不老不死の氷噺 (アンフェンス)
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プロローグ

気が付いた時には手遅れだった。

明け方、もともとは家が建っていたと思われる焼け野原で一人たたずんでいた。

自分の周りには沢山の人の死体があった。

その死体の殆どがまた次の日の朝が来ることを疑っていないような、そんな寝顔をしていた。

例外と言えば家の前や周囲で護衛をしていた人ぐらいか。

家の中に会ったものは皆焼けていて、修復はおろか元々なんだったのかすらわからないレベルであった。

勿論それは自分自身にも言えることで。

自分の肉体こそ傷ついてはいないものの、それを守っていた衣服はもう焼けてしまっていた。

だからこそ今は箪笥の奥深くに埋まっていた仕え人用の服を身にまとっている。

 

さて、これからどうしようか。

 

この家が燃えてしまったことは事実だし、それはもう近所中に広がっているだろう。

いくら主が少し前に亡くなったからと言って大きな屋敷が一晩で燃えるのにはとても大きな火が必要なのだから。

それを目撃した人がいてもおかしくはない。

むしろいないほうがおかしいのである。

だからそこでたった一人取り残された自分が存在することが目撃されるのはまずい。

いくらこの家の跡取り候補とはいえ、たった一人の生還者なのだから。

でもこれからのことを考えてないのは事実であって。

ここで死ぬ予定が狂ってしまったのだからしょうがない。

恐らく今の自分は死ねない体になっているのだろう。

だったらあの道士に頼むのも一つの手かもしれないし、そうするのが一番だと自分でも理解している。

だがここで自分がそこに向かったら彼女の決意を踏みにじったと誤解されるかもしれない。

それだけは何とも避けたい。

だからこそ自分はここを離れよう。

少なくともここに住んでいる人たちの目に触れないような距離まで。

そうして老衰でも何でもいいから死ねる時が来るまでゆっくりと過ごそう。

そう決めたなら話は早い。

確か少し北の方にここと似た盆地があるという話だし。

そこまで移動してから過ごすところも考えよう。

決意した自分は軽く地面を蹴る。

たったそれだけの事なのに自分の体は宙に浮いていた。

宙に浮いた体は自分の願った通りに動いていた。

成程。

やっぱり自分はもうただの人間ではないのか。

それならば。

ついでで長く共に過ごして馴染んだこの苗字にも別れを告げよう。

この姓を持つ『人』はここにはもう存在しないのだから。

さようなら、『物部』の姓を持つ人々。

自分を育て、自分が壊した大切な人々。

 

 

 

 

 

よくよく考えれば、この時の自分は逃げたかっただけかもしれない。

幼馴染と昔交わした約束から。



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第一章 『幼馴染、物部布都』
第一話


俺の朝は日の出とともに始まる。

自室に差し込む朝日の光で目を覚ました俺はいつもの通り井戸で顔を洗っていた。

 

「おはよう、良喜。今日も早いね」

「おはよう、母さん。今日はもう起きて大丈夫なの?」

 

顔を洗う俺に声をかけてきたのは俺の母親。

小さいころに兵役か何かで亡くなった父親の分まで愛情を俺に注ぎこんでくれた大事な人だ。

母は覚束ない足取りで井戸のそばに置いてある椅子にたどり着くとそこに腰かける。

それと俺が桶一杯になるまで水を注いだのはほぼ同時であった。

桶一杯の水に手拭いをくぐらせて母に手渡すと、母は申し訳なさそうに謝ってきた。

 

「ごめんね、ここまでしてもらって」

「いや、いいよ。寧ろ言ってくれれば部屋まで水を運んでやったのに。母さんは体の調子が悪いんだから」

「こうして少しでも歩かないともっと悪くなっちゃうもん」

「歩いてけがするほうが俺には恐ろしいんだけどな」

 

さっきの会話から分かる通り、俺の母は数年前から体の調子が悪く、歩くのもやっとという状態だ。

そのため食事等の普段の行動は侍女などに任せっきりである。

それなのに、毎朝のこの洗顔だけは俺でこの井戸のそばに来て行うのだ。

…まぁ、これが俺の手一つで育て上げた愛息子の姿が見れる唯一のタイミングであるからこそだろう。

それを俺が理解しているのを分かっているのか母は毎朝俺の洗顔に合わせて来るのである。

 

「それで今日は何をするつもりなのかしら?」

「布都の家に呼ばれたからそこに行くつもりだよ」

「久しぶりに布都ちゃんに会いに行くのね」

「そんなんじゃない。ただ単に布都の父親に呼ばれたから行くつもりだ」

「ふふ。今日帰ってきたら布都ちゃんの様子を報告してね」

「ああ、分かった」

「あら、やっぱり会うつもりじゃない。しかも父親に呼ばれたのにね」

「どういう意味だよ、母さん」

「二人の仲はもう公認の仲じゃないのか、という意味よ」

 

母の言った言葉に俺は反論する。

 

「…ただの幼馴染だよ。腐れ縁という仲に過ぎないな」

 

ただその反論も母の前では張子の虎に過ぎないようで。

 

「頬を染めながら目をそらして言っても説得力はないわよ」

「…うるさい」

「精々頑張りなさいよ。応援しているから」

「…ありがとう」

 

 

 

 

 

そうして昼。

呼ばれた時間に呼ばれた場所に行くとそこには一人の男性が立っていた。

 

「来たか、良喜」

「お久しぶりです、おじさん」

 

その男性は今日俺を呼びつけた張本人。

一応この国をまとめる重役についている人である。

そんな人を『おじさん』呼ばわりして問題はないのかって?

寧ろおじさん呼ばわりしないと怒られるからそう俺は呼んでいる。

尤も、小さいころからそう呼んでいたからそうしないと違和感が残るのも事実ではあるが。

 

話は飛んでしまったが、おじさんは俺を家の中へと案内してくれた。

その後をついていくとおじさんが唐突に話しかけてきた。

 

「君の母親の体の具合はどうだ?」

「変わってませんよ、全く」

「そうか。それで君自身はどうなんだ?」

「俺ですか?何も変わらず、平々凡々とした生活を送ってます」

「それは僥倖だな」

「ええ。変わらないことは素晴らしいことですから」

 

そんな話をしていると客間についた。

促されて席に座ると対面に座ったおじさんが口を開いた。

 

「良喜。単刀直入に言おう。自分は君を養子に引き取りたいと思っている」

「それは、随分といきなりな話ですね」

「いや、この話は結構前から君の母親との間で上がっていた話なんだ」

「俺は何も聞いてないですけど」

「言わないよう頼んでいたからな」

 

母よ。こんな大事なことは息子にそれとなくでもいいから言ってくれよ。

頼まれたら断れない性分なんだろうけどさ。

 

「それで、なんで俺なんかが?」

「君には今の人には考えられないような発想を行うことがたびたびある。それを買ってのことだ」

 

そういうおじさんの目はとても鋭い。

まるで、採用試験の面接官が優秀な人材に向ける目のように。

なんとしてでもこの人材を自分のところに引き込もうとする、そんな目だ。

その視線を向けられるに値しない俺はその誘いを断ろうとする。

 

「言うほどできた人間ではありませんよ。失敗ばかりしますし」

「失敗なぞいくらでもする。それを取り戻そうとする気さえあればいいんだ」

 

どうしてもおじさんは俺引き込みたいらしい。

その証拠におじさんはこんなことを言って来た。

 

「それに、お前が養子になることに布都は大賛成みたいだぞ」

 

ああ、外堀は埋まっていたのか。

その名前を出されたからには白旗を上げざるを得ないだろう。

 

「分かりました、おじさん。その話乗りましょう」

「ありがとう。恩に着る」

 

そのあと、おじさんとゆっくり話を詰めた。

話をある程度詰め切った後に屋敷の中を歩く。

その目的地はある幼馴染の部屋。

 

「布都、遊びに来たぞ」

「良喜!父上との話はもう終わったのか!」

 

扉を空けながら話しかけるとその部屋の主は俺に抱き付いてきた。

彼女の名前は物部布都。

俺の数少ない幼馴染の一人である。

 



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第二話

 

「布都、ちょっと落ち着けって」

 

抱き付いてきた布都をなだめながら俺の体から引きはがす。

少し不満そうにした彼女であったが、おとなしく離れてくれた。

 

「それで、父上との話はもう終わったのか?」

「ああ。無事終わったからここに来たところだ」

「どんな話をしていたのだ?」

 

口ではそんな風に聞いては来るが、体はそわそわとせわしなく動いている。

おそらく彼女は今日何を話すのかおじさんにでも聞いたのだろう。

そうだとしても彼女は俺自身から聞かなければ気が済まない性分である。

長年の付き合いだ、それぐらいわかる。

 

「ここの養子にならないかという話だ」

「それで、良喜はどう答えたんだ?」

 

ここにいることが何よりの答えだと知ってるくせに。

それに付き合う俺も俺だが。

 

「養子になることで同意したよ。一週間もしないうちにこの家に来ることになるな」

「ほんとか!?これで良喜といつも一緒にいれるな!」

「…またお前は気恥ずかしいことを堂々と言う…」

 

俺がつぶやいた言葉はおそらく布都には聞こえてないだろう。

聞こえてないことを前提として布都に答えた。

 

「ああ。昔の約束をこれで守ることができるな」

「いや、むしろこれからだぞ。なんせ、『ずっと一緒に』いるからな」

「バカ言え。お前が嫁がない限りそれは可能な話だ」

「へ?我は良喜以外には嫁ぐつもりなどないぞ?」

「そいつは…無理な話じゃないのか?俺、ここの養子だし」

 

俺の言葉にしばし考え込む布都。

いきなり黙った彼女に怪訝そうな顔を向けるといきなり彼女は声を出した。

 

「なら一時的にそれをやめればいいじゃないか!そうすれば解決だな」

 

彼女の発言にただただ俺は唖然としていた。

彼女の奇想天外な発想にもだが、そんな発想をしてでも俺と添い遂げたいという思いに驚いていた。

そんな思いに答える言葉が思いつかなかった俺は思わずある行動をとっていた。

 

気付けば布都の肩に手を置き俺の方に引き寄せた後、その手を彼女の後ろに回していた。

 

「ふぇ!?いきなりどうしたんだ、良喜!?」

 

布都が慌てたように俺に聞いてくる。

大丈夫だ、俺自身よくわかってない。

というか、さっき自分から抱き付いてきたくせになにを動揺しているんだか。

 

「なんとなく。布都に抱き付きたかったからじゃないかな?」

「あ、うー、えへへ…」

 

彼女の幸せそうな声に理性が壊れそうになる。

これ以上こうするのはまずいと判断した俺は彼女を抱く腕を緩めた。

彼女は不服そうにこちらを見ながら言った。

 

「いきなり抱き着いたと思ったらいきなり放して。何がしたいんだ」

「そんなことをさせるような布都が悪い」

「わ、我のせいなのか?」

「そうだ。あんなことを言われたら誰だって皆あーする。俺だってそーする」

「あんなこととは何だ?我はなんか変なことを言ったのか?」

「言った言った。超言った。普通の人では考えつかないようなことをな」

「ならそのことを言えばまた抱き付いてくるのか?」

 

彼女の問いの意味が分からなかった俺は迂闊にもそれを聞いてしまった。

 

「どういうことだ?」

「良喜に抱き付かれるのは悪いことではないからな。むしろうれしいことだ」

 

笑顔でそんなことを言って来た布都に思わずデコピンをした俺は悪くないと信じている。

もう一回抱き付かなかっただけましとしよう。

 

 

 

 

「もう夕方か。最近は日が暮れるのが早いな」

 

布都と話していると気が付けば空が赤く染まっていた。

 

「今日は泊まっていかないのか?」

「母さんに今日は帰ると言っているし、もう帰るよ」

「そうか。それならば仕方ないな」

「それじゃ、また今度な」

 

そう言って立ち上がった俺を布都が呼び止めた。

 

「あ、良喜ちょっと待っててくれ」

「どうした?」

 

振り向いた俺に布都が抱き付いてきた。

これだけなら今までも何度かあったことだが、今日の布都は一段と違っていた。

 

なんと、自分の唇を俺の唇に押し当ててきた。

 

所謂キスをしてきた彼女は真っ赤に染まった頬を隠すことなく言って来た。

 

「それじゃ、またな」

「あ、ああ。またな」

 

あまりの恥ずかしさに逃げるようにして俺は家へと帰った。

 

 

 

 

「それで逃げてきたの?」

「…はい」

「意気地ないわねぇ。そこはもう一回抱いてし返すところじゃない」

「いや、それは恥ずかしさでこっちが死ねるから」

「やっぱり、意気地なし」

「はい、おっしゃる通りです」

 



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第三話

 

俺が養子になってから数週間が経過した。

この数週間でわかったことの一つに物部家の強情さと貪欲さがある。

親は親で俺を後継者にするための準備を着々とおこなっており、子は子で俺を婚約者にする準備を綿密に行っている。

そのせいか俺は早くも物部家の世話人から若様などと呼ばれるようになっていた。

 

「若様、おはようございます」

「ああ、おはよう」

 

この屋敷に住み始めてからも続けていた朝の洗顔を行っていると朝食の準備かなんかで水を汲みに来た世話人に話しかけられた。

 

「若様は今日は何をされる予定ですか?」

「今日は久々に何もないから実家に帰る予定だな」

「成程。若様の母上に会いに行くというのですね」

「最近全く会えてないからな。いい加減元気な姿を見せてやりたいと思っていたところだ」

「それはそれは。孝行息子をもってさぞかし幸せな母上でしょう」

「よせやい。照れる」

「若様って案外照れ屋さんですよね」

「るせぇ。ほら、さっさと仕事をしに行けよ」

 

からかってくる世話人に水の入った桶を向ける。

 

「へぇへぇ。水をかけられないうちに退散しますか」

 

俺が何をするのか分かったのか世話人はさっさと退散していった。

息をついた俺はただ何となく顔を洗う作業に戻った。

 

 

 

 

久しぶりに母と再会した夜。

母の提案に乗る形で久しぶりに実家で一晩過ごすことになった。

昔自室として使っていた部屋で寝ていると、人が一人近づいてくる足音がした。

足音は扉の前で止まるとそこから全く音を出さなくなった。

 

「誰だ?」

 

このままではらちが明かないと思った俺はその足音の主に向け声をかけた。

相手はこちらが声をかけるのを予想していたかのように詰まることもなく声を返した。

 

「わけあって名は名乗れませんが、少なくともあなたに危害を与える気はありません」

 

…女性の声?

このご時世に女性が一人で男性の部屋を訪ねる--正確には部屋の前で止まっているが--ことはほとんどないため、俺は相手の意図を読めずに押し黙った。

俺の沈黙をどうとらえたのか分からないが、その声はしばらくすると声を続けた。

 

「いきなり睡眠中のところを押しかけてきて危害を与えないとは理解できないでしょうが、そこは信じてください。私はあなたを勧誘しに来たのです」

 

違う、俺が驚いたのはそこではない。

本当はそこを指摘したいのだが、それよりも気になるワードが彼女の言葉にあったので、そっちから話を聞くことにした。

 

「勧誘…?お前がどこの氏族に所属しているかは知らないが、俺のことを調べているはずだろ?なら俺がどういう状況かくらいは把握しているだろ?」

「ええ。あなたが物部家の養子となって数週間がたち、今ではもうすでに若様と呼ばれていることは既に知っています」

「そこまで把握しているなら俺がその誘いに乗るわけがないと分かるはずだが?」

「いいえ。私はあなたが人間、しかもこのはずれの島国という小さいところでどの勢力として生きていくかは全く問題にしていません」

「ならお前らにとって重要なことってなんだ?」

「私にとってはあなたみたいな素質のある者が人間のまま人生を謳歌しようとしているのが問題なんです」

「人間のままだと…?つまり、お前らは俺を人間以外の何かにしたいのか?」

「察しがいいようで助かります。私はあなたを仙人にするためにここまで来たんです」

 

仙人とはずいぶん大きく出た話だな。

でも、彼女の言っていることをまとめると俺には仙人になる素質があるということなのか?

 

「何だって俺が?俺は、自分で言うのもあれだがごく普通の人間だぞ?」

「いいえ。あなたは普通の人間ではありません」

 

これ以上ないほどに綺麗に返された。

そして真っ向から否定した彼女は理由を訥々と話し始めた。

 

「あなたは自分自身の父親がどんな人か聞いたことはないでしょう?あなたの父親は実は仙人だったのです。そして彼はあなたが幼いときに死神に命を狩られてなくなっています」

「まてまて。いきなり急展開しすぎだろ。父さんは幼いころに戦いで亡くなったって聞いてるし、仙人だなんて母さんはそんなこと言ってないぞ」

「それはだって言ってないですから。むしろあなたを仙人から遠ざけたかったからあえて言わなかったかもしれません」

「じゃあなぜその遠ざけたかった仙人が今ここにきている?」

「見つけたからです。いやあ、ここまで誰にも悟られずに来るのは大変でしたよ。物部家でしたっけ?あの屋敷の警備がすごくてすごくて。今日やっと接触できたんですから」

 

微妙に答えになっていない返答を聞きながら俺は絶句した。

出生に関する秘密とか、仙人が狙っていたという事実とか、いきなりすぎて脳がパンクしていた。

そんな俺の状態を察したのか、彼女はこんなことを言って来た。

 

「流石に一度にたくさん言い過ぎましたね。今日明日で返事をよこせとは言いません。それこそあなたが隠居してからでも構いませんので」

 

ではお達者でと言うと彼女はどことなく消えていた。

色々ありすぎて這う這うの体の俺は何もかも忘れて眠りにつくことにした。

 

 

 

翌日。

仙人に会ったことを母に話すと、鬼のような形相でその仙人を狩りに行くと言い始めたので必死に止めた。





ちょっと急展開だったかもしれません。


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第四話

 

衝撃の来訪から早数カ月。

あれ以来時々訪れてきた仙人は来るたびに勧誘をしていった。

彼女の勧誘にいい加減うんざりしてきた俺はある時、こんな返答をした。

 

「隠居したら考えてやる。だからそれまでは不可侵ということにしておいてくれ」

 

彼女はその返事を聞くと北の盆地で待っていますとだけ言い残して去っていった。

今思い返せばなんとまあ愚かな返答をしてしまったんだろうとその時の自分を殴りたくなった。

 

 

それがほぼ一カ月前。

 

 

今の目下の悩みは目の前に突然現れた一人の客人であった。

 

「物部布都と良喜だな」

「誰だ、あんた」

 

布都と二人で遊んでいると突然その客人は現れた。

客人はケモ耳にも見える特徴的な髪形に、ヘッドフォンのような耳当て、時代錯誤も甚だしいマント、そして腰にはきらびやかな宝刀という特徴的過ぎる不審者であった。

しかしその不審者は俺の誰何に一切動じずに答えた。

 

「豊聡耳神子だ。それでおぬしらは布都と良喜で間違いないのだな?」

「違う、と言ったら?」

「違っているはずがなかろう。こういったことはお約束というものだ」

「そうか。ならその二人で会っているよ」

 

こんな不審者を通すだなんて門番は何をやっているんだと思いつつ返答する。

不審者は不審者で何かを探すように辺りを見渡しながら俺と布都に話し始めた。

 

「ふむ。時間もないことだし早速話を始めよう。今回私は君たちにある提案をしに来たのじゃ」

「提案…?」

 

俺の隣で布都がつぶやく。

対する俺は数カ月前に聞いたようなその単語に眉をひそめるのであった。

 

「君たち、私とともに人の可能性を追求してみないか?」

 

あ、これあかんやつだわ。

そう思う俺とは対照的に布都はその話に食いついた。

 

「人の可能性とな!?それはつまりどういうことだ!?」

「君は興味があるようだな。人の可能性とは、つまり人はどこまで高みに上り詰められるかということだ」

「つまり、人がどれほど素晴らしいものになれるかということじゃな!」

「理解が早いようで助かるよ。と言う訳で君たちは我と同じ尸解仙となって永久の研鑚の時を積もうではないか!」

「結局仙人のお誘いかよ!!」

 

なんと、不審者の正体は仙人だったのだ!

前世の頃に持っていた仙人に対する憧れとか、イメージとかがぶっ壊れていくのを感じながら俺は叫んだ。

 

「なんですか、俺を仙道に誘うのが今仙人の間でブームになっているんですか!?」

「はて、私はただ単純に今の有力者の跡継ぎを誘っているだけに過ぎないのだが。他からお誘いが掛かっていたとは、とんだ拾い物をしたものよう」

「何故そこで俺が尸解仙になることを前提として話をする!俺は隠居後ならともかく、それまでは普通の人として生きていくつもりだぞ!」

 

不審者に真っ向から叫ぶ俺。

その会話で気になる点があったのか、布都がつぶやく。

 

「有力者の跡継ぎとな?それはつまり蘇我氏の跡継ぎも誘っているということか?」

「そうだな。蘇我氏の跡継ぎはかなり肯定的な返事をくれたぞ」

 

その言葉を聞いた布都の目が輝く。

この後言われることを察した俺はあきらめた表情で彼女の顔を見た。

 

「こうしてはおられぬぞ!早く我らもそのしかいせんとやらにならないとな!」

「いやまだ蘇我氏の跡継ぎが尸解仙になったかどうかは分からない話だし、そこまで急ぐ必要はないんじゃ?」

「ならなおさらじゃ!相手がなる前にこっちが成ってより上へといくのじゃ!」

 

ほら、神子殿からも言ってくれ!と布都は不審者に助けを求める。

助けを求められた不審者は俺をこんな言葉で勧誘し始めた。

 

「どうせ君はそのうち仙人になるのだろう?なら今のうちに修行を積んでおくと後々楽になるぞ」

「神子殿もそう言っているしな!一緒に修行をしようぞ!」

 

二人からの攻めに俺はなすすべなくうなずかざるを得なかった。

 

本当、愚かな返答をしてしまったなあ。



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第五話

 

仙人の修行とは体のいい使い走りである。

師匠に当たる人物からあれをしろこれをしろと言われるのに耐えつつもそれをこなすことが修行になっている。

仙道の考え方の一つに人生皆修行という考えがあるのかと疑問に思うレベルで様々なことをこなすのが仙人の修行だ。

 

 

その日の俺は修行の一環であることをしていた。

 

薪をかまに放り込み、息を吹き込んで炎を燃えあげさせる。

この火を絶やすことなく、かつ必要以上に大きくしないのが今日の修行だ。

これは意外と厳しいものである。

熱く燃え上がる炎の前で決してそれから目を離さずに的確な判断を下さなければならない。

神子が「これは忍耐力、判断力、耐久力が付くいい修行だ」というのも頷ける。

 

ただ、なんというか。

俺はこれをかれこれ一時間近くやっているわけで。

その間とある人物が動く気配がないわけで。

その人物の安否が非常に心配になるレベルで動きがないわけで。

いい加減何かしらのアクションを起こしてほしいわけですよ。

ねぇ、神子。

 

あんたちょっと長風呂すぎません?

 

 

その後、十分もしないうちに神子は風呂をあがった。

彼女が上がったのを確認した俺は風呂釜の火を消し薪を片付けた後に、風呂釜を冷水で冷やしてからそれを洗った。

風呂釜を洗ったことを神子に報告すると彼女は気持ちのいい笑顔でこうのたまった。

 

「いやぁ、君が焚いた風呂があまりにも気持ち良すぎたもんだからつい風呂の中でウトウトしていたよ」

 

習いたての仙術で彼女を攻撃しようとした俺は悪くないと信じている。

 

因みに布都がこの仕事をやるとついつい炎を大きくしてしまうとか。

熱い風呂は熱い風呂で気持ちがいいものだと神子は言っていたが、どう見てもやせ我慢でしかないのは真っ赤に染まった肌から分かる。

だからかも知れないがこの仕事はもっぱら俺がするようになった。

 

 

ある日。

神子は俺と布都を広間に集めた。

神子の後ろには一人の少女--多分俺らと同い年ぐらいだろう--が控えており、彼女は心ここにあらずと言った様子できょろきょろしていた。

そして唐突に神子は話し出す。

 

「彼女の名前は蘇我屠自古。これから一緒に修行する仲間になるからよろしく頼むぞ」

 

屠自古と言った少女は俺らに向かって自己紹介した。

 

「蘇我屠自古という。これからよろしく」

「物部良喜だ」

「物部布都じゃ」

 

そして布都と屠自子は睨み合い始めた。

睨み合った二人は互いに暴言を吐き始めた。

 

「ときに、屠自古殿。我は主がなんか気に食わないのでのう」

「そっちもそうか。私も貴様があまり気に食わないのだ」

 

これを皮切りに二人は互いの悪口を言い合い始め、それはだんだんエスカレートしていった。

仕舞には互いに取っ組み合いのけんかを始めた。

 

「良喜、あの二人は初対面だよな?」

「はい、俺も布都も屠自古には会ったことがないはずです」

「それであの仲の悪さか」

「…どうしましょうか?」

「…止めるしかないだろう」

「了解です」

 

何とか二人のけんかを止めたところで神子が二人に諭す。

 

「いいか。今からはあなた達三人で協力して修行に励むこと。決して互いに引きずりおろそうとか考えないように」

「「はーい」」

 

そういう二人の目は不満げだった。

そうして神子は本日の修行内容を伝えた後、俺に耳打ちをしてきた。

 

「二人の仲裁は任せる。放置してもいいし、一々止めに入ってもいいからな」

「分かりました」

 

 

 

その後、修行は順調に進んでいった。

布都と屠自古の二人は良きライバル関係になっていき、時には大喧嘩をするものの、基本的にはいい影響を与え合っていた。

こうしていざ尸解仙になろうというときのことであった。

 

夜、寝静まった物部邸で布都が俺の部屋に入ってきた。

彼女はいつもと違い決意に満ちた表情で俺にこんなことを言って来た。

 

「良喜、お願いがあるんじゃが」

「なんだ?」

「我が尸解仙になった後でいいから我が物部家を没落させてほしいんじゃ」

 

息が詰まった。

 

「我な、最近考えていたんじゃ。

 我が尸解仙になった後のこの家のことを。

 おそらくじゃが我は失踪扱いになる。これは蘇我家の方も同じじゃな。

 そうして残されるのは父上とおぬしの二人のみ。

 もちろん、おぬしが家を継ぐことになるじゃろう

 けどお主はあくまでも養子。決して本筋ではないのじゃ。

 このことに目をつける者もおるじゃろう。

 蘇我家をはじめとした敵対勢力はもちろん、身内からも。

 そうやって周りが敵だらけになるのは目に見えておる。

 しかも後継者が養子というレッテルだけならまだしも、加えて本家直属のものを失踪させたということまでついてくる。

 そんな敵意の波におぬしを放り込みたくないのじゃ」

 

布都はそう言い切った。

彼女の表情は見えないが、悲痛に満ちているだろう。

だから俺は彼女の頭をそっと抱き寄せた。

 

「大丈夫だって。俺らは強いから」

「でも!」

「だからいっているだろう。そういう心配はする必要ないって」

「分かってない!お主は人の醜さを全くわかってない!」

 

そういう彼女の目はとてもまっすぐだった。

俺のことをただただ心配し続ける彼女。

 

やっぱり、俺は布都には甘いんだなぁ…

 

「分かった。その願いは聞いた」

「本当か!?」

「本当だ」

 

どうしようもないほど甘いんだなぁ…

 





二人の選択が正しいのか間違いなのかで言ったらおそらく間違いでしょう。
だったら正解は何よと聞かれるとこれまた回答に困るものですが。


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第六話

いつもに比べてかなり短めです。


 

いよいよ布都と屠自古が尸解仙になる日が来た。

二人はそれぞれ自分の魂の拠り所とするものを持ってくる最中であるため、今儀式場には俺と神子しかいない。

何とも言えぬ雰囲気の中神子がその口を開いた。

 

「本当に、君はそれでいいのか?」

「どういう意味だ?」

「布都から話は聞いたよ。なんでも彼女と約束したって?」

「ああ、その件か。そうだ、俺と布都はとある約束をしたな。それで?」

「その約束の内容も聞かせてもらった」

「そうか」

「で、君はそれでいいのかとふと疑問に思っただけだ」

「俺はこれでいいと考えたからこうしただけだ」

「そうか…」

 

神子は興味なさげな返事をした。

他人の家庭の事情に首を突っ込むのもどうかと思ったんだろう。

そんなこんなしていると二人が帰ってきた。

布都が持っているのは皿、屠自古が持っているのは壺である。

尸解仙となる以上、その拠り所は丈夫なものであるべきだというのだから陶器という選択は妥当なところだろう。

 

…てか布都の持って来たあの皿って俺のじゃね?

 

「布都、その皿ってまさか…?」

「主のだが?もう使わないって言っておったじゃろ?丁度いいと思って持って来たんじゃが」

「うん、まあ確かにいらないとは言ったけど…」

「なら問題ないじゃろ?」

「ソ。ソウダネー」

 

論破された。

捨てるよりかはマシな有効利用であることは間違いないし、俺にも咎める理由もない。

…見なかったことにしよう、そうしよう。

 

 

 

ひと悶着はあったが、無事儀式は終わった。

死んだように眠る--実際に死んではいるんだが--二人の顔は幸福そのものであった。

二人の顔を見ていると後ろから声をかけられた。

 

「帰らないのか?」

「あと少ししたら帰るつもりだが」

「ならいい」

「それでこの二人の体はここでいいのか?」

「構わん」

 

そう言った神子は踵を返した。

部屋の入り口付近で振り返った彼女が思い出したように言う。

 

「ああ。そうだ…布都からの伝言がある」

「なんだ?」

 

立ち上がって俺は神子の方を見た。

外の光の影響で神子の表情はいまいち判別出来なかったが、彼女の声は悲しそうだった。

 

「『また一緒に暮らそうな』だ」

 

彼女は立ち去った。

俺はいまだ眠り続けている布都の顔をもう一度見た。

 

「…すまない」

 

彼女にキスを送り、俺は立ち去った。

 

 

 

 

 

その晩。

満月の晩であった。

 

物部家の人が眠りについたことを確認した俺は一人部屋を出た。

外に立っている見張り番をまず気絶させた俺は台所に向かった。

台所で油を確保し、それを主要な廊下にまき散らした後部屋に戻る。

 

そして部屋から火を放った。

 

煌々と火が燃え上がる様が部屋からも確認できた。

だんだんと熱くなっていく気温に意識がもうろうとし始める。

 

「ごめんな、布都。そして、------」

 

轟音と共に落ちてくる天井を見ながら呟いた言葉は掻き消された。

 

 

 

 

 

――――第一章、完

 



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第二章 『同居人、霍青娥』
第七話


 

新天地に来てからどれ位経過しただろうか。

迎えた冬の数が五十を過ぎたあたりからもう数えることをやめていた。

そう、五十年。

明らかにそれ以上の年月を過ごしたというのに俺の体に衰えはおろか、成長すら見受けられなかった。

まるであの日のままで止まってしまったみたいに。

どうやら最初に考えていた老衰で死ぬ事は出来なくなってしまったみたいだ。

老いる事も死ぬ事も出来なくなってしまったこの体は俺を閉じ込める牢獄みたいだ。

もしもこの体が牢獄だというならそこに囚われた俺は一体どんな罪を犯したんだろうか。

まぁ、心当たりがないわけじゃあない。

というか、これだと思う物ならいくらでもある。

今更償えもしないものがほとんどだけど。

 

 

 

晴れた日には畑を耕し、雨の日には書物を読む。

そしてその合間にトレーニングをする。

それが俺の最近のルーティンになっていた。

ある雨日、ルーティンに則って書物を読んでいた時のこと。

彼女は突然現れた。

 

「ごめんください、誰かいますか?」

 

正直な話、驚いた。

自分が今いる場所は山の奥深くにあり、そのふもとには人里と呼ぶのもはばかれるほどの小さな集落が点在するような場所である。

そんな辺鄙な地に人が訪れ、あろうことか自分の家に訪れる者がいるとは到底思えなかった。

そんな稀有な人間に対して少し興味を持った俺は返事をする。

 

「ええ、いますけど」

「よかったあ。すいませんが、しばらくの間雨宿りさせてくれませんか?」

「それならしばらく雨もやみそうにありませんし、中に入ったらどうですか?」

「本当ですか?ありがとうございます」

 

家の中に招き入れたその女性はこの時代には見受けられない服装をしていた。

その中でも特に珍しかったのが、

 

「簪…?」

「あら、これが何かわかるんですか?」

「ええ、それって簪…髪留めでしょう?」

 

そう、この時代ではつけている人がいるのかどうかと思うレベルで存在しないはずの装飾品である簪を彼女は着けていた。

彼女はそれを外してこちらに見せてきた。

 

「いい簪でしょう?私のお気に入りなんです」

 

俺は手渡された簪をじっくりと眺める。

確かにこの簪はとても美しい。

しかしその中に一つの違和感を覚えた俺はその違和感について彼女に問うことにした。

 

「この簪…何か術のようなものが入ってません?」

 

そう、俺がおぼえた違和感は仙術らしき何かがこの中に入っていたことだ。

俺の指摘に彼女は驚きを隠せていなかった。

 

「まぁ、わかるんですか?」

「なんとなくですけど…」

「分かるならそれでいいんです。さてはあなた仙人の類ですか?」

「もしもそうだといったならば?」

「どうもしませんよ。むしろ、新たな求道家と意見を交わしたいものですね。それで答えは?」

「残念ながら俺は仙人のなりそこないです」

 

そう吐き捨てた俺の言葉に彼女は目を丸くする。

そして少し思案をした後に出てきた言葉に今度は俺が目を丸くした。

 

「もしかしてあなた、神子が言っていた物部良喜じゃないかしら?」

「何故その名前を…?」

「やっぱりあたりでしたか。神子とは浅からぬ縁がありますのでそれでちょっと」

「あんたはいったい何者だ?」

「私?私は霍青娥と言います。神子に道教を教えたものです」

 

仙術は教えてませんけどね。と彼女は続けた。

 

これが俺とこの奇妙な邪仙との初邂逅である。

 



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第八話

短いです。


 

雨が上がった。

雨宿りという名目で俺の家にいた霍青娥はその腰を上げた。

 

「帰るのか?」

「そうね。用事もあるし、そっちの方に行くわ」

 

彼女は扉の前に立ちはしたが開けようとはしなかった。

まさかとは思うが扉の開け方が分からないのではないのか?

そう考えた俺は若干おこがましいかなと思いつつ声をかける。

 

「その扉、引き戸だぞ」

「あら、そうでしたか」

 

彼女はなおも扉に手をかけない。

不審に思ってみていると、彼女は簪を自分の頭から抜き取った。

術式が織り込まれたあの簪を。

 

「それじゃ、有意義な時間ありがとうございました」

「そりゃこっちのセリフだ」

 

俺の返答に少し微笑んだ彼女はその簪を扉に突き刺すように触れさせる。

すると扉に大きな穴が開いた。

 

「それが仕組まれた術式か?」

「ええ、痕跡を一切残さず穴を開ける優れものです」

 

成程な、という俺のつぶやきに彼女は満足そうに帰っていった。

 

 

青娥が帰った直後。

久々に人と触れ合うということを体験した俺は思わず息を吐いていた。

数十年ぶりの他人との会話は楽しく、疲れるものであった。

布団に身を投げ出した俺はそのまま眠っていた。

 

 

翌朝。

太陽が昇る前の頃。

目を覚ました俺は布団に対して違和感を覚えた。

それはまるでもう一人布団の中にいるような感覚。

昔、それこそ数十年前には結構な頻度で近くした感覚。

眠ったままの頭でその相手を注意した。

 

「布都?また俺の布団に入ってきたのか?」

 

勿論その注意の対象がいるわけがない。

そのことに気づいた俺の頭は急速に覚醒する。

慌てて掛布団を捲るとそこには予想通り一人の人が眠っていた。

その眠っていた人は予想外の人物であったが。

 

「芳香ぁ?まだ日が出てないでしょう?」

 

『よしか』というのは弟子か何かだろうか。

少なくともこの場にはいない人物の名を呟くその人は。

自慢の簪を机の上において気持ちよさそうに寝ている霍青娥であった。

 

取りあえず頭突きを一発。

その後、敷布団をテーブルクロス引きの要領で引き抜いた。

空中できれいな横向きトリプルアクセルを決めた後に地面に叩きつけられて漸く彼女は目を覚ました。

 

「いったぁ~い!いきなり何するんですか!」

「人の布団で寝ていて第一声がそれだとは盗人魂にもほどがあるなぁ、おい?」

「何も盗んでないのに…」

「俺の安眠を盗んだ」

「それは失礼しましたね」

「もう一発殴ろうか?」

 

彼女の発言にイラッとした俺は彼女の胸ぐらをつかんで身構える。

すると彼女は平謝りし始めた。

 

「ごめんなさいじょうだんですおんなのこにとってかおはいちばんたいせつなところなんです」

「まぁ、すぎたことだしもういいか」

 

彼女の態度にどこか冷めてしまった俺は彼女を放置して顔を洗いに行くことにした。

 

 

「それで、なんで俺の布団の中にいたんだ?」

 

朝食を囲みながらそう青娥に問いかける。

彼女はサラダを美味しそうに食べながら答えた。

 

「ちょっとあなたに興味がわいたから」

「あ?」

「だからしばらくの間同居することにしたの」

「は?」

「断ったらその『ふと』ちゃんだっけ?彼女に傷物にされたって言いに行くつもりだから」

「へ?」

「と言う訳でよろしくね」

 

神様。

逃げ道をください。

 



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第九話

 

奇妙な同居生活が始まってから何年たったのだろうか。

最初の頃はどうにかしてこの同居人を追い出そうと躍起になったがそのたくらみはことごとく失敗した。

半年たったころからもう追い出すのはあきらめて逆に開き直ってみたところ、なんか引かれた。げせぬ。

今ではもうおとなしく、この同居人との生活を送っている。

気分としてはルームシェアみたいなものだ。

だから間違いなんて起きてない、いいね?

 

 

朝起きたら裸の女性が隣に寝ていた。

まぁ、いつものことなのでとりあえず蹴とばしてから体を起こす。

大丈夫、俺の着衣は乱れていない。

蹴とばされた人が何か言ってきているがそれを無視して顔を洗いに外の井戸へと向かった。

 

朝食を食べた後は二人で農作業を行う。

同居人は見た目はか弱い女性ではあるが、仙人である以上は死神に対抗できるほどの力を物理的にも術式的にも持っている。

そのため彼女も農作業を手伝っている。

尤も、働かなかったらその農作物を食わせないだけではあるのだが。

 

適度な休息をとりつつ農作業をしていくともう夕方になっていた。

暗くなってから農作業をするのは面倒くさいうんぬん以前に危険なので農具を片付けて夕食の準備をする。

簡単な汁物とごはん、そして昨日取ってきた猪肉が今日の夕食だ。

 

「「いただきます」」

 

二人で手を合わせてから食事をとる。

料理を箸で突いていると同居人が声をかけてきた。

 

「そういえば良喜は自分の能力をどれぐらい把握しているのかしら?」

「突然どうした?」

 

いきなりの質問の意図が分からなかった俺は皿を置いて同居人の方を見る。

彼女もまた皿を置いており、こっちを見るその目は真剣であった。

 

「昨日の狩りを見て思ったことがありまして。あなたは一応ある程度の術は収めているんですよね」

「一応な。その気になればいつでも仙人になる程度には修行はしているぞ」

「仮にそうだったとして、なぜ昨日の猪狩りでは氷の術しか使わなかったんですか?」

「得意不得意っていうやつだ。俺は氷の術が得意なんだよ」

 

その言葉に嘘は決してない。

昔神子の下で修行していたころ、俺は氷系統の術式が得意であったのだ。

ちなみに一緒に修行した布都は炎の術が、屠自古は雷の術が得意だった。

 

「成程。それならなぜあなたはそんなに長い間過ごしているのですか?」

 

何故長生きしているのか?

何を今更。

俺が数十年という長い間生きている理由なんてこれしかないのは知っているだろう。

 

「死ねないからだ」

「そう。ならなぜ死ねないのか考えたことでもありますか?」

「知らねぇよ。なんかの手違いで尸解仙か何かにでもなったんじゃねえのか?」

 

彼女の質問にどこか俺はイライラし始める。

何か自分の奥底にある物を引きずり出されそうな気分である。

 

「いいえ。あなたが仙人になっているならとうの昔に死神がやってきていてもおかしくはないはずよ」

「あいにくだがその死神とやらには会ったことないな」

「でしょうね」

「何故それが分かる?」

「それはあなたのような人に会ったことがあるからにすぎませんわ」

 

俺みたいな人?

その答えを知ったら何か以前の自分に戻れない気がして。

けど知らなければ一生その疑問にとらわれる気がして。

逡巡の果てに俺が出した答えは。

 

「誰だ?」

 

答えを知るというものであった。

しかしその答えは俺の予想を軽く上回るものであった。

 

「芳香よ。キョンシーね」

 

…キョンシー…だと…?




次で二章もラストかなー?


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第十話

 

「キョンシー…?俺はそんなものになったつもりはないぞ?」

 

目の前の相手が言ったことが信じられず、俺は彼女に問う。

目の前の相手、つまり霍青娥はなんでもないように俺の疑問に返した。

 

「キョンシーというとすこーし語弊があるわねぇ…。あなた、『魂魄』ってご存知?」

 

『こんぱく』…コンパクトの新しい言い方なんだろうか…?

まぁ、戯言は置いておくとして。

 

「こんぱく…?いや、知らないな」

「魂魄というのは私の子今日では広く知られる理論よ。

 魂というのは主に魂という部分と魄という部分に分けられるという考え方よ。

 そしてそのうち魂の方が精神に結びついて、魄の方が肉体に結びつくというのが主な考え方ね。

 で、人は死ぬと魂が天に、魄が地に帰るという考えがあるわ。

 その死んだときに魂魄が帰らなかったのがキョンシーになるわ。

 帰らない、と言っても実際に残っているのは魄の方だけだから不完全な動きしかしないけど。

 ここまでは大丈夫かしら?」

「大丈夫だ。それでそのキョンシーと俺が一緒というのはどういうことだ?言っちゃあなんだが、俺は五体満足で関節もまともに動くぞ」

「結論を急いでもいいことはないわよ。

 ここで重要なのが『キョンシーは魂魄を不完全ではあるものの、その肉体に固定したものである』ということよ。

 肉体に固定されているからその体が滅びようとも魄の力によって再生されるわ。

 もちろん、肉体的な成長も起きないわ。

 魂がないからその行動に自我はないけど」

 

ここまで話して彼女は汁物をすする。

それにつられて俺も料理に手を付けるが、それらはもう冷めてしまっていた。

冷めてしまった料理に思わず顔を顰めるが、彼女は別の理由で顰めたと勘違いしていた。

 

「あら、理解できなかったかしら?」

「いや、問題ない。お前の話から察するに俺の体にも俺の『こんぱく』とやらが固定されているということか?」

「ご名答。

 あなたの体にはあなた自身の魂魄が固定された状態で宿っているわ。

 そういった術式を使っていないにも関わらずね。

 まるでその魂魄が肉体に()()()()()()()かのように」

「どうしてそんなことが分かった?」

「それはもう、私キョンシーを自作できる程度には魂魄理論は収めましたから。

 そして私は考えました。『どうしてこんな奇妙な人間がいるのか』と。

 そして聞いてみたら凍結系の術式が得意というんじゃないですか。

 もし、その凍結系が得意というのがよくある術式の得意不得意ではなく、もっと根本的なところに理由があるというのならどうだろうか?

 

 例えば、そうですね、『凍結させる程度の能力』とかいった能力持ちだとすれば。

 

 だとすれば簡単な話です。

 どこかのタイミングでその能力を使って魂魄を自らの肉体に凍結させた。

 その結果、不老不死になったとすれば、一気に二つの疑問が解消されるわ。

 『あなたが不老不死である理由』と『凍結系の術式が得意な理由』が」

 

でも、と彼女はこちらを見る。

その目に宿るのは好奇と疑問と恐怖の感情。

今までで初めて見た眼であった。

 

「例えそうだったとしてもそれをするのはとても困難な話です。

 私だってキョンシーを作るのにどれほど苦労したのやら。

 それを成し遂げるにはかなりの強い意志か鍛錬があったと思います。

 でもあなたはそういった鍛錬を全くしてこなかった。

 つまりあなたは何かをなしたくて長生き、というには語弊がありますね。

 不老不死という人を外れた化け物になったということです。

 

 一体、どんな望みがあったんですか?」

 

その時俺の脳裏に浮かんだのは一人の少女の笑顔。

再会を約束した彼女の笑顔であった。

 

「……」

 

答えない俺に目の前の仙人は小さく息を吐く。

 

「ま、答えられることを期待してした質問ではありませんし。答えにくいのなら答えなくていいですよ」

 

そういった彼女は冷え切った料理をに意識を戻した。

 

 

 

翌朝。

起きると隣に彼女の気配はなく、それどころか家やその周りにも彼女の姿はなかった。

そのかわり、机の上には一枚の紙があった。

拾い上げるとそこには彼女が書いたのであろう、一通の書置きがあった。

 

『良喜へ

 長らくお世話になりました。

 この度私は用事ができたので家から出ていくことにします。

 あなたの望みは分かりませんがそれが達成されることを祈っています。

 それでは。

 霍青娥より

 

 追伸

  あなたが山に引きこもってからかなりの時間がたったと思います。

  たまにはふもとに降りてみてはいかがでしょうか。』

 

 

「…余計なお世話だ」

 

その紙を捨てることはなかった。

 

 

 

 

 

――――第二章、完

 





主人公の能力、『凍結させる程度の能力』についての補足をば。

水分はもちろん、液体であるならばそれを固体にすることが可能である。
そうして固体にしたものは操ることができる。
またそうやって固体にしたものはその融点以下の温度をある程度の時間保っている。
この能力で凍結できるものは実在しているものに限らず、概念的なものを凍結させることが可能。
使い道が豊富な能力である。


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外伝一

今回は東方二次界隈ではそれなりに有名なキャラクターが出てきます。
彼女は東方project本編では出てきてないので外伝扱いです。


 

拒んだ少年と拒まれた少女は山の中で出会う。

その出会いが何を生むかは二人だけのお話で、二人にしかその出会いが影響を与えることはない。

 

 

霍青娥と出会って気付いたことがあった。

あまりにも人と接してない時期が長すぎる。

そのせいか彼女と会った時には会話に対して疲れたレベルである。

元々ここに引きこもっていた理由は俺を知っている人に会いたくないためである。

流石に数十年たってればみんな死んでいるだろう。

たとえ知っている人がいたとしても俺と同じ不老不死ぐらいである。

彼女の置手紙でもあったようにいい加減人に会うべきなのだろう。

誰が何と言おうが俺はまだ人間のつもりだから。

 

と思って山を下りていると一人の少女が倒れているのに出くわした。

その少女はどうもけがをしているらしく、足を押さえていた。

 

「大丈夫か?」

 

心配になった俺は彼女を助けようと声をかけて近づく。

俺の声に気づいたその少女はこっちを見るなり怒鳴った。

 

「私に近づくのを禁止する!!」

 

その瞬間、俺の足が凍り付いた。

決して彼女の声や剣幕に押されたわけではない。

例えるならば目の前に壁が現れたみたいであった。

このまま硬直していても埒が明かないと判断した俺は優しく声をかける。

 

「おい、足を怪我しているんだろう?」

「あんたには関係ない!とっとと帰ってくれ!!」

「足が動かないんだが?」

「嘘つけ、私から離れることはできるだろう?」

 

事実、彼女から離れることはできる。

ただ単に彼女に近づくことができないだけだ。

けど、ここで俺が引くことによって彼女が猛獣とかに襲われたなら目覚めが悪いという話だ。

 

「お前、ここで何している?」

「何を言っているんだ?あんたらが私をこうしたんだろ!?」

 

彼女、なんか勘違いしていないか?

 

「俺はお前のこと知らないんだが?自慢ですらないが俺はここ数十年人には一人ぐらいしかあってないぞ」

 

俺の言葉に彼女は目を丸くする。

しかしそれもつかの間。

すぐに彼女は敵意むき出しの表情に戻った。

 

「そんなこと言って私を退治するつもりなんだろ!あんたらの魂胆なんてすぐにわかる!」

「退治?お前は妖怪かなんかか?」

「違う!私はあんな化け物とかとは違う!」

「じゃあなんで退治されるとか言っているんだ?」

「うるさい!あんたはそれを知っているんだろ!」

「いや、お前の事情なんて知らないし」

「え?……」

 

ここまで来て彼女が落ち着いてきた。

何かぶつぶつ呟いているが、そのうちこっちにも心を開くだろう。

なら待つのが正しい選択だ。

暫くすると彼女はおずおずと聞いてきた。

 

「あんた、本当に私に会ったことないんだよね?」

「さっきも言ったろ?碌に人には会ってないって」

「それで退治に来たわけじゃないって」

「そっちの事情は知らないしな」

 

そうして彼女は考え込む。

暫く待っていると彼女はぽつりとつぶやいた。

 

「禁止しているのを解除する」

 

漸く彼女に近づくことが許されたようだ。

 

 

 

「半人半妖?」

「そう。私の両親は河童と人間。その子供として生まれた私は他種族の架け橋として生まれたはずだった」

「はずだった?」

「…そのうち私は人間でもなく、妖怪でもない半端物として扱われ始めた。そしてある日ついに私は妖怪として退治される対象になっていた」

 

人里に住んでいたからな、と彼女は乾いた笑いを浮かべていた。

 

「それで命からがらこの山に逃げ込んできたと」

「そんなところだよ」

 

その後は単なる身の上話になった。

人と会わないのはやっぱり寂しいとか、禁止する能力ってずるいとか、いやそっちの凍結する能力の方が汎用性高いじゃないかとか。

そんな話をしていると夕方になっていた。

彼女にどうするか聞いてみるとこう答えた。

 

「私もあんたを見習ってほとぼりが冷めるまで山かどこかに引きこもることにするよ」

「俺みたいに人と会話せずに気づけば百年とかなるなよー」

 

彼女は笑って手を振った。

 

そうそう、彼女の名前だが。

どうやら河城みとりというらしい。




今回出てきたキャラクターについて気になった方は某大百科で検索検索ぅ!
次回からは平安時代の話になります


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第三章 『護衛対象、蓬莱山輝夜』
第十一話


 

改めて自分が不老不死という人間とはかけ離れた存在になったことを理解した少年は久々に山を下りる。

そこにあったのは集落と呼ぶのもおこがましいほどの小さな村ではなく、碁盤の目状に整備された大きな都市であった。

そこで何でも屋として商売を開始した少年はとある護衛依頼を受ける。

その護衛対象は自分のことを月から来た不老不死であると自称した。

 

 

 

山を下りてから少しの時間がった。

麓に降りて真っ先に驚いたのはそこに都市ができていたことだ。

自分が生まれた時代、そこからの経過時間を考えるあたりここが日本だとするなら平安京だろうか。

碁盤の目状にもできているし、羅生門らしき大きな門もあったからそういうことなんだろう。

 

大きい街。

ここまで大きな街というのはこの時代の世界でも珍しいほうだったっけ?

まぁ、相対的な評価なんてどうでもいい。

ここまで大きくなっているということに気づかなかった自分が恥ずかしく思う。

あの仙人が俺に忠告してきたのもうなずける話だ。

 

 

「ちょっと、そこの兄ちゃん?」

 

門の周辺でそんなことを考えていると人に呼びとめられた。

その声のした方を向くと何やら大きな荷車を引いた集団がいた。

 

「俺のこと?」

「そうそう、あんた以外に誰がいる?」

「…そうだな。それで何の用だ?」

「助けてほしいんだよ。車輪が轍にはまってしまってさ」

 

見ると確かに荷車がきれいに地面に埋まっている。

それを押し出すのを手伝ってほしいとのことだろう。

…折角のいい機会だし、使わない手はないな。

 

「それならお安い御用だが、ちょっと取引と行こうか」

「…こちらとしてもタダでとは言わないが、あの荷物以外ならある程度のことなら飲んでやる」

「俺がこの都に入るための協力をしてほしいんだ」

「あぁ、成程。兄ちゃん、さては流浪の旅人だね?」

「そういったことじゃないんだが…。確かにこの都に入るのは初めてだ。だからここでの流儀とかそういったことを教えてもらいたい」

「それならお安い御用だ。兄ちゃんがこっちの護衛をする代わりにこっちが兄ちゃんの都入りの手伝いをするということでいいな?」

 

なんか条件がしれっと追加されているような気がするが、まあいいだろう。

下手に機嫌を損ねて困るのはこっちの方だし。

 

「了解した。あの荷車を出せばいいんだよな?」

「とりあえずは、だな。じゃ、早速頼もうか」

 

 

結果として荷車を取り出すことにはそこまで苦労しなかった。

今は一応護衛として雇われたためにその荷車のそばを歩きながら俺に話しかけてきた人と話している。

 

「しっかし、何を運んでいるのかと思ったら税だったはねぇ」

「だからこそこの荷物は渡せないのさ。自分らも首は惜しいからな」

「でも税を引き渡したら都観光ができるんだろう?役得じゃないか」

「違いない」

 

結論としては無事に引き渡すことに成功した。

途中で何回かこちらを狙おうとする人がいたのでさっきを少~しだして追い払ったぐらいか。

 

「そういや、結局何を税として提出したんだ?」

「金だよ、金」

「あぁ、成程」

「だからこそ都の中で護衛がほしかったわけだが、ちょうどいいところに兄ちゃんがいて助かったよ」

「普通クニで雇うもんじゃないのか?」

「道中で食われちまったんだよ」

「…すまん」

「この時代ではよくあることだから気にしなくていいよ」

「恩に着る」

「恩に着るのはこっちの方だけどねぇ。そうだ兄ちゃん。あんた、ここでどうやって暮らしていくつもりだ?」

「んー、まぁ。ぼちぼち考えるよ」

「考えなしと言う訳か。それならいい考えがあるんだが?」

「なんだ?」

「あんた、何でも屋として働いてみたらどうだい?」

「は?」

「兄ちゃんと話してて分かったんだ。『こいつ、ただものじゃない』って」

「ほう」

「ただのお人よしとは違ってこっちが飲める条件を提示してくる頭の回転の速さはもちろんだが。あんた、なんか牙か爪だか分からんが隠しているんだろう?」

「…隠しているのはお互いさまと言う訳だな」

「やっぱり兄ちゃん、ただもんじゃないね」

 

二人して互いに笑いあった。

 




新章突入。


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第十二話

 

何でも屋を開くのはどうか?

 

税を運んでいた人からの提案はとても合理的なものだ。

この街で暮らす以上、ここでの通貨を手に入れる必要がある。

通貨があるかどうかは微妙なところではあるが、それでも暮らすために必要な通貨の代わりになるものは重要であるだろう。

で、よそ者の俺がそれを得るのに手っ取り早い方法と言ったら商売をすることである。

さて、商売をするうえで必要なことは何か。

場所とか人件費とかいろいろあるが、一番重要なのは需要。

需要がない所に供給しても無駄なだけだ。

ただ俺はこの時代のこの街における需要を知らない。

百年近い昔や千二百年近い未来の需要ならある程度知っているけど、ここでそれは通用しない。

だからこその何でも屋である。

要するに、供給の方から飛び込んできてもらおうという魂胆だ。

 

そんなこんなで始めたこの何でも屋。

最初は全くと言っていいほど客は来なかった。

碌に広告を出せないこのご時世ではしょうがないことだと時々来る依頼をこなしながら暮らしていた。

 

機転が訪れたきっかけはとある日のこと。

その日俺は何でも屋の受付台でうつらうつら舟をこいでいた。

 

「キャァァァァアアアアアア!」

 

そんな俺の耳に飛び込んできたのは女性の悲鳴。

折角人がいい気分で寝ていたのに、それを妨げる悲鳴に俺の機嫌は傾いていった。

イライラしながら外に出ると、一人の女性が一人の少女を指さして震えていた。

 

「何があったんだ?」

 

取りあえず悲鳴を出したであろう女性に声をかけるとその女性は震えた声で訴えかけてきた。

 

「あ、あそこに、化け物がいるの!!あなた、見えてないの!?」

 

彼女が指さす方には一人の少女しかいない。

化け物なんて全く見えない。

 

「あ?化け物なんていねーぞ。俺には少女しか見えないが」

「う、嘘?そこで化け物が…ヒィッ!ほら、こっちを見て吠えてきた!!」

 

もう一度その少女の方を見る。

…あぁ。そういうことか。

自分にとっては当たり前のことだったから見逃していたが、この少女、洋服を着ていやがる。

この時代にそんな服を着ているのは西洋から来た人か化け物ぐらいだ。

で、西洋から人が来ることなんてこの時代ではほとんどありえないだろう。

つまり、彼女は妖怪である可能性が高い。

 

「成程な。ちょっとそこで待ってろ」

「え、あなた大丈夫なの?」

「まー大丈夫だ。それなりには強いし」

 

最悪、死ぬ事はないしな。

 

少女の方に向かうと少女は驚いたようにこっちを見た。

 

「ありゃ?おにーさん、私が見えているの?」

「うん、まぁ、真っ黒い服を着たかわいらしい少女なら見えているぞ」

「うへ、まじで?」

「まじで」

「まぁ、見えているならいいや。それでおにーさんは私をど央するつもりなの?…ハッ!私に乱暴するつもりなんでしょ!エロ同人みたいに!」

「何故この時代でそのネタを知っているのか問い詰めたいが、正直な話お前がここから離れて二度とここの近くに来なけりゃあ何もしないぞ」

「…え?それだけでいいの?」

「もっと具体的に言えば俺の安眠を妨害しなけりゃなんだっていい。それとも、」

 

ここで退治されたいのなら話は別だが?

少しばかり力を開放する。

力に充てられて周囲の水蒸気が凍り付いたのは、まぁ、余興だろう。

 

「…つ。分かったよ。おにーさんの言う通りにするよ」

 

俺にかなわないと悟ったのか少女は後ずさりする。

 

「あぁ、そうだ。お前って結局なんなんだ?」

「私?私は鵺だけど。それじゃあまたあおーねー」

 

そう言って少女は立ち去った。

さて、女性の方はどうかな?と振り返ると、

 

「追い払ってくれたんですか?」

「いや、説得しただけだ」

「えっと、それじゃあ何か白いのがキラキラしてたのは化け物の…?」

「いや、説得の途中で俺が仕掛けた手品だ」

 

そういうとその女性は黙り込んだ。

やべ、怯えさせてしまったか?

その女性の顔を覗き込むように近づくといきなり彼女は顔をあげた。

 

「あなた、陰陽師だったんですね!!」

「あ、あぁ?いや、違うぞ?」

 

陰陽道じゃなくて仙道の力だからな。

そう言って説得しようとする間もなく女性は叫んでいた。

 

「で、でも、陰陽師じゃなくてもそういった力を持っているんですね!あぁ、こんな頼れる人が近くにいたなんて…これはみんなの報告しないと!」

 

走り去っていった。

走り去っていきやがった。

 

 

まぁ、それ以降依頼が増えたのはいいことではあるのだが。

如何せん、荒っぽい仕事が多いのは何だろうな…

 



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第十三話

 

何でも屋の営業がある程度軌道に乗ってきたころ。

現在受けている依頼をすべて終わらせた俺は受付台で欠伸をしていた。

 

「くぁ~。暇やなぁ~」

「今日は久々の休暇ですもんね。何もないのもたまにはいいじゃないですか」

 

俺のつぶやきに答えた彼女は俺が鵺を説得した時に襲われていた女性。

あの日の恩を返したいのです!と俺の下で働くことになったのだ。

この女性、かなりのやり手でこの何でも屋が軌道に乗った大きな要因であると俺は勝手に思っている。

 

「せやな。ちょっと寝るから誰か来たら起こして~」

 

俺がこんなことができるのも彼女が有用であるからだ。

 

 

「ちょっと、良喜さん!早く起きてください!」

 

安心して舟をこいでいるといきなり慌てた様子で起こされた。

彼女が慌てるのは珍しい。

これは何かあったなと急いで頭を覚醒させる。

 

「ん?どうした?」

「どうしたもこうしたもありません!お客さんですよ!」

 

普通の客が来ただけでは彼女は慌てない。

つまり普通じゃない客が来たのだ。

 

「どんな客だ?」

讃岐造(さぬきのみやつこ)翁ですよ!」

「誰だそりゃ?」

「知らないんですか!?あの輝夜姫の養父ですよ!」

 

輝夜姫…竹取物語のか?

現実にいたんだなぁ。

…って、輝夜姫の養父!?

これは確かに大物が来たな。

 

「その讃岐造翁はどこにいる?」

「本人はいませんけど、使いのものが待っていますので」

「オッケー。広間だな」

「はい」

 

急いで俺は広間に向かう。

広間というのは名ばかりで、実態は応接間と何ら変わりはないのだが。

 

広間に行くとそこにはザ・使いの者といった風体の男がいた。

男は俺に気づくと、礼をして口を開いた。

 

「あなたが良喜さん、ですよね?」

「あぁ、そうだが」

「私、讃岐造翁の使いの者です。まず本題から行きましょう」

「…」

「あなたには輝夜姫の護衛をしてもらいたいのです」

 

成程。

輝夜姫の護衛ときたか。

確かに伝承通りならば輝夜姫は絶世の美女なのだろう。

だからこそそれをつけ狙う者も多いに違いない。

護衛をつけておくに越したことはないのだろう。

しかし疑問は残る。

 

「何故俺なんだ?」

 

現在都には陰陽師がいるはずだ。

安部で始まるあの一家の存在は俺も確認している。

別に俺じゃなくとも彼らに頼めばいいのではないのか?

その疑問に対する答えは実にシンプルなものであった。

 

「姫様があなたがいいとおっしゃったので」

「…あ?」

「ですから、あなたなら護衛を任せてもいいと言われたのであなたに頼むことにしたんです」

「具体的にはなんて言ったんだ?」

「『私と同じあの人ならいいわよ』と」

 

なんじゃそりゃ。

俺と輝夜姫が同じだと?

…受けざるを得ないじゃないかよ、姫様よ。

 

「分かった。その依頼を受けよう」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

 

 

依頼を受けたその日の夕方。

早速今日からということだったので俺は輝夜姫の部屋に向かった。

そこで待っていた輝夜姫は確かに絶世の美女であった。

 

「初めまして。輝夜姫と言います」

「あなたの護衛となりました良喜と言います。それで早速で悪いですが、一つ質問を」

「どうぞ」

「自分と姫様が同じとはどういうことでしょうか?」

「ふふ」

 

俺の質問に輝夜姫は意味深な微笑みを浮かべる。

そして告げられた事実は驚くべきものであった。

 

「老いないし、死なないところかしらね」

 

輝夜姫が不老不死なのは別に驚くことではない。

俺が驚いたのは俺がそうであることを知っていたことに対してだ。

 

「何故そのことを?」

「それは…」

 

「私が教えたのよ」

 

響いたのはいないはずの第三者の声。

その声に覚えがあった俺は声の在処の方を向く。

そこにいたのは、青い髪と青い服と特徴的な簪を身に着けた仙人の姿であった。

 



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第十四話

 

「はぁい、お久しぶりね」

 

輝夜姫の寝室で出会った人物は俺も知っている仙人、霍青娥だった。

 

「あ、ども。お久しぶりです」

 

口ではそう答えつつも頭の中では大混乱していた。

確かに彼女の能力ではここに入ることもたやすいだろう。

入りさえすれば輝夜姫とコンタクトを取れるのも道理だ。

しかしそうすることが彼女にとって何の得があるのか?

ましてや俺の存在、そしてその秘密を教えることも。

彼女や輝夜姫にとって俺の情報は何の利益にもならない。

 

そう考えていた。

 

「あら。私がここにいる理由が分からない、って顔ね」

「あんたが輝夜姫にかかわる理由がないからな」

「彼女に興味がわいたから、じゃダメかしら?」

「仙人が一人の姫様に興味がわく理由が分からない、と言ったら?」

「その質問にはこう答えるわ。彼女は唯の姫じゃないから」

「唯の姫じゃないというのはアレか?輝夜姫がさっき言った…」

「そう、彼女は不老不死。だから長い付き合いになるであろう人物と話すのは道理ではなくて?」

「ご近所付き合い、ってやつか?」

「そうとらえて構わないわ。この星にはあなた以外にも死なない人物がいる、と知らせるのが目的かしらね」

 

青娥の話は一応の筋は通っている。

不老不死である人物に対して自分を含めて他に何人か同じ人物がいるんだ、と知らせるために輝夜姫の元を訪れたとのことだ。

……ちょっと待てよ。

彼女の言い方からするともしかして輝夜姫は?

 

「この星?なんだ?輝夜姫はここ以外の星から来たとでもいうのか?」

「ええ、そうよ。なんたって彼女は…」

 

ここで今まで沈黙を保ってきた輝夜姫が口を開いた。

 

「ここから先は私に話させてくれませんか?」

「それもそうね。こういったことは本人から聞くのが一番だわ」

「なら少し話しましょう。私が今までしてきたことを」

 

「最初に言っておきますが、お察しの通り私はこの星の生まれではありません。

 私が生まれたのはこの星からでも見えるあの星、月で生まれました。

 月で生命が育めるわけないだろって?ごもっともです。

 でも昔の偉い人はどうしても月に住みたかったらしいです。

 で、どうすればいいか考えた結果、生まれたのが月の緑化計画です。

 おかしな発想ですよね?住めないなら住めるようにしちゃえばいい。

 でもそれができるほどの技術を彼らは握っていたんです。

 いえ、彼らというと語弊がありますね。

 実際にその技術を生み出したのは一人の女性です。

 彼女は所謂天才でした。

 否、天才という枠に収めることはできないでしょう。

 なんせ彼女に出来ないことはないとまで言われた人物なんですから。

 まぁ、荒事は苦手と本人は言ってましたが。

 そんな彼女にとって月を緑化することは難しい話ではありませんでした。

 そうして彼女のおかげもあって彼らは無事に月へ行くことに成功しました。

 彼らが月に行った理由ですか?

 なら逆に問いましょう、栄華を極めた王が最後に求める物とは何か、と。

 そう、不老不死です。

 彼らもまたそれに違いはありません。

 他の王たちと違うのはそれを実現する知識も、技術もあったことぐらいでしょう。

 月に行くことがどう不老不死に近づくのか。

 それを説明する前に穢れというのはご存じで?

 ええ、妖などが持つあれです。

 あれが生命に寿命というのを生んでいるんです。

 そして月には穢れがない。

 まぁ、あんな環境で妖が生きているわけがないのですから。

 お判りでしょう?月へ行けば穢れから解放されるのです。

 だから不老不死になれる、と。

 その理論は間違ってはいません。

 しかし、一部誤りがあった。

 それは穢れがあっても不老不死にはなれる、ということ。

 穢れを持つとされる妖の殆どが不老不死だというのを見ればそれは明らかな話。

 それにここには穢れから解放されずとも寿命から解放されてる人物が三人もいる。

 そう、三人。

 何を隠そう、私もその一人であるのです。

 これが私がここにいる理由でもあるのです。

 話を戻しましょう。

 穢れから逃れることによって寿命から解放された彼らが次に危惧したのは何か。

 穢れが月に持ち込まれることです。

 そこで彼らは躍起になって穢れがあるものを排除しました。

 しかし彼らにも手が出せない領域があった。

 先ほど言った天才、賢者の研究室です。

 彼女が月に行けるようになった立役者であることは周知の事実。

 いくら権限を持っている彼らでも『研究のため立ち入り禁止』と言われたら引き返すしかなかったのです。

 そこには昔の研究成果もありました。

 そのうちの一つに不老不死になる薬というのもありました。

 ええ、()の研究成果です。

 その薬には穢れがあったのです。

 ある日彼女研究室に潜り込んだ少女がそれを飲んでしまったのが始まりでした。

 穢れがある薬を飲んだ結果、少女にも穢れが生じてしまいました。

 それを危惧した彼らはその少女を島流しすることにしました。

 穢れが豊富なところへと。

 その少女はとある翁と媼に拾われてすくすくと育ちました。

 

 それが私、蓬莱山輝夜という人です。

 

 そうそう。あの薬ですが、私の名前から借りて蓬莱の薬という名がつけられたらしいです」

 

「よく分からん。三行で」

「私は月出身。

 月で罪を犯した。

 それで島流しされた」

「それで不老不死でもある、と」

「ま、そうね」

 

彼女は朗らかに笑った。




今回の長台詞は琵琶を片手に話しているイメージ。
こんな長いセリフが読まれるような文章力をつけたいと思った。(小並感)


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第十五話

 

「まぁ、コイツが俺と同じだということは分かった。でだ。何故俺とコイツを知りあわせようなんて思ったんだ?青娥」

 

場所は変わらず輝夜姫の部屋。

一通り彼女の話を聞いた俺は出てきた疑問をぶつけることにした。

 

「そうね。不老不死の人間にとって最も気を付けなければいけないことは何だと思う?」

「周囲との距離か?」

「あー、ちょっと聞き方が悪かったかしらね。ならこう聞きましょう。不老不死の人間にとっての最大の敵って何だと思う?」

「…思いつかないな」

「答えは()()よ。」

「分かるような、分からないような…」

「長く生きていればそのうち分かるわよ」

「まぁ、そういうことだとして。それと引き合わせた理由が関係するのか?」

「簡潔に言うと何か生きることにすら飽きてきたら同類と話すのも悪くないということよ」

「それは経験談か?」

「さて、どうでしょう?」

 

露骨にはぐらかされた。

こうなってしまったら聞き出せないのは以前同居していた時に学んだ。

つまり『この話はここでおしまい』ということなのだろう。

…非常に気になる話ではあるが。

 

「そういうことにして置くぞ」

 

俺が言った言葉に青娥は満足そうにうなずいた。

この話はこれで終わり、というのなら別の話を今からやっても問題ないということだ。

さて、普通ならば一番初めにするべき話をしようか。

 

「それで輝夜姫。護衛とは具体的にどうすればいい?」

 

輝夜姫も青娥の意図を察していたのかすらすらと答えた。

 

「いつでもそばにいて、というのは世情として少し問題があるからね…近くにいて何か嫌な予感があったら対処してもらえればいいわ」

「どのレベルまで対処すればいい?」

「そこは任せるわ。けど守ってほしいのは、私が不老不死だとばれない程度には守ってほしいわね」

「世間体では『翁が拾って来た可愛らしいお嬢様』で通しているからか」

「そういうことよ。まぁ何回かばらしてやろうかと考えたこともあったけどね」

「お、おう…」

 

ドン引きした。

 

「それをしたら拾ってくれたあの二人に悪いからしないけどね。ま、暫くはそんな感じでかまわないわ」

「了解。なら俺は隣の部屋で仮眠でもとらせてもらうとしますかね」

 

もう話すことはないと思った俺は立ち上がって部屋を出ようとした。

けどそれは叶わなかった。

 

「あら、淑女にだけ話させて自分は話さないつもりかしら?」

「…聞いててもつまらない話だぞ?」

「百年生きている人の話がつまらないわけないじゃない。ささ、夜は長いしまだまだこれからよ」

「…はぁ」

 

それから俺は自分が今までしてきたことを話した。

流石に自分が前世の記憶があるところは伏せたが。

 

布都とのじゃれあいのところでワーキャー騒がれた時にはぶん殴ってやろうかと考えた。

青娥とのくだりで青娥が顔を赤くしていたのは気のせいとしておこう。

みとりとの邂逅についてはすごく納得されたような顔をされたのは釈然としなかった。

鵺との一件の話を噂程度でも輝夜が知っていたのは正直驚いた。

 

「…とまぁ、こんなところだ」

「もう終わり?ふふ、随分と面白い話が利けて楽しかったわ」

「そりゃあ何よりだ。さて、さすがにもう寝てもいいか?」

「引き留めて悪かったわ。それじゃあ、これからよろしくお願いするわね」

「ん、了解」

 

俺は彼女らから逃げるように自分の仮眠室へと向かっていった。

 

――――――

――――

――

 

 

「それで?私と彼を合わせた理由は何かしら?」

「あら、私は言ったはずよ。不老不死同士、知り合っていて損はないと」

「本当にそれだけかしら?」

「ふふ、あなたがそう思うのならそうでしょうね」

 



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第十六話

 

護衛任務についている以上、その護衛対象から離れることは殆ど許されない。

一流の陰陽師とか術師とかは離れていてもその対象の状態を知覚出来るらしいが、ただの仙人のなりそこないである俺にはそんな技術などない。

だからほとんどの時間護衛対象の輝夜姫のそばにいざるを得ないのである。

このこと自体に対する不満はない。

絶世の美女と言われる輝夜のそばにいられるというのは役得以外の何物でもないからだ。

ただ、傍から見るといつもそばにいる俺と輝夜姫の関係性を穿ってみるのはやめてほしい。

俺と輝夜の関係性は護衛と護衛対象に過ぎないのだから。

 

「ということはそこにいる男はただの護衛であり、決して親しい関係ではないと?」

「はい、その通りです。間違ってもそのような関係にならないことは契約した時に決めたことですので」

「成程。私の早とちりだったようだ。すまない」

 

護衛を始めてから一月。

度重なる求婚と垣間見にしびれを切らした輝夜姫がこんなことを言ったのだ。

 

「あぁ、もう!そんなに会いたいならもう全員一緒に会ってやるわ!本気で会いたい人だけ来なさい!」

 

当時のご時世からすると異例中の異例、異常なことである。

殆どの人がそんな暴挙には付き合えないと辞退する中、今日、五人ほどのもの好きな男たちが集まった。

男たちが通されて向かった部屋にはお目当ての輝夜、と、その傍に控える謎の男の姿があった。

…改めてこうやって確認するとそういったうがった見方をされるのはある意味しょうがないんじゃないのかと思った。

俺と翁の必死の弁解で何とか納得してくれたからもう終わった話だが。

 

ところで輝夜には結婚する気が一切ない。

それを表だって言うのは育ててくれた翁や媼に申し訳ない、ということらしいのでお題を吹っかけてあきらめさせようという魂胆だ。

所謂五つの難題って言うやつだ。

そのお題を聞いたとき成功できるのかどうかを聞いてみたところ、帰ってきた答えというのがこれだ。

 

「あら、数学の難題とかよりかは簡単なはずよ。ほら、『ある数の三乗+ある数の三乗=ある数の三乗となる整数三つの組み合わせはない』っていうやつとかよりかは簡単

 

よね?」

「もし成功するようなやつがいたらどうするつもりだ?」

「そういう人が本当にいたらその人って人やめているから妖怪とかの類よね?私には優秀な護衛がついているから問題ないわ」

「さいで」

 

その時俺はまだ見ぬ難題を吹っかけられる男たちに合掌した。

 

 

いよいよお見合いという次第になったので一介の護衛に過ぎない俺は部屋から追い出された。

どうしたものか、と屋敷の中をさまよっているとこれまたさまよっている一人の少女と出会った。

なぜこんなところに少女がいるんだ?妖怪とかの類じゃないよな?

いずれにせよ接触しないことには彼女の正体も素性もつかめないと判断した俺は彼女に声をかける。

 

「どうしたの、お嬢ちゃん?」

「くそおやじについて来たらこんなとこに来たから潜入しただけだ。いきなり家の人に見つかるとは思っていなかったけどな」

 

思ったよりも口が悪かった。全く持って親の顔が見てみたいものだ。

そんな話じゃないけど。

 

「そうかい。このことをお父さんは知っているのか?」

「いーや、しらないに決まっている。親父の付き人は気づいているかもしれないけどな」

「なんでお父さんの後をつけようと思ったんだ?」

「だって、最近親父は輝夜姫とやらにかまけて私に構ってくれないし」

 

思ったよりも可愛い理由だった。全く持って親の顔が見てみたいものだ。

そんな話でもないけど。

 

「まぁ、事情は把握した。それでこれからどうするつもりだ?」

「どーせあんたに追い出されるからおとなしく家に帰るつもりだが」

「暇なら俺とだべるか?」

「…は?お前何言っているんだ?」

「あいにくと俺も暇だからな。媼さんも喜ぶだろ」

「断ったら?」

「侵入者として扱う。まー貴族がたくさんいるこの家に侵入する人は極悪人に決まっている。もしくは妖怪かな」

「拒否権はないということか」

「理解が早くて助かるなー」

 

 

「あぁ、藤原さんの養子か。確かにあの人はここ最近毎日のように通い詰めているな」

「全く、私はともかく正妻に対して失礼だと思わないか?」

「そーゆー社会だからしょうがない。優秀かどうかはともかく高貴な血を残すのが貴族の仕事の一つだし」

「理解できねーな」

「安心しろ、俺もだ」

「あらあら、将来貴族になる可能性の人がそんなことを言っていいのかしら?」

「媼さん、俺はしがない何でも屋ですよ。貴族とか洒落になりませんから。てか相手いませんし」

「へぇ。輝夜には興味がないんですね」

「へ?ナニヲオッシャッテルノデ?」

「あなたはあの子がなついている数少ない男よ。万が一の時はあなたに引き取ってもらうつもりでいるから」

「そんな日が来ないといいですね」

「まぁあの子も今日の五人の中から決めるでしょう。そういえばお嬢ちゃん、名前は?」

「ふぇ?ふ、藤原妹紅だ。妹紅でいい」

 

これが俺と俺の生涯の相棒との初邂逅だ。

 



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第十七話

 

「お前、何か俺らに隠していることがあるだろ?」

「いきなり何よ」

 

ある新月の夜。

最近の輝夜の態度に対して疑問を抱いた俺は彼女にぶつけることにした。

 

「最近、お前がため息をつくことが多いからな。何かあったと思っただけだ」

「そう。ため息なんてついてないけどね」

 

この話はこれで終わりと言わんばかりに彼女は立ち去ろうとした。

やっぱりこれは何かあるな。

…竹取物語的にはあれしかないと思うけど。

 

「いつ釈放されるんだ?」

 

立ち去ろうとした彼女に聞こえるように俺は呟く。

その言葉に彼女は素早く振り向いた。

『どうしてそれを!?』と言いたそうな表情で彼女は口を震わせていた。

 

「やっぱりそうか。それでいつなんだ?」

「次の満月よ。でも、なぜわかったの?」

「輝夜の話から推測しただけだ」

「私の話?」

「あんた言ったろ?月で一番の科学者の過去の薬を飲んでしまったからここにいると」

「ええ、言ったわね」

「でもよく考えていたらふつうありえないことだよな」

「どこが?」

「その薬ってその科学者が政府から隠していたやつだろ?それを輝夜が飲むなんて輝夜地震がその科学者と知り合いというか、かなり仲良くないとありえない話だよな」

「…それもそうね。で、それがなぜ私の釈放とつながるのよ」

「その科学者って月で一番頭がいいんだろ?その関係者をこんなところに放置し続けるのもおかしな話だしな」

「……」

「まぁ、カマをかけたらうまいとこひっかかってくれたというのもあるけどな」

 

ここまで言うと彼女はため息をついた。

 

「はぁ。あんたには負けるわ。そうよ、その通り」

 

そして彼女は夜空を指さして言った。

 

「次の満月の夜に私は釈放される。その日、月から使者が来るからそれと一緒に帰るという話になっているわ」

「…ん?『話になっている』?」

「私にとってあそこは帰る場所じゃないわ」

「だから帰らないと?」

「ええ、そうよ。私は月には帰らずにこの星に居残ることにするわ」

「それって可能な話なのか?」

「どういうことよ?」

「いや、月に人を大量に連れていくほどの技術があるところから逃げるなんてできるのかなぁ、って」

 

話を聞く限りロケットはおろか、不毛の大地に生命を植え付けるほどの技術を持っている相手から逃げるなんて普通は無理な話だ。

例えるならば人工衛星を駆使する相手から見つからないように逃げ隠れるようなものだ。

 

「それに関しては大丈夫よ」

「随分と自信あるな。何か隠し玉でも持っているのか?」

「私には協力者がいるもの」

「協力者って…?」

 

月から逃げられるようにしてくれる協力者なんてそうそういないよな。

それこそその科学者が協力でもしてくれない限り…あ?

 

「気付いたようね。月で一番の科学者、名前は八意××っていうんだけど彼女が私の協力者なの」

「八意…なんだって?」

「あぁ、普通の人には発音できないんだったっけ。八意永琳っていうわ」

「永琳か。彼女がいれば大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。なんだって彼女は天才なんだから」

「へぇ。なら俺は必要ないってか」

「そうね。むしろ下手に入り込んで死なれても困るし」

「俺は死なないけどな」

「そういえばそうだったわね」

 

二人で笑いあった。

 

 

 

それからおよそ二週間後。

ついに輝夜が月に帰る日がやってきた。

彼女が帰ることに対して翁は息巻いていたが、何が起きるかを知っている俺は内心苦笑いしていた。

そしてその夜。

屋根の上で待機していた俺は月から来るものを見ていた。

それはロケットというよりかは戦闘機のようなものだった。

そしてその戦闘機から何かが投下された。

 

閃光。

そして衝撃。

 

屋敷を破壊するほどの爆発がそこにいた人々を蹂躙していった。

 

 

 

 

「あーあー、こりゃ随分と派手にやったもんだな」

 

瓦礫の下から這い出してきた俺は周りの惨状を見てそう漏らした。

おそらくだが月の人が落としたのは高性能な爆弾。

それが周りを吹き飛ばしたのだ。

 

…またこの状況か。

それなりの期間都にいたし、身を隠すのにはうってつけの機会だなこりゃ。

そう判断した俺は久々に空を飛んで都を後にした。

 

 

 

 

 

――――第三章、完




難産でした。
一話ぐらい番外編を書いてから新章に行きたいと思います。


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第四章 『相棒、藤原妹紅』
第十八話


 

相棒。

元々の語源は駕籠担ぎの棒を共に持つ相手のことをさしてたらしい。

仕事仲間であり、いつでもそばにいる存在。

歩幅を共にして同じペースで歩くのが駕籠担ぎの仕事なら、相棒というのはかなり深い関係の存在なのかもしれない。

 

 

 

輝夜姫の家に月の使者が襲撃したあの夜から約十年の雨の日。

都から遠く離れた山奥に住居を構えていた俺はいつぞやのごとく本を読んでいた。

唐突に聞こえるノックの音。

一種のデジャブを感じながら俺は扉を開いた。

そこにいたのは『青』を全身にまとった彼女の姿ではなく。

寧ろ対照的な『赤』を思わせる彼女の姿であった。

 

「ひ、久しぶり」

 

彼女――藤原妹紅は乾いた服を身にまとわせてそんなことを言って来た。

 

 

まさかの来客であった。

自分が今住んでいる地は都から東に遠く離れた、そのうち静岡と呼ばれるようになる場所。

日本一の山の麓に居を構えていた俺にとって都に住んでいるはずの彼女の来訪は全く予想していないものだった。

 

 

お茶を出した俺はそれを飲むよう彼女に促した。

喉が渇いていたのか、彼女はそれをすぐに飲み干した。

一息ついた彼女からこぼれた言葉はある意味では予想通りのものであった。

 

「何も聞かないのか?」

「何か聞くことでもあるのか?」

 

本音を言えばなぜ彼女がここにいるのかを聞きたい気分であった。

けど、それを聞いたところで俗世から離れている俺には関係のないことも事実であった。

そんな態度が彼女にはお気に召さなかったようで。

 

「ほら、『あの後どうなったのか?』とか『なぜおまえがここにいるのか?』とか、聞かないの?」

「そりゃあ、聞きたいのはやまやまだが、俺が聞いてどうするんだ?こんなところに隠居している身が聞いたところでどうしようもないだろ」

「それもそうだけど…やっぱ聞かれないのもそれはそれでへこむなぁ」

 

そういうと彼女は俯いた。

彼女に聞きたくて、俺にも利がある情報…あ、一つだけあったなぁ。

返答次第では引っ越しすら考える物が。

 

「…あぁ、一つだけ聞きたいことがあったわ」

「本当か!?」

 

妹紅がキラキラした表情でこっちを見る。

…そんなに質問をされたかったのかよ。

 

「いや、ちょっと気になったことだけどさ。『誰にここの情報を聞いた?』」

 

俺がこんな辺鄙なところにいるという情報はそれこそこの山の麓にいる人ぐらいしか知らない情報のはず。

都の人が知っているならここを離れることを考えるぐらいだ。

そう思いながらした質問の返答は半分予想通り、半分驚きのものであった。

 

「なんか、青い服を着た人…せいが?さんが『ここにあなたの知り合いがいる』って言ってたからここまで来たの」

「またあいつかよ…どんだけ絡むつもりだよ、まったく」

 

つーか、どこから情報を仕入れたんだ、あの仙人は。

俺がここにいることはもちろん、俺と妹紅が知り合いだということも。

少なくとも俺があいつと最後に会ったのは輝夜と初めて会った夜だぞ。

…なんか、考えるだけ無駄な気がしてきた。

 

「それで、ここに来た理由は?」

「ちょっとかくまってほしいなぁ、って」

 

かくまってほしいって一体全体何をしたんだ?

全く持って俺の周りの女性は面倒事しか運んでこないなぁ。

そんな諦観とともにため息をついた。

 



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第十九話

妹紅が俺の家にやってきた数日後。

また俺の家に来訪者がやってきた。

 

「家主は今いるか?」

 

扉を乱暴に叩きながら響く声。

どう考えても面倒事にしかならないと思いつつ、扉を開けると役人ずらした男たちが立っていた。

彼らは俺ではなく、俺の背後――俺の家の中を見回してから言った。

 

「貴公が家主か?」

「あぁ、この家は俺が一人で暮らしているからな。それで、何の用だ?」

 

この言葉に間違いはない。

今は妹紅もここで寝泊まりをしているが、彼女は居候みたいなものだ。

 

「ここに藤原妹紅とかという人物が来なかったか?」

「…誰だそれ?」

「帝の荷物を強盗した大罪人だ。ここらへんでその強盗が行われたから調査しているところだ」

「最近騒がしいなと思ったらそんなことがあったのか。それでその罪人の姿格好はどんな感じだ?」

「強盗した時の格好は白い上着に赤い袴みたいなものだ。白い紙に赤い目だからそっちの方が分かりやすいかもな」

「そいつは随分と目立つ奴だなぁ。で、見つけたら報告すればいいのか?」

「そんなところだ。くれぐれも捕まえようなど考えるなよ。あいつは妖術を使うからな」

「了解。態々ここまでお疲れさまでした」

「本当にいないようだな」

 

そう言って男たちは踵を返した。

しかし、数歩歩いたところでこちらを振り返った。

ばれたか!?といつでも術を発動させる用意をしたが、彼から出てきた言葉はこちらを脱力させるものだった。

 

「言い忘れていたが、罪人は女だ。情に絆されないよう気をつけろよ」

「お互い様だな」

「違いねぇ」

 

俺の返答に満足したのか彼は高笑いを浮かべつつ帰っていった。

さて。

役人という面倒事を避けることに成功した俺だが、彼らが残していった面倒事も処理しなければならない。

 

「妹紅」

「……」

「一体お前は何をしたんだ?」

「聞かないって言ったじゃないか」

「確かに聞くメリットは存在しないが、聞かないデメリットが発生した」

「…彼らの言った通りだよ」

「天皇…帝の荷物を強奪して、その際に妖術を使ったというのがか?」

「あぁ、そうだ」

「どんな荷物を奪ったんだ?」

「ただの薬だよ」

「薬…?天皇に献上する薬か?」

「いいや、天皇に献上された薬だ」

「された?何があったんだ?」

「献上したのは蓬莱山輝夜、ということになっている」

 

彼女が天皇に薬を献上しただと?

俺の知る限りではそんなことはなかったぞ。

 

「正確に言うと彼女の宛名が掛かれた手紙と一緒におかれていた薬だ。効果は…不老不死。

 受け取った帝はそれを飲むことなくこの山で燃やそうとしたんだ。

 だからそれを運んでいるときに私が奪い、その場で飲んだんだ」

 

幸いにも妖術を扱えるという力があったからな、と彼女はこぼした。

 

「なんでそんなことをしようとしたんだ?」

「復讐だよ、復讐。私の親父を見殺しにした復讐さ。

 薬を奪い取ればあいつの落胆する顔が拝めるだろうしね。

 そもそもこの家に来たのもあんたを殺すのが目的だったんだ。

 けど、家の場所を教えてくれたあいつが言ったんだ。

 『彼は殺しても死なないし、そもそもあなたの親父さんが死んだのは月の人が原因だしね』って」

「あぁ、あの邪仙か」

「邪仙って…まぁ、まともな気はしなかったし。

 でもあんたに会って気付いたよ。あんたは見殺しにしたんじゃないって」

「実際俺の何が何だかわかってなかったしな」

「まぁ、あんたと会って話して一緒に暮らしてそういったことができない性格だっていうのは分かったよ。

 さて、私の話はおしまい。

 それで、これからどうするんだ?

 私を突き出してもいいんだぞ?」

 

「そんな気は全くないな」

 

「よし分かった。なら準備をするから…ってええ?」

「おまえ、不老不死になったんだろ?

 あいにくと俺もそれに近い存在らしいからな。

 これから長い長い時を一緒に暮らす相手をみすみす手放す理由がどこにある?」

「でも、私は大罪人で、それをかくまっているとそっちにも迷惑が掛かって…」

「それを言うなら俺の方がもっとひどいことをやらかしているぞ」

 

時の政治家の家への放火とかな。

今考えるとよくやろうとしたな、あの時。

 

「ま、罪人同士仲良くしようか。

 

 相棒」

 

「あぁ、不束者だが、よろしく」

 

この何気ない一言。

なんとなくで使った言葉がある意味俺と彼女のスタートだった。

 



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第二十話

「旅?」

「そそ、旅」

 

ある冬の日。

雪が降ってきたせいで何もすることがなく、家の中でぐうたらと過ごしていると妹紅からこんな提案をされた。

 

「旅って、今雪が降っているが?」

「冬が明けてからだよ。ほらここも大層な田舎だけどここより東にも土地があったり、京より西にも土地があったりするじゃん」

「せやな」

「どうせ何もかも捨てて自由な身になったし、そう言ったところを見て回りたいなぁって」

「成程」

「だからこの冬が明けて、春になったら旅に出たいなぁって」

「あ?それって俺もついていかなきゃダメな奴?」

「え?行かないの?」

「いやぁ、正直旅に出るよりかはこの家で晴耕雨読な生活の方が気に入ってるから…あ、指先から火を出さないでください」

「まぁ、良喜が行きたくないならそれでいいよ。その時は火をつけてから出ていくだけだし」

 

彼女がどこまで本気かは分からないが、ついてきてほしいというのは本気なのだろう。

そうじゃなければあんな脅し文句は出てこないと思う。

まぁ、それを抜きにしても彼女の提案は正直な話、渡りに船なところがある。

如何せん、不老不死の自分たちが一か所に長い間いることはあまり好ましいことではないから。

 

「はぁ、分かったよ。そこまで言うならついていってやるよ」

 

白旗を上げたように言うと、彼女はとても素晴らしい笑顔でこう言って来た。

 

「ありがとうな」

 

 

そんな話をしたのが二カ月ほど前。

筍の新芽が出てくるころ、荷物を小さくまとめた俺たちはそれなりの期間過ごした我が家を後にした。

 

「まずはどこの方向に行こうか?」

「東かな。そこに人の集落があるなら一回見てみたいものだと思うし」

「了解。じゃ、東に向けてしゅっぱーつ!」

「おー!」

 

東に向けて進みだした俺たちが出会ったのは人の集落…ではなく、真っ黒な塊だった。

 

「何だあれ?」

「何だろう?」

「妖怪かな?」

「十中八九そうじゃない?真っ黒な塊って人間に作り出せるものじゃないでしょ」

「それもそうだな」

 

そんな気の抜けるような会話をしていると、その闇の中から一人の幼女が現れた。

この時代では珍しい金色の紙に赤いリボンをつけたその幼女は捕食者がするような目でこちらを見据えた。

 

「ねぇ、あなたたちは食べてもいい人間?」

「食べてもいいかはともかく、少なくとも人間ではないな」

「右に同じく」

「そーなのかー。折角の久々のご飯だと思ったのに」

「なんだ、腹が減ってるのか?」

「もうペコペコでおなかと背中がくっつきそうなのだー」

「ちなみに最後に食べたのは?」

「一週間ほど前に近くの村で食べたのが最後なのだー。今思えばあの時いくらか残しておけばよかったのだー」

「(妹紅、準備は出来ているよな)」

「(あぁ。こいつはかなりやばい奴だ)」

「あの時封印してきたアイツさえいなければこんなことにならなかったのにー。で、『あなた達は食べてもいい生物(モノ)?』」

 

瞬間、彼女から膨れ上がる妖気。

今まで生きてきた中で最大級の妖気を受けた俺たちがしたのはたった一つの行動。

 

「逃げるぞ!」

「応!」

 

反転してからの前進だった。

 

「あ!…にげられたのか―」

 

 

 

妖怪から逃げた俺たちがたどり着いたのは一面の菜の花畑だった。

 

「はあ、はあ、振り切った…よな?」

「みたいだな。あんな妖怪がいるなんて思いもしなかったよ」

「あれはとびっきりの例外だ。あんなクラスの奴がポンポンいたら人間なんてすぐに消えてしまうぞ」

 

俺が今まであった妖怪でさっきの奴クラスなのはほとんどいない。

かろうじて上げるとしたら京で会った鵺ぐらいだろう。

菜の花畑のそばで荒くなった息を整えていると唐突に後ろから声をかけられた。

 

「あら、お二人とも。私の菜の花畑に何か用かしら?」

 

振り向くと、綺麗な笑顔を浮かべた緑髪の女性が立っていた。

…熊を片手に返り血まみれの風体で。

 

「なぁ、妹紅」

「良喜。お前の言いたいことは痛いほどわかる」

「じゃあ一緒に言ってみるか?」

「そうしようか。せーの、」

「「今日って厄日?」」

「人を見て厄日だなんだって随分と失礼な人たちね」

 

熊を片手に女性は呆れかえった。

 



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第二十一話


ちょっと短めですが投稿。



 

女性の家に案内された俺たちはそのリビングに通された。

俺たちがソファーに座ったのを確認した彼女は熊をさばきに外に出ていった。

あ、そうそう、彼女の名前は風見幽香というらしい。

彼女は自分自身のことをしがない花妖怪だと言っていたが、熊を素手で殺すような花妖怪は今まで聞いたことがない。

だからと言ってそれをとがめて藪蛇になるのはごめんこうむりたいものだが。

隣に座る妹紅も心ここにあらずといった感じでただ座っていた。

 

「ごめんなさいわね。お客さんを待たせるマネなんてしてしまって」

 

気付くと家主が戻ってきた。

服装こそ変わってはいないものの、ベッタリとついていた返り血がなくなっていたところを見ると着替えてきたらしい。

 

「それでお二人さんはどうしてここまで来たのかしら?」

「ちょっと山道を歩いていたら妖怪に襲われまして」

「あなた達みたいなモノが逃げるなんて随分な手練れに会ったのかしら?」

「そんなところですね。少なくともあの妖怪は俺たちの手には負えないものでした」

「へぇ。大方ルーミアとかそこら辺かしらね。それでこれからどうするつもりかしら」

「どっか近くの村にでも行って泊めてもらうつもりですが」

「ここら辺に村はないわよ」

「それなら適当な場所で野宿でもしますよ」

「それよりもあなた達、今夜は我が家に泊まっていかないかしら?丁度新鮮な熊も取れたし」

 

そういう彼女の目は折角の獲物を逃したくない、そんな目だ。

こんな目をした相手の前では逃げようとする方がむしろ愚策だろう。

 

「分かりました。お言葉に甘えましょう。妹紅もそれでいいよな?」

「…あ、あぁ」

「ふふ。最初からそう言えばいいのよ」

 

 

その日の晩。

一人寝室に通された俺はなかなか眠れないでいた。

眠れないのは熊鍋を食べたからではないはずだ。

そんな馬鹿らしい思考をしていると、寝室の扉が開かれた。

 

「眠れないのかしら?」

「何の用だ?」

 

振り向くと、そこには家主が寝間着姿で立っていた。

彼女は俺の前に立つと素晴らしい笑顔で話しかけてきた。

 

「造花でしかないあなた達が今までどんな生活をしてきたかに興味があるの」

「造花…?」

「あら、あなた達生きてないのに生きているふりをしているんでしょ?それを造花と呼ばずして何と呼ぶのかしら?」

「成程。確かに俺たちは不老不死だが」

「えぇ、そうね。二人とも造花だけどその本質は全く違うわね。あの娘が生きたまま固定されたそれなら、あなたは凍り付かせた上から鎖で縛りつけて無理矢理作り上げたそれだものね」

 

瞬間、空気が凍り付いた。

いきなり放出された俺の力に彼女は驚いた顔を浮かべた後、ニタリと笑った。

そのことに意を介さず、俺は彼女に問いかける。

 

「それを言いに来ただけか?」

「いいえ。本当はあなたの話を聞いてみたいところだけどその顔が見れたから満足よ」

 

そう言って彼女は去っていった。

残された俺は布団の上に倒れこむ。

空気が凍り付いた影響か、その布団は若干ではあるものの冷たかった。

それを背中で感じつつ、俺は彼女の言葉を反芻させる。

 

「『鎖で縛って無理矢理作った』か」

 

彼女は俺の不老不死をそう評したが、実際そうなのだろう。

あの邪仙の言葉通りなら俺の不老不死は無理矢理作ったものである。

だとするなら、鎖はやっぱりあれなのだろう。

 

「どうにかならないものかねぇ」

 

自分でこう言ってはいるものの、実際鎖で縛っているのは俺の方だろう。

決してアイツは関係ないはずだ。

 

…関係ないはずだ。

 



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第二十二話

 

花妖怪の家に泊まってから一、二週間後。

俺たちは西に向かっていた。

というのも、花妖怪曰くこれより東には碌な人里はないということ。

いたとしても開拓団みたいなものだから行くのはお勧めしないとのことだったので、こうして俺らは行先を反転して西に向かっていた。

 

富士の山と京都の丁度真ん中あたり、諏訪と呼ばれる地に差し掛かったころ。

俺ら二人は山中で遭難していた。

 

「あ~、人里はどこじゃ~」

 

草木が生い茂る中、俺はそんな変な声を出しながら歩いていた。

後ろからついてくる妹紅はそんな俺に対して小さく息をつく。

 

「はぁ。こんな山奥に人里があるわけがないだろう。あったとしても精々廃村ぐらいなものだと私は思うのだが」

「また今夜も野宿かぁ。いい加減柔らかいお布団で寝たいなぁ」

「それは私も同感だ。朝露で起こされる生活から解放されたいものだよ」

「違いない。…っと、ちょっと森が途切れてるな」

 

愚痴りながらもひたすら歩いていた俺らは森の中の少し開けた場所に出た。

いや、少し開けた場所といったらかなりの語弊があるだろう。

そこにあったのは俺らが寝泊まり抱きそうな広場などではなく、神社だったのだから。

 

「こんなところに神社…?」

「まぁ、今夜の寝る場所は見つかったな」

「そうだな。お布団は期待できないけど、朝露はしのげそうだな」

 

神社の裏手に出てきた俺らはそんなことを話しつつ神社の正面側に回る。

見ればその神社は決して古びて等おらず、それどころか最近まで使われていたような痕跡すらある。

同時にそんなことを気にする必要なんて全くないことも分かった。

 

「おや、こんな時に来客とは珍しいね」

「見たことない顔だが、旅人が迷い込んできたのかい?」

 

金髪の幼女と赤い服の女性が二人仲良く軒先でお茶をしていた。

…どうやら、お布団も期待していいみたいだな。

 

 

 

「へぇ。二人はこの島国をぐるりと探索している途中なんだ」

「はい。ここにはその旅の途中で迷い込んだので」

 

一通りの自己紹介と、俺らがこの神社に来た経緯を話すと目の前の金髪の幼女は目を輝かせてきた。

ちなみに彼女、土着神で名を洩矢諏訪子というらしい。

 

「旅の途中でここに迷い込むだなんて、遭難でもしない限り難しいけどね」

「ははは…ソウデスネー」

 

俺が諏訪子と談笑している間、妹紅はもう一人の女性、八坂神奈子に絡まれていた。

神奈子もまた神様で、分類としては風雨の神に当たるらしい。

それを言った隣ですぐさま諏訪子が『いや、あんたはどちらかといったら軍神でしょ』と言ってたからそうなのかもしれないが。

二人が何を話しているのかは分からないが、おそらくこっちと似たようなことだろう。

 

「…ん?神奈子が何を話しているのか気になるのかい?」

「…えぇ。何か変なことを吹き込まれてないかな、なんて」

「それは心配無用だよ。曲がりなりにも神様だから『変なこと』は吹き込まないさ」

「それもそうですね」

「そんなことより、あんたと彼女の関係性ってどんなものなんだい?」

「旅の相棒です。それ以上でもそれ以下でもありません」

「お、おう。思ったよりも随分とはっきり言うんだね」

 

そりゃそうだ。

彼女との関係性に関してはこっちからは何の疑問も挟めない。

彼女とは相棒であり、それ以上でもそれ以下でもない。

ただ、目の前の神様にとってはこの答えは不服なものだったらしい。

 

「本当にそれだけなの?ほら、男女の深い仲とか、そういうのじゃなくて?」

「本当にただの相棒ですよ」

「む~」

 

いくら神様が不服でもこればっかりはどうしようもない。

そうじゃないのだから。

 



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第二十三話

 

「泊めてくださってありがとうございました」

「いいよー。こっちも久々の話し相手になってもらったし」

「神奈子様もありがとうございます。地図までいただいてしまって…」

「私には不要なものだしな。二人っきりで辛いこともあるだろうが、頑張って旅を続けろよな」

 

翌朝。

守矢神社から都への地図を貰った俺らは神社を発つところであった。

分かれるのが少し名残惜しく、しばらく喋っていると唐突に後ろから声をかけられた。

 

「おはようございます!神奈子様、諏訪子様…?」

 

振り向いた先に立っていたのは、緑色の髪をしたちょっと変わった巫女服を着た少女だった。

彼女は俺らの姿を見ると、少し戸惑った感じで神奈子に質問していた。

 

「神奈子様、あのお二人は一体…?」

「昨日ここに迷い込んできたから一晩泊めてやったところだ。何も、この島国を一周しているところだとよ」

「なんでそんな面白いこと教えてくれなかったんですか!」

「いや、あんたが帰ってから来たから態々呼び戻すのも気が引けたし…」

「むぅ…そういう問題じゃないです!お二人だけで楽しいことをしていて一人だけ蚊帳の外なのもつらいんですよ?」

「そうはいってもなぁ…」

 

二人が話しているのを見ていると、諏訪子が俺に小声で話しかけてきた。

 

「ほら、今のうちに行っておいで」

「いいんですか?」

「いいっていいって。こっちは何とかしておくから」

「それならいいんですけど…彼女は誰ですか?」

「ここの神社の風祝…儀式の進行役とかをしている娘だよ」

「へぇ…巫女とは違うんですね」

「似て非なるものだね。ささ、こんな無駄話をしてないでとっとと行った行った。今言っておかないと京に行く前に野宿する羽目になっちゃうよ」

「は、はぁ。ありがとうございます。さ、妹紅行くぞ」

「うん、了解」

 

風祝の彼女に気づかれないように神社を後にする。

後ろで何か大きな声が聞こえてきたが無視無視。

なんせ次の目的地はかなり遠くの場所にあるからだ。

 

 

その目的地を決めたのは幽香の家を後にしたとき。

都近くでの拠点となりそうなところを話していた時だ。

 

「良喜の家?」

「そう、俺の家」

「でも良喜ってなんでも屋をしていたよな?それなら京の中に家がないか?」

 

拠点を作る上で重要なことは都の人に感づかれない場所にすることだった。

犯罪者と死んだと思われている人、二人が都に入るのはリスキーすぎるからだ。

 

「いや、俺がそれを始める前に住んでいた場所。近くの山奥に引きこもってた頃の家だよ」

「へぇ。そういえば良喜は私が生まれる随分と前から生きているんだったよな…」

「とは言ってもその家が今あるがどうかは分からないけどな」

「でも他に選択肢もないしなぁ…ならそこに行くしかないのか」

「じゃ、しばらくの目的地はそこということで」

「…にしても良喜の家か…」

 

 

 

そういう訳で今俺らは都の近くの山の麓までやってきた。

時刻はもう夕方。

むしろ夜になる前につかなかったから上出来とすべきか。

 

「うし、あと少しだからな」

「へーい」

 

山を登り、俺の家の前につくとそこには俺の予想に反し、きれいなままの家が建っていた。

そしてその前には警戒するように立っている二匹の妖怪の姿が。

背中に黒い羽を生やした彼らはおそらく烏天狗だろう。

 

「…っ!そこにいる人間ども、こちらに出てこい!」

 

逆らっても碌なことにならないので、俺と妹紅は両手をあげて烏天狗の前に立つ。

 

「貴様ら、どうしてここに来た!」

「……」

 

まさか俺の家だから泊まりに来ましたなんて言えるわけもなく、無言で烏天狗を睨む。

 

「話さないなら話したくするだけだな。連れていけ」

 

その言葉にもう一人の烏天狗は頷き、俺らを後ろ手に縛る。

よく分からないが、一つだけ言えるのは俺と妹紅は更に登山をしなきゃいけないことだ。

…なんて厄日だよ、ほんと。



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第二十四話

山の頂上あたりまでたどり着いた時にはもう辺りは真っ暗になっていた。

頂上付近の少し大きな屋敷の前に泊まり、ここまで俺らを連れてきた天狗は振り向いてこういった。

 

「よし、着いたぞ。今からお頭を読んでくるからそこで待っていろよ」

 

そうして彼が屋敷の中に入ってからしばらくすると俺らに対して屋敷の中に入るよう言って来た。

通された広間には角が生えている女性が二人ほどいた。

明らかに鬼と思われるその二人のうち、小柄な方が天狗に下がるよう言う。

そしてこちらに話しかけてきた。

 

「やぁ、いきなりとらえるなんてことをしてすまない。こっちにも事情っていうものがあってね」

「…驚いた。てっきり天狗の親玉かと思ったら鬼が出て来るなんて」

「ま、こっちにもいろいろあってね。それであんたらはどうしてここに来たんだい?」

 

そう言ってこっちを見てきた鬼の顔こそは笑っていた。

が、その目はこちらを見抜くようなそれであった。

嘘は許さないという視線を受けつつ俺は事実を答える。

 

「麓にある家がもともと自分が建てたものだったので旅の途中の休憩地点にしようかと思って」

 

その答えの真偽を吟味しているのかしばしの静寂が訪れる。

妹紅も俺も何かを話す気にもなれず、ただ座っていると唐突に二人の鬼が笑い出した。

 

「あはははははは!昔の家に戻って来ただって!」

「しかも自分が建てたと来た!こいつは傑作ってやつさね!」

 

笑い出した二人に俺と妹紅は体をこわばらせる。

二人の鬼は少しを呼吸を整えたのちに口を開いた。

 

「いきなり笑いだしてすまないね。あんたの話が面白かったからつい笑っちゃったよ」

「うん、あんたたちの言ってることに嘘はないみたいだし、本当なら私たちが謝るべきなんだろうね」

 

そう言って二人は立ち上がり、俺たちの後ろに回る。

いきなりのその行動に身構えそうになるのを二人がとどめる。

 

「あぁ、身構えなくていいよ。その縄をほどくだけだから」

「そうそう。疑いも晴れたし君たちはもう自由の身だから…ね!」

 

鬼の怪力ゆえか縄はあっさりとちぎ

自由になった手をぶらぶらさせながら鬼に問いかける。

 

「それで麓の俺の家には今誰が住んでいるんですか?」

「おや、それを聞くのかい?」

「まぁ、元家主としてその権利ぐらいはあるでしょう」

「違いないね。あそこには今天狗の長…天魔とその娘が住んでいるんだ」

 

見張りがいることからそれなりの人が住んでいるとは思っていたんだが…天狗の長とはこれまたでかい人物が来たもんだ。

ん?天狗の長…?

 

「天狗の長ってあんたらじゃないのか?」

「違う違う。私たちはこの山にいる妖怪全般の長をやってはいるんだけど、それなりに大きい社会を持った種族は各々の長を持つんだよ」

「あぁ、成程」

「でだ。その天狗の長が身ごもったらしいからそこに今住んでいると言う訳なんだ」

「そこに俺がやってきたと」

「そういうこと。まぁ、退治しに来たとかそういったことで内容で安心したよ」

 

いつの間にか取り出した大きな盃を呷りながら小柄な鬼はいった。

 

「あ、酒飲む?」

「いや、結構です」

「そんなこと言わずにほら、一杯!」

 

その盃をこちらに傾けて飲むことを強要してくる。

これがアルハラってやつか…と思いつつ、もう一人の鬼に助けを求める。

その鬼は首を横に振ってきた。

あきらめろ、ということなんだろう。

 

「ほ~ら~の~め~よ~」

「それじゃあ、一杯だけ…」

 

その盃を呷った。

俺がおぼえているのはそこまでだった。

 

 

 

小鳥のさえずりを聞いて目を開ける。

その目に飛び込んできたのは美しい銀髪と可愛らしく、美しい寝顔。

 

思わず服が乱れてないことを確認したのは言うまでもない。

 




アルハラ、ダメ、ゼッタイ。


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第二十五話

 

自分が住んでいた山―暫定的に妖怪の山とでも名付けようか―に拠点を構えてからそれなりの時間が経過した。

本当はそこまでいるつもりではなかったが、鬼の二人が『どうせなら泊まっていきなよ』といったのを断れないままズルズルと過ごしている。

その間に山に住んでいた天狗や河童等と仲良くなってしまい、今の今まで出るに出られない状況だったと言う訳だ。

妹紅は最初こそ妖怪や鬼とともに暮らすことに抵抗を覚えていたが、今ではすっかり仲良くなっている。

今日も白狼天狗の友人とともに修行をしに出ていったところだ。

 

「良喜兄ぃ、何を考えているの?」

「ここにいるのも長くなったなぁ、って」

「ふ~ん。それよりも今日は何をして遊ぶの?」

「たまには俺以外の人と遊ばないのか?」

「それもそうだね!じゃ、みんなで遊ぼう!」

「いや、だから俺以外の人と遊べって…」

「そうと決まったら善は急げ!ほら、良喜兄ぃも早く早く!」

 

そういうとその少女は自慢の羽を羽ばたいて飛び去っていく。

あ?今話かけてきた少女は誰かって?

聞いて驚け、天魔が娘の射命丸文だ。

…どうして俺がそんな重要人物と仲良くなっているかって?

安心しろ。俺も分からん。

 

 

文が俺を連れて行った場所は天狗、それも烏天狗たちの子供が集まっている広場だった。

そこにいる子供たちは俺の姿を認めると餌に群がる鳩のごとく集まってきた。

ピーチクパーチクと口々にしゃべりだす子供たちに向かってしゃべる。

 

「だぁー!もう!落ち着け!ちょっとそこに座ってろ!」

 

俺の一言で子供たちが一斉に静まり返る。

そして俺の続く言葉を今か今かと待ち構えた。

 

「…今日はみんなで仲良く、怪我も無いように遊ぶこと。何かあったらそこにいるから遠慮なしに言いに来ること。返事は?」

「「「「はい!」」」」

 

威勢のいい返事とともにみんなが思い思い遊びだす。

子供たちがはけたのを見計らって俺は近くの切り株に座った。

そう、俺は今保育士のまねごとをしている。

なぜこうなったのかはさっぱり覚えもないが、少なくとも止めろの声が親子共々聞こえてこないため、嫌々ながらも続けているのだ。

 

 

子供たちが遊び疲れて眠った後。

一緒に子供たちを見ている天狗(姫海棠とかという苗字で、天魔とは長年の連れらしい)に後を任せて、俺は川の方へと向かった。

川のそばにつくと後ろから唐突に背中を押された。

 

「うわっ!?」

「へへぇ~ん、ビックリした?」

「ビックリしたもないだろ、くそ河童が!」

 

後ろを振り向くと案の定、緑色のリュックを背負った青いコートを着た少女が立っていた。

リュックの肩ひもをかぎ状のアクセサリーに結びつけたその少女、河城にとりはこちらの反応に笑っていた。

 

「ははは、やっぱり盟友は面白いね!打てば打った分だけ響いてくれる、気持ちのいい反応をしてくれるね!」

「おう貴様、今から二つの選択肢を選べや。乾燥か、凍結か」

「何そこまで怒ってるんだい?唯のジョークってやつだよ、河童ジョーク」

「よし分かった、両方だな」

 

そう言って俺は火炎系の術が封じられた符を取り出す。

あくまでも俺の能力は凍結系に偏っているだけであり、媒介等を用いれば他の系統の術を使うことが可能である。

準備が面倒くさいのであまり使わないが。

それはさておき、その府に力を込めだすとにとりの顔がみるみる青くなっていった。

 

「分かった分かった!謝るから!その符をしまって!」

 

若干泣きながら謝り始めた彼女に流石に可哀想になった俺は符をしまう。

それにホッとした顔を見せたにとりは改めて話しかけてきた。

 

「それで、今日は何をしに来たんだい、盟友?」

「暇つぶしに散歩だよ」

「そうか、それならうちに来ない?盟友と久々に将棋が打ちたくなってきたんだ!」

「お前、俺より強いだろ?」

「大丈夫だって。今回は飛車角落ちでいいからさ」

「そこまで言われたらしょうがないな」

 

特にすることもなかった俺はにとりの家に行くことにした。

将棋は完敗だった。

 



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第二十六話

 

「かきねのかきねのまがりかどー♪」

「たきびだたきびだおちばたきー♪」

「あーたろうーか♪あたろうよー♪」

「きたかぜぴーぷーふいているー♪」

 

妖怪の山にも秋がやってきた。

旧自宅(今は保育所代わりになっている)の近くでイモが取れたので天狗の子供たちとともにたき火を焚いていた。

 

「ねぇー、まだー?」

「早くお芋食べたーい!」

「まだまだ。今火に入れたばっかりだからな」

 

こういっている間にも落ち葉はどんどん燃えていき、灰になっていく。

落ち葉をかき集めて作ったたき火で焼き芋を作るのは意外と難しい。

というのも芋が焼ける温度を長時間維持するには大量の落ち葉が必要となるからだ。

けど今の俺にはそんなことは些細な問題であるため、暇つぶしに作ることにしたのだ。

なんたって炎使いの相棒が俺にはいるから。

 

「妹紅、もうちょっと火をお願いできるか?」

「全く人使いの荒い奴だな…ほいっと」

 

俺の要請に妹紅が答える。

燃え上がり始めた炎を確認した俺は間髪入れずに子供たちに指示を出した。

 

「よーし、みんなー。落ち葉を乗せていけよー」

「「「はーい!」」」

 

このためだけに山中からかき集めた落ち葉を子供たちが懸命に乗せていく。

こうして新たな火種を手に入れたたき火の周りでみんなが歌い始める。

 

「さざんかさざんかさいたみちー♪」

 

 

「よし、出来たぞ!」

「「「わーい!」」」

 

頃合いを見計らって芋を取り出す。

それを二つに割るって子供たちに配る。

子供たちに配り切っても尚余った芋を今回の立役者の一人、妹紅のもとに持って行った。

 

「ほい、お疲れさま」

「食べていいのか?」

「むしろ食ってくれ。お前がいなければできなかった奴だから」

「そうか」

 

そうして妹紅は焼き芋を受け取る。

するとその焼き芋を二つに分けてその片方をこっちに向けてきた。

 

「なんだそれは?」

「お前の言い方を借りるならばお前が言いださなければできなかった奴だからお前も食べろよ」

 

そう言われては言い返す言葉もなく、その焼き芋を受け取る。

黄色い身はとても甘かった。

そうして二人で並んで食べていると子供たちの一人が爆弾発言をしていった。

 

「うわー、お兄ちゃんとお姉ちゃんって夫婦みたーい!」

「「…!?」」

 

同時にむせる。

そうして息を整えると妹紅が顔を真っ赤にして反論した。

 

「ふ、夫婦!?私と良喜はそんな仲ではない!」

「あれ?違うの?」

「違う!私とあいつの関係は旅仲間で相棒だ!それ以上でもそれ以下でもない!」

「えー違うんだー」

 

子供たちの無邪気な質問に慌てて答える俺と妹紅であった。

 

 

 

そんなこんなで梅の花が咲くころ。

旅荷物をまとめた俺たちは妖怪の山を後にしようとしていた。

殆どの住民は昨日の宴会で酔いつぶれていて誰も見送りをする者はいないと思っていた。

だからこそ彼女の姿は予想外だった。

 

「良喜お兄ちゃん、本当に行くの?」

「文か。態々見送りありがとうな」

「うん。それで今度はいつ帰ってくるの?」

 

あまりにも彼女が泣きそうな目でそう言ってくるので俺は彼女の頭をなでながら答えた。

 

「いつかは分からないけど、いつかは帰ってくるつもりだからな」

「…うん!」

 

そうして俺と妹紅は再び旅に出る。

この時はすぐに戻ってくる予定だった。

そう、あんなことに巻き込まれなければ。

 

 

 

 

 

――――第四章、完



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第五章 『恩人、上白沢慧音』
第二十七話


 

海外旅行。

現代では特に珍しくもないものではあるが、この時代のそれは金持ちの道楽ですらないもの。

今この時代の日本人にとって海を渡るということは命を懸けた仕事でしかなかった。

それでも二人は海を渡ろうとする。

もちろんそれには困難しかついてこなかったのだが。

 

 

 

「大宰府についたぞ!」

「思ったよりも早く行けたな」

 

春に京を出発してから数カ月ほど経過した。

梅雨が間もなく始まるこの時期に俺と妹紅は大宰府に到着した。

 

「さて、どうやって海を渡ろうか」

「今って遣唐使やってるのかなぁ」

 

ここに来た理由はただ一つ。

遣唐使などの舟に同乗する形で唐に行くためだ。

しかし、俺が知っている歴史では途中で遣唐使は廃止されている。

そのため下手したら無駄足だった可能性すらあるのだ。

しかし、長らく京から離れていた自分にとって今が西暦何年か知るすべはない。

遣唐使が出ているかどうかなんてもってのほかだ。

 

「まぁ、ここで話していてもしょうがない話だし、人に聞きに行くか」

「それもそうね」

 

そうして俺らは聞き込みを始めた。

 

 

結論から言うと、遣唐使は廃止されていた。

しかし、俺らが唐に行く道は残されていた。

 

「交易船、ねぇ…」

「政府は必要ないと判断しても民間人はそうじゃなかったと言う訳ね」

「で、それに護衛という形で乗ることはできると」

「そんなところだね」

 

妹紅曰く、ここから唐に交易に向かう船が出てて、それに護衛としての人員を募集中だということらしい。

いればいるだけ困らないから出発する日まで募集するとか。

それに乗れば唐に行けるかもしれないのだ。

 

「で、妹紅はなんて答えたんだ?」

「勿論、その船に乗るって答えたよ」

「即答か…まぁ背に腹は代えられないし、しょうがない話だな」

 

本音を言えばいくつかの選択肢を吟味したかったところではある。

だから妹紅の即答は本当は望んでなかったところだ。

けど、他に選択肢がないと分かった以上、彼女の選択は結局間違ってなかったから言及しないことにした。

 

「で、船が出るのはいつなんだ?」

「明々後日らしいよ」

「おい、そこになおれ」

 

訂正。

やっぱり妹紅には一言言っておく必要があるらしい。

 

 

 

三日後。

無事舟に乗れた俺らの航海が始まった。

最初の方は順風満帆に進んでいて、俺らも他の護衛の人や船の乗組員と交流をとっていた。

 

しかし、出発から一週間後。

唐突に訪れた嵐が船を強く打った。

その結果舟は難破した。

放り出されながら考えたことは、ただ一つ。

『あぁ、またか』

その一言だった。

 

 

次に意識を取り戻したのは浜の上だった。

俺が目を覚ましたのに気付いたのか、誰かが近寄ってくる。

うすぼやけた視界でもなぜか彼女が誰かは分かった。

 

「良喜!おい!しっかりしろ!良喜!」

「妹紅か…うん、大丈夫だ」

 

彼女に対して大丈夫だということを示すために立ち上がろうとする。

が、体がふらつきすぐに座ってしまった。

 

「あぁ、無理に立とうとするな!私よりも三日は長く眠っていたんだから!」

「そうか…ところでここはどこだ?」

「ここはどうやら唐の端っこらしい。一応目的は達成されたのかな」

「他の人は?」

「…」

 

彼女は首を横に振った。

そういうことなのだろう。

 

「むしろ、俺らが異常なだけか…」

 

俺のつぶやきに彼女は答えなかった。

そうして口をふさいだ俺らに声がかけられる。

 

「おや、君も目覚めたのか?」

 

回復してきた視界に映るその姿は妹紅とは対照的な青。

しかし、あの仙人とは違い、深い青に包まれた姿だった。

 

「どちら様ですか?」

「私、私は上白沢慧音だ。君たちがそこで転がっていたから様子を見に来たところだ」

 

そう言って彼女は微笑んだ。

 



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第二十八話

上白沢慧音と名乗った女性は流ちょうな日本語でこちらに話しかけてきた。

 

「さて、事情はそっちの彼女に聞いたのだが。君が良喜で間違いないのかな?」

「あぁ。俺が良喜だ。それで慧音さん。ここはどこだ?」

「ここは一応唐の国の一部、ということになっている」

「一応?…そういうことか」

「察しがよくて助かるよ。唐の国の権力がすぐには届かないような場所、それがここだ」

「そんな片田舎で慧音さんは何をしているんだ?」

「子供たちに勉学を教えているぞ」

「他の国の言葉をうまく扱うような人が?」

「……」

 

俺の質問に慧音さんは押し黙る。

流石に深入りしすぎたと思った俺はお茶を濁す。

 

「すまない。変なことを聞いてしまった」

「いや、気にしなくていい。それで二人はこれからどうするんだ?」

「どうって…」

「君たちは交易船の護衛としてこっちに来たのだろう?帰りの船のあてはあるのか?」

「あ」

「その様子だと考えてなかったな。まぁ、難破して無事目を覚ました直後の人に聞く方が酷だったか」

「慧音さん、近くに倭国と交易をしている港ってあるか?」

「分からない。少なくともこの周辺でそういったことをしているところは聞いたことがないな」

「噂でもか?」

「あぁ。大方政府にばれないようにこそこそとやっているのだろう」

「それは…面倒だな」

「そういったことを踏まえてもう一度聞くぞ。これから二人はどうするんだ?」

「旅にでも出るしかないか」

「言葉の壁はどうする?」

「どうにでもするよ。身振り手振りは世界の共通語だしな」

「最悪現地の人に追われるかもしれんぞ?」

「その時はどこかの山奥にでも引きこもるつもりさ。幸いにもそう言った暮らしにはなれているからな」

 

そう言った俺の顔を慧音さんはじっと見る。

そして唐突に笑いだした。

 

「はははははは!そこまではっきりと言いきられると気持ちがいいな!」

「……」

「よし決めた!私も君たちの旅についていこう!」

「おい、それって大丈夫なのか?」

「子供たちのことか?それなら私の後輩たちがうまくやってくれるだろう!」

「そんなんでいいのか…」

「何、もともと私も流れでたどり着いた人だ。いつかここを離れないといけないとも思ってたところでもあるからな」

「そうか。ならよろしく頼むぞ、慧音さん」

「慧音でいい。通訳の代わりぐらいにはなるつもりだ、良喜殿」

「殿は余計だ」

 

そうやってこれからの予定を固めたところで妹紅が戻ってきた。

いつの間にか消えていた彼女の手には大量の貝類が乗っていた。

 

「あ、妹紅…なんだその両手に抱えているのは」

「すぐそこで見つけた。いやー、大量だったよ」

「大量って…それを料理するのは誰だと思っているんだ?」

「今日は貝の蒸し焼きかな」

「聞いちゃいないし。まぁそういう時間なのは否定できないけど」

 

山の方を見ると夕日が沈もうとしていた。

 

 

夜。

慧音は住んでいる近くの村に話をしてくるということで妹紅と二人きりの夜だった。

妹紅が自分の妖術で作った貝料理を二人で食べてると妹紅が話しかけてきた。

 

「皆、死んじゃったんだね…」

「そうだな。慧音もそう言ってたし」

「…なんで生き延びちゃったんだろうね」

「さあな。ただ単に死ねなかったから生きただけかもしれないぞ」

「…本当に、私たちって化け物なんだね」

 

そう言えば、妹紅は初めてだった。

自分が目を覚ました時に周りが死体だけだという体験は。

自分はもう三回目だから慣れているが、初めてで精神を保つ方が難しいだろう。

だから。

 

「ふぇ?」

「例えお前が化け物だったとしても俺はずっとそばにいてやるぞ。なんたって相棒だからな」

 

その言葉に妹紅は糸が切れたかのように俺の胸でわんわん泣き始めた。

こんな俺で救われた気になるのならそれでいい。

心のケアも相棒の大事な役目だから。



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第二十九話

 

翌朝。

少し早く起きた俺がたき火の跡に砂をかけていると、後ろから妹紅が声をかけてきた。

 

「お、おはよう」

「おはよう。もう起きたのか」

 

彼女の目は赤く腫れているが、気にしないようにした。

 

「それで今日はどうするんだ?」

「慧音次第だが…彼女の準備ができたら出発、そうじゃないならもう一泊といったところか」

「そうか」

 

そう言うと彼女はこっちに抱き付いてきた。

 

「…妹紅?」

「昨晩いったことは本当?」

「…あぁ。丁度俺も死なない人間だからな。妹紅が飽きるまでは一緒にいるつもりだ」

「そう…良喜はさ、大丈夫なの?」

「今回のことか?…もう慣れてしまったからな」

「そうなんだ。ねえ、良喜の話を聞かせてよ」

 

思えば妹紅には俺の身の上話をしたことはなかったな。

聞かれたこともなかったし、自分から進んで話すような内容でもないから話していなかったが、案外丁度いい機会かもしれない。

 

「長くなるぞ?」

「構わないよ」

「そうか…なら始めるか」

 

身の上話をすること自体はあの晩、輝夜と青娥に話した時以来だ。

あの時と話していること自体は殆ど一緒だったが、相手の反応が違った。

妹紅が反応したのは主に布都との生活と雑賀との同居の話。

その時の彼女の反応はどこか嫉妬しているようであった。

…嫉妬?

まぁ、気にしないようにしよう。

そうして富士の山の麓に来た話までし終えると、妹紅が質問してきた。

 

「それでその布都とやらのことはどう思っている?」

「は?」

「ほら、元婚約者なんで、彼女は将来復活してくるんでしょ?もしそうなったら良喜はどうするのかなーって」

「へ?どうするって?」

「ほら、その、け、結婚とかするのかなって」

「あー、どうなんだろう」

「え?」

「そうなってみないと分からないなぁ…多分、するけど」

「するの?」

「向こうがしたいって言って来たらするなぁ。そのために生きてるようなもんだし」

「ふ~ん、そうなんだぁ」

「どうした?」

「いや、別にそうなったら私と一緒にいられなくなるなー。さっきいったことは嘘なのかなー」

 

明らかに妹紅の機嫌が悪くなる。

 

「いや、そうはいってもあいつが復活するのってかなり先だし、たとえ復活したとしても会えるかどうかわからないし、会ったとしても結婚しようとか言ってくるかは分からないし、そうなった時にお前が俺といるとは限らないだろ?」

「じゃあ仮定の話で聞いてみるぞ。もし私と布都だったらどっちを選ぶ?」

 

何を言っているんだこいつは?

そういう言い方、まるで…

 

「おい、妹紅、まさか…」

「良喜、私はお前のことが好きだ」

 

始め、彼女が何を言っているのか理解できなかった。

理解した時に初めに思ったのは『告白されたのは布都以来か』だった。

 

「え?ちょっと待って?え?」

「何度でもいうぞ。私はお前のことが好きだ。それこそ結婚したいと思う程度には」

「いや、いきなりにもほどがあるだろ!?」

「すぐに返事がもらえるとは思ってないけど、そう思っている人がここにいることは忘れないでくれ」

 

すがすがしいほどの笑顔でそう彼女は言い切った。

 

 

余談だが、このやり取りは全て慧音に見られていたらしい。





筆が乗って、キャラが勝手に動いた結果。
妹紅の告白はもう少し後でさせる予定でした。
なのに…なのに…


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第三十話

 

「それで、出発してもいいのか?」

 

妹紅の衝撃の告白の後、顔を出した慧音がそんなことを聞いてきた。

それに答えたのは俺ではなく、妹紅。

何か踏ん切りが付いたのか、彼女は意外にも即答した。

 

「あぁ。私は出発しても大丈夫。それでどこに向かうのが一番いいと思う?」

「そうだな…やはり海沿いに行きたいところだけど正直北にはいきたくはないな」

「何故?北に行けばこの国の首都に近くなるんだろ?そっちの方が大きい街が多いんじゃ?」

「それはそうなんだけど、なんか最近そっちはきな臭いからな。あまり近づきたくはないんだ」

「ふぅん。それなら南にある程度行ってから戻る方がいいのか?」

「私としてはそれがオススメだな」

「よし!ならその案で行こう!良喜もそれでいいよな!」

「あ、うん、それでいい」

 

なんか決まってた。

 

南に向かっている途中、慧音に質問された。

 

「そう言えば、二人ってどんな関係なんだ?」

「俺はよき相棒だとは思っている」

「私としてはそれ以上の関係になりたいなー、なんて」

「そう言っているのにそうなってないということは良喜にはもう心に決めた人物がいるのか?」

「聞いてどうする?」

「いや、単純な私の興味だ。答えたくないならそれでもかまわない」

「…はぁ。大体その通りだよとだけ答えておく」

「それ以上は話さないということだな…それで妹紅はこいつのどこに惚れたんだ?」

「あまり話したくはないのだが…」

「それは、たった二人だけ生き延びたことと関連があるのか?」

 

慧音の言葉に俺と妹紅は押し黙る。

この沈黙を肯定と捉えたのか慧音は言葉をつづけた。

 

「なるほど。お互い隠していることがあるのか」

「それが分かったのならそれでいいだろ?」

「あぁ、今はそれでいいということにしてやる。…そのうち聞けることを願っているよ」

 

慧音が悲しそうな顔でそう言っていたのが印象的だった。

何か微妙な空気になってしまったので、話題を変えることにする。

 

「話を変えるけど、この先の一番近い街や村までどれぐらいの距離だ?」

「大体一週間ぐらいじゃないかな。川の入り江にある小さな漁村がそれだ」

「そんなに遠いのか。こっちで一週間も歩いたら村は絶対三つ以上は出会うぞ」

「私からするとそっちの方がおかしい話だけどな」

「やっぱり違うんだな」

「国の規模とかそういうのが違えばそこら辺の事情も変わってくるのだろうな」

「ところで、この国では道端に人が倒れているのはよくある話なのか?」

「滅多にないと思いたいな」

 

そう言う俺ら一行の前には、緑色の服を着た女性が倒れていた。

 

 

「いやー、助かりました!」

 

彼女に水と食料を与えたところ、すぐさま彼女は復活した。

紅美鈴と名乗った彼女は旅の途中で行き倒れていたらしい。

 

「ビックリしましたね!全然家も何も見当たりませんもん!」

「それで食料を取り損ねたのか?」

「ここら辺に村があるって聞いていたので全く準備していませんでした!」

 

えへへーと彼女ははにかむ。

 

「それでこれからどうするんだ?」

「どうせしばらくは旅を続けるつもりですので…あ、お三方の旅についていっていいでしょうか?」

「俺としてはどっちでもいいけど…二人がいいというのなら」

「私は構わないぞ」

「私もだな。旅の仲間が多いことはいいことだ」

「なら、よろしくお願いしますね!」

 

こうして四人の中国大陸旅が始まった。

 

 

「ところで美鈴、なんでこの言語話せるんだ?」

「秘密です!」

 



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第三十一話

 

この時代で満月は妖怪に力を与える物であり、人に道を照らすものでもある。

普通の満月の夜でそうだ。

それが所謂スーパームーンだとしたらそれが誇る力はとてつもないものである。

 

俺、妹紅、慧音、美鈴の四人旅が始まって初めての満月を迎えた。

最早人間ではない俺と妹紅にとって満月の夜は移動する時間でしかないのだが、慧音と美鈴にそれを求めるのは酷というものだろう。

彼女らは俺らと違い普通の人間なのだから。

 

「今日はここら辺で泊まろうか」

 

近くに小さい水場を見つけた俺はそんなことを三人に提案する。

 

「もう夜ですし、今夜は満月ですもんね。下手に妖怪に会いたくありませんし」

「満月の夜の妖怪は凶暴化するからな…ってどうした、慧音?」

「あぁ、いや何でもない。そう言えば今夜は満月だったな」

「だからこそ早めにキャンプ地を作らないといけないから、もうここら辺でいいだろう。近くに水場もあるし」

 

どこか慧音の様子がおかしい気もするが、全員賛成してくれたようだ。

 

そうと決まれば行動は素早い。

慣れた手つきで野営の準備をしていると慧音が俺に話かけてきた。

 

「良喜、後で話しがあるのだが」

「それは二人っきりでしないといけないことか?」

「出来ればそうしてほしいのだが…」

「ならそうしようか。で、俺はいつどこに行けばいい?」

「みんなが寝静まった後で…そこの水場にでも会おうか」

「了解した」

「ありがとうな」

 

そう俺に言うと彼女は何事もなかったかのように野営の準備に戻る。

そこまでして俺にしたい話とは一体何なのか。

全くわからない俺も一先ず他の人に感づかれないように野営の準備に戻った。

 

その夜。

他の人が寝静まったのを確認した俺は慧音に呼び出されたところに赴く。

水場に行くと、そこには慧音が角を生やして待っていた。

…え?

()()()()()であるはずの慧音が角を生やしているだと?

俺の驚愕した顔を見た慧音は小さく息を漏らした。

 

「やっぱり、そんな反応をされるのが普通か」

「慧音、お前は一体…?」

「結論から言うと私は人間ではなく、白沢と呼ばれる獣の半獣だ」

「半獣?」

「あぁ。普段は人間の姿で暮らして満月の夜だけ本性を現す、そんな妖怪だ」

「つまり…?」

「私は君たち普通の人間と違って妖怪だということだ」

「それで、ハクタクだったか?それってどう言う妖怪なんだ?」

 

俺の質問に彼女は驚いた顔をする。

 

「…怖がらないのか?」

「怖がるも何も。慧音はこっちに敵対する気なんてないだろう?」

「いや、そうだが。でも、なぜそう断言するんだ」

「もし敵対するなら何も言わずに襲い掛かってくるからな。今まであってきた妖怪はみんなそうだった。それでハクタクって何だ?」

 

俺の答えを聞いた彼女はとてもうれしそうな顔を浮かべた。

 

「…!!白沢の話だったな」

「ああ。おそらく倭の国(こっち)の妖怪じゃないみたいだしな」

(こっち)の聖獣だからな。ざっくり言うと歴史を操る生き物だ」

「歴史を操る…?なんか為政者が欲しがりそうなものだな」

「幾度となく狙われたぞ。歴史を操ることは世界を操ることと同義だとあいつらは考えてるらしい。歴史(カコ)を変えても世界(ミライ)は変えられないというのにな」

「それで田舎に引きこもって教師のまねごとをしていたのか」

「そういうことだ」

「で、ここに呼び出したのはそれを伝えるためか?」

「そうなのだが…」

「だったら俺以外にも言わなければいけない人がいるな」

「……」

「妹紅と美鈴にもいつか――今じゃなくてもいいんだが伝えなきゃいけないだろう?」

「…いや、妹紅に対してはその必要はないぞ」

「は?」

 

ここで慧音は俺に後ろを向くようなジェスチャーをした。

それに促されて後ろを向くと、そこには妹紅が立っていた。

 

「妹紅!?いつの間に!?」

「良喜が一人こっそりと向かっていくのが見えたから後を付けていたんだが…慧音、隠し事はあまりよくないぞ」

 

俺らが言えた話か。

 

「い、いつかは話すつもりだったから」

「ま、そういうことにしておくよ」

 

なんかじゃれつき始めた二人を眺めて夜は更けていく。

 



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第三十二話

 

唐の国に流れ着いて大体2,3カ月がたったころ。

点々とある村を伝っていきながらついに倭国…日本と交易をしている土地にたどり着いた。

地理的にのちの上海となるここはこの時は小さな漁村であった。

 

「やっとついたな」

「あぁ。これでようやく倭国に帰れるな」

「長いようで短い旅路だったな…これでお前たちともお別れか」

 

漁村の空き家に案内された俺たちはそこで次の交易までの間ゆっくりすることにした。

因みに美鈴は途中にある村が目的地だったらしく、そこで別れている。

 

「なぁ、やっぱり慧音は来ないのか?」

「なんだかんだ言って私はこの国の者だからな。誘いはありがたいんだが、それよりもこっちにいたいんだ」

「そうか…ならしょうがない。また俺らがこっちに来れば慧音には会えるからな」

「今度は漂着しないでくれよ?」

「流石にそうそうあってたまるか」

 

さっきの会話にもあるように慧音はこの漁村で別れることになった。

ここの村長が妖怪に対して理解のある人物だったらしく、彼女が生活することに何の拒否感も現さなかったためだ。

 

「それでお前たちは倭国に行ったら何をするつもりなんだ?」

「取りあえず、今の都に行こうかとは思っている」

「あとは知り合いのところに行きたいなー。あの子がどれぐらい成長したかみたいし」

「前行っていた修行仲間のことか?」

「そうそう」

「ふむ。ともに切磋琢磨する相手がいるのは嬉しいことだな…良喜にはいないのか?」

「…いたなぁ、そんな奴」

 

脳裏に浮かぶのは緑と白、それぞれの服を着た少女達。

仙人のもとでともに修行した相手を思いだしていた。

 

「ほう。それでそいつはどんな奴なんだ?」

「底抜けに明るい奴と、真面目すぎて若干暴力的な口調の奴の二人だ」

「良喜はその人たちには会いたいとは思わないのか?」

「…今はいいかな」

 

震えた声を自分の中では上手く隠したつもりだ。

 

「そうか。いつか会えるようになるといいな」

 

慧音を誤魔化すことはできなかったようだが。

 

「それで出発はいつの予定だったか?」

「確か明後日の早朝だったな」

「なら見送らせてもらうとするか」

 

そんな話をしながら夜は更けていく。

 

だけど。

 

俺たちは明後日の朝をこの村で迎えることはなかった。

 

 

 

その夜。

慧音が新しい家に移った後に二人でゆっくりしているときのことであった。

 

「始めまして」

「「!?」」

 

唐突な来客があった。

訪れたのは紫色のドレスを着た女性。

八雲紫と名乗った少女は俺たちに一方的に言って来た。

 

「早速だけどあなた達を幻想郷に招待させていただくわ。

 幻想郷というのは忘れられた存在(モノ)が集まる場所。

 そこにはあなた達の知り合いもいるわ。

 これはその人たちからのお願い。

 あなた達を幻想郷(こちら)に連れてきてほしいという願いをかなえるために私は来たわ。」

 

そう言って彼女は手に持った扇子を振る。

すると俺たちの足元の空間が裂けた。

重力に引かれて落ちていく俺らを見ながら紫は言う。

 

「幻想郷は全てを受け入れるところ。それはとても美しく、それ故に残酷ですわ」

 

 

 

 

 

――――第五章、完




次回から幻想郷編です。
多分あと二章位でエンディングかと思います


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第六章 『管理人、八雲紫』
第三十三話


章タイトルこそ八雲紫ですが、ほとんど彼女は出てきません。
この章のテーマは主に『再会』です。


 

幻想とは、実際にはありえないことをあたかも現実に存在するかのように説明することであり、その説明対象でもある。

具体的には妖怪、モンスター、神様、魔法使いなどがそうだろう。

時代が進むにつれてそのくくりに入るものは増えていき、いつしか人は科学というものを信仰するようになっていった。

元来、人が信じることによって存在していたそれらは消滅の危機を迎えていた。

そんな彼らの現状を問題視したのかいつしか妖怪の賢者は彼らを守るための場所を作ろうとした。

その賢者の名前は八雲紫。

その場所の名前は幻想郷。

賢者によれば幻想郷は全てを受け入れるとのこと。

たとえそれが不老不死でも、不老不死もどきでも。

 

 

聞こえてきたのは川のせせらぎの音。

謎の空間に落とされた俺たちはいつの間にか気を失っていたらしい。

 

「…ここは?」

「…分からん」

 

隣の妹紅も目を覚ましたようだ。

だが、俺も彼女もここがどこか分からない以上、何か行動をとろうにもなにも思いつかなかった。

しばらく呆けていると、あの女性が再び姿を現した。

 

「お二人さん、ごきげんよう」

「あんたか。何の用だ?」

 

いきなり変なところに連れてきた相手に敵意を隠すことなく話しかける。

 

「あらこわい。二人にここのことについて教えてあげようかと思いまして」

「そんなことより元の場所に戻してくれないか?」

「ふふ。それを提案するにはいささか早計じゃないかしら?」

「どういう意味だ?」

「ここにはあなた達の知り合いがいるわよ」

「知り合い?」

「ま、それは後で話すわ。ここについての説明をしてから、ね」

 

胡散臭い言い方をする奴だ。

俺にとってのその女性の第一印象はそれであった。

ただ、彼女の言った『知り合い』というワードが耳に残った。

だからこそ胡散臭くても話を聞かざるを得なかったのだ。

それが彼女の狙いであると分かっていても。

 

「ここは幻想郷、忘れ去られた者たちが集う場所よ。

 あなた達にとっては当たり前の物である妖怪。

 最近はそれを信じる人も少なくなっているわ。

 正しく言うならば、それに代わるものを信じるようになってきた、というべきね。

 それとともに妖怪たちは住む場所を変えていき、最終的にここをはじめとした山奥の人里に住むようになったわ。

 そのうちの一か所であるここで私はあることを始めたわ。

 それは全ての存在の共存。

 忘れたものも覚えたものも捨てたものも拾ったものもすべてを受け入れる、そんな場所の創造ね」

 

彼女が語ったのは理想。

それをなぜ自分たちに話すのか彼女の真意を掴めないまま話は続いた。

 

「共存を狙う中で一つ気付いたことがあるわ。

 それは種族の差。

 当たり前の話だけど、人間は妖怪を畏れ、妖怪は人間を襲う。

 けど人間だって襲われるだけにはいかないわ。

 滅んでしまったら元の木阿弥にしかならないしね。

 だからあなた達にはその過ぎた妖怪を退治してほしいわ。

 見境なく人間を襲うような、そんな妖怪をね」

「何故俺たちなんだ?腕の立つ妖怪退治屋ならいくらでもいるだろう?」

「あら。私は恒久的な妖怪退治を望んでいますわよ。死なないあなた達なら簡単なことでしょう?」

「どこでそれを?」

「私は聞いただけですよ。輝夜姫と呼ばれていた人に」

 

それからは一瞬で全てが起きた。

まず妹紅が女性につかみかかろうとする。

それに気づいた女性は彼女の足元にあの謎の空間を作り、足をとった。

そして手に持った扇で妹紅の頭を叩こうと振り上げる。

振り上げた手を俺が凍り付かせ、女性の目の前に氷の針を作り上げた。

 

「あら、随分と手の速い人ですわね」

「輝夜がいるのか!?どこにいるんだ!?」

「落ち着け妹紅。今ここであいつを襲ったところでいいことなんてない。てか、返り討ちに逢うのがおちだ」

「…っ!!」

 

妹紅が体を起こし、地面に座り込んだ。

それを見届けてから女性の周辺に作っていた氷を解除した。

 

「知り合いっていうのは輝夜のことだったのか」

「ええ。彼女たちは今竹林にいるわ。会うのは勝手だけど、もしあった場合には私のお願いを聞いたということにさせてもらうわよ」

 

納得。

確かにそうだったら俺らを選ぶわけだ。

そして、俺らが断るわけにもいかないから、最初からそっちの勝ちだと言う訳か。

 

「家ってこっちで勝手に作っていいよな?」

「ふふ。引き受けたのならばそれぐらいでごちゃごちゃいわないわよ」

 



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第三十四話

 

「なんだこの竹林。ちっとも前に進んでいる気がしないぞ」

「同じところをぐるぐると回っているような…」

 

謎の女性――八雲紫というらしい――との話し合いが一段落した俺らは竹林に足を踏み入れていた。

というのもこの竹林の中に輝夜がいるらしいからだ。

それを聞いた妹紅が話が終わるや否や弾き出されたように迷いの竹林へと向かった。

そうして竹林へと足を踏み入れて早一時間。

目的地はおろか、現在地さへ分からなくなっていた。

 

「引き返そうにも今まで来た道すらわからないとは参ったなぁ、これは」

「もういっそのこと竹林ごと焼き払ってやろうかな」

「それはやめてくれ。竹林だけじゃ被害がすまないから」

 

そんなことをして紫の逆鱗に触れるのはまずい。

俺ら二人がかりでようやく対等に持ち込めるかどうかすら怪しい相手と戦いたくはない。

 

「でも手がかりすらないしどうしようかな」

「おや、あんたたちは誰ウサ?」

 

手詰まりで呆けていると、いきなり後ろから話かけられた。

驚いて身構えると、そこにいたのは一人の少女。

彼女の頭の上には耳が付いていた。

…兎の耳が。

 

「そんなに身構えなくてもいいウサ。私はただ道案内に来ただけだから」

「…ここの住人なのか?」

「そんなところウサね。私の名前は因幡てゐ。この先の永遠亭にお世話になっているウサよ」

「永遠亭…?」

「薬師とお姫様が住んでいる少し大きめのお屋敷ウサ。で、あんたが良喜ウサね?」

 

名前を呼ばれて俺の体が少しこわばる。

俺は幻想郷(ここ)に来てから一度も名乗ったことはない。

それなのに知っているということはつまり、誰かから聞いたということである。

問題はその誰かが『誰か』ということだ。

 

「誰から聞いた?」

「分かり切ったことを聞くウサね。『お姫様』に決まっているウサ」

「そうか」

「なら納得したところでついてくるウサ。永遠亭に連れて行ってやるウサよ」

 

そう言って彼女はピョンとはねたかと思うと竹林の中を迷いなく歩きだした。

慌てて走り出した俺が感じたのは謎の浮遊感。

気付くと穴の中にいた。

 

「にしししし。ひっかかったウサね」

 

穴の上からの声に見上げるとてゐがこっちを見て笑っていた。

 

「よくもやってくれたな…」

 

穴の中から飛び上がった俺は彼女の耳を掴むと穴の中に放り投げ入れ、ふたをするように氷の幕を張った。

 

「~~~~!~~~~~!!」

 

てゐが氷をバンバンと叩きながら何か叫んでいる。

次第にその声も小さくなっていき、ついに彼女は穴の底で蹲った。

彼女に気づかれないように氷を解除すると何かグチグチ言っていた。

 

「なによ冗談のつもりだったのに…これが冗談の通じない人ってやつ?輝夜も彼のどこが気に入ったんだか…」

「おい」

「うわ!あ、あれ?氷はどうしたウサ?」

「それよりも道案内、よろしくな」

「へ?」

「道案内しなかったら今日の俺らの晩飯が兎鍋になるだけだから」

「分かったウサ!道案内するからついてきてほしいウサ!」

 

ちょっと炎を出しながら話すとてゐは素直に案内し始めた。

そんな自分のことを見る妹紅の目が少し怖かったのは内緒だ。

 

彼女の後ろをついていくと古風なお屋敷にたどり着いた。

門をくぐるとそこには大量の兎が出迎えてきた。

その兎たちの群れをかいくぐっていくと縁側に一人の女性が座っていた。

単を着た彼女は俺の姿を見ると話かけてきた。

 

「久しぶり、良…」

「かぁぐぅやぁぁぁあああ!」

 

彼女のあいさつに対して返事をしようと思ったら彼女が燃やされていた。

 



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第三十五話

 

目の前で輝夜が燃えている光景に呆けていると、その火達磨状態の輝夜が立ち上がって彼女を燃やした張本人を睨みつけていた。

 

「誰?あなた?」

「妹紅だ。あんたには色々言いたいことがあるからな」

「分かったわ。私にもあなたに言いたいことがたった今できたからちょっと表に出ましょう?」

 

そう言うと二人は門の外に出てしまった。

怒濤の流れに全く反応できずにいると、屋敷の奥の方からまた一人の女性が出てきた。

 

「輝夜ー、何があったの?いきなり轟音がしたけど」

「俺が聞きたいです」

「あら、見ない顔ね。初めまして。私の名前は八意永琳よ」

「あ、ご丁寧にどうも。俺の名前は良喜です」

「あなたが輝夜の言っていた良喜ね。何かお茶でも飲む?」

「いただきます」

 

 

座敷に上がると、永琳がお茶と茶菓子を持ってきた。

 

「それで良喜。私のことは輝夜からどれぐらい聞いているの?」

「月の頭脳と呼ばれる科学者で、輝夜の逃亡の手助けをしたというところでしょうか」

「そこまで聞いているのね。それであなたはなぜここに来たのかしら?」

「知り合いがいると聞いたので。彼女は今連れと外に行ってしまいましたが」

「あら、お連れさんがいるのね。その人はどんな人かしら?」

「まぁ、相棒みたいなもんです」

 

こうして何気ない世間話を繰り広げていると唐突に座敷の襖が開かれた。

 

「良喜!あの女って一体何なのよ!?いきなり私を燃やすなんて!」

「良喜!この女って一体良喜の何なんだ!」

 

襖を開けたのは輝夜と妹紅。

互いにボロボロになりながらお互いの顔を指さして俺に指さした相手のことを聞いてきた。

 

「うん、二人とも取りあえず落ち着け。一度に話しかけられても聞き取れないから」

 

神子でもない俺に一度に複数人の言葉を聞きとれるわけがなく、一先ず二人を落ち着かせることにする。

俺の言葉に従った二人は座敷に座った。

俺を挟んで。

本当はその着席に対してもいろいろ言いたかったのだが、それはあきらめて二人に互いのことを説明した。

 

「まず妹紅。こいつはこいつが讃岐造翁の養子だったころに俺が身辺の護衛をしていたと言う訳だ」

「え?」

 

俺の説明に疑問の声をあげたのは輝夜張本人。

彼女が何か言うともっと面倒くさくなることは明白なので、彼女を黙らせることにした。

 

「うん、お前は何も言うな。それで、輝夜。こいつは藤原妹紅と言って、お前に求婚してきた五人のうちの一人の娘だ」

「求婚してきた人の娘?そんな人が生きているわけないでしょ?」

「簡単に言うとこいつも蓬莱人、と言う訳だ」

「蓬莱人、って地上に蓬莱の薬なんて…あっ!」

「まぁ、その通りだ。詳しくは本人から聞いてくれ。で、妹紅」

「なんだ」

「満足したか?」

 

俺の質問に妹紅は俯き、小さい声で言った。

 

「まだ納得はできてないけど、彼女を殴るのは一発だけって決めていたから」

「そうか」

 

彼女の答えを聞いた俺は輝夜に向き合って、言った。

 

「すまないな。彼女のわがままに付き合ってもらって」

「全く何よ!勝手に納得して!」

「うん、後は二人の問題だから」

「あぁ、もう!妹紅、だっけ?ちょっとこっちに来なさい!」

「え!?えぇ!?」

「行ってこい、妹紅。いいたいことがあるなら思う存分ぶつけてこい」

 

こうして輝夜が妹紅を引きずって部屋から出ていくと、それまで沈黙を保っていた永琳が口を開いた。

 

「大変ですね」

「他人事だと思っ…いや、他人事か」

 

深く深くため息をついた。

 



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第三十六話

 

輝夜と妹紅はどうやら和解したらしい。

そう判断したのも二人だけで入っていった部屋(永琳曰く、輝夜の私室)から出てきた二人からはわだかまりを感じなかったからだ。

輝夜の服の一部がすすけていたり、妹紅のリボンが若干引きちぎれているのには目を瞑っておこう。

 

後日、幻想郷を一通り見て回った俺らは住むところを永遠亭がある竹林の中に決めた。

この事は意外にも妹紅から提案されたものだった。

理由を聞くと彼女は満面の笑みで答えてくれた。

 

竹林(ここ)に住めばいつでも輝夜と戦えるからな」

「お前らって和解したんじゃないのか…?」

「それはそれ、これはこれだ。あいつも私と戦いと思っているだろうしな」

「妹紅がそれでいいというなら俺は何も反対しないけどさ…」

「なら早速建築しようか。思い立ったが吉日っていうらしいし」

 

竹林での俺たちの新しい家の建築は思いのほかサクサク進んだ。

小さな家だったというのもあるが、それ以上にてゐや妖怪兎たちが手伝ってくれたというのも大きい。

 

「これで貸一つウサね」

 

建築が終えた時にてゐがそう言ったのがとても気になるが。

新しい家ができてからの日々は思いの外充実したものだった。

普段は家や近くにある永遠亭でゆっくりと過ごし、人里からの要請があればそれに答えて妖怪を倒しに行く。

倒しに行く妖怪の殆どは下級妖怪が多く、人語すら介さないものも多い。

そのほとんどが俺たちの敵ではないため、問答無用で退治していく。

逆に要請があっても人語を介するような敵にはまず説得から始める。

説得が失敗したら退治することに変わりはないのだが、そんな敵は強大な力を持つものが多く、普通の人間なら何もできずに殺されてしまうだろう。

その点俺たちは不死身で、妖術や仙術(のできそこない)を使うことができる。

普通の人間とはとても言い辛いそんな俺たちでも苦戦するときはするのだが、死なない体を使ってごり押しで退治していく。

そして退治した次の日には何事もなかったかのように永遠亭に遊びに行ったり、自宅でゴロゴロしたり。

 

そうやってかなりの時間が経過した。

具体的には分からないが、おそらく百年単位で時が過ぎたんだろう、多分。

ある日、人里からの使いから仕事の依頼が舞い込んできた。

 

「最近、近くの山で妖怪の活動が活発なようなのでちょっと調べてほしいんです」

「山って言うと、あの山?」

「はい。近くにあるあの山です。元々妖怪が多いあの山なんですけど、最近急にその活動が活発化していて、その上新しい妖怪の姿も見かけるようになってきたのでその調査

 

をしてほしいと思いまして」

「了解。報告はいつも通り、稗田の屋敷にすればいいんだよな?」

「はい。よろしくお願いします」

 

依頼を引き受けた俺たちは早速件の山へと向かう。

途中で何回か妖怪の襲撃を受けるが、それもいなしていく。

そうして山についた俺たちを待ち受けていたのは熱烈な歓迎だった。

 

「そこの二人。何をしているんですか?」

 

こちらに剣を構えながらそう誰何をしてくる相手の頭にはケモ耳。

腰には尻尾を生やした彼女はどう見ても懐かしきあの種族、白狼天狗だった。

 

「俺の名前は良喜。でこっちが妹紅。近くの人里の依頼で調査をしに来た」

「ここは私たち天狗の住処。これで満足か?」

「生憎だがそれだけでは満足できないな。なぜ天狗がこの山にやってきたのか、人里に危害を加える気はないかとか他にも聞きたいことがある」

「ふむ。まぁ人がここに入ってこないようになるならそれでいいか。なら私についてこい」

 

そう言って彼女は振り向いて立ち去っていく。

有無を言わせぬその姿勢に慌てて俺たちはついていくのであった。

 

そうして山を登ることおよそ2時間。

一つの屋敷に通された俺たちを待っていたのは天魔だった。

 

「貴様らが侵入者か。って、は?」

「あ、お久しぶりです」

「娘さんは息災ですか?」

「文なら毎日天狗社会のあちこちを飛び回っているぞ…って貴様たちがなぜここに?」

「近くの人里から依頼を受けたので。最近現れた新しい妖怪の調査をしに」

「あぁ、成程。私たちが来たからその調査をしに来たということだな」

「あなた達天狗だとはこちらも知らなかったんですが」

「貴様たちがここに来ることを私は知らなかったがな。まぁいい。人里ように何か文書でも渡せばいいんだろう」

「そんなとこです」

「じゃあ今からその文書を作るからその間…あー、そうだな。文のところにでも会いに行ってやれ」

「会いに来なくてもこちらから行きますよ!」

 

その時一陣の風が俺たちの間に吹き、現れたのは黒髪の少女。

最後に見た時からかなりの成長を遂げた彼女は笑顔で抱き付いてきた。

抱き付いてきたのは射命丸文。

天魔の娘の烏天狗だ。

 

「良喜お兄ちゃん、久しぶりですね!」

「文。久しぶりなのは確かだからとりあえず離れてくれ」

 

相棒とあんたの親の視線がいたいから。

二人ともマジで人を殺せそうな目をしているから。

 



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第三十七話

 

「じゃあお母さん、私はこれで失礼します!」

 

そう言って文が俺の腕を掴んだまま飛び立とうとする。

しかし、すぐにその翼は叩き落された。

 

「痛い!一体何するんですか?」

 

文を叩き落したのはいつの間にか拳を構えていた妹紅。

彼女は俺に確認するように聞いてきた。

 

「良喜。今日の晩御飯は焼き鳥でいいよな?」

「あー、うん。今日はそんな気分じゃなくなったから」

「そう?なら唐揚げかな」

「まず鶏肉から離れようか」

 

そんな会話をしていると復活した文が俺の腕にもう一度抱き付いてきた。

すると妹紅が鋭い目つきで文を睨む。

しかし彼女はその目に怯むことなく妹紅に挑発まがいのことを言った。

 

「そんなにうらやましいならお姉ちゃんもこうすればいいんですよ。お兄ちゃんには腕が二本あるんですから」

 

その言葉を聞いた妹紅は少し逡巡したのちにもう片方の腕を掴んできた。

両手をふさがれ呆然としている俺に天魔が話かけてきた。

 

「書類は二、三時間で出来るからその間適当な場所で遊んでやってくれ」

「了解しました」

 

天魔のプレッシャーに押され、俺は外に出た。

 

外に出た俺たちは文に引っ張られるように山の中を進む。

そうやって一軒の家にたどり着いた。

両腕ともふさがったまま俺たちは家の中に入る。

 

「この家は?」

「私の家ですよ」

「なんでこんなところに?」

「お兄ちゃんとお姉ちゃんが今までどんな生活をしてきたかを聞きたいと思いましてね」

「お前と別れた後か?」

「いえ、その前も含めて」

「長くなるけど、それでもいいのか?」

「長くなるのは覚悟の上ですから」

「まぁいいか。しかし、こういったのを話すのも久々だなぁ。皆俺の人生を聞いて何が楽しいんだか」

「他人のことを聞くのは案外面白いものですよ。それがお兄ちゃんのような『普通』の人生を送ってない人のそれを聞くのは」

「そんな物かね?」

「少なくとも私はそうですよ」

「さいで」

 

半ば呆れた俺はいつぞやのように話を始めた。

文はそれを随時メモを取りながら聞いていく。

そうしてすべてを話し終えたころにはかなりの時間が経過していた。

 

「はー。波乱万丈としか言いようがない人生送っていますね」

「俺もそう思えてきた」

「お姉ちゃんはどんな感じだったんですか?」

「私?私は…良喜に会うまでは普通の生活だったよ」

「俺にあってからは普通じゃないのかよ」

「だって、会うまでは不老不死になることはもちろん、日本中を歩いたりそれどころか日本から出ていったりするなんて思ってなかったよ」

「京の貴族の娘だったわけだしな」

「なるほど。でも今の人生の方が楽しいですよね?」

「「もちろん」」

「幸せそうですね」

 

幸せそう、か。

そんなことを意識したのはいつ以来だろうか。

 

「良喜?」

「お兄ちゃん?」

「あ、すまんな。少し考え事していた」

 

何はともあれ、今はこの時を楽しむのが一番だな。

 

 

 

 

 

――――第六章、完



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最終章 『不老不死、良喜』
第三十八話


 

ツケ。或いはフラグ。或いは伏線。

「あの時のあれは今ここにつながっていたのか」という点では全て同じである。

それが悪事の結果ならツケで、ジンクスに近いものだったらフラグで、そうじゃないなら伏線と呼ばれる。

つまり、あの時の俺はツケを払いに、フラグを迎えに、伏線を回収しにいったのかもしれない。

千二百年を超えるそれらを果たしに俺はいかされたのだ。

----あの場所へ。

 

 

文との再会からまた幾ばくもの時が流れた。

慧音とも再会し、彼女が人里を見て「ここが私の居場所だ」と守護者を名乗り始めた時も。

花妖怪と再会し、「相変わらずいびつな二人ね」といわれた時も。

宵闇の妖怪と再会し、彼女の変わりように驚いた時も。

全てが昔の話となり始めたころ。

 

スペルカードルールが発令された時も。

幻想郷中を紅い霧が覆いこんだ時も。

春先まで白い雪が降っていた時も。

全てが記憶から薄れ始めたころ。

 

夏の満月の夜のことだった。

竹林のいつもの小屋で二人で過ごしているとにわかに外が騒がしくなってきた。

 

「迷い込んだ人でもいるのか?」

「さぁ。こんな真夜中にここに来るなんて自殺志願者かなんかだろうな」

 

眠れずにいた俺らは暇つぶしにと外に出た。

 

「あら。本当に人が住んでいたわ」

「ここってあなた達が住んでいたのね」

 

外で待っていたのは紅白の(おそらく)巫女服に身を包んだ少女と紫。

謎の二人組の襲来に俺たちは困惑していた。

 

「こんなところに何の用だ?紫と…紅白?」

「博麗霊夢よ。あなた達こそ誰よ?」

「俺は良喜。でこっちが妹紅だ」

「まぁいいわ。肝試しの肝があんたたちなのかしらね」

「肝試し…?それでこんな危険地帯に来たのか?」

「ただの暇つぶしよ。生憎輝夜にもいわれたし」

「輝夜?あぁ…肝がある人間たちってあんたたちのことね」

「妹紅、輝夜が何か言っていたのか?」

「『久々に肝のある人間と会えたわ』って」

「そうか…輝夜がけしかけたって言うなら乗るしかないな」

「ちょっとアイツの思惑に乗るのは癪だけど仕方ないわね」

「何よ勝手に完結して…紫、来るわよ」

「こうやって相対するのはいつぶりかしらね…ま、人妖が対等に戦えるルールで戦うのは初めてだから関係ないわ」

 

そう言って俺たちは互いのスペルカードを構える。

真実の(満ちた)月の下、人知れず戦いが始まった。

 

戦いは互角に見えた。

けど決定的な結果だった。

よくよく考えてみれば博麗とは異変解決のスペシャリストの姓。

決闘(スペルカード)経験ではあっちの方が上手なのだ。

慣れない戦闘にじりじりと消耗していく俺たちに比べて相手は百戦錬磨のスペシャリスト。

どっちが勝つかなんて明らかな話だった。

 

「あ~!負けた!」

「負けたな」

「むぅ。スペルカードじゃなくて殴り合いだったら勝てたのに」

「俺らがやると殺し合いにしかならないからやめとけ」

「物騒なことを言うのね。殺し合いをそんなにして死なないのかしら?」

「霊夢、気付いていなかったの?」

「何が?」

「この二人、死なないよ?」

「え?」

「その死なない理由も二人で違っているけどね」

「ええ?」

「なんなら私の肝でも食べてみるか?」

「俺の肝は…喰わない方がいいな、うん」

「えええ!?」

「それはさておき。騒がせてしまって悪かったわ。帰るわよ、霊夢」

「ちょっとどういうことよ、紫!?」

「では、二人ともごきげんよう」

 

そう言うと紫と霊夢は竹林を去っていった。

 

「しかし、何だったんだあいつら」

「輝夜から何か聞いたっていう話だけど、何をしたんだ?」

「またあとで聞きに行きゃいいだろ。それよりも眠い」

「私も」

 

そうやって俺たちは小屋に戻って寝た。



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第三十九話

いよいよこの物語もこの話を含めてあと2~3話です。
最後までお付き合いいただければ幸いです。


 

満月に夜襲を受けたあの日からそれなりの時間が立った。

あれ以来竹林の外では間欠泉が噴き出したり、空を船が飛んだり、逆さの城ができたりと様々なことがあったらしい。

その度に神社で宴会が行われたらしいが、引きこもっている俺らのもとには招待状が来るだけで、参加はしていなかった。

自分たちが関与していない異変に態々参加する理由が見つからなかったからだ。

そんな奴でも参加してほしいという意味の文を無視しているだけともいうが。

時々人里に出て、慧音や里の実力者と話し、妖怪の山で文たちと遊ぶだけの日々だった。

 

「只今」

「お帰り、妹紅。今日は輝夜に勝てた?」

 

ある日、輝夜との定例戦(殺し合い)を終えた妹紅が帰って来た。

いつもだったら俺もついていってたのだが、今日は紫とちょっとした野暮用があったので別行動していたのだ。

妹紅と紫はよくわからないが相性が悪いので紫と会うときは妹紅と一緒にいないようにしているのだ。

 

「また相討ちだったよ。そんなことより今日こんなものを拾ったんだけど」

 

そう言って彼女が取り出したのは紫色の玉。

今まで見たことがないそれは何かしらの力を感じた。

 

「なんだこれ?」

「私も知らないんだが、珍しいものだったし持ってきたよ」

「ふーん。ま、明日あたりにでも香霖堂に持って行けば分かるだろ」

「まぁね」

 

妹紅がその紫色の玉を片付ける。

そして人知れず俺らは異変に再び巻き込まれるのであった。

 

結論から言うと霖之助の説明を聞いてもちんぷんかんぷんだった。

 

「これは『オカルトボール』というもので用途は…なんだ?『知的好奇心を満たすための物』だとさ」

「知的好奇心を満たす?このボールはただのボールだけど?」

「僕の目にもそうとしか映らないね…良喜君はいままでこういったものを見たことはないのか?」

「あったらここに持って来てないから」

「それもそうだね。ところでこのボールってどうするつもりなんだい?」

「どうするって?」

「面白そうなボールだし、僕の店で取り扱ってもいいけど?」

「あー、それは無理な話だな」

「どうしてだい?こんなもの持っていたところでどうしようもないじゃないか」

「違うんだ。このボール他の人に渡せないんだよ」

「どういうことだい?」

「今こーりんがそれを持っているだろ?それでそのボールが手から離れるとなぜか私のところに戻ってしまうんだ」

「へー珍しい機能も持っているんだね」

 

そう言うと霖之助はボールを妹紅に投げ返す。

難なく受け取った妹紅は霖之助に言葉を返した。

 

「ありがとな、こーりん」

「次は客としてきてくれることを祈っているよ」

 

外に出ようとしたときに霖之助から声がかけられた。

 

「あ、そうだ。確か魔理沙や霊夢とかがそれみたいなボール探していたよ」

「彼女たちはなんて言ってた?」

「確か、集めると願いが叶うとか何とか言ってた気がしたなぁ」

「集めるって、どうやって集めるんだ?」

「さぁね。引き留めて悪かったね」

 

今度こそ外に出ると慣れた視線を感じた。

それは殺気。

感じると同時に屋根の上から小太刀片手に人が飛び降りてきた。

しかし。

あっけなくその男は燃やされていた。

 

(手加減された炎で)丸焦げになった男に話を聞くと、どうやら彼もオカルトボールを求めていたらしい。

それで妹紅を見つけて店から出てくるところを襲ってみたとか。

彼自身もそれを持っていたらしく、これを渡すから見逃してくださいといわれ、逃げられた。

 

「このボールって身体能力とかの向上もしているみたいね」

「集める気にはなったか?」

「全くならないけど、でも襲われるなら返り討ちにしないといけないかしらね」

「おぉ、こわいこわい」

 

 

それから一週間くらいが経過した。

妹紅が闘うところを見る機会が圧倒的に増えたが、難なく相手取っていた。

霊夢や魔理沙など分が悪い相手には負けることもあり、その時は持っていたボールをすべて渡していた。

そうして増えたり減ったりして行ったボールは3個ぐらいになっていた。

そしてその日も誰かと戦っていた。

 

「あー、今日は負けちゃった」

「おかえりー。相手はどんな奴だった?」

「なんか古い服着ているやつ。夜も遅いし明日竹林の外に届けるよ」

「へー」

 

そうして妹紅の後に入ってきたのは一人の女性。

彼女は物珍しそうに家の中をのぞく。

そして俺と目があった。

 

「布都?」

「…その顔、さては良喜じゃな!」

「あ?二人とも知り合い?」

 

呆然とする妹紅を傍目に、俺と布都は抱き合った。

互いがそこにいるという存在を確かめ合うかのように。

千年以上の再会を大事にするように。

布都の体温を感じていると何か自分の中が溶けていく感覚がした。

それを感じていると目の前がだんだんと暗くなっていった。

 

 

気付くと俺は河原に立っていた。

河原には俺以外に一人の女性が船のそばで眠っていた。

 



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第四十話

川の畔で寝ている女性。

彼女は誰か、そしてここはどこか全く持って分からない俺は彼女に聞くことにした。

そう決めて彼女に近づくと、その女性は目を覚ました。

 

「おや、もう休憩時間は終わりかね」

 

休憩…?

 

「まぁいいや。ほら、早く渡し賃を出してくれないかね」

 

渡し賃?俺は川を渡るつもりなどないが…

心の中ではそう思いつつも、俺の体は裏腹に懐から一つの包みを渡す。

かなり大きいとても懐の中に入るようには思えないその包みを受け取った彼女は驚いたように目を見開く。

 

「驚いたねぇ。あんた、生きている間は相当な善行を積んだのかい?ここまでの量はあたしもあまり見たことがないよ」

 

そう言うと彼女はその包みを船に乗せ、自身も船に乗る。

それにしても、今さっき彼女はなんて言った?

『生きている間』?俺は今も生きているはずだぞ?

そう考えながらしばらく立っていると、彼女は訝しむ顔でこちらを見てきた。

 

「どうしたんだい、あんた。早くこっち来なよ。そこに立ってままでいられるとあたしまで怒られちまうよ」

 

その言葉に押されて俺は船に乗る。

さっきまで何を考えていたかなんてさっぱり抜け落ちた。

俺が船に乗り込むのを見た彼女は船を出す。

 

「結構な金貰ったし、かなり縮めてもいいかね」

 

そう言うや否や、さっきまで見えてなかった対岸がすぐそこまでに迫っていた。

驚いた俺に彼女は話しかける。

 

「驚いているようだけど、これもすべてあんたが今までやってきたことが他人に感謝されているからね。人によってはたどり着かない時もあるよ」

 

そんなこともあるのか、とそれにも驚いていると、船が岸についた。

船が対岸についたからには下りないわけにはいかない。

俺が船から降りると、ここまで船頭してくれた彼女はその船で帰っていった。

後戻りする道を失った俺は前へと進むことにした。

 

前に進むと巨大な建物についた。

入り口に人はまばらにしかおらず、入ってもいいかどうか悩んでいたが、自然と足はそちらに向かっていた。

 

建物の中に入ると、中は裁判所のようであった。

裁判所と言っても、弁護人も検察官もおらず、裁判官も一人しかいないようなものだったが。

そしてその裁判官の位置にいる少女が俺の姿を見るとため息をついた。

 

「今日は誰も来ないと思っていましたのに」

 

失礼な。

俺だってここがどこだかさっぱりわかっていないのだが。

 

「私の名前は四季映姫ヤマザナドゥといいます。で、ここは地獄の裁判所です」

 

地獄…?

俺は死んだ記憶なんてないぞ。

 

「あなたが納得しているしていないにかかわらず、あなたが死んだということだけは絶対的なことです」

 

いつ、俺は死んだんだ…?

布都と再会して、彼女と抱擁を交わして、意識が飛んで、気づいたら川岸にいた。

ここが地獄、つまり彼岸ならあのとき気づいたらいた場所が此岸で、あの川は三途の川だというのか。

つまり、俺が死んだのは布都と抱擁している時?

いくら布都の頭が残念だからと言って俺を苦しめるほど強く抱きしめるようなことはしないだろう、うん。

 

「なにか勝手に納得しているようですが、地獄(ここ)に来たからには私はあなたを裁かなければなりません。と言う訳ですので、あなたの過去を見させてもらいます」

 

そう言って彼女は鏡を取り出し、それを覗き込む。

 

「成程、そういう人生で・し・・た・・・か・・・・」

 

彼女の顔が暗くなる。

ふぅ、と彼女は鏡を置く。

そして深刻そうな顔で口を開いた。

 

「あなたは確かに素晴らしい人生を送ってきました。たくさんの人を助け、たくさんの人と笑い、ともにいいことをなしてきました。しかし、あなたは決してやってはいけない罪を犯してしまいました。それは寿命の改竄。本来ならあなたはあの時、焼け落ちる火とともに焼死するという定めでした。それを無理矢理魂魄を固定するというやり方で死を欺いたのです」

 

何も言う気が起きず、俺は黙る。

 

「人の身でありながらのこの所業。本当ならば犯罪中の大犯罪。とても許されることではありません」

 

本当ならば?

つまり俺は例外だとでもいうのか?

 

「けれども、あなたは今現にここにいる。決して死神に狩られたわけではなく、なぜかここにいる。これはあなたが寿命を改竄するときに、その切れ目を『幼馴染と再会するまで』にしたためです。だから彼女と再会した時に、あなたの中の止まった時が動き出し、あなたは死に、ここに来た。それだけです」

 

何も言わず俯いていた。

『布都と会いたい』という思いが『布都にあったら死んでもいい』という思いになっていたのか。

なんという皮肉な話だ。

 

「だからと言ってあなたの罪がなくなるわけではないですが、ある程度は軽くなるでしょう。『無期限』と『期限あり』では大きく異なってきますから。けれど、ここであなたを裁き、地獄送りないし冥界送りにしようとするとそこも問題が発生するのです」

 

顔をあげる。

問題とは何か、それが気になっただけだ。

 

「その問題とは、『あなたが長く生きた方法』です。あなたは魂魄を体に結びつけることで長い間生きてきました。そのため、今ではその体に魂魄が同化しているんです。そう、あの蓬莱人のように。そのため、あなたが死に、魂が新しいところに行こうとしたときにその体に同化した部分がそれを妨げるのです。だからあなたをここで裁ききるわけにはいきません。ですので判決はこうします」

 

「あなたを無期限の執行猶予とします」

 

「何か看過できない罪を犯したらすぐに地獄行きになるのでそのつもりで」

 

執行猶予?それも無期限?

つまり俺は…

 

「そう、あなたはこれからも幻想郷で生きていってもいいと言う訳です。あなたが死ぬ度にここに来ることに変わりはありませんけど、少なくともその『幼馴染』と再会した程度では死ぬことはないのでご安心を。それではいきなさい。あなたにも待っている人がいるんでしょう?」

 

彼女がそう言うと、俺の体は不意に軽くなり、そして目の前が暗くなっていった。




ついに次が最終回です。
今日か明日のうちには投稿するつもりですので、お楽しみに


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エピローグ

 

再び目を覚ますとそこは和室だった。

布団から体を起こすとそこにいた女性が俺が目を覚ましたことに気づいた。

 

「あら、目を覚ましたんですね」

「青娥、久しぶり」

 

そこにいた女性は懐かしの顔である霍青娥だった。

 

「ところでここはどこだ?」

「永遠亭よ。びっくりしたわ。いきなり倒れるなんて聞いた時は肝が冷えたわ」

「俺がどうなったか想像が付くか?」

「ええ。あなたが布都と再会したら倒れたと聞いたし、大体の予想はついているわ。大方閻魔様にでもあったんでしょ?」

「まぁ、そんなところだ」

「それでどんなことを言われたのかしら?ここにいるということは悪くない話だったんでしょうけど」

「無期限の執行猶予だそうだ」

「それはよかったわね」

「何がいいんだか。悪いことができなくなったからな」

「でも顔は嬉しそうよ」

「ほっとけ。ところで、妹紅と布都はどうしたんだ?」

「彼女たちはあなたを看るのに疲れたのかねむちゃったわよ。なんなら今から見に行く?」

「そうする」

 

立ち上がってから彼女たちがいる部屋まで誘導される。

襖を目の前にすると、青娥が話かけてきた。

 

「それじゃ、後は三人でゆっくりとしてね」

「…ありがとうな」

 

それだけを返し、襖を開く。

中では二人の女性が布団の上に座っていた。

 

「ただいま。迷惑をかけたな」

「「おかえりなさい」」

 

彼女達を思わず抱きしめた。

突然の行動に驚いた彼女たちだが、静かに抱き返してきた。

 

「いきなり死んだように動かなくなって、びっくりしたぞ」

「本当に心配したんだから」

「ごめんな。そしてありがとう」

 

そのあとに続いた言葉は思わずこぼれてしまった。

今まで言えなかったのに、言うときはこういう時だとイメージしてたのに、いざ言ってしまうときは思いかげないタイミングだった。

 

「あと、二人とも、愛してる」

 

「やっと言ってくれたんだ…」

「我も愛してるぞ、良喜」

 

三人で静かに、互いの体温を確かめ合いながらずっと抱き合っていた。

 

 

数日後。

永琳に大丈夫だとの太鼓判を貰った俺たちは竹林内のいつもの小屋の中にいた。

 

「それで良喜は今までどう過ごしてきたんじゃ?我たちみたいに尸解仙でもないということはずっと意識があったんじゃろ?」

「途中からは妹紅と一緒にいたなぁ…それまではほぼ一人ぼっちで過ごしていたけど」

「むぅ~。そこの妹紅だけ知っていて我が知らないのは許嫁として少し思うところがあるんじゃが」

「聞きたいか?」

「聞きたいか聞きたくないかで言うと聞きたいんじゃが、ダメじゃろか?」

「妹紅、いい?」

「私はいいよ。久しぶりに聞きたいし、良喜が何を考えながら過ごしていたか気になるし」

 

話さないという選択肢は存在しないらしい。

それならしょうがないな。

 

「長くなるから覚悟しとけよ」

 

それでは始めようか。

氷漬けの不老不死の男の噺を。

千年を超える小さな噺を。

 

 

 

 

 

――――不老不死の氷噺、完




これにて完結です。
とは言ってもあとがき兼キャラ紹介であと一話は投稿する予定ですが。
ここまで読んでくださってありがとうございました。


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おまけ

あとがき及びキャラ紹介です


 

不老不死の氷噺、いかがでしたか?

この小説は最初は「そうだ、長編を書こう」という作者の思い付きから始まりました。

そしてプロットを作り、いざ書き始めたのが約七カ月前。

最初の頃は30話程度の予定だったこの物語も気づけば40話強。

当初の予定から伸びたものの、何とか完結にこぎつけられてホッとしているところです。

 

それでは以下にキャラ設定を乗せます。

本編のネタバレが載っていますので、全て読んだか、そもそも気にしない人だけ読んでください。

 

 

 

この先、一千里

 

 

 

 

以下、幻想郷縁起の英雄伝より抜粋

 

 

「蒼の守り人」 良喜

 

職業       不明

能力       凍結させる程度の能力

住んでいるところ 迷いの竹林のどこか

 

藤原妹紅と同時期にその存在が確認された人物。

彼も人間だが不老不死であり、長く生きていてるため、どこかで身につけたのか仙術ににた技を使う。(*1)

その戦闘力は高く、藤原妹紅と共に妖怪退治をしている姿が目撃されている。

彼も藤原妹紅と同様、伝説の集団について聞かれるとしらばくれる。(*2)

 

能力

 

彼は物を凍結させる能力を持つ。

その能力で凍結させるのは水はもちろん、不凍液で知られる油や、果ては『凍結する』という概念があるなら時といった抽象的なものにまで発展する。(*3)

また彼も人間でありながら不老不死の体を持つ。(*4)

 

交流

 

普段は迷いの竹林に住んでいるとのことだが、どうやら藤原妹紅とともに過ごしているらしい。

その他にも幻想郷内の住人とのかかわりがそこそこある。

有名な例では物部布都あたりがそうである。(*5)

他にも守矢神社の神様や烏天狗、紅魔館の門番とも面識があるようだ。(*6)

理由を聞いても長生きしているから、とこれまたしらばくれる。

彼も迷いの竹林の護衛をしているため、永遠亭に行くときは彼か藤原妹紅に頼めば案内もしてくれる。

彼もまた人であるため、うまく聞き出せば何か面白い話が聞けるかもしれない。

 

 

 

*1 ただ、仙術を使うということは少なくとも仙人のもとで修行してないと出来ないことであることに変わりはない

*2 こちらは彼女とは違って「自分ではないか」というボケを見せてくることもある

*3 とは言っても出来るのは凍結と解除のみであり、どこぞのメイドとは異なり時を遅くしたりすることはできない

*4 原因は不明だが、時々閻魔が見に来ているらしいのでそこら辺に理由がありそうだ

*5 通い妻よろしく足しげく通っている姿が見られる

*6 その割には賢者と会ったのが幻想郷に来る直前とのこと

 





番外編は気が向いたら投稿します。

ここまで読んでくださってありがとうございました


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