ハイスクールD×DI×S‚BSR (ZERO(ゼロ))
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プロローグ:全ての始まり

混じり合う―――
僕と私と俺達は混じり合って型を無くし、他の誰でもないモノになる

もはや何も分からない
光も音も匂いも味も、痛みも喜びも何もかも―――
分からず感じず理解出来ない

ただ在るべしと
そこに在れというただ一つの決まり事に縛られて、永劫にへばり付くだけの残骸

僕は愛というものを持っていたし
私は希望を知っていたし
俺は信念を誇っていたが―――
今は何一つも感じられず、また何一つとして得られない

そんな哀れで取るに足らないただの虚ろであるはずだったが

なぜだろう―――
僕は奪われた愛を覚えていて、私は壊された希望を忘れずに、俺は果たせなかった夢に慟哭する

―――ゆえ、だからこそ
本来何も得られぬこの身が、ただ一つだけ持つに至った

つまり―――
僕が覚え、私が忘れず、俺が刻み付けたモノは悔恨

総ての我らに共通するココロは悔やみ
鼓動しないこの“屍体(カタチ)”は、今それによって形成されている残骸であり呪いなのだ

この混沌に渦巻くうねりの、一つとなるのも遠からず
獣の一部となるのが揺るがし難い定めならば
ああ、せめて我等は、この悔やみを果たしたいと、そう思う―――

―――主よ、黄金の混沌よ
あなたは我らのこの望み、分かってくださるのでしょうか―――



その日、この物語の主人公である兵藤一誠は浮かれた気分で人を待っていた。

私立駒王学園に通う、青春を謳歌しているピチピチの高校二年生―――ちょっと、いやかなりのスケベで有名な少年である。

日々覗きなどエッチな事に情熱を注いでいたこの少年、それが何故浮かれながら誰かを待っているのか?

 

始まりは数日前、突然一誠は幸福を手にした。

何と同じ学園に通う女生徒から突然告白を受けたのだ―――『付き合ってください』などと。

 

人生初めて告白をしてきたのは黒髪が美しいスレンダーな少女・天野夕麻。

『人生初めて』と冠した通り、年齢と彼女いない暦が同じのエッチな妄想好きな少年にとってそれがどれ程の衝撃だった事か。

その日から一誠の人生は常にバラ色模様となったのである、浮かれるのも当然か。

 

待ち合わせに到着した夕麻と共に洋服店や雑貨屋に行きデートを満喫した一誠。

人生の絶頂とはまさにこの事ではないかと思える程の時間はあっと言う間に過ぎ去っていく。

そして時は夕暮れ、恋愛ゲームのシュチュエーションかの如く勘違いする程にお誂え向きの町外れの人気のない公園で一誠はこれから起こる事がなんなのかすら知らずに興奮していた。

 

噴水をバックに夕麻は微笑む。

背後の夕暮れが彼女の後光を照らし、実に良い演出となっている。

夕やけの血のように赤い光に目がぼやけ、一誠は夕麻が蔑むような哂いを浮かべていた事に気付かない。

 

「ねえイッセーくん―――初めてのデート記念に一つ、お願いを聞いて貰っても良いかな?」

「えっ、えええええ、えええ!? お、おおおお、おね、お願いって、いっ、一体、何かなっ!?」

 

声が上ずる、動悸が激しくなる。

当然だろう、このような人気のない場所で“お願い”などと聞けば如何わしい事を妄想してしまうものだ。

だが動悸が激しくなり、顔を真っ赤にした一誠に向かって夕麻は微笑んでいるだけ―――見方によっては嘲りに見える笑みを。

そんな態度に疑問が頂点に達しそうになったその時、不意に夕麻は言った。

 

「じゃあね、お願いだから……死んでくれないかな♪」

 

死刑宣告を、無邪気に笑いながら―――

宣告と共にその背には一対の黒き翼が現れ、可愛らしかった少女の目は冷酷な光を湛えたものへと変わる。

 

「楽しかったよ、貴方とのオママゴトは。

でもごめんね、貴方は私達にとっては危険因子だったから早めに始末させてもらうわ」

 

瞬間―――胸に違和感を感じる一誠。

違和感を確かめる為に目を胸に向けてみれば、そこには光り輝く棒のようなものが生えていた。

棒が自然と消えると次に目に入ったのは溢れ出す紅い液体……それが何なのかを理解する前に一誠は足元が崩れ地に伏す。

 

意識ははっきりとしている、だが代わりに全身の力がどんどん抜けていく。

耳に響く足音、それが自分の近くで止まるとかすかな声が耳に響いた。

 

「貴方は此処で死ぬわ、恨むならその身に神器(セイクリッドギア)を宿させた神を恨んで頂戴♪」

 

意識が遠のいていく、力が入らない。

徐々に動きが少なくなっていく一誠を実に楽しそうに見つめている夕麻。

人が死んでいく姿を見るのは彼女にとって至高の喜び―――特に、信頼を見せていた者が死んでいく姿は最高だ。

残忍で残酷で、それでいて見方によっては今までのどんな時よりも美しく見える夕麻。

 

消え行く意識の中、一誠は走馬灯のように今までの事を思い出す。

死にたくない、生きていたい……そんな意識とは裏腹に血は流れ、身体は力を失くしていく。

まるで暗闇の中に落ちたかの如くもう何も見えない、何も聞こえない、何も感じない、何も解らない―――

唯、その脳裏には唯“生きたい”と言う何物にも劣らない強い思いが宿っていた。

 

 

■■■■■

 

 

~Side 一誠~

 

俺、死ぬのかな―――

 

死にたくねえよ、まだおっぱい揉んでもいねえし、それ以上の事もしてねえよ。

 

まだまだしたい事だって一杯あるんだよ、俺は此処で終わりなんて嫌だ―――

 

俺は、俺は、おれは、オレハ―――

 

あれ―――そもそも俺って、誰だ?

 

兵藤一誠、私立駒王学園二年生―――スケベでエッチな妄想が好きな高校生―――

 

誰だそれ? 知らない、知らない、しらない、シラナイ―――じゃあ俺って、一体誰なんだ?

 

誰だ……俺は、何なんだ?

 

解らない……わからない……ワカラナイ……わカらナイ……。

 

誰だ……誰なんだ俺は……兵藤一誠と言うのは一体誰なんだ―――

 

誰でも良い、教えてくれよ……。

 

 

意識が消える。

 

おれが、消える。

 

嫌だ……嫌だ……嫌だ……嫌だ……消えたくない―――

 

 

誰でも良い、何でも良い、どんな対価でも支払う。

 

だからお願いだから、おれを消さないでくれ。

 

この手に握ったもの全てを護れる力を―――

 

何も失わない現実を―――

 

消えない命をどうかおれにくれ―――

 

 

『ならば殺せ、全てを悉く滅せよ―――貴様に余らが力をくれてやろう。

その力で下天の者共を、人ならざる者を、何もかもを全て蹂躙せよ、殺せ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ、コロセ―――……』

 

 

声の終わりと共に何かが入り込んで来る力を感じた。

 

気持ち悪い程に響く不気味な心音に続き、沸きあがってくる憎悪、怨嗟、怨念、殺意―――

 

俺が誰かなんてこの際どうでも良い……だが俺を消そうとしたあの女を生かしては返さない。

 

殺してやる……ころしてやる……コロシテヤル……。

 

 

そこで俺の、兵藤一誠の記憶は全て消えた。

 

後に残ったのは兵藤一誠を名乗っていた“何か”だけ。

 

人の形をした、人でも悪魔でも天使でも堕天使でもない形容しがたい何かだ。

 

危険さと明らかに異質過ぎる力を持つが故、全ての存在の中で唯一“封印指定”とされた神器を核として俺は再誕する。

 

 

要らない、必要ない。

 

俺は、俺以外の全てを必要としない。

 

全てを殺してやる。

 

全てを悉く塵滅してやる。

 

俺は俺だけ居れば良い、俺は俺以外を認めない。

 

消えろ、全て消え失せろ、欠片も残さない。

 

まずは貴様からだ―――俺を殺そうとした屑女。

 

~Side out~

 

 

■■■■■

 

 

痙攣すらしなくなった一誠を見つめながら哂う夕麻。

彼女の本当の名は堕天使レイナーレ、この世界に存在する三竦みの人外の存在の中で天使から堕ちた人物である。

 

「あ~あ、何だもう終わり? もっと苦しむ所見せなさいよね」

 

動かなくなった一誠に興味はないのか、踵を返すレイナーレ。

彼女には今からやらなければならない事がある―――その為に上を騙し、お膳立てを整えている。

ならばもうこんな所に何時までもいても価値などないだろう、そう思って彼女は自らのアジトへと戻ろうとした。

 

しかしその時―――不意にレイナーレは後ろから何かを感じて振り返り、言葉を失う。

 

「なっ……!? ばっ、馬鹿な……!!?!?」

 

後ろでは先程殺した筈の男が哂っていた。

凶悪な殺気をその身に秘めて、まるで血の如き赤い光を目から放ち、胸にはポッカリと大きな孔を開けながら。

糸の切れた操り人形……もし、今の一誠の姿を見た者が居るとしたらそんな風に言うだろうボロボロの状態でレイナーレを見て凶悪な笑みを浮かべている。

 

「な、何で!? う、嘘よ!! な、何で生きてるのよ!? 確かに心臓を貫いたのに!!?!?」

 

明らかに動揺を見せるレイナーレ。

当然だ、どう良く見ても彼は生きている筈のない致死量の血を流している。

更に胸には元々そこに何も無かったの如き巨大な孔が穿たれ、どう贔屓目に見たとしても心臓は潰されている筈だ。

 

ならば何故―――この男は立っている?

どうして穿たれた筈の胸の孔が少しずつ塞がれていっている?

いや、そもそも何故こんな何処の馬の骨とも言えないクズ以下の人間に自分は恐怖を感じている?

プライドの高いレイナーレにとって下賎な動物に過ぎない人間などに一瞬でも恐怖と言う感情を抱いてしまった事が許せなかった。

 

「げ、下賎なゴミクズの分際で私に薄汚い視線を向けるんじゃないわよ!

ああそう、そんなに塵も残さず消えたいなら望み通りにしてやるわ―――さっさと砕け散りなさい!!!」

 

レイナーレは光の槍を何本も形成し、目の前の一誠に全弾叩き付ける。

光の槍は対象の四肢に、腹に、首に、そして頭に突き刺さってその部分に大きな風穴を開けて血を吹き出させた。

残忍で冷酷で、悪魔よりも悪魔に近い性格のレイナーレだが、この光の槍だけは誰よりも自身を持っている特技の一つなのだ。

本来ならば中級悪魔に喰らわせても受けた傷が治り辛くなる筈のこの光の槍を何本も、しかも全身中に受けて生きていられる存在など居る筈がない。

そもそも急所を貫いているんだ、これで生きていられる訳がない。

 

「あ、アハハハハ!!! 下賎なゴミクズが目障りに立ち上がるからそうなるのよ?

さっきは何で助かってたのか知らないけど、頭を私の光の槍で貫かれて生きていられる奴なんて……(バキンッ)……えっ……?」

 

自らの力に酔って独演を続けていたレイナーレだが、不意に耳に響いた音に正気に戻る。

其処で彼女は本来ならば絶対に有り得ない光景を目の当たりにして言葉すら失ってしまう。

何故なら其処には、全身中に光の槍を生やして絶命した筈の一誠が自ら頭に刺さった光の槍を引き抜いて握りつぶしている姿があった。

光の槍は高密度の魔力を形にしたもので実体などない、握った所で魔力が霧散して消滅するだけだ……だがそれをまるで氷細工の如く音を立てて握りつぶすなど上級悪魔でも出来る芸当ではない。

 

ならばこれは一体何だ?

自分の目の前で起きている光景は現実のものなのかとレイナーレは青褪めた表情のまま固まってしまう。

腹や首、両手両足に刺さった光の槍を引き抜くと同じように音を立てて握りつぶす一誠―――穿たれていた孔は直ぐに塞がり、彼は狂気の笑みを浮かべたまま歩き出す。

まるでその光景はホラー映画の怪物かの様に、少しずつ少しずつ、それで居て力強くレイナーレに迫る。

 

「い、いいいいい、嫌ぁぁぁぁぁ!!!?!!? く、来るなっ!!? 来るなぁぁぁぁぁぁ!!!?!?」

 

両手に光の槍を作り出すと勢い良く投擲する。

しかしそれを一誠は何の興味も無さそうに、まるで羽虫を払うかのように薙ぎ払う一誠の姿をした何か。

自らの十八番の特技とも言える光の槍が通用しない事に絶望し、醜く表情を歪めながら真っ青になるレイナーレ。

 

「い、いやっ!? た、助けて……助けてぇぇぇぇ!!!?!?」

 

先程まで元気に嘲笑っていた姿が幻想かの如く、急いで天を舞って逃げようとするレイナーレ。

だが凶悪な笑みを浮かべたまま一誠は一瞬で距離を詰めると彼女の腕を掴んで引き摺り下ろす。

その片手には何処から出したのか長い独特の装飾の施された抜き身の刀が握られている。

 

「や、やめろ!! 止めてぇぇぇ!!?! わ、私は至高の……私は至高の堕天使となる……っ」

 

まだ何かを言おうとしたレイナーレだったが、その言葉が最後まで発せられる事は無かった。

何故ならその言葉が言い終わる前に彼女は袈裟斬りで深々と身体を斬られ、鮮血を撒き散らしながら地に伏したからだ。

更に一誠の姿をした『何か』は斃れた彼女に対して無慈悲に銃撃を撃ち込む―――今度は先程の一誠とは逆にレイナーレが無様に大地の上で痙攣する事となった。

 

『フン、塵芥が……余に対して頭が高いわ、そのまま其処で野垂れ死ね』

 

地に伏した哀れな堕天使を鼻で笑うと、返り血に塗れた一誠は背を向けて歩き出す。

人の死に様に喜びを感じるレイナーレとは違い、もう興味は失せたと言う事だろう―――レイナーレが生きているか、死んでいるかなどどっちでも良いと言う事だ。

いや若しくはどっちであったとしても何時でも殺せるから関係ないと言う事なのかもしれない……どちらにしてもその行為は意識を失いつつあるレイナーレの自尊心をズタズタに引き裂いた。

 

 

■■■■■

 

 

~Side 一誠(?)~

 

何処に向かう事もない、何処に向かっているかも解らない。

 

それでも鮮血に塗れた全身を闇夜に曝しながら俺は只管道を歩み続ける。

 

家に戻るのか? いや、そもそも家などあるのか?

 

俺は誰なんだ―――この体の中に自分ではない何かを感じるのは何故なんだ?

 

解らない、わからない、ワカラナイ、わカらナイ―――

 

この自分自身と言う存在に対して溢れ出続ける違和感は何なんだ?

 

俺は兵藤一誠、スケベでエッチな妄想好きの青春街道爆走中の高校二年生。

 

だけど違う―――

 

それはおれじゃない、それはおれの事じゃない、それはおれの中の誰かだ。

 

 

嗚呼、そうか……やっと解った。

 

おれは誰でもない―――

 

おれは唯、普通に生きる為に命の灯火が消えそうになってた“兵藤一誠”と言う人物を演じていただけだ。

 

おれは唯、笑いを誘う仮面を被って生きている道化師だ―――言われるままに役を演じる人形だ。

 

 

自分の存在を希薄に感じるのも、自分自身に対して違和感を感じるのも当然の事だろう。

 

何故ならおれに“自己”なんてものは無い―――

 

それが契約、それがこの力を得た際に代償としたものなのだから。

 

何も見えない、何も聞こえない、何も感じない。

 

唯、生きているだけの屍がおれだ。

 

 

何の価値も無い、何の意味もない無駄な生。

 

其処に価値を見出す事も無く、唯淡々と人生を生き、時が来たら死に、また同じ事を永遠の輪廻として繰り返すだけの運命。

 

無価値で無常で無意味な人生、それがおれに科せられた代償であり咎。

 

 

だが、そこまでしても唯生きたかった。

 

唯、この世に生を受けたからこそこの世に居続けたかった。

 

死にたくない、消えたくない―――産まれ出でる事も無く終わりたくない。

 

だから誰よりも生きたいと願ったのだ、その身を全て捧げてでも。

 

 

普通に生きている者ならば身近過ぎてあまりにも当然の願い。

 

しかしそれ故に普通ではない自分は誰よりも何よりも強く願う『死にたくない』『生きたい』と言う渇望。

 

単純だが奇を衒う事の無い、何処までも純粋ながら当たり前過ぎて誰もが切実には祈らない願望。

 

それが故に今のおれはある―――

 

それ故に今のおれは生き続けていられる。

 

 

―――嗚呼、駄目だ。

 

先程の事で力を使い過ぎた―――還りたいのに。

 

消える―――おれが、消える―――おれ自身の全てが塗り潰されて行く―――

 

 

いやだ、きえたくない。

 

しにたくない、いきていたい、うまれおちることなくきえるのはいやだ……。

 

いやだ、いやだ、イヤダ、イヤダ、イヤダ―――

 

 

……?あったかい……。

 

おれのなかに、なにかがいる―――

 

なにかがおれを、しのふちからすくいあげている……。

 

だれだ、だれなんだおまえは?

 

わからない、だけどこれなら……還れる。

 

あの場所に……俺の、還るべき、場所に―――

 

~Side out~

 

 

■■■■■

 

 

「あら、これは……へえ、面白いわねあなた?

神器を宿してる人間は多いけど神器自体が核になってる人間を見たのは初めてよ、たまには夜の散歩も悪いものではないわね」

 

倒れている一誠を見つけた一人の女性はそう呟く。

彼女の名はリアス・グレモリー……この駒王町において知らぬ者は少ない有名人である。

三つ巴の陣営の一つ『悪魔』の古き血筋の一族であり、この駒王町の中心に存在する学校・駒王学園を拠点とする統治者だ。

 

だが赤髪の人物リアスは心底疑問を浮かべたような表情を浮かべて倒れている少年を見つめている。

こんな事はこの世に生を受け、多くの教育や多くの経験を積んできて初めての事であった。

 

この世界には悪魔と天使、それと堕天使という三つ巴の存在が日夜争いを続けている。

遥か昔に大軍を率いて大きな戦争を長きに渡って続けていた三勢力は其々が酷く疲弊し、勝者も居ないままに数百年程前に終結したのだ。

天使側も悪魔側も堕天使側も多くがこの戦にて滅び、純粋な血筋の者達は今やかなり少なくなった。

 

そんな現状を危惧した悪魔側は少数精鋭の『悪魔の駒(イヴィルピース)』と呼ばれる制度を作る。

人間の行うボードゲーム『チェス』の特性を下僕悪魔に取り入れる事で小規模組織(ネトゲのクランと同意義)を生み出したと言う事。

主となる悪魔を『王(キング)』とし、そこから『女王(クイーン)』、『騎士(ナイト)』、『戦車(ルーク)』、『僧侶(ビショップ)』、『兵士(ポーン)』と言う五つの特性を作り出した。

つまり純血の悪魔が少なくなり、軍団を持てなくなった代わりに少数の下僕を作り、その者達に強大な力を分け与えられるようにしたと言う事だ。

 

―――その筈なのだが。

何故か倒れている少年に『悪魔の駒』が効果を成さないのだ。

いや……そもそもこの瀕死で倒れている少年に『悪魔の駒』を取り込ませようとしたのだが、全ての駒が取り込まれる事無く弾かれてしまうのである。

 

「おかしいわね、これは一体どういう事……?」

 

人間を『悪魔の駒』で下僕にするには転生者の能力次第で駒を多く消費しなくてはならない場合がある。

戦車の駒を二つ使わなければ転生出来ない場合もあれば、騎士の駒を二つ使わなければ転生出来ない事もある。

更に二つ以上の異なる駒を合わせる事も出来ない為、駒の使い方は自ずと慎重になるのだ。

 

リアスは倒れていた少年に力の大きさを感じ、兵士の駒を八つ全て使用した。

しかしその八つを宿させようとしても彼の身体に触れた途端、駒に篭った魔力が霧散してしまうのだから疑問に思うのは当然の事。

本来ならば『悪魔の駒』は強制力が強く、殆どの存在(それこそ神話の魔獣など)を眷属に変える事が出来る力を持つ筈であるのに……こんな事は異例中の異例と言う奴だろう。

どうしようかと頬に手を当てて考えるような仕草を取った丁度その時の事だった、リアスの耳に声が響いたのは。

 

『……小娘、誰だか知らんが無駄な事は止めよ。

“貴様ら程度”の矮小な存在が余らを飼い慣らすなど出来る訳がなかろう、身の程を知れ』

 

声のした方向をリアスが見ると其処には先程まで倒れていた少年が立っていた。

無礼な物言いにカチンと来たリアス、目の前の人物に言葉を返そうとした瞬間―――その姿を見て言葉を失う。

いや違う……目の前の人物を垣間見た瞬間、全身中を激しい悪寒の様なモノが襲ったのだ。

 

彼女の目に入った少年の姿、それは唯の人間に過ぎない。

だが、その髪はまるで色彩が抜け落ちてしまったかの様に真っ白になっている。

そしてリアスがそれ以上に恐怖を感じたのは一誠の眼―――その眼は明らかに“人間”のものとは違う。

まるで相手を虫ケラ程度にしか見ていないような眼差し、いや若しくは路傍の石程度か?

 

目とはその人物の心を映すと言われる。

特に悪魔は他人の心の動きに機敏だと言われる存在故に欲望の強い人間を見極める事が可能なのだ。

 

リアスは特に若い悪魔の中でも実力が高い人物である。

彼女からすれば相手の目を見ればどの様な欲望を懐いているかをある程度は理解出来るし、どの様な人物かをある程度は理解出来た……その筈だった。

 

しかし目の前の人物の目を見た瞬間、彼女は恐怖で震えが止まらなくなる。

一誠から感じる感情は一切無い―――唯々感じるのは奥底から湧き上がる恐怖と絶望感のみ。

彼女が生きて来た人生の中で、これ程の絶望的な感情を味わった事など一度も無かった。

 

「あ、貴方……一体何者なの!?」

 

滅亡の力を有す公爵家の令嬢。

“紅髪の滅殺姫(べにがみのルイン・プリンセス)”などと呼ばれる若き才媛。

そんな彼女がまるで恐怖を打ち払うかの様にあえて強がって魔力を込めて言い放つが、それに対して一誠は全く表情を変えないまま言葉を返す。

 

『塵芥程度の蛆虫風情に名乗る名は無い、消えよ目障りだ―――それとも此処で死ぬか、者よ?』

 

瞬間、リアスはまるで跪くかの如く倒れ込む。

彼女の周りだけ重力が強くなったかの如く、全身が押し潰されるかの圧力を感じる。

魔力も何も一切合切感じないこの状況にリアスは理解する、いや理解してしまったのだ。

 

この重圧に種も仕掛けも無い。

唯、目の前の人物の凶悪といっても過言ではない覇気によって全身中が萎縮して潰されているような感覚に陥っているだけなのだ。

 

格が違う、器が違う、認めたくなくても頭が理解してしまった。

殺される―――幾つも逃げる為の方法を脳内でシュミレートするが、自分が殺される姿しか想像出来ない。

 

「(……う、嘘よ……わ、私は……嫌、死にたくない……ッ!!!)」

 

恐怖で強張り、瞳にはあまりの絶望感から涙が浮かぶ。

死にたくない、自分はまだ何も成していない、女としての矜持を満たす前に死ぬなんて嫌だ。

だが目の前の『人の形をした異形』は彼女の願いなど微塵も興味を持たず、無慈悲に禍々しい散弾銃を構えて引き金に掛けた指に力を籠める。

 

撃ち出されれば死は免れないだろう、リアスの命は今此処で尽きるかと思われた。

しかし彼女の生きたいという思いが実ったのか、それといも彼女はまだ此処で死ぬべきではなかったのか―――不意に狂眼の人物・一誠の様子が変わる。

 

『あっ、がぁぁぁ!? あぁぁぁぁ!? お、のれぇぇぇ……余に、余らに何をしたぁぁぁぁぁ!!?!?』

 

頭を抱えてのた打ち回る一誠。

しきりに苦しんだ後、額に表れた眼が閉じると共にそのまま大地へと倒れ込む。

一体何があったのか理解出来ないが、どうやらこの瞬間こそが唯一の脱出する為のチャンスなのは明白だ。

一瞬の隙を突き、リアスは持てる力全てを振り絞って魔方陣を形成するとこの場を脱出したのであった。

 

 

―――それから暫くの時が流れる。

倒れていた一誠はゆっくりと身体を動かしながら立ち上がると、辺りや自分の身体を見渡した。

あれ程に全身に刻み込まれていた傷が一切無い……どう考えても致死的な傷を負っていたにも関わらずだ。

 

軽く頭を振りながら彼は歩き出す。

恐らく己の暮らしているボロアパートにでも帰るのだろう、疲れた様に足を引き釣りながら去っていった。

 

……月光と街路灯が照らす一誠の影。

それはどう見ても人の姿をしていない不気味な影であったと言う。

 



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第一話:紫色の翼の死神

因みに変化の元ネタはグラスホッパー(ゲームメーカー)の作品『Killer7』より
『多層人格』と呼ばれる、人格はおろか外見や能力まで変化させて完全な別人に変化できる殺し屋を主人公とした作品
……誰だ、全てを壊して全てを繋ぐ最強のカ○ンライダーとか言う奴


~Side ????~

 

ココ、ハ……ドコ、ダ。

 

ミエ、ナイ……ナニ、モ……ミ、エナ、イ……。

 

キコ、エ、ナイ……ワカ、ラナ、イ……オレ、ハ、ダレ、ナンダ……。

 

オシ、エテ、ク、レ……ダレ、カ、オシ、エテク、レ……。

 

 

『―――ヤレヤレ、仕方ねぇ野郎だな』

 

 

……ダ、レダ……オ、マエ、ハ……。

 

シラ、ナイ……オレ、ヲ、シッテ、イル……ノカ……。

 

 

『―――あぁ良く知ってるぜ、お前とは何度も殺し合いを繰り広げた仲だしな』

 

 

ム、カシ、カラ……シッ、テイ、ル……?

 

シラナ、イ……オシ、エテ、ク、レ、ヨ……オマ、エ、ハ……ダレ、ダ……?

 

 

『……今のお前が幸せなのか、それともかつてのお前を思い出すのが幸せなのか。

どちらにしても今のお前は昔とは違って歪んだ存在として目覚めちまった……渇望(ちから)はそのままに、な。

今からのお前の進む道は茨の道、消えてたままの方がお前としては幸福だったのかも知れねぇ。

だけど心配すんな……今のお前にゃ俺達が居る、壊れて創り直されたお前を俺達が支えてやるよ』

 

 

オレ、タチ……?

 

コワ、レテ……ツクリ……ナオ、サ、レタ?

 

ワ、カラ……ナイ……。

 

ダ、ケド、ナゼ、カ……ト、テモ、ナツ、カシイ……。

 

オレ、ハ、ヒトリ、ジャ、ナイノ、カ……。

 

ソウカ、オレ、ハ、ヒトリ、ボッチジャ、ナカッタ……。

 

ナラ、オモイ、ダス……。

 

オモ、イダシテ、ミ、セル……オマ、エ、ノ……ナ、マエヲ……。

 

 

ダ、ケド……ナゼ、ダ?

 

ヒトリ、デハ、ナイ……コンナニ、ウレシイコト、ハ、ナイハズ……ナノ、ニ……。

 

コノ、オクソコニ、ネバツクヨウニ……カンジル、フカイナ、カン、カクハ……ナンダ?

 

~Side out~

 

 

■■■■■

 

 

目を覚ました時、映った光景は勝手知ったる自らの部屋だった。

独り暮らしをしている個人部屋の一室にて起きた一誠は周囲を見渡しながら溜め息を吐く。

昔からそうだ何故か真夜中に目を覚ましてしまい、其処からは一睡も出来ないまま朝を迎える日が度々あった。

そんな時はかつてならばエッチなDVDやら本やらを読んで興奮しながら“コト”を済まして居れば時間を潰せたが、今はそんなものに興味すら失せていた。

 

「―――仕方ない、続きでも読むか」

 

そう呟いて取り出したのは文庫本。

18歳以下お断りのものかと思えば違う、それは所謂“歴史書”とでも表現すれば良い昔の時代の偉人伝だ。

簡単に言えば日本の歴史の本である―――少し前に本屋に行った際に目を惹かれて買ったのだが、これを読んでいる所を悪友二人に見られた際は『熱があるのか』と心配された。

 

確かに考えてみれば今までこのようなものを読んだ事はない。

だがこれがまた意外と読み始めると実に面白いのだ―――昨今、歴女なる女性が多くなっている理由も納得出来る。

お陰で今までは赤点ぎりぎりだった事の多いテストの中で唯一“歴史”のみは満点を取る事が実に多くなった。

(女性達の場合は別の理由で歴史好きになっている感も否めないのだが)

 

今まで成人指定の本を買っていた金額を最近では時代小説などにつぎ込むのが普通になった。

特に歴史の中で最も好んだのは室町時代終期から安土桃山時代、俗に言う群雄割拠の戦国時代の武将達の歴史である。

いつもは無気力で無感情な自分が、己達の命と誇りを賭けて戦っていた者達の事を知る度に心のどこかで何かを感じていたのだ。

結果、自らの部屋にあった大量の成人指定DVDやら成人向け雑誌やらは一切合財排除され、その代わりに戦国時代の歴史書や小説などが占めるようになっていた。

それを見に来た悪友二人は涙を流しながら『良い病院を知っているから行こう』としきりに言っていたが、そんな事はどうでも良いだろう。

 

ある程度小説を読み終わった後―――

時計で時間を確認すると、まだ時間は午前2時を少し回った程度だ。

結構な時間が経っていたと思っていたが、どうやら既に読んだ事のある本ばかりだった故に内容が頭に入っていたのだろう。

苦もなく難しい歴史書を読み進めてしまい、読む物が無くなってしまった。

 

この時間では開いているのは24時間営業のコンビニ位。

少しだけ足を伸ばせば24時間営業の大手の買い取り専門店があるが、そこまで行くには流石に距離があり過ぎる。

更にこのような深夜に学生が一人でそのような場所に居れば確実に補導対象となってしまうだろう。

かといって目が冴えてしまい、布団に入っても一睡も出来そうにも無い。

 

「……コンビニにでも行くか」

 

呟くと服を着替え、一誠は漆黒の闇が支配する家の外へと出た。

彼にとって見ればコンビニで立ち読みした後に夜の街を散歩でもしようと軽い気持ちだったに過ぎない。

しかしこの行動がこれからの彼の人生を大きく変えて行く事に今は全く気付いては居なかった。

 

 

コンビニで歴史漫画『伊達政宗』を全巻読み終わった後、一誠は気ままに夜の散歩を続ける。

足の向くまま、気の向くまま、何の目的がある訳でもなくフラフラと歩き続けた後に彼は町外れの公園へと辿り着いていた。

 

「……此処は……」

 

其処の公園に来た事は一度も無い筈だ。

しかし何故か鮮明にその場所へ到る道が脳裏に刻まれており、一誠はしきりに首を傾げる。

確か少し前に見た悪夢の中でこの場所に来た事があるのだが、あれは所詮は夢に過ぎないだろう。

そう、夢に違いない……そもそも夢でなければ告白してきた少女に全身中を串刺しにされたのに生きていて、その人物を切り捨てたなどと言う事がある訳がないのだ。

バトル漫画かアニメかゲームのやり過ぎだろう、まさか高校二年にもなってそんな幼稚な夢を見るとは思わなかったが。

―――そういえばあの夢の最後に誰かに会ったような気がするのだが?

 

「……まあ良い。

取り敢えずこれで時間潰しは出来ただろ、帰って風呂にでも入るか」

 

誰に聞かせるでもなく呟くと、一誠は自分の部屋へと帰る道を歩み始めた。

漆黒の闇に包まれる道は普通ならば暗い街灯のみしかない為におっかなびっくり歩くものだが、一誠はスイスイと歩いて行く。

昔から梟の様に夜目は利く、それこそ暗い街灯の光が鮮明に見える程に。

 

あと少しで自分の部屋に帰れると思った丁度その時―――

不意に暗闇の先から、まるで全身を射抜かれるかのような感覚を感じる。

良く見てみれば視線の先には黒いスーツを来た男が立っており、殺意を孕んだ目でこちらを睨んでいたのだ。

 

だが一誠にとってはそんな事はどうでも良い。

と言うか、何故か冷たい程の殺気の視線を向けられている筈なのに恐怖する事などない。

それどころか距離を縮めていく度にまるで頭に冷水をかけられたかの様にどんどん落ち着いていくのである。

 

―――この感覚は一体なんだ?

そんな風に疑問を感じ始めた時、不意に一誠に殺意の視線を向けていた男が口を開く。

 

「……貴様、一体何者だ?

こんな都市部から離れた場所で貴様のような存在に会うとは思わなかったが―――所詮田舎町を縄張りにしている輩など階級の低い者か物好きかのどちらかだろう。

感じる気配も下級のそれに過ぎん……なのに何故、貴様は逃げる素振りも見せん?」

 

立ち止まった一誠の目の前でスーツの男の背から一対の黒い翼が生える。

普通ならばファンタジー街道まっしぐらの状況下、奇異なものを見れば逃げ出すのが当然だろう。

だが一誠はそんな男の姿を黙って見つめているだけだ……そんな姿を更に疑問に思ったのだろう、男は言葉を続ける。

 

「……不気味な小僧だ。

だが周囲に主の気配も仲間の気配も無い、消える素振りも見せない、魔法陣も展開しない。

と言う事は状況から考えるに貴様は『はぐれ』か、しかも己で気付いていない方の愚か者ならば反応も納得がいく」

 

なにやらブツブツと呟きながら自分で納得している翼を生やした男。

最初は反応に疑問を持っていたようだが、自分自身で自己解釈出来た事で取り敢えずは良かったのだろう。

更に殺意を強くしながら手の平を一誠の方に向け、物騒な事を口走った。

 

「まあ良い、貴様が『はぐれ』ならば殺しても問題はあるまい。

こんな所で邪魔をされても面倒だ、取り敢えずその人形のような面を見ているのも気分が悪い……だから死ね」

 

手の平が光り、其処には槍のような物が形成される。

それを男は軽く投擲すると、鈍い音と何かが焦げる様な音と共に深々と一誠の腹を貫いていた。

 

「ゴホッ……!?」

 

口内に満たされる鉄の様な味。

焼ける様に熱い腹、抜けていく全身の力。

あの時と同じだ……あの悪夢と同じく、自分は……死ぬのか?

 

嫌だ、死にたくない。

自分が何なのか、何故殺されなければならないのかも解らない内に死んでたまるか。

必死に腹に刺さった槍を抜こうと握って力を入れる―――手の平の肉が嫌な音を立てて焼け爛れるが、そんな事は気にして居られない。

唯、一誠の脳裏にあるのは『生きたい』と言う強い本能だけだ。

 

「意外と頑丈だな貴様、簡単に死ぬかと思ったが。

ふむ、少しばかり手加減をし過ぎたか……ならばもう一撃放とう、先程より光の力を込めれば流石に終わりだろうからな」

 

再び手に光の槍を形成し、投擲する姿勢を取る男。

 

これが当たれば死ぬ―――

いや死にたくない、死んでたまるか……自分にはまだ、やる事があるんだ。

嫌だ、自分が何なのかも解らないままに死ぬなど認めてなるものか……俺は、俺達は、僕達は、私達は、生きるんだ―――

 

何処までも強い生への渇望と執着とが頂点に達したその時、不意に腹や手の平を焼き焦がす光の槍を超える程の熱さを身体から感じる一誠。

意識の線は切れ、次に脳裏に刻み込まれたのは……強烈なまでの殺意と、自らの内を染め尽くす憎悪の念だった。

 

 

■■■■■

 

 

ヒュン、という風切り音が翼を生やした男の耳に響く。

その瞬間、男の光の槍が一瞬にして消失する―――それを形成していた腕と共に。

 

「なっ!? ぐっ、があああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

遅れて来た激痛に表情を歪める男。

見てみれば視線の先にまるでボロ雑巾のようになった自らの腕が落ちているのが解った。

一体誰が自分の腕を……男は流れ落ちる血を押さえながら視線を辺りに動かす。

 

誰もいない、何も腕を失う原因など見当たらない。

男がそう思い、視線を下に向けたその時……自らの眼前に鋭く光る何かが迫っているのが見えたのだ。

慌てて首を強引に捻った事で直撃は避けたが、胸から頬にかけて一本の斬痕が深々と刻まれる。

 

「があっ!? だ、誰だ!? す、姿を見せろ!?」

 

言葉も虚しく、男に刻み込まれる獣の牙に晒されたかのような傷痕。

全身中から浅くはない傷が原因で多量の出血を流しながら、必死に男は自分を傷つけた原因を探る。

そしてその原因を理解した時、男の表情は更に驚愕の表情で歪む事となった。

 

目の前に誰かが立っている。

その手にはどうやら鈍く光る何かが握られているようだ……恐らく、それが原因で傷だらけにされたのだろう。

だが男が驚愕したのは何もたかが刃物一本で腕を切り落とされ、全身中を切り裂かれた事ではない。

彼が驚愕した理由はそれを為した人物を知ってしまったが故だ。

 

「なっ……こ、小僧、貴様ァァァァ!? 『はぐれ』の分際で、よくもこの俺をォォォォ!!」

 

目の前に居たのは、先程まで腹に槍を突き立てられて虫の息だった一誠だ。

その手に変わった装飾を施された鞘に収まった刃を持ち、無感情な表情で男を見下ろしている。

腹は抉れ、傷口には焼け焦げた孔が空いていたがそれもみるみる内に塞がっていき、最後には傷痕すら消えていた。

 

しかしそれだけでは終わらない。

いきなり一誠は全身が鮮血に染まったかの如く真っ赤になると、液体の様に飛び散り、再度液体が集まり人の形を成す。

血の様に赤い液体が振り払われると其処には一誠ではない完全な別人が立っていたのだ。

白き髪の、刃の如く鋭い目付きをした、まるで死神とも見紛う青年が。

 

「な……何だ、それは……な、何なんだ、何なんだ貴様はァァァァぁ!!??!?」

 

有り得ない、聞いた事もない。

天使でも、悪魔でも、堕天使でも、人間を装った姿に変装する事は出来る。

だが術式も無しに他人に変身するなどと言うのは上級の者でも難しい技術だ、それを更に術式も無しに行使出来る者など殆ど居まい。

 

更に変身したとしても身体能力は同じままである。

だからこそ変身などと言うのは上位の神獣や魔獣などが正体を隠す為位にしか使えない。

それを先程まで死に掛かっていた人物が使って、全く別の気配を持つ者に代わるなど、信じられなかった。

 

一方、姿を完全に変えた一誠は男を見下ろし続けている。

片手に紫の鞘に収まった刃を持ち、もう片手で柄に手を添える……これは一撃にて相手に致命傷を与える『居合いの構え』だ。

先程男の腕を切り落としたのも、全身中を切り裂いたのもこれによってだったと言う事だろう。

 

だが不意に倒れ伏した男を一瞥すると柄から手を離す。

相手に興味が無くなったのだ、地に伏している雑魚に対しては路傍の石程度にしか感じないのかもしれない。

そんな姿は男にとっては屈辱的だったのだろう、ギリギリと歯の音を立てながら睨む。

 

「おのれ、はぐれの分際で私を見下すかァァァァ!!

我は堕天使ドーナシーク、貴様如きはぐれの下等悪魔に見下される覚えなど無いわァァァァ!!

死ね、死ね死ね死ね死ね死ねェェェェェェェ!!」

 

言葉と共に地を蹴り、襲い掛かるドーナシークと名乗った男。

最初に現れた時とは想像がつかない程に狼狽し、怒気を込めながら完全に背を向けた一誠らしき人物に迫る。

そのスピードは今までの中で最も早く、背を向けている一誠は何も出来ぬままに貫かれるかと思った。

 

―――だが、その時。

 

『……死ね、去ね、失せろ、消えろ、貴様如き羽虫に興味など無い』

 

一瞬、背を向けていた一誠の姿が消える。

しかし瞬く間にドーナシークの眼前に現れると、ゆっくりと鞘に刃を納めたのだ。

まるで時が止まったかの如く止まるドーナシーク……数コンマの時が流れたその時、彼は胸から大量の血を吹き出しながら仰向けに倒れる。

 

「ぐえっ……!!? き、貴様、この虫けらがぁぁ!!

―――ッ!!? よ、止せ、止めろ……わ、わかった、俺の負けだ!!

やめろ、やめてくれぇぇぇぇ!!!!? ぎ、あああぁぁぁぁ―――……!!?」

 

更に其処からさも当然の如く、切り裂かれ悶え苦しむドーナシークの胸を乱暴に踏み付け―――退屈そうに命乞いする彼の首を躊躇なく切り落とした。

 

例え人外と言えど首と胴体を切り離されて生きて要られる者など居まい。

恐怖と絶望、苦悶と驚愕―――幾つもの感情を織り交ぜた表情のまま息絶えた堕天使はそのまま灰と化して消える。

 

今度は完全に沈黙した事を確認した一誠。

再び背を向けまた血液のような液体状になると、一誠は元の姿に戻ると歩き出した。

これ以上こんな場所に居ても意味などない―――そう語るかの如く、ドーナシークを斬り捨てた場所を一瞥すらせずに。

 

……そんな彼の後姿を見つめていた影があった。

 

「驚いた―――まさか堕天使を簡単に撃退……いえ殺害するなんて。

誰だか解らないけれどやはり野放しにしておくのは危険過ぎるわね……」

 

一誠を見つめていたのは赤髪の女性、リアス・グレモリーだ。

何かを考えるように顎に手を添えるリアス、彼女の目の前で起こった光景は極めて信じ難いものだった。

急所を『光の槍』で貫かれて致命傷を受けていたに関わらず、まるで何も無かったかの如き動きで堕天使を惨殺したのだから。

術式を行使する事無く、魔力を感知させる事も無く、完全に別人へと成り代わったあの奇抜過ぎる能力。

更に受けた筈の致命傷は急速再生していた―――もしやアレが彼の神器の力なのだろうか?

 

だが、そんな神器の話など聞いた事は一度すらない。

それにあの唯の人間が持つには剣呑過ぎる程の強烈な殺意と覇気―――神器の力だなどと決め付けてしまっては説明が付かない。

まさか『神滅具』の所持者だとでも言うのだろうか? そんな疑問が脳裏に浮かんでは消える。

 

しかし二つだけ解る事がある。

先程の人物が誰なのかは不明だが、明らかに野放しにしておくには危険過ぎる存在であると言う事。

そしてもう一つは―――もし彼を味方として引き込む事が出来れば、まさに切り札(ジョーカー)となる事は明白だと言う事だ。

 

「……明日、朱乃や祐斗達と相談すべきかしらね。

誰だか知らないけれど、恐らく外見からしたら高校生位だろうし……もしかして駒王学園の生徒(※)かもしれないし……」

 

小さく呟きながら闇へと溶けるように消えていくリアス。

彼女は気付いていなかった、いやそもそも考え事をしていた時点で気付く筈も無いだろう。

―――月が隠れた闇夜の奥、興味も無く去って行ったと思われた一誠がリアスの姿を見ていた事などと。

 




※)リアスは駒王学園の事は把握しているが一生徒全てまでは把握していない
まあ『スケベで変態な一誠』⇒『感情の欠落した人形のような一誠』に変化した事で印象が余りにも変わったので余程親しい人物でなければ別人の如く感じるだろう


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第二話:命を喰らう狂戦士

堕天使レイナーレによる惨劇と一誠自身の謎の覚醒から数日の時が過ぎた。

相も変わらず暇そうにポケットに手を入れながらチンピラの様に歩いている一誠。

退屈そうに欠伸を一つ掻くと、頭をポリポリと齧りながら学校をサボってのんびりと家路へと向かっていた。

 

本来、一誠はこんなに早くボロアパートに帰る事はしない。

彼にとっては今から、つまり学校が終わった後からこそが稼ぎ時である。

工事現場の手伝い、庭の手入れ、犬猫の散歩、レジ打ちなど、ありとあらゆるバイトこそが彼の生きて行く為の術だ。

 

元々、彼には親兄弟は居ない。

そこらの金持ちのお嬢様や親の脛齧り連中とは違い、唯黙っていれば物が出て来るような生活が出来る訳ではないのだ。

 

生活を維持していくには金が要る、食って行くにも金が要る。

唯只管に生きるというのは簡単なようで難しい、何をするにも金が要る今のご時勢は案外世知辛いのだ。

なら学校など行かずに働いた方が良いような気もするが、亡き両親(義理)から『最低、高校は卒業しておいた方が良い』と教えられていた。

人形のような人物に見えて意外と受けた教えは大事にするようである……と言うよりも、受けた『恩義』を大事にしているのかもしれないのだが。

 

―――義理の両親は不慮の事故で死亡するまで血が繋がっていないにも拘らず、本当の子のように接してくれていた。

その恩義に報いる為にも、亡き両親の教えは守らねばなるまい……馬鹿でスケベであった頃の一誠もそれだけは深く心に刻んでいたのだ。

 

また、有難い事に一誠には学園において良き理解者と友人(悪友?)にも恵まれていた。

馬鹿でスケベだが一本気な一誠の気質を見抜いた駒王学園生徒会長と、喧嘩っ早いが面倒見の良い同学年の生徒会役員。

彼女らが『人間ではない』と理解出来たのは化け物の如き力を覚醒した後の事だが―――

 

因みに今日は生徒会長から『暫くは放課後は外出を控えて欲しい』と言われたのだ。

話によると何やら最近、この駒王学園の付近で謎の通り魔事件とやらが多発しており、夜外に出るのは大変危険が伴うらしい。

警察が原因究明と犯人逮捕に全力を注いでいるので、暫くの間だけは不自由をさせるが勘弁して欲しいとの事である。

尚これ、本来は放課後の全校集会で語られたものなのだが、一誠がそんなしち面倒臭いものに出る訳があるまい。

態々サボって帰ろうとしていた一誠を一々探して伝えに来るのだから、生徒会長は実に面倒見が良いのだろう。

もしくはそれ以外に早く帰らせたい理由があるのかもしれないが。

 

 

■■■■■

 

 

「……さて、取り敢えず何処のバイトに顔を出すか……『はわうっ!?』……あん?」

 

生徒会長の言葉を無視し、掛け持ちしているバイトのどれに顔を出そうかと悩み始めたその時。

不意に誰かが一誠の背中にぶつかり、彼は表情を変えないままその原因を見る……其処にはシスターらしい格好をしている人物が顔面から路面に倒れこんでいる姿があった。

 

「……おい、大丈夫か?」

 

倒れ込んでいる人物に手を差し伸べる一誠。

感情は希薄と言っても別に倒れている者に手を差し伸べない程に不義理ではない。

それにどうやらこの人物は自分にぶつかって倒れたようなのだから。

 

「は、はぃぃぃ……も、申し訳ございません…・・・あ、ありがとうございますぅぅぅぅ―――……」

「……いや、別に礼を言われる覚えは無い……アンタがコケた原因は俺だからな」

 

差し伸べられた手を握り返してくるシスターらしき人物。

苦もなく片手で引っ張り挙げて立たせると、一誠は倒れた際に付いたらしい埃を払ってやる。

その矢先―――まるで狙っていたかのように一陣の風が吹き、シスターの被るヴェールを飛ばす。

 

「あ、ヴェールが……」

 

慌てて取ろうと手を伸ばすシスター。

しかしその前に一誠が手を伸ばして掴み取る、反射神経も昔に比べれば段違いな程に優れていた。

掴んだヴェールをぶっきら棒に可愛らしい風貌の金髪のシスターに差し出す一誠、かつての己ならば少女の可愛らしい笑顔に心惹かれていただろう。

 

だがそれよりも、一誠は彼女から小さいながらも感じる不思議な気配の方が気になっていた。

シスター特有の神聖的な気配に不快感を感じている訳ではない、寧ろ微かに感じた気配は『神聖』ではなく別のものに感じたのだ。

それが何なのかは理解出来ないが、彼女の存在そのものが何故か“歪(イビツ)”に感じたのは気の所為ではない筈だが。

 

「あ、ありがとうございますぅぅ! すみません、何から何まで……あ、あの、この町の方ですか?」

「あぁ? まあそうだな、それがどうかしたか?」

「良かった……実はこの町に着てから困っていたんです、私って日本語が上手く喋れないので―――……」

 

そこでシスターの少女は事情を説明し始める。

彼女の話によれば彼女はこの町の教会に赴任する事になったらしいが何も知らない異国の地故に場所が解らず困っていたそうだ。

人に聞こうにも言葉が通じない、また生来ドジな性格故に地図も無くしてしまってほとほと困っていたらしい。

そんな時に言葉が通じる人物に会えたのは渡りに船だったと言う事だろう。

 

「教会、ねぇ―――そう言えば町外れにボロい教会があったな、多分其処だ」

 

一誠は近くに停めてあった単車(HONDA SC53“Valkyrie Rune”の側車付)に跨ると顎でしゃくってから言う。

 

「乗れ、此処からだと少し距離がある」

「えっ!? で、でも……そんな……あ、あの―――……」

「良いからとっとと乗れ、人の好意ってのは素直に受けるもんだ」

 

最初は躊躇していたシスターだったが、意を決して差し出されたヘルメットを被ると側車(サイドカー)に乗る。

危険が無い事を確りと確認した一誠は一度アクセルを吹かすと、美少女シスターと共に一路町外れの教会へと向かうのだった。

 

 

十数分後、二人は古びた教会の前に到着する。

この辺は周囲に建物が少なく、教会自体もボロボロな姿をしている為か不気味に感じるが、本当に此処だろうか?

だがこの町に此処以外に教会は無い筈だし、何よりこの場所から感じる胸糞悪い感覚が気に入らない為かさっさと帰りたかった。

おまけにバイトの時間まで後僅かだ―――何時までも油を売っている暇も無い。

 

「この町には教会は此処しかねえから此処で合ってる筈だ」

「あっ、そうです、此処です!! 良かったぁ、地図をなくしてこのまま一生着けないのかと思いましたよぉぉぉ」

 

安堵したような表情となったシスターを見つめた後、一誠は何も言わずに背を向けた。

案内が終わった故に此処に留まる理由など無い、面倒事に巻き込まれるのも御免だ、再びアクセルを吹かすと一誠はバ単車に跨る。

 

「あっ、待ってください! 私を此処まで連れてきて貰ったお礼を教会で―――……」

「さっきも言ったが礼を言われる覚えは無い、それに急いでいる」

「……で、でも……それでは―――……」

 

シスターの少女は困ったような表情で一誠を見ている。

困っていた所を教会まで連れて来て貰ったお礼に茶でも出そうと思っていたのだろう。

しかし『急いでいる』などと言われた挙句、礼は要らないなどと言われてしまえば困るのは当然の事だ。

義を重んじる、人形の如く感情表現が少ないながらもそれが当然だと思っている一誠にとってはこれが普通なのだが。

 

「兵藤一誠、俺の名だ……この町に居れば何処かで再び会うかも知れんからな、名前を知らないと不便だろう」

「えっ……あっ、はい! 私はアーシア、アーシア・アルジェントと言います! アーシアと呼んで下さい!」

 

アーシアと名乗ったシスターは笑顔で仏頂面の一誠に応じる、そして教会まで案内してくれた礼とばかりに深々と頭を下げた。

その姿を少しだけ見つめていた一誠は彼女が頭を上げたのを見計らい呟く。

 

「シスターなら俺のような危なそうな人物には二度と会わない方が良いと思うが、息災でな」

「そ、そんな事ありません!! 必ず、必ずまたお会いしましょう……えっ、えっと、イ、イッセーさん」

 

言葉を聞き終わった後、背を向けたまま小さく手を振って走り出す。

チラッとミラーに視線を向ければ、其処には見えなくなるまで見守っているアーシアがいる。

少しの間だけ見つめていたが、一誠は前を向くとアクセルを開いて走り去っていったのであった。

 

 

■■■■■

 

 

その日の夜、人々が眠りについた頃。

バイトを終わらせた一誠は人気のない森林の奥深くでのんびりと歩みを進めていた。

彼の目的は二つ――― 一つは力の覚醒の際に脳裏に刻み込まれた『己自身の持つ力』を確かめると言う目的の為。

そしてもう一つの目的は……満たしても満たしても決して満たされる事の無い、己の奥底に存在する本能を満たす為だ。

 

「本当に此処か? 気配が感じられねぇが……」

 

何故に生徒会長が『外出を控えるように』などと言ったのか。

多少の興味を持った一誠は秘密裏に生徒会長を追い、今の駒王町で『原因不明の神隠し』が多発している事を知る。

その裏に“野良犬”なる存在が関係しており、それが『神隠し』を引き起こさせている事まで突き止めたのだ。

まあ……『神隠し』と言うよりは『野良犬に喰われた』と言った方があながち間違ってないだろうが。

 

 

ちなみに此処でそもそも『野良犬』とは一体何の事なのか補足しておこう。

野良犬とは簡単に言えば『何らかの理由で主を無くした転生悪魔』―――つまり“はぐれ悪魔”と言う存在の事である。

 

昨今、爵位持ちの悪魔に下僕としてもらった者が主を裏切るもしくは主を殺して主無しとなる事件が極稀だが起こっている。

人間の時代とは違い、転生悪魔となった存在の力は強大にして凶悪だ―――その力を自分の為に使おうと主の元を去り、各地で好き勝手に暴れまわる。

それが所謂“はぐれ悪魔”と言う存在だ。

 

主を持たぬ悪魔=野良犬。

制約を逃れた悪魔は実に危険な存在だ、それこそ野良犬とは実害を出すのだから。

野良犬は見つけ次第、飼い主もしくは他の悪魔が消滅させる事となっているのが悪魔の間のルールだ。

だが悪魔には縄張り意識のようなものが過度に強い者が実に多いのが現状である、そんな彼らに代わり町を統治する悪魔とその眷属達が依頼を受けて始末するのが慣わしなのだが。

 

 

さて、再び話を本筋に戻そう。

周囲を面倒そうに見回していた一誠、そんな彼が不意に強烈な殺気に気付く。

何かがこの場所に近付いてくる、しかも不快なまでの血の臭いを充満させて―――どうやら目標が現れたのだ。

 

野良犬の名ははぐれ悪魔・バイサー。

人気の無い森に人間を誘き寄せては喰らっていた存在である。

 

『クヒヒヒヒ、美味そうな人間の臭いがするぞ……甘いかな、それとも苦いかな?』

 

周囲の森林を震わせるような低い声音を出しながら現れたのは明らかに人間の形をしていない。

女性の上半身と巨大な獣の下半身、心臓の弱い者なら真っ先に心臓が止まりそうな気色悪い異形の存在が其処には居た。

全長5m強、両手に槍らしき得物を持ち、下半身には凶悪なまでの鋭い爪、更に尻尾は独立した蛇。

幼子がふざけて書いた怪物が恐らくこんな感じだろう。

 

だが見る者に畏怖と不快感を与えるであろうその姿を見て一誠は退屈そうに呟く。

 

「……何だ、デカい図体だけ独活の大木か」

 

彼は臆す事無く、唯退屈そうに溜息を吐く。

それを聞いていたバイサー、本来なら捕食される立場である筈の人間の余裕綽々の態度が気に入らなかったのだ。

巨躯の異形の魔獣は怒気を放ちながら吼える。

 

『な、何だとこの家畜風情がぁぁぁぁ!!?

貴様らの腸を此処にぶちまけて、貴様らの鮮血でその身を真っ赤に染め上げてから喰らってやるわぁぁぁぁ!!』

 

バイサーは両腕に携えた槍を振り上げ襲い掛かる。

しかしその刹那―――バイサーの両腕は持っていた槍ごと微塵に切り裂かれたのだ。

 

『なっ!? ギャ嗚呼ああああぁぁぁぁぁ!!!?!?』

 

突然の両腕の消失に一瞬何が起こったのか解らなかったのだ。

まるで見えない獣に喰われたかの如く、不気味に抉り取られた両腕の傷口からは血すら噴出さない。

ふと目を向ければ、何処から出したのか一誠の手には不気味な鈍い光を放つ剣が握られていた。

 

闇色に近く、暗き深淵の如き黒色に染め上げられた不気味な剣……見方によっては長い柄が黒い槍のように姿を見せた。

刀身には何処の言語かも解読不能な象形文字のようなものが血のように赤く刻まれ不気味さを助長させている。

そしてそれ以上に目を見張るのは、その槍のように見える黒い剣から捕食獣を思わせるような顎(あぎと)が生えている事だ。

咀嚼するかの如く蠢くその顎は赤黒き液体に塗れ、まるで歓喜するかのように脈動していた―――

 

「チッ、何だよ……もう殆ど終わりじゃねえか、喰い足りねぇよ」

 

言いながら一誠は無造作にバイサーの上半身に向かって刃を叩き込む。。

瞬間、まるでバイサーの胸に砲撃でも叩き込まれたかのように孔が穿たれて肉が弾け飛ぶ。

更に空中に飛んで変わった構えを取ると、黒い刀身から生え出た顎の如き存在は大きく口を開き、痛みに悶えるバイサーに喰らい付く。

 

『ぐぎゃ、がぎゃぁぁぁ!!?!? ごげっ、ぐぎぃぃぃぃぃ!!??!?』

 

バイサーの上半身が無残な裂傷と喰い千切られた痕で埋め尽くされていく。

堪らずバイサーはズタボロになった上半身から地に倒れ込む―――そんな瀕死のバイサーを無慈悲に見つめる、胸を踏み付けると一誠は口を開く。

 

「人間を喰らってきた貴様が今度は成す術も無く喰われる……その気分はどうだ?」

 

冷酷なまでの眼で見下ろしてくる一誠に対して何かを言おうとするバイサー。

だが何も言えまい、何せ裂傷だらけで肉が裂け骨まで飛び出しているし、顔など二目と見られないまでにグチャグチャだ。

更に顎の骨は粉々に粉砕され、喋りたくても一言も喋れるような状態ではない事は明白である。

見ている方が同情したくなる程の状態のバイサーに一誠感情を見せる事無く淡々と静かに吐き捨てた。

 

「己の欲を満たす為に人を喰らって来たんだろう? なら自分が喰われても文句は無いな―――死ね」

 

これでこのはぐれ悪魔は地獄の如き苦痛を味わっただろう。

それは報いだ、今までこのはぐれ悪魔のやってきた事への……喰われて死んだ者達の無念はこの程度で晴れる訳があるまい。

 

 

“ブチッ!!”と言う鈍い音と硬いものを噛み砕く気味の悪い音が周囲に響く。

バイサーはズタボロになった首のみを残し、激痛と絶望の中でその生涯を終わらせる事になったのであった。

 

 

■■■■■

 

 

「……フン、この程度か」

 

ゆっくりと歩き始める一誠、あのデカブツのお陰で少しは腹も膨れたようだ。

しかし不意に落ちていたバイサーの首をまるでボールを蹴る様に近くの大きな木に向かって蹴り込む。

巨木に打ち付けられたバイサーの首は弾け飛び、そのまま灰となって消える―――すると一誠はその巨木の影に向かって言葉を飛ばした。

 

「さっきから不快だ、見てるのは解ってるから出て来い」

 

一誠」のその言葉に巨木の影から人影が現れる。

出て来たのは鋭い目付きをしているリアス・グレモリー、穏やかに笑っている駒王学園二大お姉様のもう一人・姫島朱乃。

更に確か駒王学園で女子に人気の木場祐斗とか言う名だった筈の小僧に、同じく人気者の塔城小猫とか言う小娘だった。

 

『井の中の蛙』と言う言葉が実に良く似合いそうな独特の気配を持つ赤髪の女は一誠を調べるかのような目で見つめてくる。

大方、先程の戦い(と言う名の一方的な虐殺)を見ていて危険が無いかを見極めようとでもしているのだろう。

思えばこのリアスと言う女、少し前も監視するかのような目線をこちらに向けていた事もあったが。

 

「……で、人の事を散々監視しやがって何の用だ? 用が無いならさっさと退け、俺は早く帰って寝たいんでな」

「少し待ってもらっても良い、えっと……兵藤一誠君だったかしら?」

 

さっさと帰ろうとする一誠をリアスが呼び止める。

彼が何者かは不明だがはぐれ悪魔を始末出来ている所を見ると逸材なのは理解出来た。

(そもそも堕天使を惨殺出来てる時点で“逸材”などと言うレベルではないのだが)

 

かつて初めて見た時もそうだったが、極めて要注意人物のようだが人の話を聞く事の出来ない狂戦士でもないらしい。

別段神器の気配も感じないが、もしかして神器とはまた違う未知の能力を有しているからかもしれない。

……更にはクールな幼馴染が気に掛けているかなり珍しい人物、その事もリアスに警戒以上に興味を湧かせていたのだ。

 

優秀で強い眷族を彼女としては何としても欲しい。

確かに自分には優秀で可愛い大切な眷属達が何人かは居るが、戦力的に考えればまだ低い事は否めないのが現実。

ならば此処でこの強そうな人物を眷属として勧誘したいと願うのも当然の事だろう。

 

「単刀直入に言うわ……貴方、私の眷属にならないかしら?」

 

彼女は上級魔族の中では眷属に最も愛を注ぐ存在だ。

元々グレモリー家は眷属を家族の様に思い、誰よりも愛しむという悪魔にしては珍しい家である。

故に彼女に眷属にならないかと言われるのは比較的幸せだろうと思われる。

 

 

だが、彼女は知らない。

世の中には富や名誉やらなんてものに一切興味の無い者が居ると言う事を。

 

彼女は理解していない。

今、彼女が眷属にならないかと勧誘している“モノ”が一体何者なのかを。

 

そして彼女は気付いていない。

彼との出会いが、彼女や彼女の眷属どころか周りの者の人生にまで影響を及ぼす事になるのを。

 

―――その先で彼女達は見る事になるだろう。

誰よりも人として生きる事を願いながらもそれを望めず、足掻く者の歩みを。

親しき者達を穢れから護る為にならば己が血に塗れ、穢れを引き受ける事すら厭わない、優しく誇り高くも切なく悲しき『屍の兵』の力を受け継ぐ漢の生き様を。




新しい話を投稿しました
今回は別に新しい姿が出て来た訳ではないですが、一誠のナカに存在する力の本質をさらっと書きました。
これで彼が何なのかは解る人は解るでしょうね……ええ、そう、アレですよアレ。
私、あのキャラ作中では一番好きなので^^

因みに一誠の場合、原作の“アレ”とは厳密には違う存在です。
まあ操ってる人形の方ではなく、言うなれば本体そのものとでも言うべきでしょうか……ゲフンゲフン。
ただし極めて『彼』に近い存在ですよ、考え方も。(だから他人に興味が無いor他人に自ら必要以上に関わろうとはしていないのかもしれません)

因みに戦い方はゴッドイーターのプレデタースタイルみたいなもんすかね。


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第三話:禍津を纏いし颶風

「断る」

 

唯一言、それこそ宗教の勧誘を断るかの如く吐き捨てる一誠。

それに対して微笑むような表情をしていたリアスの様相が疑問を浮かべたものへと変わる。

 

リアスの疑問の表情は尤もだ。

別に彼女はおかしい事を言った訳ではない、彼の力を彼女“なり”に認めて眷属にならないかと誘っただけの事。

正直な話、自画自賛と言う訳ではないが『グレモリー』の後継者に眷属に誘われると言うのはかなり名誉な事なのだが。

 

ちなみに下僕云々以外に彼女が目の前の一誠を眷属に加えようと思った理由は他にもある。

本来は依頼されリアス達が倒さねばならなかった存在を目の前で何の苦も無く殺す人間。

『歯牙にもかけない』とは正にあのような事を言うのだろう、見ている方が逆に怖くなる程の光景だった。

 

そこでリアスは考えた。

彼は世界において認知されていない未知の神器を持っているのではないかと。

この世界には未だに解明出来ない謎やら何やらが数多く残されている、彼の力はその謎の一種なのではないかと。

 

そのような一種の謎めいた力を多くの者達は放っておいてはくれまい。

悪魔を簡単に始末する人間、苦もなく斬り捨てる人間、そんな一種の怪物を神族も魔族も見逃しはしないだろう。

彼らの協力を得ようと画策するものも現れるだろうし、いっそ彼らを殺してその力を得ようとする者すら出て来るかもしれない。

そもそも今回は大したはぐれ悪魔でなかったようだから良いものを、強力な神器を持つ者や神話級の魔物などが襲ってきたとしたらそれこそ太刀打ち出来まい。

 

故にリアスは彼を自らの眷属にするという方法で『保護』しようとしていたのだ。

それに幾ら強力な力を持っているといっても彼は高が人間、今までは偶々あまり強くない悪魔が相手だった為に生き残れたのだろう。

次はもっと凶悪な悪魔に遭遇するかもしれない……正直、これ程の力を持っているのならば殺されてしまうのは惜しい。

 

リアスとしてみれば人間は『庇護すべき立場』なのだろう。

悪魔に比べれば人間は脆弱で、高々長くて百云年程度しか生きられない弱い存在だ。

そんな者達が穏やかに生きられるように彼女は自分の力を使うべきだと言う立派な志があった。

 

後は自らの眷属に彼を加える事が出来れば戦力アップになると言う打算的な考えもあった事は否定出来ない。

悪魔と言うのは優しさも持つが意外と計算高い存在だ、だからこそ遥か昔に一度は多くの爵位持ちの悪魔達が命を落としながらも種の全滅が無かった理由なのだから。

 

だがまさか即効で断るとは彼女も思わなかった。

―――少々苛立ちを覚えたような表情でリアスは言葉を返す。

 

「……理由を、聞いても良いかしら?」

 

苛立ちを覚えた表情のリアスに対し、一誠は答えを語る。

それは至極簡単であり、至極当たり前であり、そして至極普通の答えであった。

 

「いや、理由も何も……普通に考えれば当然の事だろう?

なら聞くがお前は良く知りもしない、自分に殆ど関わった事も無いような相手に行き成り『眷属にならないか』などと訳の解らない勧誘を受けて受け入れるのか?」

 

……まあ確かに、それは当然の答えである。

常識的に考えても一誠とリアス達は知り合いでもなんでもない、精々学校で少し顔を見合わせる程度の関係だ。

リアスの幼馴染である駒王学園生徒会長のソーナ、役員である匙とは相応の付き合いをしてはいるのだが―――極めて当然の答えを返されたリアスは苛立ちなど忘れ、呆けた様な表情となった。

 

「あっ……そ、そうね……良く考えてみれば貴方の言う通りだわ。

ごめんなさい、此方の事情も説明する前に早急だったわね……えっと、少し長くなるけど良いかしら?」

 

ズボンのポケットから煙草を出して咥えると頷く一誠。

性格的には無愛想で排他的に見える彼だが、比較的に人の話を聞かない様な無礼者と言う訳でもない。

所謂一つの『外見と態度で損しているタイプ』と言う奴だ―――まあ本人はその態度を改める心算も無いようだが。

 

 

★★★★★

 

 

其処から暫くの間、リアスからの説明が続く。

彼女達の正体が悪魔だと言う事、駒王学園が彼女達の正体を隠す為の隠れ蓑だと言う事。

遥か昔の時代に起こった戦争で悪魔と言う種が絶滅の危機に瀕した事、その為に他種族を悪魔へと転生させる事で小規模精鋭の軍団を作って悪魔と言う種を存続させて来たと言う事。

更に悪魔達のステイタスのようなものとして自らの眷属の優越を競う為に『レーディングゲーム』なる催しをしている事、とまあ大体この位だろうか。

それ以外に神器(セイクリッド・ギア)だの、堕天使だの、神の御使いだのと色々な事も説明していたようだが、一誠としては全く興味の無い話であった故かそこら辺は適当に聞き流していた。

―――まあ、掻い摘んで話の内容を要約すれば『自分の陣営が人材不足なので眷属になって欲しい』との事だ。

 

「はっきり言わせて貰うと今の貴方は危険なの。

貴方はその不思議な力で悪魔を退ける事が出来る、でもそれは常に貴方の命が危険に晒される事に他ならないの。

どんなに能力が凄くても、どんなに身体能力が高くても貴方は悪魔の攻撃一つで命を落とす可能性がある……強さがどんなにあっても一瞬の慢心が命取りとなるわ。

特に貴方の力の異様さ知って、それを得る事を望む存在も出て来るでしょう―――堕天使にでも目を付けられれば貴方は確実に標的にされるわ」

 

確かに彼は強いだろう、中の下とは言えどもはぐれ悪魔を簡単に始末出来るのだから。

……しかしこの世界には先程のはぐれ悪魔・バイサーよりも強い存在など幾らでも存在する。

そんな連中に襲われて力を奪われたとしたらそれこそ脅威だ、悪魔と長年冥界の覇権を争っている堕天使勢にでも渡ろうものなら目も当てられない。

 

「ふ~ん、そうか」

 

だが、そんな言葉に一誠は煙草を吸いながら相槌を打つだけ。

興味が無いのか、それとも自分が誰にも負けないと高を括っているのだろうか?

いや若しくはそれ以外に理由があるのか? 何にせよ今の彼にとって世俗の騒ぎやら何やらはあまり関心が無いと言う事だろう。

逆にその態度に少々苛立ちの様なものを感じながらもリアスは言葉を続ける。

 

「いや、何が『ふ~ん』よ? 自分の事なのよ、もっと真面目に聞きなさい!

コホンッ……まあ良いわ、それで提案があるんだけどどう? 貴方、悪魔になってみる気は無い?

転生悪魔として私の眷属になれば他の連中から標的にされても対処の仕方もあると思うし、悪い申し出じゃないと思うわよ?」

 

まあ確かに悪い申し出ではないだろう。

グレモリー家と言うのは身内(眷属なども含む)に対して実に愛情が深い。

悪魔にしては珍しいタイプであり、しかも冥界においては結構裕福な一族でもある。

そんな彼女の眷属になれれば一誠ならば努力次第で良い意味でも悪い意味でも性的な意味でも可愛がって貰える筈だ。

 

……しかし、そんな彼女の提案に一誠は首を横に振る。

何処の馬の骨とも解らない様な人物がグレモリーの眷属になるなどどう考えても破格の条件だろう。

だが一誠にとって『破格の条件』であろうが何であろうが譲れない事があるのだ。

 

「悪いが俺は悪魔になる心算は無い。

俺は人間として最後のその時まで生きると誓った―――誰に誓ったのかは覚えていないがな、それが俺の矜持だ。

誰にでも譲る事の出来ないものはある筈だろう、お前には無いのか? 」

 

所詮、ちっぽけな矜持(プライド)かもしれない。

でもそれを最後の最後まで貫いて生きると思い出す事の出来ない『誰か』に約束した。

そんな誇りを貫く姿をリアスは否定出来まい、彼女もまた『リアス・グレモリー』と言う己に誇りを持って生きているのだから。

 

「そう、ね……確かに私の提案は貴方の事を考えない勝手なものだわ、ごめんなさい。

でも私の言った言葉に嘘も偽りも無いわ―――貴方は確かに大きな力を持っている、だけど力だけで渡っていける程に悪魔や堕天使は甘くない。

例え一度追い払う事が出来たとしても、第二・第三の刺客が貴方を襲うでしょうね……そこで後悔してからでは遅いのよ?」

 

だがリアスも一定の理解は示すが折れはしない。

説得するように一誠に説明しているが、その本質は人助けよりも打算の方が強いだろう。

転生悪魔を眷属としている者達、その中でも上級悪魔にとっては有能で精強な眷属を得ると言う事は立派なステイタスである。

特にリアスの場合は色々な事情も相俟って強力な力を有する眷属を何よりも欲していた―――だからこその執拗さなのだ。

 

まあこのままでは何時まで経っても平行線が続くだけだ。

少しだけ考えるような素振りを見せたオズは仕方なくある事を思い付いて口を開いた。

 

「なら、一つ俺と賭けをしよう。

俺とお前を含めた4人とで勝負をして、勝った方の言う事を聞くというのはどうだ?

ただし勝負方法は俺が決める、人数差があるんだからその位は良いだろう?」

 

一誠の提案はある意味、リアスにとって願ったり叶ったりである。

相手が勝負方法を決めるとは言え、リアスの眷属はお世辞抜きにも実力者が揃っているのだ。

どのような勝負方法を選ぶのかも知らぬまま、彼女は自信有り気に頷くと口を開く。

 

「ええ、解ったわ……その代わり、結果には不服は言わせないわよ?

そして約束する、どんな結果が出ても私は『リアス・グレモリー』の名において受け入れるわ。

―――で? その勝負の方法ってのは一体何なのかしら?」

 

何気なく聞いたリアスに対し、一誠は無表情のままで答えを返す。

彼の口から語られた勝負方法は少なくとも、いや明らかに彼にとって圧倒的に不利なものであり、リアスらを絶句させた。

 

その内容とは―――

 

 

★★★★★

 

「……ねえ、一つ聞いて良いかしら?

貴方もしかしてふざけているの? それとも私達が手加減するとでも思ってるの?」

 

リアスの言葉に肩を竦めると、首や肩を回しながら手招きする一誠。

場所は先程一誠がバイサーを始末した、鬱蒼と生い茂った木々の生えた林から少し離れた人気の無い公園。

其処にて対峙する一誠とリアスらグレモリー陣営四人―――彼が提案した勝負方法、それは1対4での模擬戦と言う明らかに一誠にとって不利極まりないものだった。

 

挑発を行う一誠に対し、リアスを筆頭にグレモリー陣営は若干の苛立ちを覚えつつも構える。

余りにも嘗め過ぎだ……こう見えてもグレモリー陣営は今迄に何度も自ら達の領地に侵入したはぐれ悪魔達を狩って来た“相応の力を持つ”猛者達だ。

それを知ってるのか、いや寧ろ知らないからこそ一対多などと言う不利な条件を出したのだろう―――正直言ってはいけないが『余りにも調子に乗り過ぎだ』とリアスも眷属達も思う。

 

「一応、言っておくわね。

どれだけ貴方が強いか知らないけど、さっきのはぐれ悪魔相手に生き残れたのはあくまでも“まぐれ”よ。

偶々運が良くあまり強くない奴と戦ったから人間でも生き残れたと言うだけの事。

だけど貴方が悪魔の、それも上級魔族に目でも付けられればたちまち吹き飛ばされるわ……それが解らないの?」

 

本来優しい筈のリアスがこのような口調になっているのは一誠の態度にあるだろう。

彼女とすれば別に人間に対して偏見があった訳ではない、強かろうとも短い時しか生きれぬか弱い人間を守るのは貴族として当然の事なのだ。

上に立つ者が下の者を守る、騎士道精神にも通ずる尊き慈愛の精神を持つ事こそが上級魔族の務めである。

 

「……早くしろよ、やらねぇのか?

それとも何だ、お前らの言う『戦い』ってのは口喧嘩の事を言うのか?

だったら最初からそう言え、ビビッてるなら初めから偉そうな態度取るんじゃねぇよ」

 

しかしそんなリアスの考えに興味など無く、挑発文句を続ける一誠。

ならばこの先にあるのは舌戦や禅問答ではあるまい、どちらかがどちらかを平伏させねま終わりはしまい。

小さく溜息を吐いたリアスは自らの最も信頼する眷属、姫島朱乃に向かって言葉を飛ばした。

 

「なら仕方ないわね、教えてあげるわ……貴方が戦ったはぐれ悪魔を祐に越える悪魔の力を。

朱乃、少し痛いお灸を据えて彼の眼を覚まさせてあげましょう―――眷属云々の話はその後でも遅くは無いから」

 

微笑みながら頷く朱乃、この状況下で逆に笑っていられる彼女は実に恐ろしい。

すると何時の間にか彼女の身体からバチバチと電気が迸る……彼女は別名『雷の巫女』と呼ばれ恐れられる存在だ。

リアス陣営の中でも魔力を行使する事に特化した『女王』と呼ばれる存在であり、更にそれに併せて真正のドSでもある。

 

続いて整った容姿の青年木場祐斗は手に禍々しい気配のようなものを放つ剣が握る。

彼は眷属の中で『騎士』と呼ばれる存在で、眼に見えぬ程の速度と達人級の剣術を併せ持つ最速のナイトだ。

また、彼は自らの望む通りの魔剣を生み出す『魔剣創造(ソード・バース)』なる神器を持っている。

 

その横に居た小猫も戦闘態勢となる。

前記した二人とは違い特殊能力を持っている訳でも無さそうだが、放たれる闘気は並大抵のものではない。

それもその筈である、彼女は小柄ながらリアスの眷属で『戦車』と呼ばれる存在で打ち出される一撃は巨木をも圧し折る。

 

どうやら既にリアス陣営は準備完了と言った所だ。

だが彼女達を見ながら一誠は肩を竦め、吸おうとした煙草をポケットに戻しながら誰にも聞こえないように呟く。

 

「……成る程、この程度の挑発で冷静さを事欠くか。

どうやら“何処の世界”でも選民主義の輩は変わらんらしいな……ん? 何故俺はそんな事を……?」

 

若干疑問を持ったかのように首を傾げる一誠。

しかし直ぐに表情は無表情なものへと戻ると、片手に不気味な気配を纏う槍を召還して握った。

やる気満々のグレモリー陣営とは違い、何処か気だるそうな雰囲気で槍を地に突き刺したままに構えも取ろうとしない―――それがリアス達の苛立ちをピークへと押し上げたのだった。

 

しかし立派な志を持つ者はそれと共に理解せねばならない。

自分の考えの押し付けは視野狭窄を生み、本当に見るべきものを見れないで居る事を。

相手との器の違いを種族の違い程度で垣間見れない輩に上に立つ資格はない……それを今からリアス達は存分に知る事となる。

 

―――所詮は“相応の力を持つ”程度の輩では、本物の化物を超える事は不可能だという事を。

 

 

★★★★★

 

 

「祐斗!」

 

『はい!』と言う返事と共に神速の騎士は飛び出す。

飛び出す速さは徐々に増し、武流の前に躍り出る頃には既に眼では反応し難い程の速さとなっている。

手に握られた剣の銀光はまるで閃光の如く、その速度のまま木場は姿を消すとその刃が佇んだままの一誠を襲う。

 

「一応、もう終わるだろうけど下僕の特性を教えてあげるわ。

祐斗の役割は『騎士(ナイト)』、その特性はスピード……『騎士』となったものはスピードが増すの。

祐斗自身の目では捉えきれない速度と達人級の剣捌き、その二つの合わさった最速のナイトに捉えられないものは無いわ」

 

確かにその速度は神速、剣捌きは達人級。

今まで少なくないはぐれ悪魔を狩って来た木場の斬撃を避けられる者は居まい。

事実、刃が空を切る音が響き、次に響くのは愚かな世間知らずの青年の声の筈だった―――だが響いた声はリアスが良く知る、己が信頼する騎士の青年の驚愕した声だった。

 

「―――なっ!? そ、そんな、馬鹿な!?」

 

響き渡る木場の悲鳴にも似た驚愕の声。

慌てて木場の方を見たリアスも、彼女の眷属達も己の目を疑う。

何故なら、本来ならば敵を捉えている筈の木場の剣刃が何も無い空間を薙いでいたのだから。

いや、違う……本来ならば“其処”に居た筈の一誠の姿がまるで実体を失ったかの如く忽然と消え果たのだ。

 

代わりに舞い散るは宵闇の如く漆黒に染め上げられた鳥の羽―――

次にリアス達の目に映ったのは、最速の騎士たる木場祐斗をも超える目にも留まらぬ速度で動き回る“何か”。

更に其処から映ったのは倒れる木場の姿と、その目の前に突然現れた目元を面で隠す痩躯の男。

両手に携えた二振りの短刀を回転させながら背の鞘へと仕舞うと、リアス達の方を見る。

その身体が血の如き液体状の何かへと変化し飛び散り、再び人の姿を取った……『兵藤一誠』と名乗る存在の姿へと。

 

「……目で捉えきれないなどと言っていたが、その程度を“最速”等とは言わん。

『本当の最速』と言うのは、相手が斬られたのに気付かない程の速度を持つ存在だと思うが?

ヤレヤレ、どうやら想像以上に期待外れらしいな―――折角思い出した能力を試せると思ったのに」

 

吐き捨てる一誠。

足元の木場は傷一つ付いていない所を見ると、恐らく全ての攻撃が『峰打ち』だったと言う事だろう。

まあ寧ろ、全ての斬撃が刃の方であったとしたら……グレモリー陣営の『自称・最速の騎士』は五体満足ではなかった事は容易に想像出来る。

 

「せ、先輩!! 今助けに……」

 

光景に驚愕して呆けていたリアス陣営。

その中で小猫はいち早く気を取り直して木場を援護しようと地を蹴る。

しかし彼女の目の前では退屈そうに空欠伸をする一誠が挑発するように手招きしていた。

 

「……!? 嘗めないで下さい!!」

 

武流に向かって叩き付けられる拳。

巨木をなぎ倒す程の一撃を受けて本来ならば唯で済む筈があるまい。

されどその拳は空を切り、代わりに気付いた時には小猫の首に再び痩躯の男の姿に変わった一誠の足が絡み付いていた。

 

「くっ!? くっ、く、っくる、しい……」

 

必死に絡み付いた足を解き剥がそうとするが時既に遅し。

首を絞めたまま宙に飛び上がった痩躯の男姿の一誠はそのまま一瞬足に力を込め、小猫を絞め落とす。

そのままクッションのような状態の草むらに放ると、再び元の姿へと戻って口を開く

 

「この嬢ちゃんはどうやら見かけに寄らず力があるらしいな。

だがまあ、別にその力を行使される前に絞め落とせば良いだけだろ? 首は鍛えられても頚動脈は鍛えられん」

 

更に高速で姿を変化させながら一誠は地を蹴る。

残像を残しながらその身は雷を放った朱乃よりも一瞬先に彼女の元に辿り着き、無数の連撃を叩き込む。

 

「えっ……う、嘘、そんな、そんな馬鹿な!!? あっ、あああああああっ!!?!?」

 

悲鳴を上げながら倒れ込む朱乃。

顔や腕など、目立つ所には一つも攻撃を打ち込む事はせずに当て身のみを叩き込んだようだ……そんな事は簡単に出来る筈も無いと言うのに、簡単に成すのは実力の差であろう。

 

一対多などと言う条件に苛立ちを覚えていた筈が蓋を開ければ既に眷属三人は戦線離脱状態。

しかも目の前には別次元の化物かと感じる程の強さの人間―――有り得る筈があるまい、悪い夢でも見ているのだろうか?

 

「嘘、嘘よ……そんな馬鹿な事が……!?

小猫は『戦車』―――圧倒的な力と屈強な防御の持ち主、朱乃は『女王』で私の次に強い者の筈よ!?

それが、それが人間を相手に傷一つ付けられないなんて……何者なのよ貴方は!?」

 

だが其処でリアスはふとある事に気付く……先程の彼が使っていた力、あれに見覚えがあったのだ。

そうだ、何故に忘れていたのだろうか? あれは、あの存在そのものに恐怖を覚えるあの圧倒的な強さを彼女は“あの日見た”筈だった。

 

「ま、まさか……まさか、貴方……あの時の……!?!!?」

 

思えばリアスはあの日の恐怖は脳裏から捨て去りたかったものだったのだろう。

相対しているだけで殺される、姿を目にしただけで自分の死ぬ姿しか想像出来ない凶悪な人の形をした“何か”。

更に別の日、身体を堕天使の光槍で貫かれて明らかに致死状態だった男が何も無かったかの如く堕天使を切り裂いている姿も見た事がある―――恐らくアレもこの人物だ。

 

「……何だ、覗き見していた癖に正体に気付いてもいなかったのか?」

 

一誠の言葉に途端に冷や汗が噴き出して背を伝う。

かなり遠くで見ていた筈だったのにそれにすらこの人物は気付いていたと言う事だ。

何が『まぐれ』だ、何が『灸を据える』だ、リアスは自分で過去の得意げな自分の事をぶん殴りたくなる。

 

「どうやらその態度は俺の勝ちで良いんだな?」

 

だが眷属達が挑みながらも自分だけ何もしないなどリアスに出来ようもない。

あれ程の者達だ、恐らく脅かす程度の魔力ではビクともしないのは明白……ならば周辺を吹き飛ばす位の力は込めるべきだ。

 

「まっ、待ちなさい!! まだよ、認められないわ!! 唯の人間が悪魔より強いなんて有り得ない!!」

 

放たれる紅き魔力の奔流、迫るそれは滅びの力を有したリアスの特技。

全てを悉く滅する魔力の前に傷一つ受ける事などないと言う事は決して有り得ない。

事実、リアスの放った魔力に晒された周囲の草木や木々は次々と消滅していく―――常人ならば欠片も残さず消滅する筈だ。

 

しかし彼は決して常人などではない。

何故認めようとしないのか? 高が唯の人間に上級魔族とその眷属の転生悪魔が纏めて来て傷一つ付けられない違和を。

彼らは人間でありながらそれらを祐に越えた存在だ、認めるべき現実を受け入れる事から何もが始まる。

 

それと共に理解するべきであったのだ。

世の中には決して手を出してはならない存在があるという事を。

三度姿が痩躯の男に変わると同時に放たれた魔法弾が大爆発を引き起こす―――既に其処に一誠の姿は無かった。

 

「……これでチェックメイトだ」

 

後ろから響く声に驚いたリアス。

首元には短刀が突き付けられ、一薙ぎされるだけで彼女の命の灯火は消えるだろう。

完全なまでの完敗、文句の付けようの無い敗北―――それはリアスの生きてきた中で初めて味わった挫折。

 

「くっ……わ、私の、私の負け、よ」

 

力なく尻餅をつき、項垂れるリアス。

かなり限界に近い魔力を込めたのだろう、だがそれも唯の人間である筈の男には通用しなかった。

まあそれだけではなく恐らく彼女はこれ程までに手も足も出ない敗北に喫したのも初めてだったのだろう。

体力よりも気力が、心が折れてしまった故に立ち上がる気力もなくなってしまったと言う事だ。

彼女達を一瞥すると一誠は悠々とリアスの横をすり抜けて歩き出す。

 

勝者が敗者にかける情けなど殆どない。

特に自分達の力にそれなりの自信を持っていた連中にとって『情け』など最も屈辱的な事だ。

故にもう此処で語るべき事はない、黙って去る事がある意味での『武士の情け』だろう。

 

「……ま、待って!!」

 

不意に後ろから掛けられた声に立ち止まる武流。

力の入らない身体を推してヨロヨロと立ち上がったリアスは彼らの背に叫ぶ。

 

「何なの……貴方は一体、何者なのよ!?」

 

背を向けたまま立ち止まっていた一誠は顔も向ける事無くそのまま口を開く。

 

「唯の人間だよ、一応な……これに懲りたら、相手を見掛けや種族で判断して油断しねぇ事だ」

 

がっくりと肩を落としたリアス、彼女は敗北を知った事でこれからもっと強くなるだろう。

一誠はふと立ち止まったまま再び彼女に向かって言葉を飛ばした―――彼女が思いもしなかった言葉を。

 

「まあ、敗北させてそのまま『ハイさようなら』じゃ流石に目覚めが悪いな。

確か俺に眷属になれとか言ってたか? だったら俺に指図するな、あくまでも対等の条件でならお前の協力者になってやる―――ただしお前らが協力するに値しない輩なら叩き潰す、これでどうだ?」

 

まあその条件は明らかにリアスにとって不利なものだが、彼女にとっては寝耳に水だったろう。

驚愕し、疑問を浮かべたような表情で一誠を見つめると、彼は言葉を続ける。

 

「……何、大した理由じゃない。

俺自身のある目的の為にお前らを利用する、唯それだけの事だ。

別にお前も人助けだの庇護だのなんて目的だけではなく打算的な部分もあるだろ、ならこれで良い筈だな?」

 

まあ、此処らへんが落し所と言ったところか?

元々一誠は誰かの命令に無条件に従うと言う事を好まない性格をしている。

自分自身の意思を貫いて生きる事を美徳と考える彼にとって誰かに従うと言うのは自分を否定するのと同じだ。

しかしそれでも協力者と言う形でリアス達に力を貸そうとしているのだから彼なりの妥協とも言えるだろう。

……初めから素直にそう言えば良いものを、天邪鬼な青年である。

 

「……ほ、本当に? 本当に、協力してくれるの?」

「あぁ……だがさっきの条件を忘れるな、それと賭けの取り分は何れきっちり払って貰うぞ」

 

その言葉に嬉しそうな表情をするリアス。

打算的な考えもあったのは事実だが、今の表情は間違いなく嬉しかったのだろう。

眷属と言う形ではないが、これもまた一つの絆(?)の形としては有りなのではないだろうか?

こうして一誠はリアスら『グレモリー陣営』の協力者として関わっていく事になったのであった。

 



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