23話「富士」

夏休みも終わりに差し掛かったある日、ぼくは思わぬ事故(人災?)で入院した。

退院後は大事をとって大神家の避暑地で1週間の療養をすることになった。

夏休みは終わっていたが、過保護な姉のお陰でしばらくはのんびりできそうだ。

修行はこっそりと続けているけどね。

 

「で、綾乃姉さんはどうしてここにいるの?」

 

何故か当たり前の顔をして、大神家の別荘についてきている綾乃姉さん。

 

「そんなの当たり前じゃない。可愛い弟分に怪我をさせた責任を感じての付き添いよ」

 

綾乃姉さんはニコニコと楽しそうに笑っている。とてもじゃないけど責任を感じているように見えなかった。

ちなみに僕は1ヶ月入院したけど、綾乃姉さんは3日で退院していた。

 

「付き添いって、身の回りの世話をしてくれるの?」

 

「武志と私の世話は操がしてくれるわよ。私は武志が退屈しないように遊び相手をしてあげるわね」

 

綾乃姉さんはニコニコと楽しそうにしている。遊び盛りの綾乃姉さんの気持ちは分かるけど、何となく釈然としない僕の気持ちも分かってもらいたい。

 

「とりあえず今日は山登りをしましょう」

 

「あの、僕は怪我の療養に来ているんですけど」

 

僕の訴えは当然のように無視された。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

富士へと続く道を歩んでいた綾乃姉さん。霊視が出来る人には、莫大な火の精霊を従える魔人に見えることだろう。

だから、僕ら2人を取り囲んでいる富士の鎮守を司る彼女らは悪くないだろう。

 

彼女…闇よりも黒く、艶やかで真っ直ぐな髪を持つ。どこか影を感じさせる年上の女性。

もしかしたら原作に登場した人物かもしれない。そう感じさせるほどの存在感があった。

僕の原作知識は印象的だった1巻以外は殆ど薄れてしまっていた。

 

「どこの魔人が紛れ込んできたかと思えば神凪の御子でしたか。今日はどうのようなご用向きで富士に地に参られたのでしょうか」

 

外見通りの昏い声だった。

 

「ただの観光よ。何か文句があるのかしら」

 

「文句などとんでもありません。ですが神凪の御子が富士に立ちいれば、その強力な火の精霊の影響で富士が活性化する危険性がございます。ですのでこれ以上の立ち入りはご容赦下さいますよう伏してお願い致します」

 

彼女の言う通りだろう。綾乃姉さんの強力すぎる力は富士山のマグマにも影響を与えかねない。

 

綾乃姉さんは不満気だったが、何とか説得して登山は諦めてもらった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日の夕方、僕は1人で散歩をしていた。綾乃姉さんは昼間にはしゃぎ過ぎて眠ってしまっていた。

 

「あら、貴方は神凪の御子と一緒におられた方ですね」

 

そんな僕に声をかけてきたのは昼間の女性だった。

僕は彼女を散歩に誘ってみる事にした。

 

「紅羽さんは石蕗宗家の方だったんですね」

 

「土の精霊の声も聞こえない落ちこぼれだけどね」

 

少しお茶目な感じで彼女は言う。昼間感じた昏い雰囲気は薄くなっていた。

多分、神凪宗家の和麻兄さんの事を世間話の中でポロリとこぼしてしまったからだろう。

火の精霊の声が聞こえない和麻兄さんと仲が良いと話した僕に、彼女も土の精霊の声が聞こえない事を教えてくれた。

和麻兄さんありがとう。

 

「紅羽さんに提案があるんですけど」

 

「提案?」

 

僕は和麻兄さんと同じ状況にある紅羽さんに同情した。同情だなんていうと上から目線で嫌だけど、彼女の境遇は辛いと思ったら我慢が出来なかった。

 

「神凪に…いえ、大神家に来ませんか?両家の親交を深める名目で何とか押し通しますから」

 

僕の強引な提案に紅羽さんは目を丸くする。

幾ら何でも唐突過ぎたかな。

 

「本気で言ってるのかしら?」

 

「もちろん本気だよ。幸い僕には神凪宗家の綾乃姉さんという強い味方がいるから何とかなると思う」

 

「武志って、他力本願なのね」

 

「うん、使える者は親でも使えっていうからね」

 

僕の言葉に紅羽さんは微笑む。

 

「武志って面白いわね。私なんかを気にしてくれたのは武志が初めてよ」

 

そう言う紅羽さんの目には涙が溜まっていた。

 

「年下の貴方の言葉に甘えても良いかしら?」

 

「年上の女性に甘えてもらえるなんて、男冥利に尽きるよね」

 

僕の返事に紅羽さんは堪え切れずに笑い声を立てる。

 

「うふふ、武志は年上殺しね」

 

笑っている紅羽さんは、途轍もなく可愛かった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

石蕗一族との交渉は驚くほどスムーズに進んだ。

まるで、良い厄介払いが出来たと言わんばかりの対応だった。

 

「武志が気にする必要はないわよ」

 

紅羽さんは優し気にそう言ってくれるけど、僕はやるせない気持ちになる。

 

「ところで私の事は姉さんって呼んでくれないのかしら?」

 

紅羽さんは茶目っ気溢れる仕草で僕に要求する。

 

「えっと、紅羽姉さん。これでいいかな」

 

僕の言葉に答えてくれたのは、富士の地で出会った昏い雰囲気を持つ女性ではなく、

太陽のような満面の笑顔を浮かべる女性だった。

 

「これからよろしくね。武志」

 

 

 




綾乃「話の展開が早いわね」
紅羽「石蕗の話はさっさと終わらせてもらって正解ですわ」
綾乃「富士の問題は解決してないわよ」
紅羽「先送りで十分ですわ」


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24話「平和な日常」

紅羽姉さんが大神家にやって来て一月が過ぎた。

最初は緊張していた様子だったけど、最近は笑顔も増えてきた。

学校は和麻兄さんと同じクラスになる事が出来たので気にかけてもらっている。

 

そう和麻兄さんと同じクラス。

つまり紅羽姉さんは中学生だったのだ!

外見は落ち着いた大人の女性なので、最初に聞いたときは冗談だと思ってしまった。

 

紅羽姉さんが中学生の格好をしたら通報されるんじゃないかと本気で心配したものだ。

実際には紅羽姉さんが中学の制服を着ても特に違和感もなく(多少は大人っぽいけど)馴染んでいた。

 

これが噂に聞く女体の神秘か…と何となく呟くと、それを聞いた操姉さんは、静かに微笑んでいるだけなのに異様な迫力を感じさせながら『うふふ、武志にそんな言葉を教えたのは誰かしら?』と問いかけてきた。

 

僕がその異様な迫力に逆らえずに『兄上が裸の女の人が載っている本を見ながら呟いてた』と、正直に言ったとしても仕方なかったことだろう。

うん。僕は悪くない!

 

操姉さんにアイアンクローを喰らいながら引きずられていく兄上には、とても同情するけど。

 

 

「紅羽姉さん、中学はどんな感じですか?誰かに意地悪とかされたら直ぐに和麻兄さんに言って下さいね」

 

「あの、それよりも武哉さんは大丈夫でしょうか?引きずられていった先の部屋から、まるでマウントポジションからのパンチの連打を浴びせられてるような音が聞こえてきますが」

 

「いやだなぁ。お淑やかな操姉さんがそんな事をするわけないじゃないですか、兄上にお説教してるだけですよ」

 

「で、でも先ほどのアイアンクローもガッチリと決まっていて武哉さんは必死にタップしてましたよ?」

 

「あはは、姉さんの細腕で本当に兄上を引きずれるわけないですよ。兄上はいつもああして姉さんに合わせて動いているんですよ」

 

あれも兄妹のコミニュケーションのひとつですね。と僕が続けて言うと紅羽姉さんも納得してくれたみたいだった。

 

「そ、そうだったの。操が片手で武哉さんの頭を掴んで、仰向けの状態のまま抵抗する武哉さんを無理矢理引きずっていったように見えたのは、武哉さんが上手く動きを合わせていたのね」

 

紅羽姉さんはヒクヒクしたような妙な顔になりながら続けて言う。

 

「きっと聞こえてくる打撃音や、武哉さんの悲鳴らしき声も兄妹の冗談みたいなものなのよね」

 

「兄妹ってそんなものですよ」

 

「た、武志も操とそういうコミニュケーションの取り方をするのかしら?」

 

紅羽姉さんは、恐る恐る聞いてくる。

 

「僕は操姉さんを本気で怒らせないから、兄上のようなコミニュケーションを取らなくても大丈夫なんです」

 

紅羽姉さんは、僕の返事に何かを察したかのように菩薩のような微笑みを浮かべた。

 

「神凪の女は強いのね」

 

「強くて優しいんですよ」

 

「うふふ、私も見習わないといけないわね」

 

「…ほどほどでお願いします」

 

僕の返事に紅羽姉さんは可笑しそうに笑った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

紅羽姉さんが来てから大神家の食卓は賑やかになった。

今まで兄妹3人だけだと、操姉さんを取り合って、僕と愚兄が殺伐とした争いを操姉さんに気付かれないように繰り広げていた。

 

だけど、紅羽姉さんが加わってからは、2人の姉さん(愚兄にとっては妹)を取り合って、僕と愚兄が熾烈な争いを2人の姉さん(愚兄にとっては妹。このシスコンめ)に気付かれないように繰り広げるようになった。

 

「どうして武志と武哉さんは、食事前にいつもお箸でチャンバラをしているのかしら?行儀が悪いですよね」

 

「うふふ、あれはチャンバラに勝った方が食事中、私達に自分の話題を振る権利を得るみたいですね。随分と前から続けてますよ」

 

「男の子ってバカですね」

 

「でも可愛いでしょう?」

 

「……はい」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

操姉さんは、少し遠くの女子中に通っている。

共学は危険だと兄上が大反対したせいだ。

グッジョブ兄上!

 

紅羽姉さんも最初は、操姉さんと同じ女子中にする事を考えたが、女子中には女子中の難しさがあるらしいので、地元の共学にした。

ここは神凪一族と風牙衆の子供が多く通っているので、僕に友好的な人達に紅羽姉さんの事をお願いした。

もちろん和麻兄さんには、身体を張って守るようにお願いしている。

 

「今更お前に喧嘩売るような真似をする奴は、中学にいねぇよ」

 

僕は、紅羽姉さんと和麻兄さんの3人で登校していた。

和麻兄さんは、わざわざ遠回りをしてまで紅羽姉さんが慣れるまで付き合ってくれるそうだ。なんて優しい兄さんだろう。フェミニストという奴かな?

 

「お前が絶対に来いって言ったんだろうが『もし来なかったら、どうなるか分かっているよね』って完全に脅しだろ」

 

「たとえ兄と慕う相手でも、姉さんの為なら涙を飲んで鬼にもなる。僕ってやっぱり男らしいよね」

 

「鬼にならんと普通に頼め」

 

「僕が頼まなくても気を利かすのが兄というものだよ」

 

「自分で言うな」

 

「和麻兄さんもわざわざ僕に頼まれたって言わなくていいのに。紅羽姉さんの好感度を稼ぐチャンスなんだよ」

 

「好感度とか言うな。ここはゲームじゃないぞ。それに俺はそういうのに興味がねえよ」

 

「和麻兄さんの年で女の子に興味がない?ま、まさか僕を狙っているの?」

 

「んなわけあるか!」

 

「申し訳ありませんが、僕としましては和麻兄さんに対する好意は一切持ち合わせておりません。勿論、親戚としての親近感的な感情を、少しばかりは見つける事ができると期待して、僕の心の中を隈なく探し尽くせば、恐らくは一欠片ぐらい見つけ出せると、僕は己に思い込ませることはできるだろうと、人間の無限の可能性を期待したい所存です。ですが、こういう言い方をしてしまうと貴方に僅かにでも期待させてしまって、僕にちょっかいを出されてしまった場合、僕としましては我慢の限界に達してしまって、何をしでかしてしまうか自分でも自信が持てなく、少々怖くなるほどなので、決して勘違いされないようにご理解下さい」

 

「それはあの赤い悪魔のセリフだろうが!怖い事思い出させるんじゃねえよ!」

 

「僕だって怖かったんだよ。だからセリフが忘れられないんだ。どうしてくれるんだよ!」

 

「なあ、あの時に赤い悪魔に話を振ったのは確か…」

 

「紅羽姉さんは学校にはもう慣れた?」

 

「俺の話の途中だろ!?」

 

和麻兄さんと僕のいつもの会話を紅羽姉さんは、黙って聞いてくれている。

 

もちろん僕とは手を繋いでる。

 

「……」

 

ね、念のため言っておくけど変な意味じゃないよ。

僕は、自分で言うのもあれだけど、今では神凪一族と風牙衆の若い世代には、それなりの影響力があるから、僕と仲が良いことをアピールする事は紅羽姉さんを護ることに繋がるんだ。

 

神凪一族と並ぶ名門である石蕗一族なのに土の精霊の声が聞こえないという事を理由に紅羽姉さんに変な真似をする人間が出ないとも限らないからね。

 

「いや、俺のときに変な真似をしてた奴らの末路は知れ渡っているから絶対にそんな奴は出てこないと思うぞ」

 

「それは分からないよ。用心をするに越したことはないからね」

 

「武志は、慎重なのか大胆なのかよく分からんよな」

 

「あはは、ケースバイケースだね。僕も色々と迷いながら何とかしようとしてるだけだからね」

 

「ねえ、武志…」

 

それまで黙っていた紅羽姉さんが急に話し出した。

でも何だか様子がいつもと違うように感じる。

 

「どうしたの、紅羽姉さん。気分でも悪いの?」

 

紅羽姉さんは、どこか遠くを見ているような目をしている。

一体何があったんだろう。

 

「気分が悪いなら俺が救急車を呼ぶぞ。遠慮とかはいらないからな」

 

和麻兄さんが携帯電話を取り出して電話をしようとする。和麻兄さんも紅羽姉さんの状態が只事ではないと感じたようだ。

 

「ううん。違うの…気分が悪いんじゃなくて……聞こえるの」

 

「紅羽姉さん、何が聞こえるの?」

 

紅羽姉さんの目は普通に戻ったけど、今度は顔色がどんどん赤くなっていく。

 

「和麻兄さんは救急車を!僕は宗家にお願いして治療師の手配をしてもらう!」

 

「よし、任せろ!」

 

和麻兄さんに救急車の手配を任せて、僕は霊的攻撃の可能性も考え、治療師の手配のため宗家に電話しようとするが…

 

 

「聞こえる……これが…この優しい声が…土の精霊の声……なんだね」

 

 

紅羽姉さんの涙交じりの言葉が聞こえた。

 

 

 




綾乃「少し前のスローペースが嘘のような怒涛の急展開ね」
キャサリン「本当は、わたしの話があと10話ぐらい続く予定でしたのに。残念ですわ」
綾乃「多すぎるわよ。一体何の話をするつもりだったの?」
キャサリン「新しい力(守護精霊)に目覚めた武志とわたしがアメリカで妖魔の討伐を請け負うのよ。その戦いの中でわたしは武志の守護精霊での戦い方にヒントを得て、新しい守護精霊の発想を得る。マクドナルド家の劣等感を払拭してくれた武志。新しい守護精霊の可能性を教えてくれた武志。そして、わたしの気持ちに寄り添ってくれる武志。戦いと旅の道中のアクシデントを交えながら武志とわたしの絆はどんどん深まっていくわ。だけど、別れの時は必ずやってくる。でも、わたし達の絆は距離なんかじゃ切れたりしない。そして、最後の戦いの伏線が…」
綾乃「長いわよっ!」


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25話「神凪の勇者」

宗主の事故は、まだ起こっていない。

宗主は、今日も元気に妖魔退治に駆け回っている。

宗主なのに、自ら妖魔退治に出張る姿に周りの太鼓持ち達は感動するらしいけど、警戒をしている風牙衆はさぞや大変だろう。

堂々と妖魔の寝ぐらに入っていくと知り合いの風牙のオッちゃんがぼやいていた。

そんな時は、常に炎を纏っておけばいいものを、格好つけてるのか知らないけど、妖魔の姿を見つけるまで炎を纏わないらしいんだ。

迷惑だよね。

 

「私のお父様にも困ったものね『炎術師には隠密行動はできん』の一点張りで聞かないのよ」

 

「隠密行動が出来ない事と、周囲を警戒しない事は別だからね」

 

「まったく、本当に宗主の立場をわきまえているのかしら?宗主自らそんなんだから一族のみんなも風牙衆に警戒を任せっきりになるのよ」

 

綾乃姉さんは、ぷりぷりと頰を膨らませて自分の父親に怒っている。

綾乃姉さんは、僕と一緒に行動をすることが多い影響で、風牙衆と個人的に交友ができて(綾と沙知とは一緒にショッピングするぐらい仲良くなった)原作とは違い、友好的になっている。

 

特に沙知の父親の一件の真相を知ったときには《怒髪天を突く》という言葉通りに激怒して、主導権争いを行い混乱をさせた挙句、沙知の父親捜索を禁止した術者達を纏めて消し炭にしかけた程だった。

何とかその時は、沙知と沙知の父親自身が取り成すことで収まってくれた。(術者達の為ではなく、綾乃姉さんを思って止めてくれた)

この時に、他のちょっとした騒ぎも起こったけど、それはまた別の話だ。

 

この件で、自分の父親が真相を知った上で、関係者には一切お咎めなしという、理不尽な沙汰を下していたことを知った綾乃姉さんは、父親に対して盲目的に信じることを止めたらしい。

それでも何とか、宗主が沙知の父親の捜索を命じていたことで、父親としての信用は失っていなかったけど、それすらも僕が宗主に直談判したからだという事を、綾と沙知がうっかり(?)口を滑らせてしまったせいでバレてしまい、綾乃姉さんの父親に対する評価は最低ラインにまで落ちてしまった。

 

この一件で、神凪宗家の結束が乱れてしまったけど、悪いことばかりではなかった。

お嬢様育ちで神凪一族の負の一面を知らなかった綾乃姉さんが、様々な問題に本気で取り組むようになったからだ。

その結果が出るのは、まだまだ先だろうけど、着実に前には進んでいる。

 

宗主との関係も必ず解決する時が来るだろう。上に立つ者というのは、決して正しいだけではやっていけないという事を、本気になった綾乃姉さんなら気付けるだろうから。

 

とはいっても僕は、そんなことに気付いても理不尽を受け入れてなんかやらないけどね。

あれ、これって将来、綾乃姉さんが宗主になったときに対立してしまうフラグになっちゃうかな?

よし、言い直しておこう。

 

「僕は、理不尽な事が起こったら絶対に受け入れてなんかやらないぞ。周囲に波風立たせない様に、権力と財力とコネでうまく調整して理不尽なんか跳ね除けてやる!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「武志よ。お主に重要な依頼がある」

 

僕は突然、宗主の呼び出しを受けた。

何がばれたんだろう?と様々な言い訳を考えながら宗主の元に向かった。

宗主の前に出ると、前置きなしでいきなり依頼の話だった。

 

「依頼といわれても、僕はまだ1人で依頼を受けられないですよ。師匠は海外に出張中だし、という事は綾乃姉さんのお付きの仕事とかですか?」

 

宗主に対してわりとフランクに喋る僕だった。綾乃姉さんへの親バカぶりをしょっちゅう見ている内にこうなった。

 

「うむ。お主の言葉通りの依頼だ。しかも重大であり緊急かつ繊細な依頼内容だ」

 

宗主の真剣な表情に僕にはピンとくるものがあった。

 

「綾乃姉さんに恋人が出来たから尾行しろとかですね」

 

親バカな宗主が命じそうな事だな。

 

「馬鹿を言うなっ!綾タンに恋人なんておらんぞっ!」

 

「……」

 

「……」

 

僕の48の必殺技の内の1つ、スルースキルを発動した!

 

「依頼といわれても、僕はまだ1人で依頼を受けられないですよ。師匠は海外に出張中だし、という事は綾乃姉さんのお付きの仕事とかですか?」

 

「う、うむ。お主の言葉通りの依頼だ。実は来週、私と綾乃で妖魔討伐に向かうのだが、それに付き合ってもらいたいのだ」

 

宗主は、何故か汗をかきながら依頼内容の説明をする。

 

「宗主が同行する討伐に、僕も行くんですか?」

 

お付きというのは、綾乃姉さんが思わぬ不覚を取らないように、念の為に同行するだけの役割りだ。

宗主が同行するなら僕など邪魔なだけのような気がするけど。

 

「邪魔などではないぞ。むしろお主が居なくては困るのだ」

 

僕の疑問に宗主は、慌てて小声で説明をしてくれる。

小声になってもこの部屋の周囲は、風牙衆が警戒しているから皆んなに聞かれているんだけどね。

 

「最近、綾タ…綾乃の様子がおかしくてな。私とあまり口をきこうとせんのだ」

 

「宗主を無視されるのですか?」

 

「いや、問いかければ答えるし挨拶もかわす。だが、なんと言うか…事務的というか他人行儀というか…」

 

「綾乃姉さんの年頃なら反抗期でも変じゃないですよ。『私の服とお父さんのを一緒に洗わないで!』とか言うぐらい普通ですよ。こういうのは時間が解決するから大丈夫です」

 

「そ、そうなのか!しばらくすれば元の素直で可愛い綾タンに戻ってくれるのか!?」

 

「はい。大丈夫ですよ。綾乃姉さんも結婚して子供が大きくなった頃には『お父さんは煩くて加齢臭が酷くて嫌いだったけど、うちの旦那も同じようになってきたわ。旦那も一生懸命働いてくれているのに、娘に邪険にされて落ち込んでいるのよね。そうだ、ちょっとぐらい実家のお父さんに優しくしてあげようかな?』ていう感じで解決しますよ」

 

「解決になっとらんわぁああああっ!」

 

僕の慰めは宗主の心に届かなかったようだ。非常に遺憾に思います。残念!

 

「じゃあ、僕は役に立たないみたいなので帰りますね」

 

「逃がすと思うかっ!」

 

退出しようと出口に向かった僕の進路を塞ぐように、宗主は目にも留まらぬ速さで回り込む。

 

「流石は神凪最強…まるで見えなかった」

 

「ふはははっ!最強の名、伊達ではないぞっ!」

 

神凪最強の術者…いいだろう、挑むに不足はなし!

 

「最強でも、綾乃姉さんには避けられているんですよね」

 

「ウグゥッ!?」

 

「綾乃姉さんと最後に手を繋いでもらったのはいつですか?」

 

「さ、3年前ぐらい前だ。その頃から恥ずかしがって繋いでくれんようになった」

 

「僕は昨日、手を繋がれそうになったけど、最近女の子と手を繋ぐのが恥ずかしくなってきたので断ったら…」

 

「こ、断ったら?」

 

「姉と手を繋ぐのを恥ずかしがるなんてダメだと怒られて、無理矢理に手を繋がれました」

 

「ヌグゥッ!?」

 

「そういえば、昨日は綾乃姉さんと遊んでたら疲れてしまって、途中で眠ってしまったんですよ」

 

「そ、それがどうした!」

 

「目が覚めたら綾乃姉さんが、膝枕をして頭を撫ででくれていました。少し恥ずかしかったです」

 

「ヒィイイイッ!」

 

僕の《口撃》に宗主は、防戦一方となる。

宗主は何とか反撃の糸口を探そうと周りを見渡し何かを見つけてニヤリと笑った。

 

「あれを見ろっ!去年の家族旅行で綾乃と撮った写真だっ!」

 

宗主が指差した先には写真立てがあった。その中には、嫌がる娘を抱き上げて幸せそうにしているオッサン…の写真が入っていた。

 

「どうだ、恥ずかしがって顔を赤らめた表情が可愛くて何とも言えんだろう!」

 

「どう見ても嫌がって怒ってるようにしか見えないけど」

 

「そんなことはない、あれは綾タンが恥ずかしがっている顔だ!」

 

宗主は僕の言葉には耳を貸そうとしないので、僕は取っておきを繰り出すことに決めた。これは僕にもダメージがあるが、相手は神凪最強だ、出し惜しみはしない!

 

「そ、それはっ!?」

 

僕のスマホに写っているのは、年下の男の子をお姫様抱っこしている女の子だった。

ちなみに男の子は嫌がっているけど女の子は楽しそうだった。ちくしょう…

 

「うぐぐ……わ、儂の負けだ…」

 

宗主は潔く負けを認めた。

 

こうして、僕は神凪最強の術者を倒した勇者として、長く神凪の歴史に名を刻む事となった。




綾乃「後半の方はくだらなすぎるわね」
キャサリン「また一気に話がグダグダになりましたわ」
綾乃「本当は、お父様の怪我の話を終わらせるはずだったんだけど」
キャサリン「見事に脱線してますわ」
綾乃「本当にタグに《ギャグ》を付けた方がいいわね」
キャサリン「ついでに《ちょっとだけシリアス》も付けてはいかがかしら?」
綾乃「それもいいわね」
キャサリン「では早速付けてきますね。綾タン」
綾乃「綾タン言うな!」


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26話「宗主と次代」

僕は、宗主の依頼を受けて妖魔討伐に同行することになった。

極秘の依頼内容は《綾タンのラブラブハートをゲットするぜ!大作戦》への協力要請という、何とも言えない内容だった。

でも、依頼料は大神家を通さずに僕に直接くれるというので思わず受けてしまった。

仕方ないよね。臨時収入万歳!

 

「えっと、作戦内容は宗主が妖魔討伐で娘に格好いい所を見せて、好感度が上がったときに僕が綾乃姉さんに宗主のことを大プッシュすると……大丈夫かなぁこんな作戦で、でも宗主が立てた作戦に異議を言うのは面倒くさ…じゃなくて不敬だよね」

 

綾乃姉さんは小さい頃から宗主の妖魔討伐を見学してたらしいから、今さら格好つけて見せても効果があるとは思えないよね。

でも依頼料は、成功報酬ってわけじゃないし、契約通りにこなせばいいかな。

 

「そろそろ約束の時間だけど」

 

いつもの宗主達なら神凪宗家の車で移動するんだけど、今回は愛娘とのスキンシップが主目的だから、敢えて普段は利用しない電車で移動することで、新鮮な雰囲気を演出するそうだ。

その為にわざわざ駅前で待ち合わせをしている。

 

うん、間違いなく宗主ってアホだよね。

 

雰囲気のある旅行列車ならともかく、町中を走る普通の電車で何を言ってんだろう?

まあ、僕も気まずい雰囲気の親子と同じ車に乗りたくなかったから、反対はしなかったけどね。

 

「武志、お待たせ。今日も可愛いわね」

 

「綾乃姉さん、セリフが逆じゃないかな?」

 

「あら、武志ってば私の事を可愛いと思っていたの?あんたもお年頃になっちゃったのね」

 

私を狙うならもっと努力して口説かなきゃだめよ。とニヤニヤ笑っている姉をギャフンと言わせるには、どうしたらいいんだろう?

 

「綾乃、今日は遊びじゃないんだぞ。気を引き締めておかないと思わぬ不覚を取る事になるぞ」

 

綾乃姉さんの後ろから宗主の声が聞こえてきた。

 

「あら、お父様。いらっしゃったんですか?気付かなくて申し訳ありません」

 

「一緒に屋敷を出てここまで来たよね!?」

 

「そうでしたっけ?」

 

「ずっと喋りながら来たよね!?」

 

「なるほど、なんだか空耳が聞こえると思ったら、お父様の声だったんですね」

 

「ぬ、ぬう……(チラリ)」

 

宗主が僕の方をチラチラ見てるけど何だろう?

 

「ゴホン!(チラッ、チラッ)」

 

思い出した。宗主が目で合図をしたら味方をして援護するように言われていたんだ。

今は味方をしたくない気分だけど、仕方ないよね。

契約不履行をすると臨時収入が貰えなくなっちゃうから。

 

「美少女の後ろから一方的にブツブツ言ってる怪しいオヤジ…よく通報されませんでしたね」

 

「綾乃の味方じゃない!儂の味方をするんだ!」

 

宗主の叫びに、綾乃姉さんの冷めきった声が応える。

 

「何よそれ。武志に命令して無理矢理言う事をきかせようとしているの?やっぱりお父様はそういう人間だったのね」

 

「ち、違うんだ!儂はそういうつもりじゃなくて(チラッ!チラチラ!)」

 

宗主の合図が激しくなっちゃった。

そうか、綾乃姉さんじゃなくて、宗主の味方をするのか。

言われてみれば当たり前だったよね。

よし、僕の華麗なる援護射撃をみせてやるぞ。

 

「綾乃姉さん、神凪一族で1番偉いのは宗主なんだよ。だから僕は宗主の命令なら喜んで従うんだ。決して無理矢理なんかじゃないよ」

 

「武志、私がついているから無理をしなくていいのよ。それに神凪一族はみんな家族なの。年上を敬う気持ちはあったとしても上下関係なんてないのよ」

 

うむ。綾乃姉さんは手強いな。

宗主が不安そうな顔でこっちを見てるよ。

ここはガツンとかまして宗主の凄さを分からせてやろう。

 

「綾乃姉さん、それは綺麗事だよ。神凪宗家と分家には、絶対に越えられない力の差があるんだ。しかも宗主は神炎使いの上に炎雷覇の持ち主だよ。その気になれば分家全員の能力を封じる事すら容易く出来るだけの…圧倒的という言葉も陳腐に聞こえる程の《絶対の力》があるんだ。宗主の言葉は神の言葉にも等しいんだよ。神凪一族にとって宗主という存在は絶対なんだ。誰も逆らえないよ」

 

ここまで言えば流石に綾乃姉さんだって、宗主の凄さが分かるだろう。

宗主が本気になれば誰も逆らえないんだからね。

僕が宗主だったら、下らないしがらみなんて無視して、神凪一族の改革を無理矢理しちゃえるんだけどなぁ。

僕は、僕ができる小さな事を積み上げていくことしか出来ないからね。

 

あれ、宗主の顔色が真っ青になっちゃってるよ?

 

「分かったわ。全ての悪の権現は、お父様だったのね。力で神凪一族を支配して歪めるなんて許せないけど…今の私ではお父様に敵わないわ。でもいつか私がお父様を超えてみせる。お父様が力で一族を歪めたのなら、私が力で一族を正しい形にしてみせる。たとえ皆んなに恐れられたとしても…武志に嫌われちゃったとしても…私は神凪宗家なんだから逃げないで立ち向かうわ!」

 

よく分からないけど、綾乃姉さんが覚醒した!?

そして向こうで宗主が泣いている!?

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

愛娘に悪と認定されたオヤジに泣きつかれた。

仕方ないので、愛娘に話を聞いてもらえないオヤジに代わり、電車の中でずっと説明したお陰で、オヤジは悪ではないと理解してもらえた。

 

「つまりお父様は、宗主でありながら一族の歪みを正す事が出来ない能無しなのね」

 

「能無しは言い過ぎだよ。組織改革とか意識改善とかをしようとしたら色々と面倒事が増えると思って、結局何もしないタダの日和見主義なだけだよ」

 

「そうね、分かったわ。私が日和見主義で役に立たないお父様に変わって、神凪一族を変えてみせる。もう二度と沙知のお父さんみたいな人を出さないと誓うわ」

 

決意に満ちた綾乃姉さんは格好良かった。

 

そして宗主がまた泣いていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

宗主の神炎が、妖魔を呆気なく滅ぼした。

僕はすかさず依頼通りに宗主を褒め称える。

 

「凄いよ宗主!神炎最強だよ!なんて無敵な炎なんだ!炎雷覇を出す必要すらないよ!惚れ惚れするよ宗主!宗主みたいな父親がほしいよ!僕が娘なら手を繋いでデートをしたいよ!格好いいよ宗主!加齢臭なんて微塵もしないよ宗主!抜け毛が増えてきたなんてこれっぽっちも思わないよ宗主!宗主の子供に生まれ変わりたいよ!宗主の愛娘なら幸せになれると思うよ!格好いい宗主の愛娘が羨ましいよ!」

 

僕の怒涛の褒め言葉に、綾乃姉さんも頰を赤く染めて宗主の元に駆け寄っていく。

これは親子の感動の抱擁シーンが始まるのかな?

見ていたら綾乃姉さんも恥ずかしいだろうから向こうにいっておこう。

僕は2人の死角になる所まで移動すると一息を入れる。

 

「ふう、ミッションコンプリートだね」

 

ドゴォオッ!

 

「ひでぶっ!?」

 

「恥ずかしい真似を武志にさせないでよ!このクソ親父!」

 

どこかで悲鳴が聞こえた気がした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

僕は上空に飛ばしていた火武飛を下降させて、僕の周囲に適当に飛ばせる。

 

「ほう、これがお主の守護精霊か」

 

綾乃姉さんと熱い抱擁を交わしていただろう宗主が、何故か顔を腫らしてやってきた。そして火武飛を少し観察する。

 

「うむ。持たせている能力は、飛行能力と発熱能力そして僅かばかりの探索能力…といったところか」

 

ほんの少し観察しただけで当ててしまった。流石は神炎使いというべきか。

 

「もしかして、守護精霊の術式が《視える》のですか?」

 

僕の言葉に宗主は、実に男くさい笑みを浮かべる。

 

「フッ、実は綾タンに聞いた」

 

僕の宗主への尊敬度が3下がった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「綾乃姉さんはどうしたんですか?」

 

「綾乃は、妖魔が残っていないか風牙衆と周辺を探索しておる」

 

「それなら僕も火武飛達で探索してみようかな」

 

僕は、火武飛5号から8号までを周辺の探索に放つ。

ブーンブーンと勢いよく飛んでいく。その速さは自然のカブト虫の2倍近い。それが早いと言えるのかは微妙だけど。

1号から4号は、僕の護衛を常にさせている。

今の僕は、本来の2割程度の霊力しかないから通常より慎重に行動しなくてはいけなかった。

 

「そうだな。儂も待ってても暇だから、偶には探索をしてみるか」

 

宗主は呑気に呟くと、山の中に入り込んでいく。

 

「宗主は大人しくしてた方がいいですよ。探索なんかしたことないでしょう?」

 

「馬鹿者。儂だって探索ぐらい心得があるわい。見ていろ」

 

宗主が茂みの中に入っていくので、僕も仕方なく追いかける。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

宗主はズンズンと奥に進んでいく。茂みの中というよりも、完全に山の中に入ってしまった。

僕は都会っ子だから山道は苦手なんだよね。

宗主、おんぶしてくれないかな?

 

「宗主、疲れたのでおんぶして下さい」

 

「お主は随分と遠慮が無くなったな。普通、宗主におんぶしろと言うか?」

 

宗主は呆れたように僕を見る。

 

「綾乃姉さんが、疲れた弟分を気遣っておんぶをしている父親を見たら、きっと父親を見直すと思いますよ」

 

「何をしている!さっさとおぶさらんかっ!」

 

僕は優しい宗主におんぶしてもらった。

これで山道も楽チンだね。

ん?何か臭うな。宗主の加齢臭かな?

 

「ところで何時まで探索するんですか?そろそろ戻りましょうよ」

 

「うむ。それなんだが、お主にひとつばかり聞きたい事がある」

 

「妖魔の反応ならありませんよ。周囲300メートルまでですけど」

 

火武飛は300メートルまでしか僕から離れられないから、それ以上は分からない。

 

「いや、そうではなくてな」

 

宗主は言いにくそうにモジモジしている。

 

「すいません。僕には心に決めた、操お姉ちゃんという人がいるので、宗主の気持ちには答えられませんよ」

 

「何の話をしとるんだ!?儂にそんな趣味はないわ!」

 

宗主は大声で叫ぶ。その慌てた様子に僕の疑念は高まる。二人っきりになったのは不味かったかな?

 

「宗主、おろして欲しいんですけど…」

 

「怯えたように言うな!儂は本当に妻一筋のノーマルだからな!」

 

ふと思ったけど、どうして神凪宗家の男は宗主といい、和麻兄さんといい、直ぐに叫ぶんだろう?

お家芸という奴かな。

 

「禄でもない事を考えておる顔をしとるが、そろそろ話を戻してもよいか?」

 

「ちゃっちゃと話を進めて下さいよ。宗主って話が逸れちゃうこと多いから困るんですよね」

 

「お前にだけは言われたくないわ!」

 

やっぱり叫ぶ宗主だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「それでだ。お主は帰り道を覚えておるか?」

 

このオヤジ、迷子になりやがったな。

 

「実は僕の火武飛は、全部集めたら僕一人を持ち上げて空を飛べるんですよ。風術師と違って、風の制御が出来ないから上空の風に煽られるので普段はしないんですけどね」

 

「儂を見捨てて一人だけで帰るつもりか!?」

 

「ちゃんと助けを呼んで来ますよ。迷子になった宗主を助ける為なら、風牙衆総出での救出作戦を発動します」

 

僕の言葉に宗主は慌て出す。

 

「そんな事になったら、儂の威厳はどうなる!」

 

「迷子になった宗主……きっと親しみを持たれますよ」

 

「んなわけあるかいっ!宗主の威信が地に落ちるわ!」

 

「じゃあ、どうしますか?」

 

「山の木々を全て焼き払ってしまえば、帰り道が分かりそうだな」

 

「そんな無駄な自然破壊をしたら、綾乃姉さんが怒りますよ」

 

「うぬぬ。しかし他の手が思いつかん」

 

「ホントに脳筋だなぁ。えーと、例えば妖魔と戦ったフリをして、神炎を少しだけ発動させれば、綾乃姉さんと同行している風牙衆が直ぐに気付いて、ここに来てくれますよ」

 

「武志は天才かっ!?」

 

「あはは、神凪一族の孔明といえば、僕の事ですよ」

 

「だが、さっきは一人だけ空を飛んで帰ろうとしなかったか?」

 

(ギクッ!?)

 

「じ、実は宗主に、今の提案をしてもらい花を持たせようと思ったのですが、逆に恥をかかせてしまい申し訳ありません」

 

「そうだったのか。いや、すまぬ。武志の心遣いに応えてやれぬとは…自分の事ながら己の脳筋っぷりが恥ずかしいわい」

 

僕は窮地を脱した!

 

「では早速、あそこの少し開けたところで神炎を出すとするか」

 

宗主は少し離れた所に、木々が生えていない場所を見つけて移動をしようとする。

その時、宗主が踏み出そうとした足元の茂みに火武飛が何かを発見した。

 

「宗主、足元に気をつけて下さい。火武飛が何かを見つけましたよ」

 

「ほう。何か隠しておるな」

 

宗主は僕を下ろすと、慎重に足元の茂みを調べる。

 

「これは……トラバサミという奴だな」

 

宗主が見つけたのは、猟師が大分前に仕掛けたと思えるサビの浮いたトラバサミだった。

 

「危なかったな。サビは出ているが仕掛け自体はまだ生きておるわ。踏み出していれば片足を持っていかれておったかもな」

 

こんな治療も出来ない場所でトラバサミに挟まれたら一大事だったと思う。

下手にサビてるから傷口からばい菌が入れば片足を切断することになってもおかしくはな……あれ?これって原作での宗主の事故のことか?

原作ならここで、トラバサミに挟まれて片足を切断することになっていたのかな?

うーん。宗主の事故の詳細は覚えていないからなぁ。

とにかく一応は、宗主の事故フラグを折れたと考えてもいいのかな?

自信はないけど、今回の事で宗主も少しは警戒心を持ってくれるだろうから良しとしよう。

 

この後は、作戦通りに神炎を出すと風牙衆が直ぐに駆けつけてくれた。

 

「うむ、ではこれで帰るとするか。帰りは車を呼んでいるからな」

 

迎えの車に乗り込むと、綾乃姉さんは当然のように僕の隣に座る。

宗主の羨ましそうな目が鬱陶しいから、綾乃姉さんにさり気なく提案する。

 

「綾乃姉さん、宗主への誤解は解けたんだから隣に座ってあげたらどうかな?宗主もきっと喜ぶと思うよ」

 

目の端では、宗主がウンウンと激しく頷いている。

 

「お父様が、悪逆非道な人じゃない事は理解したけど、現状の問題を解決しようとしない日和見主義な腰抜けだという事が分かったわ」

 

綾乃姉さんの辛辣な言葉に宗主は、この世の終わりのような顔で、僕に何とかフォローしろと目で訴えてくる。

正直、面倒臭い。

 

僕の気持ちが通じたのか宗主は、手帳に殴り書きで書いたメモを見せる。

《フォローが出来たら報酬2倍出す!》

 

義を見てせざるは勇無きなり!このまま実の親子が仲違いしたままだなんて、僕には我慢が出来ない!

 

「綾乃姉さん!宗主には宗主の考え方があるんだよ!改革をしようとしたら必ず歪みが出てしまう!それを力でねじ伏せるのは宗主にとっては簡単だけど、力でねじ伏せてしまったら、それは今の状態と何も変わらないと宗主は考えているんだ!」

 

僕の熱弁に宗主もウンウンと頷いている。

 

「ねえ、武志。もしも武志にお父様と同じ力と立場があれば……武志は一体何をするのかしら?」

 

綾乃姉さんが真摯な目で僕を見つめて問い掛けてくる。

その問いの答えなど、考えなくても決まっていた。

 

「たとえどんな歪みが生まれようと、神凪一族の傲慢な考えを正し、風牙衆の皆んなが笑って生きていけるようにしたい」

 

僕は、和麻兄さんや風牙衆の皆んなの顔を思い出しながら続ける。

 

「力が必要なら躊躇なく使う!恨まれるならいくらでも恨まれてやる!僕の大事な人達が泣く世界なんて僕がぶっ壊してやるよ!」

 

言いたい事を言った僕は、最後に付け加える。

 

「そして僕は、幸せな一生を送るんだ!」

 

「うふふ、私も武志が幸せな一生を送れるように協力するわよ」

 

綾乃姉さんは、満足そうな、嬉しそうな、幸せそうな、そうなよく分からない笑顔を浮かべていた。

 

しまった!宗主へのフォローをしなくてはいけなかったんだ!

 

「と、とにかく宗主の隣に座ってあげなよ!家族は大事にするべきだからね!」

 

「それは嫌よ。一族の問題とか抜きにして嫌なのよ」

 

「綾タン!?どうしてそんな事を言うのっ!?」

 

宗主が凄い勢いで綾乃姉さんに迫っていく。

 

「あんまり近寄らないでよ。お父様は、加齢臭がして臭いから近付きたくないのよ」

 

そして、宗主の時が止まった。

 

「だ、大丈夫だよ、宗主。きっと時間が解決するよ」

 

「時間が経っても臭いものは臭いわよ」

 

宗主は血の涙を流す。

 

「き、きっと綾乃姉さんも結婚して子供が大きくなった頃には『お父様は、加齢臭が酷くて嫌いだったけど、うちの旦那も同じ匂いがしてきたわ。お父様のは、あんなに臭くて嫌いだったのに、どうして旦那のは嫌いにならないのかしら?不思議ね』となりますよ。娘さんの家庭は安泰ですよ!」

 

「何の解決にもなっとらんわぁああああっ!」

 

神凪宗主の魂の叫びが、車の中に響き渡った。

 

 

 

 




綾乃「武志ってば、私の旦那がどーのとか言ってたけど、私の旦那様になりたいのかしら?」
操「綾乃様が私の義妹になったら、一緒に御飯とか作れますね」
綾乃「そうね。武志と結婚したら楽しそうだわ」
操「まだまだ先の話ですけどね」
綾乃「うーん。武志と結婚だなんて考えた事もなかったけど、意外と悪くないかも?」
宗主「結婚を考えるのはまだ早いぞ!?」
綾乃「お父様、臭いので向こうに行ってて下さい」
宗主「がーん!」


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27話「神凪の姫」

登校中の雑多な生徒達の中に、何故か目を引く生徒がいる。

その生徒が歩を進めると、他の生徒達が自然と割れていく。

 

その不思議な光景の中、その生徒は何かに気付くと優雅な仕草で微笑んだ。

周囲の生徒達が、その天使のような微笑みに魅了される中、ただ一人逃げ出そうとする少年がいた。

その少年こそが、天使の微笑みを向けられた相手なのだと気付いた者は、たった一人しかいなかった。

その一人とは、何を隠そう少年自身である。つまり、この僕のことだ!

 

「そういうわけで、緊急離脱ダッシュ!」

 

僕は全力でこの場から離れようとするが、相手の方が上手だった。

 

「武志兄さまー!おはようございますー!」

 

僕の48の必殺技の一つ、緊急離脱ダッシュを上回る加速力でトップスピードに乗ったその生徒は、その勢いのままこの僕に殺人タックルをかましてくる。

 

「ゲフォ!?」

 

何とか吹っ飛ばさるのを堪えるが、衝撃までは逃がしきれずにダメージを負ってしまう。

 

「武志兄様はどうしていつも逃げようとするんですか、ひどいですよ」

 

酷いのはお前だ。という言葉は鳩尾に受けたダメージのせいで声にならなかった。

 

僕に多大なダメージを日夜与え続けるコイツこそが《殺人タックル天使》の二つ名で恐れられている、神凪宗家の最凶兵器『神凪煉」だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「というわけで、和麻兄さんに慰謝料を請求します」

 

僕は、殺人タックルの被害請求を煉の兄である和麻兄さんに求めた。

 

「いや、俺に請求されても困るんだが」

 

「和麻兄さんは煉の実の兄ですよね。弟の代わりに責任を果たして下さい」

 

「確かに兄ではあるけど、そこまで責任なんて持てねえよ。普段、滅多に顔さえ合わせないんだぜ」

 

「それはデカい屋敷に住んでいるという自慢だよね。自慢するなら金をくれ!」

 

「お前ん家も金持ちだろうが!」

 

「僕の小遣いは少ないから関係ないよ」

 

「月にいくら貰っているんだよ」

 

「10万円だよ」

 

「多すぎるわ!俺なんか3000円だぞ!」

 

「もちろん10万円は冗談だよ。そっか、和麻兄さんは月3000円か……それなら慰謝料1000円ぐらいなら払えるよね?」

 

「お前は鬼かっ!」

 

「やだなぁ、褒めないでよ」

 

和麻兄さんの言葉に僕は照れてしまう。

 

「いや、褒めてないし。あれ、お前本気で照れてるのか?」

 

「だって、鬼って憧れるよね」

 

「憧れるって…いや、言ってる意味が分からんのだが」

 

「だって、鬼だよ鬼!たとえどんな悪事を働いても『この、鬼めっ!』『うん。鬼だよ』の一言で済んじゃうんだよ、最高だよね!」

 

「…すまん。俺にはお前を理解してやることが出来ないみたいだ。未熟な俺を許してくれ」

 

「大丈夫だよ。和麻兄さんが未熟な事は分かっているよ。和麻兄さんが出来ることといえば、僕と操姉さんの結婚式の親族代表スピーチで、受け狙いの下ネタトークを得意気にやってしまって、皆んなからヒンシュクを買い、二次会で挽回をしようと裸踊りをしたら、女子達から総スカンを喰らうことぐらいだって分かっているからね。安心していいよ」

 

「…俺は、武志が自分の結婚式に親族代表で俺を選んでくれる事に感動すればいいのか、それとも俺の事を結婚式のスピーチで下ネタトークをかました挙句、二次会で裸踊りをするような奴だと思われている事に悲しんだらいいのか分からないよ」

 

「人生は分からないからこそ、きっと楽しいんだと思うよ。それに心配しなくても大丈夫だよ。きっと下ネタ好きな女の子もいるはずだからね」

 

「そんな心配してねえよっ!ていうか、俺を下ネタ好きだと決めつける発言をするな!」

 

「怒りっぽいなぁ、そんなんだから女子達から家柄一流、顔二流、性格三流って言われるんだよ」

 

「そんな噂があるのか!?」

 

「ううん、今考えてみたんだけどどうかな?」

 

「考えた悪口の意見を本人に聞いてどうする……はぁ、お前と話してると頭が痛くなってくるんだが……人が人を理解する事がどんなに難しい事なのかが、お前と話してるとよく分かるよ」

 

「やだなぁ、さっきから褒めすぎだよ」

 

「だから褒めてねえよ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

煉side

 

僕は世界が嫌いだった。

 

父は、僕たち神凪一族は、妖魔の脅威から世界を守る正義の存在だという。

でも僕は知っていた。

その正義の一族が、自分たちに仕える風牙衆をいじめている事を。

 

宗主は、僕たち神凪一族は、精霊の友だという。

でも僕は知っていた。

友である精霊を道具としか思っていない人が多い事を。

 

両親は、僕に最強の炎術師になることだけを期待する。

滅多に会えない兄は、昏い目で僕を見る。

一族の大人達は、子供の僕のご機嫌を取る。

一族の子供たちは、僕から距離を置く。

 

僕にとって世界は、暗闇と同じだった。

 

ある日、火の御子と呼ばれる宗主の子供の演武会が開かれた。

少し前から宗主の子供とは、近々顔合わせをすると言われていた。

演武会の後に会うらしい。

僕は興味がなかったけど。

 

そこで僕は、あの人と出会った。

いや、出会ったというのは語弊があると思う。僕はずっと前からあの人の事を知っていたのだから。

でも言い訳をさせてほしい。

以前から知っていたあの人は、印象の薄い人だった。神凪一族にしては静かな人で他の子供みたいに乱暴な事はしない人だった。

 

初めは演武会でも同じだった。

そこにいても誰も気にも留めない、といった感じだった。

僕があの人に気付けたのは、偶然にも席が演武場を挟んで対面だったからだ。

 

普段は静かなあの人が、子供らしく顔を赤らめて火の御子を見つめていた。

僕は無関心にただそれを眺めていた。

 

そして、火の御子の演武が始まった。

 

『汝、聖霊の加護を受けし者よ。その力は誰がために?』

 

下らない。力なんか皆んな自分の為に使っている。

 

『我が力は護るために。精霊の協力者として世の歪みたる妖魔を討ち、理を護るが我らの務め。しかして人たることも忘れず』

 

妖魔討伐など金のためだ。人の方がよっぽど世の歪みの原因だ。

 

『大切な者を護るために!』

 

大切な者などいない。こんな世界など興味もない。

そして、不満を思うだけで何も変えようとしない自分が……1番嫌いだった。

 

あの人から目が離れ、次に視線を向けたときには……あの人はあの人になっていた。

その変化は劇的だった。

子供っぽい表情など一瞬で消え去っていた。

その瞳には強い光が宿っていた。

そして不敵な笑みを浮かべている。

全身から感じられるのは、磁力にも似た覇気のようなもの。

僕は一瞬であの人に惹かれていた。

 

その後、何故かあの人が、火の御子に黄色い声援を送り出したのには驚いたけど。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それからの、あの人の活躍ぶりは正に英雄のようだった。

 

小学校で、神凪の子供達に虐げられていた風牙衆の子供達を瞬く間に配下に収めたと思ったら、神凪の子供達も説得、話し合い、泣き落とし、誉め殺し、大神家の権力、暴力、甘言、恫喝、脅迫、あらゆる手段を使って、その支配下に置いた。

その手腕には純粋に脱帽して尊敬するしかなかった。

僕がしたくても出来なかった事を、あの人はやり遂げていく。

あの人のお陰で、僕の世界に光が差し込む。

 

あの人のお陰で、小学校は非常に過ごしやすい場所に変貌していった。

それでも逆らう奴はいた。

それまでの神凪の子供達のリーダー的存在で、神凪の横暴さを体現したような奴だった。

アイツはあの人よりも年上で身体も大きく強かった。

僕は、あの人が配下に収めた子供達とで取り囲んでボコボコにして、スカッと勝ってくれるもんだと期待したけど、あの人は何故かタイマンを選んだ。

僕は我慢出来なくてあの人に質問した。

何故そんな危険な真似をするのかと…

 

『アイツが間違っているとはいえ、意地を張り通す男だからだよ。男として意地を張り通されたら、こっちも男の意地を見せなきゃ格好つかないよね』

 

そう言うと、あの人は僕に背を向けてタイマンに向かう。

 

すごく格好よかった。

 

そのタイマンは壮絶だった。

正に意地と意地とのぶつかり合いだった。

あの人が、もの凄い修行をしている事をストーキングをして知っていたけど、アイツは年上で身体も大きかったから、あの人よりも純粋な意味では強かった。

でも、あの人は一歩も引かなかった。

殴られたら殴り返し、投げられては投げ返した。

何度も何度も倒れた。

その度に起き上がって再び立ち向かう。

そして遂に決着がついた。

あの人は、倒れ伏したアイツの頭を踏みつけたまま、拳を握りしめ勢いよく天に突き上げる。

 

『うぉおおおおおおおおおお!!』

 

僕たちは、あの人と同じように拳を握りしめ天に突き上げると、勝利の雄叫びを力の限り上げ続けた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

僕は世界が嫌いだった。

 

でもそれは昔の話だ。

今は世界に感謝している。

僕の英雄に巡り合わせてくれたことに感謝している。

 

父にも感謝している。僕を鍛えてくれることに感謝している。

力ある神凪宗家に生まれたことに感謝している。

あの人は、誰よりも心が強くて、美しくて、格好よくて、魅力的だけど、えっと力はそのあれだから…

 

あの人に、力が必要なら僕が強くなればいい。

あの人に、天を砕く程の力が必要だというのなら、僕が天をも砕く力を手に入れてやる。

たとえ世界を煉獄の地獄と化してでも、僕はあの人の望みを叶えよう。

 

だから……僕が貴方の胸に飛び込む事を許してほしい。

 

「武志兄さまー!おはようございますー!」

 

 

 

 

 




和麻「いや、ちょっと待ってくれ」
武志「どうしたの、和麻兄さん」
和麻「今回の話は、なんか途中からおかしくないか?」
武志「そうだね。僕も気になっていたんだよ」
和麻「武志も気付いていたか!」
武志「もちろんだよ。和麻兄さんから貰う慰謝料が有耶無耶になっちゃったんだよね。だからちょうだい」
和麻「それじゃねえよ!今回の場合、俺と煉との絆を直すのが常識的な流れだろ!」
武志「男なら自分で何とかしてほしいよね」
和麻「しまったー!こいつ男には厳しいんだった!」


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28話「移りゆく季節」

俺は、もうすぐ高校生になる。

相変わらず、火の精霊の声は聞こえない。

俺と同じように精霊の声が聞こえなかった紅羽の奴は、神凪に来て暫くしたころ、前触れもなく精霊の声が聞こえた。

最近は炎術師になる事を諦めていた俺だが、自分の目の前でそんな事があれば僅かに希望を持ってしまう。

紅羽に、精霊の声が届いた理由は何だ?

俺との違いは何だ?

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「紅羽姉さんと、和麻兄さんの違いなんて一目瞭然だよ」

 

俺は一人で悩んでいても答えが出ないと思い、信頼する…信頼は言い過ぎだな。

ある程度は信用できる…これも言い過ぎかもしれん。

利害関係がぶつからない限りは、多少は当てに出来る弟分に意見を聞いてみた。

 

「違いとはなんだ、教えてくれ」

 

「紅羽姉さんは、優しく綺麗で賢くて、非の打ち所がない女性だよ。和麻兄さんは、勉強は出来るけど下ネタ好きだし、運動も出来るけど根暗だし、炎術以外の術に秀でているけど下ネタ好きな男だよね」

 

「…下ネタ好きがダブっているぞ」

 

「それだけ和麻兄さんが、下ネタ好きだって事だよ」

 

前言撤回しよう。

こいつは信用ならん奴だから、意見を聞くだけ無駄だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「珍しく兄さんが声をかけてきたと思ったら、紅羽さんと兄さんの違いを尋ねられるとは思いませんでしたよ」

 

こいつは俺の実の弟で、名前は煉という。

いつの間にか武志の派閥に混じっていた。

宗家なのに分家の派閥に入るって、何を考え……俺も客観的に見ると、武志の派閥に入っていることになるのか?

……深く考えるのは止めよう。

 

「それで、違うと思うところがあれば教えて欲しい」

 

煉は、武志と違い基本的に真面目で、頭も良い。観察眼も養われているはずだから、何かしらの収穫があるだろう。

 

「そうですね。兄さんは、武志兄様に対する敬意が足りませんね。それに少々馴れ馴れしいですよ。武志兄様がお優しいからといって図々しいにも程があります」

 

「えっと、あまり面白くない冗談だな」

 

俺は、煉の奴が武志の冗談好きに毒されたのかと思い、笑ってやろうと思ったが内容が内容だけに流石に笑えなかった。

煉にはもう少し、笑いのセンスが必要だな。

 

「冗談?僕は武志兄様の冗談しか受け付けませんよ。それこそ冗談は、兄さんの顔だけにして下さい。ふふ、安心して下さいね、兄さんの顔の冗談センスは、中々のハイレベルなので女の子にはきっと受けますよ。ぷぷ…実は僕も、笑いを堪えるのが大変なんですよね」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「武志大変だー!煉の奴がお前みたいな毒舌になっちまってるー!」

 

俺は、煉の豹変ぶりに慌てて武志の元に駆け戻ってきた。

 

「俺が悪いんだ!俺がずっと相手をしなかったせいで、煉の奴はお前の影響をモロに受けちまったんだ!」

 

俺は今からでも償えるだろうか?

煉の奴を正しい道に、元の天使のような煉に戻してやれるだろうか?

 

「大丈夫だよ、今でも煉は天使だよ」

 

「本当か!さっきのは煉の悪い冗談だっただけなのか?」

 

「さっき、てのは分からないけど、煉は今でも立派な『殺人タックル天使』だから安心しなよ」

 

「その天使じゃねぇえええええ!!」

 

「あはは、和麻兄さんはいつもハイテンションだね。大人しい僕だとついていけないや」

 

「お前の所為だろうが!それと誰が大人しいんだよ!」

 

「それは置いておくとして、煉が一体どうしたの?あの子は、殺人タックル以外は問題ないと思うけど」

 

「いや、さっき武志に質問したことを煉にも質問したんだよ。そしたらお前の事を讃えるような事を言ったり、俺の顔が面白いみたいな事を言ったりしたんだよ」

 

「別におかしい事じゃないよね。煉は、僕に懐いてるから、僕を持ち上げて喋る事もあるだろうし、和麻兄さんの顔が面白いっていうのも兄弟なら普通に言う冗談だよ。僕だって武哉兄さんに言うことあるけど、兄さんの方もいつもの事だから受け流しているよ」

 

「いや、そう言われたらそうなんだが」

 

「まったく、おかしな事をいう兄さんだね。おかしいのは顔だけにして欲しいな」

 

「そうか、俺が気にし過ぎただけなのか?」

 

「ほら、和麻兄さん。僕が今、和麻兄さんの顔がおかしいって言っても気にも留めなかっただろ。兄さんは、煉の事を天使だと特別視し過ぎなんだよ。煉だって普通の小学生なんだから多少は口が悪い時だってあるよ。今どき弟が天使だって本気で言ってる和麻兄さんの方が気持ち悪いよ。なに、ブラコンなの?」

 

「ウググ…ムカつくが、返す言葉ないとはこの事か!」

 

「ほら、問題が解決したんならサッサと行ってよ。僕はこれから綾と沙知の3人で遊びに行くんだからね」

 

「お前、小学生の癖して両手に花かよ」

 

「はぁ、すぐにそういう発想にいくから下ネタ好きだって噂になるんだよ。僕達は、まだまだ子供なんだから男女関係なしで仲良しなだけだよ」

 

武志は呆れたように俺を見るが、こればかりは俺の方が正しいだろう。

武志は、同年代を子供に見過ぎる傾向があるからな。

自分は早熟な癖して、他の子達は子供のままだと思ってやがる。

お前に影響された子達が、そんな訳ないだろうに。

現に証拠として、そこの物影から此方を伺っている視線に『余計な事を言うと殺す!』と言わんばかりの殺気が込められているぞ。

しかし、武志に気付かれずに俺にだけ殺気を感じさせるなんて、これは風術なのか?

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

綾side

 

「余計な事を言ったら殺す!殺す!殺す!」

 

沙知は、さっきからずっと怨念を送り続けている。

風術で私達の気配は絶っているから、怨念も届かないだろうけど。

 

「今はまだ、友達として思い出作りをする段階なんだから、余計な事を言われて変に意識されたら困るのよ!」

 

「沙知は男の子っぽいのに、色々と恋愛の作戦を立てるところは女の子なのよね」

 

「当たり前よ。愛を手に入れる為には手段を選ぶなって、お母さんも言ってたもん」

 

「うーん。正しいといえば正しいのだけど、小学生の娘に言う言葉かしら?」

 

「当たり前よ、絶対に将来はライバルが増えるんだから、幼馴染みの特権を生かす為には、今の内にどれだけの思い出を作れるかにかかっているのよ!」

 

「そうね。武志は客観的に見ても優良物件だし、そんな事を抜きにしても純粋に好意を寄せてる子も多いわ。時間が経てば経つほどライバルは増えるでしょうね」

 

だけど自分の親友が、ここまで長期計画を立てて執拗に彼を狙っているのを間近で見続けていると……流石に引くわね。

 

「ちょっと、何よその目は。自分は関係ありませんって顔をしてるけど、綾もあたしの作戦に便乗してるくせに」

 

「うふふ、ごめんなさい。私達は運命共同体です。彼を射止める仲間ですもの」

 

「……そうだね」

 

「あら、どうされたの?元気が無くなってしまったけど」

 

「あのさ、射止めた後は…どうするの?」

 

「『私達は全員、武志の嫁!』じゃなかったのかしら」

 

「本当に子供の頃はそう思っていたけどね。でも、現実に結婚出来るのは……1人だけだよ」

 

「そうね。法的に結婚出来るのは1人だけね。でもね、知ってるかしら?結婚してなくても子供の認知は出来るのよ」

 

私の言葉にあんぐりと口を開く沙知。口を大きく開きすぎて凄い顔になっているわ。

 

「沙知、その顔は女の子として、どうなのかしら?」

 

「え、あ、綾が凄いこと言うからでしょう!」

 

「あら、そうかしら。女の幸せは結婚だけじゃないって、私のお母様は言っていたわよ」

 

「それは絶対に意味が違うと思うよ!」

 

「あはは、いいじゃない。どんな形になろうと私達が幸せになれるんだったらね」

 

笑いながら言う私に、沙知は呆れた顔になったけど、すぐに私と同じように笑い出す。

 

「あはは、そうだね。幸せの形はひとつじゃないもんね」

 

私達は一緒に笑い合う。

笑いながらふと思い出す。

先ほどのあの男の視線…沙知が怨念を送り続けていた時、たしかに私達を見ていたように思えた。

 

「風術で隠蔽していた気配に気付いていた?」

 

まさかそんな事をはあり得ないだろうと、私はその事を直ぐに忘れてしまった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

綾乃side

 

私は思い出す。あの時の光景を…

 

私の前に居並ぶ分家の術者達。

分家の中でも実力者達だ。

そう、実力者。

神凪宗家が不在の時には、代行として神凪一族に連なる炎術師達を、互いに協力し合い束ねる役割を担っている者達だ。

それなのに…

 

『妖魔討伐での失態は、此奴が勝手な行動をしよったせいであります!』

 

『何を言うか!お主の独断専行がそもそもの発端ではないか!』

 

『お前が合図の前に飛び出したのを見ていたんだぞ!』

 

『現場には現場の判断があるんだ!そう都合よく合図通りに動けるわけないだろう!』

 

皆が責任を押し付け合うばかりで、そこには人々を妖魔から守る炎術師としての誇りなど感じられなかった。

 

『風牙衆如きなど、綾乃お嬢様がお気にかける価値などございません』

 

『我らの足を引っ張る者など、捨て置けば良いのです』

 

『逃げまわるしか出来ぬくせに、逃げ遅れた間抜けですぞ』

 

『風牙衆など、すぐに増えるのですから気にする必要などないのです』

 

風牙衆の…沙知のお父様の件について、当時の状況を確認しようと…きっと、本当は止むに止まれぬ事情があったと…一族の皆んなを信じたかった…私の願いは…あっさりと砕かれた。

 

こんな…こんな奴らが…

 

こんな…奴らが……沙知の…お父様を…

 

こんな奴らが……私と同じ…

 

神凪の…

 

「ふざけるなぁああああああああ!!!!」

 

心の奥底から込み上げてくる、堪え切れない程の怒り。

あまりの怒りのため、目の前が真っ白に染まる。

 

正直、この後の事はよく覚えていない。

気付いたら、沙知が泣きながら私の事を抱き締めてくれていた。

そして、近くには酷い火傷を負った武志の姿があった。(周囲で焼け焦げて転がっている分家の奴らはどうでもいい。息はあるみたいね…チッ)

恐らくは暴走した私から沙知の事を守ってくれたのだろう。

武志は、年下だけどいつも頼りになる。

本当にありがとう、武志。

酷い火傷までして沙知を。

本当に酷い火傷。

あれ…?

火の加護を持つ武志が火傷…?

 

「どうして武志が火傷なんかしてんの?」

 

今にして思えば、あの場であの台詞はなかったと思う。

武志の乾いた笑いの後の、平坦は声色が怖かった。

 

「あはは…綾乃姉さんの神炎に焼かれたからだよ」

 

「そ、そうだったんだ!私の所為でごめんね!」

 

武志に火傷を負わせたのが自分だと知り、慌てて謝る。

武志は着実に力を付けているけど、流石に神炎に触れれば火傷は免れないだろう。

むしろ神炎相手でよくあの程度の火傷で済んだと私は胸を撫で下ろした。

ん?

神炎…?

私が神炎を…?

 

「えぇえええぇええええぇえええ!?」

 

「綾乃姉さん、叫び声がキズに響くんだけど」

 

「……ごめんなさい」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

私は、あの時の記憶と感覚を思い出そうとする。

本当は、思い出したくもない記憶だけど。

私には誰にも負けない力が必要だから。

 

私は、必死に記憶を思い出していく。

ムカつく感情と共に思い出す。

私の苛烈な怒りに反応して、火の精霊が騒ぎ出す。

自分でも抑えきれない怒りが暴走しようとするけど、私は意志の力で対抗する。

怒りは炎術師の力の源になるけれど、振り回されては意味がない。

激甚な感情と冷静な理性という、矛盾した二つを支配下に納めてこそ、炎術師は真の力を発揮出来るのだから。

 

「くっ、ダメッ!暴走する!」

 

だけど、精神的に未熟な私は、怒りの感情に引きずられそうになる。

暴走する寸前、私の脳裏に浮かんだのは、軽い笑みを浮かべながら無茶苦茶な事をする…いつもの武志の顔だった。

 

何故か心が落ち着いた私は、武志のような笑みを浮かべる。

武志のように、うまく笑えてる自信はないけど。

激甚な感情も冷静な理性も、全てを軽く笑い飛ばして、私は前へと進む。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

和麻side

 

武志もダメだった。

煉もダメだった。

あと相談出来るのは…アイツだけか。

うーん。気が進まんが、背に腹は変えられんよな。

 

「よし、綾乃に聞いてみるか」

 

俺は、綾乃を探して神凪の鍛錬場に足を運ぶ。

 

「あそこまでぶっ壊れていたのに、凄え綺麗に直ったよな」

 

以前、謎の大爆発が起こって大破した鍛錬場は、以前以上に立派になって復活した。

まあ、謎の大爆発って言っても暗黙の秘密だけどな。

あの二人は一緒にいさせたら危険度がアップするよな。隔離しといた方が世の中のためになると思うぞ。

 

俺はそんなどうでも良い事を考えながら、鍛錬場の扉を開けた。

 

そして…地上に這い出てきた悪魔と出会った。

 

「アハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

その狂笑は、心の奥底から原始の恐怖を呼び起こす。

邪悪に輝く瞳に射抜かれ、心の臓が鼓動を止めようとする。

悪魔の全身に絡みつくのは、血よりも紅く、夜の闇よりも昏い、地獄の業火だった。

 

「ひぃっ!?」

 

俺は恐怖のあまり、逃げ出す事はおろか、まともに悲鳴をあげる事すら出来なかった。

 

「だ、だれか……た、たすけ……て…」

 

俺は掠れた声で助けを呼ぶが、そんな小さな声が聞こえるわけもなく、逆に悪魔の注意を引くだけの結果になってしまった。

 

「アハハハハハハハハ!!こんな所にいたのね!!わたしの生贄がぁあああああ!!!!……なんちゃって(笑)」

 

「イヤだぁああああああ!!!!俺は死にたくないんだぁああああああああ!!!!」

 

迫り来る『死』を感じた俺の心は、その恐怖に耐えられずに大きく弾けた。

そして、鍛錬場は突如巻き起こった謎の暴風によって、跡形も無く吹き飛んだ。

 

 

 




キャサリン「次回!《キャサリン・リターンズ》乞うご期待!!」
武志「うーん。キャサリンの出番はまだだと思うよ」
キャサリン「お久しぶりね、武志。お元気だったかしら?」
武志「昨夜も国際電話でお喋りしたよね」
キャサリン「うふふ、わたし達の交友は続いているのよ」
武志「来年のパーティーが楽しみだよ」
キャサリン「ダンスの練習は順調かしら?」
武志「練習相手がいないんだよね」
キャサリン「(キラーン!)なるほどね」
武志「あはは、キャサリンが悪巧みしている顔になってるよ」
キャサリン「悪い女は嫌いかしら?」
武志「キャサリンだったら大歓迎だよ」
キャサリン「うふふ、後悔しても知らないわよ」
武志「キャサリンこそ僕を本気にさせたりしたら大変だよ」
キャサリン「うふふ」
武志「あはは」
和麻「俺の事を話題にしろよ!?」


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29話「転機」

以前に感想で教えてもらった情報を使わせてもらいました。ありがとうございます。


突然の暴風に吹き飛ばされる鍛錬場。

暴風と共に、砕かれた家屋の破片が私を襲う。

前触れなく訪れた『死』の予感。

だが、今の私は『死』すらも笑い飛ばす。

 

「あはははははははははははは!!!!」

 

暴風…?

 

家屋の破片…?

 

そんなものが何の脅威になるというのか。

私の前では全てが灰に…

いや、灰すら残さずに全てを燃やしてみせよう。

あの太陽のような…

紅炎(プロミネンス)と共に。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

私は現在、鍛錬場があった場所(今は綺麗に更地になっている。所々に煙は上がっているけど)に正座させられていた。

しかも、よりにもよって日頃から一番可愛がっている弟分にだ。

うう、屈辱だわ。

 

「結局、綾乃姉さんが鍛錬場を根こそぎ燃やし尽くしちゃったんだね」

 

「そういう言い方は誤解を招くと思うの。私は自分の身を守るために仕方なく燃やしただけなのよ」

 

「ふーん、突然の暴風ね。でも、誰も暴風なんて観測してないんだけど」

 

「それは私が発生直後に、暴風ごと全部燃やし尽くしちゃったから」

 

「へー、そうなんだ。綾乃姉さんって凄いんだね」

 

武志は、言葉とは裏腹に全く信じてなさそうな声色で言う。

 

「どうして信じてくれないの。武志だけは、私の事を絶対に信じてくれると思っていたのに」

 

私はわりかし本気で武志に訴える。

武志だけは、無条件で自分の味方だと思っていただけにショックだった。

 

「僕がここに来たときに目にした光景を説明するとね『綾乃姉さんが楽しそうに笑いながら、恐怖の表情で気を失っている上、全身焦げて半死半生になっている和麻兄さんを、踏みつけてグリグリしてる状況』だったんだよ」

 

客観的に聞かされると、少し誤解を生む状況かしら?

 

「僕には、綾乃姉さんが遂に我慢仕切れずに、和麻兄さんを痛めつけた場面にしか見えなかったんだけど」

 

「私は、武志に嘘なんか言わないわ」

 

「……それもそうか。綾乃姉さんが和麻兄さんを嫌っているのは知っていたけど、だからといって、綾乃姉さんが僕に内緒にしてまで、そんな事するわけがないよね」

 

もちろん嘘じゃないけど、武志って女の子の言う事を簡単に信じすぎるわね。悪い女に騙されないように、私が見ててあげなきゃね。

 

「綾乃姉さんが、僕の事を誤魔化そうとしてるのかと思って、ショックだったから勢いで正座させちゃったんだ。ゴメンね」

 

「ううん。分かってもらえて嬉しいわ」

 

「念の為に言っておくけど、僕はどんな時でも綾乃姉さんの味方だからね。人に言えない事をする前には、ちゃんと相談してね。アリバイ工作とか証拠隠滅とか考えなきゃいけない事は多いんだよ」

 

「もうっ、私をなんだと思っているのよ!」

 

うふふ、やっぱり武志は私の味方なのね。

 

「それにしても突然の暴風か。まさか和麻兄さんが覚醒したのか?でも、今まで何をしても無理だったのに、切っ掛けもなしで覚醒なんて出来るのかな」

 

武志は、ブツブツと何か喋りながら考え事をしている。

それはいいんだけど、この焼け焦げて気絶してる男をどうするのかしら?

今のうちに、止めをさしちゃおうって、提案したらオッケーしてくれるかな?

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

宗主side

 

「鍛錬場が消失したのは聞いておるか?」

 

「綾乃がまたやらかしたそうですな」

 

儂の前に座る厳馬は、表情は変えぬが面白そうに言いやがる。

 

「以前は鍛錬場を半壊、今回は全壊。着実に実力が上がっているようで何よりです。後は、自制心がアリンコ程度でもつけば言うことなし。といった所ですな」

 

「うぐぐ…た、確かに、多少活発すぎるのが、玉にキズといった所でな。じゃじゃ馬すぎて、儂も手を焼いておるわ」

 

「それで今日は何の話ですかな。まさか、じゃじゃ馬の愚痴を聞かせる為に、わざわざ呼びつけた訳ではないと思いたいのだが、まさかそうなのか?」

 

儂は、厳馬の顔面にパンチを喰わらせたい気持ちを鋼の精神で抑え込む。

 

「ハハ、いかに儂でもそこまで暇ではないわ。今日の用件はお主の息子の話だ」

 

「息子…まさか煉に何か?」

 

「息子と聞いて長男の和麻ではなく、まず煉を思い浮かべるのか、厳馬よ」

 

「我が息子は煉だけで十分です。炎術の才がなく、やる気もない者など、何れは外に出す所存ですので」

 

「そうか。ならば此度の話は渡りに船といったところか」

 

「意味が分かりませんが?」

 

厳馬は顔をしかめると、さっさと話せとばかりに睨みつけてくる。

宗主に対する態度じゃないぞ、こいつ。

 

「此度の鍛錬場消失の件に和麻が絡んでおる。綾乃は、その後始末を行っただけだ」

 

「和麻が……」

 

厳馬は、儂の言葉を聞くと暫し考え込む。

 

「さては、憂さ晴らしで鍛錬場にガソリンを撒き、火でもつけましたか?」

 

「何故そうなるんだ!」

 

「うむ、違いますか。他に考えられるのは…はっ!まさか」

 

「ほう、気付いたか」

 

「私が密かに仕掛けておいた、鍛錬場自爆装置を作動させたのか!」

 

「お前は何をしてんだっ!?」

 

「もちろん冗談です」

 

厳馬のとんでもない発言に勢いよく立ち上がった儂は、続く言葉にずっこける。

 

「お前、真面目な顔をして冗談を言うのは若い頃から変わらんなぁ」

 

「ふふ、宗主も相変わらず良い反応をする。GOODだ!」

 

「ええい!おっさんが格好つけて親指を立てるな!」

 

全くこいつは、真面目なのか不真面目なのか分からん奴だな。

 

「ともかく話を戻すとだな。和麻は聞こえたそうだ。風の精霊の声がな」

 

「風の…精霊」

 

「たしか深雪には、風牙の…」

 

「黙れ!……すまん。失言だ」

 

「いや、むしろ儂の方こそ気遣いが足らんかった。すまない」

 

「…それで、和麻をどのように扱うつもりなのですか?」

 

「うむ。実は和麻の方から、ある計画を相談されているのだが」

 

「あの和麻が計画をですか?」

 

厳馬は意外な顔になるが、無理もないだろう。厳馬にとっては、和麻は炎術師になる事を早々に諦め、無為に日常を過ごしているように見えていたはずだからな。

自分から計画を立て、宗主に相談するなど思いもしなかったはずだ。

 

「それで、和麻の計画とはどのような」

 

「和麻の計画では、先ず…」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

深雪side

 

「中学卒業と同時に、風術師の大家である《凰家》に3年間の修行に行って参ります。その後、世界中を廻り実力を磨き、十分な実力と実績を得られたら、再びこの地に戻り、新たな風術師の一族として、家を興す所存です。その折には、神凪一族の全面的な協力を宗主に約束していただきました。また、家を興した際、風牙衆は我が家の一門に加わることを風牙衆の長と約束致しました。勿論これは、一族の総意としての約束です」

 

私の前で、誇らしげに報告を行っている和麻さん。

弟の煉とは違い、炎術の才を持たせて産んであげれなかった不憫な子。

全ては私の血に原因があったのに、私はそれを告げる事が出来なかった。

主人の『和麻には告げなくともよい』という言葉に甘えてしまった。

 

私は、幼い頃から自分の血筋の秘密に怯えていた。

もしも他人に知られたらと思うと、恐ろしくて夜も眠れない日々を過ごしていた。

怯えを隠すために随分と我が儘に振る舞い、周囲にも迷惑をかけてしまっていた。

そんな頃、今は主人となった厳馬に秘密を知られてしまった。

私は、この世の終わりとばかりに怯えて震えたが、そんな私を厳馬は優しく抱きしめてくれた。そして、これからは俺が守ると約束してくれた。

厳馬の優しさに触れて、私は救われた。

だけど、和麻さんに火の精霊の加護がない事を知ったとき、私は再び絶望に囚われてしまった。

和麻さんの未来は、きっと絶望に閉ざされている。

そう考えた時、母として出来ることが何かないのかと、必死に探して出した答えが『この子の心が壊れてしまわないように、憎しみを向けられる対象になろう』などという、なんとも愚かな考えでした。

私自身が、厳馬の愛で救われたというのに、その私がそのような選択をしてしまうとは、自分が情けなく消えてしまいたいと幾度も思いました。

しかも、間違いに気付いた後でも、和麻さんに拒否される事が怖くて、歩み寄る事が出来ませんでした。

本当に、母親失格な駄目な女です。

 

そんなある日、いつも昏い目で私を見ていた和麻さんが、明るい顔をして学校から帰ってきました。

私に気付くと、再び昏い目に戻ってしまいましたが、その日を境に少しずつ和麻さんは良い方向へと変わっていきました。

全く笑わなくなっていたのに、時折り笑顔を見せるようになり、冗談すら口にするようになりました。私を見る目に宿っていた昏い光が無くなった時には、厳馬に縋り付き泣いてしまいました。もっとも厳馬には理由を話していないので困惑させてしまいましたが。

 

そして、和麻さんは風術師として覚醒したばかりでは無く、自分の未来まで自分で切り拓いたのです。しかも、風牙の方達まで救う未来をです。

本来なら母として褒めてあげたい。

でも、私にそんな資格はないでしょう。

せめて、憎い母として言葉を贈りましょう。

 

「炎術師ではなく、風術師ですか」

 

「はい!その通りです!本当に良かった!これであの紅い悪魔と離れられます!!」

 

紅い悪魔?

なんの事でしょう。まあ、あまり関係ないですね。

でも、炎術師ではないのに随分と嬉しそうです。やはり神凪一族を恨んでいるからなのでしょうね。

 

「和麻さんは、学業も運動も優秀で、学校の先生にも良く褒めてもらっています。母として嬉しく思いますよ。後は炎術師としての才能さえあればと…」

 

「はい!ありがとうございます!炎術師としての才能は皆無ですが、風術師としてなら、風牙衆の長が言うには、修行を積めば世界トップクラスになれるから死ぬ気で頑張れとエールを送っていただきました!」

 

あら?

この子って、ここまで明るくなっていたかしら?

 

「必ず、風術師として大成してみせます!そして、あの恐ろしい紅い悪魔を退治するのは到底不可能ですが、監視網を築いて奴の被害を未然に防いでみせます!近付いてきたら皆んなで逃げるという手段で!!」

 

えっと、紅い悪魔?

やっぱり重要な関係があるのでしょうか?

 

「和麻さん。紅い悪魔のことは、よく分かりませんが、これからは風術師としての道を歩むのですから、神凪との縁はここで終わりだと思いなさい」

 

私は、冷たい声で冷たい言葉を紡ぐ。

この子が、未練なく神凪を棄ててしまえるように、自由な世界へと羽ばたけるようにと、憎い母としてできる…最後の務めを果たす。

 

「これには一千万円が入っています。些少ですが、今後の為に使いなさい。これが母として出来る最後のことですよ」

 

私は、預金通帳とカードを和麻さんの前に置く。

これは、亡くなった母が私に遺してくれた形見のようなお金だった。

私が、神凪で生きるのがどうしても辛くなったとき、全てを捨てても生きていけるようにと、母が必至になって貯めてくれた。

幸いにも、私には厳馬がいてくれたお陰で使う必要がなかった。

ならこのお金は、母と私の血を強く受け継いだ、和麻さんに渡すことが母の想いにも叶うことだろう。

 

「母上、ありがとうございます。このお金は、有難く受けとらせていただきます」

 

和麻さんは、大事そうに受け取ってくれた。憎い母からの絶縁状のようなものなのに。

 

「ですが、このお金は使わずにお守りとして持っておこうと思います。母上とお祖母様の想いが詰まったお金ですから」

 

「和麻!?貴方は知っているのですか!」

 

突然の和麻の言葉に私は驚愕する。墓場まで持って行こうと決めていた秘密を和麻が知っていたなんて。

 

「ほんの数日前です。将来のことで風牙衆の長と話した時に教えてもらいました」

 

「…そう、あの方なら全てをご存知ですものね」

 

「母上、申し訳ありませんでした。母上の秘密を暴くような真似をしてしまって」

 

「和麻は、私を恨んでいるのでしょうね」

 

私は、和麻に拒絶される恐怖に震えながら尋ねる。

 

「いいえ、母上を恨んでなどいませんよ」

 

「嘘は言わなくていいのよ。私の血のせいで和麻がどんなに辛い思いを……本当にごめんなさい…」

 

「母上、もしかしたら数年前に真実を知っていたなら、母上を恨んでいたかもしれません。だけど、今の俺にとって母上は、愛する大事な家族…それだけですよ」

 

和麻の言葉に思わず伏せていた顔を上げる。

和麻は、優しい笑みを浮かべて私の事を見つめていた。

その優しい笑みは、若かりし頃の厳馬に似ていた。

 

「和麻!ごめんなさい!ごめんなさい!弱い母で、本当にごめんなさい!」

 

私は、堪えきれずに和麻を抱き締めて泣いてしまう。

 

「大丈夫ですよ。母上が弱いのなら、俺がどんな事をしてでも守ってみせますから、安心して守られていて下さいね」

 

和麻の優しい言葉に、私の涙は際限なく溢れてくる。

涙と同時に、女としての冷静な部分は告げていた……この子、将来は女たらしになるわね。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

しばらくして落ち着いた私は、和麻に尋ねる。何故、そんなに強くそして、優しくなれたのかを。

 

「俺を理解してくれて、そして必要としてくれた奴に出会えたからですよ」

 

和麻は少し照れながらも、誇らしげに語る。

 

「俺は、あいつの兄貴分だから格好悪いことは出来ないんですよ。あいつは何故か分からないけど、俺の事を本当に凄い奴だと思ってるみたいで、それも俺が情けない時代からですよ。まったく何度も俺は、そんな凄い奴じゃないって言ってんのに、あいつときたら『和麻兄さんは、まだ覚醒してないだけだよ。そのうち覚醒して人間殺戮兵器とか呼ばれるから安心してよ』だなんて、どんだけ俺が物騒な奴になると思ってんだか」

 

和麻は、今まで見た事もないほど真剣に語る。

 

「俺は、あいつに助けて貰った。俺の地獄は終わる事なんてないと思っていたのに、あいつは終わらせてくれた。それも、颯爽とヒーローみたいに助けてくれたんじゃない。完全に悪役のやり方だった。あいつが泥を被るやり方だった。でも…俺の今後の立ち位置まで良くしてくれるやり方だった。もっとも、それに気付いたのは、随分と後になってからだったよ」

 

和麻は、決意を秘めた目で語る。

 

「情けなくあいつに助けられた俺だけど、あいつは、俺をずっと認めてくれていた。俺なんかを慕ってくれていた。なら俺は、あいつが認めるに相応しい男に…あいつが慕うに値する男にならなきゃいけないんだ。今回、俺にそのチャンスが廻ってきた。俺はどんな苦労したとしても、あいつの兄貴分に相応しい男になってみせるよ」

 

和麻は、最後に少し照れくさそうに笑いながら…

 

「だからさ、情けない俺が挫けないように、これからも見守っててほしいよ。お母さん」

 

幼い頃と同じように呼んでくれた。

 

 

 

 

 

 

 




綾乃「結局、紅い悪魔ってなんなのかしら?」
武志「さあ?和麻兄さんは時たま変な事を言うからね」
綾乃「でもこれで、当分あいつはいなくなるわね」
武志「これって、時間が飛ぶパターンかな?」
綾乃「そして、あっという間に5年が過ぎた。とかいうヤツね」
武志「それなら、次回はいきなり老後になっていて、皆んなでお茶をすすりながら思い出を語るパターンだったら、キリ良く30話で完結出来るね!」
綾乃「打ち切り漫画みたいで斬新かしら?」
武志「打ち切り漫画みたいなら、使い古されているんじゃないかな」
綾乃「古いのは嫌だわ、それなら老後は止めときましょう」
武志「うん。綾乃姉さんがそう言うなら止めとくよ」
和麻「だから、後書きなんだから今回メインである俺の話題をもっとしろよ!」


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30話「旅立ち」

和麻兄さんが、風術師の大家として有名な凰家に修行のために旅立った。

旅立つ前日に、僕は呼び出されて告げられた。

 

「俺は必ず頼りになる男になって、ここに帰ってくるよ」

 

和麻兄さんは、気持ち悪いほど決意に満ちた目をしていた。

 

「無理はしないでね。僕は和麻兄さんが無事にコントラクターレベルになって帰ってきたくれたら、それだけでいいんだからね」

 

「ハハ……き、期待が…重すぎる」

 

気負いすぎている和麻兄さんを気遣う僕に、和麻兄さんも引きつったように見える爽やかな笑みで応えてくれた。

 

「武志、俺が帰ってくるまでは、お前に任せるからな。みんなを守ってやってくれ」

 

「安心してよ。今の神凪宗家は、千年の歴史上でも最強時代だよ。なんたってコントラクターレベルの神炎使いが3人もいるんだからね。宗主なんて神凪史上最強とまでいわれてるぐらいだよ」

 

「そ、そうだった。紅い悪魔はコントラクターレベルなんだ。なら俺もコントラクターレベルに…いやっ、コントラクターになってみせるぞ!そして俺は、皆んなを連れて逃げられるだけの力を得てやる!!」

 

和麻兄さんが声高に吼える。

でも、前向きなんだか後ろ向きなんだか、よく分かんないセリフだよね。

 

「ところで紅い悪魔って、綾乃姉さんのことだよね。まだ、力に目覚めた時に焦がされたことを根に持っているの?」

 

「いや、別に焦がされたこと自体はいいんだよ。紅い悪魔が暴風ごと燃やしてくれなきゃ大惨事だったからな」

 

あれ、意外と冷静に判断しているんだ。それならどうして綾乃姉さんの事を、紅い悪魔だなんて呼ぶんだろう?

 

「でもな、俺は見たんだ。あいつの本性を。あいつの隠された本質を。あいつが狂笑を繰り返し、地獄の業火を身に纏い、狂気を振り撒き、血に飢えた目で俺を見つめて…ニタリと邪悪でおぞましい笑いの形に顔を歪めると、俺を…俺の事を生贄にしようと迫り来る姿を見たんだよぉおおおお!!」

 

うん、全然冷静じゃなかったね。

僕が間違えていたよ。

 

「あのね、和麻兄さん。きっとそれは目の錯覚とかだよ。僕が見たときの綾乃姉さんは、太陽のように綺麗な紅炎(プロミネンス)を纏っていて凄く綺麗だったよ。笑い声だって、普通の女の子の笑い声で可愛かったと思うよ」

 

「くそっ!紅い悪魔は、幻覚や認識阻害の力まで持ってやがるのかっ!きっと俺は、風術師としての感知能力が高いから紅い悪魔の力が通じなかったんだな!」

 

ダメだ。完全にトラウマになっちゃって、聞く耳を持ってくれないや。

でも、これだけは聞いておかないとね。

 

「それで、和麻兄さんは紅い悪魔をどうしたいの?やっぱり倒したいのかな」

 

「…いいや。あいつは悪魔だけど、きっと人間に生まれ変わって一生懸命に生きているんだと思うんだ。あの時、あいつが本性を出している時に、俺がタイミング悪く居合わせたりしなかったら、きっとあの紅い悪魔は、死ぬまで正体を明かさなかったと思うんだよ。それに…」

 

和麻兄さんは、少し悲しそうな顔になる。

 

「生まれた持った宿命のせいで、人に疎まれる辛さは俺が一番よく分かるからさ、あいつを倒そうとかまでは、とてもじゃないけど思えないよ。ただ、あいつが万が一、悪魔としての衝動を抑えきれなくなった時に、防げる力が欲しいだけなんだよ。正気に戻った時に、あいつが苦しまなくてもいいようにさ」

 

「和麻兄さん…」

 

いい事言ってるように聞こえるけど、これって、勘違いしたトラウマを拗らせてるだけだよね。

でもまあ、特に害はないみたいだし、ほっとけばいいか。関わるのも面倒くさそうだしね。

 

翌日、和麻兄さんは皆んなに見送られて笑顔で旅立っていった。ちなみに綾乃姉さんに対しては、怯えた目を向けていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

紅羽side

 

神凪宗家に生れながら、火の精霊の声が聞こえなかった和麻が、なんの因果か、風術師として目覚め、そして風術師として一人前になるために旅立った。

 

かつて、私と同じ苦しみを味わった人。

そして、私と同じように武志に救われた人。

今は、私と武志が2人っきりになれる筈の登校時に現れるお邪魔虫。

 

うふふ、やっといなくなったわ。

 

「武志、紅羽お姉ちゃんと手を繋ぎましょう」

 

「僕も10歳だから、そろそろ手を繋いでの登校は恥ずかしいかな、紅羽姉さんも人目もあるし恥ずかしいよね」

 

「私なら大丈夫よ。たとえショタコンと罵られても平気だもの」

 

「そこは平気になったらダメじゃないかな?」

 

「武志は人にシスコンと言われたら、操や私のことを嫌いになっちゃうのかしら」

 

「はっ!?ごめん、紅羽姉さん。僕が間違っていたよ」

 

「分かってもらえて嬉しいわ。それじゃ、手を繋ぎましょうね」

 

「うん、紅羽姉さん!」

 

私は、繋がれた手から伝わってくる温もりを感じながら、この幸せな時間に感謝した。

 

(和麻…旅立ってくれて、本当にありがとう)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

煉side

 

最近、気付いた事がある。

和麻兄さんが居なくなっていたのだ。

屋敷では、居住している場所が離れているため、滅多に顔を合わせなかった。

学校でも中学校と小学校で別れている。

だから気付くのに遅れてしまった。

居ないことに気付けたのも、母様が小さく呟いた言葉が切っ掛けだった。

 

「和麻は、元気にしているかしら」

 

「兄さんがどうかしたの?」

 

「慣れない異国の地で修行をしているのよ、いくら凰家とは親交があるとはいえ、親としては心配だわ」

 

「凰家……家出ですか?」

 

「うふふ、煉が兄のことで冗談をいうなんて初めてね」

 

母様が言っている意味が分からなかったが、幸せそうな雰囲気だったので曖昧に笑っておいた。

 

「武志兄様ー!!」

 

「48の必殺技の一つ、身代わりの術!」

 

「武志!?師匠を盾に…ぐわぁっ!?」

 

僕が、武志兄様の胸に飛び込もうとしたら、師匠(武志兄様の師匠なので僕も師匠と呼んでいる。兄様とお揃いだね)が何故か間に割り込んできた。

僕の頭が、うまい具合に鳩尾にめり込んでしまい師匠は悶絶してしまった。

 

「煉、どうしたんだい?修行中に来るなんて珍しいよね」

 

「ごめんなさい。武志兄様の邪魔をしたくなかったのですが、お聞きしたい事が出来てしまって」

 

「謝らなくてもいいよ。珍しいなと思っただけだからね。煉だったらいつでもウエルカムだよ。殺人タックルは勘弁してほしいけどね」

 

武志兄様は、爽やかな笑顔で見せてくれた。僕の小さな胸は、鼓動を早める。

 

「それで、聞きたい事って何かな?」

 

「実は和麻兄さんを最近見ないと思ったら、凰家で修行中らしくて。それで何か事情をご存知ないかと思いまして」

 

「えっと、和麻兄さんの送別会には、煉も出ていたよね」

 

「送別会ですか?」

 

「ほら、先月に宗家でやっただろ」

 

「先月……ああ、綾乃姉さんが神炎使いになったとかの挨拶をしてたパーティーの事ですか?」

 

「確かに一緒にしたけど、和麻兄さんも旅立ちの挨拶をしてたよね」

 

「そういえば、綾乃姉さんの後で和麻兄さんが壇上に立ってたような?」

 

「相変わらず淡白な兄弟だよね。僕のところの仲良し姉弟とは大違いだよ」

 

「武志兄様は、自分のお兄さんとも仲良しなんですか?」

 

「たとえ兄でも、男同士はライバルなのさ!」

 

「僕は武志兄様のライバルじゃないですよ!」

 

「あはは、煉とは義兄弟みたいなもんだからね。ライバルじゃなくて仲間だね」

 

「はい、武志兄様の背中は任せて下さいね!」

 

武志兄様の言葉に、僕の体温が高くなる。

僕は、武志兄様の背中を守れる男になる為、今よりも修行に励もうと心に誓いながら、家路につく。

 

あ、和麻兄さんのこと詳しく聞くの忘れてた。

 

まあ、別にいいや。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

綾&沙知side

 

「和麻様には、過去には色々と思う所はありましたが、将来は風牙の宗主となられる方なので、無事に修行を終えられるのをお祈りしていますわ」

 

「武志が、風牙衆の名前はなくなりそうだって言ってたよね」

 

「そうね。私も風牙衆の名は捨ててしまった方が未来の為にはいいと思うわ。でも、和麻様は《神凪和麻》ですけど、神凪一族を名乗ると色々と混乱しますよね」

 

「和麻が、誰かと結婚したら相手の姓を名乗ったらいいじゃん」

 

「なるほど、でも和麻様が結婚出来るかしら?」

 

「あはは、和麻ってばモテないもんねー」

 

「以前はそれなりでしたけど、綾乃様恐怖症になられてからは、評価が下落しましたからね」

 

「小学生の美少女に、本気で怯える中学生を好きになる女の子はいないよー」

 

「いっその事、異国の地でパートナーを見つけてもらいたいですね」

 

「異国の地で出会う運命の人、ロマンチックだねー」

 

「うふふ、旅先での開放感からくる勘違いの恋で、激しくやり合っちゃって《できちゃった婚》になれば面白いわよね。きっと皆んなから激怒されますよ」

 

「綾ってば、今でも和麻のこと嫌いなんでしょ」

 

「てへ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

綾乃side

 

「和麻?………ああ、そういえば再従兄弟にそういう人いたわね。凰家に養子に出されたんだっけ?」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

兵衛side

 

神凪宗家にある鍛錬場が消失した数日後に突然、神凪和麻殿から会談の申し入れがあった。

 

神凪一族には、言葉に出来ぬ程の憎しみがある。神凪への復讐の為だけに、恥辱に耐えておる者もいる。

我らの力の源である《神》を封印されて300年、風牙衆は踏みにじられ続けてきた。

儂は、長年の極秘の調査の結果、封印されし我らの《神》の所在を知る事ができた。

《神》を復活させて、神凪への復讐を果たす為の計画も練りこんだ。

非道ともいえる計画だが、神凪への復讐と風牙衆の未来の為には、躊躇などせぬつもりだった。

そして、10年以上かかるであろう計画の第一歩を踏み出そうとしたとき、あの小僧が……あの馬鹿が現れおった。

 

神凪一族の子が、風牙衆の子と友達として交友を持っている。そんな報告が儂の元に届いた。

最初は、幼いゆえの気まぐれ程度にしか思わなんだ。

すぐに裏切られるであろう、我が一族の子に憐れみを感じた。

 

その報告を受ける少し前に起こった、大規模討伐での神凪一族の仕打ちを、儂は忘れられんかった。

命をかけて尽くしておる儂らを簡単に切り捨てる。行方不明になった男には、奥方と娘がおったというのに。

 

儂は、長として奥方に真実を話した。せめて、その恨みを受け止めるつもりだった。

だが、奥方は一言も恨み言も言わずに気丈に振る舞っておられた。

ただ、娘のすすり泣く声が儂の心を深く切り裂いた。

 

その事を思い出しながら報告を聞いておると、その風牙衆の子とはあの娘だった。

儂には理解できなかった。なぜ、父親を奪ったともいえる神凪一族の子と、友達になどになれるのかが。

儂が、その神凪の子…《大神武志》という小僧に関心を抱いた瞬間だった。

 

そして、その僅か数日後の事だった。あの小僧が、神凪宗主の胸倉を掴み、声高に風牙衆を擁護するという前代未聞の事件が起きたのは。

儂は事の一部始終を聞いた後も、開いた口が塞がらんかった。

あの小僧は、一体何を考えてお……いや、あの小僧自身が語ったのだったな。

 

『友達を助けるのに理由なんていらないよね』

 

こんな馬鹿な理由で、神凪の小僧が、風牙の娘の為に宗主の胸倉を掴み怒鳴りつける。

とんでもない馬鹿な小僧だ。

馬鹿すぎて、儂は腹から込み上げてくる笑いを堪えきれんかった。

思えば儂は、この時からこの小僧に期待し始めていたのかもしれん。

何故なら、計画の開始を少し遅らせる気になったのだからな。

 

馬鹿な小僧は、成長しても馬鹿のままだった。

成長すれば変わってしまうのではないか、内心で危惧していたのが、それこそ馬鹿みたいに思えるほどに、小僧の馬鹿さ加減は安定しておった。

小僧は、風牙の子達を守るために活動を始めた。普通の小学生なら体を張って止めるのだろう。

だが、小僧は普通などではない。とんでもない馬鹿なのだ。

友達を助けるという目的の為にとった手段は、完全に悪党の手段なのだ。

もちろん普通に説得も行ってたが、それ以上に褒められぬ手段を多用しておった。

儂の立場でも、それはダメだろ。と思う程の汚い手を躊躇なく使い続けた。

 

最終的には、追い詰められた連中が徒党を組み、小僧は逆襲される事になった。

小僧は、その窮地に於いても馬鹿だった。

小僧自ら、連中に決闘を申し込んだのだ。

お互いに人数は無制限、負けた方が相手に無条件で従う、という約束でだ。

確かに小僧は、厳しい修行をこなしていた。年の割には実力は高かったが、これは余りにも無謀だった。

小僧の味方は、戦闘力など神凪一族の子に遠く及ばぬ風牙衆の子しか居なかったのだから。

遂に小僧も此処までかと諦めながらも、せめて最後まで見届けてやろうと出向いた決闘場には、十数人の神凪の子達と相対する小僧と《もう一人》がいた。

 

「こいつらが、武志を多勢に無勢で苛めようとしてる奴らね。大丈夫よ、私がこんな奴らコテンパンにやっつけてあげるからね!」

 

「うん!綾乃姉さんは、やっぱり頼りになるなー!」

 

「ふふん、当然よね!なんたって私は、武志よりお姉さんだもんね!」

 

あの馬鹿は、よりにもよって《火の御子》を助っ人に引っ張ってきた。

しかも、火の御子も何故かノリノリでやる気満々だった。

普通、火の御子は止める立場だろう?

 

「それじゃ、始めるわよ!あんたら覚悟しなさい!」

 

この後の結果を言えば、神凪の子達に初めて同情するほどの惨劇が、繰り広げられたとだけ述べておこう。

 

それからの小僧を止められる者などいなかった。

瞬く間に小学校を自らの支配下に収め、その影響力は中学にまで及ぶ程になった。

 

儂はそれを、立場を忘れて只々痛快な気持ちで眺めていた。

暗い顔の多かった風牙の子供達に笑顔が溢れ、神凪の子供達も少しずつ友好的に変わっていった。

もちろん、それは子供達の世界だけの話だ。大人の世界では、相変わらずの理不尽がまかり通っていた。

 

だが、儂は思ってしまう。

この小僧が大人になれば、神凪を変えてくれるのではないかと。

そんな甘い思いをどうしても捨てられぬ程に、小僧の手腕は見事だった。

儂の計画を実行すれば多くの犠牲が出るだろう。

小僧が神凪を変えてくれるなら犠牲の出る計画など…

 

今回の会談の相手である神凪和麻も、小僧に救われた人間だった。

此奴も風牙衆には、好意的に接している。

好意的といえば、驚くことに《火の御子》まで小僧の影響を受けて風牙衆に好意的になっている。

確かに未だ小僧の影響力は、子供の世界だけだ。

だが、子供もいずれは大人になる。

そして新しい世代が、これからの時代を作っていくだろう。

儂は思う。

 

「計画……止めようかな?」

 

神凪和麻との会談を明日に控えた、深夜でのことだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

流也side

 

親父が腑抜けやがった。

神凪のクソッタレ宗主の言うことを真に受けたに違いない。

数年後に神凪和麻を頭にして家を興し、風牙衆を分家扱いとして家門に加え、神凪一族と同格の家として扱い、対等な協力関係を築くと抜かしたそうだ。

巫山戯るな!

そんな話は信じねえ!

神凪一族の極悪さを皆んなは忘れちまったのか!?

いいやっ!たとえ真実だったとしても俺は受けた仕打ちを忘れねえぞ!

一族の皆んなはどうしちまったんだ!?

恨みを忘れちまったのか!?

子供を持つ奴らは、能天気に神凪を信じやがった!どうなってるんだ!?

俺ですら怖気が走るぐらいに恨みに濁った目をしてた老人共まで『孫の歩む道を光で照らす為、儂らの恨みは墓場に持っていこう』などと口を揃えて抜かしやがる!

今じゃ、復讐を望む方が少数派になっちまった!

俺は自分の身を犠牲にする覚悟までしたというのに!

俺たちの《神》の情報は親父だけが知っていて俺に教えちゃくれねえ!

計画にあった妖魔の憑依など、後を任せる相手がいなきゃ意味がねえ!

俺は必死になって代わりになる手段を探しまくったが見つからねえ!

 

そんな、理不尽な状況に荒れていた俺に手を差し伸べてくれる人が現れた。

運命に抗おうとする俺の姿に感銘を受けたらしい。

 

『私が手助けをしようじゃないか』

 

そう言って、優しげに約束をしてくれた人は、

 

《ヴェサリウス》

 

と名乗った。

 

 




武志「皆んなが和麻兄さんの事を気にしているんだよ」
和麻「どこがだよ!?気にしてくれてるのは、俺の母上だけじゃねえか!」
武志「皆んなは反面教師ってヤツだね」
和麻「意味不明だぞ!」
武志「反面教師という言葉の意味はね」
和麻「そういう意味での不明じゃねえよ!」


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31話「暗躍する者達」

神凪に…いいえ、大神家に来てからの日々は、とても楽しく過ぎていく。

姉妹のように仲良くしてくれる、操。

実の兄のように見守ってくれる、武哉さん。

 

大神家の御母上は、世界中を飛び回っているため数度しかお会い出来ていませんが、楽しい方です。(母親には全く向いていない人だとは思いますが)

 

大神家の御父上は、私の父に少し似た雰囲気の方でしたが、お仕事がお忙しいご様子で殆どお戻りになりません。

また、家内の事には口を出さない主義との事で、私の事は全て子供達に任せているとの事でした。

 

そしてなにより、私をあの牢獄のような家から解き放ってくれた、武志。

私に生きる場所を与えてくれた、武志。

今では私を『紅羽姉さん』と呼んでくれる…可愛い武志。

 

この地に来て目覚めた力。

私の力は、きっと武志の助けになるだろう。

武志は、無茶な事でも平気でする子だから、きっと私の力が必要になる時がくる。

 

その日のために私は、自分が持つ全ての力(・・・・)を磨き続ける。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

流也side

 

「本当に《神》を蘇らせられるのか?」

 

「もちろんだとも。とはいえ本物の神ではなく、模造品だがね」

 

俺に協力を申し出てくれたヴェサリウスは、西洋魔術を習得しているらしく、その術を用いて俺たちの悲願を擬似的にとはいえ叶えることが出来るという。

 

「君たちの魂の奥底には、かつて《神》から授かった力の残滓が残っているんだよ。その全てを一つに束ねて、私の魔術で増幅をすれば十分な力となるだろう。ただし、依り代となる人間が、その力に耐えられるかどうかは別問題だよ」

 

何しろ、残滓とはいえ《神》の力は強大だからね。と続け、薄く笑うヴェサリウスの姿は、人を地獄へと誘う悪魔のようだったが、俺にとっては関係なかった。元より俺は、この身を妖魔に憑依させる覚悟までしていたのだ。今さら恐れるものなどなかった。

 

「依り代になっても、俺の意識は残るんだろうな?」

 

「勿論だとも。妖魔などの意思を持つモノと違い、純粋な力を身に宿すだけだからね。もっとも、君が強大な力に耐えきれずに発狂したとか言われても、そこまでは責任をもてないよ」

 

ヴェサリウスは、何度も《神》の強大な力の危険性を楽しそうな口ぶりで注意してくる。こいつにとっては、俺に協力するのはただの好奇心なのだろう。俺が拒絶しない事を分かった上で、注意を重ねることに趣味の悪さを感じさせる。

 

「力を抜かれた一族の皆んなは、どうなるんだ。風術師としての能力を完全に失ってしまうのか?」

 

俺はこれが心配だった。俺が力を手に入れて神凪一族を滅ぼしたとしても、一族の皆んなが風術師としての能力を失えば、まるで意味がなくなってしまう。

 

「安心したまえ。君達の風術師としての能力そのものは、生まれ持った能力ゆえ失われないだろう。むしろ、魂にへばり付いていた《神》の力が、君達が風術師として成長することを阻害しているのだ。取り除けば、修行による効率向上、高い素質を持った子供の誕生など、いい事尽くめだろう」

 

「なんだと!?俺たち風牙衆の能力が向上しないのは《神》の所為だと言うのか!」

 

「おや、気付いていなかったのかな?」

 

「どういう事なんだ、教えてくれ!」

 

「ふふ、もちろん構わないよ」

 

詰め寄る俺に、ヴェサリウスは楽しそうに説明しやがる。

説明の中身を簡単にまとめるとこうだ。

 

かつて、力の弱かった風牙衆が《神》を降臨させて強力な力を手に入れた。

その力とは《神》の力の一部を魂に受け入れて、その力で魂を強化することにより、風術師としての能力を向上させる事だった。

だが《神》が封印された事により、魂の強化が解除されても《神》の力は、楔のように風牙衆の魂に残されてしまった。

《神》の力は、親から子へ、子から孫へと、その力を弱めながらも伝えられた。

そして、魂に残された《神》の力は、魂が成長する事を阻害する働きをした。

霊力等の力は、全て魂の力といえるものだ。魂の成長が妨げられていれば、修行の効果も激減する。才能ある子供も生まれてこない。

(2人は知らない事だが、和麻が強力な風術師として目覚めたのは、祖母と母の代で魂から《神》の力が、完全に消えていたからだった。恐らくは、火の精霊の加護が影響したと思われる)

 

「ちくしょう!どうりで一族の中から強力な風術師が出ねえはずだ!」

 

俺はずっと疑問に思っていた。

他の精霊術師は、代を重ねる程に強さを増す事が多いのに、何故か風牙衆はどれだけ代を重ねても強くならない。

厳しい修行を積んでも、効果が少なかった。

 

「俺たちの《神》が俺たちの枷になっていたなんて、皆んなに何て言えばいいんだよ」

 

「おや、私が《神》の力を抜いてしまえば、わざわざ言わなくても問題はないのでは」

 

「そ、そうなのか?」

 

「《神》の力を貴方一人で背負えば、一族の枷は消えます。そして、貴方が神凪一族を打倒し、長として一族を導いてあげればいいのですよ。枷の無くなった一族は、自然と力をつけて、繁栄をしていきますよ。ただし、代償は必要ですがね」

 

「代償だと?」

 

「そうです。一族の繁栄の代わりに、貴方は絶対に誰かと結ばれてはいけない。子を成してはいけない。貴方の魂は《神》の力と…一つに束ねられ増幅された力とほぼ一体化するのですから、その呪いともいえる力は、貴方一人で抱え、地獄まで持っていかなければならない。それが代償ですよ」

 

「クク、随分と安い代償だな。俺は最初から一族の為に全てを捨てるつもりだったんだ。今さら自分の子を成そうとは考えていない」

 

俺はヴェサリウスの言葉を鼻で笑う。

 

「それで一族の《神》の力を抜いて、俺に移動させるのには、どのぐらい時間がかかるんだ」

 

「力を抜いた後の影響を気にしなければ、3日もあれば全員分の力を抜きだす事が可能ですよ。早速取り掛かりましょうか?」

 

「ダメに決まっているだろ!力を抜いた後も影響を与えない方法で頼む!」

 

「ふむ、では術式をこの地に施して、ゆっくりと力を取り出すとしましょう。気付かれないように慎重を期するなら…5年は必要ですね」

 

「5年か、かまわんぞ。元々10年以上かけるつもりだったんだ。しかし、5年もかかんじゃ、あんたはその間ずっといてくれるのか?」

 

「いえ、術式を一度起動させてしまえば、私がいなくても問題ありませんよ。自動的に力を抜き取り、貴方の中に流れ込みます。そうですね、年に一度ほど確認に寄らせてもらうとしましょう」

 

「随分と便利な術式だな。あんたは想像以上に優秀な魔術師なんだな」

 

「そうでもありませんよ。私よりも優秀な人間は他にもいます。少なくとも一人は知っています」

 

「謙遜かと思えば自慢かよ。つまり、あんたより優秀な奴は1人しかいないってんだろ」

 

「ふふ、そう捉えてもらって結構ですよ」

 

「そうか、俺は幸運だな。あんたみたいな凄い魔術師に協力して貰えるなんてな」

 

「では、私は早速術式の準備に取り掛かりましょう。貴方は怪しまれないように普段通りに過ごしていて下さい」

 

「ああ、頼むぞ」

 

俺は、ヴェサリウスに後を任せてその場を離れた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

紅羽side

 

「ふふ、本当に貴方は幸運ですよ。何しろ《神》の力を宿らせる実験の、被験体に選ばれたのですからね。もっとも《神》の力を宿せば、貴方程度では身体が保たずに1日と生きてはいられないでしょうね。せめてもの慈悲です。一族の力を抜く術式は約束通り、後遺症がないように丁寧なものにしてあげますよ」

 

ヴェサリウスと名乗っていた男は、去りゆく流也の背中にむかって、楽しそうに微笑みながら呟くと、立ち去っていった。

 

私は、そのまま2人の気配が十分に遠ざかったのを確認すると、土の中から身を現す。

 

「風牙衆の頭領の子が、怪しい動きをしていると思えば《神》の紛い物を作ろうだなんて、本当に愚かな人達ね。この場で捻り潰してもよかったけど、風牙衆の件が本当なら暫くは泳がせてみるのもいいわね」

 

私は、近くの巨木に目を向けると、異能の力を解放した。

巨木は、音も立てずに拳大の大きさまで圧縮される。

 

土の精霊の声が聞こえるようになったお陰で、私は異能の力の秘密に気付くことが出来た。

大地の気を取り入れたときに、私の身体に巣食う《歪んだ大地の気》を発見したのだ。

この歪んだ気は、私の身体の一部を変質させて妖魔化させていた。そして、異能の力も私に与えていたのだ。

 

幸いにも地術師としての能力で《歪んだ大地の気》を体外に排出する事が出来た。

妖魔化した部分は、本来なら人の部分を侵食して最後には、完全な妖魔になっていただろう。

だがこれも、地術師としての、圧倒的な回復力のお陰で、人の部分が逆に妖魔の部分に打ち勝つ事が出来た。

 

私を蝕んでいた《歪んだ大地の気》が、一体何だったのかは分からずじまいだったが、妖魔化していた部分が人に戻った後も、異能の力は残っていた。

以前は、異能の力を使用する時には《歪んだ大地の気》を消費していたようだが、今は普通に大地から取り込んだ気を使う事が出来る。

地術師としての力、異能の力、2つの力を使える今の私なら、並大抵の者に負ける事はないだろう。

 

先ほどのヴェサリウスと名乗っていた男も、魔術師としては相当の腕前のようだったけど、殺し合いなら負ける気がしなかった。

 

だけど、油断はできない。

2つの力を身につけたとはいえ、十全に使いこなす事が出来なかったら、互角の能力を持ち、使いこなす相手が敵となった時に勝てないだろう。

ましてや、格上の相手など無謀なだけだ。

 

石蕗にいた頃の、異能にたよった戦い方ではない、純粋に戦士としての戦い方を身につける必要がある。

その為には、実戦経験に勝るものはないだろう。

神凪には、全国から妖魔の討伐依頼が殺到している。

その中には、神凪宗家クラスでなければ危険な妖魔も含まれている。

 

「ふふ、実戦経験を積むにはうってつけの環境ね」

 

私は、恵まれた環境に微笑んでしまう。

文字通りの死と隣り合わせの実戦は、私の牙を硬く、鋭く、研ぎ澄ますことだろう。

 

「全ては可愛い弟のため、お姉ちゃんは頑張るわ」

 

私は可愛い弟の顔を思い浮かべながら、ガッツポーズをとる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

武志side

 

兄上が女性を家に連れてきた。

 

「久我(くが)静(しずか)と申します。武哉さんとは、結婚を前提にお付き合いをさせてもらっております」

 

「シスコン兄貴に彼女だって!?」

 

正に晴天の霹靂というべき珍事だった。

あのシスコン兄貴が、彼女を作れるだなんて信じられない。

僕達は、兄上が席を外した隙を見計らって、彼女に真意を確かめる。

 

「兄上に弱みを握られているのなら正直に言って下さい。ボコりますから」

 

「武志、脅されるネタになる程の事を、おいそれと話せるわけありませんよ。静さん、内容は言わなくていいのですよ。脅されてるのなら頷くだけいいんです。後は私達で、お兄様を処理しますからね」

 

「二人共、武哉さんが脅してると決めつけるのは良くないですよ。静さん、武哉さんに借金でもしたのですか?」

 

「いいえ、私と武哉さんは、純粋に愛し合っています」

 

「そう言えと脅されてるんですね。あのクソ兄貴に」

 

「きっと、紅羽と暮らすようになってから、以前ほど私にベタベタ出来ないせいで、欲求不満が高まり、そのような凶行に走ってしまったんだわ。愚かな、お兄様」

 

「ええっ!あれほどベタベタしているのに、あれでマシになったんですか!最初に見た時は、ぶっ飛ばそうと思った程でしたよ!?」

 

「僕も操姉さんを守るのには苦労してたんだよ。操姉さんとお風呂に入るとか言い出した時は、簀巻きにして木に吊るしたけど、諦めてくれなくて大変だったよ」

 

「そうでしたね。それに、部屋で着替えをしていたら、高確率で入ってくるし困りますわ」

 

「あの…私も着替えをしていたら、よく武哉さんにドアを開けられるんだけど…すぐに謝って閉めてくれるけど、頻繁にあるわ」

 

「紅羽姉さんにまで、クソ兄貴の毒牙が!?」

 

「今夜は、お兄様に折檻をしなくてはいけませんね」

 

「ふふ、聞いていた通り、仲の良い御兄弟なんですね」

 

それまで、僕達の話を黙って聞いていた、静さんが楽しそうに微笑んだ。

 

「わざと武哉さんの悪口を言って、私がどの様な反応をするのかを試されているのですね。大切な兄に近づく女が、どの様な女かを確かめるために」

 

静さんは、その名前の通り静かな雰囲気の女性だったけど、その雰囲気とは裏腹に芯の強そうな瞳をしていた。そしてその瞳で、僕達3人を真っ直ぐに見つめると深々と頭を下げる。

 

「あなた方から見れば、私は突然現れた不審な女に見える事でしょう。ですが、私は心底、武哉さんを好いております。この言葉に二心あらば、どうぞこの素っ首を斬り落として下さい」

 

頭を下げながらの言葉でありながら、そこに込められている凄まじいまでの強い想いに、僕達は返す言葉を無くしてしまう。

 

「武哉さんとの仲を、お認め下さりますよう伏してお願い致します」

 

続く彼女の言葉に、僕達3人は頷くしかなかった。

 

その後は、戻ってきた兄上を交えて和やかな時間が過ぎた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして、兄上が静さんを送っていった後…

 

「操姉さんは、わざと悪口を言ったの?」

 

「そんな訳ないでしょう。悪口のつもりもなかったわ。言葉通り、静さんが騙されてないか心配だっただけよ。紅羽はどうなの、着替えの話とか作り話だったのかしら?」

 

「作り話じゃないわよ。今朝も部屋で着替え中に『おはよう、紅羽』とか言いながらドアを開けられたわ。殆ど毎朝、開けるのよ」

 

「静さんって、思い込みが激しそうだね」

 

「でも、あの気の強さなら、お兄様の手綱を握って上手く操縦してくれそうだわ」

 

「そうね、彼女が武哉さんのお嫁さんに来れば、私達へのセクハラ行為も減りそうね」

 

「静さんがセクハラ行為を見つけたら、武哉兄さんは酷い目に遭わされそうだよね」

 

「うふふ、それはそれで楽しみですね」

 

「操以上の暴れっぷりが見られるかしら?」

 

「もうっ、武志の前で変な事を言わないでよ」

 

「ふふ、操はまだ隠しているつもりなのね」

 

「2人共、静さんの事は応援するって事でいいかな」

 

「そうね、私はいいわよ」

 

「私も応援するわ、武哉さんのセクハラ行為を止めてくれそうだしね」

 

「あはは、僕達全員に応援してもらえるだなんて、兄上は幸せ者だよね」

 

「早速、作戦を考えてみましょう」

 

「吊り橋効果を利用するために2人を窮地に陥れましょうか?」

 

「兄上の愛情を確かめる為に美人局も試してみようよ」

 

「お兄様が大神家を追放されて、落ちぶれても付いて行くかも試してみましょう」

 

こうして、僕達の《兄上応援作戦》が発動した。

 

 

 

 

 

 




綾乃「美人局って何かしら?」
和麻「お前だったら適役だな。外見はいいもんな」
綾乃「あんたは誰かしら?それと、どうしてそんなに離れているのよ?」
和麻「和麻だよ!和麻!本気で忘れないでくれよ。あと、近付かないでくれ」
綾乃「和麻……ああ、再従兄弟にそんな人がいたわね。橋の下に捨てられたんだっけ?」
和麻「捨てられてねえよ!」


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32話「新たな出会い」

僕はキャサリンの誕生日会に出席する為に、マグドナルド家が用意してくれた自家用ジェット機に乗っていた。

 

「それで、おじさん達は何なのかな?」

 

ジェット機の中で、僕を取り囲むコート姿の男達の手には、拳銃が光っていた。

 

「悪いな坊主、恨むんならマクドナルド家なんかと懇意している自分の家を恨みな」

 

「なるほど、マクドナルド家の敵対勢力ってことだね。でも、僕を殺したら神凪一族まで敵に回しちゃうよ」

 

「神凪一族か…確かに敵に回したくはないな」

 

「だったら、その拳銃を仕舞ってくれないかな?今なら見なかった事にしてあげるよ」

 

僕の言葉に男達は可笑しそうに笑う。

 

「ククク、この状況でその余裕か。俺達が引き金を引く前に、俺達を丸焼きにする自信があるのかい、坊主?」

 

「まさか、引き金を引くよりも速く術を構成して放てるのなんて宗家ぐらいだよ。僕だったら、撃たれた弾丸を蒸発させるぐらいが精一杯かな」

 

「やはり化け物だな。いいだろう、銃は仕舞おう」

 

「あれ、本当に仕舞っちゃうの?」

 

「何だ、意外そうな顔をして、坊主が仕舞えと言ったんだろう。それとも俺達が勝てないのが分かっていても、勝負を挑むほどの馬鹿に見えているのか?」

 

男達は言葉通りに銃を本当に仕舞うと、コートを脱ぎ捨てる。

 

「ねえ、おじさん達が背負ってるのってまさか…」

 

「ああ、これはパラシュートという物だ。初めて見たか?」

 

「あのさ、このジェット機は、アメリカに向かっているんだから、今頃は海の上だよね」

 

「悪いな、言ってなかったが行き先は中国に変更になっているよ。今頃は大陸の上を飛行中さ。では、そろそろ予定時刻だ。あばよ、坊主!」

 

男達はジェット機の扉を開けると、そのまま飛び出していった。

僕は小さくつぶやく。

 

「…人生って何があるか分かんないよね」

 

開かれた扉から空気が急激に流出していくが、僕は慌てずに開かれた扉を覆うように炎を現出させて容易く空気の流出を止める。

 

僕は取り敢えず開かれた扉を閉めると、操縦席に向かったが操縦席は無人だった。

 

「やっぱり、自動操縦だよね」

 

僕は携帯電話を取り出すと、キャサリンに国際電話をかける。

 

「やあ、キャサリン。実は誕生日会には出席出来ないかもしれないんだ」

 

『どういう事かしら?マクドナルド家のジェット機には乗ったと聞いているのだけど』

 

僕は掻い摘んで事情を説明する。

 

「あはは、という訳でいつ墜落するか分からない状況でね。流石に誕生日会に出席する事は出来ないよね」

 

『笑っている場合じゃないでしょう!?脱出する手段はないのっ!!』

 

「うーん、火武飛なら僕を支えて飛ぶ事は出来るけど、ジェット機から飛び出したら、強風に吹っ飛ばされて、どうなるか分からないんだよね」

 

『くっ、自動操縦の行き先を変更出来ないかしら?』

 

「あはは、僕にジェット機の事が分かるわけないだろう。今、どこに向かっているのかも分かんないよ」

 

『だから笑い事じゃないわよ!!』

 

「そうだね。だからキャサリンに言っておくよ」

 

『なにっ、何かいい考えがあるの!?』

 

「あまり敵をつくらない様に気をつけてね。それから人と接する時には思いやりを持って接すること。情けは人の為ならずっていうからね」

 

『な、何を言っているのかしら?そんな最後のお別れみたいなこと言わないでよ…』

 

その言葉と同時にジェット機のエンジンが爆発した。どうやら爆弾まで仕掛けていたようだ。

 

『ちょっと!?今の音は何っ!!」

 

「時間が無いみたいだね。取り敢えず足掻いてはみるけど、念のため言っておくよ」

 

『何っ!?』

 

「僕はキャサリンが大好きだよ」

 

再び爆発が起こり機体が大きく揺れる。その弾みで、携帯が手から飛び出して、壁に叩きつけられて壊れてしまった。

 

「あちゃあ、壊れちゃった。キャサリンが反応を返したら、ナンチャッテって返そうと思ってたのに、これだと本当にキャサリンに愛の告白をした様に思われちゃうよね」

 

僕が最後の言葉で残したのがキャサリンへの愛の告白だなんて、操姉さんに知られたら勘違いされちゃうよ。

 

「これは本気で何とかしないといけないよね」

 

急展開すぎてイマイチ危機感が持てなかった僕だけど、急降下するジェット機と、操姉さんが誤解するかもという状況で、やっと焦りだした。

 

「やっぱり、火武飛達に頑張ってもらうしかないよね」

 

地面が迫ってくる中、僕は火武飛に全てを任せてジェット機の扉を開けて飛び出した。

 

「うわぁああああぁあああああ!?」

 

飛び出して途端、僕は吹き飛ばされる。

視界の端で、火武飛達が懸命に僕を支えようと羽ばたいてるのが見えたけど、すぐに僕の意識は闇に閉ざされてしまった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

綾乃side

 

マクドナルド家から連絡があった。

武志が乗っていたジェット機が中国に墜落したという内容だった。

連絡があった時点で、キャサリンは既に中国に向かっていた。

私も即座に父に報告を行い、探知能力に特に秀でた風牙衆の者達と、治癒術師達を伴い中国に向かった。

地術師である紅羽と、武志の姉である操も同行している。

 

「何が何でも見つけてあげるから生きていてよね、武志」

 

中国に向かう飛行機の中で、私達は武志の安否だけを祈っていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

???side

 

「あはは、マリちゃんのお陰で助かっちゃったよ」

 

私の名前を気安く呼びながら笑っている子供は、私から放たれる妖気を気にもしないで、私が獲ってきた川魚を金色のカブト虫で焼いて食べている。

 

「私も長く生きているが、カブト虫で川魚を焼く奴は初めて見るぞ」

 

「マリちゃんも食べなよ。遠慮はいらないよ」

 

「私が獲ってきた魚だぞ、遠慮なんてするか」

 

私は、子供が差し出すこんがりと焼けた川魚を受けとって食べる。

 

「でも、こんな山奥でマリちゃんは一人で暮らしているの?」

 

「人の近くにいると直ぐにハンター共が群がってくるからな。相手をするのも飽きてしまったよ」

 

私は三千年ほど生きているけど、殆どの時間を人間のハンター共と争ってきた。

脆弱な人間のハンター共に狩られるほど、私は弱くはないけど、戦い続けるのにも飽きてしまった。

 

「でもマリちゃんは、真祖なんだから人の血を吸わなくても生きていけるんだよね」

 

「当たり前だ。人の血なんぞ、生臭くて飲めたもんじゃないぞ」

 

こんがりと焼けた川魚は、香ばしくて美味しい。こんなに美味しいものがあるのに、生臭い血なんか絶対に飲みたくない。

 

「人の血を吸わないなら、ハンターがマリちゃんを狙う必要なんか無いのにね」

 

この子供は、ハンターと似たような力を感じるが、考え方はだいぶ違うようだった。

 

「『人ではない』それだけで、退治する理由には十分らしいぞ」

 

「マリちゃんは、空から落ちてきた僕を助けてくれるほど優しいのにね」

 

「……空から人が落ちてくるのを初めて見たからな、思わず受け止めただけだ。私は優しくなんかないぞ」

 

「ところで、川魚のお代わりってあるのかな?」

 

「お前、私の話をちゃんと聞いているのか?」

 

「うんうん。マリちゃんは誇り高い真祖だから、人間の僕とは馴れ合ったりしないって事だよね」

 

「何だか釈然としないが、分かっているならいい。川魚は獲って来てやろう」

 

私は、腰を上げて川に向かう。

少し甘やかしてる気もするけど、相手は子供だから仕方ないと割り切る。

美味しそうに川魚を食べる子供を見ながら、私は川へと急いだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

空から落ちてきた奇妙な子供を拾ってから1日が過ぎた。

 

「どうやら体の方は、骨折と打撲だけのようだな」

 

私自身は、持って生まれた高い回復力を持つため、治癒魔術も医療の知識も持ち合わせていない。武志も簡単な治癒魔術しか使えず、医療の知識も応急処置レベルらしい。

 

「目眩もないし、お腹も大丈夫のようだ。取り敢えずは大丈夫だろう」

 

武志の体を触りながら、内出血などないかを調べてみる。

骨折の方は、武志の指示に従い、私が治療して固定している。

 

「これなら、暫くここで療養すればいいだろう」

 

「助かるよ、街に行っても言葉も分からないし、パスポートもお金もない。何とか大使館に行ければいいけど、この足じゃ歩けないしね」

 

武志は両足と左腕を骨折していた。

空からの落下時の衝撃と、私が受け止めた時の衝撃は、武志の小さな体には堪えた事だろう。

 

「暇つぶしに、色々な国の言葉を覚えていたのが役に立ったな」

 

「そうだね。マリちゃんと言葉が通じなかったら、どうなってた事やら」

 

あはは、と笑いながら武志は言っているが、コイツだったら言葉が通じなくても大差ないと思うのだが。

 

「それよりも私の寝床を占領しているんだ。代わりと言っては何だが、今の世界情勢でも教えてくれ」

 

私がここに住居を構えてから、200年程は過ぎている。世界がどうなっているのか多少は興味があった。

 

「うん、いいよ。先ずは流行っているゲームの話からしようかな」

 

…子供の武志に世界情勢を聞くのは、無理があったのかもしれんな。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

武志を拾ってから2日が過ぎた。

 

「今日は、負けんからな!」

 

「マリちゃんは単純だから将棋は難しかったかな、今日はオセロにしようよ」

 

昨日は、武志に教えられた将棋というゲームで、30連敗をしてしまった。

 

「3000年を生きた私に単純とは何だ!私は数々の修羅場を乗り越えてきた経験があるんだぞ!」

 

「経験って言っても、殆どが力押しだよね。将棋も力押しだしね」

 

「うぬぬ……ま、まあいい。オセロとやらを教えろ」

 

昨夜、暗くなってからは私の凄い武勇伝を聞かせてやったのに、武志の奴は、私を尊敬するどころか逆に『マリちゃんって脳筋だよね』とか言いやがった。

力押しの何が悪いというのだ。

脆弱な人間は当然ながら、私に対抗できる程の妖魔にも殆ど出会ったことなど無いんだぞ。

僅かな例外とは、お互いに近付かないようにしていたから、戦う機会などなかったしな。

 

「オセロ、今はリバーシっていうのもあるんだけどね」

 

「オセロ、リバーシ…何が違うんだ?」

 

「オセロっていうのはね…」

 

この日は、武志に50連敗をしてしまった。くそっ!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

武志を拾ってから3日が過ぎた。

 

「そろそろ、お風呂に入りたいなあ」

 

「ぬるま湯なら大丈夫かな。準備はしてやるが、熱が出たら大変だから少しだけだぞ」

 

私は、自分用に天然の岩をくり抜いて作った風呂に、魔術で水を溜める。

 

「魔術は、色々と応用できて便利だよね」

 

「ふふ、精霊魔術は威力、速度共に高いが、応用力があるとは言えないからな」

 

「マリちゃんは、精霊魔術も使えるんだよね」

 

「ああ、私は全ての精霊魔術を使えるぞ。もっとも精霊なんぞにお願いをしてまで、力を借りようとは思わんがな」

 

「人間の精霊魔術師が聞いたら怒っちゃうよ」

 

「武志は怒らんのか?」

 

「僕より凄い人達に囲まれて育ってきたからね。今更、凄い人が増えても、凄いなあって思うだけだよ」

 

「ふむ。まだ幼いのに達観しているんだな」

 

「幼いって、もうそこまで幼くないと思うんだけど?」

 

「武志は10歳だろ。私は3000歳を超えているんだぞ。私から見れば生まれたての赤ん坊と変わらん」

 

「赤ん坊って…まあいいや。僕が水をお湯にしようか?」

 

「カブト虫は、怪我が治るまでは出すなって言っただろ。私がする」

 

武志は、目を離すと直ぐに修行をしようとする。まだ幼いのだから無理は禁物だというのに。

 

私は湯を沸かすと、武志と一緒にお風呂に入った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

武志を拾って、4日が過ぎた。

 

「マリちゃんは、ここに住んでいて平気なの?」

 

「生まれた時から1人で生きてきたんだ。今更なんとも思わんよ」

 

「いや、そういう意味じゃなくて。食べる物とかの話だよ」

 

思わぬ武志の言葉に、私は溜め込んでいた不満が爆発する。

 

「平気な訳ないだろっ!?毎日毎日、食べる物といえば、川魚と木の実だけだ!獣の類いは、私の気配を察知して逃げ出すから見つからん!私だって、美味しい物が食べたいんだぞ!甘い物が食べたいんだぞ!」

 

一気に喋り、ハアハアと息をつく私を、武志が生暖かい目で見ている。

なんかムカつくぞ。

 

「それなら人間の振りをして、街に行けばいいのに」

 

武志は、簡単に言ってくれる。

それが出来れば、最初からこんな場所で隠れ住むものか。

 

「私がどれほど人間の振りをしても無駄だった。人間は一目で、私が人でない事を見抜いたよ」

 

「そうなの?マリちゃんは、外見は人間と区別つかないんだから、その妖気さえ隠してしまえば、簡単にはバレないと思うんだけど」

 

妖気…?

 

なるほど、妖気か。

 

私は、妖気を引っ込めてみた。

慣れていないため少し疲れるが、この程度なら直ぐに慣れるだろう。

 

「どうだ。まだ妖気は感じるか?」

 

「感じなくなったけど…もしかして妖気の事、気付いていなかったの?」

 

「だ、誰も教えてくれんかった…」

 

「あはは、やっぱりマリちゃんは脳筋だよね」

 

「やかましいっ!!」

 

武志には散々笑われたが、武志の怪我が治ったら、助けたお礼として、街で美味しい物をご馳走してくれる約束をしたので、許してやろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

武志を拾って、一ヶ月が過ぎた。

 

「何とか立てるようになったよ」

 

一ヶ月の間、治療に専念したお陰で武志の骨折は、ほぼ治ったようだ。

 

「まだ無理はするなよ。骨がくっ付いたばかりなんだからな」

 

「うん、そうだね。感覚的には、完治まで後一週間って所かな?」

 

「ふふ、そうか。武志が完治したら日本に行ってご馳走を食べような」

 

「あはは、マリちゃんは最近、そればっかりだよね」

 

「うるさい、それよりも約束は守ってもらうぞ」

 

「うん、分かっているよ。幸い、僕の家は大きいからね。マリちゃんの部屋も準備できるよ」

 

武志とは、私が武志に魔術を教える代わりに、武志は私に衣食住を提供する。という約束を交わした。

これで、私も久しぶりに文明的な生活を送れて、美味しい物も食べられるようになる。

それにこの1ヶ月間、一緒に暮らして、多少は武志に情が湧いたからな、武志の寿命が尽きるまでの間は、見守っててやろうと思う。

 

「ところで、日本にはどうやって帰ればいいかな」

 

「私なら武志を担いで、空を飛んで日本までいけるが、着くまでに数日はかかるだろうから、武志にはキツイだろう」

 

「そうだね。やっぱり、大使館に行くしかないかな」

 

「そうだな。私は適当に周囲の人間に暗示でもかけて付いて行くさ」

 

「よし、方針が決まった事だし、今日は五目並べをしようか」

 

「ふんっ、今日は負けんぞ!」

 

「あはは、今日も強気だね」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ここが大使館か、初めて来たな」

 

「僕も来たのは初めてだよ」

 

私達は、中国の日本大使館に来ていた。

武志も怪我が治り元気に歩いている。

 

「早速、行ってくるよ」

 

「私は姿を消して付いて行くから心配するなよ。なんだったら手を握っててやろうか?」

 

「あはは、そんな子供みたいな……うん、僕は子供だからお願いしようかな」

 

武志は私の手をギュッと握る。こんな所は子供っぽいな。

 

「じゃあ、行くよ」

 

私達は、大使館に入っていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

キャサリンside

 

中国に来てから1ヶ月以上が過ぎた。

マクドナルド家のジェット機を落とした連中は既に捕え、全てを白状させたが、肝心のジェット機が落ちた場所が問題だった。

 

《帰らずの森》

 

この深い森に入って、帰ってきた者はいないと言われていた。

調べさせたところ、森の中は強力な妖魔が巣食っており、人間にとっては正に死の森だった。

特に森の中心部に住むと噂されるーー真祖の吸血鬼は、中国の全ての術者達から不可侵とされている程の化け物らしい。

マクドナルド家はおろか、神凪一族ですら出会えば死ぬだけだと忠告された。

 

「綾乃様、わたしは夜明けと共に森に入ろうと思います」

 

出来る準備は全て行った。人員、補給物資等の用意出来た。

勿論、万全には程遠いが、これ以上は待ちきれない。

本当なら到着と同時に森に入りたかったが、周囲の者達が許してくれなかった。

こんな事なら1人で来るべきだったと何度も後悔した。

 

「勿論、私達も同行するわ」

 

神凪一族の火の御子達も、武志の捜索に加わってくれるという。

それはとても心強いが、武志が行方不明になったのは、完全にマクドナルド家に責任がある。

 

わたしは、中国で彼女達に出会うと同時に土下座をして許して請うたが、彼女達は私を責めるどころか逆に慰めてくれた。

 

「そこまで驚かなくてもいいじゃない、もしここであんたを責めたりしたら、武志の奴に叱られちゃうもの」

 

ひどく驚くわたしに、彼女達は笑顔をみせながらそう言ってくれた。

武志を心配する気持ちをおし殺して、わたしの事なんかを気遣ってくれた優しい人達。

武志が大事に思う人達の優しさに、これ以上甘えるわけにはいかなかった。

 

「いいえ、先ずは、わたし達マクドナルド家が先陣を切ります。拠点を確保しながら進みますから、その後に付いてきて下さい」

 

わたしの言葉に綾乃様は大きな溜息をつく。何か気に触ることを言っただろうか?

 

「あのね、最初にも似たような事を言ったけど、ここであんたに危険を押し付けるような真似をしたら、私達が武志に怒られるし、武志の姉だって胸を張れなくなっちゃうわよ」

 

「その通りです。それに地術師の私が先頭をいく方が、森の中では有効ですよ」

 

「キャサリンさん、あまりご自分を責めないで下さいね。きっと武志もそんな事を望んではいませんから」

 

「綾乃様、紅羽様、そして操様…本当にありがとうございます」

 

武志を心配する気持ちは、きっとわたし以上のはずなのに、この人達はまるで武志のように強くて優しかった。

 

「そんな泣かないでよ。私達は無理して格好つけてるだけなのよ。操なんか毎晩泣きじゃくってるし、紅羽なんかは直ぐに1人で森に行こうとするから、止めるのが大変なのよ」

 

「私は泣きじゃくってなんかいませんわ!そんな事を仰る綾乃様こそ、森が危険なら焼き尽くせばいいとか言って、燃やそうとしたじゃないですか!」

 

「そうですね。私の事を言うなら、綾乃だって、私を止める振りをしながら森に入ろうとするのを、風牙衆に止められていますよね」

 

「うっさいわね!今はそんな事を言ってる場合じゃないでしょう!」

 

「言い出したのは綾乃様じゃないですか!」

 

「綾乃、言葉遣いに気をつけないと武志に幻滅されるわよ」

 

「はっ!?そうだわ、私は武志の憧れのお姉さんなのよね」

 

「綾乃様、まだその設定でいくんですか?そろそろ無理があると思いますよ」

 

「そうね、よく武志と一緒になって騒動を起こしているのに、それで憧れのお姉さんは、無理があるわよね」

 

「そんな事ないわよっ!私は、武志にとって、綺麗で優しくて、ちょっぴりお茶目な、憧れのお姉さんなのよっ!」

 

「お茶目が増えましたね」

 

「綾乃、悪あがきだと思うわよ」

 

「プッ…フフ、アハハッ」

 

私は、彼女達の…まるで武志みたいな緊張感のない会話に笑い声を上げてしまった。

 

「皆様、本当にありがとうございます。どうやらわたしは、武志に笑われる醜態を晒していたみたいです。こんな時こそ余裕を持って行動しなきゃいけないですよね」

 

「そ、そうよ。私達の気持ちが伝わって嬉しいわ」

 

「はい。まるで武志のような振る舞いをして下さったお陰で、気付くことが出来ました」

 

「結果オーライという奴ですね、綾乃様」

 

「黙りなさい、操」

 

「都合よく受け取ってくれる娘で良かったな、綾乃」

 

「口を閉じろ、紅羽」

 

「皆様、改めてよろしくお願いします。わたしと共に武志を救い出しましょう」

 

「もちろんよ!武志の事だから絶対に生きて私達を待っているはずだわ!」

 

「武志の実の姉として、弟は必ず救い出してみせますわ!」

 

「私の全ては武志の為に存在するわ。この森の妖魔を根絶やしにしてでも、武志を救ってみせるわ!」

 

「はいっ、では行きましょう!武志を救いに!」

 

綾乃様達の力強い言葉に力をもらい、わたしが出発の号令をかけたその時、日本からの緊急連絡が飛び込んできた。

 

「綾乃様っ!日本から緊急連絡です!武志様が大使館で保護されたとの事です!」

 

「へ…?大使館…?」

 

盛り上がっていたわたし達の耳に…

 

綾乃様の、気の抜けた声が聞こえた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

操side

 

大使館の応接室で、武志がのんびりと寛いでいた。

しかも、可愛い女の子とパフェを美味しそうにパクついている。

私は、武志が生まれてから初めて、武志に対して殺意を感じてしまったが、それは仕方ない事だろう。

一発、殴ってしまおうかと、本気で思ったけど、武志が私に気付いた瞬間、武志の顔が…ほんの一瞬だけ泣きそうに歪んだのを見てしまった時、私の中の何かが弾けてしまった。

次の瞬間、私は力一杯に武志を抱き締めていた。

 

「操姉さん、苦しいよ」

 

「うるさい…」

 

「操姉さん、恥ずかしいよ」

 

「うるさい…」

 

「操姉さん、心配かけてゴメンね」

 

「うるさい…」

 

「操姉さん、ただいま」

 

「…お帰り…なさい……武志」

 

私の可愛い弟は、私の元に帰って来てくれた。

私には、それだけで十分だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ある風牙衆side

 

武志様がいらっしゃる御部屋に入った瞬間、私の心臓は止まりかけた。いや、実際に止まっただろう。再び動き出したのは、奇跡と思えた。

それほどに、その部屋に存在するモノは恐ろしかった。

悲鳴を上げて逃げ出さなかったのは、我が一族の恩人である武志様が、その存在と友好的に見えたからだ。

 

「うむ、一件落着といったところだな」

 

武志様と操様の抱擁を見て、その存在は無邪気そうな笑顔をみせるが、次の瞬間には、この場の全員が消滅させられていても不思議はなかった。

 

風術師として、私の全てがこの存在に対して警鐘を鳴らす。

風牙衆の中でも、最も感知能力に優れている私が、辛うじて察知する事が出来た程の見事な隠形だった。

 

恐らくこの場で、この存在の危険性を分かっているのは私だけだろう。

私が何とかしないと…

そこまで考えたとき、操様に抱擁されたままの武志様が、静かに私を見つめている事に気付いた。

 

そして、優しい目をその存在に…武志様の近くで、パフェを美味しそうに食べている少女に向けた後、穏やかに仰った。

 

「彼女は僕の命の恩人なんだ。そして、僕の新しい家族になる人だよ」

 

私は武志様のその言葉に…力だけに目がいっていた己を恥じた。

 

 

 

 

 

 




和麻「マリちゃんってオリジナルキャラなのか?」
武志「何を言ってるのかな?原作の第1巻に出てるよね」
和麻「1巻にマリちゃんが出ていた!?」
武志「和麻兄さんの思い出話でしか出てないけどね」
和麻「そんなキャラいたか?」
武志「和麻兄さん、ボケるには早いよ?」
和麻「本当にこんなキャラ出ていたのか?」
武志「原作ファンならきっと、すぐに気付いてるはずだよ」
和麻「そうかなぁ?」


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33話「不安」

年頃は14、5歳。

月の光のような美しい銀髪を、腰まで伸ばしている。

肌は、陶磁器のように白く。

黄金に輝く瞳は、力強い光に満ちていた。

 

「私の名は、マリア・アルカードだ。尊敬の念を込めて、アルカード様と呼ぶ事を許してやろう」

 

尊大な態度で胸を張る美しい少女は、武志の命の恩人であり、これからは家族の一員として暮らすことになる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

武哉side

 

行方不明になっていた武志の奴が、無事に帰って来た。

それ自体は、非常に喜ばしいことだが、またもや女を連れて帰って来やがった。

紅羽に続いて2人目だぞ。

しかも、紅羽とはまた違うタイプの美少女だ。

これから一つ屋根の下で、一緒に暮らすことになるという。

 

「参ったな。彼女まで俺に惚れちまったら困るんだがな」

 

俺には、静という結婚の約束をした女性がいるが、一緒に暮らす紅羽が俺に惚れてしまっている。

親元を離れ一人で寂しいだろうと、色々と気遣う内に、紅羽の視線に熱いものが混じり出した事には、けっこう早い段階で気付いていた。

彼女がいる身としては、彼女の想いに応えることは出来ない。だからといって冷たくする訳にもいかない。

俺は、少しジレンマを感じながらも、彼女に優しくし続ける。

この時の俺は、彼女も此処での暮らしになれて、心に余裕ができれば、俺みたいな年上よりも、同じ年頃の男の子に目がいくだろうーーそんな安易な気持ちを抱いていた。

 

「もう、武哉さん。着替え中ですよ」

 

この家に紅羽が来てからは、彼女が少しでも早くこの家に慣れるようにと、俺は毎朝、彼女の部屋へ挨拶に行くようにしていた。

彼女への朝の挨拶が日課になった頃に、ふと気付いた事がある。

最初の頃は、偶然だと思っていた。

紅羽の部屋へ行く度に、彼女は着替え中なのだ。

 

「紅羽、おは…と、すまない」

 

紅羽の部屋の扉を開けると、彼女は白い肌を露わにして、驚いた顔で俺を見る。

当然、俺は年下の彼女に邪な気持ちなど抱かないが、多少は動揺してしまう。

そんな俺を見て、彼女は微笑みながらやんわりと嗜める。

俺の気のせいかもしれないが、その時の彼女は、どこか楽しんでいる様に思えた。

 

紅羽の部屋へ行く時間をずらしてみても、扉を開けると彼女は半裸で俺を出迎える。

そして、その度に彼女は優しい声で俺を嗜める。

 

俺は紅羽に誘惑されているのだろうか…

彼女は、出会った頃から中学生とは思えないほどに大人びていた。

高校生になってからは、可憐さと妖艶さを合わせもつ不思議な魅力を発するようになっていた。

 

今では、紅羽の視線から感じる熱は、もう見間違える事が出来ないほどのレベルになっている。

 

「モテるってのも考えものだな」

 

紅羽は、美人だし気遣いも出来る良い子だけど、俺には静がいる。

どうしたって、紅羽には辛い思いをさせてしまうだろう。

 

俺は、紅羽に恨まれるのを覚悟の上で、彼女の思いを拒絶するしかないと考えていた。

しかし、その覚悟を決める前に、新たな女の子が現れてしまった。

新たな女の子ーーマリアもまた、俺を意識しているようなのだ。

 

「ほう、そなたは武志の兄なのか。では特別に私を名で呼ぶ事を許してやろう」

 

「武哉よ、ケーキとやらを食べにいくぞ。供をせよ」

 

「武哉よ、チョコレートパフェとやらを食べにいくぞ。供をせよ」

 

「武哉よ、アイスとやらを食べにいくぞ。供をせよ」

 

「武哉よ、シュークリームとやらを食べにいくぞ。供をせよ」

 

マリアは、俺が家にいると必ずといっていいほど、一緒に出掛けたがる。

彼女は、傲岸不遜な物言いをするが、俺が断ると、泣きそうな顔になってしまうから断れなかった。

そして、一緒に街に遊びに行き、目的のお店に入ると、彼女は満面の笑顔で甘い物を食べる姿を見せてくれる。

彼女は、食べ終わると決まって言うセリフがあった。

 

「…また、私の供をしてくれるか?」

 

はにかんだような、不安そうな、そんな何ともいえない顔で俺に尋ねてくる。

 

「勿論だよ。いつでも誘ってくれよ」

 

マリアは、俺の返事を聞くと安心したかのように、再び傲岸不遜な態度に戻る。

 

「うむ。では、私の供をする栄誉を与えやろう。楽しみにしておくがよいぞ」

 

そんなマリアの姿を見て、俺は誰にも聞こえない小さな声で呟く。

 

「まずいな、マリアまで俺に惚れちまったかな」

 

まったく、モテすぎるのも困っちまうぜ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

武志side

 

「マリちゃん、どうかなこの術式は?」

 

僕は、紅羽姉さんが探り出してくれた、怪しい魔術師がこの地に刻んだ術式を、マリちゃんに見てもらっていた。

 

「ほう、人間にしては凝った術式だな」

 

そう言って、マリちゃんは何もない空間を興味深そうに見つめている。

僕には何も見えないけど、現実の空間からほんの僅かだけ位相をズラした場所に、魔法陣が組まれているらしい。

 

「優れた風術師ならば空間の歪みを捉えられるだろうが、炎術師の武志では難しいだろうな。しかも、この一箇所だけではなく、この街を取り囲むように設置されておるわ」

 

マリちゃんが言うには、この術式は、魔法陣一つでも効果はあるけど、街を取り囲むように設置することにより、相互に干渉しあい効果を増幅して、街全体を影響下に収めているらしい。

 

「対象になった人に害はないのかな?」

 

僕の言葉にマリちゃんは、術式の構造を複写して、それをさらに分解してまで術式の確認をしてくれた。

マリちゃんの魔術師としての実力は、人間とは比較にならないレベルみたいだった。

僕も多少は魔術は学んだけど、僕のレベルでは空間の歪みすら見つけられなかっただろう。

 

「そうだな。この術式なら時間はかかるが、後遺症なしで力を移動させることが可能だろう」

 

「変な仕掛けはされていないかな?」

 

「怪しいところはないが…ただ、この術式だと、力の移動先に設定されている人間の許容量などは全く考慮されておらんな」

 

「そうか、紅羽姉さんが聞いた通りって事だね」

 

「それでどうする。この術式を消すか?」

 

「マリちゃんだったら、この術式を消した後に、風牙衆の中にある神の力を消せるかな?」

 

「分からんな」

 

「分からない?」

 

マリちゃんが言うには、既に風牙衆から力の移動が始まっているから、途中で止めた場合の影響がどうなるか分からないそうだ。異物として魂の中に存在している神の力が、今以上に、魂と複雑に混じり合う可能性があり、その場合、マリちゃんでも神の力を除去できるかは、試してみないと分からないらしい。

 

「それなら、このままでいくよ。マリちゃんには、不測の事態が起こらないかを見張っててほしいんだけど」

 

「まあ、その程度の事は構わんが…力が流れ込む先の人間は、諦めるのか?」

 

「風巻流也…彼の願いは風牙衆の繁栄だよ。ここで術式を消してしまって、風牙衆が永遠に風術師として成長出来ない呪いを受けてしまったら、きっと彼は自分自身を許せないだろうね。僕だって、そんな事は許せないよ。それなら答えはひとつだよ、命を賭けた彼の挑戦を受ける。正々堂々と真正面から流也の挑戦を受けて、 僕が彼の目を覚まさせてやるさ」

 

僕が熱く語ると、マリちゃんが胡乱げな目で見てきた。

 

「それで、本音は何だ?」

 

「綾や沙知達が成長するチャンスを潰すわけにはいかないよね。暴走した流也の事より、そっちの方が重要だよ」

 

「ククク、やはりそうか。急に武志がヒーローっぽい事を言い出すから、何か悪いモノでも拾い食いしたのかと思ったぞ」

 

「拾い食いって、僕は、マリちゃんみたいに食い意地は張ってないよ」

 

「私だって食い意地は張っとらん」

 

「そんな事いって、武哉兄さんが休みの度に連れ出して、甘いモノを奢らせてるよね」

 

「それは違うぞ。あれは武哉が、是非ともお供をしたいと言うから仕方なく連れていってるだけだぞ」

 

「マリちゃんのお小遣いでは食べれないモノを奢ってもらっているんだよね」

 

「うむ。私では手の出ない高級スイーツも奢ってくれる良い奴だな」

 

「やっぱり、食い意地張ってるよね」

 

「いやいや、甘いモノは別腹というらしいぞ」

 

「別腹でも、甘いモノの食べすぎは体に悪いよ」

 

「真祖の我が健康に気をつけるのか!?」

 

「健康に気をつける真祖、斬新だよね!」

 

「斬新なのか?」

 

「マリちゃんが満月を背景に登場して『フハハハッ!我こそは真祖の吸血姫マリア・アルカード様だっ!おっと、夜更かしは健康に悪いからな、私は帰って寝るぞ』というのはどうかな?」

 

「確かに斬新だなっ!」

 

「吸血鬼界に新たなウエーブが巻き起こるかもしれないよ!」

 

「健康美に輝くマリア・アルカードの時代がやってくるのか!!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「それで、結局は力を得た流也を倒すということか?」

 

「できるだけ話し合いで決着をつけたいけど」

 

「それは無理だろうな。流也とやらは己の命をかけておるのだろう?命をかけた人間の意思を変える事は、生半可な事では出来んぞ」

 

「うん…どうしても無理なら、僕の手で決着をつけるよ」

 

「神凪宗家の助けは借りんのか?」

 

「宗主には事情を説明する訳にはいかないからね」

 

「何故じゃ、宗主は案外と話の分かる奴だったと思うが、私の事も神凪宗家が責任を持つ事になっとるだろう」

 

「マリちゃんは、僕の命の恩人だし、理性的で吸血をする必要のない真祖を敵に回すより、友好関係を築いた方が利があると判断したんだと思うよ」

 

「まあ、そんなところだろうな」

 

「流也の場合は、風牙衆に対する疑念を持たれてしまうからね」

 

「疑念?今回の件は流也の暴走じゃないのか?」

 

「実際にはそうだとしても、風牙衆の中に流也と同じ考えの人間がいるんじゃないかと思われる可能性がある。神凪に対する叛意の可能性をね」

 

「考えすぎじゃないのか?あの宗主がそこまで穿って考えるとは思えんが」

 

「宗主が考えなくても、宗主の周りにいる神凪の長老達は考えるよ。そして長老達は風牙衆の独立に反対してるからね。流也の件が明るみに出れば、格好の反対材料にされてしまう。弱腰の宗主では、そうなった場合、長老達を抑えきれるとは思えないよ」

 

「武志は辛辣じゃな。だが、神凪の長老共か…確かにあやつ共は信用できん。最初に出会った時は、吸血鬼如き滅せよと吠えとったが、私が抑えとった妖気を解放したとたん掌を返しよったわ」

 

「長老達は、マリちゃんに怯えていたもんね。僕にくれぐれも大神家から出さないようにって、念押ししていたよ」

 

「だがそうだな。大神家で暮らしとると忘れてしまうが、人間はそういう生き物じゃったな」

 

「宗家の人間が動けば、どうしても目立つから、綾乃姉さんにも助けは求められないよ」

 

「まあ、構わんだろう。完成する神の模造品とやらが、どれほどの存在かは知らんが、所詮模造品如き、私の敵ではないわ」

 

「こちらの戦力は、僕とマリちゃんと紅羽姉さんの3人だね」

 

「武哉と操にも秘密にするのか?」

 

「もしも今回の件が明るみに出たら、危険を知っていて秘匿していた事の責任を追及されるかもしれない。その場合、最悪だと神凪にいられなくなるかもしれないから、巻き込みたくないんだ。それに、操姉さんは戦いに向いていないからね」

 

「操が戦いに向いていない……よく武哉をタコ殴りにしている姿を見るんじゃが、随分と好戦的だと思うぞ?」

 

「あはは、あれは兄妹のじゃれ合いだよ。武哉兄さんが、わざとポカポカと叩かれているだけだよ」

 

「そ、そうか。うむ、何故か分からんが、これ以上は突っ込んではならん気がするな」

 

「でも、最悪の場合、マリちゃんを巻き込んじゃうけど…」

 

「私はこの地に執着なんぞ、ある訳ないから構わんが、紅羽はいいのか?」

 

「紅羽姉さんに、この件に関して無関係を装ってくれだなんて言ったら、逆に怒られちゃうよ」

 

「確かにな。では、こちらの戦力は、私と武志それに紅羽じゃな」

 

「後5年で、どれだけ僕の実力を上げられるか…頑張らなきゃね」

 

「武志は心配性じゃな。私と紅羽がいれば、宗主にだって余裕で勝てるぞ」

 

マリちゃんは呆れたように僕を見ているけど、僕の不安には根拠があった。

それは、僕の前世の記憶にある原作と、現実との相違点だ。

原作では、流也に憑依するのは、正体不明の妖魔。

現実では、神の力が流也に取り込まれる。

欠片とはいえ神の力が、妖魔に劣るだろうか?

安全にいくなら、今のうちに術式を破壊してしまえばいいのは分かっているけど。

風牙衆の皆んなの未来がかかっていると思うと、それは出来ない。

 

ヴェサリウスとかいう、怪しい魔術師が術式を起動させる前に潰しておけば、マリちゃんに安全な方法で風牙衆から神の力を抜いてもらえただろうけど、あの時点ではマリちゃんは居なかったし、ヴェサリウス以上の魔術師の存在も知らなかったから、ヴェサリウスを利用することが最善だと思った。

 

そして、原作と違い、コントラクターと神炎使いがこちらの戦力にいない。

つまり、強力な破邪の力を使えない。

僕が使える程度の破邪の力など、通用しないだろう。

 

風牙衆の…綾と沙知達の未来のためには、神凪側に流也の事を知られるわけにはいかない。

 

何だか色々とタイミングが悪い気がする。

原作より良くなっているはずなのに、嫌な感じがする。

僕は、欲張り過ぎているのかもしれない。

今までが順調すぎて、これからも上手くいくと安易に考えすぎているのかもしれない。

でも…

 

「ええいっ、武志は何を暗い顔をしておるのだ!武志にはこの、最強の吸血姫マリア・アルカードがついておるのだぞ!超大型豪華客船に乗ったつもりで笑っておれば良いわ!」

 

「あ……ごめん。そうだね、僕には最高の仲間達がいるんだから、困難があっても一緒に笑って乗り越えられるよね!」

 

「うむ。だが今日はもう日が暮れるからな、そろそろ帰るぞ。夜遊びは健康に悪いからな」

 

「あはは、そうだね。でも、帰る前にちょっとだけオヤツを食べに行こうよ」

 

「おおっ、それはいいな!よしっ、私のオススメのお店にしよう!」

 

「うわっ!?そんなに勢いよく引っ張らないでよ!」

 

マリちゃんに手を引っ張られながら、僕は駆け出した。

 

 

 

 

 

 




武哉「紅羽の熱い視線には参るよ」
操「殺意のこもった視線にしか見えませんが?」
武哉「マリアには甘えられているんだよな」
操「お財布君と陰で呼ばれていますよ」
武哉「操…」
操「現実が見えましたか、お兄様?」
武哉「ヤキモチを妬かなくても、お兄ちゃんは操が大好きだから安心していいよ」

操は握り締めた両手を口元に持っていくと、上半身を左右に揺らし出した。
左右の揺れは徐々に大きくなっていく。
独特のリズムで左右に揺れていた上半身は、気がつくと8の字を描くように大きくなっていた。
次の瞬間、左右の揺れを利用した操の右フックを喰らって吹き飛ぶ武哉。
だが、吹き飛んだ先には既に操の左フックが待ちうけていた。
武哉は、左右交互に繰り出される操のパンチによって、延々と殴られ続ける。
その姿は、正に暴風に翻弄される無力な小鳥のようだった。

武志「また操姉さんが武哉兄さんにじゃれついてるよ」


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34話「頑張るお姉ちゃん」

「ここが依頼の場所ね」

 

私は、とある町外れにある工場跡に来ていた。

 

「分家とはいえ、神凪の者が手も足も出ずに逃げ帰るだなんて情けないわね」

 

私たち神凪一族は、火の精霊王の加護により、破邪の力をその身に宿している。

破邪の力は、妖魔に対して圧倒的なアドバンテージになるけど、妖魔の中には耐性を持つものも存在している。

それこそ、分家程度の破邪の力が通じない妖魔など、掃いて捨てる程いるだろう。

 

「破邪の力に頼った力押ししか出来ないだなんて、神凪は黄昏の時代を迎えているのかしら?」

 

私がここに足を運んだ理由を思い出しながら、神凪の凋落ぶりに苦笑してしまう。

宗家こそ、強力な力を維持しているけど、宗家を支えるべき存在の分家達は、明らかにその力が低下していた。

 

私がここに来たのも、ある分家の術者が工場跡に出没する妖魔討伐の依頼を受けたはいいけど、いざ討伐に出向いてみれば、

討伐対象の妖魔が、炎に対して強い耐性を持ち、なおかつ妖魔でありながら自然の精霊に近い性質を持つため、破邪の力にも耐性がある“炎虎"だったため、炎弾が全く効かず、なす術もなく逃げ帰ったからだ。

 

依頼は失敗だけど、そんな事を依頼主に言うわけにはいかない。

最強を謳う神凪一族が、『妖魔に勝てませんでした』などと、口が裂けても言えるわけがない。

 

このような場合、分家の手に負えないなら宗家が出張るしかないのだけど、それもまた分家の術者としては言えなかった。

 

『依頼を受けて討伐に向かったのですが、まるで敵わなかったので助けて下さい』

 

このような事を言ってしまえば、たとえどの様に言い繕うとも、失敗した術者の一族内での立場は無くなるだろう。

だからこそ、その術者は大神家を頼ってきた。いえ、正確には私を…大神操を頼ってきた。

 

「今回で、依頼の代行をするのは何回目かしら?」

 

最初は、中学の頃に友人が暗い顔をしていることに気付いた事がきっかけだった。

友人が心配で、事情を無理に聞き出してみたら、友人の父親が妖魔討伐に失敗して大怪我を負ってしまったという。

だけど、妖魔討伐に失敗したなどと報告すれば、一族内での立場は低下してしまう。下手をすれば、婚約をしている姉の結婚話が破談になるかもしれないと、友人は泣いてしまった。

 

私としては、そんな事で破談にするような相手など、それこそお断りだと思ってしまうが、残念ながら神凪一族では普通の考え方のため仕方ないだろう。

泣きじゃくる友人を放っとく訳にもいかず、仕方なく討伐の代行をしてあげると言ってしまった。

 

友人は最初、私の叔父である“大神雅人”に頼んでくれると思っていたみたいだった。

確かに、分家最強と謳われる叔父様だったら安心だろう。

でも、このような事を独断で受けて、実際の代行を叔父様に頼むなどという、恥知らずな真似など出来るわけがなかった。

それに、討伐対象の妖魔の情報を聞いてみれば、私でも十分に討伐可能だと思えた。

 

そして実際に現場に向かった私は、妖魔を討伐する事に成功した。

私が一人で討伐した事を、友人とその家族に告げたときには驚かれたけど、最終的には、流石は大神家の一員だと凄く感心されてしまった。

 

私は、これ以上の厄介事に巻き込まれたくなかったので、友人とその家族には、今回の事は絶対に他言無用だと念押しをおこなった。

だというのに、友人の父親は、彼の親友が同じように討伐に失敗したときに、その親友を助けるために私の事を話してしまったのだ。

そして、二人並んで私に頭を下げて助けを求めてきた。

 

「あの時は思わず、お二人の頭を握り潰したくなりましたわ」

 

私は、容易く約束を破る人間など信用出来なかった。

第一、私は自分の友人の為に力を貸しただけなのに、この人達は何を勘違いしているのだろう。

赤の他人に頭を下げられただけで、私が他人のために命をかけて戦うと本気で思っているのだろうか?

 

私は頭を下げている二人を追い返そうと思ったとき、ふと思い出した。

 

私の可愛い弟が…世界一大事に思っている武志が、一族内での影響力を強めようとしていることを。

 

もちろんハッキリと聞いたわけではない。

私の可愛い武志は、私に良い子としての顔しかみせてくれないから、そういう事は教えてくれない。

でも、地元の中学に通っていた友人達から武志の話はよく聞いていた。

 

武志が小学校で風牙衆の子供達を傘下に収め、神凪一族の子供達まで傘下に加えようと悪逆非道な真似をしている。そして、中学にもその魔の手を伸ばそうとしているから諌めて欲しいと。

 

私は、子供の世界のことに口出しする気など起きなかったから適当に笑っておいた。

中学の話は、それこそ小学生の武志相手に何を言ってるの?と思い、気にもしなかった。

 

そんなある日、武志がボロボロになって帰ってきた。

私は驚いて、武志に何があったのかを問い詰めてしまった。

最初は話すことを嫌がっていたけど、私が涙目になると慌てて話をしてくれた。

 

「小学校で、最後まで僕と対立していた神凪のガキ大将をタイマンで負かしてきただけだよ」

 

その日の夕食は、武志の小学校制覇のお祝いで、お赤飯を炊いてあげた。

 

それから暫くすると、神凪宗家の落ちこぼれと噂されていた神凪和麻さんが、中学校を統括するような立場になっていると小耳に挟んだ。

和麻さんには、好奇心旺盛な武志が色々な術を習っている関係で親しくしていたので、お祝いのケーキを焼いてプレゼントをすることにした。

 

「えっと、ケーキは嬉しいけど、中学校制覇のお祝いって?」

 

私は、小耳に挟んだ噂話を和麻さんに伝えた。

 

「いや、それは俺っていうか…武志の奴がやってるようなもんだから」

 

和麻さんが言うには、武志は神凪一族の若手達を自分の派閥に収めるために、中学生達の取り纏めを自分に任せているとの事だった。

 

「いや、そうじゃなくて、武志が皆んなの弱みを握って恐怖政治をしてるんだよ。俺はその防波堤役に無理矢理されてるっつうか……まあ、武志のお陰で神凪の奴らの横暴ぶりが抑えられているけどな」

 

神凪一族の横暴な行いは、確かに目に余るものがあった。

武志はそれを抑える為に、敢えて憎まれ役を買って出ているという。

そして、恐怖の対象となった武志を抑える役目を和麻さんに与える事によって、一族内の立場が弱かった和麻さんをも救っているというのだ。

 

「私の知らない所で、武志は立派になっていたのですね」

 

お姉ちゃんは感激しました。

 

「立派?いや、それはどうなんだ?確かに武志に救われている奴らは俺も含めているけど、武志のやり方は悪党のやり方だぞ。味方も多いけど敵も多いぞ」

 

「では、私が武志の敵を屠りましょう」

 

和麻さんの言葉に、武志のお姉ちゃんとして当然の返事を返しました。

 

「はぁ!?そ、そうじゃなくて、武志の奴にもう少し穏やかな手段をとるようにだな、おいっ、俺の話を聞いてるか!?」

 

お姉ちゃんは、武志の敵を屠る為に、誰よりも強くなる事を決意しました。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして、私の前で頭を下げる分家の者達を見て思う。

武志の敵を屠るだけでなく、武志の目的の為に私も協力しようと。

まだ小学生の武志では、大人の術者達を諌めることは難しいだろう。

ならば、私が大人の世界を受け持とう。

己の分を知らない愚かな術者達に貸しを作り、弱みを握り、力の差を思い知らせ、武志の望む世界を作る為の下地を作っておこう。

 

「仕方ありませんね。我が大神家は分家の頂点ともいえる家ですから、未熟な分家の術者達のフォローぐらいはしてあげますわ」

 

私は、私の言葉に喜んでいる2人に意識を向けると、彼達が制御下においている精霊達を力尽くで全て奪いとる。

もちろん、それだけではなく周囲の精霊達も集めていく。

 

「バ、バカな!?いくら大神家とはいえ、これほどの精霊を制御出来るのか!?」

 

「ウソだろ……俺達の何倍あるんだ……」

 

私の眼前で、馬鹿面を晒す愚か者達に私は言い放つ。

 

「分家最強の名は、“大神雅人”のみの物ではありませんよ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

昔の事に思いを馳せていると、周囲から複数の妖気が漂ってきた。

 

「あら、情報では一匹だけの筈だったけど……嵌められたかしら?」

 

元々、分家有数の名家であった大神家だけど、ここ数年間の私の活動で、大神家の影響力は分家随一と呼ばれるほどになっている。

その事は他の名家と呼ばれる者達にとっては面白くないだろう。

プライドだけは恐ろしく高い人達だから、この様な姑息な真似も珍しくなかった。

 

「同じ一族同士で足の引っ張り合いだなんて、本当に度し難い人達だわ」

 

今回の件を頼んできた術者が、何も知らずに利用されただけなのなら、大神家の傘下に加えましょう。でも他の家と組んで私を嵌めたのなら……家ごと潰しましょう。

 

私が今回の後始末を考えていたら、妖魔の集団が襲ってきた。

 

私の周囲の取り囲んでいた妖魔…炎虎達が一斉に飛びかかってくる。

 

私は和服のため、大きく動く事が出来ないので、摺り足で小さな円を描く様に動き、炎虎達を躱していく。

炎虎達は、常に死角から飛びかかってくるが、炎虎達は全身が燃え盛っているため、炎術師の私にはその動きが手に取るように分かる。

もっとも、炎虎達も炎術師の攻撃に高い耐性を持つため、通常ならお互いに手詰まりになる。

そして持久戦になると、人では妖魔に敵うわけがないため撤退するしかなくなってしまうーーそう、通常なら。

 

「うふふ、炎に対する高い耐性といっても無効化できる訳じゃないわ」

 

私は握りしめた両手に精霊達を集める。

 

他の術者達の様に炎弾などは作らない。拳に薄く…だけど密度の濃い炎を具現化する。

温度の高い炎ではなく、密度の濃い炎だ。

自然界ではあり得ない、理屈の分からない炎でも、炎術師なら実力さえあれば具現化できる。

 

そして…

 

弟を想い。

 

弟の敵を屠るために練り上げた炎が姿を現わす。

 

 

お姉ちゃんの拳が“黄金色”に輝いた。

 

 

 

 




武哉「この後はどうなったんだ?」
操「炎虎達をタコ殴りで倒しただけですよ」
武哉「操の拳は、硬くて重くて効くもんな」
操「嫌ですわ、所詮は女の細腕ですよ」
武哉「ところで、“黄金色”って…」
操「頑張って修行していたら炎の色が変わりました」
武哉「…俺も頑張っているんだけど」
操「そうですね…そうだわ!お兄様の耐久力は特筆するものがありますわ!」
武哉「……操のお陰だよ」


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35話「バトル大会」

僕は夏休みを利用してバトル大会に出場していた。

そのバトル大会の歴史は古く、全国規模にて行われていた。

 

「次はいよいよ決勝戦だね。頑張ってよね、武志!」

 

「武志さんならきっと優勝できます!」

 

応援に駆けつけてくれた沙知と綾の2人が興奮した様子で励ましてくれる。

 

「初出場で決勝戦まで来れるだなんて思ってもみなかったけど、せっかくここまできたんだ。必ず優勝してみせるよ!」

 

僕は自分自身を鼓舞するように力強く2人に応えると、強敵が待つ決勝戦の試合場に向かった。

 

決勝戦の相手は、過去2年連続で優勝している猛者だった。今大会では、大会史上初めての3年連続優勝を目指して、凄まじいまでの奮闘ぶりをみせていた。

 

僕はその戦いぶりに、はたして僕が勝てるだろうかと不安になっていたけど、応援に来てくれた2人のお陰で勇気を出すことが出来た。

 

「たとえ最強の王者が相手でも絶対に僕は勝ってみせるよ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

試合が始まった瞬間、相手は凄まじいスピードで突進してきた。

その勢いは凄まじく、下手に受けようものなら呆気なく吹っ飛ばされて終わるだろう。

 

ルールのない果たし合いなら吹き飛ばされたとしても、その程度で戦闘不能になる訳じゃないけど、ルールのある大会では、試合場から吹き飛ばされてしまえば、場外負けになってしまう。

 

「こっちだって、パワーには自信があるぞっ!」

 

真っ正面からのぶつかり合い。

向こうの方がスピードに乗っていた分、僅かに押されてしまったが、何とか堪えることができた。

 

全身が軋むかのような力比べ。

単純なパワーとパワーのぶつかり合いのように見えてその実、お互いの僅かな隙を探り合っている。

 

次の瞬間、相手の足が僅かに滑った。

その隙を逃さず、乱れた力の流れを利用して相手の身体をすくい上げる。

 

相手の身体が持ち上がった瞬間、僕は勝利を確信した。だけど、僕の目には対戦相手の口元がつり上がるのが見えた。

 

「笑っている?」

 

その事に気付いた時、相手の身体が予想よりも大きく舞い上がっていることに不審を覚えた。

 

「そうかっ、わざと投げられたのか!」

 

大きく舞い上がった相手は、空中で体勢を立て直すと、こちらの真後ろに着地した。

 

相手は着地と同時に容赦なく突進してくる。

振り向くのも躱すのも間に合わない。

 

負けた。

 

僕はそう思い、諦め…

 

「武志っ、諦めないでよっ!」

 

「武志さん!まだ負けていませんよ!」

 

沙知と綾、2人の悲鳴のような声援を聞いた瞬間、僕は大声で叫んだ。

 

「ジャンプだっ!」

 

強引に身体を飛ばす。刹那の差で相手の身体が真下を通り過ぎていった。

着地と同時に、今度は先程とは逆にこちらが背後から襲いかかる。

相手は全力で突進していたせいで、急に止まる事も出来ずに背後からの攻撃になす術もなく、場外へと押し出された。

 

『そこまでっ!第27回全国カブト虫王者決定戦優勝者は、大神武志君ですっ!』

 

「やったぁあああっ!」

 

こうして、僕の火武飛が全国最強だという事が証明された。

 

 

「いや、普通のカブト虫の大会で守護精霊だすのって反則じゃね?」

 

保護者として一緒に来ていた兄上の呟きは大歓声にかき消されて僕の耳には入らなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

沙知side

 

今日から温泉旅行だ。

武志がカブト虫大会で優勝して貰った商品の中に旅行券があって、あたしと綾を招待してくれた。

 

あたしの家は、お父さんが大怪我してた影響で、ちょっぴり貧乏だから旅行にいける程の余裕がなかったから嬉しい。

 

実はお父さんの大怪我の件では、神凪宗家からお見舞金を貰ったんだけど、それはお母さんがあたしの結婚資金の為に貯金するといって使ってないんだよね。あたしの結婚なんてまだまだ先の話なのにね。

 

「それじゃあ、行ってきまーす!」

 

くれぐれも失礼のないようにって、心配する両親に手を振りながら、あたしは集合場所に向かった。

 

向かう途中で綾と合流する。

 

「おはよう!あ…や?」

 

「どうして疑問形なのかしら?」

 

「綾、何よその格好は?」

 

「うふふ、似合わないかしら」

 

「いや、似合ってはいるけどさ」

 

上品で可愛らしい白いワンピース。

薄桃色のリボンの飾りがついたツバの広い帽子。

お洒落な感じの旅行鞄。

レースをふんだんに使った日傘。

 

「気合が入りすぎてない?」

 

「あら、このぐらいは普通よ」

 

「普通ねえ」

 

綾は、風になびく髪をわざとらしく抑えながら、普段とは違う柔らかい笑みを浮かべる。

 

「うふふ、イメージは避暑地を訪れた可憐なお嬢様よ」

 

「…笑顔が胡散臭いんだけど」

 

「少しぐらいわざとらしい演技でも男の子は喜ぶものよ」

 

「まあ、普段の綾は腹黒お嬢様ってイメージだから、マシになったと思えばいいかな」

 

「うふふ、嫌だわ。沙知は冗談ばっかり言うんだから」

 

「…やっぱり、笑顔が胡散臭い」

 

 

待ち合わせ場所には大きなリムジンが止まっていた。

何故かリムジンの屋根上に綾乃様が仁王立ちしている。

 

「あらあら、やっぱり本物のお嬢様は一味違うわね」

 

「えっと、あれはお嬢様としてはアウトだと思うんだけど」

 

リムジンに立つ綾乃様は、今回の旅行で保護者役をしてくれる武哉さんに文句を言っていた。

 

「どうして私を誘わないのよ!」

 

「いや、その、あのですね。今回の旅行はお嬢様を誘えるような格式高いホテルに泊まるような旅行じゃなくてですね。もっと庶民的な、その、子供達が騒げるような旅館なわけで」

 

「それこそ私だって子供なんだから誘うべきじゃない!」

 

「そ、そう言われましても、お…私たち分家の者が、宗家のお嬢様を旅行に誘うだなんて畏れ多いというか…その」

 

「宗家だからなんだって言うのよ!私達は親戚同士なんだから遊びに誘うのは変じゃないでしょう!」

 

武哉さんは何とか綾乃様を宥めようとしてるけど無駄っぽいね。

 

「武哉さんも無駄な抵抗をされていますね」

 

「どうして武哉さんは、綾乃様を誘うのを嫌がっているんだろう?」

 

あたしが言うのも変な話だけど、綾乃様って気さくで優しいから一緒に旅行に行けたら楽しいと思うけど。

 

「分家の方にとって、宗家というのは雲の上の存在だもの。武哉さんも下手に関わって宗主の逆鱗に触れたくないのでしょうね」

 

「宗主の逆鱗?綾乃様は武志と操さん、それに風牙衆の私達とも仲良くしてくれる人だよ。今更一緒に旅行に行ったぐらいで宗主が怒るとは思わないんだけど?」

 

「綾乃様にとって武志さんは弟のようなものよ。そして私達は女の子だから問題ないけど武哉さんはアウトね」

 

「どうして?武哉さんも武志と同じ大神家なんだから同じじゃないの」

 

「宗主から見たら愛娘に近付く悪い虫にしか見えないわよ」

 

「悪い虫って、それは考え過ぎたと思うけど」

 

「甘いわね。しょせん男なんて狼なのよ」

 

「小学生女子が何言ってんのよ。だいたい武哉さんは大人だよ。いくら綾乃様が美少女だっていっても、小学生相手に変な事なんかにならないわよ」

 

「本当に沙知は甘いわね。世の中にはロリコンという言葉があるのよ」

 

「武哉さんってロリコンなのっ!?」

 

思わず上げてしまったあたしの大声は綾乃様にまで届いてしまった。

 

「えっ、ロリコン…?」

 

それまでリムジンの屋根上で仁王立ちしていた綾乃様は、咄嗟にスカートの裾を抑えると、武哉さんの視線から逃れるようにリムジンから降りて、あたし達の方に駆け寄ってきた。

 

「ちょっと待って下さい!俺はロリコンじゃありませんよ!」

 

「ロリコンは皆んなそう言うのよ!」

 

「綾乃様っ!?」

 

「それ以上、私に近付いたら武志の兄とはいえ許さないわよ!」

 

「俺はロリコンなんかじゃありませんよっ!」

 

「武哉さん、落ち着いて下さい」

 

混乱する綾乃様と武哉さんの間に、綾が割って入ったけど、何だか嫌な予感がする。

 

「綾ちゃんっ、綾ちゃん頼む!綾乃様に冷静になってくれるように言ってくれ!」

 

「はい、任されました。綾乃様、聞いて下さい。武哉さんに危険はありませんから安心して下さい」

 

「本当に大丈夫なの?こいつってばロリコンなんでしょう?」

 

「うふふ、武哉さんはロリコンはロリコンでも、紳士と呼ばれる種族なんですよ」

 

「紳士…?」

 

「つまり少女に対して『YESロリータNOタッチ』を掟とする紳士なので、直接的な被害はありませんよ」

 

「やっぱりロリコンなのね!」

 

「綾ちゃん!?」

 

「あら、おかしいですね。武哉さんの安全性を保証したつもりだったのですが」

 

「逆効果だよね!?俺がロリコンだって駄目押ししたよね!?」

 

「もうっ、皆んないい加減にしなよ!」

 

「沙知ちゃん!沙知ちゃんは俺の味方だよな!」

 

武哉さんは縋り付くような目であたしを見る。

 

「味方?何を言ってるのか分かんないけど、武哉さんの趣味の事なんかどうでもいいから早く旅行に出発しようよ」

 

「それもそうね。考えてみればコイツの誘いなんかなくても勝手に付いていけばいいだけの話よね」

 

「私が旅館に連絡して人数を変更しておきますね」

 

「うん、お願いするわ」

 

あたしの言葉に反応して、綾乃様と綾はさっさと話を進めてくれた。

 

「ところで武志はどこにいるの?」

 

「武志なら車に乗ってるわよ」

 

「えーと、ホントだ。呑気に寝ちゃってるよ」

 

車の中を覗き込むと武志は後部座席に寝転んで眠っていた。

 

「うふふ、まだ朝早いから仕方ないわね」

 

「武志さんもまだまだ子供ですね」

 

「あたしも少し眠たいから一緒に寝ちゃおうかな?」

 

「あら、沙知が寝るなら私も一緒に寝るわ」

 

「それなら私も寝ちゃおうかしら」

 

あたし達は車に乗り込むと運転手さんに挨拶をしたあと眠ることにした。

実は昨日の夜は、旅行が楽しみで中々寝付けなかったため寝不足だったのだ。

 

走り出した車に揺られながらあたし達は夢の世界に旅立つのだった。

 

 

 

 




武哉「あれ?最後、俺はどこにいったんだ?」
操「お兄様は一人取り残されて、電車で旅館に向かうことになりましたよ」
武哉「ひどくね?」
操「私なんか出番すらないのですよ。そのぐらい我慢して下さい」
武哉「うむむ」
操「ところでお兄様に言っておくことがあります」
武哉「なんだ?」
操「ロリコンは直して下さいね」
武哉「俺はロリコンじゃねえ!!」


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36話「風の愛し子」

少女にとっての英雄は父親だった。

一族の誰よりも強くて優しい父親に、少女は家族でありながらも憧れに近い感情を抱いていた。

もちろん少女自身も厳しい修行に励み、少しでも父親に近付こうと努力を続けていた。

 

そんな少女だったが、いつ頃からか父親以上に気になる男性ができた。

 

彼は極東の島国から来た術者だった。

島国といっても、少女が住まう大陸以上に高名な術者を数多く輩出する、精霊に愛されし国として有名な島国だった。

 

彼は炎術師の家系から生まれた風術師だったため身近に優秀な師がいなかった。そのため、風術師一族として名高い少女の一族ーーつまりは凰家に修行に来ていた。

 

修行に訪れた彼は、精霊に愛されし国の出身者に相応しく精霊に愛されていた。

世界最高の風術師一族と謳われる凰家に於いても、彼ほどに精霊に愛された存在はいなかった。

 

「神凪…和麻」

 

少女は彼の名を口にする。

ただそれだけで、少女の鼓動は早くなってしまう。

 

彼は強大な力を持ちながらも、けっして奢らず常に謙虚であった。

己よりも力が劣る術者に対しても、彼は見下すことがなく、常に風術師としての先達として敬う姿勢を崩さない。

 

だからといって彼は、他者に迎合する者に感じることが多い、へり下るような情けなさも感じさせない。

彼の風術師として誇り高く在り続けるその姿に、いつしか凰家の者達は敬意を払うようになっていた。

 

少女は彼の勇姿を思い出して、頬を赤く染めながら小さく呟く。

 

「彼は…年下は好みかしら?」

 

凰 小雷(ファン シャオレイ)10歳……少女の初恋だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

あの人がここに来てからもう三年が過ぎた。

最初は陰気な人だと思っていたわ。

私が笑顔で話しかけても、最低限の返事をするだけで愛想が感じられなかった。

何を考えているのか分からなくて、正直に言えば少し怖かったわね。

だけど、下宿代はキチンと払うもんだから追い出すわけにもいかなくて、内心では困っていたの。

 

でも今にして思えば、随分と失礼な事を考えていたと反省してしまう。

何と言っても彼は、その、えっと、つまり……わ、私の王子様なのだから。

 

い、言っておくけど私は夢見る乙女ではないわよ。

ちゃんと地に足をつけて働いている立派な大人だと自負しているわ。

ご近所さんでも評判の器量良しなんだからね!

 

……コホン。

 

そう、あれは半年前の事だったわ。

私は悪の組織に攫われたのよ。

 

…空想じゃないわよ。現実の話よ。

 

悪の組織って何なんだっていう質問は受け付けないわよ。

私だっていきなり攫われただけで訳が分かんなかったんだから答えられるわけないでしょ!

 

とーにーかーくーっ!

 

私は正体不明の奴らに攫われたのよ。

攫われた私は、よく分かんない方法で体の自由を奪われたわ。

薬とかを嗅がされたりはしなかった筈なのに身動きが取れなくなったのよ。

 

そんな私を奴らは薄暗い洞窟の中に連れ込むと変な模様を描いた台に寝かせたわ。

身動きが取れない私をどうやって運んだのかは聞かないでよ。

私も分かんないんだからね。

 

さっきから分かんないばっかりで話が分かんないですって!

 

うっさいわよっ、黙って聞きなさい!

そんな細かいこと言ってたら女の子にモテないわよ!

 

それで話の続きだけど。

横にされた私は、これからきっとエッチな事をされるんだと思って怯えていたわ。

 

怯えて震える私を覗き込む悪人の気配を感じたときに彼が…王子様が颯爽と現れて、不思議な力で悪人どもをバッタバッタとなぎ倒したわ。

 

そして無事に私を助け出してくれたの。

めでたしめでたしね。

 

さっぱり話が分からないですって?

あんたって馬鹿なの?

猿並みの理解力なの?

頭ん中は石っころが詰まってんの?

 

だから王子様が攫われたお姫様を助け出したのよ。ハッピーエンドなのよ。

 

お姫様なんか話に出てきていたかですって!?

 

あんた…ちょっと店裏まで顔を貸しなさいよ。世の中の厳しさを教えてあげるわ。

こらっ、逃げんじゃないわよっ!!

 

 

翠鈴(ツォイリン)……運命の王子様(?)と出会う。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

和麻side

 

凰家に修行に来て三年が過ぎようとしていた。

俺はもうじき凰家から旅立とうとしている。

 

「思えば色々とあったなぁ」

 

慣れない環境の中、必死に修行に打ち込んだ日々。

 

運良く気の良いオヤジさんが経営するお店で下宿する事ができ、美味い飯を食う事ができた日々。

 

振り返れば、多少言葉が不自由なせいで誤解を受けたりもしたが、本当に充実した日々だった。

 

本当に色々なことがあった…

 

凰家のオマセな末っ子に追いかけ回されたと思ったら、嫉妬した師父に《虚空閃》で追いかけ回されたり。

 

下宿先の娘さんが魔術結社に攫われたから助けに行ったら、その娘さんに追いかけ回されるようになったり。

 

末っ子に甘えられている所を娘さんに見つかったら、娘さんまで甘えてきたり。

 

娘さんに甘えられているところを下宿先のオヤジさんに見られたら結婚させられそうになったり。

 

娘さんと結婚させられそうになっている所を末っ子に見られたら、末っ子も結婚を迫ってきたり。

 

末っ子に結婚を迫られている所を師父に見られたら、凰家総出で俺の命を狙ってきたり。

 

「よし、何とか撒いたな。早くこの国から脱出しないと本気で殺されそうだ」

 

「あんな変な一族なんか、やっつけちゃえばいいのに」

 

「凰一族は変じゃないわよ。ちょっぴりだけ過保護なだけよ」

 

「小雷、何言ってんのよ。あんたが求婚しただけで和麻を殺そうとするなんて酷いわよ!」

 

「翠鈴が言わないでよ。元はと言えば貴女が和麻の側にべったりしているから、父様が和麻を女ったらしだと誤解したせいなのよ」

 

「私のせいにしないでほしいわ。和麻は私の王子様なんだから仕方ないもの」

 

「和麻は翠鈴の王子様かもしれないけど、私の英雄でもあるのよ」

 

「英雄…そうね、英雄色を好むっていうもんね」

 

「色を好む……ねえ、翠鈴は和麻より年上よね。私は年下だから、もしかしたら和麻と同い年の女の子がもう一人増えることを覚悟しておくべきなのかな?」

 

「かもしれないわね。ホントは私だけの王子様でいて欲しいけど仕方ないかも。和麻みたいな良い男を独占できる自信は流石にないわ」

 

「そうね。欲を出して和麻を失うよりも協力し合って、和麻を共有しましょう」

 

「うふふ、でも本妻は私だからね」

 

「翠鈴っ!?勝手なこと言わないでよ!」

 

「何よ、私の方がお姉さんなんだから言うこと聞きなさい!」

 

「年増を自慢してどうするのよ」

 

「と、年増ですって!?なんてこと言うのよ!和麻の故郷では、姉さん女房は金のわらじを履いてでも探せって言われてるのよ!」

 

「あら、私は畳と女房は新しい方が良いって聞いたわよ」

 

「小娘の分際で生意気なこと言ってんじゃないわよっ!」

 

「おばさんが色気づいて気持ち悪いのよ!」

 

「おばっ!?……殺す!」

 

「風術師の私に勝てると思ってるのかしら?」

 

「あらあら、私も水術師として目覚めた事を忘れたのかしら?」

 

「へへーんだ。師匠も居なくて我流で修行してる翠鈴なんかに負けないもん」

 

「師匠なんか必要ないわ。精霊術師に必要なのは才能だけよ。そして、私の才能は和麻にだって引けを取らないわよ」

 

「積み重ねてきた血の歴史を甘くみないでよね!見なさいっ!私の体には凰家が研鑽してきた力が宿っているのよ!!」

 

「ちょっと!?それって《虚空閃》じゃないの!まさかパクってきたの!?」

 

「凰家の物は私の物っ!私の物は私の物よっ!!」

 

「凰一族が血まなこになってるのって、あんたのせいじゃない!!」

 

「違うもん!これは私の花嫁道具だから問題ないもん!!」

 

「ねえ、良い事思いついたんだけど」

 

「なんか、嫌な予感しかしないけどなによ?」

 

「その《虚空閃》を裏マーケットで売り飛ばして高飛びする軍資金にしましょうよ」

 

「和麻ー!翠鈴が酷いこと言うよー!」

 

 

 

俺は遠く離れた故郷を思い出していた。

 

「武志…お前が女の子達に囲まれていた事を実は羨ましいと思っていた」

 

しばらく会っていない弟分の笑顔を思い出す。

 

「お前はこんな状況でも笑顔だったんだな」

 

俺は己の力不足を痛感していた。

 

「俺はまだまだ力が足らない。だがきっとお前が誇れるような兄になって戻ってみせるよ」

 

俺の左右で騒ぎたててる存在達を、必至に、頑張って、全力で、意識から締め出しながら呟く。

 

 

 

「お母さん、助けて…」

 

 

 

 

 




翠鈴「風の聖痕、真ヒロインの私が満を持しての登場ね」
小雷「風の聖痕、アイドルの私が満を持しての登場だよ」
翠鈴「あんたってアイドル枠だったかしら?」
小雷「そうだよ。家族を殺されて健気に一人で戦う姿に読者達は感涙したものよ」
翠鈴「それを言えば私もそうね。悲劇的な運命の真ヒロインとして涙を誘うストーリーだったわね」
小雷「今作では《虚空閃》を私が所持して家を出てるから、凰家は襲われなさそうね。流石は私だね」
翠鈴「私も無事に死亡フラグが折れたわね」
小雷「あっさり折れたよねー!もっと盛り上がる展開になると思ってたのに」
翠鈴「語り手の私が意識朦朧としていたから仕方ないわよ」
小雷「翠鈴が水術師に目覚めたってのもあっさり流されていたよね」
翠鈴「まあ、色々とあったんだと想像して下さいね」
小雷「次話からは、私達三人のラブラブ珍道中編が始まるよー!」
翠鈴「予定は未定なので、変更の際は何卒ご容赦下さいね」
小雷「じゃあ、またねー!」
翠鈴「また、お会いしましょうね」


和麻「今回の話に納得いかないのは俺だけか?」



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37話「神凪に忍び寄る影」

「随分と趣味が悪いのね」

 

それが依頼主に対する第一印象だった。そして最後まで変わらない印象でもあった。

 

「でも、確かに情報通りの濃い妖気だわ」

 

依頼主の趣味の悪い屋敷(極彩色に彩られていた)を覆う妖気の濃さに、眉を僅かばかりひそめながら私はインターホンを押そうとした。

 

「…このまま屋敷ごと粉砕してしまえば楽なのよね」

 

趣味の悪い屋敷にイマイチ入りたくない私は思わず本音を漏らしてしまう。だけど、流石にそれは最終手段だろう。

依頼主の意向を無視した行動は、私の退魔師としての評判に傷をつけてしまう。

 

 

(…別に問題ないかしら?)

 

 

よく考えてみれば、普段は神凪宗家からの依頼しか受けない私にとって、個人的な評判は大して問題にならなかった。

 

今回の仕事は、以前に知り合った仲介人から頼まれて仕方なしに受けただけに過ぎないのだから。

 

「正義のための小さな犠牲を私は忘れないわ(たぶん3日ぐらいは)」

 

「ちょっと待って下さい!何をしようとしているんですか!」

 

趣味の悪い屋敷を地中に引きずり込み、すり潰すための力を発しようとした私の正義の執行を無粋な声が止める。

 

背後からの声に振り返ると、そこには見るからに冴えない風体の男が慌てた感じで立っていた。

 

「貴方は…」

 

「ええ、俺は」

 

「私のストーカーかしら?」

 

「結城家の慎治です!」

 

「結城…家?」

 

「……一応言っておきますが、神凪の分家ですよ」

 

「そう、神凪の分家も堕ちたものね」

 

「は…?」

 

「誤解しないでね。同じ分家でも大神家は当然別格よ」

 

「はぁ…まあ、大神家と競おうだなんて思わないですよ」

 

「そう、最低限の節度は保っているようね。でもね、たとえ神凪の分家でもストーカーは許さないわよ」

 

「だからストーカーじゃないですよ!?」

 

神凪の分家を名乗る貧相で冴えない風体の男は、この後に及んでも罪を認めようとしない。

 

「素直に罪を認めて改心すれば、半殺しで済ませてあげるわよ?」

 

「本当にストーカーじゃないです!お願いですから俺の話を聞いて下さいよ!」

 

軟弱で貧相で冴えない風体の男は、必至に言い訳を口にしようとする。

往生際の悪いその姿に私は苛立ち、半殺しではなく8割殺しにすることに決めたときだった。

 

「石蕗様と結城様ですね。お待ちしておりました。どうぞ横の通用門からお入りください」

 

押してもいないインターホンから突然、声が聞こえてきた。

ガチャリ

その声と同時に門の横にある扉の鍵が開けられた。

どうやらそこから勝手に入ってこいということらしい。

 

「随分と礼儀知らずのようね。帰ろうかしら?」

 

「石蕗さん、そんな事を言わずに一緒に依頼を受けませんか?」

 

「ストーカーと一緒に依頼を?ふざけているのかしら」

 

「ですからストーカーじゃありませんってば!」

 

「…ワンパターンなリアクションね。もう飽きたわ」

 

「はぁっ!?」

 

軽薄そうで軟弱で貧相で冴えない風体の男は、どうやら会話のウィットというものも持ち合わせていないようだ。

全く、武志を見習ってほしいものだと強く思ってしまう。

 

「地術師の私がストーカーされていれば気付かないわけないでしょう。ちょっとした会話の潤滑油の冗談じゃない。もっと気の利いた返しが出来ないようだと女にモテないわよ」

 

「は、はぁ…すいません」

 

「…本当につまらない男ね」

 

私はもうその男を見限り、さっさと依頼を終わらせようと通用門の扉を開いて中に入っていく。

 

「ま、待って下さいよ!俺も行きますよ!」

 

置いていこうと思っていた男は、慌てた様子で私に続いて扉を潜ってきた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ほう、これは随分と美しいお嬢さんだ。どうだね、危険な退魔師など辞めて、ワシの愛人にならんかね」

 

依頼主の小男は、出会うなりに下品で不躾な視線を向けてきたと思ったら下劣な言葉を口にした。

 

「この場合は正当防衛になるわよね」

 

「絶対になりませんから我慢して下さい」

 

「ひとつ潰すぐらいならいいかしら?」

 

「ダメですよ。って、何を潰す気ですか?」

 

「…女の口からそんな恥ずかしい言葉を言わせる気なの?」

 

「玉ですか!?玉ですね!玉は男にとって命より大事なモノなんですよ。それを潰すだなんて怖いことを言わないで下さいよ」

 

「大丈夫よ。玉は玉でも目ん玉よ」

 

「本気で怖いっ!?」

 

「うふふ、やれば出来るじゃない。中々面白いわよ」

 

「はは…これも冗談ですか。俺には荷が重いですね」

 

冴えない男ーーいえ、分家の男も少しは面白みがあるようだった。

 

「さっきから何の話をしとるんだ。ワシを無視するのもいい加減にせんかっ!」

 

依頼主は苛立ちを隠そうともせずに大声を上げる。

 

「ワシを無視するとはな。どうやら見てくれだけの女か。所詮は退魔師などという下賤な職業の女だ。可愛げというものがない、女は男に愛想を振りまいておれば良いものを」

 

依頼主は私に興味を無くし侮蔑の言葉を口にする。

 

 

(上下の玉を一つずつ潰してやろうかしら)

 

 

なぜか分家の男が震えていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

突然、部屋の中の妖気が収束し始めた。

 

「まずは俺に任せてもらえますか」

 

分家の男は、まるで私を庇うかのように一歩前に歩み出ると精神を集中させ始める。

どうやら依頼の悪霊が出現した瞬間に攻撃を加えるつもりのようだ。

 

「…ひとつ忠告よ。ただの悪霊の割には妖気が強いわ。注意しなさい」

 

プライドの高い神凪一族が素直に忠告を聞くかは分からないけれど、神凪の分家の人間を無駄に危険に晒すわけにはいかなかった。

 

「…なるほど、確かに妖気が強すぎるみたいですね」

 

「へえ、女の言葉を素直に聞くのね」

 

「“石蕗の禍ツ星(マガツボシ)”と畏れられる貴女の言葉を尊重しない神凪の者はいませんよ」

 

「…それは悪口かしら?」

 

どう考えても悪口にしか思えないけれど、念のために確認しておこうと思う。

 

「いえっ、違いますよ!石蕗さんの強大な力に敬意を表しているだけですよ!」

 

「……ちなみに、操にも何か呼び名がついているのかしら?」

 

非常に重大なことだから聞いてみることにした。お淑やかな私が“禍ツ星(マガツボシ)”なら、意外とアグレッシブな操ならもっと凶悪そうな呼び名だと思うけれど。

 

「操さんはそのままに“大神の姫君”と呼ばれていますね」

 

「なっ!?……じ、じゃあ武哉さんは?」

 

み、操が外面だけはいいのを忘れていたわ。でもシスコンでセクハラ男の武哉さんならきっと、とんでもない呼び方をされているはずだわ。

 

「武哉さんは“熱き不沈戦艦”です」

 

熱き不沈戦艦…?

 

確かに、あの操に何度ボコボコにされても不死身のように蘇っては偏執狂的にセクハラを繰り返す武哉さんには相応しい呼び方かも…?

 

「一応、聞いておくわ。武志の呼び名は何かしら?」

 

武志なら好意的な呼び名に決まっているだろうけど知っておきたいわね。

操も知らないだろうから、あとで自慢してやるわ。

 

「えっと、彼の呼び名はですね…あーと、つまり…その…」

 

分家の男は突然、口を濁し始めた。

私のことは平気で“禍ツ星(マガツボシ)”呼ばわりしておいておかしいわね。悪い意味の言葉なのかしら。武志は目的のためになら手段を問わないところがあるから仕方ないかもしれないわね。

 

「別に怒らないからさっさと教えなさい」

 

「ほ、本当に怒らないで下さいよ。か、彼は……“神凪のハーレム王”です」

 

「ぷっ、ふふ、うふふふ、武志にぴったりね」

 

これは仕方ないわね。武志は昔から女の子に囲まれていたから。

そういえば、武志の本命って誰なのかしら?流石に中学に入ってからは“お姉ちゃんと結婚する”とかは言わなくなったけど。

今度聞いてみるとしましょう。

 

「っと、どうやら無駄話はここまでのようです」

 

分家の男の視線の方向を見ると、収束した妖気の中から悪霊が現れだすところだった。

 

「悪霊以外にも何か潜んでるみたいだな。うーん、俺の感知じゃ分からん。こんな事なら風牙の人にも来てもらえばよかったな」

 

風牙衆のことを口にする分家の男の言葉には風牙衆を見下す雰囲気はなく、敬意を持っているように感じられる。

武志達の長年の活動によって、分家の若い世代からは風牙衆への侮りが薄れた結果だろう。

 

「私の見立てだと、炎に所縁のある妖魔のようね。残念だろうけど、貴方の出番はなさそうね」

 

「…そうだな。俺の力では炎に耐性のある妖魔には通じない可能性がある…かもしれん」

 

うふふ、プライドが高いというよりも意地っ張りな男の子みたいね。でも、現実はちゃんと見えているわ。

これならまだ見込みがあるかもしれないわね。

 

「うふふ、今日はお姉さんに任せておきなさい。退魔師としての手本を見せてあげるわ」

 

「あれ、俺の方が年上じゃなかったか?」

 

分家の男ーー慎治(たしか慎治という名前のはず)が何やらブツブツ言っていたが、気にせずに力を解放する。

うふふ、正体不明の妖魔だから念のために強めに力を使ってあげるわ。

この屋敷は更地になるかもだけど、命には変えられないものね。依頼人もきっと感謝してくれるはずだわ。

 

「あ、あれ?ちょ、ちょっと!?おいっ、精霊が多すぎないかっ!?待てって、待ってくれ!待って下さい!!ひぃっ!?」

 

ちゅどーん!!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

慎治side

 

「そうか、事情は分かった」

 

俺は今、宗主の前で頭を下げながら依頼の一部始終を報告し終わったところだった。

宗主からは何度も頭を上げるように言われたが、とてもじゃないがそんな度胸はなかった。

 

「事前情報が誤っていたようだな。ただの悪霊ならともかく、炎の属性を有する妖魔ではお前の手に余るだろう」

 

宗主のその言葉に俺は歯を食いしばる。

未熟な俺を責める事のない言葉は逆に俺の心に突き刺さる。

 

「さらに修行に励み、次こそはこのような醜態を晒さぬように精進致します」

 

絞り出すようになんとか言葉を紡いだ俺に宗主は労るような眼差しを向けたまま、退出するように促してくれた。

 

俺は明日から修行の量を倍にしようと考えたーーいや、やっぱり今日からだな!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

同日深夜

 

「…生きているって素晴らしい」

 

宗主に報告を行った後、偶然出会った石蕗さんについ口を滑らせて修行の話をしてしまったら、彼女から修行をみてあげようかと提案してくれた。

俺は系統は違うとはいえ、非常に優れた精霊術師の彼女の言葉に、喜んで首を縦に振った。

 

もちろん、後悔した。

 

スパルタという言葉すら生温い、地獄そのものだった。

なぜ彼女があれ程の実力を誇るのか、あの地獄を経験すれば納得できた。もっとも彼女に言わせれば今日の修行内容は初心者用との事だ。

 

疲れ果てボロボロの身体を引き摺って俺は家路につく。

石蕗さんは後ろから付いてきてくれている。

肩、貸してくれないかな?

 

「女の肩を借りようだなんて…セクハラかしら?」

 

理由は分からないが身体が重くなった。

辛いです。

 

「そこにいるのは誰かしら?」

 

突然、石蕗さんが鋭い声を放つ。

石蕗さんの視線を追いかけると、そこには怪しい男が立っていた。

 

「石蕗さん、下がっていて下さい。俺が相手をします」

 

「止めておきなさい。今の貴方では1秒も持たないわよ」

 

石蕗さんの声は本気にしか聞こえなかったが、俺にも男としての意地がある。

 

ヒュンッ

 

ギュン!!

 

怪しい男に向かって一歩踏み出そうとしたとき、鋭い音が聞こえたと思ったら何かが軋むような音が取って代わった。

 

「……」

 

「私がいなかったら慎治の首が飛んでいたわよ」

 

「…すいません、あとはお願いします」

 

「うふふ、お姉さんに任せておきなさい」

 

俺は素直に石蕗さんに道を譲った。

 

 

 




和麻「いよいよ原作に入ったけど、俺の出番が無くなっているな」
小雷「私達はラブラブ旅行中だもんね」
和麻「いや、命を狙われての高飛び中だろ」
翠鈴「和麻、そろそろ軍資金が乏しくなってきたから妖魔退治でも受けましょうよ」
和麻「仕方ないな。何か手頃なものはあるのか?」
小雷「これなんか面白そうだよ」
翠鈴「あら、本当ね。これでいいかしら、和麻?」
和麻「ああ、お前たちがいいならそれでいいよ」
小雷「さすが和麻だね!頑張ってね!」
翠鈴「龍王の生け捕りなんて和麻にしか出来ないわよ」
和麻「龍王だとっ!?ちょっと待ってくれ!!」
小雷「早速行こうよ!」
翠鈴「和麻の格好良いところが見れるわね」
和麻「俺の話を聞いてくれーっ!!」


慎治「…俺の方が和麻よりかは幸せだな」


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38話「運命に抗う者」

お久しぶりです。今回は少しだけシリアス風味です。


暗がりに佇む男は一見何処にでもいるような男だった。

だけど私はその男と相対してすぐに気付いた。

 

「貴方は…人をやめてしまったのね」

 

かつて、私も人をやめる一歩手前までいったことがある。

だからだろうか、妖気を感じないというのに、既にその男が人をやめていることに気付くことが出来たのは。

 

「人をやめた…それは少し違うな」

 

その男は暗がりから街灯の明りが照らす場所へと歩み出てくる。

 

「確かに俺は人であることに執着する事をやめた」

 

男が歩む度にその身から妖気に似た何かが溢れ出す。

 

「けどな、俺は人をやめたわけじゃない」

 

男の姿が街灯の明かりによって照らし出される。

 

「俺は人という種を超越したんだよ」

 

薄暗い街灯の下“風巻流也(風の邪神)”が嗤う。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

重悟side

 

「何か分かったか、兵衛」

 

「…しばしお待ちを」

 

儂の声に応えながらも兵衛は術を続ける。

兵衛は両手で水を掬うように窪めて前に突き出す。

ひゅるりと風が吹いた。

兵衛に向かって。

だが、風は何も運んでこない。

 

「……」

 

「……」

 

儂と兵衛の間に、ひゅるりと風が吹いた。

 

「兵衛…?」

 

「何も分からぬ事が分かり申した」

 

ひゅるりーーその日の風は冷たかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

事件が起こったのは、儂の屋敷の直ぐ近くだった。

つまり、神凪一族の総本山といえる場所で事件は起こったのだ。

儂が日課の早朝ジョキングの為に屋敷を出て直ぐにそれを見つけた。

 

一言で表せばそれは“巨大なクレーター”だった。

 

いや、儂は正気だぞ!

確かに儂はクレーターを見つけたんだ!

びっくりした儂が屋敷に戻って、皆んなを連れて戻ってみると綺麗に無くなっとったんだ!

 

おいっ!!

誰がボケ始めたかもだ!!

儂はボケとらんぞ!!

生涯現役じゃ!!

な、なんだその目は!?

なぜそんな優しい目で儂を見るんだ!?

な、なぜ儂の両腕を掴むんだ!?

ど、何処に連れて行くつもりだ!!

休養が必要だと!!

そんなもん必要ないぞ!!

儂の腕を離さんかっ!!

 

ん、なんだ?

耳を貸せだと?

なにっ!?

綾タンに看病をお願いしてくれるだとっ!!

 

・・・

 

ゴホゴホ。

儂も疲れが溜まっていたようだな。

どうやら十分な休養が必要なようだ。

後の事は厳馬…いやあいつは邪魔をしそうだな。

そうだな、大神家を中心に皆で上手くやっといてくれ。

では儂は奥の間で休んでおくから大至急、看病の手配をよろしく頼むぞ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

武志side

 

「先ほど重悟様は、嫌そうな顔をした綾乃様を伴って、温泉地にご静養に行かれました」

 

僕は兵衛から報告を受けていた。

 

「そして厳馬様も、奥方様が商店街の福引で“偶然”当てられた一等のハワイ旅行へとご出立なされました」

 

僕は兵衛の報告に頷く。

 

「これで、この地に宗家の者はいなくなったわけだね」

 

「…御意」

 

「何か言いたいことがありそうだね、兵衛」

 

「恐れながら申し上げます。此度の我が愚息の愚行…紅羽様への凶行は既に許される範囲を超えております。何ゆえに宗家への報告をお止めなさるのか。某は納得できませぬ」

 

納得できないと言いながらも兵衛の目には理解の色が浮かんでいる。

 

「風巻の嫡男が犯した罪は彼一人への罰だけで済まない事は理解しているよね」

 

「無論、我ら一族全体の咎として処分を受ける所存です」

 

「それはダメだよ。今は風牙衆が独立するための大事な時なんだよ。今回のことが公になれば風牙衆の独立に反対する老人達がここぞとばかりに横槍をいれてくるからね」

 

「だからといって我らの恩人である武志様を危険に晒すわけにはいきませぬ。たとえ今回の件で風牙衆の独立が消えようとも、宗家の力をもって愚息を討つべきです」

 

兵衛は覚悟を決めた顔で実の息子を討てという。その覚悟に僕も本心で答えよう。

 

「兵衛、勘違いするな。僕が風牙衆を独立させたいのは風牙衆を救う為なんかじゃないぞ」

 

僕は兵衛の目を真っ直ぐに見つめて告げる。

 

「僕は僕の友達の笑顔が見たいだけなんだよ」

 

そう、本当は風牙衆のことなんかどうでもいい。

僕は自分の友達が笑って過ごせたらそれだけでいいんだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

僕は幼い頃に前世の記憶が蘇った。

 

その記憶の中に、この風の聖痕の世界が描かれた小説があった。

その小説では僕はあっさりと命を落とす。

兄もほぼ同時に命を落とし、姉は外道の道楽で玩具のように弄ばれた挙句、父をその手にかけて壊れかけた。

 

その世界での僕はただの脇役だった。

 

僕の死を悼んでくれたのは姉だけだった。

 

それからは無我夢中で生きてきた。

死にたくなかった。

死なせたくなかった。

苦しませたくなかった。

出来ることはなんでもやった。

僕は運命を変えるためだけに頑張っていた。

 

そんなある日、風牙衆の女の子に出会った。

風牙衆は僕達の運命に関わる重要な要因だから打算があった。

風牙衆の子供を味方につけて運命を変えるために利用しようと思っていた。

 

だけど彼女の運命もまた過酷だった。

 

風牙衆というだけで蔑まされていた。

言われなき暴力を振るわれていた。

そして家族を失いかけていた。

僕は何とか彼女を助けるために足掻いた。

 

それは同情ではなかった。

それは義憤でもなかった。

それは正義ですらなかった。

 

それはただの自己満足だった。

自分が運命を変えれるんだと証明したかっただけの自分勝手な最低な行為でしかなかった。

 

だけど、彼女は…沙知は僕の友達になってくれた。

沙知を通じて綾も友達になってくれた。

それからも和麻兄さん、綾乃姉さん、紅羽姉さん、煉、キャサリン、マリちゃん…

僕の大事な人が少しずつ増えていった。

 

そしてある日、いつの間にか僕は運命を変える為ではなく、僕の大事な人達を守るために戦っていることに気付いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「兵衛、恨んでくれて構わない。憎んでくれて構わない。だけど僕は、僕の大事な人達の為に、何よりも僕自身の為に、貴方の息子をーー風巻流也を“殺す”」

 

僕は生まれて初めて殺すという言葉を殺意を込めて口にする。

その言葉に、僕のそばに座る紅羽姉さんの気が僅かに乱れる。

部屋の片隅に立つマリちゃんは不機嫌そうに顔を顰める。

 

兵衛は僕の言葉を受けて、ただ静かに頭を下げると一言だけ発した。

 

「御意」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「流也が京都に向かっている?」

 

流也を監視している風牙衆からの情報が伝えられた。

 

「なっ、京都ですと!?」

 

京都という単語に兵衛が反応する。

 

「京都に何かあるのか?」

 

「京都の地には…かつて風牙衆が神と崇めた存在が封印されております」

 

「…僕が聞いていない情報だ」

 

「も、申し訳ありません。この事は代々の宗主のみに伝えられし秘中の秘ゆえ、探り当てた儂も墓場まで持っていく所存でした」

 

「そうか、それなら構わない」

 

恐らくは言葉通りだろう、ただ僕にも秘密にしていたのはいざとなった場合の保険でもあったんだろうな。

まあ、今はいい。

 

「流也は神の封印を解くつもりなのか?」

 

「私と戦ったとき、既に流也の力は宗家に匹敵、もしくは凌駕するかも知れない程だったわ。今さら神などという制御できない存在を自由にする必要があるとは思えないけど」

 

僕の疑問に流也と実際に戦った紅羽姉さんが答えてくれる。

 

「紅羽姉さんは、流也と最後まで戦っていたら勝敗はどうなっていたと思う」

 

「地下などの狭い空間で戦えば間違いなく私が勝つわ。ただ、屋外で戦えば正直分からないわね」

 

紅羽姉さんと流也の勝負のときは、途中で流也の風の結界が破れかけて直ぐに流也が離脱したそうだ。

何しろ戦った場所が神凪宗家の屋敷近くだから宗主に気付かれて紅羽姉さんと宗主の二人がかりになったら幾ら何でも流也に勝ち目はないだろう。

 

「つまり我と紅羽がおれば間違いなく勝てる程度でしかないな。うむ、後は我々に任せて武志はのんびりと吉報を待っておれ」

 

「そうね。私達二人がかりなら多少不利な状況だろうと負けるとは思えないわね」

 

「…御意」

 

「ちょっと待ってくれっ、まさか僕を置いていくつもりなのか!?」

 

二人に言葉に僕は慌てて声を上げる。

 

「当たり前だ。今の余裕を感じられぬ貴様など足手まといにしかならんわ」

 

「ごめんなさい。私も今の武志は戦場に立たない方がいいと思うわ」

 

「御意」

 

「何を言っているんだ!戦場じゃ何が起こるか分からないんだ!わざわざ戦力を減らす意味はない!!」

 

確かにこの二人相手に流也一人で勝てるとは思えないけど、きっと流也には何か考えがあって京都に向かっているはずだ。

戦力を減らすべきじゃない。

 

「いいえ、意味ならあるわ」

 

「そうだな。先ほどの貴様の発言は危険でしかない」

 

「御意!」

 

一体なんなんだ!?

みんなして何を根拠に言っているんだ!?

 

「簡単な話よ」

 

「うむ、先ほどの貴様の発言はいわゆる“フラグ”というものじゃ!!」

 

「御意!!」

 

「え・・・何を言ってるの?」

 

この二人は一体どうしちゃったんだ!?

 

「いつもふざけてばっかりの武志がシリアスぶるなんて絶対にフラグを立てているわよね」

 

「そうじゃな、いつもの貴様なら先ほどの場合『あはは、風牙衆は僕専属の手下になるんだから神凪から独立してもらわなきゃ僕が困るんだよ』と、ぬかしていたはずだ!」

 

「御意っ!!」

 

「ちょっと待って!二人の僕のイメージがおかしくないかな!?僕は思慮深いけど、熱い想いを秘めたナイスガイのはずだよっ!!」

 

いつの間にか二人に間違った僕のイメージが定着してたみたいだ。

僕が推理するにこれは、僕の男ぶりに嫉妬した武哉兄さんの謀略に違いない!!

今度、操姉さんにノックアウトされた隙にダンボールに詰めて婚約者の静さん家に着払いで送ってやる!!

 

「あら、元に戻っちゃった」

 

「いや、安心するのはまだ早いぞ。今回の件は、もしや噂の中二病の前触れかも知れぬ。これは操を交えて対応を練る必要があるかもだな」

 

「御意ぃいいいっ!!」

 

 

何気に兵衛がウザいんだけど。

 

 

 

 

 




マリ「ところで前話に出とった慎治とやらはどうしたんだ?」
紅羽「戦いの余波で吹っ飛んで入院中よ」
マリ「なんじゃ、だらしないのう」
紅羽「マリちゃん、だんだんと言葉が年寄りくさくなっているわよ」
マリ「しまった!?えっと、私はまだまだピチピチだよ!」
紅羽「…色々と頑張っているんですね」
マリ「ええいっ、憐れむような目を向けるな!」
紅羽「そういえば今回の最初に出たクレーターは私がサッと直したんですよ」
マリ「クレーターを作ったのもお主じゃがな」
紅羽「てへっ♡」
マリ「…お主も頑張っているんじゃな」
紅羽「私は本当にピチピチだからいいんですよ!」
マリ「私だって精霊王とかと比べたら本当にピチピチだもん!」
紅羽「比べる対象が精霊王・・・ホロリ」
マリ「本気で泣くでないわっ!!」





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39話「愛を識る者」

「僕は少し焦ってたみたいだね。ここは初心に戻ろうと思う」

 

突然の僕の言葉に、紅羽姉さんは訝しむような顔になる。

 

「初心に?今さら初心に戻るより作戦を立てる方が大事じゃないかしら」

 

確かに紅羽姉さんの言うことに間違いはない。既に数々の修羅場を潜り抜けてきた僕達が、今さら初心が云々いっても始まらないと思うだろう。

 

でも僕が言いたいのは、戦いに際しての心構えがどうのといった初心の事じゃないんだ。

 

「ククク、なるほどな。貴様の目の輝きが昔に戻りおったわ。最近の貴様は小難しい事を考えすぎてオッサン臭くなっておったから心配じゃった」

 

「オッサン臭いって、ピチピチの僕に酷いなぁ。臭いのは宗主だけで十分だよ。僕はいつまでも爽やかな香り漂うパパのままでいて、未来の愛娘と仲良く過ごすんだからね」

 

「いや、貴様の宗主に対する言葉の方が酷いと思うぞ。彼奴は本気で泣いておったからな」

 

最近の宗主は加齢臭に磨きがかかり、綾乃姉さんに同じ洗濯機で洗う事を拒否されていた。

 

「もう、あなた達は何を遊んでいるの。今は真剣に流也への対策を考えるときでしょう」

 

僕達の軽口に紅羽姉さんが痺れを切らしてしまったみたいだ。

 

「大丈夫だよ。ちゃんと作戦は考えているから、紅羽姉さんは豪華客船に乗ったつもりでバカンスを楽しんでよ」

 

それでも僕は軽口を叩きながら紅羽姉さんに笑いかける。やっぱり男たるもの常に余裕が必要だよね。

 

「ふふ、マリアが言うように武志は昔の雰囲気に…そうね、和麻さんが行方不明になる前に戻ったみたいね」

 

紅羽姉さんのその言葉で、僕は和麻兄さんを思い出すと同時に目眩を覚える。

 

そうだった。僕が色々と思い悩むようになったのは、和麻兄さんが凰家の虚空閃を盗んだあげく、女二人と高飛びしたせいだ。

 

2年前にその連絡を受けたときには、本気で和麻兄さんに対して殺意を覚えたものだった。

 

そのせいで風牙衆独立の件がポシャりそうになるのを必死に食い止めたり、凰家からの抗議を有耶無耶にするために駆けずり回ったりと本当に大変だった。

 

原作とは少し流れが違うけど、和麻兄さんは風術師として目覚めて順調に成長していたから、原作の惨劇(僕が殺される大事件)が起こる前にコントラクターになって帰って来てくれる事を期待していたのに。

 

「く、紅羽姉さん…和麻兄さんの事は思い出させないで欲しい」

 

「あっ、ごめんなさい。あんな最低な男の事を口にしてはダメね」

 

「ふむ。私は和麻とやらには会った事はないが、話を聞く限りだと世話になった恩人達に唾を吐くが如くの悪行じゃな」

 

「うん、いつか見つけ出して綾乃姉さんにお仕置きしてもらう予定だよ」

 

まあ、今は和麻兄さんの事は横に置いておこう。

 

「よし、気分を入れ替えて流也に対して手を打つために電話をかけるよ」

 

「どこに電話をするのかしら?」

 

神凪一族は最強の炎術師として警察からの依頼を頻繁に受けているからその縁は太い。

また僕は個人的にも信頼関係を築いていたりする。

これから電話をかけようとしているのは、その中でも最も協力的で融通の利く相手だ。

 

トゥルルルー、ガチャ

 

「もしもし、霧香さん。武志ですけど、実は少し協力してもらいたいことが…」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

流也side

 

「どうなってやがる?京都に着いた途端、引っ切りなしに職務質問を受けるとは…なにかの行事でもやっているのか?」

 

神の封印の地で神凪宗家を迎え撃つ計画だというのに、まさか警官共に纏わり付かれて移動もままならないとは予想外にも程がある。

 

だからといって、強引に警官共を振り解けば公務執行妨害になっちまう。

公務執行妨害は軽犯罪じゃ済まないから下手をすれば指名手配だ。

 

俺は一族の為に命を捨てる覚悟は出来ているが、警察に公務執行妨害で指名手配にされるのは何かが違う。

 

もちろん、必要あらば警官共を皆殺しするのは容易いことだ。だが逆をいえば必要ないのに殺すこともない。

俺は別に無差別大量殺人をしたいわけじゃないからな。

 

そもそも職務質問を受けたから警官を殺したとして、その事を一族の奴らに知られたら俺は只のバカだと思われかねん。

 

命を賭して一族の復讐を果たした英雄として、永遠に語り継がれる予定なのに、そんな不名誉な誹りを受ける危険など犯せるわけがない。

 

「そこの君、ちょっといいかな?」

 

また職務質問か・・・まあ仕方ない。

 

「はいはい、なんですか」

 

警官共など適当にあしらえばいいだけの話だからな。

 

「さて、先に進むとするか」

 

何度目になるか分からない職務質問を切り抜けた俺は、封印の地へと足を向ける。

だが今度は通行止めの看板が俺の前に立ち塞がった。

 

「なになに、この先で遺跡が発見されたから発掘のため通行禁止なのか。流石は京都だな、こんな街中にも遺跡があるのか」

 

中々に珍しい現場に出くわしたみたいだな。時間があれば見物をさせて貰いたいところだが、残念ながら今はそれどころじゃない。

 

「迂回路は・・・えらい遠回りになるんだな。まあ、仕方ないか。遺跡の発掘現場を横断なんかしようものなら騒ぎになりそうな予感がビンビンするからな」

 

貴重な遺跡を踏み荒らした野蛮人だとマスコミにでも報道されでもしたら末代までの恥となる。

そんな無駄な危険など犯せるわけがない。

 

「そこの君、ちょっといいかな?」

 

チッ、また職務質問かよ。

どうやら今日はツイテない日のようだ。

こんな日はさっさと宿をとって寝ちまうとするかな。

 

「はいはい、なんですか」

 

そうと決まれば、俺の洗練させた職務質問応答の妙技でこの警官をあしらうとしよう。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

武志side

 

霧香さんへの依頼が終わった僕は携帯電話を切ると紅羽姉さん達の方へ顔を向ける。

 

「取り敢えず時間稼ぎの手筈はついたよ」

 

「あの…話は聞かせて貰っていたけど、そんな子供騙しな手で流也が止まるとは思えないのだけど?」

 

「当たり前じゃ!職務質問だの、通行止めだの、そんなアホな事で神の力を得た男が止まる訳ないだろうが!」

 

どうやら二人には僕の作戦は不評のようだ。

でも僕には自信が、いや確信があった。

 

「男は誇りを重んじる生き物なんだよ。子供騙しなアホな手だからこそ、逆に騒動を起こして不名誉を受ける危険など犯さないよ」

 

「そうなのかしら?でも、武志は流也と同じ男だから考えが分かってもおかしくないのかも知れないわね」

 

「いやいや、そんな訳無かろう。第一、空を飛べる流也が徒歩で街中をトコトコと歩いている可能性の方が低いだろう」

 

紅羽姉さんは納得してくれたけど、マリちゃんは中々に頭が堅いみたいだ。

 

「それこそ無かろうだよ。風術で空を飛べるからって、真っ昼間から空なんか飛んでいたら一発で見つかって晒し者になっちゃうよ」

 

「流也も馬鹿正直に姿を晒して飛ぶわけ無かろう。人の目を誤魔化すなら幻術を使えば簡単だし、風術師ならば空気を歪めてしまえば光の屈折で姿を隠せるだろう」

 

「流也は幻術は使えないだろうし、光の屈折を利用したら流也自身も周囲が見えなくなるから短距離しか飛べないよ」

 

「周囲が見えずとも、そんなものはどうにでも・・・もしかして、ならんのか?」

 

「マリちゃんなら大丈夫なんだろうけど、風術で空を飛びながら、同時に空気を操作して光の屈折の制御、その上で周囲の状況を精霊からの情報を受け取って把握する。完全に人間のキャパを超えちゃうよ」

 

僕の言葉にマリちゃんは「ウググ、なんと軟弱な」と文句を言いながらも納得してくれた。

 

「それで、流也の足止めをしている内に私達は封印の地に先回りをするのかしら?」

 

「そうだね。折角だから道中に罠も仕掛けておこう。上手くすれば流也の体力を削れるし、怒って冷静さを無くせばつけ込みやすくなるよ」

 

「うむ、姑息だが悪くない手だな。ところで、その罠は誰が仕掛けるのだ?」

 

「あはは、嫌だなぁ、もちろんマリちゃんに決まってるじゃん。頼りにしてるよ!」

 

「いやまあ、そうじゃな。そうに決まっておったな。私としたことがウッカリしておった。ハハハ…」

 

「ふふ、武志は完全に本調子に戻ったみたいね。ところで、封印の地で決戦をするとして戦闘時は予定通りに、前衛に私が出て、武志は“火武飛”で牽制、マリアは遠距離で全体の補助と緊急時の対応でいいわね」

 

紅羽姉さんが以前から決めておいた戦闘時の役割分担の確認をする。

ちなみに僕達の中で戦闘力は圧倒的にマリちゃんが上だ。たぶんマリちゃんなら神の力を得た流也ですら容易く倒せるだろう。

 

だけどマリちゃんの力は流也も把握している。それでも戦う意思を持っているのだから、何か策が、奥の手のようなものを準備しているはずだ。

その為にマリちゃんには何が起こっても対応が出来るように後方で控えてもらう作戦だ。

 

「うむ、念には念をいれて損はない。何しろ彼奴は、最強の炎術師である神凪宗家を纏めて屠るつもりなのじゃからな」

 

「そうね。どんな奥の手があるか分かったものじゃないわ」

 

マリちゃんと紅羽姉さんの二人は最大限の警戒をしていた。

 

もちろん僕も同じなんだけど…

 

「あのさ、実は僕、ちょっとした作戦を考えたんだけど聞いてもらえるかな?」

 

「作戦?聞くのはいいけど、今さら中途半端なことをするのは逆に危険よ」

 

「そうじゃな。道中に罠を仕掛けるぐらいなら許容範囲といえるが、相手がどの様な手段を取るか分からない以上、最低限の役割以外を決めてしまうと、突発的な状況になった場合に反応が遅れるかもしれん」

 

二人共、乗り気じゃない反応だけど、折角だし思い付いた作戦を言ってみよう。

 

「実はね…」

 

僕は思い付いた作戦を説明してみた。

 

 

 

 

「ええと…うん、そうね。流也には効果的な作戦だと思うわ。思うんだけど、その、あの……ううん、私は武志の味方だから大丈夫よ。操だってきっと同じことを言うわ」

 

「ふははははっ!!貴様は面白いことを考えるのう!!これでは貴様の方が…いや、そうじゃな。これでこそ我が見込んだ男というものじゃ!!」

 

意外と好評だった。

 

「あの…マリアはともかく、私は積極的な賛成じゃないわよ?」

 

「何を言っておる。武志の渾身の作戦ではないか、我らが応援せずに誰が応援するというんじゃ。操が居れば、顔を輝かせて武志を称賛しておるぞ」

 

「うーん。そうね…あの子はそういう子よね。分かったわ、武志の悪評は私達の悪評でもあるわ。武志、こうなったらトコトンやりなさい!」

 

うん、大好評の作戦だね。

 

「あはは、それじゃ作戦開始といこう」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

流也side

 

ドカーン!!

 

周囲に響き渡る爆発音と同時に、爆炎から飛び出しながら俺は無様に地面を転がる。

 

「クソッ!魔術的な罠だけじゃなく爆薬まで仕掛けてやがる!」

 

京都の街で何故か数日間も足止めを喰らった俺は、封印の地へと続く途中の山道で数々の罠に嵌っていた。

 

「か、神の力がなかったら間違いなく死んでいるぞ」

 

辺り一面を覆い尽くす強力な雷撃を喰らったり、千発を超える魔力弾に襲われたり、落石に連動した毒霧に包まれたり、百体以上のゴーレムに囲まれたり、次元の狭間に落とされかけたりと散々だった。

 

「…俺、よく生きてるよな」

 

まるで、どこぞのクソゲーのようなエゲツないトラップの数々を思い出し、我ながら生き残ったことに感心してしまう。

 

「ここまで来るのに力の大半を浪費しちまったが大丈夫だろう。俺には切札があるからな」

 

これだけのトラップがあるからには、封印の地では神凪の連中が待ち受けているだろう。

力を消耗したのは辛いところだが、俺にはヴェサリウスが残した強力な切札がある。

ヴェサリウス自身は二年程前から音信不通になっていたが、あいつの事だからそう簡単に死んではいないだろう。

それどころか、今の俺の様子をどこかで高みの見物をしながら嘲笑っていても可笑しくはない。

 

「とにかくもうすぐだ。もうすぐ長年の恨みを晴らしてやる。待っていろ、神凪一族め!」

 

俺はへたり込みそうになる身体を叱咤して、引き摺るように前に進んだ。

 

 

 

 

 

 

「流也さん、少しでも動いたら此奴らがどうなるか分かるよね」

 

封印の地に着いた俺を待っていたのは、卑劣にも俺の仲間を人質にとった大神家の連中だった。

 

「流也っ!俺たちに構わずに此奴らを倒せっ!!」

 

「うるさいよっ、とりゃ!」

 

「ぐわあっ!?」

 

「止めてくれっ!!」

 

身動きを取れないように拘束された親友が蹴り飛ばされて宙に飛ぶ。

受身など当然取れないあいつは固い地面に叩きつけられた。

 

「おや、こっちの君も反抗的な眼をしているよね、てりゃ!」

 

「ゴフッ!?」

 

「止めろぉおおおっ!!!!」

 

俺を兄の様に慕ってくれている奴が鳩尾に拳を突き立てられて崩れ落ちる。

 

「こっちの君は何か怪しい動きをしているよね、うりゃ!」

 

「ガアッ!?」

 

「もう、止めてくれ……」

 

俺の幼馴染が顎を蹴り上げられて不自然な体勢で倒れこむ。

その後も仲間達の悲鳴と肉を殴る音が続いていく。

 

「うぅ…ちくしょう。貴様は…貴様は、悪魔だぁあああっ!!」

 

「悪魔だなんて酷いなぁ、これでも正義の味方のつもりだよ。流也さんの方こそ正義に楯突く悪役だよね」

 

大神家の小僧は、倒れた俺の仲間の頭を踏みにじりながらニタリと邪悪に嗤う。

 

「その足を退けろっ!!俺には切札がある。こいつを使われたくなければ仲間達を解放しろっ!!」

 

俺は懐からヴェサリウスから渡され呪具を取り出すと大神家の悪魔に見せ付けるように掲げてみせる。

 

「なるほど、やっぱり奥の手があったんだね。うん、僕達の予想通りだよ」

 

その言葉に俺は内心動揺するが、そんな事は関係ないとばかりに大声を発する。

 

「さっさと仲間達を解放しろっ!!こいつは一度発動させれば誰にも止めることは出来ないぞ!!」

 

「それは怖いね。じゃあ、流也さんがその呪具を僕に渡してくれるならこの人達を解放してあげるよ」

 

この呪具を渡してしまえば、もう俺に勝ち目はないだろう。

 

それでも俺はあいつらを助けたい。

 

この数年、風牙衆全体が神凪一族との和解する雰囲気になっていくなかで、俺は強硬に復讐を叫び続けた。

そのせいで村八分にされても、あいつらは見放さずに友達でいてくれた。

そんな連中を見殺しにするのなら俺もまた神凪一族と変わらない外道に落ちるだろう。

 

復讐と友情なら、俺は友情を選ぶ。

 

「先ずは仲間達を解放してくれ。そうしたら呪具は渡す」

 

「あはは、そんなの無理に決まってるよ。この人達を解放した後に、流也さんがその呪具を発動させない保証はないからね」

 

「俺は約束は守る!仲間達を解放してくれたならこんな呪具などくれてやる!」

 

「そんな口約束を信じる馬鹿はいないよね」

 

悪魔は俺の言葉を信じてくれない。

だけど俺が先に呪具を渡しても、あの悪魔が約束を守るとは思えない。

渡したが最後、理不尽に嬲り殺しにされる可能性が高い。

 

俺はどうすればいいんだ。

 

その時だった。

親友が傷付いた身体でフラつきながらも喉も裂けよとばかりに咆哮した。

 

「流也っ!!俺たちに構うなっ!!どうせ神凪一族が俺達を許すわけないんだっ!!それなら俺達はお前と共に神凪一族を道連れにして地獄に行ってやるぜ!!」

 

その魂からの叫びに、俺の心が熱く震える。

 

そして気付いてみれば、他の奴らも覚悟を決めた目で俺を見つめていた。

 

俺は無言のまま目で全員に問いかける。

 

“本当にいいのかと”

 

俺の無言の問いかけに対して、静かに頷く者、親指を立てる者、サムズアップをする者と様々だったが、その気持ちは一つになっていた。

 

「本当に…馬鹿ばっかりだぜ」

 

もう俺に迷う気持ちなど無かった。

俺は手の中の呪具を発動させるために力を集中しようとした。

だけどそれは、悪魔を前にして余りにも遅い決断だった。

 

「うんうん、熱い友情ってヤツだね」

 

「あら、戻ってくるなり男同士の暑苦しい友情なんて見せないで欲しいわ」

 

「少しばかり探し出すのが遅くなったが、間に合ったようじゃな」

 

いつの間にか悪魔の横には、二人の女悪魔が増えていた。

そして、その女悪魔共に連れられていたのはーー

 

 

 

「流也…」

 

 

 

俺の最愛の女性だった。

 

 

 

 

 

 

「これでチェックメイトだね」

 

悪魔の言う通りだった。

彼女を見つけられた時点で俺の敗北は決定していた。

 

「俺の負けだ。俺はどうなっても構わない。ただ彼女は、彼女にだけは…」

 

俺は恥も外聞も投げ捨てて、悪魔に土下座をする。

必死の思いで悪魔に慈悲を請う。

 

「姉さんにだけは手を出さないでくれ」

 

しかし俺は、口では慈悲を請いながらも心のどこかで既に諦めていた。

だが、そんな惰弱な俺を叱咤するかのような怒声が返された。

 

「ふざけた事を抜かすなっ!!僕が“姉さん”と言う名の女性に手を出すものか!!」

 

「ほ、本当なのか…?」

 

「当たり前だっ!!“姉さん”に手を出す事は僕が許さない!!それは他の弟の“姉さん”でも同じ事だぁあああっ!!!!」

 

その男は、天をも砕かんばかりの勢いで咆哮する。

 

「僕は“姉さん”の為なら世界そのものを敵に回しても守り抜いてみせるっ!!」

 

その“漢”は、神の力も持つ者すら戦慄するほどの気炎を吐く。

 

そして俺は気付くことになる。

 

姉さんが哀しげに俺を見つめていることに。

俺は姉さんの制止を振り切り、神凪一族への復讐に走ったことを今更ながらに思い出した。

 

そして俺は、俺の前に立ち塞がっている“漢”の顔を、この戦いが始まって以来初めて、真っ正面から見据えた。

 

そこには、目に熱い(姉弟愛)の光を宿す“漢”の姿があった。

たとえ外道に身を落としてでも(姉さん)を守り抜くという強き意志を秘めた“漢”の姿があった。

 

 

 

「完全に俺の負けだ…」

 

 

 

(姉さん)を顧みずに戦う俺が、(姉さん)と共に戦う“漢”に勝てる道理などなかった。

 

 

 

「お前の勝ちだ。(姉弟愛)を識る“漢”よ」

 

 

 

 

こうして、神凪を揺るがした俺のーー風巻流也の復讐劇は幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけんな流也っ!!俺との熱い友情はどうなったんだよ!!」

 

「なんだとっ!?お前には(姉弟愛)が分からねえのか!!」

 

「お前は何を言ってんだっ!?」

 

どうやら俺の親友は(姉弟愛)が分からぬ者だったようだ。

 

「お前はただのシスコンだろっ!!」

 

 

 

 

 

 

 




紅羽「予想外な決着ね」
マリア「予想外すぎないか?原作ファンから苦情がこないか心配になるレベルじゃぞ」
紅羽「きっと大丈夫だと思うわよ」
マリア「ふむ。その答えに根拠はあるのか?」
紅羽「ふふ、原作イメージを大事にするファンなら、こんな話は最初から読んでいないわよ」
マリア「なるほどのう、それもそうじゃな」

紅羽「ところで、次回で原作1巻の話は終わりになるそうよ」
マリア「原作に入るまでは長かったが、入ってしまうとハイペースじゃな」
紅羽「更新スピードは逆だけどね」
マリア「それは言わぬが花じゃろう」
紅羽「では次回、第40話『俺は紅羽姉さんと添い遂げる!』乞うご期待!」
マリア「その手の冗談は、操には通用せんぞ」
紅羽「はっ!?殺気!?」




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40話「新たなる冒険へ」

長い戦いの日々だった。

 

幼い頃に前世の記憶が蘇り、僕は死へと向かう自分の運命に気付いた。

それからは運命に抗い続ける日々が続いた。

過酷で辛い日々だったけど、周囲の人達の助けもあり乗り越えてこれた。

 

そして遂に僕は死の運命を撃ち砕いた。

僕を殺すはずの流也を倒したんだ。

 

友情の力(マリちゃんの強力な罠)で流也の体力を奪い、努力の力(流也の仲間を捕まえてフルボッコ)で流也の気力を奪い、愛の力(やはり姉は偉大だ。流也が再び馬鹿な真似をしないように、今も折檻して教育してくれている)で流也を正しい道に導いた。

 

これで僕の戦いは終わったんだ。

 

「あとは余生を楽しむだけだね」

 

「貴様は何を寝ぼけたことを言っとるんだ?」

 

「ふふ、少し気が抜けちゃったみたいね」

 

「あはは、僕の人生最大の危機を乗り越えたんだから、後はノンビリと暮らしていこうと思っているだけだよ」

 

後は操姉さんを惑わすことになる魔術師が現れたら速攻で地獄送りにすれば、もう大神家の危機はなくなる。

その後の事件の敵は、分家如きの力が通じる相手じゃないと思うから、僕の出番なんかないだろう。(原作は2巻までしか覚えてないけどね)

 

「当代の神凪宗家には三人もの神炎使いがいる。もしかしたら煉も神炎に手が届くかもしれない。まさに今が神凪最強の時代だよ」

 

しがない分家の小倅としては、せいぜい物語の裏舞台で雑魚妖魔を倒しながら悠々自適な暮らしを送ろうと思う。

 

「もっとも、僕と違って紅羽姉さんとマリちゃんは、主役級の力を持っているからこれからも活躍するだろうけどね」

 

残念ながら僕の力では主役にはなれない。

今回の勝利だって、二人がいてくれたお陰だ。

 

「これからは風牙衆の独立支援に、綾や沙知のような風牙衆の若手達の取り纏めに専念するよ」

 

和麻兄さんの失踪で、風牙衆の立場は再び悪くなっている。

今は大神家が後ろ盾になることで、何とか独立への道を保っている状態だ。

これからの強敵との戦いでは役立たずでも、風牙衆の独立に向けての戦いなら大神家の僕は役に立てるだろう。

 

「あはは、適材適所ってヤツだね」

 

「そんな、武志は分家最強の術者なのよ。これからだって、まだまだ強くなれるわ」

 

「そうだね。まだ伸び代はあるとは思うよ。でもそれでも“分家最強の術者”の枠内でしかないんだよ」

 

操姉さんを除けば、僕に匹敵する術者は既に分家には存在しない。

師匠である叔父上との模擬戦でも負けることはなくなった。

 

それでも綾乃姉さんの足元にも及ばない。

実際に戦えば瞬殺されるだろう。

そんな綾乃姉さんと互角に戦える紅羽姉さん。

その二人を同時に相手にしてなお圧倒できるマリちゃん。

 

「姉さん達と僕とでは、悔しいけど立つ世界が違いすぎる」

 

「そんなこ『そんなこと、あるよね』っ!?」

 

僕は敢えて紅羽姉さんの言葉を遮る。

 

「別に僕は自分を卑下しているわけじゃないよ。ただ冷静に、客観的な事実を口にしているだけだよ」

 

これから先の戦いの世界に無理について行こうとしても僕は無駄死にするだけだ。

たとえ姉さん達が守ってくれるとしても、足を引っ張るぐらいなら最初からいない方がいいだろう。

 

「僕は後方で、姉さん達の支援に努めるよ。姉さん達の弟としては凄いやり甲斐のある仕事だと思うんだ。何といっても姉さん達の助けになれるんだからね」

 

にっこりと笑う僕に、紅羽姉さんもやっと笑顔で応えてくれた。

 

「そうね。私も可愛い弟が応援してくれるなら安心して戦えるわ」

 

 

 

こうして僕は血生臭い戦いの表舞台から姿を消して、操姉さん、綾そして沙知達と共に、青春を謳歌する道を歩みだそうとした。

 

 

 

「戦う力が足らないなら試しにこれ(呪具)を使うてみるか?」

 

そんな僕の楽隠居への道は、マリちゃんの何気ない言葉で閉ざされることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「流也から没収した呪具はパワーアップ系のアイテムだったの? でもそういうのって、無理なパワーアップ後の反動が怖いんだけど」

 

お約束だと効果が切れると同時に、生気を使い果たしてヨボヨボになるとかかなぁ?

 

「バカ者!この私がそんな危険物を武志に使わせるはずないじゃろう」

 

マリちゃんに怒られた。

 

「この呪具は、莫大な贄さえあればどの様な奇跡さえ起こしかねん願望器のようなものじゃ」

 

マリちゃんいわく、神代の神器にすら匹敵する程のものらしい。

それ程のものが噂にもならずに存在していることに疑問を感じたけど、奇跡の対価として必要な贄が莫大すぎて、普通なら使い物にならないような代物らしい。

 

「何しろ最低限の発動ですら、人間でなら10万人以上の命が必要じゃな」

 

「10万人って、とんでもない数字だけど、流也はどうやって発動させるつもりだったんだろう?」

 

「とびっきりの贄が目の前にあるではないか」

 

マリちゃんが指差す方向には炎が揺らめいていた。

 

揺らめく炎ーー三昧真火(さんまいしんか)には封印されし存在が眠っている。

 

そう、この三昧真火(さんまいしんか)こそが神の封印そのものだ。

 

「流也は神を贄にするつもりだったの!?」

 

流石にそれは大胆すぎる!!僕でもビックリだよ!!

 

「いや、それは分からぬ。この呪具には神を自動的に贄とする設定と、その後の奇跡の内容が既に刻まれておったからな」

 

恐らくは犯人は、流也に協力したという魔術師ヴェサリウスだろう。

そういえば、ここ数年は姿を確認していなかった筈だ。後で流也に行方を聞いてみよう。

 

「それで奇跡の内容は何だったの?」

 

「冥府の門を開くつもりじゃったようだ」

 

「本物の馬鹿がいたぁあああっ!!」

 

「うむ、我もそう思うぞ」

 

冥府の門ーーつまりは地獄への扉の事だ。現世と地獄が繋がれば地獄の亡者達が溢れ出すことだろう。

そして、そんな事になれば地獄の門番達が許すわけがない。大挙して亡者達を追いかけて現世にやってくる。

この世は正に地獄と化すだろう。

 

「ちなみに刻まれておった術式は消しておいたから安心せい」

 

「心の底から安心したよ。流也が発動しなくて本当に良かったよ」

 

「そうじゃな、いくら我でも神を贄にして開こうとする冥府の門を再び閉じるのは…相当に骨が折れる仕事になると思うからのう」

 

それでも無理とは言わないのがマリちゃんらしいね。

 

「それでどうするのじゃ?」

 

「やっぱりその呪具で僕のパワーアップを願うわけ?」

 

「単純に“強くしてくれ”などと願えば、強い化け物にされる危険があるからよく考えるんじゃぞ」

 

「危険すぎるよ!?マリちゃんは危険物を僕に使わせないんじゃなかったの!?」

 

「いやいや、これは使い方さえ誤らなければ人の手に余るような奇跡にさえ手が届く逸品じゃぞ」

 

話の途中からまさかと思っていたけど、神を贄にしてのパワーアップをさせようと本気で考えているなんて・・・面白いかも。

 

「もしかして、精霊王と契約したいと願えば?」

 

「契約はできると思うぞ。ただ、強引に契約させられた精霊王は怒るじゃろうから、すぐに契約破棄になるだろうな」

 

「それは意味がないね」

 

「いや、意味がないどころか精霊王の怒りを買えば、精霊術師の力すら失いかねんぞ」

 

「最悪だっ!? うーん、でもそれだとどうしようかな」

 

「別に慌てて決める必要はなかろう。時間をかけてじっくりと考えればいい」

 

何なら皆と相談して決めてもいいしな、と続けるマリちゃんだけど、僕は願いを即決した。

 

「うん、決めたよ」

 

「早いな!? 別に無理をして早く決める必要はないぞ。何なら“願わない”という選択肢もあるんだからな」

 

「神に願いを叶えてもらえるチャンスなんて、普通はないんだから願わないのは勿体無いよ」

 

「神に願いを叶えてもらうのではなく、神を犠牲にして願いを叶えるのだがな。もっとも、神とはいっても本物の神ではなく、神を自称するだけの上位存在だ」

 

神を自称できるだけの力を持つ上位存在。そんな存在を贄にするなんて本当に出来るのかと疑問を感じるけど、封印中で抵抗できない状態なら可能なのかな。

 

とにかく僕は願いを決めた。念の為にマリちゃんと紅羽姉さんに願いの中身を話して問題がないかを相談してから呪具を起動させる。

 

僕の手の中で起動した呪具は三昧真火(さんまいしんか)から神の力を際限なく吸い取っていく。あれ、向こうで姉に折檻されている流也からも力を吸い取っているような? まあ、関係ないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどのう。中々に面白い願いではあるな」

 

「そうね。それに願いの結果がどうあれ、本人には直接影響が出なさそうな願いだしね」

 

「クク、武志は大胆なのか慎重なのか、よく分からん奴だからな」

 

 

紅羽姉さん達がお喋りをしている間に、起動した呪具は神の力を根こそぎ吸いとってしまった。こうして名も知らぬ神は三昧真火(さんまいしんか)の中で静かに消滅した。

 

「何というか、地味な最期だったね」

 

「消え去ったモノ(自称神)などどうでもいい。武志よ、願いを強く思いながら呪具の力を解放するのだ」

 

「無理はしないようにね。少しでも変だと思ったら止めるのよ」

 

「うん、それじゃいくよ」

 

僕は願いを想う。

 

僕の力は宗家と比べると格段に落ちるけど、それでも術師の世界では一流と認められている。

それは、今では親友といえるキャサリンが、マクドナルド家が誇る守護精霊の秘術を惜しげもなく教えてくれたお陰だった。

 

キャサリンと出会った頃は、普通の修行による成長に陰りが見え始めていた。

それを打破したのが守護精霊だった。

 

当時は修行のための負荷でしかなかった守護精霊だったけど、今では僕の戦闘スタイルに無くてはならない。

 

そんな物言わぬ相棒を想いながら、僕は願いを込める。

 

「我が剣である“火武飛”に熱き魂を望む。我が盾である“火武飛”に自由なる意志を望む。我が相棒である“火武飛”に幸せを望む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遥か古えの時代、稀代の大魔術師がその持てる技術の粋を用いて創り出した奇跡の願望器。

 

奇跡に見合う対価さえ準備できるのであれば、たとえ本物の神でさえ実現不可能な事象ですら、可能とする真に奇跡の願望器。

 

その膨大すぎる対価に周囲の者が『それだけの対価を準備できるなら最初から奇跡になど頼らんわ!!』と声を揃えて突っ込んだという奇跡の願望器。

 

創った本人いわく『ジョークアイテムなんだから怒るなよ』と言わしめた奇跡の願望器。

 

その奇跡の願望器が初めてその力を解放する。

 

 

 

自然を歪めるモノ(仮想人格)を自然とする。その矛盾を世界に力尽くで肯定させる。

莫大な神の力を持ってしても不可能と思われたその奇跡は、何故か自然の象徴である精霊達の応援によって辛うじて成された。

 

確固たる自我を与えられた熱き魂は、八つに分けられていた不自然な体を一つに集結させた。

熱き魂に呼応して、その体はより強きものに変質した。

 

自由なる意志は、己の意志で相棒を受け入れた。

そしてその体を相棒の気の色である真紅に染め上げる。

 

その幸せな存在は、己の誕生を己が選んだ相棒に祝福される。

 

 

「赤カブト、ゲットだぜ!!」

 

 

武志の前には、赤毛のクマさんが欠伸をしながら座っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うむ、規格外の使い魔というのが一番近いと思うぞ」

 

「そうね、もう守護精霊とは言えないわ。武志の霊力の供給は受けているけど、仮想人格とは違う、自我を確立した魂の波動を感じるもの」

 

僕の火武飛は、一個の存在として再誕することに成功した。

新しい名前は赤カブトだ。

 

仮想人格の弱点だった“破邪の炎”も、今の赤カブトは克服している。

赤カブトは自然の一部として存在しているから、自然を歪める現象を正す“破邪の炎”を受けても何の影響もない。

それどころか、赤カブト自身が破邪の力を有しているぐらいだ。

 

まあ、赤カブトの実力はまだまだ未知数だけど、これだけは言える。

 

「あはは、赤カブトは格好いいね!!」

 

「がおー!!」

 

僕と赤カブトの冒険はこれからだっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで何故ゆえにカブト虫から(クマさん)になるのだ?」

 

「がお?」

 

「あら、可愛いからいいじゃない。ねっ、クマさん」

 

「がお!」

 

 

 

 




綾「いつの間にか新キャラが登場しているわね」
沙知「まさかライバルが増えたの!?」
綾「女の子じゃないわ、可愛いクマさんよ」
沙知「クマさん?」
綾「武志さんの火武飛が進化してクマさんにジョブチェンジしたみたいね」
沙知「進化系統がおかしくない!?」
綾「名前は赤カブトらしいわ」
沙知「赤カブト・・・赤いクマさん?」
綾「ええ、赤毛のクマさんよ」
沙知「そういえば昔、赤カブトって名前の巨大熊が出てくる…」
綾「ダメよ。それ以上言ったら原作が増えてしまうわ」
沙知「そうだね。そんな事になったら、あたし達の出番がまた減っちゃうわ」
綾「ところで、この赤カブトは1mぐらいで可愛いわね」
沙知「背中に乗れるかな?」
綾「・・・」
沙知「無言にならないでよ!あたしはそんなに重くないからね!」








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41話「天使降臨」

流也は神凪本邸の座敷牢にて謹慎させられていた。不自由な生活ではあったが、特に不満は感じていなかった。

 

本来であれば、神凪一族に反旗を翻したからには極刑は免れない事を理解していたからだ。

けれど今回の件は、大神家以外の神凪一族には詳細が伝わっていなかったため、流也にシンパシー(姉弟愛)を感じた武志によって握りつぶされた。

 

とはいっても無罪放免にするほど武志も甘くはない。

流也が二度と不穏な考えに取り憑かれないように武志は説得(洗脳)を行った。

 

三日三晩に渡る説得(洗脳)の結果、武志は流也と友情を育むことに成功する。

何だそれは!?と思うだろうが、その通りである。それは流也の父である兵衛でさえ腰を抜かすほどの珍事であった。

 

流也は後に父に語る。

 

「神凪一族は今でも憎いが武志は別だ。俺は武志を信じてついて行くことに決めた。それが風牙衆にとって最良の未来を選択することだと思うからだ」

 

流也は信頼を込めた声でそう語ったあと、誇らしげに胸を張りながら続けた。

 

「それにあいつとはソウルフレンド(姉弟愛同盟)だからな!」

 

 

 

 

謹慎していた流也は、自分が神の力を失っていることに気付いた。

しかし流也はその事については逆に安堵した。強すぎる力が急激に肉体を蝕んでいた為だ。

 

座敷牢(罰で一週間の謹慎中)で流也は軽くなった身体を早く動かしたいと、ウズウズしながら過ごしていた。

 

そんなある日だった。

流也の前に天使(?)が現れた。

 

「こんな座敷牢に閉じ込められるなんて、酷い扱いを受けているんだね」

 

「怪しい奴めっ!!」

 

「ぶけりゃ!?」

 

流也のハイキックが天使(?)に決まった。

 

「ふう、久しぶりに身体を動かしてスッキリしたぜ」

 

爽やかな笑顔を浮かべなから流也は突然現れた天使(?)に目を向ける。

 

「おい、貴様何者だ。ガキみてえな姿してやがるが、その禍々しい力から察すると見かけ通りの歳じゃねえだろう」

 

流也は風術師としての感知能力で、目の前の者が魔に属するものだと一目で見抜いていた。

 

「な、なにを言っているんだい? 僕は君の現状に心を痛め…『あんた、本当はいい歳したオッサンなんだろう? それが子供みたい喋り方すんなよ。正直、痛いぞ』っ!?」

 

天使(オッサン)は涙目になると転移した。

 

 

 

 

「ちくしょう!僕は永遠の少年なんだ!断じてオッサンなんかじゃない!これだから野蛮な黄色い猿は嫌いなんだよ!」

 

この天使(オッサン)は、極東の島国でブイブイいわしている神凪一族が、なにやら混乱していると聞きつけて、わざわざ海を渡ってまで掻き回すために来日してきた傍迷惑な自称少年(ホントはオッサン)だった。

 

「だいたい何が神凪一族が混乱しているだ。宗家の奴らが家族旅行で留守だから命令系統が乱れただけの話じゃないか、下らなすぎるわ!」

 

この少年(オッサン)は中途半端に優秀なため、物事の真実を程々に見抜くのに長けていた。

 

「せっかく軟禁されている奴を見つけたから、煽って騒動を起こしてやろうと思ったのに話も聞かない猿だとはな。よし、こうなったら意地でも騒動を起こしてやる」

 

少年(オッサン)は新たな獲物を探して移動を始めた。

 

 

 

 

 

「旅行は楽しいけど、やっぱり家が一番ね」

 

次に少年(オッサン)が見つけたのは、修業先の神器を盗んで女と失踪した息子の身を案じている母親だった。

 

「息子のことが心配かい?」

 

少年(オッサン)は表層心理を読んで、母親の心配事を見抜く。

 

「あら、迷子かしら? どうしたの僕、こんな所にいたら煉に…私の息子に殺されちゃうわよ」

 

その不穏な言葉に慌てて母親の表層心理の続きを読んだ少年(オッサン)は、読んだ次の瞬間に、その場から逃げ出そうとしたが既に“死の天使”に捕捉されていた。

 

いつの間にか彼はそこにいた。

美しい少年だった。

だが、決して近付きたいとは思えない少年だった。

彼は酷薄な笑みを浮かべながら苛烈なまでの殺意を発していた。

 

「君は下劣な目をしているね。見るに耐えないよ」

 

次の瞬間、美しい少年の姿が消えた。

 

「あべばっ!?」

 

気がつくと少年(オッサン)は壁にめり込んでいた。

なんとか視線を上げると、美しい少年が蹴りを放った体勢のまま自分をゾッとするような目で見つめていることに気付いた。

 

「なるほど。今ので生きてるって事は、ただの子供じゃないんだね」

 

少年(オッサン)は戦慄する。

この美しい少年は自分の正体を看過して攻撃を加えたのではなく、ただの子供だと思ったまま攻撃したことに気付いたからだ。

 

「神凪宗家の屋敷に忍びこめる怪しい生き物なら、多少は歯応えがありそうだね」

 

美しい少年は獲物(オモチャ)を見つけた猫のように好奇心に溢れた様子で少年(オッサン)に近付いていく。

ただし、その目からは殺意しか感じられなかった。

 

少年(オッサン)は怯えた表情で転移した。

 

 

 

 

「何なんだっ、あの小僧は!?あんな馬鹿の相手など出来るか!次だ、次っ!」

 

少年(オッサン)は自分が恐怖を感じた事をそのプライドの高さ故に認められなかった。

 

「でもまあ、心に問題を抱えてる奴が多そうだな。これなら付け込めそうな奴はすぐに見つかりそうだ」

 

少年(オッサン)はニタリと悪魔のように笑うと次の獲物を探しに行く。

 

 

 

 

「もうっ、最悪だわ。なにが病気療養よ、ただの仮病じゃない!」

 

父親の看病だと騙されて、山奥の温泉旅館に押し込まれた少女は大層ご立腹だった。

 

「お嬢さん、父親が疎ましいようだね」

 

「あんた誰よ?」

 

「心配しなくても大丈夫だよ。僕は怪しい奴じゃないからね」

 

その言葉を聞いた瞬間、少女の脳裏に稲妻が走った。

かつて年下の幼馴染が言った言葉が脳内に再生される。

 

「自分で怪しい奴じゃないって言う奴ほど怪しい者はいないからね。綾乃姉さんはお人好しだから騙されそうで心配だよ。だからね、そんな事を言う奴がいたら死なない程度に燃やしてから僕を呼んでね。ちゃんと僕が見定めて上げるからね」

 

少女は幼馴染の言葉を思い出すと納得した。目の前にいる自称“僕は怪しい奴じゃないよ”と、のたまう奴は非常に怪しかった。

 

「あんたなんか焦げちゃえ!」

 

綾乃は確かに手加減をしたつもりだった。

 

術師の中でも強力な精霊術師。

精霊術師中で最大の火力を誇る炎術師。

炎術師の最高峰である神凪一族。

神凪一族の中でも隔絶した力を持つ宗家。

神凪宗家でも数少ない神炎使い。

 

伝説のコントラクターに匹敵すると謳われた神炎使いの手加減が少年(オッサン)に炸裂する。

 

「グギャアァァァアアアアァァアアアアッ!?!!??!!!」

 

神凪邸の一角が灰燼と化した。

 

 

 

 

「ハァ、ハァ、何なんだ、あの化け物は?」

 

少年(オッサン)は生きていた。

 

半身は焦げて香ばしい匂いを発していたが、意外と元気そうであった。

 

ここで帰ればいいものを少年(オッサン)の無駄に高いプライドがそれを許さなかった。

 

「こ、こうなったら誰でもいいからブチ殺してやるっ!!」

 

激昂する少年(オッサン)はズルズルを身体を引き摺りながら獲物を探しにいく。

 

 

 

 

最近の操は機嫌が良かった。

 

何故なら操にとって、唯一無二の可愛い弟が『人生最大の目的を達成したんだ!』と告げてきたと思ったら『これからは操お姉ちゃんといっぱい遊べるよ!』と続けた言葉通りに、この数日というもの武志は操の手を引っ張り、あちらこちらとデートに誘っていた。

 

操は武志が、この数年というもの常に何を思案していた事に気付いていた。

そして今では家族同然の紅羽やマリアと何か暗躍していた事も。

 

“どうして私には相談してくれないの”

 

その想いが操を苦しめていたが、全てが終わり事情を話してくれた今となってはどうでもよかった。

 

そんな事よりも、流也の一件を闇に葬るために自分を頼ってくれた事が嬉しかった。

 

既に神凪一族内では宗家以上の影響力を持つ操にとって、僅かな事情を知る関係者の口を閉ざさせる事など余りに容易いことだった。

 

こうして操は機嫌が良かった。

少し前まで、弟に避けられていると思い込んでいた操とは別人のように朗らかな女性になっていた。

あと少し武志に放って置かれたなら精神を病んで、闇落ちしてただろうとは思えない程だ。

 

「早く用事を済ませなきゃね」

 

今日も操は武志とデートの予定だが、宗家から呼び出しがあった為、神凪邸に向かっていた。

 

「面倒くさいけど仕方ないわね」

 

宗家が揃って家族旅行に出かけていたため、その間の上級妖魔討伐の依頼を操が一手に引き受けていた。

今日はそれを労わる為の呼び出しゆえ断るわけにはいかなかった。

 

「でも、労ってやるから来いって呼びつけるのも変な話よね」

 

操はブツブツと文句を言うが、やっぱり機嫌は良かった。

この後、武志もお祝いをしてくれると聞かさせていたからだ。

 

「今夜は二人っきりでホテルでディナーね」

 

もちろん食事が終わったら真っ直ぐ家に帰るが、普段とは違うイベントに操の心はウキウキだった。

 

きっと今なら兄のセクハラも腹パン一発で許せるだろう。ぐらいに機嫌が良かった。

 

「女ぁあああっ!!貴様は神凪一族だなっ、貴様には恨みはないが運が悪かっ『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!!!!!』」

 

だから神凪邸に入った途端、焦げた少年に襲われても笑顔のまま撃退できた。

 

操の拳から黄金の炎が消えた頃には、焦げた少年がいた痕跡は何処にも残されていなかった。

 

「うふふ、早く用事を済ませて待ち合わせ場所に行かなきゃね」

 

今日は一緒に家を出るのではなく、デートっぽく待ち合わせをしている操達であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




武志「おかしいな?」
マリ「どうしたんじゃ」
武志「いや、操お姉ちゃんを狙う敵が現れないなぁって」
マリ「操を狙う命知らずなどそうそう居らんじゃろう?」
武志「うーん、確かにその通りなんだけどね」
マリ「そんな無駄な心配より、武志よ」
武志「なに?」
マリ「中学生になってまで操を“お姉ちゃん”と呼ぶのか?」
武志「うう、子供っぽいのは分かっているけど、操姉さんって呼んだら悲しそうな顔になるんだよね」
マリ「相変わらずのブラコンじゃな」
武志「少しは弟離れが必要だよね」
マリ「お主が言うのか!?ま、まあいい。そうじゃな、いっその事“操”と呼び捨てにしてはどうじゃ?」
武志「お姉ちゃんを“操”なんて呼び捨てになんか出来ないよ」
マリ「案外、喜ぶと思うぞ」
武志「まさかそんな事ないよ」
マリ「ククク、武志は女心は分からんようじゃな」





操「武志に呼び捨て……恥ずかしいけど、素敵だわ」






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42話「運命の出逢い」

原作3巻に突入です。



「煉くん、帰りお茶していこ?」

 

放課後、帰り支度を始めた煉に声をかけたのは可憐な容姿を持つ美少女“鈴原 花音”だった。

 

煉は花音を一瞥するが、直ぐに興味を失ったかのように帰り支度を再開する。

 

「もう、煉くんってば、少しぐらい相手をしてくれてもバチは当たらないと思うよ」

 

煉に素っ気ない態度を取られても花音には微塵も堪えた様子がない。

むしろ、燃料を与えられたかのようにますます煉に纏わりつく。

 

「鈴原さん、背中におぶさってこられたら迷惑だよ」

 

煉の背中に膨らみかけた胸をわざと当てて、煉の気を引こうとしていた花音の目論見は全く相手にされない。

 

だが、それでも花音は全く堪えた様子もなく煉に纏わり続ける。

 

「今日も鈴原の奴、頑張ってるな」

 

「いい加減、諦めりゃいいのにな」

 

花音の煉へのアピールは、すでにクラスではお馴染みの光景となっていた。

 

「あんな無愛想な奴のどこがいいんだろ?」

 

「そうだよな、鈴原は可愛い顔をしてんのに男の趣味は悪いよな」

 

煉への嫉妬混じりの悪口に、花音は内心では気分が悪くなるが、この程度で怒りを表すほど幼くはなかった。

また、興味のない男子の相手をするほど花音には余裕もなかった。

 

(煉くんがどんなに凄い人なのかも分からない人達を相手する暇なんかないのよ。何とかして煉くんの視界に入らないと勝負にもならないわ)

 

毎日のように煉へのアピールを続ける花音だったが、自分が煉にとってはその他大勢に過ぎない事を理解していた。

おそらくは友達とすら思われていないと察している。

 

中学に進学すればライバルは増えるだろう。

それまでに同じ小学校出身としてのアドバンテージを稼がなければ自分に勝機はない。花音は客観的にそう思っていた。

 

「それじゃあ、途中まで一緒に帰っていい?」

 

押しすぎても逆効果にしかならない事を知っている花音は、煉が本気で不機嫌になる前に妥協案を出す。

 

「……ああ、いいよ」

 

花音の予想通りに、煉は渋々とだが了承してくれる。

花音としては焦れったいが、こうして少しずつ距離を詰めるしか今は打つ手がない。

 

しかし花音は決して諦めようとは思わなかった。

なぜなら煉の事を想うと、花音は自分の下腹部が疼くのに気付いていたからだ。

 

(私の女の本能が煉くんを求めるのよ!)

 

“鈴原 花音”は、ちょっぴりおませな女の子だった。

 

 

 

 

日課となっている鍛錬を終わらせた煉は、気の向くままに散歩をしていた。

 

“休養をとることも鍛錬の内だよ”

 

これは以前、無理をし過ぎて倒れた時に、彼が敬愛する兄に言われた言葉だった。

それ以来、煉は決して無理をし過ぎないようにしていた。

もっとも、その“無理をし過ぎない”という鍛錬が、彼の兄がみれば間違いなく無理をしていると叱る内容だとは煉は気付いてはいなかった。

 

そんな鍛錬中毒とも言える煉の数少ない趣味が散歩だった。

特に目的があるわけではない。

ただ、気の向くままに歩く。それが何故か煉にとっては貴重な時間に思えた。

 

しばらく散歩を続けていると公園が見えてきた。煉がよく立ち寄る公園だった。

 

日が落ちかけた公園から耳慣れない歌声が聞こえてくる。

普段なら人がいる公園には立ち寄らない煉だったが、その歌声に誘われるように自然と公園へと向かった。

 

 

 

 

彼女はジャングルジムの天辺に立っていた。不安定な足元にも関わらず、そこで彼女は堂々と歌っていた。

 

特別上手いわけではなかった。歌そのものは年相応と思えるレベルでしかなかった。

 

けれど、煉はその歌声に強く惹かれた。

その歌声に込められた彼女の強い想いに、煉の魂は揺さぶられたのだ。

 

煉は溢れてくる感情の高まりに堪えきれずに涙を流した。

 

 

 

 

 

歌い終わった時、彼女の耳に拍手が聞こえてきた。誰もいないと思っていた彼女は慌てて拍手の聞こえる方へと目を向けた。

 

そこにいたのは彼女と同年代らしい少年だった。

 

「拍手をしてくれるのは嬉しいけど、黙って聞いているなんていい趣味じゃないと思うわよ」

 

彼女は歌声を聞かれた恥ずかしさを誤魔化すために、つい憎まれ口を叩いてしまった。

次の瞬間には後悔したが、口にしてしまった言葉を戻す事は出来ない。

 

彼女は、初めて友好的に接してくれた相手だったのにと残念に思う。

きっと彼は怒ってこの場を去ってしまうだろうと、諦めながらも頑張って話を続けてみる。

 

「それで、あなたは誰なのかしら?」

 

よく見ると驚くほど綺麗な少年だった。

少年が優しい眼差しを自分に向けているのに気付き、少女は少し頬を赤く染める。

 

少年に気付かれないかと心配になるが、少年の顔も夕日に照らされて真っ赤に染まっているのを見て少女は安心した。

 

「声も掛けずに勝手に聞いててゴメン。君の歌声につい聞き惚れてしまったんだ。そうだ、僕の名前は煉というんだけど、よかったら君の名前を教えてはもらえないかな?」

 

普段の煉を知っている者が、今の彼を見れば驚くだろう。

彼が身内以外の他人に対して、優しく微笑みながら話しかける姿など誰も見た事がなかった。

 

「私は亜由美よ、よろしくね。あとね、さっきはあんなこと言っちゃったけど、公園で歌っていたんだから聞かれて怒る方が悪いわ。ゴメンね、煉くん」

 

少年は優しい気質のようで、亜由美の失言を気にするどころか逆に謝ってくれた。

亜由美は内心慌てながらも、優しい少年に嬉しくなり自然と笑みが溢れてしまう。

 

「あ…」

 

亜由美のその笑みを見た煉は言葉をなくす。

元より早くなっていた鼓動がさらに早まることに戸惑いながらも、亜由美とずっと一緒に居たいと考えている自分に気付いた。

 

 

 

 

数時間後、二人は海を見に来ていた。

 

公園で出会った二人は、他愛ないお喋りをしながら驚くほど短時間で仲良くなった。

 

特に煉は普段とは別人のような饒舌さで、亜由美の気をひくために話題を振り続けた。

 

もしもこの時の様子を同級生達が見たなら、煉の中身が花音と入れ替わったのかと疑うほどだろう。

 

それほどまでに煉は亜由美に対して積極的になっていた。

それは、会話の中で亜由美が海を見た事がないと聞くと、亜由美が煉に“自分を海に連れて行って欲しい”と頼んでみようかと考える前に、煉の方から“一緒に海に行こう”と誘うほどだった。と聞けば納得して貰えるだろう。

 

 

 

「うわあ、これが本物の海なのね」

 

海を見た亜由美が瞳を輝かすだけで煉は途轍もないほどの達成感に包まれた。

 

そしてさらに亜由美を喜ばせたいと考え始めている自分に気付きながらも、そんな自分が誇らしいと考える程度には、既に煉は亜由美の事を大事に想っていた。

 

「でも、せっかくの海なのに暗くてよく見えないね」

 

少し残念そうな顔になる亜由美。

 

その顔を煉が見た瞬間、暗い夜の海が黄金色に眩しく照らされた。

 

驚いた亜由美の目に飛び込んできたのは、広大な海を包み込むほどに広範囲に広がる、オーロラに似た黄金の炎に照らされている海の姿だった。

 

「すごく綺麗! これって煉くんがしているの?」

 

超常現象といえる事態を普通に受け入れる亜由美に、煉の僅かに残されていた冷静な部分が疑問を感じるが、既に煉の大半を占める部分が亜由美の言葉に喜ぶことで夢中で、その疑問は無視されてしまう。

 

煉は亜由美に黙って手を差し出す。

 

「煉くん?」

 

何も言わない煉に亜由美は首をかしげるが、取り敢えずは彼の手を取る。

 

「亜由美ちゃん、君の為にだったら夜の海を昼間よりも明るく照らす。そして、君の為にだったらどんな困難でも絶対に乗り越えてみせる」

 

煉の突然の言葉に亜由美は困惑するが、黄金に輝く海という舞台と、相手が美少年の煉だという事で亜由美も徐々にその気になる。

 

「煉くん、その気持ちはとても嬉しいよ。でも、ダメだよ。軽々しくそんなこと言ったりしちゃ、女の子なんて単純なんだから本気にしちゃうからね」

 

メッと人差し指を立てる亜由美。

 

その姿に見惚れる煉だが、もちろんそんな事は顔に出さない。

 

「軽々しくなんかないよ。僕にとってこれは一世一代の告白だから、だから亜由美ちゃん…」

 

煉は一旦言葉を止めると亜由美を見つめる。

 

煉の真剣な眼差しに見つめられて亜由美の頬が徐々に赤く染まっていく。

 

「亜由美ちゃん、僕と一緒に生きていこう」

 

いきなりの愛の告白だった。

 

 

 

 

夜の海に響く急ブレーキの音。同時に慌しく複数の男達が車から降りてくる。

降りてきた男達は、暴力を生業とした者特有の荒々しい雰囲気を纏っていた。

 

「小娘がいたぞっ、さっさと確保して屋敷に戻るぞ!」

 

男達の一人が亜由美に乱暴に手を伸ばす。

 

だが次の瞬間、その男の顎を煉の蹴りが打ち抜く。顎を粉微塵に砕かれながら吹き飛ばされた男は、ビクンビクンと嫌な感じで痙攣したまま起きる気配はなかった。

 

「なっ!?何をしや…グワアッ!?」

 

続いて喚く男を問答無用で叩き伏せる煉に男達は一斉に懐の銃を抜いた。

 

「「「ぎゃああああああっ!!!!」」」

 

銃を抜いた瞬間、男達の両手の爪が全て燃え上がった。火を消そうと暴れる男達だが、不思議と火は消えないことがない。

 

痛みのあまり悶絶する男達など眼中にない煉は亜由美を心配する。

 

「亜由美ちゃん、大丈夫? この時期は変質者が多いから僕から離れちゃダメだよ」

 

ちゃっかりと亜由美の手を握ってからその場を離れようとする煉に、亜由美は混乱をしながらも素直に着いて行こうとする。

 

「お待ちなさいっ!!」

 

停められていた車から女の子が出てきた。

 

煉は無視して行こうと思ったが、女の子の顔を見て足を止めた。

 

「もしかして亜由美ちゃんのお姉さんかな?」

 

その女の子は亜由美に瓜二つだった。正確に言えば亜由美より多少年上に見えたが、数年後の亜由美は彼女と同じ姿になると素直に思えるほどに似ていた。

 

「いえ、あの方は…」

 

「そんなモノと姉妹な訳ないでしょう!」

 

亜由美の言葉を遮るように、亜由美に似た少女が吐き捨てるように叫ぶ。

その言葉と同時に煉は行動した。

 

「なっ!?」

 

少女を囲むように現れた黄金の火の玉が、ユラユラと揺れる。

 

「亜由美ちゃんのお姉さんじゃないのなら君は亜由美ちゃんに暴力を振るおうとした男達の同類だね。ならここで消えろ」

 

煉のその言葉と同時に火の玉が少女に向かって高速で放たれる。

 

「なめないでっ!!」

 

少女を守るように土のドームが形成され火の玉が防がれる。

その様子に煉はほんの少しだけ少女の正体に興味が湧いた。

 

「今の炎を防ぐのか。どうやら唯の馬の骨じゃないみたいだね」

 

煉の挑発に少女のこめかみに青筋が浮かぶ。

だが怒気を発しようとした少女をいつの間にか現れた青年が諌める。

 

「お待ち下さい、お嬢様。あのような者をお嬢様が相手にする必要は御座いません。後は私にお任せ下さい」

 

「……いいでしょう。勇志、貴方に任せますわ」

 

お嬢様と呼ばれた少女は、怒りに眉を吊り上げながらも、青年に任せて後ろに下がる。

それを見て満足そうに頷いた後、青年は煉に向かって言葉を発する。

 

「私が察するところ、貴方は神凪一族に連なる者とお見受け致しますが相違ありませんか?」

 

青年は問いかける口調ではあったが、半ば確信している口振りだった。

 

「ここは神凪のお膝元ですよ。そこにいる炎術師が神凪に関わり合いがあるのは当然でしょう。そんな事も確認しなければ分からない程の田舎者は、サッサと辺境の地へと帰ることをお勧めしますよ」

 

「あたしん家はそんな辺境じゃないもん!」

 

煉の言葉がお嬢様の中の何かに触れたようだった。青年が止める間もなく煉に食ってかかる。

 

「あたしだって田舎者じゃないもの!空気が綺麗な場所に住んでるだけで、街にだってしょっちゅう出かけてるんだからね!」

 

「東京の地下鉄には一人で乗れる?」

 

「…………勇志、後は任せますわ」

 

「はい。お嬢様」

 

一言で黙らされたお嬢様は、青年の影にコソコソと隠れる。

 

「これを見なさい」

 

青年が取り出したのは見たことのないタブレット端末だった。

 

「これは?」

 

煉の疑問に満足そうに頷く青年。

 

「これこそはお嬢様が都会で迷子にならない様にと、石蕗一族の総力を挙げて開発した万能ナビゲーションシステムです!」

 

言葉をなくす煉に青年は勝ち誇った顔で、その機能を声も高らかに語っていく。

その後ろでお嬢様が顔を真っ赤に染めていることには全く気付いていなかった。

 

「これは自動車ナビ、歩行ナビ、そして電車乗換案内は当然として、今までの市販ナビでは不可能だった建物内のナビすらも可能とした奇跡のナビなのですよ!もちろん東京の地下鉄も完全に網羅しております。これさえあればどんなド田舎生まれの方向音痴だとしても、この日本という国で迷子になる事など二度とあり得ません!」

 

「…………ちょっと待て、勇志」

 

「はい? これからが良いところなのですが、何しろこのお嬢様専用万能ナビはなんとっ!お嬢様のバイオリズムを自動的に取得することにより、もう二度とお嬢様が電車内で眠り込んで車庫入りするという悲劇を繰り返さないようにアラームで起こ…げぇふうっ!?!!??!!!」

 

お嬢様の内側に抉りこむようなパンチが青年の鳩尾にめり込んだ。

 

 

 

 

「こ、小僧、私達は石蕗一族の者だ。そしてそこの娘は我々、石蕗一族の所有物なのだよ。その正統な所有権は我々にある返してもらうぞ」

 

脂汗を流し、鳩尾を抑えながらも青年――勇志は無慈悲な言葉を煉に告げる。

 

亜由美は絶望を感じながらも最後に煉にみせるのは笑顔でありたいと、必死にその顔に笑みを浮かべようとする。

 

「無理に笑わないで良いよ、亜由美ちゃん。もちろん亜由美ちゃんの笑顔は大好きだけど、亜由美ちゃんの泣き顔も、亜由美ちゃんの怒った顔も、僕は全部、全部好きになるから、僕の前では無理をしなくて良いよ」

 

煉は、優しい手つきで亜由美の頭を撫でながら穏やかな声で語る。

その言葉に亜由美は堪えきれずに涙を流してしまう。

 

「れ、煉くん。そんな優しいことを女の子に言っちゃダメだよ。お、女の子なんて単純なんだからね。本当に本気にしちゃうんだからね」

 

メッと人差し指を立てる亜由美。

 

煉はその人差し指に優しく触れながら亜由美を見つめる。

 

「もう一度言わせてもらうよ。ううん、何度だって言わせてもらう」

 

煉は亜由美を抱きしめるとその想いの全てを込めた言葉を発する。

 

「亜由美ちゃん、僕と一緒に生きていこう」

 

 

 

 

「ふん、生まれたばかりでもう男を誑し込むとはな。ホムンクルスの分際で」

 

勇志の嫌悪を滲ませた言葉に亜由美は幸せな夢から醒める。

 

煉には知られたくなかった真実を知られてしまった。

結ばれることなど無いと分かっていた。

ただ、少しばかりの夢を胸に抱いて逝きたかっただけだ。

自分のような人間の成りそこないを想ってくれる人がいる。それだけで亜由美は生まれてきた意味があったと思えたから。

 

絶望に囚われながら亜由美は、煉に抱かれたまま震えていた。

 

あれ、離されない?

 

ホムンクルスだとバレたら普通の人間なら恋愛対象になど思えないだろう。

突き飛ばされることは優しい煉はしないだろうと予想できるけど、そっと抱かれた腕を解かれると考えていた亜由美はいつまで経っても離されない腕に疑問を感じた。

 

亜由美はソーと煉の様子を窺ってみる。

 

そこには幸せそうに亜由美の髪の匂いをクンカクンカと嗅いでいる煉の姿があった。

 

亜由美は見なかった事にした。

 

「おいっ、小僧! 私の話を聞いていたのか!?その娘はホムンクルスなんだぞ!」

 

勇志は反応の無い煉に焦れ、声を荒げて詰め寄った。

 

「それがどうかしたのか? 亜由美ちゃんが人間じゃなくてホムンクルスだとしても…いいや、たとえ超能力者や未来人、ましてや宇宙人だったとしても、僕にとって大事な人だという事に変わりはない」

 

聞きようによってはただの節操なしだが、美少年の煉が口にすれば凄く格好良く聞こえた。

 

特に亜由美にとっては今の台詞で煉への好感度は上限突破してしまった。

世間知らずの女の子がコロリと男に惚れさせられた瞬間だった。

 

今の亜由美ならクンカクンカしている煉にすら見惚れるだろう。

 

「なんだと!?ホムンクルスも有りだと言うのか!?そ、それなら私も…」

 

「何が“それなら”なの、教えて貰えるかしら、勇志?」

 

氷のように冷たいその声に、勇志は迷わず土下座をした。

 

 

 

 

「こ、小僧よ。お前の性癖の事はどうでもいい。その娘の所有権は我々にあると言っている。これ以上の抵抗は石蕗一族と神凪一族の問題に発展する事になるぞ」

 

勇志はこれ以上無いと言える脅し文句を口にする。この小僧が個人的にどれほどこのホムンクルスを想っていようと一族の事が絡めば諦めるだろう。勇志はお嬢様に踏みつけられた後頭部をさすりながらそう思った。

 

「もう、いいわ。煉くんの気持ちは凄く嬉しかった。私はこの気持ちを貰えただけで幸せな人生だったと笑って逝けるもの」

 

亜由美は柔らかい笑みを浮かべる。無理などしていない心からの笑みだった。

 

煉は携帯電話を取り出すと何も言わずに電話をかける。

 

「父上、夜遅く申し訳ありません。実は大切な女の子が出来ました。彼女のために石蕗一族を敵に回しそうなので勘当していただけませんか?」

 

あまりの内容にその場の全員の動きが止まる。

 

静まり返った中で煉の父の返答が携帯から漏れて聞こえてくる。

 

『煉よ、男が惚れた女を守る戦いの前に下らぬ計算をするな。逆に父として言わせてもらうぞ。惚れた女も守れぬような軟弱者は俺の息子の資格は無い。その娘を連れてくるまで帰ってくるな』

 

そして煉の返事も待たずに通話が切られた。

 

誰も言葉が発せれない雰囲気の中、煉は続けて電話をかけた。

 

「宗主、夜遅く申し訳ありません。実は大切な女の子が出来ました。彼女のために石蕗一族を敵に回しそうなので一族から追放していただけませんか?」

 

その電話で、煉が神凪一族の宗主へ直接連絡ができる立場にいる人間だと気付いた勇志は息を飲む。

 

そして宗主の返答が漏れ聞こえてくる。

 

『煉よ、あまり神凪を舐めるでない。お主が愛する者のために戦うのなら、石蕗一族だろうと相手をしてやろう。ただ一つだけ言わせてもらおう。戦うならば決して負けることは許さぬぞ』

 

誰もが思わぬ展開に動けない中、煉は最後の電話をかける。

 

「武志兄様、夜遅く申し訳ありません。実は大切な女の子が出来ました。彼女のために石蕗一族を敵に回しそうなのですが、紅羽さんに謝罪させて下さい」

 

紅羽の名前が出た瞬間に勇志から血の気が引いた。紅羽が一族から姿を消して数年が経ち、迂闊にも神凪一族に身を寄せている事実を失念していたのだ。

 

紅羽の恐ろしさを知る勇志はいかに彼女を敵に回さずに済むか思考する。

そしてこの神凪の宗主に近い立場にいる少年が兄様と慕う武志とは何者なのかと疑問に思う。

 

『あのさ紅羽姉さん、煉に彼女が出来たらしいんだけど、それを石蕗一族が邪魔をしているんだって・・・うん、わかった。そう伝えるよ。煉、紅羽姉さんの伝言だよ。“石蕗 巌”を倒すのなら手伝ってあげる、他の雑魚は好きにしなさい。紅羽姉さんの妹の“石蕗 真由美”は色々事情があるから後で相談しましょう。だってさ。まあ、取り敢えず煉と彼女を呼ぶからさ、話の続きはそれからにしよう』

 

煉は武志の言葉に了承してから電話を切ると亜由美を抱き寄せる。

そして勇志に一礼すると別れの挨拶をする。

 

「そういう訳なので、この場は退散させていただきます」

 

「何を勝手な事を言っている! そんな事を許す訳ないだろう!」

 

怒りの声をあげる勇志だったが、煉は相手をする気がないらしく、黙ったまま時を待つ。

 

「何をしている?」

 

勇志は、この場を逃げ出すと宣言しておきながら行動を起こさない煉を不審に思う。

 

「いえ、待っているだけですよ。呼ばれるのを…ああ、呼ばれました。では、さようなら」

 

突然、煉と亜由美の二人を包むように無数の魔法陣が現れたと思うと、止める間もなく二人の姿が消えた。

 

「ま、まさか…転移したというのか!?」

 

勇志が知る限り転移できる精霊術師などいなかった。

精霊というのは移動するものであり、転移などする精霊はいないからだ。

煉の“呼ばれるのを待っている”という言葉から推測すれば、奴らは誰かに転移させられたのだろう。

 

「遠く離れた者を一瞬で転移させられる程の術師が神凪にいるという事か」

 

勇志は神凪一族を侮っていた事を後悔したが、直ぐに気を取り直すとホムンクルスを取り戻すべく行動を開始する。

 

慌ただしく行動し始める勇志とは裏腹に、お嬢様は――“石蕗 真由美”は呆然としていた。自分に似せた人形でしかないと思っていたホムンクルスが、自分と同じように泣いたり笑ったりする当たり前の一人の人間だったと気付いてしまったからだ。

 

「……あの子も恋をする普通の娘なのね」

 

転移する直前、亜由美がみせた驚きと困惑が混じった表情の中には、隠しようもない煉への恋慕があった。

 

 

 

 

 

 

 




綾乃「どうして私には電話してこないのよ!!」
マリ「我とお揃いじゃな」
綾乃「あんたは元から煉と接点が薄いじゃない!」
マリ「うむ、顔見知りという程度の関係でしかないぞ」
綾乃「でも私は煉とは兄弟同然の関係なのに」
マリ「忘れられとったんじゃないのか?」
綾乃「あうう、否定できない」
マリ「まあ、母親にも連絡しとらんからな。気にせんでもいいのではないか?」
綾乃「母親…なるほど、異性の家族には好きな女の子の話はしにくいのかもね!」
マリ「恋愛経験値の低いお主に相談しても意味が無さそうじゃしな」
綾乃「そ、そんな事ないわよ!」
マリ「ほう、ではお主の最も親しい異性は誰じゃ?」
綾乃「……武志かな?」
マリ「年下の親戚の男の子じゃな」
綾乃「言い方に悪意を感じるわ!?」



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43話「風の妖精」

俺こと神凪和麻は、久方ぶりの自由を噛み締めていた。

 

振り返ってみれば凰家での修行を終えて、自分と同じ風術師の小雷そして、偶然知り合った水術師の翠鈴の三人で世界中を巡る修業の旅に出てから早数年が過ぎていた。

 

「思い返せば色々あったよな」

 

瞼を閉じれば浮かんでくるのは騒がしくも楽しかった日々だった。

 

凰家の追っ手…じゃなくて正体不明の刺客に追われて迷い込んだ中国の奥地では伝説の竜王に出逢えた――その後、小雷が《虚空閃》で竜王の鱗を貫けるかを勝手に試したせいで怒り狂った竜王に三日三晩追いかけ回されたけど…

 

大陸を抜けて地中海にまで足を伸ばせば美しい海を堪能できた――その後、翠鈴が練習と称して発生させた竜巻で沿岸地域の環境資源を壊滅させて現地当局に追いかけ回されたけど…

 

アラブの国々を巡ったときはエキゾチックな雰囲気に心が躍った――その後、小雷と翠鈴が始めた喧嘩の余波で王宮の一部を吹き飛ばして軍隊に追いかけ回されたけど…

 

もちろん修業にも力を入れていた。

小雷と翠鈴の二人が実践さながらの模擬戦を頻繁に繰り返すから、それを抑えるために二人以上の技量を磨いた。

 

各地の勢力に雇われた術者の刺客は見たこともない術の使い手が多く、積み重ねた対人戦の経験は莫大になった。

 

逃亡資…修業費用を賄うため、危険な妖魔討伐も積極的に受けた。それも非合法な依頼のため支援など受けれない死と隣り合わせの酷いモノばかりだった。

 

俺達は数え切れない地を巡り、数え切れない異文化に触れ、数え切れない騒動を起こ…騒動に巻き込まれながらも着実に実力と悪みょ…知名度を高めていった。

 

そして俺は遂に自由を手に入れたのだ。

 

「和麻ってば、何をブツブツ言ってるのー?」

 

俺の周囲をフヨフヨと舞う騒がしい存在は、俺に自由を運んできてくれた“風の妖精ティアナ”だった。

 

 

 

 

和麻とティアナの出逢いは偶然だった。

 

一族内で問題を起こしたティアナがその罰の為に、丁度その頃に一族の秘宝を盗んだ人間がいた為、その奪還を命じられた。

 

しかし魔法を使える妖精といえど、妖精の秘宝を盗み出せる程の力ある人間に単独で挑むのは無謀というものだ。

 

そこでティアナは協力してくれる人間を探していた。

世界中を巡り、各地で騒動を巻き起こしながら協力者を探す日々、きっとそれは長く辛い日々だったろう。

 

そんなある日、ティアナは自分以上の騒動を巻き起こす存在達に気付いた。

人間の女の子二人組が起こす数々の騒動を目の当たりにしたティアナは、勝手に二人に対してライバル心を抱いて宣戦布告をした。

 

それからは和麻の苦労は激増した。

 

これ以上はないと思っていた小雷と翠鈴が起こす騒動が、実は大したこと無かったと和麻は痛感させられた。

 

二人から二人プラスワンになってみると巻き起こす被害は1.5倍では済まなかった。

このままでは世界が崩壊するのでは? 冗談ではなくそう思う和麻のストレスはピークだったが、純粋な好意を向けてくる二人を見放すことなど和麻には出来なかった。

 

もしそんな事をして二人から向けられるのが好意から敵意になったとしたら――想像しただけで和麻は気を失いそうになる。

 

そんな激動の日々を送る和麻とティアナとの間に、確かな繋がりが感じられるようになった頃の話だった。

ティアナが思い出したかのように語った。

 

「あー!秘宝のこと忘れてたー!」

 

本当に思い出しただけだった。

 

その時、小雷と翠鈴の二人が買い物の為にいなかったのは運命だったのだろう。

 

妖精の秘宝を奪い返すという危険な事に大事な二人を巻き込むのは和麻には耐えられなかった。

とはいっても既にティアナも大事な仲間だ。彼女が困っているのを放っておくわけにはいかない。それに上手くいけばティアナは故郷に帰ってくれるだろう。

 

小雷と翠鈴の二人も説明すれば分かってくれるはずだ。

善は急げとばかりに、二人への置手紙を書き上げた和麻は嫌がるティアナを強引に連れ出して、裏ルートを駆使して自分の移動の痕跡を細心の注意を払い、消去しながら懐かしき故郷に戻ってきた。

 

当然だが全てが終われば大事な二人の元に和麻は戻るつもりだ。

 

そう、覚えていれば帰るつもりだ。

 

しかし苦労を重ねた和麻は“まだ若いはずだけど記憶力の低下が酷くて困るんだよ”と、笑顔で嘆いていたから不幸にも忘れてしまうかもしれなかった。

 

 

「武志! 帰ってきたぞ、元気にしていたか!」

 

和麻は懐かしき大神家の扉を開ける。

万が一を考えて、実家に帰るのは様子を見てからにしようと知恵が回るようになっていた和麻だった。

 

「ここが和麻が言っていた弟分の家なんだー! あれー? どうしてここに二人がいるのー?」

 

「っ!?」

 

顔面蒼白になる和麻の前には、三つ指をついてイイ笑顔で和麻を出迎える小雷と翠鈴の姿があった。

 

 

 

 

「凰家の神凪一族への抗議は取り下げてくれる事になったよ。その代わり小雷と《虚空閃》の監視と継承を頼まれたけどね」

 

「監視はまだ分かるが、継承ってのは何なんだ?」

 

大神家のリビングで、武志はこれまでの経緯を和麻に説明していた。

話がし易いように小雷と翠鈴の二人と妖精のティアナには席を外してもらっていた。

 

ちなみにティアナは赤カブトを一目見るなり気に入ってしまい赤カブトの頭にへばり付いて離れないので、武志は赤カブトにティアナの世話係を頼んだ。

 

小雷と翠鈴が大神家にいた理由は簡単だった。

和麻の行動を推測した小雷と翠鈴は日本に直行したため、裏ルートで遠まりをしながらの和麻より早く日本に到着したのだ。

 

そして、神凪邸に近付いてきた二人にいち早く気付いた武志(正確には《虚空閃》の気配にマリちゃんが気付いて武志に教えた)が二人に接触する。

 

二人に接触した武志は、小雷が凰家の人間であり、この二人が和麻と駆け落ちした相手だと気付いた。

 

この時、彼にしては珍しく厳しい表情になったが、能天気な笑顔を浮かべる小雷と翠鈴の二人に毒気を抜かれたのか、一度だけ深いため息をつくと武志は笑顔を浮かべて彼女達を受け入れることにした。

 

一度受け入れる事を決めた武志の行動は早かった。早速、神凪宗家に了承を得た上で凰家との交渉を始める。

当初は難航すると予想した武志だったが、凰家は予想外の反応をしめす。

 

世界中を巡る旅で小雷が巻き起こした騒動の抗議が凰家に殺到していたのだ。

 

いかに凰家といえど、世界中の有力な勢力からの圧力に対抗する力はなかった。

 

凰家に小雷が戻って来れば、それ相応の処罰を与えなければならない。恐らくそれは小雷にとって最悪の内容になるだろう。

また、それだけの内容にしなければ抗議をしてきた者達が納得しない程に小雷への抗議は激しいものだった。

 

対応に苦慮していた凰家にとって、今回の神凪一族からの交渉は地獄に仏と言えるものだろう。

 

何故なら小雷と行動を共にしていた和麻は当然のように小雷の仲間だと認識されていたが、神凪一族に抗議をしようと思う勢力は“最初の数例”以外は皆無だったからだ。

 

勿論それには理由がある。

神凪一族と親交の深い相手(凰家やマクドナルド家など)なら抗議をしても理性ある対応をしてもらえるが、それ以外だと龍の逆鱗に触れるようなものだった。

 

神凪一族に抗議をした結果、

 

“よかろう、ならば戦おう”

 

この一言の結果、壊滅した組織の数が片手の指で数えられなくなった頃、神凪一族への抗議は禁忌となった。

 

その神凪一族の元に小雷がいる。しかも客人扱いとなれば、凰家としてはここぞとばかりに問題を丸投げする事に決めた。

 

家族の絆が強い凰家は、小雷と和麻の間に生まれる子供に《虚空閃》を継がせる事を約束してくれるなら、それ以外は全て神凪一族に任せると言ってきた。

 

武志は当然の如く了承する。

 

 

 

 

 

「つまり“継承”ってのは、そういう意味だよ」

 

「……」

 

にっこりと笑いながら言う放つ武志。

 

笑顔の筈なのに、異様な圧迫感とその内容に和麻は脂汗を流す。

 

「あ、あのう、武志さん? もしかして何か怒ってらっしゃる?」

 

思わず変な敬語で様子を伺う和麻。

 

「へえ、和麻兄さんには僕が怒る理由に心当たりがあるんだ?」

 

「……」

 

倍増した圧迫感に和麻は武志が怒る理由について、記憶をほじくり返しながら理由を探る。

 

「そうか!」

 

「その顔は頓珍漢な事を考えていそうだけど、念のために聞いておくよ。僕が怒っている理由は何だと思うの?」

 

「ああ、分かっている。ちゃんと準備しているから心配するなよ」

 

「準備をしている?」

 

武志が怒っている理由は当然、和麻が《虚空閃》を盗んで小雷と翠鈴を連れて逃げたせいで風牙衆の独立などの計画が台無しになりかけたからだ。

 

《虚空閃》を盗んだわけじゃないと言い張る和麻から詳しい事情を聞いてみても、やはり和麻の自業自得としか思えないのが武志の正直な感想だった。

 

そんな状況で、和麻は準備をしているから安心しろと言う。もしかしたら和麻は、武志も知らない所で動いてくれていたのかもと、基本的に和麻に対して期待している武志は思ってしまう。

 

「ほら、旅のお土産の石仮面だ。なんでもアステカ文明の“血の儀式”とかいうのに使用されていた珍しい物らしいぞ。いやあ、それにしてもお土産がないと思って拗ねるだなんて、武志もまだまだ子供だな」

 

もちろん武志の過大評価だった。

 

 

 

 

お気楽な和麻を、武志達(武志、操、紅羽、マリちゃん)で説教している最中に武志の携帯電話が鳴った。

 

「こんな時間に誰かな?」

 

着信画面を見ると表示は“殺人タックル天使”になっていた。

 

「あれ、こんな時間に煉が電話してくるなんて初めてじゃないかな?」

 

礼儀を重んじる煉が、日が落ちてから電話をかけてくる事は今まで無かったため、武志は不思議に思う。

 

「いや、そんな事より未だに煉の事を殺人タックル天使とか呼んでいるのかよ」

 

携帯電話の表示画面を覗いた和麻が呆れ顔で言う。

 

「僕も困っているんだよ。まあ、その話は今はいいや。それより電話に出るよ」

 

武志が電話に出ると、いつもとは少し違う雰囲気の煉が一方的に喋ってきた。

 

「武志兄様、夜遅く申し訳ありません。実は大切な女の子が出来ました。彼女のために石蕗一族を敵に回しそうなのですが、紅羽さんに謝罪させて下さい」

 

その内容に武志は驚くと共に安心する。

 

今まで女の子に興味を示さず、自分に強烈に抱きついてくる煉に対して密かに身の危険を感じていたからだ。

 

「あのさ紅羽姉さん、煉に彼女が出来たらしいんだけど、それを石蕗一族が邪魔をしているんだって」

 

突然の話に紅羽は困惑する。だが、紅羽にとって石蕗一族の事などは、既にどうでも良かったので適当に答えた。

 

「そうね、煉の邪魔をするなら潰していいわよ。でも“石蕗 巌”の相手は煉だとキツイと思うから、その場合は手伝ってあげるわ。それと私の妹で“真由美”という娘がいるんだけど…うーん、妹には色々とあるのよね。あの子は私に無邪気に懐いていたし、出来れば助けてあげたいわね。うん、その事も相談したいから煉に戻ってきて貰えるかしら?」

 

武志は了承するとその旨を煉に伝える。

 

そして、絶好調で和麻に説教しまくっていたマリちゃんに煉達を転移させて欲しいと頼んだ。

 

「なんだ? 私はこの男に説教するという重大な使命の真っ最中なのだぞ」

 

「いやもう勘弁してくれよ、第一あんた誰だよ?」

 

自分の所為で風牙衆に迷惑をかけた事を理解した和麻は、甘んじて説教を受け入れていたが、武志、操、紅羽の三人は分かるが見知らぬ外国の女の子にまで説教される意味が分からなかった。

しかも一番張り切って説教をしてくるのだから堪らない。

 

「そういえば、マリちゃんが家に来たのは和麻兄さんが旅立ってからだったかな」

 

「あら、言われてみればそうね。もうずっと一緒に暮らしているから気付かなかったわね」

 

「そうだね、操お姉ちゃん達は三姉妹みたいに仲がいいしね」

 

武志と操は目を合わせると楽しそうに微笑み合う。

ついでに両手も合わせ合いながら楽しそうに円を描くように回しあう。

 

「こいつら、しばらく見ない間に病気(シスコンブラコン)が悪化してないか?」

 

「不治の病だから仕方ないわ」

 

和麻の呆れた声に紅羽が苦笑しながら答える。

 

「そんな事よりも説教の続きじゃ!」

 

歳をとると説教好きになるという話は本当なのね。と思いながらも口には出さない紅羽だった。

そんな事よりもと煉の事をマリアに頼む。

 

「ねえ、マリア。和麻を夜通し説教するのは構わないから、その前に煉達をここに転移させて貰えないかしら」

 

「よしっ、いいぞ!」

 

「いや待ってくれ! ?夜通し説教って何なんだよ!?」

 

当然の如く夜の方が調子の良いマリアは、紅羽の提案に乗り気となり煉達をさっさと転移させる事にした。

もちろん和麻の苦情は無視される。

 

「ちちんぷいのぷい!煉と知らない女の子、ここにワープ!」

 

「いい加減すぎないか!?その呪文!!」

 

和麻のツッコミなど気にせずにマリアは呪文を起動させる。

幾重にも重なり合った魔法陣が輝きながら現れると、その中心に煉と亜由美が転移してくる。

 

「お手数をおかけしました」

 

現れた煉は礼儀正しく頭を下げる。その横で亜由美は余りに容易く転移した事に驚き、目を丸くしていた。

 

「あら、煉の彼女というのは真由美だったの……貴女、随分と成長が遅いのね。おっぱいも小っちゃいわ」

 

紅羽は数年ぶりの再会だというのに全く成長していない妹を心配する。

おっぱいも触ってみるが、やっぱり小っちゃいままだった。

 

「ごはん、ちゃんと食べてるの?」

 

「うにゃあっ!?」

 

おっぱいを触られながら心配される亜由美は、先程とは違う意味で目を丸くする。

 

「紅羽さん。彼女は真由美ではありませんよ。彼女は亜由美ちゃんです。僕の大切な人です」

 

臆面もなく亜由美を大切な人だと言い切る煉の姿に女性陣は好感を持つ。

武志は煉を正しい道に導いた亜由美に好感を持つ。

 

「それじゃあ、事情を聞かせて貰えるかな?」

 

武志の言葉に頷いた煉は、亜由美との出逢いから話し出した。

 

 

 

 

「真由美は封印の儀式に必要な生贄なのよ」

 

煉達の事情を聞いた後は、紅羽が石蕗一族側の事情を説明しながら今回の目的を推測する。

 

そもそも石蕗一族は、かつて猛威を振るった魔獣を富士に封印した者達の末裔だった。

そして、復活を目論む魔獣の封印を維持する役割を担っている。

 

魔獣は大地の気を吸いながら復活の為の力を蓄えるため、その力を削ぐための“封印の儀式”が定期的に執り行われる。

 

だが、その儀式は石蕗一族の直系の力を持ってしてもその生命力全てを使い果たす程の負荷がかかる。

その為、儀式に適した若く生命力溢れた未婚の娘が儀式の執行者に選ばれるが、その生存率は完全にゼロであった。

 

それ故に儀式の執行者を生贄と影で呼ばれているが、数百年に渡り犠牲を払い続けている石蕗一族の影響力は国内で強まった。

 

そして数十年に一度の頻度で執行される“封印の儀式”の今回の執行者――生贄が紅羽の妹である“石蕗 真由美”だった。

 

これは紅羽にとって複雑な事だろう。

本来であれば真由美の姉である紅羽が生贄になっていた可能性もあったのだ。だが、石蕗にいた頃の紅羽は地術師としての力が無かった為に選ばれなかった。

 

石蕗を出てから地術師として目覚めたが、紅羽にとって石蕗は辛い記憶しかない場所だ。

紅羽は一切の連絡を絶っているため、自分が地術師として目覚めている事すら知らせていなかった。

 

それでも一族の中では唯一、自分に懐いていた妹の真由美の事は気になっていたが、今までは武志の問題の方が優先順位が高かったため放置していた。

何故なら封印の儀式が行われる予定もまだ数年先のため、落ち着いたら武志達に相談しようと思っていた為だ。

 

それがここでこの騒動が持ち上がった。

紅羽はいい機会だと思い、彼女なりに状況を考えてみる。

そして、自分には一切の愛情を示さなかったが、妹の真由美は溺愛していた“石蕗 巌”の事を思い出す。

石蕗の歴史において最強と謳われる男。

同時に石蕗を支配する絶対君主。

傲慢で嫌な男だった。

あの男が、あからさまに自分を厭う所為で、一族内に彼女を庇う者はいなくなったとも言えた。

あの男ならどんな非人道的で汚い手を使ってでも、真由美を助けようとしても不思議ではないと結論付けた。

もちろん、紅羽の個人的な私怨が多分に含んだ結論ではあった。

 

 

「つまり真由美の父である“石蕗 巌”が真由美のホムンクルスを作り、そのホムンクルスを生贄にする気でしょうね」

 

子を思う父親の愛情ではあるが、生贄の為だけに生み出された者にとっては非情すぎるその言葉に、煉が激昂する。

 

「亜由美ちゃんを生贄なんかに絶対にさせるものかっ!!」

 

普段は冷酷といえるほど冷静な煉が、初めてみせた激情に皆が驚く中、武志だけがその話の矛盾点に気付く。

 

「紅羽姉さん、ひとつ聞いてもいいかな?」

 

「何かしら?」

 

武志は、紅羽が石蕗にいた頃に真由美のホムンクルスについて聞いたことがあるかを確認した。

それに対する紅羽の答えは“否”だった。

 

紅羽が石蕗にいた頃は、彼女は様々な汚れ仕事を担当させられていた。

その紅羽がホムンクルスという現代の倫理観でいえば禁忌とされる行為に無関係でいられたとは思えない。

それが知らないという事は、紅羽が石蕗から居なくなってからの話だと考える方が自然だろう。

 

「それがどうかしたの?」

 

「不可能なんだよ」

 

武志の言葉に紅羽は意味が分からず眉を顰めると問い返す。

 

「何が不可能なの?」

 

「現代の技術だとホムンクルスを作れても、成長を促進する事は出来ないんだよ」

 

つまり真由美のホムンクルスを作ったとしても、10歳の真由美が必要なら10年という時間が必要になる。

 

「亜由美ちゃんの外観から察すれば12歳ぐらいだ。それなら12年以上前からの計画になるよ。石蕗にいた頃の紅羽姉さんが全く計画に気付かなかったとは考えにくいよね」

 

武志の言葉に納得して考え込む一同だったが、ただ一人だけニヤリと笑い胸を張る者がいた。

 

「私なら12歳の亜由美を作れるぞ!!」

 

えっへんと威張るマリちゃんだった。

 

「うんうん、マリちゃんが凄いのは良く知っているよ。だからマリちゃんにお気楽な和麻兄さんを矯正するという困難な任務を任せてもいいかな?」

 

「うむっ、任せるがよい!!」

 

「嫌だーっ!?」

 

嫌がる和麻を上機嫌でズルズルと引っ張りながら隣の部屋へと移動するマリちゃん。

ピシャリと扉を閉めると偉ぶった声で、和麻に説教を始めたマリちゃんの声が聞こえてきた。

 

和麻の助けを呼ぶ声が聞こえてきたが、全員がスルーした。

 

「もしかしたら亜由美ちゃんがホムンクルスだというのがブラフなのかも?」

 

「武志兄様は、亜由美ちゃんが嘘をついていると思っているの?」

 

亜由美を疑われていると思った煉は、武志に反論する。

どうでもいい話だが、実の兄弟の和麻と煉は再会してから一度も口をきいていなかったりする。

 

「亜由美ちゃんが嘘をついてるんじゃなくて、自分がホムンクルスだと思わされている可能性はあるよね」

 

「そうか、確かにその可能性はありますね」

 

薬や催眠を使用すれば、術者じゃなくても偽の記憶を植え付けることは可能だろう。

 

初めての恋で思考が固くなっていた煉では思い浮かばなかった発想だった。

やはり武志兄様は頼りになるなあ。と熱い視線を送る煉に気付いた亜由美が不機嫌そうに頬を膨らませる。

 

「亜由美ちゃん、心配しなくても煉を取ったりしないから安心してよ」

 

亜由美は無意識の内に嫉妬していた自分に気付き赤面する。

そしてそんな亜由美を見て、煉もまた顔を赤くして黙り込んでしまう。

 

意識し合う若い二人にホッコリとする武志達だった。

 

その時、穏やかな雰囲気をぶち壊すかのように、バーンと勢いよく扉が開け放たれた。

 

その扉から飛び込んできたのは赤カブトだった。

その赤カブトの頭の上で仁王立ちをした“風の妖精ティアナ”が鼻息を荒くしながら捲したてる。

 

「見つけたー!その小娘の中に私達の秘宝があるわ!和麻ってば、そんな所でコソコソしてないで、約束通り早くその小娘の胸を抉って秘宝を取り戻してよー!」

 

ティアナが指差す先には亜由美が蒼白になって胸を庇うようにしながら震えていた。

そしてティアナが声をかけた先には、和麻が説教部屋からコッソリと抜け出そうとしている姿があった。

 

煉の頭の中にティアナの言葉が浸透していく。

 

“和麻が亜由美の胸を抉ると約束した”と。

 

 

 

次の瞬間、和麻は黄金の炎に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 




キャサリン「私の出番はまだなのかしら?」
綾乃「ヒロイン候補の私でも出番が少ないから仕方ないわ」
キャサリン「え、炎の神子がヒロイン候補?」
綾乃「うん、本当ならヒロイン確定なんだろうけど、武志がまだまだお子様だから候補のままなのよね」
キャサリン「なるほど、ここは後書きですから妄言の類いも許されるのですね」
綾乃「妄言っ!?」
キャサリン「でも、綾乃様は武志に恋愛感情なんてあったのですか?」
綾乃「まあ、武志とは姉弟としての関係の方が強いのが本当ね。でも…」
キャサリン「でも?」
綾乃「私の周りには、私を崇拝するか畏怖する男しかいないのよ」
キャサリン「なるほど、普通に接してくれるのは昔から弟同然に接していた武志だけなんですね」
綾乃「そうなのよ。でも武志はシスコンだから難易度が高いのよね」
キャサリン「綾乃様も姉同然ですからシスコンの対象なのでは?」
綾乃「なぬっ!?」
キャサリン「ここはヒロイン候補筆頭の私に後を任せて下さいませ♪」
綾乃「いつあんたがヒロイン候補筆頭になったのよっ!!」
キャサリン「金髪碧眼の美少女の私が、ヒロイン候補筆頭なのは自然の摂理ですわね」
綾乃「それを言うなら日本人で正統派美少女の私の方がヒロインに相応しいわよ!」
キャサリン「原作小説では黒髪、イラストでは赤髪、アニメではピンク系の髪を持つカメレオンのような綾乃様が、日本人の正統派美少女とは片腹痛いですわ」
綾乃「今時、黒髪ヒロインは流行らないのよっ!!」
キャサリン「ではやはり金髪の私の時代ですわね!!」
綾乃「しまったあああっ!!!!」


和麻「だからどうして後書きなのに俺の話題にならないんだよっ!?」






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44話「妖精の秘宝」

閑静な住宅街に存在する大神邸のリビングでそれは起こった。

海外逃亡中だった“神凪 和麻”が、恥知らずにも大神家に顔をみせに訪れていたときに、前触れもなく全身から発火したのだ。

 

俗に“人体自然発火現象”といわれる超常現象なのだろう。たぶん。

 

この現象は世界的にみれば決して珍しいとはいえないが、全く原因が究明されていない現象に、偶然立ち会った人達は困惑を隠せなかった。

 

大神家の次男である“大神 武志”は、黄金の火柱を羨ましく思いながら見ていた。

 

かつての彼の相棒であった“火武飛”は、黄金色だったが、進化した“赤カブト”は、武志の気の色に染まり赤色だ。これついては綾乃がお揃いだと喜んでいたこともあり、武志に不満はなかった。

 

だが、武志としてはやはり最高位の黄金に憧れを感じてしまうため、死亡フラグを回避した今でも修行は欠かしていない。

 

そのお陰で物凄く体調の良い日は、一瞬だけ炎の色に金色が混じる事があると本人は言い張る。しかし本人以外で確認した者はまだいない。

 

 

大神家の長女である“大神 操”は立ち上る火柱を前にして思う。

 

“あらあら、せっかく戻ってきた手駒が燃えているわ。まあそれはいいとして、普段は冷静な煉が暴発するなんて思春期は大変ね。私の可愛い武志も思春期だから色々と気を配ってあげなきゃいけないわね”

 

大事な弟を心配する優しい姉は、明日は思春期の男の子のハウツー本を買いに行こうと、火柱を見ながら考えていた。

 

大神家で暮らしている“石蕗 紅羽”は立ち上る火柱の中に人影を認めて思う。

 

“へえ、本当に和麻さんは燃えているみたいね。そういえば前にマリアが反魂の術を使えるとか言っていたわね。後学の為に見せて貰いたいわ。その為には和麻さんの身体が燃え尽きなきゃいいんだけど”

 

紅羽は、石蕗一族と完全に決別して生きていくつもりだった。

 

将来的には、フリーの拝み屋として個人事務所を設立する予定の為、現在は様々な系統の術を学び、自分の引き出しを増やしている。

 

そんな勉強家の紅羽は、教材として使えるように彼の肉体が残っていて欲しいと考えながら火柱を見つめていた。

 

 

大神家で悠々自適な居候暮らしを満喫する“マリア・アルカード”には秘密があった。

 

実は彼女は“きのこ派”だったのだ。

 

大神家では“たけのこ派”が優勢だったため、マリアは自分の派閥を明らかにはしなかった。

 

何故なら彼女以外で唯一の“きのこ派”は、大神家の長男にして、同時に大神家のカースト最下位の“大神 武哉”だけだったからだ。

 

彼と同じ派閥などと知られたら、己の沽券に関わると考えたマリアは、『お前は板チョコでも食ってろ』と迫っても、一向に応じない彼に苛立ちを感じていた。

 

そんなある日、大神家に優柔不断が服を着たような情けない男が訪れたので、マリアはストレス解消を兼ねて説教をかまして楽しんでいた。けれどその男は、説教に夢中になっていたマリアの隙をついて逃げ出してしまう。

 

慌てて追いかける途中で、“たけのこ派”の食べかけを発見した彼女は、何となく手にとってボリボリと食べてみる。

 

「うむ、流石は永遠のライバルだな。敵ながらやりおるわ」

 

改めて感じたライバルの手強さに頬を緩めながらリビングに辿り着くと、そこには黄金の火柱が勢いよく燃え盛っていた。

 

「チョコが溶けるではないかっ!!」

 

マリアは気合一発で、黄金の火柱を吹き飛ばした。

 

 

“風の妖精ティアナ”は、運命との邂逅を果たす。

 

まるでお日様のような紅炎(プロミネンス)をその身に纏った勇姿。

 

思わずダイブした身体を優しくモコモコに受け止めてくれた、包容力に溢れたフワフワな毛並み。

 

身体全体で感じる精霊達の鼓動と息吹。

 

一瞬で魅了された。

これが人間がいう恋なのだと理解させられた。

小さな妖精の身で、その恋は余りにも唐突で劇的だった。

そして恋の炎はティアナの身も心も燃やし尽くす。

後に残ったのは“無償の愛”それだけだった。

 

彼とずっと共にある為に、ティアナは己を縛る使命をサッサと片付けようと、手下1号に秘宝の奪還を命じた瞬間、黄金の火柱が立ち上る。

 

ティアナは思った。

 

“まるで私達の未来を祝福してる花火みたい”

 

だが、運命は過酷だった。

 

黄金の火柱が突然、ティアナに向かって吹き飛ばされたかのように迫ってきたのだ。

その強力な炎にティアナは消滅を意識した。

 

恐怖はなかった。

妖精である彼女にとっては自然に帰るだけの話なのだから。

ただ、自分が炎によって消えてしまったら彼が――火の精霊の化身のような赤カブトが悲しむかもしれない。

 

それだけが心配だった。

 

そんな健気な小さな妖精に運命は過酷ではあったが、非情ではなかった。

 

赤カブトの頭に乗っていたはずのティアナは、気がつくと赤カブトの頭から降ろされていた。

 

そして、黄金の炎に赤カブトが立ち塞がる。

 

黄金の炎に包まれる赤カブトの姿にティアナは息を飲むが、炎は決して赤カブトを傷付けない。

 

全てを焼き尽くす苛烈な炎が、いつの間にか全てを慈しむ穏やかな灯火となっていた。

 

その光景を目の当たりにした“愛の妖精(ティアナ)”が、後の世に残した言葉がある。

 

『その者、紅き衣を纏いて金色の野に降りたつべし。 失われし精霊との絆を結び、ついに妖精達を愛の地に導かん。』

 

 

 

 

「俺を殺す気かぁあああっ!!!!」

 

頭に血が上っていた煉だったが、いつもの癖で熱量よりも破邪の力を高めた炎で攻撃したお陰で、和麻は一命を取り留めていた。

 

幸いなことに全身火傷を負いはしたが、マリアの治癒魔術で瞬く間に回復できた。

何故か紅羽は、舌打ちをしながら見ていたが。

 

「まあまあ、和麻兄さん。煉も悪気があった訳じゃないんだから、許して上げなよ」

 

「悪気があろうと無かろうと殺されてたまるかっ!!」

 

実の弟の煉に対して、大人気なく怒りまくる和麻を武志が宥めようとするが、大人気ない和麻には大して効果はない。

もっとも煉の行動を気にする人間は、和麻一人だったので流されることになる。

 

結局、自分の生命の危機をアッサリと流された和麻は、この時初めて自分の事を第一に考えてくれる“小雷”と“翠鈴”の二人の有り難さを心底感じてしまった。

 

この時の感情が和麻の心に楔として残ってしまった為に、これ以降どれほど二人の所為で酷い状況に陥ろうと、和麻は決して二人を見放す事が出来なくなる。

 

なお、この時の二人は別室で高級お菓子店のケーキをパクつくのに夢中だったため、和麻の窮地の事など微塵も気付いていなかった。

 

 

和麻とティアナの事情を確認した一同は、亜由美の中に妖精の秘宝があることを知る。

そして、恐らくはその秘宝が現代の技術では製造不可能なホムンクルスの秘密なのだろうと結論付けた。

 

「兄様、お願いします! 亜由美ちゃんを助けて下さい!」

 

「れ、煉くん!?私なんかの為に土下座なんてしないで!」

 

「私“なんか”なんて言わないでほしい。亜由美ちゃんは僕の大切な人なんだ。たとえ亜由美ちゃん自身でも、僕の大切な人を蔑ろにする事は絶対に許さないよ」

 

「っ!? あ、ありがとう、煉くん。私なんか…じゃなくて、私の事を大切だなんて言ってくれて。でもね、私にとっては煉くんが大切な人なんだよ。その事を、煉くんも忘れないでね」

 

マリアが亜由美の身体を調べた結果、秘宝で強引に成長させられた身体は既に崩壊が始まっている事が判明した。

 

その事実を知った煉は、迷いなく武志達に土下座をして亜由美の事をお願いする。

しかし自己評価の低い亜由美にとっては、煉の行動は信じられないものだったのだ。

 

「亜由美ちゃん…」

 

「煉くん…」

 

「チッ」

 

そして、なんだかんだと言い合いながらも結局はイチャイチャする若い二人に、和麻は思わず舌打ちをしてしまう。

 

「あれ、和麻兄さんには小雷さんと翠鈴さんがいるのに、小学生カップル相手に嫉妬してるの?」

 

「あらあら、和麻さんが年下趣味(ロリコン)だったなんて知らなかったわ。さっそく親戚の連絡網を使って、警戒態勢を構築しておくわね」

 

「神凪一族に警戒される男…名を売るには中々いいキャッチフレーズだわ。和麻さん、油断ならないわね」

 

「紅羽姉さんが独立する時には、大神家が全力でバッグアップするから、宣伝の事なんか気にしないでよ」

 

「ありがとうね、でもあまり武志達に頼ってばかりじゃいけないもの」

 

「そんなことないよ、僕達は家族なんだからいくら頼ってくれても構わな……ううん、紅羽姉さんが困ったときに僕を頼ってくれなきゃ怒るよ」

 

武志はキリッとした表情で紅羽に語るが、何故か彼女は頬をひきつらせている。

 

「武志…あんまり女の子にそんな格好良い事ばかり言っちゃダメよ。そこで操が悪魔でもチビりそうな凄い形相で睨んでいるわ」

 

「え…?」

 

紅羽の言葉に武志が操の方を振り向くが、そこにはニコニコと笑っている操がいるだけだった。武志と目が合うと、いつもの様に二人は手を振り合う。

 

「あのさ紅羽姉さん、ここは冗談を言う場面じゃないと思うんだけど?」

 

「うふふ、そうね。冗談なんかじゃ済まないから、本気で気を付けなさいね」

 

紅羽は微笑するが、その目は紛れもなく本気だった。

 

「お主ら、そろそろ話を先に進めたらどうだ?」

 

じゃれ合いを続ける武志達に、マリアは呆れたように声をかけた。

 

 

**********

 

 

「コホン、そろそろ真面目な話をしようか」

 

僕は咳払いをすると、皆んなを見渡して同意を得る。

 

「先ずは煉に言っておくよ。煉の彼女は必ず助けるから安心してほしい」

 

「亜由美ちゃんは僕の彼女ってわけじゃないよ。ねっ、亜由美ちゃん!」

 

「あ、うん…そうだね」

 

僕が口にした“彼女”という言葉。それに過剰反応した煉が放った否定の言葉に、亜由美ちゃんは寂しそうな反応をする。

 

「そんなに強く否定したら彼女が可哀想だよ」

 

「そ、そんなことないです! 私が煉くんの彼女じゃないのは本当の事ですからっ!」

 

「あ…そうだね。僕達はそういう関係じゃない…よね」

 

今度は煉の方が亜由美ちゃんの強い否定に凹んでいる。

 

よしっ、ここは僕がとことん二人をからかう場面だよね!

 

僕は気合を入れて二人をから……殺気!?

 

突然の殺気に振り向くと、そこにはマリちゃんがサッサと話を進めろと言わんばかりの形相で僕を睨んでいた。

 

僕はマリちゃんの殺気で思い出す。

 

明日は武哉兄さんに高級スイーツを奢らせる日だから、今夜は早く寝るとマリちゃんが言っていた事を。

 

仕方ない。マリちゃんを怒らせると怖いし、今回は諦めるとしよう。

 

僕は意識を切り替えると和麻兄さんに尋ねる。

 

「和麻兄さんは何かアイデアはないの?」

 

「その子を助ける手なら幾つか思い付きはしたが、実現できるかは保証出来ないぞ」

 

流石は腐っても原作主人公の和麻兄さんだ。アッサリと打開策が浮かんだらしい。

 

「実現できるかどうかは皆んなで検討すればいいからさ、教えてよ」

 

「ああ、俺の案はアルカード様のお力をお借りする事が基本なワケだが…」

 

和麻兄さんが語ってくれた案は次のようなものだった。

でも、アルカード様って…

さっきの短時間の説教で調教されたみたいだ。

恐るべし!? マリちゃん!!

 

案1.アルカード様が崩壊が進む亜由美の身体を治す。

 

案2.アルカード様が真由美の新たなホムンクルスを作り、そこに亜由美の意識を移す。

 

案3.アルカード様が全く別のホムンクルスを作り、亜由美の意識を移す。

 

案4.何故か瞳をキラキラさせて、“愛こそが真理なのよ”とか、“愛は種族すら越えるのよ”とか、“愛の妖精ティアナ爆誕!”等々、ワケの分からん事を延々とほざいてるそこのチビ妖精の魔法を試してみる。妖精の魔法は因果律すら無視するから意外と何とかなるかもな。

 

「ええと、案1から3までのマリちゃんに頼りきった案は、ある意味予想通りではあるけど。案4はどうなんだろう?」

 

「ククク、私を頼るだろうとは思っていたが、妖精の魔法を思いつくとはな。本来ならば妖精は人の頼みなんぞ聞かん存在だが、そこの妖精は“愛の妖精”に生まれ変わったらしいからな。赤カブトに頼ませれば良いかもしれんな」

 

マリちゃんはニヤニヤと面白そうに笑いながら、赤カブトにベタベタしている妖精に視線を向ける。

 

うーん。マリちゃんもこう言ってるし、試してみようかな。

僕は赤カブトに念話で頼んでみることにした。

 

『赤カブト、話は聞いていたよね。その妖精に亜由美ちゃんの身体を治せないか聞いてくれないかな』

 

『ガウ!』

 

たぶん分かってくれたと思う。

念話でも赤カブトはクマ語(?)だからニュアンスでしか意思の疎通が出来ないのがネックだね。

 

「ガウ、ガウガウ」

 

「うんうん、そうなんだー!うんそれでそれでっ」

 

「ガウガウガウ」

 

「うふふ、もうっ、赤カブト様ってば、からかわないでよー!」

 

「ガウガウ、ガウガウガウ」

 

「うそっ!?それって本当なんですか!」

 

「ガウガウ」

 

「うん、私もそう思いますよー!」

 

「ガウ、ガウガウ」

 

「えっと、たぶん何とかなると思います!」

 

「ガウ!」

 

「えへへー、赤カブト様の為なら頑張っちゃうぞー!!」

 

 

『ガウ!』

 

どうやら交渉は上手くいったらしい。赤カブトから誇らしげなニュアンスが伝わってきた。

 

『うん、ありがとう!』

 

『ガウ!!』

 

 

僕はそっとマリちゃんの顔を伺う。

 

僕の視線に気付いたマリちゃんが念話を飛ばしてきた。

 

『私でもクマ語は分からんぞ』

 

“愛の妖精”って、凄いね!!

 

 

 

 

亜由美に向かって、“愛の妖精ティアナ”から全てを慈しむ癒しの波動が放たれる。とかいうのは全然無くて『えーい』という気の抜けた掛け声だけだった。

 

妖精の魔法というのは僕達が使う魔術全般とは原理自体が全く違う。

いや、そもそも魔法には原理など存在しない。

たとえば魔術は数式に例えることが出来る。

 

“術式+霊力=魔術”

 

この様に魔術を発現させる為には、術式に霊力(これは魔力、妖力など呼び名は様々だけど基本的には同じだと考えてほしい)を込めることによって発動する。

言い換えれば、術式をエンジンだとすれば霊力を燃料だと考えれば分かりやすいだろう。

燃料を入れたエンジンが動き、動力を得る。

 

この動力が様々な魔術としての現象だ。

 

そして術式はエンジンでもあり設計図でもある。

どんなに奇跡の様な魔術でも、そこには理論があり法則がある。

 

物理法則を凌駕すると言われる精霊魔術も、実際には僕達に力を貸してくれる物理法則を司る精霊が、他の物理法則を司る精霊を力任せに抑えつけるという文字通りの“力任せの理論”で成り立つ。

 

結局は全ての魔術は因果律に囚われている。

原因(霊力と術式)があるから結果(魔術)がある。

 

だけど魔法は違う。

 

結果(魔法)だけが突然現れる。

 

そこに理論はなく法則もない。まさに本物の奇跡だといえるだろう。

 

人間では辿り着けない境地に魔法は存在する。

 

魔法を使いこなす妖精は、その小さな体に途轍もない神秘を内包した存在だ。

 

 

そして、ティアナの掛け声と共に亜由美ちゃんの身体が不思議な光に包み込まれる。

 

霊力も何も感じない光なのに、僕の心が何かを感じとっているのが分かる。

それは雄大な大自然を前にした時に感じる感動に似ていたけど、それ以上のものだ。

 

「これが魔法…本物の奇跡の力」

 

僕は思わず言葉を漏らした。

 

そして、光はしばらく亜由美ちゃんを包んでいたと思ったらパチンッという音を発して弾かれた。

 

あれ、弾かれた!?

 

「あれー? 弾かれたー?」

 

ティアナも不思議そうに亜由美ちゃんを見ている。どういうことだろう?

 

「今のを見たところ、魔法の力が足らぬというよりも、魔法そのものが亜由美から弾かれたように感じた。推測だが、妖精の魔法は生物には効かんのかも知れぬな」

 

マリちゃんの言葉を聞いた僕はティアナに目を向けると、そこには“アッ”と何かを思い出したような顔をしたアホ妖精がいた。

 

僕達の視線に気付いたティアナは、アワアワしながら赤カブトに近付くと、その後ろに隠れてしまう。

赤カブトはそんなティアナに気にするなと言わんばかりに、ポンポンと妖精の頭を撫でで上げていた。

 

その光景は仲の良い兄妹のようで、とてもティアナに何か言える雰囲気ではなかった。

 

 

「えっと、和麻兄さんは何かアイデアはないかな?」

 

「そ、そうだな。俺の案はアルカード様のお力をお借りする事が基本なワケだが…」

とりあえず仕切り直した。

 

 

 

 

結論からいくと案2に決まった。

 

秘宝の力で無理な成長を促した亜由美ちゃんの体を根本的に直すことは、マリちゃんの力でも不可能だった。多少の延命は出来るそうだけど、そんなのは却下だ。

 

案3の全く別のホムンクルスを作ることも却下した。体が心の影響を受けるように、心も体の影響を受ける。他のホムンクルスの体に亜由美ちゃんの心を移したりしたら、その影響を受けて亜由美ちゃんの心が変質する危険があるからだ。

 

よって、案2を実行するために真由美の細胞が必要だ。亜由美ちゃんの崩壊を始めている細胞を使うわけにはいかないからね。

 

「じゃあ、明日は真由美ちゃんの細胞を貰いに行こう!」

 

「うふふ、富士山見物は初めてね。お弁当はお姉ちゃんに任せてね」

 

「とうとう“石蕗 巌”をタコ殴りにできる日が来たのね」

 

「細胞を取りに行くのは任せるぞ。私はその間にホムンクルスを作る準備を進めておく。それに明日は武哉が高級スイーツを私に献上する日だからな。私は居なくてはあやつが可哀想じゃ」

 

「ガウッ!」

 

「赤カブト様が行くならあたしも行くよー!」

 

「亜由美ちゃんは危険だから僕と留守番しよね。そうだっ、折角だから遊園地に行こうよ!」

 

「ええっ!? 皆さんが私の為に動いて下さるのに遊びに行けないよ!!」

 

「いいよ、行って来なよ。亜由美ちゃんは遊園地に行った事ないよね。煉がエスコートするから楽しんできてよ」

 

「ほらっ、武志兄様もこう言ってくれてるから一緒に行こう?」

 

「えっと、その…でもやっぱりダメだよ」

 

「亜由美ちゃんは僕と一緒はイヤ?」

 

「…そんな言い方、ズルいよ」

 

煉は真剣な目で亜由美ちゃんを見つめる。美少年の煉に見つめられた亜由美ちゃんは真っ赤になって文句を言うが、結局は煉の言葉に頷いた。

 

美少年は得だよね!!

 

「なあ、お前らお気楽過ぎないか? 俺から言っておきながらあれなんだが、ホムンクルスを作るのは倫理観に反するし、その真由美ってのが素直に細胞を渡すわきゃないし、第一に生贄の話はどうするんだ? 誰を犠牲にするつもりなんだよ」

 

和麻兄さんの言葉に、亜由美ちゃんは顔色を悪くする。

 

「あ、あのっ、やっぱり私が生まれた理由は真由美様を助ける為だから…」

 

「このクソッタレが余計な事を言うなっ!!」

 

「プキャラァッ!?」

 

煉の会心の一撃(ドロップキック)を受けた和麻兄さんが吹っ飛んだ。

 

 

 

 

 

この後、和麻兄さんの提案で、石蕗一族と話し合ってみる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




沙知「話し合いなら、あたし達が同行してもいいんじゃない?」
綾「とても話し合いで決着がつくとは思えないわね」
沙知「ヘタレな和麻様がいれば、戦闘にならないと思うけどなあ」
綾「富士の魔獣の問題がある限り無理ね」
沙知「魔獣…たしかゴ◯ラだったわね」
綾「あら、ガ◯ラの方じゃなかったかしら?」
沙知「いっその事、光の巨人が現れて倒してくれたらいいのに」
綾「それは意表をついた展開ね」




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第45話「富士の地」

お久しぶりです、久々の更新です。よろしくお願いします。


放課後の教室に沙知と綾の楽しげな声が響く。

 

「それじゃあ、週末は富士山でハイキングだね」

 

「お弁当は私が準備しますね」

 

煉の初恋を実らせるため、僕は富士山への強行偵察を行うことにした。決してハイキングではない。

 

もちろん危険はあるだろう。

 

だけど、あの煉がやっと女の子に目覚めたんだ。この初恋を実らせてあげるのが、兄貴分としての僕の役割だろう。

 

「そんなこと言って、武志は煉くんから解放されたいだけだよね?」

 

「うふふ、煉さんの武志さんに向ける視線の熱は年々、強くなっていましたからね。そろそろ一線を超えてしまうかもと心配でした」

 

も、もちろん、一人で富士山に行こうとは思っていない。

 

なんだかんだいっても僕は炎術師だから探索には不向きだ。もちろん、並みの炎術師と比べれば僕の探知能力は群を抜いているだろう。

 

でも、僕よりも遥かに探索が得意な仲間がいるんだからここは素直に力を貸して貰えばいい。

 

仲間とは助け合うものだからね。

 

「たしかマリアさんには断られたんだよね。週末は武哉さんと高級スイーツ巡りに行くとかで」

 

「流也さんにも、週末は姉の買い物に誘われたから絶対に断ると言われたそうですよ」

 

…姉に負けたのは当然だと思うけど、スイーツに負けたのは納得いかない。

 

まあ、それは置いとくとしよう。

 

僕には頼りになる幼馴染達がいるんだ。風術師としてメキメキと実力を上げている二人がいれば、探索は捗るだろう。

 

「もちろん、武志に頼まれたら喜んで力を貸すけど、結局のところ富士山でなにを調べるの?」

 

「そうですね。一通り事情は伺いましたが、富士の探索よりも石蕗家との交渉の方が重要だと思うのですけど?」

 

今週末に神凪家と石蕗家との交渉は行われる予定だ。この交渉が上手くいけば問題はない。

 

でも、上手くいくわけがないよね?

 

神凪家は亜由美ちゃんの身柄と、新しい身体を作るために真由美の細胞を要求する。

 

石蕗家は富士の儀式のために亜由美ちゃんが必要だ。亜由美ちゃんがいないと、真由美が致死率100%の儀式を行わなければならない。

 

どちらかの望みを叶えたら、もう片方は死ぬしかない。これでは交渉なんか上手くいくわけがない。

 

「それじゃあ、どうして和麻さんは交渉を提案したのよ?」

 

「何か思惑があったという事かしら?」

 

「思惑……はっ!? もしかして!」

 

どうやら沙知は気付いたみたいだ。

 

でも意外だな。僕はてっきり綾の方が先に気付くと思ったんだけど。沙知も成長しているということだね。

 

「和麻さんは石蕗一族を誘き出して皆殺しにするつもりなんだね! 流石は悪名高き“殺戮のサイクロン”!!」

 

「いや、違うからね!?」

 

和麻兄さんの評判は今や最悪を通り越している。

 

全てを裏切って、世界中で暴れ狂う悪魔として裏の世界では有名だ。

 

もちろん和麻兄さんから事情を聞いた今なら誤解だったと分かるけど、事情を知る前は僕も多少は和麻兄さんを恨んでいた。

 

「いやいや、あれは多少じゃないよね」

 

「そうですわね。あの頃は、武志さんの計画を全て狂わせた和麻さんを呪い殺さんばかりに恨んでいましたわ。……少し怖かったぐらいです」

 

ぼ、僕も若かったってことだよね。

 

「えへへ、でも、あたしは嬉しかったよ。こう言ったらあれだけど、それだけあたし達のことを本気で考えてくれていたんだって感じたからね」

 

「そうね、確かにその気持ちは分かりますわ。それにあの後、武志さんが必死になって…それこそ本当に手段を問わずに風牙衆の独立のために手を尽くしてくれたこと……私は決して忘れません」

 

「そうだね。武志はあたし達のヒーローだよ。映画の中のヒーローみたいに万能で颯爽と何でも出来るわけじゃないけど、あたし達のために手を汚すことも厭わずに戦ってくれる武志は……あたしのヒーローだよ」

 

……コホン。

 

話を戻そう。和麻兄さんは石蕗一族を抹殺しようなどとは考えていない。

 

ただ、時間を稼ごうとしてくれただけだよ。

 

「時間を稼ぐ。ですか?」

 

「時間を稼いで何か意味があるの?」

 

もちろんあるよ。とても重要な意味がね。

 

「それを伺ってもよろしいのでしょうか?」

 

「そうだね、あたしも気になるよ」

 

綾と沙知は興味深そうな顔になって聞いてくる。

 

「それは僕が欲深いってことだよ」

 

「武志さんが…」

 

「欲深い…?」

 

綾と沙知は意味が分からないと首を傾ける。

 

「あはは、小心者という方が正解かもね。僕は僕の目の前で、人が不幸になるのが嫌なんだ。その顔が絶望に歪むのが怖いんだ」

 

僕は、綾と沙知の頰に触れる。

 

「富士の魔獣は、大勢の絶望を生んできた。これからも大勢の絶望を生むだろう。僕はそれが我慢できない」

 

「武志さん…」「武志…」

 

「今回のことは僕の気持ちに気付いてくれた和馬兄さんが時間をくれたんだ。この状況が気に食わないのなら自分で何とかしてみせろってね」

 

「でもそんなの武志さん一人の力でどうにかなるものじゃないわ」

 

「そうだよ、いくら武志でも出来ないことはあるよ」

 

二人の言葉は正しいね。僕の力なんて弱いものだ。

 

伝説に謳われし吸血鬼の真祖。

 

炎術師の極限に位置する神炎使い。

 

始まりの祖、強大な力を持つ風術師。

 

同じく始まりの祖の強大な水術師。

 

神器を継承せし風の神子。

 

強大な地術師にして異能の術師。

 

黄金に至った分家最強の術師。

 

僕の周りは強い人達ばかりだ。そんな人達でも不可能はある。例えば今回のことだ。

 

亜由美ちゃんと真由美のどちらか片方だけを助けるだけなら簡単だろう。

 

でも、両方とも助けるのは不可能だ。

 

たとえここに伝説のコントラクターがいたとしても不可能だろう。

 

選べるのは一方だけだ。

 

選ばれなかった方は確実に死ぬだろう。

 

「でも、武志さんは両方を選ぶのですね」

 

「あはは、たしかに武志は欲張りだもんね。なんたって、あたし達を二人を自分の女にするぐらいだもん」

 

「人聞きの悪いこと言わないでよ! 僕はそんなことしてないよね!?」

 

まったく、タチの悪い冗談はやめて欲しいよ。ただでさえ僕の評判は良くないんだから、これ以上の悪評を立てられるのは困るんだよね。

 

「えへへ、ごめんね。でも、あたし達ならいつでも二股オッケーだから安心してね」

 

「何を安心すればいいの!?」

 

まったく、沙知の冗談も思春期のせいか質は変わってきたと思う。

 

「では武志さんには、この状況を変えるための打開策があるのですね」

 

「ああ、可能性は低いけど試す価値はあると思っているよ」

 

「わかりました。では私と沙知の力をご存分にお使い下さい」

 

綾は詳しいことは何も聞かずに穏やかな笑みを浮かべると、力を貸してくれることを了承してくれる。沙知も綾の隣で優しく笑っていた。

 

「えっと、僕の考えていることを詳しく聞かなくてもいいのかな?」

 

「はい、私達は武志さんを信じていますから」

 

「いやいや、僕の考えを無条件に信じられても困るんだけど!? それに綾達の意見も聞いてみたいからね」

 

僕の言葉に綾は困ったような顔になる。どうしたんだろう?

 

「もうっ、武志ってば、そんな事を言われてもあたし達の方が困るよ!」

 

沙知は怒ったように言う。

 

「どういうことかな? 僕としては色々な意見を聞いて参考にしたいんだけど?」

 

「あはは、あたし達の意見は参考にならないよ。だって、あたし達にとっては武志の言葉がいつでも一番だもん。たとえ武志の考えが間違っていても反対することなんて……女関係以外はないよ」

 

「そうですわ。私達は武志さんの望みを叶えるために全力を尽くすのみです。もちろん、武志さんの害悪になるような女に関することは例外になりますけどね」

 

か、彼女達の冗談は置いておくとして、これは信頼されていると思っておこう。

 

うん、そうしよう。

 

さあ、煉のために週末は頑張るぞ!!

 

 

***

 

 

僕達は石蕗一族が治める富士の地に潜入した。

 

本来なら派手な気配を持つ炎術師にとって、隠密行動は至難の技だ。

 

だけど僕は赤カブトに力の大半を注ぎ込んでいるから気配が薄くなっている。そして他の炎術師とは違い、隠形の術を習得していた。

 

赤カブトの場合は、その存在が自然の精霊に近いため、気配が自然に紛れてしまい感知は難しい。

 

綾と沙知は風術師だから、隠形の術は僕以上に得意だ。

 

赤カブトにくっ付いて離れない妖精のティアナの気配は、何故か人間では察知することは出来ない。マリちゃんでも難しいと言っていたから石蕗一族では不可能だろう。

 

そんな隠形に特化した僕達は、コッソリと富士の地下へと潜っている。

 

「富士の地下にこんな空洞があったんだ」

 

「ふふーんだ。私じゃなかったら気付かなかったわよー!」

 

「うん、そうだね。あたし達の風術だとこんな地下の空洞を発見するには難しかったと思うよ。流石は妖精の感知力は凄いよ」

 

沙知の素直な賞賛にティアナはニマニマとご満悦だ。確かに何の根拠もなくティアナは、「この下に空洞があるよー、なんだか怪しい雰囲気がするー」などとこの場所を見つけてしまった彼女は凄いな。

 

赤カブトの頭の上で“えっへん”と胸を張っている姿が頼もしく見える。さっきまではただのおバカな妖精だと思っていたけど認識を改めよう。

 

僕達は広い地下空間を慎重に固まって進む。本当は分かれて探索した方が効率的だけど、不測の事態を考えたらそれは出来ない。

 

「武志は心配性だよね」

 

「沙知、そんなことを言っても顔が笑っていますよ」

 

「えへへ、だって武志に大事にされているって思ったら嬉しいじゃん」

 

「うふふ、その気持ちは分かりますわ」

 

最近の彼女達はいつもこんな感じだな。好意を言葉にされるのは嬉しいけど、人前だと照れくさいから抑えてほしいな。

 

「止めて欲しいと言わないところが武志らしいよね」

 

「え、だって可愛い女の子に好意を示されるのは嬉しいからね」

 

「うふふ、可愛いだなんて武志さんは正直ですね」

 

「あたしが言われたのに、綾が答えないでよ!」

 

「あらあら、こういうことは早い者勝ちですよ 」

 

「このお、仕返しだ!」

 

「こ、こら、武志さんの前で胸を揉まないで!?」

 

きゃあきゃあとはしゃぐ女の子達――目の保養になるね!

 

そんな能天気な雰囲気の僕達とは違い、赤カブトは真剣に探索に集中してくれていた。

 

別に綾と沙知がやる気がないわけじゃなくて、地下に入った時点で風術師の彼女達の探索能力は極端に低下してしまったからだ。

 

地上に残ってもらおうかとも考えたけど、石蕗一族の土地で置いていく方が心配だから一緒に来てもらった。それに本人達も残るのは嫌がった。

 

ちなみにティアナは、いつもの様に赤カブトの毛皮に潜り込んでいる。赤カブトの毛はそんなに長いわけじゃないのにティアナは姿が見えないほど潜り込むんだよね。どうやっているんだろう?

 

「ガウ!」

 

そんな下らないことを考えていると赤カブトが僕の顔を見て吠えた。

 

どうやら目的の場所を見つけたようだ。

 

赤カブトは火の精霊に近い存在のせいか、精霊に関する感知能力に関しては風術師をも超える。

 

地下にいるせいで、僕達では周囲の気配と目的の気配の区別がつかなかったけど、赤カブトはちゃんと区別がつくみたいだな。

 

さてと、僕の試みが上手くいけばいいんだけどね。

 

赤カブトの先導に従い、僕達は目的の場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 




綾乃「なんだか久しぶりね。作者が死んだのかと思っていたわ」
武志「あはは、それは酷いと思うよ?こうして新年早々、更新したわけだしね」
綾乃「あんたは主役だからいいわよね!」
武志「え!?なんの話かな?」
綾乃「更新しても、あたしの出番がないじゃない!!」
武志「あれ、綾乃姉さん出てなかったかな?綾の字は何回も目にした記憶があるけど?」
綾乃「それは綾乃の綾じゃなくて、ただの綾でしょうが!!」
武志「まあ、僕の兄さんよりは出番があるから良しとしてよ」
綾乃「あんたの兄さん?和麻のこと?」
武志「ううん、武哉兄さん」
綾乃「原作でもここでもモブの奴と比べんな!!」
武志「酷いなあ、武哉兄さんは名前だけなら結構、出ているんだよ」
綾乃「名前だけなんて嫌よ!!出番を寄越しなさいよ!!」


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第46話「富士の魔獣」

神凪家と石蕗家の会談は、警視庁特殊資料整理室の橘警視が手配したホテルの一室にて行われることになった。

 

これは公平を期すために両家の合意の元にとられた処置だ。ちなみに仲介を強要された橘警視の頰は引き攣っていた。

 

「状況は分かりました。石蕗家としては亜由美さんの返還を神凪家に求めているのですね」

 

場所の提供だけではなく、司会進行までやらされている橘警視は痛む胃を抑えながらも、なんとか穏便に会合を終わらせようと試みる。

 

「亜由美さんの事情は一個人としては深く同情の念を感じますが、ことは富士の封印に関わることです。石蕗家のこれまでの犠牲、それに真由美さんのことを考慮すれば、残酷な様ですがホムンクルスである亜由美さ『橘警視、よいかな』なんでしょう?」

 

石蕗家よりの発言をする橘警視の言葉を“神凪 重悟”が強引に遮る。

 

「細かな事情などは我らにはどうでもよいことだ。我らは亜由美を保護した。ならば最後まで守り抜くだけの話だ。此度の会談は石蕗家への謝罪を求めるものだ」

 

「神凪殿! 謝罪を求めるとはどういった了見だ! むしろそちらが謝罪と共に亜由美を返すべきだろう!」

 

重悟の一方的な言葉に“石蕗 巌”が声を荒げる。

 

「何を言っとるんだ? 貴様らは煉を…神凪本家の人間である“神凪 煉”に対して危害を加えようとしただろうが。それは石蕗家からの神凪家への宣戦布告として受け取るぞ。そして謝罪なき場合には、この会談終了と同時に神凪は石蕗を敵対勢力として認識する」

 

重悟はニヤリと獰猛に笑う。それは獲物を見つけた肉食獣を想起させるものだった。

 

巌はゴクリと喉を鳴らす。そして、神凪家の脳筋っぷりを思い出す。普通の思考形態なら富士の封印を担う石蕗家と争うことはしない。

 

なにしろ石蕗家は代々、本家の者の命を対価として富士の封印を守ってきたのだ。石蕗家に敬意を払えど敵対など考える者などいるはずがなかった。

 

だが、しかし、神凪家は違うかもしれない。と巌は思う。

 

日本最強の炎術師などと呼ばれているが、同時に同業者からは日本最悪の炎術師とも呼ばれている。

 

妖魔に対しては絶対なる破邪の力で殲滅をする。敵対する組織に対しても強大な炎術師としての力で殲滅する。その際にどれほどの被害を周囲に撒き散らそうとも一切気にしない。しかも配下の風術師達を使い、逃げ出した者達も世界の果てまで追いかけて殲滅すると恐れられている。

 

はっきり言って此奴らは逮捕した方がいいんじゃないか? という意見も以前に持ち上がったぐらいだ。

 

もちろん、その意見を出した奴は、所属する組織ごと殲滅されてしまった。

 

巌としてはそんな神凪家と争うことは考えていない。家格としては同等だからこそ、話し合いで決着が着くと思いこの会談に出席したのだ。

 

いかにも戦いたそうにしている重悟の視線から逃れるように、巌はソッと顔を背ける。

 

そして仲介をする橘警視に『この脳筋野郎を何とかしろ!』という意思を込めて睨みつける。

 

睨まれた橘警視は胃に穴が開きそうな痛みに耐えながら思考を巡らす。

 

“石蕗家は富士の封印のために必要な一族よね。そして神凪家は私のお仕事で必要な一族だわ。うん、私は神凪家と険悪な関係になるわけにはいかない”

 

「では、最初に石蕗家が神凪家に謝罪をして下さい。交渉はそれからですね」

 

「なんじゃとーっ!?」

 

「うむ。まずは謝罪だな」

 

巌は驚きの叫びを上げるが、重悟は当然とばかりに頷く。

 

まさかの裏切りに巌は橘警視を睨むが、橘警視は知らん顔のままだった。彼女としては巌の味方をしても個人的なメリットは少ない。ただ自分に被害さえこなければいいのだ。

 

「うぐぐ、す、すまなんだ。この通り謝罪する」

 

橘警視の態度に味方がいないことを自覚した巌は歯を食いしばりながらも謝罪する。

 

その姿を物陰から撮影する紅羽。口元は嘲るように弧を描いている。

 

ちなみにこの会談は両家のトップによる会談だが、神凪家の方は厳馬、綾乃、紅羽の三人が隠れて様子を伺っていた。

 

もちろんこれは、石蕗家と交渉決裂になった場合、この場で巌を確実に討ち取るためだ。

操は神凪一族の精鋭達を率いて、石蕗一族の拠点近くに潜んでいた。

 

和麻達は色々と問題があるため、今回は参加を見送られた。

 

そして、煉と亜由美は呑気に遊園地で青春を謳歌している。

 

「うむ。どうも誠意を感じぬ謝罪だのう。お主、もしや我らを舐めておるのか?」

 

重悟は謝罪の仕方が気に食わぬと、巌を威圧するように殺気を放つ。

 

「グゥ…い、いや、そのような事はない。この通り謝罪する」

 

石蕗最強の巌をもってしても、神凪の歴史上最強と謳われし重悟の圧力には敵わない。

 

巌は屈辱に顔を歪めながらも深々と頭を下げる。

 

もちろん、その姿を楽しそうに最高画質で録画する紅羽。そんな紅羽の姿を綾乃は暖かく見守っていた。綾乃は紅羽から石蕗にいた頃の巌達の冷たい仕打ちを聞いていたため、全面的に紅羽の味方だった。

 

「頭の下げ方がなっとらんが、私は寛大ゆえ許してやろう。有り難く思えよ」

 

その言葉に巌はホッと息をつく。これでやっと交渉に入れると思い、言葉を発しようとしたとき、重悟がその機先を制するように再び口を開く。

 

「では次は、賠償の話をするとしよう」

 

「賠償だと!?」

 

思いもしない単語に巌は目を丸くする。

 

「当然だろう。煉を害そうとした賠償だ。そちらは非を認めたのだ。賠償をするのは当たり前だ」

 

無理矢理に謝罪させられた上に賠償まで強要された巌は、橘警視に勢いよく目を向ける。

 

「いえ、警察は民事不介入ですから」

 

シレッとした態度のまま、橘警視は愛想なく答える。

 

「ウググググ……それで、何を要求するのだ!?」

 

警察が当てにならないと理解した巌は、金で済む話ならさっさと終わらせようと要求内容を尋ねる。

 

「うむ、そうだな。それでは真由美殿の身柄を一週間ほど預からせてもらおう」

 

「真由美をだと!? 真由美をどうするつもりだ!!」

 

巌は、目に入れても痛くないほど可愛い娘である真由美を要求されて激怒する。

 

だが、重悟の反応は巌が思ってもいなかったものだった。

 

「実はな、うちの綾乃なんだが……友達がいないようなのだ」

 

隠れていた綾乃が絶句するが、もちろん重悟は気付かずに話を続ける。

 

「そちらの真由美殿とは年が近いからのう。一週間ほど共に暮らせば友達になれるかも知れんと思ったのだが、どうだろう?」

 

重悟が娘を思う気持ちに巌の心は激しく揺さぶられる。

 

「う、うちの真由美にも友達がおらんのだ! 前から気にはなっていたのだが、こればかりはどうしようもなく心配じゃった! そのような話ならこちらからお願いしたい程だ! 是非ともボッチで寂しい真由美の友達になってやってくれ!!」

 

「おおっ! それはちょうど良かった! これで綾乃にも友達が出来る! 良かった良かった」

 

親父二人は肩を組み、ワッハッハと笑い合っている。

 

物陰では綾乃がブツブツと文句を言っている。

 

「私にも友達ぐらいいるわよ。武志に綾それに沙知は友達よ。紅羽と操だって友達よね」

 

紅羽は、それは友達というよりも親戚や仕事仲間よね。と思ったが、それを口に出さない程度の優しさは持っていた。

 

ちなみに綾乃の友達云々は真由美の細胞を手に入れるための方便だが、重悟は本気で娘のボッチを心配していたため真剣に話をしていた。

 

 

***

 

 

僕達は目的地である富士の魔獣が封印されている場所に来ていた。

 

「なるほど、精霊に近い意思のようなものを感じるね」

 

「うん、それに普通の精霊と違って明確な方向性をもっているみたいだね」

 

「その通りね。しかもタチの悪いことに攻撃的な意思だわ」

 

「二人とも、あまり“ソレ”に意識を向けたら危険だよ。属性が違っても心を飲まれるかも知れないからね」

 

僕の言葉に沙知と綾は探知を止める。

 

「うわー、随分と精霊の多い場所だねー!」

 

赤カブトの毛皮から顔だけを出したティアナが、感嘆するように叫ぶ。

 

「武志は封印されている魔獣を倒すつもりなの?」

 

「もしかして、前に伺ったあの呪具を使用されるのですか?」

 

綾が言っている呪具とは、風牙衆の神を滅ぼした呪具のことだ。確かに神をも滅ぼしたあの呪具なら、富士の魔獣を滅ぼすだけの力はあるだろう。

 

だけど、今回は使うことが出来ない。あのとき神を滅ぼせたのは、神が完全に封印されていたからだ。

 

今回のように魔獣の意思が残っていたら抵抗されてしまうだろう。

 

「じゃあ、武志はどうするつもりなの?」

 

「まさか本当に沙知が言うように魔獣を倒そうと考えているのですか?」

 

綾は真剣な顔で問いかけてくる。たぶん、僕が頷いたら止めるつもりなのだろう。

 

「いいえ、止めませんよ。その時は武志さんと共に戦い果てるだけです」

 

僕の考えを察したように綾は答える。沙知は少し驚いたように綾を見る。

 

「へえ、綾は止めると思っていたけど、あたしと同じ考えだったんだ」

 

「うふふ、この間も言いましたが、私は武志さんの望みを叶えるために動くだけですわ。武志さんがそれを承知の上で決められた事なら全力を尽くすのみです」

 

もちろん、武志さんの害となる女に関する事以外ですけどね。と綾は微笑む。

 

「なるほどね。それで結局、武志は何をする気なの?」

 

沙知は僕が本当に戦うわけがないと分かっているように問いかける。

 

「あはは、武志が戦う気なら、ここにマリアさん達がいないわけないじゃん」

 

まあ、その通りだね。僕よりも強い人達が大勢いるのだから、本気で富士の魔獣を倒すつもりなら全員連れてくるよ。

 

でも、正面から魔獣と戦えば尋常ではない被害が出るだろう。

 

「それなら別の手を考えるしかないよね」

 

僕はクスリと笑う。

 

 

***

 

 

一時は意気投合した親父二人だったが、巌が要求した亜由美の引き渡しを、重悟が完全に拒否したため再び険悪になっていた。

 

「掌中に飛び込んで来た小鳥を投げ捨てるほど、この神凪は薄情ではないぞ」

 

「亜由美など、たかがホムンクルスではないか! 真由美の代わりに死ねるならアレも本望だろう!」

 

巌の傲慢な言葉に重悟は顔を顰める。

 

巌の他者を貶める態度に、かつての神凪一族と風牙衆の関係が思い出された所為だ。

 

重悟が悩み苦慮をしていた風牙衆の問題は、武志を筆頭に若者達が殆どを払拭してくれたが、本来はそれは宗主である自分の役目だったのだ。その思いが重悟を苛む。

 

中心となった武志が、どれほどの苦労をしたのかを重悟は全てではないが知っていた。

 

自分が背負うべき苦労を押し付けてしまった武志には、いつか報わねばならぬと重悟は考えていた。

 

“そうだな。綾乃も彼奴のことは気に入っておる。思い出してみれば昔から仲良くしておったからな。どこぞの馬の骨に綾乃を奪われるぐらいなら彼奴を婿に迎える方がマシかもしれぬ。超可愛い綾タンの婿になれるならこれ以上の褒美はないし、彼奴が婿なら綾タンも姑問題とかで苦労はしないだろう。グフフ、いい考えかも知れぬな。ちと本気で考えてみるかな”

 

「ええいっ、何を黙っておるのだ!」

 

思考の海に溺れている重悟は、巌の言葉には全く反応しなかった。しかしこれで彼を責めるのは酷だろう。なんといっても彼にとって一番大事なのは綾タンなのだから。

 

トゥルルルル…

 

その時だった。

 

携帯電話の着信音が聞こえた。

 

マナーモードぐらいにはしておけ! と睨む巌の視線を受けながら橘警視は慌てて携帯電話にでる。

 

「もしもし、今は重要な『大変です! 富士山が噴火しました!』何ですって!?」

 

橘警視は慌ててテレビの電源を入れる。

 

そこには噴火する富士山が映し出されていた。

 

だが、霊視の出来る橘警視の目には、富士山の天辺で『アンギャー!!』と吼えている巨大な魔獣の姿がハッキリと写っていた。

 

 

 

 

 




武志「ほらほら、今回はセリフ付きだよ」
綾乃「ただのチョイ役じゃない!それに私はボッチじゃないわよ!」
武志「そういえば原作だと高校では親友がいるんだよね」
綾乃「うーん、あの二人は私をからかう事が多いのよねえ。特に片方は武志とは気が合いそうだけど、私への被害が大きくなりそうだから出番なしでもいいかも?」
武志「あはは、親友相手に酷いなあ」
綾乃「ちょうど綾と沙知の二人がいるから親友枠はそれでいいんじゃない?」
武志「まあ、登場人物が増えたら各々の出番が減るだろうからそれでもいいのかな?」
綾乃「そうよ、私の出番がこれ以上減ったら大変じゃない。それに由香里ファンなんかいないだろうから大丈夫よ」
武志「……意外と綾乃姉さんよりファンが多かったりして?」


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第47話「石蕗の矜持」

石蕗一族は大混乱に陥っていた。

 

長年に渡り守り抜いてきた封印が、何の前触れもなく破られたのだから当然だろう。

 

「一体どうなっているのよ!? どうして封印が解かれたのよ!!」

 

真由美は混乱しながらも何とか状況を把握しようとしたが答えは得られようもなかった。

 

何しろ封印を毎日のように確認していた真由美自身が、封印が解かれる兆候など何も感じていなかったのだから他の者に分かるはずがない。

 

「とにかく現場に行くわよ! みんな準備をしなさい!」

 

解放された魔獣を放置すればどれほどの被害が齎されるか分からない。

どうして封印が解かれたのか分からない真由美だったが、封印を担ってきた石蕗一族として魔獣を再封印するつもりだった。

 

「無茶です、真由美様! 既に解放された魔獣を相手にどうするつもりなのですか!」

 

けれど真由美の予想に反して、一族の者は誰も動こうとはしなかった。いや、正確には恐怖によって動けなくなっていたのだ。

 

石蕗に伝えられている魔獣の恐ろしさを知る彼らは、魔獣と相対する前から既に戦意を失っていた。

 

「伝説にある“アレ”は、人間の力では太刀打ちできません! たとえ石蕗一族全ての力を持ってしても時間稼ぎにもなりませんよ!!」

 

真由美が誰よりも信頼している青年――勇志ですら真由美に続こうとはしなかった。

 

「何を言っているの!? たとえどんなに無茶だろうと石蕗一族は富士の鎮魂を担う一族よ! ここで諦めるぐらいなら代々血族を犠牲になんかしていないわ!」

 

今代の儀式の執行者である真由美は死ぬ運命にあった。それが石蕗一族の使命であり誇りであった。

 

もちろん真由美は死にたくなかった。親バカの父親が禁忌を犯してまで真由美を助けようと尽力してくれたときは、涙がでるほど嬉しかった。

 

真由美自身も生きたいが為に、何の罪のない娘を犠牲にしようとした。所詮この子は人形だと、作り物に過ぎないと自分に言い聞かせた。

 

だけど、真由美は見てしまった。

 

神凪の少年と共にいたあの子の瞳を…

 

気付いてしまった。

 

あの子も自分と同じ、恋をする普通の娘だということを…

 

自分は石蕗家に生まれて何不自由のない生活を送ってきた。どんな我儘も許されてきた。

 

それは石蕗家の宿命に従って死ぬ運命だったからだ。その命の代償として、どんな贅沢も許されてきたのだ。

 

でも、あの子は違う。

 

あの子は何も許されなかった。

 

私の代わりに死ぬ為だけに厳しい修行をさせられて、それ以外のことは何も許されなかった。

 

あの子は石蕗家に生まれたわけじゃない。無理矢理に死ぬ為だけに作られたのだ。

 

自分が死にたくないなら逃げればよかった。他人を犠牲にしてでも生きないのなら、魔獣の封印など放って逃げればよかったのだ。

 

たとえ魔獣が解放されようと、富士の地から逃げれば済むだけ話だ。

 

昔とは違い、今の時代なら住民達も逃げるのは簡単だろう。確かに魔獣が解放されれば富士は噴火するだろう。その経済的損失は計り知れないだろう。だけどそれがどうした。他人のお金のために自分が死ぬ必要などないのだから。

 

結局は石蕗一族は自分達の繁栄を選んだのだ。血族を犠牲にして一族の繁栄を選んだのだ。

 

自分達が犠牲になる代わりに、この日本に於いて確固たる地位を築いた。

 

犠牲となる者も、その運命の日までは王侯貴族のように贅沢に暮らせた。

 

それを選んだのは自分達だ。浅ましい欲望を選んだのは自分達だ。それなのに、私はあの子に全てを押し付けようとしてしまった。

 

封印が解けたのは、石蕗一族に下された天罰なのだろう。

 

真由美はそう思った。

 

でも、

 

それでも、

 

「私達は石蕗なのよ。富士を守護する石蕗一族なのよ。私達は富士と共に生きてきた。ならば死ぬときも富士と共に死ぬわ。お前達、私と来れないというのなら構わないわ。咎めはしません、今すぐこの場を去りなさい。ただし、去るのなら石蕗の名を語ることは許さないわ。名を捨て命を選ぶか、命を捨て名を選ぶか、この場で決めなさい」

 

石蕗の者達は、今までただの我儘なお嬢様としか思っていなかった真由美が初めて見せた、石蕗としての矜持に衝撃を受けた。

 

同時に己の石蕗の術者としての誇りを思い出す。

 

その場の全員が真由美と共に戦う決意をする。そして勇志が全員を代表して決意をあらわす。

 

「我々は真由美お嬢様に従います。石蕗一族の底力をあの魔獣にみせてやりましょう」

 

「ありがとう、みんな。あんな魔獣なんか私達が本気を出せば倒せるってことを日本中に見せてやりましょう!」

 

「おう!」

 

真由美の言葉に力のこもった声が上がった。

 

「じゃあ、行くわよ。みんな!」

 

真由美は歩き出す。その後ろ姿は力強く、一族を率いる気概が感じられた。

 

 

***

 

 

封印を前に僕は考える。

 

封印とは本来、外界と内部とを隔離することによって封印した対象を弱体化させていく術式のことだ。

 

例えば、かつて風牙衆が崇めた神を封じた封印のように。

 

あの神は弱体化した結果、たかが人間が作った呪具にその力を全て奪われて消滅した。

 

それに比べて、この富士の封印は違った。この封印は完全に内部と外部を遮断していない。

 

何故なら封印されているはずの魔獣の意思が漏れ出しており、何より魔獣の力が増していくからだ。

 

そのために石蕗一族は定期的に儀式を行って、魔獣の力を削いでいるのだろう。

 

「武志の予想通りだよ。龍脈を伝わって封印内部に大地の気が流入してるわ」

 

「地の精霊達も同じように流れ込んでいますね。まるで何かに呼ばれるように我先にと飛び込んで行っているようです」

 

沙知と綾の言葉に僕は自分の予想が正しかったことを確信する。

 

この封印はわざと不完全な状態を維持しているんだ。恐らくは完全に封印してしまっても富士が巨大な龍穴であることは変わらないから、それを危険視したのだろう。

 

せっかく魔獣を封印しても、龍穴に溜まる莫大なエネルギーを基にして新たな魔獣が生まれるかもしれない。

 

それなら魔獣の封印を不完全な状態にして、定期的にその力を削ぐことで莫大なエネルギーを制御することを選んだのだろう。

 

でもその為には、溜まったエネルギーを消費する必要がある。それには地術師がうってつけだろう。大地の気を取り込む能力を持っているのだから。

 

でも、薬も過ぎれば毒になる。

 

富士という日本最大の龍穴に溜まる莫大な気は、不死身とまで謳われる地術師の身体すら蝕んでしまう猛毒になる。

 

「それでどうするの? 封印を完全なものにしちゃう?」

 

確かに封印を完全なものにすれば今回は儀式を行う必要はなくなるだろう。魔獣も長い時をかけて少しずつ力を失っていくはずだ。

 

「ですがそれだと新たな魔獣が生まれる可能性がありますよね?」

 

その通りだ。これから新たに集まる大地の気から新たな魔獣が生まれる可能性は否定できない。むしろ確実に生まれるだろう。それほどに富士に集まるエネルギーは桁外れなんだ。

 

この状態を僕は予想していた。そして現実も僕の予想通りだった。

 

この現状を誰も犠牲にせず解決出来るだろうか?

 

答えは……“否”だ。

 

封印を完全にすれば新たな魔獣が生まれるだろう。そして、その魔獣を同じように封印することは出来ない。同じ場所で富士の魔獣ほどの巨大な存在を封印できるほどの術式を組めば術式同士が干渉しあって消滅するだろう。

 

そして現状通りの儀式を行うなら、亜由美と真由美のどちらかが犠牲になるしかない。

 

ならば全ての元凶の魔獣を倒すか?

 

それも犠牲を伴う。神凪一族の化け物達を揃えても犠牲無しとはいかないだろう。それに魔獣を倒せたとしても時間が経てば新たな魔獣が生まれるだけだ。

 

「あはは…今回ばかりは打つ手なしかな?」

 

僕は弱気な言葉を口にする。

 

「はいはい。打つ手がないなら、武志は足を出すんでしょ? シリアスぶるのは似合わないよ」

 

「沙知、きっと武志さんが行おうとしている事は、褒められた手段ではないのでしょう。だから心理的アリバイを作ろうとされているのですよ。もう少し付き合ってあげなさい」

 

「もう、あたし達しかいないんだから、そんな面倒な事はしなくてもいいのに」

 

「ダメですよ。武志さんは私達には良い所しか見せていないつもりなのですからね。もっと男心に配慮をしてあげないといけないわ」

 

「はいはい。分かったわよ。えっと、それじゃあ……武志っ!! 諦めないでよ、あたしの武志ならきっと何か出来るはずだよ!!」

 

「そうですわ!! 私達を救って下さった武志さんならきっと亜由美様や真由美様を…いいえ、もっと多くの人達を救えるはずですわ!!」

 

……さ、沙知と綾の叫びが僕に力を与えてくれた。

 

目の前の障害に挫けそうになっていた僕に立ち上がる勇気を与えてくれた。

 

僕は二人を見つめる。

 

二人は信頼のこもった眼差しを返してくれる。

 

「大丈夫だよ、武志ならきっと上手くできるよ。なんたって武志は、あたしのヒーローなんだからね!」

 

「武志さんが逃げ出したいのなら、私は共に逃げましょう。武志さんが諦めるのなら、私が武志さんを慰めましょう。そして、武志さんが命を掛けて挑むのでしたら、私もまた命を懸けて武志さんを支えましょう。どうぞ、武志さんの御心のままに」

 

「ありがとう。二人の言葉で決心がついたよ」

 

僕は自分の分身ともいえる相棒に声をかける。

 

「赤カブト、僕にその命を預けてくれ!」

 

「ガウ!!」

 

「赤カブト様が命を懸けられるのでしたら、私も命を懸けて戦います!!」

 

僕の言葉に赤カブトが力強く応えてくれる。そして、ティアナまで共に戦う決意をしてくれた。

 

僕の力なんて弱いものだ。だけど、僕には支えてくれる幼馴染がいる。そして共に戦ってくれる相棒がいる。

 

魔獣などという絶望なんかに負けてなんかやるものかっ!!

 

「ティアナッ、魔獣の封印を解いてくれ!!」

 

僕の声が封印の地に響いた。

 

 

***

 

 

「アンギャー!! アンギャー!!」

 

途轍もない威力の重力砲を撒き散らしながら巨大な魔獣が富士の頂上で吼えていた。

 

その身に宿る力は神と呼ばれる存在に匹敵した。

 

その威容に自然と頭を垂れそうになる。

 

まさにその姿は大怪獣。

 

亀に似たその姿に年配の人間がポツリとこぼした。

 

「……大怪獣ガ◯ラだ」

 

「アンギャー!! アンギャー!!」

 

その大迫力の姿は、数々の強力な妖魔を滅してきた歴戦の術者ですら腰を抜かしかけるほどだった。

 

だが、真由美はそんな不甲斐ない者達などは目に入らないとばかりに前に進みでる。

 

そして大怪獣を睨みつけると声も高らかに叫ぶ。

 

「あんなのに勝てるかーっ!!!!」

 

石蕗一族は全力で戦略的撤退を行った。

 

 

***

 

 

僕達は魔獣の頭の上にいた。

 

「おお、絶景だね」

 

足の下では魔獣が重力砲を撒き散らしていた。

 

「ひい!? む、向こうの山が吹っ飛んだよ!!」

 

「あ、あのう、周囲がどんどん更地になっていくのですが」

 

沙知と綾は流石に引いているみたいだ。

 

「あはは、仕方ないよ。富士の魔獣は強力だからね。せめて人的被害が出るまでに決着を付けたいけど、こればかりは待つしかないからね」

 

と言ってる間に、何処からか集団が現れたと思ったら、直ぐに逃げ出していく。先頭を走っているのは女の子みたいだけど足が速いなあ。後続連中がどんどん離されていくよ。

 

「うがー! さっさと消えなさいよ! このクソ魔獣!!」

 

ティアナがさっきから必死に魔法を使って魔獣に攻撃を加えてくれている。

もちろん、物理的な攻撃じゃない。そもそも妖精の魔法は肉体には効果を及ぼし難いみたいだしね。魔獣の体が肉体といえるのかは分からないけど。

 

ティアナは魔獣の意識を弱める攻撃を加えている。魔獣にそんな魔法みたいな無茶な攻撃を出来るのは、その魔法が使える妖精のティアナぐらいだろう。

 

その攻撃は残念ながらと言うか、当然ながらと言うべきかは分からないけど、効果はあまり与えていない。

 

だけど、ほんの少しはダメージを与えてくれている。

 

そのほんの少しのダメージが、今は百万の援軍よりも赤カブトの力になってくれているだろう。

 

「グッ!? ……ゴクッ…」

 

僕は喉元までせり上がってきた血を飲み込むと、再び周囲の景色に目を向ける。

 

「あはは、本当に今日は景色がいいね。天気もいいし……こういう日を“死ぬにはいい日だ”っていうのかな? もちろん僕が死ぬのは操姉さんの膝の上って決めているから、こんな所では死なないよ。だから、二人ともそんな顔をしないでよ」

 

僕の言葉にハッとしたように沙知と綾は再び騒ぎ出した。

 

「か、観光業に大ダメージだよね!」

 

「そ、そうですね。でも石蕗一族が総出で復旧作業に当たればどうにかなりますわ」

 

そんな二人に僕は感謝する。何も気付かないフリをしてくれる二人に。僕を止めないでくれている二人に。

 

赤カブトからフィードバックしてくるダメージだけでこれだけの損傷を受けるなら、実際に魔獣の内部で戦っている赤カブトはどれ程の……いや、今はそれを考える時じゃないな。

 

僕は赤カブトに全力で霊力を送り続けるだけだ。

 

今、赤カブトはその存在を懸けて、魔獣の内部で“魔獣の意識を乗っ取る”ために戦ってくれている。

負ければ逆に意識を乗っ取られて、その身は魔獣に吸収されるだろう。そうなれば僕も生きてはいられない可能性が高い。

 

それでも僕はこの戦いを決意した。

 

決して負けられない戦いに挑むことを決意した。

 

そして、僕の脳裏にここには居ない僕の大切な人達の顔が浮かんでくる。

 

伝説にも謳われる吸血鬼の真祖のマリちゃん。

 

炎術師の極みに至った神炎使いの綾乃姉さん。

 

始まりの祖、強大な力を持つ風術師に無事になれた和麻兄さん。

 

強大な地術師にして異能の術師の紅羽姉さん。

 

そして分家でありながら、類稀なる才能と弛まぬ努力によって最高位の“黄金”に至った、真の分家最強の術者である僕の大好きな操姉さん。

 

みんな僕よりも遥かに強くて、優しくて、尊敬できる人達だ。

 

そんな人達の顔が浮かんでは消えていく。

 

「ウッ!?」

 

突然、鼻血が出る。

 

綾が何も言わずにハンカチで血を拭ってくれる。

 

沙知がふらつく体を支えてくれる。

 

だけど、少しずつ視界が暗くなっていく。

 

もうダメなのか?

 

そう思ったとき、

 

僕は魔獣の咆哮が止んでいることに気付いた。

 

「ガウ!」

 

薄れゆく意識の向こうで、赤カブトの声が聞こえた気がした。

 

 

***

 

 

テレビが写す光景を目にした巌は呆然とするのみだった。

 

それも無理はないだろうと、重悟は哀れみの目を巌に向ける。

 

石蕗一族が長年の間、その命を犠牲にして守り続けてきた封印が突然破られたのだ。巌が腑抜けたとしても責められないだろう。

 

「厳馬に綾乃、それに紅羽よ、支度をせい。交渉は中止だ。富士の魔獣が蘇ったとなれば、それを狩れば全ては解決というものよ」

 

伝説にまでなった強大な魔獣をテレビ越しとはいえ、目の当たりにしながらも重悟の目は好戦的な光を宿して輝いていた。

 

「ククク、どうやら久方ぶりに本気を出せそうだな。血が滾るというものよ」

 

「宗主よ、もう歳なのですから無理は止められた方が賢明ですぞ。あの獲物ならこの私にお任せくだされ」

 

「厳馬、お主とそう歳は変わらぬわ!」

 

「へえ、あれが富士の魔獣なのね。待ってなさい、私の紅炎(プロミネンス)で燃やし尽くしてあげるわ」

 

「魔獣が放っている重力砲……なるほどね。私の異能の正体はそういうことだったのね。うふふ、いいわ、あのクソ魔獣はすり潰してあげる」

 

魔獣を恐れぬ神凪家の言葉に、腑抜けていた巌は強制的に正気に戻された。

 

「お主達、あの魔獣を倒すつもりなのか!?」

 

巌の言葉にその場の全員が訝しむような顔になるが、直ぐに巌が言いたいことに気付く。

 

「そうじゃな。確かに依頼もないのに滅ぼしてもタダ働きだな」

 

重悟は意味ありげに橘警視に視線を向ける。

 

くそう、余計な事を言いやがって。と言いたげな顔を一瞬だけ巌に向けたあと、橘警視が和かな笑顔を重悟にみせた。

 

「もちろん、警視庁特殊資料整理室として依頼は出しますわ」

 

予定外の出費に予算が足りるかしらと考えながら、橘警視は重悟と値段交渉を始めた。

 

「そういう意味じゃねえよ!!!!」

 

巌の絶叫に、その場の全員が首を傾げた。

 

 

***

 

 

魔獣の力、ゲットだぜ!!

 

赤カブトと魔獣との戦いの最中に気を失った僕だったけど、直ぐに目を覚ました。

 

そして赤カブトを通じて莫大な魔獣のエネルギーを感じた。

 

赤カブトが魔獣の意識を破り、その全てのエネルギーを制御下に置くことに成功したんだ。

 

人間だったらその巨大なエネルギーに意識を飲み込まれていただろう。だけど、元は人工人格だった赤カブトは問題なく制御できた。そして、今の赤カブトは火の精霊だけじゃなく、土の精霊まで制御下に置いている。

 

つまり僕は赤カブトを介してだけど、土の精霊術師にもなったわけだ。

 

うははははは!

 

最近は周囲との差が広がっていくばかりで気落ちしていたけど、これで追いつけたよね。

それに亜由美ちゃんと真由美も犠牲にならなくていいし、一件落着だね。

 

「うわー、武志が悪い顔をしているよ。ところで魔獣がいなくなっても暫くしたら新たな魔獣が生まれるんだよね?」

 

「そんなのは石蕗が対策を考えるだろ? それに新たな魔獣といっても数百年はかかるから僕には関係ないよね?」

 

「確信犯だあっ!!」

 

「うふふ、武志さんらしいですわ」

 

僕は赤カブトに魔獣を吸収させる。巨大な体といっても実際にはエネルギーの塊だから大きさは関係ない。

 

魔獣のエネルギーをその内部に秘めた赤カブトは外見こそ変わらないけど、その力は桁外れに上がった。

 

今回は無理をしてまで頑張った甲斐があったよ。今の赤カブトを含めた僕の力は、宗家にだって匹敵するかもしれない。

 

もちろん使いこなすためには修行が必要だけど、それはいつもの事だからね。

 

それにしても、操姉さんにも内緒で富士に来たお陰で、大幅なレベルアップに成功だよ。魔獣の力を手に入れるつもりだなんて言ったら、絶対に危険だって反対されると思うから内緒にして正解だったね。

 

声をかけたマリちゃんと流也にも口止めをしたし、沙知と綾が今回のことを誰かに話すわけもないから、今回の秘密は守られるだろう。

 

後は少しずつ地道な修行でパワーアップしているように見せかければ完璧だろう。

 

「さてと、これでもう用事は全て終わったよ。後は誰にもバレないように地元に帰ろうか」

 

「そうだね。さすがに今回のことはバレたらマズイわね」

 

「そうですわね。周辺の被害的な意味でも、大事ですからバレない内に早く退散いたしましょう」

 

「あはは、でもこれで、めでたし、めでたしだ」

 

僕達はこうして無事に帰路へとつ…

 

 

「あらあら、何がバレたら不味いのかしら? 武志、お姉ちゃんに教えてほしいわ」

 

 

聞こえてきた声に振り向くと、そこには微笑んでいる操姉さんが立っていた。

 

 

 

 

 

 




キャサリン「武志の赤カブトは物凄くパワーアップしましたね」
綾乃「でもそれって、武志自身が強くなったわけじゃないのよね」
キャサリン「そうですね。戦い方には工夫が必要ですわ」
綾乃「いけ、赤カブト!って、けしかけた後は安全地帯で高みの見物ね」
キャサリン「それは一対一ならいいのですが、混戦時の場合が困りますね」
綾乃「範囲攻撃を喰らっても不味いわね」
キャサリン「赤カブトは操作する必要がないので、共闘する方が戦術に幅が持てますわ」
綾乃「でも、パワーアップした赤カブトと比べたら武志は弱いから、赤カブトの足手まといになるんじゃないの?」
キャサリン「綾乃様、それは禁句ですわ!」
綾乃「あ、武志が落ち込んでるわ」


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第48話「魔獣の最後」

「魔獣が消えているだと!?」

 

テレビではアナウンサーが富士山の鎮火を伝えていた。巌がその言葉にテレビの映像に目を向けると、先ほどまで吼えていたはずの魔獣の姿が消えていた。

 

「どういう事だ、まさか移動したとでもいうのか?」

 

値段交渉をしていた橘警視と重悟も魔獣が消えたことに気付く。

 

「ほう、魔獣の奴め。我らを恐れて姿を眩ませたか」

 

「まさか、龍脈を伝って他の地域に移動したの!?」

 

あれほどの魔獣が日本中で猛威を振るえば、一体どれほどの損害になるのか。

 

橘警視は一瞬で損得勘定を終わらせると、重悟に依頼を発する。

 

「警視庁特殊資料整理室の最重要案件として依頼をします。神凪一族の総力を持って魔獣の討伐をお願いします!」

 

「よかろう。神凪の名に懸けて、富士の魔獣を屠ってくれよう」

 

警視庁特殊資料整理室の最重要案件とは、緊急性、重大性が著しく高いものを示す。その為の予算は特別枠のため、討伐に掛かる経費には上限がない。そのことを明言した橘警視に重悟は安心させるように笑みを向ける。

 

「ひいっ!?」

 

もちろん、獰猛な肉食獣ですら怯える重悟の笑みを向けられた橘警視は悲鳴を漏らす。

 

「ほう、鏖殺令が出させるとは久しぶりだな。これは楽しみだ」

 

「すぐに富士にいる操に連絡するわね。こうなったら石蕗なんて雑魚を相手にする暇なんかないわ」

 

「風牙衆にも連絡を入れるわね。全ての人員を動員してでもクソ魔獣の居場所を特定してもらうわ」

 

神凪の宗主が、神凪の名に懸けて敵を屠ると断言した。それは日本最強と謳われる神凪一族が、その持てる全戦力による鏖殺を意味する。

 

「くはははははっ!! 血が滾るわぁあああっ!!」

 

そんな脳筋共を巌は呆然と見つめるだけだった。

 

 

***

 

 

“大神 武志”という少年は炎術師としては、一流と呼ばれる程度の術者だった。

 

決して凡庸ではないが、超一流には手が届かない程度の才能しかなかった。

 

それは弟ラブの操から見ても否定できない現実だった。

 

ただ、彼は早熟だった。同世代の子供達よりも早くその才能を開花させた。もちろんその為に子供とは思えないような厳しい修行を自分に課していた。

 

彼はその力を有効に行使した。そう、自分が親しくしていた風牙衆の友達の境遇を良くするために“非常に有効に”行使していった。

 

もちろん、操もそんな弟の手助けを行なった。

 

少しでも弟の力になるために、操は炎術師としての修行にも励んだ。

 

そして操には超一流に至れるだけの才能があった。

 

操の才能は鍛えられ錬磨されていった。そして、超一流の世界に手が届いた。

 

彼女は分家でありながら“黄金”に達した。

 

それに比べて武志は、所詮は唯の一流でしかなかった。

 

確かに、その戦略や戦術には眼を見張るものがあるだろう。目的の為なら手段を選ばない非情さもあるだろう。

 

だが、炎術師としての彼は、超一流達の世界には手が届かない術者でしかなかった。

 

それゆえ、今回の石蕗 巌との戦闘も想定された交渉には武志の席は用意されなかった。

 

確かに彼の頭脳は神凪一族の中でも突出しているが、術者としての力量が低すぎた。

 

そして、操が率いる現地の実行部隊にも武志の居場所はなかった。もちろん、実行部隊を構成する術者達と比べれば、武志の力量は群を抜いているといえるが、武志の年齢が若すぎるためメンバーからは除外された。

 

そして富士の地で待機していた操は、この場に愛する弟がいない事に安心していた。

 

「アンギャー!!」

 

「まさか、魔獣が解放されるだなんてね。私だけだと流石に荷が重いわね」

 

魔獣の姿を認めた操は、即座に率いていた術者達を避難させる。神凪の精鋭達といえど、魔獣を相手するにはレベルが違いすぎたためだ。

 

操の見立てでは、少なくとも自分クラス以上でなければ、魔獣の前に立つことすらできないと判断した。

 

つまり彼女が愛する弟では、全く歯が立たない相手だということだ。

 

「でも私がいたら武志は逃げてくれないから、ここにいなくて良かったわ」

 

姉思いの弟は、たとえ敵わないと分かっていても自分を残して逃げることはしないだろう。それが分かっている操は、ここに弟がいない事に胸を撫で下ろす。

 

「ふふ、でも武志ならあの魔獣相手でも、何とかしちゃいそうな気がするわね」

 

普段から無茶ばかりするが、いつも最後には帳尻を合わせてしまう愛する弟のことを思いながらも、操は魔獣の監視を行っていた。

 

「あら、魔獣の頭の上に何か……え?」

 

操の目が捉えたのは、富士の天辺で吼えまくる魔獣の頭上に立っている――愛する弟の姿だった。

 

“ダッ!”

 

その姿を確認した次の瞬間、操は何も考えずに魔獣に向かって走っていた。

 

 

***

 

 

「次はあれに乗ろうよ、亜由美ちゃん!」

 

「うんっ、分かった。煉くん!」

 

若い二人は遊園地で楽しんでいた。

 

 

***

 

 

トゥルルルル…

 

操は富士の頂上に向かい走りながら、着信のあった携帯を半ば無意識のままにとる。

 

「操、現地で見ていて分かっているでしょうけど、魔獣が消えたわ。神凪がその名に懸けて見つけだして殲滅するわよ。あんたは魔獣がどこに行ったかを調べなさい。すぐに風牙衆も向かわせるからね」

 

「綾乃様、承知しましたわ」

 

操は、その電話によって魔獣が消えていることに気付くことが出来た。

 

そのため、冷静さを取り戻した操は、愛する弟の声が聞こえても飛び出さずに聞き耳を立てるだけの余裕を持てた。

 

「さてと、これでもう用事は全て終わったよ。後は誰にもバレないように地元に帰ろうか」

 

「そうだね。さすがに今回のことはバレたらマズイわね」

 

「そうですわね。周辺の被害的な意味でも、大事ですからバレない内に早く退散いたしましょう」

 

「あはは、でもこれで、めでたし、めでたしだ」

 

操の額に青筋が浮かぶ。

 

“何が『めでたし、めでたしだ』よ、私がどれほど心配したかを分かっているのかしら!”

 

操は心配した分だけ、いつもは可愛らしく見える愛する弟の能天気な笑顔が憎らしく思えた。

 

“それにお姉ちゃんにまで内緒にして、その娘達と何をしていたのよ!”

 

仲良さげな三人の姿に、操は普段は感じないジェラシーを感じてしまう。

 

「あらあら、何がバレたら不味いのかしら? 武志、お姉ちゃんに教えてほしいわ」

 

とはいっても、物分かりのいい優しい姉を自認している操は、自分の内に生じた暗い気持ちを振り払い、和かな笑みを浮かべながら武志達の前に進みでる。

 

「み、操姉さん。どうしてここに…?」

 

何故か頰が引き攣っている武志を見て、操は少しだけ胸の奥がスッとしたことを疑問に思ったが、特に気にしないことにした。

 

 

***

 

 

「はい、煉くん。アーン♡」

 

「うん、アーン♡」

 

若い二人は青春を謳歌していた。

 

 

***

 

 

僕は操姉さんに連行された。

 

どうせ僕に付き合わされただけだろうと、沙知と綾は無条件で解放された。いや、それは確かにそうなんだけど、なにか不条理なものを感じてしまう。

 

沙知と綾も異様な迫力を感じさせる操姉さんにビビっていたみたいで、愛想笑いを浮かべながら一目散に帰っていった。いやまあ、二人は操姉さんには前々から頭が上がらない感じだったから仕方ないんだけど、少しぐらい僕を弁護して欲しかった。

 

「そう、赤カブトのパワーアップの為に、お姉ちゃんに内緒で無茶なことをしたのね」

 

操姉さんが泊まっているホテルの部屋で、二人っきりで尋問を受けた僕は素直に全てを白状した。

 

だって、ここで下手に嘘を吐いたら操姉さんの逆鱗に触れることは間違いないと分かっていたからだ。

 

「それで、武志の身体の方は大丈夫なの?」

 

「うん、赤カブトから大地の気を分けてもらって、傷付いた部分の回復は出来たから心配はないよ」

 

今の僕は赤カブトから大地の気を分けてもらう事によって、地術師に近い回復力を発揮できる。

 

そのお陰で赤カブトと魔獣との戦いでボロボロになった身体も癒やすことが出来た。

 

「そう、それなら良かったわ。あまりお姉ちゃんに心配をかけないでね」

 

操姉さんは優しく僕を抱く締めてくれる。

 

「うん、ごめんね。反省はしているよ」

 

「ううん、ダメよ。反省が足らないわ」

 

「そ、そんな事ないよ。海よりも深く、山よりも高く反省をしているよ」

 

「ううん、ダメよ。反省が足らないわ」

 

「いやいや、もう二度とこんな事はしないから、許して下さい!」

 

「ううん、問答無用よ。悪い子にはお仕置きをします。えい」

 

「ギャアアアアアアアアアッ!!!!」

 

操姉さんの可愛い掛け声とは裏腹に、操姉さんのサブミッションによるお仕置きは凄まじい威力だった。でも、武哉兄さんみたいにブン殴られたりはしない分だけマシだと思う。

 

 

***

 

 

「亜由美ちゃん、夕日が綺麗だね」

 

「うん、こんなに綺麗な夕日は初めてだよ」

 

若い二人は、思春期真っ盛りだった。

 

 

***

 

 

「赤カブトの件は宗主達には内緒にしましょう」

 

操は赤カブトのパワーアップを秘密にする事にした。操が宗主達を信用していないわけではないが、秘密は知る者が少ない方がいいとの判断だ。

 

「そうね、教えるのは紅羽とマリアだけにしましょう。武哉兄様には知らせる必要はないわ」

 

紅羽は武志を恩人としてだけではなく、家族としても大事に思っているから信頼できる。

 

マリアの場合は、むしろ武志がいるからこそ人間社会で生活しているわけだから、武志に不利益なことを起こすのは、逆に彼女が許さないだろう。

 

武哉は…まあ、放っておこう。

 

「それで、操姉さんは魔獣が消えたことはどう処理するつもりなの?」

 

武志としては、魔獣の件は完全に放置するつもりだった。魔獣は消えたまま消息不明となり、この件は迷宮入りで終わる事を狙っていた。

 

風牙衆に調査をさせるだろうけど、今や風牙衆は実質的に大神家、つまり武志の配下になっているため、調査結果を握り潰すのは簡単だった。

 

しかし、操に事情がバレてしまった現状で、知らんふりは出来ないだろう。

 

何かしらの決着を付けなければならない。と武志は考えている。

 

「そうね、今回の魔獣は大地の気が集まって生まれた自然の精霊のようなものよね。それならこうしましょう。魔獣は封印されていた影響で、内部の気のバランスが乱れていた。それなのに、復活直後に暴れたから一気にバランスが大きく崩れてしまい、魔獣の形を失い自然に返ってしまった。現場で直接見ていた私はそういう風に感じた。と報告するわ」

 

「うん、ちょっと無理矢理だけど、現実に魔獣は消えたわけだから強引に押し通せそうだね」

 

たとえ石蕗一族が調査しても魔獣が消えたことしか分からないだろう。何故なら封印を解いたのがティアナの魔法のため、その痕跡を見つけることは人間には不可能な為だ。武志達が関わったことが発覚する恐れはなかった。

 

「そうね、風牙衆にも同じ推測を報告させて、マリアにも同様のことを言ってもらえれば説得力が増すわね」

 

「うん、それじゃあ、僕は風牙衆に連絡するよ」

 

「ええ、私は紅羽とマリアに事情を説明するわ」

 

大神姉弟は仲良く謀略を張り巡らすのだった。

 

 

***

 

 

数日後、魔獣の消滅を公式に警視庁特殊資料整理室が認め、神凪への依頼は取り消された。

 

「暴れられんだと!? くそう、代わりの魔獣はいないのか!!」

 

「こんな事なら、操の代わりに現場にいれば現れた瞬間に殲滅できたものを…惜しい事をしたものだ」

 

「もうっ、私の紅炎(プロミネンス)の見せ場だったのに!!」

 

当然のように神凪の脳筋達は、暴れる場を失ったことに対して不満を露わにした。

 

「それでは、石蕗家との交渉を再開しませんか? 気晴らし程度にはなると思いますよ」

 

「「「それだ!!」」」

 

紅羽は、脳筋達の予想通りの反応にほくそ笑む。

 

「ふふ、石蕗の連中にはもう少し痛い目に合ってもらいましょう」

 

 

魔獣は消滅しても石蕗家の受難は終わらなかった。

 

 

 

 

 

 




操「これで原作3巻もほぼ終わりですね」
紅羽「そうね、無事に私も生き残れたわ」
操「そういえば原作では、紅羽は真っ二つでしたね」
紅羽「ふふ、原作とは違って、この世界は平和でいいわね」
操「そうね、死亡率の低い平和な世界だわ。まるで日常系のお話みたいよね。そう、ほのぼのとした大神家のお話だわ」
紅羽「何気に操が一番、暴力的だけどね」
操「あら、私は優しいお姉ちゃんですよ?」
紅羽「実の兄をよくブン殴っているわよね」
操「いやだわ、可愛い妹がポコポコと逞しい兄に戯れているだけです」
紅羽「ポコポコ…そんな可愛らしいものだったかな? まあ、武哉のことなんかどうでもいいわね」



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49話「新たな脅威の足音」

原作4巻に突入です。


「よお、暇なら俺と遊ぼうぜ。いい思いさせてやるからよ」

 

(またナンパね)

 

街を散歩していた由香里は内心ウンザリしながらも顔には出さずに愛想よく断る。

 

「ごめんね。今日は友達と約束があるから、また今度見かけたら声をかけてね」

 

「友達なんかほっとけよ。それよりいい所知ってるから連れてってやるぜ」

 

由香里はしつこいナンパに苛立つが、この手の男は無駄にプライドが高く、下手に刺激すれば危険なことを過去の経験で知っているため下手にでる。

 

「えへへ、それは面白そうだけど、今日は友達の大事な用があるんだ。本当にごめんね」

 

由香里は心から申し訳なさそうな表情で謝る。

 

普通のナンパならここで諦めるが、由香里に声をかけた男は普通ではなかったようだ。

 

由香里の拒絶する言葉を聞くなり、不機嫌な雰囲気となった。

 

「おいおい、この俺がここまで誘ってやってんのに断るつもりかよ。お前は何様のつもりなんだよ!」

 

「ちょっ!? いきなり腕を掴まないでよ!」

 

乱暴に腕を掴まれた由香里は反射的に男の腕を振り払う。

 

その由香里の反応に男は怒りを露わにする。

 

「お前、この俺の腕を払いのけるなんぞ許される立場だと思ってんのかよ!」

 

「な、何を言ってるのよ、あなた…」

 

明らかに普通とは違う男の反応に、普段ならこういった場面には慣れているはずの由香里も困惑する。

 

「俺は選ばれた人間なんだよ。その俺に声をかけられたら喜んで従うのが、唯一お前が許された選択肢なんだよ!」

 

訳の分からない言葉を口にする男に恐怖を覚えた由香里は、咄嗟に助けを求めて周囲に目を向けた。

だけど誰も由香里と目を合わせようとせずに足早に通り過ぎるだけだった。

 

(そうよね、好き好んで厄介ごとに首を突っ込むお人好しなんかいないわ)

 

一瞬とはいえ、見知らぬ他人に縋ろうとしてしまった自分に由香里は呆れてしまう。

 

由香里は容姿が優れていたため、昔からよく厄介ごとに巻き込まれていたが、一度たりとも誰かに助けてもらったことなどなかった。

 

いつも自分の力だけで窮地を脱してきた彼女にとって、他人に助けを求めるなど時間の無駄でしかなかった。

 

そしてそれは今回も同じはずだった。少なくとも由香里は誰かに助けてもらえるなど思ってもいなかった。

 

「お兄さん、こっちのお姉さんが困っているよ。ナンパなら引き際を弁えなよ」

 

そんな由香里にとって、自分を庇うように出てきた年下の男の子は理解不能な生き物だった。

 

 

***

 

 

久しぶりに一人で街を散歩していたら、タチの悪いナンパに引っ掛かってる年上の女の子を見つけた。

 

「まったく、僕の前でそんな事をするなんて馬鹿な男だね」

 

姉さん思いの僕にとって、年上の女の子というのは絶対に守るべき存在だ。もちろん年下の女の子は男として庇護する存在だし、同い年の女の子を庇うのは常識だろう。

 

「お兄さん、こっちのお姉さんが困っているよ。ナンパなら引き際を弁えなよ」

 

僕は出来るだけ男を刺激しないように優しく声をかける。

 

別にこれは男に配慮してるわけじゃない。単に絡まれている女の子の前で乱暴な真似をして怯えさせたくないだけだ。

 

まあ、こんな馬鹿な真似をする男には通じないことが多いんだけどね。

 

「ああん! ガキが出しゃばるんじゃねえぞ! ぶっ飛ばれたくなけりゃ失せやがれ!」

 

思った通り男は激昂して怒鳴り散らしてきた。

 

「き、君、あたしは自分で何とかするから早く逃げて!」

 

絡まれていた女の子が震えながらも、僕に逃げるようにと促す。

 

これは反省だね。

 

助けようとした女の子に庇われるなんて、操姉さんに合わせる顔がないよ。

 

「僕は大丈夫だから、お姉さんこそ逃げてよ」

 

「ダメよ、君をおいてあたしだけ逃げるなんて出来ないわ!」

 

僕は強引に女の子の背を押してこの場から逃がそうとするけど、ナンパされていた彼女はその大人しそうな外見とは違い、意外と強い口調で逃げることを拒否する。

 

「あのね、お姉さんがいたら逆に迷惑だからさっさと逃げてくれないかな?」

 

「迷惑ってなによ! これはあたしの問題なんだから年下の君に庇われる謂れはないわ!」

 

どうやらこの女の子は相当に気が強いみたいだね。外見はぽややんとした感じだからギャップが凄いよ。

 

「たぶんお姉さんが思っているよりも僕は強いから、お姉さんは心配せずに逃げてくれないかな?」

 

「べ、別に君のことなんか心配してないわよ。ただ、あたしのことは放っておいても大丈夫って言いたいだけよ !」

 

この女の子って、ツンデレ系?

 

「何か変なこと考えてない?」

 

僕の考えを察したように女の子はジト目で見つめてきた。

 

随分と勘のいい子みたいだ。もしかしてエスパーかも?

 

ちょっと試してみよう。

 

「お姉さん、僕が考えていること分かる?」

 

「えっ?」

 

突然の脈絡のない僕の言葉に、女の子は一瞬だけ驚いた顔になったけど直ぐに答えてくれた。

 

「うーん、そうね。ナンパされている超可愛い女の子を助けてお近付きになりたいな。って、ところかしら?」

 

「あはは、残念ながらハズレだね」

 

どうやらエスパーでは無いみたいだけど、イイ性格ではあるみたいだ。

 

「あら、違うんだ。だったら君はどうしてあたしを助けようとしているのかな?」

 

女の子はこちらを試すような口振りで問いかけてくる。

 

まあ、普通なら彼女の言う通り、下心なしで助ける男は少ないかもね。でも僕にとっては簡単な話なんだよね。

 

「僕にとってはそこの男は目障りなハエみたいなものだからね。目の前を飛んでいたら追い払うぐらいするよ」

 

「ちょっ!? そんなこと言ったら!」

 

僕の言葉に女の子は顔色を変える。

 

「ああっ!? お前、俺の事をハエだと言いやがったのか!」

 

僕と女の子の話についてこれずに黙ったままだったナンパ男が、僕のハエ発言に反応して迫ってきた。

 

男は僕の胸ぐらを掴むと殴ろうとして腕を振り上げる。

 

「ちょっと止めてよ! あたしなら言うこと聞くから乱暴はしないであげ『ガハッ!?』…え?」

 

僕の胸ぐらを掴んだ時点で正当防衛成立だから、僕は遠慮なく男の鳩尾に膝を叩き込む。

 

脳筋な連中が大多数を占める神凪一族だけど、僕は数少ない温和な人間だから正当な理由がない限り暴力を振るったりはしない。

 

もちろん、“僕にとって”正当な理由があれば暴力だけではなく、どんな手段だってとる覚悟は出来ている。

 

たとえ温和な僕とはいえ、人の世を守る炎術師なのだから当然のことだろう。

 

「て、てめえ…こんな真似をして…た、ただで済むと…」

 

僕の身体にしがみつく様にして呻いている男を近くのゴミ捨て場に向かって蹴り飛ばす。

 

「ゲボッ!?」

 

「よし、これで一件落着だね」

 

「ちょっと!? なにを和かに去ろうとしてるのよ!」

 

散歩の続きをしようと歩き出した僕を慌てたように女の子が引き止める。

 

「えっと、なに? 逆ナンってやつかな?」

 

「そんな訳ないでしょう!? こんな事して後で仕返しをされちゃうわよ!」

 

どうやら僕を心配してくれているみたいだ。気は強いみたいだけど優しい女の子だね。

 

「僕のことは心配しな『あ、あたしまで狙われたらどうするのよ!』…なるほど、それは確かに心配だね」

 

彼女の言葉が照れ隠しなのかそれとも本気なのかは分からないけど、確かに彼女に迷惑がかかる可能性がある。

 

どうやら僕は自分の死亡フラグ(原作一巻での首チョンパのことだよ)が折れたせいで、随分と詰めが甘くなっていたみたいだ。

 

やると決めたなら徹底的にやらなきゃダメだよね。

 

後腐れがないように徹底的にやろうと僕が決意したとき、先ほどの男の声が聞こえてきた。

 

「て、てめえは俺を怒らせた。もう容赦はしねえぞ!」

 

ゴミ捨て場で転がっていた男がいつの間にか立ち上がっていた。

 

男は上着を脱ぎ捨てると全身に力を込める。すると男の筋肉は恐ろしいほどに膨張を始めた。

 

「うぉおおおおおおっ!!!!」

 

凄まじい気合いと共に膨張を続ける筋肉。

 

「たしか、こういうのはパンプアップと言うんだよね」

 

「あの…人の筋肉って、普通はこんなに膨れないと思うよ?」

 

女の子の言葉には一理あるだろう。

 

不摂生な生活のせいか男の弛みきった身体が、世界トップクラスのボディビルダーのような身体にまでパンプアップするのは普通じゃない。

 

「クハハハハッ! 俺のこの身体を見て生き残っている奴はいねえぜ! 覚悟しやがれ、小僧っ!!」

 

「その身体を見て生き残っている人はいない?」

 

男の言葉に僕は周囲を見渡す。

 

少なく見積もっても百人ぐらいは目撃者がいてるだろう。

 

「今からここにいる人達を虐殺していくの?」

 

「う、うるせえ! ごちゃごちゃと抜かすんじゃねえよ!」

 

男は恥ずかしかったのか赤くなる。

 

「うわあ、赤面する筋肉って気持ち悪いかも」

 

「お姉さんはもう帰りなよ。ちゃんとお姉さんに迷惑がかからない様に処理をしておくから安心していいよ」

 

男の不自然な身体の変化にキナ臭いものを感じた僕は女の子に帰るように言う。

 

「そのお姉さんって呼ぶのはやめてよ。あたしの名前は篠宮 由香里(しのみや ゆかり)よ。そうね、君は特別に由香里って呼んでもいいわよ」

 

あはは、僕の話を聞いちゃいないよ。

 

「あのさ、思ったより危なさそうだからお姉さ『由香里』…由香里お姉さ『由香里』…由香里さ『由香里』…年上を呼び捨てには『由香里』…はぁ、思ったより危なそうだから由香里は先に逃げてくれないかな? 流石に由香里を守りながら対処する余裕はないよ」

 

「うふふ、年上を呼び捨てだなんて、君はおませさんだね。あれ、そういえば君の名前をまだ聞いていないよ? あたしを呼び捨てにしているんだから君の名前も教えてよ」

 

なんだろう、この理不尽さは?

 

今まで僕の周囲にいた女の子達は、基本的に僕の話をちゃんと聞いてくれる子達ばかりだったから、由香里の反応はある意味新鮮だね。

 

決して好ましいという意味じゃないけどね。

 

「僕は大神 武志だよ」

 

「大神 武志……じゃあ、あたしは武志って呼ぶね。武志もあたしのこと呼び捨てだから構わないよね」

 

「いや、その…なんだか急に余裕な態度になってない? さっきまで由香里は怯えていた気がするんだけど?」

 

気の荒いナンパ男から、凶暴な筋肉男にと間違いなく危険度は増していると思うんだけど、由香里は逆に余裕を持ち始めている。

 

「えへへ、だって武志がまるで緊張してないんだもん。本当はあたしを守りながら対処できる自信があるんでしょう?」

 

なるほど、由香里は気が強いだけじゃなくて観察眼も鋭いみたいだね。

 

僕が由香里の意外な一面に感心していると筋肉男が焦れたように騒ぎだす。

 

「お前らいい加減にしろ! 俺を無視してんじゃねえぞ!」

 

喚くのと同時に筋肉男が殴りかかってくる。

 

わずか一歩でトップスピードに達した筋肉男の速さに少し目を見張るが、ただそれだけだ。

 

僕は慌てずに由香里を逃したあと、自分も筋肉男の進路から外れる。

 

どうやら筋肉男は自分の速度に対応出来ないらしく一直線に突っ込むだけだ。

 

僕の横を通り過ぎた後、たたらを踏む様にしながら何とか止まった筋肉男。

 

その筋肉男の背中にソッと手の平を当てる。

 

「フンッ!!」

 

コンクリートの歩道を踏む砕く震脚から生み出された力は、足先から順に膝、腰、肩へと伝わっていき同時に捻りを加えることによってその力を増幅させていく。

 

最後に手の平へと集約させた力が筋肉男の内部を駆け巡る。

 

その衝撃に筋肉男は悲鳴をあげることも無く、ビクンと大きく震えてその場に崩れ落ちた。

 

「ほわー、予想以上に呆気なかったね」

 

由香里は目を丸くして驚いていた。

 

本当はもう少し手加減をするつもりだったけど、筋肉男が由香里を巻き込む攻撃を加えてきたから容赦なく倒すことにした。

 

女の子に暴力を振るうような男にかける慈悲はないからね。

 

「ねえ、この男…萎んでるよ?」

 

由香里の言葉に筋肉男に目を向けると、先ほどまでの極限まで鍛え上げられた筋肉が嘘のように萎んでいた。

 

その姿は元の弛んだ男の身体よりも遥かに小さくなっている。

 

「…なんだか、お爺ちゃんみたいになってるよ」

 

男の余りの変わりように由香里は恐怖を感じたみたいだ。

 

確かにこの変わりようは異常だ。少し調べてみる必要がありそうだね。

 

僕は携帯を取り出すと電話をかける。

 

「もしもし、霧香さん。武志ですけど、実は少し気になる事件に遭遇しまして。はい、詳しくは会ってお話をします。今いる場所はですね…」

 

僕は馴染みのある警視庁特殊資料整理室の橘警視に連絡をとった。

 

彼女は警視庁のオカルト関係の事件を専門に扱う部署の人間であり神凪一族のお得意様だ。

 

そして、神凪一族に依頼する程ではない小さな事件なら、僕が個人的に協力する相手でもある。

 

一族を通さない格安の依頼だけど、僕個人として考えるといい小遣い稼ぎになるんだよね。

 

たまに綾や沙知を誘って三人で依頼を受けるけど、三人だと結構依頼も楽しかったりもするんだよね。

 

まあ、橘警視――霧香さんの方も格安で神凪一族の炎術師を雇えるもんだから僕たちは良好な関係を保っている。

 

今回の筋肉男の件も怪しい匂いはするけど、筋肉男の実力から判断すれば神凪一族が出張る程じゃないだろう。

 

つもり僕の小遣い稼ぎに丁度良さそうな事件だということだ。

 

霧香さんも僕の意図が分かってるみたいで話はスムーズに進んだよ。

 

「ねえ、今の霧香さんって誰なの?」

 

…しまった。由香里のことを忘れていた。

 

「警察の人だよ。ちょっとした知り合いだから今回のことを頼もうと思ったんだ。事情聴取とか面倒くさいことがあるから由香里は先に帰ってなよ。結果は後で連絡するからさ」

 

オカルト関係の話に素人の由香里を関わらせるわけにはいかない。ここはさっさと帰ってもらおう。

 

「なんだか怪しいわね。なにか隠しているでしょう?」

 

「僕が隠していることなんて小さなことだよ。単に面倒くさいことを引き受けて、由香里の好感度を稼ごうと思っている男の子の可愛い下心だけだからね」

 

「はい、ダウトだよ。武志があたしのことをそういう対象として見ていないことは一目瞭然だよ」

 

うぬぬ、由香里が『ほらほら、さっさと白状なさい』と詰め寄ってくる。

 

うーん、どうすべきかな?

 

よし!

 

霧香さんに任せることにしよう!

 

霧香さんなら素人の相手にも慣れているだろうから悪いようにはしないだろう。

 

うんうん、それがいい。

 

そうしよう。

 

決して、僕の両肩を掴んで『素直に喋りなさーい!』とガクガクと揺さぶりながら叫んでいる由香里の相手をするのが嫌なわけじゃないよ?

 

適材適所というやつだね。

 

 

***

 

 

由香里にとって、その男の子は本当に理解不能な存在だった。

 

態々厄介ごとに首を突っ込んできた年下の男の子は、粗暴な男の脅しにも眉一つ動かさずに平然としていた。

 

その男が異常なほどの変化を見せても多少の興味を示すだけであっさりと倒してしまう。

 

異常な変化をした男以上に人間離れした動きを見せた男の子に普通なら恐怖を感じるのだろう。

 

だけど、なぜか由香里はその年下の男の子に恐怖は感じなかった。

 

その代わりに感じたのは強い好奇心だった。

 

その人間離れした力に、

 

お節介であり、妙に軽い性格に、

 

そして自他共に認める美少女の自分に全く興味を示さない態度にも由香里の好奇心は刺激された。

 

(どうしてこの男の子は自分を助けてくれたのかな?)

 

どうやら男の子には秘密がありそうだった。

 

そしてその事を由香里に隠そうとしている。

 

男の子は隠さなければならない秘密がありながら由香里を助けた。

 

由香里自身に全く興味がないにも関わらずだ。

 

由香里には理解できなかった。

 

だからこそ、由香里は男の子に食い下がった。

 

理解不能な存在を理解するために食い下がった。

 

おそらくここで別れたら二度と会うことは無いだろう。

 

そんな予感が由香里にはあった。

 

「素直に喋りなさーい!」

 

男の子の両肩を揺さぶりながら由香里は半ば祈るような気持ちで食い下がった。

 

どうしてここまで気になるのか由香里自身にも分からなかったが、どうしてもこのまま別れたくなかった。

 

「わ、分かったよ。由香里も一緒に連れていくから揺さぶらないで」

 

由香里の揺さぶり攻撃に根を上げた男の子が由香里の同行を認めてくれた。

 

きっと男の子が本気で拒否したら由香里ではどうしようもなかっただろう。

 

お節介で、

 

軽い性格で、

 

人間離れした力の持ち主で、

 

そして、とても優しい年下の男の子。

 

「えへへ、じゃあ、一緒に行こうね!」

 

自分の好奇心が命じるまま、由香里は理解不能な男の子――武志を追いかける決心をした。

 

 

 

 

 




綾乃「どうして由香里が出ているのよ!」
紅羽「あら、綾乃の親友でしょう?嬉しくないの?」
綾乃「それは原作での話よ!この世界だとただの同級生に過ぎないわ!」
紅羽「なんだか荒れてるわね」
綾乃「私の出番はないのに由香里が出ているのが気に食わないのよ!」
紅羽「原作4巻目に突入だから新しいキャラを入れて展開に変化を持たせたいんじゃない?」
綾乃「それこそ私を出せばいいじゃない!元から出番が少ないんだから丁度いいわ!」
紅羽「綾乃が出たら何もかも力尽くで解決しちゃうだろうから、展開がワンパターンになるわよ」
綾乃「何もかも力尽くって、私はそんな脳筋じゃないわよ!?私は文武両道の素敵なお姉さんなんだからね!」
紅羽「これからはそういう設定で武志に接するの?」
綾乃「設定じゃなくて、本当のことなの!!」


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第50話「異能者」

50話に達しました。これからも頑張ります。


「最近、急に異能者が増えだしたのよ」

 

霧香さんに筋肉男の件を説明すると、彼女は心当たりがあると言い出した。

 

なんでもここ最近、修行をした形跡もないのに突然異能に目覚める人間が続出しているらしい。

 

そして、そんな異能者達は突然目覚めた力を使って粗暴な行為に走るものが多く、警視庁特殊資料整理室でも警戒していたそうだ。

 

「私達でも対処可能な異能者しか確認されていないけど、数が多すぎるのが問題なのよね」

 

警視庁特殊資料整理室に所属する術者達は、神凪一族と比べれば戦闘力こそ弱くはあるけど、各々が修行を積んだ術者だからその腕は確かだ。

 

異能の力を得ただけの素人を無力化することなど容易いことだろう。

 

「一般の警察の手に負えないせいで、私達の仕事量が激増しているのよね」

 

霧香さんは疲労を感じさせる声色でぼやく。

 

なるほど、確かに異能者相手では普通の警察官では荷が重い。

 

「そんな奴らは撃ち殺しちゃえばいいんじゃないですか?」

 

由香里が過激な発言をする。

 

「日本の警察では難しいわね。威嚇射撃をしただけでも問題になる国なのよ。日本という国はね」

 

「まったく、犯罪者相手に躊躇するなんて警察も頼りないですよね」

 

「本当にね、お陰で私達は休日返上で酷使されているわ」

 

「本当に大変ですよね。それで、異能者が急増した理由は何か掴めたんですか?」

 

「ええ、実は……それを貴女に言うわけにはいかないわよ」

 

「えへへ、やっぱり?」

 

舌をペロッとだしてお茶目に笑う由香里。

 

「まったく、油断も隙もあったものじゃないわね。警察の機密事項を聞き出そうとするなんて、流石は大神君のガールフレンドってところかしら?」

 

霧香さんは呆れたように僕の方を見るけど、女子高生相手にアッサリと機密事項を口にしようとする方が問題があると思うんだけど?

 

「篠宮さんだったかしら? 貴女は若いから好奇心が刺激されるのは分かるけど、今回の件に深入りしてはダメよ。この世には普通の人が関わってはいけない世界があるのよ」

 

僕のジト目に気付いたのか、霧香さんは真面目な顔になると由香里を諭し始めた。

 

「はい、確かにその通りだと思います。今回は運良く武志に助けてもらえたけど、次も幸運が続くとは思えません」

 

「その通りね。今回は偶々運が良かっただけだわ。次はないと思った方がいいわ」

 

「はい、この世界にはあたしが知らなかっただけでオカルト的な危険が満ち溢れていたんですね」

 

由香里は怯えるように俯く。

 

「ええ、そうね。でも安心してね。そのために私達、警視庁特殊資料整理室が存在するのだもの。今回の一連の騒動も直ぐに解決してみせるわ」

 

「警視庁特殊資料整理室も警察の組織ですよね? 異能者相手に大丈夫なんですか?」

 

由香里は不安そうな声で霧香さんに問いかける。

 

「うふふ、大丈夫よ。私達はオカルトのプロなのよ。異能に目覚めただけの素人なんて目じゃないわ」

 

霧香さんは由香里を安心させるように優しく微笑む。

 

「オカルトのプロ……えへへ、警察にオカルト専門の部署が本当にあるだなんて」

 

「え?」

 

由香里は顔を上げるとニンマリと笑う。

 

「これって、大スクープですよね」

 

由香里の手にはICレコーダーが握られていた。

 

 

 

 

女子高生に簡単に弱みを握られた橘警視。

 

「霧香さん、それでよく警視なんてやってられるよね?」

 

「この娘は大神君のガールフレンドよね!? 冗談は止めさせて欲しいわ!」

 

霧香さんは慌てて僕に助けを求める。

 

「いえ、由香里とは今日出会ったばかりで親しいわけじゃないから、下手に関わって僕にまで飛び火したら嫌だからお断りします。因みに由香里は僕のことは脅さないよね?」

 

「もちろんよ。武志はあたしを助けてくれた恩人だもの。そんな相手を脅迫するような真似は絶対にしないわ」

 

由香里は断言してくれる。

 

彼女とは出会ったばかりだけど、嘘を吐くような人間じゃないことは分かる。

 

「うん、由香里ならそう言ってくれると思ったよ」

 

僕は由香里に笑顔を向ける。

 

「由香里が僕を脅すような馬鹿な真似をしなくて本当に安心したよ」

 

「えへへ、橘警視さんのようなタイプならこういった駆け引きは有効な手段だと思うけど、武志には逆効果だよね? 武志とは駆け引きなんかせずに素直に情に訴える方が効果的だと思うんだ」

 

「うんうん、女の子は素直な方が可愛いよね。もちろんツンデレな子も魅力的だと思うけどね」

 

「えへへ、武志ってば意外と節操がないみたいだね」

 

「あはは、僕はフェミニストだからね。女の子には基本的に甘いんだよ」

 

「基本的かあ、つまり敵対すれば容赦はしないわけだね」

 

「いやいや、ちゃんと容赦はするよ。男相手なら問答無用で地獄送りでも、女の子相手なら二度と敵対する気が起きない程度で抑えるからね」

 

「うん、やっぱりあたしの判断は間違っていないわね。脅すのは橘警視だけにして正解だわ」

 

「あはは、甘く考えたらダメだよ。霧香さんは温和そうにみえるけど、この場に僕が居なかったら彼女を脅した君は今頃どうなっていたか分からないよ。っていう感じかな? 彼女の本性はそんな人だから用心しなよ」

 

「うん、伊達に国家権力の裏組織を仕切っているわけじゃないってことだね」

 

由香里は神妙そうに頷く。

 

「でも、そんな危険な人でも武志には配慮するんだ。やっぱり、あたしの判断は間違っていなかったわけだね」

 

由香里は、にぱっと顔を輝かす。

 

どうやら彼女は状況判断能力に長けているみたいだね。

 

「それで、由香里は結局どうしたいのかな? 霧香さんの弱みを握るのは諸刃の剣だよ。いつかは君を破滅させることに繋がりかねない」

 

僕の正直すぎる言葉に霧香さんの頰は引き攣っていた。

 

「あ、あの? 私はそんな危険人物じゃないわよ」

 

「あはは、確かに僕にとっては危険人物じゃないよ。だけど、一般人の由香里を社会的に抹殺することなんて……霧香さんにとっては朝飯前だよね」

 

僕は笑みを消して、霧香さんに問いかける。

 

「そ、そんなに凄まないでよ。私が大神君のガールフレンドに手出しするわけないでしょう?」

 

霧香さんは焦りながら否定する。

 

だけどそれは、“僕の友人なら手を出さない” という意味であって、敵対する人間を抹殺したりしない。という意味じゃない。

 

由香里ならその辺のニュアンスを理解できるだろう。

 

「ぴっと、レコーダーの消去完了しました。えへへ、冗談はここまでにしておきますね」

 

由香里は、天使のような邪気のない笑顔でレコーダーの録音記録を消去した。

 

 

***

 

 

あたしの人を見る目はまだまだみたいね。

 

お人好しそうな橘警視の弱みを握って、今回の事件に強引に関わらせてもらおうと思っていたけど、あたしはあまりにも無防備に虎の尾を踏んでしまった。

 

“警視庁特殊資料整理室”

 

警視庁に極秘に存在するオカルト専門の部署。

 

それは、一般には決して公開されないオカルト犯罪に対処するための裏の組織だった。

 

そんな非合法に近いヤバい組織だと分かっていたはずなのに、あたしより年下の武志がかけた電話一本でホイホイとやって来た女性――橘警視のことを甘くみてしまった。

 

あたしの目的の為に橘警視を利用しようと迂闊にも彼女を脅す言葉を発した瞬間、一瞬だけ彼女が見せた冷たく暗い光を発する瞳。

 

その同じ人とは思えない冷たい瞳を見た瞬間、あたしの心臓は確かに止まった。

 

「霧香さん、それでよく警視なんてやってられるよね?」

 

たぶん、その直後に武志が軽い感じの言葉で、あたしの脅迫の言葉を冗談っぽくしてくれなかったら、あたしの心臓は止まったままだったかもしれない。

 

その後は、武志がフォローしてくれるままにその場を誤魔化した。

 

 

「由香里は僕が思っていたより迂闊だね。ちょっとビックリしちゃったよ」

 

橘警視と別れた後、武志には呆れられてしまった。今回は確かに反省すべきだ。武志がいなかったらとんでもないことになっていただろう。

 

「それで、由香里は本気でこの件に関わり合いたいの? 言っておくけど素人が首を突っ込んでいい話じゃないよ」

 

武志は橘警視から正式に調査依頼を受けた。そしてあたしは、その調査の手伝いをしたいと申し出た。

 

「もちろんよ! ここで引き下がるぐらいなら最初から武志と一緒にここまで来ないわよ!」

 

「はぁ、どうして僕が関わる女の子は気の強い子ばかりなんだろう?」

 

あたしの強気な言葉に武志は溜息をつく。

 

ふむ、武志の台詞から察するに彼の周囲には女の子が多いみたいね。

 

まあ別に、あたしは武志に対して恋愛的な興味があるわけじゃないから構わないわけだけど、溜息をつく武志はクタびれた中年のおじさんみたいだね。

 

……ちょっとだけ、優しくしてあげようかな?

 

 

「それで、調査は何処からするの?」

 

橘警視の話だと、最近の異能者達はただ暴れるだけではなく、異能者達で集まって格闘大会のような試合をしているそうだ。

 

まったく異能者は男が多いらしいけど、どうして男って戦うことが好きなのかしら?

 

異能を得たからって、直ぐに格闘大会を開くなんて馬鹿みたいよね。

 

「うん、取り敢えず異能者達の格闘大会に潜入してみようと思っているんだ」

 

まあ妥当かしら。何しろ異能者達が集まる場所が分かっているのだものね。

 

「由香里がついてくることは諦めたけど、現場では僕の指示には絶対に従ってね。じゃないと由香里を守りきれないからね」

 

うふふ、武志は年下だけど、こういったことは慣れているから頼りになるよね。

 

「でも異能者同士の格闘大会か……僕も参加出来ないかな?」

 

ワクワクしたような口調の武志。

 

その瞳は普通の男の子みたいにキラキラと輝いていた。

 

え、えっと、頼りに思っても大丈夫なんだよね?

 

少し不安に思いながらも、武志の子供っぽい一面を見れて少し嬉しく感じてしまった。

 

 

 

 

 




綾乃「うがー!! 今回も由香里がメインってどういう訳よ!!」
紅羽「あの、綾乃? もう少し口調に気をつけましょうね」
綾乃「そんな細かいことは如何でもいいのよ!! そんな事よりも橘警視なんてモブまで出ているのにこの炎の御子とまで呼ばれたあたしの出番がないのはどういうことよ!?」
紅羽「も、モブって、それは橘警視に失礼じゃないかしら? 原作では綾乃とも関わり合いが多かったわよね?」
綾乃「あの女狐にいいように利用されていただけよ!!」
紅羽「そうなの? まあいいわ。話は変わるけど、ストーリーが進むのが遅くなってきたわね」
綾乃「作者が原作で特に好きだった話だから仕方ないわね。しばらくはこんな調子じゃないの?」
紅羽「先は長そうね」


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第51話「因果応報」

お久しぶりです。今回はほとんど過去のお話です。


――内海浩助(うつみこうすけ)

 

聖陵学院に通う生徒なら彼を知らぬ者は殆どいないだろう。

 

彼を一目見れば嫌でもその姿が記憶に刻まれるのだから。

 

一言で彼を表すなら――“太い男”だった。

 

その身体が太かった。

 

その腕が太かった。

 

その足が太かった。

 

その首が太かった。

 

その容貌が太かった。

 

その眼差しが太かった。

 

その吐く息が太かった。

 

そして――

 

 

「街中で暴れる奴らが増えているのか。面白い、その様な奴らはこの僕の筋肉で捻り潰してやる」

 

 

――その思考が太かった。

 

 

 

 

それは数年前の冬のことだった。

 

浩助は何時ものように愛用のカメラ片手に盗撮のモデルを探して学校内を彷徨っていた。

 

「第一目標は、やっぱり神凪さんだよな」

 

学校一の美少女と名高い女子生徒に狙いをつけた彼の行動は速かった。

 

脳にインプットされているローアングルから撮影できる場所と、女子生徒の行動パターンを照らし合わせて割り出したベストショットの位置に素早く移動する。

 

「でへへ、この僕が最高の一枚を撮ってあげるよ」

 

厭らしく笑う浩助は、カメラを構えながら女子生徒が来るのを待っていた。

 

その後ろ姿を好意的に解釈すれば、大物のヒットを辛抱強く待つ釣り人を思わせるものと言えなくもないが、大多数は別の印象を受けるだろう。

 

「おい、変態。そこで何をしている?」

 

「ひっ!? だ、誰だよ!」

 

的確な表現で浩助を表した男――神凪和麻は呆れた目で浩助を見つめていた。

 

「さしずめ盗撮ってところか?」

 

「ぼ、僕の芸術を盗撮なんて下賤なものと一緒にしないでくれ!」

 

「お前、小学生のくせに女子のパンツに興味があるのか? 随分とマセてるな」

 

「ぱ、パンツだなんて言い方をするな! 純白の布地やスカートの奥の神秘とかもっと良い言い方があるだろ!」

 

浩助の本気の怒号に和麻は頭痛を覚える。

 

「はあ、こいつは武志とは別方向の馬鹿だな。おい、今なら引き返せるぞ。正しい道に戻って来い」

 

「何を言ってるんだ! 僕は芸術の道を歩いているんだぞ! 僕の道こそ正しい道だ!」

 

声も高らかに胸を張って宣言する浩助の姿に和麻は回れ右をして帰りたい衝動に襲われるが、今この少年を見捨てれば将来、とんでもない変態を生み出すだろうと我慢する。

 

それにこの極端な意見を持つ少年の姿が、和麻を兄と慕う少年の姿と僅かながら重なった。

 

そんな少年を簡単に見捨てることは和麻には出来なかった。

 

「芸術って言われてもなあ。そうだな、そこまで言うならお前の作品を見せてくれよ」

 

「なんだと、僕の芸術を見たいのか? 本当に?」

 

和麻の言葉は浩助にとって予想外のものだった。

 

今まで自分の芸術に興味を持ってくれた友達は一人も居なかったからだ。

 

まあ、それも無理はないだろう。小学生男子にとって、同じ小学生女子のパンツになど興味は湧かないものだ。もしも対象が大人の綺麗な女性なら早熟な男子なら興味を示したかもしれないが。

 

「本当だよ、だから見せてくれよ」

 

「……よし、いいだろう。部室に案内してやる」

 

少し逡巡しながらも浩助は自分の芸術を見せることを了承する。

 

その時に見せた嬉しそうな表情は年相応で、こいつはまだ間に合うみたいだな。と和麻は心の中で呟いた。

 

 

 

 

「どうだい、僕の芸術は!」

 

見せられたアルバムには明らかに盗撮と分かる小学生女子のパンチラ写真が、ギッシリと挟まれていた。

 

和麻の頭痛は悪化するが、浩助の明るい笑顔を見ると怒鳴りつけて叱る気が薄れてしまう。

 

(こいつはまだ間に合う。こいつはまだ間に合う。こいつはまだ引き返せる。あいつとは違う。うん、きっと、たぶん、そう信じよう)

 

「あのさ、お前はこの写真を本気で芸術だと思っているのか? それともスケべな気持ちを芸術だと言って取り繕っているだけなのか?」

 

和麻は男同士、腹を割って話をしようと単刀直入に突っ込んだ。

 

浩助が早熟ゆえにパンチラに興味を持っているのなら、それはある程度は仕方ないだろう。それが男というものだからだ。

 

その場合なら盗撮のような他人の心を傷つけるような事は止めさせて、合法的(?)な欲望の処理方法を教えてやればいいだけだ。

 

もしも本気でパンチラを芸術だと考えている場合は……どうしよう?

 

和麻自身はいたってノーマルな嗜好の持ち主のため、パンチラを芸術だとは思えなかった。

 

もちろん、女性の体の曲線などはスケベ心を抜きにしても美しいと思える程度の美意識はあったが、パンチラは……スケベ心しか感じなかった。

 

(まあ、その時はその時に考えるか)

 

案外と適当な和麻だった。

 

「何言ってんだよ。パンチラは芸術だって、隣の家の兄ちゃんが言ってたぞ。その証拠に僕が撮った写真を買い取ってくれるからな」

 

「……その兄ちゃんって、いくつだ?」

 

「高2だったと思うけど?」

 

「そ、そうか……」

 

間違いなくその隣の兄ちゃんの悪影響だった。そして、間違いなくその隣の兄ちゃんは◯◯◯◯だろう。

 

(まったく、どうしようもない奴がいたもんだな。こんな子供をいいように扱いやがって)

 

和麻は本気で怒っていた。

 

身勝手な人間のせいで、一人の少年の人生が台無しになった可能性があった。

 

もしも自分が声を掛けなかったら、間違った方向に進んでいった少年は本物の変態になっていたかも知れないのだ。

 

和麻がアルバムをパラパラと捲ってみたところ、あいつが関係する女子生徒がいなかった事に安堵する。

 

(ふう、もし綾や沙知のパンチラがあったりしたら、俺まで始末されかねんからな。しかしこれであいつにも協力を頼めるな)

 

やはり小学生男子を正しい道に戻すには、同じ小学生男子が適役だろう。

 

“あいつに任せる”

 

この時の和麻は何故か良いアイデアだと思ってしまった。

 

後に和麻は思い知ることになる。

 

“あいつはあいつで別方向に問題があったんだった!!”

 

――と。

 

 

 

 

和麻兄さんに厄介ごとを頼まれた。

 

パンチラ小僧の矯正だ。

 

正直いって男なんて知ったこっちゃ無いんだけどね。

 

でもまあ、他ならぬ和麻兄さんの頼みだから仕方ないよね。

 

それに風牙衆の女の子達がパンチラ小僧に盗撮されたら嫌だから何とかしようと思う。

 

「とりあえず、その隣の家の兄ちゃんはボコっておこうかな」

 

高2ならもう自己責任になるだろう。小学生を使って盗撮させるような奴にかける慈悲はない。

 

そうだ! ついでにパンチラ小僧の矯正にも使うとしよう。

 

盗撮の原因になった兄ちゃんとやらの末路を見せつけて、因果応報を教えてあげれば盗撮もやめるだろう。

 

僕は早速、パンチラ小僧と隣の兄ちゃんを言葉巧みに人気のない場所に誘い出す。

 

お仕置き係には僕よりも被害者となりうる女子の方がいいだろうと思い、知っている女子の中でも一番の武闘派である綾乃姉さんに頼んだ。

 

「そういう事なら私に任せておきなさい。そんな変態共はまとめて矯正してあげるわ」

 

優しい綾乃姉さんは二つ返事で請け負ってくれた。

 

……あれ? まとめて?

 

なんとなく意思の疎通が上手くいっていない気がするけど……まあいいか。

 

結果良ければ全て良しと言うもんね。

 

人気のない裏山で正義の執行を行うことにした。

 

 

 

 

それは酷い状況だった。

 

年下の少女にメッタ蹴りにされる男子高校生。

 

通常なら年齢差、体格差を考えればあり得ない状況だろう。

 

だが、現実には男子高校生は抵抗らしきものは何も出来ずにただ耐えるのみだった。

 

「ゲボッ!? ゴホッ、ゴホ、も、もうゆる…して……」

 

「触るな、この変態!」

 

「ガハッ!?」

 

男子高校生は少女の足に縋り付き許しを請うが、少女は無情にも彼の顎を蹴り上げる。

 

「兄ちゃん!? も、もうやめてくれよ!! これ以上されたら兄ちゃんが死んじまうよ!!」

 

そんな光景を見せられていた浩助は、悲鳴のような声をあげる。

 

「ど、どうしてこんな酷いことをするんだよ!!」

 

地面にうつ伏せに倒され、背中を踏みにじるように足で抑えつけられて身動きの取れない浩助は、自分を踏みつけている少年に憎しみの声を向ける。

 

「あれあれ、先に女子達に盗撮だなんて、その人格を傷付ける真似をしたのは君達の方だよね。その報いを受けたからって、恨むのは筋違いじゃないかな?」

 

「ふざけるなっ!! たかが盗撮ぐらいでどうして暴力を受けなきゃいけないんだよ!!」

 

ふざけた物言いの少年に浩助は切れる。

 

たかが盗撮、たかが写真なんかでここまでの暴力を受ける謂れはないと浩助は吐き捨てる。

 

“ミシリ”

 

次の瞬間、浩助は自分の体が軋む音を聞いた。

 

「ぐうぅ!? や、やめて……せ、背骨が折れ…」

 

今まで感じたこともない激痛に浩助の意識は飛びそうになる。

 

「たかが盗撮って言ったね。確かに君にとってはたかが盗撮なんだろうね。でも撮られた側の気持ちを考えた事はあるか? 人に見られたくない姿を写真に撮られる気持ちを考えた事はあるのか? その心の痛みを考えた事はあるのか?」

 

激痛に耐える浩助の耳に少年の辛辣な言葉が飛び込んでくる。

 

「君はさっきどうしてこんな酷い事をするんだって言ったよな。それなら逆に僕も聞こう。どうして君は女子が苦しむ盗撮という酷い事をしたんだ?」

 

「そ、それは……僕は芸術だとおもっ…ギャア!?」

 

浩助が答えようとすると踏みつける力が強まり、彼は再び悲鳴をあげる。

 

「ああ、分かっているよ。ただの遊びだったのだろう? 芸術という名の遊びだ。盗撮をする際のバレるんじゃないかというスリルが楽しかったんだろう。盗撮した写真と引き換えに兄ちゃんから貰える小遣いが嬉しかったんだろう」

 

「そ、それは……」

 

自分でも気付かないフリをしていた本当の気持ちを当てられた浩助は、何も少年に返す言葉がなかった。

 

何も言い返せない悔しさに歯をくいしばる浩助はふと気付いた。

 

浩助と少年が喋っている間も続いていた少女による高校生へのお仕置きの音が、いつの間にか聞こえなくなっていたのだ。

 

恐る恐る二人の方に目を向ける浩助。

 

「ひいっ!?」

 

そこには、これまで暴力とは無縁に過ごしてきた浩助にとって、信じられないほどの悲惨な状態になった兄ちゃんが横たわっていた。

 

その倒れている兄ちゃんのすぐ隣では、先ほどまで悪魔のような表情で暴力を振るい続けていた少女――神凪綾乃が清々しい笑顔になり満足そうに兄ちゃんを見下ろしていた。

 

「心の痛みは他人には分からない。でも、人には想像力ってものがあるよね。あの兄ちゃんが受けた体の痛みが、盗撮をされた女子達の心の痛みと同じだと想像すれば、君にも自分が行った罪の重さが分かるんじゃないかな?」

 

真っ青になった浩助の耳元で少年は呟いた。

 

小さい声だったが、その低い声は浩助の魂にまで染み込んでいく。

 

「女子はか弱く守るべき対象だよ。だって分かるだろ? 何しろ男子が守ってあげなきゃ、女子が自分で自分を守るためにあそこまでするんだからね。ある意味、同じ男子を守る為にも女子のことは男子が守ってあげなきゃいけないよね」

 

少年の言葉に浩助は、兄ちゃんのショッキングな状態を目に焼き付けながら魂の奥底から肯定した。

 

そんな浩助の様子に少年は満足そうに頷いた。

 

「矯正は成功みたいだね」

 

「あら、ちゃんと体に分からせてあげなきゃ直ぐに元に戻っちゃうわよ」

 

「えっと、そうだね。綾乃姉さんがそう思うならそうだと思うよ」

 

「ちょっ!? それってどういう意味なの!?」

 

不穏すぎる二人の会話に、恐怖に震えていた浩助も思わず声をあげる。

 

「うふふ、もちろん君へのお仕置きタイムが始まるって意味だよ」

 

綾乃の可愛い笑顔での発言に浩助は絶望する。

 

一縷の望みをかけて、浩助は少年へと目を向ける。

 

少年は合掌していた。

 

「い、嫌だ! 兄ちゃんみたいになりたくない!!」

 

浩助は震える足を無理矢理に動かしながら逃げ出す。

 

「うふふ、逃げたりしたら罪が重くなっちゃうわよ」

 

「もう諦めなよ。自業自得だと思って、全てを受け入れたら楽に……はならないか、あはは」

 

「あら、罪を償えば気持ちは楽になるんじゃない?」

 

「なるほど、そういう考え方もあるよね」

 

「ほら、あの高校生も罰を受け入れて清々しい気持ちになってるわよ」

 

「えっと、僕の目にはピクピクと死ぬ間際の虫みたいに痙攣しているように見えるんだけど?」

 

「心の目で見るのよ! 彼は感謝しているわ。罪を償うチャンスを与えてもらった事にね」

 

「心の目って……綾乃姉さん、昨夜のテレビは何を見たの?」

 

「えへへ、たぶん武志と同じだと思うよ」

 

背後から聞こえてくる、二人の軽いからこそ恐ろしく聞こえる会話。

 

あいつらにとって、自分の命など何の価値もないと理解してしまう。

 

軽い気持ちで行った行為(盗撮)が、こんな最悪の状況に繋がるなんて誰が考えるだろうかと、浩助は必死に逃げながら纏まらない思考を巡らせていた。

 

「だ、誰か助けて……!!」

 

浩助は助けを求める。

 

「ダメよ、貴方は罪を償うのよ」

 

「ひい!? ぐわっ!?」

 

真後ろから聞こえた声に咄嗟に振り向こうとした瞬間、浩助の体は宙に舞い地面に叩きつけられた。

 

その痛みに目を閉じた浩助だったが、途轍もない嫌な予感に襲われて、痛む体を無理矢理に捻って体を動かす。

 

“ドスン”

 

接していた地面が震えるほどの勢いで、先ほどまで浩助の頭があった場所に綾乃の足が踏み下ろされた。

 

(本当に殺される)

 

見上げた浩助が見た綾乃の顔は、武志と喋っていた時とは別人だと思うほどに冷たく醒めていた。

 

綾乃の背後にいる武志はというと、真面目な顔で十字を切っていた。

 

(お前はさっき拝んでいただろう!? 祈る相手ぐらい統一してくれよ!!)

 

もう、自分でも何を考えているのか分からなくなっている浩助だった。

 

「ふん、次は避けんじゃないわよ。避けたら余計に罪は重くなると思いなさい」

 

無情な綾乃の言葉に浩助はもう抗うことを諦めた。

 

高く上げられる綾乃の足を絶望に染まった瞳で浩助は黙って見つめる。

 

(僕は何を信じれば良かったのかな)

 

最後に浩助はそう思った。

 

 

 

「何をやっとるか!! お主らは!!」

 

 

「ウゲ、雅人叔父さま!?」

 

 

「何がウゲだっ!! 一般人相手に暴力を振るう馬鹿がどこにいるか!!」

 

 

「お待ち下さい、雅人叔父さま! これには深い理由がありまして、ほ、ほらっ、武志も何か言って……ああっ!? 自分だけ逃げないでよ!! 私も連れて行って!!」

 

 

「こらっ、お主ら待たんか!!……まったく、逃げ足だけは早い奴らだな」

 

 

浩助を襲う直前で綾乃の足は止まった。

 

その奇跡を起こした声の主は、悪魔のような綾乃達を一喝すると追い払ってくれた。

 

「あ、貴方は……」

 

「しっかりしろ、坊主」

 

悪魔達がいなくなり、気が抜けた浩助の意識は遠くなる。

 

「もう大丈夫だぞ。今は休むといい」

 

浩助は遠くなる意識の中、力強く自分を抱きしめる人の男臭い笑みに見惚れていた。

 

 

 

 

――大神雅人(おおがみまさと)

 

それが、僕を本当の意味で救ってくれた恩人の名前だった。

 

今となっては、ただの変態だったと分かる隣の兄ちゃんも大神師匠の指導を受けて真人間になった。

 

この僕も大神師匠の指導のお陰で、人としての正道に戻ることが出来た。

 

「よいか、男とは背中で語るものだ。余計な言葉など不要よ」

 

そう言って見せてくれた背中は筋肉で大きく盛り上がっていて逞しかった。

 

「よいか、女子供は守るものだ。その為のこの腕よ」

 

そう言って見せてくれた腕は筋肉に包まれていてビール瓶のように硬く逞しかった。

 

「よいか、男とは一歩一歩堅実に人生を歩いていくものだ。その為のこの足よ」

 

そう言って見せてくれた足はパンパンに詰まったハムのような筋肉に覆われていて逞しかった。

 

「よいか、男とはどのような理不尽に襲われようとも跳ね返すものだ。その為のこの体よ」

 

そう言って見せてくれたポージングは世界レベルでも戦えるほどの筋肉キレキレで逞しかった。

 

師匠と比べれば、パンチラなどになんの魅力があると言うのだろうか?

 

僕は師匠に近付きたい。

 

その想いを胸に師匠の地獄のような筋肉トレーニングに耐え抜いた。

 

数年間の地獄トレーニングを乗り越えた後、僕の体は見違えるような筋肉に覆われていた。

 

「見事だ、浩助よ。もう俺が教える事はない。あとは己で筋肉を磨いていくがよい」

 

「大神師匠……ありがとうございました!!」

 

涙で見えない大神師匠の姿。だけど、僕には分かった。大神師匠も僕と同じように泣いてくれていることが。

 

師匠、見ていて下さい。

 

僕は師匠からいただいたこの筋肉に恥ずかしくないように生きていきます。

 

男らしく。

 

逞しく。

 

そして、師匠のように。

 

筋肉いっぱいに生きていきます。

 

だから師匠……

 

疲れた時は、その腕の中で休ませて下さいね。

 

 

 

 

「うむ、少々教育に失敗してしまったようだ。ほとぼりが冷めるまで海外にでも行くかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




紅羽「良かったわね、今回は綾乃の出番が多いわよ」
綾乃「いや、なんて言うか、今回の話って何なのよ?」
紅羽「四巻でのエピソードでしょう?」
綾乃「ううん、そうじゃなくて、なんだか今回の私って嫌な奴っぽくない?」
紅羽「敵対した相手に容赦がないのは原作でもここでも同じでしょう?」
綾乃「うーん、そう言われるとそうなのよね」
紅羽「視点が敵側だとこんなものよ」
綾乃「そうなのかなあ」
紅羽「それに今更よね、この話での綾乃は悪役寄りでしょう?」
綾乃「そんな訳ないでしょう!!」
紅羽「うふふ、冗談だから怒らないでね」
綾乃「ったく、ところで浩助とかいう変態って、こういうキャラだっけ?」
紅羽「ちょっとしたキャラ改変ね。原作と同じだと面白くないでしょう?」
綾乃「でもこれって、キャラの立ち位置が変わってない?」
紅羽「雅人叔父さまとは師弟関係だけど、貴方達とはどう考えても非友好的だと思うから大丈夫よ」
綾乃「じゃあ、この先、敵に回るわけ?」
紅羽「それは時の運ってやつね」
綾乃「いつもの様に先のことは考えてないわけね」


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第52話「想い」

お久しぶりです。銀の鈴です。

少し前に前話を投稿したような気分だったのですが、前話の投稿日を確認したら三年近くが過ぎていました。
すごくビックリしました。歳を取ると時間の流れが早く感じますね。
まるで、タイプスリップを擬似体験した気分です。



 

その日、紅羽は和麻から会いたいという連絡を受けた。

 

デートのお誘いならお断りだと電話越しに答えた紅羽に対して、彼にしては元気のない声色で『相談があるんだ』と、ポツリと漏らす。

 

紅羽が知る和麻は、いつも馬鹿みたいに元気よく──武志に向かって──叫んでいるイメージが強い男だった。決してこんな頼りない声をだす奴ではなかった。

 

紅羽は、そんな不自然な彼の様子にふと思い出した。和麻とは古い付き合いがあったことを。

 

二人は中学の途中から高校入学直前までクラスメイトだった。転校当初は色々と彼に気にかけてもらった記憶が紅羽にはあった。もっとも長年の悩みから解放された後は、可愛い弟(武志)との憩いのひと時(通学時)のお邪魔虫でしかなかったが。

 

和麻の相談事とは一体……間違いなく厄介ごとだろう。そう分かっていても紅羽は彼の相談を受けることにした。なぜなら転校当初のほんの僅かな期間だったとはいえ、紅羽は間違いなく和麻からの温かい気遣いに助けられたのだから。

 

「……すまない、紅羽」

 

紅羽の了承の言葉に答える和麻の声にはやはり元気がなかった。何故か紅羽は彼のそんな声が気に入らなかった。かつて、可愛い弟(武志)と交わしていた彼の楽しげな声がひどく懐かしく思えてしまった。

 

故に、彼女が──可愛い弟(武志)の真似である──軽口を叩くのは当然のことだったのだろう。

 

「もう、そんな元気のない声をだすなんて貴方らしくないわね。中学の頃、武志と戯れあいながら私の胸を盗み見してた頃の元気さはどこにいったのかしら?」

 

「それは元気の意味が違うよな!? っていうか、紅羽の胸を盗み見なんかしてねえよ」

 

「あら、本当かしら?」

 

「ほ、本当だぞ」

 

「本当の本当に?」

 

「ほ、本当の本当だ」

 

「……そうなんだ。私ってそんなに女としての魅力がなかったんだ」

 

「えっ!? い、いやそんなことはないぞ! 紅羽は中学の頃からすごい色っぽかったぞ!!」

 

「本当に?」

 

「本当だ!」

 

「本当の本当に?」

 

「本当の本当だ!!」

 

「私は魅力的だった?」

 

「すごい魅力的だったぞ!! 中学生とは思えないエロいおっぱいだった!!」

 

「エロっ!?……ち、ちなみに操の胸はどうだったのかしら?」

 

「おうっ、操のおっぱいもエロかったな! あの頃は、武志の奴がしょっちゅうお前らに抱きついてはエロいおっぱいに顔を埋めていたからな、それが羨ましくて何度枕を涙で濡らしたか分からんぐらいだぞ!! 俺もエロいおっぱいに顔を埋めたかったんだ!!」

 

「……」

 

「ん? どうした、急に黙ったりして?」

 

「……いいえ、なんでもないわ。私の目論見通りとはいえ、ここまで急加速のノンストップで元気を取り戻すだなんて思っていなかっただけよ」

 

「あっ……気を使わせちまったみたいだな。ありがとな、紅羽」

 

突然始まった紅羽の軽口が、自分のことを思ってのものだったと気付いた和麻は胸に温かいものを感じた。

 

「いいえ、お礼なんていらないわ。私の忘れたい記憶がひとつ増えただけだもの」

 

「そうか……ん? 忘れたい記憶ってなんだ?」

 

「ううん、何でもないわ。気にしないで」

 

「あ、ああ、分かった」

 

和麻と喋りながら紅羽は思った。

 

昔の借りは今のセクハラ発言でチャラね、と。

 

 

***

 

 

待ち合わせ場所についた紅羽。彼女の姿に気付いた和麻は爽やかな笑顔を浮かべながら両手をあげる。

 

その不自然な体勢に『こんな場所でハイタッチ?』などと不審に思った紅羽だったが、そのまま和麻は膝を折ると、これぞ土下座の見本だと言わんばかりの見事な土下座っぷりを披露した。

 

「この通りだ! 頼む、仕事を紹介して欲しいんだ!」

 

紅羽が呼び出された場所は、別に無人の荒野などではなく、ごくごく普通の街中だ。当然ながら周囲には多数の通行人がいる。必然的に二人は好奇の視線を一斉に向けられた。

 

「か、和麻……頭を上げてくれないかしら?」

 

「ダメだ! このまま俺の話を聞いてほしい。そしてその返事を聞くまでは頭を上げるわけにはいかない!」

 

紅羽は頭を上げるようにと言うが、和麻は頑として聞き入れない。

 

土下座をしたまま微動だにしない和麻に、紅羽は困ったように眉を寄せる。

 

「あのね、和麻。貴方はそれで誠意を表しているつもりかも知れないけど、他人からは男性に土下座をさせている怖い女だと私は見られているのよ。現代において土下座って、一種の脅迫なのだと私は思うわ」

 

「うっ、すまない。たしかに紅羽の言う通りだな」

 

紅羽の厳しい言葉に、和麻は周囲を慌てて見渡すと通行人達の注目を集めていることに気づいた。和麻は慌てて立ち上がると申し訳なさそうに紅羽に謝罪する。

 

「頭を上げてくれたのならいいわ。それで、仕事の紹介というのはどういう事かしら? 貴方だって一流の拝み屋でしょう? モグリだけど」

 

和麻は世界中を巡りながら数々の高難度の依頼を達成していたことは紅羽の耳にも入っていた。たとえモグリとはいえ、そんな和麻になら依頼人など幾らでもいるだろう。

 

「いや、確かに海外なら問題ないんだが、日本だと神凪一族の影響が強くてな……俺の名を出すだけで仲介者が顔を青くして逃げていくんだよ」

 

「ああ、そういえば和麻は虚空閃を盗んで女性と逃げたのよね。あの時、怒り狂った操が貴方を賞金首にしていたわ。あれがまだ影響しているんじゃないかしら?」

 

「俺が賞金首!? それは初耳なんだけど」

 

和麻と武志が和解した後は、操によって賞金首は解除されていたが、この日本において絶大な影響力を有する神凪と揉めた者に態々関わろうとする仲介者などいるはずがなかった。

 

「海外でも賞金を懸けられていたけど、まさか日本でも賞金首になっていたのか。くそう、操の奴、俺と顔を合わせたときはニコニコしてやがったくせに酷いな」

 

和麻と翠鈴、そして小雷の三人で海外を放浪中に巻き起こした数々の騒動のせいで、和麻達は色々な組織から賞金を懸けられて追われる立場になっていた。そんな三人だったが拝み屋としては超一流だったため、依頼内容の危険度を度外視すれば仕事に困ることはなかった。

 

その為、賞金首にされることに慣れていた和麻は口では操の悪態を吐くが、実際にはそれほど気にしなかった。もちろん、恨まれる原因が自分にある事を理解していたからだ。

 

「それで、和麻は金欠だから仕事をしたいわけね」

 

「有り体に言えばその通りだ。扶養家族もいるから生活費がかかるんだよ」

 

翠鈴と小雷はまだ日本に慣れていないため、仕事はさせられない。それに日本でまで騒動を起こされたくないため和麻は自分が頑張るつもりだった。

 

「つまり彼女達には専業主婦になって欲しいわけね。ふふ、意外と和麻は独占欲が強いのね」

 

「……ああ、そうかも知れないな」

 

和麻にとっては非常に納得しがたい言葉だったが、紅羽の雰囲気が柔らかくなったように感じたため話を合わせることにした。

 

勿論、機嫌が良くなれば多少の譲歩はしてくれるだろうと期待してのことだ。だから、紅羽が揶揄うようにニヤニヤしていても和麻はグッと堪えた。

 

「ふーん、本当に二人が大事なのね……うふふ、いいわ。仕事を紹介してあげる」

 

「そ、そうか! うん、ありがとな。紅羽」

 

反論を我慢していた和麻の姿に何を思ったのかは分からないが、紅羽は優しい笑みを浮かべると仕事を紹介することを了承する。

 

その笑みを見た和麻は、どこか懐かしいような、切ないような、そんな郷愁にも似た想いを抱いた。

 

──紅羽が見せた笑み。それは、二人が中学に通っていた頃、稀に見せてくれた優しい笑みだった。

 

「……それじゃあ、早速で悪いが具体的な話をしたいんだが」

 

「ええ、そうね。でも紹介する依頼を決める前に、今の和麻の正確な実力が知りたいわ」

 

「それもそうだな。どこかで試合でもするか?」

 

──和麻が抱いた想い。それは、本人にもよく分からないものだった。だが、それは確かに存在していた。

 

 

 

***

 

 

花音は疑問に感じていた。

 

「煉くん、昨日のドラマは見た? すごく面白かったよね」

 

「そうだね、登場人物の心の機微を細かく演じていて興味深く見ていたよ」

 

少し前の煉なら目も合わさずに「見てないよ」の一言で終わっていた恋愛ドラマの感想に付き合ってくれる。

 

「そういえば、その後の歌番組に出演した新しいアイドルの子って、すごい可愛かったよね」

 

「そうだね、あの子は鈴原さんぐらい可愛かったと思うよ」

 

「やだあ、煉くんってばお世辞が上手いんだからあ」

 

少し前の煉なら目も合わさずに「興味ないよ」の一言で終わっていた歌番組の感想にも付き合ってくれた上、花音を喜ばせる言葉まで口にしてくれる。

 

「そうだ、よかったら今日一緒に帰らない?」

 

「いいよ。途中までになるけど一緒に帰ろう」

 

「やったー、約束だよ!」

 

少し前の煉なら目も合わさずに「断るよ」の一言で終わっていた帰りのお誘いにも応じてくれる。

 

 

──いや、違った。

 

 

今までの煉なら、全ての話を無視しただろう。

 

そんな状況が、ある日を境に一変した。

 

数日間、家の事情とやらで学校を休んだ後、久しぶりに登校した彼は今の煉になっていた。

 

無口で無愛想……いやいや、寡黙でクールだった煉が、朗らかで社交的な煉になっていたのだ。

 

花音はこの変化の理由を考える。

 

「……私の想いが煉君に通じたとか?」

 

──そんなわけないだろう。

 

どこかから天の声が聞こえた気がした。不本意ながら花音もその天の声と同意見だった。

 

「……嫌な予感がするわ」

 

女の勘が最大級の危険を告げていた。最早、手遅れレベルの警鐘が花音の頭の中で鳴り響いていた。

 

「大丈夫? 顔色が悪いみたいだけど」

 

煉が心配げな表情を浮かべていた。自分の事を案じてくれる彼に、花音は衝動的に抱きつきたくなった。

 

だけど、そんな乙女心の発露が叶うことはない。

 

軽く曲げられた膝のたわみを利用して瞬間的に発生させた力は、床との反発力となり、花音の華奢な身体を容易くトップスピードまで持っていく。

 

その花音の姿は、同じ教室で見ていたクラスメイトの目には、煉に襲いかかる肉食獣のように見えたという。

 

「煉クーン!!――あれ?」

 

「うん、どうやら僕の見間違いだったみたいだね」

 

愛しの君に抱きついた。そう思った次の瞬間、愛しの君は花音の背後に立ち彼女の両肩に手を置いていた。

 

(う、動けない? まるで力を吸い取られているみたいだわ)

 

不思議なことに両肩に手を置かれただけで花音の身体は動かなくなっていた。それは煉によって花音の動きが完全に制されているためだ。

 

(やっぱり、煉君はすごいわ。んぅ……やばっ)

 

花音の聴勁では煉の動きが全く読めない。自分を遥かに凌ぐ煉の実力を感じた花音は、別の意味でも感じそうになり慌てて自制しようとする。

 

「えっと、そろそろ休み時間が終わるから席に戻るね」

 

クネクネと身をよじる花音。煉はそんな彼女からあっさりと身を離す。

 

「あっ、煉君……」

 

身体から離れていく煉の体温を感じたとき、花音は何故だか無性に悲しい気持ちに襲われた。

 

「……絶対に振り向かせてみせるからね、煉君」

 

状況は絶望的だと女の勘は告げていた。だけど、だからといって、花音は諦めるという選択肢を選ぶつもりなどなかった。なんといっても恋は戦いなのだから、不戦敗など選ぶもんかと拳を握り締めて、花音はその想いを新たにした。

 

「よお、振られちまったな。もうあんな奴のことはいいだろ。いいかげん俺と付き合えよ」

 

「あら、高松くんまたあんたなの。私に付きまとうのもいい加減にしてほしいんだけど」

 

かけられた声に、花音は煉に向けていた切ない表情から心底嫌気がさした表情へと一瞬で変わる。そして、握り締めた拳はそのままだ。

 

花音に声をかけたのは、彼女のクラスメイトである『高松 隆志』だった。自分に気があるらしく付きまとってくる隆志のことを花音は毛嫌いしていた。

 

「おいおい、かのん。そんな照れ隠しなんかすんなよ。女は素直な方が可愛いぜ」

 

自分では決まったと思ったのだろう。隆志はドヤ顔を見せた。

 

──ドン。

 

微かに教室が震えた。

 

「ちょっと鈴原さん!?」

 

「あれ? どうして煉君が私の手を握っているの? ううん、全然嫌じゃないわ。むしろばっちこいよ。そうだわ、今から私の家に行きましょうよ」

 

何やら途轍もなくムカつくものを目にしたと思った次の瞬間、花音の意識は飛んでいた。しばらくして意識を取り戻した花音は、自分の右手が煉の手によって包まれていることに気づいた。

 

きっとこれは煉からのお誘いなのだろう。そう解釈した花音は煉を自宅へと招待する。

 

しかし、残念ながら煉にはそんな気はなかった。

 

そんな事よりも、隆志の顔面が潰されることを止められたのは良かったが、花音の震脚によりヒビ割れた床のことが気になった。このまま放っておけば先生に怒られるだろう。

 

「まあ、何はともあれ鈴原さんに凶行を犯させずにすんで良かったよ。高松くんも大丈夫かい?」

 

教室全体を揺らすほどの震脚からの顔面への突きは、煉から見ても危険を感じるほどだった。花音への評価を一段階上げながら、煉は床にへたり込んでいる隆志に声をかける。

 

「ひ、ひぃっ、ば、ばけもの……」

 

生まれて初めてぶつけられた殺気と、自分の命を容易く奪いそうな一撃を目の当たりにしたショックで隆志は混乱していた。いわゆるメダパニ状態である。

 

メダパニ中の隆志の言葉に花音は眉を顰める。たしかに化け物呼ばわりされて喜ぶ女の子はいないだろう。

 

「この程度で化け物なの?……そっか、高松くんは県外からの入学だったわね。うふふ、この学園には私なんか足元にも及ばない人達がわんさか(・・・・)といるんだから言葉遣いには気をつけないね」

 

花音は可憐な笑みを浮かべながら隆志に忠告する。腰を抜かしたのか床にへたり込んだままの隆志は、その可憐なはずなのに恐怖を感じさせる笑みに震えながらもコクコクと顔を縦に振った。

 

私立聖陵学園──この学園は百年を越える伝統を誇る名門だった。そして、神凪一族をはじめとする超常の力を秘めた『力ある者』が多く通っていることは、地元においては暗黙の了解だった。

 




綾乃「ちょー久しぶりね」
紅羽「前回から約三年が経ってるわね」
綾乃「絶対にエタッたと思われていたでしょうね」
紅羽「あら、他の小説の投稿は多少はされていたから、きっと優しい読者は私達の出番を待っていてくれたわよ」
綾乃「私達の出番?今回、あたしの出番はこの後書きだけなんだけど?」
紅羽「私も似たようなものよ。チョイ役で出ているだけだもの」
綾乃「どこがチョイ役なのよ!!どう見ても主役級の扱いじゃない!!」
紅羽「もう、そんなに怒らないで。今回だけピックアップされた私と違って、綾乃は文字通りの作品全体を通しての主役級じゃない」
綾乃「えへへ♪やっぱりそう思う?」
紅羽「もちろんよ」
操「ええ、私もそう思いますよ。ただし綾乃様がメイン回は悪役チックなことが多いですけどね♪」
綾乃「なっ!?何ですって!!」
紅羽「ちょっ!?操っ!!なんて事を言うの!!」
操「あらあら、本当のことを言って怒られるなんて分家の身分というのは辛いわね。余りにも辛くて……思わず可愛い武志に愚痴ってしまいそうだわ。本家の怖い人にお姉ちゃんは怒られたって」
綾乃「ぐぬぬ……スーハースーハー。んんっ、こほん。やーねえ、あたしは怒ったりしてないわよ。あたし達は家族みたいなものじゃない。本家だとか分家だとか関係ないわ。紅羽もそう思うでしょう?」
紅羽「そ、そうね。綾乃の言う通りだわ。仲良くするのが一番だわ」
操「うふふ、そう言ってもらえるなんて嬉しいですわ。それじゃ、私は夕飯のお買い物に行ってきますね」
綾乃「うん、いってらっしゃい」
紅羽「操、気をつけてね」
綾乃「……」
紅羽「……」
綾乃「行ったみたいね。あの小姑は」
紅羽「こ、小姑って」
綾乃「完全に小姑じゃない。武志が中学生になった辺りからあたしに対する当たりがキツいのよね」
紅羽「そうなの?」
綾乃「そうよ!まあ、紅羽は完全に姉ポジションだから平気なんだろうけどさ」
紅羽「へえ、それなら綾乃は姉ポジションじゃないってこと?」
綾乃「……えっと、今のところ姉ポジションよ?」
紅羽「どうして疑問形なのよ。でも、今のところ、なのね」
綾乃「ウー、うっさいわね!武志とは歳が近いんだから色々あるのよ!紅羽みたいに歳を食ってたら関係ないんでしょうけどね!!」
紅羽「そこまで歳は離れてないわよ!!人を年増みたいに言わないで!!」
綾乃「あれ、そうだっけ?紅羽って何歳なの?」
紅羽「綾乃より5、6歳ぐらい上よ」
綾乃「微妙にいい加減な言い方ね」
紅羽「原作だともう少し上なんだけどね。オリジナル設定ってやつだわ」
綾乃「ふーん、原作だと紅羽はおばちゃんだったんだ」
紅羽「おばちゃん!?……ククク、初めてですよ…ここまで私をコケにしたおバカさんは」
綾乃「えっ?く、紅羽…?」
紅羽「ぜったいに許さんぞ、虫けらが!じわじわとなぶり殺しにしてくれる!」
綾乃「紅羽ーっ!?あんたキャラが違っているわよーっ!!」
紅羽「デスボール!!」
綾乃「きゃー!?その技だとなぶり殺しじゃなくて即死なんだけどーっ!?」



沙知「あれ?後書きであたし達が出るなんて珍しいね」
綾「数年ぶりの投稿だから特別みたいね」
沙知「ふーん、あたし達は完全にオリジナルキャラだから読者に思い出してもらう為かな?」
綾「その可能性は高いわね」
沙知「どうせなら本文で出してくれたらいいのにね」
綾「出る予定はあるわよ」
沙知「そうなの?武志とは違って、あたし達は戦闘力のインフレについていけないから出番があっても危険じゃない?」
綾「あらあら、この小説のメインは戦闘なんかじゃないわよ」
沙知「ええっ!?戦闘メインじゃないの!?だって原作はバリバリの異能バトル物よね!?」
綾「もう、沙知はダメね。今まで主役の武志がまともに戦ったことなんて殆どないでしょう?」
沙知「えっ?えっ?そ、そうかな?」
綾「ええ、そうよ。この小説はバトル物じゃなくて、武志さんと沙知、そして私の三人を主軸としたラブコメ物なのよ」
沙知「ラブコメーッ!?」
綾「私達も中学生になった事だし、そろそろ新たな段階を迎えそうね」
沙知「あ、新たな段階って?」
綾「R15とか?」
沙知「あたし達にはまだ早いよーっ!!」
綾「うふふ、沙知はまだまだお子様ね」
沙知「ふんっ、あたしはお子様でいいもん!」



マリ「オリジナルキャラといえば私も忘れるでないぞ」
武志「あれ、マリちゃんは原作キャラのはずだよ。沙知と綾以外のオリキャラは、僕の赤カブトぐらいかな?」
マリ「私は原作キャラだったのか!?」
武志「あはは、忘れがちだけど原作1巻にマリちゃんのことはバッチリ載ってるよ」
マリ「ほう、流石は私だな。だが、この私が原作1巻から出ていたのならパワーバランスが滅茶苦茶にならないか?」
武志「確かにそうだね。原作では最強に近い和麻兄さんが尻尾を巻いて逃げるしかなかったって言ってたからね」
マリ「和麻?ああ、あの男か。あの男が原作だと最強レベルなのか?……その原作とやらはギャグ物なのか?」
武志「えっと、一応本編はシリアスになるのかな?短編集はギャグ寄りだね」
マリ「短編集もあるのか……この小説は短編集とやらにも踏み込むのか?」
武志「うーん、そこまで踏み込んじゃうと大変だからね。取り敢えずは本編を完結させるのを優先かな」
マリ「うむ、それが無難じゃな」
武志「そうだね、マリちゃん」


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第53話「調査」

「うわあーあああーっ!!」

 

地獄の猟犬(ヘルハウンド)〉のコウは、全力疾走で逃げながら絶叫していた。

 

新宿三丁目──その中でも特に治安の悪い一角でのことである。

 

この辺りでは悲鳴などごくありふれたものだ。これが妙齢の女性の悲鳴ならともかく、男の悲鳴など気に留める者など皆無に近かった。

 

「ひいいーいいいーっ!!」

 

二度目の悲鳴が聞こえた。中々の肺活量と言えるだろう。いや、全力疾走の最中だということを考慮すれば称賛に値しよう。

 

全力で駆けながらコウは首を廻し後方を見やる。そこには、赤い体毛をした体長1m程の熊がトテトテと追いかけて来ていた。

 

その赤熊から必死に逃げるコウの身長は、百八十センチ近くある。両者の大きさの違いを考えれば、なりふり構わず逃げるコウの姿は滑稽にも思えた。

 

「あぁぁーぁぁぁあああーーっ!!」

 

後方を確認したコウは、自分よりも明らかに小さな赤熊が近くまで迫っていることに気づくと、それまで以上の悲鳴を上げ限界以上の力を振り絞って走り続けた。

 

地獄の猟犬(ヘルハウンド)〉のコウ ── 黒の革ジャンにブラックジーンズ、あちこちにぶら下げた銀のアクセサリー。ここ新宿では掃いて捨てるほどいるヤンキースタイルの男だ。だが彼は、ただの見掛け倒しの三下ではない。

 

コウは紅の魔犬ガルムを使役する『力ある者』だった。

 

「紅の魔犬ね。うん、似たような色だけど、僕の赤カブトの方が断然格好いいよね」

 

「もう、そんなの当たり前だよ。そもそもあんな噛み癖のある駄犬と、あたし達の赤ちゃんとを比べる方がどうかしてるわよ」

 

自慢げな少年の声と、聞きようによっては非常にまずい誤解を受けそうな言い回しをする少女の声がコウの耳を打つ。

 

「ひいっ、悪魔が来たっ!?……あっ、ぐわぁーっ!?」

 

声に過剰反応をしたコウは、身体のバランスを崩したのだろう。足を滑らせ盛大に転倒してしまう。

 

「あはは、こんな何もないとこで転ぶだなんてドジなお兄さんだね」

 

「もう、人の失敗を笑ったりしちゃダメだよ」

 

転倒してしまったコウを笑いながら少年が近づいてきた。そんな少年の態度を彼の横を歩く少女が諫める。

 

「あっ、そうだね。一円を笑う者は1円に泣く。って言うからね。人を笑ったら僕が他人に笑われちゃうかもしれないもんね。ありがとう、気をつけるよ」

 

「うん、ことわざの使い方がまるで違うし、あたしが注意したい意味ともまるで違うけど、とりあえず良しとするね。めんどくさいから」

 

「こら、ダメだよ。まだ若いうちからめんどくさがったら太っちゃうよ」

 

「えへへ、あたしは太らない体質だから大丈夫だもん。ところでね、女の子相手に太るとか言うのは禁句だよ。下手な相手に言うとビンタをくらっちゃうからね」

 

「あれ、ビンタ程度なの? 僕としては首相撲からボディへの膝蹴りラッシュ。その後はフラついたところをデンプシーロールでボコボコにされるぐらいは覚悟してるんだけど」

 

「あの、武志? 友達は選んだ方がいいと思うよ」

 

「あはは、ごめんごめん。さすがに今のは冗談だよ」

 

「もう、そうだよね。いくらなんでもそこまで乱暴な女の子がいるわけ――」

 

「僕はちゃんと相手の機嫌とタイミングを読んでるから大丈夫だよ。考えなしの失言でボコられるのは僕の兄さんぐらいかな。後は要領の悪い親戚の和麻兄さんぐらいだね」

 

「……ねえ、それって、武志には失言一つで首相撲から膝蹴りラッシュをかましたあげく、デンプシーロールで男性をボコボコにしちゃう女の子の友達がいるって事よね?」

 

「友達?」

 

「あれ、友達じゃないの? それなら知り合い程度ってことかな」

 

「ううん、実の姉だよ」

 

「お姉さんなの!?」

 

「それと親戚の姉みたいな女の子もだね」

 

「そんな凶暴な女の子が二人もいるの!?」

 

「同居してる姉みたいな女の子も他人には同じように厳しい感じかな」

 

「まさかの三人目!?」

 

「ちなみにもう一人同居してる遥かに年上の女の子の場合、本気で怒らせたら冗談抜きで日本は滅びるだろうね」

 

「いきなり被害がグレードアップしすぎなんだけど!?」

 

気安い関係なのだろう。打ちどころが悪く立ち上がれないコウの目の前で談笑する二人の姿は楽しげに見えた。

 

「……(ズルズル)」

 

「がう…!」

 

「ひいっ!? 喰わないでくれっ!!」

 

こっそりと逃げようとしていたコウに、赤熊が噛みつく。(ただし、甘噛み)

 

「もう、赤ちゃんダメだよ。そんなのバッチいからね。ぺってしよ、ぺって」

 

その言葉に素直に従い、赤熊はコウをぺっとする。とても賢い。

 

「うん、えらいえらい。ご褒美に抱っこしたげるね。……うグッ!? お、思ったより重いかも……」

 

赤熊を抱き抱えようとした少女だったが、赤熊のその小さな体に見合わぬ重さに硬直した。

 

「無理しちゃダメだよ、赤カブトは見かけよりも重いか……てええっ!? 持ち上げた!?」

 

「ぬりゃあああーっ!! とったわよーっ!!」

 

一体何が少女の心を駆り立てたのかは不明だが、一旦は硬直した少女だったが、おもむろに屈むと赤熊の下に潜りこんだ。そして一気に赤熊を背にして立ち上がった。

 

── その背に赤ちゃんを背負い、雄々しく立つ少女。

 

誰よりも赤熊の重さを知るが故に少年は、その見事な立ち姿に感動した。

 

「きっとこれは伝説になるよ。ううん、僕こそが語り継ごう。この侠客(おんな)立ちを!!」

 

「ご、ごめん……本気で背骨がへし折れそう…た、助けて………」

 

「由香里ぃいいいーーーーっ!?」

 

少女の予想外の頑張りに、少年は彼なりの称賛を込めた言葉を送る。だが、少女から切迫した助けを求める声によってようやく気づく。

 

脂汗を流しながら、生まれたての小鹿のようにプルプルと震える少女の姿に。

 

「赤カブトーっ!! すぐに由香里から降りるんだーっ!!」

 

「がうっ?」

 

「う、可愛いな……」

 

よく状況が分かっていないのだろう。赤熊は少年の叫び声に頭を傾げる。その姿はひどく愛らしく少年は思わず和んでしまう。

 

「へ、へるぷみぃ……」

 

「はっ!? 和んでいる場合じゃなかった! 赤カブトこっちに来るんだ!」

 

「がうー」

 

「ぷぎゃ!?」

 

今度は素直に少年に飛びつく。飛びつく際の足場にされた少女はひっくり返るが、幸いなことに怪我はないようだった。

 

「おっと、まったく世話を焼かすんじゃないぞ、こいつめー」

 

「がうがうー」

 

重量級な赤熊を軽く受け止める少年。外見からでは分かりにくいが相当に鍛えられているのだろう。そして、抱き合った一人と一頭は楽しげにキャッキャウフフする。

 

「ちょ、ちょっとはあたしを、気遣って…ほしい……ガクッ」

 

「忘れてたっ、由香里ーっ!!」

 

「がうがうーっ!?」

 

力尽きた少女のもとに駆け寄る少年と赤熊。少女を優しく抱き起こす少年。そして心配そうに寄り添う赤熊。それはとても感動的なシーンである。

 

新宿三丁目──その中でも特に治安の悪い一角での出来事であった。

 

「あれ、さっきのチンピラはどこに行ったのかな?」

 

「がう?」

 

「こ、こんな目にあったのに…逃げられた…の?…ガクッ」

 

「由香里ーっ!?」

 

「がうがうーっ!?」

 

 

***

 

 

「昨日はひどい目にあったね」

 

「ひどい目にあったのはあたしだけだと思うんだけど」

 

異能者同士の格闘大会の情報を得るべくさっそく由香里と調査を始めた。だけど、初日はちょっとした油断から有望な情報源を逃してしまった。

 

「まあまあ、お互いに大きな怪我もなく済んだんだから良しとしようよ。大体、由香里の自業自得だよね。あのとき、赤カブトを背負う必要性なんか全くなかったよね」

 

「うぅ、だって、あのときはあれが正しい選択だと思ったんだもん」

 

由香里も意味のない行動だったと分かっているのだろう。僕の言葉に顔を赤らめた。

 

だけど、僕も油断のしすぎだった。

 

調査開始直後に由香里をナンパしてきたチンピラ――〈地獄の猟犬(ヘルハウンド)〉のコウと自称する異能者の実力が、僕の想定以上に低かったとはいえ、一般人の由香里を連れていたのに気を抜きすぎだった。

 

「ん? どうしたの武志、あたしの顔を見つめちゃったりして。もしかして惚れちゃった?」

 

美人すぎるってのも罪よね、と続ける由香里。まあ、惚れてはいないけど、思っていたよりも彼女とは気が合うのだろう。

 

綾乃姉さんや和麻兄さんと一緒にいるときと同じように、ついつい軽口が出てしまい気が緩んでしまう。

 

これが、操姉さんや紅羽姉さん相手なら僕も少しばかり格好つけてしまうから気が緩む事はないんだけどね。

 

マリちゃん? マリちゃんと一緒なら気が緩もうがどうしようが心配する事なんか何もないよね!

 

「それで、今日も調査をするのよね?」

 

「うん、もちろんだよ。異能者の格闘大会には是非とも出場したいからね。何とかしてその為の情報を集めなきゃだよ」

 

「もう、格闘大会に出場することが目的じゃないんだよ。ちゃんと分かっているのかな」

 

「うんうん、もちろん分かっているよ。突然発生した異能者の秘密を知るにはその懐に入り込むのが早道なんだ。その為に格闘大会出場を目指しているんだよ」

 

「うーん。なんだか怪しいけど、たしかに早道ではあるわよね。うん、分かったわ。格闘大会潜入を目指しましょう」

 

うん、由香里もその気になってくれたみたいだね。

 

それにしても異能者バトルか。最近は同じ炎術師同士の試合や妖魔討伐には飽きていたんだよね。幸い異能者のレベルは低いようだし、油断さえしなければ由香里の安全を確保しながら多種多様な異能者とのバトルを楽しめそうだ。

 

たまには、無双してみてもいいと思うんだ。

 

ククク、僕の必殺技が『炎の御子召喚(綾乃姉さんに泣きつく)』だけじゃないってことを見せてやるぞ。

 

「ねえ、武志? その笑い方は止めた方がいいよ。なんだか雑魚キャラみたいだもん」

 

なに言ってんの!? 僕は絶対に雑魚じゃないはずだ!!

 

……た、たぶん。

 

 

 

 

 




綾乃「武志は間違っているわ!」
紅羽「あら、綾乃があの子にダメ出しだなんて珍しいわね」
綾乃「そうかしら?私はお姉ちゃんだもの。間違ったことをすればちゃんと注意するわよ」
紅羽「でも、いつも二人して暴走しては宗主に叱られているイメージがあるわよ」
綾乃「それは気のせいね」
紅羽「……まあいいわ。それで何が間違っているのかしら?」
綾乃「私は思うのよ!色々な技に手を出すよりも一つの技を極めるべきだって!」
紅羽「へえ、綾乃にしては意外とまともな意見ね。それについては私も同意見だわ。軽い技を多数身につけるよりも、絶対の一ともいえる技を極めるべきよ。もちろんこれは奥の手っていう意味でね」
綾乃「私にしてはってのが引っかかるんだけど。でも、紅羽も同じ意見で安心したわ。これで堂々と武志に言えるわね!」
紅羽「うふふ、そうね。ところで、綾乃がそういう事を言うってことは、あの子は新しい技に手を出しまくっているのかしら?」
綾乃「これから手を出そうとしてるみたいなのよ!!まったく、そんな暇があるなら今ある必殺技を使いまくれっての!!」
紅羽「あの子の必殺技?そういえばあの子の必殺技って聞いた事ないわね。やっぱり赤カブトが攻撃する感じなの?」
綾乃「赤カブト?違うわよ。武志の必殺技はもっとすんごいわよ!!」
紅羽「へえ、それは興味が湧くわね。教えて欲しいわ」
綾乃「ふふーん、どうしても教えて欲しいのかしら?」
紅羽「どうして綾乃が得意気なのか分からないけど、あの子の必殺技なら知っておきたいから教えて欲しいわね」
綾乃「うふふー、仕方ないわね!!そこまで言うなら教えてあげる!!」
紅羽「はいはい、教えて下さい」
綾乃「武志の必殺技はっ!!」
紅羽「あの子の必殺技は?」
綾乃「『炎の御子召喚(一緒に遊ぼう)』よ!!」
紅羽「……はい?」
綾乃「武志は遠慮せずに使っていいわよ!!ううん、むしろじゃんじゃん使いなさい!!放課後なら毎日だって構わないわよ!!休日なら朝からだってオッケーだわ!!」
紅羽「……」


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第54話「初仕事」

 

── 警視庁特殊資料整理室。

 

警察内においてオカルト捜査を専門とする部署である。

 

「まさか、親方日の丸を紹介してくれるなんてな。もう紅羽には足を向けて寝れないぜ」

 

紅羽が和麻に紹介したのは、非合法の仲介者などではなく、信用度は抜群の警視庁特殊資料整理室だった。

 

もっとも、彼女が紹介した相手は橘警視などといった大物ではなく資料整理室の新人くんである。新人くんとはいっても、そこは国家権力を有する資料整理室、個人の判断で民間協力者を雇う権限を持っていた。

 

民間協力者としてなら資料整理室の報告書には匿名記載で良いため、和麻の実名が載ることはない。

 

これが橘警視クラスの依頼となると資料整理室では重要案件と分類されるため、その処理の手続き上、公式な外部依頼ではない民間協力者でも否応なく実名記載となってしまう。

 

つまり、橘警視からホイホイと依頼を請け負っている武志は、重要案件に頻繁に名前が上がるため、資料整理室ひいては警視庁内でもちょっとした有名人になっていた。

 

もっとも、武志は神凪一族として元々知られていたため、たとえ必要以上に名が売れたとしても本人には特にあらためてのデメリットはない。

 

そして、その逆で和麻の場合は必要以上に名が売れればデメリットしかない──主に賞金首的な意味で。

 

「お待たせしました。あなたが、神凪さんですね。石蕗さんから凄腕だと聞いていますよ」

 

「フフ、神凪さんか……まさか、また日本でそう呼ばれる日がくるなんてな」

 

「はい?」

 

待ち合わせ場所にやってきた資料整理室の随分と童顔な新人くんは、普通に呼びかけただけで妙な反応をした和麻に目を丸くする。

 

「ああ、急に笑ったりしてすまなかった。なに、今さら俺のことを神凪と呼ぶ奴がいるなんて思ってもいなかったからさ……思わず、な」

 

「はあ、そうなんですか……えっと、あの、神凪さんとは呼ばない方が良かったりしますか?」

 

このとき、和麻が何を思ったのかは新人くんには分からなかっただろう。だが、なにか感傷に耽るような彼の雰囲気に、新人くんは半ば無意識のうちに言葉を口にしていた。

 

「……そうだな。俺のことは和麻と呼んでくれ。こっちの方が慣れているからな。それに――君の為にも『神凪』の名は、気軽に口にしない方がいい」

 

「あの、和麻さん?」

 

「ああ、それでいい。自ら、災厄に近づくような真似をするのは愚か者がする事だからな」

 

「か、和麻…さん。あなたは、一体……」

 

新人くん── 石動 大樹(いするぎだいき)は、出会ったばかりの男の、『神凪 和麻』という人間が突然みせた、暗く澱んだ表情に息を飲む。

 

「よしっ、それじゃ早速だが、仕事の話といこうか! 」

 

「え!? あっ、はい! それなら近くに行きつけの喫茶店があるんでそこに行きましょう」

 

その表情と雰囲気を一変させ、明るい雰囲気となった和麻は話を仕事のものに戻す。

 

和麻が口にした『災厄』という不穏な言葉が気になったが、大輝は自分の職分を思い出し、今は仕事を優先することにした。

 

ただ、大輝の脳裏から彼がみせた暗く澱んだ表情が消える事はなかった。

 

 

神凪――それは慣れ親しんだ自分の名であることは間違いなかった。

 

だがそれでも……いや、だからこそ(・・・・・)、俺はその名で呼ばれることに忌避感に近いものを感じていた。

 

そう、特にこの日本では──

 

 

 

「今、神凪って聞こえたような……あっ、ねえ見てよ! あそこにいるのあの(・・)神凪君だよ!」

 

「えっ、神凪君っていったら留学中にお世話になってた人の娘さんと駆け落ちしたあの(・・)神凪君のこと!?」

 

「そうだよ! しかもその子だけじゃなくて他の女も連れての二股駆け落ちをしちゃったあの(・・)神凪君だよ!」

 

「うわっ、ホントにいるよ! 信じらんない! アイツって逃げるときに金目のものパクった上に止めようとした人達をブチのめしちゃったんだよね!」

 

「うんっ、よくそれで日本に帰って来れたよね、沢山の人に迷惑かけたクセにね!」

 

「ふつうに犯罪だし、そもそも最低だよね、二股で駆け落ちって何なの!?」

 

「アイツの噂が広まったせいで、あたし達の中学もすごく評判が悪くなったんだよ!」

 

「ホントにサイテーなヤツ……でもさ、アイツって何しに日本に帰って来たんだろ?」

 

「そういやそうだよね。あんな真似して地元に顔を出せるなんて……あれ、アイツの隣の男の子って誰だろう? なんだか可愛い子よね……十四、五歳ぐらいかな?」

 

「……ねえ、なんだかヤバくない?」

 

「そういえば、仕事がどうとか言ってあの男の子を連れて行こうとしてたみたいだけど、あんな子に仕事って……」

 

「あ、あたし思い出したんだけどさ。中学のときアイツって歳下の男の子によく絡んでたよね?」

 

「そうだよ! それでその男の子と仲の良い女の子にアイツはよく追い払われていたわ!」

 

「つ、つまりアイツって歳下の男の子の事が……」

 

「……通報しよう」

 

「そ、そだね……あっ!? アイツが逃げるよっ!!」

 

「えっ!? こ、こらあっ!! その男の子を連れて行くんじゃないわよ!!」

 

「ヤバいよ!! はやく通報しなきゃ!!」

 

「うんっ、分かったわ!!」

 

 

 

──この日本で、神凪と呼ばれることは危険すぎた。

 

「おい、逃げるぞ!!」

 

「ちょっと待って下さいよっ、あの子達が言ってたことって!?」

 

「ああもうっ、今は逃げるほうが先決だ! 舌を噛まないように口を閉じていろ!」

 

「ひいあーあああっー!!」

 

俺は突然の危機的状況に資料整理室の男を問答無用で抱き上げた。背が低いから随分と軽く感じる。これならお姫様抱っこのままでも全力疾走でいける。

 

それにしてもしくじったぜ! 武志とは和解したといっても神凪一族とは無関係の奴らは何も知らないままだからな。素顔で地元をうろつくのはまだ早かった!! 次からは要変装だな!!

 

そんな事を考えながら、俺は脱兎の如くその場を後にした。

 

「その子を離せーっ!!」

 

「もしもしっもしもしっ変質者が男の子をっ――」

 

「たーすーけーてーっ!!」

 

うるせえっ、後ろの女達はともかくなんでお前が助けを求めてんだっ!?

 

とにかく、こんなところで警察の世話になんかなっちまったらもう仕事どころじゃ無くなっちまう。今、この場を逃げ切れたら後は武志に頼ればなんとかしてくれるはずだ! たとえ風術を使ってでも逃げ切るぞ!!

 

 

***

 

 

「はい、それじゃお願いします。はいはい、分かってますよ、借り一ですね。もちろん利子をつけて返すんで、和麻兄さんのことは本当に頼みましたよ」

 

「なんだか大変みたいだね。でも橘警視に借りなんか作って大丈夫なの?」

 

「あはは、心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ。無料で依頼を一回受けるか、なんかで霧香さんが困ったときに相談に乗れば済む話だからね」

 

由香里と今後の作戦会議をしていたら、和麻兄さんからヘルプ要請がきた。最初は何事かと思ったけど大した問題じゃなくてよかったよ。

 

警察関係の揉め事だったから霧香さんに電話一本で済んだ。でも、帰国早々で揉め事だなんて困った兄さんだね。まあ、紅羽姉さんが仲介した依頼中でのことだから見捨てるわけにはいかないよね。

 

和麻兄さんも紹介されてすぐに問題を起こしたなんて、さすがに紅羽姉さんには言えなかったみたいだし、ここは僕に頼っても仕方のない話だ。

 

「へえ、そうなんだ。橘警視の事だからもっとすごい事を要求するんじゃないかって思ったんだけど違うのね」

 

「無茶な要求をして、僕との関係を壊すような馬鹿な真似を霧香さんはしないよ。僕もその程度の相手なら関係を持とうなんて思わないしね」

 

「ふーん、色々あるんだね」

 

僕の言葉に由香里が本当に納得したのかは分からないけど、これ以上は聞くつもりがないようだった。彼女には霧香さんの怖さを教えた事があったから必要以上に関わる気はないみたいだね。

 

「えへへ、でも武志ってば優しいね。揉め事を起こしたお兄さんの尻拭いを文句一つ言わずにして上げるんだから」

 

──《ピロリン。由香里の好感度が1上がった》

 

そんな幻聴が聞こえるかのような表情を見せる由香里。間違いなく、僕のことをからかっているだろう。でも甘く見過ぎだよ。操姉さんとラブラブ人生を歩んできた僕はその程度で照れたりはしないからね。咄嗟に切り返しするぐらいわけないよ。

 

「別に文句がないわけじゃないよ。でも由香里の目の前でグチグチと言ったら格好悪いだろ? 僕も可愛い女の子の前では良い格好がしたいからね」

 

「あらら、ちょっとは照れたほうが可愛げがあるのに」

 

「大丈夫だよ。僕は可愛げの塊みたいなものだって周りの女の子から言われているからね」

 

「ふふ、なによそれ。でもそうね、歳上の私から見れば武志は可愛いわよ……生意気な弟みたいって意味でね」

 

「あはは、そっか弟みたいなんだ。それじゃあ、由香里のことを『由香里姉さん』って呼ぶようにしよ――」

 

突然感じた悪寒に言葉が止まる。

 

「──武志。その女は誰かしら? 『お姉ちゃん』に教えてくれるわよね」

 

口を開いたまま固まる僕に、凍てつくような冷たい声がかけられる。

 

「わ、わたし急用があったから帰るわね!! じゃ、生きてたらまた連絡ちょうだい!!」

 

「ちょっと待って由香里っ!! 見捨てないでっ!!」

 

軽口を叩き合っていた僕たちの会話に突如入り込んだ女性の声。

 

その声を耳にした瞬間、真っ青になった由香里は転がるようにして逃げて行きやがった。僕の止める声などガン無視でだ。なんて薄情な女なんだろう。

 

「──武志。こっちを向いて欲しいわ」

 

――かつてない寒気を感じる。

 

背後から聞こえる声。それは聞き慣れた声のはずなのに初めて聞いた気がする。

 

うん、とりあえず今は逃げよう。ほとぼりが冷めた頃に紅羽姉さんにとりなしてもらおう。

 

「──武志。どこに行くの?」

 

駆け出そうと思った瞬間、万力のような力で肩を掴まれた。

 

「──武志。お姉ちゃんから逃げるの?」

 

それは、かつてない寒気を感じる声だった。でも――かつてない悲しみを含んだ声でもあった。

 

「操お姉ちゃん!!!!」

 

「武志!!!!」

 

気がつくと僕は操お姉ちゃんの胸に飛び込んでいた。抱き締め合うことで操お姉ちゃんの心が伝わってくる。

 

どれほど操お姉ちゃんを悲しませたのだろう。

 

どれほど操お姉ちゃんを苦しませたのだろう。

 

そして――こんなにも操お姉ちゃんは僕のことを愛してくれていたんだ。

 

「ごめん、ごめんね。操お姉ちゃん」

 

「いいの、いいのよ。武志」

 

通じ合った心と心。

 

もう、僕たちに怖いものなどなかった。

 

 

 

「うふふ、それはそれとして『由香里姉さん』とやらについて話し合いましょうね、武志――」

 

 

 

──操姉さんの機嫌をなおすのに、それから三日かかった。

 

「武志、操姉さんじゃなくて、操お姉ちゃんでしょう?」

 

「う、うん、操お姉ちゃん――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




綾乃「……」
紅羽「どうしたの、綾乃?」
綾乃「綾乃お姉ちゃん……悪くないわね」
紅羽「もう、真剣な顔をして何事かと思えばそんな事なの」
綾乃「そんな事って何よ。私は小さな頃から綾乃姉さんとしか呼ばれていないのよ。お姉ちゃん呼びされてみたいじゃない」
紅羽「それを言えば私も最初から紅羽姉さんよ」
綾乃「紅羽は石蕗一族でしょう。私と武志は親戚よ。言ってみれば操と似たようなもんじゃない」
紅羽「姉弟と親戚は随分違うと思うわよ」
綾乃「気のせいよ!」
紅羽「はいはい、それじゃ武志に頼んで呼んでもらったらいいじゃない」
綾乃「……」
紅羽「どうしたの?」
綾乃「……紅羽が頼んでくれない?」
紅羽「もう、そのぐらい自分で頼みなさい」
綾乃「……だって」
紅羽「だってなに?」
綾乃「は、恥ずかしいわ」
紅羽「……言われてみれば自分から『私のことお姉ちゃんって呼んで』と言うのはアレな気がするわね」
綾乃「そうでしょう。だからね、紅羽お願い」
紅羽「そうね、私が武志に『綾乃のことをお姉ちゃんと呼んであげて』と言うのは別に恥ずかしくはないけど」
綾乃「それならお願いするわ!」
紅羽「……条件があるわ」
綾乃「条件ってなによ?」
紅羽「……私のことをお姉ちゃんと呼ぶように武志に頼んでくれない?」
綾乃「……」


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第55話「進展」

 

「チクショウ、神凪の奴め……絶対に兄貴に言いつけてやるからな」

 

新宿三丁目──その中で、そこそこ治安が悪い一角でのことである。

 

教室での騒動のあと逃げ出すように街に出た隆志は、頼りになる兄貴の元へと向かっていた。彼は恐怖を感じた花音ではなく、助けてくれたはずの煉に恨みを抱いていた。

 

「それにしてもかのんのヤツ、あんなに強かったんだ……な、なんなんだ?この胸のドキドキは…」

 

隆志が感じている胸の高鳴り。それは恐怖によるものなのか。それとも別に原因があるのか。残念ながら経験不足の彼には分からなかった。

 

「……そ、そんなことより早く兄貴に神凪の奴をブッ飛ばしてもらわなきゃな!」

 

深く考えようとすると顔面が熱くなりそうになったため、頭を軽く振って気を取り直すと誰よりも頼りになる兄貴の元へと急いだ。

 

途中、チンピラに絡まれそうになったが、この周辺は頼りになる兄貴の縄張りだったため、隆志が兄貴の名前を出すと、チンピラは顔を青くして逃げていった。その情けない後ろ姿を見て、隆志の兄貴を敬う気持ちが大きくなる。

 

「へへっ、やっぱり兄貴は凄いぜ! 神凪め、すぐにギッタンギッタンにしてやるから待ってろよ!」

 

ノックアウトされた情けない神凪の姿を見れば、きっとかのんの目も覚めるだろう。そんなこと考えながら走っていると、いつも兄貴が手下達とたむろっている場所に到着した。

 

「兄貴! 力を貸してく…れ…?」

 

そこで隆志が目にしたのは、地面に倒れ伏す兄貴の姿と──

 

「こいつの弟か――ならば君にも教えよう。我が師匠より与えられた筋肉讃歌を!」

 

──雄々しい漢の背中だった。

 

 

 

 

「おはよう、かのん」

 

登校中、背後から掛けられた声に花音は(嫌な顔を隠そうともせずに)振り向きながら応える。

 

「あら、腰抜け坊やじゃない。また泣かされに来たのかしら?」

 

「ハハ、かのんは相変わらずキツイな。でも、たしかに昨日までの俺は腰抜けだった。何故なら真の漢というものを知らなかったからな」

 

「…………は?」

 

花音の毒舌に応えたのは、キラーンと歯を輝かせながら妙なポーズをとっている隆志だった。

 

隆志の言葉だけを聞くと心を入れ替えたのかと思えるが、その謎のポージングが花音を混乱させた。

 

「え、えっと……なに?」

 

「あのさ、昨日はゴメンな。花音の気持ちを考えもせずに勝手な事ばかり言っちまって。ホントに反省してるから許してくれ」

 

「ど、どうしちゃったの、高松くん?」

 

次々と謎のポージングを決めながらも昨日までの傲慢な少年らしからぬ殊勝な言葉に、花音の混乱は加速する一途だった。

 

「俺が謝るのは変か? いや、そうだな。昨日までの俺を知ってるかのんなら変に思うよな」

 

変に思うのは花音だけではなかった。偶然居合わせた周りの同級生達も隆志の言葉には驚いていた。もちろん、その謎のポージングにも驚いていた。

 

「ま、まあいいわ。高松くんが謝ってくれるのなら、昨日のことは条件付きで許してあげる」

 

花音は色々とツッコミたい気持ちはあったが、それ以上に関わりたくない気持ちの方が優った。

 

同級生達からのツッコんでくれよ。という無言の圧力に屈することなく、花音は隆志の謝罪を条件付きではあるが受け入れることにした。

 

「許してくれるのか! ありがとな、かのん。それでその条件ってなんだ? 俺に出来ることなら何でも言ってくれよな。かのんを肩車しながら町内一周とかか?」

 

「んなわけないでしょう!?」

 

肩車をしているようなポージングをしながら、とんでもない事を吐かす隆志に目を剥く花音。

 

「私を肩車だなんて、それだと罰じゃなくてご褒美になるじゃない!」

 

自分を肩車をする事がご褒美になる。それは、花音の自惚れともとれる発言だったが、その場にいた同級生達にはまったく異存はなかった。むしろ花音の言葉に納得するようにウンウンと頷く男子もいたほどである。

 

美少女の花音を肩車する。しかも、花音はミニスカートだ。思春期を迎えようとする男子達にとっては間違いなくご褒美だろう。

 

自分が花音を肩車する場面を思い浮かべたのか、幾人かの男子がデヘヘッという気持ち悪い感じでニヤついていた。

 

もちろん、それを見ていた女子達は本気で引いている。この事が数年後まで尾を引く事になろうとは、ニヤつく男子達は思いもしていなかっただろう。うん、頑張って生きていってほしいと思う。

 

「高松くんへの条件は、もう私にちょっかいをかけないでってことだけよ。もう少し分かりやすく言えば、金輪際話しかけないでね」

 

にっこりと満面の笑みと共に、花音は隆志に告げた。

 

その容赦ない言葉に、周りの同級生達が同情の視線を隆志に向ける。

 

小学校低学年のような事をしていた隆志の気持ちは、彼よりも少し大人な同級生達にとっては明白なものだった。

 

側から見ていれば全く脈がない事は明らかだが、友達としてさえ関わる事を禁じる条件は恋する少年には辛いことだろう。

 

「……ああ、わかった。……覚悟はしていたつもりだけど、これはキツイな…」

 

一目でわかるほどに意気消沈した隆志は、ゴソゴソと何処からかバーベルを取り出した。

 

「えっ? ちょっと待ってよ、高松くん。それはどこから取り出したのよ!?」

 

あまりの意味不明の怪現象に、花音は思わずツッコんでしまう。この時、花音と同級生達のシンクロ率は間違いなく過去最高値を記録しただろう。

 

「……すごく辛いけど、これは俺自身が招いた結果だからな……その条件を受け入れるよ」

 

不気味なほど素直に条件を受け入れた隆志。そう、結果は無惨だったが、隆志は己の心が命じるままに生きてきた。

 

その心に嘘はなく、ただ毎日を精一杯駆け抜けてきた。

 

その黄金のような思い出を胸にして、ズバッと花音に背中を向けると、隆志は一気にバーベルを天高く持ち上げた。

 

「うぉおおおーっ!!」

 

それは、全身が震えるほどの咆哮だった。

 

花音は言葉を忘れたかのように呆然と立ったまま、真っ直ぐに彼を見ていた。

 

「我が三角筋に一片の余力なし!!」

 

そこには、天を支えるかの様な気迫のこもった隆志の──いや、“漢” の背中があった。

 

 

「…………なにこれ?」

 

 

そんな花音の疑問に答えられるものは、この場には誰もいなかった。

 

 

 

 

操姉さんの機嫌をなんとか直した僕は、再び由香里と作戦会議をしていた。

 

「あのね、街の噂だと筋肉の魅力で異能者ばかりでなく、不良少年も更生させる謎の怪人がいるらしいわよ」

 

「ふうん、それが僕を見捨てて逃げたお詫びの情報なわけ?」

 

三日前、由香里が振り返りもせずに脱兎の如く走り去る後ろ姿を僕は忘れていないぞ。

 

「もう、見捨てたなんて人聞きが悪いなあ。わたしは急用があっただけよ。それに武志だってちゃんと生きてるんだから昔のことはお互いに水に流そうよう」

 

「三日前は昔とは言わないよ。それとお互いにってどういう意味なわけ? 僕には由香里に水に流してもらわなきゃいけない事なんかないと思うんだけど」

 

「あらら、武志ってば忘れちゃったの?」

 

「えっと、なにをかな?」

 

「あの日、武志の “お姉ちゃん” にその女呼ばわりされてとても怖かったのよ。あの後、家に帰って泣いちゃったもん」

 

うーん、そうだね。由香里は冗談っぽく言っているけど、考えてもみれば一般人の由香里が、あの操姉さんの殺気を浴びながら腰も抜かさずに逃げ出せた事は賞賛に値するよね。

 

それに、もしもあの場で由香里が僕を庇っていたら、その行為は火に油を注ぐことになっていたと思う。

 

操姉さんから見れば、見知らぬ女が僕の事(愛する弟)を自分から守ろうとしている図になるわけだよね。

 

うん、その図を僕と操姉さんの立場を入れ替えて考えてみたらよく分かるよ。

 

僕と操姉さんとの仲を裂こうとする見知らぬ男なんかが現れたらと考えると――これ以上は止めておこう。精神衛生上よくない。

 

「わかったよ、由香里。今回の件はお互いに痛み分けという事にしよう。結果的には、僕は操姉さんといちゃついていただけだし、由香里も地上から塵一つ残さずに燃やし尽くされるピンチを回避できたんだからwin-winだったと言えるよね」

 

「ちょっと待って!? 塵一つ残さずにって、そこまでの事態だったの!?」

 

いきなり叫ぶ由香里にビックリする僕だった。

 

 

 

 

喫茶店の目立たない席にて、和馬と大輝は情報交換をしていた。

 

一時期は仲違いをしかけた二人だったが、何故か大輝の上司である橘警視が仲裁を行い、無事に協力体制を組むができた。

 

そして、大輝からの依頼を受けた和馬は、その卓越した風術を用いた情報収集能力で、わずか数日で重要と思われる情報を手に入れてみせた。

 

「俺がつかんだ情報によると、異能者ばかりを次々と狩っている謎の男がいるらしい」

 

「異能者狩りですか……下手をすれば、最近増えだした異能者達よりも厄介かもしれませんね」

 

「その通りだ。力に目覚めただけの素人連中とはいえ、腐っても異能者は異能者だ。ただの一般人が連続して狩れるほど甘くはない」

 

「異能者狩り……そいつも異能者でしょうか?」

 

「いや、それは違うと断言できる。異能者狩りは間違いなく、力を持たないただの人間だ。少なくとも異能者狩りという “行為” には力が使われた形跡が一切なかった」

 

「そうなんですか。でもそれだと異能者狩りはただの人間でありながら、異能者を凌駕する戦闘能力をもつことになりますね。……銃火器の類の使用は?」

 

「それもないな。現場から火薬類の反応は残されていなかったし、第一に狩られた異能者の状態からも犯行は明らかに素手で行われている」

 

「素手ですか!? それは……明らかに異常ですね」

 

「その通りだな。異能者の能力しだいでは一般の格闘家でも倒せる相手はいるだろうが、狩られた異能者の中には俺でも素手で倒すには厳しい奴がいたからな」

 

「和麻さんでもですか!?」

 

「ああ、もちろん力を使えば秒殺できる程度だが、全身から針が飛びだす奴とか、電気を纏う奴とかいたからな。素手で触れる事自体が難しい相手となると力も武器もなしで勝つのは厳しいからな」

 

「うーん、異能者狩り……異能者増殖問題よりも優先すべき問題かもしれませんね」

 

「……これはただの経験談なんだが」

 

「はい?」

 

「俺が世界中を巡っていた頃に、他者から受けた力を喰らう化け物じみた奴に出会ったことがある」

 

「えぇっ!?」

 

「その化け物は喰らった力で、己の身体を強化していた」

 

「身体を強化ですか。それはどの程度の強化だったんですか?」

 

「……俺の全力の一撃が跳ね返された。あの時、翠鈴と小雷がいなかったら、俺は死んでいた」

 

「ヤバいじゃないですか!? 万が一、異能者狩りがその化け物と同じ力を持っていたら!」

 

「ちなみにその化け物は元々はただの人間だった。愉快犯達が集まる秘密組織に改造されたんだ」

 

「もっとヤバい情報がきたーっ!? 愉快犯達が集まる秘密組織って何なんですか!?」

 

「おっと、言い間違えたな」

 

「え?」

 

「愉快犯が集まる秘密組織じゃなくて、史上最低最悪の愉快犯達が集まる秘密組織だったな」

 

「……依頼を変更します。異能者増殖問題の調査ではなく、異能者狩り及びその背後関係の調査をお願いします」

 

「いいのか? あの秘密組織に手を出せば火傷じゃ済まないかもしれないぜ」

 

「僕はしがない警察官です。本音をいえば安定した職業に就きたくて、警察官になったような軟弱者です。でも、それでも今の僕は警察官なんです。国民の安全と平和を守る責任を負っているんです」

 

「……そうか、わかった。それなら俺もとことん付き合ってやるよ」

 

「ありがとうございます、和麻さん! 和麻さんがいれば百人力ですよ! 二人で頑張って手柄を立てて橘警視に褒めて貰いましょうね!」

 

「橘警視? ああ、あのお節介な年増の姉ちゃんの事だったな」

 

「年マッ!? 恐ろしい事を口にしないで下さいよ! 橘警視は微妙なお年頃なんですからね! 万が一聞かれでもしたら冗談じゃ済まないですよ!」

 

「おいおい、そこまで慌てるなよ。こんなのちょっとした軽口だろう。ん? どうしたそんなに真っ青になってよ。いくら何でも気が弱すぎるぞ。なんだ、俺の後ろがどうかしたのか?……緊急離脱っ、ジュワッチ!」

 

「和麻さーん!? 一人だけ飛んで逃げるのはズルいですよーっ!! 僕も連れてってーっ!!」

 

「そんなに慌てて、どこに行こうというのかしら、石動くん? 年増のお姉さんに教えてくれないかしら」

 

「ひぃいいいっ!? ち、違うんです橘警視! 僕は年増だなんて言っていません! 年増と言ったのは向こうに飛んでいった和麻さんだけですよ!!」

 

「石動くん、安心してちょうだい。ちゃんと会話は聞いていたわ。誤解はしないから大丈夫よ」

 

「よ、よかった〜、安心しました。それにしても和麻さんはヒドいですよね〜」

 

「そうよね。この間は、大神君に頼まれたとはいえ庇ってあげたのにヒドいわよね」

 

「うんうん、本当にそうですよね!」

 

「ところで、石動くん?」

 

「何ですか、橘警視」

 

「私が微妙なお年頃っていうのは、どういう意味かしら?」

 

「…………」

 

「うふふ、お互いに誤解のない様にじっくりとお話をしましょうね、石動くん」

 

「か、和麻さーん!! 助けてーっ!!」

 

助けを呼ぶ大輝の声は、和麻が消えた青空に虚しく響いた。

 

 

 

 

 

 

 




綾乃「今回登場した謎の人物は味方かしら?それとも敵?もしかしたら一連の騒動の黒幕だったりしてね」
紅羽「謎の人物といっても正体はバレバレじゃない。黒幕という事だけは絶対にないわよ」
綾乃「紅羽は謎の人物の正体を知っているの!?」
紅羽「……本気で言っているのかしら?」
綾乃「本気よ本気。本気と書いてマジって読むぐらい本気よ」
紅羽「マジって……もう綾乃はどんどん言葉遣いが悪くなるわね」
綾乃「あたしはどんどん可愛くなっていくから、口ぐらい悪くないとやっかみがヒドくて大変なのよ」
紅羽「自分で可愛いって言っちゃうの!?」
綾乃「お父様も言ってくれるわよ」
紅羽「ああ、あのハイパー親バカなら毎日言ってそうね」
綾乃「あはは、否定はしないわ」
紅羽「それでハイパー親バカ以外に、綾乃の事を可愛いと言ってくれる人はいないのかしら?たとえばクラスの男の子とか」
綾乃「紅羽、ニヤつきながら言わないでよ」
紅羽「うふふ、ごめんなさい。でも、ついこの間まで武志と泥んこになって遊んでいた綾乃が、異性を気にする年頃になったんだと思うと感慨深いわね」
綾乃「もう適当なこと言わないでよ。ちっちゃい頃でも武志と泥んこ遊びなんてしてないわ」
紅羽「あら、少し前までよく服を汚してウチで洗濯していたじゃない」
綾乃「え?ああ、あれは遊んでたわけじゃなくて武志に頼まれて正義の味方をしていたのよ」
紅羽「正義の味方?」
綾乃「うん、正義の味方。武志をいじめる奴や、武志の邪魔をする奴、武志が見つけてきた悪党とかをやっつける手助けをしていたわ」
紅羽「……深く聞くのはやめておくけど、くれぐれも手加減を忘れちゃダメよ」
綾乃「それは分かっているわよ」
紅羽「本当に?」
綾乃「ええ、攻撃の加減をするのは当然だもの。一撃で気絶させたら効果は半減だわ」
紅羽「はい?」
綾乃「気絶しないように注意しながら、何度も何度も執拗に痛めつけて、二度と逆らう気を起こさせな――」
紅羽「ストーップ!!そこまでよ、綾乃。それ以上は言ってはいけないわ。曲がりなりにも一応は…たぶん?おそらく?貴女はヒロインの一人なのだからイメージを大事にするべきだわ(もうとっくに手遅れかもしれないけど)」
綾乃「あたしは正義の戦うヒロインってわけね!!」
紅羽「うーん、正義を強調すると反論が多そうだから悪役系ヒロインを名乗るのが無難かもね」
綾乃「今流行りの悪役令嬢というやつね!並み居るヒロイン達をなぎ倒して最後は主人公と結ばれるやつだわ」
紅羽「えっと、私が言っているのはそういう意味じゃなくてね」
綾乃「それじゃ、ラスボスは操ね!」
ゴッ!!
紅羽「あら、今の音は何かしら?」
綾乃「……」
紅羽「綾乃、急に黙ってどうしたの?」
綾乃「……(バタン)」
紅羽「どうして倒れるの綾乃!?……こ、ここに転がっているボーリング玉に血が!?ああっ、綾乃の頭から血が噴き出してきたわ!?死なないで綾乃ーっ!!」


操「キジも鳴かずば撃たれまい。諺は意外と当たるものですよ、綾乃様」


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第56話「嵐の前の静けさ」

 

由香里をなんとか落ち着かせた後、改めて僕達は作戦会議を再開した。

 

「まだ、あたしは落ち着いていないんだけど?」

 

「まあまあ、由香里の愚痴なら今回の事件が解決した後に、ゆっくり聞くからそれで許してよ」

 

「あたしの命に関わることを愚痴って言わないで!」

 

「由香里、僕は言ったよね。こっちの世界は本当に危険だって。それこそ少しの油断が…いいや、相当に警戒していても次の瞬間には死ぬかもしれないような世界なんだ。今からでも遅くないよ、由香里。君は日の当たる世界に帰るべきだよ」

 

「武志…あなた……」

 

心から出た言葉だった。

 

それが由香里にも通じたのだろうか。さっきまで眉を顰めていた表情が、困惑したような表情に変わった。

 

うん、これでいい。友好的な相手に距離を置かれるのは寂しい事だけど、そんな僕の感情なんかより由香里の命の方がずっと大事だからね。

 

「武志…あなた……何か良いことを言った、みたいな顔をしているけど、あたしの命を脅かしたのってあなたのお姉さんよね? それもこっちの世界がどうのとかの問題じゃなくて、お姉さんのヤキモチの所為だよね?」

 

「……じゃあ、作戦会議を進めようか」

 

僕はスルースキルを発動した。

 

「あのね、困ったからってそうやってスルーするのは良くないわよ。まあいいわ、今回は貸し一つで許してあげる」

 

人差し指を立て、ウインクしながらそんな事を言う由香里。

 

ウヌヌ、非常に不本意だけど仕方ないかな。

 

僕の操姉さんが、由香里に殺気を向けちゃったのは本気で申し訳ないと思うしね。僕への貸し一つで、由香里が操姉さんに蟠りを持たないのなら文句はない。

 

「わかったよ、一つ借りとくよ。だから、由香里が操姉さんに会うことがあっても、睨んだり文句を言ったりしないでよ。あの時は少し(オコ)な状態だったけど、普段の操姉さんは優しくて穏やかな人でね、それにちょっと泣き虫な所もあるから人の悪意に触れさせたくないんだよ」

 

由香里の出した条件を了承するついでに、念のため釘も刺しておく。

 

由香里が抱く操姉さんのイメージは、たぶん気の強い女性というものだろう。そのつもりで普段のお淑やかな操姉さんにキツい態度をとられたら操姉さんは泣いてしまうかもしれない。

 

操姉さんは泣き顔も綺麗だけど、僕は笑顔の方がいい。いや、照れた顔も捨て難いかな? うーん、それをいうなら焦った顔もチャーミングだし、考え事をしている時の真剣な顔もいいよね。それに僕がヤンチャしたときの困った顔も実は好きなんだよね。

 

「ねえ、武志――」

 

「どうしたの?」

 

操姉さんの一番素敵な顔グランプリを脳内で開いていると、由香里が話しかけてきた。なんだか困ったような雰囲気だけど何かあったのかな?

 

「えっとね」

 

「うん、どうしたの? 何かあれば遠慮なく言って欲しいな」

 

「これはね、あくまで一般論なんだけどね。女性という生き物は、世の男性陣が夢想するような可憐な生態なんかしていないんだよ?」

 

「あはは、何を言うのかと思えばそんなことか。もちろん、知っているよ。こう見えても女性の知り合いは多いからね。男が夢見るような可憐な女性が、いわゆるUMAレベルの希少さを誇っていることはね」

 

まったく、何を言い出すかと思えばそんな事か。一体、何を思ってそんな事を言い出したのか分からないけど、世の女性達が結構強かで、計算高い人ことは知っているし、凶暴で凶悪な一面を隠し持っていることも承知しているよ。

 

「そうなんだ、それなら安心したわ。てっきり武志がお姉さんのこと勘違いして――」

 

「由香里ッ!?」

 

「きゅ、急に大きな声を出してどうしたの?」

 

由香里はビックリして目を丸くした。だけど僕はそんな事を気にする余裕は無くなっていた。何故ならついに理解者を見つけたのだから!

 

「由香里は分かってくれたんだね!! 操姉さんがUMAレベルの希少価値をもつ女性だって事を!!」

 

「…………は?」

 

「そうなんだよ、由香里の言う通りなんだよ。操姉さんは人から勘違いされやすい人なんだ」

 

「あのあたし、そんな事は言って――」

 

「操姉さんは昔から頑張り屋さんでね。妖魔退治でも頑張って妖魔をミンチになるまで殴って退治していたんだ」

 

「み、ミンチ……それってオーバーキルなんじゃ?」

 

「操姉さんは昔から優しくてね。若手が現場で負傷しないようにって、実技指導では、たとえ大神家に反抗的な若手でも実戦さながらの組手でボロクズになるまで熱心に教えてあげていたんだ」

 

「あの、それはその……制裁というものなんじゃ?」

 

「操姉さんは昔から正義感が強くてね。神凪一族に喧嘩を売ってきた他所の術者を――いや、なんでもない。今のは気にしないでね」

 

「余計に気になるんだけど!?」

 

「何はともあれ色々あってね。本当の操姉さんは、優しくてお淑やかだし、料理や掃除も得意でいつでも僕を甘えさせてくれるし、身嗜みもきちんとしててセンスもいいから僕のコーディネートもしてくれるんだ。他にも――」

 

〜三時間後〜

 

「――そんな本当は、可憐で素敵な操姉さんなのに、人からは勘違いされて怖がられることが多いんだ」

 

「…………え? も、もう終わったの?」

 

「由香里が初めてだよ。操姉さんが勘違いされやすい人だって理解してくれた人はね。綾や沙知――ああ、僕の幼馴染達なんだけどね、彼女達ですら操姉さんを勘違いしてるみたいで苦手意識があるんだ」

 

「あ、うん。勘違い……うん、勘違いはダメだね。うん」

 

僕の言葉に由香里は(何故か遠い目をしながら)頷いてくれた。

 

そんな(ちょっと虚ろな)由香里を見ていて僕は閃く。

 

「そうだ、由香里をうちに招待するよ。由香里だったら操姉さんとも仲良くなれそうだからね」

 

「うぇッ!?」

 

うんうん、我ながら良いアイディアだね。操姉さんも由香里とちゃんと知り合えば、僕と会っていても勘違いしないだろうしね。

 

「今後の勘違い防止のためにもなるから丁度良いよね」

 

「か、勘違い防止……た、武志こそ勘違いしないでッ!?」

 

「うんうん、僕は勘違いしていないから大丈夫だよ。由香里が僕の事を心配してくれた事は分かっているからね。そんな優しい由香里なら同じ優しい操姉さんとも仲良くなれるよ」

 

「そうだけどっ、そうだけどっ、そうじゃないのーーーーっ!!」

 

元気にはしゃく由香里の手を引っ張って、僕は自宅へと向かった。

 

「あはは、由香里は元気一杯だね」

 

「せめて手を離してーっ!! 絶対に勘違いされちゃうよーっ!!」

 

 

 

 

「酷いですよ、僕を残して一人だけで逃げちゃうだなんて!」

 

「いや、悪かったな。あん時の年増の姉ちゃんの殺気が、赤い悪魔を彷彿とさせる程のものだったから、ついな」

 

いつもの喫茶店とは違う店に和麻達はいた。以前の喫茶店は大輝のお気に入りだったが、橘警視も行きつけとしていたことが発覚したため避けたのだ。

 

「もう、また年増って言いましたね。本当にもうやめて下さいよ。和麻さんは逃げれば済むけど、僕は上司と部下の関係なんですよ。あれから酷い目にあったんですからね」

 

「スマン、本当に悪かったと思ってるよ。しかしあの姉ちゃんも気にし過ぎだよな。あれだけの美人なんだから歳なんか気にせんでもいいだろうに」

 

「美人だからこそ余計に年齢には敏感なんじゃないですか? 僕にはよく分かりませんけどね」

 

「うーん、そうだな。考えてみれば、俺の周りにいるのは、美人でも若いのばっかりだから歳については気にしたことないからな。あいつらも何年かしたら歳を気にするようになるのかね」

 

「周りは若い美人ばっかりって、もしかして自慢ですか?」

 

「ハハハ、気づいたかね。石動くん」

 

「ムム、それは素直に羨ましいと言いたいところですが――」

 

和麻の自慢げな顔に反応した大輝だったが、すぐに物言いたげな雰囲気になる。

 

「なんだよ、なんかあるのか?」

 

「――もしかして、和麻さんが依頼料が良ければ危険度が高くても構わないと言っていた理由はその美人さん達ですか?」

 

「そうだよ! その通りだよ!」

 

美人は金がかかる。その格言を思い出した大輝の言葉が核心をついたのだろうか。和麻は血涙を流さんばかりに嘆き始める。

 

「あいつらの面倒をみるのは大変なんだよ! 何が大変かといえば金を稼ぐことじゃねえ! あいつらに “何もさせねえ事” が大変なんだよ!」

 

和麻のいう美人達、つまりは翠鈴と小雷ことだが、彼女達は修行や喧嘩で災害を周囲に撒き散らしていたが、真の災害の原因は “和麻の為” であった。

 

――和麻の役に立つため強くなりたい。

 

――和麻に良いところを見せたい。

 

――あわよくば、和麻を独り占めしたい。

 

そんな和麻を想う気持ちが、結果的に災害へと繋がっていったのだ。

 

「えーと、なんと言えばいいのか分かりませんが、今はその二人は大丈夫なのですか?」

 

「ああ、日本なら別の意味での危険はあるが、命を狙われるような危険はないからな。今は花嫁修行だと言って家事関係で張り合っているだけだよ。その代わり色々と物入りでね。稼ぐ必要が出てきたんだ」

 

日本では別の意味での危険があると聞いて大輝は、和麻と初めて会った時の騒動を思い出して苦笑する。

 

「なるほど、日本で本格的に生活するなら住居や生活用品を一から揃える必要がありますからね。そりゃあ、お金も必要ですよね」

 

「ああ、幸いにも手に職はあるからな。仕事さえあればどうにでもなる」

 

「ふふふ、手に職ですか。たしかにその通りですけど、術者の方にそう言われるのは何か違和感が凄いですね」

 

「ククク、俺も言っていて笑いそうになった」

 

和麻と大輝は暫く笑い合った。

 

「さてと、そろそろ仕事の時間だな」

 

「はい、では出発しましょう」

 

今日、和麻と大輝が会っていたのは、和麻が異能者狩りの正体を突き止めたからだった。残念ながら和麻の想定以上に異能者狩りは厄介であり、和麻の調査では異能者狩りの能力も背後関係も分からなかった。

 

そのため二人は、異能者狩りが異能者を狩る現場を直接抑えて、その能力を明らかする事にしたのだった。先程の和麻が言った『仕事の時間』というのは風術で見張っていた異能者狩りに動きがあった事の合図であった。

 

「今更だが、別にお前さんが来る必要はないんだがな」

 

「ふふ、本当に今更ですね――僕は行きますよ。どんな危険があろうと、僕にはこの目で敵を見定める義務がありますからね」

 

「――そうか。なら、これ以上は止めないぜ。行こうか、“大輝” 」

 

「っ!? はい、和麻さん!!」

 

『行こうか、大輝』――この時初めて和麻に名前を呼ばれた。その事に気付いた大輝は、胸に何か熱いものを感じた。

 

 

 

 




綾乃「武志も大変ね、計算高くて、強かな紅羽みたいな女が身近にいるだなんてね」
紅羽「そうね、綾乃みたいな凶暴で凶悪な女が身近にいるだなんて可哀想だわ」
綾乃「誰が凶暴で凶悪よ!あたしはお淑やかで優しいお姉さん枠なのよ!」
紅羽「綾乃が先に言ったのでしょう。私だって理解のある優しいお姉さん枠なのよ」
綾乃「理解があるって、紅羽は武志の悪巧みにシレッと加わってるだけじゃない。あんたが悪知恵を貸すから武志が前より悪い子になったって操が嘆いていたわよ」
紅羽「それを言うなら、綾乃が事あるたびに武志の助太刀をして暴れるから揉み消すのが大変だって操が嘆いていたわよ」
綾乃「……」
紅羽「……」
綾乃「まあ、アレよね」
紅羽「そうね、アレよね」
綾乃「あたしがチョッピリだけ暴れん坊っぽい一面があったとしても――」
紅羽「私がほんの少しだけ生きる知恵に長けていても――」
綾乃&紅羽「アレ()には到底敵わないわ」


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57話「凶悪なるもの」

 

武志に手を離してもらった時には手遅れだった。

 

あたしの前には、お屋敷と呼ぶに相応しい豪邸が建っている。

 

「うぅ、いつかはお邪魔する予定だったけど、タイミングが悪すぎるわ」

 

先日の件で、最悪の印象を与えたであろうお姉さんと会うには早過ぎる。もう少しほとぼりを冷ます時間が必要だった。

 

「あはは、由香里も操姉さんと会うつもりだったんだ。それなら丁度よかった。きっと二人は気が合うと思うよ」

 

――まったく、この子は。

 

能天気に笑う武志の姿に少し腹が立つ。普段は察しがよくて、年下の男の子とは思えない彼だけど、自身のお姉さんが絡むと途端にポンコツになる。

 

あたしはお姉さんの理解者だと、武志の中では固定されたようだ。何を言っても都合の良いようにとられる。

 

「はぁ、普段なら喜ぶ展開なんだけどね」

 

武志にとってあたしはただの部外者だ。偶々、目についたから助けただけの相手にすぎない。今回の事件に同行させてくれているのも結局はただの気紛れだった。ことが済めば、あたしのような一般人とは会う必要がなくなる。

 

とはいっても、武志だって一般社会と断絶して生活しているわけではない。軽く聞いたところ、普通に学校にも通っているし、一般人のお友達だっている。

 

あたしの当面の目標は、今回の事件での同行者という一時的な関係から、彼個人の友人になること。

 

その目標を鑑みれば、今回は絶好のチャンスだ。

 

彼の家に招待されて、家族とも知己を得られる。こんな降って湧いたようなチャンスを逃しちゃいけない。

 

「ただいま、操姉さん。友達を連れてきたよ」

 

「おかえりなさい、武志。そしていらっしゃいませ、貴女は初めて――ではありませんね。ウフフ、お久しぶり、というにはまだ三日しか経っていませんね。私は操と申します、武志の姉になりますわ。貴女のお名前をお聞きしてもよろしいかしら?」

 

そう、こんな絶好のチャンスを逃しちゃいけない。たとえ、どんなに怖くてもだ。

 

あたしは、満面の笑み(目は笑っていない)を浮かべる女性の前で、せめて震えた声だけは出さないよう勇気を振り絞りながら挨拶をする。

 

「私は、篠宮 由香里と申します。本日は武志くんにお呼ばれしたとはいえ、突然家にまで押しかけたりして申し訳ありません」

 

「あらあらまあまあ、私の可愛い弟のことを “武志” くんだなんて馴れ馴れしく下の名前で呼んでいるのね。ウフフ、随分と仲良しさんなのね」

 

「あ、あの、それは、ですね。私達は、その――」

 

いきなり失敗した。ここは大神くんと呼ぶべきだった。身体にのしかかる謎の圧力を感じながら、あたしは何とか穏便に済ますための言葉を捻り出そうと考える。だけど早鐘のように打ち始めた鼓動が邪魔で考えが纏まらない。一縷の望みをかけて武志に助けの目を向ける。

 

「あはは、そうなんだ。由香里とは気が合うんだ。実は由香里は年上だから本来なら由香里姉さんと呼ぶべきなんだけど、実はちょっとした事件に遭遇したときに友情が芽生えてね、それから互いに呼び捨てになったんだ。うん、もう親友といっても過言じゃないかもね。そうそう、由香里は操姉さんのことお淑やかで優しそうな理想的な女性だってベタ褒めしてたんだ。もう会わせて欲しいってうるさくてね。それに家事とかも得意だって教えたら是非教えて欲しいって感じだったから仕方ないから連れてきたんだ。ほらほら、由香里も憧れの操姉さんを前にして緊張するのは分かるけどもう少しリラックスしなよ」

 

なに言ってんの!?

 

全部が嘘とは言わないけど、捏造が酷すぎるわよ! それともこのポンコツの中ではあれが真実になっちゃってんの!?

 

「――え、そうなの? まあ、ごめんなさいね。私ったら勘違いしていたみたいね。てっきり悪い虫なのかと思っちゃってたの。うふふ、学生時代に私のことお姉様って呼んでくれていた子達と同じタイプの子だったのね。本当にごめんなさいね。お詫びといったらなんだけど、たしか家事だったかしら? ちゃんと女の子として困らない程度には仕込んであげるわね」

 

「え、あのどこに? そ、そんな強く手を引っ張らないで――」

 

よく分からないうちに身体への圧力が消えたかと思うと、武志のお姉さんに手を掴まれ、ズルズルと凄い力で屋敷の奥へと引き摺られていた。

 

「あはは、やっぱり由香里は操姉さんと気が合うんだね。連れて来て良かったよ」

 

助けを求めようとした武志は、あたしにバイバイと手を振りながらそんな戯けたことを言い放つ。

 

あたしは思った。

 

――こいつら似た物(ポンコツ)姉弟だわ!!

 

 

 

 

和麻達は、路地裏の一角で気配を消して身を潜めていた。彼達の視線が向かう先には、二人の男達が対峙していた。

 

一人は黒の革ジャンにブラックジーンズ、あちこちに銀のアクセサリーをぶら下げている。もう一人は、ダボダボの服の上からでも分かるほどに発達した肉体が特徴的だった。

 

「へえ、お前が最近調子乗って、俺達、資格者(シード)を狩ってるとかいうバカか」

 

「ふむ、やはり貴様も資格者(シード)などと自称する独覚か。ならばその邪道を正道へと正してやろう」

 

「ハアッ? 何言ってんだ、お前。まさか俺様に勝てるつもりかよ。ククク、言っておくが、俺様を今までお前が狩ってきた第一位階(ファーストクラス)の雑魚共と同じにするんじゃねえぞ。俺様は第二位階(セカンドクラス)――《悪魔召喚師(デビルサマナー)》のコウだ!」

 

「コウ――それが貴様の名か。ククク、面白い偶然だな。どちらがより優れた “コウ” なのかを決めようじゃないか!」

 

「お前もコウッつうんかよ! 優れてんのは俺様に決まってんだろ! 来やがれッ、フェンリル! フレスベルグ!」

 

叫ぶと同時に、《悪魔召喚師(デビルサマナー)》のコウの前の空間が歪んでいく。それは召喚された魔物が、異界より次元を超えて現れる前兆だった。

 

「魔物を召喚して代わりに戦わせるか――ふむ、同じコウとしては、自ら戦わぬその勇気の無さに呆れを通り越して哀れさを感じざるを得んな」

 

「喧しいわッ! くたばりやがれッ!」

 

空間の歪みから巨大な狼と鷲が飛び出した。その身から大きなエネルギーを発しているのを発達した肉体をもつ男――筋肉コウは感じた。

 

「召喚者は軟弱なれど召喚されし魔物は、軟弱とまでは言えんようだな。少々、安心したぞ。これなら弱い物いじめにはならんだろう」

 

強大な魔物を二匹を前にしてなお筋肉コウは、余裕の態度を崩さない。

 

そんな筋肉コウにフェンリルは高く跳躍すると一直線に襲いかかる。

 

「うなれ、嵐の上腕筋!!」

 

「キャインッ!」

 

己の倍以上の体躯を誇るフェンリルをラリアット一発で弾いた筋肉コウ。だが、その隙を狙うかのように、いつの間にか空高く飛翔していたフレスベルグは猛スピードで襲いかかる。

 

筋肉コウの背後から襲いかかったフレスベルグは、その鋭い爪を彼の背中に突き立てようとする。コウは上半身に力を溜める。

 

「燃えろ、炎の広背筋!!」

 

「ピイッ!」

 

一気にバックダブルバイセップスのポージングを決めた筋肉コウの背中に、フレスベルグの爪は弾き返される。

 

「ガウゥッ!」

 

「叫べ、(いかづち)の三角筋!!」

 

再び襲いかかるフェンリルの牙を避け、軽々と肩に担ぐとフレスベルグに向けて放り投げた。フェンリルとフレスベルグは縺れるように転がっていく。

 

「思ったよりやりやがるなッ、この筋肉バカがッ! でもな、俺様の力はこんなもんじゃねえぞ! 来いッ、ファフニール! ムシュフシュ! ラクシャーサ!」

 

予想以上の筋肉コウの実力に《悪魔召喚師(デビルサマナー)》のコウは、手持ちの魔物の中でも最も強力な魔物達を呼んだ。

 

新たに呼ばれた魔物達と、先に呼ばれていた魔物達が一斉に筋肉コウに襲いかかる。ある魔物はその牙で、またある魔物はその爪で、そしてある魔物は仲間の魔物すら巻き添えにする事を承知の上で口から吐き出したその業火で、筋肉コウを屠らんと全力を出した。

 

迫り来る死の予感。筋肉コウはその死の予感を前にして漢らしく熱く吼えた。

 

「サイドチェストッ!!」

 

筋肉コウの服が弾け飛ぶ。ついでとばかりに襲いかかっていた魔物達も全て吹っ飛ばされる。そして、ダボダボの服の下から現れたのは輝かんばかりの筋肉の塊だった。

 

「な、なんだ――その筋肉は……!?」

 

悪魔召喚師(デビルサマナー)》のコウは驚愕する。

 

それ程までに現れた筋肉は美しかった。

 

資格者(シード)の中にはその異能によって発達した筋肉を持つ者は多かったが、そんな紛い物の筋肉とは次元が違っていた。恵まれた才能と弛まぬ努力によって育まれた筋肉(宝物)だと男なら本能で分かった。

 

悪魔召喚師(デビルサマナー)》のコウとて、この世に男として生まれたからには筋肉に憧れがあった。男なら一度はボディビルダーとしてトップに立ちたいと願うものだ。

 

筋肉コウが《悪魔召喚師(デビルサマナー)》のコウに向かって指差し叫んだ。

 

「てめえの肉は何キロだーっ!!」

 

その叫びは《悪魔召喚師(デビルサマナー)》のコウの魂を揺さぶった。

 

すでに戦意など微塵も残ってはいなかった。ただあるのは、かつて抱いた筋肉への憧れだけだった。

 

ふと、不摂生な生活で衰えた自分の筋肉を見た。《悪魔召喚師(デビルサマナー)》のコウは情けなくて泣けてきた。

 

「諦めるな、諦めたらそこで終わるぞ」

 

「……まだ、まだ間に合うと思うのかよ」

 

「当然だ。筋肉は努力を裏切らん」

 

「努力、努力か。俺も努力出来るのかな?」

 

「ああ、心配するな。無理をする必要はない。まずは腕立てから始めればいい」

 

「ははっ、腕立てか。もう何年やってねえかな」

 

「数年ぶりならさぞ筋肉も喜ぶだろう」

 

「そうかな?」

 

「ああ、そうだ。一緒に頑張ろう。仲間も待っているぞ」

 

「仲間……?」

 

「貴様と同じだ。資格者(シード)などという筋肉に悪い物を捨て去り、漢の道(筋肉道)を歩み出した仲間達だ」

 

「俺なんかを仲間に入れてもらえるのか?」

 

「フッ、何を言っている――僕達はもう仲間だろ!!」

 

それまでの漢らしい雰囲気を一変させた筋肉コウは、その年齢通りに若々しい笑顔と共に新しい仲間を受け入れる。

 

「そっか、もう仲間か――お前の、いや、あんたの本名を教えてくれないか?」

 

「いいよ、僕の名は――内海浩助(うつみこうすけ)だ!」

 

「そうか、良い名前だな。だが、俺の名前も負けちゃいないぜ。俺の名は――」

 

互いに名乗りあった若き漢達はガッシリと熱い握手を交わした。

 

ここから始まる漢の道(筋肉道)を祝福するかのように、紅い光が二人の漢を照らし始める。

 

「――燃えなさい」

 

若い女の声が聞こえた。浩助はどこか聞き覚えのある声だと思った。

 

――二人の漢が紅き業火に包まれた。

 

全てを隠れて見ていた大輝の耳に和麻の震える言葉が届いた。

 

「あ、紅い悪魔……」

 

その言葉は――とても不吉に響いた。

 

 

 

 

 




綾乃「今回は素晴らしいラストだったわね」

紅羽「そうかしら?ギャグ回とはいえ折角の友情物語が台無しになってたわよ。しかもアレって神炎じゃない。ギャグ補正は効くのかしら?」

綾乃「何言ってんのよ。今回は犯罪者予備軍の奴らを成敗する謎のヒロインが颯爽と現れる回よ」

紅羽「謎って、今回こそ正体はバレバレじゃない」

綾乃「やだ、隠しても隠しきれないヒロインパワーが漏れていたのね」

紅羽「パワーと言っている時点で、なにかヒロインとして違和感を覚える私はおかしいのかしら?」

綾乃「うん、おかしいわね。それにしても武志サイドはだんだんとメインストーリーから外れてない?」

紅羽「あっさりと流したわね。まあいいわ。武志については問題はないんじゃない。情報は全て橘警視の元に集まるのよ。きっと最後はみんなで力を合わせて戦う筈だわ」

綾乃「うーん、後書きで言った時点で、そんな王道展開は無くなりそうよね」

紅羽「あら、そういうものなの?」

綾乃「ネタバレは厳禁よ。だって先に言っちゃうと楽しみが減るもの」

紅羽「それなら後書きでする話は、本編とは直接関係のない話題が無難ね」

綾乃「関係のない話題?それなら紅羽は、たい焼きは頭から食べる派?それとも尻尾から食べる派かしら?」

紅羽「思いっきり関係ない話題ね!?関係なさすぎてビックリだわ」

綾乃「なによ、紅羽が言ったんじゃない」

紅羽「確かに言ったけど、私が言いたかったのは本編ストーリーとは直接関係のない、たとえば説明のなかった資格者(シード)とかの用語説明をすればいいじゃない。という意味よ」

綾乃「それじゃあ、紅羽は腸(はらわた)から食べる派ってことでいいかしら?」

紅羽「それじゃの意味が分からないわよ!それに腸(はらわた)ってなによ。変な言い方をしないで欲しいわ。ちなみに私は頭から食べる派よ」

綾乃「あら、あたしと一緒ね。やっぱり初めに頭を潰してからじゃないと安心して食べれないわよね」

紅羽「たい焼きの話よね!?」

綾乃「あはは、そう言ってるじゃない」

紅羽「もう、綾乃は仕方ないわね。それで、用語説明はするの?」

綾乃「やだ、めんどくさいもの。用語なんて原作を読めばいいじゃない」

紅羽「今だともう原作を持っていない人もいるのよ」

綾乃「そうなの?んー、でもやっぱり必要ないわよ。これを読んでる人に細かい用語を気にする人なんかいないわよ」

紅羽「そんな風に断定してはダメよ。中には早く用語説明を始めろ、と思いながら読んでいる人がいるかもしれないでしょう?」

綾乃「そんな奇特な人がいるかしら?」

紅羽「可能性はいつでもゼロではないわ」

綾乃「もう、それなら仕方ないわね。用語説明を始めるわ」

紅羽「あら、珍しく素直になったわね」

綾乃「あたしは最初から素直で素敵なお姉さんよ。それじゃあ、用語説明をするわね……」

紅羽「綾乃、どうしたの?」

綾乃「……続きはWebで」

紅羽「綾乃!?」

綾乃「やっぱりめんどいから各自でググりなさい」

紅羽「綾乃ーっ!?」


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第58話「不審」

 

自室で寛いていると、キッチンの方から賑やかな声が聞こえてきた。どうやら誰か二人ぐらいで料理をしているみたいだ。

 

「この声は操よね。もう一人は誰かしら?」

 

大神家の居候となって早数年、すでに家族同然の扱いとなっているけど、そんな私でも初めて聞く声だった。

 

「私の知らないお客様かしら。んー、ちょっと気になるわね」

 

ふと好奇心を刺激された私は、読みかけの本に栞を挟んでから椅子から立ち上がった。部屋に置いてある姿見で身嗜みを軽く整えてから部屋を出る。

 

「あの子がキッチンに他人を入れるだなんてね」

 

普段は社交的な振る舞いをしている操だけど実は猜疑心が強い。他人を応接間なら兎も角、キッチンというプライベートな空間に簡単には入れたりはしない。

 

「あの子も難儀な性格をしているのよね」

 

弟思いと言えば聞こえはいいが、単に精神的に依存しているだけだ。あまり言いたくはないが、彼女の両親は親として難のある人達だった。親の愛情を十分に受けれなかったせいか、その分の愛情を弟に求めている節がある。

 

「普通なら弟の方が拒絶しそうなもんなんだけどね」

 

ちょっと引くぐらい愛情深い彼女からの想いを、自分一人に四六時中向けられたら普通の男なら嫌気が差すだろう。

 

彼女が幸運だったのは、その男が本気で引くぐらいのシスコンだったことだ。家族愛に飢えていた彼女と、真正のシスコンの組み合わせは相性がバッチリだった。

 

「本当に仕方のない姉弟よね」

 

「操もお主には言われたくないと思うぞ」

 

「キャッ!? もう、マリア、急に話しかけないでよ。ビックリするでしょう」

 

いつの間にか目の前にマリアが立っていた。地術師の私にさえ気配を感知させない見事な穏形。教えを乞いたい程だけど、間違いなく人間では再現不可能な技だ。

 

「油断大敵というやつじゃな。それよりも操が見慣れぬ娘を扱いとったが、あれが誰だか知っとるか?」

 

「あら、マリアはもう見たのね。私も声が聞こえて気になったから見に行こうとしていたところよ。どんな子がいたのかしら?」

 

「そうか、紅羽も知らんわけじゃな。我もチラリとしか見ておらんが、中々に可愛らしい外見をしとったな。年頃は綾乃と同じぐらいじゃな」

 

「ふうん、操の学校の後輩かしら? あの子って女子高だったせいか後輩からお姉様と呼ばれていたわよね」

 

「そんな、キャッキャウフフな感じではなかったぞ。何というかもっとスポ根的なノリじゃな。操がビシバシと菜箸で手の甲を叩きながら教えとったな。叩かれとる娘は必死でフライパンを振っておったわ」

 

「随分とスパルタね。まあ、操らしいといえばそうなんだけどね」

 

優しげな雰囲気とは違い、操はあれで体育会系だ。その操に料理を習うだなんて根性のある子みたいだ。

 

「ククク、武志に嫁がくればあんな感じじゃろうな。小姑というのは怖いのう」

 

「武志の嫁ッ!?」

 

マリアが意地悪そうな顔で突拍子のない事を口にする。それとも本当に武志の嫁候補とかだったりするのだろうか? それなら操がキッチンに入れていることも納得できる。

 

「――操が料理を教えるのなら、私は掃除のやり方でも教えて上げようかしら。そうね、掃除もやりだしたら奥が深いから、少し厳しく教えてあげた方が本人のためになるわね」

 

もしも本当に嫁候補ならその性根を見極める必要がある。武志は弟同然の大事な子なのだから妙な女を近付けるわけにはいかない。

 

嫁候補じゃないとしても同じだ。我が家に入り込む女なら牽制しておく必要がある。

 

「うふふ、少し本気をだしてみようかしら」

 

私はキッチンに向かって歩き出した。マリアが後ろで何かを言っているが、私に話しかけているわけでは無いみたいだから放っておいていいだろう。それよりもキッチンにいる女だ。どんな女なのだろうか、とても興味がある。

 

「ふむ、小姑が二人になってしもうたか。しかもある意味、操よりも紅羽の方がよほどヤバい奴じゃからのう。あの娘――生きて帰れるのか?」

 

 

 

 

路地裏に響く足音。その姿はまだ見えないが、軽い足音から女だとわかる。二人の漢を燃やす紅い業火。恐らくはそれを行なったであろう女だ。

 

大輝は事態が大きく動いているのを感じながらも行動を起こすことが出来なかった。震える自分を情けなく思いながらも、大輝は相棒である和麻へと目を向ける。

 

「緊急りだ――」

 

「ダメですよッ!?」

 

いつぞやの様に一人だけで空を飛んで逃げようとしていた和麻に気づき、その腰に咄嗟にしがみつく。

 

「離しやがれッ、小僧ッ! 早く逃げんと紅い悪魔に見つかるだろうが!!」

 

「イタッ、痛いですって和麻さん! ちょッ!? 待って下さい!! 本気で蹴ってませんか!?」

 

大輝の言葉など紅い悪魔への恐怖にかられた和麻に届くわけがなかった。そもそも和麻が風術を磨く切っ掛けが、その紅い悪魔から逃げる力を得るためだったのだから今の和麻の行動は正しいものだ。

 

「――お前、俺の邪魔をするのか? 」

 

「か、和麻さん?」

 

普段とは違う和麻の様子に大輝は訝しむ。陽気で頼りがいを感じる雰囲気は一変しており、どこか暗い影を感じさせる。この男は本当に和麻なのだろうかと大輝が考えてしまうほどの変化だった。

 

「ん? まだ隠れているのがいるみたいね。ほら、燃えなさい。ーーあ、ちょっと熱量が多かったかしら?」

 

「大輝バリアー!!」

 

「うえああああーーーーっ!?」

 

飛び立とうとする和麻と、そうはさせじとその腰にしがみついたまま睨み合っていた二人に謎の女が紅い火の玉を投げつけた。まだ距離があるというのに肌を焼きそうなほどの熱量が二人を襲う。

 

さらば、和麻。さらば、大輝。君たちの勇姿を私達は忘れない。そんな感じの窮地だったが、そこは過酷な実戦を潜り抜けてきた和麻だ。咄嗟に腰にしがみつく邪魔者を盾にすることに成功した。

 

あわや二階級特進か、という大輝だったが、紅い火の玉が大輝の眼前まで迫ったとき “それ” は開いた。

 

――悪魔喰らい(デモン・イーター)

 

これこそが大輝の奥の手だった。致死レベルのあらゆる外的要因を問答無用で異次元の彼方へと追いやってしまうという凄まじい能力だ。

 

この能力があるからこそ、大輝は危険な任務であろうとも一人での行動が認められていた。ただこの能力には問題があった。あくまで死にかけたときに自動発動する能力のため、死ににくいが死にかけやすいというデメリットがあるのだ。

 

「あたしの紅炎が――喰われた?」

 

「今だ、ジュワッチ!」

 

「グエッ!? く、くびしまっ……ガクッ」

 

「あっ……ちッ、まあいいわ。次に見かけたら丸焼きにしてあげる」

 

悪魔喰らい(デモン・イーター)に飲み込まれた紅い火の玉。その事実に謎の女の注意が自分達から逸れたことに鋭く気付いた和麻は、手に持つ最強の盾を念の為捨てずに女に対して構えたまま飛び立った。

 

女が気付いたときには和麻達は遠く離れていた。ご丁寧に光学迷彩を施したのか、その姿が空に溶けるように消えていくのを目にした女は素直に諦めることにした。

 

「逃げられちゃいましたね、綾乃様」

 

「ごめんね、せっかくあなた達が妖気に気付いてくれたのに逃しちゃって」

 

謎の女――綾乃の後方から沙知が現れる。その傍らには綾の姿もあった。

 

「大丈夫ですよ、綾乃様。私達が妖気を感じたのはそこでいい感じに焦げている二人組、の内の一人だけです。逃げ出した二人組からは妖気は感じなかったので問題ないと思います」

 

「そっか、それならいいわ。それでコイツらどうしよっか?」

 

紅炎はすでに消えていた。綾乃の制御はまだまだ未熟なため多少熱量が高かったようだ。まだブスブスと煙をあげている二人組を指差す綾乃。それに対して綾が答える。

 

「はい、先程、神凪家に連絡をしておいたのでこのまま放っておいて大丈夫ですよ。すぐに人が来るそうです」

 

「そう、それならショッピングの続きをしよっか」

 

「そうですね、綾乃様! あたし、今日は見たいワンピースがあるんですよ!」

 

「うふふ、あたしもお目当ての服があるんだ。ほら、綾もそんなのいつまでも見てないで早く行きましょう」

 

切り替えの早い二人とは違い、綾は焦げた二人組を見続けていた。

 

「――どう見てもただのチンピラにしか見えない。こんな奴が妖気を纏えるだなんてどう考えても異常だわ」

 

通常なら妖気を纏える程の人間といえば、年季を積んだ黒魔術師ぐらいだ。妖気を感じなかった方の筋肉お化けが、実は妖怪だったとかの方がまだ理解ができた。

 

「この街で何かが起きているようね。これは大神家に報告が必要だわ」

 

現在の風牙衆は大神家に仕えていた。今回は綾乃がいたため神凪家に連絡をしたが、通常は何か異常を発見した場合はまず大神家に報告を行う。

 

風牙衆が大神家に仕えることになった経緯は、和麻を当主として風牙衆を独立させる計画が頓挫したためだ。武志は苦肉の策として風牙衆を強引に大神家の直轄とした。大神家の庇護下に入れた風牙衆の権利を徐々に強化していき、神凪が代替わり、つまり綾乃が宗主に就任したタイミングで独立をさせる計画だった。

 

これは綾乃と武志の関係が非常に良好であり、綾乃自身も風牙衆に対して好意的だったため可能となった計画であった。

 

「もしもし、綾です。少しお耳に入れておきたい事象が発生しました――」

 

綾乃と沙知がキャアキャアとファッションの話に興じている間に、素早く大神家への報告を終わらせた綾。

 

「よし、とりあえずこれでいいわね。申し訳ありません、綾乃様。こちらの用事は済みましたので行きましょうか」

 

「あら、もういいの? じゃあ行きましょう」

 

「はいっ、綾乃様!」

 

颯爽と歩き出す綾乃と元気一杯な沙知の後ろについて行く綾だったが、どうしても妖気のことが気になってしまう。後ろ髪をひかれ、ふと倒れている二人の方を振り返ると綾は驚きに目を見開く。

 

綾の異変に気付いた綾乃と沙知が彼女の視線の先を追うと、煙をあげる男が一人だけ倒れていた。

 

「筋肉お化けが――消えているわ」

 

綾の小さな呟きは、風に流されて消えていった。

 

 

 




紅羽「ちゃんと手加減をしたのね。嬉しいわ、あの綾乃が成長できたのね。本当にえらいわよ、少し感激しちゃったわ」

綾乃「バカにしてない?」

紅羽「何を言っているのよ。少し前の綾乃だったらいきなり消し炭は無くても追い討ちはしていた筈よ。それで綾と沙知の二人が必死に止めるまでがパターンじゃない」

綾乃「ぐぬぬ、そんな事ないわよ!必要がなければ余計な追い討ちはしないもん!」

紅羽「つまり必要があればするのよね」

綾乃「それは紅羽だって一緒でしょう。っていうか、紅羽の方がエゲツない攻撃とか拷問をしちゃうタイプじゃない」

紅羽「私の場合はあくまでも退魔師として必要な場合だけよ。ようは仕事だから仕方なしに行なっているだけだわ」

綾乃「ふーん、とても怪しいんだけど、でもまあいいわ。こんな話よりファッションの話をしましょうよ」

紅羽「ああ、綾と沙知の三人で服を買いに行ったのよね。気に入ったのがあった?」

綾乃「うん、春物のワンピースなんだけどね、三人で色違いのを買ったのよ」

紅羽「そうなの、それは良かったわね(慈愛の微笑み)」

綾乃「今度、遊びに行くときは着ていく約束をしたのよ」

紅羽「そうなの、それは良かったわね(母性あふれる微笑み)」

綾乃「うん、それでね。ついでだから、お揃いのブローチも買っちゃったのよ!」

紅羽「そうなの、それは良かったわね(号泣)」

綾乃「ええっ!?どうしたのよ!!」

紅羽「うぅ、あの孤独で寂しい(ボッチ)少女だった綾乃に友達が出来て、こんなに楽しそうにしている姿を見ていたらついつい涙が溢れて止まらなくなったのよ。本当に良かったわね、綾乃。二人を大切にするのよ。絶対に逃しちゃダメよ」

綾乃「うぐぐ、おちょくってるんだったら怒るだけなのに、紅羽が本気で言ってるのが分かるからこの怒りの矛先を向ける先がない感じがイラつくのよ!!」


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第59話「滅びの足音」

 

キッチンから姉さん達の厳しい声が聞こえてくる。由香里はだいぶきつく扱かれているみたいだ。

 

「由香里には悪いけど、暫くは家事教育を受けていてもらおうかな」

 

予定なら由香里を連れて異能者バトル大会に潜り込むつもりだったけど、残念ながら問題が起きたから予定変更だ。実は少し前に綾から異能者関連の報告があった。

 

なんでも街で妖気を帯びた異能者を見つけたから仲間の一般人ごと倒したそうだ。綾乃姉さんがいたから倒すこと自体は問題はなかった。問題が発生したのは倒した後だ。

 

綾が目を離した僅かな時間で、一般人の男が忽然と消えてしまった。感知能力が最低レベルの綾乃姉さんは兎も角として、風術師の綾に僅かな違和感すら与えずに姿を消した。どう考えても最近急増している三流の異能者では無理な芸当だろう。

 

そしてその事よりも問題なのは異能者を倒す際に取り逃したという謎の二人組の方だ。二人組は綾乃姉さんの紅炎を消滅させた上で逃走したそうだ。

 

綾はその二人組よりも消えた一般人を重視していたけど僕はそうは思わない。たしかに風術師に感知されずに消えるのは難しいだろうけど決して不可能というわけではない。高位の術師なら可能だろう。

 

それに対して紅炎を防ぐでも躱すでもなく、物理的に消滅させることはどれほど高位の術者でも不可能に近い。何故なら紅炎は “普通” の炎ではないからだ。

 

これは紅炎に宿っている破邪の力がどうとかの話ではない。紅炎の正体が “火の精霊の集団” だということだ。

 

たとえば、炎術師が生じさせた炎を何かしらの術で消し去ったとしても、それは炎という現象を打ち消しただけであって火の精霊達を消滅させたわけじゃない。

 

綾乃姉さんに確認したら紅炎は『喰われた』と感じたそうだ。精霊達がその場に残っていれば喰われたとは感じない。これは精霊術師なら感覚的にわかることだ。

 

つまり、紅炎の中にいた精霊達は消滅させられたのだと考えられる。

 

だけど実際に精霊を消滅させることは不可能に近い。何故なら精霊を認識できるのは精霊術師だけであり、そして精霊術師は精霊の力を借りているに過ぎない。火、風、水、土の精霊達は性質に違いはあるけど全てが自然の一部であり、その本質は同じものになる。互いにその存在を消し合うことはあり得ない。精霊術師が精霊に命じて他の精霊を消滅させようとしても決して精霊はその命令を聞くことはない。そんな命令をした精霊術師は二度と精霊の声を聞くことが出来なくなるだろう。

 

つまり精霊術師では精霊を消滅させれない。

 

そして他の術師達は、精霊の力で発現させた現象を防ぐ術式は数々編み出しているが、精霊そのものを消滅させる術は研究すらしていない。

 

何故かって?

 

それは当たり前だろう。精霊が消滅するということは自然が消滅するということだ。万が一、精霊がいなくなれば全ての生物は死に絶える。そもそも精霊を消滅させることなど精霊王が許さない。

 

もしも狂った魔術師が精霊を消滅させる術を開発できたとしても発動させようとした瞬間に精霊王に消されることだろう。

 

つまり他の術師では精霊を消滅させれない。

 

でも僕は精霊を消滅させるのは “不可能に近い” と言った。

 

“不可能” とは言ってないんだ。

 

神にも等しい精霊王は、精霊を消滅させるという自然に反した行いは絶対に許さない。

 

だけど――自然に即した行いなら認める。認めてしまう。

 

── 食物連鎖。

 

精霊を糧とする忌むべき存在。

 

遥か過去に精霊達が絶滅の危機に陥ったことがある。つまり、人類にとっても絶滅の危機だった。

 

「もしも生き残りがいたのなら人類は……いや、全ての生物は死に絶えるかもしれない」

 

滅びたはずのソレは ──

 

 

「―― 精霊喰い」

 

 

── 僕が倒すべき敵だ。

 

 

 

 

 

 

「紅い悪魔ですか」

 

「そうだ。アレが紅い悪魔だ。地獄の底から這い出てきた恐るべき悪魔だ」

 

和麻達は馴染みになりつつある喫茶店で顔を寄せ合い情報共有を行っていた。

 

「普段はただの女……いや、凶暴な女を装っているがその本性は――」

 

「そ、その本性は……ゴクリ」

 

和麻の深刻な表情に大輝は唾を飲みこんだ。日本でも有数の風術師である和麻が明らかに恐怖を感じていることに大輝は身が震えるのを感じた。

 

「その本性は “もの凄く凶暴な女悪魔” だ」

 

「なっ!? もの凄く凶暴な女悪魔なんですか!!」

 

それは最悪の情報だった。

 

ただの凶暴ではなく、もの凄くが付く凶暴さなのだ。根は小心者の大輝にとっては聞き捨てならないことだ。

 

「そういえば以前に橘警視の殺気が紅い悪魔に匹敵するとか言っていましたよね!? 紅い悪魔の恐ろしさは橘警視並みと言っていいんですよね!?」

 

そうあってくれと大輝は願った。橘警視並みならまだ耐えられる。あの年増の鬼ババアは確かにメチャクチャ怖いが歯を食いしばれば漏らさない自信が大輝にはあった。

 

「ああ、そういえばそんな寝言を言っちまったな。――すまん。久しぶりに会った紅い悪魔の方が比べものにならんぐらいに怖い。ほら見てみろ、俺のこの手を」

 

「手ですか? もしかして震えているんですか――なっ!?」

 

震えているのかと思いその手を見た大輝だったが現実はそれ以上だった。爪が深く食い込むほど硬く握られた拳は和麻自身の血で真紅に染まり大きく震えていた。

 

その紅い拳は、大輝に紅い悪魔が放った紅い火の玉を思い起こさせた。

 

「……本当は自信があったんだ。数年前の俺と今の俺とは実力がまるで違う。今の俺なら紅い悪魔といえど抑え込めるんじゃないかってな」

 

「和麻さん……」

 

和麻は自嘲するかのように頭を横に振る。

 

「逆だったよ。今の俺だからこそ分かった。紅い悪魔から漂う微かな気配。隠された強大な力は――あの富士の魔獣に匹敵するものだ」

 

「バカなッ!? 紅い悪魔は富士の魔獣クラスの大悪魔だっていうんですか!?」

 

富士の魔獣が復活したのは僅か数ヶ月前のことだ。その理不尽なほどの強大さは大輝もよく覚えている。

 

「海外にいた俺でさえ感じたよ。富士の魔獣の力の波動はな。そして、明らかに不自然に消えた力の波動もな」

 

「え? 不自然に消えた……ま、まさか、和麻さんは紅い悪魔が富士の魔獣を……」

 

「そうだ、紅い悪魔は富士の魔獣を取り込んでいる。その身から微かに感じる気配は間違いなく富士の魔獣のものだ」

 

「そ、そんな……」

 

大輝は嘘だと思いたかった。だけど和麻の悲壮な顔つきを見ればそれが真実だと嫌でも理解してしまう。

 

「大輝、短い間だったが世話になったな」

 

「和麻さん、まさかあなたは一人で」

 

「フッ、さすがに一人じゃねえよ。俺と生死を共にすると誓ってくれた奴らがいるからな。そいつらと共にいくさ」

 

大輝には分かった。和麻が覚悟を決めたのだと。

 

大輝は和麻の腰に高速タックルを決めた。

 

「逃がすもんかーっ!! 女を連れて逃げる気でしょう!!」

 

「当たり前だろうがッ!! パワーアップした紅い悪魔の相手なんかしてられるかッ!!」

 

腰にしがみついた大輝を引き離そうとする和麻だが、華奢な身体のどこにそんな力は秘められていたのか和麻が足蹴にしても大輝の両腕は和麻の腰から離れようとはしなかった。

 

ゲシゲシと蹴られる大輝は必死に腰にしがみつく。その光景を見ていた喫茶店のマスターは迷いなく電話をかけた。もちろん110番にだ。

 

 

 

 

「うふふ、これで貸し二つ目よ、忘れないでね。ええ、大丈夫よ。私に任せておいて――」

 

大神君から二度目になるお願い事に表面上は愛想良く答えながらも内心では冷や汗をかいていた。

 

「悪いな、とし……橘の姉ちゃん。2回も助けてもらってさ。ほんと恩に着るよ」

 

「いやあ、本当に助かりましたよ。僕がいくら言ってもあの警官ったら聞く耳持ってくれなくて」

 

前回に引き続き、110番されて逮捕寸前だった二人組。調子の良い二人の様子にコイツらは本当に反省をしているのかと疑問に思ってしまう。

 

大神君は自分への貸しでいいと言ってくれたけど、二人組のうちの一人は私の身内だった。警視庁特殊資料整理室に所属する職員が一般警察に逮捕されかけるだなんて恥でしかない。

 

大神家の関わる特殊案件としてのゴリ押しで有耶無耶にできて助かったのは寧ろ私の方だろう。

 

「ハァ、これはなにか個人的なお返しを考えなきゃいけないわね」

 

建前上は貸しでも実際には借りになる。大神君はこちらへの配慮をしてくれるが、この事が大神君のお姉さんの耳に入りでもしたら――考えるだけでも震えがくる。

 

弟の方は付き合いやすいけど、姉の方ときたら典型的な神凪一族といえよう。いや、それよりもタチが悪い。普通の神凪一族は脳筋だが、彼女は脳筋プラス腹黒もついてくる。正直に言って付き合いたい相手ではない。はぁ、気持ちが落ち込んできた。

 

「さてと、それじゃあ俺はそろそろお暇させてもらうわ。ジュワッ――」

 

「だから逃しませんってば!!」

 

「うるせえっ、離しやがれこのヤロウッ!!」

 

「いやだッ!! 僕も連れてって下さい!!」

 

「これ以上扶養家族はいらん!!」

 

私の目の前で再び騒ぎを起こす二人組。コイツらは反省をする気があるのだろうか?

 

よし、とりあえず一発ずつ殴っておこう。

 

私は腕捲りをしながら二人に近づいた。

 

 

── ごつん。ごつん。

 

 

とても清々しい気持ちになれた。

 

 

 

 

 

 

 




綾乃「とうとう最後の敵が現れたわね」

紅羽「そうね。と言いたいけど、武志の勘違いじゃない」

綾乃「もうっ、ネタばらしはダメよ!」

紅羽「ネタって、きっと読者のほぼ全員が武志の勘違いだと分かっているわよ」

綾乃「ほぼってことは、分かっていない人がいる可能性もゼロじゃないってことだわ。ネタばらしへの苦情がきたらどうすんのよ!!」

紅羽「はいはい、限りなくゼロの話はやめましょうね。それより綾は和麻に気づかなかったのかしら?」

綾乃「気づいてて無視してたんじゃない?元々嫌ってたみたいだし、それに風牙衆独立問題もあったから関係修復は絶望的でしょうね」

紅羽「でも和麻に気づいていたら武志に報告しないのは変でしょう?」

綾乃「それなら気づかなかったのかしら?風術師としては和麻の方が圧倒的に格上だから、アイツに気配を隠されたら綾だと察知出来ないと思うわ」

紅羽「なるほどね。たしかに和麻達は異能者を隠れて監視していたから気配ぐらい隠すわよね」

綾乃「隠れているのに大声で騒ぐんだからバカよね」

紅羽「ふふ、そうね。ああ、もう一つ疑問があるんだけどいいかしら」

綾乃「なに?」

紅羽「綾乃から富士の魔獣の気配がするのはどうしてなの?」

綾乃「そんなのあたしだけじゃないわよ。赤カブトを抱っこした事のある人は全員がするはずよ。まあ、するといってもほんのわずかの筈だから気づける人なんてほとんどいないと思うわ」

紅羽「言われてみればそうね。でも、それなら和麻が大神家に来たときには気づかなかったのかしら?」

綾乃「単に気が抜けてたんじゃないの?」

紅羽「そうなのかしら?でもそうね、和麻にとって大神家は気が抜ける数少ない場所だもの。そんな場所で気配を探るなんてことしないわね」

綾乃「だいだい大神家で気配を探ってたら赤カブトよりも先にマリアのヤバい気配に気づいて逃げ出しているはずよ」

紅羽「あー、それはそうね。まあ、和麻にマリアの穏形を見破れるかは分からないけどね」

綾乃「昔は妖気垂れ流しだったのに成長したわよね」

紅羽「綾乃は今でも気配垂れ流しよね」

綾乃「あたしのことは放っといて!!」


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第60話「災厄を招くもの」

 

── マリア・アルカード。

 

真祖の吸血鬼にして、不敗の殲滅者。

 

地球上に発生して凡そ三千年。

 

幾千幾億の戦場を闊歩する。

 

砕いた命は数知れず。

 

生命の天敵にして、魂の簒奪者。

 

そして――人類滅亡を担う災厄であった。

 

 

 

 

「ほう、定番の抹茶とまさかの茄子を組み合わせたスイーツとは中々に斬新なアイディアじゃのう」

 

「いやいや、斬新なら良いってもんじゃないと思うぞ」

 

「ククク、武哉は頭が固いのう。何事もチャレンジをすることが大事じゃぞ」

 

「チャレンジするにも限度ってもんがあるだろ。せめてカットぐらいしろと思うぞ。茄子丸ごとそのままって。しかも抹茶と茄子の色が混じって凄い色になってるぞ」

 

「たしかに色は凄まじいが、静は美味そうに食っとるぞ。しかし――茄子を丸ごと咥えとる絵面は武志には見せられんのう。教育に悪そうじゃ」

 

「静ッ!? 無理するなよ!」

 

「もぐもぐごっくん。いえ、結構美味しいですよ」

 

「味の問題じゃなくて食べ方だよ、食べ方ッ!!」

 

「はい、食べ方ですか?」

 

「ああもう、静は見た目は出来る女って感じなのになんでそう普段は微妙にポンコツっぽいんだよ!」

 

「フハハハハッ、善きかな、善きかな。静はそれでよい。武哉には勿体ないほどの女っぷりよ」

 

「いや、意味分かんねえよ」

 

「マリアさん、お褒めいただきありがとうございます。けれど真に勿体ないのは私の方ですわ。武哉さんの男っぷりは天下一なのですから」

 

「うむうむ、これで男の趣味がまともなら引く手あまたであっただろうに惜しいことよ」

 

「どういう意味だよ!」

 

マリアと武哉、そして静の三人は今や恒例となった甘味堪能デートを楽しんでいた。もちろんマリアは甘味目的なだけである。

 

当初は、マリアが武哉に貢がせて二人で行っていた甘味堪能だったが、静の存在が発覚後、二人の関係を応援する為にマリアと大神姉弟(操と武志)の三人が実行した数々の作戦にて発覚した彼女の微妙なポンコツっぷり。それをいたく気に入ったマリアが甘味堪能に誘うようになったのが三人デート(一人はお邪魔虫)が始まった切っ掛けである。

 

「そういえば、今日はお屋敷が賑やかでしたけど何かあったのですか?」

 

甘味堪能デート前に寄った大神邸が、普段よりも賑やかだったのを思い出した静が尋ねた。

 

「ああ、なんか操のやつが料理教室をやってたな。しかし、あいつは顔に似合わず厳しいのによく生徒の方は教えてもらう気になったよな」

 

「うむ、途中から紅羽も参加して超スパルタでビシバシと扱いとったな――あの娘、生きて帰れるかのう」

 

「操さんと紅羽さんはお二人共にお料理上手ですから生徒さんは幸せですね」

 

「あの二人が料理上手なのは否定しないが、俺にとって一番美味いのは静の料理だよ」

 

「うふふ、武哉さん。ありがとうございます」

 

「礼を言いたいのは俺の方だよ、静にはいつも世話になっているからな。ありがとうな、静」

 

「もう、武哉さんの方こそお礼なんて言わないで下さい。だって武哉さんのお世話を出来て幸せなのは私の方ですから」

 

「静……」

 

「武哉さん……」

 

急にイチャつき始めた二人に呆れた目を向けながらマリアは呟いた。

 

「――問題なのは料理上手が教え上手に直結しない、ということじゃな。操は天然で、紅羽の方は養殖じゃがの」

 

 

 

 

大量の甘味を食べ終わり、マリアはバカップルと別れた。バカップルはこれから近くの公園に花見をしに行くらしい。マリアも誘われたが、今日は前々から彼女が待っていた新商品のお菓子の発売日のため断った。

 

ふと、マリアは空を仰ぐ。そこには雲ひとつない蒼天が広がっていた。

 

「今日は気持ちの良い天気じゃのう」

 

吸血鬼として蒼天を気持ち良く思うのは如何なのか? という思いがなくはないが、まあいっかと流すマリア。

 

そのような些事よりも本日新発売のお菓子の方が重要だろう。

 

「手軽にコンビニに寄るか。ちょいと遠出になるが問屋まで足を運んで他の菓子も吟味するか。ううむ、悩ましいのう」

 

マリアがほんの数百年ほど、人類圏から離れて生活を送ってみれば世界は芸術品といえるほどの美味しいお菓子に溢れていた。

 

マリアは懐に入れてある花柄の刺繍がされているがま口を取り出して中身を確認する。全財産が入ってはいるが決して多くはない。

 

「うむむ、少々心許ないのう」

 

マリアの定期収入は月のお小遣いである三万円だけだ。少なくはないが、考えなしに散財すれば月末まで保たないだろう。

 

お店で食べる系のスイーツ類は武哉に貢がせているマリアだが、家に持って帰る系は自分で買うと決めてある。

 

その理由は単純なものだ。武志と出会ったときにマリアの衣食住は大神家持ちと決めたからだ。マリアの基準では、この食には嗜好品のお菓子は含まれなかった。

 

決して、初めて買い物で入ったスーパーで見知らぬガキンチョが『お菓子買ってーっ!!』と地面に転がってジタバタと暴れていたのを目撃したことは関係ない。

 

それを一緒に見ていた武志が優しい眼差しを向けながら『マリちゃんが欲しいお菓子があったら買ってあげるからね』と言ったことは決して関係ないのだ。

 

ちゃんとマリアはその時、『私を子供扱いするでないわ! お菓子ぐらい自分で買うぞ!』と答えたのだ。答えてしまったのだ。

 

「あんなこと言わなければよかったかのう」

 

当時のマリアが想像した以上に、現代は美味しいお菓子が溢れている。しかも毎月のように新商品が発売されると同時に消えていくのだ。

 

「菓子との出会いは一期一会じゃからな。味わわずに別れるのはお菓子文化に対する冒涜になろうというものじゃ」

 

我、文化を愛する風流人じゃからの。と自己肯定をしながら笑みを浮かべるマリア。数百年に及ぶ野生動物じみた暮らしは、吸血鬼である彼女に人類文化を賞賛する心を芽生えさせていたのだ。

 

「やはりここは問屋まで行くとしようかのう。まだ見ぬ菓子が我を待っておるかもしれんのじゃから」

 

マリアはまだ見ぬお菓子を求めて力強く歩みだす。がま口の中身は心許ないが、マリアの心の中にはお菓子への情熱が溢れている。

 

さあ行こう!! 時代はまさに大お菓子時代なのだ!!

 

 

 

 

都庁の近くにある老舗の菓子問屋にマリアの姿はあった。

 

「ほほう、駄菓子というものも一概には侮れんのう。たしかに純粋な味としてはチープである。だがなんじゃ、この古き良き時代を思わせるなんとも言えぬ深い――いや、浅い味わいと懐かしき風情。高級菓子にはない魅力があるのう。それに何と言っても安いのが良い!」

 

大人買いじゃーっ!!と、ウハウハ状態になるマリアだったが、ふと周囲の異変に気付いた。

 

「ん? 次元が震えたのう。誰ぞが転移でもしよったか。ま、別にどうでもよいな」

 

気付いただけだった。たしかに知らん誰かが転移しようとマリアには関係がない。それよりもマリアは会計を済ませることの方が重要だった。代金はきちんと払わなければならない。その払った金が新たな新商品への開発へと繋がることをマリアは熟知しているからだ。

 

そして無事に支払いを済ませ、大量の駄菓子と目当ての新商品を手に入れたマリアだが、彼女のがま口にはまだまだ余力が残されていた。

 

「想像以上に駄菓子のコスパは良いのう。うーむ、これなら軽食ぐらいならいけそうじゃな」

 

甘味マニアでお菓子好きのマリアだが、B級グルメにも通じていた。彼女の文字通りに人間離れした胃袋を舐めてはいけない。

 

「うむ、今日はたこ焼きの気分じゃ!」

 

マリアが有する脳内グルメマップを検索すれば丁度近くにオススメ店舗が在った。意気揚々とたこ焼き屋に向かって歩き出した。

 

 

 

 

ふんふふーん、と機嫌良く鼻歌を歌いながら歩いていたマリア。そんな彼女の耳に怒鳴り声が聞こえた。

 

「んだよッこのたこ焼き!! タコが入ってねえじゃねえかッ!!」

 

「も、申し訳ありません!! すぐに新しい商品とお取り替え致します!!」

 

「ざっけんじゃねえよっ!! 取り替えりゃあすむってもんじゃねえんだよッ!!」

 

それはマリアの目的地であるたこ焼き屋での騒動だった。どうやら購入したたこ焼きにタコが入っていなかったようだ。他の店ならスルーしたマリアだったが、目的地であるたこ焼き屋での騒動なら話は別だった。たこ焼きを買う邪魔なので仲裁してやる事にした。

 

「そこの似合いもせぬ革ジャンを着たチンピラよ。まったく貴様は無駄にデカい図体をしながら大人気ないのう。たこ焼きにタコが入っていないなど偶にある事ではないか。タコ無したこ焼きすら楽しむ。それこそが雅というものじゃぞ。もっとも雅とは程遠い面をしておる貴様には理解できぬ世界じゃろうて。まあ、仕方がないわ。そんな愚かで憐れな貴様にはこの “うまい棒(たこ焼き味)” を慈悲深い我が恵んでやろう。遠慮なく感涙に咽び泣きながら受け取るがよい。ほれ、さっさと受けとってこの場所から去るがよいぞ」

 

「…………ブッ殺すッ!!」

 

突然話しかけてきた海外の美少女(お忘れかもしれませんが、マリアは銀髪の美少女です)に驚いて言葉を失っていたチンピラだったが、自分が馬鹿にされていると感じたのだろう。突然激昂してマリアに殴りかかった。

 

「えらく短気な奴じゃのう、ほれ」

 

「うおッ!?」

 

殴りかかってきたチンピラの拳を指一本で受け流しながら、それと同時に重心を崩してその場にチンピラを転がすマリア。

 

一昔前の彼女ならその指一本でチンピラを粉微塵に砕いていたであろう。それを考えると今の彼女は、彼女自身が口にしたようにとても慈悲深い。そう、たこ焼きにチンピラの血が混じったら嫌だと考えたわけじゃないと思うのだ。(お忘れかもしれませんが、マリアは真祖の吸血鬼のため血を介さずにエネルギーを吸収できます。その為、血は生臭いので普通に嫌いです)

 

「へっ、指一本でこの俺を転がすってか。お前も資格者(シード)だったわけか。だが残念だったな、この俺も資格者(シード)だ!! 天下無敵の《烈牙(ファング)》様とは俺のことよ!!」

 

「ん? なんじゃ、貴様から微小な妖気を感じるのう。どれ、一応調べてみるかのう」

 

立ち上がったチンピラは威勢よく叫ぶが、マリアはそんなチンピラの口上よりも彼から立ち昇った微小な妖気が気になった。

 

マリアから見ればノミかダニといったレベルの妖気でしかないが、この街は大神家の縄張りである。今や大神家の一員だと自他共に認めるマリアにとって妖気を放つ余所者を調べるのは当然のことだった。

 

「ほれ、ちょこっと中を観せてみよ」

 

「っ!? あ、あぁぁぁ……」

 

マリアがチラリと烈牙(ファング)の瞳を覗き込むとたちまち焦点を失い動きが止まった。

 

彫像のように固まった烈牙(ファング)の額にマリアは左の手刀をのばす。ゆっくりとのばされた手刀が額に突きつけられると、そのまま容赦なく押し込まれた。

 

「ヒ、ヒヒッ……」

 

「おや、くすぐったかったかのう。まあ、すぐに済むゆえ我慢せよ」

 

白目を剥いて涎を流す烈牙(ファング)。額に手刀を押し込まれて “中” を弄られているが、痛みは感じていないようだった。ちなみに側から見ればとんでもない状況だが、マリアが仲裁に入った時点で、周囲の人間達はマリア達が最初から居なかったかのように無関心となっていた。

 

「ふむふむ、なるほどのう。悪魔に憑依されとるが、これは複製じゃな。どうりで妖気が弱いはずじゃ。ふむ、インターネットに資格者(シード)万魔殿(パンデモニウム)、ヴェサリウス……ヴェサリウス? どこかで聞いたような気がするのう」

 

どこじゃったかのう、と考え込むマリアだったがどうしても思い出せない。

 

「まっ、思い出せん程度のことなら捨て置いてもよいじゃろう」

 

思い出せないことに拘っても仕方がないとあっさりと諦めた。

 

第一位階(ファーストクラス)第二位階(セカンドクラス)とな。ほう、クラスチェンジができるわけじゃな」

 

烈牙(ファング)の中を弄った結果、マリアは大体のことを大雑把に理解した。

 

「ククク、まさか悪魔の複製を憑依させることで一般人に異能を持たせたリアル体験型RPGを実現させるとはのう。ニッポン人の遊び心には脱帽せざるを得ないのう」

 

複製とはいえ悪魔を憑依させることは一般人にとっては命懸けとなる。そんな危険を犯しているというのに参加者の烈牙(ファング)には全く危機感がなかった。しかも彼以外の参加者も同じよう様に思えた。

 

「遊びの為なら命も惜しまぬ、か。しかも心から楽しんでおる。これがニッポンのオタク文化というやつなのかのう――うむ、興が乗ったぞ。私もリアル体験型RPGとやらに参加してやろう」

 

数百年の野生動物同然のサバイバル生活を送っていたマリアは “食” だけではなく “娯楽” にも非常に興味があった。

 

「まずはゲームマスターのヴェサリウスを探すとしよう」

 

クラスチェンジの際に姿を現すというヴェサリウスがゲームマスターだと推測したマリアは、彼と交渉してリアル体験型RPGへの参加権をもぎ取ることにした。

 

マリアは烈牙(ファング)の額から手刀を抜きとる。不思議なことにその場に倒れこんだ烈牙(ファング)の額には傷一つ残されていなかった。

 

「こやつの記憶を頼りにヴェサリウスとやらを探すのもよいが、少しばかり手間がかかりそうじゃな。うーむ、仕方がない。あまり気が進まぬが手っ取り早い方法を使うとしよう」

 

他の参加者のようにインターネットを通じてヴェサリウスを探すのは敷居が高かった。携帯電話程度なら使いこなせるがパソコンはまだ早い。魔術で探すのも範囲が広いと時間がかかる。人探しの方法で一番早いのは――精霊魔術だった。

 

マリアは瞼を閉じる。そしてゆっくりと瞼を開く。その瞼の下から現れた瞳は虹色の輝きを帯びていた。

 

「地・水・火・風の精霊共よ。ヴェサリウス(ゲームマスター)を探せ」

 

四大精霊の同時使役。人間ならばその莫大な情報量に脳が一瞬で焼き切れる。とはいっても、性質の違いすぎる四大精霊全ての声を聞ける人間などはいないのだが。

 

「ほう、操は厳しい教え方じゃが意外とちゃんと指導しとるな。うーむ、やはり紅羽の方はただの小姑の嫌がらせになっとるのう。ふむ、武志は何やら難しい顔をしとるな。さては操と紅羽のどちらの方のエプロン姿が可愛いか悩んでいるとみた。フフ、どうせ結局はいつも通りに『うん、両方とも可愛いよね!」となるじゃろな。ムム、和麻とやらが警官に追われとるぞ――まあこれはどうでもよいか。ん? ククク、怪しい場所を発見じゃ」

 

東京都内に存在する全精霊からの情報を同時に受け取りながらも余裕のあるマリア。幾多もの並列思考で情報を精査した結果、東京都内にポッカリと精霊が存在しない箇所を発見した。

 

「ほほう、スタート地点は異空間というわけじゃな。ククク、如何にもありがちな展開じゃのう。これがいわゆる “お約束” というものじゃな。面白い、隠された拠点を発見して未知なる世界へと飛び込むプレイヤー。その第一歩を踏み出すとしよう」

 

ニヤリと笑うマリア。その姿が次の瞬間、大気に溶け込むように消えた。

 

後に残されたのは、白目を剥き涎を垂らして気絶している烈牙(ファング)と、その彼に全く気付かない人々の姿だった。

 

 

 

 

内海浩助(うつみこうすけ)が目を覚ましたのは全く見覚えのない場所――広大で何もない空間だった。

 

「こ、ここは?」

 

「おや、お目覚めのようだね。浩助君」

 

聞き覚えのない声に振り向いた先には、豪華な椅子に座る仮面の男がいた。不気味な雰囲気を放つ仮面の男に浩助は警戒する。

 

「あなたは一体……」

 

「すまないね、どうやら警戒させてしまったようだね」

 

当たり前だろうが! と浩助は思った。路地裏でいきなり燃やされた上に拉致された。しかも犯人は仮面を被った変態なのだ。これで警戒しないわけがないだろう。

 

「今日、君を招待したのには理由があってね。聞きたいかい?」

 

「いえ、別にいいです。もう帰りますね」

 

「いやいや、ちょっとは興味があるだろう!?」

 

変態なんぞに興味があるかっ! と内心では激昂したが、己の筋肉が落ち着けと語りかけてくる。その通りだと流石は僕の筋肉は冷静だと浩助は思った。

 

「サイドチェストッ!!」

 

「うおっ!?」

 

浩助は落ち着くためにパンプアップした。突然の筋肉美に感激したのだろう。仮面の男は叫び声をあげた。

 

「(隙ありだッ!!)」

 

筋肉道を歩む仲間達からは “肉王” と呼ばれ尊崇されている浩助がそんなあからさまな隙を見逃すわけがなかった。

 

無言で仮面の男に抱きつく浩助。もしここで浩助が攻撃を加えようとしたのなら仮面の男も咄嗟に反撃が出来たのだろう。だが、浩助が行ったのは親愛の表現である抱擁(ハグ)だった。

 

仮面の男の僅かに露出している肌の色から彼は西洋人だとわかる。シャイな日本人だったなら拒絶したであろう突然の抱擁(ハグ)だが、社交的な西洋人たる彼が拒絶するわけがなかった。

 

ほとんど本能的に抱擁(ハグ)を受け入れる仮面の男。

 

 

──バクン。

 

 

そんな音が聞こえた気がした。

 

仮面の男を抱擁(ハグ)した瞬間、筋肉が彼を覆い尽くす。後に残されたのは大きくて丸い筋肉の塊だ。その時、何もない空間からモクモクとスモークが溢れ出す。そのスモークの奥から眩い光が放たれた。

 

「月の光に導かれて、マリア・アルカード、華麗に参上じゃ!!」

 

マリアが決め台詞と共に現れた。しかし観客は誰もいなかった。

 

「なんじゃつまらんのう。誰もおらんのか。仕方がない、帰って来るまで待つとしよう」

 

ゲームマスターであるヴェサリウスを驚かせることにより交渉のイニシアチブを握ろうと画策したマリアだったが、その目論見は脆くも崩れ去る。

 

マリアは置いてあった豪華な椅子に腰を下ろす。目の前には巨大な肉団子が転がっている。頬杖をつきながらそれを見つめるマリアは僅かに眉をひそめた。

 

「ツッコんだら負けじゃと思ったが、これはやはり無視は出来んのう。一体なんじゃ、この不味そうな巨大肉団子は? どこぞの蟻の化物が作りでもしたか」

 

高級料理からB級グルメまで好むマリアであっても全く食指が動かされない巨大肉団子。ジッと見ていると気持ちが悪くなりそうだとマリアは思った。

 

「──開け、地獄門よ」

 

少し待っていてもヴェサリウスは現れない。巨大肉団子は気持ちが悪い。なのでマリアは時間潰しを兼ねて地獄へと続く門を開いてみた。もちろん、巨大肉団子の真下にだ。

 

 

──ボットン。

 

 

そんな音が聞こえた気がした。

 

「──閉じよ、地獄門よ」

 

開けたら閉めなさい。と自宅では操が口うるさく言っているのでマリアはちゃんと閉めた。

 

巨大肉団子がなくなり、マリアは一人ぼっちで豪華な椅子に腰掛けている。そう、広大で何もない空間でマリアは一人ぼっちだった。一時間過ぎ、二時間過ぎても一人ぼっちだった。

 

「……なんだか、武志の顔が見とうなったのう」

 

マリアは速攻でホームシックになった。考えてもみれば来日してからはマリアの周囲はいつでも賑やかだった。彼女の孤独耐性が超低下していても無理はなかった。

 

「もう、遅いし帰るとしようかのう」

 

うんうんそれが良いな。と頷きながら豪華な椅子から立ち上がった。

 

 

 

 

── マリア・アルカード。

 

真祖の吸血鬼にして、不敗の殲滅者。

 

地球上に発生して凡そ三千年。

 

幾千幾億の戦場を闊歩する。

 

砕いた命は数知れず。

 

生命の天敵にして、魂の簒奪者。

 

そして――

 

 

「うむ、早く帰らねば、武志も心配していよう。ちちんぷいのぷい! マリア・アルカード、我が家(武志の元)にワープじゃ!」

 

 

――武志の大切な家族である。

 

 

 

 

 

 

 

 




綾乃「綾乃と紅羽のおまけコーナーの時間が今週もやってきたわね」

紅羽「おまけコーナー?いつの間にそんなものが出来たのかしら?」

綾乃「うふふ、こう言っておけば、既成事実ってやつで後書きはずっとあたし達のものになるって寸法よ」

紅羽「ああ、なるほどね。本編では出番が少ないぶん後書きは独占したいわけね」

綾乃「そうよ、本当に理不尽だわ!この間も折角の出番だったのにチョイ役で終わったじゃない!」

紅羽「まあそうね、原作のメインヒロイン(?)の割には出番は控えめかもね」

綾乃「今回はマリアがメインになってるわよね。しかもシレッとボスまで倒しちゃってこの後どうなんのよ」

紅羽「未来のことは誰にも分からないわ」

綾乃「つまり、いつもの様に先の展開は何も考えて無いわけね」

紅羽「でも次回ぐらいからは、お料理指導は終わって、お掃除指導にはなっていると思うわよ」

綾乃「小姑の本領発揮かしら?」

紅羽「あら、本編では私が小姑扱いになっているけど、本当の小姑の操と比べれば私なんて可愛いものよ」

綾乃「そうなの?たしか操は厳しいけど、ちゃんと指導してるってなってなかった?」

紅羽「あのね、綾乃。操は由香里の事を『自分を慕っている年下の女の子』だと思っているのよ。対して私は『武志の嫁候補』だと思っているの。だから私は嫁候補として厳しい態度で臨んでいるけど、操は自分を慕う女の子相手なのに、そんな私と同等の厳しさなのよ。もしこれで相手が本当に武志の嫁候補ならどんなに恐ろしい事態になることか、考えるだけでも震えてくるわ」

綾乃「あはは…た、たしかに少し怖いわね」

紅羽「ところで、静さんは2回目の出番だったわね」

綾乃「……」

紅羽「どうしたの、綾乃?」

綾乃「えっと、静って誰?新キャラじゃないの?」

紅羽「ちゃんと以前にも武哉さんの彼女として出ているわよ。それこそチョイ役だったけどね」

綾乃「武哉さんって、セクハラとロリコンの人だったわよね。そんなのと付き合って大丈夫かしら」

紅羽「一応、それは誤解なのよ。本編ではその誤解が解けることはないと思うけどね。唯一、誤解していないのが静さんってわけね」

綾乃「ふーん、それならバカップルを祝福してもいいわけね」

紅羽「あら、綾乃が祝福するの?武哉さんのことあまり好意的に思っていなかった筈じゃない?」

綾乃「だって武志のお兄さんよね。将来のこともあるし、ある程度は仲良くするべきよね」

紅羽「将来?――それはどういう意味なのかしら」

綾乃「紅羽?か、顔が怖いわよ?」

紅羽「ちょっと待ってね、綾乃。今、操も呼ぶから三人でじっくりとお話をしましょうね」

綾乃「急用を思い出したわ!!じゃあ、さよならーっ!!」

紅羽「待ちなさいっ!!綾乃ーーーっ!!」


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第61話「警視庁特殊資料整理室」

 

新たな敵が現れた。

 

──《精霊喰い》

 

僕たち精霊術師の天敵といえる相手だ。並の……いや、一流の精霊術師だとしても《精霊喰い》にとっては唯の獲物でしかないだろう。制御する精霊を根こそぎ喰らわれては、精霊術師も一般人と何ら変わらない無力な存在になる。

 

それこそ《精霊喰い》の許容量を超えるほどの精霊を制御できる超一流の精霊術師――つまり神凪宗家レベルでもなければ戦いの舞台に立つことすら出来ない。

 

こちら側の戦力として数えられるのは、まずは神凪一族の歴史上において最強と謳われる “神凪 重悟” だろう。神凪一族の宗主にして神炎である “紫炎” の使い手だ。そして、神凪に伝わる神器である “炎雷覇” の継承者でもある。炎雷覇抜きでも最強だけど、炎雷覇を持ったら手のつけられない化物にバージョンアップする。ちなみに子煩悩なパパさんでもある。

 

二人目は “神凪 厳馬” だ。和麻兄さんと煉の父親であり、彼もまた “蒼炎” と呼ばれる神炎の使い手だ。厳格な雰囲気のおじさんだけど、意外とお茶目な一面も持っている。

 

三人目は僕の姉貴分の “神凪 綾乃” になる。神凪の御子とか火の御子と呼ばれており、次代の宗主となるのが彼女だ。彼女は神凪の歴史上において最年少で神炎に目覚めた才能に溢れた炎術師だ。綾乃姉さんの “紅炎” と赤カブトは同じ色だったりする。そのため、綾乃姉さんはお揃いだと言って赤カブトのことをとても可愛がってくれている。でも高校生にもなって赤カブトに跨って走るのは恥ずかしくないのかな?

 

四人目として “神凪 和麻” を選ぼう。彼は風術師として世界トップクラスの実力を誇るけど、世界中で賞金首にもなっている。現在は神凪一族が後ろ盾になったと知れ渡りアンタッチャブルな扱いになっているみたいだ。和麻兄さんには扶養家族が二人いる。扶養家族の二人も実力的には文句なしだけど、彼女たちが周囲に与えるだろう被害を考えたら戦力には数えないのが無難だろう。

 

五人目には “神凪 煉” を入れようかな。彼はまだ神炎には目覚めていないけど、あの綾乃姉さんにすら迫るほどの才能の持ち主だから遠からず神炎に目覚めると思う。以前は身の危険を感じるほど彼に慕われていたけど、最近になって彼女ができたお陰で胸を撫で下ろすことができた。どうかこのまま彼女と末永く幸せになって欲しいと切に願う。

 

六人目には僕の操姉さんだ。本当は家庭的でお淑やかな操姉さんを戦力には数えたくないけど、今回だけは例外にしなくちゃいけないだろう。何しろ相手は《精霊喰い》だ。僕らの天敵なのだから操姉さんだけ後方に置いておくよりも最強戦力達と一緒にいる方が安心できる。もちろん、操姉さんの炎術師としての実力は折り紙付きだ。分家でありながら “黄金” に達したその実力は宗家と比べても見劣りはしない。

 

六人目が操姉さんとくれば、当然ながら七人目は紅羽姉さんだろう。世界トップクラスの地術師としての力と異能の力を併せ持つ紅羽姉さんの戦闘能力は、実は炎雷覇を持たない “神凪 重悟” に準ずるほどだ。あと数年あれば、炎雷覇無しの “神凪 重悟” を超えてみせると自信ありげに言っていたけど本気なのかな?

 

七人目はマリちゃんだ。たぶん本気を出せばマリちゃんが最強だと思う。だけどマリちゃんの正体は実は吸血鬼だから表だって戦ってもらうのは避けたいところだ。吸血鬼とはいっても真祖だから血を吸う必要がなく、人間が無闇に警戒する必要はないんだ。とは言ってもどうしても気にする人は出てくるものだから可能な限り目立つ真似は避けるべきだろう。まあ、後ろにいてくれるだけでも安心感が違うからね。

 

そして八人目にして最後の戦力はこの僕だ。もちろん僕自身の実力などたかが知れている。だけど僕には赤カブトという頼りになる相棒がいる。仲間以外には秘密にしているけど、赤カブトは富士の魔獣の力を得ることに成功している。いくら《精霊喰い》とはいえ生物には違いないから、どう考えても許容量をオーバーしているだろう。

 

この八人で《精霊喰い》と戦えば倒せる可能性は高いと思う。

 

《精霊喰い》は決して無敵ではない。もし無敵なら絶滅(生き残りはいたけど)などするはずが無いからだ。

 

「そうだ、霧香さんにも連絡しておこう」

 

《精霊喰い》は、精霊術師だけの敵ではない。自然に生きる全てのものの敵になる。倒すためになら霧香さんも全力で協力してくれるだろう。

 

いや、むしろ協力するのは僕達の方になるのかな。日本人を害する外敵である《精霊喰い》の討伐は公権力である警視庁特殊資料整理室の仕事だからだ。どうせ戦うならタダ働きは良くないよね。

 

「もしもし、霧香さん。武志ですけど、実は異能者問題の調査中にとんでもないものを見つけまして――」

 

僕は霧香さんに電話をした。

 

 

 

 

大神君からの報告を受けたときは少し笑ってしまった。なにしろ伝説でしかない《精霊喰い》が現れたなど与太話にもならない。それでも話した相手が大神君だったからこそ、私は念の為に調べることにした。もしかしたら《精霊喰い》に似た性質をもつ妖魔が現れた可能性があるからだ。ふふ、とはいっても伝説に残る《精霊喰い》ほどの力を持つ妖魔なんて考えられないけどね。

 

警視庁特殊資料整理室に在籍する術者達のその多くが戦闘能力は低い。その代わりではないけれど、術者としての修行は十分に積んでいる。熟練の多様な系統の術者が揃っているため特殊資料整理室としての引き出しが多いのが強みだろう。

 

伝説に残る《精霊喰い》が実在するのであれば、その存在が自然に対して与える影響は計り知れない。

 

東京都という大都会は、自然の多い田舎と比べればどうしても精霊の活動は弱くなる。だけど弱いからこそその変化を観測するのは容易だった。嵐の海で特定の波を見つけるよりも、凪いだ海で起こる波の方が見つけやすいのと同じことだ。

 

本当に《精霊喰い》ような自然のバランスを崩すものがいれば、精霊そのものは見えない私達でも自然の変化を観測すれば容易く察知できる。

 

「それにしても大神君も心配性よね。いくら綾乃ちゃんの炎を防いだからって、それだけで伝説の《精霊喰い》が復活したかもだなんて――ふふ、まだまだ子供ってことかしらね」

 

大神君は基本的に大人みたいな立ち振る舞いをするけど、時々妙に子供っぽくなるときがある。個人的な依頼を受けているときなどが特にそうだ。きっとその姿が神凪一族としてではなく、大神武志としての個人の姿なのだろう。

 

そんな子供らしい一面は、決して彼へのマイナス評価にはならない。年相応でもあるから微笑ましく思えるし、術者として伝説の存在に関わり合いたいと思う気持ちも理解はできる。

 

「うふふ、でもあまり伝説とか持ち出しすぎると、ほんの数年後には黒歴史になっちゃうわよ」

 

今回の件は将来的な良いネタになるだろう。うん、この際だわ。警視庁特殊資料整理室として大神君の疑念を晴らすために全力で取り組もう。うふふ、数年後が楽しみね、大神君。

 

 

 

 

武志への連絡が終わった後、綾乃達は引き続き新宿の街を楽しげにまわっていた。

 

「次は新しく出来たあのお店に行きましょう」

 

「あっ、噂のとこですよね! クラスの友達も先週行ってみたら凄く良かったらしいですよ!」

 

「でも沙知、あそこってちょっと高級なお店なせいか、中学生だけで入ったらお店の人に嫌な目で見られたとか言ってたじゃない」

 

「もう何言ってんのよ、こっちには本物のお嬢様たる綾乃様がついてるんだから大丈夫だよ!」

 

「えぇと、何が大丈夫なのかはよく分からないけど、あのお店のオーナーにはパーティーで顔を合わせたときにお店に招待されているからサービスしてもらえるはずよ」

 

「おおっ! 日常会話でパーティーなんて言葉が普通に出てくるなんてやっぱり本物のお嬢様は違いますよね!」

 

「たしかにそうよね。でも綾乃様が出られるパーティーの場合、出席者の方々はお偉いさんが多いからあまり若い方はいないんでしたよね」

 

「うん、お父様と同世代以上が殆どなのよね。はっきり言ってパーティーに出ても全く楽しくないわ。でもお父様が欠席されるときは、あたしのエスコート役 兼 護衛役(男避け)で、武志が付いて来てくれるからその時は楽しめるわね」

 

「へえ、武志とパーティーに出てるんだ。いいなあ、あたしも一度でいいから武志と出てみたいなあ」

 

「大神家主催のパーティーなら武志さんにお願いすればいけると思うけど。でも沙知、あなたダンスは踊れるのかしら?」

 

「ダンス? フォークダンスなら踊れるわよ」

 

「うん、却下。予想通りだわ」

 

「なんでよ! フォークダンスがダメならマイムマイムだって踊れるわよ!」

 

「余計に却下だわ」

 

「え〜ん、綾乃様ぁ、綾がイジワル言うよぉ」

 

「え、えっと。まあ武志ならマイムマイムでも笑って踊ってくれるだろうけど、さすがにそれは止めておいた方が無難だと思うわよ。たぶんその場ではニコニコしてるだろう操の奴に、後で折檻されると思うわ」

 

「はうッ!? あ、あはは、あたしにはホームパーティーぐらいが丁度いいかも!」

 

「そうね、それがいいと思うわ。人には其々身分相応というものがあるもの。庶民が無理をして背伸びをしてもロクなことにならないわよ」

 

「むう、綾が言うことは分かるけど、それでも夢をみるぐらいいいじゃない。あたしはただ一度ぐらい武志とキラキラしたパーティーに出たかっただけだもん」

 

「勘違いしないで、沙知。私は別に否定しているわけじゃないわ。パーティーに出たければ出ればいいわ。でもその為には努力も必要だと思っているだけよ」

 

「努力ってなによ?」

 

「ダンスも踊れない庶民のままパーティーに出ようとしないで、努力をしてダンスを踊れる素敵なレディになってからパーティーに出なさい。てことよ」

 

「おぉっ!? 綾がまともなこと言ってるよ(なんかもっと腹黒なこと言うのかと思ってた)」

 

「もう、私はいつだってまともな事しか言わないわよ」

 

「ふふ、二人ともいつも仲良しよね。ねえ、ホントにダンスを覚える気があるなら教えてあげるけどどうする?」

 

「えっと、いいんですか、綾乃さ――」

 

「よろしくお願いします綾乃様!」

 

「うわッ!? なによ、綾。すごい食いつきなんだけど」

 

「それは当然でしょう。綾乃様に直にダンスを教えてもらえるなんて一生に一度のチャンスよ」

 

「一生に一度のチャンスってオーバーじゃない?」

 

「いいから沙知も遠慮なんかせずに教わりなさい」

 

「ええっと、それは綾乃様のセリフだと思うんだけど」

 

「うふふ、別にいいわよ。それじゃ綾と沙知の二人ともあたしの個人レッスンを受けるってことでいいわね」

 

「はい、お願いします」

 

「えっと、うん。あたしもお願いします、綾乃様」

 

「えへへ、了解したわ。細かい予定なんかはお茶でも飲みながら決めましょう」

 

「あっ、それならお勧めのお店があるんですよ、綾乃様!」

 

「あら、それならそこに行きましょう。沙知のお勧めのお店ね。楽しみだわ」

 

綾乃は楽しげに沙知のお勧めの店に向かって歩き出した。沙知はその後ろに続きながら綾乃に聞こえない小声で綾に話しかける。

 

「(それで、綾はホントにダンスが習いたかったの?)」

 

「(そんなわけないじゃない。私は別にパーティーに出たいとは思わないもの。私が欲しいのはダンスの技術ではなく “神凪宗家の綾乃様に個人レッスンを受けるほど親しい” という客観的な事実よ)」

 

「(うーん、それがどういう価値をもつのかよく分かんないけど、あたし達の為になるんだよね)」

 

「(ええ、そうよ。でも沙知は余計な事を考えずに素直に綾乃様にダンスを習っていればいいわ。細かいことは私が考えるから安心してなさい)」

 

「(うん、分かったわ。えへへ、やっぱり腹黒なことは綾に任せておけば安心だよね)」

 

「(誰が腹黒よ!)」

 

「(しまった、声に出てた)」

 

「(もう、にやけながら言ったら確信犯だってバレバレよ)」

 

「(えへへ、二人で頑張ろうね)」

 

「(うふふ、そうね。色々と頑張っていきましょう)」

 

「もう二人とも遅いわよ、置いていくわよ!」

 

「待って下さい、綾乃様!」

 

「綾乃様、そんなに慌てなくてもお店は逃げませんよ」

 

知らず知らずの内に早足になっていた綾乃を慌てて追いかける沙知と綾。三人の少女達は楽しそうに雑踏の中へと消えていく。

 

 

 

 

新宿の街を楽しげに歩く三人の少女達。そんな彼女達を息を荒げて見つめる怪しい人影があった。

 

「ハァハァ、あやタンがあんなに楽しそうに笑っておる。なんと尊いのだ」

 

「おい、最重要任務だと言うから出向いてやったが、これ(覗き)のどこが最重要任務なんだ」

 

人目を避けるようにして少女達を覗いていたのは、神凪重吾と神凪厳馬であった。トリップしたかのように幸せそうな重吾と違い、厳馬は不機嫌そうであった。

 

「どこがだと、どこも何も全てが最重要任務だろうが、儂の可愛い可愛いあやタンを見守る任務以上に重要な任務など神凪に存在せんぞ」

 

「今さら貴様の親バカなんぞどうでもいいが、それに私を付き合わせるな。第一、貴様とて宗主の仕事があるだろう。綾乃が心配ならいつもの様に大神家の小僧に監視させれば済む話だろうが」

 

重吾は娘に近づく男を警戒していた。その為、綾乃本人が弟のように思っていて、尚且つ親戚でもある大神武志を監視役(男避け)に雇っているのは周知の事実であった。

 

「ふむ、武志か。あやつは今日はデートだから無理。とか抜かして断りおった。なにがデートだ、整理室のバイトをしとる事ぐらい知っとるわい。同じバイトなら宗主である儂のバイトを優先しろって話だ。お主もそう思うだろう、厳馬よ」

 

「うむ、バイトで娘の監視をさせる宗主を見限らぬ小僧の事は、中々に愉快な男だと認めておるぞ」

 

武志を信用している重吾の様子に厳馬はニヤリと笑う。厳馬が見たところ、武志の方は子供の頃から変わらぬ風だが、綾乃の方は子供の頃とは少々違う目で武志を見ているように感じていた。もちろん、面白いから重吾には言うつもりは厳馬にはなかった。

 

「何の話だ! それにお主はどちらの味方だ! 合法的にあやタンを見守れるバイトなど本当なら儂がずっと独占したいわ!」

 

「合法……本当に合法か? 言っておくが、貴様がストーカー規制法で逮捕された場合、『あいつはいつかは捕まると思っていました。だからあれだけやめとけって言ったのに……もしも過去に戻れるなら今度こそ殴ってでも止めてやるのに』と、インタビューには答えるぞ」

 

「崇高な親子愛をストーカー呼ばわりするな!」

 

洗濯機は別になった。お風呂は湯を入れ替えられる(順番がどっちが先でも入れ替えられる)。車では一人分空間をあけて座られる。鍋は取り箸を絶対に使わせられる。手を握れば本気で払われる。肩を揉めば痴漢扱いされる。お小遣いをあげるときは満面の笑顔を見せてくれる。そんな日々を送る重吾にとって見守ることは拒否されない(気付かれていない)親子愛を実感できる大切な行為であった。

 

「ふん、何でもいいが、そろそろ本気で帰ってもいいか? 綾乃の監視なら戦力過多にも程があると言うものだぞ」

 

「うむむ、そうは言うが、最低二人はいないと有事の際にナンパ男を倒す役が足らぬからな」

 

「ん? 私が倒す役なら貴様は何をするんだ」

 

「儂はナンパ男に怯えるあやタンを慰める役に決まっておるだろう」

 

「ほう、なるほどな。ナンパ男に怯える綾乃という異常現象は、親バカの幻想でしかあり得ぬ。という根本的な問題にさえ目を瞑れば納得のいく配役ではあるな」

 

呆れた厳馬が発した言葉など耳に入っていない重吾は、薔薇色の未来を夢想する。

 

「震えるあやタンの細い肩を優しく抱き寄せる頼もしい儂。『パパ、すごく怖かったの』震える声、そして涙で潤んだ瞳で儂を見つめるあやタン。『もう大丈夫だ。不貞の輩はあの通り野蛮さだけが取り柄の厳馬の奴が叩きのめしているからな』ホッと安心するあやタン。『男なんてやっぱり野蛮で嫌いだわ』儂の腕の中で安心したのだろう。あやタンの口から可愛らしい文句がでる。『パパも男だが、パパのことも嫌いかな?』儂の言葉にハッとなるあやタン。『パパのこと嫌いなわけないじゃない! パパは違うもの! パパは野蛮な男とは違うもの! パパはっパパはっ』慌てすぎたのだろう。あやタンは自分の気持ちを上手く言葉に出来ないようだ。『はは、すまないな、パパが悪かったよ。ほら、いつもの可愛い笑顔を見せておくれ』慌てる様子が可愛くてつい笑ってしまったのがいけなかったのだろう。あやタンは少し頬を膨らませる。『ふんだ、パパなんて嫌い…………

なんてウソ。大好きだよ、パパ ♡』それは一瞬のことだった。あやタンは儂が気を緩めた隙をついて素早く顔を寄せて――頬を啄むような口付けをした」

 

「気は確かか、重悟よ」

 

── 神凪厳馬、本気で他者を心配したのは、息子(和麻)の行く末を心配して以来、人生で二度目のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




綾乃「父親がストーカーって、もう頭が痛くなってきたわ」

紅羽「よかったわね。本編の綾乃は気付いていないからストレスフリーよ」

綾乃「何の慰めにもならないわよ!」

紅羽「うふふ、まあ家庭の事情は置いておくとして、そろそろ原作の最終巻に突入ね」

綾乃「そうね、上手くまとまればいいんだけど相変わらず予定は未定の状態なのよね」

紅羽「ところで、最近作者が気付いたことがあるのよ」

綾乃「最近気付いたこと?致命的な設定ミスとかかしら?」

紅羽「違うわよ、そんなのがあればこっそりと修正しているはずよ」

綾乃「それもそうよね。それなら何かしら?」

紅羽「風の聖痕は小説が発売されているでしょう」

綾乃「そんなの当たり前じゃない。その小説の二次小説がこれだもの」

紅羽「ええ、そうね。それでね、小説は外伝もあるでしょう」

綾乃「知ってるわよ、キャサリンは外伝からきてるもの。アニメ版だと本編に登場してるけどね」

紅羽「マンガ版もあるのを知っているかしら?」

綾乃「マンガ版は知ってるけど読んではいないわね」

紅羽「イラスト集はどうかしら?」

綾乃「知ってるわよ。中身は見たことないけど」

紅羽「ドラゴンマガジンに載っていたイラストで小説には載らなかったイラストもイラスト集には載っているのよ。懐かしい火吹き綾乃をもう一度見たいわよね」

綾乃「見なくていいわよそんなの!」

紅羽「それでね、いよいよ本題なんだけど」

綾乃「うん、なにかしら?」

紅羽「風の聖痕のテーブルトークがあったのよ。それもルールブックとリプレイ集の二冊も発売されていたの」

綾乃「ええっ!? 本当なのそれはっ!!」

紅羽「やっぱり綾乃も知らなかったのね。作者も最近知ったから仕方ないことだけどね」

綾乃「テーブルトーク……テーブルトークって何かしら?」

紅羽「そこからなの!?」


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第62話「合わさる心」

 

あたしの楽しい休日は、唐突に終わりを告げた。

 

「ハァ、急に呼び出しなんて風牙衆はブラック企業ね。早くあたしが宗主になって改革しなきゃだわ」

 

風牙衆頭領からの緊急招集命令。それは年齢関係なしに一定の能力を持つ者全てを対象にして発せられた。しかも現在、他の任務に就いている者も例外なしの強制力を持ってだ。

 

綾と沙知にとってもその緊急招集命令は想定外のものだったのだろう。困惑を隠しきれない様子を見せながら謝罪をすると、戸惑うように風牙衆の本拠地へと向かった。

 

「緊急招集。たぶん、かけたのは大神家よね」

 

現在の風牙衆は大神家の配下となっている。その風牙衆がこれ程の大規模な招集をかけるのなら、それは大神家の意思が絡んでいて当然だった。

 

「あたしには――連絡ないんだ」

 

ぽつりと、あたしは呟いた。

 

あの子は昔から困ると素直に助けを求める子だった。そのことは決して迷惑などではなく、逆に頼られるのは嬉しいことだった。

 

だけど、本当は気付いていた。あの子が本当に困ったとき――命をかける必要があるほどの窮地となったとき、あの子はあたしに助けを求めない。

 

信頼はされていると思う。そう思いたい。

 

姉弟同然の関係であり、幼い頃から辛い修行も楽しい遊びも、そして人には言えないようなちょっと悪い事だって一緒にやってきた仲だった。

 

それなのに本当に大事なときには声をかけてくれない。一緒に戦ってくれとは言ってくれない。

 

もちろん、あの子のために死ぬ気なんかは全然なかった。ずっと面倒をみてきた年下の男の子。しっかりしている筈なのにどこか抜けたところがあるあの子に、あたしの命という重荷を背負わせる気なんかあるはずなかった。

 

「あたしって、頼りないのかな」

 

そんなことはないと自分では思っている。神炎には届いた。体術も磨いている。実践経験も重ねてきた。格上との戦いも――紅羽やマリアとの模擬戦ではあるが――積んでいる。

 

戦闘だけではない。苦手な政治にも――操にボロクソに言われながら――取り組んできた。

 

次の宗主としては、まだまだ未熟もいいところだけど、自分の弟分を “物理的” に守れる力ぐらいは身につけたと信じている。

 

あの子は信じてくれないのかな。

 

あたしのことを。

 

あの子には信じてほしいな。

 

あたしのことを。

 

だって、だってあたしはあの子のことが――。

 

「ああもうっ、ウジウジと悩むなんてあたしらしくないわ! 気になるなら確かめればいいのよ!」

 

あたしを信じていないのか、それとも単にあたし向きの問題じゃないだけなのか。そんなのは本人に聞けばわかる。悩むのはそれからだ。

 

「そうと決めれば話は早いわ。今から向か――」

 

その時、携帯の着信音が鳴った。

 

 

携帯画面に表示されていたのは――

 

 

「――ええ、話は分かったわ、すぐにそっちに向かうわね。もうお礼なんて言わないでよ。あたし達の仲でしょ。うふふ、分かったわ、それならまた遊びに行きましょう。そんとき奢ってくれたらそれでいいわ。うん、それじゃ急いで行くわね」

 

 

――手のかかる弟分(男の子)の名前だった。

 

 

 

 

来日した翠鈴と小雷、そして和麻(コイツは来日ではなく帰国)の三人は、大神家の仲介でこじんまりとした一軒家を借りていた。

 

三人で住むのに家賃も手頃で広さもちょうどよかった。何よりも和麻の実家近くにあり、当初は心配していた姑らとの関係も良好(舅と義弟は和麻とは没交渉)であり、色々と不慣れな日本での生活を助けてもらっていた。

 

「和麻は仕事を頑張ってくれているし、日本に来て良かったわ」

 

「そうだね、やっと私たちのことも嫁にする踏ん切りがついたみたいだしね」

 

翠鈴と小雷らも何となくは感じていた海外生活中に時折みせる和麻の余所余所しい態度。それを少し不安に感じてはいたが、今回来日して解決することになる。

 

『二人には家を守っていて欲しい。金は俺が稼いでくるからさ』

 

引っ越した当初に二人はそう告げられた。なんて事はなかった。和麻はただ二人に専業主婦になって欲しかったのだ。

 

和麻の実母は専業主婦だった。そんな母をみて育った和麻が、自分の妻に同じもの求めることは理解できた。

 

二人が思い返してみれば、自分達が海外で仕事をする度に何かを言いたそうな顔を和麻はしていた。きっと自分達に家で待っていてくれと言いたかったのだろうと思い当たる。

 

それならもっと早く言ってくれれば良かったのに。そんな風に彼女達は思ってしまうが、当時の彼女達は女が外で働くことが当たり前の環境で育っていた。

 

そんな彼女達は、きっと和麻の言葉を素直に受け止められなかっただろう。彼に役に立たないと思われた。きっとそう考えて和麻に反発していた事だろう。

 

和麻は全て分かっていたのだ。だからこそ二人を母親と会わせて、日本と海外の文化の違いを知ってもらってから告げたのだ。と、翠鈴と小雷は考えた。ちなみに念の為、彼女達が和麻に確認したところ、彼は無言のまま無表情な顔を縦に振ったので、きっとこの考えに間違いはないのだろう。

 

何はともあれ、和麻は結婚を意識してマイホームを借り、仕事も見つけて働きだしたのだ。花嫁修行は大変だが翠鈴と小雷には何の不満もなかった。日本での新生活は戸惑うことも多いが、彼女達は楽しみながら過ごしている。

 

今日も花嫁修行の合間に新生活に足らない物の買い足しのため街へと出向いていた。

 

「お皿がまだ足らないんだよね」

 

「ええ、そうよ。何だかんだで人数が多くなるもの」

 

和麻達のマイホームには毎日のように和麻の母親――深雪が顔を出していた。

 

深雪は和麻が戻ってきたと聞いた当初は、息子を殺して自分も死のうと覚悟を決めていた。それは和麻が失踪した数年前から決めていたことだ。大勢の人達の想いを踏み躙った馬鹿息子を自分の手で殺す。そうする事でしか責任を取る方法が思いつかなかった。そんな物騒なところは脳筋な神凪一族に嫁いだ影響を受けているのだろう。

 

もしも深雪が和麻と再会する前に大神家(気を利かした武志)からの取りなしが無かったなら本当に実行していただろう。

 

そんなバッドエンドな展開があり得たかもしれない可能性など知る由もない和麻の能天気な笑顔を深雪がどんな気持ちで見ていたのか、それは本人にしか分からない。

 

とりあえずは再会直後に、深雪の右ストレートが笑顔を浮かべていた和麻の顔面にめり込んだという事実が、彼女の想いの一端を知る手掛かりにはなると思う。

 

まあ、そんな騒動は色々とあったが、今では二人の関係は良好なものとなっている。少なくとも和麻が好む日本食を作りに毎日通う程度には良好だった。

 

「えへへ、お義母さんと食事をするのってまだ慣れないよね」

 

「ふふ、そうね。特に小雷は可愛がられているものね。口の周りを拭いてもらったりとかね」

 

「うっ、あれは勘弁してほしいわ。嫁として可愛がられているというよりも、単に子供として可愛がられている気がするもの」

 

「もう何言ってるのよ。小雷はまだまだ子供じゃない」

 

「うぅ、それはそうなんだけどさ」

 

小雷はまだ10代前半である。もう大人だと言い張りたい小雷ではあったが、実年齢を考えれば自分でも子供だと認めざるを得なかった。

 

「そんな顔しないの、お義母さんだって悪気があるわけじゃないしね。この私でも子供扱いされているのよ。たぶん息子だけじゃなくて娘も欲しかったんじゃないかしら?」

 

「そっか、そう考えれば子供扱いされるのも親孝行と言えるわね。うん、仕方がないからもう少しだけ子供っぽく甘えてあげていいかもね」

 

「ふふ、そうね。そうしてあげてね。きっとお義母さんだけじゃなく和麻も喜んでくれるわ」

 

「えへへ、そうかな。そうだといいな」

 

嬉しそうに笑う小雷。考えてもみれば彼女はまだまだ親に甘えたい年頃だと今更ながらに気づいた翠鈴は、以前では考えられない優しい眼差しで彼女の笑顔を見つめていた。海外では張り合うばかりだった二人の関係性が、和麻の家族と触れ合うことで少しずつ変化している事にまだ彼女達は気付いていなかった。

 

「やっと見つけましたよ、凰小雷」

 

「は? どなたですか」

 

穏やかな雰囲気だった二人に無遠慮にかけられた声。その空気を読まない行為に不機嫌になりながらも小雷は、ここは日本だからと自分に言い聞かせる事で攻撃を加えることを我慢した。その我慢することが出来た姿に『小雷も成長しているのね』と翠鈴は密かに感動していた。

 

「随分と探しましたよ、凰小雷。さて早速ですが貴女が持っている《虚空閃》を渡してもらいましょうか。もちろん対価は渡しますよ、貴女の命という対価をね」

 

「ふうん、《虚空閃》を渡さないと殺すってわけね。面白いわ、ここまで真っ正面から喧嘩売ってくる奴は久しぶりだもん」

 

小雷は《虚空閃》を具現化させ――ようとして慌てて止めた。

 

「こら、こんなところで槍なんか振り回したら警察を呼ばれるわよ」

 

「わ、分かっているわよ。だからちゃんとやめたでしょう。これから新婚生活を始めるんだから警察沙汰はご法度よね」

 

「ええ、そうよ。とはいっても本当の意味で新妻になるのは数年後だけどね。ふふ、最初は仲良く三人一緒って決めたんだもんね」

 

「そ、そんな話を外でするのはやめてよね!」

 

「あはは、小雷ったら顔が真っ赤よ」

 

なんだかんだ言っても小雷はお嬢様育ちのため、この手の話題では下町育ちの翠鈴に敵わない。

 

「あなた達、いい加減にしてはもらえませんか。それ以上ふざけるのなら殺しますよ」

 

小雷に《虚空閃》を渡せと言ってきた男――クリスが苛ついた表情を見せながら二人を脅す。

 

「きゃーああぁああああーーーーッ!!!!」

 

次の瞬間、翠鈴が悲鳴をあげた。その突然の悲鳴に小雷も一瞬だけ目を丸くするが、すぐに翠鈴の意図に気付くと彼女も大声で叫ぶ。

 

「いやーっ!! 変質者よーっ!! 誰か助けてーっ!!」

 

「あ、貴女達は何を言っているのですか!? 」

 

クリスの見た目は、白銀の髪の美青年だ。それ故に女性から変質者呼ばわりされる事に対して耐性が全くなかった。

 

その未知の体験にクリスは動揺して挙動不審に陥ってしまう。その見事な動揺っぷりは側から見れば立派な不審者に見えた。

 

ここでもしもクリスが厳つい男だったならば、周りの人々も関わりになるのを避けただろうが、残念ながらクリスは白銀の髪の美青年だ。

 

外国人の変態美青年が、日本(ホントは違う)の美少女に手を出している。その事に憤りを感じた日本男児がしゃしゃり出るのは世の摂理といえよう。

 

「そこの変態、今すぐに止まりなさい。止まらないのならその額に風穴を開けますよ」

 

しゃしゃり出てきたのは、学生服に身を包んだ細身の少年 ── 《閃輝(シャイニング)》のシンであった。彼はクラスチェンジを果たした第二位階(セカンドクラス)の《資格者(シード)》だった。当然ながら腕には自信がある。

 

「(ふふ、異能者狩りなどというふざけた奴を探していましたが、これは思わぬチャンス到来というやつですね)」

 

元々がオカルトかぶれだった閃輝(シャイニング)のシンは全くモテなかった。資格者(シード)になっても全くモテなかった。第二位階(セカンドクラス)にクラスチェンジしても全くモテなかった。

 

そんな全くモテない彼が、変態美青年に襲われている美少女という絶好のシチュエーションを逃す筈がなかった。

 

「こ、この私が変態呼ばわりだと……っ!?」

 

美青年に生まれたクリスにとって変態呼ばわりは初めての経験だった。その衝撃は計り知れないものがあった。呆然となり膝をつくクリス。

 

閃輝(シャイニング)のシンは、その情けない姿を晒すクリスと怯える美少女達の間に立った。それは傍目からは敵からヒロインを庇うヒーローのように見えた。

 

その姿に危機感を抱いたのは閃輝(シャイニング)のシンと同様に、異能者狩りを探していた他の全くモテない資格者(シード)達だった。彼らもまたこの絶好のシチュエーションに出るタイミングを図っていたが、閃輝(シャイニング)のシンに一歩出遅れたため様子を伺っていたのだ。

 

── このままでは閃輝(シャイニング)のシンに良い所を全て掻っ攫われてしまう。

 

この時、資格者(シード)達の心は一つとなった。

 

 

 

 




綾乃「えへへ、今回はあたしのヒロイン回だったわね」

紅羽「ヒロイン……それは少し無理があるんじゃないかしら?」

綾乃「なんでよ?」

紅羽「だって今回の話って、『危険な争いの時に呼ばれないのが不満なバトルジャンキーが、今回は呼ばれてご機嫌になる話』だったわけでしょう?」

綾乃「解釈が悪意に塗れているわよ!!」

紅羽「まあいいわ。無駄な話題はやめておきましょう」

綾乃「無駄って!?あたしのヒロイン回が無駄っていうわけ!?」

紅羽「需要はないんじゃない?」

綾乃「そんな事ないわよ!! あたしの可愛らしいヒロインっぽい姿を心待ちにしているファンが山のようにいるはずよ!!」

紅羽「ヒロインっぽいって、せめて自分でぐらい言い切りなさい」

綾乃「えー、そんなの恥ずかしいじゃない」

紅羽「綾乃の羞恥心のポイントが分からないわね」

綾乃「ふんだ、ほっといてよ。それより異能者の残党がまだ出てくるのね」

紅羽「黒幕は地獄に引っ越したけど、異能者はまだ普通に残っているものね。これからの展開が楽しみだわ。一体どうなるのかしらね?」

綾乃「よてーはみてーってやつね」

紅羽「それじゃ、次回は数年後ってならないように今回も祈っておくわね」

綾乃「そんなこといつも祈ってたの!?」

紅羽「エタりませんように、とも祈っているわよ」

綾乃「ああもうっ、あたしも一緒に祈るわよ!!さっさと書け!!サボるんじゃないわよ!!じゃないと張っ倒すわよ!!」

紅羽「それは祈りなのかしら?」


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第63話「絆」

 

霧香さんに連絡をした後、僕は風牙衆にも依頼をかけた。

 

『なるほど、相手が《精霊喰い》なら早急に手を打つ必要があるな』

 

電話の相手は流也だ。今は風牙衆の次期頭領として働いている。過去に問題を起こした彼だったが、今ではソウルフレンド(姉弟愛同盟)として個人的友情を育む関係だ。

 

彼は過去の問題の一件で “神” などという精霊術師にとっても伝説でしかない超常の存在を実際に知った。それ故に《精霊喰い》などという御伽噺の存在をも素直に信じてくれた。

 

『信じるのは当然の事だろう。《精霊喰い》なんかいるわけない、そんな能天気な思い込みのままでいて、万が一の時、俺の愛する姉さんが犠牲になったらどうするんだよ。愛する姉さんを脅かす可能性が僅かにでもあるのなら俺は全力でそれを排除するぜ』

 

その流也の力強い言葉に、僕の心も熱くなった。

 

そうだ、その通りだ。《精霊喰い》を倒すということは、愛する操姉さんを守るということだ。その為なら全力を尽くすのは当然のことだ。

 

「流也の言う通りだ。僕も操姉さんを守るために全力で挑むよ――風牙衆への僕個人の依頼は取り消す。この件は大神家から風牙衆への正式な命令とする。風牙衆はその持てる全ての力を行使して《精霊喰い》及び、その関係する全ての事象を調査せよ。また、この調査には警視庁特殊資料整理室と連携して当たれ。室長の橘警視には大神家から話を通しておく」

 

『はっ、委細承知致しました。我ら風牙衆の総力を挙げて、必ずや《精霊喰い》を見つけ出してみせます』

 

「《精霊喰い》は、この世界に生きる全ての者の敵になる。そして精霊術師にとっては最悪の天敵だ――流也、決して無理はしないでほしい」

 

『フッ、安心してくれ。俺は死ぬときは愛する姉さんの膝の上って決めているんだ。こんなことで死ぬ気なんかねえよ』

 

心配する僕の言葉に、流也は不敵な笑み(電話なのであくまで想像だよ)を浮かべると心の底から(一部を除いては)非常に納得できる答えを返してくれた。

 

「ああ、流也を信頼しているよ。――ところで、最後を迎える場所なら膝じゃなくて胸だよね」

 

信頼する流也のために、彼の間違いは正してあげるべきだろう。それがソウルフレンド(姉弟愛同盟)の絆というやつだ。

 

『あん? 何言ってんだよ。姉さんの膝の上に頭乗っけて優しく撫でられながら逝くのが最高の最後だろうが?』

 

「あはは、流也こそ何を言ってのかな? 操姉さんの温かくて柔らかい胸に包まれて愛情たっぷりに抱きしめられながら逝く方が最高だよね?」

 

流也の言う最後も完全に間違っているとまでは言えないけど、状況が許すのなら操姉さんの胸に勝てるものないと断言できる。

 

『武志よ、思春期のお前が胸に惹かれるのは理解できるが、こればかりは譲れないな。想像してみろよ。胸に抱かれちまったら姉さんの顔が見えねえじゃねえか。それに比べて膝の上なら姉さんと見つめ合いながら逝けるんだぜ』

 

「流也、君の言葉も理解は出来るよ。でもね、視線なんか合わせなくても僕と操姉さんの心はいつだって合わさっているんだよ。心は繋がっているんだから、人生の最後は愛する操姉さんの鼓動を子守唄代わりにして逝きたいと思うのが真の弟ってものだよ」

 

まったく、流也には困らされる。操姉さんとの絆の話なのに胸の話にするだなんてね。まあ、操姉さんの胸が魅力的なのは事実だけど、重要なのは鼓動の方だよ。操姉さんの命の音を感じながら安心して逝きたいって事だからね。

 

『なるほどな、武志の言葉にも一理あることは認めよう。だがそれでも俺は姉さんに見守られながら逝く最後を推したい』

 

「そっか、それも愛の形の一つだもんね。これ以上の話し合いは無粋ってものかな。――ああ、そういえば、流也のお姉さんは控えめな胸だったしね」

 

『貧乳はステータスなんだよッ!! ネガティヴな言い方はやめろッ!!』

 

「――ごめんなさい」

 

本当に反省しています。申し訳ありませんでした。

 

 

 

 

新たに発掘した落ち着いた雰囲気の喫茶店で、これからの作戦を話し合っていた和麻と大輝に橘警視から新たな命令が届いた。

 

「あの暴力姉ちゃんの頭は大丈夫なのか?」

 

「いやまあ、ストレスは溜まっているみたいですけど仕事に支障する程ではない、と思っていますよ」

 

橘警視からの新たな命令は《精霊喰い》を調査せよ。という惚けた命令だった。

 

「《精霊喰い》と言えば、神凪の一番古い資料――つまりは千年前の時点で伝説として残っているレベルの眉唾物だぜ」

 

「まあまあ、別にいいじゃないですか。考え様によっては好都合ですよね。これで異能者問題、つまりは《紅い悪魔》に関わらなくていいんですよ」

 

「まあ、たしかにそうだが」

 

橘警視からの新たな命令が届くまでの間、これからの作戦――《紅い悪魔》からの避難方法の確立は頓挫しかけていたため、新たな命令は都合が良かった。

 

異能者問題に関わらなかったら《紅い悪魔》と出会う確立も減るだろうと大輝は素直に喜ぶ。

 

「だがよ、伝説の《精霊喰い》調査なんて請け負っても調査結果は『いませんでした』にしかならんだろう。その場合、ちゃんと依頼料は貰えるんだろうな?」

 

「ハハ、さすがに報告書に『いませんでした』だけだったら、また橘警視に殴られそうですけどね。たぶん今回の《精霊喰い》調査は精霊のバランス調査なんだと思いますよ。東京全体の精霊バランスが現在どうなっているのかを把握したいんじゃないですか?」

 

「ほほう、なるほどな。ただの現状把握の為の予算は取りにくいから実際にいたとしたら非常に危険な《精霊喰い》調査を名目にしたってわけか。たしかに術師からすれば《精霊喰い》なんぞ伝説に過ぎないが、警察のお偉いさんには分からん話だろうからな」

 

「ええ、そうですね。もしも予算の必要性を疑問に思ったお偉いさんがいたとしても、《精霊喰い》の危険性をどこかの術師に確認すれば」

 

「もしも本当に実在すれば非常に危険です。と、《精霊喰い》の伝説を知る術師は答えるわな」

 

「警察のお偉いさんにとっては、その辺の妖魔や魔物も《精霊喰い》も同じレベルで胡散臭いものでしょうからね。どんなに胡散臭いものでも実害を被る可能性があるなら態々自分の責任で予算を却下する人はいませんよ。なにしろ別に自分の懐が痛むわけじゃないですからね」

 

「結局はお役所仕事ってわけだな」

 

「そこは橘警視の予算獲得能力が秀逸だと思いましょう」

 

「おお、たしかにそうだな。お節介な暴力姉ちゃんだが、官僚としては優秀なのは確かだな。ルールに則して自分の要求を通しちまうんだからな。大した姉ちゃんだぜ」

 

「あはは、もう橘警視の事をあまり姉ちゃん姉ちゃん言わないで下さいよ。つられて僕が橘警視に向かって姉ちゃんって言ったらどうするんですか」

 

ふざけた感じで喋る和麻に大輝もつい軽口を叩いてしまう。

 

「そうね、その場合は暴力姉ちゃんが降臨するのかしらね」

 

「ジュワッチ!!」

 

「ああっ!? また一人だけで逃げたっ!!」

 

命の危険の際には幸運に恵まれる大輝であったが、普段は非常に不運であった。彼らが発掘した落ち着いた雰囲気の喫茶店は、橘警視のお気に入りのお店の一つでもあったのだ。

 

「うふふ、君には上司を敬う気持ちが今ひとつのようね。ところで、少し聞いてもいいかしら?」

 

「な、なんでしょうか?」

 

「君はボーナス査定という言葉を知っているかしら?」

 

「申し訳ありませんでした!! 僕は橘警視に一生ついていく所存です!!」

 

深々と頭を下げる大輝。その姿を遠くの空から眺める和麻は言葉を漏らす。

 

「――フリーも大変だが、勤め人も大変なんだな」

 

 

 

 

なんとか流也を宥めることに成功した。今回は素直に反省しよう。

 

僕も操姉さんのことを悪く言われたら激怒する確信があるからね。もっとも、完璧に近い操姉さんを悪く言える要素なんて殆どない。

 

ところで、完璧に近いとか、殆どないという表現だと少しはあるのか? と思われるだろう。

 

うん、実は操姉さんにも欠点はある。それは人間なんだから仕方ないことなんだろう。

 

操姉さんの欠点は、実は洋服嫌いなところだ。

 

そう、操姉さんは365日ずっと和服を着ているんだ。洋服はピラピラしたスカートが嫌なんだって。ズボンも足のラインが分かるから恥ずかしいみたいだ。制服以外での洋服姿なんて僕ですら殆ど見たことが無い。

 

なんて勿体ないんだろう。

 

たしかに和服姿は綺麗だよ。でも、洋服姿も見たいよね。どっちか片方よりも両方ともだよね。周りの人達に相談しても、

 

兄さんは『着るもんぐらい本人の好きにさせればいいだろ』だし、

 

紅羽姉さんは『私は逆に和服が苦手だからね。操にも無理は言えないわ』だし、

 

マリちゃんは『和服? 洋服? 違いが分からんのじゃが?』だし、

 

綾と沙知は『操様のお望みのままに』と声を揃えて言うし、

 

綾乃姉さんは『和服だと帯びを引っ張っての“アーレー”ができるわね。武志、やってみてよ』とか、ふざけたことを言って、お目付役の“大神 雅人”にチクられて説教されて涙目になってた。

 

まったく、頼りにならないよね。

 

そんな重要案件について考えていたら霧香さんからの着信がきた。

 

『大神君、大変よ!! 詳しい状況はまだ分からないけど異常なほどの精霊が新宿に集まっているわ!! 例の風術師が言うには神凪宗家クラスを超えるかもしれないそうよ!!』

 

霧香さんの言葉に息を呑む。事態は僕の想像以上のスピードで進展している。

 

神凪宗家クラス以上の精霊が集まっているだって。

 

それは、どこかの精霊術師が集めているのか?

 

それとも “餌” として無理矢理に精霊を吸い寄せているのか?

 

「ハハ、神凪宗家を越える精霊術師? そんなの聞いたこともないよ」

 

どうやら敵はこちらの戦闘態勢を整える時間なんか与える気はないようだね。

 

操姉さんと紅羽姉さんは家にいる。

 

マリちゃんに電話をかけると圏外になった。今日は兄さん達とグルメツアーの日だったはずだ。何かあったのか心配になるけど、ここはマリちゃんを信じよう。

 

煉に電話をする。

 

『どうされましたか、武志兄様。今は亜由美ちゃんと北海道旅行中ですけど、亜由美ちゃんの身体の心配でしょうか? マリアさんが創造して下さった身体は健康そのものです。心配はいりませんよ』

 

どんだけアクティブなんだよ!? 普通の週末で北海道旅行ってなんなの!?

 

ま、まあいい、煉には亜由美ちゃんと幸せになってほしいからね。

 

次に神凪宗家に電話をかける。

 

『――申し訳ありません。重吾様は、厳馬様と連れだって外出中です。重要な御用らしく連絡手段もお持ちではありません』

 

おじさん二人でどこに行ってんだよ!!

 

今日は何の任務も無かったはずなのに!!

 

し、仕方ない。おじさん二人には帰ってきたら連絡してもらえるように伝えておく。

 

えーと、次は和麻兄さんかな。あぁそうか、和麻兄さんは霧香さん経由で現地にいるのは確認しているから今はいいかな。

 

よし、最後は綾乃姉さんに電話をしよう。綾乃姉さんって電話をかけたら必ず三秒以内にとってくれるんだよね。その反応速度はプロのOLさんみたいだ。

 

「――うん、それじゃ、僕の家で待ってるからね。気をつけて来てね」

 

結局、神凪宗家からの応援は綾乃姉さんだけだ。まあ、時間を稼げばおじさん二人も応援に来てくれるだろうからそれを期待しよう。

 

「よし、次は風牙衆に現地の監視態勢を取るように指示を出そう」

 

そうだ、由香里がまだ姉さん達の家事修行中だったよね。なんとか上手いこと言って帰ってもらわなきゃいけないな。

 

今は風呂掃除をしているみたいで風呂場から姉さん達の声と由香里の涙声が聞こえてくる……涙声? なんだろう、姉さん達の指導を受けることが出来た喜びの嬉し泣きかな?

 

よく分からないけど、彼女とは良い友人になれそうだから身の安全には気を使ってあげなきゃいけない。

 

そんな事を考えながら僕は、由香里の涙声と姉さん達が指導している声が聞こえる風呂場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 




綾乃「ちょっと待ってよ!!」

紅羽「あら、最初からテンションが高いわね」

綾乃「高くもなるわよ!!前回のあたしsideの話の対になる武志sideの話のバランスがおかしくない!?」

紅羽「そうかしら?ちゃんと電話繋がりでリンクしているじゃない」

綾乃「リンクしてれば良いってもんじゃないわよ!!」

紅羽「もう、綾乃は何が不満なのかしら?」

綾乃「本気で分かんないわけ!?」

紅羽「そっか、呼び出しのときに『僕の必殺技を喰らえッ!!綾乃姉さん召喚!!』とかやって欲しかったのね」

綾乃「んなわけないでしょう!!そのネタはもういいわよ!!もうっ、そんなんじゃなくて、あたしsideは切ない感じの乙女っぽいやつで長々とやってたのに、どうして武志の方はプロのOLさんみたいの一言で終わりなのよ!!」

紅羽「ねえ、必ず三秒以内で携帯の着信をとるって、想像したら怖くないかしら?」

綾乃「怖くないわよ!!まったく、失礼ね。そのぐらい誰でも出来るわよ」

紅羽「……そうね」

綾乃「?」

紅羽「ところで、和服の帯を持ってアーレーというのは今の若い子達に通じるのかしら?」

綾乃「うふふ、分からない子がいたら親に聞いたらいいわよ。『着物の帯を持ってアーレーってするヤツやりたいんだけど』てね」

紅羽「冗談のわかる家庭ならいいけど、厳しい家庭なら綾乃みたいに説教されそうね」

綾乃「えへへ、あくまで自己責任で聞いてね」

紅羽「ところで和服と着物って違いがあるのかしら?」

綾乃「同じ意味で使う人が多いけど、着物は洋服と和服の両方を含むらしいわよ。使っている漢字の通りよね」

紅羽「ああ、言われてみればそうね。着る物ってことね」

綾乃「それで、紅羽は胸派?それとも膝派かしら?もちろんする側としてよ」

紅羽「あのね、その話題はどうなのかしら?」

綾乃「別に良いじゃない。じゃあ先に言うと、あたしは膝派かな。頭を撫でながら最後の会話をする感じね」

紅羽「もう、仕方ないわね。うーん、どちらかといえば、私は胸派かしらね。最後は抱きしめてあげたいわね」

綾乃「胸派ってことはナウシカタイプね」

紅羽「ナウシカタイプ?何なのかしら、それは?」

綾乃「あれ、知らない?ナウシカの胸が大きいのって、死んでいく人を大きい胸で抱きしめてあげて安心させてあげるためらしいわよ」

紅羽「どっからナウシカが出て来たのよ?」

綾乃「えへへ、風の聖痕と風の谷のナウシカで風つながりね」

紅羽「本当に風って言葉しかつながってないわね」

綾乃「でも実際に死にそうな人を抱きしめたら苦しめそうよね」

紅羽「そうね、抱きしめるためには少なくとも上半身は起こさないといけないものね。体の負担が大きそうだわ」

綾乃「膝枕なら仰向けのままでいいから楽ちんよね」

紅羽「でも、どっちにしろ死に際のシチュエーションなんかを想定するのって不謹慎だわ」

綾乃「――空高く成層圏での最後の戦いの後、武志は言うわ「綾乃姉さん一人なら助かるかもしれない」それにあたしは答える「ふふ、もう約束したじゃない……死ぬときはいっしょに……て」と笑って、あたし達は抱き合い大気圏へと落ちていく。最後にあたしは武志に言うわ。「武志、あなたはどこに落ちたい…?」」

紅羽「……もう帰ってもいいかしら?」

綾乃「なんでよ!?」


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第64話「水と土の神器」

 

資格者(シード)達は、みるからにチンピラな外見をした者が多いが、ぶっちゃけると、資格者(シード)の多くは生粋のチンピラではなく、異能を得たことで調子に乗ってチンピラデビューをした者達であった。

 

では、チンピラデビュー前の資格者(シード)達はどのような者達だったかというと、インターネットを好む者達。つまりはネットユーザー(ネット依存症)であった。

 

彼らはネットサーフィン中に万魔殿(パンデモニウム)のサイトに辿り着き、そこで異能を得たのだ。

 

そして異能を得て調子に乗った彼らはチンピラデビューをしたわけだが、彼らの本質はやはりチンピラではなく、ネットユーザー(ネット依存症)だ。

 

結局、何が言いたいかと言うと、彼らはネットユーザー(ネット依存症)として当然のように各種オンラインゲームを嗜んでいる。もちろん、協力プレイで強大な力を持つモンスターを倒すやつなど大好物だという事だ。

 

「一体何なんですかコイツらはッ!?」

 

「ぬう! 此奴ら、一人一人は非力じゃが、互いにカバーし合うことで隙を見せよらんわ!!」

 

白銀の髪の美青年ことクリスは、合流したドワーフっぽい生き物のガイアと共に資格者(シード)達の猛攻に耐えていた。

 

光槍(ジャベリン)光槍(ジャベリン)光槍(ジャベリン)光槍(ジャベリン)光槍(ジャベリン)光槍(ジャベリン)光槍(ジャベリン)光槍(ジャベリン)光槍(ジャベリン)光槍(ジャベリン)光槍(ジャベリン)光槍(ジャベリン)光槍(ジャベリン)

 

閃輝(シャイニング)のシンは、移動しながら最速の攻撃のみをし続けていた。

 

それに倣うように、他の遠距離攻撃の手段を持つ資格者(シード)達も一撃の威力よりも発動速度の速い技を選び移動しながらの攻撃を繰り返していた。

 

遠距離攻撃の手段を持たない近接タイプの資格者(シード)達は落ちている石を投擲したり、運動が苦手な遠距離タイプの資格者(シード)を背負い移動をしていた。

 

「ガイア、とにかく時間を稼いで下さい! 10秒あれば全員まとめて仕留められます!」

 

「無茶を言うでないわ! 儂だけならともかくお主まで庇い切るのは無理じゃぞ!」

 

ガイアは地術師であった為、その不死身に近い回復力で資格者(シード)達の猛攻をなんとか凌いでいたが、地術師は回復力は高いが、別に素の肉体の強度まで高いわけではない。

 

もちろん、地術を行使すればどうにでもなるが、今はレーザーやら火玉やら風刀やら雷球やらの様々な攻撃に晒されている。

 

絶え間なく全身を襲う痛みに耐えながら回復に専念するガイアには他の事をする余裕などなかった。

 

クリスの方はもっと状況が悪かった。水術師である彼が、資格者(シード)達の猛攻をまともに受ければ肉体的には常人と変わらないのだから一溜まりもない。

 

今は咄嗟に張った全身を覆う水膜でなんとか耐えている状況だ。水術師として一流といえるクリスだが、水膜という術を維持したままで強力な術を行使できる程の技量はなかった。

 

威力の弱い、単発の水球程度なら放てたが、移動を続ける相手に当てることは出来なかった。

 

「こんな戦い方であなた達は恥ずかしくは無いのですか! 男なら正々堂々と戦いなさい!」

 

クリスは叫ぶが、それを聞いている資格者(シード)達は無反応のまま攻撃を繰り返す。

 

資格者(シード)達のその対応は当然だろう。当初、大物ぶったクリスがみせた一撃は資格者(シード)達の想像以上の威力があったからだ。

 

「(ハァ、まったく、貴方のような化物と正々堂々と戦えるわけないでしょうに)」

 

クリスの自分本位な言葉に閃輝(シャイニング)のシンは内心でため息を吐く。

 

小さな水球一つでクレーターを作ってみせたクリス。それは自信家であった閃輝(シャイニング)のシンですら、一人では勝てないと素直に認めざるを得ない化物ぶりだった。

 

だが、閃輝(シャイニング)のシンには逃げ出すという選択肢はなかった。何故なら彼の後ろには美少女二人組が居たからだ。

 

クリスの一撃を見せられた時、大きく砕けたアスファルトの道路に内心ではビビりまくったが、チラリと後ろに目を向けた閃輝(シャイニング)のシンの目に飛び込んできたのは、怯えて震えながらも、この場から逃げ出さずに自分の事を信じるように祈りながら潤んだ視線を向けている美少女二人組の姿だった。

 

その瞬間、閃輝(シャイニング)のシンの脳裏には、彼が大好きなアニメの熱い挿入歌がヘビーローテーションされる。

 

── 今が人生の絶頂期だ!!

 

閃輝(シャイニング)のシンは迷いなくそう思った。インターネットで偶然辿り着いたサイトで異能を得た。そして、地道に経験を積んでクラスチェンジを果たし、自分は第二位階(セカンドクラス)となった。

 

自分が異能を得て磨いたのは全てが運命だったのだ。今、この瞬間、この美少女二人組を助けるために神が自分に与えてくれた人生における最大の見せ場なのだと悟った。

 

こんな最高のシチュエーションで燃えなければ男ではないだろう。閃輝(シャイニング)のシンの心は己の死をも厭わないほどに熱く燃えあがる。

 

それら一部始終を見ていた周りの資格者(シード)達は妬んだ。それはもう妬みまくった。

 

これでは完全に閃輝(シャイニング)のシンが主人公ではないか。オレ達はただの脇役(モブ)なのかと心の中で血涙を流す。

 

だが、神は彼ら資格者(シード)達も見捨てはしなかった。

 

「――我が同胞達よ。私にとは言いません。私ではなく、力無き乙女達の為に――あなた方の力を貸して下さい」

 

閃輝(シャイニング)のシンが資格者(シード)達に『お前達もこの大舞台に立て』と誘ったのだ。

 

もちろん、それには理由があった。せっかく自分が主人公なのに登場人物を増やすのだから理由があって当然だった。

 

そう、どれほど熱く燃えあがったとしても閃輝(シャイニング)のシンは冷静さを失わなかった。何故なら彼の敗北は、彼だけの死を意味するわけではないからだ。彼の敗北は美少女二人組を気に食わない外国の美青年に渡すことを意味していたからだ。

 

無駄にプライドの高い閃輝(シャイニング)のシンだったが、クリスとの実力差は認めざるを得なかった。自分一人が主人公でないのは確かに悔しいが、だからといって絶対に負けるわけにはいかない。

 

自分への妬みの視線には気づいていた。立場が逆なら自分だって同じ視線を向けていただろう。彼らが邪魔をしてこないのはこの場で邪魔をすれば、主人公の邪魔をする悪役に自ら堕ちる事だと理解しているからだ。

 

ならば話は簡単だ。主人公は一人ではなくなってしまうが、それには目を瞑ろう。自分がイニシアチブを握れることには変わりはないのだ。資格者(シード)達を率いて敵を倒せばいい。

 

大丈夫、卑怯とは言わせない。なにしろ彼我の実力差は明らかなのだから。いやむしろ資格者(シード)達を率いても不利なのは此方の方だ。ならば何も問題はない。これは正義の戦いだ。

 

そんな理論武装を行った閃輝(シャイニング)のシンは、お約束ともいえるセリフを資格者(シード)達に向けて放ったあと、彼らの返事も聞かずにクリスへと攻撃を仕掛けた。

 

自分達の方が不利だと考えたのは本当のことだった。僅かでも有利になれるように閃輝(シャイニング)のシンは奇襲をかけたのだ。

 

そして咄嗟に水膜を張ったクリスへと周囲の資格者(シード)達も続けて攻撃を加え始めた。

 

閃輝(シャイニング)のシンに率いられる形は業腹ものだが、悪役やモブのままよりかは遥かにマシだと判断したのだ。

 

「クッ、いきなり攻撃するとは卑怯ですよ!」

 

文句を言うクリスに誰も返事はしなかった。この場にいる資格者(シード)達は、誰もが実戦を経験してきた強者達だ。彼らもまたクリスの規格外の強さを本能的に察していたため油断は微塵もなかったのだ。

 

「貴様ら、多勢に無勢とは随分と卑怯ではないか。儂の名はガ――アタッ、イタタッ、ちょ、ちょっと待たんか!? まだ口上の途ちゅ、アタタタタタッ!?」

 

途中から現れた余裕ぶった偉そうなドワーフ(ガイア)にも問答無用で攻撃が加えられた。彼からもまたクリス同様の規格外の強さを感じたからだ。

 

「(反撃を許せば負けますね)」

 

直感でそう考えた閃輝(シャイニング)のシンだが、その考えに間違いはなかった。

 

クリス達が実力を発揮できれば一撃で形勢は逆転しただろう。それだけの実力差があったのだ。

 

「(ならば、何もさせなければいいだけです)」

 

資格者(シード)達にとって、圧倒的に強力な敵と戦うのは初めてではなかった。むしろ、日常茶飯事ともいえた。

 

それはオンラインゲームでの経験ではあったが、異能を得て戦うというのもゲームのようなものだ。そこに大した違いなどないだろう。

 

一撃死をしてしまうクソゲーも余裕でクリアしてきた猛者達が資格者(シード)という生き物なのだから。

 

初見での協力プレイもお手の物だった。標的を絞らせないように、また敵の集中力を散漫にさせるために移動しながらの攻撃は基礎中の基礎だろう。

 

ほんの僅かでも消耗させられる、ダメージを与えられるのならこのまま削り殺す。たとえ何十時間かかろうと構わなかった。徹夜で敵を倒す経験など数えきれない程にしてきたのだから。

 

資格者(シード)達はローテーションを組み休憩しながら攻撃を続ける。この場にいない資格者(シード)を電話で呼ぶ者もいた為、攻撃ローテーションには余裕があった。

 

「はい、ジュースをどうぞ」

 

「コーヒーとかもあるよー」

 

美少女二人組も飲み物を配ってくれたりと気を使ってくれている。攻撃ローテーションの采配をしながら閃輝(シャイニング)のシンは充実感に包まれていた。

 

「ふふ、やはり討伐イベントは楽しいですね」

 

閃輝(シャイニング)のシンの言葉に異論をもつ者は誰もいなかった。

 

 

 

 

「もうっ、急いでいるのに何なのよ」

 

大神家へと急ぐ綾乃だったが、新宿で足止めをされていた。それは警察による大規模な厳戒態勢による規制のためだ。

 

「こうなったら強引に突破しようかしら?」

 

たとえ警官をぶん殴って突破をしても大怪我さえ負わさなければ、後でどうにでもできる。そんな危険な思想に囚われる綾乃だが、いまいち踏ん切りがつかない。

 

「うーん、今日はお洒落してるのよね」

 

綾&沙知と遊びに行っていた為、今日はいつもの戦闘服を兼ねた制服姿ではなく、お洒落なワンピース姿の綾乃は、この姿で暴れることに抵抗を感じていた。

 

これが武志と一緒ならいつものノリで暴れていただろうが、今は一人だった為、綾乃の中にある僅かな良識が働いていたのだ。

 

「もう、どうしたらいいのかしら?」

 

そんな困っている様子の綾乃を見つめるおじさん達がいた。そう、親バカとそれに付き合わされている人だ。

 

「うむ、あやタンが困っているな。よし、厳馬よ。ちょいと行って警察を蹴散らしてきてくれ」

 

「アホなのか、貴様は?」

 

「あやタンが困っているんだぞ。ならば助けるのが親というものだろう」

 

「ハァ、仕方がない。さっさと終わらせて帰りたいからな。しかし、警察を蹴散らすのは悪手だろう。ここは騒動の原因を排除するとしよう」

 

重吾の親バカ発動中は何を言っても無駄だと理解している厳馬は、せめて許容できる手段を提案する。

 

「おぉ、それでよい。早くやれ」

 

「まったく、こんなことで只働きをする羽目になるとは今日はついとらんな」

 

新宿でこれほどの厳戒態勢を敷かれるとなると余程の事態が起こっているのだろう。整理室からの依頼なら高額の報酬が発生した筈だ。それが自主的に動いては無報酬となる。神凪一族は全国から依頼がくるため財政状況は良かったが、だからといって厳馬は無料で仕事はしたくなかった。

 

「これがバレると文句を言われるのは私なんだがな」

 

無報酬で仕事をしたことが神凪一族にバレると、厳馬は経理を担当している家人に怒られる事になる。それが厳馬は嫌だった。

 

「おい、お前もついて来い。こうなったら一蓮托生だ。文句を言われる時は一緒だぞ」

 

「おいこら、宗主に向かってお前はやめろ」

 

「ふむ、騒動の元は向こうの様だな」

 

「おいっ、儂を無視していくんじゃない」

 

「いいから早くついて来い」

 

「フン、仕方がない。今日はあやタンに免じて大目に見てやるわい」

 

「いいから早く行くぞ。お前は綾乃にストーカーをしている事を知られたくないのだろう。迅速に行動しろ」

 

「言われんでも分かっとるわ。それと誰がストーカーじゃ。儂の事は、あやタンの守護者を呼んでくれ」

 

警官の動きから騒動の発生元を推測した厳馬は重吾に呼びかけると堂々と歩き出した。その後ろを重吾がこれまた堂々と歩き出す。

 

一応は綾乃に見つからない様に彼女がいる場所を大回りをして避けている二人だったが、戦闘となる事を意識した二人が莫大な火の精霊を集めたため、いかに感知能力の低い綾乃といえどもそれに気付かないわけがなかった。

 

「あれは、お父様と叔父様よね。なるほど、この厳戒態勢は妖魔討伐のためってことね。でも、お父様達が二人掛かりだなんて相当な大物ね……うん、武志の敵も大物っぽいし、ここはあたしも協力して早く仕事を終わらせて、お父様達も大神家に連れて行った方がいいわよね」

 

綾乃は状況をざっくりと推察して判断すると、重吾達の後について堂々と歩き出した。

 

 

 

 

「グッ!? 何が起きている!?」

 

閃輝(シャイニング)のシンは何の前触れもなく身体から力が抜けていき片膝をついてしまう。周りを見渡すと、他の資格者(シード)達も状況は同じらしく全員がその場にしゃがみ込んでいた。

 

「ふふ、どうやら限界の様ですね。貴方達のような三流術者にしては頑張った方だと褒めてあげますよ」

 

「ふぅ、やっと終わったのか。まったく、いくら治るといっても痛いものは痛いんじゃぞ」

 

その声に振り向くと、いけ好かない白銀の髪の美青年(クリス)ドワーフ(ガイア)が無傷の状態で立っていた。

 

「(クソッ、ここまでか……せ、せめて美少女二人組だけでも逃げて……)」

 

急激に抜けていく力に意識が霞む閃輝(シャイニング)のシン。最後の力を振り絞り美少女二人組の無事を願う。それは他の資格者(シード)達にとっても同じ願いだった。これが人生の終わりなら、美少女二人組を救った漢として逝きたいと願ったのだ。

 

その願いが通じたのだろうか。閃輝(シャイニング)のシンを含む資格者(シード)達全員の身体から溢れた力が、一つの法則に従いある術式を起動した。

 

「こ、これはまさか次元を越える門なのですか? おや、“ナニ” かが門から現れて…ッ!?」

 

クリスの驚愕の声が閃輝(シャイニング)のシンを含む資格者(シード)達の耳に届く。

 

薄れゆく意識の中、顔をあげた閃輝(シャイニング)のシン達の目に飛び込んできたのは――

 

 

「うぉぉぉおおおーっ!! 我が三角筋に一片の余力なし!!」

 

 

――雄々しい “漢” の逞しい背中だった。

 

 

 

 

 

 




紅羽「この物語は殆どがギャグなのでシリアスな展開を期待しないで下さいね」

綾乃「紅羽、なに言ってんのよ?」

紅羽「念の為に言っておこうと思ったのよ」

綾乃「もう、そんなの今さらな話じゃない?」

紅羽「それはそうなんだけどね。クライマックスも近づいてきたから格好良い展開を期待している人がいたら悪いじゃない」

綾乃「いないわよ、そんな人」

紅羽「あら、言い切るのね」

綾乃「そんなの当然じゃない。そんな事より作中で使ってるギャグのネタ元の説明をした方が親切じゃないの?」

紅羽「筋肉ネタが多いのよね。まあ、有名なのばっかりだから大丈夫じゃないかしら?」

綾乃「みんなが知ってるとは限らないわよ」

紅羽「それもそうね。それじゃ、綾乃よろしくね」

綾乃「あたしがやるの!?」

紅羽「それはそうでしょう。言い出しっぺの法則よ」

綾乃「やだ、めんどい。知りたい人は自分でググれ」

紅羽「もう、前も似たような事を言ってたわよね」

綾乃「そんなことより、重大な話があるわ」

紅羽「何かしら?」

綾乃「スマホが主流になった頃って、携帯と言えばガラケーの事を意味していたじゃない」

紅羽「そういえば『まだ携帯なの、私はスマホに変えたわよ』なんて会話があったものね」

綾乃「でも携帯電話って、携帯する電話だからスマホも携帯よね」

紅羽「それはそうよね」

綾乃「それなら、ガラケーをあまり知らない今時の子は携帯って言ったらスマホを思い浮かべるのかしら?」

紅羽「……それが重大な話なわけ?」

綾乃「紅羽は気にならないの!?」

紅羽「そんな事を気にした事ないわよ」

綾乃「ガーン!!」


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