魔法少女リリカルなのはStrikers~風と桜の記憶~ (strike)
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第1話 穏やかな日常

この作品は作者の2作目となります。
前作の続きとなりますが、この作品からでも分かるような仕様にしています。
少しでも見てくれる皆様に楽しんで頂けたら嬉しいです。

前作を見て貰っている方には少し見覚えのあるシーンがあるかもw

それでは第1話スタートです!!



JS事件。

あの厄災から早くも2年の月日が流れていた。

解散となった機動六課のメンバー達は皆それぞれに新たな部署で活躍しており、

フォワード部隊のスバルは特別救助隊。

ティアナは執務官候補生兼フェイトの執務官補佐。

エリオとキャロは辺境自然保護隊。

全員機動六課で得たことを十分に発揮し部隊に貢献している。

他にはナンバーズ達も社会復帰を認められ、シエルとアギトはそれぞれ武装隊に配属されて、隊長クラスのメンバーは原隊復帰して以前と変わらずそれぞれに仕事をこなしていた。

 

そんな中で新たな脅威が迫っていることを誰1人として知る由も無かった。

 

 

 

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ここはミッドチルダのとある場所。

 

「これより作戦行動の確認を行う。 まず現状について。 今このビルの27階には犯罪者が6人と人質が複数いる。」

 

男の声が魔導師達の頭の中に響き始め、全員で状況の整理を行っていく。

そして、各人の配置が決定すると犯罪者達が立て篭もっている階の1階下に3人、ビルの外に4人がそれぞれに配置場所へ移動する。

全ての準備が完了したことを部隊の代表者が男に告げると、その報告を聞いた男は作戦開始のカウントダウンを始めた。

そのカウントダウンを聞きながら魔導師達は、作戦開始の時を緊張した顔持ちで待つ。

 

「カウントスタート。5…4…」

 

外に配置された2人の魔導師はカウントが始まったと同時に犯罪者達の立て篭もっている部屋に自分のデバイスを向けて魔力を集中させ始める。

残った2人は窓際に体を寄せて突撃の時を待ち、犯罪者達の立て篭もる下の階にいた魔導師達は上の階に上がり2つのドアの前で待機している。

 

「3…2…1」

 

カウントがゼロに近づくにつれてデバイスを向けた魔導師2人はシュートバレットを3つずつ生成。

他の魔導士は突撃のために目の前の壁を蹴破ろうとしていた。

そして…

 

「ゼロ!!作戦開始!!!!」

「「「「「「「了解!」」」」」」」

 

7人の声が重なると同時に外でシュートバレットを生成していた2人が全てのバレットを放ち、ビルの窓をすべて吹き飛ばしながら部屋の中の犯罪者たちを仕留めようとする。

 

「何!?まさか、管理局か?」

 

犯罪者達はいきなりの攻撃に驚き、動揺が走る。

しかし、犯罪者達は何とかそのバレットを全て迎撃させることに成功すると、攻撃してきた方向を睨み付けながら移動を開始する。

 

「おい!人質がどうなってもいいのかよ?」

 

そう言って犯罪者の1人が人質に手を伸ばそうとするが、その時には既に破壊された窓から侵入した魔導師の内1人が犯罪者の目の前まで迫り、もう1人の魔導師は他の犯罪者に向かっていた。

そして、さらにドアの前に控えていた3人の魔導師達もそれぞれ目標とした犯罪者達に向かって飛び出して行き、それぞれの戦闘が始まった。

 

「くっそ!」

 

しかし、犯罪者達は手慣れた魔導師達の技術に押され始めた所で、外にいた2人の魔導師のバインドにより締めあげられ呆気なく捕獲されてしまった。

 

「「捕獲完了。」」

「「「「「捕獲確認。これより拘束作業に入る」」」」」

 

こうして連携の取れた管理局魔導師のプレーにより、怪我人を出すことなく犯罪者達を捕獲でき、一件落着かと思われた。

しかし、犯罪者の中でも体格のいい男がいきなり暴れ出し、バインドを引きちぎろうともがき始める。

 

「こんなところで掴まってたまるかぁぁ!!」

 

そう叫ぶと力尽くでバインドを破ってみせビルの外に向かって飛び出した。

そして、そのままの勢いで外に居た2人の魔導師のうち1人を吹き飛ばし逃走を謀る。

 

「邪魔だ!っどけぇぇぇ。」

「…っぐ。」

 

吹き飛ばされた魔導師は隣のビルに衝突し、一時的に行動不能。

その一瞬の出来事に犯罪者の拘束を始めていた魔導師達は気を取られてしまい、新たに犯罪者2人のバインドが解除されたことに気付くのが遅れてしまう。

 

「今の内に逃げるぞ!」

「…わかってる!」

 

そして、2人もそれぞれ魔導師を躱し外に出ようとするが、犯罪者の内1人は魔導師達の咄嗟の行動により取り押さえることができたが、もう1人を逃がしてしまい犯罪者は先に出て行った男に追い付き後を付いていく。

遅れて現状を認識した魔導師達は犯罪者の後を追おうとするが、まだビルの中にいる犯罪者達の拘束が終わっていないため動くことができず、予想していなかった事態にパニックが起きる。

 

「しょうがないですね……」

「ん?」

 

拘束作業に入っていた魔導師の1人が溜息を吐いて呟きを漏らすとこの部隊の隊長、先程まで全員に指示だしていた男がその言葉に首を傾げる。

その瞬間、ビルの中にいたはずの魔導師が消え、ふわりと腰まであるウェーブのかかったクリーム色の髪を靡かせていつの間にか犯罪者2人の目の前に浮遊していた。

 

「すみませんがこれ以上先に行かせる訳にはいきませんので、大人しくここで掴まって下さい!!」

 

そう言って背中に担いでいた大太刀を構えたのは水色と白を基調にした膝上までのワンピース型のバリアジャケットにアウトスカートを纏った女性。

構えた大太刀を目に見えない速さで振るうとその一撃は犯罪者2人を完全に捉え、気絶した2人を軽々とバインドで拘束するのだった。

 

「ミッションコンプリートです、翔馬さん」

「ミッションコンプリートです……じゃねぇ!! お前はなるべく手を出すなって言っただろうが!!」

 

そう言って物陰からこめかみをひくつかせて現れたのは黒と緑を基調としたバリアジャケットに身を包み、両腰に剣を吊るした格好の藤田翔馬三等空佐。

そして、満足げに犯罪者を掲げて見せるのはシエル・アウローラ二等空尉。

この女性は昔、翔馬とコンビとして活躍していたのだが、ある事件で行方不明になってしまい音信不通になってしまっていた。

しかし、JS事件の際に戦闘機人として翔馬に現れた時は敵同士で色々とあったのだが、最終的には翔馬達と共に事件を解決へと導いたのだった。

話は逸れてしまったが、2人はいつもの様に揉めており、そしてその様子を見守るのは彼らの隊員達である。

この構図は以前から見慣れたものでシエルが何か問題を起こす度に翔馬が彼女を怒鳴りつけるのだが、そんな状況になった時は、隊員達は絶対に手を出さないのがこの部隊のルールだった。

そうでなければこの悶着に巻き込まれることは全員が身を持って体験しているからだ。

そんな状態であるので、隊員達が翔馬達のやり取りを温かい目で見守っているとやっと終わったのか翔馬が頭を抱えながら地上にいた隊員達の元に降りてきた。

 

「あいつはどうしてこっちの考えと逆の事をしてくれるんだ……。最近の頭痛は確実に8割あいつが原因だな」

 

そう嫌みったらしくシエルが聞こえるよう大げさに呟くとやはりシエルの反応は翔馬の思った通りにはいかなかった。

 

「そんなに私のことを思ってくれてるだなんて……翔馬さんったら///」

 

翔馬はシエルの言葉により一層顔をしかめると開きかけた口を閉じてシエルを一度睨み付けた。

それでも表情の変わることが無いシエルに溜息を付き手元にコンソールを出して片手で操作すると辺りの景色は一変し、市街地のように見えていた風景はいつの間にか武装隊の訓練場へと変わり隊員達が捕まえた犯罪者達もどこかへ消えてしまっていた。

 

「取り敢えず今日の午前中の訓練はここまで。 このバカが余計なことしなければ色々と言えたことはあったんだが……、まぁ、やっちまったものは仕方がない。 今のシミュレーションは過去に起きた事件を元にしたもので現実性のあるイレギュラーだ。 お前達もある程度基礎に則った動きは反応で来ているがこうしたイレギュラーには弱い。これからはお前達の持っている基礎を応用に発展させていく。 そのつもりでこれからの訓練を受けるように」

「「「「「「はい!!」」」」」」

 

翔馬はその後、1通りの指示を出し終えるとその場で1度解散させて、事務所へと足を向けた。

 

「お疲れ様です。 翔馬さん」

「はぁ……あいつらのパニック状態から見て確かにあれ以上続行できなかったかもしれないが、お前が出てしまったら逆に安心感を与えてしまう。 少しあいつらに緊張感を与えたかったんだが……」

 

翔馬はシエルに目を向ける事無くそう言うとシエルは困ったように笑いながら翔馬の横に並ぶ。

 

「ごめんなさい。 でも、今すぐにでも出動があるかもしれない訳ですし……変に緊張して構えるよりも楽に構えていた方がいいんじゃないかって思ったんです」

 

シエルの言葉に翔馬は溜息を付くが翔馬もシエルの意図には感付いていた。

そのため、動いてしまったシエルに合わせるようにあのような悶着を起して隊員達の緊張を解いた訳だが、それでも大抵の場合がシエルに合わせて動くことになってしまうため自分の思うようにならない彼女に疲れ気味なのは確かだった。

 

「取敢えず休憩の後にツーマンセルでパトロールに出る。 準備をしておいてくれ。 パトロール先で何も無ければ、102部隊に引継ぎして今日は上がりだ。 ……頼んだぞ、副隊長」

「了解しました。 隊長」

 

シエルは翔馬の言葉に頷くと一足先に事務所へ向かい準備を進め、翔馬は少しゆっくりな歩みで事務所へ向かい準備を整えると隊員達を引き連れてパトロールへと繰り出すのだった。

 

 

 

----------------------------------------------

 

 

 

無事にパトロールを終えた101部隊は102部隊への引継ぎを終えてそれぞれに帰り支度をしていた。

翔馬とシエルも同じように隊員達が全員帰ったことを確認し残った作業を終わらせると、隊員達がいなくなってから1時間程経って帰ろうとしていた。

そんな時、不意にシエルが翔馬に呼びかける。

 

「翔馬さん。 この後のご予定は?」

「ん? いや……特には無いが、どうした?」

 

翔馬は脈絡の無いシエルの問いかけにそう答えると首をかしげた。

すると、翔馬の浮かべた顔が可笑しかったのかシエルはクスッと笑って翔馬の前に体を近づけた。

 

「もしお暇なら……」

 

とシエルが口を開いた瞬間、翔馬の個人携帯が着信を告げ、翔馬はポケットに手を突っ込むとそれを取り出して着信の相手を確認する。

するとそこには見慣れた名前があった。

 

「悪い。 先にこっちいいか?」

「あ、……はい。どうぞ」

 

シエルは少し複雑な表情を浮かべながらも了承すると、翔馬は携帯の通話ボタンを押してその相手に声を掛ける。

 

「珍しいな。 なのはの方からこっちに掛けて来るなんて」

『え~と……うん。 まぁ、何というか、少し声が聞きたくなっちゃって……あはは。』

「そ、そうか……」

 

翔馬は予想していなかったなのはの言葉に照れてしまい、つっかえながらも返事をするとむこう側で恥ずかしさを誤魔化す為か咳払いが聞こえた。

 

『ち、因みに翔馬君は仕事、終わり?』

「ああ、今日は珍しく早く仕事が終わったからな。これからシエルと帰るところだ」

『え? シエルちゃんと?』

「ん? そうだが……何か問題でも」

 

翔馬がなのはへ問いかけようとした時、横から割り込むようにシエルが翔馬の携帯に口を近づけた。

 

「私は気にしなくてもいいですよ。 そのご様子だとなのはさんもお仕事を終えたみたいですし久しぶりに翔馬さんとゆっくりされたらどうですか?」

『シ、シエルちゃん!?』

「お前さっき……」

 

シエルは2人の慌てふためく声を聞いて満足したのかそのまま翔馬から距離を取ると笑顔を浮かべた。

 

「それでは私はお先に失礼しますね。」

 

そう言ってシエルは事務所を出て行ってしまった。

その後姿を呆然と眺めていた翔馬は電話越しのなのはの声に意識を引き戻される。

 

『翔馬君……。 シエルちゃんどうなったの?』

「いや、何事も無かったかのように出て行った……」

 

翔馬はそう呟くと空いている手で頬を掻きながら歩み始めた。

 

「……それじゃ、一緒に帰るか。 なのはの家まで車出してやるよ。」

『うん。……ありがと///』

 

翔馬は一度なのはに別れを告げると自分の車に乗り込みなのはの職場まで向い始める。

そして、暫く車を走らせているとなのはの職場が視界に入り始め、その入口辺りには白いワンピースにピンク色のカーディガンを羽織ったなのはの姿があった。

翔馬はなのはの姿を見つけるとハザードを焚いてなのはの前に車を停めて窓を開ける。

 

「悪い。待たせたか?」

「あ、翔馬君。ううん。そんなこと無いよ。私も今出てきたところだから。」

 

そう言ってにっこりと笑ったなのはに翔馬は思わず苦笑いを浮かべて助手席のドアを開けてやった。

 

「……そうか。取敢えず乗れよ。送ってやる。」

「うん。 ……あ、その前にちょっと寄って欲しい所があるんだけど、いいかな?」

 

なのはは翔馬の車に乗り込むと鞄を膝の上に置いた後で何かを思い出したかのように翔馬に尋ね、翔馬は知った道を走ろうとアクセルを踏もうとしたところでブレーキに踏み直して顔をなのはの方に向ける。

 

「ん? 構わないが……この時間にどこへ行くんだ?」

「それはね……」

 

翔馬はなのはの回答に納得がいったのか、少しだけ笑みを零しハンドルを切ってアクセルを踏んだ。

 

「今日はお仕事早かったね? 新人の教導は順調なのかな?」

「まぁ、こういう日もあるだろ。 順調ではないにしろ休息も必要だ。 ……あいつらももう少し機転が利いてくれればなぁ」

 

翔馬のボヤキになのははクスッと笑う。

 

「それなら私が教導しに行ってあげようか?」

「頼む。……と言いたい所だが、まだあいつ等には早いだろうな。 また折を見て頼むことにするよ」

 

翔馬の言葉になのははそっかと呟くと、少し表情を変えた。

 

「話は変わるんだけど……体の方は大丈夫?」

 

なのはは少し心配そうな表情で翔馬の顔を横から覗き込むように尋ね、それに対して翔馬は苦笑いを浮かべた。

 

「もう、2年前の話だ。 若干後遺症は残っていても、問題なくやってる。 俺の場合はよっぽどのことが無い限り出てこないしな。 それより俺はお前の方が心配だ。 俺の所為で……」

「翔馬君」

 

なのはは翔馬の言葉を遮って笑顔を浮かべていた。

 

「私は大丈夫。 痛みももう引いたし、ブラスター3は暫く封印。 それに、私が危ない時には翔馬君が守ってくれるんでしょ?」

 

なのはは悪戯っぽい笑みを浮かべて翔馬に問いかけると嫌そうではない苦笑いを零してからアクセルに力を込めた。

 

「その時がこない事を祈るよ。 ……ただ、本当にヤバい時には俺を呼べ。 必ず俺が一番に助けに行ってやるから」

 

翔馬は前方に視線を向けたまま真剣な表情でそう言うと、なのはは少し頬を染めて頷いた。

 

「翔馬君……。 うん!!」

 

それからしばらく他愛のない話をしていると目的地に到着し、翔馬は駐車場へ車を止めてなのはと共に目的の人物の元へと向かい、視線の先に見つけると2人は穏やかな表情を浮かべてその姿を見つめる。

すると、ほんの数秒もしない内になのはと目が合いなのはが軽く手を振ってその子の名を呼ぶと向こうは大きく手を振ってなのは達の元へ駆け寄ってきた。

 

「ヴィヴィオ~」

「ママ~!! パパ……コホン。 翔馬さ~ん!!」

 

そう言ってとびっきりの笑顔で近づいてきたのはなのはの養子(むすめ)であるヴィヴィオだった。

そして、なのは達の目の前までやって来たヴィヴィオは一旦2人の前で立ち止まると翔馬となのはを見比べながら顎に手を当てて少し悩むような仕草をして、翔馬となのはは、互いに顔を見合わせて首を傾げる。

すると、ヴィヴィオは閃いたかのようにパァと明るい笑顔を浮かべてなのはの右腕と翔馬の左腕に抱き付いた。

 

「えへへ~」

「もう、ヴィヴィオったら……」

「はぁ……、ヴィヴィオ。 こういう人の多い場所ではパパと呼ぶなって言っただろうが」

「あはは。 ゴメンね? パパ」

 

そう言って悪気を見せない笑みに翔馬は溜息を付くと、なのはとヴィヴィオは顔を見合わせて笑った。

このヴィヴィオと言う子はJS事件に関わりのある子で保護した直後からなのはに良く懐いていたが、なのは、フェイト、はやての3人で出かける必要があった時に翔馬が面倒を見ることになった。

その頃から翔馬にも多少懐くようになりなのはの事はママ、翔馬の事はパパと呼ぶようになる。

実際のなのはと翔馬の関係は恋人同士。まだ、結婚はしていないのでパパと呼ばれるのには少し語弊があるという事とお互いに武装隊として有名にまでなってしまったため、関係を誤魔化すためにもヴィヴィオには外でパパと呼ばせないようにしているのだが……結果としてはあまり意味をなしていなかった。

現在はなのはがヴィヴィオを養子として引き取りザンクト.ヒルデ魔法学院の初等科3年生。

たまにここ、区民センターでスバルにストライクアーツの練習を見て貰っているのだ。

 

「お疲れ様です。 なのはさん、翔馬さん」

「ありがとねスバル。 ヴィヴィオの面倒見て貰っちゃって」

 

後から歩いてこちらに近づいてきたスバルはなのはと翔馬に声を掛けると、なのはは自分の腕にぶら下がるヴィヴィオの頭を撫でながら笑顔でそう言った。

 

「いえ。 今日は私オフでしたし、ヴィヴィオもいい子だから全然ですよ。 それでは私は約束があるのでこれで。 ヴィヴィオ。またね」

「ありがとうございました。 スバルさん。 またよろしくおねがいします」

 

スバルがヴィヴィオに手を振ると、ヴィヴィオは一旦なのは達から手を離してペコリとお辞儀してスバルを見送り、なのはと翔馬も一言声を掛けるとスバルは笑顔を浮かべてその場を去って行った。

 

「さて、俺達もそろそろ帰るか」

「そうだね」

「うん!!」

 

翔馬の声に頷いたなのはとヴィヴィオは手を繋いで翔馬の後に付いて行き、車に乗って帰宅するのだった。

 

 

 



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第2話 お出掛けの約束

さて、今回は翔馬となのは達の団欒の回です。
楽しんで読んでいって下さい。

あ、感想やご意見があればどしどしお願いしますw


それでは第2話スタートです!!


区民センターからなのはの家まで車を走らせた翔馬はなのは達を家の前まで送り届けると車の窓を開けて車を降りたなのは達に声を掛ける。

 

「お疲れさん。 それじゃ、俺は帰るな」

 

そう言って翔馬は軽く手を上げて窓を閉めようとしたところでヴィヴィオが窓から頭を突っ込んで不満そうな声を上げる。

 

「パパ、帰っちゃうの……? 一緒にご飯食べよ。 ね? 良いでしょ? ママ」

 

ヴィヴィオは今にも泣きそうな潤んだ目でなのはを見上げるとなのはは苦笑いを浮かべながらヴィヴィオを抱きかかえ、翔馬に顔を向けた。

 

「えっと……翔馬君、明日早くない?」

「まぁ……、明日から夜勤だからな。 俺は問題ないが……いいのか?」

「やったぁ!! パパとご飯だ!!」

 

翔馬の言葉になのはが反応する暇も無くヴィヴィオの表情は一転し、喜びを全身で表現するかのように両手を上げて喜ぶとそのままするりとなのはの腕から抜け出して翔馬の元へ行こうとする。

が、なのはに片手を掴まれて急ブレーキがかかったようにその場に停止してしまう。

 

「こら、ヴィヴィオ。 はしゃぎ過ぎ」

 

なのははすまし顔でヴィヴィオの頭にチョップを入れ、ヴィヴィオはその直後に頭を押さえて涙目になった。

 

「あいった~。 ヒドイよ、ママ~」

「ホントに退屈しない親子だな……」

 

翔馬は苦笑いしながら高町親子の様子を眺めていると、ヴィヴィオが翔馬の言葉に反応して涙目ながらも笑顔を向けた。

 

「そりゃ、ヴィヴィオとママだもん!! それにパパもいるし、当然だよ!!」

「……そうか」

 

翔馬は一瞬ヴィヴィオの言葉に驚きを見せるが直ぐに優しい笑みに変えてヴィヴィオに微笑むと、車のエンジンをかけ直して発進の準備をする。

 

「それじゃ、車を停めて来るから少し待っててくれ」

 

翔馬はそう言うと車を近くのパーキングに停めて鍵を閉めると、なのは達の待つ家の玄関まで戻ってくる。

すると、ヴィヴィオがなのはの手を離して翔馬の手に縋りつくと笑顔を浮かべながら急いで家まで引っ張って行こうとする。

 

「パパ。 早く早く!!」

「分かったからそう引っ張るなって」

 

翔馬はヴィヴィオに振り回されて戸惑った表情を浮かべると目線でなのはに助けを求めるが、なのははただ笑って後をゆっくりと付いてくるだけで手助けはしてくれず翔馬は玄関に入るまでヴィヴィオの成すがままにされていた。

そして、玄関に辿り着くとなのはがカギでドアを開けて中に翔馬を招き入れる。

 

「いらっしゃい。 翔馬君」

 

なのはが先に中に入ると先を促す様に手を家の方に向けて翔馬を家の中に招いた。

しかし、何を思ったのかヴィヴィオは頬を膨らませるとなのはの背中を押して廊下に押し上げた。

 

「な、何? どうしたの、ヴィヴィオ?」

「もう……。なってないな~ママは。 ママ、旦那さんを迎えるときはね? こうやってやるんだよ!!」

「だ、旦那さんって///」

 

ヴィヴィオは何故か不満げにしていた顔を人の知らない事を自慢げに披露する人の様な笑みに変え、一方でなのはは、ヴィヴィオの旦那さんと言う言葉に赤面していた。

そして翔馬は、何故か居心地の悪い気分を味わ居ながらその光景を黙って眺めているとヴィヴィオに手招きされたため、訳も分からずしゃがんでヴィヴィオの目線に合わせてやる。

すると、ヴィヴィオは一度だけなのはの方を見ると少し笑みを零してとんでもない爆弾を落としていく。

 

「お帰りなさい。 あ・な・た」

 

そう言って、翔馬の頬に可愛らしいキスをすると子供には似合わない流し目を送ってリビングの中に駆けて行った。

そして、呆然とそれを見送る翔馬は嫌な視線を斜め上から感じ、無言で立ち上がるとそのまま何事も無かったかのように靴を脱いで家の中へ入ろうとする。

 

「翔馬君?」

 

が、そういう訳にもいかなかったらしく翔馬は苦笑いでなのはに説得を試みた。

 

「あ、あれは、子供の遊びだろ? そんな本気にしなくても……と、言うか最近の子供って結構マセてるんだな……」

 

そう言って、翔馬は恐る恐るなのはの表情を伺うとそこには笑いを堪え切れなかったのか翔馬を見ながら体を震わせて笑っているなのはの姿があった。

 

「あははっ!! お腹、痛いっ……。 私が本気にする訳ないよ。 相手だってヴィヴィオなんだから。 私、子供に嫉妬する程子供じゃないよ?」

 

なのはの言葉に翔馬は胸を撫で下ろすと額に伝った汗を拭ってなのはを睨み付けた。

 

「ったく……、冷や汗搔いただろうが。 そう言う冗談は勘弁してくれ……」

 

なのはは相変わらず笑いながらゴメンと謝ると、笑って出た涙を拭いながらヴィヴィオの見えなくなったリビングを見つめる。

 

「でも……、なんか嬉しいな。 こうやって、ヴィヴィオと一緒に暮らせて、翔馬君も隣にいて。 私今、すっごく幸せ」

「……まぁ、俺も同じだ。 俺も、なのはも、ヴィヴィオもちゃんと欠けずにここに居る。 何気ない普通の暮らしをしっかりと歩めてるんだ。 ……これも、なのはのおかげだな。 今、俺も最高に幸せだよ」

「あ…、翔馬、君」

 

なのはの言葉を聞いて翔馬は自分も同じことを思っていると伝えると自分の体になのはの肩を引き寄せた。

そんな翔馬の突然の行動になのはは体を引き寄せられて頬を真っ赤に染めると、自分の顔が火照っていることに気付いて翔馬に見られないように俯く。

しかし、なのはは翔馬の様子が気になって顔を覗き見るように上目遣いで見上げた。

すると、そこには丁度なのはの方を向いた翔馬の顔があり、翔馬はなのはの表情を見て悪戯な笑みを浮かべた。

 

「ん? なんだ、なのは顔真っ赤だぞ?」

「翔馬君の所為だよ!! ……もう!!」

 

なのはは翔馬の言葉で更に顔を赤くすると、ふいっと顔を背けてしまう。

それを見た翔馬は思わず彼女の可愛さに微笑みを零し、悪戯心が芽生えてしまった。

 

「それで、お帰りのキスは結局してくれないのか……」

「えっ!? な、何言っ……て……」

 

なのはは翔馬の言葉に驚いて思わず顔を翔馬の方に向けてしまう。

すると必然的に密着してる今、そのような事をするとお互いの顔がすぐそこにあって……なのはは少し恥ずかしそうに目を背けて体の力を抜くとそのまま体重を翔馬に預けた。

 

「今日だけ……だよ? 翔馬君」

「ん? あ、ああ。」

 

翔馬としては何故なのはは何時もキスをしているのに(と言っても、まだ回数はそんなに多くは無いが)今日だけなどと言ったのかは見当がつかず、言葉に詰まってしまったがなのはは緊張しているのか翔馬の声は届いていないようだった。

そして、翔馬はその時を待ち、なのはは心の準備が整ったのか少し瞳を潤ませながら顔を翔馬の真正面に向けると近づけていった。

 

「お、お帰りなさい。 あ、あなた……んっ」

「っ!?」

 

翔馬はそこまでヴィヴィオの真似をするとは思わず、不意打ちに心臓が跳ね、さらになのはの柔らかい唇の感触に鼓動が高鳴る。

そして、なのはの事を愛おしく感じた翔馬はなのはを包み込むように抱き寄せ暫くの間優しいキスを続けていた。

 

「ん……はぁ。 こ、これでいいかな!?」

「ああ。 十分過ぎる位だった。……まさか、あそこまでヴィヴィオの真似するとは……相変わらず天然は抜けないな?」

「え!? えぇ~!! しょ、翔馬君ヒドイよ~。 私、そこまでして欲しいのかと思って……」

 

なのはは翔馬の言葉に顔を別の意味で真っ赤にすると翔馬はそれが面白くて笑い

 

「ま、俺は役得ってことで。 今回に関してはヴィヴィオに感謝だな」

 

そう言って翔馬が靴を脱いで廊下に上がると翔馬はなのはと共にその場で固まってしまう。

そして、2人はぎこちない動作で首をリビングの方に向けると、そこには小さいツインテールの一房と紅の瞳があり、それは目が合った瞬間にピョコっと姿を消した。

この後の2人がどれだけ気まずい思いでニヤニヤと笑顔を浮かべるヴィヴィオと共に過ごしたかは想像に容易いだろう。

 

 

 

----------------------------------------------

 

 

 

それから、翔馬とはのは、ヴィヴィオの3人でご飯を食べ終わるとなのはは食べ終わった食器を洗い、ヴィヴィオはソファーに座る翔馬の膝でテレビを見ていた。

そして、なのはが食器を洗い終えたのかエプロンを外してソファーにやってくると翔馬の隣に腰を下ろして座る。

 

「あ、ところで翔馬君、確認するのを忘れてたんだけど……」

「ん? どうした?」

 

なのはは何かを思い出したように翔馬に声を掛けると翔馬はなのはの方へ顔は向けずに、ヴィヴィオの頭を撫でながら尋ねた。

 

「あの、今週の土曜日って問題なさそうかな?」

「あ!! パパと一緒にお出掛けって話!?」

 

なのはの言葉にヴィヴィオは突然、翔馬を見上げるようにして笑顔を向けたため翔馬は驚いて咄嗟に手を退けた。そして、翔馬はこの前なのは達と話をした内容を思い出したようでヴィヴィオに笑ってみせるとなのはの方に視線を向ける。

 

「ああ、このまま事件とか厄介な事が起きない限りは大丈夫だ。 オフも変わらなそうだし、補勤も今週は無しにしてもらってるからな」

「そっか」

「それじゃ今週の土曜日はパパと一緒だ!! やったぁ!!」

 

ヴィヴィオは翔馬の膝から降りると今度は翔馬の正面から抱き付いて、翔馬となのははヴィヴィオの喜ぶ姿に顔を見合わせて笑顔を浮かべた。

そして、その笑顔を浮かべたなのは自身も少しだけいつもより嬉しそうな笑顔で、こうして2人が喜ぶのにも少し訳がある。

翔馬は武装隊の隊長として仕事が多くあり、今日のようになのはと帰ることは滅多に無く休みの日もバラバラであるため中々会える機会は少なかった。

翔馬となのはが付き合い始めて1年半位になるが、デートと言えるデートは両手で数えられる程。

月に2回も会えれば凄くラッキーと思える位なのだ。

だからこそ、ヴィヴィオとなのはは今週の土曜日に翔馬と出かけられることがとても嬉しく楽しみで、もう既にヴィヴィオは土曜日の予定を立て始めていた。

 

「それじゃ、新しいショッピングモールに行こう!! いろんなお店があるんだよ」

「そうなのか。 俺もそろそろ新しい服とか買いたいと思っていた所だし、いいんじゃないか?」

「うん。 そうだね、私も色々と家のものも買いたいし……それにヴィヴィオのお洋服もね」

「うん!!」

 

ヴィヴィオはなのはの言葉に元気よく頷くと、2人の間に座ってご機嫌のようだった。

そして、もっと詳しく話を進めたいのかなのはのレイジングハートに頼んでショッピングモールの見取り図を開いて貰った。

 

「ね!! どこに行こうか?」

 

ヴィヴィオは今から楽しみなのかウキウキ顔で翔馬となのはに尋ね、なのはは顎に人差し指を当てて考える仕草をすると悩んだ末に現状で欲しいものを羅列する。

 

「取り敢えず、3人の新しいお洋服を探しに行って、後、食器もこの前割っちゃったから新しいのが欲しいかな……」

「その後はご飯!! お外でご飯は久しぶり!!」

「そうなのか? ならうまいもの食わせてやらないとな。 そのモールにも飲食店はあるだろ。 ヴィヴィオの好きなとこ選んでいいからな」

「やった!!」

 

翔馬の言葉に喜びの声を上げたヴィヴィオを筆頭に翔馬達は土曜日のプランを楽しげに立てていった。

そして、それから暫くの時間が経ち、夜も遅い時間になると徐々にヴィヴィオの元気がなくなり舟を漕ぐようになってしまった。

それを見たなのはは壁掛け型の時計を見てヴィヴィオの様子にも納得がいったのか微笑んでヴィヴィオの肩を揺する。

 

「もうこんな時間なんだ……ヴィヴィオ。 こんな所で寝たら風邪引いちゃうよ。 もう遅いし、ベッドに行こう?」

「う~ん。 まだだいじょうぶ……」

 

なのはの言葉に目を擦りながらもそう言って起きてようとするヴィヴィオの姿に翔馬は微笑むとヴィヴィオの頭に手を置いて声を掛ける。

 

「今日、無理して頑張った所為でヴィヴィオが土曜日出掛けられなくなったら嫌だろ? だから、今日はもう寝て、また土曜日に楽しもう。 な?」

 

翔馬の言葉にヴィヴィオは少しの間唸っていると、思考が回らないのか諦めたのか、静かに頷いてなのはに手を引かれて寝室へと上がっていった。

そして、暫くもしない内になのはが上から降りて来ると翔馬は立ち上がって廊下に出てヴィヴィオの様子を尋ねる。

 

「ヴィヴィオは?」

「もうベッドに入った瞬間グッスリだよ。 翔馬君に会えてきっと嬉しくてはしゃいじゃったんだね……」

 

そう言ったなのはの言葉に翔馬は少しだけ申し訳なさそうに顔を逸らして頭を掻いた。

 

「悪いな、なのは。 俺がもっと融通の利く部署だったら良かったんだが……」

 

そう言って翔馬は軽く項垂れると、なのはが翔馬の手を掴んで胸の位置まで持ち上げて微笑みを向ける。

 

「翔馬君のこの手は誰かを救うためのものだよ。 折角のエースストライカーを宝の持ち腐れにする訳にはいかないでしょ? それに私は、翔馬君にもっと多くの人を救って欲しいって思ってる。 確かに危険な部隊だし、できることなら私も翔馬君に傍にいて欲しい。 だけど翔馬君のこの手は誰かを救う事の出来る手。……だから翔馬君には1人でも多くの人を助けるために今できることを頑張ってほしいな」

「なのは……」

 

翔馬はなのはの言葉に顔を上げると、なのはは少し照れくさそうに翔馬の手を離して玄関のほうに歩いていった。

そして、翔馬はここで再度今いる部隊で人を助けるために尽力しようと誓い、なのはの後を付いて行き靴に手を伸ばす。

 

「ありがとな。 なのは」

「ううん。 お礼を言われることなんて何にもしてないし、私達はもう遠慮し合うような仲じゃないでしょ?」

 

なのはは笑ってそう言うと翔馬もそれに倣って笑い返した。

そして、翔馬は靴をしっかりと履くとなのはに向き直って別れを告げる。

 

「それじゃ、遅い時間まで悪かったな。 なのはの料理、うまかった」

「お粗末様でした。 また金曜日の夜に連絡するね」

「ああ。 そうしてくれると助かる」

 

翔馬はそう言うと、なのはに背を向けて玄関に向かって足を踏み出す。

すると、突然なのはから声が掛かり何かと振り向いた瞬間、唇に何かが触れたような感覚がして、目の前にはなのはが笑顔で微笑んでいた。

 

「それじゃ、お休みなさい。 翔馬君」

「……ああ、お休み。 なのは」

 

最後に不意打ちを喰らった翔馬は悔しそうにしながらも嬉しそうな笑みを浮かべて今度こそなのはに別れを告げると玄関の外へと足を踏み出した。

そして、翔馬は自分の家に帰宅後、夜勤に備えて準備を整え今週の業務をおさらいし土曜日に仕事を残さないよう段取りを立てて行くのだった。

 

 

 

 



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第3話 お買い物(前編)

ヴィヴィオのセリフが難しい……
原作からかけ離れてるような気もしますが、温かい目で見守ってもらえると

ご指摘や感想はいつでも受け付け中です!!

それでは第3話スタートです!!


なのはの家で話しをしてから数日が経ち、待ちに待った約束の土曜日を迎えた。

翔馬はゆったりと身支度を整え、鏡を見ながら髪を整えると机の上に置いてあった以前と比べて少し形の変わった相棒を手に取り、首からぶら下げると時間に余裕を持って自分の家を後にした。

一方でなのはの家では何故かドタバタ騒ぎが起きていた。

 

「ヴィヴィオ~。 準備できたの~?」

「ま、まっふぇ~!!」

 

ヴィヴィオはなのはに向かってゴムを咥えて髪を結びながら答えると急いで支度を進める。

何故こんなことになってしまったかというと、理由は簡単だった。

ヴィヴィオが今日に限って珍しく寝坊をしてしまい、てっきり準備が出来ていると思っていたなのはは朝食を用意してリビングで待っていた。

しかし、何時まで待っても降りてこないヴィヴィオになのはは痺れを切らして部屋に入ったのだが、そこでは気持ち良さそうに夢を見るヴィヴィオの姿が……。

当然なのはは即刻ヴィヴィオを起こして現在に至る。

翔馬との約束の時間まで残り00:45:39。

 

「う~~~ママ、何で起してくれなかったの!?」

「だって、ヴィヴィオったらいつも自分で起きて来るでしょ? それに前に起しに行った時だって……」

「そうじゃ、いや、まぁ、そうなんだけど……そうじゃなくって~~!!」

「……どっちなのよ」

 

なのはは慌ててるヴィヴィオに苦笑いで突っ込みを入れるとヴィヴィオの部屋の前で支度が整うのを待っていた。

そして、ドタバタ騒ぎがありつつも朝食を済まして出かける準備が整うとなのはは、最後に忘れ物が無いことを確認して家の鍵を閉める。

すると、既に外に出ていたヴィヴィオは少し遠くで足踏みしながらなのはに手を振った。

 

「ママ!! 早くしないと遅れちゃうよ~!!」

「はいはい。 今行くから」

 

遅刻の原因であるヴィヴィオに急かされるとなのはは相変わらず苦笑いでヴィヴィオの横に追いつくと待ち合わせ場所に向かうのだった。

翔馬との約束の時間まで残り00:11:04。

結果は言うまでも無くなのは達の遅刻だった。

 

「ゴメンね。翔馬君」

「いや、そんなに待ってないし、気にするな。 まぁ、なのはが遅刻するのは珍しいとは思ったけどな」

 

なのは達は遅れて集合場所にやってくると、案の定そこには翔馬の姿があった。

翔馬は、深い青色のダメージジーンズに白のインナー、そして上には灰色のカーディガンを羽織った格好でなのは達を迎え、なのは達に対して翔馬は笑みを浮かべてそう言うと、ヴィヴィオが足元でなのはを見上げていた。

 

「ママが急がないからだよ~」

「……遅刻することになった原因の寝坊した子は、誰だっけ?」

「うっ!!」

 

ヴィヴィオの言葉になのはが微笑んでそういうとヴィヴィオはなのはの笑顔と言う名の威圧に怯えて翔馬の足の後ろに退避する。

それを見たなのはは溜息をつき、翔馬はそれを笑って見つめながらヴィヴィオを転ばせないようにショッピングモールの方へ足を踏み出すと、なのはもそれに倣った。

 

「それじゃ、そろそろ行くか?」

「そうだね。 ほら、行くよ? ヴィヴィオ」

 

なのはは笑顔でヴィヴィオに手を差し伸べると、ヴィヴィオは花が咲いたように笑顔を浮かべてなのはの手を取った。

 

「うん!!」

 

そう言って翔馬達は新しく出来たショッピングモールへ繰り出して行ったのだった。

ショッピングモールの中は休みの日という事もあって、とても賑わっている。

簡易ステージでは大道芸が行われていたり、大きな道の真ん中には露店なんかも開いていて道行く人は皆楽しそうだった。

そして左右にはショッピングモール特有の様々なお店が入っていて翔馬達はそれを見渡しながら人の流れに身を任せて歩いていた。

 

「やっぱり大きいね。 ここに来ればある程度のものは全部揃っちゃうんじゃない?」

「そうみたいだな。 それで、何処から回るんだ?」

 

なのはの言葉に翔馬は頷いて斜め後ろを歩くなのはとヴィヴィオに首だけ向けて尋ねる。

 

「この前、一緒にプランを考えたでしょ~? まずはお洋服だよ!!」

 

翔馬の問い掛けにヴィヴィオはジト目で見つめ、それに対して翔馬は苦笑いを浮かべた。

 

「そうだったな。 悪かったよヴィヴィオ」

「それじゃ、3階だね」

 

なのはの言葉に2人は頷くと人混みを掻き分けて目的地へと向い始めた。

そして目的地周辺に付くと3人は足を止めて辺りを見渡す。

 

「さて、どっちから見て回る?」

 

翔馬は自分の洋服がある方向となのは達の服がある方向が逆だったため、なのは達に順番を尋ねると、元々考えてあったのかなのはが答える。

 

「先に翔馬君の洋服を見ようか。 私達は見て決めようって事になったからちょっと時間かかるかも」

「うん。 そうだね」

「そ、そうか……」

 

翔馬はなのはと彼女の言葉に笑顔で頷くヴィヴィオの姿を見て乾いた笑みを浮かべていた。

それもその筈、なのは達の買い物の時間は男の買い物ではありえない程に長いのだ。

なのはは元々買い物をすると決めた時は効率良く進めて行くので翔馬も女の子は買い物が長いと言うのは都市伝説なのだと思った時もあった。

しかし、突発の買い物や現品を見ながら買うものを決める時は例に漏れずなのはも買い物には長い時間をかけてしまうのだ。

 

「俺の買い物は直ぐに終わらせよう……」

 

翔馬はなのは達から少し離れた所でそう決意すると、翔馬の呟き声が聞こえたのかなのは達がこちらに顔を向けた。

 

「ん? 翔馬君、何か言った?」

「いや、何でもない。 気にするな……」

「ん~? 早く行こ~パパ!!」

 

翔馬はヴィヴィオの手を引かれて少し憂鬱になりながら自分の買い物へと向かうのだった。

それから、1時間半後。

 

「……どうしてこうなった」

 

翔馬は、ニコニコしながら前を歩く背中に恨みの視線を向けながら、この2時間で起きたことを反芻していた。

元々、翔馬は普段着ていた服がくたびれ始めていたので同じようなものを探してそれをレジに持って行こうとしていた。

だが、なのは達にそれを慌てて引き留められたため、何事かと耳を傾けたのが翔馬にとっての地獄の始まりだった。

それからというもの、普段と同じ服ではつまらないとまるで着せ替え人形のようにたくさんの服を着せられ、1時間経っても未だに続きそうだった1人ファッションショーを断ち切るため、なのは達が今まで来た服の中で良いと言ってくれたものをベタ褒めしてようやく購入することができ、現在に至る。

 

「やっぱりパパに選ばせたらダメだね~」

「翔馬君はいつも同じような格好だからね。……カッコ悪いって訳じゃないけど、やっぱり少しはオシャレにも気を使わないと」

 

翔馬は前で話す2人の声を聞き流すように、人混みに目を向けた。

 

「……っ!!」

 

するとそこには、この人の多いショッピングモールの中で明らかに浮いた人がいた。

格好は黒いフード付のジャンパーを羽織り、フードは目深に被って顔は良く見えないがその視線は確実にこちらを向いている。

翔馬はその人影を見て嫌な予感を感じ、その人影の元へ向かおうと足を踏み出そうとした時、前を歩いていたなのは達が駆け寄ってきた。

 

「翔馬君? 立ち止まってどうしたの?」

「なのは……。 いや、あそこにいる人が……」

「え? う~ん……あそこって言っても、いっぱいいるよ?」

 

翔馬は1度怪しい人影から視線を逸らしてなのは達にわかるよう指さしたのだが、もう1度視線を向けたその方向には既に人影は見当たらず、ただ多くの客が歩いているだけで、ヴィヴィオは翔馬の指さす方向に目を向けると難しそうな顔をして翔馬を見上げた。

 

「翔馬君……」

 

なのはは、普段の翔馬の様子とは違うものを感じて表情を仕事モードに切り替えると先を促すように翔馬に寄り添う。

しかし、翔馬は肺にたまった空気を深く吐き出すと、なのはの体を優しく押した。

 

「悪い……俺の見間違えだったみたいだ。 今度はなのは達の服だったな? さっさと行くぞ。 さっきみたいに時間を掛けてたら何時まで経っても決まらないからな」

 

そう言って笑顔を浮かべると翔馬はヴィヴィオの空いている手を引くとヴィヴィオは笑顔を浮かべて翔馬に付いて行き、それに釣られる様にしてなのはも足を動かすのだった。

少し心配げな表情を翔馬の背中に向けながら……。

 

 

 

----------------------------------------------

 

 

 

しかし、なのはの心配は翔馬達との買い物を楽しんでいる内に消え去っていた。

 

「パパ~、ママ~、今度はこれ!!」

 

そう言って出てきたのは、白いスカートにピンクのキャミソールを着たヴィヴィオだった。

それを見た翔馬となのはは揃って笑顔を浮かべる。

 

「ん。 似合ってると思うぞ?」

「うん。 可愛いよ。 ヴィヴィオ」

「あは。 ありがと~。 でも、もう少し見て欲しいのがあるから……ちょっと待ってて」

 

そう言って、ヴィヴィオは試着室のカーテンを閉めて他の服に着替えるようだった。

見ての通り、今度はヴィヴィオのファッションショーに付き合っていた。

そして、色んな格好に着替えて翔馬達に姿を見せるヴィヴィオはさっきから楽しげな表情を浮かべている。

その後、暫くヴィヴィオは色んなファッションに挑戦していた。

ショートパンツを履いて少し大きめのTシャツに帽子を被ったり、シンプルに白いワンピースで髪を降ろしてみたり、チェックのスカートにブラウスを着てみたりと、どれもヴィヴィオに似合ってしまうので翔馬はヴィヴィオが出てくるたびに似合ってると言ってしまい、ヴィヴィオは翔馬にへそを曲げてしまうという事もあったが何とかヴィヴィオの洋服も購入し終え、最後はなのはを残すのみとなった。

 

「さて、なのはの服で俺達の洋服は最後だな」

「そうだね~。」

「うん。 もうお昼過ぎちゃったし……パパッと決めるから、2人共少し待っててね」

 

なのははそう言うと1人で女性向けの服屋さんに入っていく。

それを見た翔馬は少し考えて、自分と手を繋いでるヴィヴィオに目を向けるとヴィヴィオは笑顔で笑って翔馬を見上げていた。

 

「ご飯はまだ大丈夫!! 今はきっとお店もいっぱいだしね!!」

 

翔馬は勘の鋭いヴィヴィオに苦笑いをしながら、ありがとうと呟くとその小さな手を引いた。

 

「それじゃ、なのはの洋服選び手伝ってくれるか?」

「うん!! 行こ!!」

 

そう言って翔馬達もなのはが入って行った店に足を踏み入れるのだった。

そして、なのはの姿を探して暫く店内を歩き回っていると洋服を手に取って少し悩むそぶりを見せる目的の人物を見つけた。

 

「う~ん。 もうすぐ夏だし、季節が変わっても着れるのがいいよね。 良し!!」

 

そう言って手に取ったのは、ロングスカートにカットソーとカーディガン。

そして、それを早くもレジへ持って行こうとする。

 

「「って、なのは(ママ)もいつもと同じ服じゃねーか(じゃん)!!」」

「きゃっ!! って、翔馬君にヴィヴィオ!? 外で待っててって……」

 

翔馬達の突っ込みに体を震わせて驚くなのはは翔馬達の姿を見てどうしてここに居るのか疑問を浮かべていた。

しかし、翔馬とヴィヴィオはそんななのはを放って置いて互いに向き合う。

 

「ヴィヴィオ、お前に任務を与える」

「はい!! 藤田三佐!!」

 

この時点で翔馬は調子に乗ってヴィヴィオとふざけ合うのを後悔し始めたが、もう引くわけにもいかず突っ込みを我慢して続ける。

 

「……高町なのはは俺に対していつもと同じ服はナンセンスだと言ったにも拘らず自分が同じ過ちを犯そうとしていることに気付いていない。 これからお前に与える任務の内容は……わかるな?」

「あ、あの……翔馬君?」

 

なのはは、周囲の視線に恥ずかしくなったのか顔を赤くして翔馬に呼びかけるが翔馬はそれを気にした様子も無くヴィヴィオとの会話を続け、ヴィヴィオと翔馬は良い笑みを浮かべ合うとヴィヴィオは早速行動に移した。

 

「はい!! ママのファッションコーディネートをします!!」

「良し!! やれ!!」

「了解!!」

 

ヴィヴィオは女性用の服を何着か片手に持って可愛らしい敬礼を翔馬にすると早速なのはの手を引いて試着室へと放り込んだ。

 

「ちょ、ちょっとヴィヴィオ!? 私までこんな事してたらお昼の思いっきり時間過ぎちゃうよ!!」

「別にまだお腹減って無いもん。 それよりもママがそんな風にいつもと同じ服を買おうとしていることが許せません!!」

 

ヴィヴィオは誇らしげに胸を張ってそう言うと試着室から顔を出していたなのはは翔馬へと視線を投げる。

しかし、その翔馬は優しげな瞳で笑顔を浮かべていた。

 

「まぁ、せっかく楽しみにしていたショッピングモールでの買い物なんだ。 お前だけが我慢する必要なんてないだろ? 色々と試してみろよ」

「翔馬君まで……はぁ、時間掛かっても知らないよ?」

 

翔馬の言葉にそう返したなのはは少しだけ嬉しそうな笑みを零して試着室の中に入って行った。

そして、それからさらに時間が過ぎて、現在14:00過ぎ。

3人はここに来た時の格好とは違う格好でショッピングモールを歩いていた。

 

「ねぇ、やっぱりこの格好、私には似合わないよ……」

 

そう言ったなのはは少し恥ずかしそうにいつもに比べると丈の短いスカートを押さえるようにしながら翔馬の後ろを歩いていた。

 

「そんな事は無い。 いつもとは雰囲気が違くて新鮮だし、なのはに良く似合ってるよ」

「そうそう。 ママ、可愛い」

「もぅ……」

 

そう。3人はそれぞれヴィヴィオの提案で今日購入した新しい服に着替えたのだった。

翔馬は深緑色のミリタリーカーゴパンツに半袖の灰色Vネックシャツ、そして黒い七分袖のジャケットを羽織った格好、ヴィヴィオは青いジーンズのショートパンツに淡い赤色のチュニックを着ていた。

そしてなのはは、桃色のミニスカートに上は白い半袖のブラウス、ニーハイソックスを履いて茶色のロングブーツと言った格好だった。

 

「はぁ……、それじゃ、ご飯にしようか。 ヴィヴィオも流石にお腹空いたでしょ?」

「うん……。 実はペコペコ」

 

ヴィヴィオはお腹を押さえながら照れ笑いを浮かべると、翔馬はヴィヴィオの横に並んで目線を合わせる。

 

「それじゃ、ヴィヴィオは何が食べたい?」

「う~ん……。 折角の外食だし、でもなぁ……う~ん。 やっぱりここはオムライスで!!」

 

悩んだ挙句、元気よく答えるヴィヴィオに翔馬は立ち上がってなのはと笑みを交わす。

 

「それじゃ、洋食屋だな」

「4階が飲食街になってるみたいだよ」

「早くいこ~!!」

 

翔馬となのははヴィヴィオに手を握られて引っ張られる様に飲食街へと向かうのだった。

そして、時間が時間であったため目的の飲食店には並ぶことなく入る事ができ、翔馬達はそれぞれ注文を済ませ、今日初の休憩に3人はまったりと過ごしていた。

 

「今更だけど、翔馬君とお出掛けするのって久しぶりだね。 先月は忙しそうに市街の方を駆け回ってたみたいだし、先々月もご飯一緒に食べただけだったし……」

「まぁ、これでも武装隊の隊長だしな。 悪いとは思ってるが、こればっかりはな」

 

なのはの言葉に対して翔馬は困ったようにそう言うとなのはも苦笑いを浮かべた。

 

「あ、私は気にしてないし大丈夫だよ。 こっちこそゴメンね。 翔馬君の事情だって知ってるのに」

 

なのはは慌てたように言うと、なのはの隣で机に突っ伏しながらつまらなそうに頬を膨らませる子供がいた。

 

「う~。 折角のお出掛けなんだからもっと楽しいお話ししよ~よ!!」

 

ヴィヴィオはそう言って足をぶらぶらさせると2人は苦笑いでゴメンと一言謝り、代わりになる話を翔馬がヴィヴィオに振ることにした。

 

「そう言えばヴィヴィオはもう3年生だったな? クラスにはもう馴染めたか?」

 

そう翔馬が尋ねると、ヴィヴィオは突っ伏してた顔を上げて笑顔を浮かべた。

 

「もっちろん!! コロナとは1年生からの親友だし、他クラスメートとも仲良くしてるよ」

「コロナちゃんは何度か家に招待したこともあるもんね?」

「うん!!」

 

そんな他愛のない話を3人でしていると料理が運ばれてきてそれぞれの前に目当ての料理が並ぶ。

 

「おいしそ~」

 

目の前に置かれたオムライスにヴィヴィオは目をキラキラさせると2人はその姿に微笑んで声を掛ける。

 

「早速頂くとしますか」

「うん。 それじゃ、ヴィヴィオ?」

「「「いただきます」」」

 

行儀良く手を合わせてそう言うとヴィヴィオはスプーンでオムライスをすくって口に運ぶ。

すると、ヴィヴィオは衝撃を受けたかのように固まったかと思うと突然肩を震わせ始め

 

「う~ん!! おいし~」

 

とろけたような笑みを浮かべてそう言うのであった。

 

「良かったなヴィヴィオ」

「うん!! ここ、毎日来たいかも……」

 

相変わらずおいしそうに食べるヴィヴィオになのはは少し笑う。

 

「流石に毎日来たら飽きちゃうでしょ」

「それにこういうのはたまに食べるからいいんだぞ?」

 

なのは達はそう言って自分達の食事に手を付け始める。

 

「でも、ここの料理意外に美味しいかも」

「確かに。 大抵こういうショッピングモールの中は速さ重視でここまでうまいイメージは無かったんだが……ここを選んだのは正解だったかもな」

 

そう3人はこの店を絶賛しながら食事を進めて行く。

そして、穏やかにこの食事が終わると思っていたのだが、やはり波乱の始まりはヴィヴィオだった。

 

「あ、パパこれ食べてみる?」

「ん? くれるのか? ありがとな、……うん、うまいな。 それじゃ、お返しにこっちのハンバーグステーキをやるよ。 ほら」

 

翔馬は差し出されたオムライスのかけらを口に含むとお返しにハンバーグをヴィヴィオの口に合わせて切って、口元まで運んでやった。

 

「あ~んっ!! うん、ハンバーグもおいしい!! ねぇ、ママのは?」

 

そう言ってヴィヴィオはなのはに顔を向けるとなのはは自分の皿にあったカルボナーラを小さくフォークで絡め取るとヴィヴィオの口に運んでやりお互いに料理を食べさせ合った。

そして、ヴィヴィオはおいしく3人分の料理を少しずつ食べると2人の顔を見比べて笑みを浮かべる。

その瞬間、なのはも翔馬もヴィヴィオが浮かべた笑みの意味を即座に感じ取り顔を引きつらせそうになる。

 

『なのは。 この状況になった時点で俺達の負けだ……。 何言われても顔に出すなよ?』

『……諦めるしかないんだよね。 っていつもそうなっちゃうけど、私達何気に子供に悪影響与えてない?』

 

なのはの言葉に翔馬は何も言い返せず、苦笑いを浮かべるのだった。

そして、僅か数秒の間に念話でそんなやり取りをしていると案の定ヴィヴィオの口が開いた。

 

「ママ達は交換しないの?」

「ママ達は大丈夫だから気にしないで? ほら、翔馬君のご飯とは全然違うし」

 

と、なのはは最後の抵抗を試みるがそれは全く意味をなさなかった。

 

「……だから、交換し合うんでしょ?」

「そうだね……」

『諦めろ、なのは』

『そうする』

 

なのはは心の中で子供に見られながら何をしているんだろうと思いながら、顔は笑顔を保ってヴィヴィオよりも大きく絡め取ると翔馬の口元に差し出す。

 

「はい。 翔馬君」

「ああ。 ……うん、うまい。 それじゃ、これはお返しな。」

 

そう言って翔馬は自分の分をなのはの口元へと近づけた。

その瞬間になのはの頬に赤みが差したように見えたが、ヴィヴィオには多分気付かれないだろうと思いながらもなのはを急かすようにさらに近づける。

 

「どうした? 口開けないと食べられないだろ?」

「……あ~ん。 ……お、おいしいです」

 

いきなり敬語になって顔を赤くした彼女に翔馬は苦笑いを浮かべてヴィヴィオの様子を見ると、ヴィヴィオは嬉しそうにオムライスに夢中になっている。

それから暫くして、なのはの様子が落ち着いたことを確認すると3人は再度ショッピングモールでの買い物を再開するのだった。

 

 

 

 



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第4話 お買い物(後編)

さて、今回は前回の怪しい人影が……?
穏やかな日常からうつって久々の戦闘シーンですw
これから物語がどう進展していくのか、ご注目下さい!!

それでは第4話スタートです!!


少し遅い昼ご飯を食べ終えた3人は再度買い物へと向かい目的を果たしてしまった翔馬はこの後の予定について気になり隣で歩くなのはに話しかける。

 

「それで、これからどこへ行くんだ?」

「今度は食器と、お部屋のインテリアとか見に行こうかなって」

 

なのははもうすっかり着ている服に慣れたようで、少し前のように恥ずかしがったりせずいつもの様に翔馬の隣を歩きながらそう答えると、唐突に間に挟まれていたヴィヴィオが2人の手を引っ張る。

 

「ママ、パパ、あれ!!」

「「ん?」」

 

翔馬の手を離して、ヴィヴィオが指さす先にはこのショッピングモールの制服を着たお姉さんが子供たちに無料で風船を配っていた。

 

「なるほど。 さっきから風船を持った子供が多かったのはこれの所為か」

「そうみたい。 ヴィヴィオもあれ欲しいの?」

「うん!!」

 

ヴィヴィオは笑顔を浮かべて頷くとなのはの手を引っ張ってお姉さんの方へと駆けて行く。

 

「ちょっとヴィヴィオ!? も、もぅ……」

「あはは」

 

なのはは急に手を引かれたため少し体勢を崩しながらヴィヴィオに付いて行き、翔馬は2人の姿を見て一度微笑むとその後をゆっくりと歩いて行った。

 

「こんにちは!!」

「はい、こんにちは。 元気一杯だね? 風船どうぞ。」

 

ヴィヴィオがお姉さんの元まで到着すると、丁度人が捌けた所だったのか直ぐに風船を手に入れることができた。

そして、お姉さんはヴィヴィオとなのは、そして翔馬の姿を見ると優しい笑みを浮かべる。

 

「今日はお父さんと、お母さんとお買い物?」

「うん!! 久しぶりのお出掛けだから、すっごく楽しいの!!」

「そっか、よかったね」

 

ヴィヴィオの言葉になのはと翔馬は顔を見合わせて微笑み、従業員のお姉さんに軽く会釈をすると向こうも会釈を返してくれた。

そして、何か気になる事でもあるのか一度ヴィヴィオの喜んでる姿を見てから翔馬達に目を向け直した。

 

「こんなこと言うのもどうかと思うんですが、とてもお若いご夫婦ですね? こんなに大きいお子さんがいるのに……」

「え、えっとぉ……」

 

なのははお姉さんの夫婦と言う言葉に、少し顔を赤らめるがどう返答したものかと詰まってしまう。

それに対して翔馬は仕方がないという表情を浮かべてからヴィヴィオを抱きかかえるとお姉さんに笑みを向けた。

 

「実際の所、お互いにまだ若いって言うのもありますが、この子に関しては妻に色々と頑張ってもらいましたからね」

「えっ!? 翔馬君!?」

 

翔馬の言葉を普通に受け取ってしまったお姉さんは驚いて感嘆の溜息を漏らすが、驚いたのはお姉さんだけでは無かった。

いきなりの翔馬の妻発言になのははボンッと音を立てて顔を瞬間沸騰させ、恥ずかしそうに顔を伏せていた。

それを見たお姉さんは驚きも引っ込み笑顔で2人を見つめていた。

 

「うふふ、お2人は結婚してもアツアツなんですね。 羨ましいです」

 

との事で、翔馬は自慢げに頷き、なのはは言うまでも無く恥ずかしさの限界値を越えてオーバーロードしていた。

 

「それでは、この後も楽しんで行って下さいね」

「バイバ~イ!!」

 

翔馬に抱かれたヴィヴィオは大きく手を振って、お姉さんもそれに習って小さく手を振って翔馬達を見送る。

翔馬となのはは歩きながら軽く会釈して、完全に風船を貰った場所から離れるとなのはが照れ顔で翔馬を睨み付けた。

 

「翔馬君!! あんな場所で私達に関する嘘は良くないと思うよ!?」

「ん? 別に向こうも俺達が誰かなんて気づいてなかったみたいだし、あの流れで否定するのも逆におかしく思われるだろ?」

「そ、それはそうだけど……」

 

なのはは翔馬の言葉に言い返すことができず勢いを無くすと、少し項垂れるようにしていた。

それを見て翔馬は少し照れくさそうにヴィヴィオを片手で抱きかかえると、頬を掻いて続きの言葉を告げる。

 

「それに俺は一言も嘘は言ってないしな……」

「え? それって、どういう……」

 

なのはは翔馬の言葉にハッと顔を上げて、少しの不安と少しの期待が入り混じった瞳を翔馬に向けて見つめていた。

しかし、顔を上げてみると当の本人である翔馬は既にいつものように振る舞っておりなのはの頭に軽く手を乗っけるとおどけた様に首を傾げる。

 

「さぁな?」

 

と、翔馬が言った途端なのはは今までとは全く異なる理由で顔を赤くすると翔馬の脇腹に一撃放ち、下に降りたヴィヴィオと共にその場から動けなくなる翔馬を放って置いて自分の買い物に行くのであった。

 

 

 

----------------------------------------------

 

 

「はぁ、なのは達は何処に行ったんだ?」

 

翔馬はなのはの一撃から回復すると、あても無く広いショッピングモールの中を歩いていた。

なのはは先程、食器とインテリアを見に行くと言っていたのでそこに行けば会えるだろうと翔馬は軽く考えていたのだが、その2つを取り扱っている店は多く何処に行ったのか見当もつかない。

そのため、先程からデバイスを通して連絡を取ろうとしたり、念話で話しかけたりしているのだが一向になのはからの返事が無く、翔馬はお手上げ状態だった。

 

「こんな事なら、変なこと口走らなければ良かったか……なんてな」

 

翔馬は独り言を呟くと、苦笑いを浮かべてなのは達の行方を根気よく探し始めるのだった。

そうして早、何軒目かの店を訪れその中にもなのは達がいない事を確認すると、翔馬は疲れが出て思わずベンチに腰を落としてしまう。

 

「ここまで外れが続くと結構精神的に来るものがあるな……子供が迷子になったら大変だぞ?」

 

翔馬は思わず今の状況から現実逃避するように、子供の心配をしてみたりする。

実際、翔馬が迷子の状態なのだが……。

そんなくだらない事を考えながら、翔馬は再度立ち上がるともう1回りするために足を踏み出そうとした。

 

「止めて下さい!!」

 

そんな時に背後から聞き覚えのある声が聞こえて、ホッとしたようにその方向へと足を向ける。

 

「いいじゃん。 俺達と遊ぼうぜ?」

「ママ!!」

「おっと、ガキはこっちで俺と遊んでような?」

 

そこには男がなのはとヴィヴィオに群がっており、それぞれ体格の良い男たちに腕を掴まれていた。

なのはならばそんな男達に後れを取る筈はないのだが、きっと優しい彼女の事だから一般市民に軍人が怪我をさせてはいけないと考えているのだろう。

しかし、娘であるヴィヴィオまで手を出されなのはの我慢も限界を振り切りそうになっていた。

そんな時、場違いな男がその場に乱入する。

 

「悪いな、待たせて。 さて、行くか」

「翔馬、君」

 

翔馬はいつもの様に軽い感じでなのは達に話しかけ、今から買い物の仕切り直しだと言わんばかりに誘った。

それを呆然として見ていた男達はやっと我に返り、怯えた様子も無く普通に自分の狙った女に手を出そうとする翔馬に対して脅しをかける。

 

「なんだお前……この女は俺達と遊ぶ約束してんだよ。 さっさと消えねぇと痛い目見んぞ?」

 

そう言って、男のうちの1人がなのはを他の男に任せると翔馬の胸倉を掴んでガンを飛ばす。

しかし、そんなことをされても微動だにしない翔馬に男は苛立ちを隠せなくなりついに拳を振り上げて翔馬に叩きつける。

……筈だった。

 

「わざとあんたらの事を認識していないように見せていたんだが……。 はぁ、気付かない振りをしてやってる間に消えてれば良かったものを」

 

そう言った翔馬は、片手で軽々と受け止めた男の拳を握り潰さんとばかりに力を込めて行く。

 

「ぐあぁ!! こいつどんな握力してんだ!! 離せよコラァ!!」

 

自分の拳に激しい痛みを感じ、さらに嫌な音を立て始めたため慌てて男は膝蹴りを翔馬に当てると力の緩んだ隙に距離を取った。

しかし、翔馬は蹴られた腹を気にする様子も無くただ男達に憐みの目線を投げかけるだけでその場から動こうとはしなかった。

そんな表情に更に苛立ちを募らせる男達の集団だったが、その内の1人が何かに気付いたようで表情を強張らせる。

 

「こ、こいつ!! 管理局魔導師の藤田翔馬じゃ……」

「なっ!? ……こ、これってヤバくないか?」

 

そんな1人の声に周囲はざわめき始めるが怒りのボルテージが振り切ってしまったリーダー格の男はそんな言葉に耳は貸さず、怒鳴り散らした。

 

「んなこたぁ関係あるかぁ!!! ケンカ売られて黙ってるつもりか!? 前ら!! こいつはぶちのめさねぇと気が済まねぇ!!」

 

余程気が立っているのか目の前の人物がどのような人間なのかをまるで理解しようとせず、無謀にも翔馬に向かって再度拳を振り上げた。

そんな男の行動に翔馬はそっと目を閉じて溜息を付くと、拳が顔面に当たる寸前に体を低くして男の懐に潜り込む。

 

「少し眠って頭を冷やして来い」

 

そう呟くと翔馬は握った拳を男の鳩尾に叩き込み一撃で意識を刈り取った。

そして、体から力が抜けて倒れ込みそうになる男を片手で支えると男達の集団の方に投げ飛ばす。

 

「そいつを連れ帰ってやれ。 今回は一般人に被害を加えてない事から見逃してやるが、二度と人前でこんなことはするな」

 

翔馬は最後に脅しをかけるために表情を険しくして睨み付けると、男達は体を一度振るわせて気絶した男を抱きかかえるとその場から即座に去って行った。

 

「はぁ……。 2人共、大丈夫か?」

 

翔馬は去って行く男達を見て呆れた様に溜息を付くとなのは達の様子を伺う。

すると、2人に怪我等は無いようで翔馬に声を掛けられると翔馬の元へ歩み寄った。

 

「うん!! パパが来てくれたから大丈夫」

「ありがと。 翔馬君」

 

ヴィヴィオは笑顔で翔馬の足に抱き付き、なのはは翔馬の足にくっ付くヴィヴィオに微笑みながらそう言った。

そして、翔馬はなのはを目の前にすると先程の事で少し気まずいのか困ったように頭を掻く。

 

「なのは。 その……、さっきは悪かった。」

 

翔馬は少し視線を逸らしながらそう言うと、なのははキョトンとして翔馬の顔を見つめ、それからほんの少し時間が掛かってから何かを思いついた様に表情を笑顔に変えた。

 

「いきなりだったから何のことかと思ったよ。 大丈夫、あれは冗談だから。 だけど……もしそんな時が来たら……その時は誤魔化さないでね?」

 

なのははそう言ってにっこり微笑むと翔馬はその笑顔に少し鼓動を速くさせた。

しかし、それは表情に出さないように翔馬は微笑み返すのだった。

 

「ああ。 その時は必ず」

 

翔馬となのははそう遠くない未来の約束をすると、最後の買い物を済ませるために歩み出すのだった。

 

 

 

----------------------------------------------

 

 

 

それから、翔馬達は会話を楽しみながら必要な買い物を済ませてショッピングモールを後にしようと出口に向かって歩いていた。

 

「1日って早いね~。 もっと今日が続けばいいのに……」

 

ヴィヴィオはなのはと翔馬の間に挟まれながら少しだけ不満そうな呟きを漏らすと翔馬は軽く微笑んでヴィヴィオを抱きかかえてやった。

突然抱きかかえられてしまったヴィヴィオは嬉しそうにしながらも目で何で?と問いかける。

 

「今日はこれで終わりかも知れないけど、またいつか一緒に3人でどこかへ出かけよう」

「あ……、うん!!」

 

ヴィヴィオは翔馬の言葉に元気よく頷くと、なのはの手を解いて翔馬の首に思いっきり抱き付くのだった。

そして翔馬達はショッピングモールを後にしようと出口から数歩歩いた所で突然後ろからサイレンの音が鳴り響き、ショッピングモールの中に目を向ける。

 

「今……」

「ああ、俺にも聞こえた」

「ママ? パパ?」

 

なのはと翔馬が突然振り返ったため現状を理解できないヴィヴィオは険しい表情を浮かべる2人に首を傾げる。

そして、翔馬達は暫くショッピングモールの中の様子を伺い、サイレンの音が誤動作であることを、自分達の予想が外れることを祈った。

だが、それは叶わず慌てた様に大勢の客が出口に向かって走ってきておりその先頭にはここの警備員が客を先導していた。

 

「っ!! 何でこんな時に……」

「そんなこと言ってもしょうがないよ……翔馬君」

 

翔馬の悪態になのはは険しい表情を崩さずに視線を翔馬に向けると翔馬も表情を引き締めて頷いた。

そこから、翔馬は警備員に近づくと何が起こったのか状況を聞きに行った。

 

「なのは!! 警備員に変わって避難誘導を」

「了解。 皆さん!! 慌てずにこちらへ!! 出口から出ても暫く走って下さい!! お子さんをお連れの方は絶対に手を離さないで!!」

 

翔馬は先頭にいた警備員を先頭から引き抜くとなのはに代わりを務めさせた。

 

「何するんですか!! 今はお客さんを……」

「すみません。 私達はこういうものです。 現状を簡単にで構いません。 教えて頂けますか?」

 

そう言って翔馬は相棒のインテリジェントデバイス【ゼフィロス】を掲げて自身となのはの身分証明を提示すると、警備員は安心したように表情を綻ばせてショッピングモール内での出来事を話し始める。

それを聞き終わった翔馬は、目を見開いて表情を引き締めるとなのはの元へと向かった。

 

「なのは、現状はさっきモニター回線で繋いでいたからわかるな?」

 

翔馬の言葉になのはは避難誘導をしながら頷く。

 

「それなら、なのはは引き続き客の避難誘導を頼む。 俺は中で避難が遅れた人達がいないか調べて来る」

「翔馬君1人で!? それじゃ危ないよ!! 私も一緒に……」

 

翔馬の言葉になのはは身を乗り出してそう言ったが、目の前で逃げ惑う一般市民を放って置くことは彼女には出来ず、その言葉は最後まで口にすることはできなかった。

 

「 ……分かった。 私もお客さんの避難誘導が終わったらそっちに行くから……絶対に無茶はダメだよ?」

「ああ。 行って来る!!」

 

翔馬はなのはの言葉に頷くと一度ヴィヴィオの元に戻り、ここで大人しく待ってるように告げると客の流れに逆らってショッピングモールの中へと引き換えすのだった。

翔馬が警備員から聞いた話はこうだった。

始まりは警備員がお客さんから怪しい人物がいるとの報告を受けた事から始まる。

その報告を受けた警備員はその客に連れられてその現場まで行ってみたのだが、そこにはただ人の流れがあるだけで不審な点は見つからなかった。

しかし、客はある個所を見つめて怯える様に体を震わせており、事情を知らない警備員はただ困惑するだけだった。

そして、その客がベンチに座る黒いフードを被った男を指をさすと、男は突然不気味なデザインの横笛を取り出し口に当てて笛の音を紡いだ。

その瞬間……、普通に歩いていた周囲の人が突然倒れ、異様な光景に不信感を抱いた警備員はその男に近づくのではなく、近くの警報器を作動させて警備会社に通報しながら無事な客を引き連れて逃げ出してきたのだと言う。

 

「笛の音か……そんな魔法、聞いたことが無いな」

『私も。 今、ユーノ君にそれらしい情報を見つけてもらってる。 取り敢えず今分かってる事だけ伝えるね。 効力はその笛の音が届く範囲で、人数にも限りがあるみたい。 今、警備員さん達が集まってきたから避難誘導を交代して詳しい状況を聞いてみたんだけど、周囲にいた人達全ての人が倒れた訳では無いんだって』

 

なのはの情報を聞いて、翔馬はその事件の起きた現場へと向かいながら逃げ遅れた人々を探す。

 

「倒れてしまった人達の救助もまだだろう……救助隊と地上の武装隊への連絡は?」

『もう出来てるよ。 あと、15分で到着だって……今、私も向かうから逃げ遅れてしまった人の避難誘導と倒れてしまった人達の救助を最優先で行こう』

 

なのはの言葉に翔馬は軽く頷くとエスカレーターを駆け上がり、事件現場へと到着する。

そして、その場の一見何の変哲もない廊下だが、今現状を聞いた後では確実に異様な光景に翔馬は驚いた表情を隠せなかった。

 

「……どういうことだ?」

『翔馬君? 何かあったの?』

 

翔馬の呟き声がなのはの耳に入ったのかなのはは、不安げに翔馬へと尋ねた。

 

「違う……。 何もないんだ(・・・・・・)

 

すると、返って来た言葉も理解することができず、丁度翔馬の近くまで来ていたのでエスカレータを上るとたった1人で事件現場で佇む翔馬の姿があった。

 

「っ!? これは……」

「ああ、倒れた筈の人が誰1人としていない……あの警備員が嘘を言っているとは思えない。 だが、ここで倒れた人達が自力で逃げ出したとも思えない」

 

翔馬達は疑問を解消するためにその場の調査を始めよう足を踏み出した時、2人の耳にかすかな人の声を感じた。

 

「た………け……」

「「っ!!」」

 

翔馬達はその言葉の意味を即座に理解し、翔馬は既にその場から消えて、なのはもその方向に向かって走り出した。

そして、翔馬はなのはよりも早く声の持ち主らしき女性を確認すると、さらに速度を上げる。

その人は刀を持った不審者に対して腰が抜けて思うように動けないのかギラリと光る刃に怯えながら後退りを繰り返すが背中が壁に当たると恐怖で顔を歪ませてきつく瞳を閉じた。

そして、その刃を向けて振り上げると不審者は口元を歪ませて女性に向かって振り下ろそうと最後に声を掛けた。

 

「それじゃ、バイバイ!!」

「っ!!」

 

そして振り下ろされた刃は綺麗に何もない壁を切り裂いていた。

 

「って、あれ?」

 

不審者は目の前に広がる白の壁と、自分の手の感触が思っていたものと違う事に首を傾げながら周囲を見渡す。

すると、そこには女性を抱えた翔馬の姿があり、翔馬は一度、不審者に視線を向けると女性を腕の中から降ろした。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、は、はい……。ただ、その腰が抜けてしまって……」

 

翔馬は女性が少し恥ずかしそうに言うのを見て、小さな魔法陣を描くと腰のあたりに支えとなる風を巻き起こした。

 

「あなたを出口まで送ることが出来ればよかったのですが……、これで何とか歩けそうですか?」

「あ、これなら何とか歩けそうです!!」

「それでは、気を付けて出口まで逃げて下さい。 出口の近くになれば警備員さんもいらっしゃいます」

 

そう言って翔馬は出口へと向かう女性を見送って、視線を不審者の方へと向け直す。

 

「折角、久々に血が見れると思ったのに……、何で邪魔しちゃうかな? 藤田翔馬一等空尉。 いや、今は三等空佐でしたっけ?」

「……俺のことを知っているのか?」

 

翔馬の言葉で何かに気が付いたのか不審者は乾いた笑みを浮かべてフードに手をかけた。

 

「ああ、これが有るからわからないんですね……これの顔を見たら思い出してくれますか? 三佐」

「っ!! お前は……テトラ。 犯罪からは足を洗ったんじゃ……」

 

翔馬はその顔を見て目の前にいる不審者が誰なのかを思い出した。

そのテトラと呼ばれる人は2年前、翔馬が機動六課に転勤する直前に捕まえた犯罪者のうちの1人だった。

そして、テトラは翔馬の言葉を鼻で笑い飛ばした。

 

「僕が足を洗う? そんな訳無いじゃないですか!! 何のために今まで我慢してきたと思ってるんですか? 分かって下さいよ……僕は貴方へと復讐するために出てきたんですから」

「……復讐の相手が俺だと言うのなら、相手になってやる。 だが、ここに居る人達は関係無いだろ!! 倒れた人々は何処へやった!!」

「翔馬君!!」

 

翔馬は強気にそう尋ねるとそれと同じタイミングでなのはが翔馬の元へとやって来て肩を並べる。

 

「黒いフードの男……もしかして、あの人が?」

「ああ、俺が2年前に検挙した男だ……だが、何かが」

 

翔馬はなのはの問いにテトラを気にしながら答えるが、何かに引っ掛かりを覚えるのか翔馬は必死にその何かを探そうとする。

が、それはテトラの行動により、中断せざるを得なかった。

 

「2人でおしゃべりもいいけど……僕も一緒に混ぜてよ!!」

 

そう言ってテトラは魔法弾を正面に展開させるとそれを一斉に放ち、翔馬達は回避行動に移ろうとするがその瞬間に頭上から何かが迫っていることを感じ2人は目を見開き、正面と頭上の同時攻撃を真面に浴びて土煙により姿が完全に見えなくなってしまった。

その様子を嬉しそうに見つめるテトラは、土煙の中に光るものを見つけて更に嬉しそうに口角を釣り上げた。

 

「なのは!!」

「うん!!」

「ゼフィロス!!」

「レイジングハート」

「セット・アップ!!」

 

その掛け声と共に、土煙は掻き消されてその中から出てきたのはバリアジャケットに身を包み桜色の光を纏うなのはと、緑色の光を纏う翔馬の姿だった。

 

「そんなに混ざりたいなら混ぜてやる……ただし、お前と俺達がまともに喋るのは検問室でのみと知って置け」

「ふふ、あははは!! いいよ。 その表情、久々に僕を楽しませてよ!!」

 

そして、ここになのは&翔馬VSテトラの戦いが始まるのだった。

 

 



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第5話 始まりの音

今回は前回に引き続き戦闘シーンの連続です。
テトラとの勝負の行方はいかに!?

そして戦闘中になのはが……!!



今回も楽しんで読んで行って下さい。

それでは第5話スタートです!!


翔馬となのははバリアジャケットを身に纏うとそれぞれに得物をテトラへと構えた。

そしてお互いに目配せして戦闘準備が整ったことを確認し合うと、声を上げて先手を取る。

 

「行くぞなのは!!」

「了解!!」

 

翔馬の声に頷いたなのはは一歩下がり、翔馬がテトラに向かって突貫する。

 

「はぁぁぁ!!」

「アクセルシューター!! シューット!!」

 

翔馬が飛び出したことを確認したなのはは翔馬の背後に向かってシューターを8つ飛ばし、翔馬に当たる寸前で方向転換させると8方向からテトラを狙い撃つ。

 

「甘いよ!!」

 

しかし、テトラはそれをどこから取り出したのか人の身長を優に超える斧を振り回すとシューターをすべて消し飛ばして笑みを浮かべた。

その瞬間、翔馬はその時を狙っていたかのようにテトラに急接近すると開いた体に向かって剣を振り降ろす!!

 

「はっ!!」

「たぁぁぁ!!」

 

翔馬の攻撃に遅れながらも気付いたテトラは、翔馬の剣が届く前に遠心力を利用した重い一撃を放ちギリギリのところで迎撃を成功させ、翔馬はテトラの速さに驚いた表情を浮かべる。

その攻撃を放ったテトラは翔馬の事などお構いなしに続けて連撃を放ち、重い筈の斧を翔馬の剣と同等の速さで振り回されて翔馬は必死にそれを防いでいた。

しかし、テトラが最後に放った重い一撃が翔馬の剣に重なり、翔馬は堪えることができずなのはの位置よりも遥かに遠い壁まで吹き飛ばされてしまう。

 

「翔馬君!!」

 

なのはは翔馬の衝突した壁に首を振り向かせて安否を確認しようとするが、その隙を狙ってテトラは高速でなのはに接近し、斧を振り上げた。

 

「まず1人……」

「あっ!!」

 

なのはがテトラの存在に気付いた時にはもう、攻撃を回避することもでき無い事を悟り、ただその光景を眺めてしまう。

だが、そこに強い風が吹き荒れるとなのははその表情を一転させて強気の瞳でレイジングハートを構えた。

テトラは一瞬の間に何が起こったのか理解できずに目の前の光景に驚いていた。

 

「は、速すぎませんか?」

「力ではお前に負けるかもしれないが……速さまでお前に負けるつもりは無い!!」

 

吹き飛ばされた筈の翔馬は一瞬のうちにテトラとなのはの間に割り込むと、振り降ろされる前の斧に向かって剣で一撃を入れて完全に隙のできたテトラの腹に左の掌を添える。

そして、その手から魔法陣が浮き上がるとテトラは流石に表情を強張らせて回避行動を取ろうと体を捻る。

しかし、翔馬の魔法が発動してからの行動では回避は遅かった。

 

「エアリアル・インパクト!!」

「がはっ!!」

 

テトラは翔馬のゼロ距離攻撃に肺の中の空気をすべて強制的に吐き出され、体をくの字に曲げて吹き飛ぶと天井まで吹き抜けの空間に飛び出す。

そして、いつの間にか1階まで降りていたなのはは落下してくるテトラに照準を合わせて魔法陣を描いた。

 

「しまっ……」

「ディバイン……バスター!!!」

 

なのはの砲撃はテトラを完全に包み込み、それが収束するとテトラは力なく地面に落ちて横たわった。

砲撃によってテトラの動きを止めることに成功したなのはと翔馬は安心したように一息ついてお互いを労い合う。

 

「翔馬君、ありがと。 助かっちゃった」

「俺は何にもしてないだろ? なのはのお手柄だ」

 

そう言って2人は微笑み合うとテトラを拘束するために近づいて行ったのだが、テトラの体がピクリと反応すると、苦しそうな声で翔馬に呼びかける。

 

「こ、れで……終わりだと、思わないことだよ? 藤田……翔馬!!」

「何っ!?」

「っ!?」

 

嫌な予感を感じた翔馬となのははそれぞれデバイスを構えて不審な行動を取ることが無いように注意してゆっくりと近づいていく。

そして、翔馬達の嫌な予感は当たり唐突に立ち上がったかと思うとその手には不気味な笛が握られておりそれを口元に当てようとしていた。

 

「させない!!」

 

なのははレイジングハートを構え、翔馬は先程よりも素早くテトラの背後に回り込むと、今度は確実に一撃で気絶させようと大きく剣を振りかぶり、それを思いっきり振り降ろした。

だが、それはテトラに届くことなく振り降ろされた剣は翔馬の意思により宙で止まっていた。

 

「どう、して……」

「っ……」

 

翔馬となのはは今見ている光景に絶句しながら動きを止める。

そして、そのチャンスを見逃すテトラでは無かった。

 

「それじゃ、これはさっきのお返し!!」

「くっ!! エアリアルブリッツ!!」

 

翔馬はその場から消えたかのように高速移動するとなのはの横に立ち、目の前の異様な光景に目を見開いていた。

テトラの周囲にはテトラを守ろうとするかのように一般市民が集まり出し、翔馬達は困惑する。

 

「これは一体……」

「テトラ……一般市民に何をした!!」

 

翔馬達の表情が面白いのか、テトラは先程の砲撃のダメージなど忘れてお腹を押さえながら笑う。

そしてその様子に、翔馬達は顔をしかめるのだった。

 

「別に大したことはしてないよ。 まぁ、しいて言えば……僕の演奏を聞いて貰った事くらいかな?」

「まさか……その笛の音で一般市民を操って」

「違う!!」

「「っ!?」」

 

翔馬の言葉を一蹴したのは予想外にも一般市民の男の声だった。

さらに、集まってきた他の人達の様子も見てみると明らかに翔馬達に敵意を剥き出しにして睨んでいる。

 

「そ、それはどういう……」

 

なのはは、その男を刺激しないように恐る恐る尋ねると叫んだ男は体を震わせながら話し始める。

 

「この人は、俺が路頭に迷っていた時、誰も彼もが見ない振りをしていたにも拘らず俺に手を差し伸べてくれたんだ!! そのおかげで今は普通の生活を手に入れられた!!」

 

その男の言葉を切っ掛けに周囲の人達もテトラに救われた、励まされた、助けてくれた等、様々な理由から今度はテトラに恩返しをすると言い、テトラを守る様に手を広げた。

そして、翔馬達は今の状況整理とこの状況を脱する方法について頭を張り巡らせていたが、情報が足りな過ぎて動く事が出来なかった。

彼らの意識ははっきりとしているし、操られている可能性は低いだろう。

だからと言って、テトラがこれだけ大勢の人に救いの手を差し伸べたとも考えずらい。

たまたま、テトラに手を差し伸べられた一般市民が全員今日はこのショッピングモールに買い物に来ていたとも考えられなくはないが、その確率は限りなくゼロに近いだろう。

だとすれば、彼らが身を挺してまでテトラを守る理由は?

その答えに辿り着けず、なのは達はテトラの動きに注意しながらも焦りの表情を浮かべていた。

 

『なのは……これじゃ埒が明かない。 俺が時間を稼ぐうちにテトラの周囲の人間だけでいい。 動きを止められるか?』

『……わかった。 でもあれだけの人数……あんまり時間は持たないよ?』

 

翔馬は向こう側に聞こえ無いよう、念話でなのはと打合わせるとなのはは少し不安そうに翔馬に目配せする。

しかし、翔馬は冷や汗を流しながらも笑みを浮かべてなのはに視線だけ向けた。

 

『一瞬でいい。 ……一撃で堕とす!!』

 

翔馬はなのはにそう言うと、一歩前に出て剣を鞘に納めた。

 

「皆さんの言い分はわかりました。 だから最後に2つだけ聞かせて下さい。」

 

翔馬の行動と言葉に一般市民の全員はホッとしたように腕を降ろした。

それもその筈、翔馬となのはは空戦魔導師の中でも有名な人物だ。

それに対して歯向かって何かができるなんて考えは元々持っていなかったし、翔馬達が彼ら全員を犯罪の加担者とみなしてしまえばどうすることもできないからだ。

だからこそ彼らは必死に声を上げて話し合いで解決させようとしており、その願いがかなったのだと思い込んでしまったのだ。

そして、そんな様子を後ろから眺めるなのははレイジングハートを待機状態にしながらもテトラの周囲の人にバインドを掛ける準備を進めていた。

 

「まず1つ目はテトラ。 お前はこの人数全員を確実に助けた。 間違いないか?」

 

翔馬の問い掛けにテトラは笑いを堪えながら、大きく頷いて見せた。

 

「ああ、当たり前だろう? 何よりここに居る人達がその証明じゃないか」

「そうか、なら次の質問はここに居る全員に聞く」

 

翔馬は表情を引き締めて威圧を掛けるようにすると、テトラを除いた全員が肩を震わせた。

 

「テトラがさっき彼が女性に襲い掛かっていた瞬間を全員が見ていた筈だ。 どうしてそれを見てまでもその男を守ろうとするんだ?」

 

翔馬は睨みを利かせてそう言うと、全員黙り込んでしまい、翔馬の言葉に違和感を覚えたのかお互いに顔を見合わせて悩み始める。

しかし、それはほんの数秒の事で一番に声を出した男が再度声を上げる。

 

「あれはきっとなにかの事情があったんだ!! テトラさんは間違っていない!!」

 

その男の言葉に感化されたのか、周囲の人もそれに同調してそうだそうだと声を張り上げる。

そして、翔馬は今の一般市民の様子からある仮説を立てる。

しかし、その仮説が正しいのなら今ここで彼らに何をしても無駄だろう。

だからこそ、テトラが笛を持った手を動かした瞬間に翔馬は叫ぶ。

 

「なのは!!」

「フープバインド!!」

 

翔馬の声とほぼ同時にテトラの周囲の人達がなのはのバインドに動きを止められてテトラの防御が無くなる。

だが、テトラはそれを意に介した様子も無く笑みを浮かべる。

 

「そんなことして……」

 

テトラがそう言っている内に翔馬は最速で背後に回り込むと剣を抜刀した勢いでテトラの首筋を狙い確実にテトラを昏倒させることができる状況を作った。

しかし、それはテトラの予想外の行動によって防がれてしまう。

 

「いいのかな!!」

「なっ!? テトラァァァ!!」

 

翔馬は即時、腕の振り抜く方向を逆にしてテトラが片手に持っていた斧に叩きつける。

 

「貴様!! 何のつもりだ!!」

「……何のつもり? だって、彼らは身を挺して僕を守ってくれてるんだ……使ってあげなきゃ損でしょ?」

 

そう、テトラは翔馬の攻撃を避けきることができないと踏んで自分の持った斧を一般市民に背中に突き立てようとしていたのだ。

それを防いでしまった翔馬は完全に隙だらけだった。

 

「ほらほら……ほら!!」

 

テトラは周囲の一般市民などお構いなしに大きな斧を振るう。

翔馬の邪魔になると判断したなのはは既にバインドを解いて一般市民の誘導を行っていたのだが、近くにいた人達はその光景を信じられないのか呆然と翔馬との戦闘を眺めており、そんな事されていては一般市民に斧が届いてしまう。

そのため、翔馬は必死にそれを防ぎながら自身の防御も行っていたが、だんだんとそれが厳しくなっくる。

 

「お前はどこまで……皆さん、早くこの場から離れて……くっ!!」

 

翔馬はどうにかこの場から離れるように声を掛けるが、未だに翔馬の声が届かないのかその場から一歩たりとも動こうとはしなかった。

そんな様子に翔馬は堪え切れなくなり大声で叫ぶ

 

「 ……いい加減、目を覚ませ!!! ここから離れろ!!」

「あ、は……はい!!」

 

翔馬の大声にやっと目が覚めたのか、体をビクリと震わせるとその場から直ぐに退避し始める。

その様子を見た翔馬は少しだけ安心した表情を浮かべるが、その瞬間に翔馬の剣が大きく弾かれ、体ががら空きになってしまう。

 

「これで!!」

 

テトラは下から振り上げた斧の力を使って体を一回転させると、斧に全体重を掛けて翔馬に打ち込む。

 

「人さえいなくなれば……」

 

翔馬は完全に隙を見せ、今にも叩き切られそうな状況にあるにも拘らず、落ち着いた声でそう呟くと空いていた左手を右腰に持っていった。

そして、もう一振りの剣を引き抜いて斧に合わせると剣によって軌道を変えられた斧は翔馬の顔面すれすれを通って空気を切り裂く。

 

「二刀……流?」

「俺の右腰にある剣は飾りじゃ、ないからな!!」

 

翔馬はお返しとばかりに引き抜いた左手の剣と右手の剣を水平に合わせて右に体を捻るとそれを一気に斧へと叩きつけ、テトラの手から弾き飛ばす。

 

「これで終わりだ。テトラ。 お前を逮捕する」

 

翔馬は斧を吹き飛ばされて尻餅をついてしまったテトラの首筋に剣を突き出すとテトラは悔しそうに唇を強く噛みしめる。

そして、翔馬とテトラの決着がついた直後になのはが避難誘導を終えたのか翔馬の元へと戻って来る。

 

「決着ついたんだね。 それじゃ、後は陸の部隊に引継ぎして私達は戻ろうか? 救助隊の人達は今回被害に遭った人達を搬送して様子を見るって」

「そうか。 俺達のお役はここまでだな…… テトラ。 妙な気は起こすんじゃないぞ」

 

翔馬は剣を引いて鞘に納めると、テトラの左腕を掴んで引き起こしてから両手に手錠を掛けようとした。

しかし、そこまでして翔馬は自分の過ち、テトラの武器は斧だけでは無かったことに気が付いたのだ。

 

「また牢獄送りになるのなら……、最後に僕の旋律を聞いてよ!!」

「くっ!!」

「翔馬君!!」

 

翔馬は、テトラを思いっきり蹴りつけて距離を取るが魔力付与も何もないためテトラとの距離は3mと無かった。

そして、笛に口を付けるテトラの姿を見たなのはは危険を感じ、翔馬を押し倒してその場に伏せてそれと同時に翔馬が魔法陣を展開する。

 

「間に合え!! エアリアル・スフィア!!」

「♪~……」

 

翔馬はテトラが笛を吹くと同時にテトラの周囲2mに結界を張り、笛の音と共にテトラを結界の中に閉じ込めた。

そして、翔馬は急いで自分の状態に何か異変は無いか確認するが、パッと調べたところでは異常はなさそうで、いつの間にか流れていた冷や汗を拭い、上がった息を整えようと深呼吸を数回した。

 

「はぁ、はぁ……、俺の方は大丈夫みたいだな……」

 

翔馬はそう呟くと自分を押し倒したなのはに手を触れようとしたところで異変に気付く。

なのはに翔馬が押し倒されてから数秒とは言え時間が経つにもかかわらずなのはに動きが全く見られないのだ。

 

「なのは……? おい!! なのは!! 返事をしろ!!!」

 

翔馬はなのはに手をかけて仰向けにするとなのはは完全に気を失っており、翔馬はその光景に手を血が滲むほどに握り締めた。

なのはが気絶しているという事は翔馬の結界は意味をなさなかったという事だ。

きっと彼女はあの笛の音を聞いてしまい何らかの影響を受けてしまったと考えるのが妥当だろう。

一番、傷付けたくない人を犠牲に自分だけ助かってしまった。

その事実に翔馬は内から溢れるどす黒い感情に塗り潰されていく。

 

「どう、して……。 何でお前が、こんなことに…………」

 

守ってやると誓った大切な人が今、目の前で倒れている。

誰の所為?

なぜこうなった?

答えは簡単だ。

目の前にいる犯罪者が笛を吹いたから。

だったら、どうする?

コワス!! アトカタモナク、スベテヲケシサル!!

 

「ふざ、けるな……!! ふざけんなぁぁぁぁぁ!!!!」

 

翔馬の悲しみや怒りを吐き出すかのような雄叫びに呼応して翔馬の胸から黒い魔力が吹き荒れ、それは一瞬で翔馬を完全に包み込んだ。

そして、その翔馬と思わしき黒い人影はバックステップを何度か繰り返して結界から距離を取ったかと思うと、地面にクレータを作るほどの勢いで結界に突進し、中で笛を吹くテトラの顔面を鷲掴みにすると突進した勢いと合わせて前方へものすごい勢いで放り投げた。

 

「がはっ!! ……い、今のは……」

 

テトラが急に結界が破れたと思った瞬間には、全身に激痛が走り次に目を開けた時には先程までいた場所とは遠く離れた場所まで吹き飛ばされており、現状の認識さえ出来ていなかった。

しかし、現状把握よりも先にテトラの目に入った黒い化け物の姿に怯え、先程までの考えはどこかに吹き飛んでしまっていた。

そして、テトラはあれを見た瞬間に激しい警報音が頭の中で鳴り響くのを聞く。

やつの間合いの外にいる筈なのに、既に心臓を握られていると錯覚するほどの恐怖、背筋が凍てつくような悪寒、どれもテトラが生きて来た中で味わったことの無い感覚にテトラはその場から動けなくなっていた。

 

「コワス……オマエヲ、コワス!!」

 

遠くにいる黒い魔力の中に赤く鋭い光がテトラを射抜くと、その場から音も無く消え、テトラは考える前にその場から横に飛んだ。

その瞬間、テトラの先程いた場所から爆発があったかのような激しい衝撃にテトラは地面を転げまわり、その方向を驚愕の表情で見つめる。

 

「ど、どうなってるんだ……あれは……」

 

そこには拳を叩きつけた黒い化け物がおり、その周囲5mは完全に陥没していた。

そして、黒い化け物は仕留め損なったことを認識すると首を動かしてテトラを再度見つけ、その方向に足を踏み出した。

その時、ここで聞こえる筈のない声が響き渡る。

 

「パパ!! しっかりして!! 負けちゃダメェェ!!!」

 

黒い化け物はその声に反応するとその場で動きを止めて、視線を声のした方向に向ける。

そこには、ここに居る筈のないヴィヴィオの姿があった。

慌ててやってきたのかヴィヴィオは荒い息を整えながら周囲を見渡すと目の前では翔馬の暴走、そしてそこから少し離れた場所でなのはが倒れている。

そんな状況にヴィヴィオは表情を悲しみに染めた。

黒い化け物は、その姿を見たと同時に黒い魔力が揺らいで胸を押さえて苦しみ始めた。

 

「ガ……グッ、ア、アアァァァァァ!!!」

 

そして、黒い化け物は苦しみの雄叫びを上げ、胸を掻き毟りながら膝を付いた。

その時、テトラはようやく恐怖から解放され正気に戻ったのか何かに気付いた様に立ち上がる。

 

「はっ……今なら……」

 

テトラは偶然にも足元にある自分の斧を見つけそれに恐る恐る手を伸ばし、その手に斧を握る。

それに気が付いたヴィヴィオは驚いた表情を浮かべてもう一度、翔馬となのはに視線を向ける。

しかし、その2人の状況は変わっていない。

このままでは翔馬がやられてしまう。

そう思ったヴィヴィオは、後の事など何も考えずに気が付いたら走り出していた。

 

「死ね!! 藤田翔馬!!!」

「ダメェェェ!!!」

 

テトラは持った斧を回転させると薄くはなっているが未だに黒い魔力に侵されている翔馬に投げつけ、ヴィヴィオは叫びながらその間に割り込もうとする。

だが、今のヴィヴィオの足では到底追い付けない。

だから、ヴィヴィオは自身の足に魔力を付与させて速度を上げ、最後に地面を思いっきり蹴って翔馬の前に躍り出ると手を大きく広げて硬く眼を瞑った。

 

「フン……馬鹿な娘だ。 パパとやらと一緒にあの世に行って来るといいよ」

 

テトラは無謀にも翔馬の前に立つ女の子を鼻で笑うと背中を向けた。

しかし、ヴィヴィオの姿を認識していたのはテトラだけでは無かった。

これ以上、誰かを傷付けさせはしないと今度こそ本当の翔馬が雄叫びを上げた。

 

「そ、れ、だけは……やらせない!! お前は……消えろぉぉぉ!!!!」

「なっ!?」

 

翔馬は自身に纏わりついた黒い魔力を払いのけると即座に左手でヴィヴィオを抱きかかえ、既に回避できない距離に迫った斧に対して何のためらいも無く魔力付与した素手で弾き飛ばした。

直撃は避けたものの、斧を弾いた右腕からは血が止めど無く溢れ、翔馬は疲れ切った表情で荒い息をつきながらも、それを気にする様子も無く、腕の中にいるヴィヴィオに視線を落とした。

すると、ヴィヴィオは未だに硬く目を閉じて体を震わせ、そんな様子を見た翔馬はこの子は守れたのだと安心して微笑むと、その頭を右手で撫でてやろうとする。

しかし、右腕がもう動かない状態になっていることに気付くと左腕に力を込めて抱きしめたヴィヴィオを自分の胸に引き寄せた。

 

「ヴィヴィオ、ありがとな。 俺はもう大丈夫だから。」

「パ……、ぱぱぁ……うっ……、うわぁぁぁぁ!!」

「怖い思いをさせて、ゴメンな。 怖かったよな……」

 

ヴィヴィオは翔馬の言葉でやっと目を開け、翔馬の胸にしがみ付くように抱き付くと、声を上げて泣き出してしまった。

翔馬はヴィヴィオの様子に後悔の表情を浮かべながら左手で優しく頭を撫でてやるのだった。

 

「僕を無視して……いい雰囲気流してるところ悪いけど、この状況、わかってる?」

 

テトラは少し苛立ちながらそう言葉を発すると、翔馬は視線を向けずに答える。

 

「ああ。 わかっているさ。 俺も今の今までわかっていなかった。 テトラ。 逃げるなら今の内だぞ?」

「っ!! ……藤田三佐? あんまり今、僕を刺激しない方が良いと思うよ…… 間違えてその女ごとあの世に送ってしまいそうだからさぁ!!!」

 

そう言って、テトラが笛を構えようとした瞬間、テトラのすぐ近くを魔法弾が通り過ぎる。

 

「あそこだ。 あそこにさっきの女の子が!!」

「あ、あれは……翔馬さん!!」

「おい救助隊!! あっちに高町教導官が倒れてる!! 直ぐに対応を!!」

 

テトラは魔法弾を放たれた方向に顔を向けるとそこには大勢の管理局魔導師がこちらに向かって来ていた。

 

「くっ……今日はここまでにしてあげるよ。 ただ、次に会った時は容赦しないからね!!」

 

テトラは去り際にそう言うと、その場から姿を消した。

 

「俺もだ。 テトラ……次に会った時は必ず逮捕する」

 

翔馬は腕の中で震え続けるヴィヴィオを抱きしめながら夕焼け空に向かってそう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰も想像出来ない様な事態がもう既に目の前に迫っていることを誰一人として知る由も無かった。

本当の物語は……ここから始まる。

 



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第6話 異変

前回意識不明となったなのはがどうなるのか、その結果が明らかに……
そして、それを見た翔馬の反応は?


第6話スタートです!!


あの事件から数時間が経ち、翔馬は完全に日が落ちてしまった外を病院の薄暗い蛍光灯の明かりを頼りに廊下から歩きつつ眺めていた。

事件の後、意識を失ったなのはは救急隊により病院へ救急搬送、翔馬はその付き添いで後を付いて行ったのだが例の暴走により翔馬自身も精密検査を受けることになってしまい、結局なのはとは病院に付いた時点で別れてしまいその後どうなったのかはわからない。

翔馬がこんな事になってしまったのも、全ては2年前に起きたJS事件が切っ掛けだった。

彼はJS事件を解決へ導いたなのはと並ぶ功績者であるが、その代償は大きく、聖王のゆりかごに並ぶ巨大な大量殺戮兵器、無限の欲望(アンリミデッド・デザイア)を止めるために翔馬は後遺症を患う。

翔馬の後遺症とは突発的な破壊衝動。

原因は無限の欲望を止めるために用いたジェイル・スカリエッティ作のアームドデバイスから供給される魔力だった。

この魔力は通常のものとは違い人工的に造られる魔力で、その魔力を使用すれば爆発的な力を得ることができるがその代償にその使用者の精神を喰らうという副作用を持った物騒な代物だ。

その所為で翔馬はJS事件後の数か月間、病院に入院と言う名の隔離を受けていたのだが、その状況から救うべく立ち上がったのは意外にも今は、翔馬の部隊の副隊長を務めるシエルで、その案に乗っかった機動六課は翔馬の破壊衝動の原因である魔力を翔馬の中から追い出そうとした。

結果から言えばその策は失敗だった。

翔馬の中の人工魔力は残ったままで、体の外へ追い出すことは出来なかったのだ。

しかし、そんな状況でも不幸中の幸いか、翔馬のリンカーコアからは確実に追い出すことが出来ていた。

それでは残った人工魔力は何処へ行ったのか。

それが今回の暴走の原因にもつながるのだが、実は翔馬のなかで人工魔力がリンカーコアを形成してしまったのだ。

つまり翔馬の体の中にはリンカーコアが2つ。

正常なリンカーコアと悪質なリンカーコアどちらも翔馬のものであるので一見とても有利に見えるが、先程起こった事件を見つめ直せばわかるが並大抵の精神力ではあれを制御なんてできる訳も無く、一度漏れ出してしまっては必死に抑えるのが精々でそれを使おうと完全に表へ出してしまえば正気に戻るのは何時の話になるのか分かったものではない。

そんな物騒な力であるため、陰で翔馬ははやてに続く2人目の歩くロストロギアとさえ呼ばれることもある。

話はずれてしまったが、翔馬はここの所、暴走を引き起こしていなかったため久々の暴走による体への影響がないか精密検査を受けるよう言い渡されてしまったのだ。

そのため、この数時間、なのはが倒れているにも拘らず傍にいてやることが出来なかったのだ。

しかし、なのはだけではなくヴィヴィオもいる為、2人だけにしておくのもまずいと考えた翔馬は精密検査を受けることになる前に、はやてやフェイトへ一報入れていたので今は彼女達がなのはやヴィヴィオの面倒を見てくれている筈だ。

しかし、そうは思っても翔馬は彼女を心配せずにはいられなかった。

そもそも、暴走など起こさなければとも思うがそんなことは後の祭りだ。

 

「何事も無く起きてくれていればいいが……」

 

翔馬はそう呟くと、彼女が眠っている病室へと向かうのだった。

 

 

 

----------------------------------------------

 

 

 

一方、なのはの病室には1人の少女と、2人の女性が真っ白なベッドの上で未だに眠っているなのはを見下ろしていた。

 

「ママ……」

「ヴィヴィオ。なのはは大丈夫だから、そんな顔しないで?」

「そうや。 ヴィヴィオのママはエース・オブ・エースって言われてるんやで? こんな事でやられたりせぇへん。 ……そうやろ? なのはちゃん……」

 

ヴィヴィオの悲しそうな顔を見たフェイトとはやてはヴィヴィオにそう話すが、それは傍から見ていると自分に言い聞かせているようでもあった。

そしてそれからどれほどの時間が経っただろうか。

ヴィヴィオが少し舟を漕ぎ始めた時、病室のドアをノックする音が聞こえてヴィヴィオは慌てた様に体を起こし、3人がドアの方へ目を向ける。

するとそこには検査を終えた後の翔馬の姿があった。

 

「済まないな……こんな時間まで」

「かまへんよ」

「うん。 大事な友達の事だしね」

 

翔馬の言葉に対して当然と言わんばかりにそう答えると2人は優しく笑顔を浮かべる。

 

「それはそうと……翔馬君の方も大変やったんやろ?」

「翔馬も疲れてるだろうし、ヴィヴィオもこの時間は辛いと思うし……今日はもう帰って休んだら?」

 

はやてとフェイトは翔馬がなのはの事を守れなかったと言うのに罵声を浴びせるどころかむしろ翔馬の心配さえしてくれる。

そのことに翔馬は有難さと申し訳なさが同時に込み上げて来るが、それを飲み込んで翔馬は笑みを浮かべた。

 

「こうなってしまったのにも俺に責任がある。 むしろはやて達こそ休んでくれ。 ヴィヴィオはどうせ帰ると言っても寝るまでは譲らないだろうし、今日は俺が連れて帰るよ」

 

そう言って翔馬はヴィヴィオに視線を向けると、そこではなのはの被っている布団をギュッと握り締めたヴィヴィオの姿があり、翔馬は苦笑いした。

 

「ほらな?」

 

そんな2人の様子にはやてとフェイトも苦笑いを浮かべると近くにあった椅子に腰を下ろす。

 

「私達やって同じ気持ちや。 目の前でなのはちゃんが倒れてるのに、自分だけゆっくりなんてできる訳あらへんやろ?」

「それに、過去の事件、そして2年前の事件の事もある……ヴィヴィオには大丈夫って言ったかもしれないけど、やっぱり不安だよ……」

 

はやてとフェイトはヴィヴィオには聞こえない位の声量で翔馬にそう言うと少し重たい空気が流れ始め、翔馬は立ち上がるとドアの方へと歩き始めた。

 

「パパ?」

「何処に行くんや?」

 

突然の翔馬の行動に全員が首を傾げると翔馬は大袈裟に笑って見せて何か飲み物を飲む真似をして見せた。

 

「お見舞いに来てくれたお礼。 って言うのもあるけど、こんな空気じゃ気が滅入るだろうし……少し飲み物でも飲めば気分も変わるだろ」

 

そして、翔馬は行って来ると言って外に歩き始めるとフェイトは椅子から立ち上がって翔馬の後を追う。

 

「私も行ってくるね? きっと翔馬も今はつらい筈だから……」

「了解や。 こっちは任せとき」

 

フェイトははやての言葉に頷くと翔馬の後に付いて一緒に飲み物を買いに行くのだった。

それから数分後、何かに気付いたヴィヴィオが声を上げる。

 

「……ママ!?」

「う、うっ……ヴィヴィ、オ?」

「なのはちゃん!! ちょい待っててな!!」

 

ゆっくりと目を開けるなのはにヴィヴィオは縋り付き、はやてはナースコールを押すのだった。

 

 

 

----------------------------------------------

 

 

 

「わざわざ、付いて来なくても良かったんだぞ?」

「翔馬だって、4っつも飲み物持ったら手が開かないでしょ? 扉開けるのに気配をずっと探ってるよりはこっちの方が気が楽だしね」

 

翔馬の言葉にフェイトは悪戯っぽい笑みを向けると翔馬はしょうがないなと言う表情で前を歩く。

 

「それにしても、……なのは、平気かな?」

 

フェイトの不安げな問い掛けに翔馬は少し戸惑うが、少し考えてから頷いた。

 

「きっとな。 多分体には何の異常も無い筈だ。 ユーノの調べた結果が気がかりではあるけどな」

「第3種捜索指定ロストロギア、悪夢の笛(ララバイ)……だよね?」

 

フェイトの言葉に翔馬は神妙な表情で頷く。

 

「ユーノが言っていた状況と、今回起きた事件の状況は共通する箇所が多くある。 それに、本当にその笛なら一般人がテトラに取り入っていたのも頷けるしな」

「笛の音を聞いた相手の記憶を操作することができる悪魔の笛……記憶操作できる人数とその操作範囲が限られている事から危険度は極めて低いとみなされていたけど」

 

翔馬の言葉にフェイトは状況整理をするかのように悪夢の笛に付いてデータを並べる。

 

「あの事件が起きてしまった以上、捜索ランクは上がるだろうな……」

「それに、過去からそんなに危険視されて来なかった所為か、詳しい事が載っている資料も少ないみたいだしね」

 

2人は自販機の前に辿り着くと4人分の飲み物を見繕ってそれを手に取る。

 

「まぁ、今は考えても仕方がない。 なのはの記憶に付いては、起きてから本人に聞くのが手っ取り早いだろ?」

「うん。 そうだね。 これ、ごちそうさまです。」

 

フェイトは翔馬の言葉に頷くと、笑顔を浮かべて飲み物を顔の前に持ってくるとお礼を言って歩き出した。

そんなフェイトの後ろ姿を見て翔馬は少しだけ、気分転換に誘ったのは良かったかもしれないと思いながらその後を付いて行こうとした。

そんな時、慌てた様子のはやてが2人の前に現れる。

 

「2人共、なのはちゃんが目覚ましたで!!」

「「ホント(か)!?」」

「今、ナースさんに見て貰っとるよ」

 

はやての言葉にフェイトと翔馬は頷き合うと早足ではやての後に続いてなのはの病室へと向かう。

そして、そこにいたのは普段と変わりなくヴィヴィオとの会話を楽しんでいるなのはの姿だった。

そして、ヴィヴィオに笑顔を浮かべていた彼女は病室の前に立つはやてとフェイトを見つけると気まずそうに苦笑いを浮かべる。

 

「あ、はやてちゃんにフェイトちゃん……えっと、心配かけちゃってごめんね?」

「なのは……」

「その様子やと大事には至らなかったみたいやな……」

 

普段通り過ぎるなのはの言葉にはやてとフェイトはホッと一息つくと病室の中に入ってなのはの傍に寄って体の様子を伺う。

すると、なのはは困ったように笑ってヴィヴィオを抱えて自分の体に引き寄せた。

 

「大丈夫だよ。 さっきナースさんが見てくれたけど、体の方に異常は見当たらなそうだって。 まぁ、魔力系統は見て貰ってないけど、明日の精密検査でわかるし、パッと見た感じでは私自身違和感ないから、……ね?」

「ね? じゃあらへんやろ!? 可愛く言ったら何でも通ると思ってへんか!?」

「過去の無茶……忘れたとは言わせないよ?」

「あはは……」

 

なのはの言葉に突っ込むはやてとフェイトになのははヴィヴィオを抱きながら苦笑いで誤魔化すしかなかった。

そんな会話の最中でなのはを除く3人は1人足りない事に今更ながら気が付いた。

 

「あれ? あの人、何処に行ったん?」

「さっきまで私に付いて来てた筈だけど……」

 

はやてとフェイトはさっきまでいた筈の翔馬の姿を探して辺りを見回すが、病室の中にはいなかった。

そして、そんな態度を不思議に思ったなのは葉は人に声を掛ける。

 

「どうしたの? もしかして他にもお見舞いに来てくれた人がいるとか?」

「うん!! そうだよ。 ママの大好きな人!!」

「えっ!!? 私の大好きなって……ヴィヴィオったら何言ってるの!! ……もぅ」

 

なのはの言葉に反応したのは意外にもなのはに抱かれているヴィヴィオで、とびっきりの笑顔でそう言われると、なのはは顔を真っ赤にして俯いてしまう。

そんななのはの表情にはやてとフェイトは微笑ましく思いながら、きっと4人だけの会話が終わるまで外で待ってくれている翔馬に向かってフェイトが声を掛けた。

 

「ごめんね。 もう入って来てもいいよ。」

「と言うより、そんな私達に遠慮することなんてあらへんやんか、翔馬君」

「……え?」

「「「うん?」」」

 

はやての言葉を聞くまでは恥ずかしそうにしていたなのはだったが、その名を聞いた途端に動きが止まり思わず漏れた驚きの言葉にその場に居た全員が違和感を感じてなのはに視線を向ける。

そしてそんな状況を知りもしない翔馬は病室の中に入り、なのはが起きていることを確認すると安心したように顔を緩ませた。

 

「なのは、無事で良かった。 ……それと、あの時は守り切れなくて悪かった。」

 

翔馬はそう言うと、なのはに向かって律儀に頭を下げるが、それから数秒経っても返事が無く、翔馬は恐る恐る顔を上げる。

すると、そこには驚愕で固まった表情のなのはと、嫌な予感を感じているような雰囲気の3人がなのはを見つめていた。

この状況から翔馬はそんなことがある訳が無いと思いつつも何故かなのはが次に紡ぐ言葉の内容がわかってしまい、悔しげな、寂しげな表情を顔を俯かせることで隠しながら体を起こした。

そして、なのはの口が開かれるのを全員が待っていると、いつものなのはからは考えられない様なか細い声で……

 

「……あなたは……誰ですか?」

「……っ!!」

 

翔馬を絶望へと叩き落した。

 

「ママ? どうしたの?」

「そうだよ……なのは。 だって、翔馬だよ? どうして……」

「それに、翔馬君はなのはちゃんの」

「分からない……分からないよ!! 何で!? 何で私だけがその人の事を知らないの!!?」

 

ヴィヴィオ達3人の言葉になのはは自分だけが知らない状態にパニックを起こしたのかそう叫ぶと、少し遠くで体を震わせていた翔馬は握った拳を解いてなのはに近づいて行った。

 

「落ち着いてくれ、なの……高町一等空尉」

 

翔馬はなのはの視線に合わせて腰をかがめると肩に優しく触れ、敢えてなのはの事をそう呼んだ。

しかし、なのはもそれでは落ち着くことができずに乱暴に翔馬の手を払いのける。

 

「落ち着けないよ!! だって、私は!!」

「いいから落ち着け!!! 俺は藤田翔馬三等空佐!! お前の上官だ!!」

「っ!! あ、……し、失礼、しました……」

 

なのはは翔馬の上官と言う言葉に反応すると、流石軍人と言った所だろうか、自分の感情を殺して大人しくなると自分の非礼を謝った。

それに対してフェイトはあまりにも強引なやり方に翔馬に詰め寄ろうとした。

 

「翔馬!! そんな言い方っ」

「フェイトちゃん!! 今は翔馬君の方が正しい、このままなのはちゃんがパニック状態を続けていたら精神的にも結構な負担がかかる。 それに、ここにはまだ幼い子もいる訳やしな」

「……わかった。 ゴメン」

 

フェイトをはやてが抑え込むのを確認すると、翔馬は一旦ヴィヴィオをなのはから引き剥がした。

 

「俺から言う事は3つだけだ。 それを聞いたら後は好きにしろ。 まず1つ。 俺はお前の仲間だ。それこそフェイトやはやてと同じ様に。 困った時は迷わず俺にも頼れ。 2つ目、今日は何も考えるな。 お前自身が精密検査は明日だと言っていただろう。 全てはそれからにしよう。 今日はゆっくり休め。 最後、お前が俺を覚えていないようだからヴィヴィオは暫くの間、フェイトかはやてに預かってもらう。 いいな?」

「……はい」

 

翔馬はなのはが頷いたことを確認すると、それ以上は何も声を掛けることなくなのはの肩を軽く叩いて病室を出て行く。

その去り際に、もう一度だけなのはの方に顔を向けると、入って来た時とは段違いの暗い表情を浮かべる彼女がおり、その光景をみて翔馬は唇を噛みしめると病室から逃げるように歩き出した。

そしてなのはの病室がある廊下から外れて薄暗い階段の踊り場に出ると壁にもたれ掛かり、そのまま崩れ落ちるようにしてその場に座り込んだ。

その時の表情は前髪に隠れてわからなかったが、床には翔馬の涙の痕が残っていた。

 

 



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第7話 これから

投降が遅くなってしまい申し訳ありません!!
リアルの方が忙しくなってしまい…(-_-;)

すみません。言い訳です。

さて、そんなことは置いておいて、なのはの記憶喪失を知った翔馬がどうなるのか。



第7話スタートです!!


翔馬は今、雨が降り始めた帰り道を無言で歩いている。

その天候は今の翔馬の心情を表しているかのように空は雲で覆われ、地面に水溜りができる程の大雨。

道を歩く翔馬の表情を伺うことはできないが、いつも堂々とした歩き方と違ってその姿は頼りなさげだった。

翔馬はそれでも、雨に打たれることを厭わずただひたすらに足を前へ動かしていた。

そんな時、ふいに背後から声が掛かり翔馬は歩みを止める。

 

「あれ? 翔馬さんじゃないですか。 今日はなのはさん達とお出掛けだったんじゃ?」

「シエル、か……?」

 

翔馬が振り向くとそこには傘を差した普段着の姿のシエルがいた。

シエルは翔馬がここに居る事、そして、翔馬の様子に何か不安を感じながらも表情は笑顔を保ちつつ翔馬に近づいて傘を差し出す。

 

「どうしたんですか? 雨が降ってるのに傘もささずに…… あ!! もしかしてなのはさんに振られたとか!! も~それならそうと言って下さいよ。 何時だって私の隣は、空・い・て・ま・す・か・ら♪」

 

シエルはわざと1人楽しそうに体をくねくねさせながらそう言うが、いつまでも返ってこない突込みにやっぱりと溜息を付くと翔馬の腕を自分の胸に引き寄せて抱きかかえる。

すると、やっと翔馬は体を動かしてシエルの肩を押すと同時に自分の腕をシエルから引き剥がそうとした。

 

「悪いシエル」

「「今はお前の冗談に付き合えるような気分じゃないんだ」」

「……ですよね?」

 

シエルは寂しそうに微笑むと唖然としていた翔馬の腕を今度こそしっかりと取ると自分の傘の中に引き込む。

 

「さっきの言葉は冗談にしても、この行動は冗談なんかじゃありませんから。 こんな格好で外を歩いていたら確実に風邪引きますよ? 私の家が近いのでそこで体を温めましょう。」

「何を勝手に……」

「はいはい。お小言はちゃんと翔馬さんが体を温めた後にちゃんと聞きますよ~」

 

シエルは今は絶対に翔馬の言葉は聞かないとばかりにそっぽを向くと無理矢理翔馬を自分の家に引きずって行く。

そして、シエルの家に着いた後の行動は速かった。

玄関に入るとまずシエルは部屋の奥からタオルを持って来て翔馬の体をサッと拭くと翔馬を家の中に上げてそのまま無理矢理、脱衣所へ閉じ込める。

ここまでたったの10秒。

 

「軽くしか拭いていないので、ちゃんと湯船に浸かって体温めて下さいね? こんな状況にさせておいて30秒後に翔馬さんがお風呂に入って無かったら……」

「……無かったら?」

 

翔馬はシエルが扉を開けた瞬間に外へ逃げ出そうと算段を組んでいたのだが、返ってきた言葉は予想をはるか斜め上を行くものだった。

 

「翔馬さんを組み伏せて……無理矢理にでも()と一緒にお風呂に入ってもらいます!!」

「はぁ……、お前が俺を組み伏せられる訳……って、ちょっと待て。 最後に何か不穏なこと言ってなかったか!?」

「ん? なんか言いましたっけ?」

 

翔馬の突込みにシエルはとぼけるとドア越しに少しだけ安心したような笑みを零していた。

 

「取り敢えず、私と一緒のお風呂が嫌ならさっさと入って下さいね? あ、もちろん一緒に入りたいというのならそれも吝かでは無いですけど♪」

 

と、シエルがドアノブを捻って中に入るような素振りを見せるとその数瞬後にはドアの向こうで扉が閉まる音がして翔馬が風呂に入った事を確信し苦笑いを浮かべる。

そして、シエルはそっとドアノブから手を離すとキッチンへ向かい風呂上がりの翔馬へ軽いおもてなしを準備するのだった。

それから暫くすると、バスタオルを腰に巻いて何やらピンク色の布を持ち、こめかみを引き攣らせる翔馬の姿があった。

 

「おい、シエル」

「あ、上がったんですね。 湯加減はどうでした? って!! お、女の子の部屋でバスタオル一枚って……翔馬さん一体ナニを///」

 

声を掛けられ、風呂から上がったばかりの翔馬に振り向くと何故か恥ずかしそうに顔を赤くするシエル。

それに対して翔馬は込み上がって来る怒りを何とか残った理性で抑えつつ手に持った布をシエルの前に差し出した。

 

「……コレは、なんだ?」

「え? 着替えですけど……、あ!! もしかしてうさぎさんはダメでしたか? 仕方ないな~。」

 

シエルは、翔馬の様子が何を意味しているのか察したように笑顔を浮かべると素早い動きで新しい着替えを持って来た。

 

「……それなら私のお気に入りですけど、くまさんを、お貸しします!!」

 

そう言って、少し葛藤しながらもシエルはバッと勢いよくクマの着ぐるみパジャマを翔馬へ差し出す。

ここまで言えばわかると思うが翔馬が手に持っているのはうさぎの着ぐるみパジャマだ。

そんなシエルの行動を目の前にして、既に沸点の境を彷徨っていた翔馬が苛立ちを抑えられる筈も無く……

 

「そう言う意味じゃねぇ!!」

 

容赦ない全力の拳骨をシエルの脳天に食らわせた。

 

「痛った~い!!? 何するんですか!?」

「何するんですか?じゃねぇだろ!! 何でこれなんだよ!? もっとまともな服は無かったのか? と言うよりも俺の服をどこにやった!!」

 

シエルは脳天を押さえながら翔馬を睨み付けると少し怒りながら言い返す。

 

「翔馬さんの服がビショビショだったから、乾燥機に掛けてあげてるんじゃないですか!! それに私、男物の服なんて持ってないですし翔馬さんの体格でも入りそうなものを探したらこれだっただけです!! 怒られる筋合いはありません!!」

 

と、シエルが一見真っ当そうな言い訳を述べ、その言い訳を聞いた翔馬は完璧な笑顔を浮かべる。

 

「……だったら、何でゼフィロスが無いんだ? あっちなら戦闘服があるだろ?」

 

シエルは翔馬の言葉に難しい表情を浮かべて数十秒。

結局何も思い浮かばなかったのか翔馬と同じように……いや、翔馬とは別の方向性でとびっきりの笑顔を浮かべた。

 

「……てへっ♪」

 

その後、雷が落ちた時の様な轟音が原因で周囲の民間人から管理局へ調査依頼の通報があったのはまた別の話だ。

 

「それで? 何で俺がこんなところに連れてこられたんだ?」

 

翔馬はシエルの部屋にドカッと腰を降ろしてコーヒーに口を付けながら、怒りの鉄槌を下したボロボロな姿のシエルに何事も無かったかのように問いかける。

もちろん、ゼフィロスをシエルの手から取り戻し今の格好は戦闘服だ。

 

「そんなの決まってるじゃないですか~翔馬さんが傘もささずにあんなところ歩いてるからですよ。 何であんなところにいたんですか?」

 

シエルは涙を浮かべながら床に突っ伏してそう言うと、気怠そうに体を起こして身なりを整え始める。

そんなシエルとは対照的に翔馬の表情は一気に暗くなってしまい、シエルは身なりを整えながら横目で翔馬の表情を見ると少し寂しそうに無言で髪を梳いて黙り込んでしまった。

それから僅かな沈黙が流れるが、翔馬の呟きによってその沈黙は破られる。

 

「今日、出かけた先で事件があってな……。俺達で対応しようとしたんだが、その時に、なのはの記憶が消された……。」

「そんなっ!?」

 

翔馬の予想外の言葉に驚いたシエルは、髪を梳く手を止めて翔馬に詰め寄る。

 

「記憶が消されたって、なのはさんが記憶喪失になったってことですか!? どうしてそんなことに!? 原因は……」

「落ち着けシエル!!」

 

シエルの止まらない問い掛けに翔馬は一喝すると、シエルを落ち着かせた後で今日起こった出来事をシエルに包み隠さず伝えた。

そして、翔馬の話を聞いたシエルは少し顔を伏せて辛そうにするが、ふと顔を上げると同じように辛そうにしている翔馬の姿があり、シエルは一度深呼吸すると真剣な表情で翔馬を見据える。

 

「それで、翔馬さんはどうされるおつもりなんですか?」

「……何?」

 

声を掛けられて顔を上げた翔馬は、シエルの発した言葉の意味を探るように視線を向けた。

 

「なのはさんの記憶から翔馬さんが消えてしまったこの状況で、翔馬さんはどうされるのかと聞いているんです。 まさか、このまま黙って傍観するなんて言いませんよね?」

 

シエルは揺らぐことない瞳で翔馬を見つめ、これで翔馬が立ち上がってくれるのならと更に続けようとしたが、それは翔馬の声に遮られてしまった。

 

「何言ってんだ? そんなこと俺がするはずないだろ」

「そうですよね……。 愛する人の記憶から自分が消たんですから立ち止まってしまっても仕方がない……って、へ?」

 

シエルは、翔馬の言葉を神妙な表情で聞いていたが、翔馬の言葉が自分の思っていたものと違う事に気が付くとハトが豆鉄砲を喰らったような顔で翔馬を見つめる。

するとそこには、いつもの様な不敵な笑みを浮かべてシエルを見つめ返す翔馬の姿があった。

 

「俺が何時、なのはの事を諦めるなんて言ったんだよ? ……まぁ、確かに事実を知った時はかなり落ち込んだけどな。 でも、症状の全てがわかった訳でもないし、解決策だってある筈だ。 まだ何もしていないのに立ち止まれるはずがないだろ?」

 

翔馬の言葉にシエルは唖然としていた表情を安心したように優しい笑みに変えた。

 

「……それじゃあ、私は勘違いしてただけだったってことですね」

「ん? 勘違い?」

 

シエルの言葉に翔馬は首を傾げるとシエルは何でもないとそっぽを向いた。

が、何かを思い出したようにシエルは首だけ回して翔馬に顔を向ける。

 

「って、それならなんであんなところを傘も差さずに歩いていたんですか?」

「ああ、ただ車を近くのモールに置きっぱなしにしていたからそれを取りに行こうと。 後、少しなのはの事について考えてたら雨が降ってたことにも気が付かなくてな……」

 

翔馬の言葉に、シエルがしたことは全て無駄なお節介だった事に気付いてガクッと項垂れると、溜息と共に笑みを零した。

 

「……本当に、昔から変わらないですね。 翔馬さんは」

 

シエルは翔馬に背を向けてそう小さく呟くと丁度、乾燥機の止まる音が聞こえて翔馬に声を掛けると服を取りに行くのだった。

そして、乾いた服に着替えた翔馬は時間を見てもう遅い時間であることに気が付くと、シエルにもう帰るという事を告げて玄関へ向かう。

 

「悪いなシエル。 こんな遅い時間まで」

 

翔馬は靴を履くとシエルの家から出て、玄関の前でシエルに向き直る。

 

「いえいえ。 お気になさらずですよ」

「って、無理矢理家に連行されたのにお礼言うのも変だったか」

「元はと言えば、翔馬さんが風邪引きそうな格好で歩いてたからです!!」

 

シエルの突込みに翔馬はそうだったかと笑いながら頷いて、シエルに背を向けた。

 

「それじゃ、俺はそろそろ行くよ。 明後日からの出勤、忘れるなよ?」

「翔馬さんこそ。 ……無理だけはしないで下さいね?」

「ああ、分かってる」

 

翔馬はそう言って、片手を上げると雨の上がった帰り道を歩き出すのだった。

 

「翔馬さん!!」

「ん?」

 

翔馬が数m歩いた所で背中からシエルの声が聞こえて振り向くと、家の玄関から零れる光を背に受けたシエルが胸の前に手を組んで翔馬を心配そうな表情で見つめていた。

 

「もしも、……翔馬さんが立ち止まりそうになった時には私が手を引きます。 困った時には私が力になります。 辛くなった時には、私が抱きしめます。 だから、1人で全部抱え込まないで下さい!! これでも昔は貴方の……パートナーで、今では貴方を支える副隊長なんですから」

「っ!?」

 

翔馬はシエルの言葉に目を見開くと、ゆっくりとその目を閉じて次に目を開けた時にはいつもの表情に戻っていた。

 

「最後に変なもんが混じってんじゃねぇか。 ったく、そんな奴に安心して任せられるかよ。 ……でも、まぁ、お前がそこまで言うんなら、俺が潰れそうになった時、その時は頼む。」

「っ……はい!!」

 

シエルは翔馬の言葉に笑顔でそう返事すると翔馬は今度こそ、自分の家に帰るため歩みを再開した。

 

 

 

----------------------------------------------

 

 

 

そして、翔馬はギリギリ駐車場が閉まる前の時間に車に出し終えて今は既に自宅に着いてベッドに体を放り投げていた。

 

「さて、これからどうするか……」

 

翔馬は誰もいない空間に向かって声を出すと、溜息を1つ付いてなのはの事を考えてみる。

現状、わかっているのは翔馬に関する記憶がなのはの中から消え去っているという事、その原因が第3種捜索指定ロストロギア悪夢の笛だという事。

そして、その犯人が翔馬が2年前に検挙したテトラであるという事の3つだけだ。

明日の精密検査の結果次第ではわかることもあるかもしれないが、翔馬が何かできる訳でもない。

そして、悪夢の笛に関しては、ユーノが一生懸命資料を掻き集めていることだろう。

だったら、自分に一体何ができると言うのか。

翔馬は、病院からの帰り道、シエルと出会うまでずっとそのことを考えていた。

だが、少し気分が落ち着いて正常な判断ができるようになったのか少しだけ自分のやるべきことを見つけられたのかもしれない。

翔馬はシエルに会ってから少し落ち着けたような感覚を思い出すと少しだけ笑みを浮かべて立てかけてあった木刀を手に持って再度外へと向かい、日課のトレーニングを行うのだった。

 

「ふぅ……ん?」

 

翔馬は一通りのトレーニングを終えて、自室に戻るとデバイスが通信回線の開通を求めて来ていた事に気が付く。

しかもその相手は、翔馬の良く知る人物からだった。

 

「どうしたんだ? こんな夜遅くに」

『ゴメンな……。 こんな時間に掛けるのは迷惑かもとは思ったんやけど、今日中に話しておきたいことがあって……』

 

そう言って、翔馬の声にこたえたのは先程病院で別れた筈のはやてだった。

大体、話題については見当がつくが、用事と言うものが見えず翔馬は少し不審がりながら耳を傾ける。

 

『単刀直入に言うんやけど、明日のなのはちゃんの精密検査、翔馬君に立会って欲しいんや』

「は? 立会いって、俺が? なのはの?」

 

翔馬の言葉ににこやかな笑みで頷くはやて。

しかし、その理由も分かっていないためどう反応していいか迷っているとはやての方から口を開いてくれた。

 

『まぁ、今回は意地悪とかそう言うんやないから安心してな』

「当たり前だ。 こんな時間にそんな笑えないジョークかましてくれるんなら俺はお礼にお前を一発殴ってやらないといけなくなるからな……」

 

翔馬の言葉に体を大袈裟に震わせてコワッと呟くと、翔馬の呆れた視線を受けて失敗したことを悟ったはやては咳払いで誤魔化して話を戻し始めた。

 

『明日、私は元々出勤やから、フェイトちゃんが病院に行って立会う予定やったんやけど、どうしても今日からでなくちゃいけない用事が出来てしもうたらしいんや』

「はぁ、それで俺がヴィヴィオを連れて病院でなのはの検査に立会えと……」

『理解が早くて助かるわ』

 

はやては翔馬の言葉に満足そうに頷くと翔馬は深いため息をつく。

 

「だけどいいのか? 俺自身は構わないが、なのはの方にも心の準備ってもんがあると思うんだが?」

『まぁ、確かに本人の許可は取ってへんけど、なのはちゃんと翔馬君はできるだけ一緒におった方がええんやないかって思うてな。 そうすれば何か万が一の事があっても、早急な対応が可能やし、何より記憶を取り戻すきっかけになるかもしれへんやろ?』

 

はやての言葉に翔馬は良いように使われている気がしないでもないため、渋々ながら頷くと、はやては嬉しそうに笑みを零してさっそく明日の予定について翔馬と打合わせを行った。

予定としてはこうなった。朝にはやてがヴィヴィオを連れて病院へ行き、そこで翔馬と合流。

一度はやては翔馬達と共になのはの所まで行き、立会人が変わることを説明してくれるそうだ。

その後は、翔馬とヴィヴィオがなのはと付いて回る。と、言う形らしい。

 

「そういう事なら了解した。 明日は1日明けておく」

『頼むわ。 ほんなら、夜遅くにゴメンな。 明日はよろしく』

「おう」

 

翔馬ははやてに短くそう返すと通信回線を閉じた。

 

「なのはの精密検査、か……」

 

翔馬はなのはの症状が明確になる事とこれからの対策に目星がつけられるかも知れないという事を思うと、少しだけ前に進めたような気がして作った拳を握りしめた。

そして、自身に必ずなのはの記憶を取り戻すことを決意し、明日を待つのだった。

 

 

 

 



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第8話 診断

まず……更新が遅くなってしまい申し訳ありませんでした!!

こんなに遅くなってしまうとは私も予想外でした……。
少しずつでもペースを戻していけたらなと思います。

さて、今回はなのはの精密検査……結果はいかに!?


第8話スタートです!!


シエルの家に連行された翌日。

夜が明け、窓から差し込む朝日を浴びて翔馬はベッドの上で目を覚ました。

まだ重い瞼を押し上げて時計に目をやると、いつも起きる時間よりもいくらか早い時間。

しかし、二度寝をする気にもなれなかった翔馬はゆっくりとベッドから体を起す。

そして、寝起きのゆったりとした動きで洗面所まで行くと目を覚ますために冷たい水で顔を洗い、翔馬は昨日の朝を思い出していた。

まだ事件が起きてから1日しか経っていないというのに、何故か翔馬は目の前の光景に懐かしさを感じて、動かしていた手を止める。

 

「そう言えば、なのは達と出かけたのは昨日の事だったか……」

 

翔馬は無意識にそう呟くと、時間の感覚がおかしくなっている自分に気付いて苦笑いを浮かべ、気分を変える為に少しだけ体を伸ばした。

そして、翔馬は完全に覚醒した頭で今日の予定を思い出す。

 

「今日はなのはの精密検査の日だな……」

 

翔馬は1人そう呟くと少しだけ表情を引き締めて身支度を整え、最後に長年の付き合いであるゼフィロスを手に取ると、相棒は翔馬を励ますかのように一度輝きを放った。

それを一瞥した翔馬は少しだけ笑みを浮かべて玄関へと歩いていき、玄関をくぐると翔馬はゼフィロスを首からぶら下げて愛車へと向かう。

そして、愛車に乗り込み少しだけ時間に余裕を持ってなのはの入院している病院へ向かうのだった。

 

 

 

----------------------------------------------

 

 

 

車を走らせること数十分。

翔馬は予定通りはやてとの待ち合わせの時間より少し早い時間に病院に辿り着き、車を停めて正面玄関をくぐった。

 

「すみません。 面会の申し込みをしたいのですが」

「はい。 それではこちらの用紙に必要事項を記入して下さい」

 

翔馬は病院の中に入ると受付のナースさんに声を掛け、慣れた様子で面会手続きを終わらせる。

そして、面会カードを首から下げて昨日の夜とは少し違う雰囲気の病院を歩き、なのはのネームプレートが掲示されてある病室の目の前に立つ。

すると、中からははやてとなのは、そして、ヴィヴィオの笑い声が聞こえ、翔馬は安心した様な表情を浮かべてドアをノックする。

 

「俺……、藤田翔馬だ。 入ってもいいか?」

「……あ、はい。……どうぞ」

 

翔馬が声を掛けるのと同時に部屋から楽しそうな声が消え、部屋の中の雰囲気が一瞬で変わるのを感じた。

今聞こえたなのはのか細い声が何よりの証拠だろう。

なのはの声を聞いた翔馬は、せっかくここに来る前に作ったいつもの雰囲気が一瞬で壊れそうになり、溢れそうになる感情を抑えるため、ゆっくりと目を閉じて深呼吸をして気分を落ち着かせようとする。

そうして暫くすると、段々と気分も落ち着いてきたのか、いつも通りの自分に戻れたことを確認してから目の前の扉を開けた。

 

「昨日ぶりだな、高町一等空尉」

 

翔馬が声を掛けると部屋の中にいた3人の目線が集まり、なのはは少し目を伏せてから勇気を振り絞るかのように翔馬の目を見つめると口を開く。

 

「はい……。えっと……「あ、パパ!!」あの!!……って、……ふぇっ?」

 

何かを言おうとしたなのはの言葉を遮って翔馬に飛びついてきたのはヴィヴィオだった。

どんな形であれ、昨日に引き続き翔馬に会えたことが余程嬉しいのか、尻尾があればぶんぶん振り回しそうな勢いで翔馬に縋りついていた。

 

「全く、昨日会ったばかりだろうが……」

「だって、パパと会えるのってたまにしかないんだもん」

 

翔馬の苦笑いに対して、ヴィヴィオは頬を可愛らしく膨らませるとお互いに堪え切れなくなったのか笑い合っていた。

その様子はまるで親子のようで、今では当たり前となっている光景だが……

若干1名は現状を理解していないらしく、奇妙な表情でフリーズしていた。

 

「え~と……ど、どういう事、かなっ? ふ、藤田三佐が……ヴィヴィオの……パ、パパ?……って」

「ちょ、ちょっと!! なのはちゃん、一旦落ち着こか? めっちゃどもっとる上に、顔が茹でタコ並みに赤いで!?」

「だ、だって!! ヴィヴィオのママは私なんだよ!? なのにパパのヴィヴィオは藤田三佐で!!」

「いや、言いたい事は分かるんやけど……そのままの意味で聞いとったら訳が分からへんからな?」

 

なのははヴィヴィオの言葉の所為で先程の神妙な雰囲気は何処へ行ったのか完全なパニックに陥り、恥ずかしそうに赤く染めた顔で、翔馬達に言葉の意味を問い質そうと捲し立てた。

それに対してはやてはなのはの表情に苦笑いを浮かべ、翔馬はバツの悪いような表情で固まっており、唯一ヴィヴィオが笑顔でその回答を口にしようとするが……

 

「え~と、それは……ふぐっ」

「悪いな、なの……高町、その話は検査が終わってからにしよう。 ヴィヴィオも検査が終わるまでは何も言わない事。 いいな?」

「(コクコク)……ぷはぁ~。 もう、苦しいよパパ!!」

 

ヴィヴィオは突然口を塞がれ呼吸がしづらかったのか、翔馬が口から手を離すと大袈裟に深呼吸して翔馬を睨み付た。

そんなヴィヴィオに対して翔馬は苦笑いで謝るが、ヴィヴィオは完全に機嫌を損ねてしまったのか翔馬の謝罪を聞こうともせずプイッと顔を背けてなのはの元へ戻って行ってしまった。

そして、なのはは先程のやり取りを見て少し落ち着いたのか自分のベッドまで戻って来たヴィヴィオを優しく受け止めると先を聞きたいかのように翔馬へと顔を向けた。

しかし、そこから口を開いたのは翔馬ではなくはやてだった。

 

「ゴメンな、なのはちゃん……昨日は色々と混乱してたみたいやったから何も言えへんかったけど、今日の検査でなのはちゃんが覚えてる事と覚えてない事をしっかりと把握してもらわなあかん」

「はやてちゃん……」

「まぁ、さっきの事も含めてな?そしてそれは私達も同じ。だから今日、なのはちゃんの記憶から消されている情報の中で必要最低限の記憶は知識として持ってもらおうと思ってるんや」

「あ……うん、それは、そうだよね……」

 

はやてはなのはが自分の言葉に納得してくれたことを確認するとこれからの予定について話し始めた。

そして、一通りの説明が終わると、なのはは少し疑問を持ったようで少し考えながらはやてに尋ねる。

 

「フェイトちゃんに急用が出来たのはわかったんだけど、どうして立会人が藤田三佐に? 失礼だけど私、藤田三佐の事は……」

「……だからこそや。 なのはちゃんの記憶から消された本人に立会って貰えば消えた記憶の詳細までわかるやろ? そして、この人は仮にも三佐や。 なのはちゃんに必要な情報、今は必要ない情報の区別もできる。 せやろ?」

 

はやてはなのはの言葉にそう答えると最後に顔を翔馬に向ける。

すると、翔馬は苦笑いでその視線を受け止めた。

 

「仮にもってのは酷くないか? まぁ、それは置いといてはやて」

「うん?」

 

翔馬は表情を苦笑いのままにして、自分の左腕を右手で指さした。

それにつられてはやては首を傾げながらも自分の左腕を見つめる。

 

「って!! 時間過ぎ取るやん!! なのはちゃん、最後の最後にドタバタしてゴメンな!! この後仕事やから……後は頼んだで、翔馬君」

 

はやてはあっと言う間に身支度を整えて翔馬の耳元で最後の言葉を囁くと、そのまま病室の扉まで駆けて行く。

 

「ほんならなのはちゃん、頑張ってな!!」

「うん。 今日は忙しいのにありがとね。はやてちゃん。 結果は検査が終わったら報告するから」

「了解や。 それじゃ行ってきます!!」

 

はやてはそう早口で言うと、急いで仕事場へと向かって行くのだった。

まるで嵐のような彼女に3人は顔を見合わせて少しだけ笑い、翔馬はベッドの近くにある椅子に腰を下ろした。

 

「すまない。 話が逸れたな。 ここからは俺が説明を引き継ぐ」

「はい。 よろしくお願いします」

 

翔馬はなのはからの返事が硬いものになっていない事に何となく安心するとそのままはやてが伝えきれていないこれからの予定をなのはに順を追って説明していく。

なのはは翔馬の言葉をしっかりと聞きこれからの予定を頭に入れて行く。

 

「それでは、私は今の状態のままで検査を受けてどの程度影響を受けているのか確認するという事ですね」

「ああ、今回は総合の精密検査だ。 知識・記憶・身体能力・魔力制御といった項目も実施するが、無理そうならしっかり言ってくれ」

「了解しました」

 

翔馬が今回実施する項目や流れなどを説明を終えるとタイミングよくなのはの主治医がやって来て定刻を伝える。

そして、翔馬達はヴィヴィオを一旦子供用の待合室に預けて主治医の後を付いて行き診断室へと入るのだった。

 

 

 

----------------------------------------------

 

 

 

「さて……一通り問診は終わったけれど、やっぱり藤田翔馬さんの記憶だけが完璧に消えていますね」

「そのようですね。 まぁ、逆に言えば他の記憶に関しては問題なさそうなんですよね?」

「ええ。 これから身体能力検査、魔力制御・出力検査を行いますが、問題なく終わる事でしょう」

「……。」

 

あれから少しの時間が経ち、なのはの問診が終わっていた。

結果は、会話の内容からわかるようになのはの記憶からは綺麗に翔馬に関する記憶が消えていた。

その事を理解しているつもりでいてもやはり医者から言われるとショックが大きいのだろう、なのはは問診が終わると肩を落としていた。

 

「あの……、」

「はい、何でしょう高町さん」

「私の記憶は……元に、戻るんでしょうか?」

 

なのはは、不安げに瞳を揺らしながら問診が終わって初めて口を開いた。

その表情は硬く、辛そうに見え、記憶の大事さを知らない彼女がどうしてこんな表情をすることができるのだろう。

隣に座る彼女の姿を見て翔馬も表情を硬くした。

 

「……正直な話、私にもわかりません。 このようなケース事態が少ないものですので」

「そう、ですか」

 

どちらともとれる回答に、なのは達の表情が和らぐことは無く、なのはに至っては主治医の言葉を聞いて何かに耐えるように自分の手を強く握り締めていた。

翔馬は隣にいるなのはに視線を移すと、無意識のうちになのはの手に自分の手を重ねた。

 

「っ!?」

「わ、悪い。驚かせるつもりは無かったんだけど……」

「い、いえ……こちらこそ、ゴメンなさい」

 

翔馬の突然の行動に驚いたのかなのははビクッと体を振るわせて握りしめていた手を胸に持ってくると翔馬から目を逸らし、翔馬もなのはの行動を見てバツが悪そうに目を逸らしていた。

そんな様子を傍から見ていた主治医は最初は目を丸くしていたものの、2人の様子を見て笑い出す。

 

「あはは、なんか君達を見てると初々しいカップルみたいだね。 見てて微笑ましいよ……っと、仕事の先輩と後輩に対しての言葉じゃなかったかな?」

「カ、カップルだなんて、そんな……藤田三佐に失礼ですよ」

「え~と、この話は終わりにしましょう。 今は検査の最中ですよね? ……高町。 これから体を動かすわけだが、行けるか?」

 

翔馬は不味い方向に話が逸れそうだったため、わざとらしく立ち上がって、話を無理矢理変える。

なのはは先程の会話で少し調子を取り戻せたのか翔馬の問いに対していい笑顔で頷くと、主治医と共に今度はリハビリルームへと移動を開始した。

そして、リハビリルームへ着くとなのははなぜか普段着を渡され、着替えるために翔馬達と一旦別れることとなる。

なのはは、未だ現状が掴めていない状態で着替えを終えて再度リハビリルームに到着すると、今日何度目かの奇妙な表情を見せた。

 

「それではさっそく検査を開始します」

「了解しました。 さぁ、高町、準備しろよ?」

「……え? いや、ちょっと!? どうして藤田三佐がバリアジャケットを!?」

 

そう、なのはの目の前には広いリハビリルームの中央に仁王立ちでバリアジャケットを纏った翔馬がおり、主治医からは相棒であるレイジングハートを手渡され、自分がこれからやるべきことがわかってしまうだけに逆に混乱していた。

 

「この状況を見ればわかると思うが、これから俺と模擬戦をしてもらう」

「そ、そんなこと言ってませんでしたよね?」

「うん? 身体能力検査、魔力制御に関しても見るって言った筈だが……」

「それは言いましたけど何で模擬戦なんですか!!」

「お前の今の実力が記憶を消される前の状態と変わっていないかを見るには一番これが手っ取り早いってことになったからだ」

 

なのはは、記憶が消えてからの戦闘はずっと先になると思っていただけに戸惑うが、翔馬の最後の言葉は本気だったように思えてそれ以上言えなくなってしまう。

翔馬はなのはの表情が硬くなり始めたのに気付くと表情を緩めてこう付け足した。

 

「言っておくが、これはあくまで模擬戦だ。 始めから本気でぶつかり合う気は無いから、訓練の一環とでも思ってくれればいい。 それに何より、なのははここから出たらすぐに現場復帰しなくちゃならないんだろう?」

「……そうですね。 分かりました。 お受けします」

 

なのはは翔馬の言葉に頷くと、レイジングハートを掲げた。

 

「レイジングハート、セーーット・アーーップ!!」

「なのはとの模擬戦はいつ振りだったかな……不謹慎かもしれないが、楽しませてもらうぞ?」

 

翔馬はなのはがバリアジャケットを身に纏っている最中にそう呟くと、敵意を向けて来るなのはに心を躍らせた。

そしてお互いに、地面に足を付けたまま得物を向かい合わせると主治医の声が響く。

 

「レディ……ゴーーー!!」

「はっ!!」

「アクセルシューター!!」

 

そして開始の合図と共に両者が素早く動き始める。

翔馬は即座になのはの正面から逃げるように右へ動き、なのははそれを追う様に体を移動させつつアクセルシュータを展開させる。

翔馬はそれを横目で確認すると、少し笑みを浮かべた。

 

(今の所は定石通り。 ……問題なさそうだな)

 

翔馬はなのはの記憶喪失が戦闘にまで影響がないか確かめつつ、攻撃を仕掛け始める。

 

「行くぞ!!」

「っ!! シューット!!」

 

翔馬はなのはが体を捻る瞬間に加速しなのはの頭上に移動して剣を叩きつけようとするが、なのははそれをプロテクションで受け止めると周りに待機させてあったアクセルシューターを翔馬に向かって全弾発射させる。

 

「くっ!! エアリアルブリッツ!!」

「き、消えた!?」

 

翔馬はアクセルシューターが着弾する前に、身体強化の魔法でその場から離脱すると、なのはの数m背後でゼフィロスを構える。

 

「エアリアルサイス!!」

「っ!? アクセルッ!!」

 

なのはは背後から迫る魔法刃に気付くと即座にアクセルシュータを迎撃に向かわせ翔馬の攻撃を相殺し、空中へ飛び立ち視界を確保する。

そして、翔馬の姿を探すがまたしても視界から消えてしまっていた。

 

「三佐のスタイルは一撃離脱の近中距離型……戦い方はフェイトちゃんに似てるかな。 だったら……」

「だったらなんだ!!」

「くっ!!」

 

翔馬はなのはの目の前に姿を現すと、そのままゼフィロスを振り降ろすがなのはは間一髪でプロテクションを張って翔馬の攻撃に耐えた。

 

「こうする!!」

「……なるほどな」

 

翔馬は自分の左足と右腕になのはのバインドが掛かっていることに気付くと、苦笑いで目の前のなのはに視線を戻す。

すると、なのははゆっくりとその場から距離を取ってレイジングハートを翔馬に向けた。

 

「これで終わり!! ディバイン……バスター!!」

 

なのはから放たれた砲撃は翔馬を飲み込もうと直前まで迫るが、翔馬はむしろそれを待っていたかのように口角を釣り上げると、砲撃が当たる直前に空いている左手でもう片方の剣を手にした。

そして、その左手に握った剣を抜き放つと同時に砲撃を放つとなのはの砲撃を完全に相殺してみせた。

 

「悪いな。 俺は二刀流なんだ」

「うそ!? そ、そんなのありですか?」

「別に隠してた訳じゃないだろ? 始めから剣は腰に2本ぶら下げてたし」

 

なのはは翔馬の言葉に何か不満げな表情を見せるが、翔馬は関係ないとばかりにバインドを破った。

そして、見るべきものは見たという事、これ以上はなのはの負担になるだろうという事から、翔馬は自分の戦闘を知らない人間では確実に防ぐことのできない完璧なタイミングと位置でなのはの意識を駆りに行った。

これで決着する。

誰もがそう思っていた。

しかし、翔馬の一撃は桜色の魔法陣に阻まれ、更に自分の腕には無数のチェーンバインドが巻き付いていた。

翔馬は目の前の光景に驚きの表情で固まっていた。

 

「この完璧なタイミングで……バインディングシールド?」

「私……どうして……っ!!」

 

しかし、この光景に驚いていたのは翔馬だけでは無かったようで、なのはも翔馬に振り向いた状態で固まっていたが、この光景から先に我に返って現在の状況を理解したなのはは即座に距離を取ってレイジングハートを再度構える。

 

「モードエクセリオン!! 今度こそ……決めます!! エクセリオン……バスター!!!」

「くっ!!」

 

なのはが放った砲撃は今度こそ翔馬を飲み込み決着を迎えた。

そして、模擬戦が終了したことを告げるアラートが鳴ると2人は地面に降り立ち、バリアジャケットを解除する。

 

「まさか、あのタイミングでやられるとは思ってなかったよ。 攻撃が読めてたわけではなさそうだったが……」

「すみません。 私自身、何が起こったのか……ただ無意識のうちに展開させてたみたいで」

 

翔馬はなのはの言葉に何故か少しだけ嬉しそうに笑みを零して、そうかと呟くとなのはと共に主治医の元へと戻って行った。

その後、診断室に戻り、翔馬の感覚となのはの実践データから魔力系統、運動神経、判断能力や戦闘スキル等の問題は無いと診断された。

 

「それでは今日の診断はここまで。 高町さんもこれで退院という事で問題ないでしょう。 ただ、体の調子が悪くなったり記憶に変化があった場合には直ぐに病院へ来るようにして下さいね」

「はい。 分かりました」

 

なのはは主治医の言葉に素直に頷くと、一礼して翔馬と共に診断室から出て預けていたヴィヴィオの元へ向かう。

その最中、なのはが少しだけ戸惑いながら口を開いた。

 

「あの……この後はどうしましょうか?」

「そうだな、取り敢えず腹を空かせてご立腹なお姫様の御機嫌を取りに昼食へ出かけて……その後ゆっくりできる所で、話をしよう」

「結構長い時間ほったらかしにしちゃいましたもんね……拗ねてなければいいんだけど」

 

翔馬の言葉からヴィヴィオの様子が明確に想像できたのか、なのはは苦笑いを浮かべながら翔馬と共に娘の元へ少しだけ急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 



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第9話 別れ

前に比べれば早いですけど、やはり待たせてしまいましたね……
申し訳ありません!!

今回は、サブタイの通り少し重い話になるかも
いつになったら明るい話が書けるのだろうかと思う今日この頃です。

さて、お待たせしました。
第9話スタートです!!


なのはの検査が無事に終わってからヴィヴィオを迎えに行くと、そこには翔馬達が想像していた通りの光景があった。

 

「ヴィヴィオ、すまない……ここまで遅くなるとは思わなかったんだ」

「待たせちゃったお詫びに今日はヴィヴィオの好きなところに連れて行ってあげるから……ね? 機嫌直して?」

 

翔馬達はヴィヴィオの機嫌を取り戻すために先ほどから何度かこのやり取りを続けているのだが、ヴィヴィオは黙ったままで翔馬達と目を合わそうともしなかった。

そんな様子のヴィヴィオを見て翔馬達は困ったように顔を見合わせると、唐突にか細い声が聞こえたため2人は耳を傾けた。

 

「……結果はどうだったの?」

「え?……ああ、うん。 大丈夫だよ!! 記憶はまだ取り戻せないけど……体の方は異常無しだって」

「そっか」

 

ヴィヴィオはなのはの言葉を聞くとやっと顔を上げて笑顔をなのは達に向けた。

 

「それじゃ、わたしを1人にしたバツとしてオムライスをご馳走して下さい!!」

「うん、 今日はヴィヴィオの行きたい所に行こうね」

 

なのははヴィヴィオの笑顔を見て安心したように微笑むとヴィヴィオの手を取って歩き始めた。

そして、翔馬はその様子を後ろから眺めながらさっき模擬戦で戦ったときのなのはのことを思い出していた。

 

「記憶が完全に消えているはずなのにあの行動……一体……」

「パパ!! 遅いと置いて行っちゃうよ!!」

 

翔馬が少し考え事をしているうちになのは達は先に行ってしまったようで少し遠くからヴィヴィオが手を振っていた。

 

「今は考えても……か」

 

翔馬は一旦考えるのを止めると未だに手を振り続けるヴィヴィオに苦笑いして、早歩きで声の持ち主の場所まで歩き出した。

 

 

 

----------------------------------------

 

 

 

翔馬達は病院を出ると、行く先を何処にするか考えていた。

そんな時、ヴィヴィオはなのはの手を解くと翔馬達の前に回り込んで笑顔を見せる。

 

「昨日のショッピングモールに行きたいな」

 

ヴィヴィオは昨日食べたオムライスが余程気に入ったのか、同じ店をご所望のようだった。

しかし、翔馬となのはは少し厳しそうな表情を浮かべている。

 

「ヴィヴィオ、あの場所は昨日の事件の所為で封鎖中になっているから行けないんだ」

「やっぱりそうですよね……あ!! ヴィヴィオ、あそこは? あの商店街の所のオムライス専門店」

 

そう言って、なのはは昨日の洋食店の代わりにヴィヴィオと1度だけ入ったことのある商店街のオムライス専門店を挙げてみる。

すると、ヴィヴィオは嬉しそうに表情をキラキラさせた。

 

「ホント!?」

「うん、ヴィヴィオ、あそこも気に行ったみたいだったから」

「へぇ、そんな店あったんだな。 全然気が付かなかったよ、商店街のどこにあるんだ?」

 

なのは達の楽しそうに話をする様子を見て、そこで決まりかと思った翔馬はその店を知らなかったため場所を尋ねる。

だがその途端に、ヴィヴィオは何かに気が付いた様子を見せると少し元気がなくなり俯いてしまった。

 

「やっぱり、……いいや」

「え? ヴィヴィオ?」

「どうしたんだ? 結構おいしい店だったんだろ? 遠慮なんてしなくていいんだぞ」

 

なのはが翔馬に場所を説明しようとした瞬間に、ヴィヴィオの寂しそうな声が2人の行動を遮った。

急なヴィヴィオの変化に2人は戸惑ったように様子を伺う。

しかし、翔馬達がその原因を見付けることができない内にヴィヴィオは俯いていた顔を上げ、笑顔を浮かべて2人を見上げた。

 

「今日は……ママのオムライスが食べたいな」

「……そんなのでいいの? ヴィヴィオがいいのなら私は構わないけど……」

「ヴィヴィオ……、……それじゃ、材料の買い出しだな」

 

翔馬はヴィヴィオの様子に何か引っかかりを感じて声を掛けようと喉まで出かかるが、それを飲み込んで買い物を提案した。

言葉を飲み込んだのは、今のヴィヴィオに何を尋ねても恍けて答えてはくれないだろうと感じたからだった。

すると、なのはは何かに気付いたかのように少し緊張した声でヴィヴィオに尋ねる。

 

「え~と、それなら家で作らないとだよね……」

「……? うん、そうだよ?」

 

なのはの言葉に当然とばかりにヴィヴィオが頷くと、なのはは躊躇いがちに翔馬に目を向ける。

翔馬はその視線を受けて納得したように苦笑いを浮かべた。

 

「それなら俺は昼食の間、席を外そうか?」

「あ、いえ、そんな」

「ダメッ!!」

「「っ!?」」

 

翔馬の言葉になのはは慌てて家に招こうと声を出そうとするが、それよりも前にヴィヴィオの悲痛な声が響いた。

 

「……ヴィヴィオ?」

「あっ……え、え~っと、パパも一緒がいいなぁって、おもって」

 

なのはがヴィヴィオにそっと声を掛けると、ヴィヴィオはハッとした表情になって少し頬を掻きながら誤魔化すようにそう言った。

しかし、先程から様子がおかしい事に気が付いている2人は放って置けるはずも無く、なのはがヴィヴィオの目線に合わせて屈んで瞳を見つめる。

 

「どうしたの? まだ、怒ってる?」

「……ううん、怒ってないよ? 大丈夫、なんでもないから!! 早くお買い物に行こう」

 

そう言っていつものように笑顔を浮かべて前を歩き始めるヴィヴィオは……何故だか少し寂しそうに見えた。

しかし、翔馬達はそれを見送る事しかできず、少しだけ不安そうに顔を見合わせてヴィヴィオに付いて行くのだった。

 

「それじゃ、車を回してくるから2人はここで待っててくれ」

「うん!!」

「すみません、お願いします」

 

翔馬達は取り敢えずヴィヴィオのことは少し注意しながら様子を見ることにして、買い物に向かう事にした。

そして、翔馬が回してきた車に2人が乗り込むとなのはの家に近いデパートに向かい始める。

 

「藤田三佐は車をお持ちだったんですね」

「ああ、一応公的にも私用にも使えるようにしてあるんだ。 これの方が地上での移動が楽でいいしな」

「パパは運転がとっても上手なんだよ?」

 

翔馬達の会話にヴィヴィオが後部座席から顔を覗かせて割り込むと、なのはは少し苦笑いになった。

 

「ヴィヴィオが知ってるってことは私も乗せて貰った事があるんですね……」

「まぁ、それなりには乗せてるな」

「多分いっぱい? って、昨日も乗ってショッピングモールに行ったんだよ?」

「あはは……、そうだったんだ」

 

なのはは少し困ったように表情を曇らせると、翔馬は少し笑みを零してチラッとなのはの方を見る。

 

「あんまり記憶の事は考えるな、今は買い物だ。 っと、そうだ、俺の事三佐って呼ぶの止してくれないか? 今は仕事中でもないんだしな」

「あ、すみません!! つい……、藤田さん……でいいですか?」

 

翔馬は記憶に関することから話を変えると、なのはは少し躊躇いがちに呼び方を変えてみる。

そして、翔馬がそれに反応しようとするとまたしてもヴィヴィオがそれを遮った。

 

「ママ、前みたいに翔馬くんって呼べばいいのに」

「ヴィヴィオ!?」

「確かに俺もその方が呼ばれ慣れてるし、そうしてくれないか?」

「藤田三佐まで!?」

「ほら、呼び方戻ってるぞ?」

 

翔馬とヴィヴィオは少しニヤニヤしながら、慌てふためくなのはの様子を観察していた。

そして、なのはは少し恥ずかしそうにしながら翔馬の名を呼ぶために口を開く。

 

「そ、それじゃあ……しょ……しょう……うっ!!」

「なのは!?」

「ママ!!」

 

なのはは翔馬の名前を呼ぼうとした瞬間に頭を押さえて車の窓にもたれ、突然の事に驚いた翔馬はその場に車を一旦停止させてなのはの肩を掴む。

 

「おい!! 大丈夫か!?」

「あ、は、はい、驚かせてすみません、ほんの一瞬、頭痛が走っただけで今はもう収まってるので……大丈夫です」

「ママ?」

「ごめんね心配かけて、もう大丈夫だから……ね?」

 

なのははヴィヴィオを安心させるように頭を撫でながら笑顔を見せた。

それに対して、翔馬は不安が消えないのか少し険しい表情でなのはを見つめる。

 

「本当に大丈夫なのか? 病院ならまだ近いし……」

「いえ……、本当に大丈夫です、今は完全に治まってますから」

 

なのはは翔馬に対しても笑顔を見せると、アピールのつもりなのか力こぶを見せるようにしていた。

その様子を見て翔馬は少しだけ安心したのか運転席に戻って背もたれに背中を預ける。

 

「もしダメそうならその時点でちゃんと声を掛ける事、いいな?」

「はい、お騒がせしてしまってすみません」

「気にするな、暫くは仕方が無い事だ」

 

翔馬はそう言って、ウィンカーを出すと再度デパートに向かって走り始める。

 

「名前、呼べないんだ……」

「まぁ、できないなら仕方ない、三佐と呼ばれるよりはマシだ」

「それなら、藤田さんでいいですか?」

「ああ、それで頼む」

 

翔馬はなのはの呼び方に了解して笑みを浮かべるとそのまま暫く車を走らせてデパートに辿り着き、3人は車から降りるとデパートの中に入って行く。

 

「それじゃ、オムライスの材料を買おう!!」

「お~!!」

「……相変わらずテンションの高い親子だな」

 

デパートの中に入りなのはが買い物かごを腕に掛けると2人は楽しそうに買い物を始め、翔馬は目の前の光景に苦笑いを浮かべながら2人の後を付いて行くのだった。

そして、翔馬は何もしないのは悪いと荷物持ちを買って出て食材売り場を回り、それからはなのはの様子も変わったような雰囲気は無く買い物は無事に終了した。

買い物を終えてなのはの家に到着すると、翔馬は一度荷物をなのはの家に運んでから車を駐車場に置きに行って再度なのはの家に上がる。

そして、キッチンの方を少し覗くとヴィヴィオとなのはが買い物した材料を並べて早速料理に取り掛かっているのが見えた。

すると、見られてる事に気が付いたなのははハッとした表情になって翔馬に声を掛ける。

 

「すみません、案内もせずに……今、お茶を……」

「いや、気を使わなくていいさ、飯をご馳走になるのに……それよりもこんなやり取りしてる時間が無駄だろう? ヴィヴィオもお腹空かせて待ってるぞ」

「あ……、それでは少し待っててもらっていいですか?」

 

翔馬はなのはの言葉に頷いていつもの定位置であるソファに腰掛けた。

すると、暫くもしなうちにヴィヴィオがやって来てチョコンと翔馬の膝に乗っかってグラスを差し出す。

 

「ありがとな、なのはに言われたか?」

「うん、持って行ってって」

「そっか……」

 

翔馬はまたヴィヴィオの元気がなくなっている事に気が付いたがその事には触れずにグラスに口を付けてお茶を飲み下した。

ヴィヴィオは膝の上でじっとして顔を俯かせており、部屋の中にはなのはが料理をする音だけが響いていた。

そして、暫くの時間が経ってなのはの料理もそろそろ出来上がるかと思っていた時、ぼそりと呟いたヴィヴィオ声が翔馬の耳に届いた。

 

「ママの記憶……いつ戻るの?」

「……正直分からない、戻るかもしれないし、戻らないかもしれない。 今言えるのはそれだけだ……悪いな」

「うん」

 

たったそれだけの会話を終えると翔馬の予想通りなのはの料理が出来上がったらしく、キッチンからなのはがヴィヴィオを呼ぶ声が聞こえた。

 

「ヴィヴィオ~、料理運ぶの手伝って!!」

「は~い!!」

 

ヴィヴィオが顔を上げた時には笑顔を浮かべており、翔馬の膝から降りるとなのはの元へ駆けて行った。

翔馬は首を横に捻って横目でなのはと楽しく料理を運ぶヴィヴィオを見ると、少しだけ目を伏せて何かを悩むように拳を額に当てた。

そして、ほんの一瞬だったその格好を崩すとなのは達か声が掛かり、ヴィヴィオと同じように笑みを浮かべてなのは達の食卓に入って行った。

 

 

 

----------------------------------------

 

 

 

「はぁ~、おいしかった!! やっぱり、ママのお料理は最高だね!!」

「ああ、それには俺も同感だな」

「もぅ……2人して」

 

食事を終えて今は食後のお茶の時間。

ヴィヴィオと翔馬はなのはの料理を絶賛すると、なのはは少し照れくさいのか少しだけ頬を染めて困ったように笑っていた。

そしてそれから暫く3人で取り留めも無い話を続けていると、ヴィヴィオが何かに気が付いたかのように椅子から降りると時計に目を向ける。

 

「あ、いっけない!! これから練習するんだった!! ママ、パパ、ごめんなさい。 私これから出掛けなきゃいけないんだけど……」

 

少し申し訳なさそうにするヴィヴィオになのはと翔馬は笑顔を向けた。

 

「いってらっしゃい、ママ達の事はいいから、約束があるんでしょ?」

「ああ、行って来い」

「あ……、ありがとうママ、パパ。 それじゃ、行ってきます!!」

「はい、気を付けてね」

 

ヴィヴィオはなのはの見送りを受けると、玄関を飛び出して行った。

そんな様子のヴィヴィオを見送ってから2人は少しだけ不安そうに誰もいない玄関を見つめる。

 

「大丈夫、ですよね……」

「ああ、きっとあいつなら大丈夫だ」

 

なのはの問いに対して翔馬はそう答えると後ろ髪を引かれる思いはあったが2人でリビングに戻って行った。

そして、ヴィヴィオは……未だに玄関に背中を預けたまま動いていなかった。

 

「ううっ……っ……」

 

ヴィヴィオの瞳には溢れんばかりの涙が溜まり、それが零れないように必死に堪えていた。

しかし、ほんの数秒でもう限界だと感じたヴィヴィオは一目散にその場から逃げるように駆け出した。

走っても、走っても、目から溢れる物を拭っても、それは絶え間なく目の前の視界を歪ませた。

そして、気が付けば自主練でストライクアーツの練習をしている公園に来ていた。

きっと一心不乱に走ったせいで、体が覚えてるいつもの道を無意識に走って来てしまったのだろう。

ヴィヴィオはそっと周りを確認する。

今は昼過ぎの時間帯だが、今日は利用者が少ないのかヴィヴィオの見える範囲に人はいなかった。

 

「うっ……くっ、ううっ……」

 

だから抑える必要のない今、限界にまで来ていたヴィヴィオは堪える事が出来なくなってしまった。

なのはが大好きなパパ(翔馬)の記憶を忘れてしまった事が悲しくて、大切なものを守れず、見ている事しかできなかった自分が恥ずかしくて、何か一つでも思い出してもらおうと3人で買い物に行って、ご飯も一緒に食べたのに何も思い出させられなかった事が悔しくて。

 

「うっ……うわぁぁぁぁっ!!!」

 

今までの悲しみを全てを吐き出すかのようにヴィヴィオは大声を上げて泣いた。

泣いて、泣いて、声が枯れるまで泣いた。

そして、暫くの間そうしているといつの間にか涙は止まっていた。

帰ろうかとも思ったがまだ目と鼻が赤くなって、さっきまで泣いていた事がばれてしまう。

だから、ヴィヴィオはその場で構えるとストライクアーツの練習を開始した。

真剣な表情で、今度こそ大切な人達を守れる自分になるために。

ヴィヴィオはステップを踏みながらシャドウボクシングのように回避しては拳を突き出し公園を動き回りながら練習し始める。

そして、何度目かのカウンターを放った時その拳が何者かに掴まれて動きが止まってしまう。

顔を上げると、そこには少しだけ厳しい表情をしたノーヴェが立っていた。

 

「なんですか?」

「なんだその動きは、そんなんじゃ体壊すぞ?」

 

ノーヴェは手に持った荷物を適当に放り投げるとヴィヴィオに見せつけるようにステップで敵の攻撃を躱して相手に出来た隙を見逃さず拳を放つ。

まるでそこには本当に戦う相手がいるかのような、綺麗な回避と攻撃だった。

 

「す……すごい」

「まぁ、あたしも修行中の身だし、教えられることなんてたかが知れてると思うけど……強くなりたいなら手伝うぜ?」

 

ヴィヴィオはノーヴェの言葉にハッとすると、少し俯いて目を擦り、次に顔を上げた時には真剣な瞳をノーヴェへ向けていた。

その視線を受けるとノーヴェも表情を引き締めてヴィヴィオの言葉に耳を傾ける。

 

「私……強くなりたいです、もう、守られてばかりの私は嫌だから……大好きで、大切で……私に勇気と優しさを教えてくれた。誰よりも幸せにしてくれた。そんな人達がもう悲しまないように!!今よりももっと強く……、大切なものを守れる私になりたいんです!!」

 

ヴィヴィオの言葉を受け止めたノーヴェは少しだけ目を閉じて、もう一度頭の中でヴィヴィオの言葉の意味を反芻させる。

そして、その言葉に込めた思いをしっかりと受け止めたうえでノーヴェは目を開いて笑って見せた。

 

「そっか、……それならまずは基礎からだな!! あたしの真似してみろ」

「……はいっ!!」

 

ヴィヴィオは少しだけ目に残った涙を振り払うと、それからノーヴェとの練習を開始するのだった。

 

 

 

場所は変わり、高町家。

そこではリビングで向き合うなのはと翔馬の姿があった。

 

「すみません。大したおもてなしもできなくて……」

 

なのははリビングに座って開口一番にそう言うと、翔馬は静かに首を振った。

 

「今日はそれが目的じゃないし、そもそも記憶を失う前の高町は俺がここに来る時そんなに気を使っていなかった」

「……そうでしたか」

 

なのはは翔馬の言葉に肩を落とすと少し俯いたが、それも少しの間の事で顔を上げると真剣な瞳で翔馬を見つめる。

 

「教えて頂けますか? 私と藤田さんの関係……私達が今までどんなことをして過ごしてきたのか」

 

なのはの言葉に翔馬は軽く頷くとまずは翔馬自身の事からと言って話し始めた。

 

「俺は時空管理局空戦魔導師。武装隊の空士101部隊隊長、藤田翔馬三等空佐だ」

「はい、それは……大体」

「ああ、そして、俺達が出会ったのは10年前、そこから8年の時が空いて2年前に再開した」

 

翔馬の言葉になのはは目を見開いて、口を震わせる。

 

「10年も前から……、それよりも2年前って……まさか」

「想像通りだ、俺達は機動六課で共に戦っていた……だから、ヴィヴィオとも高町と同じ時間を過ごしている」

「パパって呼ばれているのは、もしかして……」

「まぁ、それもあるな……だけど、他の意味合いもある」

 

翔馬はそこで一旦言葉を区切って、呼吸を整えるとなのはのを瞳を見つめて真実を口にする。

 

「多分これがお前の聞きたかった事なんだろうが、……俺達は1年半前から付き合ってる。つまり恋人同士だった」

「……やっぱりそういう事だったんですね、はやて三佐やフェイト執務官、ヴィヴィオの反応を見てたら結婚しててもおかしくないのかなって少し思ってました」

 

なのははそう言うと、途端に体を震わせて頭を下げた。

 

「ごめんなさい!! 私、貴方の事全然知らなくて……色々と、酷いこと言ってしまいました!!」

「なのは……」

「……普段は、そう呼んでくれていたんですね」

「っ!? すまない、今のは……」

 

翔馬はなのはの行動に驚いたのか無意識にいつもの呼び名で呼ぶと、なのはは笑顔を見せる。

 

「いえ……、そうじゃないか、大丈夫、しょ……藤田君にそう呼ばれるの嫌じゃないから。あはは、やっぱり下の名前自体がダメみたい」

「……なのは」

 

そう言って無理に笑顔を作るなのはに翔馬は少しだけ顔を伏せて、先程考えたことをなのはに伝えようと真剣な表情をなのはに向けた。

 

「ありがとう、そうやって砕けた口調で話してくれるだけで気分が楽になる」

「ううん、私が色々と忘れてるせいで……だし」

「やっぱり意識してないと口調を戻すのは辛いみたいだな?」

「あはは、ごめんなさい、でもきっと」

「だから、提案がある」

 

翔馬はなのはの言葉を遮ると深呼吸をして、震える手を隠しながら口を開いた。

 

「俺達…………別れよう」

「……え?」

 

そう言って翔馬は真剣な瞳で別れの言葉を告げるのだった。

 

 

 

 

 

 



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第10話 新たな関係

少しはペースを戻せて来てるかなと……
このままのペースを維持できるように頑張りたいところですねw

それでは、第10話スタートです!!


翔馬の唐突な一言によって、高町家には重い沈黙が流れていた。

なのはは表情を固めて翔馬を、翔馬は真剣な瞳でなのはを、それぞれ見つめ合っていた。

それからどれだけの時間が過ぎただろう、長いようで短かったこの沈黙を破ったのは少し顔を俯かせたなのはだった。

 

「別れるって、……いえ、そうですよね。記憶を無くした彼女なんていやに決まって」

「あ、いや!! すまない、言葉が足りなかった」

 

先程まで砕けた口調だったのが一瞬で元に戻ってしまったなのはの言葉に翔馬は真剣だった表情を崩して慌ててそれを否定する。

そんな翔馬になのはは俯いていた顔を上げて少し怪訝そうな表情を向ける。

 

「えっと、どういうこと……ですか?」

「あくまで提案ってことを前提にしてくれ。……俺だって本当はこんな事を言いたくはない、……俺は、本当になのはの事……どんな時でも真剣に好きだって言えるから」

「……っ!!」

 

翔馬は言っている途中で照れ臭くなったのか、少し顔を赤くして視線を逸らしながらそう言うと、なのはも同じように翔馬の言葉に少し戸惑いながらも頬を少し赤く染めて視線を逸らした。

良い雰囲気になっていたが、このままの雰囲気では話が進まないと思った翔馬は少し浮ついていた気持ちを抑えて再度口を開く。

 

「……だが、実際のところなのはは俺との記憶を失って戸惑う事が多くあると思う、なんせ初対面の男と2日目で付き合うなんて普通じゃありえないだろう?」

「それは……そうかもしれません」

 

翔馬の言葉に少し戸惑いながらもそう答えると、翔馬はそれに頷いた。

 

「そして現状ではなのはの記憶を戻す術を俺達は知らない、だとすればもし記憶が戻らなかった場合、なのはは本気で好きでない男である俺と交際を続けることになる」

 

なのはは翔馬の言葉を聞くと少し俯いてしまう。

しかしその直後、さっきの言葉に疑問を感じたのか顔を上げて口を開こうとするが言いづらい事なのか言葉にするのを躊躇いながら視線を逸らしてしまった。

そんな様子のなのはに翔馬は疑問を感じるがなのはが何か言いたげだという事は分かったためなのはが言葉にするのを待ち続け、やっと決心がついたのかなのはは小さい声量で恥ずかしそうに言葉を発した。

 

「……でも、私が記憶を取り戻す場合もありますよね? その場合は、多分私も藤田さんを、……その、好きになる筈だから」

 

と、やっとのことで恥ずかしそうに発した言葉は何故か翔馬を落ち込ませていた。

 

「本人の口から『多分』って言葉を聞くだけで結構不安になるんだな……」

「あ、す、すみません!!」

 

翔馬の落胆する姿になのはは慌てて謝ると、翔馬は直ぐに冗談だと言って笑って見せた。

そんな翔馬になのはは不満げな表情で睨みを利かせると、翔馬は苦笑いで逆になのはに謝り落ち着いた所で逸れてしまった話題を元に戻した。

 

「……話を戻すが、さっき俺が言った事となのはの言った事は実際に起きうる可能性がある。なのはの記憶が戻る可能性と戻らない可能性、その2つがある以上、今の状態で付き合い続けるのはお互い精神的に負担がかかると思う」

 

少し話しをしている内に雰囲気がいつものような感じになっていたが、翔馬の言葉によってそれは崩されてしまった。

そして、なのはは翔馬の言葉を聞くと少し寂しそうな表情で翔馬を見つめ、その瞳はとても儚げに揺れていた。

 

「藤田さんは……記憶を無くした私に一緒に記憶を取り戻そうとは、言ってくれないんですね」

「……」

 

なのはのその言葉に翔馬は何かを口にしようとするがそれを飲み込んで黙り込むと血が滲むほどに拳を強く握りしめて、それをゆっくりと解いた。

そして、翔馬は椅子から立ち上がってリビングの窓まで足を進めるとなのはに背を向け、そこから見える夕日に視線を固定しながら口を開いた。

 

「すまない、俺は結構な臆病者でな……なのはが記憶を取り戻せなかった時、俺の事を好きになれなかった時、……俺でない誰かを好きになった時、そんな事ばかりを考えてる。もしそうなった時、傍にいるのが俺では……なのはが幸せになれないだろ? 過去の恋人に縋った所為でお前が不幸になる可能性があると言うのなら……」

 

翔馬はそこで言葉を区切り、いつの間にか激しく脈打っていた鼓動を押さえつけると背後にいるなのはに振り返って言葉を紡いだ。

 

「その時は、俺はお前の元を離れ、新しい場所で幸せに笑っているなのはを見届けるよ、それが俺にとっての幸せでもあると思うから」

 

そう言った翔馬は綺麗な赤い夕陽を背に受け清々しい位の優しい笑みを浮かべていた。

その姿はまるで翔馬の精一杯の優しさでなのはを包み込み、明確な別れを告げるかのようであった。

そして、なのはは悟った。

彼からどれだけの優しさをこの身に受けてきたのか、どれだけの悲しみを彼に背負わせてしまってきたのか、そして、どれだけの愛情を彼に注いで貰っていたのかを。

だけど、その事が頭でわかっていても感情が付いて来なかった。

嬉しいとは思う、でもそれが彼の事を好きだという気持ちにはどうしても繋がらない。

そして、好きという単語を意識するたびに浮かぶのはもう1人の男性。

翔馬の言う通りきっと、今のまま付き合っていたらお互いに負担が大きくなるだけだという事も理解できる。

だから、なのはは翔馬の優しさを受け止めることにした。

 

「……わかりました。貴方の……ううん、藤田君の言うとおりにする。……でも、きっと私、藤田君を好きになるから、記憶が無くてもまた、好きになるから……だから、待ってて」

 

そう言ったなのはの姿に翔馬は少し驚いた表情を見せてから、優しく微笑んだ。

 

「悪いが俺は待たないぞ? この別れはただの保険だ。俺がなのはを好きな気持ちは何時までも変わらない、……俺がなのはをもう一度好きにさせてみせる」

「っ!! ……うん!!」

 

そう頷いたなのはの瞳からは一筋の涙が零れた。

その涙が翔馬の優しさに対する嬉しさからなのか、それとも翔馬との別れによる悲しさからなのかは誰一人として知る者はいなかった。

 

 

 

----------------------------------------

 

 

 

そして、日が暮れて辺りが暗くなってきた頃、翔馬はそろそろ明日の出勤に備えて帰ろうとしていた。

 

「今日は長居して済まなかったな、ある程度の話はできたと思うが……もし何かまだわからない事があれば連絡をくれ。まぁ、機会があるならはやて達に聞いても構わないけどな」

「うん、了解、今日はありがとう、お休みの日なのに……」

 

なのはの言葉に首を振って、手を伸ばそうとする翔馬。

しかし、その手は空中で止まり苦笑いしてその手を引っ込めた。

 

「ん?」

「いや、何でもない、……気にするな俺はお前の友人だ。頼られて迷惑なんて思わないさ」

 

そう言って翔馬は微笑むと玄関に向かって歩き出そうとした。

その時、玄関の方からパタンと言う音が聞こえて2人はリビングのドアに目をやる。

するとそこからはひょこっとヴィヴィオが少し汚れた体でリビングに入って来た。

 

「ただいま~」

「お帰りなさい、今日はずいぶんと遅かったんだね?」

 

ヴィヴィオはなのはの言葉にまぁね~と返しながら、翔馬の方へと駆け寄って行った。

 

「パパ、今日はもう帰っちゃうの?」

「ああ、明日からまた仕事だからな」

 

ヴィヴィオの言葉に翔馬はそう答えながらヴィヴィオの髪についた汚れを払うように頭を撫でてやる。

すると、ヴィヴィオは気持ちよさそうに目を細めて翔馬の成すがままにされていた。

そんな状態で2人が和んでいると、その様子を見ていたなのはが翔馬の背後から声を掛ける。

 

「ヴィヴィオ、先にお風呂入っちゃって、ご飯の用意しておくから」

「は~い!!」

 

ヴィヴィオは元気に返事をすると、翔馬の手を名残惜しそうに離してパタパタと脱衣所の方に向かって行った。

そんなヴィヴィオの姿を見た2人は少しだけ安心したような笑みを浮かべて微笑み合った。

 

「それじゃ、俺は」

 

と、翔馬が今度こそと足を踏み出そうとした時、なのはのインテリジェントデバイス『レイジング・ハート』が通信を伝えるためになのはの正面に回った。

 

「あれ? はやてちゃん?」

「……何かあったのか?」

 

なのはがモニターを開くとそこにははやての姿が映されており、翔馬は何かあったのかとなのはの後ろに回ってモニターを覗き込んだ。

すると、早速はやてが回線を繋いで声を発する。

 

「急にゴメンな、少しなのはちゃんに聞きたいことと伝えたい事があってな、翔馬君もおるみたいやしちょうどええわ。時間ある?」

「うん、私は大丈夫だけど……」

「まぁ、俺も特に急ぐことは無いから大丈夫だが?」

 

翔馬となのはの2人が頷くと、はやては少し笑顔を浮かべて2人を見つめながら質問を投げかける。

 

「ほんならまずは、診断の結果はどうやったん? 精密検査、まだ連絡貰ってなかったから気になってもうてな」

「あ、ごめんね、はやてちゃん。少し藤田君との話が長くなっちゃって……取り敢えず報告しておくと、体の方は全く問題なし、記憶の方はやっぱり完全に藤田君の記憶が消えてたよ」

 

なのははすっかりはやてとの約束を忘れていたのか苦笑いで謝ると今日の診断結果を伝え、はやてはやっぱりと言った感じで頷いていた。

そして、一通りの説明が終わると今度ははやてが翔馬に視線を向ける。

 

「そっか、翔馬君、なのはちゃんへの情報伝達は?」

「ちゃんとこっちでしておいた、ある程度の事は伝えてあるから問題は無い筈だが……もし何か欠落していればフォローは頼む。 と、今日連絡を入れようとしていたんだけどな」

 

はやてはなのはの症状と状態についてある程度把握すると、取り敢えずは良かったと呟いて笑顔を向けた。

それから、なのはの現状について話がいったん終わるとはやては少し表情を引き締めて2人に視線を向ける。

 

「ちょっと話しが変わるんやけど、実は今日連絡したのは、なのはちゃんの様子確認の意味もあったんやけど……少し厄介な事になってな、その報告の意味もあったんや」

「……まさかとは思うが、悪夢の笛(ララバイ)の事か?」

 

はやての少し言いづらそうにしていた雰囲気を汲み取って翔馬がそう尋ねると、はやては少し驚いた表情で翔馬を見つめてからそれを苦笑いに変えた。

 

「察しのいい人は話が早くて助かるわ、……そう、あの笛なんやけど、第3種捜索指定ロストロギア悪夢の笛は、本日をもって第1種捜索指定ロストロギアに認定されたんや」

「「っ!?」」

 

はやての言葉に翔馬達2人は顔を強張らせ、はやては2人の様子を確認していたが予想通りの反応だったのか表情を更に引き締めて話を続ける。

 

「今日、私とフェイトちゃんの用事ってのがそれ。 会議の内容を細かく説明してたら時間もかかるから簡単にまとめるとこうや、先日起きた事件により管理局のお偉いさんが巻き込まれてもうた。 でもその人は何の異常も無く次の日に出勤してたんやけど……そのさらに次の日、その人物と共にある管理局の極秘ファイルと保管されていたロストロギアが無くなってしまったんや」

 

はやての言葉に2人は息を飲んだ。

自分達が関わってしまった事件がまさかここまで大きくなっているとは思わなかったのだろう。

2人とも同じように動揺を隠せないのか、驚いた表情で固まっていた。

それから少し落ち着いたのか、翔馬が先に口を動かした。

 

「……あの事件、そこまで話がでかくなってるのか?」

「そうみたいや、本来ならあの事件程度で捜索指定ランクが上がるのは稀なんやけど、今回は巻き込まれた人物のおかげなのか事の重大さに気付いたんやろな」

 

なのはの言葉に翔馬はなるほどと頷いた時、今まで何かを考えていたなのはが少し焦ったようにはやてに視線を向けた。

 

「そう言えば……無くなったファイルとロストロギアって何だったの?」

 

なのはの質問にはやては少し言いづらそうにしていたが、元々話す覚悟はしていたのだろう。

一呼吸置いて表情を引き締めるとその無くなってしまった物の詳細を告げた。

 

「……第97管理外世界、地球で起きた事件をまとめたファイル、そして、ジュエルシードや」

 

はやての言葉になのはは完全に声を無くし、翔馬は疑問を感じてはやてに声を掛けた。

 

「……地球ってことは俺達が生まれ育った地だよな? あそこには俺達みたいな突然変異が無い限り魔力がほぼ存在しないはず……それに、管理局も余程の事が無い限り介入しない世界、そんな場所に行って何の意味があるって言うんだ?」

 

翔馬の言葉にはやては少し悩んでから首を横に振った。

 

「私も普通に考えたらさっぱりや、まぁ、少しこれかもっていう可能性も無くは無いんやけど……あまりに突拍子も無さ過ぎて話にならんし」

 

はやての言葉に翔馬はそれ以上深く突っ込まずにそうかと呟くと、何もしゃべることが無くなったなのはを心配そうな目で見て翔馬はさらに質問を重ねる。

 

「……それのうち1つでも行方は分かってるのか?」

 

はやては翔馬の言葉に悔しそうな表情を浮かべながら口を開く。

 

「現在捜索中や、まだ場所は特定できてへん……ただ、持って行っているのはあのジュエルシードや多分近日中に場所の特定はできるだろうってのがお偉いさん方の見解になっとる」

「そうか……早く見つかればいいんだが」

 

はやての言葉に翔馬は少し表情をしかめてそう言うと、先程から何も話さないなのはの様子を伺った。

そこには、表情を硬くして俯くなのはの姿があった。

 

「ジュエル……シード」

「……なのは、大丈夫か?」

 

翔馬はロストロギアの名をうわ言のように呟いていたなのはにゆっくり声を掛けた。

すると、なのはは翔馬の声で我に返ったのか少し苦笑いを浮かべながら翔馬に向き直る。

 

「あ、ごめんねっ、私は大丈夫だから……でも、どうしてそれを私達に? そういうのは機動課の役割じゃなかったけ?」

「……確かに、そうんな情報を俺達に流してもいいのか?」

 

先程のなのはの様子が気になったが、翔馬は元に戻ったように見えるなのはに続いてはやてに視線を向けた。

すると、はやてはなのはと翔馬の言葉に真剣な表情で2人を見つめ返す。

 

「確かにこの情報は重要機密になっとる、でも2人は例外や、何故ならこれから私の設立する部隊に招待するんやから」

「はやてちゃんの設立する部隊って……」

「まさか……」

 

はやての言葉に翔馬となのはは心当たりがあるのかハッとした表情ではやてを見つめる。

そしてその視線を受けたはやては不敵な笑みを浮かべて、2人を自分の設立する部隊に招待した。

 

「……そのまさかや。もう1度、機動六課を再編します!! 2人とも力を貸してくれへんか?」

 

はやての言葉に翔馬となのはの2人は戸惑いの表情を浮かべるのだった。

 

 

 

 



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第11話 機動六課再始動 (前編)

更新が遅くなってしまい申し訳ありません……。
色々と忙しくなってしまい手が全く付けられませんでした……。

はい、ただの言い訳です。

今回は機動六課の始動回。

第11話スタートです!!



なのはの家で衝撃的な出来事があった日から1ヶ月が過ぎた。

その与えられた期間で翔馬達は現職の引継ぎを行い、機動六課の始動日である今日に備えて訓練も行ってきた。

そして準備を万端に整えた翔馬は感慨深そうに機動六課の隊舎を外から眺めていた。

 

「まさか本当に機動六課が再設立されるとはな……」

「私だってビックリだったよ、会議中にはやてが六課再設立を提案したら即可決だったもん」

 

翔馬は久々である機動六課の隊舎を眺めてそう1人呟いたはずが、返事をされて驚いたように隣を見るとそこには苦笑いを浮かべたフェイトが居た。

 

「久しぶりだね、あの日以来かな?」

「……フェイト、気配も無く近づくのは心臓に悪いからやめてくれ……、ゼフィロスを握ってたら斬りかかってたぞ?」

 

翔馬は横目でフェイトを睨み付けるとフェイトは笑って謝り、機動六課の隊舎に向かって歩き出した。

その姿に翔馬は溜息をつくとその後を付いて行く。

 

「それにしても今回、部隊編成も少し変わってるみたいだが……はやては何を考えてるんだ?」

「私にもさっぱり。 まぁ、時期を見て教えてはくれるんだろうけど……」

 

そう話をしながら、道の確認もせずに2人は体が覚えているかのように進んでいく。

それもその筈、2年前には1年間お世話になった場所なのだから、ここに居たものならば目を瞑っていたって目的地にたどり着けるだろう。

そうして、暫く歩くと翔馬達が辿り着いたのは部隊長室だった。

 

「はやて、入るよ?」

「お、フェイトちゃん到着かな? 入ってええよ~」

「「失礼します」」

 

はやての言葉にフェイトはドアを開けて中に入り、翔馬はフェイトの後に続いた。

 

「なんや、翔馬君も一緒やったんか、初出勤で遅刻の隊長って弄れると……」

「おい、何か言ったか、はやて?」

「な~んも? さて、隊長達が揃ったところで、挨拶と行こか」

 

翔馬が少し威圧するようにはやてを睨み付けると、はやては知らん顔でその部屋を出て行こうとする。

 

「って、なのははどうした? ここにはいないみたいだが」

「ん? なのはちゃんならもう来とるよ、ただ、ちょこっとやってもらいたいことがあってな、朝の挨拶には出席せぇへんで、……そんな事より隊員達がお待ちや、隊長さんたち」

 

はやての言葉に翔馬達は首を傾げながらはやての後に付いて行く。

そしてロビーに着くとそこには2年前とほぼ同じ光景が広がっていた。

翔馬とフェイトは懐かしく感じる光景に表情を緩めながらはやてに続いて隊員達の前へと歩み出る。

 

「ほんなら定刻になったので始めよか?」

 

はやての言葉に翔馬達前に出ている隊長陣は頷くとはやては視線を隊員達に向けて口を開いた。

 

「皆さんお久しぶりです。また皆さんと同じ職場で働けることを嬉しく思います。前回に引き続きこれから待ち受ける事件はとても厳しいものだという事は明白です。しかし、JS事件を共に乗り越えることができた皆さんとなら、必ず今回も無事に解決できると信じています。これからまた、事件が終わるまでの期間のみとなりますが一緒に戦いましょう!!」

 

はやては真剣な瞳で全員を見渡すと隊員達から暖かい拍手を送られ、それに手を上げて応えていた。

そして、拍手が鳴り止むとはやては新しくこの部隊に所属することになった隊員に視線を向けて微笑んだ。

 

「それでは自己紹介……と行きたいところですが、まぁ、2年前に一緒に戦った見知った人達ばかりなので少しだけ省略して、今回新たに私達に力を貸してくれることとなった2人に自己紹介をしてもらいます。よろしくな?」

 

その視線を受けた2人ははやての言葉に頷くと前に出た。

 

「皆さん初めまして、私はウィング隊副隊長シエル・アウローラ二等空尉です。皆さんのお力になれるよう、尽力致しますのでどうぞよろしくお願いします。」

「同じくウィング隊隊員のノーヴェ・ナカジマです。よろしくお願いします」

 

2人は自己紹介を終えると丁寧に頭を下げ、隊員達からの拍手を受けてから頭を上げると翔馬達の並んでいる場所まで戻って来た。

自己紹介が終わると、はやては視線を戻してこれからの予定やこの部隊を再編した目的を伝え始める。

内容を要約すると、機動六課再設立の目的は奪われたジュエルシード及び悪夢の笛(ララバイ)の確保という事だった。

その上で、今回の事件に関与する人間との接触も考えられるが、基本的にそちらは武装隊の役割であるため、最優先事項はあくまでロストロギアの確保である。

と、はやては念を押すように全員に伝え終わるとこの場は解散となりそれぞれに自分の持ち場へと戻って行く。

隊員達の表情はとてもやる気に満ちていた。

そんな隊員達を見送っていると、自然と翔馬達フォワード陣ははやての元へと集合していた。

そして、なのは以外の全員が揃っていることを確認したはやてはこの部隊のチーム編成について軽く説明を始めた。

 

「部隊編成は2年前の機動六課と同様や、スターズ隊にはなのは隊長、ヴィータ副隊長、その下にスバルとティアナ」

「これから暫くよろしくな」

「「はい」」

 

ヴィータの軽い挨拶にスバルとティアナが返事をする。

スバルの方は細身でありながらも中々厳しいトレーニングに励んでいたようで筋力が上がっているように見える。そして、逆にティアナは現場よりもデスクワークが多いのかこれからの訓練では一番厳しいかもしれない。雰囲気は以前より大人びており、髪を降ろしているようだ。だが、2人に共通しているのは以前と変わらぬ……いや、以前よりも強固になった良い瞳をしている事だ。それを満足そうに見ていたはやては軽く頷いて今度はエリオとキャロに視線を向ける。

 

「ライトニング隊は、フェイト隊長、シグナム副隊長、その下にエリオとキャロや」

「エリオ、キャロ。よろしくね?」

「お前たちの成長この目で確かめさせてもらうぞ?」

「「はい!! よろしくお願いします!!」」

 

エリオとキャロは以前と変わって少しだけ大人っぽくなっただろうか。エリオに至っては身長が劇的に伸びているし、キャロは……まぁ、これからに期待と言った所だろうか。

しかし、2年前とは比べ物にならない位にしっかりしている雰囲気は感じられる。

前のようにオドオドせず、しっかりと自分の意志を持っていることは見た瞬間に誰でも分かるだろう。

そして最後に視線を向けたのは翔馬達。

 

「一番変わったのはこの部隊やな。翔馬君を隊長に、シエル副隊長、その下にノーヴェ。翔馬君には2人の上司として動いて貰います」

「了解だ。2人ともよろしくな?」

「部隊が変われば色々と変わりますから、暫くは頼りっきりになりそうですが、よろしくお願いしますね翔馬隊長」

「私も、多分最初はうまく動けないと思うけど、何とかやって行くつもりだからよろしくお願いします」

 

各部隊での紹介が終わり、はやては全員を見渡してから少し表情を引き締めて口を開いた。

 

「ほんなら、フォワード陣のこれからの予定を伝えるよ。と言っても、やることは前と同じ。それぞれに訓練を行いつつ出動要請があれば現地での対応や、ただ注意してもらわなあかんことが1つだけある。隊長は知っていて当然やけどランクダウンが大幅になって以前の時よりリミッターは強くなる。現状は私を除いて全員がA+や」

「緊急時には能力限定解除ができるが3ランクアップまでの条件で1人につき3回のみ、そして能力限定完全解除は1回だったな」

「そうや、だから隊長人達には少し苦労が伴うと思う。でも、頑張って一緒にこの困難を乗り越えて欲しい。そして、隊員達はもう隊長達を頼ることなく自分の力で道を切り開き隊長達を助けてあげてな」

「「「「はい!!」」」」

 

はやての言葉に隊員達が真剣な瞳を向けて頷くと、丁度いいタイミングでなのはが正面玄関から姿を見せ、翔馬達に気が付くと再会を喜ぶような微笑と共にこちらに駆け寄ってきた。

 

「ごめんね、遅くなっちゃった」

「あ、なのはちゃん。かまへんよ、私がお願いしたことやしな」

「……大体は予想つくが、一応聞いておこうか。朝っぱらから高町隊長に何をさせていたんだ?」

 

翔馬の疑問にはやてとなのはは顔を見合わせると完全に何かを企んでいるかのような視線を翔馬に向ける。

 

「多分、翔馬君の想像通りやと思うで?」

「話は訓練場に行ってからにしよっか」

 

その時点で全員察しがついたのかスターズとライトニングの副隊長であるヴィータ、シグナムは口角を上げ、逆にフェイトとティアナは少しだけ引き攣った笑みを浮かべている。

そんな彼女達を置いて、はやてとなのはは外に向かって歩き始めた。

 

「さて、皆ちゃんと自分のデバイスは持って来ているよね?」

 

なのはの言葉に翔馬はやっぱりと肩を竦め、先程顔を引きつらせていた2人を除いて全員がキラキラとした目ややってやると言ったやる気に満ちた瞳を向けている。

 

「これからやるのは模擬戦や。皆、犯罪者達との戦闘は翔馬君やシエルちゃんを除いて久々のはずやし、ちゃんと慣らしておかんとな」

「チーム別けはもう決めてあるからね?私達隊長、副隊長の混合チーム対フォワード隊員チーム。あ、ただし藤田君は人数と諸事情の関係でフォワードチームに入ってもらうから、よろしくね?」

「はぁ、了解だ。パワーバランス的にも丁度いいだろうしな」

 

なのはの言葉に溜息をついて了承すると早速始めるよと言うなのはの声に合わせて各チームに分かれて作戦会議を始める。

翔馬は1人隊長がフォワード陣に紛れているため、フォワード陣は全員が翔馬の言葉を待っているかのように瞳を向ける。

そんな視線を受けた翔馬は、現状を思い出したかのように苦笑いを浮かべた。

 

「あ~、確かに俺は隊長だが、戦闘中の指揮はティアナに任せることにする。俺の事は普通に駒として使ってくれて構わないから、ティアナの思うように動かしてくれ。これも練習だ」

「はい分かりました。翔馬さん、よろしくお願いします」

 

翔馬の言葉に緊張した顔でティアナが頷くと、スバルがティアナにやったねとウィンクを飛ばし、その様子をエリオとキャロが嬉しそうに見つめている。

そしてその様子を外から見つめるノーヴェ。

まだこの部隊での距離感がうまく掴めていないらしい。

そんな雰囲気を感じ取った翔馬はノーヴェの背中を軽く押した。

 

「難しく考えるな。これからは同じ部隊の仲間としてやっていくんだ。普通にいつも通りやれば大丈夫だろ」

「あ、はい、わかりました」

 

ノーヴェは少し戸惑いながらも翔馬の言葉に頷き、視線をスバル達に向けるとそこには清々しい位に頼もしい仲間たちのやる気に満ちた瞳がノーヴェを歓迎していた。

 

「ティアナ。時間もあまりないから俺のポジションと役割。あと、作戦の指示をくれ」

 

翔馬の言葉に頷いたティアナは翔馬をウィングガードに決め、作戦内容を伝えていった。

そして、それから十分ほどして開始の合図が向こうにいるリィンから放たれる。

 

「さぁ、始めますよ~。皆さん準備はいいですか?」

 

リィンの声に全員が頷くと同時にデバイスを天に掲げた。

 

「行くで、皆!!」

「レイジングハート!!」

「バルディッシュ!!」

「シュベルトクロイツ!!」

「グラーフアイゼン!!」

「レヴァンティン!!」

「ウィルクラン!!」

「「「「「「セーット・アーーップ!!」」」」」」

 

隊長、副隊長混合チームがバリアジャケットを身に纏い上空に上がって行くのを見送るとティアナが号令をかける。

 

「私達も行くわよ!! クロスミラージュ!!」

「マッハキャリバー!!」

「ストラーダ!!」

「ケリュケイオン!!」

「ジェットエッジ!!」

「「「「「セーット・アーーップ!!(スタート・アップ!!)」」」」」

「ゼフィロス、セットアップ」

 

翔馬達もバリアジャケットを身に纏うと、訓練場に現れたビルの屋上へと降り立つ。

そして、翔馬達は宙から見下ろすなのは達に視線を向けながらそれぞれに得物を構えた。

 

「さぁ、それでは準備が整ったようですので模擬戦を始めますよ~!! 今回のフィールドは市街地です。それでは、さっそく~~~レディー・ゴー!!!」

 

リィンからの声が訓練場に響いた瞬間、なのはチームの背後に白い魔法陣が浮かび上がる。

中央に大きい魔法陣、その周囲に3つの中央に比べると2回りほど小さな魔法陣が見えたティアナは顔を引きつらせて大声を張り上げようとした。

 

「全員全力で」

「いや、俺一人で迎撃する。全員迎撃後に備えておけ」

「「「「「え?翔馬さん?」」」」」

 

はやての放つ広域魔法を回避するのは無理だと踏んだティアナは全員に向かって迎撃を指示しようとしたのだが、ウィングガードである筈の翔馬の言葉に全員が呆けた表情で翔馬の後ろ姿を見つめる。と、そんなことをしている内に既に被爆圏内に入りそうな距離まで砲撃が迫って来ており、慌てた様にティアナは砲撃のチャージを始める。

そんなティアナを見た翔馬は少し笑みを浮かべながら、手の平を迫り来る真っ白な砲撃4つに向けた。

 

「わざわざ俺をこっちに入れたんだ、ある程度は受けて立って見せろよ? クインテッド…エアリアルブラスター!!!」

 

翔馬の声に呼応して魔力が吹き荒れると翔馬の背後に4つの巨大な魔法陣が描かれ、魔力が魔法陣に集中するとそれは巨大な球となり、やがて弾けるようにして4条の砲撃がはやての放った砲撃と正面衝突し、耳を塞ぎたくなるような爆発音を追いかけて吹き飛ばされそうな程の衝撃波が翔馬達を襲う。

そして、それははやて達のいる場所でも同じことだった。

 

「……ブレイカー級とまでは行かなくても、私のフレースヴェルグを撃ち落とすなんて」

「翔馬って、ホントに何でも屋だよね……」

「突っ込んでたら確実に巻き添え喰らってたなぁ、あっぶね」

「あれ? 藤田君って、近中距離の一撃離脱型じゃなかったの?」

 

はやてとフェイト、ヴィータは今起こった現象に対して思わず苦笑いを浮かべると、病院で戦闘を行った時とは違う魔力運用の仕方を見てなのはは疑問を感じたようだった。

それに対して全員が、首を横に振った。

 

「あれはオールレンジの化け物級兵器だ」

「前まではなのはさんの言っていた戦闘スタイルで合っていたんですけどね? 私が余計な事をしてしまったせいのようです……」

 

なのはの言葉に回答したのはシグナムとシエル。

2人とも微妙な表情でそう言うと、なのはは疑問符を浮かべて周りの人達を見回すが誰も彼もが憂鬱そうな表情をしておりなのはの疑問は膨らむばかりだった。

なのはは皆にどういうことか聞こうとした瞬間、全員が同時に表情を引き締めて何も言わずにその場から全方向に飛び立った。

その直後、無数の緑色をした球体が上空からなのは達の居た場所に降り注ぐ。

 

「まぁ、避けられるわな。 ティアナ!!」

「はい!! スバルはヴィータ副隊長、ノーヴェはシエルさん、スバルはフェイトさん、翔馬さんはシグナム副隊長をお願いします。 私が後ろから援護射撃、キャロは全員にブーストお願い」

「「「「「了解!!」」」」」

「ノーヴェ、行くよ!!」

「おうよ!!」

「ウィングロード!!」

「エアーライナー!!」

 

スバルの声に反応してノーヴェが頷くと2人は空中への足場を形成して副隊長達の元へ向かうために空を駆け、エリオはキャロのフリードに跨りフェイトの方へ、そして翔馬はシグナムの方へは行かず、急上昇を始めた。

はやてとなのは、シグナムは翔馬の行動に不信感を覚えて上空を見て固まってしまう。

 

「ちょっと!? 全員回避!!」

「間に合って!! アクセルシューター」

「レヴァンティン!!」

 

はやての言葉にヴィータ、シエル、フェイトは地面(・・)を見て固まる。

そう、翔馬が上空に行ったのは広域殲滅用の魔法を展開していたからである。

しかし、それは上空だけでなく地面にも配置されていた。

……100を超えるエアリアルシューターが。

 

「なのはダメッ!! 下からも来るよ!!」

「シグナム!!」

「……これは流石に」

 

絶望的の状況に焦りの表情を浮かべる隊長達を見て翔馬は少しだけ口角を上げながら天に掲げた手を振り降ろした。

 

「まぁ、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってやつだ。精々踊れ!!! エアリアルシューター・フルバースト!!」

「まだまだぁ!! ファントムブレイザー!!」

 

さっきの仕返しとばかりに翔馬の広域殲滅魔法と、ティアナの砲撃魔法が一斉に放たれた。

しかし、これで終わってしまっては隊長達のメンツが立たない。

 

「はやてちゃん!!」

「うん!!」

「テスタロッサ、ヴィータ、シエル」

「大丈夫」

「おう」

「わかってます」

 

焦りの表情を浮かべながらも、流石修羅場を越えてきた魔導師達と言った所だろうか、直ぐに近場の仲間と連携を取って迎撃態勢を整えた。

 

「シューット!! エクセリオン……バスター!!」

「クラウ・ソラス!!」

 

なのはのアクセルシューターは翔馬の放ったエアリアルシューターの中へと消え、次いで放ったバスターはティアナの砲撃と衝突し相殺させて見せた。

そしてはやての砲撃は地面から襲い掛かる翔馬のエアリアルシューターをすべて巻き込んで相殺し、残るは上空からの攻撃。

前線に向かっていた4人とその背後にいたなのはとはやての場所で爆発が起こり、爆煙で姿が見えなくなる。

しかし、スバル達はその爆煙の中を突っ切るとそれぞれの得物をある場所へと叩きつけ、爆煙を吹き飛ばす。

その先には、無傷でスバル達の攻撃を受け止める隊長陣の姿があった。

 

「さぁ、第2ラウンド開始やで?」

 

はやての言葉にその場にいた全員が笑みを浮かべ、これから始まるであろう激戦に心を躍らせていた。

 

 

 

 

 



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第12話 機動六課再始動 (後編)

皆様お久しぶりです。

暫くの間、離れてしまいましたが再投稿させてもらいました。
今更と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、せめて完結までは時間を掛けながらでも投稿しようとは思っていますのでこれからもよろしくお願いします。

さて、今回は機動六課再始動を祝っての模擬戦闘後半です。
どちらが勝つことになるのか。
お楽しみに!!

それでは第12話スタートです!!



 

「うりゃぁぁぁ!!!」

「くっ!! そろそろこいつらの相手もしんどくなってきたな……だけど、副隊長としては負けられねぇんだ!! アイゼン!!」

 

スバルの重い一撃をプロテクションで受け止めたヴィータは以前より格段に成長している元教え子に少し嬉しそうな表情を浮かべながらカートリッジを打ち込み、出力を上げたアイゼンの一撃をスバルに放つ。

 

「ぐぅぅっ!! やっぱりヴィータ副隊長の攻撃は重いなぁ」

「まだ始まったばかりだぞ、腰に力入れろ!!」

 

ヴィータは反撃とばかりにスバルにアイゼンを叩きつけ、スバルも負けじとお得意のストライクアーツで拮抗した試合を繰り広げる。

そして別の場所では、ノーヴェがシエルと打ち合いをしていた。

 

「リボルバースパイク!!」

「水円刃!!」

 

黄色の魔力に包まれたローラーと水色に包まれた大太刀がぶつかり合うと、衝撃によってお互いに距離を取ると体勢を立て直す。

すると、シエルはおもむろに優しい笑みをノーヴェへと向けた。

 

「……どうかしたんですか?」

 

ノーヴェは自分に向けられる笑みに怪訝そうな表情を浮かべるとシエルは慌てて首を横に振ってそれを否定する。

 

「いえ、ただ、まさか貴女とまた一緒に戦う事になるなんてと思いまして……おかしな話だとは思いませんか? 2年前、この機動六課を襲っていた私達が今度は機動六課で働き、悪事に立ち向かうなんて。……って、少しこの話は不謹慎すぎましたか」

 

シエルは感慨深そうな表情から一転、苦笑いに変えるとノーヴェに向かってそう問いかける。

しかし、ノーヴェもそのことは少し気になっていたのかシエルに対して同じように苦笑いを浮かべ返した。

 

「あたしもシエル嬢とこんな形で一緒に戦うなんて思っていなかったですから」

「ですよね……さぁ、お喋りはここまでにしましょうか!!」

 

シエルは大太刀を正眼に構えると、ノーヴェもそれに合わせて構えを取る。

 

「ここからは真剣勝負、手加減などしませんよ?」

「あたしだって負けません」

「「はぁぁぁ!!」」

 

2人は同じように不敵な笑みを浮かべると同時に駆け出し得物同士をぶつけあう。

そして、更に場所は移ってエリオとフェイトはヒット&アウェイの高速戦闘を行っていた。

 

「ホントにエリオ、強くなったね……今までだって手を抜いていた訳じゃなかったけど、本気を出さないと逆に落とされちゃうかも」

「それは違いますよ、フェイトさん!! ストラーダ!!」

 

エリオはフェイトの上空からフリードの腹を蹴ってカートリッジを打ち込むと、ストラーダのジェット噴射を利用してさらに加速し、ストラーダから電撃が迸り始める。

そして、急速接近したフェイトに向かってストラーダを力の限り振り降ろす。

 

「紫電……一閃!!」

「ふっ!!」

 

しかし、フェイトは少し笑みを浮かべながらエリオの攻撃をプロテクションで防ぐと仕返しとして待機させてあったプラズマランサーをエリオに向かって放とうとした。

が、それは意外な所からの伏兵に拒まれてしまう。

 

「なっ!? フリード? いつの間に……って、エリオは!?」

「はぁぁぁ!!! サンダーレイジ!!!」

「っ!!」

 

攻撃のモーションを取ったフリードにほんの一瞬、気を取られてしまったフェイトはソニックムーブで移動したエリオを捉えることができず、慌ててバルディッシュで迎撃しようと体を捻る遠心力を利用して腕を振るう。

しかし、フェイトは迎撃が確実に成功すると確信した瞬間に何かに気が付いた様にハッとした表情になると、目つきを変えて即座にその場から消え去った。

 

「なっ!? フリード!!」

「ライトニングスマッシャー!!!」

 

エリオは自分が攻撃を外したという事を悟ると同時に、何か嫌な予感が体を駆け巡り空中で自由に動く事の出来ないエリオはフリードを呼び寄せてその足にしがみ付くと、上空からのフェイトの攻撃に間一髪で避けることに成功した。

エリオは若干、冷や汗をかきながらフェイトの方を見るとその姿を見て体が震えた。

 

「うん、さっきの言葉は撤回しないといけないね……さっきとは全く違う意味でエリオは強くなった。本気を出さなきゃ落されちゃうかもなんて、失礼だったよね。今のエリオには本気を出さなきゃ勝てない。母親代わりとして接していたからかな?いつまでもエリオの事……ううん、キャロも含めてまだまだ子供なんだってそう思ってたのかもしれない。まぁ、実際、私にとってはいつまでも大切な子供みたいな存在だけど……こうやって同じ職場に立ってるんだ。命の危険がある場所でストライカーとして頑張ってる後輩に……私は負けるわけには行かない。エリオ……ここからは、私の持てる全力で相手するよ」

「フェイト……さん」

 

エリオは震える体を意識してストラーダを持つ手に視線を落とすとガタガタとストラーダの先が震えているのをみて苦笑する。

元々、フェイトを越えるために今まで努力を重ねてきた。

少しでも愛する人たちが力なき人々が傷付かずに済むように。

しかし目の前の人を見て目指すべき人はまだまだ遠い場所にいることを自覚し、強張っていた体から力を抜いた。

そして、先程とは違う体の震えに満足したかのようにエリオは口元に笑みを浮かべると上空を見上げた。

 

「僕も全力で行きます!! 絶対に負けませんから!!」

「行くよ」

「フリード!!」

 

フェイトは戦闘開始を告げると同時に飛び出し、エリオもまた新たな戦場に向かってフリードと共に駆け出した。

 

「他の場所では面白い事になってるみたいだな?」

「最初は嫌々引き摺って行かれたような奴らが結構楽しそうにしてやがる……それにしてもシグナムは大人しいもんだな? 間髪入れずに打ち合いになるもんだと思ってたが」

 

全員の戦闘空域とは少し離れた上空でシグナムは下を見下ろして戦闘している3組と砲撃の牽制をしあっている1組に視線を向けていた。

しかし、その姿からは全く隙が伺えず、さすが剣将と言うだけの事はあると、翔馬は少しだけ苦笑いを浮かべていた。

 

「久々に懐かしい面子が集まっての模擬戦なのだ。少しは教え子たちの成長を見るのも悪くは無い……それとも今すぐにでも打ち合いたい腹か? 藤田三佐?」

「いや、俺はチームのサポートがメインだ。 今は下手に戦闘に介入するよりシグナムの相手をしていた方がいい。 その相手が動かないなら俺も動かない方が得策だろう。無駄に体力と魔力を使うのはこの面子での戦闘では愚策にもほどがある」

 

翔馬の言葉にシグナムは軽く笑うと、途中ではやてからの回線が開く。

 

「シグナム!! 何やっとんねん!! ちゃんと翔馬君を削ってくれへんとこの模擬戦負けてまうで!! 向こうの要は確実に翔馬君や!!」

「申し訳ありません、わが主。 少々感傷に浸っていました。 との事なので、翔馬、悪いがここで倒されてもらおうか。」

「丁度こっちからもお叱りが飛んできた所だ。 さて、久々に派手にやろうぜ?」

 

翔馬とシグナムはお互いに回線を閉じると鞘に入れた得物に手をかけてお互いに抜刀の準備を整えつつ構える。

そして、同時にその場から駆け出すと得物を引き抜いて、敵に向かって振り下ろした。

 

「ゼフィロス!!」

「レヴァンティン!!」

 

その瞬間、魔力衝突によって大爆発が起こると、戦闘を行っていた全員が上空で腹に響き渡る程の大音量に視線を向けていた。

 

「いや、削ってくれとはゆうたけど……」

「翔馬さん、やりすぎですよ……」

 

そうやって、他の面々は次元の違う戦いに少し冷や汗をかきながらその姿を見ている間、翔馬とシグナムは激しい撃ち合いをしていた。

 

「エアリアルサイス!!」

「レヴァンティン!! シュランゲバイセン!!」

 

翔馬の放った刃をシュランゲフォルムにしたレヴァンティンで撃ち落とすと、翔馬は隙のできた背後を狙い高速移動をして首を狙う。

しかし、それを読んでいたのか、シグナムは翔馬の姿を捉えると、口元に笑みを浮かべた。

その瞬間、翔馬は嫌な予感を感じ視線を巡らせると、そこはレヴァンティンの檻の中だった。

 

「飛龍……一閃!!」

 

翔馬が視線を巡らせている一瞬のうちに、シグナムはレヴァンティンを横に振り抜くと、鎖で繋がった刃が一瞬のうちに翔馬の身体へと殺到する。

そして、振り切ったレヴァンティンをシュベルトフォルムに戻すと振り切った刃を正面に叩きつける。

 

「……今のは流石に焦った」

「まぁ、今のでは流石に落ちんか。 だが!!」

「なっ!?」

「紫電一閃!!」

 

立て続けの連撃に翔馬はそれを避けることができず、シグナムは爆煙の中から飛び出し、警戒をしながらその中を見つめる。

すると、暴風がシグナムを叩きつけ思わず、目を覆う。

 

「それで終わりか? それなら今度はこっちから行くぞ!! エアリアルシューター!!」

「本当に以前にも増して化け物になったものだな……はっ!!」

 

無傷で佇む翔馬を見てそう呟くと、翔馬の攻撃を回避するために動き始めた。

それから程なくして、戦場は最終局面を迎えていた。

隊長チームは、はやて・シエル・シグナムの撃墜。

フォワードチームは、スバル・エリオ・ノーヴェが撃墜している。

 

「……この形は結構マズイですね」

「クロスレンジが潰されるとなると……戦い方としては前衛2人から逃げながらミドルレンジで応戦。敢えて向こうの得意レンジで戦うことも無いでしょう。翔馬さんも私と一緒に砲撃で応戦して下さい。キャロは私達の援護と、向こうの足止めお願い。 多分キャロが一番忙しくなると思うけど、行ける?」

「はい。 私も今まで遊んでいた訳じゃありません。 やって見せます!!」

 

翔馬は、いつの間にか頼もしくなった教え子たちに嬉しさを感じながら笑みを浮かべて頷くと、向こうの陣営に視線を向ける。

 

「向こうは、後衛2人に前衛1人だから、後ろが厚いよ」

「狙って来るのはミドルレンジの維持……かな」

「こっちは前が2人だ。 うまくクロスまで潜り込まねぇと火力不足と手数不足で厳しくなるだろうな」

 

「「これは陣地取り合戦になるか(な)」」

 

翔馬となのはは同じ考えに至ったのか、別の場所でそう呟くと即座に行動を始める。

 

「一気に攻めよう!! 援護射撃は任せて!!」

「「おう!!」」

 

なのはの言葉に頷いた2人は、速攻で飛び出し要であるティアナを狙う。

逆に翔馬達は、その場で迎撃態勢を整えて数多くのシューターを展開させた。

 

「キャロ!!」

「はい!! ブーストアップ・バレットパワー!!」

 

ティアナの声に応える様にキャロはティアナ達の展開させたシューターに向かって攻撃力上昇の補助魔法をかける。ティアナ達はその補助魔法が完成するのは待ち続け、それが完成した瞬間、

 

「エアリアルシューター……」

「ヴァリアブルバレット……」

「「フルバースト!!」」

 

キャロの補助魔法で強化された翔馬とティアナの弾幕が打ち放たれる。無数の弾幕にフェイトは厳しい表情を浮かべながら速度をさらに上げ、ヴィータもそれに続く。

 

「来たよ!!」

「わ~ってる!!」

 

フェイトはお得意の速度で弾幕の中を掻い潜り、ヴィータは弾幕を避けながら、避けきれないものは持ち前のプロテクションの硬さで防ぎながら前へと進む。

だが、その弾幕は急に勢いを無くしたかと思うとフェイトと、ヴィータは一定の空間に100近くのシューターに囲まれていた。

 

「フェイトちゃん、ヴィータちゃん!! そこから抜けて!! ディバイン・バスター!!」

 

なのはは、フェイトとヴィータの背後に向かって砲撃を放ち、近くにあったシューターを消し飛ばして道を作るが、それを黙って見ているほど翔馬達も甘くはない。

 

「シューット!!」

 

ティアナの掛け声と共にその場に残ったシューターはフェイト達の元へと殺到する。

 

「ヴィータ掴まって!!」

「わりぃ!!」

 

しかし、それでも隊長達のポテンシャルも高い。フェイトはブリッツアクションでヴィータを引き寄せると、ヴィータは体にフィールドプロテクションを全力出掛けてフェイトに身を任せる。そして、迫り来る弾幕を針の糸を通すような正確さで掻い潜り、見事その窮地を脱して見せた。

 

「プラズマランサー!!」

「シュワルベフリーゲン!!」

 

さらに、追撃させまいと攻撃を放ち体制を整える。

それに素早く反応したのはやはり翔馬だった。

 

「2人とも作戦通りに!! ……エアリアルサイス!!」

「「はい!!」」

 

翔馬は2人と共にその場から離れてフェイト達との距離を維持しつつ、フェイト達の攻撃を迎撃し、キャロとティアナは次の作戦の準備を進めていた。

そして、準備ができた2人は魔法陣を展開する。

 

「ティアナさん!!」

「行くわよ、キャロ!!」

「「ブーステッド・イリュージョン!!!」」

 

その瞬間、フェイト達を阻むように無数のティアナ達3人組のフェイクシルエットが現れる。その数は以前の機動六課時代とは比べものにもならない数だ。

 

「くっそ……アイゼン!! カートリッジロード!! モードドライ!!」

「私が先に粗方落とす!! サンダーフォール!!」

「私も忘れないでね? ディバイン……バスター!!」

 

フェイトとなのはの攻撃で殆どのシルエットは消え去り、残るはあと僅か。

それを見たヴィータは口角を釣り上げ、手に持ったグラーフアイゼンが火を噴く。

 

「まとめて叩く!! ギガントシュラーク!!」

 

振り上げたグラーフアイゼンは残ったティアナ達を一掃できるほどの巨大さ。

その巨大な槌が無情にも振り降ろされた。

しかし、その相棒から感じられた感触は何もなく、まるで空気に向かって振り下ろしたような感覚。

そしてその感覚は、ハズレを意味し……

 

「そう、うまくはいかないか……でも、準備はできた!! 翔馬さん!!」

「任せろ。お前達が作った隙、有効に使ってやる!!」

「フェイトちゃん!! ヴィータちゃん!!」

 

いち早く異変に気が付いたなのはは、声を上げると同時にレイジングハートを構えて砲撃体勢に入っており、フェイト達は警戒態勢に入る。

 

「翔馬のための時間稼ぎかよ!!」

「私が迎え撃つよ!! 2人は射線から離れて!!」

「了解!! ヴィータ!!」

翔馬の展開する魔法陣に3人は連携を取って反撃の布石を敷いて行き、翔馬の準備が完了した瞬間になのはも準備を終えた。

 

「切り裂け!! エアリアル・スマッシャー!!!」

「エクセリオン・バスター!!!」

 

2人の砲撃が中間地点で衝突し、魔力衝突による激しい爆発と共に暴風が巻き起こる。

思わず、翔馬となのは以外の全員が目を覆い、衝撃が止むのを待つ。

しかし、それが運命の分かれ道となった。

 

「戦闘中に足を止めるのはどうかと思うぞ? ……エアリアル・ディザスター!!!」

「えっ!?」

「嘘だろ!?」

 

ヴィータとフェイトの後ろに回り込んだ翔馬は両手に持った剣を目の前の魔法陣に叩きつけると、先程の砲撃をはるかに上回る大きさの砲撃がフェイト達を包み込む。

そして、次の瞬間にはなのはを探し出して動こうとするが、その時リィンからの声が響き渡った。

 

「模擬戦しゅ~りょ~で~す!!」

「は? まだなのはは落してないぞ?」

 

リィンの声に疑問を感じながら声を出す翔馬に申し訳なさそうな表情を浮かべたティアナが回線を開く。

 

「すみません、私がなのはさんに落されてしまいました……」

「ごめんなさ~い……」

 

ティアナの後ろでは肩を落としたキャロが映っており、爆煙の晴れた光景を目にして翔馬は苦笑いを浮かべた。

そこでは、なのはが中距離でアクセルシュータを周囲に展開し、砲撃を撃ち終えた格好からレイジングハートを振り払うとなのはの相棒は冷却状態に入ったのか蒸気を吹き出してキラリと光る。

 

「同じことを考えてたわけか。 先になのはを落としに行けばよかったな。 俺の判断ミスだ。 ティアナ、キャロ。 よく頑張ったな」

 

そう言って少し微笑むと、再度翔馬に向かって頭を下げて地上に舞い戻る。

 

「とういう事で今回は隊長チームの勝利や!! やったな」

 

はやての言葉に隊長達は当然とばかりに頷いて、逆にフォワード陣は悔しそうに反省会を開いていた。

そんな中で、はやては手を打ち合わせて全員の注目を集めた。

 

「皆お疲れさん。 久々の戦闘でうまく行った人もいかなかった人もいると思う。 これからはそれぞれに訓練しながら現場の感覚を取り戻していこう」

 

全員がはやての言葉に頷くと、今日はこれで模擬戦を終わるとの事で全員が後片付けを終えて隊舎へと戻っていく。

その道すがら翔馬の元へ駆け寄って来たのはフェイトだった。

 

「翔馬。 お疲れ様。 さっきのだけど、前よりさらに速くなったんじゃない?」

「ん? フェイトか。 それはお前が前より遅くなっただけなんじゃないか?」

 

翔馬は少し悪戯な笑みを浮かべてそう言い返すと、フェイトは翔馬を睨んだ。

 

「その言い方は無いんじゃないかな? ……最近は事務仕事ばっかりだったから戦闘の勘は少し鈍ってるかもしれないけど」

 

翔馬の冗談に本気で落ち込み始めるフェイトに翔馬は少し苦笑いすると、肩を軽く叩いた。

 

「冗談だよ。 フェイトも前より鍛えてるのは打合った俺はわかってる。 ただ、俺は現場の仕事だからな。 日々精進は当たり前だし、取柄と言ったら魔力総量と速さだけだからな。未だに本気のフェイトには追い付く気はしないが」

「もぅ……褒めたって何にも出ないんだから」

「俺は単に事実を言っただけだって」

 

翔馬の言葉に顔を少しだけ赤く染めたフェイトはそっぽを向きながらも軽くありがとうと呟くと、少し微笑んで翔馬の隣を歩き、翔馬はその様子に少しだけ微笑むと辺りを見回した。

そこではフォワード陣と隊長陣が混じって、さっきの模擬戦の反省会を開いており、そんな中から無意識になのはを探すと、偶然にも探し人と目が合ってしまい、なのはがこちらに微笑んで近づいて来た。

 

「藤田君はフェイトちゃんと反省会?って、フェイトちゃんなんか顔赤くない?」

「そ、そんなこと無いよ!! ただ、前より翔馬は早くなったねって話をしてただけ」

 

フェイトの言葉になのはは少し表情を曇らせたが、それは一瞬の事で笑顔を浮かべると翔馬の前に出る。

 

「それにしても、まさかあの距離からフェイトちゃんとヴィータちゃんを落とすとは思ってなかったよ。 凄く早いっていうのは聞いてたけど、フェイトちゃん位に早いんじゃない?」

「そう言うなのはだって得意レンジまで動いてただろ? なのはの反応があそこまで速いとは思ってなかったからな」

 

翔馬は少し会わない内に随分と成長しているなのはに、なんともいえない感情が湧き上がってくるのを押えて笑いかけると、なのはもそれに合わせるように笑い、3人で話に花を咲かせながら隊舎へと向かって行った。

 

「さてさて、機動六課再設立がこの事件にどう影響するんか……ええ方向に転がってくれればええんやけど」

「そればっかりはわからないですからねぇ~。 皆さんの活躍に期待するしかないですよ」

 

隊員達が隊舎に向かう姿を後方から眺めていたはやてとリィンは少しばかり不安げな表情でその姿を見つめていた。

 

 

 



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第13話 不自然な静けさ

なんと、今回は連日投稿です。
時間を空けてしまったので、これくらいはしないとなと気合を入れてしまいましたw
まだリハビリ中な事もあり、拙い文章かも知れませんが楽しんで貰えたらうれしいです。

あの模擬戦からどうなったのか。

それでは、第13話スタートです!!



 機動六課再設立から2週間が経ち、隊員達も六課のルーチンに慣れてきた様子で、テキパキとそれぞれの役割をこなしている。とは言っても、隊員達はいつも通り訓練を行い、隊長達は色んな場所を飛び回って情報収集と他の課に所属する人たちの人材育成がメインになるため、以前のように慌しい状況とは言いがたかった。

 しかし、機動六課の面々は時間が経って行くにつれてこの静けさに妙な疑問を抱き始めていた。

 

「あれから全く動きがないな」

「色々と当たってはいるんだけど、未だに逃走ルートからの行方の割り出しが難航しているって」

「あれで全てが終わりだなんて思えないんですが……悪夢の笛(ララバイ)どころかジュエルシードすら反応がないらしいです」

 

 翔馬の言葉に現状を報告するフェイトにティアナが頷く。

 訓練の合間を縫ってフェイトに同行しているティアナも悪夢の笛に関わりがありそうな情報を探してはいるのだが、その手がかりすら見当たらず、犯人を追いたくても追えない状況に全員が悔しそうにしていた。

 

「まぁ、分からへん事は考えても分からへん。 問題はこれからどうするかや」

「そうだね。 まず、私たちに出来るのは情報が出てきたときに迅速に行動出来る様な状態にしておく事」

「後は出来るだけ犯人達の目的などの情報を集める事、ですね」

 

 はやての言葉になのはとエリオが頷き、はやては会議に参加している隊員達に眼を配る。

 

「今日はここまでにしとこか。 あんまり考えすぎて煮詰まってもしゃ~ないしな」

「うん、それじゃ、今日はこれで解散。 明日は早朝訓練があるから皆今日は早めに休むんだよ?」

「「「「「はい!!」」」」

 

 なのはの言葉に頷いたスバル達5人はそのまま会議室から退室し、閉まってゆく自動ドアを隊長と副隊長で見届けた。

 そして、自動ドアが閉まってから数秒後、その全員が示し合わせたわけでもないのに同時にため息を付いていた。

 

「皆にああは言ったものの……どうしたもんか」

 

 はやての声を切っ掛けに全員が思わず苦笑いして肩の力を抜くと、先ほどまでの雰囲気が嘘かのように会議室にはどんよりとした空気が漂っていた。

 

「管理局本部からの連絡がないのは何かおかしいと思わないか?」

「悪夢の笛だけでなくてジュエルシードまでが奪われているのに本部が追えないはずがないですよね」

「それに、はやてちゃんの情報では機動六課再設立と同時期くらいには行方が分かりそうって話だったし……」

 

 翔馬の言葉にシエルが反応し、さらになのはが補足するように状況を詰めていくと、今までの捜査で分からなかった情報に加えて更に分からない事が増えてくる。

 

「それだと、本部が情報の隠蔽を行っているように聞こえるが?」

「いや、それはありえねぇだろ。 なんせ本部が悪夢の笛……だったか? そいつの捜索指定ランクを上げたんだからよ」

「自分達で首を絞めるようなことをする理由もないからな。 本部が隠蔽を行うって線はかなり薄いだろ」

 

 シグナムの言葉に反論を出したヴィータ。翔馬はヴィータの意見に賛成だとばかりに口を開くが、それだと情報がないこの状況がおかしい。その事に全員が気付いているものの、その原因が分からず言葉を詰まらせる。

 

「向こう側が情報を漏らさないように何か仕掛けている可能性はあらへんかな?」

「無いとは言えないけど、それでも不自然すぎるよ。 逃走ルートの一部はジュエルシードの反応から分かってる。そんな状態で仕掛けたら嫌でも魔力感知が働くから直ぐに接触だって出来るはず」

「にも拘らず、ジュエルシードを封印した形跡も無く唐突にその反応が消えて犯人達も姿を隠し続けている」

「ジュエルシードの封印が行われていればその時点で激しい魔力反応があるはずなのにそれが無く、ジュエルシードの反応も無い。犯人達の逃走ルートから潜伏先を割り出してもその場所には何の手がかりも残っていない」

 

 完全なお手上げ状態を理論的に組み立ててしまった隊長陣は更に肩を落とし、翔馬やヴィータは椅子に深くもたれかかり、シエルやなのは達は机に突っ伏している。

 

「この事件、ホントに解決できるんかなぁ……」

 

 思わず呟いたはやての言葉に全員が苦笑いを浮かべた。

 

「この部隊の隊長がそんな弱音吐かないでくれよ」

「そうです、わが主。 今は何も出来ずとも必ず原因を突き止めて解決に導いて見せます」

 

 全員がはやての企みに気が付いていると言わんばかりに力強い瞳ではやてに笑いかけると、はやても弱ったように笑い返した。

 

「せやな。 隊長なのにこんな弱音はいたらあかんな。 明日からまた心機一転で捜査開始や」

 

 みんなの気遣いを受けてそう返すと隊長陣も今日は解散となった。

 そして会議室から外に出ると、そこには小さな待ち人が壁に背中を預けながら佇んでいた。

 

「あれ? ヴィヴィオ、どうしたの?」

「あ、ママ!!」

 

 なのはは愛娘の姿を見ると途端に笑顔を咲かせてヴィヴィオの元に近寄るとそのまま身を屈め、一方のヴィヴィオはなのはの姿が見れたのが嬉しかったのかなのはの首元に抱きついている。

 

「今日はノーヴェと特訓じゃなかった?」

「それが、特訓に身が入ってないって怒られてしまいまして……」

 

 たははとバツの悪そうに笑うヴィヴィオになのはは少し困った表情をしながらヒョイと抱きかかえて、皆に視線を向ける。

 

「ええよ。今日はこれ以上やることも無いやろし」

「うん、こっちの事は任せておいて」

 

 2人の親友にゴメンねと一言謝ってからいつものように高町親子は背中を向けて隊舎から出て行く。

 なのはは今回、ヴィヴィオの事もあって常昼勤務となっている。以前のように共に六課の隊舎に泊まりながら交代勤務を受けても良かったのだが、ヴィヴィオの学校や友達付き合い等を考えて今回は家から通う事にしたのだった。

 ヴィヴィオはなのはを気遣って六課に泊まっても良いと言ってくれたそうだが、なのはは断固として拒否した結果がこの形となった。

 

「やっぱり寂しいんとちゃう? 折角仕事を口実に同棲みたいなことが出来たのに」

「お前なぁ……」

 

 はやての言葉に翔馬は溜息をついて歩き出す。それを見て全員が翔馬の後についていく形で歩き出すが、その表情は何とも言えない物だった。

 翔馬がなのはと分かれて以来、ヴィヴィオとはあまり話す事がなくなってしまったのだ。それはなのはから事情を直接聞いたのか、感付いただけなのかはわからないが、必要最低限の会話以外には翔馬と係わらないようにしてるのは誰が見ても明確なほど。流石の翔馬もこれには堪えたらしく、ヴィヴィオに対してどう声を掛けていいのか分からず、現状が続いてしまっているようだった。

 それにここにいるのは翔馬となのはの関係を知っている者ばかりのため、そのことについて触れようとしないのだが、はやては違ったようだ。

 

「今は、落ち着くまで何もする事はないし、できることもない。 ただ俺はこの事件を一日でも早く解決するために動くだけだよ」

「……ほんならさっさと片付けなあかんな」

 

 翔馬の苦笑いに対してはやては笑って見せると力強く翔馬の背中を引っ叩いて部隊長室に入っていった。その姿に翔馬は少し目を細めて何かを呟くと、そのままオフィスに向かって行った。

 

「くっ……」

「……はやてちゃん」

 

 はやては部隊長室に入ると同時に今まで顔に張り付けていた笑顔を崩した。それを心配そうに見つめるリィンを素通りして、機動六課を象徴するブレザーを脱ぎ捨て、ネクタイを外し、シャツのボタンを外して胸元を緩めたはやては椅子にドカッと体重を預けて片腕で眼を覆う。

 

「……どうしてこうもうまく行かへんのや」

「それは仕方ない事ですよ、皆さんもそう仰られて」

「わかとっる!! そんな事は分かっとるんや!! でも、なのはちゃん達の笑顔を見てたら……辛くて……。あんな笑顔を浮かべるような子達やないやんか!! もっと無邪気に……いつでも楽しそうな、私達まで笑顔になってしまうような太陽みたいな子やったのに!! 今のなのはちゃん達は見てられへんよ……。 機動六課さえ出来れば全力でこの事件に当たれる。 全速力で事件を解決できる。 そう、思っとったのに……」

 

 はやては目に涙を溜めながら今の気持ちをぶつけるようにリィンに吐き出し、その姿を見たリィンは無言ではやての額に手を当てて優しく撫でていた。

 

「ゴメンな、リィン……唐突に八つ当たりしてしてしもうた」

「いいんですよ、はやてちゃんはこの部隊の中で一番頑張ってます。それは誰より私がわかっていますから」

 

 はやてはリィンを大事そうに抱きかかえると一筋の涙をこぼしながら一言ありがとうと呟いた。

 

「シエル、今のこの状況どうみる?」

 

 翔馬はデスクワークをしながら隣の人物に声を掛けると、隣で伸びをするような格好でシエルが口を開いた。

 

「そうですねぇ~、私個人の感想ではこの状況が不自然ですっごく違和感ありありです。 正直に言うなら気持ち悪いですね」

「俺はお前に感想を求めていたわけじゃないんだけどな?」

 

 シエルは翔馬の苦笑い姿に笑うと分かってますよと言い、少しだけ表所を引き締めて自分のモニターに視線を向けた。

 

「でも、この状況自体がおかしい事に変わりはありません。さっき会議室で話をしましたが、ありえないことが起こっているんです」

 

 翔馬はそんな事はわかっていると言いたげに視線を向けるが、そのまま先を促した。

 

「しかし、皆さんは意識的になのか無意識になのかは知りませんが、この状況を作れる結論に至ろうとしていません」

「っ!? おい、それはっ」

「それ以外にこの状況に説明が付きますか? ここが無実であると言うことを調べた事があるんですか?」

 

 シエルはモニターをスライドさせて翔馬に見せるとそこには管理局本部の姿が映し出されていた。

 翔馬とてこの可能性を考えていなかったわけではない。それどころかほぼ全員がその可能性を疑っているだろう。だが、それでも会議の場で否定したのはそんな事はあってはならないという理由以外にほか無い。もし、そんな場所が落されようものならこの事件はJS事件の比にはならない程の歴史的事件になるだろう。なぜなら、ジュエルシードが奪われて、たった数日で管理局の要が落されたと道義なのだから。

 

「藪蛇は突きたくないんだけどな……」

「でも、行くのでしょう?」

 

 翔馬に笑いかけるシエルはとても清々しい位に綺麗で、思わず翔馬も笑っていた。

 

「ヴィヴィオ? まだ……その、藤田君とは話辛い?」

「……」

 

 高町親子は手を繋いで帰り道を歩きながら、他愛も無い話をしていた。その会話が途切れたタイミングでなのはがヴィヴィオに問いかけると、ヴィヴィオは表情を隠して黙り込んでしまった。

 

「ヴィヴィオが話辛いって気持ちは分かるけど……」

「そうじゃないよ。 パパの事は今でも好きだし……でも、ママ達の邪魔はしちゃダメだって、そう思って」

「ヴィヴィオ……」

 

 なのははヴィヴィオの言葉を否定しようとしてから翔馬との約束を思い出す。2人を待つ未来が不確定な今、恋人同士ではいられない。その先の未来がもしも翔馬との未来じゃなかったら……。

 逆にヴィヴィオに期待を持たせて傷付けることはできない。そう思ってしまうと何も言えなくなりそうだった。

 

「でも、ヴィヴィオが甘えたいときは思いっきり甘えてもいいんだよ?私はヴィヴィオのママで、藤田君がヴィヴィオのパパだってことは絶対に変わらないんだから。ね?」

「……ホント?」

 

 不安げな瞳でなのはを見上げるヴィヴィオになのはは笑顔を浮かべて手を軽く振った。

 

「ママはヴィヴィオに嘘付かないからね」

「うん!!」

 

 ヴィヴィオはなのはの言葉に花が咲くような笑顔を浮かべるとなのはの手を引っ張って家へと駆け足に向かって行く。

 

「もぅ、ヴィヴィオったら」

 

 そんなヴィヴィオの変わり身の早さに苦笑いしながら引かれる手に付いて行く。

 細やかな笑顔のために翔馬との約束を少しだけ変えてしまったが、そのことになのはは後悔を一切していなかった。今はヴィヴィオの笑顔が見られた、そしてこれからもその関係は変わらないと伝えられた。それはある意味、翔馬を巻き込んだ自分自身のけじめだ。翔馬の事を忘れてしまった事への償いや謝罪の気持ちなんかは全くない。単純に娘を持つ母親としての愛情を精一杯表現した結果がこのけじめだった。

 

 

 

----------------------------------------------

 

 

 

 翌日、機動六課メンバーのフォワード陣全員が会議室に集まっていた。隊員達は昨日に引き続きの招集に疑問を感じながらもこの部隊の部隊長を待つ。

 それから数十分後にやっと、はやての姿が現れる。

 

「……はやて?」

「どうかしたの?」

「「……」」

 

 フェイトとなのはが声を掛けるがはやてはその声には答えず、様子のおかしいはやてに少し不安げな視線を向けるのはヴィータとシグナム。

 全員から戸惑いの視線を受けながらも会議室の端に歩み寄り、端に椅子を移動させるとそこに腰を下ろした。普段なら全員の前に立つはやてに全員が視線を向けていると、遅れて会議室に入ってきたのは翔馬とシエルだった。

 

「翔馬? これは一体……」

「悪いな、そこら辺の説明も併せてこれから行う事になる。ただし、この会議、及びこれからの作戦に八神部隊長は関与しない。あくまで俺の独断だ」

「「「「「「「っ!?」」」」」」」

 

 全員が息を飲むのを見て、翔馬は苦笑いしながら本来ならはやてが立つ場所に進み横にはシエルが控える。

 

「どういうことなのか、説明してもらおうか。藤田三佐」

「この状況に不安がってる奴らが多くて会議にもなりゃしねぇ」

 

 この中で比較的冷静だったシグナムとヴィータははやてを横目に見ながら厳しい視線を翔馬にぶつけるが、翔馬はその視線を受けながらも平然としており、はやてに一度視線を向けると、はやては首を縦に振ってそれ以降、反応を示す事は無かった。

 

「この会議で話すことは絶対に外部に漏らしてはならない、それだけは徹底してくれ。下手をすれば機動六課解散の状況にもなりうる」

「ええっと、一体どういうことですか? 八神部隊長が関与しない会議って、それに……」

「うん、ティアナの言う通り今のこの状況を説明してくれないとこっちも反応できないし」

 

 翔馬は勿体ぶるつもりは無いんだけどな、と少し言葉にしてため息を付くと真剣の瞳で全員を見つめてから口を開いた。

 

「全員、この状況がおかしいとは薄々気が付いている筈だ」

 

 翔馬の言葉でこの状況というのが悪夢の笛に関する事件の事を指している事は分かったようで素直に頷いた。その反応を見て翔馬はシエルに何か合図を送る。

 すると、そこから全員の目の前に展開されたのは3つの施設。このミッドチルダに住んでいれば誰もが知っている施設だ。

 

「管理局の本部……ですか?」

「あの、これが一体どうしたというんでしょうか?」

 

 スバルとエリオが言葉を紡ぐと同時にティアナとキャロが静かにそれに同意するかのように頷いた。

 

「簡単な話だ。 機動六課再設立から2週間が経過しているにも拘らず、未だに犯人に関する情報、悪夢の笛・ジュエルシードに関する情報、双方とも連絡が入らない。この状況は確実におかしい。なんせ、陸海空の3竦みが協力してこの事態に当たっているからだ。だが、それなのになぜこんな事が起きているのか、考えてみれば単純な話だった。 まぁ、俺もあり得ないと頭ごなしにこの可能性を排除していたからな。人の事は言えないが、そう考えれば辻褄が合うだろ?」

 

 翔馬の言葉の意味を理解した隊員達は驚きに目を見開いて翔馬を見つめその視線をはやてに向ける。しかし、はやてから反応が返ってくることは無くただ無言でそこに佇んでいた。

 

「こっからが本題だ。俺達機動六課隊員はそれぞれの管理局本部に乗り込み潜入捜査を行う」

 

 そう、翔馬が口にした途端に全員の目つきが変わった。その言葉の意味をこの数年で身を持って理解しているからこその瞳だ。この作戦が意味するのは部隊単体でのクーデターに等しい。そんなことをすれば先程翔馬が言っていたように解散だって即刻決定してしまうだろう。だが、それを押してでも翔馬は行おうとしている。

 それだけの価値がこの作戦にあるのか。それは全員が感じる疑問であった。しかし、翔馬はそれを見越していたのか、シエルに視線を一度向けるとシエルはとある映像を流し始めた。

 

「……これは?」

「見ていればわかる」

 

 翔馬に怪訝な視線を向けながらも全員がその映像に視線を向けているとある場面で全員が反応を示した。

 ある者は驚きに目を見開き、ある者は怒りを込めて睨み付け、そしてある者は寂しそうにその姿を見つめる。そう、そこにあったのは……

 

「テトラの姿が管理局地上本部で確認された。 さらに、他の管理局本部でもその一味と思われる者達が動いている。この監視カメラの情報が残っていたにも拘らず、連絡が一切入ってこない。この結果から導き出されるのは……ミッドチルダ時空管理局の機能停止」

「そんな……」

「いや、待って!! それはおかしいよ。あそこにはクロノ提督やリンディ総務統括官がいるし、つい2日前にも連絡を取り合ったばかりで、そんな素振りは見られなかった」

「「フェイトさん……」」

 

 翔馬の言葉に納得しかける面々の中から声を上げたのはフェイトだった。家族がいる職場でそんなことが起こっているのはおかしいということらしい。しかし、それは翔馬も感じていた事だった。翔馬の知り合いに本局勤めの人間がいたので連絡を数人と交わしたが記憶操作を受けているような気配は全くなかったのだ。

 

「だからこそだ。実際にはこの情報がガセである可能性もある。むしろその方が高い……と考えたい。しかし、このまま指示を待つばかりでは下手をすれば取り返しのつかない事になる、そうなる前に俺達の目で確かめなきゃいけない」

 

 翔馬の言葉に全員が黙り込んで何かを考える様に俯いた。だが、それは1人を除いて。

 

「私は協力するよ、このまま待っていても仕方がないのは明白だし。手がかりが目の前にあるんだもん。失敗したら痛くても、それで何かが前に進めるなら私は前に進むよ」

 

 なのはは席から立ち上がって翔馬に微笑みかけると翔馬もそれに合わせて優しく頷いた。すると隣から翔馬となのはの間に割り込むように体を滑らせたシエルはニコッと笑顔を浮かべながら翔馬の肩を叩く

 

「まぁ、隊長が行くっていうなら私も行かないとですね。 隊長一人じゃ、寂しいでしょうから」

「私も行くよ、クロノとリンディ母さんに話を聞きに行かないと」

 

 そう言って、声を上げ始める者が増えて行き、結局全員が参加することとなった。しかし、それではもし、別の場所で何かあった時の対処に困るということでチームを再編成し、4チームに分かれることになった。

 ウィングが翔馬とシエル、スターズはなのはとスバル、ライトニングはフェイトとエリオ。そして、シグナム、ヴィータ、ティアナ、キャロ、ノーヴェと言った編成となる。

 ミーティングは午後から。そして決行は……明日の明朝となった。

 

 

 そして、止まっていた時計の針はやっとここから動き出す。

 

 

 



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第14話 嵐の前兆

更新遅くなってすみません!!

全然、アイディアが浮かばずに放置してしまっておりました……。
最近になってやはり小説を絶えず投稿できる方々を本気で尊敬します。

私の投稿スピードはかなり遅くなっていますが、なるべく続きを早く書けるように努力していきますので、今後ともよろしくお願いします。

さてさて、今回は各本部に乗り込んだ翔馬達のお話です。
これから、翔馬達、機動六課はどうなっていくのか。
ご期待ください。

それではお待たせしました、第14話スタートです!!




 

「翔馬さん……」

「分かっている。だが、今は情報を聞き出す方が優先だ」

 

 シエルの不安げな視線を受けながら足を進める翔馬はそれ以上何も言わず、目的地へと向かっている。

 翔馬とシエルは3つある本部の内、時空管理局空中本部へと出向いて上層部との打合せをする予定となっていた。翔馬たちの予測ではこの打合せの場すら設けられないと踏んでいたのだが、その予想はことごとく打ち砕かれ、約束を取付けるのも、ここに入る事も全てが順調に進んでいた。そのことに違和感を持たずにはいられなかったが、中に入って歩いていると更にその違和感が強まってくる。

本部の中はまるで人が存在しないかのようにあまりに静か過ぎた。

 今頃、他の本部で打合せを行おうとしているなのはや、フェイトも同様のことを感じているのだろうかと、少し考えながら歩いていると打合せを行う予定の会議室にたどり着いていた。

 

「シエル、念のために準備はしておけよ?」

「はい、翔馬さんも十分にお気をつけて」

 

 このまま何もなしに終わると思えなかった2人はそれぞれに準備を整えて中にいるはずの人物に向かって声を掛けた。

 

「機動六課所属、藤田翔馬三等空佐、並びにシエル・アウローラ二等空尉、到着しました」

「お、やっと来たか。入れ」

 

 翔馬は聞き覚えのある声、そして雰囲気に少し安堵しながら部屋の中へと足を踏み入れる。すると、そこにはたった1人で椅子に座ってこちらを嬉しそうに見つめる男性の姿があった。

 

「お久しぶりです、レスト・ハーメンス二佐」

「おう、あれからずいぶんと活躍してるみたいじゃねぇか。シエル嬢ちゃんもな」

「ご無沙汰しております」

 

 翔馬に続いてシエルも畏まって一礼すると、レストは席に座るよう促した。翔馬達はそれに従ってテーブルを挟んで対面の椅子に腰掛けてざっと周囲とレストの様子を見たところ、何か異変があったようには全く見えず、この部屋に何かが仕掛けられているようにも見えない。

 この状況のせいで更に、状況に謎は深まるばかりだった。

 

「まぁ、旧交を暖め合うのもいいが、こっちに来たのはそれが目的じゃねぇんだろ?さっさと本題に入ろうや。そういうのは後でいくらでも出来る」

 

 こちらの視線の動きを見られていたのか、先ほどまでの目とは打って変わり、真剣な目で翔馬達を射抜くように見つめると、翔馬達はそのスイッチの切換えの早さに舌を巻いた。流石は自分たちの元上司であり、ここ、空中本部で上層部に食い込んで仕事をこなす人物なだけはある。そんなことを考えながらも、翔馬達も真剣な表情に切替えて話し出す。

 

「本日こちらに伺ったのは現在、本局を巻き込んで捜索しているロストロギアの状況についてです。あの事件から2週間がたったにも拘らず、情報が何も出てこない。このことについて説明を求めにきました」

「まぁ、その事だろうな……」

 

翔馬の言葉に手を組んでその上にあごを乗っけると、少しばかり目を閉じて黙り込んでしまった。何時まで経っても口を開かないレストにシエルが耐えられなかったのか、怪訝そうな表情を浮かべながら声を掛ける。

 

「何故黙り込むのですか? レスト二佐、このことについて何か知っているのではないですか?」

「……」

「レスト二佐!!」

「やめろシエル、ここは公共の場だぞ」

 

 翔馬の言葉にシエルはしぶしぶレストに留めよりかけた腰を下ろして黙ってレストの様子を伺う。しかし、その視線は先程までの物とは違い、事件に関わって何か動いているのではないかと言う疑惑の視線だ。

 それから10分強の時間が経ち、翔馬はこれ以上ここにいても何も情報を得ることはできないと考え、その場から立ち上がって背を向けたとき、レストがゆっくりと口を開いた。

 

「もうそろそろ、13時か。 地球にゃ、美味しい物があるんだと。……そういや、この情報は海の方から流れてきたんだっけな。 あいつらが大層欲しがっていてな。それが何なのかは分からないが全員で休暇を取り、次元渡航して旅行にしゃれ込もうって話もあるらしい。 だが、俺もその何かが気になってな? 悪いんだが、責任を持つからそいつらの欲しい物を地球から持ってきてくれないか?」

「「え?」」

 

 翔馬達は唐突に呟かれた言葉の意味が分からずレストに視線を向けるが、当の本人はもう用は無いと言わんばかりに立ち上がって背を向けている。翔馬とシエルはお互いに顔を見合わせると、その背中に静かに頷いた。

 

「わかりました。 もし機会があれば手土産を持参させて頂きます……」

 

 そして、翔馬達はその場で一礼すると入ってきた扉から出て行き、それを背中で見送ったレストは歯を食いしばりながら呟いた。

 

「俺ができるのはここまでだ、翔馬。 くっ……。昔からそうだ。どうして翔馬がこんな目に会わなきゃいけねぇ……どうしてアイツばっかりが……!!」

 

 そこには純粋に翔馬の事を想って悔やむ、心優しい上司の姿があった。

 

 

 

----------------------------------------------

 

 

 

 会議室を後にした翔馬は早足で本部から出て行こうと出口に向かい、その後ろをシエルが必死に付いていく。

 

「翔馬さん、速過ぎです!! そこまで急がなくても」

「今急がないで、何時急ぐんだ!!」

 

 翔馬の表情は何故か焦った雰囲気でシエルもそれ以上言わずに翔馬の後をついていく。そして、本局から出て直ぐに自分の愛車に乗り込むと迷わずサイレンを鳴らして、助手席に座ったシエルのシートベルトを確認もせずにアクセルを踏み込んだ。

 

「ちょっ!! 翔馬さん!! いい加減、説明を」

「……俺にもまだ分かっていない事があるが、レスト二佐の言葉は俺達に何かを伝えようとしての言葉だった」

「それは、私もそう思いましたけど……いきなりお土産の話をされても何の事だか」

 

 翔馬は、レストが何かを伝えようとしていたが、直接的に言えない理由があってあの言葉を伝えたのだと考えた。それならばあの言葉の中に何か大事な事が含まれている筈だと先ほどから頭をフル回転させているが、その答えにたどり着けない。

 そのため、今は六課にこの情報を持ち帰り、全員の情報と照らし合わせることが最優先事項であると信じて今は機動六課隊舎に向かっている。

 

「でも、どういうことなんでしょう……13時にはまだ4時間もありますし、地球のお土産なんて言われても、直ぐに行ける訳でもないですしね……というより、私達の部署で地球なんて行っている余裕も無いんですけど」

「……13時……地球……美味い物……海……情報……次元渡航……」

 

 翔馬は単語毎に羅列してその意味を1ずつ考えていく。すると、いつの間にかその様子に合わせてシエルが翔馬の気付かない場所を補足していく形になっており、ぼんやりと先が見えてくる。

 

「13時は単純に何かの時間だな、美味しい物が地球にある、とは……」

「単純に、美味しい物って事ではなさそうなんですよね……誰かが得できる物とかはどうです?」

「その情報は海。つまり、海上本部から出てきたってことか? 次元渡航はそのまんまだな」

「それでは簡単に纏めると、地球に誰かが得できそうな物があって、情報は海上本部から上がってきた。それを手に入れるために海上本部は13時に全員で地球へと次元渡航をしますよ。ってことでしょうか?」

「「……」」

 

 翔馬とシエルは顔を見合わせると、何かに気がついたようで、翔馬はすぐさまハンドルを切って車体をドリフトさせると、反対方向に向かってアクセルを全力で踏み込んだ。

 

「シエル!! 今すぐ、フェイトに連絡を入れろ!! 何かやばい事が起きてるかもしれない!!」

「今、応答要請をかけていますが、反応無しです!!」

「ちっ!! なのはと待機部隊は!!」

「同時に連絡中……繋がりました!!」

 

 翔馬の言葉を先回りして、色んな場所へと連絡を入れた中から待機部隊と連絡が繋がり翔馬に代わる。

 

「翔馬か、どうした?」

「シグナム!! 今は詳しく説明してる暇が無い、直ぐに海上本部への転送ゲートを開くように要請してくれ!! 緊急対応でだ!! シグナム達はそのまま待機、こっちで何かあればシグナムの判断で動いてくれ」

「分かった、今は言うとおりにしよう、ヴィータ!!」

「わ~ってる!!」

 

 翔馬の言葉に何かを感じたシグナムは直ぐに指示を飛ばして、遠くでヴィータが動き出した事を確認すると、そのまま回線を閉じてなのは達のいる地上本部と翔馬達がいる海上支部へと向かう。そして、次に反応があったのはなのは達だった。

 

「藤田君!! 今状況を聞いたけど」

「こっちもある程度把握してる!! 直ぐに本局の転送ポートまで向かってくれ!! これから海上本部へ向かう」

「うん、了解!! こっちは近いから20分くらいで着くよ、社員用の転送ゲートで待ってるから」

「ああ、こっちも飛ばしてるから30分弱で着くはずだ!!」

 

 翔馬はそう言って回線を閉じると更にギアを上げて速度を出す。転送ポートに翔馬たちが到着するのは、次元渡航が始まってしまう3時間前。まだ間に合うはずだと信じて翔馬達は先を急いだ。

 

 

 

----------------------------------------------

 

 

 

 地上でそのような事態になっているとは知らず、フェイト達が来ているのは海上本部。

 そこでは久々に会った兄に現在の状況について、話し合いの場を設けて貰い、フェイトとクロノ、エリオの3人で会議をしているところだった。

 

「それじゃ、ここでは次元渡航の監視をしていて、今のところ犯人達の動きはないって事でいいのかな?」

「ああ、少なくとも奴らがこの管理世界から出たという記録は無いな、まだ地上に潜伏している可能性が高いだろう」

 

 フェイトは普段と何も変わらない兄と会話や、この会議が出来て安堵したのか少し胸を撫で下ろした。少なくともクロノ提督が洗脳されている可能性は極めて低いと考えて、本当に聞きたかったことについて口にする。

 

 「クロノ、あんまり疑いたくはないんだけど……実は管理局本部の3箇所で犯人達の関係者と思われる人物が監視カメラに映っているのを見つけたんだけど」

「何だと!?」

 

フェイトが話している途中でクロノは驚きで声を上げ、何かを考えるようにして表情を険しくすると、クロノは唐突に立ち上がってどこかに連絡を入れた。

 

「急に済まない。 今、信用の出来る監視官に本局の監視カメラを全て洗い出させている。 結果が出るまでここにいてくれるか? もしかしたら……ここが戦場になるかもしれない。僕は辺りを少し見てくるよ、不審な者がいたら直ぐに呼びつける」

 

クロノの言葉にフェイトとエリオは真剣な顔で頷くと、部屋を出て行くクロノを見送った。そして、2人はいつの間にか肩に力が入っていたのか、少し脱力するとお互いに顔を見合わせて微笑んだ。

 

「いつの間にか緊張してたみたいだね」

「仕方ありませんよ、フェイトさんのご家族の方ですし。 万が一の事もあったんですから」

 

 フェイトはその言葉にありがとうと言って頭を撫でると、エリオは顔を少し赤くしてなすがままにされるが、複雑の表情を浮かべていた。

 

「フェイトさん、こういうのはそろそろ……その、恥ずかしいと言いますか」

 

エリオがそう口にした瞬間にフェイトは固まってしまい、絶望したような目でエリオを見つめる。そのフェイトの視線に慌てたエリオは少しおどおどしてしまい

 

「いや、フェイトさんに頭を撫でられるのは嫌じゃなくて……むしろ嬉しいんですけど、その、やっぱり僕も男なので……」

「……やっぱり、エリオは……もう…………」

 

 と、フォローのつもりが更にフェイトを落ち込ませてしまったようで、エリオはフェイトを励ますのに尽力する事になってしまった。

 そんな出来事もありながら、2人でゆったりした時間を過ごしていたのだが、あまりにクロノが戻ってくるのが遅いことに気がついた2人は少しだけ緊張が走り始める。

 

「フェイトさん、少し遅くないですか?」

「うん、私もそう思い始めてた。 何かあったのかな?」

 

 想像しても、いい事は全く浮かばない。そんな状況で2人は頷き合うとその会議室から外に出ようとして立ち上がった。その瞬間。

 

「なっ!? エリオ!!」

「フェイトさん!!」

 

 椅子から立ち上がった瞬間に嫌な感じがしたと思った瞬間には、体が完全にバインドで固定されていた。

 

「これはっ!!」

「ストラーダ!! セット……」

「させませんよ~ってね!!」

「「ぐっ!!」」

 

 エリオは異変に気がついた瞬間に逸早くデバイスを起動させようとしていたが、何者かの襲撃によってそれは阻止されてしまう。

 身動きの取れない2人は突然の衝撃に地面を転がり、衝撃を受けた方向を見上げると、そこにはここで一番見たくなかった人物の姿があった。

 

「初めまして、機動六課所属の管理局魔導師さん。 確か高町一尉を追い込み、PS事件の元凶であるプレシア・テスタロッサの娘のクローンであるフェイト・T・ハラオウン執務官とプロジェクトFの残滓であるエリオ・モンディアル二等陸士ではないですか。 これはまたずいぶんと粋な事をしてくれますね。 お二人に会えて私はとても嬉しいですよ」

「テトラ・エドウィン……」

 

 そこにいたのは、大層嬉しそうに顔を歪めたテトラだった。

 

 

 

----------------------------------------------

 

 

 

「シエル!! フェイト達とはまだ連絡がつかないのか!?」

「さっきから何度も応答要請をかけていますが、……全く反応がありません」

 

 翔馬は車を運転しながらシエルに尋ねるがその反応はいいものではなく、悔しげにハンドルをきつく握り締めながら、もう目前まで迫っている転送ポートに向かって更に加速し、緊急時用の出入口に車体を滑り込ませて駐車場に乱暴に止めると、車から飛び出してなのはたちとの待ち合わせ場所に向かう。

 

「藤田君!!」

「スバルもいるな? 直ぐに海上本部へ向かうぞ!!」

「「「了解!!」」」

 

 翔馬の言葉に3人は頷き、海上本部へと向かうために転送ポートに入り込む。すると、直ぐに転送が開始されて目を開ければそこは海上本部のエントランスだった。

 

「静かだね……」

「地上の方とは比べ物にならないくらいにな」

 

 なのはの言葉に静かに頷いた翔馬は一歩を踏み出して、辺りを警戒しながら進んでいく。しかし、何時まで経っても人に合う事はなく、翔馬達は更に不信感を高めながら会議室が集中しているフロアに足を踏み入れた。

 

「フェイトさん達は会議室で打合せと言っていましたよね?」

「このフロアにはいらっしゃるはずですが……」

 

 スバルの言葉に頷いたシエルが呟いた途端、静かだった廊下に耳を塞ぎたくなるような轟音と共に奥の方で扉が吹き飛んだ。

 

「「っ!?」」

「きゃ!!?」

「わっ!?」

 

 4人が突然の爆音に驚きながら視線を凝らすと、そこには地面を転がって廊下に出てきたバリアジャケット姿の2人がいた。

 

「はっ!!」

「フェイトさん!! ストラーダ!!」

 

 フェイトがサイズフォームのバルディッシュで目の前を薙ぎ払うと、その瞬間を狙ってエリオが奥の何かに向かってストラーダを突き出す。

 何が起こっているのか全く理解できない4人だったが、直ぐに警戒態勢に入るとバリアジャケットを身に纏って2人の元へと急いだ。

 

「フェイトちゃん!!」

「っ!? なのは!? くっ!!」

 

 ここにいるはずの無い親友の声に驚きの声を上げて視線を動かそうとした瞬間、唐突にやってきた衝撃を受け流すと、エリオと共にその場から下がって翔馬達との合流を果たす。

 

「どうしてなのは達がここに?」

「各本部で同じような情報が流れてきたからな」

「ここが怪しいと思って連絡してたのに、フェイトちゃんからの応答が無かったから」

 

 フェイトはなるほどと呟いて納得したのか、笑みを浮かべると視線を扉が壊れた部屋に向ける。

 

「ゴメン、少し厄介な事になっちゃったかも……」

「みたい、ですね」

 

 フェイトの言葉にシエルが答えると、タイミング良く部屋の中からテトラが現れた。

 

「おや? おやおや? これは、これは機動六課の皆さんお揃いで。 嬉しいですね、こんなにお見送りをして頂ける方がいらっしゃるなんて」

「悪いが見送りに来たわけじゃない、お前の目的は一体なんだ?」

「答えて!!」

 

 翔馬達は全員が自分の得物を構えて、テトラにきつい視線を向けるが当の本人は気にした様子は全く無く、ただ不気味な笑みを浮かべるだけだった。

 

「エリオ、スバルの2人はなのはと一緒に戦艦の出撃ハッチに向かってくれ。 何か嫌な勘がする」

「藤田君!?」

 

 翔馬の言葉に驚いた表情を浮かべるなのはだったが、直ぐにシエルとフェイトが頷いた。

 

「なのは、悪いけどここは翔馬の指示に従って」

「一度、彼の魔法に囚われたあなたにまた何かあっては困るのです」

「フェイトちゃん、シエルちゃん……わかった、気をつけてね」

「「「了解」」」

 

3人の言葉を受け止めたなのはは、そのまま2人を連れてその場から背を向けて去っていく。その姿をただ見送ったテトラに不審な目を3人が向けると、大げさに手を振った

 

「そんなに警戒しなくてもいいじゃないですか、別に今日は何もしませんって」

「ふざけるな!! ここでこうして管理局に入り込んでいる時点で何もしないはずが無いだろ」

 

 翔馬の怒りの言葉に、納得したような表情で頷くと口元をゆがめた。

 

「すみません、言葉が足りなかったですね。 ええ、何もしませんよ、あなた方には……ね?」

「ちっ!!」

「翔馬、落ち着いて。 相手の目的が分からない以上、突っ込むのは……」

「いえ、ある程度分かってはいるんです、あなた方の目的は戦艦を奪って第93管理外世界地球へと次元跳躍する事。 違いますか?」

 

 シエルの言葉に感心するような表情をしたと思ったら再度、口元を歪めて笑うテトラ。

 

「情報は漏れない様に気を遣っていたつもりなんですが……何処からその情報を手に入れたのでしょう?」

「信頼できる筋から、とだけ」

「そうですか、しかし、そこまで分かっているなら話は早いですね。僕達はこれから地球へと向かいます。申し訳ありませんがそろそろ時間ですので……今度は地球でお会いしましょう」

 

 そう言ってテトラは地面に向かって斧を叩き付けた。

 

「行かせるか!! フェイト、シエル!!」

「わかってる」

「任せて下さい!!」

 

 翔馬の声に頷いた2人は翔馬と共にテトラへと斬りかかるが、既に下の階に下りていったテトラに攻撃を入れる事は叶わなかった。

 その事に気がついた翔馬は悔しげな表情を浮かべながら直ぐにその穴の中に飛び込んで2人もそれに続いた。

 

「翔馬さん達、大丈夫でしょうか」

「気にしても仕方ないよ、今は私達の出来る事をするだけ」

「ですね」

 

 そう言って、なのはは飛行しながらエリオを抱きかかえ、スバルは相棒であるマッハキャリバーで地面を滑走していた。

 そして、やっとたどり着いた場所には既に発艦準備が整っている戦艦の姿があり、思わず息を飲む。

 

「どうやってこれを止めるかですね」

「中に入り込めるなら内部から制御室を押えよう、もし無理そうなら……少し乱暴だけど魔力動力炉を壊す」

「……了解です」

 

 作戦を立て終えた3人は直ぐに動き出して内部への侵入を試みるが、ハッチが何処も開かずに苦戦し始める。

 

「時間はフェイトちゃん達が稼いでくれてるとは思うけど……これじゃ、やっぱり破壊しかないかな」

「そうですね……、僕達が躊躇った所為で戦艦が出てしまっては元も子も無いですし」

「そうと決まれば……行くよ相棒!!」

 

 スバルはなのは達の呟きに表情を引き締めると魔力を解放していく。そして、極限まで高まった魔力をリボルバーナックルへと凝縮し、マッハキャリバーは高まった魔力が溢れだし綺麗な青の羽を形成した。

 

「モードエクセリオン!! はぁぁぁ!! 一撃必倒!!! ディバイン……」

 

 スバルが目の前に圧縮された魔力の弾に拳を叩きつけようとした瞬間。

 

「はい、そこまで~」

 

 意識を失っているのか体から完全に力の抜けているクロノを盾にしてスバルの砲撃射線上に現れたのは、この騒動を巻き起こした本人である、テトラだった。

 

 

 



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第15話 翔馬の失態

なんと、今回は連日投稿です。
時間を空けてしまったので、気合を入れましたw
って、なんかデジャブを感じる……
今回はそれほど時間を空けないように努力します。

さてさて、今回は……もしかしたら皆さんの期待を裏切る結果かも?
今回はいつも以上に緊張しながらの投稿です……w
楽しんで読んでもらえたら嬉しいです。

それでは、第15話スタートです!!



 

「なっ!?」

 

 スバルが拳を目の前の魔力の弾にぶつける直前にその拳を止めると、スバルが纏っていた魔力はその場で拡散してしまう。

 その様子を面白そうに顔を歪めて見下ろすのはテトラであった。

 そして、それから少し遅れてテトラが下りてきた穴から飛び降りてきたのは翔馬達3人だ。

 

「くっそ、間に合わなかったか」

「それよりも翔馬さん!!」

「クロノ!!」

 

 翔馬達はテトラから少し離れた場所に降り立つと、苦い表情を浮かべ、フェイトはテトラの腕の中にいた人物の姿を見て焦るように声を上げる。

 

「この人を落とすのにどれだけ時間のかかった事か……やっぱり時空管理局のトップ集団は侮れないな~」

「テトラ……よくもっ!!」

 

 テトラの飄々とした態度と言葉にフェイトは怒りに駆られてその場から飛び立とうとする。しかし、それにストップをかけたのは片腕でフェイトを制した翔馬だった。

 

「フェイト落ち着け!!」

「翔馬?……止めないで!! クロノが……クロノがあそこにっ!!」

「わかってる、だが、今俺達が単独で動いていたら助けられるものも助けられないぞ。今は時を待て、絶対にクロノは俺達で助け出すんだ」

 

 翔馬の落ち着きながらも怒りで胸を焦がす姿に、フェイトはやっと落ち着きを取り戻したのか、湧き上がる怒りを自制してその言葉に頷き、その場に留まった。

 そして、後ろから近付いてきたのは先行してこちらに来ていたなのは達3人だった。

 

「藤田君、ごめんなさい、止められなかった」

「気にするな、俺達もテトラを足止めできなかった。今は目の前の状況をどうするかだ」

 

 翔馬の言葉に5人全員が頷くとテトラに視線を戻す。

 

 「さてさて、方針は決まったかい? と言っても、僕をこのまま見逃す以外に選択肢はないと思うけどね?どうだい?折角情報を掻き集めてここまで来たのに見逃すしかない心境は。さぞ悔しいだろうね~、さぞ苛立つだろうね~。ねぇ、そこのところどうなんだい?」

 

 翔馬達はテトラの挑発的な言葉に歯を食いしばって睨み付けるが、必死に自分の感情に蓋をした。テトラは人質を確保して余裕なのだろう。後は時間を稼いで出発するだけ。そう考えると、翔馬達は圧倒的不利な状況にいる。しかし、翔馬はこの状況でも無理矢理口元に獰猛な笑みを浮かべて見せた。

 

「随分と余裕だな?俺達6人相手に人質1人で逃げられるとでも思ってるのか?こんな状況、武装隊の任務に比べればどうってことない状況だけどな?お前こそ内心焦ってんじゃないのか?」

「ん~?余裕が無いのはどっちでしょうね?まぁ、誰が見ても一目同然だろうけど……あ、そんなこともわからないくらいに焦ってるんですか?それじゃ、仕方ないかもしれないですね~」

 

 翔馬は少しでも隙を見つけようと会話に乗って、視線を動かさずに周囲の状況を探る。しかし、今の状況が不利なのは変わらない。人質が相手の手に渡っている以上、下手に動けば確実に追い込まれるのは明白だからだ。後は時間の問題、レストの言葉を信じるなら後残り一時間とちょっとはあるが、これ以上もたついていては緊急発進されて時空空間へ逃げられてしまえば、追う手立てが今は無い。

 そうなれば、地球へテトラを逃がすことになってしまう。そうなる前になんとかテトラの身柄を確保したいところだが。

 

(フェイト、硬直状態は愚策だ。隙を作ってから俺と最速で挟撃を仕掛ける。行けるか?)

(うん、了解)

(スバルとエリオは魔力をチャージして突撃するように見せかけてくれ、攻撃の合図は俺がする)

((はい!!))

(なのははスバル達に気を取られた瞬間にシューター展開、シエルは俺と来い、奴の動きを一瞬でいい、止めてくれ)

(了解だよ)

(わかりました)

 

 翔馬は念話で作戦内容を伝えて、目を細め、機を見極める。

 そして、翔馬達の動きが無い事を確認したテトラが翔馬達を鼻で笑って一瞬後ろの戦艦に視線を投げた瞬間。

 

「スバル、エリオ!!」

「マッハキャリバー!!」

「ストラーダ!!」

 

 翔馬の言葉にスバルとエリオが即座にカートリッジを叩き込んで魔力を圧縮させる。その様子を横目で見たテトラはため息を付きながら手に隠し持っていたのか大型のナイフをクロノの首に突き付けようとして、そのナイフを後ろへ振り払った。

 

「クロノは返してもらいます!!」

「小賢しい真似をっ!!」

 

 フェイトがバルディッシュをナイフに叩きつけてその腕ごと跳ね上げると、テトラは表情を険しくして、その跳ねられた手で自分の得物である斧を手にした。しかし、そこから反撃をさせまいと翔馬が割り込む。

 

「そう何度も思い通りにさせて堪るかよ!!」

「本当に面倒な人達だ……とう言うとでも?」

 

 翔馬の言葉に表情を一転させて笑みに変えたテトラは、クロノを腕で抱え込むとその手にはあの悪魔の笛が握られていた。

 しかし、同じ手を何度も食らう翔馬ではなかった。

 

「シエル!!」

「IS発動!! エキスポイテーション!!」

「なにっ!?」

 

 翔馬の後ろから伸びた手がテトラを捉えると、急激にテトラの身体は重くなり思わず体勢を崩して浮遊魔法が解ける。

 その隙にフェイトは最速でクロノをその手から奪い返した。テトラは唇を噛みしめながら伸びた手を振り払って体制を整えると、気だるい感じがまだ体に残りその手の持ち主を見据える。

 

「シエル・アウローラ」

「貴方の魔力、頂きました。翔馬さん!!」

「なのは!! スバル!! エリオ!!」

「くそっ!! 貴方達は何処まで邪魔をすればっ!!」

 

 そこには、片手を翔馬と繋いだシエルの姿と、シエルのIS効果によってテトラから奪い取った魔力を譲渡され、いつもに増して光り輝く翔馬の4つの魔法陣、そして後ろにはレイジングハートを構えるなのはと下にはスバルとエリオが突撃準備を整えていた。

 完璧な包囲網が完成し、人質もいなくなった今、テトラに遠慮することなどない。故に翔馬は声を張り上げる。

 

「総員、撃ち抜けぇぇ!!! クアッド・エアリアルブラスター!!」

「エクセリオン・バスター!!」

「ディバイン・バスター!!」

「紫電・一閃!!」

 

 翔馬の声に触発されて全員の魔力が吹き荒れると、ほぼ全力で叩きつけた4つの砲撃はテトラに着弾した瞬間に衝突し合い、全てを吹き飛ばさんと暴風が巻き起こる。その勢いは戦艦を揺らすほど。手応えから確実に着弾したことは分かっている4人だが、それでも油断せずに魔力衝突による爆煙の中を見守る6人。

 すると、数秒にも満たない内に爆煙の中から力なく落下していく人物を見て、翔馬は即座にその場所へ急行する。地面に横たわっていたのは当然ながらテトラであり、殺傷モードではないため外傷は殆ど無いが、意識は完全に失っているようだった。翔馬は警戒を最大限まで高めつつその場に降り立ち、ゆっくり傍まで近づくと、しゃがみ込んでテトラの意識の有無を確認し、緊張の糸を解いた。

 

「テトラ・エドウィン。ロストロギア強奪罪、国家反逆罪、並びにその他罪状により逮捕する」

 

 翔馬は懐から取り出した手錠でテトラの身柄を拘束すると、深く息を吐きだした。そして、その様子を見ていた周囲のメンバーも少しだけ安心したように表情を緩めて翔馬に微笑みかける。

 

「これで何とか一件落着かな?」

「だな。後は刑務所へ放り込んで事情聴取だ。そっちは専門にやらせればいいだろう」

「……終わったんだよね?」

 

 安心した表情のフェイトと翔馬の後ろで、そう呟いたのはなのはだった。まだ実感があまりないのか、緊張の糸は多少緩めているものの、まだ完全に割り切れてはいないようだ。

 

「多分、終わったのだとは思いますが。なんだかあっさり終わってしまって拍子抜け、というと不謹慎ですね……」

「ええ!? 十分大変な目に遭ったと思うんですが」

「スバルさんに同意です。 主犯であるテトラを捕らえた以上、何か起こるとは思えないのですが」

 

 シエルの言葉にスバルとエリオがげんなりとした表情で答える。それに隊長陣が苦笑していると、フェイトの腕に抱かれていたクロノが身動ぎをしてフェイトはハッとした表情で視線を落とす。

 

「クロノ!? クロノ、大丈夫!?」

「フェイ……トか?」

 

 まだ意識が混濁しているのか、視界いっぱいに映ったであろうフェイトの姿を見たクロノは少し気怠そうに呟きを零した。その瞬間に、意識が覚醒したのか、フェイトの頭に激突しそうな勢いで慌てて体を起こして、周囲を見回す。

 

「そうだ奴は!! あいつが、あいつが戦艦を、っ!!」

「ク、クロノ? 落ち着いて、まだ安静にしてないと」

「していられるか!! 今はっ、あいつを……」

 

 取り乱すようなクロノの姿にフェイト以外の面々は呆然としてしまう。普段から冷静沈着な彼が見せる姿は、普段のそれとはかけ離れている。しかし、全員が決着のついたことであると認識しているので、取り敢えず落ち着くようにクロノを宥めた。

 

「クロノ君、大丈夫?」

「ああ、すまない。格好悪いところを見せてしまったな」

「いえ、それは大丈夫です、多分洗脳される前の出来事を思い出されたのでしょう、ならば慌ててしまうのも無理はありません」

 

 落ち着いたクロノを気遣うなのはと、慰めるように言葉を紡ぐシエル。フェイトは先程から兄の背中を支えながら落ち着くように諭していた。

 そして、やっとクロノが本調子になり始めた所で翔馬が今回の主犯をクロノの前に差し出した。

 

「クロノ、多分こいつが主犯だと思う。悪夢の笛の封印処理は俺達の方でやって置いた。この状況でもまだ無様な姿を晒すか?」

「なんだと?」

 

 翔馬がクロノの緊張を解いてやるついでに面白いものを見れた礼として軽く弄ってやろうと言葉を発したつもりが、何故かクロノは表情を強張らせて警戒レベルを最大限まで引き上げるのを感じた。

 翔馬は少しだけ怪訝そうな表情でクロノに視線を合わせる。

 

「おいおい、そんな顔すんなって、少しからかっただけだろう?」

「そんなことはどうでもいいんだ……。翔馬、他に(・・)捕えた人間は?」

 

 クロノの表情、そしてその言葉で、ここにいる全員が凍り付いた様に表情を固める。そしてその瞬間を狙っていましたと言わんばかりのタイミングで銃声が鳴り響き、次いで何かが壊れる音が耳に届く。

 

「なっ!? 悪夢の笛が!!」

「そこかぁぁぁ!!」

 

 エリオの持っていた悪夢の笛が何者かの攻撃で吹き飛ばされ、粉々になった瞬間、スバルはその方角に顔を向けて視界の中に何かを捉えると、直ぐに拳を突き出し、リボルバーシュートを放つ。しかし、それが何かに当たったような感覚は無く、スバルは表情を引き締めると周囲の警戒をし始め、一連の出来事が起きている間に隊長陣も周囲の警戒を行いながら視線を忙しなく動かして攻撃の犯人を見つけ出そうとしていた。

 

「やっと、やっとここまで来ることが出来ましたよ!!」

「誰だ!!」

 

 何者かの声が響き渡り、即座に翔馬が反応するが人の気配がない上に声も反響していて出所が分からない。そのため周囲に警戒を張り巡らせていつでも動けるように全員が得物に手をかける。

 

「これはこれは、初めまして。藤田翔馬三等空佐。 私はゼルリヒト・フォーレンと申します。この度はこのような場所までご足労頂きありがとうございます。そして、高町なのはさんも、ね」

「……馬鹿正直に名を名乗る奴がいるなんてな、テトラの一味か?」

 

 翔馬は姿の見えない声、そしてねっとりとした声色に嫌悪感を隠そうともせずにそう尋ねた。

 

「テトラの一味……はて、何のことでしょうなぁ? 私はただ私の目的を果たすために彼にお願いをしたんですよ。このミッドチルダでも有名な地球育ちのあらゆる困難さえ打ち勝って見せた高町なのはさんを手に入れ、私を地球まで運びなさい、とね」

「「「「っ!?」」」」

「お前が黒幕ってことかよ……!! なぜこんなことをする!! 何の意味があってなのはを手に入れようとした!!」

 

 情報を次々と明かすゼルリヒトに斗真はその声を聞くのも堪えられない苦痛だったが、情報を引き出すためと、会話を続けるが、その言葉でなのはは怯える様に体を震わせ、その他の面々は怒りで体を震わせた。

 

「ああ、そこまで私に興味を持って頂けるなんて恐悦至極でございますが……申し訳ありません。そろそろいいお時間ですので私はお暇させて頂きたく」

「何? ……まさかっ!?」

 

 翔馬は何かに気が付いたかのように視線を戦艦に向けると、そこにはいつの間にやら出発準備が整っている戦艦の姿があり、舌打ちしながら戦艦に取り付こうと足を踏ん張った瞬間。

 

「全員、ハッチの奥へ避難しろぉぉぉ!!!」

「「「え?」」」

 

 自分が起こそうとした行動と全く逆の指示を飛ばした。そして、未だに硬直しているなのはを腕に抱きかかえると、戦艦の出撃ハッチの通行者用出入り口へと駆けだした。他の面々もクロノはフェイトにエリオはシエルに抱きかかえられながらも全員が翔馬の先を走っている。そして、翔馬達が走り出した直後に轟音と共に戦艦の出発ゲートが今にも開こうとロックを外しにかかっている。

 

「ちょっと、マズくないですかね? このままあれが開いたらいきなりここ真空ですよ?」

「だから逃げろって言ってんだ!! 口を動かしてる暇があったら走れ!!」

「わかってますよぉぉ!!」

 

 シエルの泣き言に翔馬は突っ込みを入れながら足を止めずに前へ前へと進む。そして腕の中にいるなのははやっと我を取り戻したのか、翔馬の顔を見て少し申し訳なさげな表情をしていた。翔馬は気にするなと一瞥しただけで今は全力で走ることに集中する。

 

「翔馬、急いで!!」

「翔馬さん!!」

 

 通用口の向こうは翔馬達以外の全員がすでに退避したのか、フェイトとシエルが翔馬を読んでいる。切迫した表情から、ゲートの解放まで時間がないのだろう。翔馬は舌打ちすると、大声を上げた。

 

「そこから離れろ!!」

「「へ?」」

「ふ、藤田君!?」

 

 残り、数十メートルの距離を斗真は思いっきり地面を蹴り飛ばして自身を魔力強化する。言わずもがな翔馬のエアリアルブリッツである。急激な速度変化になのははギュッと翔馬の身体にしがみ、翔馬は通用口を目指す。そして、ゲートが開いてこの戦艦の出撃ハッチ内が真空に引かれる直前に翔馬がなのはを抱えながら通用口へと飛び込んだ。

 

「閉めろ!!」

「「はい!!」」

 

 翔馬が扉を抜けると同時に声を張り上げ、スバルとエリオが通用口の扉を閉めた。そして、全員が何と宇宙空間に投げ出される前に間に合ったことに一息ついた面々だが、直後放送で流れ出した不快極まりない声に表情をしかめる。

 

「皆さん、しっかり生き残れたようで何よりですね~。それでは私共は先に地球へと向かいますので、準備が出来次第ちゃんと追って来て下さいね?あ、そうそう。もちろん高町なのはさん、いえ、私のお姫様もちゃんと連れて来て下さい。絶対ですよ?それでは、失礼します」

 

 ゼルリヒトの言葉の後に、壁一枚越しに響き渡る戦艦の出発するエンジン音を聞いて、翔馬はきつく歯を食いしばりながら拳を壁に叩き付けた。

 

「くっそ!!」

「藤田君……」

 

 翔馬は戦艦を止められなかっただけでなく裏で動いていた存在すら気付けなかった自分に苛立ちを隠せず、打ち付けた拳に更に力を込めた。

翔馬なら気付けたはずなのだ。初めてテトラに会ったときの違和感、そして、あのロストロギアの出所が不明だったこと、管理局に潜り込んでそれを掌握するその手腕。どれを取ってもテトラ1人で行動しているとは考えづらいと言うヒントが目の前に並んでいるのにも拘らず、テトラの逮捕に固執してしまったがゆえの失敗。しかも、それは大きな事件をここで未然に止められたかもしれないという、機動六課にとっての大きなチャンスを不意にしてしまったのだ。

傍から見れば、未然にテトラを捕まえられたこと、管理局の占拠を救ったこと、評価するべき点は多岐に渡る。しかし、この失敗が確実にゼルリヒトを有利に動かしてしまうのは目に見えている。

何故この状況が見えていながらも、テトラの逮捕に固執してしまったのか。理由は簡単だ。目の前の女性の記憶を一秒でも早く解放するため。なのはの記憶を奪った張本人を捕らえれば何かがわかるかもしれない。ただそれだけを願ってこれまで尽力してきた。その結果、ロストロギアは破壊され、黒幕は地球へと飛び立っていってしまった。

自分の未熟さに、力の無さに、翔馬は苛立ちを募らせることしかできなかった。

 

「俺のせいだ……。テトラの雰囲気は最初に見たときから違和感があった。それに気が付いていながらこれで全てが終わると、この一連の事件を解決できると思っちまった……もっと他の可能性を考えられる余地はあったってのに……」

 

 翔馬の言葉に全員が視線を逸らすが、たった1人だけ、翔馬に寄り添う存在があった。

 

「……そうかもしれない、でも今は後悔している場合じゃない。地球で何をするのかわからない犯罪者を野放しにしておくわけにはいかない。少しでも早く私たちが現地に行って、この事件を解決しなくちゃ。藤田三佐はこのまま犯罪者を黙って見送るの?」

 

 なのはの言葉に翔馬は何故か心が軽くなるのを感じた。ただ励まされてもきっと翔馬は納得しなかっただろう。だが、なのはは違う。翔馬の失敗を失敗と認めたうえでこれからどうするのかと翔馬に問うているのだ。頭から冷水をかけられた気分になりながら、ちゃんと頭を冷やした上で、翔馬は心の中でホントになのはには頭が上がらないなと感じながら視線を動かし、深く息を吐いて表情を引き締めた。

 

「そう、だな。俺が落ち込んでいても何も変わらない。……これから機動六課に戻って対策を練るぞ」

 

 翔馬の言葉に全員が表情を引き締めると、しっかりと頷いた。

そして、翔馬は目線だけを動かしてなのはを見ると、そこには安心したように微笑む姿があり、翔馬は少しだけ表情を緩めた。

 

「ありがとう、なのは」

「ううん、藤田君にあんな姿は似合わないからね。大変だけど、頑張ろう」

 

翔馬はなのはの言葉に頷くと、全員を先導して歩き始めた。

これから巻き起こるであろう、大きな事件に立ち向かうために。

 

 

 



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第16話 記憶のかけら

さてさて、今回は続かせることが出来ました。

黒幕を逃がしてしまった翔馬達。
舞台は移動して地球へ!?
ただ今回は、少しシリアス多すぎたのでブレイクタイム。

楽しんで貰えたらうれしいです!!

それでは第16話スタートです!!


 

 ここは聖王協会の一室。

 そこでは、難しい表情をした7人の姿があった。

 

「……翔馬君とシエルちゃんの予想は大当たりだったわけやけど、まさか裏で手を引いてる人間が居るとは」

「今までの事件も組織だったものがなかっただけに、気付くのは厳しかったよね」

 

 はやての言葉に悔しそうな表情でそう答えたのはフェイトだった。

 

「でも、考える余地はあったんだ。それを度外視して突っ込んでしまったのは……」

「それを言った所で始まらないだろう。今はこの状況をどうするかだ」

「そうだね。一刻も早くゼルリヒトを捕まえないと」

 

 翔馬の後悔の言葉にクロノがそれを止め、なのはもそれに賛同するように続いた。

今、ここでは過去の事件についてまとめ終わり今後の方針を決めるため、視線をカリム・グラシア、そして、リンディ・ハラオウンへ向けた。

 

「現状についてはこれで全員が同じ認識を持てたかと思います。今のこの状態は危ういものです。彼の者がいったい何を思って地球へと赴いたのかはわかりません。しかし、何か大きな事件が起きる。そんな予感がします」

「それを止めるために、こちらから地球へ派遣員を出したいのだけれど……皆が知っての通り管理局に残った人達は復旧作業で人手が足りないくらいなの。だから、機動六課には地球へ行ってゼルリヒト・フューレンの目的の調査をお願いします」

 

 カリムと、リンディの言葉に全員が真剣な表情で頷く。

 しかし、翔馬は何かに気が付いたかのように表情を険しくすると発言を求めるように視線を動かすと、カリム達から発言許可を得て言葉を発する。

 

「1つ疑問が。 その依頼を受けるのは全く構いませんが……俺達の任務を大きく違えることになりませんか?あくまで機動六課はロストロギアの探索確保が仕事。既にロストロギアを失った相手を追うには大義名分が足りないと思うのですが」

「……今のこの状況で口出ししてくる部署も中々無いと思うんやけど、後から突かれるのも気分のいいもんではないなぁ」

 

 翔馬たちの言葉に、少し沈んだ様子のカリム達は躊躇いがちにそれに対する答えを提示した。

 

「実は翔馬さん達が持ち帰ってくれた、ロストロギアですが……アレはレプリカだったようです」

「「「「なっ!?」」」」

「驚くのも無理はないけど、本当のことよ。解析班に調べさせたら全くロストロギアの反応がなかったわ」

 

 壊れたと思っていたロストロギアが偽者だと言うことを聞いた翔馬達は驚きで表情を固める。

 

「そ、それでは、本物は……」

「ゼルリヒト、か」

「それしか考えられないね」

 

 クロノの呟きにフェイト、なのはは即座に心当たりを思い出してその名を口にした。そしてその言葉に頷きで返したのはカリム。

 

「本物の悪夢の笛を持つものはゼルリヒト・フューレン。ゆえに」

「機動六課に任務を与えます!!」

 

 その言葉にはやて、フェイト、なのは、翔馬の4人が席から立ち上がり3人の前に真剣な表情で並ぶ。

 

「地球へ赴き、第一種捜索指定ロストロギア、悪夢の笛の奪還をここに命じます!!」

「「「「了解!!」」」」

 

 翔馬達は最敬礼で答えるとカリム達に頷いてその場を後にした。

 それから機動六課の本部に帰った4人は地球へ出発するための準備を着々と進め、数日後には地球へと飛び立つのだった。

 

 

 

---------------------

 

 

 

「いや~、こっちに来るのは久々やなぁ~」

「そうだね、1年振りくらいになるのかな?」

「はい!! ママのママとパパに会うのは久しぶりです!!」

「アリサとすずかともモニター越しには何度か会ってるけど、実際に会うのは久しぶりだもんね」

 

 隊長達3人とヴィヴィオは先を歩きながらウキウキとした態度を隠し切れずにそんな会話を繰り広げていた。

数時間の時空渡航を行って辿り着いたのは機動六課の目的地である第93管理外異世界地球である。ゲートを潜って目的地に辿り着いた機動六課一同は今後の拠点となる場所へと歩みを進めいた。

 

「なのはさん達の3人は地球出身なんだよね?」

「フェイトさんは少し特殊だけどね。なのはさんとはやて部隊長は地球産まれの地球育ち、フェイトさんは9歳の頃からここで過ごしていたらしいわ」

「こんな平和そうな場所で生まれ育ったなのはさん達が今では管理局のエースだもんな」

 

 スバルとティアナ、ノーヴェはそういいながら苦笑いを浮かべ、エリオとキャロは視線をせわしなく動かしながら初めて見る風景に見惚れていた。

 

「それにしても、地球の雰囲気は独特ですね」

「うん、何というかのどかって言うか……」

 

 そして、そんな会話を続けているフォワード陣の更に後ろには翔馬達の姿があった。

 

「翔馬さんも地球出身なんですよね?」

「ああ、そうは言っても俺は物心付いたときにはミッドチルダに居たからな。全く記憶はないんだが」

「そうだったんですか。でも、こんなに早くこちらに来ることになるとは思いませんでしたね~」

「それには同感だ。まさかなのは達がこんな伝手を持ってるとは思ってもみなかったからな」

 

 翔馬は苦笑いを浮かべながら先頭を歩くなのは達4人に視線を向ける。

 あの聖王協会での会議の後、緊急会議を開いた機動六課は地球にいるであろうゼルリヒトを追うために準備を進めることになったのだが、翔馬は1人、渡航手続きなどの問題をどうしようかと考え込んでいたのだが、なのはとはやて、フェイトから既に準備が出来ていると言われ、聞いてみれば地球に知り合いがいて地球で仕事を行うための協力者となっているらしい。

しかも、転送用ポートを設置するだけの敷地と、活動拠点となるコテージすら用意してあるとの事で、地球での価値がどれほどのものかはわからないが、十分にお坊ちゃま、もしくがお嬢様クラスの人間とどうしたら繋がりを持てるのかと唖然としたものだ。

 そんなこんなで、あっという間に地球へと辿り着いてしまった翔馬はもう驚きで固まることもなくもうこんなものなのだと自分を納得させることで考えることを諦めたのだった。 街を抜けて、裏手の森の中に入り、かつてなのはの生まれ育った街を見下ろしながら暫く歩いていると、陽気な声が奥から響く。

 

「なのは~!! フェイト~!! はやて~!!」

「皆、久しぶりだね!!」

「アリサちゃん、すずかちゃん!!」

「2人とも元気だった?」

「ほんまに久しぶりやね」

 

 金髪で活発な印象を受ける女性、アリサと紫髪のおっとりとした雰囲気の女性、すずかがなのは達をコテージの前で出迎えると、なのは達5人は久々の再会を喜び合うかのように笑顔を見せる。

 そんな隊長達を見て呆然としているのはフォワード陣の面々だった。

 

「……なのはさんってあんなに可愛かったけ?」

「頼れるお姉さんってイメージだったけど」

「で、でも、まだ十代だし、大人っぽい雰囲気ですけど、お友達と会えば……なのはさんも女性ですし」

「フェイトさんもはやて部隊長も、凄く嬉しそう」

 

 機動六課設立時代からの付き合いであるフォワード陣もなのは達の様子に呆気に取られているようで、それは翔馬達も同じだった。

 

「私たちはまだしも翔馬さんが呆然とするのは納得いきませんね?」

「なのはの友達と話なんてしたことなかったからな……そもそも、してたなら、なのはの伝手にも心当たりぐらいあるに決まってるだろ」

「それはそうかもしれないですね……」

 

 そんなこんなで旧友を深めている所に割り込むのもどうかと翔馬は少しだけ考え込むが、隣のシエルに腕を突かれたため、これからの話し合いを行うため、長旅で疲れている体を癒す意味でも早く自己紹介は済ませておくべきと翔馬は彼女達の輪に進み出た。

 

「久しぶりの再開を邪魔する形になり申し訳ありません。時空管理局機動六課、ウィング隊隊長の」

「藤田三等空佐殿。時空管理局武装隊のエースストライカー、ですよね?」

 

 翔馬の言葉を遮って、最後にパチッとウインクを決めたのはアリサだった。翔馬はそのことに驚きながらアリサを見つめるとクスクスと笑って、種明かしをした。

 

「私はアリサ・バニングス、大学生よ。私があなたのことを知っているのはなのは達の友達だから、協力者として情報は少なからず入ってくるの。その中でも優秀な魔導師さんの情報が入ってこないなんてありえないわ。すずかだって知ってるくらいだし」

「私だって……って酷いよ、アリサちゃん!? はぁ、すみません、騒がしくて。自己紹介が遅れました。私は月村すずか。なのはちゃんたちの幼馴染で、今は大学生兼、時空管理局のお仕事でいらっしゃる方々の協力者として、微力ながらお手伝いさせてもらっています。これから暫くの間、よろしくお願いしますね」

 

 まさに、太陽と月という表現が一番しっくり来る2人組みに翔馬は少し驚きながらも口元に笑みを浮かべた。この子達がなのはの幼馴染と言うのなら、本当に友達に恵まれて育ったのだなとそれが少しだけ嬉しくて、翔馬は自然と頬が緩んでいた。

 そんな翔馬の腕を取って雰囲気をぶち壊しに来たのは、他でもないシエルだった。

 

「初めまして、アリサさん、すずかさん。私はシエル・アウローラ二等空尉です。今は翔馬さんの元で副隊長をしておりまして、更にお付きのお世話役も任せられて……っていったい!!」

「初対面の人に大嘘付くんじゃねぇ」

 

 翔馬は訳の分からないことを言い始めたシエルにジト目を向けながら容赦ない拳骨を脳天に落すと、シエルは涙目になって蹲りながら、頭がぁ~、頭が悪くなる~と、のた打ち回っている。翔馬はそんなシエルを鬱陶しそうに首を摘んで放り投げておくと、アリサはドン引き、すずかでさえも無理矢理作った表情は苦笑い以外のなのものでもなかった。

 取りあえず、そんなことはありながらもぞれぞれに紹介が終わって、コテージの中に入ると、その中の構造に呆気にとられてしまう。普通に玄関から入ってみたところは完全にコテージなのだが、地下へ降りる階段が設置されており、そこを抜ければ機動六課の制御室に勝るとも劣らない、設備が整っていた。もう何があっても驚かないと決めた翔馬でも流石に唖然としてしまうのは仕方のないことだろう。

 

「こんな設備よく用意できたな……」

「まぁ、管理局の人達が手伝ってくれたしね。あ、それとこの海鳴市の様子はここでモニターできるように家の警備会社のカメラとリンクしてあるから、ある程度の異変はここで気付けるはずよ?」

「アリサさんっていったい何者なのでしょう……」

 

 翔馬の突っ込みで更に出て来た機能にシエルまでもが苦笑い。なのは達は元々知っていたようで、翔馬たちの様子を笑って眺めているだけだった。

 

「それじゃ、今日は長旅で疲れたことでしょうし、温泉にでも行きませんか? 動き始めるのは明日からなんですよね?」

「せやな。今日はゆっくりして、明日から気合入れて頑張ろか」

「そうだね」

 

すずかの言葉に頷いたのははやて達の4人だけ。

フォワード陣と翔馬達は温泉って何?と言う表情でなのは達を見つめるが、行ってみればわかるよと、現地組2人と4人に背中を押されて夕暮れの山道を少し降りると、貫禄のある門構えに出迎えられて、その門を潜ってからやっと、ここがどんな場所なのかが理解できたようだった。

 

「温泉って、お風呂のことだったんですね」

「そや。けどな?そんじょそこらのお風呂と比べたらあかんで」

「ここは天然温泉だからお肌に凄くいいんだよ?しかも、今日は機動六課の皆のために貸切!!」

 

 そのすずかの言葉にフォワード陣の女性とシエルは食い付いて詳細を求めるようにすずかに詰めより、翔馬とエリオは苦笑いでその光景を見つめていた。

 そして、そろそろ分かれて風呂に入ろうと、男湯と女湯に分かれる所で問題が発生。

 

「エリオ君?一緒に入らないの?」

「うぇっ!? キャ、キャロ? いや、僕は男だから男湯に……」

「でも、フェイトさんと一緒に暮らしてるときは、一緒に入ったよ?」

「いや、それは……」

 

 キャロの攻撃に必死に対抗するエリオだが、目をウルウルさせて見上げるキャロに強く出られないと感じたエリオは、助けを求めるために視線を

 

「エリオ、もう私と一緒にお風呂入るの嫌なんだ……」

「私はええけど? エリオ可愛いしなぁ~」

「私も大丈夫よ?」

 

 向ける場所が間違っていたようだ。フェイトは泣き崩れ、はやてとアリサは面白そうに外堀を埋めていく。頼るべきはやはり男同士である翔馬に

 

「パパ、一緒に入らないの?」

「俺が入るのは流石に無理だって……なのはと一緒に入って来い」

「え~久しぶりにお風呂、一緒に入ろう?ママも一緒だよ?」

「ふ、藤田君が女風呂に!?」

「そ、それは……恥ずかしいですけど私なら」

「入らないって言ってるだろうが!!」

 

 翔馬も翔馬で大変なことになっているようだ。

 そして問答が続いて結局、どうなったのかというと……。

 

「エリオ、すまん。助けられなかった」

「ん~、お風呂大きいね~」

「そ、そうだね……」

 

 端によって背中を浴槽に預けて、隣でもみくちゃにされているであろうエリオに謝りつつ現実逃避を行う翔馬と、パシャパシャと元気にお風呂で泳ぐヴィヴィオ。そして、そこから更に離れた場所でタオルを巻きながら翔馬に背を向けるなのはがいた。

 結局、はやて達の策略により、エリオは女風呂へ連れて行かれ、なのは達はヴィヴィオの願いを叶えるべくこんな状況になってしまったのだ。

 翔馬は視線を少しずらして、なのはに引っ付くヴィヴィオの姿を見ながら、過去の思い出を思い起こしていた。JS事件に対応していたとき、ヴィヴィオを保護してから少し経ったある日にユーノの慌てた様子に先走ってしまった斗真がなのはの部屋に飛び込んでしまい、お風呂上りだったのか濡れたままのヴィヴィオの我がままで、3人でお風呂に入りなおすという事件。恋人同士でもないのにそんなことになってしまったときは、お互いにギクシャクしたものだが、今のこれはそれ以上だ。なんせ、なのはの記憶には翔馬との思い出が一切ないのだから。恋人同士ではなくとも、昔馴染みだとか、いくつもの戦場を駆け巡った仲であるとか、何かしらの繋がりがあれば良いが、今のなのはにとっては出会って1月も経っていない、赤の他人の男だ。翔馬との関係や過去を情報として知っていてもそれに頭や体が付いて来るとは思えない。その証拠に、遠目から見てもなのはの体は小刻みに震えている。その姿を見てしまった翔馬は温泉に浸かる時間もそこそこに立ち上がった。

 

「悪い、折角ゆったりとできる時間なのにな……俺は先に」

「藤田、君?」

「パパ!! ま、待って」

 

 翔馬の言葉に肩を揺らしたなのはが振り返ると同時に、風呂から上がって出口へと足を進める翔馬にヴィヴィオが勢い良く立ち上がって斗真に向かって走り出す。

 しかし、足場の悪いこんな場所でそんなことをしてしまえば結果は火を見るよりも明らかで、ヴィヴィオの足は水に濡れた床に取られてしまい背中から転びそうになってしまう。翔馬はいつか見た光景に似ているな、なんてことを思いながら、瞬時に移動するとヴィヴィオの背中を支えてやった。

 

「風呂で走るなって言わなかったか?」

「あぅ……ごめんなさい」

「あ……」

 

 翔馬の言葉に、ヴィヴィオはシュンと項垂れると同時にヴィヴィオ以外の声が聞こえ、翔馬は視線をそちらに向けると、ヴィヴィオの行動に慌てて飛び出していたのかタオルを握り締めて翔馬達の直ぐ傍で立ち尽くす、なのはの姿があった。

そして、その場で見た光景は何故かなのはの頭の中で反芻され、そしてそれはいつの間にか見たことがないはずの映像となって現れる。

機動六課の大きな浴場。シャワーの音だけが響いて湯気であまり遠くは見えないが、誰かが大きな背中を向けながら座っているのが見える。その人の腕を無理矢理に引っ張っているのはヴィヴィオだ。なのははそんなことをしては危ないと立ち上がってその場に向かおうとした瞬間、数歩下がって頭から落ちそうな娘に全力で駆け寄った。しかし、それよりも早く辿り着いたのは腕を引っ張られていた人の方で、勢いが余ってしまったのかヴィヴィオを助けに向かったなのはを巻き込みながら倒れ込んでしまう。そして、その人はなのはの事を庇ってくれたのか床に倒れた人の無事を確かめたとき、鼓動が早くなるのを感じた。その感情は……一体何だったのだろう。

 なのはが固まっているのも知らず、翔馬はヴィヴィオをちゃんと立たせてから、改めてなのはに視線を移した。すると、その様子がどうにもおかしいことに気付いた翔馬はなのはの肩を揺する。

 

「なのは、なのは!! おい、どうした!!」

「はっ……、え、えっと、ごめんなさい、少し、ボーっとしてた、みたい……」

「大丈夫なのか?」

「うん、もう大丈夫。なんか、さっきの出来事が前にも見たことあるような、気がして」

 

 翔馬はなのはを気遣うような目を驚きに見開いた。なのはは記憶を完全に消された訳ではない。ただ単純に思い出すことが困難になっているだけなのだと気付くことができたからだ。そうであればできる事はある。なのはとの色んな思い出を思い出せるように翔馬が頑張ればいいのだから。そう思った翔馬は少し安心したように表情を緩めるが、目の前にいるなのはは少し不安げに瞳を揺らしながら、翔馬を見つめていた。翔馬はあえて何も言わずに、ただ、ヴィヴィオを風呂へ入れなおすと、なのはもそれに倣って肩まで身を沈めた。

 

「藤田、君。もしかして、なんだけど……」

「ああ。2年前、たった一度だけヴィヴィオを保護した後に3人でな」

「それじゃ……やっぱり、あの光景は……」

 

 翔馬の言葉を聞いて、なのはは噛み締めるようにそう呟く、そこに含まれていた感情は嬉しさなのか、安心なのか、それはわからなかったが、確かに欠片を1つ手に入れられたような気分で少しだけ胸が温かくなるのを感じた。

 そして天然温泉を満喫した機動六課の面々がコテージに宛がわれた自分達の部屋でゆっくりと明日に向けて眠った頃、少し背の高い木の枝を支えに座って遠くを眺める翔馬の姿があった。

 

「藤田君?」

「ん? なのはか」

「どうしたの?こんな所で」

 

 翔馬の腰掛けている枝までふわりと飛行魔法で飛んで、枝に腰掛けるなのはに翔馬はそれを一瞥して、遠くに視線を投げた。

 

「いや、遠くまで来たもんだなと思ってな」

「どうかな?こっちは」

「穏やかな空気、澄んだ青の海、夜空に輝く星達。それにここに住む人たちも楽しそうだ。ミッドチルダに負けないくらいいいところだ」

 

 翔馬の言葉になのはは優しく微笑んで、そっかと呟くと、視線を翔馬と同じように遠くに向けた。少し会話が途切れて翔馬はおもむろに思いついたことを尋ねる。

 

「そういえば、ヴィヴィオだけど」

「こっちに連れて来てよかったのかってことかな?」

 

 翔馬は先回りされて苦笑しながら頷くと、なのはは宙に浮いている足をふらふらと動かしながら、その時の様子をおかしそうに話し出した。

 

「最初はアイナさんと管理局の手助けとして残ってくれたヴォルケンリッターの皆に任せてヴィヴィオはミッドチルダにいてもらおうと思ったの。だけど、ヴィヴィオが駄々捏ねちゃってね。絶対に行くって譲らないから、少しケンカしちゃったんだ」

「その様子が目に浮かぶな」

 

 なのはの言葉に翔馬は面白そうに笑って、なのはは少し不満そうだったが、そんなことをしてる2人がおかしかったのか同時に吹き出すと、また話を続ける。

 

「どうも、ホントに行きたかったらしくて、ヴィヴィオ、直接はやてちゃんに連れて行ってって頼んじゃったみたいで、はやてちゃんも甘いから。もしかしたら何か考えてるのかもしれないけど……」

「なるほど、問答無用で置いていくつもりが、はやてに連れられて来てしまったと。はやてらしいな」

 

 あはは、と苦笑いするなのはに翔馬は軽く笑うと、少しだけ、ほんの少しだけなのはに寄り添った。なのはは少しびっくりしたように翔馬を見つめると、そこには真剣な瞳で遠くを見つめる翔馬の姿があった。

 

「絶対に奴の企みを阻止する、そしてまた全員で無事に帰るんだ」

「……うん」

 

 

 



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