【ネタ】逆行なのはさんの奮闘記 (銀まーくⅢ)
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~また魔法少女、はじめました~
第一話。なのはさん(28)の絶望


 私の名前は高町 なのは。

 極々、平凡な普通の28歳の女性です。趣味は料理。特技は……魔法を少々、かな?

 さてさて、そんな何処にでもいそうな私ではありますが、実は今、凄くテンションが高かったりします。

 

「ふっふふん♪ ふっふふん♪」

 

 ほら。思わず、鼻歌も出ちゃうくらいに気分がハイです。まぁその理由は簡単なことで……実は私、今日彼氏が出来たのですっ! だから、とってもルンルンなのっ!!

 

 ああっ。思い返せば、辛い近年でありました。引きつった笑顔で包む数多くのご祝儀。その時にしか着ないのに増え続けるパーティドレス。力を込めて投げ付けたライスシャワー。ブーケを必死に狙うも魔法なしでは手に入らなくて、何度枕を濡らしたことか。

 

 28歳独身だけど、子持ち。そうシングルマザー。マザー。ママ。母。お母さん。

 この肩書きが私を何度も苦しめました。いや、別にヴィヴィオを娘にしたことは全然後悔してはいないんですよ? これは絶対の本気の完全のマジ。だけど、世の男性達はこの肩書きを見ると敬遠するのです。

 ……ホント世知辛いよ、世の中。

 

 えっ? お前にはユーノが居ただろうって? ……ユーノ君は三年くらい前に司書さんと職場結婚しました。何故かその報告を受ける時にずっと好きだったよとか言われたけど、そういうのはもっと前に言うべきだと私は思うんだっ、ぷんぷん。結婚前になって好きでしたとか言われても、ありがとうってお礼を言うしか選択肢がないじゃないっ! まぁ、全然気が付かなかった私も悪いんだけど……何か納得がいかないよね? あの小動物め、だから●●●に毛が生えてないんだ!

 えっ? 何でそんなことを知ってるのかって? 披露宴の二次会で大量のお酒をクロノ君が飲ませたら突然、脱ぎ出したんだ……私の目の前で。勿論、その汚いものはバスターで綺麗にお掃除しました。それからユーノ君とは一度も会っていません。私が無限書庫に行くといつも留守だし。まぁヴィヴィオによると元気にしているらしいですよ?

 

 アリサちゃんとすずかちゃんは、大学の同回生と結婚しました。今では二人とも立派なセレブマダムさんです。しかも、もう何人か子供も居たりしてとても幸せそうにしています。

 はやてちゃんは、なんとあのゲンヤさんと結婚しました。歳の差は凄くあるけど、二人はまったく気にした様子はありません。唯一困ったことと言えば、ゲンヤさんには娘たちが沢山いるのでもの凄い大家族になってしまったことくらい。今ではとても大きな家を新しく建てて皆で仲良く暮らしています。

 

 私の教え子だったスバルやティアナも最近、良い人を見つけたらしいです。二人とも休日はデートしまくりらしく、よく私に写真なんかをメールで送ってきたりします。特にスバル。毎回毎回のあれは私に対する当てつけなのかな? まぁ一度お話したら止めてくれたからいいんだけどね。

 エリオとキャロもずっと公私ともにパートナーを組んでいます。毎日仲良くやっているそうで何よりです。でも、ルーテシアがエリオを狙ってて、キャロがよく焼き餅を焼いているともっぱらの噂だったり……うん、いいぞ。もっとやれ!

 

 そして、遂に先日、あのヴィヴィオにも彼氏が出来てしまいました! もう毎日の様に砂糖を吐くような惚気具合を見せてくるので、私のライフはゼロ。思わず、空に向かってバスターしちゃった私は悪くないよね。てへへ☆

 

 とまぁ、私の周りの近況はそんなところです。ん? 誰か一人足らなくないかって? あー、フェイトちゃんのことかな。フェイトちゃんは、うん。最近家に居ることが多い気がするけど、大丈夫だと思う。よく一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒に寝ているけど、大丈夫だと思う。寝ている時になのはぁとか言いながら抱きついてくるけど、大丈夫だと思うっ。大丈夫っ! 彼女にその気はないと思うっ! 多分、きっと、メイビー。

 

「ラン♪ ランララ♪ ランランラン♪ ラン♪ ランララ♪ ラン♪」

 

 さてさて、そんな周りのリア充共の精神攻撃を喰らいつつ、必死で耐えた辛い日々。

 どいつもこいつも愚痴という名の惚気か、報告という名の惚気ばっかりだった。ホント、何度爆発しろと思ったことか……。

 悔しいから私も相手が探すんだけど、周りにがっついているとは思われたくないし、出来れば素敵な人がいい。そんなことを思ってたら、不覚にも管理局のお局さんと言われ始めるし……。

 広報部の管理局のお似合いカップルランキングっ! にフェイトちゃんとノミネートされた時には、もう何か発狂しそうだった。しかも一位って何!? 一位って何なの!? 私とフェイトちゃんはそんな関係じゃないー!! そう叫びながら、広報部で久々にブラスター使っちゃったのは……うん、とても苦い思い出だ。

 

 ああ。こうして思い返してみても、はっきり言って私の毎日は灰色でした。

 しかし、それも今日でお終いなのですっ! だって今日から私もリア充さんへの仲間入りを果たしたのですからっ!! 今日からは私もバラ色生活っ! YES! バラ色! NO! 灰色!

 

「る~る~♪ る~る~る~♪」

 

 齢28にして初めての彼氏。茶色い髪で、ミッドの人なのに何処か日本人っぽい顔。身長は私よりも少し大きいくらい、あとは少し大きめの目が特徴的だ。ちょーと頼りないけど、凄く優しくて……。カッコいいけど可愛い所もあったりして……。あっ。でもでも、凄く頑張り屋さんなんですよ? えへへ。

 

 私が彼に会ったのは、去年の春の事になる。

 七つも年下の彼は、私が教えていた部隊に新任として参入してきた。

 私が提案した新たな教導官を育成するためのプロジェクト。その訓練部隊。通称、高町ヴァルキリーズ。その名の通り女性のみで構成されてて、当然、出会いなんてあるはずもなかった。別に男子禁制にした覚えはなかったのに……本当、どうしてこうなった状態だった。

 ――――私の出会いなんて職場しかないのにっ!

 だが、そんな絶望の淵に二年間もいた私の所にやって来た、我が隊初めての男性っ!

 当然、彼を満面の笑みで迎えた私の心境は狂喜乱舞でした。思わず、その日の訓練でスターライトブレーカーしてしまうくらいには……。

 

 えっ? そんなことして、引かれたんじゃないかって?

 ふふん、残念~。其処が彼の違うところなのでした! 勿論、次の日とかはかなり怖がっていたみたいだったから、皆にはこれくらい出来るようになって欲しいんだよとフォローを入れつつ、教導への熱意をアピール。そんなことを表向きは笑顔、内心は必死の形相でやっていたら、期待に応えられるように頑張ります! とか言って逆に張り切っちゃってた。正直、凄くほっとしました……。

 

 それからは、よく彼が質問に来ることが多くなっていった。

 そうなると自然に個人的なことも話すようになっていくから、どんどん距離も縮まっていく。私も彼と話している時間を楽しいと感じていたし、ちょっとずつ惹かれていった。そして、それは彼も同じだったようです。

 

 実は障害も沢山ありました。

 私が少し目を離すと、ヴァルキリーズの面々がすぐに彼を誘惑しようとしたり、何か試練とか言って、彼が旧六課メンバーと一人ずつ模擬戦させられたり。うん、色々と大変だった。

 六課の皆には、私の恋愛なのに何故に模擬戦? と聞いたら……。

 

 ヴィータちゃん曰く、なのはと付き合う奴は、なのはを守れるくらい強くなくちゃいけねぇ。いや、何それ?

 スバル曰く、私の拳に耐えられないような奴は、なのはさんに相応しくないっ! えーと、あの~?

 シグナムさんに曰く、模擬戦♪模擬戦♪ いや、目的がおかしいよね!?

 はやてちゃん曰く、ええね、おもしろそうや~。あの爆乳桃色を止めろよ、主っ!

フェイトちゃん曰く、バルバルバルバルバルバルバル……。何か怖いっ!?

 

 とまぁ、そんなこんなで色々あったけど、最後は何とか皆納得してくれました。

 ただ、フェイトちゃんの目からハイライトが無くなってたことが気になったけど……うん、気にしたら負けだね!

 ちなみに、別に模擬戦なんてする必要はないよ と彼に私が言うと。

“でも、許可が貰えれば皆が僕達を祝福してくれるんだよね? なら頑張るよ”と笑顔で言われました。うん、やっぱり私の彼氏様は最高だなぁ。

 

 

 ――――そして、遂に! 今日、私、高町なのはは彼に告白されたのですっ!

“結婚を前提にお付き合いしてくれませんか”

“はい、喜んでっ!”

 くぅ~、やばいっ! 思い出したら、また泣きそうになってきたっ!

 

 と、もう家に到着しちゃった。考え事していると時間って進むのが速いよね~。

 そんな事を思いながら、私は玄関の扉を開けようとした。

 まだ誰も帰って来ていないはずなので、当然鍵はかかって……?

 

「あれ? 空いてる? フェイトちゃん、今日も早かったのかな?」

 

 最近、早く帰って来て料理を作ってくれることの多いフェイトちゃん。

 だから今日もそうなのかな~と思い、私は普段通り家の中へと入った。

 

「フェイトちゃん、ただいま~」

 

「………………」

 

 ドアを開けて、私は声を掛けてみる。しかし、返事がない。

 それどころか、家の中は明かりすら付いていない。

 でも、確実にフェイトちゃんの靴はあった……。

 

「……どうかしたのかな? フェイトちゃーん?」

 

 部屋の明かりを付けつつ、私は声を出しながらリビングへと向かう。

 ……おかしいな、また返事がない。

 いつもならすぐに返事してくれるのに……。

 

「あっ。フェイトちゃん、やっぱり帰って来てたんだ」

 

「………………」

 

 電気も付いていない真っ暗なリビング。

 そんな中、フェイトちゃんは椅子に腰かけていた。

 

 でも、少し様子がおかしい。

 

「フェイトちゃん、ただいま」

 

「……おかえり、なのは」

 

 その事が少し気になり、もう一度声を掛けるとやっとフェイトちゃんからの反応があった。

 ただ、相変わらず様子が少し変だ。……どこか具合でも悪いのだろうか。

 

「体調でも悪いの?」

 

「ううん、別にどこも悪くないよ」

 

「そう? でも、あんまり無理はしないでね?」

 

「……うん」

 

 そんな会話をして、私は着替えの為に自分の部屋へと向かう。

 う~ん、やっぱりフェイトちゃんは疲れが溜まっているみたいだった。

 よしっ、今日の夕食は私が美味しいのを作ってあげよう。美味しいモノを食べると少しはフェイトちゃんも元気になってくれるはずだよね。

 そう気合いを入れつつ、私が自室で着替えをしていると背後に人の気配を感じた。

 

「っ! ……フェ、フェイトちゃん?」

 

 私が慌てて振り返るとそこに居たのは、フェイトちゃん。

 どうやら、私の後を付いてきていたらしい。思わず、ほっと溜息を吐く。

 今の今まで全く気が付けなかったから、凄く驚かされてしまった。

 

「もう。いきなり後ろに立たれると吃驚するよ……」

 

「………………」

 

 私は少し頬を膨らませてそう言うが、フェイトちゃんからの反応はなし。

 ……本当にどうしたのだろうか、此処まで変なフェイトちゃんは初めてだ。  

 ―――少しだけ、何とも言えない嫌な予感を覚えた。

 

「……ねぇ、なのは」

 

「……な、何?」

 

 フェイトちゃんの囁くような声を聞いて、私は少し腰が引けてしまう。

 今の彼女は明らかにいつもと雰囲気が違い過ぎる。

 前髪で目が隠れているから、そう思ってしまうのだろうか。

 

「……私達は親友、だよね?」

 

 何を聞いてくるのかと思ってみれば、そんな当たり前の問いだった。

 雰囲気に圧されて、思わず身構えてしまったけれど、別に警戒する必要はなかったのかもしれない。

 私は心から安堵し、気を緩めるとフェイトちゃんに胸を張って答える。

 

「うん、勿論っ! 私達はずっと親友だよ!」

 

 実際に五人いる親友の中で、フェイトちゃんとが一番仲がいいと思う。

 なにしろもう二十年来の付き合いなのだ。私達の友情は不滅だと言っても過言ではない。

 

「そっか、よかったぁ……」

 

「フェイトちゃん、本当にどうしちゃったの? そんな当たり前のことを聞いて……」

 

 しかし、後から思えば、それは誤った回答だったのかもしれない。

 いや、その他に答えようもなかったのだけれど……。

 

「なら、私と一緒に死んでくれるよね?」

 

「えっ……?」

 

 満面の笑みと共に私に向けられたのは、きらりと光る包丁だった。

 思わず、私は呆然とその凶器を見つめてしまう……。

 

「ずっと、ずぅぅと。なのはは私と一緒なんだ……!」

 

「……ぐっ……フェ、フェイトちゃん?」

 

 そして、それが決定的な隙となった。

 気が付けば、私のお腹に包丁が突き刺さっている。

 私がその現実が信じられなくて、フェイトちゃんに目を向ければ……。

 

「嬉しいなぁ。うん、嬉しいよぉ。なのはぁ」

 

 そう言いながら、私を包丁で滅多刺しにしてくるフェイトちゃんがいた。

 私の血で真っ赤に染まったフェイトちゃんの目には、もう狂気の光しか浮かんでいない。

 

「な、なんで……」

 

 震えた声でそう問いかける。

 ――――わけが、わけがわからない。

 なんで、わたしはふぇいとちゃんにさされているの?

 

「ふふふ。私のなのはは、誰にもあ~げない」

 

 フェイトちゃんはそう言って、にこやかに笑う。

 そんな姿を最後に視界に映すと、私の意識は完全に途絶えてしまった。

 

 

 

 

「只今、臨時ニュースが入りました。あのエースオブエースと名高い管理局の魔道師、高町 なのはさんが亡くなられました。現状から見て――――」

 

 

 

 

 

 

 

~~~♪~~~♪~~~♪

 

 

「……ん、ぅん?」

 

 何処か聞き覚えのある、懐かしい携帯のアラームの音が鳴り響く。

 その音を聞いて、私はゆっくりと目を覚ました。あれ……? レイジングハートの声じゃない? そのことを不思議に思いながらも、私の頭はゆっくりと覚醒していく。

 

 目を開けると辺りはもうかなり明るかった。

 ……どうやらもう遅い時間帯のようだ。朝食の準備もしなければいけないから、早く起きなくてはいけない。私が寝過すと朝食抜きとなるヴィヴィオが可哀想だ。あっ、あと今日からは彼にお弁当を作るんだったね。

 そんなことを思いつつ、私は急いで起きようとするが……おかしい。

 

 はて、こんなにも起きるのは辛いものだっただろうか。

 

 確か、二十歳を超えてからはすぐに起きれるようになったはずなんだけど……そこまで考えて、私は気が付いた。

 

「うそ……」

 

 此処がクラナガンの家ではなく、地球の高町家で。

 私の身体が小学三年生の頃に戻っていることに……。

 

 

 



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第二話。なのはさん(28)の憂鬱

 私の名前は高町 なのは。

 極々、平凡な普通の28歳の女性で……した。

 でも気が付けば、8歳児。何処からどう見ても8歳児。もうね、あれだよ。発狂するとかそれ以前に……寝込みました。

 

 朝から猛烈な衝撃を受けたあの日、何故か小学三年生に戻っていた私は丸一日寝込んだ。もう何もかもがショック過ぎて、布団から一歩も出られなかった。せめて後一日、後一日くらいはリア充生活を送りたかった……。うん、私の気持ちはこの一言に全てが込められていると思う。後一日あれば、私の親友(と書いてリア充と読む)達に惚気爆撃とか、惚気砲撃とか、惚気集束砲とか出来たのにっ! ヴァルキリーズの皆の前で、あ~んとかしながらお弁当を食べれたのにっ! ああ、私のバラ色生活が…………。

 

 そんなことをベットの中で考え続け、静かに枕を濡らしていた私を見て、お母さん達は皆凄く心配そうだった。だけど、ごめん。今の私に皆を気遣う余裕は存在しないの。そう誰かに言い訳しながら、色々と湧き上がる想いを堪えて一日中布団の中で過ごしました。……この日が日曜日で本当に良かったと思う。

 

 そんな人生最悪の日曜日が終わり、次の日。そう月曜日。

 私は高町 なのは、28歳は今から小学校へと通わないといけないのです。……正直、気が滅入る所の話ではない。

 

「なのは、もう大丈夫なのか?」

 

「何処も具合悪くない?」

 

「うん、もう元気だよ」

 

 しかし、これ以上は家族に心配を掛けるわけにもいかない。本音を言うのなら、あと一週間は寝込んでいたいけど……。そんなことを思いながら、私は少し懐かしい高町家の食卓をぼんやりと眺めてみる。

 

「う~ん。やっぱり桃子の料理は最高だな~」

 

「もう、士郎さんったら!」

 

 あれれー? 何故か私のフォークがへし曲がっちゃったよ、えへへ。

 どうやら今日から私もエスパーの仲間入りを果たしたようです。うん、そう言えばそうだったよね。この家の皆は、見ているこっちが砂糖を吐くような桃色真拳の遣い手ばっかりだったよね! もう完全に記憶の底に沈めていたよ!

 昔の私はこの光景を見て、自分だけが浮いているなぁなんて思ってたけど、はっきり言おう。おかしいのは私以外の皆だ、と。

 

「いやいや、本音だよ。こんな美人の料理上手な奥さんを貰えて、俺は幸せ者さ」

 

「ふふふ。私も貴方と一緒で幸せよ」

 

 ……うん。でもまぁ、お父さんとお母さんは許そう。大変遺憾ではあるけれど、百歩譲って許そうと思う。

 二人は夫婦だしね、うん。仲が良いことは悪いことではないよ、うんうん。

 ただしお兄ちゃん、テメェはダメだ。大体、もうこの頃には忍さんと付き合ってたはずだよね、この未来のマダオ……もといヒモ野郎。

 え? あれはボディーガードだって? いいえ、あれはヒモだって皆も言ってました。

 

「ほら美由希、リボンが曲がってるぞ」

 

「あっ……ありがとう、恭ちゃん」

 

 何も気にした様子もなく、自然な動作でリボンを直してあげるお兄ちゃん。

 そんなお兄ちゃんの行動に、少し顔を赤くしながら嬉しそうにしているお姉ちゃん。

 うん。何処からどう見ても普通の兄妹ではありません、本当にありがとうございました。……でも、この頃はまだお姉ちゃんも幸せそうだなぁ。

 

 こうして今はまだ見ていられるけど、二十年後は本当に酷い。

 二十年後、アラフォ―になっても独身だったお姉ちゃんは……もうね、目がやばいの。カップルを見る目が異常なの。そして、最終的にはお兄ちゃんと忍さんの息子を……げふんげふん。とまぁ、そんな未来のお姉ちゃんではありますが、私は大好きです! 唯一、自信を持って言えることがあるとすれば、お姉ちゃんが居たから私は頑張れた! あれだよね、自分よりも下の人が居ると安心できるよねー。

 勿論、そんな事を本人に言ったら眼鏡を外して斬りかかって来るから、口が裂けても言わないけど。

 

 

 さてさて。そんな楽しい? 食卓を終えた私は学校の制服に身を包み、バス停で待機。待っている間にも、私の気分は急降下の道を辿り続けています。

 

「おはよーございます」

 

 ようやくやって来たバスの運転手さんへの挨拶も、こんな風に凄く適当なものだった。きっと20年前の私なら、もっと元気よく挨拶をしていたことだろう。だけど、今の私には無理。精神的に無理。マジで鬱なの。

 大体、朝から両親と兄妹の砂糖を吐くような桃色攻撃を食らったばかりなのだ。テンションが上がるはずがないじゃない……。

 

「おはよう、なのは」

 

「おはよう、なのはちゃん」

 

「うん。二人とも、おはよー」

 

 幼き姿の親友達に笑顔で挨拶をしつつ、気分は未だ超ダウナ―。

 ……正直、これからのことを思うと、かなり憂鬱だった。

 

「?? 何か元気がないわね?」

 

「なのはちゃん、どうかしたの?」

 

 当然、そんな私を見て、不思議そうな顔をするアリサちゃんとすずかちゃん。

 此処で昔の私なら何でもないよって言って、二人を余計に心配させるんだけど……今の私は違う。もうそんなに純粋な私ではない、穢れきった大人なのだ。

 

「……うん。昨日、夜遅くまでゲームしちゃってたから、少し寝不足なんだ……」

 

 見よ、この華麗な言い訳を。勿論、眠そうな表情を作るのは忘れない。これなら何処からどう聞いても嘘には聞こえないはずだ。でも、大人になると言い訳ばかり上手くなるなんて、この頃は考えもしなかったなー。

 

「もう! ちゃんと寝なくちゃ駄目じゃないっ!」

 

「大丈夫? なのはちゃん?」

 

 そんな風に幼き自分を思い出して、遠い目をしている私。

 アリサちゃんの注意もすずかちゃんの心配の声も、半分くらいは耳から通り過ぎていました。

 

「うん。大丈夫だよ、すずかちゃん」

 

「はぁ……。ま、着いたら起こしてあげるから、少しでも寝てなさい」

 

「ありがとう、アリサちゃん」

 

 うん、こんな汚れた私には二人の純粋な眼差しが酷く堪えるよ。そんなことを思いながら、私は学校に到着するまでタヌキ寝入りすることにしたのであった。

 

 

 学校に着けば授業がある、それは当り前のことだ。学生の基本は学業、それは世界の常識である。だが、そんな授業も今の私には拷問に他ならない。

 

 

 算数の時間。

 授業中に当てられた私は、黒板にすらすらと計算式を書いていく。かなり昔のこととはいえ、一度はやったことのある問題だ。しかも小学生レベル。当然、間違えるはずもなくて……。

 

「はい、高町さん。大正解です! 皆、拍手!」

 

 こうして先生の褒められ、クラスの皆から大袈裟な拍手まで頂いてしまいました。本当にやめて! もうこれ以上、私のSAN値を削らないで! そんなことを内心で叫びつつ、私は笑顔で席へと戻っていく。

 

「凄いね、なのはちゃん!」

 

「むぅぅ。なのは、やるわね……」

 

「にゃはは、偶々だよ」

 

 親友達からの賞賛の声に、私は少し顔を引き攣らせながらお礼を述べた。

 ……もう本当に勘弁してほしい。

 

 

 体育の時間。

 大人になってからは、大分克服した私の運動嫌い。というか、この頃の私は運動神経が擦り切れてるとしか思えない。だから、今も……。

 

「行くわよ、なのは!」

 

「っ……痛っ」

 

 アリサちゃんの投げたボールを避けることも出来なかった。別にボールが見えないわけではない。寧ろ、魔法弾の速度に慣れ切っている私にとっては遅すぎるくらいの速度だ。ボールの入射角度からボールの通る道筋だって、はっきりとわかるのだ。なのに、このポンコツな身体は少しも思うようには動いてくれない。ぴくりと少し動いただけで、あとは完全に棒立ちである。……心底、この身体になったことが嫌になった。

 

「大丈夫、なのはちゃん?」

 

「ごめん、なのは。大丈夫?」

 

「にゃはは、速くて避けられなかったや」

 

 心配して駆け寄って来た二人に、私は手を振りながらそう返し、外野へと回る。そして、ボールが飛んで来なさそうな場所まで歩いて行って、思いっきり溜め息を吐いた。……やばい。小学校ってこんなに苦痛なものだったっけ?

 

 

「――――そう言うわけで、皆さんも何か将来にやってみたいことを見つけるのも良いかもしれんませんね」

 

 道徳の時間。

 そんな先生の言葉を最後に、午前中の授業が終了した。

 はっきりと言おう、私はあと三年も小学生をやれる自信が全くない。ああ、砲撃がしたい砲撃がしたい砲撃がしたい砲撃がしたい砲撃がしたい……。壊れたラジオのように、心の中でリピート。うん、自分でも結構、末期だなって自覚している。

 

「なのはちゃん」

 

「お昼だから屋上に行きましょ?」

 

「えっ? ……ああ、うん」

 

 そんな私の所に親友達からお昼の御誘いがあった。持ってきたお弁当を取り出し、私達は三人で屋上へと向かう。

 

「なのはちゃん。もしかして、まだ具合悪い?」

 

「うん……何か今日はダメみたい」

 

「もう夜更かしなんてするからよ! 今日は帰ったら、早く寝ることね」

 

 お昼を三人で食べながら、そんな話をする。どうやら、まだ朝の言い訳が通用しているようだ。でも、明日からはどうしよう。はぁ、また何の別の言い訳を考えないと……。

 

「さっきの先生の話だけど、二人は将来の夢とかってある?」

 

「私は、機械系に興味があるから大学の工学部に入りたいかな?」

 

「そう言えば、すずかはそういうの好きだったわよね~。忍さんの影響?」

 

「ん~そうかも。まぁお姉ちゃんは少しマッド過ぎる気もするけど……」

 

 明日から使う言い訳を考えている間に、話題は将来のことについてへと変わっていた。そう言えば、昔にもこんな話をしていた覚えがある。

 昔、私は何と言っていたのだったっけ?

 

「アリサちゃんは何なの?」

 

「私はパパの会社を継がないといけないからね、経済学部って所かしら?」

 

「ははは、帝王学とかも必要そうだね」

 

 ……今更ながらに心底思うんだけど、これってどう見ても小学生の会話ではないよね。もっとほら、二人ともケーキ屋さんとかお花屋さんとか言ってても良い年齢だよね。この頃の私を含めて、ちょっと精神的に大人過ぎないかな? と私は思う。

 

「なのはは、やっぱり翠屋の二代目?」

 

「ふぇ? んー、私は……」

 

 アリサちゃんに話を振られ、私の将来か……とふと考えてみる。

 だが、その答えはすぐに出た。ううん、最早一択しか答えは残っていないのだ。

 

「私、高町 なのはは幸せなお嫁さんになります!」

 

『えっ?』

 

 多分、今日で一番元気良い声が出たと思う。

 ちらりと親友二人の様子を窺うと、二人とも驚きで表情が固まっていた。でも、私はそんなことは気にしない。一度上がったテンションはそう簡単には下がらないのだ。

 

「見晴らしのいい場所に綺麗な白い家を建てて、大きな犬を飼うの。子供は二人、女の子と男の子!」

 

「あ、あははは……」

 

「そう、なんだ」

 

 私の途轍もなく大きな夢に二人は動揺を隠せない。

 ふふふ、だがそれも仕方のないことだ。自分でも叶えられる自信など無いのだから! というか、自分の灰色な未来を知っているから余計にだ……!

 

「それで、休日は家族皆でピクニックとかに行って……」

 

 女の子はヴィヴィオで、旦那様は彼で。男の子は彼と私の子供。子供達が遊んでいる所を私と彼が二人で笑いながら、見ていて……やばい、何か凄くいい。

 

「でも、偶に旦那様と二人っきりでデートにも行ったりもしちゃって……えへへ」

 

 いけない、想像し出したら何か止まらなくなって来た。頬も完全に緩みっぱなしだ。でもいいよね、想像するのはタダなんだもん。幾らでも想像してあげるよ!

自分で言ってて何か悲しくなっても来たけど……全部無視。

 

「ア、アリサちゃん。なのはちゃんが……」

 

「……ええ、あれは完全に壊れてるわ」

 

 結局、昼休みが終わるまで私は妄想の中にいた。当然、そんな私を見て、二人がそんなことを言っていたとは知る由もないことだ。

 

 

 

 そんなこんなのテンションのアゲサゲが激しかった学校もようやく終わった。二人と別れて家と帰還し、お風呂に夕食を終えた私は自室のベッドの上で考え事をしている。

 無論、これからのことについてである。どういう訳があって今の状況になったのかは全くわからない。だけど、このままだと私はまたジュエルシード事件や闇の書事件に巻き込まれると思う。

 いや、勿論無視しても良いのだろうけど、腐っても私は二十年近くも局員をしていたのだ。危険なロストロギアを放っておくという選択肢を私は取ることが出来ない。そもそも、闇の書事件に関してはきっと無条件で関わってくる。それに、やっぱり魔法は私にとって無くてはならないものでもある。

 ならば、昔のようにどちらの事件にも関わっていく方が良い選択だと思えた。となると、残る問題は……。

 

「ユーノ君は別にどうでもいいとして、はやてちゃんも焦る必要はない。となると、フェイトちゃんはどうしよう……」

 

 仲の良い親友だったフェイトちゃん、彼女の最後に見た姿が忘れられない。

 あの綺麗な目に狂気の光を宿して、私は刺してくるフェイトちゃんの姿は今でも鮮明に思い出せる。

 でも、どうしても私はフェイトちゃんのことが嫌いにはなれなかった。だって、当然だよ……。

 

「私達は親友なんだもん、ね」

 

 多分、もっとフェイトちゃんと話をしていれば良かったんだ。

 私が彼と仲良くなってから、フェイトちゃんの様子が少し変になったのはわかっていたのだから。もっとちゃんと向き合えば良かったんだ。そうしたら、あんなことにはならなかったのかもしれない。

 

「はぁ……」

 

 思わず、重い溜め息が出た。正直、少し落ち込んでいる。話し合いはとても大事だってわかってたはずなのに、私はまた失敗しちゃった。でも、同時に一度失敗しちゃったからもう次は失敗しないと決意もする。

 

 これからはもっと良い方に考えていこうと思う。多分、この不思議な現象は神様が私にやり直しの機会をくれたんだ。もっと早く私にバラ色の人生を歩めって神様が言っているんだよ! とはいっても、私の彼氏は彼以外に選択する気はないから……よしっ決めた!

 

「ささっとPT事件も闇の書事件も解決して、早くミッドに行こう!」

 

 私はそう心に決めると思わず立ち上がり、窓を開ける。窓から見える空には沢山の星が輝いていた。そんな空に向け私は宣言する。

 

「絶対に彼とのバラ色人生を私は取り戻してみせるっ!」

 

 そしてその後、夜中に五月蠅いよと家族皆に怒られた……。

 でも、私は負けない……! 私の栄光をこの手に掴むまではっ!

 

  



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第三話。なのはさん(28)の決意

 私の名前は高町 なのは。 

 極々、平凡な普通の28歳だった女性です。

 うん、自分で言ってても全く意味がわからないね。だけどもういいの。もう細かいことは気にしないことにしたから……。

 

 そんな身体は子供、頭脳は大人を地で行く私は、両親が営んでいる喫茶店のカウンターに座り、優雅な一時を過ごしていた。

 

「ん~、偶にはこんな時間も必要だよね……」

 

 そんなことを呟きながら、お父さん自慢のコーヒーの香りを楽しむ。

 ふむ、実にいい香りだ。伊達に何年もマスターをやってはいない。そんな偉そうなことを考えつつ、私はこの僅かな時間のブレイクタイムにほっと息を吐く。

 アリサちゃんやすずかちゃんと話したりするのは楽しいのだけど、小学生生活は私にとってはやはり苦痛でしかなかった。だから、小学校というある種の拷問室から解放された私には、このような憩いの時間が必要不可欠なのだ。

 

「なのは、本当に砂糖もミルクも要らないのかい?」

 

「うん、大丈夫」

 

 そんな私の様子を見てお父さんは少し苦笑いを浮かべ、ブラックで大丈夫なのかと聞いてくる。でも、馬鹿にしないで欲しい。幾ら見た目は子供でも中身は立派なレディなのだ。それに日頃、コーヒーを飲む時は殆どブラックだったし……。お父さんの対応に少し不満を持ちながら、私はコーヒーを一口飲んで…………すぐに涙目となった。

 

「に、苦い……」

 

「あははは……やっぱり」

 

 どうやら、味覚も子供の頃に戻っていたようです。舌を少し出しながら、お父さんに砂糖とミルクを入れて貰いました……。うん。何か色々と締まらないなぁ、私……。

 

 

 

“この念話が聞こえる人! お願いします、助けて!”

 

 夕方にそんな出来事があった、その日の深夜のこと。

 いきなり広範囲に送られた念話によって、私は目を覚ました。正直、寝ていた所を叩き起こされたので気分は最悪である。言い方は余り良くないけど、これって近所迷惑だよね……魔道師限定だけど。

 

 大体、睡眠はお肌にとって凄く重要なんだよ? 若いからって油断しているとすぐにガサガサになっちゃうんだよ? 全く、彼に会う前に私のお肌が荒れ放題になってしまったら、どう責任を取ると言うのだ。ぷんぷんっ。そんなことを考え、ぶつぶつと文句を言いながら私は着替えを始める。……髪は下ろしたままでいいや、どうせ会うのはユーノ君だし。

 私は素早く着替えを済ませると、家族にばれない様にこっそり外へと出た。目指す場所は昔と同じ林の中。待っているのは私の長年の相棒。さっきまではかなり不機嫌だったけど、これからのことを考えるとそれも次第に直っていく。兎にも角にも、これから何をするにしてもレイジングハートが無ければ話にならないのだ。

 PT事件と闇の書事件を解決し、フェイトちゃんやはやてちゃん、皆と出会うためには彼女の力が必要なのだ。それにやっぱり長年の相棒が手元にないのは、少し寂しかった。

 

 念話を受けてから、早三十分。

 私はようやく、ユーノ君が倒れている場所に到着した。勿論、ユーノ君はフェレットモードだった。魔力回復にはその姿の方が良いらしいけど、こんな所でその姿だと他の動物に食べられそうで逆に危険なんじゃないかな。そんなことを思いつつ、私は視線をその横に落ちていた赤い宝玉へと向ける。

 

「……レイジングハート」

 

 私は自然と彼女の名前を呼んだ。すると、今までは何も反応しなかった彼女は、きらりと光る。いきなり私に名前を呼ばれたので、もしかしたら驚いているのかもしれない。

 

“……貴女は何者ですか?”

 

 少しの間があって、レイジングハートが私にそう問いかけてきた。多分、幾通りもの可能性を模索しても答えが出なかったのだろう。機械的な声色に僅かな警戒心を感じた。私はそんな彼女の反応が少し面白くて、ちょっと悪戯して見ることにする。

 

「ふふふ。レイジングハート、貴女は運命って信じる?」

 

“いえ、残念ながら”

 

 私の意味のわからない問いかけにレイジングハートは即答した。それも当然だよね、レイジングハートはデバイスなんだし……。そもそも私だって、運命なんて彼との赤い糸しか信じていない。ああ、もう少し待っていてね。もうすぐ貴方のなのはが会いに行くから……。

 

「そう、なら教えてあげる。私は貴女の運命の相手だよ」

 

 当然、相棒的な意味だけどね! 恋人的な意味では私は全て彼のモノだから! というか、彼以外の選択なんてあり得ない。クロノ? ユーノ? はんっ。あんなヘタレ共には何の興味もありません、おととい来やがれなの。

 

“……理解に苦しみます”

 

「まだまだ未熟だね、レイジングハート」

 

 うん、まだまだAIの成長が足りていないようだ。二十年後のレイジングハートなら、この場面で私が何も言わないでも頷いてくれる。

 大体、進展しない彼との関係に困っていた時だって、レイジングハートはいつも相談に乗ってくれていたのだ。本当に公私共に未来の貴女は最高の相棒だった。

そんなことを思い出しながら、私はレイジングハートを拾って、優しく握り締めた。そして、起動キーを紡いでいく。

 

「我、使命を受けし者なり。契約の下、その力を解き放て……」

 

 思えば、この起動キーを言うのも二十年ぶりだ。自分でも良く覚えていたなと心底、感心してしまう。途中からは、完全にそんな設定もあったっけ? 状態だったのに……。

 

「風は空に、星は天に。そして、不屈の心はこの胸に。この手に魔法を。レイジングハート、セットアップ……」

 

“Stand by ready. set up.”

 

 イメージするのが面倒だから、子供の頃のバリアジャケットを思い返した。杖も勿論、昔の形だ。うん、何かカートリッジが無いと激しい違和感がある。でもまぁ、今は仕方がないか。そんなことを思いつつ、私とレイジングハートは桃色の魔力光に包まれた。いつかはこんな桃色空間を彼とも作って見せると、心に誓いながら……。

 

「どう? 少しは信じてくれた?」

 

“……まだ私にはわかりません”

 

 セットアップが完了し、私はそう問いかける。レイジングハートは少しの間を置いて答えを出してきた、わからないと。うん、でもわからないことは良いことだ。その答えを探していくことでレイジングハートはきっと成長する。

 

「そっか。なら、これから知っていけばいいよ。ただ、これだけは覚えておいてね……」

 

 そう言うと、私は愛機をじっと見つめる。

 白いボディに金色の先端。コアとなるのは真っ赤な球体。愛機、レイジングハートは私の生涯の相棒なのだ。

 

「貴女は私と共に空を舞うために、生まれて来たんだよ」

 

“…………了解”

 

「ふふっ、じゃあ戻ろうか」

 

 レイジングハートの答えに心からの笑みを浮かべ、待機状態へと戻す。さぁ、帰ったら色々とレイジングハートと術式を組まなきゃ! うん、これから忙しくなるぞ~! そう決意しながら、私はレイジングハートと共に意気揚々と帰路へと就いた。

 

“あ、あのマスター。ユーノは……”

 

「あっ、忘れてた……」

 

 レイジングハートがユーノ君のことを思い出すまではだけど……。ごめん、ユーノ君。冗談とかじゃなくて本気で忘れてた。

 

 

「……はぁ」

 

 私は部屋へと戻ると、大きな溜め息を吐く。わざわざユーノ君を取りに戻り、こっそり家に帰ると待っていたのは怒った顔のお父さんとお兄ちゃん。

 どうやら、私が外出したことがバレていたようです……。その言い訳は学校帰りに見つけた野良フェレットが心配だったから……と全面的にユーノ君の所為にすることで何とか許しを得ました。うん、偶には役に立つね、ユーノ君!

 とまぁ、本音混じりの冗談を言いつつ、私はレイジングハートに術式を組み込んでいく。

 

“マスター、本当にこの魔法は必要なのですか?”

 

 その作業中に、レイジングハートからそんな疑問の声が上がった。確かにその疑問は当然のものでもある。少なくとも二十年後の私は使っていなかった魔法だ。いや、そもそも私自身は一度も使ったことがない魔法でもある。

 

「うん。未来は兎も角、今の私にはそれがきっと必要になると思う」

 

“……了解しました”

 

 でも、きっと必要になる場面が出てくると思うのだ。まだこの身体になって、魔法を実際に使ってはいないから確証はないけど……備えあれば、憂いなしとも言うしね。私がそう言うと、レイジングハートも何とか納得してくれたようだ。そして、その後も魔法の登録を行って、その日は就寝となった。さぁ、明日からはジュエルシード探しを頑張ろう!

 

 

 

 数日後。

 

「では、皆さん。さようなら~」

 

『さよなら~』

 

 子供達に混じって、にこやかに帰りの挨拶を口にする。まだこの姿になって一週間程度だが、もう随分と慣れたものである。うん、人の適応能力は実に素晴らしい。勿論、憂鬱なことに変わりはないけど。

 

「放課後、どうする?」

 

「んー、私は特に用事はないけど……」

 

 アリサちゃんの問い掛けにすずかちゃんは答えを窮した。というか、その視線を私へと向けてくる。

 

「ごめんね。今日もまた探し物をしなくちゃいけないんだ……」

 

 私は両手を合わせ、すぐさま二人に謝った。この所の数日間、ウチのクラスの放課後ではこの光景がよく見られている。

 

「えぇ~。なのは、またなの?」

 

「確か宝石みたいな青い石だったよね? まだ見つからないの?」

 

「うん。まだ全部は集まってなくて、落とした人も凄く困ってるみたいなんだ……だから、本当にごめんね!」

 

 二人にはある程度のことを話している。とは言っても魔法関係の話は全く無しで、ただ落し物の青い石を探しているとだけ。

 当然、二人も協力するって言ってくれたけど、落とし主が余り沢山の人に迷惑を掛けたくはないみたいなんだと言って誤魔化した。それと、もしそれらしい物を見かけたら連絡を入れて欲しいとも。

 

「もう仕方がないわね……。なら、土曜日のお茶会には絶対に来てよね?」

 

「うん、勿論! 私もすずかちゃん家の猫ちゃん達と遊びたいもん!」

 

「ふふふ、それじゃあ皆で楽しみに待ってるね」

 

 勿論、お茶会には必ず参加する。ジュエルシードがすずかちゃんの家に落ちているのだし、早くフェイトちゃんにも会いたいからだ。そして何より、私の悲願を達成したいからね!

 

 

 

「ディバイン……バスター!」

 

 放課後、二人と別れた私はジュエルシードの確保に専念していた。私の砲撃がバインドで動きを封じられていた巨大な鳥のようなものを一発で撃ち抜き、封印完了。青い宝石……ジュエルシードが封印状態で宙に浮かび上がってきた。……実に呆気ないものである。

 

「な、なのはさん。お疲れさまです」

 

「うん。ありがとう、ユーノ君」

 

 ジュエルシードを回収した私に、少し腰の引けているユーノ君が労いの声を掛けてきた。何度も“別になのはで良いよ”って言ったのに、未だに呼び方は“なのはさん”である。しかも敬語。いやまぁ、それが良いと言うのならそれで良いのだけれど……何か微妙な気分である。私、何か酷い事したかな~。そんなことを思いつつ、私は大きな溜め息を吐いた。その姿を見て何故かユーノ君がビクッとしていたが、もう気にしないことにする。

 はぁ、本気で面倒臭い。思念体や暴走体はあんなにも弱いのに、見つけるのまでの時間が掛かり過ぎ。観測班のサポートがないと、こんなにも探索って大変なんだね。今頃になって裏方のサポートの重要性を改めて確認させられているよ……。

 

 とはいえ、無い物強請りをしていても仕方がない。今、手に入れたジュエルシードで五個目。海の中にあるのを入れてもあと十個は街の中に落ちている。

 ……まだまだ先は長いようです。もうっ、私は早くミッドに行かなくちゃいけないのにぃ~!

 

“お疲れですか、マスター?”

 

 私が心の中で地団駄を踏んでいると、今度はレイジングハートが声を掛けてきた。まだ未来の彼女とは比べ物にはならないけど、やっぱり彼女は最高の相棒である。この数日で少しずつではあるけど、私達の息は合ってきていた。

 まぁ、ユーノ君が言うにはその速さでも異常な速度らしいけど……。

 

「うんうん、身体的には全然オッケー。でも、探索が死ぬほど面倒臭いよ」

 

“そうですか。しかし、マスターならば何も問題はありません”

 

 インテリジェントデバイスはパートナーとの意思疎通が一番重要である。上手くいけば、1+1を5にも10にもする可能性を秘めているのだ。だから、こうして話をするのは決して無駄にはならない。

 レイジングハートも私をマスターと認めてくれたのか。最近では、かなり言葉数も多くなったような気がする。

 

「して、その心は……?」

 

“マスターは私の運命の相手ですから……”

 

「ふふっ。ありがとう、レイジングハート」

 

 そう言って、私は笑みを浮かべる。レイジングハートもチカチカと点滅している所からして、笑っているのかもしれない。こんな風に軽口を言い合えるようになったレイジングハートの成長が、私は凄く嬉しかった。彼女との会話は、最近の私の数少ない楽しみな時間でもあるのだから……。

 

「何か凄く仲が良いなぁ、あの二人……」

 

 そんな私達を見てユーノ君が何やらぼやいていたようだけど、私のログには存在しなかった。というかユーノ君、早く来ないと置いていっちゃうよ?

 

 

 

 そして、迎えた運命の土曜日。

 沢山の猫ちゃん達に囲まれながら、親友二人と優雅にティータイム。今回は紅茶だから何も問題はなかった……勿論、砂糖は入れたけど。お兄ちゃんと忍さんは……うん、爆発すればいいと思うよ。くそ、リア充め~。そんなことを笑顔で考えながら、私はお茶会を楽しんでいた。しかし、そんな時間もジュエルシードの反応を感知したことで、終わりを迎えることとなる。

 ユーノ君が先行して私がそれを追うという形で私達は席を外すと、予想通りの巨大な猫ちゃんと対面した。

 

「………………」

 

 猫ちゃんの余りの大きさにユーノ君は、口をぽかんと開けて驚いている。確か、昔の私も同じような表情をしていた覚えが少しだけあった。だが、今の私は違う。大きな猫ちゃん(♂)を見て、私のテンションは最高潮になっていたのだ。これはやっぱりあれだよね、うん! 全身でモフモフをしなさいってことなんだよね、うんうん! はっきりと言おう、私はかなり暴走していた。

 

 実は私は二十年前、秘かに後悔していたのだ。

 “何故、あんなに大きな猫ちゃんに私はモフモフをしなかったのだろう”と。

 確かに当時は、その大きさに驚いている内にフェイトちゃんがやって来て、攻撃を受けて、と色々なことがあり過ぎてそんな事を考えている余裕など全くなかった。うん、だからあれは仕方がなかったと諦めていたのだ。

 だが今こうして、私の悲願を果たす好機が目の前にある。ならば何を迷うことなどあるだろうか。いや、ない!

 

「高町 なのは、逝きます!」

 

 そんな声と共に、私はこの期間限定の巨大猫ちゃんに向けて吶喊した。その気持ちよさそうな毛並みを全身でモフモフしようと動き出したのだ。だがしかし……。

 

「バルディッシュ」

 

“Photon lancer. Full auto fire.”

 

「な~う……」

 

 そんな綺麗な声と渋い機械音が聞こえた。それと同時に突然電撃が飛来、私の猫ちゃんに全弾直撃した。苦しそうな声を出しながら、ゆっくりと倒れていく猫ちゃん……。その姿を見て、私の頭の中で何かが切れた音がした。

 

「な、なんてことをしやがるのー!! このパツキン娘っ!」

 

「えっ? パ、パツキン?」

 

 これが一番仲の良かった親友との再会であり、未だ幼き彼女との初めての出会いでもあった。

 

 



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第四話。なのはさん(28)の激怒

 私の名前は高町 なのは。

 極々、平凡な普通の8歳(+240ヶ月)の女性です。

 えっ? それはちょっと無理があるって? ……黙りなさい。そんな事は言われなくても、私が一番わかっているの。

 

 さてさて。もう何となくお分かりかもしれませんが、私は今凄く不機嫌です。

 どのくらい不機嫌かと言うと、去年は問題なく穿けていたスカートが穿けなくなった時くらいに不機嫌です。体重に変化はなかったのに、何故かファスナーが閉まらない。でも悔しいから無理して穿こうとして、ファスナーに下着が挟まった時くらいに不機嫌です。

 

「いい? 一度しか言わないから、その可愛らしい耳の穴をよくカッポジって聞きやがりなさい! このパツキンっ娘! そんなに綺麗な髪しやがって、こんちくしょーめ!」

 

「あ、あれ? もしかして私、褒められてるのかな?」

 

 私は湧き上がる怒りのままにフェイトちゃんに文句を言ってみる。うん、少しスカッとした。だが、そんなことをまともに言ったことがなかったため、激しく微妙な言葉となっている。その所為か、フェイトちゃんも少し困惑気味だ。だが、私はそれを全部無視して話を続ける。

 

「猫や犬、その他色々。この世には沢山の可愛い生き物がいる。皆違って皆良い。そして、何より彼らは私達に安らぎを与えてくれる……そんな凄く貴重な存在なんだ」

 

 猫も良い、犬も良い。モフモフしている可愛い子達なら私は皆、大好きだ。まぁ、逆に虫とか爬虫類系は……少し御遠慮したいけどね。ごめんねキャロ、ルーテシア。貴女達世代の女の子の趣味は私にはよくわからないよ……。やっぱりあれかな、虫キ●グとか恐竜キ●グとかの影響なのかな。旧六課の頃、私は裏でこっそりジェネレーションギャップを感じていたよ。

 

「貴女はそんな彼らを……私の巨大猫ちゃんを傷つけた! それは決して許されることではないよ!」

 

 うん、例え神様、仏様が許しても私が許さない。月に代わってお仕置きしてあげるの。大体、なんであと五分くらい待てなかったのか、と小一時間。あと五分あったら、私は……私はっ……うん、多分時間を延長してただけだと思うな。てへへ。

 

「っ、確かにあの仔には悪い事をしたとは思います。でも、私はそれでもやらないといけないんだ……」

 

 そう言って、バルディッシュを構えるフェイトちゃん。

 一瞬だけ泣きそうな顔になって、今でも悲しそうな目をしているけど、この頃のフェイトちゃんはそれがデフォルトだから仕方がない。待っててね。もう少ししたら、私がきっと笑顔にさせてあげるからっ!そして、もう二度とあんな狂った目や歪な笑顔にだけはさせないからっ! ……でも、その前に一度ボコす。

 

「気を付けてください、なのはさん! 彼女はジュエルシードを狙っているようです!」

 

 ユーノ君が私に大声でそう言ってくる。うん、それは知ってるよ。何と言っても私は二度目だからね。それにしても……一体、いつまで私を“なのはさん”って呼ぶつもりなの? そう心で返しながら、私は愛機を握り締めた。

 

「レイジングハートっ!」

 

“Stand by ready. Set up.”

 

 セットアップしながら、私は思い返す。

 フェイトちゃんにはアルフさん、はやてちゃんにはザフィーラ。

 アリサちゃんには沢山の犬達、すずかちゃんには沢山の猫達。

 親友達には皆、自由に可愛がれるペットが居た。なのに、私にだけ癒しをくれるペットが存在しない。そう。今思えば、その面に置いても私だけリア充ではなかったのだ……ちくせう。えっ、ユーノ君? ……ごめん、ノーコメントで。

 

 セットアップが完了した後、私は周囲に魔力弾を形成……しないで突撃した。勿論、これには意味がある。今の身体で、どのくらいフェイトちゃんとインファイト出来るのか知りたかったのだ。

 ……別に物理的に殴りたかったわけではない、と思う。

 

「はぁぁあああっ!」

 

 気合いの入った声と共に、私はレイジングハートを振るった。当然、フェイトちゃんはその一閃を愛機で受け止める。杖と杖が激しくぶつかり合い、火花を散らした。そして其処からは力での押し合いだ。

 

「っ、いきなりですね……」

 

「油断大敵、だよ!」

 

 凄く近くにあるフェイトちゃんの顔には、驚きと困惑の色が浮かんでいた。どうやら、私が突っ込んできたことに驚いているらしい。ただ、私もあんまり余裕はなかった。この身体、スペック低すぎっ。

 

「バルディッシュ!」

 

「レイジングハート!」

 

 一旦私達は距離を取り、互いに射撃魔法を撃ち合う。

 何発もの金色と桃色の魔力弾が衝突し、爆発。

 煙が立ち込め、視界が悪くなる中。今度は両者突撃、またインファイトへと移る。そんなド突き合いの戦闘をしながら、私はフェイトちゃんに声を掛けた。

 

「貴女はっ、犬派? それとも猫派? っ、ちなみに私は猫派っ!」

 

「……っ、私は犬派っ!」

 

「そっか。でもっ、私も大型犬は好きだよ! もしかしてっ、犬を飼ってるの?」

 

「うんっ、アルフっていうっ、大型犬!」

 

 振るっては受け、受けては振るう。

 避けては振るい、振るっては避ける。

 そんな息も吐けぬ中での攻防、なのだが……何か色々と台無しだった。とてもド突き合いしながらやる会話の内容ではない。でも、私は知っているのだ。この頃のフェイトちゃんは人と話すのが、あまり得意ではないことを。だから、話をするならフェイトちゃんが食い付きそうな話題を提供しなければならないのだ。

 そして、その一つが動物の話題だった。

 

「貴女もっ、何か飼っているっ、の?」

 

「貴女って、言いにくいでしょっ、なのはでいいよっ! ちなみに野良フェレットならっ、家にいる!」

 

「ならっ、私もフェイトでいいっ。フェレットって、ネズミか何か?」

 

「うんっ。大体、そんな感じっ!」

 

 うん、何かあっという間に自己紹介出来てしまった。もう、あれだね。昔の私がこの事を知ったら寝込んじゃうね、確実に。そんなことを思いつつ、私達はまたお互いに距離を取った。流石に話しながらの近接戦は凄く辛いものがある。当然、私の呼吸はかなり乱れていた。

 ……まぁフェイトちゃんの様子を見るに、この身体の体力の無さが一番の原因ではあるみたいだけど。

 

「はぁはぁはぁ。強いね、フェイトちゃん……」

 

「なのはも強いと思う。ただ、近接戦はあまり得意そうではないけど……」

 

「にゃはは、バレたか……」

 

 フェイトちゃんの鋭い指摘に、私は苦笑い。何となく動きとかは読めるんだけど、やっぱり身体の反応が遅すぎるし、何よりリーチに違和感がありまくり。これではフェイトちゃんに勝てるわけがない。実際にかなり押されていたし……。まぁ、そもそも私の近接戦自体が付け焼刃みたいなものだし、しょうがないとも言えるんだけどね。

 私は軽く呼吸を整えると、これからは自分本来のスタイルでやろうと心に決める。そして、レイジングハートを握り直し、誘導弾を作ろうとして……その手を止めることになった。

 

「……なのはは、何でジュエルシードを集めてるの?」

 

 それは唐突な問いかけだった。きっとユーノ君がジュエルシードの名前を出したから、フェイトちゃんも簡単に予想が付いたのだろう。でも、それを抜きにしても私は驚いた。まさかフェイトちゃんの方から尋ねられるとは思わなかったからだ。昔とは何か立場が逆になっているな、なんて思うと少し笑えてもくる。とは言っても、私には別に隠すような深い事情もないので、正直に話すことにした。

 

「そうだね。色々理由はあるけど、最終的には私の願いを果たすため、かな」

 

 そう、最終的な願い。

 一日でも彼と早く結ばれること。

 これを叶えるためだけに、これから私は頑張っていくのだ。目標は彼が十八歳になる、えーと十七年後? ……って。ええっ、後十七年もあるの!? というか思い出したけど、彼って今、一歳? 一歳……ははは、なにそれ? やばい、チョーウケるー。

 

「……そっか。なら私達は敵、なんだね」

 

「そう、なるのかな?」

 

 おっと、呆然としている場合じゃないよね。フェイトちゃんが何かシリアスな話をしているのだ、ちゃんと話を聞かないとっ! それに別に一歳でもいいじゃない。つまり、今の彼は何色にも染まっていない無垢な状態なのだ。これから、私色にゆっくりと染めていけばいいだけの話……ジュルリ。

 ふふっ。今から私は極秘プロジェクト、“彼氏育成計画”の実施を此処に宣言しよう! そう心に高々と誓いながら、私はフェイトちゃんとの会話に集中することにした。

 

「……私ね。凄く不思議なんだけど、なのはとは初めて会ったような気がしないんだ。もっと、昔から良く知っているような気がするんだ……」

 

「そっか。私もフェイトちゃんのことは良く知っているような気がするよ……一緒だね?」

 

 いや、実際に良く知っているんだけどね。でもそんなことを言ってしまったら、私は変な子と思われてしまうので絶対に言いません。というか、もしかしてフェイトちゃんも“アッチ”の記憶があるのかな? もし、そうだとすると嬉しいような悲しい様な複雑な気分になってしまうのだけど……。

 

「……そう、だね」

 

「それに、きっと私達なら仲の良い親友になれるって思う」

 

「っ……なのはとは、もっと違う出会い方をしたかったよ」

 

 私の言葉に、フェイトちゃんは本気で泣き出しそうな顔になってしまった。……事情を全部知っているっていうのも、意外と辛いものがあるんだね。でも今、私が時の庭園に行って、プレシアさんをぴちゅんしても何の解決にもならない。個人的には同じ人造魔道師の娘を持つ親として、凄く文句を言いたい所ではあるけれど。

 それに今はフェイトちゃんのことが最優先だ。あんな狂ったババアのことなんてどうでもいい。まぁ、私が完全にフェイトちゃん側だからそう思うんだろうけどね。

 

「出会い方なんて関係ないよ! 大事なのはその後にどうしていくのかってことだと私は思う!」

 

「なのは……」

 

 そうだよ、出会い方なんて関係ないんだ。私はアリサちゃんとすずかちゃんとは殴り合いで、フェイトちゃんとはやてちゃんとは魔法戦で仲良くなったんだよ?

 ヴィータちゃんとかティアナとかも含めちゃうと殆ど……ダメだ、なんか落ち込んできた……。しかし、それではいけない。私は萎えかけている心に喝を入れる。まだフェイトちゃんに私は全ての想いを伝えてはいないのだ。

 

「だから、わかるよね? 今、フェイトちゃんがしなければならないことが何なのか……」

 

「私がしなければならないこと……そうだね」

 

 私がそう言い放つと、フェイトちゃんが顔を真剣なものへと変える。そして、愛機を持つ手に力を加えたみたいだ。うん、やっとわかってくれたみたいだね。高町家家訓その三、“譲れないモノがあるなら納得が行くまでやり合うべし”

 

「なのは……私の想い、全部受け止めてくれるかな?」

 

「ふふっ。自慢じゃないけど私、砲撃と心の広さには定評があるんだ!」

 

 えっ? どうみてもお前の心は狭いだろうって? 馬鹿なことを言ってはいけないの。どれだけリア充共の惚気話を聞いても、絶えず笑顔を浮かべることが出来るって、それだけで賞賛に値するんだよ。

 あとね、フェイトちゃん。そんな意味は含まれていないのだろうけど、一瞬だけ言葉に寒気が走ったよ。本当に黒フェイトちゃんではないんだよね? ……絶対に違うよね?

 

 そんなことを思いつつ、私達は再度、戦闘をし始めた。

 譲れないものがあるのなら、とことん戦えばいいじゃない。

 きっと互いにそんなことを考えていたんだと思う。だからね、態とではないこともわかっているんだ。態とフェイトちゃんがそんなことをするとも思ってはいないんだ……。でもね……だけどね……。

 

「あっ……」

 

「に゛ゃあ゛――!!」

 

 戦闘中。フェイトちゃんが放った雷撃が再び、動けなかった猫ちゃんに直撃した。しかも、今度は完全にジュエルシードが封印されて、巨大化が解けてしまった……。

 

「わ、私の悲願が……大望がぁ…………ふふふふふふふふ、あははははははっ! 本当、世界はこんなはずじゃないことばっかりだよ!」

 

 クロノ君の名言を頂きつつ、私はこの世の理不尽さを嘆いた。

 ショートケーキの苺みたいに、最後に楽しめばいいやと思っていた私も確かに悪いとは思う。でも、これは酷い……こんな結果はあんまりだよ……。

 

「あの、その、え、えーと。な、なのは?」

 

 しどろもどろな感じで、私に声を掛けてくるフェイトちゃん。その顔は何処か申し訳なさそうというよりは、私の様子に困惑気味だった。私は、そんなフェイトちゃんに話をする。嘗ての嫌な思い出を脳裏に浮かべながら……。

 

「フェイトちゃん……貴女は知っている? 世の中にはペットをどんなに飼いたいと思っていても、飼えない人が居るんだ……。恋人もいないのにペットを飼うとね、何か寂しい人だって影で言われるんだ……」

 

 そう、あれは三年ほど前のこと。

 私は一度だけペットを飼おうか本気で悩んだ時期がある。ヴィヴィオにペットが欲しいと強請られたことを切っ掛けに、かなり真剣に迷っていたことがあるのだ。だけどそんな時、私はある局員達が話していた言葉を偶然にも聞いてしまったんだ。

“女の一人身でペット飼うとか、何か寂しそうだよね?”

“うんうん、何か色々と終わってる気がするよね~”

 そんなことを聞いてしまっては、私がペットを飼えるはずがなかった。

 ただでさえ、灰色ライフだったのに、寂しい人なんてレッテルを貼られたら……もう、ね。

 

「そんな人はね。余所様のお家とか、動物ふれあいパークとかでしかモフモフ出来ないんだ! フェイトちゃんにその気持ちがわかる!? 満足にモフモフも出来ない、そんな辛い日々がフェイトちゃんにわかる!?」

 

「え、えーと……」

 

 私の言葉にフェイトちゃんは困惑をさらに強めた。しかし、今の私にはそんなことは関係ない。いや寧ろ、その後に起こった忌まわしい事件までも思い出し、ふつふつと怒りすら湧いてきた。

 

「わからないよね! そうだ、フェイトちゃんにはわかるはずがないっ! ペットを飼えなくて落ち込んでいたら、“なのはには私が居るよ、わんわん”とか言って、胸を張りながら犬耳を付けて来たフェイトちゃんにはわかりっこないっ!」

 

 あれは本当に忘れたい出来事だった。何とかヴィヴィオを説得し、ペットは飼わないと決めた私に襲いかかって来た珍事件。夜、寝室で一人落ち込んでいた私の所にやってきたのは、頭に犬耳をつけたフェイトちゃん。しかもワイシャツのみっていう……もうね、本当に誰得なのって恰好だった……。そして、あの時、フェイトちゃんが持っていた首輪だけは絶対に見て見ぬふりをした。

 

「確かに可愛かったよ! 悔しい位に似合ってたよ! 世の男達なら狂い立つくらいの破壊力だったよ! でもね、私は女……女なんだよ! そもそも、あれは私に何を期待しているの!? 私に親友をペット扱いして家の中で飼えとでも言うつもりなのかー!!」

 

 私の激しい感情に共鳴して、体内から湧き上がる魔力。

 爆発的に噴出されたその桃色の魔力は私の身体を包み込み、一見オーラのようになっていた。

 そう、今の私は穏やかな心を持ちながら、激しい怒りによって目覚めた、地球生まれの魔道師……。不屈のエースオブエース、高町 なのは――!

 

「レイジングハート!」

 

“All right.”

 

 私がレイジングハートに声を掛けると、純粋なミッド式ではない術式が発動した。そして、桃色の魔力光が私の身体を包み込む。

 

「っ、な、何を……」

 

「良い事を教えてあげるよ、フェイトちゃん。私はね、あと一回変身を残しているっ!」

 

 何が起こるのかわからず、動揺をしているフェイトちゃん。そんな彼女に私は自信満々にそう答えた。……何か悪役っぽいのは気の所為だと思いたい。

 

「な、なんだってー!?」

 

 そして、そこにユーノ君のナイスな合い手である。

 どうやら、彼は御約束というものを理解しているようだ。うん、少し見直したよ。それに所々で存在感をアピールしてくるそのアグレッシブな感じ、私は嫌いではありません。そういう面が“アッチ”のユーノ君に決定的に足りなかったものだよ!

 

 そんなことを思いつつ、私は変身を完了……することはなかった。変身途中で、レイジングハートから念話が届いたのだ。

 

“マスター、御友人達がマスターを探しに此方に向かって来ています”

 

「……っ。そっか、時間切れだね。ユーノ君、戻るよ!」

 

 ……遺憾ではある。

 大変遺憾ではあるが、引き際を間違えるわけにはいかない。私はすぐに術式の展開を中止し、バリアジャケットも解いた。もう完全に戦闘する気はゼロである。

 

「えっ? えっ? じゃあジュエルシードはどうするんですか!?」

 

 私の言葉にユーノ君から驚きの声が上がる。

 私だって、こんな中途半端な感じは嫌ではある。だけど、アリサちゃん達はこっちに向かっているのだから仕方がないのだ。魔法少女は、その存在を誰にも知られるわけにはいかないのだから。

 

「あれはフェイトちゃんが封印したんだよ? だからフェイトちゃんのモノなの」

 

「そんな……」

 

 だから、ユーノ君ごめん。今日の夕飯は予定していたミミズに代わって、ご褒美用のフェレットクッキーにするから、許してね。そう心で謝りながら、私はフェイトちゃんの方に身体を向ける。

 

「フェイトちゃん、そのジュエルシードは預けておくね」

 

「っ、次は負けないよ、なのは。この次は、ちゃんと勝ってから手に入れて見せる」

 

「ふふっ。なら勝負、だね」

 

 別に、今日もフェイトちゃんの負けではないと思うんだけどなぁ……。でも、フェイトちゃんって意外と負けず嫌いだもんね。なら、私も全力でお相手をするだけだよ!

 

「私、負けないよぉ?」

 

「私も負けないっ!」

 

 そんな言葉を最後に交わし、私達は別れた。

 うん、何か凄く予定とは違う形になったけど……まぁ、いっか。何だかんだ言って、昔よりも早く仲良くなれそうだし……。

 

 そんなことを思い、私は此方に走って来るアリサちゃんとすずかちゃんに笑顔で手を振った。

 



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第五話。なのはさん(28)の失敗

 私の名前は高町 なのは。

 極々、平凡な普通の中身が28歳の女性です。

 何かもうこの自己紹介の仕方も慣れてきた感じがするよねー。……うん。やっぱり慣れって怖いなぁ。

 

 フェイトちゃんとの初遭遇を終え、アリサちゃん達に上手く言い訳をして誤魔化したその日の夜。夕食後、お風呂を終えた私は濡れた髪をタオルで拭きながら、ユーノ君とレイジングハートに声をかけた。勿論、今後どのように動いていくのか作戦を練るためである。

 

「ユーノ君、レイジングハート。一歳の男の子を骨抜きにする方法って何か知っている?」

 

 内容は当然のことながら、ジュエルシード集めのこと……ではなく“彼氏育成計画”の方だ。ジュエルシードはどうせ最終的にフェイトちゃんと全掛けして争うのだから、そんなに慌てる心配はない。あとは黒フェイトちゃん対策も立てないといけないけど、優先順位としてはまだ下だ。だから、私は真剣に二人と“彼氏育成計画”についての内容を話し合おうと思った。

 

「……なのはさん。もう夜も遅いですし、お休みになった方がいいと思います」

 

“……マスター、きっと今日の戦闘で頭も疲れたのでしょう。もう休んだほうが……”

 

 だというのにユーノ君はおろか、レイジングハートまで私に寝るように勧めてくる始末。……これはあれかな? 二人とも私の精神がおかしくなったとでも言いたいのかな?私は初めから正気だというのに……二人とも本当に失礼だよ、ぷんぷんっ。

 二人のあんまりな対応に私は頬を膨らませつつ、、無言でドライヤーのスイッチを入れる。

 

「ちょっ。な、なのはさん!?」

 

“マスターが御乱心!?”

 

 すると、たまたま(・・・・)熱風がユーノ君とレイジングハートに当ってしまったようだ。あはは。ごめんね、何かいきなり手が滑っちゃったや。でも大丈夫、ちょっとだけ威力が“強”になってるけど、多分熱いだけだから。そんなことを考えながら、私はドライヤー片手に二人を追いかけまわした。

 慌てて熱風から逃げ惑うユーノ君とレイジングハートの姿は……うん、ほんの少しだけ面白かったです。

 

 

 

 さてさて。そんなこんなで時間も経ち、私の髪もやっと乾いた後。私は二人が真面目に話を聞いてくれないので、一人で作戦を練ることにした。

 私の覇道(バラ色道)を成すためには、極めて綿密な計画を考えなければならない。

 当然、私の気合いも入るというものだ。まぁ、計画とか練るのって元から結構好きなんだけどね……えへへ。

 

 まず一番のポイントは、彼をいかに早く私にぞっこんにさせるかである。

 彼をどれだけ素晴らしい男性に磨き上げても(元から彼は最高だが)、他の女に取れるなんて悲しすぎる……。そんなことは絶対にあってはならないし、あったらもう立ち直れない気がする。

 

 そこで考えなければならないのが、彼との初めての出会い方だ。

 これはボーイ・ミーツ・ガール的な意味でも最重要事項であると言える。それに上手くいけば、幼少期だから刷り込みにもなるかも……うふふ。

 

 えっ? フェイトちゃんには違うことを言わなかったかって?

 …………私だってそういうミスも偶にはあると思うの、だって人間だもの。あとよく言うのよね? それはそれ、これはこれって! うん、つまりはそういうことなんだよ!

 

「……何か良い方法はないかな~?」

 

 私はベットの上で足をバタバタさせながら、一人で頭を悩ませる。

 ちなみにユーノ君は、タオルをを敷き詰めた特製ベットの上でもうお休み中だ。私がこんなにも必死に悩んでいるというのに、全く何とも暢気な奴である。でも、良い感じの出会い方かぁ。ベタかもしれないけど、パンを咥えて彼と衝突! 大作戦かな?

 だけど、あれって実は転校生とかだったりするからこそ、運命性を感じるわけで……。というか、一歳の彼に私がぶつかったら、万が一でも彼に傷を付けてしまうかもだし……うむむ。

 

 突然、空から私が降ってくるっていうのは……ダメだね。そう簡単に飛行許可が取れるとは思えないし、飛行魔法すら満足に出来ない子だなんて思われたくないもんっ。

それと同じように、携帯を落として届けて貰っちゃえ! 大作戦もミッドと地球の携帯では繋がらないので却下だ。それに多分、一歳では携帯を操れないだろうし……あっ、でもレイジングハートなら!

 

“マスター。そんな珍妙な顔を向けて来ないで早く寝て下さい、明日に差し支えます”

 

「……はぁ~い」

 

 私が期待の篭った目を愛機に向けると、とても冷たい声が返ってきた。機械音声なのに何故か不機嫌だとすぐにわかる声色である。

 どうも、さっきドライヤーの熱風を浴びせたことでレイジングハートは怒っているらしい。それでも私の体調の事を考えて早く寝ろと言ってくるあたり……とても世話好きな相棒だ。そんな事を思い、私は少し笑みを浮かべつつ、電気を消して布団を被るとまた考えを纏め出した。

 

 多分、中学を卒業するまではミッドに移住させて貰えないだろうから、隣に引っ越してきましたー作戦も無理。つまり、私は彼の幼馴染ポジションにはなれないってこと……むむむ。

 となると、優しい憧れのお姉さんポジションを狙うしかない。なのはお姉ちゃん……うん、これは何か凄くいい響きかも。しかし、それもすぐにタマね……いや、“ナノ姉たまんねェ!”と変わるわけだ。

 ふむふむ。だとすれば、彼がもう少し大きくなってから近場の公園とかで遊んであげればいいのかな? 偶然を装えばそれくらい上手く出来ると思うし、結構現実的かも……。

 

 夕陽に染まる公園。

 さっきまで共に遊んでいた子達も帰ってしまい、彼は一人ブランコに揺られている。そんな彼(四歳仕様)に優しく声を掛け、そっと微笑む私(十一歳仕様)。

 

“おねーちゃん、だ~れ?”

“私? 私の名前は高町 なのは”

 

 うん、始まりはこんな感じで良いと思う。

 あとは此処からなんやかんやして、仲良くなればいいのだ。私はイメージする、常に最強(バラ色)の自分を!

 

 夕方の公園で遊ぶ彼と私。

 ブランコ、滑り台、ジャングルジム、etc……。

 沢山の遊戯を遊び尽くしていくうちに、彼はだんだんと私に心を許していく。私はそんな彼を常に優しい笑顔で見つめていた。でも、楽しい時間はすぐに終わってしまうもの。日が暮れてしまえば、私達はお別れしなければならない。

嫌だと駄々をこねる彼。私はちょっと困り顔。そんな対照的な二人はとある約束をする。

 

“もう今日はお別れだけど、またきっと会えるよ”

“……ほんと? ぜったいにあえる?”

“うん、君がそれを望むのなら必ず、ね”

 

 不安げな顔をしている彼の頭を撫でて、私は笑顔でそう告げる。

 なぜなら私にはわかっているのだから、私と彼は絶対運命で繋がっているのだと……。

 

“それなら、ぼくまってるよ!”

“ふふっ、今度会う時はもっと素敵な人になっててね?”

 

 そう言って、彼の頬にちょんと唇を落とすと私は優雅に去っていく。そして彼はそんな私の後ろ姿をずっと見つめる、その幼き胸に淡い想いを残したまま……。

 

 な~んていうのはどうかな……でへへ。やばいっ! これってかなり良いっ! これぞ、幼少期の出会いって感じで何か運命っぽいよ! というか私、キスしちゃってるー!? ふふふ、もう仕方ないなぁ……えへへ。

 私は布団の中で色んなことを妄想しながら、くねくね動き、ごろごろ転がる。途中で、レイジングハートに何度か注意されたけど、そんなの知らないもん! そして、そのまま私の妄想タイムは夜が更けるまでかなりの時間続くのであった。

 

 

 

 

 

 そんな日から暫く経った、とある全国的な連休の日。私達高町家は例年通り、皆で温泉へと行くこととなった。今回はアリサちゃんやすずかちゃん達も一緒なので、かなりの大人数である。

 実は前日の晩から私のテンションはもの凄く高く、中々眠れなかった(なんか変な所だけ小学生みたいでちょっと恥ずかしい)。

 でもでも、私は仕方がないとも思うのだ。だって、温泉だよ? 美味しい海の幸だよ? 二泊三日だよ? これでテンションの上がらないような奴は、もう空気が読めてない奴だと私は思うの! それにヴィヴィオ達と旅行に行くと、何故か普通の旅行にならないんだもん! だから、偶には私だって普通の旅行を楽しんだっていいと思うんだ!

 

「温泉、楽しみだね~」

 

「ねぇねぇ、温泉の後は卓球しようよ、卓球!」

 

「んー、私はおみあげを見たいかも……」

 

 私は車内で親友たちと話をしながら、ふと娘達と行った数々の旅行のことを思い返す。気が付けば、魔法少女ではなく拳系少女に育ってしまった私の愛娘。いや、別にそれはいいのだ。何か健康的で良いとも思うしね。ヴィヴィオがやりたいって言うのなら私も止める気はありません。

 でもね、誰も友情まで拳で勝ち取ってこいとは私は言っていませんよ?

 まぁ色々と事情もあったし、私が言えた立場ではないのかもだけれど……それでも、と思ってしまうのです。ママとしての意見を正直に言うと、もう少しだけおしとやかに育って欲しかったよ。……学校では“ごきげんよう”とか言ってるのにホント、誰に似たのかなぁ。

 

 それでね。そんな娘と旅行に行こうとすると、何故か他の皆も着いて来て訓練合宿になるんだ……。確かに日頃からの訓練は大事だよ、うん大事。だけどね、日頃汗水垂らして働いているママ的には、のんびりとした旅行だってしたいよっ! 何で毎回毎回、大人数で模擬戦とかしなくちゃいけないの!? いや、確かに私も訓練メニューを考えるのは嫌いではないんだけど……正直、毎回それはどうかと思うんだ。

 しかも極一部の奴らは、彼氏付きで参加とかしやがって……あのくそリア充共め。当然、夜は皆が彼氏とイチャコラムフフするので、私はフェイトちゃんと二人で悲しく晩酌。酒を煽りながら愚痴を言う私にフェイトちゃんが“なのはには私がいるよ”と笑顔で囁くのは最早デフォルトである。

 大体、何が“彼も参加したいって言うので、連れてきちゃいました☆”だっ! あのブルー&オレンジコンビめ。まぁ、念入りに隙間なく誘導弾で囲んで、バスターで綺麗にブチ抜いたら次からは連れて来なくなったからいいけど……。私だって、偶には……偶にはっ……うぅぅ、がおぉぉっ~!!

 

「なのは、突然どうしたのよ?」

 

「大丈夫、なのはちゃん?」

 

「えっ? ……あっ、何でもないよ! ああ、早く着かないかな~♪」

 

 いけない、いけない。何かもう少しで狂化するところだった……。

 えっ? お前、既に狂化しているだろうって? ……もうっ、そんなことあるわけがないじゃないですか! やだなー。私は何処からどう見ても、極々平凡で心がピュアな女の子ですよ?

 まぁそんなつまらない話はどこかに置いておいて、今は温泉ですよ、温泉! 温泉っていいよねー。日本人と言えば温泉! みたいな感じもするもん。長年、ミッドに住んでいた者からすれば、本家本元の温泉を楽しみたいと思っても仕方がないと思うんだ。

 

 それに確かジュエルシードも宿の近くに落ちてて、フェイトちゃんとも二度目の会合をするはずだからソッチの心配もなし。多分、フェイトちゃんは私との勝負を待っているはずだから、今の内にリフレッシュして最高の状態でお相手をするの! ってことで、ジュエルシードのことは温泉を楽しんでからでも遅くはないよねー。そんな事を暢気に考えつつ、宿に到着した私達は早速温泉に入ることになった。

 

 

「ふっふふん♪ ふっふふん♪」

 

「何かなのはちゃん、今日は凄くご機嫌だね?」

 

 私が鼻歌交じりで着替えをしていると、隣にいたすずかちゃんが苦笑しながら声をかけてくる。確かに自分でも浮かれてるなーと思うけど、どうやら周りから見てもそうらしい。お母さん達もそんな私の様子を見て、何やら嬉しそうに笑っているし。

 

「えへへ。実はこの旅行、凄く楽しみにしてたんだ」

 

「そっか。なら思いっきり楽しもう?」

 

「うんっ!」

 

 すずかちゃんの言葉に大きく頷き、私は温泉に入る用意を完全に終える。後は、アリサちゃんとすずかちゃんを待って……って、あれ? アリサちゃんは? そこまでいって、ようやくアリサちゃんがいないことに気がついた。しかし、何度か周りを見渡すと、すぐにアリサちゃんを見つけることに成功する。……何やら揉めているようだ。

 

「こらっ、ユーノ! 暴れないの!」

 

「キュッー! キュッー!」

 

 何やら必死に逃げるユーノ君とそれを押さえつけるアリサちゃん。一体、何をしているんだろう? まだアリサちゃん、服着たまんまだし……。でも、確かにあれでは着替えなんて出来るわけがありません。つまり、私はまだ温泉に入れないというわけで……これはかなり由々しき事態なの。

 大体、ユーノ君は何をそんなに騒いでいるの? 一応、ペットの持ち込みは可だったはずだけど……。

 

「アリサちゃん、ユーノ君は私が預かるよ」

 

 とはいえ、このままでは埒が明かないので私がユーノ君を確保することに。すると不思議なことに、私が捕まえるとユーノ君が大人しくなった。何? ユーノ君ってアリサちゃんが苦手だったの?

 

「うん、お願い。それにしてもユーノってお風呂嫌いなの?」

 

「んー。家では暴れたりはしないんだけどなぁ……」

 

 いつも家では洗面器にお湯を入れて洗ってあげるんだけど、特に嫌がったような感じもなかった。どちらかというと、乾かす時の方が嫌がったくらいだ。でも確かに顔色も何か赤……いや青いし、汗もダラダラ流しているし……う~ん、本当にお風呂嫌いなのかも?

 だが、私がそんなことを考えていたのも少しの間だけだった。

 なぜならアリサちゃん達の準備も整ったので、やっと温泉に入れるようになったからだ。要するに偉大なる温泉の前にそんな些細なことは、完全に私の頭から放り出されたのである。…………後にユーノ君を襲う惨劇は、アースラが地球に来た日に行われる、フフフ。

 

 

 

「ふにゃぁ……」

 

 温泉に入ること早一時間。

 私は絶景の露天風呂に浸かりながら、半分くらい蕩けていた。いや、正確には垂れていた。俗に言う“たれなのは”である。

 

「あらあら、なのはは意外と温泉好きだったのね?」

 

「何かすごく蕩けてるね、なのはちゃん」

 

 傍にいるのは、お母さんと忍さんの二人。お姉ちゃんやノエルさん達はサウナの方にいっちゃったし、アリサちゃんとすずかちゃんはもう先に上がっていきました。一応、私も後からおみあげ売り場で合流予定です。

 ああ、ちなみにユーノ君は何か鼻血を吹いてぶっ倒れました。どうやら体調が悪かったようです。……今日は何かミミズ以外の美味しいモノを食べさせてあげようと思います。

 

「うん、温泉って凄く気持ちがいいもん。あとは上がってから、海鳴温泉サイダーを飲めば完璧だよ~」

 

「ふふっ、そうね。なのはがそんなに喜んでくれると私も嬉しいわ」

 

 温泉上がりの冷たいサイダー。カラカラの喉に通る爽やかな冷たい炭酸。海鳴天然水を使った地サイダーは可愛いラベルに進化して、なんと驚きの200円ぽっきり! うん、これは絶対に美味しいに決まっているよっ! ……本音を言えばアルコールが欲しいところではあるけれど、そこはちゃんと我慢します。

 

「ねぇねぇ、なのはちゃん。いきなりな質問なんだけど、なのはちゃんは好きな子とかっていないの?」

 

「ふぇ? 好きな子、ですか?」

 

 私がぼんやりとそんなことを考えていると、何やら忍さんが目を輝かせて話を聞いてきた。しかも内容が好きな子について……うん、本当にいきなりである。

 詳しく話を聞くと、どうやらすずかちゃんはそんな話を一切してくれないのでつまらないらしい。……いやいや、だからって私に聞いてくるのはどうなの!?

 

「そうね。私もなのはからそんな話を聞いたことがないから、ちょっと気になるわ」

 

 そう心から突っ込みを入れていた私に、お母さんからの援護射撃が飛んでくる。しかも、お母さんの目も何故かキラキラしていた。ああ、女の人って何歳になっても恋バナって好きだもんね……。

 

「えっと、んーと……秘密です」

 

 そんなことを思いながら私は答えようと口を開き、何故か秘密という濁した答えを言った。はっきりといないと言えば話はそこで終わったはずなのに、何でか私はそう言ってしまったのだ。……もしかしたら、本当は誰かに彼のことを話したかったのかもしれない。

 

「ええ~、誰もいないんだからいいじゃない~」

 

「そうそう。恭也や士郎さん達、勿論すずか達にも絶対に黙ってるから、ね?」

 

 当然、二人は更に聞き出そうと私に詰め寄ってきた。しかも、なにやらさっきよりも目の輝きが増している。

 ……これはかなりマズいことをしたかもしれないなと思いつつも、不思議と嫌だとは思わなかった。

 

「それに、秘密ってことはいるってことよね?」

 

 だからだろうか。お母さんがその言葉を言った時に、もう話しても良いかなと思ってしまった。隣で忍さんもうんうんと頷いているし、もう逃げ場はないようにも感じたのも理由の一つではあるけれど。軽く溜め息を心の中で吐くと、私は正直に話すことにした。勿論、色々と誤魔化しを入れてだけれど。

 

「……実はいます。ちょっと年下だけど……」

 

 私が小さな声でそう言うと、お母さんと忍さんが黄色い悲鳴を上げた。もうそこからは怒涛の質問攻めである。しかも私も答えていくうちにだんだんと興が乗って来てしまったから、さぁ大変。そもそも、私はまだ彼との惚気話を今までまともにはしていなかったのだ。そんな私が彼の話を始めて簡単に止まるだろうか、いや止まらないっ!

 

「彼は凄く頑張り屋さんなんです。私と初めて会った時も――――」

 

「それで、笑った時の顔が凄く可愛くて――――」

 

「彼と一緒にいると、こう胸がポカポカしてきて――――」

 

 最早マシンガンのように私の口は、言葉という弾を撃ち放っていった。だけど、私の彼氏自慢を二人はふむふむと笑顔で頷きながら聞いてくれる。そのことが嬉しく、私は更に沢山の話を続けていった。そして……。

 

「――――そんなわけで彼はすっごく優しいんです! 彼こそが最高の男性だと、私は思います!」

 

 私は彼のことを語り終えると、最後にそう締めくくった。魔法関係のこととかを省いて違和感がないように子供に置き換えての話だったので、凄く頭を使って大変ではあった。こんな時はマルチタスクを鍛えてて良かったと心底思う。

 

「なのはは、本当に彼の事が好きなのね?」

 

「うんうん。なのはちゃん、凄く楽しそうな顔で話してたよ」

 

「そ、そうかな? えへへ」

 

 二人の指摘に私は照れくさくなり、ぽりぽりと頬を掻く。そんな私の様子を二人は優しい顔で眺めていた。でも、あれだね。何かこうしてみると不思議な充実感があるんだね……。皆があんなにも惚気話をしたくなる気持ちが少しはわかった気がするよ……まぁ、もう聞くのは勘弁だけどね!

 私はそう思いながら、湯船に全身を浸けた。半身浴みたいになっていたから上半身が冷えたのである。とまぁ、ここで話が終われば良かったのだ。そうすれば、あんな失敗をしなくても良かったのだ。しかし、残念ながらそうはならなかった。

 

「だけど、最高の男性っていうのは訂正しないとね。最高の男性は私の士郎さんだもの!」

 

 何故なら、お母さんが変な対抗意識を燃やしてきたからである。しかし当然、そうなってくると私達が黙っているわけがない。私と忍さんはすぐさま、抗議の声を上げた。

 

「いえいえ桃子さん、私の恭也が最高の男性ですよ!」

 

「最高は私の“ミっくん”に決まってるよ!」

 

 ……もうそこからは酷かった。露天風呂に浸かりながら、三人して自分の男の良い所を上げまくっていったのだ。だが、それは決して喧嘩にはならなかった。私達はそれぞれの言葉に、時に共感し、時に反論し、時に涙し、時に笑い合った。温泉で繰り広げられる、年齢の異なる三人のがーるずとぉーく。だがこれが意外と楽しく、盛り上がったのだ。……何故か義兄弟ならぬ、義姉妹の誓いを結んでしまうほどに。

 

 後日、その光景を目にしたお姉ちゃんが“私だけ仲間外れだよぉ……”と嘆いていたのは全くの余談である。しかし、本当にそのくらいに盛り上がっていたのだ。だから、ミスがあったとすれば、些か“盛り上がり過ぎた”ことである。更に付け加えるなら、途中から忍さんの頼みでノエルさんが持ってきた飲み物が全ての原因である。

 

 

 温泉に入って五時間後、私達はお姉ちゃんやノエルさん達に救助された。まぁ、簡単に言うと私達は三人揃って、見事にダウンしてしまったのだ。……ぐでんぐでんに酔っぱらったと言い換えてもいいかもしれない。

 

 

 でもそうなってしまうと、私は当然夜も爆睡なわけでして。

 ジュエルシードが発動しても、全く目を覚まさないわけでして。

 どんなにユーノ君やレイジングハートが起こしても起きないわけでして。

 

 私が目が覚めたら朝で、もう全てが終わっていました……。外ではスズメがちゅんちゅん、隣ではユーノ君がさめざめと泣いていました……。

 

 

 ……私、高町 なのははやってしまったようです、てへへ☆

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、そんなことを全く知らないフェイトちゃんはというと……。

 

 ――ジュエルシード封印から五分後――

 

「なのは、遅いなぁ……」

 

「そうだね~」

 

 ――更に三十分後――

 

「フェイト~、もう帰ろうよぉ」

 

「ううん、もう少しだけ待ってみよう?」

 

 ――更に一時間後――

 

「フェイト~」

 

「……なのは、どうしたのかなぁ」

 

 ――更に三時間後――

 

「……ぐすっ……なのはぁ」

 

「フェイト、今日はもう帰ろう……」

 

「……ぅん」

 

 かなりの時間、待ちぼうけを食らってたみたい☆

 

 



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第六話。なのはさん(28)の衝撃

“――シロ、貴女が私の鞘だったのですね……”

 

「ん~。このセリフが下ネタにしか聞こえない私って、人としてどうなのかな?」

 

「……終わってると思います」

 

“一度、病院に行ってみた方がいいかと……”

 

「二人とも酷いっ!?」

 

 

 私の名前は高町 なのは。

 極々、平凡で普通な8歳の凄くピュアぴゅあな女の子です♪

 え? 何を気持ち悪いこと言ってるんだって? ……うん。確かに言ってはみたものの、正直これはないなって自分でも思った。

 

 でもでも、私って結構純情系ではないかとも思うんだ。

 ほら、脇目も振らずに彼一直線な感じとか? まさに尽くす女の体現とも呼べないこともないよーな気がしたりもする。まぁ、少し空回りしやすいことは完全には否定できないけどね、えへへ。

 さて。そんなことを考えている私は只今、天使のような白い服を纏いながら夜の空を華麗に舞っていたりします。しかし、それは当然彼氏との夜間飛行なんていうロマンティックなものでは決してありません。

 最近はちょっと忘れていた私のもう一つの顔、魔法少女のお仕事のためなのです。

 

「■■■■■■■――――っ!!」

 

 追って来るのは、犬なのか何なのか良くわからない四足歩行の黒い化け物。所謂、ジュエルシード暴走体。正直、もう少し可愛ければ良いのになぁと私は暴走体の突撃を避けながら思っていた。

 そう私の今日のダンスパートナーは彼なのだ。これがミっくんだったのなら一体どれだけ私のテンションが上がることか……。

 

「はぁ、世の中って本当に儘ならないよね……」

 

 深夜に突然現れたジュエルシード反応。

 流石に今回は寝過すわけにも行かず、眠い目を擦りながらの深夜出勤。

 前回の失敗があるから、起こしてきたユーノ君に八つ当たりも出来ないというジレンマ。しかも“彼氏育成計画”の作戦を練ってみたものの、行動を開始するのに後何年か掛かるという衝撃の事実に気が付いてしまった私は、かなり憂鬱な状態だった。

 とは言え、さっさとコレを片付けないと明日の学校に差し支えてしまう。前にも言ったけど、睡眠不足はお肌の敵なのだ。油断するとすぐに……ぶつぶつぶつぶつ。

 

「なのはさん! 後ろっ!」

 

 そんなことを空中で静止し暢気に考えていると、ユーノ君の大きな声が聞こえてきた。そして、それと同時に私に迫って来るジェルシード暴走体の凶悪な爪。……でも何も問題はない。寧ろ計画通りだ。

 

「砲撃に難しい事は何も要らないの。ただ、ぎゅっと敵の足を止めて……」

 

“Restrict Lock”

 

 まるで誰かに講釈するように私は言葉を紡ぎつつ、暴走体の四肢の動きを封じる。当然、暴走体はそれを外そうともがき、叫び声を上げるわけなんだけど……逃げ出す時間なんて与えない。

 はっきり言うと私はまだ眠いのだ。眠くて若干イライラしているのだ。それに子供は成長の為にも九時には寝なくちゃいけないとも思う……深夜アニメを見ていたことに関してはノーコメントで。

 

「どっかんと撃ち抜く!」

 

“Divine buster”

 

 だから半分くらい八つ当たりを込めて、私は砲撃をぶっ放した。私の声と共にレイジングハートが声を上げると、桃色の砲撃が暴走体を瞬く間に飲み込む。そして暴走体は苦しみの声を上げることもなく、ただ静かに消えていった。残されたのは、取りつかれた野良犬らしき姿と青く光るジュエルシードだけ……。

 はい、これで本日のお勤めは終了です。ちょっとというかかなり呆気ないけど……終了です!

 

「むぅ~、何か目が覚めちゃった」

 

 ジュエルシードをレイジングハートに収納した後、私はそう言葉を漏らした。早く帰って寝たかったからささっと終わらせたんだけど、逆に目が冴えちゃった。う~ん、砲撃を撃ったのは少し失敗だったかも。でもだからって、このままフェイトちゃんが来るのを待つのは面倒臭いから帰るけどね!

 

「それに、これでやっと六個目……」

 

 私が前の物を手に入れてからもう二週間以上が経っている。なのに、まだ私の収穫は一個って……はぁ、かったるい。そりゃ確かにフェイトちゃんも頑張って集めているわけだし、猫ちゃんの時は譲ったし、この前は私のミスで寝過したわけだから仕方がないのかもしれない。だけど、それにしたってこのペースは遅いと思う。

 何度か広域検索を試してみたけど、疲れるだけであんまり効果はなかったしなぁ。もうっ、本当に発動していないジュエルシードは見つかりにく過ぎだよ! ああ、早くアースラが来ないかなぁ。そうしたら、私があっちこっちを探すよりも断然効率が良くなるのに……。

 

“マスター、お疲れ様です”

 

「お疲れ様です、なのはさん!」

 

「ん~、二人ともお疲れ~」

 

 私がアースラの来訪を心待ちにしていると、二人が労いの声をかけてくる。それに軽く笑み向けながら返事をし、私は良い探索の方法を考えていた。何かないのかなぁ。三人で出来て、もっと効率の良い作戦……主に私が疲れないような作戦。

 メンバーは私、レイジングハート、ユーノ君の三人。私を除けば二人。でもレイジングハートはデバイスだから実質、ユーノ君一人。ってああ、なるほど~。

 

「うん、良い方法を思いついた!」

 

 私は思わずぽんと手を叩く。

 そう、私は思い付いてしまったのだ。私が疲れないで良く、しかも効率的な方法を。やばいっ、こんなことを思いついてしまった自分の頭脳が恐ろしいっ! でもこれは実行するべしだよ! というわけで……。

 

「ユーノ君、君に決めたっ!」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 さてさて。楽しいはずの温泉旅行ではちょっとしたアクシデントもありましたが、結果的にはお母さんや忍さんと仲良くなれたので良しとしました。というか、そうとでも思わないとやってられないっていう……ね。

 まぁ、今まで私達三人の仲が別に悪かったというわけではないんだけど、やっぱり裸の付き合い効果は絶大なのか、更に私達は仲良くなりました。具体的に言えば……。

 

「あっ忍さん、それロンです!」

 

「ええっ!? なのはちゃんまたぁ!?」

 

「な、中々やるわね、なのは……」

 

 あれからちょくちょく女子会的なノリでがーるずとぉーくが開催されるくらいに。あーちなみに偶に麻雀とかして遊んだりもしています。お母さんが三十代。私は(中の人)二十代、忍さんが十代。見事に年齢が皆バラバラです。だけど、それが何故かいい感じのハーモニー(と書いて暴走と読むかも?)を奏でてくれたりするから侮れない。勿論、アリサちゃんやすずかちゃん達とのおしゃべりも楽しい。でも、それと同じくらいに二人と話をするのが私は楽しいと感じていた。

 

 それに忍さんはお兄ちゃんと結婚すれば、私の義姉、お母さんの義娘になるのだ。仲が良くても何も問題はないし、寧ろ家族となるのだからこっちの方が良いとも言える。

 

「うぅぅ。私、ルール知らない……」

 

 何か隅っこでお姉ちゃんがしくしくと泣いているのが見えたけど……うん、気にしたら負けだね! ああ、ちなみにこんな感じでもジュエルシードについては何も問題はありません。

 だって、街には自動探索機フェレットサーチャーを放っていますからね!

 

「……(きゅぴーん)はっ、今誰かに期待された気がした!」

 

 私の考えだした作戦。

 それは自分で働くのが嫌ならユーノ君を働かせればいいじゃない! という素晴らしいものだった。これにより私の疲労度は軽減され、しかもユーノ君も活躍の場が増えるという正に一石二鳥なアイデア。ふふふ。我ながら自分の頭脳が心底、恐ろしいよ。

 

 

 

 

 連休が明ければ平日がやってくる。平日になれば小学生は学校に通わなければいけない。そんなこの世の理に従い、私はすこぶる低いテンションのまま今日も学校へと向かった。

 本当に小学生と魔法少女の二足の草鞋は大変だ。まぁ、昨日からはユーノ君が頑張ってくれているからかなり楽にはなったけれど。それでも私が毎回休むわけにもいかないので、結構大変なのである。しかし、そんな私の頑張りを神は見放さなかったらしい。

 アリサちゃん達と旅行中のことなど(ニ日目は普通に楽しみました)を話しながら昇降口に向かい、自分の下駄箱を開けてみると何とそこには驚くべき代物が置かれていたのだ。

 

「っ、これはっ!?」

 

 一瞬だけ呆然としてしまったけどすぐさま冷静になり、私はその代物をそっと鞄の中にねじ込んだ。……こ、これはアリサちゃん達にも見せられないっ。というか、なにこの素敵イベント!? 昔にはこんなのなかったよね!?

 

「ん? どうしたのよ、なのは?」

 

「どうかしたの? なのはちゃん?」

 

「にゃ!? にゃ、にゃんでもにゃいにょ!?」

 

 その様子を見て不思議そうな顔を向けてくる親友二人を私は華麗に誤魔化し、私は笑みを浮かべる。しかし、頭の中はかなり混乱していた……いや、フィーバーしていたとも言えるかもしれない。

 私の下駄箱の中に入っていたもの、それは何とラヴレターと思わしき手紙っ! ここで重要なのはラブではなくラヴな所。僅かな違いではあるが、個人的には凄く重要なポイントだったりする。いやいや、落ち着け私。まだラヴレターとは決まってないんだ。

 

「いや、明らかに動揺しまくりじゃない」

 

「なのはちゃん、噛み過ぎだよ」

 

「ふぇ!? い、いや、本当になんでもないよ、あ、あははは! あ、あー、私ちょっとお手洗いに行ってくるから、二人とも先に教室に行っててね!」

 

 私は二人にそう言うとすぐにトイレへと走っていった。無論、手紙を一人でこっそり読むためである。それにしても、あの華麗な誤魔化しを見抜くとは、幼いとはいえ流石私の親友達……侮れない。だけど、この手紙を二人に見せるわけにはいかないのだ。

 えっ? 何で見せれないのかって? ……だ、だって本当にラヴレターだったら恥ずかしいもんっ!

 

 

 急いで女子トイレに入り、個室の鍵を閉めるとゆっくりと鞄の中から白い封筒に入った手紙を取り出す。表にも裏にも残念ながら何も書いていなかった。つまり、開けなければ何もわからないということだ。

 

「やばい。何かドキがむねむねしてきた……」

 

 私は激しく音を立てる心臓を落ち着かせ、何処かのクレヨンな幼稚園児みたいなことを口走る。勿論、ラヴレターだったら私の答えは決まっている。何と言っても私には“ミっくん”がいるのだ。こんな所で浮気をするつもりなんて微塵もない。

 

「で、でもまぁ、読まないのは相手にも失礼だよね!」

 

 べ、別にどうしても読みたいわけじゃない。このままぽいっと捨ててもいいのだ。でもほらっ、やっぱり書いてくれた人に悪いもんね!

 私はそう誰かに言い訳をしながら恐る恐る封を切り、手紙を読むことにした。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

高町へ

高町に凄く大事な話があるんだ

放課後、屋上で待ってる

 

           田中山 太郎

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「……ふふ、ふふふふっふふ♪ あは、あはははっはは♪」

 

 来た、来た、来たよ!! 私の時代が来た!

 学生なら誰も喜ぶ素敵イベント……下駄箱にラヴレターだったぁぁあああ!! えっ、マジで? なにこれ? やだ、超テンション上がって来たんですけど!

でもでも、これはやっぱりアレだよね? 昔にはこんなイベントはなかったってことは、今の私だからってことだよね? ということはつまり……。

 

「今の私からは何やらアダルトな雰囲気が滲み出てるのかも。大人の色気って奴とか。むむむ。お母さん、なのははモテ期に突入したようです!」

 

 人生に三回はあると言われているモテ期。はっきり言って“アッチ”ではそんなの時期があった覚えがない、つまりはコッチでは六回来るはずだ! そして、その一回目が今ということなんだね、わかります!

 しかし、電子化が進むこの時代にメールでなくラヴレターか。

 しかも呼び出し場所が屋上……田中山君、君はかなりわかっているね! こういう古き時代の良き文化を大事にしているその姿勢には凄く好感が持てるよ、えへへ。

 

「あーやばい。何か顔のにやけが直らないよ、ふふふ」

 

 結局、緩みっ放しの私の頬が直ったのはHRの本当にギリギリのことだった……。

 

 

 

 

「では、皆さん。最近は変質者が出るらしいので、くれぐれも気をつけて帰って下さいね」

 

『は~い!』

 

 帰りのHRが終わって、放課後となった。この後、屋上に行けば田中山君が私を待っていることだろう。確かにどうせ断るのだから私が屋上に行く必要は何処にもない。でも、私は行こうと決めていた。

 べ、別に告白されたいなーなんて思ってない。ただ、待ち合わせ場所に行くのはラヴレターを書いてくれた人への最低限の礼儀だからである。うん、それだけだもん。

 

「ごめん、なのは。今日、私達お稽古があるから一緒に帰れないのよ」

 

「なのはちゃん。先生も言ってたけど、変質者が出るらしいから帰りは気を付けてね?」

 

「うんっ! 二人ともお稽古頑張ってね!」

 

 私は笑顔でそう返し、二人を見送った。こう言っては大変アレだけど、正直ナイスなタイミングである。でも変質者、か。やっぱり春だから湧いて来ちゃったのかなー。教室でそんなことを考えながら五分程時間を潰した私は、ゆっくりと屋上へと向かうことにした。

 

 

「た、田中山君?」

 

 夕陽でオレンジ色に染まった屋上は昼休みとは何処か違った雰囲気を持っている。高い所だからか、少しだけ吹き抜ける風も強いと感じた。下を見渡せば、何人もの下校している生徒の姿がよく見える。

 

「あっ高町、来てくれたんだな」

 

 そんな屋上で一人、フェンスに背を預けている男子の姿があった。

 隣のクラスの男子。野球部のエース、田中山 太郎君。

 野球少年らしいイガグリ頭な彼は、よく朝にバス停前でシャドーピッチングをしている事で有名だ。えっ? 野球の腕前はどうなんだって? ……うん、ほらウチの学校は特にスポーツとかに力は入れてないから……察してあげて。

 

「う、うん。来ちゃいました……」

 

「そ、そっか……」

 

 私達はそれだけ言葉を交わすと、何とも言えない沈黙が訪れてしまう。あれれー? 何だろうこの空気。断る気満々なのに、何か非常に照れくさいよ? 何故か田中山君の顔を直視できないよ? というか、未だ嘗て私が体験したことがない様な学生特有の甘酸っぱい空気が流れてますよ!?

 ど、どうしよう……いざ、告白されると思うと凄くキンチョーしてきた。で、でもここは年上の私がリードしてあげないとダメだよね。

 

「そ、それで、今日はどうしたの? こんなの所に呼び出したりして……」

 

「あ、ああ。実は……」

 

 言葉の途中で大きく深呼吸をし出す田中山君。その顔はもう熟れたトマトのように真っ赤になっていた。かくいう私も若干頬が熱いかも。ご、ごめんね、ミっくん。でもこれは浮気ではないの! なのはの心は常に貴方と共にあるからっ!(注:相手は一歳である)

 

「あ、あのさ、高町。実は俺……好きなんだ」

 

 キ、キタ――――!!

 告白タイム、キタ――――!!

 キャー! やばい、何だろう、すっごく恥ずかしいよ、これ!?

 意を決した田中山君の発言で、私のテンションは急上昇の天元突破のリミットブレイク。今なら何の反動もなく、ブラスタースリーでバスターを連発出来る自信がある。しかし、それも続く彼の発言までの僅かな時間だった……。

 

「……バニングスのことが」

 

「ふぇ?」

 

 ぱたりと私の時が止まった。

 かちりと私の身体は石のように固まった。

 ぴゅーと私の心に冷たい木枯らしが吹き荒れた。

 一瞬だけ、私は刻が見えた。

 

「でも、直接言うのが恥ずかしくてさ――――」

 

「……………………」

 

「――――だから高町の方からバニングスに伝えてくれないか?」

 

「……………………」

 

「それから出来ればバニングスのアドレス教えてくれると嬉しかったり……って高町、聞いてる?」

 

 そして、世界は動き出す。

 何処かにいるカラスはかぁかぁと鳴く。

 何処かにいる黒猫はにゃぁにゃぁと鳴く。

 何処かにいるフェイトちゃんはなのはぁと啼く。

 ……うん、最後のは聞かなかったことにしよう。とりあえず今は、この目の前の馬鹿野郎のことである。

 

「……あのね、田中山君」

 

「な、何?」

 

 自分でも冷たいと思う声が喉から出てくる。うん、私の機嫌はすばらっに悪い。この機嫌を直すには好きなスイーツをやけ食いしても中々収まらないと思う。でも、それは別に私の幸福ポイントが天から地へと叩き落とされたからではない。元々、彼の事が好きだったわけでもないし、断る気だったのだ。まぁ、思わずレイジングハートに手を伸ばしてしまったけれど、流石に一般人に魔法をぶっ放したりはしない。

 

 私が不機嫌なのは田中山君の腐った根性が気に食わないからなのである。確かに最近は“代理告白”なるものも存在するとも聞く。だがしかし、それはメールの添削サービスとかそういう代物のはずだ。それに本当に好きな子に自分で告白もできないとか……はっきり言おう、私はこういう類の男が一番嫌いである。こいつは本当に○○コが付いてるのだろうかと不思議に思う。

 

「君って度し難い阿呆なんだね♪ もういっそのこと人生をやり直したらどうかな? ほら丁度、ここって屋上だし、飛び降りるには絶好スポットだと思うんだ♪」

 

「えっ?」

 

 満面の笑みを浮かべていう私の暴言に、田中山君は呆気に取られたような顔になった。我ながらとても酷い事を言っているような気もするけど、私の口は止まらない。というか、止める気が全く起こらないという罠である。

 

「まぁ、それは冗談だとしても……普通にあり得ないよね? 私の口からアリサちゃんに好きだって伝えてくれ? 君、バカじゃないの? そのくらいの気持ちで私の親友が好きだとか十年早いと思うよ、チェリー君」

 

「なぁ!?」

 

 そこで反応するってことは言葉の意味がわかったんだね。う~ん。やっぱり男子ってそういう知識を得るのが早いのかなぁ。個人的には女子の方が早いと思ってたんだけど……まぁ昔の私は全然そんな言葉は全然知らなかったけどね!

 

「チキン野郎はお家で泣きながら一人寂しくマスでもかいてなよ、その方がずっと建設的だから。大体、そんな安っぽい気持ちでアリサちゃんがOKしてくれるわけがないじゃない。想いは言葉にしないと伝わらない。声はただの振動で言葉はただ羅列に過ぎないけど、そこに想いが宿れば強い力となってくれる。……好きな相手に大切な自分の気持ちを伝えることが出来る」

 

「……っ……………」

 

 そう、大事な言葉は自分で言わないと伝わらない。

 行動で示すっていうのもカッコイイのかもしれないけど、結局はただの遠回りだ。本当に相手に何かを伝えたいと思うのなら、絶対に自分の口で言った方が良い。ましてや、告白を他人任せにするなんてぶっちゃけあり得ない。

 

「君の気持ちは君だけのものだよね。なのに、大切なそれを他人に伝えて貰うの? 恥ずかしいからって他人任せにしちゃうの? それじゃダメだよ。そんなんじゃ絶対に相手には伝わらない」

 

「っ、そ、そんなの言われなくても俺だってわかってるよ!」

 

 私の言葉に思う所があるのか、田中山君が声を荒げた。それがわかってるのなら、何で私に頼んだりなんてしたのかと小一時間。

 大体、紛らわしい手紙なんか書くんじゃねーよと心から言いたい。ちょっとドキドキした私の純情な感情を返せ、この馬鹿野郎。というか、三回程豆腐の角で頭を打って死ねばいいのにと本気で思う。

 

「わかってないよ。わかってないから、こんなことを頼んできたんでしょ? 本当にわかっているのなら、こんな回りくどい事なんてしないもん」

 

 そう言うと、田中山君は私から目を逸らした。だけど、彼は拳を固く握りしめ震わせている。どうやら、私にボロクソに言われて悔しいようだ。

 まぁ、そうでなかったらもう見限る気だったんだけど、ね。

 

「ねぇ、もう少しだけ勇気を出そうよ? 私にはちゃんと言えたんだもん。きっと田中山君ならアリサちゃんにも好きだって言えるよ」

 

「えっ、あっ、う、うん」

 

 田中山君の手をぎゅっと握り締めると、私はそう言葉を紡いだ。突然の私の行動に田中山君は、驚きの表情を見せる。実際、アレコレと結構酷い事も言ったけれど彼には頑張って欲しいとも思ってる。

 

「誰かを好きになるって素晴らしいことだと私は思う。確かに辛かったり苦しかったりすることもあるかもしれない。だけど、その感情はとても優しくて暖かいものだから……。もっとその気持ちを大事にしてあげてよ」

 

 そりゃ確かに今回の事は少し頭には来た。だけど、恋する少年をいじめるだけが私の仕事ではありません。……年上の私が迷える子羊ちゃんの背中を押してあげないとね! ふふん、今日から私のことは恋愛マスターとお呼びっ! ……なーんてね。ごめん、少し調子に乗った。

 

「……あっ………………」

 

「ん? どうかしたの?」

 

「い、いや、何でもない……」

 

 私が田中山君の手を離すと、ぽつりと彼は声を漏らした。しかも、ぼーと私の顔を見つめていて、少し様子が変である。顔の色は……う~ん、夕陽に染まってるからわからないや。でもまぁ、風邪とかではないと思うので、気にしないことにする。

 ちらりと校門の方に目を向けると、もう下校する生徒は少なくなっていた。さてと、もう田中山君には何も用事もないから帰ろうかな。そう思っていた私に田中山君が声を掛けてきた。

 

「……た、高町はさ。好きな奴とかいるのか?」

 

「……うん、いるよ」

 

「っっ!」

 

 その問いに私は満面の笑みを浮かべて答えた。多分、私の出来る最高の笑顔だったと自分でも思う。でも仕方がないんだ。ミっくんのことを考えるとどうしても笑顔になっちゃうんだもん。

 

「大好きな人がいる。今は遠くにいて会えないんだけど、ね」

 

「……そ、そっか」

 

 私が心から好きになった男性はミっくんが初めてだった。確かに少し焦ってもいたし、がっついてもいたかもしれない……。それでも、私は彼の事が大好きだった。あれが私の最初で最後の……たった一つの恋だったと胸を張って言える。

 

「……恋はきっと下り坂。一度、勢いがついたらもう止まらない。でもきっと愛は上り坂。辛い事や苦しい事があっても上らないといけないの」

 

 でも、もうそんな彼には会えない。

 確かにコッチにも彼はいる。けど、それは私が本当に恋した彼ではない。

 ……それでも私はまた彼を好きになりたい、彼に好きになって貰いたい。初めてこんな私を好きだって言ってくれた彼と私はまた恋を……いや、今度は愛し合いたいんだ。

 

「えっ?」

 

「ふふっ、私の好きな言葉だよ。さぁてと、田中山君。私は貴方の恋を全力全開で応援してるから! 頑張ってね!」

 

 田中山君にそう言い残し、私は屋上を出ていった。少しだけ歩くスピードが速いのは、きっと思い出してしまったからだ。今だから正直に言おう、私は帰れるのなら“アッチ”に今すぐ帰りたいっ。“アッチ”にいる皆に会いたい。この手でミっくんに触れたい。この腕でヴィヴィオを抱きしめたい。この口でフェイトちゃんと話がしたい。“アッチ”に私の未練が多過ぎるっ……。

 とは言え、もうそれは叶わないことだと悟ってもいるのだ。ずっと引き摺ってばかりはいられないってことはわかってもいる。

 

「でも、ならどうして涙が出るんだろうね……」

 

 階段の途中で足を止め、ぽつりとそう呟く。

 いや、これは涙ではない。多分、心の汗なんだ。

 鼻の奥が少しだけつんとするけど。何故か目からポタポタと零れてくるけど。それでも私は泣いてない。泣いてなんかいないんだっ。

 

“マスター、大丈夫ですか?”

 

「っ、な、なんでもないよ。私は大丈夫だからね、レイジングハート」

 

“………………”

 

 私はごしごしと袖で顔を拭う。

 そう、私はもう後ろは振り返らないのだ。前だけを向いて先に進んでいくのだ。

 そうしなければ、多分私は……。

 

「きっともう飛べなくなるから……」

 






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第七話。なのはさん(28)の暴発

 私の名前は高町 なのは。

 極々、平凡で普通な……只今、ちょーとセンチメンタルな8歳の女の子です。

 屋上での一幕を終えて少し時間が経った後、私は一人とぼとぼと帰宅しています。べ、別にそれが寂しいとか思っているわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!

 ……うん、私にツンデレ属性はないね。このキャラは私よりアリサちゃんの方が絶対に似合うと思う。

 

 

 さてさて。少し私らしくない所も見せてしまった様な気もしますが、そこは切り替えの速さには定評のあるこの私。すぐさま気持ちを入れ替え、ジュエルシード探索に力を入れよう気合いを入れます。勿論、その前に翠屋に行って、お母さんお手製のシュークリームをやけ食いしてからですけどね!

 えっ? お前、気持ちを入れ替えたんじゃないのかって?

 

 昔の事を思い返すのは止めたけど、私の清らかな心が傷つけられたことには変わりないの。甘いものをやけ食いでもしなくちゃ、やってられないよっ!

 大体、何? 告白と思って胸を躍らせてみれば、親友に伝えてくれ? それじゃ、私ってとんだピエロじゃない。うん、本当に私を馬鹿にしていると思う。ああ~、思い出してきたら何か腹が立ってきた。お姉さんぶらないで、もっと教導隊仕込みの罵倒でもすれば良かったかもしれない。

 

 そんな事を考えながら私は、このイライラを糖分で癒すために翠屋へと足を運んでいた。だがしかし、不運とは何処までも続くものらしい。卑しくも憎たらしい神様は、私にやけ食いをする時間すら与えてくれないようだ。

 

「っっ!?」

 

 下校中に突然現れる強い魔力反応。

 もう何度も体験しているから間違えるはずがない、ジュエルシードの反応だ。

 ……この妙に慣れ親しんだ私の感覚が確かならば、そんなに距離も遠くないみたい。

 

“なのはさん! ジェルシード反応です!”

 

“了解だよ、ユーノ君っ!”

 

 更に間髪入れずにユーノ君からの念話が届いた。

  周囲を見渡せば瞬く間に街を結界が覆い、近くにいた人々の姿が消えていく。

うん、この辺の判断の速さは流石ユーノ君。やっぱり元祖・私の師匠は凄く優秀です。そんな事を思いながら、私はユーノ君に念話を返してセットアップ。すぐに夕焼け色に染まった空へと私は飛び立ち、急いで現場へと向かった。

 しかし、私は辿り着いた場所で、驚くべき光景を目にすることとなる。

 

「……ひんっ……ぁ、んんっ」

 

「ちょっ、なんだいっ! このっ、ぬるぬるして……ひゃんっ」

 

 途中でユーノ君と合流してジュエルシードの下に向かい、私達が目にしたもの……それは、フェイトちゃんとアルフさんが何やら青い触手? のようなものに囚われている姿だった。

 恐らく暴走体の本体であろう青色のスライム? みたいなものから何本も触手が二人へと伸びている。しかも、その表面がぬるぬるっとしていそうな触手達はフェイトちゃんとアルフさんの身体に纏わりつき、蠢いているのだ。触手に蹂躙されている二人の光景は、何というか凄くイヤラシイ。

 

「うわぁ、何かすごくえっちぃね。アダルティピンクな十八禁モードが全開だよ……」

 

 今、ここには私達しかいないからいいけど、もしこれを世の大きなお友達が見てしまったら……多分、狂気乱舞していると思う。そう確信できるくらいの卑猥な光景が目の前では繰り広げられていた。

 だけど、少々解せないこともある。一体、どうやったらこういう状況になったのだろうということだ。あのスライムもどきはそんなに強そうには見えないから、フェイトちゃんがそう簡単に捕まるとは思えない。なのに、捕まっているのは何か大きな理由でもあるのだろう。

 

 しかしまぁ、これも絵的には魔法少女としてのお約束のような感じがしないでもないと思う。でも、まさかジュエルシードがそんなお約束を大事にしているとは到底思えないし……う~む、謎だ。

 

「なのはさん! そんな事を言っている場合じゃないですよ!」

 

「う~ん。でも、私ってああいうぬるぬる系は苦手なんだけどなぁ……」

 

 少し斜め上の方に飛んでいった私の思考は、ユーノ君の声で引き戻されることとなった。いやまぁ、確かにそんなことを考えている場合ではないとは思うんだけどさぁ。だけどあの姿を見ると、ちょっとなぁ……うん、やる気が全く出てこない。

 そもそも、あんなぬるぬるのぬにょぬにょした奴を好きな人がいるわけがないじゃない。見るのは好きって人がいても、流石に自分の身に降り掛かってくるのはごめんでしょう? ああ、ちなみに私はどっちも苦手です。

 

“っ、マスター! 来ますっ!”

 

 とはいえ、そうも言っていられないのが世界の選択である。

 レイジングハートの声が掛かると同時に、私の下に五、六本の触手達が襲いかかってきた。しかもまだフェイトちゃん達は捕まったまま。本当にこの触手君は何本あるのだろうと些か疑問だ。

 ……まさか私の触手は百八本まであるぞとかは言わないよね?

 そんな事を思いつつ、私はひらりひらりと触手達をかわし、翻弄していく。その姿は宛ら可憐な一羽の蝶のごとく。ふふふ、空戦S+の名は伊達じゃないの! 私を捕らえたければ、この三倍は持ってきなさい! ……なーんて言ってみる。

 

「っ、なのはさん! 数が増えます、気を付けてください!」

 

 そんな風に少しだけ調子に乗っていると、ユーノ君の声が聞こえてきた。

 そして、また私へと触手達が群がってくる。だが、今度の数はさっきの三倍強。

 ……うん、流石にコレは無理。超無理。絶対に無理! である。

 ごめん触手君、やっぱりさっきのはなしでお願い。私を捕らえるくらい五本だけでも十分だよ! 恐らく心を読めるエスパーなのであろう彼らに、私はそう話しかけるも成果は全くなし。うにょうにょと十数本の触手が目の前に迫って来る光景は……本気で鳥肌ものだった。

 

「もうっ! 女の子の意見をちゃんと聞かない奴はモテないんだからっ!」

 

“Protection”

 

 盛大に文句を言いつつ、障壁を張って防御。相手が怯んだ隙をついて距離を取る。それを何度か繰り返している内に、私の頭にふと一つの疑問が浮かんできた。

 そういえば、何でユーノ君だけは襲われていないのかな、と。

 ちらりとユーノ君の方を見れば、まさかの完全ノーマーク状態。球技だったらシュートだって打ち放題である。捕まっているのはフェイトちゃんとアルフさん。そして只今、狙われているのは私のみ。

 もしアレが魔力を持っている者を狙う特性があるのなら、ユーノ君も襲われるはず……。しかし、それがないということは……。

 

「もしかして、女の子しか狙わない?」

 

 自分で言っていてトンチンカンな答えだとは思う。だけど、何となくそれが正解のような気がした。というか、捕まっているフェイトちゃん達のあの姿を見ているとそうとしか思えないっていう。

 だけど、それが正しいとするとなんてイヤラシイ奴らなんだろう。完全に乙女の敵である。……うん、これは少し厳しいお仕置きをする必要があるね。いや、でもその前に二人の救出が先だけど。

 私は心にそう強く決めると、奴らの動きを良く観察する。

 

 本体であるスライムの塊から無数に伸びてくる触手達。だが、その動きに連携という文字はない。ただがむしゃらに目標へと向かっていくだけである。

 スピードはそんな速くもないが、細かな動きは得意みたい。だけど、障壁にぶつかると怯むようだから防御力はそんなにないのかもしれない。、

 結論。ずっと逃げ切ることが可能だけど、それでは意味がいない。

 一本一本をバインドしても、多分また新しいのが出てくるから、これも意味がない。だったら、答えは簡単だ……。

 

「えっちなのは……」

 

 障壁に阻まれた触手達が怯み、一度離れた瞬間が狙い目。

 先端ではなく根元を薙ぎ払えば、奴らは一網打尽のはずっ。

 あとはフェイトちゃん達に当らないように気を付けて……狙い撃つ!

 

「いけないと思いますっ!」

 

“Divine buster”

 

 桃色の閃光が青色のゴミ共を一瞬で薙ぎ払う。

 それにより、囚われていた二人は戒めから解放されることとなった。それにしても……くぅぅ、やっぱり砲撃って最高っ! マジでスカッと一発って感じだよね!

 この撃ち終わりに手に残る僅かな反動としびれ。標的へと真っ直ぐに伸びていく光跡の美しさ。目標を一掃した時の爽快感と達成感。本当に砲撃って最高だと私は思う。

 この何とも言えない気持ち良さがたまらないっ。まさに砲撃魔道師だけがわかる快・感☆ である。でも、私がこの快感を出来るだけ多くの人に伝えようと頑張ってみても、中々わかってくれる人って少ないんだ……。

 唯一、わかってくれたのは高町ヴァルキリーズの面々くらいで、他の人は何故か逃げる始末。まぁ、その所為でヴァルキリーズ全員のポジションがセンターガード寄りになってしまったのは……気にしたら負けだね!

 

「はぁはぁ、はぁはぁ」

 

「フェイトちゃん、大丈夫?」

 

「はぁはぁ。うん、何とか……ありがとう、なのは」

 

 拘束からやっと逃げ出せたフェイトちゃんが私の隣にやってきていた。だけど、苦しい表情を浮かべているのにも関わらず、何故か目が少しだけ嬉しそうだ。

 ……ま、まさか、アレが楽しくなっちゃったわけではないよね? 目覚めちゃったわけじゃないよね?

 確かに趣味は人それぞれだけど、流石にその年で特殊な趣味に目覚めてしまうのはどうかなと私は思うよ?

 

「と、とりあえず、アレを何とかしないとね!」

 

 私は少し動揺しながらも、話を変えるためにスライム? を指差してそう言った。するとフェイトちゃんは軽く頷いて、今度はキリリと凛々しい顔となる。

 ……うん、大丈夫。まだフェイトちゃんは大丈夫。まだ新しい扉を開いてはいないみたい。

 

「そうだね。でも、あの中心部には人がいるんだ……」

 

「えっ? ……あっ本当だ」

 

 そんなフェイトちゃんの言葉を聞き、私が確認すると触手の中心部分に中年っぽいおじさんがいた。状況から見ると、あのおじさんの願いがスライムみたいな暴走体を生み出したみたいだ。

 んー。だけど、一体どんな願いを持てばあんな触手達を生み出すんだろうね……一言だけ言うとしたら、おじさんは少し自重した方が良いよ。それに、人が発動させると確か動物とかの時よりも強くなるんだよね。

 昔にとあるリア充な小学生カップルが発動させた時は、街にも被害が出た苦い覚えもあるし。小学生がいちゃついているのとか何処となく腹が立つし、今回は遭遇していなかった(多分、拾う前に回収した)から完全に記憶の中からデリートしてたんだけど……それなら早く片付けないとマズイよね。でもその前に、フェイトちゃんに聞きたい事を聞いてみる。

 

「フェイトちゃん、もしかしてそれが原因で捕まってたの?」

 

「う、うん。強引に封印することは出来たんだけど、多分中の人にまでダメージがいっちゃうから……」

 

 だから、攻めあぐねて捕まってしまった、と。

 成程、それならフェイトちゃんが捕まったのも納得だ。フェイトちゃんは電気の魔力変換資質を持ってるし、使う魔法もほぼ電撃系だもんね。

 あのスライムもどきがどんな性質かはよくわからないけど、中のおじさんが感電とかしたら笑えないことになっちゃう。しかし、それにしても……。

 

「ふふっ。やっぱりフェイトちゃんって優しいんだね?」

 

「そ、そんなことないと思うけど……」

 

 私が笑顔でそう言うとフェイトちゃんは照れくさそうに顔を赤く染めて、首を横に振る。口では否定してるけど、何かピコピコとツインテールが揺れていた。どうやら満更でもないようだ。

 ……この頃のフェイトちゃんはあまり人に褒められることに慣れていない。

 だから、これからは私がじゃんじゃん褒めてあげようと思う。

 

「ううん。フェイトちゃんはとっても優しい子だよ! この私がどどんと保証しちゃいます!」

 

「……あ、ありがとう」

 

 うん、やっぱり照れてるフェイトちゃんはかわいーです。

 何かアレだよね、こう……いじめたくなるオーラとかからかいたくなるオーラとか、そういうのがフェイトちゃんからは滲み出てるよね。しかも、真面目な時は凛々しくなるからギャップが凄い。まさにギャップ萌えの体現者とも呼べるかもしれない。

 ちなみに二十年後、管理局内でもフェイトちゃんのモテ度は半端ではありません。私とほぼ同じ条件のはずなのに、何故か阿呆のようにフェイトちゃんはモテるのだ。

 具体的に言えば、お嫁さんにしたいランキングで一位を取りまくって殿堂入りしてしまったくらいに。

 えっ? お前はどうなんだって?

 えっと。その、あ、あれだよ……旦那さんラン……げふんげふん。ふ、深くは聞かないでくれると嬉しいな♪

 

「で、でも、私はなのはだって凄く優しいと思うよ?」

 

「えっ……そ、そうかな?」

 

「うん、この私が保証する」

 

 そんな事を言って、フェイトちゃんは私に笑みを向けてくる。

 い、いかん。これはまさかの不意打ちだよ。むぅぅ、何か少しだけ顔が熱いや。本当、フェイトちゃんってこういうことを突然ストレートに言ってくるから侮れないよね。しかも基本、本音だったりするから言われた方は照れくさくなっちゃうのだ。このっ天然さんめ。

 私はそんな事を思いながら、笑みを返した。お互いに褒め合って、お互いに笑顔を向ける。そんなちょっと暖かな? 空気が私達の間では流れていた。丁度、そんな時だった。私の砲撃によるダメージで、今まで大人しくしていたスライムもどきが変な声を発してきたのは……。

 

「ヨージョ……! ヨージョ……!」

 

『……………………』

 

 スライムもどきの言葉に私とフェイトちゃんは思わず、絶句してしまう。

う ん、もう何か色々と全部台無しだった。さっきまでの空気を返してと心から言いたい。

 それになんだろう、この何とも遣る瀬ない感じは……。ほら。もうフェイトちゃんなんて、苦笑いを通り越して無表情になってるよ。でも、それも仕方がないよね。だって、フェイトちゃん達ってあんな変態に蹂躙されてたんだもん。いくら温厚なフェイトちゃんだって、腹が立つはずだ。

 

「ヨージョ……! ヨージョ……!」

 

 しかし、奴は決して空気を読まない。ここでまさかの天丼をしてくる有り様である。流石にこれには私もイライラしてきた。一回目までは何とか苦笑いで許せる。だが、天丼はダメだ。滑ったネタで天丼とか、もうキツすぎる。

 それに私は幼女ではないと声を大にして言いたい。個人的に幼女は小学生に上がる前までだと思うの。

 

「キンパツヨージョ……ツルペタヨージョ」

 

 そして、更にこの暴言である。ふぅ……もう私の不機嫌メーターが振り切れちゃいそうだよ? もうこれはアレだね。あの産業廃棄物通称、生ゴミ君はさくっと掃除しないといけないよね!

 ゴミはゴミ箱とかそんなのじゃなくて、塵も残さない位の方が良いよね!

 それに、キンパツはフェイトちゃんのことだしても……ツルペタって誰の事?

 もしかしなくても、それは私の事なのかな? この私にツルペタと言いやがったのかな、このお馬鹿さんは。

 ふふふ、この変態スライムもどきめ……。

 

「……お前は私を激しく怒らせた」

 

“Restrict Lock”

 

 確かに私の親友達や弟子達、そして娘は言っていたよ、“こんなのあっても肩が凝るだけだよ”って。

 ああ、それはそうなのかもしれない。大きい胸の人は肩が凝り易いってよく聞くしね。でも、それは持っている者……つまりは選ばれし者だからこそ、言える言葉なんだっ。

 持っていない者からすれば、“もう肩が凝るなぁ”なんて一度は言ってみたい台詞なんだっ。

 私だって、食べ物に気を付けたりとか特別な運動してみたりとか、某おっぱい星人の過度なマッサージに耐えてみせたりとか色々やってみたんだ!

 なのに、何で私が一番小さいの!? 何であのおっぱい星人は私よりも大きいの!? 

 旧六課メンバーだと私が勝てたのってリインとヴィータちゃんとキャロだけって……うぅぅ。

 私だって……私だって一度くらい“うわっあの子、超メロンちゃん”とか言われてみたいよ!

 

「な、なのは? 何を……ってまさか」

 

「うん、私はアレをぶっ飛ばします♪」

 

 若干キレキレモードに突入して、砲撃体勢に入った私に、困惑気味のフェイトちゃんが声を掛けてくる。勿論、私はそれに綺麗な笑顔で返事をしました。その笑顔を見てフェイトちゃんは何も言えなくなったみたいだけど……私は気にしません。

 だって、この優しい親友も胸に関しては私の敵である。というか裏切り者だ。

 今は私とそんなに変わらないというのに、中学に上がる頃には決定的な差で圧倒してくるのだ。しかも、それを一緒にお風呂に入ってた時に隠すことなく見せつけてくる。

 無論、フェイトちゃんにそんな気が百もないのは私にもわかっている。だけど、ああも目の前でボインボインされると、流石に腹が立つのだ。

 それで意趣返しに、私が偶にフェイトちゃんのメロンを鷲掴みにしてみても何か微妙に嬉しそうにして効果ないし、めちゃくちゃボリューミーで柔らかいし……もう本当にぷんぷんだよっ!

 

「ダ、ダメだよ、なのは。だって、中に人が……」

 

「ああ。それは無問題だよ、フェイトちゃん」

 

 そう、おじさんについては何も問題はないのだ。

 フェイトちゃんは電撃の性質を持っているから、ジュエルシードだけを撃ち抜いてもあのおじさんに被害が出てしまうかもだけど、私はそんな性質は持ってないから何とかなる……はずだ。

 そして何より、あのおじさんは少しくらい痛い目に合わないといけないような気がする。具体的に言えば、学校で言われていた不審者ってあの人じゃないかな? と思ったのだ。

 それにあの人は私の……乙女の古傷を抉った。それだけで十分万死に値する。

 

「人の傷を抉っていいのは、自分もエグられる覚悟のある人だけだよ!」

 

“Divine buster full power!”

 

「……ああ~」

 

 私は実にノリノリだった愛機を構え、本体ごと一気にぴちゅーんした。

 その過程でおじさんまでも何処かに吹っ飛んでいったけど……まぁ大丈夫だと思う。隣で何か声を漏らしていたフェイトちゃんだけど、おじさんに思う所があったのかすぐに気にすることをやめたようだ。うん、これにて完全決着っ! ……とはならないんだよねー、残念だけど。

 そんな近い未来に軽く溜め息を吐きながら、私は目の前に浮かぶ青い石を手に取った。

 私のやけ食いタイムは、もう暫くお預けのようだ……。

 

 

 



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第八話。なのはさん(28)の片鱗

 私の名前は高町 なのは。

 高町家の次女で、私立聖祥大附属に通う小学校3年です。

 変態さんをサクッとやっつけたものの、それで終わりとはいかなかったの巻。私のシュークリームは今日はお預けのようです……。

 

 

 ジュエルシードの探索をしているのは二組。

 なら必然的に、この封印したジュエルシードをどっちの物にするのか決めなくてはいけない。そして、それが話し合いで解決しないということは、此処にいる全員がわかっていることだ。

 ……流石に私としてもユーノ君の手前、何度も譲るわけにはいかないしね。

 

「さぁてと。地球のゴミも綺麗になったことだし、今日は解散しよっか♪」

 

「なのはさん。よくこの空気でそんなことを言えますね……」

 

 一応、にこやかにそうは言ってみたものの、ユーノ君からじと目をプレゼントされる私。

 加えるなら、フェイトちゃんの隣にいるアルフさんからも敵愾心の強い目を向けられてます。しかも、更には……。

 

「なのはぁ。もう、帰っちゃうの……?」

 

 フェイトちゃんが捨てられた子犬みたいな顔でこっちを見てくるっていう。

 ああ、もうそんな目で見ないで! そんな捨てられた段ボールの中の子犬みたい目で私を見ないで! そんなことされると、凄く帰りにくいじゃない!

 というか、このままジュエルシードを持って帰ったら私って完全に悪者だよね……。

 

「ううんっ! まだ帰らないよ!」

 

「……本当?」

 

 上目遣いでこてんと首を傾げ、此方を窺うような表情を見せるフェイトちゃん。だが、その不安げで小さな声には僅かばかりの期待が込められていた。それを好機と見た私は、大きく頷くと言葉を重ねる。

 ただ、決して表には出さないけど、内心では“何か子犬に懐かれたみたいー”なんて思っていたりする。

 

「うんっ! 本当の真実の実際のマジだよ!」

 

「そっかぁ、良かった……」

 

 私がそう言うと、フェイトちゃんは安堵とも言える笑みを浮かべた。その顔を見て、私は内心でほっと一息吐く。

 良かった。……流石に幼い親友が目の前で泣く姿は見たくないもんね。それにアルフさんの前でフェイトちゃんを泣かせたりなんかしたら、絶対に文句言われるし……。あっそう言えば、私ってアルフさんと初対面なんだっけ。ちゃんと自己紹介をした方が良い、よね?

 

「フェイトちゃん、もしかしてその人が前に言ってたアルフさん?」

 

「うん。私の使い魔で、私の大事な家族……」

 

「やっぱり! 私は高町 なのはです、よろしくねアルフさん! あと犬形態の時にモフモフさせて貰ってもいいですか?」

 

「ふんっ。あたしは敵とよろしくする趣味はないね! 大体、あたしは犬じゃなくて狼だよ!」

 

 ありゃりゃ、何か私凄く嫌われてる。

 ってそれも当然か。この前フェイトちゃんを待ちぼうけさせちゃってるんだし……アルフさんは使い魔だからフェイトちゃん至上主義だもんね。

 それにしても、何時からアルフさんは犬から狼に出世したんだろう? ん~。確か子犬モードがあったから、犬なんだとばかり思っていたんだけど……。

 

「でもこの前、フェイトちゃんが大型犬だって言ってましたよ?」

 

「フェ、フェイト!?」

 

「えっ? でもアルフは犬、だよね?」

 

「フェイト~」

 

 アルフさんがフェイトちゃんに縋るような目を向けるも、現実は無情である。どうやらフェイトちゃんも犬だと思っていたらしく、心底不思議そうな顔をしていた。

 まぁ、アルフさん的には死活問題なのかもだけど、正直そんなのどっちでも良いもんね! というか、飼い主がそう言ってるんだからアルフさんは犬で決定なの! 異論は認めません!

 ああ。でも、耳を垂らして項垂れているアルフさんの姿はちょっとだけ可愛いと思った。

 

「さて、そんな細かいことは置いておいて。フェイトちゃん、このジュエルシードはどうしよっか?」

 

 何か横から怨嗟の声が聞こえてるような気がしないでもないけど、私はそれを軽くスル―。

 その所為で更に項垂れたアルフさんは、何故かユーノ君に慰めて貰っています。やっぱり同じ使い魔同士、何かあるのかもしれないね。こう、シンパシー的なの。

 でも、今は重要なことを話しているから少し静かにして欲しいと個人的には思う。それとユーノ君。“なのはさんですから……”っていうのは多分、慰めの言葉じゃないからね。

 

「なのはは、時間とかって大丈夫?」

 

「うん、大丈夫。だから……え~と、夕飯までの残り一時間三十八分。全てフェイトちゃんの為に使うよ!」

 

 何処か不安そうな顔で、私に聞いてくるフェイトちゃん。

 私が頷きながらそれに答えると、今度は瞬く間に顔がぱぁと明るくなった。ちょっとカッコ良く言うのなら、春爛漫って感じの笑顔になった。うん、実に良い笑顔である。

 

「うん! うんっ! ならさっきの奴を賭けて、でいいのかな?」

 

「いいよぉ、それじゃ……」

 

 そして、いきなりバトル展開に突入。

 しかも、凄くキラキラと目を輝かせてちゃってまぁ……そんなに私と戦いたかったのかな。むむむ。確かフェイトちゃんに戦闘狂の気はなかったはずなんだけどなぁ……どうしてこうなった。とまぁ、そんなことを思いつつも、実は私も結構ノリノリだったりするんだけどね。

 

『勝負だ!!』

 

 同時にそんな声を上げると私達は、空中で愛機を構える。これが二度目の直接対決。

 一度目は時間切れ。この前は私が寝過した。そして、昨日は私が帰ったから流れた。昔の私はこの時点で二回負けてジュエルシードを奪われていたわけだけど、今回はまだ一度も負けてない。

 ん? でも結局、二個ともフェイトちゃんの所にジュエルシードがあるのは……完全に私の所為だよね、あははっ♪

 

 

 

 

「レイジングハート!」

 

「バルディッシュ!」

 

 それぞれ愛機に声を掛け、射撃魔法の撃ち合い。

 そして、そのまま空中で激しく愛機を衝突させ、火花を散らす。放った魔力弾が互いにぶつかり、爆発した時にはもう私達はその場にはいなかった。

 誰もいない夕闇に染まった街で今、桃色と金色に輝く光達が空を舞っている。その遠くから見たらそんな幻想的な光景も、近くで見ればただの戦闘行為だ。とてもじゃないけど、普通の女の子達がするようなことではないと私も思う。

 だけどこの時、私の顔には僅かに笑みが浮かんでいた。

 ……何故か凄く楽しかったのだ。

 

「フォトンランサー、連撃!」

 

“Photon Lancer Multishot”

 

 飛んでくる魔法を避けつつ、フェイトちゃんの顔を見る。当然、フェイトちゃんはとても真剣な表情をしていた。だけど、やっぱり何処か楽しそうな雰囲気が出てる。……こうやって、誰かと模擬戦をするのが楽しいのかもしれない。

 でも、近い実力の人と切磋琢磨して自分を高めていくのって本当に楽しいよね。一瞬一瞬が凄く刹那的で、気が抜けなくて、でも凄くワクワクしてきて。うん、この感じは最高に楽しい。私もそう感じてるから、きっとフェイトちゃんもそうなんじゃないかなって思う。

 

“Blitz Action”

 

“Flash Move”

 

 移動魔法で距離を詰められそうになったので、私も移動魔法を使う。

 フェイトちゃんの最大の武器はスピード。

 速度に関して、私はフェイトちゃんにかなり劣ってる。ただ飛ぶだけならそうでもないんだけど、戦闘スピードでは圧倒的な差がある。だから、私が勝つために気を付けないといけないのは、フェイトちゃんを絶対に間合いに入れないこと。ある一定の距離を保つこと。そして、フェイトちゃんの動きを阻害することっ!

 

「ディバインシューター……」

 

「っ!?」

 

 ニ十個程の魔力弾が私の周りを囲む。

 それを見て、フェイトちゃんがちょっと驚いた顔になった。多分、こんな数の誘導弾を操作出来るわけがないと思ってるんだろうね。けど、甘いよ! さぁ、思う存分踊りなさい!

 

「シュート!」

 

 私の号令で桃色の誘導弾がフェイトちゃんへと一斉に向かう。

 フェイトちゃんはその動きを見て一瞬だけ固まった後、すぐに回避行動へと移った。でも、これを完全に回避するのはかなり難しいはず……そんなことを私が思っていると、フェイトちゃんがふっと笑みを浮かべた。そして……。

 

「……避けられないのなら……斬るっ!」

 

“Scythe Slash”

 

 鎌のような形となったバルディッシュを振るい、フェイトちゃんは桃色の魔力弾を切り裂いた。その動作は、桜の花びらも斬れるような剣士の洗練された動きとはとても言い難いものだ。

 だけど、斬る度に靡く金色の髪とそのちょっと楽しそうな笑顔は凄く印象的で、綺麗だった。全ての誘導弾を捌き切った後、私は思わずフェイトちゃんに声を掛ける。

 

「凄いね、フェイトちゃん」

 

「なのはも凄いよ、あの数を完璧にコントロールしてた」

 

 そんな事を言い合い、二人で少しだけ笑い合った。うん、何かとっても清々しい気分だ。私はそんな事を考えて、ふと気が付く。

 そう言えば最近、まともな戦闘をしてなかったなぁ、と。

 この身体になってからのことを振り返ってみても、私ってまともな魔法戦を殆どしていない。それに、よくよく考えてみれば最近の私は少々暴走しすぎのような気もする。

 もしかして、これは所謂一つのストレスが原因だったりするのではないだろうか? 実際に暴走体との戦闘って、何か流れ作業みたいでつまらないと感じてたわけだし、こんな風に楽しいとは微塵も感じなかった。うーん、やっぱりまともな魔法戦に飢えてたのかな?

 でもそうなると、私も戦闘狂ってことになっちゃうよね……。私があの魔乳ピンク侍と同じ戦闘狂とか……うわぁ、何か軽く鬱ってきたかも。

 

「なのは、どうかした?」

 

「ふぇ? う、ううん! 何でもないよ!」

 

 ……ええいっ、もうどうでもいいや。小さいことを気にしたら負けだしね。

 こうなったら本気で砲撃を撃って、撃って、撃ちまくってやるんだからっ! 多分、それで何でも解決できるはず! 反論とか異論は受け付けないし、今後も受け付ける予定は一切ないっ!

 

「フェイトちゃん! 私、負けてあげないから!」

 

「いいよ、なのは! 私も負けないから!」

 

 フェイトちゃんに気合いを入れて宣戦布告をして、戦闘再開。

 んー、でも何かこういうのっていいよね。ライバル対決って感じでさ。すっごくテンションが上がってきたよ!

 距離は十五メートル強くらい。うん、今度はこっちのターンなの!

 

「レイジングハート!」

 

“Divine buster Stand by”

 

「っ、バルディッシュ!」

 

“Thunder Smasher get set”

 

 愛機を構えて、少しだけ魔力を溜める。本当ならこの隙は決定的だけど、フェイトちゃんも撃ち合いをしてくれるみたいだから問題ない。

 ……実はこのために、フェイトちゃんに宣戦布告をしたんだったりもしちゃうのだ。

 いくよ、これが私、高町 なのはの真骨頂で代名詞。

 自分の持ち技の中で、一番信頼できる技っ。

 

「ディバイン、バスター!」

 

 杖先から出た桃色の極太な光線が、フェイトちゃんに向かって真っ直ぐに進んでいく。だが、フェイトちゃんはそれに対して回避行動を取る様子はない。

 その理由は簡単、フェイトちゃんは撃ち返す気満々だからだ。

 

「撃ち抜け、轟雷! サンダースマッシャー!」

 

 二色の砲撃がほぼ中間地点で激しく激突する。

 桃色と金色の砲撃がぶつかった瞬間、もの凄い衝撃波が周囲に広がった。私の視界の隅では、小さなフェレットが吹き飛ばされている姿が目に映る。

 ごめん、ユーノ君。余波のこととか完全に頭から抜けてたよ。でも、自分で何とか頑張って!

 そんな心からのエールを送っていると、慌てた様子のアルフさんがユーノ君を掴んでいるのが見えた。普通、敵側の人間なんて助けようともしないのに……何だかんだ言ってアルフさんは良い人だよね。

 そんな事を思いながら、私はフェイトちゃんとの撃ち合いに集中することにした。

 

「……ふふふっ」

 

 砲撃がぶつかりあった直後から、私の手にはもの凄い衝撃が掛かって来ている。

だけど、この身体の芯まで痺れさせるような感覚は、何とも言い難いほどに気持ちがいい。

 そんなことを考えていた私は、自然と綺麗(見る人によっては獰猛かも?)な笑みを浮かべていた。

 でもでも、私は仕方がないと思うんだ。こうやって私と砲撃を真正面から撃ち合ってくれる人ってあんまりいないんだもん。大半が逃げるか、避けるか、防壁を張るかでさ。正直、そんなのつまらないっていつも思ってたんだ。

 砲撃は砲撃で撃ち返すか、剣とかで切り裂いてこそ価値があるっていうのに……皆、本当に何もわかってないよ。全力全開の真っ向勝負、それこそが一番燃えるんじゃない! 熱くなれるんじゃない!

 まぁ、戦技教導官な私はそんなことは口が裂けてもそんなことは言えないんだけどね。だから、こうして真正面から私と撃ち合いをしてくれるフェイトちゃんが私は大好きです!

 ああ、勿論likeの方でね、loveは彼にしか捧げないから。

 

 とはいえ、砲撃に関しては少し私の方に分がある。

 初めは均衡していたものの、徐々に私がフェイトちゃんを押していった。でも、それでやられてくれるほどフェイトちゃんは甘くない。

 ピンチはチャンス。絶対に起死回生の機会を狙っているはずだ。

 そして多分、次にフェイトちゃんが取る行動は……。

 

“Blitz Action”

 

「貰った……っ、えっ!?」

 

 当然、私の背後に回ることだよね!

 私が後ろを振り返ると、そこには設置型のバインドで動きを封じられたフェイトちゃんの姿があった。

 ふふふ、絶対に私の砲撃が飲み込む寸前を狙うと思ってたよ。でもね、フェイトちゃん。その行動は二十年も前から全部くるっとまるっとお見通しなの!

 さぁ、スバル達みたいに拳じゃないけど、受けてみて! 私のフルパワーな超近距離砲撃っ!

 

「ディバイン……」

 

 この時の私は目の前の勝負に夢中で、いつもよりも周囲への注意が散漫になっていた。簡単に言うと、勝利目前の私は完全に油断していたのだ。

 いや、私だけじゃなくてフェイトちゃんもアルフさんもユーノ君も、皆が油断していたと思う。だからこそ、私達は全く気が付かなかった。

 実はこの時、私達の近くにもう一つジュエルシードが落ちていたことに。

 しかも、それが私達の戦闘で発生した魔力余波の影響で、もう暴走寸前まで活性化していたことに。

 私達は誰一人として、その事実に気が付けなかったんだ……。

 

「バス……っ!?」

 

 そして、それに気付いた時はもう既に遅かった。

 私が勝負を決定づける砲撃を撃つ直前、限界に達した忌まわしき器が覚醒したのだ。私とフェイトちゃんは背後からの強い衝撃波に突然襲われ、それぞれ別方向へと吹き飛ばされる。

 

「なのはさんっ!」

 

 そんなユーノ君の声が聞こえたと同時に、私は近くにあったビルへと頭から突っ込んだ。

 ……凄く痛い。それが私の頭に浮かんだ唯一の感想だ。

 何枚ものビルの壁が脆くも崩れ去り、私が通った大きな風穴がどんどん開いていく。そのまま人間大砲と化した私がやっと止まったのは、何個目かのオフィスをグチャグチャにした時のことだった。 

 

 

 

 

 

「イテテ……うわぁ、血が出てる」

 

 バリアジャケットを着ていたからって、完全にノーダメージとはいかない。気が付いたら、私の右側の視界は赤く染まっていた。

 どうやらビルの何処かに頭をぶつけて、切ってしまったらしい。治癒魔法で傷の簡単な止血だけ終え、血を拭きとると愛機の方へと目を向ける。

 

「レイジングハート、大丈夫?」

 

“…マス………問…いあり……ん”

 

「……レイジングハート、モードリリース」

 

 私の無二の相棒に声を掛けると、レイジングハートは問題ないと言ってきた。

 だけど、その声は完全にノイズ混じりだ。ぶつけた衝撃の所為か。それとも吹き飛ばされた時の魔力波の所為か。理由はわからないけど、レイジングハートに異常が出ているのは確かだ。

 まぁ見た感じではコアに大きな損傷はないようだけど、あんまり無理はさせたくない。私はすぐに彼女を待機モードにすると、外の様子を窺ってみる。

 

「…………っ……」

 

 一言で言うとしたら、そこは別世界のようだった。

 まるで台風の時のように激しい風が辺りに吹き荒れ、まるで地震の時のように大地が震えている。世界が終わる瞬間があるとしたら、こんな感じなのかもしれないと強く思わせるほどの光景だった。

 ……たったの一個だ。あんな小さな石、たったの一個で天災に匹敵するほどの力を発揮している。

 管理局員だからロストロギアの怖さはよく知っているつもりだった。

 実際に体験したこともあるし、色んな資料を読んだこともあった。

 でも、やっぱり私は何処かで油断していたのかもしれない。きっと私は何処かで甘く見ていたのだ。昔、大丈夫だったから今度も大丈夫だろうと……舐めていたのだ。

 

「また同じように行く理由なんて、何処にもないのにね……」

 

 私は思わず、きつく唇を噛む。

 少しだけ口の中で血の味が広がる。当然、鉄のような味で美味しくはない。

 だけど、今はその不味さが少しだけ心を沈めてくれた気がした。

 しかしその効果も僅かな間だけのこと、私の視界の中に金色の少女が飛び込んでくるまでのこと。勿論、それが少女が誰かなんてことはすぐにわかる、フェイトちゃんだ。

 そのフェイトちゃんはこともあろうか。あの暴れ狂う場所に飛び込んで、暴走しているジュエルシードを素手で封印しにいった。

 何でバルディッシュを持っていないのかはわからない。でも多分、私と同じで異常が出てしまったのだろうと推測は出来る。

 だけど、仮にそうだとしても……。

 

「フェイトちゃん、それは無茶し過ぎだよ」

 

 そう小さく呟くと私は、フェイトちゃんの下へとゆっくりと歩き出した。

 頭の奥は凄く冷たいのに、胸の奥は異常に熱い。恐らく、私は怒っているんだろうと思う。

 平気で無茶なことをする彼女に対して。それを見ているだけの人達に対して。あの行動を強制させている人に対して。そして、わかってたくせに何もしていない私自身に対して。

 きっと私は心底、腹が立っていた。ムカついていた。憤っていた。

 

「っ、アンタ、フェイトの邪魔はさせないよ!」

 

「……いいからそこを退きなさい、犬っころ」

 

「なっ、バインド!?」

 

 アルフさんが驚きの声をあげ、更に何かを言っているみたいだけど私の耳には残らない。私の意識は完全に別の場所にあるのだ。それ以外の事には今は構っていられない。

 一歩一歩進む度に、顔に当たってくる風の強さが強くなってくる。

 一歩一歩進む度に、腹に響くような大地の振動が大きくなってくる。

 これが“次元震”。しかもこの威力でまだ小規模……本当に笑えない。滅びし世界の高度な魔法技術の遺産……ロストロギア。

 やっぱり人の手に余る代物だと今、再認識させられたよ。

 

「止まれ、止まれ、止まれっ。お願い、止まって……」

 

 目的地に着くと、フェイトちゃんがうわ言のように言葉を呟いていた。

 その表情には大量の魔力行使による疲労の色がはっきりと出ており、額にも大粒の汗が浮かんでいる。手につけていたグローブは既に張り裂け、掌から赤い液体が零れ落ちている。

 

「……その手を離して、フェイトちゃん」

 

「えっ……?」

 

 私の声を聞いて、フェイトちゃんはやっと隣にいる存在に気が付いたようだった。少し驚いたような顔になって、魔力による直接封印をしながら私の方を見つめてくる。

 でも、私はそんな彼女に視線を一切向けずに、彼女の手を取ってジュエルシードを解放させた。そんな私の突拍子もない行動に三人が声を上げようとする中、私は静かに言の葉を紡いでいく。

 

「リリカル・マジカル。かの忌まわしき器を封印せよ……」

 

 指先に浮かんだ桃色の魔方陣から、封印魔法を放つ準備をする。

 ……デバイスなしでは封印魔法は使えない? そんなことはないの。封印術式が複雑で少し構成に時間は掛かるけれど、ただそれだけ。

 デバイスなしでの魔法訓練は、自分の力量向上には欠かせないことだと私は思う。少なくても私は、個人練習の時にはそれを欠かしたことはなかった。

 

「……ジュエルシード・シリアルXIV、封印」

 

 だから、絶対に出来るって確信がある。

 そして、実際に出来た。簡単ではなかったけれど、成功した。

 吹き荒れる風と大地の振動が収まった後、きらりと光る青い宝石が浮かんでくる。その封印状態のジュエルシードには、きちんとシリアルナンバーが刻まれていた……封印完了だ。

 

「嘘……あの状態のジュエルシードをデバイスなしで封印した? あんなに簡単に……?」

 

 ユーノ君の呟くような声が聞こえてくる。

 他の二人も呆然とした顔をして、私を見ていた。

 だけど、私はその全てを無視して、フェイトちゃんへと手を差し出す。この時、ジュエルシードは完全に放置しているけど、もう暴走の心配はいらないので問題ない。

 

「フェイトちゃん、手を見せて」

 

 フェイトちゃんの手を見る。

 女の子らしい柔らかくて白い手は、今やズタボロの無残な姿となっていた。

 私はそんなに治癒魔法は得意じゃないから、これだと完全には治せないかもしれない。そんなことを思いながら、私はフェイトちゃんを無言で治療する。

 

「あ、ありがとう」

 

 少し赤くなりながら、お礼を言ってくるフェイトちゃん。

 私はそれに答えを返さずに、黙々と治癒魔法を掛けていった。

 すると徐々に血が止まり、傷が塞がっていく。うん、これなら完全に治せそうだ。そして、漸く見える範囲の傷の治療が済んだ所で、私は重い口を開く。

 

「ねぇフェイトちゃん……少しだけ、歯をくいしばろうか?」

 

「えっ?」

 

「いくよ」

 

 私は思いっきりフェイトちゃんの頬を平手で叩いた。

 叩かれたフェイトちゃんは何がなんだかわからないって表情で、私を呆然と見つめる。

 

「アンタ! フェイトに何をするんだいっ!」

 

 未だにバインドが解けていないアルフさんがキャンキャン吠えてるけど、私は何も言わない。大体、使い魔だと名乗るのならちゃんと主人の役に立ってよと心から言いたい。あの場面はどう見ても、私ではなくフェイトちゃんのフォローに行くべきだったはずなのだ。

 確かに一人で突っ走るフェイトちゃんもダメだ。だけど、それを止めないアルフさんもダメダメだ。主人を全肯定するだけが、使い魔の仕事じゃないと思う。

 

「痛い? 痛いよね? ……私も痛い」

 

「………………」

 

 叩くのって実は叩いた方も痛い。

 勿論、そんな叩かれた方は知ったことではないと思うけど。

 ……私だって、本当はフェイトちゃんを叩きたくなんてない。

 でも、私はこれが必要だと思ったからやったのだ。それで嫌われても後悔はしない。

 

「フェイトちゃんが必死なのはわかってるんだ。何かの為に凄く頑張ってることもわかってるんだ。でもね、さっきのは見過ごせない。どうして誰の助けも借りなかったの? 私は兎も角、アルフさんにはフォローを頼んでも良かったよね?」

 

「………………」

 

 さっきの行動がフェイトちゃん一人の時だったら、仕方がないかなとも思える。だけど今、この場所にフェイトちゃんは一人じゃなかったんだ。私やユーノ君の助けを借りにくいのは、まぁわかる。だけど、自分の使い魔であるアルフさんの助けすら借りないのはどうかと思うんだ。

 少なくてもさっきは一人で無茶をする場面では、絶対になかったと私は思う。

 

「もしかして、何でも一人で出来ると思ってる? だとしたら、それは大間違い。そして傲慢だよ、フェイトちゃん。そんな力はフェイトちゃんにも、私にもない。ううん、きっと一人で何でも出来る人なんて何処にもいないんだ」

 

 そんな完全超人が居るのなら、会ってみたいと本気で思う。

 まぁ、一番それに近いって言える人は……クロノ君かなぁ、オールラウンダーだし。それにそもそもクロノ君は、他の人との連携の大切さとか良く知っているしね。

 だから、一人で何でも出来るなんて言っている人なんて、ただ大口を叩いている人か。個人で処理出来る範囲を超えた事態に遭遇したことのない人だけだと私は思ってる。

 

「それにフェイトちゃんが無茶なことをして、一体誰が喜ぶの? フェイトちゃんが大怪我をして、一体誰が喜ぶの? フェイトちゃんがボロボロになって、高々ジュエルシードを一つ集めて、それで誰が喜ぶと思ってるの?」

 

「……っ……」

 

 確かにジュエルシードは凄く危険な代物だ。今回の事で私もそれを再確認させられたよ。けど、それでもだ。

 そんな危ない代物で、一刻も早く回収しなくちゃいけないものだとしても……フェイトちゃんの命には代えられない。ううん、他の誰の命にも代えられないよ、絶対に。

 だから、急いで危ない事をするくらいだったら遅くても安全に回収するべきだと私は思うんだ。

 ……勿論、フェイトちゃんがお母さんのために急ぎたいって思ってるのは、百も承知だけど。

 

「私ね、前に大失敗をしちゃったんだ。今にして思えば、私は調子に乗っていたのかもしれない。皆に褒められるのが凄く嬉しくて、また褒めて貰いたくて、喜んで貰いたくて。一人で頑張って、無茶して……。そんなの本当は誰も喜ばないってことに気が付かなくて……実は凄く心配を掛けているってことに気付けなくて」

 

 今にして自分のことを振り返ってみると、正直恥ずかしい。

 自分でやらかしておいてアレだけど、凄くアホだったなって本気で思ってしまう。うん、あれだね。何だかんだ言っても、やっぱり私は子供だったってことなんだろうね。

 ただの独りよがりな子供の我が儘。その結果が私の撃墜事件。私の黒歴史である。

 

「それで大怪我しちゃって、大事な人達を沢山泣かせちゃった。そこで、私はやっと気が付いたんだ。ああ、私って凄く馬鹿だったんだなって。皆に喜んで欲しかったのに、笑って欲しかったのに、私が泣かせてどうするんだろうって。……ねぇ、フェイトちゃん」

 

「……何?」

 

「フェイトちゃんに大事な人達はいる?」

 

 私の質問にこくりと頷くフェイトちゃん。

 そうだよね。だからこそ、フェイトちゃんはこんなにも頑張っているんだもんね。うん、その気持ちは凄く大事にして欲しいと私は思う。

 だけど、同時に知って欲しい。その大事な人達はこれからどんどん増やすことも出来るんだよってことを。

 

「だったら、もう無茶なことはしないで。 私みたいに、大事な人達を泣かせたりしないで。きっとフェイトちゃんが無茶なことをしても誰も喜ばない。寧ろ皆、悲しんじゃうよ……」

 

「……ぅん」

 

 私は少し涙が目に浮かんでいるフェイトちゃんの頬にそっと手を添える。

 私が叩いた場所が少しだけ赤くなってしまっていた。

 ごめんね、少し強かったかな……。そう心の中で謝りながら、私は言葉を続ける。

 

「それに私だって嫌だよ? 大事な人達が……フェイトちゃんが傷つくところなんて見たくない。絶対に見たくなんてないんだよ?」

 

「……ごめん。ごめんね、なのは」

 

 ぽふんと私に抱きついてくるフェイトちゃん。

 もう既に泣き出してしまった彼女に胸を貸し、私は優しく抱きしめてあげる。

 これは実体験だけど、人の涙には人の体温が一番良く効くんだ。そして、私にそれを教えてくれたのは……貴女だったよね、フェイトちゃん。

 

「よしよし、良い子良い子。もう、フェイトちゃんは本当に良い子で、頑張り屋さんなんだから」

 

 私はそう言って、フェイトちゃんの頭を撫でて上げた。フェイトちゃんの方が身長が高いから、ちょっとばかり撫でにくい。

 だけど、金糸のように光り輝くその髪は凄くサラサラで、触っていると癖になりそうだった。

 ……多分、傍から見ればとても不思議な光景だっただろうと私は思う。

 もう辺りが暗くなったひと気のない街中で、泣いている少女の頭を別の少女が撫でているのだ。うん、事情を知らない人は皆、首を傾げること間違いなしである。

 そんな事を思い少し苦笑いを浮かべて、私はふと思い至った。

 ……私にとって魔法との出会いはフェイトちゃんとの出会いでもあったよね、と。

 

 私の体内カレンダーでは二十年前の春、私は始めて魔法に出会った。

 今だから言えるけど、もしフェイトちゃんが居なかったら、私は多分魔法を手放していたと思う。元々戦うのってあんまり好きじゃなかったし、この街のことが解決してしまえば、もう魔法なんて必要なくなると思ってたし。それにジュエルシードを封印するだけなら、魔法の練習もそんなに頑張る必要もなかったしね。

 

 ユーノ君のお手伝いって感覚はあの木の事件からはなくなったけど、それでもまさか自分が魔道師になって、異世界に住むなんて夢にも思っていなかった。

 そんな私が魔法に熱を上げた切っ掛けは、間違いなくフェイトちゃんだ。

 だって、私が魔法の必死に特訓を始めた一番の理由は、フェイトちゃんとお話がしたかったからだもん。

 

 それで何度も何度もぶつかって、話しかけて、戦って。そして、やっと友達になって……。

 

 PT事件が終わって、もう私が魔法を続ける理由は完全になくなった。

 だけど、魔法は遠くに行ってしまったフェイトちゃんとの大事な繋がりなんじゃないかなとも思ったんだ。それで、魔法の練習を頑張っていたらその内、私は魔法を手放せなくなってたっていうオチ。

 まぁ、今となっては、完全に私の身体の一部と化しちゃったけどね。魔道師ではない私っていうのが、イマイチ想像できないし……。

 

 だから、フェイトちゃんは私にとってちょこっとだけ“特別”だったりする。

 あっ勿論、変な意味じゃなくてだよ? 好きなのは間違いないけど、それは親友として好きだってことだからね! その辺は間違えないよ―に!

 

 とまぁ、そんな大きな転機をくれた大好きな親友には無茶を私はして欲しくないと思うのです。私もよく無茶し過ぎだって怒られるけど、フェイトちゃんも相当なものだと私は思うんだ。

 あの真・ソニックなんて言う、あんなにいやらし……んんっ。あんなにえっちぃ……げふんげふん。あんなに個性的なバリアジャケットを着て、ぶんぶんと剣を振りまわすんだもん。親友としてはいつも心配でハラハラしてたよ、主に露出度の問題とかでね!

 

 一応、二十歳すぎてから何度かバリアジャケットの変更をそれとなく伝えてみたんだけど、寧ろ私にも勧めてくる始末だったっていう……。私とフェイトちゃんじゃ、完全に戦闘スタイルが違うってわかってるくせに“なのは、私と御揃いなんてどうかな? きっとなのはなら似合うと思うんだ!”とか真剣に言ってくるし……。

 うん、今度はフェイトちゃんがあんな感じにならないように少し気を付けてようと本気で思う。

 

“マスター、もう時間が……”

 

「うん、わかったよ」

 

 私が心に固く決意していると、レイジングハートが時間ないことを知らせてくれた。どうやら彼女はこの短時間で、自己修復を終えていたようだ。

 なんていうか、この相棒……凄くできる子っ!

 

「あっ……」

 

 私はフェイトちゃんから身体を離し、背を向けて数歩だけ先へと進む。

 実はこの行動に特に大きな意味はない。

 別に今更になって、何かちょっと恥ずかしいなぁとかは微塵も思っていない。

 ……本当に思っていないからね?

 

「な、なのは……」

 

「フェイトちゃん、誰かに頼ることはきっと弱さなんかじゃないよ。誰かに頼るのって、意外と勇気がいることだもん」

 

 私はフェイトちゃんに背中を向けたままで、言葉を紡ぐ。今、フェイトちゃんがどんな顔していて、どんな気持ちなのかは私にはわからない。

 けど、だからこそ少しでも私の気持ちがフェイトちゃんに伝わってくれればいいなと思う。

 

「確かに私達はジュエルシードを争うライバルだけど、絶対に敵じゃない。だから今度、何かあったら私の名前を呼んで? フェイトちゃんが名前を呼んでくれれば、どこにいたって必ず駆けつける。そして……」

 

 最後の言葉だけは、振り返ってから言おうと思った。

 この言葉が一番、今のフェイトちゃんに伝えたい言葉だ。

 そして、これは私、高町 なのはの誓いでもある。

 

「私は絶対にフェイトちゃんの味方になるから!」

 

 人々の危機に颯爽と現れるヒーロー。私はそんなヒーローには絶対になれないと思う。私に出来ることなんて高々知れてるし、寧ろ出来ないことの方が多いしね。

 でも、それでも私はフェイトちゃんの味方になりたい。

 長年を共に過ごした親友の力になってあげたい。

 この気持ちだけは、何があっても絶対に変わらないから……。

   

「行こ、ユーノ君」

 

「あっ、はい」

 

 そうユーノ君に声を掛け、肩に乗せると私達は家へと帰宅する。

 でも、最後に見たフェイトちゃんはまた泣き顔だったなぁ。

 はぁ……私ってフェイトちゃんを泣かせ過ぎなんじゃないかな。

 んー、何時の間にいじめっ子さんになっちゃったんだろうね、私。

 

「ごめんね、ユーノ君」

 

 謝る理由は無論、ジュエルシードのことだ。何か流れで忘れてたけど、さっき封印した奴を置き忘れてきちゃった。

 ま、まぁ変態さんの奴は私が持ってるから、イーブンだよね! そんなことを心の中で言い訳していたんだけど、ユーノ君もそれは気にしていないみたいだった。

 そして、何やらドモリながら疑問を投げかけてくる。

 

「いえ……あ、あの、なのはさん。なのはさんの大事な人達って……」

 

「えっ? ああ、アレかぁ。お母さん達、家族でしょ? アリサちゃん達、親友でしょ? それに最近だと……フェイトちゃんにアルフさん、レイジングハートに……」

 

 私は一つ一つ指を折りながら、皆の顔を思い浮かべる。

 まだ名前を呼べない人の顔も沢山思い浮かんだけど、皆は私の大事な人達だ。

 そして、私のかけがえのない宝物でもある。

 

「……あとは、当然ユーノ君も! み~んな私の大事な人達っ!」

 

 私が笑みを向けてそう言うと、騒がしくなった街中を駆けていく。

 確か、今日の夕食ははなまるハンバーグなのだ! これは急がざるを得ないよね!

 

 



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第九話。なのはさん(28)の葛藤

 今日はミっくんの家で初めてのお泊り。

 付き合い始めて一ヶ月。遅いと言えば遅く、早いと言えば早かった。現在の私の心は大きな期待とか小さな不安とかが色々と混在していたりする。

 まぁ、端的に言えば私は凄くドキドキしております。

 

「なのはさん。今日は本当に帰らなくて良いの?」

 

「もうっ。二人っきりの時はなのはって呼んでくれなきゃ、イヤだよ」

 

 こんな時でも、私の事をさん付けで呼ぶ彼。まぁ、確かに七歳も年上だし、仕事上でも上司だから仕方がないのかもしれない。けど、やっぱり一人の女の子としては呼び捨てで呼んで欲しいと思ってしまう。

 ちなみに二十八歳で女の子? という質問は受け付けておりません。私の心は何時だって乙女なのだから。

 

「あはは。そうだったね、ごめん。それじゃあ……なのは」

 

 そんな私のささやかな願いを彼は、優しげな笑みを浮かべながら叶えてくれる。そして、私をそっと抱きしめるとゆっくりと顔を近づけてきた。

 それに合わせて、私も静かに目を閉じる……。

 

 ああ。これで私の長き夢見る少女の時代は、遂に終わりを迎える。

 皆よりもちょっと遅くなってしまったけど、これから私は大人の階段を上っていくんだ。もう私は不幸なままのシンデレラではない。私だけの王子様を手に入れたのだから!

 

「……もう儂はお前を離さんぞっ!」

 

「ふぇ?」

 

 彼と私が触れ合う寸前。いつもは耳に心地良いはずのミっくんの声が、何故かいかついおじさんの声に変わった。

 うん、何かがおかしい。この仄かに香る加齢臭とか愛しのミっくんからはして来ないはずだ。それに大体、ミっくんは儂なんて言わないっ。

 少し疑問を感じた私は慌てて目を開けてみる、すると其処には……。

 

「レ、レジアス中将ぉぉお!?」

 

 何故か角刈りのいかつい親父がいました。ミっくんが親父に変わってました。

 しかも、私の身体を完全にその太い腕で拘束して、そのヒゲ面を私に近づけて来る。というか、その荒れた薄い唇を私に突き出して来てるぅ!?

 そんなおぞましい光景を間近で見た所為で、私の全身に鳥肌が走った。

 

「ちょっ、本気でやめてっ! 近づかないでっ!」

 

「んむぅ~~」

 

 本気で焦りながら顔を精一杯ヒゲ面から引き離す。

 そしてその間に何とか腕を外そうともがき、太い腕を連続でタップ&タップ。

 だけどそんな些細な抵抗は全く届かず、無情にも私の唇はヒゲ親父に奪われ――――

 

「い、いやぁぁああ――――っ!」

 

 私はがばっと布団から勢いよく起き上がる。

額 から嫌な汗がぽたりと落ちてきた。呼吸も荒く、心臓はドクドクと激しく鳴り響いている。ゆ、夢? 夢、なの? 夢なんだよね? お願い、夢だと言って!

 混乱している頭でそう祈りつつ、軽く深呼吸を数回行う。窓から外を眺めれば辺りはまだ真っ暗だ。しかも私は自室のベットの上、隣には誰もいない。……ふぅ、良かった。本当に夢だったみたい。それにしても……。

 

「な、なんて悪夢なの……」

 

 い、今のは色々と酷すぎると思う。幸せなミっくんとの時間をよりにもよって、あんなおぞましい時間に変えてしまうなんて……。何が酷いって、もう全部が酷すぎるよっ。

 大体、あんな場面でレジアス中将とチェンジするとか本気でトラウマ確定だからっ。まさかあれなの? 実は私はオジコンだったりするの? 内なる属性の開花なの? 嶺上開花なの? 本当、何処のバカレッドだよ私は……。

 

「ん、あれ? でも今、ミっくんって一歳だから……もしかしなくても、私ってショタコンさん?」

 

 さぁぁと私の心に冷たい風が吹いた気がした。

 ちょっと待て、落ち着こう。いや、心はもう充分に冷えたから少しだけホットになろう。わかっていたことではあるけど、現実的に考えてみるとこれはかなり由々しき事態かもしれない。

 前にも考えたことだけど、大人になってからの七歳差ってそうでもないけど、子供時代の七歳差は途轍もなく大きい。例をあげると私がミッドに移住する十五歳の時にミっくんは八歳だ。うん、これって誰がどう見てもショタコンさん確定だよ……むぅぅ。

 

 だけどミっくんの所為でショタコン扱いされても不思議と嫌でもないっていう、ね。あははっ、何と言うか私って大変アレなのかもしれない。

 で、でもっ、ショタコンの方がオジコンよりはマシ……だよね?私がそんなことを悶々と悩み続けていると、何時の間にか夜が明けていた。結局、結論が出なかった私は人生の先輩であるお母さんに聞いてみることに。

 

「ねぇ、お母さん……オジコンとショタコン、どっちの方が変態さんなのかな?」

 

「え、えーと……多分、どっちも変態度は変わらないと思うわ」

 

 なのはのツインテールが萎れた!

 なのはの心にぽっかりと穴が開いた!

 なのはは何処か遠い目になった!

 なのはは辛い現実から目を逸らした!

 

 

 私の名前は高町 なのは。

 極々、平凡で何処にでもいる普通の魔法少女です。

 えっ? 普通は魔法なんて使えないぞ? そんな時は街中で良く目を凝らして三十代の男性を見てみよう。多分、貴方の近くにも魔法使いがいるはずだから……!

 

 フェイトちゃんにちょっとばかり恥ずかしい事を言った後、私はお母さんの美味しい夕飯にありつく……前に皆からお説教を食らってしまいました。どうやら帰りが遅かったことと、頭に小さな傷が残っていたことが原因らしいです。

 止血するだけで完全に治していなかった愚かな自分を全力で罵倒しつつ、お説教を何とか乗り切ることに成功した私。でもその所為で、ハンバーグは冷え切っていました……ちくせう。

 

 それにしても“血の匂いがする”とか言って、即座に怪我に気が付いたお父さん達って一体何なんだろうね。あの三人はもう完全に人間を止めてると私は思うんだ。本当、この家には私とお母さん以外は人外しかいないよね。全く、一般人は肩身が狭いったらありゃしない。

 だけどまぁ、そんな超人家族の追及を“転んで頭をぶつけちゃった、てへへ☆”なんていう苦しい言い訳で誤魔化した私はある意味で勇者だと自分でも思った。そして、その言葉を信じて“また転んだのか”と言ってくる家族達……プライスレス。初めてこのポテンシャルの低い身体に感謝したよ、うん……少しだけ泣けたけどね!

 

 

 さてさて。家族に怪我がばれた以上、治癒魔法でちゃちゃっと治すわけにもいかなくなる。するとどうなるのか。それはこの頭に包帯を巻かれた状態の私を見れば、よくわかることです。

 そんなに酷い怪我でもないのに私の頭は包帯でグルグル。見た目は完全に大怪我ですよ、はい。当然、朝のバス停でそんな女の子がいると周りの注目も集まるわけで……正直、視線がかなり辛いです。

 

「…………うぅぅ」

 

 しかも念の為にってことで夕食後に病院で検査されたっていう。

 もうね、アレだよ。心配してくれるのは凄く嬉しいんだけど、流石に大袈裟すぎだと私は思うんだ!

 ただでさえ、今日は悪夢を見た所為で気分がすぐれないっていうのにこの仕打ちはあんまりだよっ。私が見たおぞましい悪夢、アレは酷かった。言うなれば天国から地獄、まさにそれの体現だった。

 元よりどう変換すれば、ミっくんがあんなヒゲ親父になるというのか。本当に変換した自分の脳ミソにびっくりです。大体、私の夢なんだから私の思い通りになれよと心から思う。

 マルチタスクをフルに使った仮想シュミレーション“なのはの未来予想図♪”ではもう子供も五人いて幸せ色だというのに……本当にやれやれである。

 そんな風に大量の視線に晒されながら、私が物思いにふけていると漸くバスが到着した。私はやってきたバスに素早く乗り込むと、むんと気合いを入れて親友達に元気よく挨拶をする。

 

「アリサちゃん、すずかちゃん。おっはよー!」

 

「おはよう、なのは……って、その頭はどうしたのよ!?」

 

「なのはちゃん、怪我したの!?」

 

 出来るだけ元気に挨拶して誤魔化そう作戦! 開始二秒で終了の巻。

 まぁ、頭に包帯を巻いている時点で無理だとは思ってたけどね。おっと、二人とも心配そうな顔になってるからすぐに何か言わなくちゃ!

 

「えへへ。実は昨日ちょっと転んでしまいまして……」

 

「もうっ、なのははただでさえ鈍臭いんだから気を付けないとダメじゃない!」

 

「なのはちゃん、ちゃんと足元は見なくちゃダメだよ?」

 

「う、うん。今度から気を付けます」

 

 激しく怒っているアリサちゃんと促すように声を掛けてくるすずかちゃん。

 でも二人ともその根本には私に対する心配があったので、素直に頷いておく。というかこの反応を見た感じ、二人の中でもなのは=鈍臭いって方式が成り立っているんだね。

 ……むぅ、否定出来ないだけに凄く複雑だよぉ。

 とまぁ、そんな感じで親友たちに心配された私は、学校に行ってからも……。

 

「高町さん、何かあったら先生にすぐに言ってね?」

 

「大丈夫、高町さん?」

 

「頭、痛くない?」

 

 先生だけでなく、クラスメイト達にまで心配されてしまいました。

 はぁ、別に声をかけられるのが嫌ってわけじゃないけど、今はそっとしていて欲しい。今は夢の所為で、頭のキズよりも心のキズの方が大きいのだから……。

 

 

「なので、この場合は――――」

 

 時間が少し経って、授業中。

 先生の声を聞いて板書をしながら私はマルチタスクを活用して、ある難題について悩んでいた。無論、本日発覚した大案件。私はオジコンとショタコンのどっちなのかについて、である。

 詳しく説明するまでもなく全ては昨夜に見た夢が原因だ。お母さん曰く、どちらも変態度的には変わらないということだけど、自分の好みの属性はきちんと確認しておくことは大事だとも思う。彼を知り己を知れば百戦殆からずって奴である。

 

 さて、まずはショタコンについてだ。

 そもそもショタコンとは、正太郎コンプレックスを語源としていて、正太郎という半ズボンがとても似合う男の子が好きだという人達に与えられる称号である。

 そこで私の事を振り返ってみよう。

 私の周りには半ズボンが似合う人がいるかどうか……その答えはYESである。

 よくよく考えてみれば、私の周りにいた男性は童顔で子供の頃はショタっ気がもの凄く強かった人ばっかりだった。ユーノ君然り、クロノ君然り、エリオ然り……うん、全員間違いなくショタで童顔だ。

 

 そして何を隠そう、あのミっくんもどっちかっていう童顔だったっ。

 しかも前に見せて貰った子供時代の写真は、それはもう見事なまでに半ズボンが似合う男の子であった。その姿は鼻血(と書いてソウルと読む)級に可愛かったと私のメモリーに深く記憶している。

 なので、お前はショタコンなのかと言われると……強くは否定できない。

 まぁ、どっちかっていうとミっくん限定な気がしないでもないけれど……それでも美少年が嫌いかと言われれば答えはNOである。それに大体、小さい子が苦手なら“彼氏育成計画”なんて考えたりしないとも思うんだ。

 しかし、そんな私に今日、新たな可能性が出てきてしまった……。

 

 ショタコンとはおよそ正反対の属性であろう、オジコンである。

 

「――――それでは続きを……高町さん」

 

「はい。“だって両方とも好きなんだから、仕方がないじゃないか”太郎はそう言うと、激しく直美に――――」

 

 オジコン、それはその名の通りオジサンが好きだという人達に与えられる称号である。たかが夢されど夢という言葉もあるように、私の深層心理的なモノが夢になって出てきた可能性もある。

 つまりは実は私ってオジサン好きなんじゃね? という可能性が出て来てしまったのだ。まぁ、だからといってレジアス中将をチョイスしてきた私の脳みそにはバスターをプレゼントしたいけどね!

 

 さて、オジサンにも良い点は沢山あると私は思う。

 年を重ねたことで生まれたダンディな雰囲気。母性とはまた違ったものを強く感じさせる父性。若い子にはないであろう謎の包容力。挙げていこうと思えば、幾つでも挙げていけることだろう。

 だからオジサンの良さを私は否定したりはしない。

 私の身近な年配の男性っていうと、お父さんとゲンヤさんくらいかなぁ……ふむ、確かに嫌いじゃない。アリかナシとか言われれば、余裕でアリだ。

 ああ、ちなみにはやてちゃんはオジコンではないらしいですよ。

 前に一度聞いたら、“私はゲンコン(ゲンヤさんコンプレックス)なんや”とか言って、一晩中惚気てたからね! ああ、何か思い出してたら教科書に自然と皺が出来てきた……少し落ち着こう。

 とまぁ、そんなわけでショタもオジもどちらも良い所があるって私は思うんだよねぇ……と、そこまで考えて私は気が付いた。

 あれれ? もしかして私ってどっちもイケる派なんじゃない?

 

「――な、直美は荒い呼吸を必死に押さえました。そして――――」

 

 まさかの両属性持ち? という結論が浮かび、流石の私も内心で少し焦りを覚えた。オジコンでショタコンな見た目8歳で中身28歳な中卒空戦魔道師……やばい、自分がかなり痛い人のような気してきた。何か本気で落ち込んできたんだけど……。

 国語の教科書を朗読しながら私が内心で凄くダウナーな感じになっていると、不意に昔聞いた親友達の言葉が頭に浮かんでくる。

 

“なのはちゃん。好みっていうのは相反するモノじゃなくて、隣り合うモノなんやで?”

“なのはちゃん。周りのことも大事だけど、好きなモノを好きだって言えることは大事なことだよ?”

“なのは。考えるんじゃない、感じるのよ!”

“なのはぁ……”

 

 ……そうか、私が間違っていたんだね。

 どっちが良いとかどっちが悪いとか、そんなのは全く関係なかったんだ。

 属性。それは隣り合い、寄り添うモノ。対立するモノではなく共存できるモノ。

 必要なのは周りの視線ではなく自分の気持ち。頭ではなく心で、魂で、私は動く! 最後の声は、まぁ聞かなかったことにして……。

 それによくよく考えれば、ショタミっくん。成人ミっくん。ダンディミっくん。……ふふふ、それってどれも最高だよね! どんなミっくんでも私は胸を張って愛せるよ! むむむ。ということは私って“ミっくんコンプレックス”になるんだね、えへへ。

 

 結論。私はショタもオジも好きだけど、ミっくんが一番好きであるっ!

 

 ああ~、何かすっきりした気分になった。それにしても、やっぱり私の親友って大事だよね。今はまだ三人しかいないけど、五人揃ったら皆に言ってみよう。“ありがとう”って!

 

「最後に直美は言いました。“いいじゃない、どちらも大事な貴方の個性よ”」

 

「はい、ありがとうございます。この時の直美は心情は――――」

 

 席に座りながら私は自分の目標を立てた。

 日本には古くより“大和撫子”という言葉がある。

 男を陰ながら支え、ひかえめで過度に自己主張せず、決して夫を裏切ることなくそれでいて心を強くもつ女のことを大和撫子というのだ。うむうむ。まさに私のことを体現しているような言葉だと思う。

 えっ? それは流石にないだろうって?

 ……ふん、なら私は大和撫子を超えてみせるもん! そう、言うなれば私は超☆大和撫子になるんだからっ!

 

 

 

 

 今日もお勤めが終わり、放課後。

 アリサちゃん達に別れを告げた後、私達はいつものメンバーでジュエルシードの探索を続けていた。あっ、ちなみに邪魔くさいので包帯は取っています。

 フェイトちゃんにまで心配させるのは、申し訳ないしね。とまぁ、そんなわけでぶらぶらと街を歩き回りながら、今日も探索をしているわけです。

 ただ、今日はいつもとは少しだけ違っていることがあって……。

 

「な、なのは……さん」

 

「はい、もう一回」

 

「なのは…………さん」

 

 ユーノ君に呼び捨てをさせようと試みていたりする。

 今までは放置してたけど、やっぱり友達にさん付けされるのは流石の私でも少しばかりくるものがあるんだよね。そんなわけでさっきから何度も言わせているんだけど……。

 

「むぅぅ、もう一回!」

 

「なのは…………さ、ん」

 

「もうっ、なんで“さん”を付けるのー!?」

 

“……このヘタレねずみ”

 

 何故かユーノ君は“さん”を外せない。

 しかも目がきょろきょろしてるし、顔も地味に赤いっていう。

 んー、やっぱり恥ずかしいのかな? でもまだ女の子を名前で呼ぶのが恥ずかしい年齢でもないだろうし、“アッチ”ではスムーズに呼んでたし……実に摩訶不思議である。

 ちなみにレイジングハートの呟きは私の耳には届いていない。

 

「さぁ、ユーノ君。もういっ…………チッ」

 

 私が半分意地になり、もう一度言わせようとした時、ジュエルシードの反応があった。もう少しって所で邪魔をされて私の機嫌は急降下を辿っていく。

 ……本当に空気を読まないロストロギアだよね。いい加減にしないと、まとめて呪うぞ♪ そんなことを結構本気で考えながら、私は現場へと走り出した。

 

「ユーノ君っ! レイジングハートっ!」

 

「はいっ、封時結界っ!」

 

“Stand by ready. Set up.”

 

 走りながら声を掛けると二人は即座に自分の仕事をやり始めてくれる。

 うん、本当に私達は最高のパーティだね。口には出して言わないけど、実はかなり頼りにしてるんだ。内心でそう声を掛けつつ、私は今度のお相手……木のジュエルシード暴走体を見据える。

 さぁ、私も自分の仕事をちゃんとしなくちゃ、ねっ!

 

「ディバインシューター……シュートッ!」

 

 牽制の意味を込めて、射撃魔法を私は放った。

 どこのジュ○イモンだよと言わんばかりの人面樹へと桃色の魔法弾が向かっていく。しかし、私の薄れ掛かっている昔の記憶が確かならば、こいつは確か……。

 

「バリアを張った!? なのはさんっ! 敵は今までのよりも強いみたいです!」

 

「そう、みたいだね!」

 

 ユーノ君に返事をしながら、私は暴走体の攻撃を空へ逃げることで回避する。うん、やっぱりバリアを張るタイプだった……こういう奴はちまちました攻撃じゃ意味がない。

 先にバリアを破壊するか、バリアごと粉砕するかの二つの選択がある。

 そして、私が選ぶべき選択肢は決まってる。

 

「レイジングハート!」

 

“Shooting mode.”

 

 私は迷うことなく、砲撃のチャージを始めた。

 その際、敵の攻撃は全く考慮していない。

 だって、私は気が付いていたのだ。

 

「……バルディッシュ」

 

“Arc saber.”

 

 親友であり、好敵手のあの子が近くにいることに。

 フェイトちゃんが放った斬撃が人面樹の幹をバリアごと切り刻んでいく。今、道は開けた。もうお膳立ては十分過ぎるほどに完璧。後は封印するだけの簡単なお仕事です、てねっ!

 

「撃ち抜いてっ! ディバイン……」

 

“Buster!”

 

 何の憂いもなく、私は砲撃をぶちかました。

 守るべき盾を失った暴走体は非常に脆く、桃色の光に撃ち抜かれる。

 こうして、暴走体は発動しておよそ二分で封印されることとなった。……何と言うかごめんね、暴走体。

 

「こんにちわ、フェイトちゃん」

 

 あまりにも呆気なくやられていった不憫な暴走体に哀れみの念を送りつつ、私はフェイトちゃんへと身体を向け、声を掛けた。

 当然、前回泣かせてしまったので笑顔で凄くフレンドリーな感じで、である。

 

「う、うん……こんにちわ」

 

 だけどフェイトちゃんは挨拶を返してくれるものの、アルフさんの後ろに隠れてしまっていた。今もアルフさんの肩口から少しだけ顔を出して、こそっと私の方を見てくる。

 ……もしかしたら、近づくとまた打たれるちゃうとか思われてたりするのかもしれない。うぅぅ。だとしたらもの凄くショックなんだけど……でもっ、私はそんな逆境には負けない!

 

「今回は私とフェイトちゃんの連携プレイだったから楽勝だったね!」

 

「そ、そうだね……」

 

「でも何で木だったんだろうね。もしかして木にも感情とかがあるのかなぁ?」

 

「そ、そうだね……」

 

「き、今日は凄くいい天気だったよねっ?」

 

「そ、そうだね……」

 

 ……フェイトちゃん、今日は曇りだったよぉ。

 色んなことを話しかけても相槌だけで、アルフさんの後ろから出て来る気配は全くなし。はぁ~、これは本格的に嫌われたかもしれない。

 フェイトちゃん、目線もさっきから全然会わせてくれないもんね。

 あっ、でも顔の色も少し赤いし、まぁ女の子同士で恥ずかしいってことはないと思うから、体調が悪い所為なのかもだけど……。

 

「……もしかしてフェイトちゃん、体調とか悪い?」

 

「えっ? ……そ、そんなことないよ?」

 

「う~ん、でも顔色も少し悪いように見えるよ? ちゃんとご飯食べてる?」

 

 あたふたと首を振って否定するフェイトちゃん。

 両サイドのツインテールが犬の尻尾のようにぶんぶんと揺れております。その様子は大変可愛らしいとは思うんだけど、長年一緒にいた私には全く効かないんだよね~。というわけで、尋問開始だ。

 

「た、食べてるよ」

 

「ふぅ~ん、本当かなぁ? 嘘とかじゃないよね?」

 

「うっ。ほ、本当だよ…………少しだけど」

 

「本当なんですか、アルフさん?」

 

 フェイトちゃん、最後に言った小声が完全に聞こえてるよ。

 あと挙動不審になってるし、相変わらず嘘が苦手だよねー。

 まぁ人としてはそういうのは好ましいと思うんだけど、友人としては非常に心配だよ。そんなわけで、私への態度が不思議と軟化している(目線が何か優しげ)アルフさんに聞いてみる。

 

「いや嘘だね、もっとアンタからも言っておくれよ。私が何度言ってもフェイトはまともに食事を取らないんだ」

 

「ア、アルフっ!?」

 

「むむむ。そんなのダメだよ、フェイトちゃん!」

 

 使い魔のまさかの裏切りに驚いた顔を見せるフェイトちゃん。でも、アルフさんの言うことが確かならフェイトちゃんはご飯をちゃんと食べていないことになる。

 うん、これは大変いけないことだと私は思うんだ。特に子供時代は食事をちゃんと取らないとダメだと思うしね。それにどうせ嫌われてるんだもん、こうなったらとことんかまってあげるんだからっ!

 

「フェイトちゃん、健全な精神は健全な肉体に宿るの。そして、それは逆もまた然りなんだよ。強くなりたいのなら強い心を育てなければいけないの! そして、そのためにはしっかりとした心の根っこを作り上げることが大事! だからお米っ! 今すぐお米を食べなさぁいっ!」

 

 確かにお米は炭水化物だし、太り易いんじゃないかと思われがちである。

 だけど実は満腹感とかおかずとの組み合わせとかを考えると、お米を食べるのは女の子の永遠の敵、体重においてもキーパーソンになってくるのだ。

 よくよく主食を抜けばオッケーとか言う人がいるけど、アレは大間違い。寧ろ、おかずばっかり食べて痛い目に遭うのが目に見えている……というか私は痛い目に遭った。

 パンでも良いかもしれないけど、どうしても合うモノが脂の多いものになりがちだしね。だから、私は取材とか受けた時には常にお米をゴリ押ししていた!

そのおかげでミッドに和食の店が増えた時には私とはやてちゃんは凄く喜んだものである。

 べ、別にミッドに日本食を広めたかったとかじゃないよ? ミッドでもおいしい和食が食べたいとか思ってやったわけではないんだからね? ただ、私は世の悩める戦士達に新たな道を示しただけなんだから!

 そんな風に誰かに言い訳をしつつ、私はフェイトちゃんにお米を食べるように薦める。

 

「おコメ?」

 

「うん! 稲穂のように台風や大雨にも絶対負けない強い根っこを持ち、どんな状況にも粘り強く負けない女性になりたいのなら、お米を食べた方が良いよ! ちなみに私は毎日お米を食べてますっ!」

 

 そして、何より個人的にお米を食べると元気が出てくる気がするんだ。

 昔にミッド出身の人が“米って虫みたいで気持ち悪いな”と言った時には、テメェふざけてんのかー!? っとヴィータちゃん口調で怒鳴った覚えがある。八十八もの手間をかけて作った農家さんの苦労を何だと思ってるのかと、久しぶりに本格的なお説教を自分よりも階級も年齢も上の人にしてしまったんだよね、えへっ。

 まぁ、その甲斐もあってかその人もお米が好きになったから、結果オーライだけど。

 

「そうなんだ……なら、私も今度食べてみる」

 

「ん、よろしいっ。これでフェイトちゃんも私の同志の仲間入りだね!」

 

「同志?」

 

「そ。“コメコメ倶楽部”っていう、お米好きな人達の集まりがあるんだけど、その三人目の同志にフェイトちゃんを任命致します!」

 

 ちなみに20年後、ミッドには本当にそんな名前の倶楽部があったりする。

 会員数がなんど10万人を越えている大団体で、私はちゃっかり副会長だったりするのだ。勿論、会長はあの関西弁を使うおっぱい☆マイスターである。

 とまぁそんな感じで暫くの間、私達は和気藹々? と話をしていた。……フェイトちゃんは相変わらず隠れていたけれど。

 

「あ、あの~、なのはさん」

 

「フェイト、今回のジュエルシードはどうなるんだい?」

 

『あっ……』

 

 しかし、そんな和やかムードが流れる中で使い魔の二人から一つの疑問が投げかけられてしまった。

 まぁ、私もフェイトちゃんも口にしないだけで、内心ではわかってたことだったんだけどね。今回のジュエルシードは訪印したのは私だけど、フェイトちゃんの助力もあったわけで……正直、どっちのにするか明確じゃないしね。

 

「よしっ、それじゃあ……」

 

 私は少し大きめの声でそう言うと、ちらりとフェイトちゃんに目を向ける。

 すると、フェイトちゃんはもう既に戦闘態勢に入って愛機を構えていた。うん、やる気満々だね。けど、残念なことに私は今日はフェイトちゃんと戦う気はありません。

 だってさっきから何度もフェイトちゃんを観察していたけど、どうも動きが鈍い気がするんだもん。具体的言えば何処か怪我をしているような、痛めているような、そんな感じの動きをしている。

 この間の戦闘でってことではないよね……多分、十中八九あのババアが何かしたんだと私は思う。

 

「今日は、子供らしくじゃんけんで勝負しよう!」

 

『えっ?』

 

 私の提案に三人が驚きの声を上げ、二機のデバイスがきらりと光った。

 んー、そんなにダメなのかな? 私的には妙案だと思うんだけど……。小学生の勝負の定番と言えば、じゃんけんだしね!

 というわけで、ここは反対意見が出る前にゴリ押ししよう。

 

「偶にはこういう運の勝負も良いと私は思うんだ。運って人生に置いて結構重要な要素だったりするし……ね、フェイトちゃん?」

 

「う、うん。じゃんけんでいいよ」

 

 はい、決定!

 まだ不満そうな人達もいるみたいだけど、フェイトちゃんが承諾したので決定です。それにフェイトちゃんの食い付きが思ったよりも良かったしね。

 でも、あれれ? 何かかなり大事なことを忘れているような…………まぁいっか。

 

「い、いくよ、なのはっ!」

 

「いいよ、フェイトちゃんっ!」

 

 そんなに気合いを入れなくてもいいとは思うんだけど、こういうのはノリが一番大事。後から恥ずかしくなっても、今という刹那を楽しめればそれでいいのだっ。

 ……うん。何か痛いね、色々とごめんなさい。

 

『最初はグー』

 

 ところで話は変わるけど、この広い次元世界の中には空気を読まない人間がいたりする。それが敢えて読まないのなら嫌な人で終わるんだけど、天然でやる人には苦笑いしか出来ない。

 28年も生きていれば、誰でもそんな人の一人や二人くらいは知り合いになってしまうものだ。とまぁ結局、私が何を言いたいのかと言うと、空気を読めない人が来ちゃった……。

 

『じゃんけ……!?』

 

 私とフェイトちゃんが拳を出しあう寸前、私達の間に魔方陣が浮かび、人が転移してきた。それを見て私達は慌てて、手の動きを止める。いや、止めざる負えなかった。

 だって、キリリッとした顔で転移してきた黒い人物は両手を広げて……。

 

「ストップだ、此処での戦闘は……あっ」

 

『………………』

 

 私達二人の胸を触ってるんだもん。

 もうね、本当にがっつりって感じだった。がっつりと私達は胸を触られていた……。勿論、まだ私達には掴めるほどの大きさは存在していない。

 けどさ、だからって触っても良いってわけではないんだよ……このチビすけェ。

 大体何なの? このラッキースケベ的な展開は何なの? クロノ君はラッキースケベ属性でも持ってるの?

 ふふっ、やったねクロノ君! これでスケベが出来るよ!

 

「レイジングハート……」

 

「バルディッシュ……」

 

 私とフェイトちゃんは同時に愛機へと声を掛ける。

 ちなみにまだおっぱいを触られています。うん、この黒いの全然手を退ける気がないみたい。……本当、死ねばいいと思うよ、このユニクロならぬチビクロ。

 

「き、君達、少し落ち着……っ!?」

 

「ふふっ、バイバイ。ディバイン……」

 

「えっちぃのは嫌いです。サンダー……」

 

 残念、クロノ君。

 私達は凄く落ち着いてるんだよ。とってもとってもクールだしね。

 ほらっ、視線とか冷凍ビームみたいに冷たいでしょ? だから、今から冷静に痴漢さんを撃退するんだ♪

 

「ちょっ、おい、馬鹿。やめっ……バインド!?」

 

 翠色とオレンジ色のバインドがクロノ君の動きを封じた。うん、ユーノ君もアルフさんも流石の動きである。

 さぁクロノ君、私は君に許しは請わないよ。ただ、今は安らかに吹き飛んでくれればいいから。主に、私の胸の感触とかその他諸々の記憶を全部失くしてしまえばまぁ許して上げる、かもね。

 ――――それじゃ、いってらっしゃい!

 

「バスター!!」

 

「スマッシャー!!」

 

 ピチューン。

 そんな効果音と共に黒い物体が海鳴の空を舞っていた。

 数瞬後。ボロ雑巾のような黒い塊は海へと落下、こうして私達乙女の心の平穏は保たれることとなる。

 まぁ、要するにアレだね。何か黒いのを撃墜しちゃいました、てへへっ☆

 

 



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第十話。なのはさん(28)の交渉

「ふぅ、なのはさんにこの姿を見せるのも久しぶりですね?」

 

「……初対面だよ、このエロガキ♪ プチシューター、シュートッ!」

 

「ちょっ、うわぁああ!?」

 

“……因果応報、であります”

 

 私の名前は高町 なのは。

 極々、平凡な普通の魔道師です。

 好きな言葉は不撓不屈。あと、個人的に女は愛に生きるものだと思っています。

 あっ。でもでも、私は完全に非攻略キャラなので落としたいのならギガパッチを当てて下さいね? とまぁ冗談はそのくらいにして、私は只今、次元航行艦アースラへと乗り込んでいます。

 およそ十年ぶりに乗ったこのアースラもこの頃はまだまだ新しくて、何か凄く不思議な感じがして何か落ち着きません。

 

「はじめまして、このアースラの艦長をしています。リンディ・ハラオウンです」

 

「こちらこそ、はじめまして。海鳴市在住の小学三年生、高町 なのはです」

 

 さてさて、私はこのパチモノ臭い和室でリンディさんと初対面中だったりします。それにしても相変わらずこの人、若くて綺麗だよねー。軽く嫉妬してしまいたくなるくらいに肌とか綺麗だし……。

 全くウチのお母さんといい、リンディさんといい、いい年なのになんでこんなにも若いのか。このリンディさんなんて三十超えてるのに背中から妖精みたいな羽とか出すんだよ?

 しかもそれが普通に似合っているからタチが悪い。いい加減に自重しろと思ってしまう。ちなみに彼女達のこの異常な若さの秘訣は、甘いモノが関係しているのではと私は睨んでいる。だから、私もスイーツを沢山食べることに決めているのだ。

 えっ? そんな言い訳をして、本当は自分が食べたいだけだろうって?

 べ、別に言い訳じゃないもん。これでもお化粧のノリは良い方だし、肌年齢は十代だって言われたこともあるもん! まぁ誰かに見せる機会は、そんなに多くはなかったけどさ……うぅぅ。

 

「??? どうかしたの?」

 

「い、いえ、なんでもないです……」

 

 いけないいけない。今はリンディさんと話をしているんだった、集中しないとね。

 この変な和室の空間には現在、私とリンディさんの二人しかいない。確か昔はここにクロノ君とユーノ君、エイミィさんもいたと記憶しているけど、今は私達二人だけなのである。

 その原因は完全に私にあるんだけど、私は別に気にしていない。だって、スケベでえっちな男の子達にはきちんとした制裁が必要だと思うから。

 

「本当にごめんなさいね、ウチの子が粗相をして……」

 

 私の表情に何を悟ったのか、細い眉を下げて申し訳なさそうに私に謝るリンディさん。その理由は間違いなく今、医務室で伸びている黒色のボロ雑巾である。

 ちなみにクロスケが海の藻屑と化した後、フェイトちゃん達はジュエルシードを持って帰ってしまった。うん。実は見事にじゃんけんで負けたんだよね、私。

 まぁ、フェイトちゃんはじゃんけんで私に勝てたのが嬉しかったみたいで凄く喜んでいたから、個人的には良かったなぁなんて思っているんだけど。

 

 その後にリンディさん達から通信が入って嫌々ながらボロ雑巾を回収、このアースラでクロノ君抜きで話をするってことになった。だけど、艦内に着いてからエイミィさんの薦めでユーノ君が人間形態になってしまったんだ。

 そして、その姿を見た私は即座に思い出してしまう。あれ? ユーノ君って温泉の時、しれっと女湯に入ってたよね? しかも、鼻血を出して倒れてたし。うん、つまりユーノ君も覗き魔の変態さんだったんだぁ……というわけですぐにお仕置きを開始。まぁ、まだ子供だしそんなに気にしなくてもいいんだけどクロノ君を制裁した手前、ユーノ君だけお咎めなしっていうのは不公平だと思ったんだよね。

 

 だから、何発か小さなシューターを連続でぶつける軽いお仕置きをしたんだけど、呆気なくユーノ君はログアウトしてしまいました……防御力に定評のあるユーノ君はどうしてしまったのだろう。

 あっ、ちなみにエイミィさんがいないのは、医務室で二人についてくれているからです。別に私が何かしたからとかではないですからね、その辺は間違えないよーに。

 

「いえ、一応のお仕置きはちゃんとしましたから」

 

「そう言って貰えると助かるわ。全くっ、いきなり女の子の胸を触るなんて……私も後でお仕置きしておかなきゃ!」

 

「あははは……」

 

 ご愁傷様だね、クロノ君。だけど、そのくらいなら安いものだよね?

 何と言っても、君はこの穢れ無き乙女の柔肌に触れたのだから!

 ……別に私のコンプレックスな部分だからとかではないよ、多分。

 

「さてと、此方としては貴女達の詳しい事情や経緯なんかを聞きたいのだけど、いいかしら?」

 

「はい。ユーノ君がここにはいないので、代わりに私がお話します。まず、事の発端は――――」

 

 リンディさんが今までのにこやかな談笑モードから、きりりとした艦長モードになった。その変化を見た後、私も少しだけ背筋を伸ばして話をしていく。

 ちょっとだけ雰囲気に押されて微妙に報告って感じにはなってしまったけれど、寧ろそっちの方がリンディさん的にはわかりやすかったみたい。話の合間で頷いたり、相槌を打ちながら私の話を聞いてくれた。

 それから十分ほど掛けて話を終えて、二人同時にお茶(私のは普通のお茶である)を飲んで一息入れる。

 

「ふぅ、少しというか。かなり無茶なことをしているけれど、複数あるロストロギアを街に放置しているよりは良かったのかもしれないわね……結果的に、ではあるけれど」

 

「……すみません」

 

「別になのはさんが謝ることではないわ、寧ろ誇っても良いくらいよ。それにしても……なのはさんはまだ魔法を始めて、本当に僅かな期間しか経っていないのよね?」

 

「そう、ですね。魔法に触れてからは日々鍛練の毎日です……」

 

 ……本当は二十年くらいやっています、ごめんなさい。でも、そんな事を言うと完全に変人なので私は言いませんっ。

 だから、僅かな期間だけど鍛練を頑張っているんだよっと念の為にアピールしておく。あっ、だけど毎日鍛練をしているのは本当だよ?

 この身体はまだ魔法行使に適しているとは全然言えないからね。

 

「だけど、本当に凄いと思うわ。あれなら管理局でも即戦力……いいえ、既にエースと言ってもいいくらいだもの」

 

「あ、あははは……」

 

 リンディさんはそう言ってくれているけど、私個人としてはまだまだだと思っている。リンカ―コアが覚醒してからそんなに時間も経っていない所為で、まだ不安定な部分もあるし。

 それに何よりまだこの小さな身体に完全には慣れていなくて、違和感が残ってる。腕とかのリーチとかもそうだけど、何より体力が無さ過ぎるのが痛い。まぁ、こればっかりは魔法を使ってもどうにもならないから、地道にいくしかないんだけどね。

 

「でも、不思議よね。術式も魔力運用も全てが最適と言えるものだった。動きもかなり洗練されていたし……まるで、何年も掛けて磨き上げてきた熟練の魔道師のみたいでとても素人とは思えないわ」

 

「へ、へぇ、そうなんですかー」

 

 うぅぅ、流石リンディさん。

 多分、暴走体との戦闘を見ていたんだろうけど、凄く分析されてる……ちょっとの戦闘しかなかったから油断してたなぁ。

 んー、やっぱりワザと荒い部分とか残しておいた方が良かったのかもしれないね。でも戦技教導官な私としては、もっと良く出来るモノをワザとしないなんてしたくなかった。

 個人的にそういうのって何かモヤモヤするから嫌だったんだよね……私の小さなプライドでしかないけれど、どうしても曲げたくなかったんだ。けどまぁ、その所為で不思議がられているんだから完全に本末転倒な話になっちゃうんだけど。

 

「ねぇ、なのはさん。ちなみに局入りとかって、考えてくれていたりする?」

 

 あっ、何かリンディさんの目が光ってる。こう、何か凄くキラキラしてる。

 三十代でそれはキツイですよって言いたいけれど、不思議と可愛く見えるから美人って便利だ。でも、リンディさんってこんなに美人なのに再婚はしなかったんだよねー。

 まぁ一時期、若いツバメを飼っているとかって影で噂されていたけれど。

 

「えーと、将来的にはそうしようかなとは思ってます。ミッドチルダって所にも行ってみたいですし……」

 

 兎に角、リンディさんが折角話を変えてくれたのだから、それに乗らない手はないよね! というわけで、軽く局入りの話を匂わせておくことにする。

 本音を言えば、後半のミッドに行きたいって理由がメインだったりするんだけどね。

 

「本当!? それなら凄く助かるわ! うんっ、時空管理局は貴女の局入りを心から歓迎します♪」

 

 満面の笑みを浮かべて、私の手を握ってくるリンディさん。

 あ、あははは。相変わらずの人材不足なんだね、管理局って。

やっぱり何処ででもそうだと思うけど、組織で人材不足って永遠のテーマだと思う。かと言って数が多ければいいってわけでもないし……うん、非常に難しい問題です。

 一応、私も教官という立場だったので全く関係のない話ってわけでもなかったし。それにまた局入りするのなら、また教官職に就きたいとも思ってる。

 そんなことを思いつつ、苦笑いを浮かべていると話の内容は徐々に雑談へと移っていった。お母さんや忍さんの時もそうだったけど、私の本来の年齢が近いからかな? 気楽な感じがして、凄く話が弾むんだよねー。見た感じリンディさんも楽しそうに話してるし、まぁ傍から見れば違和感バリバリだとも思うけど……。

 

「――――そんなわけで、凄く良いんですよ!」

 

「むぅぅ。確かに凄く魅力的なのだけど、今は任務中だからこの艦からは降りれないのよ……」

 

「なら、今度休日にでも遊びに来たらどうですか? さっきも言いましたけど、贔屓目をなしにしても、私のお母さんの作るスイーツは一度食べてみる価値があると思います」

 

「そう、ね。丁度有給も溜まってるし、うん。個人的に今度遊びに来るのもアリかもしれないわね」

 

 とまぁそんな感じで後日、リンディさんの地球訪問が決定致しました。

 ふふっ。きちんと翠屋の利益のことも考えている女、高町なのはに抜け目はありません。これでも私はお店の看板娘を自称しているしね……まぁ最近はあんまり手伝っていないけど。

 

「ところでリンディさん、今後のことなんですけど……出来れば、私もジュエルシードの確保に協力させて貰えませんか?」

 

 すっかりリンディさんと“がーるずとぉーく”してしまっていた所為で私達は完全に本題を忘れていた。ここでちゃんとリンディさんに許可を貰わなくちゃ、色々と面倒なことになってしまうのだ。

 結果として一時的にフェイトちゃんと敵対って形になるけど、これ以上の選択を私は思い付かなかった。

 

「確かに此方としても強い戦力はありがたいけれど……できれば、理由を聞かせて貰っても良いかしら?」

 

 少し悩む様な顔になったリンディさんに私は本音を話すことにした。

 とはいえ、そんなに大層な理由があるわけではないけれど。

 

「私は、あの子と……フェイトちゃんと友達になりたいんです」

 

 決して口がうまい方ではない私には、ネゴシエーターみたいに上手く交渉することはできない。というか、交渉事で私がリンディさんに勝てるとは微塵も思えなかった。

 だから、自分の本心を語ることでリンディさんと交渉する。

 これぞ、高町式交渉術の初歩。“まず想いを伝えよう”である。

 

「あの黒い服の女の子?」

 

「はい。いつも無茶なことばっかりしているあの子と、いつも悲しそうな目をしているあの子と。……私は友達になりたい」

 

 確認するように尋ねられたその言葉に私は大きく頷いた。

 もう一度私はフェイトちゃんと友達になりたい。その理由なら沢山持っている。

 “アッチ”でも親友だったからとか。もうあんな狂気に染まった目を絶対にさせたくないからとか。フェイトちゃんに寂しそうにしていて欲しくないからとか。本当に色々な理由がある。だけど、一番の理由は……。

 

「私は、あの子に知って欲しいんです。世の中にはこんなにも楽しいことがあるんだよって。こんなにも暖かな場所があるんだよって。そこに貴女も入れるんだよって。きっと、あの子には笑顔が一番良く似合うと思うから。私はフェイトちゃんに笑顔でいて欲しいって思うから」

 

 ……大好きな親友のフェイトちゃんには笑っていて欲しいと思うから。

 もっと色んな楽しい時間とか嬉しい時間とかを共有していきたいと思うから。

 もしかしなくても、絶対に私の我が儘に過ぎないのだってことはわかってる。

 それでも、私はまたあの子と親友になりたいんだ。

 

「そう……。でも、何でそこまで思うのかしら? まだ彼女とはつい最近会ったばかりなのでしょう?」

 

「時間なんて関係ないって思っています。あと、似ているから」

 

 あの悲しくて寂しいのに、誰にも言わない所が。

 何でも一人で抱え込めばいいと思っている所が。

 自分の本当の気持ちを誰にも伝えられない所が。

 ……私は良く似ていると思うから。

 

「似ている?」

 

「私の大好きな親友に。そして、遠い昔の私の姿に。今のあの子はとてもよく似ている、だから私はあの子を絶対に放っては置けません」

 

 私はそう言うと、リンディさんの翡翠色の瞳を見つめた。同じようにリンディさんも私の瞳を見つめ返してくる。けど、私は逸らすことなくその瞳を見つめ続けた。

 少しの間だけこの部屋に沈黙が訪れ、時間の流れが遅くなったように感じられる。でも、もう此方から話す言葉は何もない。私の言いたい事は全て伝えたつもりだ。あとはリンディさんの判断を待つだけ。

 これで、もしダメと言われるのなら私は――――。

 

「……わかりました。私の指示には必ず従うと誓ってくれるのならば、貴女の参加を認めます」

 

「っ、ありがとうございます!」

 

 私はすぐにリンディさんへと頭を下げた。

 よかった。どう考えても理由が私個人の感情でしかなかったから、てっきりダメと言われるかと思ってた。まぁ仮に断られていたら、勝手に動く気満々だったとは……言わぬが花である。

 

「ただし、ちゃんと従って貰いますからね?」

 

「はいっ、ハラオウン提督のご厚意に感謝します!」

 

 念を押してくるリンディさんに私はお礼の意味を込めて、ビシッと敬礼をする。もう二十年くらいしている敬礼だ。指の先まできっちりとお手本通り……なはずなんだけど、この小さい身体だと全然締まらないっていう。

 うん。何処からどう見ても、子供が頑張って背伸びをしている感じにしか見えないっ。

 

「ふふっ。ではよろしくお願いしますね、なのはさん」

 

 ほら。リンディさんも軽く笑っているし、多分、凄く微笑ましい感じになってるんだろうなぁ。

 はぁ~。何だろう、この凄く空しい気持ちは……。私は内心で静かに溜め息を吐くと、早く大人になりたいと強く想うのであった。

 

 

 

 

 こうして私、高町 なのはは一時的に管理局に協力することとなる。

 リンディさんとの話を終え、家に帰った私は夕食後。お母さんに暫く家を空けることを伝えた。ちなみにお父さん達は鍛練に出掛けていて、この場にはいなかったりする。

 

 私はリンディさんに話す許可を貰ったので、この際だからとお母さんに魔法のことを全て話した。きっと後々局入りするのなら両親に話さないわけにもいかないからって判断だとは思うけど、すぐに許可をしてくれたのはありがたい。

 

 まぁ、どうやら私が影でこそこそと何かしているのはバレバレだったみたいだけどね。あと、お母さんだけに話したのは特に理由はなくて、何となくである。

 ちょっこだけ本音を言えば、お父さんとお兄ちゃんが自分も行く! とか言い出しそうな気がしたからだったからだけど……お姉ちゃんは、お父さん達と鍛練に出掛けちゃったから仕方がなかったんだ。

 ……決して除け者にしたわけではありませんよ?

 

「わかったわ。士郎さん達には明日、私から話をしておきます。……だけど、絶対に元気な姿で家に帰ってくること! これはお母さんとの約束よ?」

 

「うん! ありがとう、お母さん!」

 

 全ての話を終えると、お母さんは了承してくれた。私はお礼を言うと思わずお母さんに抱きつく。そんな私を優しげな表情で抱きしめてくれるお母さん……うん、何だろう。こう上手く口では言えないんだけど、凄く心が落ち着いていく感じがする。これが母の暖かさって奴なのかもしれない。

 そして、きっとフェイトちゃんはこういう母の温もりを強く求めているんだと思う。だけど、プレシアさんが昔と同じなのならば、フェイトちゃんの望みを叶えるのは凄く難しい。

 

 確かにフェイトちゃんはリンディさんの養子になってから、幸せそうに生活していた。それは間違いないと確信出来る。でも、同時にフェイトちゃんがプレシアさんのことを忘れることは決してなかった。

 フェイトちゃんにとって、きっとあの人は“特別”なのだろうと思う。

 あんな別れ方をしたのにフェイトちゃんはテスタロッサの姓をずっと外さなかったしね。

 

「親子って難しいなぁ……」

 

 ぽつりとそんな言葉を漏らす。はぁ、本当に私はどうすればいいんだろう。

 フェイトちゃんの願いを叶えてあげたいとは思うけど、私には出来ることが殆どない。というか、家族関係の話に他人が横からしゃしゃり出てくるのは何か違う気もする。

 私にアリシアちゃんの蘇生が出来るような知識でもあればまた違うのかもしれないけど、そんな知識は当然持ってないし……。

 そんな風に色々と思い悩んでいた私の頭に、ぽんと優しく暖かい掌が乗せられた。そして、その手はゆっくり撫でるように私の頭の上を動いていく。

 

「お母さん?」

 

「なのは、親子なんてそんなに難しいものでもないわよ?」

 

「えっ……?」

 

「大切なものと気がつけるか、気がつけないか。親子に重要なことはそれだけだと私は思うわ」

 

 そう言って、お母さんは優しく私の頭を撫でてくれる。

 本当に絶妙な力加減のそれはとても気持ちが良く、私は目を細めて受け入れた。でも、お母さんの言っていることも一理あるような気がする。

 親子とか家族って近くにありすぎて気がつきにくいけど、凄く大切なものだもんね。だけど……。

 

「でも、それが一番難しいんじゃないのかな?」

 

「そうかもね。だけど、難しいと思うから難しいの。簡単だと思えば凄く簡単なことよ」

 

 ……そう言われてみると、そうなのかもしれない。

 あのプレシアさんを言葉だけで完全に説得できるとは思えない。

 だけど、ほんの小さな切っ掛けを与えることだけでも出来れば……フェイトちゃんへの見方を少しでも変えてくれれば何とかなるかもしれない。

 勿論、希望的観測は混じっているし、そもそもプレシアさんと話が出来なければ何の意味もないけれど。

 

「けど、やってみる価値はある、よね」

 

 よし、今度はプレシアさんとちゃんと話をしてみよう。

 よくよく考えれば、私ってあの人とちゃんとお話したことってないしね。あの人が何を考え、何を思い、何をしたいのか直接聞いてから、どうするのか考えてみよう。

 フェイトちゃんにもプレシアさんにも一番いい選択が何なのかを、一緒に考えてみようと思う。取りあえず、今はそんな感じでいいや。こういうのは深く考えても解決するわけでもないもんね。

 あっ、でもお母さんに言わなきゃいけないことがあった……。

 

「ねぇ、お母さん」

 

「んー? なぁに?」

 

「私は、お母さんが大好きだからね?」

 

 うー。自分で言ってみたものの、これはかなり恥ずかしいかも。

 だけど、こんな機会でもないと絶対に言えないことだし……重要なことだと思うんだ。こういうの気持ちって言える時にちゃんと伝えて置かないと、後悔してしまうことになるからね。

 それに“アッチ”で私は最高の親不孝なことをしてしまったから。

 子供が親よりも先に死ぬなんて、親不孝以外の何物でもないし。

 

「…………っ、なのは!」

 

「お、お母さん!?」

 

 そんなわけで、自分の本音を伝えてみたんだけど……何やら、お母さんの様子が変です。膝に乗っていた私を強く抱きしめると、すりすりと頬を擦りつけてきます。

 って、痛い痛い、摩擦で頬が凄く痛いっ。

 

「もうっ、この娘はなんて可愛い子なの! やっぱりウチの子は最高ね!」

 

 これがデレ期!? デレ期なのね!? とか言いつつ、私を思う存分愛でてくるお母さん。いやいやいや、デレ期って何!? と突っ込みを入れたかったけどそれ所ではなかった。

 何処からそんな力が湧いてくるのか不思議なほどに私を撫でまわし、抱きしめ、すりすりしてくるお母さん改め、この親馬鹿。魔法なしだと戦闘力が5以下のゴミ虫な私では、抵抗も全く意味がありませんでした……。

 

「んぅ~~。ウチのなのはが可愛すぎる~~!」

 

「にゃ、にゃぁああああ!?」

 

 結局、お母さんの奇行はお父さん達が帰ってくる頃まで続いた。

 勿論、可愛がり攻撃をモロに受けた私は大変疲労困憊することとなる。しかしそれでもボロボロの身体を引きづり、学校を休むことの連絡をアリサちゃんとすずかちゃんにメールで送信するまで私は耐えた。うん、褒めてくれてもいいと思う。

 そして、その翌日……。

 

「今回、ロストロギアの確保に協力してくれることとなった現地の魔道師である……」

 

「高町 なのはです。精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!」

 

 アースラの懐かしい面々前に立ち、私は笑顔で元気よく挨拶をする。

 こういうのは第一印象が凄く大事なのだ。初めから暗い子だな~なんて絶対に思われたくはありません。

 

「それから、彼女の使い魔の……」

 

「ユーノ・スクライアです……って、リンディさん! 僕は使い魔じゃありませんよ!?」

 

 リンディさんの軽い冗談で、アースラのメンバー達ににこやかな笑みが生まれる。うん。こういう所を見ると、私はまだまだ敵わないなぁって思わされる。

 私もヴァルキリーズの皆の前で軽いジョークとかを言う時もあったんだけど、アレって地味に難しいんだよね。滑ったりすると裏で小一時間くらい立ち直れなくなるし……まぁ、それで落ち込んでいたところに優しいミっくんがフォローをしに来てくれたりするから、役得役得とか思ってたこともあったけどっ!

 まぁ、完全に弄られ役になってしまったユーノ君にはドンマイとしか言えません。こういう時の第一印象って以外と消えにくいものだから、多分ユーノ君は弄られ役に決定だよ!

 

「いいじゃないか、使い魔でも。どうせ君はいつもフェレットの姿なんだから」

 

 そしてアースラの元祖弄られ役? なクロノ君がユーノ君にニヤニヤとした顔を向けています。どうやら、二人で医務室に寝ていた時に仲良くなっていたようです。

 いや、クロノ君としては自分が弄れる奴が来て嬉しいのかもしれないけどね。ああいう所を見るとまだまだ子供なんだなぁと思うよねー。まぁ、二十年後にはいつも反抗期な子供達に悩まされるパパさんになっちゃうんだけど。

 

「だから、僕は使い魔じゃないって何度も言っているだろう! この痴漢野郎!」

 

「なっ!? アレは完全に不可抗力だ! 大体、君だって女湯に入っていたらしいじゃないか、この淫獣!」

 

 いきなり始まった二人の喧嘩にアースラの人達は、微笑ましそうな笑みを浮かべて見ている。かくいう私も非常に生温かい目で二人を見つめております。

 だけど、それってどちらも私は被害者なんだよね……思い出したら、ちょっとだけイラッとしてきたかも。

 

「なんだよ、このチビすけ!」

 

「うるさい、このフェレットもどき!」

 

 はいはいはい。仲が良いのは大変結構だけれど、今は一応会議中な訳だし、もうそのくらいにしておこうね?

 誰も注意しないから別に気にしなくてもいいけど、アースラじゃなかったらすぐにお説教モノだよ?

 そんなわけで私は二人を軽く注意することにする。

 

「二人とも、ちょっと静かにね?」

 

『はい、申し訳ありませんでした!』

 

 あ、あれれ? 何もそんなに過敏に反応しなくてもいいんだけど……。

 それに私、結構優しい声で言ったよね。もしかして、そんなに怖かったのかな?

 だとしたら、もの凄くショックなんだけど……あと相変わらず変な所で息がピッタリだよね、君達。何か武装隊の人達から、すげぇなとか。ブリッジの人達から、完全に尻に敷かれているのねとか。そんな声がひそひそと聞こえるけど、私は気にしないもん。うー。

 

「……短い間とはいえ、君はよく彼女と一緒にいられたな。正直、ウチの艦長よりも怖いぞ?」

 

「クロノ、人間の適応能力って意外と凄いんだよ? それに、なのはさんは厳しかったりもするけど、本当は優しい人だから……」

 

 ん? 今度は二人でこそこそと何を話しているんだろう。

 偶にこっちをちらちらと見てるし、私の事でも話しているのかな?

 なーんてね、そんなわけがないか。まぁ、男の子同士で話したいことでもあるんだろう。

 

「う~ん、そうなのか…………っ!?」

 

「……おい、なんで顔を赤くしているのさ」

 

「こ、これはちがうっ」

 

 あれ? クロノ君がこっちをじぃーと見てきたから、軽くウィンクをしてみたんだけど……変だったのかな?

 むぅ、やっぱり慣れないことはするもんじゃないね。よし、ウィンクは永久封印します。それにしても、本当にあの二人は凄く仲良しさんだなぁと思う。もうユーノ君も敬語を使ってないし、何か私だけ除け者にされたようで少し寂しいかも……。

 

「リンディさ~ん」

 

「あら? どうしたの、なのはさん?」

 

「クロノ君達が私抜きで楽しそうにしているので、少し寂しーです」

 

 というわけで、私はリンディさんの所にいってみることに。

 今はそんなに忙しそうでもないし、皆も雑談しているみたいだから、多分大丈夫だと思う。

 べ、別に男の子にどう話しかければ良かったっけ? なんて思ってはいません。……本当に思ってないんだからね?

 

「あらあら、女の子を放っておくなんて二人ともダメダメねぇ。うん。それなら、私とお茶でもしましょうか?」

 

「はい!」

 

 リンディさんは少し困ったものを見るような目でクロノ君達を見ると、すぐに私に笑みを向けてそう言ってきてくれた。流石リンディさん、実に話のわかる女性である。

 う~ん、私もこういう気配り上手な大人になりたかったなぁ。そうすればもっとモテたかもしれないのに…………はっ、私にはミっくんという人がいるというのに、こんなことを考えてしまうなんて! ご、ごめんね、ミっくん。でもこれは浮気ではないの!

 前にも言ったけど、なのはの心は常に貴方と共にあるからっ!(注:相手は一歳である)

 そんな言い訳を遠いミッドの地に送りつつ、私はリンディさんが入れてくれたお茶を一口飲んで……噴き出した。

 

「あ、甘い……」

 

「あら? なのはさんはミルクと砂糖を入れない派だったかしら?」

 

「そ、そうですね。どちらかと言うと、ストレート派です」

 

 これも別に飲めないってことはないんだけど、不意打ちだと結構ダメージが大きい……。リンディさんお手製の場合は砂糖とミルクの比率がちょっと異常だから、ドロドロ一歩手前だしね。

 まぁ味的には、薄い抹茶オレもどき砂糖増加中♪ って言えば、伝わるかな。あとコレを飲んだ後は、きちんとうがいをしないと虫歯になるので気を付ける必要があったりもする。

 

「ふふっ、クロノきゅん×ユーノきゅん。今回はこのネタでイケる!」

 

 私がそんな緑茶もどき(リンディ仕様)を少ししかめっ面で飲みつつ、リンディさんと談笑していると何やら不穏な声が聞こえてきた。良く見ればブリッジのメンバー達が、未だに仲良く話をしているユーノ君とクロノ君を見つめて何やら盛り上がっているみたいだ。

 

「馬鹿なことを言わないで! ユーノきゅん×クロノきゅん、これに決まってるでしょ!」

 

「ねぇ。なら、いっそのことなのはちゃんをフタ○リにさせて二人を同時に責めちゃうって感じにすればっ……」

 

『それだっ!』

 

 ……あ、あはは、聞かなかったことにしようかなー。

 そう思いつつも、私は苦笑いを浮かべたままリンディさんに話を振ってみる。当然、一緒にその声を聞いていたリンディさんも苦笑いだ。

 

「リンディさん。何か私の名前が出て来たんですけど、アレって……」

 

「う、う~ん。流石に私も人の趣味にまでは口を出せないのよね、あははは……」

 

 今まで全く知らなかったし、知りたくもなかった真実。アースラのブリッジが結構腐っていたよ、てへっ☆

 そんな衝撃の真実を目撃して、私は強く思ってしまった。

 

 そんなのでいいのか? 時空管理局。

 これで大丈夫なのか? 時空管理局。

 

 そして、そこの中心にいていいのか、エイミィさんっ。

 というか将来の旦那さんをネタにしてていいの!?

 あっ、逆に旦那だからアリなの、かなぁ?

 

「で、でも、管理局全体があんな感じではないのよ? アレは、その……極一部の人だけだからね!」

 

 私が遠い目をしているのを見て、リンディさんが凄く必死にフォローしているのが凄く印象的でした まる。うん、ちょっとリアルに局入りを考え直そうかなぁ……なんてことを思っている私は気づいていない。

 自分も結構同じ穴の狢だということに……。

 

 



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第十一話。なのはさん(28)の降臨

「??? なのはさん。ミカンなんか持ってきて一体、何をするんですか?」

 

「ふふん、まぁ見てて! レイジングハート、カウントをお願いっ!」

 

“OK”

 

 私はレイジングハートに声を掛けると、ミカンを宙へと放り投げた。

 そして、ミカンに指先を向けると小さな桃色のシューターを放つ。

 

「プチシューター! シュート!」

 

『っ、これは!?』

 

 クロノ君とユーノ君の驚きの声が聞こえる中、私はシューターの制御に集中する。レイジングハートのカウントが終わるまでに、決めてみせるっ。

 

“......Eighteen. Nineteen. Twenty.”

 

 ようやく終わったカウント二十。

 その声と共にシューターを消すと、私の手元に皮の剥けたオレンジ色のミカンが落ちてくる。うん、我ながら綺麗に剥けている! 出来は90点オーバーですっ。

 

「じゃじゃ~ん! ミカンの皮むき大成功! どう? 結構練習したんだけど、凄いでしょ~?」

 

「た、確かに凄い技術ではある。だが、別に手で剥けばいいんじゃ……」

 

 ……へぇ、クロノ君ってばそんなことを言うんだー。

 これって操作が結構難しいから初めの頃、私はミカンの汁塗れになって大変だったっていうのにさ。そんなになってまで頑張った私に向かって、クロノ君ってばそういうことを言うんだ、ふ~ん。

 でも、このままそんな酷い事を言われっ放しだと今まで犠牲になった数多くのミカンさん達が浮かばれないよねー。私がこの絶技を身につけるまでに、儚く散っていたミカンさん。その数およそ百個。

 君達の仇はこの私が取って上げるのっ!

 

「そんな酷いことを言う奴には……こうだよっ!」

 

「ちょっ、なのは!? ミカンの汁は、目に染みるぅぅうう!?」

 

「……なんか楽しそうだなぁ」

 

“……馬鹿ばっか”

 

 

 私の名前は高町 なのは。

 極々、平凡な普通の夢見る魔法少女です♪

 この前の衝撃の事実を目の当たりにして少し本気で悩んだけれど、今は気を取り直して頑張っております。まぁ、探索の面倒がない分、協力していた方が色々と便利でもあるしね。

 

「なのはさん、今ですっ!」

 

「了解、だよ!」

 

 ユーノ君の声に大きく頷き、すぐに構えた手の平に魔力を集中させる。

 しかし、その間も絶対に目標……ジュエルシード暴走体からは目を離さない。今度の暴走体はちょっと大きい黄色のお猿さんもどきだった。

 まぁ、剥き出しの牙とかダラダラと流れてくる唾液の所為で、可愛らしさは皆無だけれど……。

 

「■■■■■■■――――っ!!」

 

 ユーノ君に全身をバインドで封じられて苦しいのか、叫び声を上げるお猿さんもどき。でも残念、もう君の物語はお終いなの。きちんと猿は猿山に帰ろうね?

 そんな事を思いつつ、私は構えた手の平から極太ビームを繰り出す。

 

「な~の~な~の……波ぁっ!!!」

 

 説明しよう。“なのなの波”とは、古くよりこの世界に伝わる少年達のロマン技……の模倣である(パクリとも言う)。

 この技をやってみようと数多の少年達がこの技の練習をし、その姿を誰かに見られて後々の黒歴史と化するのは誰もが通る道だったりもする。

 あっ、ちなみに今回のは私が気まぐれで口走っただけで、実はただのディバインバスターだというオチもあったり。

 えへへ、でも私も一回くらいはやってみたかったんだよね。こういうのがノリでぱぱっと出来るのも子供の間だけの特権だと思うっ。しかし、少しご機嫌だった私に突然、首元から声が掛かる。

 

“マスター、私の仕事が……”

 

「え、えーと、ごめんね。レイジングハート」

 

 自分の仕事がなくて、悲しそうな声を出すレイジングハート。

 点滅しながら落ち込んでいる様子の彼女の姿に、ちょっと本気で申し訳なくなった私は思わず謝った。というか、機械音声ってこんなにも悲しそうな声が出るんだね、初めて知ったよ。

 

「でも、やっぱり貴女と一緒の方が断然やり易いんだね」

 

“……………………”

 

「だから、レイジングハート……次から私のサポートを全て貴女に任せても良いかな?」

 

“……勿論です。もっと私を使って下さい、マスター”

 

 私が待機状態になった愛機を優しく撫でながらそう言うと、今度はチカチカと点滅しながら気合いの入った言葉が帰ってきた。

 どうやら、レイジングハートの機嫌も少しくらいは戻ったみたいだ。

 

“お疲れ様、なのはちゃん。今すぐ転送ポートを開くから、少しだけ待ってて”

 

「はぁ~い!」

 

 そんなことを私が思っていると、アースラから通信が入ってきた。私はブリッジの人の言葉に、元気よく笑顔で返事をする。……ふぅ。ぱっと見は普通の人なのに、あの人も実は腐って……げふんげふん。

 うん。何かそう思うと、この世の中の全てが何か恐ろしい気がしてくるから不思議だよねー。そんなことを少し苦笑いを浮かべて考えつつ、私は封印したジュエルシードを手に取った。

 

「これで残るジュエルシードは六つ……」

 

 きらりと光る青い宝石を見つめ、そう言葉を漏らす。

 今の時点で私が九個、フェイトちゃんが六個のジュエルシードを持っている。だから残りは六つ。昔と同じならば、あとは全て海に落ちているはずだ。んー。一応、広域探索を海の方を重点的にするように頼んでみようかな。

 

「なのはさん、戻りましょう」

 

「……うんっ!」

 

 

 

 それから何日か過ぎたある日のこと。

 私とユーノ君とクロノ君の三人は、のんびりとアースラの食堂で昼食を取っていた。まぁ、私以外の二人は些かグロッキーではあるけれど。

 

「し、死ぬ……」

 

「………………」

 

「もう、二人ともだらしないなぁ。男の子なんだから、もっとビシっとしてないとダメだと思うよ?」

 

『いや、無理です』

 

 もうっ、変な所だけ息がぴったりなのも困りものだね。

 いつもは喧嘩ばっかりしているのに……ホント、男の子は謎である。それにしても……。

 

「むぅ。今日の訓練は結構軽めにしてはずなのになぁ……」

 

『っ!?』

 

 私がそう呟くと、二人は揃って身体をビクつかせた。でも考え事をしながら、紅茶に砂糖を入れていた私はそのことに全く気がつかない。

 この前のお猿さんを封印して以来、未だ新たなジュエルシードは見つかってはいなかった。あれから海の方を重点的に探してみては貰っているものの、やっぱり海は広い所為なのか中々ジュエルシードは見つからないみたいだ。

 だけど、そうなってくると他にお仕事が全くない私は凄く暇になる。なので、暇な私は最近訓練室に入り浸っていたりします。

 

「二人とも、食事はきちんと食べないと大きくなれないよ?」

 

『………………』

 

 声を掛けてみるも、二人から返事は返ってこない。

 もう私は昼食を終えてティータイムに入っているのだが、二人ともまだグロッキー状態のようだ。でも、可憐な女の子にその化け物を見るような目はいけないと思うよ、ぷんぷんっ。

 一見元気そうに見えるけど、これでも私だって結構しんどい。教導ってされる方もキツイだろうけど、する方も体力的にはキツイんだからね?

 特にこのへっぽこな身体だと、尚更である。

 

 さて、私がアースラで教導をしていることに疑問を感じている人もいるかもしれない。実際に私もこの展開は大変、予想外のものである。なので、何故こうなったのかと聞かれれば、私の職業病が出たとしか言いようがなかった。

 一応これでも初めの頃は、訓練室の隅っこを借りて一人で黙々と訓練をしてたんだよ。けど、武装隊の人達の訓練を見ていると、どうしても気になる所とかがあったんだ。それで、ちょこちょことアドバイス的なものをしていたら……いつのまにか本格的に指導をしてたっていう。あははは、職業病って本当に怖いよねー。

 えっ? 武装隊の人達から不満とかは出なかったのかって?

 それは勿論、子供に指導されて良い気分になる人はいないよね。だけど、十代初めから教導をしてきた私はそんな環境に慣れています。

 ああいうのは、初めにきっちり上下関係を教えてあげれば問題はないのだ。まぁ簡単に言うと、全員と模擬戦をして速攻で叩きのめしました♪

 

 と、それでもうわかったとも思うけど、今日は訓練にユーノ君とクロノ君も参加させたんだ。ほら。やっぱり何をするにも身体って資本だと思うしね、鍛えておいて損はないってことで。でも、そんな親切心で誘ってみたのに何故か二人ともグロッキーになっちゃった、てへっ☆

 あっ、ちなみに武装隊の人達も同じようにグロッキーだったり……だけど、ちゃんと食事を取っている所は関心です。それにしても、これってヴァルキリ―ズの訓練に比べたら全然軽めの方なんだけどなぁ。

 確かに旧六課の時よりは少し厳しめだけど……んー、ここ一、二年ほど他の部隊で教導してなかったから、私の基準がおかしくなったのかな?

 

「あっ。このクッキー、結構美味しい」

 

 そんなことを思いつつ、私はのんびりティータイムを楽しむ。

 それから二人が復活するまでには、暫しの時が必要だった……。

 

 

 

「ところで、クロノ君は今のお仕事は楽しい?」

 

 あれから少し時間が経った後、ようやく二人が復活したので私達は三人と一機で談笑をしていた。どうやらクロノ君も今日はお仕事はないようなので、時間は大丈夫らしい。まぁお仕事をするのも悪くはないけど、休養を取ることも大事なことだよねー。昔の私は休むってことを全然しなかったから、今は休みまくってやろうかなと思っています。

 えっ? それは人間としてどうなのよ?

 うん。ダメだろうなっていうのは、自分でも思ってる。

 

「そうだね。楽しいと違うかもしれないけど、充実はしているかな。自分で選んだ仕事でもあるし、責任も大きいけど、やりがいは凄くあると思ってる。母さ……んんっ、艦長から話を聞いたけど、なのはは局入りを考えているんだろう?」

 

「えっ? そうなんですか?」

 

「うん。まぁ具体的に何時から入る、とかっていうのは全然決めていないんだけどね」

 

 でも、実際問題どうしようかな。

 小学校の授業から解放されるのなら、早めに入っても別に良いんだけど二足の草鞋って結構しんどいんだよね。ぶっちゃけ、事情を知らない人達からすればサボりと変わらないし……うん。今にして思えば、地球で私の交友関係が狭いのはその所為なのかもしれない。

 それに個人的にはミッドに行く前に、きちんと花嫁修業をしておきたいと思う。炊事も家事も人並みにはこなせる自信はあるけど、私が目指すは超☆大和撫子。その名の通りスーパーな感じでなければならないのだ。

 それにウチには、高スペックな女の代表であるお母さんもいる。そのお母さんに色々と習えば、私も良い女の仲間入りをするはずである。うむ、こうして考えると局入りは少し遅めの方が私的にはいいのかもしれない。だけど……。

 

「早くミッドには行きたいなぁ……」

 

「ん? なのははミッドに興味があるのか?」

 

「あーうん。異世界なんて行ったこともないから、ちょっと興味があるなぁって思ってね」

 

「確かに魔法文化がある分、地球とは違う面白い所も多いかもしれませんね」

 

 私の咄嗟に思い付いた言い訳に納得した様子で頷く二人。

 い、言えない。子供時代の可愛いミっくんに会いたいなぁとか、早く刷り込みをしなくちゃなんて思ってるとは絶対に言えないっ。でもでもっ、好きな人の子供時代って凄く興味ない?

 男の人ってアルバムとかを持ってることも少ないし、恥ずかしがって写真とかも見せてくれないし。私がミっくんの半ズボン姿を見たのだって、たまたま落ちた家族写真を一枚見ただけだもん。非常に彼の子供の頃が気になります。

 それに早く生ミっくんをこの手でハグハグしたい、ぎゅっぎゅっとしたい。

 あと、個人的にはヨシヨシされたい。アッチでは出来なかったから、その分もミっくんにヨシヨシされたいっ。

 そうこの気持ち、まさに愛と呼ぶに相応しいっ!

 はっ、いけないいけない。人前なんだから少し落ち着かなくちゃっ!

 

「ユーノはやっぱり遺跡巡りでもするのか?」

 

「そうだね。部族の所に戻ったら、また発掘に戻るかな」

 

 私が心に宿った熱き魂を沈めていると、クロノ君がユーノ君に話しかけていた。

 だけど、どうもユーノ君の表情が曇り気味である。う~ん、もしかしたらユーノ君は少し寂しいのかもしれない。歳の近い子も部族にはあんまりいないって昔に聞いたこともあるし……。

 私はまたすぐに会うことになるって知っているけど、本当だったら今生の別れでもおかしくないもんね。世界が違うとそのくらい接点がないもん、普通は。しかし、私はこんなしんみりした空気はあまり好きではありません。てなわけで、空気を変えてしまおうと思います。

 

「だけど、またジュエルシードみたいな危ないロストロギアを発掘しちゃったりしてね!」

 

“そして、またそれを何処かにばら撒く、と”

 

「ふ、二人ともそれは酷いですよ! これでも僕、結構気にしてるのに!」

 

 私の意図を察してくれたレイジングハートが話に乗ってくる。

 ふふ、本当に気配りの出来る相棒だ。私達が二人でからかうとユーノ君は少し怒ったように顔を赤くして反論してきた。でも、その顔にはさっきまでの陰りはなくなったみたいに見える。

 

「おい、フェレットもどき。もし今度ばら撒く時には、必ず管理局に連絡を入れてからにしてくれよ?」

 

「だから、ばら撒かないってば! あとフェレットもどきって言うな!」

 

 結局、クロノ君もユーノ君を弄り出し、私達は少しの間皆で笑っていた。その時の皆の顔は何処か年相応のモノだったと述べておこう。うん、私の周りの人は精神年齢が異常に高いから、こういう時間っていうのも結構貴重なのかもしれない。

 しかし、そんな楽しい時間も緊急事態を表すアラームが鳴ったことで、終わりを迎えることとなる……。

 

 

 

「なんて無茶をする子なの!?」

 

「六つものジュエルシードを同時に発動させたのか……」

 

 急いで私達がブリッジ向かうとそこは非常に慌しかった。

 そして、中央の大きなモニターにはフェイトちゃんの姿が大きく映し出されている。あのじゃんけんをして以来、久しぶりに見た彼女は焦燥感が滲み出ていて、何処か切羽詰まっているようにも見えた。

 

「でも、あれでは封印する前に自分の魔力が持ちませんね……」

 

「っ、ジュエルシードの反応、更に大きくなっています!」

 

 ジュエルシードを発動させるために大規模な魔法を使ったであろうフェイトちゃんは、もう既に肩で息をしている。アレではクロノ君の言うように、封印する前に力尽きてしまうだろう。

 しかし、それでもフェイトちゃんは諦めてはいないようだった。いつもよりも数段遅い動きで発生した幾つもの竜巻を必死に回避し、ギリギリの所で何とか踏ん張っている。

 そんな姿を見た私はぎゅっと唇と噛むと、即座に踵を返して走り出す。

 

「なのはさん。一体、どこに行くのかしら?」

 

 だが、その歩みは後ろから掛けられた声により止められた。

 当然、幾つかの視線が私の背中に集まってくる。

 でも、ごめんなさい。今回、私は引く気がありません。

 

「……私との約束、覚えていますよね?」

 

「はい、覚えています。だけど、私にはもう一つ大事な約束があるんです……」

 

 私は振り返らずに背を向けたまま、リンディさんにそう伝える。

 ……わかってはいるんだ。

 この場合は、第一に重要参考人であるフェイトちゃんを確保すべきだってことも。

 動けなくなったフェイトちゃんを死なせないために、武装隊の人達が準備していることも。

 決して街に被害がいかないように、アースラのメンバー全員がしっかり動いているってことも。

 リンディさんやクロノ君だって、何もせずに傷つく女の子を見ていたい訳ではないってことも。

 ……そのくらいのことは、私にもわかってはいるんだ。

 

 だけど、本当にごめんなさい。

 最近気が付いたんだけど、私って実は結構自分勝手なんです。

 

「あの子が危なくなった時には、絶対に助けに行くって約束しました。だから、私はフェイトちゃんを助けにいきます!」

 

「なのはさんっ! もう準備は完了しています! 早くあの子の所に!」

 

 っ、ナイスだよ、ユーノ君!

 うん、今度フェレットモードになった時にはノミ取り用の首輪でも買ってあげるからね!

 あと、フェレットクッキーも一段階高級にしてあげるっ!

 

「君達は!?」

 

「高町 なのは! 命令を無視して、勝手な行動を取ります!」

 

 クロノ君が何か言っていたけど、軽く敬礼をして私は素早くアースラから転移する。最後にちらっとリンディさんを見ると、ちょっとだけ溜め息を吐いて苦笑いを浮かべていた。

 うん、あんまり怒ってはいなさそう……と思っていたら念話がきた。

 

“なのはさん。あとでお説教がたっぷりありますから、覚悟して下さいね?”

 

 や、やばい、何か凄くアースラに戻りたくない。

 このままフェイトちゃんを助けたら、何処かにとんずらしてしまおうかなぁ。

 そんなことを冗談半分、本気半分で考えつつ、私は優雅に空中散歩。

 まぁ、実際には空中落下しているんだけど……それはさておき。

 

「さて、レイジングハート……」

 

 落下の速度の所為で、髪がぶわぁぁとなりながら私は愛機へと声を掛ける。

 今回はいつもとは違ってかなりマジだ。言うなれば、本気と書いてマジである。

 だから、私はここでアレを解禁しようと心に決めていた。

 

「今日はいつもよりちょーと本気モードでいくけど、貴女は付いて来れるかな?」

 

“貴女と共になら、何処までも”

 

 私が茶化すように問いかけると、愛機から実に頼もしい言葉が即答で返ってくる。

 あははっ。うん、そうだねっ。本当に貴女となら私はどこまでだっていけるかもしれないね。いいよ、それならいける所までとにかくいってみようかっ。

 

「ふふっ、愚問だったね。なら行くよ! 無茶なことばっかりするお姫様を助けにっ!」

 

“了解、複合術式を起動します”

 

 レイジングハートの声と共に、私の身体を桃色の魔力光が包み込む。

 ミッド式とベルカ式が混ざった混合術式。

 本当の意味で私、高町 なのはの本来の姿に戻る魔法。

 

 ――――大人モードの解禁だっ。

 

 

 

 雲の中を潜り抜けたら、そこは嵐の中でした。

 とりあえず、私の感想を言うとそんな感じ。本当に風も雨もむちゃくちゃ強い。もうアレだね、自然災害は脅威ですって思わせられる光景だよ、これは。

 

「フェイト――ッ!!」

 

 私がそんな感想を抱きつつ、飛行していると少し離れた所からアルフさんの叫び声が聞こえた。ちらりと視線を向ければ、フェイトちゃんが今にも竜巻に飲まれそうになっている。

 状況は最悪で、アルフさんは他の竜巻にバインドを掛けているので動けず、フェイトちゃん自身も体勢が悪くて到底かわせそうになかった。

 

「――――――っ」

 

 その状況を見て、砲撃は間に合わないと悟った私は飛行速度を全開にする。

 どんどんフェイトちゃんへと近づき、飲み込もうとする竜巻達。だけど、そんな状況の中でフェイトちゃんはぎゅっと目を瞑った。

 そして、小さく名前(・・)を呼んだんだ……。

 

「…………なのはっ」

 

 この時に、私の胸に浮かんだ気持ちは何だったのだろう。

 幸せとも似ているけど違う、興奮とも似ているけど違う。

 多分、これは歓喜なんだと私は思った。そう、きっと今の私は歓喜している。

 

 フェイトちゃんが私の言葉を覚えてくれたことに。

 この状況で他の誰でもなく、私を頼ってくれていることに。

 要するに、私の想いはこれ一つだ。

 

「――絶対に助けるよっ!」

 

 掴んでみせる、大切な親友を。

 守ってみせる、大事な親友を。

 そう誓ったら、不思議と力がもっと湧いてきた。

 今なら、風よりも速く飛べる気がするっ。

 

 そして、フェイトちゃんが竜巻に飲まれる寸前に間に合った私は、フェイトちゃんをぎゅっと抱きしめ、その場から緊急離脱。実はかなりギリギリで非常に危なかったけど、そんなことは億尾にも出さない。

 一先ずの安全圏へと移動すると、私は目を閉じたままで状況がわからない様子のフェイトちゃんに優しく声をかけた。

 

「フェイトちゃん。もう、大丈夫だよ」

 

「えっ……?」

 

「貴女は私が絶対に守ってあげるから」

 

「……なの、は?」

 

 はい、貴女のなのは……ではなかったね、ミっくんのなのはですっ!

 でもまぁ、フェイトちゃんを助けに来たわけだし、今限定でフェイトちゃんのなのはと言ってもいいかもしれない。というか一応、私の姿は大人になってるんはずなんだけど一発でバレてる……うむ、謎だ。

 

「ふふふ。貴女が呼べば即参上、守護天使なのはです。気軽に“なのは様”って呼んでね……なーんちゃって♪」

 

「なのは、様……」

 

 んむ? もしかして今、様付けで呼んじゃった?

 あ、あれれ、もしかして本気にしちゃったの?

 んー、私的には軽い冗談のつもりで言ったんだけど……。

 

“――――マスター”

 

「……うん、わかってるよ」

 

 私がフェイトちゃんに訂正する前に、レイジングハートから声が掛かった。

 だけど、それも仕方がないとも言える。だって今、私達の目の前には……。

 

「えっ……うわぁ!?」

 

 六つの竜巻が全部纏まって一つになって、こっちに押し寄せて来てるんだもん。どうやら、アルフさんのバインドはもう完全に取れてしまったようだ。

 まぁ、アルフさん自身は少し離れた所にいるみたいで問題なさそうだから、一安心です。でも、自然災害って間近で見ると、本当に凄い迫力なんだねー。おっと、そんな場合じゃなかった。フェイトちゃんがまた死にそうな顔になってるし……。

 

「――大丈夫だよ、フェイトちゃん。もう何も心配は要らないからね」

 

 私はフェイトちゃんを安心させるように笑顔を見せる。

 普通はちょっとくらい慌てるのかもしれないけど、今の私は少しも慌てていなかった。もう既に左手に愛機を構え、右手だけでフェイトちゃんを抱きかかえているような形になっている。

 それに、体勢もレイジングハートを竜巻に向けての完全な砲撃体勢。

 準備はばっちり。魔力もばっちり。相棒もばっちり。

 ここまでばっちりなら、失敗する要素が一つたりとも存在しない。

 そして、何より今の私はハートに火がついてるっ。

 

「あんな竜巻なんて、一発なんだからっ!」

 

“Divine buster”

 

 最後にそう声を掛けると、私は久々に全力で砲撃を放った。

 杖先から出るいつもよりも二周り程大きめの砲撃が、此方に向かってくる竜巻へとぶつかる。だが砲撃と竜巻。両者の均衡はほんの一瞬だった。

 

「す、凄い……」

 

 間近でその光景を見ているフェイトちゃんが声を漏らす。

 確かに見る人が見れば、面白い光景なのかもしれない。あんなに脅威を振るっていた竜巻が桃色の砲撃にどんどん押され、飲み込まれていくのだから……。

 時間にしておよそ五秒後。六つのジュエルシードの封印が完了した。

 キラキラと魔力の残滓が輝く。空を暗く閉ざしていた雲も晴れ、日の光がスポットライトのように私達を照らした。その中で、ただ私は一言……。

 

「快、感……」

 

 そんなことを呟いていた。

 でもでもっ、これも仕方がないと思うんだ。

 集束砲やカートリッジ程ではないけど、普通の砲撃だってどうしても子供の身体には負担が掛かるんだもん。だから、身体のことを考えて、いつもは本当の意味での全力では撃っていなかったんだ。

 だけど、今の私の身体は大人(実はちょっぴり胸を盛り気味にしている)、全く何も気にせずにぶっ飛ばせる。うんっ、何かすっきりして凄く気持ち良かったです!

 とまぁ、そんな冗談のような本音は置いておこう。今は、フェイトちゃんに言わなくちゃいけない事があるもんね。

 

「フェイトちゃん。手を離すけど、もう大丈夫?」

 

「う、うん……」

 

 私はフェイトちゃんの身体をゆっくりと離した。

 少し休む時間があったからだろうか。フェイトちゃんはもう自力で飛べるくらいには回復しているみたいだ。少しだけ顔が赤いのは、私が大人モードだから恥ずかしかったのかもしれない。

 

「フェイトちゃんが私の名前を呼んでくれるのなら、私はいつでも助けにくるよ」

 

「えっ……」

 

「いつだって、どこだって、どんな時だって。フェイトちゃんが私の助けを望むのなら……私は必ず貴女を助けにいく」

 

「な、何で……」

 

 戸惑っているのだろうか。

 少しどもりながら疑問の声を出すフェイトちゃんの身体は、僅かに震えていた。でも、ここで何でって言われるのは少しだけショックだ。

 一番初めに会った時に、私はフェイトちゃんに言ったはずだもん。

 

「初めて会った時に言ったでしょ? 私とフェイトちゃんならきっと仲の良い“親友”になれるって」

 

「あっ……」

 

 思い出してくれたかな?

 あれから私達は何度も会って、何度も会話して、何度も名前で呼び合ってる。

 なのに、私は一番大事な言葉を貴女に伝えていなかったんだ。

 だから、今こそ言おうと思う。

 

「ねぇ、フェイトちゃん。私と友達になろう?」

 

 そう言って、私はフェイトちゃんに笑みを向けた。よくよく思えば、二十年前もこのタイミングで言ったような気がする。昔とは状況も違うし、別に狙ったわけではない。

 だけど、同じタイミングになったのは何か理由でもあるのかな。まぁ、正直そんなことはどうでもいいことだ。

 今はフェイトちゃんが友達になってくれることが一番重要なんだから。

 

「で、でも、私って凄く世間知らずだよ?」

 

「なら、これから知っていけばいいよ。その為のお手伝いなら、私は幾らでも付き合うから」

 

 世間知らずなんて勝手に治るものだから、そんなに気にすることでもない。寧ろ何もしなければ、絶対に治らないものでもある。

 少なくても、友達にならない理由には成り得ない。

 

「と、友達と何を話せばいいのかもわからないよ?」

 

「内容なんて何でもいいんだよ。それに、もう私とは何度も会話をしてるよね?」

 

 ぶっちゃけ、私もそんなに会話が得意な方ではない。話題もそんなに沢山持ってるわけでもないし、面白い話もそんなに知ってはいない。

 だから、これも友達にならない理由には成り得ない。

 

「……た、多分、一杯迷惑掛けちゃうと思うよ?」

 

「いいよ、一杯迷惑掛けても。全部、この私にどどーんと任せなさい♪」

 

 迷惑なんて掛けて、掛けられてのモノだと私は思ってる。だから、どんどん迷惑を掛けていいんだよ。私も多分、フェイトちゃんに迷惑を掛けちゃうと思うから。

 勿論、迷惑を掛けられるのが嫌って人も当然いる。だけど、少なくても私の大好きな親友達は、“迷惑が掛かるから”なんて言うと“水臭い!”とか言って、逆に怒り出しそうな人達ばっかりだ。

 なので、これも友達にならない理由には成り得ない。

 

「もう一度言うね? フェイトちゃん、私と友達になってくれませんか?」

 

「……っ……わ、私は……」

 

 私はそう言うと、フェイトちゃんへと手を差し出した。

 ややあって、ゆっくりとフェイトちゃんの手が私の手へと伸びてくる。

 だが、後少しで触れ合うという時になった瞬間。ドンとお腹に響くような一発の雷鳴が周囲に轟いた。

 

「か、母さん……」

 

 やっと晴れ渡った空にまた分厚い雲が覆い始めているのを見て、フェイトちゃんは身体を震わせる。

 ……本当、大事な場面で邪魔をする奴は馬にでも蹴られればいいのに。

 

 私は険しい目で天空を睨むと、内心でそう愚痴を零すのだった。

 

 

 



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第十二話。なのはさん(28)の後悔

 鉛色の空に迸る雷光、海に轟く雷鳴。

 紫の色彩を放つ稲妻は、容赦なく私達へと降り注いでくる。だが、それに対して私が臆することはなかった。少しも怖いと思うこともなかった。まだまだ余裕があった。

 だから、この時の私はきっと油断してたんだと思う。

 

「フェイトちゃん、絶対に私の傍からはな……っ!?」

 

「………………っ……」

 

「……あ、はは。この展開はちょっと予想外っ、だったかなぁ……」

 

 じんわりと赤く染まっていく私の白いバリアジャケット。

 腹部に突き刺さっている黒き大鎌を赤い雫がゆっくりと伝っていく。

 そう、私は刺されたのだ。またフェイトちゃんに刺されてしまったのだ。

 はは、流石にこれは予想外だと言わざるを得ない。

 

「……ごめんなさい、ごめんなさいっ」

 

 顔を伏せたまま、私に謝ってくるフェイトちゃん。

 ……泣いているのだろう、きらりと光る涙が母なる海へと落ちていく。その身体は小刻みに震えていて、いつもよりも更に小さく見えた。そんなフェイトちゃんを暫く呆然と見詰めた後、私は思わず苦笑する。

 こうも謝られちゃうと怒るに怒れない。まぁ、元々怒りの感情は全く湧いていなかったんだけどね。それにしても、痛みが凄いと頭の中がどんどん冷静になっていくのは何でなんだろう。まるで氷でも入れたみたいに、とても冷たくなってくる……本当に不思議な気分だっと、今はそんな事を考えてる場合じゃなかった。何かフェイトちゃんに言わなくちゃ……。

 

「大丈、夫だよ? 私、全然怒っ、てないもん。だから――――」

 

 ――――泣かないで。

 そう私は言いたかったのだけど、結局、その言葉が口から発せられることはなかった。その理由は本当に簡単なことで。また頭の上から紫の雷が私へと落ちてきたからだ。

 

 落雷を受けた瞬間、一瞬私の呼吸が止まった。

 その後、全身に走る痺れと激痛。それらに耐えきれなかった私は崩れるように、ゆっくりと海へと落下していく。

 だけど、身体の痛みで意識が薄れていく中、私は確かに見た。

 親を見失ってしまった迷い子のように、私を見て泣きじゃくってる金色の女の子の姿を。

 

 そして、彼女が泣いている声を。私は確かに聞いたんだ。

 

 

 私の名前は高町 なのは。

 あと一歩って所で、全でを台無しにされた哀れな少女Aです。

 またフェイトちゃんに刺されるとか……もうね、普通に泣けてくる。別にトラウマってほどではないけど、流石に二度目は精神的にキツイよ。

 

「目が覚めると其処は、知らない医務室の中でした」

 

 私はぼんやりと目を開けると、そう呟く。目覚めの気分はとても良好とは言えなかった。人生に置いて、低血圧なのはかなり損をしているような気がする。

 主に目覚めのダルさ的な問題で……。

 

「なーんて、ね。空元気も出ないや……」

 

 ふざけたようにおどけてみるものの、気分は一向に良くはならなかった。

 身体に痛みは殆ど感じない。身体も大人から子供へと戻っているみたいだ。だけど、今の私はそんなことはどうでもいいと感じていた。私の脳裏に浮かぶのは、泣きながら震えていたフェイトちゃんの姿だけ。

 また泣かせちゃったなぁ……そう考えるだけで私の気分は自ずとマイナス方面へと偏っていく。

 

 紫色の雷を防ぐために素早く障壁を張ったことは、別に良かったと思う。まだ回復しきっていない状態で攻撃範囲にいたフェイトちゃんに被害がないよう、彼女を抱きかかえたことも間違ってはないと思う。

 でも、まさかあの場面でフェイトちゃんに刺されるとは夢にも思わなかった。正直、親友に二回も刺されるとか……本当にマジ泣きしそう。しかも今回は殺傷設定というオチ。ははは、前の包丁とどっちの方がマシなんだろうねぇ。

 そんな阿呆なことも考えてみるけれど、どっちも変わらないという答えしか思い浮かばない。けれど、あの時のフェイトちゃんの様子を見るに、念話とかで指示された可能性が高いとは思うんだよね。

 いやまぁ、私がそう思いたいっていう感情が過分に含まれているのは事実だけど。

 

「……どうしようかなぁ」

 

 本当にどうすればいいのだろうか。

 今回のことでわかったのは、フェイトちゃんはプレシアさん命であるってことくらい。そりゃ確かに、まだ私は付き合いも短いし、あっちはお母さんだから仕方がないとも思うよ? だけど、流石の私も刺されるのは大変ショックなわけでして……。

 それに、私→フェイトちゃん→プレシアさん→アリシアちゃん。

 うん、何この一方通行な相関図。皆片思いばっかりじゃないっ。まぁ、そこに恋愛感情は微塵も含まれていないわけなんだけどさぁ。もう少しどうにかなってもいいんじゃないかなとは思う。

 

「はぁ~。きっと私が気にしないと言っても、フェイトちゃんは絶対に気にするんだろうなぁ」

 

 正直、このままだとフェイトちゃんと友達になれない可能性が昔よりも高くなってしまったと思う。

 あと少し。あとほんの少しだけの時間があったなら、フェイトちゃんはこの手を掴んでくれたっていうのに……少しはプレシアさんも空気って奴を読んでもいいと思うんだ、ぷんぷんっ。

 今更、愚痴っていても仕方がないとはわかっていてもそう愚痴ってしまうのは、きっと今の状況がかなり悪いと予想出来るから。

 これはまだ私の予想でしかないけど、あの状況だと恐らく封印したジュエルシードは全部……。

 

「あら、なのはさん。もう目が覚めたのね?」

 

 そんな風に私がベットの上で色々と悩んでいると、プシューという音と共に医務室の扉が開かれた。そして、部屋の中に入ってきたのはリンディさん。うん。はっきり言って、かなり気まずいです。

 今すぐに布団を被って、寝たふりをしたい気分バリバリである。

 

「リ、リンディさん……おはよう、ございます」

 

「ふふっ、おはようございます。まぁ、今はもう深夜なんですけどね?」

 

 だからと言ってもそうは出来ないのが世の理。

 もう起きてるのはバレバレなので、私はおずおずといった感じで挨拶をする。それにリンディさんはにこりと笑みを向けながら返事をしてくれるものの、目が微妙に笑っていなかった。

 ……どうやら私はこれからお説教をされるようです。

 

「さて、なのはさん。私の言いたいことはわかりますよね?」

 

「は、はい……」

 

 こうして、ドッキドキ☆深夜のリンディお説教タイムが始まった……。

 

 

 

 

 

 時間にしておよそ一時間。

 入院着でベットの上に正座という珍妙な格好のまま、私はお説教をされていた。無論、私の勝手な行動の件である。自分が悪い事をしたという自覚は十二分にあるので、私は真面目にお説教を受けていた。

 しかし、それももう半ば終わりのようで、今では現状がどうなっているのかを教えて貰っている所だ。

 

「結局、なのはさんが封印したジュエルシードは全て彼女達に奪われてしまったわ。なのはさんとほぼ同時のタイミングでアースラも攻撃を受けていたから、私達はどうすることも出来なかったの……」

 

「えっと、それじゃあ私はどうやって……?」

 

「レイジングハートが咄嗟に海に落ちるのだけは防いでくれていたから、転送ポートが直り次第、急いでユーノ君とクロノが救助に行ってくれたのよ」

 

「そうですか。後でお礼を言っておかなくちゃいけませんね……」

 

 本当にレイジングハートが私の相棒で良かった。

 多分、あのまま海に落ちていたら今よりももっと酷い怪我になっていたと思う。うん、これは暫くはレイジングハートに頭が上がらないね。

 今はメンテナンスを受けているみたいでここにはいないけど、後でお礼を言おう。勿論、ユーノ君達にもちゃんとお礼を言うつもりだ。

 まぁ、クロノ君からはみっちりお説教をされそうな気がするから、ちょっとだけ嫌だけど。

 

「ええ、そうしてあげて。皆、凄く心配していたみたいだから。それにしても……はぁ。これだとあとは、あちらがどう動くのか待つしかない状況よねぇ……」

 

「すみません……」

 

 今の状況に頭が痛いのか。悩むように額を押さえて溜め息混じりで話すリンディさんを見ると、本気で申し訳なく思う。かき回すだけかき回しておいて碌なことをしていないもんね、私。

 どう考えたって昔よりも今の方が状況的に悪いし……私って何のために行動してるんだろう。はぁ。流石に今回ばかりは、冗談抜きで落ち込んでる。

 

「まぁ、終わったことは気にしても仕方がないわ。気分を一度切り替えて、これからのことはゆっくり考えていきましょう」

 

 私の様子を見てリンディさんがフォローしてくれるけど、私の気分はそう簡単には晴れなかった。というか、晴れるわけがないよ。今日の事でジュエルシードの数はこちらが九個、フェイトちゃん達が十二個。前の時、プレシアさんはジュエルシード九個とヒュードラを使って中規模の次元震を起こした。

 今回はそれよりもジュエルシードの数が多いのだから、あの時以上の被害が確実に出てくる。もしかしたら、その所為で地球にまで何か影響が出てくるかもしれない。そして、それは全部私の所為だ。

 

「そう、ですね」

 

 リンディさんに曖昧な返事をしながら、私はぎゅっと強く手を握り締めた。

 後悔だけはしたくないと思って私は動いていた。少なくても私はそのつもりだった。フェイトちゃんと早めに友達になって、何とかプレシアさんを説得して仲良くなって貰う。そんな希望的な未来だけを考えて行動してた。

 ジュエルシードをフェイトちゃんに譲ったりしてたのも全部その為で、回収した数が少ないとプレシアさんにフェイトちゃんが虐待されるかもと思ったからだ。

 だけど今、私は凄く後悔している。私がもっと上手くやれていれば。私が出しゃばらなければ。もっといい形の未来もあったんじゃないか、なんて考えてる。

 例えばリンディさんの指示に私が従っていれば、フェイトちゃん達の保護も出来て、ジュエルシードも六つとも回収出来て……そんな未来もあったんじゃないかなって思ってる。

 今の私の頭の中では、そんな考えばかりがぐるぐると回っていた。

 今更、意味はないってことはわかってる。だけど。どうしてもそんな考えが頭から離れない。

 

「……なのはさん、確かに貴女の行動は褒められたものじゃないかもしれない。だけど、同時に貶されるものでもないのよ?」

 

 そんな後悔とか色んなものに押しつぶされそうな時、私にリンディさんが声を掛けてきた。

 その表情は目は真剣なのに、何処か優しげに見える。さっきまでの艦長の顔というよりも、母親の顔に近い様な気がする。

 

「私達は管理局員だから、人として正しいと思っても行動に出来ないことが多々あるの。管理局員は、次元世界のことを第一に考えなくちゃいけないからね」

 

 それは私にもわかる。

 それで歯痒い想いをした経験も過去に少なからずあった。けど、個人の感情とか考えだけでは局員は……組織は動いてはいけない。管理局みたいな大きい組織なら、それも当り前のことだと思う。

 正式な局員じゃなくても協力関係にある以上、そう言う意味でも今回の私は最低だった。

 

「今回のこともそうね。本心ではあの子を助けに行きたくても、局員としての最善の行動をしなくちゃいけない。だから、私達は動きたくても動けない。でも、貴女は違ったわ」

 

「………………」

 

「あの時の貴女は間違いなくヒーローだった。人の窮地に颯爽と現れて助けてくれる、そんなカッコイイヒーローだったの。あの子にとっても、私達にとっても、ね。貴女は誰かを助けるっていう、人として凄く立派なことをしたのよ」

 

 それは違うって声を大にして言いたかった。

 私はそんなカッコイイ人間じゃなくて、ただの自分勝手な人間だって言いたかった。何も良い方向に動かせなくて、皆に迷惑ばっかり掛けて、こんな風にグジグジ悩んでる。

 ……そんな私がヒーローな訳がないじゃないっ。

 そう心の中で思っていると、リンディさんが私の手を優しく握りしめてくる。私がはっと顔を上げると、其処には慈母の笑みが待っていた。その表情を見ているだけで、痛い程に固くなっていた拳の力が少しだけ緩んだ。

 

「なのはさんは知らないでしょうけどね。貴女があの子を助けた時、アースラのブリッジでは歓声が上がったのよ? “よくやった!”“流石なのはさんだ!”“結婚してくれ!”ってね」

 

「あ、あはは……」

 

 何故かモノマネ混じりで話すリンディさんを見て、私は思わず苦笑いを浮かべた。だけど、こうして笑ってみると少しだけ曇っていた心が晴れたような気がする。

 この人は絶対にこれを狙ってやっているんだから、本当に敵わないよね……。

 

「あの場にいた誰もが貴女に魅せられていた。まるで子供に返ったみたいに、貴女の雄姿に心を躍らせていた。本当はいけないことなんだけど、実は私もそうだったのよ? だからね、なのはさん。貴女はもっと自分を誇りなさい」

 

 何処か自慢気に、誇らし気にそう話すリンディさん。

 正直、褒められていることに対する照れは微塵なかった。私はあの行動をただの自分勝手の自己満足でしかなかったとも思っている。でも、そう言われて救われたような気がしたのは確かだった。

 

「今回、なのはさんは勇敢な行動をしました。それは私個人が保証します。なので、もっと胸を張りなさい」

 

 そして、最後だけこんな真剣な顔で言うんだもんなぁ……ああ、もう無理っぽい。さっきから危ないかもって思ってたけど、私の涙腺はもう限界みたい。

 私ってそんなに泣き虫ってわけでもないはずなんだけど、どうしたんだろう。なんてね、その理由は簡単だ。ただ単純に私は嬉しかったのだ。

 リンディさんの言葉が今の私(・・・)を肯定してくれているようで嬉しかったのだ。だから、私の視界はこんなにも滲んできている。

 

「……は、い」

 

 力強く返事をしたつもりだったけど、私の声は霞んでて凄く涙声だった。

 けど、これも仕方がない。今、私の涙腺は完全に崩壊してしまっているのだから。そんな私を見て、リンディさんは頭を優しく撫でてくれる。その手の暖かさが心地よくて、その優しさが嬉しくて。余計に溢れ出て来る涙の量が多くなってしまった。

 ……本当、後で目が腫れたらどう責任を取ってくれるんだ。

 

「それにね、これからのことだって何も心配はいらないわ。ここのいるスタッフは全員、一流揃いの私自慢のメンバーだもの。どんな状況になっても何とかする。いいえ、絶対に何とかしてみせるわ」

 

 気持ちのこもった、その言葉に私も大きく頷いた。

 今の状況は決して良くはない。だけど、不思議と何とかなるような気がして来た。自分でもゲンキンな奴だなと思うけど、本当に私はそんな気がして来たんだ。

 私の所為でって気持ちは今も変わってはいない。でも、なら頑張って取り返してみせればいい。

 私の為だけでもなくて、フェイトちゃんの為だけでもなくて、プレシアさんの為だけでもなくて。

 皆の為に、皆の最良の未来をこの手で取り返せばいい。

 まだ全部は終わってない。諦めるにはまだ早すぎるっ。

 

 アースラ艦長、リンディ・ハラオウン提督。女性の身ながら艦長を務め、これまで数々の事件を解決してきた女傑。魔道師としてもとても優秀で、心の芯が強くて、美人で優しくて。そして、何よりとても暖かな人。

 自分もこんなカッコイイ女性に成りたいと、私は心からそう思った。

 

 

 

 

 それから一日過ぎて、次の日。私は一度、アースラを降りることとなった。

 別に解雇されたわけではない。もう地球に落ちているジュエルシードは一つも残っていないし、私も何日も学校を休むわけにはいかなかったからだ。……本当に解雇されたんじゃないんだからね?

 ちなみにユーノ君達にお礼を言ったら、皆に怪我は大丈夫なのかと言われてしまった。どうやら、かなり心配をかけてしまったようです。うん、これは凄く反省しないといけないと思う。

 でも実際、お腹の傷はそんなに深くなかったみたいで治癒魔法で傷跡も綺麗になくなっていた。まぁ、ちょっと無理な動きをすると引きつるような感じはあるけど痛みもないし、問題は何もない。

 寧ろ、クロノ君からの有り難いお説教を頂いた時の正座の方がよっぽど痛かったくらいだ。

 

 とまぁ、そんな感じで海鳴へと一時帰還した私を待っていたのは、家族や親友の精神攻撃だった。

 まず家に帰れば、お母さんの熱い抱擁とお父さん達のイジイジした視線(お母さんだけに事情を話した事でいじけてしまったみたい)。

 学校に行けば、アリサちゃんの質問の嵐とすずかちゃんの心配の声が私を盛大にお出迎えしてくれた。その他にもユーノ君が人間だったことがばれたとか色々と騒がしいことが沢山あって、凄く疲れました……。

 だけど、同時に何かほっと安心もしていて、気分が軽くなった気もする。

 やっぱり家族や親友との時間が、一番私に元気を与えてくれるみたいだ。

 

“マスター、少し元気になりましたね”

 

「うん、そうかも。ごめんね、レイジングハートにも沢山心配かけて……」

 

 そんなわけで漸く学校も終わった後。

 私はレイジングハートと会話をしながら下校していた。

 アリサちゃん達は今日もお稽古だそうです。うん、お嬢様も大変だ。

 

“いえ。マスターが元気になったのならば、良かったです”

 

 私の言葉にレイジングハートは安堵したような声で返してくる。機械音声なのに、そう感じるのは私の気の所為なのだろうか。

 まぁ、それは兎も角として彼女が私を心配してくれていたのは事実だ。現に今日の魔法訓練も彼女の意見により却下された。

 

“今度はもっと完璧なサポートをして見せます。もう二度と貴女を傷つけさせません”

 

「……私は最高の相棒が持てて嬉しいよ、このこのっ!」

 

 しかし、この相棒。なんとも最高な奴である。

 愛機の言葉に嬉しくなった私は思わず、指でつんつんやぐりぐりをして彼女のコアを弄った。

 

“ちょっ。マ、マスター!? そこは触っちゃダメです!”

 

「よいではないか~よいではないか~」

 

 そんな風にレイジングハートとじゃれついていた私は気がつかない。

 その光景を心底不思議そうに見ていた影があったことを……。

 

「あの子、頭大丈夫なんやろか……春って怖いなぁ」

 

 運命の歯車はまだ交差する時ではなかった。

 後に、このことを指摘された私は大変悶絶することとなるのだが、それはまた別のお話である。

 

 

 

 

 

 そんな一コマも終わり、家へ到着した私。

 しかし、そこでは私の予想外のことが待っていた。

 いや、良く考えればあり得ない話ではなかったのだが、その可能性を全く考えてはいなかった。

 

「ん、あれ? 皆の靴が揃ってる? ただいま~」

 

 夕方の今の時間、家族全員揃っていることなんて殆どあり得ない。

 翠屋は営業中のはずだし、お兄ちゃん達の学校が終わる時間もバラバラだ。だというのに、何故か家族が全員家にいた。

 そのことを不思議に思いつつ、私は声を掛けながらリビングへと向かう。

 

「……お帰り、なのは。お客さんが来ているぞ」

 

「えっ?」

 

「……お邪魔しているよ」

 

「アルフさん? って、その怪我はどうしたの!?」

 

 そして、更に何故か家にアルフさんがいた。しかも血は滲んでいないものの、全身に包帯が巻かれている。その表情も凄く疲れている様子で、いつもはピンと立っている耳も萎れていた。

 ――――何とも言えない嫌な予感が私を襲う。

 

「なのは、話は奥で……」

 

「あ、うん」

 

 何処か神妙な表情を浮かべていたお兄ちゃんに促され、奥の客間へと向かう。普段は使われていない客間。そこにはユーノ君も含め家族全員が揃っていた。

 誰もが痛ましい顔で、ある一点を見つめている。

 その一点を視界に映した瞬間、私の身体は凍りついた。

 

「……フェイト、ちゃん?」

 

「――――――――――――」

 

 慌てて駆け寄り、もう一度声を掛けるもフェイトちゃんは何も返してくれない。

 あの照れたような顔も。おどおどした様子も。鈴の音の様な声も。

 ……何も返っては来なかった。

 

「な、なんで……」

 

 何度見返しても、そこにあるのは見知った少女の変わり果てた姿だった。

 身体だけじゃなく心もボロボロで、限界を超えてしまって。疲れ果ててしまった女の子の姿だった。あの澄んだ綺麗な瞳にはもう光はなく、美しかった金色の髪もその輝きを既に失ってしまっていた。

 生きてはいる。胸も僅かに上下しているし、呼吸もしている。だけど、同時に彼女は死んでもいた。

 ……心が壊れて、生きる屍になっていた。

 そう、今の彼女は出来の良いただのお人形みたいだった。

 

「……っ…………」

 

 思わず、私は眩暈がした。

 心臓の鼓動が激しく鳴り響き、息が苦しくなった。

 そして、この何とも言えない激しい感情の動きに、吐き気まで襲ってきた。

 それでも何とか耐え、気持ちを押さえるように震える声でアルフさんに話しかける。

 

「ど、どうして、こうなったの?」

 

「それが……」

 

 そこから聞かされるのは、聞きたくもないことばかりだった。

 私が意識を失った後、ジュエルシードを回収したフェイトちゃんはプレシアさんに折檻されたそうだ。

 理由は敵である私に助けられたから。私にトドメを刺さなかったから。他にも色々理由を付けられて鞭打ちをされたそうだ。

 フェイトちゃんは何度も泣きながら謝り、それに耐えていたらしい。それでやっと解放されたかと思えば、もう用済みだ言って捨てられたそうだ。

 ……出生の秘密と、過剰なまでの罵倒をおまけして。

 大好きだった母親に“出来損ない”“お人形”“大っ嫌いだった”なんて言われて耐えられる子がいるはずがない。当然、身体だけでなく心までも傷つけられたフェイトちゃんは、抜け殻のようになってしまった。

 

「アイツ、フェイトを殺そうともしたんだっ……」

 

 出ていけと言われても動けないフェイトちゃんに、プレシアさんは攻撃をしてきたらしい。

 しかも殺傷設定の攻撃。アルフさんの怪我はその途中で何とか割り込んだ時に負ったとのことだ。そして、命辛々逃げたアルフさん達は丁度買い出しに行っていたお母さんに発見され、今に至る。

 辛そうに、悲しそうに、悔しそうに。経緯を語っていくアルフさんの姿を見て、その話を聞いて、部屋の中に重苦しい空気が流れる。

 サーチャーもあるからアースラでもこの話を聞いていたのだろう。

 だけど、誰もがその口を開けなかった。その場を重い沈黙が支配していた。

 

「……私はなんて馬鹿だったんだろう」

 

 漸く沈黙を破ったのは、私のぽつりとした一言だった。

 私の胸を占めるのは、“後悔”と“不甲斐なさ”の二つだけだった。

 最良の未来? 取り返す? 頑張る? どの口がそんなことを言うのだろうか。

 今、目の前にいる少女は誰の所為でこうなってるの? プレシアさん? うん、そうだね。一番の原因は間違いなくあの人だ。でも、私はこうなるってわかってたはずだよね?

 ……結局、私の力不足の所為じゃない。

 確かにフェイトちゃんの出生は絶対に避けては通れないことでもある。

 それは仕方がないって私にもわかっている。いや、わかってた。だけど、だけどさ……。

 

「こんな、こんな結果はあんまりだよ……酷過ぎるっ」

 

「なのは……」

 

 報われない。報われなさすぎる。

 救いがない。救いがなさすぎる。

 大体、フェイトちゃんが何をしたっていうの。ただ、お母さんに笑って欲しくて、褒めて欲しくて、喜んで欲しくて。そんなただの優しい子なんだよ? それが何でこんな仕打ちをされなくちゃいけないの?

 世界って奴は本当に理不尽だ。もっと皆に優しくても罰は当たらないよ。

 もし、これを試練だとか言うの奴がいるのなら、私はぶっ飛ばしてやりたいっ。

 

「……っ。フェ、フェイトちゃん?」

 

 私が世界の理不尽さを嘆いていると、突然、フェイトちゃんにぎゅっと服の袖を掴まれた。とは言っても、それは手で払えば簡単に解けてしまうほどに弱いものだ。

 だけど、フェイトちゃんは確かに私の服を掴んでいる。

 

「フェイトっ!? 声が聞こえるのかい!?」

 

「……………………」

 

 アルフさんが声を掛けるけれど、何も反応は返って来なかった。

 どうやら、今のは無意識でのことらしい。けれど、同時に此方の声が届いている可能性もある。何か言わなくちゃ……私はそう思った。

 

「あ、あのね……」

 

 でも、なんと言ってあげれば良いのだろう。

 今、この親友に何て言うのが正解なのだろう。

 ……残念なことに私にはそれがわからない。

 何か良い言葉を掛けてあげたくても、浮かんで来ない。それがとても歯痒い。

 

「……っ…………」

 

 辛かったね? なんて私は言えない。

 大丈夫? なんて私は言えない。

 泣かないで、なんて絶対に私は言えない。

 心底傷ついた貴女に掛けてあげる言葉が見つからない。

 それでも、だ。それでも私が敢えて言うとしたら……。

 

「……今までよく頑張ったね。偉いよ、フェイトちゃん」

 

 この程度。この位の言葉しか私は掛けてあげられない。

 今日こそ、自分の語彙の無さを恨めしく思ったことはない。

 だけど、言葉でダメなら行動だ。

 そう考えた私は、フェイトちゃんの頭を優しく撫でてあげる。前よりも少し痛んだ髪。輝きを失った髪。だからこそ、私は丁寧に撫でた。

 労うように。慈しむように。フェイトちゃんの傷が少しでも癒せるように優しく撫でてあげた。

 

「フェイトちゃんは頑張り屋さんだから、きっと神様が今は休んでって言っているんだね。だから、今はゆっくり休んでいいんだよ」

 

 そうしていたら、自然と言葉が零れてきた。

 何の飾りっ気のない言葉。純粋な想いのみで構成された言葉。でも、私は少しでもフェイトちゃんに届くように言の葉に想いを込める。

 先に進むのが辛いなら、一度立ち止まっても良い。

 上を向くのが辛いなら、一度下を向いたって良い。

 どんな貴女でも、私は絶対に味方になる。絶対に傍にいるから。

 

「フェイトちゃんが元気になったら、私と何処かに遊びに行こう。美味しいもの食べたりとか、お洋服見たりとか。綺麗な景色を見たりとか、色んなおしゃべりをしたりとか。あと、私の親友達にも紹介するのも良いかもしれないね。皆、凄く良い子達だからフェイトちゃんもすぐに仲良くなれると思うよ」

 

 道を誤ったら、引き摺ってでも連れ戻してあげる。

 泣きたいなら、この胸を幾らでも貸して上げる。

 たとえ誰が敵になったって、味方になる。私はそう決めてるんだから。

 私もまだまだ弱いままだし、未熟だし、色々と怖いことも沢山ある。だけど、私はもう逃げる気はないよ? 私はどんな運命だって乗り越えてみせる。

 

 私はもう負けないって誓った。

 過去に誓った。未来に誓った。そして、今に誓うよ。

 だから、貴女も歩き出そう? きっとそこに貴女の未来が待ってるはずだから。

 

「まだフェイトちゃんの知らない楽しいや嬉しいが、きっとこの先に沢山待ってる。だから、今はたっぷり休んで、ゆっくりでいいから新しいフェイトちゃんを始めていこう。私と一緒に……皆と一緒に」

 

 そう言い残すと、私は優しくフェイトちゃんの手を外す。

 そして、それをアルフさんに握って貰った。すっと静かに立ち上がり、一度目を強く瞑る。……嘆きの時間はもうお終いにしよう。

 

「……ユーノ君、フェイトちゃん達をお願いしてもいいかな?」

 

「えっ……あ、はい」

 

「うん、お願いね。それでアルフさん……」

 

 ゆっくりと目を開け、声を出すと自分でも信じられないような冷たい声が出た。

 周りの皆も驚いているみたいだけど、今の私はそのことに全く関心がない。

 私の感情が向かう先はただ一つ……。

 

「私に教えて、フェイトちゃんのお母さんの居場所を」

 

 ――――プレシア・テスタロッサのみだった。

 

 

 



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第十三話。なのはさん(28)の咆哮

 

 人は時として、狂気に染まる。

 優しい人ほど、純粋な人ほど。人は狂気に染まりやすい。

 狂気は凶器以上に人を傷つける。他人も、そして自分自身も。

 

 ならば、狂気に染まった人はどうすれば止められるのだろうか。言葉だけで止まってくれるのだろうか。

 いや、半ば狂気に染まっているあの人は、きっと言葉だけではもう止まらないだろう。

 だから、私のすべきことはたった一つだ……。

 

 

 転移魔法を使い、私は時の庭園へと辿りついた。

 相変わらずここは空気が重く淀んでいる。妙に不気味な雰囲気も滲み出ている気がする。昔は綺麗に花も咲いていただろう庭園も、今では荒れ放題の枯れ放題。

 少なくても子供の教育に良い環境とは、とても思える場所ではなかった。

 

「高町 なのは、先行します」

 

 誰かと通信をしているわけでもないのに、私はそう呟く。

 別に深い意味はない。ただ管理局員の時の癖のようなものだ。

 習慣っていうのは本当に怖い。そんな無駄なことを考えつつ、セットアップを終えた私はゆっくりと魔女の館へと歩き始めた。

 

 無論、今回も大人モードだ。

 ただ、身に纏うバリアジャケットの形は少しだけ違っている。

 長く伸びた栗色の髪を白のリボンでサイドポニーに纏め、胸には赤いリボンではなく金属の留め具。袖の部分にも青い装甲がつき、スカートもこの前のようなミニではなくて、膝まで隠れるロング。魔力効率を良さを度外視した純戦闘仕様だ。

 

“マスター、多数の魔力反応が接近してきます”

 

「そう、みたいだね」

 

 レイジングハートの言葉を聞き、私は足を止める。

 確かに此方に向かってくる複数の魔力反応と機械の駆動音を感じた。

 ……どうやら招かれざる客が現れたみたいだ。

 

「いや、この場合は私の方がお客様なのかな?」

 

 薄く笑みを浮かべてそう呟くと、現れたのは予想通り侵入者迎撃用の傀儡兵。

 それぞれ手に得物を持ち、重厚感のある甲冑のような姿はまさに城を守る騎士のようだ。

 それにしても、何かこれでは完全に私が悪者みたいだよね。

 内心で暢気にそう言いつつも、一応、敵を前にしているので油断はしていない。

 けれど、焦りといったものも私は全く感じていなかった。

 

「――――まぁ、別に悪者でもいいんだけどね」

 

 だが、わらわらと虫のように湧いてくるその存在は今の私にとって邪魔者以外の何ものでもない。

 数はおよそ二十。保有魔力はそれぞれBランク相当。だけど所詮はAI操作の鉄くずだ。

 私は緩やかに右腕を上げ、冷めた目で目標の傀儡兵を睨み見る。すると、私の背後に綺麗に整列した三十個ほどの桃色のシューターが浮遊した。

 そして、()の号令を静かに待っている。

 

「ごめんね。貴方達には何も恨みはないけれど、用事もないんだよ」

 

 そう言い残し、私は腕を前方へと振り降ろした。

 それを合図に数十個もの桃色の弾丸が一斉に敵へと襲いかかる。

 彼らも手に持つ剣や槍など迎撃しようとしているが、その動きは余りにお粗末なものだった。

 次々と桃色の弾幕に破壊され、スクラップになっていく傀儡兵達。

 その様は戦闘と言うよりも、最早蹂躙に近い。

 

「………………」

 

 しかし、私はそんな光景を気にも留めず、後方にいた無傷の大型へと狙いをつけた。

 バリアも固く、背中に大きな砲台を抱えていることから後ろから砲撃をするタイプ。別に撃たれても痛くはないけど、時間を考えればさっさと倒した方が賢明だ。

 既に相手は射程内。大きさ故に動きも緩やかで、隙だらけ。正直、敵じゃなくて的だった。

 チャージが完了次第、迷うことなく私はトリガーを引く。

 

「さようなら」

 

“Divine buster”

 

 砲撃が胸にある動力源を容易く撃ち抜いた。数瞬後、大型の傀儡兵が爆発。爆発の轟音が響き、爆風で栗色の髪が揺れる。

 僅かな時間で、庭園の入口は無残なスクラップ廃棄所になってしまった。私はそんな様子をちらりと一瞬だけ眺めると、またゆっくりと歩き始める。

 ……僅かに腹部に走った痛みは気合いで乗り切ればいい。

 

 こうして、玄関で出迎えてくれた傀儡兵達は全機、その機能を停止した。

 

 

 

 私の名前は高町 なのは。

 身体は子供、頭脳は大人を地で行く小学3年生。

 まぁ、そうは言っても今は大人の姿だから小学生には見えないんだけどね。

 しかし、気がつけば、何か随分と遠い所に来てしまったと思う。

 魔法に触れ、海外にも行った事がなかった私が異世界に行き、更には過去の世界にまで来てしまった。うん。こうして考えてみると、我ながら中々に刺激的な人生を送ってるね、私。

 

 意図せず始まったこの二度目の人生。はっきり言って上手く行っているとは言い難い。正直、これから先も上手くやっていける自信は全くなかった。

 何も考えなくて良かった分、昔の方が良かった気もする。少なくても今より気が楽だったと思う。

 だけどね、それでも私は一つ決めていることがあるんだ。

 

 私は私らしく“高町 なのは”らしく、生きていこう。

 

 勿論、義務感も責任感もある。

 今にして思えば、PT事件も闇の書事件も本当にギリギリの綱渡りで解決している。何処かで一歩でも間違えれば、私の故郷は無くなっていてもおかしくなかったはずだ。

 かと言って、同じ動きをしていれば同じ結果になるとは限らない。はぁ、そう考えると色々と面倒臭い。本気で神様に凄い力を貰った人とか現れたりしないのかなぁなんて考えたりもしちゃう。

 もしそんな人がいてくれたら、私は喜んで花嫁修業にだけ専念するっていうのに……なんてね、どうせ私はそんな人任せみたいなことは出来ないんだろうなぁ。まぁいいや、無いモノ強請りをしてても仕方ないもんね。

 その場の成り行きの行き当たりばったりでもいいじゃない。

 何をやるにも私は私の全力を尽くすだけだ。

 

「レイジングハート、次はどっち?」

 

“この大きな通路を抜けて左です。恐らく其処にジュエルシードと……”

 

「あの人がいる、ってことだね」

 

 レイジングハートと話をしつつ、また何処からともなく現れた傀儡兵を砲撃で纏めて吹き飛ばす。未だ次元震は起こっていないし、ジュエルシードも発動した様子すらない。何かの準備でもしているのか、私一人の襲撃者なんて鼻にも掛けていないのか。それはわからないけど、まだ時間はあるってことは私にとっては好都合だ。

 まぁその内、クロノ君達も来るだろうから二人だけで話が出来る時間はあまりないだろうけど。

 初めは完全にカチコミに来たつもりだったけど、傀儡兵を倒しているうちに少しだけ落ち着くことが出来て良かったと思う。

 私の方が熱くなってちゃ、何も解決にはならないもんね。とはいえ……。

 

「ムカついてないかって言えば、それは嘘になるよね……ショートカットするよ、レイジングハート」

 

“了解です”

 

 愛機に声を掛け、私は傀儡兵ごと壁をぶち抜いて最短コースを作る。

 するとあら不思議、まだまだ距離があったはずの部屋がこんなに近くになりました、なんてね。

 そんなことを内心で呟きつつ、私は新しく出来た直通コースを真っ直ぐ進んだ。

 そして、遂に玉座に座っている人に対面することとなる。

 

 

 

 

 よくよく考えてみれば、この人と直接対面するのは初めてのことだった。

 前の時は画面越しで見ただったし、最終的に言葉を交わしたことはない。

 

「いきなり不躾な登場でごめんなさい。プレシアさん、ご機嫌はいかが?」

 

「……貴女の顔を見たら、最悪になったわ」

 

「ふふっ、気が合うね。私も貴女の顔を見たら最悪な気分になっちゃった」

 

 笑顔の私を見て、不機嫌そうに鼻を鳴らした女の人。

 フェイトちゃんのお母さん。大魔道師、プレシア・テスタロッサ。

 その姿は悪い魔女さんっていうイメージを体現したような感じで、口紅の紫がとっても不健康そうだ。はっきり言っていまうと、プレシアさんを初めて見た小さな子は泣いてしまうと思う。

 あと無駄に大きな胸を強調してたり、ヘソ出ししてたりしてて、まず間違いなく未来のフェイトちゃんに悪影響を与えたのもこの人だ。そして、またその過剰な露出が普通に似合ってるから腹が立つ。

 ……おばさん、少しは自重しろ。

 

「知っているかもしれないけど、一応、自己紹介しておくね。私は高町 なのは。今はちょっと大きくなってるけど、フェイトちゃんのお友達候補です」

 

「へぇ、モノ好きなのね。貴女、あの子に刺されてたでしょう?」

 

「あはは、そうかも。でも、アレってどうせ貴女の指示でしょ? あのフェイトちゃんがそんなことを自分からするとは到底思えないもん」

 

 私は笑みを浮かべながらも鋭い目でプレシアさんを睨む。

 猫に攻撃するだけでも、謝ってしまうようなフェイトちゃんが自らあんなことをするわけがない。

 大体、私はあの子が泣きながら謝ってるのを見たんだ。進んでやったのならあんな顔をするもんか。

 

「さぁ、どうだったかしら? まぁ、貴女が目障りだったことは確かね」

 

 返って来たのは、ほぼ肯定と取れる言葉。

 まぁ、彼女にとって私はジュエルシード集めを邪魔する奴だったわけだから、目障りに思っても不思議ではない。それを排除しようとするのもわからないではない。

 でも、気に入らない。

 自分ではなくフェイトちゃんの手で汚させようしたのが、心底気に入らない。

 

「まぁいいわ、私もあまり暇ではないの。要件は何かしら? もしかして、私を逮捕しにでも来た?」

 

 私は見下したように、そう言って嗤うプレシアさん。

 その言葉からは自分の力へと自負がひしひしと伝わってくる。

 実際にプレシアさんの戦闘力は未知数な部分が多い。けど、この様子だと相当な自信があるみたい。しかし、私は別に逮捕しに来たわけではない。元々、そんな権限も持ってないしね。

 

「違うよ。私は貴女と少しお話をしようと思って来たんだ」

 

「話? 私は貴女と話すことなんて何もないわ」

 

 瞬間、プレシアさんの持つ杖先から光弾が飛んできた。

 凄まじいスピードの魔力弾は私の頬を掠め、後ろの壁に衝突する。焼けたような熱を感じる頬からは、少しずつ赤色の雫が滲んできた。

 これはきっと最終警告。帰れっていう意思表示なのだろう。

 けど私は顔色一つ変えないし、動揺もしない。

 こんな脅し程度で屈する様な神経なんて、当の昔に捨てて来ている。

 全く動じない私を見て、プレシアさんが僅かに眉をひそめた。だけど、私は気にせず口を開く。

 

「ねぇ、プレシアさん。母親って一体何だと思う?」

 

 何の脈略もなく、突拍子のない質問。

 当然、その言葉にプレシアさんは怪訝そうな表情を見せる。

 まぁ、いきなりこんな質問されても意味はわからないよね。私だって困惑すると思うし。けれどそんな彼女の様子は一切無視して、私は話を続ける。

 

「私はね、母親って愚かものだと思うんだ。いや、母親は少しくらい愚かの方がいいんだって思う」

 

 学校や病院の先生に言われることに一喜一憂して、 子供の些細なトラブルにオロオロして。自分のことは何でも整然と解決できて楽観もできるのに、子供のことになると不安で一杯になって心配でたまらなくなる。母親なんて所詮そんなものだ。

 少なくても私は10年間ヴィヴィオを育ててきて、それが母親の役割なんだって理解した。だから、母親はカッコ悪くて、無様で、後から見れば恥ずかしい行動をしてもいいと思うんだ。

 

「たった一つ、“子供への愛情”が確かならば、母親は愚かでいい。きっとそれは母の正しい姿。だから、貴女のことを応援したいって気持ちも実は私は少しだけある……」

 

 もし私が幼いヴィヴィオを失って、それを何とか出来る可能性があるのなら、何としてでもそれに縋っていただろう。何も後先のことを考えずに突き進んでいたかもしれない。

 きっと母親ってそういうものだと思うもん。だから、もう一度娘をってプレシアさんの気持ちがわからないでもない。けどまぁ、もし実際に私がそうなったら周りの皆が止めるだろうけどね。

 そして、そういう人達が周りにいてくれる私はきっと凄く恵まれているんだと思う。

 

「プレシアさんのアリシアちゃんへの愛情は本物だ。それだけを見るなら貴女は母親の鏡なのかもしれないね。うん、それは多分誰にも否定できないと思う」

 

 だからこそ、余計に悲しいんだ。

 娘を捨てる母親、娘を虐待する母親。娘に愛情を持てない母親。

 そんな最低の母親と同じ行動を娘に愛情を持てるこの人がしていることが、我慢ならないんだ。

 

 そりゃあ確かにお腹を痛めて産んだ子じゃないよ。

 試験管ベイビーだし、血も繋がってないし、初めから成長もしてたよ。

 だけどさ、親子ってそうじゃなくてもなれると私は思うんだ。

 上手くは言えないんだけど、親子は……家族は……理屈じゃないって思うんだ。

 

「でもね、自分を慕ってくれる子を泣かせるのは違うと思う!」

 

 自分の娘が一番可愛い、それは親として当然の感情だと思う。

 私だって、ヴィヴィオと同年代の他の子だったらヴィヴィオが断然可愛い。

 でも、だからって他の子を全部否定するのは絶対におかしい。

 ましてや、フェイトちゃんは貴女を誰よりも慕ってる……母さんって呼んで、ずっと求めてるんだっ。

 

「自分のことを母さんって呼んでくれる子をどん底に突き落として、泣かせるような奴に、誰かの母を名乗る資格なんてないよっ!」

 

 私は、今の貴女をアリシアちゃんが見たらどう思うのかな? なんて絶対に言わない。そんなのは他でもない、プレシアさんが一番わかっていることだから。

 全く彼女の事を知らない私よりも、深く愛情を持っているプレシアさんの方がわかっているに決まっているから。

 それでも敢えて言おう、今の貴女は母親失格だ。

 

「……随分と偉そうなことを言うじゃない」

 

「偉そう? 偉そうなのは、貴女じゃない! 自分の勝手な都合で生み出したくせに、失敗作? 出来損ない? 貴女こそ一体何様のつもりなのっ!」

 

 苛立ちの声と共に飛んでくる紫色の雷撃。

 それを今度は手で軽く払って消し飛ばし、熱の宿った言葉に乗せて魔力弾を撃ち返した。

 しかし、それをプレシアさんはなんなく防ぐ。

 何の動作もなく、桃色の魔力弾は彼女の前に音もなく消え去った。

 でも、私はそんなことは気にも留めず言葉を口にする。話をしていて少しだけ熱くなっていた。

 

「今、あの子は泣いてるんだよ! 大好きな貴女に否定されて、今までの自分がわからなくなって、身体もボロボロで、心も壊れて。今でもずっと心の奥に閉じこもって泣いているんだよ! それでも……それでも貴女はっ!」

 

「私は何とも思わないわ。だって――――」

 

 其処から先は言わせちゃいけないと思った。

 いや、聞きたくないって強く思った。

 だけど、そんな私の願いは叶わず、吐き捨てるようにその言葉は紡がれる。

 

「アレが泣いていても、気持ちが悪いだけだもの」

 

 その言葉を聞いた瞬間、本当に小さな音が鳴った。

 私にしか気が付けないような小さな音で、それは何かが切れる音だった。

 その音を聞いたと同時に私の目は色と温度を失い、頭の中もどんどん凍えるように冷たくなっていく。

 

「あんな人形のことなんてどうでもいいのよ! さぁ、持っているジュエルシードを全て渡しなさい。貴女が残りを持っているのはお見通しなのよ」

 

「………………」

 

 プレシアさんが杖で床を叩くと、何十もの紫色のスフィアが私の周囲を取り囲んだ。私はただその光景とプレシアさんを冷たい眼差しで見つめる。

 確かに残りのジュエルシードを私は持っていた。元々はフェイトちゃんを釣るためのものだ。時の庭園は移動できるから、逃げてきたアルフさんに座標を聞いてもあまり意味はないし。昔と同じで苦肉の策だけど、私が囮になってフェイトちゃんと戦い、プレシアさんの介入を待つって感じの作戦だった。

 

「まさかこの場に及んで持っていないなんて戯言を言わないわよね? そのためにわざわざ貴女を招待して、茶番に付き合ってあげたのだから」

 

「……招待?」

 

「ええ。貴女、アレに随分とお熱みたいだったからね。ボロ雑巾のように捨てれば、すぐに一人で乗り込んでくると思ったわ」

 

 そして予想通りになったと言い、優越そうな笑みを見せるプレシアさん。

 そんな彼女を見て私の中の一番大きな感情は、怒りではなく失望になった。

 でも、何処かでやっぱりかという想いもある。言われてみれば、可笑しな所も多かった。

 幾ら過半数以上手に入れたとは言え、残りのジュエルシードを彼女が欲しがらないわけがない。そのためにフェイトちゃんを彼女が使わないわけがない。言い方は悪いけど、あんな無駄に捨てるようなことをするはずがない。

 要するに今と昔との大きな違いは、プレシアさんがフェイトちゃんじゃ私に勝てないって考えたことだった。

 だから、フェイトちゃんを私を釣るための餌にしたってわけだ…………っ。

 

「さぁ、痛い目に遭いたくなかったら、さっさとジュエル――――」

 

「もう黙ってよ、糞ババア」

 

 プレシアさんの言葉を遮って、発した声はいつもよりも数段冷たい。

 腕を振るい、周囲にあるうざったいものを掻き消した。

 それを見て、少しプレシアさんが驚いたような顔になったが、知ったことか。

 愛機を構え、その先端をプレシアさんへと向ける。

 

「――いいよ、貴女が私に勝てたらジュエルシードは全部あげる。だけど、覚悟しておいてね……」

 

 元々、私はプレシアさんのことが好きではなかった。

 だって、当然だよね。私の中のこの人のイメージはフェイトちゃんを泣かせる酷い人って固定されていたんだもん。

 でもね、それでも私は少しだけ信じてみたかったんだ。

 何よりも私の親友が大好きだったこの人を。

 何年経っても捨てられなかった親友の想いを。

 泣き笑いで本当は優しい人なんだよって言ってた親友の言葉を。

 私は信じていたかった。だけど、もうこの人は変わってしまったんだね。

 ……私の言葉だけじゃ、どうにもならないんだよね。だから、もういいや。

 

「その腐った頭、私が少し冷やしてあげるから」

 

 最早、問答は不要だ。

 取りあえず、一度この人をぶっ飛ばそう。

 

 

 

 

「ディバイン、バスター!」

 

 開幕の一発と言わんばかりに、初っ端から私は全力で砲撃を放った。

 そこに一切の躊躇は存在しない。もうこの人は私の敵なのだ。

 しかし、それはプレシアさんには届かなかった。障壁で容易く防がれたのだ。流石に腐っても大魔道師、凄く障壁が固い。最早、鉄壁と言っても過言ではないかもしれない。

 でも、それが私にはあの人が閉じこもっている心の壁のように思えた。

 この人もフェイトちゃんとは別の意味で、生きていない。

 過去に必死にしがみ付いて、今を生きていない。

 未来なんて、ちっとも見てない。その姿が私は心底気に入らなかった。

 ――今、ここでその腐った性根を叩き直す。

 

「大切な人を失くして、哀しんでる人が貴女だけだとでも思ってるの? そんな人、世界には腐るほど沢山いるよ! でも皆、そんな辛い現実から逃げずに戦ってる! 貴女みたいに大勢の人に迷惑を掛けて、逃避しようとなんてしていない!」

 

 周囲に幾つかの魔力弾を形成。

 間合いを取り、移動をしながらそれを全弾発射する。

 直接のダメージは全く期待していない。ただの牽制目的だ

 

「貴女はただ嫌な現実から逃げてるだけだよ! いつまでそうやっているつもりなの!」

 

「……子娘がわかったような口を利くな!」

 

 予想通りすぐに魔力弾は無効化され、お返しと言わんばかりの怒りの雷撃が私を囲むように放たれた。それを飛びながらかわし、私は愛機をプレシアさんに向ける。

 そして、少し宙に浮いた位置から、得意の砲撃をお見舞いした。

 

「私みたいな子娘にだってわかるんだっ! なのに、どうして貴女にはわからないのっ!」

 

“Divine buster”

 

「ふん。一つ覚えの砲撃なんて、私には通らないわよ!」

 

 私を嗤いながら、障壁を張っていとも簡単に防ぐプレシアさん。

 その顔には焦燥の色はなく、まだまだかなり余裕があるように見えた。

 なら、その余裕の顔を一回吹っ飛ばしてやるまでだっ。

 

「通してみせる! わからず屋のおばさんの障壁なんて、私とレイジングハートが貫けないはずがないっ!」

 

“その通りです”

 

 飛んでくる雷槍を高速でかわし、湾曲を描きながらプレシアさんの右側面に躍り出る。突撃という一見、無謀にも見える私の行動にプレシアさんが少しだけ怯んだ。

 無論、幾つかの攻撃を私は食らい、ダメージもゼロじゃない。でも、だからこそのチャンスだ。

 

“Flash Impact”

 

 加速したスピードをそのまま活かし、右手に圧縮した魔力を込めて障壁へと叩きつける。私とプレシアさんの視界がぶつかって発生した閃光で一瞬、真っ白に染まった。

 しかし、これだけではまだ障壁の完全破壊まではいかない。

 だけど、確かに障壁は揺らぎ、削ることは出来た。そう、これは次への布石なんだっ。

 

「――から、のっ!」

 

“Divine buster”

 

 私の狙いは始めからゼロ距離からの砲撃。

 先の攻撃でバリアも抜ければ尚良かったけど、そこまでの高望みはしていない。

 砲撃では通らないと言われるなら、砲撃で通す。それが私とレイジングハートの意地だ。

 勿論、砲撃の反動で私も少し吹き飛ばされた。……絶対に教導の時には教えられないような力技である。でも、攻撃は確かに通った。それは少しだけダメージを負ったプレシアさんを見れば明らかだ。

 

「っ、どうだっ!」

 

「……やって、くれるじゃないっ!」

 

 少し胸を張って声を出すと、プレシアさんが怒りの表情になった。

 そこにはさっきまでの余裕の顔はない。言っちゃあ悪いけど、ちょっとだけ胸がスカッとした。しかし、ここで気を抜くわけにはいかない。これからあの人は本気になるはずだから。

 プレシアさんのデバイスが形状を変える。

 シンプルな杖だったものが長く伸びた鞭へと変わり、私へと襲いかかってきた。しかもその動きはとても不規則で、予測しずらい。私がいくつかの誘導弾で牽制するも、あまり効果は無かった。ならば、ここは回避に専念する。

 

「っっ!?」

 

 幾度も鞭をかわし、反撃の機会を探っていると、鞭が砕いた床の破片が飛んできた。それを思わず障壁で防いだが、私の足は完全に止まってしまう。

 そして、それは私の大きな隙となった。

 

「なっ!?」

 

 プレシアさんの足元が突然、爆ぜる。

 今まで殆ど待ちの体勢だったから、いきなりなこの行動は予想外だった。瞬時に私の視界から消えたプレシアさんは、唐突に私の右側に現れた。

 良く見ればまた杖の形が変わり、今度は戦斧のようになっている。それを見た私は咄嗟に左手から右手に愛機を持ちかえ、振り下ろされた一撃を防ぐ。

 

「ぐっっ……!」

 

 予想以上に重い一撃に思わず、顔を顰めた。

 しかし、フッとその重圧が消えたと同時にまた彼女の姿が視界から消える。

 ――――っっ、本当に速いっ!?

 

“Protection”

 

 移動したプレシアさんがいたのは、私の背後。

 防御も固いくせに、信じられないスピードだ。どう見てもフェイトちゃんよりも上。レイジングハートが防いでくれたけど、何か対策を取らないとすぐに追いつめられるっ。

 

「遅いわよ!」

 

 しかし、私に考えてる暇はなかった。

 すぐに姿を消したプレシアさんはまた私の背後に回り、蹴りを放ったのだ。

 当然、一方向に障壁を展開中の私にそれを防ぐ手段はない。

 

「っ……ぐっ!」

 

 蹴りが脇腹に食い込み、ボールのように吹き飛ばされる。

 そして、そのままの勢いで私は部屋の壁へと叩きつけられた。

 蹴られた腹部の痛みと叩きつけられた衝撃で呼吸が一瞬止まり、思考までも停止する。だけど、経験でわかる。これでは駄目だ、すぐに追撃が来るっ。

 

「っっ、レイジングハート!」

 

“Protection”

 

 半ば無意識で相棒に声をかけ、障壁を張ったのと数多の雷撃が飛来してきたのはほぼ同時だった。痛みを堪えながら、幾度となく襲う衝撃に歯を噛みしめて耐える。

 傍から見れば僅かな時間でしかない。だが私にとっては永遠と続く拷問のように感じた。しかし、その長い時間にも終わりはある。何とか破られずに堪え切れたようで、ほっと息を吐いた。

 でも、ちょっとだけマズイ。蹴られた所為で刺された時のお腹の傷が痛み出してしまった。

 

「はぁはぁ、女の子のお腹を足蹴にするのは、どうかと思うよ」

 

「ふん。さっきのお返しよ」

 

 痛みを誤魔化すように軽口を言いながら、私は考える。

 ――――完全にプレシアさんのタイプを読み間違えていた。

 てっきり私と似たタイプなのかと思ってたら、完全にフェイトちゃんの上位置換型。超スピードで、高火力。しかも障壁まで固い上にさっきの感じだと体術までできるっぽい。

 しかも、本職は研究って、なにこの完全超人。でもまぁ……。

 

「だからって負けるわけにはいかないよね、レイジングハートっ!」

 

“はい、私達に敗北はありません”

 

 レイジグハートの先端から桃色の魔力刃が生成され、鋭い槍となる。

 とは言っても、本来のストライクフレームの簡易版しかないけれど。でも、クロスレンジでの攻防を考えたらこっちの形状の方がいい。

 確かに広いとは言ってもここは室内だ。何とか距離を取ろうにも中々難しい。

 

「………………」

 

「………………」

 

 お互いに睨み合い、じりじりと間合いを探り合う。

 途端に玉座の間に静寂が訪れた。しかし、その空気はどこか重い圧力がかかったものだった。

 どちらも一挙一動も見逃がさないとばかりに、相手の挙動に注視している。

 

『――――っ!!』

 

 そんな静寂を破り、私達の動き出したタイミングは同じだった。

 手に握られた二つの愛機同士がぶつかり、鍔迫り合いが起こる。魔力刃がぶつかり合い、激しい火花が周囲に舞い散った。そして、それと同時に衝撃に耐えられなくなった床が僅かに陥没を起こす。

 振るわれる光刃を弾き、強く踏み込むと私は刺殺する勢いでプレシアさんの胸部へ光槍を突き出した。しかし、それは軽く弾かれて光槍は脇へと逸れ、逆に返し刃で頭部を狙われる。

 だが、その光刃は咄嗟に張った障壁で弾かれ、狙いが外れたっ。

 

「っ、今っ!」

 

 その一瞬の隙を見て取った私は、プレシアさんを連続で突く。

 それにプレシアさんは小さく舌を打つと迫りくる光槍を全て捌き、片手でフォトンバレットを発射した。初級の射撃魔法はその分、発射速度が速い。撃つのが熟練者であるのでその威力もかなりのものだ。

 当然、こんな近距離でかわせるわけもなく全弾被弾。私の身体に痛みが走る。けど、私もやられっ放しというわけではない。術後の僅かな膠着の隙をついて愛機の背の部分を叩き込み、プレシアさんを吹き飛ばした。

 

「っ、このっ!」

 

 しかし、プレシアさんもただでは吹き飛んでくれない。

 なんとプレシアさんは飛ばされながらも、私に向かって連続で射撃魔法を叩き込んだのだ。

 これで戦闘が本職ではないなんて……本当、冗談がキツイ。

 

“Flash Move”

 

 私はそれを見て、瞬時に移動魔法を展開する。

 両足の外側に二枚の羽を生やして急加速し、飛んでくる高速の魔力弾から音速を超える速度で逃げ切った。

 別に防御魔法で防ぐことも出来ただろう。だけど、プレシアさんの攻撃をまともに受けていると後手に回る所か、大きく魔力を消費してしまう。これからまだ続くだろう激戦を予測すれば、ここで無駄な魔力の消費は避けるべきだ。

 私から逸れた魔力弾は後ろにあった壁に当たり、ガラガラと音を立てて瓦礫へと変える。……本当、自分の家を何だと思っているのだ、この人は。

 

「ショートバスター!」

 

 そんなことを思いつつ、チャージタイムの少ない砲撃魔法を三連射する。

 それを見たプレシアさんは追撃することを断念し、回避運動を取った。外れた三条の砲撃が玉座の間を爆音と共に破壊していく。あはは、私も人の事は言えないかも。しかし、冷や汗を掻いている暇など私にはなかった。

 すぐに反撃の雷槍が私に向かって山というほど飛んできたのだ。

 

「ディバインシューター、シュートッ!」

 

 それに対抗するように誘導弾をぶつけ、相殺させ――――っ。いや、正確には僅かに撃ち漏らしがあった。

 その分を回避しつつ、暫し撃ち合いを続ける。あっちは誘導性がないものの、速射性と展開速度が速い分、私が押され気味だ。

 正直、やっていられない位にプレシアさんは強い。

 

「ディバイン、バスター!」

 

「……サンダースマッシャー!」

 

 一旦、後方に距離を取って砲撃をかましても同じく撃ち返してくる。

 火力はほぼ互角。中間でぶつかりあって相殺された。空戦ならもう少しやりようもあるんだけど狭い室内の状態じゃ無理だ。あとカートリッジが猛烈に欲しいっ。

 というか、あの人地味に外部魔力使って出力あげてるよね、ずっこいよ!

 

 

 

 

「はぁはぁ、はぁはぁ」

 

「はぁ、はぁ……」

 

 両者とも砲撃の反動で少し飛ばされ、荒く息を吐く。

 まだ共に大きな傷はない。敢えて言うなら、私はお腹がズキズキ痛むくらいだけど、戦闘の続行は可能。それにしても、本当に大魔道師の名は伊達ではなかったみたい。

 強いし、速いし、上手い。プレシアさんはその三拍子が揃ってるまさに強敵だ。今がこれなら、最盛期は一体どれだけ強かったのだろうか。ちょっとだけそれを見てみたかった気もする。

 私が息を整えながらそんなことを考えていると、プレシアさんにぎろりと睨みつけられた。ただ、その目からは怒りというより焦りの方を強く感じられる。

 

「はぁ、はぁ……。私は、私はアリシアを蘇らせるの」

 

 そのうわ言のような言葉は、私にというよりも自分に言い聞かせている意味合いが強かった。わかってはいたことだけど、彼女の想いはもう半ば執念染みている。いや、もう狂気と言っても良い位だ。

 

「あの子が待ってるの。約束があるのよ。あの時に果たせなくなった約束が……私にはあるのよっ!!」

 

 叫びと共に身体中から紫電を放出するプレシアさん。

 そんな彼女を見ていたら、少しだけ胸が苦しくなった。きっとそれは、今の言葉が初めて顔を見せた彼女の本心だったからだと思う。そして、だからだろうか。

 

「――――そんなにまで誰かを愛せるのになんで貴女は誰かを泣かせるの? 本当に貴女はそれで幸せになれるの?」

 

「貴女に何がわかるっていうのよ!?」

 

「……わからないよ。だって、貴女は何も話してくれないじゃない」

 

 私の心境に確かな変化が訪れたのは。

 怒りとか失望とかそんなの全部吹っ飛んで、この人の力になりたいって強く思ったのは。

 勿論、それはアルハザードに行くために手を貸すって意味じゃない。

 でも、私はこの人も助けたいって心から思ったんだ。

 

「知りたいと思っても、聞きたいと思っても。貴女は自分の本心を語らないじゃない! それで誰が貴女の心を理解できるの? そんな人間なんて何処にもいるはずないよ!」

 

 私には掛け替えのない人達が周りに大勢いた。

 私が苦しい時や辛い時、泣きそうな時に胸を貸してくれる人達がいた。

 けど、この人にはそんな人がいない。アリシアちゃんが亡くなってから、この人は一人ぼっちだ。一人が寂しいって気持ちは私にもよくわかるもん。だから、私は貴女に手を差し伸ばしたいっ。

 

「辛いのなら、辛いって言ってよ! 苦しいのなら、苦しいって教えてよ! 確かに私は何も出来ないかもしれない。ううん、きっと貴女の望みは叶えられないと思う! だけど、一緒に悩む事は出来る! きっと一緒に泣くことだって出来るよ!」

 

 全く同情がないかって言われれば嘘になる。

 完全にプレシアさんを許したのかって言われれば嘘になる。

 けれど、この人の力になりたいって気持ちに嘘はない。

 

「……涙なんてもうとっくに枯れ果ててるわ。大体、今更泣いてどうしろっていうのよ。私にはあの子しかいないの! あの子が私の全てだったのよ!」

 

「っ、それは違うよ!」

 

 私の大声にプレシアさんが驚きの表情を見せた。

 やっぱり気付いてない。そもそもプレシアさんに何も残っていないっていうのが間違いなんだ。まだこの人の手の届く所には、あの子がいるっ。

 

「それは絶対に違う! まだ貴女にはもう一人の娘が……フェイトちゃんがいるじゃない!」

 

「っ、あの子がアリシアと似ているのは見た目だけだった! 利き腕も違う! 魔力資質も違う! 人格さえ違うっ! あれは失敗作の出来損ないなのよ!」

 

「それの何がいけないの!」

 

「っ!?」

 

 何でフェイトちゃんをフェイトちゃんとして見れないの。

 ちょっと視点を変えれば、絶対に気が付けるはずなのにっ。

 

「確かに貴女の思うようにはいかなかったのかもしれない! あの子はアリシアちゃんには成れなかったかもしれない! でも、それの何がいけないの!」

 

 元から、誰かが誰かの代わりに成るなんて無理なんだ。

 一卵性双生児の双子だってDNA的には全く同じなのに、色んな所が違ってるんだ。

 幾らフェイトちゃんがアリシアちゃんのクローンでも、違いが出て来て当たり前。同じ境遇のエリオやヴィヴィオだって、元になった人物とは絶対に違ってる。

 だから、ほんの少しだけ視点を変えればいいんだ。

 

「フェイトちゃんはフェイトちゃん。アリシアちゃんの次に生まれたのなら、アリシアちゃんの“妹”でしょう! 産み方は少し違っても、貴女の血を引いたもう一人の娘じゃない!」

 

「っ、何を言って……!」

 

 私の言葉にプレシアさんが僅かに動揺した。

 もしかしなくても、何かプレシアさんの琴線に触れるものだったのかもしれない。フェイトちゃんからアリシアちゃんっていうフィルターを除きさえすれば、きっと違うものに見えてくるはずなんだ。

 

「あの子はいつでも手を伸ばしてる! 貴女のことをずっとずっと待ってる! あんなに慕われて、あんなに想われて! 貴女は本当に何も感じなかった? アリシアちゃんのことをそんなに愛せる貴女は、本当にフェイトちゃんを見て、何も感じなかったのっ!?」

 

「……黙りなさい」

 

「黙らない! 貴女にはもう何も残ってない? 違うでしょ! まだ残ってるものがあるでしょ! なら、目の前にあるものを大事にしてよ! 目を背けないでよ! 手放さないでよ!」

 

「……もう黙りなさいっ!」

 

 重みのある声と共に周囲に放たれる雷撃。

 それを防ぐことと引き換えに、私の言葉は止められてしまう。

 プレシアさんはそんな私を血走った眼で睨み、声を荒げた。

 

「私はただ、あの子にもう一度会いたいだけなの! この腕で抱きしめたいだけなのよ!」

 

「……その想いは痛い位に伝わってきてるよ! でも、ほんの少しだけで良いの。フェイトちゃんへの見方を変えてみて! そうすれば、きっと新しく見えてくるものがあるはずだから!」

 

 そう、本当に少しだけでいいんだ。

 ほんの少しだけ視点を変えれば、どんなに大事なのかに気が付けるはずだから。

 私の親友が大好きなお母さんの貴女なら、絶対にわかるはずだからっ。

 

「私は……私は、新しいものなんて何も要らない! 私にはアリシアだけが全てなの!」

 

 しかし、そんな私の願いは届かなかった。

 プレシアさんの感情と同調したかのように、巨大な紫色の雷が私と彼女の間に落ちる。いや、それだけじゃない。デバイスに内包していたジュエルシードを彼女は全部取り出した。……って、まさか!?

 

“マスターッ!!”

 

 レイジングハートの焦った掛け声と同時に突然生じた衝撃波で、私は吹き飛ばされる。それでも何とか体勢を整えるも、既に時の庭園自体が激しく揺れ始めていた。

 もう何度も体験しているからわかる、これは次元震だ。

 あの人はもう手持ちの分だけで、旅立つつもりなんだ。

 

「プレシアさんっ!」

 

「私は行く! あの子にまた出会うために!」

 

 私は周囲に激しく鳴り響く轟音の中、プレシアさんに声を掛けた。

 しかし、返って来たのはそんな言葉だけ。最早私の声は彼女に届かないのだろう。思わず、唇を噛む。僅かにでも説得出来そうだっただけに、凄く悔しかった。

 

「――――いや、まだだ。まだ終わってないっ」

 

 でも、これで終わりになんて絶対にさせない。

 諦めの悪さなら、私は誰にも負けないんだ。

 そう心に誓い、愛機を強く握り締めた私は、荒れ狂う突風の中に迷わず飛び込んだ。

 



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閑話。なのはさん小話集、そのいち

 

 ~聖夜の夜に~

 

 それは“アッチ”の世界でのとあるクリスマスのこと。

 私とフェイトちゃん以外の親友達が皆、結婚してしまっていた頃のこと。

 無論、私の教え子達にも皆パートナーが出来ていて、この聖夜を過ごしていた。

 私がミっくんと出会う、およそ三ヶ月程前の話だ。

 

「……何か寂しいね」

 

 二十代も折り返しを超えたというのに、何故かミニスカサンタのコスチュームを着ているフェイトちゃんがぽつりとそう呟く。女の私が言うのは間違いかもしれないけど、その姿はとても魅力的で似合っていた。

 まぁ、流石にこの年で生足を出しているのはどうなのかなと正直思わないでもなかったけれど。

 とはいえ、私も同じ衣装を着ているので何も突っ込むことが出来ない。

 

「そうだね。でも、まさかヴィヴィオが友達だけで祝うとは夢にも思わなかったよ。……もう少し早く連絡してくれればいいのに、あんにゃろうめ」

 

 私は目の前にあるちょっと手の込んだ料理達を見て、そう言葉を漏らす。

 ローストターキーとシチューをメインにサラダやオードブル、その他にも色々と作った。二日前から仕込みをしてた料理がテーブルを所狭しと彩る。というか、無造作に置かれている。

 はっきり言うと、とてもじゃないけど二人で食べきれる量ではなかった。

 なのに、ここまで来て愛娘の裏切りとは……うん、どうしよコレ……。

 

「と、とりあえず、シャンパンでも開けちゃう?」

 

「うん、そうだね」

 

 その言葉に頷くフェイトちゃんを見て、私はほっと息を吐く。

 別に意識する必要はないんだけど、良く考えればフェイトちゃんと二人の聖夜は初めてだった。去年までは親友がいたり、教え子や子供達がいたりして結構ガヤガヤとパーティをしていたのだ。

 なのに、今年は二人だけ。その事を考えるだけで自然と視界が滲んでくる。来年以降のことを考えると非常にビクビクだ。

 ……フェイトちゃんまで私を裏切ったりはしないよね、よね?

 

『乾杯~』

 

 グラスが高い音を奏で、女二人のいつになく悲しいクリスマスが始まった。別名涙混じりのやけ食いの大会ともいう。

 大体ね、本来クリスマスというのは恋人同士ではなく、家族と祝うものなのだ。それを最近の若者たちは全然理解していないよね。もう、本当にぷんぷんだよっ。

 それにこの翠屋特製クリスマスケーキを女二人で食べるとか、悲し過ぎるじゃない。二人で30cm級のホールケーキとか、明日の朝に絶叫すること間違いなしだしっ。

 一応ヴァルキュリーズの皆にも連絡はしてみたけど、全員丁寧な文章でお断りのメールが来たし……うん、こうなったら明日の訓練はいつもよりも気合いを入れて鍛えてやろうかな。

 どうせ皆、彼氏とイチャコラして楽し……げふんげふん、弛んでるだろうし、きっちりと気を引き締めてやらなくちゃね!

 そんな決心を秘かに宿しながら、私は上手に出来た自慢の料理へと箸を伸ばした。……うん、おいしいんだけど、何か妙にしょっぱいや。

 

 

 食事を終え、私は余った料理を専用のタッパに詰めて冷蔵庫に入れる。

 ヴィヴィオの裏切りのおかげで家の冷蔵庫はパンパンである。全くこれだとあんまり冷えないし、電気代も上がってしまうじゃないか。うん、あの娘にはきちんお仕置きしないといけないね。

 

「なのは、お茶が入ったよ」

 

「ん、ありがとう」

 

 明日の朝食とお弁当は確実に残りモノで決定だなぁなんて思いつつ、フェイトちゃんが入れてくれたお茶を飲んでほっと一息。当然ながらもうサンタの衣装は脱ぎました。誰も見てくれないのに着てても何か空しいだけだしね。

 というか、正直着る意味が全くなかったと思う。フェイトちゃん曰く、様式美という奴らしいけれど。

 

「あっ、雪降ってる」

 

 外を見れば、ちらちらと雪が舞っていた。

 どうやら今年の聖夜はホワイト仕様のようだ。

 どうせなら大雪になって皆、外に出られなくなればいいのに……。雪の重みでミッド中のラブ○が全部潰れたなんていうのもアリだね。私がそんな下らないことを考えていると、フェイトちゃんがカップに入っている紅茶に目を落としながら口を開いた。

 

「……エリオ達、大丈夫かな」

 

「大丈夫だよ、フェイトちゃん。もう二人とも子供じゃないんだし」

 

 しれっとルーテシアに情報を流した私は知っている、今年はエリオとキャロが二人っきりでデートをしているってことを。今頃はルーテシアに乱入されている可能性が大である、ふふっ。

 確かに二人もお年頃だからデートしても問題はないと思うけど、個人的には健全なお付き合いをして欲しいなってお姉さんは思うわけですよ。……別にリアル修羅場が見たいなぁとかって理由じゃないですよ? まぁ、面白そうだなぁとかは思ってるけどね。

 

「そう、だよね……。でも、やっぱり寂しいなぁ」

 

 そんな私と違って、二人のお母さんなフェイトちゃんはどうやら寂しいみたいです。う~ん、私はヴィヴィオに対して、寂しいというよりも“裏切ったなこの野郎”って気持ちの方が強いからフェイトちゃんの気持ちはよくわからないかな。

 

「仕方がないよ。子供の成長は親が思うよりもずっと早いって言うもん」

 

「うん、それはわかっているんだけどね。今年はエリオ達だけじゃなくて、はやて達もいないでしょ? だから、何か皆がどんどん離れて行っちゃったみたいな気がして……」

 

「フェイトちゃん……」

 

「あはは、ごめんね。何かしんみりさせちゃって……」

 

 フェイトちゃんは誤魔化すように笑みを浮かべるけど、長年の親友の目を誤魔化すには至らない。でも、誰よりも家族や友人との繋がり……絆を大事に思ってるフェイトちゃんなら、そう思うのも仕方がないのかな。

 簡単に消えたり、無くなったりするモノじゃないってわかってても、目に見えないあやふやなものだから不安になっちゃうんだよね。

 特にフェイトちゃんは子供の頃のことがあるから……尚更、そうなんだと思う。

 

「フェイトちゃん、私は変わらないモノもあるって思うよ?」

 

「えっ?」

 

 だから、私は言ってあげようと思う。

 不安になっている親友を助けるのも、私の役目だ。

 大体、どうせ見るなら嬉しそうな顔の方が断然いいもんね。

 

「時間が過ぎて色んなモノが変わっていく。それは個人だったり、周りの環境だったり。生きていれば本当に色んなモノが変わっていくよね。そして、きっとそれを止めることなんて誰にも出来ないんだって私は思う」

 

「……………………」

 

「だけどね、変わらないモノもあると思うんだ。例えば、そう。私とフェイトちゃんが親友だってことはいつまでも変わらないよね?」

 

 そう、それは絶対に変わらない。

 気が付けば、もう人生の半分以上の付き合いなんだよ?

 たとえ、どっちかが結婚して一緒に暮さなくなっても私達は親友だ。

 勿論、私一人が取り残されたら三日ぐらいは枕を濡らすことになると思うけれど。

 

「何時になっても、何があっても、それだけは絶対に変わらない。少なくても私はそう信じている」

 

「なのは……」

 

「確かに、二人だけのクリスマスはちょっぴり寂しいかもね……。でも、私はフェイトちゃんと過ごせて嬉しいって思ってるよ?」

 

 そう言って私はフェイトちゃんに笑みを向けた。

 クリスマスは恋人ではなく、友人や家族で過ごすもの。

 私の中ではそうと決まっているのです。誰が何と言おうとそう決まっているのですっ。だから、やっぱりヴィヴィオには後でちゃんとお仕置きしなくちゃいけないよね、うんうん。

 

「――――私も。私もなのはと聖夜を過ごせて嬉しいよ」

 

 私の言葉が届いたのか、フェイトちゃんの沈んだ顔はもうそこにはなかった。

 だけど、どうして涙目で少し顔が赤くなっているのだろうか。ああっ、わかった。ふふん、私達の素晴らしき友情に感動しちゃったんだね?

 まぁ、フェイトちゃんは結構涙脆いところがあるから仕方がないのかもしれない。この前も子犬のドキュメンタリーを見て、号泣してたくらいだし。

 とりあえず、フェイトちゃんがもう大丈夫みたいで良かったかな。

 

「……なのはは、なのはだけはずっと私の傍にいてくれるんだよね?」

 

「んぅ? フェイトちゃん、何か言った?」

 

「ううん、なんでもないよ」

 

 んー、何か聞こえたような気がしたんだけど……まぁいっか。

 それにしても……はぁ。彼氏が欲しい、もう切実に彼氏が欲し~いっ。雪じゃなくて良い男とか振ってこないかなぁ。そんなことを思いつつ、私達のクリスマスは終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

~Ex-ep1 彼女がいない世界~

 

 

 しとしとと降り頻る雨の中。

 傘も差さずに私は一人、お墓の前で立ち竦んでいた。

 此処はママの故郷である海鳴市の集団墓地。

 この世を去った人達が永久の眠りにつく神聖な場所。

 此処に私のママが、なのはママが眠っていた……少し前までは。

 

「――――――――」

 

 だけど今、“高町家”と書かれているお墓は見るも無残な姿となっている。

 そう、なのはママが死んでから今日で一ヶ月。

 なのはママが眠っていたはずのお墓は何者かに荒らされ、なのはママの遺骨は奪われた。

 この墓地の管理者の人が発見し、この事件は発覚した。

 警察当局がすぐさま調査するも、手掛かりはなし。犯人の目星は当然まだついていない。だけど、私達はこの事件を地球の人の犯行ではないと考えている。

 確かになのはママは管理局員としてはもの凄く有名な人だった。しかし、この世界ではただの一般人なのだ。墓荒らしをする理由がない。つまり犯人は魔法関係者。

 そして、魔法関係者がなのはママの遺骨を奪ったとするのなら、きっと碌でもないことに使われてしまうだろう。それは子供でもわかることだった。なのはママの遺骨が犯罪者に使われる……そんなことは絶対に許してはいけない。それだけは絶対に阻止しなければならない。他でもないあの人の娘として私はそう誓った。

 

「――なんでこうなっちゃったんだろうね」

 

 だけど、破壊されたお墓を実際に目にすると無性に悲しくなってくる。ほんの一ヶ月前までは皆揃っていたのに、と思ってしまう。少し前まで私となのはママとフェイトママの三人、全員が揃っていた。

 全く男っ気がないなのはママを冗談半分で冷やかして、いつもなのはママ一直線なフェイトママに呆れて。笑い話をしたり、相談事をしたり、買い物に行ったり、料理を一緒に作ったり。

 そんな当たり前の日々もママ達と一緒だと楽しくて、安心出来て、暖かくて。本当に大好きだったんだ。でも、今はもう私しかいない。私は一人だけになってしまった……。

 

「……っ………………」

 

 運命のあの日。

 私は学校の帰りに友達と遊んでいた所為でちょっとだけ帰るのが少し遅かった。

 門限とかは特になかったけど夕飯に遅れるとなのはママが凄く怒るから、少し急がなくちゃなんて考えながら私は帰宅した。

 だけど、私が家で見たのは笑いかけてくれる二人の姿じゃなかった。

 家に帰るとそこには信じられない……ううん、信じたくない光景が目の前に広がっていた。

 

 真っ赤な血に染まって動かないなのはママとフェイトママ。

 もう二人とも呼吸をしていなくて、心臓も動いていなかった。

 身体に触れてみると、凄く冷たくて、凄く固かった。

 身体中の筋肉が固まっちゃってて、まるで作りモノの人形みたいに動かなかった。

 

 ……そんなママ達の姿を見て、私は暫く何もできなかった。

 目の前の光景がどうしても現実感が湧かなくて、私は呆然としたまま暫く座り込んでいた。

 

 

 結局、相棒のクリスが連絡を入れて救急車とはやてさん達が来るまでの間、私は何も出来ず、ただ座っていただけだった。そして、詳しい事情がわかってから私は死ぬほど後悔した。

 何で私はもっと早く家に帰らなかったんだろうと。

 何で私はこうなる前に何もしなかったんだろうと。

 そう何度も何度も何度も凄く後悔した、自分を罵った。

 勿論、私がいたからって大したことが出来たわけではないかもしれない。でも、少なくても何かは出来たはずなんだ。

 そうしたら、今もあの暖かな時間を過ごせていたはずなんだ。

 ――――フェイトママが最近少しおかしかったのは私もわかってたのにっ。

 

「……私って本当に馬鹿みたいだよね。一丁前に自己嫌悪なんかしちゃってさ。時間は元に戻すことは出来ないってことはわかってるのに、こうやって後悔ばっかりしちゃってる」

 

 ぼろぼろに破壊されたお墓を一撫でしながら、私は苦笑を浮かべる。

 本当に、本当に今更なことだ。

 どんなに後悔しても現実は変わらないし、覆らない。

 なのに、くよくよして、こうして立ち止まってしまっている。

 

「ねぇ、なのはママ。なのはママはこんな私を見たら何て言うのかな? 叱ってくれるのかな? 慰めてくれるのかな? ……抱きしめてくれるのかな?」

 

 きっとなのはママがいたら、こんな私を怒っているだろうね。

 だけど、多分、最後には慰めてくれて、抱きしめてくれるんだよね。

 私の大好きなママはそういう人だったから……。

 

「私ね、フェイトママが無理心中したって知った時にフェイトママのことを少し恨んじゃったよ。なのはママを殺して、自分も死んじゃって、私を一人ぼっちにして。フェイトママは私のことなんてどうでも良かったの? なんて思っちゃった」

 

 唇を強く噛みしめた。

 口の中に鉄臭い味が広がってくる。

 拳を強く握りしめた。

 掌に爪が食い込み、ぽたぽたと赤い雫が落ちてくる。

 

「――――そして、そんなことを考えた自分自身が凄く醜いって感じた」

 

 あんなに愛してくれたのに、あんなに大好きだったのに、強く恨みを覚えた自分自身が嫌だった。今でもそうだ。私はフェイトママを憎いと思ってる。だけど、同時に好きでもあるのだ。

 好きだけど憎い。憎いけど好き。

 ぐちゃぐちゃな感情が溢れて来て、胸が苦しさで一杯になってくる。

 しかし、その苦しさをぶつけれる人はもういない。支えてくれる人も、受け止めてくれる人も、もういない。

 

「……苦しいよ、ママ」

 

 感情の置き場がなくて、どうしたらいいのかわからなくて、凄く苦しい。

 そして何より、一人であの家にいるのが本当に苦しいよ。

 沢山の想い出が溢れる家に一人でいるのが、堪らなく苦しいよ。

 

「……悲しいよ、ママ」

 

 大好きな母が同時に二人もいなくなったことが凄く悲しい。

 まだ何も恩返し出来てないのに、もっともっと言いたい事ややりたい事があったのに。ちゃんと“育ててくれてありがとう”って言えてないのに。

 もうどれも出来なくなってしまったことが心底悲しいよ。

 

「また会いたいよ、なのはママぁ……」

 

 自然と涙が零れてきた。

 いや、違う。これはきっと雨なんだ。

 少しだけしょっぱいけれど、ただ雨が降っているだけなんだ。

 そう、これは全部は雨の所為なんだ。

 

「……う……ぁ……っ」

 

 お墓を荒らした犯人は私が必ず捕まえる。

 この胸の蟠りにもなんとか折り合いを付けて見せる。

 だけど、今は……今だけは泣いても良いよね、なのはママ?

 

「うぁ、あああぁああぁああああぁぁっ!」

 

 少女の泣き声が天空へと響いた。

 しかし、その曇りが晴れることはない。

 誰かの愛した空は彼女にはまだ少し遠かった……。

 

 



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第十四話。なのはさん(28)の信念

 

 時計の針は少しばかり遡る。

 なのはが単独で時の庭園へと乗り込んだ頃、此処次元航行艦アースラにいる時空管理局員達もまた動き始めていた。

 

「艦長、なのはちゃんが一人で乗り込みました!」

 

「……そう。急ぎ武装局員に準備をさせて」

 

 報告を受け、アースラ艦長リンディ・ハラオウンはほんの小さく溜め息を吐き、手元にあったお茶をずずっと一飲みして静かに気を押さえる。

 先日の単独行動から僅か二日である。昨日お説教もちゃんとしたはずである。なのになのははまた単独行動を起こしたのだ。これで溜め息を吐くなというのは無理からぬことであった。

 これが正式な局員ならばもっと厳しく罰するべきなのだろうが、彼女はあくまでも一協力者。しかもまだ幼い少女である。提督の役職を持つリンディでも、少々その扱いには困っていた。

 

「……………………」

 

 しかもタチが悪いのが、彼女が既にエース級の実力を持ち、大抵のことを一人でなんとかなってしまう事が出来ることだ。そもそも高町 なのはという少女には何処かチグハグな面が多々ある。

 第一に、魔法に関しても触れて僅か一ヶ月ほどなのにもかかわらず、明らかに熟練の玄人の動きをしていることが挙げられるだろう。

 いくら天賦の才があったにしても、彼女の動きも術式も魔力運用も荒が無さ過ぎる、洗練され過ぎているのだ。更に言えば、どこの教導官だと思わせる程にその指導力も抜群に高い。正直に言えば、彼女の魔道師としての実力は“異常”の一言に尽きる。

 第二に、彼女と会話していても時折思うことなのだが、容姿と中身が釣り合っていないこと。少女というよりは同年代や少し年下の後輩と話しているような感覚に襲われるのだ。

 彼女の精神年齢が高いと言われれば確かにそうなのだが、それにしても少し落ち着きがあり過ぎる。しかし、かと思えば、今回や前回の様に衝動的な動きも多いのだ。それが結果的に彼女の全体像をあやふやにしていた。だが、それでもリンディは一つだけ確信していることがある。

 

「……悪い子、ではないのよね」

 

 それは彼女の人格が善良なことだった。

 甘いと言われれば、その通りだろう。仮にも敵対している側の人物を危険を冒してまで助けにいくなど、無茶を通り越して無謀であるとも言えるだろう。

 しかし、危険な場所へ一人の少女を助けにいける彼女の勇気は賞賛されるべきものであるとリンディは思っていたし、好ましいとも思っていた。

 心配な面としては、少々自分の身を省みない所があることであるが、彼女の周りには不思議と人が集まっていく。そのことを思えば周囲の者達が気を付けておけば問題ないとも言える。

 

「――――まぁ、でも帰ってきたらお説教はしなくちゃいけないわね」

 

 お説教することはリンディの中では確定事項である。

 だが、同時になのはの行動に納得できる部分もあった。彼女自身もまた強い憤りを感じていたからだ。同じ子を持つ母親として、まだ幼い少女にプレシアが行った所業は到底許せるものではなかった。無論、プレシアが行った理由はわかっている。その悲しみの深さを予想も出来る。しかし、それでも納得はすることが出来なかった。

 

「母さ――艦長っ! 今は暢気にお茶を飲んでる場合ではないでしょう!?」

 

「少し落ち着きなさい、クロノ。とりあえず、プレシアの本拠地の座標も判明したわ。後は乗り込むだけ……武装局員達は?」

 

「後五分ほどで全ての準備が完了します!」

 

 声を上げるクロノを尻眼に残りのお茶を飲み干しつつ、内心でまだまだ感情のコントロールが甘いなとリンディは思う。

 このような時に指揮官が慌ててもどうしようもない。トップはどしんと構えていてこそなのだ。いや、もしかしたらクロノはちょっと気になる女の子が危険な目に合うのが心配なのかもしれない。

 まぁ、本当にそうだとしたらこの仕事命っぽい息子に来た春なので、実に頑張って欲しい所だ。

 

「では、僕だけでも先行して……!」

 

「なのはさんの実力は貴方もよく知っているでしょう? そう易々とやられたりしないわ。それに戦力の逐次投入は下策よ」

 

「っ、それはそうですが、どうにも不審な点が多すぎます! 大体、本拠地を移動させてないなんてどう考えても……」

 

 クロノの言いたいことはリンディもよくわかっていた。

 先日の竜巻の時には、場所を特定させないためにアースラに攻撃を仕掛けてきたような相手である。それが今回に限っては娘とその使い魔を逃がしているのにもかかわらず、本拠地を動かしていない。

 ……正直に言えば、相手の動きが怪し過ぎるのだ。

 

「誘い、でしょうね。加えてプレシアがなのはさんの戦闘力を知らないとはとても思えないわ。ならば、何か捕らえる策があるのか。あるいは――――」

 

「――――自分の力に絶対の自負があるのか、ですか?」

 

「恐らく、だけどね。エイミィ、プレシアのデータを出してくれる?」

 

「わかりました」

 

 エイミィが手元のパネルを素早く操作すると、モニターに一人の女性の映像と情報が映し出された。黒髪に白衣を着た女性、今回の被疑者プレシア・テスタロッサ。

 余り時間がなかったのでそこまで詳細な情報ではないが、今見るべき点はきちんと押さえてあった。

 

“魔道師ランク条件つきSS”

 

 その情報を見て、この場にいる数人が息を飲んだ。

 現在時空管理局に所属する魔道師の中でAAAランク以上の魔道師は5%未満である。それより上のSSランクの魔道師ともなれば、1%を割り込むことだろう。

 勿論、戦闘はランクだけで決まるものではない。だが、一つの目安にすることは出来る。そも、SSランクは壁を超えたある種の別格的な存在であった。局員達が驚くのも仕方がないと言える。

 そして、そんな相手とこれからリンディ達は戦わなければならないのだ。

 

「……艦長、なのはちゃんは大丈夫なんでしょうか?」

 

「プレシアの力が衰えていなければ、きっとなのはさんでも苦戦は免れないわね」

 

 エイミィが心配そうな問いかけにリンディはそう答えた。

 管理局に協力してくれている現地の魔道師、高町なのは。先も挙げたとおり彼女の実力はかなり高い。少なく見積もっても彼女はアースラ最高戦力であるクロノよりも強いことだろう。ランクで言えばSランクといったところであるだろうか。

 ただ不安材料として、今回の戦闘は屋内であることだ。何度か戦闘中の動きを見ていたが、彼女は空戦タイプのように思える。相手の実力が未知数なのに加えて、屋内で動きを制限された状況。しかも場所は相手のホームだ。

 決して口には出したくはないが――――彼女の勝算はかなり低い。

 

「クロノ。仮にプレシアが当時の実力のままだとして、一対一で貴方は勝てる?」

 

「っ、それは……」

 

 思わず、口を濁したクロノにリンディは鋭い目を向ける。

 彼女自身、酷い事を言っている自覚はあった。だが、今は客観的な意見が欲しかった。その意図が伝わったのか、苦い表情を浮かべながらクロノは口を開く。

「実際に対峙して見ないことには、はっきりとは言えませんが、かなり厳しいかと思います」

 

「そうね、同意見だわ。私も今回、かなり厳しい戦いになると思っている。相手は次元跳躍魔法まで使える程の実力者。例えなのはさんとクロノが共闘したとしても、簡単に倒せる相手ではないでしょうね」

 

 この際、武装局員のことは除外しておいた。

 彼らのことを軽視したわけではないが、プレシアの相手をさせるのは流石に酷であると考えたのだ。

 人数の利点を生かしてという方法もないわけではないが、下手をすれば増援が足を引っ張る形になりかねない。それは結果として最悪な形である。

 となると、なのはへの援軍はクロノ一人を送るべきなのだが……それでも急造の連携で何処までいけるものか。

 

「……………………」

 

 リンディは腕を組んで、一度目を閉じた。

 ……実は他に手がないわけではない。寧ろ最初にそれを考えたくらいだ。

 だが、それはリンディにとって苦渋の選択でもあった。

 管理局員としての自分を取るか、個人としての自分を取るか。

 

「艦長、武装局員の準備完了しました!」

 

 そう声が掛かると少し大きめに息を吐いて、リンディはゆっくりと目を開く。

 転送ポートで待機する武装局員達、ブリッジにいるメンバー達、そして息子のクロノ。それぞれがリンディを見つめ、その言葉を待っていた。

 ――――ごめんなさい、なのはさん。貴女に負担を掛けるわ。

 内心で遠くで戦っている少女に謝罪をしつつ、リンディは指揮官らしい凛々しい表情で言葉を発す。

 

「私達、アースラクルーは第一目標を――――時の庭園内部の魔道炉を叩くこととします!」

 

 プレシアのランクは“条件付き”SS。

 それはプレシア個人が莫大な魔力を保有しているわけではなく、媒体から魔力供給を受けることでそれを自身の魔力として運用できる特殊技能の持ち主である事を示していた。

 ならば、その供給源を先に叩いてしまえばプレシアの力を落とすことが出来る。加えて、庭園の動きを封じることによってプレシアの逃亡を阻止することも出来る。

 勿論、この作戦にも欠点がある。暫くの間、プレシアの相手をなのはに全て押しつけることになるのだ。彼女は協力者とはいえ、民間人の少女。それを半ば捨石のように使わなければいけない苦肉の策であった。しかし、彼女達は管理局員だった。常に最善の選択をしないといなければならない。例え、それがどんなに残酷なものだとしても。

 

「先にプレシアの力を削ぎ、その後、可及的速やかになのはさんを救援してプレシアを確保します! ……未来の同僚が一人で戦っているわ! この作戦はスピードが肝心よ! 各員の奮戦に期待します!」

 

『了解っ!』

 

 リンディの敬礼に一斉に答礼した後、クロノ達は時の庭園へと転移していった。

 それぞれの想いを胸に秘め、こうしてアースラクルーも最終局面へと参戦していく。

 

 

 

 

 

 

 

 なのははプレシアとの戦闘。

 クロノと武装局員達は魔道炉の封印。

 各員がそれぞれ、自分のやるべきことに集中している中、場面は高町家へと移り変わる。なのはが飛び出した後、此処高町家ではなんとも重苦しい空気が流れていた。

 

「――――フェイト」

 

 アルフは布団の上で眠っている己が主人を悲しげに見つめ、小さく名前を呼ぶ。だが、返事は帰って来ることはない。ただ胸が静かに上下しているだけだった。

 彼女も本心ではなのはと共にプレシアを殴りに行きたかった。しかし、今、彼女は身体中が傷だらけのボロボロ。とてもではないが戦闘など出来そうにない。故に悔しさを感じながらも、今のアルフは自分の主の手を握りしめることだけしか出来なかった。

 

「…………っ……」

 

 そんな様子を傍で見ている少年もまた同じようなもどかしさを感じていた。

 ジュエルシード事件の発端となった人物、ユーノ・スクライアである。今、彼は一人悔しさを噛みしめていた。綺麗に正座をして座っている彼の手は固く握りしめられ、色が白く変わってもいるようだ。

 ユーノは思う。本当に彼女を一人で行かせて良かったのか、と。

 敵の本拠地にたった一人で乗り込むなんて、幾ら彼女でも無茶である、と。

 しかし、ユーノは彼女にフェイト達のことを頼まれていた。それは言い変えてしまえば“援護”ではなく“待機”を命じられてしまった事に等しかった。そして、そのことが少なからず彼はショックであった。

 互いの力量差を考えれば仕方がないとは思う。自分が行っても足手まといだっただろうとも思う。でも、それでも一言“一緒に来て”と彼は言って欲しかったのだ。隣に立つのが無理でも、せめて彼女の背中ぐらいは守りたかったのだ。

 

 元々、ユーノにとって高町 なのはという少女は複雑な存在である。

 負傷していた所を助けてくれたこととジュエルシード集めに協力してくれたことには、深い感謝を。

 自分が持っていたデバイス、レイジングハートを完璧に使いこなしていることには、大きな驚きを。

 僅か一ヶ月で自分など及びも付かない程の魔道師になった彼女が持つ類まれな魔法センスには、小さな嫉妬を。

 本当にユーノが抱えるなのはに対する気持ちは色々と複雑なものがある。

 だが、決してユーノは彼女のことが嫌いにはなれなかった。

 

 確かに自分の扱いはかなり酷い。冗談のように何度もミミズを食べさせようとしたり、ドライヤーで追いかけられたりもした。

 というか、もう殆ど人間扱いされてはいなかったと思う。更に彼女は時折奇行が目立つ。突然、わけのわからないことを言い出したり、妄想の世界に入って行ったり。本当に変な行動が多過ぎで、それを止めるストッパー役をユーノはレイジングハートと共に続けてきたのだ。

 しかし、同時にそんなちょっとだけ慌しい毎日が楽しいと思うようにもなっていた。知り合いの誰もいない世界の中で孤独を感じなかったのは、彼女のお陰であると思ってもいた。

 つまり、ユーノにとって高町 なのはは恩人だったのだ。

 だからこそ、そんな彼女に頼られなかったことが悔しかった。

 力になれない自分の未熟さが心底悔しかった。そして、それ以上にユーノは彼女のことが心配だった。

 

「ユーノ君、大丈夫よ。あの子は負けないわ」

 

「いや、でも……」

 

 そんなユーノの様子を見て、彼の心境を察したのだろうか。

 なのはの母である桃子がユーノを励ますように声を掛けてきた。娘であるなのはと良く似た容貌の彼女は、人を安心させるような柔らかい笑みを浮かべて“我ながら何も根拠はないんだけどね”前置きを置いた後に口を開く。

 

「母親の勘って奴なのかしらね? 私はあの子が全部終わらせて、無事に帰ってくるって確信があるの」

 

 そう話す彼女の様子に、陰りのようなものは何処にもなかった。

 言葉の通り、彼女は本当にそう確信しているのだろう。無論、それはなのはのことを心配していないといことではない。生まれ故に母というものを良く知らないユーノに母親の勘というものはイマイチよくわからなかったが、それだけなのはのことを信頼しているということは彼女の様子からよく理解することが出来た。

 

「それにね、あの子は“高町 なのは”なのよ?」

 

「えっ?」

 

 ユーノは思わず素っ頓狂な声を出し、頭の上に疑問符が沢山浮かべる。

 そんな何を言っているのかわかっていない様子のユーノに、何処か自慢げに胸を張って桃子は言う。

 

「――――あの子は私と士郎さんの娘で、恭也と美由希の妹なの。だから、絶対に大丈夫よ」

 

 それは何の根拠もない言葉だった。

 だが、その言葉に高町家の面々は笑みを浮かべつつ、頷いていた。

 きっと他の三人もそう確信しているのだろう。そんな高町家の様子を見て、敵わないなとユーノは思った。

 家族の絆とでも言うのだろうか。なんだかそれを見せつけられたような気がして、少しだけスクライアの家族達のことが恋しくなった。連絡もせずに勝手に飛び出した自分。きっと帰ったら怒られるだろうと思う。

 でも、そんな怒られている自分の姿を想像して、ちょっとだけ彼の胸は暖かくなった。

 そしてユーノは思う。きっと高町 なのはの強さの秘訣の一つは此処にあるのではないか、と。

 信頼して自分の帰りを待ってくれている人たちがいるからこそ、彼女は強いのだろう。どんな時でも絶対に此処に帰ってくるのだと強く心に決めているのだから……。

 

 ――――とまぁ、このまま終わればいい感じで良かったのにと後にユーノは語る。

 だが、残念なことにここにはいるのはあの“なのはさん”の家族達である。そうは問屋が卸さないのは、多分運命なのだろう。

 

「でも、ちょーとなのはは一人で頑張り過ぎかなぁって思う面はあるよねー?」

 

「まぁ、なのはは昔からかなり頑固なところがあったからな」

 

「あの子は一度こうと決めると、最後まで突っ走ってしまうしな」

 

 少し暖かな空気になったからだろうか。

 表情を緩めながら、末っ子のことを話し始める高町家の面々。

 しかし、そんな空気が後の混沌へとアシストをしてしまうこととなる。

 

「それにしても、う~ん。男子は三日会わないと成長していると言うが、女の子も同じなんだなぁ」

 

「あら? 士郎さん、それは間違いよ。女の子は月日では変わらないわ」

 

「ん、そうなのか? なら、何が原因で変わるんだい?」

 

 士郎の問い掛けに、桃子の目がきらんと輝く。

 そして、チェシャ猫のような嬉しそうな笑みを浮かべると、本日最大の爆弾を投下した。

 

「ふふっ、それはずばり恋よ! 恋すると女の子は成長するの!」

 

「ああなるほど、恋か……ん? コイ?」

 

 自信満々の桃子の言葉に納得しかけ、途中で妙なことに士郎は気がつく。

 恋すると女の子は成長する+なのはが何時の間にか成長していた=なのはが恋をしている(やったね!)。

 そんな単純な方程式が彼の中に出来たのは、同じように首を傾げていた面々と全く同じタイミングだった。

 

『な、なんだってー!?』

 

 桃子、フェイト、アルフの三人を除く面々が一斉にそう叫ぶ。

 そこからはもうカオスだった。“誰だ!? 誰が相手なんだ桃子!”とか“まさかユーノ君、君ではないよな、よな!?”とか“私、なのはに先を越される!?”とか“え? え? え?”などと実に騒がしい展開となった。

 もう完全に部屋の中にあった重い空気は何処かに吹き飛び、横で話を聞いていたアルフでさえも思わず苦笑いを浮かべてしまうほどであった。

 そんな皆の様子を見ながら、桃子は一人安心したような笑みを見せる。心の中で娘にばらしちゃってごめんね、てへっと呟きながら。

 

 だが、桃子のこの行動は結果として良かったのかもしれない。

 何故なら……。

 

「なの、は……」

 

 それが一人の少女を目覚めさせる切っ掛けとなる言葉となったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 流した涙の分だけ強くなれるなんて言葉は正直、私は嘘っぱちだと思う。

 だって泣いてるだけじゃ何も変わらないし、嘆いてるだけじゃ何も始まらない。

 何かを成したいのなら、まず自分が動かなくちゃいけない。

 

 流した涙を拭って立ち上がろうよ。後ろなんか向いてないで前を見つめようよ。

 ――――今という現実がどん底だっていいじゃない。

 今が底なら、後は這い上がっていくだけだよ。

 ――――先の見えない暗闇だっていいじゃない。

 先が見えないのなら、手探りで前に進んでいくだけだよ。

 

 進むべき道はきっと一つだけじゃない。

 現実は白と黒みたいに綺麗に別れてもいない。

 どれが正しいとか、どれが間違ってるとか誰にもわからない。

 けどさ、私は貴女にこれだけは言えるよ。

 ――――貴女は絶対に私が止めてみせる。

 

 

 激しく揺れる庭園。周囲に吹き荒れる突風。迸る落雷。

 そんな災害クラスの嵐の中に飛び込んだ私は、当然無傷とはいかなかった。

 それはバリアジャケットについている傷を見れば、一目了然だろう。だけど、それでも私の動きが止まることはなく、動き続けた。そう、こんなもので私は止まっているわけにはいかないのだ。

 

「こんのっ……!」

 

「っっ!!」

 

 立つべき床が徐々に崩れ始め、庭園崩壊のタイムリミットはどんどんと迫っていく。そんな最悪のコンディションの中、私とプレシアさんは再び杖を交えていた。

 私は彼女を止めるために。彼女は私を排除するために。

 それぞれの想いの向きは正反対ではあったけれど、多分、杖に込めた想いの大きさは同じだった。

 

「こんな終わり方で、貴女は本当に満足できるの!? 納得できるの!?」

 

 魔力弾の斉射後、愛機による鍔迫り合いが起こり、また激しく火花が散る。

 だけど、被弾ゼロのプレシアさんと数発被弾している私。どちらが優勢なのかはもう明らかだった。

 しかし、それでも少しも引くことをせず、私はただ真正面から彼女とぶつかり合う。

 

「全部を投げ捨てて、全部を置き去りにして、あるかもわからないものを追い求めて! 貴女は、それで幸せになれるって本気で思ってるの!?」

 

「……っっ…………」

 

 杖を交えながら、間近で私はそう声を張り上げる。

 ただ愚直に。ただ真っ直ぐに。ただ全力で。彼女に想いの丈をぶつけていく。

 ……少しでもこの人に私の想いが届きますようにと、願いを込めて。

 確かに逃げれば楽にはなれるんだろうとは思う。嫌なことから、見たくない現実から、理不尽なこの世の中から。逃げることが出来るのならば、誰だって楽になれるんだと思う。

 いや、もしかしたら貴女はこれを逃げだなんて思っていないのかもしれない。先を見ているって思っているのかもしれない。だけど、だけどさ……。

 

「それはただの現実逃避だよ! いい加減、目を覚まして! いつまで幻を愛しているつもりなの!」

 

 この人は求める力が大きくなり過ぎて、何かを愛することを忘れてしまっているんだと思う。いや、愛が変質してしまってるんだ。だから、ずっと幻を見ている。

 最愛の娘の万能の幻を自分で作って、ずっとずっと追いかけてる。

 ――――そんな生き方、哀し過ぎるよっ。

 

「っ、うるさいっ!」

 

 プレシアさんの声に共鳴するように、落ちてきた紫雷を間一髪で回避する。

 本当に驚くべきことに、プレシアさんはジュエルシードの魔力を不完全ながら制御していた。まぁ元より、ジュエルシードを使って旅立とうとしていたのだからこれくらいは当たり前なのかもしれない。けれど、今の状況でこれは凄く厄介だった。

 

『はぁ、はぁ、はぁ、はぁ』

 

 少し距離を取って、対峙する。

 二人とも肩で息をしているのはご愛敬の一つだなんて内心で苦笑しつつ、私は頭を抱えていた。

 私単体VSプレシアさん+魔道炉+ジュエルシード。うん、それなんてチート。それは撃ち合いで競り負けるわけだよね、完全に出力で負けるわけだし。そして、それは要するに……。

 

「もう諦めなさい。貴女では私には勝てないわ」

 

「……そうかもしれない、ね」

 

 私の勝ち目は薄いって、ことだ。

 基本的に私ってば砲撃ゴリ押しタイプなわけだし、撃ち負けてしまう現状ではどうしたって決定力に欠けてしまうわけでして。あはは、マジで勝てる気がしませんよ。

 ……もう本気でカートリッジが欲しい。猛烈に欲しいよ。心底欲しいよ。

 本当、ここまで劣勢な展開もかなり久しぶりだと思う。お腹も鈍痛が全然引かないし、所々身体に火傷もあるし、血も出ちゃってるし。この状況、私は戦闘民族じゃないからワクワクなんて全然しないっていうのに、全く。本当、困った困ったな展開だよね、いや本気で。

 とはいえ、もう諦めるのかと言われれば、そんなわけないんだけど。

 

「でも、もう勝ち負けの問題じゃないんだよ」

 

 正直もう勝ち負けなんてどうでもいい。勝ち目が薄いとかもどうでもいい。

 どんな大層な理由を並べた所で、それは私が諦める理由にはならない。

 多分、此処に来た時のままだったら、私は簡単にやられてしまっていただろうと思う。此処に来た時、私は怒っていた。プレシアさんがフェイトちゃんにした仕打ちに激しく怒っていた。けど、恐らくそれだけでは今のプレシアさんの重い攻撃には耐えられなかったと思う。

 だって、私の怒りの感情とプレシアさんのアリシアちゃんへの執念だったら、確実に向こうの方が大きかったもんね。初めから想いの大きさで負けているんだもん。きっとちょちょんと呆気なくやられていたんじゃないかなって私は思うんだ。……でもね、今はそうじゃないよ。

 

「私はね。正直、貴女のことがあんまり好きじゃない。でも当然だよね。貴女はフェイトちゃんを泣かせるし、沢山酷いことするし、私のことを殺させようともしたんだもん。そんな人をすぐに好きになれるほど、私は人間出来てない」

 

「なら――――」

 

「だけど、私は思っちゃったんだよ。自分でも馬鹿だなぁって思ってはいるんだけど」

 

 そう言って私は思わず苦笑いを浮かべた。

 元より自分の頭が良いとは思っていなかったけど、此処までとは思っていなかった。まぁ、でも私の最終学歴は中学だもんね。しかも今では小学生だし、頭が良いわけがないじゃない。

 それに正直、今はあんまり頭が良くなくて良かったなとも思ってる。そのお陰で小難しいことなんて考えないで、ただ一直線に思ったように行動することが出来るのだから。

 

「ただの憎い敵だって思えれば、簡単だったろうね。力になりたいなんて考えなければ、楽だったろうね。でも、私は貴女を救いたいって思っちゃったんだ」

 

「っっ!?」

 

 ただこの人を助けたいって思った。

 ただこの人の力になりたいって思った。

 勿論、怒りの感情もまだ残ってるよ。それとこれとは別問題。

 だけど、今はこの人を助けたいって気持ちの方が強くなってる。だから、私はその気持ちのまま突き進むんだっ。

 

「だからその為だったら、私は勝てなくても戦うよ。偽善者だって罵られても良い。邪魔者だって嫌われても良い。……悪魔だって言われても構わない」

 

 呼吸を整え、しっかりと愛機を構え直す。そして、彼女を見た。私を何処か困惑したような表情で見ている彼女を見た。

 一人の友人として、あの子を泣かせたこの人の凶行を止めたい。

 一人の母親として、娘を亡くして苦しんでいるこの人の姿が見ていられない。

 一人の人間として、この人に優しい世界もあることを知って欲しい。

 そんな沢山の想いが私の胸に浮かんでくる。だからこそ、私は……。

 

「私は、私のエゴで貴女を救ってみせる!」

 

 ――――貴女をここで止めよう。

 誰に何と言われても。それがたとえ、間違った答えだとしても。

 

 



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第十五話。なのはさん(28)の切札

 

 それは一体、何度目のぶつかり合いだっただろうか。

 私はもう詳しい回数を覚えてはいない。多分、向こうも同様だろう。

 時間の感覚はどんどん鈍くなり、疲労は増すばかり。けど、そんなに時間は経っていないと思う。玉座の間は最初来た時の面影はもう殆ど残ってはいなかった。残っているのは刻まれた熾烈な戦いの跡だけだ。

 ――――そして、その傷跡は今も増え続けていた。

 

『――――――――っ!!』

 

 傷跡と比例するように強くなる嵐の中、私達は終わりなき闘争の円舞曲を踊る。

 いや、永遠なんてものは存在しないのだから、この先にも必ず終わりはあると思う。

 

「はぁはぁ、はぁはぁ」

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

 荒い呼吸を必死に整える。

 心臓も張り裂けそうなくらいに激しく音を立てていた。

 負けない想いはあっても、如何せん戦いに勝てるとは限らない。

 ただそれでも、戦いをやめようとしないのは単純に意地って奴だった。……既に庭園崩壊のトリガーは引かれている。タイムオーバーは私達の敗北と同じなのだ。

 それはわかっているのに、早期決着を付けられない自分の弱さが今は恨めしかった。

 

「っっ」

 

 必死に歯を食いしばる。杖を握る手に力を込める。

 まだだ。まだ私は倒れてない。まだ私は……戦えるっ。

 

「ディバイン……バスター―!!」

 

 私の砲撃とプレシアさんから放たれた雷砲が激しく衝突する。

 当然、杖を持つ手にはその重い衝撃がモロに来ているわけなのだが、少しだけ腑に落ちない点があった。――――軽いのだ。もう何度も撃ち合いはしている。始めの頃は互角で、後の方は押されてもいた。

 なのに、今は手に掛かる衝撃が、圧力が今までよりも随分と軽いと感じていた。実際、桜色と紫色の砲撃の均衡は僅かな間のみで、私の方が優勢となっている。

 彼女が手を抜いているのか。自然と出力が下がったのか。その理由は私にはわからない。しかし、これは大きなチャンスだということはわかった。

 

「っ、レイジングハートッ!」

 

 相棒に声を掛け、更に持ち手に力を込める。

 僅かにリンカーコアに走った痛みを意図的に無視して、砲撃の出力を上げた。しかし、そのまま私の砲撃が届こうとかとする寸前にシールドを張り、彼女は防御を選択する。

 

『っ!?』

 

 驚いたのはそこからだった。

 プレシアさんの張った紫色の障壁が私の砲撃に耐えきれず、呆気なく破壊されたのだ。その事実に他でもないプレシアさん自身が一番驚愕していたのだろう。彼女は咄嗟に回避する事も出来ず、直撃を受けてしまう。

 

「ぐっ、っ。はぁっ、はぁっ」

 

 だが、それでも耐えきる所は流石と言えるだろう。

 痛みで顔は歪んでいるが、その目は今でも爛々と輝いている。

 やがてプレシアさんは荒い呼吸を吐き、私を睨みながら口を開いた。

 

「貴女、何をしたの……?」

 

 その問いに対する答えを私は持っていなかった。

 当たり前だ。私が何かをしたわけでもないし、彼女と同じように理由がわかっていないのだから。だけど、同時に私には一つの確信があった。

 

「……私は何もしてないよ。でも、貴女を止めようとしているのが私一人だけとは限らない」

 

 それはクロノ君達、アースラの皆のこと。

 私が一人で此処に乗り込んだ事はバレてるし、次元震も発生したのに管理局が動かないわけがない。だから、私が何もしていないとしたら皆が何かをしてくれたはずだ。……っ、そっか。クロノ君達はプレシアさんと対峙する前に魔道炉の封印を行ったんだ。

 その影響でプレシアさんの出力が落ちて、私が押し勝てたのだろう。うん、それなら納得できるかも。思えば、あんなに激しかった揺れも今では大分弱まっている。

 ここにはいないけど、私だけじゃなくて皆戦ってるんだ。

 そう思うと自然と私の胸は熱くなってくる。気合いも更に入ってくる。

 

「ここまで御膳立てをされちゃったら、頑張らないわけにはいかないよね、レイジングハート?」

 

“もちろんです”

 

「――――というわけで、反撃開始だよっ!」

 

 そう言うと私は大量のフォトンスフィアを生成し、宙へと散らせる。

 本来、素早い相手と戦う時の私のスタイルは、誘導弾と捕縛魔法で足を止めて砲撃で叩き落とすこと。

 だけど、これまでのプレシアさんは素早い上にガードが異常に固かった。決定打にならないのならば、この作戦は術後の硬直を狙われて容易く詰んでしまう恐れがある。

 しかし、今、その条件はクロノ君達のお陰で覆されていた。

 

「シュートッ!!」

 

 数十もの誘導弾を操作してプレシアさんの足を止めさせる。

 勿論、彼女が相殺してくるようなら、その隙にでかいのをお見舞いすればいいだけだ。だが、そんな私の狙いは彼女もよく理解してるのだろう。彼女は一撃離脱のヒット&アウェイへとそのスタイルを変え、さながら未来のフェイトちゃんばりの高速移動で誘導弾を回避していく。最早、目で追うことは困難を通り越して無理といった領域だった。

 しかし、だからこそ私は始めにスフィアをばら撒いたのだ。

 

「っ、そこっ!」

 

“Short Buster”

 

 短距離用の素早い砲撃に切り替え、連発で的確にプレシアさんの移動方向に撃ち込んでいく。移動した先を読んでに撃たれる砲撃に回避が困難になった所為か、プレシアさんの顔に僅かな緊張が走ったのが見えた。

 

「……っ!」

 

 だが、それでも彼女は体を強引に捻じりながら避け、杖で砲撃を捌く。

 しかも、おまけとばかりに背後から追い打ちをかけてくる砲撃を回し蹴りで蹴り飛ばした。そんな曲芸を行った彼女に内心で呆れながらも、私は足を止めて砲撃に集中する。それは同時に動き回る彼女の行動予測に大きくリソースを取られた結果、私自身が移動する余裕がなくなったとも言えた。

 少なくない疲労の色を顔に滲ませつつ、私は愛機にリンカーコアから魔力を送り込んで更なる砲撃を連続で発射する。

 無論、それも回避されてしまうが……私の狙いはそこではない。

 

「っ、バインド!?」

 

「ディバイン――――」

 

 私の狙いは最初からプレシアさんの足を止めることだ。

 連続で撃った砲撃により、この部屋中に私の魔力残滓が広がっていた。そして、それは設置したバインドを認識させないためでもある。

 ……まぁ、個人的には当たってくれた方が楽で嬉しいんだけど、そう都合良くはいかないもんね。そんなことを内心で思いながら、私は動けない彼女に砲撃を叩きこむ。

 

「バスタ――ッ!!」

 

 桜色の激流がプレシアさんを瞬く間に飲み込んだ。

 障壁を張る間もなく直撃を受けた彼女は吹き飛ぶとそのまま壁を突き破り、奥の部屋へとその姿を消した。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ―――ーやった、かな?」

 

“少なくとも直撃は確認しました”

 

 そんなやりとりをしながらも、私達は油断せずに奥の部屋へと足を向ける。

 部屋の至る所に生えている蔦は、何かに吹き飛ばされたように千切れていた。そして、その最奥に二人の人の姿が目に留まる。

 一人は生体ポットの中で眠るように目を閉じている、見慣れてるけど何処か幼い金髪の女の子。もう一人はそのポットに身体を預けるような体勢でいる、もう見慣れてしまった女性。

 

「……アリ、シア。っ、ごほっ……ごほごほっ」

 

 見慣れた女性は最愛の娘の名を呟くと、途中で何か赤いモノを吐き出した。

 咄嗟に彼女は手で口を押さえるが、咳き込む度に赤いモノが指の間から零れ落ちてしまう。明らかに身体の異常を示すその赤い血は、徐々にプレシアさんを赤く染めていた。私はそんな光景を目の当たりにして、今頃になってあることを思い出す。

 ……そうだった。確かプレシアさんは呼吸系の重い病気を患っていたんだった。

 

「…………っ……」

 

 死期が近いからこそ、今回の事件の暴挙。

 死期が近いからこそ、片道切符に全てを掛けた大博打。

 今まで平然と戦っていたから、その事実を私は完全に忘却していた。

 

「……もう、薬の効力も切れたのね。少し、ごほっごほっ、時間を掛け過ぎたわ……」

 

 ノロノロと立ち上がろうとしながら、自嘲の笑みを浮かべてプレシアさんはそう言葉を漏らす。彼女の言う薬が何のことなのかわからない。けど多分、私が来る前に何かの薬を飲んだのだろう。

 それこそ戦うために痛みを忘れるためだけ(・・・・)の薬を。

 

「っ、ごほっごほっ!」

 

「プレシアさん、もう止めて! それ以上無理をしたら……!」

 

 再び血を吐き出し、立ち上がることも難しそうな彼女へ声を掛け、私は思わず駆け寄ろうとした。しかし、そんな私を拒絶するようにプレシアさんは鋭い眼光で睨む。

 

「死ぬでしょうね。だけど、人はいつかは死ぬのよ。そして、まだ私は生きている……っ」

 

「でも、そのままじゃ……っ!」

 

「だから、私はまだ終わってない。……このままじゃ終われないっ!」

 

 私の言葉を遮るようにして、飛んできた魔力弾。

 先程よりもスピードも威力も何もかもが弱くなったその攻撃は私から大きく外れ、天上へと向かう。

 ……もうまともにコントロールも出来ないんだね。

 そんな感傷を微かに感じ、早く彼女を連れて医師に見せなければと私は思った。

 

「……っ!?」

 

 しかし、それは私の単なる慢心でしかなかったと言わざるを得ないだろう。

 そして、その代償を私は身をもって教えられることとなる。

 

「……捕まえたわ」

 

「っく、っっ!」

 

 プレシアさんの狙いは天井を崩して、私の動きを封じることだったのだ。

 その狙い通りに突然天井から降ってきた瓦礫を慌てて回避していた私は、容易くプレシアさんにバインドで四肢を封じられてしまう。無理矢理外そうとしてもがいてみるが、かなり頑丈に出来ているのかびくともしなかった。

 ――――どうやらさっきの弱い魔力弾は演技だったらしい。

 

「はぁ……はぁ……はぁ」

 

 とはいえ、かなり消耗しているのは間違いないのだろう。

 息絶え絶えと言った感じで、プレシアさんは荒い呼吸をくり返していた。

 私もこの状況を何とか打開しようと色々考えるが、そう簡単に良い方法は浮かんでこない。加えて、私の周りには数えるのも嫌になるくらいの紫色のスフィアが散り囲んでいた。必死にバインドの解除を試みながら、間に合うことはないだろうと冷たい思考で確信してもいた。

 

「……最期に、何か言い残すことはあるかしら?」

 

 それは最終通告だった。

 確実に次の一撃で沈めるつもりだとひしひしと伝わってくる言葉だった。

 此処で命乞いをしても何も変わらないだろう。それに元よりそんなことをするつもりも私は微塵もない。結局、私の口から出たのは……。

 

「……こんな終わり方じゃ、誰も幸せになんてなれないよ」

 

 ……そんな言葉だけだった。

 もう彼女を説得できるとは欠片も思ってはいない。

 だけど、この際だから言いたい事は言おうと思った。

 

「このままだと貴女もあの子も、皆が幸せになんてなれない! 誰もが望む幸福(ハッピーエンド)は一人だけでは絶対に叶えられない! 皆で願って、皆で協力して、動いていかないとダメなんだ!」

 

 言葉を紡ぎながら自然と込み上げて来るものがあった。目から一筋の雫が零れ落ちていく。でも、それは間近に迫っている死の恐怖とかそんな感情じゃない。

 悔しいって想いも歯痒いって想いも強くあったけど……何よりも悲しかったんだ。意味もわからず、ただ無性に悲しかったんだ……。

 

「……貴女の言葉はまるで毒ね。人の心を惑わす猛毒よ。でも、何故なのかしらね。忌々しいとか憎たらしいとか、そんな感情はあったはずのに……」

 

 そんな私の顔を少しの間見つめた後、プレシアさんは口を開いた。

 その時の顔は誰もが一瞬見間違いかと思うほどに、柔らかな笑みが浮かんでいる。

 

「不思議と私は貴女のことが嫌いではなかったわ」

 

 その表情を見た時、私は思った。

 ああ、この顔をフェイトちゃんはずっと夢見て頑張ってたんだろうな、と。

 アリシアちゃんが生きていた頃の優しい笑顔はきっとコレなんだろうな、と。

 そこには狂気の色が微塵もない。ただあるのは、何かを包み込むような暖かさ。そんな本当に暖かくて優しい本当のプレシアさんの笑顔だった。

 

「……ありがとう、私の為に泣いてくれて。もし、もう少し早く出会えていたら今とは何かが変わっていたのかもしれないわね。……でも、もういいの。もうこれで終わりにしましょう」

 

 笑みが消え去り、次に浮かんだのは決意の顔。

 一瞬飲み込まれそうになるほどの真剣な目が、私を貫く。

 

「っっ」

 

 彼女が私に杖を向けたと同時に無数の雷槍が私をロックした。

 嘗てフェイトちゃんが私に見せた技、フォトンランサー・ファランクスシフト。その強化版とも言えるものが、私へと今、再び放たれる。

 

「さようなら」

 

 それは言わば、絶体絶命の状況だった。

 動きを封じられ、回避することもままならず、消耗具合から耐えきれるとはとても思えない。完全に勝負を決める決定打。私とプレシアさんの戦いに幕を下ろす一撃。

 こんな時、物語とかだったら颯爽と誰かが助けてくれたりするけど、現実はそう甘くはない。いつだって、現実は無情だった。

 

「――――これで、終わり……?」

 

“マスターー!!”

 

 私がぽつりとそう漏らしたのとレイジングハートの声が聞こえたのは、殆ど同時だった。数瞬後。のた打ち回るほどの激痛と骨の髄まで響く衝撃が私の身体を襲う。無数の雷槍が私のバリアジャケットを意図も容易く貫き、身体中に火傷が出来ていく。

 

「~~~~~~~~っ!」

 

 そんな攻撃をモロに受けて、私は声にならない叫びを上げた。

 でも、それは少しでも痛みを忘れさせるためのものではなく、本能的に漏れたもの。思考が真っ白に染まり、どんどんと視界が薄暗くなっていく。

 ――――ああ、もうお終いなんだ。

 私は半ば無意識にそう悟った。一度死んだからだろうか。もうこれは死んだなって確証が私の中にあった。だんだんと衝撃と痛みも鈍く感じ始めている。そんな最中、私の脳裏に走馬燈が映った。

 

「――――――」

 

 その光景は大したものでもなんでもなかった。

 広い空間にぽつんと立っている私の周りに大勢の見慣れた人達がいるだけの光景だ。私の大好きな人に、愛娘に、家族達と親友達。教え子達に同僚達、部下達。こっちではまだ出会ってもいない人達の顔までそこにはあった。私がこれまで関わってきた人達、全ての姿。中にはあんまり好きではない人の姿もある。

 だけど、それも全部込みで私の大切なかけがえのない宝物達。

 ……あはは。走馬燈で最期に全員集合するなんて本当に憎い演出だね。前の時には見えなかったから、今回は本当におしまいなのかなー。

 そんなことをぼんやりと考えて、私は苦笑いを浮かべる……ことなんて到底できなかった。

 

「――――――――――」

 

 なんで、なんだろうね?

 こんなにも大好きな皆に囲まれてるのに私、ちっとも嬉しくないや。

 皆がいるこの暖かな空間が私は堪らなく好きだったはずなのに、ホントちっとも嬉しくないよ。

 皆の顔を見てみる。皆、アッチの世界の姿でコッチよりも随分と年を取っていた。私が本当のいるべき世界。もう決して届かない世界。もう叶わない世界。

 そんな世界がすぐそこにあるのに、私はやっぱり嬉しいと微塵も思わなかった。

 ……でもまぁ、その理由なんてわかりきってる。

 

「…………、……」

 

 ――――此処には笑顔がない。

 私の大好きな人達が、大切な人達が、皆が笑ってない。

 笑顔なんかとても言えないような顔をしてて、ただ悲しそうな顔で私を見つめている。そんな顔を見ているだけで、とても胸が苦しくなる。張り裂けそうになる。そして、自分自身に強い悔しさと憤りを覚える。

 

 皆にそんな顔をさせている原因って私、なんだよね。

 私の所為でそんな曇った顔をしてるんだよね。

 それは嬉しくないはずだよ。認めたくないはずだよ。

 皆のこんな姿なんて見ていたくないんだから。

 それが私の所為だとしたら余計に認められるわけないじゃないっ。

 

 もう微かにしか力の入らない身体に喝を入れた。

 未だに無数の雷槍の受けている中、ぴくりとだけ私の意志で身体が動く。

 たとえ、他の誰かがもう無理だとか言ってきたとしても。

 たとえ、他の誰かがもうダメだよって諦めたとしても。

 

「…………っ!」

 

 ――――私だけは絶対に諦めてなんてやらない。

 それが私の生き方。高町なのはの生き方。それに誰かを泣かせるのはもう十分なんだよ。大体、こんなところで死ぬとか普通にありえないつーの。

 私ってば、まだちゃんと素敵なデートもしてないんだよ?

 嬉し恥ずかしファーストキスやドッキドキ初体験もまだ済ませてないんだよ?

 なのに、ここでお終いとか、また死んじゃうとか……ホント、ありえないよねっ!!

 

「~~~~~~~~っ!」

 

 もう一度、私は声にならない叫び声を上げた。

 でも、その意味合いはさっきのものとは全然違っている。

 負けるもんか。負けてたまるもんか。耐える。絶対に耐えきってやる。

 私はまだ死ねない。ミっくんと添い遂げて、幸せバラ色生活をこの手にするまで絶対に死ねないんだ!

 

 

 

 

「はぁはぁ、はぁはぁ。……アリシア、やっと終わったわ」

 

 雷槍による攻撃が止まり、周囲のスフィアが溶けるように掻き消える。

 爆発の煙で辺りは見えないが、プレシアさんには確かな手ごたえがあったのだろう。少しだけ悲しそうな表情のまま亡き娘にそう言葉を漏らし、荒く息を吐いていた。

 

「さぁ、行きましょう、アリシア。もう二度と離れないように――――」

 

 もう限界に近い身体を引き摺りながら、彼女は奥の部屋へと足を向ける。

 もう邪魔者はいない。あとは最愛の娘と旅立つだけだ。そんなことを想っていたのだろうと思う。

 しかし、そんな去っていくプレシアさんの背に私は(・・)声をかける。

 

「……まだ、終わってない、よ」

 

 途切れ途切れに紡いだ私の言葉を聞いた彼女は、すぐさま後ろを振り返った。

 勿論、私は無傷……なんてことはなく、バリアジャケットは中のインナーまで破けてる。露出している肌は火傷もしてるし、出血もしていた。震える膝に霞む目。血が流れた所為か眩暈までしてくる始末だ。だけど、私は立ってる。今、こうして立っている。

 そして、私の目にはまだ消えない炎が宿っていた。

 

「――――アレを耐えきった、というの?」

 

「え、へへ。何とか、耐えてやったもんね……」

 

 何処か呆然とそう呟くプレシアさんに私は笑みを向けた。

 正直、身体はもう本当にボロボロだ。今すぐにでも意識が飛んじゃいそうだよ。

 できることなら、このままベットにバタンキューってしたい。

 でも、まだ終わらない。私はまだ……っ。

 

「まいった、してない……よっ!」

 

“Divine buster”

 

 ガクガクと震える体を気合いで動かし、力の限りの砲撃をお見舞いする。プレシアさんは大技を出した直後で、もうまともに動けない。回避を断念したプレシアさんは障壁を張り、私の一撃を苦しそうに防いでいた。

 

「っっっ、何処にこんな力が残って……!」

 

 それは私にもわからない、かな。

 私自身、もう普通に限界は超えちゃってる気がするもんね。

 でもね、何故か不思議と力が湧いてくるんだよ。

 もう限界とかそんなの全部置き去りにしちゃって、貴女を止めるってこの身体と心が、この魂が叫んでるんだよ。だからっ!

 

「……私は、負けないっ!」

 

“Full power”

 

 負けない。

 負けられない。

 絶対に負けてあげられない。

 バラ色に充実した日々を手に入れるまで、私は絶対に負けられないっ!

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 

「はぁ、はぁはぁ。はぁ、はぁはぁ、っ!!」

 

 プレシアさんは私の砲撃を受けてもまだ立っていた。

 彼女にも負けられないものがあることは、もう嫌というほどに知っている。

 でも、もう同じ失敗は二度としない。これで終わらせる。

 

「ぐっ、っ!?」

 

“Restrict Lock”

 

 プレシアさんの四肢にバインドを掛け、愛機をがしっと構えた。

 巨大魔方陣が杖先から現れ、レイジングハートから桜色の大きな翼が生えてくる。そして、魔力を集める。魔力をどんどん掻き集める。

 御誂え向きに周囲には魔力の残滓が溢れていた。私の魔力残滓。プレシアさんの魔力残滓。そして、ジュエルシードの魔力残滓。それら、この空間にある魔力を全て杖先に集束させていく。

 

「昔、知り合いの男の子が“世界はこんなことじゃないことばっかりだ”って言ってた。私も本当にその通りだと思う。……実際に私もそんな目にあったから、此処にいるわけだしね」

 

 本当に碌でもないことばっかりがこの世の中では頻繁に起こる。

 それも突然にやってくるんだよね。もう少しだけ世界は優しくても罰は当たらないと本気で思うよ。

 だけどさ、私はそういうのを全部身体中で受け止めてやるって決めたんだ。偽りばかり溢れている真実とか。冷たく悲しみだらけの現実とか。そういうのを全部受け止めた上で、前を向いて笑って生きてやろうって決めたんだよ。

 ……人は簡単に死んじゃうんだもん。何をしていても死ぬ時はあっさりと死んじゃうんだもん。だから、私はいつかは散ってしまうこの生のある限り、時の一粒一粒を無駄になんかしたくない。

 

「でもさ、だからこそ人は誰かに優しくできるんじゃないかなとも思うんだ。現実って奴が冷たくて厳しいものだからこそ、誰かが傍にいてくれると暖かいって感じるんだよ」

 

 泣いている時、本当は余計な言葉なんて何も要らない。

 ただ、傍にいてくれればそれでいい。それだけで人間って不思議と安心できるんだよ。そして、ご飯を食べる時も、遊びに行くときも。笑っている時も、どんな時でも一人でいるよりも皆と一緒の方が断然楽しくなるんだ。まぁ、勿論例外もあるけれどね。

 

「私は貴女にそんな暖かさをもう一度知って欲しい。どれだけ多くの人が貴女の敵になっても、私は貴女の味方になるよ。少なくとも私とフェイトちゃんは何があっても、貴女の味方だ」

 

 世界を救うヒーロー。そんなものに私はなりたいとは思わないし、微塵も興味がない。だけど、それでプレシアさんとフェイトちゃんの世界を救えるのなら私はヒーローになってもいい。

 世界で一番ちっぽけで世界で一番カッコ悪いヒーローかもだけど……それで二人の世界を救えるのなら、また貴女達が心の底から笑顔を見せてくれるのなら、ヒーローにだってなってあげる。

 

「だから、プレシアさん。もう一回だけ前を向こうよ。本当の最期の時に“ああ、良かった”って心から笑顔で笑えるように。……きっと優しい貴女の愛娘もそれを望んでるはずだと思うから!」

 

 死んだ人は生きてる人達に縛られて生きて欲しいなんて思ってはいない。

 勿論、忘れて欲しくないって思いはあるだろうね。けど、忘れるのと縛られるのは違う。私だって、“アッチ”の皆に私のことを忘れて欲しくはないよ。やっぱり寂しいしね。

 だけど、もし、ヴィヴィオ達が私に縛られているような生き方をしているのなら……自分の人生を投げ捨てるようなことをしているのなら、私は絶対に激怒する。自分が大好きな人達の人生を壊すなんて絶対に嫌だもん。それならいっその事、私のことなんて完全に忘れてくれていいよって思うよ。矛盾している事を言っているとは自分でも思うんだけど……まぁ、経験者的にはそんな感じ。

 そして、多分、それはアリシアちゃんもそうだと私は思うんだ。

 

「受けてみて! これが私の全力、全開!!」

 

 私はアリシアちゃんの代役を気取る気なんて毛頭ない。

 私が代わりなんてとてもじゃないけど努めれるとも思えない。

 ――――だけど、彼女の分の想いも込めて私はこの一撃を放とう。

 

「スターライト、ブレイカ――!!」

 

 

 

 

 漸く私達の戦いは終わった。

 プレシアさんは気絶しているのか倒れたまま動かない。

 私も大人モードが解け、レイジングハートを支えにしてなんとか立っている状態だった。もう本当に限界ぎりぎり。今の状態だと砲撃一発程度も撃てないと思う。

 

「……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

“大丈夫ですか、マスター?”

 

「うん、大丈夫……ではないかなぁ、流石に」

 

 心配そうなレイジングハートにそう答えつつ、私はのろのろとプレシアさんの元に向かう。すると、自然と彼女と目があった。どうも気絶してはいなかったらしい。

 

「もう終わった、のね」

 

「うん、終わったよ。でも、これはただのお終いなんかじゃなくて……」

 

「………………」

 

「次への始まりなんだって、私は思うな」

 

 床に倒れ伏しながら、呟いた彼女の言葉に私はそう答える。

 それに彼女は“……そう”とだけ返すと、大きく息を吐いた。そして、丁度そんな時……。

 

『なのは(さん)!』

 

「フェイトちゃん!? それにクロノ君とユーノ君も!?」

 

 私達の所にフェイトちゃん達がやってくる。

 どうやらPT事件の完全解決はもう少し先になるみたいだ。

 

 



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第十六話。なのはさん(28)の決着

 

 私の名前は高町 なのは。

 お母さんをぶっ飛ばした直後に娘さんがやって来て、正直気まずいでござるの巻。あれれ? 元々、私ってフェイトちゃんとプレシアさんの二人でまた話をして欲しかったから、連れて帰るために頑張ってたんだよね? なのに、この場面でフェイトちゃんが来ちゃうと私の頑張りってあまり意味がなかったのでは……?

 い、いやいや。そんなことは……ない、よね?

 

「いや、なのはは本当に良くやってくれたと思うよ」

 

 そんな地味に落ち込んでいる私をクロノ君が慰めてくれる。

 うぅぅ、今はこういうさり気ない優しさが何か凄く嬉しい。当然、帰ったらリンディさんとともにお説教してくることは確実だけど、今は凄く嬉しいっ。

 ユーノ君も頷きながら治癒魔法をかけてくれてるし……うん、二人のなのはさん指数が一気に5ポイントもアップしたね。あと、20くらいで二人ともお友達Lv2にランクアップだよ、やったね!

 さてさて。そんな私達三人を完全に蚊帳の外に置いて、テスタロッサ親子の会話は始まった。

 

 

「……何をしに来たの?」

 

「っ、母さんに話があって来ました」

 

 口火を切ったのは意外にもプレシアさんの方からだった。

 フェイトちゃんもプレシアさんに視線を向けられて、少し躊躇してしまっていたけれど、それを切っ掛けに意を決して話し始める。

 

「母さん。私は……ううん、今までの私は母さんが言ったみたいに本当に人形でした。言われたことしか出来なくて、母さんの顔色ばかりを窺って、母さんに縋ることしか出来ない人形で……人ですらありませんでした。きっと私はフェイト・テスタロッサですらなかったんだと思います」

 

 紡いだのは卑屈な言葉。

 でも、不思議と其処に悲観の響きは感じられなかった。

 それはきっと変わったから。ううん、違うね。今、変わろうとしているから。

 

「そんな私は、きっと貴女の望む娘には……アリシアにはなれません。私がアリシアの代わりを務めることは絶対に無理だと思います」

 

 でも、とフェイトちゃんは続ける。

 初めて会った時に悲しみの色で一杯だったその赤い瞳には、何者にも負けない決意の色が浮かんでいた。

 

「それでも、私は貴女の娘です! 貴女に生みだされ、貴女に育てて貰った娘です!」

 

「…………っ……」

 

「私は母さんが大好きです! どんなに酷い事をされても、どんなに辛い事があっても、本当の娘じゃなくても、私は、フェイト・テスタロッサはプレシア・テスタロッサのことが世界で一番大好きです! これまでも。そして、これからも。この気持ちだけは絶対に誰にも負けません! たとえ、アリシアにだって負けるつもりはありません!」

 

 その声は特別に大きな声だったわけじゃない。

 だけど、その声はこの場にいる全員の胸に響く声だった。

 多分、初めてフェイトちゃんがプレシアさんに言った心からの(本音)だった。

 

「……だから何だと言うの? 今更、貴女のことを娘だと思えとでも言うつもり?」

 

「っ、貴女はっ……!」

 

 しかし、フェイトちゃんにプレシアさんが返したのは冷たい響くを含んだ言葉だった。それを聞いて、何かを言おうとしたクロノ君を私は腕を引いて止める。

 まだだ。まだフェイトちゃんの言葉は終わってない。

 

「――――貴女がそう思ってくれるのなら」

 

 そんな私の思った通り、フェイトちゃんは凛とした表情を崩さなかった。

 きっと内心では、不安に思っていると思う。逃げ出したいとも思っているかもしれない。だけど、それをフェイトちゃんは微塵も表には出さず、ただ真っ直ぐに澄んだ瞳を母へと向けていた。

 

「貴女がそう思ってくれるのなら、世界中の全てを敵に回しても、どんな災厄からでも、私は貴女を守ってみせる! 私が貴女の娘だからじゃない、貴女が私の母さんだから!」

 

 ありったけの想いを込めた言葉をフェイトちゃんは放つ。

 そこにはおどおどしていた嘗てのフェイトちゃんの姿はなかった。

 一皮剥けた。一歩だけ進んだ。ちょっとだけ大人になった。私のよく知っているフェイトちゃんだった。

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 無言で見つめ合う二人。短くも長くもない沈黙が訪れた。

 プレシアさんの鋭い視線にも今のフェイトちゃんは決して臆さなかった。やがて耐えきれなくなったのか、プレシアさんの方が先に視線を逸らす。

 そして、今度は私にちらりと視線を向けた。その目が貴女が何かしたの、と聞いてくる。だから、私は無言でにっこりと笑みを返した。私は何もしていないよ、と胸を張って。

 そんな私を見てプレシアさんは一度目を閉じると、重く深い溜め息を吐いた。

 

「……あの子の妹、ね。そういえば、あの子も相当な頑固者だったかしら。……本当、いつも私は遅すぎる」

 

 何か懐かしい光景でも思い出しているのだろう。

 自嘲気味な笑みを浮かべ、そう話すプレシアさんは何処か遠くを見ているようだった。しかし、それも僅かな間だけのこと。今度は視線をフェイトちゃんに合わせ、彼女の名前を呼んだ。

 

「フェイト」

 

「は、はい」

 

 きっと、それが本当の終わりの福音だったのだと思う。

 これまでの長きに渡る彼女の……いや、皆にとっての戦いの閉幕だったのだと思う。もう今のプレシアさんからは、フェイトちゃんを拒絶するような空気は全く感じられなかった。

 

「私は決して良い母親ではないわ。貴女にとっても、あの子にとっても私は最低の母親よ。そして、それはきっといつまでも変わらない。だって、今でも私はアリシアへの想いを捨てられないもの」

 

「っっ……」

 

「けど、貴女が言ってくれたことは嬉しかった。……強くなったわね」

 

 そう言ってプレシアさんは笑みを浮かべた。

 ゆっくり伸ばされた手がフェイトちゃんの頬に触れる。

 それを宝物のように、フェイトちゃんは目に涙を浮かべながら握り締めた。皮肉な笑みじゃない。馬鹿にした笑みじゃない。作った偽りの笑みじゃない。自嘲気味で、かなりぎこちなくもあった。けれど、今の彼女の素直な笑みだった。

 

「フェイト。これからはもっと自由に、貴女の思う儘に生きなさい。私は疲れたから、少しだけ休むことにするわ……」

 

 そうフェイトちゃんに言うと、プレシアさんは眠るようにその目を閉じる。

 その顔は何処か安らかなもので、満ち足りているような顔だった。そして、まるで永遠の眠りについたかのように、彼女は静かに身動き一つしなくなった。

 ――――伸ばされた腕から、すっと力が抜ける。

 

「か、母さん?」

 

 時が止まったように感じた。

 呆然としたようなフェイトちゃんの声だけが嫌に耳に残った。

 

「っっ、プレシアさんっ!」

 

 私は慌ててプレシアさんに声をかける。しかし、彼女から何も言葉は返って来ない。全身から血の気が引いていくのを私は他人事のように感じた。

 嘘、だよね。こんな、こんな終わりなわけ、ないよね。

 やっとこれからだって時になって、なんでこんな……っ。

 

「母さん! 母さんっ!!」

 

「プレシアさん! 起きてっ! プレシアさんっ!」

 

 フェイトちゃんが身体を震わせながら、プレシアさんに声をかける。クロノ君は顔を僅かに下に伏せ、ユーノ君は悲しげな顔で見ていた。

 ――――死んだ。プレシアさんが死んでしまった。

 そう嫌でもわかってしまった。理解させられてしまった。でも、私はそんな現実なんて認めたくなくて、彼女の身体を揺さ振ろうとして……。

 

「……すー……すー……」

 

『ふぇ……?』

 

 そんな寝息を間近で聞いた。

 隣にいるフェイトちゃんと一緒に変な声を上げ、思わずきょとんとしてしまう。

 よくよく彼女の体を見てみると、胸がちゃんと上下していた。そして、素早く脈を確認し出したユーノ君に顔を向けると笑顔で言葉が返ってくる。

 

「大丈夫! 気を失っただけみたいです!」

 

『よ、よかったぁ~』

 

 万感の思いとはまさにこのことだろう。

 本当に心の底から安心した。ほっとしすぎて腰が抜けそうになった。

 だって考えてもみてよ? あのままプレシアさんが死んじゃってたら、私って完全に殺人犯だよね? あれだけ味方になるよなんてほざきながら、トドメを差しちゃった、てへ☆ なんて流石に笑えないよ!

 というか、プレシアさんのアホー! 何であんなに紛らわしいことをするのかな、この人は! あれで勘違いするなっていう方が絶対に無理があるよね! この露出多めの偏屈おばさんめっ!

 

「よかったね。フェイトちゃん」

 

 すやすやと気持ちよさそうに寝ているプレシアさんへ心の中であらん限りの恨み節を吐きながら、私は隣にいるフェイトちゃんに声をかける。でも、その顔は私と同じようにほっとしているようだけど、何処か優れなかった。

 

「う、うん。でも……」

 

「でも?」

 

「私、ちゃんと母さんに伝えられたのかな……」

 

 しょぼーん。言葉にするとそんな感じのフェイトちゃん。

 うん、やっぱりフェイトちゃんのネガティブ思考は全然変わってないんだね。

 いやまぁ、突然変わられても対応に困るんだけれど……うむ、仕方がない。ここは親友の私が一肌脱ぎましょうか。

 

「大丈夫っ、フェイトちゃんの気持ちはちゃんと伝わってるよ!」

 

「そうかな?」

 

「うん! それにプレシアさんって基本的にツンデレだから!」

 

「つんでれ?」

 

「そう。普段はツンツンで、こーんな顔をしているけど、その内デレデレになっちゃう非常に困ったちゃんなの!」

 

 正確にはプレシアさんって言葉足らずなんだよね。あとは不器用で素直じゃないって感じでもあるかな。でも、ああいうのは一度デレたら、デレデレになるって相場が決まってる。

 実際にさっきのプレシアさんは、フェイトちゃんを拒絶していなかったように見えたし。多分、後はフェイトちゃんのゴーゴー押せ押せ展開で何とかなると私は思うんだ。というわけで、私はフェイトちゃんの背中を押したいと思います。

 

「だから、後はフェイトちゃんがプレシアさんをちょいちょいっと攻略するだけだよ! すると、あら不思議。それはもう何処の親馬鹿だよ、と周りが突っ込みをいれるくらいにデレンデレンなプレシアさんの姿がっ!」

 

「デレンデレンな母さん……なのは。私、これから色々頑張ってみる!」

 

「その意気だよ! フェイトちゃん、ファイト!」

 

「うん。ファイト、私!」

 

 巧みな話術を使い、私はフェイトちゃんを焚きつけることに成功。人はそれを投げたとも言う。いや、私も協力はするつもりけど結局は家族の問題だもんね。部外者はクールに去りますよーっと。

 それにツンデレな中年おばさんを攻略する趣味は、残念ながら私にはありません。フェイトちゃんルート? レイジングハートルート? ユーノにクロノもあるよ? ふん、私はミっくんルート以外に興味ありません! 他のはおととい来やがれなの。

 そんなことを思いつつ、フェイトちゃんに色々とプレシアさん攻略法をレクチャーし始める。しかし、そんな時、私達の前に突如通信モニターが現れた。

 

“――――皆、無事!?”

 

「あれ? エイミィさん?」

 

“よ、良かったぁ。皆、無事なんだね……”

 

 少しノイズ混じりのモニターに映ったのは、何処か焦った顔のエイミィさん。

 けど、私達の姿を見るとすぐにほっと安心したように大きく溜め息を吐いていた。しかし、完全に私達はおいてけぼりを食らっている状態である。

 んー、やっと事件は解決したのになんでそんなに慌ててるんだろう? そんな私と同じ疑問を持ったのだろう、クロノ君が少し首を傾げながらエイミィさんに声をかける。

 

「エイミィ、そんなに慌ててどうしたんだ?」

 

“……えっ? クロノ君、それ本気で言ってるの?”

 

「ん? ああ、また何かあったのか?」

 

“いやいや、今の状況わかってる!? ジュエルシードが暴走中で、次元震も起こってるんだよ!? というか、今も艦長が半泣きになってシールド張ってるんだからね!”

 

『――――あっ……』

 

 この場にいる全員の声がシンクロした。

 あ、あはは。ジュエルシードのこと、本当にさっぱり忘れてた。

 頭を抱えている所を見るに、どうやらクロノ君とユーノ君までも忘れてたみたい。でも、半泣きのリンディさんってちょっと見たいかも……って今はそれどころじゃないか。

 

「んー。もしかしなくても、私達って大変ピンチな感じ?」

 

「うん、すごくピンチみたいだね」

 

“はい、非常にピンチのようですね”

 

 私の問い掛けにフェイトちゃんとレイジングハートがそう答える。

 ただ、全然ピンチっぽく聞こえないのは何故なんだろう。まぁ、私がそれを聞くのもアレなのかもしれないけど。当然ながら、何かのほほんとしている私達に男子組の突っ込みが入った。

 

『なんで三人はそんなに落ち付いているんだ!?』

 

「でも、あんまり慌てても仕方がないよ? ねぇ、フェイトちゃん、レイジングハート?」

 

「うん、そうだね」

 

“ええ、どうせ私達が取る手段は一つしかありません”

 

『???』

 

 頭に疑問符を浮かべる二人を余所にゆっくり立ち上がり、腕をぐるぐる回して動作確認。うん、流石ユーノ君の治癒魔法。これなら一発くらいなら何とかなりそう。

 手に持つ愛機に目を向ける、チカチカとコアが返事を返してくれた。

 隣にいる親友に目を向ける、にっこりと笑みで返事を返してくれた。、

 そんな頼もしい二人に私も軽く笑みを返して、愛杖を肩にかけると迷わず歩き出す。

 

「不屈不撓、勇往邁進。どんな困難なことも真正面からぶち破るだけってね!」

 

 ――――何か私達の後ろで男子組が溜め息を吐いていたみたいだけど、見ないことにした。

 

 

 

 数多の瓦礫に埋もれた玉座の間。

 既に虚数空間もかなり生じているようで、暗闇の深淵が此方に顔をのぞかせていた。当然、風も雷も止むことはなく、今もその脅威を私達に見せつけている。

 中心にはすべての始まりである青き宝石、ジュエルシード。その姿を見るのも、これで最後になるようだ。

 

「ありがとう、フェイトちゃん」

 

「ううん。これで半分こ、だね?」

 

 身体は大丈夫でも魔力は空っ欠。

 そんな魔力貧困民の私にフェイトちゃんは自分の魔力を分けてくれた。

 柔らかな笑みを浮かべる彼女にお礼を言いつつ、私はむんと気合いを入れる。

 

「――――よしっ。それじゃ、始めようか」

 

『うん!』

 

 クロノ君の言葉に頷いて、それぞれの配置についた。

 私の前にユーノ君。フェイトちゃんの前にクロノ君が立つ。

 作戦は至ってシンプルなものだ。私とフェイトちゃんが封印担当で、そのチャージ時間中のガード役をクロノ君とユーノ君が担当。

 すごく分かり易く言えば、私はただ渾身の砲撃を一発撃てばいいという簡単なお仕事である。災厄の根源を睨み、愛機を構えて準備は万端。最善を期すためにもう一度大人モードにもなった。

 

「さぁいくよ、フェイトちゃん! せーので一気に封印!」

 

「はいっ!“なのは様”!」

 

「よし……ってぇ、何でいきなり様付け!? さっきまでは普通に呼んでくれてたのよね!?」

 

 フェイトちゃんの返答に思わず身体がガクッとなる。

 というか完全に出鼻を挫かれた所為で、気合いが抜けてしまった。

 

「うん、さっきはね。でも、今のなのはは“なのは様”だから」

 

 どうやら、私の大人モードはなのは様モードに改名を果たしたようです。

 詳しく聞けば、この姿の私はフェイトちゃん的にはなんか天使様らしい。うん、超理論すぎて全く意味がわからない。とも思ったけど、思い返せば前に私が自分でそう言った覚えが……完全に身から出たエビ、もといサビだったよ!

 しかも自分から言い出したから、凄く恥ずかしいし、訂正しずらいっていう。……本当、どーしてこうなった。

 

『二人とも遊んでないで早くっ!』

 

 だが、時間は待ってはくれない。

 そもそも私の体力的にもこれは一発勝負なのだ。

 今もクロノ君達の必死な感じの念話が届いているし、どちらを優先するべきかなんて考えるまでもなかった。

 

「え、ええい、もうどうでもいいや! いっくよ、フェイトちゃん!」

 

「はいっ!」

 

 若干顔を引き攣らせながら、せーのと声を合わせる。

 後からどうやって訂正しようかななんて考えるも、なんとなくダメな気しか湧いて来ない。ということは、これから大人モードになる度に私は親友に様付けされるのでしょうか……うん、それなんて拷問。

 

「ディバイン……」 「サンダー……」

 

 完全に気持ちは萎えていたけど、やることはやるのが私クオリティ。

 もう色んな意味で挫けそうな心に涙目で鞭を打ち、私は愛機を強く握りしめた。しかし、それにしても……うん。

 

「バスタ――!」 「レイジ――!!」

 

 やっぱり最後まで私って、何かしまらないなぁ……。

 

 

 

 

 かくして、ジュエルシードを封印した私達は無事にアースラへと帰還した。

 時の庭園は残念ながらジュエルシード封印後に完全崩壊。すべてはジュエルシードの所為である。決して、私の所為ではなくジュエルシードの所為である。大事だから二度言っておく。

 ちなみに一番の重症者はプレシアさんではなく、私というなんとも言えない結果となった。脇腹からの再出血とか、リンカーコアの過負荷とか。火傷とか、骨折とか、打撲とか。その他色々とあって全治三週間。うん、ほんと魔法技術様々である。

 当然、帰還して医務室に連行された私はすぐさまに意識をシャットダウン。数時間後に目が覚めると、そのまま正座でお説教タイムが始まりました。まぁ、本来は五時間耐久フルコースだった所をクロノ君に上目遣いの涙目助けてコールを送り続け、リンディさんに翠屋のお食事券を贈呈したおかげで、なんとか三時間にまで減らせたことはかなり助かったとだけ言っておこう。

 

 

 結局、フェイトちゃんやプレシアさんとは、アースラで改めて話をすることは出来なかった。けど、二人は同じ護送室に入れられていたので何か話でもしているのではないかなと思う。

 持ち帰ってきたアリシアちゃんの遺体はミッドにある集団墓地で埋葬するらしい。よくプレシアさんが許したなとも思うけど、どうやら本人がもう眠らせてあげたいと言ったそうだ。

 

 あまり詳しくは聞けなかったけど。今回の事件に関してフェイトちゃんは殆ど無罪になるらしい。なんか最後にジュエルシードの暴走を止め、次元震の悪化を防いだことも考慮されるとのこと。けど、逆にプレシアさんは有罪確定。そして、それは彼女自身も受け入れてるらしい。

 プレシアさんだけが有罪になることにフェイトちゃんが猛抗議していたらしいけど、そこはどうにかプレシアさんが宥めたとかなんとか。うん、何か普通に親子しているみたいで少しだけ安心した。まぁ、あの二人だと周りが歯痒いくらいに不器用そうな会話をしていそうだけどね。

 それと彼女の病気自体は、安静にしていれば何年かは生きられるようだけど……症状が進み過ぎていて完治は不可能らしい。多分、余生は裁判を受けながら本局にある医療施設で過ごすことになるそうだ。

 

 正直、これで良かったのか私にはわからない。

 もっと良くも出来たんじゃないかなとも思うし、これで精一杯だとも思う。

 でも、決してベストとは言えないけど、ベターくらいにはなれたんじゃないかな。そう自分に言い聞かせながら、数日後、私はアースラを降りることになった。

 勿論、家に帰った私をお母さんの熱い抱擁が待っていたのは言うまでもない。

 

 

 

 それからまた何日か経ったある日のこと。

 クロノ君達の計らいでフェイトちゃんと少しだけ会えることになった。その連絡を前の日の夜に受けていた私は、徹夜であるものを用意し、待ち合わせの場所へと急ぐ。

 ちょっと懐かしい見晴らしの良い公園。でも、今回はフェイトちゃんと此処で戦ってはいない。……そう考えると一つ想い出がなくなったみたいな気がして、不思議と寂しい気持ちになった。

 

「フェイトちゃん~!」

 

 私が公園に着いた時にはもうフェイトちゃん達は来ていた。

 メンバーはフェイトちゃんにクロノ君にアルフさん。流石にプレシアさんは無理だったみたいで、ちょっと残念。けど、三人とももう身体に怪我の痕はないようで、少し安心した。

 

「――――あっ」

 

 フェイトちゃんが私の声を聞いて、少しだけ柔らかい笑みを浮かべる。

 だけど、それはほんの一瞬だけで、瞬く間にその表情は曇ってしまった。そして、私を見つめると何かに耐えるように手を強く握りしめた。当然、私はそんなフェイトちゃんの様子に困惑してしまう。

 

「あの、その……ごめんなさい!」

 

 そんな私に向かってフェイトちゃんがいきなり頭を下げてきた。うん、いよいよもって意味がわからない。どうして私は謝られているのだろう。

 

「えっと、何で謝ってるのかな?」

 

「っ、私はなのはに最低なことをしてしまったから。なのはは何度も助けてくれたのに、何度も声を掛けてくれたのに、手を伸ばしてくれたのに。私は……私はなのはを刺した。……謝って許されることじゃないってわかってるけど、本当にごめんなさい!」

 

 戸惑い気味の私にフェイトちゃんは辛そうにもう一度謝罪してくる。

 どうやら海で私を刺しちゃったことについて謝っているみたいだ。時の庭園では普通に接してくれてたから気にしてないと思ってたんだけど、本当にフェイトちゃんは律儀で、難儀な性格をしているよね。

 でも、この様子だと罪悪感で胸が一杯って感じなんだろうなぁ……。

 

「………………」

 

 実際、フェイトちゃんが頭を上げる様子は全くなかった。

 私に何を言われるのか怖いのだろう。その身体も小刻みに震えていた。

 正直、そういうことをされると私の気分もあまり良くはない。というか、不満だ。ごめんなさいなんかよりも聞きたい言葉が私にはあるのだから。

 

「フェイトちゃん、顔を上げて?」

 

「う、うん……」

 

 顔を上げたフェイトちゃんの表情は予想通り暗いものだった。

 そんな彼女に私は頬を膨らませつつ、内心で大きく溜め息を吐く。きっとフェイトちゃんのことだから、私が気にしないでって言っても、絶対に気にするんだろうね。私が許すよって言っても、きっと影で負い目を感じるんだろうね。

 ――――多分、そういう所は私と似ているから。

 

「フェイトちゃん。お腹ってね、刺されるとすっごく痛いの。初めはただ冷たいなって感じなんだけど、後から途端に痛くなるの。血とか見えてきたらうわぁってなるしね。あの感じはもう個人的にはトラウマです」

 

「……っっ」

 

「だからね、フェイトちゃん」

 

 だけど、だからこそ私はフェイトちゃんを放っておけないんだと思う。

 そして、嫌いになれないんだ。一度刺されて殺されたとしても、また親友になりたいと思うんだ。

 結局は至極簡単な話、私はフェイトちゃんが好きなのだ。親友として。

 

「もう絶対にあんなことしないで。今度フェイトちゃんに刺されたら私、絶対に泣くから! 本気でマジ泣きしてやるからね!」

 

 ついでに、ここでしっかり釘を差しておけば黒フェイトちゃんの降臨はなくなるはず! そんな打算的なことを考えている私は外道なのでしょうか、天才なのでしょうか。でも、マジ泣きするのは多分本当。流石の私も三度目は耐えきれる自信がありません。

 えっ? お前、なんかそれフラグっぽいぞ?

 ……やだなー、そんなわけないじゃないですかー。多分きっとメイビー。

 

「怒って、ないの?」

 

「うん、別に怒ってないよ。傷もそんなに深くなかったし、どっちかって言うとプレシアさんの雷の方が断然痛かったっていう。それに私はそんな謝罪を聞くために、わざわざこんなに朝早くから此処来たわけじゃないよ?」

 

「えっ……?」

 

 そう言って、私はそっと手を差し出した。

 それでやっとわかってくれたのか、フェイトちゃんは大きく目を開く。

 

「――――まだあの時の返事、聞かせて貰ってなかったよね?」

 

 未来のどこかでボタンを掛け違えてしまった私達。

 でも、もう止めてたボタンは全部外れてしまってる。それは確かに悲しいことではあるけれど、外れたのならまた一個目から掛けていけばいい。

 まずは初めの一個目を今日、掛けてみよう。

 

「ねぇフェイトちゃん、私と友達になってくれませんか?」

 

「で、でも、私……」

 

 顔を伏せられ、目を逸らされた。

 距離を一歩分だけ詰め、ぴくりとだけ動いた彼女の手を優しく握る。

 ――――自然と私達の視線は重なった。

 

「私はフェイトちゃんとこれから色んなことを共有していきたい。楽しいことも、嬉しいことも。辛いことや悲しいことも。全部、フェイトちゃんと分け合っていきたいんだ」

 

 揺れる瞳から決して目を逸らさない。

 ただただ、真っ直ぐに彼女だけを見つめる。

 ちょっとだけの静寂。ややあって、彼女が口を開いた。

 

「……本当に、私なんかでいいの?」

 

「なんか、じゃないよ。他の誰でもなくて……」

 

 そこで一旦言葉を切る。

 彼女の綺麗な赤い瞳を見つめたまま、にっこりと笑みを浮かべた。

 そして、少し不安そうな顔の大好きな親友に私は告げる。

 

「私はフェイトちゃんがいいんだ」

 

 すると、何故かフェイトちゃんの顔がかぁぁと赤くなった。

 不安で揺れていた瞳が今度は何かうるうると潤んでいる。あ、あれれ? もしかして私、何かやらかした……?

 

「――――っっ、なのはぁ!」

 

「うわっ、と」

 

 急に胸に飛び込んできたフェイトちゃんを優しく受け止める。

 少しだけフラついたけど、どうにか倒れるようなことにはならなかった。

 

「私も、私もなのはがいい。ううん、なのはじゃなきゃ嫌だ!」

 

「あはは。フェイトちゃん、それ言い過ぎ。ああっ、制服に鼻水が……もう困ったなぁ」

 

 私の胸で涙を流しているフェイトちゃんにちょっとだけ苦笑い。でも、なんとかまた友達になれたようでほっと安心できました。

 微妙にまずったような気がしないでもないけど……うん、気にしたら負けだね!

 

 

 その後、泣いてしまったフェイトちゃんをどうにか宥めて、写真撮影と昔のようにリボン交換をした。まぁ、これは友情の証ってやつだよね。こういう目に見える形のものって、結構大事だと思うし。

 正直、本当はもっと良いものを贈りたかったんだけど、私のお財布に硬貨とレシートしか入ってなかったっていうオチ。あまりの空しさにほろりと涙が零れたのは、此処だけの秘密だ。

 

“マスター。アレを出しますか?”

 

「あっ、そうだね。お願い、レイジングハート」

 

 レイジングハートの問いに私が頷くと、目の前に一つの大きな黒い箱が現れた。

 お花見や運動会、お正月など季節のイベントで良く見かけられる四角い箱、重箱である。無論、その中身は……。

 

「お弁当?」

 

「えへへ、久々だからちょっち頑張ってみました! 味見はしたから大丈夫だとは思うけど、良かったら皆で食べてね?」

 

「……ありがとう」

 

 このなのはさんお手製のお弁当である。

 そう、私はこれを昨日から半分徹夜で作っていたのだ。

 夜に連絡を貰って急いでスーパーへと走った時、見事に顔からこけてしまった記憶は……うん、次元の彼方に消し去ってしまいたい。ちなみに作った理由は特になくて、ただの気紛れである。別に昔よりもアースラの人に迷惑かけたからご機嫌取りを、とかではないですよ?

 

「一応、あんまり脂っこくないものをメインにしたからフェイトちゃんでも食べれると思うよ。ああ、アルフさん用にちゃんとお肉も入ってるから。あとプレシアさんにも食べさせてあげてね」

 

「……うん」

 

「もしよかったら、今度会った時に味の感想なんかを教えてくれると嬉しいな」

 

「…………うん、絶対に」

 

 私の渡したリボンと重箱を大事そうに抱え、頷くフェイトちゃん。

 もう涙は止まったみたいだけど、まだ目が真っ赤でまるでウサギちゃんのようだった。勿論、私も目が真っ赤です。まぁ泣いたというより、徹夜の所為だけど。

 

「残念だけど、そろそろ時間だ」

 

「……うん。あっ、クロノ君も食べてね、私のお弁当」

 

「ああ、あとでちゃんと頂くよ」

 

 良い頃合いを見たのか、私達の下にクロノ君達がやってくる。

 殆どがフェイトちゃんを宥めてる時間だったような気もするけど、凄く時間の進みが早く感じた。アルフさんとも軽く挨拶をしていると、フェイトちゃん達の足下に転送用の魔方陣が現れる。

 短い間だけだととわかっていても、やっぱりお別れはいつも少し悲しい。

 

「元気でね、フェイトちゃん! クロノ君! アルフさん!」

 

 そんな気持ちを悟られないように、私は元気に皆に声をかけた。

 他の皆もサーチャーで見ているだろうから、私はそちらに向かって大きく手を振っておく。そして、最後にフェイトちゃんに私は言った。

 

「フェイトちゃん! もし、また困ったことがあったら――――」

 

「――――呼ぶよ。絶対になのはの名前を私は呼ぶ! だから、なのはも困ったことがあったら私の名前を呼んで、今度はきっと私がなのはの力になるから!」

 

「っ……うんっ! またね、フェイトちゃん!」

 

 大きく手を振り合い、結ぶ再会の約束。

 それが叶うのは半年後、雪の季節のこと。

 できることなら笑顔で再会したいなと思いつつ、皆が去っていくのを私は最後まで笑顔で見つめた。

 

 

 

 太陽の光が魔力の残滓をきらきらと輝かせる。

 私は肩に入っていた力をほんの少しだけ抜いて、手すりへと寄りかかった。いい天気だ。海の向こうには大きな虹も掛かっている。

 だけど、私が見ていたのは虹ではなく空の方。ただ澄みきった青い空。私の大好きな空。

 

「ん~~~~~!」

 

 声をだし、身体を大きく伸ばしてみる。

 そして、そのまま青空に手を伸ばしてみた。

 見慣れた街を背に、私は空へと手を伸ばす。

 

「やっぱり空は遠い、ねぇ」

 

 風に優しく髪を揺らさながら、私はぽつり呟いた。

 だけど、そこに悲しさは微塵もない。胸にあるのは、小さな約束とちっぽけな誓いだけ。

 

「よしっ、帰ろうか」

 

“はい、帰りましょう”

 

 愛機に声をかけ、私はのんびりと歩き出す。

 ――――此処は近くて遠い過去の場所。

 私が知っているけど、私が知らない世界。

 でも、笑顔が似合うあの人達に、また笑顔で逢いに行きたい。

 願わくば、この青い大空の下で……また。

 

 

“あっ。そういえば、マスター”

 

「ん、どうしたの? レイジングハート?」

 

“ユーノ、連れてくるの忘れてましたね”

 

「――――あ゛っ」

 

 ユーノ君のこと、家に置き忘れてた☆

 

 

 



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~まだ魔法少女、続けてます~
第十七話。なのはさん(28)の休日


 

 PT事件が解決して早一ヶ月の時が過ぎた。

 穏やかな陽気の春も終わりを迎え、海鳴の地でもじとじとと湿った梅雨の季節が訪れている。そんな中、私はというと早朝からジャージ姿で見晴らしのいい高台の公園で訓練に勤しんでいた。勿論、周囲にバレないように簡易的な結界を張っている。

 

「次でラストだね。レイジングハート、いつものようにカウントをよろしく」

 

 愛機に声を掛け、私は宙に空き缶を放り投げる。

 缶の数は二つ。魔力弾の数は五つ。いつも訓練の最後にやる仕上げの様なものだ。

 

“97、98、99……”

 

「アクセル」

 

 ある程度回数を重ねた後は、弾速を上げる。

 缶と魔力弾が奏でる音のリズムが少しだけ速くなったが、まだまだこのくらいなら全然余裕がある。

 

“997、998、999……”

 

「アクセルっ」

 

 またスピードを上げた。此処から先はちょっとだけ難易度が上がるので、気が抜けない。案の定、僅かに力加減を間違え、高度が上がり過ぎてしまった。でも、まだ許容範囲。弾速はまだ視認できる。もう少しいけそうだ。

 

“4997、4998、4999……”

 

「アクセルっ!」

 

 桃色の影が嵐のように目標を屠っていく。

 最早、光弾は視認できず、二つの缶だけが空を舞う。自然と私の額から汗が滲んできた。

 

“……9997、9998、9999、10000、FINISH!”

 

「っ、シュートっ!」

 

 最後は五つを一つに集束させ、二つ同時に大きく弾く。

 落下する缶は回転しながら弧を描いて、目標であるゴミ箱へと二つともダイレクトゴール。思わず安堵のため息が出た。うん、最後は上手く決められたね。

 

「ふぅ~。……レイジングハート、採点は?」

 

“76点です”

 

「えー、ちょっと厳しめ過ぎない?」

 

 合格ラインは80点。つまり今日は不合格。厳しい愛機の採点に思わず、頬をむーとリスのように膨らます。ミスしたのは自覚しているけれど、もう少しくらい甘くつけてくれてもいいと思う。しかし、我が相棒は訓練に関してはとても厳しかった。

 

“昨日よりタイムも若干遅いです。ミスがなければ90点でした”

 

「むむむ、自覚しているだけに反論が出来ない。でも、何かレイジングハートがいぢわるな気がする……」

 

“いぢわるではありません、これは信頼です”

 

 そう言われてしまうとぐぅの音も出なくなる。私なら出来るという期待の裏返しでもあるとわかるだけに余計に何も言うことが出来ない。私ははぁ、と軽く溜め息を吐くとゆっくり柔軟体操を始めた。鍛練前と鍛練後の柔軟はとても大事。これをサボると後で泣きを見ることになってしまうのだ。

 二十代も半ばを過ぎるとね、色々大変なのですよ、うん。今は前よりも身体がポンコツだから念入りにしないとマジで地獄を見ることになるし……ぐすん。

 

「んんっ、ねぇレイジングハート、今日の朝ご飯は何か知ってる~?」

 

“詳しくは知りませんが桃子が昨日、鮭を冷蔵庫に入れていたので焼き魚ではないかと”

 

「ん~、そっか。なら、ちょっと急ぎ目に帰った方が良いかな。配膳の準備も手伝わないといけないし、ご飯より先に汗も流したいもんね」

 

“Yes, master”

 

 そう言いつつ、十分ほどの柔軟を終えた私は首元の宝石をちょんと指で弾いた後、我が家に向かってラストラン。まぁ、大袈裟にランとは言っても、ジョギング……いや、早歩きくらいのペースなことについてはノーコメントで。とまぁ、こんな感じで私の今朝の鍛練は終了を迎えたのであった。

 

 

 私の名前は高町 なのは。

 身体の怪我も漸く完治し、日々是鍛練を続けている普通の女の子。

 まぁ、フィジカル面についてはすぐには伸びそうにないので、ゆっくり改善していきたいなーなんて思っていたり。あはは、先は長いねぇ……。

 

「ふっふふん♪ ふっふふん♪ ふっふふん♪」

 

 早朝トレーニングという名のちょっとした鍛練(主に体幹トレーニングと魔力弾の誘導操作)を終えた後、汗を流した私は鼻歌を歌いながらタオルで身体を丁寧に拭いていく。

 朝からのシャワーって実は結構身体の負担になるからあんまり良くないらしいけど、このすっきりとした爽快感は何とも言えない心地よさだと思う。あとは冷たい牛乳でも飲めればオールオーケイって感じ。勿論、腰に手を当てることも忘れない。あっ、今、何かオジサン臭いなとか思った人は後で我が家の道場に来るといいよ、たっぷり可愛がって上げるから。

 

「あっ……」

 

 しかし、そんなご機嫌な私の気分は瞬く間に地へと墜ちることとなる。

 何食わぬ顔で脱衣所の扉をがちゃりと開けてきたのは、最近見慣れた我が家の居候くん。もとい、先日すっかり存在を忘れてしまったがために実家に帰れなくなってしまった哀れな小ネズミ君だ。

 まぁ、それは全くの嘘で、実際は発生した次元震の影響でミッド方面に転送できず、暫くの間、高町家に滞在することになったという経緯だったり。

 

「………………」

 

 さて。そんな話は置いておくとして、ここで本日のクエスチョン。

 身体を拭き終わり、下着を手にしている私は一体、どんな姿なのでしょうか。正解は、紛うこと無きすっぽんぽんなのでした。うん、やったね!

 

「あ、あの、その……」

 

 冷めた目をして無言の状態の私が怖かったのか。ユーノ君は顔を赤く染めながらも、何処かしどろもどろなご様子。激しくテンパっているのはわかるのだけど、正直私は言いたい。急いで外に出ようという選択に何故気がつかないの。いやまぁ、テンパってるからこそ、無理なのかもしれないけどさ。

 それにしても、こういう時はどんなリアクションをするのが正しいのだろうか。やっぱり悲鳴を上げるとか? その辺にあるモノとかを投げるとか? レイジングハートを握って砲撃を撃つとか? 何気に最後の奴が一番私らしい気もするけど、残念ながら自分の家の中で砲撃を撃つようなイカれた思考はしていません。

 

「す、すみませんっ! まさかなのはさんが着替え中だとは思ってなくてっ!」

 

「あー、そんなに気にしなくていいよ? うっかり鍵を閉めるの忘れてた私も悪いわけだし……」

 

「そ、そうですか、良かったぁ」

 

 私の寛容な言葉にほっと胸を撫で下ろすユーノ君。ぶっちゃけると、まだ一桁台の毛も生えてないような男の子に自分の裸を見られても特に何とも思わないっていう(ま、ユーノ君は二十年後もアレだったけれど)。それに今の私の身体は起伏もないペッタンコボディだもんね、見てもそんなに楽しくないだろうなとも思う。

 

「だけど、あれれ? 裸を見られても全然平気っていうと何か私が痴女みたいなのでは……?」

 

 私が痴女。私が痴女。私が痴女。やばい、想像してみたら何か普通に鬱ってきた。

 大体、痴女っていうのはフェイトちゃんやプレシアさんのことであって、私のことじゃないっ。

 だって私は脱いでも全然速くならないし、バリアジャケットも露出は少なめにしてるもん。確かにスカートで空とか飛んじゃってるけど、あれはちゃんと下からは覗けないようにしっかり調整してるから大丈夫だもん。中身も普通のパンツじゃないから平気だもん。とまぁそれは置いておいて、取りあえず今、私のやることは一つ……。

 

「ユーノ君の……ユーノ君の……エッチ――――!!」

 

「ちょっ、許してくれたんじゃ……あわわっ!!」

 

 十数個の誘導弾でエロ魔獣ユーノを素早く撃退。こうして乙女の心の平穏は守られたのであった、まる。ふぅ。それにしても、クロノ君だけじゃなくてユーノ君もラッキースケベ属性持ちだったなんて予想外……でもないね、もう遠い記憶だけど昔もなんかそんなことがあったような気がするし。

 う~ん、もしかして私の周りにはそういう男の子しかいないのかな。だとしたら、少しだけこれからは注意しないといけないかもしれない。何と言ってもこの麗しの肌はミっくんだけのものなのだから!

 そんなことを考えつつ、裸のままでいるのもアレなので私はゆっくりと服を着始める。そして、もし相手がユーノ君ではなく、ミっくんだったらどうなるのかをちょこっとだけ想像してみた。

 

 

 あの運命の出会いからもう四年。

 中学を卒業してミッドに移住したばかりの私は十五歳、対する彼は八歳(ショタミっくんっ!)。赤い糸に結ばれるように再び出会った私達は互いに重ねた月日の分だけ大きく成長していた。

 二人で再会を喜んだ私達はそれからもよく顔を合わせるようになり、いつしか自然と互いの家を行き来するようになった。そして、そんなとある日にちょっとした事件が起こる。

 

“ご、ごめんなさい。僕、なのはおねーちゃんがいるって知らなくて……”

“もうっ、ミっくん、ちゃんと確認しなくちゃダメだよ?”

 

 私がお風呂から上がった直後に脱衣所に入ってしまい、私の裸を見てしまった幼い彼はあたふたと慌てている。顔を赤くしてぺこぺこと頭を下げる彼にめっ! と優しく注意する私。内心では可愛い彼の反応に悶えてもいた。

 

“くしゅっ。ん、ちょっと身体が冷えてきちゃったかな”

“……本当にごめんなさい。僕、何か暖かいものでも用意するから……って、うわぁ!?”

“こうすれば寒くないね~。ん~、ミっくんって暖かいし良い匂いがする~”

 

 だけど、そんなことをしていると当然、裸な私の身体はどんどん冷えてくる。

 思わずくしゃみが出た私を見て、彼は申し訳なさそうに部屋を出ようとするが、その前に私は後ろから抱きしめた。冷えた私の身体を彼の少し高めな体温がじんわりと温めてくれる。

 

“な、なのはおねーちゃん!? な、なにを……”

“ん、あれれ? 何かお顔がさっきよりも真っ赤になっちゃったね。もしかして照れてるの?”

“て、照れてないよ!”

 

 首をブンブンと横に振って必死に否定してくるものの、彼の顔はリンゴみたいに真っ赤か。完全に照れているのは疑いようがない決定事項だった。そんな可愛い姿を見て、悪戯心の湧いた私が耳にふぅと息をかけると今度は身体をびくんとさせ、小さく縮こまってしまう。……そんな可愛い反応をされるともっと弄りたくなってしまうのは人として正しい感情だった。

 

“ふふふ。おねーちゃん、そういう可愛い嘘つき君にはキスしちゃおっかなぁ?”

“そ、そういうのはもっと大人になってからじゃないと、ダ、ダメだと思いますっ”

“へぇ。なら、大人になればしちゃてもいいの?”

“あうあう……”

 

 一々反応が可愛くて少しS気味になっている私。普段のM気味な私は何処かへ引っ越しました。それからも彼をたっぷり愛でつつ、いい頃合いに私は彼の耳元でそっと囁く。

 

“ねぇ、ミっくん”

“な、なに?”

“一緒にお風呂、入ろっか?”

 

 そして、二人は伝説へ……。

 な~んていうのはどうかな……えへへ。それから二人で洗いっこしちゃったりとかしたら、もう溜まらない! ミっくんの身体はこの私が隅から隅まで綺麗に洗ってあげますよ……当然、素手でねっ。やばいっ、油断すると鼻から熱い情熱とか愛が一気に噴き出てきそうだよ……でへへっ。

 頭をTシャツに突っ込んだまま、くねくねと動く私は絶賛へヴン状態。その後、朝食だとお母さんに呼ばれるまでの三十分間、私は完全に一人トリップしていた。何か途中で誰か入って来たような気がしたけれど、無論私のログには何もなかった。

 

 

 一時間後、私は何食わぬ顔で家族の皆と共に朝食を食べ終えた。何かお姉ちゃんの視線が妙に生温かったような気もするけど、気にしたら負けだと思う。ああ、ユーノ君も普通にご飯を食べてましたよ? 何か最近、耐久力と回復力が猛烈に上がっているらしいです。流石結界魔道師、侮れない。

 さて、朝食を終えたのなら、本来はこれから学校へと向かう時間になる。だがしかし、本日は華の休日、日曜日。全国の小学生は皆お休みなのだ!

 

「こういう時だけは小学生で良かったなぁって思うよねー」

 

 アイスを咥えつつ、ソファで寝っ転がりながら朝アニメをのんびりと眺める。珍しくアリサちゃんやすずかちゃんと遊ぶ約束もしていなかったので、本日は完全フリー。一人で外に出るのもダルイので、今日はお家でまったりゴロゴロモードでいく予定だ。

 ちなみにお母さんとお父さんはいつも通り翠屋でお仕事。お兄ちゃんは忍さんとデート。お姉ちゃんはお友達の家に遊びに行くとのこと。お兄ちゃんは肥溜めにでも落ちればいいよと素直に思う。

 

「なのはさん、何でこのロボットは武器がドリルしかないんですか?」

 

 朝食に使ったお皿を洗い終えたのだろう。濡れた手を布巾で拭きながら私の隣に来たユーノ君がそう尋ねてくる。ただ何もせずに居候させてもらっているのは忍びないという理由から、最近の高町家のお皿洗いはユーノ君の担当となっていた。子供がそんなに気にしないでもいいのにとも思うけど、まぁ、本人がしたいというのなら私は止める気はありません。

 

「男のロマンだからじゃないかな」

 

「えっ? ドリルって男のロマンなんですか?」

 

「そうらしいよ。確かドリル本体というよりもドリルに象徴される不退転の生き様、みたいなのが男のロマンなんだとかなんとか、前に誰かが言ってた気がする」

 

 ユーノ君に詳しく説明しながらも、私はあんまりドリルに魅力を感じてはいなかった。まぁ、私は女なので男のロマンが理解できるわけがないのだけれど。それに私はどっちかって言うとビームとか大砲とかの派手な方が好みだ。あっ。でも、個人的にライト○ーバーはブンブン振り回してみたい。ザンバー、私もやってみようかなぁ。

 

「生き様、ですか」

 

「ほら、ドリルって真っ直ぐにしか進まないでしょ? それがどんな窮地でも決して後ろには下がらず、己の信念を見失わないっていう男のあるべき姿の体現なんだってさ」

 

「なるほど。何か、なのはさんみたいですね」

 

「……それはどう意味なのかな、ユーノ君? 返答によっては色んなコースを私は用意しているよ、うん」

 

「いや、ほら。なのはさんって一度決めたら、迷わず一直線って感じじゃないですか。だから、なんか似てるかなーって……お願いですから、レイジングハートを起動させないでください!」

 

 ……まぁ、ギリギリで及第点かな。これで男らしい所です、何て言われたら私の愛機が迷わず火を吹いている。

 大体、麗しき乙女に向かってドリルと似ているとはどういうことなのかと小一時間。たとえ、思っていたとしても言ってはいけないことってあると私は思うよ、ぷんぷんっ。

 

「ねぇ、ユーノ君」

 

「??? なんですか?」

 

「……いや、なんでもないや」

 

 ユーノ君の中での私のイメージって一体どうなってるの? とは、流石に聞けなかった。

 べ、別に聞くのが怖いなぁなんて思ってないんだからね! 勘違いしないでよね! ……うん。久々にツンデレってみたけど、やっぱり私には合わないね、コレ。

 そんな事を考えて微妙な心境となった私は溶けかけのアイスをパクリ。溶け出して手に付いてしまった液体も可及的速やかにペロリと舐めとった。

 

「うわっ、ベトベトしてる。ユーノ君、ティッシュを一枚取ってくれない?」

 

「えっ? ああ、どうぞ」

 

「ん、ありがとう」

 

 バニラが付いてベタついた手を拭きとり、棒に巻きつけゴミ箱へドボン。綺麗に入ったことに満足しつつ、顔を向けるとアニメはもう佳境に移っているようで、ヒロインの女の子が魔法で大人の姿になる所だった。というか熱いロボットモノと可愛い魔法少女モノは相反すると思うんだけど……視聴率とか大丈夫なのだろうか? まぁ、最近は熱いバトル展開な魔法少女モノが多いっていう話だけどさ。

 

「そう言えば、なのはさんの大人モードって純粋なミッド式じゃないですよね?」

 

「うん、そうみたいだね。ぱぱっと感覚で組んじゃったから私もイマイチよくわかってないんだけど……」

 

 ごめん、嘘です。大人モードはまるっきりヴィヴィオの術式のパクリで、少しだけベルカ式が混じってます。けど、ここでベルカ式なんて私が知っているのはおかしいので絶対に言いません。

 レイジングハートに教えて貰ったっていう言い訳も考えたけど、完全にミッド仕様の彼女がベルカ式を知っているわけがないもんね。ちなみにクロノ君やリンディさんの追及も同じように言って誤魔化していたりする。

 

「……普通は魔法を始めて一ヶ月で新しい魔法を作るとか出来ないですからね?」

 

「あはは。その辺はこう、気合いとかやる気とかで意外と何とかなるよ?」

 

「いや、気合いって言われても……」

 

 じと目を送ってくるユーノ君に私は苦笑いを浮かべる。まぁ、普通はそう簡単に新しい魔法を組んだりは出来ないもんね。でも、スターライトブレイカーをリアルに一ヶ月くらいで組んだ私はそのことを教導隊に入るまで全く知らなくて、先任の教導官に思いっきり呆れられたという苦い記憶があったりなかったり。うん、あの頃の私は色んな意味で若かった。

 

「所でさ、ユーノ君は私が学校に行っている間はいつも何をしているの?」

 

 魔法の話は個人的にあんまり触れたくないので、私はすぐに話題を変えることに。それにユーノ君が我が家の居候になってもう一ヶ月くらい経つわけなのだが、私は普段彼が何をしているのかあんまり知らない。前に聞いた時は図書館によく行ってるみたいだったけど、今は変わっているかもしれないし。

 

「えっと、前と変わらず殆ど図書館に行っていますね。興味深い本も多いですし、お店の方のお手伝いは桃子さん達に断られてしまったので……」

 

 図書館、か。私にはあまり馴染みのない場所だなぁ。自由研究とかの調べ物とかで何度か行ったことがあるくらいしか利用してないし。これがすずかちゃんみたいな読書好きなら良く行くんだろうけど……。

 

「なら、あんまり街の方には行ってないの?」

 

「はい、そっちの方には基本的に行きませんね。前に歩いていたら、お巡りさんに声を掛けられましたから」

 

 あー。確かに平日の日中に小学生くらいの子がうろうろしていたら、声を掛けられるのは当然かもしれない。何か普通に馴染んじゃってるけどユーノ君って身分証とかもないわけだし、お巡りさんに捕まると色々と面倒なことになっちゃうのは確実だ。

 ん、あれ? でも、アリサちゃんやすずかちゃんと遊ぶ時はいつもフェレットモードになってるし、時間がなかったからジュエルシードの探しの時にも街の案内っていうのはちゃんとしてなかったよね。それってつまり、ユーノ君はあんまりこの街に詳しくないってこと? うわぁ、なんかちょっとだけ申し訳なく思えてきたかも。主に今までの扱いとか。それに確か居候もそろそろ終わりになるはずだし……うむむ。

 

「よし、ユーノ君っ!」

 

「は、はい?」

 

「今日、私とお出掛(デート)しよっか?」

 

「えっ……?」

 

 

 というわけで、急遽始まった私の独断と偏見による海鳴市案内。人はそれをただの思い付きな暇つぶしともいう。しかし、思い立ったが吉日、その日以降は全て凶日とも言うくらいなのだ。その言葉が正しければ、私の行動は間違っていない……はずである。

 

「ここから先が商店街。スーパーよりはちょっとお値段は高めだけど偶におまけしてくれるし、商品の質も結構良かったりするかな」

 

「向こうに見えるのが私の通ってる小学校。前にジュエルシードの封印をしに行ったから覚えているでしょ?」

 

「それでアッチがユーノ君が倒れてた公園。池にはカモ先生っていう偉大なる人生の先人がよく気持ちよさそうに泳いでるよ」

 

 それぞれの場所へと赴き、私は一つ一つユーノ君に説明をしていく。もう知っている所の方が多いかもしれないけど、一応念の為に全部していった。

 初めの頃は何か凄く緊張してあたふたしていた様子のユーノ君も今では笑顔を見せてくれているので、問題はないと思う。まぁ、何をそんなに緊張していたのかは謎のままだけど。

 

「そう言えば、レイジングハートと初めて会ったのもあの公園だったよね。レイジングハートは覚えてる?」

 

“当然です。あの日、私は私の運命と出会ったのですから”

 

 そう言えば、そんなことも言ったような気がするかも。だけど、初対面の人に“私が貴女の運命の相手だよ(きりっ”って、二か月前の私ェ……。多分、長年の愛機に会えてテンションが上がってたんだろうけど、その台詞は正直ないと思う。あーあー。何か自分のドヤ顔とかを思い出してきたら猛烈に恥ずかしくなってきたっ。なので、取りあえず……。

 

「あははっ、そんなことよく覚えてたね。嬉しいよ、このこのっ!」

 

 私は巧みな指捌きで胸元にある愛機を弄りまくることにします。

 ちょぴっとだけ私の顔が赤いのは、きっと太陽光線の所為だ。うん、そうに決まってるよっ。

 

“マ、マスター、だからそこは触っちゃダメだってあれほど……ひゃんっ!”

 

 ふふん、もう貴女の弱い所は完璧に熟知しているの。もっと良い声で啼かせてあげるから、覚悟するといいよっ! そんなことを思いつつ、弄る私の手は止められないし、止まらない。……少なくとも私の顔の熱が引くまでは止まってあげないもんっ。

 

「ははっ。相変わらず、二人は仲が良いですよね」

 

「もっちろん! 私とレイジングハートは唯一無二の相棒だもん! ね、レイジングハート?」

 

“はぁ……はぁ……。は、はぃ。その通り、れす”

 

「あ、あはは……」

 

 そんなこんなでわいわいと結構楽しく? 会話をしていく私達。

 当然、今日の予定は何もないので、私の案内はまだまだ続いていった。例えば、お昼に入ったよくあるファーストフード店で、新商品の激辛バーガーに悶絶したり。

 

「ゆ、ユーノ君、水を……。~~~~っ!?」

 

「な、なのはさん、大丈夫ですか!?」

 

「み、水が痛ひ……」

 

 ゲーセンの格ゲーでフルぼっこにしたり。

 

「ふふん、海鳴の殲滅姫と恐れられた私の実力を見せてあげるよ!」

 

「あ、あの~。僕、完全な素人なんですけどっ……うわっ、いきなりハメ技!?」

 

 逆にエアホッケーでフルぼっこにされたり。

 

「……むぅー」

 

「いや、そんなに睨まれても……何かごめんなさい」

 

 コイン稼ぎを狙ってやったパチンコが大フィバーしたり。

 

「流石、私の黄金騎士っ! 時代に輝いてるね!」

 

「これで28連……だと!?」

 

 シューティングゲームで協力プレイをしたり。

 

「なのはさん、左方から新たな敵増援を確認! 来ます!」

 

「りょーかい! こっちは私が抑えるよ!」

 

 兎に角、私達は遊びまくった。だけどプリクラだけは取らなかった。やっぱり初めて撮る男の子とのプリクラはミっくんと取りたいし、手帳とかに張ってにやにやしたいもん。個人的には携帯の電池の所もアリだと思うけど、アッチだと携帯は使わないので、泣く泣く却下の方向で。

 とまぁ、こんな感じで私の海鳴案内は終わりを迎えた。後半は殆どゲーセンにいたよーな気もするけど、気にしたら負けだと思う。

 

「なのはさん、今日はありがとうございました」

 

「別にお礼なんていいよ、私も久しぶりに外で遊べて楽しかったもん。ユーノ君も楽しかったかな?」

 

「はい、凄く」

 

「ふふっ、なら良かった。また機会があったら行こうね?」

 

 そんなことを笑顔で話しつつ、私達は我が家へと帰宅していく。

 ゴロゴロ寝て過ごす予定だった私の大事な休日が一日潰れてしまったけれど、ユーノ君が喜んでくれたならやって良かったかなと私は思えた。

 こうして私の貴重な休日は幕を閉じ――――

 

「あれ? もしかしてユーノ君?」

 

 ――――るはずだったんだ、そんな声が聞こえる前までは。

 声のする方に振り返ってみると、そこには五つの人影。

 その中心には周囲を最近家族になったのであろう騎士達に囲まれている、私よりも短めの茶色な髪の車椅子に乗っている少女。そう。彼女は私の同僚でもあり、仲間でもあり、親友でもある同じ歳の女の子。

 

「やぁ、はやて。図書館以外で会うのはこれが初めてだね」

 

 次の事件……闇の書事件の最重要人物で、闇の書の最後の主、八神 はやてだった。

 

 



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閑話。なのはさん小話集、そのに

~春のあけぼの~

 

 それはとある春の日のこと。

 特にこれといったイベントがあるわけでもない、普通の日のこと。

 平日なのでお仕事のある私は、普段通りに夜明け前の時間には起床していた。

 無論、朝ご飯とお昼のお弁当を準備をするためである。

 

「はぁ~あ……ねむぅ」

 

 小さく欠伸をしつつ、洗面所でぱしゃぱしゃと顔を洗う。

 春とは言ってもまだ朝の気温は少し低いし、水道の水も冷たい。まぁ、目を覚ますということに関しては、うってつけではあるけれど。

 完全に目が覚めた後は適当に身形を整え、下ろした髪を一つに纏めた私の足は台所へと向かう。

 こうして今日も朝から私の戦いが始まった……なーんていうと何かカッコよくない? とか思っているお馬鹿な私は、女真っ盛りの二十八歳。

 

「ん、あれ? 誰か居る?」

 

 台所へ行く途中、ふとリビングへと顔を向けると見慣れた金色の髪が私の目に留まった。

 我が家に金髪は二人いるけれど、娘の方は当然二階で夢の真っ只中。ということは此処にいるのは消去法でフェイトちゃんということになる。でも、私が寝る前には帰ってなかったし、深夜に帰って来たのかな?

 

「あ……おはよう、なのは」

 

「おはよう、フェイトちゃん。深夜の内に帰ってきたの?」

 

「ううん、たった今帰って来た所。だからただいま、にもなるのかな」

 

 私の言葉に軽く笑みを浮かべてそう話すフェイトちゃん。残念ながら私の予想は半分外れてしまったみたいだ。予想が外れたことをちょっとだけ悔しく思いつつ、台所に入った私はエプロンを付けて冷蔵庫を開けた。

 フェイトちゃんが帰っているのは予定外だったけど、二人分も三人分も作る手間はそんなに変わらない。三人での朝ご飯も結構久しぶりだし、ヴィヴィオも喜ぶだろうから、寧ろバッチコイな感じだ。うん、私もちょっと気合いを入れて料理しようかな。

 

「ああ、そうなんだ。それじゃおかえり、フェイトちゃん。今日はお休みなの?」

 

「うん、明後日までお休みなんだ。本当はお昼頃に帰ってくる予定だったんだけど、なのはの顔が見たいなって思って、急いで帰ってきちゃった」

 

 適当に野菜を取り出しながら、話を続けると返ってきたのはそんな言葉。

 普通に聞けば恥ずかしいかもしれないけど、そこはフェイトちゃんと付き合いの長いこの私。彼女がプライベートでは天然さんだということを嫌と言うほど知っているので、軽く笑って綺麗に流すことができる。

 

「くすっ、なぁにそれ? 私の顔なんて珍しいものでもないし、二日前に通信越しで見たよね?」

 

「まぁ、それはそうなんだけど……通信越しよりもやっぱり“生なのは”の方が良いに決まってるもん」

 

「いやいや、“生なのは”って……その表現はちょーとやめて欲しいなぁ。他にも“乾燥なのは”とか“増えるなのは”とかもあったら、何か私がワカメみたいじゃない」

 

 変な表現をしてくるフェイトちゃんに突っ込みを入れながら、私は先にお弁当の方を仕上げていく。とは言っても、昨夜の内に下準備は済ませているから、あとは切ったり焼いたりするだけなんだけどね。

 基本的に私が作るお弁当は見た目は可愛く、実はがっつりが構成テーマ。ちなみにヴィヴィオのより私のお弁当が少し大きめなのは、あわよくばミっくんに私の料理を食べさせようという乙女な心が発動している所為だったり。

 

「……なのはのワカメ、じゅるり」

 

「ん? ごめん、フェイトちゃん。よく聞こえなかったけど、何か言った?」

 

「何でもないよ。ただ、徹夜明けでちょっと眠いだけ……ふぁ~あ」

 

 包丁の音で声がよく聞こえなかったので、聞き返してみたけれど特に問題はないご様子。

 ちらりと見てみると手を口に当てながら小さく欠伸をしているようだし、さっきのワカメがなんとかっていう声も欠伸の時に出た声だったんだろう。

 ……何か妙に悪寒を感じたような気がするけど、それは意図的に無視。

 

「徹夜なんかしちゃ、身体に良くないよ?」

 

「ん~。でも、なのはやヴィヴィオと一緒に朝ご飯を食べたかったし……」

 

 そう言われてしまうと私からは何も言えなくなる。

 確かに皆で一緒にご飯を食べた方が美味しいし、そんな理由で頑張って徹夜してくれているのもちょっとだけ嬉しく感じちゃうもんね。

 元々あんまり朝に強くない癖に無理しちゃって~なんて思いつつ、苦笑いを浮かべた私は片手間に作っていたホットミルクをフェイトちゃんにそっと差し出した。

 

「はい、眠気覚ましのホットミルク。ちょっぴりお砂糖多めの私味」

 

「ありがとう、なのは。ん、おいし♪」

 

 眠そうなフェイトちゃんは両手でそれを受け取ると、ゆっくりと口をつける。

 感想はそのほっこりとした笑顔を見れば十分。ちょっとした満足感を感じながら、私はまた調理へと戻った。

 

「あっ、そう言えばね。この前、本局ではやてに会ったよ?」

 

「はやてちゃんかぁ、最近、直接は全然会っていないなぁ……元気にしてた?」

 

「うん、凄く元気そうだったよ。幸せそうに惚気られちゃった」

 

「あはは、あのリア充め……」

 

 それから私達は他愛のない話をしながら、時を過ごした。

 ヴィヴィオのこととか、お仕事のこととか、知り合いにあったこととか。そんな他愛のない雑談をしながら私は料理をしていく。途中でフェイトちゃんが手伝おうか? と聞いてきたけど、それは遠慮しておいた。流石に徹夜明けのお疲れモードの人に料理をさせるほど、私は鬼畜ではない。まぁ、その代わりに夕飯はフェイトちゃんが作ってくれることになったんだけどね。

 

「ねぇ、なのは」

 

「んー? なにー?」

 

 しかし、そんな何処か穏やかな時間は突然終わりを迎えることとなる。

 お弁当の方を作り終わり、今度は朝食の準備へと取り掛かっている私に、フェイトちゃんが少し重みのある声で問いかけてきた。

 

「なのはは……今、幸せ?」

 

「えっ……?」

 

 包丁の動きを止め、思わずフェイトちゃんの方へと私は振り返る。

 だが、さっきまでの笑みを浮かべていた彼女の姿はもうそこにはない。

 今はただ、私の方を見つめる何処か真剣な表情だけがあった。

 

「なのはは今、幸せだって思ってる?」

 

 その問い掛けに少しも戸惑わなかったと言えば、嘘になる。

 当然だ。いきなりな上にイマイチ質問の意味もピンと来ないし、その意図もよくわからないのだから。けれど、フェイトちゃんの目と声が真剣なものだったので、私も真面目に答えるべきなのだと思った。

 

「――――私は幸せだよ」

 

 今が幸せかと問われれば、私の回答はこれ一つ。

 大切な誰かが傍にいてくれる当たり前な日常って、きっと幸せなものだと思うから。とはいえ、本気でそれを理解しているかと言われるとちょっと微妙なのかもしれないけどね。 

 

「仕事の方も特に問題なく楽しくやってるし、ヴィヴィオもちゃんと育ってくれてるもん。うん、私は幸せなんだって胸を張って言える」

 

 ……まぁ、本音を言えば恋人がほしーです、とは流石に言わなかった。

 今はふざける場面ではないってことくらい私にもわかっている。それにミっくんとの仲だって、実は少しだけ進展していたりするのだ。

 えっ? 一体どのくらい進んだんだ? こ、この前、ほんのちょっとだけどミっくんと手を繋げたもん! お前は中学生かよ、という突っ込みは既に愛娘にされているので、ノーセンキューの方向でお願いします。

 

「……そっか、ならいいんだ。いきなり変なことを聞いてごめんね?」

 

「それは別に構わないけど……フェイトちゃん、なにかあったの?」

 

 私の答えを聞いて安堵したように息を吐いたフェイトちゃんは、さっきまでの柔らかな笑みへと戻っていた。ただ、私はどうしてこんな問いをしてきたのかが少しばかり気になっている。

 ――――安堵の表情の裏にほんの少しだけ不安の色を感じたのは、私の気の所為なのかな。

 

「ううん、何もないよ。ただ私も今が幸せだなぁって思っただけ」

 

「それならいいんだけど……何かあったら相談してね。私は親友の力になれないほど、落ちぶれているつもりはないから」

 

「ふふっ。ありがとう、なのは。でも、本当に聞いてみただけなんだ。何でもないから、安心して?」

 

 そう言って、フェイトちゃんは私に笑顔を向けてきた。

 まだ少し気にはなっているけど、何でもないと言われたら更に突っ込んで聞くことは出来ない。

 う~ん、事情はよくわからないけど、フェイトちゃんの担当する事件で何かあったのかな。やっぱり執務官だと色んな種類の事件に関わっているだろうし、精神的にちょっと疲れているのかも。

 

「それよりも私、お腹が空いちゃったよ。なのは、朝ご飯はまだ出来ないの?」

 

「うん、もうちょっとで出来るよ。あ、ヴィヴィオを起こして来てくれると嬉しいな」

 

「わかった。なら、起こしてくるね」

 

 精神的な問題だと結局は自分次第だから、私がどのくらい力になれるのかはわからない。

 だけど、せめて家の中くらいはフェイトちゃんにゆっくりしてて貰いたい。美味しいモノを食べて、のんびり休息が取れれば少しは元気も出るはずだもんね。

 そう心に決め、朝食の仕上げに入った私は気がつかなかった。

 

「……ねぇ、なのは」

 

 私の後ろでフェイトちゃんがもう一度だけ振り返っていたことに。

 そして、ぽつりと言葉を漏らしていたことに。

 

「私はいつまで、この家にただいまって言っていいのかな?」

 

 私は一生、気がつくことが出来なかった。

 

 

 

 

~Ex-ep2 白き亡霊~

 

 

 なのはママがこの世から去って、もう一年の時が過ぎた。

 お墓を荒らした犯人は未だ捕まっておらず、何の情報も入ってはいない。

 一時期は私の周りも凄く騒がしかったけれど、それも今は落ち着いて来ている。

 そんな中で、私こと高町 ヴィヴィオはというと……。

 

「さてと。それじゃ、ヴィヴィオ。午前の訓練を始めようか」

 

「はい、先輩っ! 今日もよろしくお願いします!」

 

 なのはママの作った隊に入隊し、日々激しい訓練に励んでいた。

 教導隊という一線級のエース集団の中でも、その実力が極めて高いと言われている隊。

 時空管理局本局武装隊 航空戦技教導隊第6班、通称高町ヴァルキリーズ。

 今の私はその隊の新人で、一番の下っ端である。

 

「ほら、もっと動いて! 身体だけじゃなく、頭も動かして! 判断はもっと素早く!」

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

「そうやってすぐに立ち止まらないっ! 続けてもう一発いくよ!」

 

「はぁ、はぁ、は、はいっ!」

 

 新入りの私の指導を担当してくれているのは、なのはママの彼氏さんだったミっくん。普段は凄く穏やかで優しい人なんだけど、教導の時は人が変わったように厳しくなる私の先輩。ちなみにミっくんっていうのは、なのはママが彼に付けた渾名だったりする。

 

「よし、これでお終いだね。お疲れ様、ヴィヴィオ」

 

「……はぁ……はぁ……はぁ……あ、ありがとう、ございました……」

 

 訓練終了の知らせを聞くと同時に、私は地面の上に倒れ込んだ。

 学生時代もトレーニングはしていたけれど、やっぱり本職は訓練濃度がケタ違い。当然、私との実力も向こうが断然上で、唯一自信のあった体力も完全に負けていた。実際に私の訓練を終えたミっくんは今も息を切らしていない。 

 

「う~ん、やっぱり最後に模擬戦はきつかったかな。でも、ここだとそれが伝統だから諦めてね?」

 

「……うぅぅ、なんて嫌な伝統。一体、誰がこんな伝統なんかを……って、もしかして……?」

 

「うん、なのはさんが決めたらしいね」

 

「なのはママェ……」

 

 ――――よぉし、最後に模擬戦しよっか♪

 うん、なのはママが笑顔でそう言っているのが簡単に目に浮かんできた。

 大体、笑顔でそんなことばっかりしているから、いい年になっても彼氏が出来なかったんだよ。スバルさん達もあの時の笑顔は若干トラウマだって言ってたし。

 

「はい、息はもう整ったみたいだけど、水分補給もちゃんとしておこうね」

 

「あっ、ありがとうございます」

 

 身体を休めながら私が亡き母のことを思っていると、ミっくんがドリンクとタオルを渡してくれる。汗を拭き、ドリンクを飲むとレモンのほのかな酸味と蜂蜜の優しい甘さが口の中に広がった。実はこのミっくんお手製ドリンクが訓練明けの私のささやかな楽しみになっていたりする。

 

「……ふぅ、つ~か~れ~た~」

 

「あはは、本当にお疲れ様。でも、大分良くなったよ?」

 

「本当ですか? 全然、先輩には勝てる気がしないんですけど……」

 

「それはまぁ、僕は先輩だからね」

 

 私の言葉に笑ってミっくんはそう言ってくる。

 悔しいけれど、この人に私は本気で勝てる気がしない。というか、この隊の人で私が勝てると思える人がいない。

 必死に裏を掻こうとしても、寧ろ私の成長を楽しんで笑みを向けてくる人の集まりだもん、ここ。正直、あの独特な笑顔で私の攻撃を軽く討ち破ってくるのは、止めて欲しいと切に願う。なのはママが特殊かと思ってたけど、基本的にこの隊の人は似た様な感じだった。

 それにしても、よくなのはママはこの人を彼氏に出来たよね。身長は少し低めだけど、容姿は良い上に、家事やらなんやら出来ないことが少ない位に何でも出来るし。うん、心底不思議だ。家でのなのはママを知っているから格別にそう思う。

 

「ねぇ、ミっくん。ミっくんはなんでなのはママと恋仲になったの?」

 

「……これはまたいきなりな質問だね、ヴィヴィオちゃん」

 

 だからだろうか、気がつけば私はそう問いかけていた。

 本当は傷口を抉るようなことをしてはいけないと思うけど、一度は聞いておきたかった質問でもある。ちなみに先輩ではなくミっくんと呼ぶのは、プライベートな質問だからだ。 

 

「んー、一つ一つ挙げていくとキリがないんだけど……一番は笑った顔が好きだったかな?」

 

「笑った顔?」

 

「そう。あの人の笑顔を見てると何かこっちも自然と笑顔になっちゃうんだ。上手く口では言えないけど、元気をくれるというか、明るくなれるというか。そんな不思議な力があったかな」

 

 そう言って、ミっくんは何処か遠い目をしていた。

 もしかしたら私のお父さんになったかもしれない人は、いつもはもっと明るくて頼りになるのに、今はちょっとだけ弱々しく見えた。……まだ一年しか経っていないのだから、それも当然なのかな。

 

「兎に角、あの人の笑った顔が大好きだったよ。もっと近くで見ていたいって思ったし、僕がもっと笑わせてあげたいって思った。それがあの人と恋仲になった理由だよ」

 

 でも、この人は知らない。

 なのはママの本当の死因をこの人は知らされていない。

 あの事件はガス漏れによる悲しい事故死として世間に公表されていた。

 理由は色々あるらしいけど、私は局員が無理心中をしたという凄く大きなスキャンダルを隠したかったからじゃないかと思っている。

 正直、あの事件の後の私は余裕が全くなくて、気が付いたらそうなっていたという感じだったから本当の所はよくわからない。アレ以来、ハラオウン家の人達とは疎遠になっているから尚更である。

 

「ヴィヴィオちゃんはあの人によく似ているね。笑った顔がそっくりだよ」

 

「そ、そうかな?」

 

「うん、少なくても僕はそう思うな」

 

 本当は真実を伝えるべきだと私は思ってる。

 葬儀の時に自分のことで一杯一杯だった私に、優しく声を掛けてくれたこの人には伝えるべきだと思ってる。でも、それははやてさん達に止められてしまった。知らない方が良いこともある、と。

 それで結局、一年が経った今になっても私は彼に伝えられていなかった。

 ――――きっと私は怖がっているのだ。

 本当のことを知った時にこの優しい人が壊れてしまわないかが、怖いのだ。

 

「さて、と。そろそろ昼食にしようか? あんまり遅くなると食堂も込んじゃうからね」

 

「……っ、うん、そうだね。何だか私もお腹が空いちゃったな」

 

 一度ぱんと拍手を打つと、ミっくんは瞬く間に普段の柔らかな表情に戻っていた。

 既にその顔からはさっきまでの哀愁のようなものは微塵も感じられない。

 この辺の切り替えの速さも私は見習うべきなのだろう。

 

「ヴィヴィオちゃんは今日は何を食べるの?」

 

「んー。今日はお米の気分かも?」

 

 そんな会話をしながら、私達は食堂へと向かっていく。

 いつか彼に伝えられる日が来るのだろうかと、自分の胸に問いかけながら。

 そして、その日は遠い日のことではないと、不思議と確信していながら。

 

 この数日後、事件は起こる。

 次元世界を揺るがす様な大きくて、悲しい事件が起こる。

 始まりは一つの大きな情報が私達の元に届けられたことからだった。

 

 

 

「襲撃、ですか?」

 

「ええ、そうよ」

 

 とある日の午後。

 午前の分の訓練を終えた私とミっくんは、我が隊の隊長から急遽呼び出しを受けた。

 そして、そこで聞かされたのはなのはママの遺骨に関わる事件の情報。

 

「どうやら幾つかの管理世界に点在していた部隊が突如襲撃に遭ったらしいの。そして、これがその時の映像よ」

 

「っ、これって!?」

 

 モニターに映ったのは少しだけ不鮮明な映像だった。

 だけど、それでも私にはわかる。いや、見る人が見れば誰でもわかる。

 白いバリアジャケットに桜色の魔力光。顔はバインダーで隠れてはいるけど、見間違えのない栗色の髪のサイドポニー。そして、何よりもその戦闘スタイルは……。

 

「なのは、ママ……!」

 

 見つけた。ようやく手掛かりを見つけた。

 思わず、私の握る拳に力が入る。それは漸く手掛かりを見つけたことによる歓喜とやっぱり利用されてしまったという悲嘆。その二つが混じりあったためにした行動だった。

 そんな私の姿をミっくんと隊長の二人は暫し見つめ、少しの間を置いて話を続ける。

 

「そう、誰がどう見てもなのはさんよね。そして、それが一番の問題なの」

 

「……なるほど」

 

「えっ?」

 

「ほら、あの人って局員なら誰でも知っているくらい名前も姿も有名だったでしょ? だから、局員の士気が下がりに下がりまくちゃって、非常にあわわ~な感じらしいの」

 

 説明されると簡単に理解できた。

 さっきも言ったようにアレがなのはママだということは誰にでもわかるのだ。

 ――――あのエースオブエースが敵に回った。

 その事実だけで、局員達の士気を下げるのには十分。それだけなのはママの戦歴は有名だし、その存在は大きい。

 

「なんでも“白き亡霊”なんて呼び名もついたらしいわね。本当、皆そういうの好きよね~」

 

「“白き亡霊”」

 

 強ち間違っていないのがまた何とも言えない気分になる。

 自分の大好きな母親がそんな呼び方をされていることも、悲しく感じてしまう。

 それにこの映像のなのはママは十中八九……クローン体。

 

「それで僕達が呼び出された理由を聞いてもいいですか?」

 

「あっ、そうだったわね。何か対策チームを作るから出向せよ、だってさ。上の偉~い人からの招集だから断る権利は当然なし♪」

 

 考えれば考えるだけ暗くなっていく思考は隊長に告げられた言葉を聞いて、一旦頭の片隅へと追いやった。

 対策チーム。そこに入れれば、私もこの事件が追える。上からの招集っていうのがどうも妙な予感がするけど、この際その辺は無視でいい。

 

「……僕だけじゃなく、ヴィヴィオもですか?」

 

「う~ん。正直、私もまだ早いと思うのだけど……」

 

 ただ、隊長とミっくんは私の出向には反対のようだ。

 まだこの隊に入ってからそんなに経ってもいないし、私はまだまだ未熟なのだ。それも当然だと私でも思う。

 

「私、やります! いいえ、私にもやらせてくださいっ!!」

 

 だけど、ここで引き下がるわけには絶対にいかない。

 折角見つかった唯一の手掛かりなのだ。私はこの時のために局入りしたと言っても過言ではない。

 大体、なのはママのお墓を荒らした犯人を見過ごすなんてことが私に出来るはずがないじゃない。

 

「と、後輩は言っているわけなんだけど、どうする? 指導先任さん?」

 

「……………………」

 

 隊長の言葉を受け、悩むように顔を顰めたミっくんに私は真剣な目を向けた。

 悩む彼の気持ちがわからないわけではない。正直、かなり危険な事件だということは嫌でもわかるし、あの人の娘である私の事を心配してくれているもの凄く良くわかっている。

 でも、今は退けない。ここで退いたらどんな結果になっても絶対に後悔してしまうから。

 

「……わかりました。できるだけのフォローはします。それに決定事項なんですよね?」

 

「まぁね。元々、出向命令は二人に来てるわけだし~」

 

 小さくない溜め息を吐いた後、ミっくんは渋々了承した。

 あっけらかんとした隊長の様子にまた溜め息を吐いている所から、苦労人の気質も窺える。

 今更訂正する気は微塵もないけど、ちょっとだけ申し訳なかったかなと私は思った。……今度、何か奢ってあげよう。

 

「ヴィヴィオ。多分、僕と一緒に動くことが多いだろうから、ちゃんと指示には従ってね?」

 

「はいっ!」

 

 ぴんと指を立てて言い聞かせるようにそう言ってくるミっくんに、私は元気よく返事をした。

 こうして、私達二人は連続襲撃事件の対策チームへと出向することとなる。

 未だ見えぬ敵への憤りや、体験したことのない事件に対しての小さくない不安もあった。だけど、それ以上の大きな決意がある。

 そんな様々な想いを胸に秘め、私は前へと進んでいこう。

 そう心に誓うと私は、もう一度だけ強く拳を握りしめた。

 

 



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第十八話。なのはさん(28)の陰謀

 

 それはとある日の夕方のこと。

 学校から返ってきた私は両手で茶色の封筒を握り締め、気分よく歌なんかを歌っていた。

 

「てってて、てってててー♪ てってて、てってててー♪」

 

 自分で言うのもなんだけど、今の私はかなりのご機嫌モード。少なくてもスキップをしながら階段を登っているくらいにはご機嫌だった。

 昔とは少し違う形にはなったものの、どうにかこうにか友達になれた私とフェイトちゃん。しかし、友達になってすぐにお別れっていうのはやっぱり悲しかったので、クロノ君達にお願いしてビデオレターのやり取りをすることになった。そして、その記念すべき一本目が本日届いたのだ。テンションが上がらない方がおかしいと思う。

 ちなみに、このお願いを叶えるために翠屋のケーキをリンディさんに贈呈した私のお財布がとても寂しいことになってしまったのは、全くの余談だったり。

 

「さてと、私宛てなわけだし、一番初めに見る権利は私にあるよね♪」

 

 自室のベットに鞄を放り投げ、いそいそと着替えをした後に向かうのはテレビのあるリビング。

 手に持った封筒から“なのはへ”と書いてあるDVD‐ROMを取り出し、気分よく再生開始。

 

“―――――――――――――――――”

 

 一番初めに大きく画面に映ったのは、見覚えのある金髪の女の子。

 あの時に交換した桃色のリボンをつけ、元気そうにしている彼女の姿を見ると自然と笑みが零れた。映像でしかないけれど、こうして確かな繋がりを感じれるのは嬉しいと思う。

 

“――――ねぇアルフ。始めの言葉はやっぱりこんにちわ、でいいのかな?”

 

 少し緊張しているのだろうか。フェイトちゃんは視線を辺りにキョロキョロとさせ、落ち付かないようにもじもじとしている。撮影を担当しているアルフさんへと不安そうに話しかけている所を見るに、録画が始まっていることにフェイトちゃんはまだ気が付いていないみたいだ。

 

“んー、挨拶なんて何でもいいんじゃないかい?”

 

“で、でも、もしなのはが見るのが夜だったらこんばんわ、のはずだよ? あっ、休日の朝っていう可能性もあるよね……ど、どうしよう、アルフっ!? 全部の挨拶を言えばいいのかな!? けど、それでなのはに変な子だと思われたら……”

 

 そんな事を言いながら、一人で何やらあたふたとしているフェイトちゃん。

 この時、カメラマンのアルフさんが満面の笑みを浮かべていることは想像に難しくない。というか、慌てているフェイトちゃんは確かに可愛いと私も思うし、何か見ててほっこりする。

 

“あ~フェイト? 悩んでる所で悪いけどさ、録画がもう始まっちゃってるみたいだよ?”

 

“ほぇ? っっ……ほ、本当!? もうっ、それなら早く教えてくれても! んんっ。な、なのは、こんにちゅ、わっ! ……いたひ”

 

「……何、この萌えっ子。くっ、これがフェイトちゃんの女子力だというの!?」

 

 慌て過ぎて舌を噛み、涙目になるフェイトちゃんを見て私は驚愕してしまった。

 な、なんて破壊力。別段、少女好きというわけでもないこの私を思わずきゅんとさせるとはっ。そして、これを狙ってではなく天然でやっていることが恐ろしい。多分、これが未来で全くモテない私と一人で街を歩けば、毎回のように声を掛けられるフェイトちゃんとの違いなのだろう。

 この頃からこんなにレベルの差があったとはっ……ちくせう。

 

“ア、アルフ! 今の所はちゃんと消しといてね!”

 

“ああ、了解了解。なのはにはちゃんと消してから送るから安心していいよ”

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめ、上目遣いでフェイトちゃんはアルフさんに懇願している。だがしかし、残念ながらそのまま送られています。うん、どんまい、フェイトちゃん。あとアルフさん、グッジョブ。

 

“リンディ提督やクロノ達が凄く良くしてくれていて、あと私の保護監察官の人も――――”

 

 気を取り直してTAKE2をした後は漸く慣れたのか、フェイトちゃんはすらすらと自分の近況を話してくれる。その顔を時折笑みを浮かべているので、私としてもほっと安心できた。まぁ、元々リンディさんやクロノ君達が悪い扱いをするなんて微塵も考えてはいなかったんだけどね。

 

“それでね、母さんもなのはの料理を褒めてたんだ。“ふん、脳筋のくせに料理はまぁまぁ出来るみたいね”だって。ノウキンって言葉の意味はよくわからなかったけど、きっと母さんもなのはのことを褒めてるんだと思う。なんだか私も嬉しかったな”

 

「……どうポジティブに受けとっても、脳筋は褒め言葉じゃないよね。今度、正しい意味をフェイトちゃんに教えなくちゃいけないかな、うん」

 

 あのツンツンお色気ババアめ、人がいない所で好き勝手言っているみたいだ。これは今度会ったら、ちょっとだけ話し合いをしないとダメかもしれないね。あのボケた頭にスターライトブレーカーを三発くらい撃てば少しは改善……って、今はそんなことを考えてる場合じゃなかった。フェイトちゃんの方に集中しないと。

 

“それと前になのはが前に言ってた“押して押して引いてみる作戦”は只今実行中です。一応、今日で三日目なんだけど……ほんの少しだけ効果があったみたい。クロノ達から聞いた話だと、なんか母さんがそわそわしているんだって”

 

「ふっ、計画通りなの」

 

 作戦の確かな手ごたえを感じ、私はにやりと厭らしい笑みを浮かべる。

 プレシアさんのような微ツンデレの攻略法は実は簡単なのだ。あっちがツンならこっちもツンを出してやればいい、ただそれだけなのだから。

 すると、ん、今日はどうしたのかしら? →私、何かしたっけ? →ま、まさか嫌われた!? →も、もう少し素直にならないとダメなのね→べ、別に寂しかったってわけじゃないんだからね! →そして、伝説へ、となる。

 うん、なんて見事な勝利への方程式、私ってば天才かもしれない。

 

“それじゃ、今回はこのくらいでお終いです。最後に……え、えっと、なのはからのお返事を待ってます。あっ、でも、忙しかったら急がなくてもいいからね? その、なのはにも用事だってあるだろうし、時間がある時とか暇な時とかでいいから……だけど――――”

 

 そんな風に私が自画自賛をしていると、残り時間が少なくなっていた。どうやらもうお終いのようだ。そのことを私が少し残念に思っていると、両手の指先を軽く合わせながらフェイトちゃんは最後の言葉を紡ぐ。

 

“その、出来るだけ早くなのはのお返事が貰えると……嬉しい、です”

 

 はにかみながら手を振っているフェイトちゃんの姿を最後に映像は終了した。

 青く染まったテレビの画面を暫しの間眺め、私はぽつりと呟く。

 

「……うん。すぐに送るから待っててね、フェイトちゃん!」 

 

 よし、出来るだけ早く返事を送ろう。

 そう心に決めた私は、とりあえず夕飯を食べる前にビデオカメラを確認しようと立ちあがった。しかしその途中、目下の最重要案件に気がついてしまう。

 

「あれ? 家のビデオカメラって確か去年壊れなかったっけ……?」

 

 どうやら、私のお年玉貯金の命は風前の灯のようだ。

 

 

 私の名前は高町 なのは。

 極々、平凡で普通の空を飛ぶことが趣味な女の子です。

 えっ? 空を飛ぶのは普通じゃないぞ? ふふん、実はそれがそうでもないの。地球でも海辺の都会に行けば、飛行できる人は一杯いるもん! ほら言うじゃない? 非行(・・)少年ってね!

 ……ごめん、自分で言っててこれはないなって素直に思った。

 

「はじめまして。私、八神 はやていいます」

 

「はじめまして、高町 なのはです。よろしくね、はやてちゃん!」

 

「うんっ。よろしゅうな、なのはちゃん!」

 

 私とはやてちゃんはお互いに自己紹介をした後、頬笑みながら握手を交わす。

 正直、予想外のエンカウントに始めはどきりとさせられたものの、特に緊張もすることもなく自然な感じで自己紹介が出来たと思う。伊達に年齢を重ねてはいないってことだね、うん。自分で言っててちょっぴり悲しいけど、その辺は気にしない。

 

「この子らは私の大事な家族達や。ほら、皆も自分で自己紹介してな?」

 

「はい、初めまして。主はや……んんっ、はやてさんの親戚のシグナムです」

 

「同じく親戚のシャマルで~す」

 

「……ヴィータ」

 

 はやてちゃんに促されて自己紹介をしてくれるのは、凛々しく頭を下げるシグナムさんとほんわか笑顔のシャマルさん。そして、仏頂面のヴィータちゃんの三人。流石にザフィーラは犬モード中なので、自己紹介はしないみたいだ。

 久しぶりに会えたことを嬉しく感じつつも、どこか距離のある感じに少しだけショックを受ける。どうやら私は警戒されているらしい。はやてちゃんは全然そんなこと様子はないんだけど、他の皆の私やユーノ君を見る目は少しだけ鋭かった。

 まぁ、多分まだ平和な生活に慣れていない所為だとは思うんだけど……もしかしたら、私が魔力を持ってるからかもしれない。レイジングハートを服の中にしまっておいて心底良かったと思う。そんな内心を隠しながら、私はそれぞれに笑顔で応対してぺこりと頭を下げておく。

 前にも言ったと思うけど、第一印象っていうのはもの凄く大事。これからのことを考えれば印象は悪くない方が良いに決まっている……んだけど、やっぱり気になることもある。

 

「えっと、そんなに睨まないで貰えると嬉しい、かな?」

 

「別に睨んでね―です。元々こういう目付きなんです」

 

 半目で睨んで来るヴィータちゃんに話しかけると、どこか懐かしい言葉が返ってきた。昔にもやった同じようなやり取りを思い出して、私は少し苦笑を浮かべた。

 そういえば最初の頃のヴィータちゃんって、こんな感じだったよね。内と外で壁があるって感じ。ま、それを言えば他の面々もそうなんだけど。でも、折角こうして何のしがらみもなく会えたんだし、仲良くなりたいって思うのが人情だ。というわけで……むにむに。

 

「おお~! 思った以上のもちもち感~! 止められないし、止まらないっ!」

 

「ふぉい! ふぉら! ひゃめろ!」

 

 とりあえずヴィータちゃんの柔らかいほっぺで、遊んでみることに。

 二十年後も変わらない、このもちもちのお肌は綺麗で非常に柔らかくて、実に憎ら……げふんげふん、妬ましい(あれ? あまり意味が変わってない?)。

 大体、このきめの細かさをお手入れしないでいつまでも維持できるとか、それなんてチート? 正直、全世界の女子に喧嘩を売っていると言っても過言ではないと思う。私も肌年齢若いですね~と言われたことはあるけど、それには汗と涙なしでは語れない日頃の努力的なものがあったからこそだっていうのに……あー、何か無性にムカついてきた。タテタテヨコヨコ、マルカイテチョン。

 

「テメェ、いきなりなにすんだ!」

 

「ふふん。恨むんなら、私じゃなくて自分のもち肌を恨むんだね!」

 

「わけわかんねぇよ! こんの、お返しだ!」

 

 うん、自分でもわけがわからない。けど、もちもち肌のヴィータちゃんが悪いのであって私は悪くない。こういうじゃれ合いが出来るのがヴィータちゃんとヴィヴィオくらいだから、テンションが上がったっていう理由がないわけじゃないけど……私は悪くない、多分。

 それから少しの間だけ私達はほっぺの引っ張り合いっこ続けた。傍から見れば完全に子供の喧嘩のように見えたと思う。流石に何やら生温かい視線を感じ始めた後は自然と二人で同時に手を離した。

 若干頬が二人とも赤くなっていたのは、まぁ御愛嬌の一つだ。ちなみにお前は一体何歳だよっていう突っ込みは一切受け付けていない。

 

「おっほん。そういえばまだ紹介が終わってなかったよね。はやてちゃん、その子のお名前を教えてくれる?」

 

「ふふっ、そやったね。最後にこの子がザフィーラって、ゆうんよ」

 

 照れ臭い空気を払うように咳払いをしてみたけれど、あまり効果は無し。はやてちゃんにも微笑ましそうな顔を向けられてしまったし、うん、ちょっとだけ反省しよう。なんてことを考えつつ、私はとりあえず犬形態のザフィーラを撫でておく。

 えっ? お前、反省してないだろう? ふふん、寧ろこんなときだからこそ、ペットの癒しを求めるのが人間というものなの。大体、最近はユーノ君も殆ど人間形態だから、私のアニマル分が全然足りていないのだ。

 それにね、男性形態のマッスルザフィーラに触れようとは微塵も思わないけど、犬形態なら話は別ものだと思う。この艶のある蒼い毛並みは非常に癖になる手触りだし、これで二時間くらい時間を潰せと言われても私なら出来る自信があるっ。

 

「わん!」

 

「あはっ、よろしくね。うん、やっぱりワンちゃんは大型犬に限るよねー」

 

『ぷっ』

 

 久々にモフモフ出来て機嫌が良かった私がザフィーラを褒めると、ヴィータちゃん達が一斉に噴き出した。いやまぁ、本当は狼だっていうのは私も知ってはいるんだけどね。でも、わん! って鳴かれたら、それはもうワンちゃんとしか言いようがないわけで。

 

「ぷっくく……お、おい。ザフィーラの奴、ワンちゃんだってよ」

 

「ば、馬鹿、笑うな。こういう時は流してやるのが一番……くくっ」

 

「ふふっ、そういうシグナムも笑ってるじゃない」

 

「……………………」

 

 ザフィーラが心なしか沈んでいるように見えるけど、そこはスル―の方向で。

 どうせ機動六課が出来たら完全に犬扱いされてしまうんだし、今の内から慣れていた方が正解だ。狼の威厳? ふふっ、人間にご飯を貰っている時点でそんなのは木っ端だと思うよ。

 

「でも、ユーノ君も酷いよねー。はやてちゃんと仲良くなったのなら、もっと早く教えてくれれば良かったのにー」

 

「せやねー。ホームステイしてるって話は聞いてたけど、同じ歳の子がいるなんて全然教えてくれんかったしー」

 

「い、いや、別に隠していたわけでは………………ごめんなさい」

 

 笑ったり落ち込んだりしている騎士達を尻目に、私とはやてちゃんは今まで空気と化していたユーノ君へと話を振る。何やら言い訳をしようとしていたみたいだけど、私とはやてちゃんのじと目をダブルで受けるとすぐに撃沈。

 うん、本当なら信賞必罰の対応をする所だけど、素直に謝ったから今日の夕飯のメインを奪うのは止めてあげる。

 でも、ユーノ君がはやてちゃんと仲良くなってたのは完全に予想外だった。

 まぁ、考えてみれば一ヶ月も図書館に行ってたんだから可能性としては、大いにあり得たわけなんだけど……うむむ。

 

「確かユーノ君とは図書館で会ったんだよね? はやてちゃんはよく図書館に行くの?」

 

「ん、そやね。結構な頻度で行っとるかなぁ。なのはちゃんは行ったりせえへんの?」

 

「にゃはは、残念ながら活字は私の管轄外なの。ゲームと漫画ならウエルカムなんだけどね。あっ、でもでも、恋愛小説とかなら読んでるよ。本が好きな友達に偶に借りたりしてるんだ」

 

 はやてちゃんと笑顔で話をしながら、私は暫し思いを巡らせる。

 ここだけの話、闇の書事件自体の解決はそんなに難しいことではないと考えている。

 元々、一度経験している事件なわけだし。あの時の流れに沿って事件を進めて最終的に防衛プログラムを皆で倒せば解決なのだから、簡単ではないけれど不可能ではない。勿論、不測の事態とかもあるだろうけど、この前のPT事件の時のことを思えば闇の書事件もそこまで大きな差異はないだろう予測できる。

 ――――リインフォースさんが助からないという結末を容認すれば、だけど。

 

「白いカチューシャをつけてる紫色の髪のお淑やか系な女の子なんだけど、図書館で見たことないかな? 結構、図書館に行ってるって話を聞いたことがあるんだけど……」

 

「白いカチューシャの紫色の髪……ああっ。私、その子なら見たことあるよ! 多分、何度か話しかけようかと思ってた子や!」

 

 ――――あの決して忘れることのできない雪の降るクリスマスの日。

 私は泣いて止めるはやてちゃんと笑って消えていくあの人の姿を、ただ見ていることしか出来なかった。

 魔法が万能じゃないってことはわかっていた。

 自分が神様じゃないってこともわかっていた。

 だけど、やっぱりあの時、私は悔しさを感じていたんだ。

 悲しいとも寂しいとも思ったけど、それよりも自分の無力さを強く感じていたんだ。折角、皆笑顔で終われると思ったのに、最後の最後であの人だけ掌から零れ落ちてしまったから。

 今にして思えば、あの日はある意味で私にとっての一つの岐路でもあったと思う。あの事件の後、私はただの一般魔道師ではなくて、管理局員となると心に決めたのだから。

 

「うん。多分、その子。凄く本が好きな子だから、はやてちゃんとも話が合うんじゃないかな? 私やもう一人の友達だとあんまりディープなお話はついて行けないし」

 

「う~ん、なら今度話しかけてみるのもええかなぁ。今まで中々機会もなかったし……」

 

 ちらりと一瞬だけ自分の手へと視線を落とす。

 白くて小さい、ぷにぷにした女の子の手。

 刻んだ修練の跡もなく、重ねた鍛練の痕も残っていない、綺麗で未熟な私の手。

 でも、今の私の手はあの時よりも少しだけ大きくなっているはずだ。今なら昔に零してしまったモノを拾い上げることができるくらいの手にはなっているはずだ。

 

 ――――だから、あの悲しい結末をなんとか変えてみせる。

 

 まだリインフォースさんを救う具体的な手段は何も思い付かないけれど、色々と問題は山積みだけれど……どうにかしてみせようじゃない。

 

「ところでなぁ、なのはちゃん。もしかして今日はユーノ君とデートしてたん? おねーさん、その辺がちょーと気になってるんやけど?」

 

「あははっ。残念だけどデートじゃないよ。今日は偶々二人とも何の予定もなかったから、私が街案内をしてあげただけだもん。ね、ユーノ君?」

 

「は、はい」

 

 今度こそ皆笑顔でクリスマスを祝えるように。私の描く理想のハッピーエンドのために。また色々と頑張っていこう。勿論、私一人じゃ無理だから、皆にも協力して貰うつもりだけどね。

 そんな誓いを胸に秘め、私ははやてちゃんとの会話へと意識を向ける。

 とりあえずは八神家の皆と仲良くなるのが先決だ。変に余所余所しくされるのはやっぱり精神的にショックだし。

 

「そう、だよね。街案内だよね。あは、あはは……」

 

「??? あれ? なんでユーノ君は落ち込んでるの?」

 

「……うん、色々把握したよ。そしてユーノ君、どんまいや」

 

 その後、ヴィータちゃん達も交えて私達は夕飯の時間ギリギリまで談笑していた。何故か落ち込んでいたユーノ君ははやてちゃんに何か言われて元気を取り戻したようなので、特に問題はないようだ。

 色々と話をしたお陰なのか、終わり頃にはヴィータちゃん達の警戒心も大分薄くなっていた。後日、はやてちゃんの家に遊びに行くと約束をして私達は解散することとなる。

 

「それじゃ、二人ともまたなー!」

 

「高町なにょ、なにゅ……くそっ、言い難いな。高町なんとか! おみあげ忘れんなよ!」

 

「だから、な・の・はだってば! ばいば~い!」

 

 別れる際に私が大きく手を振ると、はやてちゃんだけじゃなくヴィータちゃんも笑顔で手を振り返してくれた。どうやら手土産にアイスを持っていくと言ったことがかなり効果的だったみたい。内心でヴィータちゃんって意外とチョロいなぁなんて思って、私は自分の穢れっぷりに軽く自己嫌悪。やっぱり大人なると少しくらい汚れちゃうのが普通だよね、うん。

 それにしても“なのは”ってそんなに言い難いかなぁ……。

 

 

 

 

 そんな想定外だった八神家との邂逅も無事に終わって、夕飯とお風呂を済ませた午後九時過ぎ。私は自分の部屋にユーノ君を招いていた。無論、男女の戯れをするわけではなく、闇の書事件への布石を少しだけ打っておくためである。

 

「魔法の歴史、ですか?」

 

「うん。よくよく考えてみたら私ってその辺のことって全然知らないし、ユーノ君って学者さんでしょ? 良かったら少し教えてくれないかなーなんて思ったんだけど……いいかな?」

 

「あー。そう言えばなのはさんってちゃんと座学ってやってなかった、というか必要性を一切感じなかったですもんね――――わかりました。僕が知っている範囲で良ければ教えますね」

 

「ユーノ先生、よろしくお願いします」

 

 まず初めに私は魔法の歴史のことについてユーノ君に聞いてみた。

 無論、魔法の歴史とかは考古学者さんでもあるユーノ君にとって専門分野だ。何故か始めは少しだけ遠い目をしていたけれど、普段の雑談の時よりも数段目をキラキラさせて話をしてくれる。

 どうやら私が歴史について興味を持ったのが嬉しかったみたいでテンションがいつもよりも高めのようだ。言うなればそう、昔お兄ちゃんに盆栽の話を聞いた時の様な感じ。もしかしなくても、男の人は自分の趣味とかを話すのが好きなのかもしれない。確か合コンのHow to本にもそんなことが書いてあった覚えもある。

 えっ? お前、そんな本を読んだのかよって? ……本を読むことは人生を豊かにする上でとても重要なことだと思うの。そもそも、書物を読むということは先人達が辛苦して成し遂げたことを容易に自分の内へと取り入れて、自己改善をする最良の方法なのだ。だから、別に合コンに誘われた時に失敗しないようにこっそり読んでいたわけではない。読んでいたわけではない。大事なことなので二回言っておく。

 

「――――それで古代ベルカの時代にベルカ式という魔法形態が出てきます」

 

「ん? ベルカ式って?」

 

「ベルカ式は僕達の使う魔法とは別の魔法形態の一つですね。勿論、今でも使っている人が全くいないわけではありませんが、その数は余り多くはありません」

 

 ユーノ先生の講義を聞くこと早二時間弱。正直そろそろダレてきて、話題をミスったかなぁなんて思っていた時にそれはやってきた。長々と話された歴史の中でちらりとだけ出てきたベルカの話。完全なミッド式の魔道師である私にとっても割と馴染み深い話題であり、私が待ち望んでいた話題でもある。

 

「ねぇ、ユーノ君。私、そのベルカ式っていうの少し詳しく教えて欲しいな」

 

「わかりました。そもそも古代ベルカの時代には幾人もの王達が――――」

 

 知らない魔法。知らない術式。そんな話を聞かされて二ヶ月前に魔法を齧ったばかり新米? 魔法少女は普通食いつかないだろうか、いや食いつく。……食いついても別に何もおかしくない、はずだ、多分。

 

「ねぇ、ベルカ式の術式とかってユーノ君もレイジングハートも詳しくは知らないんだよね?」

 

「残念ながらそうですね。僕もレイジングハートも完全にミッドチルダ式ですから」

 

“……お役に立てず、申し訳ありません”

 

「ううん、気にしないで。ちょっとだけ、そのカートリッジシステムっていうのに興味が湧いただけだから」

 

 これで私がカートリッジシステムのことを知っていても、問題なくなった。

 できれば闇の書事件が始まる前にはレイジングハートにもカートリッジを付けたいのだけど、やっぱり難しいよねぇ。

 昔は何も知らなかったからわからなかったけど、デバイスの修理とか改造って凄くお金が掛かる。それこそ、私の一ヶ月のお給料が余裕で吹っ飛んじゃうくらいの費用が掛かる。そして、当然そんなお金を私は持っていません。うん、よくよく考えても昔の私は恵まれてたんだね、インテリジェントデバイスの改造がタダって普通におかしいもん。

 まぁ、多分費用はリンディさん辺りが経費で落とし……あれ? 嘱託だったフェイトちゃんはともかく、私は局員でもなかったのに経費って落ちる? もしかしなくてもリンディさんのポケットマネーだったり? やばい、今更ながら気付かない方が良かった真実に気付いてしまった気がする。

 

「まぁ来月になれば僕は向こうに戻ることになりますし、良かったらベルカ式のことを調べて来ましょうか? 管理局の本局にある無限書庫になら、詳しい資料とかもあると思いますけど」

 

「本局? ……ああ、フェイトちゃんの裁判関連で行くんだったっけ?」

 

 内心の動揺を隠しつつ、ユーノ君との話に意識を集中させた。

 子供の頃からお金の考えるのはあまり良くないもんね、うんうん。ちょっとだけ嫌な汗が出たけど、今は無視しておこう。

 話を聞いた通り、ユーノ君が本局に行くのは今からちょうど一ヶ月後だ。小学生には補習なんてモノもないから、私も上手い具合に夏休みに入っている頃だろう。んーあれ? ということは私もついて行くってことも出来るってことになるよね。

 

「う~ん、この際だから私も異世界デビューしちゃおうかな?」

 

「異世界デビュー、ですか?」

 

「うん。一度ミッドチルダには行ってみたかったし、一ヶ月後なら丁度学校も夏休みに入ってるもん。それに上手くいけばフェイトちゃんにも会えるかもしれないし……」

 

 ただの思い付きではあったけど、よく考えてみると結構アリかもしれない。

 本局にはリンディさんに管理局のお仕事を見学したいですって言えば、何とかなりそうだし。お父さん達の説得とアリサちゃん達への言い訳はちょっと難易度が高いけど、社会勉強とユーノ君を返しに行ったってことにすれば言い訳は立つと思う。

 それにサプライズでフェイトちゃんに会いに行くのも面白そうだし……うん、やっぱり夏休みは異世界旅行に決定だね。

 って、ちょっと待って。今、冷静になって考えて見たんだけど、ミッドに行くってことは――――ミっくんに会えるんだぜ、ひゃっほい。

 

「うふっ、うふふふふっ」

 

 やばい、思わず笑い声が口から洩れてしまった。頬の緩みも何故か治らない。

 でもでも、私がミッドで偶然ミっくんと遭遇しちゃっても何もおかしくはないよね? ミッドは広いようで狭いもん。偶々、道に迷って住宅街の方に行ってミっくん(幼)にエンカウントしちゃっても何もおかしくないよね? ついでにその過程で私が親御さんに気に入られても何もおかしくないはずだ(願望)。

 

「な、なのはさんの目がキラキラしてる!?」

 

“ああ、またマスターが何やら邪なことを考えている気が……”

 

 隣で二人が何やら言っているようだけど、私の耳には届かない。

 私の意識は既に遠いミッドの地へ跳んで行ってしまっているのだから。

 こうして、私の大いなる陰謀は始まっていく、はずである。

 

 

 



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第十九話。なのはさん(28)の驚愕

 

 それはちょっと過去の未来の話。

 久々に休みを取り、実家に帰って来た私がお姉ちゃんと二人で飲むことになった時のこと。私達は下らない話や愚痴なんかを言い合いつつ、向こうではあまり飲めない日本酒を飲んでいた。

 喉にかぁぁと来る辛さと喉越しの爽やかさに思わず笑みを零しながらこんなお酒を作った日本人は偉大だなぁなんて確認しつつ、少し赤くなった顔のまま私はお姉ちゃんへと話しかける。

 

「ねぇ、おね~ちゃん」

 

「ん、なにー?」

 

JK(女子高生)ってさ、なんかいいと思わない?」

 

「JK? んー、そうかな?」

 

 赤くなっている私に比べ、お姉ちゃんの顔色は殆ど変っていなかった。だけど、声のトーンがいつもよりも明るいので酔っていないわけではなさそうだ。まぁ二人でもう三升くらい空けているんだし、そうでなければおかしいとも思う。

 

「でも、ほら。JKって不思議とキラキラしててさ、何かそれだけモテそうな気がしない?」

 

「ああ~、それは確かに。丁度そのくらいから綺麗になる子って多いもんね~」

 

「うん! うん!」

 

「あとは、制服っていうのもポイント高いかもね~。ほら、男の人ってそういうの好きらしいし」

 

「だよね! だよね!」

 

 二人でうんうんと頷き合う私達。

 酔いの所為かはわからないけど、その後もJKの魅力について熱く語っていく。

 ミニスカで黒ソックスは譲れない、とか。セーラとブレザーはどっちがいい、とか。何かちょっとエッチな感じがするよね、とか。そんなことを一頻り話し込んだ後、グラスの中のお酒を一気に飲み干して、二人で同時に笑った。

 

「ま、私ってば中卒なんですけどね……ふふふっ」

 

「ま、もう二十年くらい前の話だけどね……ふふふっ」

 

『ふふっ、ふははははっ!!』

 

 しかも、何故か大爆笑。

 単なるつまらない自虐ネタだけど、不思議と私達のツボに入ってしまった。

 だがしかし、時刻は深夜一時過ぎである。当然、そんな風に騒いでいると……。

 

「二人とも、少し煩いわよ?」

 

『はぁ~い……』

 

 お母さんに注意されます☆

 この時、私、二十六歳。お姉ちゃん、三十四歳。

 私達の春は果てしなく遠かった……。

 

 

 私の名前は高町 なのは。

 成績優秀、健康優良、家族想いなまじめで明るい子……なーんて巷で真しやかに言われている女の子です。日々のトレーニングはやっているものの、魔法少女は絶賛お休み中なので今はただの一学生のご身分。あっ、ちなみに左利きです。

 

 はやてちゃん達と邂逅したあの日から、幾日か時が過ぎた今日この頃。

 じとじととした梅雨と必死で格闘しながら、私は今日も学校生活を頑張っていた。

 正直、この生活にも大分馴染んできていると思う。もう自分が小学生であるのが当たり前のような気にもなっているし、傍から見ても殆ど違和感はないはずだ。

 とまぁ、そんなこんなで本日は週の真ん中水曜日。真ん中モッコリな気分で行かなければいけないとわかってはいつつも、絶賛気だるいぞオーラ全開で私は授業を受けていた。

 普段は勢いよく跳ねている自慢の我が両翼(ツインテール)も今日はあまり元気がない。

 

「さて、皆さんはちょっとした買い物などでコンビニをよく利用すると思いますが――――」

 

 ただでさえテンションが低めだというのに、梅雨時のこのじめじめ感は最早拷問レベル。

 確かに日本の四季が美しいっていうのは私も認める所ではある。春には春の、夏には夏の、秋には秋の、冬には冬の良い所があるっていうのもよく知っている。

 だけどさ、この湿気だけはもう少しどうにかならないのかな。多分、ミッドでの暮らしが染みついてしまっている所為だとは思うけど、何か体力とか気力とかがガリガリ削られていく気がするよ。

 

「私も学生の頃は、立ち読みなどをしによく――――」

 

 淡々と進む授業を半ば聞き流しながら、外を眺めて小さく溜め息を吐いた。

 午前中で雨自体は上がったとはいえ、未だどんよりと暗い灰色の雲が空全体を覆っていた。それを見るとさらに気が滅入ってくる。今の私は完全に電池切れのガス欠状態。やる気スイッチ? そんなものは要らないから、早く私にミっくん成分を! 猛烈なまでのミっくん成分をっ! あの癒しである優しげな笑顔を私にくださいっ。いや、寧ろ本人を私の嫁……んんっ、夫にくださいっ。

 

「――――というわけで、コンビニのタルタルソースは一緒にチンしてはいけないのです!」

 

 何やら先生の熱弁が聞こえた様な気もするけど、残念ながら私のメモリーには残らない。

 今の私はアクセル全開で走り続けてエンストした車のようなもの、所謂一つのバーンアウト・シンドロームという奴である。もうね、あれだよ。純粋に癒しが欲しい、です。

 こんなに私が疲れている理由は凄く簡単なことで、昨日の夜にお父さん達と夏休みのミッド行きについて話をしたからである。

 まぁ、元々すんなり話が通るとは思っていなかったけれど、思いの外反対が強かったのだ。味方をしてくれたのはお母さんだけであとは全員危ないからダメの一点張り。流石に保護者なしで一人旅行というのは不味かったらしい。一応ユーノ君もいるけど、私と同じ年だから保護者にはならないもんね。

 

 それで結局は夏休みに宿題もなく、期間が長い大学生のお兄ちゃんが私と一緒にミッドに行くことでなんとか許可は下りた。でも、それだと“ドキッ☆ミっくんのお家へ突撃訪問”ができないっていう。私のテンションが下がってしまうのも無理からぬ話である。

 とは言え、こうして嘆いていてもどうしようもないことだ。基本プラス思考でいくのが私のポリシーでもあるし、知らない街で“偶々”迷子になってしまっても仕方がないことだと思う。そう、仕方がないよね、にやり。

 とまぁ、腹黒い考えは一旦置いておいて。時間もあるし、今は少しだけ闇の書事件について考えてみようと思う。

 

「――――――――――」

 

 前にも言ったかもしれないけど、私の目標はリインフォースさんを生存させての闇の書事件の解決。当然、難易度はかなり高め。しかし、やると決めたらやるのだ。一度決めたことを簡単に曲げるつもりは私には毛頭ない。

 問題なのは、闇の書事件で私に出来ることなんて防衛プログラムをやっつけること以外は殆どないということ。そもそも、デバイスマスターでもない私は当然デバイスについては専門外だ。知識自体は教導隊で色んなデバイス装備の実験に付き合ったことがあるので、それなりにあるけれどアレはただのデバイスじゃなくてロストロギア。個人でどうこうできるようなものではない。

 

 あとは私も蒐集を手伝うっていう手段もあるにはあるけど、既に管理局との繋がりがある私はシグナムさん達からすれば敵側なわけだし、いきなり実は闇の書が壊れているんですよ! なんて言っても信じて貰えるとは思えない。

 いっその事、クロノ君達にはやてちゃんが闇の書の主であることを伝えるという手も考えてはみた。現状、何も事件を起こしていないので主であるはやてちゃんに罪は何もないし、夜天の書のバグ(防衛プログラムと無限再生機能)も管理局の施設で時間をかけて調査すれば、可能性はほぼゼロに近いけれど治すことだって絶対に不可能というないわけではないと思う。

 まぁ、多分保護という形になるだろうからはやてちゃんがこの街に居れなくなるし、守護騎士達の平穏な時間も終わってしまうことになっちゃうけど……。

 

「――――では、皆にも最近買ったものを聞いてみようかな?」

 

 ただ、私個人の意見を言わせて貰うならば、はやてちゃん達を今はそっとしておいてあげたいんだよね。勿論、はやてちゃんを今すぐ保護するのが正しい行動だってことは私にもわかってはいるんだけどさ。でも、先日見た限りだとまだ皆どこかぎこちない雰囲気だったし、はやてちゃん達が本当の意味で家族の絆を結ぶためには触れ合いの時間がまだまだ足りてないとも思う。

 少なくても、私はそんな時間を邪魔したくないし壊したくない。これまでの守護騎士達の生活や扱いの話を本人達から聞いたことがある分、余計にそう思ってしまう。 

 

「…………………はぁ」

 

 深い、深い溜め息が漏れた。

 やっぱりこういう考えることって、私には向いていないみたいだ。うん、私に参謀役とかって絶対に無理だと思う。客観的な意見よりも主観な意見を優先する参謀なんてダメダメだもんね。

 結局、私は戦術を覆すエースにはなれても戦略を立てる指揮官になれないってことなんだろうなぁ。

 所詮は一戦闘員が私の天井で限界。しかし、我ながらよくこんな考え方で二十年も局員をやれていたなと心底思う。いや、寧ろ局員じゃなくなったからこそ、こんな考え方をしているのかもしれないけれど。

 それにしても参謀役、か。私にもそんな人が居れば、上手く物事を進めていけるかもしれない。客観的な意見が言えて、頭が良くて、管理局員以外の出来れば私と少し距離の離れている人。脳内で当てはまる人物を検索してみる。何人かの候補が上がって、却下された。そして……。

 

「――――あっ」

 

 いた。一人だけ条件に当てはまる人がいた。

 私よりも頭が良くて、私よりもロストロギアにも詳しくて。私と特別仲が良いわけじゃないから、遠慮せずに物事をはっきり言える管理局員じゃない人物。

 きっとあの人なら十二分に参謀役を任せられると思う。そう、あの人。

 

「それじゃあ、次は高町さん」

 

「はい、チーカマとゼク○ィです」

 

「そ、そう。私、何だか高町さんとは仲良くなれそうな気がするわ」

 

 ――――プレシアさんなら。

 問題は私に彼女が協力してくれるかどうかだけど……多分なんとかなる、といいな。いや、口喧嘩くらいはするかもしれないけど、頭を下げて頼めば何とかなりそうな気がしないでもない。まぁ、駄目な時は駄目な時で、また違う方法を考えれば良いだけのことだしね。

 そう一旦結論をつけて、私は席へと座る。

 何か変なことを言ったような気もするけど、気にしたら負けだね!

 

 

 

 

 

 本日の授業も終わって夕方。

 バイオリンのお稽古に向かったアリサちゃん達と笑顔で別れて、帰宅した私はリビングでまったりと寛いでいた。一応、お店の方の手伝いをしようと翠屋の方に帰り道に寄ってみたけれど、今日は人も足りているので不要とのこと。つまり今、私は大変暇なのである。

 ちなみにユーノ君はまた図書館に行っているみたいで、家にはいないようだ。

 ここだけの話。ユーノ君ははやてちゃんに気があるのではないかなとちょっとだけ邪推していたり。

 だって、ほぼ毎日のように図書館に通っているのっておかしくない? 幾ら本好きとはいえ、毎日行けば普通は飽きるんじゃないかと思うし……だけど、好きな子に会いに行っているのだと思えば納得もできる。

 まぁ、中身年上のお姉さん的には、ユーノ君の恋を陰ながら応援してあげよーかななんて思っています。身近な人達の恋愛って見てて楽しいしね!

 

「んー、やっぱり煎餅といえばこの固さが売りだよね~」

 

 少しだけ小腹が空いたので、テーブルの上に置いてあった煎餅をポリポリと齧る。ちょっと固めの醤油味の煎餅は、煎れたての温かい緑茶との相性が抜群だ。

 バリバリと煎餅を食べながらずずず~っと緑茶を飲んでると、なんか自分も日本人なんだなぁって強く感じる。ケーキに紅茶もいいけど、偶にはこういうのも良い。

 

「……だけど、濡れ煎餅はこの世から消えればいいと思うよ、割とマジで」

 

 ほんわかした気分から一転、今度は先日食べたあの忌まわしき塊のことを思い出してしまった。今まで何度も食べて、その度に裏切られてきた憎き食べ物――濡れ煎餅。ああ、思い返すだけで自然と腹が立ってきた。

 えっ? そんなに言うのなら食べなければいいんじゃないか? 確かにそれはその通りなんだけど、やっぱり名物とか言われると食べなくちゃって思うでしょ? 人気があるってことはそれだけ好きな人も多いわけで……この前のがダメなだけで、今度のは美味しいのかもって期待しちゃうのが人情ってものじゃない。

 だけど、もう私は決めました。今後一切濡れ煎餅は食べません。例え私がおばあちゃんになっても絶対にアレだけは食べてあげないんだからね。大体、あれは煎餅という食べ物を侮辱しているよ。あの歯に付いた時の何とも言えない感触とか、噛みたいのに噛み切れない歯痒とか、歯に詰まった時の悔しさとかさ。どこか昔、罰ゲームで食べたジンギ○カンキャラメルに近い何かを私は感じたね。

 

「ふぅ……うん、おいしい」

 

 そんなことを思いつつ、私がお茶を飲みながらぼんやりとテレビを眺めると古臭い時代劇の再放送が流れていた。かなり昔の作品なので、当然映像の画質も良くはないし、道とか建物とかも使い回しが多いし、ストーリーもテンプレばかり。

 だけど、その古臭さが逆に良いところだと私は思う。勧善懲悪モノで一話完結だから、何話から見ても話がわからないということもないしね。

 それにしてもこれが“わびさび”と言う奴なのだろうか。本来の質素な姿や古く残されたものが内側に持っている本質的な良さや美しさ。それこそが“わびさび”。私自身もイマイチ分かっていないんだけど、まぁそんな感じでいいや。一言で言うとアレだね、お茶と煎餅と時代劇の相性は最高だねってことで。

 

「――――あらら、もう空っぽになっちゃった」

 

 いつの間にか湯呑みが空になったので、また新たにお茶を入れることにする。

 一応、湯呑みを温めて~とか正しい入れ方は知っているけど、今はやるつもりはない。自分だけしか飲まないのに、作法とか一々面倒臭いし。あっ、そう言えば縁側にお兄ちゃんもいるんだっけ?

 

「おにーちゃん、お茶入れるけど飲むー?」

 

 少し声を張り上げて私がそう尋ねると頼むという言葉が返ってきたので、私の分のついでにお兄ちゃんの分も入れてあげることにする。

 数枚の煎餅と湯呑みを乗せたお盆を持って縁側へと向かうと、剪定鋏を片手にお兄ちゃんは趣味である盆栽のお手入れしているようだった。

 

「お兄ちゃん、ここに置いておくね。また盆栽のお世話をしてるの?」

 

「ああ、ありがとう。最近、どうも盆蔵の元気がないみたいなんだ」

 

「盆蔵って、名前あったんだ……。あっ、お兄ちゃんも煎餅いる?」

 

「そうだな。それじゃ、ひとつ頂くよ」

 

 兄の意外なネーミングセンスの無さに軽く絶望しながら、縁側に腰かけた私は入れ立てのお茶をごくり。その後すぐさまお煎餅へと手を伸ばします。今度は胡麻煎にしよう。

 お兄ちゃんも一旦作業を止めて、私の隣に腰かけながら煎餅に手を伸ばしていた。塩煎とは中々のチョイスだ。

 

『――――ふぅ……』

 

 二人並んで煎餅を食べて、お茶を飲んでほっと息を吐く。

 微妙に動きがシンクロしているのはやっぱり兄妹だからだろうか。そして、特に会話もすることなく無言のままぼーと盆栽を眺めた。

 すると不思議なことに、今まで同じように見えていた盆栽が全く別のモノのように見えてくる。例えば……。

 

「あの、右から二番目の子ってなんか可愛いね。もしかして女の子だったり?」

 

「それは盆子だな。少し丸みを持った枝の感じがチャームポイントなんだ」

 

「ふむふむ。んー、真ん中の子は何かシャンとしているっていうか、何だか芯がある感じだね。こう、力強さみたいなのが伝わってくる気がする」

 

「ほう、なのはは中々見る目があるな。それは盆松と言って――――」

 

 盆栽の話を聞いてくれるのが嬉しいのか。普段はどちらかと言えば寡黙なお兄ちゃんが妙に饒舌だった。私も特に用事もないので、ふむふむと頷きながら話を聞いていく。

 

「確か盆栽って評定会とかもあるんだよね? お兄ちゃんは自分の盆栽を出そうとか思わないの?」

 

「ううむ。確かにプロに自分の育てた子を見て貰いたいとは思うんだが……」

 

「だが?」

 

「――――どれも皆、俺の可愛い子達なんだ。この中から一つに絞るなんて、俺には出来ない……!」

 

「にゃはは、お兄ちゃんって将来親馬鹿になりそうだね」

 

 何やら拳を握りしめて葛藤しているお兄ちゃんを見て、私は苦笑いしか浮かんでこない。

 実際に未来のお兄ちゃんは隠れ親馬鹿だったしね。いつもは素っ気ない感じなのに、こっそり子供達の写真とかを持ち歩いたりもしていたし。まぁ、本人はいつも否定していたけれど。

 それからは私の学校であったことやお兄ちゃんと忍さんの進展具合なんかを話しながら、縁側で二人のんびりと過ごしていた。よくよく考えてみても、お兄ちゃんと二人だけなのって結構久しぶりな気がする。

 

「お兄ちゃんってほぼ毎日剣の修業をしてるけど、ちゃんと息抜きもしてるの?」

 

「勿論、俺だって偶には息抜きくらいちゃんとしているさ」

 

「へぇ、やっぱり盆栽達のお世話とか?」

 

「まぁ、そういう面が全くないというわけではないが……これは精神修業の一環でもあるから正確には少し違う気がするな。だから、きっと俺の息抜きは――――」

 

 私の問いにお兄ちゃんは一度考えるような仕草をすると、首を軽く横に振った。

 そして、視線を私へと向けるといつもは殆どしないどこか優しげな笑みでこう言ってくる。

 

「――――こうして、妹と話をしたりすることだろうな」

 

「…………なんという女っ誑し」

 

 これが天然ジゴロという奴なのか。

 まぁ、別に痺れもしないし憧れもしないけど、被害者の皆様には妹として深く謝罪したい。

 うちの兄がギャルゲー主人公みたいな人で何か凄くごめんなさい。

 

「??? なのは、何か言ったか?」

 

「ううん、なんでもないよ。ただ、少し嬉しいなーって思っただけ。私もお兄ちゃんと話すの楽しいもん!」

 

「そっか……」

 

 私の言葉に照れたのか、お兄ちゃんは少し誤魔化すように私の頭を強めに撫でてくる。男性特有の大きめで固いごつごつした手の感触は不思議な安心感があった。目を細め、私は暫し頭を撫でられ続ける。ちょっとだけ恥ずかしい気持ちもあるけど、何故か止める気にはならなかった。

 そういえば、お兄ちゃんに頭を撫でられるっていつ以来になるのかな。

 少なくとも、中学に上がってからはしてもらった覚えがない。いや、本格的に管理局に入ってからは休日は大体お仕事で、時間があったら親友達と遊んでいたし、家にいる時は疲れて殆ど寝ているって感じだったからお兄ちゃんとこんな時間を過ごしていたのは、私が今の年齢ぐらいの時が最後だったかもしれない。

 

「……なぁなのは。最近、何かあったか?」

 

「えっ……?」

 そんなことを考えていたから余計にだろうか。

 漸く手の動きを止めたお兄ちゃんのそんな何気ない一言に私は少しだけドキリとさせられた。

 良い具合に油断をしていたと言ってもいいかもしれない。

 

「い、いきなりどうしたの?」

 

「いや、最近なのはの様子が少しおかしいように見えていたからな。何か悩みでもあるんじゃないかと思ったんだ」

 

「そう、なんだ。だけど私は大丈夫だよ? 今は特に悩み事とかってないもん」 

 

「……そうか、何もないのなら別に良いんだ。変なことを聞いてすまなかったな」

 

 何もないという私の言葉に完全には納得していない様子だったけれど、どうやらお兄ちゃんは深く聞くつもりはないらしい。

 その気遣いをありがたく思いながらも、嘘をついていることにちょっとだけ私は罪悪感を覚えた。

 本当に私の家族達は鋭い。いや鋭すぎる。でも、同時にとても優しいのだ。

 ――――偶にその優しさが酷く辛い時があるほどに。

 

「……………………」

 

 思えば、今まで私は一体家族達にどれだけ心配をかけていたのだろうか。

 そして、これから家族達にどれだけ心配をかけ続けるのだろうか。 

 そんな疑問がふと頭に浮かび、少しだけ居た堪れない気持ちになって私は自然と顔を下へと向ける。

 

「なのは?」

 

 私が皆に愛されているって自覚は昔から凄くあった。

 本当は皆止めたかっただろうに、私がやりたいって管理局の仕事をやらせてくれた。

 なのに、私は皆に感謝の言葉を口にした覚えがない。本当に感謝はしていたのに、ちゃんと自分から伝えたことがない。

 多分、私は今も皆に心配を掛けてしまっているのだろう。お兄ちゃんがわかったってことは、お父さん達も気づいていてもおかしくはない。

 

「――――ねぇ、お兄ちゃん」

 

「……どうした?」

 

 少しだけ自分の声が震えているのがわかった。

 だけど、私は伝えなければいけないと思う。ううん、伝えたいと強く思う。

 本当の想いは言葉にしなければ、相手には伝わらないのだから。

 

「ありがとう、私のことを心配してくれて」

 

 私は心からの感謝の想いを込めてお兄ちゃんにそう言った。

 お兄ちゃんは一瞬だけ呆気に取られたような顔になったけれど、すぐに苦笑するともう一度私の頭を撫でてくれる。その暖かな手の温もりを感じつつ、私ももう一度目を細めて受け入れた。

 ――――そして、心に誓う。

 頑張って、早く闇の書事件を終わらせよう、と。

 それから、もっと強くなろう、と。

 皆が安心できるくらいに、もっともっと私は強くなろう。 

 ……そうすれば皆に心配をかけなくても、良くなるのだから。

 

 

 

 

 

 多くの人々が寝静まり、月だけが優しく照らす深夜。

 風が木の葉を散らす音だけが聞こえては消え、消えてはまた聞こえてくるそんな時分。

 当然、眠っていた私はゆっくりと目を開けると静かにベッドから起き上がった。

 

「――――レイジングハート」

 

 愛機にお仕事モードな声で話しかけ、瞬く間にバリアジャケットを身に纏う。

 部屋の窓からちらりと外を眺めれば、ひと気を全く感じさせない封鎖された世界が広がっていた。明らかに周囲に結界が張られている。

 

「……結界の種類は?」

 

“対象捕縛用の封時結界のようです”

 

 深夜の時刻に我が家の周囲に突然張られた結界。

 状況は昔ヴィータちゃんに襲われた時と良く似ている。ただ、私の直勘だと犯人はヴィータちゃん達ではなく、恐らく別の人。まぁ、私がそう思いたいっていう願望が多分に含まれていることは否定できないのだけれど。

 一応、ユーノ君に念話を送ってみたが、ノイズ音が聞こえるだけで応答は何も返ってこない。流石にこの状況で寝ているとか気づかないってことはないはずだから、ユーノ君は結界内にはいないのだろう。

 

「私以外の魔力反応は?」

 

“――――ここから少し離れた地点に一つあります”

 

 少しだけの間、家の中で待ってみても残念ながら向こうからの反応は一切なし。

 どうやら、私が来るのをあちらさんは待っていらっしゃるご様子。

 

「そこに行ってみるしかない、みたいだね」

 

 罠という可能性もあるけど、ここにいても何も始まらない。とりあえず、話を聞いて結界を張った理由や目的を聞いてみよう。そんなことを考えながら私は家を飛び出し、魔力反応の場所へと向かった。

 後になって振り返ってみれば、この時の私は少しばかり油断していたのかもしれない。いや、正確には油断や気の緩みではなく、少しばかり気負い過ぎていたとも言えるだろう。冷静になって考えれば、ユーノ君との合流を第一に考えるべきだったのに、一人で調査することにしたのだから。 

 ――そして、その行動の対価を私は自らの身をもって支払わされることになる。

 

「ああ、そうだ。レイジングハート、結界の術式は何?」

 

“――――――ミッドチルダ式です”

 

 

 

 

 

 ~時空管理局本局、とある一室~

 

「フェイトー、もうそろそろ寝よー」

 

「えっ? あっ、もうこんな時間なんだ」

 

 アルフにそう言われて、ペンを動かしていた手を止める。

 時計を見ると入浴後に勉強を始めてもう軽く二時間は過ぎていた。どうやら、私は少しばかり集中し過ぎていたようだ。

 

「試験はまだまだずっと先のことなんだし、今からそんなに根を詰めなくてもいいんじゃないかい?」

 

「まぁ、それはそうなんだけどね」

 

 アルフの言葉に同意しつつも、ちらりと机の上に飾られた写真へと目を向ける。

 そこには満面の笑顔のなのはと涙目で照れ臭そうに笑っている私の姿が写っていた。もう大分見慣れた写真ではあるけれど、何度見ても自然と柔らかな笑みが浮かんでくる。それと同時に一つの誓いも。

 

「――――でも、やっぱり絶対に合格したいから」

 

 嘱託魔導師試験。

 三ヶ月後にあるこの試験に私が合格すれば裁判も短くなるし、異世界での行動がかなり自由にできるようになる。そうすれば、なのはに早く会いに行ける。

 高町 なのは。私と友達になってくれた女の子。敵同士だったのに何度も助けてくれて、怒ってくれて、心配もしてくれた私の大切な人。私の狭かった世界を広げてくれた優しい私の天使様。

 

「……早く会いたいな」

 

 なのはと二人で撮った写真は毎日のように眺めている。

 まだ二回しかやり取りをしていないビデオレターは暇な時に何度も見直した。

 でも、やっぱり満足はできない。寧ろ、本人と直接会いたいって想いがどんどん強くなっていく。

 

「大丈夫だよ、すぐにまた会えるさ」

 

「……うん」

 

 アルフの言葉に大きく頷いて、私は勉強道具を片付け始めた。

 私が嘱託魔道師になれれば裁判が終わるのが半年よりも短くなるから、アッチの世界の12月頃にはなのはに会いに行けるはずだ。今日はもうお終いだけど、明日も試験勉強を頑張らなくては。

 欠伸をしていて眠そうな顔のアルフに小さく苦笑しながらそんなことを考え、私がもう一度写真を一瞥すると。

 

「あれ……?」

 

 ――――倒れてもいないのに、写真立てがぴしりと音を立てて突然割れた。慌てて手に取ってみると、丁度なのはの顔の部分に大きな亀裂が走っている。

 その写真を見て、私は何とも言えない妙な胸騒ぎを覚えた。心臓の音がバクバクと鳴り、普段よりもやけにうるさい。もしかして、なのはの身に何か……? そんな嫌な考えが脳裏に浮かんでくる。

 

「フェイト? ありゃりゃ、割れちまったのかい?」

 

「う、うん、何もしてないのに突然――――っ!?」

 

 怪訝そうな表情のアルフに私が言葉を返そうとしていると、今度は慌しく部屋の扉が叩かれた。深夜の来訪者に二人で顔を合わせ首を傾げつつ、どうぞと声を掛ければ勢いよく見知った人物が部屋の中に飛び込んでくる。

 PT事件が終わってから今までお世話になっている人達の中の一人、エイミィだ。

 

「はぁはぁ、フェイトちゃんっ!」

 

 息も絶え絶えなエイミィの様子は普通じゃなかった。

 ただ事でないことが起こったのだと、私でもすぐに悟ることができた。

 

「その、落ち着いて聞いてね。さっきユーノ君から緊急の連絡が入ったんだけど――――」

 

 先程の写真のこともあり、私の中で大きな不安がどんどん募っていく。

 緊急事態。ユーノからの通信。どのワードもそれに拍車をかけていく。

 ――――そして、私は告げられる。

 予想だにしなかったことを。聞きたくもない話を。

 

「――――なのはちゃんが魔道師に襲撃されて、意識不明の重体だって」

 

 私は暫くその場で呆然と立ち尽くしたまま、動くことが出来なかった。

 

 



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第二十話。なのはさん(28)の消失

 ――――気がつけば、彼女は地へと伏していた。

 辺りには何か災害でも起きたかのような激しい戦いの傷跡。見慣れた街並みが一面の廃墟へと変貌していて、見ている者達に非現実的な印象を抱かせる。

 永く短い激闘の後、その周辺からは何かが焦げたかのような匂いが漂っていた。匂いのは元先は彼女自身。辛うじて原型を留めている白き戦闘衣はボロボロで、見るも無残な姿になっている。

 

「――――ぅ、ぁ……」

 

 彼女は言葉にならない小さな声を上げた。

 少し離れた場所に転がった愛機へと腕を伸ばそうとするが、ぴくりとしか反応は返ってこない。霞む視界。荒い呼吸。痛む四肢。身体の全てが既に彼女の言うことを聞くことができなかった。 

 それでもと、彼女は最後の抵抗をやめることはない。ただ必死に自らの身体へと鞭を打つ。

 ……完全に無駄な足掻きであると強く自覚していながら。

 

「――――――――」

 

 空から感嘆混じりの声が降ってきた。

 僅かに視線を向ければ、嫌になるほどに赤く染まった空の中に三つの黒い人影がある。

 ひと気の全くしないどこか無機質な世界の中で、その人影達は強い存在感を放っていた。

 

「――――――――――」

 

 三人の内の一人が彼女に向かって何かを言っている。

 しかし、もう既に彼女にはその声を上手く聞き取ることが出来なくなっていた。

 もし聞こえていれば、その言葉が彼女への純粋な賞賛だったことに気づくことも出来ただろう。だが、どちらにせよ。それは地へと墜ちた敗者に向けた勝者の言葉でもある。当然、彼女がその言葉を聞いたとしても喜ぶことはあり得なかった。浮かぶのは敗北への悔しさと無念だけだ。

 

「――――――――」

 

 スカートの端を掴みながら、その人影は彼女に軽く一礼をする。

 優雅で気品のあるその姿は淑女のお手本のように美しく、またどこか儚さを感じさせた。

 しかし、当然その人影はただの淑女ではない。その本質は彼女をここまで追いやった襲撃者。

 静かに頭を上げると、迷わず彼女へ杖先を向けた。そして、朱い星を呼び起こす。

 

「…………っ、ぅ……」

 

 赤い。紅い。朱い星。

 煌めく明星の光が集い、周囲を明るく照らした。

 彼女の視界が全て、深紅の魔力光で瞬く間に覆われていく。

 ――――あれはマズい。

 半ば本能的にそう悟り、残った力を全て振り絞ると彼女は愛機を我武者羅に掴み、叫んだ。

 

「――――――――ッ!!」

 

 叫び声に反応し、彼女を守るように桜色の障壁が展開される。

 その刹那。炎を纏った深紅の濁流に飲み込まれたのを最後に彼女の意識は完全に途絶えた。

 

 

 

 私がなのはの凶報をエイミィから知らされてから、もう一週間の時が過ぎた。

 駆けつけたユーノの適切な治療のお陰で一命こそ取り留めたものの、未だになのはの意識は戻っていない。当然、なのはを襲った犯人の情報も何一つとしてわかってはいなかった。

 この七日の間、私は部屋の中に一日中閉じ籠っていた。何かをしようと思っても、何も手に付かなかった。試験の勉強も、魔法の特訓も、何をしていても全く集中できなかった。

 常に湧き上がってくる不安や憤り、焦燥感と無力感。七日という時が経っても、私はそれを上手く消化することができないままだった。

 

 

 中庭にあるベンチに腰掛け、ぼんやりと景色を眺める。

 お昼休みの時間だからだろうか。中庭には休憩中らしき人達の姿を普段よりも多く見ることができた。お弁当を食べている人。仲良くおしゃべりをしている人。のんびり読書をしている人。様々な人達が思い思いの行動をしている。

 そんな人達を意識して視界から外すように私は空へ顔を向けた。

 

「――――――――――」

 

 青い空に白い雲。とても綺麗な晴天だった。しかし、それを見ても私の気分が晴れることはない。寧ろ、顔に当たる太陽の光に強い不快感を覚えた。

 日はまた昇る。どんなに辛くても、苦しくても、不安でも。人の感情など知ったことではないように、何事もなかったのかのように、一日はこうしてまた始まっていく。そう思うとなんだか酷くやるせない気持ちになってきた。

 ――――アルフに言われて外に出てきたけど、失敗だったかもしれない。

 

「…………っ……」

 

 小さく、本当に小さく息を吐き、強く自分の唇を噛みしめる。

 胸に浮かぶのは、上手く言葉では言い表せないようなぐちゃぐちゃした感情だった。

 今もなのはが苦しんでいるのに、私は何もできないのだろうか。一体、誰が何の目的でなのはに酷い事をしたのだろうか。そして、何より……どうして、私はこんな所にいるのだろうか。

 色んな考えが頭の中に浮かんできた。なのはに怪我を負わせた犯人のことは確かに許せない。だけど、それ以上になのはの傍にいることすら出来ない自分自身が一番、許せなかった。

 ――――今度は私がなのはの力になるって、あの時に誓ったはずなのにっ。

 悔しかった。ただただ悔しくて。泣きそうなくらい悔しくて。そして、どうしようもなかった。

 

「……なのは」

 

 ぽつりと、私はなのはの名前を呼んだ。

 当然、声は返って来ない、来るはずがない。それはわかっていた。

 だけどそれでも呼んでしまうのは、きっと私が弱いからだ。名前を呼んだら、あの時のようになのはが私を助けに来てくれる、そんな淡い期待を捨てきれないからだ。

 ――――でも、やっぱり彼女は来てくれない。

 

「…………っっ」

 

 堪らなくなって、私はポケットの中からなのはと撮った大事な写真を取り出した。

 こちらに向かって笑っているなのはの顔を見た、ちょっとだけ視界が滲んだ。

 少しでもなのはに触れたくなって自然と写真を抱きしめた、今度は雫が溢れた。

 夢なら早く覚めて、と心から願った。夢でもいいからなのはに会いたい、と心から願った。

 気がつけば、私は声を殺して泣いてしまっていた。叶わないことを願いながら。ずっとずっと。

 

 

 それからどれほどの時間が経ったのだろうか。

 いつの間にか、中庭には私一人だけとなっていた。ぽつんと世界に取り残されたように一人ぼっち。昼休みが終わっただけとわかっていても、無性に寂しさが込み上げてくる。

 丁度そんな時だった、私の背後から聞き覚えのある声が掛けられたのは。

 

「いつにはなく辛気臭い顔をしているわね」

 

「……かあ、さん?」

 

 真っ赤になった目で後ろを振り返ると、そこには車椅子に乗った母さんがいた。

 私は母さんに泣き顔を見せたくなくて、必死に涙を止めようと手で目元を拭う。

 しかし、拭っても拭っても中々涙は止まってはくれなかった。

 

「折角、気分転換に出てきたというのに、こっちまで気が滅入ってきそうだわ」

 

「……ごめんな、さい」

 

「誰も謝れとは言っていないわよ。ほら、さっさとその顔をなんとかしなさい。……私が泣かせているみたいじゃないの」

 

 母さんはそう言うと、私に無造作に白いハンカチを渡してくる。

 私はそれを受け取るとごしごしと少しだけ強めに顔を拭いていく。ちょっと擦り過ぎた所為で赤くなってしまったけれど、そのお陰でどうにか涙を止めることができた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「礼なら不要よ。だから、何があったのかを話しなさい」

 

「……はい」

 

 それから事情を聞いてきた母さんに、私は話をしていく。

 なのはが大怪我をしてしまったこと。自分のぐちゃぐちゃな気持ち。泣いていた理由。

 きっと支離滅裂な部分もあったと思う。小さく擦れたような声で聞きにくかったとも思う。

 だというのに、母さんは黙って最後まできちんと私の話を聞いてくれた。

 …………ほんの少しだけ不機嫌そうな顔をしてはいたけれど。

 

「――――そう。あの脳筋娘が、ね」

 

「ねぇ、母さん。なのはは大丈夫なのかな? もし、このまま目が覚めなかったら、私っ……」

 

「ふん、あの脳筋娘が簡単にくたばるわけがないでしょう。口にしたくもないけれど、アレは私に勝った奴よ。そんな奴がどこぞの馬の骨ともわからない奴に負けたまま、死ぬなんてありえないわ」

 

 そのことを少しだけ嬉しく思いつつ、最悪の未来を予想してまた泣き出しそうになった私に母さんは一度鼻を鳴らすとそう断言した。

 でも、私はなんで母さんがそんなことを言えるのかがわからない。だってもう一週間だ。一週間もなのは目を覚ましていない。なのに、なんで大丈夫だと言えるの? 母さんはなのはが心配じゃないの? そんな疑問と共に小さな怒りが湧き起こった。

 だが、その怒りも続く母さんの言葉で消え去ってしまうことになる。

 

「まぁ、とにかく粗方の話はわかったわ。それで? フェイト、貴女は一体何をしているの?」

 

「えっ……?」

 

「だから、こんな所で貴女は何をしているのかと聞いているのよ」

 

 その質問に私は上手く答えを返すことが出来なかった。

 それも当然だ。だって、私は何もしていない。ただ嘆いて、心配して、悔んで。

 でも、言ってしまえばそれだけだった。それだけのことしか私は出来ていない。

 

「嘆いていている? 心配している? 悔いている? まぁそんなところかしらね。だけどね、フェイト。そうしていれば、何か今の状況は変わるの? 何か事態は好転するの? アレは目を覚ますのかしら?」

 

「そ、それは……」

 

 ――――わかっていた。

 そんなことは言われなくても、本当はわかっていた。

 わかっているのに、私は何もできていなかった。

 

「私が良い事を教えてあげるわ、フェイト」

 

 完全に何も言えなくなった私の様子を見て、母さんは言葉を続ける。

 その僅かに細められた瞳はここではなく遠い場所を見ているようだった。

 

「そんなことをしていても何も変わりはしないの。どれほど嘆いていても、どれだけ悔んでいても、状況は絶対に変わりはしない。自分で何かを始めなければ、動き出さなければ、何かを変えることなんて出来はしないのよ。……待っていれば助けてくれる神様なんて、この世のどこにもいはしないのだから」

 

 それはきっと母さんの経験から零れたものなのだと、私はすぐに理解した。

 過去に最愛の娘を失って一度絶望した母さんの……ううん。多分、今も絶望したままの母さんの言葉。長年の想いが込められていたその言葉は、とても重い。

 私は母さんの言葉を聞いて、悲しいなと思った。けれど、やっぱりとも思った。

 どれだけ私が母さんのことを想っていても、どれだけ傍にいても、どれだけ話をしても。……私では母さんの一番にはなれない。私はアリシアには勝てない。生者では死者に勝つことができない。それを最近、強く感じるようになった。

 

「確かにアレは馬鹿で脳筋の砲撃魔だし、野蛮で気品の欠片もないし、無鉄砲な上に我が強い聞かん坊だわ」

 

 顔を顰めながら、なのはのことをボロカスに言っている母さん。

 でも、何故なのだろう。本気でなのはのことを嫌っている様子はない。

 前々から不思議に思っていた。なのはのことを話す時、母さんは殆ど悪口しか言わないのに、いつもよりも口数が多くなるのはどうしてなのだろうか、と。

 

「だけど、自分で決めて自分で動くことのできる奴よ。そして、やり遂げることができる奴よ。……その点だけは私も認めている」

 

 けれど、その訳が少しだけ分かったような気がする。きっと母さんはなのはのことを誰よりも認めているのだ。特別仲が良いというわけではないけど、好きか嫌いかで言えば絶対に嫌いだと言うだろうけど。それでもプレシア・テスタロッサは高町なのはを認めている。自分と対等である、と。

 だからこそ、母さんは私みたいに過度な心配なんてしない。不安にもならない。だって、信じているから。なのはなら大丈夫だって、誰よりも信じることができるから。

 

「………………」

 

 そのことを理解して、私はちょっとだけモヤモヤとした気分になった。

 きっと今、私は二人の関係に嫉妬している。母さんに認められているなのはに。なのはを私よりも信じられる母さんに。そして、二人の間にある見えない確かな繋がりに。私はひどく嫉妬していた。

 醜い、と自分でも思う。だけど、どうしても羨む気持ちは消えなかった。

 

「だから、貴女も早く動き始めなさい。あの子の力になるのでしょう? ぐずぐずしていると置いて行かれても知らないわよ」

 

 なのはに置いて行かれる。その光景を想像して、全身が震えた。

 そんなことはあり得ないと言いたくても、私は言えない。だって絶対にあり得ない話ではないから。友達にはなれたけど、私はまだなのはの隣には立っていない。追い付いてさえいない。

 彼女は手を伸ばして待ってくれているけれど、私よりもずっと遠い先を歩いているんだ。

 ――――だからこそ、今のままじゃ絶対にダメなんだよね。

 

「――――母さん。私、何か始めてみます」

 

 この不安な気持ちは簡単には消えそうにない。傍にもいれない悔しさもどうしたって、なくなりそうにない。だけど、それらを全部呑み込んで動かなくちゃ、本当の意味でなのはの友達にはなれない。何より、このままじゃ私はなのはに友達だって胸を張れない。 

 

「まだ何をすればいいのかもわからない。だけど、それでもとにかく何かを始めてみます」

 

「……まぁ精々頑張りなさい。時間は皆等しく有限なのだから」

 

 力強く言い切った私の顔を見て、母さんは少しだけ満足げな表情を浮かべた。

 しかし、それもほんの一瞬のこと。すぐに普段のしかめっ面になってくるりと踵を返すと、この場を去ろうとしてしまう。

 まだお礼を言えてないっ、そう思った私は慌てて母さんを呼び止めた。

 

「――――あの、母さんっ!」

 

「……まだ何かあるの?」

 

「今日は話を聞いてくれて、ありがとうございました。その、嬉しかったです」

 

 ここまできて、私は漸く悟ることができていた。母さんは私に発破をかけにきてくれたのだ、と。

 冷静になって考えてみれば、母さんがこんな所にいるのはおかしいのだ。元より誰かの許可もなしに病棟から出ることもできないはずだし、母さん自身、気分転換に外に出てくるタイプでもない。

 きっと誰かに私のことを聞いて、わざわざここに来てくれたのだろう。少々自分本意な考えかもしれないけど、強ちそれが間違っているとも思えなかった。

 

「ただの気紛れよ。感謝する必要はないわ」

 

「それでも、凄く嬉しかったですから。ありがとう、なんです」

 

「……もういいわ、勝手になさい。……この馬鹿娘」

 

 私の言葉に小さな声でぽつりとそう言い残すと、母さんは振り返らずに去っていく。最後に何かを言ったような気がしたけれど、残念ながら私の耳には届かなかった。

 母さんの後ろ姿が完全に消えるまで見送ると、私はまずこれから何をするべきかを考える。なのはに追いつくために、対等に思って貰うためにするべきこと。言葉にするのは簡単でも、実行するのは中々に難しい。勿論、全く手がないというわけでもないのだけれど。

 

「……やっぱり、“アレ”しかないかな」

 

 それを明確な形で見せるためには、秘かに練習中の“アレ”しかないだろうと思う。

 一週間前の時点ではあまり上手く制御出来なくて二分しか持たなかったけれど、絶対にモノにしてみせる。

 そう心に誓った私は、常に傍らにある愛機へと声をかけた。

 

「バルディッシュ。私に力を貸してくれる?」

 

“Yes sir.”

 

「……ありがとう」

 

 愛機の心強い声を聞いて、私は久しぶりに頬が緩んだ。

 この子と一緒なら頑張って出来ないことなんて何もない、そう確信が持てた。

 普段は無口で殆ど話してはくれないけれど、いつも私の傍にいてくれる頼りになる相棒だ。

 

「よし、行こう。特訓開始だ」

 

 

 

 

 

 フェイトが少しだけ立ち直っていた丁度その頃。僕、クロノ・ハラオウンは地球にいるユーノと通信をしていた。勿論、話の内容は先のなのはが襲撃された事件についてである。

 

“――――それじゃ、やっぱり……?”

 

「ああ。今回、僕達は動けない」

 

“……犯人が魔道師なのは確実なのにかい?”

 

「……そうだ。君も知っているだろうが、僕達は管理外世界の事件にはロストロギア関連の例外を除き、基本的には関与することができないんだ。これが指名手配中の凶悪犯だったならば、まだ調査許可も下りやすいんだが……すまない」

 

“…………いや、僕の方こそごめん。完全に八つ当たりだった”

 

 通信越しに僕とユーノは謝り合う。だが、その表情は二人とも固いままだった。

 僕自身、今回の事件に関して何も感じていないわけではない。調査の許可が下りないことに酷く歯痒くてもどかしい気持ちで一杯だった。しかし、許可が下りなければ勝手に動くことわけにもいかない。

 せめてなのはが襲われたのが管理外世界でなければ……ふとそんな考えが頭に浮かんだ。だが、そんなことを考えていても詮無いことだと理解してもいる。

 誰も気づかない程度に小さく溜め息をつき、僕はすぐさま気持ちを切り替えた。

 

「一応、最近その近辺で似た様な事件が起こっていないかを調べている所だ。辛いかもしれないが、今はなのはの傍についていてやってくれ。それと君自身も気を付けるんだ。まだ次がないとも限らないからね」

 

“…………うん、わかってる”

 

 僕の言葉に神妙な顔でユーノは頷いた。

 彼が今回のことで気負っていることは通信越しでもよくわかる。その様子に少し不安も残るが、今は何を言っても殆ど効果はないだろう。

 ……友人に上手く言葉を掛けられない自分の至らなさが今は恨めしかった。

 

「それではまた折を見て通信を入れてくれ。こちらも何かわかったらすぐに連絡を入れる」

 

“――――うん、それじゃ”

 

 

 ユーノとの通信を終えた後、僕は共にいたエイミィを連れて通信室を出る。

 向かう先は自らの執務室。フェイト達の裁判のこともあり、ここ最近は書類整理の仕事が普段の二倍程の量になっていた。

 

「大丈夫かな、ユーノ君。少し思いつめてたみたいだけど」

 

「心配はいらないさ。思う所はあっても、勝手に暴走するような奴ではないからね」

 

「うん。……でも、あのなのはちゃんがやられるなんて、未だにちょっと信じられないなぁ」

 

「なのはは確かに強者ではあるけど、無敵というわけではないよ。だから、今回のこともあり得ない話ではない」

 

 エイミィと言葉を交わしながら、そこそこの速度で通路を歩いていく。

 ただエイミィにはそう言ったものの、僕もなのはを倒した相手のことは気にはなっていた。まだ完全に把握できているわけではないが、なのはの純粋な戦闘力は少なくとも僕よりも上だ。勿論、全く勝算がないわけではない。しかし、勝率としては三割を超えられれば良い方でもあった。

 そして、そんななのはを倒した相手。なのはと同等、もしくはそれ以上の実力者ということなる。

 ……単純な個人の力量だけが全てとは思ってはいないが、捕まえるのが困難であることは想像に難しくはなかった。 

 

「だけど、実力者とはいえなのはは民間人だ。それを襲撃するなんて許せることじゃない」

 

「クロノ君……」

 

「わかってる。フェイト達の裁判のこともあるし、アースラも今は整備中だ。暫くの間、直接は動けない。でも、きっと出来ることが何かあるはずだ」

 

 人を守るためにあるはずの法律に足を引っ張られるなんて、どんな笑い草だろうか。管理局に努めていることは微塵も後悔していないが、時折抱えるこの矛盾には苦い思いも感じていた。

 法も守って人も守る。言葉にすればこう簡単なのに、これが単純にイコールでないことがこの世の中には思いの外多かった。……本当、現実は儘ならないものだ。

 

「少し時間を作って個人的に調べてみようかと思う。今回のこと、どうもこれだけで終わらない気がするんだ」

 

「なら、私も手伝うよ。これでも私はクロノ君の補佐官様ですからね!」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

 だけど、ここで歩みを止めるつもりは当然なかった。

 こんな所で立ち止まってなんていられない。

 少しでも悲劇や哀しみの連鎖を止めるために、僕は管理局員になったのだから。

 

「ねぇ、クロノ君。あれってグレアム提督じゃないかな?」

 

「ん? ああ、本当だ。――――グレアム提督!」

 

「やぁ、クロノ。エイミィくんも、久しぶりだな」

 

 執務室に戻ってくると、部屋の前に父の代からの恩師であるグレアム提督が待っていた。

 久方ぶりに会ったからだろうか。こちらに柔らかな笑みを向けてくる提督の姿を見て、どこかほっとするような安堵感を覚える。

 

「お久しぶりです!」

 

「ご無沙汰しています、提督。僕達を待っていらっしゃったようですが、何かご用でも?」

 

「なに、偶々近くを通りかかったものでね。少しだけ様子を見に来てみたんだ、二人とも元気そうで安心したよ」

 

 そう言って大らかに笑いながら、グレアム提督は僕の肩を軽く叩いてきた。

 第一線からは退いたとはいえ、顧問官が暇なわけがない。だというのに、こうして時折僕らの様子を気に掛けてくれることが純粋に嬉しかった。まぁ、少しだけこそばゆい気持ちもあるが。

 

「折角ですから中へ入られませんか。大した物はありませんが、お茶くらいならお出しますよ」

 

「いや、その誘いに乗りたいところでもあるんだが、実は今日はあまり時間がないんだ。まだ片付いていない仕事も残っていてね」

 

「そう、ですか」

 

 少々残念だと思うが、仕事があるのならば仕方がない。

 またその内機会もあるだろうし、ここで無理強いをする気も僕にはなかった。

 ただ、一つだけ気になったことがあるので、それを聞いてみることにする。

 

「そういえば、今日はリーゼ達と別行動なのですか? 姿が見えないようですが?」

 

「……ああ。今、彼女達は病院なんだ。とある任務中に少し負傷してしまってね」

 

「えっ……? あのリーゼ達がですか?」

 

「負傷自体はそんなに大したモノではないから心配はいらんよ。まぁ、時間があったら見舞いにでも行ってやってくれ。君達が顔を出せば、彼女達も喜ぶだろう」

 

 あのリーゼ達が二人とも負傷した。

 その言葉の意味はすぐに理解出来ても、俄かには信じられなかった。

 昔、稽古をつけて貰っていたから彼女達の実力は嫌と言うほどよく知っている。近接戦が得意のロッテと、魔法戦闘が得意なアリア。一人ずつでもかなり強いのだが、二人が揃っている時は更に強い。それなのに二人とも負傷したとなれば、必然的に相手がそれ以上の実力だったということになるわけなのだが……。

 

「でも、なのはちゃんだけでなく、リーゼ達もなんて何か嫌な予感がするね」

 

「ん? 君達の知り合いも誰か怪我をしたのか?」

 

「はい。前回の事件に協力してくれた女の子なんですが……一週間ほど前に襲われたようで」

 

 そう。エイミィの言う通り、なのはを襲撃したのもまたかなりの実力者のはずだ。

 可能性としてはそんなに高くはないが、このタイミング。もしや同一犯か? いや、そう考えるのは早計だろう。まだリーゼ達の就いていた任務が何なのかすらもわかってはいないのだから。

 

「前の事件というと、弟97管理外世界の?」

 

「ええ、そうですが……何か気になるところでも?」

 

「……いや。特にはないが、あの世界は私の出身世界でもあるからね。少しばかり気掛かりでもある」

 

「ああ、なるほど」

 

 そう言えば、グレアム提督は地球の出身だったか。

 ならば、故郷のことを気にしても別におかしなことはない……はずなのだが、この妙に何かが引っ掛る感じは何なのだろうか。

 

「クロノ。その件に関して、何か情報が入ったら私にも連絡を入れてくれるとありがたい。私の方でも少し調べてみよう」

 

「了解しました。何かわかりましたら、すぐにグレアム提督にご連絡します」

 

 それから二言三言話をした後、グレアム提督は足早に去っていった。

 僕は僅かに眉を顰めると、遠くなっていくその後ろ姿をじっと見つめる。

 リーゼ達の話をしてから、グレアム提督の様子が少し変だと感じたのは僕の気の所為だろうか。彼は僕達が知らない何かを知っているのでは……。

 

「――――――――」

 

「クロノ君? どうかした?」

 

「――――いや、なんでもないよ」

 

 こちらを心配そうに見つめてくるエイミィに小さく笑ってそう返すと、僕は執務室へと入った。

 長年の恩師に疑いを掛けるなんて、今日の僕はどうかしている。自分で思ってた以上になのはが襲撃されたことが響いているのかもしれない。そう考え、一度首を横に振ると僕は溜まっている書類を片付け始めた。

 だが、僕の直感は未だ告げている。グレアム提督はきっと何かを知っているはずだ、と

 

 

 

 

 ~海鳴市総合病院、とある一室~

 

 

 人工呼吸器と機械音だけが規則的に鳴る病室。

 窓から外の爽やかな風が室内に入り込んではいるが、そこはとても静かだった。

 ベッドを囲むように何かの機械が並び、点滴がポタポタと滴を垂らしてもいる。

 そんな病室の中で栗色の髪の少女は眠っていた。病院服を身に纏い、髪を下ろしているその姿からは普段の元気な様子は微塵も感じることはできない。

 

「…………………………」

 

 つぅ、と少女から雫が零れた。

 どんな夢を見ているのだろうか。それは彼女自身以外は知る術もない。

 …………だが、続く少女のうわ言で推測することは容易かった。

 

「――――みっ、くん…………おいなり、さん……えへへ」

 

 もう、何か色々と台無しだった。

 



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第二十一話。なのはさん(28)の覚醒

 からんからんと教会の鐘の音が盛大に鳴り響いた。

 カレンダーの日付は六月。本来は梅雨の季節のはずだが、本日は実に見事な日本晴れ。まるで天気でさえも二人の新たな門出を祝ってくれているかのように、綺麗に晴れ渡っていた。そんな中、多数の祝福の声を浴びながら赤い絨毯の上を並んで歩いている二人の姿がある。

 

「……痛たた。ライスシャワーって意外と攻撃力あるんだなぁ」

 

 白いタキシードに身を包んだ新郎が男性陣からの暖かい祝福を受けて、小さくぼやいた。力一杯投げつけられる白き結晶の被害はそれほどではないが、地味に痛いらしい。だが、そうは言いつつも本気で嫌だとは彼も思っていないようで、その顔には常に笑みが浮かんでいた。

 

「ふふっ、なんかミっくんだけ総攻撃されちゃってるもんね」

 

 そう言って純白のウエディングドレスを纏う新婦もまた柔らかく笑った。その表情からは幸せ一杯という感情が見ているだけでも伝わってくる。それが余計に男達のライス(と書いて攻撃と読む)の威力をあげることになるのだが、彼女がそれに気がつくことはなかった。

 そんな彼女に彼はあははと苦笑いをすると、少しだけ声を秘めて問いかける。

 

「……体調は大丈夫? 気分とか悪くなったりしてない?」

 

「うん、全然平気。寧ろこの子も喜んでるみたい」

 

 心配する彼にむんと拳を作って元気さをアピールした後、彼女は優しく自分のお腹を擦った。

 もう既に彼女のお腹には新たな命が宿っている。まだ生まれるのは半年以上先の話だが、それでも僅かに母親になる自覚が彼女にも出てきていた。

 

「ならいいんだけど……そう言えば、もう名前を決めたんだよね。何にしたのか聞いてもいい?」

 

「うん、いいよ。この子の名前は――――――“ナノハ”」

 

「えっ……?」

 

 彼女が告げた名前に彼は驚きの声をあげる。

 その名前は彼女にとっても、彼にとっても重要な意味を持つものだった。

 そして、二人を繋いだ鎖でもあり、枷でもあり、棘でもある。

 

「この子は“ナノハ”って名前にする。私の身勝手な願いかもしれないけど、この子には誰よりも強い子になって欲しいの。ママみたいに皆に好かれる、優しくて心の強い子に」

 

 そう言った彼女は複雑そうな、だけどそれ以上に誇らしそうな表情をしていた。

 そんな彼女を見て、彼はふんわりと優しげな笑みを浮かべる。

 

「――――そっか、良い名前だね。きっと芯の強い子に育ってくれそうだ」

 

「えへへ、そうでしょ~? 実はこの前、桜餅を食べてる時に“コレだ”って思ったんだ!」

 

「いや、うん。それはどうなんだろ……?」

 

 彼に同意されたのが嬉しかったのか、彼女は胸を張って余計なオチまで言ってしまった。

 この微妙に残念な所があるのは、あの人譲りなのかなと少し遠い目をして彼を空を見上げる。

 雲一つない晴天。あの人が好きだった空。一瞬だけあの人の顔がちらついた。

 

「――――――――」

 

「……ミっくん? どうかした?」

 

 小さく囁くように彼が何かを口ずさんだ。

 その言葉は誰の耳に届くでもなく、空へと静かに溶けていく。

 不思議そうにそう尋ねてくる彼女になんでもないよと首を振ると、彼は真剣な顔でこう告げた。

 

ヴィヴィオ(・・・・・)、絶対に幸せになろう」

 

「――――うん♪」

 

 満面の笑みで飛び付いてきた彼女を受け止め、そっと口づけを交わす。

 周囲から歓声や茶化す様な指笛の音が聞こえる中、二人は照れ臭そうに笑い合うと、もう一度だけ空を見上げた。深い深い青色の空には、二人を祝福するかのようにあの人が微笑んで…………。

 

“って、コラッ! 何かちょっと色々と待て―い!!!”

 

 ……いるわけが当然なかった。つーか、相当お怒りだった。

 ――――暗転。夢の世界は終わり、少女は目覚める。

 

 

 私の名前は高町 なのは。

 寝起きからというか寝ている途中から、激しく突っ込みを入れてしまった女の子です。

 でもでも、それも仕方がないって私は思うんだ。だって、あんな夢だよ? 何か良い雰囲気で終わらせようとしてたけど、私的にはちっとも良くない夢だよ?

 …………ぶっちゃけ、妙にリアル感があって全力全開で嫌な汗が噴き出しております。

 

「はぁ、はぁ。ミっくん×ヴィヴィオで、空からなのはさんが見てるぜEND? ……認めない! そんなエンディングなんて私はぜぇぇたいに認めないんだからっ!」

 

 はぁはぁと荒い呼吸を吐きながら、とりあえず叫んでみる。

 夢のインパクトがあまりにも大き過ぎて、ここが病室であることでさえ至極どうでもよかった。当然、襲撃されて入院しているなんて事実も頭の中からぶっ飛んでいる。

 ていうか、アレって本当に夢の話ってことでいいんだよね? もしかしなくても、“アッチ”の世界でもヴィヴィオENDになっちゃってるとかないよね?

 いやまぁ、それならそれで死んじゃってる私には何も言う権利はないんだけど……とても複雑な気分です。

 

「それに子供の名前がナノハって。桜餅って。いや確かに私も好きだけどさ、これって確実に桜餅→春→菜の花→なのはの連想ゲームになっちゃってるよね? 強くて優しいとかの理由は全部後乗せサクサク設定だよね!? あーもうっ、色々プンスカプンだよ!」

 

 大体、私はどこのサイ○人のおじいちゃんだよと小一時間。

 縦しんば女の子なら問題ないとしても、男の子だったらいじめられちゃうんじゃ……とか割と本気で孫のことを心配した私の優しさを返せ、この野郎。

 それに心の広さに定評のある私でも結婚する前におばあちゃんになるのは、流石に許容できません。まぁ私自身、人生を二段跳び位で駆け抜けちゃった感があるからとやかく言うつもりはないけど、物事にはちゃんと順番ってモノがあってだね。って、ちょっと待って。今思ったけど二人に子供が居るってことは……おおぅ。

 

「ミっくんの獣根とヴィヴィオの愛花弁は既にコンバイン済み…………はっ。ということは、ミっくんの貞操が奪われてるー!? お、おのれヴィヴィオめ、実にうらやまけしからん。私なんて、寝ている時にフェイトちゃんにだいしゅきホールドされたことしかないのに……う、うわぁ~ん」

 

 やっぱり胸と若さには勝てないのかー! なんて叫びながら、私はぐすぐすと枕を濡らす。

 なんかもう色々と敗北感がやばい。娘の幸せを素直に喜べない自分の醜さもやばい。でも、それも仕方がないよね。涙がでちゃうのも仕方がないよね。だって私、女の子だもん。

 勿論、アレが夢だってことはちゃんとわかってる。けど、好きな人が自分以外とゴールインする所を見せられるのは、ショックが大き過ぎた。これがあのNTRってやつか……ちくせう。

 

 ベットの上でortな体勢でいること十分強。うじうじと恨み辛み言を吐きながら枕をポフポフと叩いていた私は、ふいに自分は一体何をしてるんだろうと思い始めた。はっきり言って、今の私はもの凄くカッコ悪い。もし誰かに見られたら黒歴史突入どころか、二年くらい引き籠り確定だと思う。

 そのことに気付いた私はダルイ身体を何とか起こし、無理矢理気分を盛り上げていった。

 

「いいや、まだだ。まだ終わってないよ、というか始まってもないよ。要はヴィヴィオが生まれる前に決着を付ければいいだけの話じゃない。JS事件の時にミっくんは十一歳だから……うん、ギリギリイケる! 二重の意味で!」

 

 ちょっとだけ犯罪チックなことを考えつつ、私は至高の計画を脳内で修正していく。

 今度のミッド行きでは使えないにしても、今の内に色々と案を練っておくのことに損はないはず。それに十年という時は確かに長いけど、座して待っていては何も得ることなんて出来やしないのだ。故に私はもっと積極的に動いていくべきだと思う。

 ヴィヴィオのライバル化? ふん、実はそのことはそんなに意外なことでもないの(強がり)。何度かミっくんを家に呼んでご飯を食べた時、あの二人は普通に仲良さそうだったしね。まぁ、それを言うならフェイトちゃんもミっくんと仲良くおしゃべりをしていたから、警戒対象になるわけなんだけど……まぁそれは今は置いておいて。

 

「何より私の仕事は教導官。人を教え導くことこそが私の役目! 倫理面をちょいちょいとスルーしつつ、華麗にミっくんの筆を下ろして、桃源郷へと導いてあげようじゃない! ま、実地経験はゼロだけどね!」

 

 自虐ネタなんかを口にしつつ、二泊三日くらいで子○り温泉旅行とかって結構アリじゃね? とか割と本気で妄想してみる。桃源郷=温泉とか安直にも程があるけど、シンプルいずベスト。どこか排他的空間でありながら、解放感もある温泉地というものはロケーション的には最高なのだ。

 ぶっちゃけ、温泉上がりで少し顔を赤く染めた浴衣姿のミっくんとか……もうね、いただきますっ! って感じだと思うし、ぐへへ。

  

「よしっ、そうと決まれば行動あるのみだよ。まずは早急に資料(=ピンク本)を集めて、勉強しないとね! うふふのふ、ここから私の伝説が始まるのだ!」

 

 鼻から垂れてきた赤い液体をなんとか抑えつつ、私は病院の売店へと向かうことを決める。

 えっ? 病院の売店にそんな本が売ってあるのかよ? 実は病院の売店はそこら辺のコンビニ以上にピンク本の数が豊富なの。ほら、病院ってやっぱり娯楽的なモノが少ない環境だしね。中には看護婦さんに買ってきて貰うという猛者もいるらしいけど、流石に乙女な私には難易度が高過ぎます。

 移動の邪魔になる点滴をぽいぽいと外し、ゆっくりとベッドから下りる。少しばかり身体がフラつく上に重いけれど、その辺は溢れ出る情熱と根性でカバー。不屈の私に不可能なんて殆どないのだ。とかなんとか言いつつ、部屋の扉に手をかけようとした丁度その時、突然ドアが開かれた。

 

「――――えっ? なのは、さん?」

 

「ん? あっユーノ君。おっはー」

 

 がららっとドアを開け、病室の中へと入って来たのはどこか暗い雰囲気を放っているユーノ君。

 上手く口にするのは難しいけど、なんかキノコとか生えてそうなじめじめのどよどよ感がたっぷりだった。うん、なんか頭から胞子とかを一杯飛ばしてそうだね!

 このままユーノ君の観察をするのも面白そうかもなんて思ったけれど、今の私は重要な使命を帯びている身。どういうわけか私を見てフリーズ状態になっているユーノ君にフランクに挨拶をして、部屋の外へと歩き始めた。

 

「って、なのはさん、一体どこに行こうとしているんですか?」

 

 しかし、私の歩みは何故かユーノ君によって妨害されてしまうこととなる。

 動きの鈍い私の腕を掴んで、ユーノ君は必死に行かせないと力を込めてきた。

 地味に痛い上に、なんでそんなに焦っているのかが私には全くわからない。

 

「どこって……それは愚問だよ、ユーノ君。今、私が行く所なんて一つしかないじゃない」

 

「っっ!? ダ、ダメです! なのはさんはまだ怪我人なんですよっ!?」

 

 私の言葉に表情を驚きの色に染め、ユーノ君が怒鳴ってきた。

 怪我人? うん。いやまぁ、確かにそうなんだろうけど……私、割と元気だよ?

 かなり身体の動きは鈍いから三日くらいは寝ちゃってたのかもだけど、特に問題もないし。それに今はベットよりも売店の方が優先順位が上だもん。

 

「うん、そうだね。でも、それがなに? 今は一刻を争う事態なの。この一分一秒が後々響いてくるの。怪我なんて理由で立ち止まってなんていられないよ。これは私がやらなくちゃいけないことなんだから」

 

「そんなことはないですっ! 別になのはさんが無理してまでしなくたっていいことですっ!」

 

 ユーノ君、それは私以外の誰かがミっくんの保健体育を担当してもいいってこと?

 ふぅ、本当にやれやれだ。なんて馬鹿で愚かなことを言うんだろうね、この腐れネズミ君は。本気で私は君の正気を疑ってしまうよ。そんな羨ま……げふんげふん、美味しいポジションを私が誰かに譲るわけがないじゃない! ミっくんの貞操は私が奪……じゃなかった、私が守るんだから!

 そんな本音駄々漏れな内心を隠して、私は至って真剣な表情でユーノ君にお願いしてみる。

 

「――――お願い、ユーノ君。私を行かせて」

 

「い、嫌です! 絶対に行かせません!」

 

 しかし、ユーノ君は一瞬だけ怯みそうになりつつも、首を横に振ってそれを拒否した。

 むぅぅ。ちょっと売店まで行ってくるのもダメとか少し厳し過ぎない? あっ、もしかしてこれが以前噂で聞いた束縛系男子って奴なの? ユーノ君ってバインドも得意だし、うわぁなんか嫌なことに気が付いちゃったかも……。

 

「大体、なのはさんは三ヶ月(・・・)も眠っていたんですよ! そんな身体で無茶をすれば、今度こそ死んでしまいます!」

 

「いや、売店に行くのは別に無茶じゃ……って、ちょっと待って。今、何ヶ月眠ってたって?」

 

「だから、三ヶ月(・・・)です!」

 

 雷に打たれたような衝撃が私を駆け巡った。

 う、嘘。私の怪我ってそんな酷かったの? それは確かにパワー全開とは言えないけど、六割くらいは回復してるものと……って、大事なのはそんな所じゃない。あの日から三ヶ月ってことはだよ、今は……。

 

「も、もう十月!? 私の計画丸潰れ!? 私のサマーなバケーションは!?」

 

「えっ? ええっと、もう完全に終わりましたけど」

 

 私のドキッ☆みっどでミッドナイト計画が、初っ端から破綻した瞬間である。

 うぐぐっ、お父さんにおねだりして三着ばかり手に入れた夏物の可愛い服が全部ぱぁ……やばい、素直に落ち込んできた。お風呂に突撃して背中を流すという裏技まで使ったというのに、こんな結果は酷過ぎるっ。い、いや、でもまだ少しくらい可能性は残っているはずだよ、うん。諦めたらそこで試合終了だって眼鏡をかけた人も言ってたもん。

 そう思い直した私は僅かな希望にかけ、おそるおそる聞いてみる。

 

「そ、それじゃ、私のミッド行きは……?」

 

「勿論、中止です」

 

「で、ですよねー。あ、あはは…………きゅー」

 

 なのは は めのまえが まっくらになった。

 文字にするとまさにそんな感じで、私の視界が黒一色に染まった。

 もう何か全部嫌。そう思った私は身体から完全に力を抜き、ふらっとその場に倒れる。

 

「ちょっ。な、なのはさん!? まさか怪我の具合が悪化して!? だ、誰か助けてっ! なのはさんを! なのはさんを助けてくださいっ!」

 

 倒れた私を慌てて支えつつ、何故か病院の中心で叫ぶユーノ君。

 そして、その騒ぎを聞いて駆け寄ってくる看護婦さん達と病室から顔を出す患者達。

 そんな騒がしくなった周りの音を耳にしながら、そのまま私は不貞寝を決め込こんだ。

 

 

 

 結局、三ヶ月も眠っていたらしいお寝坊さんな私はその日の深夜まで不貞寝していた。

 どうせならもう三ヶ月くらい寝てやろうかなんて一瞬本気で考えたけれど、そんな最低なことは流石にしなかった。というかそんなに人間は寝れるようには出来てないしね。

 とまぁそれはさておき。衝撃の事実で受けた傷は完全には癒えてはいなかったものの、幾分か精神がマシになっていた私は今度は普通にナースコールを押しました。

 えっ? ピンク本はもう諦めたのか? うん、あの時の私は自分でもどうかしていたと思うんだ。一体どういう思考を巡ればあの結論に行きつくのか、全くわからないくらいだもん。それにお金も持ってない八歳児がエ□本なんて買えるわけないっていう。ホント、半日前の自分を思い出すだけで、軽く死にたくなるよ。

 

 しかし、そんな憂鬱な私の気分は瞬く間に困惑へと塗り替えされることとなる。

 ナースコールを押した後、急いでやってきた看護婦さんと先生によって私は診察を受けた。そこまでは至って普通の流れだったと思う。だがその診察が始まった直後、何故か高町家の皆が既に病室内に大集合しちゃってた。その時間、実にナースコールを押してから三分弱。ウルト○マンもびっくりの速度である。というか、先生達と殆どタッチの差ってどういうことなの!? と全私が突っ込みを入れていました。

 

 だが、そんな突っ込みもなんのその。更にその二分後には親友達(+その家族)も駆けつけてきた。当然、狭い病室内は既に定員オーバーでギュウギュウ詰めのおしくらまんじゅう状態。しかも、どういうわけか診察していた先生と看護婦さんが弾き出されるというオチ。うん、全く以て意味がわからなかった。いつの間に私の身内は人の壁を超えたんだろう……どんなに車を飛ばしてもニ十分はかかる距離なのに。

 最終的には追い出された先生の雷によって、なんとか事態は収拾されたわけなんだけど……廊下に並ぶ十人以上の正座は暫く忘れることの出来ない光景でした。全員身内だったことが余計に涙を誘ってたしね。まぁ、急いで来てくれたことは純粋に嬉しかったんだけど。

 

 先生の診察が終わった後は、抱きつかれ、泣かれ、叱られるというフルコースだった。ある程度は覚悟していたけどお母さんやアリサちゃん達だけじゃなくて、お父さんやお兄ちゃんまで目に涙を溜めているのを見た時は、本当にごめんなさいって気持ちで一杯になった。

 正直、今回のことで魔法をやめるように言われるかもと少しビクビクしてたけれど、叱られただけで特にそういうことは何も言われなかった。まぁ、実際は私に危ないことをして欲しくないって思ってるんだろうけどね。我ながらダメダメだなと内心で溜め息を吐きつつも、私はその好意に甘えさせて貰いました。

 

 あと、高町家以外の人達もいたのでフェレットモードになってたユーノ君に念話で教えて貰った話なんだけど、アリサちゃん達には私は交通事故にあったということになっているらしい。

 でもまぁ犯人は見つかってないし、深夜に私が一人で出歩いていたことも不審に思ってるようで、言い訳としては苦しかったみたいだ。特に忍さんは何やら裏の関係者に襲われたんじゃないかと疑っていて、その辺はお兄ちゃんが誤魔化してくれているとのこと。本当にご迷惑をお掛けしています、と内心で深く頭を下げておきました。

 

 全てを先延ばしにするようで非常に心苦しくもあるけど、今回の事件を無事に解決できたら一度皆と話をする機会を作りたいと思います。……どこまで話せるかはわからないけれど、少しでも納得して貰えるように。

 

 

 

 とまぁそんなこんなで小さな騒ぎもありつつ、私の入院生活は幕を開けました。

 怪我自体は寝ている間にほぼ治っているようなので、今はリハビリがメイン。額に浮かぶこの脂汗が、私の乙女度を上げていると信じて精一杯頑張っております。

 

「はぁ、はぁ、はぁ。これで、ラ、ストッ!」

 

 病院のカリキュラム通りのリハビリを終えた後は、いつも自主的に腕立て伏せとかをやっている。無論、誰かに見つかると怒られるので病室でこっそりとだ。ま、多分バレてるだろうけどね。

 それにしても、ちょこちょこ鍛えていた身体がまた鈍くなってしまったのは何とも言えない悲しさがある。折角、二十回も出来るようになっていた腕立てが今や五回で限界。プラマイゼロ、むしろマイとか……もうね、マジで泣きそうだよっ。

 

「…………もう無理。もうダメ。もう死ぬ」

 

 ぜぇぜぇと半ば死にそうになりながら、私はベットの上でバタンキュー。

 乱れた息をゆっくり整えつつ、お腹がすいたなぁなんて考えていた。入院生活での私の楽しみは皆が持ってくるお見舞い品(食べ物)のみ。ほぼ毎日のように誰が持ってくるそれをわくわくしながら子犬のように待っています。

 えっ? 病院食はどうしたって? 勿論、残さずにちゃんと食べているよ? だけど、入院中って食べることくらいしか楽しみがないんだもん。読書は柄じゃないし、ゲームはすぐに飽きたし、テレビはカード式だし、携帯弄ってても限界あるし。つまるところ、私は大変暇なのです。ここが自分の部屋なら猫なのはモードでゴロゴロ転がって暇つぶしもできるんだけど……流石に病院じゃ恥ずかしいし。

 

「うーやばい、本当にお腹がすいてきた。お稲荷さんとか食べたいー」

 

 誰に言うでもなく、そんなことを呟いてみる。病室に一人だと独り言が多くなるのは仕方がないことだ。別に私が淋しい人間ってわけではない、と思いたい。昨日までなら昼間はユーノ君がいてくれたんだけど、本局の方に行っているので今はいなかった。

 まぁ本来なら七月くらいからずっと向こうに居る予定だったんだから、文句を言うつもりはないんだけどね。私の意識が戻らない間、裁判がある時以外はわざわざ海鳴に来てくれていたらしいし、私の手紙を届ける役目(メッセンジャー)も担ってくれてるもん。これで文句を言ったら罰が当たってしまいます。

 

「ん~。でも、レイジングハートもいないのは淋しいなぁ」

 

 しかし、そうは言っても長時間一人でいるのは中々に寂しいもの。

 愛機のいない首下を手で触りつつ、私は自然とそうぼやいていた。この前の襲撃の所為で大きく破損してしまったレイジングハートは私の意識が戻る前から本局で修理中。外部よりも内部の方の損傷が大きかったようで心配していたんだけど、コア自体には問題はなかったらしい。

 ユーノ君の話によると今は色んな強化プランを幾つも出して、デバイスマスター達を困らせているとかなんとか。まぁ元気そうなので私は安心しちゃったけど、マリエルさん達にはごめんなさいかもしれない。ここだけの話、もしかしてタダでカートリッジが付くんじゃないかとちょっぴり期待していたりもするんだけどね。ビバ☆火力強化!

 

 とまぁそれはさておき。時間が有り余っている内に少しばかり考えないといけない案件が残っている。三ヶ月も寝ていた所為で私の立ていた綿密(行き当たりばったり)なプランはもう使えなくなってしまったのだ。まぁそのプランの核となる部分自体、可能かどうかの判断を私は出来ていなかったわけなんだけど……それも今は返答待ちなので保留です。

 今、一番考えなければいけないのは、私を襲ったあの襲撃者達のことだ。ぶっちゃけた話。結界を張られた時、私はてっきりリーゼさん達の仕業とばかり思っていた。というか他に私を襲う理由がありそうな候補がいなかったしね。

 

「……でも、それは違ってた。私を襲ったのは、私にそっくりな女の子」

 

 でも、実際の犯人は私に良く似た顔の女の子だった。当然、私は凄くびっくりしました。というか自分のドッペルさんを見て、驚かない方がおかしいと思う。

 プロジェクトF関連なのかなともちらりと疑ったけれど、この時代に人造魔道師を作れる人はプレシアさんとジェイル・スカリエッティくらいなもの。前者は本局にいて、後者は私のことなんてまだ知らないはずなので、その可能性はとても低かった。それに口で上手く説明するのは難しいけど彼女はクローンというよりも、なんか2Pカラーの悪役? みたいな雰囲気だったんだよね。こう空気的に。

 

「それに敵対心バリバリだったもんなぁ……」

 

 どういうわけか、向こうは私のことをよく知っているようだった。

 いや、それだけじゃない。私に対して何かしらの感情を抱いているみたいだった。とても冷静な瞳をしていたけど、あの強い感情だけは隠し切れてはいない。寧ろ隠す気すらあの子はなかったように感じた。

 

「“貴女にだけは負けません”、ね。いきなりライバル発言されたのは、生まれて始めてだったっけ? ……結局、理由は聞けてないけど」

 

 クリーム色の天井を見ながら深い溜め息を吐く。

 あまりにも不甲斐ない結果になんだか頭も痛くなってきた。

 一対一なら勝てた、というか途中までは勝ってた。三人に増えてからも、負ける気はしなかった。確かに彼女達は三人ともエース級の実力者達で連携もそれなりに上手だった。しかし、それでも負けないように戦うことは可能だった、いつもの私なら出来るはずだった。だけど、結果的に私は負けている。それが全てだ。過程も大事なものではあるけれど、こと戦闘においては結果が全てだ。どれだけ言い訳を並べても私の敗北は揺るがない。

 

「………………っ……」

 

 油断がなかったとも、思わぬ事態に焦りがなかったとも言わない。

 だけど、それ以上に私は動揺してしまった。彼女達が使ってた魔法は属性とかその辺は多少アレンジされていたけど、殆ど私達の魔法と同じと言っても良いくらいに似ていた。勿論、そのことにも私は驚いた。だけど、一番驚いたのはあの三人があの魔法を使ったこと。

 

「……アレはどう見ても“大人モード”だった」

 

 身体の大きさを変えるような変身魔法は別に誰が使ってても、不思議ではない。

 実際にベルカの方にも武装形態っていうのがあるし、絶対におかしいとも言えない。けど、それを加味してもアレはヴィヴィオの大人モードの術式に似過ぎていた。それにベルカとミッドの混合ハイブリッドなんて、未来でも過去でも使ってる人なんて殆どいない。

 となれば、彼女達は一体どうしてそれを使えるのだろうか。戦闘中なのにも関わらず、私は深く考え込んだ。本当なら無駄な思考は邪魔以外の何でもないのに、考えてしまった。そして、私はその先にほんの小さな希望を見出してしまう。

 ……もしかしたら、あの子達は未来(アッチ)の世界から来たかもしれない。

 それは余りにも突拍子もない考えだと自分でも思った。だけど、もしだ。もし、そうだったとしたら……。

 

 ――――私がアッチに戻れる可能性だってあるんじゃないかな?

 

 今まで全くのゼロだと思っていたものが、一厘にも満たない可能性を持った瞬間だった。 それを考えた時、私の全身に震えに似た何かが走る。きっと馬鹿な考えで、とても愚かな考えだった。しかし、そうだと理解していても私の心は歓喜に満ちていた。そして、歓喜している自分自身に心底驚いてしまう。

 

 もう私は完全に振り切れているものとばかり思っていたのに。勿論、今までも忘れたりはしていなかったけれど、糧にして前に進めてると思っていたのに。なんでこんなにも私は喜んでるんだろう。

 結局の所、全ては私の思い違いでしかなかった。私はまだ未練タラタラで引き摺ったままだったんだ。

 そのことを自覚して私は愕然とした。未だ嘗てないくらいに動揺してしまい、戦闘に集中できなくなった。そこからは本当に目も当てられないようなお粗末な展開。誘導弾のコントロールは定まらず、砲撃は意図も簡単に撃ち破られ、バインドに容易く捕まった。そして、私は実に呆気なく撃墜されてしまう。それが三ヶ月前の敗因(全て)だ。

 

「……はぁ、我ながらアレは酷過ぎる。カッコ悪すぎで笑えてくるよ、ホント」

 

 溜め息と一緒に誰にも言うことができない本音が漏れた。少しだけ声も震えているみたいだ。けど、それも仕方がないよね。訳もわからず死んじゃって、訳もわからず過去に戻されて、未練が残らないわけがない。納得できるわけがない。気にならないわけがない。

 あの後のフェイトちゃんのこと。残されたヴィヴィオのこと。そして、ミっくんのこと。その全部がしこりのように今だって、この胸に残ったままなんだっ。

 

「あ、あはは。私って、こんなに弱かったのかな。……もっと強いって、思ってたんだけどなぁ」

 

 気が付けば、何かが私の頬を冷たく濡らしていた。

 濡れた顔を覆い隠すように手を置いて、私は周囲の視界からそれを遮る。

 今の私だけは誰にも見られたくなかった。こんな私だけは絶対に見せたくなかった。

 ……私は笑顔で元気な“高町 なのは”じゃないと皆が心配してしまう。

 でも、こうして考えれば考えるだけ、今まで故意に蓋をしていたモノが一気に溢れて出して、止まってくれない。

 

「……でも、やっぱり帰りたいよ。叶うことなら今すぐ皆に会いたい」

 

 やっぱり帰りたいって想いをどうしても私は捨て切れてない。寧ろ、日に日に大きくなっていっている気さえする。自分でも本当に最低だと思うけど、この想いは止められそうになかった。

 

「……私はどうすればいいのかな? ねぇ、誰か――――」

 

 ――――私に、教えてください。

 



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第二十二話。なのはさん(28)の回顧

 それはいつかのどこかの遠い日のこと。

 昼食後、私は暖かな陽だまりの中でのんびりと休憩をしていた。

 場所はウチの隊がよく使う訓練場。ここは殆ど人が来ないから格好のダラけスポットでもある。

 春の日差し浴びながら、身体一杯に緑の匂いとさわやかな風の音を感じていた私はベンチの上にごろんと横になった。普段の私なら絶対にしない行動だけど、その時は誰に気兼ねなく寛ぎたい気分だったんだ。

 

「………………むにゃ……」

 

 連日による教導で結構疲れが溜まっていたのだろうか。

 愛機に時間になったら起こすように頼むと、私はすぐにまどろみの中へとその身を委ねてしまった。

 休憩時間は残り三十分弱、お昼寝には十分な時間がある。まぁ誰か来たら勝手に目も覚めるだろうと半ば高を括って、私はそのままぐっすりと夢の世界へと飛び立った。

 ――――しかし、私が次に目を覚ますと大変驚くこととなる。 

 

「――――ゃぅ……?」

 

「あっ。おはようございます」

 

 何かの物音を聞いてゆっくり目を開けると、そこにはミっくんの顔があった。

 幾つかの資料を片手に持っているミっくんは寝ぼけている私を見て苦笑しながら、声をかけてくる。

 それに私は寝ぼけたままで返事をしようとして……気がついた。

 

「ぅん、おはよ……っ!?」

 

 いつも見ている彼の顔がやけに大きく鮮明なことに驚き、その距離の近さにまた驚く。

 ぶっちゃけ心臓が飛び出そうだった。これって何のどっきり!? と心底疑った。そして、自分が今どんな体勢なのかを即座に理解する。ベンチよりも柔らかく、枕よりも少し固い感触。でも不思議な心地よさがあったそれの正体は、彼の膝枕。

 …………瞬く間に私の思考は遥か次元の彼方へと完全にぶっ飛んだ。

 

「――――――――――」

 

「??? なのはさん、どうかしました?」

 

「――――はっ! ご、ごめんね、ミっくん! 私、寝ちゃってたから全然気がつかなくて! その上、ずっとお膝様まで借りちゃって!」

 

「あはは、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。よく家で弟や妹にやってましたし、大した負担でもありませんから。それになのはさんも疲れが溜まってたみたいですしね」

 

 絶賛混乱中の私があたふたと慌てながら謝っていると、ミっくんの苦笑はより深くなった。

 今までにないくらいに近い距離とそのどこか優しげな瞳を真っ直ぐ向けられたことに、猛烈な恥ずかしさを覚えた私はぷいと顔を横に向け、こっそり愛機に救援を求める。

 

“メーデーメーデー。私絶賛ピンチ中、マジヘルプ求む”

 

“ピンチはチャンス。要は既成事実へGOです、マスター”

 

“なるほど。その発想はなかった……って、それは無理! 絶対に無理っ!”

 

“一歩退ける勇気と前へ進む根性、この二つを忘れなければ、きっとできます。貴女はやれば出来る子なのですから”

 

“一瞬だけ良い言葉かもって思ったけど、よく考えたらそれ矛盾してる! 矛盾してるよ、レイジングハート! あと私は子供か! あっ、やめて。念話は切らないで! ヘルプ! ヘルプみーー!!”

 

 だが、現実は……いや、レイジングハートは私に厳しかった。

 何度声をかけても、念話を完全に遮断したままスリープモードから起きてこない。適当なアドバイスをした後は完全放置とか、なんて鬼なデバイスだ。

 やり場のない怒りを抑え、内心で愛機の愚痴を言っていると私はふと思い出す。……あっ。私、膝枕されたままだ!?

 

「なのはさん?」

 

「ご、ご、ごめんね、ミっくん! すぐに退くからっ!」

 

「ああ、いえいえ。まだ時間もありますし、なのはさんさえ良ければ、もう暫くそのままでいてください。起きてすぐに動き出すのはあまり身体に良くないそうですから」

 

 急いで起き上がろうとした私をミっくんがやんわりと止めてきた。

 疲れている私を気遣ってくれていることが伝わってきて、何か胸の奥がじんわりと温かくなってくる。

 だから、ここはミっくんの言うことを聞いておくべきだよね、うん。別にうひょーとかいやっふぅーとかは微塵も思っていないけど、折角のご厚意だもんね、うんうん。寧ろ断る方が失礼だよ(積極的肯定)!

 

「そ、それじゃあ。その、もうちょっとだけお邪魔するね……?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 心の中では大フィーバー。でも、表の顔は遠慮がち。内面と外面の温度差が激しい女、高町なのはは超☆乙女とか内心で言ってみながら、私は彼の膝枕を堪能することに全力を注いだ。ちょっとだけ気恥ずかしくもあったけれど、それはほんの僅かの間だけのことだ。

 

「……………………」

 

 女性よりも少し固めの彼の太腿。頭の下から伝わってくる彼の体温。衣類から香る洗剤の芳香に混じった彼の匂い。トクントクンとなる彼の鼓動。間近で感じる彼の息遣い。その全てに優しく包み込まれると、なんだか不思議な安心感を私は覚えた。自分でも心が安らいでいくのがよくわかる。

 私は管理局に勤める魔道師だ。人に戦技を叩きこむ教導官で、前線を翔けるエースオブエースであり、何より一人の母親だ。戦うことが私の仕事。守ることが私の役目。ずっとそう思ってた。ううん、今でもそう思っている。

 だけど、今この時だけはただの女の子だった。本当に何処にでもいる普通の女の子で、有りの儘の自分でいられた。きっとこういうのが幸せって奴なのかなと、しみじみと私は思った。そして、今更ながらに強く自覚する。

 ――――ああ、そっか。私、いつの間にかこんなにも好きになってたんだね。

 

「ねぇ、ミっくん。さっきから何を読んでるの?」

 

「えっと、教導関連の資料のまとめですね。来週から単独での教導に入るので、今の内に予習をしておこうかな、と」

 

「ああ、もうそんな時期だったっけ? ついこの間、入隊したばっかりだと思ったのに……何か時間が経つのって早いなぁ」

 

「ですね、僕もそう思います」

 

 普段と変わらない彼と何気ない会話。

 たったそれだけ、私の胸の奥は温かいもので一杯になってくる。

 うん、もうこれはダメだ。いよいよ以て私はダメになっちゃったみたいだ。

 ――――だから、私をこんなにダメにしちゃった責任を取ってください。

 

「そういえばなのはさん。もしかして訓練場の設定って弄りました? 何か見たことのない花が咲いてて驚いたんですけど?」

 

「これは“桜”って花だよ。折角の春だからってことでちょこっと設定を変えてみたんだ」

 

「ああ、これが……確かなのはさん達の世界の花なんですよね」

 

「うん、そうだよ。私の故郷に咲く出会いと別れの季節の花で、私の一番好きな花。綺麗でしょ?」

 

「はい、とても」

 

 風に攫われた桜の花びらがひらりひらりと宙を舞う。

 その光景を私達はただ静かに二人だけで眺めていた。所詮はただの立体映像で本物とは程遠いかもしれない。でも、私はその光景がなんだか特別なモノのように思えた。

 ずっとずっとこのまま一緒に同じ景色を見ていられたらいいな、柄にもなくそんなことを考えてしまう。

 ――――そして、貴方もそう思っていてくれると凄く嬉しい、です。

 

「ねぇ、ミっくん」

 

「ん、なんですか?」

 

「手、繋いでもいいかな?」

 

「――――僕のでよければ」

 

 ゆっくりと差し出された彼の手を私は優しく握りしめた。

 ややあって、彼も私の手をそっと握り返してくれる。それがどうしようもなく嬉しいと思った。

 手を繋ぐなんて子供でも出来る幼稚な繋がり。大の大人がそんなのことで何を喜んでるんだって思われるかもしれない。でも、私はそれだけで良かった。たったそれだけで、こんなにも満たされていた。

 

「…………ふふっ」

 

「えっと、どうかしました?」

 

 思わず声を出してしまった私に彼が不思議そうな顔を向けてくる。

 その表情一つ一つが私は愛おしかった。堪らなく愛おしいと思った。

 跳ねる心臓の音がちょっと煩いけど、不思議とそれも嫌な気分にならない。

 

「ううん、なんでもないよ。ただ――――」

 

 多分、この気持ちは好きって言葉じゃ、ちょっと足りない。

 だけど、大好きって言葉じゃ、少し子供っぽい気もする。

 だから、私は貴方にこう言おう。有りっ丈の想いを乗せてこう告げよう。

 ……今はまだ口にする勇気はないけれど、いつか貴方にきっとこう伝えよう。

 

「なんかこういうのいいなーって思っただけ♪」

 

 ――――貴方のことを愛しています。多分、世界の中で誰よりも。

 

 

 

 私の名前は高町 なのは。

 座右の銘は花は桜木、女は高町。言ってはみたけど、特に深い意味はない。 

 というか、コレって意味的にも全然ダメだよね。だって私の散り際はざっくり☆系だったもん。

 とまぁ、それはどうでも……良くはないけど、一旦置いておいて。只今、アリサちゃんとすずかちゃん、はやてちゃんの三人がお見舞いに来てくれております。いつの間に仲良くなっていたの? と聞いてみると、私が寝ている間に知り合ったとかなんとか。うーん、なんかプチ浦島さんの気分。ま、紹介する手間が省けたと思えば良いだけなんだけどね。

 

「でねでね。彼氏に耳掃除をしてあげようと耳かき片手に膝をポンポンと叩いて待ってたら“ごめんな。実は俺、綿棒派なんだ”って言われたらしいの!」

 

「うわぁ~、空気の読めない彼氏さんやね」

 

「う~ん、綿棒って奥に押し込んじゃうからあんまり良くないのに」

 

「いやいや、すずか。食いつく所が何かおかしいから!」

 

 昔、部下から聞いた体験談とかを話しながら、はやてちゃんお手製のおはぎを四人でむしゃむしゃ。

 うむむ、この砂糖と塩のみというシンプルな味付けは中々です。甘さもそんなにくどくないし、何よりこの餡子ともち米の絶妙なハーモニー感が堪らない。

 和菓子の中でもおはぎってなんか馬鹿にされたりするちょっぴり可哀想なポジションだけど、私は結構好き。まぁカロリーのことを考えると後が怖いので食べすぎには注意しないとダメだけどね。えーと、それでなんだっけ? ああ、そうそう耳掃除の話だったよね。

 

「でも、私的に耳掃除って結構ポイントが高いと思うの。やって貰う方は気持ちいいし、やってあげる方は奉仕欲が満たされる上に自然な感じでスキンシップが取れる。しかも当然、膝枕の体勢になるっていうおまけ付き。確かにキスとかハグとかそういう直接的な愛情表現ではないけれど、二人の心の距離はぐぐっと近くなるのは最早必然。耳掃除はいわば一石三鳥な恋の秘策なんだよ!」

 

『な、なるほど……』

 

 気が付けば、私は耳掃除について熱く語っていた。ちなみに口の端に餡子を付けたままなのは、御愛嬌の一つだ。でも、よくよく考えてみると耳掃除ってかなり良いと思う。陽の当たる暖かな縁側とかで耳掃除。うん、これってシュチュエーションとしては結構上位なんじゃないかな。

 えっ? なんか発想が年寄り臭いぞ? ふふん、これだからお子ちゃまはと言い返してあげる。大体、そういう自然なスキンシップによって愛とは深まるもの。一つフラグを立てれば、後はラヴラヴ一直線なんて甘いものじゃないの。それに昔から言うでしょ? 愛は足し算、恋は引き算ってね。

 

「ああ、でも自分がされるっていうのもいいよね……。少し硬めの太腿に頭を乗せて彼の体温を感じながら、自分でも見ることの出来ない部分を曝け出す。そして、全てを委ねる幸福感と安心感に包まれながら、人目を憚らず彼に甘えまくるの。えへへ、なんかいいなぁ」

 

 前に一度だけ体験したミっくんの膝枕を思い出してみる。

 うん、あれは良かった。何が良かったって言われると……もうね、全部。あの時の全てが至福だった。簡単に言うと、アレだよ。“抱きしめたいな、ミっくん”って感じ。今だって、こうして思い返すだけで私は……うへへ。ダメだ、顔のにやけが止まらないっ。

 

「あ、あれ? なのはちゃん、どうしたん?」

 

「あー、これはスイッチが入っちゃったかな?」

 

「……そうね、がっつり入っちゃってるわ」

 

「えっ? これってよくあることなん!? というか、何かなのはちゃんの顔が見せられないよ! ってくらい蕩けた顔になってるんやけど!?」

 

 外野が何か言ってるみたいだけど、当然私のログには残らない。

 いや、それどころか私の妄想は更にエスカレートしていく始末だ。しかし、それを止めようとは微塵も思わなかった。だって、どこかの偉い人も言っていたもん、“妄想力は世界を救う”って。人は妄想する力を失った時、何か大切なものを失くしてしまうんだよ。

 

「こそばゆくて動こうとしてしまう私に動いちゃダメだよ、なんて言いながら優しく丁寧に――――きゃっ☆」

 

 可愛く悲鳴を上げながらクネクネする私、プライスレス。

 ちなみにもう既に何かを失くしてるよって突っ込みはノーセンキューでお願い。

 ……どうせ、正気に戻った時に軽く死にたくなるんだから。

 

「……な、なのはちゃん」

 

「気にしたら負けよ、はやて。多分、十分くらいすれば自然と戻ってくるわ」

 

「この状態のなのはちゃんは、放置が一番だもんね」

 

「……なんや、なのはちゃんとの距離が遠くなった気がする」

 

 

 そんなこんなで十五分後、私はなんとか正気に戻った。

 アリサちゃんに頭を叩かれてちょっとだけ涙目なのは、まぁスル―してほしい。

 勿論、抗議はしてみたけど全面的に私が悪い上に味方がどこにも居なかった。気軽に妄想も出来ないなんて、本当になんというポイズンな世の中。これでは異常気象とかが起こったりして当然だよっ。

 とまぁ、そんなわけのわからないことを考えつつ、私は雑談を再開した。そして、その中で少しだけ気になることをはやてちゃんが話してくれる。

 

「ん? 最近、ヴィータちゃん達ってあんまり家に居ないの?」

 

「うん、そうなんよ。皆なんか忙しいみたいでなー。まぁ、やることがなくて家に引き籠っているよりは、全然ええと思うんやけど」

 

「あはは、確かにそれはそうかも」

 

 なんか少しだけ時期が早い気もするけど、これは蒐集が始まったってことでいいのかな。んー、当初の予定だったら蒐集が始まる前にヴィータちゃん達と話をすることも考えてたんだけど……この状況じゃどうしようもない。

 結局は後手後手に回っちゃうことになるけど、レイジングハートもない現状では、この身体を完全に治すことが最優先だ。話をするにしてもヴィータちゃん達の性格上、一度は杖を交えないと聞いてもくれないだろうしね。それにイマイチ目的のわからない第三者達もいるんだもん。これからはある程度、臨機応変に行くしかない。

 

「ああ、それとな。この前、図書館でなのはちゃんによく似た子を見たんよ」

 

「えっ……?」

 

 はやてちゃんの話を聞きながら自分の中でこれからの行動予定を立てていると、私が一番求めていた情報が聞こえてきた。思わず乗り出しそうになった身体をなんとか抑えて、私は冷静に問いかける。

 

「はやてちゃん、それってどんな子だったの?」

 

「えーと、顔はホンマになのはちゃんにそっくりで、髪型がショートな子やったよ。まぁ、瞳の色がちゃうかったから間違えたりはせぇへんかったんやけどね」

 

「へぇ、そうなんだ。んー、ちょっと会ってみたいかも」

 

 ふむふむと頷きながら色々と話を聞いてみると、どうやら間違いなくあの子のことのようだった。

 幾ら数多くある次元世界の中でも、私のそっくりさんがそんなにいるわけがないんだから、まぁ当然とも言えるんだけどね。……でも、そっか。どうやって探そうかずっと考えてたけど、この街に居るのなら凄く好都合だ。

 

「うーん、なのはに良く似た子ねぇ。やっぱり、運動音痴なのかしら?」

 

「もう、アリサちゃんったら。でも、そんなに似てるんなら私もちょっと見てみたいかな。図書館に居たんだっけ?」

 

「うん、そやね。偶にしか見ぃひんけど、また来るんやないかな?」

 

 三人が談笑を続けている中、私の意識は完全に魔導師のモノへと切り替っていた。

 自分の頭の奥がどんどん冷たくなっていくけど……そんなのはどうでもいいことだ。さっさと退院して、あの子達を探し出そう。この街に居るのなら、探し出せないということはないはずだ。

 ――――今度は絶対に負けないし、逃がしもしない。あの子達には聞きたい事が腐るほど沢山あるんだから。

  

「……なのは、どうかした?」

 

「うん? 別にどうもしてないよ? なんでそんなこと聞くのかな?」

 

「いや、何か雰囲気がおかしかった気がしたんだけど……んー、ごめん。多分私の気の所為だわ」

 

 そう言って、怪訝そうな表情のままアリサちゃんは首を捻っていた。

 どうやら少しだけ感情の制御が出来ていなかったみたいだね、反省反省。

 そんな事を考えながら私はくすりと笑みを浮かべて、上手く誤魔化すために爆弾を投下する。

 

「謝らなくても別に良いんだけど……あっ、そう言えばアリサちゃん。この前、田中山君に告白されたってホントなの? 私、詳しく聞きたいなぁ~?」

 

「な、なんでなのはがそれを知ってんのよ!? って、すずかとはやてはにやにやするな! そして、顔を近づけてくるなぁ!」

 

 一瞬で二人に囲まれ、あたふたと顔を赤くしてるアリサちゃんを眺めて、私はからからと笑った。

 うん、大丈夫。心の中ではともかく、表面上はちゃんと笑えているはずだ。いつもの私でいれているはずだ。そう自分に言い聞かせている私は気が付かない。

 ――――爪が食い込む程に強く握り締められている自分の手から、赤い雫が零れていることに。

 

  

 

 ~とある次元世界にて~

 

 そこはまるで何かの災害でも起きたかのような惨状だった。生命の息吹を感じさせない荒れた大地に深く刻まれた破壊跡。激しい戦闘によってつけられたそれによって辺りは一面クレーターだらけだ。

 そんな世界の中で、一人の女性が静かに佇んでいる。

 

「……………………」

 

 黒き戦闘衣に身を包んだ青き瞳の女性。その物静かな姿からは計りしれない程の熱を抱えてもいる彼女の手には、女性には少々不釣り合いな大きさの突撃槍によく似た杖が強く握られていた。

 

「…………ダメですね、これではまだ彼女には勝てない」

 

 小さく漏らした言葉には少なくない苦みが込められている。

 彼女は足元で息絶えている巨大な体躯の竜種を一瞥し、深く息を吐いた。

 脳裏に浮かぶのは自らに良く似た少女の姿。自分よりも魔道の遥かに高みにいるオリジナルのこと。この姿になっている自分とあの少女を比べても、恐らくは良くて引き分け。理を司る彼女はそのことを客観的に理解していた。

 

「………………はぁ」

 

 普段の彼女らしくない大きめの溜め息が零れる。

 一人でここに来たのは身体を保つための魔力供給だけではなく、鍛練の側面が大きかった。未だ不完全な状態の彼女達は肉体的に成長することが出来ない。本来なら人と同じように成長する機能があるはずなのだが、こうして変身魔法を使わないと今の姿にはなれることが出来なかった。故に彼女達はこうして戦闘を繰り返し、地道に技術を磨いて行くしか強くなる方法がないのだ。それ自体は別段苦とは思わないものの、やはりどこかもどかしい部分がある。

 彼女は思う。もっと強くなりたい、と。あの少女だけには負けたくない、と。

 その想いが私怨でしかないと彼女自身もわかってはいた。だが、どうしてもこの想いだけは止めることが出来そうにない。

 

「……諦め切れれば、きっと楽になれるのでしょうね」

 

 今度漏らした言葉にはどこか自嘲的な響きがあった。

 そっと目を閉じると、あの暖かくも懐かしい日々の記憶が思い返されてくる。

 ――――本当は見ているだけでも良かった。あの優しい声が聞けるだけで、自分に笑いかけてくれるだけで。傍にいれるだけで、彼女は満足だった。けれど、いつの時からだろう。それだけでは満足出来なくなってしまったのは。物足りないと感じてしまったのは。しかし、それの本当の意味に気がついた時にはもう遅かった。本当に全てが遅すぎた。

 

「人は何かを失くして初めてわかることもある……なるほど。貴方の言う通り、私も“人”だったようですね。今なら私にも少しだけわかる気がします」

 

 ゆっくりと目を開き、そう呟くと彼女は雲一つない夜空へと顔を向けた。

 そこには満天の星達が輝いている。闇夜に煌めく星の優しい光はとても映えていた。

 その人工の光では到底表せない美しさに目を奪われつつ、彼女はもう一度だけ杖を握る手に力を込める。

 

「……そうですね。届かないのならば、更に高く飛べばいいだけのこと。こんな所で立ち止まっている時間など私にはありません」

 

 背後から向かってくる三つの大きな気配を感知した彼女は飛翔し、杖を構えた。纏う雰囲気は既に戦闘者のソレに変わっている。冷たい瞳には隠しきれない炎を宿したまま、彼女は敵を強く睨みつけた。

 ――――恐らく、貴方は喜ばないことでしょう。いいえ、寧ろ怒る姿も容易に想像がつきます。ですが、もう私は諦めることを諦めました。今度こそ、私は貴方を手に入れてみせる。髪の毛一本から血の一滴、その魂からその心たるまで。全てを私のモノにします。だから、あの少女にだけは……ナノハにはだけ負けられません、絶対に。

 

「アナタ方に特に恨みはありませんが、ここで会ったが百年目。運が無かったと思って、大人しく私の糧となって下さい。……シュテル・ザ・デストラクター、参ります」

 

 そう言い放ち、彼女は敵へと高速で吶喊する。

 大地を揺らす様な咆哮が響く中、朱き星光が華麗に空を舞った。

 

 



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第二十三話。なのはさん(28)の開幕

 そこは全てが砂で覆われた無人の世界。森もなく、海もなく、建造物もなく、あるのはただの砂の山。僅かに赤みの強いベージュ一色のみで構成された殺風景な世界だった。

 乾いた風が吹き、少女の頬へと砂が当たる。それに少なくない煩わしさを覚えるも、敢えて意識さえ向けなければどうということもなかった。味気ない風景を静かに眺め、鉄槌を肩に乗せた少女は一人佇む。その足元には昏倒させた大型の魔獣が横たわっていた。

 

“――――Sammlung.”

 

 何の感慨も浮かべていない表情で闇の書を開き、魔力を蒐集させる。その動作は最早ただの作業でしかなかった。昏倒していた魔獣の呻くような声が聞こえてきたが、何ら思うところも浮かんでこない。

 それなりの速度で書の頁が埋まっていき、今日もその分だけ闇の書の完成へ近づく。だが、少女は決して現状に満足してはいなかった。

 

「ちっ、たったのこれっぽっちかよ。でかい図体してやがる癖にしけてやがるな」

 

 魔獣からの蒐集が終わり、書を確認してみれば埋まっていたのはたったの三頁。その労力に対して対価がまったく見合っていなかった。体躯の大きさと魔力量が比例しないのは何も珍しいことではないが、思わず悪態をつく言葉が零れてしまう。

 

「……焦っても仕方ねぇんだろうけど、やっぱこんなんじゃ効率が悪過ぎる。なんかもっと良い方法はないのか?」

 

 蒐集の量と手間を考えると、魔獣より魔導師や騎士の方が遥かに効率は良い。仮に高ランクの魔導師ならば、一人で何十もの頁を一気に埋めることができるはずだ。現に過去の蒐集の際は魔導師や騎士を狙って蒐集することが多かった。

 しかし、今回はその方法をあまり取ることが出来ない。勿論、蒐集は最優先事項だが、蒐集後の主との未来も重要なのだ。

 ――――はやての未来のために闇の書は完成させる。でも、決してその未来を血で汚すことだけはしない。

 それは既に主の命を破ってしまった騎士達の誓いであり、譲れない矜持だった。逆に言えば、人殺し以外ならなんでもやってやるという強い意志の表れでもある。故に少女は考えた。露見すると面倒な管理局に出来るだけバレないようにするためには、彼らの目の届かない場所。即ち、管理外世界で蒐集していくべきだ、と。そして、管理外世界の人間ならもっと効率良く蒐集することも出来るはずだ、と。

 

「でも、そんな都合の良い奴が簡単に見つかるわけ――――いや、一人いるな」

 

 脳裏に浮かんだのは、リンカーコアの保有者が少ない管理外世界で希少な魔力量を持っている栗色の髪の少女のこと。自分達の主の友人であり、自分とも知り合い以上の関係にある人物のことだ。彼女から蒐集できれば恐らく二十頁は固い。それは先日見舞いに行った時に確認もしている。だが、少女には少なからず葛藤があった。

 

「………………っ……」

 

 それはあの少女が主以外で初めて仲良くなった同年代の子だったから。

 あのいつも阿呆みたいに笑いながら、自分に構ってくる少女を傷つけたくなかったから。

 蒐集の時、必ず激しい痛みが生じる。それは痛みに耐性の低い者なら下手をすれば死んでしまうほどのモノが。だからこそ、彼女が高い魔力を保持しているとわかってからも手を出すことはなかった。手を出す気はなかった。他の騎士達も何も言わなかった。

 

 ――――だけど、はやての状態は日に日に悪化していっている。

 

 最近よく深夜に起き出して、胸を押さえている主の姿が浮かんだ。

 誰にも心配をかけまいと声を殺し、一人で痛みに耐えている主の姿がどうしても頭から離れてくれない。

 

「……はやての為なんだ。全部終わったら絶対詫びを入れる。気の済むまで頭を下げたっていい。それでアイツが許してくれるかはわかんねーけど……それでも、あたしははやてが大事なんだ」

 

 あの優しい主のことを想えば、自分の些細な葛藤などどうでもいいことだ。今、優先すべきは闇の書を完成させ、主の病を治すこと。それ以外は全て些事でしかない。

 だから、彼女が自分を許してくれなくてもいい。嫌われてしまうのは残念だし、悲しいことだけれど、慣れてもいることなのだから。

 

「――――いくぞ、アイゼン」

 

“Einverstanden.”

 

 鉄槌の騎士は静かに行動を開始した。

 ――――だが、この時の彼女はまだ知らない。

 知り合いの少女が魔導師であることも。少女の他にも魔導師があの街にはいることも。彼女達の行動が本当に主の為になるのかも。そして 、これから先に何が待ち受けているのかも。

 この時の彼女はまだ何も知らなかった。

 

 

 

 私の名前は高町 なのは。

 ぴょこんと跳ねるツインなテールがトレードマークの文化系少女Aです。

 さて、そんな私は只今リハビリの真っ最中だったりする。まぁ、内容はそんなに大袈裟なものじゃなくてトレッドミルを使って、ただ走っているだけなんだけどね。ああ、ちなみに服装は動きやすいように薄いピンク色のジャージを着用中。ついでに黒いマスクで鼻と口を塞がれております。

 

 えっ? 黒いマスクとかお前、なんか不審者っぽくね? う、うん、そう言われちゃうとちょっと否定できないかも……で、でもでもっ、これってスポーツ用の結構良い奴なんだよ? 花粉とか埃とかほぼシャットアウトしてくれる優れモノだし、デザイン的にも所謂オシャレマスク? と言えないこともないよーな気もするし。

 それに飽く迄これは簡易的な高地トレーニングを行うために付けているのであって、私の趣味とかではありません。高地環境で持久性トレーニングをするとね、相乗効果で全身持久力が増大するんだよ! 血中の赤血球とか筋肉内のミトコンドリアとか数も増えて……うんたらかんたら。んんっ、兎に角! これはちゃんとした訳があってのことなのです!

 

「……はぁ……はぁ……はぁ」

 

 そんな誰ともわからない人達への言い訳を考えつつ、私はせっせかとランニングを続ける。しかし、そこに始めた当初の勢いや清々しさは微塵も感じることができなかった。ランニングフォームは既に崩れ始め、表情も僅かに苦痛に歪んでしまっている。

 

 軽いペースでたったの二キロほど走っただけなのに、もう完全に息切れ状態。勿論、それはマスクをつけているという弊害があったわけなんだけど、それにしたってこの有り様は“酷い”という言葉しか浮かんではこなかった。リハビリを始めて約一ヶ月、私は現状に僅かながら焦りを感じてしまっている。

 

「……はぁ、はぁ……ダメだ、こんなんじゃ、全然ダメ、なんだっ」

 

 ただ単純に筋力の問題だけならば、まだ何とかできた。間接などに負荷が多少掛かってしまうけれど、魔力で身体強化したり、大人モードを使ったりなど、対処する方法がないわけではなかった。

 

 ――――だけど、根本的な体力の問題だけはどうしようもない。

 

 元より魔導師に最も重要なのは魔力でも小手先の技術でもなく、身体の持久力。即ち、体力だったりする。これはスポーツ選手や格闘家などにも言えることだけど、生身で戦う魔道師は身体が一番の資本なのだ。

 戦闘というある種の極限状態の中で、いかに適切な魔法を選択し、的確な行動を取れることができるか。冷静な判断を下すにはまず集中力がいる。そして、集中力を長く持続させるためには最低限の体力が必要なんだ。勿論、直感や経験も重要な要素ではあると思う。だけど、それ以前にちょっと動く度にぜぇぜぇ言っている奴がまともな戦闘行動を取れるわけがない。

 

「……っ、ぷはぁっ。はぁはぁ、はぁはぁ……!」

 

 流石に呼吸が限界に近くなってきたので、ランニングを続けながらマスクを顎の下までずらし、新鮮な空気を必死に取り込む。滝のように溢れてくる汗とバクバクと鳴る鼓動の音は、うざったいので全部無視してやった。この程度のことでへばってなんかいたら、魔法戦なんて夢のまた夢。そもリハビリの意味すらなくなってしまう。

 

 ……私はこんなことでへこたれるわけにはいかない。こんな所で足踏みしているわけにはいかない。最低でも今日のノルマと決めた五キロくらいは絶対に走り切ってみせる。

 

 病院の先生達にはもう何度もやり過ぎだとかもっとゆっくりでいいからとか色々言われているけれど、それでも私はやめるつもりなんてなかった。この程度で歩みを止めてなんかいられない。無理は禁物? オーバーワーク? ふん、上等だよ。道理なんてものは無理を通せば引っ込んでしまうもの。人にはやらなきゃいけない時っていうのがあるの。レイジングハートもない今の私にできることは、身体を出来るだけ元の状態まで戻すことしかないのだから。

 

「…………はぁ、はぁ、はぁ……っっ」

 

 それから約十五分後、どうにかこうにか私はノルマの五キロを走り終えることができた。トレッドミルの機能を停止させ、満身創痍といった様子でふらふらと近くにある休憩用の椅子へと向かう。そして、用意していたタオルを手に取ると私は椅子にぐったりと座り込んだ。

 

「……今の状態だと、本気モードは良くて十分。全開モードなら持って三分くらい、か」

 

 荒い呼吸をゆっくり整えつつ、自分の身体の状況を少し考察をしてみる。リンカーコアの調子は悪くない。軽く誘導弾を作っても痛みもないし、何の問題もなく使用可能だ。というか寧ろ絶好調過ぎて、怪我をする前よりも出力が上がっているような気すらする。まぁ、負傷からのパワーアップなんて漫画に出て来そうな現象がこのTHE・一般人! な私に起こるわけがないから、それは単なる気の所為なんだろうけどね。

 

 次に身体の方だけど、コッチはまだ私が満足いくほど回復しているわけじゃなかった。ベッドの上でこっそり筋トレをしていた効果なのか、元から筋力が全然なかったからなのかはわからないけれど、筋力は六割方は戻ってきている。でも、一番肝心の体力の方はまだまだ全然だ。なんとか戦闘することは可能だと思うけど、連戦なんて絶対に無理だし、アレで意外と体力の消費が激しい大人モードなんか使用したらきっと三分も持たない。……本当、ウルトラ○ンもびっくりの短さだ。

 

「――――三ヶ月、か。別に舐めていたわけじゃないけど、こんなに痛いとは思わなかったな」

 

 そんな言葉と共に小さくない溜め息が零れた。この前、看護婦さんにちらっと聞いた話だと、本来なら寝ていた期間の三倍くらいリハビリに費やさないと自立した行動は取れないらしい。となると、私の場合なら単純計算で九ヶ月。そう考えたら、魔力的な要素が関与したとはいえ、約一ヶ月でここまで動ける状態に回復できたことは喜ばしいことなのだろう。

 

 少し状況は違うけど、あの撃墜事件の時だって完全復活まで半年くらいは掛かったわけだし、それに比べればかなり速い回復スピードだってことは、私も重々理解している。

 

「だけど、今はのんびりしている時間はないんだ。もう蒐集も始まっているみたいだし、クリスマスまであと一ヶ月しかない。そして何より、目的のわからないあの子達のこともある」

 

 脳裏に浮かぶのは私を撃墜したあの三人組のこと。正直な話、目的や行動指針がはっきりしているヴィータちゃん達よりも彼女達の方が厄介だと思う。言ってしまえば、彼女達は私にとって最大のイレギュラー。その存在も目的も行動も全てが不明だ。その所為で彼女達がこれからどういう行動を取っていくのかを予測することも難しい。

 

 まぁ、あちらも私に何か思うところがあるみたいだから、待っていればその内向こうからやってくるかもしれないけれど……。

 

「でも、そんなの待ってなんていられないよね。あの子達には聞かなきゃいけないことが山のようにあるんだから」

 

 自然とタオルを握る手に力が込められた。そして、胸の奥から少しだけ強い感情が溢れてくる。自分でも理由は良くわからないけれど、何故かあの私にそっくりな子のことを考えると妙に落ちつかない気分になる。焦りを感じるというか、危機感を覚えるというか。あの子にだけは絶対に負けたくないと敵対心が募ってしまう。

 その所為か今の私はヴィータちゃん達のことよりも、あの子達の方へと意識の大半を向けてしまっている。

 自分でも少しは自覚しているのだ。今の私は優先順位がずれてきている、と。

 

「……とにかく、来週にはフェイトちゃん達の裁判も終わるんだ。そうしたら、レイジングハートも帰ってくる。だから、私が動くのはそれから。……今はまだ我慢する時なんだ」  

 

 思考をなんとか切り替え、近くにあった自販機で飲み物を買うと私はそれを煽るように飲み始めた。本当は温めの奴をちょびちょび飲んだ方が良いらしいけれど、そこを敢えての一気飲み。これはある種の気分転換であり、八つ当たりなのだ。

 瞬く間に缶の中身を飲み干し、アルミ缶をべこっと握り潰すとちょっと遠いゴミ箱へとシュート。開け口が大きいから外れようがなかったけど、それでも上手くゴールすれば気分が僅かに持ち直った。うん、私って意外と単純な奴なのかもしれない。

 

「――――よしっ、今度は柔軟してから筋トレ擬きだね。ファイトだよ、私っ!」

 

 私はむんと体を伸ばし、自分にエールを贈った。

 うん、今日も頑張って~いきまっしょいっ!

 

 

 

 

 それから数日後の夜のこと。

 夕食の時間を終え、消灯までの時間をのんびりと過ごしていると、突然世界が変革したかのような感覚を覚えた。途端にひと気の全く無くなってしまった病院内。ベッドの上で寝っ転がっていた私は少し気だるげに身体を起こし、背後の開いている窓の方へと言葉を投げかける。

 

「――――夜に女の子の部屋に無断で入ってくるのはマナー違反だよ?」

 

「………………ちっ」

 

 背中越しに小さな舌打ちが聞こえてきた。

 私はゆったりとした動作で振り返り、侵入者へと目を向けると……思わず戸惑いの声を上げてしまう。

 

「え、えーと?」

 

 そこにいたのは、赤いゴシックでロリータな服装の小柄な人物。帽子にアクセントとしてついているのろうさなど、もう完璧に誰だかわかるその人物は何故か目の周囲を隠すだけの妙な仮面をつけていた。いや、一応仮面をつけている理由はなんとなくわかる。私とは直接面識があるわけだしね、変装のためにつけたんだろうなってくらいは予想できる。でもね、私は声を大にして問いたい。

 なんでその仮面をチョイスしちゃったの!? 変装ならもっと色々やり様があるよねっ!? というかこれはアレなの? ゴスロリ仮面、一体何者なんだ……とか私に言って欲しいの!?

 

「へ、変態さん、なの……?」

 

「誰が変態だ! 誰がっ!」

 

「いや、だってそれ……」

 

 夜に窓から侵入してくるゴスロリ仮面を変態以外の何と呼べというのか。幾ら同僚兼仲の良い友達だからって、これは流石にフォローしきれないよ。つーか、私のヴィータちゃんに対する信頼とかイメージを本気で返して欲しい。

 おふざけキャラや天然キャラなどのキャラの濃いメンバーの中にいる、とても希少な常識人枠だったのに……これじゃあ、常識人枠が私だけになっちゃうじゃないっ。

 

「変装の時は仮面って昔から決まってんだろーが! それにこれは古来よりベルカに伝わる伝統的な仮面なんだよ!」

 

「そ、そーなんだ」

 

 仮面を馬鹿にされたと思ったのか、激怒するゴスロリ仮面の言葉に私は顔を引き攣らせながら頷く。

 で、伝統なら仕方がない、のかな? それによく見てみれば、なんか蝶々みたいな形で結構可愛く見えないことも……ごめん、やっぱ無理。

 私も某臓物が飛び出ちゃったアニマルとかって結構好きだったから、ヴィータちゃんの好きなのろうさの可愛さっていうのはまだなんとなく理解できるけど、その仮面の良さは全くわからない。というより、リアクションに凄く困るから本気で止めてほしい。

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 それから暫し無言で見つめ合う、私とゴスロリ仮面。時刻は八時のゴールデンタイムの真っ只中である。正直、私達は一体何をしているんだろう? って本気で悩みました、まる。

 だけど、このままじゃあ話も進まないので、私から話を切り出してみることに。

 

「それで今日は私にどんな用があるの? 個人的にクリスマスにはまだチョーとばかり早いような気がするのですが……」

 

「いや、別にサンタってわけじゃねーから。プレゼントとかねーから」

 

「えー。でもでも、服だって赤いしー。靴下の用意はまだしてないんだけど、今からでも間に合うかな?」

 

「だからあたしはサンタじゃねーって! てめぇ、本当はわかってて言ってるだろ!?」

 

 何となくヴィータちゃんがここ来た理由はわかっているけれど、とりあえず普段通りにからかってみる。うん、このボケると中々良いテンポで返ってくる突っ込み。まだまだ錬度は足りていないけれど、いいセンスだよ。ヴィータちゃんの伸びしろにおねーちゃんは凄く期待しています。

 

「あはは、ごみんごみん。あっ、でもその服可愛いね。凄く似合ってると思うよ」

 

「お、おぅ、サンキューな。って違う違うっ!あーもうっ、いつもなんか調子狂うんだよな、こいつ!」

 

 ヴィータちゃん、地が出てる地が出てる。褒め言葉にちょっと照れ臭そうにしている姿は可愛いと思うけど、声とかは全く変えていないんだから、もっと上手くやらないとバレバレだって。私がちゃんとお約束ってやつを理解しているから何も言わないけど、これが空気読めない人だったらもう大怪我しちゃってるところだよ?

 

「ええいっ。穏便に行こうと思ってたけど、もういい! こーなったら、さっさと終わらせるっ!」

 

 私と話をしていても埒が明かないと思ったのか、ヴィータちゃんはアイゼンを起動させた。そして、そのままこちらへと向け、一度だけ目を閉じると――――

 

「……ちょっとだけイテーかもしれねぇけど、我慢しろよ!」

 

 ――――そう言って、鉄槌を振り下ろした。

 それはヴィータちゃんの本気を知っている私からすれば、明らかに全力ではないとわかる緩い一撃。恐らく魔導師ではない私を気絶させるために弱めた攻撃なのだろう。だが、デバイスはなくても私は魔導師だ。こんな緩い一撃くらいは防ぐことが出来る。

 

「――――――っ!?」

 

 私の前に現れた桜色の障壁がヴィータちゃんの攻撃を完全に防いだ。

 自分の攻撃を防がれたことに目を大きく開き、驚いた様子のヴィータちゃんだったが、反射的に後退すると私から距離を取った。

 仮面越しでも彼女が混乱しているのがわかる。それはそうだろう。ただの魔力を持っているだけの少女と思っていた相手が、魔道師だったのだから。

 

「お前、魔導師だったのか……?」

 

「……………………」

 

 それは困惑と動揺が混じったような声だった。だけど、私はそれに答える言葉を持っていない。

 ……本当ならここは黙って蒐集されても良かった。レイジングハートもない現状で戦ってもヴィータちゃんに勝てる可能性は限りなく低いし、後々闇の書の話をする時にも負い目から耳を傾けてくれやすくなるだろうなんて打算も浮かんだ。いや、一層のことここで蒐集を条件に闇の書の異常を話しても良かったかもしれない。

 しかし、だ。ここで蒐集されてしまうと私は暫く魔法を使えなくなってしまう。明日にはフェイトちゃん達がレイジングハートを持ってきてくれると言うのに、またお預けになってしまう。今の私はとてもじゃないけど、それに耐えられそうになかった。

 

「……いや、コッチだって色々と黙ってたんだ。あたしらが文句を言う資格はねぇか。けど――――」

 

 ヴィータちゃんの目が明らかに変化したのがわかる。今までの親しい者に向けていた瞳が一瞬だけ哀しみ色に変わり、すぐに戦う者のそれへと変わった。

 騙していたわけではない、なんて口が裂けても言えない。当然、罪悪感もあった。だけど、ごめんね、ヴィータちゃん。私、ただ待つだけなのはもう我慢の限界なんだっ。

 

「――――もう遠慮する必要はねぇな!」

 

 先程よりも鋭く降り下ろされた迷いのない一撃。

 それはヴィータちゃんにとって、私が完全に敵となった証でもあった。

 振り下ろされた鉄槌を今度はバックステップで避けると、私は牽制のために魔力弾を放つ。

 

「んなもん、効かねぇよ!」

 

 だが、それは蠅を払うかのようにアイゼンを一振りされ、瞬く間に全て掻き消されてしまった。そして、ヴィータちゃんはそのままお返しと言わんばかりに、私へと鉄球型の魔力弾をアイゼンで打ち付けて飛ばしてくる。

 っっ、無詠唱じゃ牽制にもならないみたいだねっ。

 

「――――――っ!」

 

 鉄球と障壁がぶつかった瞬間、鉄球が炸裂。

 激しい閃光と共に爆発を起こし、私の視界を遮った。

 しかし、ヴィータちゃんの攻撃はまだ終わってはいない。

 

「オッラァァァア!!」

 

 咆哮と共に私へとヴィータちゃんが吶喊してきた。

 まともに受けても耐えきれないと素早く判断を下し、私は大きく後方へと飛ぶ。

 振り抜かれた横からの一閃。当然、大した準備もなく張った障壁は脆くも砕け散り、私も吹き飛ばされた。だが、吹き飛ばされている最中、私は呪文を口にする。

 

「――っ、リリカル・マジカル! 福音たる輝き、この手に来たれ。導きのもと鳴り響け! ディバインシューター……シュートッ!!」

 

 少々非効率的ではあるが、呪文を紡げは僅かに威力を上げることができる。それは愛機のいない今の私にとって、とても重要な要素だった。空中で体勢を整えつつ、壁に足を向けて着地。ヴィータちゃんへと指先を向け、十数個の誘導弾を撃った。

 

「…………っ!」

 

 更に追撃を加えようとしてた向かってきていたヴィータちゃんは、至近距離から放たれた誘導弾に少しだけ驚いたような顔を見せる。しかし、そこは冷静に追撃を止め、障壁を張ることで何なく防いでいた。

 詠唱ありなら牽制が出来ることを確認した私は病室から撤退しつつ、時間を稼ぐためにもう一つのトリガーを紡ぐ。

 

「バースト!」

 

 その言葉と合図に残っていた誘導弾が全弾爆裂する。

 直接的なダメージにはとてもなりそうにないが、目くらまし程度の効果は十分あるだろう。とは言っても、それは本当に僅かな間だけのこと。この稼いだ時間の内に私は探さなければいけないものがある。

 

「……うっ、これしか使えそうなヤツはないのかな。剣とか槍なんて上等なモノは端から期待してはいなかったんだけど……」

 

 自分の病室を抜け出し、近くにあった部屋で私は武器の代わりになりそうなモノを物色し始めた。身体強化をしているとはいえ、このポンコツの身体では拳でガチンコなんて無理過ぎる。アイゼンと打ち合えるモノがここにあるとは到底思えないけれど、何もないよりか幾分かマシなはずだ。

 

 えっ? だったら、打ち合わなければ良いじゃないかって? あーうん。そう出来るのなら私もそうするんだけどね、元々私って回避型じゃないからちょっち厳しいんだ。一応近接対策が全くないってわけじゃないけど、それにしたって何かしらレイジングハートの代わりが必要になるわけで。それに回避しまくっていても、多分すぐにスタミナ切れで詰んじゃうという罠。えへへ、実は私、普通にピンチだったり。

 

「うん、もうこれでいいや。あとは――――っ!?」

 

 結局、一番始めに目に止まったヤツを選び、私はもう一度気合いを入れ直した。しかし、その最中に大きな魔力反応を感じ、慌ててその場を退避する。

 ――――瞬間、私がいた部屋ごと大爆発が起こった。

 

 

 

 

 

「……あー、少しやり過ぎちまったか?」

 

 自分の攻撃で一部が大惨事な病院を見て、ゴスロリ仮面……んんっ、ヴィータちゃんはバツが悪そうに頬をかいていた。どうやら目くらましを受け、まんまと逃げられたことにちょっと腹が立っていたらしい。

 そんな彼女の少しばかり上空には、左手に薄茶色の布で包まれた新たな武器を持った白い戦闘衣の少女……つまり、私が安堵の息を吐いていた。

 

「……ふぅ。バリアジャケットが間に合わなければ、即死だったの」

 

「――――っ! ちっ、無傷かよ」

 

 私の声を聞いて、即座に此方に鋭い視線とデバイスを向けてくるヴィータちゃん。

 そんな彼女に対して私はぽんぽんと身体についた埃を払いながら、にやりと余裕の笑みを向ける。……内心で冷たい汗を掻いていたのはここだけの秘密だ。

 

「ふふん、あんな攻撃じゃ私に傷をつけることは出来ないの。だけど、あの範囲攻撃はちょっとやり過ぎじゃないかな」

 

 本当はかなりギリギリだった癖に軽口を叩く私、プライスレス。

 ぶっちゃけた話、あと少しでも退避するのが遅かったら私は確実にノックアウトされていたと思う。しかし、そんなことは億尾にも出さず、平然とした表情を私は浮かべた。いや、浮かべていなければならなかった。ただでさえ、色々と不利な条件が揃っている状況で精神的な余裕まで失ってしまったら、私の勝機は完全になくなってしまう。

 

「さてと、それじゃあ始めようか。第二ラウンドの開幕だよっ!」

 

 新たに手にした相棒(仮)をドンと構え、私は周囲に発生させた十を超える数の魔力弾を放った。先程は牽制すらならなかった詠唱なしの魔力弾。だが、それも個々ではなく数個を集束させてぶつければ、多少は有効なものとなる。だが、ヴィータちゃんは向かってくる魔力弾を避けや受け流し、払いなどを駆使しながら、どんどん距離を縮めてきた。

 

「テートリヒ・シュラーク!」

 

 気合いの入った声と共に回転をつけた横薙ぎの一撃が私を襲いかかってくる。恐らく無手のままだったならここで障壁を張り、その盾ごと吹き飛ばされていたことだろう。けれど、今の私には頼りになる相棒(仮)がいるのだ。こんな一撃、怖くなんてない!

 

「…………っ!」

 

 お腹の底から息を吐き、相棒(仮)を両手で握り締めた私はその一撃を見事防いでみせた。……うん、大丈夫だったみたいだね。本当は一発で壊れるんじゃないかって内心ビクビクものだったけれど、この感じなら問題なく打ち合えそうだっ!

 

「お返し、だよっ!」

 

 アイゼンを力一杯押し返し、お返しに魔力弾を至近距離からお見舞いする。残念ながら全弾避けられてしまい、怒涛のような連撃が返ってきた。だが、私はそれを打点を少しずつ受け流し、上手く捌いていく。金属同士がぶつかったような高い音が何度も響き、周囲に火花が散る。そして、今一度大きく相棒(仮)とアイゼンをぶつけ合い、私達は同時に距離を大きく取った。そして、今度は空中を舞台に高速戦が始まる。

 

 

『――――――ッ!!』

 

 夜空に二色の魔力光が走り、デタラメな曲線を描きながら激しくぶつかり合った。

 逃げるように先を行く桜色と後を追従するかのように動く赤色。二色は絡み合うように衝突を繰り返す。両者の攻防はほぼ互角。しかし、それぞれの表情はかけ離れたものだった。

 

「はぁ、はぁ……シュートッ!」

 

「しゃらくせぇっ!」

 

 苦しげに息を吐き、顔を歪めながら魔力弾を放つ私。少しだけ苛立ったような顔をしているものの、その他は全く変わりない様子のまま魔力弾を打ち払うヴィータちゃん。どちらの方に余裕があるのかは一目瞭然と言える。戦闘が始まって早五分。私の顔には濃い疲労の色が浮かんでいた。だが、その瞳だけは未だ死んでいない。

 

「はぁ、はぁ、こんのっ!」

 

 もう何度目になるのかわからないぶつかり合いが起こった。以前として相棒(仮)は健在だが、包んでいた薄茶色のカーテンは既にボロボロ。破けた箇所から桜色の残滓が漏れ始め、カーテンに流していた魔力が徐々に漏れてしまっているのが手に取るようにわかった。そして、それは対峙している相手にも伝わってしまうというわけで。

 

「妙にかてぇと思ったら、ずっと魔力を流していやがったのか」

 

「にゃはは、バレちゃったか。ちょっぴり加減は難しいけど、やってみれば意外とできるよ。ぶっつけ本番でもいけたくらいだし」 

 

 僅かに驚きの表情を浮かべるヴィータちゃんに私は苦笑いでそう答える。相棒(仮)がアームドデバイスであるグラーフアイゼンと打ち合っても壊れなかった理由は実に単純明快。身体強化の時に魔力を流すのと同じように、ただ魔力を流して強化していただけなのだ。勿論、デバイスみたいに親和性は高くないし、限界量も低いから加減が難しかったけれど、まぁなんとかなりました。ふふ、魔法歴二十年は伊達じゃないの! とか言ってみたり。

 

「だけど、もう限界みたいだね。これじゃあ、ただのボロ雑巾だもん。なので……えいっ」

 

 もう邪魔な存在に変わってしまった薄茶色カーテンを私はぽいっと剥ぎ取った。月の光が優しく照らす中、今まで謎のベールで包まれていた相棒(仮)の真の姿が晒される。

 

「っっ!? そ、それはまさか……!」

 

 相棒(仮)の真の姿を見て、ヴィータちゃんが目を丸くした。

 そう、それは武器と言うにはあまりにも細すぎた。

 細く、薄く、軽く。そして 何より繊細すぎた。

 それは正に――――モップだった。

 

「って……本体はただのモップかよ!?」

 

「あっ、今モッピー……じゃなかった、モップのことをちょっと馬鹿にしたでしょ? これって掃除にも使えるし、武器にもなる優れモノなんだよ? しかもメイドさん達の持つ三種の神器の一つでね、意外と凄い子なんだからね!」

 

 相棒(真)を馬鹿にされたような気がした私は思わず頬を膨らませる。だが、ヴィータちゃんの目は言っていた。攻撃力たった1のゴミめ、と。確かに某ゲームではそうだったことを私も知っている。しかし、だ。私の魔力の影響で桜色のオーラを纏っているこのモップ(桜)の攻撃力は倍ドンまで跳ね上がっている。決して、弱い武器ではないのだ。

 えっ? それって1が2になっただけじゃないかって? …………ノーコメントで。

 

「さぁ、解放した我がモップ(宝具)の力! その目にしかと焼き付けるといいよ!」

 

「はん! この鉄の伯爵、グラーフアイゼンにモップごときが敵うわけがねぇ!」

 

 ちょっとしたインターバルが終わり、私達は再び戦闘を開始する。巧みなトークで体力回復の時間を稼ぐという作戦(大嘘)が上手くいったので、先程よりは少し回復していた。とはいえ、またすぐにへばってしまうことは目に見えている。故に私は体力が切れていない内に大きめダメージをなんとか与えなければいけなかった。誘導弾で牽制をしつつ、私は決定打となるタイミングを見計らう。

 

「古来よりこの国では、竹箒は空を飛ぶための道具! デッキブラシはダンスのための道具! そして、モップは戦闘用の武器だと相場が決まっているのっ!」

 

「いや、普通に全部掃除用具、だからな!」

 

 突き・薙ぎ・払いの動作を組み合わせて連撃を放った。先程よりも武器が軽くなっている分、そのスピードは結構なものだ。だが、それをヴィータちゃんは全て捌き切り、大きく弾いた。そして、ガードがガラ空きになっている私へとハンマーを振り下ろす。

 

「なっ……!?」

 

「――――かかったね」

 

 しかし、それは私のバインド付きのシールドによって阻まれてしまった。桜色の障壁から伸びた鎖がヴィータちゃんをアイゼンごと拘束し、その場に留める。それを確認した私は後方に距離を取り、詠唱を始めた。

 いくよ! これが私の対近接必勝パターン!

 

「リリカル・マジカル! 福音たる輝き、我が手に集え……」

 

 私の足下に大きな魔方陣が展開される。砲身となる右手を前へと突き出すと、四つの環状魔法陣が右手に取り巻いていく。いつもより断然に長く掛かるチャージの時間。レイジングハートがいないから仕方がないのだけれど、やっぱりちょっともどかしかった。

 

「撃ち抜け閃光っ! ディバイン……」

 

 ヴィータちゃんを捕まえている拘束は未だ解けていない。

 もう少し時間があったなら、解除することができただろうと思う。

 でも、今は私が撃つ方が早かった。

 

「バスターッ!!」

 

 突き出された掌から、桜色の閃光が放たれる。

 およそ四ヶ月ぶりに撃った砲撃は瞬く間にヴィータちゃんを飲み込み、吹き飛ばした。

 バインドからの全力バスター、しかも直撃。流石にこれで倒せたなんて微塵も思ってはいないけど、きっとダメージは通っているはず……。

 

「はぁ、はぁ……なんとか上手くいった、かな」

 

 肩ではぁはぁと呼吸をしながら、そう呟いた。

 全力で砲撃を撃った影響なのか、はたまたデバイスがない状態で撃った所為なのか。理由はわからないけど、今の一発でかなり魔力も体力も消費してしまったらしい。だが、今はまだ気を抜くわけにはいかない。誘導弾を数発分セットし、煙が立っている場所を私は油断なく見据える。

 今の一撃で倒せているのなら、それに越したことはないんだけど……そんな淡い期待を抱きながら、私は相棒(真)を握る手に力を込めた。

 ――――しかし、やはり現実はそう甘くはいかないようだ。

 

「……グラーフアイゼン。ロードカートリッジ」

 

“Explosion”

 

 耳に届いたのは、囁いたように小さな声だった。だけど、それは確かな重みの持つ声。ギミックが動き、薬莢が落ちる音が聞こえる。そして、爆発的に高まった深紅の魔力光が私の目に映った。

 

「ラケーテン……」

 

 そんな声と共に、赤い影が突如現れる。

 すぐさま誘導弾を放つも、その勢いを止めることが出来なかった。

 デバイスについたブースター機構を使い、最速のスピード私へ突撃してくる。

 

「ハンマーーッッ!!」

 

 それは純粋に敵を粉砕するためだけに振るわれた鉄槌の一撃。

 最早、回避をする余裕などなく、私は相棒(真)で受けるように構え、その目前に桜色の障壁を全力で展開する。それは現状で出来る精一杯の防御態勢であり、今の私の最強の盾だった。

 

「――――っ!?」

 

 しかし、それでも彼女の攻撃を防ぐには至らない。

 更にギミックから数発分の薬莢が飛び出し、ブースターの威力が増した。

 じりじりと尖端についているスパイクが障壁にヒビを入れていく。

 

「ぶち抜けぇええっ!!」

 

“Jawohl!”

 

 まるで脆いガラスのように私の障壁が砕け散った。

 続く相棒(真)も柄の真ん中部分から呆気なくへし折られる。

 あっ……と声を上げる間もなく、私の胸に抉り込むようにスパイクが突き刺さった。

 

「~~~~~っ!!」

 

 地上へと叩き落とされた私はまるでゴム毬のように地面を数回バウンドする。なんとか悲鳴だけは意地で上げなかったものの、全身に走った痛みで息が出来ず、目から涙が溢れてきた。しかし、滲んだ視界の端にグルグルと回転しながら突っ込んでくる赤い影を捉えると、半ば本能的に防壁を張る。

 

「これでトドメだぁ!!」

 

 再び、スパイクの先端と桜色の障壁が激しく火花を散らした。

 私の両手には隕石でも落ちてきたかのような重い衝撃が襲いかかってくる。

 けれど、全力で展開した防御すら突破したような攻撃を即席の盾のみで防ぐことができるだろうか。

 ……当然、答えは否。子供でわかるような簡単な答えだった。

 

 

「――ぁ、ぅ……っ」

 

「はぁ、はぁ、はぁ……怪我人に負けるほど、あたしはまだ落ちぶれてねぇよ」

 

 擦れるような呻き声を上げる私の上からヴィータちゃんのそんな言葉が降ってくる。

 ああ、やっぱり私の身体のことを気にしてくれてたんだ。全然カートリッジを使わないから、なんか変だなって思ってた。でも、手加減されていたのはちょっと悔しい、かな。

 内心でそう呟きつつ、私は敗北を受け入れるためにそっと瞳を閉じた。浮かんでくる僅かな後悔と敗北の味をしっかりと噛みしめながら。

 

「……安心しろ、命まで取る気はねぇ。痛いのはほんのちょっとの間だけだ」

 

 どこか苦みを含んだヴィータちゃんの声が、薄れゆく意識の中でやけに大きく聞こえた。だが、それと同時に意識の外皮の部分を掠っていくものがある。

 

 ――――呼んで。

 その声は私の幻聴だったのかもしれない。ただの気の所為だったのかもしれない。

 しかし、どうしても聞き逃せないものだった。聞き流してはいけないものだった。

 

 ――――呼んで、なのは。

 誰かが私に呼び掛けている。私の名前を必死そうに呼んでいる。

 応えたいと願った。応えなくちゃと想った。応えると決意した。

 

 ――――お願い、なのは。

 それは鈴のように綺麗な声。どこか聞いていて安心させてくれる声。

 ……私の大切な親友の声。

 

「――――ごめんな」

 

 ――――私の名前を呼んでっ!

 だから、私は迷わず彼女の名前を口にした。

 

「フェイト、ちゃん」

 

 高い金属の音が周囲に鳴り響く。

 私が目を開ければ、そこには頼もしい親友の後ろ姿があった。

 

「――――良かった、今度は間に合った」

 

 夜空に靡く金色の長い髪。

 はためくマントは彼女にとても似合う漆黒。

 

「……ずっとね、後悔してたんだ。今度は私が助けるって約束したのに。肝心な時に何の力にもなれなくて、知った時にはもう手遅れで。しかも傍に行くことすらできなくてっ。すごく、すごく悔しかったんだっ」

 

 顔を伏せ、震えるような声を出すフェイトちゃん。

 その紡がれた言葉には様々な感情が混じり合ったような響きがある。

 

「でも、今度は間に合った。間に合うことができた……だから、今なら言える。あの時に言えなかった、一番伝えたかった言葉を贈れる――――なのは」

 

 己が愛機である戦斧に込める力を強めながら、フェイトちゃんは顔を漸く上げた。

 そして、ちらりと私の方へ笑みを向け、こう叫んだ。

 

「――――君を、助けに来たっ!!」



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第二十四話。なのはさん(28)の光来

 元々、私の世界はとても小さなものだった。母さんがいて、アルフがいて、リニスがいて、私がいて。たった四人だけで完結した、狭くて閉ざされた世界。それが私の世界の全てだった。

 別にそれが哀しかったとか寂しかったとか、今更そんなことを言うつもりはない。決して良い思い出ばかりではないけれど、あの頃のことも私にとっては大切な思い出だ。

 だけど、やっぱり心のどこかで憧れてもいたんだと思う。外の世界に。多くの人達との出会いに。触れ合いに。口に出したことはなかったけれど、多分私は憧れを抱いていた。

 

 でも、私には足りなかった。欲しいものを掴み取る力も、外の世界へ飛び出す覚悟も、自分から前に踏み出す勇気も。何もかもが私には足りなかった。……私は弱くて臆病だから、そんな自分を変えようともしなかった。ただ言われたことをこなして、流されるままに生きてきた。前に母さんに言われた通りだ、私は本当にただのお人形でしかなかった。

 

 だけど、そんな私に手を差し伸ばしてくれた人がいたんだ。

 高町 なのは。私の小さな世界を広げてくれた人。私に出来た初めての友達。

 何度も話しかけてくれた。何度も助けてくれた。何度も守ってくれた。私の為に怒ってくれて、泣いてくれて、母さんを止めてくれた。向けられた言葉には喜びを。握られた手からは温もりを。その力強い背中には勇気を。私は彼女から貰った。本当に色んなものを貰ってばかりだった。

 

 ――――だから、私もいつか彼女に何かを返せたらいいなって、ずっと思っていたんだ。

 

 

「フェイト、ちゃん……?」

 

 擦れたような小さな声が私の耳へと届いた。だが、それは私の知っている明るい彼女の声ではない。あの耳に心地よい彼女の声が今はとても弱々しかった。視界の端に映るなのはは苦しそうな表情を浮かべ、生気の薄いぼんやりとした瞳で此方を見ている。そんな彼女の姿を見ているだけで、目の前が赤く染まり、頭の中が沸騰しそうになった。

 確かにこれまでも怒ったことはあった。自分の不甲斐なさに。現実の理不尽さに。怒りを覚えたことは何度だってあった。生きた年数は片手の指でこと足りる。借り物(アリシア)の記憶を入れても両手の指すら越えることもできない。だけど、それでも私は強く断言することができた。

 ――――ああ、きっと私は今が一番怒っている、と。

 

「遅くなってごめんね、なのは」

 

 今すぐにでも敵に切りかかりたい衝動を何とか堪え、私は謝罪の言葉を口にする。

 けれど、それは何の言い訳にも慰めにもならないような陳腐なもの。考えても仕方がないとわかっていても、もう少し早く来ることができていればと、後悔の念がふつふつと湧いてきた。

 しかし、そんな私になのはは力のない笑みを浮かべるとゆっくりとした動作で首を横に振る。

 

「……ううん。来てくれただけで、私は嬉しいよ。それにね、変な話だけど……フェイトちゃんなら来てくれるって、信じてた」

 

 文字通り、今のなのはには笑顔を作る力さえ残ってはいないのだろう。きっと言葉を発することさえ億劫に感じているに違いない。だが、それでもなのはは笑っていた。あの私の大好きな、優しい笑顔を向けてくれた。ならば、私がすべきことは何なのだろうか。……わからない。答えは浮かんでこない。

 ――――でも、彼女を守りたいと心の底から思った。

 

「……うん、行くよ。なのはが呼んでくれるなら、私はどこへだって行く」

 

 そっと目を閉じ、紡ぐのは誓いの言葉。

 とてもちっぽけで小さな……でも、私にとってはとても大切な誓いの言葉。

 多分ずっと探してたんだと思う。自分がやりたいこと、やらなくちゃいけないことじゃなくて、本当に自分がやりたいと思うこと。それを今、見つけたような気がした。

 

「それがたとえ、天の果てだろうと地獄の底だろうと、超特急で駆けつけてみせる。私の出せる全速力で、絶対になのはの所にやってくる!」

 

 ――――(つるぎ)、になろう。

 なのはの敵を切り裂く剣に。なのはを敵から守る剣に。

 誰かが言われたからじゃない、誰かに頼まれたからでもない。

 自分の意志で、自分の想いで。私はなのはの剣になろう。

 

「そして、私がなのはを守るから!」

 

 人に無茶なことをするなと言うのに、自分は無茶ばかりする困った貴女を。

 誰かの為に頑張って、傷ついてばかりのくせに、人に助けを求めようとしない大切な貴女を。

 こんな私に手を差し伸べ、温もりと勇気をくれた大好きな貴女を。私は助けたい。守ってあげたい。

 私よりも強い貴女にそんなものは必要ないとも思う。でも、ほんの少しだけでも貴女の笑顔を守れることができるのなら、それでいい。それだけで私には十分だ。

 

「あ、はは。フェイトちゃん大袈裟すぎ……でも、えへへ。なんかちょっと嬉しい、かな……」

 

 私の言葉を聞き、安心したような表情を浮かべるとなのはは静かに目を閉じた。

 そんななのはを一瞥し、二回だけ深く呼吸をすると私は、黙って私達のやり取りを見ていた(紅の少女)を鋭い瞳で睨みつける。バチッと前髪から紫電の弾ける音が聞こえた。

 

「……バルディッシュ」

 

“Get set.”

 

 愛機に声を掛けると、私の長い髪がゆらゆらと立ち昇り始める。

 本当ならここは冷静になるべき場面なのだろう。嘱託とはいえ私も管理局員の一員なのだ。まず初めに投降を呼びかけるのがセオリーだし、それが正しいと理解してもいた。でも、今の私はそんなこと出来そうにない。そう簡単には、この怒りや憤りは消えてくれそうになかった。

 

「貴女はこの世で一番やってはならないことをやってしまったんだ……」

 

 全身を覆うように特殊な魔方陣が展開され、溢れ出た金色の魔力が巨大な光の柱を作る。

 夜天を貫いた光の柱は激しく放電し、結界内を太陽のように眩く照らした。

 許すものか。許してなどやるものか。友達(なのは)を傷つけられて、黙っていられるほど私は人間が出来てはいない。

 

「許されるだなんて努々思わないでね。なのはを傷つけた罪は私にとって何よりも重いっ」

 

“Drive Ignition” 

 

 魔方陣と共に光の柱が消え去るとバリアジャケットが変化し、私の身体は大きく変貌を遂げていた。

 何やら相手の驚いたような声が聞こえてきたけれど、そんなの知ったことではない。

 勿論、彼女にも何かしらの事情はあると思う。もしかしたら、やりたくもないことを誰かに強要させられている可能性だってあるかもしれない。けど、私は別に彼女の事情なんかどうだって良かった。興味もないし、知りたいとも思わない。目の前にいるのは敵だ。なのはの敵で、私の敵だ。今は他に何も要らない。

 

“Load cartridge, Zamber form”

 

 複数の薬莢を吐き出し、バルディッシュが黄金の大剣へとその姿を変える。

 まだ完全に使いこなせているとは言えない、バルディッシュの新しい形体。だけど、今の私なら出来ると思った。この剣は何物ものを断ち切る無双の一振り。私の新たな誓いの体現。

 

「貴女の犯した罪、その身に深く刻んであげる」

 

 両手で輝く大剣を握り締め、冷たい声でそう告げると私は倒すべき敵へと吶喊した。

 

 

 

 私の名前は高町 なのは。

 なんか名前を呼んだら、フェイトちゃんが召喚されたでござるの巻。

 正直、半ば無意識に呼んでみただけだったので、この展開は全くの予想外。表情には出さなかったけれど、非常にびっくりしております。そして、フェイトちゃんがいつもの五割増しくらいにカッコよく見えてしまう件について。本当に一瞬だったけれど、私の胸もトクンと高鳴りを……い、いかん、これはふぇいとの罠だ。

 私の心はミっくんのモノ。私の心はミっくんのモノ。吊り橋効果なんかに負けるな、私っ!

 

「……ぅ、ん?」

 

「なのはさん、気がつきましたか?」

 

「あ、れ? ユーノ君?」

 

 とまぁ、そんな非常にどうでもいい葛藤(割と死活問題?)と戦っている最中に気を失ってしまった私が目を開けると、そこには何でかフェレットなユーノ君の姿があった。翠色の魔方陣が出ている所から推測すると、どうやら私に治癒魔法を掛けてくれているようだ。

 それにしても、何故にフェレットモード? いやまぁ、別にユーノ君がそれでいいというのなら、私は何も言うつもりはないんだけどさ。……自分でもどっちが本体なのかわからなくなってる~なんてことはないよね?

 

「……私、どのくらい寝てたのかな?」

 

「多分、数分くらいだと思います。僕達が来てからまだ五分も経っていませんから」

 

「そっか、良かった。また三ヶ月経ってたらどうしようかと思った」

 

「……なのはさん。それ、洒落になってませんからね」

 

「にゃはは、ごみんごみん」

 

 じと目のユーノ君に苦笑いで謝罪をしつつ、内心で私は深く安堵のため息を吐く。

 よ、良かった。これでまた三ヶ月後とかだったら、本気で洒落にならないところだった。寝ている間に闇の書暴走→地球にアルカンシェルとか全然笑えない。まぁ、一歩でも間違えればそれが現実になってしまうのだから、今でも笑えない状況なのは変わりないんだけどね。

 

「さてと、まずは状況確認を……ん?」

 

 少しだけ気を引き締め、私は周囲の状況を確認し始めた。

 だが、これは一体どういう状況なのだろうか。私とユーノ君を囲むように二重の結界が張られた上にその外でアルフさんが必死の表情で更に結界を張っている。うん、全く以て意味がわからない。何、この微妙なVIP待遇。幾ら私が気絶してるからって三重の結界で守る必要はないと思うんだけど? そう疑問に思った私は、とりあえず挨拶を兼ねて外にいるアルフさんに声を掛けてみることに。

 

「ええと、アルフさん?」

 

「っっ! ああ、良かった。目が覚めたんだね、なのは。だけど、ごめん。今は会話をしている余裕が全くないんだよ!」

 

「??? それってどういう……きゃっ!?」

 

 だが、返ってきたのは何やら切羽詰まったような言葉だけだった。

 頭に疑問符を浮かべながら私は更に問い掛けようとするも、それは突然起こった大きな雷鳴と爆発音によって掻き消されてしまう。その予想外に大きな音と爆風に思わず身体を竦め、おそるおそる音の発信源へと目を向けた私は……そのまま呆然と固まってしまうこととなる。

 

「え、なにこれこわい」

 

 そこにあったのは、無残にも廃墟と化した住み慣れた街の光景だった。

 濛々と立ち込める黒煙。何かの衝撃によって軒並み割られた窓ガラス。道路沿いに並んでいた木や電柱は半ばからへし折れ、止まっていた車は火を吹いている。極めつけに、最近建てられたばかりの大型高層マンションが何故か縦から真っ二つに断ち切られていた。うん、なにこの荒廃した末期世界な感じ。明らかに大きな雷が落ちて黒焦げになった病院っぽい何かとか、絶対に視界に入れたくないんですけどー!?

 

「こ、これは一体どういうわけなの? 核戦争でも起きたの? 人類は絶滅していなかったの? モヒカンなの? ヒャッハーなの? ……ふふふ、ヒャッハー!」

 

「な、なのはさん! 気を強く持ってください! 大丈夫! まだ傷は浅いですから!」

 

 そのあまりにあんまりな街の姿に混乱を越えて発狂しそうになった私をユーノ君が必死に慰めてくれる。私はフェレットモードな彼をぎゅっと胸に抱きしめ、ちょっとだけ心を落ち着けることができた。流石はアニマルセラピー。その癒し効果は侮れない。

 

「そ、そうだよね! まだまだ傷は浅い……って、全然浅くないよ!? 目が覚めたら、なんか私の街がバイオテロが起きたみたいになってるんだよ!? これのどこが大丈夫なの!?」

 

 だが、その効果も本当に僅かな間だけのこと。

 もふもふ具合の少ないユーノ君では、私の心を癒すには不十分だった。いや、そもそも私を本気で癒したいと思うのなら、ミっくんを一ダース分くらい用意しろと声を大にして言いたい。

 私による私だけの酒池肉林、ミっくん大ハーレム……うへへ。大きいのから小さいの、青年なのからダンディなのまで選り取り見取りっ! ウェイターさ~ん、ドンペリ追加でお願いしま~す~。えっ? それはハーレムじゃなくてホストクラブだ? ふん、ぶっちゃけこの二つって大した違いはないと思うの(暴論)。

 

「じゅるり……っとと、今はそんなことを考えてる場合じゃなかったね。ユーノ君、未だテンパリ気味の私に現状の説明を簡単にお願い」

 

「え~と。簡単に言えば、なのはさん気絶→フェイトブチ切れる→フェイト大暴れ→結界崩壊寸前で街の寿命がマッハ。今ここって感じです」

 

「ふむふむ、なるほど。流石はユーノ大先生、わっかりやすいっ! ……って、この惨劇は全部フェイトちゃんの仕業だったの!?」

 

 ガビーンッ。昭和っぽい擬音をつけるとしたらまさにそんな感じで驚く平成生まれの私に、ユーノ君は僅かに汗を流しながら頷いた。そして、未だに鳴り止まない大きな雷鳴と爆発音。時折、私達の方へも余波のようなモノが襲いかかって来てもいる。つまるところ、アルフさんが必死に結界を張っているのは、フェイトちゃん達の戦闘による被害を防ぐためだったってこと……?

 

「多分、空を見て貰えばすぐにでもわかると思います」

 

 恐らく信じられないというような表情を私はしていたのだろう。そんな私を見て、ユーノ君は小さく息を吐くと顔を空へと向けた。それに釣られるように私も空を見上げて……盛大に顔を引き攣らせることとなる。

 

「なに、あれ……?」

 

 結界によって区切られた狭い夜空を数えるのも億劫になるほどの魔方陣達が覆っていた。

 その色は私にも馴染み深い金色(こんじき)。雷光に愛された彼女に相応しい魔力光。

 薄暗い結界内を明るく照らすその魔方陣からは、休むことなく無数の雷槍が地上へと降り注いでいる。

 

「――――――――――」

 

 まさに自然災害。いや、人為的起こされるそれは人災と呼ぶに相応しい光景だった。

 放たれた雷槍は容易くモノを砕き、破壊し尽くす。圧倒的な破壊の権化がそこには降臨していた。そんな地獄のような光景の中、白色のマントを身に纏った彼女は黄金の大剣を片手に一人、天空で佇んでいる。

 水面のように静かに。舞い落ちる雪のように自然に。無表情のまま地上を見下ろし、その烈火のごとく燃える赤瞳で紅い騎士(ヴィータちゃん)へ凍てつくような視線を向けている姿は、まさしく怒れる雷神様のようだった。

 

「――――ちっ!」

 

 迎撃だけでは捌き切れないと悟ったのだろうか。ヴィータちゃんは大きく舌打ちをすると加速魔法を使い、降り注ぐ弾幕を一気に回避する。身に纏った深紅の騎士甲冑は何か所か焼け焦げていて、彼女が少なくないダメージを受けていることがわかった。

 

「逃がさないよ」

 

 氷のように冷たい言葉を聞こえると、ヴィータちゃんに向けられる雷槍の数が何倍にも膨れ上がる。途端に視界の全てを一色に染めてしまう黄金の剣戟達。それはまるで軍隊のように綺麗に隊列を組むと、振り下ろされたフェイトちゃんの左手に合わせるように、ヴィータちゃんへと一斉に襲いかかっていく。

 

「アイゼンッ!」

 

“Panzerschild”

 

 密度の増した金色の弾幕に少なくない焦りを滲ませながらも、ヴィータちゃんは紅い障壁を張った。高速で飛来してくる雷槍達が障壁と激しくぶつかり、衝撃音が鳴り響く。

 

「っ、くっ!」

 

 僅かにヴィータちゃんが顔を顰めたのが見えた。一つ一つは大したことなくても、数が数だ。ただ防いでいるだけでも、その負担は小さくない。しかし、そんなヴィータちゃんを余所にフェイトちゃんは上空で静かに詠唱を行っていた。

 

「アルカス・クルタス・エイギアス。煌めきたる天神よ、今導きのもと降りきたれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル……」

 

 結界の影響で停止していた空が動き出し、月や星を隠すように灰色の分厚い雲がどこからともなく現れる。そして、巨大な魔方陣が浮かび上がると、ポツポツと小粒の雨が降り始めた。

 天候を操る儀式魔法。時間が掛かり過ぎて戦闘向きではないが、その一撃の威力は個人のそれを遥かに凌駕することができる代物だ。

 

「撃つは雷、響くは轟雷。アルカス・クルタス・エイギアス……!」

 

 詠唱が終わると魔方陣の上に五つの球体が発生し、それぞれが共鳴し合うように激しく放電を開始する。それを頃合いと見たのか。フェイトちゃんは高々と黄金の剣を天に掲げると、紫電を巻き込むようにくるりと一回転させ、大きく構えを取った。

 雷光が剣身へと集束されていく。徐々に輝きを増していく剣を見ているだけで、えも言われぬ圧力が強くなっていくように私は感じた。

 

「っっ、アイゼンッ! カートリッジフルロードッ!」

 

“Explosion”

 

 そして、私と同じものを直接対峙しているヴィータちゃんも感じ取ったのだろう。漸く弾幕を凌ぎ切った彼女はその場で停止し、全弾を一度にロードすると数十枚の障壁を前面に展開した。紅き障壁が幾重にも守りを固める様は、まさに難攻不落の城壁のようにも見える。

 だが、フェイトちゃんはそれを物ともせず、凛とした声で最後のキーを紡いだ。

 

「――――断ち切れ、閃光っ!」

 

 周囲に迸る紫電が音を立て、幾筋もの稲妻が黄金の剣を更に輝かせる。

 元より大きかった大剣は、その大きさを既に何倍にも肥大させていた。

 すべてを断ち切る閃光の刃。極光の斬撃が今、放たれる。

 

“Plasma Saber”

 

 金の剣と紅の盾が激しくぶつかった。だが、均衡などは決してしない。

 光の刃は一瞬にして十数枚の紅盾を喰い破り、尚も切り裂いていく。

 一枚、三枚、五枚、十枚。障壁の破壊が止まらない。その進行を阻めない。

 気が付けば残りは僅か数枚となっていた。どちらが劣勢なのかはもう明らかだ。

 

「うぉぉおおおお!!」

 

 ヴィータちゃんが咆哮のような叫び声を上げ、障壁の出力を上げた。

 紅き障壁が燃えるように深紅の輝きを増し、極光の進撃を残り一枚でかろうじで喰い止める。

 目が眩むような金と紅の魔力光が濁流し、見ている私達の視界を完全に塞いだ。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」

 

 光が治まるとそこには息絶え絶えのヴィータちゃんの姿があった。どうにかあの一撃を堪え切ったらしい。しかし、その姿は紅の騎士甲冑ではなく黒のアンダーシャツとなり、両手で持つグラーフアイゼンも柄を部分に大きな亀裂が入っているような有り様。もう彼女の限界が近いのは誰の目からも明らかだった。けれど、まだフェイトちゃんの攻撃は終わってはいない。バチバチと電撃の音が空から響いた。

 

「――――スパークッ」

 

 天に掲げられた左手の上で、夜空に残されていた魔方陣が巨大な槍へと変化していく。

 大技に続く大技。流石にここまで連続しての大規模な魔法行使は負担が大きいのだろう。フェイトちゃんも苦しそうに顔を顰めている。でも、その瞳に灯った燃えるような強い光はまだ消えてはいなかった。

 

「エンドッ!!」

 

 叫ぶような声と共に黄金の槍が投合される。それはすぐに動けないヴィータちゃんへと向かい、炸裂。直視できないような激しい閃光を発生させ、数瞬後に大爆発を引き起こした。立ち昇った白い煙の中から、ガラガラと建物が崩壊していく音が聞こえてくる。

 

「はぁはぁ、はぁはぁ……」

 

 その光景を見つめながら、肩で呼吸をしていたフェイトちゃんは光に包まれ、本来の姿へ戻った。どうやら先の一撃で限界近くまで魔力を消耗してしまったようだ。だが、浮かべる表情からは疲労感よりも達成感の方が強く現れている。

 

「よしっ、決まった! さっすがフェイト! それでこそ、あたしのご主人様だよっ!」

 

「あ、あはは……相手の人、生きてますよね?」

 

 主人の勝利を確信し、我が事のように喜びを露わにするアルフさん。その一方でユーノ君は引き攣ったような笑顔を浮かべていた。でも、その声からは安堵の響きを感じ取ることができる。やはり、戦闘中ということでかなり緊張をしていたみたいだ。まぁ緊急事態だったわけだし、それも仕方がないかなと思う。

 ちなみに私は苦笑いだ。まさかヴィータちゃんを捕縛することになるとは思わなかった。撤退させることが出来れば……くらいしか考えていなかったから、これからのことを考えるとちょっと頭が痛い。でもまぁ、これで私もやっと身体の力を抜くことができる……ん?

 

「………………?」

 

 そこまで考えて、私はふと小さな違和感を覚えた。

 それは言ってしまえば、ただの勘のようなもの。何の根拠もない戯言とも言える直感だった。だが、この直感に今まで何度も救われてきたことのある私にとっては、何よりも重要視するべきものでもある。

 未だ晴れていない煙の奥を私は睨むように見つめた。そして、気がつく。あの煙の奥に三人(・・)いる。まだ戦闘は終わっていないっ。

 

「??? なのはさん?」

 

「――――ダメ、救援が入った! フェイトちゃん、気をつけてっ!」

 

 戸惑いながら問いかけてくるユーノ君を半ば無視するような形で、私は宙にいるフェイトちゃんへ大声で呼びかける。しかし、それはほんの少しだけ遅かったらしい。

 

「はぁ、はぁ……なのは? ……っ!?」

 

 フェイトちゃんに私の声が届いた瞬間、緑色の細い紐のようなバインドが素早くフェイトちゃんの身体を拘束した。そして、間髪入れずに上空から突如現れた鮮やかな桃色の影がフェイトちゃんに襲いかかる。

 

“Defenser.”

 

 身動きの取れないフェイトちゃんの代わりにバルディッシュが防壁を張った。だが、それは本当に最低限の防御でしかない。彼女の重い一撃に対するには余りにも脆く、弱かった。

 

「紫電、一閃ッ!」

 

 気合いの入った声が響いた直後、炎を纏った鋭い剣閃が放たれる。それはまるで紙のように容易く防壁を両断すると、そのままフェイトちゃんのバリアジャケットを上から斜めに切り裂いた。

 

「フェイトッ―――!」

 

 アルフさんの絶叫と共にフェイトちゃんを拘束していたバインドが音もなく消え去る。

 ぐらりと力なく地上へと墜ちていくフェイトちゃんの姿が嫌にゆっくりに見えた。

 叫びながらアルフさんがフェイトちゃんの下に駆け寄るが、その往く手を阻む蒼い影が現れる。

 

「悪いが、暫し大人しくしていて貰おう」

 

「ーー――あ、がっ!?」

 

 横からの不意打ちをモロに受け、アルフさんは地面へ叩き落とされてしまった。

 しかも当たりどころが悪かったのか、地に伏してまま、動かない。

 たらりと私の額から嫌な汗が流れる。さっきまで優勢だった戦況がいきなりひっくり返されてしまった。

 

「ごめんなさい、来るのが遅くなったわ」

 

 銀色の仮面をつけた淡い金髪の女性の持つ指輪がきらりと光ると、緑色の風がヴィータちゃんの傷を瞬く間に癒していく。その間に、他の仮面をつけた二人の男女も彼女達の下に集まった。

 その光景を何も出来ず、ただ見つめながら私は打開策を探そうと思考を巡らせる。しかし、残念ながら良い案は浮かんでこない。

 

「……まだやれるか?」

 

「ったりめーだろ、あたしはまだ負けてねー」

 

「ふっ、そうか」

 

 夜天の空の下、四人の雲の騎士が並び立つ。

 その姿は見る者が見れば、感動的な光景なのかもしれない。

 けれど、これから対峙しなければならない私達からすれば、危機感しか湧いてこない光景だ。

 

「なのはさん……」

 

 顔を強張らせたユーノ君の声が私の耳に届く。

 それに私は小さく頷きを返すと、意識を戦闘モードへと切り替えた。

 ――――ぶっちゃけ、これって詰んでない……? と内心で愚痴を言っていたのは、ここだけの秘密だ。



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閑話。なのはさん小話集、そのさん

~突然のお誘い、私の心臓がマッハ~

 

 その日。私、高町 なのはは久々にテンパっていた。

 どのくらいテンパっていたかというと、初めてユーノ君がフェレットから人間に進化したのを見た時くらいにテンパっていた。ここが食堂でなければ、今すぐにでも叫びたい気分だ。

 

「――――えっ? ご、合コン?」

 

「はい、土曜日の夜なんですけど……なのはさんは予定、空いてます?」

 

 この時、私は齢二十七。彼氏いない歴、年の数を驀進中である。

 当然、そんな私がこんな誘いをされるとどうなのか。

 それは凄く簡単。

 

「ちょ、ちょっと待っ……ゲホッゲホ!」

 

 咽ます。それはもう、盛大にパニクって咽ます。

 食堂で一人ラーメンをすすっていたので、麺が気道に入って余計に苦しみます。

 取りあえず、コップの水を飲んですーはーと深呼吸。大丈夫ですか? と心配そうに言ってくる部下には笑顔で大丈夫だよ、と告げておく。まだ心臓がバクバクしてるのは、御愛嬌の一つだ。

 

「それで、合コンだっけ?」

 

「は、はい。土曜の夜なんですけど……」

 

 気を取り直してテイクツー。少し部下の顔が引きつってるような気がしないでもないけど、そこはスルーの方向で。まぁ、自分でもちょっとカッコ悪かったなぁとは思っているんだけどね。

 でもでも、それも仕方がないと私は思うんだ。だって、いきなり何かお誘いが来たと思ったら合コンだよ? 合同コンパだよ? あの男女が王様ゲームとかしちゃう、キャハハでウフフな嬉し恥ずかしイベントだよ? テンパらないほうが人としておかしいよね!

 

「……レイジングハート。その日、私の予定はどうなってるかな?」

 

 そんな内心を隠して、私は長年の相棒に確認を取る。

 しかし、本当は確認なんてしないでも私にはわかっていた。

 今週の土曜は完全フリーである、と。

 

“特に予定はないようです、問題ありません”

 

 その答えを聞いて、心の中で大きくガッツポーズ。

 無論、表の顔はいつも通りの平常運行である。

 よし、やっぱり何も予定はなかったね。まぁ、それはそれで何かちょっぴり空しい気もするけど、今は無視。

 

「あーうん。一応、大丈夫みたいだけど」

 

「本当ですか!? 良かった~! 実は私が幹事なんですけど、誘ってた子にいきなりキャンセルされて困ってたんですよ~」

 

 私の言葉を聞いて、ほっと胸を撫で下ろす部下。艶のある長い黒髪と腕に抱えた極大メロンちゃんが個人的に凄く妬ま……んんっ、羨ましい今年17歳の我が隊、期待の新鋭である。

 ちなみに得意な魔法が超遠距離からのホーミング砲撃という素敵仕様の少女Aだ。

 

「でも、本当に私でいいの? その、あんまり合コンとかって慣れてないんだけど……」

 

 嘘です、ごめんなさい。

 本当は初めてです、ごめんなさい。

 見栄を張りました、本当にごめんなさい。

 

「あはは、大丈夫ですよ。適当に笑って、適当に話でもしてくれれば全然OKです」

 

「そ、そっか」

 

 なんでもなさそうに手をヒラヒラしてそう言ってくる部下を見て、私は強く思った。

 ――――簡単そうに言うけれど、それが一番難しいのだと何故気がつかないっ!?

 いや。それは確かに私だって別に男の人と全く話せないってわけではないよ、うん。ほら、ユーノ君(既婚者+避けられてる)とかクロノ君(既婚者+最近、直接は会ってない)とかとは良く……って、あれれ? 何か男友達の数が異常に少ないよーな。いやいや、気の所為だよね、うんうん。他にもグリフィス君(既婚者)とかヴァイス君(現ティアナの彼氏)とかエリオ(キャロとルーテシアの修羅場製造機)とかだっているし……あれ? おかしいな? なんか胸が痛い。

 

「なら、問題はないかな。でも、合コンとかって結構してるの?」

 

「う~ん、割とそうですね。ヴァルキリーズのメンバーではもう何度かやってます」

 

 …………私、誘われたの今日が初めてなんだけどぉ。

 というか、そういう大事な要件は普通、隊長の私に優先して回すべきではないのかな。年功序列とかなんとかうるさいことをいうつもりはないけど、ちょーとお姉さん淋しいです。

 

「そっか。けど、やっぱり幹事さんは大変そうだね」

 

「まぁ、今回は特別です。いつも連絡はメールで回してるんで、そうでもないんですよ?」

 

 だから! 何故! 私に! そのメールを! まわさない!

 うぅぅ、まだ微妙に部下達と距離があるのかなぁ。やっぱり年齢が一回りくらい違うとどうしてもこうなっちゃうのかも……あーやばい、なんかホロリとしてきた。

 そんなことを思い、かなり落ち込んでいる私は知らない。私がフェイトちゃんとデキているから、そういう誘いをするのは失礼だと部隊の皆に思われていることを。そして、今回誘うのに部下がどれだけ勇気を振り絞っていたのかを私は永遠に知らない。

 

 

 

「うーむ、合コンかぁ」

 

 誘ってくれた部下が去り、私は改めて少し伸びてしまったラーメンを静かにすすり始めた。

 ぶっちゃけノリでOKしてみたものの、何分初めてのことなので勝手が分からない。大体、合コンって具体的には何をすればいいの? 私の知識としてはご飯を食べたり、楽しくおしゃべりやゲームをしたり、カラオケに行ったり~みたいな感じなんだけど、これで本当に合ってるの?

 

「……カラオケは多分大丈夫かな。一応持ち歌は何曲かあるし、これでも高町家の宴会ではよく先陣を切って歌ってたんだもん。それなりに歌には自信がある。とすると問題は……」

 

 男性と楽しい会話、所謂小粋なトーク……うん、これが私にとって一番の問題だ。別に男性恐怖症というわけではないけど、正直何を話せばいいのか全くわからない。というか、お仕事以外の話題が全然思いつかない。それによくよく考えてみればここ最近で私が会話をした男性ってお仕事関係とミっくんを除くと、近所のコンビニのおじいちゃん店員くらいしかいないっていう。我ながら自分の灰色っぷりに涙が出そうだけど、私はそんなことでは挫けてなんてやらない。今が灰色だというのなら、これから色を付けていけばいいだけのことじゃない。

 

「……ふふっ、ハードルは高い方が越えがいがあるというもの。私のコミュ力の高さを(高町家内で三番目位)見せつけてあげるよ!」

 

 ペラペラと薄い焼豚をネギと一緒に食らいつつ、私はむんと気合いを入れた。

 次に考えなければならないのは合コンに着ていく服装のことだ。一張羅とか勝負服みたいなのは特に持ってない(何故か勝負下着は三枚ある)けど、一応女なので私も服自体はまぁまぁあるんだよね。ただ合コンに相応しい服装っていうのがイマイチよくわからない。基本的に可愛いなーとかこれいいなーとか思った服しか買わないから、今はこれが流行! とか男性受けを狙って~みたいに服を持っていない。だけど、合コンってことを考えるとそういう服装の方がいいのかもしれないし……うむむ。

 

「どうしようかなぁ。ここは誰かに相談するべきだと思うんだけど……うーん」

 

 とりあえず、相談できそうな相手を思い浮かべてみる。

 はやてちゃんは絶対にからかわれるからアウト。ヴォルケンズの皆は必然的にはやてちゃんに伝わってしまうので、却下。アリサちゃんとすずかちゃんも近場にいないからちょっと無理。かといってスバルやティアナに頼むのも気が引ける(プライド的に)。フェイトちゃんは今回は何となく面倒なことになりそうだからダメ! となるとあとは……くっ。

 

「こうなったら、多少のお小遣いアップを生贄に偉大なるヴィヴィオ大先生に助言を頼むしかない、か。でもなぁ……ぶつぶつ」

 

「――――なのはさん、どうかしたんですか?」

 

「にゃにゃっ!?」

 

 少々苦い表情を浮かべて私がうんうんと唸っていると、突然後ろから声を掛けられる。

 しかも、凄く聞き覚えのあるその声の主は、我が隊唯一の男性……。

 

「ミ、ミ、ミっくん、いつからそこにっ!?」

 

「え、えっと。今、来たばかりですけど?」

 

 私の言葉に笑みを浮かべたまま首を傾げるミっくん。

 その爽やかな笑顔にいつもの私だったら心が躍る所なんだけど、今は正直勘弁して欲しい。

 大体、この場面でミっくん登場って……これはアレなの? 他の男なんか走ろうとした私への罰なの? だとしたら、神様は意地悪過ぎるよ! 今までこういうイベントなんてなかったんだから、ちょっとくらい良い思いをしてもいいじゃない!

 いや、待て待て。ここは逆に考えよう。これはこれでミっくんと仲良くなるチャンスなのだ、と。こういう所での好感度の積み重ねが後の勝利に繋がるのだ、と。……そうとでも思わないとやっていられないっ。

 

「あの、なのはさん。ここって席、空いてますか?」

 

「ふぇ……? あっうん、空いてるよ! 寧ろ空きまくってますよ、ええっ!」

 

「あはは。それじゃ、ちょっとお邪魔しますね」

 

 そう言って、ミっくんが私の向かいの席に座る。

 小さな包みを持っているから、どうやら今日はお弁当みたいだ。

 ふむふむ、やっぱり料理が出来る男の人っていうのはいいよね。偶の休日に手料理を振る舞ってくれるのとか少しだけ憧れるかも。あっでも、一緒にキッチンに立つのもいいよね。ちょっと指切っちゃって、指をパクッと消毒みたいなイベントとか個人的には胸熱の激熱だと思うし。

 

「??? どうかしました?」

 

「う、ううん! 何でもないよ!」

 

「そうですか? ならいいんですけど、早く食べないと麺が凄いことになってますよ?」

 

「えっ……」

 

 私がラーメンを見てみると、スープの半分が無くなってて麺が五割増しになってた。

 うむ、実にボリューミー……って、なんで今日に限って私はラーメンを選んでしまったの!?

 いや、別にラーメンが悪いってわけじゃないんだ。頻繁に食べようとは思わないけど、偶に食べたくなる時があるくらいには好きだし。けど、ミっくんの前でラーメンをすするのはかなり抵抗がある、というか恥ずかしい。ちょっと気になる男の人の前でラーメンをずずっ……やばい、軽く死ねる。

 

「あっ、そう言えばなのはさんって土曜日の食事会には来るんですか?」

 

「~~~っっ、な、なんでミッくんが知ってるの!?」

 

 とは言え、ちゃんと食べないとお腹が持たないことがわかっている私は、断腸の想いで伸びたラーメン出来るだけ上品にちるちるとすすり始める。しかし、そんな私にミっくんがいきなり合コンの話をしてくるので、また箸が止まってしまった。正直、また咽そうになったのを根性で抑えた私は皆に褒められてもいいと思う。

 

「あれ? 男の方の幹事って僕なんですけど……聞いてません?」

 

「全然っ、聞いてないよ!?」

 

 詳しく話を聞くと、何か前の部隊の先輩に“今度、お前のいる隊の娘達と一緒に飯でも食べにいこうぜ!”って言われたらしい。しかも、セッティングは完全にミっくんに丸投げ状態だったとかなんとか。

 ウチの隊は皆美人揃いだからそう言ってくるのは仕方がないと思うけど……幹事をさせられるミっくんも大変だと思う。まぁ、そんなことを思っている私は幹事なんて一度もしたことがないんだけどね。職務中ならともかく、プライベートな私にリーダーシップとか皆無だから。

 

「でも、楽しい食事会になるといいですよね?」

 

「えっ? う、うん、そうだね」

 

 食事会? あれ? 合コンは? そんな疑問を浮かべつつミっくんの顔を見るも、彼は至って普段通り。その表情を見れば、よく鈍いって言われる私でも理解できる。

 どうやらミっくんは合コンではなく、ただの食事会のつもりのようだ。

 

「……そっか。なら、別にそんなに気負う必要もないのかな」

 

 合コンだと思うから緊張するだけで、食事会だと思えば大丈夫……な気がする。

 それに知らない男性ばっかりじゃなくて、ミっくんもいるんだから私でも何とかなる……はずだ。

 ちらりとサンドウィッチを美味しそうに口に運んでいる彼を見る。普段は落ち着いた感じなのに、今はちょっとだけ子供っぽく思えた。というか、年下の男の子ってやっぱりなんか可愛いにゃあ~。

 

「なのはさん? 何か言いました?」

 

「ふふっ、なんでもないよ。ねぇ、どんなお店に行くのか聞いてもいい?」

 

 少し心に余裕が出来た私は、ミっくんとのおしゃべりに集中することにした。 

 折角二人で食事をしているのに、悩んでいるなんて勿体ない。今はこの時間を楽しんだ方がお得なのだ。ま、私のメニューはラーメンだから、ムードもへったくれもないけどね!

 

「雰囲気の良いお店がいいってセリカ達に頼まれたので、僕のオススメの所にして置きました。あんまり有名なお店ではないですけど、味も結構良い所なんですよ?」

 

「へぇ、なら期待してもいいのかな?」

 

「ええ、きっと期待には応えられると思います」

 

「だったら、楽しみにしておくからね♪」

 

 そんなやり取りをしながら話をしていた私達は、結局休憩時間が終わるまで食堂にいた。

 話題の大半はミっくんが振ってくれたものだったけれど、実に楽しい時間だったと明記しておく。

 

「それじゃ、行こっか?」

 

「はい」

 

 休憩時間が終わり、二人で肩を並べて訓練場へと向かった。

 そして、その道中にふとある重要なことに気がつく。

 あれ? 今、私達って周りから見たら恋人みたいに見えるんじゃない?

 無論、内なる私が全力でにやけていたことは語るまでもない。

 

 

 

 えっ? 結局、合コンはどうだったのかって?

 あーうん。当日に緊急の応援要請が出ちゃってね、見事に休日出勤でした……ぐすん。

 

 

 

 

~Ex-ep3 アナタはダレ~

 

 連続襲撃テロ事件の対策チームへの出向が決まって早一週間。

 意外と面倒だった引き継ぎや準備もなんとか終わり、ようやく私こと、高町 ヴィヴィオと直接の上官であるミっくんの二人は対策チームへ合流することとなった。チームの指揮を取るのは、新型次元航行艦ユリシーズの臨時艦長となった八神 はやて捜査司令長官。私達は彼女の指揮下に設けられた“緊急テロ事件対策本部特殊実働部隊”への出向となる。ちなみに私のコールサインはインフィニティ2。何故か私が中隊副隊長を任されることになってしまいました……。

 

「……………………」

 

 ユリシーズの艦内をミっくんと並んで歩きながら、私は内心で大きく頭を抱えていた。

 出向に当たって階級が三尉に昇進したと思ったら、いきなり中隊副隊長&小隊長への任命。もう、本気で何がなんだかわからない。というか、入局したてホヤホヤの私に部下とか、流石に無理があり過ぎるじゃないかな。そういうのは、もっと実戦経験が豊富な人達の方が絶対に良いと思うんだけど……。

 

「――――ィオ? ヴィヴィオ、聞いてる?」

 

「えっ? あ、うん……じゃなかった、はいっ!」

 

 そんなことをずっと考えていたからだろうか。私は声をかけられていたことに全く気がつかなかった。それどころか、上官であるミっくんに“うん”と返事をしてしまう始末だ。本当に目も当てられない自分の有り様に羞恥心で顔が熱くなる。だが、そんな私の様子が気になったのか、ミっくんは足を止めると心配そうな顔で話しかけてきた。その声色はプライベートの時とまでは言わなくても、幾分か柔らかなものだ。

 

「もしかして、緊張してる?」

 

「……うん、実はちょっとだけ。それに私が副隊長でいいのかなって」

 

「それを言うなら、僕は隊長なんだけどね……しかも、隊員達はちょっとアレ(・・)だし」

 

 私の言葉を聞いて納得したように頷くと、ミっくんは苦笑しながら小さな溜め息を吐いた。

 だけど、溜め息を吐きたくなる気持ちはよくわかる。中隊長を任されたのはまだ良いとしても、あの隊員達(厄介者集団)を率いることになったのは正直憐れとしか言いようがない。

 辞令と一緒に受け取った資料に乗っていた情報によると、命令違反は当たり前。果てには上官侮辱や暴行まがいのことまでやらかしている者達までいた。加えて全員、私達よりも年上だ。これで頭が痛くならない方がおかしいと思う。

 

『はぁ……』

 

 二人揃って大きく溜め息を吐き、肩を落とした。

 ダメだ、考えれば考えるだけ気が重くなってくる。もう、ここは思い切って何も考えない方がいいのかもしれない。少なくともその方が胃への負担は小さいような気がする。うん、そうだよ。まだ始まってもいないのに、落ち込んでいても何にもならない。前向きに自然体でいけば、意外となるようになるはずだ。

 そんな風に私が気持ちの切り替えを終えると、ミっくんは何故か私を見て苦笑を深めていた。

 

「??? 私の顔に何かついてる?」

 

「あはは。ううん、何もついてないよ」

 

「むぅ……」

 

 顔に何かついているのか気になってペタペタと確認していると、更にミっくんの笑みは強くなる。しかも、声に出してまで笑い出した。流石にこれは失礼だと思った私が睨むように視線を向けても、笑みを崩さないどころか、私をからかってくる。

 

「まぁ、とにかく頼りにしているよ。ヴィヴィオ副隊長(・・・・・・・・)?」

 

 わざと副隊長の部分を強調するミっくんはきっと性格が悪いに違いない。この数ヶ月の付き合いを経て、私もやっとわかってきた。この人は誠実そうに見えて、その実隠れドSだ。だけど、私もやられっ放しというのは気に入らないので、ちょこんと敬礼をして真面目くさった顔で言ってやることにする。

 

「了解です、ミっくん隊長(・・・・・・)!」

 

「いや、流石にその呼び方は止めて欲しいんだけど……」

 

「べ~だ!」

 

 途端に困ったような顔になったミっくんに私は舌を出して笑みを浮かべる。

 ミっくんは“ミっくん”と呼ばれるのが実は苦手なのだ。二十歳を超えてるのに渾名で呼ばれるのは、流石に恥ずかしいらしい。特に年下の私に呼ばれるとちょっと照れたように困った表情をする。そんな表情を見るのが楽しみで敢えて渾名呼びをしている私は、少しだけ性格が悪いのかもしれない。まぁ、ほんの少しだけど。

 

 

 

 その後、一頻り笑って満足した私達(私だけとも言う)は着任の挨拶をする為に、再び艦長室へ向かい始めた。まぁ、相手はよく知っている人なのでそれほど緊張はしていない。ミっくんが代表して扉の前で挨拶に来たことを告げると、久しぶりに聞いた独特のイントネーションのある声で入室の許可が下りた。

 

「ご無沙汰しています、八神司令長官」

 

「お久しぶりです!」

 

 艦長室に入室した私達はそれぞれ挨拶をしながら、敬礼をする。

 最近になって漸く身体に馴染んできた敬礼の動作。入局したばかりの頃に言われた、なんちゃって敬礼の汚名はもう撤回しても良さそうだ。

 

「うん、本当に久しぶりやね。二人とも元気そうで安心したよ」

 

 久々に会ったはやてさんはやわらかな笑顔で私達を迎えてくれた。

 本当はもっとキチンとした挨拶しないといけないのだろうけど、今は私達三人しかいない。はやてさんも堅苦しいのは要らないと言っていたので、簡単に連絡事項や業務内容の確認を済ませるとすぐに雑談タイムに変わってしまった。

 

「それでヴィヴィオの訓練はどんな感じなん?」

 

「順調ですよ。このままいくと近い内に追い抜かれてしまいそうですね」

 

「へぇ、それは楽しみやね。良かったなぁ、ヴィヴィオ。先輩のお墨付きやで?」

 

 はやてさんはまるで親戚のおば……んんっ、お姉さんのように嬉しそうにミっくんから私の話を聞いていた。内心でこれは一体何の羞恥プレイだと愚痴りながら、私はその悪夢のような時間をどうにか堪える。……これが私の幼少の頃の話になっていたら、きっと私は悶え死んでいたことだろう。

 

「えーと。私としては、まだまだダメダメじゃないかなーと思っているのですが……」

 

「別に謙遜しなくてもええんよ? 本当は“もう追い抜いてます!”とか思ってるんやろ?」

 

「ちょっ、はやてさん!?」

 

 からからと笑いながら、とんでもないことを言うはやてさんに私は激しく突っ込みを入れる。ミっくんの前でそんな調子に乗ったことを言ってしまえば、どうなるかなんて火を見るよりも明らかだ。絶対に訓練という名の折檻もどきが始まってしまう。だが、時既に遅し。ミっくんの目はぎらりとした光を放っていた。

 

「ふぅ~ん、そうなんだ。ヴィヴィオ、後でちょっと訓練室に行こうか?」

 

「そ、それだけは本気で勘弁してくださいっ!?」

 

 笑顔でくいくいと指で合図をするミっくんに私は悲鳴のような声を上げる。それが冗談だとわかっていても恐怖で身体が竦んでしまった。あの目をした時のミっくんは本当に容赦なく叩き潰しにくる。その時の恐怖はこの数ヶ月で嫌というほど記憶と身体に刻まれていた。  

 

「ははは、冗談だよ」

 

「ホ、ホント?」

 

「うん。まぁ、どっちにしても後で訓練室には行かないとダメだから、その時の気分だけどね」

 

「い、いやぁ―――!!」

 

 くすりと笑いながら残酷な事実を告げられ、思わず私は叫んだ。そんな私の姿を見て、二人は本当に楽しそうに笑っている。なんて酷い上司達だ。この部屋には鬼畜しかいない。これからこんな職場で働かないといけないなんて……不幸過ぎる。

 

「あー、久々に笑わせて貰ったわ。それにしても……うーん」

 

 私が上司の鬼畜具合と自分の不幸を大いに嘆いていると、満足するまで笑い終えた様子のはやてさんが私達二人を交互に見つめ、何やら唸り始めた。その意味深な視線に嫌な予感を覚えた私は、何か話を変えようと話題を探すが、その前にミっくんがはやてさんに問い掛けてしまう。このお馬鹿! と悪態をつきたくなったのは、ここだけの秘密だ。

 

「八神司令長官? どうかしましたか?」

 

「ううん、どうもしてへんよ。ただ二人が思ってた以上に仲良くやれてるみたいやから、安心しただけや」

 

 にやにやとご機嫌に笑うはやてさんの考えてることはなんとなく理解できた。大方、私とミっくんの関係を邪推してるのだろう。二人に聞こえないように私は小さく溜め息を吐く。まぁ、確かにミっくんとは仲が良いと私も思う。だけど、それは飽く迄も先輩と後輩・上司と部下の仲でしかない。それ以上に発展することは……多分あり得ない。

 

「まぁ、可愛い後輩ですからね」

 

「ええ~、本当にそれだけなん?」

 

「あはは。ご期待に添えなくて、申し訳ありません」

 

 絡むはやてさんをミっくんが苦笑いで流している姿を眺めながら、私は肩口まで短くなった(・・・・・)自分の髪へ手を伸ばした。長年伸ばし続けて腰に届くまでになっていた私の髪は、もうこの世に存在していない。

 半年前くらいに以前付き合っていた彼氏とは、この髪と同じようにばっさり別れたのだ。理由は……ちょっと言いたくない。ただ女の友情って儚いんだなって再確認した。そういう意味ではなのはママ達のことを私は素直に尊敬している。二十年来の親友って本当に凄いと思う。私もリオやコロナとの関係をこれからも大事にしていきたいな。

 

 

 

「それでは失礼します」

 

「長い時間お邪魔してしまい、申し訳ありませんでした」

 

 結局、私達は二十分くらい雑談を続けた。流石にこれ以上は後の業務にも差し支えてしまうので、お暇することに。着任したばかりとはいえ、やらなくちゃいけない仕事は少なくない。私達にのんびりと休んでいる暇はないのだ。

 

「ううん、私も楽しかったから別に気にしなくてもええよ。これから大変やろうけど、一緒に頑張ろうな。期待しとるよ?」

 

『はいっ!』

 

 二人で敬礼しながら返事をする。それにはやてさんも答礼を返して、着任の挨拶は終始穏やかな雰囲気のまま終わりを迎えた。だが、私達が退出しようと歩き出した時、その雰囲気は一変してしまうこととなる。

 

「ああ、そうそう」

 

 はやてさんがさも今思い出したかのようにミっくんに声をかけた。

 その口調には何の気負いもなく、先程の雑談の時と変わらない。

 なのに、何故か私は異様な圧迫感のようなモノを感じ取った。

 

「なんや最近、色々と動いてるみたいやけど――――」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ミっくんの足がその場に縫い付けられたかのように止まる。

 釣られるように私も立ち止まり、ちらりとはやてさんの方を振り返って……戦慄した。 

 

「――――あんまりオイタしたらあかんよ?」

 

 それは一部の隙もない完全な笑顔だった。

 華が咲くような笑顔とは、きっとこのようなモノを言うのかもしれない。

 だが、どうしてなのだろう。その笑顔を見ていると何か薄ら寒いものを感じてしまう。

 満面の笑みを浮かべながらミっくんの背中を見つめるはやてさんが、まるで知らない誰かのように見える。

 

「……ご忠告感謝します、八神司令長官」

 

「うん、気をつけてな」

 

 いつもよりも低いミっくんの声とはやてさんの頬笑みは酷く対照的だった。

 終ぞ振り返ることもなく、ミっくんは足早に艦長室を後にする。僅かな間どうするべきか悩んだ後、私はひらひらと手を振るはやてさんにもう一度敬礼をしてから艦長室を退出した。通路の少し離れたところにミっくんの後ろ姿が見える、

 

「待って、ミっくん!」

 

 私はまだ通路を歩いていたミっくんを追いかけ、呼び止めた。

 そして、はやてさんの言葉の意味を問い質すつもりだった。

 絶対に何をしているのか答えてもらうと、意気込んでいたはずだった。 

 けれど、私の開いた口は――――振り返ったミっくんの感情が欠落したかのような表情を見て、ぴくりとも動かなくなってしまった。

 

「――――――――」

 

 この人は一体、誰なのだろうか。

 少なくとも私は知らない。こんな能面のような顔をする人を私は知らない。

 何も言葉が出なかった。声の出し方を忘れてしまったみたいだった。

 

「………………」

 

「………………」

 

 無言のまま、私達の間を重い沈黙だけが流れていく。

 遠い。たったの5メートルばかりの距離がやけに遠くに感じる。

 いつもは手の届くところにいてくれるのに、今はどれだけ手を伸ばしても届く気がしない。

 最近は一緒にいることがどこか当たり前のようにも思っていた。多分、心のどこかで同族意識を覚えていたのだろう。かけがえのない人を失って、胸にぽっかりと穴があいて。でも、似た境遇の彼がいてくれたから、私は今まで大きな孤独を感じずにいられた。あの雨の日、傘を持った彼が来てくれたから私はまた立ち上がることが出来た――――なのに、貴方まで私を置いていっちゃうの?

 

「……昼食後、1300までに訓練室に集合。隊員達には僕の方から通達する」

 

 何も言えない私に彼は淡々と連絡事項を伝え、背を向けて去っていく。

 思わず、私はその背に腕を伸ばそうとして……途中で止めてしまった。

 ペタンと座り込んだ床がとても冷たい。隙間に吹く風が凍えるように寒い。

 ぽつんと一人残された静かな通路は、私に寂しさだけを教えてくれた。

 



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第二十五話。なのはさん(28)の矜持

 それはとある日の高町家の食卓でのこと。

 その日は珍しく三人揃っての夕食だったということもあって、私達はわいわいと楽しく食事をしていた。そんな中、カジキのから揚げを摘まんでいたヴィヴィオが何故か私の方をじぃっと見つめてくる。

 

「……ねぇ、なのはママ」

 

「ん? どうしたの、ヴィヴィオ? おかわり?」

 

 しゃもじを片手に私がそう言って手を差し出すと、あと中身が一口分だけとなったお茶碗が反射的に返ってきた。こんがり黄金色にからっと揚げたカジキは、生姜の香りをさせた上品な醤油味。ご飯の進み具合を見てヴィヴィオも気に入ってくれたみたいだね、なんて思いつつ、私は二杯目のご飯をよそった。

 

「あ、うん、ありがと……って違う違う。そうじゃなくて! なのはママにずっと聞いてみたかったことがあるんだけど、いい?」

 

「聞きたかったこと? まぁ別にいいけど……あっ、フェイトちゃんもおかわりいる?」

 

「うん、お願い」

 

 フェイトちゃんのお茶碗を受け取りながら、何やら真剣そうなヴィヴィオの様子に私は小さく首を傾げる。ちらりとフェイトちゃんの方を見てみると、肉じゃがのジャガイモをふにゃりとした笑顔で口に入れている所だった。うむ、今日はいつもより気持ち甘めに煮てみたんだけど、どうやらかなりお気に召したようだ。

 

「はい、どうぞ。それで? ヴィヴィオは一体私に何を聞きたいの?」

 

「……なのはママ、今日の料理の名前は何なのかな?」

 

「あっ、そういえば言ってなかったっけ? えーとね、それが“からっとカジキ君の黄金揚げ”で、こっちが“肉じゃが~活目せよ、これが母の味~”で。あとは“キングオブ味噌汁・豆腐とワカメの二重奏”と――――」

 

「――――ごめん、もういいや」

 

 一つ一つの献立を指で差しながら、私は料理の名前を順々に挙げていった。しかし、何故かその途中で頭を抱えているヴィヴィオによって止められてしまうこととなる。聞いてきたのはそっちの癖に……と小さくない不満を抱えつつ、とりあえず私は続くヴィヴィオの言葉を聞くことに。 

 

「……ねぇ、なんでなのはママは一々料理にオリジナル名をつけるの?」

 

「えっ……? ダメかな?」

 

「いや、別にダメってわけじゃないんだけど……なんていうかちょっと変じゃないかな~って思って」

 

 ががーんと落雷ような衝撃が私の全身を駆け巡った。

 変って言われた。十年も愛情を込めて育ててきた娘に、初めて変って言われた。

 やばい、久々に本気で鬱りそう。確かに思い返してみれば、最近は微妙に反抗期っぽいなぁと思う節があるにはあった。まぁ反抗期が全くないっていうのも、それはそれで問題だって聞いたから、私も多少のことは覚悟の上だったわけなんだけど……流石に“ママ変”発言はダメージが大きすぎる。

 これなら素直に反抗された方が幾分かマシだったよっ。うぅぅ、あの“なのはママ~♪”とか言いながら、ひよ子のように私の後ろについてきていた可愛いヴィヴィオは一体どこに行ってしまったんだ……。 

 

「そ、そんなに変かな?」

 

「うん」

 

「そ、そっか。私、変なんだ……」

 

 聞き間違いかもしれないと思って再度問いかけてみても、返ってきたのは肯定の言葉。

 グッサリと私のハートに突き刺さっていた言葉の刃が更に捻りが加えられた瞬間である。

 まさに意気消沈。そんな四文字熟語が相応しい程に落ち込みモードへと突入していた私は、ふと今まで話に一切入ってきていない親友(もう一人の母)へと視線を向けた。

 

「~~~~~♪」

 

 だが、そこで見たのは何やら恍惚とした表情でジャガイモを食べている親友の姿。

 余程お気に召したのか、明らかにジャガイモだけが器から異常な早さで減っている。

 

 ――――肉じゃがなのにお芋しか食べないのなら……お肉の意味、ないじゃない。

 

 そんな私の内心の突っ込みを余所に、フェイトちゃんは実に美味しそうにお芋さんをもきゅもきゅと食べ続けていた。その何とも言えないゆる~い光景を見て、私は思う。

 あーうん。フェイトちゃんはもうそれでいいよ。ずっとそのままのフェイトちゃんでいて欲しいな。

 我が家随一の癒しキャラにちょっとだけ元気を貰った私は、むんと小さく気合いを入れた。向かう敵は呆れたようにフェイトちゃんを見ている愛娘。ここは母として、反抗期の娘をズバッと論破してみせるっ。

 

「あのね、ヴィヴィオ。私は料理って愛情の結晶なんだと思うの。食べる人の好みや栄養のバランスをよく考えて。食べた時に喜んでくれる姿を想像して。少しでも美味しくなぁれなんて想いを込めながら作って。そんな小さな愛情の欠片達が一つとなって、初めて料理が完成するんだ」

 

「まぁ、愛情は最高のスパイス! みたいな言葉は聞いたことがあるけど……でも、その話はあまり関係なくないかな? 元々の料理名は決まっちゃってるんだし、わざわざオリジナル名をつける必要なんてないよね?」

 

「うん、確かにそれはそうかもしれない。でもね、名は体を表すって言葉があるように、名前ってすごく大切なものなんだ。人もモノも名前を貰って初めて“個”として完成する。そこに魂が注がれるの。だから、私は愛情を込めて作ったこの子達には名前をあげたいって思う。それにね、今日作ったこの料理達と同じモノはもう二度と存在しない。同じレシピで同じ手順で作ったとしても、それは同じモノじゃなくて似て非なるモノでしかないんだよ!」

 

「う、うーん。わかったような、わからないような。というか、私的にはなのはママの独特のネーミングセンスに突っ込みを入れたかっただけなのですが……“明日はテストだ! 頑張るぞカレー”とか“謎フライ~衣の中の神秘編~”とか“また会えたね、カルパッチョ君”とか“煮込みUDON☆爽やかモード”とか。もうどれも意味が不明過ぎるよ……」

 

 私の言葉に何か思う所があったのか、小声でぶつぶつと呟きながら悩んでいる様子のヴィヴィオ。まだ完全論破は出来ていないけれど、少しでも納得してくれたのなら私も話した甲斐があったというものだ。それにこうして素直に話を聞いてくれることから考えても、ヴィヴィオの反抗期レベルはかなり低めみたいなので、少し安心しました。

 これでうっせーよ糞ババア! なんて言われた日は……確実に母として愛の教育的指導(と書いて血戦と読む)をせざるを得なかった。 

 

「ふふっ、まだヴィヴィオにはちょっとだけ早かったかな。でも、いつかはきっとヴィヴィオもわかる日がくるよ。料理人にとって料理は言わば娘や息子のようなモノだもん。出来上がったら名前をつけたくなるのが、親心ってやつなの。それに名前をつけるとちょっとだけ美味しくなるしね!」

 

「うん、それは絶対にないね」

 

「むー、ホントなのになぁ。こう、一段階レベルアップ! みたいな感じでさ」

 

「いや、それだけは絶対にありえないから」

 

 その後もちょこっとだけ言い合いなんかをしながら、高町家の夕食は続いていった。

 未だにはむはむもきゅもきゅ状態のフェイトちゃんに二人でお芋さんを分けてあげたり、ほうれん草のお浸しをdisったヴィヴィオを叱ったり、私のカジキがヴィヴィオにインターセプトされたり。

 少々騒がしくもあったけれど、私は笑顔の溢れるこの食卓を心から愛していた。

 

 

 

 私の名前は高町 なのは。

 ダイラス星に住む牛魔王に奪われ分解された“異次元空間移動装置”を完成させ、連れ去られた恋人のミっくんを助けるために旅に出た天才魔導師だ。人は私のことを愛戦士ナノハとも呼ぶ……なんて、つまらない冗談はどこかに置いておいて。只今、絶賛ピンチなう。今回ばかりは、少々分が悪過ぎるような気がしております。

 

「………………ん」

 

 上空に浮かぶ四人の騎士達を見つめながら、私は静かにバリアジャケットの再構成を終えた。

 身体のコンディションは最悪とまでは言わなくても決して良くはない。というか、ちょっと動く度に電流みたいな痛みが全身に走る。明日は確実に全身筋肉痛で涙目になることだろう……全然笑えない。いや、こういう時はポジティブに考えよう。この状態で筋トレすれば効果が二倍になるんだ、と。

 

「さて、行こうかな。ユーノ君、フェイトちゃん達をお願いしてもいい?」

 

「ダ、ダメですよ! 今のなのはさんに戦闘なんて無茶ですっ!」

 

 ふわりと少しだけ宙に浮かび、いつの間にか人の姿に戻っていたユーノ君に声をかけると即座に引き留めの言葉が返ってきた。どうやら、私のことをかなり心配しているらしい。そういえば、ユーノ君は昔から心配症だったような気がする。心配を掛けてばっかりの私が言えた義理ではないけど、損な性格しているなと少し苦笑いが浮かんだ。

 

「まぁ、それは私も重々承知してるんだけどね。向こうは逃がしてくれる気はないみたいだよ?」

 

「っ、だったら僕が行きます! その間になのはさんが二人をっ!」

 

「我が儘を言わないの。治癒魔法は私よりもユーノ君の方が得意でしょ?」

 

「我が儘なのは、なのはさんの方ですっ!」

 

 私の言葉に一理あると理解しつつも、ユーノ君は未だ納得してはくれなかった。そんな彼を見て、私の苦笑が大きくなる。しかも、それを見てユーノ君が更に憮然となるという悪循環。

 さて、どう説得したものだろうか。多分、大丈夫や平気って言葉は何の効果もないだろう。かと言って、私は負けないよなんて言っても、最近負けが続いている私では説得力がない。

 結局、良い案も浮かばないのでちょっとだけ私の本音を語ることにした。いつものふざけた様子もなく、真剣な顔をする私を見てユーノ君も表情を引き締める。

 

「多分、このままだと私達は呆気なく全滅してしまうと思うの。私とユーノ君のどっちが行っても、倒されるのは必定。たとえ二人掛かりで戦ったとしても、それはきっと覆らない」

 

「…………っ」

 

「だから、この戦いはフェイトちゃん達の戦線復帰に全てが掛かってるんだ。一人が時間稼ぎ兼足止めを、もう一人が二人の治療を。私とユーノ君で役割分担するしかない。そして、どっちがどっちに向いているかは言わなくてもわかるよね?」

 

 我ながら酷いことを言っているという自覚はあった。負傷したフェイトちゃん達を戦わせようなんて鬼畜の所業だし、言外にユーノ君を戦力外扱いしているようにも取れる言葉だ。でも、実際問題。四対二になっても、勝ちどころか結界内からの脱出すら難しい。援軍が来てくれるのかもわからない以上、今いるメンバーだけでこの状況を打破するにはコレしかなかった。少なくとも私には他に思い付かない。

 

「勿論、不確定要素は色々あると思うよ。私がすぐにやられちゃったらそこで終わりだしね。でも、今はこれがベストだと私は思うの。だから、お願いユーノ君」

 

 正直、レイジングハートなしであの四人の相手をするのは、厳しいを通り越して無謀だろう。別に切札があるわけでもないし、勝算だってない。だけど、それでも二人の治療が終わるまでの時間は何が何でも稼いでみせる。

 ――――エースオブエースの名に懸けて、そう誓う。

 

「私を信じて。そして、私を助けて。私もユーノ君を信じて、助けるから」

 

 真っ直ぐとユーノ君の瞳を見つめながら、私はゆっくりと拳を突き出した。

 それは大きな戦いの前に戦友とやる小さな儀式。互いの健闘を祈る親愛の合図。

 

「……なのはさんはいつもずるいです。普段はふざけてばっかりなのに、こんな時だけそんなことを言って……断れないじゃないですか」

 

「……ごめん」

 

「謝らないでください。もういいです、どうせ止めても聞かないんですから。でも、絶対に無茶なことは禁止ですからね!」

 

 どこかやけっぱちな感じで、ユーノ君は私の拳にコツンと自分の拳を合わせてきた。

 でも、その表情にはどこか嬉しさのようなものが浮かんでいるように見える。

 もしかしたら、ちょっと照れ臭く感じているのかもしれない。

 

「うん、わかってるよ」

 

「なのはさんはいつも返事だけは良いですから、全く信用できません」

 

「にゃはは、酷いなぁ」

 

 気が付けば、張り詰めていた空気が少しだけ穏やかなものになっていた。

 けど、緊張の糸だけは決して緩めない。視線を上空の騎士達へと向けると、丁度あちらもヴィータちゃんの治療が終了したところだった。再び紅い騎士甲冑を纏った彼女がぐるぐると腕を回している姿が見える。

 

「それじゃ、行ってくるね」

 

 最後に短くそう告げると私は緩やかに飛翔しようとした。

 だが、そんな私に向けてユーノ君がきらりと光る赤い何かを投げてくる。

 

「なのはさん! 忘れ物です!」

 

 綺麗な放物線を描いて手もとに飛んできた彼女(・・)を優しくキャッチした。

 そして、私は祝福するように彼女へ頬笑みを向ける。

 ――――おかえりなさい、ずっと貴女の帰りを待ってたよ。

 

 

 

 

 

 

「一人か?」

 

 四人の下へ辿りついた私に初めに声をかけたのは、シグナムさんだった。

 いきなり斬りかかってくるような様子ではないけど、確かな警戒心が伝わってくる。

 

「はい、これからちょっとだけ私に付き合ってもらいます」

 

「ほう、一人で我ら四人を相手取ると?」

 

「ええ、そのつもりです」

 

 そう言うとシグナムさんは少し愉快そうに笑った。

 でも、その目は全く笑っていない。僅かに怒気のような雰囲気も出ている。

 だけど、私は言葉を撤回する気は微塵もなかった。吐いた唾を飲む趣味は持ち合わせていない。

 

「……お前、まだ回復してねぇだろ。んなこと本気で出来ると思ってんのか?」

 

 仮面をつけていても、ヴィータちゃんが不機嫌そうな顔をしているのがわかった。

 彼女は言外に言っているのだ、無茶なことはよせ、と。そして、怪我の治っていない私を気遣ってもくれている。その気持ちを嬉しく思わないわけではなかった。

 他の三人だってそうだ。別にこうして私と話をする必要なんてないのに、言葉を交わしてくれている。伊達に彼女達と何年も一緒に仕事をしてきてはいない。彼女達が一度内に入れた者に優しいことを私は良く知ってる。

 

「ううん、思ってないよ。でも、出来るか出来ないかなんて関係ないんだ。いつだって大事なのは、やるかやらないか。そして、私はやるって決めた。だから、やるんだ」

 

 だけど、今の私にはどうしても退けない理由があった。

 別に私一人だけだったら、白旗を上げて降参しても良かったと思う。

 けど、今はできない。だってここで降参しちゃったら、私の為に駆けつけてくれたフェイトちゃん達の頑張りや気持ちが全て無駄になってしまう。私はどうしてもそれを許容することができなかった。これはもう私だけの戦いじゃない。私達、皆の戦いに変わってるんだ。

 

「それにね、あなた達が騎士として負けられないように、私にも負けられない理由がある」

 

 僅かに瞳を閉じ言葉を紡げば、自分の内側からナニかが湧き上がってくるのを感じた。

 それはこの世界に来てから、今の今まで忘れてしまっていたモノ。

 向こうの世界に置いて来てしまった忘れモノ――――エースの自負と矜持。

 

「あなた達が騎士なら、私は“エース”だ」

 

 今にして思えば、こっち来てからの私はどこか腑抜けてしまっていたと思う。恐らく管理局員ではなくなったからだろう。長年背負っていたものがいきなり無くなって、少し呆けてしまっていたんだ。

 でも、漸く思い出した。私の居る場所は常に最前線、その背には皆の期待が乗っている。

 

「私は、私のことを“エース”と呼んでくれる人達がいる限り、負けられない。私の敗北は皆の期待への裏切りになる。だから、たとえ誰が相手だろうと膝を屈するわけにはいかないっ!」

 

 その言葉を口にするだけで、重みを持った何かが私に圧し掛かってくるように感じた。

 重い。ああ、凄く重い。周囲からの期待や信頼が、責任や責務が、途轍もなく重いと感じてしまう。だけど、その重みがどこか心地良かった。昔、教えて貰った通りだ。重圧は楽しむためにある。

 気が付けば、私は目前の騎士たちを不敵に睨みつけていた。

 

「さぁ、四人纏めて掛かってきて。今の私はさっきよりもちょっとだけ強いよ」

 

 それは紛れもなく彼女達への宣戦布告だった。

 当然、彼女達がそれに付き合う必要はどこにもない。

 合理的に考えれば、私の相手なんて一人残せば十分だ。私の戯言なんて無視しても構わない。

 しかし、彼女達は良くも悪くも騎士という人種だった。

 

「……ふむ、この平和な時代にも勇ある者がいたようだな」

 

「ああ、良い顔をしている。出来れば、存分に仕合いたかったくらいだ」

 

「はん! まぁ嫌いじゃないぜ、そういうのっ!」

 

「う~ん、別にやる必要はないんだけど……ここは空気を読まないとダメよね?」

 

 それぞれの顔に好戦的な笑みが浮かび上がる。

 参謀役のシャマルさんでさえ苦笑気味に笑って、止める気はないらしい。

 場の雰囲気ががらりと変わった。もう時間稼ぎだけが目的じゃない、これは真剣勝負(決闘)だ。

 

「ぶっつけ本番だけど、いけるよね。レイジングハート!」

 

“All right. Main system, start up. Stand by, ready”

 

 機械的な音声と共に身体に帯状の魔方陣が絡みつき、桜色の魔力光が煌めく。

 時間はほんの一瞬。瞬く間もなく私とレイジングハートの姿が変化し始める。

 後先のことを考えない短期決戦。本気の本気の超本気。今はこの姿が何よりも相応しい。

 

“Drive Ignition”

 

 桜色の光にが消えると、私は本来の姿を取り戻した。

 半年ぶりに感じる不思議な高揚感。自然と高まっていく魔力と共に瞳にも熱がこもっていく。どうやら私は柄にもなく興奮しているらしい。別に戦闘狂の気はなかったはずなんだけどなぁ、とぼやきつつ、対峙する四人にゆっくりとした動作で愛機を構えた。それに合わせて四人もそれぞれの構えを取る。

 

『――――――』

 

 戦いの開始に明確な合図は存在しない。どちらかが先に仕掛けるまでは始まらない。四人へ視線を向ける。前衛にシグナムさんとヴィータちゃん。そのやや後ろ、後衛の位置にシャマルさんとザフィーラ。盤石の布陣だ。見るからに隙がない。だからこそ、私は先に仕掛けるっ。

 

「――――いきますっ!」

 

 一人で複数と対峙する時の基本は、分断と倒す優先順位をつけること。

 あの四人の中で一番厄介なのは、誰か。そんなの悩まなくてもすぐにわかる。

 そして、開始直後に一番有効なのは奇襲、即ち――――速攻だ。 

 

“Flash Move”

 

 移動魔法を使い、消えるように四人の陣のど真ん中へ躍り出る。

 私はデバイスの形状からして、中後衛型の戦闘スタイルにしか見えない。

 当然、距離を取る選択をするだろうと彼女達は思ったはずだ。そこが付け入る隙になる。

 

「っ、いかん、来るぞっ!」

 

「――っ!?」

 

 シグナムさんの警戒を告げる声が聞こえた。けど、少し遅い。

 驚きに目を開いた状態のシャマルさんは酷く無防備だ。急な私の動きに対応出来ていない。

 私はその隙を逃さず、彼女へ圧縮魔力を込めた愛機を思いっきり叩きつけた。

 

“Flash Impact”

 

「やらせんっ!」

 

 しかし、その直前に蒼い影が割入ってくる。

 両腕を交差させるように攻撃を防いだザフィーラが私に対して吼えた。

 盾の守護獣ザフィーラ。彼に生半可な攻撃は通じない。その防御の固さは二番目に厄介な相手だ。

 

「っ……!」

 

“Flash Move”

 

 両腕が塞がっているザフィーラの腹部に蹴りを入れ、そのまま素早く離脱する。

 去り際に小さな魔力弾を放って、爆発させたのはおまけだ。どうせダメージにもならない。

 けどまぁ、彼女達がそう簡単に逃がしてくれるはずもなかった。

 

「はぁっ――!」

 

 大きく距離を取ったはずの私の横合いから現れたのは、シグナムさん。

 気合いの入った声と共に鋭い剣閃が私に襲いかかってくる。

 けれど、私がそれに慌てることはなかった。細く尖った風が私の頬を掠める。

 

「――――!」

 

 迫りくる剣閃を舞うように回避する――――イメージするのは鳥の羽だ。

 風に決して逆らわず、ひらりと宙を舞う羽の動きを自分にトレースする。

 続く烈風のような連撃。当たらない。すべてがギリギリのところを通り過ぎていく。

 元より、私は砲撃以上に空を飛ぶ適正が高い。出来ないはずがない。

 

「おっらぁぁっ!」

 

 次は来たのはヴィータちゃんからの攻撃だった。

 撃ち出された鉄球の数は五。視認したと同時に誘導弾での迎撃を選択。

 同時に此方に接近して来ていたザフィーラへの牽制にも使用する。

 

「挟むぞ!」

 

「おうっ!」

 

 今度はシグナムさんとヴィータちゃんが前後から挟み込むように仕掛けてきた。

 しかし、その動きは完全に捉えている。二人の連携した挟撃もひらひらと避け続け、私は思考する。動きは最低限でいい。無駄な挙動は要らない、疲れるだけだ。避ける、避ける、避ける。相手の呼吸を読んで、常に最低限の動きで回避し続ける。そして、機を見て……一気にスピードを上げる。

 

“Accel Fin”

 

 足先に生えた桜色の羽が大きく羽ばたくと、私は大きく距離を取った。

 そして、レイジングハートを変形させると、素早く二人を狙い撃つ。

 

「ショートバスター!」

 

 二条の閃光が二人へ襲いかかった。

 だが、素早い動きで回避行動を取った彼女達には当たらない。再び思考を巡らせよう。

 剣による近接戦闘特化型のシグナムさん。高レベルのオールラウンダ―のヴィータちゃん。回復と補助、参謀役のシャマルさん。防御の固さと格闘戦を得意とするザフィーラ。

 確かにバランスのいいチームだ。歴戦の騎士である彼女達は個々の力量も並じゃない。けど、彼女達には弱点とまでは言えなくても、注目すべきところがある。

 

「くっそ! あいつ、ひらひら避けやがって!」

 

「っ、待て! 熱くなるなっ!」

 

 それは一対複数の戦闘経験に比べ、複数対一での戦闘に馴染みが薄いこと。

 彼女達のこれまでの境遇が影響しているのだろう。常に追われる身であった彼女達は、基本的に数的不利な戦場が多かったはずだ。加えて、今の状況では仲間を巻き込むような技を使うことが難しい。使うにしても仲間を退避させなければならない。

 

「いくぞ、アイゼンッ!」

 

“Explosion”

 

 故にその連携を完全に読み切ることは難しくとも、決して不可能じゃない。

 何より、守護騎士たる彼女達の連携は“王”がいて初めて完成となる。

 不完全な連携にやられてあげるわけにはいかないっ。

 

「ラケーテン、ハンマーッ!」

 

 中々攻撃が当たらないことに痺れを切らしたのだろうか。

 シグナムさんの言葉を無視して、ヴィータちゃんが大技を繰り出してきた。

 その一撃は先の戦闘で私を障壁ごと粉砕した代物。一度食らってしまえば、一溜まりもない。

 けど、今の私は一人ではなかった。薬莢が排出される音と電子的な彼女の声が響く。

 

“Protection Powered”

 

「くっ……固ぇ……っ!」

 

 前面に張り出した桜色の障壁がヴィータちゃんの吶喊を完全に防ぎ切る。

 尚もモノを削るような音と火花が散っているが、強度の増している障壁は全く揺るがなかった。

 次に意識すべきなのは背後から来る者への対応だ。勿論、抜かりはない。

 

「……っ!?」

 

 音もなく近づいて来ていたザフィーラの身体を設置型のバインドで拘束する。

 何やら驚いている様子だが、私が気づいていなかったと思われるのは心外だ。 

 今の私の感知範囲はこの戦域全体に広がっている。そこに穴なんて存在しない。

 

“Barrier Burst”

 

 障壁を爆発させ、爆風と衝撃を利用して更に上空へ飛び上がった。

 狙うは動きが止まっている二人ではなく、未だ後方に控えているシャマルさんだ。

 早めに叩いておかないと常に不意打ちが可能な“旅の鏡”は厄介過ぎる。

 

“Load cartridge”

 

 レイジングハートのギミックが駆動し、二発の薬莢が排出される。

 そして、そのままシャマルさんへ杖先を向け……とある場所から強烈な魔力の高まりを感じ取った。

 少し離れたビルの屋上へ視線を寄こせば、そこには私に向けて弓を構えているシグナムさんの姿が見える。いけない、あれは危険だ。急遽、目標を変更。チャージを続ける。

 

「翔けよ、隼っ!」

 

“Sturmfalken”

 

 放たれた矢は紫紺の閃光となり、音速の壁を越える速度で私に迫ってきた。

 今から動いても回避は不可能。障壁破壊効果もあるから防御も不可能。ならば、残る手段はたった一つ、迎撃のみ。私は更に二発分のカートリッジをロードし、チャージ分に上乗せする。

 

「ディバイン……ッ!」

 

 襲いかかる脅威を前にしても表情を微塵も返ることなく、私は限界ギリギリまで溜めに溜め続けた。環状の大きな魔方陣が輝きを増していく。距離にしてあと十数メートル。時間にしてコンマ数秒。ここぞというタイミングを狙い、重いトリガーを引き絞る。 

 

「バスタッッー!!」

 

 紫色と桜色の閃光がぶつかる直前、一瞬だけ世界から音が消えた。

 だが、それはほんの僅かな沈黙に過ぎない。衝突後、世界が軋むように揺れ動き、悲鳴のような声を上げた。激しく高密度の魔力砲同士がぶつかり合ったことにより、暴風のような嵐が起こる。そして、閃光と共に生じた衝撃で周囲の建物が一斉に崩壊を始めた。

 

「レヴァンティンッ!」

 

「レイジングハートッ!」

 

 しかし、そんな中で更に動き出している二つの影がある。

 主の声に応えるように二機のデバイスから薬莢が排出され、私達の魔力が一時的に高まる。

 二つの影がどんどん近づいていき、遂にはその距離がゼロとなった。

 腰に力を溜めるように構えた体勢から、シグナムさんが炎を纏った剣撃を放つ。

 

「紫電、一閃っ!」

 

“Protection Powered”

 

 ドンといった重い衝撃音と黒板を爪で引っ掻いたような不快な音が耳に響く。

 けれど、その一撃は障壁を破るまでには至らない。剣の動きがゆっくりと止まっていき、丁度私の目の前で完全に停止した。それを見て、私はにやりと獰猛な笑みを浮かべる。

 

「っ、これはっ!?」

 

「……捕まえた!」

 

 相手の突撃を捕まえさせることも戦術のうち、私の十八番――ゼロ距離バインド。

 鎖状のバインドがシグナムさんを拘束し、身体の動きを封じた。

 その隙に私は大きく空を蹴って後方に距離を取りながら、高速でチャージを行う。

 

「ストレイトバスターッ!!」

 

 殆どタイムラグなしで放たれた砲撃は一直線にシグナムさんへ向かい、直撃。白い煙が濛々と立ち昇ると彼女の姿を覆い隠した。手応えはあった。けれど、どれほどのダメージを与えられたかは不明だ。何より、私にそれを確認する時間はないらしい。

 

「んのやろうっ!」

 

 怒りの篭ったような声と共に吶喊してきたヴィータちゃん達の姿が視界に映った

 小さく吐いた息を飲み込む。どうやら、もうちょっとだけ頑張らなくてはいけないようだ。

 

 



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第二十六話。なのはさん(28)の闘争

 夜の空を五つの光が鮮やかに彩っていく。紫、赤、蒼、緑……そして、桜色。

 闇夜に浮かぶその五色の色彩達は、時に激しく衝突し、時に重なるように同じ軌道を描いていた。だが、見る者が見ればすぐにわかることだろう。前者の四色は追い立てるように動き回り、後者の一色はただ逃げるように動き回っていることを。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

 

 荒く呼吸が乱れる。心臓の音もバクバクと耳にうるさい。

 けれど、動きを止めることは出来なかった。少しでも止まれば、それだけで詰みかねない。

 戦闘が始まって、早数分が経過した。私は防戦一方な展開へと追い込まれている。

 いや、正確には反撃を行える隙が見つからず、回避以外のことをさせて貰えなくなっていた。

 

「縛れ、鋼の軛!」

 

 ビルの間を縫っていくように低空飛行を続ける私の動きを阻害するように、地面や建物から何本もの蒼い楔状の柱が飛び出してくる。どこから生じてくるのかわからないそれを、くるりと旋回して避けながら、私は思わず自分の唇を噛みしめた。

 四人の動きがさっきまでと全然違う。あれほど畳みかけるように近接戦を仕掛けて来ていたのに、今は全く私に近づこうとしてこない。中遠距離からこちらを削ってくるような攻撃ばかりだ。

 

“Accel Fin.”

 

 一見すると、それは私も距離を取り易くなるわけだから、やり易くなるようにも思える。

 だが、実際は絶え間ない攻撃に晒されて誘導弾を使うのが精一杯だ。しかも、それだって彼女達相手には牽制程度にしか役に立たない。決め手となる砲撃を撃たせてくれる隙なんて微塵もなかった。無理をして強引に撃とうとしても、僅かにチャージする仕草を見せるだけで一斉に潰しにかかってくる。これならまだ近接戦の方がやり様があった。本当に厭らしい手だ。恐らくは参謀役のシャマルさんの指示だろう。

 ――――でも、悔しいかな。その策は今の私に対して有効的と言わざるを得なかった。 

 

「アイゼンッ!」

 

“Schwalbefliegen”

 

 空中機動を阻害され、動きの鈍くなっている私へヴィータちゃんが複数の鉄球を撃ちつけてくる。素晴らしく誘導操作された鉄球達は、真紅の光の尾を引いて私の後を猛追してきた。

 どれだけ逃げても追いかけてくることは目に見えている。ならば、面倒になる前に破壊して置くべきだ。そう判断し、私も高速で飛行を続けながら誘導弾を迎撃に回す。

 

「アクセルシュ……っ!?」

 

「飛竜一閃っ!」

 

 しかし、それは発射前に長く伸びてきた蛇腹剣で全て切り払われてしまった。少しだけ焦げたような痕が服に残っているものの、未だ彼女は顕在だ。どうやら私の砲撃で受けたダメージは大したことなかったようで、平然な顔をしていた。いや、寧ろ戦意が上がってしまっているようにも見える。目がギラギラとしていて少し怖い。

 ホント、これだから戦闘狂はっ……! と内心で盛大に文句を言いつつ、迎撃の手段を潰されてしまった私は、その場で足を止めて前面に障壁を展開した。

 

「くっ……!」

 

 重い鈍器で断続的に殴られているかのような衝撃が両腕から伝わってくる。

 その度に僅かに自分の身体が軋むような痛みを訴えてきた。既に戦闘が始まってからそれなりの時間が経っている。騙し騙し頑張ってきたが、そろそろ私の身体は限界に近いようだ。

 この程度で……と盛大に舌打ちしたくなる気持ちをどうにか歯を食いしばって堪え、思考を切り替える。今、考えなくてならないのは身体のことじゃない、次にどう動くべきかだ。

 

“Flash Move”

 

 高速移動魔法を使い、距離を取りながら私は思考を巡らせる。

 このまま守りを固めるのは下策でしかないだろう。受け身に回れば回るほど、それだけ私の取れる手段も限られてしまう。そうなったら最後、結局は攻撃に堪え切れなくなって終了だ。

 となると、まずは相手の隙を作らなければならないわけだが……っっ。

 

「……っっ!」

 

 マルチタスクで思考を進めていると突然、頭にズキンとした痛みが走った。

 思考にノイズが生じり、猛烈な頭痛が襲ってくる。思わず、私はその場で動きを止めてしまった。身体や思考などの機能が一時停止し、周囲に張り巡らせていた私の感知網も緩くなる。

 

「捕まえ、た!」

 

 そして、そんな大きい隙を見逃してくれる彼女達ではなかった。

 どこからともなくシャマルさんの声が聞こえたかと思うと、私は緑色のバインドに捕らえられる。急いで解除をしようとしたが、頭痛が酷くて中々集中することができなかった。空中で私は完全に身動きの取れない状況に陥ってしまう。

 

「皆、今よっ!」

 

 シャマルさんの声が響き、ヴィータちゃん達が一斉に私へと襲いかかってきた。

 だが、未だ私はバインドを外せていない。もがいた程度で外せるほど甘くもなかった。

 最早、形振り構ってなどいられなくなった私は、半ば叫ぶような声で愛機に命じる。

 

「……ジャケット、パージッ!!」

 

“Full burst!”

 

『――――っ!?』

 

 愛機の機械音が聞こえたと同時に私のバリアジャケットが激しく爆発した。

 向かってきた三人と周囲諸共を巻き込んだ盛大な自爆。当然、私へのダメージも少なくない。

 しかし、それにより嵌めれた枷から脱出し、三人の動きを僅かに止めることができた。

 

「……お返しだよ」

 

 その間に上空に飛び上がり、私は瞬時にチャージを行う。流石に強引過ぎた所為か、黒のインナーだけとなったバリアジャケットも所々焼け焦げ、僅かに鮮血が滲んでいた。

 頭痛もさっきから治まらないし、なんか動悸までしてくる始末だ。でも、私はその全てが一切気にならなかった。私の瞳には撃つべき標的の姿しか映っていない。

 

「撃ち抜け、ディバイン……!」

 

 桜色の光が杖先で破裂しそうなくらいに膨張していく。

 向けられる先は、かなり離れたビルの屋上に立っているシャマルさんだ。

 一瞬、彼女と瞳が合う。何故か怯えたような顔で後ずさりをした。

 別に背を向けて逃げても良いよ、背中から撃ち抜いて上げるから……!

 

「バスターッ!!」

 

「きゃぁあー!?」

 

 放たれた桜色の光が付近のビルの屋上へ突き刺さると、シャマルさんの甲高い悲鳴が聞こえた。ガラガラと崩れていくビルの姿を私は肩で呼吸をしながら見つめる。これで三対一になった。それに回復役&ブレーン役を潰せたのは大きいはずだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……っっ」

 

 だが、どうやら私の反撃はここまでのようだ。無理をした代償は殊の外大きかったらしい。私の身体を桜色の光が包んだかと思えば、瞬く暇もなく私は小学生サイズに戻ってしまっていた。思わず呆然と固まってしまうと、今度は全身をのた打ち回りたくなるような激しい痛みが駆け巡ってくる。

 

「っ、くっ……うそ……もう時間、切れ……?」

 

 身体強化の効果も完全に切れ、途端に私の身体は鉛のように重くなった。

 レイジングハートを握る手に力を入れようとしても、全く力が入らない。

 寧ろ、取り落とさないように気を付けなければならないほどだ。

 

「はぁ、はぁ……うっ、っ!?」

 

 そして、そんな状態の私が残る三人の相手を務めるのは不可能だった。

 荒い呼吸が治まらず、呆れるほど動きが鈍くなった私は、実に容易くバインドで拘束され、三人の騎士達に取り囲まれてしまう。まだバリアジャケットの再構成を終えていなかったために先程と同じ手も使えなかった。

 

「……変身魔法が解けたか、もう限界だな。このような決着は残念だが、ここまでだ」

 

 私を拘束した相手、ザフィーラがお父さんに少し似ている声でそう言ってくる。その瞳には仲間を一人やられた怒りと、健闘した私への感嘆の光が浮かんでいるように見えた。纏う雰囲気からもどことなく惜しんでいるように感じたのは、多分気の所為ではないはずだ。

 

「確かにお前は強かった。正直、ここまでやるとは思っていなかったぞ。だが、もう止めておけ。これ以上、無理をすれば身体を壊すぞ」

 

 シグナムさんに突き付けられた剣身に、苦しそうに顔を歪めている自分の姿が映っていた。

 ……確かに私はもう限界なのだろう。時間制限を遥かにオーバーした大人モードの影響で、身体は既にガタガタ。腕や足が小刻みに痙攣まで起こしている。マルチタスクをフルに活用し過ぎた所為で生じた、頭痛も治まる気配が全くない。

 

「………………」

 

 がくりと私は力なく頭を下に向け、顔を伏せる。

 それはまるで今から刑に処される罪人の姿のようでもあった。

 そんな私の姿を降伏と受け取ったのか、シグナムさん達は顔を合わせて会話を始める。

 無論、私への警戒を彼女達は微塵も怠っていなかった。

 

「どうする? 一応蒐集しとくか?」

 

「ああ、多少は足しになるだろう。他にも三人いるしな。ザー……お前はアイツの様子を見て来てやってくれ。大方、気絶しているだけだろうとは思うが、念の為だ」

 

「……承知した」

 

 ザフィーラが気絶しているシャマルさんの所へと飛んでいく。

 残る二人、シグナムさんとヴィータちゃんの顔が私の方を向いた。

 どうやら、私はこれから蒐集されるらしい。

 

「一度言ったけど、すぐに気絶するから痛いのはちょっとだけだ。……ったく。あんなに魔力を使っちまったら、あんまし意味がねぇじゃねーか」

 

 ぶつくさと文句を言いながら、ヴィータちゃんが闇の書を私に向けて開いた。

 抵抗したかったが、バインドで拘束されている身体はピクリとも動いてくれない。

 ――もうダメだ。結局、私の頑張りなんて全部無駄だったんだよ……。

 ――どうせ蒐集されてしまうのなら、初めから抵抗なんかしなければ良かった……。

 そんな考えが私の頭に浮かんだ。他にも沢山の考えが頭の中から湧いてきた。

 ずきずきと頭痛が止まない癖に、そんな思考ばかりが浮かんでくる。

 

「………………」

 

 なるほど、確かにその通りだ。ここから逆転する策なんて何も思い付かないし、仮に思い付いたとしても、それを実行するだけの体力が私には残っていない。状況は完全に詰んでいる。もうこれ以上の抵抗は無意味だ。頑張ったって意味が無い。

 ――なのに。こんな詰んだ状況なのにもかかわらず、馬鹿なことを問う自分がいた。

 このままで本当にいいの? 納得できるの? と問いかける自分がいた。

 

「…………い…だ」

 

「あん?」

 

 私の伏せていた顔がゆっくりと上にあがる。

 少しだけ黙っていただけなのに、喉からは擦れたような声しか出て来なかった。

 だけど、それでもいい。声さえ発することができれば、私には十分だ。

 きっと百人いれば百人がもう私の負けだと言うだろう。

 確かに万に一つの勝ち目も今の私には無いのかもしれない。

 だけど、それでも――――!

 

「――嫌、だ」

 

「……なに?」

 

 ――――私は嫌だった。

 ここで戦いを放棄するのだけは、絶対に嫌だった。  

 自分の頬肉を思いっきり噛んだ。強く噛み過ぎて口から赤い雫が零れ、鉄の錆臭い味が口の中一杯に広がる。でも、そのお陰でちょっとだけ目が覚めた。頭痛が少し治まる。動悸も感じない。大丈夫だ、まだ私はいける。そして、もう私は一人じゃない(・・・・・・・・)

 

「私はまだ諦めない! だって、私達(・・)はまだ終わってない!」

 

「あん? いきなり何を言って――――っ!?」

 

“Plasma Smasher”

 

 怪訝そうなヴィータちゃんの言葉を遮るように、金色の雷光が横合いから放たれた。

 それに回避する為に二人は私から大きく距離を取り、私の包囲が解かれる。

 ――――待望の時は訪れた。さぁ、ここから先は私達の反撃タイムだ。

 

「チェーンバインドッ!」

 

『――っ!?』

 

 翠色の鎖がどこからともなく現れ、回避行動を取っていたシグナムさんとヴィータちゃんを拘束する。私が視線を向ければ、そこには小さくサムズアップしているユーノ君の姿があった。

 ……遅いよ、ユーノ君。だけど、本当にグッジョブ。もう大キッス祭りを開催したいくらいにグッジョブ。でも、私がファーストキスをミっくんに捧げるまでは勘弁してね。代わりに今度、一回だけ何でも命令出来る券(拒否権あり)を贈呈してあげるから!

 

「さっきはよくもやってくれたねっ!」

 

「……っ!」

 

 シャマルさんの所に向かっていたザフィーラの前には、犬歯を剥き出しにしたアルフさんが立ちはだかっていた。これでシグナムさんとヴィータちゃんの援護にも、彼は行くことができない。局地的だけど三対二でこちらが有利になるはずだ。とはいえ、こちらの方が消耗していることも事実。ここは早々に勝負を決めにいくべきだろう。私が取るべき手段を思案していると、フェイトちゃんが私の名前を呼びながら高速でこちらに飛んできた。

 

「なのは――!」

 

「フェイトちゃん、このバインドをお願い!」

 

「うん、わかった!」

 

 私の言葉を聞いたフェイトちゃんは小さく頷くと、私を拘束しているバインドを両断する。

 それによって、私は漸く身体の自由を手に入れることができたのだが……少しだけ身体がフラついてしまった。そんな私をフェイトちゃんが慌てて、抱き止めてくれる。

 

「なのはっ! 大丈夫!?」

 

「にゃはは。ごめん、フェイトちゃん」

 

「ううん、こっちこそごめんね。私がもっと強かったら……!」

 

 フラフラな私を見て、フェイトちゃんは悔しそうに顔を歪めると自らに強い憤りを見せた。

 だけど、そんなことはないと私は声を大にして言いたい。フェイトちゃんが来てくれなかったら、私はとっくの昔にやられてしまっていただろうし、絶対にここまで頑張ることは無理だったと思う。それに何より、駆けつけて来てくれたという事実が私は一番嬉しかった。

 でも、責任感の強い彼女にそう言っても、あまり効果はないってことも分かってる。だから、私はちょっとだけ違う手段を取ることにした。

 

「フェイトちゃん……」

 

 間近にあるフェイトちゃんの顔へ手を伸ばし、その白い頬をそっと優しく撫でる。冷たい彼女のスベスベほっぺは、少しだけぷにっとしていて本当に触り心地が良かった。いつまでも触っていたいと思えるほどに、私の手に良く馴染んでくれる。

 

「な、なのは……?」

 

 そんな私の突然な行動にフェイトちゃんが戸惑ったような声を上げるが、もう既に先程のような険しい顔はなくなっていた。寧ろ逆に赤くなっていてなんかとっても可愛い感じ(妬ましい)になっている。うん、やっぱり言葉でダメなら行動あるべしだよね。流石は私だ。

 

「少しは落ち着いた?」

 

「う、うんっ」

 

 私がそう問いかけるとフェイトちゃんはコクコクと頭を上下に動かした。そのロボットのような動きを見て、私が笑えばフェイトちゃんも照れ臭そうに笑みを浮かべる。ちょっとだけ戦闘中の緊張感が緩み、穏やかな雰囲気になった。

 とはいえ、このままずっと見つめ合っている時間など私達にはない。私は笑みを引っ込めると真剣な表情でフェイトちゃんに声をかける。

 

「フェイトちゃん、私に力を貸してくれる?」

 

「勿論だよ、なのは! 私になんでも任せてっ!」

 

 私の言葉にフェイトちゃんが胸を張り、気合いを入れた顔で大きく頷いてくれた。

 なんかちょーと気合いが入り過ぎてるような気もするけど……まぁ、気にしたら負けかな。

 さて、そうと決まれば作戦開始だ。私はフェイトちゃんに抱かれたまま、身体の向きを変え、レイジングハートを力一杯握りしめた。

 

「いくよ、レイジングハートッ!」

 

“Load cartridge, Exelion mode.”

 

 レイジングハートから桜色の翼が生え、先端が槍のように鋭く尖った形状へと変わる。

 久しぶりのエクセリオンモード。懐かしくて、ちょぴっとだけ私の胸が熱くなった。

 

「フェイトちゃん! 私をもっと強く抱きしめてっ!」

 

「えっ……あ、う、うんっ!」

 

 私が声を張り上げると、フェイトちゃんは背後から回していた腕の力を強める。

 なんか少しもじもじているっぽいけど、理由はよくわからない。もしかして、恥ずかしがってる? あー、流石にいきなり抱きつけって言うのは説明不足だったかな。ただ、踏ん張りが効きそうにないから身体を支えて欲しかっただけなんだけど……まぁ後で訂正すればいいよね、うん。

 ちなみに力を強める際にフェイトちゃんが“なのはの匂いだ……”と小声で言ってたのは、多分私の聞き間違いだ。

 

“Starlight Breaker. Stand by.”

 

 足下と杖先に巨大な二つの魔方陣が展開された。

 私の立てた作戦は至って単純明快。持久戦が厳しいなら、集束砲(ブレイカ―)で一網打尽っ!

 ドンと一歩分だけ強く魔方陣を踏み、レイジングハートをしっかり構えると私は集束を開始する。結界内に存在する魔力の残滓達が桜色の星屑となり、私の杖先へにどんどん集っていく。

 

「う、くっ……!」

 

 だが、魔力が集束し始めた途端、私の身体が軋むような悲鳴を上げ始めた。

 視界が僅かにブレる。意識が一気に持っていかれそうになった。まだ撃ってもいないのに、こんなことは初めてだ。でも、もう少しだけ我慢しよう。これが終われば、病院のベッドで幾らでも爆睡できるんだから……!

 

「な、なのは! 大丈夫なの!?」

 

「……うん、大丈、夫!」

 

 心配そうに見てくるフェイトちゃんに、私は小さく笑みを浮かべてそう言った。

 本当は脂汗が出まくりだけど、そこは爽やかな笑顔でカバー。とりあえず、笑っとけば大抵のことはなんとかなる。それは私の持論であり、ある意味世界の真理だ。

 

“なのはさん! そろそろ拘束しているのも限界です! バインドが解かれます!”

 

“うん、わかった。こっちももうちょっとで準備完了だから、ユーノ君とアルフさんはすぐにその場から退避して”

 

“ええっ、まだあたしはコイツを……って。な、なんだい、そのでっかいの!?”

 

“……アルフ。命が惜しいなら、早くなのはさんの射程圏外に逃げるんだ。僕はもう逃げるよ! こんな所にはいられない!”

 

“ちょっ、ユーノ!?”

 

 ユーノ君達との念話を終えたのと集束が完了したのは、ほぼ同時だった。

 杖先に集まった桜色の光が闇夜を切り裂き、街を眩く照らす。

 周囲の風が溢れんばかりの魔力に巻き込まれて、小さな嵐のように渦巻いていた。

 気が付けば、皆の視線が脈動する桜色の閃光に集まっている。

 ――――皆さま、大変長らくお待たせしました。少しおっきいの、いきますっ!

 

「フェイトちゃん、多分かなりの衝撃が来ると思うから、私(の身体)をしっかり支えててね!」

 

「っ!? う、うん、わかったっ! 私が絶対になのはを支えてみせるよっ!」

 

 私の言葉に大きく頷くと、フェイトちゃんが私の身体を更にぎゅっと強く抱きしめてきた。

 しかも、何故か顔を赤くして興奮しているご様子。いや、深くは問うまい。少しだけ息苦しいけど、これだけしっかり支えて貰っていれば、吹き飛ばされることはないはずだ、多分。

 

「受けてみて、これが約束された勝利の輝きっ!」

 

“Starlight Breaker.”

 

 極限にまで高められた桜色の閃光が解き放たれた。

 その光の奔流は周囲のモノを飲み込みながら、一直線にバインドを解除したばかりのヴィータちゃん達へと向かっていく――――はずだった。

 

「え……嘘っ!?」

 

 だが、撃ち放った直後。私の足下にあった魔方陣が突然消えてしまう。

 足下にあったのは、発射時の衝撃吸収と反動制御を行う魔方陣。それが消えてしまったということは、一切合財の衝撃と反動が私達にくるというわけで……私達は文字通り、ジェット噴射のように後方にぶっ飛ばされた。

 

『きゃぁぁああっ!?』

 

 悲鳴を上げながら、吹き飛ばされる私とフェイトちゃん。

 それでも意地があるのか、フェイトちゃんは私を絶対に離さなかった。

 フェイトちゃんの腕の間から、私は自分の制御を失ったスターライトブレイカーを見つめる。

 真っ直ぐ進んでいた軌道はヴィータちゃん達から完全に外れ、進路を空へと取っていた。

 そして、見えないナニか(・・・)を破壊すると張られていた結界を容易く撃ち貫き、更に天まで伸び――――そこまで確認した後。強い衝撃に襲われた私は、電源が切れたテレビのように意識を途切れさせてしまった。

 

 

 

 

 

 

「……っ、ぅ」

 

 次に目を開けるとそこは、やけに荒れているどこかの会社のオフィスだった。恐らく、吹き飛ばされた私達が突っ込んでしまった所為なのだろう。机や椅子、他の様々な物達までぐちゃぐちゃのめちゃくちゃになっている。しかも、結界が破られてしまったから、復元もしない。明日は絶対にニュースになるなぁ……と少し現実逃避をしたくなった。

 

「フェイト、ちゃん、生きて、る?」

 

「…………っ、ぁ、ん?」

 

 フェイトちゃんに声を掛けると目惚けたような反応が返ってくる。

 どのくらい意識を失くしていたのかは確かでないけど、感覚的には多分それほど経ってないのだろう。未だに動いている車や人の気配を外から感じ取ることができた。

 ……ヴィータちゃん達の気配は感じないから、どうやら撤退していったようだ。

 

「こほこほっ。あ、あれ? 一体何がどうなったの?」

 

 少し咳き込みながら、フェイトちゃんがきょろきょろと周りを見渡していた。

 彼女には今の状況がさっぱりわからないのだろう。不思議そうに首を傾げている。

 まぁ、フェイトちゃんからすれば、理由もわからない内にいきなりぶっ飛ばされたわけだもんね。状況がわからなくて当然だと思う。

 

「にゃは、は、ごめん。最後の最後で、魔力切れしちゃった、みたい」

 

「ああ、なるほど~」

 

 私が途切れ途切れな言葉でそう説明すると、ポンと手を叩いて納得の表情をするフェイトちゃん。発動するまでは大丈夫だったけど、最後に魔力が切れて魔方陣の維持が出来なくなってしまった。結果、自分で撃った砲撃の反動で見事後ろに吹き飛ぶという、最低にカッコ悪い姿を晒してしまったわけである。

 ――――あかん。自分の魔力残量もわからないとか、魔導師失格や……。

 はやてちゃんばりの似非関西弁を駆使して、私は盛大に落ち込んだ。自分の魔力量の確認とか基礎中の基礎じゃない。幾ら痛みに堪えてたからって、それくらいはちゃんと出来るはずなのに……って。おおう、なんか思い出したらすっごく全身が痛くなってきた。そして、それ以上に眠気が凄い。

 

「そう言えば、あの人達はどうなったの? なのはの攻撃で消し飛んだ?」

 

「いやいや、そんな物騒なことを、可愛い顔して言わないで、よ……」

 

「か、可愛いっ!?」

 

「……反応するところ、そこなんだ」

 

 どんどん私の瞼が重くなってきた。フェイトちゃんと話をするのももう限界みたいだ。

 べ、別になんか面倒臭いなぁとか疲れるなぁなんて微塵も思っていないからね! ただ、もう本当に限界が近くて眠くなってきただけだから! 勘違いしないで……ごめん、本気で眠いっす。

 だけど、その前に私はどうしてもしなければならないことがあった。

 

「フェイトちゃん……そろそろ、私の上から退いて、くれないかな? 呼吸がちょっと、苦し……」

 

 それは何故か私のお腹の上で女の子座りをしているフェイトちゃんを退かすことだ。

 このどういうわけか照れている金色の小悪魔が乗っている所為で、私は寝るに寝れない。いやまぁ、大して重いわけじゃないんだけどね。流石にお腹は止めて欲しい。

 

「えっ? あっ……ご、ごめん!」

 

「うぐっ」

 

 私の言葉を聞き、フェイトちゃんは慌てて私の上から飛び退いた。

 しかし、結果的には、その際に生じた強い衝撃で私は見事にドドメを刺されてしまう。

 うぅぅ、口から出てはいけないものが色々出てきそう。というか、なんか視界が霞んできた……。 

 

「ふっ……」

 

「な、なのは?」

 

 虚空に浮かぶ幻想を見て、私は小さく微笑んだ。

 綺麗な川辺のお花畑だ。なんか季節外れの桜祭りまで開催している。

 ああ、そう言えばあの時の桜は凄く、綺麗だったよね……。

 

「……もう一度……訓練場に咲く、桜が見たかったな……」

 

「なのはっ―――ー!?」

 

 ホント、なんで私はいつもこんな終わり方ばっかりなの……がっくし。

 

 

 

 ~同時刻。海鳴市、とあるマンションの一室にて~

 

 サーチャーが集束砲に破壊された影響で映し出されていた映像は消え、真っ黒な画面になった。夕飯を食べながら半ば映画感覚でそれを見ていた三人は、その画面を暫しの間見つめ……すぐに気を取り直したかのように画面を閉じた。

 

「……どうやら蒐集はされずに終わったようだな」

 

「ええ。それが良いのか、悪いのかはまだ定かではありませんが……」

 

「さて、な。良かろうが悪かろうが、我らのやることは変わりない。そうであろう?」

 

 ディアーチェの言葉にシュテルは小さく頷き、同意を示す。

 彼女達の知っていた(・・・・・)展開では、ここで高町なのはが蒐集されるはずだった。だが、結局彼女は蒐集されずに守護騎士たちを撃退してしまっている。未来が変わった、とまでは断言できないが、これからの道筋は良くも悪くも少しずつ変わっていくはずだ。まぁ、それを言うのならここに彼女達がいる時点でもう変わってしまってるわけなのだが。

 

「王様~、シュテるん~。ボク達はいつになったら動くの~?」

 

「案ずるな、レヴィよ。慌てずともすぐに我らの出番は巡ってくるであろう」

 

 カレー用のスプーンを強く握りしめ、頬に米粒をつけたままレヴィは二人に問い掛ける。

 そんな彼女にディアーチェは促すような言葉を告げ、頬のおべんとを取ってやるとゆっくりと席を立った。そして、慣れた動きで年季の入った黄色いひよこ柄のエプロンを身につけ、お玉を片手に力強く宣言する。

 

「何と言っても、ここから先は“スーパーディアーチェタイム”だからなっ!」

 

 瞬間。偉そうに胸を張ってそう言った、ディアーチェの姿に後光が差した。

 いや、後光というのは少し語弊があるだろう。彼女の身体は文字通り光っていた……金色に。

 

「おお~! 王様がなんか輝いてる~! あっ、おかわり~!」

 

「うむ、また大盛りでよいのか?」

 

「うん! お肉多めでっ!」

 

 そんなディアーチェの様子をレヴィはキラキラと楽しそうな瞳で見つめ、カレーをおかわりする。動じた素振りなど微塵も見せず、ただ四杯目のカレーをわくわくしながら待っていた。ある意味、彼女が三人の中で最強であるとは、いつか誰かが言っていた言葉だ。

 

「……何故でしょう、猛烈に不安になってきました。少し頭も痛みます」

 

 



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第二十七話。なのはさん(28)の出発

 海鳴市上空でピンク色の怪光線が観測されるという事件があってから、数日の時が過ぎた。

 当初こそ“宇宙人襲来っ!? UFOからのコンタクト!?”やら“○○会社で怪奇現象? 音もなく荒らされたオフィスの謎!”などなど、少しだけテレビやネットを騒がせていたニュースも、今では漸く落ち着きを見せてきている。

 元より狐耳の少女や銃弾を容易く避ける高校生、ロケットパンチをするメイド、年を取らない喫茶店のマスター達などがいる楽しい街だ。ああ、海鳴だもんねーという魔法の言葉で、大抵のことは流されてしまった。海鳴はよいとこ、一度はおいで~。本当に摩訶不思議な街である。

 

 さて、ところ変わって。事件の当事者の半数が住んでいる、ここ八神家では冬の定番料理“お鍋”が開催されようとしていた。五人全員でテーブルと囲み、カセットコンロの上でぐつぐつと音を立てている大きめの土鍋をじぃっと見つめる。蓋をされているため中身を見ることは叶わないが、今にも涎が出てきそうな良い匂いが部屋中に広がっていた。

 

「はやて、まだ~?」

 

「うーん、そろそろええ感じかな?」

 

 少し前から催促をしてくるヴィータに首を傾げながらはやてはそう言うと、ゆっくりと土鍋の蓋を手に取り、慎重に蓋を上げる。するとフワッとした白い湯気が立った後に、良い頃合いとなった具材達が顔を出してきた。

 時間を掛けて取った黄金の出汁に浮かぶ、白菜や春菊、人参、長ネギ。豆腐に糸こんにゃく、エノキ、切り込みの入ったシイタケ。更に豚バラやお手製の鶏つみれ。どれもちょうど食べ頃のようだ。皆の視線がはやて(家主兼鍋奉行)へと一斉に向かった。それにはやては苦笑いを浮かべつつ、小さく頷くとGOサインを出す。

 

「うん、無事完成や。ほな、食べようか」

 

「やった~!」

 

「ふふっ。それじゃ、私が取り分けますね~」

 

『や、シャマルは触るな』

 

「ひ、ひどい!?」

 

 こうして、和気藹々? とした雰囲気のまま八神家の鍋パーティは始まった。

 各々が好きな具材を器に取り、それぞれの味わい方で鍋を楽しんでいく。まだ雪こそ降ってはいないが、気温の低いこの季節に食べる冬の温かお鍋は身体も心も温めてくれる最高の料理だ。ちなみに普段は犬形態のザフィーラも珍しく人間形態で鍋に参加しているのは、全くの余談である。

 

「ヴィータ、あんまり慌てて食べると舌を火傷してしまうよ?」

 

「はむあむ、んくっ、だって、はやてが作った鍋、ギガうまなんだもんっ!」

 

「こら、ヴィータ! 口にモノを入れたまま話すな! ……すみません、主はやて」

 

「あはは、ええんよ。美味しそうに食べてくれるんは、料理人冥利に尽きるからな」

 

 恐縮そうに謝罪してくるシグナムに、追加の具材を補充していたはやては嬉しそうに笑った。

 その表情に不快の色は全く存在していない。久しぶりに家族全員で食べる夕食を純粋に彼女は楽しんでいるようだ。新たな具材の補充を終え、自分のお椀に入っていた豆腐を一口味わうと、はやての笑みがまた強くなる。そして、並んでいる家族達を眺めるとぽつりと言葉を漏らした。

 

「……うん、やっぱり皆で食べるご飯は美味しいな」

 

 その言葉を聞いた騎士達は思わず、箸の動きを止めてしまう。

 はやてがハッと気が付けば、食べることを止めた騎士達の視線が彼女へ集中していた。それを見たはやては、ややバツの悪そうな表情を浮かべると持っていた箸をお椀の上に置き、静かに口を開く。

 

「ははっ、いきなり変なこと言ってもうて、ごめんな。こうやって、全員が揃って食べる夕食なんて久しぶりだったもんやから……つい、な」

 

「はやてちゃん……」

 

「主はやて。我らは、その……」

 

「ううん、別に気にしなくてええんよ。皆だってそれぞれ都合とかあるやろうし、自分がやりたいことをやってくれた方が私も嬉しい。これは強がりとかやなくて、私の本心や」

 

 申し訳なさそうな顔になる騎士達にはやては、首を横に振って言葉を続けた。

 だが、その言葉は嘘や偽りではなく、紛れもない彼女の本心だ。確かに騎士達が傍にいない時は少し寂しさを感じることもある。ひと月ほど前までは常に全員が傍にいてくれたのだ、何も思わないわけがない。しかし、だからと言って、自分の我が儘で騎士達を縛りたいとは思っていなかった。

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッター。だが、はやてにとっての彼女達は騎士である以前に掛け替えのない大切な家族達だ。家族達がやりたいことを見つけて、喜ばない者がどこにいるだろうか。少なくとも、はやては寂しさよりも嬉しさの感情の方が大きかった。

 

「それにな、こういうのは偶にくらいの方が逆に良いのかもしれん。……人は幸福に慣れ過ぎてしまうと、傍らにある大切なモノに気付かなくなってしまうからな」

 

 しっかり者のシグナム。甘えん坊のヴィータ。少し天然のシャマル。寡黙なザフィーラ。

 彼女の本当に欲しかったモノは既にここにある。大切な家族達がここにいてくれる。

 ――――彼女の一番の望みは、もう叶っているのだから。

 

『……………………』

 

 そんなはやての想いは余すことなく、騎士達へと伝わった。

 ふわりと柔らかな笑みを浮かべる自分達の主を無言のまま見つめ、騎士達は自然と湧き上がってくる歓喜の心を必死に抑えつける。そして、もう一度胸に強く誓うのだ。

 ――――この優しい、最高の主を必ず救ってみせる、と。

 

「――――ん?」

 

 少しだけ静かになってしまったリビングに軽快なメロディが響き渡った。

 音の発信元を見れば、どうやらはやての携帯にメールが一件届いたようだ。

 普段は食事中に携帯を見ることなど絶対にしないはやてだが、自分の所為で微妙になってしまった空気を変えたいという思いから、メールを見てみることに決めた。

 

「食事中やけど、ちょっとごめんな」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 騎士達に許可を取り、はやては自分に届いたメールの確認を始める。 

 送り主は先日事故に遭い、怪我で入院している友達からだった。いつも明るく楽しそうに笑う彼女は、今まで同年代と接する機会のなかったはやてにとって本当に得難き友人の一人だ。特に最近は入院していて暇なのか、昼間にもちょくちょくメールを送ってくるので、それにどう返信しようか考えるのも秘かなはやての楽しみになっている。

 だが、今回のメールはそんな他愛もない内容ではないらしい。楽しそうに携帯を眺めていたはやての顔は、送られてきた本文を読んでいる内に驚愕に彩られていく。

 

「えっ……嘘、なのはちゃんが退院!?」

 

『――――っ!?』

 

 先程とは違う意味でリビングに流れる時間が止まった。驚きつつも嬉しそうなはやてと対照的に、“なのは”という単語を聞いた騎士達は顔を強張らせる。

 騎士達の脳裏には、あの白き戦闘衣を纏った少女の姿と自分達に一瞬とはいえ、死の恐怖を感じさせたピンク色の極光が浮かんでいた。最後のアレが万全の状態で放たれていれば、どのような結果になったかなど想像もしなくない。

 

「ほらほら、なのはちゃんから写真も一緒に――――」

 

「あ、あわっあわわあわあわわわわっ……!」

 

「――――って、シャマル? 急にどうしたん?」

 

 そして、その中で特に酷い反応を示したのが、他でもないシャマルだった。この中で唯一“なのは”の砲撃をモロに食らって撃墜された彼女は、ある意味一番の被害者である。

 シャマルは“なのは”という単語から、自分の体を容易く飲み込んだピンク色の閃光と、その時になのはが浮かべていた喰い殺すと言わんばかりの容貌を思い出し、全身をガクガクと激しく震わせる。あの日から毎晩のように夢に出てくる高町 なのはという少女の存在は、シャマルにとって恐怖以外の何物でもなかった。

 

「ピンクのあくまが わらうとき にんげんたちは きょうふにおののく」

 

「馬鹿っ、今のシャマルにそんなことを言ったら……!」

 

 そんな怯えたシャマルの姿を見て、面白がったヴィータがとあるゲームに出てきたキャラクターの記述(ちょっとアレンジして)をぼそっと呟く。それを聞いたシグナムは急いで止めようとするも、時既に遅し。シャマルのトラウマスイッチは、もうがっつりと入れられた後だった。

 

「ピンクの、悪魔……嫌ぁ」

 

「シャ、シャマル?」

 

「ピンクは、ピンクはもう嫌なのぉぉおお――――!!」

 

「シャマルー!?」

 

「っ、主はやて、お待ちください! 私も共に参ります!」

 

 半狂乱になったシャマルはそのまま家の外に全力で飛び出していった。

 その後を慌ててはやてが追いかけ始め、更にシグナムがはやての上着を掴んで駆け出す。

 白く曇った窓の外から聞こえてくるシャマルの悲鳴と、はやて達の静止の声がどんどん遠ざかっていく中、完全に出遅れたヴィータとザフィーラの二人はリビングに取り残されてしまった。

 

「いや、どう考えてもシグナムが行くのは逆効果だろ。アイツの髪、ピンクだぞ。今のシャマルが見たら発狂するんじゃねぇか? なぁ、ザフィーラ。お前もそうおも――――」

 

 少しふざけ過ぎたかなと内心でちょっぴり反省しつつ、頬をポリポリと掻きながらヴィータは今まで静かに黙っていたザフィーラにそう問いかける。だが、そこにいたのは、寡黙で頼りになる蒼き守護獣……ではなく、熱々の糸こんにゃくをはふはふと食べている犬耳の筋肉野郎だった。

 

「……ふむ。糸こんにゃく、中々侮れんな」

 

 何やら意味深に小さく頷き、満足そうな顔をしているザフィーラ(馬鹿犬)をヴィータは呆気に取られたような顔で見つめる。そして、そんなヴィータの視線に気がついた馬鹿犬は僅かに首を傾げた後、綺麗に結ばれた糸こんにゃくを箸で持ち上げると、こう言った。

 

「――――食うか?」

 

「食わねぇよ!」

 

 八神家は、今日も平和? である。

 

 

 

 私の名前は高町 なのは。

 極々、平凡で普通のピンクが似合うプリティ☆ガールです。

 ちなみに身体は必ず左腕から洗う派。うん、本当にどうでもいいなって自分でも思った。

 さてさて、ヴィータちゃん達との激闘からちょうど丸一日が経過し、私はちょっぴり笑えない状況になっていた。具体的に言うのなら、全身筋肉痛になって本局にある病院のベッドの上でうーうーと唸っていた。

 

「うーうー、うーうー」

 

「なのは。いい加減、そのうーうー言うのを止めてくれないか?」

 

「うー☆ うー☆」

 

「……なのは?」

 

「にゃはは、ごみんごみん」

 

 クロノ君から少しばかり冷たい言葉と視線を貰ってしまったので、苦笑しながら謝罪する。

 とまぁ、一見いつものように元気一杯に見えるけれど、現在の私はどこのミイラ女だよと言わんばかりに包帯まみれ。魔法少女ではなく、どこぞのR.Aさんのような包帯少女と言っても過言ではなかった。ちなみに仄かに漂う湿布の匂いについては、ノーコメントで。私の香りはいつもフローラルだとここに宣言しておきます。

 

「それで身体の調子はどうだい? 医務官の話では、後二日もすればベッドから出れるようになるという話だったが……」

 

「うん、全身がマジで痛い。ぶっちゃけ今にも死にそう」

 

 実を言うとこうして会話してるだけでも、かなり辛かった。

 ちょっとした動作の度に電流のような痛みが全身を走るのだ、もうこれは一種の拷問だと思う。せめてこの痛みさえなくなれば、ベットから動くこともできるようになるはずなんだけど……。

 

「ねぇ、クロノ君。痛み止めの投与とかって……?」

 

「残念だけどそれは却下だよ。ああいうものには少なからず副作用がつきものだからね。それに君はいつも無茶なことばかりするから、少しくらい痛い目にあっておいた方が良い」

 

 この目の前にいる鬼畜魔人クロスケが一考すらしてくれないんだよねー。

 まぁ、確かに自分でも少し頑張り過ぎちゃったことは自覚している。なんか内臓の方にもダメージがいってたらしいし、無理したなぁとも思う。だけどさ、その頑張った結果がこの仕打ちってどうなの? もうちょっとくらい、私に優しくしてくれても罰は当たらないんじゃないかな?

 

「クロノ君の鬼! 悪魔! 真っ黒! チビ! むっつり!」

 

「ふっ、それだけ文句を言えるなら何も問題はなさそうだね」

 

「ぐぬぬ……!」

 

 悔しいから思い付く限りの罵声を浴びせてみるも、効果は殆どなし。寧ろ鼻で笑われてしまった。というか、我ながら悪口のチョイスが小学生レベルなことにちょっと落ち込みそうだ。

 くっ、こんな時はいつも自分の語彙の無さが恨めしい。特に悪口や汚い言葉のセンスが私には著しく欠けている。もっと真剣に国語の授業を受けておけば……いや、今からでも間に合うかもしれない。これからはもう少し本を読む癖をつけてみよう。そして、いつかクロノ君を言葉攻めで絶対に泣かせ……はっ!

 

「にゅふふ。にやり、なの」

 

「な、なんか良くわからない寒気が……」

 

 内心で歯ぎしりをしながら“なのはさんの復讐計画~言葉攻め編~”を企んでいた私だったが、ふと今でも出来る方法を思いついた。それは私が女であることを最大に利用した、謂わば最終手段。当然、諸刃の剣でもあるし、元管理局員として些かどうかとも思うような方法だ。だがしかし、今の私は見た目平凡な八歳児。多少のお茶目はテヘ☆ごめんね♪ で許されるはず、となれば迷う必要はない。

 

「……くっ、ぅ、ん!」

 

 少し動くだけで身体に痛みが走るけどそれをぐっと我慢し、私は身体を無理矢理起こした。

 自分でもアホなことをしているなと思う。だが、年下の男の子に舐められたままでは女が廃る。女の子にはやらなくちゃいけない時というものがあるのだ。

 脂汗を流しながらすーはーと数回深呼吸。そして、両手を口の横に添えると、私は今出せる最大音量で叫び声を上げた。

 

「きゃぁぁああっ!! 誰か助けてー! クロノ君に犯されるー!!」

 

「ちょっと待て、なのは! それは流石に洒落になって――――」

 

「なのはぁっ!」

 

 私が叫んでコンマ数秒後、病室のドアが文字通り吹き飛んだ。そして、怒涛のような速さで金色の人影が私の傍に駆け寄ってくる。そう、彼女こそは閃光の異名も持ち、雷光を自在に操る高貴なる魔法少女――――フェイトちゃん。別名、対クロノ君用最終兵器☆ふぇいと、その人である。

 

「ぐっ! よりもよって、一番洒落にならない奴が来るなんて!?」

 

「なのは、大丈夫!? クロノに何かされたの!?」

 

「フェイトちゃんっ……!」

 

 何か一人で騒いでる様子のクロノ君から、私を庇うように立つフェイトちゃんの胸元へ涙目で飛び込む。勿論、事前に服の胸元を乱して、心底怯えた表情を作ることも忘れない。さぁ、見るがいい。これぞ宴会でやる寸劇のために鍛えに鍛えあげた、アカデミー賞総なめの演技力……!

 

「ぐすん。私、嫌だって……やめてって言ったのに……クロノ君が無理矢理っ……」

 

 頭をいやいやと振り、身体を震わせるその様は、まさに暴漢に襲われかけた直後の憐れな少女。そんな(友達)の姿を見て、友情に篤いフェイトちゃんがどんな反応をするか。それは火を見るよりも確定的に明らか。無論、大炎上的な意味で。

 

「っっ……見損なったよ、クロノ!」

 

「待つんだ、フェイト! これは僕を陥れようとするなのはの陰謀なんだ!」

 

「陰謀? 今のなのはの姿を見て、そんな言い訳をするの? あのなのはがこんなに怯えて、震えてるんだよ? ……なのはは今、泣いてるんだよ!?」

 

 胸元にある私の頭をぎゅっと抱きしめ、フェイトちゃんが吼える。

 視界が塞がっている所為で何も見えないけど、彼女が本気で怒っていることがよくわかった。

 これはちょっとやり過ぎちゃったかな……なんて反省しつつ、私は自分の顔面に当たっている微妙に柔らかな膨らみに少しむむっとなる。裏切ったね、私の気持ちを裏切ったんだね、フェイトちゃん。まだ私と同じツルペタまっ平らだとばかり思っていたのに、この時点で既に私を裏切っていたんだね。

 

「冤罪だ! 僕は何もやってないっ!」

 

「犯罪者はね、皆そう言うんだよ! それにエイミィが言ってた! クロノはなのはみたいな可愛い子がタイプで、実はエロエロ魔人だから気をつけなきゃダメだよって! このエロがっぱ! チビエロノ!」

 

「エロッ……くっ、エ・イ・ミ・ィ~ッ!」

 

 心の奥でフェイトちゃんのおっぱい星人め! とか テスタロッサ家の乳遺伝子は化け物か! とか私がぶーぶー文句を言っている間に、その場は更にヒートアップしていた。何やらフェイトちゃんの意味深な発言もあったみたいだけど、残念ながら私の耳には届いていない。この辺でいつも妙に損をしているところが、私のダメっぷりを現していると言ってもいいのかもしれない。まぁたとえ、聞こえていたにしても、私にはミっくんがいるから特にどうなるってわけでもないんだけどね。

 

「私、クロノのこと信じてたのに! 少しぶっきらぼうでチビだけど、お兄ちゃんみたいだなって思ってたのに! 怪我で動けないなのはにイヤラシイことをするなんて、本当に最低の屑だよ!」

 

「いや、だから僕は……!」

 

「でも、私が来たからにはこれ以上の狼藉は絶対にさせない! 本気でなのはにえっちぃことがしたいなら、決死の覚悟を抱いてくるんだね! バルディッシュ!」

 

“Load cartridge, Zamber form”

 

「ば、馬鹿! こんな狭い所でザンバーなんか……」

 

 フェイトちゃんが片手を解放したため、私の視界が半分だけ広がった。そして、ちらりと視界に映るのは、フェイトちゃんから金色の大剣を突き付けられるクロノ君の姿。いつものクールな姿ではなく、あたふたと狼狽しているその様子は中々に面白い。

 

“なのは! 頼む! フェイトを止めてくれ!”

 

“ヤダ”

 

“即答、だと!?”

 

 SOSの念話を某頭痛薬の名前のようにバッサリンと切ると更にクロノ君が絶望の表情を浮かべた。そんな彼の顔を見て、私は思う。なるほど、これが愉悦か。うん、なんか無性に麻婆が食べたくなってきた。よし、今日の晩ご飯は中華にしよう、そうしよう。あっ。でも、本局で中華料理って食べれるところあったっけ?

 

「さぁ、クロノ! 私の屍、越えられるものなら越えてみせて! 疾風、迅雷っ!!」

 

“Sprite Zamber”

 

「や、やめ――――ぶべらっ!?」

 

 きゅるる~ん☆ という謎の効果音を出しながら、クロノ君がホームランされた。

 まるでグランドスラムのようにぶっと飛ばされた彼は、フェイトちゃんが壊した扉の方へ見事吸い込まれて、ログアウト。こうして、私の小さな復讐は幕を閉じたのであった、まる。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで数十分後。私の病室には再び人が集まっていた。

 今度はエイミィさんとリンディさん、アルフさんも一緒なので、全員で六人の大所帯。ちなみにユーノ君がここにいないのは現在、海鳴の病院で私の影武者を務めてくれているからだ。昨日の戦いのラストで何故か負傷しちゃったみたいだからちょっとだけ心配でもあるんだけど、今はあんまり関係ないので置いておく。とまぁ、そんな経緯もあって私達は六人で、先日の戦闘や現在の起こっている事件になどについて話を進めていった。

 

「魔導師襲撃事件と魔獣狩り、ですか?」

 

 まず前提の話として、私が聞かされたのは最近頻発して起きているという二つの事件のこと。

 魔導師襲撃事件の方は十中八九、ヴィータちゃん達の仕業だろう。確か“アッチ”でも最初の頃はそう呼ばれていたと記憶している。だけど、もう一つの魔獣狩りというのがイマイチよくわからない。わざわざ分けているってことは、犯人は別だってことなんだと思うけど。

 

「それってつまり、事件を起こしてる人達が二組いるってことですか?」

 

「ええ、まだ確定ではないけどね」

 

 私の疑問の声に頷いたのは、リンディさんだった。

 リンディさんはエイミィさんに目配せし、私達の前にいくつかのモニターを表示させる。

 そこに映し出されたのは事件の被害にあったと思われる、リンカーコアを抜かれた魔導師や魔獣達の映像。正直、見ていて良い気分になる代物じゃなかった。実行しているのが自分の知り合いであることやそれを知っているのに自分が何もしていないことも、その気持ちに拍車をかける。

 死人は出ないから問題ないなんてとてもではないけど、この映像を見ながらは言えそうになかった。でも、だからこそ、私はこの映像から目を逸らすわけにはいかない。

 

「なのはさん、何か気づいたことはあるかしら?」

 

 眉間に皺を寄せ、小さく唇を噛んでモニターを見つめる私にリンディさんがそう問いかけてきた。向けられるその視線は労わるような優しさに満ちたもの。多分、私が被害にあった人達を見て心を痛めていると思ったのだろう。そして、思いつめないように私に話を振ったんだと思う。

 だけど、その気遣いが今は心苦しかった。居た堪れなさがふつふつと胸の奥から湧いてくる。だって、私が感じている想いは純粋なものじゃなくて、きっと罪悪感から来ているものだから。

 

「……傷口の種類というか、多分使用した魔法が違っていると思います。一つは実体剣による炎熱系の斬撃と鈍器に近い武器による打撃魔法を使用したと思われるもの。そして、もう一つが電気系の射撃や魔力刃による斬撃魔法と炎熱系の砲撃魔法を使用したもの。モニターの映像を分類するとしたら、この二つに分かれると思います」

 

 そんな後ろめたい気持ちを抱えたまま、私は映像を見て気づいたことを淡々とした口調で述べていく。前者はヴィータちゃん達によるもの。そして、恐らく後者は“あの子達”によるものではないかと思う。勿論、確証は使われた魔法くらいだ。だから、私の直感でしかないと言ってもいい。でも、不思議とそれが間違っているとは思えない。

 

「なんというか、流石ね。ええ、そうなの。どちらも魔力の源、リンカーコアを奪っていることは共通しているわ。だけど、使っている魔法が明らかに違っている。まだ詳しい事はわかっていないけど、使っているデバイスから推測すると、昨日なのはさん達を襲ったのは前者のグループによるものね」

 

 私の意見に僅かに呆れたような表情を浮かべたリンディさんは、自分の見解を口にした。自分でもちょっと言い過ぎたかなと思ったが、口に出してしまった以上もうどうしようもない。それに私はそういう子なのだと思われていた方が色々とやりやすくもある。そんな言い方をすると何か暗躍してるみたいな気がして、また気が重くなるけど、実際それに近いのだから甘んじて受けとめよう。

 

「クロノ。もう一つのグループについて、他に何か情報はないの?」

 

「残念だけど、なのはが言った以上のことはまだ殆どわかっていない。元々起こした事件の数も少ないし、何よりそっちは魔導師との交戦記録がないから情報が少ないんだ」

 

 フェイトちゃんの問いにクロノ君は渋い表情を隠さないまま、そう答えた。

 確かに魔導師との交戦が一切なければ、得られる情報はかなり限られてしまうだろう。魔導師なら証言も聞けるし、デバイスが壊されなければ記録だって残るけど、魔獣だけを相手にしているのであればそうもいかない。

 

「ただ、気になる点も幾つかあるの。一つはこの魔獣狩りが始まったのがなのはちゃんが墜とされた直後からだってこと。そして、もう一つが全部地球から一度から二度の転移で行ける世界なこと。あと、前になのはちゃんが話してくれた襲撃者達の使用魔法と類似してもいる」

 

「それってつまり、前になのはを襲った奴らが犯人ってことかい?」

 

「飽く迄もまだ可能性の話だから、推測の域は出ないんだけどね」

 

 エイミィさんは軽い感じでそう言っていたが、エイミィさんを含めクロノ君やリンディさんも半ばそれを確信している様子だった。そして、私もそれは当たっていると思う。だけど、同時に疑問に思うこともあった。あの子達がリンカーコアを集めている理由がよくわからないのだ。

 もしかして、ヴィータちゃん達に協力しているのだろうか? だとすれば、かなり厄介なことになっていると言える。ヴィータちゃん達にあの子達を含めると人数は七人。最悪、並じゃない魔導師が七人も敵に回ることになる。

 

「この二組が共犯しているってことはないんでしょうか?」

 

「その辺もまだ何とも言えないのよねぇ。勿論、可能性はゼロじゃないんだけど」

 

 私の質問にリンディさんは小さく溜め息を吐いて、首を横に振った。

 そんな彼女の様子を見ながら、私は最悪の事態を想定しておこうと心に決める。

 こうしてリンディさん達が私達に詳しい話をしてくれる所をみるに、事件の担当はアースラになったのだろう。となるとこっちの戦力はクロノ君にフェイトちゃんとアルフさん、ユーノ君と私、それに武装局員が何人か。……やれないこともないと思うけど、やっぱり少し厳しいかもしれない。

 

「まぁ、これ以上推測で話を進めてもあまり意味はないわ。というわけで、本題に入りましょう」

 

「本題?」

 

「ええ、現在整備中のため暫くアースラは使えません。そこで私達、アースラクルーは地球に拠点を置くことにしました。なのはさんの護衛も兼ねて、ね」

 

「私の護衛、ですか?」

 

 一応、不思議そうに首を傾げてみるけど、その理由は大体想像がついていた。

 今は本局にいるから襲われる心配はないけれど、地球に戻ればどうなるかわからない。

 それに私ははやてちゃんのことを知っているのだ。寧ろ何もない方が不自然だと言える。

 

「偶然かもしれないが、君は地球で二度も襲われている。そして、その犯人はまだどちらも捕まっていない」

 

「……また、なのはが襲われるかもしれないってこと?」

 

「ああ、その可能性は高いと思ってる。奴らの狙いは魔力だ。負傷している上に魔力量の多いなのはは格好の標的だろうからね」 

 

 クロノ君の言うとおり、今の私は完全にカモネギ状態。フェイトちゃん達が護衛をしてくれていても、ヴィータちゃん達に狙われる可能性はかなり高い。しかも、あの三人組を探すという個人的な目的もある。本当、ベッドでうーうー言ってる場合じゃないね、これ。

 

「なのは……」

 

 フェイトちゃんが心配そうな表情で私を見つめてくる。その表情のとおり、彼女は本気で私のことを案じてくれているのだろう。まぁ、友達が二回も襲われて怪我ばかりしてたから、心配にもなるよね。私だって逆の立場ならきっと同じようになると思う。

 

「心配しなくても、大丈夫だよ。フェイトちゃん」

 

 包帯だらけでベッドの上にいる私がそんなことを言っても、多分説得力はない。だけど、それでも私はフェイトちゃんへ笑みを向けた。少しでも、彼女の不安が小さくなるように。そして、自分自身に発破をかけるために。

 

「私はもう絶対に負けないから」

 

 やらなくちゃいけないことも、考えなくちゃいけないことも、沢山ある。

 本当にこれから先は忙しくなるとも思う。でも、私は絶対にやりきってみせる。

 ――――たとえ、この先に何が待っていようとも。 

 



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